天地無用!皇鮫后 (無月有用)
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プロローグ

よろしくお願いします


 宇宙進出は人類の夢である。

 

 地球に住む人類は未だに月より先に行くことが出来ていない。

 

 宇宙の先がどうなっているのか。

 それは果てしない夢物語である。

 

 しかし、その実態は……。

 

 すでに地球人などが介入する余地がないほど、宇宙の勢力図は決まっていたのであった。

 

 宇宙船どころかコロニーや『超空間航行』というワープ技術まで完成しており、寿命など千年単位が当たり前。

 『宇宙海賊』という存在と『ギャラクシーポリス』通称GPという警察組織などまである。

 

 もちろん国家も存在しており、【銀河連盟】と呼ばれる勢力などに大きく影響を与えている。

 

 その中で特に影響力を持つ国の1つ【樹雷】。

 

 その一族が地球で隠れて暮らしていることは、全く知られていない。

 

 

 

 

 太陽系第三惑星【地球】。

 

 衛星軌道上に一隻の宇宙船が、超空間からジャンプアウトした。

 同時に空間迷彩を起動して、レーダーや視覚の認知を不可能にする。

 

「……ここが地球か……」

 

 宇宙船の主は操縦席で腕と脚を組み、モニターに表示されている青い惑星を見つめる。

 

「……全く。いくら命令とは言え……」

 

 小さくボヤくのは、褐色肌に金髪の髪を持つグラマラスで長身の美女。

 左前髪、左後ろ、右後ろに尻尾のように細長く束ねられた髪が靡いている。

 

『本当にやるのかい?』

 

 憂いの表情を浮かべる女性の顔の横に小さなモニターが表示されており、そこには同じく褐色肌に青い髪をした筋肉質の女性、コマチ・京が腕を組んで心配そうな表情を浮かべている。

 

「仕方ないだろう。命令を無視すれば、我々の立場が危うくなる……」

 

『確かにそうだけど……』

 

「安心しろ。この状況で引き際を見誤るほど馬鹿ではない。それより、そちらは大丈夫なのか?」

 

『こっちは問題ないさ。ただ義理で連絡を貰っただけだからね』

 

「なら、いいが……。大変だな。樹雷の鬼姫と外交とは……」

 

『今となっちゃアンタよりはマシに思えてるよ。……死ぬんじゃないよ、ハリベル』

 

「当たり前だ。何も成しえていないのに、こんなところで死ぬわけにはいかない。……私の部下達を頼む」

 

『そっちは安心しな。最悪、樹雷の鬼姫にでも保護してもらうさ』

 

「ふっ……。安心するべきのか、不安に思うべきなのか、迷う提案だな。では……さらばだ」

 

『……ああ』

 

 ブツンとモニターを閉じて通信を終える。

 ハリベルは目を閉じ、背もたれに身体を預けて心を落ち着かせる。

 

 そして、覚悟を決めて目を開き、操縦桿を握って地球へと急降下を始める。

 

 

 目指すは日本、岡山県【正木の村】。

 

 

 

 

 同時刻、柾木家。

 

 今日も青年、柾木天地は畑仕事をしていた。

 

 鍬を振って土を耕し、雑草を抜き、肥料を撒く。

 そして収穫時のニンジンを収穫し、籠に入れていく。

 

「ふぅ……。今日は魎皇鬼がいないから仕事は早いけど、寂しくも感じるなぁ」

 

 普段は魎皇鬼が天地を手伝ったり、周囲で遊んでいるので賑やかなのだが、今日は珍しく別行動だった。

 

 数日前にノイケ許嫁騒動、九羅密美咲生襲撃騒動、そしてZと訪希深騒動がようやく一段落したばかりで、己の身体に起きた変化もようやく慣れてきて日常生活に戻れたところだった。

 

 ノイケは樹雷皇女阿重霞と砂沙美の祖母である瀬戸の養女として、柾木家にやってきた元GPの美女である。

 とても優秀で気配りも出来る存在で、すでに柾木家にはいなくてはならない存在になっている。

 

 畑仕事も手伝ってくれており、軽トラックの運転が出来て今まで大変だったニンジンの持ち運びが非常に楽になった。

 

 家事も万能で、今まで一番砂沙美にほとんど任せきりになっていた料理、洗濯、掃除も完璧にこなしていた。

 

 天地とも少なからず因縁があり、最初は監視として送り込まれたらしいが、すでにとても良好な関係を築き上げている。

 

「また女性が増えて落ち着かないけど、これでしばらくはゆっくり出来るかな……」

 

 しばらく争いごとは御免だと天地は思い、この憩いでもある畑仕事に専念したかった。

 

 しかし、その思いは容易く破られる。

 

「!!」

 

 天地の感覚に突き刺さる嫌な気配。

 

 鍬を投げ捨てて、勢いよく振り返る。

 

 それと同時に1人の女性が一瞬で空中に現れた。

 

 顔の下半分から指先までを覆う襟詰めの白い上着を着ているが、その巨乳の下半分から腹部が大胆に露出していた。両腰にスリットが入った白い袴のようなズボンも黒のベルトだけで固定されており、今にも見えてはいけない部分が見えそうだった。

 その背中には剣が横に携えられていた。

 

 その過激な服装に一瞬頬を赤くしそうになったが、金色の髪とマスクのようになっている襟の間に覗く深海のように静かで冷たい碧眼と目が合った途端、そんなことは頭から吹き飛んだ。

 

 女性、ハリベルは冷たく天地を見下ろしている。

 

「……お前が柾木天地だな?」

 

「……そう、だけど……」

 

「恨みはない。だが、我々が生きるために、お前には犠牲になってもらう」

 

 ハリベルは背中の剣に手を伸ばし、柄端についているリングに指を掛ける。

 一気に引き抜いて、鞘から抜けた勢いで回転した剣の柄を見事に掴む。

 

 剣身の真ん中が空洞になっている片刃の段平の剣。

 

 それを見た瞬間、天地は武器を持っていないことを思い出す。

 畑仕事のため、自分と同じ名前を持つ『天地剣』を置いてきてしまったのだ。

 

「……武器を忘れたようだな。だが、それで見逃してもらえるとは思わないことだ」

 

 ハリベルは剣を構えて空を蹴り、天地へと斬りかかる。

 

「っ!!」

 

 天地は歯を食いしばって反射的に横に跳んで、斬撃を躱す。

 しかし、それを見抜いていたように、ハリベルは振り下ろした剣を流れるように横に軌道を変えながら横に跳び、天地を追う。

 

 天地は全力で地面を蹴り、高く跳び上がった。

 

 ハリベルは無理に追撃せず、目だけで天地を追う。

 

 天地は農道に着地して、噴き出してくる汗を拭う。

 

「……なんで俺を……!?」

 

「……不思議な事を言う。お前や周りにいる者達の素性を考えれば、おかしなことではあるまい」

 

「っ!?」

 

「樹雷皇女、伝説の女海賊、世二我の姫、伝説の哲学士、樹雷の鬼姫の養女。そして、その者達を囲い、銀河アカデミーとGPアカデミーの現理事長の孫であるお前。恐ろしくもあるが、嫌がらせを考える愚か者にとってはそれでも魅力的すぎる弱点だ。……私なら殺されても手を出したくはないがな」

 

「……? じゃあ、なんで……?」

 

「それもまたおかしなことではない。自分で手を出して返り討ちに遭いたくない卑怯者が、人質を取って私を脅してきただけのことだ」

 

「そんな……!」

 

「確かに死にたくはない。だが、私は自分の命よりはその者達の命を選んだ。それだけのことだ」

 

 ハリベルは右腕で突きの構えを取り、左手を峰に添える。

 すると、剣の空洞にエネルギーが溜まる。

 

 剣を扱う天地は何をするのか即座に理解して、また全力で横に跳ぶ。

 

「《波蒼砲(オーラ・アズール)》」

 

 ハリベルは勢いよく剣を突き出して、エネルギー弾を撃ち出す。

 エネルギー弾は天地の横と畑の上を猛スピードで飛び、奥の林に着弾して地面ごと木々を吹き飛ばす。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!……」 

 

 息を荒げた天地は吹き飛んでクレーターが出来た林を見て、すぐにハリベルに視線を戻す。

 

 ハリベルは天地を見据えながら、

 

「……反応も動きもいい。なのに、恐怖が隠せず、視線や表情で何を考えているのか手に取る様に分かる」

 

 ハリベルが依頼者から渡された情報に目を通した限りだと、それなりの修羅場はくぐっているという印象だった。

 なにしろあの樹雷やGPですら中々手を出せなかった凶悪犯〝神我人〟を倒した張本人だ。

 

 魎呼や鷲羽、津名魅の力もあったとは言え、数名で討伐した。

 さらにDr.クレーも捕縛した。

 

「……光鷹翼は出さないのか?」

 

「っ!!」

 

「皇家の樹も持たないのに、光鷹翼を展開出来る異質の男。物質変換まで可能にしていると情報を得ている。何故使わない?」

 

「……」

 

「まだ扱いが未熟ということか。……無抵抗の者を手にかけるのは、あまり好きではないのだがな」

 

 僅かに不快に目を細めるも、剣を構える。

 

 天地は何か術はないかと考えていると、2人は空から凶悪な殺気が迫ってくるのを感じた。

 

「「!!」」

 

「てんめぇ……! 天地に何してやがる!!!」

 

 飛んで来たのは魎呼だった。

 鬼のような形相で、ハリベルを睨みながら叫び、右手からエネルギー弾を放つ。

 

 ハリベルは両手で剣を握り、迫るエネルギー弾を剣で真上に打ち払う。

 

「ぐっ……!」

 

 エネルギー弾は勢いよく雲を引き裂きながら飛んでいき、ハリベルはその威力に顔を顰めて後ろに滑る。

 

 魎呼はそのままミサイルのようにハリベルに向かって飛び迫り、右手に光剣を作り出して斬りかかる。

 

「おおお!!」

 

「ちぃ!!」

 

 ハリベルは全力でジャンプして、空中へと跳び上がる。

 魎呼はスピードを落とすことなく上昇して、一瞬でハリベルとの距離を詰めて光剣を袈裟斬りに振る。

 

 ハリベルは剣を横にして、魎呼の斬撃を受け止める。

 

 そして、剣の面を魎呼に向け、左手を鍔から切っ先に滑らせて剣の空洞にエネルギーを溜める。

 

「!!」

 

「《虚閃(セロ)》」

 

 魎呼は大きく身体を仰け反らせながら、下に下がる。

 

 直後、その真上にエネルギー波が走る。

 

 エネルギー波は空を走って、山の頂を削る。

 

「……魎呼、か」

 

「あぁん? テメェ……アタシらが誰か分かってて、手ぇ出してきやがったのか?」

 

「当然だろう。でなければ、初期文明の星になど来るものか」

 

「はっ! そりゃそうだ。じゃあ……死ぬ覚悟は出来てるってことだよなぁ!!」

 

 魎呼は凶悪な笑みを浮かべて、拳を鳴らす。

 

 ハリベルも剣を構えて、魎呼を鋭く見据える。

 

 地面にいる天地は唾をのんで、2人の戦いを見守る。

 

 

 のんびりとしている田舎町に、殺伐とした空気が満ちる。

 

 



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柾木天地の力

 ハリベルと魎呼は睨み合って数秒。

 

「行くぜぇ!!」

 

 魎呼が一気に加速して、光剣でハリベルへと斬りかかる。

 

 ハリベルは柄を両手で握り、尋常ではない衝撃と火花を散らしながら連続で剣を打ち合う。

 

「おらおら、どうしたぁ!!」

 

 魎呼は楽しそうに右腕だけで光剣を振り回す。

 

 ハリベルは弾かれて僅かに距離が開いた瞬間、切っ先を天地に向ける。

 

「「なっ!?」」

 

 魎呼と天地は目を見開き、ハリベルの剣から天地に向かってエネルギー弾が放たれる。

 天地は慌てて軌道から離れようとし、魎呼はテレポートして天地の前に移動する。

 

「このくそっ!」

 

 魎呼はエネルギー弾を光剣で打ち払い、エネルギー弾は一度吹き飛んだ林跡にまた叩き込まれて爆発する。

 

 ハリベルはエネルギー弾を撃った直後に、2人とは別方向に高速で飛翔した。

 

「あっ!! 逃げんな!!」

 

「あっちは、家の方角だ!!」

 

「くそっ!! 天地、先に行くぞ!!」

 

 魎呼は音速にも迫る速さでハリベルを追いかける。

 天地も走り出して、自宅の方へと急いで向かう。

 

 ハリベルは全力で飛行を続け、その背後から魎呼が猛スピードで迫って来ていた。

 

 2人の視界には大きな池が見えた。

 その畔には家が建っており、それが天地達が暮らしている柾木邸である。

 

「逃げてんじゃ……ねぇー!!」

 

「!!」

 

 魎呼が右手からエネルギー弾を放ち、ハリベルは振り返りながら剣を振るってエネルギー弾を打ち払うが、踏ん張り切れずに後ろに吹き飛ぶ。

 

 ハリベルは無理に抵抗せずに、そのまま池に向かって飛ぶ。

 魎呼は連続でエネルギー弾を放ち、ハリベルは紙一重で躱しながら飛行を続ける。

 

「このっ……!! いい加減に――!!」

 

 ハリベルが池の上に差し掛かったところで、魎呼は歯を食いしばりながら一気にスピードを上げて、ハリベルの真上に移動する。

 

「!?」

 

「しやがれ!!」

 

 魎呼は右腕を全力で振り抜く。

 

 ハリベルは両腕を交えて魎呼の拳を受け止めて吹き飛ばされ、池に墜落する。

 強烈な衝撃波と共に巨大な水柱が噴き上がり、池の畔まであるデッキに出ていた阿重霞、美星、砂沙美、鷲羽、魎皇鬼、ノイケ達に水飛沫が降りかかる。

 

「っ!! 魎呼さん!」

 

「魎呼さん! 天地様は!?」

 

 ノイケと阿重霞が魎呼に向かって叫び、魎呼は阿重霞達の近くまで降下する。

 

「天地は無事だ! それより、気ぃ付けろ! あの程度でくたばる奴じゃ、なさそうだぜ!」

 

 魎呼は池から目を離さずに告げ、注意を促す。

 その直後に水柱から無傷のハリベルが剣を構えて飛び出してくる。

 

 魎呼は再び光剣を作り出して、ハリベルと派手な剣戟を繰り広げる。

 

 ノイケはハリベルの姿を見て、目を見開く。

 

「彼女は……!?」

 

「知ってるのかい? ノイケ殿」

 

「〝ティア・ハリベル〟という海賊です! ギルドに属しておらず、常に人的被害を最小限に抑え、礼節を重んじることで有名なのですが……」

 

「そんなイイ子ちゃんが、なんでここに来て、しかも私達を狙うのか……」

 

「ええ……」

 

「なぁんか碌でもない裏がありそうだねぇ」

 

 鷲羽が腕を組んでハリベルに目を向ける。

 すると、魎呼と斬り結んでいたハリベルが、突如ノイケ達の目の前に一瞬で移動する。

 

「「「!!」」」

 

「戦場に立つならば、覚悟は出来ているのだろうな?」

 

 そう言いながらハリベルは突きを繰り出して、ノイケの心臓を狙う。

 ノイケは後ろに滑る様に跳んで避けようとするが、間に合わないと悟って歯を食いしばる。

 

 しかし、ノイケに刃が届く直前で、周囲に六角柱の群れが出現し、結界と思われるエネルギーフィールドが張られて剣を受け止める。

 

「!!」

 

「阿重霞さん……!」

 

「下がりなさい、無礼者!」

 

「……樹雷皇家の呪縛結界か」

 

「アタシを無視すんじゃねぇ!!」

 

 戦闘装束に変わった阿重霞が鋭い目つきでハリベルを睨みながら言い放つ。

 そこに真上から魎呼が飛び掛かってきて、ハリベルは後ろに下がって距離を取る。

 

「流石に魎呼と樹雷皇女まで相手にするのは厳しいか……」

 

「はっ! 今更後悔したって遅いんだよ!」

 

「大人しくなさい」

 

「悪いが、それが出来れば最初からここには来ていない」

 

 油断せずに構えて言い放つ魎呼と阿重霞に、ハリベルは剣の空洞にエネルギーを溜めながら言う。

 溜まっていくエネルギーに阿重霞は砂沙美を守ろうと結界柱を動かし、魎呼もエネルギー弾を放つ準備をする。

 

 その時、畑の方から天地が駆け込んできた。

 

「皆!!」

 

「っ!? 天地!! 来ちゃ駄目!」

 

「そう。油断し過ぎだ。柾木天地」

 

 魎呼が目を見開いて叫び、ハリベルは剣の腹を天地に向け、

 

「《虚閃》」

 

 エネルギー波を放つ。

 

 天地は自身に向けて飛んでくるエネルギー波に目を見開いて固まる。

 

「天地!!」

 

「「天地様!!」」

 

「天地さん!!」

 

「天地兄ちゃん!!」

 

「みゃあ!!」

 

 魎呼、阿重霞、ノイケ、美星、砂沙美、魎皇鬼が叫ぶ。

 

 天地がエネルギー波に呑み込まれそうになった時、天地の身体が輝いて、天地の目の前に光の羽が出現する。

 

 ハリベルが放ったエネルギー波はその光の羽に完璧に受け止められて霧散する。

 

「光鷹翼……!」

 

「天地!」

 

「天地様!」

 

 天地は光鷹翼を展開したまま、息を整えながらハリベルを見つめる。

 ハリベルは目を細めて、光鷹翼から発せられる強大なエネルギーを肌で感じ取る。

 

「……なるほど。人間が皇家の樹を超える光鷹翼を生み出すか……。目の前で見ると、畏怖の念しか湧かんな」

 

「おおお!!」

 

「!!」

 

 魎呼がすかさず飛び掛かってきて、ハリベルは再び剣戟を繰り広げる。

 しかし、今度は阿重霞も殴りかかってきて、ハリベルは左腕でガードするも池の真ん中まで吹き飛ばされる。 

 

 天地はその隙に砂沙美達の元に走り、全員と合流する。

 

「皆、無事か!?」

 

「天地様は!?」

 

「俺は、なんとか……! 砂沙美ちゃん達は!?」

 

「魎呼お姉ちゃんと阿重霞お姉様が守ってくれたから大丈夫」

 

「よかった……!」

 

「天地殿。彼女から何か聞いてないかい? 黒幕とかさ」

 

「いや……。あ! でも、あの人は人質を取られているって……!!」

 

「なるほどねぇ」

 

「鷲羽お姉ちゃん! どうにか出来ないの!?」

 

「どうするにしても、まずはあの子を止めないとねぇ。まぁ、魎呼と阿重霞殿が出たんだ。そう時間はかからないと思うよ」

 

 そう話す天地達の前で、ハリベルは魎呼と阿重霞の猛攻に防戦一方となっていた。

 

 特に阿重霞の呪縛結界が厄介で、捕まれば魎呼に一気にトドメを刺されてしまう。

 しかし、阿重霞に気を取られ過ぎても、魎呼のパワーに押し負けそうになり、どちらにも気を抜けない状況だった。

 

 だがそれでも、ハリベルは決して2人に決定打を与えなかった。

 

「こいつ……!」

 

「強い……!」

 

「……やはり、ここが限界か……」

 

 ハリベルは構えを解いて、水面まで下がる。

 魎呼と阿重霞は、油断せずにハリベルを挟み込むように飛ぶ。

 

「ようやく諦めたのか?」

 

「いや、どうせならやれるところまでやらせてもらおう」

 

「貴方の力ではわたくし達を突破するのは不可能。それはもう理解していらっしゃると思いますが?」

 

「……私の力で?」 

 

 阿重霞の言葉に反応を示したハリベルは、胸に左手を伸ばす。

 すると、服の固定を解除して、胸元が開かれる。

 

 全員が一瞬裸を思い浮かべて、天地は顔を赤くする。

 

 しかし、露わになったのは乳房ではなく、隠されていた美貌と首元に青い菱形の結晶が嵌められた武骨な白い装甲だった。

 顎から胸の上半分を覆う特殊な形状をしており、明らかに防御を意識した装甲ではないことが窺えた。

 

 鷲羽はその装甲を見て、目を細める。

 

「……見たことない装備だね。ガーディアンとはまた違うみたいだ……」

 

 ガーディアンとはエネルギー力場体のパワードスーツの一種である。

 他にも様々な種類があり、阿重霞が使役する阿座化、火美猛も自立型のガーディアンだ。

 

 最近流行りのパワードスーツ型のガーディアンは、あのような装備をするものはなかったと鷲羽は記憶している。

 何よりあの青い結晶から妙なエネルギーを感じていた。

 

 ハリベルは服を靡かせながら、まっすぐに天地を見据える。

 それに魎呼と阿重霞は天地達を背に庇う様に移動した。

 

「私の力の底など、まだお前達に見せた覚えはないぞ」

 

「……はっ! だったら、とっとと見せてみな」

 

「魎呼さん……! 余計な挑発は控えてください!」

 

「安心しろ。今、見せてやる」

 

 ハリベルは右腕を突き出して、剣を逆手に持つ。

 

 威圧感と共にハリベルを中心に波紋が広がり始める。

 

「討て――【皇鮫后(ティブロン)】」

 

 ハリベルが唱えた直後、足元から水の竜巻が巻き上がり、ハリベルを呑み込む。

 

 天を貫くかと思うほど高く昇る水竜巻が、突如縦に引き裂かれる。

 

 天地達は顔を叩きつけてくる水飛沫と風を腕で庇い、収まると同時にハリベルがいた場所に目を向ける。

 

 ハリベルは先ほどまでとは大きく変わっていた。

 

 胸元の装甲は変わっていないが、上着は消え去っており、白い鋭角な肩当て、肘までを覆うガントレットグローブを身に着け、下半身は袴のようなズボンが白いホットパンツになり、両脚には白くて鋭角な膝当て、グリーブ、サバトンが一体化したものを装備している。

 そして、右手に握られていた剣は、鮫の頭部のような大剣へと変わっており、両頬には藍色の稲妻模様が浮かび上がっている。

 

「……はっ。なんだよ。見た目が変わっただけじゃねぇか」 

 

 魎呼は笑みを浮かべるも、その目は鋭く、いつでも対応できる様に備えていた。

 

 ハリベルがゆっくりと大剣を振り上げる。

 魎呼は僅かに腰を落とし、阿重霞は結界を天地達の周囲に展開する。

 

 その直後、ハリベルが勢いよく大剣を振り下ろすと同時に、魎呼と阿重霞の間を突風が吹き抜けた。

 

「「!!」」

 

 2人が目を見開いた瞬間、阿重霞が展開していた結界が切り裂かれて、デッキに大きく切れ込みが入って天地の爪先まで届く。

 

「うわっ!?」

 

「天地様!?」

 

「天地兄ちゃん!」

 

「だ、大丈夫!」

 

「よかった。それにしても、阿重霞さんの結界を簡単に破るなんて……」

 

「今のは……高圧の霧状の斬撃……? それをあの一瞬で連続で叩きつけたってのかい? ってことは……」

 

 鷲羽は顎に手を当てて、ある推測を立てる。

 

「マズイかもね……」

 

「鷲羽ちゃん?」

 

「魎呼! 阿重霞殿! 気を付けて! その子、水を操るよ!!」

 

「水を……!? ということは……!」

 

「あいつがここに来たのは……!」

 

 ハリベルは再び大剣を振り上げる。

 すると、池から再び水竜巻が舞い上がる。

 

「……《トライデント》を見抜かれた上に、それだけで暴かれるとはな……。一気に決めさせてもらう」

 

 更に3本の水竜巻が出現する。

 ハリベルは大剣を振り、4本の竜巻が魎呼や天地達を呑み込むかのようにうねりを上げて、襲い掛かってくる。

 

「《嵐海流(トロンバ)》」

 

「マズイ……!」

 

「砂沙美!」

 

 阿重霞は水竜巻が出現した直後に砂沙美の元へと飛んでおり、結界を張り直していた。

 魎呼も天地達の傍まで戻る。

 

「天地!! 光鷹翼を出せ!! まだ来るぞ!!」

 

「っ!!」

 

「《断瀑(カスケーダ)》」

 

 魎呼の呼びかけに天地は即座に目の前に光鷹翼を展開する。

 直後、4つの水竜巻を押しのけるように、大瀑布のような高圧の水流が光鷹翼に叩きつけられた。

 

「ぐっ!!」

 

「くそっ!!」

 

 魎呼はエネルギー波を連射して、天地をフォローする。

 

「鷲羽様! 何か手はありませんか!?」

 

「ここから離れるのが一番手っ取り早いね。宇宙に上がればあの子の力は使えないし、宇宙船なら皇家の船でもない限り魎皇鬼を超えるわけはないだろうからね」

 

「簡単に言いやがって!! この状況で魎皇鬼を船にしたら、格好の的だぞ!?」

 

「《穿突海(エストーク・マーレ)》」

 

『!!』

 

 水流と水竜巻を防ぎながら打開策を考える鷲羽達。

 

 そこに大剣に猛烈な回転をする水流を纏わせながら、《断瀑》の中を猛スピードで突撃してくるハリベルの姿を捉えた。

 

 光鷹翼に強烈な衝撃が走り、突き出している天地の右腕の袖が破れ飛ぶ。

 天地は目を見開いて左手を右腕に添え、両足を踏ん張る。

 

「ぐあっ!?」

 

「天地!!」

 

「天地様!!」

 

 魎呼達が天地の背中を支える。

 

「おおおおお!!」

 

 ハリベルも全ての力をこの一撃に注ぎ込む。

 

 天地も体に力を籠めて、光鷹翼に圧しかかる力を全力で押し返す。

 

「はあああ!!」

 

 天地が光鷹翼に更なる力を籠めた瞬間、ハリベルの放っていたエネルギーが全て跳ね返る。

 

 もろにエネルギーの反流を受けた大剣に亀裂が走り、ハリベルが目を見開いた瞬間、柄以外が完全に砕け散る。

 

「っ!! しまっ!?」

 

 天地は力を籠めすぎたことに目を見開く。

 ハリベルは砕けた大剣を見て、目を閉じる。

 

「……ここまでか」

 

 無念そうに呟いた直後、己が放った膨大なエネルギーと衝撃が全身に襲い掛かる。

  

 

ドッッバアアアアアァァン!!!!

 

 

 強大な衝撃音と爆風が池側に炸裂し、ハリベルは砲弾のように体をくの字に曲げて、一瞬で池を飛び越えて柾木邸の反対側にある森に吹き飛ばされる。

 

 ハリベルが突っ込んだ衝撃で森が吹き飛んで、木々が宙を舞って、薙ぎ倒されていく。

 池は大嵐の海のように荒れ狂っていた。

 

 天地達や柾木邸は光鷹翼が完璧に守り、被害と言えるのは砕けているデッキの一部くらいだった。

 

「し、しまった!?」

 

 殺すつもりは全くなかった天地は大いに慌てる。

 砂沙美とノイケも人質の話を聞いていたので、ハリベルが無事か気にかかっていた。

 

 鷲羽は魎呼に顔を向けて、

 

「魎呼、探しに行くよ。天地殿達はまだ他にもいるかもしれないから、ここにいてくれるかい?」

 

「え~……殺しに来た奴をわざわざ探しに行く必要あんのかぁ?」

 

「黒幕の情報が欲しいし、天地殿の話ではあの子は人質を取られていたみたいだからね」

 

「ちっ……。そういうことかよ。まぁたクレーの奴じゃねぇのかぁ?」

 

「否定は出来ないけど、あいつが牢から出たって噂はないんだよねぇ。だから、情報が欲しいんだよ」

 

「はぁ……。わぁったよ」

 

 魎呼は小さくため息を吐くと、鷲羽を抱えて宙に浮かび上がり、ハリベルが吹き飛んだと思われる場所へと向かった。

 

 そこは隕石が落ちたかのように、クレーターが出来ていた。

 

 鷲羽は端末を操作しながら、魎呼に抱えられていた。

 

「おい鷲羽。人に運ばせといて、なにしてやがる」

 

「さっきの戦闘の痕跡を消してんの。畑とかここはともかく、吹き飛んだ山とか光線の目撃情報は少しでも減らしとかないと面倒だろ?」

 

「……まぁ、なぁ」

 

「それにしてもあの子、やっぱり優しい子みたいだねぇ」

 

「あん?」

 

「あれだけ派手に暴れたってのに、被害がほとんどないんだよ。光線は基本空に弾いてるし、あの頂上が吹き飛んだ山以外が、全部うちの敷地内ばっかりだね。酷いのは畑横の林とこの周辺くらいさ」

 

「ふぅん……っと、いたぜ」

 

「お!」

 

 2人はクレーターの端に、仰向けに倒れているハリベルを見つけた。

 少し手前で鷲羽を降ろし、魎呼は警戒しながらハリベルの傍に近寄る。

 

「おい、生きてっか?」

 

「……何故……かな……」

 

 ハリベルはほぼ全裸で、身体に酷い火傷を負っていた。右腕は明らかに折れており、右頬には深い切り傷、頭からも血を流していた。

 もはや痛みも感じないが、生体強化をしていたが故にこれだけの怪我でも気を失えない状況に、ハリベルはもはや笑いすらこみ上げそうだった。

 

 正直死んでいないのが不思議でたまらない。

 

「……トド…メ……を刺し……に…来て……くれた……のか?」

 

「残念だったな。天地がお前を死なせたくねぇってよ」

 

「甘い……な……」

 

「うっせぇ。そこが天地のいいとこなんだよ」

 

「……そう……か……」

 

 ハリベルは魎呼の惚気に小さく微笑む。

 己や家族を殺そうとした女を助けたいとは、なんとも甘いことだ。

 そう考えながらも、全く意外に思わないのは情報を貰っていたからだろうか。

 

 そこに鷲羽が近づいてくる。

 

「治療は私に一任させてもらうよ」

 

「好きに……しろ……。それと……」

 

「ん?」

 

「私の…船が……畑か…ら……北西の山の……中に……迷彩…を…展開して……停めて……ある……」

 

「了解」

 

「もっとも……回収……されている…かも……しれんが…な……」

 

 そう言ってハリベルは気を失う。

 

 それと同時にハリベルの髪の色が変化し、淡く金色がかった銀髪になる。

 鷲羽は端末を操作して、ハリベルを自分の研究所の治療カプセルへと転送する。

 

 すると、すぐ近くにハリベルの胸元に取りつけられていた青い結晶を見つける。

 それも回収した鷲羽は、すぐに魎呼と共に柾木邸に戻る。

 

「鷲羽さん! あの人は!?」

 

「安心しな、天地殿。ギリギリ生きてたよ。今は私の研究室に転送してる」

 

「よかった……」

 

「ノイケ殿」

 

「はい」

 

「悪いんだけど、あの子の宇宙船を回収してきてくれないかい? 位置情報は送るから」

 

「分かりました」

 

「じゃあ、私は早速あの子の治療と周囲の修復作業を始めるよ。天地殿達は少し休みな」

 

「……分かった。お願いします」

 

 鷲羽の作業は基本的に誰も手伝えない。

 なので、天地達は言われた通り大人しくして、いつも通りの生活を送るしかないのだ。

 

 鷲羽は力強く頷く。

 

 そして、天地達は自分達に出来ることを始めようと、すぐに行動に移るのだった。

 

 



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いきなり黒幕登場

 ハリベル襲撃の翌日。

 

 土地についてはすでに完全修復を終えており、戦闘の形跡など全く感じさせなくなった。

 ハリベルの治療も一区切りついており、鷲羽は現在ハリベルの乗ってきた宇宙船と青い結晶の解析を進めていた。

 

 といっても、宇宙船の方はすでに終わっており、

 

「まぁ、予想通りと言えば予想通りではあったけどねぇ……」

 

 鷲羽は小さく苦笑しながら、黒幕のニヤケ顔を思い浮かべる。

 

「問題はこっちの結晶の方だねぇ。また面白いもんを作ったもんだ」

 

 鷲羽は分析装置に収められた青い結晶の分析結果を見ながら、楽し気に笑う。

 

「こっちと()()()の技術を無理矢理掛け合わせたパワードスーツか……。何度も改良を重ねているおかげで、機能としては完成しているようだけど」

 

 鷲羽は装置から結晶を取り出して、部屋を移動する。

 そこは病室のような造りの部屋で、ベッドがあるところには治療カプセルが横たわっていた。

 

 鷲羽が部屋に入ると、部屋の窓際に立っているハリベルがいた。

 

「おや。もう起きたのかい?」

 

 ハリベルは生体培養ギプスで右上半身が覆われているが、それ以外の身体はすでに綺麗な肌を取り戻していた。

 火傷の痕や顔の切り傷も綺麗に消えており、その美しい肢体を堂々と晒していた。

 

「……どのくらい寝ていた?」

 

「1日程だよ」

 

「そうか……。私の事はすでに調べ終わっているのだろう?」

 

「一応ね。ああ……これも返しておくよ」

 

 鷲羽は青い結晶を取り出して、ハリベルに投げ渡す。

 ハリベルは左手でキャッチして、状態を確認する。

 

「安心しな。完璧に直しておいてあげたよ。ついでにバグの修正と、悩んでるみたいだった出力と強度も改良しといたから」

  

「……流石は白眉鷲羽、と言うべきなのだろうな。……ということは、私の身体も?」

 

「ああ。しかし、随分と無茶してるね。生体強化レベルは11。しかも、ナノサイボーグ化までしてるなんて、廃人か精神が狂ってもおかしくないよ?」

 

 生体強化は体組織をナノマシンで別組織に再構成して強化する技術である。さらに同時に細胞の再生回数を増やすことで肉体的な寿命を延ばすことも出来る。

 

 数回ならば大きく問題はないが、何度も行うということは、何度も体中の組織を別の組織に造り変えるということだ。

 それは脳細胞も含まれており、強化のレベルを上げるということはその度に脳そのものを造り直していると言っても過言ではない。

 なので、記憶、精神に変調をきたす者が現れることは決して珍しくはない。

 

「忠告は感謝するが……それはすでに手遅れだろう」

 

「ん?」

 

「今の私は精神が狂ったことで出来上がった人格だ。本来の私の人格など、記憶にすら残っていない」

 

「……」

 

「故に私という人格は施した生体強化に後悔はない。後悔する記憶がないのだからな」

 

 ハリベルはそう言いながら、培養ギプスを外す。

 露わになった右腕も完治しており、傷痕1つ残っていなかった。

 

 離握手をして調子を確かめたハリベルは、胸元に青い結晶を当てる。

 すると、結晶はチョーカーのようにベルトが形成されて装飾品になる。

 

「それで……私の処分はどうなった?」

 

「まだ何も決まってないよ。まぁ、そろそろ顔を出すと思うけどねぇ」

 

「?」

 

 ハリベルは訝しむが、鷲羽は肩を竦めて苦笑するだけだった。

 すると、鷲羽の横にモニターが出現して、やや困惑気味な砂沙美の顔が表示される。

 

『鷲羽お姉ちゃん! お婆様が来たんだけど……』

 

「やっぱりね。分かった。すぐ行くよ」

 

『うん』

 

 砂沙美との通信を終えた鷲羽は、ハリベルに顔を向ける。

 

「ってことで。あんたも着替えて、一緒に来てくれるかい?」

 

「……全て樹雷の鬼姫の掌の上、か……」

 

「全部ではないと思うけどねぇ。少なくとも結果は思惑通りだろうね。くっくっくっ!」

 

 ハリベルはため息を吐いて、青い結晶に再び触れる。

 結晶から粒子のようなものが放出され、次の瞬間には最初に来ていた服を身に着けていた。さらに、髪の色も金髪に変わっていく。

 

「ところで、それはなんて呼んでるんだい?」

 

「……『ラグリマ』」

 

「あいよ。じゃ、行こうか。天地殿達も安心させてやりたいしね。あぁ、靴は脱いでおくれ」

 

「……」

 

 ハリベルは小さくため息を吐いて、大人しく靴を脱ぐ。

 鷲羽の後に続いて、謎の施設の中を歩く。

 

「……ここはあの家の地下か?」

 

「まさか。私がそんな狭いところで満足するわけがないだろ? ここは地球からかなり離れた宙域に隠してある私の研究施設さ」

 

「……」

 

 そんな重要なことをあっさりとバラす鷲羽に、ハリベルは背筋が寒くなるのを感じた。

 見つからない自信があり、更に見つかったところで問題ないと言い張るだけの備えがあるということだ。

 事実、未だにアカデミーでは白眉鷲羽の伝説(恐怖)は有名で、その技術も未だに足元程度にしか届いていないらしい。

 

 その伝説が目の前にいる。

 

 その恐ろしさをハリベルは改めて実感した。

 

「……本当によく、生き延びられたものだな……」

 

「そこはあんたの実力と、天地殿の優しさのおかげさ。あの光鷹翼の反射で死なずに、あの程度の怪我で済んだのは、あんたが剣を砕かれた瞬間に残りのエネルギーを防御と生命維持に回したからだよ。まぁ、流石にあのまま放置されてたら危なかっただろうけどね」

 

「どうせ、あの方は柾木天地がそうすることを読んでいたのだろう?」

 

「多分ね」

 

 鷲羽は苦笑して、転移装置を起動する。

 そして、普段過ごしているホールに転移して、その部屋にある小さな扉に向かう。

 

「お待たせ~」

 

 鷲羽がおちゃらけながら扉を開け、その後をハリベルが続く。

 そこは先ほどまでと違って、文明レベルが一気に下がった広間だった。

 

 木造の建物で、設置されている機械類や家具も初期文明レベルだった。

 ハリベルが素早く部屋を見渡し、窓から昨日戦った池が見えたので、まさしく柾木邸の中であることを理解した。

 

 リビングと思われる部屋の中には、天地を始めとする柾木家の者達が揃っていた。

 

「鷲羽ちゃん。その人、もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ。もう死ぬことはないよ」

 

「よかった……」

 

 天地はホッと息を吐き、その背後で魎呼や阿重霞は未だに警戒したような視線を向けてきている。

 砂沙美やノイケは複雑な感情を浮かべてハリベルを見ており、美星は天地同様ニコニコしてハリベルの回復を喜んでいた。

 

 そして、リビングのソファには昨日は見なかった者が3人座っていた。

 

 1人は征木神社の神主をしている見た目老人の男性、柾木勝仁(かつひと)

 

 その隣には妻であり、アカデミー理事長の柾木アイリ。

 

 そして、薄い緑色の長髪を持つ美女。

 『樹雷の鬼姫』こと神木・瀬戸・樹雷である。

 

 瀬戸は扇子で口元を隠して、

 

「結構派手な戦闘を繰り広げた割りには、元気そうでよかったわ」

 

「何言ってんだい。この子じゃなかったら、死んでたか、運よく生きてても樹雷やアカデミーの治療設備じゃ数か月はまともな日常生活は厳しいくらいには危うかったよ」

 

 鷲羽が呆れたように言い、それに天地やノイケ達は驚く。

 瀬戸はそれでも開き直ったように、

 

「けど、鷲羽ちゃんのところならお茶の子さいさいでしょ?」

 

「馬鹿言うんじゃないよ。私の施設でも本来なら1週間は寝たきりさ。あくまでこの子自身の身体のおかげ」

 

「あら……」

 

「それで? わざわざこの子を嗾けて何のつもりだったんだい?」

 

『えぇ!?』

 

 鷲羽の言葉に天地達が再度驚いて、瀬戸に顔を向ける。

 瀬戸は笑みを消すことなく、驚愕の視線を受け流す。

 

「お、お婆様がこの者を!?」

 

「どういうことだよ!?」

 

「説明してください!」

 

 阿重霞、魎呼、ノイケが瀬戸に詰め寄る。

 

「はいはい。ちゃんと全部説明するから。少し落ち着きなさい」

 

「じゃあ……瀬戸様がこの人の大切な人を人質に取ったんですか?」

 

 天地がハリベルの事情を思い出して、顔を顰める。

 

 それに瀬戸は流石に申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「確かに彼女に対して、少し乱暴な交渉をしたことは申し訳なく思っているわ。それに対する埋め合わせもすでに講じています」

 

「埋め合わせ、ですか?」

 

「人質にしたのは、彼女が保護していた海賊達に故郷を追われた難民達よ。本来ならばGPが保護するのだけど、彼らの故郷というのは銀河連盟に加入していなかったから、助けられる人と助けられない人達が出てしまってね。彼女は助けられなかった人達を集めて保護していたの。そこで私達は、今回の依頼を引き受けてもらう報酬に、その人達を特例としてGPで保護。樹雷の援助の元、近々独立国家となる自治州への移住が決まったわ」

 

「……そうか」

 

 ハリベルは瀬戸の報告を聞いて、安堵したかのように目を瞑る。

 

「もちろん、あなたに保護されていたという情報も隠蔽しているわ。これで彼らは海賊に追われて、GPと樹雷に保護されただけの難民ということになるのだけど……それで本当によかったかしら?」

 

「ああ……。海賊に保護されていたというのは珍しいことではないが、今後アカデミーなどに行く者が出た場合にはやはり不利になる恐れがある。……ならば、私との繋がりなどなかったことにした方がいい」

 

 ハリベルは目を瞑ったまま、腕を組んで言う。

 

 銀河アカデミーの門は基本的に開かれてはいるが、やはりある程度の身辺調査はされる。

 そのため、海賊と繋がりがある者や海賊の支配する星の出身の者は、その行動を大きく制限されてしまう。

 

 ハリベルは個人で動く海賊とは言え、それなりに名前は知れ渡っている。

 なので、いくらGPに保護されたからと言って、ハリベルに保護されていた事実は決して見逃されることではない。

 

 難民は海賊たちの被害者でしかない。

 一度として彼らに見返りや協力を求めたこともない。

 助かった以上、ハリベルは彼らの足枷になるつもりはない。

 

 その言葉に天地達は、やはりハリベルは悪人ではないという印象を持つ。

 しかし、だからこそ、何故瀬戸がそこまでしてハリベルに依頼をしたのかという疑問が生じる。

 

「お義母様……。一体何が目的で彼女と天地様を?」

 

「それを説明しに来たのよ。さ、天地殿。座って頂戴」

 

「……はぁ」

 

「ハリベル殿。あなたも座ってくださるかしら」

 

「……遠慮させてもらう」

 

 ハリベルは瀬戸の申し出を断って、鷲羽の部屋のドアの横にもたれかかる。

 

 瀬戸は小さく苦笑して、座った天地に顔を向ける。

 

「さて、天地殿」

 

「はい……」

 

「自分の力を少しは理解出来たかしら?」

 

「っ!! ……まさか……。そのために……?」

 

「遙照殿から話を聞いてね。アイリ殿や美守殿にも協力して頂いたわ。もちろん、阿主沙殿達も了承済みよ」

 

 瀬戸の言葉に天地達は目を見開いて、勝仁達に目を向ける。

 

「じっちゃんが?」

 

「人の身で光鷹翼を6枚。その意味と力の大きさを実感する機会なんて、この地球では滅多にないわ。だからと言って、顔見知りでは天地殿を追い詰めるのは難しい。けど、そこらへんの輩では魎呼ちゃんや阿重霞ちゃん達を押しのけて、天地殿を狙うのも難しい。そこで選ばれたのが彼女よ」

 

「けど! もしかしたら、死んでたかもしれないんですよ!?」

 

「そうね。もし、あのまま死んでたら、ただの海賊として処理されるだけ。そこは彼女には了承してもらっていたわ」

 

「そんな……!?」

 

「もちろん、彼女ならば生き残る可能性が高いと思っていたから依頼したの。非道であることは認めるけど、逆に言えばこれくらいしないと天地殿達を追い詰める手段がなかったとも言えるのよ。それだけあなた達の力は常軌を逸するものなの」

 

「それは……」

 

「それに天地殿。辛い事を言わせてもらうけど、そもそもあなたが自分の力をコントロール出来ていれば、彼女が死にかけることもなかった。違うかしら?」

 

「!!」

 

 瀬戸に突き付けられた事実に、天地は苦痛に顔を歪めて項垂れるしかなかった。

 その様子に魎呼達は心配そうに見つめ、勝仁や鷲羽達は真剣な顔で見つめていた。

 

「天地。お前の力は、すでに第一世代の皇家の樹をも超えておる。それは確かに阿重霞達を守る力になるが、力加減を誤れば全てを消し去る可能性もあるのじゃ。この地球で使う機会がないからとは言え、それは扱いを知らなくてよい理由にはならん」

 

「……じっちゃん」

 

「いずれ儂や地球のことを宇宙に知らせる時が来る。そうなれば、必ずやお主達や正木の村を狙う愚か者が現れるじゃろう。その時にその巨大な力を扱えんのは弱点でしかない。それを実感してもらうために、今回瀬戸様達に頼み込み、悪役を引き受けてもらったのじゃ」

 

「……」

 

 勝仁がソファから立ち上がって、ハリベルへと身体を向ける。

 そして、深く頭を下げた。

 

「孫のためとはいえ、其方には誠に申し訳ないことをした。彼らを保護しただけでは、とても埋め合わせにはなりえんじゃろう。儂の力が及ぶ限りではあるが、謝礼をさせてもらいたい」

 

「……その必要はない。生き残った時は他にも報酬を貰う契約を結んでいる。それで命を失ってもいいと納得した以上、これ以上報酬を受け取るつもりはない」

 

 ハリベルは視線だけを勝仁に向けて言う。

 

 その言葉に勝仁は改めて頭を下げる。

 

 ハリベルは勝仁に向けていた視線を、瀬戸に移す。

 

「これで私への依頼は達成ということでいいのだな?」

 

「そうね。十分なきっかけにはなったと思うわ」

 

「では、これで失礼する」

 

「ああ、ちょっと待って頂戴。報酬について相談があるのよ。他にもね」

 

 そこで初めてアイリが口を開いて、ハリベルを呼び止める。

 ハリベルは訝しむように眉を顰める。

 

「……他にもだと?」

 

「ええ。まぁ、結論から言うとね、あなたもこの家に住んでほしいのよ」

 

「え?」

 

「……なに?」

 

「「はぁ!?」」

 

 アイリの言葉に天地とハリベルは呆然とし、魎呼と阿重霞は目を見開いて大声を上げる。

 

 ノイケや鷲羽達も声を上げる程ではなかったが、驚きを露わにしている。

 

「……何故そんなことになる? 私はこの者達を襲ったんだぞ」

 

「あら? それはもう解決したでしょ? 天地殿はあの子の事、まだ怒ってるの?」

 

「え? い、いえ……。元はと言えば、俺が未熟だったのが原因ですし……。事情も事情ですから……」

 

「ほら」

 

「……それが何故ここに住むという話になる?」

 

「あなたが信用できるからよ」

 

「だから!! それがなんでコイツがここに住む理由になるんだよ!? ノイケだって来たばっかだぞ!? また許嫁とでもいう気か!?」

 

 魎呼が我慢出来なくなってアイリに吠えながらテーブルを叩く。

 それに瀬戸が苦笑しながら、

 

「流石にそこまで言うつもりはないわ。ただね、彼女の立場がこの家にとって意外と貴重なのよ」

 

「貴重ぅ?」

 

「普段ここにいる面子を思い出して頂戴な。天地殿はまず宇宙を知らないし、女神様を超えるかもしれない存在になったわ。そして、阿重霞ちゃん、砂沙美ちゃんは樹雷皇族。しかも現在行方不明扱い。美星ちゃんはGPの第一級刑事で九羅密家直系。鷲羽ちゃんも存在が伝説化して、魎呼ちゃんと魎皇鬼ちゃんも同じ。ノイケはまだ比較的自由だけど、私の養子になったのは知られているわ」

 

「美星ちゃんとノイケちゃん以外、おいそれと宇宙に出られないでしょ? けど、美星ちゃんはまだGP所属だから自由に動けるわけじゃないし、それに……アレじゃない? 皆だって頼み事し辛いでしょ?」

 

「「「「……まぁ……」」」」

 

「え~! 皆さん酷いですぅ」

 

 美星は涙目になって落ち込む。

 しかし、普段の素行から美星への()()()()()信頼度は低い。

 基本的に損害を与えるか、大事に変わるからだ。

 

「となるとね。何かしらお使いを頼むならノイケになるんだけど……」

 

「ノイケちゃんはすでにこの家の家事を仕切ってるでしょ? そう何度も抜けさせるのは忍びないと思ってね。その点、彼女はどこにも属していないし、人格と実力も十分でしょ? しかも、海賊だからアウトローな情報も調べやすいしね。そして何より、この家の戦力も上がる。天地ちゃんや周囲の人達が傷つく危険性も減るわ」

 

 瀬戸とアイリの言葉に、納得出来るようで出来ない天地達。

 ハリベルは眉間に皺を寄せて、

 

「私は小間使いになるつもりはない」

 

「そんな何でもかんでも依頼する気はないわよ。あなたの部下3人はアタシか三守様の私的な部下という扱いにして、立場や生活、装備は保障するし、仕事を頼む時はあたし達がバックアップすることになっているわ。あなたに頼むのは天地ちゃんにも関わることだろうから、鷲羽様も手伝ってくれるだろうしね」

 

「表向きは海賊、裏では私やアイリ殿の部下ってことになるけど。それでも私達の中では、あくまでも天地殿のところからの出向って形になるわ。報酬もちゃんと払う予定よ」

 

「……お前達ならば義体でも何でも作って、自由に動けるだろう。それに樹雷の人間でもいいではないか」

 

「『信頼出来る海賊』が欲しいのよ。それに樹雷でも正木の村のことは知っていても、ここのことを知っている者はまだ限られた者だけでね」

 

 畳みかけるような瀬戸とアイリの言葉に、ハリベルは何を言っても無駄なのだろうと諦めかけた。

 しかし、

 

「そもそも家長の柾木天地が認めなければ、意味がないだろう?」

 

「あら? 天地ちゃんは彼女と一緒に住むのは嫌?」

 

「え!?」

 

「断れ天地!!」

 

 魎呼が戸惑う天地に詰め寄り、阿重霞もその後ろで期待する(プレッシャーを与える)ように見つめている。

 ノイケや砂沙美は嫌ではないが、素直に頷ける気にもならず、鷲羽は小さくため息を吐く。

 

「まぁ、今ここで決めさせるのも酷じゃないかい? 瀬戸殿やアイリ殿はハリベル殿の事を知ってるけど、天地殿達はまだお互いの事もよく知らないんだ。もう少し時間が必要だと思うけどね」

 

「時間が必要って、どうすんだよ? まさか本当に居候させんのか?」

 

「今後ずっと住むかどうかは置いといても、ハリベル殿はもうしばらくここにいてもらうよ」

 

「「「えぇ!?」」」

 

「……なんのつもりだ? 白眉鷲羽」

 

「馬鹿にしてもらっちゃ困るねぇ、ハリベル殿。まだアンタの身体は完治には程遠いはずだよ。正直、今だって辛いんだろ?」

 

「……」

 

 鷲羽は真剣な顔でハリベルの目を見ながら告げる。

 鷲羽の言う通り、ハリベルは命の危機を脱しただけで、完全回復したわけではなかった。

 見た目を最優先に修復させただけで、筋肉や内臓はまだまだ時間がかかる。

 

 見抜かれたハリベルは顔を顰めて黙り込む。

 それに天地が困惑の表情を浮かべて、

 

「鷲羽ちゃん、どういうこと?」

 

「今のハリベル殿は少し歩ける程度までに回復しただけさ。死ぬことは無くなっただけで、まだ内臓や筋肉はボロボロだよ。言ったろ? 私の回復装置でも一週間は寝たきりだって。私の見立てじゃ、本来の2割くらいしか回復してないね。今の状態じゃ砂沙美ちゃんや美星殿にすら勝てないよ」

 

「そんな……!」

 

「無理矢理巻き込んだ以上、完全に回復するまでは帰せないよ。報酬を渡す以前の問題だ。アフターケアは完璧にこなさないと私のプライドが許さないし、天地殿だって寝覚めが悪いだろうしね」

 

「……」

 

「回復するまでの間に、天地殿達と交流を深めて、今回の報酬について話そうじゃないか。私で用意できる物なら、私が用意するよ。瀬戸殿が言う御手伝いとやらは、ここに残ると決めた時に改めて話せばいいことだろ?」

 

「こっちはそれで問題ないわ」

 

 鷲羽に顔を向けられた瀬戸は、問題ないと頷く。

 続いて鷲羽は天地達にも顔を向けて、

 

「天地殿もそれでいいかい?」

 

「怪我は俺が原因だから。もちろん完治するまで居て貰って構いません」

 

「ということだ。悪いけど、怪我が治るまでは拒否権はないよ」

 

「……はぁ。どうせ、今の私にお前達から逃げる力はない。船も押さえられているしな。……好きにしろ」

 

 ハリベルはどうせ今の面子からは逃げられないと悟って、諦めることにした。

 

 こうしてハリベルは柾木家に居候することになったのだった。

 

 



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仲良くしましょ

 ハリベルの滞在が決まり、とりあえず怪我が治るまでは客室に泊まることに決まった。

 

「ところでよ……」

 

「どうしたの? 魎呼お姉ちゃん」

 

「その恰好、どうにかなんねぇのか?」

 

 ハリベルの過激な服装に魎呼がツッコむ。

 全員がハリベルの服、特に胸から腹部に目を向ける。

 

 天地は僅かに頬を赤くして、顔を背ける。

 何度も女性の裸やハリベル以上に過激な姿を見たことがあるのに、未だに慣れないのだ。

 というよりも、無意識に慣れることを避けている節すらある。

 

「それに髪の色も変わってたじゃねぇか。その見た目だと美星の関係者みたいで落ち着かねぇ」

 

「髪の色?」

 

「……はぁ」

 

 魎呼の言葉に鷲羽以外の者達は首を傾げる。

 ハリベルは小さくため息を吐いて、胸元に触れる。

 

 すると、服が淡く輝き出して、形を変えていく。

 

 数秒と関わらずにハリベルの服装が変わっていた。

 

 上着は白い前合わせのベストになっており、腹部は僅かに臍が覗くだけだった。代わりに腕と胸元が露出して、チョーカーになっているラグリマが姿を現している。

 下半身は袴ではなく、濃紺の生地に右太腿部分に水色の渦水玉の柄が入ったパラッツォパンツに変わっている。

 詰襟で隠されていた顔も露わになっており、更に髪の色も金色がかった銀に戻っていた。

 

「これならば問題ないか?」

 

「あ、ああ……」

 

 魎呼は柾木家にいる女性陣とはまた違う色気に思わず気圧される。

 瀬戸やアイリも素顔までは知らなかったようで、面白そうに観察していた。

 

「ふむ……。美守様に近いところはあるかしら?」

 

「そうねぇ。少し九羅密家よりは冷たい印象を与えるけど。まぁ、美星ちゃんや美兎跳殿には出せない色気だわ」

 

 天地も先ほどの服よりはマシになったが、ハリベルから発せられる色気に直視することが出来なかった。

 魎呼や阿重霞ももちろん女性の体つきだが、纏う雰囲気はやはり若々しい。

 美星も2人とは違うが、性格のせいで色気よりも可愛さが目立つ。

 なので、ノイケが今まで一番『大人の女性』的立ち位置だったのだが、ハリベルの色気とはまた違う。

 

 ノイケが『太陽』ならば、ハリベルは『月』という感じだ。

 

「じゃあ、瀬戸殿とアイリ殿。ハリベル殿への報酬について、こっちで聞こうか。ハリベル殿ももう少し行けるかい」

 

「……問題ない」

 

 鷲羽が階段下のドアを指差しながら言い、瀬戸達も頷いて立ち上がる。

 それを皮切りに天地達もとりあえず、いつも通りの生活に戻るのだった。

 

 

 

 ハリベル達は鷲羽の研究施設へと移動して、円座に座る。

 すると瀬戸がどこかに連絡を取り、鷲羽が端末を操作すると、新たな人影が現れる。

 

 現れたのは金髪に褐色肌をした柔らかい笑みを浮かべた老婆だった。

 九羅密美守。

 GPアカデミー校長であり、九羅密家の実質的な最高権力者である。

 

 美守は一礼して、用意された椅子に座る。

 

「何とか上手く纏まったようで。何よりですわ」

 

「残念ながらまだよ。数日ほど天地殿達と一緒に過ごして決めることになったわ」

 

「おや。いえ、それが普通ですか」

 

「そうだね。瀬戸殿とアイリ殿が少し望み過ぎだよ」

 

「あら。けど、鷲羽ちゃんだって、ハリベル殿は魅力的じゃない?」

 

「そりゃそうだけど。昨日の今日で言うことじゃないだろ? 今回はこっちに負い目があるんだよ?」

 

 珍しく鷲羽が常識的な発言をして、瀬戸達を嗜める。

 瀬戸達は苦笑して、やや気だるげに足を組んで座っているハリベルに顔を向ける。

 

「さて、それではハリベル殿への報酬の内容について話し合いましょうか」

 

「難民への対応は既に始めております。今のところは大きな問題はありません」

 

「アカデミー入学希望者への手続きもつつがなく進んでます。GPアカデミーに関しては、もう少し待ってもらう必要がありますが、数か月問題行為がなければ、特に審査もなく入学できると思われますわ」

 

 美守とアイリがアカデミー関連の報告をし、瀬戸も頷く。

 

「それで他の報酬が、最新型宇宙船と数件の罪歴の抹消ね」

 

「報告を頂いた罪歴に関して調査をしましたが、全て別の海賊……およびGPの汚職であることが判明しました。すでに該当するGP職員は全員逮捕、または降格処分を下しています。海賊に関しても順次手配と捕縛に動いております」

 

 美守がやや苦渋に顔を歪めて報告する。

 

 ハリベルの罪状のいくつかは、海賊と繋がっていたGP職員達による冤罪だったのだ。

 その全てが一般人の殺人などの凶悪犯罪だった。

 

「じゃあ、残るは宇宙船だけってわけだ。で、それを私が受け持てばいいんだね?」

 

「お願いできる?」

 

「流石に魎皇鬼の同型艦は無理だけどね。すでにある船の中身を改造するなら、問題ないだろう」

 

「今回、地球に来た船はこちらが支給した船なの。だから、いつも使ってる船とかの情報はハリベル殿に訊いて頂戴」

 

「あいよ」

 

「それでいいかしら?」

 

 瀬戸はハリベルに訊ね、ハリベルは戸惑うことなく頷く。

 鷲羽の改造はやや不安ではあるが、それでも伝説の哲学士の作品なのだから、使い勝手は良いものとなるはずだ。

 

 なにより、もうこの面子を前にして、今更キャンセルなどと言える気がしない。

 

 鷲羽、瀬戸、アイリ、美守の4人は間違いなくこの宇宙の女傑トップ4である。

 一海賊であるハリベルが敵う相手ではない。

 本来、真面目に要望を応えようとしてくれている方が驚きである。

 

 もちろん、天地の家に住んで手伝いをしてほしいからなのだろうが、それでもここまで迅速に対応してくれているとは考えていなかった。

 

「ああ、そうそう。あなたの部下もすでにこちらで匿わせてもらってるわ。あなたが保護していた人達の移住に感づいた海賊達が動きを見せていたから、樹雷のステーションで過ごしてもらってるわ」

 

「流石にここに連れてくることは出来ないけどね」

 

「……無事ならそれでいい」

 

「じゃあ、私と美守様は仕事があるので、ここで一度失礼しますわ」

 

「ご苦労さんだったね」

 

 アイリと美守は一礼するとそのまま転移する。

 

 2人が消え、周囲に人がいないことを確認した瀬戸は真剣な表情に変わる。

 

「さて……鷲羽ちゃんがいるけれど」

 

「簾座方面の話かい?」

 

「あら、やっぱり知ってたのね」

 

「ハリベル殿が持ってる結晶を調べさせてもらったからね」

 

「なるほど」

 

「瀬戸殿はハリベル殿から聞いたのかい?」

 

「ええ。まぁ、他にも理由があるけれどね」

 

「ということは、ハリベル殿が今回の依頼を受けた本当の理由は簾座関連なのかい?」

 

「……そうだ」

 

 簾座連合は、樹雷が属している銀河連盟とは完全に別物だ。

 銀河連盟と簾座連合の宙域の間には、海賊達が縄張りにしている宙域があるからだ。

 そのため、ほぼ国交は行われていないのが実態である。

 

「アイリ殿達には申し訳ないけれど、流石に簾座との関係をバラすには銀河連盟はまだまだ不安定。あの2人によそ見をさせる余裕はないわ。だから、ハリベル殿の素性については伏せておいてちょうだいね」

 

「分かってるよ。けど、ということは、ハリベル殿が地球に住むのは決まってたってことかい?」

 

「いいえ。そこまでは決めていなかったわ。私達も思いついたのは、一昨日くらいだしね。けど、お手伝いをしてもらうのはすでに確約を貰っていたわ。だから、ハリベル殿の部下をうちで匿っていたの」

 

「なるほどねぇ。じゃあ、私はそこらへんを考慮して色々準備してあげればいいんだね?」

 

「お願いできるかしら?」

 

「問題ないよ」

 

 鷲羽は躊躇なく頷く。

 瀬戸も満足げに頷いて立ち上がって、ハリベルへ顔を向ける。

 

「それじゃあ、しばらくはゆっくりと体を休めて頂戴。それと、天地殿達とも仲良くね」

 

「……努力はしてみよう」

 

「お願いね」

 

 そして、瀬戸も転移するのを見届けて、鷲羽は研究に戻り、ハリベルは体を休めるために治療カプセルで横になるのだった。

 

 

 

 その夜。

 夕食の時間となったが、ハリベルはまだ内臓が回復していないので、本人と鷲羽の判断で止めておくことになった。

 だが、鷲羽の謎のお節介で、食べ終わった頃に治療カプセルから居間に連れ出された。

 

 ハリベルは1人縁側に出て、角の窓の柱にもたれ掛かって腕を組み、夜風に吹かれながら夜空を見上げていた。

 

 魎呼と阿重霞はまだ警戒しており、天地やノイケ、砂沙美はどう声をかけていいのかが分からなかった。

 美星はのほほんとテレビを見て笑っており、鷲羽は新聞を読みながら天地達の動きを観察して楽しんでいた。

 

 そして、最初に均衡を崩したのは、

 

「みゃあ?」

 

 魎皇鬼だった。

 

「ん?」

 

 ビーストモードの魎皇鬼が首を傾げてハリベルに声をかけ、ハリベルは魎皇鬼に顔を向ける。

 

「みゃあ!」

 

「……ふっ」

 

 ハリベルは微笑んで、左手を魎皇鬼に伸ばす。

 魎皇鬼は左手に跳び乗り、肩まで一気に登って落ち着くとハリベルの頬に顔を擦りつける。

 ハリベルは左手で魎皇鬼の頭を撫でて、再び夜空を見上げる。

 

 魎皇鬼は上機嫌にぶら下げた後ろ脚をパタパタさせて、尻尾が揺れていた。

 それに天地達もどこかホッとする。

 

 天地はハリベルの元へと歩み寄る。

 

「……星が好きなんですか?」

 

「みゃあ!」

 

 天地が窓を開けて声を掛けると、魎皇鬼が嬉しそうに天地へと飛び移る。

 天地は魎皇鬼をキャッチして、胸元に抱く。

 ハリベルは一度視線だけを天地に向けて、また夜空へと戻す。

 

「……初期文明の星の夜空は、滅多に見られるものではないからな」

 

「え? けど、宇宙ならもっと綺麗な景色が……」

 

「……そういえば、お前はほとんど宇宙に出たことがないのだったな」

 

「え? あ、はい……」

 

「ある程度文明が発展した星は、気象をコントロールしている。流れる雲や日差しの強ささえも。だから、嵐もなければ雨もない。そして、宇宙に居れば確かに星空ではあるが、代わり映えはなく無機質に見えてくる。……ここのように人の手が何一つ入っていない夜空と言うのは、宇宙に住む者達にとってはあまり見られない風景になってきている」

 

「へぇ……」

 

「宇宙の生活に慣れた大抵の連中は、その不安定な天候は無駄で苛立つのだろうがな……。この星の夜空は、私が如何に本来あるべき命の在り方から外れているのかを教えてくれる」

 

「え……?」

 

 己を否定する言葉を吐くハリベルを天地は小さく驚きながら見る。

 しかし、それ以上ハリベルは何も語らずに、ただ黙って夜空を見上げていた。

 

 話が聞こえていた魎呼と鷲羽は、ハリベルの最後の言葉にどこか寂し気な表情を浮かべていた。

 

 その後、他の者達が就寝するまでハリベルは夜空を見上げ、案内された客間で夜を過ごした。

 

 

 

 

 翌朝。

 夜が明けて間もなく、ハリベルは家の外に出て池の傍に立って、陽が昇るのを見つめていた。

 涼しい風が頬を撫で、その心地よさに目を細める。

 

 すると、少し離れた場所に人の気配を感じた。

 意識をそちらを向けると、どうやら天地のようだった。

 畑の方角に向かっているので、畑仕事に行っているのだろうとハリベルは考察する。

 

 家の中でも砂沙美達がもう起床して、それぞれに活動を始めていた。

 鷲羽が欠伸をしながら縁側に出てきて、身体を伸ばしてハリベルへと歩み寄る。

 

「調子はどうだい?」

 

「……問題ない。戦闘はまだ無理だが、日常生活にはもう支障はない」

 

「そりゃよかった。なら、食事も大丈夫そうだね」

 

 鷲羽は笑みを浮かべながら頷き、家へと引き返していった。

 ハリベルは再び景色に目を移そうとしたが、背後から妙な気配を感じて振り返る。

 

 柾木邸の屋根の上に、3頭身ほどの人形のようなものが座っていた。

 人形はハリベルの視線に気づいて、ふわりと飛んで来る。

 

「ふむ……。我の存在に気づくとはな。柾木天地達をそこそこ追い詰めただけの事はある」

 

「……そうか。お前が訪希深か」

 

「いかにも」

 

 可愛らしい少女にしか見えない訪希深は得意げに頷く。

 これが『頂神』と呼ばれ、全ての宇宙の創造神だというのだから信じられない。

 もっとも普通に考えれば、目の前の姿は仮の姿なのだろうが。

 

 それでもそれなりの圧を感じるので、やはり常軌を逸する存在なのだろうとハリベルは考える。

 

 天地はそんな存在に選ばれたというのに、初期文明の星で畑仕事をしているのだから、違和感しか覚えない。

 逆に言えば、だからこそ瀬戸達が気にかけるのも納得がいくし、勝仁の懸念も頷ける。

 よほどの大物でなければ、天地の存在や真実など受け入れるわけがない。

 

 鼻で笑って手を出して、後悔した時にはもうどうしようもない状況に追い込まれるのだろうと簡単に想像が出来る。

 

「姉様達はともかく、我は必要以上に柾木天地に干渉するつもりはないのでな。お前が柾木天地に成長を促してくれるのは非常にありがたい」

 

「……神と同等以上の存在に成れど、いきなり十全に扱えるわけではない、か」

 

「そういうことだ。その力も精神も、まだまだ成長してもらわねばならん」

 

「……私はあくまできっかけにすぎん。ここからは柾木天地次第だろう」

 

 正直、神の力の扱い方などハリベルに分かるわけがない。

 手伝えと言われてもゴメンである。

 

 そんな事を考えていると、

 

「訪希深お姉ちゃ~ん! ハリベルお姉ちゃ~ん! もうすぐ朝ごはんだよ~!!」

 

 と、砂沙美が明るく声を掛けてくる。

 訪希深はフワフワと家に飛んで行き、ハリベルは「お姉ちゃん」呼ばわりにとてつもない違和感を覚えて眉間に皺を寄せるも、どうしようもないので小さくため息を吐いて家へと足を向ける。

 

 居間にある掘り炬燵になっている座敷に柾木家一同が揃って座る。

 しかし、

 

「……流石に狭すぎじゃねぇか?」

 

 魎呼が少しうんざりしたように呟き、その呟きに阿重霞は小さく頷いて、他の者達は苦笑するしかなかった。

 8畳ほどの座敷、その内2畳ほどが食卓と考えると、流石に10人近くで座り、料理を並べるのは限界があった。

 

 魎皇鬼はビースト化してニンジンを食べるだけなので、場所は取らない。

 訪希深は小さいとはいえ子供サイズなので、合わせて9人座ると流石に狭い。

 

「……私は客室の方で頂こう」

 

 魎呼の呟きが己に対する嫌味だとしっかりと受け取ったハリベルも流石に狭くて邪魔でしかないと判断し、目を伏せながらそう言って立ち上がろうとする。

 それを天地と砂沙美、ノイケが慌てて止める。

 

「それは……!」

 

「そうだよ! 別に食べられないわけじゃないし! 1人だけ別なんて寂しいよ!」

 

「掘り炬燵はすぐに拡張できますから。そうですよね? 鷲羽様」

 

「まぁね。なんだったら、拡張空間にでもするかい?」

 

「さ、流石にそこまではいいかな……」

 

 楽しそうに笑みを浮かべる鷲羽に、天地は困った笑みを浮かべながら止める。

 天地達のやり取りにハリベルは小さくため息を吐いて、大人しく座り直す。

 それに天地やノイケ達はホッとして、改めて朝食を食べ始める。

 

 ハリベルは慣れた手つきで箸を使って、焼き魚を口にする。

 その様子を砂沙美とノイケが食べながら注目しており、口に合うかどうか内心ドキドキしていた。

 

 ハリベルは呑み込むと、

 

「……美味いな。ここまでの味は初めてだ」

 

 笑みを浮かべながら感想を言う。

 それに砂沙美とノイケは顔を見合わせて笑い、天地も笑みを浮かべる。

 魎呼と阿重霞は少し気まずそうにするが、流石に食事時にこれ以上空気を悪くしたくなかったので、大人しく食事を続けるのだった。

 

 

 食事を終えた天地と魎皇鬼は畑に向かい、砂沙美とノイケは家事、鷲羽は早速掘り炬燵の拡張、美星はパトロールで出勤、魎呼と阿重霞はいつも通り好きに過ごしていた。

 

 魎呼は定位置である天井の梁で寝転んでいると、

 

「……あん? おい、アイツの姿が見えねぇけど、どこ行ったんだ?」

 

 魎呼はハリベルの姿が見えずに、ソファで編み物をしていた阿重霞に訊ねる。

 もちろん阿重霞が知るわけもなく、

 

「あの者の行方などわたくしが知るわけないでしょう」

 

「そりゃそうか。おい、鷲羽」

 

「ん? ハリベル殿なら、家の周りを散歩するって言って出かけたよ」

 

「はぁ? ったく……いい気なもんだぜ」

 

「まだ勝てなかったこと根に持ってんのかい?」

 

「はぁ!? ん、んなわけねぇだろ!? そもそもアタシゃ負けてねぇ!!」

 

「くくくっ! 別に負けたなんて言ってないだろ? 負けてないけど、勝ってもないからねぇ。もっとも、本気になったハリベル殿の最初の攻撃を喰らってたら、どうなってたことやら」

 

「「ぐっ……!」」

 

 鷲羽の言葉に魎呼はもちろん、阿重霞も顔を顰めて言葉に詰まる。

 2人の反応に鷲羽は声を出さずに笑うのだった。

 

 その頃、ハリベルは柾木神社近くの森へと足を進めていた。

 

 そして、小さな池の傍に立派な樹が立っていた。

 

「……これは……」

 

 ハリベルはその樹から、天地に似た力の気配を感じた。

 

「……そうか。お前が第一皇子の皇家の樹か。〝船穂〟……と言ったな」

 

 ハリベルが名を呼ぶと、葉から光が発せられてハリベルの身体に当てられる。

 神経光はこそばゆかったが、ハリベルは敵意がないことは分かっていたのでしばらく好きにさせる。

 すると、背後から近づいてくる気配を感じた。

 

「もう体は良いのかの?」

 

「……日常生活を送る分にはな。それにしても……地に根付いた皇家の樹がここまで力を維持しているとはな」

 

 ハリベルは神経光を浴びながら、勝仁に顔を向けることなく返答する。

 

「まぁ、儂も驚いておるよ。おかげで儂もここまで生き永らえ、樹雷に戻ることも出来る」

 

「……驚いたな。お前はあまり樹雷皇になりたいと思っているようには見えなかったが」

 

「……否定はせんよ。地球に来た当初は一度全てを諦めたからの。船穂の力は衰えると思うておったし、魎呼の封印もあったし、何より……この地にも妻や子も出来てしもうたでな」

 

 勝仁は少し寂しそうな声色で言う。

 

「しかし、魎呼は天地と繋がり、神我人は倒れた。最初は天地を樹雷皇にとでも思うたが、あれはもはや樹雷程度では収まるまい」

 

「だろうな。始祖樹〝津名魅〟すらも超える存在となり、創造の三神に見初められた柾木天地を樹雷に引き込めば、間違いなく銀河連盟だけでなく、海賊とのパワーバランスも崩壊するだろう。その周りにいる女達も付いてくれば、尚更周囲に与える衝撃とプレッシャーは大きい」

 

「……うむ。しかし、柾木の血を引く以上、素性を知れば樹雷皇にと望む声は決して少なくないじゃろう。ならば祖父であり、現樹雷皇の長子である儂が皇位を継げば、ある程度不満は抑え込めると考えておる。鷲羽殿の力を借りれば、船穂も船に戻れるじゃろうしの。そうなれば、正木の村の者達も、大手を振って樹雷に住める」

 

「……初期段階文明の星とは言え、通信環境も発達してきているようだな。星の人口も増えれば、余所者も増える。いつまでもこの地の真実を隠せるわけでもない…か」

 

「うむ……。もちろん、それまでに地球が惑星間航行を為せれば話は変わってくるがの」

 

「可能性は低そうだがな」

 

「かも、しれんの。さて……天地達とはどうじゃ?」

 

「……どうもない。私は怪我をした客人でしかないからな」

 

 襲い掛かって3日、事情が判明して2日だ。

 しかも、いきなり「これから一緒に暮らせ」と言われて納得出来るわけはないだろう。

 特に言い出したのが瀬戸とアイリなのだから。

 

「ふむ……。まぁ、焦ってもしょうがあるまい」

 

「……お前は私が簾座の者だと鬼姫から聞いているな?」

 

「……誤魔化すだけ無駄じゃな。聞いておるよ。何故こちらに来たかまでは知らんがな」

 

「……鬼姫もお前も、そして白眉鷲羽も。柾木天地がいずれ簾座に関わると踏んでいるわけか……」

 

「儂はあくまで可能性の1つとして、じゃがの。身内に伝手があれば、もしもの時に動きやすいだろうというだけのことじゃ。瀬戸様はどう考えておるかは図りかねるがの」

 

「鬼姫のことだ。海賊の勢力圏を削いで、いずれは簾座も引き込むつもりなのだろう」

 

「その可能性は高そうじゃのぅ」

 

 勝仁は顎を擦りながら苦笑し、ハリベルは船穂に背を向けて歩き出し、勝仁の横を通り過ぎる。

 

「天地達をよろしく頼む」

 

「……まだそこまであの者達に情が湧くわけもない。頼まれても困る。……だが」

 

「ん?」

 

 勝仁はハリベルに振り返り、ハリベルも足を止めて周囲の木々を見つめる。

 

「この地は……好ましいと思っている」

 

 ハリベルは呟くように言って、また歩き出す。

 勝仁はその背中を見つめながら微笑み、己の分身に顔を向ける。

 

「どうじゃ、船穂。あの者は好きになれそうか?」

 

 その問いに船穂は神経光を嬉しそうに乱れ放つ。

 勝仁は微笑ましくその様子をしばらく見つめ続けるのだった。

 

 

 

 ハリベルは畑へと足を進めた。

 

 見渡す限りのニンジン畑。

 これが売り物ではなく、ほぼ身内で消費しているなど想像出来る者はいないだろう。

 ハリベルは農業に詳しいわけではないが、畑によって土の色や状態が異なっているのが見て取れた。

 

 どうやら様々な条件を作り出して、ニンジンを育て比べしているようだった。

 

 そして、少し先にある畑に天地と人型の魎皇鬼の姿があった。

 天地は1人で鍬を振って土を耕しており、魎皇鬼はその近くで遊んでいる。

 すぐ近くにはニンジンがたんまり入った籠が置かれていた。

 

(……あの時も1人で作業をしていたな。……神を超える存在が、ニンジン畑か)

 

 ハリベルはあまりの落差に思わず笑いがこみ上げる。

 ゆっくりと天地達の元へと歩み寄る。

 

 先に魎皇鬼がハリベルに気づいて、嬉しそうに駆け寄っていく。

 

「みゃあーん!!」

 

「ん? あ……」

 

 天地もハリベルに気づいて、作業を中断する。

 駆け寄ってきて足に抱き着いてきた魎皇鬼の頭を優しく撫でるハリベルは、ゆっくりと天地の方へと歩く。

 

「……いつも1人で作業をしているのか?」

 

「え? い、いえ……ノイケさんも家事が落ち着けば来てくれますから」

 

「みゃあみゃあ!!」

 

「ん? ふっ……そうか。お前も手伝っているのか」

 

「みゃあん」

 

 魎皇鬼の可愛い抗議を理解して、微笑みながら頭を撫でる。

 魎皇鬼は気持ちよさそうに顔をほころばせる。

 

 それに天地も自然と笑みが浮かぶ。

 

(……やっぱり、とても優しい人なんだな)

 

 ハリベルは魎皇鬼を撫でながら、畑に目を向ける。

 

「樹雷皇の曾孫で、神を超えた男が畑仕事か。無欲なものだ」

 

「あははは……。俺自身は普通の地球人……のはずだったんですけど……。樹雷皇の血筋と言われても、俺は樹雷はもちろんアカデミーや他の星に行ったこともないですし。訪希深さん達を超えた存在っていうのも、実感が湧かなくて……」

 

「……宇宙に出たいと思ったことはないのか? お前や周りにいる者達の力ならば、樹雷や世二我すらも平伏すだろう」

 

「……そんなことしても得る物なんてないと思いますし、皆にそんなことさせられません。そんなことをした人達の末路を見たこと……いえ、倒したこともありますから」

 

「……」

 

「もう普通の地球人として生きるのは難しいんだろうけど……それでも地球でやりたいことがなくなったわけじゃないですから。寿命が延びたなら、せっかくなのでやりたいことをやれるだけやってみようって思ってるんです。宇宙に行くのは、それからでもいいかなって……」

 

「……なるほど。(確かに……樹雷皇に収まる器ではないな。良くも、悪くも)」

 

 地球の常識、宇宙の常識、樹雷の常識、そして高次元生命体の常識。

 その全てをいきなり受け入れて、存在に相応しい生き方をしろと言われても無茶な話だろう。

 数年前まで宇宙人すら、空想上の存在として見ていたのだから。

 

(……恐らくは無意識の防衛本能。己の本質が地球人であるということを見失わないようにするため、か)

 

 目まぐるしく変化していく自身に、周囲の人間関係や環境。

 己の意志に関わらず、その力ゆえに嫌でも巻き込まれていく。

 普通ならば精神が歪んでしまいかねない。

 

 ハリベルは天地の境遇に内心同情する。

 もっとも、自身もまた天地を巻き込む要因の1人なのだが。

 

「これ以上は邪魔になるな」

 

「あ、いえ、そんなことは……」

 

 ハリベルは最後に魎皇鬼の頭を一撫でして、畑の隅に置かれている籠に歩み寄る。

 そして、それを左腕一本でヒョイと持ち上げて肩に担ぐ。

 

「あ!? ハ、ハリベルさん!?」

 

「どうせ持って帰るのだろう? 何もせずに散歩しているのも悪いからな」

 

「け、けど……」

 

「気にするな。この程度、私には大した重さではない」

 

 ハリベルは左人差し指だけで籠を持ち上げて見せる。

 それに天地は征木家にいる女性全員が自分以上に力持ちであることを思い出した。

 

「生体強化した者ならば、人1人くらいは軽く担げる」

 

「そ、そうですか……。いや、そうじゃなくて!」

 

「ではな」

 

「あ……!」

 

 そもそも客人に運ばせるのが気が引けるのだが、ハリベルはそれを無視してさっさと歩き出す。 

 

 天地は右手を伸ばして唖然としたまま、ハリベルの背中を見送るしかなかった。

 

 



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仲良くしましょ・その2

 ハリベルはニンジンの籠を背負って、柾木邸に戻る。

 

 軽トラが置かれている裏手の扉に近づいていくと、動きやすい服に着替えたノイケが現れた。

 

「あら? ハリベルさん?」

 

「……ニンジンはどこに置けばいい?」

 

「え? あ、はい。こちらに」

 

 少し戸惑いながらノイケはハリベルを倉庫へと案内する。

 倉庫の中にも大量のニンジンが置かれていた。

 

「……これを全てこの家で食べ切れるのか?」

 

「正木の村や船穂様達にもお裾分けすることもありますが……。魎ちゃんの食欲は凄いので……」

 

「あの姿でも宇宙船の生体ユニットということか……」

 

「いえ……。実はあの魎ちゃんはメインユニットでして……」

 

「……なに?」

 

「他にもサブユニットが100体いるのです。その子達もニンジンが大好きで……」

 

「……」

 

 ハリベルはもはや深く考えることを放棄した。

 籠を倉庫の中に置いて、外に出る。

 

「……畑仕事に手伝いがいるならば呼んでくれ。力仕事くらいならば、もう問題ない」

 

「え、しかし……」

 

「お前もこの家に来た時は畑仕事を手伝って、家を仕切っていたと聞いたが?」

 

「そ、それは……!」

 

 ノイケは顔を赤くする。

 ノイケにとって柾木家に来た時のことは軽い黒歴史なのだ。

 

 ハリベルはその反応を見なかったことにして、池の方へと向かった。

 池に突き出しているデッキ部分に立ち、水面を見つめながら腕を組んで涼しい風を体に浴びる。

 

(……長閑、だな。待たせているアパッチ達には悪いが……ここまで何もせずに、何も起こらずに過ごす時など、いつ以来だったか……)

 

 常に樹雷やGP、そして他の海賊達がいつ現れるか気を張っていた。

 ハリベルはどこの海賊ギルドにも所属していない。

 

 銀河連盟領内、最大の海賊ギルド【ダ・ルマーギルド】からも何度も勧誘されているが、ハリベルはダ・ルマーギルドに属しているいくつかのギルドが

信用出来なかったので断り続けている。

 ダ・ルマーギルド最高幹部の1人であるコマチはその勧誘の中で最も信頼できるため、勧誘関係なく交流を持ってはいる。完全に拒絶すれば、敵対関係を決定づけてしまうからだ。

 

 ギルド総帥〝ダ・ルマー〟は話が分かる部類の人間なので、こちらから敵対行為をしなければ積極的に襲ってくることはない。

 更にコマチも礼節を重視する武人気質なので、ハリベルとはむしろ友好な関係を築いている。ハリベルが保護していた難民達に対しても物資を分けてくれたり、他の海賊から守ってくれたこともある。

 ハリベルもコマチの依頼を引き受ける事もあり、コマチはそれを理由に無理矢理な勧誘を抑え込んでくれているのだ。

 

 今回の依頼を受ける少し前まで、コマチから紹介された〝リョーコ・バルタ〟という女海賊とチームを組んで、戦闘指南などをしていた。

 

 それでも中には問答無用に襲ってくる連中もいる。

 美守達が証明してくれたように、GPと裏取引をして罪をなすりつけて、己の手を汚さずにGPに捕縛・討伐させようとした姑息な連中もいる。 

 

 宇宙は地球人が思っているような夢ばかりにありふれた世界ではないのだ。

 

(文明レベルが低いからこそ逆に平和というのは……皮肉と思うべきなのか。いや……この星は樹雷やGPから特別保護指定を受けていたな)

 

 地球は現樹雷第一皇妃・船穂の出身星である。

 そして、本来ならば接触禁止の初期文明段階の星であることから、特別保護に指定されたのだった。

 だからこそ、遙照や天地達、正木の村のことはトップシークレットとされている。

 樹雷皇や瀬戸など結構な訪問者がいたとしても、トップシークレットなのである。現在もGP一級刑事の美星が滞在していて、それを報告書でがっつり書いていてもトップシークレットである。

 

 その時、

 

 

キイイイイィィィィン!!!

 

 

 と、空から何かが墜落してくる音が響いてくる。

 ハリベルは上を見上げると、猛スピードで宇宙船がここを目指して墜落してきていた。

 

「……九羅密美星、か」

 

 ハリベルは原因を悟り、小さくため息を吐く。

 家側に飛び下がりながら家の中を見ると、魎呼が屋根からすり抜け、阿重霞、ノイケが窓際まで駆け寄って来ていた。

 鷲羽はもはや日常の一部として、あくびをしながら顔を出していた。

 

「ハリベルさん! 家の中へ!」

 

「落下地点は池の中央だ。家までは被害は出まい」

 

 ノイケが窓を開けてハリベルに声を掛けるが、ハリベルは縁側に上がって腕を組んで空を見上げていた。

 すでに落下地点を予測しており、この家に被害はないことは確信していた。

 

 その2秒後。

 隕石が如く池の中央に宇宙船が墜落する。

 

 巨大な波が発生し、柾木邸へと迫る。

 ハリベルはラグリマに意識を向けて、その力を発動して右手を突き出す。

 

 すると、波は見えない壁に跳ね返されたかのように、池へと押し戻されていく。

 それを見た阿重霞やノイケは目を見開き、鷲羽は感心の声を上げる。

 

「ほぉ~。あの姿にならなくても、水を操れるんだねぇ」

 

「……流れの向きを変えるくらいが限度だがな。それにお前が弄ったのもある。力が引き出しやすくなっている」

 

「いやいや、それでも大したもんだよ。それにしても、いい加減ビーコンがないことを覚えてくれないかねぇ、あの子は」

 

 鷲羽は諦めのため息を吐いて、デッキに転送されてきたびしょ濡れの美星を見る。

 

「う~……あの~……鷲羽さん……。すいません……。また壊しちゃいましたぁ……」

 

「っっ……!! 美星ぃーーー!!!」

 

「あ、あれぇ~~~!?」

 

 般若化したノイケの怒号が響き渡る。

 美星は泣きながらデッキに倒れ、ハリベルはノイケの怒号にやられた耳を押さえながらため息を吐く。

 鷲羽、阿重霞、魎呼はもはやいつものことなので、すでに日常に戻っていた。砂沙美はもはや出てくることすらなかった。

 

「あぁ、ハリベル殿。今のうちに報酬について話そうじゃないか」

 

「……はぁ」

 

 ハリベルはもう一度小さくため息を吐いて、大人しく家の中へと戻る。

 流石にびしょ濡れのデッキに、ノイケの怒号と美星の鳴き声が響く場所にいる気になどなれなかったのだった。

 

 

 

 その後、昼時まで鷲羽に宇宙船の要望を伝え、そこから何故かラグリマの更なる改造について迫られたのを何とか押さえ込んだハリベル。

 改造を止めてもらう引き換えが、〝解放(レスレクシオン)〟形態のパーソナルデータを取らせることだったのは、そこはかとなく不安だがそこはもう諦めることにした。

 

「ふむふむ…………ほっほぉ……」

 

 鷲羽はラグリマとハリベルのデータを色々組み合わせて、ニマニマしている。

 ハリベルはその横で少しぐったりと椅子に座りながら、ずっと抱えていた疑問を訊ねることにした。

 

「魎呼についてだが……」

 

「ん? なんだい?」

 

 鷲羽は手を止めず目をモニターから離さずに、耳だけを傾ける。

 

「魎呼の力。700年前、樹雷を襲撃したにしては弱すぎると感じた。魎皇鬼の力だけで伝説にはなるまい?」

 

「ああ、今の魎呼は遙照殿に力を封じられたままだからね。700年前の3分の1程度しか力を引き出せないんだよ」

 

「……なるほど。あの皇家の樹が力を失わない理由が魎呼の力か……」

 

「そういうこと。遙照殿が樹雷に帰る暁には、魎呼も完全復活ってことだね。まぁ、何百年先かは分からないけど」

 

「……時が経てば経つほど、柾木天地は力をつけ、魎呼は力を取り戻すか……」

 

「その頃になれば、阿重霞殿の〝龍皇〟も再生も終えるだろうしね」

 

「……始祖樹に第二世代の樹、そして九羅密家の『奇跡の天才』か……」

 

「そして、ハリベル殿だねぇ。()()()()()()、全開の魎呼にだって負けないだろ?」

 

「……」

 

「ラグリマに手を出されたくない理由がそれだろ?」

 

「……」

 

「1つ、いい事を教えてあげよう」

 

「……なんだ?」

 

「ラグリマの元になった『()()』のデータだけどね。あれ、私の♡」

 

 鷲羽が物凄くいい笑顔をハリベルに向け、ハリベルは衝撃で完全に固まり、唖然と鷲羽を見つめる。

 

 宝玉のデータを見つけたのは、本当に偶然だった。

 海賊達が集まるコロニーの闇市で見つけたもので、扱っていた店主もその凄さを分かっていなかったため、格安で手に入れることが出来た。

 ハリベルはそのデータを元に、自身の拠点で少しずつ独自に改良を重ねて完成させたのが『ラグリマ』である。

 

「……私が持っているデータに関しては渡す。悪いが入手経路は不明だ。海賊コロニーの露店で見つけたからな」

 

「そうかい……。あれが出回るのは厄介なんだよねぇ~」

 

「白眉鷲羽にしては珍しい失態だが……」

 

「いやぁ、まだアカデミーに来る前にねぇ。検査依頼出しちゃったんだよ。出来る限り消したんだけどねぇ。その頃は宝玉がどんな代物だったかの記憶は消してたし」

 

 珍しく顔を顰めて後頭部を掻く鷲羽。

 ハリベルは小さくため息を吐く。

 

「だから、私の雑な改造が我慢ならない、と?」

 

「まぁね。だから、改造っていうのはあくまでソフト面に留めるつもりだよ。ハード面に関してはハリベル殿の思い入れもあるだろうしね」

 

「……はぁ」

 

 ハリベルはまたため息を吐いて、ラグリマを外して鷲羽に渡す。

 

「ソフト面だけにしてくれ」

 

「分かってるさ。ぐふふふ♪」

 

「……」

 

 確実に何か企んでいそうだが、どうせどこかで隙を見て改造されるのは目に見えているので諦めることにした。

 宝玉の持ち主ということもあり、その構造は誰よりも分かっているはずなので、自分で改造を続けるよりはマシかもしれないのも事実だった。

 

 そこにノイケが顔を覗かせて、

 

「鷲羽様、ハリベルさん。食事の用意が出来ました」

 

「あいよ」

 

 鷲羽とハリベルは立ち上がって、居間へと出る。

 掘り炬燵はハリベルが座って十分余裕があるほど拡張されており、テーブルも変わっていた。

 豪華な昼食がテーブルに並べられていたが、一席だけ明らかに食事がみすぼらしくなっており、その前に美星が座って落ち込んでいた。

 

「うぅ~……」

 

 どうやら墜落したことへの罰のようだった。

 それも日常茶飯事なのか、天地達は呆れているも誰も手を差し伸ばすことはなかった。

 

 なので、ハリベルも手を差し伸べることはせずに大人しく座る。

 そして、砂沙美とノイケの美味しい食事を頂き、午後も各々自由に過ごし始める。

 

 天地は再び畑仕事に行くようなので、ハリベルも付いて行くことにした。

 

「あの……いいんですか?」

 

「やることもなく、ずっとタダ飯食らいというのも気が引ける。力仕事くらいならば、最低限手伝えることは手伝おう」

 

「あ、ありがとうございます。(……どっかの酒飲みに聞かせてやりたいなぁ)」 

 

 天地は恐らく今も天井の梁で酒を飲み始めているだろう魎呼を思い浮かべて、小さくため息を吐く。

 畑についた天地達は早速作業を始める。

 

 ハリベルは天地に鍬の使い方や作業の方法を簡単に教わると、

 

 あっという間に会得してノイケに匹敵する即戦力となり、夕方前にはいつもの2日分の作業量を終えてしまったのであった。

 

「……凄いなぁ」

 

 天地はニンジンが入った籠4つと完璧に耕された複数の畑を見て、涙が浮かびそうになるほど感動していた。 

 

「天地兄ちゃ~ん! ハリベルお姉ちゃ~ん!」

 

「みゃみゃ~!」

 

 そこに砂沙美が頭に魎皇鬼を乗せて、軽やかに猛スピードで駆け寄ってくる。

 砂沙美は大量のニンジンが入った籠を見て目を丸くし、魎皇鬼は目を輝かせてニンジンの山に飛びついた。

 

「みゃあん♪」

 

「うわぁ! すっごい! これ2人で終わらせたの!?」

 

「凄く手際が良くてね。あっという間に追いつかれちゃったよ」

 

「今日はもう終わり?」

 

「うん、そうしようと思ってるよ。ただでさえ頑張ってくれた病み上がりのハリベルさんに、これ以上無理はさせられないしね」

 

「……柾木天地。私の身体はほぼ完治している。この程度の作業ならば問題はない」

 

「けど、完全にではないんですよね? それに治っていなかったのは筋肉や内臓なんでしょ? だったら、ちゃんと完治するまでは無理させられませんよ」

 

 ハリベルに引け目を感じていた天地は、無理をさせるのは本意ではない。

 そもそもここに滞在することになった理由は、己の未熟さなのだから。

 

 ハリベルは天地の気持ちを悟り、それ以上は何も言わなかった。

 

「じゃあ、帰る前にここでおやつにしよ! 帰って食べても代わり映えないし!」

 

「そうしようか。いいですか?」

 

「……ああ」

 

「じゃあ、用意するね!」

 

 砂沙美は道にシートを敷いて、背中に背負っていたリュックを降ろし、バスケットを取り出す。

 天地とハリベルは靴を脱いでシートに座る。

 魎皇鬼はニンジンを1本貰って、すでに食べるのに夢中になっている。

 

 砂沙美がバスケットを開けると、中にはサンドイッチやクッキーなどが並べられていた。

 

「……ほぉ」

 

「特製キャロットサンドにニンジンクッキー、それとキャロットマフィンだよ~!」

 

「……」

 

 ハリベルは感心するような声を上げて僅かに目を見開くも、砂沙美の告げた品名に一瞬で呆れへと変わる。

 

 ニンジンばかりを育てて、料理までニンジン尽くしとなると呆れても仕方がないだろう。

 美味しいので問題はないが、天地達はよく飽きないなと逆に感心してしまう。

 

 ハリベルは砂沙美に渡されたサンドイッチを受け取り、早速一口食べる。

 

「……ほぅ」

 

 ハリベルは口にして、すぐに目を見開く。

 ニンジンの甘みが朝食や昼食で出たニンジンとは違うことに気づいたからだ。

 

 砂沙美と天地は気づいたハリベルに笑みを浮かべる。

 

「ご飯とは違うでしょ?」

 

「畑によって土が違うとは思っていたが……。ここまで甘さが変わるのか」

 

「鷲羽ちゃんにも手伝ってもらって、色んな条件で育ててるんです。栄養はもちろんですけど、甘味とか苦味のバランスとか、料理によって味がどう変わるかとか」

 

「……そこまでして、売り物にしないのか?」

 

「あははは……。一応樹雷の皆さんや正木の村、普段は宇宙にいるアイリさんや姉さんには分けたり、他の食材と交換してるんですけどね。あくまで自分がこだわりたかっただけですし、売り物にするつもりで育てたものでもないですから」

 

「……別に売り物にするからと、やり方を変える必要はない。お前が好きなように育てた物を、周りが勝手に欲しがっているだけだ。値段などお前が好きに付ければいい。それに文句があるなら、買う側が多めに払うか、今のように物々交換を持ちかけてくるだろう」

 

 天地の性格から考えれば、恐らく値段を付けた所で「安すぎるわ!!」と怒鳴られるに違いない。

 樹雷皇家まで求める品物だ。値切る猛者などアイリくらいだろう。

 

 瀬戸は商売取引は立場的なものもあるのか、むしろ太っ腹レベルで金を出す。

 むしろ天地に値引き交渉などすれば、タダで譲られかねない。

 そうなれば「天地大好き!」な樹雷関係者は罪悪感マックスになるのは間違いなく、周りにバレれば何を言われて、何をされるか分からないので絶対にしないだろう。

 

 なので、ぶっちゃけ天地が商売を始めれば繁盛すること間違いなしなのだ。

 しかも、背後には白眉鷲羽がいるので、品質も疑う必要もない。

 柾木天地と白眉鷲羽の共同製作に、ケチをつけれる者が宇宙にどれだけいるのか。

 色んな意味で恐ろしくて堪らないのは想像に難くない。

 

 天地は苦笑いを浮かべて頬を掻きながら、

 

「そうかもしれないですけど。今の所、皆身内ばかりですからね。どうにも……」

 

「ふっ……。確かにお前が商売などと言い出すと違和感しか湧かないな。そういうのは白眉鷲羽の役目、か」

 

「あはは! そうだね! 鷲羽お姉ちゃんなら変なお店造って売り出しそう!」

 

「みゃみゃあ!」

 

 砂沙美は楽しそうに笑い、魎皇鬼は砂沙美に釣られて意味はわかっていないが笑う。

 天地も想像が出来てしまい、思わず吹き出してしまう。

 

 その後も和やかな雰囲気の中で食べ続ける。

 食べ終えた後、ニンジンの籠を天地が1つ、砂沙美が1つずつ背負い、ハリベルが1つ背負って、最後の1つを肩に担ぐという荒業で一気に運ぶ。

 

「す、すいません……。無理させられないとか言っときながら……」

 

「前も言ったが、この程度ならば負担にもならん」

 

 実際ハリベルは全く重さを感じていない。

 生体強化は伊達ではない。それがレベル11にもなれば、トラックに轢かれてもハリベルが無傷で勝つくらいなのだから。

 

「いや……そういうことじゃなくて……」

 

「ハリベルお姉ちゃん。天地兄ちゃんは、女の人で、しかも病み上がりの人に重いものを持たせちゃったことを謝ってるの」

 

 砂沙美が苦笑しながら、天地の思いを代弁する。

 その価値観にハリベルは首を傾げる。

 

 ハリベルが記憶する限りでは、そんなことなど言われたことなどなかったからだ。

 海賊、しかも頭領を張っていれば、女であろうと男勝りの者が多く、力仕事など当たり前なのだ。

 どこも人手があるわけではないし、無闇に人を頼って盗まれたり、何を仕掛けられるか分からないからだ。

 

 阿重霞は皇族なので、今まではお付きの者が。砂沙美は皇族かつ見た目がまだ子供なので持たせるわけもなく。

 美星は下手に持たせると壊れ、鷲羽はガーディアンやサイキックが使える。

 魎呼は持てるが雑で任せられず、ノイケは止めようにもあっという間にいなくなるか、頑固として譲らない。

 

「地球には生体強化はないから。男の人の方が力持ちなんだよ」

 

 砂沙美の説明に、ハリベルは小さく頷きながら家へと戻る。

 

 ニンジンを保管して、家に戻った天地達は風呂に入ることになった。

 

 そして、その流れで夕食の準備がある砂沙美とノイケ以外の女性陣も風呂に入る。 

 魎呼達女性陣はいつものノリで酒盛りを始め、ハリベルは呆れながら見つめていた。

 

 他にも柾木家の風呂は、なんと庭に浮かんでいる巨大な大浴場だった。

 光学迷彩で外からは見えなくなっており、景色は抜群である。

 女性陣は大浴場になっており、その少し高いところに天地用の小さな浴槽がある。

 

 ハリベルはその豊満で引き締まった裸体を隠すことなく、すぐ近くで騒ぎ始めている魎呼達の声を聴いていた。

 

 そこに鷲羽が徳利とお猪口を持って近寄ってきた。

 

「どうだい?」

 

「……」

 

 ハリベルはすでに酒が注がれているお猪口を前に出されて、小さくため息を吐いて受け取る。

 そして、一口飲む。

 鷲羽も横に座って、自分で注いで一口飲む。

 

「風情があっていいだろ?」

 

「……そうだな」

 

「で、天地殿との共同作業はどうだったんだい?」 

 

「……」

 

 ニヤけながら訊ねてくる鷲羽に、魎呼と阿重霞がガバッ!と顔を向けて睨みつけてくる。

 美星はすでに酔い始めてポヤポヤし始めている。

 

「……どうもない。ただ手伝っただけだ」

 

「そうかい。くくくっ♪」

 

「ちっ……!」

 

 楽しそうに笑う鷲羽に、魎呼は舌打ちをして裸で飛び上がって姿を消す。

 

「うわぁ!? りょ、魎呼!?」

 

「天地ぃ。そんな1人で入ってないでさ~。一緒に入ろうよ~」

 

「ちょっ!? まっ!?」

 

 上の浴槽から天地の慌てる声と魎呼の猫なで声が聞こえてくる。

 そして、ハリベル達の真上に魎呼が天地の腕を抱えてテレポートしてきた。

 

 天地は頭から湯船に落ち、阿重霞やハリベル達は頭からお湯を被って、美星はひっくり返る。

 酒はもちろんひっくり返り、唯一無事だったのは鷲羽が持っていた徳利だけとなった。

 

「りょ、りょ、魎呼さん!? 何をなさってますの!?」

 

「何って天地と一緒に風呂に入りたかったからに決まってるじゃねぇか」

 

「ぶはっ!? はぁ……っっ!?」

 

 阿重霞と魎呼が言い合いを始めた間で天地がお湯から頭を出して、ため息を吐くように息を整える。

 そして、顔を上げると、すぐ目の前に髪を掻き上げるハリベルがいて顔を真っ赤にして目を見開く。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 天地は慌てて体ごと後ろを振り向いて、湯船の縁に移動する。

 ハリベルは小さくため息を吐いて、

 

「別にお前が謝る必要はない。裸程度見られたからと言って、怒る気もない」

 

「は、裸程度って……」

 

「くくくっ! ハリベル殿の裸は、この家でも1,2を争うほどの色気があるからねぇ。見慣れた魎呼の裸よりも威力は高いだろうね」

 

「ぐっ……!? うるせぇな! そもそもこの身体を造ったのはテメェだろうが!」

 

「色気ってのは体つきだけで決まるもんじゃないだろ? あんたはその性格で色気半減だよ」 

 

「て、てんめぇ……!!」

 

 魎呼は拳を握り締めるも、その隣のハリベルの裸を見て、複雑そうに顔を顰めて黙り込む。

 悔しいが、事実ハリベルの身体の方が胸も尻も豊満で、それによって腰のくびれや手足のしなやかさが強調されていた。

 

「「…………はぁ」」

 

「くくっ!」

 

 魎呼だけで阿重霞もハリベルの身体と己の身体を比べてため息を吐く。

 それに鷲羽は噴き出し、ハリベルは呆れるだけだった。美星はいつの間にか復帰して、新しく酒を取り出していた。

 

「ふん! ところで、てめぇ。いつ出て行くんだよ?」

 

 魎呼は気を紛らわせるようにそっぽを向いて、無理矢理話題を変える。

 しかし、その内容に天地も流石に反応する。

 

「おい、魎呼!」

 

「別に今すぐだなんて言わねぇよ。けど、ホントにここに居座る気か?」

 

「……そのつもりはない。遅くとも明後日には出て行くつもりだ」

 

「え!? 明後日って……体は……」

 

「明後日には戦闘にもほぼ支障がない程度には回復する。宇宙ならば白兵戦は少ない」

 

「けど……また、海賊を?」

 

 天地は顔を向けることはないも、少し言い辛そうに訊ねる。

 正直、天地はもちろんノイケ、砂沙美、鷲羽や阿重霞さえもハリベルに海賊は合っていないのではと思っていた。

 

 ハリベルは夕陽を見つめながら、

 

「表向きは、そうなるだろう」

 

「表向きは?」

 

「樹雷の鬼姫に捕まった以上、結局は首輪付きの子飼いだろう。裏では情報収集や裏工作の使い捨ての駒、となるだろうな」

 

「そんな……!」

 

「お婆様はそんな方では……!」

 

「お前達にそんな血生臭いところなど教えまい。しかし、それが出来るからこそ、あの者は恐れられているのだ」

 

 ハリベルの言葉に天地と阿重霞は鷲羽に目を向けるが、鷲羽は肩を竦めるだけだ。

 それに天地と阿重霞は複雑な表情を浮かべて顔を俯かせ、魎呼も不快気に顔を歪める。

 

「それに……ここは私には少し、眩しい」

 

「……眩しい?」

 

 天地はもちろん鷲羽達もハリベルに顔を向ける。

 

「私にとって世界は……闇と血の海に、鉄と灰を浮かべた地獄のような場所だ」

 

「……」

 

「私は過去の記憶がない」

 

「え……?」 

 

「今の私は、度重なる生体強化によって本来の人格が狂ったことで形成された人格だ。故に私は生まれた時から生粋の戦闘マシンと言える」

 

 ハリベルの独白に鷲羽を除く全員が目を見開いて固まる。

 

 天地も生体強化の危険性については簡単に説明を受けている。

 もちろん、それはあくまで必要以上に強化した場合に起こりうることだということも。

 

「私は暗い宇宙と闘争しか知らない。……ここは眩し過ぎて恐怖を覚える」

 

 あまりにも平和で、あまりにも長閑で、奪うこともなく壊すこともなく、殺すこともない。

 

 それはハリベルにとって初めての世界だった。

 だからこそ、この世界に浸かり続けると、己がどう変わるのかが想像出来ないことに恐怖を覚えていた。

 

 天地達は言葉通り怯えているように見えるハリベルに、どう声を掛ければいいのかが分からなかった。

 

 その後、少し重苦しい雰囲気のままで食事となり砂沙美とノイケを戸惑わせ、食後もそれぞれが考え込む夜を過ごしたのだった。

 

 



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鮫は海上に上がる

 ハリベルの独白を聞いた夜。

 

 鷲羽はアイリの執務室に移動して、瀬戸、アイリ、美守と円座になって報告会をしていた。

 

「ふむ……。天地殿の家の雰囲気が怖い、か。それは予想していなかったわ」

 

「まさか生体強化で記憶を失っていたなんてね……」

 

「よくあそこまで気高さを保っていたものですねぇ。大抵は己を抑え切れずに暴れ回るものですが……」

 

 瀬戸、アイリ、美守がハリベルの話を聞いて、少し悲し気に目を伏せる。

 

 流石に瀬戸達もハリベルの細かい過去までは知らなかった。

 

「まぁ、ある意味あの家に住むのは、彼女にとって大事なことかもしれないけどね。魎呼や阿重霞殿も話を聞いてからは警戒心はなくなったけど、逆に留めるのも難しくなった感じもある」

 

「そうねぇ……」

 

「天地ちゃんはどうなんですか?」

 

「気にかけて、悩んではいるみたいだけどねぇ。流石にただの同情だけで話せる話題でもないし、きっかけも中々見つからない。何より、そこまでしてハリベル殿を止める理由も信頼関係もまだお互いにないって言うのが問題だね」

 

「かと言って、私達で取り持てることでもありませんねぇ」

 

「ハリベル殿の部下はどうなんだい? 何か取っ掛かりみたいなのはないのかい?」

 

「その子達は数年前に引き入れた子達らしくてね。ハリベル殿の詳しい過去は聞かされてないみたいなのよ。今回の依頼の際には、他の信頼してる海賊に移籍させようとしてたし。まぁ、本人達が嫌がって、結局今は水穂ちゃんの部下として訓練させてるけど……」

 

「ってことは、基本的には瀬戸殿の部下って感じかい? ハリベル殿は使い捨ての子飼いにされる、みたいなこと言ってたけどね。くくくっ!」

 

「そう言うと思ったから、厳密には水穂ちゃんの部下ってことになる予定よ。だから、使い捨てにされることはないでしょ」

 

 瀬戸は不貞腐れたように言うが、水穂は瀬戸の副官なので結局は瀬戸の部下であることは変わらない。

 しかし、危険な任務の場合は、水穂の許可を貰わねばならず、瀬戸よりも水穂の命令権が上位となる。

 

 なので、()()マシではある……はずである。

 

「まぁ、水穂殿なら、天地殿達を悲しませるようなことはさせないだろうね」

 

 鷲羽は苦笑しながら頷く。

 

「それにしても、ハリベル殿がどうなるかは鷲羽ちゃんでも分からないの?」

 

「いやぁ~……天地殿に深く関わることになると、予知が難しくなってねぇ。かなりの不確定要素が入る様になったんだよ」

 

「あらまぁ……」

 

 鷲羽は力を封じていても、頂神であることを思い出した今、その権能を使うことが出来る。

 なので、本来ならば全知全能を以て、未来を知ることも出来るのだが、天地が頂神を超える超次元生命体としての可能性に目覚めたことで、天地が関わる事柄に関しては、鷲羽達の力が手出しできないようになってきているのだ。

 

 今回はもろに天地に関わることなので、鷲羽達の予知も大きくノイズが走っていた。

 

「けど……」

 

「ん?」

 

「逆に言えば、ハリベル殿はまだ天地殿とは縁が切れない可能性が高いってことだね」

 

 これで天地と縁が切れるのであれば、未来では鷲羽の力が届くはずだ。

 しかし、それが未だ届く気配がないということは、そういうことである。

 

 それを聞いた瀬戸は満足げに頷いて、

 

「では、今は天地殿の男気に任せるとしましょうか」

 

「けど、これでまた地球の戦力が恐ろしいことになりますね。ホホホ」

 

「全くだわねぇ……。遙照君も樹雷に戻った時は大変ねぇ」

 

「アイリ殿が樹雷皇妃になることに比べれば、私らのことなんて大したことじゃないよ」

 

「……確かに……ちょっと嫌ねぇ」

 

「嫌なら、私は別にならなくても構いませんけどね。そっちの方が樹雷にとっては嫌ではありませんか?」

 

「……確かに」

 

 勝仁が樹雷に戻った際に、アイリが皇妃になってもならなくても、大問題になる気しかしない。

 しかし、外で好き勝手される方が、暴走した際に抑えきれずに苦情が全て樹雷に来るかもしれないので、それもそれで困る。

 

 瀬戸は来るかもしれない未来に盛大に顔を顰める。

 

「遙照殿に誰か紹介しようかしら……」

 

「それでもアイリ殿と縁が切れないんだから、無駄だよ無駄」

 

「それもそうねぇ」

 

 遙照の妻であることに変わりはなく、瀬戸の副官である水穂の母で、天地の姉である天女、そして天地の祖母なのだから、樹雷にとって超功労者であることも変わりない。

 なので、生きてる以上、樹雷がアイリを無下に扱えないのだ。

 

 今は瀬戸であり、遙照の父母である阿主沙と船穂、そしてお守りとして美守がいるから、そこまで被害がないだけである。

 更に鷲羽の弟子になったので、鷲羽も抑えに回れるようになったことも大きい。

 

「話を戻して。とりあえず、私はハリベル殿に渡す予定の宇宙船の製造に取り掛かるよ。その後に今使ってる宇宙船も改造するからね。それでいいんだろ?」

 

「ええ、お願い」

 

 鷲羽の問いかけに瀬戸は頷いて、今日は解散となった。

 

 

 

 翌日。

 昨日よりは雰囲気は和らいだが、それでも天地の表情はまだ暗かった。

 それを魎呼達は心配そうに見つめるが、内容が内容なので声を掛けられない。

 

 ハリベルも自分から解決するつもりもないので、黙々と食事を続ける。

 現状の方がこのまま去るには、むしろ良いと判断したからだ。

 

 食べ終わった天地はいつも通り畑に出かけ、ハリベルも気まずい雰囲気ながらも手伝う。

 今日も猛スピードで畑仕事が終わったため、午後の畑仕事は休みとなった。

 

 ハリベルはデッキに胡坐を組んで座り、風で揺れる波音と遠くから聞こえる葉が揺れる音に耳を傾ける。

 

 ちなみに昼食時に鷲羽からラグリマを返してもらっており、今はチョーカーとして胸元に鎮座している。

 

 精神統一の如く目を閉じて、しばし自然と溶け込む。

 そこにゆっくりと近づいてくる人の気配。

 

 ハリベルは目を開いて、

 

「……柾木天地か」

 

 未だ複雑な表情を浮かべて近づいてきた天地は、当てられたことに少し驚く。

 

「あ、はい……。その……隣、いいですか?」

 

「……好きにしろ」

 

 ハリベルは胡坐を解いて、左脚をデッキから投げ出して右膝を立てる。 

 天地はその横に両足を投げ出す形で座り、すぐ下の水面を見つめるように俯く。

 

 5分ほど互いに黙ったままだったが、意を決した天地がゆっくりと口を開く。

 

「ハリベルさんは……」

 

「……」

 

「なんで、海賊になったんですか?」

 

 話をしようにも天地はハリベルが何故海賊を始めたのかを知らない。

 そこを知らなければ、自分がどうしたいのか、どうすべきなのか、はっきりしないと思ったのだ。

 

「……海賊は樹雷を始めとする銀河連盟には属していない者達であるということは理解しているか?」

 

「……少しは、ですが」

 

「では、宇宙にある全ての国家が銀河連盟に属しているわけではない、ということは?」

 

「それは……始めて聞きます。けど、なんとなく想像は出来ます」

 

 そもそも天地は樹雷以外の国家をほとんど知らない。

 美星の実家である九羅密家が率いる世二我という国も名前程度だ。

 

 なので、銀河連盟がどれほどの規模なのかも知るわけはない。

 しかし、海賊がいる以上、全ての国がそこに属しているわけはない事も何となく理解出来る。

 この地球とてそうなのだから。

 

「私の故郷は、簾座連合と呼ばれている銀河連盟とは異なる勢力に属している」

 

「簾座連合……」

 

「銀河連盟と簾座連合の間には、海賊の支配宙域があり、樹雷やGPの力も及ばない。そして、樹雷ほどの力のある国でもない。それ故に近年では銀河連盟で儲けることが出来なくなった海賊達が、簾座に流れてくるようになった」

 

「……もしかして、海賊に故郷を?」

 

「いや、滅ぼされたわけではない。しかし、このままでは被害が増える一方だということで、樹雷やアカデミーの戦力をどうにかして手に入れて簾座へと持ち帰れないか、という話が持ち上がった」

 

「……まさか」

 

「そう。私は海賊として銀河連盟の支配宙域に入り、銀河連盟の力を手に入れるための工作員だ。使い捨てで戻れたら奇跡、だがな。成功するなど期待されておらず、恐らく私は簾座では死んだ扱いになっているだろう」

 

 スパイで海賊などバレたら、国として認めるわけにはいかない。

 銀河連盟に隙を作るわけにはいかないのだから。

 なので、ハリベルは国から出た時点でその存在を消されていると考えている。今の状態で戻っても、ただの海賊として殺されるだけだろう。

 

「そんな……」

 

「だが、別ルートでアプローチをしている者達を見つけた。その者達をフォローすれば、最低限の義理は果たしたことになるだろう。私の犠牲にも意味が生じる」

 

「……それが今回の依頼を受けた理由、ですか?」

 

「ああ。このことを知っているのは、樹雷の鬼姫、白眉鷲羽、柾木勝仁、そしてお前だけだ。私の部下すらも知らない」

 

「……なんで、それを俺に?」

 

「命を狙ったのだ。理由を話すのが筋だろう」

 

 ハリベルの言葉に天地はますますこのままではいけないと強く思う。

 

 ハリベルの言葉からは、どうにも自分が犠牲になることを受け入れている雰囲気を感じるのだ。

 自分が犠牲になることに疑問すら感じていない様子に、天地は怒りすら覚えてきた。

 

 もちろん、それは地球人としての感性であることは理解している。

 しかし、魎呼や阿重霞達とはそれで今まで暮らしてきた。

 恋愛などに関しては未だに慣れないが、それでも決して命に関する価値観が大きくズレているわけではないと感じている。

 

 天地はこれまでの話を聞いて、ハリベルは神我人に操られた魎呼と同じではないかと思っていた。

 

「……辛くはないんですか?」

 

「……それは平穏を常にしてきた者が抱く感情だ。私にはこの生き方を辛いと言える過去がない」

 

「なら、今からでも遅くはないと思います」

 

「……」

 

 ハリベルは僅かに目を見開いて、天地に目を向ける。

 天地は柔らかい笑みを浮かべながらも、まっすぐにハリベルを見ていた。

 

「知らないならば知ればいいと思いますよ。幸い…なのかは分かりませんが、寿命が数千年もあるんですから。少し平穏を生きるくらい、許されるはずです。それに……それを知らないのに犠牲になるって言うのは……なんて言うか……少し、ズルい気がします」

 

「……ズルい、か」

 

「すいません。けど、今のハリベルさんが言う『犠牲』は……少し、軽いと思いました」

 

「……」

 

 天地は顔を俯かせながら、それでもはっきりと言い切る。

 ハリベルは池の水面に目を向けて、そこに映る己の顔を見つめる。

 

「……ふっ」

 

 天地の言葉を心の中で反芻したハリベルに湧き上がった感情は、己に対する嘲笑であった。

 

「ハリベルさん……?」

 

「ズルくて、軽いか……。初めて言われたな」

 

「あ、す、すいません。や、やっぱり俺なんかが何言ってるんだって感じですよね」

 

「いや、お前は正しい」

 

「え?」

 

「私は、逃げていたのだろうな。光も届かぬ暗い深海から、光に溢れた海面に上がることが。一度壊れた私の世界が、もう一度壊れるかもしれないことを恐れ、目を背け、『故郷のために犠牲となる』と言う聞こえの良い言葉に、酔いしれていた……」

 

 気づいてはいたが、ずっと目を背けていた事実。

 宇宙に居続ければそれでも問題はなかったのだろうが、ここは、ここにいる者達はそれを許してくれなかった。

 

 これが瀬戸や鷲羽達が狙っていたことかどうかは分からない。

 いや、知らなくてもいいだろう。

 その方が……嬉しいと思う。

 

 そう、ハリベルは想った。

 

 その想いに、ハリベルは無意識に目を瞑って儚げな微笑みを浮かべる。

 

 天地はその微笑みに一瞬見惚れ、直後顔を赤くして誤魔化すように小さく咳払いをする。

 

「ん、んんっ! す、すいませんでした。色々と好き勝手言ってしまって!」

 

「……気にするな。と言っても、気にするのだろうな、お前は」

 

 ハリベルは慌てたように話す天地に、目を細めて微笑みながら言う。

 その慈愛の籠った笑みに天地はまた顔を赤くして、慌てて立ち上がる。

 

「お、俺、じ、神社の掃除に行くので! こ、ここで!」

 

 天地は逃げるかのように走り去る。

 ハリベルは苦笑しながら立ち上がり、家へと振り返る。

 

 すると、魎呼、阿重霞、鷲羽、砂沙美、ノイケが家の中からこっちを覗いており、ハリベルが振り向いた瞬間、鷲羽を除いた4人が慌ててそれぞれの仕事に戻っていった。

 

 ハリベルはゆっくりと歩いて、家へと戻る。

 家の中へと入ると、魎呼は梁の上で寝転んでいるが、意識がこっちに向いているのがバレバレで、尻尾も激しく揺れている。

 

 鷲羽は堂々と腕を組んで、ニヤニヤしながらハリベルを見上げる。

 

「何を話してたんだい?」

 

「……訊ねる必要はあるのか?」

 

「んふ♪ ないわよ♪」

 

「なら、答える必要もないな。だが……」

 

「だが?」

 

「どうやら深海にも、光は届くようだ」

 

「……そうかい」

 

「厄介な男だ。生き方と存在が釣り合っておらず、鈍感のように振舞っているくせに人の心に鋭く切り込んでくる。20年も生きていない少年とも言える若者に、ここまで打ちのめされるとはな」

 

「くくくっ! いい男だろ?」

 

「……そうだな。お前達が惹かれた理由が、よくわかった」

 

「強敵は多いよ? ま、私は面白いからいいけどね」

 

「ふっ……。今は光に慣れるので精一杯だろうからな。しばらくは、近くで眺めるだけで満足できそうだ」

 

「くくっ! それはそれで楽しいだろうさ」

 

「……かもしれんな」

 

 面白そうに笑う鷲羽に、ハリベルも小さく笑みを浮かべる。

 

 2人の会話を聞いていた魎呼は、また女の住人が増えそうなことにため息を吐くも、ハリベルの心境の変化に小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 その夜。

 

 朝や昼とは違い、和やかな雰囲気で食事を迎えた。

 

「ハリベルお姉ちゃん、本当に明日帰っちゃうの?」

 

 砂沙美の問いかけに、天地達もハリベルを見る。

 

「……そのつもりだったがな」

 

「だったってことは……」

 

「ある男にこのまま戻るのは逃げているようでズルいと言われてしまったのでな。人の生き方に口を出した責任は取ってもらうつもりだ」

 

「じゃあ!」

 

 砂沙美は輝かんばかりの笑みを浮かべる。

 それにハリベルは苦笑して、天地に目を向ける。

 

「平穏を知れと言ったのだ。お前に教えてもらうのが筋だろう?」

 

「あははは……。そう、ですね……」

 

 天地も確かに少し踏み込み過ぎた発言をした自覚もあるので、苦笑するしかない。

 魎呼と阿重霞は少し不満気な表情を浮かべるも、仕方がない部分もあるので文句を口にすることはなかった。

 

「だが、九羅密美星同様、鬼姫の手伝いで宇宙に上がることはそれなりにある。偽装とは言え海賊行為も続けることになるだろうしな。毎日この家にいるわけではないはずだ」

 

「え……海賊、続けるんですか?」

 

「あくまで偽装だろうね。恐らくアイリ殿や美守殿が指示した輸送艦を襲って、そのまま裏で荷物を返すっていう茶番さ」

 

 鷲羽の説明に、魎呼や阿重霞達は呆れる。

 

「他にも他の海賊に物資を流さしたりして、情報を探らせるつもりなんだろうさ」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「普通に海賊するよりは安全だろうさ。瀬戸殿もサポートするし、私も装備を提供するしね。あくまでメインは情報収集だよ」

 

「けど、瀬戸の奴ならコイツ以外にもいるんじゃねぇのか?」

 

 魎呼の疑問に阿重霞達も頷く。

 鷲羽もそれには同意するように頷くが、

 

「聞いた話だと、近いうちに海賊達に対して大掛かりな作戦を行うつもりらしいよ。それで実力があるハリベル殿を引き込んでおきたいんだろうさ」

 

「へぇ~」

 

 どうでもよさそうに相槌を打つ魎呼に、天地達は苦笑する。

 

 こうしてハリベルは柾木家に居候することが、サラッと決まったのだった。  

 

 



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ハリベルの交流

ハリベルさんの髪色を変えた理由は、九羅密家と配色が完全一致だったためです(__)


 ハリベルの滞在が決まった翌日。

 

 今朝も天地とハリベル、魎皇鬼は畑に出てニンジンを収穫していた。

 ハリベルが参戦するだけで、作業時間が普段の半分以下になるのだから、天地としては大助かりである。

 

「正木の村に?」

 

「ええ。何軒かに配って回る予定なんです」

 

 そういう天地とハリベル、ノイケの目の前には、ニンジンたっぷりの籠が3つ置かれている。

 

 これを全て近くの村へと運ぶというのだ。

 もちろん天地やハリベル達の力ならば、全く問題ないことなのだが。

 

 正木の村までは歩いても10分程度なので、往復したとしてもそこまで時間がかかるわけでもない。

 

 本題はハリベルを正木の村の者達に紹介するということである。

 

「正木の村は柾木勝仁の子孫達なのだろう?」

 

「そうなんですが、正木の村の未成年の子は自分達の素性を知らないんです」

 

「? ……地球人と思っている、と?」

 

「はい。そして、18歳になると『成人の儀』と称して、宇宙に連れて行き、素性を明かすのがこの村の娯楽なんですよ」

 

「……よく聞く話ではあるが。よくバレずにいるものだな」

 

 ハリベルは呆れを浮かべる。

 天地とノイケは苦笑を浮かべ、内心同意する。

 

「なので、俺くらいの子がいたら、基本的には地球人と思って対応してください」

 

「……分かった」

 

「ハリベルさんは海外から来た私の知り合いということでお願いします」

 

 天地とノイケの言葉に、ハリベルは頷く。

 ハリベルとて、天地達と暮らすと決めた以上、初期文明段階の住民にバレる危険性については考慮している。

 

「だが、成人の儀とやらが必須なのかは知らんが、バレてもそこまで問題はあるまい?」

 

「正木の村の子達ならいいんですけど、生粋の地球人で村の人と仲が良い子がいるんですよ。俺の幼馴染、弟みたいな子なんですけど。今日行く家の同い年の子と親友で、よく遊びに来てるんですよ」

 

「……なるほど」

 

「山田西南っていうんですけど。もし会ったら、注意してくださいね」

 

「注意?」

 

「凄く良い子なんですけどね。すっっごく運が悪いんです」

 

「……運が、悪い?」

 

 ハリベルは訝しむように片眉を上げる。

 天地とノイケは苦笑いを浮かべて、

 

「それはもうビックリするほど運が悪いんです。段差があれば転んで、壁にもたれ掛かれば崩れて、扉に手を掛ければ屋根ごと崩れて、自転車に乗れば必ずパンクするか田んぼに落ちるかして、車に乗ってもパンク、エンスト、故障は当たり前というくらいで……」

 

「……確率の偏り、か」

 

「恐らくは」

 

 ノイケは憐れみの顔を浮かべて頷く。

 

 確率の偏りとは、原因不明の現象である。

 防ごうとしても防げるものではなく、コントロールしようとして出来るものでもない。

 

 柾木家で言えば、美星が確率の偏りの持ち主である。

 美星は意味不明の幸運、であるが。 

 

 西南はその真逆である。

 

「……西南君はあまりの悪運のせいで、周囲から疎まれることが多くて……。学校の行事には参加させてもらえないし、遊んでくれる友人なんて両手で数える程度なんですよ。病院に入院するのも日常茶飯事ですし。それでも凄く純粋で優しい子なんです」

 

「……お前達にはそれが尊く、愛おしい……か」

 

 ハリベルにも手を差し伸ばした柾木家の血筋の者達だ。

 むしろ納得出来る話ではある。

 どうにかしてやりたくても、宇宙の技術は使い辛いのだろう。凄まじい不運を考えると、下手な対策も逆に危険な可能性もある。

 

 簡単に注意事項を聞いたハリベルは、天地、ノイケ、そして魎皇鬼を頭に乗せた砂沙美と共に正木の村へと向かう。

 ノイケと砂沙美はそのまま買い出しに出かけるらしい。

 

 10分もせずに村へと着き、木造二階建ての家に到着する。

 

「月湖さーん! ニンジン、持ってきましたよー!」

 

 天地が家の中に声を掛けると、中から黒髪を後ろで纏めた美女が顔を出す。

 

「いらっしゃい、天地君。それに砂沙美ちゃんに、ノイケさん、魎ちゃんも。あら、あなたは……」

 

「こんにちわ、月湖おばちゃん! この人はこの前からうちで暮らしてるハリベルお姉ちゃんだよ!」

 

「みゃあ!」

 

「そう。正木月湖です。よろしくね、ハリベルさん」

 

「ああ」

 

 天地が背負ったニンジンの籠を置く。

 

「ごめんね、天地君。海ったら、いきなり西南ちゃんと遊びに行くって言って出て行っちゃって」

 

 この家には天地の2つ年下の正木 海という月湖の息子もいる。

 山田西南と同い年で、天地とも幼馴染である。

 

「いいんですよ。今日はハリベルさんを案内するついでですから。それにしても、西南君がここに来るんじゃなくて、遊びに出かけるなんて珍しいですね?」

 

「ここ最近は海の方から出向いて、歩いて遊びに行くのが増えてるのよ。多分、霧恋が宇宙に上がったからってのもあるんでしょうけどねぇ……」

 

 月湖は少しだけ寂しそうにしながら言う。

 しかし、すぐに表情を明るくして、

 

「ああ、霧恋って言うのは私の娘で、数年前に宇宙に上がった子なんです。その子は西南ちゃんを凄く可愛がってたんですけどねぇ」

 

「ちなみに私のGPの同期で、表向きは軍所属ですが、実際は水穂様の部下ですね」

 

「西南ちゃんも霧恋に凄く懐いて……というより、恋してるんだけどね。見事にすれ違い状態だわ」

 

「「「あははは……」」」

 

 月湖がため息をつきながら言い、それに天地、ノイケ、砂沙美が苦笑する。

 ハリベルはなんとなく人間関係を把握するが、特に口を挟むことはなかった。

 

「もしうちの馬鹿息子に会ったら、注意してください。年相応かもしれませんが、エロガキなので」

 

「適当にやり過ごせ、と?」

 

「はい。宇宙に長くいる人からすれば、大したこともないセクハラですけど。地球では下手したら通報、逮捕ですし。親戚関係の方以外だと、変な勘違いされても困りますから」

 

「……承知した」

 

 苦笑しながら言う月湖に頷くハリベル。

 数百年レベルで生きる宇宙の者にとっては、天地くらいの見た目通りの年齢となると、小学生に対する様に声を掛ける者が意外と多い。

 恐らく経験の無さ故の初心な反応が可愛く見えるのだろう。

 

 そのせいか、勘違いされて本気で恋されて後々トラブルになる事例がそこそこあるのだ。

 

 その後も正木の村を、ニンジンを配りながら転々とする。

 大抵の者がGP非常勤隊員だったり、アカデミーに所属する者だった。

 

 ノイケの話では、宇宙において正木の村出身者は『樹雷出身の地球の管理者』という扱いになっている。

 そのため、樹雷関係者ではあるが、厳密には一般市民でしかないのだ。

 なので、本来なら樹雷皇眷族ではあるのだが、樹雷においても一般階級扱いとされている。

 

 天地とハリベルはノイケ達と別れて、帰路へと就いていた。

 

「山田西南は、随分と愛されているな」

 

「え?」

 

「あの正木月湖という女も、山田西南のことを異性として意識しているだろう?」

 

「へ!?」

 

 ハリベルの突然の指摘に天地は目を見開いて驚く。

 それに天地は全く気づいていなかったことを理解し、ハリベルは余計な事を言ったと内心顔を顰める。

 

「つ、月湖さんが?、け、けど、歳が……」

 

「あの者も生体強化を受けているのだろう? ならば、あと数百年はあの姿のままだ。山田西南をどう誤魔化すのかは知らんが、本当の事を教えて、宇宙に上がらなければ問題にはならないと思うがな」

 

「ん~……それは……」

 

「地球の価値観からすれば、受け入れ難いのかもしれんな」

 

「けど、西南君は霧恋さんがなぁ……」

 

「……私はあの話から、霧恋という娘は山田西南から距離を置きたがっているように感じた」

 

「え……」

 

「大事に思っているのはお前達の反応からすれば本当なのだろう。そして、山田西南の悪運から一番守ってきたのは、その娘だというのも想像できる。しかし、だからこそ、その娘は宇宙に上がったことで山田西南の元に戻るのが怖くなったのではないか? 何度も入院するほどの悪運だ。守る方の精神的負担も相応のものだろう。……大事に思っているからこそ、尚更な。それが一時離れたことで、ある恐怖が生まれた」

 

「恐怖……?」

 

「その大事な存在を疎ましく思ってしまうのではないか、とな」

 

「……」

 

 天地はハリベルの推測を否定できなかった。

 もちろん霧恋がそんな人ではないとは思っている。しかし、そう思っても仕方がないほどに、西南の悪運は強烈なものなのだ。

 

「もちろん宇宙に上がったことも、距離を置く理由にはなるだろう。悪運が霧恋を通して、本人が知らぬまま宇宙に繋がる可能性があるのだからな」

 

「それは……」

 

「柾木遙照が樹雷に戻れば、正木の村の者達は更に宇宙との関りが強くなる。地球を狙う愚か者も増える可能性は高い。もしその時、山田西南が正木の村にいたら、確実に巻き込まれるだろうな」

 

「……」

 

 天地は考え込むように俯く。

 ハリベルの推測が正しいとなると、その原因は天地にあることになるのだから。

 天地が魎呼を目覚めさせたことで、その可能性は高まったのだから。

 

「……自分の責任などと考えるな。お前が何をしていようと、いずれ魎呼の封印は解かれ、柾木遙照は樹雷に戻ることになっただろう。所詮は早いか遅いか。そして、霧恋が宇宙に上がったのは魎呼が目覚めるよりも前のはずだ。山田西南と霧恋が離れたのは、2人の問題だ」

 

「……はい」

 

「そもそも、お前も人のことなど言っている場合か? 間違いなく素性が明かされれば、お前は樹雷皇以上の地位を得る可能性がある。そうなれば、婚姻は1人2人で終わる可能性は低いぞ?」

 

「ええ!?」

 

 天地はハリベルの言葉に固まる。

 ハリベルはそれに呆れながら、天地を放置して家へと歩く。

 

 天地はすぐにハッとして、駆け足でハリベルを追いかけるのだった。

 

 

 

 家に戻ったハリベルに、瀬戸から連絡が届く。

 

 鷲羽の研究室から長距離転送ゲートで、樹雷領宙にある食料資源惑星、衛星軌道上にある大規模プラントへと移動する。

 服装も下乳と腹部を露出した戦闘服に変え、剣も背中に装備していた。

 

 ゲートをくぐってすぐ目の前に、黒髪の女性が立っていた。

 

「……『瀬戸の盾』、か」

 

「お待ちしてました。ハリベルさん。瀬戸様がお待ちです」

 

 瀬戸の部下で、天地の伯母でもある柾木水穂が、にこやかな笑みを浮かべながらハリベルに声をかけて先導するように歩き出す。

 

 ハリベルは大人しくその後ろに続いて歩く。

 

 この周囲は立ち入り禁止にされており、瀬戸の部下以外近寄ることも出来ない。

 もちろん樹雷領宙に住む者が、瀬戸がいるところに好き好んで近づくわけがないのだが。

 

 案内されたのは、資源惑星を望める展望台の公園。

 

 水穂は公園内にある大きな屋根付きのテーブルへと向かう。

 そこにはすでに瀬戸が座っており、その背後には神木家第七聖衛艦隊司令官、平田兼光が立ち控えていた。

 

「わざわざご足労かけるわね、ハリベル殿。例の作戦の前で、水鏡の監視が少し厳しくてね。さ、座って頂戴」

 

「……このままでいい」

 

「流石にそうはいかないわ」

 

 瀬戸は苦笑するが、ハリベルの視線が素早く数方向へと動くのを見逃さなかった。

 兼光と水穂もハリベルの視線を見逃さず、内心驚く。

 ハリベルの向けた視線の先には、瀬戸達が念のために忍ばせていた護衛達がいるのだ。

 樹雷の闘士であるため、そこらへんの暗殺者や武官では足元にも及ばないレベルの手練れ達であり、気配のコントロールも完璧である。

 

 それをハリベルは完璧に見抜いたのだ。

 

「あら……」

 

「お前に戦う気がないことは理解している。しかし、心情的に落ち着かん」

 

 ハリベルは腕を組み、目を伏せて告げる。

 その言葉に瀬戸は苦笑して、兼光に視線を向ける。

 兼光はそれだけで瀬戸の意を汲み、通信を送って護衛達を下がらせる。

 

 気配が遠のくのを感じ取ったハリベルは、結局座らずにすぐ近くの柱にもたれ掛かる。

 

「……もう少し信用してくれてもよくないかしら?」

 

「……完全に樹雷の下に就くつもりはない。これくらいがちょうどいい距離だろう。そもそも、樹雷の鬼姫は信用されるなど思ってもいまい」

 

「あら、酷いわねぇ。そこまで鈍感でもないのよ?」

 

 瀬戸は不貞腐れて頬を膨らませる。

 その背後に控えていた兼光、水穂は呆れた表情と視線を瀬戸に向けていた。

 

「はぁ……。じゃあ、このまま話を進めるけど。天地殿の家に住むって決めてくれて助かったわ。あそこは簡単に人を送り込めないから」

 

「……別にお前を助けたつもりはない。今の私の生き方は逃げているようでズルいと、ある男に言われたからその責任を取ってもらうだけだ」

 

「あらあら、思ったよりはっきりと言うのね。天地殿」

 

 瀬戸は面白そうに笑い、水穂達も意外そうにしていた。

 

 天地はどちらかと言うと奥手のイメージが強いので、よほどの事態でもない限り人を傷つけるかもしれない発言をしない性格だと思っていたのだ。

 

「それで……私は今後お前にどう使われればいい?」

 

「ハリベル殿と部下の子達は、後ろの水穂ちゃんの部下という形になったわ。最終的な命令権は水穂ちゃんにあるから、少しは安心できるでしょ」

 

「……お前の副官であることは変わりあるまい?」

 

「私に最終命令権があるよりはマシだと思うわよ? それに地球で暮らす以上、天地殿達を怒らせるようなことはさせられなくなったしね」

 

「ふっ……」

 

「まぁ、誰に命令権があるとしても、あなた達にお願いしたいのは基本的に海賊サイドの情報収集と裏工作よ。いきなり山場だけど、近いうちにダ・ルマーギルドの下部組織【グランギルド】の一斉摘発を行う予定なの」

 

「グラン……。シャンク一族の臆病者か。なるほど……奴を吊り上げるなら、手間と時間は必要か」

 

「そういうこと。流石に目標全て摘発できるなんて思ってないけど、少しでも確率は上げておきたいのよ」

 

 グランギルドのリーダーであるラディ・シャンクという男は、亜空間からの奇襲を得意としており、滅多にその姿を現さない。

 他の海賊どころか部下からも臆病者呼ばわりされており、一切人望がない。

 

 それでもリーダーを張れているのは、シャンク一族が隠匿している技術力による戦闘艦があるからである。

 

 シャンク一族は昔、巨大なギルドだったのだが、樹雷によって攻撃されてその勢力は大きく衰えてしまったのだが、その技術力は完全に失ったわけではなかった。

 

「お願いしたのは誘き出せるように偽情報を流すことと、ダ・ルマーギルドの拠点を探ることよ」

 

「……ダイ・ダ・ルマーを?」

 

「私達の包囲網から逃げ出した海賊が、逃げ込むかもしれないでしょ? そこを探って欲しいの」

 

「……簡単に言ってくれる」

 

 ハリベルは呆れを浮かべる。

 瀬戸も小さく苦笑して、

 

「これはあくまでも上手く行ったら御の字って感じよ。あなたを引き入れることが出来ただけでも、十分な成果だもの。あなたが敵にいるかどうかで、作戦の成功率が大きく変わる可能性があったからねぇ」

 

 ハリベルはギルドにも属さない単独の海賊としては、魎呼以来のネームバリューを持ち始めていた。

 無理に敵対しなければ礼節を重んじる者だが、一度敵対すれば凄まじい苛烈さを以てほぼ確実に撃墜されること、そして鮫を思わせる戦艦を操ることから『鮫の女帝』と呼ばれている。

 一部では『魎皇鬼の再来』とすら噂されている。

 

 さらにその美貌からファンも多く、ファンクラブも作られているほどである。

 

 樹雷やGPからしても、その実力は無視できないものだった。

 なので、今回引き込めたのは瀬戸、アイリ、美守はもちろん、阿主沙達も僥倖と思っていた。

 

「海賊としての活動はどうすればいい? 白眉鷲羽はそちらから指示された輸送艦を狙うことになるだろうと言われているが……」

 

「その手はずになってるわ。基本的に奪った資源は、情報交換に利用したり、難民に配ってくれて構わないわ。難民に関しては樹雷が保護したことに出来るから、別に取引する必要もないわよ」

 

「……他の海賊との艦隊編成依頼は? 流石にいきなり誰とも組まない、というのは怪しまれるぞ」

 

「そこまで縛る気はないわ。ただ、加減はしてもらいたいけどね」

 

「……考慮はしよう」

 

「まぁ、あなたが組む相手は基本的にルールを守る人達ばかりというのもあるけど。流石に襲撃をリークするのはリスクがあるでしょうし、GPだって自分達で守れるものは守ってもらわないとね」

 

 瀬戸は肩を竦めながら言う。

 あくまでハリベルは樹雷の子飼いとなったのであって、GPに降ったわけではない。

 瀬戸もそこまで誰も彼も面倒を見る気はない。

 

「じゃあ、私の用件はここまで。下のステーションにあなたの部下の子達を連れてきてるから。顔を見せてあげなさい」

 

「……ああ」

 

「水穂ちゃん、あとはお願いね」

 

「はい」

 

 水穂は頭を下げて、瀬戸と兼光は公園を後にする。

 その後、ハリベルと水穂は連れて来たアパッチ、スンスン、ミラ・ローズという部下と顔を合わせたのだった。

 

 

 

 翌日。

 地球に戻ったハリベルは、ノイケと共に正木の村の月湖の家へと足を向けていた。

 

「それじゃあ、ハリベルさんは水穂様の部下に?」

 

「そうなったとのことです。なので、もしかしたら霧恋さんともどこかでお会いするかもしれませんね」

 

「まぁ、普段はアカデミーの入管管理局勤めだから、瀬戸様の作戦に参加することは少ないと思うけど」

 

「ここ最近、地球には?」

 

「半年くらい前に帰って来てたけどねぇ。西南ちゃんが入院してたから、さっさと帰っちゃったわ。それで西南ちゃんは落ち込んでたけど」

 

 縁側に座って談笑する月湖とノイケ。

 その横にハリベルも座って、お茶を頂いていた。

 

「天地君の家はどうですか?」

 

「……まだ何とも言えん。嫌、ということはないがな」

 

「そうですか。まぁ、まだ一週間ちょっとですからね」

 

「けど、ハリベルさんのおかげで天地様の畑仕事は大分楽になりました。それだけでも大助かりです」

 

「……むしろあの程度出来ない方が問題だと思うのだが……」

 

「それは……」

 

「あの人達ですからねぇ」

 

 月湖とノイケは苦笑するしかなかった。

 魎呼は適当過ぎてニンジンや畑がボロボロになり、阿重霞はガーディアンにやらせて自分は口だけ、美星は言わずもがな。

 魎呼と阿重霞が揃った時には、喧嘩でニンジンと畑が吹っ飛ぶというのが定番である。

 

 もはや天地は怒る気も起こらないらしく、魎呼達も迷惑をかけたくないので近づかないようになったそうな。

 

「ノイケさんが来るまでは砂沙美ちゃんがほぼ1人で家事をやってたからねぇ。天地君も手伝ってたけど、その頃は魎呼さん達も手を出して、結果砂沙美ちゃんがやり直すっていうのが多かったらしいし」

 

「美星も出来ないわけではないんですけど……。やらかした時は悲惨ですからねぇ。正直、瀬戸様が私をあの家に送り込んだ理由は、家事の手伝いだったのではないかと最近思うようになりました」

 

 ノイケは本来は許嫁と言う名目の監視役だった。

 しかし、僅か数日で柾木家の家事を仕切る立場になったので、瀬戸達の狙いは監視と言う名目での家事の掌握だったのではないかと思う様になってた。

 

 恐らく瀬戸からすれば、魎呼や阿重霞、美星に対する当て馬もあったのだろう。

 どう考えても、天地と砂沙美からすればノイケは手放せない戦力だ。

 魎呼達も今更ノイケを追い出せないだろう。自分達が手を出さない方が捗ることは分かりきっているのだから。

 

「それもあるでしょうねぇ。天地君の周りには、普段から頼りになる大人の女性っていなかったから」

 

 月湖も苦笑しながら同意する。

 鷲羽がその役目を担えるのだろうが、本人は少女の姿をしており、あまり家事に参加しない。

 その分、家屋の修理や怪我の治療、畑の肥料や土壌改良などは全面的に頼っているので、誰も家事をしないことに文句は言わない。

 家事をしても、料理とかに何が混入されているのか信用できない、というのも大いにあるが。

 

「……樹雷は皇族であっても家事を叩き込まれると聞いたことがあるな……」

 

「正確には瀬戸様が、ですね。阿重霞さんは裁縫ならば、私はもちろん砂沙美ちゃんよりも腕を上ですが、その他の事には興味がないだけのようです」

 

「ハリベルさんはどうなの?」

 

「……一応最低限、とは思っているが。砂沙美やノイケ達と比べるとな……」

 

「ふふっ、それもそうね。宇宙なら洗濯や料理、掃除もオートマシンが整ってるし、食べさせる相手がいないと料理ってする気になりにくいでしょうし。海賊の船長が部下に料理を振るうってのも、中々に難しいわよねぇ」

 

 もちろん海賊とて家庭があるのだから、それぞれ過ごし方はあるのだが、やはり舐められてはならないので船長になった以上それなりの待遇となる。

 料理番など新入りか専属の者がなるのが普通だ。

 

 ハリベルもその特殊な生い立ちから一通りは出来るが、流石にもはや流派とも呼べるほど洗練された砂沙美やノイケの家事スキルと比べられるのは困る。

 正木の村ですら勝てる者がどれほどいるのというレベルなのだから。

 

 なので、ハリベルは現在畑仕事と洗濯、掃除くらいしか手伝えない。

 それでも天地達からすれば、「凄くありがたい」と思われているのだが。

 

 その後も他愛無い話を終えて月湖の家をお暇しようと道に出た時、

 

「うわぁ~~!! ど、どいて下さ~い!!」

 

 叫び声が聞こえ、ハリベルは物凄い勢いで迫ってくる気配を感じてノイケ達を制止する。

 

 直後、目の前を自転車に乗った坊主頭の少年が盛大に慌てながらハリベル達を避けようとハンドルを動かして、すぐ横の側溝に猛スピードで突っ込んでいく。

 

「あーー!!」

 

ガッシャアアアァン!!

 

 叫び声と盛大な音を立てて落ちた自転車に、ノイケと月湖は思わず目を瞑る。

 

 目を開けると、ハリベルが呆れた表情を浮かべながら、坊主頭の少年の首根っこを掴んでぶら下げていた。

 

「……え?」

 

 少年も落ちる時に目を瞑っており、いつまで経っても来ない衝撃と痛みに目を開ける。

 そして、自分が側溝の上でぶら下がっていることに気づき、顔を後ろに向けて呆れた表情を浮かべるハリベルと目が合った。

 

「え、あ、す、すいません!! ありがとうございます!」

 

 少年は慌てて礼を言うが、その動いた弾みか。

 

ビリッ!

 

 と、ハリベルが掴んでいた襟が破けた。

 

「「「あ」」」

 

 少年、ノイケ、月湖が声を上げた時には、すでに少年の身体は落下を始めていた。

 再び少年は目を瞑って、今度こそ来る衝撃と痛みに備えるが、突如何かに抱えられたように浮かび上がる感覚に襲われ、予想していたものとは違う衝撃が尻に襲い掛かる。

 

「え?」

 

 またポカンとして目を開けると、いつの間にか月湖とノイケの足元に座り込んでいた。

 

「え?」

 

「西南ちゃん、大丈夫?」

 

 西南は未だにどうなったのか理解出来ず、月湖の心配そうな顔が目の前に来たことでようやく再起動する。

 

「あ、はい! だ、大丈夫です! ……え~っと、俺、どうなったんですか?」

 

 西南は跳び上がる様に立ち上がって、頬を掻きながら首を傾げる。

 月湖は苦笑しながら、ハリベルに顔を向けて、

 

「彼女があなたを放り投げてくれたのよ」

 

 ハリベルは西南が落ちた瞬間に、素早く左腕で西南を抱えて月湖達の前に放り投げて助けたのだ。

 

「え、こ、この人が?」

 

 地球人である西南からすれば、大人とは言え女性が自分を放り投げたとは信じられなかった。

 もっとも先ほど自分を掴み上げていたことをすぐに思いだしたが。

 

「あ、二度もありがとうございます!」

 

「……気にするな。目の前で怪我をされるのが嫌だっただけだ」

 

「彼女は天地君の家にノイケさんを訪ねてきたハリベルさんよ。元軍人でね。鍛えてるのよ」

 

「ぐ、軍人さん……」

 

「それで、どうしたの? 海と遊びに行ったんじゃ……」

 

「え? 海から電話来てませんか? 今日、泊まらせてもらうってことになったんですけど……」

 

「……あのバカは……」

 

 月湖はため息を吐いて、一瞬殺気を放出する。

 それにノイケと西南は苦笑して、ハリベルは呆れる。

 

 どうやら海は西南の荷物を後から持ってくることになっているらしい。

 西南が運んだり、一緒にやってくると、西南の悪運に巻き込まれて汚れる可能性が超高いからと西南の母親も含めて考えたからだ。

 

 その結果、海は月湖に電話するのを数秒の内に忘れ、今も西南の家でお菓子を食べている。

 

(この少年が山田西南……。確かに悪運に悩まされているにしては、平凡で純粋に見える)

 

 西南を見て抱いた印象に、ハリベルは納得しながら側溝に落ちた自転車へと近づいて引き上げようとする。

 

「ああ!? だ、大丈夫です! 俺がやりますから!」

 

「お前の噂は聞いている。拾おうとして、怪我をされてはたまらん」

 

「うっ……」

 

 ハリベルの言葉に西南は肩を落とし、月湖とノイケは苦笑しながら慰めるように西南の肩を叩く。

 ハリベルは軽々と自転車を引き上げて、月湖の家の敷地内に置く。

 自転車はハンドルが歪み、ペダルが片方外れ、前輪が歪んでパンクしていた。

 

「パンクしたの?」

 

「いえ、ブレーキが壊れちゃって……。スピードを落とそうとした時にブレーキが壊れて、それで後ろに身体を引いて止まろうとしたら、ハンドルとペダルも壊れちゃって……。その弾みでバランスを整えようとしたら、思いっきり踏み込んじゃったんです……」

 

「……西南さんらしいと言えばらしいですね」

 

 恥ずかしそうに説明する西南に、全員が呆れるしかなかった。

 聞いた限りでは確かに不可抗力だ。

 ハリベルは自転車に目を向けるも、汚れてはいるがそこまで古いわけでもない。

 しかし、壊れた部分を見ても、老朽していたか傷が付いていたのだろうとしか思えない壊れ方をしていた。

 それが同時に壊れたということ以外は、運が悪かったとしか言いようがない。

 

(……そして、同時に壊れるのが山田西南の悪運、か。先ほどの事を考えれば、確かに何度も入院する怪我をするのも納得出来る。……周りが避けるのも当然の感情だろう。本当によくここまで健やかに育ったものだ)

 

 天地を始めとする正木の村の者達が惜しみない愛情を注いだ結果なのだろう。

 

(だからこそ、月湖の娘が山田西南から逃げ出したとしても誰も責めることはない。……本人からすれば、責められた方が楽かもしれんがな)

 

 ハリベルは西南と関りを持たない人間なので、今の所深く関わるつもりはない。

 それにやはりハリベルの目には、西南に向けられる月湖の視線や雰囲気は異性に向けられる類だと感じとれた。もちろん、まだ子供に向ける色合いが強いが、恐らく西南が未成年だからというだけだろう。

 西南が成長してきっかけさえあれば、一気に異性への愛情に偏るに違いない。

 

(それでも山田西南が宇宙に上がることはない。……それはそれで辛い道だろうな)

 

 子供のころから知っている存在が、先に老いて死んでいくのは、決して慣れるものではない。

 それが愛した者ならば、尚更だろう。

 

 だからこそ、霧恋は西南から離れることを選んだ。そして月湖は、それでも寄り添うことを覚悟している。

 

 その強さに、ハリベルはただただ感服するのみであった。

 

 その後、ハリベルとノイケは親子にも見える月湖と西南に別れを告げて、家へと戻るのであった。

 

 



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ハリベルの交流・その2

 翌日。

 

 畑仕事の手伝いを終えたハリベルは、水穂に呼ばれて宇宙に上がっていた。

 

 移動した先は水穂が司令官を務めている第三聖衛艦隊の旗艦である。

 

 案内された広間にはアイリを筆頭に複数の男女が談笑していた。

 その内の1人は月湖を少し若くしたそっくりの女性もいた。

 

「お。来たわね」

 

「……この者達は?」

 

「正木の村の子達よ。一応、顔合わせくらいはしておくべきだと思ってね。まぁ、流石に全員じゃないんだけど。天地ちゃんに近い人達はほぼ揃っているわ」 

 

 アイリは横に座っている白銀の髪の女性に顔を向ける。

 

「この子は天地ちゃんの姉の天女よ。一応正木の村の女性会【正木淑女会】の会長よ」

 

「一応ってなんですか」

 

「……遙照の血筋……ということか?」

 

「そうよ。本来なら水穂なんだろうけど、水穂は地球で生まれて育ったわけじゃないのよね。だから、天女ちゃんがってわけ」

 

「天女よ。天地をよろしくね」

 

「で、その隣が水子、音歌、風香よ。3人は立木林檎ちゃんの部下をしているわ。ちなみに水子ちゃんは、遙照君が地球で娶った子の血筋としては一番遙照君に近い子よ。曾孫くらいだったかしら?」

 

「あははは……。まぁ、そうですねぇ」

 

 紫髪の女性、水子は気まずそうに頬を掻きながら頷く。

 その隣に座っていた音歌と風香は呆れながら見つめていた。

 

 他にいた男子は珀嶺。

 そして、一番端で座っていたのが正木霧恋だった。

 

「もう月湖ちゃんとは会ったのよね?」

 

「ああ。……山田西南にも会った」

 

「え!?」

 

 西南の名前が出たことに、霧恋は思わず驚きの声を出してしまい、すぐに頬を赤らめたまま誤魔化すように咳払いをする。

 それに他の全員がニヤニヤと見つめていた。

 

 どうやら霧恋と西南の関係は全員知っているようだとハリベルは理解する。

 天女がニヤケ顔を堪えながら、ハリベルに声を掛ける。

 

「大丈夫だった? あの子の悪運に巻き込まれなかった?」

 

「私はな。目の前で自転車に乗ったまま側溝に落ちそうになっていたが」

 

「落ちそうってことは無事だったの?」

 

「私が無理矢理引っ張り上げた」

 

「あははは! 相変わらずねぇ、西南ちゃん! ね、霧恋ちゃん!」

 

「そ、そうですね……」

 

 水子の言葉に、霧恋は明らかに頬が引き攣らせながら頷く。

 

「それにしても、あなた。本当に色っぽいわねぇ。天地もそろそろ理性爆発するんじゃないかしら?」

 

「確かに天地ちゃん家にいる女性とはまた違う色気よね。雰囲気からすれば……瀬戸様とか玉蓮に近いのかしら?」

 

 天女がハリベルの身体を見渡してため息を吐くように言い、水子も頷きながら身近にいる人物を口にする。

 ちなみにハリベルの服装はあの戦闘服である。

 

 玉蓮とは瀬戸の女官で、恐ろしい艶っぽさを纏う魔性の美女である。

 噂では先日の休暇の際に、ツアーの旅行船にいたカップルと夫婦9割を破局させたらしい。

 

 その例えに音歌達も同意するように頷き、ハリベルは下世話な話に呆れる。

 

「……柾木天地なら大丈夫だろう。すでに一度私の裸を見ているしな」

 

『え!? 詳しく!!』

 

 珀嶺と霧恋以外の面子(水穂含む)が目を輝かせて食らいつく。

 それにハリベルは失敗を悟ったが、ここで話すのを止めれば間違いなく天地に訊きに行くだろうと確信した。

 

「……私が風呂に入っているところに、魎呼が柾木天地を抱えて連れて来ただけだ」

 

「ふんふん。それでそれで!?」

 

「それだけだ。柾木天地はすぐに目を逸らしたし、私がいつ出て行くのかという話題になったことで、全員の意識を逸らした」

 

「ああ、なるほどね」

 

 アイリは鷲羽から話は聞いているので納得の表情を浮かべて頷き、他の者達もアイリや瀬戸から聞いていたので、それ以上はツッコまなかった。

 

 すると、霧恋がいたたまれなくなったのか立ち上がる。

 

「す、すいません。早急に終わらせないといけない仕事を思い出したので、失礼します!!」

 

 早足で去っていく霧恋に、アイリ達は苦笑する。

 

「前は堂々としていたのにねぇ」

 

「まぁ、しょうがないんじゃない? 本人も後ろめたい気持ちはあるんでしょ?」

 

 音歌と風香の言葉に、天女と水子も頷く。

 すると、ハリベルに顔を向けて、

 

「ねぇねぇハリベルさん。月湖ちゃんと西南ちゃんって、どんな感じだった?」

 

「……どう、とは?」

 

「んふふ~♪ 付き合う様子はなかったってこ・と♪」

 

「……その様子はなかったな。だが、確かに月湖の方は山田西南を異性として意識している節はある」

 

「「「おお!」」」

 

「だが、やはり霧恋のこともあるのだろう。山田西南も霧恋への想いもあるようだからな。抑え込んでいる感じだ」

 

「あ~……それもそうねぇ。海君のこともあるし……いきなり告白ってわけにはいかないか」

 

「はぁ~……西南ちゃんが正木の村の子だったら、宇宙の事を話して終わるのにねぇ」

 

 水子が背もたれにもたれながら言い、音歌が頬杖を突きながら愚痴る。

 それに苦笑する珀嶺が、

 

「けど、それだと霧恋ちゃんと西南君の縁も切れないのでは? 西南君が諦めないでしょう」

 

「そういえば西南ちゃん、宇宙好きだって言ってたもんねぇ」

 

「男の子だしね」

 

「けど、天地ちゃんは出たがらないわよ?」

 

「天地は畑仕事が気に入ってるみたいだしねぇ。そこのところなんか聞いてる?」

 

「……いつでも出れるからこそ、やれることはやり切りたい、と言っていた」

 

「なるほどねぇ」

 

 アイリと天女は立派なニンジン畑を思い出して苦笑する。

 その後も天地と西南について話は盛り上がる。

 

 ハリベルは「なぜ私はここに呼ばれたのだ?」と思いながら、足を組んで座っていた。

 そこに鷲羽から通信が届き、ハリベルが元々使っていた海賊艦の改良が完了したということで、解散となった。

 

 再び水穂の案内で転送装置に向かっていると、

 

「ああ、そうだ。ハリベルさん」

 

「ん?」

 

「玲亜さんの結婚式の2日前にお邪魔するって天地君に伝えといてくれるかしら?」

 

 玲亜とは天女と天地の父親、信幸の再婚相手である。

 信幸の会社の事務をやっていて、天地はもちろん西南達とも面識がある。

 天地の母、清音が死んだ後に、天地の姉でもあり母親代わりと言える存在だった。

 

 天女は天地が生まれた時にはすでに宇宙に上がっていて60歳を超えていた。更に清音とそっくりで老化も遅かったこともあるので、地球にはあまりいられなかったのだ。

 なので、清音と入れ替わりながら、天地や西南の面倒を見たりしていた。しかし、清音が死んだことで宇宙の事を知らない天地達の前に出ることも出来ず、20年近く我慢していたのだ。

 

 アイリや水穂も天地の存在などは知っていたが、赤ん坊の頃に会った時以来ずっと会えていなかった。

 そのため、天地の親族の女性陣は非常に天地に飢えている。

 

 なので、今回の信幸と玲亜の結婚式にはアイリ、水穂、清音も総出で参加できるのだ。

 

 ハリベルは頷いて、転送装置に向かうのであった。

 

 鷲羽の研究室に戻ったハリベルは、鷲羽の案内で改修ドックへと足を進める。

 

 そこには蒼いボディに鮫の頭部を思わせる尖ったフォルムを持つ戦闘艦が鎮座していた。

 更に背鰭と胸鰭を思わす突起があった。

 

 準小型戦闘艦【スクアーロン】。

 

 ハリベルの異名『鮫の女帝』の由来でもある船だ。

 少人数で動かすことを想定しており、機動力を重視していた戦闘艦である。

 

 見た目に変化がない事を確認したハリベルは、鷲羽に顔を向ける。

 

「こっちに関しては、見た目より中身を中心に改良したよ。動力炉とエンジン、武装、コンピューターユニットをメインにね」

 

 鷲羽がモニターを表示して、ハリベルの前に飛ばす。

 素早く中身を読んだハリベルは、驚きを通り越して呆れるしかなかった。

 

 全てにおいて向上率が50%を超えていた。

 ここまでくると改良と言うよりは、完全に中身を造り直したと言われた方が納得出来る。

 それでも一週間も経たずに、これだけの改良を終えたことに伝説の哲学士の恐ろしさを垣間見たのは間違いなかった。

 

(……新しく建造している戦闘艦がどれほどのものか、想像したくもないな)

 

 すでにスクアーロンでも海賊が手に入れられる新型艦の性能を超えているのだから。

 ハリベルは頭痛を覚えそうだったが、生き残るにはありがたい話ではあるので、諦めることにした。

 

「流石に例の装備は搭載できなかったから、こっちは単純に性能の向上だけだよ。それでも耐久性は中型艦程度だから、油断するんじゃないよ」

 

「分かっている。むしろ、性能が上がり過ぎて操縦ミスする可能性の方が高そうだ。……魎皇鬼や皇家の船の化け物具合がよくわかるな」

 

「くくくっ! そりゃあ、元が元だからね」

 

 両方とも頂神の力なのだから、人間が作った船がそう簡単に勝てないのは道理である。

 逆に言えば、万全以上に体勢を整えれば勝てる可能性がある分、そっちの方が意味が分からなくなってきたハリベルだった。

 

「瀬戸殿にも連絡して、明日から早速宇宙に出てくれってさ」

 

「……分かった」

 

 ハリベルは頷いて、モニターを消す。

 服を私服に変えてから居間に戻ると、天地がデッキで釣りをしていた。

 

 柾木家の池には30~70cmサイズの魚が泳いでおり、朝食などによく出ている。

 もちろん鷲羽による水質管理によって、栄養満点に成長している。

 流石に養殖までは出来ていないので、今いる魚が育ちやすくしている程度で留まっている。

 

 天地の横では魎呼と阿重霞が掴み合っており、天地は池に落ちないように最大限に警戒して体を強張らせていた。

 ハリベルはその様子に呆れながら縁側に足を進めると、空から()()()が聞こえてきた。

 

「む……」

 

 空に目を向けると、すでに視覚で視える程近づいており、更に落下地点が池ではあるが前回より家寄りだった。 

 魎呼と阿重霞は喧嘩に集中しすぎて気づいておらず、天地も2人の喧騒でまだ気づいていなかった。

 

 ハリベルは戦闘服に変えて、一瞬で天地達の元に移動する。

 そして、魎呼と阿重霞の首根っこを掴んで、まず魎呼を家の屋根に向かって後ろ手に全力で放り投げる。

 

「おお!? あああああ!?」

 

 魎呼は目を見開いてミサイルのように飛んで行く。

 

「えぇ!? きゃっ、あああああああ!?」

 

 次に阿重霞を魎呼ほどの勢いではないが、家の開けた窓に向かって放り投げる。

 

「へ? わぁ!?」

 

 天地は2人の悲鳴に振り返ろうとするが、ハリベルが天地を右脇に抱き抱えて後ろに跳び下がる。

 

 その直後、美星の宇宙船が隕石の如く池に墜落する。

 その衝撃で先ほどまで天地達がいた場所は、水と共に吹き飛ぶ。

 

 そして、爆風と吹き飛んで来た水がハリベル達に襲い掛かる。

 

「っ!!」

 

「うわぁ!?」

 

 ハリベルは爆風と水から天地を庇う様に背後に回し、天地は両腕で頭を庇う。

 

「はぁ!!」

 

 ハリベルはラグリマを発動して、エネルギーフィールドを生み出して水と爆風を防ぐ。

 それでも流石に家全体は防ぎ切れず、居間の窓ガラスが一部割れ、玄関や上の階の窓も割れる。

 

「きゃあ!?」

 

「うぅわあ!?」

 

「ミャ!?」

 

 キッチンにいたノイケや砂沙美達にも風が襲い掛かり、2人は慌てて火を止める。

 

 ようやく爆風が収まり、天地が顔を上げると頬に「ふにゅん」と柔らかいものが当たる。

 

「へ?」

 

「怪我はないか?」

 

「え?」

 

 顔を上げると、そこには水に濡れたハリベルの顔があった。

 つまり、天地の頬に当たっているのは、ハリベルの巨乳である。しかも、下乳部分。

 

 天地はそれに理解するまで数秒かかり、ようやく状況を理解した天地は顔を真っ赤にする。

 

「だ、大丈夫です!! あ、ありがとうございます!!? あ、あの……は、放してもらっても……!?」

 

「ああ」

 

 天地は慌てるも、振り払うわけにはいかないのでキョドりながら言い、ハリベルは特に恥ずかしがることもなく天地を解放する。

 天地は呼吸と動悸を整え、ハリベルは立ち上がって家の中を見渡す。

 

 阿重霞は鷲羽の部屋の扉の前で頭を庇いながらうつ伏せになっており、砂沙美やノイケはキッチンの片づけを始めていた。

 そして、リビング部分は割れたガラスが散乱しており、テーブルやソファにカーペットがびしょ濡れになっている。

 

 デッキと池側に顔を向けると、デッキは縁側ギリギリまで壊れており、池には宇宙船が突き刺さっていた。

 

「「……はぁ」」

 

 ハリベルと復帰した天地は周囲の惨状にため息を吐く。

 そこに頭にたんこぶを作った魎呼が飛んで戻ってきた。

 

「こら、てめぇ!! もう少し丁寧に投げやがれ!! 頭打ったじゃねぇか!!」

 

「九羅密美星に文句を言え。それにお前は透過できると聞いていたが?」

 

「ぐっ……! 風に飛ばされたんだよ……!」

 

 魎呼は体勢を立て直そうとした時に、爆風に吹き飛ばされて屋根で後頭部を強かに打ち付けたのだ。

 流石にそこまでハリベルに文句を言うのは筋違いだと分かっているので、そっぽを向く。

 

 ハリベルは心情的に理解は出来るので、それ以上は何も言わずに天地に顔を向ける。

 

「……私は宇宙船の方に行く。お前達は白眉鷲羽を呼んで、家の被害を確認してくれ」

 

「分かりました。魎呼、鷲羽ちゃんを頼む。俺と阿重霞さんは上の階を見てくるから」

 

「はぁ……へいへい」

 

 魎呼はため息を吐いて鷲羽の研究室に飛び、天地と阿重霞は着替えついでに上の階へと上がる。

 ノイケもキッチンの片づけを砂沙美に任せて、リビングや玄関の状況を確認しに行く。

 

 ハリベルは飛び上がって、まずは宇宙船を池の底から抜いて、横にして浮かべる。

 そして、外部からハッチを開けて、中に入り込む。

 

 操縦室に向かい、中を覗くと、

 

「キュ~~……」

 

 美星が操縦席で逆様になって目を回し、気絶していた。

 

「……はぁ。これでよく1級刑事になれたものだ。……それだけ挙げた功績が見事ということか」

 

 九羅密美星の噂は、海賊でも有名だ。

 GP創設家の九羅密家そのものが警戒対象と言うのもあるし、美星の母親である美兎跳も宇宙七不思議とされるほど有名である。

 

 掃除をしていると何故か転送装置を使ってもいないのに、航行中の宇宙船やコロニーを転々とする異常現象。

 それが銀河最強の情報部でもあるのだが、誰も止められないのだからどうしようもない。

 

 ちなみにハリベルも美兎跳が自分の海賊艦に唐突に出現し、唐突に消えたことがある。

 なので、九羅密家の確立の偏りはハリベルもすでに諦めている。

 

 ハリベルは美星を抱え上げて、宇宙船の外に出る。

 縁側の傍に下り立って、美星を横たえる。

 

 家の中では鷲羽が呆れた表情で、コンソールを操作していた。

 その横では顔を顰めた魎呼が胡坐をかいて浮かんでいた。

 

「……宇宙船はどうすればいい?」

 

「ああ。すぐに転送するよ」

 

「ったく……いい加減衛星軌道上か月にでもゲート造った方がいいんじゃねぇか?」

 

「そしたら、そのゲートが爆発して地球に落ちてくるか、月が崩壊するかもねぇ~」

 

「「……」」

 

 容易に想像出来てしまい、その後始末に魎呼が奔走することも容易に想像出来る。

 魎呼は盛大に顔を顰めて黙り込む。

 ハリベルも巻き込まれるだろうことは想像できるので、同じく眉間に皺を寄せる。

 

 そこにうんざりした顔で天地と阿重霞、ノイケがリビングに戻ってくる。

 どうやら上の階も悲惨のようだった。

 

 ノイケは気絶している美星を見て、額に青筋を浮かべて修羅の表情で美星に歩み寄る。

 

 そして、

 

「美星ぃーーーーー!!!」

 

 怒号をリビングに響かせながら大きく踏み込んで、拳を掬い上げるように振るい、脇腹に突き刺す。

 美星は横向きのまま、池に向かって飛んで行き、大きな水しぶきを立てながら池に落ちる。

 

 流石にハリベルももう助けに行く気にならず、天地達も苦笑するだけだった。

 

 美星は殴られた衝撃と池に落ちたことで、目を覚ましてゾンビのように這い上がってきた。

 

「ふぇ、ふぇ~~~」

 

 ハリベルはため息を吐きながら、服を戻す。

 

「手伝うことはあるか?」

 

「んにゃ、特にないよ。濡れたんだろ? 先に風呂に入っておいで。天地殿に魎呼達もね」

 

 という、鷲羽の厚意に甘えて、ハリベル達は先に風呂へと入ることにしたのだった。

 

 風呂と着替えを終えた天地達は居間に戻ると、綺麗に窓ガラスも家具も綺麗になっていた。

 池に浮かんでいた宇宙船もすでに消えていた。

 

 食卓には見事な料理が並んでいたが、座敷の隅っこに段ボールが置かれており、その上に白米とししゃも2匹、サラダと食卓に比べたら遥かに劣る食事が並べられていた。

 そして、それ以上に目が行くのは、段ボールの横の壁に貼られている『美星』と乱雑に書かれた紙だった。

 

 ノイケの怒りそのものなのだろうと察した天地を始めとする全員が、小さくため息を吐くもやらかしたことがやらかしたことなので、もう何も言わない。

 というよりは、この場合のノイケは絶対に譲らないというのが分かっているからだ。

 

「う~~……」

 

 美星は涙を溜めながら、大人しく段ボールの前に正座をする。

 

 何故なら、キッチンの扉に腕を組んで鋭い目つきで仁王立ちしているノイケがいたからである。

 

 その怒気に誰も救いの手を伸ばさず、天地達も大人しく自分の席に座る。

 

 そして、食べ始めた頃に、ハリベルは水穂の伝言を思い出した。

 

「柾木天地」

 

「はい?」

 

「柾木水穂からの伝言だ。正木玲亜の結婚式の2日前に邪魔をする、と」

 

「2日前、ですか。姉さん達も、ですか?」

 

「そこまでは聞いていない」

 

「水穂さんって瀬戸様の副官をされてる方、ですよね?」

 

 天地は首を傾げながら、ノイケに顔を向ける。

 ノイケは微笑んで頷き、

 

「そうですね。天地様の伯母に当たる御方です」

 

「伯母……」

 

「けど、なんでわざわざ2日前に来んだよ?」

 

「恐らくは結婚式前日に行われる正木淑女会に出席するためでしょう。遙照様のことが明かされるまでは、船穂様は来られませんので、樹雷の柾木家代表代理として来られるのだと思います」

 

「なるほどねぇ。で、ついでに天地殿とも話したいと」

 

「恐らくは。清音様がお亡くなりになったことで天地様の前には姿を見せにくくなりましたから。時折地球には来られていたようですが、神社や正木の村の方に泊まられていたようです」

 

「天女殿同様、見た目的に清音殿の姉ってのは言い辛いだろうしねぇ。けど、妹とかと偽っても後からが大変だろうから、宇宙の事を知らせるまでは、か」

 

「本当ならば、天女様やアイリ様が来られた時に紹介するはずだったのですが……」

 

「くくくっ! 瀬戸殿、というか美咲生殿の襲来でそれどころじゃなくなったってわけだ」

 

「だと思われます……」  

 

 不憫そうに頷くノイケに、天地達も乾いた笑いを浮かべるしく、ハリベルは呆れるしかない。

 その事件がきっかけとなって、天地の身に色々とあったし、ハリベルがここに来ることになったので何とも言えないのだ。

 

 ちなみにその後ろで美星はずっと涙ぐみながら食事をしており、

 

「ノイケぇ……おかわり……」

 

「ないわよ!!」

 

「あ、あれぇ~~!?」

 

 と、話の腰を叩き折ったのだった。 

 

 



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お久しぶりの宇宙

 一夜明けて、朝食を食べ終えたハリベルは、スクアーロンに乗り込んでいた。

 

「木星付近で水穂殿の船が待機しているようだよ」

 

「ああ」

 

 スクアーロンは単独操縦が可能だ。

 少人数で動かすことを想定しているからで、海賊も仕事によっては長時間動きっぱなしという過酷なものも存在するためである。

 

 ハリベルは艦長席に座って、操縦桿を起動させる。

 すると、頭上から兜のような見た目の物体が下りてきて、ハリベルのすぐ傍で止まる。

 

「ご出立で御座いますか?」

 

「……お前は?」

 

「某はこの船のコンピューターユニットの『徒波(あだなみ)』。これより主様の補佐をさせていただくで候」

 

「……」

 

 ハリベルは鷲羽に通信する。

 

『ん? どうしたんだい?』

 

「……コンピューターユニットは頼んでもないし、聞いてないが?」

 

『ああ。そいつがいれば、乗員全員が休んでも船を動かしてくれるよ。そういうのがいた方が楽だろ?』

 

「否定はしないが、今後こういうことは事前に知らせてくれ」

 

『え~』

 

 鷲羽は不服そうな声を上げる。

 それにハリベルは、

 

(そういえば、哲学士は人を驚かせるのが趣味と聞いたことがあったな)

 

 と、思い出して、それ以上の苦情を諦めることにした。

 

 ハリベルは通信を切り、動力炉を起動させる。

 

「亜空間ゲート、開錠を確認! エンジン出力安定! 空間迷彩起動! ゲート先の空間に異常なし!」

 

「……」

 

 徒波のオペレーションに慣れないハリベルは複雑な表情を浮かべながら、ハリベルはドックから発進する。

 

 柾木家の池の上に開いた亜空間ゲートから勢いよく空へと飛び出し、一気に宇宙に上がる。

 それと同時に宇宙船に通信が届く。

 

「柾木水穂様より通信。位置情報データで御座います」

 

「……短距離ジャンプで移動する」

 

「承知! 先方に到着予定時刻を返信! 短距離ジャンプ1回で到着可能で御座います」

 

 ハリベルはそれに頷くのと同時に超空間へとジャンプインするのだった。

 

 

 

 その頃、水穂の船に徒波からの通信が届いた。

 

「水穂様。ハリベル殿より返信。到着予定は10分後です」

 

「分かったわ。あの子達に準備するように連絡して頂戴」

 

「はい」

 

「チョビ丸の方は問題ない?」

 

「はい。予定通り、太陽系境界付近で待機しています」 

 

 部下の報告に水穂は頷く。

 そして丁度10分後、水穂の戦艦のすぐ横にスクアーロンがジャンプアウトする。

 

 その直後、戦艦から小型艇が発進され、スクアーロンの後部接舷口と接続する。

 数分もせずに小型艇が離れ、スクアーロンのブリッジに複数の女性が入ってくる。

 

 黒い短髪の先を切り揃えており、額から後頭部にかけて一角が生えたプロテクターを着けたボーイッシュな印象のエミルー・アパッチ。

 

 黒いウェーブロングの髪に三又に分かれたプロテクターを頭に身に着けている、魎呼に似た勝気な印象を与えるフランチェスカ・ミラ・ローズ。

 

 同じく黒の長髪姫カットを靡かせ、右額に髪飾りを着けている物静かな清楚風のシィアン・スンスン。

 

 そして水穂である。

 

「お待たせしました、ハリベル様って……何っすか? その浮いてるの?」

 

 アパッチが声を掛けるが、徒波を見て首を傾げる。

 徒波はアパッチ達の前に移動して、

 

「某はこの船のコンピューターユニットの徒波で候。よろしくお頼み申す」

 

「コンピューターユニットォ?」

 

「ハリベル様、これは?」

 

「……白眉鷲羽が造った物だ」

 

「「「白眉鷲羽が!?」」」

 

 アパッチ達は鷲羽の発明ということで、ズザザ!と距離を取る。

 水穂はその反応に苦笑する。

 

「不安は分かるが、協力体制が出来ている以上、害はないだろう。……盗聴、盗撮、戦闘データの送信等はされている可能性はあるがな」

 

「十分害っすよ!」

 

「調べられないんですか?」

 

「あの白眉鷲羽の発明だ。私達の装備でスキャンしたところで、発見は難しいだろう。この船も含めてな」

 

(……否定できないわねぇ)

 

 水穂はハリベルの推測に内心で同意する。

 盗聴、盗撮はともかく、航行・戦闘データは傍受されている可能性は高いだろう。

 もしくは隠そうとしても、どこかに保存されている秘密サーバーがある可能性もある。

 

 そして、それはアカデミークラスの設備でもなければ、発見は出来ないだろう。

 それが白眉鷲羽の発明・改造ならば、尚更である。

 

「それでも性能はこれまでとは段違いだ。今の私達の立場を考えれば、我慢する他あるまい」

 

「けっ! 人質を取って、無理矢理言うこと聞かせたくせによ……」

 

 アパッチは舌打ちして、水穂を睨みつける。

 水穂はもうそのような視線は慣れたものなので、涼しい顔で受け流す。

 

「3人とも、持ち場に着け。船の性能を正確に把握しなければならん」

 

 ハリベルは水穂に文句を言っても意味はないと分かっているので、指示を出してアパッチ達の意識を水穂から外させる。

 水穂は心の中でハリベルに礼を言い、今後の予定を話す。

 

「太陽系の境界に向かってくれるかしら? そこで補給拠点が待機しているわ」

 

「……承知した」

 

 右端にアパッチ、中央にミラ・ローズ、左端にスンスンが座り、すぐにコンソールを操作する。

 そして、向上している性能に目を見開く。

 

「マ、マジ……?」

 

「これはいくら何でも……」

 

「凄まじ過ぎますわねぇ……」

 

 アパッチは狙撃手、ミラ・ローズは操縦士、スンスンはレーダーオペレーターを担当している。

 向上している性能にもはや呆れるしかなく、ミラ・ローズが困惑の表情を浮かべながらハリベルに振り返る。

 

「ハリベル様……。いくら何でも、ここまでとなると……」

 

「分かっている。この太陽系は海賊が少ない。なので、補給拠点に向かうついでに飛行性能を確認する」

 

「了解!」

 

 ハリベルの言葉に頷いたミラ・ローズ達は、すぐさま発進の準備をする。

 ハリベルは横に立っている水穂に目を向け、

 

「お前も拠点まで同行する、ということでいいのだな?」

 

「ええ。瀬戸様から、そう言われてるから」

 

「……了解した。スンスン。周囲、および目標地点までの海賊、GP艦の反応は?」

 

「ありませんわ」

 

「アパッチは戦闘シミュレーションを起動。発進後にGP艦隊との遭遇を想定して、シミュレーション内で全射撃装備を試射しろ」

 

「あいさ!」

 

「ミラ・ローズ。艦内力場固定、最大速度で発進。直線最大速度を確認後、戦闘を想定した緩急駆動を試す」

 

「了解!」

 

「スンスン。周囲を警戒しながら、戦闘シミュレーションの結果とこれまでの戦闘データを照らし合わせて、偽装に最適な出力数値を計算しろ。徒波は出来うる限り3人の補佐に回り、神木瀬戸に渡すデータを纏めてくれ」

 

「はい」

 

「承知!」

 

 ハリベルが素早く指示を出し、アパッチ達はすぐさま行動に移す。

 水穂はハリベルの背後で感心しながら、ハリベル達の動きを観察していた。

 

(……いきなり目的地と瀬戸様の名前を言っただけで、こっちの目的も看破して指示を出せるなんて。白兵戦の実力も含め、瀬戸様が気に入るわけだわ。それにお祖父様やお祖母様もすぐに頷いたのも納得ね。彼女がダ・ルマーギルドや他のギルドに与したら、手強いなんてものじゃなくなってたかもね)

 

 瀬戸やアイリ、美守が悪役になってまで繋ぎ止めようとしていた理由を実感する水穂。

 

 体が固定されたのを感じて、思考を切り替えて観察に集中する。

 

 スクアーロンがゆっくりと進んだと思ったら、次の瞬間には亜光速度航行に入った。

 亜空間固定と力場固定をしていたので、Gは全くかからないがそれでも今までとは速度が段違いだったのは実感できた。

 

「シミュレーション起動。……GP艦隊確認! 戦闘に移行!」

 

「了解!」

 

「よっしゃ!」

 

 戦闘状態に移行した瞬間、ハリベルの周囲に3人が見ているモニターが映し出される。

 ハリベルは艦長席に腕と脚を組んで座っているが、纏う空気はかなり鋭かった。

 鋭く視線を右往左往させて、複数のモニターを何度も行き来する。

 

「んのっ!」

 

「ぐっ! おい! 動くの速ぇよ!」

 

「分かってる! けど、少し動かしただけで反応するんだよ!」

 

「……未だ撃沈数3。しかし、航行不能艦は4ですわ。威力が上がったおかげで、無茶苦茶な狙撃でもかなりのダメージを与えてますわねぇ」

 

 ミラ・ローズは特に操縦桿の反応の良さに手間取っていた。

 操縦の癖は無意識レベルで刷り込まれているので、そう簡単に調整することが出来なかった。

 

 そして、アパッチも今までのタイミングで狙撃する癖が刷り込まれているので、タイミングが合わないのだ。

 

「……最高航行速度は改造前の3倍。反応速度は2.5倍近く……。徒波、操艦応答性とエンジン出力を20%制限しろ。その分の出力を船体バランスとシールドに回せ」

 

「承知!」

 

「ミラ・ローズ、アパッチ、スンスン。もう一度だ」

 

「「「はい!」」」

 

 ミラ・ローズとアパッチは力強く頷いて、再度シミュレーションを開始する。

 スンスンも先ほどのデータも含めて比較を始め、計算を始める。

 

 ハリベルもモニターから目を離すことはないも小さくため息を吐く。

 

「……性能がいいのも考え物か……。いや、だからこその徒波か……」

 

「恐らくね。皇家の樹や魎ちゃんを考えれば、船自身のバックアップがあった方がいいでしょうから」

 

「……なるほどな」

 

(恐らく鷲羽様は既製船での皇家の樹並みのコンピューターユニットを意識してるのね。けど、それって確かお母さんが研究してた……)

 

 水穂はアイリとその研究チームが研究・開発中のコンピューターユニットのことを思い出す。

 樹雷とも協力して、樹雷の次期主力戦艦という名目でスポンサーになっていたはずだと記憶していた。

 

 皇家の樹や魎皇鬼のような学習する高性能コンピューターユニットを組み込んだ戦闘艦だったはずだ。

 

 鷲羽はそれを既製戦闘艦で、すでに実験を始めていたということになる。

 

(……確かにハリベルさん、そしてこの船の戦闘能力と運用を考えれば、魎皇鬼にも活かせるデータが集まるわね。大型戦艦クラスに組み込んだところで皇家の船と大して変わらない。あくまで中型以下の船に活用することを目的にしていると……。瀬戸様はともかく、お母さんに渡したら泣き崩れそうだな~)

 

 水穂はこのデータを瀬戸に渡すかどうか葛藤を始める。

 瀬戸ならば絶対に「これなんて活用出来そうじゃない?」と、凄くいい笑みを浮かべながらアイリに渡すに決まっている。

 

 その八つ当たりが瀬戸の副官であり、娘である自分に襲い掛かりそうで物凄く嫌な予感しかしない。

 

(鷲羽様も自分からお母さんに渡さずに、瀬戸様がこうすると分かってたから言わなかったに違いない)

 

 ニマニマ笑っている鷲羽の顔が浮かんでため息を吐く水穂。

 まだ鷲羽とは深く絡んではいないが、容易に想像出来てしまうのも複雑だった。

 

 どんどん憂鬱になっていく水穂を横に、ハリベルは先ほどより上手く操舵、射撃を行っているアパッチ達とモニターを見つめていた。

 

 その時、

 

「ハリベル様、そろそろ太陽系境界です。更に惑星規模艦と思われる反応を感知しました」

 

「……惑星規模艦だと?」

 

「それが目的地よ。そろそろ通常航行に移行して貰えるかしら?」

 

「……了解した。シミュレーション中止、通常速度に移行。徒波、操縦桿を私に移譲しろ」

 

「承知!」

 

 ハリベルの指示と同時に減速し、力場固定が解除される。

 ミラ・ローズとアパッチは、大きく息を吐いて汗を拭いながら座席にもたれる。

 

「「はぁ~~」」

 

「ちょっと。はしたないですわよ」

 

「構わん。少し休ませてやれ」

 

 流石にあのじゃじゃ馬状態では疲弊するのは仕方がない事だ。

 ハリベルはゆっくり目に航行させながら、シミュレート結果に目を通していた。

 

「……今のでもこの船ではやや過剰か」

 

「そうですね。しかし、射撃威力を抑え込めば、ジェネレーターとエンジンの新調で誤魔化せるかと……」

 

「……そうだな。スンスン、射撃威力を70%まで下げ、20%分を射撃精度と慣性制御に回してくれ。残りはシールドでいい」

 

「はい」

 

「徒波、今の変更も含めてシミュレーション結果のデータを柾木水穂に渡せ」

 

「承知!」

 

 徒波は水穂の傍に飛んで、データを送信する。

 受け取った水穂は高速でスクロールして確認して頷く。

 

「ハリベル様。惑星規模艦から着艦許可とゲートキーを受信しました」

 

「分かった」

 

 スンスンの報告を聞いた直後、モニターに惑星規模艦『チョビ丸』が映し出される。

 その瞬間、ハリベルを始め、アパッチ達は眉を顰める。

 

「なんだぁ? あの装甲」

 

 巨大な白い装甲を持つ惑星のような戦艦。

 しかし、その装甲は穴が空いており、しかもそれが文字になっていた。

 そのせいで、威圧感が半減したように感じた。

 

「……『阿重霞のアホ』『おバカ』。……阿重霞って……」

 

 ミラ・ローズは見えた部分の文字を呼んで、水穂へと振り返る。

 アパッチとスンスンも訝しむように水穂に顔を向けて、水穂は頬を引き攣らせながら顔を背ける。

 

「……ちょっと、少し前に地球で色々とあってね……。その時は九羅密家所有の船だったの」

 

「九羅密家の?」

 

「……もしかしてGP長官が降格したのは……」

 

 ミラ・ローズが更に眉を顰め、スンスンは少し前にGP長官の九羅密美瀾が整備部主任に降格したことを思い出した。

 それに水穂は小さく頷いて、

 

「……チョビ丸を勝手に動かしたのが理由よ」

 

「……では、あれは魎皇鬼の仕業か」

 

「ええ。言っとくけど、チョビ丸の存在は機密事項よ」

 

「そりゃあ、あんな状態で晒せるわけねぇよなぁ」 

 

 アパッチは呆れ全開でチョビ丸を見つめ、ミラ・ローズ達も同意するように頷く。

 ハリベルは船を動かして、チョビ丸へと着艦する。

 

 惑星規模艦だけあって、艦内のドックも広かった。

 樹雷が所有権を買い取ったばかりなので、搭載艦は偵察艦以外はないのでガランとした印象を与える。

 

 デッキに降りたハリベル達は、近づいてくる人影に目を向ける。

 

「お待ちしておりました。水穂様」

 

「お待たせ、マシスちゃん」

 

 水穂に頭を下げたのは艦長の九羅密マシスである。

 新婚ホヤホヤなのだが、色々とあってここにいる元軍人である。

 

「艦長の九羅密マシスよ。こちらはティア・ハリベルさん」

 

「……九羅密?」

 

「美星ちゃんの弟さんの奥さんなの。で、その前に瀬戸様の養女になってるから、ここにいるの。ちなみに美星ちゃんとノイケちゃん、霧恋ちゃんの同期よ」

 

「……なるほど。天地達が言っていた美咲生の騒動とやらが、このチョビ丸か……」

 

「うっ……」

 

 ハリベルは昨日の鷲羽達の会話を思い出す。

 

 それにマシスは耳まで顔を赤らめて、顔を背ける。

 その騒動で結婚することが出来たのだが、その分黒歴史も晒して作ったので、あまり自慢できる話でもない。

 機密にガンガン関わっているというのもあるが。

 

 水穂は苦笑しながら話を戻す。

 

「まぁ、そこらへんは今はいいわ。それで、あなた達にはチョビ丸を拠点としてもらうわ」

 

「この艦は九羅密でも樹雷でも機密扱い。改修が終わるまで海賊が少ない宙域を航行する予定になっている」

 

「それとここには長距離転送ゲートもあるわ。地球はもちろん、関係者がいるところにも通じているから」

 

「……ここから地球に戻れと……」

 

「そういうことね♪」

 

 水穂は瀬戸達に通じる笑みを浮かべて頷く。

 ハリベルはため息を吐く。

 

「アパッチ達はどうすればいい?」

 

「あなた達の船は、チョビ丸とだけだけど長距離転送ゲートがあるって鷲羽様から聞いてるわ。ここで過ごしてもいいし、船で過ごしてもらってもいいわよ?」

 

「……転送ゲートがあるのか?」

 

「え? 聞いてないの?」

 

 ハリベルは眉間に皺を寄せて頷く。

 もちろん、鷲羽の悪戯であることは理解しているので、文句を言う気も起きないが。

 

 水穂は苦笑して、マシスは同情の目を向ける。

 

 ゲートの場所を確認したハリベル達は、そのまま宇宙に出ることにした。

 流石に機密の場所に留まるのも落ち着かなかったからだ。

 

 チョビ丸の位置情報データを常に受信できるように設定し、ハリベル達は長距離ジャンプを繰り返しながら前から活動していた宙域に向かう。

 

 せっかくなので、徒波に操艦を任せたハリベル達は、

 

「……地球の者達からだ」

 

 と、砂沙美とノイケから預かった重箱を開ける。

 中身はもちろん弁当である。

 

「おお!」

 

「美味そうだな」 

 

「これは……見事ですね」

 

 早速とばかりに箸を伸ばすアパッチ達。

 料理を口に含んだ瞬間、目を見開く。

 

「!! ウメェ!」

 

「本当に」

 

「流石は樹雷皇家がいる家ってわけか」

 

「……これはその皇族が作った料理だ」

 

「「はぁ!?」」

 

「皇族が料理……ですか?」

 

「鬼姫の方針らしい。家事は一通り仕込まれているようだ」

 

「うへぇ……。樹雷ってホント意味分かんねぇ国……」

 

 アパッチはうんざりしながらも箸は止まらない。

 それにミラ・ローズとスンスンも頷きながらも、箸を止めない。

 

 3人も水穂の部下として修行させられ、水穂の部下と共に暮らしていたが、戦闘力やオペレート能力が非常に高いのに妙にフレンドリーで、料理や洗濯、果てには農作業まで出来るという訳分からない連中という印象が強くなっていた。

 

 もちろんそれはハリベルとて同じである。

 

「樹雷も元は海賊という話もある。その名残がある、と聞いたことがあるな」

 

「あぁ、私も聞いたことがあります」

 

「樹雷の皇族が出奔するっていうのも時々聞くしなぁ」

 

「まぁ、ここ最近のは地球にいた連中の話だけどね」

 

「地球か……。樹雷皇族だけじゃなくて、あの九羅密美兎跳の娘とか、白眉鷲羽に魎呼までいんだろ? 初期段階文明の星にそんな連中が揃ってるなんて思わねぇよなぁ」

 

「よくバレてないですわねぇ」

 

「大丈夫なんすか? ハリベル様。九羅密の娘とかって、よく墜落するって噂もあったっすよね?」

 

「……昨日も墜落していた。日常茶飯事のようだ」

 

「うわ……」

 

「これからも住むんですか?」

 

「……一応はな。せめて鬼姫が満足するまではいるつもりだ。それにあの家の者達の動向は見ておいた方が良い。下手な者が手を出せば、どこに飛び火するか分からん」

 

「……確かに……」

 

 アパッチ達も全てではないが、天地達の情報は聞いている。

 それだけでも銀河連盟なんて無視できるほどの力があるのは理解出来たので、関わりたくもないが、知ってしまった以上無視も出来ない。

 

 どこに影響が出るのか分からないからだ。

 

 特に白眉鷲羽と九羅密美星の影響が。

 

「白眉鷲羽と鬼姫達が繋がっている以上、しばらくは今の立場を維持すべきだろう。恐らく海賊の勢力図も大きく変わる」

 

「近々デカイことやるつもりらしいですからね……」

 

 ハリベルの言葉にミラ・ローズも頷き、アパッチ達も眉間に皺を寄せながらも否定はしない。

 

「けど、大丈夫なんですか? グランギルドを狙うってことは、最終的にダ・ルマーギルドもってことっすよね?」

 

「恐らくはな」

 

「コマチ姐さんやリョーコとか大丈夫でしょうか? そこらへんには伝えた方が……」

 

 ミラ・ローズは不安げに世話になり、世話をしたダ・ルマーギルドにいる海賊達のことを言う。

 ハリベルは目を伏せて首を横に振る。

 

「コマチは鬼姫との外交を担当している。下手に知らせれば余計な軋轢を生む。リョーコに関しては、鬼姫は眼中にないだろうが……ダ・ルマーギルドにとっては立派な幹部だ。ダ・ルマーギルドをそう簡単に裏切れないだろう」

 

「確かに……」

 

「しかし、グランギルドに手を出せば、シャンク一族に喧嘩を売ったことになるのも事実では? シャンク一族と言えば、タラントが余計な報復に動く危険性もありますが……」

 

「……可能性はある。だが、ダ・ルマーギルドからすれば、それだけで戦争を仕掛けることはないだろう。タラントもダ・ルマーギルドから独立出来る程の力はまだないはずだ。一度樹雷に滅ぼされた以上、そう簡単に復興出来るものではない。もっとも……樹雷ではないところに報復する可能性はあるがな」

 

「だから、今回の作戦はあくまで鬼姫主体で樹雷の戦力だけで行う、と?」 

 

「そう考えるのが自然だろう。だからこそ、私達に接触してきたはずだ」

 

「はぁ……簡単に言ってくれるよなぁ。情報収集に、偽情報を流して誘き出せって……」

 

「けど、下手したら私らも捕まる側だったかもしれないんだ。そう考えると、他の連中には悪いけどねぇ……」

 

「生き延びるため、ですからね」

 

 流石に樹雷、しかも瀬戸を敵に回したくはない。

 別に仲間といえる間柄ではないが、同じ海賊である以上、罠に嵌めるのも心情的にやや辛いものがある。

 

 しかし、それもまた生きていく手段ではある。

 海賊の多くは、あくまで商売として海賊をやっているだけだ。一度捕まれば、再犯率は非常に低い。

 なので、海賊からすれば、樹雷に雇われるのは魅力的ではあるのだ。

 誰の部下になるか、何をさせられるかもによるが。

 

『主殿。そろそろ予定ポイントにジャンプアウト致します』 

 

「分かった。……行くぞ。この船にも慣れなければならないからな」

 

「「「はい」」」

 

 徒波からの連絡を受けて、ハリベル達はブリッジへと戻る。

 

 そして久々の海賊業に精を出すのだった。

 

 



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お久しぶりの海賊

 ハリベル達は瀬戸に捕まる前に良く活動していた宙域に到着した。

 

 到着と同時に水穂に位置情報を送信する。

 これでアイリや美守から襲撃してもいい輸送艦やコンテナ艦が通知される手筈になっている。

 

 ゆっくりと航行をしながら、ハリベルはある者に通信する。

 数秒コールすると、目の前にモニターが展開されてコマチの顔が表示される。

 

『ハリベル! よかった。無事だったんだね』

 

「なんとか、だがな」

 

『無事ならいいよ。それで? 通信なんかして大丈夫なのかい?』

 

「ある程度自由行動は許されている。だが、監視されている可能性は高い。今後はお前との仕事は控えておくべきだと思ってな」

 

『……そうだね。鬼姫ならダイ・ダ・ルマーを狙ってもおかしくないか……』

 

「私のことをお前に連絡してきた以上、この会話も予想されているだろうがな。しかし、だからと言ってダ・ルマーギルドに近づくわけにもいかん。ダイ・ダ・ルマーの航行情報を持つ者との接触は今後避けさせてくれ」

 

『分かったよ。けど、なんかあったら遠慮なく連絡してくれ。あんたが味方になってくれるなら、総統も鬼姫を敵に回しても迎え入れてくれるだろうさ』

 

「申し出はありがたいが……やめておこう。今、鬼姫に大きく敵対するにはリスクが大きすぎる」

 

『まぁ、それもそうだね』

 

「……コマチ。今回の件、ダ・ルマーは?」

 

『いや、まだ伝えてない。私の部下も知らない。けど、あんたが保護していた難民が樹雷とGPに保護されたことで、何かあったんだろうと感づいてはいるよ』

 

「そうか……。忠告しておく。今回の件、特に地球に関しては誰にも話さず、手を出さず、目と耳も向けるな。下手すれば……ダ・ルマーギルドは跡形もなく消える」

 

『っ!? ……そこまでかい?』

 

「ああ。だからこそ、お前に連絡した。……先ほども言ったが、私がダ・ルマーギルドの最高幹部との接触を避けるのは、鬼姫の望むところではないだろう。それでも、お前には世話になったことがあるのも事実だ。だからこそ、お前には伝えておく」

 

『……分かった。総統には上手く誤魔化して伝えておく』

 

「すまない」

 

『気にしないでおくれ。こっちもあんたには助けられたことも多いからね。それにあんたがそれだけ言うんだ。本当にヤバイのが控えてるんだろうさ。それに手を出して大火傷をするのは、こっちも本望じゃない』

 

「ああ。では、気を付けてくれ」

 

『そっちもね』

 

 コマチは力強い笑みを浮かべて通信を切る。

 ハリベルは小さくため息を吐いて、艦長席にもたれ掛かる。

 

 恐らくこの通信の内容はリアルタイム、または後程瀬戸達に伝わるだろうとハリベルは推測している。

 瀬戸達の性格を考えると、直接文句や忠告してくることはないだろうが、他の事で面倒事を押し付けられる可能性は高い。

 しかし、だからと言ってコマチ達を見捨てるのも心情的に難しいので、ここらへんが限界だろうとハリベルは考える。

 

 下手したら鬼姫外交担当でもあるコマチにも被害が行くかもしれないが、ダ・ルマーギルドの良心でもあるコマチを追い詰めるような真似はしないだろう。

 瀬戸はそのあたりの加減が分からない為政者ではない。

 

 ハリベルは気を切り替えるように、スンスンに声を掛ける。

 

「レーダーに反応は?」

 

「特には。同じように流している海賊達ばかりですわ。……あら? ハリベル様、リョーコさんの船です。向こうも気づいた様でこちらに近づいてきてます」

 

「あん? リョーコってアカデミー近辺を縄張りにしてなかったか?」

 

「そんなの仕事によって変わるに決まってるだろ」

 

 アパッチの言葉にミラ・ローズが呆れながら言う。

 

 海賊は縄張りを主張する者もいるが、大半の海賊は拠点がバレないように適度に仕事する宙域を変える。

 更にはチームアップでの仕事もあり、超空間ジャンプで逃げるGP輸送艦を追いかけることもある。

 

「どうされますか?」

 

「通信を繋いでくれ」

 

「はい」

 

 スンスンがすぐさまコンソールを操作して、リョーコの船に通信を送る。

 着信と同時にモニターが起動し、ウェーブのかかった黒い長髪を靡かせて人懐っこい笑みを浮かべている美女が映し出される。

 

『ハリベル様。お久しぶりでございます』

 

「ああ」

 

『ここしばらくは活動されてなかったようで、何かあったのかと心配していたのです。ハリベル様が保護されていた方々がいる星にGP艦隊が向かったという情報もあったので……。ご無事でよかったですわ』

 

「動力炉やエンジンを新調していただけだ。あの者達がどう扱われるか確認していたというのもあるがな」

 

『そうですか……。私の方でも調べましょうか?』

 

「いや、必要ない。どうやら樹雷の自治領に移住したようだからな」

 

『樹雷の……!? わ、分かりました』

 

 銀河連盟最強国家に保護された以上、無下には扱われないだろう。

 そして、樹雷の自治領内を探ろうとすれば、逆にこっちの探られたくない腹を暴かれる危険性があるのだ。

 なので、リョーコも大人しく引き下がる。

 

 そのまま通信を繋げたまま、他愛無い話をしながら獲物を探すハリベルとリョーコ達。

 

 ニコニコしながら話すリョーコにアパッチ達も無下には出来ずに相手をする。

 

 リョーコは海賊はもちろん、GPでもハリベル以上に人気で、数えきれないほどのファンクラブが存在する。

 遠くから見ればプリンセスのような優雅さと美しさがあり、関わった者からすれば可憐で犬のような人懐っこさで、人の心を射抜くのだ。

 

 ちなみにリョーコの船の部下達は、リョーコとハリベルが並んだ姿を隠し撮りをして目の保養にしていた。

 

 流石に売りはしなかったが、もし売っていたら地球で数百万円で売れた可能性があったのはここだけの話である。

 

 海賊は荷を奪う場合、コンテナを切り離させるだけなので、お互いに顔を合わせることはない。

 そして、通信でもモニターで顔を見せることもない。音声通信による警告と停船命令のみなのだ。

 

 なので、ハリベルやリョーコの船だと分かっても、その御尊顔を拝める機会はゼロに近い。

 

 そのため、ハリベルとリョーコのツーショットなど、野郎共にとってレア中のレアといえる。

 この写真が流出したら、2人合同のファンクラブが誕生して国家予算レベルの金が払われたことだろう。

 

 部下達はあの時ほど「この船のクルーでよかった……!」と思った時はない。

 

 ちなみにハリベルは隠し撮りに気づいていたが、リョーコの部下達なので特に咎めることはしなかった。

 

「ハリベル様。GPコンテナ艦の反応ですわ。数は1」

 

『艦長。こちらも観測しました。まだ誰も狙ってはいないようです』

 

 スンスンが報告した直後、リョーコの副官もオペレーターからの報告を通達する。

 それと同時にハリベルの元に美守から偽装艦の位置情報が届く。

 それは今ハリベル達が捉えた船であったことから、ハリベルはすぐさまスンスン達に指示を出す。

 

「久しぶりの仕事だ。狩りに行くぞ」

 

『ご一緒しても?』

 

「構わん。ミラ・ローズ」

 

「了解!」

 

 ハリベルの呼びかけに、ミラ・ローズは即座に船の速度を上げる。

 リョーコの船もほぼ同時に速度を上げたが、あっという間にハリベルの船に置いて行かれてしまう。

 

「速い……!」

 

「なんと……。もともと船のサイズが違うので、加速では後れを取るのは仕方がないですが……」

 

「さらにスピードが上がっているわ。あそこまでとなると、動力系は全て一新されているようね。一体どんなエンジンやジェネレーターを……」

 

「ハリベル殿は独自の技術力をお持ちですからな。もしや最新型のものを改造したのやもしれません」

 

「そうね……」

 

 リョーコと傍に控える副官は目を見開いて、スクアーロンの改良について推測する。

 リョーコの船は一般的な中型戦艦である。

 もちろん独自の改良は施しているが、それでも一般の域を出ることはない。

 

 そして、やはり馬力のあるエンジンはサイズが大きくなる傾向があるので、大型艦の方が速度は上がるし、超空間ジャンプの距離も長くなる。

 スクアーロンは昔から機動力重視なので、速度に関しては昔から準大型艦並みだったのだが、今は完全に最新鋭大型艦レベルだとリョーコ達は推測していた。

 

 スクアーロンはあっという間にGPコンテナ艦に接近し、警告通信を飛ばす。

 それに30秒ほど遅れて、リョーコの船も警告通信を発信する。

 

 GPコンテナ艦は美守から『荷物は大量生産品であり、海賊に遭遇次第明け渡して構いません。これは海賊の分布状況を再確認する撒き餌です』と告げられているため、すぐさまにコンテナを切り離す。

 そして、距離を取って、ハリベル達が追ってこないことを確認して、ジャンプで脱出する。

 

 ちなみにコンテナ艦に乗っていた男連中がハリベルとリョーコの名前に盛り上がって、女性陣から白い目で見られていたのはここだけの話である。

 

 ハリベル達はコンテナをスキャニングして、中身の分配を決める。

 今回はハリベルとリョーコだけのなので、それぞれ半分で済む。そこからトレードの交渉となり、ハリベルは特に欲しい物はないので、リョーコの望むままにトレードを了承する。

 

『いいのですか?』

 

「問題ない。身軽になって、今は自分達に必要な物以外は不要だ」

 

 匿っている者もいないので、物資に拘る必要がない。

 それにリョーコは頷いて、頭を下げる。

 

『ありがとうございます』

 

「あら? ハリベル様! 付近宙域に重力波多数感知しましたわ!」

 

「多数……? 隠影航行に切り替えろ。様子を見る。リョーコの船にも伝えてやれ」

 

「了解ですわ」

 

 スクアーロンとリョーコの船は動力炉をギリギリまで低下させて、レーダーに捉えにくくする。

 その頃にはリョーコの船もジャンプアウトの反応を捉えており、最大限の警戒態勢を敷いていた。

 

 最初にジャンプアウトしてきたのは2隻の海賊艦。

 その少し後に5隻のGP戦艦がジャンプアウトし、海賊艦に攻撃を開始していた。

 

「あ~あ。完璧に捉えられてんな」

 

「あの海賊艦じゃあGP戦艦を振り切るのは少し厳しいだろうねぇ」

 

「……識別コード称号しましたが、見知らぬ番号ですわ。それにかなり若い番号のようですわね。どうされます?」

 

「……背後から仕掛ける。私達だけでな」

 

「「了解!」」 

 

「陰影航行解除します」

 

 スクアーロンは動力炉をフル稼働させて、一気にトップスピードに乗る。

 リョーコ達は目を見開いて慌てて追いかけようとするも、その時にはすでにスクアーロンはGP艦隊の背後に回り込んでいた。

 

「撃墜しないように注意しろ」

 

「あいさぁ!」

 

 アパッチが力強く返事をして、射撃桿を握る。

 そして、二発射撃して、GP旗艦の傍にいた戦艦一隻のエンジン部に直撃させ、航行不能に追い込む。

 

 そのまま、旗艦と攻撃した戦艦の間を高速ですり抜けて、海賊艦を攻撃していた戦艦のエンジン部に攻撃を叩き込む。

 スクアーロンは高速で宙返りをして反転し、再び艦隊の背後へと回る。

 

 その速度にGP艦隊の射撃クルーは反撃する暇がなかった。

 

「は、速過ぎる!」

 

「艦長! 2番、3番艦航行不能! 攻撃は可能とのことですが……」

 

「あの速さでは同士討ちになりかねんか……。くそっ! 鮫の女帝め!!」

 

「か、艦長! 更に海賊艦接近! リョーコ・バルタの船です!!」

 

「っ!! くそったれ!! 航行停止!! レーザー通信でシグナルを送れ!!」

 

「りょ、了解!」

 

 オペレーターの報告に、司令官はすぐさま戦闘中断を決めて、ハリベル達にも停戦のシグナルを送る。

 シグナルを受け取ったスクアーロンは再び艦隊の隙間を超高速ですり抜けて、そのままジャンプインしてその場を離脱した。

 

 リョーコの船も続くようにジャンプインして、スクアーロンを追う。

 

 司令官は歯を食いしばって、スクアーロンが消えた空間を睨みつける。

 

「おのれ……! 不意打ちとはいえ、あの速度で追い抜きざまに戦艦2隻を停めるとは……」

 

「まさに鮫、ですね……」

 

「孤高の海賊である実力は伊達ではない、か。はぁ……被害状況の確認後、こちらからも修理クルーを送り込め。近くのGP支部に救援要請。1番、4番艦は周囲の警戒を怠らせるな」

 

「「「はっ!!」」」

 

 司令官は小さくため息を吐いて、迅速に対応を指示する。

 部下達もすぐに対応に動き出し、司令官は背もたれに体を預けて、右手で顔を覆う。

 

「小物を追い詰めるいい練習で終わるはずだったのに……。気づいたら始末書か。はぁ~……やられた船の艦長達にはあまり落ち込まないように言っておいてくれ。あれはいくら熟練のクルーでも結果は大して変わらんかっただろうよ」

 

「分かりました」

 

 副官に付属艦の艦長達のフォローを頼む司令官。

 今回の付属艦の艦長は、艦長になって数日の『ピカピカの1年艦長』達だったのだ。

 

 小物の海賊を主に狙うことで、艦隊行動における艦長の指揮能力を学ばせる練習になるはずだったのだが、ハリベルの参戦でいきなり傷がついてしまった。

 艦長は確かに花形の役職ではあるが、付属艦の艦長は自身の船のクルーに指示を出しながら、旗艦からの指示に従わねばならないという難しい立場でもある。

 なので、段階的に時間をかけて経験を積ませるのだが、駆け出しで大きな敗北を経験すると、心が折れてしまう者も出る。

 

 司令官も辿った道ではあるが、今回はあまりにも特異な事例だった。

 普通、あのような高速航行と精密射撃をする海賊艦などいない。

 

 ただ運が悪かっただけ。

 

 恐らく上層部もハリベルとの遭遇と戦闘記録を見れば、司令官以外は特に問題視しないだろう。

 流石に誰も責任を取らないわけにはいかないので、司令官は諦めるしかない。

 しかも、それが艦長達の訓練航行なのだから尚更である。

 

 しかし、やられた本人達はそう簡単に割り切れないだろうとも、司令官は理解している。

 なので、しっかりとフォローして、今回を良き経験としてやらなければならない。

 

(もっとも……今のGP艦であの海賊艦の動きに対応できるのは一握りだろうがな。噂以上のスピードと攻撃力だった……。これは対処を考えねば、本当に魎皇鬼と魎呼の再来となりかねんぞ?)

 

 司令官はそう考えながら、報告書と始末書の作成に入る。

 

 そして数時間後にやってきた救援艦隊の艦長に、「お前らもやられたか。どんまい」と肩に手を置かれて言われるのであった。

 聞けば、この宙域に長く勤務している艦長は全員一度はハリベルにやられているとのことだった。

 

 ある意味それが通過儀礼にもなっているようで、誰一人責め立てる者はいなかった。

 

 そのおかげか落ち込んでいた艦長達は全員心が折れることなく、業務を続けることが出来たのだった。

 

 

 

 その頃、リョーコとハリベル達は少し離れた宙域にいた。

 

『もう……驚かさないでください』

 

 リョーコは小さくため息を吐く。

 ハリベルは涼しい顔で、

 

「……別にお前達まで付いてくる必要はなかったのだが……」

 

『いくらハリベル様とは言え、あの状況で一隻で飛び出されて無視できるわけないです!』

 

「……そうか」

 

 ハリベルは困惑気味に返答し、ミラ・ローズ達は苦笑する。

 リョーコはスクアーロンのあまりにも性能向上について訊ねたかったのだが、流石にマナー違反なので口にはしなかった。

 

 リョーコは知識欲も旺盛で、技術系にも精通している。

 なので、今も傍に控えている副官の目には、うずうずと尻尾が揺れているように見えていた。

 

 しかし、ハリベルがもちろん話すつもりはないのも分かっているので、その不満も地味にぶつけているリョーコだった。

 

『はぁ……。あの海賊達は無事に逃げ切ったようです。どうやら新興の海賊だったのでしょう。これで引退するか、どこかに所属してくれればいいのですが……』

 

「ここからはあいつら次第だ。船もあるのだから、自分達に適した場所にも行ける」

 

『だといいですが……』

 

「この近くには海賊が集まるステーションもいくつかある。その内の1つにでも行けば、お節介な者が現れるだろう」

 

 特に引退した元海賊などは若い海賊を見ると、口や手を出す傾向がある。

 確かにもう古い慣習や持論を展開することは多いが、その経験や伝手、技術力は無視できないものが時々あるので、バカにも出来ないのだ。

 

「私達は今日はこれで終わる予定だ」

 

『そうですか……。では、我々も今日はここで』

 

「ああ」

 

『それでは、また』

 

 リョーコは一礼して通信を切り、ジャンプインしていく。

 それを見送ったハリベル達も今日はチョビ丸に帰還して、体を休めることにした。

 

 

 

 ハリベルは持たされた重箱を持って、地球へと戻る。

 

「あ! おかえりなさい!」

 

「……ああ」

 

 ハリベルはどこか「ただいま」というのが気恥ずかしく、頷くだけに留めて重箱を渡す。

 

「部下達も喜んでいた」

 

「よかった! また作るね!」

 

「ああ」

 

 笑顔で言う砂沙美に、ハリベルも笑みを浮かべながら頷く。

 

 そこに鷲羽がヒョコッと顔を出す。

 

「おかえり。船は上手く扱えそうかい?」

 

「……徒波からデータは受け取ったはずだ」

 

「そうだけどさ。データじゃなくて主観も聞きたいんだよ」

 

「……流石に十全に扱うには時間がかかる。徒波のサポートがあるにしても、それは私達がある程度扱えるからこそ活かせるものだからな。それに……性能が異常過ぎて使い時がない、というのもある」

 

「くくくっ! それならそれでいいデータになるよ。新しい船の方にも使うから、適度に暴れておくれ」

 

「そこは鬼姫や九羅密美守に言え。あまり派手に動けば、向こうの計画に影響が出るかもしれんからな」

 

「了解」

 

 鷲羽は満足そうに頷いて、研究室に戻る。

 

 ハリベルはそれにため息を吐いて、疲れを癒すために大浴場へと向かうのだった。

 

 



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小さな日常

 本日は宇宙に上がらないことにしたハリベルは、朝積みの手伝いを行っていた。

 

 魎皇鬼はニンジンの籠の横で眠たげに欠伸をして目を擦っており、天地はニンジンを収穫し、ハリベルは鍬を振って土を耕していく。

 

 ハリベルの滞在が決定したことを受けて、天地は砂沙美やノイケと相談して、新しく育てる野菜を決めてナスと大根を育てることになった。

 そのための土地をハリベルが耕している。

 

 理由は簡単。

 天地より体力も力もあるからである。

 

 天地の倍近い速さで土を耕し、鍬の一振りで掘り起こす土も天地より多い。

 そして、地中に埋まっている岩や木の根も止まることなく砕ける。

 トドメに開墾の際には1人で樹を引っこ抜いて、畑を広げることが出来る。

 

 ちなみに抜いた木々は鷲羽が処置をして別の場所に植え直している。

 

 天地は当初、非常に申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、あまりのハリベルの活躍に何も言えなくなってしまった。

 軽々と樹を肩に担いで、鷲羽が設置した保護装置に運んでいき、それが恐ろしい速さなのだから文句を言う方がバチが当たると思ってしまったのだ。

 

 土地を耕し終えると鷲羽が土壌調査をして、ある程度育ちやすいように改良して種を植え、肥料を撒く。

 

 そして、昼食時。

 

「え!? もう開墾どころか種蒔きまで終わったのですか!?」

 

「凄ぉい!」

 

 ノイケが驚きを露わにして、砂沙美が純粋に感心の声をあげる。

 天地も頷いて、心の底から感謝の念を瞳に浮かべてハリベルを見る。

 

「ハリベルさんと鷲羽ちゃんのおかげで。あっという間だったよ」

 

「魎呼達だったら後2日はかかってたろうねぇ。くっくっくっ!」

 

「「くっ……!」」

 

 鷲羽の挑発に魎呼、阿重霞は箸を握り締めて悔しがるが、事実なのでそれ以上のリアクションも出来ない。

 その様子に天地とノイケは苦笑し、ハリベルは我関せずと黙々と料理を味わう。

 

 その時、砂沙美がノイケがあることを思い出す。

 

「あ、そうだわ。ハリベルさん」

 

「なんだ?」

 

「勝仁様からなんですが、この後天地様の鍛錬を行うのですが一緒にどうかとのことです」

 

「……鍛錬に?」

 

「恐らく助言や鍛錬の相手をしてほしいのかと……。時折阿重霞さんや砂沙美ちゃんも手伝ってますから」

 

「……分かった」

 

 ハリベルはやることもなかったので、参加することにした。

 樹雷第一皇子の実力やその修行にも興味があったからだ。

 昼食終了後、皿洗いを手伝い、動きやすい服装に着替えたハリベルと天地は修行場へと向かった。

 

 ハリベルは藍色のノースリーブの和服に黒の帯を巻いており、黒のズボンにカンフーシューズを履いている。

 

 勝仁もいつもの宮司の格好ではなく、動きやすい服装をしていた。

 天地と勝仁は体を解すと、木刀を握って型の復習を始める。

 

 天地が習っているのは樹雷剣術だ。

 なので、完全に実戦に重きを置いている武術なのだ。

 

 しかし、少し前まではあくまで心身を鍛えるものでしかなかったため、天地の動きや力の乗せ方は舞に近い。

 

 もちろん、それを修正しようとしているのは見ていれば分かるが、やはり長年の癖はそう簡単には抜けない。

 

 天地はその後、地面に設置された大量の丸太の上を移動しながら、向かってくる振り子を打ち払う修行をする。

 ハリベルはそれにやや呆れるも、実戦的であることは認める。あまりにも原始的な方法である意味は納得しきれてはいないが。

 

 天地は必死に足場に対応しながら、飛んでくる振り子を躱して、時に打ち払う。

 宇宙の戦闘はエネルギー弾や光剣が主体なので、受け止めるという手段は基本とらない。躱すか打ち払うかの二択である。

 もちろん光剣同士ならば受け止めることはあるが、それでも出力性能が違えば刃が砕かれる可能性があるので勧められない。

 

「では、休憩したら、ハリベル殿と試合してもらおうかの」

 

「はぁ……はぁ……うん……」

 

 座り込んで息を整えながら頷く天地を横目に、勝仁はハリベルに歩み寄る。

 そして、木刀を手渡しながら、

 

「すまんが、軽くのしてやってくれ」

 

「……どのくらいのレベルで動けばいい?」

 

「そうじゃのぅ……。まぁ、子供を相手にするつもりでやってくれ。光鷹翼を使わぬと、阿重霞や砂沙美にも勝てぬのでな」

 

「……なるほどな」

 

 勝仁の言葉に頷いたハリベルは、木刀の軽さ、強度、振るう感覚を確認する。

  

 そして、10分後。

 休憩を終えて立ち上がる天地はハリベルに顔を向ける。

 勝仁は下がって、審判役を務める。

 

 ハリベルも天地に向かい合う。

 すると、右手に握っていた木刀を回しながら右腕を振り被り、勢いよく真横に振り抜く。

 

 

バアァン!!

 

 

 と、空気が弾けて炸裂音を轟かせる。

 周囲に爆風が吹き荒れ、周囲の木々の木の葉を巻き上げ、天地と勝仁の身体に叩きつけられる。

 

「ええ!? ちょ、ちょっとぉ!?」

 

 まさかの初動に天地は大いに慌てて後退る。

 

 その瞬間、ハリベルは滑る様に猛スピードで天地に詰め寄った。

 斬り上げを繰り出し、天地はまだ驚きから持ち直していないが反射的に木刀を滑り込ませてガードする。

 

 ガァン!と音を響かせて後ろに滑り下がる天地を、ハリベルは追撃することはせずに木刀を確認する。

 なんとか転ぶことなく持ちこたえた天地は痺れる両手に顔を顰める。

 

(前ほどの速くない……! けど、それでもギリギリだ)

 

 手加減してくれているのは理解しているが、それでも一杯一杯だった。

 天地は痺れた両手で木刀を構える。

 

 それを確認したハリベルは再び駆け出して、天地に攻めかかる。

 木刀を振り被ったハリベルを見て、天地は腰を据えて待ち構えるが、その瞬間ハリベルは屈んで左足を振って足払いを放つ。

 

「うわぁ!?」

 

 更にハリベルは左手を伸ばして天地の胸倉を掴み、片腕で一本背負いを放って天地を投げる。

 天地は一切抵抗できずに背中から地面に落ちる。

 

「つぅ……!」

 

「……柾木天地。格上と分かっている相手に待ち受けるのはあまり意味はない。むしろ、隙だらけに見える」

 

 止まっている相手程仕掛けやすいことはない。

 動き回っている方が意外と攻撃手段は絞られ、すでにスピードに乗っているので対処がしやすい場合が多い。

 もちろん、あまりにもスピードに差があれば、そこまで有効手段にはならないのだが。

 

「宇宙では拳銃も当たり前に存在する。光鷹翼を使うならばそれでも構わんが、使わないつもりならば足を止めるのは愚策でしかない。先ほどの鍛錬はそれを意識させたもののはずだ」

 

「わ、分かりました……」

 

「ならば、来い」 

 

 今度はハリベルが木刀を構えて待ち受ける。

 天地は顔を引き締め、体に活を入れて一気に全速力で駆け出す。

 

「はぁ!」

 

 天地の斬り下ろしをハリベルは半身になって躱し、天地から距離を取る。

 天地は足を止めずに追いかけ、ハリベルは木刀を突き出すように右腕を上げる。

 

「っ!」

 

 両足を滑らせながらブレーキをかけ、横に跳ぶように移動する天地。

 その動きに合わせるようにハリベルは身体を回転させて、木刀の切っ先を天地に向け続ける。

 

 それが拳銃を模しているのだと理解し、今のスピードでは簡単に撃たれると言われていると天地は気づく。

 天地は更に速度を上げ、ハリベルを撹乱するように周囲を走り回り始める。

 

 意図が理解できたと判断したハリベルは一度木刀を下ろし、次に天地の進行方向を先読みしたように木刀の切っ先を向ける。

 その動きを見た天地はその切っ先の先に飛び込まないように、急転換したり、跳び上がって動き続ける。

 

 それが5分ほど続けられた。

 

「はっ! はっ! はっ! はっ!」

 

 常に全力で動き続けていた天地は、スタミナがすぐに限界を迎える。

 そして、最後は足がもつれて勢いよく地面を転がってしまった。

 

「うわああ!?」

 

「……ここまでだな」

 

 ハリベルは構えを解いて、張り詰めていた気配を霧散させる。

 天地は地面に大の字になって寝転び、息を整える。

 

 ハリベルはタオルを天地に投げつける。

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

「ああ」

 

「ふむ。やはり手も足も出なんだのう」

 

 勝仁が顎を擦りながら、歩み寄る。

 天地は体を起こして、小さくため息を吐く。

 

「攻撃する余裕すらなかったなぁ……」

 

「当然じゃ」

 

「そもそもお前と私では、肉体の強さが違う。あの程度の速さならば、見失うことはない」

 

「そ、そうですよね……」

 

「……生体強化はしないのか? 白眉鷲羽ならば樹雷レベルの生体強化も可能だと思うが……」

 

 勝仁に顔を向けて訊ねるハリベル。

 それに天地は首を傾げる。

 

「樹雷の生体強化は普通のとは違うんですか?」

 

「樹雷は皇家の樹の力を活用しておるのじゃ。そして、第三世代以上の皇家の樹のマスターは、己の樹からも力を引き出すことが出来る」

 

 それが樹雷が最強国家と名高い理由でもある。

 

 樹雷に属する者は男女ともに特殊な生体強化を受けており、全員が武の心得を叩き込まれる。

 男の場合は基本的に『闘士』と呼ばれ、一騎当千にも匹敵する実力を秘めていると言われている。

 

 そして、マスターとなった皇家の樹を介することによって、更に体を強化することが出来るのだ。

 

 それは上の世代ほど強力で、勝仁はマスターキーを介して、一枚ならば光鷹翼を発現することが出来る。

 第一皇妃船穂は、第二皇妃美砂樹の皇家の樹からも力を引き出して、第一世代並みの力を得ることが可能である。ただし、これは2人の樹が双子だから可能であり、更に船穂が酒を飲んで酔っ払うことが条件であるが。

 

 天地は皇家の樹のマスターではないが、魎皇鬼を作り出した白眉鷲羽ならば、それなりの生体強化は可能なはずだとハリベルは疑問を感じていた。

 

 それに天地が頬を掻いて、困惑の表情を浮かべる。

 

「それが……鷲羽ちゃんがいうには、俺は生体強化は控えておいた方がいいって……」

 

「……何故だ?」

 

「説明してあげるよん♪」

 

「うわぁ!?」

 

 突然天地の背後の茂みから鷲羽が飛び出してきた。

 もちろん天地は驚いて跳び上がり、ハリベルは呆れた表情を浮かべる。勝仁はもう慣れたもので涼しい顔をしている。

 

 鷲羽はどこから取り出したのか、眼鏡をかけてアカデミー講師の格好に変わって教鞭を右手に持つ。

 

「さて♪ 天地殿の生体強化についてだけどね。理由は簡単。必要ないからさ」

 

「……必要ない?」

 

「けど、俺は砂沙美ちゃんにすら勝てないんだけど……」

 

「それはね、天地殿がまだ本能的に超次元生命体の力を引き出さないようにセーブしてるんだよ」

 

「……精神面の成長というのはそういうことか……」

 

「そうだね。それと生体強化をすれば寿命も延びるけど、それも天地殿はすでにクリアしてるよ」

 

「……そうか。超次元生命体になったことで人の理から外れたのか……」

 

「……理解が早くてつまらないねぇ。その通り。既に天地殿は不死になっている」

 

「不死……。つまり成長も止まったのか?」

 

「いや、全盛期までは成長するよ。それ以降は止まるけどね。ちなみにあの家に住んでるメンバー、私も含めた全員も不死になっているよ」

 

「……柾木天地が望んだから、か」

 

「恐らくね。ちなみに、ハリベル殿も不死になってることが分かったよ」

 

「なに?」

 

「え!?」

 

 流石にその情報はハリベルも驚愕を抑え切れず、天地も大きく目を見開いて驚愕する。

 天地は自分が超次元生命体になった時の影響だと思っていた。

 しかし、その後に出会ったハリベルが不死になったとなると、話が大分変わってくる。

 

「げ、原因は!?」

 

「残念だけど……。天地殿の力は私達よりも上だ。私でも完全に理解できるわけじゃないんだよ」

 

「そんな……」

 

「天地殿の光鷹翼のエネルギーを浴びて、天地殿がハリベル殿のことを心配して、身内として受け入れたからだと私は推測してる。だから、誰でもすぐにってわけじゃないだろうさ。それに天地殿が力をコントロール出来るようになれば、問題なくなると思うよ」

 

「そう……ですか……。すいません、ハリベルさん」

 

 天地は悲痛な顔でハリベルに頭を下げる。

 しかし、ハリベルは、

 

「謝る必要はない」

 

「けど……」

 

「元々私の寿命は生体強化を重ねていることで、すでに不死と変わらない。お前に会わなくても、殺されなければあと数万年の寿命はあっただろう。それに……不老であっても、()()ではないのだろう?」

 

「そうだね。殺されれば、普通に死ぬよ」

 

「ならば宇宙に生きる者からすれば、そこまで問題はない。この地球からすれば、白眉鷲羽や柾木勝仁はもちろん、私もすでに十分不老だろう」

 

「そういえば、ハリベル殿って今いくつなんだい?」

 

「……恐らく500を超えたくらいだ。もしかしたら、もう少し老いているかもしれんが……」

 

 最後の生体強化以前の記憶がなく、記録もほとんど残っていなかったので、はっきりといた年齢が分からないのだ。

 それでも生体強化の記録と、これまで生きて来た年数を考えれば500は超えているはずだと思っている。

 

「一般的な生体強化でも、一度行えば寿命は2000年近く延びる。正直なところ、不死と言われたところで、実感するのは数千年先の話だろう」

 

「そ、そうですか……」

 

「故に今、お前が謝罪する必要はない。それに……お前が力を十全に扱えるようになった時には不老も解けるかもしれない。それを見届けてからでも遅くはないだろう」

 

 数千年もあれば、流石にある程度力を扱えるようになっているだろう。

 その時にまた考えればいい。どっちにしろ無茶をしなければ、数千年は確実に生きるのだから。

 結論も謝罪も急ぐことではない。 

 

 ハリベルのその言葉に、少しホッとした顔をする天地。

 

「しかし、それでは身体能力の向上は簡単ではない、ということだな?」

 

「そうなるね。天地殿が少しずつ実感していく方が無難だよ。加速空間を使ってもいいのかもしれないけど、まだ天地殿は使ったことないからね」

 

「ならば、数を重ねるのみ、か」

 

「そういうこと♡」

 

「え……?」

 

「では、あと10本ほど手合わせしてみるとしよう」

 

「えぇ!?」

 

「極限まで追い込めば、力の使い方も分かるやもしれん」

 

 そう言って、ハリベルは木刀を肩に担いで天地を見下ろす。

 その後ろで勝仁は頷き、鷲羽はいい笑顔で2人の手合わせを観察する気でいた。

 

 それに逃げ場がない事を悟った天地は頬を引き攣らせながらも立ち上がるしかないのだった。

 

 そして、30分後。

 

 様子を見に来た砂沙美とノイケの目に映ったのは、ボロボロの姿で仰向けに倒れ、鷲羽の機器で色々とコードを繋がれて治療と検査を受けている天地の姿があり、そのすぐ傍でハリベルと勝仁が今後の天地鍛錬プログラムを相談していた。

 

 その日、天地はそのまま休ませることにして、畑仕事はハリベルとノイケが行うことになるのだった。

 

 

 

 夕食時。

 鷲羽の治療もあり、天地は問題なく回復した。

 かなり体を動かしたこともあり、食欲は旺盛だった。

 

「天地様、もうお身体は大丈夫なのですか?」

 

「うん、もう大丈夫。別に大怪我したわけじゃないですし。単純に疲れ果てただけですから」

 

 天地は阿重霞の言葉に苦笑しながら言う。

 

「それにしても、いきなり厳しくやりすぎじゃねぇか?」

 

「……毎日続けるわけではない。適度な刺激は必要だろうと柾木勝仁から言われただけだ。光鷹翼が自由に使えないのならば、自衛の術は多い方がいい」

 

「それはそうですが……」

 

「柾木天地もいつまでも私達より弱いのも複雑な思いがあるようだからな。生体強化が出来ないなら、原始的に厳しく過重をかけるしかあるまい」

 

「「むぅ~……」」

 

 魎呼と阿重霞は正論に唸るしかない。

 どうにも最近ハリベルに負けている気がしてならないのだ。

 実際、畑仕事の手伝いや指導力では大きく負けているのだが、やはり天地の横を奪われているようで面白くない。

 

「私は明日からまた宇宙に上がる。明日からはお前達が手合わせをしてやればいい」

 

「もうですか?」

 

「鬼姫……神木瀬戸の大仕事が数日後に行われる。その対応で数日は帰れないだろう」

 

「大丈夫なの?」

 

「私はあくまで標的達を誘い出すだけだ。作戦そのものに参加するわけではない。白眉鷲羽が改造した船があれば、皇家の船相手でも逃げ切れる性能はある。作戦宙域のど真ん中に行かなければ問題ない」

 

 心配そうにする天地や砂沙美を安心させるように告げる。

 鷲羽も頷いて、

 

「ハリベル殿の船には長距離転送ゲートもあるから、ヤバかったら飛び込めば問題ないさ」

 

 それに表情を和らげる天地と砂沙美。

 

 その後はいつも通り和気藹々と過ごし、翌朝ハリベルは再び宇宙に上がるのだった。

 

 



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まさかの伏兵

 いよいよ、瀬戸の【グランギルド】大摘発プロジェクト決行日となった。

 

 ハリベル達はこの数日、『ある宙域にGPの特殊兵器が隠密航行で移動するらしい』という噂を流しまくった。

 もちろん、自分達が噂の情報源だとバレないように注意しながら。

 もっとも、他にも瀬戸に首輪をつけられた海賊や潜入捜査をしていた瀬戸の部下も噂を流しているので、バレる可能性はほぼないだろうが。

 

 そして、あと数時間で摘発開始と迫り、ハリベル達は作戦宙域から少し離れた宙域で陰影航行で行く末を見守っていた。

 

「やはりラディ・シャンクの船は姿を見せませんね」

 

「あいつが獲物が見つかる前に出て来るもんかよ」

 

「ま、良いとこ取りする気でいるだろうから、近くに隠れてんだろうけどな」

 

「それにしても、鬼姫の奴もかなり本気だな……」

 

「あいつのお抱え部隊の4割だろ? GP艦隊も真っ青だよな」

 

「それでも目標艦全てを捕らえるのは難しいでしょうね。せめて幹部連中の半分、もしくはラディ・シャンクの船を抑えたいですわね」

 

「流石に今回逃がしたら、すぐにもう1回ってわけにゃあいかねぇしな」

 

「ラディ・シャンクなら数百年は警戒し続けるだろうな」

 

 スンスン達の会話に内心同意していたハリベル。

 

 海賊達とて馬鹿ではない。

 広くない宙域に集まるならば、一か所に集まらないようにする知恵くらい持っているし、幹部を脱出させるシステムや手段は複数準備している。

 【グランギルド】は下部組織ではあるが、かなりの規模である以上、それだけ海賊がいるということだ。

 経験豊富な者が幹部になっているだろうし、今回のような大規模摘発の逃げ方などは熟知している。

 

 事実、瀬戸もハリベルも、ラディ・シャンクと集まっている三割の海賊を捕まれば、御の字だろうと考えている。

 それだけ海賊を捕らえるのは難しい。

 

 そう考えながら、しばらく推移を見守っていると、スンスンがある異変を観測した。

 

「……あら?」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「作戦宙域付近にGPの輸送艦の反応です。護衛艦の反応もないのですが……」

 

「ないけど?」

 

「その輸送艦を百近い海賊が追いかけてますわ。今もどんどん数が増えていきます。作戦宙域内の海賊すらも……。まるで引き寄せられるように」

 

「「はぁ?」」

 

 ミラ・ローズとアパッチは同時に訝しむ声を上げる。

 ハリベルも自身のモニターを見つめていた。

 

 スンスンの言葉通り、今も鼠のように海賊艦を現すマーカーが増えていた。

 すると、輸送艦がジャンプした。

 

 逃げたかと思ったが、なんとその輸送艦はまだ釣られていなかった海賊の群れのド真ん中にジャンプアウトした。

 もちろん、輸送艦はまたすぐさまジャンプしたが、再び別の海賊の群れがいるところにジャンプアウトする。

 

 もはや鼠という表現すらも凌駕する速度で海賊を引き寄せていく輸送艦に呆れるしかないハリベル達だった。

 

「……なんだ、この船?」

 

「なんでそこにジャンプするんだよ……」

 

「恐らく『予想屋』に気づいたのでしょうが……。それが逆に最悪な結果を招いてますわね」

 

 予想屋とはGPのランダムジャンププログラムを解析して、ジャンプ航路を推測する者達の事だ。

 GPは少し前に最新版にアップロードしたのだが、すでに解析されていた。

 なので、恐らく今度は手動による座標入力によるジャンプをしたはず。

 

 それが全て海賊の群れに飛び込むなど【不運】にもほどがあった。

 

(……不運?)

 

 そのキーワードに何か引っかかったハリベルだが、思い出す前に更に状況が変わる。

 

「は? ジャンプしなくなったぞ?」

 

「短時間で三回もランダムジャンプしたから、エンジン限界になったんだろ」

 

「というか、何故逃げるのでしょう? さっさと荷を明け渡せばよろしいのに……」

 

「なんか特別なモンでも積んでんのか?」

 

「護衛艦も付けずに、こんな海賊多発宙域に?」

 

「だよなぁ……」

 

「ハリベル様、どうされますか? このままでは、というかすでに作戦に影響が……」

 

「……逆に海賊達が集まりつつある。第二目標艦もほぼ釣られているから、ラディ・シャンクも現れかねん。こちらに来ないようにだけ注意して、観測を続けてくれ」

 

「はい。……あら、ハリベル様! リョーコさんも釣られましたわ!」

 

「は? リョーコが?」

 

「何してんだよ……」

 

 リョーコの名前にアパッチ達は呆れ返る。

 あれだけの海賊が集まっているのだから、むしろ警戒して近づかないくらいの危機感が出なければならない。

 もちろんそれはリョーコだけでなく、未だにしつこく輸送艦を追いかける海賊達も同じなのだが。

 

 ハリベルも僅かに眉間に皺を寄せる。

 

 しかし、更に状況は混沌へと突き進む。

 

「!! ハリベル様! 大型艦のジャンプアウト反応! ラディ・シャンクの船ですわ!」

 

「リョーコの船に通信を繋げ」

 

 第一目標が出てきた以上、瀬戸は動く。

 即座にそう判断したハリベルはリョーコだけでも逃がそうと、すぐに指示を出した。

 

 

 

 その頃、リョーコの船は異様な熱気に包まれていた。

 

 いつものリョーコや部下達ならば、普段絶対に見せない興奮を曝け出して、目の前のスクリーンに映る輸送艦のみに囚われていた。

 

「へへっ! 逃がさねぇぞ!」

 

「連中はもうジャンプ出来ないみたいだな!」

 

「誰にも譲らないわよ……フフフ」

 

 リョーコは舌なめずりしそうなほど興奮していた。

 その時、リョーコの目の前にモニターが起動し、ハリベルの顔が映し出された。

 

「っ!?!? ハ、ハリベル様!?」

 

『何をしている。その輸送艦は、四百もの海賊艦で追うほどの物か?』

 

「それは……!! っ!! 四百!?」

 

 リョーコは一瞬言い返そうとしたが、すぐさまハリベルが告げた事実に興奮が一気に冷め、背筋に強烈な悪寒が走る。

 

「緊急ジャンプ!!」

 

「は、はい!!」

 

 ハリベルから位置座標データを受信した直後に、周囲に離脱信号を発しながらジャンプインするリョーコの船。

 

 しかし、他の海賊達はリョーコ達の離脱と送られた信号を鼻で笑い、輸送艦を追いかけ続けるのだった。

 その数分後、地獄に落とされることも知らずに。

 

 

 

 ハリベルのすぐ傍にリョーコの船が現れる。

 

 額に玉のような冷や汗を浮かべ、艦長席で崩れ落ちたように座り込んでいるリョーコ。

 他のクルー達も椅子にもたれかかったり、頭をすっきりさせるために頭を振るなどして、先ほどの異様な状況にようやく自分達がおかしかったことを理解した。

 

 その様子を見ていたハリベルが、落ち着かせるように声を掛ける。

 

『……興奮は冷めたか?』

 

「……はい。感謝致します、ハリベル様。何故あのような……」

 

 理性は取り戻したが、先ほどの異様な興奮の原因が分からず、未だに頭の中は混乱していた。

 

 今でもスクリーンには、海賊がドンドン群がり、更にはラディ・シャンクの船を攻撃して撃沈してまで輸送艦を追いかけようとする異常なほど集まった海賊達の様子が映されていた。

 

 ギルドの抗争でもないのに、ギルドの部下からも攻撃を受けて炎に包まれていくラディ・シャンクの船。

 これが抗争時や逃走時ならばわかるが、獲物、それも輸送艦1隻を追うだけのために起こることではない。

 

 もちろんラディ・シャンクはそれだけ嫌われていたのも大きな要因だが、もしギルドに戻った後に『裏切った!』と責められても言い訳が出来ない。

 本来なら、ラディ・シャンクを援護しなければならないのだから。

 

 そしてギルドに属していない海賊達は、ギルドから報復されてもおかしくない。

 

 それを厭わないのだから、やはり異常な状況だった。

 

『あの輸送艦の荷を知っているのか?』

 

「……いえ。ただ……あれだけの海賊が血眼で追っているのだから、と……」

 

『はぁ? おいおい、リョーコ。本気で言ってんのか?』

 

『……お前達らしくもない。……いや、お前達だけではないか』

 

「あそこにいる全ての海賊が……ですね」

 

「!! あの宙域に高重力波エネルギー反応!! 皇家の船です!!」

 

「っ!!」

 

 部下の報告に目を見開いて、スクリーンに目を戻す。

 

 直後、GP輸送艦と海賊達の間に、瀬戸の水鏡がジャンプアウトする。

 その重力波にその場にいた全ての海賊艦を十数秒間、操艦不能に追い込む。

 そして、全ての海賊艦に高出力の通信コードが送られてきた。

 

 表示されたのは『ZZZ』。

 

 樹雷の鬼姫、神木・瀬戸・樹雷の代名詞ともいえる撃滅信号【ジェノサイド・ダンス】である。

 

 その瞬間、四百もいる海賊艦ほぼ全てが、動力炉とエネルギー経路を全て停止させて降伏を示す。

 

 それでも逃げようと足掻いていた十数隻は、一瞬で問答無用で撃沈され、近くにいた降伏した海賊艦にいたクルー達はその音と振動が聞こえて顔を真っ白にして震える。

 

 それは運良く助かったリョーコ達も同様で、ハリベル達も流石に眉間に皺を寄せる。

 

『……リョーコ、別れて少し離れるぞ。鬼姫の艦隊に気づかれるやもしれん』

 

「わ、分かりました。お気をつけて」

 

『お前も、深追いはするな』

 

 ハリベルが通信を切った瞬間、スクアーロンがジャンプインする。

 リョーコも冷や汗を拭って、まずは全力で安全宙域まで避難することに意識を集中するのだった。

 

 ハリベルは少し離れた宙域に移動して、陰影航行に移行する。

 

「ふぅ~……なんかよく分かんねぇうちに終わっちまったけど……」

 

「ラディ・シャンクだけどころか、リョーコ以外の船全部捕縛・撃沈しちまったねぇ……」

 

「あの輸送艦、実は樹雷の偽装艦なのでは? もしくはGPとアカデミーの新型兵器ですか?」

 

「……そのようなものが使われるとは聞いていない。あんなものがあるのならば、ここまで時間をかけて偽情報を広める必要もなかったはずだ」

 

「……そう、ですね」

 

「……徒波。あのGP輸送艦の航路を調べろ。特にあの宙域に入る直前の航路だ」

 

「承知!」

 

「ハリベル様?」

 

 ハリベルはどうにも嫌な予感が頭から離れない。

 その理由を知るための情報を少しでも集めたかった。

 

 そして、そのきっかけは狙い通り徒波から報告される。

 

「主様! あの輸送艦は直前に予定航路を外れ、地球に寄っておりまする!」

 

「GP輸送艦が地球に!?」

 

「なんでだ?」

 

「……まさか……」

 

 ハリベルはすぐさま地球のノイケに連絡を取る。

 

『ハリベルさん? どうかされましたか?』

 

「今すぐ山田西南の所在を探れ。宇宙に上がっている可能性がある」

 

『ええ!? 西南さんが!?』

 

「半日ほど前にGP輸送艦が地球に寄っている。その輸送艦が四百を超える海賊を引き連れて、神木瀬戸に保護された。柾木水穂には私が連絡を取る。お前は柾木天地と共に正木の村と山田西南の家を調べてくれ」

 

『四百!? 瀬戸様に!? わ、分かりました!』

 

 ノイケは慌てて頷いて通信を切る。

 ハリベルは小さくため息を吐いて、即座に水穂と瀬戸に連絡を取る。

 

 すると水穂からの通信は遮られ、瀬戸に繋がった。

 

『なにかしら? ハリベル殿』

 

「輸送艦に山田西南という地球人はいるか?」

 

『あら、よく分かったわね。今、水穂ちゃんがお迎えに行ってるわ』

 

「……本当に上がって来ていたのか……」

 

『ハリベル殿は会ったことあるの?』

 

「……ああ。柾木天地の幼馴染で、弟のような存在と言っていた」

 

『へぇ……』

 

「異常なほどの確立の偏りの持ち主だ。地球ですら、よく生きていたと思わせるほどの悪運らしい。正木月湖の子供とも特に仲が良いようだ」

 

『ふむ……ということは、天女ちゃんや正木の村の子達は知ってるわけね。ありがとう』 

 

「……どうする気だ? 生粋の地球人ということは、銀河法に違反するが……」

 

『そこは本人次第ね。何やらその悪運とやらで宇宙に上がったみたいだけど、本人はかなり喜んでるし。それに地球は船穂殿がすでに前例でいるわ。しかも、これだけの海賊拿捕の成果を出したのだから、私が特例申請を書けば、GPやアカデミーも認めるでしょうね』

 

 西南次第と言ってはいるが、瀬戸の顔はニヤケており、明らかに「逃がさない♪」と考えているのが分かる。

 ハリベルはまだ一度しか会ってはいないので、止めてやるほど西南の事を知らない。

 なので、この場合は天地や月湖達がどう思うかだろう。

 しかし、天地や月湖達からすれば、西南が宇宙に残ることを決めれば死別する未来は遠のく。それどころか大手を振って宇宙で会えるのだから、そこまで悪い事ではないだろうとも思う。

 

「……柾木天地達に恨まれないようにするんだな」

 

『分かってるわ』 

 

「山田西南が覚えているかどうかは分からんが、私は顔を合わせて名乗っている。私を今後も使うならば、注意することだな」

 

『ええ、分かったわ』

 

「では、我々はこれで引き上げる」

 

『ああ、待って頂戴』

 

「……なんだ?」

 

『GP艦をこれから修理させることにしたわ。その後の状況次第では、山田西南殿と美兎跳様を乗せてGP輸送艦だけを先にアカデミーに向かわせるわ。また海賊を呼び寄せるかもしれないから、その時はそのお守りを手伝って欲しいの』

 

「……はぁ。分かった」

 

 ここで無視して帰って、西南に何かあったら天地が悲しむだろう。

 そう考えたハリベルは、ため息を吐いて頷いた。

 

 その後ハリベル達は、徒波に操艦をしばらく任せて、体を休めることにした。

 

 ハリベルは自室に入って一息つくと、もう一度地球に連絡を取る。

 

『ああ! ハリベルさん!』

 

「……やはり山田西南だった」

 

『今、霧恋さんが慌てて出て行きました……。間に合うか……』

 

「今、GP輸送艦の修理を行っている。間に合う可能性は十分にあるだろう」

 

『そうですか……』

 

「神木瀬戸は、山田西南を宇宙に残すつもりのようだ」

 

『ええ!?』

 

「捕縛目標だった海賊どころか、宙域にいた四百以上の海賊を摘発出来たからな。あの悪運は神木瀬戸を始め、上の連中にとっては魅力的かもしれん。それに地球の者達と繋がりも深い。柾木遙照の生存公表などに利用も出来るとも考えているのだろう」

 

『……なるほど』

 

「山田西南が宇宙に憧れていたという正木月湖の話もある。恐らくは、自分で宇宙にいるように仕向けるつもりだろう。純粋な少年が、数千年生きている妖怪の甘言に勝てるはずはない」

 

『でしょうね……。こちらの話では、西南さんを送り出したのはご両親なんですよ』

 

「? 山田西南の両親は宇宙と繋がっていたのか?」

 

『いえ、純粋な地球人のはずなんですが……。どうやってGPアカデミーの入学パンフレットを手に入れたのか……』

 

「……どちらにしろ両親は山田西南の悪運を遠ざけたい、というわけか」

 

『そのようです。実際、西南さんがいなくなってからは盛況ですから』

 

 ノイケは苦笑するしかない。

 西南の悪運は、両親の商売にまで影響を与えていた。西南が家にいると、周辺には他に一軒も店はないのに、何故か店に客は来ないのだ。そして、西南が出かけた瞬間、行列が出来るレベルで客が来る。

 別に監視されているわけではない。本当に奇跡的にそうなっているのだ。

 なので、西南の両親からすれば、西南がいない方が商売は順調になる。

 

 もちろん愛情がないわけではない。むしろ、最大限愛してきた。

 だからこそ、引き受けてくれるというならば、追い返されるまで引き受けてもらいたいという思いもある。

 そこでうまくやっていけるのならば、西南にとっても自信になる。

 追い返されても、今まで通り愛せばいいだけ。

 

 ならば、色んな場所で色んな経験をさせてやりたいのだ。

 

 遠足や修学旅行、運動会や文化祭まで、「来ないでくれ」と言われ続けた西南のために。

 

 ノイケは月湖からそう聞いたのだ。

 

「……ならば、お前達の方からも神木瀬戸や柾木アイリに釘を刺しておけ。宇宙では私は海賊だ。手助けしたくとも、顔を合わせるのはリスクが大きい」

 

『分かりました』

 

「また動きがあれば連絡する」

 

『ありがとうございます。お気をつけて』

 

「ああ」

 

 通信を切り、ハリベルは小さくため息を吐いて服を脱ぐ。

 部屋に取り付けられているシャワーポッドに入り、液体状ナノマシンで身体を洗う。

 

 一瞬でナノマシンは蒸発して、体の水気が払われる。

 

 裸のままベッドに横になり、部屋の中を加速空間にして体を休めるのだった。

 

 

 そして、外の景色は変わらないが、時間的に翌朝。

 

 輸送艦の修理を終えた西南達は、瀬戸と別れてアカデミーへと向かい、レーダーに映らない距離からハリベルと水穂の部隊が護衛をすることになったのだが……。

 

「リョーコを接触させるだと?」

 

『ええ。本人も気になってるみたいだしね』 

 

 ハリベル達もリョーコの船が西南が乗っている輸送艦を監視していたのは気づいていた。

 しかし、流石にここで忠告するのは違和感を覚えさせるので、監視に留めるしかなかった。

 

 そこに瀬戸から通信が来て、西南とリョーコを接触させると言ってきたのだ。

 

「理由は、意図は何だ?」

 

『西南殿が海賊と出会ってどう反応するのかを見たい、かしらね。それに彼女ならば手荒い真似もしないでしょうし』

 

「……山田西南が持つ海賊の印象では、リョーコ相手であろうとも靡かない、か」

 

()()4()()を接待につけたのだけどね。あの子相手でも冷静にいたのよ』

 

「!! ……なるほど。……それで、リョーコならばあの船が地球に寄ったのは調べているだろうことも含めて、会えば地球人であることも、確率の偏りにも気づくだろうな。その未来の不安定さも、無知さも、重要性も」

 

『それを踏まえて、あの子がどう動くか。お手並み拝見ってところね。西南殿にとっても、リョーコ・バルタにとっても、いい経験になると思わない?』

 

「……それは否定しない。しかし、リョーコにそこまで入れ込む理由は何だ?」

 

『……そうね。あなたも関係ないわけではないし……。これを見たら分かるかしら?』

 

 瀬戸がそう言うのと同時に、ハリベルの前にモニターが展開される。

 中身を素早く読んでいくと、ハリベルは目を鋭くする。

 

「……事実なのか?」

 

『まだ確定ではないけれど、可能性は非常に高いわ。彼女は滅んだとされている【バルタギルド】総帥の曾孫。そして、そのバルタギルドは今は樹雷自治領で、貴女が保護していた難民の移住先よ』

 

「……ダ・ルマーはこれを?」

 

『まだ知らないでしょうね。けど、いずれはバレるでしょう。だから、もう1つの情報も合わせて、こちらに引き込みたいのよ』

 

「……山田西南との繋がりを手柄として、バルタに恩を売る、か……」

 

『少しでも友好関係を築いておきたいのよ。言ったでしょ? もうすぐ王制国家として独立するって。そのお姫様が銀河連盟と敵対する海賊のままにするわけにはいかないのよ』

 

「……はぁ。海賊よりは似合っているかもしれんが……」

 

 この段階でそれを模索するのはリスクが大きすぎないだろうか。

 それでも実行する以上、瀬戸には他にも握っている情報もあるのだろう。

 

『アイリ殿の秘書課にいる以上、西南殿に接触しようとするでしょうね。だから、私達もそれを利用させてもらうだけよ』

 

「……分かった。ただし、もしもの時は見捨てずに保護してもらう。山田西南と繋がらなくともだ。それを認めるならば、山田西南に関わることは口出ししない」

 

『分かったわ。あなたがリョーコ殿を逃がしてくれたから出来た可能性だしね。それにさっきモニター越しで話しただけだけど、私もあの子の事は気に入ってるわ。無下に扱わないように気を付けましょう』

 

「……ならばいい」

 

 普通ならば確約してほしいところだが、互いの立場的に今の言葉の方がまだ信頼できるのだ。

 

 瀬戸であることがそこはかとない一番の不安材料だが、外交に関しては一番力を持っている以上仕方がない。

 

 今後どうなるか怖くもあるが、上手く行けば確かに目指すに足る未来ではある。

 妹分のリョーコが幸せになるのであれば、ハリベルも力を貸すのは嫌ではない。

 しかも、その相手が天地の弟分だ。

 

 いずれ天地と自分も含めた4人で顔を合わせて話す時が来るのか。

 

 それを想像したハリベルは、自然と小さく笑みを浮かべる。

 

 口元を隠す詰襟のおかげで、その笑みが瀬戸やアパッチ達にバレなかったのは、不幸中の幸いだった。

  

 



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新たな身体

 スクアーロンはようやくアカデミーに通じる外周リング状中継ステーションに到着するGP輸送艦を見送っていた。

 

 ハリベルはいつも通り涼しい顔をしているが、雰囲気はやや疲労感を纏っており、アパッチ達は露骨に疲労感を顔に浮かべていた。

 

「やっとか……」

 

「普通3日の航行が、まさか一週間になるなんてな……」

 

「リョーコさん以降、海賊に出会うことはありませんでしたが……。エンジントラブルにジャンプミスで、遠回り遠回りの連続でしたものねぇ……」

 

 大量の海賊との遭遇と瀬戸の接待があったとしても、地球から3日で到着するところが、倍以上に伸びたとなれば乗っている方も大変だろうが、追いかける方も大変だった。

 

 特にジャンプ中に超空間から弾かれた時は、ニアミスしそうになった。

 あの時は流石にハリベルも声を荒らげるほど、緊急ジャンプを強いられた。

 

 しかも、そこは海賊の支配宙域だったので、また海賊達が来ないかと周囲の警戒を強め、無事に再びジャンプしてもまた失敗するかもしれないからとジャンプアウトギリギリまで待ってから、急いで追いかけるという全く気が抜けない状況が続いた。

 

 何が辛かったかと言うと、徒波に任せて休憩に入ってすぐに、また輸送艦がトラブルに襲われて慌ててブリッジに戻るという休むに休めない状況に追い込まれたことだ。

 アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンは交代で休むことは出来たが、艦長であるハリベルは中々ブリッジを空けることが出来ず、食事とシャワーなど以外はずっと艦長席で仮眠を取っていた。

 

「……まだ油断するな。山田西南ならば、むしろここからが本番になりかねん」

 

「へ?」

 

「あいつの悪運がステーションにまで被害を出すかもってことだよ。あいつのは悪運は海賊を引き付けるだけじゃないからね」

 

「システムトラブルに、事故、崩落、普段なら摘発できる海賊の侵入を見過ごす……。考えたらきりがないですわね……」

 

「海賊に関しては逆に捕まる可能性があるけどな」

 

 西南の厄介なところは、基本的には複合原因によるトラブルが()()()()()()()()()()()()ことなのだ。

 決して西南が何かをするわけではない。

 元々潜んでいた問題や欠陥が、一気に現れているだけなのだ。

 

 なので、いくら西南が警戒しても、初めて見るものばかりであるステーションの設備やシステムまでは防ぎようがない。

 もちろんそれが確率の偏りで、だからこそ西南が排除されない理由なのだが。

 

「けど、あいつがGPアカデミーに入学したとして、2年間も無事に過ごせるのかねぇ……」

 

「それはあの子が? 他の入学生や講師達が?」

 

「両方に決まってるだろ? 確かGPアカデミーって1年から何度か宇宙での訓練とかあったはずだし。今回みたいなことになったら、職員でも辞める奴出るんじゃないか?」

 

 ミラ・ローズの推測をスンスンもアパッチも、そしてハリベルすらも否定出来ない。

 

「神木瀬戸や柾木アイリ、九羅密美守達ならば、変則的な処置を行う可能性はある。GPならば、うってつけの部署もあるからな」

 

「【囮部門】ですか……。確かに天職かもしれませんが……」

 

「GPじゃコントロール出来ないかもしれねぇっすよ?」

 

「そこは柾木アイリ達の手腕次第だろう。恐らく神木瀬戸も人員を出してサポートするはずだ。……柾木天地達が動く以前に、山田西南だけで銀河連盟と海賊の勢力図が変わる恐れが出てきたか……」

 

「確かにあの能力……ダ・ルマーギルドと戦争になりかねねぇなぁ」

 

「大丈夫でしょうか? 今の所、ダ・ルマーギルドの大多数はそこまで銀河連盟に喧嘩を売るような連中ではありませんが、今後の被害によっては……」

 

「暗殺、も現実離れってわけじゃないねぇ……」

 

「ダ・ルマーギルドの傾き方によっちゃあタラントも派手に動くぞ? あいつ、ただでさえ親父と兄弟捕まって恥かいたしな。シャンクギルドの頭になったし」

 

 アパッチ達の懸念は、もちろんハリベルも感じている。

 

(……問題はいつ鬼姫達が山田西南を囮部門に送り込むか……。アカデミーに入学すれば、山田西南が海賊達に与える影響は断片的になる。ある意味、アカデミーは山田西南を閉じ込める檻にもなりえる。恐らくやられるのは、アカデミーに潜入しているスパイと犯罪組織……。その程度ならばダ・ルマーはまだ山田西南の排除には動くまい。だが……動き出せば、どちらかが崩壊するまでは止まらん、か)

 

 ダ・ルマーギルドが消えるか、山田西南が消えるまでのどちらか。

 これまでのような長期戦ではないだろう。

 

 確率の偏りという不確定要素に頼るのだから。

 

 しかも、利用できるとは言え、頼るのは『山田西南という少年の不運』。

 

 人権的にも倫理的にも問題になりかねない。

 いつ糾弾されてもおかしくはない。

 

 なので、一度始めたら、一気に終わらせるつもりでなければならない。

 そして、それを可能にするだけの権力と能力、伝手も瀬戸は持っている。

 

 アカデミー理事長で樹雷皇太子の妻で柾木家養女のアイリ。

 

 瀬戸同様、世二我の裏の最高権力者であり、GPアカデミー校長の美守。

 

 そして、白眉鷲羽も手伝うだろう。

 

 銀河連盟三大勢力の頂点に立つ女傑が手を組んでいるのだから、西南のバックアップとサポートは類を見ないものになる。

 そうなれば海賊だけでなく、銀河連盟内にも西南を疎ましく思う者達が現れるはずだ。

 

(……私達も動かされると覚悟はしとくべきだろうな)

 

 ここまで来ると、むしろそのために瀬戸は接触してきたのではないかと思えてしまう。

 

 もちろん、そんなわけはないのだが、それでも何か運命的なものを感じる。

 

(山田西南を万全にサポートできる者、しようとする者達が、山田西南の周りに常にいる……。それは偶然なのか……必然なのか。いや……確率の偏りへの反動なのか?)

 

「ハリベル様! 輸送艦の真後ろに重力波出現! ジャンプアウト反応です!」

 

 スンスンの報告に、ハリベルは考察を中断する。

 そして、スクリーンに目を向けた時には、真後ろから大型艦に追突される輸送艦の姿があった。

 

 

 

 その数時間後。

 

 ハリベル達は呆れ全開で、スクリーンに映った水穂を見ていた。

 水穂も呆れたように笑みを浮かべながら、

 

『西南君は大丈夫よ。軽い脳震盪による一時的な入院ね。他のクルーも全員無事。追突した海賊の偽装艦も捕縛したわ』

 

「後ろから追突されるのもアホらしいけど、それがGPの調査を潜り抜けた海賊だったってのもまた……」

 

「流石、というべきなのでしょうね。ここまで来ると」

 

 西南の輸送艦に追突したのは、アカデミーに潜入しようとした海賊の偽装艦だったのだ。

 ただの悪運がお手柄になってしまうのが、どうにも西南への評価を惑わせる。

 

 そのアパッチ達の思いを感じ取った水穂も苦笑するしかない。

 

『だからこそ、瀬戸様が気に入ったのでしょうね。まぁ、後はお母さんに美守様、それに霧恋ちゃん達に任せましょう。あなた達はアカデミーにあるお母さんの工房に着艦してちょうだい』

 

「……了解した」

 

 頷くと同時に通信が切れ、ハリベル達は速やかに指定された座標へと向かう。

 10分ほどで到着したスクアーロンのすぐ目の前には、全長1kmほどのハチの巣状の宇宙ステーションが鎮座していた。

 

「亜空間ゲートキー取得。キー起動。亜空間ゲート開きます」

 

「了解。ゲート完全開放確認。入ります」

 

 スクアーロンの目の前の空間が捻じれて、ひし形に開く。

 ゆっくりとスクアーロンはゲートを通過して中へと入る。

 

 中に入ると、そこはすでに港の内部だった。

 

「ポイント確認、着艦します」

 

 明滅するポイントに向かってゆっくりと降下し、港に停まる。

 動力炉を停止させるのと同時に、アームプローブでスクアーロンが固定される。

 

 異常がない事を確認したハリベル達は、港に降りる。

 そこには水穂や天女が立っていた。

 

「お疲れ様。船はこの後、鷲羽様が点検されるわ。けど、その前に今後についての話が瀬戸様からあるから、付いてきてちょうだい」

 

 水穂と天女の案内で移動したのは、日本を思わせる和風建築の木造の屋敷だった。

 中には上がらずに屋敷の裏に回ると、そこは庭園になっており、その真ん中に敷物を敷いて瀬戸と鷲羽が座っていた。

 

 水穂は瀬戸の背後に、天女は鷲羽の背後に移動して座る。

 どうやら天女は地球サイドで参加するようだ。

 

「ご苦労様だったわね。座って頂戴」

 

 瀬戸に促されたハリベルは今回は断ることはせずに、胡坐を組んで座る。

 アパッチ達はハリベルの後ろに座る。

 

「さて、色々と想定外の事が起きたけど、作戦は大成功の大成功。樹雷の財政を傾く覚悟をしていたのに、むしろウッハウハになったわ」

 

「くくくっ! まぁ、あれだけの逮捕劇だからねぇ」

 

「おかげでうちの経理部が大喜びよ。西南殿に身体を開いてもいい! って泣きながら言うほどにね」

 

「おやおや……。それだけの偉業を、知らぬは本人ばかりってわけかい?」

 

 瀬戸の話に鷲羽は楽しそうに笑い、水穂や天女は苦笑して、ハリベル達は呆れを浮かべる。

 

「正木霧恋は追いつかなかったのか?」

 

「今、入管でようやく再会したんじゃないかしら?」

 

「……何かしたのか?」

 

「まぁね。流石にアカデミーに到着もせずに、霧恋ちゃんに連れ戻されるのは西南殿も本望じゃないでしょうし。西南殿本人は宇宙にいたいと言っているしね」

 

「とか言いながら、結局はあの子の一番の保護者としてくっつけたいんだろ?」

 

「それも否定しないわ。西南殿の才能も手放し辛いのも本当。せっかくなら、みんな幸せになれるようにしてあげたいじゃない?」

 

「その過程が地獄だろうけどね」

 

「鷲羽ちゃんに言われたくないわよ」

 

 いい笑顔で言い合う化け物2人に、ハリベル達は黙り込むしかない。

 しかし、このままでは碌な話にならなさそうなので、ハリベルは話を進めることにした。

 

「山田西南が地球に上がった理由は分かったのか?」

 

「ええ。二級刑事の雨音・カウナックよ」

 

 その言葉と同時に、全員に見える位置にスクリーンが展開されてVサインしている金髪ショートカットの美人が映される。

 

「へぇ、カウナックの孫か。もしかして、美星殿かい?」

 

「でしょうね。で、本来は天地殿にGPのパンフレットを渡すつもりだったのだけど、何故か西南殿に渡ったみたいね」

 

「雨音・カウナック。……射撃の名手とも言われる海賊遭遇率0%の刑事、だったな」

 

「ああ、『ゼロの女神』っすか」

 

「確かリョーコにも負けないほどのファンクラブがあるとか聞いたことあるね」

 

 ハリベル達も雨音の噂は聞こえていた。

 それは雨音がGPに入る前にトップモデルをしていたからというのもある。

 

「彼女の一番注目すべき特性はね、『直感』なのよ」

 

「直感?」

 

「非常に勘が鋭いの。それこそ確率の偏り並みにね。それが射撃精度と遭遇率に繋がってるの。で、そんな子が西南殿にパンフレットを渡すなんてミスをしたなんて、面白いと思わない? ちなみに雨音ちゃんは霧恋ちゃんの同期でもあるのよ」

 

「……」

 

「さらにね。さっきの偽装艦との衝突だけど、その海賊を追ってたのは雨音ちゃんだったって、どう思う?」

 

「山田西南の悪運が、雨音・カウナックの直感を引き寄せている、と?」

 

「面白いと思わない?」

 

 ニヤリと笑う瀬戸にハリベルは呆れるが、確かに何かを感じさせるものがあった。

 先ほど考えていた西南の周りに集まる存在に関してにも通じる話なので、ハリベルも否定する気は起きなかった。

 

「……何を仕込んだんだ?」

 

「まぁ、私達からすれば、西南殿を宇宙に上げてくれたのだから勲章ものだけど。生粋の地球人を宇宙に上げて、海賊に襲われたというのは流石に無視できない……という名目で、あの子をGPアカデミー講師への異動辞令が出るそうよ♪ 霧恋ちゃんにも、ね♪」

 

「……正木霧恋は山田西南の宇宙滞在を認めたのか?」

 

「いいえ。帰すことに必死になっているわ。……もっとも、それが本当に西南殿のためなのかはちょっと怪しいと、私は思ってるけどね」

 

「……やはり正木霧恋は山田西南から逃げ出したのか……」

 

「西南殿を案じているのも本当よ。けど、そのせいで霧恋ちゃんはその事実をまだ自覚出来てないみたいなの。今はあくまで、今までの関係性から皆が『もう一度』って言うだけのこと」

 

「山田西南も正木霧恋への想いに区切りをつける機会を作れるか……。恋心を捨てて、宇宙に残るか。恋心を取って、己の願望を捨てるか」

 

「そして、恋心も残して、宇宙に残るか。どうせなら、これが一番いいでしょう。西南殿や霧恋ちゃん、私達も含めてね。ま、霧恋ちゃんが駄目なら、月湖ちゃんが奪っていくのでしょうけどね♪」

 

 つまり西南が地球に帰るという選択肢は残さない、ということだ。

 執念すら感じる瀬戸の気迫に、アパッチ達は頬を引きつらせて西南を憐れむ。

 

 ハリベルも西南に同情の念を覚えるが、それ以上に引っ掻き回されるであろう霧恋や月湖の方に同情していた。

 

 しかも、瀬戸はリョーコも控えさせている。

 霧恋が別の意味で心が折れないことを祈るハリベルだった。

 

「それで、私達を今後どう動かすつもりだ? そのために地球やチョビ丸ではなく、ここに呼んだのだろう?」

 

「流石ね。……偽装艦を捕らえたことで、新たに三十八ものアカデミー違法侵入経路が発覚したわ。その経路を樹雷、九羅密家の情報部で調査したところ、Sランクスパイ数名の侵入が予想されているの。その中にね……AA33485、ウィドゥーがいる可能性が高いわ」

 

『!!?』

 

 瀬戸の告げた名前に、鷲羽を除く全員が目を見開く。

 

 特に水穂は顔を青くするほど動揺を露わにした。

 

 『ウィドゥー』。別名『病原体』。

 一国の運命すら操って、滅亡に追い込んだことがある全銀河に知らぬ者がいない稀代の大悪女。

 

 必要ならば名前、顔形、体すらも変え、関わった者全ての財産、命、その血肉すらも己の財産に変える。

 

 アイリの故郷【アイライ】で反乱を起こさせ、その反乱を起こした数万の人民が集団自殺し、自殺した者達の一族数十万人が立てこもっていた都市コロニーが消え、反乱を止めようとしたアイリの父は死に追いやられ、アイライは鎖国を余儀なくされたのだ。

 

 その原因がウィドゥーなのだが、これだけのことを彼女は直接指揮したわけでもなく、手を下したわけでもなく、ただ傍で小さなきっかけを与えただけなのだ。その後、彼女はただただ結末を見つめ続けただけ。

 

 樹雷ならば瀬戸、世二我ならば美守、アカデミーならば鷲羽、悪ならばウィドゥー。

 

 そう言われるほどの【女傑】である。

 

 そんな女が、山田西南がいるアカデミーに潜んでいる。

 

 それは絶対に見過ごせる話ではない。

 

「私達もアカデミー内で山田西南の警護に当たれと?」

 

「ええ。もちろん、私の部下も警護に回すわ。けど、大人数を送り込めないから、少数精鋭よ。私は戦闘力を重視した子を出すつもりなのだけど、ハリベル殿にはその子達のフォローもお願いしたいのよ」

 

「……しかし、私の顔はバレているぞ? 空間迷彩を使ったところで限界もあるだろう」

 

「そこは鷲羽ちゃんの出番よ。高性能義生体を創ってもらってほしいの」

 

 瀬戸は鷲羽に顔を向けて注文する。

 鷲羽はニンマリと笑って、

 

「ぐふふ♪ こんなこともあろうかと、すでに創ってあるわよん♡」

 

「あら素敵♡」

 

 瀬戸は嬉しそうに言うが、ハリベルは目を瞑って眉間に皺を寄せ、アパッチ達は拳を握り締めて歯を食いしばって鷲羽を睨んでいる。

 水穂はウィドゥーの衝撃から未だ立ち直れずに複雑な顔をしており、天女はそれぞれの状況に苦笑するしかない。

 

「けど、創ったのはハリベル殿だけだよ。後ろの子達のパーソナルデータとかは貰ってないからね」

 

「それはこの後、本人達に相談して頂戴」

 

「へいへい。んで、いつからだい?」

 

「悪いのだけど、ハリベル殿はこの後すぐにでもお願いしたいわ」

 

「ん? なんかあるのかい?」

 

「いえ、アカデミー寮ではね、夜に寮を脱走するのが一種の訓練でもあり、慣例でもあるの。で、脱走が成功した場合、警官は見つけても厳重注意で終わらせるのよ。西南殿の悪運からすれば、もしかしたらってね」

 

「「あ~……」」

 

 瀬戸の懸念に天女と水穂が納得の声を上げる。

 それに鷲羽は苦笑し、ハリベルはため息を吐くしかない。

 

 ということで、今夜はアパッチ達は水穂のサポートをさせられることになり、ハリベルは鷲羽の研究室に向かい、義生体の調整を行うことになった。

 

 

 

 ハリベルは鷲羽の背後を気だるげに歩いていた。

 

「偽装では駄目なのか?」

 

「パーソナルを解析されたら面倒だろ? アカデミーだしね」

 

「……はぁ」

 

 そして、案内された研究室に到着し、中に入る。

 

 真ん中にカプセルが設置されているだけの無機質で暗い部屋。

 2人が入ると、カプセルに明かりが照らされて、その中身が明らかになる。

 

 中には1人の女性が立って眠っていた。

 

 腰まで届く黒の長髪に、白い肌。

 目から下が黒い包帯のようなプロテクターで覆われており、左腕だけが露出している。左前腕は黒いタイツグローブが嵌められている。

 

 黒い袴を身に着け、足元は上半身と同じプロテクターで指先が露出しているだけの裸足に等しかった。

 

 顔や体つきは間違いなくハリベルだ。

 

 それが標本のように見えて、ハリベルはあまりいい気分ではなかった。

 

「これがこの体の性能と能力だよ」

 

 鷲羽がモニターを表示して、ハリベルの前に飛ばす。

 表示されたパーソナルデータを見て、ハリベルは目を鋭くする。

 

 身体能力が解放状態と全く一緒だったのだ。

 ラグリマの力も必要とせずに、リスクなしで十全に引き出すことも出来る。

 

 そして、見たことがない特殊ガードシステムと装備が満載だった。

 ガーディアンシステムは体表を覆うタイプで、特殊迷彩と防御のみに全振りされている。

 

「ハリベル殿の体術を活かせるように調整してあるよ。もちろん飛行も出来る」

 

「……ここまでとなると、自分と言う存在が馬鹿らしくなってくるな……」

 

「言っとくけど、身内だからこその性能だよ? ま、実験も兼ねてるけどね。その分、使ってる素材も技術も、アカデミーじゃまだしばらく再現出来ないよ。魎皇鬼に使ってる技術を応用して創った素材だからねぇ。くっくっくっ!」

 

「……それはそれで問題ではないのか?」

 

「ハリベル殿なら、捕まる前に身体の処理は出来るだろ?」

 

「あまり期待されても困るがな。どうすればいい?」

 

「そこのコンソールに触れておくれ。今後はラグリマを介して、ハリベル殿の船とかでも入れ替われるようにしておくよ」

 

 カプセルの横にコンソールが展開される。

 ハリベルはラグリマを鷲羽に渡し、コンソールに触れると、一瞬で身体が入れ替わって本体がカプセルの中に収納される。

 

 そして、義生体の身体が外に出て、意識も義生体に移っていた。

 

 両手を離握手したりして、体の調子を確認するハリベル。

 そして、カプセルの中で眠っている本体を見て、完全に標本になった気分になり、感動が薄れてしまった。

  

 ちなみに瞳は金色になっている。

 

「どうだい? 違和感はないかい?」

 

「……良すぎる、という意味で違和感はある。普段この力は戦闘による興奮状態で振るっていたからな。素の状態でとなると、やはり過剰に感じる」

 

「くくくっ! まぁ、すぐになれるさ。ラグリマの改造はすぐにやっておくよ」

 

「……必要な改造に留めてくれ」

 

「ふむ、善処はする♪」

 

 つまり、我慢出来なければ好きなように弄る気だということだ。

 

 すでに一度改造されているので、もう諦めることにしたハリベルは、ため息を吐いてアカデミーに戻ることにした。

 

 

 

 アイリの第一工房に戻ると、水穂にアパッチ達が待ってくれていた。

 

「「うお……」」

 

「まぁ……」

 

「髪と肌の色が変わるだけで大分印象が変わるわね。うん、これなら西南ちゃんや霧恋ちゃん達にも、そう簡単にはバレないでしょうね」

 

 アパッチ達はガラッと印象が変わったハリベルに見惚れ、水穂も感心するように頷く。

 

(真面目な瀬戸様……真面目なお母さんにも近い雰囲気はあるわね。本体は美守様と玉蓮に似てるし、この子も……いや、この子は雰囲気が淫靡って感じじゃないから、また違うか。それでも、本人がその気になれば、同じ雰囲気に変わるんでしょうけど……。天地ちゃんも大変ねぇ)

 

 水穂はよく理性が保てるなと、ある意味天地を尊敬した。

 

 これに関しては水穂の推測通り、ハリベルが色気を意識的に抑え込んでいるからである。

 少しでも周囲の意識や視線を自分から逸らすためだ。

 

「それで……どう動けばいい?」

 

「一度お母さんのところに行ってくれるかしら? 今、西南君を寮に送ってるはずだから。美守様もいると思うから、美守様に話を聞いてちょうだい」

 

 そう言われて案内されたのは、アイリの住宅にもなっている全長200mほどの船で、温室のような造りになっている。

 宇宙艇に転送されたハリベルに、待っていた美守は微笑みを浮かべて一礼する。

 

「わざわざごめんなさいね。本当なら、地球でゆっくりさせてあげたいのだけど……」

 

「山田西南とウィドゥーだ。仕方あるまい。柾木天地も望まないだろうからな」

 

「ありがとう。まだアイリ様は来てないのだけど……。ウィドゥーについて報告するのは少し見極めが必要だから、私が合図をするまで迷彩で姿と気配を隠してくれるかしら?」

 

「……承知した」

 

 ハリベルはいつも通り胸の下で腕を組んで、目を瞑ると同時にその姿が景色に完全に溶け込んで消える。

 

 美守も違和感や気配を感じないことを確認して頷き、アイリが帰宅するのを待つ。

 

 20分ほどするとアイリが帰ってきたかと思うと、アイリは服を脱ぎ捨ててブラウスとパンツのみのラフスタイルになって、ソファに胡坐をかいて座る。

 

 美守がお茶を用意しながらため息を吐くも、真剣にレポートを読んでいる様子から小言は控えることにした。

 読み終えたのを見計らって、美守がお茶をテーブルに置き、新しく見つかった侵入経路について互いに感想を言いながら軽くウィドゥー報告に向けてジャブを放つ。

 

 もちろん、それを見逃すアイリではなく、只事ではないことを見抜いてアイリの視線が鋭くなる。

 

 それに美守はゆっくりと、ウィドゥー潜伏の可能性について報告する。

 

「なっ!!」

 

 アイリは目を見開いて、恐怖と怒りが混じった表情を露わにする。

 爆発しそうな感情を抑え込むかのように、両手を爪が食い込み血が滲むほど握り締める。

 

 ハリベルはそのアイリの余裕がない揺らぎを、美守の背後で目を瞑ったまま感じていた。

 

 これに関しては、アイリが動揺するのは無理もなく、むしろ今もよく耐えていると心の底から感心している。

 

「……あのウィドゥーがアカデミーに潜伏しているかもしれないと?」

 

「はい」

 

「瀬戸様が私に?」

 

「はい。……もう理性的に行動できるはずだとおっしゃって」

 

「そう……」

 

 アイリは目を瞑って、一度大きく深呼吸をする。

 

 そして3分ほど、自問自答して、美守が心配そうな顔を浮かべて声を掛けようとした時、パァン! と掌に拳を叩きつけた。

 

「さぁて! どうするか!」

 

 鼓舞するように声を張って、モニターを起動して作戦を練り始める。

 

 しかし、

 

「……アカデミーの情報部は使えないし、私の部下は他に手を割く余裕はないし……。どっちにしろ大掛かりな捜査はウィドゥーに気づかれる。……ちぇっ!」

 

 アイリは拗ねたような表情を浮かべて美守を見る。

 自分が簡単に気づいたことに瀬戸と美守が気付いていないわけがない。すでにプランはほぼ決定済みのはずだと気づいたのだ。

 

 美守は苦笑し、母親のような慈愛の笑みを浮かべて、

 

「アイリ様の過去を考えれば、仕方がないことだと思いますよ」

 

「ふんだ! 理性的に動ける~とか言っときながら、結局私が出来る事なんてほとんどないだけじゃない! あのクソババア! ……で? 瀬戸様と美守様のプランは?」

 

「今回のプランは、私の部下も適任ではないと判断しました。九羅密家からの人員投入も悟られる可能性は高いので」

 

「じゃあ、瀬戸様の部下だけってことね……」

 

「それと……ハリベルさんを」

 

 美守が頷くと、美守の横にハリベルが姿を現す。

 

 アイリは目を見開くも、すぐに義生体だと理解し、それが鷲羽の手助けであることも気づいた。

 

「!! あら……これまた、頼りがいのある援軍だわ」

 

「瀬戸様のところからは女官4名が派遣されてきます」

 

「ヒュ~! 太っ腹ねぇ。ウィドゥー相手じゃ、しょうがないか」

 

「いえ、今回の派遣は【剣】です」

 

「【剣】!?」

 

 瀬戸の部下は戦闘メインで動く【剣】、情報収集メインで動く【盾】が存在する。

 【盾】の場合は、女官1人で一個大隊規模の部下を持っている。

 しかし、【剣】は基本単独行動である。

 

「もう目標の特定は出来てるの!? ……いや、それならハリベルちゃんだけでもいいわね。ってことは……!?」

 

「はい。西南君のガードです。ハリベルさんは更にそのバックアップとなります。なので、派遣される女官達もハリベルさんの事は知りません」

 

「……理性的って……そういうことね……」

 

 美守は苦悶の表情を浮かべて頷く。

 

 瀬戸は『西南を囮にしてでも、ウィドゥーを排除する』と言っているのだ。

 そして、女官4人をも必要によっては囮として西南に張り付かせて、その隙をハリベルが突くという徹底具合である。

 

 自分はもちろん、天地や天女、そして霧恋達が大切にしている少年を、さっそく囮にしなければならないことに、アイリは一瞬だけ悲し気に俯く。

 しかし、すぐに気を切り替える。

 

 申し訳なく思うならば、ここで絶対に捕らえる。

 

 そう考えたのだ。

 ハリベルも問題ないだろうと判断して、

 

「では、私は先に街に出る。動きがあったら、連絡をくれ」

 

「分かったわ。……ところで」

 

「ん?」

 

 転送ゲートに向かうハリベルは、アイリを振り返る。

 

「さっきの……天女ちゃんや天地ちゃん達には内緒にしてちょうだい」

 

「……ならば、ここでケリをつけることだ」

 

 少女のような雰囲気で言うアイリに、ハリベルは前を向きながら答える。

 

「ウィドゥーを捕らえれば、柾木天地に終わったことをわざわざ報告する必要はない」

 

「……そうね。……ありがとう」

 

「礼はいらない。……柾木天地が悲しまないようにしているだけだ」

 

 そう言って、ハリベルは転送ゲートに入って、街へと向かう。

 

 それにアイリと美守は微笑みを浮かべて、出来る限りのサポートをするために着替えて理事長室に戻るのだった。

 

 




ようやく【最後の月牙天衝】スタイルを出せました……。


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ウィドゥー

 アカデミー内はすでに夜を迎えていた。

 

 イルミネーション輝く街に着いたハリベルは、空間迷彩を発動させた状態で空に浮かんでいた。

 

 地球の都会と違い、気候が管理されているため空気が綺麗で空に余計な反射光はなく、都市全体で照明の配置をコントロールしているので、街中の喧騒に反して妙に神秘性を感じさせている。

 

 ハリベルは腕を組み、夜風に黒い長髪を靡かせながら、初めて見る街の喧騒とイルミネーションを見下ろしていた。

 

(……ここに来るのは、捕まった時かと思っていたが……。こんな形でとはな)

 

 海賊がアカデミー内に入るのは、潜入した時か逮捕された時かのどちらかだ。

 なので、ハリベルはアカデミーに足を踏み入れるのは初めてだった。

 

 正直、もう少し感動するかと思っていたが、この街のどこかにウィドゥーがいるかもしれないと思うと感動も霧散してしまった。

 更に海賊や犯罪組織のスパイや工作員もたんまりといるだろう。

 

 アカデミーは叡智の集積地であるため、合法非合法問わずの情報収集関係者が異常なほど集う。

 そこらへんに歩いている者を無造作に数人集めると、必ず1人はスパイがいると言われている。

 

 ハリベルも時折使う情報屋も、子飼いをアカデミーに潜入させていると聞いたことがある。

 もちろん、ダ・ルマーギルドの子飼いもいるはずだ。

 

 そして、この街には『人間狩り』という集団が存在する。

 物騒な呼ばれ方だが、多くの人間狩りは哲学士や哲学士志望の者達で、要は『実験データを集めるためにパーソナルデータをもらいます!』と言うことなのだ。

 一般的な手続きでは時間がかかり、倫理的に却下されてしまうので、人を捕らえてパーソナルデータだけをもらってお帰り頂くのだ。

 そのため、アカデミーでは脱走同様一種の登竜門扱いされており、よほどの犯罪行為に走らない限り黙認されている。

 

 ただし、中には完全に犯罪目的の人間狩り達もいるため、取り締まりがされていないわけではない。

 

 ハリベルは美守からもらったマップデータを開いて、GPアカデミー男子寮の場所を確認する。

 場所を覚えて男子寮がある方角に体を向け、お試しとばかりに全速力で飛翔する。

 

 音も立てずに一瞬で最大速度に達し、30秒と経たずに男子寮の真上に到着した。

 

「……問題ないか」

 

 空間迷彩が解除されることもなく、周囲にエネルギーが漏れる気配もない。

 そして、力を持て余す感覚もない。

 完璧な仕上がりにハリベルはため息を吐くしかなかった。

 

 地球に行ってからというもの、毎日のように伝説の哲学士の天井知らずな叡智に常識を覆されている。

 鷲羽の技術力は頂神であることは関係ない。

 それでもそこらへんの哲学士の何百年も先の技術力を持っているのだから、伝説と呼ばれて当然だろう。

 

 ハリベルはそう思いながら、男子寮を監視できる場所を探し、木の上に下り立つ。

 

 GPアカデミー男子寮は門から寮舎まで鬱蒼とした森が広がっており、寮舎も巨大な蔦のような植物に建物全体が覆われ、若者が住んでいるとは思えない程静寂な雰囲気を醸し出していた。

 しかし、よく見れば人の手で細かいところまで管理されており、所々に監視用プローブが隠れている。

 

 西南が住む部屋を調べ、場所を確認したハリベルは、気配を探って西南の位置を把握した。

 他にも2人程気配があり、どうやら3人一部屋のようだ。

 2人は西南に対して色々と部屋の中を案内しており、設備の使い方を説明しているようだった。

 

(……アカデミーの設備は基本システム制御のはず……。山田西南の悪運に対応できるのか?)

 

 部屋に備え付けられている宇宙にいる者にとって当たり前の設備のほとんどが、西南にとっては初めて見るものばかりのはずだ。

 その場合、西南では警戒しようがないだろう。恐らく全ての設備に何らかの不備や誤作動が起こるはずだ。

 

 そして、何よりその悪運にルームメイトは耐えられるのか。

 

 西南の確率の偏りは九羅密家同等以上だ。

 確率の偏りを知っている者であろうとも、巻き込まれたことなど滅多にないはずである。

 GPアカデミーの生徒とは言え、逃げ出してもおかしくはない。

 

 そうなれば西南の心は更に傷つく可能性は高い。

 

(……もし、山田西南が宇宙にいることすらも絶望した時、正木霧恋は守っていけるのか……)

 

 地球ならば安全と思っているのかもしれないが、何をもって安全と言うのか。

 ただ安全な場所で生きることは幸せと言えるのか。

 霧恋が正直、そこまで考えているようには思えない。

 

(記憶を消せばいい、とでも考えているのだろうが……。山田西南にはその処置すらも上手く行くか分からん。下手をすれば……全ての記憶が消えかねない)

 

 もちろん、その危険性を霧恋が考えていないわけがない。

 それでも死ぬよりはマシ、とも考えていそうだが。

 

 その時、アイリからメールが届く。

 中を見ると、西南に渡したアイリ特製のNBへのアクセスコードだった。

 

 一瞬ハリベルは呆れるが、西南の護衛に関しては必要になる場合があるのも事実だ。

 恐らくはアイリはもちろん、美守、瀬戸、鷲羽もアクセスできるはずだ。

 下手したら水穂、天女達も見ているかもしれない。

 

 しかも、言動すらも操作できるようだ。

 それにアイリが暴走する未来しか想像できず、小さくため息を吐く。

 

 そして、しばらく西南は霧恋、雨音、リョーコのファンクラブの者から質問攻めにあう。

 危うく地球の柾木家の事を話しそうになり、アイリと美守が割り込むという事態が起こったが、その後は特に問題は起きず点呼、就寝時間となった。

 

 のだが……。

 

「……鬼姫の予感が当たったか……」

 

 明日は入学式だというのに、ルームメイト主導で西南達は脱走を始めたのだ。

 しかも、NBを置いて行ったので、ハリベルは気配を追うしかなくなってしまった。

 

 更に他の部屋の者達も脱走を始め、全員が我先にと競争するように外を目指していた。

 

(……何を目的にここまでして脱走したいのか……)

 

 ハリベルは右往左往する気配に呆れていた。

 

 もちろん、彼らが目指す理由は唯一つ。

 出会いと大人の階段を上ることである。

 

 様々な国や宗教、企業の重役などが集まっているアカデミーの夜は、毎晩のごとく祝い行事があるため、毎日パーティー状態となるのだ。

 つまり、毎晩そこでは出会いと別れが乱発している。

 それは男にとっては夢の場所で、アカデミーに入学する者は、ここを目指してくる者さえいるくらいなのだ。

 

 ハリベルは西南を見失わないように、気配を探り続ける。

 もちろん、奇妙な気配が集まってこないかどうかも警戒する。

 

「……ん?」

 

 ハリベルが西南の動きを追い続けていると、監視プローブ達の動きが妙に西南達ばかりを追いかけていた。

 すぐ近くに他の生徒もいるのに、なぜかまっすぐに西南達の元へと向かっている。

 

 それに訝しみ、あまり得意ではないがセキュリティーシステムを調べることにしたハリベル。

 その結果誰かまでは分からないが、外部から操作されていることが分かった。

 しかし、完全にコントロール下に置いているわけではなく、あくまでターゲットがそこにいるかのように誤認させているだけに留めている。

 

 完全にコントロール下に置くと、流石に寮監側にバレてしまう。

 そのギリギリの範囲で捜査をしていることから、かなりのオペレート能力を持っていることが窺える。

 

「……柾木アイリならば、むしろ脱走を援助するだろう。ならば……正木霧恋、か」

 

 ハリベルは見事に正解を言い当てる。

 

 すると、近くに隠れていた生徒がまるで囮になる様に監視プローブの前に飛び出して、ターゲットがそっちへと移る。

 その隙に西南達はすぐさま先に進み、ルームメイトがセキュリティーを解除していく。

 

 しかし、見事に失敗して監視プローブの大群が西南達に迫るが、そこに何故か生徒の1人が西南達を庇う様に体を張り、更にはセンサー用フラッシュ弾を炸裂させる。

 

 手段を選ばない生徒にハリベルは呆れてしまうが、

 

「……それはそれでGPに向いているのかもしれんな……」

 

 センサーが止まった隙に西南達は先に進む。

 しかし、少し進むと、先ほどとは違うタイプの監視プローブが大量に押し迫ってきた。

 

 それはタコのような見た目で『クレータイプ』と呼ばれている監視プローブである。

 付けられたら超恥ずかしいマークをゴルフボール空気弾と共に発射する。

 マークが体や顔に付いてしまったら、出会いどころではなくなるので、西南達は必死に走る。

 

 恐らくあの監視プローブ達も霧恋が操っているのだろうとハリベルは思いながら、西南達の動きを観察していると、ある違和感に気づく。

 

「……罠と攻撃を全て避けている……?」

 

 西南は監視プローブの射撃や、床や壁に設置されている罠を悉く躱していた。

 まるでそこにあるのが分かっているかのような動き方だ。

 

 しかし、それを隠すかのように躱した後に転んだり、躓いたりしているので、いまいち凄さが分からない。

 

「……なるほど。悪運から生き延びてきたのは伊達ではないということか」

 

 十何年と経験してきた悪運で、培ったものなのだろう。

 本能的に危険な場所が分かるようだ。

 もっともあくまで『人が意図的に仕掛けたもの』に限られるのだろうが。

 

 恐らく今頃霧恋は必死に監視プローブを操作して、罠を仕掛けていることだろう。

 そこに他の生徒達も合流して、西南達のグループが上手く罠にかけて、監視プローブへの生贄にする。 

 その近くにはポツンと小型エアカーが安置されており、西南達はそれに飛び乗ろうとするが、エアカーの中から監視プローブがワラワラと飛び出してきた。

 

 しかし、2mも離れていない距離からの攻撃を西南は見事に躱した。

 残念ながらルームメイトの方は西南のような危機回避能力はなかったので、見事に顔面に直撃を浴びる。

 

 そして、遂に西南も四方を囲われて絶対絶命かと思われた。

 その時、他の生徒達を仕留めていた監視プローブの一部が、何故か西南を囲む監視プローブに攻撃を仕掛け始めた。

 

 西南はそれに疑問を覚えるも、その隙を逃さずにルームメイトをエアカーに放り込んで乗り込む。

 

 ハリベルはセキュリティーシステムを確認すると、システムに複数の侵入の痕跡があった。

 1つは霧恋のものだろうが、それを邪魔したもう1つは流石に該当者が多すぎて首を捻らざるをえなかった。

 

「……柾木アイリか、九羅密美守か」

 

 再び正解を引き当てるハリベル。

 アカデミーの慣習に横やりを入れるのは御法度なのと、ウィドゥー達を引き寄せる囮にする機会を見逃すわけにはいかない、と言うのが理由である。

 

 今頃霧恋が唸り声でも上げていそうだと思っていると、エアカーが猛スピードで扉を破壊して森の中を突っ切り、裏の門柱も吹き飛ばして寮の外に出てきた。

 すでにエアカーは屋根が吹き飛んでオープンカー状態になっており、ドア部分もあちこち凹んでいる。

 

「……はぁ」

 

 ハリベルは小さくため息を吐いて、アイリと美守にメールで追跡開始と連絡して飛び上がり、空中から西南のエアカーを見守るのであった。

 

 しかし、その後にアイリから届いた情報に、顔を顰めるのだった。

 

 

 

 アカデミー中央管制センターは大混乱に陥っていた。

 

 数分前に西南達が乗ったエアカーはGP管理のもの、つまりパトカーである。

 それが監視プローブの攻撃、西南が乗った際に発信させようと適当に触りまくったこと、更にはあちこちぶつかって屋根や車体が壊れ、トドメに西南の悪運のブーストにより、大規模戦闘を知らせるエマージェンシーコールが鳴り響いたのだ。

 

 職員達は最初慌てていたがアカデミー寮からは連絡はなく、他からもコールは一切なっていないことから、誤作動と判断してコールカットをしたのだが、それが予想外の事態を引き起こした。

 

 外部からシステムが乗っ取られ、大規模戦闘命令が発信されようとしているのだ。

 

 本来防衛の要である中央管制センターのシステムを乗っ取るなど不可能に近いのだが、その原因もすぐに判明した。

 

「33の門です!! こちらに届く前にコールを経由していたようで、コールカットされたことでここが占拠、または崩壊したと判断した模様!!」

 

「哲学科のマスターガードだと!? くそっ!!」

 

 それは哲学科を卒業した『マスター』と呼ばれた優れた哲学士33人が、ありとあらゆる知識を集積したサーバーを守るために築いたガードシステムだ。

 鷲羽とアイリも一門を築いた1人で、その2人の名前が出ただけでこのシステムが非常に厄介なのは誰もが理解できる。

 つまり、他のシステムなど簡単に押しのけて、防衛機能を好き勝手されるということだ。

 

「こうなれば、こっちも大規模戦闘に乗れ! 本部健在を示して、少しでもこちらの命令を受け入れさせろ! 大規模戦闘プログラム、ロード!」

 

「「「了解!!」」」

 

「まずは通信機能を確保しろ! 確保次第、抜き打ちの大規模戦闘演習だと各部署に通達!」

 

 司令官の素早い判断で、数パーセントのコントロールと通信を取り返したオペレーター達はすぐに情報収集と連絡を開始した。

 

「司令! 該当車両に乗っている生徒を特定! したのですが……」

 

「したが?」

 

「生徒は3名。ケネス・バール、ラジャウ・ガ・ワウラ、そして……山田西南です」

 

「や、山田西南……」

 

 もちろん管制センター一同にも、西南の情報は知っている。

 四百もの海賊を集めた西南が引き起こした以上、演習で済む可能性は低い。

 

「目標近くにいる者を大至急向かわせろ! コールを止めるんだ!!」

 

 

 

 ハリベルは西南の追跡を続けていた。

 

「……私はまだ手を出さなくていいと?」

 

『ええ。鷲羽様からも『システムトラブルである以上、人命に関わること以外はアカデミーの者達で対処してね。お手並み拝見♡』だそうよ』

 

「……分かった。では、このまま監視を続ける」

 

『お願いね。あの子達も揃ったから、街中では注意してね。霧恋ちゃんも移動を始めてるから』 

 

「ああ」

 

 そのハリベルの視界には、西南達の乗るミニパトの後方1キロほどから走り迫るGPパトカーを捉えていた。

 これでコールは止められるだろうと思っていたのだが、直後ハイウェイの照明が全てダウンした。

 

 そのせいかライトも全て壊れている西南達のパトカーが見えづらくなり、突然の暗闇で視界が慣れていなかったのだろうパトカーに乗っていた婦警達は、唐突にヘッドライトに浮かび上がった例の恥ずかしいマークだらけの車体と、紙袋を被った人影に色々な意味で叫び出すのだった。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「嫌ァァァァァァァァ!!! 来ないでぇぇぇ!!」

 

 悲鳴と同時に婦警達は拳銃を抜いて、西南達のミニパトに向かって発砲する。

 西南達のミニパトは慌ててハイウェイから森に飛び込んで、木々にぶつかりながらも逃げ、婦警達は追いかけようとして森に入るも木にぶつかってパトカーが停止し、それでも発砲を続けた。

 

 その様子をハリベルは森の上空で、もはや呆れるのすらも疲れていた。

 

(……よくもあの車体で逃げ切れる……)

 

 すると、再びアイリから通信があった。

 

『悪いのだけど、そこにいる婦警達を回収してくれないかしら? 気絶させてくれて構わないわ』

 

「……何故だ?」

 

『それがねぇ、マスターガードが西南ちゃんが乗ってるエアカーを攻撃した婦警と、寮のセキュリティーシステムに不正アクセスした霧恋ちゃんの家を標的にしちゃったのよ。アカデミーに駐在してる第二機動軍全機にスクランブルを出してね』

 

「……」

 

『家に関してはデコイを飛ばしてターゲットを移せるけど、婦警達はちょっとね。だから、お願いしたいの』

 

「山田西南の警護はその間出来なくなるが?」

 

『街に向かってるから、大丈夫でしょ』

 

「……分かった」

 

『ごめんなさいね』

 

 アイリは苦笑しながら通信を切る。

 ハリベルはもはやため息をつく気にもならず、その場で身を翻して猛スピードで森に飛び込む。

 

 荒く息を吐いて、まだ拳銃を構えている婦警達の背後に一瞬で回り込んで、首筋に手刀を叩き込んで気絶させる。

 

 崩れ落ちる婦警2人を両脇に抱えて、迷彩を再起動しながら飛び上がり、猛スピードで西南達を追い越して街に入る。

 アイリに指定された転送ゲートに婦警達を放り込んで、すぐにその場を離れる。

 

 この時、すでに西南達がいる方角に向かう数える気にもならないほどの数の気配が移動していた。

 

(……これで山田西南は悪意を引き付けるのが確定か。これでは山田西南本人を守るのでは間に合わない)

 

 ハリベルは西南に辿り着く前に排除すべきと判断して、西南に最も近い気配に向かう。

 一瞬で人間狩りの男の目の前に移動して、男の首に手刀を鋭く叩きつけて気絶させる。男はいきなり歩道に倒れ込んで、周囲の者達が目を向ける。

 

 迷彩で隠れているのがバレる前に、再び一瞬でその場を離れて次の標的に向かう。

 次は男の背後から詰め寄り、後頭部に軽く拳を叩き込んで目の前のダストボックスに頭から突っ込ませる。

 

「うごっ!?」

 

 そのまま男を追い越して、少し離れた場所でチームを組もうと集まっていた人間狩りの集団の中に飛び込む。

 

 正面にいた男2人の顔を両手で掴み押し、そのまま壁に叩きつける。

 

「なっ!?」

 

「攻撃か!?」

 

「ちくしょう! どこからだごっ!?」

 

「ぎゃっ!? べっ!!」

 

 仲間がやられて周囲を見渡し始めた男の後頭部に左ハイキックを浴びせて、男の向かいにいた仲間にぶつけ、その者の顎に左ハイキックを振り抜いた勢いを利用して繰り出した右後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

 そして、残った2人の真上に背後に回って、両手をそれぞれの背中に向け、

 

「《虚弾(バラ)》」

 

「「ぎゃ!?」」

 

 低出力のエネルギー弾を高速で撃ち出し、男達は吹き飛んで地面を転がり気絶する。

 

 ハリベルは結果を見る前に、一瞬で西南の真上に戻る。

 次の標的を定めようとした時、美守から通信が入る。

 

『これからアイリ様と霧恋さんが瀬戸様の女官を指揮して危険分子の確保に動きます。あなたがすでに気絶させた者達はGPの者が回収します。あなたは西南君の護衛をお願いします』

 

「承知した」

 

『気を付けてくださいね。西南君を守ることとなると、霧恋さんはかなりポテンシャルが上がるようなので』

 

「正木霧恋が宇宙を知った事件については把握している。警戒はしておこう」

 

 霧恋は昔、瀬戸が千数百年追いかけていた同化型生物兵器が地球に逃れてきた時、その生物兵器が西南を襲おうとする直前に庇ったことがある。

 多くの者達を取り込んできた生物兵器の同化を、霧恋は西南を守るという強固な意志のみで抑え込み、そこを瀬戸や水穂が助けたことで、霧恋は正木の村の真実を知ったのだった。

 

 何の備えもしていない人間が、意志のみで宇宙の生物兵器を抑え込む。

 その事実をハリベルは決して無視していなかった。

 

「正木霧恋達のマーカーは分かるか?」

 

『問題ありません。すぐに送信します』

 

 その言葉通り、すぐに位置情報が送信されてきた。

 霧恋、そして瀬戸の女官の珀蓮、火煉、翠簾、玉蓮の居場所と動きが把握できるようになった。

 街のマップデータに赤く表示されて高速で動き回っているのが霧恋達、緑で表示されているのが捕縛対象の犯罪者だ。

 

 残念ながらウィドゥーはその中にはいない。

 姿や顔まで変えている可能性が高く、パーソナルでも調べない限り分からないからだ。

 

 ちなみに西南は今『イムイム』のパーティ会場への受付にいる。

 『イムイム』とは【イム】という惑星で行われる集まりの事で、南国の海辺を思わせる環境でその星にある樹の樹液や排出する水が幸福感とリラックス効果をもたらすのだ。

 

 そのため、18禁的なイベントが催されることがあり、そっち方面でのお見合いパーティーの扱いをされるようになっている。

 もちろん、それはあくまで一面でしかないのだが、噂として出回るのは18禁方面ばかりだったのだ。

 

 西南がそんな情報を持っているわけはないので、ここに連れてきたのはケネス達なのだろう。

 

 しかし、少しするとホテルから肩を落とす紙袋を頭に被った男二人と、その2人を心配そうに見つめる西南が出てきた。

 

 どうやら入れなかったようで、西南達は少し離れた喫茶店に入っていった。

 喫茶店のテラス席に座った3人を見て、ハリベルは周囲の気配を探ることに集中する。

 

 その時、海の方が妙に騒がしいことに気づいた。

 調べるとどうやら天南家の大型戦艦クラスの潜水艦が奪われ、この都市へと突っ込んできているらしい。

 

 防衛軍の艦隊が攻撃をしているが、潜水艦は速度を落とすこともなく、都市に向かっていた。

 

 ちなみに犯人は雨音と霧恋ファンクラブ会員達である。

 元々は天南家の御曹司、静竜が集めたのだが、ファンクラブ会員達にボコられて乗っ取られたのだ。

 

 目的はもちろん西南。

 

 会員達は完全に熱に浮かされており、攻撃されようが突っ込もうが、停まるつもりはなかった。

 しかも、最悪のことに西南の悪運せいで都市防衛機能が一部機能不全に陥っており、安全停止機構が働かずに勢いよく都市基部に突っ込んだのだった。

 

 それと同時にハリベルと西南がいる場所も僅かに揺れる。

 

 ハリベルは西南が見下ろせるビルの屋上に立っていて、特に問題視はしなかった。

 流石にこれでアカデミーが倒壊するわけはない……はずだからだ。

 

 ハリベルは西南に目を向けると、西南は不安げに周囲を見渡していた。

 

 恐らく今の揺れが何か起こるのではないか、今の揺れは自分の悪運のせいではないのか、と不安になっているのだろう。

 いつの間にかルームメイトがいなくなっており、西南1人だった。

 

 その不安そうな姿が『捨てられた子犬』のように見えて、ハリベルは自然と笑みを浮かべてしまう。

 

 しかし、そこに()()が現れた。

 

 1人の気品ある女性が西南に近づいたのだ。

 

 ハリベルは女性がそこに現れるまで、その存在に気づかなかった。

 

 只者ではない。

 

 どこにでもいそうな女性の見た目なのに、佇まいも普通なのに、どこか目を離せない存在感があった。

 

 その感覚にハリベルは覚えがあった。

 

(九羅密美守……! ウィドゥーか!!)

 

 ハリベルが女性の正体に思い至り、動こうとした瞬間、

 

 ハリベルの足元が崩れた。

 

「!?」

 

 潜水艦が突っ込んだ衝撃が西南の悪運などの複合的要因によって増幅されたのだ。

 

 十数メートルの瓦礫はまっすぐ西南がいるテラスに向かって落下する。

 

 ハリベルは空中に飛び上がって体勢を整えて、瓦礫を破壊しようとするが、瓦礫の大きさ的に完全に破壊するとなると威力を上げなければならないのだが、角度的に確実に西南にも影響が出てしまう。

 

 瓦礫の下に回り込もうとするが、すでにテラスに落下する寸前だった。

 

 ならば西南を抱えて避難しようと猛スピードで移動を開始する。

 

 西南とウィドゥーと思われる女性を視界に捉える。

 すると、西南が逃げ出そうとしていたウィドゥーの手首を掴んで何故か引き留めていた。

 

 そして何より、西南は一切の恐怖を顔に浮かべておらず、地面に突き刺さって倒れてくる巨大な瓦礫を見据えていた。

 

 その光景に強烈な違和感を感じたハリベルは、無意識に眉を顰めて動きを止める。

 

 すると、倒れかけた瓦礫が一瞬何かに引っかかって動きを止め、中央部分が折れ砕ける。

 折れた上部分の瓦礫は複数に分かれながら、西南達を飛び越えて轟音が響き渡り、地面が大きく揺れる。

 

 西南とウィドゥーは瓦礫に挟み込まれる形となったが、全くの無傷だった。

 

 ウィドゥーは飛び越えていった瓦礫を震えながら見つめており、それはハリベルも同じだった。

 

 瓦礫が落ちた場所は、ハリベルも安全だと思っていた場所だったからだ。

 恐らくウィドゥーもそこに逃げようとして、西南に手を掴まれたのだろうと推測したハリベルは、その事実に強烈な怖気が背筋を走った。

 

 それは天地達に戦いを挑む時以上のものだった。

 

(あの一瞬で……? いや、瓦礫が落ちた瞬間、本能的に……?)

 

 危機回避能力というレベルではない。

 西南のそれはもはや『死への予知』に等しいとハリベルは思った。

 

(高度蘇生治療技術も、培養再生技術も、ガーディアンもない初期段階文明で生き延びてきた……。その事実を……甘く見ていた……)

 

 もちろん見慣れた土地で生きてきたから、と言うのも大きいだろう。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()だったはず。

 

 それを霧恋はずっと傍で見て、守ってきた。

 

 西南を地球に帰したくなるのも、当然だろう。

 

 そう思っていると、西南とウィドゥーは喫茶店の中に入っていく。

 

 本来ならばすぐに2人を引き離すべきなのだろうが、何故かハリベルの目にはウィドゥーは先ほどまでとはどこか雰囲気が違っているように見えた。

 

 妙に人を引き付けていた魔性の気配は消え、まるで一目惚れの初恋をしたような少女のように見えた。

 

(害意は……ない)

 

 ハリベルはそう判断して、2人が別れるまで見守ることにした。

 ウィドゥーは数分ほど西南と話すと、席を立ちあがって歩き出す。

 

 ハリベルは空間迷彩を展開したままウィドゥーを追う。

 

 ウィドゥーは迷うことなく道を歩いて行く。

 すると、道を逸れて裏路地に入っていき、その先に座り込んでいた男に近づいていく。

 

 男は近づいてくるウィドゥーに顔を向ける。

 

 直後、ウィドゥーは挨拶をするかのように自然な流れで、男の胸に貫手を繰り出す。

 

 しかし、直前で男の側頭部にエネルギー弾が直撃し、男は真横に吹き飛んで地面を勢いよく転がって、うつ伏せに倒れる。

 時折ピクついていることから、死んではいないようだった。

 

 ウィドゥーは来た道を振り返る。

 それにハリベルは空間迷彩を解除して、浮き上がる様に路地裏に現れる。

 

「……山田西南の護衛はいいのですか?」

 

「あの死を躱す力があれば、今すぐ死ぬことはないだろう。それに……貴様を超える者がいるならば、貴様が現れた時点で動いているはずだ」

 

「ふふっ。あなたほどの方にそう言って頂けるのは嬉しいですね」

 

 嬉しそうに微笑むウィドゥーは、西南の前に現れた時のような異様な存在感を醸し出していた。

 いや、相対している今は、更に強まっている。

 

 噂通り、瀬戸や鷲羽にも引けを取らない。

 

 悪に傾いている分、その存在感は人の理性の殻を容易に壊し、欲望や悪意を引き出すのも納得出来る。

 

(……違う。壊すのではない。()()()()()()()()()()()

 

 だから、一度ウィドゥーに魅入られると、そう簡単には元に戻らない。

 今でも多くの者がウィドゥーに会ったことで精神が狂い、カウンセリングを続けている。

 

 それを理解したハリベルは、だからこその疑問を吐き出す。

 

「何故、山田西南から手を引き、放置していた人間狩りを始末しようとした?」

 

 今そこで気絶している男は、犯罪組織に属する人間狩りだった。

 

 ウィドゥーは聖母を思わせる慈愛が籠った笑みを浮かべ、

 

「私が山田西南に捕まったからよ」

 

「……なに?」

 

「私は今まで1人で生きて来た。それだけの力を持ち、それを振るってきた。危機回避能力にも自信があった。……それをあの子は……ただただ純粋に蹂躙した。それだけのこと」

 

「……」

 

 ハリベルはそれが先ほど自分が西南に感じたものと同じだと理解した。

 

「……お前の危機回避は明確な根拠と理論で成り立っている。光に当てられたことで出来る影を見つめるように……」

 

「……ええ」

 

「しかし、山田西南のは同じようで真逆だ。光も差さないブラックホールの中で歩き、ただ『怖い』と思ったから歩幅を変えるだけ。根拠など存在せず、理論などあり得ない。絶対の理不尽により造られたものだ」

 

「私程度が太刀打ちできる力じゃない。私は今まで全てを奪ってきた。だから、あの子に負けた私は、あの子が生きる世界の価値観に準じなければいけない」

 

「……自ら、いや……山田西南に捕らえられ、GPに行く、と?」

 

「ええ」

 

「……なるほど。だから、山田西南に死んでもらっては、傷ついてもらっては困る、か」

 

「その通りよ」

 

「……山田西南は自分のために命を奪うことを望まないだろう。殺すのだけはやめておけ」

 

「そう……分かったわ。それでは、貴女が誰かは知らないけれど、もう会うこともないでしょう」

 

「ああ。……怖くはないのか?」

 

 ウィドゥーは間違いなく死刑になる。

 己の価値観で負けたというだけで、ウィドゥーは自ら処刑台に向かっているのだ。

 

「まさか。私はすでにあの子に殺された。あの時に感じた恐怖に比べれば、死ぬことなどたいしたことじゃないわ。……私の望みはあの子と同じ世界に在ること。その先が死でも、それが望んだ故であるならば、股すら開いて受け入れましょう」

 

 神々しいと呼べるほど、満足そうな笑みを浮かべて言い切るウィドゥーを、ハリベルは畏敬の念を抱き、羨ましいと心の底から想った。

 

 ハリベルはゆっくりと宙に浮かび上がり、

 

「……話を聞かせてもらった礼だ。警察署まで、エスコートしよう」

 

「ふふっ。ありがとう。……名を聞いても?」

 

「……ティア・ハリベル」

 

「……そう」

 

 それで2人の会話は終わりを迎えた。

 

 その後、ウィドゥーは霧恋達が見過ごしそうな犯罪者がいるところに堂々と歩いて、ハリベルが撃破していく。

 

 そして、最後は警察署前の路地裏に気絶させた犯罪者達を置いて、堂々と警察署に向かうウィドゥーの背中を見送る。

 

(これも山田西南の悪運か……。純粋故に……魔性を持つ者は惹かれ、魔性故に……悪運の中で失われない純粋さを敬い、愛する)

 

 ウィドゥーのような他者に毒する性質の者にとっては、己の存在意義を否定されたも同然だ。

 しかし、歪んでいるからこそ、その尊さも理解出来るのだ。

 そしてそれは、歪みが大きいほど、強く愛する。

 

(四百もの海賊を捕らえた次はウィドゥーか。囮としての有能さは、完全に証明されたな)

 

 ハリベルはウィドゥーを捕らえた以上、自分の仕事は終わったと判断する。

 残りの有象無象は霧恋達でも問題ないだろう。

 

 『引き続き西南の近くで待機するが基本的に見守るだけに留める』とアイリと美守に連絡をして、移動を開始するハリベル。

 

 しかし、数時間後に、その判断を後悔することになるのだった。

 

 西南の悪運によって。

 



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パニックパニック

 喫茶店を出た西南達は、舞台がある広場にいた。

 

 一段下がった場所にある舞台では、サンバのように露出が激しい衣装を着た女性ダンサー達が踊っていた。

 

 ここは飲み物などがタダで、夜中になると一般人も混ざって踊れる無料ディスコのような場所でもある。

 ケネスとラジャウは相変わらず紙袋を被ったまま、ストローを口元に差して器用に飲みながら広場の雰囲気を楽しんでいたが、どう見ても周りからは注目されており、西南は非常に居づらそうだった。

 

 自分だけ顔を晒されているのも恥ずかしいのだろう。

 

 ハリベルは空間迷彩を起動したまま、広場を見下ろせる場所で腕を組んで立っていた。

 目の前にはモニターを起動しており、霧恋達や人間狩りの攻防を観戦している。

 

 といっても、いくら人間狩りのプロでも瀬戸に育てられた霧恋達に勝てるわけはなく、猛スピードで悪質な人間狩り達を示すマーカーが消えていく。

 

 それでも国に雇われたプロもいるようで、霧恋達の動きに気づいて西南の悪運の引力に逆らって脱出する者も数名いた。

 その時、鷲羽から通信が入る。

 

『お疲れ。大変だったね』

 

「……大したことはしていない」

 

『まさか、ここまでとはね~。流石の私も笑うしかなかったよ』

 

「それで? 何の用だ?」

 

『ちょっと相手してほしい奴らがいるんだよ。今動いてる瀬戸殿の部下じゃ逃がしそうでね。逃がすとちょっと西南殿にとって面倒そうでさ』

 

「……分かった。捕縛でいいのか?」

 

『ああ、どっちでも問題ないよ。それが終わったら、引き上げていいってさ』

 

「ああ」

 

 通信が切れると、即座に表示しているマップデータにターゲットが白く点滅する。

 確認したハリベルは即座に高速で飛び出し、10秒もかからずにターゲットが潜んでいる部屋に窓から突入する。

 

「っ!?」

 

「な、なに!?」

 

 部屋の中には2人の男女がいた。

 

 左手で虚弾を放って、女の腹部に直撃させる。

 

「がう!?」

 

 女はくの字に吹き飛んで、部屋の壁を突き破って廊下に飛び出した。そのまま反対側の壁に叩きつけられて、気を失う。

 

「この!」

 

 男が銃をハリベルに向ける。

 

 ハリベルは右手に黒く輝く光剣を生み出して、素早く振るって男の両腕を斬り落とした。

 

「ギャアアアア!! ゴッ!!」

 

 左掌底で男の顎を跳ね上げて倒したハリベルは、迷彩を起動させながら窓から飛び出して次のターゲットへと向かう。

 

 次のターゲットは路地裏にある地下倉庫にいた。

 

 飛んでいた勢いを利用しながら、両足を揃えて体を捻って高速で回転を始める。

 それと同時に黒いエネルギーを足先から纏っていく。

 

「《虚槍(ランサ)》」

 

 黒い投槍となって重厚な扉を蹴り破って、突入する。

 

 中は様々な機材が設置されており、様々なモニターが稼働していた。

 モニターの前には5人の男が座ってコンソールを操作しており、その背後に3人の男がいた。

 

「誰だ!!」

 

「くそっ! どうやってここが!」

 

「データを消せ!」

 

「脱出ポートも動かせ!」

 

 突如破られた扉に、男達は慌てて撤収作業に入った。

 しかし、コンソールを操作している男達が突如真後ろに頭を仰け反らして、椅子から体を浮かせる。

 

 そして、男達の真上にはハリベルが両脚を折り畳んだ姿で浮かんでいた。

 ハリベルは男達の顎を高速で蹴り上げたのだ。

 

「なぁ!?」

 

「くそっ!」

 

「撃て! 奴を殺すのと一緒に壊せ!」

 

 男達は銃を懐から取り出して、銃口をハリベルに向ける。

 その瞬間、ハリベルの左足から黒いエネルギーが噴き出して、足の甲に鎌のような光剣を形作る。

 

「《虚鎌(グアダニャ)》、《針虚弾(バラ・アグハ)》」

 

 鋭く左脚を横に振り抜く。

 先頭にいた男2人の銃が銃口部分で上下に切り分けられ、左人差し指を一番後ろにいる男の銃に向けて針のように細長いエネルギー弾が放たれて銃口に突き刺さって、銃が爆発する。

 

「ぎゃあ!?」

 

 一番奥にいた男が右手を押さえて悲鳴を上げ、銃を切られた2人は目を見開いて固まる。

 その隙を逃さず、ハリベルは戦闘にいた男2人の首筋に手刀を叩き込み、右脚を突き出して奥にいた男の鳩尾に突き刺す。

 

「ぐぶ!」

 

 男は後ろの壁に叩きつけられて崩れ落ちるが、気を失ってはいなかった。

 ハリベルは左足を男の顎に繰り出して、男は横に倒れて意識を失う。

 

 そして、次に向かおうとした時、

 

「止まりなさい!」

 

 呼び止められて、ハリベルは入り口に顔を向ける。

 

 蹴り破って倒れた扉の上に、鋭い目でハリベルを見据える霧恋がいた。

 

「……ちっ」

 

「……何者?」

 

 霧恋はたまたまこの近くを通りがかり、戦闘の気配を感じて駆けつけてきたのだ。

 

 素早く中に倒れている男達や機材を見渡して、

 

(ここは犯罪組織の拠点……? でも、ここのことはリストに挙げられてない。……樹雷やアカデミーの情報網ですら掴めなかった場所をどうやって……?)

 

 霧恋が考察していると、ハリベルは弱めの虚弾を撃ち出す。

 霧恋は軽々と躱し、反撃に出ようとするが、その時にはすでにハリベルは目の前にいた。

 

「!! (速い……!)」

 

 驚きながらも両腕で頭と胸を庇う霧恋だが、ハリベルはそれ以上攻撃せずに急転換して入り口から外へと飛び出していった。

 

「しまった!!」

 

 慌てて追いかけるが、すでにハリベルは空間迷彩を発動して上空へと飛び上がっていた。

 霧恋は歯を食いしばるも西南を探すことに優先し、GP隊員をここに呼ぼうとしたが、そこにGP隊員達が駆けつけてきた。

 

「ここはお願いします!」

 

 疑問は感じたが、それよりも西南のことが頭でいっぱいだった霧恋はすぐさま駆け出す。 

 

「あっ! お待ち…くだ……さい……」

 

 GP隊員が呼び止めようとするが、すでに霧恋はいなくなっていた。

 ウィドゥー自首について報告しようとしたのだが、目すらも合わせてくれなかった。

 

 GP隊員はため息を吐いて仕事に戻り、ハリベルが倒した犯罪者を捕らえることに専念する。

 ただし、GP隊員もハリベルの存在は知らないので、犯罪者達を倒したのは霧恋だと思い込み、あまりにも一方的だったと思われる倒し方にGP隊員達は「絶対に怒らせないようにしよう」と恐怖を覚え、誤解される霧恋だった。

 

 その後、霧恋は広場で西南を発見し、保護に向け動き出すのだが、色々と邪魔が入って西南を取り逃がしてしまうのだった。

 

 

 

 ハリベルは鷲羽に指示された者達を全て撃退し終え、西南がいた広場から少し離れた高層ビルの屋上に腕を組んで立っていた。

 

「スクランブルの方はもういいのか?」

 

『まだガンガン継続中よ。マスターガードもシステムを占拠したままだし……。まだ大捕り物は続いてるし、困ったもんよ』

 

 アイリはため息を吐く。

 その様子からはウィドゥーの自首については影響がないように見えるが、恐らくまだマスターガードへの対処に意識を向けることで後回しにしているのだろうとハリベルは推測して、話題に出すことはしなかった。

 

「白眉鷲羽に言われたターゲットの排除は終えた。私はここで撤退する」

 

『ええ、ありがとうね。報告はこちらが落ち着いてからでいいから』

 

「ああ」

 

 アイリとの通信を切って、ハリベルはゆっくりと浮かび上がる。

 その時、西南の気配が地下に降りていくのを感じとった。

 

 それに眉を顰め、マップデータを起動する。

 霧恋達はまだ動き回っており、保護されたわけではないようだ。

 

 アイリに連絡を取ると、

 

『ああ、そこならエルマの拠点よ。あの子なら問題ないわ』

 

 ということだった。

 

 エルマと言う名前にハリベルは無意識に眉間に皺を寄せるも、哲学科にいる以上仕方がないことかと諦めることにした。

 

 エルマはリョーコのもう1つの姿である。

 ワウ族の姿をしており、パーソナルすらも誤魔化せる特殊な改造を施している。

 もちろんアイリ達はエルマの正体に気づいており、それを利用してある程度情報を海賊側に流しているのだ。

 

 なので、エルマが西南に危害を加えることはないだろう。

 

 ハリベルは転送ポートに入って、アイリの第一工房に移動する。

 スクアーロンの自室に入って、義体と本体を入れ替える。

 

 すると、水穂から水鏡に来てほしいと連絡が入り、チョビ丸を経由して、水鏡のブリッジへと移動する。

 

 

 

 その頃。

 ようやくリストに挙げられていた犯罪者を全員捕まえた霧恋達。

 

 霧恋は早く西南を追いかけたかったが、それと同じくらい気になることもあった。

 

「玉蓮、火煉」

 

「なに?」

 

「どうしたの?」

 

「アイリ様や美守様から私達以外に誰か派遣したって聞いてる?」

 

 その質問に玉蓮達は首を傾げる。

 

 2人の反応を見て、霧恋は先ほどのハリベルとの遭遇について話す。

 

(けど……どこかで見たことがある気がするのよね……)

 

 流石にそこまでは話さなかったが、霧恋は必死に記憶を探る。

 火煉達も腕を組んで悩まし気に眉間に皺を寄せる。

 

「かなりの実力者だったわ。あんな奴がリストに挙がらないなんて、いくら何でもおかしいわ。リストに乗ってて、私達が見逃したならありえるけど」

 

「美守様の部下……じゃないわよね」

 

「だったら、堂々とGPとして働いてるでしょうしね」

 

「アカデミーにあれだけの者を動かせる奴がいるかもしれない……」

 

 その手はいつか西南に向けられるかもしれない。

 そう考えたら顔が険しくなり、周囲がビビるほどのプレッシャーを放つ霧恋。

 火煉も流石に少しビビりながら、声を掛ける。

 

「霧恋霧恋。とりあえず、報告に行くよ」

 

「私は西南ちゃんを探しに行くわ! あとはお願いね!」

 

「駄目よ。あなたが作戦責任者なんだから」

 

 玉蓮がすばやく霧恋の手を掴んで、引き留める。

 

「放して玉蓮! 西南ちゃんを捜して保護しないといけないのよ!」

 

「西南様なら雨音カウナックさんと一緒なのでしょう? 大丈夫ですわよ」

 

「じゃあ、もう安全じゃないか」

 

「安全じゃないわよ!」

 

「「はぁ?」」

 

 玉蓮と火煉は顔を見合わせる。

 

「教師にあるまじき恰好をした女が連れてるのよ!? 危険に決まってるでしょう!」

 

 先ほど見かけた雨音は胸元が大きく開き、スリットが入っているドレスを着ていたのだ。

 明らかに性欲を煽る服装で、霧恋からすれば気が気ではないのだ。

 

「別に西南様から手を出すわけはないし、雨音カウナックだって教師になるんだし、そこまで節操がない女じゃないだろ?」

 

 雨音はこれまで浮いた話は一切ない。

 それどころか瀬戸のお見合い話を全て躱し続けているほどである。

 天南静竜との婚約話もあるが、それは静竜が勝手に吠えているだけで、いつも雨音に容赦なくブッ飛ばされてるので誰も信じていない。

 

「あら、でも雰囲気に流されるかもしれないわよ? 西南様って……恥ずかしがるととってもそそられるし♡」

 

「なっ!? なんでそんなこと玉蓮が知ってるのよ!」

 

「水鏡にいらっしゃった時に接待したって聞いてませんの?」

 

「なぁ!?」

 

「ああ、もう! 早く報告に行くぞ!」

 

 痺れを切らした火煉が霧恋の腕を掴んで引っ張り出す。

 

「放して! 西南ちゃんに何かあったら、西南ちゃんのご両親になんて言えばいいのよ!?」

 

「立派な男になりましたでいいだろ!! アカデミーに入って喜んでるみたいなんだから、そのくらいで悲しむご両親じゃないよ!」

 

「ああああああああああ!」

 

 火煉の言葉に変な声を上げて振り払おうとする霧恋を、火煉と玉蓮は無理矢理車の中に放り込むのだった。

 そして、向かった先で顔を顰めて立っていた雨音を見て、呆然とし、西南といるのは偽装したエルマであると気づいて飛び出すのだが、その時にはすでに西南はエルマの拠点に連れ去られていた。

 

 

 

「お疲れ様」

 

 水鏡のブリッジには瀬戸の他に夜勤のオペレーターと水穂、アパッチ達がいた。

 

 瀬戸はすぐ横のソファを勧めるが、ハリベルは瀬戸の近くで立ち止まる。

 

「相変わらず強情ねぇ」

 

「距離を誤りたくはない」

 

「けど、まさか本当にウィドゥーが現れて、しかも自首するなんてねぇ……。西南殿と何かあったの? 美守殿からも報告は来てるけど、詳しくは聞いてないのよ」

 

「大したことではない。山田西南の理不尽な悪運を、本人の傍で目の当たりにしただけだ。それがウィドゥーにとっては、人生を変える程の衝撃だった。……それだけのことだ」

 

「なるほどねぇ。ウィドゥーは美守殿に西南殿に捕まったと明言したそうよ。これでウィドゥー逮捕の功績は西南殿のもので、彼女の資産の半分が報奨金になるわ。さらに今回捕まえた連中に関しても、西南殿の成果とされるでしょうね。まぁ、そっちの報奨金が出る可能性は低いでしょうけど」

 

「……もし私以外の子飼いの海賊がいるならば、忠告しておけ。山田西南に手を出すな、とな」

 

「……あら」

 

 瀬戸は僅かに目を見開いて、ハリベルを見つめる。

 水穂やアパッチ達も僅かに驚きを顔に浮かべる。

 

「ただの地球人が……あれほどの確率の偏りを持つ中で、あれだけの純粋さを保ち、何より死なずにこれまで生きて来た事実をウィドゥーも私も甘く見ていた。あれは……お前達や白眉鷲羽よりも遥かに恐ろしい」

 

「……」

 

「山田西南の危機回避能力は、頂神という存在であったり、経験の積み重ねという理由では説明できない次元の力だ。ウィドゥーはそこに敬愛を抱いたようだがな……」

 

 己に倒れてくる巨大な瓦礫を前にして、死に支配されず、逆に死へと飛び込もうとした者に手を伸ばす。

 あれはあまりにも理解不能な動きと確信的な表情だった。 

 

 ハリベルのような現実主義者からすれば、『理不尽』ほど恐れるものはない。

 天地や鷲羽のように『頂神、またはそれを超える存在だから』とまだ無理矢理にでも納得出来る理由がある。

 

 しかし、西南にはそれがない。

 

「あれは見極められるモノではない。柾木天地同様、いずれはGPや樹雷などという枠組みでは囲いきれない存在となるやもしれん」

 

「……あなたにそこまで思わせるとはねぇ……」

 

「瀬戸様!」

 

 オペレーターが突如声を荒らげる。

 それに全員が意識をそちらに向ける。

 

「どうしたの?」

 

「人間狩りに捕まった山田西南君のパーソナルデータが疑似人格を得た直後暴走! とてつもない数のウイルスデータに感染したまま、暴走していた33のマスターガードを全て突破!! 哲学科の集積用サーバに侵入して、全データをミラーごと破壊しました!!」

 

「……うわ……」

 

 流石の瀬戸も小声を漏らすのが精いっぱいで、水穂達は絶句するしかなかった。

 

「スクランブルは解除され、サーバーは物理的に遮断されましたが、山田西南君のパーソナルは逃げられたようです。現在も捕捉できていません」

 

「となると……アカデミー全体にも影響が出かねないわね……。内部は今回の大量逮捕でそこまで問題ないでしょうけど……」

 

「外からの侵入などは手が足りないかもしれませんね」

 

「水穂ちゃん。兼光殿にすぐに動けるように声を掛けといて頂戴」

 

「はい」

 

「それにしても……疑似人格を植え付けたパーソナルまで、悪運を発揮するとはねぇ」

 

「……ウィドゥーが自首した時点で、山田西南を押さえておくべきだったか……」

 

 ハリベルはため息を吐いて、霧恋に心の底から同情する。

 今、何をしているのかは知らないが、恐らく必死に西南を追っているのだろう。

 そう考えた時、ハリベルはある可能性に思い至る。

 

「……この事実が広まれば、山田西南はアカデミーを追い出されるのではないか?」

 

 大規模戦闘要請を引き起こし、大量の犯罪者を呼び寄せ、トドメにはアカデミー全体に影響を与えるほどのシステム障害だ。

 アカデミーを訪れて、たった1日でこれなのだ。

 それが2年間となれば、いくら瀬戸やアイリ、美守が守ろうとしても、守り切れないだろう。

 

 そして何より、霧恋が追い出すように仕込むかもしれない。

 

「そうねぇ……。ちょっとアイリちゃんに相談してみるわ。鷲羽ちゃんの名前でも使わせてもらうかしら?」

 

「……白眉鷲羽は行方不明扱いなのだろう?」

 

「だからよ。白眉鷲羽なら何かを仕掛けていてもおかしくはないってね! あはははは!」

 

 瀬戸はケラケラと笑う。

 ハリベルはため息を吐いて、アパッチ達に顔を向ける。

 

「スクアーロンに戻れ。チョビ丸に向かう」

 

「……いいんすか?」

 

「むしろ今のうちにここを離れるべきだ。しばらくはアカデミー周辺は厳戒態勢になるだろう。スクアーロンを出しにくくなる。それにこれ以上アカデミーで私達が出来ることはないし、アカデミーに侵入しようとする海賊の相手をするわけにもいかん」

 

「確かに……」

 

「構わんな?」

 

「ええ。問題ないわ」

 

「行くぞ」

 

「「「はい」」」

 

 瀬戸と水穂の了承を得て、ハリベル達はスクアーロンに戻って、アイリの工房を出てチョビ丸へと向かうのだった。

 

 

 

 チョビ丸に到着したハリベルは、アパッチ達に休むように伝え、ハリベルは地球に戻る。

 

 地球は丁度夜明けを迎えたところで、居間に出ると天地、ノイケ、鷲羽がいた。

 

「あ、おかえりなさい」

 

「ああ」

 

「ハリベルさん。私はこれからアカデミーに向かいますので……」

 

「アカデミーに?」

 

「瀬戸様と美守様から、防衛の援軍を依頼されまして」

 

 ハリベルが動けないので、代わりにノイケがということらしい。

 

 ちなみに天地は畑仕事ついでに畑の育成が芳しくない作物の土壌調査に向かうところだった。

 そのため、鷲羽も付いて行くところだったようだ。

 

 ということで、ハリベルも畑仕事に同行することにした。

 

「大丈夫なんですか? 帰ってきたばかりなのに……」

 

「……地球に戻る前に休息は取っている。問題ない」

 

「天地殿。宇宙には加速空間って言う便利なものがあるのさ」

 

 畑に移動した3人は、自然と西南についての話題となる。

 

 ハリベルと鷲羽がアカデミーに到着するまでと昨晩の経緯を、天地に話す。

 話を聞いた天地はやはり顔を曇らせる。

 

「そうですか……。よく無事だったなぁ……」

 

「心配?」

 

「……まぁ、西南君の運の悪さを考えると……霧恋さんがいうように地球の方が安全なんじゃないかって……思います」

 

「だ、そうだよ?」

 

 鷲羽はハリベルを見る。

 ハリベルは腕を組んで、天地に視線を向ける。

 

「……地球にいる方が宇宙より安全であることは否定しない。だが……安全であることと幸せであることはイコールではない」

 

「それは……」

 

「一度宇宙を知り、宇宙に残りたいと言った山田西南から、それを取り上げる。例え山田西南の記憶を消去したところで、その事実は消えることはない。その罪を、お前は背負い続けられるのか? 宇宙を忘れた山田西南が『宇宙に行ってみたい』と言った時、お前や正木霧恋は突きつけられる罪に耐え続けられるのか? そして……1人先に老いて死ぬ山田西南を見届けられるのか?」

 

「……」

 

 危険であろうが、弟のように思う西南の人生を大きく捻じ曲げたのであれば、最後まで見届けるべきだ。

 しかも、地球に閉じ込めるのであれば尚更。

 

 柾木勝仁のように擬態して、西南が宇宙の事など考えなくても良いように面倒を見て、悪運からも守ってやり、死ぬのを見届けるのが筋だろう。

 ハリベルはそう考える。

 

 瀬戸やアイリ、美守は少なからず西南の悪運に対して、何らかの対策を考え続けている。

 もちろん西南を危険な目に遭わせてしまうこともあるだろうが、安全策も最大限確保するだろう。

 今回とてハリベルや珀蓮達が派遣されたのがその証拠である。

 

 普通ならば、間違いなく【剣】ではなく【盾】の女官を派遣して終わり、ウィドゥーも逃げ出して終わっていたはずだ。

 

 天地は考え込むように俯く。

 

「何かを奪うならば、何かを与えるべきだろう。身内のように思うのであればな。もしくは、地球に連れ戻した後、山田西南の家族も正木の村の記憶を消して、二度と正木の村に近づかせないことだ」

 

「……そこまで、ですか……」

 

「山田西南が四百もの海賊に追われても、GPアカデミーに入ると決めた。その覚悟をもう少し認めてやるべきだろう。……説得するのを止めろとも言わないがな」 

 

「瀬戸殿やアイリ殿はあの才能を高く評価してるから、そう簡単に逃がさないだろうけどねぇ。くっくっくっ!」

 

「才能……ですか? 海賊や犯罪者を集める能力が?」

 

 流石に鷲羽の言い方に、非難めいた視線を向ける天地。

 これに関してはハリベルも才能という表現が正しいかは疑問なので、口は挟まない。

 

「天地殿……。西南殿はね、とても嬉しそうだったそうだよ」

 

「え?」

 

「瀬戸殿達に礼を言われ、悪運が才能にもなりえると言われた時さ。自分の悪運が誰かの役に立つかもしれないってね」

 

「けど……!」

 

「もちろん、いくら瀬戸殿だって宇宙に居続ける限り命の危険と隣り合わせだってことくらい伝えてるさ。地球に帰るなら、記憶を消すこともね。ちゃんと西南殿に決めさせる機会を与えてる。その上で西南殿は宇宙にいたいって言ったんだよ。アカデミーに到着した後も、地球に帰そうとする霧恋殿の前で、アイリ殿と美守殿にはっきりと入学するって言いきったそうだ」

 

「……」

 

「瀬戸殿やアイリ殿達だって、西南殿の純粋さも大切に思ってるさ。そっちの方がよっぽど価値があるって分かってる。だからこそ、出来る限りの事をしてやりたいって思ってる。後は、西南殿の意思を尊重するか、身の安全を守ってやるかってことさ」

 

 西南を大人として見てサポートするか、子供と見て囲うか、ということだ。

 その言葉の含みを天地は理解し、先ほどのハリベルの言葉と合わせて再び俯いて考え込む。

 

「……でも……心配だなぁ……」

 

 それでもやはり霧恋同様、感情が勝ってしまう。

 こればかりはこれまでの積み重ねが大きく影響しているのだろう。

 

 鷲羽はそんな悲し気な天地の表情に内心悶える。

 そして、ニンマリと笑みを浮かべて、

 

「グフフフ♪ なら、なんとかしてあげましょう。ちょうど、良さげな素材も手に入ることだしぃ」

 

「えっ」

 

 その鷲羽の言葉に天地は憂いの表情を消す。

 ハリベルも訝しむように鷲羽を見る。

 

(明らかにろくでもないことを考えているな……。しかし、良さげ素材とは? ……まさか……)

 

 ハリベルはある推測が頭に浮かんで顔を顰めて、鷲羽に目を向ける。

 その視線に気づいた鷲羽は、顔を向けて更に笑みを深める。

 それにハリベルは推測が当たっていることを理解する。

 

「……本気か?」

 

「グフフフ♪ 意外と上手く行く気がするんだよねぇ。安心しなよ、天地殿。いいお守りを造ってあげよう。この白眉鷲羽がね、くっくっくっ!」

 

「……あの……なにとぞ、お手柔らかに……」

 

「OKOK! ばっちり!」

 

「……私も柾木水穂と連絡を取り、注意しておこう」

 

「……すいません」

 

 嫌な予感しかしないハリベルは天地のために動くことを決め、天地は頭を下げるしかなかった。

 その時、

 

「みゃあ! みゃあ! みゃあ!」

 

 置いてけぼりをくっていた魎皇鬼が泣き叫びながら、猛スピードで走ってきたのだった。

 

 その後はいつも通り畑仕事をして、一度家に戻ったハリベルは台所で1人朝食の用意で動き回る砂沙美の姿を見つける。

 

「……手伝おう」

 

「え? あ、おはよう! ハリベルお姉ちゃん」

 

 ハリベルは包丁を手に取って、並べられている食材を見つめる。

 

「切るくらいならば手伝える。どう切ればいい?」

 

「いいの!? ノイケお姉ちゃんが出かけてるの忘れてたから助かるよー!」

 

 砂沙美は嬉しそうに言い、朝食のメニューと切って欲しい形を伝える。

 ハリベルは手早く包丁を振るい、皮を剥き、鱗を落とし、食材を切っていく。

 その速さに砂沙美も目を輝かせて、調理に集中する。

 

 そこに天地や美星も手伝いに参加する。

 美星が皿を落としそうになった時はハリベルが素早く手を伸ばしてキャッチし、食材や料理が乗った皿を持ったまま転びそうになった時も皿ごと体を支えて美星をサポートする。

 しかし、限界もあるので、

 

「魎皇鬼と遊んでいろ」

 

「ふえ~ん!」

 

 と、面倒になって美星を追い出すのだった。

 

 それに鷲羽は苦笑して、魎呼や阿重霞は呆れを浮かべ、ハリベルの対応がノイケそっくりなのだから尚更だ。

 

 天地も苦笑しながら料理を運び、準備が終わり朝食となる。

 そして、思い思いに食事を食べていると、

 

「……今日はアカデミーの入学式らしい」

 

「え?」

 

 ハリベルが唐突に口を開く。

 それに天地達は顔を向ける。

 

「柾木アイリや柾木水穂に連絡を取れば、見学に行けるだろう。お前は私達とは違って、アカデミーに行っても問題ない立場だ。ノイケも向こうにいるならば、案内や護衛なども問題ない。心配ならば会いに行ってみればどうだ?」

 

「あ……」

 

「鬼姫や柾木アイリ達から、お前の素性は聞いているはずだ。畑仕事ならば私でも出来る。今の山田西南の周囲にいる者や環境を見に行けば、心も落ち着くだろう」

 

 ここで鷲羽などからの報告で一喜一憂するならば、直接会いに行って話をした方がはっきりするとハリベルは考える。

 向こうには天女もおり、天地がアカデミーに行く理由などいくらでもでっち上げられる。

 

 昨日の様子を見る限り、ルームメイトは西南の悪運を知っていても、西南を疎む感じはなかった。

 そういう姿を見れば、天地が抱いている西南のイメージも変わるかもしれない。

 

 天地はハリベルの心遣いに感謝する。

 

「ありがとうございます。でも……今はやめときます」

 

「天地様……。本当によろしいのですか?」

 

「はい。今会うと……やっぱり地球に戻らないかって言っちゃいそうですし。それに……瀬戸様やアイリさんが何か企みそうって言うのも……」

 

「「「あ~」」」

 

 苦笑しながら言う天地の言葉に、阿重霞、魎呼、砂沙美は納得の声を出す。

 鷲羽は苦笑し、ハリベルも小さく笑みを浮かべる。

 

「まぁ、天地殿と西南殿が揃ったら、アイリ殿は確実に暴走するだろうねぇ。アカデミーはアイリ殿のテリトリーだし」

 

「そこにお婆様も飛びつくだろうな~」

 

「下手したら、船穂殿や美砂樹殿達も動きそうだねぇ」

 

「「「「あ~」」」」

 

 今度は天地も納得の声をあげる。

 

「そうなると、霧恋さんが大変でしょうから。ただでさえ、今も一杯一杯でしょうしね」

 

「グフフフ。昨日はアイリ殿に眠らされて、その間に色々と西南殿の悪運が引き起こしたことを隠してたからねぇ」

 

「アイリさん……」

 

「まぁ、西南殿が自分から何かしたわけじゃないし、それに霧恋殿も昨日の騒動の一端に関わってるしね」

 

 霧恋はあの騒動の後、帰宅したところに雨音がアイリから酒をもらったからと会いに来た。

 そして、2人でいがみ合いながらも、酒を飲んだ直後にアイリが仕込んでいたナノマシンで眠らされたのだ。

 

 理由はアカデミーのシステム障害が西南のパーソナルであり、哲学科のサーバーを破壊したことや大量逮捕などの詳細がバレたら、西南はアカデミーを追い出される可能性が高い。

 そして特に問題だった大規模戦闘スクランブルのきっかけは、霧恋の寮のセキュリティーシステムへの不正アクセスでもあるので、霧恋も処罰を受けるだろう。

 そうなれば、西南を推薦した瀬戸の評判も下がり、樹雷の権威にも影響が出る。

 

 しかし、霧恋はそこを度外視して、西南を地球に帰そうとすることは想像に難くない。

 そのため、アイリは手回しが終わるまで霧恋や雨音を眠らせて排除したのだ。

 

「正木霧恋はアカデミーの講師になったそうだ。生体強化をする前に、2人の間で決着はつくだろう」

 

「生体強化する前、ですか?」

 

「生体強化は身体構成すらも変える場所があるからね。寿命が延びるのもそうだけど、病院で検査を受ければバレちゃう可能性があるのさ。西南殿の場合、それは重要だろ?」

 

「確かに……」

 

「まぁ、ぶっちゃけ私が治療すればいいし、医療設備が搭載された宇宙船でも用意しとけばいいんだけどね。霧恋殿からすれば、それも悪運のせいで信用できないんだろうけど」

 

「お前にモルモットにされるって思ってんだろうよ」

 

「ぬはははは!」

 

 鷲羽の肯定の高笑いに、天地はため息を吐くしかない。

 

「けど、西南殿を危険から遠ざけるためには、少しでもデータが多い方がいいのは事実だよ。シミュレーションをしておかないと、予防策を考えようがないからねぇ。まぁ、アイリ殿の部下がパーソナルを取ったらしいから、それを使う予定だけどね」

 

「本当に……お手柔らかにお願いします……」

 

「それは西南殿次第さ。西南殿にとっての『お手柔らか』ってのが、周りにとっては過剰かもしれないからね」

 

「……可能性は高そうだな」

 

 さもありなんとハリベルは思った。

 あれだけの悪運を防ぐためには、人材機材共に超優秀でなければ無理だ。

 

(そういう意味では……確かに正木霧恋と雨音カウナックは適材か)

 

 西南からすれば、美人に囲まれて大変だろうが。

 

 ハリベルの呟きに、天地は違う意味で心配になってきた。

 

 しかし、自分に出来ることはほとんどない。

 ぶっちゃけ、アイリや瀬戸の相手をしてくれて助かるという思いもあったりする。

 

(西南君……頑張ってくれ。……色々と。……ごめん)

 

 と、心の中で小さく謝るのだった。

 

 



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また一歩、歩み寄る

まさかの日間ランキングに載るとは(ーー;)

ありがとうございます。
今後もチマチマとやっていきます。


 朝食が終わり、砂沙美とハリベルが皿洗いをしていると、ノイケが帰ってきた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり、ノイケお姉ちゃん! 朝ごはんは?」

 

「大丈夫よ。帰る途中で食べてきたわ。ありがとう、砂沙美ちゃん」

 

「うん!」

 

「何か問題はあったかしら?」

 

「大丈夫! ハリベルお姉ちゃんが手伝ってくれたから!」

 

 砂沙美は笑顔で言い、ハリベルは我関せずと皿を洗い続けていたが、

 

「……山田西南の入学式に行かなかったのか? 正木霧恋や雨音カウナックは顔見知りなのだろう?」

 

「美守様からお誘いは受けましたが……やはり砂沙美ちゃんだけに家事を任せるのは心苦しくて。それに今、霧恋さんや雨音と会えば、色々と勘繰られそうで……。雨音の直感は本当に鋭いですからね。嘘を簡単に見破るので、下手なことを話せないんですよ」

 

 ノイケは苦笑しながら理由を答える。

 といっても、美星と言う「機密ってなんですかぁ?」という女がいるため、結局はほとんど雨音には知られているのだが。

 

 どれだけ叱っても「え~、でもぉ~」とぐずり、少しの間は我慢するのだが、結局いつの間にか話しているのだ。

 特に雨音は九羅密家とカウナック家とお嬢様同士で美星と繋がりもあり、同じGPであるということもあって仲がいい。

 その関係で美星とタッグを組んでいたノイケとも仲が良い。

 

 なので、雨音の直感の鋭さも実感しているのだ。

 

「霧恋さんは西南さんのこともありますし、雨音もここに来たせいで一級刑事の昇格が消えて、アカデミー講師ですからね。瀬戸様の養女となった私と会えば、色々と愚痴を言われそうで……」

 

「西南お兄ちゃんを宇宙にいるのを認めたのはお婆様だもんねぇ」

 

「けど、霧恋さんは瀬戸様や水穂様に強く抗議なんて出来ないでしょうから……。地球に来る前、瀬戸様の養女になったばかりの頃にはお互いによく愚痴りあっていたので……。今、愚痴を吐き出させると、それはそれで西南さんのことで変に吹っ切りそうで……。西南さんのことになると妙に思い込みが激しくなると月湖さんからも聞いてましたから」

 

 ノイケは小さくため息を吐く。

 それに砂沙美は苦笑いを浮かべるしか出来ず、ハリベルは、

 

「……しばらく柾木アイリの抑え役は九羅密美守だけか……」

 

「そ、そうですが……GPアカデミーは入学式後からも講義がありますし、アイリ様もアカデミーのシステム復旧や例の哲学科サーバーの件、それに昨日の逮捕劇の後始末など仕事がたんまり残ってますから、しばらくは西南さんにちょっかいを出す余裕はないでしょう」

 

 ノイケはそう言うが、その頃のアイリはがっつり着物を着ておめかしをして、西南の保護者として入学式に出ようとしていた。

 元々アカデミー理事長として出席予定だったので、どっちにしろ入学式に行くので水穂も止めることは出来なかった。

 

 更に昨日の後始末をギリギリまでしていたので、徹夜・オブ・ナチュラルハイになっている。

 それもあって水穂も止めるに止めきれなかったのだ。

 そのしわ寄せは全て西南に向かうのだが、そもそもアイリがそうなったのは西南が原因なので、水穂としては諦めてもらうしかない。

 しかも、ここで止めればガス抜きをする機会がなく、爆発した時どう被害が出るか分からないというのもある。

 

 なので、西南には諦めてもらうしかないのだった。

 

 そして、その入学式でも新たな一波乱が起こるのだが、ハリベル達はまだ知らない。

 

 皿洗いを終えたハリベルは、鷲羽の研究室に呼ばれていた。

 昨日のウィドゥーとの遭遇についてだ。

 

 ハリベルは記憶データを用意しており、鷲羽に手渡す。

 

「準備がいいねぇ」

 

「鬼姫に渡す予定だったからな」

 

「なるほど」

 

「……死刑になるウィドゥーを使って何をする気だ?」

 

 今朝、天地に話していた『良い素材』とはウィドゥーのことだったのだ。

 

 鷲羽は朝にも見せたニンマリとした笑みを見せた。

 

「あれだけの女が西南殿に会って、悪運に巻き込まれただけで自首したんだ。ただの悪運ってだけで終わらせるには惜しいと思ってね。それに美守殿との会話から、ちょっと気になってさ」

 

「……山田西南が生きる世界で共に在ること、か」

 

「ああ。けど、流石に本人をって言うのは、アイリ殿や水穂殿は複雑だろうからねぇ。だから、アストラルを使う予定だよ。記憶も人格も消してね」

 

「……それでも危険があると思うが……」

 

「それは誰のために使うか、だよ。本気で西南殿と共に在りたいなら、人格と記憶がなかろうが西南殿のためなら問題ないだろうさ」

 

「……随分な賭けのように聞こえるが? それに記憶と人格が消えれば、山田西南への想いも消えるはずだ」

 

「まぁね。けど、そこはもう生まれ変わったウィドゥーと西南殿の問題さ。それに人格と記憶が消えたならウィドゥーでもない。危険ってわけでもないと思うよ?」

 

「……はぁ」

 

 言っても無駄だと理解したハリベルはため息を吐く。

 

「柾木天地が山田西南に謝るようなことにならないようにな」

 

「分かってるよ。っと、それと新しい船はもうすぐ出来るよ。あなたの部下達の義体もね。その子達の義体に関しては、新しい船に積んでおくから。使い方はハリベル殿と同じようにするようになってるからね」

 

「分かった」

 

 ハリベルは鷲羽の言葉に頷いて、居間へと戻る。 

 

 そして、天地と共に畑仕事へと向かう。

 

 もはやハリベルが畑仕事を手伝うことは魎呼と阿重霞も文句はない。

 というよりは、文句を言えない。

 明らかに自分達より力になっているからだ。

 

 畑は天地がかなり力を入れて大事にしていると、魎呼達は理解している。

 いくら嫉妬しても、天地の邪魔だけはしてはいけないとようやく学び始めているのだ。

 

 なので、阿重霞や魎呼は家の周囲や柾木神社の掃除がメインの仕事になっており、ハリベルもノイケと砂沙美から「そこまでは手を出さなくていい」と懇願するように頼まれたため、基本的に畑仕事と鍛錬の手伝いがハリベルの仕事になっている。

 掃除までハリベルに手を出されたら、魎呼と阿重霞は本当にただのニートになってしまう。

 

 流石に愛する男が畑仕事をして、一番年下の妹が料理をしてくれているのに、何もしないのはもはや地獄に等しい。

 

 ちなみにハリベルだが、地味に畑仕事が気に入って来ている。

 

 耕す土の匂いや収穫したニンジンの香り、そして風で漂ってくる木々の香りや葉が擦れる音が心地いいのだ。

 

 力強く、されど繊細に鍬を振り下ろして土を耕し、種を植えて土を整える。

 収穫したニンジンの土と払い落として、籠に入れていく。

 その後、収穫した畑の土をまた耕して肥料を撒き、土と混ぜて土壌の栄養状態を整える。

 

 そして、最近始めた新しい作物の畑を見に行く。

 もちろん、まだ一か月と経っていないので収穫など出来ないが、生育状態を確認するためだ。

 

「う~ん……大根とナスってどれくらいがいいんだろうなぁ……」

 

「正木の村で育ててる者はいないのか?」

 

「米や鶏、キャベツなどを育ててる人はいるんですけど……。大根とナスは西南君の店や家庭菜園程度がほとんどですね」

 

「柾木水穂は?」

 

「え? 水穂様、ですか?」

 

「柾木水穂は樹雷で地球の作物を生育して販売していると聞いたことがある。樹雷皇族が口にするものだ。最高峰の育成レベルは間違いないだろう。その味を参考にし、砂沙美やノイケの意見を取り入れていけばいい」

 

「なるほど……」

 

「ノイケならば、すぐに取引できるだろう。ここのニンジンと交換となれば、向こうも喜ぶはずだ」

 

「そうですね。ありがとうございます」

 

 ハリベルの提案に天地は笑みを浮かべて礼を言う。

 それにハリベルは小さく頷くだけで答える。

 

「そう言えば……水穂様は玲亜さんの結婚式に来るって言ってたっけ……」

 

 ちなみに天地の父、信幸と玲亜の結婚式は数日後である。

 その2日前に来ると言っていたので、今週中にはやってくるということだ。

 

 それに今更ながらに不安を感じる天地だった。

 

「ハリベルさん。水穂様ってどんな方なんですか? 瀬戸様の部下をされているって聞いてるんでですけど……」

 

「……神木瀬戸や柾木アイリに比べれば、真っ当な者だ。『瀬戸の良心』とも呼ばれている。……雰囲気としては、第一皇妃船穂と柾木アイリの中間、といったところか」

 

「船穂様とアイリ様の……」

 

 天地からすれば真逆すぎて上手くイメージ出来ない。

 美人であろうことは想像出来るが、性格が真逆すぎてピンとこないのだ。

 

 それを感じ取ったハリベルは、

 

「……お前の母親を黒髪にした、と言う方が分かりやすいか?」

 

「あ……」

 

 ようやく少しイメージが出来た天地だが、天地が抱える母親の清音のイメージは周囲とは乖離している。

 これは幼い頃に死んだことも影響しているし、その後に母親代わりをしてくれていた玲亜の印象と混ざり合っているためだ。玲亜が天地の初恋であったことも大いに影響を与えている。

 それに清音は天地の前では些細なイタズラレベルしか行っていなかったので、天地には『やんちゃ』というイメージはない。

 

 それで少し前に清音の死因について勝仁と信幸から聞かされた時に一悶着あった。

 それについては解決したが、やはり天地の中の清音のイメージはそう簡単には覆らない。

 

「恐らく2日前に来るのも、お前と話したいからというのもあるのだろう。ようやく大手を振って会えるようになったわけだからな」

 

「そう、ですか……」

 

「もっとも……」

 

「え?」

 

「山田西南がこれ以上何もやらかさなければ、だがな。昨日のような騒動となれば、手が離せなくなる可能性はある」

 

「あ~……あははは……」

 

 全く否定できないのは天地が一番分かっている。

 

「西南君が入学式って、何年ぶりだったかなぁ?」

 

 不運が広く知られてからは、周囲の者、果てには学校からも「来ないでくれないか?」と言われてきた。

 西南も自分のせいで迷惑をかけたくないと思っていたので、自主的に学校行事には関わらないようにしていた。

 

 だからこそ、天地はある確信を持ってしまった。

 

「なにか起こりそうだなぁ」

 

 その呟きにハリベルは何も答えなかったが、その数分後に『入学式で爆発事故があり、その時に重大な事項が判明した』と水穂から連絡があり、2人揃ってため息を吐くのだった。

 

 

 

 ハリベルは畑仕事を切り上げて、鷲羽の元に向かう。

 

 そして、鷲羽と共に実体映像通信で水鏡のブリッジに立っていた。

 

 アイリも実体映像通信で参加しており、瀬戸、水穂も含めていつものようなおちゃらけた雰囲気はない。

 

「ホント……西南殿の悪運は色々と隠し事を暴き出してくれるわねぇ」

 

「ある意味、昨日の騒動のおかげで今回のは大きく広まることはありませんでしたが……」

 

 瀬戸のボヤキにアイリが少しでも場を和ませようとしたが、それでもアイリの顔が晴れることはない。

 

「それにしても脳改造された潜在的スパイとはねぇ。しかも、特定条件下でその記憶を構成するとは念入りなこった」

 

 鷲羽は軽く言うが、その内容は恐ろしい物だった。

 

 入学式で西南の悪運により巨大なスピーカーが爆発音の如きハウリングを起こし、爆発したのだ。

 それにより、気絶する者が何十人と出たのだが、そのほぼ全員が何者かによって脳改造を施されていた。

 

 運が良かったのか、アカデミーの医療システムが使用できなかったため、九羅密家所有の医療艦で治療を行ったことでその情報を統制下に置くことが出来た。

 さらには爆発などの振動波で、その記憶を構成する機能が破壊されたため、事前に防ぐことが出来たのだ。もちろん日常生活にも影響はないので、すぐに解放されたが、しばらくは監視下で生活することになる。

 

 問題はその『脳改造』である。

 

「今回だけってわけじゃないだろうね」

 

「職員にも該当者がいますからね」

 

「問題はその技術がどこからかってことね。……美星ちゃんの事件と同じかどうか」

 

「私達が把握している同様の事件は、美星さんのだけ……ですからね」

 

 美星がGP軍からGP警察に異動した原因となり、美瀾や美咲生が美星のためにチョビ丸を動かして天地を暗殺しようとした理由となった事件。

 

 GP軍にいた美星がスパイと銃撃戦になった後、行方不明になり、発見された時は脳改造が行われている最中だったのだ。

 犯人は逃亡。美星は入院して無事に回復し、色々あって天地の家に行くことになったのだ。

 

 その事件に関しての詳細なレポートは一般公開されていない。

 

「……鷲羽ちゃん、データ解析お願いできるかしら?」

 

「構わないよ」

 

「アイリ殿はアカデミー、私達は樹雷、美守殿は九羅密家とGPアカデミー。そして……」

 

「……私は海賊関係で聞き込みをしてみろ、か?」

 

「可能?」

 

「……私が調べられる範囲では難しいだろう。GPアカデミーの入学式という狭い範囲で数十人規模であれば、確実に組織ぐるみだ。考えられるのは……ダ・ルマーギルドだろう。それ以外で私の耳に届くのであれば、お前達が誰も知らないのはありえん」

 

「そうよねぇ……。そっちも少し探ってみましょうか」

 

「まずは同じスパイがどれだけいるか把握することに集中した方がいいね。まだどんな技術が使われているのか、分かってないんだ」

 

「そうね。ありがと、鷲羽ちゃん。それじゃ、まずは状況把握に努めましょう。急がないと、西南殿の悪運がまた何かを引っ張り出すかもしれないものね」

 

「それはそれで、犯人捜しが楽になるかもしれないけどね。あはははは!」

 

 鷲羽が高らかに笑うが、調査をする面々はため息を吐く。

 

「はぁ~……いつ寝れるかしら?」

 

 特にアイリは昨日のシステムトラブルの回復も終わっていない。

 そのシステム回復をする職員も潜在スパイの可能性もあるのだから、厄介なことこの上ない。

 

 ちなみにその原因である西南は、静竜の基礎体力訓練を受けてヘロヘロになっていた。

 生体強化を前提にした訓練なので、西南がついていけないのは当然なのだが、静竜は以前阿重霞の許嫁として地球で天地と決闘をして、美星に負けるという辱め(本人談)を受けてから地球人が嫌いだった。

 なので、西南の心を折ろうとして陰湿なやり方で追い込んでいた。

 

 生体強化をしようにも、そのシステムも故障しているため、現在復旧待ちである。

 

「信幸君達の結婚式もあるから、人に任せられるところは任せないと駄目よ? お母さん」

 

「分かってるわ。天地ちゃんにも会いたいしね。けど、霧恋ちゃんは流石に無理ね」

 

「西南君の傍を離れたくないでしょうしね。それにシステム復旧を手伝ってもらってるのでしょ?」

 

「GPアカデミーの、だけどね。大助かりみたいよ」

 

 母娘の会話を聞いていた瀬戸は苦笑して、

 

「鷲羽ちゃんのおかげで色々と手っ取り早く終わりそうなんだから、文句言わないの」

 

「そうですけどねぇ」

 

 表向きには昨日の騒動は鷲羽の隠していたシステムの暴走とされ、メインシステムに関しては鷲羽が残していた高性能システムが採用されたのだ。

 そのシステムは水鏡にも使われているものの汎用版と言えるもので、今まで使っていたシステムの数倍で機能向上するため、文句は出なかった。

 

 本来ならば霧恋が手伝うことすら問題なのだが、状況が状況なので文句を言う人間はいない。

 復旧に動いている人間全員が不眠不休状態なのだから。まさに猫の手も借りたいのだ。

 

 その後、通信を終えたハリベルと鷲羽は研究室を出て、昼食を迎える。

 

「また西南君のことで何かあったんですか?」

 

 鷲羽とハリベルが席に着いたところで、天地が心配そうな顔を浮かべて言う。

 それに鷲羽が苦笑しながら首を横に振る。

 

「まぁ、西南殿の悪運が原因ではあるけどね。あくまできっかけってだけさ。西南殿は無事だし、これでどうのこうのはないよ」

 

「そうですか……」

 

 ホッとする天地に、魎呼は呆れを浮かべる。

 

「それにしても西南の奴……ここまで運が悪ぃとはなぁ。地球にいる時はここまでじゃなかったぜ?」

 

「うん……怪我や乗り物のトラブルはともかく……。犯罪者を引き付けるだなんて……今まで一度も……」

 

「いや、実は西南殿が生まれた頃から、地球周辺で海賊が頻繁に近づいてくるようにはなってたよ。そこまで多くないからすぐに捕縛されていただけさ」

 

「え!?」

 

「霧恋殿が宇宙を知ったのだって、生物兵器が正木の村に紛れ込んだのが原因だよ。それも西南殿が生物兵器に襲われそうになったところを助けようとしてね」

 

「そ、そんな……」

 

「まぁ、地球に下り立ったのはそれだけらしいけどね。兆候自体はあったようだ」

 

「……けど、宇宙に行っただけで、そこまで犯罪者が集まるなんて……」

 

「……恐らくは宇宙と地球の環境の違いだろう」

 

 ハリベルの言葉に、天地達は顔を向ける。

 

「地球、そしてこの正木の村周辺は、通信機能や情報収集する手段が宇宙に比べて非常に未熟だ。そのため、犯罪者達が山田西南のことや正木の村の価値を知る術が少ない」

 

 山と農村である正木の村周辺は、監視カメラもなければ居酒屋もない。

 なので、情報を集める術は実際に見に来るしかなく、そうすれば非常に目立つ。

 

 もちろん、これは正木の村の真実を隠すためだ。

 

「宇宙で山田西南が海賊に襲われたきっかけは、悪運による通信傍受だ。そして、九羅密美兎跳が乗っていたことで海賊に降伏できないと判断したこと。昨日の騒動は、海賊の大量捕縛という功績が出来たからだろう。そこから考えれば、海賊や犯罪者を引き付ける要因は、それだけの価値があるものが、山田西南の近くにあることと考えることも出来る」

 

「なるほど……。つまり、海賊が地球に近づいてきたのは……」

 

「樹雷第一皇妃・船穂の出身星と言う情報だろう。他にも正木の村の者達が宇宙で名を馳せた事。可能性があるのは、柾木アイリの娘である柾木清音、孫の柾木天女、正木月湖と言ったところか……」

 

「月湖おばさんもですか?」

 

「正木月湖はアカデミーにいたことがある。それなりに注目を集めていたようだ」

 

 美人ということもあり、更には夫で霧恋の父でもある男性のこともある。

 それなりに地球と言う星は有名だったのだ。

 

「山田西南はこの近くから離れたことがほとんどない。そのせいで地球の犯罪者は近寄る理由を見いだせなかっただけだろう。しかし、宇宙では簡単に情報は広まり、アカデミー生のプライバシーなど哲学士やプロならば簡単に丸裸に出来る。それにより常に山田西南の居場所を知ることが出来る。だから、海賊や犯罪者も群がる、ということだ」

 

「ふむ。それも一理あるねぇ」

 

 鷲羽がハリベルの考察を聞いて頷く。

 

「けど、それはやっぱり西南君が宇宙にいるのは危険ということじゃ……」

 

「地球に戻しても変わらんだろう。記憶も消したという情報を広めたとしても、海賊達にはすでに山田西南を狙う理由がある」

 

「……」

 

(恐らく山田西南の悪運は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう)

 

 無事にアカデミーに美兎跳と行く。そう考えたから、更に海賊を更に引き寄せた。

 早くアカデミーに入りたい。そう考えたから、偽装海賊艦とニアミスして病院送りにされた。

 楽しくアカデミーの夜を過ごしたい。そう考えたから、あの騒動が引き起こされた。

 

 これまでの学校行事なども『行けるなら行きたい』と思っていたに違いない。

 だから、雨や設備のトラブルなどが起こった。

 

 人を巻き込みたくないと思っているからこそ、人を巻き込んでしまう。

 

 ずっと行きたいと願っていた宇宙に来て、瀬戸やアイリに才能と認められた場所を手放したくない。

 

 西南が初めて諦めきれなかった願望でもある。

 

 だからこそ、悪運の振り幅は大きいのだろう。

 

「だが、その悪運をカバー出来るだけの人脈を引き寄せているようにも見える」

 

「グフフフ♪ 瀬戸殿にアイリ殿、美守殿だからねぇ」

 

「オメェもだろ?」

 

「霧恋さんに雨音、瀬戸様の部下も動いてますしね」

 

「ハリベル殿もサポートしてくれてるし、最悪魎呼や魎皇鬼も動かすさ」

 

「……ま、知らねぇ仲じゃねぇしな……」

 

 魎呼は封印されている間、アストラルで天地の事を観察していた。

 もちろんその中には西南の姿もあった。

 天地と西南が仲良く遊んでいる姿もよく眺めていた。

 

 なので、魎呼にとっては西南も子供の頃から知っている可愛い子なのだ。

 

「少なくとも今の所は友人とも仲良くやっているようだよ。それに……グフフフ♪」

 

「な、なんですか?」

 

「入学式の後、先輩の女の子と見つめ合っていたそうだよ? それも去年のミスGPアカデミーの美人さんだってさ」

 

「せ、西南君がですか?」

 

「そんな驚くことじゃないと思うけどねぇ。霧恋殿に雨音殿もいるし、それにアイドル海賊って呼ばれてる子からも誘惑されたそうだよ? 西南殿の護衛についている瀬戸殿の部下もそれに負けない綺麗所だし。おっと、瀬戸殿やアイリ殿もいたねぇ、くっくっくっ!」

 

「アイドル海賊、ですか?」

 

「そっちはハリベル殿の方が詳しい、というよりは顔見知りじゃなかったかい?」

 

「……ああ。リョーコ・バルタという魎呼にあやかって名付けられた者だ。ルールを重んじる者で、GP内でも人気があるようだ」

 

「随分と物好きな方がいるものですわね」

 

「うっせぇ!」

 

「今の海賊達の多くにとって、魎呼のことは完全に伝説だ。性格などは知られていない」

 

「確かに、海賊で700年以上ってのは中々いないからねぇ。ハリベル殿もかなり長い方じゃないかい?」

 

「……そうだな。恐らく現役の海賊としては、古参の部類には入るだろう」

 

「まぁ、話を戻して、西南殿は悪運でというよりは、そっちの女関係で妬まれてるみたいだよ」

 

「そ、そうですか……。う~ん……喜んでいいのか……」

 

「霧恋お姉ちゃんは大変そうだねぇ」

 

「みゃあ」

 

 地球ではありえなかった状況に天地達はどう反応していいのか分からなかった。

 

 

 昼食を終えた天地とハリベルは、修行へと向かった。

 本日もハリベルのスパルタが発動して、2時間もすれば天地は大の字で倒れ伏して体に力が入らず、起き上がれなかった。

 

 勝仁は苦笑しながら天地を見下ろし、

 

「まだまだじゃのぅ」

 

「はぁ……はぁ……。んなこと言ったって……」 

 

 ハリベルに完璧に叩きのめされて、全身が痛かった。

 どんなに素早く動いても、完璧に動きを捉えられており、間合いに入った瞬間木刀を叩き込まれた。

 

 それを数える気にもならないほどやられた。

 勝てる道すら見いだせなかった。 

 

 すると、ハリベルは天地を肩に担ぐ。

 

「えぇ!? ハ、ハリベルさん!?」

 

「歩くまで回復するのは時間がかかるだろう。さっさと戻って、白眉鷲羽に見て貰え」

 

「で、ですけど……!?」

 

「嫌ならば強くなれ」

 

 恥ずかしがろうとも力が入らない天地は、抵抗できずにハリベルに運ばれる。

 勝仁はそれを瀬戸やアイリに通じる笑みで見送り、うんうんと頷いていた。

 

 家に戻ったハリベルは、休ませるにも汗と土で汚れたままというのも可哀想だろうと思ったが、鷲羽は研究室におらず、家にはシャワーユニットもないので自動で汚れを落とすことも出来ないことに眉を顰める。

 

 天地は未だに上手く体に力が入らない。

 

「あ、あの! こ、ここでいいですから!」

 

 しかし、何故かその抗議は無視される。

 ハリベルは天地を抱えたまま風呂へと向かう。

 そこにノイケが洗濯物を抱えて現れる。

 

「あら、天地様。ハリベルさん」

 

「……柾木天地を風呂に入れる。手伝ってくれ」

 

「「え!?」」

 

「柾木天地はまだ体を動かせない。しかし、このまま寝かせるわけにもいかないだろう?」

 

「ああ、なるほど」

 

「ノイケさん!? いいですから! タオルをくれれば!」

 

 あっさり納得するノイケに天地は慌てて言うが、

 

「そのままお風呂に入って頂いた方が、洗濯物は少なくなりますので」

 

「そ、そうですけど……!?」

 

 天地の抗議は何故か誰も聞いてくれず、ハリベルとノイケに風呂へと攫われていく。

 

 ノイケの手によって、するすると服と下着を脱がされる天地。

 

 何故かノイケの服脱がしはどうやっても抵抗できないのだ。

 ハリベルもラグリマで服を消して裸になり、天地を抱えたまま大浴場に入る。

 

 ノイケも素早く浴衣に着替えて、手伝いにやってくる。

 

 椅子に座らした天地に、ハリベルは湯を操って天地にかける。

 そして、ノイケが手慣れた動きで天地の背中を洗い始める。

 

 その横でハリベルも汗を流し始める。

 

「ノ、ノイケさん。も、もう大丈夫ですから……!」

 

「まあまあ、そうおっしゃらずに」

 

「……お前は何度も女と風呂に入っているのだろう? 私の裸も一度見ているし、今更恥ずかしがることではないだろうに……」

 

「そ、そんなの慣れるわけ……!?」

 

 ただでさえ、ノイケとハリベルは大人の色気が凄まじい。

 プロポーションも柾木家内でも上位の2人だ。

 しかも、普段は魎呼や美星とは違い、普段は風呂に引っ張り込んだり、紛れ込んだりしてこない。

 

 なので、まだこのダブルパンチは天地の理性には厳しかった。

 

 意地で身体の前側を洗われるのを死守した天地。

 しかし、洗い終えるとあっという間に湯船に連れて行かれる。

 

 なんとか腰にタオルを巻いた天地は、顔を真っ赤にしてノイケとハリベルに挟まれていた。

 

 ハリベルは天地に頼み込まれて浴衣を身に纏っていたが、天地は少し後悔していた。

 

(ぎゃ、逆に色気が増した気がする……。ていうか、ハリベルさんって水に濡れてると雰囲気が変わり過ぎるんだよなぁ……)

 

 基本的に女性は濡れると色気が出るが、ハリベルは普段抑え気味なせいか驚くほど存在感と色気が出る。

 

「……ふっ」

 

 天地の様子を横目で見ていたハリベルが、その初々しい反応に思わず笑みを浮かべる。

 

「な、なんですか……?」

 

「あれだけの女の中で、男一人暮らしているというのにな。そこらの男なら、とっくに手を出しているだろうな」

 

「そ、そんなの無理ですよ!? 皆、俺より強いですし、そもそもそんな失礼なこと……!」

 

「失礼、か。男なら、女を侍らせるのが夢だと思うが?」

 

「実際に女性ばっかりになると無理ですよぉ。お姫様とかいますし……」

 

「うふふ。天地様から言い寄るには、魎呼さんや阿重霞さんが喧嘩しそうですからね」

 

「ノイケは柾木天地の許嫁なのだろう?」

 

「それはあくまで建前でしたから。それより、ハリベルさん」

 

「なんだ?」

 

「その……そろそろ天地様を名前だけで呼ばれてはいかがですか? 西南さんもそうですけど、毎回フルネームで呼ぶのは大変でしょうし、妙に距離を感じてしまいますので」

 

 ノイケの言葉に、ハリベルは天地に目を向ける。

 視線が合った天地は頬を赤くしながらも頷く。

 

「一緒に住んでますし……。やっぱり妙に他人行儀なままの感じなのは……」

 

「……分かった。では……私の事も名前で呼べばいい」

 

「えっと……ティアさん、でしたっけ?」

 

「……ああ」

 

 ハリベルはいつも通りの雰囲気で頷くも、内心では少し戸惑っていた。

 

 名前で呼べばいいなど初めて言ったからだ。

 しかも、自然と口にしていたので尚更だ。

 

(……私も馴染んできた、というわけか……。だが……嫌ではない)

 

 ハリベルは胸の中に湧き上がる想いに目を瞑って笑みを浮かべる。

 

 それを見た天地も頬を赤くして、妙に恥ずかしくなってきた。

 

 ノイケはその2人の様子をどこかホッとしたように見つめていたのだが、

 

「こぉら!! ハリベル、ノイケぇ!! なぁに、自分達だけ天地と風呂に入ってやがんだ!!」

 

「みゃあ!!」

 

「抜け駆けは許しませんわよ!!」

 

「う、うわぁ!? み、皆!!」

 

 砂沙美から3人で風呂に入っていると聞いた魎呼達が、慌ただしく風呂へと飛び込んできた。

 

 凄まじい形相で詰め寄ってくる魎呼と阿重霞に、ハリベルはめんどくさげに、ノイケはやや慌てながら言い訳をする。

 

 そして、天地の奪い合い(魎呼と阿重霞の間で)が勃発し、天地がどう逃げようか考えていると、美星が宇宙船で大浴場に墜落してきて、天地達は裸で外に放り出され、ハリベルが天地を抱き抱えて守り、その生々しい身体の感触で天地がのぼせて気絶するという騒動があったが、柾木家としては至っていつも通りの日常が過ぎていくのであった。

 

 もちろん、ハリベルの『天地』呼び、天地の『ティア』呼びでも一騒動起きるのだが、それもまた柾木家の日常として、賑やかに過ぎ去っていくのであった。

 

 



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悪運?女難?

 翌日。

 

 ハリベルは何故か義体姿でアカデミーへとやって来ていた。

 

「……西南の護衛は瀬戸の女官やGP護衛部が動いているのではなかったのか?」

 

「そうなんだけどね。あなたにも一応GPアカデミーでの西南君達の動きを見てもらおうと思って」

 

「……なんの必要がある?」

 

「まぁ、天地ちゃんが随分と不安そうだからって鷲羽様から聞いてね。鷲羽様や私が言うよりは、あなたが直接見たことを伝えた方が良さそうだって」

 

「……」

 

 あっけらかんと言うアイリに、ハリベルは眉間に皺を寄せる。

 だからと言って、わざわざ呼び出すのは手間過ぎるだろう。

 

「……今日だけにしてくれ。海賊業もそろそろ動かねばならん。それに、もう天地は西南を地球に帰さなければとまでは考えていない」

 

「あら、そうなの? なら、良かったわ。霧恋ちゃんはまだ迷ってるみたいだから」

 

 アイリは苦笑して、美守は微笑しそうに笑みを浮かべる。

 

 もちろん全員が霧恋の心配も理解してはいるが、西南本人がやる気を出しているのに水を差すのはやり過ぎだろうとも思っている。

 そして、ここにいる全員が霧恋の本心に気づいてもいる。

 だが、それは自分で気づかせて決めさせないと意味はないので、見守るしかないのだ。

 

「とりあえず、授業中だけでいいわ。流石に今の西南君は夜に脱走する余裕なんてないし」

 

「余裕がない?」

 

「システム障害で生体強化も出来ないし、座学も出来ないのよ。だから、基礎体力訓練をさせているのだけど……」

 

「その担当が天南静竜殿なんですよ」

 

「……天南家の御曹司か……」

 

「あの子は天地ちゃんの因縁のせいで地球人が嫌いなのよ。雨音ちゃんとの関係もあって、西南君を目の敵にしててね。生体強化してないと辛い課題を課して、自分からやめるって言わせようとしてるのよ」

 

「……西南はその程度で逃げ出す性格ではなさそうだが?」

 

「ええ、倒れるまで頑張ってたわ。それがまた気に入らないんでしょうねぇ。多分、今日もしごかれると思うわ。ま、西南君を鍛えるには丁度いいから、止めることはしないけども」

 

「……確かに今後を考えれば、今から宇宙にいることの理不尽を経験させるべきか……」

 

「そういうことね」

 

 アイリ達も西南は間違いなく囮部門に配属されると考えている。

 しかも、今までのことから、西南が配属される部隊はかなり厳しい業務を強いられる可能性が高い。

 なので、少しでも体力的なきつさには慣れておくべきではあるのだ。

 

 ついでに上下関係的な理不尽さにも。

 宇宙にいる者全員が好意的とは限らないのだから。

 

「だから、イラっとしても手を出さないでね」

 

「分かっている」

 

 ハリベルは小さくため息を吐いて頷き、空間迷彩を起動させてアカデミー校舎へと移動した。 

 

 GPアカデミー校舎は基本的に建物は数千年~数万年前のものだが、西南達が使う校舎は輸送コンテナ艦のコンテナを再利用をしているものだった。

 今はグラウンドでアイリの説明通り基礎体力訓練が行われていた。

 

「なにをしている!! その程度では立派なGP隊員になれないぞ!!」

 

 ピンク頭の見た目美男がグラウンドで西南に向けて怒鳴っていた。

 西南は大量の汗を流しながら腕立て伏せをしており、トラックでは他の生徒達が猛スピードでランニングしていた。

 

 その様子を校舎の上に立って見下ろしていたハリベルは、呆れを浮かべる。

 

(1人だけ生体強化を受けれていないのか。それで西南だけ理不尽な状態が成り立ってしまっているとは……。これも悪運故か)

 

 従来新入生の内、数名が生体強化を受けずに入学してくるのだが、今年は西南だけだったのだ。

 近年では一般人も生体強化を受けることが当たり前になってきているのもあり、初回は一般的な生体強化、二回目からGP仕様の生体強化を受けるのが普通になってきている。

 

(……教官ならば、もう少し己の感情を抑えるべきだと思うが……天南家の人間に期待するだけ無駄か……)

 

 天南家は『全てを喜劇にする血筋』とも言われている。

 本人達は至って大真面目なのだが、周りからどう見ても喜劇にしか見えないのだ。

 しかも、天南家は九羅密家ほどではないが幸運寄りの確率の偏りを持つ家系のため、天南家の勢いに巻き込まれることが多い。

 

 ハリベルは西南達から意識を外し、その周囲を見渡す。

 すると、グラウンド横の林で、霧恋と女生徒が向かい合っていた。

 

 妙に物々しい雰囲気を感じたハリベルは、複合迷彩を稼働したまま一瞬ですぐ近くの木陰に移動する。

 

 そして、女生徒の顔を見て、小さく眉間に皺を寄せる。

 その女生徒の雰囲気がどこか霧恋や月湖に似ていたのだ。

 

(……霧恋……いや、月湖に似ている?)

 

「西南君にどういう興味を持っているのか、詮索する気はないんだけれど……中途半端な気持ちで近づくのは危険だわ。あの子の不運というのは普通じゃないのよ」

 

 霧恋は教師然とした表情と口調で、忠告と言う雰囲気で言い放つ。

 

 しかし、どう聞いても『西南ちゃんに近づかないで、泥棒ネコ!』的にしか聞こえない。

 

 だが、言われた女子生徒、美希・シュタインベックは涼しい顔で、

 

「そうですか。ご忠告ありがとうございます」

 

 と、ぺこりと頭を下げて、あっさりと引き下がって歩き去っていく。

 それが『だから何?』と挑発的な返答に聞こえたハリベル。

 

(……勝気……いや、月湖や霧恋を若くすれば……)

 

 霧恋は樹雷にて加速空間で10年近い訓練を受けているので、実年齢よりも精神が成熟している。

 しかし、霧恋が西南と同年代で年相応の反応を見せれば、同じ言動をするのではないかとハリベルは思った。

 

 すると、ハリベル同様、木陰で盗み聞きしていた雨音が顔を出す。

 もちろんハリベルは気づいていたし、美希も気づいていた。

 

 ハリベルは雨音の直感を回避するために、再び校舎上に戻る。

 

(しかし、あの者が西南に近づく理由が思いつかん。本心はともあれ、霧恋の忠告は正しい。ウィドゥーを捕まえた時の大量捕縛はともかく、それ以外の西南の情報はほとんどニュースや噂で流れている。それを近づく者が知らないはずはない……)

 

 ハリベルはモニターを起動して、美希の事を調べる。

 

(……? 父親は博司・マナダ? 母親は不明、か……)

 

 わざわざ苗字を別にしていることに違和感を感じるハリベル。

 経歴を調べても、生まれてからずっと博司1人に育てられている。なのに、母親姓を名乗り続けている。

 もちろん、家庭事情は人それぞれなので、何か事情はあるのだろうが、霧恋達に雰囲気が似ているのが妙に気になった。

 

 そして、シュタインベックで検索をしてみた所、意外なところで霧恋達との繋がりを見つけた。

 

(……健・ラライバ・シュタインベック……。月湖の死別した夫、霧恋の実父……。偶然か……?)

 

 健が死んだ事件は未だに未解決である。

 

 健が死んだのは研究旅行中のことで、突如行方不明となり、見つかった時は船が10メートルほどの圧縮状態だった。

 宇宙船、それも10人以上が乗る物で10メートル規模のものなどまずありえない。

 

 地球で言えばジャンボ機が圧縮されたに等しいのだ。

 

 調査が行われたが、結果わかったのは強力な時空震が起きたということだけ。

 そして、それほどの規模となると皇家の船くらいだったのだが、皇家の船は基本的に常に航路を報告の義務があり、監視されている。

 なので、アリバイが成立したのだ。

 

 それでも隠蔽されたならば、それはもはや樹雷規模の国、または組織力があるということだ。

 なので、未だに攻撃されたのか、巻き込まれただけなのかの判断をすることが出来ておらず、被害者の中にはアカデミー生や教授がいたが一般人ランクの身分の者達のみだったため、調査は打ち切りとなったのだ。

 

 遙照が樹雷に帰還していれば、樹雷皇眷属正木家の配偶者として、もう少し詳しく調査されたかもしれないが、樹雷や世二我も調査継続を望まなかった。

 月湖も霧恋がすでにいた。なので、月湖は霧恋を最優先して、地球に戻ることにしたのだ。

 

 そして、その頃には美希もすでに生まれていた。

 美希が後から生まれている事を考えれば、健の隠し子ではないだろうし、わざわざシュタインベックを名乗らせる必要はない。

 

(……無関係ではないが、直接的に関係はない、ということか……。だが、そんな者が西南に興味を抱いている。偶然、で済ますには……情報が足りないか)

 

 情報が出揃うまではと判断し、意識を再びグラウンドに戻す。

 相変わらず西南はヘロヘロで筋トレを続けさせられている。

 

 ハリベルは効率を度外視した負荷のかけ方に眉を顰める。

 流石に訓練を称する以上、最低限の効率性を維持させるべきだと考えていた。

 

 厳しさに耐えられなくて辞める者が出るのは軍や警察に入る以上、出ても仕方がないと思うが、それは最低限必要な訓練にも耐えられないのであればだ。そして、その訓練はどんな思いであろうと、正当性を維持させるべきである。

 

 理不尽な負荷をかけることは、決して選別でもなければ愛情でもない。

 

 そう考えながら、周囲に潜んでいる護衛達に意識を向ける。

 

 その中でも特にうまく気配を隠している者達がいた。

 珀蓮達である。

 

(……簾座の姫が工作員活動か……。身分を隠している以上、仕方がない事とは言え……。だが、4人揃って西南に付けたのは狙いがあるのだろう。簾座に行く可能性をすでに考えている、ということか)

 

 珀蓮、火煉、翠簾、玉蓮は簾座連合を構成する5つの大国中4つの国の王女である。

 本来ならば工作員などする必要はないのだが、状況が状況なので仕方がない。

 ハリベルは珀蓮達が生まれる前から銀河連盟領域に来ているので、珀蓮達は顔も名前も知らないはずだ。

 

 ハリベルが知った理由は、4人が銀河連盟に来た方法によるものだ。

 【レセプシー】という銀河連盟と簾座連合などを行き来する治外法権を認められている遊行興業惑星規模艦がある。

 

 レセプシーは銀河連盟や簾座連合などが設立される前から存在しており、ありとあらゆる芸、そしてありとあらゆる情報が蓄積されていると言われている。

 

 レセプシー内ではレセプシーの法律で動いており、海賊や犯罪者が逃げ込んでも、レセプシー内にいる限り手出し無用というのがルールになっている。

 そのために各国や組織から治安要員が派遣されている。

 何よりレセプシーに所属する者達は、完全中立を信念としており、お客様であれば誰であろうと受け入れ、迷惑客となれば誰であろうと追い出す。

 

 各銀河の情報があるため、下手にレセプシーを攻撃すれば、全ての銀河を敵に回しかねないので樹雷や世二我と言えどレセプシーを攻め入ることは禁じられている。

 もちろん海賊ギルドも同様である。

 

 珀蓮達は簾座連合を訪れたレセプシーに乗り込んで、銀河連盟にやってきた『密航者』とも言える存在なのである。

 ハリベルはレセプシーの踊り子の頂点である〝舞貴妃〟と顔見知りで、彼女から連絡を貰ったのだ。

 

 ちなみにダ・ルマーギルドのコマチは、舞貴妃の長女である。

 正しくは〝子舞一・京〟と書き、レセプシーを家出しているのだ。

 

 コマチはまだバレていないと思っているのだが、舞貴妃達はしっかりと把握しており、時折ハリベルに様子を聞いてきたりする。

 もちろんコマチには内緒である。

 

(海賊を引き付けるあの才能は確かに簾座でも稀少だ。だが、今の簾座では西南を守るだけの力はない。……悪運に慣れさせる、ということか)

 

 ハリベルは瀬戸の思惑を推測する。

 西南が銀河連盟内の海賊にどこまでその才能を発揮するか。

 それによって西南と珀蓮達の運命は決まるだろう。

 

 そう考えている内に、訓練が終わって西南はぐったりとしているところをラジャウとケネスに抱えられて列に戻る。

 いつの間にか地面に倒れていた静竜は放置されて、生徒達は解散し始める。

 

 霧恋と雨音も昼食に移動を始め、ハリベルも一時校舎を離れようと思ったのだが、グラウンドに医療車が入って来たのを見て動きを止める。

 

 更に美希もグラウンドに入ってきて、救護車に近づいていく。

 

「……霧恋に言われた直後に早速とはな……」

 

 美希の姿に生徒達は動きを止めるどころか、むしろ戻ってきた。

 美希は慣れているのか、周囲の視線など気にも留めずに救護車を操作してメディカルカプセルを出す。

 

 そして、そこに西南を寝かせて、蓋を絞めて車内へと収納される。

 

 そこまでは問題なかったのだが、

 

「……ん?」

 

 西南の気配が突如地下へと移動した。

 

 グラウンド真下に医療施設があるなどと言う情報はなかった。

 以前のように人間狩りの仕業かと考えるが、その場合一番怪しいのは美希だ。

 

 美希は何事もないかのように生徒を追い払うと、救護車を走らせる。

 グラウンドを出るまでは美希も救護車を追う様に歩いていたが、途中で方向を変えて校舎裏へと向かう。

 

 ハリベルは美希の背後をゆったりと飛行し、後を尾ける。

 尾行した先は真っ暗な部屋で、ザ・秘密基地という感じの場所だった。

 

 ハリベルは気配からグラウンドの真下であると理解し、美希が西南を攫ったのが確定した。

 西南は椅子に拘束されており、眠らされていた。

 そして、細身でボサボサ髪の眼鏡をかけた男が機器を操作していた。

 

(状況を考えれば、この男が父親か……)

 

「お父さん。本当に大丈夫なの?」

 

「ああ、これで上手く行くはずだ。彼の力が解明できれば、間違いなく哲学科に入れる!」

 

 博司は興奮気味に語りながら、機器を準備していく。

 美希は不安そうに博司と西南を交互に見つめる。

 

(父親のために仕方なく、か。護衛の者達を欺いたのは見事だが……。一昨日の話は知らないようだな)

 

 そんな簡単に解明できれば、アカデミーはシステムダウンなど起こしていないだろう。

 アイリ達も苦しんではいない。

 

(哲学科に入れる……。ということは、哲学士希望止まりの研究者か……。ならば、一昨日の事件の真相を知る技術もないか)

 

 西南に危害を加える様子はないので、どう動くべきか悩む。

 調べられれば、それはそれでアイリ達に価値がある情報だ。

 

 失敗すれば、それはそれで助け出せばいいだけだ。

 なので、もう少し様子を見ることにした。

 

「早くしてよね? 彼、入学式で理事長といたし、正木霧恋先生にも安易に近づくなって言われたばかりなのよ」

 

「そうか……。彼は地球出身だったね……」

 

 美希は腕を組んで、顔を顰めながら言う。

 

 その時、西南の身体がピクリと跳ねて、ゆっくりと目を開く。

 それに気づいた美希は口を閉じて、西南の背後に回る。

 

 西南は目を覚まして訝し気に周囲を見渡すと、すぐに状況を把握したようだった。

 

「ふむ……覚醒から状況の把握が早いな。発汗、脈拍、心音等々正常か。もう少し動揺が見られると思ったんだが……結構冷静なんだね」

 

「はあ……まぁ、何日か前にも似た様な目にも遭いましたし」

 

(違和感を感じた瞬間に本能的に意識が切り替わり、危険に対処出来るように思考能力を落とさないように冷静さを保つ。それが完全に反射として染みついている。それだけ常に危険と隣り合わせだった証か……)

 

 今も呑気そうに見えて、微妙に身体に力を入れて抜け出せないか確認している。

 そして、目では博司を観察し、これまでの経緯を思い出して、

 

「……もしかして、美希先輩の関係者ですか?」

 

 その西南の言葉に、美希が後ろから謝罪を述べて前に出る。

 

 その後も会話を続け、遂に検査装置を起動させようとする博司を見て、西南は嫌な予感がして美希に助けを求めるが、美希は両手を合わせて謝るだけだった。

 博司がスイッチを押すと、派手なスパークがそこかしこで迸り、機械が動き始める。

 

 すると、西南と美希は互いに不思議そうに顔を見合わせる。

 

 ハリベルはその反応に違和感を感じたが、直後機械の1つが爆発した。

 

「な、なんだ、どうしたっ! うわっ!?」

 

 機械が次々と誘爆し始める。

 それを見た瞬間、ハリベルは西南の拘束を引き千切る。

 

「「えっ!?」」

 

 西南と、西南を助けようとした美希が、突如現れたハリベルに目を見開いて驚く。

 

 ハリベルはそれを無視して、西南を左肩に担ぎ、右手に光剣を生み出す。

 

 そして、勢いよく真上に振り上げると、光剣は巨大なエネルギー弾となって天井を吹き飛ばして穴を空ける。

 それと同時にハリベルは西南を抱えたまま、右手で美希と博司の首根っこを掴んで、空けた穴から猛スピードで飛び出した。

 

「うわぁ!?」

 

「きゃあ!?」

 

「うおお!?」

 

 直後、全ての機械が爆発して、ハリベル達を追いかけるように爆風とエネルギーが噴き出してきたのだった。

 

 

 そのちょっと前、グラウンドでは授業が始まっていた。

 

 グラウンド中央では静竜が苛立たし気に、生徒達に八つ当たり気味に指示を出していた。

 

 もちろん理由は行方不明になった西南捜索に、霧恋と雨音が動いているからである。

 静竜はこの隙に引導を渡してやると考えていたが、授業を放り出すことは出来ず、更には授業の前に生体強化システム復旧をわざと遅らせていた不正行為が美守にバレていた。

 ここで授業を放り出せば、流石に謹慎程度では済まないと理解しており、渋々授業を始めたのだった。

 

 ちょうどその頃、ようやく霧恋や雨音、珀蓮達は西南がグラウンド地下にいる可能性に気づき、拠点からグラウンドにやってきていた。

 

 その時、グラウンドに地響きが起こる。

 

「貴様ら! キビキビ走ら――ん? なんだ?」

 

 静竜が異常に気付いて、下を見た瞬間、

 

ドオォン!!

 

「グォワァ!!」

 

 静竜の真下から、黒いエネルギー弾が地面を砕いて飛び出してきて、ブロック状の岩などと共に天高く吹き飛ばされる。

 

 それに生徒達や霧恋達は思わず拍手をして見送っていたが、直後穴から何かが飛び出してきて、更に大爆発が起こってグラウンドを吹き飛ばした。

 

 咄嗟に爆風を腕で顔を庇う霧恋や雨音達は、大爆発の直前に飛び出してきた影に目を向ける。

 

「っ!! あいつは!? それに西南ちゃん!?」

 

「それに美希・シュタインベック!?」

 

 霧恋達はしっかりとハリベルに抱えられた西南と美希達の姿を捉えていた。

 

 ハリベル達はグラウンド横の林に下りていき、霧恋達はすぐさま追いかけるのだった。

 

 

 

「わっ!?」

 

「きゃ!?」

 

 ハリベルは地面に下りる直前で、博司と美希を地面に放り投げる。

 

 そして、西南を丁寧に地面へと下ろして立たせる。

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「体は?」

 

「え? あ、はい。だ、大丈夫です……」

 

 西南は慌てて全身を確認して、問題がない事に頷く。

 

 それに頷いたハリベルは、霧恋達がやってくる気配を感じて、美希に目を向ける。

 

「……これ以上はやめておけ」

 

「……分かってるわよ」

 

「ならばいい」

 

「あの……あなたは……?」

 

 西南の問いを無視して、ハリベルは迷彩を発動して姿を消して飛び上がる。

 

「あっ! ちょっ……!」

 

「西南ちゃん!!」

 

「え? あ! 霧恋さん、雨音さん!」

 

「大丈夫!? 怪我はない!? 何もされてない!? あいつは!?」

 

「ちょっと落ち着けよ、霧恋」

 

 西南の身体を子犬のようにベタベタ触って、全身を確認しながら畳みかける霧恋。

 それを雨音は呆れながら肩を掴んで宥める。

 

 そして、隣で立ち上がって姿勢を正す美希と、呆然と煙が立ち上がるグラウンドを見て座り込んでいる博司に目を向ける。

 

「事情は訊かせてもらえるわね?」

 

「もちろんです。私と父がご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げる美希。

 しかし、その顔はどこか清々しく見えた雨音は、何となく美希がこんなことをした理由を理解した。

 

 だが、

 

「あのエネルギー弾を撃ったのは、あなた達を助けた奴よね? そいつはどこに行ったの? 何者?」

 

「……分かりません。父の機材が爆発を始めた時、山田西南君を逃がそうとしたら、いきなり現れて……。天井を吹き飛ばした後に私達を引っ張り出し、ここに放置してすぐに姿を消しました。ただ……」

 

「ただ?」

 

「山田西南君を心配しているようでした。なので、護衛ではないかと……」

 

「ふぅん……」

 

 雨音は霧恋に顔を向ける。

 しかし、霧恋は真剣な表情のまま首を横に振る。

 

 そこに霧恋と雨音のブレスレット端末からコール音が鳴り響き、モニターが表示される。

 モニターには真剣な表情の美守が映っていた。

 

『山田西南君、美希・シュタインベックさんは校長室に。美希さんの御父上は事情聴取もあるので一時校舎にて拘束させてもらいます。雨音カウナック先生は被害現場の確認の指揮を。正木霧恋先生は2人を校長室に案内した後、システムに影響がないかをチェックしてください』

 

 一方的に指示をして、通信を切る。

 それと同時にGP護衛部が駆けつけてきて、博司の両脇を担ぎ上げる。

 

 美希は連れて行かれる博司を心配そうに見送るも、止めはしなかった。

 その美希を心配そうに見つめていたが、その雰囲気がなんか嫌だった霧恋は咳払いをして2人を校長室に連れて行くのだった。

 

 その後、事件は演習と処理することとなり、美希は1か月の謹慎。博司は刑事事件とせずに、グラウンドの修理とGPアカデミーの業務の手伝いをすることで収めた。

 大事にしなかったのは、西南の悪運に巻き込まれて工房と研究資料を失ったことが十分な罰となっていると考えたからである。

 

 他には美希から「むしろこうなって欲しかった」という話もあり、美守は自分のお膝元の地下に知らない間に工房を造っていたことへの僅かな称賛と失態を隠すためである。

 

 西南は巻き込まれたので、もちろんお咎めなし。

 呼ばれたのは単純に事情を聴くことと、生体強化を明日実施することを伝えるためである。

 

 西南と美希を帰すと、次に霧恋、雨音、珀蓮達が呼び出される。

 

 そこで西南の生体強化をすることと、今回の事件の沙汰を伝えるためだ。

 

 美守の前には、ピシッと姿勢を正しながらも項垂れている霧恋達がいた。

 

「今回の事件は大事に至ることなく済んだとはいえ、明らかなる失態です。しかし今回に限り、私の判断により、アイリ様、瀬戸様には報告致しません」

 

 それは美希と博司のための処置なのだが、それでも霧恋達は安堵のため息を吐く。

 

「演習と処理する以上、事後処理は私達だけで行います。少々システムに影響が見られますが、明日からのカリキュラム復帰は決定事項です。なので、今日中に修復と記録の書き換えをお願いします」

 

「は、はい……。あの……美守様」

 

「なんですか?」

 

「西南君達を助けてくれた者のことなんですが……。一昨日の事件でも、見かけたので……」

 

 霧恋は美守の指示に小さく頷いて、おずおずとハリベルのことについて尋ねる。

 それに美守は小さく頷いて、

 

「彼女はアイリ様が私的に用意してくれた者ですが、今回来てくれたのは全くの偶然です。普段はいないので、気を抜いていいわけではありません。本来ならば、彼女の存在を教えるのはずっと先の予定で、それまではあなた達だけでも十分だと私達は考えていましたからね」

 

「う……」

 

 霧恋は思わず一歩後ずさって項垂れる。

 

 美守は苦笑するも、すぐに顔を引き締める。

 

「では、各々作業を始めてください」

 

 その言葉と同時に校長室の床が開き、多くの端末デスクが設置された指令室が姿を見せる。

 霧恋達はすぐに持ち場について作業を始め、3時間ほどで終了させた。

 

 

 

 美守はアイリの理事長室にやってきていた。

 

 2人が理事長室の端にあるソファに座るのと同時に、ハリベルが姿を現す。

 

「お疲れだったわね」

 

「ホント、助かりましたよ」

 

「礼はいらない。あの娘は危害を加える意図はないようだったからな。何もなければ、放置していた」

 

「まぁ、確かにそれはそれで稀少なデータよね」

 

「……あの親子、月湖や霧恋とどんな繋がりがある? 雰囲気も似ているし、あの苗字……。偶然ではあるまい?」

 

「ああ、それはね」

 

 アイリがハリベルの前にモニターを表示する。

 中身を素早く見たハリベルは、僅かに目を見開く。

 

「美希・シュタインベックが『ピノッキオ』……。しかも、パーソナルモデルが月湖だと?」

 

「そうなのよ。私達も知った時は驚いたわ」

 

 『ピノッキオ』とは地球の童話『ピノキオ』に因んだ名称で、身体を持ち、アストラルを宿した人工知能のことである。

 アストラルを持った人工知能は人権を認められる。

 それだけも稀有なことなのに、人間と同じように成長してきているピノッキオは更に稀少だ。

 

 美希の素性が明らかになれば、西南に負けないほどの有名人となり、博司はアカデミー大賞を授与されて哲学士の仲間入りをしていただろう。

 しかし、博司はそうせず、美希を本当の娘として育ててきた。

 しかも、その後はアストラルを持ったAI作成には手を出さず、別の分野で哲学士を目指していた。

 

 アイリや美守は博司を逮捕しなかったのは、美希の存在に技術者として敬意を払い、親子の絆を守ってあげたかったからだ。

 

 更に月湖の過去から、健と博司との関係も知り、博司が何故そうしたのかも察したというのもある。

 

「……なるほど。月湖達に似ているのはそういうことか……」

 

「霧恋さんは複雑かもしれませんがね」

 

「しかも、西南ちゃんに近づいてきてるしねぇ。しかも、美人で頼れる先輩っていう、男ならそそられるポジション。霧恋ちゃんからすれば、一番の警戒対象よね! あははは!」

 

 楽しそうに笑うアイリに、美守は苦笑し、ハリベルはため息を吐く。

 

「……西南の生体強化が行われるのであれば、意味はなさそうだが……」

 

「はい?」

 

 ハリベルに視線を向けられて、美守は首を傾げる。

 

「いびるにしても、訓練を称するならば最低限の効率性を維持させておけ。不必要な負荷をかけて辞めさせたところで、あれでは訴えられれば敗けるぞ。生体強化をしていない者に、生体強化前提の訓練を強要するなど、逆に体を壊して生体強化に影響が出かねん」

 

「ホホホ。大丈夫ですよ。静竜先生は、明日から美兎跳とGPアカデミーのトイレ清掃業務ですから。当分の間、教官業務からは外れて頂きます」

 

「……何かしていたのか?」

 

「生体強化システムの復旧をわざと遅らせていたのですよ。生体強化システムはカリキュラムシステム同様、専門の技師でなければ作業させられませんからね。そこを利用していたのですよ」

 

「セッコいわよねぇ」

 

「……己の感情を隠せも出来ないのに、随分と姑息なことを……」

 

「それだけ嫌いなんでしょうね。ま、もう何も出来ないけど」

 

「おかげで西南君の生体強化担当を変えられますからね」

 

 その言葉にハリベルはようやく2人が何を企んでいるのかを理解した。

 

「……霧恋をあてがう気か? まだ西南が宇宙にいるのを認めてはいないのだろう?」

 

「恐らく明日の朝、話をする気なのでしょうね。それに霧恋ちゃんが駄目なら、雨音ちゃんがいるしぃ♪」

 

「そうなれば、霧恋さんも我慢出来ないでしょうねぇ。ホホホ」

 

「そうそう。エルマも参加させる予定よん♪ 日常での確率変動を調べてもらうって名目でね」

 

「……逃がす気はない、ということか」

 

 確かに西南の公私を支えられる最適な人材は霧恋だろう。

 瀬戸の情報部仕込みのオペレート能力、生体強化レベル8という戦闘力、そして家事万能。

 なにより西南のことになると、瀬戸並みのパラメーターとなることが最近分かった。

 

 そして、相思相愛である。

 今は少しすれ違っているが。

 

「月湖ちゃん達から話を聞く限り、実は霧恋ちゃんの方が重症なのよね。依存度で言うと」

 

「西南君はルームメイトや同級生に恵まれたようですからね。しかも、月湖さんが控えていることで西南君へのフォローが可能、というのも無理にでも事を進める理由になってしまっていますね」

 

「……重要なのは西南。ならば、霧恋は最良ではあっても、必須ではない、か」

 

「そういうことね」

 

「出来れば、丸く収まってほしいですけどね」

 

 生体強化は解除することも出来るが、本人からすれば強化したのにわざわざ弱い体に戻る意味はない。

 なので、西南の才能を考えれば、生体強化をすれば二度と後戻りは出来ない。

 

 ハリベルは小さくため息を吐く。

 

(悪運……というよりは、女難になりつつあるな。天地が宇宙に上がらなかったのは、正解かもしれん)

 

 そう思いながら、ハリベルは西南の行く末に心底同情するのだった。

 

 

 



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目指すは幸せ

 霧恋は博司の事件の後始末を終えて、帰宅し風呂に入っていた。

 

 本来ならば、あの後に西南と話をする予定だったのだが、霧恋の心の中に迷いが生まれてしまい、止めることにしたのだ。

 

 理由は静竜のしごきにもへこたれず、悪運を目の当たりにしても離れないどころか、笑って話しかけてくれる友人達と楽しそうに話している姿を見てしまったことだ。

 

 地球では見れなかった光景を目の当たりにしたことで、ただ危険ではないということも思い知らされた。

 

「けど……だからこそ、これ以上命の危険に晒せない……」

 

 霧恋はお湯で顔を洗って、泣きそうになるのを防ぐ。

 その後も自問自答を繰り返し、最後は西南が学校行事を休む時の諦めたからこそ出る明るい笑顔を思い出してしまい、涙が浮かび始めていた。

 

 その時、通信のコール音が鳴り響く。

 霧恋は一度お湯に潜って、泣き顔を誤魔化すために洗い流す。

 

 そして、深呼吸をしてから通話ボタンを押す。 

 

「はい、どなた?」

 

『私よ、霧恋。元気してる?』

 

 月湖の声に霧恋は脱力して、モニターをオンにする。

 

「なんだ、お母さんか……。何の用?」

 

『あら、随分とご機嫌ナナメの様ね』

 

 不機嫌そうな霧恋に、どこかおめかしした服装の月湖は内心苦笑する。

 そして霧恋も月湖の服装に気づいて、眉を顰める。

 

「どこか行ってたの?」

 

『瀬戸様のところよ。西南ちゃんの入学式の映像を見せて頂いたの』

 

「なるほど。それで西南ちゃんのことで?」

 

『クスッ、相変わらずのようね』

 

「笑い事じゃないわ! 本当に危ない処だったのよ! 今日だって……」

 

 霧恋は今日のトラブルのことを口に仕掛けて、慌てて言葉を呑み込む。

 しかし、

 

『拉致監禁されたんでしょ?』

 

「知ってるの!?」

 

『水穂様からね』

 

「水穂様って……。(そうか……。美守様はアイリ様と瀬戸様に報告しないと仰っただけで、隠すとも他の方に報告しないとも仰っていない……)」

 

 霧恋はため息を吐いて、項垂れる。

 

 ならば瀬戸も知っているだろうし、美守からでないだけでアイリにも報告が行ってるはずだ。

 月湖は顎に指を当てながら、

 

『博司君も困った人よねぇ』

 

「…………博司、君?」

 

『ええ、昔の知り合いよ』

 

 あっけらかんと答える月湖に、霧恋は一瞬呆然とする。

 

『でも、娘さんがいたなんてねぇ……。娘さんの歳からすれば、私が地球に帰る直前のはずなんだけど……。結婚したことすら知らなかったけど……』

 

「お母さんの昔の知り合いの家族構成なんてどうでもいいわよ!! 問題はそういうトラブルに巻き込まれたってことよ!」

 

『ちょっとした悪戯でしょ? アカデミーじゃよくあることよ』

 

「あくまでも今回は、よ! いつもそうだとは限らないわ!」

 

『だからこそ、破格の護衛が付いているんでしょ? 瀬戸様の部下やアイリ様や美守様もいらっしゃるし。それに鷲羽様も何か考えているようだって、天――』

 

「どうして!!」

 

 霧恋は悲痛な表情で叫んだ。

 

「どうして皆、西南ちゃんを危険な目に遭わせようとするの? 西南ちゃんの才能は命を削っているのと同じなのに……」

 

『霧恋……』

 

「あの事件があって、海賊や違法採集者が地球へ来る率が高いって知って……西南ちゃんを本当に守るなら、もっと広い視点からって……。大体今回のことで、地球へ飛来する海賊達が増えたのは、西南ちゃんが原因だって証明されたようなものでしょ!?」

 

『私は別に西南ちゃんを宇宙にいさせろって言うつもりはないわよ?』

 

「え?」

 

 悲痛に叫ぶ霧恋とは対照的に、あっさりと言う月湖。

 

 それに霧恋はその悲痛な表情をあっさりと崩壊させる。

 

『ああ、そうだ。霧恋、後でハリベルさんにお礼を言っておきなさいよ』

 

「……なんでティア・ハリベルに?」

 

『今日、西南ちゃんを助けたのがハリベルさんだからよ』

 

「ええ!?」

 

『水穂様が教えてくださったのよ。霧恋だけになら、話していいってね』

 

「……」

 

『そうそう。今日、瀬戸様の所に行く前に天地君に会ったんだけどね』

 

「……天地ちゃんに?」

 

『あの子も西南ちゃんのことで、霧恋と同じように地球に帰した方が安全なんじゃないかって思ってたって』

 

「そりゃそうよ。天地ちゃんだって…………思ってた?」

 

 霧恋は月湖の言葉の違和感を聞き逃さなかった。

 

『ハリベルさんに言われたそうよ。……何かを奪うならば、何かを与えるべきだ。宇宙にいたいと望んだ西南ちゃんから、それを取り上げる。その罪を、背負い続けられるのかって』

 

「……罪……」

 

『西南ちゃんから宇宙の記憶を消したとしましょう。ねぇ、霧恋。あなたは、もし宇宙を忘れた西南ちゃんに『宇宙に行ってみたい』って言われたら……耐えられるの?』

 

「そ……れは……」

 

『天地君もハリベルさんにそう言われて堪えたそうよ』 

 

 実際はもう少しキツイことも言われているのだが、月湖は流石に言わなかった。

 

『だから、天地君はもう少し見守ることにしたのよ。ハリベルさんや鷲羽様も動いてくれてるみたいだから』

 

「……」

 

『それに、私としては未来の旦那様が帰って来てくれるのは大歓迎だしね♡』

 

「………………は?」

 

 それまでの重苦しい雰囲気を一瞬で掻き消した月湖の言葉に、霧恋もそれまでグルグルと考えていたことも一瞬で霧散して唖然とする。

 

『聞こえなかった? 私の未来の旦那様♡』

 

「聞こえてたわよ! けど……意味が分からない」

 

 霧恋は頭が混乱しており、のぼせたように頭が働かない。

 

『あら、だって西南ちゃんが地球に戻ってきたら、高校や大学なんて難しいでしょ? 今日子さんから聞いたけど、色んな高校から敬遠されてるんですってね』

 

 今日子とは西南の母親だ。

 霧恋もこの前地球に帰った時に、同じく今日子からその話は聞いていた。

 

「で、でも高校だったら、前に天地ちゃんが通ってたところが……」

 

『あそこ。魎呼さんが壊した校舎の再建がやっと終わったらしいわよ。行けたとしても、通学が大変よね。本人も通学路中の人も』

 

「うっ……!」

 

 確実にトラブルを引き起こしまくって、目的の駅やバス停に到着できるかどうかすら怪しい。

 そうなれば、数千人、数万人規模で影響が出かねない。

 

『大学なんてもっと無理よね? 近場で西南ちゃんの事を知らない大学なんてないし』

 

「つ、通信制の大学だってあるし……」

 

『まともに通信出来ればいいけどね。じゃあ、就職は? 学校は学費を払えば、まだお客様。けど、就職はむしろ貰う側。下手したら、損害賠償で裁判沙汰になりかねないわよ?』

 

「あう、あう……」

 

『実家の商店は継げないでしょうね。ただでさえ、西南ちゃんがいなくなってから大繁盛だもの』

 

「お、お金はあるもの! 生活には困らないわ!」

 

『報奨金のこと? 確かに生活には困らないでしょうけど。記憶を消すってことは、ご家族もでしょ? そうなったらそんな大金どうやって渡すの?』

 

「そ、それは……。でも、だからって西南ちゃんをこのまま宇宙にいさせるわけにはいかないわ!」

 

『だったら、正木の村で暮らすことになると思わない? 海も文句言わないでしょうし、天地君にも会いやすくなるし』

 

「あっ!」

 

 正木の村の者達ならば、むしろ喜んで西南を迎え入れるだろう。

 例の報酬金もあるし、実家の商売も上手く行く。

 最高の条件であることは間違いない。

 

『そうなれば、うちで暮らすことになるでしょうね。海はどうせ儀式が終われば、宇宙に上がるでしょうし。そうなれば、私と西南ちゃんの2人暮らしね。結婚する頃には、海だって私達の結婚に文句言わないでしょう』

 

「え……え……」

 

『フフッ。ねぇ、霧恋。西南ちゃんを可愛いと思っているのはあなただけじゃないのよ? 私だって同じ年月……いえ、あなたが宇宙に上がった後も、ずっと西南ちゃんを見てきたのよ』

 

 月湖は女の顔を覗かして、言い放つ。

 それに本気だと嫌でも霧恋も理解させられる。

 

「お、おおお、おか、お母さん……。ダイさん……海のお父さんは……」

 

『西南ちゃんって、時々ドキッとさせる大人びた表情をするようになっててねぇ……』

 

「無視しないで! 海のお父さんがいるでしょ!」

 

 霧恋と海は異父姉弟だ。

 ダイという男が父親なのだが、実は結婚していない。それどころか毛嫌いしており、息子に会いに来たという名目で時々家に来るのだが、いつも最後には家から追い出されている。

 

 ダンは陽気で軽薄な性格で、学習能力がない。

 霧恋はもちろん、天地、西南、果てには息子の海ですら、『なんで恋人関係になったん?』『その時、月湖は何かに憑りつかれていた』と言うほど、月湖とダイは相性が悪い。

 

 ちなみにダイは天南家の血筋である。

 

 月湖と会った頃、ダイはかなりプライベートでかなりのトラブルを抱えており、それは普通ならノイローゼや鬱、最悪自殺するレベルのものだった。

 それに追い詰められていたダイは、天南家特有の陽気さは一切鳴りを潜めていた。

 その結果、ダイは物静かで超真面目な美男になっており、それに月湖は絆されてしまったのだ。当時、月湖も健を亡くしたばかりだったので、お互いを慰め合う形になったのである。

 

 それが海が生まれて、少しした頃に解消されたため、ダイは静竜並みの性格に戻った。

 

 月湖を含め、周囲の人間全員がもはや詐欺にしか思えなかったほど最悪方面に回帰した。

 それでも励まされ、海の父親であるのも事実なので、月湖も何とか、出来る限り、最低限、受け入れようとしたのだが、無理だった。

 

 そして、月湖はその記憶と歴史を封印することに決めたのだ。

 

 海に会いに来るのだけは仕方なく認めるが、それ以外は決して受け入れなくなった。

 

 月湖そっくりと言われる霧恋ですら、弟の海の性格に頻繁にイラっとさせられているのだ。ダイはその数倍の性格だ。

 それが旦那的立場だったなど、霧恋は耐えられないと思うのだから、月湖も無理なのは当然である。

 

『うるさいわね。あいつとは結婚してたわけじゃないし、海の父親ってだけよ。海が宇宙に行ったら、もう家に来る理由はないでしょ』

 

 ジト目で冷たく言い放つ月湖に、霧恋はそれ以上ダイのことを口に出来なくなる。

 

「だ、だからって、西南ちゃんとお母さんが……?」

 

『あら。十年もすれば、お似合いのカップルになると思わない?』

 

「……それは」

 

 月湖とて生体強化を受けている。

 なので、百年後も今の美貌を保っていられるだろう。

 

 それは霧恋も認めるしかなかった。

 なので、視線を逸らし、少し拗ねたように答える。

 

「そうね……。西南ちゃんが地球に帰ったら……そうなってもおかしくはないわね」

 

『で、そうなったら当然、私の素性を話すわよね』

 

「……まさか!」

 

『そうなれば、私は西南ちゃんの好きなようにさせてあげるつもりよ♡』

 

「冗談じゃないわよ! お母さんはまた西南ちゃんを危険に晒すつもり!?」

 

『夫がしたいことを支えてあげて何が悪いの? それは大人になった西南ちゃんと私の問題よ。それに、私は瀬戸様やアイリ様、美守様、鷲羽様や天地君達を遠慮なく利用するつもりよ。西南ちゃんを守るためなら、なんだってするわ』

 

「でも!」

 

『健やかなる時も病める時も、一緒に生き、一緒に死ぬ。その覚悟はあるわ。私は私なりのやり方で西南ちゃんを守る。西南ちゃんも西南ちゃんのやり方で私を守ってくれるでしょうね。それのどこに、あなたの許可がいるの?』

 

「……」

 

 霧恋はもはや何も言えなくなってしまった。

 

 月湖の言う通り、結婚してしまえば霧恋はただの親戚でしかない。

 西南と月湖の2人が決めたことに口出すことは出来ようが、許可を取ってもらう必要はない。

 

 それでも納得が出来ない気持ちが溢れてくる理由は唯一つ。

 

 自分も月湖が言った未来を望み、考えていたからだ。

 しかし、宇宙に上がったことでその未来を心の奥底に沈めた。

 

 だが、西南は宇宙に上がってきた。

 再び共に生きていける未来の可能性が生まれてしまった。

 

 しかし、西南が宇宙にいることは命を危険に晒す事だ。

 

(それはあくまで私の自己満足でしかないわ。西南ちゃんの身の安全を保障できるものではないもの)

 

『そうね。霧恋がそれを考えなかったのは仕方がない事だわ』

 

「っ!? お母さん!?」

 

 霧恋は心を見透かされたことに跳び上がりそうになるほど驚く。

 

『まだ霧恋は若いんだから……。だから、あなたが悩む必要なんてないのよ。あなたはあなたの幸せを考えればいいの』

 

 霧恋が西南の未来に責任を持つ義務はない。

 何百年と続く先で、他の未来を見つけることは十分に可能だろう。

 

 西南に囚われ続ける必要はないのだ。

 

 しかし、霧恋はそう考えることが出来ない。

 

「何を言っているの? 私は自分の事じゃなくて、西南ちゃんの事を考えたからこそ、その事を!」

 

『そう……ね。とにかく、これからどうするかはまだ霧恋が決定権があるわ。バトンはまだ霧恋が持っているんだから、ね。ただ……』

 

「……ただ?」

 

『安全であることと幸せであることはイコールではない、そうよ』

 

 そう言って月湖は通信を切る。

 

 霧恋は茫然とモニターが消えた場所を見つめていた。

 

「そんなの……。そんなこと……」

 

 当たり前だ。

 そう言いたかったが、何故かそれを言葉に出来なかった。

 

(西南ちゃんから宇宙を奪うことは……罪……。でも、西南ちゃんは元々宇宙に上がれない生粋の地球人……。宇宙の記憶を消して、地球に帰すのは当然のことよ。それが罪だなんて……。それに……地球に帰しても、帰さなくても同じだなんて……)

 

 必死に頭の中で己の心を整理する。

 

 しかし、月湖から告げられたことが何度も頭を駆け巡る。

 否定する理由を考えても、再び突きつけてくる。 

 

「そうだわ! 西南ちゃんが自分で地球にいることが一番安全だって思えばいいのよ。その後、もしお母さんとそういう関係になっても、西南ちゃん自身が地球に居たいと思えば、無理強いなんてしないもの」

 

《安全であることと幸せであることはイコールではない》

 

 一瞬奇妙な解放感を得た霧恋だが、再び最後の言葉が響き渡る。

 

 俯いて悲痛に顔を歪める霧恋は、妙に世界に置いて行かれたような孤独感に襲われる。

 それによって、すっかりハリベルのことは頭から抜け落ちてしまうのだった。

 

 

 

 そして、翌日。

 

 地球の面々はいつも通り過ごしていたが、やはり天地は時折物思いに耽る様子が見られていた。

 

 畑仕事を手伝っていたハリベルは、恐らく西南の事だろうと推測しているが、流石に覗き見するわけにはいかないので結果を待つしかない。

 

(恐らく瀬戸は覗き見しているだろうがな)

 

 そして、朝食の時間となり、食べ終えて一息ついていたところに水穂から通信が届く。

 

 ハリベルは自室に戻って、通信に出る。

 

『突然ごめんなさいね』

 

「なにかあったのか?」

 

『西南君と霧恋ちゃんの問題でね。どうやら丸く収まったみたい』

 

「そうか……」

 

『天地ちゃんも心配してるだろうから、伝えてあげて』

 

「本人からすれば、複雑かもしれんがな」

 

『まぁね』

 

「西南の生体強化担当は、アイリが言っていたように霧恋達が?」

 

『そうみたいね。雨音ちゃんのペントハウスで皆で住むみたいよ。それも、珀蓮達をメイドとして送り込んでね』

 

 水穂が苦笑しながら言い、ハリベルは呆れを浮かべる。

 

 確かに護衛の面としては必要な対応かもしれないが、男は西南1人と言う状況は本当に健全と言えるのだろうかと疑問を抱く。

 

「……よく霧恋が許したな」

 

『雨音ちゃんとエルマはともかく、珀蓮達についてはまだ知らないのよ』

 

「……はぁ。倫理委員会などに知られたらマズイのではないか?」

 

『お母さんに言える人なんていないでしょうから』

 

「……それはそれで問題だと思うが……」

 

 もはや言うだけ無駄なのだろう。

 それ以上は何も言わずに通信を切り、居間で寛いでいた天地に声を掛ける。

 

「西南は宇宙に残ることになったそうだ」

 

「え?」

 

「霧恋も受け入れたようだ。複雑かもしれんがな」

 

「霧恋さんが……。よく認めたなぁ……」

 

「何を話したかまでは知らないがな。生体強化の担当を霧恋と雨音がするらしい。それもあったのかもしれんな」

 

「え? 生体強化の担当って、何かあるんですか?」

 

 生体強化を知らない天地は首を傾げる。

 

「……生体強化は筋力などを突如数倍に強化する。それ故に初めて強化した時は、加減が分からずに歩こうとするだけで飛び上がったり、物を握り潰してしまう。そのため、日常生活を共にして訓練する必要がある」

 

「なるほど……。え? ってことは……」

 

「西南は今日から霧恋か雨音と一緒に暮らす、ということだろうな」

 

「…………大変だぁ。(俺……しなくてよかった)」

 

 天地も生体強化した場合、間違いなくこの家の女性陣が我先にと教官役をしたがるだろう。

 その結果、酷い目に遭うのは想像に難くない。

 

「その他にも鬼姫やアイリ達が女を送り込むようだ。護衛の側面もあるが、明らかに他の意図もあるのだろうな」

 

「……西南君、頑張ってくれ……」

 

「あははは……。まぁ、霧恋さんに雨音がいるなら、男の護衛は男女トラブルになりかねませんからね。恐らく、瀬戸様の部下がハウスキーパー兼護衛として赴くのでしょう」

 

「あぁ……なるほど」

 

「そもそも、ハウスキーパーがいる程の家ってのがおかしくねぇか?」

 

 苦笑しながら捕捉するノイケの言葉に天地は納得するも、梁に寝転んでいた魎呼がツッコんできて、そっちにも納得する。

 

 ノイケは再び苦笑しながら、

 

「雨音の実家のカウナック家は、元ガーディアンシステムの会社で、今は高級服飾ブランドを生業としています。しかも、雨音は元トップモデルだったので、お金に困ったことはないでしょうね。この家にも負けない広さのマンションくらい余裕で買えますよ。ああ見えて、超が付くお嬢様ですから」

 

「あの雨音さんが……」

 

「お嬢様ねぇ。まぁ、阿重霞や美星って例もあるから、おかしかねぇか? あっはっはっはっ!」

 

 美人ではあるが魎呼にも負けない親父臭さがある雨音に、天地達はどうにもお嬢様というイメージが湧かない。

 阿重霞も最初はまさしくお嬢様だったが、今では天地もそれを忘れつつあるのは秘密である。

 美星はそもそもお嬢様のイメージはない。

 

「ちょっと魎呼さん! どういう意味ですの!?」

 

「そのままの意味に決まってんだろ?」

 

「なんですってぇ!」

 

「まぁまぁ、お2人とも」

 

 睨み合う魎呼と阿重霞をノイケが宥める。

 

 ハリベルは小さくため息を吐き、砂沙美は魎皇鬼と戯れながら苦笑いする。

 

「霧恋お姉ちゃんも西南お兄ちゃんも大変だなぁ。お婆様達はしばらく退屈し無さそうだけど」

 

「……天地、ノイケ」

 

「「はい?」」

 

「霧恋が担当教官となった以上、西南の保護者はアイリになった可能性が高い。更に男子寮を出たことで、西南達の住んでいる家にちょっかいを出しに行くだろう。苦情が来る覚悟はしておけ」

 

「「う……」」

 

 天地とノイケは頬を引きつらせる。

 

 流石にアイリをどうにかしてくれと言われても、どうしようもない。

 夫と娘が諦めているのだから。

 頼むとすれば鷲羽や瀬戸だが、それはアイリ以上に恐ろしい。

 

「……西南君からの連絡はしばらく出ないでおこうか」

 

「霧恋さんは……雨音のこともあるでしょうし……」

 

 ノイケは色々と共通の関係者が多いので、愚痴の内容には事欠かない。

 流石に気持ちも分かるので、無視するのも心苦しかった。

 

 そもそもノイケは西南が宇宙に上がってしまった原因がこの家と美星にあることも引け目を感じていた。

 

 誘導装置がないのも、美星の口が軽いのも、ノイケの責任ではないのだが。

 

「しばらくは西南も出かけることは少なくなる。この前のように危険な目に遭うことも減るだろう」

 

「そうですね……」

 

「この間に瀬戸やアイリ達が西南を宇宙にいさせても安全でいられる環境を整えればいい」

 

 更に生体強化もされているので、危機回避能力も上がっている可能性はある。

 もちろん、逆に油断している可能性もあるが、そこは霧恋が注意しているだろう。

 

 何はともあれ、瀬戸の思惑通りに西南達が動いているのは間違いない。

 

 恐らく今後も様々な手で様々な感情を逆撫でされるに違いない。

 特に女性陣が。

 霧恋を筆頭に。

 

 そして、西南は美女達の誘惑に耐え続けなければならない。

 手を出せば、その瞬間瀬戸が高笑いを上げて、一気に結婚式を整えるに違いない。

 

(この家は砂沙美や魎皇鬼、そして鷲羽と言う『歯止め』がいるからいいが……)

 

 そもそも好意を抱いていた霧恋。

 性格は親父臭いが、トップモデルを張っていたほどの美女である雨音。

 

 そして、退廃的な雰囲気を纏い、男を惑わせる玉蓮。

 

 珀蓮、火煉、翠簾、エルマも十分すぎる美女だ。

 

 エルマは地球では見られないワウ族なので戸惑うかもしれないが、女性らしい仕草を見れば、すぐに女性として意識させられるだろう。

 

(手を出せば、それはそれで西南を宇宙に繋ぎ止める首輪となる、か)

 

 瀬戸ならば考えてもおかしくはない。

 というよりも、確実に考えているはずだ。

 

 完全に女難という言葉が相応しいと感じるハリベルだった。

 

(……幸せになりたければ苦難を乗り越えるべし、というわけか。その道を瀬戸が用意する。……なるほど。周囲からすれば鬼姫、身内からすればクソババアと呼ぶしかないわけか)

 

 結果的に本人の想定以上に良い結果をもたらしてくれるので、文句が言いにくくなるのだ。

 しかし、その過程がどうにも素直に感謝出来ないものでもあるのだ。

 

 下手したら死んでたかもしれないと思う状況にも、容赦なく追い込む。

 

 そこで生き残れば、苦しんだ分の見返りを用意してくれているのだから質が悪い。

 

 恐らく西南や霧恋達は期待されているので、特に辛い目に遭わされるだろう。

 

 それが幸せに通じているかもしれないとはいえ、憐れみしか湧き上がらないハリベルだった。

 

 



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会合とお礼

 そして、夜。

 

 夕食時に鷲羽は現れず、それに僅かばかりの不安を天地達は感じながらも、先に食事を終える。

 食べ終わり、ハリベルは皿を洗っていると鷲羽が現れる。

 

「ハリベル殿。ちょっといいかい?」

 

「……なんだ?」

 

「ちょっと例の件でね」

 

「例の件?」

 

 当てはまることが多すぎて、逆にピンとこないハリベルだった。

 鷲羽は苦笑して、手招きしながら研究室に戻っていく。

 

「まぁ、いいからいいから」

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐いて、ノイケに後を任せて研究室に向かう。

 

 鷲羽に連れて行かれたのは、様々な鉱石で出来た巨晶群の柱に囲まれた庵だった。

 そこには瀬戸がすでに座って、何やらニヤニヤしながらモニターを覗き込んでいた。

 

「何ニヤけてるのさ? また覗き見かい?」

 

「まぁね。と言っても、見てるのはこの子だけど」

 

 モニターを鷲羽達に向ける。

 

 そこに映されていたのは、

 

『ご主人様、お目覚めですか?』

 

 メイド服を着て姿見に向かって、お辞儀をしながら映っている自分に声を掛けていた。

 その様子を美守と珀蓮達4人が呆れた様子で見つめている。

 

「おやおや。随分と楽しそうで」

 

「その格好で明日西南殿を起こしに行くみたいよ。この後の報告会のこと忘れてそうよね~」

 

「あの子はすぐに目移りするのが悪い癖だねぇ。ま、そんなに給仕したいなら、練習させてやろうかねぇ。けっけっけっ!」

 

 鷲羽が意地悪な笑みを浮かべて、庵の近くに設置されている転送ポートへと歩いていく。

 

 そして、美守や珀蓮達が部屋を出て行ったのを見計らって転送ポートに飛び込むと、何故か鷲羽は雨音の邸宅に転送され、白蓮達が寝泊まりしている使用人の部屋からアイリがいる部屋に音も立てずに素早く移動していく。

 

「……あそこは雨音の家ではなかったのか?」

 

「そうだけどね。実はこの島って元々は鷲羽ちゃんの実験施設だったのよ。それを美守様が持ってる関連会社に買収してもらって、住人や職員を私達の関係者に入れ替えたの。で、雨音ちゃん達が買い物に出かけている間に、色々とね。ちなみにここは雨音ちゃん達の家の地下よ」

 

「……よく鷲羽の保有している島にマンションを建てられたな? 行方不明になっていたのだろう?」

 

「ふふふっ。それがね、鷲羽ちゃんの教え子の1人が勝手に名義変更してたのよ。それをこの前、鷲羽ちゃんが直接説教して取り戻したってわけ」

 

 呆れているハリベルと楽しそうにしている瀬戸の目はモニターに向いており、鷲羽がまるで暗殺者の如く一瞬でアイリを簀巻きにして拘束し、声を一つ上げさせる暇も与えずに連れ去った。

 

 それを見ながらハリベルは疑問を口にする。

 

「……姿を晒したのか?」

 

「その鷲羽ちゃんの教え子はね、アリウ公国のお偉いさんでね。聞いたことあるでしょ?」

 

「……あのキルモイ遊国との開戦の話か?」

 

「そうそう」

 

 数日ほど前の話だが、アリウ公国とキルモイ遊国はこじれにこじれて開戦寸前まで険悪関係に陥っていた。

 表向きは樹雷と世二我の共同武力介入警告で何とか回避されたことになっているのだが、実はキルモイ遊国のお偉いさんも鷲羽の教え子で、揃って呼び出され、突然現れた鷲羽の無言の圧力に屈して数分後に土下座したというのが真実である。

 

「実は戦争になりかけた理由はね、西南殿が捕まえた海賊のいくつかが、この二国のお抱えだったのよ。それで西南殿に手を出させないようにって脅しも兼ねてね」

 

「んで、急遽最低限の設備を整えたってわけさ。例の件の調査やハリベル殿の新しい船製造も並行してたから、今日は家に顔を出せなかったってわけ」

 

 鷲羽がメイド服を着てしょんぼりとしているアイリを連れ立ってやってきて、話を引き継いだ。

 

「瀬戸殿の部下が使う部屋に転送ポートを設置させてもらってね。アイリ殿の理事長室やGPアカデミーに行けるようにしてあるよ。もちろん、雨音殿や霧恋殿達には秘密だけどね」

 

「……はぁ」

 

 もはや何も言う気が起きなくなったハリベルは、どっと疲れが押し寄せてきて今回は大人しく用意された椅子に座ることにした。

 

 ちなみにアイリは椅子を消されて、そのまま給仕役とされた。

 

「……西南と霧恋の話し合いは覗き見していたのか?」

 

 美守がここに来るまでの間の雑談として、話題を提供したハリベル。

 瀬戸は何やら満足そうに笑みを浮かべながら、扇子を口元に当てて、

 

「ふふふっ。あの子達が気を使ってね。私達は映像だけよ。話の内容までは知らないわ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「どうやら、自分が西南殿の安全を言い訳に遠ざけようとしていた事実を叩きつけられたみたいね。大分ショックを受けていたわ」

 

「……そうか」

 

「まだどう折り合いをつけたのかまでは知らないのだけどね。どうなの? アイリちゃん」

 

「……私もそこまでは。けど、妙によそよそしくしようとして、結局気になって仕方がないって感じですねぇ。ちょっと感情に振り回されてるってところでしょうか」

 

「ふむ……。弟から異性へと意識が揺れ始めてるってとこかねぇ」

 

 鷲羽が顎を擦りながら推察する。

 

 霧恋は西南に初めて強く言い返され、自分の保護下から離れたように感じたこと。そして、月湖の旦那様発言も合わせて、異性として意識するようになっていた。

 しかし、逃げ出したという引け目もあり、西南が一人前になった時には身を引こうと思ってはいるが、やはり雨音達が西南に近づくのは我慢出来ない。

 

 未成年ということもあり、弟として見てきた感覚も抜けきれず、世話をしてやりたいとも思い、自分が適切だと思う距離を保てないというジレンマに陥っているのだ。

 

「けど、西南殿から逃げた自分も許せないってとこかしら……。全く……妙に初々しいんだから。好意を寄せてくる男の子くらい、とっととモノにしなさいっての……」

 

「くくく! 未成年に手を出したら、瀬戸殿達にいびられるって分かってるんだろうさ。もっとも、アイリ殿は何も言えないだろうけど」

 

「う……」

 

 アイリが水穂を妊娠したのはアカデミー生時代。

 つまり、未成年時に遙照に『やっちゃった』結果である。思いっきり不純異性交遊なのだ。

 もちろん、本人達にはそれだけのことになった立派?な理由があるのだが、流石にこればっかりは指摘されれば言い逃れは出来ない。

 

 何が辛いって、瀬戸には水穂が、鷲羽には遙照達という他の生き証人達がいるので、絶対的に弱みを握られていることだ。

 

 なので、アイリは霧恋を揶揄うのはリスクがある。

 もちろん、本人はその場の感情で動くので、そんなこと忘れるのだが。

 

「西南殿が成年するまで待てるのかねぇ。周りが」

 

「これから次第、でしょうね」

 

「おやおや、何かやらせる気かい?」

 

「今のところは学生生活を送って貰いたいと思ってるわよ?」

 

「あれで?」

 

 普通の学生生活は美女の家で、美女に囲まれて暮らさない。

 必要なこととは言え、メイドのいる家で暮らすのは普通ではない。

 

 ハリベルはもはやツッコむ気も起きず、黙って座っていた。

 

「ほら、アイリちゃん。皆にお茶とお菓子出して」

 

「……畏まりました」

 

 鷲羽の命令でアイリはいそいそと準備をしに行く。

 

 そこに美守が丸い床だけのエレベーターで降りてきた。

 周囲の巨晶柱を見渡しながら庵に近づいてきた美守に、瀬戸は微笑みながら席を勧める。

 

「お忙しいところわざわざ申し訳ありません。どうぞお座りになって」

 

 美守が示された席に座ると、円卓が出現する。

 

 すると、アイリが美守の前にそっとお茶と茶菓子を置く。

 

「あら、アイリ様。やっぱり捕まりましたか」

 

「なんだか面白そうな恰好してたからさ。そのまま拉致って来ちゃった、アハハハ!」

 

「ホホホ、ですから珀蓮さん達の忠告を素直に聞いてらっしゃればよろしかったのに」

 

「ほら、早く私達にお茶とお菓子用意して頂戴」

 

「はい、瀬戸……いえ、ご主人様」

 

 アイリは手早く瀬戸達の分のお茶と茶菓子を配り終える。

 そして、円卓上にモニターを起動させて、立たされたまま説明を始める。

 

「入学式で判明したスパイの判別チェックの進行状況報告ですが、重要拠点のチェックは全て終了しました。ただ各部署にはいくつかのダミー情報を流して、未だに調査中と言うことになっています。集まった報告を精査した結果、一番危惧した樹雷と九羅密家中枢へのスパイ潜入は確認されませんでしたが、アカデミーには予想以上の人数が、かなり意図的に配置され潜入していることが判明しました。その年齢やGPへの入隊経歴から推測すると、かなり昔から少しずつ潜入させていたようです。以前起こった、九羅密美星さんがかかわった事件との関連性は不明ですが……」

 

「ああ、それだけどね。基礎技術は同じだけど、その発展途上で明らかな差異が見られるよ。まぁ、だからといって全く関係ないと断定は出来ないけど、今回の事例との直接的な繋がりがある可能性はほとんどゼロね。まぁ、対処できたのはあの子の事件があったからってのは皮肉だけど……」

 

「今回と似た事例は、美星さんの事件以外にはありません。近年になって、潜入人員の急激な増加が見られますが、一つにはGP入隊希望者の急激な増加が原因と考えられます。しかし、それでも計画露見の可能性を考慮しますと、最悪の場合、敵の計画実行が近づいたとも考えられます。ただ、ここ数年の潜入者には、以前の者達とは明らかに違う処理がなされているので、これをどう見るかですね……」

 

 アイリは一通り報告を終えて、席に着く。

 それに技術関連に調査した鷲羽が口を開く。

 

「あくまで私見だけど……誰かが計画を引き継いだか横取りしたか、だろうね」

 

「何か気になることがあるの? 鷲羽ちゃん」

 

「いや、本気でアカデミーで何かやらかす気があるのかな? と思ってね」

 

「それはどういう意味です?」

 

 美守が片眉を上げて、鷲羽を見る。

 

「人員の増加が起こる前の潜入者は、明らかに情報収集の補佐を目的にしたものだ。だけど、今はただ雑多なだけ。これだけの人数が何らかの工作を行うとしても、じゃあ実際問題、致命的な被害が出るかというとそうでもない。何かその場限りの享楽的な感じがするんだよねぇ」

 

(……享楽的)

 

 鷲羽はお茶菓子に出された大福を指で突き、その感触を楽しみながら言った。

 

 ハリベルはその言葉に何か引っかかるモノを感じた。

 

「……脳を改造された者達は海賊に捕らえられたことはあるか?」

 

「……半数ほどはね。けど、全員ではないわ。いえ、ちょっと待ってください……」

 

「どうしたの?」

 

「ここ数年の者達に関しては、全員一度ダ・ルマーギルドに捕まっています。それもほぼ全員元々アカデミーに住んでいる者達ばかりです」

 

「つまり、ダ・ルマーギルドが出火元ってわけね……」

 

「……タラント・シャンクだな」

 

「シャンクってことは……」

 

「ああ、この前捕縛したラディ・シャンクの息子だ。ラディとタラントはシャンクギルド総帥の直系と言われている。そして、数年前にシャンクギルドはタラントが引き継いでいる。シャンクギルドの遺産、皇家の船を撃墜した技術力も引き継いだ可能性はある」

 

「なるほどねぇ」

 

「タラントはシャンクの名と過去の栄光に誇りを持っている。そして、海賊であることにも。奴は樹雷や世二我は警戒しているだろうが、アカデミーならば手を出すことを戸惑う可能性は低い。むしろ、喜んで搔き乱そうとするだろう。そうすれば樹雷や世二我も、こっちに手を取られるだろうからな。その隙に何かするつもりの可能性はある」

 

「ふむ。……確かに、それなら今の改造や潜入方法にも納得がいくね」

 

 ハリベルの話に鷲羽は納得するように頷く。

 

「ということは、あくまで潜入は享楽的なのと内部協力者へのパフォーマンス、であると?」

 

 美守の疑問に鷲羽、瀬戸、ハリベルは頷く。

 

「奴のことだ。被害の規模に興味はなく、『スパイを暴れさせるまで、アカデミーや樹雷などに気づかせなかった』という悦に浸りたいのが一番の目的の可能性はある。失敗したところで、スパイが減るだけだ。戦闘要員が減るわけでもないからな」

 

「確かに宣伝には一番効果的よねぇ。まぁ、もう失敗同然だからいいけど」

 

「とりあえず、今は大掃除と、連中がいつ入れ替えられたのかのデータを集めるのが重要だよ。そうすれば、他の侵入経路とかも予測できるからね」

 

「ありがたいですわ。実際、西南君が判別方法を見つけてくれていなかったら、やられていた可能性はありましたからね」

 

「そうねぇ。全く、西南殿はこれでGP内でどこに配属されるべきか、もう決まったようなものよね」

 

「ホホッ、出来れば今すぐにでも配属してほしいくらいですわ」

 

「でも……だからこそ、学生生活ってのは大事さ」

 

 しみじみと言う鷲羽の言葉に、瀬戸達も真顔で頷いた。

 

「普通より柔軟で強靭な精神を持っていると言っても、まだまだ不安定で多感な少年だからね。それに西南殿には1つの欠点があるからねぇ」

 

「それは今、私達がどうこう出来るものじゃないわ。それより問題は周りの人間達よ。あの子をモノ扱いすると、霧恋ちゃんが怖いのよねぇ。水穂ちゃんや経理の子達の士気にも関わりそうだし」

 

「さっきもそうだったんですけど、霧恋ちゃんったら西南君絡みになるとパラメーターが瀬戸様並みになっちゃうんですよねぇ」

 

「ふふっ。うちは天地殿だね。あとは砂沙美ちゃんもそうかな? でも、そうなりゃ自動的にほぼ全員が連動するだろうし……」

 

「それは鷲羽ちゃんに、ハリベル殿もっていうこと?」

 

「私は一応中立の立場よ。でなきゃ、母親に物扱いされたノイケ殿が可哀想だもの」

 

「……私も基本的に手出しをする気はない。もっとも、正当な理由と状況であれば、だが」

 

「ふむ。正当な理由とは?」

 

「西南が当たり前の学生生活を過ごし、他の者達同様に訓練を受けた上であれば、囮部門に行ってその才能を発揮するのは正当な業務だ。だが……お前達や他の者達の思惑で、それが歪められたのであれば……それは私同様兵器扱いと変わらない。宇宙の常識をほとんど知らない少年に、それを強いるならば……それはタラントよりも卑劣だ」

 

 ハリベルは瀬戸をまっすぐ見つめて、天地達と戦った時以上の威圧を放つ。

 

 流石の威圧に瀬戸も一瞬ヒヤッとしたが、すぐに誤魔化すように頬を膨らませる。

 

「私一人が悪者になればいいんでしょ? どうせ私は嫌われ者よ」

 

「ハリベル殿は地球に来た経緯が経緯だからね。他の人間が言えないだろうから私が言うけど、自業自得でしょ」

 

「鷲羽ちゃんの意地悪。もういいわ」

 

「まぁ、しかしハリベルさんの言う通りですね。彼が意図的にコントロールできる才能ではないわけですし」

 

「まぁね。ところで、アイリちゃん。西南殿の監視に付けたNBが面白いことになってるんだって?」

 

「あ、はい」

 

 分が悪いと判断した瀬戸は、スパッと話題を変えた。

 

 面白いこととは、エルマが西南を人間狩りした時に逃げ出した西南のパーソナルデータが、再びアイリの工房から逃げ出したのだ。

 しかし、それは有名なCGアイドル〝キルシェ〟が手引きしたらしいことも判明している。

 

 キルシェは美希同様アストラルを持ったAIである。

 朝のニュース番組などで司会をしていたのだが、夜の騒動の際にウイルスに汚染されて暴れ回った西南のパーソナルデータにセクハラされて連れ出され、一時保護されていた。

 そして、西南のパーソナルのウイルス除去が終了した直後、西南のパーソナルと共に駆け落ちしたのだ。

 

 そのキルシェと西南のパーソナルが、西南のNB内の仮想空間内で家を作って暮らしていることが判明した。

 

 どうやらキルシェは西南に惚れてしまったようで、その愛の告白を聞いたアイリと美守がパーソナルと西南本体を繋げて、本体の西南が眠るとパーソナルの西南が目覚めるという設定を施した。

 ただし、精神保護の観点から、NB内で起きたことの記憶の共有はされないことになる。つまり、今雨音の家にいる西南はキルシェの存在は知らないまま、ということだ。

 

 その見返りとして、アイリはキルシェに西南の護衛、監視、報告を依頼した。

 

 更にキルシェが駆け落ちした理由はもう1つあった。

 父親、製造者との関係である。

 

 アストラルを持つAIを生み出した者は、そのAIと結婚できないと法律で定められている。

 

 しかし、大抵AIを作る者は『理想の女性』として見た目や性格を構築している。

 しかも、アイドルとして人気があるAIだ。

 法を犯してでも、自分の物にしたいと思うのは当然の感情でもある。

 

 そして、キルシェの父親、製造者は違法義体を造らせ、偽装出生書を用意させてキルシェを自分の嫁にしようとしていたのだ。

 だが、大量捕縛された犯罪者の中に、それを依頼された者がいた。

 

 アイリはそれを利用して、キルシェから手を引くように交渉することも引き受けた。

 

 結果、アイリは堂々と西南のNB内に監視役を置くことに成功したのだ。

 

「……嫌なら父親に居場所を通報する気ね? 酷い取引ねぇ。この悪魔!」

 

「いやぁ、私にはとても真似できないわ」

 

「なら、アクセス禁止と報告も適当な頃に纏めてしますよ」

 

「流石アイリちゃん! 天才!」

 

「いやぁ、私にはとても真似できないわ」

 

「はいはい」

 

 鷲羽はどっちにもとれる見事な言い回しを繰り返し、瀬戸は見事な掌返しを披露する。

 

 ハリベルは再び女に言い寄られている西南にため息を吐き、美守は微笑んでお茶を飲んでいた。

 

 その後、アイリは雨音の家に戻っていった。

 

「アイリ殿がいなくなると静かになるねぇ。ところで、美守殿。ウィドゥーの引き渡しはいつ頃になりそう?」

 

「そうですね……。本来であれば、裁判終了までは無理なのですが、刑は確定しているようなものですし、彼女のレポートがあれば調査に支障はありませんので……。二十四時間以内には」

 

「そりゃありがたい」

 

「こちらとしても、彼女をできるだけ他の人間と接触させたくありませんから。……しかし、大丈夫なのですか? ウィドゥーのアストラルをコアに使うなんて……」

 

「ハリベル殿にも言われたけどね。一応、記憶も人格も消すことを前提にしているよ」

 

「ホホッ、それでも七百年前の再現にならなければいいですが……」

 

「まぁ、偶にはああいったイベントも必要だわ。もっとも、今それが起こるのはありがたくないけどね、鷲羽ちゃん」

 

「それがどこで起こるかが問題なだけだろ。もっとも、その指向性は西南殿次第だけど……。どうする? 樹雷の鬼姫としてはさ?」

 

 鷲羽は挑戦的な笑みを瀬戸に向ける。

 それを受けて、瀬戸は同意を得るように美守に視線を向け、美守は微笑む。

 

「最高の船を創って頂戴、鷲羽ちゃん」

 

 瀬戸はきっぱりと、不敵に笑ってそう言った。

 

 

 

 ハリベルは地球の自室に戻る。

 

 そして、窓際の椅子に座って、大きく息を吐く。

 

(ウィドゥーのコアで最高の船を鷲羽が創る。……やはり魎皇鬼の同型艦、なのだろうな。それを西南が持つとなると……騒動の種にしかならんな)

 

 本当に西南が宇宙に上がってから、一気に風向きが変わり、勢いが弱まるどころか強くなってきている。

 

(それを引き起こすのは西南の悪運という不確定要素……。予測など出来るわけもなく、本人の意識にも左右されかねない確率の偏りに期待する、か。確かにこれまでからすれば、それだけの価値はあるだろうが……)

 

 その分、西南へ向く悪意も大きくなる可能性はある。

 鷲羽の船は確かに守りになるだろうが、好奇の的にもなるだろう。

 いくら霧恋や雨音達がいるとはいえ、防げる悪意には限界がある。

 

(この情勢下では遙照や天地達のことを公表するわけにはいかない、か……)

 

 そこに通信コールが鳴り響く。

 

 モニターを起動させると、表示されたのは霧恋だった。

 

『夜遅くにごめんなさい。今、大丈夫かしら?』

 

「構わない。わざわざどうした?」

 

『昨日西南ちゃんを助けてくれたのはあなただって、お母さんから聞いたの。それでお礼をと思って』

 

 すっかり忘れていたのだが、玉蓮を見て思い出したのだった。

 

「気にするな。あの男の作業が問題なければ、そのまま放置しておくつもりでいた」

 

『……西南ちゃんがウィドゥーに会った時もいてくれたの?』

 

「……ああ。お前と鉢合わせになったのはウィドゥーの自首を見届けた後だ」

 

『そう……。どうだったの? 私も報告までしか聞いていなくて……』

 

「何もされてはいない。むしろ、ウィドゥーが西南の悪運に巻き込まれ、西南が助けていたほどだ」

 

『ウィドゥーを助けた? 西南ちゃんが?』

 

「その時は、ただ声を掛けてきた女でしかなかったからな。だが……それこそがウィドゥーには衝撃的だったようだ。人を貶め、逃げ延びてきたウィドゥーにとって、あの危機回避能力は築いてきた価値観を一変させるものだったらしい」

 

『……西南ちゃんの危機回避能力……』

 

「……私もあの時の西南には恐怖を感じた。迫りくる巨大な瓦礫を目の前に一切の恐怖を表出せず、逃げ出すところか他者に手を伸ばすなど……普通ではない」

 

『…………それでも西南ちゃんは宇宙に居たいって言ってる。……お母さんから聞いたわ。天地ちゃんに西南ちゃんを地球に戻すことへの罪……』

 

「……」

 

『正直……今も悩んでるわ。西南ちゃんはもう子供じゃない。西南ちゃんが一人前になれば、私は離れるつもりよ』

 

 今、傍にいるのは、飛び方を知らない鳥に飛び方を教えるためだ。

 

 保護者としての責任と、一度逃げ出した事への贖罪。

 

 それが終われば、霧恋は西南の前から消えるつもりでいた。

 

 それにハリベルは小さくため息を吐く。

 

「……負い目を感じるのは分かるが、結論から決めて動くのはやめておけ。西南の状況は未だ流動的だ。一人前の定義が西南の場合、他の者達と異なる可能性がある」

 

『それは……』

 

「西南はほぼ確実に囮部門に行かされるだろう。それを見越してか、瀬戸や鷲羽が動き始めている」

 

『瀬戸様はともかく、鷲羽様も?』

 

「天地が心配しているから、というのもあるが。西南の悪運は危険だけでなく、ウィドゥーや鷲羽といった者達も引き付ける何かがあるようだ。下手をすれば、天地にも負けない状況を作り出す恐れがある」

 

『……そこまで?』

 

「だから西南から離れるかどうかは、今は考えるな。……一度逃げた程度で好意を秘する必要もない」

 

『えっ!?!?』

 

 霧恋は顔を真っ赤にして、慌て出す。

 

「西南への罪滅ぼしとでも考えているのならば……まずは西南にその想いを伝えるべきだ。独り善がりの贖罪など、結局自己満足に過ぎない」

 

『うっ……』

 

「月湖も同じことを言うのではないか? 西南の前から去る気ならば、最初から離れればいい。月湖や瀬戸達はすぐに対処してくれるだろう」

 

『そ、それは……』

 

「嫌なのだろう? ならば、正直になれ。想いを抑え込んで一緒にいれるほど、西南の周りにいる女は甘くないのは、お前が一番分かってるだろう?」

 

『うぅ……。な、なんで西南ちゃんの周りにはあんなに……』

 

「それもまた悪運なのだろう。『自分を美女が好きになってくれるわけがない』とでも思いこんでいるのではないか?」

 

『……な、なるほど』

 

 霧恋はハリベルの推測に納得してしまう。

 

 だが、それで雨音や玉蓮などの女を引き寄せられては敵わない。

 

「……西南は天地とは違い、宇宙にいる。そして、その存在を誰もが知っている。天地以上に、西南の周囲には人が集まるだろう。ウジウジしている合間に西南の傍から弾かれるぞ。お前や西南が望んだとしてもな」

 

『き、肝に銘じさせて頂きます……』

 

「ふっ……。聞いてると思うが、私が西南の護衛に就く予定はない。前回のようにはいかないことを理解しておけ」

 

『ええ、分かってるわ。……鷲羽様に程々にお願いしますって、伝えてもらっていいかしら?』

 

「諦めろ。奴の程々は、私達にとってすでに過剰だ。手を出された時点で、程々などとっくに超えている」

 

『あははは……』

 

 身も蓋もないハリベルの言葉に、霧恋は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 そして、霧恋との通信を終え、ハリベルは1人で夜酒を飲むことにした。

 

 

 

 

 翌朝。

 

 ハリベルは夜明け前に起床し、居間へと下りる。

 

 すでに砂沙美とノイケが起きており、3階は何やら騒がしい。

 

「おはよ! ティアお姉ちゃん!」

 

「おはようございます」

 

「ああ」

 

「おはよ~」

 

 鷲羽が研究室から気だるげに現れる。

 

「鷲羽お姉ちゃん、また徹夜?」

 

「ん~、まぁねぇ。悪いけど、お茶くれるかい?」

 

「ちょっと待ってね」

 

 砂沙美はすぐさまお茶の準備に取り掛かり、ノイケは朝食の準備を進めていた。

 ハリベルは窓を開けて縁側に出て、外の空気を吸う。

 

「ああ、そうだ。ハリベル殿」

 

「……なんだ?」

 

「水穂殿が信幸殿達の結婚式が終わるまでは、宇宙に出なくてもいいってさ」

 

「……」

 

「まぁ、式に出ろってことなんだろうね」

 

「……私は天地の父にも、結婚相手にも会ったことがないのだが?」

 

「だから、ここで会えってことだろうさ」

 

「……はぁ」

 

「せっかくの祝い事なんだ。いい機会ではあるよ。挨拶くらいしときな」

 

「……分かった」

 

「そもそも、宇宙に上がって何すんだよ? 別に海賊なら1か月仕事しねぇのも珍しかねぇだろ?」

 

 梁の上で寝転んでいた魎呼が顔だけを向けて訊ねる。

 

「情報収集に赴く予定だった。西南の事やアカデミー、ダ・ルマーギルドの情報がどう広まっているのかを把握する必要があると判断した」

 

「西南ねぇ……。そこまでヤバいのか?」

 

「それを調べるつもりだった。四百もの海賊が捕らえられたのだ。多くの者に影響が露骨に出ている頃合いだろうからな」

 

「確かに引退させられた連中は多いかもしれないねぇ」

 

「その者達の恨みが西南に向かう可能性はある。私を通して、鬼姫達に支援すれば風向きは変わる可能性はある」

 

「なるほどなぁ。おめぇも世話好きと言うか……わざわざメンドーなこと考えんなぁ」

 

「天地殿のために、西南殿を守ろうとしてくれてるのさ。どっかの呑兵衛と違ってね」

 

「う、うるせぇな! あたしが動けば、目立つだろうが!」

 

「それならそれで、やり様はあるよ」

 

「ふん!」

 

 拗ねたように寝転ぶ魎呼に、鷲羽はニヤニヤと笑う。

 ハリベルは小さくため息を吐いて、起きてきた天地と共に畑仕事に向かうのだった。

 

 



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結婚式その1

とんでもなくお久しぶりです(__)
試験やら就活やらがようやく落ち着いてきたので。


 いつも通りハリベルは天地と共に畑仕事を行っていた。

 

 今日は午後から水穂がやってくるため、出来る限りこの時間に今日分の仕事を終わらせておこうということになり、2人は魎皇鬼を横目にせっせと励む。

 さらに今日は月湖にニンジンを届けることになっていた。

 

 なんでも、明日は正木淑女会の集まりがあるらしく、そこで使うらしい。

 

「そういえば、姉さんとアイリさんはどうするんだろ……?」

 

 天地はようやく姉と祖母の存在を思い出す。

 恐らく結婚式に出席するのは間違いないだろうが、いつ来るのかは聞いていない。

 もちろん、突然来ても客間などはまだ余裕はあるが、ぶっちゃけ超長距離転送ゲートもあるので当日直前でも問題はない。

 

 正直、天地は内心姉はともかく、祖母に関してはそれでお願いしたいと思っていた。

 

 ただでさえ自分にとって初めて会う水穂のことだけでも緊張するのに、あの姉と祖母まで追加されたら結婚式まで保つ自信がない。

 

 ちなみにアイリは意気揚々と出発する気だったのだが、直前に秘書軍団や関係各所から大量の決裁書類を押し付けられて泣きながら仕事をしていた。

 そこに抑え役として天女もおり、呆れた目で見つめていた。

 

 これには水子や音歌達も絡んでおり、アイリが予算割り増しを条件に決済期限を延ばしたり、書類を溜め込んでいることをリークしていた。

 それで秘書軍団が爆ギレして、絶え間なく書類を送りつけていた。

 完全にアイリの自業自得なのだが、巻き込まれた天女が哀れである。

 

 可愛い弟の天地を可愛がる時間が減ったのだから。

 

 畑仕事を終えた天地は朝食を食べた後ニンジンを月湖に届けに行き、ハリベルは皿洗いなどを手伝う。

 

 天地は月湖の家に到着して土間にニンジンが入った籠を置く。

 

「おはようございまーす! 月湖おばさ~ん」

 

「おはよう、天地君」

 

 月湖は天地にお茶と羊羹を出す。

 

「ごめんなさいね。本当は海に行かせようと思ってたんだけど……また勘が働いたみたいで」

 

 月湖は小さくため息を吐くが、天地は苦笑して、

 

「西南君が宇宙に上がって遊び相手がいなくなりましたからね。そういえば何か聞いてますか? ティアさんからはアカデミーに残ることになったとは聞いたんですけど……」

 

「そうね。霧恋も覚悟を決めたみたい。ハリベルさんの言葉も聞いたみたいよ」

 

「ティアさんの?」

 

「ほら、天地君も言われたことよ。あれを霧恋にも伝えたの。それに西南ちゃんにも結構ガツンと言われたみたいね」

 

「西南君が、ですか?」

 

「あくまであの子にとってガツンと来ただけよ。『自分の悪運を必要だって言ってくれたのは、瀬戸様が初めてだ』ってね」

 

「……なるほど」

 

 少しだけ同情する表情を浮かべて、月湖は霧恋から聞いた西南が言った言葉を口にする。

 それに天地は頷き、霧恋にも、そして西南にも同情した。

 

 天地も西南に言われたら、かなりショックを受ける自信がある。

 地球において西南の悪運が必要になる場面などなかったのだから、言う機会などなかったのは当然だ。

 

 だが、西南にとっては自分の悪運を受け入れてくれる言葉は、諦めていたほどにずっと欲しかった言葉であることは想像に難くない。

 それを最初に言ったのが自分ではなく、しかも西南から直接言われれば、霧恋にとってそのショックは天地とは比べることすら烏滸がましいほどに大きかっただろう。

 

 もちろん西南は霧恋を苦しめたくて言ったわけではない。

 それが分かっているからこそ、そのダメージは更に大きくなっているのだ。

 

「こればっかりは、霧恋が悪いわけでもないし、西南ちゃんが悪いわけでもないからね。まぁ、あの子は自分を責め続けるでしょうけど……」

 

「……大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫よ。きっと瀬戸様がちょっかい出して、それどころじゃなくなるわ」

 

「あ、あははは……」

 

「西南ちゃんが自分のやりたいことを押し通したのは嬉しいけど……。瀬戸様がきっかけって言うのが、ねぇ」

 

「そうですね……」

 

 天地も少し前に『美咲生事件』があったので、その性格を少しは理解している。

 鷲羽と仲が良い事やハリベルからも何となく話を聞いた内容から、鷲羽やアイリの同類であることは理解した。

 

「けど、天地君の力なら、いつでも西南ちゃんに会いに行けるのでしょ? もう隠す必要もないし、アイリ様やお姉様もアカデミーにいらっしゃるんだし」

 

「それはそうですが……。あの2人のテンションに付き合うのは、中々……」

 

「ふふっ。それは諦めるか早く慣れるしかないわ。うちの村にも1人いたでしょ?」

 

「水子さん、ですか……。でも、アイリさんに比べると全然マシですよ」

 

「そうねぇ。でも、今回は水穂様がご一緒だから、あまり無茶な絡み方はされないと思うわよ」

 

 水子は見た目は若いが、正木の村でもかなり古参に当たる。

 遙照の曾孫でもあり、時々地球に戻って来ていたので天地はもちろん西南や海とも顔見知りなのだ。

 これは風香や音歌も同じくである。

 

「今回は玲亜ちゃんの結婚式ですし、玲亜ちゃんの方が大変かもね」

 

「確かに……」

 

 玲亜は正木の村でも若い方で、しかも正木の村出身でもない。

 今回の結婚でようやく正木淑女会に入ることが認められるのだ。もちろん淑女会に入っていないからと言って、排他的な態度をとるわけはない。むしろ正木の村の人間ならば、気に入れば構うに構い倒す者達の集まりだ。心情ではとっくの昔に玲亜は正木の村の一員である。

 

「せっかく家族全員集まるんだから、楽しんでらっしゃいな」

 

「はい」

 

「せっかくだから、水穂様をお母さんだと思って甘えてみたら?」

 

「そ、それは……」

 

「うふふ」

 

 月湖の言葉に顔を赤くして照れてしまう天地だった。

 

 

 

 昼食も終え、天地は農具の手入れをしたり、ノイケ達は洗濯をしたりと各々のんびりと過ごしていた。

 

 そこに信幸達が到着したと連絡があり、全員で出迎える。

 もちろんハリベルも。

 

 車用の道から自動車が入ってきて、玄関横に停まる。

 信幸と玲亜が降りてきて、天地達に挨拶する。

 

「わざわざ出迎えてもらってすみません」

 

「いらっしゃい! 信幸おじさん! 玲亜さん!」

 

「砂沙美ちゃん達はいつも元気だねぇ」

 

 信幸は砂沙美の頭に乗っている魎皇鬼に頭を撫でながら微笑む。

 そして、鷲羽に顔を向けて、

 

「他の皆様は……」

 

「ああ、アイリ殿は仕事が押してるそうだ。天女殿はその付き添い。水穂殿は衛星軌道上だよ」

 

 鷲羽は空を指差しながら言う。

 

 信幸はそれに頷いて、ハリベルに顔を向ける。

 それに気づいた天地がハリベルを紹介する。

 

「ああ、父さん。この人はうちで暮らすことになったティア・ハリベルさんって人で……」

 

「養父さんから話は聞いてるよ。天地の父の信幸です。この度は天地のために身体を張ってくれたようで、ありがとうございます」

 

「……ティア・ハリベルだ。礼はいらない。鬼姫から見返りを貰っているし、ここで暮らさせてもらっている」

 

「そうですか……。こんな息子ですが、よろしくお願いします」

 

「……私に出来る限りは、な」

 

「十分です。そして、彼女が……」

 

「正木玲亜です。よろしくお願いします」

 

「ああ」

 

 ハリベルが簡単に頷いて挨拶を返していると、信幸が天地に近づく。

 

「それにしても、ノイケさんが来たばかりだってのに、また美人を捕まえたなぁお前は」

 

「と、父さん……! そんな言い方失礼だろ」

 

「ハリベル殿に関しては捕まえたって表現でもあってる気がするけどねぇ。ぐふふふ」

 

「わ、鷲羽ちゃん……」

 

 天地はガックリと項垂れる。

 それに鷲羽や信幸が笑い、ハリベルは呆れながら車から荷物を下ろすノイケを手伝うことにした。

 

 信幸達が落ち着いたところで、鷲羽が水穂に連絡して池の傍のデッキに並ぶ。

 

 少しすると人が転送され始め、まずは水子、音歌、風香が現れる。

 

「ノブ君、天地ちゃ~ん!!」

 

 水子が駆け寄ろうとしたが、音歌が襟首を掴んで引っ張り上げ、池に放り投げる。

 

「え? えぇ~~!?」

 

 ドッボ~ン!と池に落ちる水子に、信幸達は苦笑を浮かべる。

 

「水子さんも相変わらずだなぁ」

 

 その直後、風香と音歌が向かい合うと、その間に上司である水穂が転送されてきた。

 天地は初めて顔を合わせる水穂に母の面影を感じた。

 

「お久しぶりです、姉様」

 

「お久しぶりね、信幸さん。この度は本当におめでとう。玲亜さん、信幸さんをよろしくね」

 

「はい」

 

 玲亜は丁寧に頭を下げて、そして天地へと道を空ける。

 それに水穂はゆっくりと天地に歩み寄り、それに気づいた天地はきょどりながら自己紹介をしようとしたが、その前に水穂に抱き着かれる。

 

「!」

 

「……後でゆっくり話しましょう」

 

 天地は顔を真っ赤にして、ただただ頷く。

 その様子を魎呼達も微笑ましそうに見守り、水穂は天地から離れて阿重霞と砂沙美に向いて頭を下げる。

 

「阿重霞様、砂沙美様、お初にお目にかかります」

 

 阿重霞達が挨拶を返そうとすると、池からザバァ!と音がして全員が目を向ける。

 

 そこには1mサイズの魚を掲げている嬉しそうな水子がいた。

 

「見て見て、音歌、風香! 大物大物ぉ!」

 

 それにハリベルと魎呼以外の全員が苦笑し、ハリベルと魎呼は呆れた表情を浮かべた。

  

 その後、水穂達は私服に着替え、ノイケや砂沙美などはそれぞれの仕事に戻る。

 玲亜、水子、音歌、風香は結婚式や淑女会の前日宴の準備で正木の村に向かい、信幸は神社の方へ行くことにした。

 

 ハリベルは家族団欒の邪魔をしないように自室で過ごしていた。

 しかし、天地の畑仕事に水穂も行くということになり、ハリベルも誘われた。

 

 家にいても仕事はないので、大人しく同行することにした。

 

「それにしても、あなたが天地ちゃんと畑仕事とはねぇ」

 

「……現樹雷皇の孫に言われたくはない」

 

「うふふ、それもそうね」

 

「もっとも……樹雷皇の曾孫で、女神に見初められた男が畑の主だがな。それに比べれば、私など驚くに値しない」

 

「あ、あははは……」

 

「みゃあ」

 

 天地は苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 

 確実に立場と存在から考え一番畑仕事に釣り合っていないのは、天地である。

 天地と手を繋いでいた魎皇鬼が首を傾げて天地を見上げる。

 

「……西南と霧恋は大丈夫なのか?」

 

 ハリベルが話題を変えようと西南の名前を出す。

 水穂はそれに笑みを浮かべて頷く。  

 

「ええ。今は生体強化後の訓練に必死みたいね。特に大きな問題も命の危険も起きてないわ」

 

「そうですか……」

 

 天地はホッとした表情を浮かべる。

 しかし、

 

「もっとも、天地ちゃん同様、美人に囲まれての生活の方が大変みたいだけどね。霧恋ちゃんも美人ばかりで気が気じゃないでしょうし」

 

「あははは……」

 

「しかも、美守様がいてくれるとはいえ、お母さんが押しかけたりしてるしね。アカデミーでも人気の先輩に近づかれて、物凄く妬まれてるわね」

 

「……西南君が女性関係で妬まれる、かぁ……。想像が全く……」

 

「本人達でさえ戸惑ってるんだから当然よね」

 

 天地は西南の話を聞いて、自分はまだマシだったんだなと思ってしまった。

 だが、それは西南が宇宙で有名になっているからであって、天地も宇宙に上がれば同レベルの事が起こることに気づいていない。

 

 ただし、西南と霧恋はすれ違ってはいるが、お互いに想いを寄せている状態であるので、そこで起きる霧恋嫉妬事変が度々起こっているのは天地より大変かもしれない。

 魎呼や阿重霞のケンカが可愛く思うくらい、霧恋の爆発は過激なのだ。しかも、その時は瀬戸ですら怯むほどのプレッシャーを発するので、止めるのも一苦労だったりする。

 

 畑に到着した3人は鍬を振って、収穫後の畑の土を耕していく。

 ハリベルは耕し終わった畑に肥料を撒いて、出来る限り水穂と天地が2人っきりになるように気を遣う。

 

 それに水穂は苦笑するもありがたく思い、時々地球に来ていたことや暮らした事もあることなどを話して盛り上がる。

 

「じゃあ、昔地球に住んでらっしゃったんですか?」

 

「合わせれば百年くらいになるかしら? お父さん……天地ちゃんのお爺ちゃんが生きてるって知って地球に来た時や清音が生まれた時とかね」

 

「それで百年っていうのも凄いですね」

 

「地球人の感覚だとそうかもしれないけど、宇宙ではね。私はお父さんが魎呼さんと戦って行方不明になった時には、もう生まれていたから」

 

「え、じゃあ……」

 

 天地が年齢のことを言おうとするが、水穂はお茶目に指を口に立てる。

 それに天地も喉元に出かけていた言葉を呑み込んで苦笑いを浮かべながら頷く。

 

「いずれ天地ちゃんも言われるようになるわ。それに瀬戸様や鷲羽様に比べれば、私達なんてまだまだ子供よ」

 

「あははは、確かに……」

 

 ハリベルはその話を遠目に聞きながら、魎皇鬼と戯れていた。

 

(……緊張しているか。まぁ、天地からすれば皇族という印象の方が強いかもしれんな)

 

 それもあるが、母親の面影を感じてどうにも接し方が分からないのだ。

 天女は逆に母親に似すぎてて、しかも間違いなく直系の姉だ。トドメにあのテンションなので天地の抱いている母親像から離れてしまったのもある。

 

 だが、今のところ水穂はアイリや天女と血が繋がっているとは思えない程お淑やかな女性であった。

 

 それが天地が抱く清音のイメージと重なり、どう接すればいいのか戸惑ってしまっているのだ。

 

(まだ会ったばかりだからな。遙照やアイリ達とも共に触れ合えば、変わるだろう)

 

 ハリベルはそう判断して、遊び疲れたらしい大きくあくびをする魎皇鬼を抱き抱える。

 魎皇鬼は体の位置が落ち着くと眠気に負けて、すぐに目を閉じて寝息を立て始める。

 ハリベルはそれに小さく笑みを浮かべて、

 

「天地、魎皇鬼を家に帰してくる。肥料は全て撒き終えているから、後はそこを整えるだけだ」

 

「あ、分かりました。俺は仕上げをしたら戻りますから、水穂様もティアさん達と一緒に――」

 

「最後まで手伝うわ。その方が早いでしょ?」

 

「え、しかし……」

 

「それにハリベルさん。もう行っちゃったし」

 

「へ?」

 

 天地が顔を向けると、ハリベルはさっさと家へと歩き始めていた。

 もちろん水穂と天地に気を遣ってである。

 

「ティ、ティアさん……」

 

「気が利きすぎるのも考えものねぇ。私は天地ちゃんを独占できて嬉しいけど」

 

「あははは……」

 

「それにしても……」

 

「はい?」

 

「ティアさん、ねぇ~」

 

「う……。(アイリさん達に似てる笑みだ)」

 

 天地のハリベルの呼び方に水穂はニヤニヤし、天地は思わず顔を赤くしてようやく水穂にアイリ達の血筋を感じた。

 

「うふふ♪ 照れなくてもいいわよ。一緒に暮らしてるのに、彼女だけ名字呼びってのも可哀想だしね」

 

 水穂は口に手を当てて笑う。

 

「どう? 彼女と上手くやれてる?」

 

「……そうですね。正直、ノイケさんと同じくらい頼りになります。さっきみたいに色々と気を遣ってくれますし……西南君のこととか……」

 

「そうね。瀬戸様達が彼女を味方にしようと躍起になっていた理由がよく分かったわ。彼女がどこかの海賊ギルドに入っていたら、間違いなく強敵になっていたわね。下手したら700年前の魎呼さん達みたいな存在になってたと思うわ」

 

「そ、そこまでですか……!?」

 

「すでに一部では『魎皇鬼の再来』とまで言われてるわ。強さは天地ちゃんは直に味わったでしょ?」

 

「……」

 

 確かに魎呼や阿重霞にも負けず、光鷹翼を使ってもかなりきつかった。

 その衝撃を思い出して右腕を擦る。

 

 その後は畑仕事の仕上げに集中し、終わって一息ついたところでまた軽く話をして家に戻る天地と水穂。

 

 水穂と天地は魎皇鬼と3人でお風呂に入る。

 ハリベルはここで気を遣って、1人で女風呂にさっさと入っていた。魎呼や阿重霞達もここは気を遣ったのか、遠慮していた。

 

 砂沙美とノイケは緊迫感の中で水穂に料理を食べてもらい、太鼓判を押されて歓ぶのだった。

 

「やっぱりニンジンが凄いわね。瀬戸様や船穂様が欲しがる気持ちも分かるわ」

 

「ありがとうございます。この前から他の野菜も育て始めたので、少しずつ種類も増やしていこうと思ってるんです。魎皇鬼も他の食材に興味を持ち始めましたし、鷲羽ちゃんやノイケさん、ティアさんのおかげで畑仕事も大分余裕が出来ましたから」

 

「それは楽しみだわ」

 

 魎皇鬼も食欲のコントロールが出来始め、昼食や夕食では天地達と同じ料理を食べるようになっていた。

 

 これを機に水穂は天地達のニンジンと皇族御用達の作物を交換量を増やすことにした。

 さりげなく西南や霧恋にもお裾分けをすると言う名目を使ってきた当たり、取引に慣れているのを窺わせた。故に天地が太刀打ちできるわけもなく、鷲羽も口出ししなかったので、やや水穂有利の条件で話が進んだ。

 

 もっとも天地は自給自足しか頭になく、商売に手を出す気がないから仕方がないのだが。

 

 

 夕食を終えた後、ハリベルはここ最近お気に入りの縁側で月見酒を楽しんでいた。

 

 そこに水穂が隣に座ってきた。

 

「どう? ここは?」

 

 水穂は自分で酒を注ぎながら尋ねる。

 それにハリベルは視線だけを向け、

 

「……この地は好ましいと思っている。天地や西南が健やかに育ったのも納得出来る」

 

「そうね……。とても長閑だわ」

 

「宇宙を知っており、宇宙に生きてきた者達が帰ってくる理由も分かる。ここの生活は不便ではあるが、自然任せ故にどこか落ち着く」

 

「私もここで畑仕事を憶えたおかげで、宇宙に戻ってもやってるわ。体も動かせるし、土や野菜の匂いが落ち着くのよね。お父さんや清音が離れたがらなかったのもよく分かる」

 

「……そろそろこの星を海賊から隠し続けるのは厳しいのではないか? 西南や霧恋達は嫌でも目立つ。この星を狙う者が現れてもおかしくはない」

 

「……そうね」

 

「鷲羽や魎呼、遙照、そして天地がいる以上、外敵は問題ないだろう。だが、海賊達が地球人達にバレないように配慮するとは思えん。すでに魎呼と阿重霞が一度派手にやったようだしな」

 

「一応、この国の皇族とは繋がっているから、まだマシではあるのだけどね……。ネット環境が急激に発達しつつある今では油断は出来ないのも事実だわ」

 

「……地球で生まれ、地球人と共に育った事実はあっても、天地達はいずれ故郷を捨てなければならない時が必ず来るか……。純粋な地球人である西南さえも。……初期文明の星に生きる以上避けられない定め、か」

 

「ここや正木の村の人達は、皇眷族として樹雷に来ることが出来るけど……。問題は西南君ね。霧恋ちゃんか月湖ちゃんと結婚してくれれば、樹雷の人間として迎えられるわ」

 

「問題はそれまでに西南が何を為し、何をしでかすか想像も出来ないということか。樹雷で囲えるレベルで収まればいいがな。……難しいと思うが」

 

 ハリベルはチラリと背後を振り返り、鷲羽を見る。

 もちろん鷲羽は話を聞いており、ニンマリと笑う。ちなみに魎呼達は風呂に入っている。

 天地は魎皇鬼と絵本を読んでいるため、こちらに意識を割く余裕はない。

 

 ハリベルは小さくため息を吐いて、新しく酒を注ぐ。

 

「……魎皇鬼の姉妹艦。しかもコアはあのウィドゥー。コアに関してはともかく、船に関しては確実に騒ぎになるぞ?」

 

「不安だけど……瀬戸様と鷲羽様が動いている以上、止められる人なんていないわ」

 

 すでに諦めている水穂の言葉にハリベルは呆れた表情を浮かべるが、自分も水穂の部下になっているので言うだけ無駄だと思い、それ以上言わなかった。

 

「……霧恋をあまり追い詰めないことだ。変に吹っ切れる危険性はまだ残っているぞ?」

 

「そうねぇ……。流石に今は無理だけど、西南君の日常生活訓練が終わった頃か、合同訓練辺りに何かする可能性はあるわ」

 

「霧恋が駄目ならば月湖とでも考えているのだろうが……。その前に西南と霧恋が恋や結婚を完全に諦めるような破局を迎えなければいいがな」

 

「……」

 

 ハリベルの言葉に、否定できなかった水穂。

 水穂は西南のことを人伝いと宇宙に上がってからしか知らない。なので、西南がどのような恋や結婚観を持ってるのか分からない。

 

 恐らく、これは天地や霧恋ですら答えられないだろう。

 

 何故なら西南はそもそも人付き合いさえ、非常に狭い範囲で終わっているのだから。

 

 西南の恋の対象など、霧恋しかいなかった可能性すらある。いや、その可能性が高い。

 

 なので、ここで霧恋と碌でもない別れ方をしたら、確実に西南は誰もが想像出来ない結論を出す。

 そして、それはもう天地や瀬戸ですら変えられないだろう。

 

 その場合、間違いなく瀬戸や樹雷に最悪と言える影響が出る。

 

 そうなれば、その尻拭いを水穂が陣頭指揮を執ることになるだろう。

 今以上に忙しくなるのは想像に難くない。

 

 しかも、霧恋はもちろん、天地達にすらそっぽを向かれる可能性もある。

 

(……下手したら、樹雷が傾くかも……)

 

 水穂は顔を青くして身震いする。

 その様子を見ていたハリベルは、徐に立ち上がり、

 

「せっかくの機会だ。西南のことを天地や月湖、正木の村の者達に聞いておくことだな」

 

 そう言って、家の中へと戻っていく。

 自分が飲んだ分の徳利とお猪口を流しに持って行くと、

 

「随分と脅したねぇ」

 

 鷲羽が苦笑しながら近づいてきた。

 

「……西南は確かに純粋だ。あの悪運の中でも失われない程に。だからこそ、それが奇跡で成り立っているのは想像に難くない。……奇跡で生まれたモノほど、些細なことで崩れやすいモノだ。そして西南の悪運は、その『些細なこと』を引き寄せかねない」

 

「ふむ……確かにねぇ」

 

「西南の精神は歪んでいる。その歪みを理解しなければ、死よりも最悪の事態を招きかねない。宇宙とは……そういうところだろう? 三命の頂神」

 

「……まぁ、ね」

 

「もちろん、更なる奇跡が起きる可能性とて大いにある。だが、私はそれを期待するほど『奇跡』を信じていない」

 

 ハリベルは洗い終えたお猪口などを乾燥棚に置いて、鷲羽の横を通って自室へと向かう。

 

「それに……樹雷の鬼姫のお節介は碌なことにならないというのも有名な噂だ。特にお見合い関係はな」

 

「くっくっくっ!」

 

「そこに柾木アイリまで加わっている。最大限の警戒は必要だろう」

 

「グゥの音も出ないねぇ。あの4人も引き続き、西南殿の傍にいるらしいしね」

 

「……そこもどっちに転ぶか分からん。それによって私も行動が変わる。ならば下手に手を加えず、流れに身を任せた方がまだマシだ」

 

「西南殿相手じゃ、それはそれで大変かもしれないよ?」

 

「だろうな。だが、それならそれで誰も恨まずに済む」

 

 そう言ってハリベルは今度こそ自室へと去っていった。

 

 鷲羽はそれに微笑んで、リビングに戻って水穂や天地達の絡みを観察するのだった。

 

 



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結婚式その2

本当に、とんでもなく、とんでもなく、お久しぶりです
まだまだ亀更新ですが、少しずつ再開します


 翌朝。

 

 水穂は天地の部屋で眠り、他の者達も今日までということで我慢した。

 

 今日は天女も来て、水穂と共に淑女会に参加するため別室で休むことになっている。

 ちなみに天地も天地で正木紳士会という集まりに参加することになっている。もっとも、会場は天地宅の一室なのだが。

 

 正木紳士会は遙照を始めとする10人程度の寂しい会である。

 淑女会はその3倍以上の人数がおり、完全に女性上位の村となっている。

 

 ハリベルは起きて、いつも通り畑仕事に行く準備をしていた。

 

「みゃあ!」

 

 そこに魎皇鬼が扉をすり抜けて部屋に飛び込んできた。

 

 ハリベルは微笑んで右手を伸ばす。

 魎皇鬼は嬉しそうに飛び込んできて肩に乗り、頬に頭をこすりつける。

 

「みゃあ!」

 

「ああ、おはよう」

 

 起こしに来てくれたのだろうと察したハリベルは優しく頭を撫でる。

 

「みゃ!」

 

 魎皇鬼は次の者を起こしに、また飛び出していった。

 見送ったハリベルは後を追う様に一階へと下りる。

 

 そこにはすでに天地や砂沙美達も下りて来ており、続々とリビングに顔を出す柾木家一同。

 

 天地とハリベル、水穂、魎皇鬼は昨日同様畑仕事に出る。

 

「ん~……風が心地いいわねぇ」

 

「みゃあん!」

 

「すいません。朝まで手伝って貰って……」

 

「もう、気にしないで。私がしたくてやってるんだから」

 

 天地が申し訳なさそうに言い、水穂が苦笑しながら否定する。

 

 水穂は純粋に天地と畑仕事を楽しみたいだけだ。

 もちろん、ニンジンの味の秘訣を見たいというのもあるが。

 

 まずは収穫時期にニンジンを3人で一気に収穫する。

 

 そして、ハリベルが畑の土を整えている間に、天地は水穂と新しく作り始めた野菜を見に行き、お互いに気づいたことやアドバイスをもらう。

 

 畑仕事を終え、家に戻って朝食を食べて水穂やハリベル達も皿洗いを手伝っていると、鷲羽が顔を覗かせる。

 

「水穂殿、ハリベル殿。ちょっといいかい?」

 

「はい?」

 

「ああ」

 

 2人は鷲羽の部屋に入り、勧められた椅子に座る。

 

「ウィドゥーの受け渡しだけど、日時、方法に変更はないね」

 

「はい。特に問題ありません。本人も大人しくしていますので」

 

 ウィドゥーの引き渡しについて、最後の確認を行う鷲羽と水穂。

 極秘に行われるので、最大限の注意が必要なのだ。西南絡みでもあるので、悪運が働いても困るというのもある。

 

 といっても、西南本人はあの助けた女性がウィドゥーだったなど知らないのだが。

 ウィドゥーの事を除いたあの夜のトラブルについては霧恋達から聞いたが、流石に死刑囚の話となるとショックを受ける可能性があるため話さないことになったのだ。

 もちろん、霧恋達もウィドゥーのアストラルを新型艦のコアにすることは知らされていない。

 

 正直、ハリベルが知っていることがおかしいのだ。

 

「ふむ……順調のようだね」

 

 水穂は瀬戸の副官なので知る立場にあるが、ハリベルは本来ならばその立場にはない。

 自首する過程を知っているからという理由だけで、鷲羽はハリベルに教えてくれたのだ。

 

「これで水穂殿も一区切りついたってわけだ」

 

「アイライの災厄の時は、私はまだ生まれて間もない頃でしたから、正直あまり実感はありません。ですが母は……」

 

 水穂は少し顔を俯かせて憂いを顔に浮かべる。

 

「それもまたいい経験さ」

 

 頂神としても人間としても経験豊富な鷲羽は目を伏せながら言う。

 

「それより水穂殿は、あれが西南殿の船になるってことについてはどう思ってるんだい? なにしろ、魎皇鬼の同型艦って意味もあるからねぇ」

 

 水穂は鷲羽の問いに笑みを浮かべ、

 

「理不尽という意味ではうちの上司も負けていませんから」

 

「くふふふ! 確かにそうだ」

 

「西南君絡みだけでも色々と驚くことばかりで、過ぎたことにいつまでもこだわってなんかいられません」

 

 吹っ切れた顔で言う水穂に、鷲羽は腕を組んで頷く。

 

「あの子も色々とやらかしてくれるよねぇ。ま、あたしとしても、ここと結構な縁が出来ちまったから良い関係でいたいんだよ」

 

「同感です」

 

 水穂は正木の人間でもあるが、生まれた時期や母親の問題からか、やはり完全に身内というわけにはいかない。今回もあくまで船穂の代理であり、親族だからこそ参加出来ているのだ。

 なので、水穂もまた天地達はもちろん、西南と関係が深い正木の村の人々に色々と便宜やお伺いを立てる必要があった。

 

「で、新型艦ということで話は変わるけど、ハリベル殿の新型艦はそろそろ完成するよ」

 

「そうですか……。そちらはどのような船に?」

 

「流石に魎皇鬼と同型艦はどうかと思ったけど、普通なのもつまらないから、ハリベル殿のスクアーロンを基盤とした上で、アカデミーでも再現可能な素材で魎皇鬼を造った技術を使ったよ。まぁ、樹雷で言う第二世代って感じかねぇ」

 

 鷲羽はグレードダウンした感じで言うが、水穂とハリベルは十分過剰過ぎて呆れるしかなかった。

 

「……それでも十分目立つのではないか?」

 

「かもね。だから、義体で水穂殿のおつかいとかで使えばいいさ。水穂殿ならアイリ殿の発明って言い訳も出来るだろうからね」

 

 それでもやはり不安しかないが、今更止めてくれとも言えないので諦めるしかないハリベルであった。

 

「まぁ、これである意味西南殿のフォローにもハリベル殿も出られるってわけだ。ノイケ殿じゃ限界があったし、瀬戸殿が手を出せば霧恋殿達も警戒するだろうし」

 

「母の名前を出しても同じな気がしますが……」

 

「私の名を出しても同じだろ?」

 

「それは……まぁ……」

 

 結局誰の名前を出しても警戒される気がし、そのしわ寄せは全て水穂とハリベルが請け負うことは間違いない。

 特にハリベルの情報は機密扱いとされる可能性が高いため、樹雷でも教えられる者は限られるだろう。それは世二我やアカデミーも同じで、もちろん海賊にも知られるわけにはいかない。

 

 つまりハリベルはあらゆる者から狙われることになる。

 

 そのために、瀬戸は鷲羽に新型艦の設計製造依頼をしたのだ。

 それを水穂もハリベルもすでに理解している。まだ天地には話していないので、どこかで話さなければならないが、そこは鷲羽がタイミングを見計らって説明するだろうと考えていた。

 

「まぁ、流石に魎皇鬼の妹となると、それに集中しないといけないだろうから私は身動きが取れなくなるって瀬戸殿達に伝えといておくれ」

 

「承知しました」

 

「じゃ、話はこれで終わりだ」

 

 解散した一行はそれぞれに作業に戻る。

 鷲羽は引き続き研究に、水穂は前宴会の準備に、そしてハリベルは天地と畑仕事へ。

 天地も夜には正木紳士会という正木の村の男性(宇宙を知っている者のみ)の集まりがあるからだ。

 

 ちなみに正木淑女会の集まりは村の集会場で、正木紳士会は天地の家で行われる。

 

 何故紳士会だけ天地の家で行われるのかと言うと、単純にメンバー数が少ないからである。

 

 正木の村はびっくりするほど男性が少ない。天地を含めても十人もいないのだ。

 正木の村の頂点である遙照を含めても、である。

 

 天地は本来もっと先の話だったのだが、宇宙を知ったから特例として参加を認められた。

 天地と西南の幼馴染で霧恋の弟である海は、まだ地球人として育てているので紳士会に参加は出来ない。そして現状正木の村に他に参加が確定している男は、まだ赤ん坊の大老(たろう)だけだったりする。

 

 

 

 あっという間に夕暮れになり、水穂、天女、阿重霞、砂沙美は前宴会へと向かった。

 それと入れ替わるように男性陣が続々とやってきて、2階の客間へと上がっていた。

 

 遙照や信行も到着し、あっという間に勢揃いした紳士会。

 

 それを見送った魎呼は、

 

「なんとも寂しい野郎共の集まりだなぁ」

 

「それでも私らより多いけどね」

 

 天地、阿重霞、砂沙美がいないので、現在居間に残っているのは鷲羽、魎呼、魎皇鬼、ノイケ、ハリベルだけだった。

 美星はパトロールで夜まで不在である。

 

「みゃ~」

 

 魎皇鬼は砂沙美達と一緒に行けないことに寂しそうに鳴く。

 魎呼達も一応祝い事の前日と言うことで本日は寿司を用意したのだが、やはりいつものメンバーがいないのは、天地がいないのは寂しく感じる魎呼達だった。

 

 なので、しっぽりと卓を囲むハリベル達。

 

 時折楽しそうな笑い声が響いてくる2階に魎呼は視線を向ける。

 

「上、賑やかだな……。ジジババの集会で酒の肴にされたかねぇけどよぉ……ちと冷たいんじゃねぇか?」

 

 ボヤきながら猪口を傾ける魎呼に、鷲羽は苦笑し、

 

「二次会はこっちでやるんだから、文句言うんじゃないよ」

 

「みゃうん……」

 

 また寂しそうに鳴く魎皇鬼に、鷲羽は慰めるように膝に乗せる。

 

「もうちょっとで皆帰ってくるからな~」

 

「……そういやぁ、ノイケは何で行かないんだ?」

 

 魎呼は寿司を口に放り込みながらノイケに訊ねる。

 

 ちなみにハリベルはずっと静かに猪口を傾けていた。

 

「私は神木家の人間ですので、参加資格がないんです。あそこはあくまで遙照様の一族の集まりですから。遙照様の奥様であるアイリ様でさえ参加資格がないんですよ」

 

 あくまで正木の村一族とその親族の者の集まりなのだ。

 正確には遙照と亡くなった地球での妻〝霞〟の血族、および子孫達の集まりだ。

 

 なので阿重霞、砂沙美は厳密に言えば本来参加資格はないのだが、遙照と同じく現樹雷皇 柾木・阿主沙・樹雷の娘であること、遙照の母であり、霞の伯母である樹雷第一皇妃 船穂が阿重霞達を『娘』と公言していること、そして何より樹雷皇族柾木家の者であるため参加を認められた。

 

 だが、残念ながらアイリはあくまで『妻』、しかも未だ遙照の生存公表がされていないので内縁でしかない。

 

 玲亜も長年正木の村で、信幸や清音、天地達と家族同然に暮らして来ていたし、村人達も家族同然思っていたが、それでも掟。玲亜はこの結婚でようやく淑女会に加入が認められた。

 

「ってことは、アイツが来てたら今頃ここにいたってことか」

 

「そういうことですね、ふふっ」

 

 ちなみにアイリは未だに仕事わんこそば状態である。

 

「その代わり、明日の式には親族として参加できますから。逆に、2階や正木の村に集まっている方のほとんどは列席出来ないんですよ?」

 

「面倒だよな。全員揃ってパ~ッとやればいいのによ」

 

「遙照様の生存が公表されれば、盛大になりますよ。それこそ、銀河連盟中からVIPが招待されると思います」

 

「げっ……それはそれでめんどくさそうだよな」

 

 魎呼は顔を顰めて酒を注ぐ。

 

 それにハリベルも小さくため息を吐く。

 

「おや、ハリベル殿も何やら落ち込み気味だねぇ」

 

「……やはり、私が明日の結婚式に親族として参加することが場違いのように感じているだけだ」

 

 ハリベルは少し前にやってきた居候。しかも、依頼とは言え襲い掛かった者だ。

 更には樹雷の首輪付きになったとはいえ、現役の海賊。

 

 樹雷皇族の結婚式に参加する立場ではないと思うのは無理もないだろう。

 

「だからこそだと思うけどねぇ」

 

 しかし、鷲羽は魎皇鬼の頭を撫でながら言う。

 

「アンタがそう思ってるだろうって信幸殿達も感づいてたからこそ、参加してほしいって言ったんだよ。元々は瀬戸殿や遙照殿達が依頼したことだ。で、信幸殿も自分の息子のために戦って死にかけたハリベル殿に申し訳ないと思ってたんだろうさ。だからこそ、身内だけの行事に参加してもらって、少しでも早くこの家に馴染めるようにってことだよ。ま、要は信幸殿達の罪滅ぼしって奴さ」

 

「……そうか」

 

「それ、バラしていいのか?」

 

 信幸達の心境と狙いをあっけらかんと明かした鷲羽に魎呼は呆れながら問い、ノイケは空笑いを浮かべるしかなかった。

 ハリベルも小さくため息を吐くが、もちろん鷲羽は気にするわけがない。

 

「ぐふふふ! どうせハリベル殿なら気付いてるだろ?」

 

「……まぁ、な」

 

「それこそ平穏を知るには今回の結婚式はうってつけだろうよ」

 

「……」

 

 ハリベルは僅かに眉間に皺を寄せるが、何も言わずに猪口を傾ける。

 

「ここの連中は身内と受け入れた奴にはとことん甘いからねぇ」

 

「それであっという間にこの大所帯だもんな」

 

 魎呼がうんざりしたように言うが、魎呼がここに住んでおり、明日の式に出ることに誰も異論を出さないことがその証明である。

 

 時効になったとはいえ、樹雷を襲った大悪党を家族と認めているのだから。

 

 もっとも、正木の村の者達からすれば自分達が生まれるきっかけとなった存在でもあり、自分達が生まれる前のことなのでそこまで忌避感がないというのも大きな要因なのだろうが。

 

「……そういえば」

 

「どうされました?」

 

「西南や霧恋には連絡していないのか? 西南の家族もどちらにも参加出来ないのだろう?」

 

「西南さんのご家族にはすでに挨拶しているそうですよ。信幸さんも再婚ですから、式は身内だけでと伝えているようです。ただ、西南さんにはまだ伝えていないと思います。霧恋さんは知っているでしょうけど、今は西南さんの傍を離れられないでしょうから」

 

「まぁ、西南殿も前宴会にも式にも出られないからねぇ。アイリ殿もわざわざ帰郷を認めないだろうさ」

 

「それに……今帰ってきたらアイリ様の愚痴を色々と言われるかもしれませんからね」

 

「……なるほどな」

 

「やれやれ……遙照の奴をさっさと生存公表した方が色んな奴の為になるんじゃねぇか?」

 

「そ、それは……私の口からは……」

 

「更にはっちゃける可能性もあるけどねぇ、ぐふふふ!」

 

 

 なんだかんだでアイリの話題を肴に盛り上がり、阿重霞達が帰宅するまで楽しく過ごしたのであった。

 

 

 



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結婚式その3

 夜は更け、姦しい女達の前宴会が終わり、二次会となった柾木家。

 ちなみに寂しい男達の宴はまだ続いている。

 

 砂沙美と魎皇鬼は夜遅くなってきたのもあり、先に就寝。

 天地は未だ酔っぱらった親父達に捕まっている。天地の次に若者である珀嶺も、天女との仲で揶揄われていた。

 

 そして、女性陣は大浴場で湯に浸かりながら月見酒と洒落こんでいた。

 

 風呂桶に酒とツマミを乗せ、円を組んで駄弁る一同。

 ちなみに樹雷陣は湯着を身に着け、それ以外の面々は全裸である。

 

 ハリベルもなんだかんだで付き合っており、魎呼の横で静かに呑んでいた。

 

「いやいや……お父さんも色々あったのねぇ」

 

 天女が溜息をつきながら淑女会で聞かされた父である信幸の昔話を思い出していた。

 それにノイケが首を傾げ、

 

「今までお聞きになったことはないのですか?」

 

「お母さんの話はあちこちで聞かされたけど、お父さんの方は全っ然。正木の村ってちょっと特殊だから、親戚関係の話はあまりしないのよ」

 

「でも、素性を知った後なら色々と聞けるのではありませんか?」

 

 ノイケの言葉に美星も頷いていた。

 しかし、天女は意地悪そうな笑みを浮かべ、

 

「その精神的余裕があればね」

 

「え?」

 

「考えてもみてよ。天地の世代ならSFは身近な知識だけれど、私達の時代にはそんなものはほとんどないのよ? 宇宙に上がって見聞きするものを受け入れるだけで必死よ」

  

 天女は生まれて約80年。

 地球で初めてロケットが宇宙に到達したのは1942年。初めて衛星が打ち上げられたのが1957年、有人宇宙飛行は1961年。

 

 天女が地球人と思い込んでいた時代はまだまだ宇宙に行くのは計画段階途中だったのだ。

 

 それまでは宇宙と言う言葉や概念はあったが、それは人々の想像でしかなかった世界。

 

 そこにいきなり連れて行かれて、宇宙船を、宇宙ステーションを、宇宙人を――いや、見るモノ全てが見たことも聞いたこともないばかり。

 宇宙を知る度にどんどん新しい知識が与えられるのだ。アカデミーや樹雷に関われば、それは更に増える。

 家族のことなど聞いてる余裕など、それこそ数十年経たなければ無理な話だろう。

 

「私達なんて人が空を飛ぶことさえあり得なかった時代だからね」

 

 音歌達は飛行機どころか気球すらまだ存在しなかった時代の生まれ。

 宇宙という言葉すら、まだ日本には一般には広まっていなかった時代だ。

 

 それこそ狸にでも化かされたか、実は死んだんじゃないかと思う程の衝撃だったろう。

 

「それにお爺ちゃんの問題もあるから、宇宙の友人にも私達の素性は話せないし。それなら端から私達にも詳しい話をしないでおこうってことなのよね」

 

「宇宙に上がって数世代定着した私達も未だに自分の素性は話さないようにしてるから、天女ちゃんが知らないのも無理はないわ」 

 

 正木の村の住民達は、宇宙では基本樹雷出身の一般市民として公表されており、地球出身とは知られていない。真実を知らない者達にとって、【正木の村】とは第一皇妃 船穂の故郷である地球の『管理者』という役職、職場の名称でしかないのである。

 そして、ある程度事情を知っている者でさえ、公式には『船穂の妹の子孫』としか教えられておらず、遙照や阿重霞達のことは九羅密本家上層部、樹雷皇家上層部、そして瀬戸の部下達しか知らない。

 もし今のまま素性を明かせば銀河法違反となり、宇宙に上がることを認められなくなる可能性が高いのだ。最悪は不法占拠として訴えられ全員捕縛。西南の家族やまだ宇宙人であることを知らない海などは記憶を操作され、正木の村のことはなかったことにされるだろう。

 

「瀬戸様は正木の詳しい系譜やプロフィールを管理しているけれど、お父様の公式な生存発表がされるまでは極秘扱いね」

 

 水穂は酒を一口含むと、あることを思い出して玲亜に顔を向けた。

 

「ああ、それで思い出した。瀬戸様から玲亜さんの情報を調べてくるように言われてたんだわ」

 

 その言葉に水穂とハリベル以外の全員が僅かに驚きを露わにして顔を見合わせる。

 そして、揃って玲亜に顔を向ける。

 

「え? もしかして、誰も知らないの……!?」

 

 まさか天女や水音達すら知らないとは、水穂も流石に思っていなかったのだ。

 

「ねぇねぇ、玲亜ちゃんってどこの生まれなの? 正木の人間ではないのよね?」

 

 水音が明るい調子で訊ねる。

 玲亜はそれに気分を害する様子もなく、明るい笑みで答える。

 

「はい、私は【ジェミナー】と言われている()()()の生まれなんですが」

 

「へぇ、そうなん…だ……」

 

 水音は普通に頷いたが、内容の意味を理解して尻すぼみになっていく。

 他の者達も、鷲羽さえも数秒ポカンとし、ようやく内容を理解して驚いて揃って玲亜に詰め寄った。

 

 ハリベルも詰め寄るまではしなかったが、流石に僅かに驚きを顔に浮かべて固まっていた。

 

「ちょ、ちょっと!? 今なんて!?」

 

 慌てる水穂に玲亜はむしろ何で驚いているのか分からないといった感じで冷静に答える。

 

「ジェミナーから来たと」

 

「鷲羽様、ジェミナーって星、ご存じですか?」

 

「聞いた覚えないけど」

 

 鷲羽は目の前にスクリーンを起動させて検索する。

 

「ああ、いえ。他の星ではなく、異世界です。別の次元なんですが……」

 

 しかし、それでも誰も得心の得ない表情をしていることにようやく勘違いしていることに気付いた。

 

「あ、あら? 清音姉様から、お聞きになっていないのですか?」

 

『うん』

 

 玲亜の問いかけに水穂や天女、水音達、そして何故か鷲羽や阿重霞、美星達すらも頷いた。

 

「そ、そんな……」

 

 慌てる玲亜に、水穂と天女は頭を抱えた。

 

「あ、あの子はぁ~……。ここに来て、なんて爆弾を……」

 

「お母さん……」

 

「き、清音姉さん……。まさか誰にも言ってなかったなんて……」  

 

「え、まさか、お父さんまで知らないってことはないわよね?」

 

「いえ、流石にそれはないです。しかし、信幸さんは宇宙に上がったことはありませんから……」

 

「動いてたのは清音ってわけね。お父さんも多分お母さん達に流石に報告、相談していると思ってただろうから、わざわざ言わなかったんだと思うけど……」

 

「ってことは、清音殿の研究データがどこかにあるってことかい?」

 

 鷲羽の言葉に天女はハッとする。

 

「お母さんの亜空間倉庫……! お父さんが管理してるし、お母さんは特に研究にのめり込んでたわけじゃなかったから気にしてなかったけど。まさか、その中に玲亜さんのことが?」

  

「……だが、そこまで誰にも話さなかった理由はなんだ? 天地の母の死は突然だったことは聞いているが、芝居がかった遺書を作っていたとも聞いたが?」

 

 輪から外れて話を聞いていたハリベルの問いに、今度は玲亜も含めて顔を見合わせる。

 

 清音は老衰でこの世を去った。延命調整をサボったのが死因とされている。

 

「遺書に関しては、きっとお祖母ちゃんと冗談で作っただけだと思うのよねぇ。でも、誰にも話さなかった理由と言われると……」

 

「お母さんに知られたらモルモットにされるから……かしらね。他の人にまでとなると……」

 

「「他の人に盗られたくなかったから?」」 

 

 姉と娘の言葉に、玲亜達は呆れるしかなかった。

 

 しかし、疑問はまだ残る。

 

「でも、亡くなる直前まで研究してた痕跡が全くなかったのは……」

 

「……天地が生まれたから、かしらね」

 

 天地が生まれてからの清音の関心は全て天地に向けられていた。

 初めての息子というのもあったし、更に数年もしたら西南という新たな可愛くもハチャメチャな幼馴染も現れた。

 

 毎日のように怪我をしてしまう可愛い子達に、天真爛漫な清音は毎日が楽しかったのだろう。

 子供と言うのは、毎日違う姿を、毎日新しい発見を見せ、毎日何度でも見たくなるものだ。

 

「そう、ですね。西南君もいましたし」

 

「そうね。天女ちゃんと入れ替わって宇宙に来た時はいつも天地ちゃんと西南君のことばかり話してたし」

 

「……子育てに熱中して、研究のことを忘れていたと?」

 

「いえ、それもないと思います。恐らく、私の事情の問題です」

 

 玲亜が首を横に振ってはっきりと否定する。

 

「事情って?」

 

「今言った通り、私は異世界から地球に来ました。しかし、それは偶然ではなく、ある目的のためなんです」

 

「ある目的のため? 事故でこちらに来たわけではないと?」

 

「いえ、()()()()()()は事故なんです。本来は他の子がこちらに飛ばされてくるはずでした。ですが、私が興味本位で転送装置に触れたせいで……私がこちらに」

 

 玲亜は顔を俯かせて事情を話す。

 

「そこを清音姉さんに拾って頂き、正木の村に迎えて頂いたんです」

 

 鷲羽は腕を組みながら頷き、

 

「なるほどねぇ。で、その目的ってのは何なんだい?」 

 

「……こちらの世界の人と作った子供を向こうの世界に送ることです」

 

 告げられた内容に全員が首を傾げた。

 

「子供を?」

 

「なんで子供を?」

 

「こちらの世界の人と私達の間に生まれた子供はとても強いと言われています。そして、その子供をジェミナーに送り返し、ガイアを倒さなければいけないんです」

 

「ガイア?」

 

「私達の世界で暴れている敵です。私達の世界では人型ロボットが存在していたのですが、その中でも最強と言われるロボットが暴走して人々を襲い出したんです。古代文明の技術と遺物を使って製造されたため、誰にも止めることが出来なくなってしまって……」

 

「それで玲亜ちゃんの子供をって? それっていくら何でも悠長過ぎないかしら?」

 

「……あくまで二次的な計画だったんです」

 

「じゃあ、必ずしも送り返す必要はないということ?」

 

「それは……向こうの状況が分からなければ……。本来こちらに来るべきだった姉妹がどうなったのかとか……他の皆も無事なのか……」

 

 玲亜は目尻に涙を浮かべて顔を俯かせる。

 天女達は心配そうに玲亜を見つめる。

 

「鷲羽様。調べることは出来ないんですか?」

 

「可能だけど、ちょっと時間はかかるよ。まずは玲亜殿がこっちに来た時に通ってきた次元ホールを特定しないとね。それと玲亜殿、後で精密スキャンをさせて貰えるかい? 何故こちらの世界の人間との子供が強くなるのか、どう強くなるのかを把握しときたい」

 

「はい」

 

「やれやれ……まさか、こんな大事になるなんて……」

 

 水穂はこの事を瀬戸や船穂達にどう報告したものかと頭痛がしてきた。

 

「とりあえず、調べるのは明日の結婚式が終わってからにしませんか? 信幸さんはもちろん、遙照様やアイリ様にもお話しなければいけないでしょうし」

 

 再び頭を抱える水穂に、ノイケが空気を換えるように提案する。

 

 ノイケの提案に水穂達はもちろん、鷲羽も同意して話題を変えることにした。

 

 

 もちろん、話題は――天地と西南についてである。

 

 

「それにしても、せっかく西南ちゃんが宇宙に上がってきたのに全っ然会えないのがね~」 

 

 天女が伸びをしながら岩にもたれ掛かってボヤく。

 

「天女ちゃんは地球じゃどうやっても会えなかったものね」

 

「ホント、お母さんと入れ替わって驚かそうとしたのは失敗だったわ~」

 

「まだ西南さんには真実をお話ししていないんですか?」

 

 ノイケが首を傾げる。

 天女と水穂は同時に頷いて、

 

「水音達と同じく、今の西南ちゃんは周りから注目されてるから、下手に近づくと詮索されて正木の村のことがバレちゃうかもしれないからね。天女ちゃんもまだお母さんに止められてるの」

 

「霧恋ちゃんはまだ月湖ちゃんが地球にいるから、西南ちゃんと顔見知りだったって言っても深くは突っ込まれないけど、私達は流石にねぇ」

 

「この前のアカデミーの騒動を考えれば、下手に教えればどこから情報が漏れるか予想出来ないわ」

 

「ぐふふふふ! マスターガードと哲学科の集積用サーバーを吹っ飛ばしちまったからねぇ。しかも疑似人格のパーソナルデータでってんだから、あの時は笑っちまったよ」

 

「笑いごとじゃないですよ。あの時は私達だって心臓止まったかと思ったんですからね!?」

 

 天女は哲学科ではないが、アイリの工房で助手をしているので物によっては集積用サーバーを利用していたのだ。あくまでバックアップ感覚で、見られてもいいデータだけだったので、サーバーが吹っ飛んでも問題はなかったのだが、それも数百年分のデータとなれば絶対ではない。

 安全だと思われていたマスターガードとサーバーが、ミラーごと吹っ飛んだなどあの時信じる者はほぼいなかっただろう。

 

「しかも、その直前にはウィドゥーが自首してきて? 西南ちゃんに捕まった、だなんて意味分かんないことが起きてたし。霧恋ちゃんやハリベルさん達が捕まえた人間狩りやスパイがポンポコポンポコ送られて、私も手伝いに駆り出されて……」

 

「あの時は流石に瀬戸様やお母さん達も頭を抱えてたわね。西南ちゃんが悪いわけじゃないけど、事が事だったもの。あの時はまだ霧恋ちゃんが西南くんを地球に帰す気でいたから、バレないように色々仕込んだり」

 

「まぁ、そもそも霧恋ちゃんもやらかした1人なんだけどね」

 

「でも、やっぱり西南ちゃんのことになると霧恋ちゃん生き生きしてるわよね~」

 

 ニヤニヤしながら言う水音の言葉に、音歌達や水穂は頷いていた。

 

「まさか林檎様をあんな風に追い返すとは思わなかったわ」

 

「そうそう!」

 

「あんな風に、とは?」

 

 ノイケの質問に水音達は顔を見合わせて苦笑する。

 

「西南ちゃんの報酬金を渡そうと霧恋ちゃんに会いに行ったら、眠らされて、更には時間凍結出来る貴重品ケースに入れて宅急便で水鏡に送り返されたの!」

 

 まさかの内容にノイケや阿重霞は目を丸くし、魎呼とハリベルは呆れる。

 

「宅急便って……」

 

「林檎様というと、皇眷族立木家の方では?」

 

「そうよ」

 

「……よく立木家の方にそんなことを……」

 

「立木家ってどんな家なんだ?」

 

 魎呼がノイケに訊ねる。

 

「樹雷皇族竜木家とその皇眷族立木家は、とても温厚な方々で、特に女性の方々はとても可憐でお淑やかで愛らしいと有名なんです」

 

「お嫁さんにしたいナンバー1の家系と言えば立木家ってのが銀河連盟の常識になってるくらいなの」

 

「特に林檎様はその特性が強い方でね、多分霧恋ちゃん、滅茶苦茶罪悪感に襲われてたでしょうね」

 

「それでも西南ちゃんに近づけたくなかったってことね。ただでさえ、今の西南ちゃんの周りは美人揃いだから」

 

 水穂、天女、水音の言葉に呆れる魎呼と阿重霞。

 

 しかも林檎は自分の愛らしさを自覚していない。そして、更に子犬のように人懐っこいのだ。

 尻尾を振りながら満面の笑みで近づいてくる子犬を邪険にするのは普通の人間であれば罪悪感を抱くだろう。

 林檎はそれを特に刺激してしまうのだ。

 

「まぁ、こっちもこっちで美人が2人も増えたけどね」

 

 天女はノイケとハリベルを交互に見て苦笑する。

 

「ホント、天地もよく我慢出来るわよねぇ。西南ちゃんといい、どこでそんな精神力を鍛えたのかしら?」

 

「西南ちゃんは霧恋ちゃんや月湖ちゃんでしょうけど、天地ちゃんは誰かしら? やっぱり月湖ちゃん?」

 

「それはないんじゃない? だって天地ちゃんは少し前まで正木の村を離れて倉敷で暮らしてたし」

 

 水音の疑問に風香は首を傾げながら否定する。

 

 鷲羽はくつくつと笑いながら、

 

「どうせ魎呼と阿重霞殿の小競り合いと、美星殿の天然で慣れざるを得なかったんだろうさ」

 

「オメェだって人のこと言えねぇだろ! 何度実験とかほざきながら天地を裸に剥こうとしたんだよ!」

 

「なるほど……色気に我慢強いんじゃなくて、色気に酔う前にコメディになっちゃったって感じなのね、毎度」

 

 水穂はため息を吐いて、再びハリベルに顔を向ける。

 

「ってことは、ノイケさんとハリベルさんって、天地ちゃんにとっては初めての色気の強い女性って感じなのかしら?」

 

「おいこら水穂! アタシらに色気がねぇみたいなこと言うんじゃねぇ!!」

 

「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて……う~ん……なんて言えばいいのかしら。変に構えなくていいからこそ、色気を意識しちゃうんじゃないかってことかしら?」

 

「「「「ああ……」」」」

 

 水穂の言葉に天女、水音、音歌、風香が納得の声を上げる。

 

 魎呼と阿重霞は喧嘩に発展することが多く、美星も確率の偏りのせいでトラブルに巻き込まれる可能性が高く、鷲羽はマルモットにされかねない。

 天地の本能にそれが刻み込まれており、どこか無意識でいつでも逃げられるように構えているのだ。

 

 しかし、ノイケとハリベルにはそんな警戒心を抱く出来事はない。

 

 なので、天地は純粋に2人を女性として意識しやすい精神状態になってしまうということだ。

 

 水穂の推測にノイケは苦笑し、ハリベルは我関せずと猪口を傾ける。

 

「それにスタイルも抜群だしねぇ」

 

「ねぇねぇ、いつ天地ちゃんや西南ちゃんが爆発するか賭けない?」

 

「嫌よ。そんな賭けしたら瀬戸様やアイリ様達も参加して、大事になるのは目に見えてるもの」

 

「それが船穂様や霧恋ちゃんの耳に届いたら、後が怖いわ」

 

「うっ……確かに」

 

 水音は音歌と風香の言葉に頬を引きつらせて気まずげに提案を引っ込める。

 

 その後も本人達を前に、盛り上がる外野女性陣。

 

 

 お酒も回り始めたのもあり、姦しい女子会は深夜まで続いたのであった。

 

 

 



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結婚式その4

 結婚式当日。

 

 前日にとんでもない爆弾が発見されたが、流石に全員が結婚式に集中することになった。

 

 玲亜は社務所の方で水穂、水音達により着付けの手伝いをしており、柾木家の方では朝になってようやく長距離転送装置を使えるようになったアイリが大泣きしながらやってきて、鷲羽に泣きついていた。

 

 アイリはせっかく休まずに仕事を続けて、ようやく夜になって終えたというのに、肝心の転送装置を鷲羽によってロックされていたため結局朝まで放置されることになったのだ。

 鷲羽は軽く謝罪だけして、さっさと自分の準備に向かい、アイリは月湖達によって髪のセットをしてもらっていた。

 

 ちなみにハリベルは地球での正装など持っていなかったが、昨日の昼頃に、

 

「ハリベルさん、こちらを」

 

 阿重霞から突然衣装を渡されたのだ。

 

「……これは?」

 

「明日の正装ですわ」

 

 ハリベルは渡された衣装を見て、その織り方や手触りからその正体を見破った。

 

「……これは、まさか樹雷の正絹反物か? それもかなり上質の」

 

「流石は海賊、と言ったところですか。ええ、船穂様より頂いた物です。天地様や魎呼さん達の分も作りましたし、船穂様もそのつもりでお渡しになられたと思うので」

 

 今回水穂が来た時に船穂の土産として阿重霞に渡されたものだ。

 樹雷の正絹反物はそれぞれに工房があり、それぞれに糸や織り方が異なる。船穂など皇族工房の正絹反物は最高級品に指定されており、流通規制や監視がされている。樹雷の人間ですら滅多に手に入る機会はなく、海賊など夢のまた夢だ。ブラックマーケットすら流したら即逮捕されることが分かっているため敬遠するほどだ。

 

 それをポンと渡されたハリベルは僅かに眉を顰めるが、阿重霞は口元に手を当てて笑い、

 

「魎呼さんも同じ反応でしたが、残念ながらあなたがこれからもこの家にいるのであれば諦めるしかありませんわ。お兄様の生存公表がされた際には、表舞台に立つことになるでしょう。あなたは水穂様の部下でもありますし。その時の為に、それなりの上物の正装が必要ということですわ」

 

「……はぁ。非公式とは言え、樹雷皇族の結婚式ということか」

 

「そういうことですわね」

 

 ということで、ハリベルも上物の衣装を着て参加することになったのだった。

 

 渡された衣装に着替えたハリベルは、天地達と共に神社の本堂へと移動する。

 

 ハリベルの衣装は、デザインは魎呼と同じで色合いが異なるものだった。

 魎呼が上が白と黒、下が紅のズボンタイプ。ハリベルは上が白と紺色、下が青のズボンタイプだった。

 

 天地は袴。魎皇鬼は可愛らしいピンクのドレス。

 女性陣は、樹雷関係者は樹雷の正装、アイリや鷲羽はアカデミー、美星はGPの正装である。

 

 小さな本堂に左右に分かれて座った天地達で、勝仁が斎主として神前に立つ。

 そして、普段柾木家の門柱としている阿重霞のガーディアンが勝仁の両隣にいた。 

 

 参列者が全員揃ったところで新郎新婦が入場し、揃って斎主の前に移動する。

 

 そして、信幸達が斎主の前に膝をついた時に、()()は出現した。

 

 訪希深が神前に現れたのだ。

 

 普段の幼児形態ではなく本来の姿の縮小版だが、勝仁の背後に立ち、まさしく神として参加したのだ。

 魎呼達からすればツッコミどころしかないが、確かに神ではあるので止めるのもおかしい。もっとも、残りの二柱も親族として参列しているのだが。

 

 とりあえず、式は穏やかに―厳かに、ではない―進み、身内の式のためそこまで格式ばったものでもないため、すぐに本堂の外で和やかな談笑となった。

 

「ハリベルさん」

 

 玲亜がハリベルに声をかけ、頭を下げた。

 

「突然の参列だったのに、ありがとうございます」

 

「……気にするな。居候させてもらっている家人の母となる者の婚姻だ。世話になる者として祝うのが道理だろう」

 

「それでもですよ。これからも天地ちゃん達をよろしくお願いします」

 

「私も世話になる身だが……共に生きる以上出来る限りのことはしよう」

 

「はい」

 

「もっとも……どこかの理事長や鬼姫の対処までは受けかねるがな」

 

「あ、あははは……それは、まぁ……」

 

「ちょっとちょっと~、どういう意味よソレ~」

 

 話が聞こえていたようでアイリが天地の腕に抱きつきながら文句を言った。

 その後ろでは魎呼や阿重霞が睨んでいたが、アイリは全く気にする様子はない。

 

 そこに天女と水穂が半目で、

 

「そのままの意味でしょ。西南ちゃんのところでも鬱陶し気にあしらわれてるって聞きましたよ?」

 

「この前、西南君から私に苦情が来たしね」

 

「なによ! 可愛い子がいたら愛でるものでしょ!? アンタ達だって天地ちゃんや西南ちゃんに抱きつきたいって思うでしょ!?」

 

「「それは……まぁ……」」

 

 アイリの反論に屈する娘と孫娘。

 

「ただでさえ天地ちゃんも西南ちゃんも邪魔者がウジャウジャ増えたってのに、抱きつける時に抱きつかない奴がおかしいのよ!!」

 

「邪魔者って……増やしたのお母さん達じゃない」

 

 天地に関してはノイケとハリベル。西南は霧恋と雨音にエルマ。

 

 主に主導したのは瀬戸だが、それをアイリは承認して手助けしているので同罪である。

 なのに邪魔者と宣うのだから、ただの自業自得でしかない。

 

 その後もアイリと天女が色々と引っ掻き回し、水穂は父母からの結婚話を躱し、天地は結婚式に当てられた女性陣から滅茶苦茶にされた。

 最後には全員で記念撮影もした。

 

 それでも昼過ぎには全ての行事が終わり、一度解散となって天地一同は私服に着替えて居間でのんびりすることにした。

 

 鷲羽の用意したナノマシンで撮った写真をあっという間に現像して確認する天地と鷲羽。

 

 魎呼達は座敷の方でのんびりし、ハリベルは鷲羽の部屋の扉の横にもたれかかっていた。

 

「綺麗だったね、玲亜お母さん」

 

「そうね」

 

「花嫁さん、いいですねぇ。憧れちゃいますぅ」

 

「うふっ、美星は美咲生ちゃんに先越されちゃったわねぇ」

 

 ノイケの揶揄いに美星は涙目になる。

 

「いいなぁ、美咲生ちゃん……」

 

 色々と騒動になったものの、それでも結果的に丸く落ち着き当人達は幸せになったのだから文句はない。羨ましいのは変わらないが。

 

 それに阿重霞が胸に手を当てて、

 

「あぁ……いつか私も」

 

 と、夢に浸ろうとしていたが、寝転がっていた魎呼が起き上がって、

 

「砂沙美に先越されたりしてな」

 

「むっ!」

 

 そう揶揄ったが、

 

「魎呼も魎皇鬼に先越されないように気を付けな」

 

 鷲羽の追い打ちに魎呼もギクリとする。

 

「うっ……そ、そんなわけ……」

 

「みゃ?」

 

 全く話を理解していない純真な魎皇鬼の声に、全員が動きを止める。

 魎呼はこの話題の不利を悟って、幼児形態でユラリと浮かんでいた訪希深を指差す。

 

「そ、それより! なんで訪希深が偉そうに式に出てたんだよ!」

 

「しかも、神前に立つなんてどういうおつもりです?」

 

 他の者達も気になっていたので、全員が訪希深に注目する。

 

 すると、訪希深は薄っすらと本体を座敷の前に投影した。

 

『だから我がいたのだ』

 

 訪希深の言葉に魎呼達がポカンとすると、

 

『それと、あの場にいたのはちょっとした理由があってな』

 

「理由ってなんです?」

 

 美星が素直に問いかけると、

 

「な~い~しょっ!」

 

 と、幼児モードで可愛く誤魔化した。

 

 それに本性を知っている魎呼と阿重霞はイラっとしたが、訪希深は戦闘特化した頂神であることを思い出してグッと堪えた。

 ハリベルはそのやり取りに呆れるも、

 

(わざわざあの場に顔を出す理由。考えられるのは……玲亜の素性、か)

 

 異世界より来た女性。

 

 多次元を管理する頂神が何か関わっていても不思議ではない。

 しかも、頂神達が待ち望んだ存在である天地の異母弟なのだから。

 

 ハリベルは疑問を口にしようとしたが、その前に天地が口を開いた。

 

「ねぇ、鷲羽ちゃん。ゴタゴタしてて言い忘れてたんだけど……」

 

「なぁに? 私にも花嫁衣裳を着て欲しいとか?」

 

 鷲羽の冗談に魎呼と阿重霞が睨みながら掴み掛ろうとしたが、

 

「俺がZに斬られた時のことなんだけど」

 

 天地の問いに阿重霞もあることを思い出した。

 

「Zと言えば、襲ってくる直前にノイケさんに何かおっしゃってらしたですわねぇ?」

 

「そういやぁ、ノイケの様子も変だったしな」

 

 Zが襲ってくる直前、鷲羽がノイケに何か話しかけた直後、急にノイケが動きを止めたのだ。

 その直後に、宇宙からZの攻撃が襲い掛かり、なんと地球は半壊した。

 

 その戦いの中で天地は超次元の存在に覚醒し、鷲羽と津名魅が頂神であること等色々と判明したのだ。

 

 もっとも、これは頂神達の力で時間が戻され、Zの存在は天地達以外記憶にも記録にもなかったことにされたのだが。

 ハリベルも結局鷲羽や天地達から話を聞いただけで、実際にどのようなことが起きたのかは知らない。

 

 これは瀬戸達もハリベルと同じである。だからこそ、ハリベルを当て馬にしたというのもある。

 

「おお! Zはノイケ殿の目を通して私達を監視してたんだ~」

 

「「「ええ!?」」」

 

 あっけらかんと言い放った鷲羽に、天地達は驚きを抑えきれず、ノイケに顔を向ける。

 全く身に覚えのないノイケは、テレポートしてきた魎呼に胸倉を掴まれてもポカンとしていた。

 

「てめぇ! スパイだったのか!?」

 

「誰もスパイだなんて言ってないだろ。ちょっと黙ってな」

 

 あっという間に全身を簀巻きにされて拘束された魎呼。

 魎呼を拘束した鷲羽は、未だ要領を得ないノイケに声をかける。

 

「ノイケ殿、ちょっとスキャンしたいから、ここに座ってもらってもいいかい?」

 

 天地が座っている一人掛けソファを指差して、ノイケを呼ぶ。

 天地はそれに慌てて立ち上がって場所を空け、ノイケは訳も分からぬまま、されど素直にソファに座る。

 

「ほいっと」

 

 顔が付いたボールをノイケの頭に乗せ、ボールは乗せられたと同時に目の部分がピコピコと光り出す。

   

「くっそ~!」

 

 魎呼がバタバタと魚のように跳ねて暴れているが、一向に拘束が外れる気配はない。

 その様子に阿重霞はため息を吐き、鷲羽に向き直る。

 

「何故こんな大事なことを今まで黙ってらしたんですか? 鷲羽さん」

 

「別にノイケ殿が意識的にやったことじゃないからねぇ」 

 

「……つまりノイケは操られていたと?」

 

「ん~……そうとも言えるし、そうでもないと言えるかねぇ」

 

 その時、スキャンが終わったのか、ボールの両目が同時に点滅する。

 

「お、結果が出た様ね」

 

 鷲羽は手元にモニターを展開して、スキャンデータを確認する。

 天地と阿重霞も横から覗き込むと、そこに表示されていたのは細胞のデータのようだった。

 

 拡大されていくとそこには何やらマークのようなものが付けられていた。

 

「やれやれ……やっぱりクレーか」

 

 天地達は因縁ある名前が出てきたこと、そしてハリベルは有名な哲学士の名前が出て眉を顰める。

 

 Drクレーとは鷲羽と同輩である哲学士の男だ。

 守銭奴であり、金払いが良ければどんな相手でも依頼を受けるポリシーの持ち主だ。

 美術品のコレクターでもあるが、あくまで自分の価値基準にあった物を愛でるタイプで、発明品も悪趣味的な物も多いが、その知識と技術力は決して馬鹿に出来ない。

 

 天地達とは訪希深の繋がりでイザコザがあった仲である。

 クレーは訪希深の部下として動いていたのだが、結局天地達に負けて逮捕。今は保釈金をケチるために服役している。

 主である訪希深が今鷲羽の元にいることを知れば、どのような反応をするのか。鷲羽は地味にそれを楽しみにしていたりする。

 

 ハリベルは直接会ったことはないが、クレーが開発した宇宙船を使っていた海賊ギルドが、とあるコロニーで暴れ、逃げてきた住民達をハリベルが保護して撃退しようとしたが、コロニーを破壊して逃げられたという苦い記憶があるので、名前を憶えていたのだ。

 

 ちなみにその海賊はのちに瀬戸によって撃墜されている。

 

 しかし、それが何故Zに関わっているのか。

 

「一体どういうことでしょう?」 

 

 阿重霞の疑問にもちろんノイケは答えを知るわけもなく。

 

 そこに訪希深が腕を組んで舞い降りてきた。

 

「そのようなことは、被害者本人に訊けばよかろう」

 

 そう言った訪希深は一瞬本体に戻り、右手でノイケを透過しながら何かを掴んだ。

 訪希深は掴んだモノをノイケ達の傍で開放する。

 

 それは白く輝く光の玉のようなものだったが、すぐに形を変えて少女の姿になる。

 

 銀の長髪の可愛らしい少女だが、額にはクレーのロゴマークが刻まれていた。

 

 突如現れた少女にノイケは呆然とする。

 今の話が事実であれば、自分の中にこの少女がいたことになるからだ。

 

「君は、あの時の……」

 

 しかし、なんと天地はこの少女と知り合いのようだった。

 

 その言葉に鷲羽は全てを理解して納得する。

 

「やっぱりね」

 

「やっぱりって……どういうことなんですか?」

 

 鷲羽は天地が覚醒した時の状況を知っているので、この少女の存在は把握していたのだ。更にやり直した時間でも天地はこの少女と出会っていた。

 

「天地殿とは時間、質量が違うせいで、出現時間のポイントがずれたか、例の人物の仕業か。とにかく、ノイケ殿が母親だと思っている人物に拾われて、男を繋ぎ止める材料に赤ん坊まで退行させられて。ま、その違法改造したのがクレーってこと。その改造のせいでアストラルが分化して、2つの人格を形成。天地殿に会いたいというこの子の意識を、Zが利用していたのね」

 

 まさかの展開に天地とノイケはもちろん、誰もが唖然とする。

 

「その利用と言うのは、あくまで監視に関してということか? それとも、この家に来る流れまでもZが作ったということか?」

 

「流石にそこまでの力はZにはないよ。だから、あくまでノイケがこの家に来ることになったのは偶然。はたまた運命って奴だねぇ」

 

 ハリベルの疑念を鷲羽がはっきりと否定し、それにノイケはどこかホッとする。

 

 すると少女が目を開き、天地を見つめる。

 

「……ごめんね。でも、お兄ちゃんに会いたかったの。お礼、言いたかったし」

 

「そうだったんだ。いいんだよ。会えてよかった」

 

 天地は優しく微笑んで、少女を許す。

 少女も微笑んで、

 

「あの時は、助けてくれてありがとう」

 

 と、ようやくお礼を言えたのだった。

 

 天地も心残りが消えたことにホッとして、あることを思い出した。

 

「ねぇ、ところであの時言ってた、私もってどういう意味?」

 

「私も神我人なのにっていう奴?」

 

「「ええ!?」」

 

「か、神我人?」

 

 まさかの名前に鷲羽や魎呼達は目を丸くする。

 

 少女はむしろ当然のようにはっきりと頷く。

 

「うん! 私、神我人の女性体部分だもん」

 

 その言葉に鷲羽は顎に手を当てて、少女を観察する。

 

「……そういやぁ、あいつの子供の頃そっくり」

 

 鷲羽の言葉に阿重霞は困惑を隠せずに詰め寄る。

 

「どどどど、どういうことでしょう? 鷲羽さん」

 

「神我人って元々雌雄同体だったんよ」

 

「へ?」

 

 鷲羽は少し気まずそうに阿重霞から視線を逸らしながらあっけらかんと告げる。

 

「あいつ、女嫌いって言うか、母性を嫌っててさぁ」

 

「はぁ?」

 

「いやまさかこんな出会いがあるなんてねぇ! 事実は小説よりも奇なりなんてねぇ!」

 

「何か誤魔化そうとしてませんか?」

 

 勢いで誤魔化そうとする鷲羽に阿重霞が訝しむと、美星が首を傾げながら、

 

「神我人の女嫌いってぇ鷲羽さんのせいじゃないんですか?」

 

「……鷲羽~?」

 

 美星の言葉に色々と思い出した魎呼が鷲羽を睨む。

 

 神我人は元々鷲羽の友人であり同輩であった朱螺凪耶のクローンとして生まれ、鷲羽の弟子として生きていた。

 しかし、鷲羽と色々あって魎呼、魎皇鬼、そして当時移動母艦としていた『双蛇』を乗っ取り、鷲羽を封印し、宇宙統一を目論んで樹雷を、始祖樹津名魅を狙い、そして地球にやってきたのだ。

 

 この少女は鷲羽を封印した際に切り離された神我人の分体ということだ。

 

 そこを超次元生命体に孵化しかけていた天地の意識体が過去に跳び、助けようとした。しかし、先程の鷲羽の言う通り、天地は本来の身体に戻り、少女は別の時間に跳ばされてしまったというわけだ。

 

 

 つまり……今回の騒動全ての発端は、鷲羽にある。

 

 

「あ~、じゃあ後はどうするか?」

 

「「誤魔化すな!!」」

 

ゴォン!!!

 

 阿重霞と魎呼が同時に怒鳴って鷲羽の頭に拳を叩き込む。

 魎呼、阿重霞、天地は神我人と色々、本当に色々あったので流石に怒りが抑えきれなかったのだ。

 

「……やれやれ」

 

 流石に鷲羽も責任を感じているので、大人しく殴られ反論はしなかった。

 神我人との戦いは本当に天地が死にかけたり、魎呼と阿重霞、砂沙美(津名魅)も危なかったのだから、仕方のないことではある。

 

「で、どうする?」

 

「このスッゴイ嫌なマークのプロテクトを外してくれたら、ノイケに同化できるよ。どうせ私、ほとんど生まれたばかりの赤ん坊と同じ質量しかないから、さほど影響は出ないし。私の記憶は残るけど、お兄ちゃんと出会った時のだから、いいよね!」

 

「……あの夢はあなたの記憶だったのね。……そうね、歓迎するわ」

 

 ノイケはこれまで時折危険な目に遭い、誰かに救われるという夢を何度も見てきた。

 その助けてくれた男性が天地に似ていたことが、好意を抱くきっかけにもなった。それが実際は天地本人だったのだから、断る理由はノイケには全くない。

 

 他の人にはない、自分だけの天地との特別な繫がりなのだから。

 

「……頑張ろうね」   

 

「え? ……ええ」

 

 言葉の意味を理解して、苦笑しながらも頷くノイケ。

 

「じゃあ、プロテクト外すわよ」

 

 鷲羽がコンソールを簡単に操作すると、少女の額のマークが消える。

 それを実感した少女は嬉しそうな顔でノイケに駆け寄って、足元にしがみつく。

 

「そうだ! またお兄ちゃんと一緒にお食事して、お風呂に入ろうね!」

 

 そう言いながらノイケに同化して消えた少女。

 

「「「「ええ?!」」」」

 

 少女の最後の暴露に天地、ノイケは顔を赤くし、魎呼達も驚きの声を上げる。

 

「こ、こらテメェ、今のどういう意味だ!?」

 

「2人でお風呂って、2人で~!!」 

 

「アタシだって2人っきりなんてねぇんだぞ!?」

 

「どういうことですか!? 白状するまで許しません! ダメダメダメ~!」

 

「みゃあ! みゃあ!」

 

 なんだかんだでいつもお互いに監視するような状態だったため、魎呼も阿重霞ももちろん、砂沙美や美星も天地と2人でお風呂は実現したことがなかったのであった。

 それがまさかの抜け駆けをしている者が、それも最近来た者が実現していたなど認められるわけがない。

 

 あっという間に居間は阿鼻叫喚に染まり、鷲羽やハリベルは少し離れた場所から苦笑しながら眺めていた。

 

「やれやれ……賑やかだねぇ」

 

「……一つ、まだ疑問があるのだが」

 

「なんだい?」

 

「そのZとやらの戦いはお前達の力で時間を巻き戻したのだろう?」

 

「そうだね」

 

「つまり、本来Zに斬られたことで出会った神我人の女性体部分との出来事もなかったことになったのではないのか?」

 

「いや。時間を巻き戻した後、美咲生殿のイザコザの時にね。因果の帳尻合わせで過去に跳んでるのさ」

 

「……なるほどな。だが……神我人を殺した男が、神我人が斬り捨てた女性体部分を過去で救い、更にはそれが全く関わりのないはずの場所で退行させられたというのに何も知らずに成長して婚約者になる、か……」

 

「くっくっくっ! 出来過ぎっちゃあ出来過ぎだけどね。それもまた、超次元の存在に覚醒した天地殿の影響かもしれない」

 

「……お前達超次元生命体は時空、時間を超越する。未来で完全に覚醒した天地がノイケのために、と?」

 

「その可能性もある。他の理由かもしれないけどね。まぁ、もうこれに関しては終わったことさ」

 

 どのような理由にしろ、すでにノイケは柾木家に来て、神我人の女性体部分を受け入れたのだから。

 流石に頂神と言えど、また時間を戻す理由はない。 

 

 鷲羽はニヤリと狂気的な笑みを浮かべる。

 

「さ~てぇ、次は異世界人さんの方だねぇ。どぉんなデータが取れるやら。けっけっけっ!」

 

「……はぁ」

 

 鷲羽の興味はすでに玲亜に向けられていることに、ハリベルはため息を吐き、また天地の心労が増えるのだろうなと思うのだった。

 

 



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新艦完成

 結婚式から2日後。

 

 玲亜に関する調査が始まったが、清音の亜空間倉庫が全く整理されていない魔窟だったため、いきなり頓挫してしまった。

 天女や水穂、アイリが頭を抱えながら、一つ一つ中身を確認していた。

 

「あ~!! なによコレぇ!! 全く分類分けされてないじゃない!」

 

「ちょ、ちょっとコレ! アカデミーの研究資料じゃない!? い、一体いつから!?」

 

「っていうか、そもそもこの亜空間倉庫、どこで手に入れたの?」

 

 と、何かを見つける度にツッコミが起こり、全く作業が進まなかった。

 鷲羽は流石にプライベートもあるため、そちらの作業は家族に任せ、自分は玲亜の生体スキャンや次元ホールの調査を進めていた。

 

 しかし、鷲羽にもなればそれは片手間でも出来る作業なので、まずは遂に終わったハリベルの新造艦のお披露目に移ることにした。

 

「ってことで! お披露目だよん♪」

 

 テンション高めの鷲羽がお茶目に手で示したのは、真っ暗な超巨大な水槽だった。

 これは調整槽で、修復ナノプローブを含んだ水で満たされている。

 

 ハリベル、暇だったので付いてきた天地、砂沙美、魎皇鬼、ノイケは覗き込むも全く中は見通せなかった。

 

 今ハリベル達がいるのは鷲羽の研究施設のとある一室である。

 以前スクアーロンを貰ったドックともまた違う部屋で、薄暗いがかなりの広さがある。

 

「みゃあ?」

 

「どこにあるの?」

 

 魎皇鬼と砂沙美が揃って首を傾げる。

 

「ぬふふふ。まぁ、そう慌てなさんな」

 

 にんまりと笑う鷲羽がパチンと指を鳴らす。

 

 水槽内が明るくなり、その中身が露わになる。

 

「これは……」

 

 水槽内に鎮座していたのは、漆黒の宇宙船だった。

 その見た目は地球で言う全翼型戦闘機。胴体や尾翼がない、主翼のみで構成されている。

 

「……これってステルス戦闘機、ですか?」

 

「まぁね。と言っても、似ているのは外見くらいで、こっちの方が大きいし、中身も性能も別次元の別物だけどね」

 

「それはまぁ……宇宙船ですからね」

 

「あの船体は魎皇鬼のクリスタルとは違うのか?」

 

「ああ、ここからだとそれっぽく見えるけど、近づくとクリスタルじゃないって分かるよ。言ったろ? あくまで素材はアカデミーでも再現可能な物しか使ってない」

 

「しかし……あれでは居住区もジェネレーターも……。まさか、魎皇鬼や皇家の船同様、内部は亜空間固定されているのですか?」

 

「流石はノイケ殿♪」

 

「……ジェネレーターは特別製か?」

 

「ああ。と言っても、すでにこれも他でも使われてる奴だよ。ハリベル殿の胸元にね」

 

 ニンマリと笑って爆弾を放り投げた鷲羽に、ハリベルは目を丸くする。

 

「ラグリマだと……? 複製したのか?」

 

「まぁねぇ~。でも、あくまでジェネレーターだからガーディアン系のプログラムまではコピーしてないよ。それをあの船には2つ積んである。ハリベル殿のラグリマとリンクさせてあるから、ラグリマのエネルギー補給も出来るよ」

 

「……」

 

 この時点ですでに頭痛を感じ始めているハリベルは、盛大に眉を顰める。

 その様子に鷲羽はご満悦そうにニコニコしており、ノイケ達は呆れ笑いを浮かべるしかなかった。

 

「そ、それで鷲羽お姉ちゃん? 性能的にはどれくらいなの?」

 

「うん? まぁ、流石に宝玉や皇家の樹ほどの出力は出せないよ。ハリベル殿のラグリマも合わせれば……第二世代艦クラス。ジェネレーターだけなら、第三世代よりちょい上くらいってとこ」

 

 やや不満げに言う鷲羽にハリベル、砂沙美、ノイケは手で顔を覆う。

 天地はよく分かってないので、3人の反応からとんでもないことなんだろうなぁ…と推測していた。

 

 ちなみに一般的な皇家の樹とは第三世代を指し、第二世代ともなると無条件で樹雷皇族に選ばれる。

 瀬戸や船穂、阿重霞の船が第二世代であることからも、十分すぎる性能であることは疑いようもない。

 

「……光鷹翼は出ないだろうな?」

 

「そりゃ流石に無理。あくまで高出力なだけだよ」 

 

「亜空間固定をしていて、それだけの性能を出せれば十分すぎますよ……」

 

 ノイケはもはや頭を抱えて呻くように言う。

 もちろん鷲羽にそんなことを言っても聞いてくれるわけもない。

 

「うはははのは~。まぁ、ハリベル殿のラグリマがなかったら出来なかった船だからねぇ。さて、中に入ろうか」

 

 船は魎皇鬼など同様生体キーで入ることが出来る。

 ハリベル達が揃ってブリッジに転送された。

 

 どんなブリッジになっているのかと、ハリベルはやや恐怖すら抱いていたが、転送されてすぐに中を見渡すと、まさかの光景に目を見開いた。

 

 ブリッジの内装はスクアーロンとほぼ同じだったからだ。

 唯一異なるのは、艦長席の背後にある八面体の水晶体である。

 

「ブリッジはハリベル殿の船と同じにしてみた。ずっとこの船で活動するなら変えたけど、しばらくは入れ替えながらになりそうだからね。慣れた内装の方が良いと思って」

 

「……それは助かる」

 

「ブリッジは亜空間固定で独立してるからね。ハリベル殿は艦長席から他の亜空間に転送されるし、他の亜空間からだったら直接艦長席に転送されるよ。他の子達は増える可能性もあるから、ブリッジの中心から転送され、中心に転送されるようにしてある」

 

「……あのクリスタルは……まさか頭脳体、か?」

 

「おや、流石だねぇ。おいで」

 

 鷲羽が声をかけると、水晶体は青色に淡く光って浮かび上がる。

 

 そしてフワリと鷲羽達の前に飛んできた。

 

「オカアサ! オカアサ!」

 

「お~よしよし。いい子にしてたね~」

 

 水晶体は拙い言葉で鷲羽にすり寄り、鷲羽も抱きかかえて優しく撫でる。

 

 そして、鷲羽は水晶体をハリベルへと差し出した。

 

「……オカアサ、コノヒト、ダレ?」

 

「ほら、話したろ? この人がお前のマスターになってくれる人だよ」

 

「マスター? マスター! マスター!!」

 

 水晶体は犬のように喜んで、ハリベルの胸へと飛び込み、ハリベルは水晶体を優しく受け止める。

 

「……魎皇鬼や皇家の樹同様、感情や意識は成長するタイプか」

 

「ああ、せっかくだからね。ハリベル殿には悪いけど、ラグリマとのリンクも考慮して、徒波と合わせてちょっとした実験をさせてもらいたいんだ」

 

「実験?」

 

「基本的にこの手のコンピューターコアユニットはノイケ殿の鏡子ちゃんとか皇家の樹などの生体ユニットとの組み合わせか、魎皇鬼タイプって感じでね。今回は純粋な高度学習型コンピューターユニットで、どう成長するかってデータが欲しいんだよ。もちろん、ある程度徒波からのデータも使ってるけどね」

 

 これは現在アイリや天女達が開発中のコンピューターユニットと同じコンテンツであるが、アイリ達はあくまで皇家の樹をモデルにしているが、鷲羽は完全にオリジナルのプログラムで創り上げた高度学習AIである。

 恐らく現在清音の魔窟捜索を行なっている3人に、これを教えれば少なくともアイリと天女は崩れ落ちるに違いない。

 そしてもちろん、鷲羽はそのことを知っていて、ハリベルの船に搭載したのだ。

 

「……出来ればスクアーロンの方で試してもらいたかったが……」

 

「この手の特殊な船の方が良いデータが集まるんだよ。さて、マスター登録は済んでるから、その子に名前を付けてあげてちょうだい」

 

 ハリベルは青く光る水晶体を見つめ、

 

「………サフィロ」

 

 と、名付けた。

 

「サフィロ? サフィロ、サフィロ! サフィロ!!」

 

 サフィロは嬉しそうにハリベルの周りを飛び回る。

 その姿にハリベルも小さく微笑み、鷲羽達も微笑ましく笑みを浮かべていた。

 

「みゃあ!」

 

 砂沙美の頭の上にいた魎皇鬼が、ハリベルの肩に飛び移る。

 

「みゃあみゃあ!」

 

 魎皇鬼の声にサフィロも動きを止め、魎皇鬼に近づく。

 

「……ダァレ?」

 

「みゃあ!」

 

「その子は魎皇鬼って言うの。私は砂沙美だよ!」

 

「リョウオウキ? ササミ?」

 

「うん! それでね、こっちが天地お兄ちゃんで、ノイケお姉ちゃん!」

 

 砂沙美がいつもの人懐っこさでサフィロに天地達を紹介する。

 

「テンチオニイチャン? ノイケオネエチャン?」

 

「そうそう! かしこいね!」

 

「みゃあ!」

 

「サフィロ、カシコイ!」

 

 嬉しそうに砂沙美の周りを飛び、魎皇鬼と追いかけっこを始めるサフィロを、天地達は微笑みながら見つめる。 

 

「その子は他の亜空間にも移動出来るよ。船からは出られないけど、ラグリマを通して話も出来るし、外の様子も見てるからね」

 

「……承知した」

 

「居住区とかは後で部下の子達と確認しておくれ。さて、そんじゃあ最後に今回の目玉と行こうか。ハリベル殿のご注文の品だよ」

 

 サフィロも伴って移動した先は、格納庫と思われる場所だった。

 

 そこに鎮座していたのは、自動車サイズの宇宙艇。

 フォルムは新型艦と同じで、地球人が見れば無人ステルス偵察機と勘違いしそうな見た目をしている。

 それが全部で5機、並んでいた。

 

「これは……」

 

「一人乗りの宇宙戦闘艇さ」

 

「宇宙戦闘艇、ですか?」

 

「まぁ、まさに地球の戦闘機みたいなもんさ。小回りが利くし、レーダーにも映りにくい素材で造ってるから、偵察や奇襲に向いてるよ」

 

「……これの動力源もラグリマのコピーか?」

 

「ああ。これらにも2つ組み込んではいるけど、この母艦と比べたら小型だから、スクアーロンよりもちょっと遅いし、戦闘力も低いから気を付けな」

 

「それが当然だろう。……上に乗って操作することは可能だな?」

 

「もちろん。サフィロのサブユニットをセットしてるから、慣れれば魎皇鬼や皇家の樹のように思考で操作することが出来るはずだよ」

 

「承知した」

 

「しかし……何故このようなものを?」

 

「ハリベル殿はそこらへんの宇宙船なら、ラグリマを解放した姿や義体姿でぶった切れるからねぇ。つまりは宇宙船に対して白兵戦を仕掛けるつもりってことさ。魎呼もたまにやってた戦い方だね」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「ハリベル殿なら大丈夫だよ」

 

 心配そうに眉尻を下げる天地に、鷲羽はにこやかに笑って断言する。

 

 天地や魎呼を追い込んだハリベルならば、大型GP軍艦や皇家の船でもない限り苦戦することはないだろう。

 未熟な射手であれば、まずハリベルに射撃を当てることすら困難だ。

 

「部下の子達の義体も積んである。その義体と一緒に、ハリベル殿のラグリマと同じように船やサフィロとリンクさせ、義体と入れ替われるキーを置いてあるよ」

 

「分かった」

 

 重要項目の説明を終えた鷲羽達は船の外、先程の調整槽の外に戻る。

 

「でだ、最後に……この船の名前は何にする?」

 

 ハリベルは調整槽に漂う新型艦を見つめる。

 

「……『ネグロアギラ』」

 

「黒鷲だね。じゃあ、小さい方は『(クエルボ)』とでもしようか」

 

 ささっと名前を決めた鷲羽は、素早くコンソールを操作して最後の調整を行う。

 

「じゃあ、早速で悪いんだけど一度試運転してきて貰っていいかい? 瀬戸殿とチョビ丸には私から連絡しとくからさ」

 

「……分かった」

 

「じゃ、お願いね」

 

 笑みを浮かべた鷲羽は、調整槽の窓の横にあるコンソールのスイッチを押す。

 同時にハリベルはネグロアギラのブリッジに転送され、調整水が抜かれ始める。

 

 艦長席に転送されたハリベルは、球体の水晶型操縦桿に手を乗せる。

 ブリッジ内の機器に明かりが点り、ハリベルの周りに複数のモニターが表示される。

 

 サフィロがハリベルのすぐ傍にやってきて、

 

「マスター、オソトイクノ?」

 

「ああ、お前の初航海だ。行けるな?」

 

「ウン! オソト! イク!!」

 

 サフィロがテンションを上げて躍動するようにハリベルの周囲を跳ねる。

 

 そのテンションに同調するように、起動したネグロアギラからまるで唸り声のような音が響く。

 

 引き抜かれている調整水が波打ち、ネグロアギラが僅かに浮上する。

 鷲羽がコンソールを操作すると、ネグロアギラの前方に亜空間ゲートが開く。

 

「みゃみゃあ~!」

 

「行ってらっしゃ~い!」

 

 砂沙美とあの頭の上に乗った魎皇鬼が手を振って、ネグロアギラを見送る。

 

 それに応えるようにネグロアギラからヴォオオン! と、エンジン音と思われる音が轟き、直後急加速してゲートへと飛び込んだ。

 

 そして、柾木家前の池から空間迷彩を起動しながら超高速で宇宙へと上がる。

 

 1分もせぬ間に衛星軌道上を通過したネグロアギラは空間迷彩を起動したまま、チョビ丸がいる太陽系境界を目指す。

 

(これならジャンプせずとも1時間もしない内に到着出来そうだな)

 

「オソト! オソラ! タノシイ! タノシイ!!」

 

「……ふっ」

 

 嬉しそう楽しそうに騒ぐサフィロに、ハリベルは笑みがこぼれる。

 柾木家に行く前のハリベルであったら、間違いなくサフィロを排除まではしなくとも鬱陶しい位には思っていただろう。しかし、柾木家の、天地達の温かさに触れた今のハリベルからすれば、魎皇鬼と同じ子供であるサフィロを微笑ましく思い、どこか心が温まる。

 

 ハリベルはサフィロをもっと楽しませようと、ついでに飛行性能を試すつもりでアクロバティック飛行を行う。

 

 サフィロはアクロバティックをする度にキャッキャッと喜ぶ。

 

 ある程度遊んだハリベルは、サフィロの様子に微笑みながらもデータを確認する。

 

(……スクアーロンでの最大速度だというのに、まだまだジェネレーターは余裕か。消耗どころか熱すら帯びていない。今の数倍の飛ばしても戦闘に支障はなさそうだな……。それはつまり皇家の樹や魎皇鬼がそれだけ化け物染みているということか)

 

 ハリベルは内心ため息を吐き、この船の扱い方を思案する。

 

(艦船登録など出来るわけがない以上、この船は間違いなく海賊認定されるわけだが……あまり派手に動くと目立ちすぎる。そうなれば、逆に動き辛くなる可能性は高い)

 

 アイリや水穂、瀬戸の名前を出せばいいとは言われているが、流石にそう簡単に受け入れられはしないだろう。むしろ、艦船登録していなかった事実を咎められ、GPやアカデミーの調査が入る可能性がある。

 

(こんな船を使い程度で使うなど……やはり伝説の哲学士と鬼姫は常軌を逸しているな。……いや)

 

 ハリベルはため息が漏れそうになったが、隣でまだウキウキしているサフィロを横目で見る。

 

()()()()()のサフィロ、か。このような子供をずっと隠し、閉じ込めておくのは、樹雷の者達からすれば憐れみを抱くだろうな。となれば、いずれは義体の方でも何かしらの海賊と名乗らされる可能性はあるか……)

 

 だが、今はまずこの船に慣れなければならない。

 更にアパッチ達の義体との相性や性能なども見極めなければならないし、船や義体を入れ替わる生活にも慣れて行かなければならない。

 

 特に西南関連の手伝いをさせられるのは間違いないだろう。

 何故ならこれから西南のために、魎皇鬼の同型艦が造られるのだから。

 

 そうなれば、間違いなく宇宙は荒れる。

 

 ハリベルはその中心の裏側で動かなければならないのだ。

 

 気を緩め、浮かれている余裕は……まだまだ持てない。

 

 

 憂鬱になりかけたハリベルは、サフィロで和むことにした。

 

 

 




鮫関係じゃねぇんかいと思う方が多いでしょう
すいません(ーー;)
なんかそれはそれでバレそうな気がしてしまいまして


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