まちカド☆白書 (伝説の超浪人)
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1話「え、浦飯さん?私には無理ですー!」

バトルものは初めて書くので、初投稿です。
アニメを両方リアルタイムで見ていた人と語り合いたい!一番好きな漫画は幽☆遊☆白書です。


――夢を見た。

 

 

「おい、起きろって」

 

 

誰かの声が聞こえる。知らない人の声だ。

 

 

「おいってよ」

 

 

ゆっくり私―吉田優子―は目を開けると、誰かが目の前で座っていた。

 

 

「よーやく起きやがったか」

 

 

――めっちゃ怖!何この人めっちゃ怖い!

 

私の目の前でヤンキー座りをしていたのは黒髪のリーゼントの男の人でした。

 

もう見るからにヤンキーって感じです。道着みたいな服を着ていて、年齢は私より上のように見えます。

 

 

「なんだ、夢かぁ」

 

「あほか!寝ようとすんじゃねー!」

 

「ご、ごめんなさーい!」

 

 

知らない人だし、眠いので布団でもう一度寝ようとするとすごく怒られました。やっぱりこの人すごく怖い!

 

 

「あのー、どちら様でしょうか……?」

 

 

恐る恐る聞いてみると、その人は「調子狂うな……」とぼやきました。

 

なんでしょう、私を何故か残念なものを見るように見てきます。失礼な人です。

 

 

「俺は浦飯幽助ってんだ。おい、俺をこんなとこに閉じ込めてなんか用かよ?」

 

「ち、違います!こんなところ初めて来ました!」

 

こんな何もない空間なんか初めて来たのに、疑いをかけられてます。大体ここはどこなんでしょうか。

 

「じゃあオメーが俺をここに閉じ込めたんじゃねぇのか?てっきりここはオメーの領域《テリトリー》の中かと思ったが……」

 

「領域《テリトリー》?何ですか、それ?」

 

 

初めて聞く単語でした。なんか響きがかっこいいですが、よく意味は分かりません。

 

私がそう返事すると、浦飯さんは頭をかいていました。

 

 

「……なんか違うみたいだな。あの領域に入った感覚もねぇし」

 

「あのー、どうして私たちはこんなところにいるんでしょうか……?」

 

「さぁな。まったくよー、知らねぇところにいたかと思えばここから出れねぇし……どうしたもんかね」

 

 

どうやら浦飯さんは何故ここにいるのかわからないらしい。ということは……

 

 

「もしかして、迷子なんですか?」

 

「誰が迷子だ!誰が!」

 

「ほわ――――!!?」

 

 

やっぱり怖いですよこの人!私は布団に引きこもりました。

 

布団ガードです。お母さんさえ封じ込める防御力です。

 

 

「おい。オメーの名前は?」

 

「吉田優子です……」

 

「そっか。何か分かったら教えろや。俺も出れるように色々やるけどよ」

 

「は、はい……」

 

 

布団に包まれると段々眠くなってきた私に浦飯さんは色々言ってきました。色々って何をやるんだろう……

 

段々意識が遠くなり、溶ける感覚がしました。

 

そして目の前には、見慣れた天井が広がっていました。

 

 

「なんだ、やっぱり夢でしたか」

 

 

まちカド☆白書 1話「え、浦飯さん?私には無理ですー!」

 

 

その日は変な夢を見たかと思って起きたら、角や尻尾が生えててびっくり。

 

お母さんに相談すると「実は我が家は闇の一族です」とか言われてまたびっくり。

 

我が家の貧乏生活は光の一族の封印によるものだから、光の一族である魔法少女の生き血をご先祖が封印されている邪神像に捧げる必要があるとか何とか。

 

もうてんこ盛りです。意味が分かりません。

 

もちろん1ヵ月4万円の貧乏生活から抜け出せるならばと外出します。

 

しかし車にひかれそうになったところを桃色魔法少女に助けてもらいました。

 

なんていう1日でしょう。もう疲れたので早々に寝ました。

 

 

「おい!」

 

「出たぁー!」

 

「俺はお化けじゃねぇ!」

 

 

夢だけど夢じゃなかった!この人、ここにいました!

 

 

「オメー、角と尻尾が生えてるな。妖気も感じるし、オメー魔族として覚醒したみたいだな」

 

「この姿を見ても、浦飯さんは驚かないんですね」

 

こんな姿になって自分としてはすっごく驚いたんですが、周りの人は普通に受け入れているから、何だか私が変なのかと思い始めました。

 

 

「まぁな、俺も魔族だしよ」

 

「え、そうなんですか?でも私みたいに角とか生えてませんよ?」

 

「魔族にも色々あるしよ、俺の親父……いや先祖か、特に人間と大きく姿が変わったタイプじゃなかったからな」

 

「へー、魔族にも色んな人がいるんですね。あ、ご先祖で思い出したんですけど……」

 

 

私は今朝お母さんから聞いた話を浦飯さんに話した。聞き終わるまで浦飯さんは何も言わず、じっと考えていた。

 

 

「光の一族だの闇の一族だの……知らねぇことが多いな。ま、とりあえず俺はオメーのご先祖じゃねぇことは確かだ」

 

「そうなんですか?」

 

「結婚はしたが子供はまだできてねぇからな。最後の記憶は大会で優勝した後バカ騒ぎしたところで終わってっから、どうしてこうなったのかはわかんねぇが」

 

 

お母さんが言うには、私のヤギの様な角と、悪魔の様な尻尾は先祖返りのせいだというし、ご先祖は邪神像に封印されているという話だった。

 

それから考えると、確かに浦飯さんは全く違う姿だ。

 

浦飯さんが私のご先祖というのはなんか違う気がします。

 

しかしそれ以上に聞き逃せない単語がありました。

 

 

「え、結婚しているんですか!?」

 

「おうよ。まぁ今はそれはどうでもいいな。ここから出なきゃ始まんねぇ」

 

「そ、それでいいんですか……?」

 

 

どうでもいいって……奥さん大変だろうなぁ……。

 

 

「話を戻すけどよ、俺の親父もそうだったが、お前の先祖もどっかで生きてるかもな」

 

「そんなに長生きするものなんですか?」

 

「俺の親父は700年前に子供作って、その集大成が俺っていうことらしいから、それもあり得るんじゃねぇか?」

 

 

700年後の子供って、もうほとんど血なんか残ってないんじゃないかなぁと思うけど、魔族だから何でもありなのかなぁ?それに自分の子供だって分かるんだろうか。

 

 

「はー、気の長い話ですねぇ」

 

「オメーのお袋さんは、えーっと、魔法少女の血があれば封印が解けるって言ってんだな?」

 

「あ、はい。そう言ってましたけど……」

 

 

お母さんは生き血を捧げると言ってましたが、すさまじくバイオレンスです。喧嘩もしたことがない私にはハードルが高すぎると思います。

 

 

「ならよ、その封印が解ければ、俺も外に出れるんじゃねぇか?ここで霊丸とか色々やったけど全く変わんなくてよ!」

 

「えーっと、私には分からないんですが……?」

 

「物は試しだ!何、別に殺す必要はねぇ!半殺しにして言うこと聞かせりゃいいってことよ!」

 

「怖いですよ!やっぱり浦飯さん、危ない人です!」

 

「おいおい、中には問答無用で襲ってくる連中だっているんだぜ?俺は優しいほうだって」

 

「嘘だー!絶対嘘だー!!」

 

 

やっぱり魔族とはバイオレンスなのでしょうか。とてもじゃないですが、そんな人たちと戦えそうにありません。

 

しかも突然襲ってくる人たちもいるんですか!?

 

 

「そんな急に襲ってくる人たちなんて見たことないです!もしかして浦飯さんの嘘なんじゃ……」

 

「そうでもないぜ。街中で狙撃されたり、病院内の人間を俺たちもろともぶっ殺そーとする奴もいたり……そういや、仙水にはオレん家の部屋ぶっ壊されたっけか」

 

「えぇ……マジですか?」

 

 

一体何があればそんな状況になるんでしょうか。この人、すごく恨みを買っているんじゃないでしょうか。

 

 

「マジマジ。ところでオメー、喧嘩したことねぇだろ?」

 

「はい……お恥ずかしながら、一度もないです……」

 

 

喧嘩どころか、最近まで入院を繰り返して、まともに学校にいけないくらい病弱な私です。

 

 

「なら俺が喧嘩のやり方を教えてやるぜ!」

 

「えぇー!?」

 

 

どう考えてもスパルタに決まってます!しかもすごく偉そう!

 

 

「つーか、オメーが魔法少女にやられたら、ここから出れねぇかもしれねぇしよ。まず喧嘩は度胸だ!」

 

「ど、度胸ですか……?」

 

 

一体どんな顔何でしょうか。いったん浦飯さんが後ろを向き、徐々にこっちに向いてきます。

 

 

「……殺すぞコラ……」

 

「ほわ―――――!!?」

 

 

凄まじい顔でした。青筋は浮かんでいるわ、目がつり上がりすぎておかしなことになっているわ、もうやばいとしか言いようがなく、私は悲鳴を上げました。

 

 

「それじゃ怖いんじゃなくて、ただの危ない人ですー!」

 

「そのセリフ、ダメ松にも言われたなー。けどよ、目でおどす、声でおどす、顔でおどす。戦いの第一条件だぜ?ほれ、やってみろ!」

 

「こんな訓練嫌ですー!」

 

 

 

がんばれ優子!幽助の特訓を乗り越えて、魔法少女を打ち倒せ!努力は報われるぞ!(CV:ジョルジュ早乙女)

 

つづく




話を作るきっかけはシャミ子がご先祖に体を操作される魔族の子孫だったから。
あれ、これ雷禅じゃない?
でも雷禅だとシャミ子がビビりまくって無理だわ→じゃあ幽助だな!ダメ松の時も行けたし!という安直な理由。

そのために先祖は犠牲になったのだ……。

見てくれる人がいたら次回も書きたいです。


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2話「これが私の必殺技、霊丸です!」

霊丸のシーンは初めて書くので、初投稿です。



「あー、何か疲れました……」

 

 

早朝の通学路で思わずぼやいてしましました、吉田優子改めシャドウミストレス優子です。

 

寝ている間中ずっと浦飯さんの喧嘩講義を無理やり教わされていたら、朝になってました。

 

眠気は感じないですが、精神的疲労がたまっている感じです。

 

 

「優子おはよー」

 

「杏里ちゃん、おはようです」

 

 

友人の杏里ちゃん。黒髪ショートの運動が得意な彼女は、昔から私に声をかけてくれる人で、クラスの中で一番仲がいい子です。

 

そんな杏里ちゃんですが、私の姿を見て立ち止まりました。

 

 

「……うぅん?」

 

 

杏里ちゃんは私の上から下までマジマジと眺め、一度目をこすり、もう一度私を見ました。

 

 

「……ごめん、なんか角生えてる?」

 

「やっぱりそう見えますよね!」

 

 

周りの人たちの反応があんまりにも変わらないので、自分だけしか生えているのが見えてないかと思いましたが、ある意味安心しました。

 

杏里ちゃんにその場で説明しようとしましたが

 

 

「クラスでまとめて話したほうが、手間が省けるんじゃない?」

 

 

ということで、クラスメイトにも事情を説明しました。

 

 

「そーなんだー」「生えるとき何か痛くなかったの?」

 

 

なんというか、事情を説明するとあっさりと対応したみんなの対応力が怖いです。

 

なんでしょうか。上手くいっているのに、逆にもやもやするというか、もどかしい感じです。

 

 

「でも魔法少女なんてどこにいるんでしょうか……昨日その人物は見かけたんですけど」

 

 

皆の質問に答えつつ、どうすればいいか相談しました。お母さんも浦飯さんもそういう探すことに関しては何も言ってませんでしたし。

 

 

「……そういえば、魔法少女ってA組に1人いるよね」

 

「あーいるよねー、強い子」

 

「えぇ!?いるんですか!?」

 

 

いるのも変ですが、皆に魔法少女と認識されているのもおかしいです!しかも皆受け入れているし!

 

 

「んじゃ見に行ってみよー!」

 

「あぁ、杏里ちゃん!待ってくださいー!」

 

 

私は引きずられるように杏里ちゃんに連れられて、A組に行くことになりました。

 

まだ心の準備ができてないのにー!

 

 

 

2話「これが私の必殺技、霊丸です!」

 

 

 

「あれが千代田桃さん。中学が一緒だったんだ」

 

 

杏里ちゃんが指さした方向に座っていたのは、肩まで伸ばした桃色の髪の少女が本を読んでいました。

 

ほあー!あの人は昨日私を助けてくれた桃色魔法少女ではないですか!

 

 

「え、知り合いなの?」

 

「昨日、色々助けていただきまして……」

 

「ほうほう。何でも6年前に世界救ったって言うし、人助けもいつもしてもおかしくないね」

 

「ワールドクラス!?」

 

 

なんということでしょう。生き血をもらわなければならない魔法少女は、世界を救った戦闘力を備えてました。

 

 

「そ……そんな、ワールドクラスなんて……私なんか地域クラスだって言うのに……」

 

「ほんとぉ?」

 

「た、多分……」

 

 

きっと凄まじいパワーを持つに違いありません。いや、でも誰にでも弱点はあるはずです!

 

 

「なんかこう、弱点みたいなものはないですか?」

 

「うーん、あんまり喋らない人だから……握力計はぶっ壊してたね」

 

「半端ないです!」

 

 

お相手は魔法少女ではなくゴリラですか?

 

だ、ダメだぁ……勝てっこない……。私の喧嘩のイロハを知って強くなりましたが、まだ早いです。

 

 

「一旦帰りましょう、一時退却です。そう、作戦を練る必要が……」

 

「千代田さーん、D組の闇の一族の吉田さんが用事だってー!」

 

「裏切者ー!」

 

 

何故呼び出すんですか!まだ何も考えてないのに!

 

そうこうしているうちに魔法少女が私の目の前に立っていました。

 

やはり昨日の桃色髪の魔法少女です。

 

目の前に来ると……で、でかい。私の頭一個分大きいくらいです。

 

 

「……あ、昨日の……小さい子」

 

「な、なにおう!?」

 

開口一番、魔法少女は失礼なことを言いました。

 

むがー!小さい子だと!?ちょっと人より成長が遅いだけです!

 

 

「ごめん、悪気があったわけじゃなくて……本当に小さかったから……」

 

「ゆ、許しません!!私はシャ、シャドウミストレス優子!ご先祖のため、我が家の呪われた封印を解くために、魔法少女と勝負しに来ました!」

 

 

そう、ここで浦飯さんから教わった目でおどす、声でおどす、顔でおどすです!

 

表情筋に力を籠めまくります。なんか、顔が熱くなってきました。

 

きっとあまりの怖さに腰を向かしているに違いありません!

 

そう思いちらっと桃色魔法少女の顔を見ると、怪訝そうな顔をしていました。

 

 

「……大丈夫?顔真っ赤だよ、体調悪い?」

 

「睨んでいるんですよコンチクショー!!」

 

 

この魔法少女、私を弄んできます!もう許せません!

 

私は浦飯さんに教わったことを思い返してました。そして教わった中でも魔族的にかっこいい技を繰り出すため、私は拳に力を込めました。

 

 

「いくぞ!必殺、内臓殺しー!おりゃ―――――!!!」

 

 

凄まじい打撃が桃色魔法少女のお腹に集中して繰り出されます。まさしく拳の弾幕です。

 

浦飯さんはこの技で桑原という人が1週間ご飯が食べられなくなったそうです。私のこの技で無理やりダイエットさせてやります!!

 

そして私に許しを乞うことになり、生き血を手に入れるのです!

 

絶え間ない攻撃に、桃色魔法少女は反撃を返せません。

 

あ、あれ……何か私の脇腹が痛くなってきた……。

 

 

「ぐ、ぐふぅ……」

 

「あ、優子が倒れた」

 

 

あまりの攻撃スピードで、私のほうが先に足をついてしまいました。だが、この攻撃なら桃色魔法少女もひとたまりもないはず……って

 

 

「な、何故あなたはこの攻撃を受けて平然としているのですかぁ……あ、気持ち悪い……」

 

「避ける必要性を感じなかったから……大丈夫?」

 

 

おまけに桃色魔法少女に背中をさすられてます。く、悔しい……。

 

 

「私の必殺技が、効かないなんて……」

 

「魔力も筋力もないから、あれじゃ私にダメージはないよ……」

 

「こ……これで勝ったと思うなよー!!」

 

 

これは退却ではない!未来への転進だから大丈夫なのだ!

 

私は自分にそう言い聞かせ、その場を去った。そう、もっと強くなる必要があるのだ。

 

 

「んで、オメーは泣いて逃げたってことか」

 

「な、泣いてません!あの時は目汁が出ただけです!」

 

 

その日の夜、夢の中で浦飯さんに報告するとバッサリ言われてしまいました。

 

 

「浦飯さんに言われた通りやりましたけど全然ダメでした!原因は浦飯さんにもあると思います!」

 

「へー、面白れぇこと言うじゃねぇか」

 

「あぁ、指鳴らして来ないでください!暴力反対!」

 

 

ダメです、この人すぐに暴力に訴えかけようとします。このままでは夢の中でもダメージを受けてしまいそうです。

 

そういえば、あの魔法少女は魔力を使う、と言ってました。

 

つまり私でも魔力を使えることができれば、大幅パワーアップするに違いありません。

 

 

「ま、魔力です!魔力を使って戦えれば、もう不覚を取ることはありません!教えてください!」

 

「魔力ねぇ……俺にはオメーからは妖力しか感じられねぇが、まぁどっちでもいいか。オメーは今全く使い方分かんねぇ状態か?」

 

「さっぱりです。魔力と妖力って何か違うんですか?」

 

「さっぱりか。まぁ俺んとこじゃオーラっつうか力のことを魔族は妖力、人間は霊力って呼んでただけだ。魔力っつーのは全然聞かなかったな」

 

 

単に呼び方の違いみたいです。まぁここは話を合わせて、妖力と呼んでおきましょう。それにこっちのほうが怪しげな響きで強そうですし。

 

 

「自分で言っといてアレですが、そんな不思議パワーが、私にあるのでしょうか?」

 

 

せいぜいアニメや漫画くらいでしか見たことがない力です。一体どうすれば使えるのか、見当がつきません。

 

それにあーゆーのは湧き上がる力とか言いますが、角が生えてから感じるのは頭の重みだけです。

 

 

「俺も最初コエンマに言われた時はそんな感じだったな。よっしゃ、これから妖力の使い方と、俺の十八番を教えてやるぜ」

 

「十八番ってことは必殺技ですか!?」

 

「おう!これで色んな奴を倒してきたもんよ」

 

 

つ、ついに必殺技です!ゲームみたいに遠距離技でしょうか!それとも近距離のえぐい技でしょうか?

 

初めての必殺技習得に心が躍ります。思わず尻尾もブンブンです。

 

 

「右手の人差し指に全身の力を集めるつもりで、気持ちを集中してみろ」

 

「……?」

 

 

私は言われた通り、右手の人差し指気持ちを集中してみました。集中です、集中……。

 

 

「!?何か、指が光って熱くなってきました!?」

 

 

指先が赤く輝き始めました。熱いのもどこか心地よさを感じます。これが、妖力……でしたっけ。

 

「それで狙いをつけて撃ってみろ。心で念じて、心で引き金を引くんだ。ま、拳銃のイメージだな」

 

「それで技名を言うんですね!この技の名前は!?」

 

 

そう聞くと浦飯さんはニッと笑いました。今までで一番さわやかな笑顔で、思わずドキッとしました。

 

 

「霊丸だ!覚えとけ!」

 

「分かりました!……心で念じて、心で引き金を引くイメージ……」

 

「的はあれだ」

 

 

浦飯さんが組んでいた手から、右手の親指だけで指し示したものは、商店街の看板でした。

 

 

「……何であんなものが……?」

 

「いや、どーやら像の目の前に置かれると、その物がこの空間に入ってくるみてーでな。だからここには看板とか、オメーん家の物や学校の物があるってわけよ」

 

 

周りを見渡すと、確かに学校のものとか……あれ?あそこにあるの、私のゲームですよね。

 

ま、まぁ良いです。私はたまさくら商店街のマスコットキャラ「たまさくらちゃん」の看板に狙いを付けました。

 

その綺麗な顔、吹っ飛ばしてやります!

 

 

「くらえ!霊丸!!」

 

 

人指し指から飛び出した赤い妖力の塊はまるで弾丸のように突き進み、たまさくらちゃんの頭を吹っ飛ばしました。そして霊丸はそのまま突き進み見えなくなりました。

 

自分で撃ったはずなのに、目の前の光景が信じられませんでした。

 

しかし体から力というか、何かが減っている感覚と放ったときの衝撃を未だに感じていました。

 

 

「こ、これが霊丸……!これが私の必殺技!」

 

「オメーの全身から出てる妖気を指先に集中して放つ霊丸だ。多分だが今のオメーのパンチの数倍の威力ってとこだろうな。まぁ俺の初めての時と威力はあんま変わんねぇ感じだな」

 

 

凄まじい威力です。これはもう今までの私じゃありません。

 

言うなればそう、超優子です!

 

 

「これなら勝てる!桃色魔法少女に勝てますよー!!」

 

「ついでに言っとくが、今のオメーの妖力じゃ1日1発が限度だからな。鍛えればもっと撃てるようになるけどよ。後ここは夢の中でも、妖力は消費するからな」

 

 

何か色々浦飯さんが言ってましたが、もう恐れるものは何もありません。その後妖力の使い方を教わって、目が覚めました。

 

待っていろ桃色魔法少女!この超優子が相手です!

 

 

登校し、お昼休みまで待ちました。お昼前ですと授業に影響が出てしまうかもしれませんですし、何よりごはん前で奴もお腹がすいてパワーダウンするかもしれません。これも戦略です。

 

 

「今日こそ終わりだ、桃色魔法少女!」

 

「それ長いから……桃でいいよ」

 

 

私は杏里ちゃんとA組にやってきて桃色魔法少女に指をさします。もちろん右手の人差し指です。

 

桃は余裕そうな顔をしています。しかし、その顔をしていられるのも今の内です。

 

こちらにはそう……必殺技があるのだから!

 

 

「そう言ってられるのも最後だ!私は霊丸という必殺技を会得したのだ!」

 

「おお!必殺技とは!見せてシャミ子!」

 

「誰がシャミ子だー!」

 

 

杏里ちゃん、変なあだ名付けないでください!

 

 

「……シャミ子、もう必殺技なんて身に着けたの?」

 

 

ほら、もう桃色魔法少女がマネしてきたじゃないですか。まったく、戦いの場がゆるくなっていくではないですか。

 

 

「シャミ子じゃなーい!!シャドウミストレス優子!」

 

「いーじゃん、長いし。こっちのほうがかわいいよ」

 

「杏里ちゃんはどっちの味方ですか!?」

 

 

気が散ります。まさか、これが心理作戦!?

 

危ない危ない、私はクールな魔族です。こんな作戦には乗りません。

 

 

「ならばその体で味わうがいい、桃よ!くらえ、霊丸!!」

 

 

私は妖力を集中して放ったはずでした。しかし何も起こりません。

 

 

「優子ー、何も起きないよ?」

 

「そ、そんなはずはありません!今朝はたまさくらちゃんの看板を吹き飛ばすほどの威力が出たんです!」

 

「………!」

 

 

妖力を右手の人差し指に集中しようとしますが、一向に集まりません。おかしい、浦飯さんの前では撃てたのに……。

 

 

「ちなみに、それは1日何回撃てるの?」

 

「桃……な、なんかすごい顔してません?」

 

 

何か凄まじく怒っているような顔つきです。まだ何もしてないはずですが……?

 

 

「気のせいだよ、早く言って」

 

「えっと、確か……」

 

 

決して桃の圧力に負けたわけではありません。原因を私は思い返してました。

 

何回でしたっけ。確か浦飯さんが言ってたのは……。

 

『今のオメーの妖力じゃ1日1発が限度だからな』

 

 

「1日1回……だったような?」

 

「んじゃ、今朝撃ったんじゃもう駄目じゃない?」

 

「あ」

 

 

確かにもう回数オーバーです。夢だからカウントされないと思ってました……!

 

確か浦飯さんが夢でも妖力を消費するって言っていたような……。

 

 

「………ドンマイ?」

 

 

桃の右手が私の左肩に乗りました。その目は、とても慈愛に満ちていました。

 

――それは、憐みの目でした。

 

 

「こ、これで勝ったと思うなよー!!」

 

 

私はその場を後にしました。何か目に水分がこみ上げるような気がします。

 

これは涙ではありません!修行の汗です!そう、魔法少女を倒すための、努力の汗です!

そうなんです!

 

 

 

頑張れシャミ子!今回は負けたが、妖力も頭も鍛えて立派な魔族になるのだ!(CV:ジョルジュ早乙女)

 

つづく




最後に霊丸を使えなかったところですが、原作でシャミ子は夢の中で色々変身したりしていたので、魔力を使っていると考えたからです。
必殺技ってやっぱり男の子のロマンですよね。


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3話「桃よ、これが霊丸……え、筋トレと駄菓子ですか?」

意外とカットする場面が難しいので、若干アレンジ。



「く、くそったれ!」

 

「ふっふっふ、浦飯さん。どんどん私が有利になってますよ」

 

 

私の目の前の数字が消えていく。かなり頭を使うが、妹の良子と散々戦ったのでこれには慣れている。

 

対して浦飯さんは計算は苦手のようだ。ふふふ、私圧倒的です。

 

 

「どうしたんです?このままでは私の圧勝ですよ?」

 

「うるせー!こっからだ、こっから!」

 

 

しかし勝敗は明らかだった。少し消しても、浦飯さんの方はどんどん積み上がっていく。

 

そして、浦飯さん側の画面一番上までブロックが積み上がった。

 

 

GAME OVER  WIN YU-KO

 

 

「私の勝ちですー!」

 

「だー!くそったれ!俺はこういう頭使うゲームは苦手なんだよ!」

 

 

夢の中で私たちがやっていたゲームは「ゲームバトラー」

 

スポーツ・格闘・クイズ・パズルなどあらゆるジャンルのゲームを挑んでくるゲー魔王を倒すというものである。

 

もちろんプレイヤー同士も対戦できる代物で、かなりのレトロゲーですが、貧乏な我が家ではこういうレトロゲーしかできないのです。

 

今対戦していたのは、その中でもかなりめんどくさい代物で、パズルのジャンルの「スリーセブン」というものだ。

 

簡単に言うとぷよぷよみたいなおちものゲーであり、落下してくる数字を、縦横いずれかの数字が「合計7」になるようにするゲームである。

 

最初は低難易度でも碌にクリアできないが、慣れてくれば案外行けるゲームである。

 

しかし浦飯さんは格ゲー専門らしく、こういう頭を使うゲームは苦手なようだ。

 

さっきまで散々格ゲーで昇竜拳くらいまくってボコボコにされてたので仕返しです。

 

意外なのは、ヤンキーにしか見えない浦飯さんがゲームを結構やるということで、夢の中で対戦することとなった。

 

現実で邪神像に捧げられた(正確には目の前に置いた)ものを、夢の中で再現できるということらしい。

 

何で対戦するのか聞くと「オメーが起きてる間、結構暇なんだよ」ということだ。

 

確かに最初のころは何も置かれてない空間だったので、気が狂いそうな空間ではありました。

 

 

「一旦ゲーム中止だな。しかし、やっぱりゲームは対戦したほうが張り合いがあるなー。ここにいると対戦相手がいねーからよ」

 

 

ここにあるのはこたつやゲーム、漫画、たまさくらちゃんの看板、昨日の夕飯、お菓子などはあれど、遠くを見ると暗く、何も見えず闇が広がってます。

 

 

「この空間に1人だと、やること限られてきますねー」

 

「まぁな。修行もしてるが、それだけじゃな。なぁなぁ、今度店の中のたばことか酒の前とかに置いてくれよ。この家誰も飲まねーから口がさびしいんだよな」

 

「うーん、お店の前に置いていいんでしょうか……?」

 

 

何か窃盗みたいな感じがして、ちょっと気が進みません。お巡りさんに目をつけられたら怖いですし……。

 

 

「別にギってくるわけでもねーんだから、問題ねーって」

 

「ギってくるとは何でしょうか?」

 

 

馴染の無い言葉です。何かの暗号でしょうか?

 

 

「あん?万引きのことだよ。したことねーのか?」

 

「ないですよ!ダメです、お巡りさん来ちゃいます!」

 

 

ダメだこの人!本当に犯罪してる!しかもしていることがさもとーぜんのような感じです。

 

 

「サツに捕まるほどヘボくねぇって。ケケケ」

 

「この人に教わっていいのか疑問に思い始めました……」

 

「ま、やってたのは中坊のころだ。今はさすがにやってねぇよ」

 

「当たり前です!」

 

 

せっかく高校にちゃんと通えるようになったのに、補導されるわけにはいきません。

 

悪の道に染まらないよう気をつけないと。

 

……なんだろう、魔族的には浦飯さんの言っていることのほうが正しいのでしょうか……?

 

 

「よし、遊びの時間は終わりだ。修行やんぞ!」

 

「どんとこいです!……あ、でも少しは手心をですね……」

 

「まかせとけ!あの桃ってやつをぶっ倒せるようにきつくいくぜ!」

 

「ひー!?」

 

 

そこからは思い出したくないほど扱かれました。

 

夢の中では筋力アップできないということで、妖力のコントロールと高める修行が中心ですが、あれは修行というより単なる拷問です。

 

そして修行中、夢の中で気絶したかと思いきや、そこはいつもの天井でした。

 

 

「私、生きてる……!」

 

「お姉、何で泣いてるの……?」

 

 

妹の良子に怪訝な顔されましたが、生きてお姉ちゃん、帰ってきたんです!

 

 

 

3話「桃よ、これが霊丸……え、筋トレと駄菓子ですか?」

 

 

 

「優子。魔法少女打倒の進歩はどうですか?」

 

夢から覚めて、学校に行く準備をしていると、皿洗いをしているお母さんが後ろからそう尋ねてきました。

 

「えー、まだまだ修行が必要でして、夢の中で浦飯さんに鍛えてもらって、起きたら筋トレもしているところです」

 

「……浦飯さん?それは誰ですか?」

 

 

はて、お母さんにはまだ話してなかったでしょうか?しかし邪神像のことは知っていたのだから、当然知っているものだと思ってました。

 

 

「邪神像に封印されている方ですよ。私たちのご先祖ではないようですが、なぜか最近邪神像の中にいたらしく、私が強くならないと出れないらしいので、夢の中で鍛えてもらっているんです。お母さんは浦飯さんのことは知らないのですか?」

 

「……あの人からは聞いたことがないわ。」

 

「あの人?」

 

「お父さんです。邪神像のことや封印のこともお父さんから聞いてます。浦飯さんはどんな人ですか?」

 

 

お父さんは私が小さいころいなくなってしまったので、どんな人か覚えてないので、いまいちピンときません。やはりお父さんの方の一族の呪いなのでしょう。

 

浦飯さんのことはどういえばいいでしょうか……うーん。

 

浦飯さんてば、声は出せないけど、邪神像から外の様子を見れたり聞けるらしいから、余計なことは言えないですね。後が怖すぎます。

 

 

「見た目はリーゼントでまんまヤンキーですね。あと魔族の方です。必殺技の霊丸もその人に教わったんですよ。ほら、見てください!」

 

 

指先に妖力を集中すると、赤く光り霊丸が撃てる準備ができました。

 

やばいです。なんかこう、漫画みたいな技ができる私すごいとか、今すごく感じてます!

 

 

「優子、いつの間にそんな技術を……。あの体が弱いし才能も……いや、よくできましたね優子」

 

「ちょっとお母さん?今失礼なこと言わなかった?」

 

 

ちょっと待ってください、今才能がないとか言いかけてませんでした?まさか娘を信用してないのでしょうか。私だってやればできるんですよ?

 

 

「気のせいです。優子の新たなパワーアップのために、月々お小遣い120円から500円に大幅値上げします!」

 

 

馬鹿な……!今まで缶ジュースを買ったら終わりだったお小遣いが4倍強に!

 

 

「えぇ!?そんなに値上げを!」

 

「できます!へそくりや当たらない懸賞をやめることで!」

 

 

月々4万円生活という綱渡り生活なのに、こんな大幅値上げを……お母さん、優子は必ず魔法少女を倒し、生き血を手に入れましょう!

 

 

「ありがとうございます、お母さん!」

 

 

私はお母さんの思い(500円)を握りしめて登校しました。これは魔法少女を倒すための資金です。大事に使わなければ!

 

 

 

 

 

 

 

「お小遣い上がったので、それで何かパワーアップする秘策はないですか?杏里ちゃん」

 

 

そんなわけでいい案がないか、杏里ちゃんに相談してみることにしました。何かいい道具……例えば武器を知っているかもしれません。

 

 

「……駄菓子買って豪遊する?」

 

「それ、欲望を満たしているだけですよね!?」

 

 

パワーアップどころか堕落の道です。これではお母さんの心遣いが無駄になります。

 

憤りを感じているそのとき、何か不思議なオーラというか、パワーを後ろから感じました。

 

これは妖力に似てるけど違う感じだから……。

 

 

「桃!後ろは取らせないぞ!!」

 

 

振り向いた先には桃が少し驚いた顔をしてました。ふっふっふ、私の探知能力に恐れをなしたようですね。

 

 

「シャミ子、もう魔力の気配とか分かるようになったんだね。すごいね」

 

「ふっふっふ、鍛えられていますからね」

 

「……でも筋力が足りないかも」

 

「えぇ!?」

 

 

なぜここで筋肉なのか。もっとこう、妖力の使い方がよくなってきたねと褒めるところではないでしょうか。

 

 

「全体的に細すぎる。鍛えないと攻撃くらったとき耐えられないし、攻撃力も足りないよ」

 

「あー確かに、シャミ子が耐えられず吹っ飛ぶ姿が想像できる。よっしゃ、遊びに行くついでに何か筋トレグッズ見にいこーよ」

 

「……良い店があるから、案内する」

 

「ちょっとー!2人とも何でそんなに息が合ってるんですかー!?」

 

 

私の意見は通らず、グイグイ来る2人の勢いに押されてしまいました。

 

放課後、引きずられるように3人でショッピングセンターマルマにやってきました。

 

こーゆー大きな販売店に全く来たことがない私にとって、もうそれは宝船のような光景でした。

 

しかし今目の前に広がるのは筋トレグッズの数々です。何か、絵面の濃い購入客が多いですね。でも私たちみたいに4人組の女子高生もいますね。

 

 

「こんなのがいいんじゃないかな。握ってみて」

 

 

杏里ちゃんから渡されたのはハンドグリッパーという握力を鍛える道具です。まぁ試しに握ってみましょう。

 

 

「ふぬー!……って硬!全く動かないです!」

 

 

いくらやっても微動だにしません。逆に手が痛くなってきました。

 

何ですかこの硬いグリップは!壊れているんじゃないですか?

 

 

「それは世界中でもほとんど握れる人がいない、握力166㎏必要なキャプテンズ・オブ・グリッパーだね。シャミ子にはまだ無理かな」

 

「何でそんなものがこんなところに売っているんですか!需要ほとんどないでしょう!」

 

 

そんなもの握れるのはゴリラだけです。人間で握れる人がいることがびっくりです。

 

 

「そうだね。今はまだ無理だと思うから、一番弱いものからやってみようか」

 

 

桃に渡されたグリップは私でも問題なく、最後まで閉じれました。そうそう、こういうのでいいですよ。

 

 

「徐々にステップアップしてく感じかぁ。シャミ子は初心者だしねー」

 

「初めから無茶はさせられないからね」

 

「待ってください。お2人は私のトレーナーか何かですか?」

 

 

何だかトントン拍子でトレーニング方法が決まりつつあります。しかも将来的にはあのやばいグリップを握らせる気でしょうか?

 

いや待って。ボディビルダーみたいにムキムキになりたいわけじゃないです。もっとこう、美しく鍛え上げる感じが目標というか理想というか……。

 

 

「けど魔力と併用すると、大抵の魔法少女はプロレスラー以上のパワーになるよ?」

 

「最悪の絵面です!」

 

 

脳裏に浮かんだのは、ボディビルダーの肉体に女の子の顔を乗せて、フリフリの服を着ているイメージです。うぅ……めっちゃ気持ち悪いです。

 

 

「もしや桃も力を解放すると、すさまじい筋肉が……!?」

 

「いや、無駄に筋肉つけすぎると動きが阻害されるから。大きすぎるパワーも当たらなければ意味がないし……」

 

「うーん、筋トレ博士だね!」

 

「感心している場合ですか!」

 

 

どんどん筋肉の話で浸食されてます。何か話題を変えないと行けません。

 

ふと周りを見渡すと駄菓子屋がありました。ムキムキな人たちのそばに子供が集まる駄菓子屋を近くに置くのは、絵面としてはまずいんじゃないでしょうか。

 

しかし話題を変えるために、私は駄菓子屋を指さしました。

 

 

「ご、500円じゃ筋トレグッズは買えませんし、駄菓子でも買いましょう!」

 

「結局駄菓子になったね」

 

「……もう少し見たい」

 

「後でも見れるでしょ!ほら、行きますよ!」

 

 

今度は私が桃を引きずるように駄菓子屋へ移動しました。

 

店内で適当にいくつかカゴに入れると桃が何やらキョロキョロと悩んでいるようでした。

 

 

「どうしたんです、桃?」

 

「いや、駄菓子って買ったことがないから……どれがいいかなって」

 

「えぇ!?そうなんですか?!」

 

 

ば、馬鹿な。それでは駄菓子を買ったことがなく、コンビニなどの高級菓子で過ごしていたというのか。魔法少女は家柄までチートなのか!

 

 

「ほほう、ちよももの家は中々厳しい家だったのかな?」

 

「そうじゃないけど、あんまり機会がなかったというか……」

 

「なら、私が教えてあげます!」

 

 

ようやく一個、桃に勝てるものが見つかりました。

 

……なんだか悲しい気もしますが、まぁ良いでしょう。

 

あれこれ桃に教えていると、色んなものをカゴに入れてしまい、結構増えてました。

 

 

「お会計200円になりまーす」

 

「お小遣いの40%吹き飛んでしまいました……!」

 

「まぁ、あと300円残っているんだし、パーっと行こうよ」

 

「うぅ、パワーアップグッズはまた今度です……」

 

 

というか、最初は500円で喜んでましたが、その程度じゃグッズは買えないですよね。

 

どうすればいいんでしょうか。やはり地道に体一つで鍛えるしかないのでしょうか。

 

 

「鍛える方法なら教えるし、気にしなくていいんじゃないかな?」

 

「えぇい、私たちは敵同士です!これ以上は教わりませんよ!」

 

「気にしなくていいのに……」

 

 

これ以上何か教わるようになっては、借りを作るばかりで戦いにくくなります!そうなるのは断固避けなくては。

 

 

「ま、とりあえず食べようよ。シャミ子とはこうして遊びたかったしね。シャミ子は前はいつもすぐ帰宅してたり、学校休んだりで遊べなかったしさ。それにちよももね」

 

「杏里ちゃん……」

 

 

そうだ。杏里ちゃんはいつも角が生える前、つまり体が弱くて病院に通院していた頃から声をかけてくれていたんだ。

 

もしかして、今日は理由つけて遊びに連れてきてくれたのでしょうか。

 

 

「それにシャミ子は細いし、このままじゃちよももに勝てないから、鍛えないとね!」

 

「ちょっと感激してたのにー!」

 

 

台無しです、私の感動を返してください!

 

 

「ふふっ……」

 

「あー!桃、今笑ったなー!」

 

「わ、笑ってないよ……」

 

 

そんな締まりのない顔をされたらバレバレなんですよ、ムキー!

 

私は怒りのままに酢だこさん太郎を噛みちぎりました。やはりこの酸っぱさはクセになります。

 

 

「まぁまぁ機嫌治して。少しずつ交換しない?」

 

「仕方ないですね……いいですよ。じゃあ桃のチョコバット一口ください。そうすれば許してあげます」

 

「いいよ……あ、当たりだって」

 

「すごーい!私当たってる人初めて見た!」

 

「私もです!」

 

「え、そうなの?」

 

 

きょとんとした桃の顔がおかしくて、皆で笑ってました。

 

3人であれこれ食べ比べやっていたら、気がつくと夕飯の時間になっており、それぞれ帰宅しました。

 

結局、パワーアップグッズは買えなかったけど、結構楽しかったです。

 

 

 

 

「結局、今日は桃と戦ってません!?」

 

「像から見てたけど、オメー仲良く遊んでんじゃねぇか」

 

 

夢の中の修行中に思い出しました。しかも霊丸も撃ってません。カッコイイからもっと撃ちたいのに!

 

 

「あ、遊んでいるわけではないです!これは隙を見つける作戦です!」

 

「オメーのほうが隙だらけなんだよなー……」

 

 

そんなことはありません。明日こそ桃に霊丸を撃ってみせます。

 

 

 

 

 

 

そんなわけで次の日、桃に勝負を挑んだら、何故か広い工場跡に呼び出されてました。

 

あれー、おかしいな。すぐ勝負を始めるつもりだったのに……。

 

周りの迷惑をーとかいろいろ言われて、そういえばそうだなと考え着いてきてしまいました。

 

こ、これが巧みな戦術というやつですか……!?

 

 

「ところで、ここって勝手に入っていいんですか?」

 

「私が所有している廃工場だから大丈夫」

 

「えぇ!?」

 

「昔戦いで吹き飛ばしちゃって」

 

 

このボロボロで、やばいえぐれ方しているコンクリートとかもあるのに?

 

私の霊丸じゃ到底できそうにない破壊力の痕を残している戦いをした人に霊丸を向ける?

 

 

「わ、私今日は帰りまー……」

 

「さぁ、その霊丸とやらを撃ってみて」

 

「撃ちます!撃ちますから撃たないでー!」

 

「撃たないよ!」

 

 

少し目汁が出ましたが、何度か桃に説得され撃つことになりました。目標はあの薄い壁の倉庫です。従わなければ、私も廃工場と同じ運命になるのでしょうか。

 

 

「うぅ……絶対後で撃たないでくださいよ?」

 

「撃たないよ……さぁ、見せてみて」

 

「分かりました……」

 

 

集中です……まだ1回しか撃ってませんが、溜めるのはすぐできます。目標はあの倉庫のベニヤ板です。

 

私の右手の人差し指が赤く光ります。準備ができました。現実での破壊力はどうなんでしょうか。

 

 

「行きます!霊丸!!」

 

 

 

赤い閃光が飛び出し、ベニヤ板を貫通し、穴は私の顔くらいの大きさが空きました。

 

しかし奥の方の倉庫の壁は貫通できなかったようです。

 

 

「やった……使えました!」

 

 

夢の時と同じ感覚で撃てました。でもやっぱり現実で撃ったほうが、何というか快感です!個人的には満足です。

 

すると桃がじっとこちらをのぞき込むように見てきました。何か変だったでしょうか?

 

 

「……今日の入れると何回撃ったの?一昨日初めて撃ったって言ってたけど」

 

「今日で2回目ですけど、どうかしましたか?」

 

「……そっか、普通の人には撃たないんだ」

 

「何を言っているんです?当たり前じゃないですか」

 

 

普通の人に撃ったら怪我するじゃないですか。桃は何を言っているんでしょう。

 

そういうと桃は何がおかしいのか、笑ってました。

 

 

「……私、しばらくシャミ子を鍛えてみようかな」

 

「えぇ!?何でですか!?」

 

 

何で今の会話の流れで鍛える話になるんですか!

 

 

「……内緒」

 

「教えてくださいよー!」

 

 

結局、この後も理由は教えてくれず、トレーニングと称して家までマラソンとなりました。

 

おのれ、強くなってギャフンと言わせてやるぞー!

 

 

 

頑張れシャミ子!鍛えて霊丸撃てる回数を増やすんだ!(CV:ジョルジュ早乙女)

 

つづく




負けっぱなしのシャミ子は学校に邪神像を持ってきていた。
邪神像を手に取った桃は底の部分にスイッチがあったんで押したんだが、気が付くと俺がシャミ子の体を借りて外に出ちまった!
桃の奴は闘う気満々だしよ。よっしゃ、いっちょ喧嘩と行くか!

次回、邪神像解放!幽助VS桃!

伊達にあの世は見てねぇぜ!


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4話「桃VS浦飯さん!……あれ、私のバトルシーンは!?」

未成年は幽助の真似をしちゃいけないお話。


「何をしているの?」

 

 

放課後、帰ろうかというときに桃が我が1年D組までやってきて、邪神像を指さしました。

 

今邪神像の周りには漫画やら食べ物が色々置いてある状況です。確かに帰るのに広げっぱなしはおかしく見えるでしょう。

 

 

「あ、桃。これはお供えです」

 

「お供え?」

 

「はい。この像は闇の一族の邪神像で、邪神像に捧げものを置くと、この中というか夢の中の物が充実するんです。クラスメイトの方も協力してくれるんですよ」

 

 

浦飯さんが色んなものを要求するので、もう毎日増えまくっています。

 

この前の要望通り、買い物帰りにお酒コーナーとタバコの前に邪神像を置いたら、その日の浦飯さんはそれはもう満喫しまくってました。

 

私はもちろんお酒もたばこもやりませんよ。両方とも20歳以上からです!

 

 

「……そっか。いつも持ち歩いてたんだ。てっきり……」

 

「てっきり?」

 

「それでトレーニングしているんだと思ってた」

 

「ダンベルじゃないですー!」

 

 

桃は何でもかんでもトレーニングに結び付けようとします。魔法少女は筋肉で敵を粉砕するのでしょうか?魔法使いなさいよ。

 

 

「ところでさ、その邪神像の中にご先祖がいるの?」

 

 

邪神像の頭部分を杏里ちゃんが撫でながら聞いてきました。

 

そういえばそのことを説明してなかったですね。桃もクラスメイトの小倉さんもいますが、ついでに話しちゃいましょう。

 

 

「私も最初そう思ってましたし、お母さんもそう言ってたんですけど、中に入ってたのはご先祖じゃなかったんですよ」

 

「それじゃ誰だったの?」

 

「浦飯幽助という魔族の方です。元人間と言っていて、私みたいに覚醒したと言ってました」

 

「……浦飯、幽助?」

 

「桃、どうしたんです?」

 

 

桃が浦飯さんの名前を聞いた途端、何か考え始めました。何か知っているんでしょうか?

 

 

「……どこかで聞いたような気がするけど、思い出せない。ごめん」

 

「謝る必要ないですよ。浦飯さんも何で邪神像の中にいるか分からないそうですし」

 

「そうなの?封印されたのが昔すぎて忘れたとか?」

 

 

クラスメイトで黒髪カチューシャで眼鏡の小倉さんがそう聞いてきました。それなら納得できるんですけどね。

 

 

「いや、何かの格闘大会で優勝して起きたら邪神像にいたそうです。しかも邪神像に入ったのはごく最近で、私が覚醒するかしないかくらいの時だそうです」

 

「……よく分からない」

 

「そうなんですよ……浦飯さんが覚えている知り合いの方の電話番号とか全部かけてみたんですけど、繋がらなかったり、出ても全然違う人だったりして、全然ダメだったんです」

 

 

仲間に知らせる必要があるということで、浦飯さんに言われた通りの電話番号なり住所を調べたりやってみましたが全部空振りでした。

 

電話先の相手に浦飯さんの名前を言っても全然知らないと言われ、住所を調べてみても違う人だったりと今のところ手掛かりなしです。

 

浦飯さんは早く封印を解いて外に出たいと言ってますが、仲間に知らせて何とかするのはできず、今の私では魔法少女の生き血で封印を解くのも難しく、今のところその道は険しいです。

 

 

「嘘言っている可能性はないの?」

 

「それはたぶんないと思います」

 

 

小倉さんの疑問ももっともです。でも浦飯さんがそんな分かりやすい嘘で騙すとは思えないので否定しました。

 

 

「魔族で狡猾なタイプは上手く騙してきたりするけど……すぐバレるような嘘はつかないから、そんなタイプではなさそうだね」

 

「あの人は真正面から殴り込みに行くタイプです。そういう回りくどいマネするタイプじゃないですよ」

 

 

むしろ「何で初めからオレにケンカ売ってこねぇ」とか敵に直接言うタイプですね。

 

数日間一緒に過ごしてきましたが、大体の性格は分かりました。何というか、すっごい分かりやすい人だと思います。

 

 

「ドラクエで言うと?」

 

「ガンガンいこうぜ!のタイプですね」

 

「うーん、わかりやすい!」

 

「でも、どんな大会かは知らないけど、優勝したという割には魔力をほとんど感じない……」

 

 

桃がそう言いながら、邪神像を持ち上げて色々な方向から見てました。特に底の部分をよく見てますね。

 

 

「桃、あんまりいじらないでくださいよ」

 

 

桃の視線の先には、邪神像の底にある謎のスイッチでした。

 

というかスイッチなんてものがあったんですね、初めて知りました。

 

 

「もしかして、シャミ子の霊丸ってその人に教わったの?」

 

「そうなんですよー!こうして1日1回は撃てるように……って桃、今何かしました!?」

 

 

今桃が底についていたスライド式のスイッチを動かしました。勝手に何をやっているんですか!

 

 

「今放課後で人がほとんどいないし、私が対処できるときにこういう仕掛けは動かしたほうが危なくないし……」

 

「そういう問題じゃないです!もし自爆スイッチだったりし……」

 

 

言おうと思っていた言葉が出てきませんでした。それよりも、意識が段々となくなっていくような……。

 

そして私の記憶はそこで途切れました。

 

 

 

4話「桃VS浦飯さん!……あれ、私のバトルシーンは!?」

 

 

 

 

スイッチを押した瞬間、シャミ子の体から力が抜け体勢が崩れ、桃はその体を支えようと一歩前へ出ようとする。

 

その瞬間、桃が感じたのは――――圧倒的なオーラであった。

 

 

「……っ!?」

 

 

桃は近寄るどころか、後退しようとする足を抑えた。

 

その力は魔力とは似て非なるもの。

 

桃の目にはっきりとシャミ子の体から途方もなく赤く禍々しい力が噴き出しているのが見えていた。それは教室を覆いつくし、外へ漏れ出ていた。

 

明らかにシャミ子とは桁違いのパワーである。比較にすらならないほどであった。

 

桃は戦慄していた。まさか少しふざけているようなデザインの像に、これほどのパワーの魔族が封印されているとは思ってもみなかった。

 

まして封印を解こうとしているのは、まるで魔族らしくないシャミ子なのだ。もっと弱いものだと予想していた中身が、色々な意味で予想を超えていた。

 

ここまでで思考していた時間はほんの一瞬である。桃は即座に変身した。

 

自身の変身スピードは0.1秒ほどである。

 

目の前で変身するという隙は見せるが、これほどの力を持つ相手に生身で戦うという選択肢は存在していない。

 

桃はピンクのフリフリの魔法少女姿へ変身し、杏里と小倉を庇うように立った。すでに2人は腰を抜かして青い顔をしていた。意識があるだけ、まだましであろう状態だった。

 

 

「……あなたは、誰!?」

 

 

目の前のシャミ子の体を乗っ取った者に問いかける。

 

正直放課後とはいえ、まだ学校には部活などで人が居過ぎて戦えない。

 

何とか隙を見て、場所を変える必要があった。

 

この問いかけで少しでも糸口が見いだせるか、どうか。

 

一挙手一投足を見逃すまいと、桃は魔力を高める。いつ仕掛けられても対応できるように。

 

そして、シャミ子の体が口を開いた。

 

 

「よっしゃー!ようやく娑婆に出れたぜー!!」

 

「……はい?」

 

 

今、何と言ったのだろうか。

 

聞き間違えだろうと、桃は頭を横に振った。そして見た。

 

シャミ子の体はどや顔でガッツポーズをしている。正直、桃はかなり腹が立った。

 

 

「いやー、ようやくあの暗いとこから出れたぜ!やっぱり娑婆はサイコーだな!」

 

「あ、あのー……」

 

「お、何だ?何か用か?」

 

 

笑顔で体操をしているシャミ子……で中身は別人であろう人に桃は声をかけた。

 

 

「さっきやたらと魔力が洩れてましたが、攻撃する気だったんじゃあ……?」

 

「あ?攻撃?ちげーって、ちょっと外に出た時に妖力が洩れただけじゃねーか」

 

 

聞き間違いだろうか。あれほどの力を出しておいて「ちょっと」と抜かしたのだ。

 

あまりの事態に後ろの2人はすでに放心状態である。

 

 

「あれが、ちょっとですか……?」

 

「そりゃそうだろ。フルパワーで出したらやべぇだろ。死人が出ちまうぜ」

 

 

オーラだけで、とも思ったが否定できなかった。

 

あれほど禍々しければ、ありうる話だと、桃は理屈ではなく感覚で理解してしまった。

 

桃は知らないことであるが幽助ら魔族の強すぎる妖力はもはや毒である。

 

幽助側の妖怪のランクは霊界基準で実力順に上からS、A、B……とランクされていく。

 

高ランク妖怪の攻撃的意思を持つ妖気は、触れるだけで遥かに実力の劣る者を消滅させていくことができる。

 

シャミ子と幽助の入れ替わりの際、幽助が攻撃的意識を持っていたとしたら、すでに校舎内は大惨事であったことは間違いない。

 

 

「じゃあ、攻撃の意思はなかったと」

 

「まぁな。オメーが桃か?」

 

 

既にシャミ子の体の周りにあったオーラが、わずかに体を覆っているほどに小さくなっていた。

 

どうやら今すぐここで戦い始める可能性は低いようだ。無論警戒したまま、桃は応じた。

 

 

「はい。それじゃあ、あなたは……」

 

「おう。オレが浦飯幽助だ」

 

 

自信ありげに自身を親指で指示していた。ここでシャミ子とだいぶ性格が違うことが分かる。

 

 

「シャミ子からは、何故か邪神像に入っていた魔族の男性と聞いています」

 

「会話は邪神像から大体聞いてたからな。あいつ、おおざっぱにしか答えてねぇからな」

 

「経緯を聞いてもよろしいですか?」

 

「おう。俺も情報集めたかったしな」

 

 

そして幽助は桃にここまでに至った経緯を話した。時折、桃が質問しながら話は進む。

 

桃が特に反応したのは幽助が語る魔界、そして魔族の人間界への対応である。

 

魔界の存在はは桃が知らないだけで、存在している可能性もゼロではない。しかし魔族が人間に迷惑をかけず、積極的に馴染んでいこうという姿勢が信じられなかった。

 

それが今まで難しかったから、この魔族と人が争いなく暮らせる、ここ「せいいき桜ケ丘」が特別なのだ。

 

TV進出もして魔族と身分を明かしているアイドルもいるという。

 

桃は一瞬迷ったが、自身の知っている情報を明かすことにした。

 

先ほどのシャミ子の話を考えるならば、この浦飯幽助という男には下手に隠し事をせず話したほうが揉めることはないだろう。

 

そういうところでシャミ子は嘘をつくタイプではないと、数日間の付き合いだが桃は感じ取っていた。

 

桃は語った。

 

魔界は確認されていないこと。基本的に魔族は姿を隠し、悪事をしているものが大半だと。

 

それを狩るのが魔法少女であり、狩った魔族の数に応じてポイントがあったりする……などなど。

 

そしてせいいき桜ケ丘はそういった争いがないようにした中立地帯なのだと、幽助に語った。

 

ちなみに魔族のアイドルもいないと語った。

 

 

「マジかー……どうすんべ」

 

 

幽助はシャミ子のポケットを探ったが、目当ての物がない。何度かポケットを叩いて、気づいた。

 

 

「なぁ、タバコとライター持ってねぇか?ちょっと考えたくてな」

 

「……私たち未成年です」

 

 

桃は頭が痛くなった。学校に普通そんなもの持ってくるわけがない。

 

この男は何も考えてなかった。シャミ子の体で見つかったら一発で停学である。

 

しかし、この男は中学時代から学校でもよく吸っていたのでそういったとこまで気が回っていなかった。

 

 

「飴ならありますよ?」

 

 

いつの間にか復活していた杏里が飴を幽助に投げた。どうやら、普通に立てる状態まで回復したらしい。

 

杏里は桃味の飴を幽助に差し出すと、幽助はすぐ口に放り込んだ。

 

 

「飴かよ~。ま、サンキュな。さっきは悪かったな、怖がらせちまったみてぇだ」

 

「いやー、私あんなに腰抜かしたの初めてですよ。シャミ子とは全然違うんですね」

 

 

ハハハ、と軽く笑う杏里が図太いのか、それともまだ呆けている小倉がのんびりしているのか。

 

幽助は飴を舐めながら、頭を掻いた。

 

 

「しかし、分かんねぇことだらけだな。全然別の場所に来ちまったみてぇだ」

 

「可能性としてはあります。しかしそのような話は聞いたことがないので、私としてはどうしたらいいのかは分からないです」

 

「ま、今考えても仕方ねぇなら、情報集めるしかねぇな。それにようやく外に出れたしな!色々やりてーし」

 

「……待ってください。どこに行く気ですか?」

 

 

桃は肩を鳴らしながら外に出ようとする幽助の道を遮った。幽助は面白くなさそうに、表情をゆがめる。

 

 

「良いじゃねーか。ちょーっと羽を伸ばしてくるだけだって」

 

「ダメです。まだ私はあなたを信用したわけではありません。シャミ子に霊丸とか教えたのも、外に出るためでしょう?」

 

「当たり前じゃねーか」

 

 

その瞬間、ミシリと空間が音を立てて軋む。桃が怒気を発しているからだ。

 

 

「(何か勘違いしてねーか、この女?)」

 

 

何故かやたらと桃が圧力をかけてくるその態度に、幽助は不思議がっていた。

 

桃としてはシャミ子は霊丸を普通の人に撃たないと言ったことを思い返していた。そんな風に言う魔族がどれほど少ないか、桃は知っているのだ。

 

だから、いかにも戦いに出かけそうなこの男を行かせるわけには行かなかった。平和なこの街で争いをさせるわけにはいかない。

 

 

「この街では争いはご法度です。大人しくしててください」

 

「へぇ……面白れぇ。じゃあ俺が大人しくしなかったらどうするつもりだ?」

 

「……力ずくでも止めます」

 

 

杖を握りしめる力が強まる。

 

しかし桃は思い違いをしていた。この男、実は単にパチンコに行きたいだけである。

 

先日邪神像の中からパチンコ店で新台入りましたという広告を見て、シャミ子にパチンコ店に入るよう言ったがシャミ子は入るわけがなかった。それに対して不満たらたらだったのである。

 

この男、中学時代に普段からやっていた行為を違反であるとは思っておらず、一度霊体になった後1日だけ復活した日もパチンコに行っていた男である。学校のことなぞ気にしているわけがない。

 

だからシャミ子の体でもそのままパチンコを打ちに行く予定だったのだ。

 

ちなみにお金はなんとかする予定だ……何も考えてないとも言えるが。

 

桃は悪意に満ちた魔族を見てきたために、そういったおバカな発想が全くなかった。

 

幽助はそんな桃の態度を見て、喧嘩のチャンスを感じ取った。

 

ちょうど喧嘩もしばらくしてなかったことだし、桃の実力も見てみたい。

 

だから幽助はあえてこの話に乗ってみた。この男、最悪である。

 

 

「ここじゃ狭いな。もっとだだっ広いとこでやろうぜ」

 

「そうですね……ここの窓から見える、あの丘なんかどうでしょう」

 

「ちょっと2人とも!戦う気!?」

 

 

杏里が慌てて間に入る。さっきまで普通に話していたのにあっという間に戦う空気になったのだ、焦りもするというものだ。

 

しかし幽助は邪神像を右手に持ち、その声を無視して窓を開け、右足をかける。

 

 

「んじゃ、行くぜ」

 

「はい」

 

次の瞬間、杏里には2人が一瞬にして消えたようにしか見えなかった。スポーツで鍛えた動体視力でも、どう動いたか全く見えなかったのだ。今の教室に残っているのは杏里と小倉だけ。

 

 

「え、き、消えちゃった……!?」

 

「ですねぇ……」

 

 

幽助は窓から飛び出し、校庭をはるかに超えた建物の上から上へと移動し、瞬く間に丘に到着する。窓から到着まで数秒もかかってない。

 

桃も似たような形で移動するが、到着したのは幽助が到着した後だった。

 

桃が着いた時に幽助はストレッチをしていた。非常にリラックスしているように見える。気負ったところがなく、自然体なのだ。

 

場数はかなり踏んでいるかもしれない、そう桃は感じ取った。

 

 

「来たな。よし、じゃあ始めっか!」

 

 

幽助は邪神像を少し離れた場所に置くと、桃に向き直った。そして構える。桃の見たことのない構えだった。

 

 

「はい。やりましょう」

 

 

杖をしまい、桃もオープンスタンスで構える。

 

誰もいない、大きな木だけが見ている中、ほんの僅か、幽助の右足が前にずれる。

 

―――先に動いたのは桃であった。

 

フェイントも何もない、左のジャブ。一瞬で懐に飛び込み、幽助の顎先めがけて放つ。

 

幽助は最小の首の動きで躱す。構わず、桃は残像を残すレベルでジャブを繰り返す。

 

それも幽助は躱すが、注意を上にそらすことができた。

 

桃は右ボディフックを放つ。上、下のコンビネーション。

 

決まる直前、桃の視界が跳ねた。

 

 

「っ!」

 

 

顎にアッパーをもらっていた。その動きは打たれるまで分からなかった。もう見切られたのか?

 

桃の思考とは裏腹に、桃は攻撃を続行した。一撃で止まるほどやわではない。

 

桃の右ストレートは半身で躱されたが、発生した衝撃波は地面をえぐっていく。桃は止まることなく連発した。

 

 

「(当たらない……!)」

 

 

早さのギアを上げていっても、ぎりぎりで躱される。

 

ここに来るとき桃は疲れない程度に移動してきたためスピードを出していなかったが、相手も同じようなものだった可能性が高い。

 

つまり、こちらよりスピードが速い。

 

 

「はぁ!」

 

 

桃の振り下ろされた拳の衝撃波で、地面にクレーターができる。幽助はそれを宙に飛ぶことで躱した。

 

しかしそれは空を飛べないものにとって悪手である。宙では思うように移動できないからだ。

 

即座に杖を取り出した桃は構えた。繰り出すのは遠距離技である。

 

 

「フレッシュピーチハートシャワー!」

 

 

桃色のハートの形を模した光線が杖から放たれる。桃の多用する中技だ。

 

 

「(捉えた!)」

 

 

このタイミングでは避けようがない。これでどの程度ダメージが通るか。

 

もうフレッシュピーチハートシャワーは幽助の目の前に迫っていた。

 

 

「おらぁ!」

 

 

しかしそれを右手だけで弾かれ、フレッシュピーチハートシャワーは明後日の方向へ消えていく。

 

着地した幽助はまったくダメージは通っていないように見えた。

 

 

「か、片手だけで……」

 

「いいタイミングだったぜ。オメーもこういうの撃てるとは思わなかったぜ」

 

 

幽助は明後日の方向の空へ右人差し指を構える。そしてそのまま赤く人どころか山さえ飲み込めそうな大きさの霊丸が飛び出し、空へ消えていった。

 

桃は戦慄した。技自体は同じだが、その威力はシャミ子のものとは桁が違う。

 

仮に今の威力との撃ち合いになっていたら、確実に桃の技は消滅し、霊丸をまともに受けていたであろう。それを想像し、桃は唾を飲み込んだ。

 

しかし確実にダメージを与えられたはずなのに、何故先ほど撃たず今このタイミングで無駄に撃ったのかが桃には分からなかった。

 

 

「これがオレの十八番、霊丸だ。最大威力は1日4発が限度でな。弱く撃てば数は増やせるけど、基本は4発だ」

 

「……何で、このタイミングで、明後日の方向に撃ったんですか?」

 

「何でって……オメーがさっき技見せたから、今度はオレの番じゃねーか?」

 

 

桃はめまいがした。まさか、馬鹿正直に自分の能力を見せる相手がいるとは。

 

桃の経験上、今までの敵はこちらを仕留められそうと思ったときにベラベラと自分の能力を話すのが大半だった。

 

これではまるでスポーツマンシップに則っているようではないか。

 

 

「今、私たちは戦っているんですよ?自分の能力をベラベラ話すなんて信じられません」

 

「そうかぁ?前からオレはこんな感じだぞ。確かに酎のヤローにも見せたときも馬鹿だなーとか言われたけどよ」

 

 

幽助は暗黒武術会で戦った酎のときも、ウル技を見るために自分の霊丸を披露したことを思い出していた。だいぶ昔のような感じがして、幽助としては懐かしい気分であった。

 

桃としては前にも同じことをしたと聞き、頭が痛くなり始めていた。こんな相手は今まで一人もいなかったのだ。

 

 

「私を倒して、血を邪神像に捧げるために戦っているんじゃないんですか?」

 

「……あー!久しぶりに喧嘩できるからワクワクしてて、そういやそのことすっかり忘れてたぜ!」

 

「……自分の封印ですよね?」

 

「確かにオレが今回たまたま出てきたけどよ、元々シャミ子とオメーの喧嘩だぜ?割って入られるほどムカつくもんはねーよ。だからオメーを倒すのはシャミ子の役目だ」

 

 

ああ、この人は戦い好きの馬鹿なんだ。桃の中で幽助の人物像が決まった瞬間である。

 

 

「でもこうして今私と戦ってますよ?」

 

「そりゃオレも閉じ込められて鬱憤が溜まってたし、魔法少女の実力にも興味あったからな。大怪我しない程度に手加減してやるよ」

 

 

その一言に桃はプッツンした。完全に舐められている。

 

 

「そうですか。じゃあ私は浦飯さんを参ったと言わせてみせます」

 

「面白れぇ!」

 

 

桃は魔力を、幽助は妖力を高め、蒸気のように吹き上がっていく。そして拳を繰り出したのは同時だった。

 

 

 

☆☆

 

 

「……は!?ここはどこですか?」

 

 

私の意識が戻ったとき、目の飛び込んできたのは全く見知らぬ家の中でした。杏里ちゃん、小倉さん、頭に包帯巻いている桃……って怪我してる!?

 

 

「桃!どうしたんですその怪我!?」

 

「あ、この喋り方はシャミ子だね」

 

「私は私です!……ん?何かその言い方はおかしくないですか?」

 

 

その言い方ではまるで私じゃない人だったような言い方です。よく見ると治療道具やお菓子やらが散乱してます。治療した後に飲み食いしていたようです。

 

 

「さっきまでシャミ子の中身が浦飯さんだったんだよ。それでちょっと前まで私と戦ってて、今は私の家なんだ」

 

「え!?そ、それで結果はどうだったんですか?」

 

「私の完敗だよ……手も足も出なかった。この頭の傷だって着地失敗したときにできたやつだから、ほとんど怪我は無いんだ」

 

 

まさかダンプ片手で止める桃に圧勝とは……浦飯さんの実力は実はかなりすごいのかもしれません。

 

桃もよく見ると頭以外はほとんど怪我らしい怪我はないようです。まさか怪我させないようにして勝ったんですか?す、すごいです。

 

でも今ボソッと桃が「パチンコ行くのを止めるほうが苦労した」とか言ってましたが、まさかそんなことしようとしたんですか、あの人は?

 

 

「遅れて戦っている場所に行ったら、ちよももが大の字で倒れているんだもん。びっくりしたよ~!」

 

「その周りはえぐれてたりすごいことになっていたけどねー」

 

「そうなんですか。でも、桃に大きな怪我が無くてよかったです」

 

 

素直にそう言いました。もし桃が大怪我でもされて、戦うことができなくなったら、鍛えている意味がないですからね。

 

そう言うと、何故か3人の目が優しい目をしてました。しかも何故か頭を撫でてきます。おい、やめるんだ!

 

 

「……ところでシャミ子。今回の飲食費と治療代なんだけどね。浦飯さんがシャミ子にツケといてくれって」

 

「え”!?」

 

「はいこれ」

 

 

渡されたのは浦飯さんが私の体で行った代金でした。その額、5200円!

 

 

「浦飯さん食べまくってたもんねー。パチンコ行かせない!ってみんなで止めたら、じゃあ喰いまくってやるって。酒がないーとか文句言ってたけど」

 

 

よく見ると周りに散乱しているのはお菓子だけでなく、ラーメンやら寿司やらピザもありました。

 

こんなもの、私もほとんど食べたことがないのにー!道理でお腹がはち切れそうなわけです!

 

 

「こんなお金ないですよー!」

 

 

我が家の貧乏脱出のために活動しているのに、増やしてどうするんですか!

 

 

「返済は分割にするから……」

 

「浦飯さんの馬鹿ー!!」

 

 

 

頑張れシャミ子!バイトしてお金を返す以外は強くなるしかないぞ!そうして立派な魔族として活動するんだ!

 

 

つづく




バトルシーンに関してはもっと長く書こうかと悩みましたが、ダラダラしそうだったのでここまでとしました。

ちなみに今回幽助inシャミ子は未成年ですので悪いことは何もしてません(笑)


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5話「修行にバイトに……やること多くないですか?」

投稿遅い割には短い修行回


こんにちは、シャミ子です。

 

浦飯さんのせいで借金5200円ができたので、週末は杏里ちゃんの紹介でアルバイトをすることになりました。アルバイトなんてしたことがないのでドキドキしています。

 

え?今私が何をしているのかですか?

 

それはですね……修行です。それもただの修行じゃありません。

 

 

「うごごご……もう無理ですぅ……!」

 

「妖力一点に集中しろ、あと1時間」

 

「死ぬぅ……!マジで死ぬぅ……!」

 

 

針みたいな先の尖った置物の上に、右の人差し指1本だけで逆立ちの姿勢を保つ修行です。

 

何でも、これは浦飯さんが会得している霊光波動拳の修行だそうです。当時散々師匠の方に扱かれたそうで、私も何故かやることになりました。

 

これは妖力を針と人差し指が接する一点に集中することで、放出と留める工程を同時に行い、かつ姿勢維持の筋肉も鍛えることができます。

 

理屈は分かります。でも私は普通に逆立ちもこの前までできなかったんですよ?ちょっと順序おかしくないですか!?

 

横で軽々しくやっている浦飯さんがムカつきます!

 

そして本当にこの後1時間やりました。筋肉が死にそうです……。

 

しかもそれで終わりではありません。次は浦飯さんが右手のひらをこちらに向けるのを、私は両手で受け止める構えをとります。

 

 

「相手の霊波動を受け止める訓練だ。気合い入れなきゃ死ぬぜ」

 

「えぇ!?」

 

 

何言ってんですかこの人!修行で死ぬとかアホなんでしょうか。今はスポーツ科学の時代ですよ。だがこの人はマジでやる人です。気合いを入れ衝撃に備えます。

 

 

「はっ!!」

 

 

浦飯さんの右手から凄まじい衝撃が発せられ、耐えきれず私は吹き飛び、意識がなくなりかけました。

 

 

「微動だにせず受け止められるまでやるからな。早く立て!」

 

 

何か言っている気がしますが全く聞こえません。ええ、聞こえませんとも。

 

そんな感じでささやかな抵抗をしますが、そのせいでより内容が厳しくなりました。

 

燃え盛る火の中で座禅もやらされました。さらに本当は寝るときは針の山の上で寝るらしいのですが、この夢の中には針の山はないし寝ることはないので、それはなしになりました。

 

これだけでも、私を殺しにかかっているとしか思えません。

 

しかしその中で一番ひどいのが浦飯さんとの組手です。

 

妖力全開で挑みますが、かすりさえしません。

 

 

「ほらほらどうした!そんなスピードじゃいつまでも追いつけねーぞ!」

 

「うりゃりゃりゃー!」

 

 

両手で殴りに行きますが全部軽く避けられます。次の瞬間、足を掬われました。

 

 

「足元がお留守だぜ」

 

「まだまだー!」

 

 

完全に転びそうになるのを右手で体を支えることで防ぎ、そのまま横になった体勢で足を蹴りに行きます。そして、ぶちかましてやりました。

 

 

「痛ぁー!」

 

 

だがダメージがあったのは私の足です。蹴った私の足が痛いとはどういうことでしょうか。

 

 

「おい、寝てんじゃねーぞ」

 

 

浦飯さんは私の顔を蹴ろうとしましたが、腕でガードすることで防ぎました。その衝撃で後ろに吹き飛びましたが、そのまま私は真っ直ぐ突っ込んで、憎き顔を狙います。

 

 

「くらえー!」

 

「デコピン」

 

カウンターでデコピンを食らいました。その威力は数m吹っ飛ぶレベルです。てゆーか頭が割れるように痛いです。

 

「痛いですー!」

 

「攻撃が単調なんだよ。もっとよく考えろよな」

 

 

呆れた顔で浦飯さんがそう指摘します。戦いなんてしたことないからわかりませんよ。でもそういうとまた何か言われそうですし、今は借金増やした男の顔を殴りに行くのが先決です。

 

 

「うぅぅ!行くぞー!借金の恨みー!」

 

「いいじゃねーかあんくらい。今度まとめて返すからよ」

 

「ダメ亭主みたいなこと言うなー!大体浦飯さんでも、返すのは私の体じゃないですかー!」

 

「……そう言われると、何かエロイな」

 

「違いますー!この変態ー!」

 

 

結局、ボロボロに負けて、目の前が真っ暗になったと思ったら、朝でした。

 

き、きつすぎる……!日中も筋トレしてますが、浦飯さんの修行はその比じゃありません。あんなもん、ただの拷問です。

 

これでは桃と戦う前にダメになってしまいます!こうなれば、やることは一つ!

 

 

「だから今日はお休みします!!」

 

「何言ってるんですか優子?」

 

 

お母さんの呆れ顔も、今は無視!今日こそじっくり休みます。

 

そう考えていた、時期もありました……。

 

 

 

 

5話「修行にバイトに……やること多くないですか?」

 

 

 

 

えー、ただいま放課後です。私は休む予定でしたが、何故か体操服に着替えて、多魔川の河川敷にいます。

 

その原因は横にいる人物のせいですね。

 

 

「何で桃が私の修行を監視するんですか?」

 

「浦飯さんからシャミ子の修行の手伝いをしてくれって頼まれたから」

 

 

桃もトレーニングの格好をしてました。なんかカジュアルです。よくランニングしている人とかがしている格好です。しかも準備体操してます。これは桃ってばやる気満々ですよ。

 

 

「何で!?いつ!?」

 

「浦飯さんがシャミ子の体に入って、勝負で負けた後『シャミ子のやつ多分夢の中で扱いてるから、起きてるときは普通の筋トレぐらいで済まそうとする。だから扱いてやってくれ』って頼まれた」

 

「浦飯さーん!!」

 

 

あの人は敵である魔法少女に何頼んでるんですか!いや、待ってください。そうなるとまさかここであの修行をするということでしょうか。

 

いやいや、ここであんな修行をやったらご近所さんに通報されそうな修行です。そして私がやりたくない!

 

 

「桃。あの人の言うことを聞く必要はありません。さぁ、今日はゆっくり休みましょう」

 

「こうも言ってた。『夢の中じゃ戦い方や妖力の使い方は学べても、身体能力を鍛えられないから、どっちにしろやらなきゃいけねー』って。筋トレならまかせて」

 

 

そう言った桃の目は輝いてました。そう、力強く輝いてます。しかもうずうずしています。

 

 

「何でそんなに嬉しそうなんですか!?ちょっと楽しんでません!?」

 

「そんなことないよ。大丈夫。メニューは浦飯さんから口頭だけど聞いているから」

 

「あのメニューは何一つ大丈夫じゃないですー!」

 

 

私は全身を妖力で強化し、家の方向に走り出しました。今日は休むって決めたんです!

 

 

「逃がさないよ」

 

「早い!」

 

 

いつの間にか変身し、目の前に回り込んだ桃が私の肩を抑え込みました。私はその拘束を振りほどこうと力を入れます。

 

―――動かない!

 

その時、私の脳裏に浮かんだのは、工事現場のクレーンです。それほど、桃と私の力は圧倒的な差がありました。

 

 

「大丈夫。怪我しないようにするから。一緒に頑張ろう」

 

「うわーん!」

 

 

結局、今日夢の中でやったメニューを現実でもやる羽目になりました。

 

まず指一本での姿勢制御。

 

 

「う、腕が……!」

 

「少し妖力使い過ぎだね。もう少し抑えて」

 

「これ以上、はちょっとぉ……!」

 

 

桃の魔力を受け止めたりもしました。

 

 

「ぶへぇ!」

 

「シャミ子は受け止める手に妖力を集中しすぎて、踏ん張るときの足に対しての妖力の配分が足りてないね。次はそこを気を付けようか」

 

「………」

 

 

正直意識が飛ぶ寸前でした。ほとんど聞こえませんでしたが、もっとできないとやばいということだけは理解できました。

 

さすがに火あぶりはなかったので安心です。その代わり、今の私の目の前に置かれているのは大きな岩でした。大体私くらいの岩です。

 

 

「さ、これを持ち上げてスクワットだよ」

 

「こんな大きな岩持てるわけないでしょう!第一どっから持ってきたんですか!」

 

「細かいことは気にしないで。さ、やろう」

 

「人の話を聞けー!」

 

 

何度か説得しようとしましたが、、全く改善ならず、言われるがまま修行しました。

 

そうして、辺りが暗くなって夕飯の時間になるまで修行をやり切りました。

 

 

「今日はお疲れ。ここまでにして、また明日頑張ろう」

 

「………」

 

「シャミ子……生きてる?」

 

 

返事がない。ただの屍のようだ。

 

いや、真面目にそのレベルで動けません。昼も夜もこんなことやっていたら死ぬわ!

 

そう思いながら、私は意識を手放しました。

 

目が覚めたら、家の前にいました。どうやってここまで来たかわかりませんが、どうやら帰ってこれたらしいです。

 

妹の良子やお母さんに大層心配されつつ、私は床に就きました。明日になれば、また元気に……。

 

 

「よし、組手から今日はやんぞ」

 

「殺す気かー!!」

 

 

寝ても起きても地獄ですよ!このままじゃ戦う前に死にます!

 

私は浦飯を説得しました。このままでは魔法少女の生き血をとる前に修行で死ぬと。そう話すと浦飯さんは頭を掻いてました。

 

 

「今のオメーは無茶苦茶弱ぇーから、もっと鍛えないと桃以外に襲われたら殺られんぞ?」

 

「両方同じ修行していたら死ぬんですよ!」

 

「つってもオレがやってた時より時間は全然短いしな……よし」

 

 

説得のおかげか、桃の時は筋トレと霊光波動拳の修行を。浦飯さんとはひたすら組手することになりました。

 

これでやっと楽になれる。この時はそう思ってました。

 

え?違うのかですって?

 

簡単に言えば……寝てる間中、浦飯さんと組手ですよ?しかも昼間の修行は妖力使う修行だから温存する必要があります。

 

したがって浦飯さんとの組手はほぼ生身の肉弾戦のみになります。そうなると、結果は……わかりますね?

 

結局、楽になると思ってた少し前の自分を思い切り殴り飛ばしたい結果になりました。まぁぶっ飛ばされているのは私なんですけどね。

 

ここから毎日毎日修行の日々でした。正直修行で殺されそうです。

 

週末になり、バイトに出向くと、杏里ちゃんのお母さんの指示のもとウインナーの試食販売をすることになりました。何か杏里ちゃんのお母さんにやたらと心配されました。そんなに顔色悪いですかね?

 

いっぱい売れたら売れた分だけバイト代は弾むということで、気合い入れて通行人に声をかけまくります。

 

以前でしたら知らない人に声をかけるなんてちょっと恥ずかしかったですが、なんだか最近度胸がついた気がします。

 

何故かたまたまいた桃がいっぱい買っていってくれたので、売り切れてバイト代は弾みました。買っていく直前、私が倒した試食のウインナーを、桃は全て爪楊枝を刺した状態で拾うという超スピードを会得して帰っていきました。

 

しかし変身って早いんですねー。あんな複雑な服装が一瞬で全部装着されるんじゃなくて、部分ごとに分けて装着されていくとは……中々魔法少女も奥が深いです。

 

バイト代を次の日桃に返しても、いくらか残りました。

 

そんなこんなで修行の日々を続けていると、桃の顔色がなんか変でした。明らかに桃ってば体調が悪そうですが、大丈夫でしょうか?

 

……待て待て、敵の心配をしてどうする?それに魔法少女が風邪なんて引くんでしょうか?

 

ということで浦飯さんに聞いてみたところ

 

 

「オレは風邪ひいたのはガキの頃だけで、魔族になってからはねーな。魔法少女のことなんてわかんねーよ」

 

 

とのことでした。案外使えないですねこの人。

 

心配した次の日の学校の登校途中、桃がふらふらになっているのを発見しました。

 

 

「大丈夫ですか桃?顔色悪いですよ?」

 

「そうかな。昨日くらいから風邪っぽいかも」

 

 

明らかに顔色が変ですし、フラフラだし、髪の毛がぼさぼさでした。いつものキリっといた感じとは大違いです。

 

 

「……やっぱり、調子悪い……」

 

「桃!?」

 

 

そのまま倒れそうになるのを私は支えて防ぎました。額に手を当てると明らかに熱いです。これは学校に行ける体調ではありません。

 

私は公衆電話から学校に桃が欠席することと、私は遅刻することを伝えると、そのまま桃の家まで桃を担いでいきました。

 

 

「(今なら隙だらけですね……)」

 

 

でも、そんなんで勝っても嬉しくないです。何のためにあんな頭のねじが飛んでいるような修行しているのか。

 

こんな弱っているときに勝っても、意味がないし嫌でした。倒すなら真正面からです。

 

近くのスーパーで色々食材と薬を(桃のお金で)買って、桃の自宅に到着しました。

 

前回来ましたがでかいです。しかもあの時、家族はいないと言ってましたから、今は桃1人です。

 

ちょっと学校ある日に人の家に行くのってドキドキします。

 

玄関のセキュリティーも前回教わっているので問題なし。56562。つまりごろごろにゃーちゃん。

 

 

中に入ると猫が迎えに来ました。喋る猫……桃曰ナビゲーターのメタ子はエサを与えて大人しくさせます。しかし猫に喋られる意味はあるのでしょうか?

 

桃は居間でなくベッドに寝かせて、買ってきた食材で簡単に料理を作ります。といっても私もそんなに料理スキルはないので、うどんと夕飯のおかゆくらいです。明日の朝はパンですね。

 

しかし全然食材もないし、お菓子のゴミが多いですね。これじゃ体を壊します。

 

一通り家事を終わらせて、学校に向かいたいと思いましたが、一回桃の顔を見ておきます。

 

ベッドの周りには散乱とまでは言いませんが、物がいくつか落ちています。片付けようかと思いましたが、家主が認識してないときに片付けると、どこにあるか分からなくなりそうなので止めておきました。

 

 

「桃ー、寝ましたか?」

 

「起きてる……」

 

「私はもう帰りますけど、冷蔵庫にお昼と夜のごはん作ってるので食べてくださいね。お休みなさい……」

 

「あ、待ってシャミ子……痛っ」

 

 

ドアを閉めようとしたとき、桃は何故かベッドから立ち上がって引き留めようとしてきました。でも体制が悪くふらついて、地面に倒れてしまいました。

 

 

「桃、危ないですよ。大丈夫ですか?」

 

 

桃に駆け寄ると、開いていた私のカバンから邪神像が落ちてしまいました。どうやらしっかりファスナーを閉めてなかったようです。

 

落ちた邪神像はそのまま転がって、桃の手の横にくっつきました。

 

 

「……シャミ子、落ちたよ」

 

「ありがとうございま……!!」

 

 

桃が邪神像を持った瞬間、光りだしました。こ、これは一体!?

 

 

「何の光ぃ!?」

 

「これは、魔力が吸われている!?……手の怪我!?」

 

 

桃が触った手の方には、傷がありました。この部屋の床に落ちていたもののせいで、転んだ拍子に傷ができてしまったのでしょう。

 

つまり、意図せず邪神像に魔法少女の生き血を捧げてしまったことになりました。つまり、封印の解放です。

 

光が収まり、辺りを見回しても、何も変わってません。封印が解かれているのであれば、浦飯さんがいるはずですが……。

 

 

「いやー、何か喋れるようになったわ」

 

「この声、浦飯さん?」

 

 

邪神像から浦飯さんの声がスピーカーを通したみたいに聞こえます。何か不気味ですね。

 

 

「おう、まだ出れねぇが喋れるようになったわ。これで修行とか色々口に出せるな」

 

 

その発言を聞いて、桃は悪かった顔色がより悪くなってきました。

 

 

「私、浦飯さんが喋れるようになったためだけに、大量の魔力を取られたの……?」

 

 

少し起き上がった桃が、またふらついてました。慌てて私は桃を支えてベッドに戻しました。

 

せ、せっかくあんなに修行したのに、こんなで封印が一部解けるなんて……!

 

 

「何か納得いきませーん!!」

 

「いいじゃねーか、一応封印は解けたんだしよ」

 

「私の修行の苦労を返してくださーい!」

 

 

この後調べて、1ヶ月4万円生活の呪いも解除されていて家族は喜んでましたが、どうにも納得できませんでした。

 

私の修行の成果はいつ発揮されるんですかー!!?

 

 

頑張れシャミ子!辛い辛い修行を続けて、S級とまでは無理にしろ、一人前の魔族になるのだ!

 

 

つづく。




危機管理フォームと夢の中に入る能力はいったんお預け。今回はシャミ子の修行回。

作品違いですが夢の中に入る能力って特質系になるんでしょうか?性格だとシャミ子は完全に強化系ですが。

ついでに描写はないですが妹の良子はパソコンとカメラ持つことができました。かわいい


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6話「あなたは、それが食事っていうんですか……!?」

今回、ちょっと幽白っぽさあり。残酷描写のタグは必要ですかね?個人的にはまだ大丈夫と思うのですが。


前回、魔法少女の生き血を捧げたことにより、封印が一部解除されました。

 

内容は浦飯さんが邪神像のままで喋れるようになったこと。そしてもう1つは我が家の1ヶ月4万円生活が解除されたことです。

 

つまり極貧生活から解放され、生活全般が向上するということです。

 

これだけでも、辛い修行に耐えた甲斐があったというものです……!まぁ、封印が解けた経緯はかなり納得いきませんが、結果を考えればよしとしましょう。

 

しかし封印が解けたことにより、問題も発生しました。

 

それはこの街の結界が弱まったことです。

 

封印解除に魔力を吸い取られた、つまり桃の魔力の総量が減ったことで桃の魔力で維持していた街を覆っていた結界が弱くなったことを意味していると、桃がベッドで寝ながら教えてくれました。

 

この街の結界は簡単にいうと「人間と魔族がゆるく暮らせるように争いをなくす」ような結界で、悪意がない魔族が移住してこれるような代物らしいです。

 

つまりこの結果が弱まるということは、悪意をもつ魔族が来るという可能性が高くなったと言えます。

 

桃曰く、最近は魔法少女も魔族も穏健派が増えて争いは少なくなっているらしいですが、油断できないそうです。

 

一応桃の知り合いの穏健派魔法少女を助っ人で呼んでくれるそうですが、私の修行はそのままで継続です。ええ、知っていましたとも。

 

だが今日だけは修行のことは忘れましょう。

 

何故なら今日は吉田家家訓!いいことがあったときは家族で鉄板を囲むのがテッパンだからです!

 

 

「優子、本当によくやってくれました……今日はお好み焼きです!!」

 

「やったー!本物の、それも肉が入っているお好み焼きなんて、なんて豪勢な……!」

 

「やったね、お姉!」

 

「……苦労かけますね……」

 

 

お母さんが寂しげですが、前は前。今日から食生活改善です。こんな食生活が毎日続くと思うと感動で涙が溢れそうです。

 

 

「清子さん、オレも参加していいすか?」

 

 

ふと声がした方向を見ると、邪神像、つまり浦飯さんがお母さんに話しかけてました。一応お母さんたちには浦飯さんの話は一通りしてあります。しかし浦飯さんが人をさん付けで呼ぶとすっごい違和感があります。

 

 

「もちろんです。優子を鍛えていただいたそうで……ありがとうございます。元々浦飯さんは我が家とは無関係にも関わらず、面倒を見ていただいて……」

 

「オレも早く封印解いて解放されてぇからな、そのためにはシャミ子を強くしねーと。ま、今日はそんな話はなしで、パーっとやろうぜ」

 

 

一見いい話に聞こえますけど、あの修行内容はないです。魔族にも人権はあると思います!

 

 

「そうですね。ビールと日本酒どちらにします?」

 

「お、話せるね。じゃあまずビールからで」

 

 

お母さんと浦飯さん、なんか大人の会話です。いや、お酒の話しているだけだから、気のせいでしょうか。お母さんはそのまま邪神像の前にビールを置きます。やっぱり単なるお供えにしか見えませんね。

 

 

「かーっ、うめぇ!シャミ子も飲むか?うめぇぞ?」

 

「未成年に飲酒勧めないでください……」

 

 

浦飯さんの表情は分かりませんが、邪神像の表情が柔らかくなってます。あれって変わるんですね。しかしそう言われると、ちょーっと飲んでみたい気がします。でもお母さんの目が怖いのでやめておきましょう。

 

 

「かてーこと言うなって。オレは10歳くらいの時から飲んでるから問題ねーよ」

 

「問題ありまくりです!」

 

 

小学生が飲むんじゃない!嫌ですよ、二日酔いの小学生なんて。少年誌でしたら掲載できない内容ですね。

 

 

「私くらいのときには飲んでたんだ……」

 

「ほら!良がマネするから駄目です!」

 

「浦飯さん、今日は大人だけで飲みましょう?」

 

「そうだな。んじゃ、飲むぞー!」

 

 

お母さんがやんわり窘めると、浦飯さんはそのまま飲み続けます。うーん、私が言っても浦飯さんは言うことを聞いてくれませんが、やはりお母さんはすごいです。

 

どういった経緯で今回封印が解けたかなどを話しながら、お好み焼きを作ります。そしてちょうど話が終わると完成しました。まぁあんまり長い話でもないですしね。

 

 

『いただきまーす!』

 

「美味しいね、お姉」

 

「はい!美味しい……すっごく美味しいです!」

 

「いやー美味いっすね。前から思ってたんだが、清子さん料理上手だな」

 

「ありがとうございます」

 

 

このお好み焼きの味だけでも今まで頑張った甲斐があったというものです。いつもは残りや米などを混ぜて誤魔化した、なんちゃって料理がメインですから、とっても感動です……!

 

美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、これからの未来に思いをはせました。

 

このまま強くなって魔力を集められれば、普通の生活ができるんだと、この時は思ってました。

 

 

「まさか冷蔵庫が壊れるとは……!」

 

「ほんとーに封印解けてんのか?」

 

「た、多分……?」

 

 

……まぁ、冷蔵庫が使えなくなったというトラブルが発生して、大量に購入した食材の処理をしつつ、それでも余った料理を風邪ひいて寝込んでいる桃に届けることになりました。

 

こんな「がっかり調整」が入りましたが、まぁ今日だけでこれからは上手くいくものだと思ってました。

 

戦いは、魔族にとって隣り合わせだということを、私はこのとき理解してませんでした。

 

 

 

6話「あなたは、それが食事っていうんですか……!?」

 

 

 

来週から桃が登校予定ですが、それまでは修行です。修行と通学を何日か続けていると、変な話を杏里ちゃんから聞くことになりました。

 

 

「昏睡事件、ですか?」

 

「そうなんだよ。小学生低学年とか、それよりもっと下の子が昨日で数人昏睡状態で病院に運ばれたんだって。ちょっと普通じゃないよね」

 

 

杏里ちゃん曰く、昨日から小さな子供が突然倒れてたりなどの意識不明で病院に運ばれてくるケースが何件も起こったらしいです。しかも治療しても全く変化がなく、意識不明のままだそうです。朝はぎりぎりまで寝ているからニュース見てませんでした。

 

 

「変な話ですね?原因は?」

 

「それがさっぱり。意識不明ってところで話が終わってるね。どこまで本当なんだか」

 

 

むむぅ、なんだか事件の匂いがします。しかし何でそんな小さい子ばかりなんでしょうか?浦飯さんなら何か知っているかもしれません。

 

 

「浦飯さん、何かこういうので心当たりあります?」

 

「……仮病じゃねーか?オレもガキの頃から何度も学校サボってたからよ」

 

「聞いた私がバカでした」

 

「んだと!?このポンコツ魔族が!」

 

「むがー!誰がポンコツですか!」

 

「2人とも、どうどう」

 

 

バカなコメントした人にポンコツ言われたくありません。全く、普通じゃないことくらい何かわかるでしょうに。

 

しかし誰が何の目的でやっているんでしょう。うーん、そういうヤバい系の事件は遭遇したことがないですね。

 

 

「全く。ここはパトロールで怪しい人を見つけるしかないですね」

 

「そこでいい道具があるよ、シャミ子ちゃん」

 

「あ、小倉さん」

 

 

そこへ話に参加してきたのが小倉さんです。小倉さんはカバンから時計みたいなのを取り出しました。

 

 

「ジャーン、これは魔力計です!魔力を発している人をキャッチして、方角と距離を示してくれます!さらにその人の毛髪など体組織の一部を魔力計に取り入れれば、その人のいる方向だけを示してくれます!」

 

 

魔力計は何やら方位磁石にベルトを付けたような、時計みたいな形をしていました。小倉さん、いつの間にこのようなものを開発していたんでしょうか?

 

 

「シャミ子ちゃんの体に浦飯さんが入っているとき、七つ道具の話を聞いて、作ってみました!」

 

「オレが言ったやつ、もうできたのか。すげーな小倉!」

 

「七つ道具って何ですか、浦飯さん?私知らないです」

 

「簡単に言うとだな……」

 

 

浦飯さんが封印される前、中学生のときに霊界という閻魔大王がいる世界の霊界探偵をやっていた頃、霊界から預かった道具が霊界七つ道具だそうです。突っ込みどころは色々ありますが、今は置いておきましょう。

 

しかし浦飯さんは七つ道具をほぼ使わず、いくつかの事件を担当した後、霊界探偵をクビになったそうです。何でもほぼ探偵捜査じゃなくて、ガチンコの戦いだったそうです。探偵とは一体……。

 

というか話で聞いただけで作れる小倉さんはマジチートですね。これがあれば、魔族を容易に見つけられるでしょう。

 

 

「きっと今回の事件は悪い魔族がやっているに違いありません!私の勘がそう言ってます!小倉さん、魔力計を使って犯人を探し出してもいいですか?」

 

「うん、頑張ってねシャミ子ちゃん!」

 

「あれ?もうすでに魔族が犯人になってない?」

 

「すげー乗り気だなコイツ」

 

 

そこの2人うるさいですよ。わたしにもちゃんと考えはありますよ。全く、素直に応援してくれるのは小倉さんだけです……何か小倉さんのこちらを見る目が怖い気がしますが。

 

 

「もし今回の事件が魔族の仕業じゃなくて、人間だったり、単なる偶然でしたら警察に任せればいいです。警察に解決できないことを、このシャドウミぃ……シャドウミストレス優子が解決するのです!」

 

「おー、確かに。それならいいかもね。噛んだけど」

 

「実力が伴ってればな。噛んだけどな」

 

「一言多いんですよ、2人とも!あと噛んだことはスルーしてください!」

 

 

ということで気を取り直して、放課後、魔力計を左手に装着しパトロールに出発しました。うーん、何だか探偵みたいでドキドキしますね。

 

方位針の赤く塗っている部分が、魔力を発している人物がいる方向だそうです。とりあえず、示す方向に向かって行動します。

 

指示された方向に進むと、人通りの多いところに出ました。これだけ人が多いと、誰が魔族かなんて分かりませんね。帰宅ラッシュなのか、赤い方位針の直線上にも人が大勢います。距離はだいたい400m前後でしょうか?

 

「浦飯さんって霊界探偵だったと言ってましたが、こういう捜索みたいなことは経験ありますか?」

 

「何度かあるぜ。そーいや昔、盗賊3人組を追っているときに街中で角がうっすら見えるやつを見つけてな、そいつが魂吸い取って喰おうとしてた犯人だったよ」

 

「た、魂を喰らうって……それって魂抜かれた人はどうなっちゃうんですか?」

 

 

魔族にそんな恐ろしいことをする人が居るんですね。人を喰うなんて、どういう神経してるんでしょうか?

 

 

「魂抜かれた人間は昏睡状態になるって言ってたな。今日杏里のヤツが言ってた感じだ」

 

「まさかとは思いますが、今日の犯人もそうなんじゃ……?」

 

「毎回そうじゃねーと思うぜ?もしそういうやつが犯人だったとしても、喰う度に犠牲者が昏睡状態で発見されるなんて、すぐバレちまうからな。もっと普通はバレないようにやるだろ」

 

 

確かにその通りだ。場所を移動したとしても、毎回同じ手口じゃすぐにバレてしまうでしょう。だから浦飯さんは学校で否定したのか。

 

それに学校で魔族の仕業、なんて騒いだら大事になりますし……それを計算して?うーん、浦飯さんてそんなタイプでしたっけ……?

 

 

「ところで、その犯人てどんな感じの見た目だったんですか?」

 

「その犯人は剛鬼って鬼だったな。人間に擬態してたがレスラーみたいなガタイしててよ。でも人間に化けてても、額からうっすら角が見えてんだ」

 

「……もしかして、あんな感じの?」

 

 

私から見て左側に、頭からうっすら角が透けているように見える大男が居ました。春先なのに半そでにジーパンの、とてもガタイがいい人です。いや、あれはどう見ても魔族じゃないですか?魔力計もあの人をビンビン示していて、距離も30mとあの人の距離を示しています。

 

 

「そーそー、あんな感じだったな……つーか、あいつ怪しいな」

 

「ですよね。こっそり後をつけてみましょう」

 

「オメーの姿は目立つからな。物陰に隠れながら、妖力は絶てよ」

 

「分かりました」

 

 

妖力を絶つというのは全身から漏れる妖力の蓋を閉じるイメージで、体外へ一切漏らさないようにする技術です。この技術そのものは難しくないですが、これを応用した技術が難しいので、この技術はできて当たり前だそうです。てゆーか日々やらされてます。

 

この状態を保ったまま、こっそり後を尾行します。しばらくすると人気のないほうへ進んでいました。何でこんなところに来るんでしょうか?もしや犯人とは関係ないのでしょうか?

 

 

「……子供がいるな」

 

 

浦飯さんがボソッとつぶやいた言葉がよく聞こえなくて、聞き返そうとしました。すると大男は立ち止まり、近くにいた女の子……大体5歳くらいでしょうか?その子の前で立ち止まりました。どうやら近くに親はいないみたいです。

 

 

「お嬢ちゃん、こんなところに一人でいると危ないよ?」

 

「はーい!」

 

 

子供は手を挙げて、その場を立ち去ろうとしました。だが大男がさらに声をかけました。

 

 

「おっと、忘れ物だよ……」

 

 

何か光る玉みたいなものをかざすと、女の子の口から白いものが出て、玉に吸い込まれていき、女の子はその場で倒れました。

 

 

「魂のね……」

 

 

明らかに女の子の様子がおかしいです。ピクリとも動きません。しかも魂とか言っていたということは、もしかしてこの大男は本当に犯人なのでは……!?

 

私はたまらず、その場を飛び出し大男の前に姿を出しました。ち、近くで見ると私よりずっと大きいですね。

 

 

「おい!何をやっているんだ!」

 

「あん?……何だよ、魔族じゃねぇか。見て分かんだろ、食事だよ、食事」

 

「食事?」

 

 

大男は光る玉をつんつんと指でたたきます。その口元の端からはよだれも少し出ていて、不気味です。

 

「この前拾ったこの光る玉、名前は知らねぇが便利でな……人間の魂を肉体から抜き取ってくれるんだよ」

 

 

魂を抜く――昏睡状態――やっぱりこいつが――

 

 

「昨日から昏睡状態の子供が多いのも、キサマの仕業か!」

 

「察しがいいな。今まで魂は喰っても不味い肉体を引き裂いてから出していたんだ。いちいちぶっ殺してたんじゃ死体の処理も面倒だし、上手くいっても魔法少女の監視が強くなって面倒でな。これだと死体処理の手間がなく、そのまま魂を喰えるんでね。重宝してんのさ」

 

「あなたは、それが食事っていうんですか……!?」

 

「当たり前だろ。何言ってんだお前?」

 

 

こ、この大男、子供をこんな目に合わせているというのに何も感じていないのか……!?

 

私は不気味に感じると同時に、少し震えていた。まるで普通の食事メニューを語るかのように説明するこの大男の精神性に。

 

 

「おい、喰った子供の魂は何時間くらいで消化されんだ?」

 

「喋る像とは変わってんな……いいだろう、答えてやる。大体48時間、2日かけてゆっくり消化してるぜ。じっくり味わいたいからよぉ……」

 

 

浦飯さんが尋ねると、大男はそう答えました。たった2日しかないとすると、昨日昏睡状態になっている子はもうそろそろタイムアップということになります。

 

答えた後、大男は光る玉に右手の人差し指と親指を差し入れると白い塊を摘まんで出しました。先ほど見た、ここに倒れている女の子の魂だろう。

 

そして大男はそのままそれを、何のためらいもなく飲み込んだ。

 

 

「―――――」

 

「やっぱりガキの魂は踊り食いがサイコーだな!胃の中でグルグル暴れまわって活きがある……うんめぇ~……」

 

 

目の前の光景に、私は頭が真っ白になりました。こんなことを平然とできる、目の前の男が信じられませんでした。

 

 

「どうだ?オメーも喰いてぇって言うんなら考えなくも……」

 

「てめぇ!!!!」

 

 

その言葉に私は切れました。大男の懐に潜り込み、妖力を集中させた拳で腹を殴りつけました。

 

 

「吐き出せキサマー!」

 

 

殴りつけると大男の体勢が前のめりになり、口から白いものが出かかってました。あの女の子の魂でしょう。

 

 

「うらぁ!!!」

 

 

魂を口から吐き出させるために、私は右拳で大男の左頬を殴りつけました。そして魂は口から飛び出し、大男は地面に倒れ、魂はあの子の体へ戻ってきました。

 

良かった……これで助かったでしょう。その考えの通り、魂は女の子の体に戻り、女の子は立ち上がりました。

 

 

「あれ、ここどこ……?」

 

「もう大丈夫ですよ?お母さんのところに戻りましょう」

 

女の子の手を引いて、私はこの子のお母さんの元へ戻ろうとします。浦飯さんも拾うと、浦飯さんがまだ真剣な顔をしてました。

 

 

「シャミ子、何油断してんだ。まだ終わってねぇぞ」

 

「えぇ?だってこうして倒れているのに……」

 

「その変な像の言うとおりだ……」

 

「嘘ぉ!?」

 

 

全力で殴ったにも関わらず、大男は何でもないかのように立ち上がりました。いや、よく見ると口元から血が出てます。これしかダメージしか受けてないなんて……!

 

 

「食事の邪魔しやがって……!」

 

「こ、これは……!」

 

 

大男の服が破け、筋肉が肥大化し皮膚の色が赤黒く変色していきます。見えづらかった角が具現化し成長して、牙も生えてます。まんま鬼じゃないですかこの人!

 

 

「てめーを嬲った後喰らってくれるわ!この腕鬼様がな!」

 

「早く逃げてください!お母さんの元へ走って!」

 

「お、お姉ちゃんは……?」

 

「大丈夫です!早く!」

 

 

このままではこの子が戦いに巻き込まれます。その子はほぼ泣きかけてましたが、頷いて走り出しました……強い子です。

 

 

「よそ見してんじゃねー!」

 

「うわぁ!」

 

 

腕鬼が振るった腕を私は横っ飛びで回避しました。すると腕鬼の攻撃は、木をえぐり倒しました。ど、どういう攻撃力してんですか……!あんなもん体に受けたらやばいです。

 

 

「シャミ子!俺に変われ!」

 

 

左手に持っていた浦飯さんがそう言いました。そうか、浦飯さんならあんなやつイチコロです!よくぼこぼこにされている私にはわかります。これで勝てる!

 

 

「……でもどうやって変わるんですか?」

 

「あほかオメーは!スイッチだよ、底のスイッチ!」

 

「あ、そうでした!」

 

「お前ら、そんなことさせると思ってんのかぁ!」

 

「キャー!!」

 

 

振り下ろされた拳を回避するも、地面をえぐった際の衝撃で邪神像を手放してしまいました。浦飯さんが林の中へコロコロ転がっていきます。

 

「シャミ子のあほー!」なんて浦飯さんの声が響きましたが、返している余裕はありません。こうなったら、私が倒すしかないみたいですね……。

 

 

「さぁ、妙な真似は出来ねーぜ!大人しく喰われろや!」

 

「そんなことはご免です!」

 

「へ、声が震えてるぜ?」

 

「そんなことはない!」

 

 

見るからに強そうな外見です。魔力も十分に体を覆ってます。浦飯さんや桃以外で戦うのは初めてですが、まずぶん殴る!そう決めて、私は全身の妖力を解放しました。ええ、ビビってませんとも。

 

 

「いくぞぉー!」

 

 

右拳にやや妖力を集中させて腕鬼の腹を、最初のときのように殴りつけました。だがその体は先ほどとは違って硬くなっており、まるで分厚いタイヤを殴った感覚に似ています。

 

 

「か、硬い……!」

 

「効かねぇんだよ!」

 

 

振るわれる左手の爪は鋭く、魔力がみなぎっていました。咄嗟に体をそらして回避するも、奴は連続で繰り出します。

 

 

「ぐっ!」

 

「そら!どんどんいくぜ!」

 

 

爪の連撃を身長差を利用して回避しつつ、小さくなりつつ懐へ潜り込みます。そのまま数発腹に拳を叩き込みますが、ダメージは見受けられません。

 

 

「効かねぇっつんてんだろ!!」

 

 

だ、ダメです。このまま決定打を与えられなければ、私がやられてしまいます。

 

そんな余計な考えが浮かんだせいだからでしょうか、腕鬼が腕を振り下ろした際に巻き上げられた土が右目に入って、一瞬目を瞑ってしまいました。

 

その次の奴の左爪の攻撃が、少し私の左肩をえぐりました。

 

 

「ぐぅ!」

 

 

まるで焼けたかのような感覚が左肩を支配しました。その隙を奴は見逃さず、右足の蹴りを腹に繰り出しました。

 

何とかガードはできましたが、全身に衝撃が走り、左肩が余計に痛いです……ど、どうしよう……。

 

 

「ケー!このまま吹っ飛べや!」

 

 

少し離れた位置で腕鬼は折れた大きな木を片手で拾い、そのまま横なぎに振り回してきました。痛みを気にしていた私は回避しきれず、顔に迫る木を両腕でガードしましたが、そのまま吹き飛ばされました。

 

 

「ぐあぁ!」

 

 

何度も地面を転がり、木にぶつかってようやく止まりました。両腕でガードしたはずなのに衝撃が突き抜け、頭を揺さぶりました。せ、せっかく鍛えたのに、こんなことでやられちゃうの……?

 

 

「立てー!シャミ子ー!負けんじゃねー!」

 

 

弱気が顔を出したそのとき、浦飯さんの声が聞こえました。

 

そうです、ここで負けたらまたあの子が狙われるし、昨日の子たちも死んでしまいます。それに何より、このまま殺されるなんて嫌です。

 

せっかく妖力も鍛えて霊丸を撃てるようになったのに……霊丸?

 

 

「ま、まだだ……!」

 

「まだ立てんのか。んじゃ、もっといたぶってやらぁ……!」

 

 

私には必殺技の霊丸があることを忘れてました……。

 

しかし霊丸といえど、あいつの防御力は私の攻撃力を上回っている。霊丸が今の私のパンチの数倍の威力が出せるといっても、一撃で倒せるとは思えない。

 

ならばどうする?顔……それじゃ効かないかもしれないし、大きくなった奴の顔にはジャンプしないと届かない……そうだ!

 

私は攻略法を考えつき、全身の妖力を高めます。次の一撃がラスト!長期戦はタフさがあちらのほうが有利になる。ここで決める!

 

私は走り出しました。今出せる最高速度で突っ込みます。

 

 

「バカの一つ覚えみてーに突っ込みやがって!死ねぃ!」

 

「とあっ!」

 

「と、飛んだぁ!?」

 

 

私は足に妖力を集中し、ジャンプしました。これで普通ではでかくなった腕鬼の顔に拳は叩きこめませんでしたが、高さは足ります。

 

 

「バカが!空中では身動きとれねーだろ!」

 

「知ってます!」

 

 

それも承知の上で行動してます。さっき、土が目に入って行動が一瞬止まりました。ならばあなたはどうですかね……!

 

私は尻尾の先端を腕鬼の目に叩きつけました。もちろん妖力で強化した上でです。つまり、一瞬できる目くらまし!

 

 

「があっ!?」

 

 

目に衝撃を受けた腕鬼は、口を大きく開きました。その口へ、私は全妖力を集中させた右手の人差し指を向けます。

 

これで決まれ!

 

 

「くらえ!霊がーん!!!」

 

 

霊丸はそのまま腕鬼の口を突き抜け、その衝撃で頭が吹き飛びました。頭を失った体はそのまま地面へと倒れこみます。

 

そして、無くなった首から魂がいくつか飛び立っていきました。あれが昨日喰われた子供たちの魂でしょう。

 

 

「これで大丈夫かな……お、終わったぁ……」

 

 

私はそのまま大の字になって地面に倒れました。今頃になって、何だか震えがきました。戦い始めてたら震えはなくなっていたのに、変な感じです。

 

ちょっとミスしたら、殺されていたのは私の方だったのだろう。殺してしまったことの罪悪感が胸の中にありますが、それ以上に助かったことの安堵感のほうが大きいです。

 

こんな気持ちは初めてでした。そして、まともに戦ったのも初めてでした。桃や浦飯さんはこんな戦いを何度もしてきたのだろう。改めて、2人との差を感じました。

 

 

「よくやったなーシャミ子!生きてるかー?」

 

「あ、浦飯さん。今どこですかー?」

 

 

私は浦飯さんの声の方向へ歩き出しました。もう早く家に帰りたい気分でした。ちょうど草むらの中に隠れるような形で邪神像はありました。

 

 

「良い戦法だったな。勝ってよかったぜ」

 

「今頃になって震えてますよ……」

 

「オレも最初は1回負けて、もう一度挑んだ時は勝ったがフラフラだったぜ」

 

「浦飯さんが負けたんですか!?」

 

「オレだって最初の頃はよ……」

 

私は邪神像と腕鬼の持っていた光る玉を抱えて、フラフラしながら帰りました。今日は生き残ったこと、そして勝利したことだけ考えてました。

 

私の家の封印の解放が、結界の弱体化が、あんな連中を誘い出す結果になったことを、あまり考えないようにしながら。

 

 

頑張れシャミ子!戦闘経験を重ねて、強くなって封印解放を目指すんだ!

 

 

つづく




おまけ

シャミ子の道具

・魔力計

霊界七つ道具の1つである妖気計の話を聞いた小倉が自分なりに作った方位磁石型の腕輪。

装着している人物の魔力を利用して、その方向と距離を示してくれる。また探している人物の一部を入れることでその人物だけを示してくれる。

使用者の魔力の強さと相手の魔力の強さで捜索範囲が増す。ただし小倉が作ったのは試作品であり、強度や精度が高いわけではない。

なお小倉は他のもできれば作りたいと考えている。

ちなみに幽白本編で道具は七つ出てない。トランクとモニターを含めれば七つになるが、果たして含まれるかは謎。妖気計は剛鬼・飛影・乱童に使用。後にはほぼ出番なし。


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7話「新たな魔法少女!私じゃ荷が重いので交代です!」

説明回にプラスしてちょっとバトル。どの程度原作を削ってバトルとか入れるのかを毎回迷う感じです。


腕鬼と戦って怪我をしたまま家に帰ったら、お母さんも良子もびっくりしてました。さらに理由を話すと2人とも大騒ぎになりました。泣かれるわ病院だわでドタバタしまくり、結局落ち着いたのは夜になってからでした。

 

さらにその次の日が大変でした。なんと全身筋肉痛で全く動けないような状態になりました。

 

例えるのならば針のギプスを全身に纏っているレベルです。肩の怪我の治る速度が異常に早いのは、魔族なのだからでしょうか?

 

そんな状態なので回復するまで特に修行はなしになり、その日もゆっくり休めました。浦飯さんも過去にこの状態になったことがあるらしく、その時はゆっくり休んだから同じようにしようとのことです。

 

そのときの浦飯さんの場合は、少々半魔族がちょっかいをかけてきたそうですが、なんとかなったそうです。今の私だったら死にますね、それ。

 

そして週が明け、桃の風邪が治り桃が学校へ登校してきました。その日の放課後、今回の件を桃には伝えたところ、めちゃめちゃ怒られました。

 

 

「どうして私に連絡しないのかな!おばかなのかなシャミ子は!」

 

「ひ、ひいぃー!」

 

「まぁまぁ、あんときに倒さねーと魂が消化されるとこだったし、オメーも風邪ひいてたからしょうがねぇじゃねーか」

 

「浦飯さんが戦えば一瞬で終わる話でしょう!」

 

「シャミ子の奴がスイッチ押す前にオレを落とすからよー……オレのせいじゃねぇって」

 

「あんな攻撃受けてスイッチ入れるなんて無理ですよ!」

 

「言い訳しない!!」

 

「ひえぇ……!」

 

 

なんて感じで怒られまくり、その後桃に体の調子とか怪我の具合とか色々それはもう念入りにチェックされました。一応病院でも診てもらっているんですけどね。

 

一応桃からは怪我が完治するまで筋トレはお預けという判断になりました。そう言っても、後1-2日というところだそうです。

 

筋トレはしません。つまり、他はやります。妖力の攻防力移動などや、総量のアップなどを重点的にやる形になりました。

 

え、筋肉痛なのにやるのかって?2日休んだからやるんだそうです。この鬼どもが!

 

まぁ私としても、今回の件でもっと鍛えないとまずいということを感じています。たまたま霊丸が効いたから良かったものの、もし効かないレベルの相手で、今回みたいに浦飯さんと入れ替わることができない事態になったら、殺されるでしょう。

 

だからいつもより修行に熱が入りました。桃は病み上がりなので、今日は放課後の監督も浦飯さんが担当です。何故か良も隣にいます。

 

 

「今回の腕鬼にやったとき、オメーの攻撃が通らなかった理由はわかるか?」

 

「単純に攻撃力が足りなかったせいじゃないですか?」

 

「極論はそうだな。だが攻撃に使う妖力の集中がまだ弱いっつーことでもある」

 

「集中ですか?」

 

 

あの腕鬼に攻撃するときも、妖力を手に集中して殴っていた。それでも変身後の腕鬼には大してダメージはなかったんだけど……もっと妖力を高めて集める必要があるってことかな。

 

 

「まず右拳に妖力を集中させてみな」

 

「こうですね」

 

 

赤い光が右手に集中し、他の箇所より光る部分が大きくなりました。腕鬼を殴ったときはこんな状態でしたが、やっぱりまだ威力が足りないのでしょうか。

 

 

「お姉すごい!」

 

「ふふーん、そうでしょうそうでしょう!」

 

「調子に乗んなよー。そこから右拳以外の妖力を閉じろ」

 

 

良に言われて、ちょーっと嬉しくなっていると、浦飯さんが釘を刺してきました。別にいいじゃないですか、ちょっと調子乗っても。しかし妖力を閉じるですか……あの腕鬼を尾行したときの感じですね。

 

 

「閉じる閉じる……わっ!?」

 

「あ、なくなっちゃった……」

 

 

微妙に発している腕回りなどの妖力を消そうとした途端、弾けるように右拳に集中していた妖力がなくなってしまいました。かなり集中してやっていたはずなのに、失敗してしまいました。

 

 

「な、なんで途中まで上手くいってたのに……?」

 

「何でか考えて、もう1回やってみな」

 

「よ、よしもう1回!」

 

「お姉、頑張って!」

 

 

しかしその後2、3回やっても弾け飛びました。なんでうまくいかないんでしょう……?

 

集める→留めるまでは上手くいくんですが……。ああ、そういうことか。

 

 

「そうか、これって同時に3つのことを行うから難易度が高いんですね……!」

 

 

右拳に妖力を集める。次に集まった妖力が外に出ようとするのを留める。その時点で腕や他の部分にはまだ妖力が微妙に残っているから、それを閉じることによって、右拳により集中する形になるという仕組みですね。

 

「そうだな、集める・留める・閉じるの3つを同時に行う必要がある。だから今のオメーには難しいってわけだ」

 

「空気入れた後、風船の根元を抑える感じですか?」

 

 

やだ……良の説明のほうがイメージすっごく分かりやすい。確かにさっきまでの失敗は留める力が弱いのと、根元を抑える力……つまり絶つ力ができていないから、弾け飛んだんだ。

 

 

「そうそう、良子の説明通りな感じ。しかも空気と風船の膜……つまり留める力も妖力だ。つまり妖力を込めて留める力が高まり他を絞れば、威力が上がるってこった」

 

「それじゃあ、基本的なコントロールができれば、それは武器になるってことですね?」

 

「そういうこった。そして妖力自体が高まれば威力も上がるし、体そのものが強くなれば、もっと威力が出る。ただ注意することがある」

 

「注意ですか?」

 

「そうだ。さっきの1点に集中させるやり方だが、その間他の部分が無防備になる。つまり妖力の攻防移動が遅くなれば、生身で相手の攻撃を受けることになる。そうなったら、分かるな?」

 

 

それを聞いて、私はぞっとしました。それは妖力なしで腕鬼の攻撃を受けていたら……ということになります。今回の戦いは全身の妖力を高めて覆っていたから、あのダメージで済んだのです。生身で受けていたらと考えると、結果は死でしょう。

 

 

「つまり通常は0か100じゃなくて、腕鬼とやったみたいに単なる攻防力移動でいい。効かねー相手に今回のコントロールが必要になってくるってことだ。まぁ通常でも高めた妖力を纏って維持できれば、それだけ有利になるぜ」

 

「めっちゃ基礎頑張ります!」

 

「よーし、じゃあ今から全身の妖力フルパワーで高めて、そのまま維持な。良子、タイマーで計ってやれ」

 

「はーい」

 

 

いやいや、やるとは言いましたが、さっき妖力使ったのに、また使うんですか?しかもフルパワー維持って、全然長くなんてできませんよ?

 

 

「えぇ!?あれ無茶苦茶疲れるんですよ!?」

 

「やれ」

 

「はーい……」

 

 

何かせっかく決心したんですが、さっそく心が折れそうです……。結局この日は妖力が空になるまで、フルパワー維持を延々繰り返してました。持続が伸びた時間ですか?20秒ですが何か?

 

そんなこんなで日曜日。杏里ちゃんに頼まれていたバイトの日です。何でもバイトに欠員が出たそうで、商店街のマスコットである「たまさくらちゃん」の着ぐるみを着てビラ配りすることになりました。ちなみに邪神像は腰に装着してます。

 

ビラ配りしていると子供に囲まれ、いっぱい触られます。そのせいか頭が少しずれて、視界が遮られました。

 

 

「大丈夫?首がズレちゃってるから、手伝うわね」

 

「ありがとうございま……」

 

 

女の人の声が聞こえ、お礼を言いかけて、止まりました。なんと、すごく特徴的な格好をしたオレンジ髪の少女だったからです。変身後の桃みたいな格好ですね。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

なるべく声の動揺を抑えて、お礼を言います。デザインは違えど、やはり桃の格好に近いフリフリ衣装です。

 

 

「いーのよ、気にしないで?ところで、そのビラに地図があるなら1枚ちょうだい」

 

「は、はい……」

 

 

やばいです。これは新たな魔法少女出現でしょうか。いやいや、結論はまだ早い。

 

 

「あのー、その恰好はコスプレか何かで……?」

 

「違うわよ?私、魔法少女なの」

 

「おっふ」

 

 

さりげなく聞いてみると、彼女は魔法少女でどうやらここの公園を目指していたそうです。

 

何でもこの街の魔法少女が魔族と大変なバトルをした上にぼこぼこにされて、魔力を奪われ配下にさせられたらしく、助っ人で来たとのことです。

 

あながち間違ってないところがまずい……!浦飯さんが桃を倒しましたし、魔力を奪ったことも事実!否定できない状況です。

 

しかも彼女、相手の魔族の正体は知らないので、魔族を見つけ次第片っ端からしばくつもりだそうです。

 

まずい……見た感じ私より強そうです。このままじゃしばかれる……!

 

 

「た、大変ですね……」

 

「なんかあなた、おかしくない?」

 

「そ、そんなことないですよぉ↑~……?」

 

「いや、声が裏返ってるし」

 

 

何とか誤魔化そうと色々手振り身振りしましたが、余計に目線がきつくなるだけでした。

 

誤魔化しつつビラ配りを再開してもじっと見続けてきます。まずい、逃げられません……。

 

 

「あ、ビラ配り終わったので、これで失礼しますね?」

 

「私も着いていくわ」

 

「な、何故!?」

 

「いや、あなたさっきから焦ってるし変よ。ほら、あそこの路地裏で脱いで!」

 

「え、ちょっと!?」

 

 

強引に引っ張られ、路地裏に連れ込まれた私は脱ぐことを防いでました。でも相手も頭を掴んできます。負けてたまるかぁ!

 

 

「絶対脱ぎませんよ!絶対です!」

 

「……いいから、はよ脱げ!こんな路地裏でこんな会話してたら誤解されるでしょーが!!」

 

「ひゃあぁぁ!」

 

 

奮戦むなしく、あっさり脱がされました。もう駄目です……!

 

 

「つの……?」

 

 

相手が私の角を見て呆けてます。今だ、最終手段!!くらえ魔法少女!

 

私は腰に装着している邪神像を着ぐるみの中で手に取り、そして底のスイッチを入れます。

 

 

「チェーンジ、浦飯さん!スイッチオン!!」

 

 

相手は変身の光に反応し、数m飛びのきました。そこまで見て、私の意識は途切れました。あとは任せましたよ、浦飯さん……。

 

☆☆☆

 

「このパワーは……!」

 

 

新たに現れた魔法少女―陽夏木ミカン―は戦慄した。先ほどまでの魔族の少女とは桁違いのパワーを感じたからである。間違いなく、自分より上の実力者ということは肌で感じ取れた。

 

元々この街の魔法少女である千代田桃は魔法少女として優れた人物であり、よほどの相手でなければ真っ向勝負で負ける相手ではないのだ。だから先ほどまでの彼女を一目見たときは、倒した相手とは別人だろうと予想していた。

 

だがそれは違った。実際はこれほどの力を秘めていたのだ。これほどの相手とは正直予想してなかった。

 

正直、勝てる相手とは思えなかった。そして目の前の魔族が口を開く。

 

 

「なぁ……ひとついいか?」

 

「……何?」

 

 

ミカンはいつでも対処できるよう集中する。もちろんここで大きく戦うことではない。桃が来れば数的有利になる。それまでの時間稼ぎをするため、話に乗った。

 

 

「よぉ……いくら女同士でもあの言い方で路地裏に引き込むのはやべーんじゃねぇか?」

 

「なっ、なぁ……!?」

 

 

意表を突かれた。というかこの空気で今それを言うのか。

 

ミカンはこの子の声が男みたいだな、とか雰囲気が全然違うとか頭の片隅で思った。

 

しかしそれ以上に自分でもあの言い方では誤解されると思いつつ発言したこともあり、自分への迂闊さと恥ずかしさで頭がいっぱいになった。ミカンは心拍数がガンガン上がるのを感じていた。

 

 

「しょ、しょうがないじゃない!さっきまで怪しかったし、違ったとしても熱中症かもしれないと思って心配したらあんな言い方になっちゃって……!」

 

「なんだ、そっち系じゃなかったか」

 

「そっち系って何よ!?私はノーマルよ!!」

 

 

ミカンは恥ずかしさでもう顔が真っ赤であった。ちなみにそっち系の意味は性的嗜好のことである。幽助としては仙水の隣にいた樹の話を桑原たちから聞いているので、そういうこともあるかな~ぐらいで尋ねただけである。

 

しかし律義に反応している時点で、この魔法少女は真面目ちゃんだなと幽助は感じていた。というか、隙だらけである。

 

ここで彼女は呪いが発動した。彼女自身が動揺し、心拍数が正常でなくなった際に「関わった人にささやかな困難が降り注ぐ呪い」が発動するのだ。

 

ここでいう関わった人というのは通常距離が近い人物、もしくはミカンとの関りが深い人物が該当する。

 

そして今回発動したのはシャミ子in幽助ではなく、別の人物である。

 

路地裏の曲がり角に潜んでいた人物の上に、小さな雨雲が生まれ雨が降った。もちろん対策などしていないので、その人物はびしょ濡れになった。

 

 

「そこにいるのは誰!?」

 

 

ミカンは曲がり角で発生した自分の呪いのおかげで底に潜んでいるのに気づくことができた。言われるがまま、被害にあった人物は彼女たちの元へ足を運んだ。

 

 

「ミカン……いったん落ち着こう。その人は敵じゃないから」

 

 

その人物は千代田桃であった。せっかくの私服が呪いによる雨で濡れている。カバンの中身は大切なのか、全く濡れていなかったが。

 

 

「よぉ、いつ出てくんのかと思ったぜ」

 

 

幽助は初めから桃が後ろから着いてきていることは知っていた。

 

具体的に言えばシャミ子がたまさくらちゃんの格好をしてる時から隠れるように見ていたときからだ。それを知っていたので、目の前のミカンという魔法少女をからかったのだ。

 

 

「桃!?え、てゆーか知り合いなの?」

 

「今から話すよ」

 

「ここで立ち話もなんだしよ、サ店でも言って話そーや。桃も濡れたままじゃ病み上がりだしよくねーだろ」

 

 

そう幽助が提案すると、2人の魔法少女はきょとんとした目で見つめている。幽助は眉をしかめた。

 

 

「……なんだよ?」

 

「……いえ、浦飯さんそんな気遣いできるんだなぁと。あんなに教育に悪いことすごく言うのに」

 

「ああ……何か想像つくわね……」

 

 

桃は幽助の発言が意外だったのでそう言った。ミカンはすっかり戦う雰囲気ではなくなり気が抜けたのもあって、そういった反応になった。

 

 

「オメーらぶっ飛ばすぞ?」

 

 

そんなことを言いながら喫茶店に足を運び、今までの事情をミカンに説明した。ミカンも先ほどの自分の呪いについても説明した。

 

桃はミカンには最低限も説明してなかったようだ。そんなでもこの街の助っ人としてやってきた彼女はとても人が良いのだろう。

 

情報を交換し、ミカンはため息をついて注文したミカンジュースを一口飲む。

 

 

「大体わかったわ。それじゃ桃の実力が戻るまではこの街で過ごすことになるわね。というか、人喰いまで出てきているなんて……さっきの子でよく勝てたわね」

 

 

正直まだ覚醒したてで、しかもミカンが見た限りでは温厚そうな魔族であった。だから戦いで勝ったことが意外だった。

 

魔族で着ぐるみのバイトをしていれば、温厚という印象にもなるだろう。少なくとも武闘派のやることではない。

 

 

「相手が弱かったからな。オメーらじゃ一撃だろうぜ」

 

 

事実腕鬼は人を食べている割には弱かった。それこそ、幽助が戦った剛鬼と同レベルであろう。

この2人の魔法少女からすれば敵ではない。とはいえ今のシャミ子にとっては強敵だったのは間違いない。

 

 

「でも人喰いが出てるのなら増々この街を助ける必要があるわ……浦飯さんとシャミ子の境遇には同情するけど、生き血を取られる気はないです。魔力を取られ過ぎれば、こちらも戦力が下がるし、最悪消滅する可能性があるし」

 

「ちょっとミカン、その話は……!」

 

 

幽助にとって、ミカンが最後に言った消滅の話は初めて聞くものだ。あえて隠していたのだろう、それを証拠に桃が慌てだした。

 

 

「おい初耳だぞ、その話」

 

「えっ、言ってなかったの!?ど、どうしよう……私やっちゃった……」

 

 

目に見えて落ち込むミカンの心に反応したのか、今度は幽助の上に雨雲が発生し雨を降らした。おかげで幽助は濡れる羽目になった。どうやらこの呪いは本人にコントロールできない類のものらしい。まぁだからこそ呪いというのだろうが。

 

 

「おい、人の上に雨降らすのやめろ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「浦飯さん、この件は……」

 

「一応シャミ子には伝えておく。まぁ妖力も命を燃やして使えば死ぬし、大して変わんねーよ」

 

 

幽助はタオルで体を拭きながら昔の戦いを思い出していた。

 

幽助は朱雀戦で命を燃やして最後の散弾式霊丸ともいうべきショットガンを放ち、勝利をおさめたが、桑原が霊力を送りこまなければ心肺停止で死んでいたそうだ……と蔵馬から聞いていたことを思い出す。

 

そう考えると消滅という話は別段珍しいものではない。そうならないようにシャミ子を鍛えればいいのだ。

 

 

「なるべく上手くお願いします」

 

「わかった。もっと強ぇ連中が来るとしたら今のシャミ子じゃやべーし、桃もまだきついしな。頼むぜミカン」

 

「わかったわ」

 

「で、これからどうする?封印解くにしても、詳しいやつがいれば一番いいんだが」

 

「一番詳しいのは私の姉の桜でしょう。しかし今どこにいるのか……」

 

 

先代魔法少女である千代田桜は10年ほど前から行方不明であり、その足取りは桃がいくら調べても分からずじまいである。ミカンも桜が行方不明であったこと以外はほぼ何も情報を持っていなかった。幽助が知るわけがない。

 

 

「桜さんのことだから、どこかで生きている気はするけど……」

 

「仕方ねぇ。この街で桜って奴を知ってそうな奴に当たるしかねぇか」

 

「この10年消息を絶っていますので、それ以前から住んでいる魔族がいいかと思いますが……そういった魔族は光の一族と接触しないように結界を家の壁や扉に貼っているので接触できなくて」

 

 

争わず暮らせる街ということだが、外部の侵入者の可能性も考慮し、それぞれの魔族の家には結界が個別で貼られていた。これを解除するには魔族本人の許可が必要である。

 

つまり光の一族である魔法少女が打ち破るには力業しかないのだが、桃はそういった行動を起こさなかったため、今日まで情報を得られずじまいであった。

 

 

「なら俺の出番だな。何とかなんだろ!」

 

「やだ、竹を割ったような無策だわ……」

 

「でもとりあえず地道に探すしか、現状はできそうにないみたいですね」

 

「そーゆーこったな。そんじゃ今日は一旦解散だ。今度から頼むぜミカン!」

 

「はい、こちらもよろしくお願いします」

 

「じゃあ、また」

 

 

ミカンは今日桃の家に泊まるらしく、2人揃って帰っていった。

 

幽助はというと、もう少し街をぶらぶらするつもりであった。そもそも体に入るのが桃と戦った時以来なのだ、今日ぐらい遊び惚けても文句言われないだろう。バイトで軍資金も入ったこともあり、そのまま幽助は行動を映した。

 

解散してからしばらくして辺りが暗くなった時間、まだ幽助は外を歩いていた。

 

 

「いやー、儲けた儲けた。パチンコは入れなかったが、そこらへんのおっさん捕まえて競馬場へ入れたのがデカかったな。あのおっさんも喜んでたし、いいことしたぜ!」

 

 

パチンコはシャミ子の外見がどうひっくり返っても20歳以上には見えないので追い返されたが、しょぼくれたおっさんを言いくるめて競馬で一儲けしたのだ。馬券はおっさんに買わせた。もちろん持ち逃げされないよう少し脅したが。

 

そして大当たりである。毎日のようにこちらでも新聞読んでいた甲斐があったというものだ。おっさんは結構崖っぷちであったらしく、すごく喜んでいた。これも人助けである。財布の中身がシャミ子が見たことないレベルで厚みを増すこととなり、幽助もウキウキである。

 

街灯だけが照らす道で、幽助は男とすれ違った。そしてその男が吐いた息を嗅いで、幽助は立ち止まった。

 

 

「おい。そこのオメーちょっと待てや」

 

「……なんだい、お嬢ちゃん。お兄さんに何か用かい?」

 

 

背の高い青年である。普通の人間が見ればなんて事はなく、街中で見ても振り返ることはなく、すぐ忘れるような容姿であった。だがその瞳が、瞬きせず幽助を見つめていた。

 

 

「テメー、何人喰った?」

 

「お嬢ちゃん、いったい何を言っているんだい?そんな物騒な……」

 

「とぼけんじゃねーぜ。テメーの口から人間の匂いがプンプンすんだよ」

 

 

今まで人間を主食とする妖怪と同じ匂いが、男の口から洩れていた。男はため息をついて、右手で髪をかき上げる。

 

 

「……この街で2人だよ。カップルが美味しそうだったので、ついね。それで、私をどうするんだい?」

 

「別に。単に食事だろ?だが事情があるから、この街ではやるな。喰うなら他の街にしな」

 

 

幽助にとっては魔族が人間を喰うことも食事という認識だった。魔族大隔世をしてからは、食事に関しては考えが少し変わったのだ。

 

もちろんこの会話は邪神像のシャミ子には聞こえてない。というより、シャミ子の場合邪神像に入っていると、幽助と違い邪神像の外を見れないし聞き取れないことは本人から確認済みだ。

 

だから幽助はこういった物言いをした。もし聞かれれば、関係に亀裂が入るものであることは理解していたからだ。

 

故に幽助はこの目の前の魔族を見逃すことにした。特に戦う気はなかったからだ。

 

 

「お断りします。ここはいい狩場なんですよ」

 

 

しかし男は断った。魔力が男の体を覆っていく。明らかに臨戦態勢に入っていた。

 

 

「あ?」

 

「わかりませんか?ここは特殊な結界で覆われた場所ですが、それが先日から弱まったということは結界の元……つまり魔法少女の弱体化を意味するのです。ここの魔法少女は非常に有名ですが引退して大分時間が経っている……人間ではこの意味は大きい」

 

「つまり、何が言いてーんだよ」

 

「ここまで言っても分からないとは……つまり弱体化した魔法少女がいて、人と魔族が共存する街ということは警戒心が薄いこと意味する。だから非常に美味しい場所なんですよ、喰うにはね」

 

「………」

 

「それを証拠に先ほどのカップルはとてもよかったですよ……先に男の方を嬲って少しづつ見せつけるように喰うと、女の感情は良い具合で壊れましてね……その女の味はまた格別でした……やはり負の感情はいいスパイスになります」

 

 

男は恍惚としてその時の味を思い出していた。凄まじく、醜悪な表情であった。

 

 

「ああいった味はまた味わいたいものです。だから人間の味方をして、私の正体を知っている魔族は邪魔なんですよ」

 

 

魔力が高まり、青年の姿が変わる。魔力の渦が体を覆い、それが晴れると魔族としての姿を現した。

 

赤い顔に長い鼻。山伏の装束を身に纏い、一本歯の高下駄を履き、羽団扇を左手に、日本刀を右手に持つ姿へ変化した。その姿を、人は天狗という。

 

 

「喧嘩なら容赦しねーぞ」

 

「喧嘩?違いますよ……これは処理です」

 

 

天狗の魔力が先ほどより高まっていく。こちらで会った魔族の中では最高レベルだろう。というより、魔族自体にほとんど出会わないが。

 

この魔力の大きさは、現在の弱体した桃より若干下程度だろう。どうひっくり返っても、今のシャミ子に勝てる相手ではない。

 

 

「少しほっとしたぜ」

 

「……何ですと?」

 

「テメーみたいな下種なら、本気でやれるからな」

 

 

幽助は妖力を全力で解放した。桃と戦った時は怪我させないようコントロールする必要があり、全力が出せないフラストレーションが溜まっていた。

 

だがこの相手に手加減などいらない。故のフルパワーだった。

 

 

「バ、バカな……!?な、何なのだこのパワーは……!?」

 

 

天狗は己のミスを悟った。ここに来て初めて力量差を感じ取ったのだ。勝てる相手ではないと。

 

この時撤退か、命乞いか2択で迷い、しかし彼はプライドを取った。

 

自分より格上であろう。先ほど自分に実力を悟らせなかったのだから。

 

だが格上故に油断する者は魔族・魔法少女ともに腐るほど見てきた。それに対して生き残ったから今があるのだ。

 

一撃加えて空を飛んで撤退する。そう決めるまで一瞬である。しかしその一瞬の迷いが、彼の最後だった。

 

既に天狗の視界一杯に広がる幽助の拳が迫っていた。

 

 

はや――――――!?

 

 

気づいたときには既に遅く、顔面を中心に衝撃が全身に走った。

 

一体何発の拳が受けているかも感じ取ることができず、彼の思考は拳の衝撃でまとまることはできなくなっていた。

 

もはや攻撃が終わったことも感じることもできず、幽助に首を持たれ、そのまま空へ投げ飛ばされた。

 

幽助はそのまま投げ飛ばした天狗に向け、妖力を集中させた右の人差し指を向ける。

 

 

「霊丸!」

 

 

発射音とともに、山をも包むような巨大な霊丸が天狗に向かっていく。

 

天狗が最後に見た光景は、視界一杯に広がって迫る霊丸の赤い光だけであった。

 

そして霊丸はそのまま天狗の体を跡形もなく消し飛ばし、空の彼方へ消えていった。

 

住宅街に静寂が戻る。まるで幽助が一人しかいなかったかのように、天狗の痕跡は何も残ってなかった。

 

 

「……やっぱり、マジでシャミ子を魔法少女クラスに強くしねーと、封印解ける前に殺されそうだな」

 

 

続々とこの街に魔族が集まりつつあるのを、幽助は感じ取った。名を上げよう、おこぼれをもらおう……そういった輩はどこでも変わらないということだ。

 

 

「……さて、帰るか。あいつらにも今のことは伝えたほうがいいしな」

 

 

そう言って、幽助はその場から去った。間違いなく、戦いが激しくなっていくであろう予感を感じながら。

 

つづく




ハンターハンターの錬は10分伸ばすのに1ヶ月とあります。つまり10分=600秒で、1ヶ月30日と仮定すると1日20秒ほど伸びる計算です。つまりシャミ子は悪くないよ!


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8話「テストで勝負だ桃!」

幽助の幽霊時代の桑原のテストの話も好きです。リスペクトな話


ミカンさんと出会ってから2週間経ちました。

 

新しい魔法少女が現れたかと思いきや、もっと大事な情報がポンポン追加されてびっくりしているシャミ子です。しかもいつの間にか浦飯さんが人喰い魔族を倒していて二重にびっくりです。

 

ていうか人喰い出過ぎじゃないですか?

 

それはともかく一族の封印を解くためとはいえ、桃には消滅の危機もあったというのに、知らずに魔力を奪い取ってしまい、とても悪いことをしてしまいました。

 

そんなことを浦飯さんに相談すると

「襲ってきた魔法少女をボコボコにして生き血を死なない程度にもらえばいいんじゃねーか?」

という結論になりました。

 

それしかなさそうですね……襲われる前提なので、すごく気が重いですが。というか解決方法がやはり物理なんですね。

 

魔族になってからは修行を重ねて強くなっている気はしますが、全然桃に勝てる気配がありません。というか簡単にあしらわれている気がします。

 

この前浦飯さんが倒した敵も強かったらしいし、私が一番弱いです。このままでは魔族の沽券に関わりますね、何とかしなくてはいけません。

 

 

「というわけで、私が桃に勝てる勝負って何かありますか?」

 

「うーん……?」

 

「え、そんなに悩むところですか?」

 

 

杏里ちゃんに聞いてみると、すっごく悩んでました。おい、そこはすぐ何か言ってください。

 

浦飯さんに視線を向けると、邪神像の表情が少し変わりました。お、これは期待できるかもしれません。

 

 

「胸の大きさなら完全に勝ってるじゃねーか。あいつ全然ねーしな!」

 

「セ、セクハラです!!エッチスケベ変態ー!」

 

 

と、とんでもないセクハラ発言です。私は両腕で体をガードして、浦飯さんに背を向けます。

 

背が低いのに胸だけ大きいのを気にしているというのに……!

 

 

「まぁちよももはねー。シャミ子のは中々ですよ?」

 

「お、マジか。どうだった?」

 

「ちょっと杏里ちゃん?」

 

 

杏里ちゃんが怒るでもなく、浦飯さんに感想を言ってます。そこは女子的に止める場面ではないでしょうか?

 

 

「体育の着替えのとき確かめたんですが、固さの中に……「何を語ってるんですか杏里ちゃん!」せっかくいいところなのに……浦飯さん、入れ替わったときに何かしてないの?」

 

「まさか浦飯さん……!」

 

 

入れ替わるということは、つまり好きに体を見られたり触られたりする可能性があるということを、今言われるまで気づきませんでした。

 

杏里ちゃんが「コイツマジかよ」みたいな感じで私を見てきます。変わったときは切羽詰まっていた状況なので考えてなかっただけですよ!

 

 

「それやるとよー、バレたら螢子に殺されるからな……」

 

「奥さん強すぎない?」

 

「えぇ……?」

 

 

この浦飯さんを殺せる女の人って……。

 

まぁ例えかもしれないですしね。それぐらい勢いがある人じゃないとあんなに強い浦飯さんの手綱を握れる奥さんは務まらないということでしょう。てゆーかセクハラされてなくてよかったです。

 

 

「しかし今のシャミ子が桃に勝てる部分なんて、ほとんどねーんじゃねーか?あとは料理くれーか」

 

 

めっちゃ失礼ですねこの人。

 

そういえばミカンさんが桃の料理はやばいって言ってた、というのを浦飯さんから聞きましたね。確かに桃が自炊しているところは見たことないかもです。

 

しかし料理対決となると、桃の料理も食べなきゃいけなくなるかもなので、今回はスルーしましょう。

 

 

「他はそうだねぇ……期末テスト近いし、テストで勝負するとかいいんじゃない?」

 

「おお、そんな手がありましたね!もうすぐ期末ですし、もってこいです!」

 

「テストねー。真面目だなーオメーら」

 

「よし、早速桃のところに行きますか!」

 

 

今まで考えていてくれた杏里ちゃんの意見を採用し、桃に勝負を仕掛けに行きました。

 

桃のクラスに乗り込み、テスト勝負を申し込むと、桃はあっさり承諾してくれました。

 

しかし前回の点数を聞くと桃のテストの点数は高い。理系は軒並み90点以上とは……!しかも一番悪くて世界史の75点とは、凄まじい……!

 

こちらは理数系は壊滅、得意な文系でも最高が70点台というのに。くそ、筋肉ばっかり気にしている桃がなんでこんなに点数が良いのでしょうか!

 

 

「あーはっはっは!なんだよシャミ子、全然勝ち目ねーじゃねーか!」

 

「へー、そういうこと言うんですか。じゃあそんなこと言う浦飯さんは中学のころ得意科目何点だったんですか?」

 

 

浦飯さんは中学3年のとき魔界に行って、そのまま中卒で、魔界から帰った後はラーメン屋兼何でも屋をやっていたことを以前話してくれました。

 

その話は私に乗り移って桃と戦った後、桃・杏里ちゃん・小倉さんには話しているそうです。ちなみにお母さんと良も知ってます。

 

ということで中学時代の成績を聞くことにしました。

 

 

「理科は選択問題多いからな、得意科目だ。12点だ!」

 

 

―――場が凍りました。やべぇ、この人本気で言ってます。邪神像も何となくドヤ顔してます。

 

杏里ちゃんも桃も少し目をそらしました。え、さっきこの点数の人がバカにしてきたんですか?

 

 

「ウルトラ馬鹿じゃないですかー!人のこと馬鹿にできる点数じゃないでしょーが!!」

 

「んだとテメー!これでも中学は進級できたんだぞ!」

 

「義務教育なら当たり前ですー!」

 

 

無茶苦茶言ってますよこの人!私まで何か恥ずかしくなってきました。

 

 

「ま、まぁまぁ2人とも……」

 

「と、ところで勝負はどうするの?」

 

「おバカな浦飯さんは置いておいて、どうしましょうか……」

 

「テメー、今日の修行覚えてろよ」

 

 

話し合いの結果、平均点では差があるため、桃の苦手科目である世界史で勝負することにしました。これなら何とか追い越せるでしょう。修行のこと?考えたくないので無視です。

 

 

「世界史か……自信ないけど、いいよ」

 

「よし、罰ゲームはどうする?」

 

「負けた点数だけ、それぞれの修行時間のノルマを倍に増やせばいいんじゃねーか?」

 

 

杏里ちゃんと浦飯さんが結託してとんでもないこと言い始めました。

 

それぞれの修行内容のノルマを増やす……つまり10点差ついたら10倍ということですね。

 

針の上の逆立ちとか、フルパワー持続時間とか……それを増やす、ですか。

 

私の脳裏には今まで行ってきた修行の数々が流れていき、その苦しみも思い出していました。ズタボロになり、意識も飛び、辛くても止められない、体の中の大切なものがなくなっていくあの修行を増やす。

 

その時間が延びるということは、私を待ち受けているものは――――死。

 

 

「何ですかその罰ゲーム!殺す気ですか!!」

 

「勝てばいいじゃねーか、頑張れよ」

 

「さっきのこと根に持ってるんですか!?大人げないですよ!」

 

「……そんなことねーぞ?真面目な話、最近ちょっと負荷かけてもいいと思っただけだ」

 

「今間がありましたよね!?」

 

 

大人げないと言うと、邪神像の視線が少し右にずれました。なんて大人げない人なんですか、この人……子供か!

 

 

「私もそれには賛成。最近やばいのが来てるし、強くなって損はない」

 

「桃まで!?」

 

 

そんな滅茶苦茶言う浦飯さんに、桃は小さく手を挙げて賛成してきました。今でいっぱいっぱいの修行をよりきつくしようという魂胆です。このままじゃ死ぬ。

 

杏里ちゃんに助けを求めようかと思いましたが、罰ゲームを提案してきたのは杏里ちゃんです。ダメだ、ここには敵しかいない。こうなったら勝つしかない……!

 

 

「今日から猛勉強ですー!」

 

 

決意を固め、帰宅し今回の勝負の件をお母さんに報告しました。今日からテストまでの修行をなくしてもらうため、お母さんに浦飯さんへの説得を手伝ってもらいたいからです。

 

 

「優子……世界史じゃなくて、平均点勝負にしなさい」

 

「ちょ、なんで!?」

 

 

しかしお母さんはその代りによりきつい勝負にしろと言ってきました。平均点勝負にしたら勝ち目なんてありません。そのことを説明しても、お母さんは首を横に振りました。

 

 

「優子。あなたは魔族に覚醒する前はまともに学校すらいけないほど病弱でした。それでも卒業できたのは義務教育だったからです。

しかし高校はそうではありません。もしまた休みがちになったり、それで成績が落ちて留年なんてしたら大変です」

 

「留年魔族ってやつか」

 

「それはあんまり上手くないです」

 

 

浦飯さん、今真剣な話をしているんですから黙ってください。お母さんは咳払いをして続けました。

 

 

「……優子の性格からいって、勝負に勝ちたいために世界史しか勉強せず、他が赤点なんていう未来が楽に想像できます。だから最低でも、クラスの平均以上は取りなさい!でなければ……!」

 

「でなければ……?」

 

 

さすがお母さん、私の行動を読んでます。確かにせっかく強くなったのに、留年したらクラスメイトから先輩なんて呼ばれることも……。想像しただけで身が震えます。

 

しかもお母さんはそれに加えて何か罰があるようです。

 

 

「お小遣い減額です!」

 

「何でー!?……と思ったけど、昔の金額に戻るだけじゃあ……?」

 

「それは……言わないでください」

 

 

元々120円だったし、今は前よりずっとよくなりましたが、そんなにダメージはあるようなないような。そう言うとお母さんが沈みました。ご、ごめんなさい。

 

 

「この前の競馬代、少しなら……「ダメです」わーったよ清子さん」

 

 

ちなみに前回浦飯さんが稼いだ競馬代はそのままタンスにしまってあり、手を付けてない状態です。

 

何でかというと、お母さんが浦飯さんが私の体で競馬してきたことを滅茶苦茶怒って私の財布から勝ち分を取り上げたからです。

 

取り上げたのは若いうちにギャンブルで金銭感覚狂うと大変だから、という理由です。そういえば浦飯さん20代でしたね。

 

浦飯さんはもちろん抵抗しましたが、夕飯のお酒とタバコのお供えを抜きにすることを宣告されると大人しくなりました。

 

さらにその後体を入れ替わるのも緊急時以外はしばらく禁止されてます。お母さんは強い……!

 

 

「ということで浦飯さん。この子のためにも、期末テストまで修行はお休みでよろしいですか?」

 

「まぁ仕方ねーか、補習受けたり留年したら面倒だしな。よっしゃ、シャミ子!明日桃にそのことを伝えて、負かしてやろーぜ!」

 

「確かに留年は嫌ですからね。よし、頑張ります!」

 

 

そういうことでその日はきっちり勉強した後、翌日桃にそのことを伝えました。

 

桃は二つ返事で了承してくれて、留年は良くないねと言ってました。

 

ちなみに桃が言ってたのですが、魔法少女でも留年している人が居るらしいです。魔法少女は脳筋なんでしょうか?

 

 

「よし、帰って勉強頑張れよシャミ子」

 

「よーし、頑張るぞー!あ、神社にお参りしていいですか?テストでいい点とれるようお願いしてみます」

 

 

小さいころからお参りしている神社へ、お願いしに行こうと思います。マジで勝たないとやばいですからね、使えるものは何でも使いたいです。

 

 

「魔族が祈って効果出るんか~?」

 

「さぁ……?でも、この街って神社とか祠?みたいなの結構多いんですよ。小学校の時、誰かが祠とか神社を結ぶと☆の形になるって言ってました」

 

 

あんまり小学校へは病気でいけませんでしたが、確か誰かが夏休みの自由研究でそんなことを発表していたを見たのが印象に残ってます。私はあんまり外出しなかったので、家でできるやつでしたね。

 

 

「へー。でもその話……何だか前に聞いたことあんだよなー……?」

 

「何です?」

 

 

珍しく浦飯さんが悩んでいます。もしかして浦飯さんの街でも似たようなことがあったのでしょうか?

 

 

「……あー、思い出せねぇ!忘れた!」

 

「あらら……」

 

 

そんなことを言いながら、神社にお参りして神頼みです。光の一族がいるんだから神様もいそうですしね、ご利益ありそうです。ちなみにお金はないので、入れません。

 

 

それからテストまでの間、勉強のみに集中してました。しかし普通の勉強をしていたのでは桃には勝てません。そこで普通の人とは違う勉強法を取り入れました。

 

 

「オメー、夢の中まで勉強かよ~」

 

「こんぐらいやらなきゃ勝てそうにないですからね!」

 

 

そう、夢の空間に勉強に必要なものを捧げて、寝てる間も勉強できるようにしました。浦飯さんは少し嫌そうな顔をしましたが、ここまでやらないと落ち着けそうにないのだから仕方ありません。

 

「……よし、オレが問題出してやる。

親核種よりも原子番号が1つ大きい娘核種を生成する放射壊変はなんでしょう?」

 

「……何か難しくないですか?β- 壊変です」

 

「正解だな。次行くぞー」

 

 

そんな感じで、日中と夜両方で勉強を続けました。一応体は睡眠をとっているので、日中眠いとかはないです。この勉強法、結構便利ですね。

 

 

そして迎えたテスト当日。桃と会いましたが、とても眠そうでした。何でも徹夜してきたそうです。桃も気合入ってますね、負けられません……私の命のためにも!

 

テスト前の先生の見回りの時に「カンニングになるんじゃね?」という浦飯さんの忠告により、邪神像を先生に預けてテストを受けました。

 

そういえば浦飯さんてすぐカンニングとか裏道を平気でやりそうなタイプですが、今回はやろうと言ってきませんでしたね。やっぱり勝負には真面目なんですね、あの人。

 

そして挑んだテスト。感覚としては中々で、個人的にはかなりいい点数言っているんじゃないでしょうか。こんなにできたのは初めてかもしれません。

 

テスト受け終わって、すっきりとした気分です。なおテスト終わった瞬間修行再開です。知ってた。

 

数日後。テストの結果発表の日が来ました。

 

 

「桃!勝負です!」

 

「いいよ。シャミ子は平均点何点だった?」

 

「フッフッフ……なんと、78点です!どうだ!」

 

 

かつてないほどの高得点です。特に暗記物がよかったですね。理数系も頑張って平均点以上です。これならばひとたまりもあるまい……!

 

しかし桃は笑いました。馬鹿な……それ以上の点数だというんでしょうか。桃は答案をこちらに差し出してきました。

 

 

「91点だった。私の勝ちだね」

 

「なん……だと!13点差……!?」

 

「この勝負、ちよももの勝ちー!」

 

 

杏里ちゃんが高らかに桃の勝利を宣言しました。あ、あんなに勉強したのに負けるとは。何度見ても理数系を中心に90点台を叩き出してました。

 

私は敗北のショックで膝を折って地面に手を付けてしましました。これで私は死ぬのだ……。

 

 

「良い勝負だったよシャミ子。でも特訓は徐々に上げてくから、そんなに気にしなくていいよ?」

 

「無理するなとかは言わないんですね……」

 

 

桃の手が私に差し伸べられ、それに捕まり立ち上がりました。完敗です。

 

 

「今回は完敗です。それでもこれだけ点数とれているのでしたら、学年の順位も高いんじゃないんですか?」

 

「あ、それなんだけど、面白い結果が出てるよ?」

 

「面白い結果?」

 

 

杏里ちゃんが面白いというので、皆で「成績上位者一覧」が貼ってある廊下の張り出しを見に行きました。

 

順位は1位小倉しおん 2位白崎久美と続き、8位浦飯幽助とあり、桃は9位でした。

 

 

「いやいや!浦飯さんが8位!?何でですか!!」

 

 

そもそも邪神像入っているし、しかも理科12点の人がこんな高得点取れるなんて、普通は無理です。

 

「ねー、面白いよね」

 

「びっくりしたよー」

 

 

後ろから小倉さんが顔を出してきました。今回1位の実力の持ち主ですね。

 

杏里ちゃんと小倉さんは感心して表を見てます。2人とも、もっと突っ込むべき人が居るでしょう!

 

 

「あ、小倉さん。すごいですね1位なんて!ってそこじゃないです!ありえない人が表で乗っているんですよ!」

 

 

邪神像を見るとかなりドヤ顔をしてますね。これは腹が立ちます。そして横を見ると、桃がすごいプルプルして、口元を抑えてました。

 

 

「浦飯さんに負けた……!?」

 

「ほら、桃のこの反応が正しいんですよ!」

 

「なーっはっはっは!オレ様もやればこの通りよ!」

 

 

桃が滅茶苦茶ショック受けている横で、調子に乗った笑い声が廊下に響きます。まさか、浦飯さんのポテンシャルがこれほどとは……!

 

 

「ところで浦飯さんは何でテスト受けたの?全然進んでやるタイプには見えないけど?」

 

「シャミ子の担任がな、テスト当日職員室にオレを持っていったとき、せっかくだからテスト受けてみねーかって誘ってきてよ。断ったんだがしつこくてな……んで、口頭で答えたわけよ。まぁ暇つぶしだな」

 

 

おかしい。浦飯さんは私の勉強を手伝ってくれはしましたが、本人は積極的に勉強してないはず。しかも杏里ちゃんの言う通り、大人しくテストを受けるタイプではないです。しかも片手間に高得点ですと?

 

高得点には何かカラクリがあるはず!いや、あってくださいお願いします!私のプライドのためにも。

 

 

「わかった!」

 

 

桃が突然声を上げました。何か事件を暴くような、キラキラした目です。

 

 

「浦飯さんはいつもシャミ子のカバンにくっついているから教科書やプリントがお供えされ放題の状況!テストの時、封印空間でそれらを見ながら解いたんですね!

違いますか浦飯さん!!」

 

 

高らかに宣言し、桃は邪神像を指さしました。そうだった、今回夢の中で勉強しまくったので、あのスペースに今回の勉強道具が転がりまくってます。その犯行は可能となる……!

 

 

「あーはっはっはっは!」

 

 

浦飯さんの笑い声が廊下に響きます。そのせいで、結構な人がこっち見てますね。ちょっと恥ずかしいです。

 

 

「よくわかったじゃねーか桃!見ながらだったから、かなり楽勝だったぜ!まぁ、それでも勝ちは勝ちだ!なーはっはっは!」

 

「ひ、卑怯な……!」

 

 

桃がいつになくシリアスな顔をしてます。あれ?今一番桃を追い詰めてませんか、この状況。てゆーかただのカンニングじゃないですか、それ。

 

そう考えていると、一人の人物が私たちに近づいてきました。その姿を見た時、私はすごく気まずさを感じました。杏里ちゃんや小倉さんもそのようで、苦笑いをしてます。

 

 

「……浦飯さん?」

 

「お、シャミ子の担任じゃねーか。何か用か?」

 

 

私のクラスの担任の女の先生が、とても怖い笑顔を浮かべて浦飯さんの前に立ちました。

 

その表情を見ても浦飯さんは事の重大さに気づいてないようです。わ、私は無実です!関与してません!

 

 

「……浦飯さん、シャドウミストレスさんの保護者として、その行為は大変問題があります。ちょっと先生と面談しましょう。シャドウミストレスさん、いいですか?」

 

「あ、どうぞどうぞ」

 

「おい、ちょっと待て!」

 

 

そのまま先生は邪神像を持ったまま、職員室へと戻ってきました。

 

今日は赤点なかったのでパーティーしたいですね!現実逃避とも言いますが。

 

 

「何で説教受けなきゃなんねーんだ!離せー!」

 

「カンニングなんて先生認めませんよ!罰として補習です!」

 

「俺は生徒じゃねー!!」

 

 

浦飯さんの悲しい声が廊下に響きました。私には見送ることしかできませんでした。

 

仕方ないんです。一緒に行ったら私まで怒られそうなので。

 

 

「さて、しばらくかかりそうだから、何かどっかで暇つぶす?」

 

「食堂でも行こうか」

 

『さんせー!』

 

 

そして私たちは食堂へ旅立ちました。しばらくしたら迎えに行きますから、待っててくださいね浦飯さん!

 

 

「学校なんて嫌いだー!」

 

 

浦飯さんの悲しい声が廊下に響き渡ります。浦飯さんに、敬礼!

 

ちなみにその日の修行は地獄でした……いつかこ、殺される……!

 

 

頑張れシャミ子!勉強という意味ではもう幽助を超えているぞ!

 

つづく




バトルを入れようかと思いましたが、思ったより長くなったので次回分に。

長期連載の、長い戦いとかの合間のテストの話とかかなり好きです。嫌いな人っておる?


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9話「廃工場の決戦です!」

残酷な描写ありです。苦手な方はバック推奨。
まちカドまぞくなのに、この展開はめっちゃ怒られそうでビクビクです。
それでもOKな方はどうぞ!



「どうだい、いい場所だろ?」

 

3人組の青年が廃工場に足を踏み入れる。ここは多魔市と隣の府厨市の境にある元マネキン工場である。懐中電灯を照らさなければ、昼間でも視界が悪いほど暗い場所である。

 

「……えらく薄気味悪いところだぜ。黒焦げた人形がゴロゴロしてるしよ……」

 

男は転がっている人形の頭を蹴飛ばす。視界が悪いせいか、本物に見えなくもない。

 

「怖いのか?」

 

「バ、バカ言うな……」

 

「格好の隠れ家だぜ。人目につかねぇ廃墟だ」

 

「マネキンの工場だったらしいが、10年前の火災で閉鎖したってよ。そん時何人も死んで、「出る」らしいぜ?」

 

1人の男は唾を飲み込む。暗さと不気味さ、そしてきつい臭いがよりリアリティを高めていた。

 

「わ!後ろ!!」

 

「ヒッ!?」

 

「ギャハハ、見たかよ今の面!」

 

「オメービビりすぎだっての!!」

 

「う、うっせー!」

 

「情けねー。それよりもよ、夏だし早くここで心霊スポットだよー!とか言って女呼び込んでよー」

 

「結構いけそうだな。冴えてんなー」

 

「だろー?」

 

「あ、あ……!」

 

「ケケ、こいつ俺のマネして脅かそーとしてやがる!」

 

「んなことより、早く女をよー」

 

「後ろぉー!」

 

「んだよー……」

 

 

それが3人の最後の光景であった。

 

 

 

9話「廃工場の決戦です!」

 

 

 

「聞いてください杏里ちゃん!私、ついに霊丸が4発撃てるようになりました!!」

 

 

この1学期、辛い修行を続けた甲斐がありました。なんと、1発しか撃てなかった霊丸が4発も撃てるようになったのです。しかも威力は以前よりパワーアップした上でです。

 

これも妖力の総量が増えたおかげですね。

 

 

「すごいじゃんシャミ子!でもなんで4発?」

 

「浦飯さんが4発の設定でして。弾数制限すると、妖力が上がればその分威力が増えていくので切り札としていいとか何とか。こんな感じです」

 

 

私は杏里ちゃんに右手の親指以外の指先が、妖力で赤く光っているのを見せました。これで弾数は分かりやすいと思います。

 

ちなみに一昨日は本当に4発撃てました。1発じゃないのは精神的に本当に助かります。1発だと外したら終わりですしね。

 

 

「おおー、本当に4つ光ってる。なるほど、強敵用に設定しているってことだね」

 

「そういうことだな。もちろん弱く撃つこともできるから多少は調節できるがな」

 

 

浦飯さんの言う通り弱く撃つこともできますが、今のところ弱く撃つ場面がありません。あれから戦いもないし、平和ですからね。

 

 

「浦飯さん!何かいい感じのアイテム案とかあります?特に魔界のやつとかがいいです」

 

 

3人で話していると、小倉さんが席にやってきました。

 

しかし内容がぶっ飛んでますね。魔力計作ったのは小倉さんですし、そういったものを作るのが趣味なんでしょうか?

 

 

「魔界のやつねー。結構あるっちゃあるが、材料が手に入らないと思うぞ?」

 

 

さらっと魔界なんて言ってますが、浦飯さんに聞く限り相当やばいところらしいですね。私は一瞬で死ねそうです。

 

 

「いえいえ、発想とかだけでもいいんですよ」

 

「そうだな~。蔵馬が使ってたのは少し汁を吸ったりしたら赤ん坊以前にまで若返る「トキタダレ花の果実」とかだな。

桑原の奴は持つ者の気を吸い取り成長するヒル杉を使った「試しの剣」とかあるな。

あとは黄泉のやつが目が見えない者でも脳を通し視覚情報を送る「頭伝針」とかあるって言ってたぜ」

 

「なんですかそのラインナップ。ツッコミどころしかないんですが」

 

「ぶっちゃけオレもそう思う」

 

 

それぞれあり得ない効果ばかりです。若返るって言ったって、赤ん坊以前まで戻るとか死ぬだけじゃないですか。

 

ヒル杉も成長の仕方がアレだし、そんなもんよく使いますね。でも頭伝針は良さそうですね。色んな人が助かると思います。

 

 

「うーん……やはり研究あるのみですね」

 

 

やはり小倉さんも難しい顔をしてます。しかし作れるもんじゃないと思いますが、作る気満々のようです。

 

 

「そういや霊界七つ道具はどうなった?そっちはまだできてねぇのか?」

 

「あ、そっちはイタコ笛ができましたね。これです」

 

 

小倉さんはポケットから笛を出してきました。一見何でもない普通の笛に見えますが、どんな効果なのでしょうか?1回聞いた気がしますが、覚えてません。

 

 

「おー、やるじゃねぇか小倉」

 

「一体どんな効果ですか?」

 

 

小倉さんは目を輝かせて、素早く黒板に書き込みを始めました。大半何書いてあるかわかりませんが、これが天才なのだろうと気にしないことにします。ええ、材料に鳥とか書いていても気にしませんとも。

 

 

「簡単に言うと、魔力のある者が吹くと魔力持っていない人間には聞こえない音が広範囲に渡って広がるの。その範囲は魔力の大きさに左右される……と思う」

 

「思う?」

 

「実際まだ他の人に協力してもらってないから、ちょっとね」

 

 

珍しく小倉さんが自信なさげでした。むしろこの前の魔力計作った時点でチートだと思うんですが、求める基準が高いのでしょうか?

 

 

「じゃあ試しにシャミ子が吹いてみればいいんじゃない?話の通りなら浦飯さんは聞こえるだろうし」

 

「そうだね、シャミ子ちゃん、お願いしてもいい?」

 

「良いですよ。それじゃあ、せーの……!」

 

 

杏里ちゃんの提案通り、私が吹くことになりました。2人だけでなく、クラスメイトの皆さんにも耳を抑えてもらうよう説明します。

 

皆さん耳を抑えたのが確認できたので、頑張って肺を膨らませて、思い切り吹くと、凄まじい音が響き渡りました。小倉さんと杏里ちゃんは耳を抑えてましたが、少し呆けた表情をしています。

 

 

「えー、何も聞こえないんだけど」

 

「私もー」

 

「結構でけー音だったな」

 

 

3人とも違う答えでした。この中では浦飯さんのみ聞こえたようです。どうやらクラスメイトの皆さんも聞こえなかったようです。

 

私と浦飯さんが聞こえたので、どうやら本当に魔力を持っている者にしか聞こえないようです。しかしもう1人くらい聞いたという人が居れば本物と断定できそうなんですが……。

 

 

「シャミ子、今の音は!?」

 

 

そんなことを考えていると、飛び込むように桃がうちの教室に駆け込んできました。あ、魔力持ちなら桃にも聞こえますね。失念してました。

 

珍しく焦っている感じの桃にイタコ笛の説明をすると、桃はため息をつきました。

 

 

「相談なしでいきなりやるのはやめてほしい。何かあったんじゃないかと心配したよ」

 

『ごめんなさい』

 

 

素直に3人で謝りました。謝ってないのは浦飯さんだけです。

 

この後、桃の提案でこの笛は私が持つことになりました。現状私が実力が低いので、腕鬼のときのような緊急時に使うために持つように言われました。

 

何かちょっと不本意ですけど、実力が低いのは認めているのでそのまま受け取りました。

 

そして学校が終わり、帰宅して良にイタコ笛の話をすると、見せてほしいとせがまれました。

 

 

「これがその笛なんだ」

 

「普通の笛みたいに見えますけどね」

 

 

家事を終えたお母さんも話に加わり、2人もイタコ笛を手に取って観察してます。まぁ確かにどこをどう見ても外見は普通の笛ですしね。

 

 

「おいシャミ子、1回吹いてみろ。2人が聞ければ、それは2人とも使えるってことだからな。オメーが持つより2人が持つほうがいいだろ。何かあったとき用によ」

 

 

2人からイタコ笛を返してもらった時、浦飯さんがそう提案してきました。

 

確かに2人が聞ければ何かあったとき誰かに知らせることができますね。ちょっと強くなったし、私がお助け用にイタコ笛を持つのはちょっと抵抗ありますしね。

 

そう思って私は浦飯さんの提案に乗り、1回吹いてみることにしました。

 

 

「じゃあ1回吹いてみますね。2人とも聞けるかもしれませんし。耳は塞いどいてください」

 

 

2人とも頷き耳を塞いだのを確認して、私はイタコ笛を吹きました。やっぱり音が大きいですね。

 

「す、すごい音」

 

「……………私は、聞こえませんでしたね」

 

 

良がしかめっ面で耳を抑えており、結果として良は聞こえることが分かりました。良は魔力持ちということになります。やはり魔族の子孫だから、潜在的には魔力があるということでしょう。

 

お母さんは表情が変わらず、聞こえなかったようです。お母さんは魔力持ちではないようですね。

 

しかし気のせいでしょうか、お母さんの表情が何となく硬い気がします。まぁ、聞こえなかったから拍子抜けしただけでしょう。

 

 

「……んじゃ、良子にイタコ笛を持たすってことでいいか?清子さんよ」

 

「……ええ、それがいいでしょう。優子、お願いします」

 

 

浦飯さんがお母さんに許可を取ると、少し間が開いてお母さんは許可しました。

 

しかし何でしょう、今の2人の言い方は何か引っかかります。でもお母さんは笛の音が聞こえなかったんだし、気にすることではないでしょう。

 

そう考えた私は良にイタコ笛を手渡して握らせました。この子なら変なことには使わないでしょう。

 

 

「それじゃ良、何かあったときこのイタコ笛を吹きなさい。最近物騒ですし。聞こえたらお姉ちゃんが助けに行きます!」

 

「どちらかっつーとオメーは助けられる側の実力だけどな」

 

「良いじゃないですかカッコつけたって!」

 

「ううん、ありがとうお姉!」

 

 

良がまぶしい笑顔を見せてくれました。もちろん笛を使う事態にならないのが一番ですが、何があるか分かりませんから、念には念をです。

 

まぁそんな渡した次の日に事件が起きるとか、そんな漫画みたいな展開にはならないでしょう。

 

 

☆☆☆

 

 

翌日。

 

私が学校から帰ってきて、お母さんは不安そうな表情をしていたので尋ねました。

 

 

「え?まだ良が帰ってないんですか?」

 

「そうなんです。あの子、いつもこのくらいには帰っているのですが……」

 

 

良はいつもなら家の手伝いをしてくれるため早く帰ってくることが多いのですが、今日に限って夕方遅くになっても帰ってきませんでした。何かあったんでしょうか?

 

 

「遊びに出かけてんじゃねーのか?」

 

「それでもいつも夕方5時前後には帰ってますので……何かあったんじゃ……?」

 

「行先とかは聞いてないんですか?」

 

「いいえ、今日は友達と遊んでくるとは言っていたのですが……どこにいるかまでは、さすがに……」

 

 

どうやら良はお母さんに行先を告げず遊んでいるようです。しっかりしていると思いましたが、やっぱり良も小学生なのでしょうか。

 

外も暗くなってきたことですし、このまま変な人に絡まれないとも限りません。

 

 

「お母さん。私、良を探しに行ってきます!」

 

「大丈夫ですか優子?浦飯さんを持って行ったほうがいいんじゃ……?」

 

 

お母さんは邪神像を両手で持ち上げてました。私だって少しはパワーアップしたんです。ちょっと危ない普通の人くらいでしたら、浦飯さんの力を借りなくても問題ないです。

 

 

「大丈夫です!浦飯さんの言う通り、遊びに行って遅くなっているだけかもしれないので、浦飯さん抜きでも大丈夫です!」

 

「あ、シャミ子。ついでに帰りにタバコ買ってきてくれよ」

 

 

ええい、今はそんなお願いを聞いている場合ではありません。

 

 

「未成年は購入できませんし、できたとしても家計に響くので指でもしゃぶってて下さい!行ってきまーす!」

 

「車と魔族と魔法少女に気を付けるんですよー」

 

「ねーと口が寂しいんだよなー」

 

 

浦飯さんとお母さんの声を背に、私は自宅を出ました。

 

普段良が遊んでそうなところは公園か図書館でしょうか。図書館はこの時間だと閉館していますし、とりあえず別の場所を探しに行きましょう。

 

鍛えたおかげか、妖力を使わなくてもずっと速く走れるようになったので、昔とは桁違いに速く心当たりのある場所に回れました。しかし良の姿は影も形もありません。

 

 

「一体どこにいるんでしょうか……誰か見ていたらいいんですが……」

 

 

とはいえ、私には知り合いは多くありません。とりあえず人通りが多く、小学生でも寄りそうな商店街へ向かいました。

 

商店街には買い物に来るので、知り合いの人が何人かいますし、杏里ちゃんの家がやっている精肉店もあります。杏里ちゃんのお母さんに聞いてみましょう。

 

 

「すいません杏里ちゃんのお母さん。うちの妹の良を見かけませんでしたか?」

 

「あらシャミ子ちゃん。良子ちゃんならさっき見たわよ」

 

「本当ですか!どこに行ったか知ってますか!?」

 

 

やはり杏里ちゃんのお母さんだけあって情報通です。早速場所を聞き出します。

 

 

「良子ちゃんはお友達2人と一緒に、市内の外れにある廃工場に行くとか言ってたわ。私は危ないから止めるように言ったんだけど……中には入らないからって言って、走って行っちゃったのよ」

 

「そ、その廃工場はどっちの方向にあるんですか?」

 

「商店街を抜けた先の、府厨市の境にあるわね。

良子ちゃんも友達に危ないから止めようって言ってたんだけど、他の子が言うこと聞かないで行くものだから、心配でついて行っちゃって……さっきシャミ子ちゃんの家に連絡したのよ?」

 

 

どうやら良は友達が心配でついて行ったらしい。しかも私の自宅への電話と、私が出て行ったときはちょうど入れ違いだったようだ。

 

こうなると大分時間が経っていると考えていいでしょう。

 

 

「ありがとうございます。お手数なんですけど、私がその廃工場に迎えに行くことを母に伝えていただけますか?携帯持ってないので……」

 

「分かったわ、気を付けてね」

 

「はい!」

 

 

杏里ちゃんのお母さんにお願いして、私は走り出しました。

 

 

杏里ちゃんのお母さんから聞いた話が確かなら、せいいき桜ケ丘から出て、市内の端っこの廃工場まで行っているみたいです。何でそんな遠くに行くんですか……!無事ならいいんですが。

 

私はかなり急いで走りました。長い距離を走る速度としては最高速度のつもりです。

 

いくらか走ると、ボロボロで不気味な廃工場が遠くに見えました。いかにもヤバ気な、ホラーものに出そうなレベルの建物です。

 

 

「嫌な予感、的中しちゃいました……!」

 

 

左腕につけている魔力計が廃工場に反応してます。この反応の強さは良ではなく、別物と考えたほうがいいでしょう。

 

しかし実際良とお友達が廃工場の中にいるかどうかすらわかりません。

 

 

廃工場に突入しようか迷っていた次の瞬間、凄まじい笛の音が響きます。

 

 

「これは、すごい笛の音です!」

 

 

普通の笛かと一瞬思いましたが、私の後ろの方で歩いているおじさんは、全く反応してませんでした。これは、まさかイタコ笛の音!

 

これが良の持つイタコ笛の音であるならば、あの子のことだ、本当に危機的状況でしか使わないだろう。そうなると、今良が危ない!

 

 

「良、今行きますよ!」

 

 

このとき私は桃やミカンさんを連れてくるという選択肢も若干頭の片隅にありました。

 

しかしそれはすぐに排除しました。もしせいいき桜ケ丘まで戻っていたら間に合わないかもしれないからです。

 

いざというときは、良を連れて脱出すればいい。そう考えて突撃しました。

 

廃工場の中はかなり不気味でした。電灯は全くついておらず、工場内は外の光だけでしかわかりません。しかもそれだけではありません。

 

 

「こ、これって人の腕……?」

 

 

そこら中に人形が転がってますが、よく見ると本物の人の腕や足やらが転がってました。

 

切断面からみて、切られたわけではなく噛みちぎられたような痕でした。つまり、これは喰い残しということでしょう。

 

 

「き、気持ち悪いぃ……」

 

 

およそスプラッタに耐性の無い私はかなり気持ちが悪くなってきましたが、良やそのお友達を助けないといけないので、吐くのをこらえて進みました。

 

もしこの惨劇の原因の魔族に見つかっていたら……その予想をあえてしないよう私は頭を横に振りました。もし喰われているのだったら、笛は吹けないはずです。

 

少し走ると、開けた場所に出ました。ソファーもあるので、もしやここが寝床かもしれません。しかし良の姿は見つかりませんでした。

 

 

「一体どこに……」

 

「今日は客の多い日だ」

 

 

暗闇から現れたのは、ひどく大柄な魔族でした。

 

大柄な魔族は2mは優に超えているだろう。特徴的なのは、通常耳に該当する部分から腕が左右1本ずつ、肩から左右2本ずつ腕が生えている。そして足も、足というより手の様な発達をしていました。

 

腰ミノをつけており、それを止める部分には髑髏がいくつも並んでました。かなり悪趣味です。

 

 

「誰です、あなたは」

 

「オレはここを根城にしている八つ手だ。魔族が何しに来た?」

 

「ここに来たであろう私の妹とそのお友達2人を連れ帰りにきました。どこにいるか知ってますか?」

 

 

八つ手は薄ら笑いを浮かべてました。気味の悪い笑顔でした。少し背筋がぞくっとします。

 

 

「ほぉ……あのガキどもの知り合いか?」

 

「私は姉です」

 

「なるほどね……道理で魔力もあるレアモノが混じってたわけだ」

 

 

もうすでに良とこの魔族は出会っている。最悪の想像が脳裏をよぎりますが、まだわかりません。

 

場所を教えない八つ手に苛立ち、私は全身の妖力を高めました。

 

 

「どこにいるんですか!」

 

「焦るなよ。よーし、じゃあヒントをやろう」

 

 

八つ手は頭についている右腕を自身の後頭部に回し、何かを取り出しました。それを見た瞬間、私の血は沸騰しました。

 

 

「これ、な~~~~んだ?」

 

 

奴が見せつけてきたのは――――ちぎれて血が滴る足。

 

青白く変色した足を、まるでおもちゃの様に見せつけてきました。その光景は良がどうなったか明らかにするものであり、私は一瞬で怒りが頂点へ達しました。

 

いや、これは怒りではない。この感情は―――――殺意だ

 

 

「キサマぁーーーーー!!!」

 

 

真っ直ぐ突っ込んで、奴の顔に右拳を叩き込むべくジャンプし、そのまま拳を繰り出しました。

 

しかし奴は耳の部分にある腕で私のパンチを受け止めてみせました。私はその後の奴の左腕の払いのけるような拳をもろに食らってしまいました。

 

 

「がっ!」

 

「カスが!勝てると思ってんのかぁー!」

 

 

空中で回転することで勢いを殺し着地し、私は再度突撃しました。怒りで頭の中がグチャグチャで、戦術なんてものは思い浮かびません。

 

ただ目の前の相手を倒すことしか頭にありませんでした。

 

 

「キサマだけは許さん!!!」

 

「ケッ、テメーも殺して喰ってやらぁー!!」

 

 

私は正面から連続で殴り続けますが、全て八つ手の3本の腕で防がれます。八つ手は防いでいない余っている2本目の左腕で私の腹を殴り、私はそのまま後ろへ吹き飛びました。

 

 

「ぐふ……!」

 

 

接近戦では明らかに手数で負けてます。このままでは殴り殺されるのは間違いない。

 

怒りは残ってますが、殴られるたび頭のどこからか冷えていき、そのように考えられるようになってきました。

 

気配は上。八つ手は大きく跳躍し、その大きな体とともに落下攻撃を仕掛けてきました。

 

 

「くっ!」

 

 

地面のコンクリートが壊れる一撃を、横に飛んで回避します。

 

大きな体の割にスピードもあり、しかも接近戦も強力。このまま接近戦ばかりでは不利です。

 

ならば修行を経てパワーアップした新技を使います!

 

私は左手を右手首に添えて、左足を前に出して足を広げ、右拳を腰だめにし妖力を集中させます。そして右拳が赤く光ります。

 

 

「ちょこまかと!」

 

 

八つ手がこちらに向き直り、弾丸のように迫ります。離れすぎていないこの距離なら当たる!

 

 

「くらえー!ショットガン!!」

 

 

右拳から拡散するように、妖力の拳の弾幕ともいうべき放出系攻撃が八つ手を襲います。いくら奴の腕が6本あるとしても、たった6本ではすべて捌くことは不可能です。

 

 

「ぐおぉ!?」

 

 

とっさに八つ手は腕6本で体を覆いましたが、それでも全身にショットガンが当たり、そのまま後方へ吹き飛びました。

 

 

吹き飛んだ八つ手の体は埃だらけの物置に突っ込みました。それにより凄まじい埃が舞い上がり、煙となって辺りを覆います。

 

その煙は私の近くまで覆い、八つ手の姿が見えなくなりました。

 

吹き飛ばされてから、八つ手が動き出す様子がありません。先ほどまで感じられていた八つ手の魔力も感じられなくなっていました。

 

これだけで勝負が終わったとは思えないですが、かなりダメージを与えたんでしょうか。

 

様子を見ようと、警戒しつつ八つ手のそばに行こうとした瞬間、目の端の煙がわずかに動いたのが見えました。

 

次の瞬間、煙から飛び出す八つ手。

 

 

「(魔力はなかったはず……!)」

 

 

咄嗟に後ろへ飛びつつ、八つ手の2本同時の右拳の攻撃を、妖力を集中させた左腕で防ぎました。しかし、その代償として左腕から嫌な音がしました。

 

 

「クリーンヒットォ!」

 

 

受け身が取れず、地面に転がる私に対し、八つ手は勝ち誇るような表情を浮かべていました。不味いです、これは左腕が折れたか……!?

 

 

「よくガードしたな!オレはあの瞬間まで魔力を消していたが、恐らく目の端で煙の微妙な変化を捉えたな?見かけに反して中々やるじゃねーか」

 

「……貴様に褒められても、嬉しくない」

 

 

どうする、どうすれば八つ手に勝てる?

 

私は左腕の痛みが、思考を混乱させていることに気づきながらも、焦りを止められなかった。それは八つ手が予想外にも魔力断ちなどの細かい技術を使ってきたことも一因だった。

 

腕鬼のように霊丸を口の中に撃つ……ダメだ。奴の頭についている腕で防がれる。かといって体にぶち当てても、貫通できるか分からない。

 

八つ手も傷つき血を流しているが、ダメージはこちらのほうが大きいだろう。ショットガン、つまり散弾式では決定打にならない。

 

一発の威力だったら、霊丸のほうが上だが、あと3発。

 

 

「そう言うな。中々楽しめたからな、味わってやるよ。やっぱり喰うなら男より女だからな」

 

 

八つ手の魔力が体を満たしていく。決めるつもりだろう。

 

この傷ついた腕では接近戦では勝ち目がないだろう、八つ手も理解しているから、ここで一気に接近戦で勝負を決めるつもりだ。

 

足元にある人形が、八つ手に踏みつぶされて粉々になる。辺りには似たような人形がもう数体あった。

 

―――まて。接近戦では、勝ち目がない?

 

そうか!これがある!

 

私は作戦を決めて、右の人差し指に妖力を集中させる。これで決まらなければ次だ!

 

 

「霊丸!!」

 

 

発射音とともに、霊丸が八つ手に迫る。すぐさま、私は右手に妖力を集中させる。一番効果的なのは連射だが、それは私にはできない。ならば、頭を使う!

 

 

「ちぃ!?」

 

 

頭を狙った霊丸は、八つ手が咄嗟に躱すことにより、頭の左腕が吹っ飛ばす結果となった。

 

 

「(この攻撃で逆上すれば……!)」

 

「てめぇー!よくもオレの腕おぉー!!」

 

 

左腕で、ちぎれた腕から出血している部分を抑えて、八つ手は怒り叫ぶ。

 

―――食いついた!

 

元々最初から舐めてかかってきた相手だ。プライドは高いことは明白。霊丸で仕留められなかったが、冷静さは欠けたはず。

 

 

「ぶっ殺す!!」

 

 

力強く八つ手が踏み出し、あと2歩で私の間合いに入る瞬間、私は地面を妖力を集中させた赤い右手で殴りつけました。

 

巻き上がる土煙。視界は完全に遮られました。それと同時に妖力を断つ。

 

 

「目くらましか!この猿真似女が!」

 

 

そう、先ほど八つ手がやった奇襲の真似事です。でもここからは私がこの場で考えたものだ!

 

 

 

 

八つ手は気配を断ったシャミ子の姿を追うのではなく、煙の変化を見ていた。

 

自身のスピードと相手の女魔族のスピードはそれほど差がないことは、最初の接近戦で理解している。

 

相手は遠距離技があるが、視界が悪い煙の中で、闇雲に撃ってくるのは考えにくい。

 

恐らく相手が狙っているのは、接近してからの先ほどの霊丸と言っていた一撃だろう。

 

先ほどの遠距離技は1発ではあったが、溜めが少なく避けるのがギリギリであったにも拘わらず、自身の腕を吹き飛ばすほどの一撃であった。直撃を喰らえば、こちらもダメージは必至!

 

だから接近しての一撃にかけてくるだろうと予感していた。

 

しかし間合いに飛び込んでくるというのであれば、こちらの全力攻撃を叩き込めるのも道理!

 

八つ手の攻撃力は、女魔族の防御力を上回っていることは先ほどの攻防で証明済み。

 

つまり、先に一撃入れたほうの勝利となる!

 

八つ手は集中した。もし敵が自身に接近する場合は、煙が激しく動くほどの高速移動であることを理解していたからだ。

 

 

「上かぁ!!」

 

 

煙が激しく動いたのは、八つ手から見て左斜め上であった。間違いなく人型。

 

認識したと同時に、八つ手は左腕2本による全力攻撃を繰り出していた。それは吹き飛ばされた頭の左腕の敵討ちでもあった。

 

しかし拳から伝わるのは人体を破壊した感覚ではない。冷たい、血が通っていない物体であった。

 

 

「これは、人形!?」

 

 

視線の先には、粉々になる人形。それと同時に飛び出してくるのは、シャミ子。

 

八つ手の対応は一手遅れる。その間に、シャミ子は懐へ潜り込んでいた。右拳が今までで一番大きく赤く光っている。

 

 

「しまっ……!?」

 

「ショットガーン!!」

 

 

今度は相手に接触させた上で放つ、つまりゼロ距離ショットガンである。ショットガンの威力が分散することなく直撃し、さらに突撃と拳の威力も加えての一撃であった。

 

その威力は八つ手の胴体に大きく穴をあけ、上下に胴体を分断させた。

 

辺りに飛び散る血が、その威力を物語っていた。

 

 

「やるな……褒美に教えてやるぜ」

 

「……褒美?」

 

 

崩れていく体を気にもせず、八つ手は喋り始めた。

 

倒してもなお上半身は残っているため、シャミ子は警戒を怠らなかった。というより、油断できる相手ではないのだ。それを気にすることなく、八つ手は口を開く。

 

 

「あのメスガキ3人は喰ってねぇ……今日のメインディッシュにしようと思っていたところよ」

 

 

八つ手は残っている左腕で、自身の左後ろを指示した。そこに3人いるということであろう。その内容は、シャミ子を安堵させると同時に、この戦いの意味を分からなくさせていた。

 

 

「何ぃ……!?じゃあ何であんなマネを!」

 

 

だがわざわざ足を見せて挑発してきたのは一体何故だったのか、シャミ子には理解できなかった。

 

 

「言っただろう、喰うなら女だってよ……魔力がデカい奴を喰ったほうがオレも強くなれる……テメェを殺して喰うつもりだっただけのことよ」

 

 

だが、と八つ手は続ける。

 

 

「先にあのガキ喰っておけば、テメェなんかに負けなかったのによ……」

 

 

そう言った八つ手の体は冷たくなり、動かなくなった。魔力も完全になくなったのを、シャミ子は感じ取っていた。

 

シャミ子は何か言おうとして口を開いたが、発することなく閉じる。

 

言われた通り、3人がいるであろう場所に向かうと、扉があった。

 

そこを開けると、良を含めた3人が1か所に身を寄せ合っていた。

 

 

「お姉……?」

 

「良……!無事だったんですね!」

 

「お姉ー!」

 

 

良はシャミ子の姿を見ると、泣きながら抱き着いた。よほど怖かったのであろう、いつも大人しい良がこれほど感情を出しているのは珍しいことであった。

 

 

「ごめんなさいー!」

 

「わ、私たちが、グス、いけなかったんです……!」

 

 

残り2人もシャミ子に抱き着いて泣き、ずっと謝っていた。

 

ごめんなさい、夏休みが近いから心霊スポットに興味があったのだと。良は止めたが自分たちがいけなかったのだと。

 

シャミ子は叱れなかった。無事でよかったという安堵しかないのと、すでに戦いの疲労と痛みで精いっぱいだったからだ。

 

泣き続けると緊張が続いたためか、友達2人はそのまま寝てしまった。思うところはあったが、まだ小学生だ。

 

どうやって出ようか迷っていると、魔力が2つ近づいて来ているのが感じ取れた。しかしこの魔力には覚えがある。

 

 

「シャミ子、良ちゃん、無事なの!?」

 

「助けに来たわ!」

 

「桃、ミカンさん……皆無事です」

 

 

駆け込んできたのは2人の魔法少女。2人が来たということはこの周辺で敵はいないということだ。ようやく気が抜けて、シャミ子は安堵のため息をついた。

 

杏里の母親がシャミ子の家に電話で伝え、さらに清子が桃の自宅へ電話したので駆け付けることができたのだ。たまたま引っ越しなどでこちらに来ていたミカンも合流できたとのことだ。

 

ついでに2人はシャミ子の家に寄っている暇はなく、廃工場に直行したので、幽助は吉田家に置いてけぼりである。

 

 

「ってシャミ子!あなた左腕どうしたの!?」

 

「ああ、これですか?ちょっとやられちゃって……」

 

 

折れているかもしれない左腕を見せると、皆顔を青くする。特にひどいのが良であった、

 

 

「ええ!お姉、大丈夫なの!?」

 

「大丈夫ですよ。さ、帰りましょう」

 

 

全く大丈夫ではない怪我だ。それを見て桃は1人で向かったことを怒り、ミカンと良子は心配した。

 

怒った後、桃はシャミ子を褒めた。

 

よく間に合ったと。よく1人で戦い抜いて倒して助けたと。

 

それが嬉しくて、シャミ子は少し泣きそうになった。家族を、その友達を守ることができたのだと実感できたのだ。

 

帰り道、桃とミカンがそれぞれ2人の友達を背負って帰る中、シャミ子は右手で良と手を繋いで帰っていた。

 

良の2人の友達は、魔法少女の魔法で今日の出来事の記憶を消してもらうことになった。もちろんこのようなことが起きないよう、心霊スポットへの恐怖感は上手く残して。魔法様様である。

 

良も記憶を消すかどうか聞かれたが、拒否した。忘れないために、残しておきたいと。

 

 

「良は笛吹いたんですよね?どうして八つ手に何もされなかったんですか?」

 

「うるさいって怒られたけど、魔力が向かって来てるから、テメェに構っている暇はないって言われて、そのままアイツは部屋を出て行ったの」

 

「じゃあ私はナイスタイミングだったんですね」

 

 

その魔力はシャミ子のものだったのだろう。もし引き返していたりして、少しでも遅れていれば、良の命はなかったかもしれない。そう思うとシャミ子は少し身震いした。

 

 

「……お姉、本当にありがとう。やっぱりお姉はカッコイイね!」

 

 

本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる良に釣られ、シャミ子も笑顔を浮かべた。それだけで痛みがなくなるような気がした。

 

……ぶっちゃけて言うと気のせいであり、滅茶苦茶痛いままで、冷や汗かきまくりだが良には見せないよう頑張っているのだ。

 

 

「……そうですね。だって私はお姉ちゃんですから」

 

 

 

辛くも勝利を収めたシャミ子。頑張れシャミ子!もっと強くなって家族を守るのだ!

 

 

つづく




幽白成分濃いのに、原作主人公出番なし!
やめて、石を投げないで!シャミ子マジバトル2回目。こんな生臭いきららはどうかと思いますが、受け入れてくれるとすごく嬉しいです。

また今回一人称と三人称入り混じってますが、見逃してください!


今回の話の元
・八つ手
コミック第7巻 幽遊白書外伝 TWO SHOTS が初出。
OVAにもなったので皆見よう!(ステマ
展開は大体この話。ちなみに今回戦った廃工場は多魔市内ではあれど、せいいき桜ケ丘ではないので桃の管轄外のため察知が遅れた。

・指でもしゃぶってろ
桑原が御手洗に襲われる日、幽助がパチンコ行くとき母親の浦飯温子に言い返した言葉。
温子はパチンコの景品でタバコ1ダース欲しかったようだ。

・イタコ笛
霊界探偵七つ道具の一つ。霊力のある者が吹くと人間には聞こえない音(魔力持ちには聞こえる)が広範囲に渡って広がる。その範囲は吹いた者の魔力量に比例する。
念でいう円の音バージョンと想像するとイメージしやすいかも。


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10話「映画です!」

殺伐とした話の次はリフレッシュ!短い話……かなぁ?



前回八つ手との戦いで左腕を骨折したシャミ子です。

 

しかし浦飯さんの霊光波動拳による治療により、すぐに骨がくっつきました。霊光波動拳パネェ。

 

そんなわけで前回よりも早く怪我も治り、ミカンさんが私に頼みたいことがあるというので、会うことになりました。

 

 

「今日はありがとうシャミ子。実は桃に内緒で付き合ってもらいたいことがあるの」

 

「いいですよ。どこに行くんですか?」

 

「映画館よ!」

 

「映画館だぁ~?」

 

 

腰につけた邪神像から浦飯さんの声が聞こえます。確かに何故映画館なのでしょうか?

 

映画なら桃に内緒で行く必要はないはずですが。

 

 

「別に遊びに誘ったわけじゃないのよ?あなたには私の呪いの改善に付き合ってほしいの」

 

「呪い……確か心拍数上がると、周りが不幸な目にあう呪いだよな?」

 

 

ミカンさんの、動揺すると関わった人に「ささやかな困難」が降りかかる呪いは中々厄介なものだそうです。

 

雨を降らせて濡らせてきたり、ごみが飛んできたりと中々バリエーション豊かで、大抵近くにいる人が被害にあうそうです。

 

え、でもそれって私が近くにいるあります?

 

 

「そうなの。それを克服するために精神修行をする必要があると考えたわ。見て!このびっくりしそうなタイトルを!」

 

 

ミカンさんが示した映画のタイトルは『かんかんだらの恐怖!』というものでした。

 

説明文には

 

「あの都市伝説で有名なかんかんだらを実写映画化!無知というのは恐ろしいということを目の当たりにする……!」

 

というものでした。森の中にある木から怖い顔の女の人がこちらを覗いているポスターで、もうこの時点でかなり怖そうです。

 

 

「あえてホラー映画を見ることによって、精神強化を……!」

 

 

私はそれを聞いて走り出しました。ホラー映画なんて見たら、ミカンさんの精神はボロボロで乱れまくることは確定事項!

 

そしてそれはミカンさんの「呪い」が発動し、被害にあうのは私!

 

何でわざわざ呪いを一身に受けなきゃならないんですか!怪我治ったばかりなのに!

 

 

「逃げまーす!」

 

「逃げるなー!」

 

 

私が走って逃げると、ミカンさんは変身して追いかけてきました。街中で変身するんじゃない!

 

しばらく追いかけっこしましたが、あえなく捕まりました。うぅ、まだまだ相手の方が上のようです。

 

 

「でも何で私が一緒に見る必要があるんですか?私に呪いが降りかかるだけだと思います!」

 

「だ、大丈夫!私が耐えれば被害はないわ!それに発動したとしても、あなたが困難に対抗できる精神力を鍛えることもできるし、一石二鳥なの!精神力の強化は、魔力の増大にもつながるから……」

 

「修行になるなら、まぁいいんじゃねーか?」

 

「で、でもこの修行方法じゃなくてもいいと思います!」

 

「私1人だと、近くのお客さんだったりスタッフに呪いがかかるかもしれないし……」

 

「生贄!?」

 

 

何ということでしょう。私1人に呪いを集中させる気です。確かに周りに被害をもたらすよりかはいいかもしれませんが、嫌なものは嫌です。

 

 

「それにただとは言わないわ。映画代も飲み物・食べ物も出すわ。医療費も出すし……」

 

「怪我前提ですか!?」

 

 

せっかく骨折治ったのに、怪我なんて嫌です。腕でバッテンを作り拒否しますが、ミカンさんは聞いてくれません。

 

 

「お願い付き合って!桃にこれ以上心労かけたくないの!私も動揺しないよう頑張るから!」

 

 

確かに、桃は私のせいで弱体化をしています。ミカンさんが動揺して呪いが発動しなければ、街を守る力としてプラスになることは間違いないです。

 

それが桃の助けになるならば、協力しないわけにはいかないでしょう。

 

それに、ミカンさんもこの呪いが克服できれば、悩まなくて済むはずです。

 

私は覚悟を決めました。

 

 

「……分かりました。最近スプラッタは八つ手とかのせいでちょっと慣れてきましたけど、まだきついので一緒に頑張りましょう!」

 

「ありがとうシャミ子!……確かに八つ手の廃工場はスプラッタな現場だったわね……」

 

「私、その日のお肉料理はきつかったです」

 

 

むしろ夕飯をきちんと食べれた自分自身を褒めてやりたいです。しかもそういう日に限ってお肉料理だったりしますし。あ、あの光景思い出したらちょっと気持ち悪くなった。

 

 

「案外やわだなオメー」

 

「普通の子だったらきつくて吐いてるわよ。ねぇシャミ子?」

 

「そうですよ。むしろ吐かなかった自分を褒めてあげたいくらいです」

 

「そういうもんかー?」

 

 

浦飯さんのつぶやきに、ミカンさんと2人で頷きました。普通の子はそんな現場行かない気がしますが、今回はたまたまなのでしょうがないです。

 

そんな話をしながら映画館へ入りました。実は映画館で映画を見るのは初めてなのでワクワクしています。

 

しかしドリンクや食べ物とか高いですね。持ち込み不可のところがずるいです。

 

 

「シャミ子、浦飯さんの分のチケットはどうする?」

 

「大人でいいんじゃないですか?」

 

「オメーら何言ってんだ?」

 

 

年齢は20代と言ってましたし、一般のチケットでいいでしょう。ミカンさんにそう伝えると、浦飯さんが心底信じられない、とでも言うようなトーンで割り込んできました。

 

はて、何か変なことでも言ったでしょうか?

 

 

「オメーら、オレは今像の中にいるんだぜ?人じゃねー……つまり物だから、入場料払う必要性はねぇ。タダで見放題ってことよ」

 

 

それはあまりにせこい発言でした。なんだろう、こう目頭が別の意味で熱くなってくる気がします……。

 

 

「うわぁ……せこいわ……」

 

「いや、間違ってねーだろ。なぁシャミ子?」

 

 

その発言はミカンさんもドン引きさせました。発言した本人はダメージがないようですが、周囲はかなりのダメージです。

 

そして私は浦飯さんの意見には同意できませんでした。何故なら、原因は私たちの周りにあるからです。

 

 

「いえ……係の方がとても困っているので、今回は払いましょう……」

 

 

チケット販売のお姉さんが、喋る邪神像に対して、どう対応していいか慌てており、館長さんであろう上司の方に相談してました。ご迷惑をおかけします……。

 

 

「確かに、喋る物についての取り扱いのマニュアルはなさそうよね……」

 

「仕方ねーな。ミカン、会計頼むぜ。今日はオメーのおごりだろ?」

 

「最低だこの20代!」

 

「ケケケ、ミカンが言い出したことだし、タダなら遠慮なくおごってもらうぜ」

 

 

ミカンさんが3人全員のチケットを払って入場しました。もちろんコーラとポップコーンは揃えてあります。

 

指定された席に向かうと、私たち以外は誰もいません。今は補習期間中であり、学校はほぼ休みみたいなものですので、平日に来れたせいか空いてます。

 

というより私たちのほかにお客さんはいませんでした。

 

 

「誰もいねーな」

 

「この映画館は平日昼間はほとんど人が来なくてがら空きなのよ。これならリアクションしても、他の人に迷惑は掛からないわね!」

 

「リアクションして大丈夫なんですか……?」

 

「大丈夫。武道でも明鏡止水っていうでしょ?例え映画に対してリアクションしても心は静かな状態を維持していれば大丈夫よ!」

 

「できりゃあな。お、このプレミアムキャラメル味うめーな」

 

 

こ、この男……自分は邪神像で、肉体的にはダメージがないからって余裕かましてます……!

 

これでは私1人に呪いが集中するのは必須!ここはミカンさんに細心の注意を払って、やばいシーンはなんとか回避してもらいましょう!

 

 

「頑張りましょうミカンさん!」

 

「ええ、任せて!」

 

 

そう言った直後、開始のブザーが鳴りました。その瞬間、尻尾に凄まじい痛みが走る!

 

 

「ひゃあぁー!」

 

「ほげぇ!?」

 

 

ミカンさんがブザーの音に驚いて、力強く私の尻尾を握ります。まだ映像は始まってすらいないのに痛い!

 

 

「痛!尻尾握りすぎですミカンさん!いたたた!?」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

「映画終わるまで、この映画館持つかー?壊れそーだぜ」

 

「な、舐めないで!明鏡止水の心があれば、恐れるものは何もないんだから!」

 

 

力強くミカンさんは宣言しました。私の尻尾もより強く握りしめながら。

 

もげる、尻尾もげちゃう!

 

 

「お、始まるぜ」

 

「た、耐えきってみせるわ……!」

 

「ミ、ミカンさん、目は開けましょう……?」

 

 

映画が始まった瞬間、ミカンさんは目を閉じていました。果たして映像を見た時、私は無事でいられるのでしょうか……?

 

映画では、色々あって森に入った少年たちが柵を超え、封印されているだろうところに近づいていくところが映し出されてます。

 

 

「こういう封印ってあるんですかね?」

 

「オレは見たことねーな。仙水の場合は魔界へ行くために霊界の結界を解除しようとしていた感じだし、こういう単体の封印って感じじゃなかったな」

 

「浦飯さんの話のほうが桁違いにヤバい話ですよねー。スケールが違うというか」

 

 

このかんかんだらはあくまで1体で、しかもきちんと封印できています。

 

でも浦飯さんの言う魔界は人間が暮らす世界とは別の世界にあって、強力な魔族が自由にこれないように、霊界が行き来するための亜空間に特殊な結界をかつて張っていたと聞きました。

 

それを解除して魔界に行きたかった仙水という人の戦いも聞きました。でも具体的に仙水がどんな理由で戦ったかは、浦飯さんは教えてくれませんでした。

 

理由を聞いても、私には刺激が強いからというのです。そんなに危険人物だったのでしょうか?

 

今の浦飯さんクラスの実力をもった連中が結構いる魔界に行くなんて、自殺行為と変わらない気がします。一体何を考えていたんでしょう?

 

 

「まぁ仙水の話だと物語にはしづらいしな。こっちのほうが分かりやすいし」

 

「ですね」

 

 

スクリーンでは、壺の中にある、触ってはいけなそうなものに触った少年たちが、その直後一本の木の根元の辺りから顔の半分だけ覗いている女の人を発見しました。

 

歯をむき出すように口を開けた無表情の女の顔が、瞬きせずじっと見つめているのを。

 

 

「ひぃー!」

 

「おー、こえーこえー」

 

 

逃げる少年たち、追いかける女。上半身しかなく、左右三対6本の腕で少年たちに迫りくる姿は不気味です。

 

 

「き、気持ち悪いです!」

 

「虫みてーな動き方だな……てかミカンの呪いが来ねーな」

 

「はっ!確かに……」

 

 

これだけ怖いとミカンさんの呪いがあってもよさそうなものですが、一向に来ません。いいことなんですけど、ミカンさんは耐えているということでしょうか。

 

一瞬横目でミカンさんを見ます。

 

 

「ミ、ミカンさん……気絶している……!」

 

 

ミカンさんは白目をむいて、上を向いてました。半開きの口もセットです。こ、これはひどい……。

 

 

「こいつ……マジモンの魔族と戦ってるくせに、映画で気絶するとかよー……」

 

「ま、まぁ誰にでも苦手なものはありますし、映画に集中しましょう」

 

「それもそうだな」

 

 

それから、ミカンさんはあえて起こさず、私たちは映画に集中しました。……起こして呪いを受けるのが嫌だったわけじゃないんですよ?

 

そんなこんなで最後まで見続けることができました。

 

 

「いやーすごく怖かったですけど、すごく面白かったです。まさか除霊するのに寺生まれが出てくるとは……!」

 

「結構面白かったぜ。あの寺生まれも強かったしな」

 

「まさか大蛇部分を一撃とは……」

 

 

無事かんかんだらを除霊できてよかったです。

 

かんかんだらの元になったというか、取り込まれた巫女にあんな悲しい過去があったとは……なんだか妖怪より人間の悪意の方が汚い気がしました。

 

 

「やったわシャミ子!映画を最後まで見れたわ!ちょっと気絶してたけど……」

 

 

完全に映画が終了してから、ミカンさんが復活しました。

 

ずっと気絶していたわけではなく、たまにミカンさんは起きてましたが、そのシーンのどれもがんかんだらの迫力あるシーンだったので、呪いが出る前にミカンさんは気絶と覚醒を繰り返してました。

 

 

「いや、オメー大半気絶してたじゃねーか」

 

「だ、だって思った以上に怖くて……で、でも周りも濡れたりしてないから呪いも出てないわよね!?」

 

「あ、はい。呪いは全く出てなかったです」

 

 

むしろ呪いが出る暇もなく気絶していたというか。これは克服したと言えるのでしょうか?

 

でも怖かったですが面白い映画でよかったです。

 

 

「シャミ子、付き合ってくれてありがとう。あと浦飯さんも」

 

「オレは何もしてねーがな」

 

「ミカンさん、映画面白かったのでまた一緒に見ませんか?今度はホラーじゃなくて、もっと和やかなやつで……」

 

「そうね。これとかかしら?」

 

 

ミカンさんが指さしたのは「ゆるキャラ101人大集合!」というやつでした。確かにこれならゆるそうでいいですね。

 

……キャッチコピーに「時はゆるキャラ戦国」とか書いてあるのはスルーしましょう。まさかのアクション?

 

 

 

「……あれ?ミカンとシャミ子?」

 

「桃?何故ここに……というかその帽子何!?」

 

 

後ろから声をかけられたので振り向くと、桃がたまさくらちゃんのサンバイザーをかぶって現れました。まさかミカンさんの呪いの影響ですか!?

 

 

「ギャハハハハ!桃、何だそのふざけた帽子は!?」

 

「浦飯さん笑い過ぎ!まさか私の呪いで……!?」

 

「自分の意志でかぶっている」

 

 

桃は少し不服そうな表情で、たまさくらちゃんのサンバイザーの目の部分を光らせました。あ、そんな機能もあるんですね。

 

 

「……好きなんですか、たまさくらちゃん?」

 

「別に極めて好きというわけではないよ。むしろ買い支えないという義務感しかない……ところで、2人……と浦飯さんで遊びに来てたの?」

 

「遊びにっつーよりは、ミカンの精神をホラー映画で鍛えようってことで見てたんだよ。桃に迷惑かけたくねーってことでな。そんでシャミ子は一緒に精神修行だ」

 

「う、浦飯さんってば!桃には内緒で特訓したかったのに……」

 

「ミカン、そうだったんだ……気にしなくていいのに」

 

 

浦飯さんが桃に理由を話すと、桃は少し笑いました。さっきまで少し沈んでいた顔をしてましたが、どうやら機嫌が戻ったようです。

 

 

「桃には呪いでいつも迷惑かけてるし、私も治せればなと思って……」

 

 

ミカンさんは呪いさえ治れば、一番の常識人ですからね。ぜひ治して桃や浦飯さんの手綱を握ってほしいです。

 

 

「……今から私はこのゆるキャラ映画見る予定だったんだけど、皆はどうする?」

 

「そうですね、皆で見ましょう!」

 

「じゃあ私チケット買ってくるわね」

 

「オレは違う映画に放り込んでくれや。さすがにきついぜ」

 

 

桃に誘われたので、3人で盛り上がっていたところ、浦飯さんから反対意見が来ました。確かに成人男性で、しかも浦飯さんの性格から考えて、ゆるキャラ映画はきつそうです。

 

 

「回収するのが面倒なので一緒に見ましょう!」

 

 

でも面倒なので却下しました。だって上映時間違うと面倒ですし。そういうと浦飯さんはため息をつきました。

 

 

「マジかよ~……しゃーねーな。それにしてもよー、ホラーで鍛えるっつーんなら、そこらに幽霊いるしよぉ、それでいいと思うんだけどな」

 

「え……?」

 

 

――――空気が凍りました。浦飯さんがシャレにならないことを呟いたせいで、ミカンさんが震えています。

 

 

「う、嘘よね……幽霊が本当にいるわけ……」

 

「そうですよ浦飯さん。いくら鍛えるとは言っても、そういう嘘は……」

 

 

ミカンさんはすでにかなり震えてました。このままでは呪いが暴走するのは目に見えてます。私はそうならないよう、浦飯さんに確認を取りました。

 

 

「まさかオメーら見えてねーのか?あそこに爺さんの幽霊がいんぞ。先代の館長だってよ」

 

 

浦飯さんが示した方向は、かんかんだらのスクリーンの方でした。いや待って、本当にいるんですか?

 

もうこの時点でミカンさんが限界そうです。

 

 

「でも浦飯さん、私たちは幽霊が見えない。どうやって見るかも分からない」

 

 

桃が冷静に返してくれました。こういう時、桃の冷静さは頼りになります。しかし桃は何故たまさくらちゃんの目を何度も消したり光らせているのでしょうか?

 

 

「目に魔力を集中させろ。そうすればオレの言っている爺さんが見えるぜ」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

「マジだって。やってみろよ」

 

「ミカンはやらないほうが……」

 

「や、やるわ。きっと浦飯さんは、嘘でも動揺しないよう、私の精神を鍛えようとしているのよ」

 

 

確かに浦飯さんの性格なら、嘘だよーんとか言いそうです。これなら精神修行になるかもしれません。

 

3人で合図して、同時に目に魔力を集中させようということになりました。

 

 

「「「じゃあ、せーの!」」」

 

 

目に魔力を集中させると、今までいなかったお爺さんの姿が見えました。普通の、優しそうなお爺さんです。

 

―――足さえあれば、ですが。

 

 

「いやああぁぁぁ――――――!!!!?」

 

 

ミカンさんの絶叫が響き渡り、呪いが暴走しました。

 

ポップコーン製造機は爆発し、飲み物のサーバーは噴水の様になり、現館長さんの帽子とともにズラが吹き飛びました。

 

あー、もう滅茶苦茶です。

 

 

その後ミカンさんが責任をもって弁償してました。そして余計なことを言った人はというと。

 

 

 

「おーい、誰か助けてくれー……」

 

 

噴水の様になったコーラの海に溺れてました。少しは反省してください!

 

 

頑張れミカン!幽霊を見てもへっちゃらになるのだ!

 

つづく




幽白初期は幽霊出てきましたが、後半はあんまり出てこないので、どうやって見ているか不明です。
そういうことで目に魔力を集中することで、「幽霊が見える」部分はオリジナルです。やっていることは念の凝です。


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11話「桃は真面目過ぎ……だそうです!」

前回は説明不足がありました。
目に魔力を集中させることで「幽霊が見える」ということを、オリジナル設定にしようという意味です。
ご指摘の通り、やっていることは念の「凝」です。
誤字脱字報告、毎回ありがとうございます。


えー、映画を見て、最近のバトルにおけるシリアスな雰囲気がリフレッシュしたような気がするシャミ子です。

 

しかしマジモンの幽霊はマジで怖かったです。まぁ幽霊のお爺さんは話してみると普通の感じの良いお爺さんでしたが。

 

そのことを杏里ちゃんに話すと驚いてました。

 

 

「という感じで、マジモンの幽霊だったんですよ」

 

「幽霊なんてマジでいるんだねー。それで最近あそこの映画館、ホラー特集やってるんだ」

 

「え、それ初耳です」

 

「商魂たくましいな、おい」

 

 

この前3人で行った映画館は、ミカンさんの呪いが暴走し、ポルターガイスト現象みたいな感じでかなりの被害が出てました。

 

幽霊も出たことですし、もうホラー映画はやらないと思ってましたが、まさか利用してくるとは。

 

 

「そういえば幽霊相手にもシャミ子の必殺技って効くのかな?ほら、もし憑りついて悪さをする幽霊がいないとも限らないじゃん?」

 

 

杏里ちゃんがそんな疑問を口にしました。え、幽霊と戦う日が来るってことですか?

 

魔族に目覚めてからというもの怖い敵とのバトルをもう2回も経験してしまいましたが、それは想像してませんでした。

 

 

「そこんとこどうなんですか、浦飯さん?」

 

「効くと思うぜ?オレと桑原たちが霊体……幽霊の状態になって、霊界を占拠したテロリストと戦ったときは普通に霊丸とか撃ったり、殴ったりしたしな」レイガンハovaノハナシダガ

 

「待って、幽霊にもテロリストがいることのほうが気になる!」

 

「浦飯さんの話って色々ツッコミどころが多いですよね……」

 

 

死んだ人が行く霊界なのに、テロとかやる人がいるんですね。理由は仕事がきつくて、とかでしょうか。

 

 

「しゃーねーだろ。色々宗教絡みで霊界も面倒らしくてな。巻き込まれた方はいい迷惑だぜ」

 

「死んでるのに宗教絡みとか、閻魔大王とかが何とかしてくれないんですか?」

 

「その閻魔大王が色々やらかしてクビになってな。ちょうどそんなときに事件が起こったんだよ」

 

「閻魔大王にクビとかあるんですか……?」

 

 

閻魔大王がクビってすごいパワーワードな気がします。しかし何をやらかせばクビになるんでしょうか?ものすごく気になります。やはり汚職とかでしょうか。

 

 

「はー、霊界とかいうのも色々あるんだねぇ……。

そういえばシャミ子の必殺技って霊丸だけでしょ?テロリストって大抵複数じゃん?もしシャミ子に敵が複数同時に襲ってきたらやばくない?」

 

私としては閻魔大王のことをもう少し聞きたかったのですが、杏里ちゃんが私の技について尋ねてきました。

 

杏里ちゃん、よくぞ聞いてくれました!実は前から新技が増えたことを言いたかったんです。やっぱり新技ってちょっと自慢したいですよね。

 

 

「ふっふっふ……心配ありません!なんとこの前、新しく覚えた散弾式霊丸ともいうべきショットガンがあります!

これがあれば複数の敵もぶっ飛ばせますし、強敵相手も使えます!これでこの前悪い魔族を倒しました!」

 

「おー、すごいじゃん!どんな感じでぶっ放す技なの?」

 

「こう、拳に妖力を集中させて、拳みたいな妖力の弾丸を複数同時に発射する技ですね。この前はデカい魔族の体に直接拳をブチ当てて勝ちましたが……」

 

「直接拳を当てる場合はショットガンじゃねーぞ?」

 

「え!?」

 

 

杏里ちゃんにポーズだけ見せていたら、浦飯さんから突っ込まれました。

 

 

「いやいや、浦飯さんが教えてくれた技じゃないですか!?」

 

「正確に言うと、全身の妖力を高めて敵の体に直接ショットガンの威力を叩き込むのは霊光弾っていう技だ。離れた敵に叩き込むのがショットガンだ。

まぁショットガンていう技の名前は勝手にオレが考えて呼んでるだけで、正式名称は霊光弾なんだけどな」

 

「ううん?そうするとショットガンて技名は浦飯さんが勝手につけたの?」

 

「霊光弾とか言うよりわかりやすいしな」

 

 

つまりまとめると、距離に関係なく、霊光波動拳としての正式名称は霊光弾。

 

しかし浦飯さんが勝手に名付けて変えたのが、離れた敵に散弾のように当てるのがショットガン。

 

全身の妖力を高めて、直接敵の体に当てるのが霊光弾、となるということみたいです。

 

私はショットガンという名前しか教わってなかったので、霊光弾というのは今日初めて聞きました。

 

つまり今までの私は正式名称を知らずに使ってました!やっばいです、今まで杏里ちゃんにドヤ顔で説明していたからかなり恥ずかしい。

 

杏里ちゃんも察してか、すごく優しい表情で私を見てきます。やめて、これは浦飯さんのせいなんです!

 

私は赤くなる顔を横に振り、浦飯さんを指さしました。

 

 

「じゃあ私は八つ手を倒したときは、違う技名を叫んでいたってことですか!?」

 

「当てた時、全身の妖力を高めてたか?」

 

「いいえ、拳だけでしたが……」

 

「じゃあショットガンでいいんじゃねーか?」

 

「この人いい加減だ……!?」

 

「……皆何の話をしているの?」

 

 

いい加減な浦飯さんの回答を聞いていたら、桃が教室にやってきました。よし、これで話題を逸らすことができる……!

 

 

「おーっす、ちよもも!」

 

「うーっす」

 

「こんにちは。いや、この前のバトルの話をしてまして……最近この街やばくないかなと思いまして」

 

「確かに、ここ最近悪い魔族が多い気がするんだ」

 

 

私の教室にやってきていた桃は、顎に手を当てて考え込みます。

 

この街はいつから修羅の街になったんでしょうか。まるで漫画です。杏里ちゃんがニヤニヤとこっちを見てますが無視です無視。

 

 

「一体何が原因なんですかね?」

 

「……それはまだわからない。でも本当に多くなっている気がする。この前の八つ手もこの街の外だったけど、距離が近かったしシャミ子が何とかしてくれたから本当に助かったよ。ありがとう」

 

 

桃は私にお礼を言いつつ深くお辞儀をしました。な、何か桃にそういうことされると体がムズムズします。

 

 

「そ、そうだろう!もっと私を褒めるといい!」

 

「調子に乗んなっつーの」

 

「いいじゃないですか!この前は完全に1人で勝ったんですよ!?」

 

 

机の上に置いていた邪神像の浦飯さんからツッコミが入ります。

 

この前の八つ手は本当に強い相手でしたから、これくらいは言ってもいいと思います。

 

 

「まぁ、確かに強くなると世界が変わって見えるのは分かるぜ。今思うと、オレも戸愚呂に勝った時はけっこー調子に乗ってからな」

 

 

もっと色々否定してくるかと思いきや、浦飯さんも同意してくれました。

 

戸愚呂という人の話は聞いてます。途轍もなく強く、一番辛い戦いだったと。そしてその戦いを勝ち抜いた浦飯さんが調子に乗って、その後人間の特殊な能力者に捕まったことも聞いてます。

 

私は浦飯さんが調子に乗っている場面を想像します。浦飯さんの性格を考えると……。

 

 

「すっごく簡単に想像できますね」

 

「……いつもとあんまり変わらない気がする」

 

「いつもと同じな気がするよー」

 

「おいコラ」

 

 

桃や杏里ちゃんも簡単に想像できるようで、同意すると浦飯さんがドスを利かせてきました。

 

夢の中でゲームなどで遊んでいると、勝った時すぐ調子に乗りますし、いつも通りな気がします。

 

 

「ところでよ桃。何か用事があって来たのか?」

 

 

ここで浦飯さんが話題を変えてきました。桃はそれに対して頷きます。

 

 

「そうなんです。シャミ子……よければなんだけど、シャミ子のお母さんに私の姉の話を聞いてもいいかな?」

 

「桃のお姉さんですか?確か……千代田桜さんですよね。浦飯さんから聞いてます」

 

「え、ちよももって、お姉さんいたの?」

 

 

前任の魔法少女は、桃の姉である千代田桜さんであるらしいです。以前ミカンさんが来て浦飯さんと入れ替わった後に、浦飯さんから聞いたことを思い出しました。

 

 

「うん、義理だけどね。でもここ10年会ってなくて……」

 

「……あー、ごめん」

 

 

桃が杏里ちゃんに答えた通り、ここ10年ほど行方不明なんだそうです。なので桃は今現在桜さんがどこにいるのか全く知らない状態です。それを聞いた杏里ちゃんは謝りました。

 

 

「気にしないでいいよ。シャミ子のお母さんは10年以上前からこの街にいるし、ぜひ話を聞きたいんだ」

 

 

手掛かりを知っていそうな、この街の古い魔族などに桃が聞けなかった理由も聞いてます。

 

古い魔族の家には魔法少女の様な光の一族の侵入を阻む結界が敷かれているため、接触できないそうです。

 

しかし桃なら家に侵入とまでは言いませんが、魔族の外出時に接触するとか、結構ぐいぐい魔族の方にも聞きに行きそうなイメージですけど、実際はそうでもないみたいです。

 

 

「古い魔族には光の一族……つまり魔法少女への結界が敷かれてて、その結界に入るにはそこの住人から入ってもいいという許可がないとダメなんだ。

それでシャミ子とシャミ子の家族の許可が欲しいんだ。今の私にとっては、姉への唯一の手掛かりだから……。

それに最近この街の結界も弱くなってきているし、姉さんの力で元に戻せればと考えている」

 

「いいですよ。ただし!変なことはしちゃダメです!」

 

「しないよ……シャミ子は私のこと何だと思ってるのかな……」

 

 

筋トレ大好き魔法少女……とか言ったら滅茶苦茶怒られそうなので黙っておきましょう。

 

しかしお母さんは千代田桜さんのことは知っているんでしょうか?一度も聞いたことがないのでわかりません。

 

 

「オレも前に清子さんに千代田桜について聞いたんだけどよー。

『もう少し待ってくれ』っつってはぐらかされたんだよ。

いい機会だし、洗いざらい知ってることは話してもらおうぜ」

 

 

いつの間にか浦飯さんが尋ねてくれたみたいですが、どうやら答えは知らないようです。確かにこれを機に気になることはいっぱい聞いてたほうがいいでしょう。

 

ゲームとかでも、知っているキャラがさっさと話さないで黙っていて、事態が大きくなってから喋るパターンとかありますからね。大作RPGとかであるあるです。

 

そう言った事態を避けるためには情報の共有が必要です。

 

 

「そうですね。そしたら放課後より、明日の休みのほうがいいですかね?時間がとれますし」

 

「うん。頼んだよ、シャミ子」

 

「うし、早速帰って許可もらおうぜ」

 

 

そういうことで帰宅後お母さんにそのことを話すと、OKをもらいました。お母さんは来たるべき日が来たと言ってました。そして桃に許可が下りたことを電話で伝えました。

 

そ、そんなに重大な秘密が隠されているのでしょうか?何かドキドキしてきました。

 

 

「何でオメーがそわそわしてんだよ」

 

「イベントの前日はワクワクするタイプなので……」

 

 

まぁ今回はバトルでもないですし、そこまで身構えることもないでしょう。

 

 

 

 

そして翌日。午前中に桃が来ました。菓子折りを持ってきて、何かいつもよりおしゃれです。

 

 

「本日はこちらのお願いを聞いていただきありがとうございます。これはつまらないものですが……」

 

「あら、ご丁寧にありがとうございます」

 

 

2人はお辞儀を返しあってました。挨拶もそこそこに、席に着きます。

 

今日は良も参加するので、いつものテーブル代わりの段ボールの周りに人がひしめき合ってます。というかこの狭いところに4人+邪神像って結構ギチギチです。

 

 

「なぁ清子さん、狭くねーか?もっと広げよーぜ」

 

「いえ、今日はこの段ボールも話に関係あるので……」

 

「へー」

 

 

浦飯さんの言うことももっともなので、テーブルを追加で持ってこようとしましたが、お母さんに制されました。

 

いつも色んな事に使ってきた段ボールが魔法少女と関係あるそうです。何ででしょうか?

 

 

「すみませんが、さっそく姉……といっても義理なのですが、千代田桜の件をお願いしてもよろしいでしょうか……?」

 

「分かりました。私が知っていることを順を追って話しますね……」

 

 

そうしてお母さんは語りました。

 

私の病弱だった理由、一族の封印、それに干渉した千代田桜さん、そしてお父さんの真の行方など。様々なことが分かりました。

 

簡単に言うと

 

私こと吉田優子は生まれつき体も運もとても悪く、入退院を繰り返すほどであったと。

 

それは一族の封印による呪いが強く出た上に、妹の良子の呪いまで請け負ってしまったせいかもしれないと。

 

呪いが強すぎるせいで、当時5歳の私は衰弱していく一方で、そのまま死ぬ可能性が高かったそうです。

 

そんな状態を救うべく、父である吉田太郎……は偽名で、本当の名前はヨシュア(横文字!)が千代田桜に相談して、千代田桜が呪いに干渉した。

 

千代田桜さんは魔力操作に長けていたらしいです。しかしそれでも古代の呪いに介入することは難しかったそうだ。

 

呪いに対抗するために、金運の一部を健康運をに変換することでなんとか生きていられる程度に呪いを調整した。

 

それで発生したのが「1ヶ月4万円生活の呪い」なんだそうです。ここだけ現代チックなのはそのせいだったそうです。

 

しかしこの呪いは強力であり、呪いをいじった行為により千代田桜の魔力が大きく減少したため、それを補うようためヨシュアが街を守るために協力することとなった。

 

しばらくして良子の出産のため入院していたお母さんと、一応ギリギリ生きられるレベルで元気になった私が退院して帰宅すると、皆で今囲っているこの段ボールが玄関先に置いてあったそうだ。

 

段ボールとともにあった書置きには

 

――ごめんなさい。街を守る際、ヨシュアさんまで封印してしまいました――

 

そう書かれてあったそうです。

 

それ以降、今日まで千代田桜の姿は見てないと、お母さんは語りました。

 

 

「これが私が知っている千代田桜さんの情報です」

 

「……つまり私たちはこのお父さんin段ボールの上で鉄板とか乗せたり、高いところのものを取っていたということですか!?」

 

「良はお父さんの上で勉強してた……」

 

「おいおい、今語るのはそこじゃねーだろ」

 

 

いやいや浦飯さん、父親の上で食事とか勉強していたとか、結構衝撃なことですよ?絵面は最悪です。

 

言うなれば、お父さんを土下座させて、その背中の上で勉強とか作業していたようなものです。

 

 

「お父さんの段ボールは魔法のコーティングで覆われているから、とっても頑丈なんです!だから何でも使えます!」

 

「まぁこの家は家具少ねぇしなー……」

 

 

浦飯さん、それは家具が揃えられないほどの貧乏が悪いのです……。

 

でも1ヶ月4万円生活は解かれているので、冷蔵庫も買い換えましたし、これから増えるんですから!

 

まぁ家具は一旦置いておいて、昔からお母さんにお父さんの話を聞くと、出稼ぎに行っていると言ってましたが、これが本当の理由だったんですね。

 

 

「つーか大体、今まで親父さんはどこにいたのか聞いてなかったのか?オレは聞かねーほうがいいと思って聞かなかったけどよ」

 

「お母さんが言うには、お父さんは少し前まで原子力潜水空母でイカ釣り漁をし、今は宇宙戦艦に乗って空気清浄機の買い付けに行っていると聞いてました。でも、それは嘘で、真実は違ったんですね……」

 

 

私がそう語ると、場が静かになりました。

 

あ、あれ?何で桃とお母さんは頭を抑えているんですか?良は何故目をそらすんです?

 

 

「……こいつ、詐欺にあったら尻の毛まで毟り取られるタイプだわ。いいカモだぜ」

 

「そんな簡単に騙されませんよ!!お母さんの言うことを信じていただけですからね!」

 

 

全く失礼な話です。そんな簡単に騙されるチョロ魔族ではないのです。純粋にお母さんの言うことを信じていただけです、本当ですよ?

 

 

「優子……いつか嘘と気づくと思っていたのですが……」

 

「お母さん!?」

 

 

騙していたお母さんが落ち込んでました。それはちょっとひどくないですか!?

 

ちょーっと憤りを感じていると、桃がいきなり謝罪しました。ごめんなさい、と。

 

 

「うちの姉が……この家のお父さんを10年奪ってしまって、ごめんなさい。わたしはそれにずっと気づけなくて……」

 

「いえ……桜さんは本当に縁もない私たち一家のために尽力してくれて……」

 

「でも、家族を引き裂いてしまったことは事実です」

 

 

桃は悲痛な表情をしていました。今にも泣きそうな、そんな表情でした。

 

 

「でも桜さんのおかげで私はこうして元気になりました。それにお父さんは生きてます……段ボールですけど」

 

「お父さんが近くにいることが分かって、良は嬉しいです。お父さんはプリズンに居ると思ってたから」

 

「良の奴、シャミ子より頭いいんじゃねーか?」

 

「うるさいですね……」

 

 

桜さんが呪いをいじらなければ、私はとうに死んでいたでしょう。それだけでも知れて嬉しいです。

 

良は生まれて一度もお父さんに会ったことがないから、お父さんが近くにいるとわかってとても嬉しそうです。今もお父さん段ボールを撫でています。

 

そう説明しても、桃の表情は良くなるどころか、増々落ち込んできました。

 

 

「ちょっと、整理する時間をください……今日は、帰ります」

 

「あ、桃!?ちょっと待ってください!」

 

 

桃のその様子にお母さんも悩んだ表情をしてますし、良はあたふたとしています。

 

桃がドアノブに手をかけた時、浦飯さんの大きなため息が聞こえました。

 

 

「まーったく……桃よー。何でオメーがそんなに思い詰めてんだよ」

 

「……何でって、浦飯さん……話を聞いていなかったんですか?」

 

 

桃がかなり怒った表情で浦飯さんに答えます。

 

浦飯さんのその言葉に、私も少し腹が立ちました。本気で落ち込んでいる人間に対して、その言葉はデリカシーがないと思います。

 

しかし浦飯さんは別段気にした様子もなく続けます。

 

 

「大体よー。今回の話は桜ってヤツと、この家族の話で、テメーには関係ねー話だろーが」

 

「それでも、私の姉さんがこの家族の……一緒にいられたはずの10年間を奪い取ったんです。

姉さんの家族である私がその責任を取る必要があります……けど、その時間を取り戻す方法がない」

 

 

その言葉を聞いて、浦飯さんは思い切りため息をつきました。

 

 

「オメー真面目過ぎんぞ。大体桜って奴がシャミ子の呪いをどうにかしなきゃ、シャミ子はそのまま死んでたんだろ?だよな清子さん」

 

「はい。あのままでは長く持たないだろうというお医者様の意見でした。だから桜さんには本当に感謝しているんです」

 

 

その頃の私はずっと入院してて、病院にいたことだけは覚えてます。その頃の記憶は意識が朦朧としていた感じでしたから、細かいことはあんまり覚えてないです。

 

だからその当時の話を聞いても、他人事のようにしか思えませんでした。

 

 

「全然関係ねー魔族のガキを、貴重な魔力を減らしてまで助けるような奴が、理由もなく親父さんを封印して、そのままほったらかしにしてとんずらするか?」

 

「それは……でも、家族がバラバラになってしまって……」

 

「親父さんだって、そいつが信用できるから協力してたんだろ?わざわざ騙し討ちするにしたって、もっと楽な手でやるだろフツー」

 

「それは、そうですが……」

 

 

魔法少女は魔族を討伐することでポイントがもらえるそうで、ポイントに応じて願いがかなえられるそうです。

 

でも浦飯さんの言う通り、わざわざ魔力を減らすくらいでしたら、直接戦ったほうが早いでしょう。

 

 

「……シャミ子や桃には前に1回話してあるけどよ、オレは中二の頃ガキを庇って交通事故で死んだ後、霊体……幽霊になって自分の葬式を見たんだよ」

 

 

いきなり浦飯さんがそう話始め、私たちは頷きました。

 

浦飯さんが霊界探偵になる前、子供を庇って車に引かれて一度死んだ話は聞いてます。生き返る代わりに霊界探偵になったことも。

 

 

「葬式のときよ、普段ロクなことしねーお袋がよ……泣いてんだよ。あんなにバツのワリーもんはねーぜ」

 

「………」

 

「だからよ、子供が親より先に死にそうなのが分かったら、何とかしようとすんじゃねーか?それでいいかな、清子さん?」

 

「……はい。あの頃入退院を繰り返して、ずっと苦しんでいる優子を見ていて、私たちはなんとかしてやりたいとずっと思ってました。

だからお父さんと相談して、桜さんに話を持ち掛けるときは覚悟をしてました」

 

「何の覚悟ですか……?」

 

「お父さんの封印と引き換えに、優子を生かしてもらうことをです」

 

「……!?」

 

 

桃は心底驚いたという顔をしてました。今までの話では、普通に桜さんに頼りにいったかのような感じで話していたのに、実際はそこまでの覚悟をしていたということに。

 

 

「お父さんはたとえ自分が封印されるのと引き換えにしてでも、優子を助けたかったのです。

お父さんが封印されれば、魔法少女にとってはポイントになりますから。

しかし桜さんは無償で協力してくれました……桜さんは我が家の恩人です。桃さんが気にされることはないのです」

 

「……でも」

 

「それにあなたは覚醒したての優子を助けてくれました。あなた方姉妹は、我が家の恩人です」

 

「………」

 

 

桃はその言葉を聞いて下を向いてしまいました。

 

確かに、桜さんがいなかったら私は死んでいたでしょう。

 

しかし、桃は私の恩人ではない!そう、宿敵なのです!

 

だから宿敵がいつまでも下を向いているなんて、させません!私は桃を指さしました。

 

 

「おい桃!今にお前より強くなって、お父さんの封印も解いて、私が桜さんを見つけ出してやる!そうすれば貴様は私に完全敗北だ!」

 

「……シャミ子」

 

「そしたら貴様を我が配下にしてやる!そうすれば気になることもなくなるだろう!

ハーハッハッハッハゴフ、オェ!」

 

「お姉、大丈夫?」

 

 

カッコつけて高笑いしていたらむせました。むせた私の背中を良がさすってくれます。いい子です……。

 

桃はそんな私を呆然と見ていました。

 

 

「終わっちまったことはもうどうしようもねーんだ。シャミ子の言う通り、シャミ子が強くなって親父さんを解放して、その親父さんから桜のことが聞ければ、結界のこととかも丸々全部解決じゃねーのか?」

 

「……そう、ですかね?」

 

「それによ、魔族の結界が通れないならシャミ子が行けばいい話じゃねーか」

 

 

いや待ってください浦飯さん。それだと私のやること多くないですか?桃以上に強くならないといけないのに捜索も私ですか?

 

ちょっと私の容量オーバーな気が……。

 

 

「……そうですね。シャミ子、私は配下にならないけど、探してくれたらお礼にシャミ子を鍛えるよ。配下になるより、私はそっちのほうがいい。いい取引じゃないかな?」

 

「え、それいつもと変わらなくないですか?」

 

「けど、桃より強くなりたいんだろ?」

 

「そりゃ、そうですけど……分かりました!今に見てろ桃!貴様より強くなって、昔のことなんか考えられないくらいぶっ飛ばしてやります!!」

 

 

そう言われてしまっては断れません。だから私は打倒桃を宣言しました。

 

すると桃はうっすらとでしたが、笑いました。

 

そう、桃が笑ったのです。ほとんど表情を変えない桃が、少しだけ嬉しそうにしたのです。

 

 

「……期待しているよ、未来の大魔族さん。清子さん、良子ちゃん。これからよろしくお願いします」

 

 

そう言って、桃は2人に頭を下げ、お母さんと良は了承しました。

 

 

「じゃあ早速厳しく修行といくか!」

 

 

早速やばいことを言う男が1人いました。いや、今日はここで終わりでしょう、話的に!

 

 

「え!?き、今日は色んな事があったので、明日からがいいです!」

 

「情けねーこと言ってんじゃねーぞ。ビシバシ行くからな!」

 

「ひー!!?」

 

 

そんな私たちを3人は楽しそうに見つめながら、私は修行をさせられるのでした。

 

今日くらい休みをくださーい!

 

 

頑張れシャミ子!魔法少女より強くなって、父親を解放するのだ!

 

つづく




悩んで書いた割には、原作と変えるところがほとんどない話です。しかし変えてはいけない部分もあるので今回はこんな感じです。
皆さん的に魔法少女のオリキャラってありですかね?
あ、もちろん敵としてです。レギュラーじゃないですよ?


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12話 「酔っ払いと勝負です!」

DBZカカロットやってます。幽白でもこういうゲーム出ないかなぁ。
もちろん演出はカットなしで(笑)


「しかし鍛えさせても、中々戦う相手がいねぇな」

 

「いきなり何言ってるんですか、浦飯さん」

 

 

学校でそろそろ帰る時間になったとき、浦飯さんがポツリと呟きました。いきなり物騒ですねこの人。

 

たしかに修行は毎日行っているが、その相手は桃か浦飯さんの2人しか組手の相手はいないのだ。2人にボコボコにされてメンタルもボコボコです。

 

 

「修行ばかりさせても所詮修行だしよ~、やっぱ戦わねぇとな。同じくらいの実力の奴がいいんだが。オメーもちょっと実力試してーとか思わねーか?」

 

「まぁ思わなくはないですね。いつも修行ばっかりで、自分がどれくらいの実力なのかイマイチ分かりませんし」

 

 

腕鬼や八つ手とは戦いましたが、比較対象が少ないので自分がどんなものかよくわかりません。

 

かといって、実力を確かめるために自分から喧嘩を売るなんてことはできません。それは桃との約束を破ることになってしまいます。

 

そんな私たちの会話をそばで聞いていた杏里ちゃんは首を横に振りました。

 

 

「いやいや、強敵の出現は大事だよ?ちよももを倒すのはこの私の役目だ!とか言うためにも実力アップは必要だと思うし……」

 

 

杏里ちゃんはDBの19号対ベジータのページを指さしながら言いました。何で学校に持ってきてるんですかねぇ。

 

あ、でもそのセリフはかっこいいので今度使ってみましょう。

 

 

「どっかにシャミ子の相手が見つかんねーかなー」

 

「まさか、道場破りみたいなことをする気はないですよね……?」

 

 

私の脳裏には、道着を着た屈強な肉体の男の人たちに勝負を挑む私の姿がイメージされました。嫌です、ぼこぼこにされてしまいそうです……。

 

 

「いや。一番いいのは誰かがケンカ売ってくるのを買うのが一番だな。後腐れなく思いっきりやれんだろ」

 

「そういうこと言っていると、今に来そうです」

 

「まぁ喧嘩売ってくる人なんてそうそういないだろうし、大丈夫じゃない?」

 

「そうだといいんですが……」

 

 

あっけらかんと言う杏里ちゃんの言葉に頷くしかありませんでした。まぁこの街は争わないよう結界が張られてますし……いや待って。

 

 

「この街の結界って大分弱くなってきているから、やばい人来ちゃうんじゃないでしょうか……?」

 

 

この街では、浦飯さんと入れ替わったときに浦飯さんが天狗の悪い奴を倒したし、腕鬼は私が倒しました。

 

八つ手に関しては結界の外の話なので、厳密にはこの街とは違いますが、やばい敵が少しずつ増えてます。これはバトルフラグでは?

 

 

「そーゆー奴をどうにかするのが、オメーとかオレらの役目だろーが」

 

「嫌ー!!?」

 

「シャミ子、私もできることがあったら手伝うからさ。戦い以外で」

 

「うぅ……来ないといいなぁ……」

 

 

そんなことを思いながら、放課後になりました。

 

杏里ちゃんは「そうそう来ることないって」と言い、部活に向かっていきました。私はというと修行のため桃と合流し帰宅します。

 

先ほどまでの話を桃にすると、桃は少し黙ってから話し始めました。

 

 

「……結界が弱くなってきているのは事実だから、来てもおかしくはないと思う」

 

「やっぱり~……」

 

 

予想通りの答えに、涙が流れそうです。

 

でも杏里ちゃんの言う通り、しょっちゅう来るとは考えにくいし、来るとしたらもう修羅の街に改名しましょう。

 

そうです、来た時に考えればいいでしょう。

 

そう自分に言い聞かせていると、夕日を背負うように道の反対側からこちらに向かってくる人影が見えました。

 

―――それは酔っ払いでした。

 

一升瓶を右手で持って飲みながら歩いてました。少しフラフラと足元がおぼつかない様子です。

 

容姿は癖のある青色の腰まである長い髪に、ジーパンとノースリーブのシャツを着てました。遠くからでもわかるほど、バストが大きい人です。

 

真っ直ぐ、というには少々ふらつきながらこちらに向かってきました。

 

そしてその体からは魔力が洩れてました。桃は既に臨戦態勢に入ってます。私も妖気を全身に巡らせます。

 

目の前までその人が来ると、高い身長で目つきの鋭い美人でした。

 

綺麗な顔立ちに、いわゆるボンキュッボンなスタイル。そう、容姿だけで見れば憧れの女性と多くの人に言われるであろう容姿です。しかしそれ以上に特徴的なのが……。

 

―――この人、めっちゃ酒臭い!

 

そう、酒臭いのです。全てのプラス要素を台無しにするくらい、酒臭いのです。あ、今ゲップした……ってこれも酒臭!

 

思わず鼻を抑えようとしましたが、初対面の人にそれは失礼なので我慢します。

 

 

「すげー酒の臭いだな。酎によく似てやがる」

 

 

酎という人は浦飯さんと同じバトルマニアだそうで、喧嘩友達みたいなものらしいです。その人は酔拳使いと言いますが、この人みたいに酒臭いのでしょうか?肝臓大丈夫でしょうか?

 

 

「お?喋る像とは面白いね……それで、そっちの2人がシャミ子と千代田桃でいいのかい?」

 

 

そう言うと女の人はお酒を一口飲んで、息を吐き出しました。ぬぉ、酒臭い!

 

 

「…………はい、そうです。あなたは?」

 

 

桃は物凄いしかめっ面で答えました。あ、やっぱり桃も臭いがきついんですね。

 

相手の女の人はそんな表情を気にもせず話を進めます。

 

 

「私は燗。この街には2つ用事があって来たのさ。まず1つはこの街限定の『大吟醸 たまさくらちゃん』を飲みに来たこと」

 

 

燗という人は、右手に持っていたお酒を掲げました。確かによく見ると『大吟醸 たまさくらちゃん』とラベルがあり、絵もたまさくらちゃんです。

 

 

「あ、あれは!この街の限定品である『大吟醸 たまさくらちゃん』!

しかもそのイラストは『大吟醸 たまさくらちゃん』限定だから、18歳未満には入手困難な一品!

その口当たりは桃を思わせるみずみずしい香りでかつ上品なもので繊細な料理などに相性がいいお酒と雑誌に紹介されるほど、近年人気が高まってきて、入手困難になりつつあると言われる……!!」

 

「桃が突然早口に!」

 

「こいつ、たまさくらのことになると早口になるな」

 

 

突然解説し始めた桃に思わず反応してしまいました。

 

桃ってばたまさくらちゃん大好きすぎですね。手に入れられないのが悔しいのか、たまさくらちゃんのイラストから目を離しません。

 

そんな状況が可笑しいのか、燗さんはケラケラ笑ってました。

 

 

「よっぽど好きなんだねあんた!よかったらこのラベルあげるよ」

 

「い、いいんですか……ち、違う。その前に聞きたい。別の用事はなんですか?」

 

 

たまさくらちゃんのグッズの魔力に打ち勝ち、桃は要件を尋ねました。よく欲望を退けましたね、桃。

 

 

「ああ、それ?最近変わった魔族が腕鬼、名前忘れたけど天狗とか、八つ手を倒したって聞いてね。手合わせしに来たのさ。どうだいシャミ子、私といっちょ勝負しないかい?」

 

「え、私とですか!?」

 

 

まさか本当に今日挑戦者が来るとは。燗さんは頷きます。しかしその言葉に桃が一歩前へ出ました。

 

 

「この街は平穏に暮らすための街で、戦いはご法度です。お引き取りを」

 

「え~、別に殺し合いとかじゃなくて力比べしたいだけなんだけどなー。そうだ、私の勝負を承諾してくれたら、ラベルと言わず、たまさくらのグッズも買ってやるさ」

 

「む、むぅ……そ、それでもダメです!」

 

「すげー揺らいでるなこいつ」

 

「揺れ揺れですね……」

 

 

たまさくらちゃんの何がそんなに桃を駆り立てるのでしょうか。というか、桃すごい隙だらけです。燗さんも生暖かい目で見守ってます。

 

 

「シャミ子、修行の成果を試すいい機会だ。同じくれーの実力に見えるし、ちょうどいいだろ」

 

「うーん……分かりました。殺し合いじゃないのなら、修行の成果も試してみたいです。燗さん、勝負しましょう」

 

 

この燗さんは今まで戦ってきた連中と違って、邪悪な感じはしません。本当に純粋に戦いたいように見えます。なんかタイプ的に浦飯さんに似てますね。

 

浦飯さんが私たちの実力が似ているとも言いますし、実力を試す相手に良いかもしれません。

 

今こそ新生シャミ子のパワーを見せてやる……!

 

 

「お、話せるね」

 

「本当に殺し合いはなしでお願いします!」

 

「もちろんさ。殺しに興味はないね、ただ戦いたいだけさ」

 

 

何かこんなにスムーズに話が進むと感動します。前の戦いはほとんど問答無用でしたから……。

 

話ができる人、と感動していると、桃が待ったをかけます。

 

 

「ちょっと浦飯さん、シャミ子、勝手に……!」

 

「まぁヤバくなったら桃が止めればいいんだしよ。それでいいか?」

 

「私としては2人がかりでもいいくらいさ、異論はないよ。で、場所はどうする?」

 

「うーん……近くに誰も寄らない廃工場があります、そこで2人ともいい?」

 

 

私と燗さんは桃の提案を受け入れ、3人と像は以前霊丸を撃った廃工場へ移動しました。

 

私と燗さんはそれぞれ距離を取ります。お互い準備万端です。

 

 

「ところで燗さん、かなり酔ってますけど大丈夫なんですか?」

 

「心配ないよ」

 

 

ユラリ、と燗さんが動きました。動くというより、まるで滑るように移動しています。浦飯さんとも桃とも違う動きです。

 

 

「私が得意としているのは酔拳……酔えば酔うほど強くなるからね。さ、楽しんでこうか」

 

 

燗さんの体の周りに魔力が満ちていくのが分かります。完全に戦闘態勢に入ったということでしょう。私も同じように妖気で体を覆います。

 

睨み合って数秒。仕掛けてきたのは燗さんでした。

 

まるで滑るような動きで、私の周りを回りこむように動きます。その滑らかさは何人もいるように見えるほどです。

 

まるで分身しているように見える動きは、ただ速いものとは違って目が回りそうです。

 

こちら攻撃しようにも捉えどころがなく、こちらから仕掛けようにも、仕掛けるタイミングが分かりません。

 

迷っている私の思考を読んだかのように、一瞬で目の前に滑り込んだ燗さんは私の顔面へ右手の手刀を繰り出してきました。

 

 

「(はやい!)」

 

 

咄嗟に左腕で防御しますが、それと同時にお腹に衝撃が走りました。

 

複数回入れられたであろう攻撃の衝撃で、後方に吹き飛ぶ私。その吹き飛んでいる私に燗さんが真横に追いつき、左腕を振り上げてました。

 

考える間もなく、咄嗟に腕をクロスするように防御する私ですが、燗さんはお構いなく左腕を振り下ろし、私を地面に叩きつけました。

 

肺の中の空気が、地面に叩きつけられた衝撃で一気に吐き出されます。

 

しかしこんな状況は修行で何度もありました。だからこのまま倒れない!

 

 

「おぉ?」

 

 

私はすぐ起き上がって、驚く燗さんの声を無視し、その顔面へ右拳を連発で繰り出します。

 

―――が、それも揺らめくような動きで軽々と避けられます。感覚として言うのならば、空中のティッシュペーパーに攻撃を繰り出すようなものでしょうか。

 

そして、その攻撃の中で燗さんは一瞬笑い、姿がブレました。

 

 

「!!」

 

 

潜り込まれたと感じた瞬間、私はすさまじい衝撃で吹っ飛んでいきました。

 

壊れた建物に突っ込み、余計に建物を壊し、瓦礫の山にしました。

 

 

「シャミ子!」

 

「良い蹴りだな。だが……間に合ったな。つーかマジで酎そっくりだなアイツ」

 

 

私は瓦礫の中からジャンプして、燗さんの数m手前に着地しました。う、腕がかなりしびれてます。

 

 

「ガードしなきゃ命の危険が危ない一撃でしたよ今の!」

 

「よく間に合ったじゃないか。言ってるセリフは変だけど」

 

 

単にテンパってセリフが可笑しくなっただけです。

 

先ほどの蹴りの威力を物語るかのように、燗さんの軸足の地面がかなりえぐれてますね。あんなもん普通の人が受けたら粉々ですよ。

 

もし左腕で蹴りをガードしてなければ、下手するとあの世行きの一撃でした。少し背筋がぞっとします。

 

やり返したいので反撃したいところですが、どうしましょうか。

 

まだこちらは一撃も入れていない状況です。普通に攻撃しても、あの足捌きで避けられるでしょう。

 

とりあえず、色々試してみますか。

 

 

「さて、どうする?まさかこんなんで終わりじゃないだろうね?」

 

「当たり前だ!この私の恐ろしさを見せてやる!行くぞー!」

 

 

真っ直ぐ行って右拳に力を籠めます。その様子を見て、燗さんは笑いました。

 

 

「考えなしの突撃じゃ当たらないよ?」

 

「そんなの知りません!くらえー!」

 

 

燗さんは動きに無駄がなく、見切りもかなり上手いです。つまりただの攻撃じゃ簡単に捌かれるということです。

 

3発右拳を繰り出します。先ほどの通り燗さんは避けてくれました。

 

私は4発目の右拳を繰り出す前に拳を少し引くことで威力を上げると同時に、右拳に注意を集めます。

 

恐らく燗さんはここで攻撃を入れてくるでしょう……そう予想していると、燗さんの左手に魔力が若干集中してるのが分かりました。

 

――――これを待ってた!

 

燗さんの頭を左から薙ぎ払うように、妖力で強化した尻尾の一撃を繰り出す!

 

 

「がっ……!?」

 

 

クリーンヒット!燗さんの右側頭部に、尻尾の一撃が綺麗に入りました!

 

拳の決まりきったように見えた攻撃に完全に油断してましたから、上手く入ってくれました。しかも右拳に集中していて、カウンターを入れようとしたから余計です。

 

 

「上手い!」

 

「おお、尻尾か」

 

 

そしてほぼ同時に妖気で威力を高めた右拳をお腹へ叩き込む!

 

 

「が!?」

 

 

完全に入った一撃は10m以上燗さんを吹き飛ばし、数回転がっていきました。

 

これはさすがに効いてくれないと、ちょっと困るくらいのクリーンヒットです。

 

 

「……やるじゃないか」

 

 

何事もなかったかのように、燗さんは立ち上がりました。

 

口から少量の血を横に吐き出し、口元の血を手の甲で拭います。え、全然効いて無くないですか?

 

 

「さっきのふざけた言動もわざとなら中々のクセ者だね。面白くなってきたよ」

 

「あ、別に言ってたことは真面目だったんですけど」

 

「プッ!いいねあんた。じゃあこっちもそろそろ本気でやろうかな」

 

 

そう言うと、燗さんの体を纏う魔力の密度が上がっていきます。そしてその高めた魔力は、頭の高さまで掲げた右手に集中していきます。

 

そして黄色く光り輝く球体の魔力を生み出しました。大きさはハンドボールに似ています。

 

 

「変幻自在の魔力を操る酔拳士・燗!その技をもってお相手しよう!」

 

「か、カッコイイ……!」

 

「あらら」

 

 

思わず呟いた私の一言に、燗さんだけじゃなく、桃もずっこけてました。

 

何というカッコイイ異名なんでしょうか!

 

しかも技を出し、魔力が満ちている状態で宣言するとは……戦う前に名乗るよりも、個人的に好きです!

 

 

「何でそこを拾うのかな!?」

 

「だってあんな異名がついているんですよ!?めっちゃカッコイイじゃないですか!」

 

 

桃が叱ってきますが、反論します。私もいつかあんなカッコイイ異名で噂になりたいです。シャミ子って言うとどうしてもこう、威厳というかそういうのがないので……。

 

燗さんはそんな私たちの様子を見て笑ってました。

 

 

「ハハハ、お前さん、中々愉快な性格してるね。そんなこと初めて言われたよ」

 

「そうですか?」

 

 

あんなにかっこよく決めたのならば、他に行ってきそうな人が居そうですが。どうやら私の見る目があるということですね。

 

 

「そうさ……さ、こっからは手加減なしだ。あんたも隠している技を出しな」

 

「分かるんですか?」

 

「分かるさ……さ、来な」

 

「分かりました!」

 

 

その声に答える様に、私は右手の人差し指に妖気を集中させます。霊丸の出番です。

 

その様子を見て、燗さんは不敵に笑いました。恐らくこっちの技も放出系と見抜いたのでしょう。

 

 

「力比べだ!行くぞ!」

 

「来い!」

 

 

燗さんの掛け声とともに、お互い平行に走りだしました。燗さんは右手に魔力球を、私は霊丸を準備しながら。

 

 

「くらいな!」

 

「霊丸!」

 

 

燗さんはサイドスローで魔力球を投げ、それに合わせるように私は霊丸を放ちました。

 

ぶつかり合った2つの弾はその場でスパークしながら拮抗します。

 

 

「弾の押し合い!どっちだ!?」

 

 

桃の言葉と同時に、2つともはじけ飛んで消滅しました。全くの互角。残りの霊丸は3発。

 

 

「互角!」

 

 

ここで突っ込んで殴り合いに持ち込むという選択肢もありましたが、接近戦の上手さはあちらが上です。ならば数を多くして捉えてみせます!

 

私は恐らく燗さんは得意の接近戦に持ち込んでくることを予想し、右拳に妖力を集めます。

 

そしてその予想通り、滑るように接近する燗さん。さぁ、これを全部防げますか!?

 

 

「ショットガン!」

 

「しまっ!?」

 

 

散弾銃のように襲い掛かるショットガンの攻撃を、燗さんはもろに受けました。

 

普通の攻撃が避けられるのならば、避けられないほどの攻撃を当てればいいんじゃないか作戦成功です!

 

土煙で燗さんの姿が一瞬見えなくなりました。出てきたところを霊丸で仕留めましょう。

 

右手の人差し指に霊丸を集めようとしたその時、もろに食らったはずの燗さんが土煙から姿を現し、そのまま突っ込んできました。

 

 

「なっ……!?」

 

「一発一発は軽いねぇ!」

 

 

まさか、ショットガンの威力に耐えて突っ込んできたんですか!?

 

先ほどの食らった位置から真っ直ぐ突っ込んできた燗さんの行動に、私は動揺しました。まさかダメージ覚悟でそのまま突っ込んでくるとは予想外だったからです。

 

そのまま接近戦に持ち込まれ、応戦します。

 

しかし勢いがある燗さんと、動揺した私ではあっという間に押し負けて、燗さんの右ストレートが私の頬に突き刺さり、吹き飛ばされました。

 

吹き飛ばされ手と足で勢いを殺そうとしますが、地面を削るように後ろに下がってしまいます。

 

ようやく勢いが止まり、体勢を立て直そうとした私の目に映ったのは、バランスボール大に大きく魔力球を創った燗さんでした。

 

 

「とどめー!」

 

「(デカい!)」

 

 

そのまま、燗さんはその魔力球を放ちました。先ほどとは桁違いにデカい一発です。真っ直ぐこちらへ向かってきます。

 

 

「ここで決める気だな」

 

「シャミ子の体勢が悪い!あれじゃ避けられない!」

 

 

こちらは体勢が悪く避けられない状態。霊丸一発じゃ相殺できないほどの威力が来る!

 

どうする!?このままじゃ負ける!

 

そのとき私の脳裏に、浦飯さんから聞いた酎さんとの戦いのことを思い出しました。こうなったらイチかバチかです!

 

私は霊丸の発射体勢を整えます。これでダメならもう無理です!

 

 

「無駄だ!さっきの霊丸では相殺できないさね!」

 

 

一発霊丸を撃ちます。そして、自身の最速で同じように妖力を指先に集中させます。

 

 

「連射ぁー!!」

 

「何だと!?」

 

 

一発で相殺できないなら、2発連射です!前の一発が切り開いた道を、もう一発が後ろから押して進ませる。突き進め、霊丸!

 

 

「突き抜けた!」

 

「だが燗の弾のパワーも死んでねぇ!」

 

 

その2人の言葉通り、霊丸は突き抜けましたが、燗さんの弾もそのままで、お互いもろに食らってしまいました。

 

凄まじい衝撃に意識が飛びそうになりますが、ここで気絶したら負ける!

 

その一心で、私は燗さんに突っ込みました。もう先ほどのミスは繰り返しません。これで決める!

 

燗さんも同じ考えだったようで、お互い拳を繰り出します。

 

 

「ぐふっ……」

 

「がぁ……」

 

 

私の拳はお腹に、燗さんの拳は私の頬にめり込みました。こ、これが身長差というやつですか……。

 

そのままお互い前のめりに倒れこみました。だ、ダメです……霊丸4発分撃ったから、もう妖力はすっからかんです。

 

 

「……なぁ、シャミ子。あんた、動けるかい?」

 

 

お互い地面に倒れこんだまま、燗さんが尋ねてきました。燗さんの声が震えています。

 

 

「……もう動けないです、すっからかんです……」

 

「……実は、私も魔力すっからかんさ……」

 

 

正直に答えると、燗さんも納得したようで、どうやら燗さんもすっからかんなようです。さっきの一撃はお互いラストだったようです。

 

 

「どうやら2人とも、もう無理みてーだな」

 

「そうみたいですね。2人とも魔力が残ってません」

 

 

浦飯さんを連れた桃が私たちを見て、そう呟きました。私も立てませんが、燗さんも立てそうにないです。ということはこの勝負……。

 

 

「この勝負、引き分け!」

 

 

桃の宣言とともに、勝負が終わりました。か、勝てませんでした……。何でしょう、めっちゃ悔しいです。

 

そこからしばらく休憩していると、2人とも何とか動けるレベルにはなりました。燗さんは地面に座って、お酒を一口飲みました。

 

 

「いや~、今日はマジで楽しかった!久しぶりに良い喧嘩ができたよ!」

 

「私も、何だか楽しかったです」

 

 

知らない人と競い合うって、何だか未知のものを攻略する感覚で戦えるのですごくワクワクしました。体中が滅茶苦茶痛いですが。

 

 

「良い勝負だったぜ。あんなの見たら、オレも喧嘩したくなってきたぜ!」

 

「像に封印されてるのにかい?あんたも面白いねぇ」

 

 

げらげらと2人は笑い合っていて、私もつられて笑いました。

 

 

「シャミ子、今度は負けないよ。またやろうじゃないか」

 

「はい、また!」

 

 

燗さんが右手を差し出してきて、その握手に私は応じました。

 

何か良いですね、このバトル後の友情的なこの行為!なんかカッコイイです!

 

 

燗さんは怪我も何のその、そのまま帰っていきました。困ったことがあったら声をかけてほしいと言ってました。

 

ついでといってはアレですが、結界や千代田桜のことについて聞いてみましたが全く何も知らないそうです。まぁこの街の人じゃないですし、しょうがないですね。

 

 

「さ、帰ろうか。シャミ子、歩ける?」

 

「大丈夫です、何とか歩けます」

 

「まぁ大きな怪我もないし、今日は問題ないだろ」

 

 

正直言うとタクシーとかで帰りたいくらい動きたくないですが、そんなお金はないので徒歩で帰宅です。体中が痛い……!

 

そういえば、一つ燗さんにもらい忘れたものがありました。

 

 

「桃、たまさくらちゃんのイラストもらわなくてよかったんですか?」

 

 

桃にそう言うと、桃はしばらく考えて、顔が青ざめました。あ、すっかり忘れてたみたいですね。

 

 

「………しまったー!!!」

 

 

ちょっとだけ悲しい桃の絶叫が響きました。うーん、締まらない最後です。

 

 

つづく




酎そっくりなバトル編。原作通り進めると、3巻はほとんど戦闘ないのでテコ入れ……!
ラスト部分迷いましたが、桃には犠牲になってもらった……!

ちなみに熱燗の燗から命名。呑子だとジャンプに現在いらっしゃるので……!


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13話「果たし状は渡せませんでしたが、新生シャミ子の戦闘フォーム誕生です!」

危機管理フォーム登場!皆さんの意見などを参考にさせていただきました。ありがとうございます!
ついでに変身については独自解釈ありです。ご注意を。




こんにちは、決闘で引き分けたシャミ子です。

 

実は決闘後の3日間は体中が痛くて大変でした。

 

傷はすごい勢いで治っていくのに、疲労の回復が全然追いついていない感じで、例えるなら筋肉痛の上にギプスをのっけているような感覚ですね。

 

浦飯さんに聞いたら、妖力が怪我の回復に使われているそうで、疲労は後回しになっていて妖力がすっからかんになっているせいだそうです。

 

浦飯さんも経験があり、これを乗り越えるとパワーアップしたそうです。

 

確かに完治して妖力も戻った今、体からパワーが溢れているような感覚です。

 

これは桃を倒せるときが近づいてきたのではないでしょうか?

 

 

「待ってろ桃!今日こそ貴様の最後だー!フハーハッハッハッハ!」

 

 

朝、制服に着替えた私は窓に向かって拳を振り上げ、叫びました。

 

その時、服が破れるような音がしました。

 

 

「え、何ですか今の音?」

 

 

制服のスカートや胸元を見ますが、特に異変はありません。うーん、気のせいでしょうか?

 

 

「お姉、右の脇の部分が……」

 

「あー!?」

 

 

良に言われた右の脇の部分を見ると、思い切り縦に破けてました。

破けた部分をよく見ようと右腕を上げた状態で、左手をその部分に伸ばそうとしたらまた破ける音がしました。

 

 

「今度は左のほうが……」

 

「な、何でですかー!?」

 

 

動くたびに制服が破れていきます。な、何でですか!?ちょっと動いただけで別に何かしたわけじゃないのに……!

 

 

「おう、まるでストリップみてーだな」

 

「何言ってるんですか変態!」

 

「……ストリップ?」

 

 

私は浦飯さんの視線から逃れるように背を向けます。この男、心配の言葉じゃなくてセクハラを仕掛けてきました。人が困っているというのに……!

 

良は言葉の意味が分からないのか首を傾げてましたが、静かに怒っているお母さんが浦飯さんの像を鷲掴みして、お母さんは浦飯さんと目線を合わせました。

 

 

「……浦飯さん?良がいるのでそういうことは言わないでください」

 

「やだなー清子さん、ジョークだよジョーク」

 

 

あははーと浦飯さんの軽い笑いが洩れます。私はそろそろセクハラで訴えてもいいかもしれません。

 

しかしなぜこんなことになったのでしょうか。このままでは学校に行くことができません。そう考えていると、お母さんに捕まれたまま浦飯さんが話し始めました。

 

 

「つーかよ、オメー制服で何度か戦ってたから、それで限界が来たんじゃねーか?むしろ今まで破れなかったのが不思議なくらいだぞ」

 

「た、確かに……あれだけ吹っ飛ばされたりしたのに、燗さんのときも服にダメージは不自然なくらい無かったですし……限界が来ても不思議じゃないですね」

 

 

言われてから気づきました。あれだけ派手に瓦礫に突っ込んだり、遠距離技も食らったりしてましたからね。ふつうあれだけ戦っていれば服はボロボロですよ。

 

むしろ何で今まで大丈夫だったんでしょうか。燗さんも服は無事でしたし。魔力でカバーできるんでしょうか?

 

 

「学校どうしましょう。替えの制服は……ないですよね、お母さん?」

 

「ないです……制服は高いですから……」

 

 

お母さんの重く苦しい答えが返ってきました。あまりにも悲しい現実です。

 

少し悪さをする魔族より、貧乏のほうが遥かに強敵ではないのでしょうか。

 

 

「あ、じゃあお姉はこれ着ていくといいと思う」

 

 

良が差し出した服を、私は一瞬悩んで着ることにしました。

 

 

 

 

 

 

「だから今日体操着なんだ」

 

「そうなんです……しばらく体操着で登校です」

 

 

学校に登校し、杏里ちゃんに今朝の事情を話しました。

 

そう、今の私は教室に1人だけ体操着です。皆に見られているようでソワソワします。

 

 

「せっかく今日は桃に果たし状を送って勝負しようと思ってたのですが……」

 

 

私はカバンから果たし状とデカデカと書かれた封筒を取り出し杏里ちゃんに見せました。

 

昨夜せっかく書いた果たし状ですが、朝から気分が落ち込んでしまったのでイマイチ決闘気分じゃありません。また今度にしようかな。

 

果たし状を見た杏里ちゃんは何だか面白い顔をしてました。

 

 

「今時果たし状って……」

 

「何だ?果たし状もらったことねーのか?」

 

「普通ないでしょ……」

 

 

さすがの杏里ちゃんも果たし状はもらったことがないようです。というより、漫画以外で果たし状って見たことないですよね。

 

 

「オレは割ともらってたぜ?あとは直接相手が校門前に立ってて喧嘩売ってくるとかよー」

 

「ヤンキー漫画かな?」

 

 

杏里ちゃんの意見には同意するしかありません。人生で一度もそんな光景は見たことがありません。浦飯さんは霊力を身に着ける前から喧嘩ばっかりしていたそうで、珍しくもないそうですが。

 

ちなみに今回私が書いた果たし状は浦飯さんがもらったという果たし状を参考にしました。

 

 

「1回よー、今回のシャミ子みてーに力使い果たして全身筋肉痛になったときにオレと桑原の偽物が出てな。

そいつらがオレらの中学と対立してた中学の奴らを闇討ちして、オレらの偽造生徒手帳置いてってオレらの仕業に見せかけるとか、しょーもねー方法とってきたんだよ」

 

「えぇ……それは何で?」

 

「襲われた連中と、力が出ねーオレらを争わせて、くたびれたところを叩こうって算段だったんだよ。ったく、喧嘩売るなら真正面から来いっつーの」

 

 

どうやら浦飯さんは喧嘩を売られたことより、姑息な手段を取ってくるほうに腹が立っているようです。確かに、真正面から喧嘩したほうがスッキリしますよね。

 

 

「襲われた人たち、そんなベタベタなの信じたんですか……?」

 

「いやー、わざわざ闇討ちして生徒手帳毎回落としてく人はいないでしょー。信じるほうがどうかしているよ」

 

 

しかし何て古典的かつ分かりやすい策なんでしょうか。

 

中学生とはいえ、少し考えればかなりツッコミどころに気づきそうなものですが、そのまま信じるんでしょうか?

 

そう質問すると、浦飯さんは軽く笑いました。

 

 

「ところが闇討ちされた連中はバカだから信じ切っててよー。

その後偽物が桑原のダチをボコボコにしてオレらを挑発して呼び出してきやがってよ。空き地にオレら2人と果たし状で呼び出された闇討ちされた中学の連中が集まったわけよ。

さっき言ったように、あいつら戦って疲れたところを一網打尽にする気だったんだ」

 

「うわぁ、卑怯だし姑息だねー」

 

「だろ~?まぁ結局オレの仲間の蔵馬と飛影が企みを暴いた上に偽物の仲間をやっつけてくれたから、相手の中学の奴と一緒に偽物をボコボコにしてやったぜ」

 

「ダメです杏里ちゃん、登場人物についていけません」

 

「ごめん、私もヤンキーにはなれそうもないよ」

 

「そうかぁ?ボコボコにして終わったって話だぞ?」

 

 

行き当たりばったりかつ力業過ぎる解決方法に、杏里ちゃんも首を横に振ってました。

 

蔵馬さんと飛影さん以外は皆何も考えてないのでしょうか?浦飯さんは簡単に挑発に乗りますし、本当に絡め手にホイホイ乗る人ですね……。

 

 

「………面白そうな話をしてるね」

 

「うわぁ!?わざわざ気配消して、後ろから声かけないでくださいよ桃!」

 

 

突然の声に驚いて振り返ると桃が立っていました。さっきまで完全にいなかったのに、いつの間にか違和感なくいるとは。

 

 

「桃め、わざわざ完全に気配を消して近づいてくるとは、悪趣味です!……あれ?その手に持っているのは、制服ですか?」

 

 

よく見ると桃の手に制服一式がありました。何故持っているんでしょうか?

 

 

「うん。置き制服があるから、シャミ子に貸そうかと思って」

 

「何故置き制服が!?でもありがとうございます!」

 

 

普通学校に置き制服置いている人はそうそういないと思いますが、今の私には感謝しかありません。早速着てみましょう。浦飯さんには窓を見てもらいます。

 

着替え始めると、杏里ちゃんと浦飯さんがコソコソ何か話してました。

 

 

「こんなに世話になっている相手に果たし状送りつけようとした魔族がいるらしいっすよ、浦飯さん」

 

「いやー、恩知らずだな~そいつ」

 

「果たし状は浦飯さんもノリノリで協力してたでしょーが!」

 

「……それ本当?」

 

「今日は渡しません!また今度です!」

 

 

渡す前に本人にばれたら、果たし状の送る意味がないっていうか、サプライズ感がなくなりますので否定しました。すると桃は何となくしょんぼりしてました。いや、何で落ち込むんですか!

 

貸してもらった制服を着てみました。袖が長く、肩がずり落ち、丈が長すぎます。そう、サイズがブカブカでした。

 

 

「ナーハッハッハッハ!まるでガキみてーだな!」

 

「……その、森の妖精さんみたいでかわいいと思う」

 

「不器用なフォローは要りません。あと浦飯さんうっさいです!って何してるです!?」

 

 

桃のフォローと浦飯さんにツッコミを入れていると、桃が私のスカートを持ち上げてきました。待ってください、セクハラですか!?

 

 

「制服の丈が気になるから、詰めようかなって」

 

「あなたからの借り物だから大丈夫です!すぐお返ししますから!」

 

「買う金あんのか?」

 

 

「心配ないです」と桃に返答しようと思ったときに入った浦飯さんのツッコミに、私は言葉に詰まりました。

 

現実、突きつけるのはやめてください……。

 

 

「きっと、メイビー……」

 

「無理しなくていいから……」

 

 

悲しい現実に打ちのめされている間に、桃が丈を詰めてくれました。

 

何故桃が裁縫道具を都合よく持っているのか尋ねると、魔法少女の変身後の衣装が受けたダメージは変身解除後も少し引き継ぐため、それを自分で直していたからだそうです。

 

その話を聞いて、杏里ちゃんが何かを思いついたようで、手を叩きました。

 

 

「ってことはあれじゃない?今回のシャミ子の制服破れ事件は、制服のまま戦っていたことが原因なんでしょ?だったらシャミ子も、ちよももたちみたいに変身すればいいんじゃない?」

 

「それです!!」

 

 

杏里ちゃんの一言に衝撃が走ります。

 

そうか!私もカッコイイ戦闘用の衣装に変身できれば、制服のことを気にする必要もなくなるんですね!

 

つまり制服代も今回だけで済むようになり、カッコイイ姿で戦えるようになって一石二鳥です。

 

 

「確かに。私みたいに魔力外装で覆うことができれば、防御能力はアップする」

 

「早速やりましょー!」

 

「はーい皆席についてー。朝礼始めまーす」

 

 

意気込んで右拳を掲げたら、チャイムと同時に先生が入ってきました。

 

桃はいつの間にかいなくなってるし、杏里ちゃんはこっそり自分の席に着いています。先生は私を不思議そうな顔をして見てます。

 

よく見れば教室で立って右手を挙げているのは私だけです。すっごい恥ずかしいです………!

 

顔が熱くなるのを感じていると、浦飯さんが笑ってました。

 

 

「ケケケ、恥ずかしい奴」

 

「ぐぅ~!」

 

 

浦飯さんに言われても言い返すことができず、ぐぅの音しか出ませんでした。い、いつか浦飯さんをギャフンと言わせてやる……!

 

時は経ち放課後。学校近くの河川敷で変身することにしました。メンバーは私、浦飯さん、桃、杏里ちゃんです。

 

今回小倉さんは何かやることがあるそうで、今回は来ないそうです。一体何をしているのか気になりますが、内緒だそうです。

 

さて、変身とは簡単に言いますが、やり方なんぞ全く分かりません。魔力外装とか言ってましたから、魔力をコントロールするのでしょうか?

 

はたまたパワーを高めたり、感情を切っ掛けにして勝手に発動するのでしょうか。

 

さっぱり分からないので桃に聞いてみます。

 

 

「それでどうやるんですか?」

 

「……簡単に言うと、魔法少女の姿は戦闘フォームと言われている。衣装は本人の心というか、イメージにかなり影響される。

戦闘フォームへの変身には変身卍句(へんしんバンク)と呼ばれる舞いの儀式によって光の力を身体に降ろす必要があるんだ。

変身中は無防備になるけど、鍛えれば時間を一瞬にまで短縮できる」

 

「……何ですと?」

 

 

いきなり説明が叩き込まれました。まるでどこからか引っ張ってきたかのような説明です。

 

いつも一瞬で変身していたと思うのですが、舞ということは踊ってたんですか?全然そんな感じには見えません。

 

しかも衣装は心のイメージによるとか……結構ふわふわな説明です。

 

 

「うーん、イメージが現実になるとかそういう感じかな?」

 

「私はイマイチ想像ができません……浦飯さんは分かりますか?」

 

 

杏里ちゃんもよく理解できないそうです。こういう時は分かりそうな人に投げるのが一番です。

 

しかしその浦飯さんも唸ってました。

 

 

「確かに桃が変身したときは何か色々やっている風に見えたが、そういうことだったんか」

 

 

何と浦飯さんは変身時の桃の動きを終えていたそうです。私には光った瞬間変身を完了させているとしか認識できていませんでしたが、やっぱり凄いですね。

 

それを聞いた桃は少し驚いてました。

 

 

「……見えてたんですか?これでも魔法少女の中でもかなり早いほうだと思ったんですが」

 

「まぁな。しかし踊らなきゃいけねーのか?オレの知ってる奴は違ったが」

 

「まぁ……踊りというか、ポージングは極限まで短縮・高速化できますから。知っている方はどんな感じでしたか?」

 

「オレが知ってんのは昔闘った仙水って奴で、アイツは霊力を超えた究極の闘気とかゆー『聖光気』を会得しててな。

『気鋼闘衣』とかいう気を高めて防具や武器に聖光気を物質化する能力があって、仙水は防具みたいに身に纏うことで防御主体や攻撃主体に切り替えて戦ってたな。

蔵馬の奴も妖狐のときは白魔装束を身に纏ってたが、特に気にしたことないらしいから参考になんねーな」

 

 

何ともカッコイイネーミングが浦飯さんの口からポンポン出てきましたよ。

 

究極の闘気とか言うのもかっこいいですし、衣装の名前もいいですね。こう、心のセンサーにビンビンきます。

 

しかし浦飯さんは具体的な変身方法は言ってません。

 

 

「それで、どうやったら変身できるんですか?」

 

「わかんねー」

 

 

私と杏里ちゃんはずっこけました。変身方法が肝心なのに、技名だけ言われても意味ないです!

 

 

「浦飯さーん、それじゃダメじゃん」

 

「まぁ待てや。さっき桃も言ったが、イメージが重要らしーんだ。

オレはそういう能力者じゃねーからやったことはねーが、桑原が霊力を剣に物質化するときに『オレはできる!』って思い込みが重要だって言ってたな」

 

 

杏里ちゃんが突っ込むと具体的な例が返ってきました。

 

確か桑原さんは霊力を剣の形に固定する霊剣の使い手と聞いてます。またそれをさらに超える次元刀の使い手だとも。

 

霊力1つで武器を作り出すということは、形そのものを鮮明にイメージしなければならないということですね。

 

それを聞いた桃が頷きました。

 

 

「そうですね。確かに魔法少女の変身のときの姿は自身が強くイメージしたものになります。私の変身は小さい頃にイメージしたものになりますが、ミカンの変身は服装に柑橘類の小物があったりするんです。

能力もそうですが、自身の根底からくるイメージは好みや性格・環境に深く関係していると思います」

 

確かに初めて会ったときのミカンさんは柑橘類の小物を身に着けてました。あれは柑橘類大好きなミカンさんの心が形となったということでしょう。

 

……桃の桃色フリフリ衣装にもすっごく突っ込みたいですが、後に取っておきましょう。

 

つまり逆に言えば、イメージとかけ離れているものは具現化できないということですね。

 

 

「そういや、桑原のやつ普段は次元刀が上手く出せねーとか言ってたが、それもイメージ不足ってやつか?」

 

「可能性としてはあり得ますね」

 

 

その話を聞くと、手に入れた能力でもイメージが上手くいかないと発動しにくいということでしょう。どうやら能力発動するにしても、最初が肝心みたいです。

 

 

「まぁ要するに似合っている自分をイメージしてやるってことだね。ガンバ、シャミ子!」

 

「よぉし!やってみます!!ハアァァー…………!!」

 

 

杏里ちゃんに言われ、私は妖気を高めます。いつもの修行より、体から妖気が噴き出し、波打つように肉体を覆います。

 

その光景を見た杏里ちゃんは興奮しているような感じでした。

 

 

「うぉー!シャミ子すっごいよ!私でもすごい力が出てるってわかる!」

 

「えへへ……そうですか?」

 

「……集中切らしちゃダメだよシャミ子」

 

「気合い入れてやれ」

 

 

褒められて若干妖力が乱れると、2人から叱られました。おっといけない、パワーアップのためにも集中しなければ。

 

 

「はーい。うおりゃー!!」

 

 

イメージしながらやりますが、何かしっくりきません。魔族だからカッコイイマントとか、勇者みたいな鎧や軍服などもイメージしましたがダメです。

 

自分が桃みたいなフリフリ衣装着ているイメージはないですし、浦飯さんみたいな道着ともなんか違います。てゆーかせっかくの変身なので道着は嫌です。

 

 

「てーんでダメダメだな」

 

「こ、ここからですよ、ここから!」

 

 

しばらくやっても上手くいかず、それを見て少し呆れたような浦飯さんの言葉に反論します。

 

確かに30分以上やりましたが、普段の修行から考えればまだまだ短いです。ここからです、ここから!

 

 

「何がいいんだろうねー?」

 

「……カッコイイ自分じゃなくて、今日までの自分をイメージしたらどうかな?」

 

「今日までの自分……」

 

 

桃がそんなことを言ってきました。そう言われると、何だか少しさっきまでと違う気がします。今日までの自分をイメージ……!

 

 

「いきます!!」

 

 

今ほどよりさらに妖気を高めます。重要なのは普段でも自分が身に纏っているイメージ……素直な自分です。

 

闘っているときの姿、修行風景、今朝破れた制服……その時言われた言葉……。

 

色々なものが脳裏を過ぎ去っていきました。

 

イメージしろ、最強の自分を!

 

 

『叫んで……あなたのイメージを』

 

 

その時、聞いたことのないようで、懐かしい声が自分の中から聞こえたような気がしました。

 

その瞬間、私ははっきりとイメージできました。

 

 

「シャミっ……シャドウミストレス優子……『危機管理フォーム』!!」

 

 

な、何か今勝手に言ってしまいました。そして妖力の渦が全身を包みます。

 

この名前が私の魔力外装……いや妖力外装なんですね!

 

一瞬で光が晴れて、変身が完了しました。変身前より溢れるパワーをヒシヒシと感じます。

 

これぞ新生シャミ子の新戦闘フォームです!!

 

 

「どうです!これが新生シャミ子です!」

 

『………』

 

 

私のパワーに驚いているのか、全員口を開けて固まってました。ふふふ、よほどこの姿とパワーに恐れをなしたようですね………。

 

………あれ?よく自分の恰好を見ると肩やお腹が出てますね。色は大体黒っぽい感じでいいんですが。

 

でもこれ上半身は胸と腕部分はほとんど丸出しです。首には何とかリボンがありますがほぼおまけみたいな感じです。

 

下半身も下着とブーツ以外は腰蓑みたいなマント以外は素肌です。

 

ちょっと待ってください?これ相当露出度高くないですか?

 

冷静になって自身の格好を見ると、あまりの露出度の高さに恥ずかしさが急激にこみ上げてきました。

 

 

「……露出魔族なの?」

 

「露出狂ではないですー!!」

 

「でもシャミ子、その恰好じゃ魔族というよりサキュバスじゃない?」

 

「何でエロ方向に持っていくんですかー!」

 

 

桃も杏里ちゃんもひどいです。確かに自分でも激しい露出だし、人前に出る格好ではないと思いますが、その評価はあんまりです。

 

でも何でこんな格好になったのでしょうか……?

 

私はイメージの際浮かべた光景を思い返してました。あの時、今朝の浦飯さんの言葉が過った気がします。

 

『おう、まるでストリップみてーだな』

 

あれのせいだ、と確信しました。

 

明らかに浦飯さんに言われたことと、ビリビリに破けた制服が関係して、エロ方向に思考が引っ張られたのでしょう。そして完成したのがこの格好!

 

つまりは、浦飯さんのせい!!

 

 

「こんな格好になったのも浦飯さんのせいです!責任取ってください!!」

 

「いや、シャミ子……その言い方はまずいんじゃ……?」

 

 

何がまずいのでしょうか?明らかにイメージに繋げた原因が浦飯さんだから何もおかしくないと思います!

 

そう考えていると杏里ちゃんも苦笑いしてますし、桃が少しおろおろしてます。

 

 

「オレのせいじゃなくて、オメーがスケベ魔族だからだろ~?ケケケ」

 

「う……」

 

 

私はもう限界でした。怒りと恥ずかしさでもう頭の中がいっぱいでオーバーヒートです。

 

 

「うわーん!浦飯さんのバカー!」

 

「ぬわー!」

 

 

私は変身した状態で浦飯さんを掴み、思い切り投げました。するとすっごい距離を飛んでいきました。

 

これで悪は滅びました………!

 

 

「シャミ子のおバカ!浦飯さん投げちゃって失くしでもしたら封印解けなくなるよ!」

 

「………あー!?」

 

 

言われて自分がやらかしたことに気づきました。いくらむかついて衝動的にやってしまったとはいえ、まずい事態です。

 

 

「やれやれ、今日は遅くなりそうだね」

 

「ごめんなさーい!」

 

 

結局3人で探してかなり時間がかかりましたが、無事浦飯さんは見つかりました。

 

でもその後も戦闘フォームを変えることが出来ませんでした。こんなエッチな格好嫌ですー!

 

 

「テメー!オレをぶん投げやがって!」

 

「五月蠅いです!このセクハラ大魔神!!」

 

 

頑張れシャミ子!ご近所や若い男性に見つからないように注意しながら変身するんだ!

 

 

つづく




最後のオチの部分は果たし状の回でもあるので担任の先生出そうか迷いました。

幽助は犠牲になったのだ……エロと煽った、その犠牲にな……。

そろそろ危機管理入れないと、シナリオ的にまずいので。

気鋼闘衣とかはある意味具現化系?変化系かもしれません。

とりあえず魔法少女の戦闘フォーム:魔力で特殊効果のある服を作り出す=具現化系のイメージ。

しかも魔法少女ごとに衣装がそれぞれ異なることから、神谷drのセリフにもあった能力は好みや性格・環境に深く関係しているという解釈です。


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14話「幽霊といっても事情があります!」

幽白1巻の地縛霊ちゃん好き。


「優子、ちょっとお醤油買ってきてください」

 

「今キャプテンクルールと戦ってるんで、ちょっと待ってください!」

 

1学期が終了し、夏休みに入ったある日の午前中。お母さんに頼みごとをされた私は画面から目を離さず返事をしました。

 

今プレイしているのはドンキーコング2のキャプテンクルール戦です。船長の格好をしたワニVSサルの戦いです。ようやくここまで来ました、来たんですよ……!

 

やたらと難しいステージが各所にあり、ここに来るまで数々のおサルが倒れる事態となりました……。大体、サルだけならともかくアニマルに乗らなきゃいけなかったり、コースターで骸骨が追っかけてくるステージがやたらと難しいのは何でですかね?浦飯さん半ギレしてましたし。

 

なんてことを考えてやっていたら、方向キーの入力が逆になる煙に当たってしまいました。今ディディーしかいないのにー!?

 

「あー!来ないで来ないでワニ船長ー!」

 

咄嗟にジャンプして避けようと思ったら、相手が向かっていく方向に逃げるようにジャンプしてしまいました。そしてキャプテンクルールに当たり、倒れるディディー。

 

「あああ……」

 

そしてなくなるライフの風船。そう、私は敗北したのです……おのれワニめ!

 

怒りを抱きつつ、私は電源をしっかり切って、お財布を持ちました。キリがいいし買い物に行きましょう。怒りのままやってもうまくいかないですからね。

 

「ムガー!ちょっと頭冷やしてきます!」

 

「あ、あと豆腐もお願いします」

 

「はーい」

 

それから商店街に買い物へ出かけ、一通り購入しました。

 

浦飯さんは連れてません。何でですかって?あの人夏休みだからってまだ寝てるんですよ。起こすと機嫌悪くなるのでそのままです。まぁ近所ですから問題ないでしょう。

 

自宅に入ろうとすると、門のところで荷物を引いているミカンさんが何やらウロウロしていました。何か探しているようです。

 

「どうしたんですかミカンさん」

 

「あ、シャミ子。実はばんだ荘っていう建物を探してて、この住所だと思うんだけど廃墟しかなくて……」

 

「住所はここで合ってますよ?私も住んでいるばんだ荘です」

 

そう答えるとミカンさんは慌てて謝ってきました。まぁ確かにばんだ荘はかなりぼろいですが、廃墟では……ギリギリない気がします。

 

どうやらミカンさんは桃の家で暮らさないでアパートを借りることにしたそうです。理由としては桜さんの件を知らなかったことで負い目があるというのと、桃が修行をしているため時間帯が合わないからだそうです。

 

そんな話をしつつ、ミカンさんの部屋にお邪魔しました。私の家の隣でしたので、間取りは変わりません。

 

「しかし高校生が一人でアパート借りられるんですか?」

 

「この物件、光や闇の一族絡みの人は結構簡単に住める特別物件なのよ。この部屋なんて光闇割で月120円なんですって!即決しちゃったわ!」

 

「学割!?」

 

安いなんてレベルじゃないですね。1ヶ月缶ジュース1本くらいで住めるとは驚きです。

 

しかしTVだとそういう極端に安い部屋って事故物件と聞きます。果たして大丈夫なんでしょうか?

 

「でも大丈夫ですかね、何かあるんじゃ……?」

 

「多少古いけど、問題ないと思うわよ?壁なんて壁紙を補修すればいいんだから……」

 

そう言いながらミカンさんが壁に手を当てようとすると、ベロンと壁紙が剥がれ、出てきたのは大量のお札が貼られた壁でした。

 

サーっとミカンさんの顔色が青く染まりました。こ、これは明らかにあれですね……。

 

「ミ、ミカンさん。これはきっと縁起のいいお札ですよ」

 

「でででで、でも~!?」

 

ミカンさんが涙目で私の服の袖をつかんで頭を横に振ります。マジモンの事故物件だったとは……。

 

自分でも無理があるフォローだと思いましたし、案の定ミカンさんに効果なしです。こうなったら専門家を呼ぶしかありません。そうしなければミカンさんは安心しないでしょう。

 

「分かりました。霊界探偵を連れてきましょう。あの人ならそういうの詳しいかもしれません」

 

「浦飯さんね!」

 

ということで私の家から浦飯さんを叩き起こしてミカンさんの部屋へ連れてきました。本人は眠いのか若干不機嫌そうに唸ってました。

 

「んだよ、お札が貼ってあるだけじゃねーか」

 

「大問題よ!また幽霊でもいると思うと、ああぁ……」

 

「み、ミカンさん落ち着いて!」

 

事情を説明すると、こういうことに慣れている浦飯さんはため息混じりにそう溢しました。しかしミカンさんはより震えが増していきます。このままミカンさんがより怖がれば、私たちに呪いが来そうです。

 

「このお札には霊気のカスも感じねーから効果ねーよ。気のせいだ気のせい」

 

「よ、よかった~!」

 

ミカンさんは安心して腰が抜けたのか、その場にへたり込みました。うんうん、浦飯さんを連れてきてよかったです。

 

「大丈夫だって分かると元気が出てきたわ!インテリアとか色々楽しみたいわ。ここに本棚を置いて、こっちにはTV置いて……」

 

「あ、じゃあ私ゲーム機持ってきますね!」

 

「現金な奴ら」

 

「2人とも楽しそうだね……」

 

4人目の声が聞こえたので振り返ると、桃が玄関先に立ってました。ミカンさんの引っ越しの手伝いに来たんでしょうか?

 

そう尋ねると、桃は否定しました。先日私の家に訪問してきたとき、感情のままに迷惑をかけてしまったということで挨拶にきたそうです。

 

また夏休みの間、何か事件があるといけないので桃もばんだ荘に部屋を借りると言ってきました。しかもそれは私の部屋の隣です。

 

つまり夏休みの間は魔法少女に挟まれた生活をすることとなったのです!

 

「それ、いつもとあんま変わんねーじゃねーか」

 

「ですよねー」

 

浦飯さんの言う通り、いつもと変わんない気がしますが、家の距離は非常に近くなりました。

 

そんなことをお母さんに報告すると、隣人歓迎すき焼きパーティーをしよう、とお母さんが提案しました。

 

肉の出どころですか?桃が我が家への差し入れで持ってきてくれたものです。

 

そんな感じで皆でパーティーをしました。そのパーティーの中でミカンさんの実家の段ボールと、お父さん段ボールが同じものだったことが発覚しまして皆驚きましたが、それはそれ。

 

パーティーはそのまま続き、みんなで楽しく美味しく食べました。

 

「ほら、清子さんも飲んで飲んで!」

 

「今日は私もいっぱい飲んじゃいましょう!」

 

「いいねいいね、いい吞みっぷり!」

 

一部酔っ払いが発生してましたが、無視です。

 

そんな感じで1日を終えて、邪神像のくせにうるさいイビキをかく浦飯さんに悩まされながら眠りにつきました。

 

しかし今日はこれで終わらなかったのです……!

 

 

 

始めは小さな物音でした。コツン、コツンと何か叩く音です。

 

イビキがうるさくて寝つきが悪かったせいか、そんな音が続き、少しづつ私の意識が覚醒していきました。

 

まぁ気のせいだろうと思い布団を掛けなおしました。

 

しかし音が規則的に続き、しかも段々大きくなっていくのです。さすがに気になってきました。

 

「うるさいなぁ~……」

 

音の大きさからして、発生源は我が家ではないようです。しかし最初はかすかな音だったのに、今は普通に響くくらい音が大きくなってます。

 

近所迷惑だな、と私は思い確認するために立ち上がります。

 

どうも音は家の外……つまり通路側、しかも距離と聞こえる音の位置からして、ミカンさんの部屋の方から聞こえるようです。

 

深夜、段々大きくなる音、そして昼間見たお札の数々。

 

――もしかして幽霊――

 

そんな考えに思い至り、私は背筋に寒気が走りました。しかしあのとき浦飯さんがミカンさんの部屋に入って、霊気のカスもないと言ってました。つまりあの場に霊はいなかったということです。

 

不審者の可能性もありますし、まだ霊とは断定できないかも。そう考えている間にもどんどん音が大きくなってきました。

 

ミカンさんも動揺しているのか、小さい物が落ちてきて私の頭に当たりました。幸い怪我はありませんが、ミカンさんの呪いが始まっているようです。急がねば。

 

「浦飯さん、起きて下さい」

 

「んだよ~……ってなんだこの音は」

 

「どうやら何者かがミカンさんの部屋を叩いている音らしくって……着いてきてください。泥棒か幽霊かまだわからないので……」

 

「あん?……かすかに霊気を感じるな、こりゃ幽霊かもな。悪霊かは知らねーが」

 

やっぱり。廊下にいる物体のパワーは感じるのですが、まだ私では霊気か魔力かの違いが判らないので、やはりこの人を起こして正解でした。

 

「先手必勝だシャミ子。抵抗したら霊丸ぶちかませ」

 

「それで行きましょう」

 

幽霊を殴れるか分からないので、ここは初手必殺技です。

 

私はポケットに浦飯さんを入れて廊下に勢いよく飛び出しました。そしてミカンさんの部屋の前に向けて霊丸を込めた右人差し指を構えます。

 

「そこのキサマ!大人しくしろ!!」

 

指を向けた先にいたのは、長い黒髪のせいで表情が見えない人物であり、ミカンさんの部屋をノックしていました。体つきは女の人のようで、ブラウスにロングスカートといった格好です。

 

「ありゃ完全に幽霊だな、辛気臭そーなやつ」

 

この人からは何かパワーを感じますし、浦飯さんの言葉からやはり普通の人ではなく幽霊のようです。というか明るい幽霊なんかいるんですかね?

 

私の声に反応してノックをやめた女の人はこちらに顔を向けましたが、どうも前髪が長くて表情が見えません。

 

「……私と……ケンジ君の邪魔をしないで!」

 

誰ですかケンジ君、とツッコミを入れるよりも先に感じていたパワーが強まりました。どうやら仕掛けてくる気です。だがこの間合いならこちらのほうが速い!

 

「私はケンジじゃなーい!!」

 

霊丸を撃とうとした瞬間、ミカンさんの家のドアが勢いよく開き、ドアに当たって女の人は少し吹き飛びました。ミカンさんは既に魔法少女に変身し、女の人に矢を構えてます。ミカンさんから感じる膨れ上がる魔力……この人殺る気だ……!

 

「だ、誰あなた……!?何でこの部屋に……!?」

 

「私の部屋だからに決まっているからでしょ!?ゆゆゆ、幽霊なんか怖くないわ!!」

 

そう言いながらミカンさんの声や体が震えまくってました。明らかに無理をしているのが見て取れます。

 

今の位置関係だと、私と女の人の間にミカンさんがいる形です。つまりこの位置からでは霊丸を撃てません。

 

どうフォローしたらいいか考えていると、浦飯さんが心配するなと声をかけてきました。

 

はて、どういうことなのでしょうか?もうミカンさんは撃つ寸前です。だがこれだけ動揺していると矢を外す可能性だってあるのに……。

 

「ケンジ君を、ケンジ君を返してー!」

 

「……うるさい」

 

襲い掛かろうとした女の人は前のめりに崩れました。そしてその後ろに立っていたのは、変身した桃でした。手刀を打ち込んだのでしょう、右手が手刀の形でした。あれは漫画でよく見る「首トンッ」……!か、カッコイイ!

 

「桃!」

 

「あ、ありがとう桃~!」

 

ミカンさんはその場で泣き崩れました。そして呪いが発動し私たちの頭上に現れる小さな雨雲によって、桃と私と浦飯さんは濡れました。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

謝るミカンさんを宥めつつ、全員ミカンさんの部屋に避難しました。呪いで濡れた体を拭きつつ、幽霊が起きるのを待ちます。

 

この場で強制的に成仏させるのをやめようと提案したのは、意外にも浦飯さんでした。

 

何でも昔こういった男絡みの地縛霊と会ったことがあるそうで、理由くらい聞いてやろうという提案です。幽霊という意味でこの場で一番経験を積んでいるのは浦飯さんなので、今回の件はお任せすることになりました。

 

 

「……うぅん。こ、ここは……?」

 

幽霊が目を覚ますと、全員臨戦態勢に入ります。一応桃の魔法で動けないよう縛り上げてますが念のためです。

 

先ほどは暗くてわかりませんでしたが、よく見るとかなり顔立ちが整った美人な人でした。その彼女に一番最初に声をかけたのは浦飯さんでした。

 

「よぉ、目が覚めたみてぇだな」

 

「あ、あんたたち!ケンジ君はどこ!?」

 

「それなんだけどよ……ケンジ君てのはオメーの男か?ん?」

 

「何で一杯飲んだおじさんみたいな聞き方なのよ」

 

ミカンさんが呆れながらそう言いました。緊張感がない人ですね。

 

「……そうよ。この部屋でいつも迎えてくれるのがケンジ君よ。彼をどこにやったの!?」

 

「おいシャミ子、この部屋にいた前の住人はいつからいなくなった?」

 

確かこの部屋の前の人はあまりご近所付き合いをしない人で、ほとんどしゃべったことがない男の人でした。確か引っ越ししたのは私の高校入学前くらいですから……。

 

「5か月くらい前ですかね?」

 

「結構前だな。何でオメーは今まで来なかったんだよ」

 

「半年間入院してて……つい先日死んだの」

 

「見舞いにはその人来なかったんですか?」

 

「……それは」

 

桃の質問に女の人の声は詰まりました。どうやら彼女であろう人の見舞いにも来ないような人間だったようです。

 

「……本当に彼氏だったの?」

 

「失礼なこと言わないで!彼はいつも私を優しかったわ!それに私が世話をしなきゃ何もできないような不器用な人だったの!部屋の掃除だって、食事だってやった!困ったときはお金だって貸してあげた!」

 

「そ、それは……」

 

どうやら身の回りの世話をこの人がやっていたようで、話を聞く限りどう考えてもまともな男じゃないようです。その話を聞いて全員顔を顰めてました。

 

「事情があったかもしれねーし、そいつの引っ越し先とかよく行く場所とか知ってっか?」

 

「引っ越し先は知りませんが、よく行っていた場所なら……」

 

そのケンジ君という人はこの街のパチンコの隣の喫茶店によく利用していたらしく、彼女もよくそこで彼と過ごしていたようです。

 

「脅かしたのに、協力してくれるの……?」

 

「悪霊とかになったら目覚めが悪りーからな。それにあんたを放置してたらミカンが寝れなくなっちまし」

 

「も、もう大丈夫よ!……ちょっとこのまま放っておくのも目覚めが悪いし」

 

「ありがとうございます……」

 

そんな感じで皆で協力することになりました。確かに脅かしたのは事実ですが、原因はそのケンジ君にありそうなので皆それ以上幽霊さんを責めることはありませんでした。

 

話し終えたのが日をまたいでいた時間でしたので、そのまま起き続け彼がよく行っていたという喫茶店が開店すると同時に入店しました。

 

見たところ普通の喫茶店であり、皆で注文して待ちます。

 

30分ほど経ったころでしょうか。1組のカップルが入店してきました。

 

「あ、ケンジ君……」

 

「あの人が?」

 

男のほうを見て、幽霊さんがそう呟きました。女連れで乗り込んだ彼を見て、幽霊さんは沈んだ表情になっていきました。

 

その男性は確かに隣に住んでいた男の人です。背も大きくなく、少し痩せ気味の男の人です。どうにも軽薄そうなイメージがするのは、幽霊さんの話を聞いたせいでしょうか。先ほどから一緒に入ってきた女の人にべたべたしてます。

 

相手の女の人の方はかなり濃いメイクの、いわゆるギャル的な感じです。

 

「どうする?処す?」

 

「ミカン、まだ早いよ。一応探りを入れてから殴ろう」

 

「一番槍はオレだからな」

 

「誰もストッパーがいない……」

 

私も含めてですが、皆そのケンジ君を一発ぶん殴ることに決めているようです。

 

カップルは上手い具合に私たちの後ろの席に座ったので、皆ケンジ君の会話に耳を傾けます。

 

「あーあ、この前から全然パチンコ勝てねーの。あの女がいなくなってから勝てないわ」

 

「あの女って、貢がせてたやつー?そいつ最近どうなったのよ?」

 

「知らねーよ、ここ半年顔見てねーもん。まー金は良く貢いでくれたし身の回りのこともやってくれたから便利だったけどよー、結婚とか色々言い始めてたから鬱陶しかったんだよな。その点はいなくなってせいせいするぜ」

 

「よく言うよヒモのくせに」

 

「そのヒモと一緒に暮らしてるオメーも人のこと言えねーっての。第一そいつの金をオメーにも使ってやってたんだから、オメーも共犯だって」

 

「それもそーだね」

 

アハハハ、とそのカップルの笑い声が響きます。全員拳が震えてました。ここまで、ここまでの男がいるのは初めて見ました……。

 

「おいシャミ子、オレに代われ」

 

「え、でも私もやりたいです!」

 

「良いから代われ!」

 

凄い浦飯さんの迫力に負けて、私はスイッチを入れました。私も一発殴りたかった……。

 

 

 

 

幽助に代わった瞬間、全員席を立った。幽霊の女は、先ほどのケンジの言葉にショックを受けており、反応が遅れてしまった。

 

そしてケンジの前に立った3人に対し、ケンジと女は呆けた目を向けてきた。

 

「オラァ!」

 

幽助の左拳がケンジの頭を殴りつけ、机を破壊して地面と唇がキスする羽目となった。

 

「テメーは死ね!死ぬのだ!」

 

「ちょっと浦飯さん、私の分も残しておいてよ!怖かった恨みを晴らすんだから!」

 

「……私の分も」

 

地面にめり込んだ頭を幽助が死なない程度に加減しながら踏みつけ続けると、それに続いてミカンもお尻を、桃は背中を踏みつけ続けた。

 

ミカンの場合はケンジのクズさへの怒りと、脅かされた恨みが一緒くたになっているようだ。

 

「ちょ、ちょっとあんたたち何なの!?ケンジが何かしたっていうの!?」

 

「馬鹿かテメーは!さっきのクズみたいな言葉聞いてりゃわかるだろーが」

 

「ちなみにさっきの発言は録音してあるから、言い逃れはできない」

 

桃がちゃっかり録音しているとアピールすると、女は顔を青ざめた。

 

一通りボコボコにして、幽助はその男と女を引きずって喫茶店から退場した。ミカンもそれに続き、桃は喫茶店のオーナーに修理代金を渡した後、簡単な理由を説明した。

 

オーナーもこっそり話を聞いていたらしく、グッと親指を立てただけであった。

 

少しだけ人通りの少ない場所へ移動し、全員で男と女にこの街から出ていくよう脅しまくった。矢と霊丸と杖を向けながらだ。

 

あまりの恐怖にカップルは失禁した後気絶したので、人通りの多いゴミ捨て場に放置しておいた。あんな姿を見られれば、もうこの街にはいられないだろう。

 

 

その様子をずっと見ていた幽霊の女がようやく口を開いた。

 

「皆さん、私のために、ありがとうございます……」

 

「気にすることはねぇ!いいか忘れろ!消去するのだ!あんな胸クソ悪いヤロー、頭ん中に入れとくな!」

 

「そーよそーよ!あんなの忘れましょ!」

 

「体を動かすと忘れることが出来る……と思う」

 

「でも、そんな急には……」

 

「こーゆーときはパーっと遊ぶんだよ!オラ来いや!」

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 

幽助はそのまま幽霊の女の首元の服を捕まえて、走り出した。桃とミカンもその行動に苦笑いを浮かべながら、着いて行った。

 

映画を見たり、店を冷かしたり、丘の上に行って街並みを眺めているともう夜になってしまった。

 

なおウインドウショッピングの時点で幽助はシャミ子の体を戻した。どうにも女の数人の中での買い物は彼には辛かったらしい。

 

「こんなに楽しかったのって、本当に久しぶり……!」

 

幽霊の女は心から楽しそうな笑みを浮かべた。それは彼女がこのメンバーに会って初めて見せる笑顔だった。

 

「あ、笑った!今の顔スゲー可愛い」

 

「え……」

 

女は邪神像に入った幽助の言葉に顔を赤くして、俯いてしまった。

 

「俯いちゃダメだって、笑ってェ~」

 

「へ、変な声出さないで……あははは!」

 

笑い終えると、今までの暗い顔が嘘のように晴れやかな表情を女は浮かべていた。

 

「……あなた男の人でしょ?どうしてその子の体に入ったり像の中に入ったりしているか分からないけど……男の人から可愛いなんて言われたの初めてだった。

彼はそんなこと言ってくれなかったから」

 

「あんなの彼じゃねーよ」

 

「元気になったみたいですね」

 

「……本当に皆さん、どうもありがとうございました。これで成仏できます」

 

暗くなった夜空に浮かんだ女は全員に向けてお辞儀をした。

 

「そうね。また会うことがあったら声かけてね。今度は幽霊じゃなくて生身でね」

 

「……お元気で、っていうのも変だけど」

 

「……はい!」

 

「んじゃオレからのはなむけの句を一発!『あの世では変な男に引っかかるなよ!』字余りだが、達者でな」

 

女は二コリと笑顔を浮かべた。

 

「今度生まれ変わったら、あなたみたいな人と一緒になりたいわ」

 

「あん?」

 

 

―――それじゃ、さようなら―――

 

 

そう言い残し、女は消えていった、彼女から感じていたパワーもなくなっていることから、完全に成仏したのだろう。

 

ミカンとシャミ子は少し涙ぐんでいた。桃は口を横一文字に結んでいることから耐えているのだろう。

 

「さ、帰ろーぜ。今日はパーっとしたい気分だわ」

 

幽助のその言葉に皆頷き、ばんだ荘へ足を向ける。

 

しばらくして、シャミ子は上を向きながらこう呟いた。

 

「何だか、魔族の起こした事件より質が悪い気がしますよ」

 

「……そうだね」

 

また一つ、大人になったシャミ子でした。

 

つづく




今回のお話はミカン引っ越し話と、幽白1巻の『一年めのクリスマス!!の巻』の地縛霊ちゃんの話です。
男の名前はそのまんま。実はセリフが一番書きやすかったのがカップルの会話です。悪役のほうがセリフが思いつきやすいのは何故でしょうか。

吉田家謎のステッキは未定。シャミ子素手だからしばらくいらんよね。


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15話「喫茶店あすらです!」

今回は幽助メイン
リコが色んな意味で強化されてます。こんなのリコじゃない!という意見もあるかもしれませんが、幽白成分込みのせいかもしれません。あとリコの方言は難しいので違っていたらすみません!!



「浦飯さん、そろそろこの街の魔族を探してきてくださいませんか?」

 

「あん?」

 

夏休みに入って数日、シャミ子の部屋に入り浸っている桃はそう提案した。

 

引っ越してからは毎日ばんだ荘のお互いの部屋に行き来している3人は、今日も同じ部屋で遊んでいた。今日はミカンの部屋で集まっており、シャミ子が持ち込んだスーファミのマリオカートでミカンとシャミ子は勝負中である。そして幽助はそれを眺めていた。

 

「私じゃダメなんですか?」

 

シャミ子は画面から目を離さずヨッシーを操作しながら尋ねると桃は首を横に振った。

 

「相手の魔族がどの程度の実力か分からないからシャミ子だと危ないかもしれないし……ここは最大戦力の浦飯さんに行ってもらいたいんだ。結界が張られているので私たち魔法少女は近づけないし。小倉が作ってくれた魔力計も、結界の中に入られると機能しなくて……」

 

捜索にうってつけのアイテムである魔力計であるが、結界の中に魔族が引きこもってしまうと外に魔力が洩れないため発見することができないのだ。

 

そのため結界に引きこもった魔族を見つけるには、地道に結界の札が貼られている建物を見つけなくてはならないのである。

 

「なるほど……あーっ!バナナにー!」

 

「フフ、バナナを制する人はゲームを制するのよ」

 

「今結構真面目な話をしてるんだけど……」

 

桃の説明でシャミ子は納得したらしく、レースのほうに意識を戻した瞬間バナナを踏んだ。魔族捜索、つまりそこから千代田桜捜索へと繋がるのだが、どうにも緊張感がなく、桃はため息を吐く。

 

「桃ってば話すタイミング悪いのよ。もう少しで終わるわ、私の勝利で」

 

「負けませんよー!」

 

ミカンは柑橘系のキャラがいないのでキノピオで我慢していた。ピーチは桃の持ちキャラである。

 

「よし、久々のシャバだぜ!」

 

勝負に参加していない幽助は久々に自由になれると思い声が弾んでいた。幽霊騒ぎの時は僅かな時間の交代だったため、ストレスは発散できてなく、後でもっとあのクソ野郎をボコボコにしとけばよかったと語ったほどだ。

 

「あー、負けちゃいました。ところで浦飯さん、変な場所で遊ばないでくださいよ?私の体なんですから」

 

「わーってるって。その魔族に情報を吐かせりゃいいんだろ?例え罠があろうと、虎穴に入らずんば虎子を得ず!だぜ」

 

「つまり突撃ってことね……」

 

「ところで桃、魔族がどこにいるか分かったのかよ?」

 

闇雲に動いても時間の無駄であるし、魔族捜索を決めてから割と時間は経過している。そう言った情報がないか、幽助は桃に尋ねた。

 

「杏里から聞いたのですが、商店街の喫茶店「あすら」のマスターが魔族で、インパクトの強い外見だそうです。とりあえず得ている情報はそれくらいです」

 

杏里曰く喫茶店「あすら」は割と繁盛している店だそうで連日ランチは混雑しているらしく、リピーターが多いのだが取材は断っているという。

 

「杏里ちゃんはどっからそういう情報を仕入れているんですかね……?」

 

「割と謎よね」

 

「よっしゃ、早速突っ込んでみるか!」

 

そういうことでシャミ子と幽助は入れ替わり、幽助は1人でたまさくら商店街へと足を運んだ。

 

夏休みということもあり、商店街は人で賑わっている。

 

こうして幽助が歩いていても様々な店の店員は警戒せず普通に営業している。幽助が元の体で地元を歩いても入店すらさせてもらえないほど警戒されていたので、少し新鮮である。まぁシャミ子の体なので当然なのだが。

 

もっともその原因は無銭飲食やら万引きを繰り返した幽助のせいであるのだが、まぁ若気の至りというものだ。

 

少し寄り道しようかと考えたが、幽助としてもさっさと元の体に戻りたいので、今日はまっすぐ喫茶店あすらに向かった。

 

そして発見した喫茶店あすらは堂々と看板を掲げている店だった。表通りに面しており、隠す気など全くと言っていいほどない。外観も普通で、唯一おかしなところと言えば結界の札が壁にあられている点だけであろう。

 

「結界の札もあるし、ここみてーだな」

 

どうにも外からでは店の中の魔族の魔力を感じられないので、敵の強さが分からない状態である。確かにこれでは経験が浅く実力がまだまだ足りないシャミ子では危険かもしれない。

 

幽助は敵の強さを肌で感じられない状況をどこか懐かしく思っていた。ちょうど仙水たち……能力者たちを捜索していたころにそっくりである。店に入って対峙したのは室田だったか。

 

開店時間前で準備中という看板が立てられていたが、そっちのほうが邪魔も入らないであろうから都合がいい。幽助は躊躇なく扉を開けた。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……たのもー!」

 

勢いよく開けると、まだ開店前で店はガランとしていた。気配は2つ。そのうちの一つがこちらへ近づいてきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

青髪のウエイトレスの格好をした少女が幽助の目の前に立った。獣耳と尻尾が生えており、誰がどう見ても純粋な人間とは言えないだろう。どうやら妖狐らしい。

 

「ここのマスターに話があるんだが、今いるか?」

 

「一応開店前なんやけど……お客さんじゃなさそうやね」

 

「まぁな。用事が終わったらビール一杯でも頼むからよ」

 

「把握。マスター呼んでくるわ」

 

少女は幽助を上から下までじっくりと観察して、奥へと引っ込んだ。どこか粘つくような視線を向けられて少し鬱陶しく思ったが、幽助は大人しく待った。

 

「僕に用があるのは君かい?」

 

「ああ……ってあんた、何だその怪我?」

 

少しして現れたのは白色の胴体以外は黒一色で、鼻が少し長い獣であった。

 

二足歩行だが、左腕を三角巾で吊るしており、足も痛めているのか杖を突きながらやってきた。どう見ても怪我人である。いや、この場合は怪我魔族であろう。

 

「マスターの白澤だ。この間バクだけにバク転に挑戦したら失敗してしまって、それで傷だらけなのだ。こっちの子はリコくんだ」

 

リコと呼ばれた妖狐の少女はほんの僅かに頭を下げた。どうやら今この店にいるのはこの2人だけらしい。

 

「あんたバクなのか……てっきり豚かと思ったぜ」

 

「結構失礼だな君!」

 

白澤の体型としては誰がどう見ても肥満である。幽助としては豚みたいな妖怪はよく見ていたし、暗黒武術会の観客にもいたような気がするので物珍しくはない。しかし豚とバクは白澤としてはだいぶ違うらしく、憤慨していた。

 

「まぁまぁマスター、最近結構太ってきたし、しゃーないんちゃう?」

 

「それを言われると……」

 

リコと紹介された少女は白澤の肩に手を置いて耳元で話しかける。かなり距離が近い行動であったが白澤はお腹をさするだけで、それ以外の反応は示さなかった。

 

一瞬幽助は「この2人デキてんのか?」などと考えたが、どうも白澤の方はそういった気がないように見える。

 

「(まぁどうでもいいか)」

 

正直からかいのネタにはなるが、今日は真面目な話で来たので後回しにすることにした。

 

「早速こちらの用事をすませてーんだが、いいか?」

 

「バイトの面接かね?」

 

「ちげーっての」

 

バイトではないと分かると、白澤はひどく驚いた様子だ。どうもこの白澤という魔族はマイペースらしい。幽助から見て隙だらけ……というより喧嘩もしたことがないであろう立ち振る舞いに見える。

 

それより注意すべきは後ろの獣耳の女の方であろう。この白澤と違い、立ち振る舞いから見てかなり場数は踏んでいるように見えた。

 

「何!?バイトでなければ何だというんだね?」

 

「消えちまった千代田桜っつー魔法少女の行方と、この街の結界について聞きたいくてな」

 

そう言った瞬間、リコの魔力が乱れた。魔法少女、という言葉に反応したのか、又は千代田桜を知っているのかは分からないが今は先ほどと同じ魔力に戻っている。

 

幽助はそのリコに口元に笑みを浮かばせながら尋ねる。

 

「あんた、リコっつったな。何か知ってんのか?」

 

「魔法少女は嫌いなんや。でもその千代田桜はんは知っとるえ」

 

「ホントかよ」

 

リコはちらりと白澤を見ると、白澤も頷いた。どうやら2人とも面識があるらしい。いきなり大当たりと言ったところだ。

 

「どこで知り合ったんだ?」

 

「元々この店は千代田桜どのの斡旋で始めることが出来てね。しかし私が最後に会ったのはその開店前の10年前なのだ。桜どのはもしや行方不明なのか?」

 

「そーなんだ。だから今知ってそうな魔族を探しててな。リコっつったか、あんたは何か知ってるか?」

 

その問いにリコは首を横に振った。どうやら行方は知らないらしい。

 

「ウチも昔は色々転々としててな。その時出会ったのが桜はんで、料理がしたいと希望したらここを紹介してくれたんや。ウチも最後に会うたのはマスターと一緒や。でも何で桜はんの情報と結界について集めておるんや?」

 

「簡単に言うとな……」

 

幽助はこの街に来てから……というより幽助が封印されてからの経緯を話し、シャミ子の家族の話やこの街の結界そのものが弱まっており、それにより強力な魔族が集まりつつあることを話した。結界を改めて強化するには千代田桜の力が必要であり、また吉田家の封印もどうにかしてほしいと考えていると話した。

 

魔族との戦闘の話になると白澤は顔が青ざめていったが、リコは全く変わらない様子だった。彼女が大きく反応したのは、幽助の封印と、今はシャミ子の体を借りているという点だった。

 

「なるほど……それは一大事だ。ぜひ我々も協力をさせてほしい。いいかいリコ君?」

 

「ウチはええよ。でもさっきまでの話がホンマかどうかちょーっとわからんからなぁ……?」

 

リコは口角に右手の人差し指をつけて、悩んでますといった具合のポーズを取った。外見はかわいらしさがあるが、どうにも胡散臭さが鼻につくような仕草で、幽助を苛立せたいらしい。

 

「オイ、何が言いてぇーんだよ?」

 

幽助もそれが分かっているので、目を細めて胡散臭そうに見ると、リコは少し笑った。

 

「話通りなら幽助はんはとっても強力な魔族らしいけど、そんなお人が知らぬ間に封印されるなんて、ちょっと考えられへんし……ちょーっと嘘くさいなぁと」

 

「……それで?」

 

「今の話で今すぐ実際に確かめられることと言うたら、幽助はんが本当にウチより強いかどうかだけやもの」

 

せやろ?と笑って確かめるリコの目はとても楽し気である。無論それを聞いた白澤はギョッとしていたが、リコは明らかに無視していた。そして幽助も体を動かせるチャンスに喜んでいた。

 

「いいね、久しぶりに喧嘩ができらぁ。で、どこでやる?」

 

「ふふ、嬉しそうですなぁ。近くに良いところがあるんで、そこに案内しますわ」

 

そう言ってリコは先頭になり店の裏から出ていき、幽助はそれにホイホイ従った。白澤が何度かリコにやめるよう言うが、大丈夫と言ってリコは聞く耳を持たず、白澤は折れた。

 

少し歩くと、都内では珍しく林がある場所だ。無論狭い土地だが、少し体を動かす分であれば可能な広さである。

 

「ここでええやろ。開店時間も近いことやし、手早く終わらせましょ」

 

「言ってくれんじゃねーか。そんなに自信があんのか?」

 

振り返ったリコの表情は不敵である。明らかに挑発であるが、幽助はわざと乗った。喧嘩の前のこういった軽口の言い合いも、実は幽助は好きなのだ。

 

それにこのやり取りは、北神と初めて会って手合わせしたときの会話に似ている。あのときは北神の能力と心理トリックに一杯食わされたが、今回はどう来るのか……幽助は楽しみだった。

 

「はて、どうやろか?」

 

いつの間にか、リコは木の葉を指に挟んで持っていた。

 

「さて、準備はええですか?」

 

「いいぜ。来いよ」

 

「それじゃ、失礼……」

 

指に挟んでいた木の葉を離すと、1枚だった木の葉が徐々に増えていき、リコの周りを包むように覆っていく。

 

一瞬リコの体が木の葉に覆われて見えなくなるほど、辺りに木の葉が増えていった。

 

「(まるで蔵馬みてーな技だ。植物の操作系か?)」

 

今の目の前で起こっている光景は、かつて暗黒武術会で蔵馬対鴉戦で蔵馬が最初に見せた技に似ている。たしか風華円舞陣といったか。

 

しかし操作系などとそう思わせておいて、別の能力者である可能性も十分あり得るのだ。幽助は先ほどまでの言動から、リコは真っ向勝負を仕掛けてくるタイプではなく、罠に嵌めるタイプだろうと予測していた。

 

ただこのまま待ったところで事態が好転するわけでもない。故に仕掛ける。

 

「うらぁ!」

 

幽助は始めの位置から移動せず、右のアッパーカットを繰り出した。妖力と拳の速さが合わさった一撃はアッパーカットの風圧のみで、舞っている木の葉を吹き飛ばした。

 

それだけでなく、拳の衝撃波は正面の地面も吹き飛ばしつつ、リコを襲った。

 

衝撃波を横に躱したリコは木に足をかけ、そのまま木を蹴り幽助へ突撃した。

 

交差する視線。幽助は余裕をもって、突撃からの首を狙った爪攻撃を躱すと同時に交差するように左拳を彼女の顔面目掛けて繰り出した。

 

「何!?」

 

確かに左拳は直撃した。しかし拳がリコの顔面に命中した瞬間、彼女の顔が木の葉になって、木の葉が無数に舞った。

 

木の葉で作った分身である。正確に言えば木の葉のみで人の形を作り、木の葉にまるで実体のような質感と色合いを持たせたのだ。

 

「(本体はどこだ!?)」

 

幽助はリコの魔力を探そうとするが、殴ってバラけた木の葉が幽助の手や足にくっつき始めていた。

 

「ちっ!」

 

幽助は藻掻くが瞬く間に木の葉は足から首まで覆い、口に迫ろうとしていた。

 

「頂きや」

 

その瞬間、木の陰からリコが魔力を込めたため光り輝いている木の葉を指で挟み突撃してきた。狙いは首筋。

 

「嘘だよバーカ」

 

だが幽助はその姿を見て笑った。ここでリコは先ほどまで焦って抵抗していた姿はフェイクと気づくが、一瞬遅い。

 

「はっ!!!」

 

全身から妖力を放出することで、纏わりついていた木の葉もろともリコを吹き飛ばす。

 

空中で回転することで上手く着地が取れたリコが顔を上げた瞬間、頬に衝撃が走る。数m吹き飛ばされて体勢を立て直すと、拳を振りぬいたままの姿勢の幽助が立っていた。

 

「とりあえず思いっきり手加減してやったぜ」

 

「……いややわぁ幽助はん。乙女の顔を殴るなんて、ひどいお人や」

 

「オレは喧嘩するなら老若男女容赦しねーぜ」

 

頬を手で拭って、リコは立ち上がった。殴られた割にはあまりダメージはなく、少し口の中を切った程度だ。

 

先ほどの魔力で強化した木の葉の拘束をただのパワーの放出で剥がした手並みの良さ。リコはその時感じたパワーも相まって、嬉しそうに口角を上げた。

 

「まずはどんなもんか様子見ってことだ。久しぶりの喧嘩だし、もっと楽しみてーからよ」

 

「そうやねぇ……ウチも久しぶりの喧嘩やし」

 

リコはそう言いながら、ポケットに手を突っ込む。何か道具を用いるつもりだろうか。幽助は注意深く観察した。

 

そしてリコが取り出したのは――――白旗だった。

 

「参りましたわ。ウチの負けです」

 

「……何ー!?」

 

むしろここからが本番だろうと意気込んでいた幽助は大声を張り上げた。その様子を見てリコはニコニコしている。一杯食わせたので嬉しいのだろうか?

 

「おい、こっからが本番だろーが!なんで辞めんだコラァ!!」

 

「いやぁ、元々幽助はんが強いいうのは知ってはったし、本当に直で試したかっただけなんですわ」

 

ホンマですよ?と語るリコを幽助は胡散臭そうに睨みつけた。幽助としてはどうにもこっちの反応を見てからかっているだけの気がして、気分が良くない。

 

「知ってただぁ~?どこで知ったっつーんだよ」

 

「実は少し前の夜に買い物に外出していたらかなりの魔力を感じましてな。その方向を見ると赤い一撃で天狗みたいな魔族を倒して、そのままその赤い一撃が空に消えていったのを遠くから見てたんですわ」

 

赤い一撃と言われ、幽助は一瞬悩んだが、こちらに来て霊丸を空に向けて撃ったのは一発だけである。

 

そう、ミカンが来た日にシャミ子と入れ替わって、カップルを喰った天狗の魔族を倒したときのことを思い出した。

 

「夜って……ああ、思い出した。確かあの天狗みてーやつか。でもあんとき他の魔族の気配はなかったはずだぞ?」

 

「ウチ、目がいいんですわ。それにあれほどのパワー、感じないほうが間抜けですわぁ……マスターは家でぐーすか寝ておったけど」

 

リコは頬に手を当てて悩まし気な息を吐いた。馬鹿にしている雰囲気ではなく、見た目に似合わない妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 

幽助は別に惚気話は聞きたくないので、あえて触れることはしなかった。

 

「んじゃテメーは、マジでオレを試したってことかよ」

 

「そうや。ホンマに強かったら協力したろ思うとったんですわ。巫女さん……今は魔法少女やったか?ウチはそいつらが嫌やから、強い相手の言うことなら聞こう思うとったんですわぁ」

 

プライドの問題やね、と悪びれもなく宣うリコの様子に、幽助はまだ納得してなかった。

 

「理由は分かった……でもオレはまだ戦い足りねーぞ!続きやんぞコラァ!」

 

「いやー、血の気の多い方や。でもこれ以上やったらマスターが大変なことになってしまいますよって。ホレ、そこ」

 

リコの指さした方向を見ると、地面に上半身が埋まっている白澤の姿が!

 

しかも何やらビクビクしている。呼吸ができず危ない状態かもしれない。

 

「このまま続けたら、くそ雑魚のマスターは余波で粉々になりますわ。協力者が物理的に消えますが、それでもやります?」

 

「……あー!あの豚弱すぎんぞ!!確かに情報知っているやつを粉々にするわけにはいかねーし……だーっ、今日はやめにしてやる!でも今度はマジでやるからな!いいな!?」

 

「いやぁ、生粋のバトルマニアですわぁ」

 

幽助は文句を言いながら、白澤を地面から引き抜いた。幽助は文句を言いながら白澤の状態を確認している。

 

2人は全くリコの方を気にしていなかった。そんな2人の様子を少し離れたところから見て、リコは唇を少し舐める。その瞳は黒く濁っていた。

 

――――マスターも見てる前で本気でやったら嫌われてまうしなぁ、こんな良い相手は心行くまで楽しみたいですし……ふふ。

 

下腹部が熱くなるのをリコは感じていた。幽助という魔族の強さは自分の想像の上を行っていた。だからこそ心行くまで戦いたい。

 

何故なら自分も戦いが大好きなのだから。

 

リコは白澤と出会うまで各地を転々とし、いろんな場所で料理を続けてきた。そして同じように魔法少女も料理し続けてきた。

 

魔法少女はそのシステム上、魔族討伐に精を出す者がほとんどだ。魔族を狩るごとにポイントが溜まり、一定数溜まると願いが叶うのだから。だから料理で評判になると、どこからか噂を聞きつけた魔法少女が襲ってくるのだ。

 

曰く、料理で人心を操る卑劣な魔族である。だから滅すると。

 

それは間違いではない。リコの料理は魔力を込めることで、リラックス効果を生んだり、中毒性を生み出すことが出来る。その効果を上手く使っているから、喫茶店「あすら」は繁盛している。もっとも白澤には中毒性があることまでは言ってないが。

 

その能力の匙加減次第では魔法少女にバレない程度にすることもできるが、そうはしない。

 

獲物がかかるのを待っているのだ。この身は魔族、追われて当然なのだ。だから襲ってくるのを待っている。でも魔法少女は追い詰めたと勝手に勘違いしてくれる。

 

それが楽しいのだ。魔法少女たちが思惑が外れた時に浮かべる表情、劣勢になっているときの表情、そして散る間際の表情。全てが好きだ。

 

わざと恨みを残すよう、2人組で来たら片方は消滅させ、もう片方は残したりもした。そうすることで恨みが熟するのを待って、実力と恨みが熟れたところを収穫するのだ。

 

――――積み上げてきたものを自分の手で崩すとき、何とも言えず快感だった。

 

だがこの街でそれをやるには白澤と魔法少女。この2つが自分たちの戦いの邪魔な要素であろう。ならば邪魔されないためにはどうするか。

 

そう、一旦戦ったことによりそこそこ腕は立つが幽助であれば完全に抑えられると認識させることができる。

 

しかもその戦力が協力してくれるというプラスの感情を魔法少女たちに持たせることが出来る。魔法少女は傾向として良い子ちゃん……言うなれば根の部分では素直な人間が多いからだ。

 

場合によってはそいつらとも遊ぶこともできるし、正の感情を刺激すれば誘導もできるだろう。結界が緩いとなれば、今後面白い魔族がやってきて戦えることもできるかもしれない。その魔族に釣られて、新たな魔法少女も来る可能性もある。

 

「しばらくは退屈しなさそうですわぁ……❤」

 

ぽつりと溢した言葉は、薄気味悪さだけが残った。

 

 

つづく




ネット上だとリコに対してマイナスイメージがあるという意見もありますが、実際ちょっと薄気味悪いというか、普通に皆に紛れているんだけど、根本的な部分で人外的な感覚を持つキャラっていうのは結構好きです。樹とか好き。

ただ作者の技量で彼女を上手く生かせているかは不安しかないですね……。


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16話「夢の中にGOです!」

原作で重要なところなので削れない話。幽白とまちカドまぞくの良いところは人のトラウマを長く描写せずに印象付けられるところだと思います。
街に関してのオリ設定ありです。



さて、浦飯さんが喫茶店「あすら」で交渉してから1日経ちました。そのお店の魔族2名は協力してくれて、今日のお昼頃にばんだ荘の私の部屋に来てくれるそうです。

 

今回2名を呼ぶ理由は知っている情報を開示してもらうことと、今後有事の際協力してもらうことです。

 

先日大方の話は浦飯さんから聞いてます。しかしやはり細かい部分も聞きたいというのと、協力するからには一度顔を合わせる必要があるからということで、本日話し合いに来てくれることになりました。

 

まさかこんなにスムーズに事が進むと思っていなかったらしく、桃が驚いていたのが印象的でした。それに対して浦飯さんは「信用ねーな」とちょっと文句言ってましたが。

 

今は解散したそうですが、浦飯さんて魔族の国で一時期国家元首だったらしいですし、そういった交渉は得意なのかもしれません。

 

これから来てくれる2名はバクで喫茶店マスターの白澤さんと、妖狐のリコさんだそうです。いわばアニマル系といったところでしょうか。

 

お母さんもアニマル系の2名を迎えるために、いつもより多く野菜と果物を揃えています。狐だから油揚げの方がいいのではないのでしょうか?

 

 

「桃もそう思いませんか?」

 

「パーティーするわけじゃないんだから……それに肉食系かもしれないし」

 

「お肉ガツガツ系ですかね……?」

 

 

昔話の狐の場合は油揚げですが、実際の狐って何を食べるんでしょうか?はたまたベジタリアンかもしれません。ううん、お客様を招待したことなど我が家にはほとんどないのでかなり悩むところです。

 

 

「お、来たみてーだな」

 

 

浦飯さんがそう呟くと、門の方に人影が見えました。確かに、遠くからでも特徴的なシルエットをしているのが分かります。

 

近くまで来ると、確かにバクと狐の2名でした。この2人で間違いないでしょう。

 

 

「よう2人とも!今日は来てくれてサンキュな!」

 

 

私の手に持たれている邪神像の浦飯さんがそう呼びかけると、2人ともマジマジと邪神像を覗き込んでました。まぁ初見の人は普通はびっくりしますよね、これ。

 

 

「……ホンマに幽助はん、そのへんてこな像に封印されとるんやなぁ……ウチびっくりや」

 

「本当だね……あんなに強い彼がこんなへんてこな像に封印されているなんて……」

 

 

2人は我が家の邪神像をボロクソに評価してました。ちょっとかわいい感じのデザインだと思うんですけど……どうやら感性が違うようです。

 

 

「初めまして、吉田優子改めシャドウミストレス優子と言います。白澤さんとリコさんでよろしいですか?」

 

 

そう名乗ると、白澤さんのほうが目を丸くしてました。リコさんという方は薄く笑ってますが、何か変だったでしょうか?

 

 

「いや失礼、私はバクの白澤と申します。こっちがリコくんだ。いやー、浦飯くんから聞いていたが、やはりシャミ子くんは浦飯君とは声と雰囲気が全く違うな!びっくりしたよ」

 

「せやなぁ……よろしゅうな」

 

 

そう言ってリコさんは右手を差し出してきました。表情や雰囲気も何だか柔らかい感じの人ですし、今もニコニコしてます。魔族というと戦ってきた感じだったので、リコさんや白澤さんは怖い人たちじゃなくて良かったです。

 

私はそう思って右手を差し出して握手して、リコさんの目を見ました。

 

 

「ん~~……えぇな♡」

 

「え……?」

 

 

ポツリとリコさんが何かを呟きましたが、よく聞こえなくて聞き返してしまいました。するとリコさんは首を少し傾けます。

 

 

「おい、シャミ子に変なことすんじゃねーぞ」

 

「幽助はんてば、いけずやわ~。よろしゅうな、シャミ子はん」

 

「あ、はい……」

 

 

特に何もされてないのですが、浦飯さんから注意を受けたリコさんは少しむくれてました。その後にこりと笑ったリコさんからパッと離された手が何故か少し気になりましたが、まぁ気のせいでしょう。

 

2人を伴って我が家へ招待します。どうやら白澤……マスターの方は雑食らしいので何でも良いそうです。リコさんは酢抜きのおいなりさんを希望してました。

 

 

「リコ君、初対面の方の家でその注文はやめたまえっ!」

 

「オメー結構厚かましいやつだな」

 

「いやー、居候みたいな幽助はんには言われとうないですわ」

 

「確かに……この人ビールとかめっちゃ飲みますし……」

 

「おい、そこはフォローしろよシャミ子」

 

 

浦飯さんがそう言ってきますが、結構浦飯さんて注文細かいんですよね。まぁ酒飲ませておけば結構そっちに気を取られるので、お酒中心にしてますが。

 

とりあえず注文通り2人の前に品をお出しします。ニコニコして2人とも美味しいと言ってくれました。お口に合って何よりです。

 

 

「……そろそろよろしければ、姉の件について最初からお聞きしてもよろしいですか?」

 

 

流れを切るように桃がそう言うと、何人かは姿勢を正しました。

 

リコさんとマスターは浦飯さんから聞いた話をもう一度一通り話してくれました。うん、やっぱり聞いていたのと同じ内容です。

 

 

「バクさん、今の話もう一回して!」

 

「ピィィェ!?」

 

 

すると話の途中で一緒に話を聞いていた妹の良子が、マスターの鼻を掴んだではありませんか!マスターは痛みで悲鳴を上げます。良の力で悲鳴を上げるということは、このマスターは武闘派ではないようです。

 

あ、ダメダメ。情報分析している場合ではありません。失礼を働いた良を叱らなくては。

 

 

「ちょっ、良!?お客様の鼻を絞ってはいけません!」

 

「でもこのバクさんすごく大切なことを言ってる!」

 

 

大切なこと?一連の話で何かおかしな点があったのでしょうか?

 

良に先を話すよう促すと、良は桃から譲ってもらったパソコンで今までの話を時系列順にまとめてスライド式で発表し始めました。いつの間にそんなハイテク技術を……。

 

簡単に言うと、マスターが千代田桜さんがいなくなってから3日後の12月28日に、ショッピングセンターマルマ前に現れた白い猫がマルマの向かいの建物……「せいいき記念病院」の壁に消えていくのを目撃したとのこと。

 

またリコさんが言うには、魔法少女は魔力切れになるとコアになるそうで、動くタイプとそうでない2種類が存在しているそうです。壁に消える猫なんて普通じゃないですからね。まずコアとか魔法関係でしょう。

 

さらに10年前の12月28日のせいいき記念病院に私は入院していて、私は覚えてないのですが、お母さんが私が「白い猫に会って一緒にお喋りした」と話していたことを話してくれました。喋る猫も普通じゃないから、壁に消えた猫と同じ猫でしょう。

 

つまり白い猫は消えた千代田桜さんのコアである可能性があり、何かしら私が会話をしているということになります。

 

確かにマスターは大切なことを言ってました。てゆーかよく気づきましたね。さすが私の妹です!良の頭を撫でると、良は恥ずかしそうにしてます。

 

 

「偶然にしちゃ出来過ぎだな」

 

「シャミ子、そのとき猫と何をトークしたか覚えてない!?」

 

 

桃が私の角を両手で掴むと、じっと目を見つめてきました。きょ、距離が近いです……!

 

それに当時は入院していて、大体意識がもうろうとしていた時期だったので何をしていたかなんて覚えてません。

 

 

「そ、そんな昔の会話覚えてないですよ~」

 

「思い出して!頑張って思い出して!!ひねり出して!!」

 

「愉快なお人やなぁ」

 

「あああ、揺らさないで~!」

 

 

桃が私の頭を掴んでシェイクしてきますが、思い出せません。素直にそう伝えると、桃の腕の力が抜けていきました。

 

 

「忘れた記憶を思い出す方法とか、何かないの浦飯さん?」

 

「記憶を探し出すね~。柳沢の模写があれば記憶も簡単に探れるんだが……」

 

「ほほう、どういう能力なのかね?」

 

「能力が模写って奴でな。相手に触れることで姿形・記憶・声紋・指紋……霊力とかの気紋までコピーできるんだ。あいつに隠し事はできねーな」

 

「チートすぎるな……その人に連絡は取れないのかい?」

 

 

マスターの言う通り、その人が私に触れば全ての記憶が探れるのならその人に丸投げしたいんですが……浦飯さんの仲間は一向に見当たらないみたいですし、望み薄でしょう。

 

 

「他の連中もどこにいるか連絡つかねーからダメだな。いねー奴の能力を言っても意味ねーし、別の方法を考えよーぜ」

 

「ですね。別の方法を考えましょう」

 

 

柳沢さんの模写があれば一瞬で解決できたのに、なんだか悔しいです。それにしても記憶を探し出すなんて、まるでRPGみたいな感じですね……記憶のダンジョン的な。

 

私は記憶を探るという言葉で、この前見た番組を思い出しました。

 

 

「そういえば浦飯さん。いつも私と浦飯さんが寝てるとき話している封印空間みたいに、記憶を探っていくとかできないんですかね?この前TVで前世の記憶を探るみたいな番組やってたじゃないですか」

 

「あの胡散くせーやつだろ?あんなんやらせだってーの」

 

「……今聞いたシャミ子はんの能力は寝られるときも発動できるみたいやし、記憶も見れるかもしれへんな」

 

 

浦飯さんの否定の言葉でダメかな~と少しへこんだ私に、リコさんがそんなことを呟きました。

 

毎日夢の中でやっていることと言えば、修行しているか遊んでいるかの2択だったので、記憶を探すなんて考えもしなかったです。そっか、あれは一応能力の範疇に入るんですね。

 

 

「おお、確かにいけるかもしれねーな」

 

「それは思いつきませんでした!」

 

「……浦飯さん、シャミ子……」

 

 

桃がすっごい呆れた顔で私たちを見てますが、思いつかなかったんですからしょうがないと思います。私は悪くねぇ!

 

 

「……つまりシャミ子の能力を十分に発揮したまま寝ることが出来れば、記憶を探ることが可能かもしれないということですね?」

 

「せや。問題はどうやって発動したまま寝させるかやけど……」

 

 

桃が質問するとリコさんが答えました。うーん、まるで思いつきません……。

 

何かいい案はないかなと思い、ちらりとお母さんの方を見ると、お母さんは両拳をぐっと胸の辺りで握ってました。え、ファイトってことですか?やだ、ただの精神論ですよソレ……。

 

 

「だったらよ。幽体離脱させて、霊体のまま変身して妖力を高めた後自分の体に戻ればいいんじゃねーか?霊体でも能力は使えることはオレが経験済みだから大丈夫だ」

 

 

浦飯さんの発言におお、と数人漏らしました。そういえば前に浦飯さんは霊界のクーデターの時に霊体のまま闘ったとか言ってましたね。何でもありですねこの人。

 

 

「でも霊体になるって、具体的にどうやればいいんですか?」

 

「霊体になるコツは起きながら寝る感じや。後は慣れですわ」

 

 

そう言ってリコさんの体から霊体がすっと体から浮き上がり、そしてすぐ戻りました。な、なんという早業……。

 

 

「そーそー、そんな感じ。無理だったら霊体だけ起こせるかリコ?」

 

「寝たってくだされば、すぐできますよって」

 

「まだ午前中なのに寝れませんよ」

 

 

そう言った次の瞬間、後頭部に衝撃が走りました。そしてすぐ机に突っ伏している自分の体を上から見ている状態になっており、そんな私の後ろには桃が杖を持って立ってました。もしかしてこれは幽体離脱をすでにしている状態ですか!?

 

状況を見るにもしかして桃が後頭部叩いて気絶させたんですか!?殺す気ですか!

 

 

「おのれ桃!いきなり攻撃するとは、殺す気かー!」

 

「後で何か奢るから、今回はこのまま行って」

 

「微塵も誠意が感じられない!?」

 

「大丈夫だ。オレも幽体離脱のときはお袋に気絶させられたからな。早く変身して、自分の中に入れよー」

 

「ああもう、魔族使いの荒い人たちですね!桃は後で覚えてろー!」

 

 

私は怒りながら変身し、自分の中に入りました。

 

目を開けるとそこは病院でした。しかし普通の病院とは違い、一本道で奥まで見えないくらい長い廊下が目の前に広がっていました。短い間隔でかなりの数のドアが設置されており、まるでダンジョンのようです。

 

少し歩くと注射器やら点滴の吊るす装置みたいなのが勝手に廊下を動き回っていました。殺気とか敵意とかは感じないので悪いものではないようですが、どうもこちらに近づいてきています。

 

 

「はたして倒していいんでしょうか……?」

 

 

自分の記憶の物体を倒したら、後で記憶を失うなんてのは御免です。私は間を縫うようにして走り抜けました。注射器たちは動きが遅いので、少し早めに走れば追いつかれません。

 

 

「しかし都合よく猫さんとの会話の記憶を探し出さなくては……」

 

 

何度か注射器たちに遭遇しましたが、上手く躱しつつ廊下をしばらく走ります。しかし道がずっと続いているだけで終わりが見えません。やはり廊下にあるドアを開いて確かめるしかないのでしょうか。

 

周りに何も潜んでいないことを確認して、とりあえず一番近いドアを開けると、小さな自分が注射されているシーンでした。逃げ出さないように看護師さんたちに抑えられ、半泣きで注射されている光景は当時とても怖かったことを鮮明に思い出す光景でした。

 

すぐさまドアを閉めると、私はドアにもたれかかって、ため息を吐きました。

 

 

「どうやら、このドアの向こう側に記憶があるみたいですね……」

 

 

今更ながら、自分は病院という場所が好きでなかったことを思い出しました。魔族に覚醒するまでは頻繁に通っており、走るどころか通学さえまともにできなくて、同い年の子のように行動できないことがとても嫌だったことを自覚させられるからです。

 

だから魔族になってからはそんなことはなく、体が思うように動かせる喜びが勝って、今日までツライ修行も続けることが出来たのです。

 

昔のことに目を背けていたわけではないですが、憂鬱とした気分になるのは避けられませんでした。

 

それから十数回ドアを開けて確認しましたが、何度開けても目的の白猫の記憶を見ることが出来ませんでした。

 

注射、点滴、呼吸器、薬品の匂い……ドアを開けて記憶を見るたび、段々と昔に戻っていく気がしました。

 

より気分が沈んできても、全く関係ないように注射器たちは群がってきます。それを見ると、心の中にドロッとしたものがへばり付く感覚でした。

 

 

「……ええい、邪魔です!ショットガン!!」

 

 

力を込めたショットガンは、目に映っていた注射器たちを粉々にしました。前とは違うんだ……そう思い、私は握った右拳を見つめました。

 

 

『中々やるね。かなり強くなったみたい』

 

「だ、誰ですか?」

 

 

突然頭の中に響く知らない女性の声。話しかけられることがないと思っていたので、思わず尻尾が稲妻型に硬直しました。

 

 

『こっちこっち!』

 

 

呼ばれたほうを見ると、オーロラの様な光が蠢いてました。うーん、こんな知り合いはいないから……。

 

 

「……浮遊霊さんですか?」

 

『違う違う!ちょーっと魔力を集中して!自分の中で高める感じ!』

 

「こうですか?」

 

言われた通り妖力を高めると、光は段々と人の形を成していきました。そして現れたのは黒髪の年上の女性でした。

 

 

「ご協力ありがとー!魔法少女、千代田桜―――ただいま見参っ!久しぶり、シャミ子ちゃん」

 

「えっ………ええぇー!?」

 

 

桃色と白色の服で、黒髪の美人な女性は私の両手を握ってきました。な、何で私の中に千代田桜さんが……?

 

しかもイメージしていたのとは違って、何だか明るい方ですね。もっと街の平和を守る、使命感が強い方をイメージしてました

 

 

「す、すごい!ミッションコンプリートです!まさかコアの白猫を探しに来たら本人が出てくるなんて……桃もきっと喜びます!……いや待って、久しぶり……なんですか?」

 

「今シャミ子ちゃんが言ったみたいに、私のコア……白猫のときも会っているし、何度かお見舞いに来たこともあるんだよ?まぁその時のシャミ子ちゃんは意識があんまりなかった時だったから覚えてないだろうけど……」

 

「そうなんですか……すいません、覚えてないです」

 

 

10歳で退院するまでの頃は本当に起きてるか寝てるか自分でも区別がついていなかったので、誰と話していたかほとんど覚えてないのです。謝罪すると、桜さんは「いいよいいよ」と手を横に振ってくれました。

 

そしてやはり白猫は桜さんのコアだったようです。皆の予想が当たりましたね。しかし桜さん本人が見つかれば、桃のことも含めて街の困った問題はすべて解決です。

 

 

「シャミ子ちゃんは随分強くなった……だからこうして会えたんだ。それだけでも嬉しいよ」

 

「そんな……ここから脱出すれば、また桃と昔の様に暮らせますよ?」

 

「そうもいかないんだ。私のコアは君の中に埋め込んじゃったのだ。だからここを離れることができない」

 

「なんですとー!?」

 

 

衝撃的な発言でした。私の中にコアがあるなどと……そのようなことがあろうはずがありません。それでは6年近く桜さんは私と心で同居していたことになります。

 

 

「どうせなら同居より同棲のほうが響きがよくない?」

 

「それはちょっと違う気が……」

 

「あはは、冗談冗談。その時の経緯を口で説明するのは大変だから、自分の記憶……白猫を強くイメージしてみて。要領としては高めた気をさっきの技みたいに一点に集中させて、記憶を思い出す感じ」

 

「なるほど、集中ですね……」

 

 

目を瞑って高めた気を集中し、白猫と病院の部屋をイメージします。30秒ほどでしょうか、それくらいの時間が経つと桜さんに肩を叩かれました。目を開けると、目の前には少し開けられた病室から、白猫と小さな私の会話が聞こえてきました。

 

――妹の分まで呪いを背負ったことで、魂はスカスカとなっていた私は瀕死の状態で。私の呪いを緩和するために魔力が減った桜さんは強敵との戦いでコアになるまで魔力を消費していた――

 

――このままコアになったまま何もできないよりは、君の命をコアで支えよう――白猫はそう言って花の様なコアになり、私の中に入っていきました。

 

 

「だから、私は帰れない」

 

 

そう言って、桜さんの体は少しづつ薄くなっていきました。まるで消滅するかのように。

 

 

「あ、消滅するわけじゃないよ?君から日々掠め取ってた微量な魔力でこの体を形成しているから、もうなくなりそうなんだ。だから質問は早めにね?」

 

「待ってください!それじゃ、いったいどうすれば桜さんを助け出せるんですか!?」

 

 

そう聞くと、桜さんはニヤリと笑いました。あ、なんかこれ無茶振りされるときの笑顔な気がします。

 

 

「簡単だよ。君が超強い魔族になって、封印を解けばいい。あの封印はそういうものだから」

 

 

どうやら邪神像による一族の呪いは、強さで解除されるものらしいです。しかし今もそこそこ強くなってきたと思うのですが……。どうやらその程度ではビクともしない呪いのようです。ガッテム!

 

 

「ちなみにどれくらいですか?」

 

「ムフフ、そうだねぇ……今の強さじゃ足りないから、私や桃ちゃんを超えるくらいかな?」

 

「あ、なるほど……もしや浦飯さんほどとは言いませんよね……?」

 

「誰それ?」

 

 

少し意外でした。私の中で同棲している桜さんは浦飯さんのことを知らないそうです。てっきりこういう自分の中にいる人とかって、記憶とか全部知り尽くしているとか思ってました。

 

 

「何故か私が魔族に覚醒したら、いつの間にか邪神像に封印されてた人です。桃をほぼ無傷で倒すパワーの持ち主です」

 

「あの子を無傷で?いやー、さすがにそのレベルじゃないかな~……?」

 

 

その答えに私はほっと息をつきました。もし浦飯さんと同じくらい強くならなきゃなんてことになったら、修行が何年必要になるんですかねぇ……?話に聞く戸愚呂って人で、老人になるくらいの年齢ですから、私じゃ100年じゃ無理です。

 

 

「ところで一族とは全く関係ない浦飯さんが邪神像に入っている理由はご存知ですか?どうも私とは関係ないみたいですけど……」

 

 

気になっていることを聞くと、桜さんは目を閉じて首を横に振りました。どうやら桜さんも分からないそうです。

 

 

「私にもその浦飯君が封印されてしまった理由は分からないな~」

 

「結界が弱まっているせいなんですかね?」

 

「結界が弱まっている?そんな馬鹿な……少なくとも、しばらくは大丈夫なくらいに設定してあるはず……」

 

 

そう言って桜さんはブツブツと呟き始めました。どうやら結界が弱まっていることは桜さんにも想定外だったらしく、邪魔しちゃいけないとは思いますが、時間がないので聞きたいことを聞きましょう。

 

 

「結界が弱まっている理由は分からない。この街は特別なの。だから、守ってほしい」

 

「それは魔族も魔法少女も安心して暮らせるからですよね」

 

「違うんだ……光と闇のバランスは崩しちゃいけない。それがこの街の古くからの決まり事なの」

 

 

決まり事とは一体何なのでしょうか?話している間に、桜さんは下半身が光となって消えていました。もう時間がありません。

 

 

「最後にお願いがあるの。桃ちゃんのことを見ていてほしいの、あの子不器用だから……」

 

「大丈夫です。奴は宿敵ですから!」

 

――ありがとう。じゃあ、またね――

 

 

そう言って、桜さんは消えてしまいました。

 

その瞬間、私は目を覚ましました。

 

周りを見渡すと、皆に抑えつけられている桃がいました。それを見て良はアタフタしてます。いや、どういう状況ですか?

 

 

「おう、戻ったかシャミ子!何かわかったか?」

 

「あ、はい。ところでどういう状況なんです?」

 

「それがよー。桃の奴がシャミ子が心配だから「私もシャミ子の記憶の中に入るー!」とか無茶言って聞かねぇから、皆で抑えつけたんだよ。こいつ無駄にパワーあるから」

 

「ちょっと浦飯さん!」

 

 

確かにこのメンバーの中には、私の記憶まで導くサポートとかガイド役の能力を持っている人はいないから、桃の要求は無茶そのものです。指摘されて皆に圧し掛かられている桃は顔を赤くしてました。

 

 

「私を気絶させたくせに……」

 

「だって、心配だったから……」

 

「大丈夫です。それよりも、記憶の中で見たことを話しますね」

 

 

私は見てきたことを話しました。すると、やはりショックだったのか、皆黙ってしまいました。

 

しばらくして、始めに口を開いたのは桃でした。

 

 

「姉のコアはしばらくシャミ子が預かっていて」

 

「でも、それじゃ会えるのがいつになるか……」

 

「姉も言ってた通り、私以上にシャミ子が強くなればコアは取り出せるんでしょ?結界のことは姉も分かってなかったみたいだし、しばらくは皆で街のことを守る必要がある。だから、解決方法は強くなればいいんだよ」

 

 

確かに桜さんてば、結界のことに関しては何もいい案は言ってませんでしたね。ということは修行を重ねて治安維持を行う……。いつもと変わらないってことじゃないですかー!

 

 

「だな。オメーが強くなってコアが解放されれば、術に詳しい桜も解放されて、ついでにオレも解放だ。なーんだ、簡単じゃねーか!」

 

「で、でもそこまで強くなるには一体どれくらい時間がかかるか……」

 

「大丈夫やシャミ子はん」

 

 

悩んでいる私の肩をそっと支えてくれたのはリコさんでした。その表情は柔らかく、包み込むような笑顔でした。や、やっぱりこの人はこの2人と違って脳みそ筋肉ではないのですね……!

 

 

「シャミ子はんならきっと強うなれますわ。ウチが保証します……♡」

 

 

何故でしょうか、今背筋がゾっとしました。え、この人もしかして安心枠ではない?

 

その時桃が私の手を握ってきました。その瞳はどこか優し気で。

 

 

「シャミ子、一緒に頑張ろう」

 

「……はい!」

 

 

そうです。皆の言う通り、強くなれば解決するんです。これから私、頑張らないと!

 

決心を新たに、気合いを入れました。

 

しかし1つだけ気になってました。光と闇のバランスを崩さないことが、古くからの決まりだと。その言葉が、どうしてもずっと耳に残ってました。




後書き

ほぼ原作通りなのに長い……すみません!サポートご先祖がいないから記憶の中まで入れないので闇落ちピーチは先延ばし。
しかしここのリコは変態臭い。まぁヒソカリスペクトだとしょうがないね。

何か暗い、闇を感じさせる魔法少女を出したくなってきた……!


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17話「正義とは一体……前編です!」

オリキャラ魔法少女注意。3話に分割です。遅くなりました。


「この壺はここに置けばいいですかー?」

 

「うん、そこに置いておいて」

 

「わかりましたー」

 

 

さて、今私は桃の家で掃除をしてます。この夏休みのみ桃はばんだ荘に引っ越してきましたが、なんと桃は宿題を丸々元の家に置きっぱなしにしていたと言うのです。

 

学生の本分は勉強ということで、宿題をやることを渋る桃を引っ張って取りに戻りました。

 

そして元の家に入ると、やはり無人だったせいか埃が溜まってました。ついでに掃除してしまおうという話になり、今に至ります。

 

ついでに浦飯さんはテレビの前に置いておきました。今はお笑い番組を見てゲラゲラ笑っているところです。

 

 

「さて、大体片付きましたね。時間もちょうどいいですし、お昼にしますか」

 

 

時計を見ると、ちょうどお昼になりかけている時間でした。掃除も終わったので、もう今日の予定はなくなりましたね。桃も終わったのか、手の埃を叩いて落としながら近づいてきました。

 

 

「そうだね。でもここには食材がないから、食べに行く?」

 

「ダメですよ!外食は高いですし、栄養も偏ります。ただでさえ桃は食事に偏りがあるんですから!」

 

「オメーはこいつの母ちゃんか」

 

「お母さんではありません!」

 

 

食事に無頓着な桃を心配して言っているのに、浦飯さんが茶々を入れてきます。まだぴちぴちの高校1年生なんですから、ママには早すぎます!

 

 

「じゃあ買い物行くの?シャミ子ママ」

 

「桃までー!私は貴様のママではなーい!でも商店街で買う予定です!」

 

「一緒に行くよ。前みたいなことがあったら大変だし」

 

「あ、そうですね。じゃあ行きましょう」

 

 

そういえば単独で向かってバトルになったことがありましたね。最近色々あってすっかり忘れてました。桃がこっちを「大丈夫かこいつ」って目で見てます。ちょ、ちょっと忘れてただけなんですからね!

 

2人と邪神像を腰に装着し、たまさくら商店街へ向かいます。しかし夏は暑いです。暑くてコンクリートから湯気が見えるようです。

 

 

「そういえばミカンさん、夏休み始まってから実家の方に帰省してますが、いつ帰ってくるんですか?」

 

「もう少ししたら編入のための試験と面接があるから、あと数日で戻ってくるって」

 

「別に高校なんか行かなくても生きていけんのに、真面目だなー」

 

 

ミカンさんは色々編入のために準備があるため帰省しているそうですが、浦飯さんはその忙しさに信じられないかのように呟きました。そういえばこの人中卒でしたね。

 

 

「えー、でも学校楽しいですよ」

 

「そうかぁ?先公はウゼーし、面倒くさかったぜ。盗んでもいねーのに、盗みの犯人にされるしよ」

 

「……それは大変ですね。どうやって解決したんです?」

 

「それがよー、オレのせいにするために岩本っつー教師が盗みやっててよ。物が透けるレンズでそいつのポケットから盗んだもん取り出して見せたら言い訳して逃げ出したんだよ。

腹立ったから、逃げ出す岩本の後頭部に見えないようにした霊丸ぶちこんでやったぜ!あんときはすげー気分爽快だったわ!」

 

「殺人だー!?」

 

 

今の浦飯さんの霊丸なんか普通の教師なんかにぶつけたら跡形も残りませんよ!そんなひどい先生もいるのにも驚きですが、霊丸のほうがインパクト強すぎです!

 

そういうと浦飯さんは笑って「違う違う」と否定してきました。

 

 

「初めて撃った霊丸だったから、シャミ子の初めての霊丸と同じくらいの威力だぜ?せいぜい気絶するレベルだって」

 

「それならよかったです……」

 

「いや、良くないでしょ」

 

 

桃が突っ込んできましたが、死んでないならいいことじゃないですか。そういうと桃は「毒されてる……」とか呟いてます。いやいや、私は正常ですよ?

 

 

「そーでなくても、何かと絡んだりしてくんのが教師じゃねーか?そういうときあんだろ?」

 

「……まぁ、若干面倒なときはありますね」

 

 

桃がしっかりと頷きました。そういえば担任の先生が桃のことをよく見ておいてね、なんて言ってましたが、桃としては先生に干渉されるのは好きじゃなかったんでしょうか?

 

 

「だろー?学校が楽しいのが少数派だって」

 

「いや、それは今この場だけの話ですよね!?楽しいほうが多いと思います!もしかして桃、学校がなくなれば宿題がなくなるとか思ってません?」

 

「………そんなことはないよ」

 

「おい、こっちを見ろ魔法少女」

 

 

桃はこちらの質問に対して顔を背けました。もしかして干渉されるのが嫌なんじゃなくて、勉強嫌いなだけではないでしょうか。それなのにこちらのほうが成績が下とは……うぬぬ、納得いきません!

 

 

「真面目に宿題やらなきゃだめですよ!せっかく学校に行けてるんですから!」

 

「いやいやシャミ子君、真面目過ぎるのも良くないぜ?クソ真面目な奴は始末が悪いからなー、極端から極端へ走りたがる。だから不真面目くらいでちょうどいいんだよ」

 

「カンニングして先生に連行されただけあって、説得力ありますね」

 

「うっせ!」

 

 

何か浦飯さんが正当化しようとしてきますが、あなたこの前のテストのカンニングがバレて先生に連行されたこと忘れてないですからね。

 

全く浦飯さんは本当に緩いというか、どこかのんびりしてますね。でも普段一緒にいる人があんまり厳しいとそれはそれできついですからちょうどいいかもしれません。反面教師的な意味で。

 

 

「……でも浦飯さんの言う通りかもしれない」

 

「え、桃。もしかして真面目に悩んでます?」

 

 

顎に手を当てて黙っていた桃が、そうポツリと呟きました。え、もしかしてガチで悩んでます?

 

邪神像も浦飯さんの心境に合わせているのか、げんなりした表情を浮かべてます。いや、まぁ気持ちは分からないでもないですがやめましょう浦飯さん!

 

 

「……あー、魔法少女の中には真面目にやりすぎたせいか、闇落ちする人もいるから……」

 

「え、闇落ち!?何ですかそのパワーワードは!教えて教えて!」

 

 

闇落ち!なんと心を擽られるキーワードなのでしょうか!

 

もったいつけて話す桃の頭を尻尾の先でペチペチ叩くと、雑巾絞りされてしまいました。ごめんなさいでした!

 

 

「といっても面白い話じゃないんだよ。精神……コアが人の悪意に晒されたりとか、自責の念などで闇に飲まれると、エーテルで構成されている肉体も汚染されていくんだ」

 

「どうしてそんなことになるんです?」

 

「……色んな人たちがいるからさ」

 

 

そう呟いた桃の横顔は寂しげで、とてもじゃありませんがそれ以上質問する気にはなれませんでした。そんな不味い出来事があったのでしょうか。

 

 

「まぁクソみてーな連中なんか気にすんなってことだ。シャミ子もそこんとこはチャランポランでいいと思うぞ。この道の先輩からのアドバイスだぜ!」

 

 

煌めくような浦飯さんのドヤ顔でした。桃にはこれ以上聞けそうにもないですし、気にしてもしょうがないことですので、浦飯さんの言葉に素直に頷きました。

 

 

「確かに、思い込みすぎは良くないかもしれませんね。よし、このことは忘れて早く食材を買いましょう!」

 

「………そうだね」

 

 

桃は私の言葉にうっすらと笑みを浮かべました。この反応が正解のようです。

 

そう言えば浦飯さんも、悪い金持ちのところから魔族の女の子を救出したという話もしてましたし、そういった類の話でしょう。あんまり気分のいい話ではなさそうですので、この話はここで打ち切りました。

 

途中レトロゲーやたまさくらちゃんグッズ、パチンコ新台などそれぞれの興味の対象に引かれそうになりますが、なんとか振り切って買い物を終わらせました。

 

桃の家の門まであと少しというところで、門の前に誰かが立っているのが見えました。はて、誰でしょうか。見たことのない人です。振り返ったその人は少し年上に見える女性でした。

 

容姿は赤い髪でショートボブ、赤い瞳。身長は160㎝ほど。赤い袖なしのシャツにジーパン、黒のブーツ。格好とは裏腹にどこか影が薄いというか、儚い感じの印象を与える人でした。

 

 

「こんにちは。君がこの街の魔法少女かな?」

 

「はい。あなたは?」

 

 

桃は女の人のセリフを聞いた瞬間、私より一歩前に出ました。まるで私を庇うポジションです。私も前に出ようとしますが、桃の手で制されてそれ以上前にいけませんでした。

 

 

「ボク、血池真理。君と同じ魔法少女」

 

 

おお、ボクッ娘ですね。

 

自己紹介を聞いてそう呟こうとした瞬間、隣の桃が一瞬硬直したように感じました。うーん、桃のこの反応からするとなんかこの人ヤバそうな予感がします。そう私は感じ取り、いつでも動けるように準備しておきます。

 

 

「あなたの名は聞いたことがあります。それで、何か御用でしょうか?」

 

「光栄だね……実は魔法少女に協力的な魔族の子を探してここまで来た。ボクの目的は――――その後ろの魔族の子。君を仲間にしに来た」

 

「――――何ですと?」

 

 

意外な言葉に、全員固まりました。

 

 

☆☆☆

 

 

「悪いね。お昼時に来てしまって」

 

「いえ……お昼頂かなくて、本当に良かったんですか?」

 

「もう食べてきたからね」

 

 

尋ねてきた真理さんがお話する前に、お昼を一緒にと提案しました。しかし真理さんはここに来る前にすでに済ませてきたということで、私たち2人と浦飯さんにお供えしておきました。

 

お昼ご飯を終えて、お茶を出そうとしましたが、それも断られてしまいました。何か漫画で見た仕事人みたいなスタンスの人ですね。

 

お茶を一口飲み、口火を切ったのは桃でした。

 

 

「何故、シャミ子なんです?魔法少女ならば、魔法少女同士で手を組んだほうがいいはずですが」

 

「それは君にも言えるだろう?君とて魔法少女でありながら魔族である彼女と手を組んでいるという話は聞いているよ」

 

「こちらには事情があります。だがあなたにはそれがない」

 

「せっかちだね君は。それを今から話すところさ」

 

 

桃ってば、すっごい威圧的です!相手の真理さんもソファで足を組んで全然気にしてないかのように流しているし……私なんか聞いているだけでなんか心配になってきます。

 

 

「今でこそ魔法少女は穏健派が主流と言われているが、やはり基本的には縄張り意識が強くてね。ボクみたいな探偵業をやっていて色んな場所にお邪魔する仕事だと抵抗感ある娘が多いのさ。だから協力的な魔族のほうがやりやすいんだよ」

 

 

真理さんから素敵なワードが飛び出しました。ま、まさかの探偵業です!

 

探偵と言えば、子供の頃一度はやってみたい職業に入る人気職業じゃないですか!私もホームズみたいな格好してみたいです!

 

 

「あ、あの!名刺とかあるんですか!?」

 

「あるよ?ほら」

 

 

差し出された名刺には「血池探偵事務所 所長 血池真理」と書かれていました。

 

 

「ほげー!か、かっこいいー!!本物の探偵さんですー!」

 

「ははは、喜んでくれて何よりだよ」

 

「オイオイ、オレだって元探偵だぜ?」

 

 

名刺のカッコよさに興奮していたら、浦飯さんが横やりを入れてきました。たしかに浦飯さんは元霊界探偵ですけど……。

 

 

「だって浦飯さんは事件の解決方法は力業じゃないですかー。どっちかというと腕力家?」

 

「あんだとー!?シャミ子!オレへの尊敬ってもんが足りねーんじゃねーのか!?」

 

「昨日ハメ技で勝ちに来ていた人に抱く尊敬なんかないですー!」

 

 

格ゲーでハメ技を何度も繰り出してボコボコにされた恨みは忘れてません。大人げないにもほどがあります。

 

言い合っていると桃は私と浦飯さんの口を手で押さえてきました。ぬぬ、苦しい……!

 

 

「はいはい、2人ともそこまで。すみません、うるさくて」

 

「いやいや、息ピッタリじゃないか。ところで話を戻していいかい?」

 

「では、お願いします」

 

 

促すのはいいんですが、桃ってばまだ口を押えてきます。浦飯さんはフガフガ何か言ってますが、完全無視です。あ、段々苦しいの通り越して頭がぼーっとしてきました……。

 

 

「探偵とは言うけど、実質何でも屋みたいなところもあってね。簡単に言うと『正義の味方』をやっているようなものさ」

 

「ほうほう、詳しく!」

 

「ノリノリだなこいつ」

 

 

尻尾で催促するよう何回か真理さんを指し示すと、浦飯さんが突っ込んできました。だって探偵ですよ!?中々出会えない職業なんですよ?聞くしかないでしょ!

 

 

「ペット探しから、違法取引の現場を抑えたりもするんだ。内容は個人情報もあるから言えないんだけどね」

 

「おおー!カッコイイです!」

 

「フフ、ありがとう。しかしそういうトラブルには荒事がつきものでね。だから腕に自信がある子で、かつ『悪』は絶対に許さない子がいいんだ」

 

「それなら魔法少女でいいと思いますが」

 

 

桃の言葉に、真理さんは首を横に振りました。どうやら魔法少女はダメなようです。

 

 

 

「魔法少女は光の一族だ。依頼の中には人の闇というか、汚いものを見せられることもある。魔法少女は闇落ちの可能性もあるから、必ず『悪』を倒すという精神の持ち主で、かつ闇落ちの可能性がない魔族のほうがいいのさ」

 

 

さっき桃が言っていた闇落ち魔法少女の危険性があるわけですね?でもそういった悪意に晒された魔族はどうなるんでしょうか?邪悪さがアップしたりするんですかね?

 

 

「やけに『悪』って言葉にこだわるじゃねーか」

 

 

そんなことを考えていたら、浦飯さんからツッコミが入りました。

 

言われてみれば浦飯さんの言う通り、さっきからやたらと悪という言葉が出てきますね。しかもそこだけ強調しますし。

 

 

「何、魔法少女であれば大なり小なり『悪』に関しては拘りがあるのさ。何せ光の一族だからね」

 

「………ふーん」

 

 

珍しく浦飯さんにしたら大人しく引き下がりました。真理さんは特に気にした様子もなく、スマホをポケットから出して操作し始めました。何をしてるんでしょうか?

 

 

「シャミ子くんは噂だと何度か実戦経験もあり、度胸もあるそうだね。それでいて友達もいてご近所でも明るいと評判だし、社交性もある。ボクの求めていた人材だ。

どうだい?ウチの事務所に入ってくれればかなり給料出せるよ。とりあえずの1ヶ月の額面の給料はこんな感じかな?」

 

 

なんと私のデータが入っているらしいです。いつの間に調べたんでしょうか?いや、探偵だから当然なのかもしれません。

 

差し出されたスマホに記載された給料の額を見て私は腰を抜かしました。こ、こんな給料だったら毎日お好み焼きパーティーどころか、焼き肉行けますよ……!

 

 

「今提示したのが基本給で、依頼内容によっては危険手当やボーナスが支給されることもある」

 

「おお、これなら一気に金の問題は解決だな」

 

「……浦飯さん」

 

「ジョークだよ桃、お茶目な幽ちゃんのジョーク!」

 

 

桃がドアップで浦飯さんに迫ってますが、でもこの額は魅力的ですよ。しかも内容次第では上乗せありです。

 

これなら食生活も改善しますし、嗜好品も購入できますから最新ゲームもプレイできます。ああ、お母さんや良にも色々買ってあげれますね。

 

でも私はこの街で色んな体験をしました。もう私1人だけの問題ではないのです。浦飯さん、お父さんや桜さんの封印を解くためにこの街を守りつつ強くならなくてはいけません。

 

街を守るためにわざわざ来てくれたミカンさん。そして桃のため。

 

色んな人がこの街を守ろうとしてます。色んな事がこの街に重なってます。だからもし真理さんの事務所に入ったら、この街を離れることになるかもしれません。

 

だから私は断ることにしました。でもわざわざ私をスカウトしにやってきた方に対して、どうやって上手く断ればいいんでしょう?

 

「行く気はない!」ではひどすぎますし……。

 

うーんうーんと断りの内容を考えていると、真理さんのスマホが鳴り響きました。どうやら電話のようです。

 

 

「失礼、仕事の電話だ。一旦席を外すね?」

 

「どうぞ」

 

 

真理さんはスマホを持って一旦外に出ていきました。そのせいで内容は聞こえません。

 

ぽーっと扉の方を見ていたら、桃がものすごく顔を近づけてきました。少し悲しそうな表情をしていますが、それ以上に近いですー!

 

 

「まさかシャミ子、さっきの話受けるつもりじゃないよね?」

 

「え、何でです?」

 

「だって、さっきの給料見てすごく悩んでいたから……」

 

 

なんと。桃は私が受けるだろうと思い込んでいたようです。甘いな桃、私が高額な給料で簡単に揺らぐ魔族だと思わぬことだ!

 

 

「違います!せっかくスカウトしに来ていただいたので、どうやって相手の方を傷つけず断るか言い方を考えていたんです!金で揺らぐ魔族ではない!」

 

「……そうだったんだ」

 

「でもよー、あれだけ金が入ると最新のゲーム本体とゲーム、デカいTV買ってもお釣りが来るぜ」

 

「うぐぅ……!?」

 

 

そうなんです。広告のチラシに書かれていた値段を考えると、デカデカサイズのTVで臨場感たっぷりの最新ゲームが楽しめるはずなんです……ええい、私を惑わす悪魔(浦飯)よ、去れ!!

 

 

「ケケケ、ブレブレ魔族じゃねーか」

 

「……浦飯さん?」

 

「ジョークの通じねー奴だなテメーは!?」

 

 

浦飯さんがまた桃に責められてますが無視です。私を惑わす悪魔なんぞは助けません。

 

電話が終わって真理さんが戻ってきました。仕事の電話で席を外すのって、何か仕事のできるキャリアウーマンな感じがしてかっこいいです。

 

 

「すまないね。今から仕事に向かわなくてはならなくなった。明後日返事を聞きに来るけど、それでもいいかい?とりあえずこれが給料と休みとか、まぁ就業規則を書いてある資料だ」

 

 

ペラリと紙の束を渡されました。つい受け取ってしまいましたが、私は首を横に振ります。

 

 

「すみません、この話を私は受ける気は……」

 

「まぁ今すぐ決めろというのは大変だから、よく親御さんと相談して決めるといい」

 

 

そう言いながら、真理さんは力強く握手してきました。

 

 

「それに強くなりたいのであれば私が鍛えるし、ウチに入れば戦う機会には困らないと思うよ?それじゃ、失礼するね」

 

 

真理さんは私の言葉を遮って捲し立てたかと思いきや、そのまま資料を置いて帰っていきました。なんだか嵐の様に来ては去っていきましたね。やはり忙しいんでしょうか。

 

私は持たされた紙を握ったまま深くソファに身を沈めました。

 

 

「どうしましょう。断れませんでした……」

 

「……かなり強引だった。でも明日断ればいいと思う」

 

「そうなんでしょうか……」

 

「気にしすぎだってーの。それにあいつには関わんねーほうがいいぜ?」

 

 

先ほどまで給料面でからかっていた人とは思えぬ言葉でした。でも桃はその言葉に驚かず、頷いてました。

 

 

「浦飯さんも感じ取りましたか?あの人の危うさを」

 

「まぁな。あいつのこと、何か知ってんだろ?」

 

「噂で聞いたことある程度ですが……」

 

 

2人だけが何か感じ取っていたようで、ポンポン話が進んでいきます。そして桃が真理さんのことを話し始めようとしてました。

 

 

「実はあの人――――家族が全員死んでるんですよ」

 

 

★★★

 

 

「やけに表が騒がしいな……」

 

 

夜。深夜にほど近い頃。

 

郊外にある大きな屋敷の中。

 

初老の男1人しかいない部屋には見事な調度品が飾られており、床はペルシャ絨毯が敷かれている、誰が見ても豪華な部屋だ。贅の限りを尽くした部屋と言い換えていいだろう。

 

仕事を終え、男はワインを口に含んでいた。濃厚な赤の香りに程よい酸味……好みの味だ。こうして財を成すことが出来たからこそ、こうして好きなことが出来る。それを無粋な音に邪魔されるというのは、男の神経に触った。

 

 

「こんな夜中に何だ一体……」

 

 

まさかとは思うが、自身が雇っている者たちによる騒音ではあるまい。雇い主である自分の機嫌を損ねればクビどころでは済まないことは重々承知のはず。

 

普段なら人を呼びつけるところだが、自分の目で見てみようと思い、ソファから立ち上がりドアを引いた。

 

 

「うおっ!?」

 

 

それと同時に、黒スーツの男が自分に倒れこみ、支えきれず共に地面へ倒れてしまった。

 

 

「馬鹿モン!何をやっておるかぁ!!」

 

 

倒れこんだままの態勢で男性は怒鳴り声を上げた。しかし反応がない。もし自分が怒っているのを目の前にすれば、平伏するのが当然である。にも拘わらず無反応とは一体どういうことなのか?

 

その疑問は黒スーツの顔を見て、すぐに吹き飛んだ。その男は、すでに白目を剥き、頭と口から血を流して事切れていた。

 

しかもただの人間ではない。その黒スーツの男の額には角が生えているのだ。金で雇った魔族なのだが、無残な姿となっていた。

 

 

「ヒッ!?」

 

 

あまりの死にざまに男性は死体を払いのけた。明らかに異常事態だ。

 

次の瞬間、目の前で足音が響いた。視界には黒ブーツも見え、少なくともこんな格好をした者は館の人間にはいない。

 

見上げると、赤い髪の上下とも赤いラインが入った黒づくめの服を纏った女が立っていた。

 

―――――その左手に、自身の妻の首を持ちながら。

 

 

「うわああぁぁー!?」

 

 

男は叫んだ。叫びながら逃げようとするが、足がもつれて尻もちをついた。その目の前に妻の首を女は投げる。また男から恐怖の声が漏れた。

 

 

「随分無様じゃないか。散々大勢の人をドラッグで廃人に追い込んでおいて、その狼狽えようとはね」

 

「警備、警備はどうした!一体何をしているんだ!?」

 

「誰も来ないよ。というか、来れない」

 

 

キイ、と音を立ててドアが先ほどより開く。すると長い廊下のほとんどが赤く染まっていた。

 

何人倒れているか、正確に把握するのもできないくらい、直視しがたい光景である。

 

血で染まった廊下に倒れているのは多くが黒スーツで身を包んでいたであろう男たちであるが、角が生えていたり、翼が生えていたりと人外の存在も混じっていた。

 

だがその連中も銃を握りしめたまま絶命している人間の男たち同様、息絶えていた。いずれの死体も、鋭利な刃で切り裂かれていたかのような状態だった。

 

血と臓物の混じり合った匂い。あまりに悲惨な光景と臭いに、男は吐き気を堪えるので精一杯だった。

 

目の前の女は見た目からすれば麗しいともいえるが、この光景を生み出しても平然とした態度をしているのを見て、怪物にしか見えなかった。

 

奇妙な服装以外は『何も持たない』女がこの惨劇を生み出したと考えるならば、普通の人間でないことは誰の目にも明らかだった。

 

 

「い、一体何が目的で……」

 

 

男の言葉と視線も気にせず、女がポケットから錠剤が入っている瓶を男に見せつける。錠剤に「AH」という刻印が刻まれていた。

 

 

「 『Angel Happiness』略してAH……天使の幸運か。製薬会社の社長ともあろう人が、こんなドラッグを売りさばいていたとは、驚きだよ」

 

 

いわゆるアッパー系のドラッグである。まるで天使に包まれたかのような多幸感が感じられる代物であり、錠剤であるため取り扱いが非常に楽であるのが特徴だ。

 

効果発現まで15分以内で超短時間型ともいえる。注射などの手間もなく、主に行為の前に用いるもので、現在若年層……10-20代を中心に流行しているドラッグだ。

 

表向きは普通の製薬会社だが、このドラッグを裏社会から流通させ巨万の富を築くことで、急速に裏社会の地位を上げ魔族を雇い武力強化することができた。

 

『AH』の強烈な多幸感を経験してしまえば抜け出すことは困難である。よって短期間での大量服用による副作用で廃人・死亡する事例が多発していた。

 

 

「な、何故こんなことをするのだ……妻は関係ないだろう!」

 

「このドラッグで廃人になった娘の親からの依頼さ。明るくて人気者だった子が廃人となって帰ってきたのであれば、親としては原因を潰してくれなんて言う依頼も出すさ。他にもコレを潰してほしいという声もあってね」

 

 

言い終わった瞬間、女を突き付けていた男の指が切り飛ばされた。何をされたのか、男では知覚できなかった。

 

 

「ぐああぁあーー!!」

 

「人を指さすんじゃないよ。こんなドラッグを生み出して富を得て生活している貴様らは『悪』だ。そしてボクはそれを正す『正義』だ。そんな男の家族を殺して何が悪い?」

 

 

男は痛みというより、切られた指の部分が熱く感じており、切られた事実と相まってその場から動くことが出来なかった。脂汗と血が絨毯にこぼれていく。

 

 

「このドラッグに関係する資料が、この部屋の金庫にあるんだろう?金庫の開け方を言え」

 

 

このままでは殺される。

 

男は言われた通り、金庫の解除方法を女に教えた。妻を殺された怒りより、自身の命を選んだ。

 

バレてはまずいものは、自身の近くに置いておく。この男もその習性に漏れることはなかった。

 

何も持たない女は言われた通り金庫を開け、紙のデータとUSBを取り出した。紙の内容をチェックすると、確かにドラッグの内容と一致する。確かなようだった。

 

 

「こ、これで見逃してくれるのか……私と、私の子供たちも」

 

 

男は妻を殺されたにも関わらず、反撃どころか命乞いをした。もう彼に反骨心はない。素手でこれほどの戦闘力を持った女に対し、今の自分がどうこうできる存在ではないことを察していたからだ。

 

生きていれば金という力をつけ、いつの日か反撃できる戦力を整えることが出来る。復讐を果たすことが出来るのだ。

 

 

「ああ、それ?安心していいよ」

 

 

その言葉に、男は表情を明るくした。

 

男には男と女の子供が1人ずついた。長男は18歳、長女は11歳と中々子に恵まれない中、やっとのことで生まれた子たちである。

 

そのため大層可愛がった。

 

息子はドラッグ……AHを使って女をものにしていたが、その痕跡は親である男が完全に物理的にも消してある。我が子のためなら何でもやってきたのだ。

 

娘は家の暗黒な部分など知らぬ、まさに汚れなき天使であった。

 

子供たちだけは何としても見逃してもらいたかった。

 

男の言葉を聞いた女はドアの扉を開いて、ドアから死角になっていた廊下の場所から何かを男の目の前に放り投げた。

 

 

「生かすわけ、ないだろう?」

 

 

――――それは、最愛の息子と娘の首だった。

 

絶叫する男の首が吹き飛び、家族4人の首が向かい合うように転がった。

 

悪を絶やすには、元を断つ。そしてそこから復讐をさせないようにする……つまり復讐をできなくすればいい。

 

―――――つまり、根絶やしである。

 

その徹底した行為。返り血に染まった赤い服と赤い髪。血池真理は薄く笑った。

 

「今日も見てくれた?『マキちゃん』?」

 

自分の胸を撫でて、そう呟いた。

 

つづく




そんなこんなで3話に分割です。やっぱりスパッとヤバいの書ける富樫は天才ですわ。
こういうのありか、感想いただけると助かります。


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18話「正義とは一体……中編です!」

周りの環境って大事という話。
もっと生臭さが欲しい気がする……!


『世間に対して立派な人になりなさい』

 

 

それが私に対する両親の口癖

 

父は弁護士。母は教師で、2人とも厳格だった

 

父は正義の弁護士と言われ忙しく、母も忙しいようだった。そう近所の人間から聞かされていた

 

そんな両親との記憶は成績で叱られたことくらいで、ほとんど一緒に過ごした記憶はない

 

いつも家のことは家政婦さんがやっていて、その家政婦さんとも話した記憶はほとんどなかった

 

ボクは立派な人間ではないから、両親から叱られてばかりで褒められないのだと考えた

 

それからの行動は褒められたい一心で、自分から率先して動くようになった

 

 

『血池さんはいつも率先してやって偉いですね』

 

 

そんなある日初めてボクを褒めたのは学校の先生だった。両親は褒めてくれないままだった

 

ボクは先生にどうしたら親の言う立派な人間になれるか、そして両親が認めてくれるか尋ねた

 

 

『先生や大人の言うことを聞いて、正しいことをすれば立派な人になれますよ。そうすれば大丈夫です』

 

 

このとき初めて明確な回答を得たように感じた

 

そこからの日々は大人の言う通りに行動し、学んだ

 

規律を守らず行動する人間を注意するようにもなった

 

そんなボクを馬鹿にするやつがいても、ボクは立派な人になる為に行動を変えなかった

 

そんなある日の出来事である。下校途中、倒れている蝙蝠が目に入った。その蝙蝠に近づくと、触る前に蝙蝠は喋り始めた

 

 

―――魔法少女にならないか?

 

 

最初は意味が分からず、断った。だが蝙蝠は言う

 

 

―――この世には悪事を働く魔族がいる。そしてそれを正すことが出来るのは、君の様に特別な才能を持つ人間だけだ

 

 

ボクは蝙蝠に聞いた。それは悪を挫く立派な正義の味方なのだろうかと

 

 

―――その通りだ

 

 

蝙蝠の答えがボクの人生の分岐路だったのだろう

 

魔法少女として契約し変身した姿はブーツとストッキング以外は全て赤色で、まるで血の色だった。ボクの赤い髪によく似ていた

 

それから街の魔族を狩って狩って狩って狩りつくす日々が続く

 

悪い魔族を倒すと、助けられた人たちは口々にボクに感謝する

 

言うことを聞かなかった者たちもボクの言うことを聞くようになった

 

 

『凄いね!真理ちゃんは正義の味方だね!カッコイイ!』

 

 

ようやく出来た友達の『マキちゃん』がそう言ってくれた瞬間、ボクはひどく感動した

 

 

―――正義の味方になれば、ボクは褒められる!敵を倒せば、褒められる!

 

 

安易な考えを碌に疑問にも思わず、信じ込んでしまうのも無理はなかった。幼かったからだ

 

毎日休まず街の平和を守った

 

戦いが日常となったボクの環境に転機が訪れたのは、中学校に入学してしばらく経った後だ

 

今から6年前の当時、魔族の活動が活発化しており、より手強くなっていた

 

噂では凶悪な魔族が復活し、それに呼応して魔族たちが全体的に強化されているというものだ

 

そんな中千代田桃と言った複数の魔法少女が活躍しているらしいと聞いている

 

だが地元を含めてここら一帯の地域を一人で守っている私には、遠征して千代田桃らに協力する余裕はなかった

 

幼少のころから戦い続けていたボクにとっても手強い敵が増えてきた。戦いは大きく派手になっていき、戦っている場面を多くの人に見られるようになっていった

 

感謝されるどころか、小学校からの唯一の友達である『マキちゃん』以外には、ほとんどの人から避けられるようになっていた

 

 

―――――いったい何故なのか

 

 

ボクは毎日皆を魔族から守っているというのに。ボクは正義の味方ではなかったのか。理由が思い至らなかった

 

むしろ助けたにも関わらず叫ばれて逃げられたり、罵倒されたこともあった

 

 

『真理ちゃん、頑張っているのにね。皆おかしいよ』

 

 

マキちゃんの言葉だけが救いだった。

 

 

―――――苦しいな 何でだろう

 

 

どんなに疑問に思っても、長年染み付いた正義の味方という名の戦いを止めることはなかった

 

 

『おぞましい子よ』

 

 

ある日の深夜、魔族を狩って自宅に帰ったときに偶然聞いた母の言葉だった。ボクは寝ていると思われているのか、そのまま隠れて両親の会話を聞き続けた

 

 

『嬉々として魔族を殺す化け物の子と言われたわ。あの子は私の世間体なんて何も考えてない!』

 

『私のところも支障が出ている。私に出資している方も、一昨日うちの子が取引現場の邪魔をしたと言っていた。大層お怒りになられてね』

 

 

一昨日の取引現場?

 

あれはたしか魔族を連れた連中が盗品らしきものを売買している現場だった

 

正義であるはずの父がそんな連中と関わりがある。その事実はボクの心を黒く塗りつぶし始めていた

 

 

『苦労して先生の罪状を揉み消して味方にしたというのに、まだ伝手はあるからいいものの、これ以上放って置くのは私たちにとってマイナスだよ』

 

『どうします?』

 

『まぁでっち上げて精神病棟に隔離するなりして……』

 

 

何を言っているのか、ボクには分からなかった。たまらずボクは音もなく家を飛び出した

 

何故頑張っているボクが、こんな目に合わなければならないのか。何故、ボクばかり。何故何故ナゼ――――

 

親しい魔法少女の仲間もおらず、ナビゲーターはいつの間にか姿を消し、一人でやってきた弊害なのだろうか

 

それから家に帰らず両親のことを調べ上げた

 

そして両親は正義の味方でも、立派な人間でもないことが分かった

 

母は教育委員会でトップに立つため多くの権力者とパイプを作っていた

 

パイプの作り方の一つとして、虐めの加害者の味方をしたこともあった。

 

加害者の親が名の知れた有名企業の重役だったため、虐めの被害にあった子の訴えを揉み消すなど双方の経歴に傷つかないよう処理していたりしていた。

 

父は正義の味方ではなく、金持ちや権力者の味方だった。その者たちの無罪を勝ち取ることで、自分の事務所を大きくしていった

 

その財は夜の街や女で使われていた。母もそれを黙認していた。母も似たようなものだったから

 

両親が離婚しないのは世間体のため

 

家を出てから数日後の雨の日だった。ボクはマキちゃんに会いに行った。この気持ちをどうすればいいか聞いてほしかったから

 

しかしマキちゃんはいなかった。マキちゃんの両親からマキちゃんが昨日から帰ってこないと聞き、探しに行った

 

聞き込みしたところ、複数の人間に連れられ、とある廃屋に入っていったという情報を手に入れた

 

目標の廃屋から、複数の人間の声がする。ボクは勢いよく扉を開け中に入った

 

――――そこは自分にとっての絶望だった

 

何も身に着けておらず、汚れて息絶えたマキちゃん

 

周りを囲む裸の男たち、散らばる錠剤と注射器

 

そこには人間しかいなかった

 

今まで人のために頑張った

 

今まで人の言うことを聞いて正しいことをして魔族を倒せばよかったと思っていた

 

人間は正義で、魔族が悪。きちんとルールを守る人が正義で、守らない人が悪

 

じゃあこいつらは……そして両親はなんなのだろうか。正義とは、悪とはなんなのか?種族は、立場は?

 

グルグルグルグルと考えて、たどり着いた答えがあった

 

 

―――――人間だって、悪じゃないか

 

 

★★★

 

 

「くっそ胸糞悪い夢ですね……」

 

 

私ことシャミ子は、今朝見た夢の後味の悪さに頭を思いっきり掻いてました。しかも長い夢です。めちゃ気持ち悪いです、トラウマもんですよあんなん。

 

何なんですか、あの胸糞の悪さ。碌な人が居ません。今まで戦ってきた魔族のほうがまだ分かりやすくてスッキリします。

 

思いっきり血池さんとか呼ばれてましたが、どうやらこの前来た血池真理さん……彼女の記憶を見てしまったようです。

 

そんな夢を見たことを浦飯さんに言いました。

 

 

「――――っていう夢なんですけど」

 

「そーいや桑原のバカも対戦相手の記憶を夢に見たことがあったっけな。今日来るんだから、本人に聞けばいーじゃねーか」

 

「明らかに真理さんのトラウマ話だと思うんですけど……」

 

「今回の夢があいつの記憶かどーかも分かんねーだろ。もしかしたらオレたちを戦わせようとしている第3者の能力かもしんねーしな。聞いてみて違ったら謝って終わりだろ」

 

 

そんなトラウマ話を根掘り葉掘り聞いてもいいのかって?

 

確かにこの前自分の記憶に入りましたが、都合よく他人の夢に入れると思えません。浦飯さんの言う通り、第3者の能力と言われたほうがスッキリします。

 

………なんか自分で言っていて悲しくなりました。

 

桃にも説明しましたが、凄い複雑そうな顔をしてました。

 

昨日桃が話していた内容というのは、真理さんの家族は全員亡くなっており、その後本人も失踪し、行方知れずだったそうです。

 

なのでこの前姿を現したときは驚いたそうなのです。

 

 

桃も浦飯さんの意見に賛成しました。

 

桃曰く

 

「押しが強い人でしたし、ハッキリさせないとシャミ子じゃ色々丸め込まれそうだから」

 

だそうです。私はそんな流されやすい女じゃないですよ!NOと言える女だということを証明してみせます。

 

 

「やぁ、今日は時間作ってくれてありがとう。返事を聞かせてもらっていいかな?」

 

 

人が寄ってこないような空き地に約束の時間通りに現れた真理さんは綺麗に笑ってました。うーん、夢で見たみたいに率先して魔族を殺していたような人には見えません。

 

考え込んでいたら、桃に脇を肘で突かれました。早く言えという催促です。

 

 

「この前の件なのですが、申し訳ありません。お断りします」

 

「……一応理由を聞いてもいいかい?」

 

 

私の言葉を聞いた真理さんが少し悲しそうな顔をして理由を尋ねてきます。良心に少しダメージが入りますが、頑張れ私!

 

 

「私はこの街を守ります。その上で封印を解きます。それが私のやりたいことなんです。ですから、この街を出て活動する気はありません」

 

「……この街にこだわる必要があるのかい?」

 

「約束なんです。私の命を救ってくれた人との」

 

 

私は自分の胸を触りながらそう伝えました。桜さんがいなければ、私は死んでいた。ならその恩返しをするのは、当然です。

 

 

「そうかい。残念だな……」

 

 

予想より押しが弱いというか、このまま終わりそうな感じがしますね。

 

何か今なら夢のことをどさくさ紛れで聞けそうです。よし、行け私!

 

 

「ところで実は今日、真理さんの過去らしき夢を見たんですけど、それについて聞いてもいいですか?」

 

「ちょっ!?」

 

「……何だって?」

 

 

私の言葉を聞いた桃は叫んだ後、私の耳を引っ張りました。ちょっと痛いです!?

 

 

「馬鹿なのかなシャミ子は!?何でそんなストレートに聞くの!?」

 

「だ、だって他に聞き方なんか分かんないですよ~!?」

 

「………どんな夢だったんだい?」

 

 

先ほどと変わらない表情で、先ほどより少し声のトーンが低くなった真理さんが尋ねてきました。

 

 

「えっとですね………」

 

 

かなり言いにくい内容でしたが、今日の夢の内容を一部始終話しました。しばらくすると真理さんは薄く笑いました。

 

 

「誰かがコイツに見せた幻覚かもしんねーから一応聞いたんだが、実際どうなんだ?」

 

「凄いね……とても正確だ。それは間違いなく、ボクの過去の記憶だよ。第三者の幻覚ではなくね。

そんな能力が君にあったとは……もしかしてあのとき握手したから繋がったのかな?」

 

「いや、この他人の夢を見るのは初めてのことでして……発動条件は分からないんです。ごめんなさい、勝手に見てしまって」

 

 

接触して発動するのであれば、今まで該当する人はかなりいます。

 

極端な話、お買い物したときにお釣りを受け取る際に手が触れることもありますが、今まで発動しなかったので握手は恐らく関係ないでしょう。

 

 

「ふむ……なるほどね。で、私の過去を見た感想はどうだったかい?」

 

「……犯人の人はどうなったのか、気にはなります」

 

 

浦飯さんは夢の内容を話したとき「殺っただろーな」とか言ってましたが、真理さんは正義の味方と言ってたので捕まえたか改心させて真面目な人になったと私は思ってます。そんな思いを込めて質問しました。

 

 

「殺ったよ。その記憶の後すぐにね。

正確に言うと、その場にいた連中全員とその家族、そいつらの悪事を知ってて見逃した連中全部だけどね。

あと私の両親もついでに始末したよ。良い機会だったし」

 

 

―――――は?

 

私は彼女の言っていることが一瞬理解できませんでした。

 

真理さんはまるで昨日食べた夕飯のメニューを語っているかの様に、平然と語っていました。

 

何故人を殺しておいて、変わらない表情なのでしょうか。しかも事件に関わってないであろう家族……そして自分の両親まで。

 

先ほどまでの気安さすら感じていた真理さんが、途端に理解しがたいモノに私には見えました。

 

 

「な、何で……殺したんですか?」

 

「簡単さ。彼らが『悪』だからだよ」

 

「……悪ですか。しかし加害者の家族や事件に関係ない人たちまで手にかける必要はないと思うのですが」

 

 

事もなげに言った言葉に、桃がいつもより荒れた口調で答えました。

 

殺気混じりの質問も、真理さんの飄々とした表情を崩すことはできません。

 

 

「あの連中は未成年がほとんどだった。盗み・飲酒・喫煙・暴力……反社会的行為を行っているのを、ボクがしかるべき場所に報告したり直接懲らしめたりして、退学になったり職場を首になった連中だった。

ボクに力で敵わないことを知っている奴らは、普通の女の子のマキちゃんを狙ったんだよ。

マキちゃんは私の一番の友達……いや、親友だった。

そんな奴らの大半は未成年だ……いずれは社会復帰してしまう。マキちゃんにあんなことをしたのを忘れて、普通の生活に戻り、平和に暮らすんだ。

―――――こんな『悪』を野放しにしていいのかい?」

 

「………」

 

 

真理さんは力強く右拳を握りました。未だに彼女の中で怒りの炎が燃え上っているように見えました。

 

 

「ボクの父や母にしたってそうさ。『悪』の行為を権力で握りつぶして無罪を勝ち取り、その後の人生を彼らは謳歌できる。人の死や尊厳を踏みにじってね。

だからそんな連中を『悪』として裁くのさ……ボクが『正義』としてね。

今にして思えばあの事件と両親の件は種族問わず『悪』を気づかせてくれるものだったと思うよ。

そして今は探偵として『悪』を裁いている。もちろん依頼料はもらっているし、ターゲットの情報は十分調べているから問題ないよ。

ボクは法律で裁けない『悪』をいつも裁いているのさ」

 

 

両手を開いて、真理さんは高らかに宣言しました。芝居がかった演技のようで、その目は私たちを見てませんでした。

 

あの光景を見たら、おかしくなってしまうのも無理はないと私も思いました。それほど、キツイものでしたから。

 

私も犯人の人たちはとても醜く見え、吐き気を感じるほどでした。

 

それでも、真理さんの行為は理解したくありませんでした。目的のためなら、人殺しをしてもいいのでしょうか?

 

 

「殺すまではやりすぎですが……犯人そのものは罰を受けるべきというのはわかります。しかし、その家族や直接関わっていない人たちは関係ないでしょう」

 

「わかってないな」

 

 

桃の指摘に、真理さんは鼻で笑い飛ばしました。

 

 

「犯罪を行う人間は本人の資質と言うのもあるが、大抵は環境によるものが多い……貧困・生活・仕事・家庭・学校だったりね。

何事も例外はあるが、本人の思考が根本的にイカレてる理由の多くは家庭環境によるものが多い。

家庭内暴力を受けて育った子供は、家庭を持ち子供ができると、自身の子供に暴力を振るうようになるケースと同じさ。

イカレたモノを生み出した原因は根元から絶たねばならない。

――――まぁ、雑草駆除みたいなものさ」

 

 

「んじゃ何か?その持論で行くとテメーは自分の親を殺ったくせに、自分は殺さねーで生きてんのかよ。言ってることズレてんじゃねーか」

 

 

挑発するような浦飯さんの言葉に、真理さんは笑いながら肩をすくめました。

 

 

「ボクは『正義』だからね。両親という『悪』は絶つ必要があれど、ボクは死ぬわけには行かないよ。正義の味方は残しておかなきゃいけないと思わないかい?」

 

「ケッ、都合のいいヤローだな。じゃあこの前の依頼の方はどうなんだよ」

 

 

両親を殺したことも真理さんは否定せず、浦飯さんは吐き捨てるように言いました。真理さんはそれも大して気にしてはいないようです。

 

 

「この前の依頼もドラッグの製造元の殲滅だった。ボクはマキちゃんの一件からドラッグは大嫌いでね……必ず潰すようにしているんだ」

 

 

私の脳裏には、マキちゃんの最期の光景が浮かびました。吐き気を催すシーンですが、確かにあの現場にはドラッグがありました。

 

あの惨劇の原因を作り出したものと考えれば、潰したくなるのは当然でしょう。それほどのシーンでした。

 

 

「ターゲットは社長の男で、4人家族だった。その4人と部下の魔族や人間まとめて全員始末したけどね。

男には大きな男の子供と小さな女の子供が1人ずついた。

あの場で子供ということで見逃してやっても、家族を殺された逆恨みから後々『悪』になって悪が広がることを考えれば、必要な殲滅だったと判断しているよ。

ドラッグも絶ち、『悪』を殲滅。アフターケアもばっちりさ。

――――――正義の味方としては当然の行為さ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、私は全速力で真理さんの左側に近づき、全力の右拳で左の頬を殴りつけました。

 

 

「(速い!?)」

 

 

真理さんはそのまま吹き飛んで壁に激突し、壁が壊れることでようやく止まりました。

 

 

もうこんな話は聞きたくありませんでした。こんな胸糞悪いことを嬉々として語る姿に、私の頭の中は怒りでいっぱいでした。

 

 

「いい加減にしろキサマ……確かにお友達を手にかけた犯人やドラッグばら撒いた人は悪いでしょう……!

それでも何の関係もない小さな子供まで手にかけるなんて……どうかしてます!それじゃお友達を殺した人たちと変わらないじゃないですか!?」

 

 

真理さんの話を聞いているときに脳裏に浮かんだのはお母さんと良の姿でした。

 

もし真理さんに私が『悪』と認定されれば、何もしていないお母さんと良まで殺されてしまう。真理さんはそう言った話をしてました。

 

確かにドラッグや悪事を働く人は『悪』でしょう。そこは人喰いの魔族と戦った私も同意します。

 

それでも何もやっていない小さな子供まで殺すなんて、合理的だったとしてもやっぱり認められません。そんなものは正義の味方ではありません。ただの殺人鬼です。

 

私は力を高め、危機管理フォームに変身しました。

 

 

「あなたは……私が止めます!」

 

「凄い……シャミ子の体を覆う魔力が一段と凄くなった。感情で魔力は上下するにしても、あんなに極端に上がるとは……」

 

「あいつはどーも感情でかなり戦闘力が変わるからな。普段ダメダメなだけに差が激しいぜ」

 

 

瓦礫の中から真理さんが出てきました。

 

変身してなかったとはいえ、全力で殴ったにも関わらずほとんどダメージを受けた様子もなく、ケロっとしてました。

 

 

「……驚いたな。さっきまでとは別人のような力強さだ」

 

 

真理さんは口に着いた自分の血を右手の甲で拭い、笑ってました。

 

 

「ますます気に入ったよ。ここで負かして、上下関係を叩き込んだら連れ帰るとしよう」

 

 

そう言うと、真理さんの姿が一瞬にして変化しました。

 

ほとんど黒で覆われた衣装で、時折赤い線が入っていました。魔法少女にしては随分暗い色でした。

 

 

「やはり、闇落ちしている……!加勢するよシャミ子!」

 

「もんも……!?」

 

 

変身した桃が私の隣に立ちます。これが闇落ち魔法少女……!

 

真理さんの恰好がどうこうというより、今まで感じたことないほど禍々しい魔力の動きがひどく不気味でした。

 

 

「それと一つシャミ子君の言葉に対して、訂正したいことがある。

――――マキちゃんは汚れなき天使さ。『いつも一緒にいる』ボクには分かる……あんなカスどもと一緒にされては困るな」

 

 

……は?聞き違いでしょうか。とっくに亡くなったはずのマキさんといつも一緒にいるとは、何を言ってるんでしょうか?桃も同様に顔を歪めてました。

 

 

「イカレてんのかテメー。そのマキってやつはとっくに死んだんだろーが。幽霊も見えやしねーぜ」

 

「フフフ、なら紹介するよ。これが『マキちゃん』だ」

 

 

真理さんが胸を撫でたかと思いきや、白い何かが盛り上がっているのが見えました。それと同時に、周りの温度が凄まじい熱さになっていきます。

 

 

「なっ……!?」

 

「ひ、人の顔の……炎!?」

 

 

胸から現れたのは少女の顔をした白い炎でした。

 

いえ、顔だけではありません。真理さんの胸から飛び出し、羽の生えた真っ白な裸の女の子の炎となって私たちの目の前に現れました。その炎の女の子の顔を真理さんは愛おしそうに撫でました。

 

 

「見えるかい?これが『マキちゃん』さ。

死んだあの日から炎となって、いつもボクと一緒にいるんだ。

最近仕事が忙しくて語らう時間が減ってね。だからシャミ子君を雇おうとしたのさ。

どうだい皆――――マキちゃんはキレイだろう?」

 

 

心底寒気がしました。もうまともに直視すらしたくないほどの、狂気がそこにはありました。

 

ただ一つだけ確かなことがありました。

 

 

「じゃあ、逝くよ?」

 

 

その狂気を止めなければ殺される……それは確かでした。

 

 

 

つづく




3分割の2つ目終了。自己満足な話ですが、次でこの話はラストです。

人間味の無い、能力の外見だけは烈火の炎の紅麗な彼女。

作中語ってはいませんが、紅麗のようにマキちゃんの魂を炎に変えてます。それまでは普通の炎でした(不死鳥じゃないよ?)

中々イカレたキャラって難しいです。

真理の質問に答えた小学校の先生は、真理の家庭環境がおかしいことに気づいてはいましたがあえてスルーしてます。下手につついて訴えられたりしたら大変なためです。仕事上のクレーム対応は嫌なものですからね。

これは中学校の先生も同様です。魔法少女なんていう劇物に触れるのはタブーというのが周囲の大人の認識でした。

マキちゃんもそれに気づいていたので、真理には伝えず周囲の悪意から真理を守ろうと防波堤を作っていた子です。

真理の家庭は両親とも「ダンバイン」のショウ・ザマのお母さんが両親になったイメージです。あなた、宇宙人なのよ!


ちなみに前回のお話で、金庫なんか自分で開けろや!と思われた方もいらっしゃるでしょうが、火の能力者が無理やり開けようとしたら中身まで燃えるためカットしました。


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19話「正義とは一体……後編です!」

冷静に考えてみると、この子たちってフリフリ衣装で肉弾戦してるんだよなぁ。シャミ子に至っては日朝に出れない衣装ですね。
空き地ですげぇ戦闘するフリフリ衣装の高校生や20代……


炎の化身である『マキちゃん』を体の中に戻した真理さんは薄く笑いました。

 

真理さんから溢れる魔力は、浦飯さんを除けば今まで戦ってきた中で一番強い魔力でした。離れているのに、押し潰されそうな圧迫感です。

 

 

「す、凄い魔力です……!?」

 

「来るよシャミ子!」

 

 

真理さんは笑ったまま2本だけ立てた指を頭上に掲げ、真っ直ぐこちらへ振り下ろしてきました。

 

――――やばい!?

 

危険を感じた私は咄嗟に横に飛ぶと、地面に直線の傷が生まれました。

 

は、速い……!?しかも炎の使い手なのに刃なんですか!?

 

そう驚いていると、桃が「フン」とつまらなそうに反応しました。

 

 

「技が荒いですね。地面が少し焼け焦げてますよ?」

 

「ふふ、口では何とでも言えるよ?」

 

 

桃の言う通り地面の傷をよく見ると、縁の部分が少し焼け焦げてました。どうやら指先を下ろすことで、炎の刃を飛ばしているらしいです。

 

こんなもん人間が食らったら真っ二つ間違いなしです。しかもこの攻撃スピードも普通の人間だったら見ることさえ敵わないでしょう。

 

けど、今のパワーアップした私にとっては避けられない速度ではありません。霊丸は弾数制限あるので、遠距離での連発には不向き。

 

よって近づいて攻撃です。攻撃は最大の防御だ!

 

 

「行くぞ!突撃ー!!」

 

「ちょっとシャミ子!?」

 

 

桃の驚く声を置き去りにして突撃します。真理さんは迎撃として先ほどの攻撃を繰り出します。

 

2本の指を立てて振り下ろす動作は、一度見れば予備動作も大きいから避けるのも比較的楽です。

 

 

「うらぁ!」

 

 

2回避けてから一気に懐に潜り込み、その勢いのまま両拳による連撃を繰り出します。

 

 

「ふふ、中々早いじゃないか」

 

「(み、右手一本で防がれてます!)」

 

 

全力で繰り出している両拳の連撃を真理さんは右手1本で防ぎきってます。この人炎使いなのに体術も私より上手いんですか!?

 

相手のレベルに驚きますが、攻撃の手を緩めることなく、より早くより強くしていきます。

 

一段と力を込めて振り下ろした右拳をジャンプして避けられました。しかしそれによって真理さんは空中にいることになります。

 

 

「上か!バカめ、これで方向回避はできませんよ!」

 

 

私は右手の人差し指に妖力を集中させます。空中なら避けられないはずです。出し惜しみはナシです!

 

 

「くらいやがれ!」

 

「(あれは……!)」

 

「霊丸!!」

 

 

渾身の力を込めた霊丸を放ちました。霊丸は真っ直ぐ真理さんへ飛んでいきます。その霊丸を真理さんは見ているだけで、何か技を繰り出す気配もありません。

 

 

「(これはバッチリです!)」

 

「はぁっ!!」

 

「嘘ぉ!?」

 

 

確実に捉えたはずの霊丸は、気合いを入れた真理さんの右拳で殴るように弾かれ、明後日の方向へ飛んで行ってしまいました。

 

まさか片手だけで弾かれるとは……。

 

 

「やるじゃないかシャミ―――」

 

 

ショックを受けていた私に対し真理さんが何か語ろうとした瞬間、いつの間にか気配を消していた桃が飛んでいる真理さんのピッタリ後ろにつき、拳を振り上げてました。

 

 

「読めてるよ」

 

 

桃のいる方向へ振り返った真理さんは桃の拳の弾幕を両手で捌きます。さらに桃の右腕を掴んで、私の後方へ桃を投げ飛ばしました。

 

桃はそのまま何度か空中で回転し、見事に着地しました。そして真理さんも着地します。

 

 

「いいね2人とも。さっきの……霊丸だったか?当たり所が悪ければダメージを受けていたところだったよ。

ボクの腕を痺れさせる攻撃を受けたのは久々だよ」

 

 

そう言いながら真理さんは右手をプルプル振っていました。

 

3人ともダメージはないですが、2対1でもこうまで上手く捌かれるとは……思っていた以上に真理さんの実力は確かなようです。

 

 

「せっかく修行してパワーアップした霊丸を片手で弾かれるのは、いささかショックです……」

 

「弱気にならない。強気で攻めるよ」

 

「おーい、代わってやってもいいぞシャミ子?」

 

 

桃が気合いを入れてきてくれた次の瞬間、浦飯さんがそんな提案をしてきました。

 

確かに浦飯さんに代われば勝てる可能性がぐっと高くなりますが、私は断ることにしました。

 

 

「そんな暇はありませんし、あの人とは私が戦います!目を覚まさせます!

……それに私から売った喧嘩です。自分の喧嘩を人に任せるのって、どうかと思います!」

 

 

正義の味方と言えど、何の罪もない子供を殺すのは見逃せません!だから私が倒して目を覚まさせたいのです。

 

それに一度仕掛けた勝負を勝てそうにないから、すぐ交代するのはすっごく負けた気分になるし無責任だと思います。

 

そう伝えると浦飯さんは嬉しそうに笑いました。

 

 

「分かってんじゃねーか!もしここでシャミ子がケツまくったらアイツより先にぶっ殺してやるところだったぜ!」

 

「怖っ!怖すぎです!じゃあ代わろうかなんて言わないでくださいよ!」

 

「ビビってねーか試しただけだ!ナーハッハッハ!」

 

「2人とも、緊張感をもう少し持って……」

 

 

桃が呆れながら私たち2人にツッコミを入れていると、真理さんもおかしそうに笑ってました。

 

 

「フッフッフ、中々面白いね君たちは。少し……いや、何でもないよ」

 

「………?気になるじゃねーか、言えよ」

 

 

含みのある言い回しに浦飯さんが突っ込むと、真理さんは首を横に振りました。

 

その表情は苦笑というより、どこか寂し気でした。

 

 

「いや、極々つまらないことさ」

 

「気になります!教えてください!」

 

「言えないね」

 

 

私が尋ねても、真理さんは先ほどとは違い少し意地悪そうな笑みを浮かべて否定してきました。良いじゃないですか教えてくれても!

 

 

「ケチ!教えてください!」

 

「ダメだよ」

 

「何か頭痛くなってきた……」

 

 

私たちの問答に桃が疲れているような表情をしていると、真理さんの魔力が高まりました。

 

どうやらここからが本番のようですね。桃もそう感じ取ったのか、一瞬で表情を引き締めました。

 

 

「そろそろお喋りは御終いにして……これからはギアを上げていくよ」

 

「気合い入れろよテメーら」

 

「はい!」

 

 

桃は無言で頷き、私が大きく返事をすると、それに応えるように真理さんの魔力がさらに高まります。

 

そして真理さんの両肩から炎の天使の様な羽が生えてきました。それが出現した途端、周りの温度は一気に上がりました。

 

―――――来る!

 

 

「『羽炎弾』」

 

 

言葉と同時に炎の羽から羽の形の炎が飛んできました。先ほどの指の攻撃とは比べ物にならない密度と速度です。

 

 

「ぬわー!?」

 

「ちっ……!?」

 

 

ギリギリで2人とも躱しました。炎弾の威力は一発一発が地面が高熱で溶けて大きな穴が空き、まるで爆撃のようです。

 

こんなのが絶えず撃ち込まれた日には人間どころか建物さえ跡形もなくなるでしょう。

 

このまま突っ込むのは自殺行為!ならば遠距離技には遠距離技です!

 

 

「くらえ!霊がーん!!」

 

 

横っ飛びで避けたと同時に霊丸を撃ちます。もし回避を選択すれば、そこへ桃が詰めてくれるでしょう。そうでなければ直撃です!

 

真理さんは霊丸を避けようともせず棒立ちでした。防御を選択したのでしょうか。

 

その次の瞬間、真理さんの胸から『マキちゃん』の顔だけが出てきました。胸の部分から出現したマキちゃんは不気味さが際立っていました。

 

 

「フッ……」

 

 

『マキちゃん』の口が開き、炎のレーザーともいうべき砲撃が放たれました。

 

均衡は一瞬。霊丸と砲撃両方が弾け飛んで消え、その衝撃は激しい土煙を巻き上がらせます。

 

 

「相殺!?」

 

 

避けるでもなく、防ぐことを選択した真理さん。

 

そこへ土煙に紛れつつ間髪入れずに飛び込んだ桃は、魔力を集中させた左拳を真理さんの顔面に振るいました。

 

 

「(もらった……!)」

 

「甘いなぁ」

 

 

―――その攻撃は、真理さんの体から出てきた炎の腕によって防がれてました。

 

その白い炎の手は、マキちゃんの腕です。顔を生やしながら、腕も生やせるとは……!

 

拳を捕まれたことにより一瞬硬直した桃の顎へ、真理さんが自身の右腕でアッパーを放つと、桃はまともに食らい、後方へ吹き飛んでいきます。

 

 

「桃!?」

 

「シャミ子、後ろだ!」

 

 

桃へ視線をずらした瞬間、浦飯さんから警告を受けました。返事を返そうとした瞬間、背筋がゾっとしました。

 

 

「人の心配をしてる場合かい?」

 

「(いつの間に後ろに……!?)」

 

 

後ろから真理さんの声がした瞬間振り向きますが、既に拳が目前に迫ってました。

 

目で追えても体の反応が間に合わず、ガードできないまま左拳で頬を殴られました。

 

 

「ガァ……ッ!」

 

「少し速度を上げたら着いてこれないようだね」

 

 

拳をまともに食らって吹き飛んだ私に真理さんは既に追いついてました。

 

真理さんの左蹴りが地面に対して水平吹き飛んでいる私のお腹にめり込み、さらに吹き飛ばしました。重く、芯に響く一撃です。

 

受け身も取れず、痛みで吐きそうになるのを堪えるのがやっとでした。

 

 

「グォ……!(つ、強い……!)」

 

 

距離が開くと、間髪入れずに『羽炎弾』が襲い掛かってきます。息をする間もなく、腕の力で地面を飛んでバク転など回転するように回避します。

 

そこへ復帰した桃が弾幕を掻い潜って接近戦を仕掛けます。

 

私にとってはほとんど隙間もないほどの弾幕に見えます。

 

しかし桃にとっては広範囲に展開することで、どうしても発生してしまう弾幕の隙間が見えているのでしょう。隙間を縫うように潜り抜けるその姿は、やはり桃の技術の高さを改めて認識させるものでした。

 

そして懐へ潜り込んで繰り出される拳の余りの早さに、私には霞んで見えます。

 

しかし真理さんはその早さすら両腕で捌き、クリーンヒットを許しません。

 

 

「さっきよりも速いじゃないか。じゃあマキちゃんに手伝ってもらおう」

 

 

体から生える様にマキちゃんが全身の姿を現しました。

 

反撃に出ていた真理さんからの攻撃を桃は捌いていたため、マキちゃんまで対応できず、マキちゃんの拳が桃の腹部に突き刺さります。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

もう一撃加えようとした真理さんの背中から、私は突っ込みました。

 

最高速度で繰り出した右のパンチは空を切り、同時に屈んで躱した真理さんの足が私のお腹に入りました。

 

 

「ガハッ……」

 

「シャミ子君のスピードは既に見切っているよ」

 

 

衝撃に肺の空気が全て出てしまい、私の動きが止まる。

 

それとほぼ同時に逆の足の回転蹴りが私の脇腹にまともに入りました。

 

 

「シャミ子!?はぁ!」

 

 

マキちゃんに拘束されていた桃は無理やり拘束を解き、桃は真理さんの頭を殴りつけます。

 

ようやく真理さんに一撃が入りました。桃の一撃は鈍く重い音が響き、こちらでも相当な一撃が入ったのだと分かります。その証拠に、真理さんの態勢が崩れました。

 

桃がもう一撃繰り出そうとした瞬間、マキちゃんの両手を組んだ手が振り下ろされ桃の背中を強打し、さらに体勢を直した真理さん本人の炎を纏った拳に桃は頬を殴られました。

 

 

「ガハッ!」

 

「ぬぐ……!」

 

 

しかし桃もただではやられません。頬に一撃をもらった瞬間、桃の左蹴りが真理さんのお腹へめりこみます。防御を捨てたカウンターが見事に決まったのです。

 

そして桃は私の隣まで吹き飛ばされ、それとほぼ同時に、体勢は崩れながらも真理さんは『羽炎弾』を繰り出してきます。

 

体勢が悪く避けられないと感じた私と桃は、魔力を全開にして防御します。

 

 

「うわー!」

 

「くそっ……!」

 

 

カウンターをもらったせいで真理さんの攻撃が今までより精度が悪くなったとはいえ、初めてまともに赤い炎弾を受けました。

 

熱さと痛さを同時に味わいます。その威力は凄まじく、爆風に堪えきれず、さらに吹き飛ぶことになりました。

 

 

「……桃、大丈夫ですか……!?」

 

「大丈夫……!シャミ子は……?」

 

 

そう言いながら桃は立ち上がりました。桃がこんなに傷ついているのは初めて見ました……。

 

私の危機管理フォームは炎でボロボロになり、体もかなりやられました。だがライバル(桃)が立っているのに、座っているわけには行かない!

 

 

「まだまだ行きますよ!ふんぬ!」

 

 

闘志を燃やし、跳ねあがるように立ち上がると、真理さんは「へぇ」と感心したように呟いていました。どうやら桃からもらったダメージは引きずってないようです。くそぅ、余裕ぶってからに。

 

 

「存外タフじゃないか、シャミ子君。少し驚いたよ」

 

「ふん、笑わせないでください。こんな攻撃なんて効かないです!

自慢じゃありませんが、私は毎日のように浦飯さんの殺人パンチを受け続けてきた女です!」

 

 

嘘です。

 

超効きまくってます。痛いし熱いし、足がガクガクするのをやっとのことで堪えているんですからね。

 

 

「……本当に自慢にならないんだよ」

 

「やかましいですよ桃!?」

 

 

どうして桃は水を差すんですかね!真理さんも笑ってるし!

 

しかしこのままではジリ貧です。2人がかりでこれではかなり不味いです。

 

真理さんは強い!

 

真理さんの身体能力、格闘戦への対応から見て間違いなくこちらより経験が上!だからろくに連携攻撃になってない私たちの攻撃は通じてないのでしょう。

 

そして炎の能力。マキちゃんを模して作った炎のようですが、マキちゃん自体は自動操縦ではなく、真理さんの手動による操作と見ていいでしょう。

 

その証拠に真理さんのそばをほとんどマキちゃんは離れません。もし自動操縦で外敵を排除するのであれば、こうして一か所に固まっているところを攻撃しないわけがない。接近してくるなり、遠距離技を絶えず継続するでしょう。

 

手動であるから、距離を離して運用するとその分制御が難しくなるのは道理!ましてやマキちゃんは人型。四肢を動かすのですから、ボールやファン〇ルを飛ばすより遥かに難易度は上がるはずです。

 

言うなればあの能力は魔力を炎にする変化・炎を人型に形どる具現化・そしてマキちゃんを手動操作する操作。この3つを同時併用しているのがあの能力でしょう。かなり扱いずらいと思われます。

 

だから基本は自分の肉体で戦い、手数が足りない場合は一部や全身を出現させ、狭い空間範囲内……真理さんの間合いでのみ数的優位に立てる様生み出したのがマキちゃんでしょう。

 

それを証拠に、桃の攻撃や私たち2人の攻撃で捌ききれなかったタイミングでマキちゃんを出現させてます。

 

これを突破するにはマキちゃん込みでも捌ききれない攻撃、もしくは遠距離からの一撃を繰り出す必要があるのですが……あー、わからん!!

 

このままじゃやられてしまう。そう考えた私は浦飯さんに助言をもらおうかと一瞬考え、腰に手を伸ばすと、いつもの邪神像の手触りがありませんでした。

 

 

「あ、あれ!?邪神像がない!?」

 

 

ようやくここで私は腰にあるはずの邪神像のがなくなっていたことに気づきました。いついなくなったんでしょうか……まさか戦闘中に壊れたんじゃ……!

 

 

「それはこれのことかい?」

 

「くそ~、これじゃ手も足も出ねぇぜ」

 

「いや、元々ないじゃないか」

 

 

真理さんが掲げたのは邪神像でした。何やら浦飯さんが間抜けなこと言ってますが無視です。

 

しかしいつ奪われていたのか、全く分かりませんでした。

 

それはつまりスピードが完全にこちらを超えている証拠です。

 

 

「い、いつの間に!?」

 

「……!」

 

「せっかくの勝負だし、これで小細工されると興ざめだしね」

 

 

そう言って真理さんの後方にある遠くの瓦礫の方へ浦飯さんが投げられました。

 

壊されないで良かったですが、また投げ捨てられてますねあの人。

 

 

「2人で突っ込めよー!」

 

 

そう言い残し、浦飯さんは姿が見えなくなりました。2人で突っ込めって言っても、さっきまでやっていたのに返り討ちにあっちゃいますよ……。

 

 

「やれやれ。噂じゃ千代田桃はここ最近で弱体化して他の魔法少女を呼んだなんて聞いていたが、眉唾じゃなくて真実のようだね。世界を救ったにしては余りにも弱すぎる。思った以上に弱体化しているようだね。

やはり『正義』を為すためには力が必要だというボクの考えは間違ってないな」

 

「(こうまで実力が落ちるものだったとは……!)」

 

 

桃は真理さんの言葉に、小さく舌打ちをしてました。明らかにイラついてます。

 

やっぱりそうなんだ。確かに桃の血を吸い取った後はしばらく体調も悪かったし、変身することさえままならないほど弱体化していましたが、やはり同じ魔法少女でもそうかんじられてしまうほどなんですね。

 

もし私が桃の魔力を取らなかったら、こんなに桃が傷つくことはなかったのに……。

 

今更しても遅い後悔を噛み締めていると、桃の右手が私の左手を握りました。

 

顔を上げると、桃と目線が合います。桃の瞳は私を責めているものではなく、いつもたまさくらちゃんのことを語る時と同じ、熱い目をしていました。

 

 

「シャミ子。今から考えた作戦を伝えるよ。このままじゃ負ける」

 

「は、はい」

 

「じゃあ……」

 

 

突然桃から小声で伝えられた作戦は、浦飯さんが以前一度話していたものでした。さきほど浦飯さんが言っていたのは、そーゆーことだったんですね。

 

でも上手くできるでしょうか……。

 

そう考えていると、桃が私の手を強く握ってくれました。

 

 

「そ、そんなことしたら下手したら桃が危ないですよ!?」

 

「大丈夫。今のシャミ子ならできるよ。頼りにしてる」

 

 

その言葉は、私の心にストンと落ちてきました。そして心の底から燃え上ってきました。

 

一杯迷惑かけている私を頼りにしてくれているんだ!ならそれに答えるのがライバルってもんです!

 

 

「行くよ!」

 

「はい!」

 

「……作戦会議は終わりかな?」

 

 

私は立ち上がらず膝立ちで妖力を高めます。

 

桃は杖を出し、杖の先から桃色の魔力で作り出した刃を発生させました。全身の魔力を高めて突進しました。その速度はまるで桃色の流星です。

 

しかしそれを見ても真理さんは薄く笑うだけでした。

 

 

「やれやれ、玉砕覚悟の特攻か………なら一思いに殺してあげるよ!千代田桃は要らないからね!」

 

 

そう宣言すると、マキちゃんが真理さんの右斜め前に立ちはだかり、口を大きく開けました。

 

そしてその口には、今まで以上の炎が圧縮され、マキちゃんの口に集まっていきます。明らかに霊丸を相殺したとき以上の力を感じます。

 

けど強力になる分チャージまでに時間がかかる技を選択したのはミスでしたね!!

 

 

「もんもー!!」

 

 

私は突進している桃の背中に霊丸を撃ち、桃の背中にぶつけます。

 

全身で受け止めた霊丸の威力は、桃の勢いをロケット噴射のごとく爆発的に加速させました。

 

 

「はあぁー!!」

 

「何ィ!?」

 

 

霊丸を受ける前の桃のスピードに合わせていたチャージを取りやめ、マキちゃんの口から炎の砲撃が放たれました。

 

しかし慌てたのか狙いが甘くなった砲撃は、桃が突撃しながらも首を傾けることでギリギリ回避することが出来たのです。

 

そしてその勢いのまま、杖から発生していた魔力の刃が真理さんの鳩尾に突き刺さりました。

 

 

「くそっ……!」

 

「危なかったよ……!もう少しで大穴が空くところだった……!」

 

 

――――しかし刃はわずかに刺さっただけで、体を貫通するほどではありませんでした。

 

折りたたんで縦にした左腕を刃と自身の間に割り込ませ、右手は桃の杖を力強く掴んでいました。あの状況から致命傷を避けたのです。

 

まさかあの一瞬で左腕を捨てる選択を選んだ判断に、私は驚きかけました。

 

真理さんは勝ち誇ってました。

 

 

「これで……!」

 

 

かなりの笑みを浮かべて、マキちゃんが桃の背後から右腕を振りかぶります。その一撃で桃を沈める気なのでしょう。

 

―――――だが安心するのはまだ早い!

 

私は無言で霊丸を発射しました。文字通り不意打ちです。

 

 

『もしこの刃の一撃で決まらない場合は、もう一撃頼むね』

 

 

桃がそう提案したからこそ、失敗しても動揺することなく私は霊丸を撃つことができました。

 

相手が一撃を受け止めて油断しているこの瞬間が、最大の隙です!

 

今日4発目の霊丸です!これで決まらなければ打つ手なし!いけぇー!

 

 

「何だと!?」

 

 

発射音と撃つ際の発光で気づかれたのか、真理さんは驚愕していました。2回連続で桃ごと霊丸を撃ってくるとは思ってもみなかったようです。

 

2本の矢ならぬ2発の霊丸作戦!

 

そして撃った瞬間、桃は変身を解いてました。変身を解くということは、杖も解除されるということ。

 

真理さんが右手で握りしめていた杖がなくなれば、真理さんと桃を繋いでいたものが消失することを意味します。

 

急に杖が消失したことで僅かながら反応が遅れ、桃がギリギリで体を横に逸らすことで、真理さんにとってはまさに急に目の前に霊丸が出現したように見えたことでしょう。

 

右手は杖の消失により、一瞬のみ何もない空間を彷徨い。左腕は犠牲にしたことで自由が利かない状態。

 

その動揺から、霊丸が真理さんの頭に直撃しました。

 

爆音とともに、遥か後方に吹き飛ばされる真理さん。そして瓦礫の中に突っ込んでかなりの土煙が舞い上がりました。

 

ようやく私の一撃がまともに入った気がします……。

 

ハッキリ言ってこれで全くダメなら私はもう打つ手がありません。何故なら妖力がさっきの霊丸ですっからかんであり、今や普通の女の子レベルの強さになってます。つまりはガス欠です。

 

 

「やりましたかね……?」

 

 

桃の傍まで歩いて、桃に確認すると、桃は首を横に振りました。

 

 

「……本当なら追撃したいところだけど、相手のほうが範囲技や遠距離は優れている。迂闊に踏み込めない」

 

 

桃も遠距離技はありますが、主に格闘戦主体です。下手に追撃してカウンターを受けるのは避けたいところです。

 

 

座って休みたくなるのを堪えて、真理さんが吹き飛んだ先を見つめていると、瓦礫の山が爆発し、瓦礫の破片がものすごい勢いで吹き飛んで行きました。

 

 

「やっぱり~!」

 

 

その破片が吹き飛んだ中心部から、禍々しい魔力を纏った真理さんが出現しました。

 

その姿は傷つき、唇や額、左腕から出血しています。

 

けれど激しい魔力から発せられる威圧感ともいうべき風が吹き荒れ、全く弱っているようには見えません。

 

情けない話ですが、その風だけで私は吹き飛びそうになってました。

 

 

「霊丸……見た目以上の威力だったよ。おかげでこちらも余裕はない状況さ……!」

 

 

真理さんはそう言いながら、今までで一番大きな羽を両肩から生やしました。フルパワーで来ますか……!

 

 

「さぁ、受けてもらおう!ボクの全力を!!」

 

 

私はこの瞬間迷ってしまいました。浦飯さんから教わった、私の命を燃やして妖力に変換するかどうかです。

 

通用するのか?死にたくない、でもやらないと死ぬ。

 

頭の中が今までで一番回転したんじゃないかと思うくらい考えました。だが決められなかった。

 

真理さんの攻撃を防ぐ手段はない。そう諦めかけたその瞬間でした。

 

 

「ちっ!新手か!?」

 

 

凄まじい速さの光の矢が連続で真理さんを襲います。真理さんはこれを避けつつ、さらに後退しました。こ、この技は……!

 

 

「大丈夫2人とも!?」

 

 

現れたのは変身したミカンさんでした。

 

電柱の上に立っているミカンさんは矢の連続攻撃を繰り出し、真理さんは技を繰り出すこともできず、さらに後方へ下がって回避していました。

 

 

「ミカンさん!」

 

「ミカン……ナイスタイミングだよ……」

 

 

何度か矢を放ちながら、電柱の上から飛んだミカンさんは私たちの隣へ着地しました。

 

 

「ごめんね2人とも。桃のline見て急いでは来たんだけど、時間かかっちゃって……!」

 

 

どうやら桃がlineを送ってくれていたそうです。転校手続きで実家の方に戻っていたミカンさんですが、急遽駆けつけてくれたんですね。マジ女神。

 

 

「いやマジで助かりました。死ぬ寸前でした」

 

「右に同じ」

 

「……とりあえず無事……じゃないにしろ間に合ったみたいね。そこのあなた!今引くなら見逃してあげるわ!引かないというのなら、こちらも応戦するまでよ!」

 

「……確かに分が悪いが、ここで引き下がってはこちらの傷ついた意味がなくなってしまうのでね。見たところ君は接近戦向きではないようだが、この距離まで詰めたのは失敗じゃないか?」

 

 

確かに言われてみると、ミカンさんは長距離射撃が得意と聞いていますので、こうまで詰めるのはちょっと良くないかもしれません。

 

だがミカンさんはその言葉に対して不敵に笑いました。

 

 

「ふん、甘いわね!ショートケーキにメープルシロップかけるくらい甘いわ!こっちには浦飯さんがいるのよ!」

 

「ナイスだぜミカン!」

 

 

いつの間にか救出されていた浦飯さんがミカンさんの腕の中にありました。ちゃっかり回収してたんですね、ミカンさん。

 

 

「しかもスイッチオンよ!!」

 

「あ……ちょっとま――――!」

 

 

私の言葉が届くより先に、ミカンさんは邪神像のスイッチを起動しました。それと同時に、私の意識も真っ暗になりました。最後まで見届けたかったのに―――

 

 

★★★

 

 

途端に雰囲気が変わったシャミ子に、真理は少なからず驚いていた。先ほどまでとは魔力の質も量もケタが違う。まるで別人であるように感じられた。

 

 

「君はシャミ子くんではないようだね。その声からして、さっきの像に入っていた魔族かな?」

 

「おうよ。スイッチ入れ替えると、中身も入れ替わるってことよ。今の中身は浦飯幽助だ」

 

「……それで?次は君が相手をしてくれるのかい?」

 

 

どうやら本当に別人であるらしい。声も違うが、迫力がケタ違いだ。ハッキリ言ってこれほどの相手だとは思ってもみなかった。

 

 

「(万全な状態でも、とてもじゃないが無理だな)」

 

 

真理は自身と幽助の戦力差をそのように分析していた。まともに正面からやりあえる相手ではない。普段なら関わらないよう行動するレベルの相手だ。ハッキリ言って今の傷ついた状態から逃げれる相手ではない。

 

そう分析しつつ、真理は地面に垂れた血液も燃やしながら自身の傷口を自身の炎で焼くことで塞いでいた。

 

魔力を魔族に吸い取られれば、著しく弱体化する。それは目の前の千代田桃を見れば明らかだった。

 

もし千代田桃が弱体化してなければ1対1でも勝ち目は非常に薄かったであろう。しかし今は2対1でも圧倒出来た。それほどまで弱体化してしまっては、今後の活動に支障が出てしまう。

 

シャミ子は欲しいが、弱体化してまで欲しいわけではない。既に真理の中では撤退の意思を固めていた。

 

ただ相手が見逃してくれるかは別物であるが。

 

だが浦飯幽助の今までの言動から考えると――――

 

 

「あ?この喧嘩はシャミ子と桃とテメーの喧嘩だろ?俺が手ぇ出す理由がねーよ」

 

「ふふ、そうかい」

 

 

真理はまぁこう言うだろうなとは踏んでいた。この男の魔族は、どうやらバトルジャンキーでしかも律義な性格なようだ。いや、単純なだけか?

 

その言葉に、ミカンと言われた新手の魔法少女は反発した。

 

 

「ちょっと何言っているのよ浦飯さん!ここで見逃したらまた来るかもしれないでしょ!?倒せるときは倒さないとだめよ!」

 

「案外脳筋だなミカン。けどよ、真剣勝負に水差されて決着つけられたらマジでムカつくもんだぜ。

オレも仙水と戦った時、親父に体乗っ取られて勝手に決着つけられて腹が立ったから、親父に会ったときは殺しにいったかんな~」

 

 

そう言いながら浦飯幽助はゲラゲラ笑っていた。どうやら勝負は白黒はっきり自分でつけないと気が済まないタチらしい。どうやらある意味ではとても分かりやすい性格のようだ。

 

言っても聞かないと判断したのか、千代田桃とミカンは首を横に振っていた。

 

 

「オメーもよ、自分の手で戦いてー相手が違う誰かに倒されたら腹立つだろ?」

 

 

真理は浦飯に指をさされ、そう尋ねられた。

 

――――自分の中での忌まわしい記憶。マキちゃんの最期の光景を思い浮かべ、その下手人が誰かに勝手に殺されていたとしたら――――

 

 

「確かに、殺したいほど腹が立つね」

 

 

そう答えると、浦飯はニカッと笑みを浮かべた。打算など何もない、心からの笑顔に見えた。

 

―――――こんな笑顔を見たのは、いつぶりだろうか

 

 

「だろ?だから今回は見逃してやるぜ」

 

「なら、次は負けないようシャミ子君をもっと鍛えておいてくれ。ボクも君に負けないよう強くなるつもりだ。――――正義を為すために」

 

「おう!」

 

 

幽助としては少しこの女に言いたいこともあったが、あえて言わなかった。

 

この真理と言う女は確かに殺しをやっているが、左京みたいなブラック・ブック・クラブ(B・B・C)の連中の様に人を賭けの対象としたり、おもちゃにしているわけではない。

 

全部自分でやっているから、後ろで見ているだけのあの連中よりマシな部類だ。

 

人間の中にはB・B・Cの連中や神谷drのようにどうしようもない連中もいる。こーゆー奴も必要かもしれねーなと思うのは、魔族になった影響だろうか。

 

殺しをやめろと言葉にするのは簡単だ。だがその決着も含めて、実行するのは自分ではない……シャミ子の役目だと幽助は考えていた。

 

 

「(出来の悪い弟子を持つと苦労するぜ)」

 

 

幻海ばーさんもこんなことを思ってたのかなーと少し懐かしくなった。

 

 

「では諸君、また会おう……ああ、最後に一つ」

 

「あんだよ」

 

「ここ最近、いろんな場所で魔族が凶暴化しつつあるらしい。何かの前触れかもしれないから、気をつけてくれ」

 

「……何で教えてくれるんです?」

 

 

桃がそう尋ねると、真理は少し唸った。

 

 

「何……戦ってくれたお礼さ。じゃあね」

 

 

そう言って真理は高く跳躍し、屋根から屋根へ飛び移り、あっという間に姿を消した。

 

 

「ケッ、キザなやつ」

 

「ようやく一段落ねー……」

 

「でもさっき言っていたことは本当なんでしょうか」

 

「さぁな」

 

 

何とか魔法少女を退けたシャミ子たち。意味深な言葉を残して去った彼女から与えられた敗北の経験を糧にして頑張るんだシャミ子!

 

 

つづく




はい!前振り長い割に、戦闘シーンは短い矛盾!

何故か所々緊張感のない戦いになってしまった気がする……。

作中でも言ってますが、桃は最盛期よりかなり弱体化しています。

本編でも変身するだけで疲れてしまうレベルに落ち込んでいるので、こんな感じのイメージです。

なお千代田桜さんが言った「桃より強くなると……」のフレーズは、最盛期のことを指します。

次回からまちカドの原作に戻ります!


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20話「呪霊錠つけながら一休みです!」

コラボカフェ行きたいけど、東京都はアレで怖いので小説上げるだけにしますね。
皆さんは行かれたのでしょうか?シャミ子の水着エッッッッッ!!


真理さんとの戦いが終わり、怪我が完全に治るまで数日かかりました。

 

あの戦いの後、桃は真理さんの血を回収しようと現場を捜索してましたが、真理さんが炎で血を焼き尽くしてしまったため回収できませんでした。

 

桃は真理さんの血をこっそり使って、邪神像の封印を一部解放してくれようとしたようです。

 

こちらのためにやってくれているのは嬉しいのですが、真理さんの実力は落としてほしくなかったので、少しほっとしたところもありました。

 

やはり真理さんとはもう一度決着をつける必要があると感じているからです。それを桃に話すと、渋々認めてくれました。

 

ただこのままでは勝てないのは明白でした。

 

ということで桃とミカンさんが「これからの対策会議をしよう」と提案してきました。

 

メンバーはうちの家族と浦飯さんにミカンさんと桃で、我が家のリビングで行うこととなりました。

 

 

「いやぁ、真理さんは強敵でしたね」

 

「ミカンが来なかったら普通に負けだったけどな」

 

「うぐっ」

 

 

相変わらず浦飯さんは慰めるということをせず、ストレートに言う人です。

 

タイマンどころか2対1で負けてました。しかも桃が言うには、真理さんは魔法少女の中でトップクラスの強さ……というわけではないそうです。

 

魔法少女って強すぎません?層が厚すぎる……。

 

 

「……ミカンが来てくれなかったら負けていた。各々実力アップをすべきだけど……」

 

「桃に関しては失った魔力を戻せばいいけど、シャミ子に関しては短期間にかなりの力をつけてるわ。これ以上に早くパワーアップさせる方法なんてあるのかしら?

何かいい方法はないの?浦飯さん」

 

 

我が家の封印を一部解いたせいで大量の魔力を失った桃は以前より回復しているとはいえ、まだまだ元通りではないです。

 

ならば私がその分強くなればカバーできるのですが、現状で結構修業は一杯一杯です。これ以上きつくすると死ぬ!比喩なしで死にます!

 

そんな私の思いは伝わってなく、ミカンさんが浦飯さんに尋ねると、浦飯さんはウーンと唸りました。

 

どうかヤバイ修行は出てこないように……!

 

 

「……何かあったような気がしたんだが、何だったっけかな~」

 

 

まだ恐ろしい修行法があるかのような浦飯さんの言葉に、私は震えていました。しかし思い出せないようです。これならやらなくて済むかもしれません。

 

 

「ねぇ浦飯さん。トレーニング装置とか、ギプスとかないの?良は友達に貸してもらった漫画でそういうのあるって、見たことあるんだけど」

 

 

悩んでいる浦飯さんに対して、良がそんなことを言い始めました。

 

確かに漫画だとそういうのが強敵と戦う前に都合よく出てくるパターンを見かけますが、ここは現実ですしね。そう都合よくはいかないでしょう。

 

でも良ってば、今はそのフォローは要らないんです……!

 

 

「でも都合よくパワーアップ装置があるわけないわよね~」

 

「あー!思い出した!あれがあったわ!!」

 

「あるんかい!?」

 

 

ミカンさんの激しいツッコミが入りました。

 

パワーアップ装置的なものをついに思い出してしまったようです。都合良すぎィ!桃も「えぇ……」って顔をしてます。

 

 

「何でそんな大事なものをすっかり忘れてるんですか……」

 

「悪りー悪りー。オレもソレをやってたのが戸愚呂と戦うときの2日しかやってなかったからよー、すっかり忘れてたぜ」

 

 

浦飯さんはハハハと軽く笑い飛ばしてました。マジで強敵と戦う前にしかつけないパワーアップ装置をつけている人がこんな身近にいたとは……。

 

しかし2日だけとはもったいない。戸愚呂戦の後は何故やめてしまったのでしょうか?ちょっと疑問です。

 

 

「2日しかつけないで効果あったんですか?」

 

「おう。かなりパワーアップできるぜ。まぁ戸愚呂の場合はそれだけじゃ無理だったが……」

 

「大丈夫かな、それ……」

 

 

お母さんが聞くと、何やら不穏な返事がきました。

 

戸愚呂って人はやたら強くて辛い戦いだったとは聞いてますが、効果は大丈夫って言ってほしいんです。

 

 

「ちなみにどういうものなんですか?」

 

「霊光波動拳の修の行 呪霊錠ってんだ。簡単に言うと霊力……シャミ子たち風に言うと魔力向上ギプスってとこだな」

 

「……さっそくつけてみましょう」

 

「ちょっと待て桃!私の意思をまず確認したらどうだ!?」

 

「大丈夫。危なかったら外せばいいんだし。何事も挑戦だよ」

 

 

キラキラした目で私の両肩に手を置いてきました。何で桃は修行になると目を輝かせるんですか……?

 

しかも逃げられないように力強く捕まえてきます。ええい、こんなところで馬鹿力を発揮しおって!

 

くそっ!確かに封印を解くためには仕方ないとはいえ、何で少年漫画みたいなデタラメな修行方法ばかりしなくてはならないのか!もっとこう……穏便な修行を所望します!

 

 

「皆さん、魔族がピンチですよ!ヘルプミー!」

 

 

桃のキラキラした目が眩しく、私は桃から目線を逸らしてミカンさんやお母さんたちに助けを求めました。

 

そして返ってきたのはいい笑顔でのサムズアップだけでした。ガッデム!魔族の味方はいないのか!

 

 

「じゃあつけるために体借りるぞー」

 

 

味方が誰もいないことに嘆いていると、桃がすでに邪神像のスイッチを入れようと準備していました。いつも以上に行動が早いです。

 

しかし封印も解かなきゃいけないですし、今度は負けないようにするためには実力をつけなくてはならないのも事実。だったらやってやりますよ!

 

 

「くそー、どんとこいです!」

 

「お、その言葉忘れんなよ」

 

 

そんな感じで半ばやけくそで答えると、浦飯さんは不穏な言葉を言い残し、桃がスイッチを入れたことで私の意識は途切れました。

 

しかしすぐに意識が戻りました。あら、いつもと違って早いですね。

 

そんな風に思っていた私の意識が戻った瞬間、凄まじい重さが両手首を襲いました。

 

 

「おべぇ!?」

 

 

唐突に重さが襲ってきたため反応が遅れ、何とか広げた掌で地面に手をつくことによって転ぶのを避けることが出来ました。ちょうど屈伸体操で足を延ばした感じのポーズです。

 

 

「な、何ですかこれはー!!?」

 

 

よく見ると両手首だけでなく、両足首にも黄色い光の枷みたいなものがくっついてました。こ、これが呪霊錠ってやつですか……!?

 

 

「これかなり重いんですけど~……!?」

 

「それが呪霊錠だ。結構重いだろ?オレも最初は面食らったぜ」

 

 

邪神像に戻っていた浦飯さんの言う通り呪霊錠はすさまじく重く、両手を胸元へ持ち上げようとしますが、かなり力を籠めないとビクともしないくらい重いです。

 

 

「そんなに重いの、それ……?」

 

「気合い入れないと駄目なくらい重いです……!ぐぬぬ……ふん!」

 

 

桃の問いに答えながら、気合いを入れて両手首をくっつけたまま元の立っている姿勢になるよう持ち上げました。

 

 

「どっこいしょ!」

 

「女の子が言うセリフじゃないわね……」

 

「重くてきついんですからしょうがないんです!」

 

 

ミカンさんに言い返しながら、何とか普通に立つことはできました。しかし両手足をくっつけた状態から広げることが出来ません。光の割に硬いし重すぎです!

 

 

「ぬぅぅ!こ、これは鉛でできたバネみたいです!」

 

「そんなに重いのね……わたしたちには光っているようにしか見えないけど」

 

「そうですねぇ、軽そうに見えますが……」

 

「お姉、頑張って!」

 

 

各々勝手なことを言って、唯一優しい言葉をかけてくれるのは良だけです。良の期待に応えるよう気合いを入れて手を広げようとしますが、ビクともしません。何でや!

 

 

「オレも筋肉だけでやろうとしたらビクともしなくてババァに馬鹿にされたかんな~。筋力じゃ無理だから、全身の魔力をフルに使ってみろ」

 

「わかりました。はあぁ……!!」

 

 

魔力を高めて身に纏うようにし、魔力で全身を覆います。変身はしてませんが、変身しない状態では全力の状態になりました。

 

フルパワーの状態から手首同士を離そうとすると、先ほどはビクともしなかった呪霊錠が段々伸びていきました。

 

同じ要領で足を広げると、同様に伸びて肩幅くらいで立つことに成功しました。手もそれくらい広げて立ちます。

 

そしてようやく完全にいつもの姿勢になることが出来ました。てゆーか普通に立つだけでもう手一杯なんですけど!?

 

 

「やりました!まともに立てました……ってバカですか!?こんなフルパワーの状態でいつもいろっていうんですか!?」

 

 

少しでも今のフルパワー状態から妖力を減らそうとすると、あっという間に両手足首がくっついた状態に戻ろうとするぐらい呪霊錠は強制力が強いです。

 

フルパワー状態なんて長時間持ちませんから、すぐ妖力切れになります。

 

そのことを浦飯さんに言うと、浦飯さんの目つきが厳しくなりました。

 

 

「死にたくなけりゃあな」

 

 

ビクリと、私は浦飯さんの言葉に震えてしまいました。

 

 

「まずそれをつけたままでも大の字になって寝れるくらいに慣れろ。そうすれば今のフルパワーが二分の力で出せるようになる」

 

「に、二分ってことは……20%ってことだから……強さが5倍になるってことですか!?」

 

 

それはすごいことです!つけているだけで5倍にパワーアップなんていうのはチートですよチート!

 

その素敵なフレーズに、思わず尻尾が回転しました。

 

 

「そうだ。そんくれーしねーと、次また真理と同等レベルのやつと戦ったら殺されるぜ」

 

 

それは少し考えてました。真理さんは最初から私を殺す気が全くなかったからああいう結果になったのだと。しかも最後以外は本気じゃありませんでしたし。

 

もし今度の相手が最初から全力で殺しに来るタイプでしたら、今の実力のままでしたらあの世行きでしょう。

 

 

「――――それに、次はアイツに勝ちてーだろ?」

 

 

ニヤリと浦飯さんは笑いました。

 

そうです。今回は真理さんとの戦いは2対1になってしまいましたが、本来は私から始めた喧嘩です。なら次戦うときは、1対1で勝てるようにならなくちゃいけないんです!

 

 

「はい!次は勝ちます!」

 

 

浦飯さんの質問に私は笑って返答すると、浦飯さんも満足そうな表情を浮かべました。

 

 

「……ところで浦飯さんは2日つけてたと言いましたが、2日で完成する修行なんですか?」

 

「え、そうなんじゃないんですか?」

 

 

桃がポツリとそんなことを尋ねていました。いやいや、こうして立っているだけでも辛いのに、そんな何日もつけっぱなしなんてできませんよ。

 

てっきり浦飯さんが2日しかやってなかったこともあり、私は2日という短い間で完了する修行だと思って装着したのです。

 

確かに封印は解きたいですし、真理さんにも勝ちたいです。でもこんなの長時間つけるのは修行ではない!ほぼ拷問である!魔族の人権を認めてください!

 

もちろん2日ですよね?と期待を込めて浦飯さんを見ると、少し首……ではなく邪神像が不思議そうに傾いてました。え、何その反応。

 

……ま、まさか。

 

 

「オレんときは戸愚呂と戦ってヤバかったから外しただけであって、別に期限なんてないぞ」

 

「いやぁー!?これからこの状態が続くんですかー!?」

 

「うるせー!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、私は叫んでしまいました。先の見えない耐久レースの始まりを嘆いていると、浦飯さんに本気で怒られました。鬼、悪魔!

 

 

「それを外す鍵となる言葉は『開《アンテ》』だ。だがギリギリまで使うなよ。長くつけていればいる程底力がつくからな」

 

「え……マジでつけっぱなしですか?」

 

「殺されそうになったら外していいぞ。オレの時もそうだった」

 

「バイオレンス!?」

 

 

解除条件があまりに厳しくてまた叫んでしまいました。浦飯さんと出会ってから目標やら基準が怖すぎます!

 

てゆーかヤバイ相手と戦っているときに呪霊錠つけっぱなしとか舐めプですか!?相手の人マジギレしますよ。

 

 

「……しかし常に魔力を消費するのであれば、私とミカンはつけられそうにない」

 

「何でですか?一緒につけましょう!」

 

「引き込む気満々ね、この子……」

 

 

桃が突然つけられないとかぬかしてきました。逃がさんぞ、いっしょに地獄に付き合ってもらうのだ……!

 

しかしトレーニング好きの桃でも、首を横に振りました。

 

 

「前も言ったかもしれないけど、魔法少女の肉体は生身じゃなくて、魔力で構成されたエーテル体なの。つまり魔力を使い切ったらコアになって消滅する可能性もあるから、この修行はできないってわけ」

 

 

理由をミカンさんが答えてくれましたが、思った以上に深刻な理由でした。そういえば前にもそう言ったことを言ってましたね。

 

 

「確かにこれはエネルギーガンガン使いますからね……やんないほうがいいです」

 

 

今も妖力を消耗し続けているので、妖力切れになるのはかなり早いでしょう。たしかに消滅のリスクがある桃たちには使えない修行法です。

 

 

「よし!今日は1日目だから、修行なしな!普通に過ごしていいぞ!」

 

「……今日はその状態に体を慣らそう」

 

「へへ、妖力切れになって倒れるのが目に見えるようです……」

 

 

浦飯さんからの提案に、桃も賛同してきて、私は悲しく頷きました。

 

悲しいですね。せっかくの休みなのに、倒れる未来しか脳裏に浮かびません。

 

桃と浦飯さん以外は私の様子を見て、悲しそうに目元を拭ってました。

 

くそ、やってやる!どんとこいです!

 

そして具体的にどうなったかと言うと、こんな感じの生活になりました。

 

それはもう大変でした。主に力加減的な意味で。

 

理由はフルパワーで全身を強化しているところに、物を持つという行為が限りなくヤバイからです。

 

例えば食事の時の箸

 

 

「あー、箸が折れました!?」

 

「持った瞬間真っ二つとは………」

 

「はい、お姉にはフォーク」

 

「うう、まるで箸をうまく使えない幼稚園児のようです……」

 

 

皿洗いを手伝うときも

 

 

「お皿が綺麗に割れてしまいましたー!」

 

「怪我はありませんか優子」

 

「肉体はへっちゃらですが、貧乏な我が家の数少ない皿が逝ってしまいました……」

 

「お皿ぐらいなら買えるぐらいにはなりましたから……」

 

 

ミカンさんと一緒にゲームをやろうとしますが……

 

 

「それ以上やるとボタンが引っ込むからやめとけ」

 

「確かにコントローラーがミシっていいました!今日はやめます!」

 

「シャミ子ってゲームの時は異様に反応が早いわよね」

 

「ところで桃は?」

 

「鬼気迫る感じでトレーニングしてるわ」

 

「えー、今日も修行ですか……あ」

 

「どうしたのよ?」

 

「妖力が切れちゃいます!……ぬお!」

 

 

妖力が切れた瞬間、バチンと手足がくっついた状態に戻りました。痛いー!少しも容赦ないですねコレ!

 

 

「思った以上にこの修行ヤバイわね……やんなくてよかったわ」

 

「うぅ、痛いです~動けないです~」

 

 

蓑虫みたいな状態になった私は、大人しく2人でドラマを見ることにしました。

 

浦飯さんは私の家で競馬中継見てます。

 

そして寝るとき。ウトウトした瞬間妖力のコントロールが外れ、一瞬で手足がくっついて戻りました。

 

それは勢いよく戻り、バチンと大きな音を立ててくっつきました。

 

 

「痛ー!こんなん寝れるかー!」

 

「うっせーなー、オレは大の字で寝れたぞ……」

 

「く、悔しい……!」

 

 

とまぁ、こんな感じで過ごすことになりました。

 

おかげで寝不足で、次の日の朝、桃の部屋でグータラすることにしました。桃とミカンさんも一緒です。

 

もぅマヂ無理。超解放したい。普通に生活できるってとても素晴らしいということを改めて認識できました。入退院繰り返していたころとはまた違う感情です。

 

 

「ところで、ここwifiのアンテナが微妙に悪くない?」

 

「そうかな?普通だと思うけど。機種による違いじゃないかな」

 

 

ミカンさんが携帯を弄っていると、そんなことを言い始めました。そういえばこの2人もですが、クラスの皆は携帯持っているんですよね。いいなぁ、私貧乏だったから持てなかったし。

 

 

「つーかwifiだの良く分かんねーな」

 

「あら、浦飯さんはそういうの問題なく使えそうな気がするけど」

 

「オレんとこにはwifiなんてなかったしな。メカはあんまり強くねー」

 

 

案外普通にそういったメカは使いこなしそうなイメージがありますが、どうやらそうではないそうです。皆メカとかパソコンの専門用語理解するの早いですよね。

 

 

「あーそれ分かりますよ浦飯さん。横文字並べられても困るというか……」

 

「だろー?パソコンなんか基本的な用語の解説がないから困ったもんだぜ」

 

「ですよねー。wifiの『アンテナ』なんて言われても何が何だか―――」

 

 

私がそう言った次の瞬間、呪霊錠がパンッという音と共に消え去り、抑えつけられていた妖力が解放されました。

 

 

「呪霊錠が!?」

 

「解除されてる!何で!?」

 

 

呪霊錠をつける前より妖力が上がってます。確かにパワーアップしてますが、それよりも何故呪霊錠が勝手に解除されてしまったんでしょうか!?

 

訳も分からずオロオロしていると、桃が何やら気づいたようでポンと手を打ちました。

 

              

「そうか!シャミ子はさっき『()()()ナ』と言った!そして呪霊錠の解除条件は『開《アンテ》』!図らずも解除条件を口にしてしまったことになったんだ!」

 

「まるで揚げ足取りみたいな解除ね」

 

「そんなぁ~、まるで能力戦のやられ方の典型例じゃないですか~」

 

「こ、こいつアホだ……」

 

 

浦飯さんはアホと言いますが、何で言葉まで気を付けないといけないんですかー!喋るのにも気を使うとかストレスマッハですよ!

 

嘆き悲しんでいると、桃が優しく肩を支えてくれました。

 

慰めてくれるんですね、と期待を込めて桃の目を見ます。

 

 

「さ、呪霊錠つけ直そう。1日でつける前よりパワーは上がっているから、長期間となればもっといける」

 

 

しかしそんなことはありませんでした。桃は平常運転です。ミカンさんに救援を要求する視線を送りましたが、首を横に振りました。

 

 

「桃の鬼!悪魔ー!」

 

「わがまま言わない!さぁ浦飯さん、早くつけ直しましょう」

 

「お願いだから休ませてー!」

 

 

頑張れシャミ子!発する言葉にも気を付けつつ、呪霊錠つけてもまともに行動できるよう努力するんだ!




本当はお祭りの話とつなげる予定が、長くなったので分割です。

幽白を読み返すと、暗黒武術会の準決勝の2日後に決勝戦を行ってます。なので印象が強い呪霊錠ですが、実際は2日くらいしかつけてません。

その割に幽助はかなりパワーアップを遂げてますが、アレは幻海の『霊光玉』を継承し、幻海の霊力を上乗せした状態での話ですので、シャミ子のパワーアップはそこらへん加味して決めようと思います。

最後のアンテナの下りは皆大好き、海藤君の『禁忌』で桑原がやられたあたりをリスペクト。

あれが念の元ネタなんですかね。身体能力では劣っていてもやり方次第でどうにかなる能力ですね。


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21話「夏祭りの景品に我が家の杖が!」

幽助の霊光波動拳の継承についてオリ設定ありです。杖回収理由が自分でも書いてて混乱しました。


呪霊錠をつけてから2日経ちました。今日は何と夏休みなのに登校日という謎のシステムの日です。

 

登校し、疲労困憊の状態のまま机で寝ていた私を見て杏里ちゃんが言った第一声は―――

 

 

「し、死んでる……!?」

 

 

極めて失礼なものでした。もう少し優しさがほしいです。

 

 

「死んでませ~ん……」

 

「机に突っ伏したまま言われても説得力ないんだよねぇ。しかも変なポーズしてるし」

 

 

昨日の疲労が取れず、私は席につくなり両手首と両足首をくっつけつつ机に突っ伏してました。

そのポーズはまるで捕まった犯罪者が許しを乞うような感じです。

 

その体勢のまま抗議しますが、ダメだしを食らいます。

 

だって顔を上げる気力すらないんですもん。

 

 

「てか何でそんな疲れてんの?夏休みだったんだよ?」

 

「かくかくしかじかです」

 

 

浦飯さんと一緒に説明しつつ、通学カバンの中にある一冊のノート……夏休みの絵日記を取り出して杏里ちゃんに渡しました。ジャポン学習帳です。

 

 

「なるほどなるほど……」

 

 

杏里ちゃんが絵日記帳を見てる横で、呪霊錠を含めて今日までのことを話します。

 

杏里ちゃんの表情は絵日記のページをめくるごとに引きつっていきました。

 

ちなみに絵日記は幽霊騒ぎ・喫茶店あすら・私の記憶・真理さんとの戦いの順で書かれています。

 

ちなみに幽霊と真理さんの話は個人情報保護のため詳しい経緯は書いてません、てかヤバすぎて書けないです。

 

 

「シャミ子の夏休み、激熱どころかほぼ事故じゃん……戦いすぎじゃね?」

 

「やっぱり戦いの頻度が多いですかね」

 

「喧嘩の頻度っつー意味ならそんなに多くねーと思うけどな」

 

「多すぎるわ!てかシャミ子の相手って聞く限り互角かそれ以上の相手しかいないじゃん!漫画だってもう少し雑魚相手と戦うって」

 

 

やはり普段喧嘩していた浦飯さんの感覚より、杏里ちゃんの意見のほうが正しいでしょう。

 

言われてみれば基本戦って勝っていますが、真理さんには2対1で負けましたし、自分よりずっと弱い相手とは戦ったことがないですね。

 

弱かったのは幽霊騒ぎのあのクズ男くらいなものでしょうか。でもあれは私以外の皆がぶっ飛ばしてしまいましたし、実質私は関係ないですね。

 

 

「戦いのたびに怪我してるし、しかもその上新しい修行してるんでしょ?休まないと死ぬよマジで」

 

 

 

杏里ちゃんはいつもの冗談を言うときのトーンではなく、本気でした。やっぱりヤバいですよね、この状況。

 

そう聞くと、杏里ちゃんは頷きました。

 

 

「だって今もその呪霊錠?とかしてるんでしょ?ちょっと見せてもらっていい?」

 

「あ、はい」

 

 

私は両手首につけていたシンプルな黒のリストバンドを外します。このリストバンドはお母さんからプレゼントしてもらったものです。

 

リストバンドを外した瞬間、両手首に光の枷が現れました。光の枷から1本の光が鎖のようにつながってます。それを見ると、杏里ちゃんは感心したような声を上げました。

 

 

「うぉ~、すごい。それで普通に生活は出来るの?」

 

「へへ……ところがどっこいです。気を抜くと物を壊したり、妖力が切れるとくっつくように戻るので気が全く抜けないんですよ。ハハハ……」

 

 

全力で身体強化をしている状況ですから、力加減が異常に難しく、すぐ物が壊れます。妖力切れで元のくっついた状態に戻ります。

 

呪霊錠をつけてから今日まで起こった生活上のハプニングを説明すると、杏里ちゃんは私の肩に両手を置いて、首を横に振りました。

 

 

「もういい、今日は休めシャミ子……!」

 

「杏里ちゃん……ありがとうございます!桃やミカンさんは頑張れとしか言ってくれなくて、味方がいなくて!」

 

 

今度恐ろしい修行方法があったら桃やミカンさんも巻き込んでやる、絶対だ!

 

どんな目に合わせてやろうかと尻尾をブンブンしながら考えていると、浦飯さんが「しょうがねーなー」と言い始めました。

 

 

「ま、今日も休みでいいか。まず普通の生活ができるよう訓練だな」

 

「よっしゃー!休みだー!」

 

 

思わず私はガッツポーズしました。魔族に覚醒してからというもの、怪我をしているとき以外は何かしら特訓してますからね。怪我なしで休みってサイコー!

 

そう叫ぶと、杏里ちゃんが「不憫な……!」とか言いながら涙ぐんでました。

 

 

「そういえばさ。こう言うと大変失礼なのは分かるんだけど、この呪霊錠をやったのって浦飯さんだよね?」

 

「おう。それがどうかしたか?」

 

「いやー、浦飯さんの話を聞いていると、浦飯さんってこういう細かい技術と言うか、技って苦手なタイプだと思ってたから意外でさー」

 

「杏里ちゃんてば直球です」

 

 

浦飯さんとは夢の中で組手をしますが、基本殴り合いで細々した技術や技を使ったことは一度もなく、技は使っても霊丸とショットガンくらいです。

 

だから呪霊錠なんていう特殊な術を掛けられることに驚いたものです。

 

しかし杏里ちゃんもはっきり言いますね。浦飯さん短気だし、ちょっと怒るかも……と邪神像の表情をのぞき込みます。

 

すると意外にも、納得しているかのような表情でした。

 

 

「あーそれな。実際オレも覚える気はなかったんだけどよぉ、幻海ばーさんが覚えろってうるさい時期があってな」

 

浦飯さんは懐かしそうな表情をして語り始めました。

 

 

☆☆☆

 

 

幽助が魔界統一トーナメントから人間界へ戻って数ヶ月が経過したころの話である。

 

その頃の幽助の仕事はラーメン屋の屋台をやりつつ、始末屋……妖怪関係専門の何でも屋をやっていた。

 

魔界と人間界との間に張られていた結界も解かれたことで、妖怪と人間の間でトラブルが発生する……かと思いきや全くそんなことはなかった。

 

むしろ一部の妖怪はアイドルデビューするなど積極的に人間たちの輪に入ろうとしていた。

 

魔界統一トーナメント優勝者である煙鬼の自治法を皆よく守っているのだ。おかげで幽助の始末屋としての仕事はほぼ皆無であった。

 

もっとも大会出場者の敗者は治安維持のためパトロールを行っており、もし自治法を破ることがあればパトロール隊を相手にしなくてはならない。

 

トーナメント3回戦負けの選手が浦飯幽助・飛影・蔵馬といった凄腕である。そんな連中が相手となれば、違反を犯そうとするものがいないのも納得である。

 

細々とした依頼はあるものの、基本的にはラーメン屋で生計を立てている幽助。そんな彼にある日幻海から1本の電話がかかってきた。

 

 

『暇だろうから、こっちに顔を出しな。お前に渡したいものがある』

 

『急になんだよバーサン。こっちは起きたばっかだし、第一オレ夜から仕事だぜ』

 

『しばらく休んでも問題ないだろ。早く来な!』

 

 

ラーメン屋は夜に出している。そのため昼間まで寝ていた幽助は気怠そうに答えるが、そんなことはお構いなしに幻海は一喝し電話を切った。横暴である。

 

 

『ったく、あのババァはいつも通りだな』

 

 

ぶつくさ文句言いながら幽助は幻海の元へ足を運ぶ。いつもであれば無視するところであるが、理由もなく呼び出すタイプではない。気になった幽助は幻海の寺へ訪れた。

 

 

『来たぞバーサン、何の用だよ』

 

『やれやれ、相変わらず礼儀ってもんを知らないね。師匠に手土産の一つも持ってこんとは』

 

『(このクソババァ……!)』

 

 

呼びつけておいてこの態度に幽助はイラついた。まぁある意味平常運転とも言えるし、元気そうではある。

 

ちゃぶ台を見るとすでに用意されていた2人分の茶が目に入った。

 

何だかんだ来ることを予想していたらしく、乱暴に座った幽助は茶を飲みながら一服する。

 

しばらくすると幻海から話し始めた。

 

 

『お前に霊光波動拳の奥義の伝授をしようと思ってね。それで呼んだのさ』

 

『よーし、帰るかぁ!』

 

『待ちな』

 

 

幻海は部屋を出ていこうとした幽助の足を引っかけて転ばせた。普段なら受け身を取れる幽助だが、何故か今回は頭から落ちた。予想していなかったためであろう。

 

 

『なーにすんだクソババァ!第一奥義は戸愚呂の前に渡し終えただろ!』

 

『バカ助かお前は!あれは霊光玉を渡しただけだ。お前には霊光波動拳の五大拳の修行が済んでない……つまり今のお前は霊光波動拳の伝承者としては不十分なんだよ』

 

 

霊光波動拳にはそれぞれ『攻・防・仙・療・修』の五大拳があり、それぞれ奥義がある。

 

幽助は基礎的な修行しか行っておらず、その状態で伝承者となった。事態が切迫していたため致し方がないが、はっきり言えば未熟な状態で幽助は伝承者となったのだ。

 

 

『つってもよー、今更やる必要あんのかよ?』

 

 

正直に言えば奥義伝授前の幻海より今の幽助のほうが圧倒的に強い。今更霊光波動拳にこだわる必要がどこにあるのか?そう幽助が尋ねると、幻海は厭味ったらしくため息をついた。

 

 

『確かにお前は強くなった……だがお前はまだ技術が足りない。そのせいで苦戦した記憶は思い当たるだろう?』

 

『まぁ……確かにな』

 

 

思い当たるのは仙水と黄泉だ。幽助は技術が上手いタイプが苦手であり、両者に対して機転を生かして戦ったが、結局初めての戦いは2名のどちらにも負けている。

 

 

『……それに、あたしの寿命も近い。お前に渡せるものはこれくらいしかないからな』

 

『バーサン……』

 

 

元々霊光波動拳の継承者の選抜の理由も、幻海本人の寿命が近いから行ったものだ。戸愚呂との戦いで一旦死んで生き返ったものの、寿命が長くなったわけではない。

 

幽助は改めてそのことを思い出していた。言われるまで忘れていたともいえるが。

 

しんみりした空気になった瞬間、幻海は意地悪そうな笑みを浮かべた。大抵こういうときは碌なことを言わないものだ。

 

 

『まぁ別に帰ってもいいがな。あたしより強いお前が霊光波動拳の修行に根を上げて逃げ帰ったとなれば、良い笑い話になるさね。せいぜいあの世で広めてやるさ』

 

 

ケラケラと笑う幻海の姿に幽助は切れた。まるでビビって逃げ出すような言い方である。

 

以前の修行を何度も抜け出そうとした男は、声を張り上げた。

 

 

『て、テメェ……!やったろーじゃねーか!今のオレなら奥義くらい簡単でー!』

 

 

強くなっても簡単に乗せられる男、それが浦飯幽助である。

 

――――幻海の計画通りであった。

 

 

『その言葉、忘れんじゃないよ』

 

 

☆☆☆

 

 

「そんで修行して全部覚えたわけよ。今にして思うとバーサンは本当にもう残り少ないって分かってたんだな。まんまと乗せられたぜ」

 

 

その後幻海さんは霊界テロ後すぐに亡くなられたと聞いてます。おそらく急いで教えたのでしょう。普通に教えると言ったのでは浦飯さんは首を縦に振るタイプではありませんからね。

 

 

「うーん、チョロイですね」

 

 

しかしこうも簡単に乗せられる人に教わっていいのか、少し悩みどころです。そう言うと浦飯さんはキレました。

 

 

「誰がチョロイだコラァ!」

 

「あなた以外に誰がいるんですか誰が!」

 

 

2人で言い合いを繰り広げていると、杏里ちゃんが苦笑いしながら割って入ってくれました。

 

 

「まーまー。理由も分かってスッキリしたところで、今日は気分転換に商店街でお祭りあるからちよももとミカン誘っていこーよ!いいよね浦飯さん」

 

「いいんじゃねーか。オレもこんな修行ばっかだったら嫌だしな。ババアとの修行の時は何度ぶっ飛ばしてやろーと思ったか………」

 

「オイ、修行させてる本人が言いますか!?お祭りは必ず行きます!」

 

 

前言撤回!この人優しくないです!

 

修行の提案者がそんなことを言い出したので、勢いのまま杏里ちゃんの誘いに乗りました。

 

口は悪いですが、浦飯さんは幻海さんのことをあんまり傷つけようとか思ってなかったでしょう……恐らくですが。私の場合は、いつか浦飯さんをギャフンと言わせてやりますがね、ケケケ。

 

 

「よし決まり!喫茶店あすらで待ち合わせねー!」

 

 

ちよももとミカンも誘っておくからー!と言った瞬間ホームルームが始まりました。今日は午前中で学校が終わりなので、すぐあの2人にも会えるでしょう。

 

授業は眠かったので大半寝てしまい、先生に注意されましたが何とか学校も終わり、皆に喫茶店あすらの前で合流しました。

 

私以外は皆浴衣を着ていて、店の前ではお祭り用の弁当を販売しているマスターとリコさんもいました。

 

 

「おやシャミ子はん、今日はお祭りなのに浴衣着てへんの?」

 

「あ、うちに浴衣はなくて……」

 

 

今までお祭り行くほど体力もなかったので、浴衣を持ってなかったことを言うとリコさんはポンと手を叩きました。

 

 

「じゃあこれはプレゼントや」

 

「これ、浴衣ですね」

 

 

すっとリコさんに出されたのは浴衣でした。何故用意してあるのかは分かりませんが、綺麗な浴衣です。

 

 

「良い色だと思うんや」

 

「悪いですよ、貸してもらうなんて……」

 

「ええからええから」

 

 

ただでもらうのは悪いので断ったのですが、リコさんはぐいぐい勧めてきて、あっという間に着替えさせられました。

 

淡い色の浴衣です。サイズもぴったりでした。

 

 

「似合う~。これでウチが皆の浴衣をコーディネートしたことになるわ~」

 

「え、そうなんですか」

 

 

3人の方を向くと、桃は嫌そうな顔をして服を脱ごうとしていて、ミカンさんと杏里ちゃんは苦笑いしてます。

 

 

「謎の技で全く脱げない……」

 

「そーなんだよねー」

 

 

桃が脱ごうとしますが全くビクともしてません。どんな素材でできてるんですかね、アレ。

 

何かやたらリコさんは左手を背中に回す変なポーズ取りながら、とても悪そうな笑顔浮かべてます。何故でしょうか?

 

           

「(完璧やな、ウチの幻術♡)」

 

 

しかしさっきから浦飯さんが「いいね~」とかなんか言ってるんですよね。

 

も、もしや我々の浴衣に見惚れてしまったとかでしょうか!?

 

それにしては目がかなりいやらしいです。ミカンさんも皆身の危険を察したのか、両腕で体を抱きし締めて浦飯さんから距離を少し取りました。

 

 

「リコ、オメーも悪い奴だな。ナイスだぜ」

 

「幽助はんなら、そう言うてくれる思うとりましたわ。やっぱり分かります?」

 

「目を凝らせば分かるからな……浴衣に見せかけてるだけだろ?」

 

「正解ですわ~」

 

 

何だか2人ともすごい悪い顔して話してますが声が小さすぎて聞こえません。いったい何ででしょうか?そんなに浴衣が好きだったんでしょうか?

 

突っ込んでも答えてくれなさそうなんで、そのまま皆でお祭りに繰り出しました。

 

正直お祭りにはほとんど行ったことがないので、あれもこれも買いまくってしまいます。

 

焼きそばうまーい!……箸を折らないよう細心の注意を払いつつやってますけどね……!

 

 

『……杖を、景品の杖を取るのです……』

 

 

両手に食べ物を抱えていた私の頭の中に、突然私の中にいる千代田桜さんの声が聞こえました。

 

夢の中で会ってから一度も声を聴くことがなかった千代田桜さんの声が何で今聞こえるのでしょうか?

 

その声のことを皆に知らせると、みんな驚いてました。ちなみに事情を知らない杏里ちゃんにも簡潔に話しました。

 

 

「桜さんってちよもものお姉さんでシャミ子の中の人ってことだよね。もしかしてお告げってやつ?」

 

「お告げ……まぁ確かにそうなるかも」

 

「もしかして景品の杖ってあれじゃない?」

 

 

ミカンさんが指さした方向にはダーツの屋台がありました。景品が飾ってある棚の最上段の真ん中に、星型の杖がありました。

 

目を凝らしてよく見ると、魔力が発せられてました。

 

 

「間違いない、アレは魔法的なアイテムだ……!」

 

「おうあんた、アレどこで手に入れたんだ」

 

 

桃が指をさし、ミカンさんもそれに対して賛同しました。どうやらマジで魔法関係の道具っぽいです。そこで浦飯さんがダーツ屋の店長の男性に話しかけました。

 

男性は手に水かきがあって、半そでから出ている腕には鱗が見えてます。……ってこの人魚人ではないですか!

 

しかし浦飯さんはお構いなしに話を進めていきました。

 

 

「あれかい?オレの犬が散歩中ちょっと目を離した隙に勝手に持ってきてよ。どこから持ってきたかもわかんねーから景品として出しちまおうかなと。あ、千代田さんお疲れ様です」

 

「あ、どうもこんにちは」

 

 

やばい、状況が色々掴めません。杖の入手方法もそうですが、桃ってばこの魔族の方と知り合いだったんですね。

 

 

「あ、紹介するね。こちらオソロ夫妻。普段は魚屋を経営しているんだ」

 

「初めましてオソロです。オロソじゃないので注意してください。で、こちらが妻です」

 

 

奥さんもどうやら魚人の方のようですが、奥さんの方は大人しい方なのか、ペコリとお辞儀をしただけでした。

 

桃の話によると1年前にこの街へ引っ越してきた夫婦で、引っ越しの際桃の世話になったそうです。魚人が魚屋だと共食いにならないのでしょうか?

 

 

「落とし物は警察に届けたほうがいいんじゃないかな?」

 

「出したんだけど、持ち主が見つからなかったから戻ってきたんです。子供もいい歳だし、あーゆーのはもう使わないからちょうどいいかなって思って。

欲しいならダーツやりません?1回500円です」

 

「……あれはダーツっていうより……」

 

「東京フレ○○パークで見たやつだコレ!」

 

 

私たちの目の前にあったのは巨大なボードでした。高さは桃より大きく、横は両手を広げた長さより長いです。

 

ボードの中には商品が色々書いてあります。特賞の車は矢の先端部分の隙間くらいしか幅がなく、両隣はたわしと表示されてました。本家より悪質!

 

お目当ての【魔法の杖】は小指の爪ぐらいの幅です。両隣はバトル鉛筆がデカデカと書いてあります。この差は汚い、あまりにも汚い……!

 

 

「え?てか良い商品狭くない?」

 

「お祭りですから」

 

 

それでいいのかと突っ込みたくなるのですが、そう言っている間にも私たちの後ろにお客さんが次々とやってきます。やっぱり難易度は高いですが、豪華商品ですから人はやってくるみたいです。

 

 

「わ、私たちも早くやりましょう!」

 

「任せて。射撃なら私が得意よ」

 

「いやいや、まず私がやる!」

 

 

射撃が得意と言ったミカンさんを遮ったのは杏里ちゃんでした。

 

確かに魔法少女としてボウガンで戦うミカンさんにとってはいくらボードが早く回ろうとも問題ないはず!ミカンさんがいるので、私たちは普通に遊べると杏里ちゃんは考えたようです。

 

 

1回500円で矢1本のみ使えるので、お金を支払った杏里ちゃんは使う矢を持ち、白線の前に立ちます。ボードまでの距離はおよそ10m!……長くないですか?

 

 

「ゲームスタート!」

 

 

店長の声で回り始めたボード。その速度は普通の人なら文字が全く見えないレベルです。余りに早すぎて10m以上離れているのに風が巻き起こってます。早すぎぃ!

 

 

「早いわ!」

 

「いえいえ、適正ですよ?」

 

 

あまりの早さにビビっていた様子の杏里ちゃんですが、意を決して投げました。そして矢は真っ直ぐボードに向かっていき……

 

――――そのままボードに刺さらず矢が弾かれました!

 

 

『えぇー!?』

 

「早いだけじゃねぇ、ボードを魔力で強化してやがる!せこいヤローだぜ!」

 

「なんですとぉ!?」

 

 

浦飯さんの言う通り、よく見るとボードの周りに魔力が見えます。あれで回転スピードと強化をしていたようです。余りにもせこい。せこすぎる商売です。

 

 

「ちょっと!あれはせこすぎるでしょ!」

 

「魔力使ってはいけないというルールはないので……その分景品は豪華ですから」

 

 

言われて景品を見ると、豪華クルーズ船ディナー券や有名遊園地1日パス、最新ゲーム機などもあった。まぁそれらの的の幅は超狭いですが。

 

 

「あ、ついでにボード壊したら失格ですからね」

 

「自分は強化しているくせに……!」

 

 

ボードを壊すほど強化した矢を投げたらアウトという厳しさ。この人店出しちゃダメでしょ!

 

ミカンさんが桃に「アウト?」なんて聞いてますが、桃は首を横に振ってます。桃的にはまだセーフのようです。

 

お祭り的にはアウト……!圧倒的アウトですよ……!

 

しかし私の中の桜さんがあの杖掴めと轟叫んでいるので、私も挑戦です。

 

 

「おいシャミ子、杖はミカンに任せて『日本酒飲み比べセット』狙ってくれや」

 

「水でも飲んでください!妖力で矢を強化して……!うりゃー!」

 

 

浦飯さんの言うことは無視して、ボードに纏っている魔力を超える程度に妖力を込めた矢を放ちます!

 

そして当たったのは……

 

 

「たわしー!?」

 

「ケッ、使えねーやつ」

 

 

ど真ん中でたわしという大外れでした。そこ!体動かないくせにうるさいですよ!

 

 

「……次私。えい」

 

 

桃がいつの間にか準備して投げた先は

「これで君も忍者に!超リスト&アンクルウェイト!」でした。何をゲットしてるんだキサマは!

 

 

「ちょうどほしかった……」

 

「ちょっと!杖を狙ってくださいよ!」

 

「大丈夫。ミカンならできる」

 

「まかせて!」

 

 

桃がミカンさんの肩に手を置くと、ミカンさんをウインクして答えました。

 

やはり射撃主体のミカンさんにとっては楽勝なのでしょうか?

 

 

「そーいやアイツは緊張すると呪いが出なかったか?」

 

「そ、そういえば……」

 

「あー、そんなことも言ってたね」

 

 

浦飯さんが言ったミカンさんの呪いをすっかり忘れてましたが、桃は薄く笑って答えました。

 

その間にミカンさんは既に矢を構えてます。その横顔には焦りはないように見えて

 

 

「……大丈夫。これくらいミカンには―――」

 

 

躊躇することなく、ミカンさんが矢を放った先は―――

 

 

「楽勝だから」

 

 

――――魔法の杖の箇所でした。

 

 

『よっしゃー!!』

 

 

皆でミカンさんに抱き着くと、ミカンさんは嬉しそうに笑いました。やっぱり頼りになります!

 

そんなこんなで無事杖もゲットでき、お祭りも満喫したので浴衣を返しに喫茶店あすらにやってきました。

 

 

「リコさん、浴衣返しに来ましたー」

 

「わざわざエエのに、律義やなぁ」

 

 

お客さんは今はいないようで、マスターと一緒にリラックスしてました。何か喫茶店で休んでいるとオトナって感じの雰囲気です。

 

お祭りで騒いだ後には、この空気がすごく落ち着く感じがしました。

 

皆で店の更衣室を借りて浴衣を返すと、リコさんは何故か畳んで返した浴衣を広げました。何でわざわざ広げるのでしょうか?

 

 

「どうしてせっかく畳んだのに広げるんですか」

 

「元に戻すんよ」

 

「え?それ、どういうことです?」

 

「だって、これ元は葉っぱやし」

 

「――――は?」

 

 

リコさんの綺麗な笑顔から放たれた言葉は、私たちの頭の中を真っ白にするには十分でした。

 

その言葉を証明するように、魔力で覆われたリコさんの人差し指と中指が浴衣の上を滑るように移動させると、浴衣が葉っぱへと変わりました。

 

 

「ウチの能力や。能力名は言えんけど、ええできやろ~」

 

「リコ君!?そんなことは聞いてないよ!?」

 

「言うてへんもん」

 

 

マスターの驚きの声に、リコさんは何でもないかのように答えました。

 

善意で貸してくれたと思った浴衣は、全て葉っぱだったということで。

 

私たちは葉っぱ一枚でお祭りのご町内をうろついていたという事実が判明したということになりました。

 

危機管理フォームの様な、いつも仕方なく露出が多い変身とは訳が違います。全員がリコさんを見ると、リコさんは首を傾けてこう言いました。

 

 

「引っかかった~♡」

 

「クソ狐……殺す!」

 

 

桃の強烈な殺気が店内に満ちます。いや、桃だけではありません。ミカンさん、そして私も怒ってます。杏里ちゃんも怒ってますが、変身できないので私たちを応援してくれてます。

 

通報一歩手前な格好をさせられた恨み、思い知るがいい……!

 

そこで、おかしな点に気づきました。

 

桃の持っているものがいつものファンシーな杖ではなく、何故か真っ黒な【日本刀】に変わっていたのです。

 

その日本刀を見て、桃はこう言いました。

 

      ヤ

「これなら、殺れる!」

 

「ピエェ……」

 

「おー、ぶっ殺せー!」

 

 

殺気120%でした。躊躇なんて言葉は忘れたようです。もう殺気が店内に充満し、マスターはブルブル震え、浦飯さんは野次を飛ばしてました。

 

 

「ふふ、やめてほしいわ……そないな殺気ぶつけられると……」

 

――――興奮してしまうやないか……♡

 

 

多少ビビるかも……なんて思っていたリコさんですが、何だか頬がうすく紅色に染まって魔力が滅茶苦茶禍々しく蠢いてました。

 

こ、この人もしかしておかしい枠組みに入るのではないでしょうか。

 

そんな不安がひょっこり出てきましたが、もう後戻りはできません。

 

 

『いくぞッ!!!』

 

 

3人同時に仕掛け、迎え撃つはリコさん。ここに戦いの火ぶたが落とされたのです。

 

 

「うちの店がーッ!!?」

 

マスターの悲鳴だけが木霊しました。

 

 

☆☆☆

 

 

勝負の結果?店がちょっと壊れてた隙にリコさんが逃げ出してところを追撃したら、私は締め落とされるという敗北に終わりました。そして他2人からリコさんは逃げ切りました。リコさんパネェ。

 

修行しまくってるのに敗北した悲しい私は持ち帰った杖をお母さんに見せました。

 

するとお母さんからこの杖は私の父が使っていたものだということが判明したのです。何でも持ち主の意思で棒状のものであれば形状変化できる凄い武器だそうです。

 

ところで何で浦飯さんは浴衣の正体を知ったとき動じなかったのか聞いたところ

 

 

「いや、何かしらやってんのは目を凝らせば分かんだろ。騙されるほうが悪い!」

 

などとぬかしたのです。

 

なんと卑劣な人なのだろうと私は怒りました。なのでお母さんにチクリました。

 

 

「年頃の娘の肌を晒す危険性を教えないとは……浦飯さん!罰として今日から1週間娯楽品と嗜好品は禁止です!酒もたばこもゲームも取り上げです!」

 

「嘘だろ清子さん!?勘弁してくれー!」

 

 

悲しい浦飯さんの叫び声が木霊しました。これにて一件落着です!

 

つづく




原作だったら「めんどくせぇ」の一言で奥義継承してなさそうな幽助ですが、この小説のオリ設定ということで皆さん許して!何でもしますから!

今回お祭りでオソロ夫妻によるダーツ戦をやろうと思いましたが、作者がダーツは数回しか遊んだことがないのでなしとなりました。ダーツはむずい!

後リコファンの皆さんすいません!

原作リコってヒソカの能力にかなり近いものを感じます。
葉っぱを別の物に見せたり、桃の体に浴衣を張り付けて取れなくしたりと結構共通点があります。性格も気まぐれで嘘つき。
地味にシャミ子敗北回。呪霊錠を解除する条件は言葉なので、解除前に倒されると良いのではと思いました。


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22話「桃の心の内……と変な奴らです!」

桃って色々重いイメージ。原作の最新話も桃もシャミ子も過去が重い重い。
そんな訳で今回は自分なりの桃のイメージも入ってます。注意。


『お母さん、あれ買ってー?』

 

『はいはい、また今度ね?』

 

 

窓の外で行われている親子のやりとりを、私は横目で見つめていた。

 

名は桃。名付け親は施設の人間。

 

私は生まれてから一度も両親を見たことがない。何故なら私は孤児だったから。

 

他の人は家族と言うものを当たり前に持っていた。その当たり前は、私にはない。

 

 

『今日から君のお姉さんになる千代田桜です!』

 

 

そんなある日。突然私にそう名乗った人が現れた。魔法少女だという。そのままその人に引き取られ、家族となった。

 

何故私を引き取ったのか?そう尋ねるとその人は悩んで答えた。

 

 

『君には魔法少女の才能を感じたからさ』

 

 

良く笑う人だった。いつでも何でもコロコロと表情が変わり、すぐ行動に移す人でもあった。

 

孤児で外の世界を知らない私を色んなところへ連れ出してくれた。

 

 

『お姉ちゃん、どこ?』

 

 

そんな生活も長くは続かない。10年前、姉は突然姿を消した。

 

何も残さず消えた姉。手掛かりはない。

 

当時の私が持っているものと言えば、姉から教えてもらった魔法少女としての力だけだった。

 

私は魔法少女として活動し、姉を探した。

 

私が欲しいのは名誉でもお金でもない。もっと当たり前のものが欲しかっただけ。

 

 

『殺せ!殺せ!』

 

『俺の手柄にしてやらぁー!』

 

 

しかし来るのは余計なものばかり。魔法少女として活動して名が売れると、そんな輩ばかりが寄ってきた。

 

魔族から狙われ、時には魔法少女同士の殺し合いも何度もあった。エーテル体でなければ死んでいることも何度もある。

 

だが探しものは見つからない。

 

いつの間にか世界を救った魔法少女として噂されるようになった。

 

平和になり、当たり前の日常を謳歌する人々。だが私にとっての当たり前な日々は未だない。

 

いつしか魔法少女に変身することはなくなっていた。もう疲れたのだ。

 

 

「またあの夢か……」

 

 

暑い夏の日。布団と寝間着を汗で濡らした千代田桃は目を覚ました。幾度となく見た夢に、気持ち悪さを覚えながら。

 

ここ最近昔の夢を見ることが多くなっていた。見る日は大体嫌なことがあった日か、戦いがあった日であった。

 

明らかにストレスからきているものであることは分かっていた。しかし見てしまうものは見てしまう。止め方が分からなかった。

 

起床後シャワーを浴びた桃は流し台の蛇口をひねって水を飲むと、トレーニング用の服へ着替えた。こうしてモヤモヤしているときはトレーニングをすることで、頭の中から嫌なものを追い出すことが出来るからだ。

 

まだ太陽が昇るかどうかという時間帯。桃は駆けた。

 

何度もダッシュを繰り返し、動きを加える。夢中になって走っていると、山奥の奥々多魔駅に着いていた。

 

誰もいない山奥で1人変身する。変身した桃は手元を見る。

 

武器は先日のお祭りから、杖でなく真っ黒な日本刀のままであった。

 

意図して武器を変えたものではない。恐らく、今の精神状態から引っ張り出されたのがこの武器なのだろう。

 

桃は左腰だめに構えた日本刀を目の前にあった岩に向かって右薙ぎに振った。

 

熟練した魔法少女が見ても一瞬ブレたようにしか見えない速度の斬撃。数瞬遅れて、切れた岩の上部分がずれ、地面に落ちた。

 

この日本刀が意味することは――――

 

 

「【闇堕ち】か……」

 

 

明らかに闇堕ちが始まっている。この黒い日本刀はあの血池真理のように、心が負の感情へ堕ちていることへの証明なのだろう。

 

あの女も黒と赤がメインの色の戦闘フォームだった。いずれ心が闇に飲まれれば、桃自身の戦闘フォームも黒に染まるだろう。

 

そこまで考えて、桃は数度頭を横に振ることで頭の中をリセットした。考えれば考えるほど、落ち込んでしまうだろう。考えないのが一番いいはずだ。

 

桃はそう切り替えて、日本刀で周辺の木や岩を切っていった。幸いこの辺りは姉である千代田桜の私有地である。つまりいくら切り裂いたとしても問題なかった。

 

しばらく切り続けて疲労感を感じたので、岩に腰掛ける。ふと空を見ると、既に夕焼けに染まり始めていた。

 

随分長くトレーニングしたな、と考えているとお腹が鳴った。水分補給はしていたが何も朝から食べていないので、時間を把握すると途端にお腹が空いてきたのだ。

 

今日のシャミ子の晩御飯は何だろうと考えつつ、全力でばんだ荘に戻ることにした。桃は基本自分で食事は作らない。引っ越してからと言うもの、シャミ子に作ってもらうのが大半であった。

 

家に帰ると、料理している音と幽助とシャミ子の声が聞こえた。2人は台所にいるのだろう。何となく気になり幽助とシャミ子の会話に聞き耳を立ててみた。

 

 

「しかし便利だな親父さんの残してくれた杖は。油が完璧に張っているフライパンに変わっちまうとは……」

 

「ですよね!突然のキャンプにも対応できます!」

 

 

桃は思わずズッコケそうになった。ダーツでとったシャミ子の父が残した魔法の杖は、シャミ子の意思で棒状であればあらゆるものに変化するアイテムだった。

 

かなりすごいアイテムのはずなのだが、当人の使い方が庶民的すぎる。桃には逆に思いつかないものであった。

 

 

「……ところでよ、鍵とかに変化はできねーのか?」

 

「万引きとか空き巣には絶対使わせませんよ!犯罪はダメです!」

 

 

その発想がすぐ浮かんでくる時点で、シャミ子は大分幽助に毒されていることに本人は気づいていないようだった。

 

 

「バッカ、オレなら普通の家なら3秒で開けれるぜ。オメーの場合だったら先公の机の中を開けて、テストの答えをちょっと拝借したりだな……」

 

「その発想はなかった!」

 

 

今時先生の机の中にテストの答えが入っているのだろうか?最近はパソコンの中にありそうな気もするが、ちょっと知りたいかもと思った桃だった。

 

何も聞いてないかのように帰宅した桃は、いつもの通りシャミ子に晩御飯を作ってもらい、食後休んでいるとシャミ子が何やら勉強をしていた。

 

何をしているのか尋ねると、夏休みの宿題を律義にやっているらしい。

 

桃はまるでやっていないと話すと、シャミ子はそれは人としてダメだと訴えてきた。

 

何と魔族らしくない子なのだろうか。魔法の杖の使い方といい、明らかに種族を間違えている気がする。

 

一方隣で封印されている魔族は宿題どころか学校そのものをサボる常習犯であった。これが魔族としてあるべき姿だろう。

 

 

「勉強なんかしないでも生きていけらぁ」

 

「でもやっぱり学生ですから勉強しないと……」

 

 

浦飯の発言に対してシャミ子はダメ出しした。

 

そんな2人を見て「2人を足して割るとちょうどいいんじゃない?」と桃は提案してみた。

 

すると魔族同士で「ダメ人間になっちゃいます!」だの「アホになって弱くなっちまうぜ!」だのと言い争いを始めた。どうやら勉強しようとしまいと思考レベルは大して変わりはないようだ。

 

 

「桃はちゃんと宿題しますもんね!?」

 

幽助が勉強を否定してくるからか、シャミ子はこちらに意見を振ってきた。

 

生憎だが元々今日はモヤモヤしっぱなしだったのだ。ストレスが溜まる宿題なんぞする気は桃にはさらさらなかった。

 

 

「大丈夫。宿題はおいおい進行するから」

 

「おいおいとは!?」

 

「なんかおいおい……」

 

「私の目を見て話してください!」

 

 

桃は適当に誤魔化そうとしたが、やたらとシャミ子は追及した。本当に何故魔族なのか。不思議なくらい真面目というか、普通に生きようとしている。

 

桃にはそれが少し眩しく感じた。

 

とはいえ宿題をやりたくないのも事実。適当に言いくるめて忘れさせる作戦に出たが、あと一歩のところで失敗した。

 

桃はあまり口が上手いほうではないが、それでも騙されかけるシャミ子は本当に危ういと思う……詐欺的な意味で。幽助が良いカモになるというのも納得するレベルだ。

 

 

「宿題が出たらこれを差し上げます!動物園のチケット!トラの赤ちゃんと触れ合えるVIPチケットです」

 

 

瞬間、桃に電撃が走る――――

 

 

「やろう、今すぐに」

 

「急にヤル気に!?さてはキサマ猫科が弱点だな!?」

 

「お前ら両方チョロイなー」

 

 

師匠にまんまとノせられた男が色々言っているが、桃は宿題に神経を注いだ。トラの赤ちゃんと触れ合える機会を逃すわけには行かない……!これは対価……!宿題への正当な対価なのだ……!

 

そこで桃はペンが止まった。そういえば高校どころか、こうして友人とどこかに出かけるなんてしばらく記憶にない。

 

誰かと一緒に、楽しいことをするという感覚が抜けていた。

 

 

「あとさ、シャミ子。動物園の日に、シャミ子が本気で作ったお弁当を食べてみたい。外で」

 

 

だから桃は希望を口にした。外でピクニック。魔法少女での活動を除けば、しばらく記憶にない物だから。

 

 

「……!食べきれないくらい作ってやるから覚悟しておけ!」

 

「張り切り過ぎて失敗しそーだけどな」

 

「何をー!?」

 

 

どこかコミカルな、平和なやり取りに桃は頬を緩ませた。いつの間にか、闇堕ちのことを考えている自分はいなかった。

 

 

 

 

数日後。宿題を終わらせて、皆で動物園で待ち合わせをしていた。

 

先に着いたのはミカンと桃。桃はいつもの私服ではミカンに「ダサい!」と指摘され、ミカンの服を借りることにした。

 

 

「やっほー♡」

 

「……なんでいるんですか?」

 

 

気合いを入れてオシャレをしてきて、さあ出かけようというとき。シャミ子の後ろからマスターとリコが顔を出してきた。

 

一見人が良さそうな笑みを浮かべたリコは自分たちも参加したいなどと言い始めた。

 

シャミ子が美味しい弁当をリコに習いに行って、そこから話が漏れたそうだ。

 

元々桃はリコという魔族が好きではない。腹の中身は恐らく真っ黒だろうからだ。

 

桃は言外に御帰宅するよう話すが、リコはそれに気づいている上であの手この手で参加しようとしてきた。

 

 

「ウチらも獣やろ?一緒にいれば癒されると思うんや」

 

 

――別にあなた方をもふりたくはない。桃はそう思っていた。

 

楽しみにしていた動物園。普通に皆で遊ぶということさえできないのかと、黒い感情が心の底から少しずつ沸き上がってくるのを、桃は感じていた。

 

マスターの腰痛が出たので帰らせようとするが、ミカンとシャミ子がフォローするということでお流れになり、結局一緒に行くことになった。

 

動物を見て癒されるも、何となく心のモヤモヤが晴れない桃。

 

しばらくしてシャミ子だけが桃に近づいてきた。そのシャミ子曰く、自分たち以外の他の人たちは帰ったと伝えてきた。

 

――そう桃に信じ込ませたいらしい。

 

 

「だから2人で一緒にお弁当食べましょう?」

 

「……化けるならもっとうまくやってほしい。ここ最近、シャミ子は浦飯さんなしで出歩かない」

 

 

普段のシャミ子は腰に邪神像をつけていて、つけてない日は滅多にない。八つ手戦で学んだことだ。しかもシャミ子とリコでは体捌きが違う、見る人が見れば簡単に見抜けるレベルだった。

 

 

「おや、すぐバレてしもたわ」

 

 

睨みつける桃の言葉を聞いた瞬間、シャミ子から元の姿へ戻したリコ。全く悪びれる様子もないリコに桃は苛立った。

 

 

「一体何がしたいんです、あなたは」

 

「いややわー、殺気が混じって動物が怯えとるよ?リラックス~」

 

 

桃の冷たい態度を目の前にしても、リコは笑顔を崩さなかった。それが増々、桃の勘に触った。

 

 

「……本当に殺すか?」

 

 

より一層強くなった殺気。辺り一帯の生物は身動きが取れなくなるような圧を受けてなお、リコは笑顔をより深ませた。今までとは違う、好戦的な笑顔だった。

 

 

「闇堕ちしかけている今の桃はんが?」

 

「――!」

 

 

桃の意外そうな表情に、リコは嗤った。今の桃の変化は注意深く見ていれば分かることである。今まで数多くの魔法少女を退けてきたリコにとっては簡単に見抜けるレベルであった。

 

 

「今はギリギリ光側やけど、ちょっとしたきっかけで堕ちますよ?それは自分でもわかっておるはずや」

 

「それをあなたが言いますか……!」

 

「先日のお詫びも含めてということですわ。ウチの葉っぱを食べれば、魔力が一時的に安定しますよって」

 

 

尻尾から取り出し、桃に見せたのはリコの魔力が感じられる大量の木の葉だった。これを食せということらしい。また揶揄われているのだろうか?桃にとっては煽ってるようにしか思えなかった。

 

 

「ふざけてるんですか?」

 

「ふざけとらんよ?ウチは真面目や」

 

 

――玩具は多いほうが面白いからなぁ

 

 

リコの脳裏にはこの街の多くの人間を模した人形が、箱の中に入っているイメージが浮かんだ。

 

その中でもお気に入りなのが、幽助を筆頭にシャミ子、桃、ミカンと並んでいる。マスターは別枠である。

 

リコが腹の中で何を考えているのかある程度わかったのか、桃は表情をより歪ませた。

 

そこへシャミ子たちが合流した。どうやらリコに撒かれていたことに気づき探していたらしい。

 

妙に緊張感漂う2人の態度にどういうことかとシャミ子がリコと桃に尋ねると、リコが粗方答えた。

 

 

「「桃の闇堕ち……!?」」

 

「え、そーなのか?」

 

 

シャミ子とミカンはハモッて答えた。この2人はリコの予想範囲内だったが、幽助のコメントでリコはずっこけそうになった。

 

嘘つきは嘘を見抜くのが上手い。長年嘘つきをやっていたリコには、幽助が嘘ではなく本気で言っているのが理解できたからだ。

 

 

「何で幽助はんも驚いているんや……ウチはてっきり知ってて見逃してるんやとばかり思うとったわ」

 

「つってもよー、闇堕ちと普通の状態の魔力の違いなんか分かんねーっつうの」

 

「……幽助はんは戦うときは頭はキレますが、それ以外はぼけーっとしとりますな~」

 

「バーさんみたいなセリフ言いやがって……!」

 

 

戦いの際のアイデアは幽助はかなりキレるタイプである。

 

しかしそうでない普段のときは頭が回っていないのが幽助だ。

 

いい例が暗黒武術会後、桑原の霊気がなくなったのではなく眠っていることに気づいてなかった件である。注意深く桑原の霊気を探れば感知できるレベルではあったが、普段注意して過ごしてないため全く分かってなかった。

 

その際幽助は幻海に

 

「戦っているとき以外はぼけーっとしとる」

 

と言われた過去がある。もし桑原が運良く次元刀に覚醒しなければ、御手洗に殺されていた可能性はかなりあったという出来事だ。

 

それを思い出して幽助は呟いたが、リコはバーさんと自分が言われたと勘違いしたのか、笑顔のまま米神に青筋が立っていた。

 

 

「……まぁええでしょう。そんで飲みます?食べます?」

 

「……私は、シャミ子のお弁当が―――」

 

「いやいや、闇堕ちなんてしたら大変ですから、リコさんの葉っぱを食べましょうよ桃!」

 

「………!」

 

 

リコからのどちらも同じで意味のない2択を無視しようとした瞬間、シャミ子が突っ込んできて、桃は衝撃を受けた。

 

楽しみにしていたお弁当を優先したかったのに、突然の作成者からのNGを食らってしまい、桃は目線が地面に落ちた。

 

ミカンは「あちゃー」と言っているし、シャミ子は何で桃がそんな態度をとっているのか分からずオロオロしていた。

 

結局嫌々ながら葉っぱを食べようと葉っぱに手を伸ばした瞬間、ふとシャミ子が呟いた。

 

 

「そういえばトラの赤ちゃんのふれあいの時間っていつまででしたっけ……?」

 

「!」

 

 

桃はハッとなって思い出した。それがメインで来たのに、こんなクソどうでもいい葉っぱなんか食ってる場合じゃねぇ!とばかりに近くにあった手すりを飛び越えてトラの赤ちゃんの会場へ急いだ。

 

だが現実は無常だった。

 

 

「そ、そんな……」

 

「終わってますね……」

 

 

時間が決まっているなんてことを知らなかった桃は、イベント終了の看板の前に崩れ落ちた。

 

これではいったい何のために動物園まで来たのか、分からなくなった。

 

今日は全て空回りしていて、ロクなもんじゃなかった。

 

隣で狐が「ウチもモフモフやから撫でる?」なんて意味不明なことを言っていたが桃は無視した。狐じゃない、自分は猫科がいいのだ。

 

てか貴様が余計な時間を使わせたせいだ、と声を大にして言いたかったが、ミカンやシャミ子が心配そうにしているので、場を乱さないよう言葉は発しなかった。

 

 

「おいおい桃、ムカつくんならこの狐ぶっ飛ばせばいーじゃねーか。我慢することないぜ」

 

 

下を向いていた桃に対して、幽助がそんな一言をかけてきた。その言葉にシャミ子たちは難色を示したが、幽助は一蹴した。

 

 

「第一リコのヤローが回りくどいマネしねーでさっさと葉っぱを口に突っ込みゃ終わった話だろーが。しょぼくれてるくせに、何か知らねーが言いたいこと言わねーで自分の中に溜め込んでるみてーだから、喧嘩してスッキリしろって!な!」

 

「やだ、昭和の不良の解決方法だわ……」

 

「たりめーだ。なんせオレは皿屋敷市の超不良だったからな!」

 

 

桃はストレスを溜め込んでいることを見抜かれたことにドキッとした。そんなに分かりやすかっただろうか。今まで生活していた中で、学校の人間などには悟られたことはなかったというのに。

 

意外にも観察している幽助に驚いた桃だが、それでもここで争うのは躊躇ってしまった。せっかく皆で遊びに来たのに、ここで喧嘩なんてしてしまっては台無しになってしまう。

 

それだけは嫌だ……そう考えた桃は幽助の提案に対し、首を横に振ることで拒否した。

 

 

「……いえ、いいんです。今日はもう帰ります」

 

「桃……」

 

 

そう言って、今日は解散となった。マスターがリコの代わりにひたすら謝っていたが、何とも後味の悪さが残るものとなったのだった。

 

 

「桃は大丈夫なんでしょうか……」

 

 

帰宅してのんびりしていたシャミ子は、桃の部屋の方向を向きながら幽助に問いかけると、幽助はため息をついた。

 

 

「ぜってー近いうち爆発すんな。ったく、これだから真面目ちゃんは……どうすんべ」

 

 

おっ、と幽助が何か思いついたようだ。あ、絶対碌なことじゃない、とシャミ子は感じ取った。伊達に春から一緒に行動してないのだ。

 

 

「シャミ子、オメーの体を貸せ!あいつといっちょ喧嘩してスッキリさせてくらぁ!」

 

「それは浦飯さんがスッキリしたいだけでしょーが!やめてくださいー!」

 

「これがいいんだって!オレを信じろ!」

 

「余計落ち込んだらどうするんですかー!?」

 

 

どったんばったん2人は揉めて、清子に怒られるまで騒いだのだった。

 

 

☆☆☆

 

オフィス街にある高層ビルの一室。電気もつけてない部屋に初老の男性が椅子に腰かけていた。明かりは周りの高層ビルからの光だけである。

 

初老の男性は立派なスーツに身を包んでいるが、見事に腹が出ており、見た者に成金をイメージさせるような風貌の男だ。

 

男の目の前に突如足音もなく、3つの人影が現れる。

 

どう見てもその現象は人ではない。そしてその者たちの容姿も人ではなかった。

 

 

「闇乙姫」

 

「カチカチ山の火狸!」

 

「こぶとり邪爺!」

 

「「「我ら黒御伽3人衆見参!」」」

 

 

闇乙姫と名乗った女は、美しい黒髪を稚児髷(ちごまげ)にしており、淡い色の着物とフワフワと揺らめいている羽衣を備えているキツイ印象を与える美人。

 

カチカチ山の火狸は芝を背負っている爪が鋭い2本足で立っている狸。

 

こぶとり邪爺は右頬に大きなこぶがある草履を履き半纏を羽織っている老人だ。一見人のよさそうな老人に見える。

 

 

「よく来てくれた。この3人を始末し、そいつらの街を手に入れろ」

 

 

最初に部屋にいた男が依頼主なのだろう。男が3枚写真を放り投げると、3人衆はそれぞれ1枚ずつ手に取った。

 

写っていたのは赤に近い茶髪で角がある女魔族、桃色髪の女、リボン付き団子オレンジヘアーの女の3人である。

 

 

「こいつらは魔法少女と魔族でよろしいので?」

 

「そうだ。街の名はせいいき桜ケ丘」

 

 

街の名前を聞いた瞬間、3人は驚きの声を上げた。

 

 

「あの千代田桃とシャミ子の街か……!」

 

「そうなるとこっちは陽夏木ミカン……!」

 

 

元より千代田桃と陽夏木ミカンは名が通っている魔法少女だったが、ここ最近シャミ子も八つ手などを打ち破っているため、徐々に名が売れてきていたのだ。

 

しかし悲しいことに本人や仲間たちがシャミ子としか言わない弊害で、シャミ子としか認識されておらず、フルネームを覚えているものはほぼ皆無である。

 

 

「報酬は1人につき10億!」

 

 

シャミ子が聞いたら腰を抜かすお値段である。魔法少女2人は土地を買い取るなどお金持ちなのであまり驚かないであろうが、闇の住人の金の桁はいつもおかしいのが常である。

 

 

「そして奴らを倒せば……」

 

「我らも名が上がるというもの」

 

「この依頼は受けましょう。ここならばすぐ到着する距離です。吉報をお待ちください」

 

 

即決した3人は次の瞬間、闇へと姿を消した。

 

そして男は椅子に腰かけた。だが様子がおかしい。先ほどまで欲に塗れていた目が、まるで夢を見ているかのように虚ろな目をしていた。

 

虚ろな目をした男の肩に、闇の中から手が置かれた。およそ普通の人間の皮膚の色ではない。

 

徐々に闇から露わになったのはフードをかぶり顔が全く見えない男だった。その不気味さは、先ほどの3人とは比べ物にならない。威圧感も数段上であった。

 

 

「さて、戦力はどのようなものか……」

 

 

一人、フードの男はポツリと溢すのだった。

 

赤く光る大きな眼だけが、部屋を照らしていた。

 

つづく




桃が桜と別れたのは10年前と言ってます。
そして今は高校1年生なので当時の桃は5-6歳。魔法少女的な活動をしなければ生きれなかった、という想像の元で書いてます。
改めてまちカド本編もハードだと思いました。


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23話「脅威!闇御伽3人衆襲来です!」

敵のセリフって書くの楽しいです。ある意味素直に感情を書けるからなんでしょうか?


桃は楽しみにしていた動物園も邪魔が入りダメになったことで、ベッドの上で体育座りで落ち込んでいた。

 

この前より心の底がドロドロしているのを強く感じる。

 

これではダメだと桃は頭を横に振った。このまま放置しても碌なことにはならないだろう。それ故に桃は立ち上がった。

 

 

「……体を動かしてこようかな」

 

 

トレーニングウェアに着替えた桃は外に出て軽く走り始めた。

 

動物園から帰ってしばらく経っていたので、外はすでに真っ暗だった。普通の女性ならば危険な時間だが、桃にとってトレーニングするには良い時間帯であった。

 

その足で商店街、そして街の外へと駆けていった。

 

 

「……ん?あれは……?」

 

 

その姿をコンビニにアイスを買いに行っていた佐倉杏里が目撃したが、声をかける暇もないほど桃は速かった。

 

 

「ちよももって速いな~、でもなんだか変な感じだったなぁ。ミカンに連絡しとこ」

 

 

杏里から他の物へそのように連絡されているとは知らない桃は足を止めず、街の結界の外へ出る。

 

結界の外へ出ることはリスクがあったが、街を守る上でのパトロール上仕方がないことでもあった。最近増々結界が不安定であるから、トレーニングついでにちょうどいいだろうと桃は判断した。

 

そんなわけで結界の様子を見つつ、トレーニングを始めた。

 

 

「……はぁ」

 

 

しかしどうにもイマイチトレーニングに集中できない、と桃は感じていた。どうにも雑念が入るからだ。

 

楽しみにしていたとはいえ、動物園のことを引きづりすぎではないか。自分の中で感情がコントロールできないことに、戸惑いを隠せなかった。

 

そんなことをつらつらと考えながら指一本で逆立ちしていると、自分への敵意を感じた。素早く迎撃態勢に戻ると、影が1つこちらへ向かってくる。

 

動きが速い。明らかに普通の人間の動きではない。

 

影は一軒家の上に着地する。影が着地した瞬間、桃は変身する。

 

 

「お主が千代田桃か」

 

「……そう」

 

 

美しい黒髪を稚児髷(ちごまげ)にしており、淡い色の着物と頭の後ろから両脇までフワフワと伸びて揺らめいている羽衣を備えているキツイ印象を与える美人は高らかに答える。

 

(わらわ)は闇乙姫。恨みはないが、その命もらい受ける」

 

 

闇乙姫は屋根の上から跳躍し、闇乙姫の右脇から出ていた羽衣の右端が異常に伸び、桃に襲いかかる。

 

 

「ふっ!」

 

 

桃は左に飛んで回避する。外れた羽衣の先端は非常に薄く脆そうに見えるにも関わらず、コンクリートに突き刺さった。

 

すぐ引き抜かれた羽衣はまるで蛇のように蛇行しながら桃へ襲い掛かる。右足、左腕、首と連撃で繰り出される攻撃を桃は紙一重で躱している。

 

 

「上手く避けるのう。なら左もくれてやろう」

 

 

宣言通り、闇乙姫の左脇から出ていた羽衣の先端を攻撃に加えてきた。手数が倍になり、さらに速度も増していく。

 

 

「……チッ」

 

 

小さく舌打ちした桃はより回避のスピードを上げるが、どうにも体の動きが鈍いことに気づく。

 

頭で想定した身体能力と、本体にズレがあることを強く感じていた。いわゆる目で追えていても体がついて行かないような状態であった。

 

 

「(これも精神的なもののせいか……いや、戦いに集中しないと)」

 

 

一瞬だけ考えた桃だが、すぐさま思考を外に追いやり、目の前の戦いに集中する。

 

捌ききれない羽衣を、刀で切断しようと試みた。

 

 

しかし――――

 

 

「硬い……!」

 

 

ガキン、と金属音がぶつかり合う音が響く。明らかに透けて見えるほどの薄さの羽衣の強度が、刀と互角であった。

 

ただの羽衣ではないことは承知していたが、想定していたより相手の魔力が強く込められている。

 

加えて上下左右に高速で動く、まるで蛇の様な複雑な動き。しかも先端は非常に薄く、夜では視認しにくい。

 

一見頼りなさそうな羽衣がぶつかった壁は、まるで熱したナイフでバターを切り裂いたかのように崩れていた。

 

薄く笑っている目の前の女は、明らかに戦闘慣れしている相手であった。

 

 

「ふふ、より速くゆくぞ?」

 

 

女の宣言通り、さらに速度が上がる。桃も捌きの速度を上げていくが、こちらは刀が一本で相手は2つの同時攻撃。このままではジリ貧である。

 

故に桃は前のめりに捌く。

 

 

「むっ!?」

 

 

体勢を低くし潜り込むように闇乙姫に迫る桃。攻撃により伸びていた羽衣が縮むより早く、刀が届く範囲まで桃は潜り込むことに成功した。

 

声もなく振るわれる刃。右薙ぎに振った刀を、闇乙姫は跳躍することで、辛うじて刃を逃れることに成功した。

 

 

「フレッシュピーチハートシャワー!」

 

 

一回転し街灯に着地した闇乙姫に迫る桃色の砲撃。桃の刀の剣先から放った一撃は、体勢的に回避不可能であった。

 

それでも、闇乙姫は口の端を吊り上げる。

 

 

「誰に撃っておるのだ!?」

 

 

明らかに先ほどより横幅が伸びた羽衣は闇乙姫の前方を覆いつくす。

 

ぶつかる砲撃と羽衣。羽衣の手応えから、闇乙姫は高らかに嗤った。

 

 

「フハハ、お主の砲撃はコシが弱いのぉ!」

 

 

独特な言い回しではあったが、桃は手応えから羽衣の攻撃を破れそうもないと判断し、技を中断する。

 

砲撃が中止されると、含み笑いを続けたまま闇乙姫は地上へ着地する。羽衣は元の長さに戻っている。やはりある程度長さの調節がきくようだ。

 

戦いの音が響いたせいか、何人かが目撃した後、慌てて引き返すのが桃の横眼に映る。

 

 

「(そうやって逃げてくれたほうがありがたい)」

 

 

桃としては一番大変なのが守りながら戦うことだ。特に性質が悪いのが野次馬で呑気に撮影とかしている者たちである。

 

そういった連中は自分たちが被害を負うと途端に騒ぎ立てるから、居ないほうが万倍良い。そういう意味で逃げ出してくれる人は桃にとってもありがたかった。

 

通行人を見ても動じない闇乙姫の反応から見て、騒ぎになるのを嫌って退却してくれるタイプではない。それどころか通行人を見ても、被害を広げても全く気にしないタイプだろうと推測した。

 

こういう手合いは決着がつくまでしつこいものだ。周りの人たちに被害が出る前に決着をつけねばならない。桃はそう決心した。

 

 

「難儀なことよ。関係ない者たちまで気にして戦わないとならんとは。妾なら御免被るの」

 

 

闇乙姫は頬に手を当てて、悩まし気にため息を吐いた。

 

そっちが仕掛けるからだろう、と桃は悪態をつきたいところであった。しかしこういう手合いにイチイチ反応しても意味がないことは経験上分かっていたのでスルーした。

 

 

「まぁ勝手に気にして、妾の手によって死んでくれればそれでよい。お主を倒せば名を上げられ、金も入る。良いことだからな」

 

「……随分と俗物。それに世界を救ったのは別の子で、私は大して役に立ってない」

 

 

同じ魔族でありながら、余りにシャミ子とは違って欲に塗れている内容に桃は吐き捨てるように答えた。

 

大して役に立っていない、というのも本音だった。『アレ』に関しては味方が強かっただけで、自分は大して役に立ってないと桃は本気で思っていたからだ。

 

しかしその答えに対し、闇乙姫はひとつため息をついた。

 

 

「お主があの戦いで役に立ってようとそうでないと関係ないわ。大事なのは『世界を救った千代田桃』を倒した証明が欲しいだけよ。

世間というのは本当の真実より、世間で認知されている内容のほうが重要なのだ。だからマスメディアが強いのであろう?それに金があれば大抵のものは手に入る。両方大切なことだ」

 

「……私はそんなものいらない。私は……」

 

 

桃はこの後の言葉を飲み込んだ。ワザワザ敵に言う内容ではないからだ。その様子を、闇乙姫は鼻で笑った。

 

 

「これだから光の連中は。お主らは綺麗な部分を信じて戦っているようだが、お主ら3人の始末を依頼してきたのも人間なのだぞ?」

 

「――――何?」

 

 

聞き捨てならないことを闇乙姫が口にし、桃は一瞬体が硬直した。

 

 

「待て、3人と言った?まさかシャミ子とミカンまで……!」

 

「さよう。大方『光と闇の敵対関係』という体がないと闇側に依頼しにくくなるから、一緒に暮らすことが出来るこの街が目障り……そんなところであろうな」

 

 

もしこの街のように『魔族と人間の共存』が全国……世界的に広まれば、薄汚い内容を依頼できる超常的な存在がいなくなる可能性もある。

 

そして今までそのような者たちを使って行った内容が世間へ明かされる可能性が出てくるかもしれない。

 

そうなれば築き上げてきたものを一気に失う……と考えれば、このような策に出る人間が現れるのは当然だろうと闇乙姫は推測していた。

 

ただ10年以上前からこの街は存在している。何故今になったか気になるところではあるが……。

 

 

「(まぁ、そんなものは妾には意味のないことよ)」

 

 

実際何故今なのか……なんて理由を知ったところで意味はないし、むしろ今の混沌とした状況のほうが日陰で生きる闇乙姫の身としてはありがたいというものだ。

 

 

「……さっさとお前を倒して、2人の援護に行く必要ができた。どいてもらう」

 

「……お主は本当にうつけだのう」

 

 

にやりと笑った闇乙姫の態度に、何か仕掛けてきているのであろうことを察した桃は即座にその場を飛ぼうとした。

 

 

「『封縛布』!」

 

「こ、これは……!」

 

 

しかし一手遅かった。一瞬にして足先から首まで、体の自由が利かないほど締め付けられる感覚に襲われた。

 

だが目を自身の体に向けても、体の自由が利かない以外は何も変わっているように見えない。

 

 

「妾がただペラペラと喋っていたと思うていたのか?うつけめ、キサマを拘束するためよ!」

 

「何ぃ……!?」

 

 

桃は目に魔力を集中させて自分の体を見る。すると闇乙姫が先ほどまで使用していた羽衣と同じものが、桃の足元から首まで絞めつけているのを見つけることができた。

 

しかし先ほどまで攻撃してきた羽衣は今は本人の周りでフワフワと浮遊している。

 

そこで桃はようやくハッと気づくことが出来た。

 

 

「そうか……羽衣は魔力で作り出した産物!最初の攻撃は囮か!」

 

「その通り!これらの羽衣は妾の魔力のみで作り出した産物よ!

お主は目に見える羽衣ばかりに気を取られ、会話している間に限りなく見えないようにして近づけさせた2つ目の羽衣に全く注意を向けんかったからな!上手くいきすぎて笑えるわ!」

 

 

闇乙姫の羽衣は闇乙姫の魔力のみで作り出した産物であり、出すも消すも自由自在なのである。

 

そして常に闇乙姫の体の周りに具現化させ、それのみで攻撃することで相手の注意は見えている羽衣に集中するという訳である。

 

そして生み出したもう1つの羽衣で片をつけるのが闇乙姫のやり方であった。

 

しかし操作性と性能故に2つまでしか羽衣を生み出せず、さらに極端に体から離しての操作は行うことはできない。故に戦闘行動中でなく、会話できる程度の距離で静止しているときに行ったのだ。

 

会話で桃の気を逸らす間に、限りなく見えないよう魔力を薄めた羽衣を地面に這って桃に近づけるよう操作する。

 

そして会話で興味を引くような情報を出し、桃の意識を完全に闇乙姫本体に向けさせた瞬間拘束したのだった。

 

つまり桃はまんまと嵌ったのである。

 

そしてその拘束は、今の桃の魔力と筋力では抜け出すことができなかった。

 

 

「ふふ、他愛ないのぉ」

 

「……ぐっ……!」

 

 

現状、桃は詰みの状況であった。

 

☆☆☆

 

「シャミ子、桃が1人で出かけたみたいなの!」

 

 

ミカンさんがラインを見せながら、私に教えてくれました。杏里ちゃんからの連絡だったようで、かなりのスピードで街中を走っていたのを目撃したというのです。

 

そしてミカンさんと相談し、桃捜索に出かけることにしました。浦飯さんは

 

「コンビニに行ってるだけじゃねーの?」

 

なんて軽く言ってました。しかし今日の桃の様子から考えると少し心配ですし、2人と邪神像で街へ繰り出しました。

 

杏里ちゃんからの連絡で桃が向かったであろう方向へ2人で走ります。呪霊錠ありでも普通以上に走ることが出来て一瞬感動しますが、桃捜索に集中するように頭を振ります。

 

商店街を抜けて、そろそろ街の外に出ようというとき、2つの影がこちらに飛び掛かってきました。

 

 

「シャミ子!」

 

「はい!」

 

 

私とミカンさんは影の攻撃を躱し、目の前にあった学校の校庭へ逃げ込みます。ここの大きさなら戦うには十分な広さだからです。

 

 

「ほほ、ワシらの攻撃をよくぞ躱した」

 

「結界飛び越えて、すぐ見つかるのは運がいいぜ」

 

 

コンクリートが陥没するほどの一撃を加えた2人組の姿を見て、私は驚きを隠せませんでした。

 

 

「えー!?」

 

 

何故なら昔話の絵本で読んだ登場人物が目の前にいたからです。

 

 

「ワシはこぶとり邪爺」

 

「オレはカチカチ山の火狸!ブヘヘ、悪いがオレらのために死んでくれや」

 

 

何とこぶとり爺さんと、カチカチ山の狸が現れたからです。ま、まさか御伽噺の敵が現れるとは夢にも思いませんでした……。

 

まぁ人相と言うか、表情はかなり悪い感じなので子供が見たら泣くと思いますが。

 

しかし驚いているのは私だけのようで、ミカンさんと浦飯さんは至って冷静でした。

 

これが経験の差ってやつでしょうか……。

 

まるで絵本から抜け出してきたかのような風貌の2人組です。そんな2人はいやらしい笑い方をしていました。やっぱ子供には見せられませんね。

 

 

「いきなりご挨拶だなテメーら」

 

「ちょっと、私たちはあんたたちに付き合っている時間なんてないのよ。さっさと失せなさい」

 

「そーです!私たちは桃を探さなきゃいけないんです!どいてください!」

 

 

私たちの反応に対して何が可笑しいのか、先ほどより大きく2人組は笑います。何かムカつきますねコイツラ……!

 

 

「その千代田桃は、ワシらの仲間でも一番の手練れが出迎えておる」

 

「ブヘヘ、3人まとめてあの世に送ってやるぜ」

 

「あんたたち……!」

 

「桃まで!?何であなた達に狙われないといけないんですか!」

 

 

どうやら桃もコイツらの仲間に襲撃されているらしいです。

 

今まで戦った連中は理由がありました。しかし今回は勝手に狙ってきて死ねとか言ってきて、もうテロリストですよ。正直頭に来ました……!

 

ミカンさんもそう感じているのか、2人で怒りのボルテージを上げていると、浦飯さんが鼻で笑いました。

 

 

「テメーら、コイツラぶっ殺して名を上げよ~とかセコイこと考えてんだろ?コイツラは有名になってきたとか言ってたしよ」

 

 

図星だろ?

 

そう浦飯さんが言うと、こぶとり邪爺は笑みを崩さず顎をさすってました。

 

 

「それと金じゃな。1人殺れば10億で依頼されれば、誰だって請け負うじゃろう?」

 

「じゅじゅじゅ、10億ですか!?」

 

 

思わず腰を抜かしそうになりました。あ、あり得ません……女子高生を倒すのに何て値段つけてるんですか!

 

一体我が家の年収の何倍なのでしょうか……あ、何か暗くなりそうだからやめときましょう。

 

しかし値段に恐れおののいているのは私だけでした。ミカンさんと浦飯さんは鼻で笑ってました。

 

 

「ハッ、私も安く見られたものね」

 

「三下が言いそうなことだぜ」

 

 

可笑しい。10億で動揺しているのはこの場で私だけのようです。浦飯さんはラーメン屋でそこまで稼いでないって言ってたのに……!やっぱり魔界の王になると違うんでしょうか。

 

そんなことを考えていると、2人の態度が気に入らないのか、火狸は忌々し気に唾を吐き捨てました。

 

 

「馬鹿が。俺たちは人間の金と欲望に魂を、人間は俺たち黒い力に魂を売る。WIN-WINの関係だろ。

テメーら、お高くとまってやがるが目の前で大金積まれたら犬の真似だって喜んでやるだろーが、ブヘヘ」

 

 

そう言い放った火狸の目は、醜い何かにしか見えませんでした。

 

かつての我が家の呪いの貧乏のように、切羽詰まった理由ではなく。

 

目の前の2人は本気で、あぶく銭と名誉のために私たちを殺そうとしているのが本気で分かりました。

 

 

「このシャドウミストレス優子を舐めるなよ!クソみたいなあなた達と同じ魔族と思われるのは心外です!」

 

 

さっきの言葉で相当腹が立ったせいで、煽るように言ってしまいました。

 

まぁでもいいでしょう。他の人たちから見たら、私がこんな連中と同じ魔族の括りで見られるかもしれないと思うと、凄くムカムカします。ここでガツンと違うということを言わなければ世間様に誤解されます!

 

 

「んだとテメー!」

 

「ケッ、テメーらみてーな雑魚じゃ今のシャミ子でお釣りがくらぁ。おいシャミ子、さっさとぶっ飛ばせ」

 

「え、本当ですか?」

 

 

私の言葉に対し、見事に激昂している火狸に浦飯さんがそんな風に言い放ちました。

 

確かに浦飯さんの言う通り、この2人はあんまり強そうには見えません。何か全然肌がピリピリしないというか、凄そうに見えないのです。

 

呪霊錠をしているから通常よりハンデがあるはずなのに、この2人相手では何故か焦らないで冷静に見れているのはそのせいなのでしょうか。

 

 

「ホホホ、大きく出たのぅ」

 

「ブヘヘ、そんな弱っちそうな魔族のほうがオレらより強いだ~?馬鹿言ってんじゃねぇぜ」

 

「御託が長いのよ狸。さっさとかかってきなさいよ、時間の無駄よ」

 

 

痺れを切らしたミカンさんが右手の人指し指クイクイとさせながら挑発すると、火狸は相当頭に来たようで顔を真っ赤にさせました。そして一気に妖気が大きくなりました。どうやら戦闘態勢に入ったようです。

 

 

「気取ってんじゃねー!カスがぁー!!」

 

 

高めた妖気は火狸の背中の藁に集まっていきます。

 

 

「くらいなー!『カチカチ火放』!」

 

 

藁で燃え上った火が大きくなり、そこからまるで火炎放射器のようにミカンさんに迫ります。

 

助けるために動こうとした瞬間、ミカンさんは「大丈夫」と口パクし、炎に当たる直前に高速で回避しました。

 

 

「馬鹿が!調子に乗るからオレの攻撃を喰らったんだ!魔法少女なんざ大したことねーぜ!ブヘヘヘ!」

 

 

それにも関わらず、火狸は高らかに笑ってました。まるで勝鬨を上げたかのようでした。まさか目で追えてないのでしょうか。

 

そして次の瞬間、後ろからのミカンさんの矢で火狸の左腕が吹き飛びました。

 

 

「ブヒャアー!!?」

 

「鈍いわねアンタ。さっさと桃の居場所を吐けば見逃してやるわ」

 

 

叫び声を上げる火狸に対して、矢を構えたままのミカンさんは淡々と要求しました。だが火狸は聞こえていないのか、苦悶の声を上げるだけでした。

 

仲間がやばい状況にも関わらず、こぶとり邪爺は心配するどころか顎を摩るだけで全く動こうともしません。仲間がやられているのに不気味な態度です。

 

こぶとり邪爺を警戒して動けない私を余所に、ミカンさんは火狸を見つめ、火狸は雄叫びをあげました。

 

 

「よ、よくも俺様の腕をー!?」

 

 

怒りと涙で溢れている目でミカンさんを睨みつけた火狸は、残った右手の爪を鋭く長く伸ばし、炎を纏わせます。

 

 

「『カチカチ火爪』!」

 

 

火狸は炎を纏い強化した爪を振り上げ、ミカンさんに接近します。

 

ミカンさんは迎撃もせず、火狸の動きを見つめるだけでした。

 

爪がミカンさんの頭へ振り下ろされ、あと数cmでミカンさんの接触する髪に接触しようとしてました。

 

 

「殺った!」

 

 

火狸が勝利の声を上げた瞬間、炎がミカンさんの髪を焦がすより早く、ミカンさんの右足のハイキックが火狸の頬にめり込みました。

 

 

「ンベッ!?」

 

 

そして吹き飛ばされた火狸の頭が地面に接触する一瞬前に、放たれていたミカンさんの矢が火狸の顔面に突き刺さり、顔を粉々に吹き飛ばしました。

 

 

「口ばっかの奴だったわね」

 

 

首なしの火狸の死体を見て、勇ましいような笑みを浮かべたミカンさんは、こぶとり邪爺に向き直ります。

 

まさしく一瞬の決着でした。

 

 

「す、すごい早業でした……」

 

「射撃の腕は大したもんだな」

 

 

これほど簡単に敵を倒すとは。実はミカンさんが敵を倒すところは初めて見ましたが、やはり桃が信頼しているだけあって改めて凄いと感じました。

 

 

「ふむ。腕は立つようじゃな」

 

「次はあんたの番よ。てゆーか、仲間が倒されたのに手伝わないのね」

 

 

仲間が殺されたのにも関わらず、飄々としたこぶとり邪爺の態度は変わりませんでした。何故仲間が殺されたのに、怒りも悲しみもしないのでしょうか。その態度に、私は不快感と不気味さを覚えました。

 

 

「ホホホ、確かにワシラはチームを組んでおった。じゃがそれは互いに利用できるからじゃ。使えなくなったコヤツはただのゴミよ」

 

「クズね、あんた」

 

「な、何て奴なんですか……!」

 

「……そーゆーやつは結構見てきたが、やっぱ胸糞悪りーぜ」

 

 

浦飯さんの意見に完全に同意です。仲間どころか、使えなくなったら捨てるなんて、まるで道具としか思ってない言動に私は怒りを覚えます。

 

 

「下らん仲間意識じゃの。それにコヤツは闇の世界でのし上がるには芸がないヤツよ。シャミ子とやら、今度はワシが相手じゃ」

 

 

ずい、と前に出てきたこぶとり邪爺は妙に自信ありげでした。

 

しかし私は怒りは感じていても、焦りを感じませんでした。阿保みたいに修行していたから、頭がおかしくなったのでしょうか?

 

 

「シャミ子、ここは2人で……」

 

「いえ、今度は私がコイツをぶっ飛ばします」

 

 

ミカンさんの提案を遮って、私はこぶとり邪爺に一歩近づきました。仲間を心配することが下らないなんていう奴は、ぶっ飛ばさないと気が済みません!

 

 

「よし、思い切ってやれ」

 

「はい!」

 

「その思い上がり、死んで後悔するがよいわ!」

 

 

言外に呪霊錠を外す必要もないと言う浦飯さんとのやり取りで、完全に舐められたと思い込んだこぶとり邪爺は、上空に飛び上がり右頬のこぶを巨大化させ振り上げました。

 

    

「『こぶ破槌(はつい)』!」

 

 

こぶの攻撃を避けると、最初の攻撃よりはるかに大きいクレーターが出来ました。確かに破壊力は大きくなったようです。

 

そして膨れ上がったこぶをまるで鞭のように振り回し、私に襲い掛かります。

 

次々と繰り出される攻撃に、私は良く見て回避すると、外れた攻撃は地面にクレーターをいくつも作っていきました。

 

 

「ホホホ、大口叩いておいて避けるのが精一杯かの?潔く死ぬが良いわ!」

 

 

どんどん攻撃が激しくなり、一見すると隙間の無い暴風の様な連撃に見えることでしょう。しかし今の私にとっては、全ての攻撃をはっきりと目で追うことができました。

 

その攻撃力とスピードは少し前だったら焦って大変なことに違いありません。けれど今の私の目には隙だらけにしか見えませんでした。

 

そして右頬のこぶが私の左側から右側へ大きく振られた攻撃を、屈んで躱しつつ懐へ潜り込みました。

 

すると完全にこぶとり邪爺の左脇腹が無防備の状態となり、そこへ妖力を集中させた左拳のボディーブローを叩き込みました。

 

ボキッと数本折れるような鈍い音が拳から伝わってきました。間違いなく肋骨が数本折れた音でしょう。

 

 

「フゴォ!な、な、何とぉ……!?」

 

 

脂汗を滝のように出し始めたこぶとり邪爺は、脇腹を抑えて数歩後退しました。全力とはいえ、一発でこれでは、もう無理なんじゃないのか。

 

そう思って私は降伏することを勧めました。

 

 

「桃の居場所教えるか、その仲間と一緒にもう私たちに関わらないと言うなら、終わりにします。どうしますか?」

 

 

その言葉を聞いた途端、こぶとり邪爺は今日初めて大きく怒りの表情を顕わにして、震えだしました。

 

 

「はひょー、はひょー……よ、よくもワシのアバラを……!こ、小娘~!ゆ、許さんぞぉ!うがああぁ!!」

 

 

ぬぅん!と叫び声を上げたと同時に、こぶとり邪爺の上半身の服は膨張した筋肉によって吹き飛びました。

 

こぶとり邪爺の筋肉は、右頬のこぶと同じくらい膨れ上がっていきます。

 

 

「どうじゃ!これがワシの真の戦闘形態『爆肉鋼体』じゃ!全身が力こぶとなる我が奥義、受けるが良いわ!!」

 

 

どうやらこぶとり邪爺の「こぶ」は右頬のこぶだけでなく、全身の筋肉のことを指すようでした。そして先ほど受けた傷も回復しているようでした。

 

纏う妖気もつよくなっていることから、この状態がフルパワーなのは間違いないでしょう。

 

 

「死ねぃ!!!」

 

 

振り下ろされた拳は、今までで一番早く重い一撃だったはずです。

 

私はその一撃を少しジャンプして避けると同時に、こぶとり邪爺の顔面に右拳を叩き込みました。

 

 

「………!」

 

 

倒れこんだこぶとり邪爺の顔面へ回りこみ、跳ね上げるように顔面を蹴飛ばし、上体を起こさせます。そして両拳に妖力を集中させました。

 

 

「うりゃあー!!!」

 

 

ラッシュ・ラッシュ・ラッシュ――――!

 

自分でもはっきりと分かるぐらい、以前よりスピードもパワーも上がってました。何度も何度もこぶとり邪爺の顔面が上下左右に跳ね上がります。

 

時間にして数秒。

 

連撃に集中していたせいか、今のこぶとり邪爺の状態を考えておらず、連撃を止めたときには既にひどいことになってました。

 

 

「あ、やりすぎちゃいました……!」

 

 

殴りすぎてしまったこぶとり邪爺の顔は、すでにどこにこぶがあったか分からないレベルで腫れ上がってました。

 

 

「桃の居場所聞かなきゃいけないのに……」

 

「あ、あぶぶ……」

 

 

しまった、桃の居場所を聞くために程々に意識を残さないといけないのに……手加減するのは逆にやられちゃいそうでまだ怖いです。

 

変なうめき声を上げてこぶとり邪爺は地面に倒れこみ、ピクリともしませんでした。ちょっと様子を見てましたが微動だにしないので、完全に決着はついたようです。

 

 

「いやー、見事にボコボコね」

 

「やっぱヨユーだったな。つーかこれじゃ、こぶとり爺じゃなくて、こぶだらけ爺だな」

 

「すみません、桃の居場所を聞かなきゃいけないのに……」

 

「気にすんな。それにコイツラが2人とも来たってことは、恐らく仲間のやつも近くで戦っているはずだ」

 

「足で探すしかないわね、行きましょう!」

 

「はい!」

 

 

ミカンさんの提案通り、ダッシュでその場を後にしました。この2人は大したことはありませんでしたが、何だか嫌な予感がします!

 

そう思い、私たちは桃の元へ急ぎました。待っていてください桃!

 

 

 

頑張ったぞシャミ子!だがこのままじゃ桃が倒されてしまうぞ!急ぐのだ!

 

つづく




砲撃のコシは~の部分は「Gのレコンギスタ」のガイトラッシュの名セリフからオマージュ。チートMSすぎてすこ。
ミカンのハイキックは原作の闇落ちした桃を光側に戻すために、ミカンが矢を飛ばした後に放った一撃がモチーフです。「よくってよ!」

裏御伽チームは死々若丸と黒桃太郎は強敵でした。

今回の火狸とこぶとり邪爺の戦闘シーンは、裏御伽チームの上記の2人以外と魔性使いチームの爆拳がモデルです。今見ても裏御伽チームは死々若丸と黒桃太郎以外はひでぇかませだ。これ暗黒武術会の準決勝なんですよ……?


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24話「玉手箱が開く時です!」

まちカドまぞく2期おめでとうございます!アニメ2期はどこまでやるんでしょうか?
区切りがいいのは3巻ですが、楽しみです!


羽衣で拘束されてしまった桃。どんなに魔力と筋力を駆使しても抜け出せない状態は、まさに絶体絶命という状況であった。

 

そしてそれを作り出した闇乙姫は、美しい笑顔を見せた。事情を知らない人間が見れば見惚れるであろう笑みも、桃にとっては只々醜悪であった。

 

 

「オーホッホッホ、良いザマよのぅ。さて、仕上げとゆくか」

 

 

そう言って、闇乙姫は後ろの帯から何かの箱を取り出した。一見するとただの真っ黒な箱にしか見えないが、闇乙姫は箱を愛おしく撫でる。

 

 

「それは……!?」

 

「フフ、このまま拘束したまま首を落とすなり、羽衣をもう少し伸ばして口と鼻を塞いで殺すこともできるが……妾はそのようなことはしない」

 

 

闇乙姫は人差し指で黒い箱を2度叩く。

 

 

「これは闇アイテム【闇玉手箱】といってな。

浦島太郎の話は知っておるだろう?玉手箱を開けた浦島太郎は年を喰って爺となったが、これは違う。心の闇を膨れ上がらせるのだ……」

 

「……!」

 

 

桃はギョッとした。それが本当であるならば、【闇玉手箱】は魔法少女にとって強制的な闇堕ちをさせるアイテムになりうるものである。

 

何故桃が闇堕ちをここまで恐れているか。簡単に言えば、魔力のコントロールができなくなるからと考えているからだ。

 

光の一族である魔法少女は、基本的に正義だったり、正の感情(優しさ、慈愛)をメインとして戦うものである。

 

それが闇に堕ちる……つまり負の感情(嫉妬・猜疑・強欲・憎しみ)をメインとして戦うようになってしまうと光の一族としての存在(肉体)と感情……心が乖離してしまう状態になる。

 

言うなれば車(肉体)を、今までと全く違うエンジン(心)で動かそうとするようなものだ。

 

そうなれば車が動かなくなるか、動いたとしても上手く制御できず事故を起こすのは明白である。

 

そして魔力切れを起こせば、待っているのは肉体の消滅……コアのみとなる。そうなれば自力での復活はほぼ不可能である。

 

そしてもし今この場でコアのみになった場合、目の前にいるのがこの闇乙姫となる。生存は絶望的だろう。

 

その未来を予想して、桃は背筋が凍った。

 

桃の様子を見て、闇乙姫は増々笑みを深めた。

 

 

「オーホッホッホ!良い反応だ。闇玉手箱の説明を受けた魔法少女は皆似たような反応をする―――それがなんとも心地よい」

 

「……随分と悪趣味。そんなものを見て何が楽しい?」

 

「では逆に聞くが、お主にはないのか?高みから物を語る輩が、自分の足元で懺悔を乞いながら這いつくばったり、情けない姿を晒すのを見て快感を覚えたりはせぬのか?」

 

「………」

 

 

桃は答えなかった。ただ、静かに闇乙姫を睨みつけるだけである。その反応さえ、闇乙姫にとっては心地よかった。

 

 

「実に良い反応をするのぅ……さて、お喋りはここまでとしよう」

 

 

闇乙姫は【闇玉手箱】の蓋を開ける。瞬く間に凄まじい量の白い煙が桃へ一直線に襲い掛かる。

どうやら指向性もある程度操れるらしく、不必要に周りに煙が巻き散らかれることはないようだ。

 

そして桃は煙に包まれた。最後の抵抗ということで息を止めるが、ただの煙ではないから、何の意味もない。

 

そして、桃は今までの記憶が一斉に蘇った。

 

――暗い場所でヒトリボッチ

 

――私を一人にした姉さん

 

――魔族、魔法少女との殺し合い

 

戦いと暗い感情だけの記憶が脳裏に浮かんで膨らんでいく。

 

そして、黒い光が辺りを照らした。

 

 

「完成だな」

 

 

黒い光は、闇堕ちした光の証である。この光景は何度見ても美しいものだと、闇乙姫は満足げに頷いた。そしてここからがもっとも楽しい時間である。

 

闇乙姫が今まで見てきた闇堕ちした魔法少女は魔力コントロールができず、魔力が全開のままで存在し、数分後には魔力切れで消滅していた。

 

その数分間も自身が闇堕ちした事実に耐え切れず、項垂れ嘆き悲しみ、まともに反撃してこなかったのがほとんどであった。

 

稀に羽衣の拘束を力任せに解いて反撃してくる者もいたが、闇堕ちした直後は心がグチャグチャで大振りかつ適当な読みやすい攻撃ばかり。

 

しかも闇乙姫も【闇玉手箱】の影響を多少受けるので、闇の力が増大する。つまり通常時より闇乙姫もパワーアップするので、破れかぶれの攻撃に当たるわけもない。

 

落ち込み動けなくなるのも、必死に抗おうとするどちらの反応も、闇乙姫はお気に入りだった。

 

自身の汚い部分を受け入れられず、ひたすらに落ち込み、暴走する。

 

光の一族である魔法少女は人の【善性】を信じているようだが、その本人たちが自身の醜い部分を受け入れることが出来ないのだ。

 

「私は悪くない、闇乙姫が悪い」

 

その言葉を何度も何度も聞いた。自分の弱ささえ受け入れられない者が、超常的な存在として人を上から見下ろすように導こうとしているのは実に滑稽だ。

 

その【落差】が闇乙姫は大好きであった。

 

 

「随分衣装が変わったではないか……のぅ?」

 

 

煙が晴れて現れたのは、完全に闇堕ちしたであろう桃であった。その戦闘フォームはほぼ黒に覆われていた。

 

桃色なのは胸の部分を覆い古傷のある腹部が露出する上半身と、裾の破れたマントの内側のみ。

 

ニーソックスもスカートも髪飾りも黒であり、手枷までついていて、黒い日本刀という出で立ち。

 

明らかに今までと雰囲気が異なる姿は、闇側の人間であることを証明していた。

 

 

「気分はどうだ?」

 

 

こう聞くと今までの経験から、大抵の者は今の状態を認められず泣き叫ぶのだ。その言い分が一人一人違うのがまた楽しい。

 

 

「……最低の気分だよ」

 

「そうかそうか、それは何よりであるな!」

 

 

闇乙姫はわざとらしく拍手までし始める。感情を逆なでするには、少々オーバーなリアクションのほうが効果的であると理解しているからだ。

 

 

「……む?」

 

 

しかし様子がおかしいことに闇乙姫は気づく。闇堕ちしたにしては、桃の反応がやたらと薄いのだ。

 

ただショックが大きすぎて反応ができないのか?とも考えたが、それにしては先ほどの返答では声の震えがほとんどなかった。

 

闇乙姫は自身も【闇玉手箱】の影響でパワーアップした魔力で、自身の傍に展開させている羽衣を強化する。

 

 

「……面白くない反応だな。何か妾に言いたいことはあろう?」

 

「……大したことじゃない。お前を倒すには今の状態はとてもいいと思っているだけ」

 

 

羽衣で拘束された状態のまま日本刀を強く握りしめて桃は答えた。そこで闇乙姫の右眉がピクリと上がる。

 

 

「妾の気分一つで殺されるお主が大層なことを抜かすのぅ。つまらん心理作戦はよしたほうが身のためであるぞ?」

 

 

一応これまでも闇乙姫に縛り付けられた者たちが何とか逃れようとするため、わざと闇乙姫を自分たちのほうへ寄ってこさせようと様々な言い回しをする連中もいた。

 

しかしそれに釣られて、はいそうですかと近寄る間抜けはいない。今の距離でも闇乙姫は傍に展開している羽衣の一撃で首を落とすことはできるのだ。ワザワザ敵の間合いに入る必要性もないのである。

 

 

「今思いついた技だけど、試すにはお前程度でちょうどいいと思っただけ」

 

 

面白くない。

 

自分の思った反応を見せない桃に対し、闇乙姫ははっきり苛立ちを感じた。だから殺すことにした。首も落ちれば、気分もすっきりするからだ。

 

 

「それがお主の最期の言葉だ!情けない姿で逝くがよい!!」

 

 

自身の傍に展開した羽衣を強化し、右脇の羽衣を最速で一直線に桃の首へ伸ばした。

 

羽衣は瞬きするよりも速く桃の顎の下を通り、首へ触れる――――

 

 

「え?」

 

 

闇乙姫が感じたのは体の熱さであった。

 

闇乙姫の体は右脇腹から斜め上に切り裂かれ、体勢を整えようと動かそうとした左腕は肘から切断されていた。

 

 

「魔桃剣(まとうけん)!」

 

 

切り裂かれた体が崩れ落ちる中、最後に闇乙姫が見たのは少し禍々しく歪んでいる桃色の魔力に覆われている黒い日本刀を振り抜いた千代田桃の姿であった。

 

 

「は、速すぎる……」

 

 

桃の首に羽衣が触れるか触れないか、その直前で羽衣の拘束を切り裂いて攻撃を躱し、闇乙姫が視認できないスピードで潜り込む。

 

そして【闇玉手箱】で強化された闇乙姫の肉体を切り裂けるほどの鋭さを一瞬にして作り出した。

 

なんという経験とセンス!

 

自身の読み違いに後悔したまま闇乙姫は絶命した。

 

闇乙姫の息の根が完全に止まったことを確認し、桃は大きくため息をついた。

 

 

「危なかった……」

 

 

桃にとって正直先ほどまで敗北がほぼ決まっていた状況であった。もし【闇玉手箱】を開かず、そのまま殺しにこられていたらアウトだった。

 

たまたま今回は相手が嗜虐趣味で、闇堕ちに桃が耐えきれたから良かったものの、非常に綱渡りな状況であった。

 

闇堕ちした状態でありながら自暴自棄にならなかった理由としては、今の状態のほうが精神と肉体のピースがきっちり当てはまっている感覚だからだ。

 

今まで光の一族であろうと心のブレーキをかけていたからこそ、逆に精神的にブレていたのだろうと桃は自己分析した。

 

つまり逆に堕ち切ってしまえば、失うものは無くなるのだ。

 

今回の状況は中途半端に止まろうとして崖から落ちようとしていた桃の背中を【闇玉手箱】が思い切り後押しし、崖を見事飛び越えたような状態だったのだ。

 

堕ち切って状態が安定したことで、魔力も増すこととなったのだ。そして拘束を切り裂き、魔力を纏わせた高速の剣で闇乙姫を切り裂くことが出来たのである。

 

つまり中途半端な状態が一番危険、ということであった。

 

 

「「桃~!」」

 

 

さて、どうしようかと目線を上げようとしたとき、後ろから馴染のある声が聞こえてきた。この声はシャミ子とミカンであろう。

 

予想通りの人物たちは桃の目の前に来て、息を整えた。

 

 

「……どうしたの皆」

 

「おー、どうやら倒したみてーだな」

 

「どうしたのじゃないわよ!あんたが襲われているってボコボコにした魔族から聞いて助けにきたんじゃない!……って何か変わってるー!?」

 

「桃が心配で急いできたんですよ……ってほわぁー!!桃!何ですかその素敵な衣装は!!?」

 

 

明らかに今までと違う装いにちょっと遅れて気づいたミカンとシャミ子は大いに驚いた。

 

ちょっと反応が遅くない?と桃が思っていると、幽助も上から下までじっくり見た後、頷く。

 

 

「中々攻めた衣装じゃねーか。特にへそ辺りが……」

 

「確かに!エロさがにじみ出てます!」

 

「どこ見てるのかな!?」

 

 

変な場所しか見てないし感想を言ってこない魔族2名の視線から、桃は手でへそを隠して背を向けた。

 

今まで桃色フリフリ衣装だったはずなのに、今じゃお腹丸出しのダークネス的な衣装なのである。そんな恰好しているほうが悪いから、仕方ないのだと魔族2名は主張する。

 

 

「私たちは悪くありません!とりあえずお腹触ってもいいですか!?」

 

「ダメに決まってるでしょ!?」

 

「おいおい、隠すのは良くねーぜ。堂々としろよ、ケケケ」

 

「……この格好はそんなにダメなんですか……!?」

 

「そんなことねーだろ。むしろ今までのピンク色の格好のほうがオメーに似合ってなかったっつーの」

 

「……!?」

 

 

幽助としては軽く言ったつもりであったが、桃には大変ショックな一言であった。

 

桃にとっては前の戦闘フォームは初めて魔法少女になった5歳とかそれくらいにデザインした格好をずっと引き継いでいたのだ。

 

高校生としたらこの格好はどうかなーと思ったことはあったけど、こうも正面切って言われるとダメージが大きかった。

 

幽助の一言を受けて、そんなことを考えて、桃は段々視線が下がっていくのを感じていた。

 

 

「浦飯さん、余計なこと言っちゃダメよ!」

 

「そーです!今の戦闘フォームは武器もバリ格好よくて、とてもいいんです!前の格好何か気にする必要ないですよ!」

 

「ぐむっ……!」

 

 

褒めているようで褒めてない一言に、桃はむせた。なんだろう、闘っているときよりダメージが大きくなっていると桃は感じていた。

 

 

「シャミ子、それ追い打ちだから」

 

「……そっか、やっぱり前の格好は似合ってなかったんだね……」

 

「ああ、違います!?言葉の綾ですー!悪気はないんですよ~!」

 

「こいつメンドクセーやつだな」

 

「一番余計なことを言った人が何言ってんですか!」

 

 

増々沈んでいく桃を囲んだ3人はギャーギャー騒いでいた。

 

ちょっとして落ち着くと、何故こんな格好になっているか、桃は闇乙姫との戦いと結果を語りだした。

 

そして今の状態を聞いて驚きの声を上げた。

 

 

「えぇー!?闇堕ちなんて大変じゃないですか!?」

 

「そうかぁ?別に闇堕ちしただけじゃねーか。

オレが人間から魔族になった時は霊力から妖力になっただけで、大して変わんなかったしよ。似たよーなもんだろ」

 

「それ言われると、全然大したことない気がしてきた……」

 

 

魔法少女の闇堕ちと聞くと、とてつもない一大事のように思われる。

 

しかし人間から魔族と言う存在そのものが変わった一例が目の前にいるので、別に姿が変わっただけの桃のことはあまり問題ないように思えてくるから不思議である。

 

しかし幽助は言ってない!自身の心臓は止まったままだということを。代わりに魔族の心臓といわれる核が動いていることを。

 

つまり健康診断をやったら割と不味くなる状況かもしれないが、中学卒業後から健康診断は全く受けてないため問題になっていないだけという事実を全く伝えてないのである。

 

 

「でも元の姿に戻れないし、魔力のコントロールができないからパワー全開の状態なんだ。

だからこのままだとすぐに魔力を使い果たしてコアの状態になる」

 

 

桃の周りの魔力が膨れ上がる。闇堕ち前より強力な魔力が常に周りに溢れている姿は、シャミ子に魔力を吸い取られて弱体化した魔法少女とは思えない力強さであった。

 

 

「確かにな~。オレも魔族になったばっかで仙水と戦った時は当たると思った霊丸を外しちまったし……感覚が追いついてない感じだろ?」

 

「はい。全然感覚が掴めないんです。どうすればいいですか?」

 

 

ある意味幽助も闇堕ちというか、魔に変化した先達である。それにも関わらず安定している幽助に何かヒントがあるのではと思い、桃は尋ねてみた。

 

 

「戦っているうちにだんだん慣れてくるぜ!いっちょ闘るか?」

 

「消滅しそうなんで結構です……まいった、何の参考にもならない……」

 

 

幽助の答えを聞いた桃はガックリと項垂れた。パワーを使ったら消滅するというのに、その上戦えという答えは鬼畜過ぎる。

 

 

「そうかァ~?オレんときはそれで上手くいったんだがな~」

 

「実戦で学べとかきつすぎますよ……」

 

 

しかしこの男は真面目にアドバイスしているつもりである。魔族大隔世後の仙水の戦いでは、闘いながらバカデカくなった妖気のコントロールに段々慣れていったのだ。

 

もっとも完全なコントロールをする前に横やりが入って終わってしまったが、今回の桃の参考になりそうもないのは確かである。

 

幽助の言動に慣れているシャミ子も、それはきついと思ってしまった。霊光波動拳はごり押し拳法の達人しかいないのだろうか?

 

 

「でも実際どうすればいいんですか?ミカンさんは何か知ってます?」

 

「うーん……そういった話題ってあんまり聞いたことがなくて……」

 

 

うーんと皆で悩んでいると、カツンと足音が響く。全員、音がした方向へ視線を移すと黒い人影があった。

 

 

「皆さん、お困りのようだね~」

 

 

黒のローブに、鳥の骸骨の様な被り物をした女が立っていた。その姿を見たミカンとシャミ子は悲鳴を上げる。

 

 

「きゃあー!?」

 

「ほげぇぇぇー!鳥のバケモノー!?」

 

 

ミカンが恐怖したせいで呪いが発動し、幽助に雨が降った。

 

怖がったシャミ子は、右手の人差し指を向け指先を赤く光らせる。即座に霊丸を放つ準備を完了させていた。

 

 

「待って待って待って!?これコスプレだから!」

 

 

シャミ子が本気で撃とうとしたのが分かったのか、女は骸骨の様な被り物と頭にかかっていたローブを取り外す。

 

すると、皆が見知った顔が現れた。

 

 

「小倉さん!小倉さんじゃないですか!」

 

「変な格好して何やってんだオメー」

 

 

女の正体は、夏休みに入ってから会ってなかった小倉しおんであった。シャミ子に霊丸を撃たれると本気で思っていた小倉は、シャミ子が霊丸の構えを解くと本気で安堵した。

 

 

「いやー、危なかった。なにやら騒ぎになっているから来てみれば皆いるし、声をかけてみたんだ~。ところでさっきの会話は聞こえたけど、千代田さん闇堕ちしちゃったんだって?」

 

「え、いつから聞いてたの?まぁそうなんだけど……」

 

「細かいことは気にしないでね」

 

「おい、こいつ大丈夫なのか?」

 

「状況がアレなので、今はスルーしましょう」

 

 

タイミングよく現れすぎだろうと幽助は懸念したが、今は闇堕ちを治すほうが先決なのでシャミ子はスルーした。他2人もそれで行くらしい。

 

 

「千代田さんから借りた桜さんの日記とか、古来の伝承によると光の一族が負の感情に呑み込まれた時、ひとりでに闇堕ちしたという記述がたくさんあるんだよ。

今回は敵のアイテムで元々抱えていたストレスなんかが膨れ上がって爆発した状態になったってところかな」

 

 

小倉は前に色々とアイテムを作ったこともあり、桃は姉の桜の日記を小倉に渡していた。結界のことについて、何か発見できればと思ったからだ。

 

自分が受けた闇玉手箱の効果を、まるでストレス増幅器のように言われ、桃はちょっと納得いかないような表情を浮かべた。言葉にすると簡単だが結構危機的状況だったので、簡単に言われるとどうもモヤモヤと感じてしまった。

 

 

「……つまりどうすればいい?」

 

「負の感情で解消すればいいんだよ。つまり……ストレスになった原因を皆に聞いてもらう!これが解決方法だね」

 

「あ、じゃあ言いたくないっす」

 

「桃!?」

 

 

小倉の回答に被せるように桃は拒否した。よっぽど言いたくないらしい。

 

 

「おいコラ!テメーがストレス溜め込んだからこんなことになってんだろーが!サッサと言え!」

 

 

そこで黙ってないのがこの男である。この男の性格からしてまどろっこしいのは嫌いなのだから、桃が言いたくなくても口を割らせようとするのだ。シャミ子もそれに便乗する。

 

 

「そーです!桃に消滅してほしくないです!」

 

「で、でも……」

 

「私あなたに消滅してほしくないわ!だから言いなさい!」

 

 

最初は首を横に振って拒否していた桃だが、2人と邪神像に詰め寄られ、観念したのかポツリポツリと語りだした。

 

 

「……最近昔の夢をよく見るようになって、そこからあの真理のこともあったし、闇堕ちが怖くなって……。

動物園に行ったとき、本当はシャミ子とミカンと私だけで行きたくて……それでシャミ子のお弁当も食べて、トラの赤ちゃんも触れなくて……。

でも邪魔が入ってできなかったから……」

 

「よーするに、昔のトラウマと動物園で邪魔したリコがスゲェムカついたってことか」

 

「バッサリすぎる……」

 

 

この男には情緒と言うものはきっとないのだろうと、ミカンは首を横に振った。しかし話を要約するとそういうことである。

 

 

「だからあの時リコをぶっ飛ばせばいいって言ったのによー、よっしゃ!リコは明日オレがボコしておいてやるぜ!」

 

「なら動物園はまた今度皆で行きましょう!弁当は食べてなかったので、まだ家の冷蔵庫に保管してあります!」

 

「よし!早速行くわよ!」

 

 

オー!と3人が声を上げ、桃と小倉を引っ張っていく。2人は引きずられるように着いて行った。

 

 

「大丈夫~?」

 

「恥ずかしくてこの世から消えたい……」

 

 

3人のテンションについて行けず、心の内を赤裸々に語ってしまったことを桃は恥ずかしがっていた。

 

シャミ子家に到着した一行は素早くお弁当を出し、桃の前で広げる。

 

 

「シャミ子らしい、良いお弁当だと思う」

 

「なんだその評価は!黙って食べるがいい!」

 

「うん。いただきます……あ」

 

 

箸を持った瞬間、箸が真っ二つに砕ける。魔力が制御できていない今、箸のような繊細なものを持つことは今の桃には不可能だった。

 

 

「ごめん、箸が折れちゃった……」

 

「ああああもう!口をあけろ~!」

 

 

シャミ子は箸を持ち、弁当の中身を次々と桃の口へ放りこむ。さながら餌を与える親鳥と小鳥のようである。

 

 

「どんどん食べるがいい!」

 

「……美味しい」

 

 

綺麗に全て食べ終わると、体が光り、元のトレーニングウェア姿の桃に戻った。つまり闇堕ち状態は解除されたのである。

 

 

「元に戻った……」

 

「やったね~」

 

「皆ありがとう。迷惑かけてごめん」

 

 

ペコリとお辞儀をすると、皆安堵のため息を吐いた。中々コミカルな解決方法だが、実際消滅の危機だったのだ。【闇玉手箱】の効果はかなりのものである。

 

 

「ったく世話かけやがって。これからはストレス溜まる前に発散しろよな!」

 

「言い方キツ!でも大体その通りね、困ったことがあったら言いなさいよ、仲間でしょ?」

 

「宿敵の悩みも聞いてやるのが魔族としての務めです!存分に話すがいい!」

 

「……皆、本当にありがとう」

 

 

改めて桃は頭を下げた。こんな風に心配されたのはいつぶりであろうか。懐かしくもあり、嬉しかった。

 

 

「あ、多分しばらくは闇堕ちしやすい体質は戻らないから、今度からは感情は早めに整理したほうがいいね」

 

 

だがそれに待ったをかけたのが小倉の一言である。桃はその言葉に固まった。

 

 

「……えっ、当分この体質続くの?」

 

「頑張ってね!」

 

「……そ、そんな……」

 

 

桃はガックリと膝をついた。てっきり万事解決かと思いきや、継続と分かったときのショックは大きい。

 

 

「やっぱムシャクシャしたときは喧嘩で発散すんのが一番ってことだな!」

 

「本当にそれが正解な気がしてきました……」

 

 

難しいことを考えないほうが正解かもしれない。今日と言う1日は桃にそんな風に考えさせるのであった。

 

つづく




段々桃の思考を幽助の単純な思考回路が影響していく話。大抵闇堕ちキャラって真面目で悩みを抱え込むタイプな気がします。一種のうつ病かも。

なのでこの場合必要なのはメンタルケア、ストレス発散方法ですね。
悩みを打ち明けられる相手がいるといいですが、仙水は相談相手がサイコホモだったのでダメでした。相手は選びましょう!という今回のお話。


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25話「千代田桜の隠し泉です!私の出番ないですけど!」

シャミ子不在の話。幽助らしく書くのは結構難しいです。
リコともう1名ちょっと可哀そうな目にあってますが、ファンの方は許して!


早朝の工場跡地。桃が所有している工場跡地で、2つの人影が戦っていた。

 

一方はリコ。そしてもう一方は幽助(inシャミ子の肉体)である。

 

 

「シッ!」

 

 

リコは指で挟んだ木の葉を強化することで薄く鋭く切り裂く刃と化す。右手の指で挟んだ木の葉を宙に浮かんでいる幽助の首筋に向けて振るう。

 

屈んで躱した幽助は、リコの胸に張り手を繰り出し、そのまま吹き飛ばす。

 

 

「ぐっ!」

 

 

空中で1回転することで衝撃を殺し、リコは着地する。それと同時に幽助の右胸に対し魔力を伸ばす。

 

この魔力は放出系ではない。これは夏祭りの際シャミ子たちの浴衣を肌から離さないようにした粘着性のある魔力である。本来は敵や物を引き寄せるのに使う能力であるのだ。

 

くっつくときはガムのような、伸び縮みするのはゴムのような性質を持つこの能力。様々な応用が利く能力を、リコは重宝していた。

 

 

「(縮め!)」

 

 

魔力は幽助の右胸に付着し、縮むよう能力を発動する。しかし縮むより早く、幽助はリコに向かって突進した。

 

 

「!」

 

「オラァ!」

 

 

リコの能力への対処として、幽助は得意とする殴り合いを選んだ。リコは引き寄せてから攻撃する予定であったため、一手対応が遅れる。

 

リコは咄嗟に右ストレートを放つが、顔スレスレで避けられたと同時に腹に幽助の左拳を受けてしまい、そのまま数m吹き飛ばされ、衝撃によりくっつけていた魔力も千切れた。

 

 

「ばん!」

 

 

幽助はウインクしながら得意げに霊丸を撃つ真似をした。もし本当に撃たれていたら、間違いなく終わっていたことだろう。それを察して、倒れたままのリコは思い切りため息を吐いた。

 

 

「参りましたわ、お手上げや~」

 

 

リコは荒い息を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。それに対し幽助の呼吸は全く乱れていない。明らかな完敗に、リコは軽く笑った。

 

 

「しかしウチの引き寄せる術をああいった形で攻略してくるとは思いつかんかったわ~。大抵皆はん逃げはるのに~」

 

「逃げたり避けたりするより、使わせる暇がないくらい接近戦やればいーと思ってよ。思った通りだったぜ」

 

 

リコの魔力は近・中距離で効果を発揮するものである。しかし幽助は能力を発動させる暇を与えないほどのスピードで攻め立てた。

 

素の殴り合いでは圧倒的に幽助が有利である。相手を翻弄するタイプのリコにとって性格的にも避けたりせず真っ向勝負を選ぶ幽助とは相性が悪いのだ。

 

 

「いやはや、夏休みの浴衣の時しか見せてへんのにこうも対応されるとは、恐れいったわ」

 

 

夏祭りの1回しか見せてない、それも浴衣を脱がせないよう能力を使用しただけでどんな能力か把握し対処してきた幽助に対してリコは終始笑顔であった。

 

幽助はゴチャゴチャ考えて戦うのが苦手なタイプで、基本テクニックタイプの相手は不得手である。しかしテクニックを駆使する相手に対し、スピードとパワーでごり押しするのは最適解でもある。それを幽助は長年の戦闘経験と直感で理解していた。

 

 

「いやーやっぱりフルパワーで戦うのは最高やなぁ。最近めっきり戦うことが少なくなってもうたから、疼いて疼いて困っとったところだったんや」

 

「だからオメーは戦う気のねー桃にちょっかい出してたのかよ。タチわりー奴だな」

 

「せや。あっちから手を出してくれたら大っぴらに戦えますからな。こちらから仕掛けると街にも居にくくなるし、マスターに悪い印象持たれてまうから、それは避けよう思うとったんです。

そしたら幽助はんが来てくれはったから嬉しくて嬉しくて♡」

 

 

この街は人と魔族の共存の街である。魔族が揉めないように作った街なので、魔族から仕掛けたことがバレるとこの街で暮らすことは難しくなるだろう。

 

しかも同居人の喫茶店アスラのマスターにも悪印象を持たれてしまうので、これを避けるためにリコはチクチク回りくどく桃に言い寄り、桃から戦いを仕掛けるよう誘導していたのだ。

 

自分のことしか考えてないリコに対し、幽助はため息を吐いた。幽助だって、普段むやみやたらに喧嘩を売りはしない。売るときは腹が立っているときだけである。

 

 

「桃の奴はクソ真面目だからオメーの言うこと間に受けやすいんだよ。それで昨日メンド―だったんだからな」

 

「戦う前に言うてた闇堕ちの件やろ?いやー次からは気をつけますわ」

 

 

戦う前に先日の襲撃と闇堕ちした桃の件を幽助は話していた。

 

闇堕ちの一因でもあるリコに余り反省の色が見られないが、こんな相手のやることや言うことを真に受ける桃にも問題はあるな、と幽助は感じていた。

 

 

「桃の奴もオレやオメーみたいに戦ってストレス発散できるタイプなら話は早いんだがなー。めんどくせーぜ、ったく」

 

 

メンタルケアなんてオレじゃなくて蔵馬のほうが適任だよなー、なんてことを幽助は考えていた。

 

今の封印されている状態だって幽助にはさっぱりであるし、結界なんかについても専門外だ。猫の手ならぬ狐の手も借りたい状況である。

 

ただし今目の前でニコニコ笑っている狐は素直に協力するタイプではなさそうだ。

 

これからどーすんべー、と思いつつ幽助はポケットを漁ってタバコを探したが、そういえばシャミ子の体だから何も持ってきてないことに気づいた。仕方ないので話をそのまま続ける。

 

 

「まぁ光の一族の誘いに乗るような真面目な子たちやからな。幽助はんみたいに可愛いシャミ子はんの体でタバコ吸おうとするとか、悪いことでストレス発散はできんのよ」

 

「何言ってんだ、オメーも人のこと言えねーっつの」

 

「ハハハ」

 

 

幽助はネコ目の様にリコを睨みつけるが、リコは全く気にせず笑い飛ばした。リコと桃を足して割ればちょうどよくなりそうなものだが、中々上手くいかないものだ。

 

 

「さて幽助はん、もういっちょお願いできます?」

 

「お、まだヤル気か?」

 

「もちろんや、こんな機会は滅多にあらへんもん。それに呪霊錠とかいうハンデをしたままでウチに勝って余裕を見せつける顔に一発入れてやりますわ」

 

「へへへ、面白れぇ……かかってきやがれ!」

 

 

幽助が言い終わると同時に、リコはフルパワーで飛び掛かる。

 

そして凄まじい打撃音が響いた。

 

 

☆☆☆

 

 

「すみません浦飯さん、付き合ってもらって」

 

「おう、今度何か奢ってくれや」

 

 

リコとの戦いが終わった後、幽助は桃と一緒に奥々多魔駅を降りた山に来ていた。

 

ここの山奥にある千代田桜の私有地のさらに奥には、千代田桜の隠し泉という魔法少女を回復させる強い魔力が含まれた泉があるそうな。

 

そのことを発見したのが小倉である。

 

小倉は千代田桜の日記からその情報を発見し、今回の件で強制的に闇堕ちさせられた桃は魔力を消費していたため、その回復にやってきた。

 

ちなみにミカンはシャミ子たちの学校への転校のための面接があるので今回は街に残っている。

 

「……高校生にタカらないでくださいよ……」

 

「へへへ」

 

 

満面の笑みを浮かべる幽助に対し、桃は苦笑いをこぼした。現在幽助は普段邪神像なので収入0。魔法少女の桃のほうがお金持ちなのだ。

 

 

「しかしここに来る前に野暮用を済ますとか言ってましたが、何をしていたんですか?」

 

「昨日言った通り、リコと戦ってたんだよ。オレもしばらく戦ってなかったから体が訛ってたし、ちょうどよくてな」

 

 

首を鳴らす幽助の言葉に、桃は少し驚いた。昨日闇堕ちした際に言ってくれた言葉だが、自身を落ち着かせるために言ってくれたものとばかり思っていた。

 

まさか本当に宣言通り戦いに行くとは、少し予想外だった。

 

 

「昨日のアレ、本気だったんですか……。それで、リコはどうなりました?」

 

「いや~~~思わず力が入っちまってな、しばらく動けねェと思うぞ?まぁリコのヤローも戦ってスッキリしたみたいだし、大丈夫だろ!」

 

 

実際のところ、リコは半殺しのレベルだった。しかしフルパワーで思う存分戦えたリコは終始楽しそうだったし、リコは「怪我が治ったらリベンジや」と宣言していた。

 

ちょうど遠い先祖にして父でもあった雷禅にボコボコにされていた頃の幽助と似たような感じであり、食らいついてくるヤツの相手をするのはなぜか楽しさを覚える。

 

オヤジの奴もこんな気持ちだったのかな~と今は亡き雷禅のことを幽助は思い出していた。

 

 

「じゃあしばらくはリコは大丈夫そうですね」

 

「まーな」

 

 

しかし幽助は忘れていた!喫茶店アスラの厨房担当はリコのみであり、マスターは厨房では役に立たないことを!

 

つまりリコがしばらく動けないということは喫茶店アスラはしばらく休業であるのだ。リコから事情を聴いたマスターは悲鳴を上げていることだろう。

 

そんなことは全く理解もしてないし考えてもいない2人は山道を進む。

 

 

「あ、何か看板がありますね」

 

「お、マジだ。何々~……」

 

 

山道にポツンとあった看板を読むと、どうやらここから先は私有地で大量の罠があるが進んで宝を取るがいい。身内しかどーせ来ないけど……と言ったことが書かれてあった。

 

 

「オメーの姉ちゃん変わってんな~」

 

「自分の姉ながら、意味不明です……」

 

 

しかし私有地の警告文とは言え、この書き方は恥ずかしかったのか、桃は少し頬を赤くした。

 

 

「罠か……オメーの姉ちゃんの性格からして、どんなもんがありそうか?」

 

「姉の性格上、魔力トラップや使い魔などで死なない程度に面白くボコられると思います」

 

「あー、そーゆータイプかぁ」

 

 

幽助はそれを聞いてリコを思い浮かべたが、ちょっと違うかもと考えた。

 

 

「(ぼたんの奴とリコを合体させると近いかもな)」

 

 

リコは若干悪質だが、霊界案内人のぼたんのからかうとこもある性格と合わさるとちょうど良くなるかもしれないと考えた。

 

 

「それじゃ行きま……うっ!!?」

 

 

ズボッと桃は勢いよく地面にめり込んだ。いや、よく見るとどシンプルな落とし穴である。しかもよく見ると穴の中に梯子とコールセンター付きだ。備えは万全である。

 

 

「ギャハハハ、思い切り嵌ってやがる!」

 

「魔力じゃないんかい!?」

 

 

桃は激高した。まさかただの落とし穴とは、予想外だった。そういえば姉の桜は人の裏をつくのが好きな人だったことを思い出した。

 

梯子を上って落とし穴から出てきた桃は米神に青筋が立っていた。

 

 

「これは姉からの挑戦状です。何としても宝を手に入れなくては……!」

 

「何かムキになってんな~オメー」

 

「さ、浦飯さん先頭でお願いします」

 

 

桃は幽助の言葉を無視してぐいぐい背中を押す。何としても、と言った割にはえらく消極的である。

 

 

「オイコラ、人を盾にしてんじゃねーっつの」

 

「違います、これは実力順で列を組んでいるだけで……んにゃ!!?」

 

 

今度は網が地面に出現し、桃を吊り上げた。罠にかかった桃は網で宙にぶら下がった。

 

 

「ケケケ、また嵌ってやがる!ちょろいな~オメー」

 

「後続のパターンもあるんかい!」

 

「姉ちゃんにオメーの動きが見切られてんじゃねーか。ダメダメなやつだぜ」

 

「もう帰りたい……」

 

 

2度罠にかかった桃は網の中で体育座りをして落ち込んでいた。この魔法少女、最近すぐ落ち込む癖がついている。そんな様子を見て幽助はまだ笑っていた。

 

すると草むらの中から、ぬりかべみたいな生物が出てきた。胸元にあるピンク色の石を垂れ下げている妙な生物だ。

 

 

「シンニュ、侵入者、オヒキトリ、オヒキトリ……」

 

「何だコイツ?」

 

「おそらく姉が配置した使い魔でしょう」

 

「クソ弱そうなやつだな~、こんなの置いて意味あんのかよ」

 

 

明らかに動きも鈍く、どう見ても壁になりそうもない。能力のない人間でも素手で勝てそうなレベルである。

 

 

「……恐らくですが、弱った私か、魔族に覚醒したシャミ子でも行けるように設定したのかも」

 

「オイオイ、さすがに今のシャミ子だったら変身なしのパンチ一発で消せるぞこんなやつ」

 

 

そう言いながら、幽助は迫ってきた使い魔の胸元にあったピンク色の石を右手で奪い取った。

 

桃にも辛うじて残像が見えたレベルのスピードであったので、使い魔は全く反応が出来ず崩れ落ちていった。

 

どうやら石がコアだったようで、体から離れると自壊するように設定してあったようだ。

 

自力で罠から脱出した桃は服に着いた埃を叩き落としながら幽助に近づく。

 

 

「……恐らくですが、覚醒したてで実力が低いであろうシャミ子を想定して作ったものだと考えられます。今のシャミ子はかなり戦ってきて実力をつけているから、今のシャミ子の状態は姉の想定外なのかも」

 

「そーかねー。オレんときも霊力に目覚めてからすぐ戦ってたから、シャミ子の戦うペースはそんな早いとは思えねーけどな」

 

「まぁ普通より少し早いとは思いますが……ね」

 

 

幽助はそう言いながら石をポンポンと手の中で遊んだ後、ジーパンのお尻のポケットに入れた。

 

霊力に目覚めて半年程度で戸愚呂を倒し、その後1ヶ月と少しで仙水と戦ってS級妖怪になった男のペースからすれば、シャミ子は割と緩いペースで戦っていると感じていた。

 

シャミ子が聞いたら一緒にするな!と憤慨するのであろうが、ここにいるのは幼少から戦い続けてきた桃と幽助のみ。桃は幽助の言葉に少し賛同しただけであった。

 

その後些細な罠があるが、桃は引っかかることはなかった。

 

 

「こーゆーコテコテな罠は朱雀んとこの迷宮城以来だな」

 

 

あっちはもうちょい悪質だが、と幽助は溢す。

 

 

「どんな罠だったんです?」

 

「裏切りの門の審判とかだったか?確か上から天井が下りてきて全員で全力で支えないとぺしゃんこになるような重さにしてきたりとか、白虎の部屋は地獄の窯みてーな獄硫酸の風呂だったな。桑原の奴そこで死にかけてよーハハハ」

 

「それは流石の姉でも設置しませんよ……」

 

 

身内しか来ないであろう私有地にそんな殺意MAXの罠は姉でもやらないと桃は首を横に振った。

 

さて、そんなことを話していると隠し泉に着いた。まぁ泉と言うより滝であったが、水があるのは間違いないので桃はそのまま滝に打たれ始めた。

 

 

「オイオイ、服着たまま入んのかよ。脱がねーのか?手伝うぜ」

 

「……ドサクサでセクハラしないでください!脱ぎませんよ!」

 

 

手をワキワキと動かしている幽助に桃は怒鳴った。怒られても態度を改めるどころか、滝に打たれて肌に服が張り付く桃の姿を見て幽助は頷いく。

 

 

「まぁこれはこれでアリだな……」

 

「今からでもシャミ子に代わってもらいましょうか……!」

 

「ジョークだよジョーク!せっかく入れ替わったのにまだ代わりたくねーや!」

 

「ならあっち向いててください」

 

「へーい」

 

 

素直に言うことを聞いて後ろを向いた幽助は、何やら古ぼけた祠があることを発見した。またそこからわずかな魔力も漏れていることに気づく。

 

 

「おい桃。この祠何か知ってっか?魔力を感じるが……」

 

「……すみません。私もここに来たのは初めてなので」

 

「だよな~……」

 

 

桃が否定すると、幽助は祠に手を伸ばそうとするが引っ込めた。興味本位で触るとろくでもないことになりそうだからである。

 

幽助の行動は正しかった。しかしそれは祠に第3者がいなければ、という話であるが。

 

 

【うるさいぞ……我の眠りを妨げる者は誰だ……】

 

「今の声は祠から……!」

 

 

咄嗟に幽助は祠から距離を取ろうとしたが、一瞬遅かった。

 

 

「浦飯さん!!」

 

 

幽助の魂は一瞬にしてシャミ子の肉体から離れ、見知らぬ空間へ飛ばされていた。

 

 

「ここは……いつもの封印空間とは違うな」

 

 

幽助は自身の体を見ると、シャミ子の体ではなく本来の体に戻っていることに気づく。

 

どうやら精神体だけこの空間に呼び出されたようだ。体はもちろん、指先に妖気も集まることからテリトリーのように能力が使えなくなる空間ではないようだ。

 

周りを見渡すと、薄暗く狭い空間へ景色が変わっていることに気づく。そして闇の中から、何か引きづるような音をさせながら近づく物体があった。

 

 

「テメェ……オレをこんなとこに呼び出して何のようだ」

 

【ここは、我が体内。我は多魔川の遍く支流を司りし蛟なり】

 

 

現れたのは白く巨大な蛇である。重く響くような声は、普通であるならば恐怖を与えるものであった。しかし今回は相手が悪い。尊大な物言いに、幽助はだんだんと腹を立てていた。

 

 

「聞こえねーのか?こんなとこ呼び出して、何の用かって聞いてんだよ」

 

 

拳をバキバキと鳴らしながら近づく幽助に対し、蛟は態度を崩さない。見かけはともかく、蛟からすればあまり力を感じられない幽助に対し、恐怖を感じる必要性もないからだ。

 

一方の幽助は今現在妖気を霊能力者にも悟られないくらい低く抑えている。これは人間界で暮らすためには必須に近いレベルであるからだ。それが蛟になめられている原因でもあり、蛟は幽助の隠された実力を感知することができなかった。

 

相手の実力を分かるのも実力の内、ということである。

 

 

【山の静寧を乱すものは本来なら万死に値する しかし……】

 

「万死に値するのはテメーだ!!」

 

【え、ちょっ……】

 

 

蛟が全て言い切る前に幽助は妖力を上昇させ攻撃を仕掛けた。桁違いに上昇した妖力に全く反応できなかった蛟は一瞬のうちにズタボロになり、蛟はもはや消滅一歩手前の状態であった。

 

 

「さっさと元の空間に戻さねーとぶっ殺すぞ」

 

 

指先に妖力を集中させて、霊丸を撃つ準備を完成させる幽助。このままでは確実に消滅することを悟った蛟は、ひどく慌てた。

 

 

【も、戻す。戻すからこれ以上は死ぬ……】

 

 

次の瞬間、シャミ子の体に戻った幽助。どうやら無事に脱出できたようだ。

 

 

「よ、戻ったぜ」

 

「良かった……それで、犯人は?」

 

 

体を支えていた桃に、戻ったことと犯人は祠の中にいることを知らせた。

 

 

「(祠を)壊しますか?」

 

「いや、あいつは年季が入った妖怪っぽいからな。何か知ってるかもしんねー」

 

 

そう言うと幽助は祠の前にドカンと胡坐をかいて座った。

 

 

「やいコラテメー、この街とか知ってることがあったら全部ハッキリ説明しやがれ!説明次第じゃこの祠ごと山を吹っ飛ばすぞ!」

 

「(壊すって山の方か……)」

 

【は、話す。我はこの山全体に封印された姿なのだ。だからやめてくれ】

 

 

目の前の幽助ならば本当に山を吹き飛ばしかねないと悟ったのか、蛟は観念して協力することにした。

 

 

「まずオレはある日この邪神像に急に封印された。これにはこの体の先祖がいたらしいが、オレには関係ねー話だ。もしかしてさっきのテメーの能力みたいに魂だけ入れ替えたのか知りてぇ」

 

「そうか……!それならシャミ子の本来の先祖が抜け出た代わりに浦飯さんが入った可能性もあるのか」

 

 

元々清子の話では、邪神像にはシャミ子家のご先祖が封印されていたはずである。

 

にも関わらず縁もゆかりもない幽助が当然入ってきたのは、第3者が先ほどの蛟の様に魂だけ入れ替えた可能性が高いと幽助は踏んでいた。

 

 

【……はっきり言えばかなり難しいが可能と言えば可能だ。ただそれを行った者はこの街の結界を突き破って遠隔操作できるほどの能力者であることは間違いない】

 

「犯人は分かるか?もしくは先祖が行った先だ」

 

【どちらも分からぬ。ただ言えるのは、お主の体の魔族は夢魔だ。直接的な戦闘力は低いが、意識と無意識の挟間を操って集団を扇動したり、負の感情のエネルギーを集めたりするのを得意とする一族だ】

 

「何かそう聞くとスゲーセコイ魔族だなオイ」

 

「いや、結構凶悪な能力ですから。しかしシャミ子は夢魔だったんだ……だからあんな格好を……」

 

 

桃が何やら別のことを考えているようだが、幽助は無視して話を進める。

 

 

「んじゃ何か?先祖とやらは利用されるために攫われたってことか?でもじゃあ何で代わりがオレなんだよ?」

 

【分からん。だがもしや犯人は夢魔の先祖を使い、闇の一族の始祖を復活させようとしているかもしれぬ。

闇の一族の始祖は人間たちの負の感情が強さの源であった。遠い遠い昔、負の力を持って世界を征服しようとしたのだ】

 

「何かどっかで聞いたような話だな……思い出した!耶雲(やくも)だ!」

 

 

幽助は膝を叩いた。武術会後に戦った冥界の王の耶雲も、似たような感じで復活して倒したことを思い出した。

 

かなり強かったが、その後すぐに仙水の戦いだったので、結構忘れていたことに幽助は笑った。

 

 

「耶雲?誰ですそれは?」

 

「昔闘った奴でな、そいつも人間たちの負の感情で復活したーとか似たような奴だったぜ」

 

【すまぬ、遠い昔のことなので名前までは伝わってないのだ。

だがその闇の一族の始祖は光の一族に敗れ、遠い世界に封印されたと聞く。だから第2の闇の一族の始祖を生まないためにも、光の一族は魔族を討つために決まり事を定めた。定めた光の一族の者たちは既に人の中に消えたがな……】

 

「それが魔族討伐ポイントができた理由か……」

 

 

確かに危険な芽を摘むには報酬が必要である。そのためのポイント制だったのだろう。しかし幽助にとってそんなことはどうでもよかった。

 

 

「結局大層な物言いの割には何も分からねーってことじゃねーか」

 

【す、済まぬ……】

 

「まぁまぁ。シャミ子の先祖が何者かに奪われたという可能性があるということは判明したので……」

 

「しゃーねーな。山を吹き飛ばすのは勘弁してやるぜ」

 

【た、助かった……】

 

 

何とか命を拾った蛟を放置して2人は下山した。

 

魔力もだいぶ回復した桃は、行きと異なりシャキシャキと歩いていた。すっかり辺りは夕暮れである。

 

 

「しかしシャミ子が夢魔だったとは……魔法少女の夢に入って献血するよう唆して、その血を奪って使えば封印が解けそうですね」

 

「なんつー悪用の仕方を考えんだオメーは」

 

 

あまりにもセコイ作戦に幽助はゲンナリした。確かに直接戦闘しない分、楽は楽だがバレたら多くの敵を作りそうな作戦である。

 

 

「考えてもみろよ、シャミ子が人を操ったりするような考えを思いつくと思うか?アイツ魔族のくせにやけに真面目だし、嫌がりそうだぜ」

 

「……確かに。宿題しないだけで怒ってくるような子ですからね」

 

 

実際桃の考え方のほうが魔族向きである。桃とシャミ子の考えを交換すれば種族的にはピッタリだ。

 

 

「第一よ、シャミ子の奴も戦って白黒つけたほーが性に合ってるタイプだぜ。てかそんなセコイのはオレが許さねェ」

 

「……フフフ」

 

「何が可笑しいんだよ」

 

 

笑う桃を幽助はジト目で睨みつける。増々桃は可笑しそうに笑った。

 

 

「いや、あなたも十分魔族らしくないなって」

 

「まぁ、魔族だなんだ言う前にオレはオレだからな。種族なんて関係ねーよ。やっぱり勝負は真っ向勝負だぜ!」

 

「自分らしく、か」

 

 

この人みたいな考えが広まれば、魔族と光の一族の争いもなくなるのかな……なんて桃は空を見ながら思った。

 

つづく




ちょっとオリ設定混ぜた今回のお話。
耶雲は映画「幽☆遊☆白書 冥界死闘篇 炎の絆」で登場。長らくDVD化されてなかったので見る機会は長らくなかったが、久しぶりににBDとdアニメストアで見れます。
本来ご先祖BBQ時に初登場する蛟ですが、苦戦する相手とも思えないので早めの登場。祠の位置はちょっと変えました。


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26話「新学期、ミカンさん転入です!」

大変遅くなり申し訳ありませんでした。ウガルルの扱いをどうしようか考え中です。


さて、本日は何か色々あった夏休みが終わって新学期になってからの初登校日です。

 

朝の登校は私・桃・ミカンさんの3人で通学路を歩いてます。今日からミカンさんもウチの学校に転入です。

 

しかも何と私と同じクラスです。普通当日まで分からないものだと思ってましたが、ミカンさんがネタバレをかましてくれました。

 

 

「私……きちんと転校の自己紹介できるかしら……?呪いとかのことでドン引きされたらどうしよう」

 

「もう緊張しないように、あえて学校行かねーって手段もあるぜ?」

 

「いきなり初日でサボリは良くないわ浦飯さん」

 

 

浦飯さんの提案に対しミカンさんは首を横に振りました。初日からサボリをかます生徒は中々いないでしょう。ある意味でインパクト大です。

 

 

「大丈夫、皆受け入れてくれるよ」

 

「一緒のクラスで嬉しいです!」

 

「……そんなエモいこと言われても呪いしか出ないわよ!」

 

 

励まそうとしたのもあったし、本当に一緒のクラスで嬉しいので素直に口にすると、突然近所の人の飼い犬が私に襲い掛かってきました。

 

そういえばミカンさんてば、興奮しても呪いが出るんでしたっけ……。

 

でも私は暴れる犬を受け止めて、お腹をまさぐって大人しくさせました。ふふふ、いつまでも吠えられてビビる私じゃないのですよ!

 

とまぁこんな感じでやり過ごし、学校に着きました。

 

どうやらクラスの皆も、我がクラスに転校生が来ることは知っていたようです。漫画でもそうですが、転校生の情報とか皆手に入れるのがすごく早いですよね。

 

よく漫画とかで「見たことない子がいるー!」

 

とかよく言いますが、私は学年全員の姿を覚えてないですので、そんな見分けはつきません。あの調査能力は本当に謎です……。

 

そして朝のSHR。ミカンさんの転校の挨拶が始まりました。

 

ミカンさんは堂々と自己紹介をしています。魔法少女と言うことも、呪いのことも話してました。

 

質問タイムでどんなものが来るのか、ミカンさんはかなりソワソワしている様子でした。

 

 

「目玉焼きには何をかける派ですか?」

 

「朝から揚げ物は食べられる派?」

 

「質問が食べ物関係ばっかり!?」

 

 

しかし質問タイムでは食べ物の話ばっかりで魔法少女というか呪いなどの超常現象とは欠片もかすらない質問です。皆それでいいんでしょうか……?

 

 

「緩いな~このクラスは」

 

「浦飯さんもそう思います?」

 

「まーな。でもオメーがその姿で普通に学校に通ってるんだから、今更な感じもするがな」

 

「そういえばそうでした……!」

 

 

そういえば私は春から尻尾と角が生えたけどそのまま皆「変わっているね~」程度で話が終わって、その後は普通に通ってました!

 

もしかしてこのクラスはすごくゆるゆるなのでは……!

 

 

「え、今更?」

 

 

杏里ちゃんが少し驚いて私を見てきました。私は悪くねぇ!

 

そしてSHRの後の授業が終わり、休み時間になるとミカンさんの席に色んな人が集まりました。うーん転校生は大人気です。

 

1時間目終了後、ミカンさんと桃・杏里ちゃんで集まりました。

 

 

「自己紹介上手く言ってよかったわ……ここの学校の人たちはいい意味で緩いから、上手くやっていけそうよ」

 

「良かったですよミカンさん!」

 

「ありがとう、シャミ子」

 

 

興奮しても発動するミカンさんの呪いですが、何とか乗り切れたようです。しかし今日は乗り切れましたけど、学校行事の発表とかってヤバそうなんですが、今までミカンさんはどう乗り切ってきたのか気になり始めました。

 

ちらりとミカンさんを見ますが、これを聞いてトラウマだったら呪いが発動しそうなので聞くのはやめます。やばいやばい、質問も慎重にしなくては……。

 

 

「そういえば次は体育なんだけどさ、魔法少女や魔族の速さってどれくらいなの?例えば50m走とか」

 

 

杏里ちゃんの言葉で、そういえばそういった記録などで魔法少女の実力を聞いたことがないなとふと思いました。というよりフルパワーでやるもんなんでしょうか?

 

 

「私は前の学校で6秒くらいだったわ」

 

「3秒」

 

「ちよもも早すぎじゃね?」

 

「確かに……」

 

 

ミカンさんの6秒も普通に考えたら速いですが、桃の記録は世間に出たら世界新です。

 

オリンピックは出る気ないですか?と聞いたら桃は首を横に振りました。せっかく応援するため我が家の杖を『ガンンバリスト桃!』と書かれたアイドルうちわに変化させたのに……。

 

桃は私のうちわを何とも言い難い表情で見て首を振りました。どうやらお気に召さなかったようです。

 

 

「いや、魔法少女の体は魔力……エーテル体で構成されているから普通じゃない。ズルしているようなものだから……」

 

「ほうほう。ところでシャミ子と浦飯さんはどうなの?」

 

 

よくぞ聞いてくれました。最後に測定したのは去年の話なので、魔族に覚醒する前のボディですので、ある意味びっくりするスピードです。

 

 

「体育なんざサボってたから知らねー」

 

「私は11秒です!」

 

「おい魔族チーム!」

 

 

まぁ浦飯さんがまともに走ってないことは何となく予想していたので驚きません。杏里ちゃんはツッコミを入れてきましたが、まだまだ甘いですね。

 

 

「確かに魔族に覚醒する前は遅かったです!しかし今はかーなーり鍛えてます!桁違いに速くなっていることは間違いないです!」

 

「おおー!シャミ子自信満々だ。なら勝負しようぜシャミ子!」

 

「どんとこいです!」

 

 

杏里ちゃんの挑戦に胸を張って答えます。ぬふふ、今の私の実力ならば杏里ちゃんに勝てるのだ……!

 

 

「いや、今のシャミ子じゃ無理だろ」

 

 

しかし私の考えを読んだのか、浦飯さんがダメ出しをしてきました。

 

 

「いや、杏里ちゃんの勝負に妖力は使いませんよ。それやったらズルじゃないですか」

 

「アホかオメーは。呪霊錠のこと忘れてんだろ」

 

「……あ!」

 

 

言われるまですっかり忘れてました。そういえば今の私は呪霊錠をつけているので、常時妖力で体を強化しないと動くこともできないのです。

 

普段の生活を強化している状態で行動しているので、それは体育の時間も例外ではありません。

 

なので杏里ちゃんが生身の何も強化していない状態に対し、私がズルして勝負するようなものです。

 

 

「そうか。今のシャミ子は呪霊錠つけているから、いつも妖力で強化している状態。だから素の身体能力での測定ができない状態だね」

 

「それじゃ確かに勝負にはならないわね」

 

 

桃とミカンさんが肩をすくめながら答えると、杏里ちゃんが少し首を傾げてました。

 

 

「そう言えば何度かシャミ子の実力がアップした話は聞いているけど、そんなに強くなったの?」

 

「そうだね、大分強くなってきているよ。初めて会ったときから考えるとまるで別人なんだよ」

 

「桃が褒めてくれるなんて~、えへへ~」

 

 

私の実力について杏里ちゃんが質問すると、桃がすぐ答えてくれました。ストレートに褒められると何だか嬉しくて体をクネクネさせてしまいます。

 

 

「うわぁ凄い笑顔。いやぁシャミ子って魔族になってから体育とか皆と普通にやってて、ちよももみたいに突き抜けて凄いところは見せてなかったんだよね。

だから私も含めてクラスの皆はシャミ子が強いのかどうかイマイチ分かってなかったんだよ」

 

 

杏里ちゃんとしては、私がどの程度動けるようになったか、イマイチ想像がつかないようです。

 

修行し始めてからも皆に合わせて体育を行ったりしていたので、桃みたいに握力計ぶっ壊したりなど大活躍はしてませんでした。

 

私としては魔族になる前は体育どころか学校に通うのもやっとの体力だったので、皆に合わせて運動できる喜びを体育で感じていたので、目立とうという気はあんまりありませんでした。

 

しかしそのせいで魔族になっても実力不明というクラスの認識だったそうです。

 

その話を聞いていたのか、周りのクラスメイトもこちらに向かって頷いてました。

 

 

「なら証明するのに良い方法がある。授業が始まる前の体育館でやるから」

 

 

さて、桃は一体何をやる気なのでしょうか?尋ねてみても唇の端に人差し指をつけて「内緒」としか応えてくれません。

 

むむう、何か大がかりなことをやるのでしょうか?

 

とりあえず浦飯さんをカバンに入れて体操着に着替え、体育館に来ると桃が浦飯さんをミカンさんに預けるように言いました。

 

何でもこれから私の動きを皆に見せるそうです。私と桃以外の人は距離を取るよう桃がお願いをしてました。

 

何か広い空間を使って1対1で対峙するって……すごく嫌な予感がするんですが。

 

 

「それじゃシャミ子、行くね」

 

「いや行くって言ったって――――!」

 

 

桃は右手に黒い日本刀を出した瞬間、躊躇なく私に攻撃を仕掛けてきました。

 

私は咄嗟に横薙ぎを後退することで回避しますが、桃は距離を詰めてあらゆる方向から連撃を繰り出します。

 

躱せない速度ではないので、よく見ながら少し余裕を持たせた距離を保ちつつ躱し続けます。

 

 

「?」

 

「え、何これ」

 

「うそぉ、何が起こってるか全然見えないんだけど」

 

 

ふと杏里ちゃんやクラスメイトのそんな声が耳に届きます。その声が聞こえると桃は剣速を速めてきました。ちょっとムキになってませんかね?

 

 

「(思ったより速くなっているわね……)」

 

 

ミカンさんがいる方向から鋭い視線を感じますが、そちらに目を向けるとバラバラになりそうなので目の前の桃の攻撃に集中します。

 

首に対しての右からの横薙ぎの一閃に対し、刀を右手で掴んで防ぐことに成功しました。

 

 

「ふぅ……怖かったです……」

 

 

私がポツリと呟くと刀から力が弱まり、桃は刀を消しました。どうやら終わりのようです。

 

 

「うん。前より見切りが上手くなっているね」

 

「上手くなってるね……じゃないですー!いきなり危ないじゃないですか!」

 

 

私は心底憤慨しました。いくら実力を見せるためとはいえ真剣で切りかかる人がどこの世界にいるんですか!

 

バンバンと地団太を踏むと、桃は首を少し横に傾けました。

 

 

「……拳のほうが良かった?」

 

「得物の差じゃないですー!」

 

 

桃の魔力で強化した拳は地面にクレーターができるんですよ!?どちらにしても凶器です。

 

自分の攻撃力を分かってないのか、桃は不思議そうな顔をしてました。

 

おのれぇ……実力アップしてなくて、もし足を切られたら危うくジオングシャミ子になるところでしたよ。

 

 

「でもこれで多分シャミ子が凄いって納得してくれると思う」

 

「もう少し穏便にやるという発想はないんですか!?」

 

「……シャミ子は頑張っているから、弱いって誤解されたくない」

 

 

そう言いながら、桃は私から視線を逸らしました。もしかして敢えて過激なものを見せることで皆を納得させざるを得ない状況にしようとしたのでしょうか。

 

もし格闘技をやっている普通の人ができる程度のパフォーマンスだったら「魔族って言っても大したことないじゃん」という印象を持たれてしまうかもしれません。

 

そういう人たちに舐められる可能性だったり、大したことないと思われて余計なトラブルになるのを回避してくれたということなんでしょうか。

 

もしそうだとしたらそれを敢えて説明せず、ぶっつけ本番でやるのが桃らしいです。

 

だがちょっと怖かったことには変わりありません……!

 

 

「凄いよシャミ子ー!」

 

「わぷ!?」

 

 

桃にどう言ってやろうかと考えていると、杏里ちゃんが抱き着いてきました。横からタックルをしてくるような形ですが、倒れずに堪えて杏里ちゃんの目を見ると、やたらキラキラしていました。

 

 

「いやマジ半端ないっすよ!シャミ子さんパネェ!」

 

「いやぁ、それほどでも……」

 

 

褒められてうれしくなり頬を指で何度か掻くと、他のクラスメイトもこちらにやってきました。皆明るい表情です。

 

 

「凄かったよシャミ子ちゃん!」

 

「私全然見えなかったよー」

 

「千代田さんが凄いことは聞いてたけど、シャミ子ちゃんもあんなにすごかったんだね!」

 

 

とこんな感じで皆にべた褒めされてしまいました。これ、何か癖になりそうなくらい気分がいいです……!

 

日本刀振り回して躱したなんていうシチュエーションなんか普通ドン引きされるんじゃないかと考えましたが、ウチのクラスは特殊なのか皆好意的に受け止めてくれました。やっぱりウチのクラスはいい意味で変わってますね!

 

 

「はーい、皆授業始めるわよー……て、皆どうしたの?」

 

 

先生が来るまでどう躱したのかとか技の解説を桃と2人で続けており、その光景を見た先生は目を丸くしてました。

 

さて今日の体育は桃のクラスとウチのクラスの合同でのバレーボールの授業でした。体育の時間中は浦飯さんを先生に預けて受けます。

 

そして始まるクラス対抗戦。

 

 

「千代田さん、お願い!」

 

 

桃のクラスメイトから上がったトスに対し、桃はネットよりも遥かに跳躍し右手をやや体の後方に構えてました。何か右手が魔力で輝いてません?

 

 

「……ふん!」

 

 

そして魔力の籠った手から放たれる激しいスパイク。爆発したかような音共に、ボールが私に迫ります。

 

 

「(これは……!避け……いや!)」

 

 

その威力とスピードは生身で受けたら大怪我間違いなしの一撃です。しかし私は回避という選択肢を放棄しました。何故なら桃がスパイクを放つ前、一瞬私に笑いかけたのです。

 

 

「(あれは受けられるのか?と言わんばかりの表情でした!)」

 

 

つまり私に避けさせないための挑発!この攻撃を逃げるのか?という挑戦と私は受け取りました。

 

ライバルからの挑戦は避けない!魔族のパワーを見せてやらぁ!

 

 

「いくぞー!レシーブ!」

 

 

返すために腕にボールが接触した瞬間、後方へ体を引きました。これは浦飯さんにパンチをもらう瞬間、後方に飛んでダメージを減らすときに使うテクニックの感覚です!

 

……まぁ後方に飛んだところで浦飯さんのパンチのダメージは凄すぎて意味ないんですけどね!

 

まるで鉄球が高速で来たかのような凄まじい衝撃のボールでしたが、何とかレシーブすることに成功しました。

 

しかしボールは私たちの自陣からかなり高いところへ上がってしまいました。

 

もしボールが普通に撃てる高さまで落ちるのを待っていると、現在空中にいる桃が着地して完璧に迎撃態勢を整えてしまいます。

 

返されないためには、桃が着地する前に攻撃する必要性があるのです。

 

 

「任せなさい!」

 

 

そしてそれは同じチームのミカンさんも分かってくれてました。すでに跳躍し、かなりの高さにあるボールまで追いついたミカンさんは攻撃態勢に入ります。

 

 

「それ!」

 

 

振り下ろした攻撃は、桃ほどではないにしろ鋭いボールでした。

 

 

「……まだ!」

 

 

桃は着地と同時に、ボールの落下地点へ弾丸のように滑り込みます。体からは魔力で強化している感じではありませんが素の身体能力……あの鍛え上げられた筋肉で弾丸の様なスピードを出しているのです。一言で言って、驚異的でした。

 

 

「……甘いわね桃」

 

 

だがそんな桃の動きに動揺するどころか、ミカンさんは笑いました。後方右隅に向かっていたボールが、突如進行方向を変え左に急カーブします。

 

 

「しまった……!」

 

「私は狙撃が得意なのよ?あなたがそうやって追いつくことも――――計算済みよ」

 

 

バァン、とミカンさんは撃つマネをしたと同時に、ボールは後方左隅のラインギリギリに入りました。

 

 

「すごーい陽夏木さん!」

 

「千代田さんたちから1点取ったー!」

 

 

クラスメイトとミカンさんを囲み、盛り上がってました。ミカンさんは笑いながら私の目の前に立ち、腕を大きく上げます。

 

 

「やったわねシャミ子!」

 

「はい!」

 

「「よっしゃあ!」」

 

 

2人で思い切りハイタッチしました。凄いです、何かこう、青春て感じです!

 

 

「なぁ先生よー、あれって授業的にはありなのか?」

 

「あー……ルール違反ではないですからね……」

 

 

しかし浦飯さんのツッコミから、先生が私たち3人に「もう少し普通に」という注意を受けました。

 

調子に乗りすぎてしまったようです……。

 

そんなこんなでバレーボールの勝負は無事私のクラスが勝ち、杏里ちゃんやクラスメイトからも私がちゃんとパワーアップできているという証明ができました。

 

 

「いやー、ちよももは凄いとは知ってたけど、シャミ子やミカンも凄かったね!でもこうなると、もうすぐ体育祭だけど魔法少女や魔族のチーム分けはどうしよう」

 

 

杏里ちゃんの言う通り、もうすぐ体育祭です。しかしこれだけ身体能力に差があると点数がばらつきそうですね。

 

 

「やっぱり身体能力に差があるから魔法少女と魔族は得点に入れないほうがいいんじゃないかしら?」

 

「じゃあ魔法少女や魔族から一時的にパワーを奪う薬なんか使えばいいと思うよ?」

 

「どっから出てきた小倉」

 

 

ミカンさんが提案すると、ひょっこり現れた小倉さんが何やら凄い発明品らしき何かを持ってやってきました。

 

しかしポンポン色んなもの作れる小倉さんの頭の中身ってどうなっているんでしょうか……?

 

 

「浦飯さんからもらったピンク色のヒスイで作った千代田さんのための闇堕ち安定剤とか、千代田さんが戦った魔族が使っていた闇堕ちの煙なんかで作った新開発のやつとか色々あるけど……ダメェ?」

 

「……あの魔族の煙か。どうやって回収したの?」

 

「空の箱に成分が付着してたからね。持ち帰って分析して、少しだけど再生したんだ~」

 

「え、この人チートですか?」

 

 

私が呟くと、他の皆も頷いてました。少なくとも高校生ができるような作業ではない気がします。科学捜査班ですかねこの人?

 

 

「色々突っ込みたいけど、今回は要らないかな」

 

「そっかぁ」

 

 

NGを出した桃の返答に小倉さんがショボーンとしてしまいました。闇堕ち安定剤はともかく、後半が怖いです。

 

落ち込んだ小倉さんの頭上にあった校内放送用のスピーカーから委員会会議のお知らせが響きました。

 

ウチの学校は何かしら委員会に入らなければならない規則なのですが、ミカンさんは知らないかったそうで、杏里ちゃんが説明してました。

 

私は保険委員会、杏里ちゃんは体育祭委員会、桃はねこに群がられ委員会、小倉さんは内緒。

 

 

「可笑しくないかしら?特に後半2人!」

 

「そんなことはない。街に必要なこと」

 

「そうだよ~」

 

 

桃のは必要とはとても思えませんが、小倉さんは何故か突っ込んじゃいけない闇を感じるのは気のせいでしょうか?

 

クラスメイトもミカンさんが委員会が決まってないことを知ると、グイっと勧誘に来ました。

 

 

「それなら陽夏木さん、ぜひとも人体標本磨き委員会に!」

 

「つるむらさき栽培委員会が人手不足だよ」

 

「ゾンビ対策マニュアル作成委員会はどう?」

 

「普通の委員会はないのかしら!?でも最後のゾンビ対策は必要かも……」

 

 

ミカンさんがツッコミを入れると、ゾンビ対策委員会に誘った黒髪ロングの子は少しドヤ顔をして、他2人は入ろうよ~とミカンさんを手招きしてました。

 

 

「いや~、浦飯さん見てくださいよ。ミカンさんてば大人気ですよねー……っていない!?」

 

 

返事がないので机の上に置いてあった邪神像を見ると、あるはずの邪神像がいつの間にかなくなっていました。

 

 

「ま、まずいです!浦飯さんがー!」

 

 

慌てて教室中探そうとすると、桃が私の肩を叩いて大丈夫と言いました。まさか行方を知っているんですね!?

 

 

「それなら浦飯さんと小倉がなんか話し合ってて、少し借りていくって。閉門までに返すって言ってたよ」

 

「私に言ってくださいよ桃~!」

 

 

小倉さんのことは信用してますが、せめて私に一声欲しかったです。

 

しかし怪しげな機能とかつけられないといいんですが………桃も首を横に振っているので割と不安になってきましたが、ダメだったら元に戻してもらいましょう。

 

さてミカンさんですが、面白い委員会の誘惑を振り切って、体育祭委員会に入ることを決めたようです。

 

 

「でも今の時期大変だよ?」

 

 

杏里ちゃんが忙しいから敢えて誘わなかったと言うと、ミカンさんはだからこそ入りたい、と言いました。

 

 

「魔法少女は体育祭の点数に関われないから、裏方でも関わって皆ともっと仲良くなりたいの」

 

「良い話です~」

 

 

ミカンさんは本当にいい人です。最近殺伐とした事が多すぎて、久しぶりに学生っぽいやり取りを見た気がします。

 

ミカンさんの心意気に感動した杏里ちゃんは力強く手を握りしめました。

 

 

「ありがとう!これからよろしくね!……来たからには逃がさないぜ、魔法少女パワーでガンガン設営を手伝って頂こう」

 

「あら?思ったより大変っぽいわね……」

 

 

ガチっぽい雰囲気が漂わせた杏里ちゃんの言葉にミカンさんは少し危機感を覚えてましたが、そのまま体育祭委員会に入ることとなりました。

 

これからそれぞれの委員会は会議ですのでいったん解散となりました。

 

私が入っている保健委員会は定期報告と体育祭での時間制の当番を決めることとなったので、少し時間がかかりました。

 

 

「おーいシャミ子、こっちこっち!」

 

「あ、皆さんも終わったみたいですね」

 

 

会議を終えて校舎を出ると、3人ともすでに集まっていました。どうやら意外にも私が一番遅かったようです。

 

……桃の足にじゃれついている猫の軍団は委員会活動の結果なのでしょうか?

 

3人と猫を引き連れて、浦飯さんを引き取りに校舎の片隅にある小倉さんの研究室に向かいます。

 

 

「うーん、怪しげなオーラを感じる……」

 

 

小倉さんの研究室は校舎の外れにあるのですが、何となく不気味な雰囲気が部屋から漏れている気がします。

 

 

「でも小倉さんは普通の人間ですし、大丈夫だと思うんですが……」

 

「まぁ入ってみましょ」

 

「賛成!たのもー!」

 

 

桃が少し二の足を踏みましたが、ほぼ躊躇なく杏里ちゃんが研究室のドアを開けました。

 

すると驚くべき光景が広がっていました。

 

 

「おい小倉!これじゃ虫みてーだろーが!」

 

「やっぱり邪神像の重みにホムンクルスの素材の粘土だと耐え切れないか……?」

 

 

邪神像に細長い手足がついていますが2本足で自立できず、まるで虫の様にカサカサと手足を地面に着けて素早く移動してました。

 

どうやら自立して動けるようになるため、2人で試行錯誤を繰り返していたようです。

 

でもこれははっきり言って――――気持ち悪い!

 

 

「全くこれじゃ自力で戦えねーぜ――――って」

 

「いやー!虫ー!?」

 

「むぉ!?」

 

 

ミカンさんが虫と勘違いし、変身を完了して矢を浦飯さんに向けます。動揺したためミカンさんの呪いが発動し、蛇口からピンポイントで桃に水が狙い撃ちされます。ああ、このままでは研究室が呪いで大変なことに……!

 

 

「落ち着いてくださいミカンさん!いくら気持ち悪くても、あれは浦飯さんなんです!キモくても見逃してあげてください!」

 

「ほんとだわ、よく見たら浦飯さんじゃない。かなり手足が気持ち悪いけど!」

 

「誰がキモいだコラァ!好きでやってんじゃねーんだぞ!」

 

 

慌てて危機管理フォームに変身し、ミカンさんを桃と一緒に押さえつけます。たとえキモくても、浦飯さんはやらせません!

 

浦飯さんも反論しますが、そのカサカサ動くのやめてくれませんかね?

 

 

「虫は私ダメなのよ!というか見かけが!」

 

「……確かにあれは夢に出そう……気持ち悪くなってきた」

 

「テメーらいい度胸じゃねぇか!シャミ子代われ!コイツラぶっ飛ばす!」

 

「あはは、本当に面白いな~」

 

「う~ん。もう少し改良する必要が……」

 

「皆さん人の話を聞いてくださーい!」

 

 

ダメです!誰も人の話を聞いてません!

 

誰かー!この場を収めてくれる素敵な大人の方はいませんかー!?

 

私は思いました。いくら力が強くなっても対話しなきゃ揉める一方だと。というか浦飯さんが大人なんですから、何とかしてください!

 

頑張れシャミ子!力だけでなく、コミュニケーション能力も学生の内に鍛えるのだ!

 

つづく




大分遅くなりました。ゴキブリの話をリーダー伝たけしっぽく書いたりしましたが、どうも世界観に合わない感じがして消したりなど繰り返してました。
ここらあたりの話は微妙に飛ばせないので、山なし落ちなしの話となってしまいました。
まちカド原作では書いてませんが、体育祭や球技大会も書いてみたいですね。
球技大会はドッチボールがいいです。


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27話「潜入!ミカンさんの呪いを解け!です」

眷属にする方法って原作ではご先祖に丸投げだったよな……という今回の話。


体育祭もあと少しという時期になってきました。大体の人たちは楽しみだねーなんて緩い感じで体育祭を待ちわびているのですが、そうでない人たちもいて。

 

「これはまずいわ!」

 

「こいつぁまずいな!」

 

体育祭委員会のミカンさんと杏里ちゃんの2人が頭を抱えて焦ってました。どうやら体育祭委員会で何かあったようです。

 

「どうしたんですか2人とも?」

 

「体育祭がもうすぐなのに全然準備が終わってないのよ」

 

「なんでウチの体育祭は夏休み終わってすぐなんだろ~!」

 

「確かにそうですよね~。この時期は暑いから熱中症対策でやらないのが普通なんですが」

 

お母さんとか少し下の世代はこの時期だったらしいのですが、熱中症やそれに対してのクレームなどのため、夏休み前後は避けるのが現在の主流です。

 

でもウチの学校はそういうところでもゆるゆるらしく、昔ながらの開催時期だそうです。

 

「夏休みは人が集まんなかったから全然進まないし、高校生の夏休みは忙しいよね!!」

 

「分かります!」

 

杏里ちゃんの理由ももっともです。今年の夏休みは今までにないくらい忙しかったですからね、やっぱり高校生ともなると違います。

 

「私も昨日の夜に封印空間で浦飯さんに挑みましたが半殺しにされまして……夢の中だから現実の体にダメージがないからいいものの、そうじゃなければ今日学校来れませんでしたよ~」

 

「座った椅子から一歩も動かないようにして、返り討ちにしたんだけどよ」

 

「え、それと一緒にされても困る……てかやりすぎぃ!」

 

一緒にすんなと杏里ちゃんから激しいツッコミを受けてしまいました。やっぱり杏里ちゃんの言う通りやりすぎだと思うのです。

 

「大丈夫大丈夫。オレも親父に挑んで最後以外半殺しにされてたからフツーだって、フツー」

 

「魔族ってスパルタとか言うレベルじゃない……!てかそのお父さん、浦飯さんを半殺しできるの!?強すぎじゃない!?」

 

ミカンさんが驚愕し、杏里ちゃんがお手上げのポーズを取りました。半殺しがデフォルトなんてどうかしてるんですよねぇ……そんな親子は殺伐すぎる。

 

遠い目をしていると、桃がこちらにやってきて2人の作業に加わりました。2人が桃に協力を願い出て、渋々ながら桃も体育祭の手伝いに参加しているそうです。

 

待てよ、これでは私1人だけ仲間外れではなかろうか?

 

否!これは決して寂しいという感情ではない!不安定な状態の桃を監視する必要があるので、仕方なく参加するだけです!

 

「皆さん、特に理由はないですが私も手伝います!魔族が夜まで付き合ってくれるわ!」

 

「こいつ、寂しいからって素直に言えよ」

 

「あーあー!浦飯さんの言っていることは事実無根です!」

 

せっかく理由を上手く隠して参加しようとしたのに浦飯さんがあっさりバラしてくれました。そんな私を皆優しい目で見てきます。やめて!

 

「寂しいんなら思い切り参加してねー!」

 

「ちーがーいーまーす!」

 

杏里ちゃんが優しい笑顔のまま私の肩に手を置いて親指を立てました。お願い、皆の前でバラさないでください!

 

かなり恥ずかしくて浦飯さんをダンベル代わりに使って視界をグチャグチャに酔わせようとしましたが、全く堪えてませんでした。

 

その後、放課後に体育館に集合し、他の体育祭委員会の人たちを合流しました。

 

聞くところによると、1年の担当の中で終わってないのは小道具や大道具・競技のシミュレーションなどでした。いや、ほぼ進んでませんねこれ。

 

「桃はリレーのタスキ作り、ミカンさんは二人三脚とか競技のシミュレーションか……」

 

「オメーは背も小せぇし、手先も不器用だからやることなさそーだな。よし帰るべ!」

 

「あ、悪魔の誘惑です……!」

 

しきりに帰ろうと誘ってくる悪魔が邪神像から聞こえてきますが、私は耐えました。

 

誘惑してくる本人は私が帰ろうとしないことにブーブー文句言ってます。この人は本当に学校行事に参加しない人ですね……!

 

せっかくの高校初めての体育祭ですし、私も行事に参加できると嬉しいので浦飯さんの誘いに乗らず、作成が終わってない看板作りに向かいました。

 

「こっち手伝ってくれるんだシャミ子ちゃん。看板の仕上げだから、指定された場所に色を塗ってね!」

 

「あ、はい!わかりました……あ、私の名前はご存じなのですね?」

 

私は重し代わりに看板の隅にそっと邪神像を置き、筆を持ちました。

 

浦飯さんが「おいコラ」なんて言ってますが、腰に邪神像をつけたまま作業するのは無理なので我慢してもらいましょう。

 

「有名だよシャミ子ちゃんは。この前の体育も凄かったらしいし、今日も頼りにしてるよ?」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

ま、不味いです。特別絵を描くことは上手いわけではないのですが、何か先日見せた体育の時の能力でハードルが上がっている気がします。これは心してかからねば!

 

「へいへい、筆を持つ手が震えてんぜ?」

 

「ちょっと浦飯さん!本当のことを言わないでください!緊張してるんですよ!」

 

「2人とも仲が本当にいいよね~」

 

緊張で筆を持つ手が震えることを指摘され反論すると、他の子たちから微笑まし目で見られました。べ、別の意味で恥ずかしくなってきた……!

 

看板は『一年の絆』という文字が入った華の絵です。後は色塗りだけの段階ですが、ここまで来るのに相当時間がかかったようです。

 

しばらく集中して塗っていると桃や他の子たちも加わって、中々速いスピードで進行していきました。

 

その間ミカンさんは楽しそうに他の子たちと競技のシミュレーションをしてました。呪いで学校生活が上手く遅れるか心配されていたので、とても楽しそうな今のミカンさんは問題なさそうです。

 

むしろ他の子たちからかっこいいとかスタイル良いとかモテモテでした。私だってカッコイイと言われたい……!

 

さて作業も進み塗り終わって後は乾燥するのを待つだけの状態になりました。

 

一息ついて待っていると、ミカンさんが騎馬戦の一番上になり、少し移動したりしてました。

 

「あ、このペンキ借りていい?」

 

「いいよー」

 

「あ、後ろ……!」

 

「え?」

 

ちょうどペンキを借りに来た子が後ろから騎馬が近づいていることに気づかず、後ろに下がってしまい、騎馬の後ろの人と接触してしまいました。

 

「あ、ごめん!」

 

「きゃっ……!?」

 

崩れた騎馬からミカンさんが崩れ落ち、ゴンと頭が地面に落ちてしまいました。そのまま横たわってすぐ動きませんでした。これはまずいです!

 

「ミカンさん!大丈夫ですか!」

 

「ミカン大丈夫!?」

 

「ダメ!」

 

杏里ちゃんと一緒に駆け寄ろうとしましたが、桃が突然大声を出して皆を静止させました。

 

次の瞬間ミカンさんから禍々しい魔力があふれ出ます。これは呪いの魔力!しかも今までより濃度が濃い感じです!

 

「まって近寄らないで!ミカンは気絶したときが一番呪いが爆発する……!」

 

まさに桃の言う通りで、魔力そのものが溢れて破裂しそうな感じでした。このタイミングなら私一人だけなら範囲外まで退避できますが、他の子が間に合わない!

 

どうすればいい!?悩んでいると、浦飯さんが声を張り上げます。

 

「妖気で自分の目の前に『壁』を作れ!オメーならできんだろ!」

 

「はい!」

 

それは何度か浦飯さんに教わっていた、悪意のある妖気などを防ぐバリアみたいな技を『壁』と言われる技術です。

 

最初に聞いた時、悪意のある妖気ってどんなものなのか不思議に思い聞いてみました。殺気などとは違うというのです。

 

『戸愚呂の奴が80%になったとき、観客の連中が硫酸をかけられたみてーに溶けていってな。放出する攻撃的な妖気だけで弱い妖怪や人間はやられちまうんだ』

 

『怖すぎです!』

 

『今のオメーなら『壁』なしでも耐えられるかもしれねェが……他のフツーの奴らが後ろにいるときに使えるぜ』

 

私はあの時の言葉を思い出し、皆の前に立ってミカンさんの呪いの魔力から皆を守る壁を作り出します。そして桃も同じことをしてました。

 

ミカンさんからあふれ出る魔力は爆発し、その爆風でペンキなどや色んなものを吹き飛ばしました。

 

「どわー!?」

 

「う、浦飯さーん!?」

 

――なお桃や私の『壁』の範囲外だった浦飯さんは爆風に吹き飛ばされ、ゴロゴロと体育館の中をかなりの距離にわたって転がることになりました。しかも黒のペンキがこぼれて思い切りかかったおかげで邪神像は真っ黒に染まってました。

 

ですが『壁』を作ったおかげで人的被害はゼロでした。は、初めてやりましたができてよかったです……

 

「ミカンさん、浦飯さん、大丈夫ですか!?」

 

「うぅ……」

 

「真っ黒になったぞー!」

 

「……浦飯さんは大丈夫そうですね」

 

桃の言う通り浦飯さんはピンピンした声を出していて、元気そうなので安心しました。

 

対するミカンさんは頭を振って起き上がり始めたので、ベットリと真っ黒なペンキで汚れた浦飯さんを回収し、皆でミカンさんの元へ駆け寄ります。あ、手にペンキがついちゃった。

 

「大丈夫!?頭打ったけど!?」

 

「大丈夫よ。でも看板が……」

 

ミカンさんが沈んでいる目で見つめる先には倒れたペンキで汚れていた看板でした。これでは塗り直しになるレベルでした。

 

しかし私も含めてそのことを言う子はおらず、皆でミカンさんを介抱してました。

 

「私の呪いのせいで……ごめんなさい」

 

「ミカンさん悪くないよ!私が後ろ見ないでペンキ持ったから!」

 

「私が不安定なミカンさんの持ち方をしたからー!」

 

「ていうか頭打ったけど大丈夫?」

 

落ち込むミカンさんを皆でフォローしました。ミカンさん一人のせいではありませんし、そのことは皆分かっているので本心からの言葉でしたが、ミカンさんの表情はどんどん沈んでいきました。

 

あえてミカンさんの表情を気にせず、杏里ちゃんはズイっとキンキンに冷えたジュースのペットボトルとタオルをミカンさんに差し出しました。

 

「とりあえず打った場所をこの凍ったペットボトルで冷やそうぜ!」

 

「……あはは……は……」

 

ミカンさんは文字通りの乾いた笑いをしながらペットボトルを受け取り、皆から少し離れて打った頭を冷やし始めました。

 

どうにも自分の責任と感じているようです。

 

「全く真っ黒になってひでー目に……モガモガ」

 

「ちょっと浦飯さん!追撃しないでくださいよ!」

 

文句を言おうとした浦飯さんの口元を抑え黙らせました。ええい、こんな時は空気読んでくださいよ!

 

ミカンさんは休んでいましたが、他の皆で作業を再開し、看板などの修理にも取り掛かりました。

 

その甲斐あってか、今日ですべて終了というわけにはいきませんでしたが、何とか期日までには終わるような進行具合までに巻き返しました。

 

閉校の時間になったので、皆帰ることになりました。皆ミカンさんに声をかけてから帰りましたが、まだミカンさんは落ち込んだ表情で返事をしてました。

 

「私、先に行くわね」

 

同じばんだ荘に住んでいるにも関わらず、ミカンさんは私と桃を置いて先に行こうとします。

 

「ミカンさん、待って!」

 

声をかけると、背中を向けたままミカンさんは立ち止まりました。肩はいつもより沈んでいて、明らかに覇気がありません。

 

「ミカンさんは悪くないですよ。それに皆気にしてないですし、作業的にも十分間に合います。だからこれ以上落ち込むことなんて……」

 

「皆優しい良い人たちね」

 

ポツリと返して、こちらに振り向いたミカンさんは悲痛な表情を浮かべてました。

 

「でも私の子の呪いは優しい人ほど、私に近いほど傷つけてしまう。あのとき皆が怪我しなかったのは2人がいてくれたからよ」

 

「ミカン……」

 

「やっぱり、気を抜くとこうなっちゃうのね……」

 

乾いた笑みを浮かべるミカンさんは、諦めも感じました。その時私は強く思いました……こんな表情は嫌だなと。

 

「むしろあんなんで気絶するほうがどーなんだよ」

 

「うぐっ!」

 

そして情け容赦ない浦飯さんのツッコミでミカンさんが胸を抑えました。

 

まぁ確かに頭から落ちたとはいえ、騎馬戦程度の高さから落下しただけで気絶したときはミカンさんの実力的にあり得ないだろうと思って逆にびっくりしましたけど……。

 

それを自覚しているのか、ミカンさんは先ほどと打って変わってかなり焦ってました。

 

「あ、あれは咄嗟のことで仕方なかったのよ!」

 

「気ぃ抜きすぎだっつーの。そーいや今まで聞いてなかったが、どうしてそんなヘンテコな呪いが出るようになったんだ?」

 

「……話してなかったかしら?」

 

「ないです」

 

「ねーな」

 

「……ごめんミカン、浦飯さんとシャミ子には話してなかった」

 

「……それじゃ、話すわね」

 

桃は知っているようですが、私も浦飯さんも呪いの経緯や詳細は一切知りません。頷くと、ミカンさんは話してくれました。

 

何でもミカンさんが小さい頃、ミカンさんの家の工場の経営が傾いたそうな。

 

その状況を打破しつつ家族を守るため、ミカンさんのパパが見様見真似の作法と裏道の触媒で悪魔召喚の儀式をしたそうです。

 

しかし素人が行った儀式は失敗し、召喚された悪魔はミカンさんの心に憑りつき「一人っ子のミカンさんを困らせたものを無制限に破壊する呪い」となってしまったようです。

 

そして壊したもののエネルギーを吸いながら成長するようになって、呪いの効果が年々強くなっていくのを、魔力で抑え込んで人付き合いができるくらいにしたのが千代田桜さんだったそうな。

 

ちなみにこの街で霊丸とかを撃った工場跡地は元々ミカンさん家のもので、呪いを鎮静化するために戦った際工場が壊れたので千代田家で買い取ったそうです。……魔法少女の資金力パネェ!

 

「つまり、そのときの千代田桜の力でも今の状態に抑えるのが精一杯だったわけか」

 

「……他の魔法少女にも聞ければ良かったんだけど、魔法少女同士で争いあうのも珍しくなかったから、おいそれと弱点を晒すことはできなかったわ。しかも能力を他人に喋る子はいないしね」

 

前々から思ってましたが魔法少女同士で殺伐しすぎじゃないですかね?

 

しかし能力も知られてしまえば対策を取られますから、隠すことは間違いではないでしょう。ある意味では仕方ないかもしれません。

 

まぁそれが光の一族のやり方なのか、と言われてしまえば……少しもやっとしますけど。

 

それにしても先ほどの悪魔はミカンさんの心に憑りついていると言ってましたが、もしやこれは私の能力がいけるんじゃないでしょうか?

 

「あのミカンさん……」

 

「だから、これはどうにもできないの。長くなったわね、今日はお休みなさい」

 

「え、ミカンさん!?」

 

ささっとミカンさんはその場を後にしてしまい、私たちは置き去りになりました。え、まさか聞いてもらえないとは……。

 

伸ばした右手か悲しく空中に漂っていると、桃が右肩を叩いてきました。

 

「シャミ子も分かってるみたいだね」

 

「はい!解決方法は、私の能力にあります!」

 

桃も同じ考えに至ったのか、指を鳴らしました。色々ミカンさんには助けてもらってますから、今度はこっちの番です!

 

「よっしゃ、早速ミカンを捕獲すんぞ!」

 

「「おー!」」

 

浦飯さんも私の能力で解決出来そうなことを理解しているので、ミカンさん捕縛指令を出しました。この分じゃミカンさんは責任を感じて一旦実家に帰る!とか言いそうですからね。

 

「お邪魔しまーす!」

 

「ひゃっ!?」

 

ダイナミック訪問でミカンさんの部屋へ突入した私たちは、ミカンさんが荷造りをしているところを発見します。荷造りするの早くないですか!?

 

「な、何!?急にレディの部屋に入ってこないで!?」

 

私たちはミカンさんの言葉を無視してミカンさんに襲い掛かります。時間の猶予は与えません!

 

「ふんじばれー!」

 

「「おー!」」

 

「ちょっとぉ!?」

 

荷造り用のロープでミカンさんを確保し、ミカンさんを物理的に落ち着かせます。本当に帰ろうとしていて焦りましたよ!

 

納得がいかないのか、ミカンさんは声を張り上げます。

 

「どうしてこんなことするのよ!?」

 

「簡単です。今から私の能力でミカンさんの心の中に入って、悪魔と片をつけます!このシャドウミストレス優子に任せるがいい!」

 

「えぇー!?」

 

ミカンさんは非常に驚いてました。桜さんは呪いを鎮静化させたと言いますがあくまでそれは外側からできること。悪魔は心の中にいますから、本当に何とかするなら心の中に行くしかありません!

 

そして私は以前自分の心と言うか記憶の中に入ったことがあります。それを応用すれば今回も行けるでしょう。

 

「で、でも危険なんじゃ……!?」

 

「危険は百も承知です!でもミカンさんには助けてもらってますから、今度は私の番です!」

 

「やはりミカンの心の中か……いつ出発する?私も同行する」

 

「千代田院」

 

渋るミカンさんの肩に手を置いた桃が同行を申し出てくれました。非常に心強い援軍です。しかし一緒に行く方法はどうやるんでしょうか。この前は一人でしたし。

 

「さ、浦飯さん。私をシャミ子の眷属にしてください。そうすれば私もシャミ子と一緒に心の中に同行できます」

 

桃は浦飯さんに私の眷属にしてもらうようにお願いしました。どうやら眷属とやらになると、一緒についてくることができるようです。

 

むむ、これはもしや桃を私の配下にできるということではないでしょうか?何と言うことでしょう、意外なタイミングで桃を配下に置くことに成功できそうです。ワクワクしてきたぞ!

 

「……いや、知らねーぞ。眷属のやり方なんか」

 

――――全員固まりました。桃は当てが外れたせいで、少し倒れそうになってます。対する浦飯さんはキョトンとした表情を浮かべています。

 

「え、浦飯さんて魔族ですよね?眷属の一人や二人はいなかったんですか?」

 

「そんなもん作るより自分で戦ったほうが早いしな。つーか知り合いに眷属持ってるやつなんか知らねーし」

 

浦飯さんらしい答えである意味納得しました。浦飯さんの昔の話を聞いても、後半は眷属とか数で押す戦いじゃなくて、ガチンコか頭脳戦の2択ですからね。

 

むしろ浦飯さんが眷属持ってたり、作り方知っているほうが違和感バリバリです。

 

しかし桃はその答えに納得しないのか、浦飯さんに詰め寄ります。

 

「普通、魔族ならやり方知っているもんなんじゃないんですか!?」

 

「んなもん知るか!!」

 

「ミカンさんも知らないんですか?」

 

「魔族の眷属にする方法なんて知らないわよ……」

 

何と言うことでしょう、いきなり計画が頓挫しました。桃は参戦不可能となってしまったようです。桃はそのままガックリと崩れ落ちました。

 

しかし何秒かして桃は喫茶店アスラに電話しました。あそこも2名ほど魔族だから知っているかもしれないという望みをかけて電話したのですが……

 

『すまない、ボクもリコ君も知らないんだ』

 

「なんて使えない……!」

 

『え、ちょっとひどくないかい!?』

 

よほど腹が立ったのか、桃は一言謝って電話を終わらしてしまいました。見事な八つ当たり、それでいいのか魔法少女!

 

「ごめんシャミ子。シャミ子1人でいかなきゃいけなくなってしまった……」

 

「大丈夫です!このシャドウミストレス優子1人で解決してみせますよ!」

 

「その足は武者震いかオイ」

 

不安で足がカタカタ震えているのを浦飯さんが突っ込んできますが無視です。単独行動は少し怖いんですよ!

 

ミカンさんはやめるように何度かこちらに提案してきましたが、その度に断るとついに折れました。

 

「……危険になったらすぐ戻ってきてね。これだけは約束して」

 

「まかせてください!」

 

ガッツポーズし、ミカンさんと私は布団を敷いて布団タイムに突入しました。お互い寝付けばすぐに心の中に潜入できますからね。

 

「……ごめんシャミ子、一緒に行けなくて」

 

「ヤバくなったら逃げろよ」

 

「シャミ子、無理しちゃダメよ。無事に戻ってきて」

 

「分かりました!行ってきます!」

 

これより、ミカンさんの呪い解除クエストに突入する!イクぞー!

 

☆☆☆

 

「うわぁ、視界悪いですねここ」

 

そんなこんなで無事ミカンさんの心の中に入った私は、黒い魔力が漂っている空間に出ました。部屋も全体的に薄暗く、黒い魔力も漂っていることからあまり先が良く見えません。

 

こう言ってはアレですが、実に魔族が好みそうな陰湿な空間です。これが呪いの影響によるものなのでしょうか?とてもじゃありませんが、明るいミカンさんの心の内とは思えませんでした。

 

「この黒い魔力は、呪いが出た時の魔力と同じものですね……」

 

鬱陶しく視界に入って纏わりついてくる黒い魔力は、ミカンさんが気絶したとき溢れ出たものと同じでした。ならばこれを生み出しているのが、ミカンさんの心の中に召喚された悪魔に違いないでしょう。

 

今回の目的は呪いの元を何とかすることなので、召喚された悪魔が居ればいいのですが、辺りを見回しても視界が悪くてどこにいるのか見当もつきません。

 

特定の魔力を目印にして向かえばいいのですが、全体的に黒い魔力が分散されていて邪魔になっているので、他の魔力を感じ取れません。仕方ないので勘を頼りに歩きます。

 

しばらく歩いていると、何かが浮いているのが見えます。大きさで言えば人くらいでしょうか?

 

「召喚された悪魔でしょうか……?確か名前はウガルルとか言ってましたっけ」

 

ミカンさんの話によると、ミカンさんパパが召喚した魔族の名前はウガルルと言うそうです。何でもモモのスマホで調べた結果、メソポタの怪物で門柱に姿を彫ると家を悪から守るとか。

 

浦飯さんが「つまり番犬みてーなもんか」なんて言ってました。凄まじく簡単に言ってましたが、役割としてはほぼほぼ正解のようです。

 

そんなことを思い出しながら近づいていくと、魔族ではなく宙に膝を抱えているミカンさんを発見しました。第一村人ならぬ第一生物発見です。

 

しかしミカンさんは眠っているのか、私が少し離れた位置で立っていても無反応でした。さらにミカンさんの周りには特濃の黒い魔力が漂ってます。明らかに踏み込んだら不味い系のタイプに違いないと尻尾レーダーにビンビン来てます!

 

「ミカンさーん!起きてくださーい!」

 

なので遠くから本人を起こすことにしました。え、黒い魔力を吹き飛ばせばいいんじゃないかって?一人しかいないから迂闊な行動がとれないんですよ!

 

しかしミカンさんに反応はなく、代わりに周りの黒い魔力が襲ってきます。やっぱり駄目じゃないか(憤怒)

 

幸い黒い魔力は大して攻撃力もないようで、スピードも遅いので楽に避けれます。しかし反撃ができない状況でもありました。

 

「私の攻撃だとこーゆー霧状のものを一掃する技はないですし……霊丸なんかぶっ放したらミカンさんが大変なことになります」

 

もし霊丸を撃って黒い魔力に効いたとしても、ミカンさんにジャストミートしたら大丈夫なんでしょうか?

 

ミカンさんを信じてぶっ放すという方法もなくもないですが、それは最終手段にしましょう。

 

……浦飯さんなら「纏わりつくんじゃねー!」とか言って撃ちそうな気がしなくもないですが。

 

「何とかミカンさんと黒い魔力を切り離せればいいんですが……あ、そうだ」

 

そこで数日前、妹の良が我が家の杖の使い道について色々考えてくれたことを思い出しました。

 

我が家の杖は「棒状」のものに変形できる機能を持っており、実在しないような武器も作れるかもしれないそうです。実際使ったのは私とお父さんだけなので、未確定の情報ではありますが。

 

一応物干し竿やアイドルうちわ、如意棒(見かけだけ)、ブラックロッド(見かけだけ)に変形させることはできました。何故か如意棒などが伸びませんが!何故か!

 

とまぁ変形させても使えず、浦飯さんから「へっぽこ」と馬鹿にされムカ着火ファイヤーでした。

 

そんな姉の姿を見ても良は「お姉ならきっとできる!」といい、いくつか武器候補を考えてくれました。できた妹です。

 

「でも私武器使ったことなんですよねぇ……」

 

そう、今までの修行は全部素手のみ。武器なんか使ったことなんかないのです。そんな私に武器を使って戦うというのは難易度が高すぎますが……。

 

「見ていてください良!お姉ちゃんが使いこなして見せます!この杖を!」

 

振り上げた杖を、良が教えてくれた『混沌をかき混ぜて形作る神話の矛』に変形させます。

 

「天沼矛!です!!」

 

完成しました!見かけは良が書いてくれた絵で良く分からなかったので泡だて器にしましたけど、魔力を混ぜ混ぜするんですから、これでいいはずです!

 

色んな人からツッコミを受けそうな形でしたが、大事なのは結果ですよ、結果。ということでグルグル魔力を混ぜます。

 

混ぜ始めると途端に攻撃が止み、黒い魔力で覆われた周りの風景もクリアになりました。

 

集まった黒い魔力は1つの球体から人型へ変化していきます。魔力が完全に人型になる前に杖を元の状態に戻しておきます。恐らくここから戦闘になりそうですから。

 

そして現れた人型は私より小さな女の子でした。顔は人間ですが、体は獣のようでした。長い爪に尻尾。明らかに魔族でした。

 

「んん……?」

 

しかし何となく違和感を感じました。先ほどまでの黒い魔力を彼女から感じますが、別の魔力もこの子から感じるのです。まるで2つ魔力があるような、そんな感覚を。

 

その彼女は何故か苦しそうな表情を浮かべてました。まるで何かを我慢しているかのような、そんな表情です。

 

「初めまして!私、魔族のシャドウミストレス優子と言います。あなたはウガルルさんでよろしいですか?」

 

「ウ、ウウウウゥ……!」

 

「あ、あのー、大丈夫ですか……?」

 

まさか具現化したせいで体調が悪化してしまったのでしょうか?俯いてしまった表情を見ようと声をかけた瞬間、背筋がゾワっとしました。

 

「(殺気!?)」

 

振り下ろされた爪の攻撃を横に飛んで躱しました。

 

「やっぱり攻撃してきましたか!」

 

少し距離を取って反撃の用意をします、しかし予想に反してウガルルからの追撃はありませんでした。それどころかウガルルはその場で頭を両手で抑え、苦しんでいます。

 

「何で起こしタ……!こうなったら、もう抑えられなイ……!」

 

「抑えられない……?」

 

何やら様子がおかしいです。私を侵入者として始末するつもりなら、今も攻撃を続けるはずです。

 

にも拘わらず、ウガルルらしき魔族はその場で蹲ったままです。先ほどの一撃も、近寄る物を払いのけるようなものに近かったのでしょう。

 

「ウガアァー!!?」

 

魔力と絶叫が吹き荒れます。発生した風圧を思わずガードしてしまい、近寄れませんでした。

 

――――だから、ウガルルの口から出た銀色の液体金属のような物体に反応できませんでした。

 

「キモッ!!?」

 

そして銀色の物体は黒い魔力が晴れてからは地面に仰向けに横たわっていたミカンさんへ向かっていきました。

 

「しまったっ!」

 

咄嗟に霊丸で撃ち落とそうと考えましたが、位置の関係上ミカンさんも巻き込むことになってしまい、躊躇してしまいました。

 

その一瞬の躊躇の間に、銀色の物体がミカンさんの口へ飛び込み、体内へと侵入しました。

 

銀色の物体が抜けたウガルルらしき獣の魔族は気絶し地面に崩れ落ちました。その代わりに、ミカンさんの体がゆっくりと立ち上がります。

 

一見すると、いつものミカンさんでした。しかし漏れ出る魔力はミカンさんのものではありません。明らかに別物でした。

 

ミカンさんの表情は今までにないほど邪悪に歪んでいました。まるで別の誰かになってしまったかのような、ねっとりとした嫌な表情でした。

 

「まずはありがとう……と言ったところかな」

 

その声はミカンさんの声ではなく、全く違う男の声でした。声もどこかねっとりとして、不快感を感じるようなものでした。

 

そしてミカンさんの両眼の下から顎にかけて黒い線が浮き上がります。

 

明らかに異質。否応なしに、目の前の人物はミカンさんでなくなってくのを理解させられました。

 

「キサマは……誰だ!」

 

「オレか?オレは憑《ひょう》という……礼が言いたいのさ、キサマの馬鹿さ加減にな」

 

「何ィ?」

 

「はぁっ!!」

 

憑と名乗った魔族が気合いを入れると、今までの黒い魔力と同じ魔力ではありますが、今までとは数段上の魔力が吹き荒れます。危うく風圧で吹き飛ばされるほど、凄まじい圧力です。

 

今まで戦ってきた中でも、浦飯さんを除けばトップクラスの圧力でした。こ、こんな奴がミカンさんの中にいたなんて……!

 

驚愕する私の表情を見て、憑と名乗った魔族は増々嫌らしい笑みを深めます。

 

「貴様のおかげで、この体に乗り移れた礼をな」

 

「何だとぉ……!」

 

ウガルルからは黒い魔力を感じません。今まで呪いで発生した黒い魔力を、目の前の憑から感じ取りました。

 

「そうか……今までの呪いはキサマが……!」

 

その言葉に対し、憑は笑みを深めるだけでした。

 

頑張れシャミ子!ウガルルではなく現れた魔族を何とかするんだ!激しいバトルの予感がするぞ!

 

つづく




長いので夢に潜入する前にカットしようかと思いましたが、原作とほぼ変わらないので伸ばしました。
今回幽助よりご先祖のほうが眷属化・テレパシー通信などの細かい技術では上ということが証明されたのではないでしょうか。
むしろ幽助にそんなのが使えたほうが違和感バリバリ……!
乗り移ったりする敵キャラって気持ち悪いのが多い気がします。戸愚呂兄、蔵馬の義理の弟に乗り移った空、ドラゴンボールGTのベビーとか。
でもダイの大冒険のミストは好き。


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28話「憑VSシャミ子!です!」

ミカンの話なのにミカンの誕生日に間に合わなかった……!


体はミカンさんですが、雰囲気が全く異なり禍々しい魔力で体を覆いつくしてました。原因は間違いなく先ほどの銀色のドロッとした感じの魔族のせいでしょう。全然声も違いますし。

 

「オイ!憑と言ったな!サッサとミカンさんの体から出てけ!今出てけば、軽くぶっ飛ばす程度で済ませてやります!」

 

指をさして言いますが、憑はミカンさんの顔で右側の口角だけを吊り上げて、こちらを馬鹿にしたように笑いました。くそ、完全になめられてます!

 

「さっきも言ったが、ようやく頭の中身が獣並みのウガルルからこっちに乗り移れたんだ。ワザワザ手放すバカがどこにいる。丁重にお断りする」

 

「ぐぬぬ……!人の体を乗っ取っておいて偉そうに……!」

 

憑が顎で示した先にいるのは、先ほど倒れた獣の魔族だった。やはりあれがウガルルらしいです。

 

しかしミカンさんの話ではかつて召喚したのはウガルルのみで、今目の前で喋っている憑という魔族の話は欠片も出てきませんでした。何故憑は当然のようにミカンさんの中にいるのでしょうか。

 

一瞬、私が入った時と同時にミカンさんの心に侵入したのか?と考えました。

 

しかしあの場には私の他に浦飯さんや桃がいましたから、誰にも気づかれずに侵入するのは至難の技でしょう。なのでこれは除外されます。

 

それにウガルルも憑もあの黒い魔力を形にしたら出現しました。つまりこの2体は黒い魔力として混ざり合っていたことになります。

 

「大体変じゃないですか」

 

「何がだ?」

 

「ミカンさんの話では召喚されたのはウガルルのみと聞いてます。何故2体いて、しかも黒い魔力そのものになっていたんです?」

 

ふむ……と言いながら、憑は自身の右手で顎を撫でました。およそミカンさんらしくない行為に、中身がミカンさんとは全くの別人であることがわかります。

 

「……いいだろう。少し長くなるが話そう」

 

それほど複雑な話でもないがな……と憑は前置きしました。

 

「さっきお前も見ただろうがオレは銀色の……不定形な粘性の魔族でね、生物に憑依する能力を持っている。

10年位前、オレはとある魔法少女に負けて消滅寸前だった。何とかトドメを刺される前に当時憑りついていた肉体から脱出して身を隠したよ。

だがすぐ別の生物に憑りつかなければ、消滅するのは時間の問題だった……」

 

「10年前……確かその頃ミカンさんは悪魔召喚したと言ってましたが」

 

「そうだ。あの時はすぐに生物に憑依しなければならないほど弱っていた。

しかし余りに弱い生物……虫などに憑依するとそのまま自然の摂理で淘汰されてしまう恐れがあった。

 

だから失った力を戻しつつ、安全に過ごすためには人間に憑りついて、人間のふりをして生活し、力が戻るまで待つのが一番だった。

10年前のあの日、オレの近くで憑依できそうな人間は2つだった。妊婦の受精卵か、悪魔召喚の儀式をしている子供。そのどちらかに迫られた」

 

「受精卵……?」

 

受精卵。文字通りの意味ですが、こいつは受精卵にも憑依できるのかと考えると、心底寒気が走りました。

 

抵抗などできない子供の命を乗っ取るという戦いですらない行為を平然と行おうとする精神。そして我が子だと思い生んで育てた子供の中身が、全くの別物だったら。

 

それに対し罪悪感どころか、ただの選択肢の一つであるように目の前の魔族は事もなげに呟いたのです。

 

「安全を考えれば受精卵だ。子供の演技をしていれば10年そこらで完全な魔族の肉体となり、独り立ちできるんだからな。

 

だがオレは悪魔召喚のほうを選んだ。今の宿主は普通ならまず見かけないほど魔力を秘めた子供だった。しかも幼いとくれば憑依して心を乗っ取るのは容易。

 

憑依できれば数年でただの人間より遥かに強力な肉体を手に入れることが出来る。これを逃す手はないと思った」

 

「………」

 

だんだんと、心が冷えていくのを感じました。私は拳を強く、強く握りました。

 

「しかし誤算だったのはオレの力が予想以上に消耗していたことと、儀式がデタラメだったことだ。

 

召喚陣が狭く、捧げ物も滅茶苦茶。そのせいで本来今転がっている姿で召喚されるはずだったウガルルは肉体を保てず魔力そのものとなってしまった。

 

元々肉体を得たウガルルに憑りついてオレが主導権を握り、内側から宿主を支配していく予定だったのが完全に崩れた。

 

そのおかげでウガルルとオレは魔力そのものとして混ざり合う羽目になってしまった」

 

つまり儀式が失敗したことで体を保てないウガルルと弱った憑の2体の魔族が魔力そのものとして融合してしまったから、逆にミカンさんが完全に乗っ取られるのを防げたという事のようです。

 

しかしウガルルは憑を吐き出す前に抑えていた、と言ってました。つまりウガルルとしても目の前の憑がミカンさんにとって害悪だと気づいていたんでしょう。

 

ならば何故ミカンさんの感情で呪いは発動するのに、憑は排除できなかったんでしょうか。

 

「でも今までの話だと、ミカンさんの呪いが発動する意味が分かりません。キサマはミカンさんのために働くわけがないだろうし、ウガルルは命令も分かってなかったんでしょう?」

 

「それは簡単だ。魔力として混ざり合ったせいで弱っていたオレよりウガルルのほうが力を使う優先順位が高かったという訳だ。

 

頭の足りないウガルルでも、オレが害ある存在と分かったようだ。そんなオレと融合したウガルルは、オレを攻撃したいが自身と混ざってしまったおかげで、自分を攻撃することになってしまうからそれはできない。

 

だからその代わりに破壊衝動を外に出すようになった。それが幼い宿主の周りの者を傷つけていたのさ」

 

「………キサマ」

 

つまり幼い頃ミカンさんの呪いが周囲を攻撃してしまった理由は、コイツという異物に対しての攻撃ができなかった「ついで」に発動したようなものだったらしい。

 

呪いと思われていた魔力の暴走のせいで、ミカンさんはお母さんも傷つけてしまったと語ってました。その時の表情は、とても痛ましいものでした。

 

ミカンさんと家族がどれだけ苦労したかも考えず、コイツのせいで暴れた魔力の暴走を何てことないように憑は呟きました。

 

「だがその魔力による破壊衝動を、今の感情の上下で発動し、かつあまり害がないような被害に変える呪いに改良したのが千代田桜という魔法少女だった」

 

「そうか、ここで桜さんがやってくれた時に桃とミカンさんは会っていたのか……」

 

小さな頃2人は会っていたと言ってました。つまり儀式が失敗しどうしようもなくなってしまったミカンさんのことを助けに来た桜さんに桃も着いてきたということでしょう。

 

改良される前の呪いはウガルルが憑を攻撃するためのものでしたが、それをミカンさんの心である程度コントロールできるようにしたとは……やはり桜さんはすごいです。

 

「余計なことをしてくれた女だったよ……あのままウガルルが暴走すれば宿主の精神も疲弊し、精神が脆くなれば肉体の主導権は混ざり合った我ら……いやオレのものになるはずだったのに」

 

ミカンさんの姿で放たれる下劣な言葉に、私の中の怒りはどんどん積み重なっていきました。そして私はこいつの次の言葉に、頭の中が真っ白になりました。

 

「まぁ呪いを改造してからの共同生活も悪くなかったがな。

 

この空間から外の様子は見えないが、宿主の精神状態は良く分かる。

 

いつも呪いの発動に怯え、周りの人間に迷惑をかけないよう生きてビクビクしているときの感情は笑えたぞ……ククク」

 

「……黙れ」

 

そう発した言葉は、自分でも驚くほど声が低く、冷たかった。その言葉を受けた憑はどこか不思議そうな顔をしてます。

 

私は心の中で危機管理と唱え、変身します。

 

ずっと話を聞いてきましたが、この魔族はミカンさんの人生を無茶苦茶にしているにも関わらず最初から最後まで自分のことしか考えてません。

 

出会ってから今日までのミカンさんを思い出します。呪いで人付き合いも苦労しているのに、この街のために戦ってくれている優しい人。

 

今日だってミカンさんは悪くないのに、迷惑かけたからって楽しく活動していた体育祭委員会の皆と距離を置こうとしたときの寂しい表情。

 

今まで苦労してきた感情を、悲しみを、呪いの原因そのものである魔族が心の中で感じ取って笑いの種にする。

 

「クズめ……キサマはぶっ殺す!」

 

絶対に許さない。コイツはこの手で粉々にぶっ飛ばす!

 

その宣言を、憑は癇に障る笑い声で答えました。

 

「フッフッフ……その程度の魔力で?なら見せてもらおうか……!」

 

魔法少女に変身すらしてない私服姿のミカンさんの状態で、憑はこちらに突っ込んできました。

 

しかしそのスピードは、火狸の攻撃を躱したときのミカンさん以上のスピード。

 

「くっ!」

 

「ふん!」

 

憑の拳の連撃を受け止めず上半身のみで回避すると、すかさず憑は私の腰より低く屈んで足払いを仕掛けてきました。

 

足を狩られた私は完全に落ちる前に右手一本を地面に着けて体を支えます。

 

「ゴッ……!」

 

地面を右手で支えた瞬間、奴の蹴りが私の鳩尾に繰り出され、残った左腕でガードするも完全に勢いは殺せず、私はそのまま後方へ飛んでいきました。

 

奴も不十分な体勢で放ってきたにも関わらずこの一撃。左腕で防御したにも関わらず、肺の中の空気が一気に吐き出されるほど深く重い一撃でした。

 

転がる私は上から殺気を感じると、腕の力のみでさらに後方へ飛びます。その一瞬後に憑は右拳を先ほどまでいた私の場所に振り下ろしてました。

 

精神空間であるから地面が壊れたりしませんが、拳を地面に打ち付けたことによる衝撃波は肌で感じました。

 

ダメージを緩めるため、着地してから荒く呼吸を繰り返す私の額から一筋の冷や汗が垂れます。もし先ほどの一撃は喰らっていたらかなり不味いことになっていたのを容易に想像させるような代物でした。

 

「(明らかにいつものミカンさんよりパワーが上がっている……!)」

 

何度かミカンさんと組手はしたことがありましたが、本気でなかったにしろここまでの一撃を持っているとは思えませんでした。

 

それにミカンさんは接近戦もいけますが、戦闘スタイルとしては中距離から長距離からボウガンで狙撃するタイプです。

 

憑が憑りついたことによりいつもよりパワーアップしていると考えていいでしょう。しかしそれを否定したい気持ちでいっぱいでした。

 

他人の体を乗っ取っておいてデカイ顔をするあんな奴のほうが、普段のミカンさんより強いなんて腹が立ってしょうがありませんでした。

 

「何やら納得してないような顔だな」

 

「……何がです」

 

「何で普段の宿主より、戦闘能力が上がっているのか?……貴様に限らず、俺が乗り移った時の肉体の宿主と、宿主の知り合いが戦うとき、相手はいつもそんな表情をしているからな」

 

バカにしたように、気味の悪い笑い声をクスクスと憑は出していました。まるで愉快なものを見ているような笑い声でした。

 

「自分の肉体で戦わないくせに、調子に乗るな!」

 

その笑い声は私の感情を逆なでするのには十分でした。一刻も早く黙らせたくて、私は全速力で飛び込みます。

 

「うりゃあー!」

 

例えミカンさんの顔であろうと、今は憑に乗っ取られている状態。ここで躊躇すれば私が負ける。

 

私は顔面を打ち抜くつもりで、ストレート、アッパー、フックと最高速で拳を繰り出しました。

 

「おお、速い速い」

 

しかし憑は口角を少し上げて余裕の表情を崩さず、私の拳の連撃を紙一重で躱し続けました。

 

「こ、この!」

 

私の振るった拳は空を切り、後方へ大きく跳躍し後退した憑。逃がすな、どんどん追い込む!

 

すぐさま憑との距離を詰めようとした瞬間、憑が姿がブレました。

 

「(後ろに回りこまれた!?)」

 

後ろに回りこんだ憑の姿を眼ではギリギリ追うことが出来ても、体がまだ反応しきってません。

 

その状態の私の顔面へ、打ち下ろし気味の右ストレートが繰り出されました。腕のガードは間に合わない。

 

「(憑も空いている……!)」

 

攻撃の際は防御がおろそかになる。何度も浦飯さんや桃と組手をして文字通り体に叩き込まれた私の肉体が、考えるより先に左の蹴りを奴の顔に繰り出してました。

 

そう、私はガードを捨てて反撃に出ました。

 

私の左頬に奴の拳が突き刺さった瞬間、私も僅かですが左の足から奴に攻撃が通った感覚を感じ取れました。

 

「ぐあっち!?」

 

防御より攻撃を優先したため、文字通り後方へ私は吹っ飛んでいきました。無論いくらか妖力で防御しましたが、凄いパンチです。もし妖力なしでは首が吹っ飛んでいたことでしょう。

 

何度もゴロゴロ転がり、しばらくして転がり終わった場所から膝立ちで奴を見ます。

 

すると奴は右手で自分の頬を触って、その後自分の手を見てました。

 

蹴りが当たったのでしょう、奴の右頬から出血していました。どうだ、一発喰らわせてやったぞ!ざまーみろ!

 

「へへーん!散々調子こいた割には喰らってますね、バカめ!」

 

掌を見ていた奴は、掌を閉じてぎゅっと拳を握り締めます。そして私の顔を見ると、ニヤリと笑いました。

 

「……やるな。まさかあのタイミングで攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったよ」

 

「ふん、伊達に普段地獄を見てるわけじゃありません!」

 

「地獄?しかもオレの一撃を受けてすぐ立ち上がるとは……」

 

「キサマのパンチなんかより浦飯さんの殺人……もとい殺魔族パンチを毎日受けている私には効かないです!」

 

確かに奴の一撃は凄い。頬がかなり痛いですが、この程度ならやられ慣れているのでまだまだいけますよ!むしろ最近の特訓中は気を抜くと首が吹っ飛ぶんじゃないかという一撃が来ますからね。

 

伊達に地獄は見てねぇぜ!

 

「なるほど……普段受け慣れているというわけか。だが一撃入れた程度で……」

 

また私の懐に潜り込んできたヤツの踏み込みに合わせてカウンターの右ストレートを放ちます。

 

「(もらった!)」

 

間違いなく必中のタイミングで繰り出した拳。しかし当たった感触はなく、まるで奴の体をすり抜けるように拳は空を切りました。

 

当たる直前でわずかにスピードを上げた憑。目測を見誤った私は大きな隙を晒しました。

 

そしてほぼ同時にヤツの拳が私の両頬を交互に一発ずつ打ち、そしてアッパーを繰り出し、もろに受けてしまいました。

 

「調子に乗るな」

 

その衝撃で浮き上がった私に対し、ヤツは私より高く跳躍して胴回し蹴りを叩き込んできました。

 

「ぐあっ……!」

 

流れるような連撃。拳で脳を揺らされ、腹部への回し蹴りと地面に背中から叩きつけられた衝撃は凄まじく、肺の中の空気が全て外に出る感覚を味わい、息が出来ませんでした。

 

今度は先ほどとは違い反撃できず、ダメージから立ち上がることが出来ず蹲る私。

 

蹲る私のすぐ横で、奴は私を見下ろすように立っていました。

 

「く、くそぉ……!」

 

強い……!スピードもパワーもあちらが上!

 

現状1発しか入ってない憑に対し、こちらはすでに何発ももらってます。耐久的にも持つわけがない。

 

どうにかして勝てる方法を考えていると、奴は蹲っている私を見下ろして鼻で笑いました。

 

「……この宿主は緊張すると呪いが出る。命を懸けた接近戦は文字通り命懸けだ、一番緊張する場面だろう。

 

だから宿主はこんな力がありながら接近戦を避けて、今まで狙撃に【逃げて】いたんだ。

 

だがその才能も、普段使わないパワーもオレが使ってやれば……こうなるわけだ」

 

ただただ憑の不快な声と笑いが空間に響きました。

 

それは私の怒りに油をぶっかける行為そのものでした。

 

誰のせいでミカンさんが緊張して呪いが発動するのを恐れていると思っている!

 

誰のおかげでミカンさんが呪いに苦しんだと思っている!

 

誰のせいでミカンさんがあんなに辛そうな表情を浮かべたと思っている!!

 

――こいつは、必ず倒さなきゃならない!

 

「……驚いた。さっきまでより魔力が上昇している。感情で戦闘能力が変わるタイプか……厄介な」

 

ゆらりと立ち上がった私の体から漲る妖力を見て、憑はポツリと呟きました。

 

「ぶっ倒す!」

 

全身を妖力で強化し、私は突撃しました。例え突撃しかないと言われようと、この野郎は殴らなきゃ気が済みません!

 

「ふん……バカの一つ覚えか」

 

突撃する私を馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに見下ろす憑。その表情は余裕ではなく、油断がありました。

 

その余裕こいた顔をぶっ潰す!

 

私は自身の拳を振るう直前、私の後頭部ギリギリから相手に見えないように尻尾の先端を出現させ、尻尾の先端で真っ直ぐ憑の目に突きました。所謂目潰しです。

 

その目潰しを驚愕の表情とともに、憑はギリギリのところで避けました。ただし完全な回避ではなく、右下瞼の少し下辺りを切ってました。

 

だが本命はそれじゃありません。予想外の攻撃で硬直した憑の懐に潜り込み、避けられた尻尾を憑の首に巻き付けることによって逃がさないようにする!

 

これで今までみたいにちょこまか避けることはできないだろう!

 

「キサマ……ッ!?」

 

「くらえー!」

 

そしてそれと全く同時に右拳を鳩尾に叩き込みました。

 

「ぐぉ!?」

 

くの字に曲がった憑の肉体は、巻き付けた尻尾によって後方に吹き飛ばされずそのまま留まります。そしてこのチャンスは逃しません!

 

「うらうらうらうらー!!」

 

顔面・胸・お腹。拳が届く範囲を、妖力で強化し円形状に光っている両拳で連打し続けました。もしこのチャンスを逃せば、次はいつチャンスが来るか分かりません。ここで決める!

 

「うらぁ!」

 

全力で強化した右ストレートを奴の頬に叩き込んで、後方へ吹き飛ばします。すでに尻尾は解いてあるので、吹き飛ばされる奴に向かって右人差し指を向けます。

 

「くらえー!霊丸!」

 

私の身長より少し小さい程度の霊丸が飛び出し、憑にクリーンヒットしました。

 

呪霊錠をつけてから実戦で霊丸は撃ってなかったので、霊丸がかなりデカくなっていたことに驚きました。でも今は奴を倒さなきゃいけないのでかなりナイスなパワーアップです。

 

霊丸の勢いそのままに、憑ははるか後方へ吹き飛んで行き、見えなくなりました。全力の拳の連打からの霊丸のコンボ。今出せる最高ダメージの攻撃でした。

 

「はぁー……起きないといいんですが……」

 

私は両膝に手を置いて大きく息を吐き出しました。

 

正直さっき喰らった攻撃が大分効いていて結構辛いです。しかしここでへたり込んでしまうと、もし相手がミカンさんの長距離射撃を使ってきたら避けられませんから、まだ気は抜けません。

 

そこまで考えて、どこかおかしいことに気づきました。

 

「ちょっと待って。もしかして、アイツはミカンさんの能力を使ってない……?」

 

そう。奴は戦い始めてからミカンさんの魔法少女としての能力を使っていないのです。それどころか、魔法少女の姿にも変身してない。つまり変身前のノーマル状態で戦い続けていたのです。

 

ただ単に奴がミカンさんの力を使いこなせず、今までの状態が最高レベルだったらまだ何とかなりそうです。

 

しかしもし、今までの戦いが様子見だったのならば……。

 

「やってくれるじゃないか……!」

 

重く響くような、怒りを混じらせた声が遥か彼方から聞こえました。

 

服はビリビリに破けてますが、口元から出血している以外は出血などは見当たりません。しっかりとした足取りでこちらに歩を進める憑の姿がありました。

 

「効いてないんですか……!?」

 

「いや、ダメージはあったさ。結構効いている……倒すには至らなかったがな……!」

 

その目には激しい憎悪が宿ってました。よほどコンボを喰らったのが気に入らなかったのでしょう。歩く音にも怒りを感じました。

 

「変身する必要性もないと思っていたが……気が変わった。キサマは確実に殺す」

 

「っ!?」

 

「はぁ!」

 

禍々しい黒い魔力の光が憑の体から溢れ、一瞬目が眩んでしまいました。目を開けた先にいたのは、変身が完了していた憑でした。

 

その姿はミカンさんのいつもの魔法少女姿ではなく、衣装の黄色の部分が黒く染まっていました。闇堕ちとか魔族色って皆黒になってしまうんでしょうか……。

 

そして溢れ出る威圧感は先ほどより上です。思わず唾を大きく飲み込んでしまいました。肌にビリビリ来る感覚は、間違いないでしょう。

 

「来るなら来い!」

 

思わず弱気になりそうな心を叱咤し、大声を上げて全身を妖力で強化し構えを取ります。さすがにさっきの戦法はもう使えませんから、ここは様子見です。

 

憑はゆっくりとこちらに向かって左手を伸ばすと、ボウガンを左手に出現させました。

 

ついにミカンさんと同じボウガンを出現させましたね……。

 

火狸戦の時に見たボウガンの威力とスピードは相当な物だったのを覚えてます。果たして今の自分に避けられるかどうか。

 

――ヤバッ!?

 

そう思った瞬間と同時に首を横に捻ると、右下瞼に一本の線の様な傷が生まれてました。奴のボウガンが光ったと思ったら、すでに通り過ぎた後でした。

 

……傷ができた部分が遅れて痛みを感じてきたほどのスピード。

 

「ほ、ほとんど見えなかった……!?」

 

速い!あまりにも速い!

 

もし浦飯さんが意味わかんない超スピードで繰り出す攻撃に対しての特訓をこなしてなかったら、今頃顔面を貫かれていたことでしょう。それほどまでに速いのです。

 

対面するとここまで速いとは……!

 

驚愕している私を冷たい目で見る憑は、構えを崩すことをしませんでした。

 

「ほぉ……避けたか。ならどんどんいくぞ」

 

「くそったれ!」

 

恐らく次は先ほどの攻撃が連続で来る!

 

そう確信した私は見切るために目を強化し、両拳を円形状に覆うように強化します。

 

先ほどの威力を考えると、全身で受けての防御は不可能!この状態で見切って、拳で弾き飛ばす作戦です。

 

そして放たれるボウガンの矢の弾幕。魔力で構成された矢の色の美しさとは裏腹に、圧倒的なスピードと数の多さに驚愕します。

 

「このぉ!」

 

強化した眼で見ることによって、先ほどよりはっきりとボウガンの軌跡を見ることが出来ました。それにより強化した拳で矢を弾くことにより、直撃を外すことを繰り返します。

 

「(なんて速く重い攻撃……!これじゃいつまでも受けきれない!)」

 

確かに弾くこと自体は成功してます。しかしそれもミスが許されない行為。1回のミスで死を感じるというのは、何度も戦ってきましたが慣れるものではなく、心に焦りが出始めてきました。

 

「(どうする、懐に無理やり飛び込むか……!?)」

 

このまま受けていても勝てるわけがないので、攻撃を仕掛ける必要があります。

 

しかしこの弾幕を掻い潜って攻撃を仕掛けられるほど私は速くないし、第一憑が先ほどよりパワーアップしているなら、元々私より速かったスピードがさらに増しているはず。

 

先ほどの攻防でしこたま殴ったから、恐らく接近戦は警戒しているはず。どうすればいいんでしょう……!

 

矢を捌きつつ考えなければ反撃することは不可能な状態。だが元々私は複数のことを並列して行うという行為が得意ではないのです。

 

だから気づくのが僅かに遅れたのです。

 

一発だけ他より速く迫る矢があったことを。

 

「(弾けな――!?)」

 

体勢が不十分。両手は他の矢の対処で間に合わない。

 

「あッ……!?」

 

躱す暇もなく、左肩を矢が貫いていきました。

 

後ろへ吹き飛ぶ私。それに対して冷ややかに見るだけで、一歩も近づかない憑。

 

「さて……キサマは近づくと先ほどの様な破壊力があるからな。このまま仕留めてやる」

 

「く、くそぉ……!」

 

左肩の痛みで左腕の感覚がかなりヤバくなっている私に対し、先ほどまでと同様の戦法で来る憑。

 

一体どうすればいいんですか、皆……!

 

つづく




憑は憑りついた相手の魔力と自分の魔力を混ぜることで、憑りつかれる前の生物よりパワーアップさせる能力です。

ただ憑自体はかなり弱いので、何かに憑りつかないとクソ雑魚魔族です。それと元の生物も強くないと、実力の上昇幅が小さいので事故で死んでしまうことも十分ありうる感じ。

蔵馬の受精卵憑依というか融合の件は割とさらっと流されてますが、結構ヤバいこと言っている気がします。


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29話「呪霊錠の解放!シャミ子フルパワーです!」

凄い怪我しているのにバリバリ戦闘できる我慢強さが一番ヤバい気がするという話。


「さて、キサマは近づかせずにこのまま殺らせてもらう」

 

左肩を貫かれた私に対し、憑は一歩も私に近づかずボウガンを構えます。

 

「(痛い痛い痛い!!焼けるように肩が痛い!)」

 

左肩がまるで体の内側から燃えているように痛みます。余りの痛さに転がりたいところですが、そんなことをできる状況ではありません。それどころか、今のこの状態で奴への対抗手段を思いつかなくてはならないのです。

 

私は霊丸である程度距離を離して戦えるといっても、基本的には素手の接近戦がメインです。

 

あちらの方が肉体のスピードも速く、ボウガンの攻撃も見えないほど速い。

 

痛みで左腕を碌に動かせない今の状態でボウガンの攻撃を掻い潜って接近戦に持ち込むには距離が遠すぎます。

 

もしボウガンの攻撃の一発一発が弱ければ、浦飯さんが昔言っていたように「我慢して突撃あるのみ!」という戦法もいけますが、ボウガンの攻撃はこちらの防御を一撃で突き抜けてくる強力な一発!そのまま突撃すれば自殺と変わりません。

 

「(どうする、どうする!?何かいい手は……!)」

 

左肩のあまりの痛さに考えがまとまらず、打開策を思いつくことが出来ません。霊丸は残り3発。この距離から撃つこともできますが、まともに当たるとは思いません。避けられて終わりでしょう。

 

頭を抱えたい状況ですが、そんなことをした瞬間撃たれそうな状況です。

 

「こうなったら……!」

 

私は熱くて痛い左肩の傷口を抑えていた右手を離して、右手の人差し指に霊丸の準備をします。こうなったら避けられても、その隙を突いて突撃!それしかない!

 

「ふん。破れかぶれの霊丸か。大方こちらが避けるか受け止めた隙を突いての接近戦だろう、甘いな」

 

「ぬぐぐ……!」

 

やばいです、完璧に読まれてます!

 

くそぅ!こういう大ピンチの時に、何か運よくパワーアップしたりなんてしないのでしょうか?浦飯さんはそういうの結構あったとか言っていたのに~!

 

そこまで考えて、ふとあることを思い出しました。

 

「あー!?」

 

そう、呪霊錠です。私はそのことをすっっっかり忘れてました!

 

今の私の両手両足には呪霊錠がつけられており、通常より魔力を抑えつけられている状態でした!

 

それを今解放すれば、今よりずっとパワーアップできるはずです!何で今まで私ってば忘れてたんでしょう、私のおバカ!

 

その驚きに対し、憑は心底馬鹿にしたような表情を浮かべてました。

 

「ふん。絶望的な状況で頭がおかしくなったか?どちらにせよキサマは終わりだ」

 

言い終わると同時に、魔力が集中し発射準備を完了させているボウガン。その威力と速度は先ほど身をもって体験しています。

 

「(まずい!呪霊錠を外すために一瞬時間が必要!このままじゃそんな暇もないです!)」

 

合言葉を言えば呪霊錠を外すことも可能ですが、その工程は合言葉を言って妖力が解放されるというワンクッションの時間が必要となってきます。

 

ボウガンの速度から考えると、今この場でやることは自殺行為!しかし外さないことも自殺行為!つまり八方ふさがりです!

 

「(んん?……つまり時間さえ作れればいいのでは?)」

 

混乱していた頭の片隅で、ふと戦闘行動中に解放させなくてもいいのでは?と思いました。

 

相手は今圧倒的有利の立場だからこそ、余裕がある。そこを突くしかない!

 

イチかバチかではありますが、私は賭けに出ました。私はなるべく不敵な笑みを作ります。

 

「やっぱり手加減したままじゃ無理だったみたいですね」

 

「……何?」

 

すぐにも矢を撃ちそうだった憑は訝し気にこちらを見ます。ほんのわずかですが、ボウガンが先ほどより下がりました。よっし!釣れたぞぉー!

 

いつ攻撃されても横っ飛びで避けられるようにしつつ、私はまず左手のリストバンドに手をかけました。人を騙すなんてほとんどしてこなかったし、戦闘中で自分の命がかかっているのもあってかなりドキドキしてます。

 

意味ありげに呟いたおかげで、リストバンドを外している最中も憑は訝しげに見るだけで攻撃はしてきません。よしよし!上手くいってます!

 

おそらく接近されなければ問題ないとあちらは考えているのでしょう。だから距離が離れているこの状況で攻撃ではない行動をとる私を不気味に思っているに違いありません。

 

だからこそ攻撃できないのでしょう。もしこの行為が矢へのカウンターであれば、迂闊に攻撃できないからです。

 

手にかけたリストバンドは何故か変身前から着けているのに変身後もそのまま着いているというちょっと不思議なリストバンドです。

 

桃曰く、戦闘フォームの衣装は本人のイメージに強く引っ張られるからリストバンドがそのままなのは、修行の印象が強いためだろうということです。

 

左手首のリストバンドを外すと、黄色く光ってました。まさしく呪霊錠の光です。

 

その間もボウガンを構えたまま、憑は黙って見てました。どうやら戦闘とは全く違う行為に攻撃していいか迷っているようです!

 

フッフッフ……!浦飯さんも

 

「戦っているとき、変わったことをやると結構ハッタリになんぜ!」

 

とか言ってましたからね!効いてますよ浦飯さん!ありがとうございます!

 

続いて右手首のリストバンドも外します。そうすると両手首と両足首からも光る枷ができました。こうしてみると囚人みたいでやっぱり絵面が良くないですね……。

 

「その光る枷……キサマまさか、今までハンデをつけたままでオレに勝つつもりだったのか」

 

「その通りです。けどやっぱり無理でしたけどね」

 

鼻で笑うと、憑は凄まじくこちらを睨みつけます。こちらが手加減していたことがよほど気に食わないのでしょう。

 

言えない、今の今までつけていたことを忘れていたなんて……!ここはハッタリで通すんです!

 

だから私は鼻で笑いながら言い放ちました。

 

「だから今から本気で戦ってあげますよ」

 

「……なら本気を出してみろ。その上で殺してやる」

 

やったー!上手くいきましたー!これで解除できます!

 

いつの間にかボウガンを下ろし、ギリリ、と歯ぎしりをする憑。私は両手を広げて、合言葉を叫びます。この瞬間を待っていたんだ!

 

「開《アンテ》!!」

 

合言葉を言った瞬間、パンッという音が弾け、両手足首を覆っていた呪霊錠の光が消えました。

 

そして以前解放したときとは比べものにならないほどの力が体の内側から溢れます。

 

何という体の軽さ……!今までの状態とは桁違いに体が自由です!それほどまでに肉体を今までよりはるかに強化してくれたのです。

 

解放が成功してよかった~!もしこの間に攻撃されていたらアウトで串刺し魔族でしたよ。挑発が成功してよかった……生きた心地がしなかったですよ!

 

向こうはこちらの増幅した妖力を感じてか、表情を面白くなさそうに歪めてました。

 

「……確かに大幅にパワーアップしたようだな」

 

「その通り!大幅パワーアップです!そう、今の私は超シャミ子です!」

 

体が軽いって素晴らしい!これでフルパワーで戦えます!

 

その態度が気に入らなかったのか、魔力を今まで以上に集中させた左手のボウガンを一瞬のうちに構え、私の眉間へ狙いを定めてきました。

 

「───死」

 

言葉と矢を放とうとした刹那、私は憑の目の前まで真っ直ぐ飛び込みました。そして放とうとしているボウガンを持っている左手を私の右手で逸らさせました。

 

「───ね!?」

 

私の動きを逸らされるまで反応できていなかった憑。そのまま驚きの表情を浮かべている憑の胴体へ5発の拳を叩き込みます。全て左ストレート。小細工なしの全力です。

 

「はおっ……!」

 

拳を受けた憑はボウガンを地面へ放り出し、膝をついてもだえ苦しんでいました。

 

「ぐェほオォ!」

 

そして攻撃した私も超痛かった!なぜなら左肩を撃たれ貫通しているのに、左で殴ってしまったからです。

 

「ぐあっち!」

 

思わず痛くて涙がちょっぴり出そうになるくらい目元に水気が出ますが、右手で左肩を抑えます。

 

「ぐぎぎ~!なんのォ~、痛くないですよ~!!」

 

やせ我慢!敵の前で弱みは見せたくありません!……やばい、超痛い!

 

お互い痛みで悶えてましたが、私はすぐ大丈夫(なふり)になり構えをとります。対する憑はまだ苦しんでいました。

 

やはり相当効いているみたいです。呪霊錠のパワーアップは半端じゃない……!ここまでスピードもパワーも変わるとはびっくりです!

 

今の状態ならこれから特殊な能力が憑にない限り勝てそうです。このまま一気に決めたいところです。

 

「はァー、はァー、はァー……」

 

吐き終わった憑が濡れている口元を拭い、お腹を押さえながらゆっくりと立ち上がります。

 

「……確かにやるようになった。だがいいのか?」

 

「……何がです?」

 

「わかってないな……キサマが攻撃しているのはオレじゃあない。キサマの仲間、陽夏木ミカンなんだ」

 

「……んん?」

 

突然何か語り始めました。いや、今の相手はあなたでしょうに。

 

どうにも降参するとか、そういう感じではなさそうです。逆にどこか皮肉を混じらせて笑ってます。

 

「キサマがいくらこの体を傷つけようと、肉体は陽夏木ミカンそのもの。中のオレはノーダメージだ!」

 

「ミカンさんはこれくらいの攻撃で参るほどヤワじゃないですよ」

 

ミカンさんだったら、たった5発入れられたくらいでそんなことは言い出さないでしょう。ミカンさんを見くびるんじゃない!

 

そんな意味も込めて言い放つと、俯いたまま憑は低い声で暗く笑いました。

 

「下手なハッタリだな。まぁいいさ……キサマは知らんかもしれんが、この肉体はいわば精神体。この肉体を破壊すれば、陽夏木ミカンの精神は破壊され廃人同然となる!キサマにオレを倒すことなど───」

 

落としたはずのボウガンを一瞬で左手に出現させ、私の眉間へ矢の狙いをつける憑。

 

「───できんのだ!」

 

発射されたボウガンの矢を、私は右手でつかみ取りました。

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

「こんなもん、もう効きませんよ!」

 

私は矢を握り潰します。その光景に目を見開いていた憑は、全身を魔力で覆い、後ろに飛びました。あ、逃げた!

 

「なら弾幕だ!」

 

バックステップで素早く後退した憑を私は追います。奴め、接近戦じゃ不利と見て遠距離のみで仕掛けてくる気です!今までよりさらに速くなってます。おのれ、まだ強くなるのか!

 

一瞬焦る私。しかし後退し始めたということは相手にとっても後がない状況でしょう。浦飯さん相手に下がってしまうことも多い私には分かります。

 

左手のボウガンから速度重視ではなく、面で制圧するように矢の雨を降らせてきました。でも今の私のスピードなら避けることは十分可能!

 

しかしこの弾幕自体は避けれますが、殴るための距離まで潜り込むのは非常に困難!しかも潜り込んだとしても奴のスピードからしてタコ殴りにはできないでしょう。

 

「なら……これです!」

 

右手の人差し指に妖力を集中させ、霊丸の準備を完了させます。そしてその状態のまま躱し続ける!

 

「馬鹿め!この弾幕を片手で突破するつもりか!舐めるな!」

 

私の左肩を貫通した一撃のときと同等、もしくはそれ以上速さの矢が迫ります。奴も本気と言うことでしょう。

 

しかし今の私はそれ以上に速くなっている!

 

弾幕と言っても全く隙がないわけではありません。しかもミカンさんボディでは私より背が高い。だからより低い体勢を取れば、より多く隙の「道」が見えます。

 

より低く!より低く!

 

私はだんだんと低い体勢で、弾幕を縫うように掻い潜ります。

 

「当たらん……!?」

 

だが正面から霊丸を撃っても、クリーンヒットするかどうかは分かりません。だから確実に当てるためには、相手の死角に入る!

 

決心した私は少し余力を残しつつ、矢を掻い潜って奴の正面へ出ました。もう一歩踏み込めば拳が届く、そんな位置です。

 

「はぁ!」

 

目の前で光るボウガンの矢。放たれる瞬間、私は最速で一歩を踏み出し、奴の真上へ跳躍しました。

 

「消え……!?」

 

私の左肩を貫いた矢のようにスピードの緩急をつけることで、認識を一瞬誤らせる。憑はあたかも、私が目の前で消えたように見えたみたいです。

 

潜り込んで霊丸を撃ってくると思い込んでいた憑の狙いを外し、宙返りすることで隙だらけの背中を見ることが出来ました。

 

私は頭が真下、足が真上にあるひっくり返った状態で、がら空きの背中に向かって右手の人差し指を向けます。

 

「霊丸!」

 

「しまっ……!?」

 

憑が振り返った瞬間、霊丸は奴の全身へ直撃しました。防御が間に合わなかった憑はまともに霊丸を受け遥か後方へ吹き飛んで行きます。

 

左手一本で着地した私は、そのまま吹き飛んで見えなくなっていく霊丸と憑を見続けました。

 

霊丸の光が見えなくなっても、私はいつ攻撃が来てもいいように構えます。しかし待っても攻撃が来ることはありませんでした。

 

「倒したんでしょうかね……?」

 

また立ち上がってこられたらパワー的にはいけますが、精神的には結構きついです。ぶっ飛ばしても立ち上がってくる相手ってかなりストレスです。

 

いつでも狙撃が来てもいいように全身を強化しつつ、霊丸が飛んでいった方向へ歩き出します。

 

「結構吹っ飛びましたね」

 

しばらく歩くと、ようやく何かが倒れているのが見当たりました。憑が仰向けで倒れていたのです。その姿はひどくボロボロで、魔法少女の衣装がほとんど役に立ってないほどでした。なまじミカンさんの体だから痛々しくもあり、なんかエロイです、はい。

 

「い、いけません!浦飯さんの変態的な感想が浮かんでしまいました……!」

 

あの人たまにセクハラかますから、なんか感染しちゃった感じです。

 

無理やり変な考えを脳内から蹴飛ばして、様子を見ます。すると呼吸はしているようですが、ピクリともしません。

 

どうやら死んではいないようですが戦闘不能まで追い込んだようです。しかし問題はここからです。

 

「……どうやってミカンさんの中にいる憑を倒せばいいんでしょうか?」

 

今の憑はミカンさんの体に寄生している状態です。私はボコボコにすればポンッと外に出てくるものだとばっかり思ってましたが、当てが外れました。

 

「どうやって中にいるものを消滅させればいいんでしょうか……または中から外に追い出す方法?……あー!そんなの教わってないですよー!」

 

そう。今まで浦飯さんに教わった霊光波動拳は初歩的なことまで。まさか体の内部への攻撃方法など教わってないのです。

 

何かないか記憶をたどります。

 

「(そういえば、霊光波動拳の修の行の奥義がそんな感じのやつでしたが……話を聞いて少し見せてもらっただけですし……)」

 

霊光波動拳の修の行の奥義【光浄裁】とは、かつて浦飯さんたちが戦ったイチガキチームの選手たちが悪い博士に変な装置で操られたのを解放するために使われたと聞いてます。

 

具体的に言うと、自分自身の罪の裁きを心に問い肉体に科す荒技だそうです。心が汚れていれば肉体は滅び、逆に澄んでいれば肉体の悪い部分を浄化してくれると。

 

んで何日か前、浦飯さんが少し見せてくれましたが、とてもじゃないですが今の私には無理です。あんな長い呪文言った後、コントロールして相手の悪い部分だけ破壊するなんて器用な真似は無理です!

 

まさか見様見真似でぶっつけ本番でやってみる、なんてことはできません。もし失敗してミカンさんの体が破裂した、なんてことになったら取り返しがつきません。

 

解決方法が思い浮かばず、ウンウン唸っていると、足音が聞こえたので振り返ります。すると倒れていたはずのウガルルがこちらに近づいてました。

 

「オ、オマエ……アイツ倒したのカ?」

 

どうやら最初の時みたいにこちらを襲うつもりはなく、様子を見に来たようです。私は右手の親指を立てました

 

「はい!ボコボコにしてやりましたよ!」

 

「アイツ倒すなんテ、オマエすごイ。オレ、ミカンをアイツから守れなかっタ」

 

その表情は悲し気で、後悔の念が込められてました。上手く慰められればいいのですが、そういうのは得意ではありません。だから私は思ったままのことを言いました。

 

「でもウガルルさんが魔力になってアイツを抑えていたから、ミカンさんは乗っ取られないですんだんですよ?そうじゃなかったらアイツがミカンさんを乗っ取ってろくでもないことをしてたに違いないです」

 

「……オレ、ミカン守るための使い魔。ミカンをアイツから防ぐことが出来なかった」

 

憑の話ではウガルル……いやウガルルさんはずっと憑と魔力だけの存在になって憑を抑えていた。でもミカンさんが呪いで悲しい目にあってきたことを何となくわかっているんでしょうか。

 

ウガルルさんが憑に数歩近づくと、ほんの僅か、憑の頭がブレたような気がしました。

 

それと同時に感じた悪寒。私は叫びました。

 

「コイツ、まだ!?」

 

え、とウガルルさんが声を上げこちらを向こうとした瞬間。憑の口から銀色の物体が飛び出しました。

 

ミカンさんの口から私の口へ向け、体をまるで弧を描くようにスライムのような伸びを見せた銀色の物体。それを意味するところは、乗り移る体を変えるということ!

 

「(ウガルルさんじゃなくて、私狙い!?)」

 

近づいたウガルルさんにまた憑りつくものだと思っていた憑の行動に、私は一瞬動揺してしましました。

 

「キサマの体はもらったー!」

 

恐らくですがウガルルさんに乗り換えても、ミカンさんの体よりパワーは落ちるでしょう。それでは私には対抗できないであろうから、こちらを乗っ取ればいいと考えたのでしょう。最後の力を振り絞っているのか、今までで一番速いスピードでした。

 

すでに私の口の数㎝手前まで来ており、私が手で銀色の物体の先端を掴むには遅いタイミングでした。ウガルルさんは対応できておらず、呆然としてました。

 

「(間に合えー!?)」

 

せめて完全に入らせないよう、途中でもいいから掴もうと両手を伸ばしました。だがそれ見てを憑は高らかに笑います。

 

「オレの勝ちだー!」

 

だが次の瞬間、銀色の物体の動きが止まりました。

 

「な、何だとォ……!?」

 

あのタイミングで間に合うはずはない。私もそう思ってましたし、憑はより強く思っていたでしょう。声が震えていました。

 

そして憑を止めた人物は私でもウガルルさんでもありません。銀色の物体を魔力で強化した手でつかんでいる人物は、ただ一人。

 

「ミカンさん!?」

 

───そう、銀色の物体……憑が抜け出た肉体、つまりミカンさんが怒りの表情で銀色の物体を素手で掴んで、私に入るのを防いでました。

 

「人の体を好き勝手にした挙句に、口から口に移動するなんてサイテーねアンタ……!」

 

「ミカンさん!」

 

「ミカン!」

 

「な、何故だ!何故この空間で宿主が起きているのだ!?」

 

そうです、今まで全く起きなかったミカンさんがこんなナイスタイミングで起きているなんて、都合良すぎです!

 

ニヤリと笑ったミカンさん。今までで一番のドヤ顔でした。

 

「どうやら今の私は外の桃か誰かが中途半端に起こしてくれたおかげで、意識が覚醒しているみたいね。だからあんたが外に出た瞬間に体の自由が戻ったわ!」

 

そういうとミカンさんは今まで以上に銀色の物体を持っている両手に魔力を集中させます。まるで握りつぶさんとしているかのようです。

 

「体の自由は効かなかったけど、今までの話は途中からだけど少し聞いていたわ。全部あんたのせいだってね……!このクソ野郎!」

 

「は、離せ!離せ宿主よ!」

 

「気安く呼ぶんじゃないわよ!誰が離すもんですか!シャミ子ォ!」

 

「は、はい!」

 

「霊丸の準備よ!うおりゃああぁぁー!!」

 

銀色の物体をミカンさんは持ったまま自身が回転し振り回し始めました。こ、これはジャイアントスイング!

 

およそミカンさんらしくない掛け声に、凄まじい気合いと怒りがこもってました。この10年、苦しめられた怒りでしょう、声と放出される魔力で辺りが震えてました。

 

私はミカンさんの言う通り、3発目の霊丸を右手の人差し指に込めます。今の奴は憑りついてない本体!仕留めるにはここしかない!

 

「飛んでいけー!」

 

「う、うわぁー!?」

 

ミカンさんの気合いとともに斜め上に投げ飛ばされる憑。それに対して、私は霊丸の照準を合わせます。それを見ている憑は叫びます。

 

「や、やめろー!?」

 

「これで最後です!霊がーん!」

 

全力で撃った霊丸は真っ直ぐ吹っ飛んでいる憑に向かっていきます。空中ではさすがに身動きが取れないのか、叫ぶだけでした。

 

「ち、ちくしょおォォォ………!」

 

何も憑りついてない憑は何も抵抗できず、まともに霊丸を受け、その場で塵も残さず消滅しました。この世に残ったのは、何もありませんでした。

 

「アイツの魔力、消えタ……!」

 

ウガルルさんの言う通り、辺りには奴の魔力は感じられません。最初みたいに、魔力だけで存在してもいないようです。

 

「確かにアイツの魔力がここから消えたわ。つまり……」

 

「ついに勝ちましたー!」

 

全員で勝鬨を上げました。今回かなりヤバかったですけど、呪霊錠とミカンさん様様です。もしどっちが欠けてもやられているところでした。

 

あ、安心したらどっと疲れと痛みが……うおぉぉ、肩が痛いぃ……!

 

「シャ、シャミ子!あなた大丈……あうあぅ……私も全身が痛い~!」

 

戦いが終わったために気が抜けて、痛みが蘇ってきました。痛すぎて左肩を抑えつつ顔を上に向けて歯を食いしばる私の様子を見て、ミカンさんはこちらに駆け寄ろうとした瞬間、ミカンさんも叫びました。

 

あ、そっか……ミカンさんの体は私がボコボコにしちゃったんだっけ……。

 

「だ、大丈夫ですかミカンさん……」

 

「し、死ぬほど痛いわ……!」

 

お互い痛くて地面に転がり始めました。ああ、戦いで火照った体にはこの地面はヒンヤリして気持ちいいです。

 

「皆、かなりヤバいナ……」

 

なんとも締まらない終わりでしたが、何とか勝ちましたよー!

 

頑張ったなシャミ子!辛くも憑を撃破できて偉いぞ!あとはウガルルをどうにかするだけだ!

 

つづく




正直、呪霊錠の解放はここでやるか迷いましたが、5巻の内容考えるとここでやらないとかなり戦闘が先になりそうなので一旦やりました。でもシャミ子の修行はもうちっとだけ続くんじゃ。
憑が最後にやった戦法はいわゆるグミ撃ち。そう、ベジータがよくやるアレですね。
シャミ子が左肩貫通されてますが、幽助って朱雀戦も仙水戦も普通に貫通しているのに動きまくってますよね。桑原も戸愚呂兄に貫通されてるのにその後立って観戦してるし。
主人公と周りのキャラって異常な防御能力と回復能力がデフォなんでしょうか?


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30話「改めてウガルルさん召喚です!」

ほとんど原作と展開的には変更がない話。でも戦闘後の一段落したときのキャラの掛け合いって好きだから書きたかったんです……!


なんとか憑を撃破しました!一件落着!……と言いたいところですが、今度は違う問題が発生しました。

 

「本当に、ミカンが助かって良かっタ」

 

憑を倒したのはいいのですが、痛みで床にゴロゴロしていた私たちを見下ろしていたウガルルさんが笑いかけてきました。

 

それだけなら問題ないのですが、何とウガルルさんの体が溶け始めているではありませんか。何故に!?

 

「えぇ!?ウガルルさんってば何か凄い勢いで崩れてないですか!?」

 

「どういうことよウガルル!?……大声出すと体中が痛い~!」

 

崩れるウガルルさんに問いかける私たち。私がしこたま殴ったのと霊丸のダメージでミカンさんは全身痛そうに転がりまくってます。仕方なかったとは言え本当にごめんなさい。

 

ウガルルさんは自身が溶けているにも関わらず、どこかぼーっとした表情を浮かべてました。

 

「オレ、使い魔。でもアイツを止められなかっタ。アイツが言ってたみたいにミカンにたくさん迷惑かけタ。だからもう消えル」

 

「私もどこか遠くにいる感覚で聞いていたわ。でも、私を守ろうとしてやってくれたんなら……!」

 

憑のせいで呪いの魔力が発動していたことを、気絶していたと思われたウガルルさんも聞いており、体を支配されていたミカンさんも何となく知っていたようです。

 

でも!憑から守ろうとしていたウガルルさんが消滅する必要はないと思います!

 

だから私はゆっくり立ち上がりました。

 

「消えるなんてダメです!そんな結末は良くない!」

 

「……そうよ!あんたがあの野郎から守ってくれたんでしょ!?

確かに呪いは大変だったし辛かったけど、もう呪いが出なくなるなら消滅する必要はないわ!これからやり直せばいいじゃない!」

 

「……オレ、仕事できなかっタ。でもやり直スのか?」

 

下を向いているウガルルさんの肩にミカンさんはそっと手を載せました。その手つきはまるで小さな子を諭すような、大人な仕草でした。

 

「この街の人たちは受け入れてくれるわ。だからもう一度頑張りましょう?」

 

ミカンさんはウガルルさんに優しく微笑みます。な、何でしょう……その笑顔は同い年とは思えないほどの包容力を激しく感じます。これは一体……!

 

「……分かった。オレ、ミカンに従ウ」

 

「良い子ね、ウガルル」

 

ウガルルさんは少し考え、そしてゆっくり頷きました。

 

そのウガルルさんの優しく頭を撫でるミカンさん。その光景はミカンさんから底知れない母性らしきものをビンビン感じます。それが功を奏したのか、ウガルルさんの体が崩れるペースもだいぶ遅くなりました。どうやら説得に成功したようです。

 

「……でもこの体はいずれ溶けル。どうすればいい?」

 

「「……あ!?」」

 

しかし崩れるペースは落ちても、止まってはないのです。なので止める方法が必要となります。

 

でも私には全く使い魔に関しての知識はありませんので、この状況を打破する方法なんて知るわけがありません。こういう時は魔法少女として長年活動しているミカンさんに頼りましょう。

 

ちらりと横を見るとミカンさんの目が滅茶滅茶泳いでました。そういえば今びっくりしたような声を上げてましたし、ミカンさんも知らないようです。え、これ詰んでません?

 

「ミカンさんはご存知では……」

 

「ごめんなさい!全く知らないわ!」

 

「力強い否定です!」

 

こちらが言い終わる前に断言されてしまいました。でも知らないなら仕方ありません。外の皆に助けを求めましょう。

 

「とりあえず脱出しましょう。きっと誰かが知っているわ!」

 

「そ、そうですね!急ぎましょう!」

 

そういう訳で急いで現実世界へ起きることにしました。急がないとウガルルさんが消滅しますからね。

 

 

☆☆☆

 

 

夢の世界から2人同時に目が覚めて、上半身を起こしました。

 

「シャミ子、ミカン!無事に戻ってきたね」

 

「よぉ、2人ともお疲れさん」

 

声をかけてくれたのは、寝ている間ずっと横にいたのであろう桃と浦飯さんでした。何かこの2人を見ると心強いですね。

 

「あ、ただいま戻りました!……現実でも肩痛いー!」

 

「私は全身よ……!」

 

せっかく起き上がったのに2人して痛みに悶えました。夢の中の怪我でしたが、現実の肉体にもフィードバックするようです。さすがに肩に穴は開いてませんから、それは助かりますがしつこいかもしれないけど超痛い……!

 

「かなりヤバかったみたいだね2人とも……」

 

「呪霊錠も外れてるみたいだし、かなり強ェ相手だったみてーだな。早速でワリーけど、何があったか教えてくれや」

 

流石に呪霊錠が外れていることを浦飯さんは一瞬で見抜いてきました。やはり観察眼が凄いですね。

 

「はい、実は……」

 

それから主に私が今までの経緯を説明し、ミカンさんが補足してくれました。憑の話になると2人ともしかめっ面になってましたが、倒した場面の話をすると嬉しそうにしてくれました。

 

「夢の中なんてオメーしか行けねーからな。一人で大変だっただろーけど、よくやったなーシャミ子!」

 

「マジで死ぬかと思いました!」

 

いやー、普段浦飯さんが褒めることなんてないから、何だか照れくさいですね。

 

「へへへ、オレの言った通り呪霊錠つけてよかったべー?そうじゃなきゃオメーらヤバかったろ。ナハハハ」

 

「いやー本当につけててよかったです。でも相手がミカンさんの遠距離攻撃使ってくるから呪霊錠を外すタイミングがほとんどなくてヤバかったです!超頑張りました!」

 

「アイツ、私の能力まで使ってたのね……あの盗人魔族!」

 

「まぁでも勝てたからよかったじゃねーか」

 

本当に呪霊錠つけてなかったら死んでましたからね。何かギリギリの戦いが多い気がするけど、生き残れて本当に嬉しい……!何度も死にそうになって背筋がぞくぞくしましたよ。

 

ミカンさんは勝手に能力を使われたことに怒り、浦飯さんは満足そうに笑ってました。

 

「本当に無事でよかったよ……夢の中に怪我が現実でも痛んでいるのは不思議だけど」

 

ふと桃がそんな疑問を口にしました。確かに夢の中のダメージがなんでそのまま現実に反映されるんでしょうか?

 

もし反映されるんだったら夢で美味しいもの食べたら現実でもお腹いっぱいになるべきではないのでしょうか……!

 

「詳しいことは分かんねーが、肉体・霊体・魂の分類があってな。霊体や魂の状態で消滅すると肉体が残っていても死ぬんだとよ。

だから今回夢の中に行ったのが霊体で、その霊体の状態で魔力とか特殊な攻撃でダメージを負ったから肉体で痛みが再現されたってとこじゃねーか?多分だけどよ」

 

「うーん、難しい話ですね」

 

ついてっきり夢の中だからダメージは現実世界に関係ないと思ってましたが、どうやらそんなことはないようです。

 

するとミカンさんが咳ばらいをしました。ああしまった、今は戦いの感想よりやることがありました。

 

「ごめん、色々言いたいことはあると思うけど、時間がないからウガルルを助けるためにどうすればいいか教えてほしいの。2人とも何かわかる?」

 

「……元々不完全な儀式で召喚したのが原因だから、正しい手順で召喚すれば、この世に安定して存在できるようになるはず。そのためには必要なものと手順をリストアップする必要がある」

 

「うーん、オレはそういうの全然分かんねーからなぁ……よし、小倉ァ!オメーは何か知ってっか?」

 

「おまかせあれー!」

 

全くそう言った知識がないと言った浦飯さんは突然天井に向かって叫びました。すると突然天井の一部が開き梯子が下りてきて、小倉さんが登場したではありませんか!

 

「えぇ!?なんで小倉さんが天井から出てくるんですか!?」

 

いやいや、何で人の部屋の天井にいるんですか。ミカンさんなんか驚きすぎて震えてますよ!

 

そんな驚いている様子を余所に、小倉さんは下ろした梯子からするすると下に降りてきました。

 

「いやーここは研究のしがいがあるから、ちゃんと許可もらって住んでるんだー。シャミ子ちゃんママも知ってるよ」

 

「お母さんてば一言も言ってない……!」

 

何と言うことでしょう。いつの間にか同級生が屋根裏暮らしをしていたとは。しかも今まで全く気付かないなんて。

 

まぁ最近確かに天井付近がごそごそしているのは気になってましたが、ばんだ荘は古いですからネズミとばかり思ってましたよ。

 

ちなみに皆に聞いたところ、ミカンさんは全く知らず、桃は何となく知っていたけどスルーしていたようで、浦飯さんは気配で分かっていたそうな。ちょっとは教えてくださいよ!

 

色々ツッコミたい部分はありますが、マジックペン(油性)を取り出した小倉さんは壁に正しい召喚の手順と必要な物を書き込んでいきました。

 

その書き込みの速度は速く、あっという間に壁が文字で覆われるほどでした。たまにわけのわからないことも書かれてます。グシオンって何なのでしょうか。

 

「ここ借家なのに……!」

 

別の意味でミカンさんが震え上がってました。そう!賃貸で壁に直接書き込むという所業!しかも油性!

 

別の意味で心配事が増えましたが、私とミカンさん以外誰も気にしてませんでした。スルー力高い!

 

小倉さん曰く必要なものは

・質の良い依り代 ・正確な魔法陣 ・魔力を含んだ上手い飯(お供え)

なんだそうです。やばい、こう書かれても材料がさっぱり分かんないです。

 

「浦飯さん、どーゆー材料が必要になるか分かります?」

 

「オレもさっぱり分かんねー」

 

「2人とも……」

 

浦飯さんも苦い表情を浮かべてました。

 

桃は少し困り顔でしたが、こういう難しい話の時って同じく分からない人が居ると何故か安心するんですよ!

 

そんな私たちの言葉を聞いて、小倉さんは1つずつ解説してくれました。

 

「簡単に説明すると、質の良い依り代を作るには『上質な霊脈の土』と『幻獣の尻尾の毛』が必要なの。

お供えの料理は『質の良い肉』を使った『上質な魔力を含んだ料理』が必要なんだ。でも全部揃えるには時間かかるし、今消滅寸前の使い魔を召喚するには時間足りないねー」

 

なるほど。確かに普通に考えると、中々揃いにくい物ばかりです。でも私には土以外はある場所が分かりました。他の皆も何か思い至ったようです。

 

「『上質な霊脈の土』以外はすぐ揃えられるな。魔力料理はリコのヤローに作ってもらって、尻尾の毛は喫茶店あすらのマスターの毛をぶんどればいいだろ」

 

その言葉に全員頷きました。何気にマスターの尻尾は抜かれることが確定してますが、誰も反対意見は出ませんでした。まぁ尻尾の毛ならすぐ生え変わるでしょう。

 

「そうですね。杏里の家は精肉店だし、肉もすぐに揃う……『上質な霊脈の土』はこの前私が滝に打たれたところの土がいいでしょう。あそこなら変身していけばすぐに戻って帰れます。早速行ってくる」

 

「お願いするわ桃」

 

コクリと頷いた桃は一瞬で変身し、ドアから出ていきました。うーん素早い。

 

今素早く動けるのは桃だけです。私とミカンさんは満身創痍です。小倉さんは身体能力は普通だと思うので除外して、浦飯さんは文字通り手も足も出ない状態です。なので、この場では一番桃が適任でしょう。

 

「凄いよシャミ子ちゃんたち!普通なら集めるのに一苦労するのに、こんなに早く揃いそうになるなんて!」

 

小倉さんがやたら興奮した様子で私の数㎝目の前で叫んでました。いや、小倉さんいなかったら物が分からなかったし、大体は小倉さんのおかげです。

 

「いや、小倉さんが教えてくれなかったら大変なことになってましたよ」

 

「小倉、本当にありがとう。私とウガルルのために……」

 

「ふふ、気にしなくていいよー。こっちもイイもの見れそうだし!それじゃ、急いで取り掛かろー!」

 

小倉さんの号令で痛む体を這いずって各々動き出しました。しかし何か忘れているような……。そう、大事なことを見落としているような感覚です。

 

まず質のいい肉を手に入れるため、ミカンさんが痛みでプルプルしている手で杏里ちゃんに電話をかけてました。

 

杏里ちゃんに現状を説明すると色々電話越しでも聞こえるほどツッコミまくってましたが、肉に関しては快く届けてくれるそうです。さすが杏里ちゃん、話が早いです。

 

電話を切ったミカンさんが、そういえば、とポツリと呟きました。

 

「喫茶店あすらって、ここしばらく休業してなかったかしら?」

 

「あ、確かに。何ででしょうか」

 

商店街からの買い物帰りに喫茶店の前を通ると、最近休業していたので妙だなーとは思ってました。風邪でも引いているんでしょうか。

 

そこで浦飯さんが何かを思い出したように声を上げました。やだ、すっごく嫌な予感……!

 

「……あー!そういえばこの前リコを半殺しにして入院させてたんだった!アイツ料理作れるようになったんかなー?」

 

「「「え!?」」」

 

何と言うことでしょう。ここにきてやらかした男が発見されました。まさか料理人がいない事態になろうとはー!これか!さっきまでの違和感の正体は!

 

しかも当の本人は「悪ィ悪ィ」なんて言ってますがあんまり反省してませんよ!

 

「何やってんですか浦飯さーん!」

 

「仕方ねーだろ!前から戦う約束してたしよー、動物園の件で桃がリコに切れてたから良い機会だっただけでー!こんなことになるなんて思わねーだろーが!」

 

「ぐぬぬ、確かに言われればそりゃそうですけど!」

 

確かに改めてウガルルさんを召喚するなんて事態は想定してなかったわけですし、こんなに必要な物がいるとは思ってなかったですからしょうがないと言えばしょうがないです。

 

でもすごくタイミングが悪いことには変わりないですよ!

 

「でもどーするの?料理人いなくちゃ完成しないわよ?」

 

「さすがにこれは想定外だよー」

 

「なーに、オレにまかせろや。テメーのケツはテメーで拭うぜ」

 

「ここ女子しかいないんですけど……」

 

浦飯さんは力強く言い張ると、ミカンさんは少し頬を赤く染めました。

 

なんという例えでしょうか。もう少し綺麗な例えをしてほしいものです。

 

そこで浦飯さんが欲しがったのは携帯でした。どうやら喫茶店あすらにかけてほしいようです。

 

私は携帯を持ってないので、ミカンさんが喫茶店あすらに電話を繋ぎ、スピーカーにして浦飯さんの目の前に携帯を置きました。出たのはマスターのようです。

 

『はい、こちら喫茶あすらです』

 

「おう、浦飯だ。なぁマスター、今大丈夫か?」

 

『浦飯君じゃないか。どうしたんだい?』

 

「実はな、ミカンの中の使い魔を復活させたくてよー。マスターとリコの力がいるんだわ。今すぐばんだ荘のミカンの部屋に2人で来てくれや」

 

『あー……すまないがリコ君は今日怪我が完治したばかりでね。まだあんまり動かないほうがいいと思うのだが、そちらが来ることはできないかい?』

 

「あ?リコがあんまり動けない?アイツがそんなヤワなタマかっつーの。

こっちもミカンとシャミ子が怪我して動けねーんだ。リコに言っとけ!今来ねーと今度戦ってやんねーからってよ!んじゃな!今すぐ来いよ!」

 

『え、ちょ』

 

そこで電話を小倉さんが切りました。そして浦飯さんはとても満足そうな笑みを浮かべてました。どんな電話してんですか!

 

「よし、これでなんとかなんべ!」

 

「脅迫じゃないですかー!小倉さんもなんであのタイミングで切るんですか!」

 

「いやー、話が長くなりそうだったから、つい」

 

「こんなお願いの仕方は初めて見たわ……!」

 

あまりにひどすぎる……!一方的に用件を押し付け電話を切る所業、まるでガキ大将の行動そのものです。本当にこれでいいのでしょうか……!

 

「おいおい、今大事なのはウガルル召喚だろ?なら皆来てもらったほうが話は早いだろ?」

 

「確かにそっちのほうが早いわね……」

 

確かに今動くのが非常に辛い私とミカンさんでは喫茶店まで行くのはほぼ無理ですし、小倉さん一人に行かせるのもあんまり良くないでしょう。そして私の体が傷ついているので浦飯さんに切り替わるのも難しい状態です。

 

なので実際のところ喫茶店のお二人にはこちらにきてもらう必要性があるということです。確かによく考えると、これが正解の様な気がします。

 

それから待っていると、杏里ちゃんがまずやってきました。そしてその数分後にリコさんとマスターがやってきました。

 

「やほー。肉いっちょお待ち!」

 

「やぁ皆さん、こんばんわ」

 

「何か幽助はんに脅されたんでやってきましたわ~」

 

「皆さん、夜分遅くにありがとうございます!」

 

「おー、結構早かったな」

 

あんな電話をかけた本人はあっけらかんとしてましたが、あんな電話で本当に来てくれるとは、何ていい人……魔族なんでしょうか。ちょっぴり感動していると、早速事情を皆さんに説明しました。

 

「つまりウチの魔力のこもった美味しいお肉料理と、マスターのケツ毛がぎょうさん必要いうわけやな」

 

「え!?ボクの尻毛が!?」

 

「そういうことだ。リコ、オメーの体はもう問題ねーのか?」

 

「いやー、怪我は完治しましたけどフルパワーまではもうちょいや。でもマスターのケツ毛をコンプリートする程度なら朝飯前や」

 

「リコ君、もっときれいな言葉を使いたまえ!」

 

「ええやん、抜かれることは変わらへんし~」

 

事情を説明すると、綺麗な笑顔を浮かべたリコさんが指に挟んだ木の葉に魔力を通してました。木の葉を覆っている魔力がまるで刃の様に鋭くなっており、リコさんの目線はマスターの尻毛に向けてられました。

 

「ま、まさかそれで尻毛を狩ろうというのではないだろうね!……って木の葉が体にまとわりついて動けない!」

 

いつの間にか木の葉がマスターの体に纏わりついて、身動きを封じてました。うーん早業です。しかもご丁寧にお尻付近は木の葉を空けてます。

 

やっぱりリコさんは能力の発動が早いですね。木の葉を操るというよりは、接着剤の様に物をくっつけるような能力なのでしょうか?

 

「バクの束縛プレイなんて初めて見たよ」

 

「杏里ちゃん言うたか?これはウチとマスターとの愛の絆や」

 

「おおー、アダルトチック」

 

杏里ちゃんとリコさんのボケは全く笑えず、むしろじりじりとマスターのお尻に近づくリコさんに恐怖を感じました。私でそれですから、マスター本人はもっとでしょう。ぶっちゃけマスターは半べそかいてました。

 

すみませんマスター、その毛は必要なので止められません。横を見るとミカンさんも首を横に振ってました。

 

「断じて愛の絆じゃないからね!?あ、やめて!その光っている木の葉をお尻に近づけないで!いやァー!?」

 

大量に毛が狩られる羽目になったマスターは寒くなったお尻に手を当てながらシクシク泣いてました。そしてケツ毛を狩り尽くしたリコさんは頬に手を当てて凄い蕩ける様な笑顔を浮かべてました。

 

割と危ない顔をしてましたが、必要なケツ毛は確保できました。

 

お尻のことは終わったので一旦置いておいて、早速杏里ちゃんが持ってきてくれたお肉をリコさんに料理してもらうことになりました。

 

私も料理は多少しますが、さすがに本職は手際が違います。てか早くて普通の人が見たら残像も捉えるのも難しい速度です。

 

そして料理が完成し、光り輝く肉が私たちの目の前に置かれます。余りにも光っており、眩しいほどです。

 

「これがウチの究極のから揚げや!普通の人間が食べたら昏倒するほどの魔力てんこ盛り!」

 

「めっちゃ光ってるー!」

 

「これ、逆に大丈夫なんでしょうか……?」

 

「魔力が籠っているのは分かるが、美味いのかそれ……?」

 

「何言うてますの幽助はん、コレはウチの自信作やから味は保証しますよって」

 

今までに見たことがないほどの光を放つから揚げが完成しました。普通の人が食べて昏倒するって、それもう毒みたいなものな気がします。

 

「いいねいいね!これで『上質な魔力を含んだ料理』と『幻獣の尻尾の毛』は揃ったね!あとは『上質な霊脈の土』と魔法陣だけだよ!」

 

しかし輝くから揚げを見て、いつになく小倉さんが興奮しまくってました。どうやらこれで問題ないようです。

 

そこへまた来客が来ました。何と体育祭メンバーの人たちです。

 

「やっほー、こんばんわ!」

 

「人手が必要なんだって?手伝うよ!」

 

「皆……!ありがとう!」

 

どうやら事情を聴いた杏里ちゃんが体育祭メンバーに連絡してくれたようで、皆夜遅いのに全員駆けつけてくれたのです。なんて良い人たちなんでしょうか!

 

「魔法陣書くなら、人手がいると思ってね」

 

ウインクした杏里ちゃんに私はしびれました。この根回しの良さ、カッコイイ……!

 

体育祭メンバーは小倉さんの指揮の元、魔法陣をばんだ荘の敷地に書くのに協力してもらいました。

 

小倉さんは魔法陣の正確な書き方も知っているようで、スムーズに作業が進みました。しかし疑問なのが、小倉さんはああいった知識をどうやって手に入れてるのでしょうか。

 

千代田桜さんの日記を桃から借りている、と小倉さんは言ってましたが、それだけでこれほどの作業の指揮を取れるものなのでしょうか?まるで学校の先生みたいに何度も教えてきたかのうに指示が正確なのです。

 

私が小倉さんを見ていると、リコさんが私の顔を覗いてきました。

 

「何やらあのメガネっ娘のことを疑問に思うてる……そんな表情や」

 

ずばりと私が思っていることを言い当てるリコさん。思わずドキッとしてしまい、ひゅぅ、とか変な声を出してしまい笑われました。リコさん曰く、顔に出過ぎだと。

 

「あー、別に疑っているとかではなくて……」

 

「確かに普通とは違う子や。恐らく真っ当な人間やない」

 

「でも、魔力も妖力も小倉さんからは感じませんよ?」

 

そう、今まで凄いなぁと思っても、小倉さんからは特別な力は感じなかった。だから単にすごく頭のいい人だとずっと思っていたのです。でもそれは腰につけていた邪神像の浦飯さんからも否定されました。

 

「別に魔力や妖力がなくても特殊な能力を身に着けてる可能性だってあんだろーが。まぁどっちにしろ関係ねー話だぜ」

 

「幽助はんは面白いこと言いますなぁ。あえて放って置くん?」

 

「言っちゃワリーが今までミカンを苦しめてた使い魔なんかのために協力してくれる奴だぜ?オレはアイツは信用できると思ってる」

 

「……それもそうやなぁ。随分なお人好しや、シャミ子はんも含めてな」

 

そう言うとリコさんは二コリと笑ってお尻を手で抑えているマスターの元へ戻っていきました。

 

そうですよね、こんな夜遅くにミカンさんのために協力してくれる皆さんはすごくいい人たちです。疑問に思うのは良くないですね。

 

考えを切り替えるためにふと空を見ると、屋根から屋根へと飛び移ってこちらに向かっている人影が見えました。

 

そしてそのまま人影はばんだ荘の敷地に着地しました。

 

「おかえりなさい、桃!」

 

着地した人物……桃は黒い魔法少女姿で辺りを見回し少し驚いてました。

 

「土取ってきた……あれ、もう魔法陣書いてる。それに体育祭の皆もいる」

 

そんなことを言いながら桃は黒いマントから大量の土を出しました。マントの構造上あり得ない光景に私は指さして驚きました。まさか魔法のアイテムですか!

 

「何でマントから土が!?」

 

「このマントはちょっとだけ色々物が入る。しかも入れたものの重量はマントに影響しない」

 

「めっちゃ便利じゃないですか!」

 

くそぅ、私の腰のマントは何の効果もないのに、何で桃は刀を出せたりマントに収納出来たりと高性能なんでしょうか。ちょっと!同じ変身なのに能力に差がありませんか!?

 

自分の露出魔族な格好との差に悔しがっている私を余所に、桃は持ってきた土を魔法陣の中央に置きました。桃の魔法少女姿に体育祭メンバーはかなり騒いでますが、桃は平然と対応してます。ま、まるで芸能人みたいな対応です。

 

おっと、見てばかりじゃダメです。手伝いに行かなくては。

 

魔法陣の中央に置かれた土を依り代にするため、私含め手の空いてる人でコネコネと人型に形作ります。

 

「できましたー!」

 

「すごい、本当に一晩で完成した」

 

全ての準備が完了し、全員で喜びの声を上げます。あとはこの依り代にウガルルさん本体を入れるだけです。

 

「それじゃ、シャミ子の家の杖を使って魔族の魔力で魔法陣を起動させれば完成です。シャミ子か浦飯さんお願いします」

 

桃は私と浦飯さんを交互に見ました。魔族の召喚なので、やはり魔族の力が必要なようです。

 

「どうすんだシャミ子。もし魔力切れならオレがやるぜ」

 

「大丈夫です。あと霊丸1発分は妖力残ってますから。それに、ここまで来たらやっぱり最後までやりたいです」

 

「オメーならそう言うと思ってたぜ」

 

私の答えを予想していたのか、浦飯さんはニヤリと笑いました。だってここまで戦って、あとは任せました……じゃちょっと無責任ですよね?

 

我が家の杖の先端を依り代に接触させ、私は妖力を流し込みます。

 

「ウガルルさん……かもーん!!」

 

魔法陣が輝き、その光は依り代を覆いました。キラキラと光る依り代の目がうっすらと開き始め、何度か瞬きしました。おお!これは上手く体に入れたみたいです!

 

「んが……オレ、外、体アル……」

 

「成功ですー!」

 

イエー!と皆で喜び叫びました。ウガルルさん本人の魔力のみ感じ取れますし、憑みたいな奴が流れ込んだような魔力も感じません。つまり作戦成功です!

 

「あ、あら……足が……」

 

喜んで安心した瞬間、私の足がガクガクと震え始めました。何か力が入らないですね……。

 

「妖力が切れたせいだな。もう今日はゆっくり休め」

 

「シャミ子、疲れたでしょう。捕まって」

 

音もなく横に立っていた桃は私に肩を貸してくれました。立っているだけで結構辛いので助かりますが、皆の前なので少し恥ずかしいです。

 

「あ、ありがとうございます桃。割と行き当たりばったりで、よく考えたら尻尾が震えてきます……」

 

勢いでミカンさんの中に潜入し、ギリギリで憑を倒して、知識は全くなかったけど皆のおかげでウガルルさんを復活できて、ミカンさんも呪いから解放される。結果だけ見れば文句なしですが、何一つ予想通りにならない出来事の連続でブルリと震えが来ました。

 

「そんなことないよ。今日のこの光景はシャミ子が作り上げたものなんだから、お礼を言う必要はないよ」

 

桃の言う通り目線を向けると、皆が笑顔を浮かべてました。誰一人落ち込んだ様子もない、綺麗な笑顔を(マスターの尻毛は除いて)

 

その憑と戦った時はこんな結果は予想してませんでしたが、最終的に全部上手くいくことが出来ました。

 

「──本当にお疲れ様、シャミ子」

 

桃の綺麗な笑顔を見て、ようやく上手くやれたのだと、実感できました。

 

 

☆☆☆

 

 

翌日。ウガルルさんはミカンさんと一緒に暮らすことになりました。

 

使い魔という存在でなくなったウガルルさんですが、知能的には小学生レベルなのでこのまま街の外に出ても危険と判断され、この街に残ることになりました。また憑みたいなやつに利用されるとも限りませんからね。

 

「よろしくナ、ボス!」

 

「私がボスですか?」

 

「ぶほォ!」

 

玄関を出ると、ウガルルさんは私を待ち構えてました。しかもボス呼ばわりです。浦飯さんがそれを聞いて吹き出してました。

 

「お前、オレより凄い強かった。ミカンも助けたお前はボス!」

 

「ブハハハ!シャミ子がボスって似合わねー!」

 

「ひどいですよ浦飯さん!シャラップ!」

 

ゲラゲラ浦飯さんが笑っていると、ウガルルさんは怒った表情で浦飯さんに目を向けました。あら、ウガルルさんからちょっと魔力が漏れてません?

 

「なんだ?ボスの腰にくっついてるコイツ、偉そう。ボス!オレがこんなやつぶっ飛ばしてやる!」

 

「ああん?面白れェ、売られた喧嘩は買うぜ!シャミ子、オレと代われ!」

 

「2人とも喧嘩しないでくださいよー!」

 

せっかく昨日丸く収まったのにまた揉め事は嫌ですー!

 

頑張れシャミ子!まずはボスとしてウガルルと浦飯を宥めることから始めるんだ!

 

つづく




夜中にアパートの敷地で騒いでいる女子高生に対し、近隣住民の反応はいかに。まぁこの街は緩いのでなぁなぁでしょう。もし現実だったら大変ですね(白目

原作だと悪っぽい魔法少女が登場しましたね。なんか凄いご高齢で食事も考え方も極端な人?みたいです。電子書籍派なのでまだ読めてませんが。

もしかしたら

「次に会うまで人を食うまいと勝手に決めた。会う約束さえしてなかったのにな」

とか言って大切な人の生まれ変わりに会うまで頑張っている雷禅系女子かもしれない。


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31話「SPECIAL DAYです!」

軀と飛影の話は好き。ダークな感じだけど読後感がいいので


ミカンの呪いを解いて何日かが経ちました。怪我で苦しんでいた私とミカンさんも元通りになり、元気に学校に通っています。

 

そう、元通りになったのです──呪霊錠も含めて!

 

何とまた呪霊錠をつけることになってしまったのです!

 

しかもそれは怪我が治った翌日のことです。タイミングが鬼そのものです。

 

起床したら呪霊錠が手足についていることに気づき悲しみにくれました。私は犯人である浦飯さんを問い詰めました。

 

「なんでまたこんなんつけなきゃいけないんですかー!これしていると生活するの大変なんですよ!」

 

体育どころか、普通にするのだって気を遣うのです。またあの気を遣う生活をしなくてはならないと思うと胃がキリキリしてきました。

 

「でもよー、今回呪霊錠のパワーアップがあったからミカンに憑りついてたヤツを倒せたんだし、オメーが死んだらオレも終わりだからな。だからもっともっと強くなれ!な!」

 

「あ、悪魔だぁ……!」

 

確かに呪霊錠のパワーアップがなかったら殺されてました。でも普段が辛いことには変わりないし、それを経験者である浦飯さんは知っているはずなのに勧めてくるとは悪魔そのものです!

 

そのフレーズが気に入らなかったのか、浦飯さんは怒りました。

 

「オレは悪魔より強ェ!」

 

「そっちですか!?でも確かにその通り!」

 

そういえばこの人、見かけは人間そのものですが魔族で、しかも魔界トップになった人でした。そりゃ普通の悪魔なんか勝てっこないですよね。

 

夢魔という戦いにあんまり向いてなさそうな種族の私は、膝を地面に着けて悲しみにくれます。

 

「うぅ……呪霊錠つけたくないですけど、死にたくない……」

 

「まぁでも呪霊錠つけてパワーアップしても負けるときは負けるしな。やんないよりマシだろ」

 

「そーゆーこと言うのやめてくださいよ!フラグですよ!」

 

「悪い悪い、へへ」

 

おのれぇ……漫画とかだとそういうこと言うと本当にヤバい敵が来たりするんですからシャレにならないですよ!

 

全然謝罪の気持ちが込められてない浦飯さんは軽く笑ってます。自分だって2回死んでるくせに!

 

ところでふと気になったのが、浦飯さんが戦った相手っていわゆる漫画とかで見る有名な妖怪とかの種類はそんないなかったそうな。実際のところどうなのでしょう。尋ねてみることにしました。

 

「そういえば魔界統一トーナメントでしたっけ?戦った相手の魔族や妖怪で、いわゆる一般的に有名な妖怪はいなかったんですか?」

 

「そーいやー言われてみれば……煙鬼は鬼だけど、他が良く分かんねぇんだよなぁ。

種族で覚えてんのは親父も食……鬼だし、蔵馬は妖狐、呪氷使いの凍矢ぐらいか。一番よく分かんねーの鈴木だけど」

 

「少な!」

 

普通妖怪大決戦の大会で有名どころが出場したら、種族とか皆知ってそうですけど。もしや浦飯さんが知らなすぎるだけでは……?

 

しかも最後の名前はめっちゃ普通の名字じゃないですか。確か幻海さんと戦ったピエロの格好してた人ですよね。なんで鈴木なんだろう……。

 

私の言い方に少し拗ねているのか、浦飯さんは下唇を少し出しながら悪態づきました。

 

「しょーがねーだろ。軀(むくろ)がどんな妖怪か飛影に聞いたことはあったが「さぁな」としか答えねーし、黄泉のことを蔵馬に聞いても「内緒です」としか言わねーんだぞアイツラ。

北神とか酎みてーな見た目だけなら人間にしか見えないヤツらもいるし、街中にいたら見分けつかねーこともあんじゃねーか?」

 

「はぇー、じゃあ妖力感じない人ならスルーしそうですね。しかも色々事情がありそうなのはミステリアスでかっこいいです!」

 

「カッコイイかぁ?まぁ親父のやつも色々過去はあってみてーだし、他の奴には触れられたくねーのかもな」

 

──ちなみに軀の知られたくない過去を「あわれな野郎だ」と言った飛影は腹に大穴を空けられた事実を幽助は知る由もない。

 

──ついでに黄泉の両眼の失明に関しては蔵馬が原因であることも幽助は知らない。

 

「触れられたくない過去ですか……」

 

浦飯さんは明るく昔のことを話してくれるのでそういったことはありませんが、思い返せば桃の過去って全然知りません。

 

自称ライバルとしては結構気になりますが、桃の過去は話に聞く軀って人や黄泉さんみたいに探られたくないのでしょうか?

 

今まで戦った相手とか色んな人の話を聞いたりしましたが、本当に人それぞれの過去があるしトラウマもありました。

 

だから桃や皆のことは知りたいけど、本当に聞いていいか悩むところです。

 

「じゃあ聞きたいけど聞きにくい場合はどうすればいいんですかね?」

 

「状況によるだろ。聞かねーとヤベー状況なら無理やり吐かせるけどよ、どーでもいいときは1回聞いてダメだったら終わりでいいんじゃねーか?」

 

「そんなもんですかねー」

 

確かに緊急時以外の時は無理やり聞き出す必要もありませんし、相手のトラウマを抉るような真似はしたくないですからね。

 

……段々浦飯さんの「無理やり吐かせる」とか、少し前だったら「暴力的です!」とか言って反対してたかもしれませんが、どうにも戦っているうちに「そんくらい全然問題ないですね」なんて思うようになりました。

 

どうやら戦っているうちに物騒だなーとか思う基準のハードルが高くなっている気がします。果たしてこれは良い成長なのでしょうか?

 

ここで一旦話が途切れ、1、2分無言で歩いてました。

 

そういえば朝の呪霊錠で忘れてましたが、今日私の誕生日じゃないですか!

 

「くそぅ、朝の呪霊錠のせいで今日誕生日なのに朝だけハッピーではなかったですよ!気分を切り替えなくては!」

 

「お、そういやそうだったな。オレからのプレゼントは呪霊錠でいいか?」

 

「そんなプレゼントがあるかー!拷問器具を送っているようなものですよソレ!」

 

「ジョークだって!馬で儲けた金でちゃんと用意してるっつーの」

 

「また人の体で競馬場行ってるー!?」

 

うら若き女子高生が競馬場で馬券を握りしめている姿は、一体他の人たちにそう映っているのか。また知らない人を保護者に仕立て上げて入場しましたねこんちくしょう!

 

「良く分かってんじゃねーか。ちなみに一緒に入ったおっさんは大負けこいてたけどな」

 

「この人自分だけ勝ってる!」

 

いかん、この競馬場通いをやめさせなくては見つかったら停学になっちゃいそうです。私は入った記憶ないのにいつの間にか行っててバレたとか最悪のパターンです!

 

「もうやめてくださいね!皆が今日の夜祝ってくれるんですから、頭の中身はハッピーにしないと!」

 

「頭がパーだと?」

 

「バカにしてるんですかー!?」

 

「いやー、オメーの反応は面白れーな、ケケケ」

 

「うぅ、年上に弄ばれる可哀そうなJK……」

 

何だかツッコミ疲れましたよー……。しかし私は気合いを入れて喜びの感情を湧き上がらせました。

 

そう、何を隠そう今日は私の誕生日なのです!しかもミカンさんや桃たちが私の誕生日会を開いてくれるので、例え浦飯さんにからかわれようとも気分をアゲアゲにする必要があります!

 

「うぅ、ようやく私もお誕生日会デビューです……小さい頃は体が弱くて外にほとんど出かけられませんでしたし……!」

 

「オメーってちょいちょい暗いこと言うよな」

 

今でこそ呪いで体が弱っていたことが判明しましたが、当時は単に私の体が超がつくほど虚弱体質だと思っていたのですから仕方ありません。そう、今が良ければそれでいいのです!

 

ニコニコ笑いながら学校に到着し、自分の教室に入るとクラスメイトの皆が理由を聞いてきます。素直に答えると、皆祝ってくれました。

 

「お誕生日おめでとーシャミ子ちゃん!てか言ってくれればプレゼント用意したのにー!」

 

「そんなシャミ子ちゃんにはちょっと高級なお菓子がカバンの中に入っていたのであげましょう、感謝するがよいぞ」

 

「皆さん、ありがとうございます!あ、このチョコおいしいです!」

 

クラスメイトの皆が祝ってくれて、ミカンさんや杏里ちゃんが放課後楽しみにしててね!なんてワクワクするようなことを言ってくれたので、私のテンションは爆上げです!

 

その状態のまま移動教室に行こうとした時、廊下に桃が居ました。ふふふ、桃も今日のお誕生日会に参加してくれるのでお礼を言わなくては!

 

スススと桃に近寄った私は桃に声を掛けます。

 

「あ、桃!今日の夜楽しみにしてますね!」

 

「夜……?」

 

はて、一体なんのことだろうか?と言わんばかりの怪訝な表情を桃は浮かべてました。

 

むむ、まるで今日のことを知らないような表情を浮かべて……。

 

「(あ、これはもしかしてサプライズで何かやってくれるのでしょうか?)」

 

桃はクールに決めるイメージなので、もしかしたらプレゼントをくれるだけではないのかもしれません。なるほどなるほど、これは根掘り葉掘り聞いてはいけませんね。

 

「それじゃ私は次は移動教室なのでー!」

 

桃が何か口を開きかけてましたが、ネタバレを聞きたくない私はその場を即座に離れました。

 

私はネット上での漫画の最新話ネタバレとかしてくる人は許さない派です。

 

「危ない危ない、桃からネタバレを聞かされるかもしれませんでしたよ~」

 

「いや、ありゃあ……」

 

「むむ?どうしたんです浦飯さん?」

 

「いや、桃の奴はどうすんかなと思ってよ」

 

「いやー!今日の夜が楽しみです!」

 

何か浦飯さんが言い淀んでましたが、必要があれば浦飯さんはハッキリ言うタイプなので、問題ないと判断して私は移動教室に向かいました。

 

早く今日の夜にならないかな~。

 

 

☆☆☆

 

 

千代田桃は昼休みから仮病を使って早退していた。

 

それというのも、今日がシャミ子の誕生日とは知らなかったのだ。そう、全く知らなかったのである。そのため急いでプレゼントを買おうとしている最中なのである。

 

今日がシャミ子の誕生日と知ったのは昼休みにミカンと会ったときである。

 

やたらとシャミ子がはしゃいでいたのが気になり、ミカンに聞いたところ発覚したのだ。

 

ミカンらはスマホのメッセージグループでシャミ子の誕生日会をやることは伝えてあると言っていた。

 

しかしである。毎日膨大な量のメッセージ(しかも内容としてはどうでもいい)をミカン・杏里・小倉で繰り返しており、通知が頻繁に来るのを煩わしく思った桃は特に注意して見てなかった。

 

重要なことをさらっと流されて決定していることに多少不満があるが、今更時が戻るわけでもないので、急いでプレゼントを買いに早退したというわけだ。

 

「しかし、何を買おうか……」

 

一応プレゼントが被らないよう参加者にスマホで聞いてみたが、ミカンが「女子喜ぶ系」、杏里は「服」、小倉は「ぬいぐるみ」である。

 

浦飯さんは用意するかどうかすら分からないので除外。あとは喫茶店あすらの2人組であるが、こちらもよくわからない。

 

「そうなると、調理用品かなぁ」

 

しかし調理用品など、自炊しない桃にとっては全く未知の領域。迂闊に踏み込めるものではない。

 

「うーん……」

 

「何かお困りのようですなぁ?」

 

「あ、リコ」

 

スルリと物陰から寄ってきたのは妖狐のリコである。隠そうともしない魔力で接近は分かっていたので、桃は特に驚きもしなかった。

 

「誕生日プレゼント買いに来たんやろ?学校サボッて」

 

「……まぁ、そうですね」

 

ハッキリ言って桃はリコが苦手……というか嫌いな部類である。一瞬リコにアドバイスしてもらうかという考えが浮かび上がったが、どうせこちらをからかって碌なことにならないであろうことは予想できた。

 

適当なこと言って離れよう……そんな風に少し身構えると、リコは少し残念そうな表情を浮かべた。

 

「せっかく仲良うしたいのに、いけずやわ。もう少しおしゃべりしましょ?」

 

「揶揄われるのが目に見えてるので結構です」

 

「あらまぁ、随分警戒されとるわ」

 

クスクス笑うリコは面識がない人間から見ればとても魅力的に写る物であり、何人かの男性は足を止めて見ている。しかし桃にとってはため息しか出ないような笑顔だった。

 

「んじゃこれで」

 

「……真面目に言うとな、よほど変な物でない限り桃はんのプレゼントなら喜ぶと思いますよ?あの子は桃はんのこと大好きやからなぁ」

 

その言葉にピタリと桃は足を止める。くるりとリコの方を振り返るとリコはまだ少し笑っていた。

 

「……本気で言ってる?」

 

「せやなぁ。あの子は素直やからな、純粋とも言えますわ。だから段々思考回路が幽助はんに浸食されている気がするんや。特に戦い方なんて似とるやろ?」

 

「まぁ、言われてみれば確かに……」

 

主に一直線に突っ込む感じのところとか。とりあえずぶっ飛ばしてから考える、みたいな方針の幽助にとても影響されているのが今のシャミ子である。

 

もし幽助が居なかったら、ミカンの中にいた魔族を物理的に倒そうとはしなかったはずである(解決できるかどうかは別にして)

 

「下手に調理器具なんて買うより、別のもんがええと思いますわ」

 

「……なぜそんなアドバイスを?」

 

不思議である。以前は散々こちらから手を出させようとして挑発しまくってきたリコが、純粋にアドバイスを送るなど、桃としてはちょっと不気味である。

 

リコは肩を竦めて答えた。

 

「ウチは雑魚狩りやなくて、満足できる戦いがしたいんや。幽助はんがなぁ、桃はんに迷惑かけたらもう戦ってやらんいうんよ。だから、そういうことや」

 

「なるほど……納得」

 

要するに自分のことしか考えてないからこその発言であるらしい。しかしそのほうが分かりやすい。

 

桃としては変な正義感とか【潔癖】な発言をされるほうが苦手であるから、今のリコの発言の方が好印象である。とはいえリコに対してマイナスのイメージが僅かに緩和された程度であるが。

 

じゃあどれがいいのだろうと思ったとき、ふと脳裏に浮かびあがったのが『花』であった。

 

しかもただの花ではない。特殊な花だった。

 

「(確か姉の日記に書いてあったはず)」

 

今は小倉に預けてある千代田桜の日記に特殊な花のある場所が書かれてあったはず。パーティーまで時間がそれほどないので、桃は急ぐことにした。

 

「一応、お礼は言う。……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

2人とも軽く笑い、桃は急いで店を出て、学校へ戻る。もちろん早退したので、先生に見られないように物陰や死角に隠れながら小倉のクラスに向かう。

 

「小倉、いる?」

 

「ありゃ、千代田さん。早退したって聞いたけど」

 

キョトンとした様子の小倉に、桃は手短に理由を話した。小倉はその話を聞いて日記を出すこともなく、こう答えた。

 

「それなら千代田桜さんが所有している山の泉のそばに生えてるよ」

 

「ありがとう。すぐ行ってくる」

 

「パーティーに遅れないようにね~」

 

小倉の記憶力の良さに内心少し驚くが、桃は表に出すことなくその場所を後にした。

 

桃は最近あの山に行くことが多いな、と独り言を呟きながら途中で変身し街を駆ける。

 

その足取りは、いつになく軽かった。

 

 

☆☆☆

 

 

「誕生日おめでとーシャミ子ー!」

 

『おめでとー!』

 

「皆さん、ありがとうございますー!うぅ、ようやくこの歳で誕生日会デビューです!」

 

思わず嬉しくて涙ぐんでいると、皆さん軽く笑ってました。去年まではこうして皆で集まるどころか、普通に過ごすことすら大変でしたから、もうとっても嬉しいです!

 

「それじゃそろそろプレゼント渡すわね!」

 

皆で食事をしながら騒いでいると、手を叩いたミカンさんがそう言いました。お、ついにきましたね!

 

「じゃあ私からね!」

 

そう言って出したミカンさんのプレゼントはバスソープ・キャンドル・ネックレスでした。なんという女子力マシマシなプレゼントでしょう。

 

杏里ちゃんはスポーツウェア(お揃い!)と焼肉券、小倉さんは手作りのうごめく人形、リコさんはPS2本体とソフトでした。

 

「わー、皆さんありがとうございます!」

 

「んじゃ次はオレだな。オレは全自動麻雀卓だ!これで遊べんぜ!」

 

「おおー!興味あったのでありがとうございます!」

 

実は浦飯さんの趣味で夢の中で麻雀のTVゲームが置いてあり、私も一緒にやっていたらやり方を覚えてしまったので、そろそろ本物をやりたいなと思っていたところです。

 

新品の全自動麻雀卓を見ていると杏里ちゃんの頬が少し引きつってました。

 

「確かこれ……10万以上するんじゃ……」

 

「まぁそんくらいだな」

 

「ほげぇー!?高いー!?」

 

まさかそんなにするとは……!やっぱり趣味ってお金がかかるんですね!

 

後でやろうぜー、なんて浦飯さんが声をかけていると、桃が立ち上がりました。

 

「じゃあ最後は私だね、ちょっと待ってて」

 

そう言うと桃は少し奥の部屋に引っ込んで、すぐ戻ってきました。その手には白く輝く花がありました。

 

その白く輝く花からは、微量な魔力が漂ってきました。あ、いい匂いもします。

 

「これは姉の所有する山で魔力が込められている水で育った花。微妙だけど魔力が回復してリラックス効果があるらしい。シャミ子がいつも修行や何やらで大変だから、取ってきた」

 

桃はその花束をそっと私に渡してきました。受け取ると、先ほどより花のいい匂いが私を包みます。な、何かほんわかしてきます~。

 

「あ、シャミ子」

 

「はい?」

 

声をかけられ、ほんわかした気持ちから覚めた私は桃の顔を見ました。少しだけ笑った桃の横顔がとても綺麗で、私は目が離せませんでした。

 

「ハッピーバースディ」

 

つづく




題名は最終巻の飛影と軀の話から。でもあの内容は結構ショッキングなのでこんな感じになりました。ラストも飛影のパク……リスペクト。

さすがにアニメでは軀の生い立ちはそのまんま放送してませんでしたね、奴隷商人の子供で0歳で腹を改造されて色々「できる」ようになった玩具扱いされてたとかねぇ……。小学生のとき読んでも意味が全然分かりませんでした。

ちなみに幽助は直接鈴木のピエロ姿を見てないはずですが、蔵馬たちから聞いたってことにしてください!

幽白で有名な妖怪ってあんまり出てない気がします。まぁそこはぬーべーやぬらりひょんの孫なり、うしおととらが出しまくったのでオリジナリティのためかな?
雷禅は食人鬼ですが、シャミ子の前なので幽助は「鬼」とだけ伝えました。

あんまりいないと思うけど、美しい魔闘家鈴木の必殺技の名前は結構好き(小声)


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32話「クラス対抗!ドッチボールです!」

仕事の関係で職場の移動があったので更新が遅れてしまいました。このご時世に移動ってどうなのとは少し思います。
このお話で一部の人間の身体能力がおかしいレベルですがスルーしてください!


「高校生になって球技大会がドッチボールかよ~」

 

開口一番、浦飯さんが文句言ってました。

 

そうなんです、今日は浦飯さんの言う通り、クラス対抗のドッチボールなんです!

 

いわゆる球技大会で、クラスごとにトーナメント方式で戦うのです。へへ、楽しみでワクワクしてきました!

 

そんな様子の私に対し、浦飯さんは少しだるそうな表情を見せ、さっきのようなことを言いました。

 

本当にこの人は学校行事にワクワクとかしない人ですね……。

 

「いいじゃないですかドッチボール。私小学生の頃入院ばっかりしててほとんどできませんでしたから、楽しみです!」

 

「シャミ子ってちょいちょい闇が深いよねー」

 

杏里ちゃんがさらりと言ってきます。

 

一族にかけられた呪いのせいで昔は体が弱かったので、学校行事どころか学校へ満足に通学できなかったからしょうがないです。魔族になったし、バリバリ鍛えているおかげで今は元気ハツラツですよ!

 

「私はシャミ子の意見に賛成ね。今日は魔法少女も参加OKって先生も言ってたから気合入るわ~!」

 

ミカンさんは入念にストレッチをしながらそう答えました。

 

ミカンさんや桃も魔法少女になってから、こういった運動を競う行事には出れなかったり得点に入らなかったりしたので実質クラスの一員として参加する機会がほとんどなかったらしいです。

 

ですが今回はミカンさん、そして桃も参加です。だから2人とも入念にストレッチしていて、気合いが入りまくってます。

 

しかししかしです。今回はクラス対抗戦。ミカンさんは私のクラスということで魔族と魔法少女のペア。対する桃は魔法少女1人のクラス。つまり2対1!

 

そう、数的有利なこの状況であれば!桃に勝てるということです!

 

「がんばりましょう皆さん!そして桃に私の強さを見せてやります!ふははははー!」

 

「こいつ、妙に気合いが入っていたのはそのせいだったか」

 

「ミカンもいるからウチのクラスは有利だしね……」

 

右拳を振り上げて宣言すると、訝し気に浦飯さんと杏里ちゃんが見てきます。

 

ガチの戦闘じゃないですし、命の危険はないでしょう。こーゆー和やかな大会はとても心に優しいです。

 

皆が見ている前で私が桃より強いということを証明できるのです!見てろよ桃め!

 

───そんな風に思ってた時期もありました

 

『すごーい!またA組の千代田さんが受け止めたー!』

 

『千代田のボールで5人まとめて吹っ飛んだぞー!』

 

私の眼前には桃の相手チームの選手数名が桃の投げたボールによってギャグマンガのように吹き飛んでいく姿が繰り広げられてました!なぁにこれぇ

 

「一応怪我人が出ないよう手加減してるみたいね……」

 

「あんなに派手に吹っ飛んでるのに!?」

 

確かによく見るとアウトになった選手はすぐ立ち上がってました。もし桃が変身後の魔力ありのフルパワーで投げていたら普通の人だったらスプラッタ映像となるのは間違いないです。

 

今の桃は変身せず、また目に見えるほど魔力を身に纏ってない状態です。

 

あの状態で投げているなら間違いなく手加減してますが、ちょっと目の前の光景が凄くて理解したくありません。

 

「まさかアレは魔力なしの筋力だけでやってるんでしょうか……?」

 

「間違いねェな。とんだゴリラ女だぜ」

 

無駄に器用すぎる……最近闇堕ちで魔力のコントロールが上手くいかない~とか言っていた人と本当に同一人物でしょうか……?

 

私たちの視線に気づいたのか、桃はこちらをチラリと見てきました。

 

むむ、何やら口をパクパクさせてます。何かこっちに伝えたいことでもあるんでしょうか?

 

「『シャミ子はともかく、浦飯さんはあとで覚えてて』だそうよ」

 

「ミカンさん、聞こえたんですか!?」

 

かなり距離が離れているのに、ミカンさんがすぐ伝えてきました。ミカンさんはスナイパーですから、もしや聴覚もいいのかもしれません。

 

そう考えているとミカンさんは首を横に振りました。

 

「唇の動きを読んだだけよ。慣れれば簡単よ」

 

「か、カッコイイですー!」

 

まさかそんな裏の世界に生きるプロみたいな技能持ちとは……!一度は言ってみたいセリフです!

 

そう伝えるとミカンさんは恥ずかしそうに頬を指で掻いてました。

 

「そういやバーサンも似たようなことしてたな」

 

「いやー、日常でさりげなく面白い技能が出るから面白いわー」

 

全くです。普通に学校行事をしているだけなのに桃の投げるボールと言い、凄い技が出るのはやはり魔法少女クオリティと言ったところでしょう。

 

ここは魔族として負けられません!私は鼻息を荒くして気合いを入れました。

 

「でも私だってパワーアップしてます!魔法少女だけに目立たせませんよ!よぉし!必ず桃を倒してやるー!」

 

「よし!行けシャミ子!オレはこの状態じゃ手も足も出ねーから、桃をボコボコにしてやれ!」

 

「この人、シャミ子をぶつけてさっきのことを有耶無耶にするつもりだ……」

 

ちなみに今回のドッチボールのルールは以下の通りです。

 

・基本クラス全員で行い、内野が0人になったら負け。

 

・開始時の外野は3人。外野の人が敵の内野の人をアウトにしても復帰はなし。つまり初期の人も含め外野に言った場合は内野には二度と戻れない。

 

・当たり判定としては『クッション制』。

 

・投げたボールが敵選手AとBに当たり地面に落ちたら両方アウト。

 

・敵Aから味方Cに当たって落ちた場合はCのみアウト。ただしCがキャッチすればAのみアウトになる。

 

簡単に言うと全部避けるか捕れば問題ないということです。

 

ルールも一通り確認し、まずは我が組の1回戦です。お相手は小倉さんのいるC組です。

 

ちなみに浦飯さんは大会中は放送席にいます。一応授業扱いなので、邪神像など貴重品扱いになるので先生方に預けてます。

 

「私やっぱり運動は無理だよ~」

 

『C組小倉アウト!』

 

「ごめーん小倉ァ!」

 

杏里ちゃんが小倉さん目掛けて投げたボールは、小倉さんの足に当たってアウトになってました。杏里ちゃんてば小倉さんを真っ先に狙うとは……。

 

私も魔力なしでやりましたが、問題なくキャッチしたり投げれました。いやー、こうやってみんなと一緒にできるのっていいですね!しかもクラスの皆からちょっと頼りにされているみたいで嬉しいです。

 

「うーん、やっぱり運動じゃ無理だねぇ」

 

あははと軽く笑う小倉さんのC組に勝ちました。小倉さんはあんまりこういう勝負には頓着しないようで、楽しそうに笑ってました。

 

『また千代田さんが3人吹き飛ばしたぞー!』

 

『ダメだ!千代田がとまらねぇー!?』

 

桃が投げた後、空中でムーンサルト的なポーズを決めてました。もうやりたい放題ですね桃ってば。

 

我がクラスは順調に勝ち進み、決勝戦は我がクラスと桃の1-Aになりました。展開が早い!

 

それぞれのクラスが整列すると、私の目の前は桃でした。汗一つかいてない桃はいつもの表情でした。

 

「勝たせてもらいますよ桃!そして私の、私のクラスのパワーを思い知るがいい!」

 

ビシリと人差し指で桃を指さすと、桃は軽く笑いました。

 

「期待してる」

 

「ぬぬぅ……その余裕な表情を驚きに変えてやります!」

 

私が捨て台詞を吐くと、桃は軽く笑って離れていきました。おのれぇ、私の必殺ボールをぶつけてやります!

 

心にそう誓うと、審判にはうちのクラスの担任の先生が居ました。

 

「それじゃ、ゲームスタート!」

 

そして開始される決勝戦。じゃんけんで開始ボールを得た私たちのクラスで、最初にボールを持ったのは杏里ちゃんでした。

 

「よぉし!あいさつ代わりにかましてやる!どりゃぁ!」

 

大きく振りかぶった杏里ちゃんは、助走の勢いもつけてボールを投げます。

 

「きゃあ!」

 

真っ直ぐ飛んだボールは桃から遠く離れた相手選手にぶつけられ、当たったボールは外野へ飛んでいきました。

 

「ナイスボールよ杏里!」

 

「へへ、任せといて!」

 

まず一人アウトです。外野からは狙わず、そのボールをもう一度杏里ちゃんに戻し、また杏里ちゃんが当てました。おお、良い感じのスタートですね。

 

3人ほど当てると、外野行きになった相手選手含め6人が隙間ないようフォーメーションを組んでました。

 

むむむ、何か嫌な予感がしますね。私の嫌な予感を感じていると、桃は膝に手を置いて息を吐きました。

 

「……よし、これでいいね」

 

「んん?ちよもも、今なんて言ったのかな?」

 

「これでそっちを倒す準備ができたってこと」

 

何度かボールを地面に弾ませていた杏里ちゃんは桃の言葉が聞こえたと同時に、弾ませるのをやめて右手でしっかりとボールを掴みました。

 

「面白いね!なら、これをくらえぃ!」

 

策など関係ないとばかりに放った杏里ちゃんのボールは、今日投げた中で一番のスピードでした。

 

ほぼ最後尾に近い位置にいる桃はそのボールに対し、左手を伸ばし───

 

「か、片手で……!」

 

杏里ちゃんのボールは片手で軽々と掴まれました。

 

いくら最後尾で遠かったとはいえ、杏里ちゃんのボールは勢いたっぷりでした。

 

しかしキャッチの瞬間に腕を引くこともしてないことから、完全に指の力だけで捉えているのが分かりました。さすがに魔力なしで握力計を壊す人は半端じゃないですね……!

 

桃は受け止めたボールを握りしめたまま、脱力した体勢を取りました。投げる体勢ではあるのですが、距離がとても遠いです。あれでは当てにいくというより、外野へパスをするような感じの雰囲気です。

 

「シッ!」

 

───しかしそれはただの勘違いでした。

 

軽々と放ったはずのボールは、今までの試合で投げた桃のどのボールより早かったのです。そしてそのボールは杏里ちゃんへ真っ直ぐ向かっていきました。

 

そしてシャミ子がそんなことを思っている最中、杏里も桃の投げたボールに対し様々なことを考えていた。

 

「(強………!速…… 避……)」

 

投げられたボールから伝わる情報。生まれてきてから一度もお目にかかったことがない凄まじいボールの威力とスピードの前に、杏里の思考が通常ではありえないほど高速に回転していた。

 

しかしだからこそ、スポーツを長年続けていた杏里にとって、より絶望的な情報をもたらしていた。

 

「(無理!受け止める 無事で!?出来る!?)」

 

一瞬にも満たない時間で、受け止めた時の結果をシミュレートする杏里。しかし結果は分かり切っていた。

 

「(否  死)」

 

辛うじて指がボールに向かって動き始めた。だが今からでは到底間に合うはずがない。否、間に合ったところで受け止められるわけがない。

 

そう、投げられた瞬間に回避を選択しなかった時点で杏里はアウトであった。

 

───シャミ子が居なければ、であるが

 

「ぬおおおー!シャミ子キャッチー!」

 

私は杏里ちゃんの前にギリギリで体を割り込ませてボールを受け止めました。4月から鍛えた筋肉を総動員してのキャッチです。

 

ボールのあまりの回転数に手の皮がむけそうになりますが、気合いで抑え込みます。

 

そしてようやく回転がなくなって、抑え込むことに成功しました。

 

「捕りましたよー!」

 

『すごーい、千代田さんのボールを止めたー!?』

 

『すげー!』

 

「あ、ありがとうシャミ子……」

 

「へへ、間に合って良かったです」

 

ボールを頭の上に掲げてアピールすると、見ていた皆さんから歓声が飛んできて、杏里ちゃんもお礼を言ってきました。間一髪です!

 

「私もいきます!てりゃー!」

 

あんまり物を投げるという機会はないので、皆と同じ風に投げます。

 

投げたボールは真っ直ぐ桃に向かっていき───

 

「まだまだだね」

 

ナイスキャッチされました。しかも片手。超余裕の表情でした。

 

「何故!?私のナイスボールが!?」

 

「いや、別に速くないし……」

 

「おのれー!」

 

悔しがっている私を余所に、再度ボールをキャッチした桃は1回ボールを地面に弾ませて右手で受け止めました。また先ほどの様な凄まじいボールが来るんでしょうか。

 

「じゃあ外野の皆、いくよ」

 

すると今度は外野へパスしました。さすがに先ほどのボールほどではありませんが、それでも中々のスピードです。

 

受け止めたと思った外野もすぐこちらに投げず、隣の外野へ投げパスを繋げます。そしてそれを繰り返してきました。

 

「これは高速パス!軌道が読みづらい!」

 

「なんでA組はこんなに凄くなっているの!?」

 

そうなんです。桃1人でやっているわけでなく、他の人たちも混じっているのにこれほど高速パスが繋げられるとは……。

 

『千代田さんのワンマンチームとは言わせない!』

 

『そのために私たちは特訓したのだ!』

 

『これがその成果よ!』

 

私たちの疑問に対し、パス回しをしながら外野の人たちが答えてくれました。

 

まさか最初に杏里ちゃんが当てた人は、わざと外野に行った!?

 

今の相手の外野は合計6名。カバーできるよう皆がポジションにつき役割分担しているのです。これは相当な特訓を積んだのでしょう。

 

「(球技大会にここまで挑んでくるとは……!)」

 

A組ヤバいですね!と心の中で思っていると、カーブを描いて後方から杏里ちゃんへボールが迫ります。

 

「杏里ちゃん。後ろです!」

 

「え!?のわぁ!」

 

「あべし!」

 

一歩声をかけるのが遅かったため、杏里ちゃんと他の子も一緒にアウトになってしました。なんというA組の連係プレイ!

 

『ダブルでアウトだー!』

 

相手の外野の選手たちがハイタッチを決めてました。

 

私やミカンさんであれば外野の選手のボールをキャッチすること自体は問題ではありません。

 

しかし初期ではクラスほぼ全員が内野にいる以上、どうしてもコートの大きさと人が壁になって助けにいけない場所が存在してしまうのです。

 

だから相手は私たちより遠くの人間を狙ってきているのでしょう。むむむ、敵ながらいい作戦です。

 

「シャミ子……確かに外野のパスは速いけど、ちよももより大分落ちる。他の皆には頑張って外野のボールを取ってもらうしかないよ」

 

「分かりました。任せてください!」

 

「私もこのままじゃ負けられない……!」

 

そう言い残し、杏里ちゃんは外野へ行きました。仇は必ず取ってみせます!

 

「そうね。このまま桃ばっかり良い格好はさせたくないわ」

 

何度か地面に弾ませながら、ミカンさんが桃を見つめて言い放ちます。ミカンさんも今日は行事に参加できるということで気合い入りまくってますからね。ボールがミチミチと音を立ててます。

 

「なら、今度はこっちが仕掛ける番ね」

 

大きく振りかぶったミカンさんは、地を這うような投げ方をしました。

 

「そーれ!」

 

ちょっと意外でした。ミカンさんは変身後の攻撃スタイルは高速の矢を飛ばす物です。てっきりオーバースローで速さ勝負と思ってました。

 

そしてそれは桃も同じだったようで、一瞬訝し気に見てました。

 

ミカンさんのボールは桃でなく、別の選手に向かってます。スピードも速いと言えば速いですが、桃ほどではなく、普通の人も十分取れるものでした。

 

「OK!任せて!」

 

相手選手がしっかり受け止める準備をしてました。避ける気はないようです。

 

それを見て、ミカンさんは口角を上げて薄く笑いました。むむ、あのボールの回転……何か……!

 

「ダメ!避けて!」

 

「え?」

 

桃が私と同じ何かを感じ取ったのか、受け止めようとした選手に対し声を張り上げます。それに対し、反応が遅れた選手は普通にボールを受け止めようとして……。

 

「ボ、ボールが!暴れる!?」

 

キャッチしたかと思ったボールは手の中で勢いよく暴れてました。まるでそれは高速回転するコマそのもの!

 

「今回はスピードより回転を意識したのよ。ほら」

 

甲高い音を立てて、ボールは選手の腕から飛び去り、まるで生きているかのように他の選手に襲い掛かります。

 

クッション性のアウト方式がアダとなり、数人がミカンさんの一投でアウトになりました。

 

桃は助けに入ろうとしても、人の体が壁となってボールの元へ向かえない状況。数人に当たり弾かれたボールは、我がクラスの外野へ転がっていきました。

 

「凄いですミカンさん!一気に数人アウトですよ!」

 

「ふふーん!もっと褒めていいのよシャミ子!」

 

『ナイスだよミカンちゃん』

 

『イエー!ミカン、イエー!』

 

クラスはまるでマジックの様な攻撃に大盛り上がりです。審判も問題なく続行と言ってくれました。マジで変身さえしなければいいみたいです。

 

「さぁ!どんどん行くわよ!」

 

『イエー!』

 

ミカンさんが主体で攻めると、またしても数人アウトになるA組。しかしそのボールは今度はA組が持ち、反撃となります。

 

「そう簡単には負けない……!」

 

『そうだそうだー!』

 

桃も剛速球で攻めて、数人を吹き飛ばします。そして今度はこちらのボール、といった具合でターン制みたいな勝負になってきました。

 

桃を先に倒したいところですが、逆に相手選手が桃を庇うようにして戦うのです。そしてそれは我がクラスメイトたちも同じように私とミカンさんを庇ってくれました。

 

内野に魔法少女や魔族が残っていれば、偶然が起こらない限りアウトにするのは非常に困難でしょう。だから長く残していたほうが勝つ可能性が高いのです

 

魔法少女か魔族をどれだけ長い間内野に残せるか……それが勝負の分かれ目になることを皆理解していたのです。

 

人数的には一進一退の攻防が続き、ついに残りは私と桃とミカンさんだけになりました。

 

「ふ、2対1です。これで終わりですよ桃!」

 

「ふふ、覚悟しなさい桃!」

 

「うわぁ、うちのクラスの2人の方が悪役っぽい」

 

「「ぬぐっ」」

 

外野からの杏里ちゃんのツッコミに2人して呻いてしまいました。

 

「……よし。残る脅威はミカンだけだね」

 

「ステイ!まだこちらには魔族だっているんだぞー!」

 

「……でもシャミ子のボールは大したことないし……」

 

「ぐぬぬぬぬ!」

 

「ふふふ、甘いわね桃。こっちには秘策があるのよ!」

 

「なんですと?」

 

桃の口撃に反論できない私の横でボールを持っているミカンさんがそんなことを言いました。一体秘策とは何のことでしょうか?

 

「……ふふ。面白い」

 

不敵な笑みを浮かべた桃からは余裕を感じました。

 

この人数になるまで私とミカンさんも桃に1回ずつ投げてますが、まるで通じませんでした。そこから来る余裕でしょう。おのれぃ!

 

しかしその気持ちも分かります。こちらが投げても普通にキャッチされましたので、悔しいですが普通にやったのでは勝ち目がありません。

 

チラリとミカンさんを見ると、何か思いついたような表情でした。

 

「さて、構えなさいシャミ子」

 

「構える?」

 

コクリと頷いたミカンさんはボールを持った両手を少し伸ばし中腰で構えました。私の胸あたりの位置……つまり拳が当たりやすい位置で構えてくれました。

 

「私たちがただ投げるだけじゃ桃は倒せないわ。ならそれを上回る一撃を!」

 

そこでようやくミカンさんが何を狙っているのか気づきました。ボールは投げる必要はない!こっちから放ったボールを桃に当てればいいんです!

 

「そうか!私がボールを殴ればいいんですね!」

 

「その通り!さぁ、全力で殴りなさいシャミ子!」

 

「なるほど、そう来たか……」

 

投げて倒せないのであればボールを殴ってそれ以上の威力を出す!桃もそれを聞いてこの球技大会で一番強く魔力を出し、肉体を強化してました。

 

「はァ!」

 

私も全身の妖力を高めます。霊丸ではボールとミカンさんが一緒に吹き飛んでしまいますから、ボールのみ殴らなくてはいけない。

 

そんなときにピッタリの霊光波動拳の技があります。これを使うのは八つ手のとき以来ですね。

 

「シャミ子の全身の妖力が高まっている……霊丸じゃない!」

 

「呪霊錠しているのに大したパワーだわ……逃げてもいいのよ桃?」

 

「冗談」

 

ミカンさんの言葉に、桃はすぐ否定しました。桃も真っ向勝負を選んだようです。周りの皆さんもかじりつく様に見てくれてます。

 

「はあぁぁ……!」

 

私はミカンさんの前で左手で右手首を掴み、右拳を腰だめに構えます。この技は霊丸より疲労度が高いんですが、今こそ使うとき!

 

「くらえー!霊光弾!」

 

全身で高めた妖力をインパクトの瞬間、拳に集中させる一撃。離れた相手であればショットガンとして使えますが、本来物体に直接拳を当てて威力を発揮する技です。

 

呪霊錠ありで変身なしという今の状況で放てる最高の一撃です!

 

放たれたボールは今まで桃が投げてきたどのボールより遥かに威力が上と自負してます。

 

爆発したかのような音とともに飛んでいくボールに対して桃はどっしりと構え両腕を伸ばしてました。

 

「くあっ……!?」

 

衝撃。ボールを抱え込む捕球ではなく、腕の力で受け止めようとしてました。しかし桃はボールの威力に押されて引きづられるように後退していきます。

 

『いけー!』

 

クラスの皆さんがボールに向かって声援を叫びます。このまま決まってくださいよ~!

 

桃が後退させられた足から舞い上がる土煙で、少し視界が遮られます。しかし徐々に桃の後退が無くなっていき、音も静かになっていきました。

 

「決まったかしら……?」

 

「煙が晴れますね」

 

そして煙が晴れた向こう側にいた桃は、見事にボールをキャッチしたままでした。そして足はラインの一歩手前で止まってました。つまりセーフです。

 

『とめたー!』

 

『さすが千代田さんだー!』

 

「……中々冷や汗ものだったよ」

 

そう言いながら桃は脇にボールを抱え、手をプルプル振ってました。口では冷や汗ものとか言ってますが、偉く余裕そうに見えます。

 

「わ、私の渾身の一撃を止めるとは……」

 

「ヤバいわね……」

 

「なら次はこっちの番だね」

 

「!」

 

ついに桃がフルパワーで来るようです。その証拠に、今まで以上の魔力が桃の体から溢れています。

 

その魔力の流れは滑らかで美しく、洗練されているとまで感じるほどのものです。さすがに変身はしないようですが、それでも今までとは桁違いでしょう。

 

桃はその場で同じクラスの外野の選手に避難勧告にA組の外野は一斉に指示通り動きました。どうやら周りも魔力が見えなくても雰囲気が変わったことを察したようです。

 

もし今回の桃の攻撃を受け止めることが出来たとしても、こちらに桃をアウトにできる一撃がありません。ミカンさんの方を見ても首を横に振ってました。

 

「(どうする私?まともにやったんじゃあ勝ち目はありません。さっきより強い一撃が必要なんですが……)」

 

「いくよ」

 

「(もうちょっと考えをまとめさせてくれてもいいでしょうに!)くぅ!」

 

考える時間さえ与えるつもりはない桃は今まで以上に大きく振りかぶり、凄まじく強い踏み込みで地面を揺らしました。

 

「やばいよミカン、シャミ子!避けてー!」

 

これだけでもわかる力強さ!杏里ちゃんは私に逃げるように叫びますが、今の私は後退と言うネジは外してます!

 

そこで自分の中で外す、と言う言葉が妙に頭に残りました。今の私は受け止めることしか頭にありませんでした。ならその考えを『外す』のはどうでしょうか?

 

「(そうか!受け止めるんじゃなくて!発想を変える!考えを別のことに『外す』んです!)」

 

そこで思いついた一つの方法。私は先ほどと同様、全身の妖力を高め、左手で右手首を掴んで中腰に構えます。

 

「シッ!!」

 

迫りくるボールは、今までとは桁違いの一撃でした。そしてそのボールは真っ直ぐ私の胸辺りに迫ります。位置はドンピシャです!

 

「真っ直ぐ行って!ぶっ飛ばします!」

 

確かに凄まじい一撃です!しかし今までの特訓や実戦でこのレベルのスピード以上の攻撃は何度も目にしてます!

 

変身せずとも目は完璧にボールを捕らえ、体も思う通りついてきてくれました。

 

なので向かってくるボールを受け止めず、私は拳をもって迎え打ちます!

 

「霊光弾ー!」

 

ベストタイミングで繰り出した右拳は、寸分狂いなくボールを捕らえました。腕に走る衝撃はかなりの物。

 

だがそれ以上に私の霊光弾は強いのだー!

 

『う、打ち返したー!?』

 

真っ直ぐ打ち返したボールは、桃のボールの威力も上乗せして桃へ迫ります。これが今出来る最高の反撃です!

 

「うおぉぉー!」

 

投げた体勢からギリギリ戻した桃は、先ほどと違い抱えるようにキャッチしていました。受け止めてもなおボールの勢いは止まらず、先ほど以上に桃の体を後退させました。

 

またしても舞い上がる土煙。土煙が晴れると同じく、ようやく止まった桃の足の位置は───

 

『ライン超えてるー!』

 

「千代田選手アウト!触れた状態での捕球は反則でアウトです!試合終了ー!」

 

審判の先生の宣言により、歓声が沸き上がりました。この瞬間、私たちのクラスが勝利が決定し、優勝したのです!

 

「私たちの勝ちですー!」

 

「やったわーシャミ子ー!」

 

「最高だったよシャミ子ー!」

 

クラスの皆で輪になって盛り上がっていると、桃がこちらに歩いてきました。

 

「……いい勝負だったよ。今度は呪霊錠を外したうえでの変身ありのフルパワーでやりたいね」

 

軽く笑みを浮かべた桃は、右手を差し出してきました。私もそれに応じます。

 

「私もです!次も負けません!」

 

「……今度は勝つ」

 

お互い握手をすると、もう一度歓声が沸きました。

 

「じゃあ優勝したクラスは並んでー!写真撮りますよー!」

 

『ハイ、チーズ!』

 

そして最後にクラス全員で写真を撮りました。

 

☆☆☆

 

「それがこの写真なんだ。お姉、楽しそう」

 

家に帰って妹の良にそれを見せると、いろんな角度から写真を見てました。ふふ、お姉ちゃんのかっこいい成果の写真ですよ!

 

「ええ、最高でした!」

 

テレビの横に飾られた写真は、私の宝物の一つになりそうです。

 

つづく




ハンターハンターのドッチボール戦のパク……オマージュの話。

スポーツに関しては強化系が有利っぽい気がします。具現化系や操作系とかって競技によってはほぼ役に立たなそうなイメージ。


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33話「喫茶あすら消滅!?お引越しに新たな人影が……です!」

まちカドまぞく新刊出ましたね。新キャラの言動が一気に仙水感が出てきてワクワクしてきました。きっと相手の過去も仙水同様暗い過去があるに違いない……!むしろあって!
ちなみに今回出てくるキャラの戦い方は捏造です。ご了承ください。



「何ですと!?今日で閉店ですか!?」

 

突然の悲報が喫茶あすらのマスターから語られました。無くなった尻毛をカバーするための毛糸のカラフルなパンツを履いたままのマスターは、自ら流した涙の海に沈んでいました。

 

「そうなんだ……このお店は今日で閉店だよ……うぅ」

 

地面に蹲っているマスターは泣き続けています。突然の閉店に驚く私ですが、理由が気になりました。

 

お店はいつ行ってもお客さんがいたし、忙しい日は私も臨時バイトとして参加してました。いいお小遣い稼ぎだったのですが、いきなり経営難になるほどではないと思っていました。

 

つまり経営不振で潰れたわけではないようですが、一体全体どうしたのでしょうか?

 

「しかしどうしてなんです?お客さんは毎日入って、リコさんの料理を美味しそうに食べてましたけど……」

 

「実はそのリコ君が原因なのだ……」

 

「えぇ?そうなんですか?」

 

今までマスターの泣き顔をどこか楽しそうに見ていたリコさんに視線を移すと、リコさんは頬に手を当てて笑いかけてきました。

 

「人聞き悪いわ~、ちょーっと料理に入れる魔力が籠りすぎて、料理が爆発して店諸共吹っ飛んだだけやのに~」

 

「ほぼテメーのせいじゃねーか」

 

「これは擁護できません……」

 

浦飯さんのツッコミにフォローを入れようかと思いましたが、理由がアレなので無理でした。

 

魔力で爆発する料理なんてあってたまるか!……そうツッコミをいれようとしましたがウガルルさん召喚するときもかなりの魔力を籠めた料理出していましたし、あり得る話のようです。

 

それにマスターによると今回が初犯ではなく、過去に何度も店が物理的に炎上したりしているんだとか。それで何度か警告を受けているため、今回で累積退場が決まったそうです。

 

「つまり今日から宿探しさ……お金はほぼないけどね」

 

「例えばどんな物件がいいんですか?」

 

「死ぬほど家賃が安くて魔族でも問題ないところかな……」

 

「そんなら、ばんだ荘がピッタリじゃねーか」

 

「「おお!」」

 

確かに浦飯さんの言う通り、ばんだ荘ならば魔族も入居OKですし、ミカンさんがここの家賃は光闇割を使うと月10円とか意味わかんない値段を言ってましたからね。条件はぴったりです。

 

思わず声を上げた私たちに、浦飯さんは「でもよー」とあまり納得していないような声を出しました。

 

「ばんだ荘って見かけ廃墟みてーで、汚ねー感じだろ?飲食店じゃ致命的じゃねーか?」

 

「人の家を廃墟や汚いと言われることに反発を感じますが、確かにお客だったら二の足を踏みますね……」

 

言われてみれば、飲食店で外観が汚ければわざわざ入って食べようという気にはなりません。ばんだ荘は見かけが廃墟に誤解されそうなくらい古いですから、ここで飲食店は無理でしょう。

 

しかしマスターは自信ありげに胸を叩きました。

 

「なぁに、そこはその汚さを逆手にとればいいのさ。現代は色々宣伝の仕方があるからね」

 

「さすがマスター、頼りになるわぁ」

 

何かマスターには策があるようで、自信ありげです。そんなマスターにリコさんは腕を回して抱き着いてました。な、なんだがアダルトチックな抱き着き方です。

 

そんなこんなで早速ばんだ荘1階にお店を作ることになりました。

 

「いいんじゃないかな、シャミ子が決めたなら」

 

事後報告になりましたが、桃にお店の相談をすると了承を得ました。リコさんと桃は仲が悪そうなのでてっきり反対してくるかと思いましたが、意外にもあっさりしています。

 

「この街は魔族との共存の街だからね。マスターみたいに積極的に人間の輪に入ろうという魔族のための街と言っていい。反対する理由はない」

 

以前よりどこか危うい感じが薄れた桃は、マスターのことをそう話してました。言外に迷惑をかける場合は異なる、とも聞こえますが。

 

店の準備はかなりスムーズに進みました。店が爆発したといっても木っ端みじんになったという訳ではなかったので、必要な道具はほぼ残っていたようです。あとは内装などだそうな。

 

「あ、喫茶あすら再開するんですね!」

 

マスターと買い出しに行くと、マスターは買い出しついでにビラを配ってました。何度かお店で見たお客さんが、ビラを見て嬉しそうにしてます。

 

「はい!廃墟をモチーフにしてSNS映えする喫茶店です!ぜひどうぞ!」

 

「やっぱり自分の家が廃墟って他人から言われるとダメージがあります……」

 

「今更だろ。かーっ、呪いが解ければなー!金も入って貧乏生活から解放されて、親父さんとオレも解放されんのになー!」

 

「魔法少女いないんですから、しょうがないですよ~」

 

呪いを解くためには光の一族たる魔法少女の魔力が込められた血が必要です。しかしこの場には仲間の魔法少女しかいませんし、そう都合よく敵の魔法少女が来たりしません。

 

やること山積みだなぁ……と感じつつ、喫茶店あすらは再開しました。

 

以前から通ってくださるお客さんがまた来てくれたのと、SNS映えというコンセプトがよかったらしく多くのお客さんが来て、私たちもウェイトレスのバイトとして参加しました。

 

マスターの宣伝が上手かったのか、お客さんの流れが切れることなくずーっと慌ただしいままでした。超忙しいです!

 

「繁盛してますね~」

 

「カレー……カレー……うま、うま……」

 

「美味いっすね!ここの飯!」

 

「そうだろう、元々喫茶あすらは飯がメインだったからな……当然、従業員も同じなら美味いのは必然……!このパフェ、うま……!うま……!」

 

「何と言うかお客さんのリアクションがおかしくね?」

 

開店祝いで来てくれた杏里ちゃんの言う通りお客さんの食べっぷりが豪快と言うか、語彙力が下がっている気がしますが、皆さん美味しそうなのでOKでしょう。

 

いや、魔力込めた料理で洗脳に近いから、ギリギリアウトでしょうか?

 

チラリと同じくバイト中の桃を見ますと、桃はジェスチャーでセーフをしてました。さほど害があるというわけではないので、この地の管理者の桃としてもセーフだそうです。

 

初日も大忙しで、今日2日目も噂が広がりお客さんが一杯やって来たため大変でしたが、その分バイト代も入って懐がホクホクです。いやー、自分のお小遣いがこんなに増えると嬉しいもんです。

 

ただ大事なことを忘れているような気がしますが、何だったでしょうか……。

 

「済まないシャミ子君。お客さんいない間に食材を買い足そうと思うのだが、一緒に来てもらっていいかい?」

 

「あ、いいですよ」

 

「ほんならウチは休憩がてら外出するわ。ほな~」

 

マスターに買い出しについてきてほしいというので同意すると、リコさんはふらりと外出しました。マスターと一緒にいないリコさんは珍しいですね……。

 

「リコ、大丈夫か?」

 

「心配ご無用です~」

 

浦飯さんが一声かけましたが、背中を向けたままリコさんは右手を振りました。その様子にマスターも少し首を傾げてましたが、そのままリコさんは歩いて行ってしまいました。

 

はて、何かありそうですが……浦飯さんをチラリと見ても黙ったままですし。うーん、怪しい……。

 

 

☆☆☆

 

 

「もうそろそろええんとちゃいます?」

 

リコは人気のない場所でくるりと振り返る。今まで姿は見えず魔力は感じられなかったが、リコは今朝から時折視線を感じていた。まるで刺すような視線であった。

 

「えらく余裕やな、化け狐」

 

リコが振り返った先の、物陰から姿を現したのはツーサイドアップで中華風の衣装を身に纏った少女である。

 

「(幽助はん以外には気取られなかったことといい……まず合格やな)」

 

リコに姿を見せた瞬間、魔法少女の体の周りに魔力が溢れた。魔力は分散せず、肉体を綺麗に覆っている。少女は既に臨戦態勢に入っている。

 

店が忙しかったとはいえ、幽助以外には気づかれなかった隠行のことを考えると、魔力コントロールの上手さは中々のものだろう。リコは気分が高揚し始めていた。

 

「ん~……どなたやろ?会ったことある?」

 

戦闘態勢に入った魔法少女の姿を見てもなお、口に指を当てて考え込むリコ。

 

その姿は一見可愛らしいものであり、余裕すら感じさせるものだ。実際は闘争心を抑えているというのが正解なのだが。

 

魔法少女はその様子に対し、苦々しい表情を隠そうともしなかった。

 

「こっちのことなんか覚えとらんか……まぁそうやろな、あの頃のアタシは雑魚だったからな。ようやくこの手で殺せるん思うと、嬉しいわ」

 

「へぇ……じゃあ今日は御礼参り言うことやな?ふふふ……」

 

楽しそうに、しかし不気味に笑うリコの表情は、魔法少女──朱紅玉──の神経を逆なでした。敵とみなしている眼ではない、面白いものを見ているようなリコの視線だからだ。

 

「爺ちゃんの鍋、そして爺ちゃんのために……死ねや」

 

言い放つと同時、体に漲らせていた魔力がより輝きを増す。リコはその様子に、唇を少し舐めた。

 

──こういう輩がおるから、やめられんのよなぁ……♡

 

この街に来る10年ほど前までは、こういった挑戦者を返り討ちにするというのが何よりの楽しみだった。なので久々の獲物に対し、リコは心が高鳴った。

 

「いくで」

 

魔力を両手に集中させている朱紅玉から、リコは寒気を感じた。とは言っても命の危機……という意味での寒気ではない。文字通り肌寒さを感じたのだ。

 

朱紅玉の両手が白く凍結しているようにも見える。おそらく魔力を冷気に変化させているのだろう。

 

「氷使い……久しぶりやなぁ」

 

「魔闘凍霊拳!」

 

冷気を集中した拳を、こちらに接近せずそのままリコに向かって打ち抜く朱紅玉。それと同時にリコはその場から弾けるように移動した。

 

リコが視線をずらすと、先ほどまでリコが居た場所は既に凍り付いていた。

 

朱紅玉の放つ拳は、文字通り凍結させる拳というわけだ。その場にとどまったまま朱紅玉は何度も拳を繰り出し、リコがそれを回避することで辺りを氷漬けにしていく。

 

「逃げ足だけはちょこまか速いようやな!」

 

「そんな褒められてもお返しできるもんは少ないわ~」

 

のんびりとした返答とは真逆で、リコの動きは増々鋭さを増していた。それを追うように、凍結の拳の弾幕を繰り出す朱紅玉。

 

朱紅玉の拳は決して遅いものではない。常人には見切ることさえ不可能であろう。

 

「(絶対零度に近い秒間100発の魔闘凍霊拳をここまで完璧に躱すとは……!さすがやな化け狐!)」

 

雑魚の魔族では瞬く間に絶命するであろう拳の弾幕。それを汗一つかくことなく回避しつつジリジリと朱紅玉へ詰めていくリコは間違いなく強者だ。

 

間合いを詰めていくリコの様子を見れば見るほど朱紅玉の顔もどんどん険しくなり、言動も荒れてきた。

 

「死ね死ね死ねシネシネ!」

 

「おやまぁ……正気やろか?」

 

段々と拳の速度と罵詈雑言の速度が上がっていく。目の色も若干変わっているように思えた。

 

苛烈さを増す攻撃。しかしリコの進行速度はそのまま変わらず、ジリジリと詰めていく。

 

「なら、これはどうや!」

 

足を弾幕だけで止められないと見るや、朱紅玉は氷の拳で地面を殴りつけた。地響きの衝撃と同様、氷が朱紅玉から四方へ地面を凍結させていく。

 

辺り一面を氷で覆えば、今までと同じ速度で詰めることは不可能となる。仮に上空に逃れたとしても、身動きの取れない空中では魔闘凍霊拳の格好の餌食である。2段構えの作戦である。

 

しかし浅いと言わざるを得ない作戦であった。地面の氷がリコの足元へ到着する一瞬前に、リコは朱紅玉へ飛ぶように詰めた。

 

「!?」

 

朱紅玉の目から見ても、霞むようなスピード。今までのスピードを大幅に上回り、リコがまだ本気でないことを承知していた朱紅玉でさえも予想を上回る速度だった。

 

リコの左指2本に挟まれた木の葉が鋭い刃に強化されており、朱紅玉の首を真っ直ぐ狙っていた。

 

地面を殴ってから体勢を戻そうとしている朱紅玉では、完全に回避できる体勢ではない。かといってまともに防御したのでは、木の葉に込められた魔力を考えると、半端な防御では貫通することを朱紅玉は感じ取っていた。

 

「うらぁ!」

 

故に朱紅玉が行ったのはガードでも回避でもなく、攻撃!自身の左側の首に迫らんとするリコの左手に対し、朱紅玉は左のアッパーを放った。

 

上へ弾かれるリコの左腕、その弾かれた衝撃でリコの上半身が後ろへ逸れる。間違いなく隙だらけであった。

 

「もろた!」

 

ボディががら空きになったリコに対し、右拳での魔闘凍霊拳を放とうとして───

 

「がっ……!?」

 

───顎の衝撃

 

一瞬にも満たない僅かな間だけ意識が飛んだ朱紅玉。顎への衝撃で脳を揺らされた朱紅玉の視界はブレる。辛うじて見えた視界には、リコが左足を振り抜き、一回転して着地しようとしている姿であった。

 

「(化け狐め!上半身を逸らされた反動を利用して蹴りを!)」

 

攻撃を弾かれた反動を利用した一撃であったため、威力は浅い。もし本来の威力であれば、無防備で魔力を集中して防御してなかった朱紅玉の顎は砕けていたであろう、ある意味では幸運であった。

 

「ずあ!」

 

もう一度リコに向かって拳を振るうが、すでにリコはその場から後方へ回避していた。

 

リコが着地した場所は魔闘凍霊拳の有効範囲外であった。

 

すでに距離も見切られ始めていることを頭の片隅で理解しつつも、朱紅玉の思考はリコへの執拗なまでの殺意と、どうすればそれを成せるかの思考に囚われていた。

 

「なるほどなぁ~……うん、よぅ分かりましたわぁ」

 

「何が分かったっていうんや」

 

首を鳴らしながら木の葉をいじくるリコ。その余裕の姿は、相手の挑発を誘うものと分かっていても腹が立つものだった。

 

「あんたの伸びしろや」

 

一瞬フェイントを入れたリコの姿が、朱紅玉の視界から掻き消える。影を捕らえた時には、すでに左側の眼前に迫っていた。

 

「それ」

 

既に間合いに入っていたリコは右拳を顔面に繰り出す。。

 

「ぬお!?」

 

驚きの声を上げながらも、首を逸らすことで朱紅玉は回避し、いくらか後退した。

 

そこへ追撃するリコ。鋭い爪を槍に見立てたかのような鋭い突きを彼女の目に向かって放った。

 

───僅かに飛び散る血。リコは自分の爪に朱紅玉の血が付くのを感じていた。

 

「しゃあ!」

 

地面と水平になるくらい上体を逸らしたことで、僅かに額を切る程度で回避に成功した朱紅玉。不十分な体勢ではあったが、朱紅玉は地面に手を付けて無理やり今の態勢から足払いを繰り出した。

 

「!」

 

足払いを後ろに飛んで回避したリコ。空中で一回転したリコが再度朱紅玉に視線を戻すも、すでに彼女の姿はない。

 

───上!

 

殺気から感じ取ったのは、自身の上空からの攻撃。

 

感じた通り、上空から魔闘凍霊拳を仕掛けてきた朱紅玉。

 

「その首もろた!」

 

タイミングはバッチリ。リコの着地と同時に魔闘凍霊拳も当たるというのを、両者ともに感じていた。

 

「縮め」

 

故にリコは能力を発動した。左腕のみ自身の後方の木へ向けており、左腕から伸びる魔力が木へガムのように張り付くのを感覚で理解した瞬間、リコは自身の能力で回避不能な状態から後方の木へ飛ぶことが出来た。

 

それはまるで引っ張られたゴムが元の位置へ戻ろうとするのと同じような現象であった。

 

「……先ほどのは撤回させていただきますわ、思っていた以上や」

 

木の手前で着地したリコと、必中のタイミングを回避され睨む朱紅玉。仕切り直しである。

 

「ふん、化け狐に褒められたところで嬉しくないわ!爺ちゃんのために、さっさと死ねや!」

 

リコは思わず濡れた。正直顔も覚えてなかった相手であったが、これほど成長しているとは、いい意味で誤算だった。

 

やはり勝負と言うのは、こうして鎬を削る感覚が好ましい。全てを使って戦うという感覚が、脳内麻薬ともいうべき興奮もあって、リコは大変好みだった。

 

しかし爺ちゃん爺ちゃんと連呼する部分はリコにとってマイナスである。

 

はて、ここ10年はこの街で生活しているから、それ以前の出来事だろう。

 

爺さんなんか相手にしたかな……と、そこでふとリコは目の前の彼女のことを思い出した。確かこの街に来る前に働いていたところの孫娘だったか。

 

「あー、よーやく思い出しましたわ。確かお爺さんに鍋買うてもろた子やろ、定食屋の」

 

「そういう改めて口に出すところがムカつくんや」

 

ニコニコと笑ったリコに対し、朱紅玉は魔力を高める。両腕を上下に重ねるように構えた。まるで動物の顎の様な構えである。

 

「この10年、アンタを倒してじーちゃんの洗脳を解くことだけを考えて鍛えたんや。アンタのような極悪な魔族は、『あの人』の言う通り殺すべきやからな」

 

「はぁ、そんなん知らんわ」

 

リコからすれば、何を言っているのか分からない。

 

確かに以前彼女のお爺さんの店で働いていたことがあり、今日の様に料理に魔力を籠めてお客を呼んでいた記憶はある。

 

第一店主のお爺さんのことは僅かに覚えているが、特に何かした記憶はない。完全に濡れ衣である。

 

むしろお爺さんのお店を辞めることになったのは、目の前の少女がリコを魔族と言って襲ってきたからだ。当時の彼女は魔法少女に成り立てであり、殺す価値もないから適当に痛めつけて店を去ったのは覚えている。

 

いわば原因は目の前の少女である。完全に逆恨みだ。

 

「あんたのせいで爺ちゃんが可笑しくなったんや!アンタがいなくなったからお爺ちゃんはアタシを見てくれなくなったんや!『人を操っていた』アンタが……アンタが!」

 

しかし朱紅玉は完全にリコを悪と断じている。まぁ間違いではないが、彼女のお爺さんに関しては完全に誤解だ。

 

10年なんて長期間操れる代物ではないし、能力的にも無駄である。非効率極まりないからだ。そんなことも分からないほど魔力の扱いに疎いのだろうか。

 

「(何というか、誰かに吹き込まれた感じやなぁ……少し誰かの魔力も若干感じますしなぁ)」

 

恐らく第3者にリコのことを吹き込まれ、能力的なことも言われていたのだろう。そして彼女がこちらへの憎しみを口にするとき、少し目の色が変わるのだ。何らかの操作を受けている可能性もある。

 

「くだらないことやなぁ……」

 

リコとしては戦いはもっと純粋に楽しみたいのだ。リコとしては料理で人を集めたり洗脳まがいのことはやるが、あくまで一時的なもの。

 

恐らくリコに関して魔力で『人を操る、殺し好きの化け狐』とでも吹き込まれ、吹き込んだ人物の言葉を信じるよう操作されているのだろう。

 

実にくだらないマネをしてくれる。別に恨まれたりするのは、リコ自身狙ってやっている部分があるので問題ないが、闘い自体は純粋に楽しみたいのだ。

 

関係ないであろう人物が純粋な戦いにケチがつけるのはもっともリコが嫌うものだ。

 

そして実力があるにも関わらず、それに気づかず戦いを続行する目の前の魔法少女。

 

───それらを全部ひっくるめてリコは「くだらない」と言い放った。

 

しかし朱紅玉にとっては違った。自身の10年を、たった一言で否定されたのだ。怒りで頭が沸騰するのも、無理ないことであった。

 

「ならそのくだらない相手に殺されてろや!!『氷龍追牙』!」

 

朱紅玉の構えた腕から、氷の龍が伸びるようにリコに襲い掛かる。

 

完全に朱紅玉の腕から切り離していないところを見ると、それほど長距離は放出できない技であるとリコは考える。

 

「シネやぁ!!」

 

「そればっかりやなぁ……!?」

 

言動はいくらかイカレているが、技の威力は本物であった。

 

『氷龍追牙』はリコの思っていた以上に速く、リコに接触する一瞬前には、まるで龍が口を開くように魔力が大きくなるのだ。そのためリコは紙一重ではなく、大きく避けなくてはならなかった。

 

大きく避けるということは、それだけ体勢も崩れやすい。その回避を見て、朱紅玉は笑う。

 

「りゃ!!」

 

朱紅玉は放出し続けている腕をリコの回避先へ曲げることで、『氷龍追牙』を捻じ曲げた。曲げられた『氷龍追牙』はまるで生きている龍が獲物を捕食せんとしているかのような光景である。

 

───鮮血が宙を舞う

 

脇腹を僅かに抉られたリコは、苦悶の表情を一瞬浮かべる。幸い傷口はすでに凍り付いているから、過剰な出血はないようだ。

 

そして次の瞬間には、龍の顎はリコへと迫っていた。

 

「案外ねちっこい戦い方やな」

 

「大人しく喰われてシンでろや!」

 

『氷龍追牙』をねちっこいというリコに対し、朱紅玉は『氷龍追牙』の攻撃を続行した。自身の優位性が分かっているからだ。

 

「(やはりあの化け狐は遠距離の攻撃技を持っとらん!)」

 

先ほどから朱紅玉は『氷龍追牙』の攻撃に集中して動いていない。もし遠距離攻撃があるのであれば、仕掛ける絶好のタイミングである。にも関わらず仕掛けてこないということは、リコの攻撃範囲はごく狭い……接近戦によるものであるというのは明白だった。

 

「(そして奴の能力!上空からの魔闘凍霊拳を放った際に見せた不自然な移動!おそらくあの時わずかに見えた魔力の糸らしきものが物体に接触することで移動するか引き寄せる能力!)」

 

朱紅玉の考察通りであれば、物体を引き寄せて接近戦も可能であろう。

 

逆に言えば伸ばしてくる魔力さえ気を付ければよい。

 

つまりこうして離れて攻撃していれば、こちらの優位は揺るぎなし!だからシネシネシネ!

 

朱紅玉は徐々に浸食されている殺意に思考を支配されつつも自身の優位性を判断し、『氷龍追牙』の攻撃を続行した。

 

徐々にとらえつつある『氷龍追牙』を見て、リコは薄く笑った。

 

「ダメやなぁ……♡」

 

「なんやと……!?」

 

リコの声が小さくて聞き返そうとした瞬間、リコから強化された木の葉が2枚投げつけられていた。しかしこんなものは脅威でも何でもない。

 

「見苦しいんや化け狐!」

 

確かに速いが躱すことは簡単だ。無論避ける際もリコから視線は逸らさない。この攻撃は恐らく木の葉で視線を逸らした瞬間、こちらに接近しようとする手段なのであろう。

 

こんな小細工に頼るなんて……故に見苦しいと朱紅玉は言い放った。

 

しかしこの瞬間、『氷龍追牙』の制御は僅かに緩くなった。今まで攻撃一辺倒だったリソースを回避と言う行動にリソースを割り振ったためである。

 

そのおかげで先ほどより回避の隙を少なめにすることで体勢をほぼ崩さず躱すことに成功したリコ。その隣を『氷龍追牙』は通り過ぎた。

 

この瞬間、空白が生まれる。無論、ここから飛び込んでも『氷龍追牙』はリコに追いつく。それは朱紅玉は計算していた。

 

「ご招待や♡」

 

言葉と同時にリコは左足を引いた。

 

「なぁ!?」

 

ぐん、と顎から朱紅玉の体がリコへ引っ張られる。

 

そう、朱紅玉の顎が突如リコの左足と連動するように、リコへと引っ張られたのだ!

 

「にぃー!?」

 

顎から引き寄せられた朱紅玉の態勢は、地面から足が離れて空中に放り出されるような状態になった。

 

これではとてもじゃないがすぐ動ける体勢ではない。今の朱紅玉は、まるで釣り竿で引っ張られる魚そのものだ。魚が空中で動けるわけはない。

 

急速に引き寄せられた朱紅玉に対し、リコは躊躇なく強化された木の葉を首めがけて薙ぎ払った。

 

「ちぃ!」

 

朱紅玉は『氷龍追牙』を解除せざるをえなかった。能力を展開させたままでは防ぐことは不可能だったからだ。

 

朱紅玉は体を捻り、魔力を集中させた右手を振るう。木の葉を受け止めるのではなく、先ほどの防御同様、弾くつもりであった。

 

接触は一瞬。両方とも衝撃で弾かれた瞬間、空中にいるままの朱紅玉のがら空きの胴体目掛け、リコの右足が捉える。

 

「がっ!?」

 

肋骨が砕ける音とともに上空に蹴飛ばされた朱紅玉。

 

そして既に朱紅玉が吹き飛ばされた先へと移動したリコの肘鉄の振り下ろしが朱紅玉の無防備な背中へ直撃し、盛大に地面へと叩きつけられた。

 

受け身も取れなかった朱紅玉に、リコはトドメとばかりに背中を踏みつけた。

 

「がはっ……!」

 

血を吐き出す朱紅玉。すでに手足が痙攣しており、呼吸も血が混じり浅かった。誰の目にも決着は明らかだった。

 

辛うじて意識がある朱紅玉は困惑と疑問が自身の中で渦巻いていた。何故あそこで突然引っ張られたのか。

 

リコが能力で木に移動したとき、はっきりと魔力の糸らしきものは見えていた。だから接近戦を避けていたのに、この様だ。

 

魔力をつけられないよう警戒していたし、戦闘中不審な行動はなかったから不意打ちで魔力をつけられたことはなかったはず。

 

軽く笑っているリコはグルグルと考えている朱紅玉の顔の正面に立った。凍り付いた脇腹を気にも留めない軽い足取りで、ほとんどダメージはないようだった。

 

「何やら疑問に思っとるようやねぇ……まぁ確かにウチの能力を見抜いて接近戦にならないよう気を付けていたみたいやけどなぁ」

 

薄気味悪く笑みを浮かべるリコに対し、ダメージがひどい朱紅玉は口を開くことさえできなかった。それを承知でリコは話を続ける。

 

「別にウチは魔力を飛ばさなくとも、接触すればくっつけることができるんや」

 

分かるやろ?と言われ、朱紅玉の中で合点がいった。

 

「あ、顎の蹴り……!」

 

顎に対し、一度だけ左足の蹴りをもらってしまった。まさかあの時つけていたのか?

 

その疑問に対し、リコは笑みでもって答えた。

 

「ご名答♡魔力をくっつけた後は使うまで限りなく魔力を通さないで見えないよう薄くしておくんや。幸いあんさんの攻撃は派手やからなぁ、紛れやすかったわ」

 

「(抜かった……!)」

 

リコの言うことは、この結果に対し辻褄が合う。何故魔力を飛ばしてつけられてないのにも関わらず、リコの左足と朱紅玉の顎が繋がっていたのか……ようやく朱紅玉は理解できた。

 

朱紅玉はリコが伸ばしてくるであろう魔力にだけ警戒していた。だから接触したと同時にくっつけてくることを見落としていた。

 

もしくっつけられた後、目を凝らして見れば発見できたかもしれないが、『氷龍追牙』という自身の攻撃で魔力を大量に消費していた彼女はそこまで魔力を回せなかった。

 

たった2回。リコから受けた攻撃は、最後を除くとたった2回である。それでこの結果では、悔しくて腸が煮えくり返りそうであった。

 

「ち、ちくしょう……」

 

「ま、そこそこ楽しめましたし、トドメのお時間や」

 

これだけは使いたくなった。ダメージで震える手で首元のアイテムを服から引きちぎる。

 

魔力の扱いに疎いものでも、かなりの魔力が込められているのが見て分かる。

 

「けどなぁ……あんたを殺すためなら、アタシはなんだってやるんやー!」

 

朱紅玉の手に握りしめられたアイテムが光り輝く。リコは封印か自爆であろうと見切りをつけていた。

 

「(切り札言うてもこんなもんかいな)」

 

思わずため息をつきたくなる。先ほどまで良い戦いであったから余計落胆を強く感じてしまった。

 

───だからであろう。乱入者への反応が遅れたのは

 

「リコくぅぅーん!」

 

魔法が発動する瞬間、突如割り込んだバクの魔物……マスターがリコの目の前に入り込んでしまった。思わず体が硬直し、マスターを回避させることが出来なかった。

 

「……はぁ?」

 

思わず、リコが間の抜けた声を上げた。

 

何者かが近づいてくるのは分かっていたし、警戒も怠ってなかった。

 

そして近づいてきたのはマスターだった。マスターと分かれば、リコは警戒を解いて無視していた。

 

基本マスターはビビりで、まさかこの場に近づくことさえ出来るはずがないと思っていたからだ。

 

だからマスターのこの行動は読めなかった。能力で迎撃しようと思った瞬間マスターが飛び込んで、反応が遅れてしまった。

 

魔法の光が終わったと同時に地面に転がるバクのオブジェ。物言わぬ置物と化したマスターの姿に、リコは呆然としていた。

 

「な、なんであんなんが邪魔するんや……最後のチャンス、だったのに……」

 

気力を振り絞っての封印だったのだろう、朱紅玉は受け入れがたい結果を見届けて意識を手放した。

 

「……なんで、なんでなん?なんでウチをかばったんや……?」

 

心底理解できなかった。なんで圧倒的にリコの方が強いのに、雑魚魔族のマスターがリコを庇うのか、リコには到底理解できなかった。

 

理解できない感情は、ぶつける先を求めた。そしてそれは原因を作り出した目の前の魔法少女へ、矛先を向ける。

 

今まで以上の魔力と殺意がこの場を支配する。

 

「マスター体どこですかー!ってなんですかこれはー!?」

 

まともな神経では近づくことさえ困難な状況に対し、どこか間の抜けた声が響く。

 

リコはそれに対し一瞥もせず、強化した木の葉を朱紅玉の首へ振り下ろさんと、腕を振り上げた。

 

つづく




今回朱紅玉の戦い方は捏造です!まちカド本編で戦ってないですから、こちらで勝手に書いてしまいました。
コンセプトは中華系の服装なので、幽白とハンターから良い感じの人が居ないかなと探しました。最初は強化系の武術とかにしようかと思いましたが、下記の理由で氷使いにしました。

魔闘凍霊拳:幽白の青龍の技。飛影に16回切られた人。秒間100発って聖闘士だよね、と思った読者は多いはず。中華系っぽい服装なので、この人がメインな感じ。

『氷龍追牙』:ハンターハンターのゼノ=ゾルディックの『龍頭戯画』と見た目は氷の黒龍波。でも黒龍波みたいな威力は全然ない。

見た目龍の攻撃ってかっこいいよね、ということで採用。


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34話「なんかモヤモヤ……です!」

今回は幽助とシャミ子の考えのズレ……というかモヤモヤ感を書いてみたつもりです。幽白で言えば元霊界探偵の黒呼さん的な話。そしてラスボスっぽいやつも早めのエントリー


「ス、ストーップです!!」

 

何やら魔法の光が出た広場に駆け付けた私の目の前で広がる光景は、倒れた女性を手にかけようとするリコさんの姿でした。

 

私の声に反応したリコさんは、振り下ろそうとした手を止めて、ゆっくり顔だけこちらへ向けてきました。

 

その目は明らかに殺意のみがあり、瞳孔も完全に開いてました。

 

───目が完全にイっちゃってます!?

 

「おーおー、完全にキレてんぜ」

 

冷静に言わんでくださいよ。浦飯さんのコメントに悪態をつきそうになりますが、口に出した瞬間にリコさんが襲ってきかねないのでリコさんから目を離せません。

 

それくらい今のリコさんからは危うい気配が出ているのです。触れたらすぐ襲い掛かってくるような、まるで飢えている猛獣を目の前にしている感覚です。

 

「……マスターをこうされて、今ウチはもうどうでもいい気分なんや」

 

そう言ってリコさんは一瞬だけ懐に入れている謎のオブジェに目線を移します。そのオブジェは、何だかバクにそっくりです。

 

そもそも私たちは席を外すと言って中々戻ってこないマスターを探しに来たのです。

 

浦飯さんが『リコでも探しに行ったんじゃね?』というので、皆で手分けして探していたのです。ミカンさんと桃は別の場所に行っており、私は我が家の杖を転がして探していたらここにたどり着きました。

 

リコさんの言う通りそのオブジェが本当にマスターなら、本当に封印されているということになります。

 

「なるほどな。その倒れている女が原因か」

 

今リコさんの足元で倒れている女性は魔力を感じるから魔法少女なのでしょう。こてんぱんにやられたのか、血が流れており身動き一つしません。……まだ死んでないですよね?

 

「息はまだあるみてーだな」

 

浦飯さんの一言でホッとしました。ギリギリ殺人現場になる前だったようです。

 

倒れている魔法少女がマスターを封印したのであれば、封印を解く為には光の一族である魔法少女の血が必要です。浦飯さんも桃の血で段階的に封印が解除されて喋れるようになりましたからね。

 

しかしマスターを助けるためには大量の血が必要となるでしょう。

 

今の魔法少女が倒れて出血している今、さらに大量の血が必要となってくると考えると死にかねないでしょう。

 

いくら魔法少女とはいえ、厳密にはちょっと違うかもしれませんが、ほぼ人間です。

 

もし人間と魔族の共存を掲げているこの街で魔族が人間を殺害したら、とても不味いということは私にも分かります。

 

2種類の種族が平和に暮らせる街というのに、その街に住む魔族が外から来た人間を殺害したとあったはとんでもないことです。

 

何故リコさんと魔法少女が戦うことになったのか、何故マスターが封印されているのかは分かりません。

 

理由はどうあれ、今リコさんは首を切り落として血をゲットしようとしてます。

 

魔族が魔法少女を殺害して魔族の封印を解いたという事実が広まれば、この街にとって不味いことはわかります。

 

桃や桜さん……いろんな人たちがこの街を平和に、皆のために守ろうとしているのに、リコさんの行為を見逃してはいけないです!

 

封印を解くだけならば殺さなくても血だけもらえればいいのだから、指でも切って血をもらえばいい話です。今ちょうど血が流れているわけですし、そこからとってもいいでしょう。

 

だからは私はリコさんに殺害しないよう説得しようとしました。

 

「待ってくださいリコさん!マスターの封印を解くだけなら、今流れている血を使えばいいと思います!」

 

魔族になる前の私だったら、血を取ってもダメです!と言っていたでしょう。でも私も多少なりとも戦ってきましたから、殺さないのであれば血を取るくらいいいと思っています。

 

ましてや今回の魔法少女は戦って敗れたのだから、血を奪われるリスクは承知の上でしょう。

 

「わざわざ殺す必要は───!?」

 

その瞬間、猛烈な殺意が私へ叩きつけられました。胃が重くなるような空気は、まるでヘドロの様に私の体に張り付いてくるようでした。

 

「───聞こえへんかった?」

 

リコさんはいつも微笑んでいるような方でした。それが今は全くの別人のように、暗く冷たい眼でこちらへ語り掛けます。

 

「この街のルールなんかどうでもええ。文句のあるやつは殺す」

 

私が何を言いたいのか、リコさんは完全に察していました。その上で、リコさんは濃密な殺意を持ったまま宣言します。

 

「───邪魔する奴は皆殺しや」

 

「ぐぬぅ……!」

 

誰が聞いても分かる、拒絶の一言。私はどう説得していいか、言葉に詰まりました。

 

一体どうすればいいのか、私は必死に考えました。リコさんと戦いたいわけではないですが、このまま放置するわけにもいかない。

 

何かいい案はないのだろうかと考える中、浦飯さんから唸るような声が出ました。

 

「……そういや、魔力がなくなった魔法少女ってコアだけになるんだよな?」

 

「この状況で聞く話ですか!?確かそのはずです!」

 

この殺気がバシバシ出ている状況で呑気に聞きますねこの人は!

 

魔力が完全になくなった魔法少女はコアだけになると聞いてます。桜さんのコアは今私の体の中にあるので、それをどうにかするのが桜さんを救い出す道でもあります。

 

そんな焦っている私の様子を気にもせず、浦飯さんは何度か目をパチパチしました。

 

「血が必要なだけだったら、わざわざ殺す必要ねーだろ。今ちょうど血が出てるんだしよー、そこにマスターを置けばいい話じゃねーか」

 

「……聞こえへんかった?ウチはこれにトドメ刺さな気が済まへんのや」

 

だろう?とこの状況に似合わない浦飯さんの軽い提案に、リコさんの殺気が増々強くなりました。浦飯さん!もうちょっとシリアスにやってください!

 

「やめとけって。オメーもこの先マスターとこの街で暮らして生きてーんなら、この街のルールは守れや。マスターはそーゆー殺しとか嫌いなタイプだろ」

 

まぁオメーの性根っつーか正体はバレてねぇみてーだが……と浦飯さんは続けました。やっぱりリコさんてバイオレンスな過去持ちっぽいですよね。トドメ刺そうとするとき全然躊躇ないし。

 

「……で?」

 

「まだ死んでねーマスター救うのに必要な奴を殺そうするのは間抜けだって言ってんだよ。察しろよバカ」

 

「ちょっ!?」

 

心底馬鹿にしたような物言いに、周りの温度が下がったような気がするほどの殺気がリコさんから叩きつけられました。何煽ってるんですか浦飯さん!?

 

「……あ?」

 

ほらー!完全にブチ切れているじゃないですかー!どう責任取る気ですか!

 

しかし責任を取るどころか、浦飯さんは増々馬鹿にしたような口調でした。

 

「大方マスターがこんなになったのも、テメーがさっさとそいつにトドメ刺さねーからだろーが」

 

「え……」

 

まるでトドメ刺しても問題ないと言わんばかりの浦飯さんの言葉に、私は声を漏らしてしまいました。

 

いつも友達の様にバカやっている浦飯さんから出たとは思えないような、冷酷な一言。

 

私だって今まで魔法少女と戦った経験はありますが、別に殺そうとか思ったことはありませんでした。

 

魔法少女……人間は殺してはいけないという前提の考えだった私と、同じ考えだと思っていた浦飯さんが発した言葉に衝撃を受けました。

 

そんな私の様子は露知らず、浦飯さんは続けます。

 

「別にオメーは人間を食うわけでもねーしよ。この街じゃやめとけや」

 

───まるでこの街以外なら関係ない

 

そう言わんばかりの浦飯さんの言葉。もしリコさんが人喰いかつこの街の外の犯行ならば見逃しかねない浦飯さんの言動に、私の中で戸惑いが生まれ始めてました。

 

「マスターをこんな姿にしたこのカスを、生かしておく意味がウチにはないなぁ」

 

そんな浦飯さんの言葉にもノータイムで反論したリコさんに対し、浦飯さんは一段と声を低くしました。

 

そしてボソリと私に言いました。

 

「スイッチを押せ」……そう言いました。

 

「ならテメーが死ね」

 

今までにない浦飯さんの言葉に、私の指は少しだけ震えてました。でもリコさんと戦うことに戸惑いを感じている私には、浦飯さんに託すほかありませんでした。

 

───それが自分への保身であることを、心のどこかで理解しながら。

 

☆☆☆

 

目覚めて視界に入ったのは、桃の家の天井でした。

 

「あ、目が覚めたね」

 

桃が私をのぞき込んで、そう呟きました。あれから一体どうなったのでしょうか?

 

ちらりと辺りを見渡すと、桃とミカンさん。

 

その横に元に戻っているマスターと、ひどい傷で気絶しているリコさん。そして魔力をほとんど感じられない魔法少女がいました。

 

「……あれからどうなったんです?」

 

「なーに、オレが上手いこと説得してやったぜ!」

 

もし元の体であればドヤ顔しているであろう浦飯さんの言葉。もちろん説得ではなく、物理的に大人しくさせただけというのは誰の目にも明らかでした。

 

普段なら突っ込んでいるところですが、リコさんと浦飯さんの言動を思い返して、言葉が上手く出ませんでした。

 

「……そ、そうですか……リコさんは大丈夫ですか?」

 

「まぁ死んでねーよ。リコの奴マスターをやられて頭に血が上ってたからよー、戦って発散させてやったぜ!」

 

ナハハ、と笑い声が部屋に響きます。私以外の全員が浦飯さんの言葉にため息をついてました。

 

桃ももう少し穏便にやってほしいと言いますが、浦飯さんは笑いながら聞き流してました。

 

一応マスターが元の姿に戻ったので、今回の騒動は大体終わりのはずです。

 

「ところで、この魔法少女の方はどうすればいいんですか?」

 

「それがよー、リコが気絶する前に言ってたんだがな?その女は何か誰かに操られているっぽいんだとよ」

 

「じゃあ誰かが操っていたからリコさんを襲ったっていうことですか?」

 

「まぁでもリコなら恨み買ってそうだし」

 

桃の一言に対し反論する人は皆無で、マスター含め全員頷いてました。リコさんて普段も人をからかってますし、やっぱり気に入らない人はいるかもです。

 

もし本当に操られているのであれば、その洗脳を解けばリコさんを再度襲うという可能性は低くなるでしょう。そうすればこの街で再度戦闘ということを回避できます。

 

問題はその洗脳をどう解くかということなのですが……。

 

「何で皆さん、私にそんな熱い視線を?」

 

そうこの話をし始めてから、皆の目が私に集中しているのです。

 

「シャミ子が頼りだから。夢の中へ行って」

 

「……分かりましたー……」

 

妙に低い私のテンションに、皆さんは首を傾げてました。

 

起きたばかりですが、またすぐに寝た私は前にやったように魔法少女の夢の中へ入っていきました。

 

夢の中に入ると、金魚のナビゲーターが関西弁で何か言ってました。でも構っている暇はないのでパンチの連発で吹っ飛ばしておきました。ナビゲーターって全然実力はないですね。

 

邪魔もなくなったので少し歩くと、景色が変わりました。恐らく彼女の夢の光景でしょう。

 

「朱紅玉さん……という方のようですね?彼女の小さい頃の夢みたいです」

 

魔法少女の名前は朱紅玉さんといい、実家は料理店のようです。そこから彼女の夢は始まりました。どうやら過去の追体験のようです。

 

朱紅玉さんは料理店よりファッションデザイナーになりたかったようです。小さかった彼女にとって、苦手な料理を職業にしようとは思えなかったのです。

 

ある日リコさんがお店で働く様になってから経営が良くなり、リコさんばっかりお爺さんが目をかけているのが、まるで自分の居場所を横取りされたようで嫌だったようです。

 

また彼女のお爺さんからもらった鍋をリコさんが許可なく使っていたのも気に入らない原因だったようです。

 

そんなモヤモヤした感情を抱いていた学校の帰り道のことでした。朱紅玉さんの目の前に1人の女性が近寄ります。

 

しかし今まで鮮明だった記憶が突如ノイズが入り始めました。女性の顔は良く見えず、声も途切れ途切れです。どうにかボンヤリと姿が見えるのが救いでしょう。

 

容姿は黒いドレスっぽい服に帽子、三つ編みの女性でした。彼女の姿を私は一目見て分かりました。

 

───こいつはなんかやばい

 

ボンヤリと見える眼は、嫌な眼をしてました。敵が罠にかかるまでジッと待ってから仕留める様な、ネットリとした視線。

 

実力もまるで読めず、圧倒的なパワーとかそういった感じではありません。

 

浦飯さんや桃が剛速球投手とするなら、目の前の女性は魔球を使いそうなタイプでした。

 

『どうして───に悲しそ───だい?』

 

ノイズがかかっているせいか、女性の声は上手く聞き取れません。記憶の中の朱紅玉さんはそれに対して自分の胸の内を明かしました。

 

初対面の女性にも関わらず、朱紅玉は全てを打ち明けました。目の前の女性から、姿はぼやけていても朱紅玉に共感し、本当に悲しそうな感情が伝わってきます。

 

『なる───族の仕業だね。きっとみんなを洗脳───なら良い方───げよう』

 

『───は、この世からかわいそうを消し───』

 

そこで夢は途切れました。そして次に移った光景は、傷だらけで倒れている朱紅玉さんでした。

 

朱紅玉さんは魔法で客を、お爺さんを操っているのだろうとリコさんに詰め寄り戦いましたが返り討ちにあいました。

 

『もう少し強うなったら遊んであげますわ』

 

そう言いつつも、リコさんはどこかつまらなそうにお店を後にしました。

 

リコさんがいなくなったお店の経営は傾き、お爺さんはお店の維持に必死になりました。そしてそれは増々朱紅玉とお爺さんの距離を開かせることになったのです。

 

「あいつが、あいつがいけないんや……!あの人の言う通り、あいつが全部……!」

 

朱紅玉さんは強く憎むようになりました。リコさんがいたころはまだ笑っている家族であったお爺さんとの関係も冷たいまま、それに振り返ることもせず朱紅玉さんはリコさんを探しに行きました。

 

今の自分は弱い。なら鍛えるしかない。

 

そのために鍛えてくれそうな師匠が必要だ。この魔法少女の力をくれるきっかけになった人物を探そうとして───

 

「───顔が思い出せんなぁ……?」

 

そして現在に至るということのようです。

 

正直に言えば、リコさんは鍋を無断で使った以外は特に悪いことはしてません。むしろお店を繁盛させていたし、環境を良くしていたといえるでしょう。

 

それに気に入らない、面白くないという感情だったはずの朱紅玉さんは、あの女性と話してから憎しみに代わってました。そしてそのきっかけとなった人物のことは、何故かほぼ忘れてしまっていました。

 

覚えているのはきっかけをくれた女性への感謝とリコさんへの憎しみのみ。

 

私はリコさんが当時悪くなかったことを伝えれば、リコさんへの憎しみを失くせると信じて話しかけます。

 

「……お爺さんは今どうされているんです?」

 

「……連絡をもうずっと取ってないから知らへん」

 

「お爺さんは、リコさんへ復讐するよう言ってましたか?」

 

「操られているんやから言う訳ないやろ!」

 

激昂する朱紅玉さん。私はお爺さんが言っていた一言を伝えました。

 

「繁盛していれば、朱紅玉さんを洋服の学校に入れてあげれる……お爺さんはそう言ってませんでしたか?」

 

「───!?」

 

「実はリコさんの力は……」

 

私は大人しくなった朱紅玉さんへリコさんの能力を説明しました。バレたら滅茶滅茶怒られそうですが、これ以上血を見ずに解決するにはこれしかないでしょう。

 

話を聞き終わった朱紅玉さんはポツリと呟きました。

 

「………あいつが一言謝罪して鍋を返してくれるんなら……許してやるわ」

 

そうして朱紅玉さんの夢から脱出し目を覚ますと、皆待ち構えてました。

 

事情を説明すると、リコさんは殺気を滲ませてましたが、痛む体を動かして鍋を持ってきました。

 

「マスターも戻ったし、鍋返すわ」

 

「……ん」

 

謝罪こそなかったものの、鍋はすぐ返却されました。予想外にスムーズにリコさんが応じたことに戸惑いを隠せません。

 

すると桃が耳打ちをしてくれました。

 

「マスターが随分リコを説得してくれたんだ。おかげでデートしまくることになったらしいけど」

 

「……それでいいんでしょうか……?」

 

どうやらマスターは文字通り体を張って説得してくれたようで、それでもリコさんは渋々だったそうです。愛が重いというやつでしょうか?

 

「ま、上手く洗脳したってことで、いいんじゃねーの?」

 

話を横で聞いていた浦飯さんの何気ない一言。その一言は私の胸に突き刺さりました。

 

「───洗脳……かぁ」

 

☆☆☆

 

そして一件落着しました。

 

結果としては誰も死なない、封印されない。ベストな終わり方でしょう。それは皆感じてましたし、皆安堵の笑顔を浮かべてました。朱紅玉もお爺さんの元へ帰りました。

 

───でも私の心だけは何故か曇ったままでした。

 

浦飯さんの最後の一言がとても引っかかったのです。いや、最後だけじゃく、今回は全体的にモヤモヤしてました。

 

浦飯さんが人喰いや殺しを許容しているようなセリフ。そして私は朱紅玉さんを半ば洗脳した形で解決したこと。

 

この街を守るという名目で戦ってきましたが、このやり方や考え方でいいのか迷ってきました。およそ守る側の考え方ではなく、悪い側の考え方の気がするからです。

 

川沿いで一人で私はぼーっと座ってました。ちょっと一人で考えてみたかったからです。でも考えて出るものは悪い考えばかりでした。

 

「はぁ……」

 

「何ため息ついてるの?」

 

「桃……」

 

上から覗き込むように現れたのは桃でした。気配を消して近づいていたので、まるで接近が分かりませんでした。少し桃がしてやったりの表情を浮かべます。

 

いつもなら噛みつくようなセリフを桃に吐くところですが、その気力がありませんでした。その様子を見た桃は眉を顰めます。

 

「……浦飯さんと、あの魔法少女で何かあった?浦飯さんも少し心配してたよ?」

 

「……そうなんですか?」

 

「うん。『様子が変だから聞き出してきてくれや。まぁ生理かもしれねーけど!』とか言ってたけど」

 

「……最悪です」

 

「……それは同意する」

 

心配してくれてるのか馬鹿にしているのか分からない浦飯さんの気の使いようにため息が出てしまいます。あの人は全然変わってないですね。

 

「実はですね……少し怖いんですよ、自分のことが」

 

「……?」

 

私はリコさんに対し言った浦飯さんのセリフをそのまま伝えました。そしてその時思ったことも。

 

そして今回解決はしましたが、私が朱紅玉さんを洗脳した結果なのだろうと。

 

───それでも私は浦飯さんのあの言葉を聞いてもなお、あの人を拒絶したいとか思っていない。思えなかったのです。

 

師匠であり、今まで助けてくれた人。あの人が居なければ早々に私は死んでいたでしょうし、この街もどうなっていたか分かりません。

 

普段の緩くて友達の様な関係も、戦うときの厳しさも、色んな面でのあの人を知っています。

本当なら人喰いを許容した時点で避けるべきなのかもしれません。でも私はそれ以上に浦飯さんを信用している気持ちが上回っていたのです。

 

だからあの時この気持ちが本当に正しいのかどうか、私が間違っているのではないかと動揺してしまったのです。

 

そして洗脳した私は罰せられる存在ではないのかと。グルグル考えてしまったのです。

 

胸の内を話してしばらく沈黙が続きました。横目で見ると、桃は少し考えているようでした。

 

そしてポツリと呟きました。

 

「……確かに浦飯さんが人喰いを許容しているかもしれないというのは、少し驚いた」

 

「……やっぱりそう───」

 

「でもね。魔法少女だって色んな奴がいる。それはシャミ子も知っているでしょう?」

 

言われて、過去を思い出します。正義のためなら人殺しも厭わない魔法少女もいる。桃たちも魔法少女同士で随分争っていたようだし。

 

頷くと桃は続けました。

 

「確かに思うところはあるよ、人喰いなんて認めたくないのは普通だよ。もし浦飯さんのことを良く知らないで聞いたら、間違いなく危険分子と認定してる」

 

桃は浦飯さんの考えを危険だと認めていた。

 

「けどそれ以上にあの人は信用できる。私たちは浦飯さんを良く知っている。───だから私はあの人は怖くない」

 

衝撃を受けました。モヤモヤした部分が分かったのです。

 

もし浦飯さんの考えを私が本気で拒絶しているのであれば『怖い』と思うはずなのです。実力はあちらが完全に上だし、この街で一番です。

 

でも私はあの人を怖いとは思ってません。何で言ったのだろうという『戸惑い』の方が強かったのです。

 

違和感の正体はこれだったのです。

 

「……まぁでも戸惑う気持ちもわかるよ。でも今までの行動を見たら、信用できる人っていうのはシャミ子だってわかっているでしょ?だから難しく考えすぎなくていいと思うよ」

 

「………はい」

 

「それに洗脳とか言うけど、ああしなきゃ上手く収まらなかったし、考えすぎだよ。力なんて使い方だよ。今回みたいに皆を守って丸く収めるためだったら全然問題ないと思う」

 

そうなんでしょうか。私は難しく考えすぎていたのでしょうか?

 

「浦飯さんも前に言ってたでしょ?難しくゴチャゴチャ考えるくらいだったら聞いたり実行したほうが早いって。それにもしシャミ子があの能力を悪用するようなら───」

 

桃が咄嗟に繰り出した左ストレートを私は右手で受け止めます。考える前に体が反応しました。

 

それを見て桃は軽く笑います。

 

「───私が殴り倒すよ」

 

「……怖いですね」

 

でも安心できる。誰かが躓いても、誰かが助けてくれる。そんなチームに私たちはなっていると思います。

 

だから私は桃にこう伝えました。

 

「でも、もしそうなったら───よろしくお願いします」

 

「───任せて」

 

桃は私の言葉に、不敵に笑って答えてくれました。




あとがき

幽白の初代霊界探偵、佐藤黒呼は幽助のことを

「人間を食べた妖怪を目の前にして食事と割り切れてしまうキミはもう人間界の住人じゃない気がする」

「今はキミが怖い」

「あたしは幻海師範ほど信用できない」

と拒絶してます。幽助も初期の頃と覚醒後は考えが変わっていて読者として驚いた部分です。今じゃ珍しくないかもですが、当時じゃジャンプ主人公の考え方じゃねーなと思います。

シャミ子は原作では桃たちより一般人側の感性なので洗脳したり暴力的なことに対して恐れがありましたが、この話では幽助に関わっているせいで拒否感が少ないことになってます。でも戸惑いはある感じ。

何が言いたいかというと、心の葛藤って主人公には欲しい場面だと考えてます。


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35話「亜空間!?小倉さんが行方不明です!」

引っ越しと新生活とウマ娘で更新が止まっておりました、申し訳ありません。今後もよろしくお願いします。
焼肉回?幽白のクロスだから描写なし!……テニプリの焼肉回すき


「シャミ子の家の扉に小倉が消えただ~?ホントーかよ良」

 

「うん……急にお姉さんが消えちゃって……」

 

ある日、学校から帰ると我が吉田家の玄関先で泣いている妹の良がいました。

 

普段大人しく冷静な良が泣いているとはタダ事ではない!

 

ということで、ゆっくりと落ち着かせながら話を聞くと、先ほど浦飯さんが言ったような内容が飛び出してきたのです。えらいこっちゃです!

 

「一体全体どうしてそんなことになったんです?」

 

「なんかね、お姉さんがうちの家のドアに張ってある『結界』の紙が破れてて不味いって言ってて、紙を弄ってたの。

そしたらドアが光ってお姉さんだけ消えちゃって……眼鏡だけ落ちてたの」

 

そう言って良は眼鏡を差し出しました。見覚えのある眼鏡であり───小倉さんのものでしょう。

 

ド近眼の小倉さんが眼鏡なしでどっかに行ってしまったとなればえらいことです!

 

しかしこの話が出るまで我が家に結界があったことすら忘れてました。

 

あんだけ戦ってれば、結界?何それ状態ですし。

 

「この魔族の頭脳をもってしても原因が全く分かりません!どう思います2人とも?」

 

私には原因がさっぱり分からないので一緒にいる浦飯さんと桃に尋ねてみました。しかし2人も困ったように首を傾げてます。

 

「多分結界のせいじゃないと思う。この結界のタイプは、この家の住民に対して害を及ぼす人物を到達させない・惑わすようなものだしね。

空間に作用して、どっかに行ってしまうなんてことは早々ないと思う」

 

桃は小倉さん消失は結界のせいではないと言ってくれました。3人で「ほー」と感心します。

 

なるほど、我が家の結界はそんな機能があったようです。なんだかよく分かりませんがセールスお断りみたいな効果なんでしょう。

 

「亜空間に繋がったとかそーゆーわけじゃねぇってことか」

 

「そうなりますね。亜空間や別の空間に繋げる場合は、準備と時間とパワーが必要になりますから。こんな偶発的に飲み込まれる可能性は低いでしょう」

 

以前浦飯さんから聞いた話では、人間界と魔界を行き来するには亜空間という見た目が薄暗い場所を通らなければならなかったとか。

 

亜空間に行くためには空間に対しての能力が使える人が必要で、浦飯さんでも自力で自由に行き来したりするのはできないと言ってました。

 

偶発的に亜空間への入り口が発生する可能性はゼロではないようですが、まさかこんなピンポイントで発生するとは考えにくいし、良が無事なので偶発的ではないでしょう。

 

「じゃあ違うとなると、今回の仕業は妖怪とかですかね?」

 

とは言ってみたものの、妖怪が小倉さんを何らかの能力で攫ったのであれば、妖気が残ってもおかしくありません。

 

私は僅かな妖気も感じませんし、浦飯さんをチラリと見ますが、浦飯さんも「ダメだー」と声を上げました。

 

「全然妖気のカスも感じねーんだよなァ。妖怪じゃねーなこりゃ」

 

「シャミ子も感じてないようなら、妖怪じゃないでしょう。

となると魔力なしで空間に作用できる能力者ということになりますが……」

 

「そんなんどうやって見つければいいんでしょうか……」

 

姿の見えない敵と言うのはかなり嫌らしいというか、ずるい感じがして嫌です。

 

私はため息をつきながら自分の家のドアに張ってある、ほとんど破れている紙に触れようとしました。

 

「触っちゃダメだよシャミ子!」

 

「ひょい!?」

 

突然の桃の大声に私はビクンと跳ねてしまいました。自分の家のドアなのに……!

 

「アホかオメーは。ただでさえ原因分かんねーのにオメーまでどっかに行ったらヤベェだろうが」

 

「そんな~、そしたら今日はどこで寝ればいいんですか?」

 

「桃の家で寝ろ」

 

「意図せずお泊り会……!」

 

思わぬ形でライバルの家に泊まることになってしまいました。何か手土産はいるのでしょうか……?

 

そんな私の表情を見て桃はため息を吐きます。

 

「いや、それよりも原因究明の方が先だから」

 

「そうでした!小倉さんを救出しなければ!」

 

「こいつアホだ……」

 

浦飯さんの心底呆れた声が終わった瞬間でした。我が家のドアが強く輝きだしたのです。

 

「何ィ!?」

 

「今まで何も感じなかったのに!?」

 

そう、突然前触れもなく光った扉に私は飲み込まれていきました。脱出する暇もなく、ただただ底に落ちていく感覚。

 

そして私の意識も闇に堕ちていきました。

 

 

 

「ぐぇ!!」

 

───意識が飛んだと思ったら、次の瞬間には私は地面にお尻から着地していました。痛い!

 

「くっそー、まんまとしてやられたぜ……!」

 

「痛いです~!おお、浦飯さんも一緒ですね!」

 

「桃の奴は良と一緒に離脱できたみてーだな」

 

「おお、さすが桃!」

 

突如、何の力も感じさせず私と浦飯さんを飲み込んだ光。不測の事態にいち早く対応したの桃だったようで、良を抱えて光の範囲から離脱したようです。早業です!

 

「しかしあの光は一体何だったんでしょう。偶然光ったにしてはタイミング良すぎでは?」

 

「……しかしあの感じは偶然じゃねーな。誰かの能力か?くそ、目に見えない敵はムカつくぜ!」

 

浦飯さんはイラつきながら舌打ちをしてました。

 

浦飯さんは以前も敵に仲間が囚われた際、【領域(テリトリー)】の能力者たちに苦戦したようです。今回も似たような相手なのでしょうか?もしそうだったらそういった相手はほぼ経験がないのでドキドキです。

 

「しかし変なとこだな。頭がおかしくなりそーだぜ」

 

「本当ですね。重力とかどうなっているんでしょうか?」

 

私はは辺りをぐるりと見渡します。一見して、どうにも普通の空間ではないことは明らかでした。

 

上下左右に我が家であるばんだ荘があります。

 

しかもそこから見慣れないデカい木が逆さまにあったり、知らない墓があったりと意味不明な空間です。

 

普段見慣れているばんだ荘にプラスして変なものがそこらへんにあるので、余計に違和感が強い場所です。

 

「何かめまいしてきました~」

 

「ったく、ここの能力者は趣味わりーぜ」

 

「誰が作ったというわけでなく、ここは結界が防いだ危険な運命の残骸を溜め込んだ場所なんだ~」

 

「!?」

 

かつん、と後方から聞こえた靴の音とともに聞き慣れた声が聞こえ、私は後ろを振り返りました。

 

目線の先に立っていたのは行方不明のはずの小倉さんでした。

 

服装に乱れはなくいつも通りの元気なう小倉さんが軽い足取りでこちらにやってきました。

 

まさかこんなヘンテコな場所で再会するなんて!見つかって良かったです!

 

「小倉さーん!無事だったんですねー!」

 

「うん、ちょっとここを探索してたんだ。ここって不思議な景色だからね」

 

「……こんなとこに来て、敵がどこにいるか分からねぇのにか?」

 

───なーんかなぁ、と言わんばかりの浦飯さんの口調でした。

 

言葉に警戒心というか、疑惑の念を感じさせるような口調です。

 

「でもホラ、良が小倉さんを見たのはついさっきって言いますし。誰か見つけようとして歩くのなんて普通ですよフツー」

 

私だったらジッとしないで捜索しますね!と伝えました。

 

確かに小倉さんはいつも飄々としていて、頭の方はかなり切れる人物。しかし霊気・妖気もなく特殊な能力も持っていない、ごく普通とは言えないが戦闘能力はない女子高生のはずです。

 

でも色んなものを作ったり、解決の糸口を見つけたりと頭がすごくいい人です。私でさえ動いてしまう状況なら、小倉さんなら興味津々で動くに違いありません。

 

そうですよね、と私が小倉さんに話しかけると、小倉さんはニコリと笑いました。

 

「そうだね。それより知的好奇心の方が優先しちゃったんだ~」

 

「へぇ、まぁ小倉らしくはあるわな」

 

当初の予定であった小倉さんの発見はできたのでひとまず安心です。ここからはこのおかしな空間から脱出しなければ!

 

「歩いた結果、何か発見はあったんですか小倉さん?」

 

「……そうだねぇ。ここは並行世界のばんだ荘が重なり合ってこう見えるの。例えば……ほら」

 

小倉さんが指をさした方向にあるのは吉田家の前にあるはずの洗濯機。浦飯さんには違いが判らなかったのか、少し唸ってました。

 

しかし家事をしている私には分かります!あれはもしや───!

 

「洗濯機を指さしてどーしたんだよシャミ子。アレが欲しいのか?」

 

「はい、欲しいです!何故ならアレは最新型の洗濯機なんです!

 

呪いが緩和したとはいえ、まだまだ我が家の資金難は継続中です。冷蔵庫を新しくしてから、新たに購入した家電はありません!

 

なので今の我が家の経済状況であんな最新型の洗濯機を手に入れるなど夢のまた夢なのです!

 

「んで小倉、あの最新型の洗濯機を持って帰れってことでいーのか?」

 

「色んな意味で違いまーす」

 

「え、ダメなんですか!?」

 

「まぁデカいし、持ってくのは面倒だしなぁ」

 

「シャミ子ちゃんもキミも冗談じゃなくて本気で思ってるね~」

 

「まぁな。コイツはともかく、オレの考えてることが分かってるじゃねーか」

 

「……まぁね」

 

「むむ?今言外に馬鹿にしませんでした?」

 

「いや、思いっきり馬鹿にしてるぜ」

 

「なんですとー!?」

 

小倉さんは苦笑いを浮かべました。ええい、私は浦飯さんほど考えは読みやすくないはずです!バカにしおって!

 

ちょっぴり起こった後、私は再度洗濯機を見ました。

 

実際にあんなに良い洗濯機があるのに見ているだけなんてなんともったいない。

 

格安で譲ってくれたりしないんでしょうか?魔族の値切り術を見せてやりましょう!

 

なんて顎に手を置いて考えていると、苦笑いで小倉さんが話しかけてきました。

 

「値切ってもダメなんだ。こういうのを魔力で破壊してほしいんだよ~」

 

「なんと!……あれ?私、口に出してました?」

 

「顔で分かるよ~」

 

「………」

 

小倉さんが言うには、この最新型の洗濯機は何らかの理由で洗濯機を買い替えた世界のかけらだそうで、ここの空間は色んな並行世界のばんだ荘が重なり合った場所なんだそうです。

 

要するにありそうでない物を見つける必要があるそうな。

 

「君たちのいたばんだ荘にないものを探して破壊してほしいんだ~。ほら、あそことか」

 

小倉さんは洗濯機を指さした後、両手を大きく広げ空間を示した。確かに元の世界には見慣れないものがちょくちょくある。

 

例としては妙にデカいミカンの木だったり、庭にある変な墓だったりです。

 

普段ばんだ荘で暮らしていれば、さほど違いを見つけること自体は難しくはないでしょう。

 

「でもなんで破壊するんです?」

 

「間違えている場所を全て破壊すると元の世界に戻れるからだよー」

 

「なるほど!それで万事解決というわけですね!」

 

普段住んでいるから間違い探しはいけるはずです。しかし凄いですね小倉さんは。こんな短時間で見つけてしまうとは!

 

よぅし、気合いを入れよう!私は自身の体を妖力で覆いました。

 

「よし!やりますよー!」

 

「……へぇ。これは思った以上に……」

 

全身を妖力で強化した私を見て、小倉さんは少し感心したような声を上げました。なんかとても観察されているので、少し恥ずかしいです。

 

「この洗濯機を殴ればいいんですね?」

 

「うん、やってみて?」

 

「わかりました!えい!」

 

妖気を纏った右のジャブで軽く殴ると洗濯機はまるで最初からなかったかのようにパッと消滅しました。なるほど、この調子で間違ったものを消していけばいいんですね?

 

さて、この調子でガンガン間違ったものを壊していくぞー!……と、そこで今まで大人しかった浦飯さんが口を開きました。

 

「───ふざけやがって」

 

───ゾクリ、と背筋が凍るような声でした。

 

普段の浦飯さんではない、本気の浦飯さんの声に私の足は止まりました。

 

怒気を発する浦飯さんに私は少しビビっちゃいました。でも小倉さんは全く表情を変えず首を傾げます。

 

「……なんか怖いよ~?」

 

「ナメてんのかテメー。こんなんでオレらを騙そうとしやがって、ムカつくぜ」

 

浦飯さんはまるで地面に唾を吐くように悪態をつきました。しかし小倉さんはニコニコと笑みを浮かべたままです。とても余裕そうに見えました。

 

「騙す?随分と人聞きの悪い言い方だね」

 

「そーですよ!小倉さんは何も騙してません!現に今、洗濯機が無くなったのは見てたでしょう!」

 

突如喧嘩腰に言い寄って来た浦飯さんに対し、私も反論します。しかし浦飯さんは舌打ちを返してきました。

 

「よく考えろバカ。その小倉の言ってることは明らかにおかしいだろーが!」

 

「何がです?ちゃんと小倉さんが言った通りだったじゃないですか」

 

「じゃあ言うがな、なんで魔力もねー小倉が壊し方を知ってんだよ。自分で試すこともできねーじゃねーか」

 

「……あ!?」

 

言われてからようやく気づきました。何故魔力を持ってない小倉さんが消滅できると知っていたのか。

 

いつもなら【小倉さんだし】で済ませるところですが、今回はもう答えを知ってました。

 

ウガルルさんの時は千代田桜さんの日記からヒントを得てましたが、今回は全く違います。小倉さん的には偶然迷い込んでしまった空間で、何故解決方法を知っていたのか。

 

「第一先に来てたテメーが一人でウロウロ歩いて、しかも帰る方法まで探し当ててんのにここにオレらを誘き寄せたやつがなんで何も行動起こさねーんだよ。普通は殺すか捕らえるだろ」

 

「……あー!そーです!まだ敵の姿を見てません!どこに潜んでいるのか……」

 

「このおバカシャミ子め!こうなったら答えは一つしかねーだろーが!」

 

「答えは一つって……まさか……!?」

 

私は小倉さんを見た。いつもと変りないはずの姿。しかし浦飯さんの怒気を直接受けてもまったく笑みを崩さなかった小倉さん。

 

「うーん。私を疑っているみたいだけど、キミは他にも自信のある証拠を持ってるんじゃない?」

 

何故か小倉さんの会話の仕方が気になりました。もちろん喋り方が変とか言うわけではないです。なんかこう、会話がスムーズにいきすぎているというか……そんな違和感です。

 

「なぁ、この空間には間違いがあるって言ったよな?」

 

「そうだね。それを片付ける作業に戻ってほしいな~」

 

「なら間違えならテメーもあるぜ」

 

「んん?一体どこら辺がです?」

 

小倉さんを良く見ますがいつも通りの小倉さんです。いつもと身に着けているものが違う?いや、そりゃ服くらいは違いますしねぇ。

 

「どこからどう見ても、いつもの私だと思うけど~」

 

ジロジロ見ても分からない私の視線を気にせず、小倉さんはいつも通り笑って答えました。

 

「───じゃあなんでテメーは落としたはずの眼鏡をかけてんだよ?」

 

「……あ!?」

 

「───」

 

指摘された小倉さんは眼鏡を少し触りました。眼鏡が角度を変え、光が反射したことで私からは小倉さんの瞳を見ることが出来なくなりました。

 

そうです。来る前に良が言ってました。良の目の前で飲み込まれた小倉さんは眼鏡を落として消えたと。

 

しかし目の前にいる小倉さん眼鏡をかけている!

 

「それにテメーはさっきからオレやシャミ子の考えを読んで喋ってる感じだぜ。室田の奴と似てやがる」

 

「……そうか、だから話してて違和感あったんですね!?」

 

 

 

『シャミ子ちゃんもキミも冗談じゃなくて本気で思ってるね~』

 

『まぁな。コイツはともかく、オレの考えてることが分かってるじゃねーか』

 

 

 

『値切ってもダメなんだ。こういうのを魔力で破壊してほしいんだよ~』

 

『なんと!……あれ?私、口に出してました?』

 

『顔で分かるよ~』

 

 

そう言えば何度か先読みされたかのような会話がありました。私の場合はついうっかり口に出してしまったかなと思ってましたが……。

 

浦飯さんは以前心を読む相手と出会ったことがあると言ってました。一度経験があるから浦飯さんは早く気づいたんだ!

 

「……替えの眼鏡を持っていたとは思わないの?」

 

「そうだったとしてもだ。テメーが偽物なら妖力を籠めてぶん殴れば解決なんだろ?本物だったら殴っても特に問題はねー。

───やれ、シャミ子」

 

「え!?私!?」

 

「たりめーだろーが!いいか、こういう相手のやり方は前に教えたろ?」

 

「えぇ~!アレをやるんですかぁ~!?」

 

心を読む能力者【盗聴(タッピング)】室田さんという方に対して浦飯さんはごり押しのやり方で勝ったと聞いてます。

 

でもこの小倉さん(推定)は身体能力的に普通の人かどうかわかりません。同じやり方は些か不安を覚えます。

 

「(でも心を読むとしたら、下手な小細工をしたところで読まれるだけです!)」

 

ならばごり押しが正解なのも確か。というよりゴチャゴチャ考えて戦うのは苦手です!

 

偽物なら許せません。もし本物の小倉さんなら死なない程度に加減して攻撃すれば大丈夫なはずです!

 

気合いを入れた私は一歩踏み出します。それに対して小倉さん(推定)は何も構えを取りませんでした。舐められているんでしょうか?

 

「今からあなたを右ストレートでぶっとばす。まっすぐ行くから覚悟しろ!」

 

「……そんなハッタリを───!?」

 

こうなったら当たって砕けろです!

 

 

 

 

幽助の予想は半ば当たっていた。小倉(推定)はある程度思考を読むことが出来る。

 

完全に思考を読むわけではないが、高い推理力から状況や表情などといった様々な情報を元に精度を上げているため、心を完全に読んでいると相手に思わせるほどである。

 

しかも幽助とシャミ子は思考回路は単純一途。ハッキリ言ってかなり読みやすい部類に入る。

 

だから今回も容易く思考を読むことが出来た。

 

右ストレートで ぶっとばす  真っすぐいって ぶっとばす

右ストレートで ぶっとばす  真っすぐいって ぶっとばす

右ストレートで ぶっとばす  真っすぐいって ぶっとばす

 

「(この子、本気でそう思っている!本当に真正面から飛び込んでくるつもり?そんな馬鹿なこと───)」

 

「行きます!」

 

あり得ない、と思考した瞬間には、既に小倉(推定)の目の前にシャミ子がいた。

 

「(はや───)」

 

───衝撃。首から上が吹き飛ぶかのような一撃は小倉(推定)の体を大きく後退させた。

 

だがここで体が無意識のうちに魔力で肉体を強化し、完全に倒れてしまうのを回避してしまった。

 

10数m体が後退したが、何とか踏みとどまり顔をシャミ子へと向ける。

 

およそシャミ子たちが知っている小倉では留まるどころか耐えきれず完全に意識を吹き飛ばす一撃を耐えてみせた。いや耐えてしまったことに小倉(推定)は笑う。

 

「(予想を超えてきたせいで体が勝手に反応してしまったか……)」

 

演技するという思考よりも早く体が攻撃に対し反応し耐えてしまった。まさしく失敗であった。

 

「あなた、誰ですか?」

 

今までと異なる有無を言わせないシャミ子の迫力に、小倉(推定)は少しだけ口角を上げた。

 

「―――君のお父さんから聞いてた話と全然違うね」

 

「何ィ?」

 

楽しそうに笑う小倉(推定)に対し、シャミ子は増々妖力を高める。

 

異空間での戦いはまだ始まったばかりだ。

 

つづく




はい、長らく更新停止しててすみませんでした。どうやって展開をいじくりまわすか時間かかりました。あと同じ伝説の超浪人でウマ娘もプレイ中です。

今回は原作6巻のお話。亜空間トンネルとかって学生の時に聞くとワクワクする単語です。オレは未だに好き。
原作の桃がやっていた儀式はめんどいので飛ばしました。やっぱ桑原が便利すぎる。多分桑原がいたらこの話はすぐ終わります。樹でも可。


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36話「異空間で大事なお話です!」

中々原作から変えづらい場面。読心の敵は強敵が多いから好き。


「呪いのせいで普通の生活はまず無理と聞いていたけど……良い一撃だよ。予想より元気だねぇ」

 

口元から垂れる血を手で拭い、それを舐める偽小倉さん。大してダメージは受けてないように見えます。やはり小倉さんだと思って手加減したせいでしょう。

 

「……お父さんと知り合いなんですか?」

 

「まぁね。と言っても桜ちゃん繋がりで、私個人としては深い関係ではなかったけどねぇ」

 

彼女は私のお父さんを知っているような口振りでした。思わず顔を顰めます。本当に知っているのか、はたまた精神攻撃的な揺さぶりでしょうか?

 

そんな私の腰につけていた邪神像から、唾を吐き捨てる様な罵倒が飛び出ました。

 

「ケッ!こいつの親父さんのことで騙せるとか思ってんのかコラァ!いー加減にしねーとその乳もぐぞ!」

 

「こ、この人最悪です!」

 

浦飯さんのひどい罵声は思わず私も胸を隠してしまうほどでした。

 

そしてセクハラをされた人物は右手で眼鏡の中央を触り、殴られてズレていた位置を直します。

 

「……けっこう長生きしてるけど、こういう状況で本気のセクハラをしてくる相手はさすがに初めてだよぉ」

 

でしょうね。私も驚いてます。

 

「……で、あなたの正体は何なんですか?もし言わないのなら」

 

「ぶっ飛ばす、でしょ?」

 

気を取り直して喋りかけると、得意げな顔で私の言いたかったセリフを先に言われてしまい、目の前の人物は軽く笑いました。

 

目の前の人物は魔力を使ったので小倉さんではないことは判明しましたが、それと同時に殴って消滅しないことからこの空間にある偽物でもないということでもあります。

 

私の考えを読んだのか、彼女はそのまましゃべり続けました。

 

「キミたちが小倉と呼んでいる少女は私の最後の一頁。まぁ残りのほんの一部ってところ」

 

「なぬ?」

 

「私は智彗と時間と書物を司る魔族でグシオンの末裔……グシオンって呼んでね?」

 

何もない空間から本を出し、ひとりでにページがめくられていく本を持ちながらグシオンと名乗った人物は微笑みました。

 

その態度が気に入らないのか、浦飯さんが吐き捨てるように続きます。

 

「信用できねーな。まだ小倉の体を乗っ取ったって言われたほうが信じられるぜ」

 

「そうです!あなたの一部が小倉さんなら、小倉さん自身にも魔力が少しあるはずです!第一何でこんな空間にいるんですか!」

 

ビシリとグシオンを指さした私に対し、グシオンは本を持ったまま肩を竦めました。

 

「……話さないとシャミ子ちゃんはともかく、そこの彼に本気で殺されそうだねぇ」

 

こんな空間に誘い込んでおいて、私だけだったら話す気がないとは何事でしょうか。思わずムッとした私ですが、それ以上に怒りそうなのは浦飯さんです。

 

確かに詳しく話さずに事を進めようとしたら、浦飯さんからフルボッコにされていたでしょう。間違いなく浦飯さんはやります(断言)

 

「おう。オレは老若男女容赦しねーからな」

 

「じゃあ君の質問に答えるね。それでいい?」

 

「よし。なんでテメーはこんなとこにいるんだよ?」

 

「何故か気づいたらここにいた、としか言えない。ただひどく消耗しているのは確かだね」

 

「あぁ?分かんねーだぁ?今のテメーからは全然魔力を感じねぇが…。

じゃあテメーをそこまで追い詰めたやつの名前は?顔はどんなやつだ?」

 

そのことをグシオンに尋ねると、彼女は首を横に振りました。

 

「言えない。言いたくないのではなく、言えない」

 

「「ふざけてんのかー!!」」

 

思わず浦飯さんと叫んでしまいました。この状況で何故言わないんですか!はっ、まさか本当は敵の一味!?

 

「敵ではないよ。この街の味方ではある」

 

「ふざけてんのかテメーは!いいからさっさと言いやがれ!でねーと霊丸ぶっ放すぞ!」

 

「浦飯さんの霊丸をこんなところで撃ったら、どこかにいるはずの小倉さんまで粉々になりますからやめてください………」

 

前に邪神像の封印空間で見せてもらいましたが、あんな巨大な霊丸を撃ったらこの空間全部吹き飛びます。

 

でも浦飯さんは最悪それをやりそうな気がします。なんだかんだ小倉さん助けてから、でしょうけど。

 

「………この状態でこの空間にいた。それが答えなんだよねぇ」

 

「なんですと?」

 

一向に応える気がないのか、はぐらかすような言葉でグシオンは話し続けます。

 

もしや私たちをおちょくっているでしょうか?

 

「いわば今の私は残りカスで、小倉しおんには頭脳以外は引き継げなかったんだよねぇ。ここまでしか話せないよ」

 

「いい加減にしてください!そんな態度ならさすがの私も怒りますよ!」

 

むきーっと怒っている私をよそに、先ほどから浦飯さんは静かになりました。あまりに相手が話さないから、呆れているんでしょうか?

 

「浦飯さんもなんか言ってやってください!」

 

「……んじゃ言うがな。マジで【言えない】んだな。魔力がほとんど残ってねーテメーをそこまで消耗させた相手をよぉ」

 

「うん。【言えない】し、【覚えてない】」

 

「えぇー?自分を追い詰めた相手を覚えてないって……そんな馬鹿な……」

 

ナハハ、と私は笑いますが、他2人は全く笑いませんでした。

 

明らかにおかしい空気だと、さすがの私でも分かりました。

 

もしかして言えないし、覚えてないのは単に忘れた、ってことではなく───

 

「グシオンを襲ったやつは記憶を消すか、自分の名前を言わせないようにする強制力を持った能力者ってわけか」

 

浦飯さんがそう話すと、グシオンは拍手で返答しました。そ、そんな能力者が相手なんですかー!?

 

両頬を両手で抑えている私に対し、グシオンは頷きました。まさにその通りと言わんばかりです。

 

「良く分かったねぇ……あぁ、昔そういう能力に近い敵と戦ったことがあるみたいだねぇ」

 

「オレはやってねーけど、能力者が禁止した言葉をそいつの空間内で言うと魂取る奴はいたからな」

 

くそチートすぎる……ミステリーなんかの脱出不可能な部屋とかでやったら無敵の能力じゃないですか。

 

「それは記憶奪うよりヤバい能力だよぉ。

私が思い出せない以上、恐らくそう言った能力だろうというアタリしかつけられないけどね。だからここに避難する前後の状況も話せないね」

 

「……まぁひとまずそういう能力者がいるってことだけは分かったからヨシとするか」

 

「めっちゃヤバいじゃないですか……あれ、でもそしたら何で私たちを呼んだんですか?話せないなら意味ないじゃないですか」

 

そう。街を狙う犯人を教えてくれるというのであれば、ここに私たちを呼びよせる意味はあるでしょう。

 

でも何もできない、教えられないのであれば別の目的があるはずです。

 

「今の話を伝えたかったのがまず一つ」

 

グシオンはばんだ荘の屋根の端を指さす。

 

「あそこの屋根の瓦の下に秘密の収納スペースがあってね。そこに小倉しおんはいるよ。もちろん生きているから安心してほしい」

 

ひとまず小倉さんは生きているらしく、少し安心しました。しかしグシオンは一体何が目的なのでしょうか。

 

「他に実は見せたいものとやってほしいことがあってね。その後でなら疑問に答えるし、小倉しおんを解放するよ。ついてきて」

 

私の心の内を読んだのか、グシオンはそのまま私たちに背を向けて歩き出しました。余りに無防備な背中に、一瞬呆気を取られました。何を考えてるのかさっぱり分かりません。

 

「どうします浦飯さん?ついて行きます?」

 

「どーもこーもアイツは戦う気はあんまりねーみてーだな。仕方ねェ、ついていくか。でも油断すんじゃねーぞ」

 

どうやら浦飯さんも無防備な相手の様子を訝しんでました。直接戦いを仕掛けてこないで煙に巻くような行動をとってくる相手は本当に苦手です。やりづらいです。

 

「分かりました」

 

グシオンはばんだ荘の階段を上り、奥へと進みます。

 

そして止まった部屋は───ミカンさんの部屋の前でした。

 

「ここの部屋は元々私の部屋でね。ほら、壁にお札が張ってあっておしゃれだったでしょ?」

 

「あなたの部屋だったんですか!?欠片もおしゃれじゃないですよ!?ミカンさん震えまくってたんですから!」

 

「全然効果なかったやつだったな」

 

あれがおしゃれだったらばんだ荘は全体が廃墟ですから、それはもうオシャレスポットとして人気間違いなしになってしまいます。言ってて何か悲しくなってきました……。

 

浦飯さんも効果がないと認定したお札について言うと、グシオンは私たちから顔を背けました。

 

「……これを見て」

 

私の疑問に答える前に、グシオンは窓のカーテンを開きます。

 

「これは……」

 

そこに広がっているのは何もない世界。ここの異空間とはまた違う、物悲しい地面だけが広がっている景色でした。

 

見渡す限り灰の様な地面だけが続き、何一つ物がない世界。一体何をすればこんな世界になるのか、見当がつきませんでした。

 

「ここも間違いの1つ。『桃ちゃんが世界を掬うのを失敗した風景』簡単に言えば、その結果で灰の平原になった街角だよ」

 

「ほ、滅びているんですか、これ?」

 

「もしもの世界の一部さ。見せたかったのはこれなのさ。桃ちゃんに内緒でね」

 

「意味が分からねーな。もしもって言ったって、結局は回避したことだろ?何で桃に見せちゃいけねーんだよ」

 

確かに浦飯さんの言うことももっともです。桃が世界を救ったのが今の状態なんですから、わざわざ失敗した世界なんて見せても意味がないと思います。

 

「私は色んな情報から様々な状況を推測できる能力が高い……まぁ簡単に言うとたまに未来を予測できるレベルなの」

 

スーパーコンピューターみたいな感じでしょうか。それで超頭が良いんですね。

 

「もし何らかの偶然が重なって桃ちゃんがこの光景を見てしまった場合桃ちゃんが凹む……そうすると巡り巡って小倉しおんの生存率が下がる。それが理由」

 

「納得だな」

 

「納得しちゃうんですか浦飯さん!?確かに小倉さんの生存率が下がるのは良くないですけれども!」

 

迷いのない浦飯さんの肯定に、私は思わず声を張り上げてしまいました。

 

「桃の奴はちょっとのことですぐ落ち込むし、結構メンドクセーからよー。あり得る話だべ?」

 

「うぬぬぬ、反論できない……」

 

桃ってばクールに見えて結構気にするタイプですからね。落ち込んでしまって、色んな事に影響が出る可能性があります。

 

でもそれで何で小倉さんに対しピンポイントで死亡率をアップさせるのでしょうか?

 

「その疑問にも後で答えるよ。さぁ、この光景を消してほしい」

 

「分かりました」

 

窓を妖気を籠めて軽く殴ると、窓の景色は元通りになってました。これでこの間違いは消滅できたようです。

 

「んじゃこっちの質問に答えろや。ワザワザ小倉をエサにオレたちを誘い込んだわけをよぉ」

 

元通りになった景色をじっと見ているグシオンに浦飯さんが問うと、グシオンは一つ息を吐いて、こちらに向き直りました。

 

「……この街は狙われている。でもそいつが誰なのか思い出せない」

 

「それはグシオンを襲った能力者ですね」

 

「そうなんだよぉ。今の街には桃ちゃんしかいないと思っていた。だから彼女のメンタルを維持しつつ、街の防御を向上させる必要があったんだよ。

だからこの空間に誘い込んだ小倉しおんをエサにして、桃ちゃんにさっきの光景を見せないようにしつつ、誰か適当な子をメッセンジャーとすれば今回は完璧だった……んだけど」

 

「適当!?私適当な子のポジションだったんですか!?ふんがー!」

 

私の扱いが雑過ぎじゃありませんか!?まるで桃の付属品の様な扱いです!

 

口から炎を出すような勢いで怒っていると、浦飯さんからうるせぇ!と言われました。グスン、せめて浦飯さんは味方でいてほしいです。

 

「回りくどいぜ。桃に全部話して『頑張れや!』じゃダメなのかよ」

 

「さっきも言ったけどメンタル的に桃ちゃんは受け止められるか微妙だから……」

 

「んなこと言ったってよー、どっちにしろやんなきゃいけねーことだろーが。

第一今この時にその能力者が攻めてきてたら残った連中でやんなきゃいけねーんだぜ?

早いか遅いか、そんだけだろーが」

 

「……ふふ」

 

「なんだよ?」

 

「いや、キミは単純でいいなぁと思ってね。いや、シャミ子ちゃんもか」

 

「「なにー!?」」

 

私たちは一緒くたに単純と言われ激怒しました!このグシオンは小倉さんより性格悪いです絶対!

 

「キミたちにやってほしいことはいくつかある。まずシャミ子ちゃんの携帯に私の情報を送り込んでおいた。あとで小倉しおんに見せれば、彼女の能力がアップするはずだよ」

 

携帯を見ると『グシオンさんからデータを受信しました』と書いてあり、その後『グシオン(電子書籍版)』と書いてありました。

 

多々ツッコミどころはありますが、データは来ているので良しとしましょう。

 

「そして暗黒役所を復活させてこの街を守ってほしい。引き続きこの街からシャミ子ちゃんたちは出ないようにね」

 

「くそー、そいつの名前さえ分かればこっちから仕掛けられるのによ」

 

「敵の情報が全くないから、それはやめてほしいなぁ」

 

浦飯さんてば戦闘中は色々やりますけど、戦う前は剛速球のストレート並みに小細工なしですからね。結界の中に引きこもって防衛とか一番やりたがらない戦術でしょう。

 

どっちかというと私も攻めたいタイプです。

 

「そしてこの空間の余計なものを消してほしい。ここにはいらないものが溜まっているからね、パンクすると外の世界に影響があるからねぇ。

私が掃除できればいいんだけど───」

 

掲げたはずのグシオンの左手が既に薄くなってました。まさか透明化の能力!?

 

「違う違う、もう魔力がなくてね。消滅しちゃうんだ。まだ大事なことがあるから続けるね」

 

私は頷くと、グシオンは少し笑いました。

 

「浦飯君。君も大変な状況だと思うけど、この街のことを頼みたいんだ。きっと君はとてつもなく強いんでしょ?」

 

「そのとーり!まぁこの幽ちゃんに任せとけって!ナーハッハッハ!

……つっても、邪神像に封印されてるから、早く解放されてーんだがな」

 

それなんだけど、とグシオンは指を立てる。

 

「この街を守ってほしいから何か浦飯くんに特別な情報を……そうだ。その邪神像のことで、あくまで推測だけど……いいかな」

 

「お、何かヒントでもくれるんか」

 

「うん。その邪神像は元々はシャミ子ちゃんのご先祖が入っているはずなんだ。戦闘能力はないけど、その分かなり凶悪な能力で危険視され封印されたって聞いてるよ」

 

「凶悪な能力、ですか?」

 

「───人の心を操るらしいとしか。

だが今は浦飯君が代わりに邪神像に入っている以上、何者かが人為的にご先祖と浦飯君を入れ替えたとしか考えられないよねぇ」

 

私の能力は夢に入る能力ですが、ご先祖はそれと違うのでしょうか?

 

何やら雲行きが怪しくなってきました。悪意ある第3者がご先祖を抜き取ったというのは分かります。しかしそこからどうするのでしょうか?

 

「……シャミ子の先祖の魂を抜き取って、そこからさらに能力だけ奪っちまう能力者がいるかもしれねーってことか?もしくは逆に洗脳するとか」

 

「……あ!?」

 

浦飯さんが以前能力を人物まるごと飲み込む能力者がいると言ってました。もしご先祖誘拐犯にそういった能力者がいるとすれば………激やばです!

 

「そう。ご先祖が誘拐犯に協力しないとしても、能力を奪ったり洗脳したりすれば関係ないということになるね。だから厳しいと思うけど、街に引きこもりつつご先祖の行方を捜したほうがいいよ~。

恐らくそれが浦飯君の解放に繋がるだろうから」

 

「悪いな、時間ねーのに色々と」

 

「いいよいいよ、浦飯君がシャミ子ちゃんをここまで強くしてくれたんでしょ?

正直予想外だったよ。私が見た時のシャミ子ちゃんは呪いで大変だったから、まさかあんなにすごい動きができるほどパワーアップしているとは。

きっとシャミ子ちゃんの中の桜ちゃんも喜んでいるよぉ」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸が少し痛みました。ほんの少しの痛みですが、どこか悲しいものを感じさせる痛みでした。

 

「んじゃ、後は頼んだよシャミ子ちゃん。しおんをよろしくねー……」

 

そう言い残し、グシオンは完全に消えました。魔力も何もなく、文字通り消滅したのです。

 

一体グシオンをここまで追いつめた敵の正体は何だったのでしょうか?

 

「なんか色々やること増えますねー……」

 

ポツリと呟いたその言葉に、浦飯さんは「……そうだな」と優しく言ってくれました。

 

つづく




説明回。グシオンとの戦闘させようかなと思いましたが、やりすぎになるので変更しました。

グシオンの覚えてない、の内容については最新刊を読んでからの妄想設定。

グシオンてば最新刊で肝心なこと何も言わないので、もしかしたら言えないのかも→海藤とかみたいな能力にかけられたのかな→最新刊のアイツは結構ヤバい能力だったなという結果に。

読心の能力持ちは基本強キャラなんですけどねー。幽白の読心と言えば室田さん。まぁ相手が悪いし、飲み込まれて可哀そうだったけど。

今もずっと戸愚呂兄と一緒なのでしょうか?

読心で好きなのはうしおととらのさとり。あれはヤバい。


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37話「脱出!そして真相を知りたい感じです!」

ジャンプとかだと割と大事な説明回はバトル後とかに連続でやるから読者としてはありがたいし分かりやすいけど、作中内の経過時間だと過密スケジュールだよねってお話。


「……さて、小倉をとりあえず探すか」

 

「……そうですね」

 

どこかしんみりした空気の中、グシオンが指示した屋根を探します。

屋根を一部どけてみると、縄でグルグル巻きにされ口もギャグボールで封じられている小倉さんを発見しました。

 

「小倉さん、今助けますからね!」

 

縄をほどくと小倉さんは思いっきり深呼吸をしました。てかあんなところに閉じ込められたら酸欠になりそうですよね。

 

「いやー助かったよ2人とも。もう一人の私相手は眼鏡なしだと勝ち目なかったね!」

 

「ず、随分余裕ですね小倉さん……」

 

「全く手間かけさせやがって」

 

小倉さんから話を聞くと、何でもこの空間に来てから一人で探索していて、あり得ないものが多くあることに気づいたそうです。

 

でもバッタリグシオンに会ってしまい、ろくに抵抗できず囚われてしまったとか。

 

多分グシオンの方はバッタリではなく待ち構えていたのでしょう。

 

「でもこの分だともう一人の私はいなくなったみたいだね。それならこの空間の掃除が終われば脱出できるよ?」

 

「本当ですか!ようし、やるぞー!」

 

ちょっとグシオンがいなくなって寂しい気持ちを大きな声で誤魔化します。すると浦飯さんが口を挟んできました。

 

「つーかイチイチ1個ずつ探して消してくのはメンド―だからよ、オレと代われや。一瞬で終わらせてやんぜ」

 

「どーしたんです?いつもならやらないようなことなのに」

 

「ま、たまには体動かしときてーのよ。ホレホレ、早く代われ」

 

「んじゃお願いしまーす!」

 

「シャミ子ちゃんてばあっさりだね……」

 

グシオンの頼みですから最後までやった方がいいかなとも思いましたが、浦飯さんがやっても結果は同じですし、早く終わればそっちの方がいいでしょう。あとは頼みましたよ浦飯さん。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「よっしゃ、まとめて吹き飛ばすか」

 

さっそくシャミ子の体になった幽助は右腕をくるくる回しながら全身の妖力を高める。

 

行動を起こす前に、嫌な予感がした小倉は一言伝えた。

 

「威力を上げ過ぎて、この浮かんでいる地面まで吹き飛ばさないようにしてほしんだけど……」

 

「そこまでやんねーよ。要は目に見える地面以外のごちゃごちゃしてるやつを吹っ飛ばせばいーってことだろうが」

 

───まかせとけって

 

そう言った幽助は地面の端まで後退し、右拳を腰だめに構える。小倉は幽助のすぐ後ろにいるため、端っこギリギリで危ない位置だ。

 

ハラハラしている小倉を余所に、幽助は右拳に妖力を集中させる。

 

「ショットガーン!」

 

右拳から繰り出されるのは視界を埋め尽くすような数の拳大の赤い妖気の弾丸。

 

ショットガンの威力は霊丸に劣るが、直線上にしか行かない霊丸と異なり、扇状に展開するため範囲は霊丸を大きく上回る。

 

瞬く間に空間にある巨大な木やばんだ荘、元の世界では見慣れない物体など全てを粉々に破壊し尽くした。

 

「よし、綺麗さっぱりだな!いやーすっきりした!」

 

「な、何にも無くなっちゃったよぉ……」

 

偽物だけ破壊すればいいのだが、幽助と小倉の目に前にあったものはほぼ消滅してしまった。僅かなゴミが悲しく転がっている程度である。

 

目の前の光景は先ほどグシオンがシャミ子や幽助たちに見せた光景と瓜二つであった。もしや今のこの光景のことを見せたのでは?と思うレベルである。

 

なおこの光景を作り出した当の本人はやたらスッキリした顔をしていた。

 

「これで喧嘩ができれば最高なんだけどよー……」

 

しかしスッキリしたのも束の間、なんと地面が揺れて崩れ出したのだ。

 

これには力加減をミスしたかと思い幽助は慌てた。

 

「やべ!やり過ぎたか!?」

 

「あー……そうそう。掃除が終わったらこの空間は爆発して消滅するから、早く逃げようね?」

 

「何ィ!?」

 

少し遠慮がちに言った小倉からとんでもない一言に、幽助は驚き小倉の胸倉を掴んで前後に揺すった。

 

「んだとー!?そういうことは先に言えや!!しかも何で爆発なんかすんだコラァ!」

 

「あわわわわ!こ、この世界は情報のゴミで過剰に膨らんでいたの。いわば超新星爆発……情報がなくなるとこの空間を支える圧力がなくなって、この空間が急激に縮まり……ボン!」

 

「良く分かんねーぞ!そんで、脱出方法は!?」

 

「元の世界とこの世界の距離はゴミを排除したことでなくなったから、あとは結界に穴を開けて逃げればいいよ」

 

「どうやってだよ?」

 

小倉に空間を開ける能力はないし、幽助も全くない。となれば別の方法が必要である。

 

やっぱりこういう時に便利なのは次元刀である。ほぼどこでもドアだよなーと幽助は桑原の能力の便利さを改めて実感していた。

 

「シャミ子ちゃんの携帯で外の誰かに連絡すれば、後は私が計算しているから大丈夫」

 

「お、そう言えば携帯があったな……って何ィ?」

 

幽助がシャミ子の携帯を取り出すと、グシオンのデータをダウンロードしていたせいか、やたらと電池を消耗していた。

 

そしてまだ終わってないダウンロードが終了し、電話をかけようと操作した瞬間!

 

「おい!電池切れやがったぞ。どーすんだよ小倉!」

 

無情にも電池が切れたのだ。

 

実を言うとシャミ子は相当ゲームをやりまくっていたせいで電池の消耗が激しく、しかも碌に充電もせずこの空間に来るという、痛恨のミスをやらかしていたのだ。ゲームのアプリは電池を喰うのだ。

 

流石に電池の回復方法はこの空間にはないので、幽助は小倉に問いかけた。

 

「計算と違ぁう……」

 

小倉は今までにないほど絶望した表情で頭を抱えた。まさかシャミ子のゲームのやりすぎが原因とは考え着かなかったようである。

 

「だって当初の予定では千代田さんも来ると思ってたし……詰んだかも」

 

「オイオイ、シャレになんねーぞマジで」

 

「だだだ大丈夫。私の計算だとまだ160秒くらいは逃げる時間があるし……」

 

「全然ダメじゃねーかこの野郎」

 

余りのポンコツ気味な対応に、本当に小倉がグシオンの能力を受け継げるのか幽助は怪しみ始めた。普段は頭が切れるだけに、とても残念に映る。

 

「ッ!?何だ?」

 

だが次の瞬間、上の方の空間が破壊される音が響き、ほぼ同時に地面に魔力の矢が突き刺さっていた。

 

これはミカンの矢である。つまり外の空間、外部からの攻撃である。

 

矢の先端には魔法のヒモが括りつけられており、その先に穴が広がっている。その先にチラチラと動く人影が見えた。

 

「聞こえますかシャミ子ー!小倉ー!浦飯さーん!」

 

凄まじい声量。遠くに見える穴から聞こえる声だけで空間がビリビリと揺れるという現象が起きていた。

 

ただバカでかい声なので幽助は少しうるせぇな……くらいで問題ないが、小倉の身体能力は一般人であり耳を手で抑えていても桃の凄まじい声量でフラフラしていた。

 

トランシーバーも携帯も繋がらない状況であれば、やはり最後に頼れるのは鍛えた体(パワー!)である。それ故の大声である。

 

「聞こえてんぞ桃!助かったぜ!」

 

「空間を繋げるのに時間がかかってすみませんでした!ミカンの矢の先が出口です!それを伝って脱出してください!」

 

「おう!あれか!」

 

出口は確かにある。しかし距離は500メートル以上で、高さもかなりある。正直普通の人間ではまず脱出不可能であった。

 

「高過ぎぃ!!………計算と全然違ぁう……」

 

「あんぐれーなら全然問題ねーな。よし、大人しくしてろよ小倉」

 

絶望的な高さにもう駄目だと言わんばかりに落ち込む小倉に対し、幽助は何でもないかのように呟いた。

 

「え、ちょ」

 

返事も聞かず、幽助は米俵を担ぐように小倉を肩に乗せた。全身を妖力で強化している幽助を見て、小倉はまさかと顔を青ざめる。

 

「まさか飛ぶんじゃ───」

 

「舌噛むから黙ってろ!行くぜ!」

 

「ふえぇぇー!?」

 

幽助は小倉を抱えたまま飛んだ。いわゆる大ジャンプである。

 

せっかく魔法のヒモで伝わって出口に行けるよう、ミカンが魔力を使って維持をしているにも関わらず、全く使用せず自力のジャンプである。ひでぇ話だ。

 

しかもその移動速度は幽助は問題ないが、全く妖気を使えない今の小倉には過酷そのもので、凄まじいGを感じていた。下手をすると口から内臓が飛び出しそうなレベルである。

 

しかしそれは一瞬の出来事であり、幽助と小倉はほぼ一瞬で出口を通り抜けていた。

 

ひと昔前ならともかく、S級になってからこの程度の移動なら朝飯前である。特に苦にすることもなく脱出に成功した。

 

「うし、脱出成功だな」

 

着地した先は元のばんだ荘であり、そこかしこに人の気配を感じることが出来る。どうやら元の空間であることは間違いないようだ。

 

そんな幽助と小倉に、桃とミカン、ウガルルと良子が駆け寄った。

 

「浦飯さん、小倉!」

 

「2人とも、無事だったのね!」

 

「ウガガ」

 

「浦飯さん、お姉、小倉さん……皆無事でよかった」

 

「へへ、当たり前だぜ」

 

「し、死ぬかと思った……オエェ」

 

鼻を親指で擦った幽助の肩で口元を抑える小倉。むしろ脱出するときが一番ダメージを受けていたようだ。

 

仕方ねーなー、と幽助はゆっくり小倉を抱え、桃の部屋に移動した。

 

小倉を休ませる必要があったし、あの空間のことを話しておく必要があるからだ。

 

うーん、と小倉が横になっている間、幽助は桃・ミカン・良子・ウガルルに現状を報告した。

 

もちろん情報は包み隠さずに、である。

 

もしシャミ子であればグシオンが見せた景色に対し、桃に伝えるかどうかは悩むところであっただろう。もし何もなくなった景色を見せれば小倉の生存率が低下するというのだから。

 

しかし幽助はそんなことは無視して話した。考えるのがメンドクセェ、と言うのが一番の理由だ。

 

しかしあの程度の内容を話して落ち込んだとしても大した問題ではないと考えているからだ。

 

「(別に起こってもねぇことで落ち込んでたらキリがねーし)」

 

流石に幽助も目の前で幻海が死んだときは怒りと悲しみが溢れたが、今回は実際には何も起こってないのだ。

 

むしろ桃はそういった滅びの未来を回避させたのだ、落ち込むどころか自慢できることである。それをグシオンはさも不幸な未来に繋がるという体で話していた。

 

グシオンは未来が予測できる。だから自分からは桃に話す気はないと。

 

「(未来が見えるのに自分が殺られてちゃ世話ねーっての)」

 

幽助はグシオンの様な回りくどかったり胡散臭い理屈屋タイプは好きではない……というより嫌いなタイプだ。頭が良いからか自分の中で答えを決めている感じで話すやり方が嫌いだった。

 

しかも今回はシャミ子に全部押し付けて消滅したのだ。桃に話すかどうかも含めて。

 

お人好しのシャミ子の行動は、恐らくグシオンの思う通りに動くだろう。

 

ぶっちゃけた話、幽助はグシオンの行動や言動には大分イライラしていた。もし小倉の元になった魔族でなければぶっ飛ばしていたところだ。

 

だからシャミ子が悩まないように幽助は話した。元々シャミ子も幽助も深く考えて行動するタイプではない。余計な苦労はさせたくないし、見たくなかったからだ。

 

「───ってことだ」

 

一通り話終えた幽助に対し、桃は何か懸命に思い出しているようであった。どうやら落ち込んでいるという訳ではないようだ。

 

「何かいきなり急展開ね……置いてけぼり喰った感じだわ」

 

「ウガウガ」

 

「どーにもこの街の連中は人に何も話してねーみてーだからな。最初から伝えてりゃーこんなメンドクセェことになんねぇのによ」

 

ミカンが何かなぁ、という反応に対し幽助はそう返した。桜もシャミ子の父親もそうだが、実際苦労したシャミ子や桃に対しほぼ何も話してないまま姿を変えている状態だ。

 

確かに当時の彼女たちは幼いゆえに話せないのは分かるが、ある程度の年齢になったら伝えることができるようにしてほしいものだ。

 

マジで探偵みたいなことやってんな、と幽助は思った。

 

しばらくして考え込んでいた桃が口を重く開いた。

 

「……昔、この街でヤバい魔法少女と戦った『気がする』。この街の魔族が消えた理由……だった『気がする』」

 

「何よその曖昧な言い方。まるであんまり覚えてないみたいじゃない」

 

「……オメーもグシオンみてーにその相手が思い出せねぇってことか」

 

「……はい」

 

桃は幽助の言葉に頷いた。これでハッキリしたのは、恐らく桃とグシオンが相手をしたのは同じ能力者───魔法少女だろう。

 

「待って!それだと記憶の操作ができる相手ってことよね。それじゃ手掛かりないじゃない!」

 

ミカンの言う通り記憶を操作できるのであれば、痕跡を追うことなどできるはずもない。つまり話はここで終わりと言うことになってしまうのだ。

 

だがそこで桃は首を横に振った。

 

「いや、私の場合は撃退したおかげか、何となく思い出せる。でも口で詳しく言えるほどじゃなくて、ひどく曖昧なんだ」

 

「つまり一昨日の食べたメニューみてーなもんか」

 

「何か急にスケールが小さくなったわ浦飯さん……」

 

「でも良でも分かりやすいです」

 

しょーもない例えではあるが、記憶に引っかかりはするが口に出せるほど覚えてない、と言う意味ではこの場にいる小学生の良子でも分かる例えだった。

 

「んで、どうすんだよ?……あ、シャミ子の能力か」

 

「はい。シャミ子の能力で私の夢……というより記憶に入ってもらいます。そして皆に伝える感じで行きます」

 

「よし、善は急げだ。さっさとやるぜ」

 

「お姉、せっかく帰ってきたのに今日は大忙しだね……」

 

「スパルタなんてレベルじゃないわ。まぁ確かに早めに共有したほうが良いんだけどね」

 

(本人の許可なく)シャミ子の能力を使って桃の過去の記憶に乗り込むことが決定した。

 

桃の記憶に潜む、能力者とは一体誰なのか。

 

頑張れシャミ子!記憶を暴いて敵を見つけるんだ!

 

つづく




本来のまちカド本編では空間から帰ってからスイーツバイキングを経て記憶に行きますが、幽助がそんな悠長に待つとは思えないので速攻で記憶送りです。

シャミ子に厳しい一日。でも幽白も御手洗君を持ち帰った次の日の朝かお昼に仙水の攻撃を受けて、仙水との決戦が終わったのがさらに次の日の朝ですから、ほぼ1日で決着ですからね。

シャミ子のこの日程ならよゆーよゆー。基本ジャンプとかバトル漫画は結構連載は長いけど作中の経過時間は異常に短い気がする。特に決戦時


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38話「記憶、底が見えない人です!」

クロスもので、原作にないキャラが話の展開にツッコミを入れるのが好きです。みんなは好き?


見慣れたようで見慣れない景色。小さな桃色の可愛らしい女の子。危機管理フォームの私。そして道着姿の浦飯さん。さーて何でしょうか。

 

答えは───

 

「そう、桃の記憶の中です!───って、あんな変な空間に行った後すぐにやる必要があるんですかー!?」

 

私は思いっきり叫びました。グシオンのヘンテコな空間から脱出して今日は一段落!

 

普通はそう考えるはずですが、私の意識が戻ったらすぐ桃の記憶の中に行けと言われ、こんな状況になりました。スケジュール詰めすぎです!

 

今回の目的は桃の記憶に入り込んで、過去の記憶から桃の記憶を奪いかけたヤバい敵の姿と情報を確認することです。

 

事の重要性は分かりますが、グシオンのことがあったのに今日やらなくてもいいじゃないか!という心の叫びを空に向かって叫ぶと、横にいる浦飯さんから思いっきりため息が聞こえました。

 

「うるっせーなー。あの流れだったらさっさと敵の面を拝んだほうが早いだろーが。別にオメーは今日はまだ妖気使ってねーんだから大丈夫だろ」

 

「耳の穴をほじりながら言わんでくださいよ浦飯さん!」

 

面倒臭そうに浦飯さんが耳をほじりながら説明してきました。

 

確かにあのグシオンの空間の中では一発ぶん殴っただけで全然妖気は使ってないのでコンディションはバッチリです。

 

でも急いで桃の過去の記憶に来るなんて私の疲れとかは考えてないんですか!?

 

「連戦なんて普通だぜ。しかも大して疲れてねーんだから良い方だって。ナハハ」

 

私の抗議も虚しく、軽く返されて終わってしまいました。

 

そりゃ百戦錬磨の人から見れば大したことないかもしれませんが、今年の春からようやく戦い始めた私に対しての配慮なんてものは全くないようです。

 

「それに大体なんで浦飯さんがいるんですか?私の能力じゃ私以外は記憶に入れないと思ってましたよ」

 

先ほどから平然と元の姿でストレッチをしている浦飯さん。本来なら邪神像に封印されていて自力での脱出はできてないはずです。にも関わらず今回は桃の記憶に一緒についてきてました。

 

本人に聞いてみると、浦飯さんも肩を竦めました。

 

「さーな。まー詳しいことは分かんねぇが、オメーがパワーアップしたからじゃねーか?」

 

「おおー、そう言われればその可能性はありますね」

 

確かにこの能力を使った時よりずっと強くなっているので、高まった妖力が能力を強化して、浦飯さんを一緒に呼び寄せていても不思議ではありません。

 

夢に入るという自分の能力ではありますが、未だ完璧に把握していないのが欠点です。と言うか普段生活してて人の夢に入るなんてあり得ませんし。

 

「やっぱ久々に自分の体で動けんのは気分いいぜ~!」

 

浦飯さんが腕をクルクル回しながらニコニコしています。確かにあんな邪神像の中にずっといたら頭可笑しくなりそうですからね。元の体で出た分ストレスの発散になるでしょうし、心強い味方です。

 

そう思っていると近くにいた桃色の可愛らしい女の子がこちらへ振り返りました

 

「………ああ、やっぱり誰かと思ったらその人が浦飯さんなんだ。結構予想通りの姿ですね」

 

「なぬ!その喋り方は桃!記憶の中なのに意識があるんですか!?」

 

「うん。どうやら成長した私の意識もあるみたい」

 

過去の記憶というので、こちらからは何も介入できず延々と過去の映像を見るだけだと思っていたら反応があってビックリ!しかもいつもと違う桃の姿も相まって新鮮な感じです。

 

桃は初めて浦飯さんの姿を見るはずですが、あまり驚いてないようでした。

 

「桃は初めて浦飯さんの姿を見るのに何故驚いてないんですか?」

 

「前に浦飯さんの容姿を聞いたとき、元人間の魔族で普通の人と見た目は一緒って言ってたから。それに言動からしてヤンキーっぽいからリーゼントしてそうかなと」

 

やだ。バッチリ当たってます。正確にはリーゼントっぽいオールバックだ!と本人は豪語してますが。

 

そんな浦飯さんは小さい桃をジロジロと上から下まで観察してます。

 

ヤンキーが見た目小学生をじろじろ見ているという絵面がひどい!犯罪臭しかしません!

 

「ほー、ふーん?このチミっこくて素直そーな奴があの桃だってーのか?信じらんねーなー、えぇ?」

 

「……それ、普段の私は捻くれてるってことですか?」

 

「小さい頃の桃は小さくてかわいいですし、持ち帰れますね!」

 

「………シャミ子、頭撫でるのやめてくれない?」

 

浦飯さんがジロジロと見る横で、私は丁寧に何度も撫でると桃が怖い感じの声を出してきました。でもかわいいから全然迫力ないですね!

 

「全く。浦飯さんは一応肉体と言う意味では初対面なんですから、もう少し遠慮をですね……」

 

「いいじゃねーか!細かいことは気にすんなって!」

 

「……はぁ。いつもと同じである意味安心しましたけどね。まぁそろそろ先へ行きましょうか。着いてきてください」

 

ため息をついた桃は、しょうがないな、と言わんばかりの表情で歩き始めました。

 

ちょうど桜が舞う季節なのか、桜の花びらが街のそこらに落ちてました。

 

遠くに見える公園の桜の木から舞う花弁は、魔力の光を放ってました。

 

「あの公園はオレが最初にシャミ子の体に入って、初めて桃と戦った場所だよな」

 

「はい。姉はあそこの桜は『この街を守る魔法の桜』と言ってました。この頃は桜も満開だったんです」

 

確かにこの記憶の中での桜は満開でした。けれど今の公園の桜は枯れてばかりで咲いていません。だから今咲いている桜はよりいっそう綺麗に見えました。

 

「そう言えば桃、これからどこへ行くんですか?」

 

「この街にいるはずの魔族に会いに行くはず。当時の私はこの街に勝手に戻ってきたから姉の桜にばれたら大変。だから昔の知り合いに話を通してから会う感じだね」

 

「そんなに昔は魔族がいたのかよ?」

 

「ええ。そこら辺でブラブラしていて、近隣住民には周知されていました」

 

どうやらこの記憶の段階では魔族が普通に暮らしていたらしいです。ほぼ人間しかいない今の街とは全然違うようです。

 

それから桃は近隣住民に聞き込みをしてました。その際私たちは大人しく後ろで見てました。

 

「この家に羽の生えた人が住んでませんでしたか?」

「ここの冷蔵庫に勝手に住んでいる引きこもりの雪女さんは───」

「ゾウくらいの燃える馬に乗っている首のない騎士はいませんか?毎日ランニングしていて───」

 

桃は色んな人に色んな魔族の情報を尋ねてました。

 

明らかにそんな奴忘れるわけねーだろ!という特徴の人ばかりでしたが、奇妙なことに誰一人として覚えてませんでした。

 

そう、まるで魔族の記憶だけが切り取られているかのような忘れ方でした。

 

「浦飯さん、この忘れ方って……」

 

「多分オメーの思っている通りだ。ここの魔族を消して記憶を操作している奴が───グシオンを追い詰めた奴だ。多分」

 

「そこはもっとはっきり言ってくださいよぉ」

 

「まだ相手の能力もわかんねーのに決めつける方がマズイだろ。もう少し様子見だ」

 

まだ判断材料が少ないせいで断定はできませんが、グシオンを追い詰めた能力者と魔族が消えた犯人が同じ可能性がプンプンします。

 

そのまま桃は聞き込みを続ける横で、私たちは周辺に妖気がないか探りましたが、全く感じませんでした。

 

グシオンはギリギリで抜け出したので命は助かりました。しかし他の魔族の人たちが全く無抵抗で殺されたとは考えにくいです。

 

もし戦闘をしたのであれば妖気は少しでも残っているはずです。しかし私には感じ取れませんでした。

 

「浦飯さんは妖気を感じますか?感じ取れば早く見つけられると思うんですけど……」

 

浦飯さんは手を地面にかざしますがすぐ首を横に振りました。

 

「さっぱりだな。周りを探っても妖気のカスさえ感じねー……これじゃ魔族が全くいない街みてーだぜ」

 

「やられちゃったってことですか?それにしては戦った形跡もありませんけど、どうやっているんでしょう?」

 

「……わかんねー。このままついてくぞ」

 

「はーい」

 

もし相手の能力が記憶操作であると仮定した場合。妖気の痕跡を全く残さないよう綺麗さっぱりにすることは、記憶操作とは別の能力になります。

 

そうなると色んなものを消す能力?しかしそれでは桃やグシオンが生き延びているのも変な話です。

 

まだはっきりしない状態なので、まだ近隣住民の皆さんに聞き込みを続けている桃の後に着いて行きます。

 

あれから桃がどれだけ聞き込みをしても、魔族も暮らせるこの街の中に魔族は誰一人いませんでした。まるで最初からいないかのように、誰一人魔族を認識していませんでした。

 

「……お姉ちゃんに直接会いに行こう」

 

気落ちした桃は今の桃の家……元は千代田桜の家に向かっていきました。この街を作り上げた桜さんであれば何らか知っていると信じて。

 

どうやら成長した桃が意識的に動かない場合、記憶の中の小さな桃として行動しているようです。

 

歩いた先に見えた桜さんの家の表札には、別の誰かの名前が張られてました。

 

「……お姉ちゃんの家に知らない人が住んでる」

 

【那由多誰何】

 

そう書かれていた名前は、聞いたことがない物でした。というか読めません!

 

「読めます?」

 

「読めねーよこんな名前。なゆた……だれなに?」

 

「やっぱりそうですよねぇ……」

 

浦飯さんにも聞いてみましたが、2人してお手上げでした。

 

読めねぇ……と2人でうんうん唸っていると、浦飯さんは突然後ろを振り向きました。

 

「すいか、と読むんだ。珍しいだろう?」

 

───声をかけられるまで全く接近に気づきませんでした。

 

そこに立っていたのは人の好い笑みを浮かべた女性でした。

 

薄いピンクがかった白い髪はおさげにしている。僅かに尖った耳。リボンも帽子もスカートもシャツも上着も白い髪とは対照的な黒でした。

 

「ぼくの家に何か用かな?」

 

一見すると優しそうな人に見える。ただどこか神経がざわつく相手だ。

 

魔力も特別デカイとは感じない。

 

───ただ、底が見えない。例えるならば魔球を隠している投手のような印象でした。

 

「嫌な感じがするヤローだぜ」

 

浦飯さんも同じ感想だったらしく、私の感覚は間違っていないようだった。

 

桃が千代田桜の親族であると伝えると、誰何は目線を桃に合わせて優しく頷いた。

 

「桜ちゃんの親族?……ああ、あのときの施設の子か」

 

「(あのとき……?)」

 

桃と誰何は初対面ではないようですが、記憶の桃は首を傾げていました。まるで初対面のような反応です。

 

「会ったことがねぇ、って言うんならいいんだがな」

 

「……!もしかしてこの人が……!?」

 

「もう少し様子見だ」

 

この記憶の中でここまで怪しい人物はこの人が初めてです。だから一連の犯人はこの人かもしれない、と思い込んでしまいそうになりました。

 

那由多誰何と桃は詳しい話をするため、近くのファミレスへ入っていきました。その後に私たちも続きます。

 

桃が料理を注文してる中、那由多誰何は何も注文しませんでした。

 

そして私の横に座っている浦飯さんは注文もしてないのにドリンクバーを飲んでました。

 

「って!何やってんですか浦飯さんは!」

 

「オイオイ、ここは記憶の中で俺らは存在しないはずの奴らだぜ?何しようが問題ないってことよ」

 

そう言いながらポケットから取り出したタバコに火をつけてました。こ、この人いつの間に……!絶対どっかでスってきたんだ!

 

桃はタバコの煙がうっとおしいのか手で煙をパタパタと振って防いでました。昔と違って喫煙席と禁煙席が分かれているのに、この人はなんの遠慮もないようです。記憶の中でない場合はとんだマナー違反者ですよ。

 

余りに未成年の教育上にとってよろしくない行動を繰り返す人物に対し、私は憤りを感じました。もう我慢できません!

 

私は勢いよく席を立ちました。

 

そして向かう先は───ドリンクバー!!

 

「私はコーラ飲んできます!」

 

「おう、ガンガン飲め」

 

「……真面目にやってよ2人とも……!?」

 

今まで桃の記憶を乱さないよう行動してきましたが、家計の都合上入れなかったファミレスに対し我慢できなかった私はコーラをがぶ飲みしました。

 

普段飲めないコーラは美味すぎる……!と感動していたら桃に怒られました。記憶の中だから多少は見逃してください!

 

「あの、誰何さんはご飯食べなくていいんですか……?」

 

桃は気を取り直して、何も注文せず自身が持ち込んだ水筒だけ飲んでいる那由多誰何に話しかけます。

 

すると那由多誰何は少し悲しそうな表情を浮かべながら、飲んでいた水筒を下ろしました。というか飲食店で持ってきた水筒を飲むってこの人は結構図太い人ですね。

 

「あ!ぼくご飯を食べないタイプなの」

 

「ダイエットですか?」

 

「───違うよ。ご飯がかわいそうだから食べない。【食べられない】

そう【誓って】いるんだ」

 

「はぁ?」

 

思わず浦飯さんが意味わかんないと言いたげな声を上げてました。所謂ベジタリアンというやつでしょうか?

 

「もう千年くらいは【普通の】食事はしてないよ」

 

違いました。千年普通の食事してないとか明らかに人外でした。

 

「ふぅん………?」

 

浦飯さんは非常に胡散臭そうな目で那由多誰何を見つめてました。

 

確かに胡散臭いというのもわかります。那由多誰何は食事してないという割には肌艶めっちゃ良いです。

 

私も今までの貧乏生活で空腹の時期がありましたが、食事してない時に目の前で誰かが食べていたら我慢できないはずです。というか実際無理だった記憶があります。

 

那由多誰何は空腹を我慢しているようにはとても見えませんでした。なんだかひどく余裕を感じさせました。

 

「桃ちゃんはこの街のことをどう思う?」

 

「どうって……素敵な街だと思います」

 

「ぼくもそうさ。『魔族と魔法少女が一緒に暮らす秘匿されたこの街』が素敵だと思っているんだ」

 

テーブルに肘をつき、手の甲で頬を支えた那由多誰何は桃を見つめました。

 

「だがそれを良しとしない連中が多すぎる。バカな魔法少女、バカな人間、バカな魔族。うんざりしているだろう?」

 

深い、深いため息をつく那由多誰何。それは多くの汚いものを見てきたという証のようでした。その言葉に桃も頷きました。桃もそのような経験があるようでした。

 

「この街全体に情報を秘匿する魔法がかかっている。君ならこの街も受け入れてくれるはずだよ。私と一緒に魔族の戸籍を探さないかな?そうすれば皆の居場所がわかるよ」

 

「はい、やります!」

 

那由多誰何の提案に対し、小さい頃の桃はすぐに了承してました。

 

那由多誰何はその言葉に対し嬉しそうに頷くと、手足に枷をつけられた豚の様なナビゲーターを呼び出し、まぞく討伐カードを3枚使用しました。

 

『桃が求めている人に逢えるように』という願いでした。

 

結果だけ見れば街の住民を見つけるため桃に協力してくれる良い人なのでしょう。

 

でも桃にかかった魔法を見て笑みを浮かべる那由多誰何の表情を、私はどうしても好意的に見ることができませんでした。

 

何か引っかかるものがあったからです。しかし今は特別なことをしてない那由多誰何に対し何故そう思ったか、私自身わかりませんでした。

 

「随分口の臭ぇヤローだったぜ」

 

そして私の横で浦飯さんが吐き捨てるように言った言葉が、ひどく気になりました。

 

つづく




那由多誰何の不気味さは結構好き。でもあなた出る雑誌間違えてない?と思った方は結構いるはず。僕もその1人です。でも厨二心が疼いたので好き


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39話「臭いと記憶操作です!」

アニメ2期!やっぱり面白いです!
でも今回書いている話は暗い暗い……本当に今やっているアニメと同じ作品ですか?
ウリエルをちょっと改変。


那由多誰何と別れ、まぞくの名簿を求め商店街に向かう私たち。横にいる浦飯さんに先程の話を聞きました。

 

「浦飯さん、那由多誰何の口が臭うって言ってましたけど……本人は1000年食事してないって言ってましたよ?」

 

先程浦飯さんは臭いと言ってましたが、食事してないならあんまり臭いそうにないと思うのです。少なくとも私は喋っている最中に彼女の口からは臭いを感じ取れませんでした。

けど浦飯さんは納得してないようで、不満そうな表情です。

 

「マジで臭かったんだって。シャミ子は臭わなかったのかよ?」

 

「ほとんど臭いませんでしたよ?」

 

むしろ会話の中身が気になって口の臭いまで気が回らなかったというのが本音です。会話が明らかに物騒かつ不気味でしたし。

私が臭いを否定すると浦飯さんは思い切りため息を吐きました。むぅ、感じ取れなかったんですからしょうがないじゃないですか。

 

「ちなみにあいつの口の臭いよぉ、腕鬼や八つ手みてーな……人間喰ったやつの口の臭いにかなり似てるぜ」

 

「……マジですか?」

 

「マジもマジ、大マジよ」

 

……信じたくない言葉でした。魔法少女が人を殺すケースは以前聞き覚えがあるのでまだ耐性があります。しかし魔法少女というほぼ人が人を食べている可能性がある、というのはかなりショックです。

 

というより、はっきり言って気持ちが悪いです。思わず私は口元に手を当てました。

 

魔法少女は人の善性……正義を信じているから、正義を守るために魔法少女になるケースが多いと桃から聞いてます。

 

無論例外はあるでしょうが、闇堕ちの危険があるにも関わらず魔法少女が人を喰べる?一体何の冗談でしょうか。

 

「俺の親父……妖怪の方の親父だな。事情があって親父も500年喰べてなかったんだが、やっぱり全盛期よりすげぇ弱くなってたって親父の友達の妖怪が言ってたんだよ」

 

「500年……那由多誰何は1000年ですけど、それでも気の遠く成る程長いですね。 ……それで結局浦飯さんのお父さんは……」

 

「最後は空腹で見境なくてな。メシ喰わせろーって暴れたよ。まぁその後冷静になって遺言受け取ったけどな。

親父でも500年が限界だったのに、1000年も喰べてねー奴が、目の前で人が飯食ってても全然へっちゃらなんてどー考えてもおかしくねーか?」

 

「言われてみれば確かに……!」

 

確か浦飯さんのご先祖は魔界三大妖怪と言われるほど強かったはずですが、そんな妖怪でも餓死で亡くなるとは……何だか妖怪も生物なんだなって気がします。

 

喰べているものとか餓死するまで食事しなかった理由は何時聞いても教えてくれませんが。

 

そして今の話を聞くと、やはり那由多誰何はおかしい。

 

「そうすると1000年食事してないのに、食事を目の前にしても我慢している風にも見えませんでしたね。むしろ普通の感じというか……普通にお腹いっぱいとか?」

 

自分で言っておいて何ですが、何を喰べてお腹一杯になっているのか、自分で想像してしまい気持ち悪くなりました。

 

「シャミ子の言う通りマジでお腹いっぱいなのか、それとも本当に飯を喰う必要がない奴なのかもしんねーな。 おい! 魔法少女は食事の事情はどーなってんだ桃!」

 

浦飯さんに声をかけられた桃───今は中身の大人の桃───は何か嫌なことを思い出している最中のようで、顔が青くなってました。

 

「……ごめん。もう少しで思い出せるんだけど、もう少し時間が欲しい……です」

 

大人な桃はブツブツと何か言って、小さな桃に切り替わりました。

 

知っているのに思い出せないのか。それとも言いたくないだけなのか。なんだか二重人格のような感じがしますが、こちらからはどうすることもできません。

 

答えを知っているであろう桃が何も言わない以上、話が進まないと感じた私と浦飯さんは肩をすくませて大人しく桃について行くことになりました。

 

小さな桃が街の人に聞き込みしていると、魔族の戸籍を作っている人が図書館にいるらしいと言うことが発覚。

 

早速図書館に向かい、中に入ります。

 

すると図書館の内部全体に凄まじいノイズと黒いモヤがかかりまくって、私たちはほとんど何もわからない状態になりました。

 

「なんだこりゃ!?すげーうるせーぞ!!」

 

「パチンコ店よりやばいですー!」

 

「シャミ子、その例えはまずいよ」

 

仕方ないんです。浦飯さんに体を乗っ取られた時、パチンコ店に何度も足を運びましたから、自然と覚えてしまったんです。実際にプレイしているのは浦飯さんなので私自身は触ったことはないですけど。

 

小さい桃がノイズの中誰かと話してます。こちらからはほぼ見えないし聞こえない状態ですが、なんか仮面つけている黒髪の女性のようです。

 

………というか感じられる魔力が完全にグシオンでした。おい! ここで桃と出会ってたんですか!?

 

「この魔力はグシオンのヤローじゃねーか! 下手な変装しやがって……昔桃に会ってたんならさっき会った時に言えや!」

 

「何故あの時桃に会っていることを言わなかったんですか……!? 何か今日はグシオンに振り回されてばっかりですよ……」

 

何だがずいぶん時間が経っているように感じますが、今はまだグシオンの結界に入ってからまだ半日経ったかどうか。1日に何度もグシオンに振り回されると何だが非常に疲れを感じます。

 

なので怒りとため息が思いっきり出てしまいました。グシオンってば、桃には会ったことがあるとか記憶を思い出させられるようなことは言ってほしいです。

 

さて、目の前で仮面をつけたグシオンが小さな桃に色々喋っているようです。

 

しかし桃を含めて全員がノイズがうるさすぎて、グシオンの話を聞き取れませんでした。

 

どうやらここの部分の記憶も消されているようです。どうも貴重な場面はピンポイントで消されてます。意図的な記憶操作なのでしょうか?

 

肝心な部分が聞こえない、情報を得られないということが連続しているせいか、隣にいる浦飯さんもフラストレーションが溜まっているのかタバコを吸い始めました。煙がこっちに来てるぅ!?

 

副流煙を手で吹き飛ばしつつ見守っていると、小さな桃はグシオンから魔族の戸籍を受け取って図書館を後にしました。

 

帰る場所は桜さんの家……今は那由多誰何の家です。

 

帰ってきた桃は魔族の戸籍を那由多誰何に渡します。渡された魔族の戸籍をパラパラと捲る那由多誰何の表情は明るいものでした。

 

「うんうん、神話級の魔族がこんなにいるなんて。やはりこの街はいいね」

 

優しい笑顔のようですが、余すことなく戸籍を見る目はやたらと事務的でした。

 

「さて……善は急げってね。出かけてくるよ」

 

戸籍を持ったまま立ち上がった那由多誰何は音もなく歩き、ドアに手をかけます。

 

「どこに行くんです?もう夜ですよ?」

 

今の桃は単に心配してか、那由多誰何の背中に声をかけると、彼女はチラリと目線だけ振り返ります。

 

「人のためにも早めにこの街を引き継ぎたいから、魔族に会ってくるよ。

───【留守番よろしくね】?」

 

最後の一言だけ、重みがありました。

 

出て行った那由多誰何を追わない……否、追えなかったと言うのが正しいのでしょう。桃の横顔には冷や汗が流れてました。

 

そのまま家に残った桃はウリエルという那由多誰何のナビゲーターと何か遊んでました。

 

ウリエルは見た目は何だか豚みたいな感じですが、それよりも両手足についている枷が気になって仕方がありません。

 

「那由多の野郎、そーゆー趣味なのか……?」

 

女子高生の前で何てこと抜かしてんですか! 思い切り浦飯さんを睨みますが、本人はどこ吹く風で、妙に上手い口笛を鳴らしてました。

 

ウリエルなら何か知っているかもと考えた桃は色々話しかけますが、何を聞いても「イエスマム」としか返しません。

 

明らかに制限をかけられているような感じです。自分のナビゲーターにも警戒しているのでしょうか……?

 

「那由多の野郎の目的をナビゲーターに無理矢理吐かせる、自白剤みたいな能力が敵にいたら厄介だから喋れねーようにしてんのかもな」

 

「……何か戦闘系の能力より、非戦闘系の能力の方が警戒することが多くて厄介何ですけど」

 

「オレもマジでそう思う」

 

能力対策で喋れないと思われるウリエルですが、口では伝えられずとも、かるたの頭文字を使って言葉を作れるそうで、私たちに示してきました。曰く【桜の公園に行くといい】と。

 

小さな桃はその言葉に従い、桜さんのナビゲーターのメタ子を連れて丘の桜の木の下までやってきました。

 

街の1番高いところにある桜の周りは、1番結界の力が強いから悪しきものは近寄れぬ。そうメタ子は言います。

 

メタ子は桜の木の根元の土を掘り返すよう指示し、桃は言われるがまま地面から壺を掘り出しました。

 

「おお!すごい数の魔族討伐カードです!」

 

地面に埋まっていたのは小学生の桃が抱えるほど大きな壺。

 

壺の中には一杯になるほどの魔族討伐カードが詰まっていました。どうやらメタ子が言うには桜さんのへそくりのようです。

 

「なるほど、桜ってヤローも実は滅茶苦茶魔族を倒しまくってたってことか」

 

「いやいや、そんな人が魔族の私を救います?」

 

自分の身を犠牲にしてまで(死んでませんが)私の命を繋ぎ止めてくれている人がたくさん魔族を討伐しているとはとても思えません。と言うより、それだったら私を封印なりしたほうが彼女にとってはプラスでしょう。

 

それを聞いた浦飯さんは肩をすくめました。

 

「にしたってよー、この数はおかしくねーか?よっぽどの大物かすげー数を討伐したってことだろ?」

 

「うーん、言われてみれば確かに……」

 

私と浦飯さんの会話は憶測の域を出ませんでしたが、そのすぐ後メタ子がこう言ってました。

 

これらのカードはある大物魔族を封印した時の余りだと。

 

桃はそれを聞いても信じることができていませんでした。桜さんは魔族との共存を目指してこの街を作った人です。そんな人がわざわざ封印するなんて、と。

 

「まぁ危険なやつだったらイチイチ封印するよりぶっ殺した方が早ぇーもんな」

 

「確かに……封印とか難しそうですしね」

 

脳筋という他ないコメントに対しツッコミを入れようか一瞬迷いました。

 

しかし私も浦飯さんから封印とかそういう特殊な術は教わってないですし、ぶっちゃけ殴り合いしか学んでないので全面的に同意しかありませんでした。

 

「オレはバーサンに封印とかそっちのセンスはゼロって言われたぜ」

 

「私も絶対無理です!」

 

2人で軽く笑っていましたが、桃は黙ったままなのでチラリと横顔を見ます。深刻な顔をしている桃を元気づけようという会話だったんですが、どうにもうまくいきません。

 

そんな桃はこちらを見ておらず、桃の視線の先にいたのは笑顔を浮かべた那由多誰何。

 

いつの間に───!

 

「【こっちにおいで】」

 

彼女が手に持っていたカードが光った瞬間、桃は桜の下を離れ那由多誰何の横へ。メタ子は那由多誰何に抱えられてました。

 

移動した瞬間が見えませんでした。これが討伐カードによる願いの結果……!

 

しかしわざわざこの近距離でカードを使う意味。一見無駄としか思えない行為に見えます。

 

「もったいねぇ使い方だぜ。いくら自分が桜の木に近寄れねェからってよ、ケケ」

 

「やっぱりそういうことでしょうか……?」

 

那由多誰何は理解しているんでしょう。

 

自分が結界に拒まれているということを。そして桃を大量のカードのそばから離したかったということは、カードを使われることを防ぎたかったということ。

 

そしてカードさえなければ、那由多誰何にとって桃は相手にならないというのを。

 

「あいつ、隠す気ねーんじゃねーか?バレても問題ないくれーには余裕がある気がするぜ」

 

小さな桃でさえ、彼女の一連の行動のせいで、彼女への疑問は膨れ上がってました。

 

しかし彼女に対して抵抗できず、桃は眠りにつきました。

 

 

☆☆☆

 

 

翌日。桃は戸籍表の記載通りに色んな場所へ訪れても、存在が最初からなかったかのように魔族が姿を消してました。

 

正確に言えば姿だけではなく、魔族に対しての情報そのものが消えている、と言ったところでした。

 

図書館に訪れた際、職員の方に聞いても仮面かぶってコスプレした黒づくめの魔族───グシオンの行方を聞いても

 

「知らない」

 

すぐ言い切られてしまったのです。公共の図書館で、あんなインパクトのある魔族がウロウロしていたら覚えてないはずがないのにです。

 

さらにグシオンが座っていた図書館の椅子、そして椅子の目の前の机の一部が黒く焼け焦げてました。

 

ここで攻撃を受けたグシオンは、この後あの空間に逃げ込んだんでしょう。

 

「……この椅子、何か焦げてませんか!?」

 

「あれ、焦げてますね。片付けないと……」

 

「いや、反応おかしいです!」

 

焦げている椅子を見て片付けないと、で終わらせる人間がいてたまるか!

 

「記憶操作するにしたってよー、こんなあからさまな証拠があるのに桃以外誰も疑問に思わねぇってことは、かなりやばい能力者だぜ……」

 

浦飯さんの言う通り、明らかな異常事態にも関わらず何でもないかのように対応してしまうほど操作能力! もはや記憶消去というよりは、記憶と認識を改変する能力なのでしょう。

 

桃が指摘しても、何も疑問に思わず黒焦げの椅子を片付ける職員。

 

あまりに不気味な光景に、桃はそのまま図書館を飛び出し、さらに街の魔族の捜索を続けました。

 

【口の臭い】【結界に近づけない体】【長い間食事をしてないのに食べ物に執着すら見せない余裕】【消えている魔族を誰も覚えてない】【無駄遣いできるほどの大量のカードを持っている】

 

「誰何さん。あなたはこの街に住んでいる魔族を封印してますね?」

 

当時小学生であろう桃は、帰宅した瞬間、なんの捻りもなくストレートにソファにかけている那由多誰何に尋ねました。

 

「どうしたんだい、急に?」

 

「とぼけないでください! ここは姉が命がけで作った魔族のセーフティーゾーンです! そこであなたは魔族を封印しているのでしょう!」

 

突然の桃の質問に対しても、そらすことなく真っ直ぐに桃を見つめる那由多誰何。彼女は水筒の中身を少し飲み、蓋をしました。

 

「ああ、それは違うよ?」

 

しっかりと那由多誰何は否定します。そして華やかな笑顔を向けました。

 

「───全部食べてるから、皆殺しだよ」

 

つづく




断食の期間は間違いなく雷禅が長いでしょう。というより那由多誰何は黄泉みたいに好きなだけ喰いたい派と思われます。
那由多誰何の声は誰がいいんでしょうかね?幽白出身だと躯の高山みなみさん?
僕っ娘で不気味な感じ……いける!


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40話「見えない攻撃!です」

那由多の攻撃、能力に対してオリ設定ありです。ご注意を。
嘘だろ……アニメだと桜さんの胸が削られている……!?


「アナタは───!?」

 

衝撃的な一言を放った那由多誰何に対し、桃は一瞬で激昂する。

 

しかしその後の言葉は続かなかった。那由多誰何は伸ばした右手の人差し指をデコピンのように弾いた瞬間、桃のいた場所は爆発した。

 

「ぐうっ……!?」

 

リビングは吹き飛び、爆発の衝撃で外に吹き飛んだ桃の左腕は肘から先がなくなってました。苦悶の表情を浮かべる桃の様子から、ダメージの大きさがわかります。

 

「おや、確実に捉えたと思ったんだけど……思ったより反応がいい」

 

「桃!?お前!」

 

あまりの物言いに私の怒りはあっという間に頂点に達し、思わず那由多誰何の頭に対し拳を振るいました。

 

「あ、あれ!?」

 

しかし拳は彼女に当たることはなく、まるで何もなかったかのように通り抜けてしまいました。それは何度振るっても結果は変わりませんでした。

 

「落ち着けって。どーやら人には触れねーみてーだな」

 

そう言う浦飯さんも、オラオラ言いながら那由多誰何の後ろに回り込んで何度か頭を殴ろうとしてます。しかしやはり私と同じく拳はすり抜けていきました。

 

やはり物は触れても、過去を変えるような行動はできないようです。

 

「ウルトラムカつきますよこいつ!吐き気がします!」

 

「全くだ。でも今の攻撃を見ると、この時も桃じゃ倒せそうもねーが、どうやったんだ?」

 

変えられないと思っても、ムカつくものはムカつきます。思いの丈をぶちまけると、浦飯さんも同意しつつ疑問を口にします。

 

逃げる桃に対して先ほどのような攻撃が続いており、いやらしい笑顔を浮かべながら桃を追って行ってます。

 

 

 

───そして次の瞬間、空間が入れ替わる

 

先ほどまで家の近くだったのに、目の前には丘の上の桜が現れました。

 

「何で一気に場面が……!?」

 

「記憶が飛んでんのか……?わかんねーことが多いな、クソ」

 

桃は無くなった左腕から滴る血を右手で押さえつけ、桜の裏へ那由多誰何から隠れるように座っています。

 

「桃!腕は……!?」

 

「……致命傷じゃないから大丈夫」

 

桃のそばによって治療しようとしますが、桃は拒否しました。

 

そして腕を吹き飛ばした那由多誰何は埃ひとつ付いていないまま、ゆったりと桃に歩を進めます。

 

しかしふと立ち止まった彼女は、そこからゆっくり右手を伸ばしました。

 

その瞬間、強烈な衝撃と光が彼女の右手を拒みました。目に見えない結界と接触したようです。

 

「……なるほど、これ以上は無理か」

 

彼女の手は少し爛れ、じっと見つめた後その傷を舐めてました。そして桃に視線を戻します。

 

「なまじ君が中途半端に強いから一発で仕留めきれなかったよ。痛かったでしょう?」

 

「なんで……みんなを……!」

 

「そうだね……誤解されないように伝えるね」

 

「ぼくの願いはこの世全ての【かわいそう】を根絶すること。そのために見かけた魔族(エサ)は食べてます」

 

「……!?」

 

浦飯さん曰く人間を喰べた匂いではないと言ってましたが、やはり魔族だったようです。しかし魔族が人間を喰べるのは見てきましたが、逆のパターンは初めてです。

 

「……単なる食事じゃなくて、パワーアップのために喰ってるみてーだな」

 

「食べるのがパワーアップですか……?」

 

「単に願いを叶えるんなら魔族を封印するなりぶっ殺せば討伐カードは溜まるだろ?わざわざ喰う意味はねーはずだ」

 

「あ、確かに……」

 

那由多誰何の目は、濁りが全くなく、しっかりと桃を見つめてました。

 

「……何もかも間違ってる。お姉ちゃんはそんなことのために街を作ったんじゃない!」

 

「どうせ魔族なんて放っておいても勝手に増えるんだ。好きなだけ食べればいい。

ぼくの願い……この世の不幸がなくなるために使われるなら本望じゃないかな?」

 

いきなり胡散臭いというか、なんかスケールのでかいことを口走ってます。しかも魔族がゴキブリみたいな扱いです。魔族だって一生懸命生きてるんですよ!

 

「ある国では餓死で死んでいくしかない子供。その子の隣の国では無能なクズが全てを持っている。おかしいとは思わないかい?」

 

「一体何の話……?」

 

那由多誰何は突然何か語り始めました。桃はキョロキョロと反撃の糸口を探しているようで。自身の足元にある討伐カードを1枚手に取りました。

 

「魔族に襲われた人間を救うため魔族を殺した。そのことを感謝する人間もいれば、魔族以上の脅威として排除しようと攻撃してくる人間もいる。

ある日飢えて死にそうな人間を救ったこともあった。ひどく感謝されてね、とてもいい気分だった」

 

「……それで?」

 

「次の日に、私が助けた人間が金欲しさに人を殺していたこともあったよ。───そんな光景を何度も何度も繰り返して見てくれば、愚かしさに気づくと言うものさ。

この世はあまりに不平等で、欲が出過ぎて醜いよ」

 

───じゃあ平和になるにはどうすればいいと思う?

 

そう投げかけられた桃の答えは沈黙でした。そして私も。

 

そんな光景は見たことがないし、考えもしてません。短い人生の中で、普通は出会うことがないから。

だけど那由多誰何は長い時間を生きてきて何度も経験したのでしょう。それ故の言葉の重さを感じます。

 

「私はその答えを見つけたよ。人間……いや、生き物は多種多様に存在しているから戦うんだって。

殺す理由なんて些細なものさ。あれが欲しい、持ってるやつがムカつく、自分の物にならないなら……なんてね。

 

だったら個体を無くすような形に変えればいい。全ての生命がひとつの生命体に……なればいい。まぁ言うなれば単一の生命体……海のようなものになれば争いも起こらないだろう?」

 

「あー!聞きたくない!聞きたくない!聞きたくない!!」

 

那由多誰何の言葉を聞いた桃は叫びました。

 

姉の友人と思っていた人物が魔族を喰ってパワーアップし意味のわからないことを延々と喋り殺そうとまでしてくる。

 

当時小学生だった桃には辛い状況であることは誰の目にも明らかでした。

 

「とゆーか言っている意味がさっぱりわかりません!頭おかしいんですかこの人!?」

 

「イカれてんだよ。全くやることが極端というかよー。誰もテメーにやってくれなんて頼んでねぇっての」

 

「全くです!」

 

勝手に自分で絶望して、勝手に魔族を喰って回って平和にしようとか、迷惑極まりないです!桃に理解して貰えないと分かったのか、悲しげな表情を浮かべます。

 

「でもほとんどは目先の結果に囚われる。魔族を喰ったら泣いてる人もいてね。

だからぼくは身につけたのさ……【喰った魔族に関する記憶も喰べる】【喰べた魔力を我が物とする】という能力もね」

 

「……! だからいなくなった……喰われた魔族の記憶が消えているのはそのせい!?」

 

「その通り。ただし【魔族以外の他の食べ物を一切食べない】という【誓約】がある。まぁお腹が空いたら魔族を喰べてお腹も満たし力もつけるから問題ないけどね。

記憶がなくなれば悲しい気持ちにもなりようがないから、良い能力だと思わない?」

 

何でもないかのように言い放つ那由多誰何は、口元に持ってきた自分の指を少し舐めます。

 

魔族を喰うということが食欲だけでなく、支配欲も満たしているのではないか……と思ってしまうほど気持ち悪さが足元から這いずってくるような気分でした。

 

「さて、そろそろ桜ちゃんの残したカードを渡してほしいな」

 

那由多誰何は右手を桃に向けて、人差し指だけ弾きました。

 

突然の爆音。爆音後には弾け飛んだ木の一部と、後ろに隠れていた桃の脇腹の一部がえぐられてました。

 

「がっ!?」

 

「ふむ、中には入れないが攻撃は通れるようだね。と言うより、設定した人物だけを弾く結界かな?」

 

突然の攻撃に桃は全く反応できていません。抉られた脇腹を苦悶の表情で抑えてました。やつはそんな桃を見ておらず、淡々と結界について考察していました。

 

「え!?またいきなり吹き飛びましたよ!?」

 

那由多誰何の最初の攻撃もそうですが、今回の攻撃も魔力が感じられませんでした。まさか指を弾いた衝撃波だけであそこまでの威力を出せたというのでしょうか。

 

「……突然だと?おい、オメーまさか見えてねーのか?」

 

浦飯さんが訝しげに私を見ますが、私は空気の弾丸なんて見えません。見えない、と答えると浦飯さんは頭を掻いて困ったような表情を浮かべました。

 

「見えてねーってことは思ったより力の差があるみてーだな……」

 

「一体何の話……桃!?」

 

言葉の意味を聞こうとした矢先、またも爆音が響き桃は地面に倒れ込みます。もう一撃飛んできているようです。

 

魔力で強化している様子も見せない那由多誰何ですが、今の桃では反撃どころかまともな回避すらできていません。

 

しかしこちらからは触ることができない以上、見ていることしかできず話は進んでいきます。

 

「桃ちゃんの手に持っている討伐カードなんだけど、貴重だから無駄に使わないでほしいんだよね。どれくらいため込んでいるかも分からないしさ……」

 

「これは、このカードを使えば助かる方法がある。でも何でこんな大量にカードがあったのか当時は分からなかった」

 

「桃、何言ってんですかこんなピンチの時に!」

 

「これはシャミ子のお父さんのヨシュアさんのカードだよ。私は知らずに使ってしまったことを今まで謝れなかった……ごめん」

 

自分が殺されるというときに、桃は私に謝ってきました。

 

私は心底怒り、そして焦りました。状況を考えて謝れ!と。

 

「ごちゃごちゃ悩んでないで早く使っとけーい!!そんなちっさいことで私もお父さんも怒りませんよ!!」

 

早よせいや!!と怒鳴りつけると、桃は軽く笑い始めました。

 

「そっか、ちっさいことか。私の悩みは……はは」

 

「言ってる場合か!」

 

「小さい頃からうじうじ悩むやつだなーこいつ」

 

ようやく納得したのか、桃はカードを那由多誰何にかざし、カードが光り始めます。那由多誰何は余裕を持って見つめてます。

 

「あいつを殺……」

 

その言葉を発しようとした瞬間の那由多誰何の表情はまるで勝ち誇ったようなもので。誰がどう見てもダメな願いであることは明白でした。おそらく対抗策があるのでしょう。

 

「桃、それは───」

 

「あいつが喰った魔力を剥がして」

 

その言葉を聞いた瞬間、那由多誰何の表情は崩れました。

 

否、表情だけではありません。やつの体からガラスが割れるような音がしました。

 

その瞬間、那由多誰何の表情は憤怒を浮かべてました。今まで涼しい表情しか浮かべなかった彼女が、ここにきて激しい表情を見せます。

 

「やってくれたね───!」

 

「ザマァみろです」

 

桃は一歩踏み込んで間髪入れず杖を横なぎに振るいました。動揺した瞬間を狙ったのです。そして首に接触しようとして───

 

「ようやく結界の外に出てくれたね」

 

空を切った杖。桃の頭を鷲掴みにしたやつは、桃の頭を地面に叩きつけました。

 

「ボクが何千年もどれだけ頑張ったか、今まで喰った魔力を全部剥がすなんて、努力を無駄にして……本当にひどい子だ」

 

「桃!?」

 

「でもボクは諦めないよ。願いを叶えるまでね。───あと」

 

ピクリとも動かなくなった桃ですが、魔力は感じられるので生きてはいるようです。

 

立ち上がった那由多誰何はジロリと濁った目でこちらを見てきました。

 

「最初からずっと見てるツノの魔族と頭悪そーな魔族。お前たちはいつか殺す」

 

「え!?私ですか!?」

 

記憶の世界で認識去れないはずの私たちに向かって宣言したやつは、そのまま姿が消えていきました。

 

「おい!頭悪そーってなんだコラァ!ぶっ殺すぞ!!」

 

「おそらくその言動だと思うんですけど……」

 

おまけでしかも罵倒されたのがムカついたのか、消えた方向にやじを飛ばしまくっている魔族が一名いました。うん、チンピラにしか見えませんね!

 

「うるせーぞバカ魔族!」

 

「なんですとー!?ってこんなことしてる場合じゃないです、桃は?」

 

桃に駆け寄ると、桃は呻き声を出しながら目を開きました。よかった、無事ではないですがやばい状態ではないようです。

 

「ごめん、気絶してた……」

 

「ごめんなさい、私たち何もできなくて……」

 

「いいよ。これでやつの目的がわかったでしょう?」

 

「あんまり理解したくないですけどね……」

 

詳しくはよくわからなかったが人類を1つにする……つまり人類の抹殺が目的なのでしょう。何か急に壮大な話になってきました。

 

「あれの様子からすると、今もどこかで魔族喰ってそーだな。で、シャミ子とオレを狙いに来るってところか?」

 

「恐らくは……」

 

「面白れェ、返り討ちにしてやんぜ!」

 

拳を合わせて意気込む浦飯さん。確かにあのまま放っておくわけにはいきません。

 

「私も戦います!黙ってやられるのは嫌です!」

 

見えない攻撃、不気味な行動、壮大な……でも理解したくない夢。

 

今までにない敵に、私は不安を感じてました。

 

つづく




那由多誰何に仙水と王のセリフを言わせたかった。王の貧困の格差に対する台詞は好き。
仙水も王も樹やコムギとか近くの人の影響受けすぎてる気がする。
那由多誰何の願いは人類補完計画ですね、間違いない。


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41話「領域の恐怖です!」

ここからオリジナルルート突入しますので注意。テリトリーの能力を考えるの本当に難しい……


───那由多誰何は忘れない

 

どうして魔法少女になったのか、どうして平和を目指すようになったのか。そしてその目的を達成するために関わった者の顔を忘れない。

魔法少女になってからの1000年間あったことをずっと覚えている。もはや単に記憶力がいいというレベルではない。彼女の特異性とも言って良かった。

 

「───可哀想に。魔族になんかに生まれて、本当に可哀想」

 

「ヒ、ヒ、ひぃ───」

 

果実が潰れるような音、そして那由多の足の下から赤い血が流れる。流れる血を見ながら、那由多は何度も足を地面に擦り付けた。

 

頭を失った体は痙攣をやめ、静かになった。鳥のような足、背中には羽。しかしその他は人間とほぼ同じ死体をじっと見つめ、那由多は大きく息を吸った。

 

物理的にありえない軌道であった。まるで意志を持っているかのように那由多の口へ死体が滑り込んでいく。全てが口の中に収まり、口の端にわずかについた血をペロリと舐める。

 

「さぁお嬢さん、【何もなかったけど】危ないから家に帰った方がいいよ?最近物騒だからね」

 

那由多が目線を向けた先には、スーツ姿の若い女性が地面にへたり込んでいた。

 

先ほどまで声も出ないほど怯えていたが、何があったかを【忘れている】ようで、何故今の自分が地面に座っているのか不思議そうにしていた。

 

「あ、ありがとうございます。あの、何か地面が黒いシミみたいになってますけど、何ですかねそれ?」

 

女性が示したのは那由多の足元。先ほどまであった死体も、流れた血も無くなっていた。残っているのは血のシミのみ。それさえも女性は覚えていない。

 

「ああ、きっと誰かがコーラでもこぼしたんだろうね。ボクが水で洗っておくよ。お大事に」

 

シミを作った原因であり、女性の記憶から忘れさせた原因でもある那由多は人の良さそうな笑みを向ける。女性はその笑顔から、安心感を感じるとともに、なぜかこの場から一刻も早く立ち去りたくてしょうがなかった。それは彼女自身にもわからない衝動だった。

 

お願いします、と一言だけ言って小走りに立ち去った女性の背中を見つめた那由多は右拳を何度か握っては開く。

 

「それで?見つかったかい?」

 

手を見たまま呟いた那由多。そのすぐ横に音もなく現れる小柄で若い、少年のような男。男は黒髪が片方の目を覆い、体はマントで覆われていた。黒一色であった。

 

「やはりあの桜が中心です。他の地の霊脈よりも、あそこが一番パワーがあります」

 

「桜ちゃんめ……こうなることが分かっていて桜を枯らせたな?」

 

那由多の瞼の裏に蘇るのは、街を見下ろす満開の桜。魔力を帯びた桜の美しさは那由多も、街を作った彼女も好きだった。

 

「あの土地で枯れた状態から霊脈のエネルギーを引っ張ってくる作業は、少し前からあの魔族を操ってやらせています。

しかし完全にコントロールするためには本の魔族か管理者の知識が必要でしょう」

 

「あの忌々しい魔族も使い道があるじゃないか。しかも都合がいい事に本の魔族は復活していることは彼女から見ている。何やら運命的なものを感じるよ」

 

「……しかし【あれ】はまだ気づかれていないようですね」

 

「ふふ……長い付き合いであれば多少言動がおかしくても、思い込みで見逃してしまうものさ。さて、数年ぶりに彼女たちに会いに行こうか。

けどその前に一応仕掛けておいてね。ボクからのサプライズとして」

 

「かしこまりました」

 

少し風が吹くと、すでに2名の姿は消えていた。今日の魔族のことはもう誰も覚えていない。人々の中で、何もないいつもの日々であったことだけが記憶に残った。

 

 

☆☆☆

 

 

一通り桃の過去を見た私たちは情報共有して解散になりました。

 

途中うすらぼんやり、より昔の桃の記憶を───桜さん、お父さん、那由多もいた───見た気がしますが、桃が外国語言っていたので良くわかりませんでした。

 

私のお父さんも記憶を改竄する能力があったようで、桃の桜さんに対する記憶は一部失われていたそうです。

 

その記憶は私しか見れなかったようですし、今回のヤバい魔法少女とは関係ないので私はその記憶のことは口にしませんでした。

 

『いつ奴がやってくるかもわからない。だから力もつけて守りも厚くしたい』

 

そう語った桃は小倉さんを連れて部屋に戻っていきました。グシオンの知識を受け継いだ小倉さんの力を借りて街の結界を強化するためだそうです。

 

ずるずる引きづられていく小倉さんは私たちに助けを求めるような目を向けてきましたが、頑張ってと手を振ったところ絶望してました。生きて帰ってきてください……!

 

そして次の日。学校に登校して自分の席でグダッと横になります。

 

学校の様子はいつもと変わりなく平和そのものでした。疲れているのは私のみです。

 

最近本当に忙しいというか、話が急展開で大変です。ましてあんなヤバいやつといつか戦わないといけないとは……。

 

楽な戦いじゃないだろうなと想像し、私は大きくため息をつきました。

 

「おーすシャミ子、何かお疲れ?」

 

「まぁ色々ありまして……」

 

杏里ちゃんが空いている席に腰掛けると、察してくれたのかあまり突っ込んできませんでした。

 

ふと席の周りを見渡すと、もうすぐHRの時間にも関わらず、ポツポツ席が空いてました。ここのところ休む人が増えてきているようです。

 

「最近休む人多いですけど、何か流行っているんでしょうか……?杏里ちゃんは何か知ってます?」

 

「いやー詳しい病名は知らないねー。でも少し変なんだよね」

 

「何が変なんだよ?」

 

浦飯さんが尋ねると、杏里ちゃんは少し唸って答えます。

 

「単に体調崩した〜っていう子が大半なんだけどね、中にはひどい頭痛と吐き気で全然動けないなんていう子もいたらしいよ。しかもそれが先週くらいから急に起き始めてさぁ……」

 

「季節性の風邪ですかね?」

 

魔族になる前は入退院を繰り返してましたが、今は元気モリモリです。むしろ修行で痛みつけられる我が肉体を労ってあげたいです。

 

「それにしちゃ時期が揃っていて変だしな……一回皆で集まってみっか」

 

意外にも慎重な意見を言ったのは浦飯さん。普段なら笑い飛ばすくらいの対応をする人が集まろう、なんて言い出す。マジでやばいかも、と思うくらいには何かありそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼休み。桃やミカンさん、杏里ちゃん、小倉さんで集まって話し合うことにしました。

 

相変わらず桃の昼食は菓子パンと謎ジュースで少しいい加減です。もっと栄養つけろ!

 

「───っていうことになっているんだよ」

 

杏里ちゃんが一通り朝の説明すると、3人は顎に手を置いてうーんと唸っていました。

 

「何かの異変、ていうには今のところ実害はないわよね。放っておいていいんじゃない?」

 

「でもミカン、私がこの街に住んでからこんなことは一度もなかった。何でもないと放っておくには少し気になる」

 

ミカンさん、桃の意見は分かれます。

 

以前あったように魂が抜かれている、とかいうのであればすぐ動く必要がありますが、今のところ具合が悪くなっている程度なので動く必要があるかと言われれば微妙なのも確かです。

 

「はいはい、杏里ちゃん質問でーす」

 

うーんと行き詰まっている空気の中、小倉さんが手を上げました。グシオンの知識を受け継いだであろう彼女は何か引っかかったのかもしれません。

 

「何ー?小倉」

 

「それってこの街だけ?隣町は?もしくは市内全体とか?」

 

「あー、確定じゃないんだけど、隣町の知り合いの周りで体調悪い人は出てないみたい。それがどうかした?」

 

「なるほどなるほど……」

 

ブツブツ呟いている小倉さんは懐から取り出したメモ帳にかなりのスピードで書き込み始めました。何かわかったんでしょうか?

 

「私の仮説なんだけど、とりあえずいいかな?」

 

メモ帳から目を離して、小倉さんは私たちをグルリと見渡します。誰も否定せず頷いて先を促しました。

 

「元々この街の結界の元はあの丘にある桜の木から発生している、もしくは中心となっているという前提で話すね?」

 

「でもあの桜は枯れたままじゃねーか。何のパワーも感じないぜ?」

 

「そこです浦飯さん。あの桜は以前は1年中咲きっぱなしだった、しかし今は全く咲かない。となると単なる桜ではなく、魔力を帯びた桜であると仮定します」

 

まぁ確かに1年中咲いたり、枯れっぱなしなんていう極端な桜なんて私は聞いたことがありません。しかもこの街にあるんだから魔力関係だろうということは明白です。

 

「つまり魔力がないから咲かないってことですか?」

 

「いいよシャミ子ちゃん、多分合ってるよ!」

 

「いやぁ、それほどでも……」

 

「ただそうすると桜は枯れていても、この街の結界は一応機能していた。結界の揺らぎはそれほど感じ取れないけど」

 

「そこだよ」

 

桃の意見に対し、小倉さんはボールペンの先を向けました。

 

「ただでさえ弱くなっている結界だった。だからさらに弱くなっているのが加速していたとしても、気付かない可能性の方が大きいんだよ」

 

「まぁ言いたいことはわかるわ。でも仮に弱体化がひどくなっていても、他の人たちの体調不良とどう関係があるのよ?」

 

ミカンさんの疑問に対し、小倉さんは紙に絵を描き始めました。桜を中心とし、街を覆うように2重の円を書いています。

 

まずペンで外側の円を指しました。

 

「元々この結界は悪しき考えの魔族や魔法少女をシャットダウンするのが外側の結界。また魔族が近くにいても人間がそれほど違和感なく対応するという認識変更が内側と考えてくれていいよ。

絵としては2重の円だけど、実際は一つで二つの能力がある。

つまりバリア的な能力と、認識改竄という二つの能力を併せ持った結界っていうわけ」

 

「そうして聞くとやばい結界ですね……」

 

しかし認識改竄とか、人の頭の中身を弄るような代物ですねこれは……。事前に住民に説明したら反発されそうなレベルの代物です。

 

そのことは私だけでなく、杏里ちゃんも感じ取っており、ボソリと「やばくね……?」と呟いてました。

 

「つまりいじっていた認識が元に戻っていたり、さらにいじられた場合、脳や体が拒否反応を起こして体調不良につながった可能性があるということだよ〜」

 

小倉さんの意見は皆に緊張を強いるには十分すぎました。そこまで言えば誰しもまずい事態になっていると。

 

つまり何者かが結界の元になっているものを弄っているから、結界内の住民に変化を起こさせているということです。

 

「結界の元の何かを弄っているやつがこの街に入り込んでいるってことか」

 

「あの那由多ってやつ?」

 

「いや、あのヤローはかなりパワーがあるやつだ。流石に結界が反応するだろ。そうなると……ヤローの仲間か」

 

確かに今の那由多の実力は不明ですが、以前と同じだとしても街に入れば何となくわかるでしょう。となれば結界が反応しない程度の実力の仲間が来ている可能性の方が高いと言えます。

 

しかしそこまで話は進みましたが、じゃあどこにいてどんなやつなのか、というのが全くわかりません。全員お手上げでした。

 

「よし、魔力か妖気持ちで見たことないやつを徹底的に探そう。もし見つけても戦わず皆に知らせること!解散!」

 

力強い桃の宣言でこの会議は終了となりました。何と分かりやすい作戦でしょう。小倉さんと杏里ちゃんはあっけにとられてましたが、桃とミカンさんと浦飯さんは当然のごとく受け入れてました。

 

「相手の能力がわかんねー以上、見つけても戦ったらやべーかもしんねーからな。小倉と杏里はすぐ逃げろよ」

 

「はーい」

 

「了解でーす!」

 

確かに一撃必殺の能力だったり、頭脳で競う系の能力だと私なら一発終了ですからね。言っていて悲しくなりますが、連絡はこまめにするように取り決めをし、お昼休みは終了しました。

 

何か姿が見えない、正面から来ない敵って本当に不気味です。何もなければいいんですが……。

 

 

☆☆☆

 

「しかしそう簡単に敵が見つかるとは思えないんですけど」

 

浦飯さんと私だけのペアでブラブラ街を歩いていましたが、変わり映えしない、いつもの風景が続くだけでした。

 

ため息まじりにこぼした言葉に、浦飯さんも同意するようにため息を吐いてました。

 

「全くだな。姿が見えねー、コソコソやる連中は1番めんどくさいぜ」

 

夕方であるせいか、人の行き来がだんだんと少なくなっていき、学生やサラリーマンくらいしか歩いてませんでした。

 

夕方は集中力が落ちやすく、事故が多くなると聞いています。だからでしょうか、歩いていると人を見かけなくなってきたと気づくのが遅れたのです。

 

そして次の瞬間、途方もなく違和感に全身突っ込んだような感覚に襲われました。

 

「何ですかこれ……!?この拭えない違和感は……!」

 

「こいつは領域(テリトリー)に入った感覚だ!脱出しろシャミ子!」

 

領域(テリトリー)。浦飯さんから聞いた話では、個人ごとに様々な能力があり、嵌れば実力が上の相手でも一方的に倒せるという特殊なものと聞いてます。

 

もちろん能力の範囲や、範囲内には自由に出入りできるor脱出不可能なんて条件もバラバラなようです。

 

私は声を聞いた瞬間、咄嗟に後ろに飛びましたが、見えないバリアがあるようでそれ以上後退することができませんでした。

 

「そんな!脱出できません!」

 

「ちくしょー、もう能力の範囲内かよ!ヤロー、隠れてねぇで出てきやがれ!相手になってやんぜ!」

 

するとベンチに座っていた私と同い年くらいの男の子が拍手しながら立ち上がりました。

 

黒髪にところどころ金髪がある逆立ったヘアースタイル……一度見たら忘れられない強烈な見た目でした。

 

「彼女の言う通り、威勢のいい2人組と聞いていたが、その通りのようだ」

 

「何者です!」

 

「俺の名は遊賭。さぁ、闇のゲームを始めよう」

 

「何ですと……!?」

 

一体現れた彼の言う闇のゲームとは一体何なのか。そして如何なる能力を持っているのか。

 

直接肌で実力を感じ取れない分、余計に恐ろしさを感じてました。

 

つづく




最近うろ覚えだったので遊戯王全巻購入から、そこから出演。闇のゲームって領域っぽいですよね。
でもカードゲームになってから罰ゲームがほぼなくなってしまって寂しいっすよ……


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42話「領域!ゲーム対決です!」

いくら強くても苦手な分野では無力という話。


「闇のゲームだぁ?つーかテメーは誰に頼まれて俺らを狙ってきたんだよ?」

 

「ふふ、オレに勝ったら教えてあげるよ」

 

余裕を見せる遊賭と言われる青年は、私から見て無防備そのものでした。この領域さえ使われていないのであれば、腕にシルバー巻いている髪の毛が半端なく目立つだけの人でしょう。

 

「先手必勝ですー!オラァ!」

 

能力を完全に使われる前に、私は行動を起こしました。変身せず、不意打ちで懐へ飛び込み顔面へ右ストレートを繰り出します。

 

まさか浦飯さんが喋っている間に仕掛けてくるとは思わないでしょう。死なない程度にぶん殴ります!卑怯という言葉は聞こえません!

 

そう意気込んだ私の拳から衝撃が伝わりました。

 

彼の顔に当たったわけではありません。当たると思った瞬間、まるで透明なバリアみたいなものが出現したのです。

 

「い、痛いです〜!?」

 

思わず右拳を左手で抑えるくらい凄まじい痛さです。この痛さはまるで魔族として鍛える前にコンクリートの壁を殴った時くらいに絶望的な硬さです。

 

「ふふ、暴力はオレの領域(テリトリー)の中ではダメさ。そっと優しく触れる程度でならOKだ」

 

クスクス笑われながら彼の人差し指が私のおでこを優しく押しました。おのれ、何だその完璧な防御能力は!

 

しかも領域(テリトリー)からは脱出も不可能。つまり相手の条件に従ってしか行動できないと言う状態です。

 

「お馬鹿シャミ子め。つまりテメーの能力で出す条件で勝たないとダメってことか」

 

「その通り。入れ物の彼はオレの能力みたいな相手との経験があるみたいだね」

 

「まぁな」

 

ふっと軽く笑う浦飯さん。だが私は聞いています。浦飯さんはこう言った領域の能力者との対戦はほぼ勝ってないと!

 

木戸さんには影を踏まれ捕まって人質に。神谷drはボコボコにしてKO勝ち。

刃霧さんは飛影さんが来なかったらトラック爆発に巻き込まれアウト。天沼さんのゲームはCPU相手に勝利。

 

あれ、もしかして浦飯さんって直接殴れない相手だと神谷dr以外はほぼ負けてません?天沼さんだと本人とは戦ってないし。

 

いやいや、例えそうだとしても、この目の前の相手の能力がガチンコの戦闘系ならまだ希望が……

 

「オレの能力名は【闇絵札】。ペナルティありでのカード遊びさ」

 

───勝てないかもしれない。遊賭のセリフは私を絶望させるには十分な言葉でした。

 

 

 

 

そんな私の気持ちをよそに、遊賭は話を進めます。

 

「さて、オレは遊び……特にカードが好きでね、カード限定の能力なのさ。

能力は至って簡単。オレとカードで勝負すること。勝てば無事この領域(テリトリー)から脱出できるというわけだ」

 

「負けた場合はどうなるんですか?」

 

これだけ聞くと公平なルールのように聞こえますが、そもそも相手の能力という時点で相手が圧倒的に有利です。条件は出来るだけ聞いておきましょう。

 

「罰ゲームを受けてもらう。その人の心次第さ」

 

「心次第?」

 

「やればわかるさ。何か質問は?」

 

「カードなら何でもいいのかよ?」

 

「その通り。何でもいい。トランプでもUNOでもかるた、TCGでもいい」

 

要するにカードであれば何でもいいそうです。しかしカードは私苦手なんですよね……入院ばっかりでお友達もほとんどいなかったから1人遊びが多かったし、最近はTVゲームばっかりですから、ほぼ経験なしです。

 

しかし相手の能力は今目の前の本人が言った通りとは限りません。もし初めに浦飯さんにやってもらって、罠に嵌って負けてしまったら私しかいなくなります。そうなったら勝ち目ゼロ!無謀極まりないです!

 

なら相手の能力を探るためにも、私が初めに戦うしかありません!

 

「よし、ならば私がまず相手だ!」

 

私はそう決意して先にやることを宣言しました。あとは任せましたよ浦飯さん!

 

「ふふ、いいね。なら何がいい?やりたいゲームはそっちが決めていいよ?」

 

随分余裕の態度です。しかし相手が本当にカードゲームが得意であれば私など赤子の手を捻るようなものでしょう。

 

ならば運が絡むゲームでなら勝ち目が少しあるかもしれません。

 

「ならばブラックジャックでお願いします!これなら経験があります!」

 

そう、今使っているパソコンにミニゲーム的な感じで入っていたので、何度かやりました。これならルールは簡単です!

 

「いいよ。ならトランプを用意しよう」

 

そう言った瞬間、何もない場所に未開封のトランプが出現しました。むむ、これも奴の能力の一部ということでしょうか。

 

「未開封だから細工はしてないよ……まぁオレの能力だ、と言われてしまうとそれまでだが。じゃあオレが親でいいかい?」

 

「外に出てトランプを買いに行けませんし、いいでしょう」

 

ブラックジャックのルールは簡単に言うと最大21で、それ以上の数値はブタ扱いで自動で負け。つまり如何に21に近づけるかが勝負というゲームです。

 

joker抜きで2から10まではそのままの数字。絵札の11から13は10扱い。1は11と1のどちらかを選択できます。

 

まず1枚配られ、そしてもう1枚配られます。ヒットでもう一枚。スタンドでそのまま勝負となります。つまり最低2枚と言うことです。

 

「今回は特別ルールはなしでいいかい?」

 

「ええ、単純な勝負でいいです。そして3回勝負でいいですか?」

 

というより、特別ルールって何でしょうか?まぁ知ってる感を出しておけば何か騙せるかもしれませんし、このままいきましょう。

 

ぶっつけ本番だと怖いので3回勝負を願い出たら、軽く笑われました。

 

「いいよ。君が3回で1回でもオレに勝てれば、ゲーム終了でいい」

 

「むむむ」

 

完全に舐められてますが、1回勝てればいいということで随分私に有利になりました。ふふ、後で泣きっ面にしてやります!

 

相手が普通にカードをシャッフルし、私に渡してきたので私も同じようにシャッフルします。それではゲームスタートです!!

 

1回目。相手はキングと7。合計17 私は8と9。合計17。

 

ここで互角ですが勝とうとしてもう一枚引いたら、何と5で22。ブタで私の負け

 

「惜しいー!もう一度です!」

 

2回目。相手は6と5とクイーンで21。 私はキングと10で20。私の負け。

 

ヒィ、もう後がないですー!?

 

「弱すぎんだろ!もっと粘れや!」

 

「相手の引きが強いんですよ!イカサマしてるじゃないんですか!?」

 

「心外だな。ノースリーブだから上着は着てないし、リストバンドもつけてない。

カードのシャッフルもカードを痛めないように普通にしている。その後君が切っている。そして上から順番に配っているさ」

 

季節的には寒いのにノースリーブとはやばい人です。しかし服装が何でイカサマに関係あるんでしょうか?

 

「確かにオレの目から見ても普通に配っているぜ」

 

どうやらイカサマ的な配り方はしてないそうです。いや、どんなイカサマがあるのかはさっぱり知りませんが、浦飯さんが言うのであればやってないんでしょう。

 

「よぉし!ラストで勝ちます!来なさい!」

 

ラスト。相手はまず3。私は何と1です。

 

「(来ましたー!これで10になれば勝てる!)」

 

1なら21になる可能性大!思わずガッツポーズしたくなるような幸先の良さです。しかし魔族は慌てない。次が大事です。

 

2枚目。相手は10。合計13。  私は5、合計6か16です。  

 

「(ぬあー!?)ひ、ヒットです!」

 

スタンドには点数が低すぎる!なのでまだ余裕がありますから、私はヒットを選びました。やばい、めちゃドキドキしてきました……!

 

「ならオレもだ」

 

3枚目。相手は4で合計17。  私は6、合計12か22。

 

勝つためにはヒットするしかないです!やばい、つ、次で決まっちゃいます!

 

「オレはスタンドだ。君はどうする?」

 

「ヒットです!」

 

21までには残り9。つまり絵札と10以外で、なおかつ17を越えればいいのですから6−9の間が来れば私の勝ちです!

 

「(来い来い来いー!!)」

 

そして念じた結果のカードは───3。合計15。

 

引きが弱い!!

 

「ヒットです!」

 

「ふふ、はい」

 

そして来たのは───キングでした。合計25。

 

「うわー!ブタですー!?」

 

「バカタレー!?」

 

「残念、惜しかったね。じゃあ、罰ゲーム!!」

 

敗北した瞬間、私は咄嗟に邪神像を掴み、スイッチを入れました。これで浦飯さんに切り替わるはず!

 

奴の額に目のようなものが浮かび上がり、ドン☆という音と共に私の意識は闇へと落ちていきました。

 

 

☆☆☆

 

 

「テメェ、シャミ子に何しやがった!?」

 

幽助はシャミ子の体に切り替わった瞬間、遊賭の胸ぐらを掴もうとし、バリアに阻まれた。もし掴んでいれば遊賭の首の骨がへし折れるレベルの勢いだったからだ。

 

バリアに対しての信頼か、遊賭は余裕の笑みを浮かべたままだ。

 

「暴力は無理だって……今の君は、像から聞こえてきた男の声になったね?もしかしてさっきのスイッチが入れ替わりの合図かな?」

 

「質問に答えろっつーんだよ!ぶっ殺すぞ!」

 

「彼女は、今意識の奥で彼女のトラウマをもう一度経験してもらっているところさ。遊びにリスクは付き物だろ?」

 

「テメェ……!?」

 

現に遊賭の言う通り、現在シャミ子は魔族覚醒前、病院で生きるか死ぬか、身動きできずにベッドの上でしか生活できなかった幼少期を体験していた。

 

髪が抜け落ちてカツラを被り、呼吸器をつけて容体がいつ悪化するかもわからない、消毒液の匂いで充満した病室に逆戻りしていた。

 

かつて自分の記憶に潜り込んだ時も、この光景だった。それほどシャミ子にとってはキツく暗い記憶なのだ。

 

彼女はそういった生活を知っているから、どんなに修行がキツくとも、自分の体が思う通り動かせる喜びと感動を大事にしていた。

 

かつての古傷を罰ゲームとはいえもう一度経験させられている。トラウマを抉るような真似をしてくる遊賭に対し、幽助は冷静ではいられなかった。

 

昔から幽助は外道な行いに関してはストレートに怒りを露わにしてきた男だ。

 

これが殴り合いの戦闘であれば、かつてのdrイチガキへの怒りでパワーアップしたケースもあることから有利になるかもしれない。

 

しかし今のカードゲームでの勝負をしなければいけない状況で怒りを募らせるのは、遊賭の思う壺であった。

 

「じゃあ次のゲームは何がいいかい?好きなのを選んでもいいよ?」

 

「うるせェ!さっさと決めやがれ!テメーに勝って、シャミ子を助け出す!」

 

「ふふ、じゃあ次はポーカーにしようか」

 

「ならオレがカードを配ってやんぜ!そうすりゃーイカサマできねーだろ!オレも3回勝負だ!」

 

「お好きにどーぞ」

 

遊賭は肩をすくめて幽助の提案を飲んだ。

 

「あ、そうそう。もしイカサマした場合はその時点で罰ゲームが発動するから気をつけて。もちろんオレもそれは適用されるから」

 

「ケッ、今更抜かしやがって!イカサマなしでもテメェを倒す!」

 

実のところ、幽助はイカサマする気ではあった。

 

カードを傷めるぜ!と言うショット・ガン・シャッフルをやり、鍛えた動体視力でカードを見極める。

 

そしてセカンドディールと呼ばれるカードの配り方で、1番上から配るのではなく、相手には2番目のカードを配ることで、自分に有利なカードを引き寄せる気であった。

 

しかし遊賭の言う通り、イカサマした瞬間に罰ゲームとなるのであればそれは使えない。

 

遊賭の言葉が本当かどうかの区別は幽助にはつかない。もし嘘だったとしても、それを証明する方法が幽助にはないからだ。

 

なのでこのタイミングで遊賭が罰ゲームについて語ったことは、幽助の行動を制限すると言う意味では大きな効果を発揮していた。

 

まともにゲームをするしか選択肢はない。忌々しく思いながら幽助はカードをシャッフルした。

 

幽助がシャッフルして感じたことは、本当にこのトランプには何の力も感じないと言うことだ。

 

カードの一部を切ったりしてわかりやすくした、なんてこともない。魔力や不思議な別の力も感じない。

 

つまり本当に何でもない市販のカードと同じなのだ。

 

「(んじゃマジで普通に勝負してシャミ子は負けたってーのか……?)」

 

事実、遊賭とシャミ子との勝負は能力も何もない、普通の勝負だった。

 

だが遊賭は隠していたことがある。実は引き分けでも遊賭の能力は解除されるのだ。なので1回目の勝負で終わっていた可能性があった。

 

「(引き分け狙いじゃ面白くならないしね)」

 

しかし遊賭は罰ゲームありのスリリングなゲームを楽しみたいがために、その条件はあえて口にしてない。

 

もちろん3回勝負であれば、1回より引き分けも負ける確率も上がる。しかしシャミ子と幽助は【絶対に勝たなくてはいけない】という先入観に強く囚われてしまった。

 

負ければどう言う目に遭うかわからない罰ゲームが待っている……リスクありの勝負というのは、冷静な判断力を鈍らせる。

 

罰ゲームは心理的に揺さぶりをかけているのだ。

 

そして入れ替わった幽助という人物はまさに頭に血が昇っており、感情が露わになっていた。

 

「手札の交換の回数は?」

 

「男なら1回勝負だ!」

 

「ふ、いいだろう。ゲームスタート!」

 

これほどやりやすい相手もそういないだろう。故に決着は早かった。

 

1回目。遊賭はフルハウス、幽助はワンペア 遊賭の勝ち

 

「ふ、今日は引きがいいね」

 

「うるせェ!まだこれからだ!」

 

2回目。遊賭はフラッシュ、幽助はスリーカード 遊賭の勝ち

 

3回目。遊賭は2ペア、幽助は1ペア 遊賭の勝ち

 

ポロリと幽助の手札から見えたのは絵札ばかりであった。幽助は大きな役を狙いすぎたのが敗因だろう。事実最後は3枚交換したが、1枚交換であれば勝てる手札であった。

 

「ち、ちくしょう……!?負けちまった……!」

 

「最後は少し危ない勝負だったね。では罰ゲーム!」

 

遊賭の額が瞳の形のように光った瞬間、幽助は机に上半身が突っ伏すように気絶した。

 

「……この街の奴らは凄腕だと聞いていたが、全然大したことなかったな。まるで素人だ」

 

簡単に相手の条件を呑むし、精神的揺さぶりは効果抜群。遊賭にとってこれほど手応えのない相手も珍しいほどであった。

 

きっと戦闘……殴り合いでの強さだけなんだろうな、と少しがっかりしながら横たわるシャミ子をどうしようかと見つめる。

 

とりあえず依頼者に連絡しようか、とスマホに手を伸ばそうとして、気配を感じた。

 

遊賭の領域は出入りは基本的には能力者本人の許可が必要だ。しかしもしシャミ子たちを入れた時にたまたま領域の範囲内に誰かしら偶然いた場合は───

 

「ちょーっと困るんだよ〜、今その2人を連れてかれちゃったりするとねー」

 

少女は美しい黒髪を靡かせながら、間伸びした声で遊賭を静止させた。

 

「お仲間かな?名前、聞いてもいいかい?」

 

「ごめ〜ん、それは無理かなー?」

 

メガネの少女はそのまま突っ伏しているシャミ子の横に座り、正面から遊賭を見つめる。

 

「私が勝ったら、この2人は解放される?」

 

「もちろん。勝てれば、ね?」

 

「Good!じゃあ勝負だね!」

 

ゆるい言い方ではあるが、先ほどとは目の奥が爛々と輝いているように見えた。

 

まるで心を透かされている感覚が遊賭を襲い、彼は歓喜で口角を上げてしまっていた。

 

「君ならいい勝負になりそうだ……」

 

その言葉に対し、目の前の少女───小倉しおんは笑みを浮かべたままだった。

 

つづく




小倉さん参戦!主人公2人があっさり負けてますが、ゲーム対決じゃ勝てないタイプだよね?という安直な理由です。

幽助は格ゲーと麻雀とパチンコと競馬ならいけそうですが、ゲーム対決でまず見ないラインナップなのでまぁ勝てないだろうなと。

シャミ子?もっと無理でしょ、という理由で敗北。すいません、でも2人がゲーム対決で勝つのは違和感すごいんで……。許して


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43話「ゲームで宣言!です」

ゲームの心理戦難しすぎぃ!やっぱ脳筋バトルの方が描くの楽ですわ!


罰ゲームにより動かなくなった幽助とシャミ子のそばで佇む遊賭と小倉。先に口を開いたのは小倉だった。

 

「ゲームは私が指定していい?」

 

「構わないよ。カードゲームなら何でもいい」

 

「ルールもこちらで決めていいのー?」

 

その言葉を聞いた遊賭はフッと口角を上げた。今までの2人はただこちらの提案を飲んでいただけでまともにゲームしていたが、もう少し目の前の少女は慎重なようだ。

 

「もちろん。本当にカードゲームなら何でもいい。ただルールは開始前に明確にしておく必要があるけどね」

 

発案者が後出しルールを言い出したらキリがないし、何でもありになってしまう。最初に定めたルールを破ってしまった場合、罰ゲームが強制発動する仕組みとなっている。

 

遊賭としてはその時点で勝利となるので敢えて言う気はなかった。

 

「後から卑怯なことを行ったら罰ゲームになるんでしょ?」

 

「……本当に君は2人とは違うようだ」

 

しかし小倉はそれを看破し指摘する。よくこちらを観察している。

 

感情に任せてゲームをするタイプではない、遊賭は警戒レベルをさらに引き上げた。

 

「私が提案するのはゲスイット。1回きりの勝負でどうかな?」

 

「……なるほど、そう来たか」

 

ゲスイットとは!

 

①特定の絵柄(例えばスペードのみ)の1−13までのトランプをシャッフルし、お互い6枚配る。

②余った1枚を場の中央に置く

③プレイヤーはお互いに何番のトランプを持っているか質問する。その際は正直に答える。

④繰り返し③を行い、中央の1枚が分かった時点で「分かった」と宣言し、数字を答える。

 ただしこの宣言は相手の質問に答えた直後に行うこと。つまり相手のターンで回答すべし。

⑤数字が合っていれば、宣言側の勝利。違う場合は敗北となる。

 

以上がルールである!

 

「私が勝ったらその2人を解放してもらうよ〜」

 

「この能力は負けた場合、罰ゲームの効果が切れる。だから自動的に2人は解放されるから安心してほしいな。まぁ多分だけどね」

 

自信たっぷりな遊賭の様子に、小倉は少し首を傾げると、彼は楽しそうに笑った。

 

「この能力を使ってから負けたことがないからね。引き分けは一度だけあるけど」

 

「ふぅん」

 

───思い返すのは底の知れない依頼主。人畜無害そうな魔法少女の姿をしていたが、アレは出来れば二度と会いたくない人物だ。

 

『ぼく、ゲームには自信あったんだけどね。君は強いな』

 

美しい容姿によく似合う白髪の魔法少女は、コロコロと天真爛漫に笑う。

 

見惚れていた遊賭だが、心のどこかで恐怖を感じていた。選択肢を間違えたら、ここで自分は死ぬと、何となく感じ取っていた。

 

『せっかくそんな能力を手に入れたのに、使う機会がなくて退屈だと思うんだ』

 

見透かされている。ゲームを楽しみたいのに、強い自分と勝負してくれる人が年々減ってきているのを。

 

もっとヒリついた勝負を楽しみたいのに、賭けをすると途端に皆避けていくのを。

 

だがそれも当然だ。恐ろしいペナルティありのゲームであることを知っていて参加してくる人間なんて、頭のイカレたやつだけだ。

 

『その能力を使って、一つ頼みたいことがあるんだ。君の能力は上手くいけば敵なしだからね』

 

蠱惑的に笑う彼女に対する憧れと恐怖から、頷く以外の選択肢はなかった。

 

 

 

そして今、こうして能力を知りつつ挑んでくる相手がいる。遊賭は笑みを浮かべるのを抑えられなかった。

 

「さぁ、ゲームの時間だ」

 

2人の間に出現した13枚のトランプ。それをお互いシャッフルし、小倉が山札の1番上を中央に置き、残りをお互いに配った。

 

プレイヤーは配られたカードを一度見て覚えた後、見えないようにカードを伏せる。

 

小倉は2、4、5、6、8、9。

 

つまり遊賭は1、3、7、10、11、12、13の内6枚と言うことになる。

 

「先攻・後攻はコインで決めようよ〜」

 

「いいよ。オレは裏だ」

 

「私は表だね。えい」

 

小倉が懐から出したコインを親指ではじき、テーブルの上に落ちる。

 

何度か回転した後、止まったのは表であった。

 

「よーし、私からだね。7、持ってる?」

 

「持っているよ。次はオレだね。2あるかい?」

 

「あるよー」

 

回答に嘘をついてはいけない。だからここで確定したのが小倉は2、遊賭は7である。

 

このゲームは6ターンになれば自身の持っている全てのカードを宣言することとなる。つまりそれ以前に決着をつける必要がある。

 

「1、ある?」

 

「あるよ。9はあるかい?」

 

「あるよ」

 

小倉の確定は29。残りは4568。

 

遊賭の確定は17。残りは3、10、11、12、13のうち4枚。

 

お互い質問の際、少しも瞬きせず、真っ直ぐお互いの目を見つめている。これは質問した際に、動揺して目線がぶれたり変化があれば様々な情報を読み取れるからだ。

 

故に、小倉は仕掛けた。

 

「8は……ある?」

 

自身の手札にあるはずの8を持っているか?と質問する。

 

「いや、持ってない」

 

遊賭側からすれば、小倉は4568と持ってない1枚のいずれか4枚持っているはず。しかしここで質問すると言うことは小倉が8を持っていない可能性がある。

 

と、素直に受け取るとそういった答えになるが、遊賭はすぐ内心否定する。

 

「(ここは素直に表現して、質問も素直にやろう)」

 

中央のカードは8だろう思わせるような心理戦を仕掛けてきたが、確定するにはまだ早い。

 

なので冷静に、真っ直ぐ目を見つめて質問する。

 

「6あるかい?」

 

だがここで8に対して質問はできない!もし8に質問し、小倉が「ない」と答えた場合、本当に中央のカードが8であると確定してしまう!

 

そして宣言は相手の質問に答えた直後。この場合は、小倉に宣言の権利が与えられている。

 

故に質問できない!

 

「6あるよー」

 

小倉269、残り458

 

遊賭17、残り3、10、11、12、13のうち4枚

 

この時点で遊賭は8への質問ができなくなったので、実際4、5、と持ってない1枚の3択。

 

持ってないカードを聞くのもありだが、目の前の女の勘が鋭かった場合、敗北が決定する。

 

次で決めないとそろそろまずい、焦りが徐々に心の底から浮かび上がるように湧いてきた。

 

そんな遊賭の内心とは裏腹に、彼の態度は全く変わらず真剣そのものだった。むしろ軽い笑みさえ浮かべているではないか。

 

3ターン目。

 

小倉は彼の様子を見てもニコニコと笑みを浮かべて───

 

「4あるー?」

 

「───っ」

 

またこちらの持ってないカードを指定してきた。小倉が4も8も持ってないと言うことはあり得ない。

 

「(どちらかが嘘!いや、両方持っている可能性もある!)いや、持ってない」

 

しかし宣言の権利は質問された側である。今現在宣言できるのは遊賭であるが、踏み込めなかった。

 

何故なら遊賭自身のカードは1、3、7、10、11、12である。小倉からしてみれば17しか確定しておらず、ハッキリ言って的を絞りきれてないはずだ。

 

遊賭から見た小倉の手札は269は確定、残り458、13のいずれか3枚。

 

だが遊賭は宣言できなかった。ずっと笑みを浮かべる少女の内心を読みきれなかったからだ。

 

「(だが、4か8の片方がない可能性が高いはずだ!)」

 

2択を選ばせるつもりなのだろう。だがもう一つ潰しておきたい。慎重に事を運ぶつもりだった。

 

だがここで遊賭は固まった。

 

「(───待て、オレが質問しようとしている5、13もまずい!)」

 

何故ならどちらかはほぼ確定で持っているだろう。しかしもし小倉が持っていないカードを指定してしまった場合、あちらに確信を持たせてしまう。

 

かといって、質問で遊賭の手札を言うつもりもない。遊賭からすれば勝利のために確率を上げたいのに、こちらの手札を晒しただけで終わるにはターンが経ち過ぎているし、相手が有利になるだけ。

 

───仕掛けるのが遅かった……!?

 

今更気づいてももう遅い。だが負けてはいないのだ、半分の確率で小倉が持っているカードを読み取れるのだ。

 

そして次回の質問で宣言を行使すればいい。だから賭けに出た。

 

「13、持っている?」

 

「いや、持ってないねー。───そして宣言!」

 

ぁ、と遊賭は声を漏らした。ほとんど読み取ってないはずの状況での宣言は、もう止められない。

 

「中央は13!」

 

小倉の宣言とともに、中央の伏せカードがひとりでに表になり、宣言通り13の数字を両者に見せつけた。

 

「オレの、負け……!?」

 

「なら。2人を解放して、さらに───罰ゲーム!」

 

小倉の宣言通り、遊賭は自身の額が瞳のように光った瞬間、その場で倒れた。まるで悪夢に魘されているかのような声を漏らしながら、空間が解除されていった。

 

どうやら罰ゲームは能力者自身にも自動的に適応されるらしい。

 

「君の敗因はカードの引きは強いけど、ギャンブラーとして大胆な攻めがなかったことかな?」

 

遊賭VSシャミ子と幽助の戦いを物陰から見ていた小倉の感想だった。恐らくイカサマではないのかもしれないが、2人との戦いでは遊賭はカードの引きがかなり強く、最低で引きわけレベルだった。

 

恐らく本人はあまり意図してないかもしれないが、自身の能力内では望んだカードを引き当てやすくなっていたのだろう。これではまともなカードゲームになるはずもない。

 

だから小倉はカードの引きに関係ないゲームを選択し、心理戦に持ち込んだ。

 

そして最後の決め手はぶっちゃけ勘だった。

 

「まぁ額に汗かいてたし、表情はともかく体温とか色んなものが変化してたから、割と読みやすかったけどねー」

 

小倉しおんは段々グシオンの能力である観察眼に磨きがかかっていた。目線や表情だけでなく、手や顔の肌から滲む汗、興奮状態における爪や唇の色の変化や振動など様々な情報を読み取ってゲームをしていた。

 

「ガチンコはともかく、こっちの分野なら結構いけるかも〜」

 

少し成長して嬉しいと思っていると、シャミ子がうめき声をあげて頭を振っており、邪神像は幽助の歯軋りが聞こえていた。

 

「さて、元に戻ったら撤収だね!」

 

研究用に遊賭の毛髪を頂いた小倉は元に戻った2人に声をかけるのであった。

 

つづく




今回のゲームは実際にあるゲームです。ぶっちゃけカードゲーム主人公のディスティニードローに勝てるわけないやん!と言うことからドローなしのゲームで決着です。


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44話「病院での領域です!」

時間かかりました。ハンターの王位継承戦、単行本で見てもよくわからん作者です。


時は少し戻ってシャミ子と幽助がまだ遊賭に遭遇していない頃、ミカンとウガルルもまた別の場所で探索をしていた。

 

2人は年の離れた姉妹……いや、ウガルルはミカンから生まれたのだから親子と言うべきか。

ともかく仲良く歩く姿はすれ違う主婦の方々からはとても微笑ましいものに映る。

 

ミカンも親のような感情があるのか、この間SNSに「ママになった!パパいねーけど!」の文と顔を隠したウガルルとのツーショットをノリで投稿してしまった。

 

事情を知っているシャミ子たちはイエーイと盛り上がったが、一連の事情を何も知らない両親は娘の投稿を見て悲鳴を上げた。

 

当たり前である。友人の魔法少女を手伝いに上京したはずの娘がいつの間にか子供を産んでいて、しかも相手の男に逃げられたらしい。

なんて情報は両親の脳みそを破壊するには充分すぎる威力があった。

 

両親と事情を知らない人からの通報で担任の先生にも伝わり、かなり大ごとになったが経緯を説明して納得してもらった。若者のネットへの意識の低さが露呈した出来事である。

もちろん鬼のように怒られたのは当然の結果だった。

 

そんなことはあったものの、両者の関係は非常に良好である。故に今回ペアで捜索していた。

 

「しかし街中に能力者がいるかもと言われても、魔力がなければ見分けつかないわよねー」

 

ミカンは横に歩いているウガルルを見る。ウガルルは見た目は人間に近いが、能力的には獣の感覚に近い。

 

それ故、匂いなど感覚器官で追跡することも考えたが……

 

「特徴的な匂いとかあればウガルルに探してもらえるんだけど……」

 

「そんなノ分らなイ……」

 

能力者は能力を発動させない限りは魔力がない普通の人間と区別できない。

 

恐らく普通の人間に混じって暮らしている那由多誰何の協力者を見つけることは余程のことがない限り不可能だろう。

 

そう、奴らが行動を起こしたりしない限りは発見できないのだ。

 

「魔法少女が来たら分かるから……普通の人として大きな施設に潜伏しているとかかしら?」

 

那由多誰何の仲間なら魔法少女だろうという先入観がある。そして魔法少女は大抵10代の美少女の容姿をしているケースが多い。

 

だがもし成人であり、他の人間と同様に働いていたのであれば。

 

仕事の転勤としてこの街に入り込んでいたとしても、何ら不思議ではない。

 

「でもそれを言っちゃうとキリがないしねぇ……」

 

一体どれだけの人間が転勤になったりするのだろうか?まだ社会人ではないミカンではイマイチ思い至らないことである。

 

「ミカン、アレ、大きな建物」

 

ミカンの呟きを聞いていたウガルルは、ちょうど視界に入った建物を指差す。それは確かに大きな建物で、転勤や移動があってもおかしくない施設である。

 

「病院ねぇ……」

 

ミカンの戦闘スタイルはボウガンによる狙撃。建物内では不利になりうるものである。

 

しかも今の時間帯は患者が大勢いる。

 

もしこんなところで能力を発動させれば目撃者が多すぎる。能力の判明は死につながる。よってこんなところで仕掛けるやつは余程イカれているか自信があるかの2択だ。

 

「(まぁ仕掛けてくるのであれば、こちらとしても手間が省けるしね)」

 

ミカンは伊達に長く魔法少女を続けているわけではない。

 

似たようなケースは以前にも何度かあったし、大勢の前で能力を使う奴は大抵自分の能力を見せびらかしたいのだ。そして自分の能力のメリットばかり囚われ、不都合なことがあると途端に取り乱す。よくある話だ。

 

ミカンは堂々と目の前の大きな総合病院に乗り込んで行った。

 

「ミカン、どうすル?上から探す?」

 

「面倒臭いわ。患者さんに聞きましょう」

 

「ナンデ?」

 

ウガルルからすれば、能力者を見つけ出したいのであって、病気で弱っている人から聞いても意味がないだろうと思っている。見るからに能力などは使え無さそうだからだ。

 

「こういう人たちって結構噂好きなのよ。特に女の人はね」

 

受付ではなく、待合室で待っている年配の女性など患者数名に、ミカンは話しかけて行った。

 

新しく来た先生の評判を知りたい、と。

 

すると話好きな人が多かったせいか、余計な情報もあったが割とすんなり情報は集まった。

 

「外科の神崎先生ねぇ……」

 

情報によると、先月から外科の神崎先生という女性の医師の評判がいいらしい。若くて美人、しかも話をきちんと聞いてくれて薬も出してくれるからだそうだ。手術も上手いらしい。

 

しかし能力者は患者かもしれないし、医師ではない医療従事者の可能性もある。だが正体が何であれ、こちらが行動を起こせば、敵は何らかのアクションを起こすであろう。

 

一応桃には病院にいることをメッセージで送った。既読はすぐにつき、無理しないよう返事が来る。

 

ちなみにグループの連絡だがシャミ子からは来なかった。ミカンは忙しいのだろうと判断しスマホをしまう。

しかしちょうどシャミ子は領域でカードゲームで勝負中だった。

 

さて、神崎先生のことを探しに行こうと腰を上げた瞬間、見覚えのある少女に声をかけられた。

 

「あれ?もしかしてミカンちゃんとウガルルちゃん?」

 

「あら、体育祭実行委員で一緒だった落合さんじゃない」

 

「あ、お前見たことアル」

 

体育祭実行委員で一緒だった、黒髪ポニーテールの落合という少女だった。

 

何でも転んで足を捻ってしまったそうで、整形外科に受診したそうだ。

 

「それは災難だったわね。ごめんなさい、私は治す力はなくて……」

 

「あ、大丈夫大丈夫!大した怪我じゃないから!今日は千代田さん一緒じゃないの?」

 

「あー、今は桃と別行動なのよ」

 

「そっか、桃さまは別行動なんだ……」

 

「……桃さま?」

 

どうやら桃のファンのようだが、何だかちと行き過ぎている気もする発言だ。だがミカンはそれ以上あえて触れないようにした。ファンというのはどこにスイッチがあるか分らないからだ。

 

まぁ目の前の少女が能力者であるとは考えづらい。もし能力者であるならば、体育祭実行委員の時にいつでも仕掛けるチャンスはあったのだから。

 

「桃なら別のところで人探しをしているわ」

 

「人探し?どんな人?」

 

「あー、まぁ変わった人かしら?」

 

正直に言うわけにはいかないので、ぼかして言うしかない。反応に困る発言だが、思ったより落合は食いついてきた。

 

「ミカンちゃん!私にできることがあったら言ってね!ミカンちゃんや桃さまの助けになるから!」

 

ドンと胸を張る少女は頼もしく見える。実際ウガルル復活の時も協力してもらったので、むしろこっちが何かお礼をしなくてはいけないのだが……。

 

「(桃のことになると何かこの子の場合、首を突っ込みすぎる形になっちゃうかも)」

 

調べ過ぎて本当の能力者に遭遇した場合、タダじゃ済まないだろう。命があれば御の字だ。

 

「あ、大丈夫よ。私たちだけで見つけないと───」

 

いけない敵だからと言い切る前に、突如としてぬるま湯に全身を突っ込まされた感覚に襲われた。

 

ミカンはこういった感覚に近いものは何度か遭遇したことがある。敵の範囲型の能力だったり、魔族が作った異界の能力だったりだ。

 

「ミカン、何か気持ち悪イゾ!」

 

「この感覚、誰かが能力を使ったのね!?落合さん、私から離れないようにして!」

 

つまり今この場所は特殊な場となっていた。ミカンやウガルルだけ攻撃するタイプならまだしも、この能力の範囲内全て攻撃するタイプの可能性もある。

 

ミカンはその可能性も見越して、落合を自分の側に寄せた。

 

一方落合としたらミカンの言動が意味不明であった。仲良く喋っていたら、突然バトル漫画でしか聞いたことのないようなセリフを吐いたのだ。

 

しかしふざけているにしては、表情が緊迫している。その様子を見て、落合は素早くミカンへ身を寄せた。

 

「の、能力?一体どうしたのミカンさ───あ、痛!?」

 

「どうしたの!?何かあったの!?」

 

「大したことないんだけど、今何か手がチクッと……!」

 

突然落合の手に走る痛み。まるで軽く刺されたかのような痛みに、ふとその手を見ると───

 

「何よこの虫!?」

 

「み、ミカンさん!虫って何のこと!?」

 

まるで小さい注射器に羽が生えたかのような生物らしきものの頭が、落合の手の甲を刺していた。そしてその注射器のような頭から何か流し込んだかのようにみえた。

 

落合がまるで見えてないような言い方も気になるが、質問する前にミカンは行動する。

 

「この!」

 

即座にミカンは彼女の手の甲に止まっていた注射器のような虫を、裏拳ではたき落とした。

 

「さ、寒い、寒いよミカンさん……」

 

「す、すごい熱……!?」

 

ミカンは震え始めた落合のおでこを手で触ると、あり得ないほどの体温になっていた。いくら何でも虫から注入されてから効果が出るまでの時間が短すぎる。

 

「病原菌にしろウイルスにしろ、あんな虫見たことないし、何より突然現れた!もしかしたらこれが敵の能力!?」

 

「ミカン、周り見ロ!」

 

ウガルルが声を張り上げるので落合から目を外し周りを見渡すと、先ほどの虫が何匹も周りを飛んでいた。

 

「ウジャウジャいるわね、気持ち悪い!」

 

「どうかされましたか?」

 

蹲っている落合に気づいた女性の看護師が寄ってくる。その近寄り方はあまりに無防備であるため、ミカンはその様子から看護師は戦闘の素人だと言うのは判断できた。

 

だがそれよりも、看護師の周りが問題であった。

 

「看護師さん、肩!肩の周りに虫がいるわ!早く追い払って!」

 

ウジャウジャと先ほどの虫が看護師の肩に何匹も乗っており、頭の周りにも数匹集っていた。ただでさえ虫が得意じゃないミカンにとって気持ちの悪い光景である。

 

「何を言っているんです?何もありませんよ?」

 

「……見えてないの!?」

 

ミカンの言葉通り自身の両肩を見た看護師は、何も見えてないかのように不思議そうな顔をした。

 

「そうか!落合さんも看護師さんも見えてないということは、この虫は能力者による攻撃!」

 

能力者の能力は、基本普通の人間には見えない。それは魔力や妖力の見えなくする技法と同様である。故にこの虫は何者かによる能力であることが確定する。

 

そしてそんな虫から出た症状は、通常の病気よりも強力であろうことは予想がつく。つまり急いで能力者を見つけ出さなければ、虫に侵された人間の命が危険ということだ。

 

「落合さん、こんなことしたやつを今からぶっ飛ばしてくるから、ここで休んでて。看護師さん、その子具合が悪いのでよろしくお願いします!」

 

「急ぐゾ!」

 

「あ、病院内は走らないで!!」

 

ミカンとウガルルは虫を殺しつつ落合を看護師に任せ、病院内の捜索に打って出た。

 

患者や病院のスタッフに接触しないよう素早く廊下を移動する。しかし思っていた以上に病院は大きく、そして能力者の領域はこの病院を覆えるほど巨大であった。

 

「ミカン、どうやって見つければイイ?」

 

「イチイチ聞き込みなんて知っている暇はないわ。怪しいやつは全部死なない程度にぶん殴りなさい!手分けして探すわよ!」

 

「ワカッタ!」

 

何ともひどい作戦である。9割以上の人間は関係ないが、見つけ出すには非常に手っ取り早い方法である。

 

先ほどの落合の様子からして時間の勝負である。ミカンは上の階から、ウガルルは下の階から探すことにした。

 

「そうは言っても医師だけでも何人いるのよ……!?」

 

「君、廊下は───」

 

ミカンは注意しようとした壮年の男性医師の背後に周り、首筋に手刀を食らわせた。首を落とさないよう加減しながらであるが、一瞬で気絶させることに成功する。

 

「何か犯人捕まえる前に、私が危ない気がするわ」

 

せめて監視カメラに映らない位置で気絶させようと誓うミカンであった。

 

 

 

一方ウガルルはまだ誰も殴っていなかった。というのも、出会う医師はいなかったり、看護師や他のスタッフも患者に対応中だったのだ。能力を使用しながら患者を診て……は難易度が高すぎるだろう。

 

なので目の前にいた手の空いている看護師に声をかける。同じ職場であれば変な奴がいればわかるはずだからだ。

 

「おい、何か怪しい医者いないカ!?」

 

「ど、どうしたの?君?」

 

「えっと、変な虫操っているやつがミカンの友達病気にシタ!早く見つけないと大変!」

 

看護師からすれば意味がわからない訴えである。しかし虫に刺されて病気になった、ということはアレルギー症状の可能性があると頭の片隅で思いつく。

 

そこへウガルルの大声に反応したのか、1人の女性医師が近寄ってきた。

 

「どうしたの?」

 

「あ、神崎先生。何かこの子のお友達が虫に刺されて具合が悪くなったそうで……」

 

「早く犯人見つけたい!変な医者わかるカ!?」

 

神崎と言われた女性医師は、メガネの縁を少し撫でて考えている様子だ。長い黒髪でスタイルも良く、街中で歩いていれば人目を惹く理知的な印象のある容姿をしている。

 

「とりあえずその子は処置室に運ぶ必要があるわね。ああ、あと他のスタッフにも変な人間がいたらすぐ通報するように伝えて」

 

「分かりました!」

 

看護師は素早く行動を始めた。部屋を出た看護師を除き、小さな部屋にはウガルルと

神崎先生しか今はいない。ウガルルは早く行動したくてソワソワしていた。

 

「お前も変な医者探すの手伝ってホシイ!」

 

「わかったわ。じゃあ早く出ましょうか」

 

「ウン!」

 

神崎の言葉に従い、クルリと扉の方を向いてドアノブに手を伸ばす。

 

───瞬間、殺気を感じた。

 

左手を薙ぎ払うように振おうとしたウガルルの行動は遅かった。神崎は右手を伸ばし、ウガルルの後頭部、頸椎、胸椎、腰椎を突いた。

 

神崎への攻撃が届く前に、ウガルルの体全体が痺れたように言うことを聞かなくなった。自由が効かなくなった体はそのまま前のめりに倒れる。

 

ウガルルは動かそうとしても、体はピクリとも動こうとしなかった。声を発することさえできなかった。

 

「手も足も声も出ないでしょう?神経を弄って随意筋をほぼ麻痺させたわ」

 

先ほどまでの理知的な印象からは一変し、得体の知れないほど不気味な女の顔を覗かせている。

 

随意筋は大雑把に言えば自分自身で動かせる筋肉のことである。その随意筋をほぼ麻痺されたウガルルは身動きひとつ取れず、ただ神崎の言葉を聞くことしかできない状態だった。

 

そんなウガルルのそばにしゃがんだ神崎は右手を振り下ろすと、ウガルルの左手首を切り裂いた。

 

手首を切断するほどではないが、深く切り裂かれた手首から溢れ出た血が白い床を汚していく。

 

「ふふ、白昼堂々、通り魔に襲われる少女。そしてそれを助ける優しい神崎先生。目を逸らすには良いシチュエーションね」

 

「(こいつ強い……まさか能力者!?)」

 

そこへ扉が開く。先ほどのウガルルが倒れた音を聞きつけたのか、医師数名と看護師が駆け寄ってくる。

 

「きゃあー!?」

 

「神崎先生、これは……!?」

 

「(騒ぎが大きくなるのは都合がいいわね……)今スタッフになりすました変な男がこの子を切り裂いて逃げていったわ!警察に連絡して、スタッフには注意を呼びかけて!」

 

「「はい!」」

 

「(こ、こいつ……!?)」

 

ウガルルにはわかった。犯人を男と仮定させて自分を疑いの目から逸らそうとしているのが。思い切り殴ってやりたいが、指一本動かせない状況は、非常に歯痒かった。

 

つづく




長くなったので前後半で分割。
もろ仙水の仲間の神谷先生ですが、結構あの先生好きなんですよ。
能力者なんだけど意外と接近性を好む感じが。セリフは妙にゲスいけど、最終的に整形して人生結構成功しているという、何だが現実でありそうな話になっている辺りが。


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45話「ドクターVSミカンさんです!」

お久しぶりです。体調不良のため書く気力がしばらくなく、こんなに空いてしまいました。
よろしければ見ていただければ幸いです。


「かなり広い領域を持つ敵ね。病院内全てが領域の範囲内だわ」

 

ミカンは最上階の探索を終えて階段を下っていた。これだけ大きい領域内でたった1人の人間を探すのは非常に困難だ。すでに何人かの医師を無力化させたが、犯人ではなかった。

 

次のフロアの探索を始めようとした瞬間、ミカンの耳は女性の悲鳴を捉えた。悲鳴は遥か下の階層から聞こえたように感じた。

 

「また誰か襲われたの!?」

 

フロアと階段の踊り場をたった一歩で飛んで移動し、素早く悲鳴が発せられた階へ降り立つミカン。しばらく探すと人だかりが見えたので、集まっていた医師らの隙間から覗き込んだ光景はミカンを動揺させるには十分なものだった。

 

「ウガルル!?」

 

ミカンが声を張り上げてもウガルルは全くピクリとも反応しなかった。駆け寄り状態を確かめると、心臓などは規則正しく動いており死んでないことはわかった。

 

「何だね君は!患者に変な行為を……!」

 

「私はこの子の保護者です!犯人は!?状態はどうなの!?」

 

「出血でショック状態に陥っている可能性がある!発見が早かったから今から処置をするから離れて!」

 

騒ぎに駆けつけた若い男性医師はミカンに簡潔な説明をし、テキパキと処置を始める。

 

「犯人は多分病院内を逃走中よ。今他のスタッフに頼んで警察を呼んでもらっているわ」

 

そう発言したのは、胸のネームプレートに神崎と書いてある女性医師だ。ミカンは、安心してはいなかった。むしろ湧きあがったのは新たな疑問である。

 

確かに今のウガルルは呼吸が浅く不安定であり、手首からの血も中々止まらない。しかし非常に可笑しな光景であるとミカンは感じていた。

 

本来ウガルルは人間どころか、魔族の中でも特殊なケースの生まれだ。ミカンを媒体にして生まれたウガルルが、たかが手首の傷のショック程度で全く動けなくなるのはあり得ない。

 

この程度の傷なら妖気でカバーできるし、動けなくなるどころかウガルルなら即座に犯人に反撃するであろう。

 

そうなると傷が原因ではなく、別の要因で動けなくなったのではないか?と考えついた。

 

症状から見て、あの虫の効果ではないようだ。無論虫の効果が複数あると言うのであれば話は別だが、ウガルルがあんな遅い虫に刺されるまで気づかないのもおかしい。

 

「(なら能力者本人に直接何かされた?)」

 

そうなると直接犯人の手でやられたと考えるのが妥当だろう。

 

「ウガルル、犯人は誰!?どんなやつだったの!?」

 

「君、やめたまえ!この子は口も聞けない状態なんだよ」

 

「患者はショック状態かもしれん!離れていてくれ」

 

今すぐ処置を始めたい医師に部屋を追い出されそうになるミカンは抵抗していた。勘ではあるがこの部屋を出てはいけないと感じていたからだ。

 

未だ病院内には領域が展開し続けていることから、犯人は病院内に潜伏していることは間違いない。

 

しかし逃走するのであれば、能力を解除して他の人間に紛れてしまえばいい。そうすれば見分けがつかなくなるので、こちらとしては追跡が困難になる。恐らくそれくらいは犯人も考えつくであろう。

 

にも関わらず何故能力を解除しないのか。

 

……いや解除しないのではなく、できない状態にあるすれば───

 

ハッ、とミカンは思いついた。ウガルルは今身動きが取れず口も聞けない。だがそれとは関係なしにできることがあった。

 

「ウガルル!魔力そのもので犯人を攻撃しなさい!」

 

「君は一体何を───」

 

その言葉に即座に反応したウガルルは、体の一部分を魔力で包み、魔力そのものが鞭のように伸びていく!

 

───意外ッ!それはアホ毛ッ!

 

アホ毛から伸ばされた魔力は真っ直ぐこの場で唯一の女性医師、神崎先生に向かっていく。咄嗟に後ろに飛んだ神崎医師だが、ウガルルの攻撃は彼女のネームプレートを叩き割った。

 

「あんたが犯人ね……!」

 

その言葉とともに、神崎は光輝く両手で魔力を切り裂く。それと同時に神崎の脇にいた医師2名を切り裂いた。まるでメスを用いたような切り口である。

 

「予定変更、病院内の人間は全て消すわ」

 

切り裂かれた医師たちは何が起こったのか分からないという表情を浮かべつつ倒れていく。

 

一方ウガルルに対してはあの虫が2匹首筋に何かを注入していた。普段のウガルルならば避けられるが、今のウガルルには避けようがない。そしてウガルルの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「ウガルル!?あんた……!?」

 

「シッ!」

 

右手を振るう神崎の攻撃をミカンは後ろに飛んで回避した。そして距離をとって廊下へ飛び出す。床には攻撃によって切り裂かれた痕ができていた。

 

「あんた、病院で皆殺しとか本気!?」

 

「いやいや、あなたたちが悪いのよ?もう少し患者に優しい神崎先生を演じていたいのだけど……知られたのであれば全員消さないといけなくなっただけよ」

 

領域内にいる人々の近くで生まれた虫は次々に人を刺して薬を注入した。あまりの発熱、寒気、その他諸々の症状を発現した人たちは床へと蹲った。

 

「私の能力は【成分変化】。私の知識で作られた薬を体内に注入すればあっという間に人は死ぬ。

まぁ精神的に強い人間は抵抗力があるから、死亡するまで個人差はあるわね」

 

神崎は十数匹の虫を自分の周りに展開させる。この数に襲われれば普通の人間ではまず対抗できないであろう。

 

しかしミカンは魔法少女である。通常の人間とは比較にならないほどの戦闘力を誇る。その証拠に、0.1秒未満で変身を完了させていた。

 

「ならあんたをぶっ飛ばして領域を解除させるだけよ!」

 

ミカンは浦飯から聞いていた。領域の能力者は気絶させれば能力が解除されると。

 

なまじ説得などの選択肢があると時間オーバーになる恐れがある。倒して解決するのであれば、そちらの方がミカン的には圧倒的に楽だった。

 

ボウガンを展開させたミカンは威力はさほどないが連射速度を早めたボウガンの攻撃により、ほぼ数瞬で虫を全て撃ち落とした。そして懐へ潜り込み、神崎の顔面を右ストレートで撃ち抜いた。

 

「さっさと眠らせてやるわ!」

 

普通の人間どころか、鍛えた人間ですら意識を飛ばすには十分な一撃であった。ましてや神崎は女の医師である。さほど耐久力があるようには見えない。殴られた神崎は廊下の壁に激突し、ズルズルと仰向けになって倒れた。

 

手応えは十分、確実に失神させたはずだとミカンは確信していた。にも関わらず、倒れた神崎からは笑い声が漏れていた。

 

「ふふふ、眠らせる?それは、無理な話よ」

 

「嘘!?」

 

ジャンプして素早く立ち上がった神崎。攻撃を食らったとは思えないほど機敏な動きでミカンへ接近し、先ほど医師たちを切り裂いた時のように手を刃のように伸ばしミカンを突きまくった。

 

「シェアッ!!」

 

残像が残るくらい何度も突きを繰り出すが、ミカンにとっては見切れないスピードではない。しかしおよそ普通の人間では出せないスピードを神崎は繰り出していた。

 

しかも突くのは眼球、眉間、首など致命傷になり得る箇所ばかりだ。ミカンは紙一重で全て避ける。

 

大体神崎の攻撃を見切ったミカンが反撃に転ずる一瞬、手刀が僅かに左頬を掠め、一本の赤い線となった。

 

だが代わりに強力なボディブローで神崎の腹を捉え、壁まで吹き飛ばした。

 

神崎の体がぶつかった壁には蜘蛛の巣状にヒビが入る。しかし殴られた本人はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「呆れた。今のは普通の人間だったら悶絶するどころかとっくに意識飛んでるレベルの攻撃だったのよ?そのタフさと動き、能力に関係してるわね」

 

「ご名答。先ほど私の能力の【成分変化】は脳内物質も変換可能でね。身体能力も遥かに高めることができて、痛みも感じない体になったのよ。

───素手でバラバラに解剖してあげるわ!!」

 

神崎は右腕を振りかぶろうとした瞬間、ミカンがボウガンを神崎の眉間へ構えた。

 

「ちぃ!」

 

考えるより速く、神崎は咄嗟に横に飛んだ。

 

それが功を奏した。眉間を撃ち抜くはずだったボウガンの矢は横に飛んだせいで横に伸びるような形になっていた左腕の半分から下を打ち抜き、千切り飛ばした。

 

ボウガンはそのまま廊下のガラスを突き破り、外へ消えていく。砕けたガラスとちぎれた左腕が廊下の床に落ちる。

 

「(先ほどよりさらに早い……)」

 

「もうあんたを人間とは思わないわ。能力を解除して降参しないなら、今度こそ頭を撃ち抜くわよ」

 

半分本気の発言である。

普通の人間ではあり得ないタフさと身体能力。だがそれ以上に関係ない人間を平然と皆殺しにしようとする精神性。

 

気絶させるのがベストだが、相手の能力的に難しく、まともに戦っていては時間がかかる。

殺人にはなるが、ここで躊躇していては全員手遅れだ。降参してほしいという意味も込めての発言である。

 

床に落ちていた千切れた左腕を拾い上げた神崎はニタリと笑う。

 

「……ふふ。まだ私の能力を分かってないようね」

 

「そんな腕を持って一体を……!?」

 

千切れた左腕の傷口同士を合わせ、青白く光っている右手で傷口を一周する。すると左手が何度もグーパーと開いたり閉じたりできるようになった。完全に神経と筋肉が繋がった証である。

 

「冗談でしょ……?」

 

「私は外科医よ?手術はお手の物だわ」

 

ちぎれた腕は全く問題なく動くようになっていた。神崎は体内物質を操り骨、神経、筋肉の修復と成長を早め、再生させたのだ。

 

骨折しても元に戻るように。筋肉が切れても超再生するように。それを一瞬で完了させるスピードは彼女の医者としての医療知識によるものが大きかった。

 

ミカンとしてもこれほど再生が早い相手は中々経験がない。

 

「最近この街に来たようだけど、目的は何?那由多誰何に何を指示されているの?」

 

「……! やはりあの人を知っているのね」

 

「知ってるんだったら、さっさと……」

 

「社会人から言葉よ……聞いたら答えてくれるとは思わないことね!」

 

またしても神崎の手刀での攻撃。確かに脳内物質をコントロールしての戦闘能力の向上は大したものだ。

 

神崎の状態を分かりやすく言えば、一流スポーツ選手が稀に入れるというゾーンと言われる集中した状態で、かつ体のリミッターを外している状態が今の彼女である。普通の人間で勝てる者は中々いないだろう。

 

しかしミカンは魔法少女である。いくら神崎がゾーンに入りリミッターを解除していようとも、魔力による身体強化はそれらを軽々と超える。

いくらゾーンに入っていようと人間は銃で頭を撃ち抜かれれば死ぬ。

だが十分に魔力などで強化した魔法少女や魔族は銃弾すら跳ね返す。それほど差があるのだ。

 

ミカンの回し蹴りが神崎の側頭部を捉え、壁際まで吹き飛ばす。だが今度は倒れることなく空中で回転して着地した。

 

「普通だったらとっくに気絶しているんでしょうけど、脳内麻薬のせいでハッピーな気分よ。むしろいいアクセントだわ」

 

「知っていることを全部素直に言って能力を解除すれば殺さないであげる。こんだけやったあんたは捕まって終わりよ」

 

誰かが通報もしているだろうし、警察が来ればこれだけ派手に動いている神崎は詰みの状態に近いだろう。しかし彼女は口から少し血を流しながら、ニタリと笑った。

 

「丁重にお断りするわ。私を倒さない限り能力で感染した人間は元に戻らないし、あの人のことを話す気はないわ。

それに私は魔族じゃない普通の人間よ?私を殺せば、あなたの方が刑務所行きね」

 

神崎は全く従う気はなく、逆に煽るような言葉を吐いた。実際神崎を殺せばミカンは殺人の罪に問われるだろう。

 

ミカンの目には廊下に倒れている人々が目に入る。いずれも落合のように非常に顔色が悪く、もう時間がないことがわかる。その光景を作り上げている神崎が、先ほどのようなセリフを吐く。

 

「───あんた、本当に殺すわよ」

 

もうミカンはほぼキレかけていた。少なくとも神崎にはそう見える。青臭い小娘だ、と神崎は内心小馬鹿にした。

 

またミカンはボウガンによる攻撃を行う。神崎はミカンの目線とボウガンの構えた位置から予測して回避行動をとったが、それでも矢を完全に回避することはできず、脇腹を抉られた。

 

「ふん、そうやってジワジワ嬲り殺すつもり?でも私の能力ならすぐ治るわ」

 

「確かにその通りね。傷は治るわね」

 

「ふん、なら無駄なことくらい───」

 

ビキリ、と神崎は自分の体の中から音が鳴ったような気がした。そして手足がほんのわずかしか言うことを聞かず、前のめりに倒れた。

 

「な、何で急に……まさか、毒!?」

 

神崎は自分の手足が全く言うことを聞かなくなりつつあるのを悟り、自身の体をチェックする。すると強力な毒が体内を急速に駆け巡っていた。

 

いつ仕掛けられた毒なのか?先ほどの脇腹への一撃だった場合、毒とはいえ、これほど早く効くものは医師である神崎の知識にはない。

 

「よく効くわね。これ、私のナビゲーターのミカエルの毒なの」

 

「い、今までと矢だったはず……!?」

 

ミカンはゆっくり神崎に近づく。

 

「私が仕留める時にミカエルは矢じりに変身して攻撃するの。

あんた身体能力は上がっているけど、動きが単調だから戦いの素人よね?さっき打った時何度か目線のフェイント入れたら簡単に引っかかったものね」

 

「じゃあさっきまでの怒りは……!」

 

「怒っていたのは事実よ?でも怒っている私は多分力押しだけで来るだろう、と思わせれば警戒も薄れる。あんたが能力で解毒するにしても、普通知られてない毒なら分解するにも時間がかかるでしょ?

いっぱい時間が稼げるわけ」

 

ミカンの予想は的中していた。神崎の能力で解毒自体は可能である。

だがそれをやるには適切な成分を選択しなければならない。菌には抗菌剤を、ウイルスには抗ウイルス剤を。しかもそれぞれに合った構造体を持った成分を選択しなければならない。きちんとした診断の下での治療薬が必要なのだ。

 

神崎が知っている毒や病気で有れば、すぐ対処し完治できる能力である。

しかしミカエルはオレンジ色のモウドクフキヤガエルの姿を普段とっており、矢じりに変身して通常の人間であれば即死する猛毒を与えることができるのだ。そして神崎の知識の中にモウドクフキヤガエルの毒はない。

 

そのため神崎の能力を持ってしても、毒の強さに即死を免れるのが精一杯なのだ。

 

ミカンは神崎の頭の近くまで寄って見下ろした。

毒の強さに能力のリソース全力を注いでいる神崎は身動き一つできず、ミカンの表情は全く見えなかった。

 

「そして毒の解析をしている間は動けず無防備。果たしてさっきみたいな超人的な耐久力はあるのかしら?」

 

毒で死なないようにするのが精一杯の状況で、身動きすらできない。

 

もう詰みの状態であった。

 

「や、やめ───!!」

 

ミカンは神崎の頭に足を振り下ろした。病院が響くような轟音。それが数度響くと、やがて静かになった。

 

それから少しすると廊下に倒れていた他の人間たちは立ち上がった。まるで今まであった強烈な症状が全く消えているからだ。

 

ミカンは頭を持ち上げて神崎が気絶していることを確認し、心臓も動いているのを確認した。そして外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 

「あー、終わったぁ。すっごい緊張したー!」

 

まさかウガルルが倒されて自分1人で未知の能力者を相手にし、しかも倒さないと大勢死ぬという精神的プレッシャーは相当なものだった。もし呪いが継続しているミカンだったら病院が破壊尽くされるくらい緊張していたのだ。

 

「さて、ウガルル回収しなきゃね」

 

警察が来る以上長居は無用である。殺してないとはいえ傷害罪にされたらたまらないので、ミカンは急いでウガルルを抱えて離脱するのだった。

 

つづく




そういえばミカンの毒の矢って設定あったけど使ってないや
→んじゃ使おう!という流れ。


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46話「那由多、襲来です!」

あんまり進まない話。状況報告と相手の能力の考察ってオレは好きですが、皆さんはどうでしょうか?


襲撃された翌日。私たちがいるここはスイーツガーデンというスイーツ食べ放題のお店。

普段の作戦会議は我が家があるばんだ壮でやるのですが、今回は人の目がある場所でやることにしました。

 

人の目があれば敵は能力戦など早々仕掛けて来ないだろう、という判断からです。

 

私は昨日の遊賭の戦いを、ミカンさんは病院での戦いを説明しました。まさか同じ日に2ヶ所同時に、しかもほぼ同じ時間で戦っているのは予想外でした。

 

「ミカンとウガルルは問題なしだけど、シャミ子と浦飯さんの2人がかりで負けるとは……」

 

今回何も襲撃されなかった桃は桃のケーキを食べながら言いました。何で桃だけ何もなかったんでしょうか?不公平です!

 

「しょうがないじゃないですか! 相手はゲームが上手い人でゲーム以外は使えなくする能力だったから、こっちは妖気が使えない状態だったんですよ?勝てっこないですよ」

 

「ケッ、格ゲーだったら負けなかったぜ」

 

能力戦にも関わらず、まさか仕掛けて来るのは純粋なゲーム。しかもトランプなのは流石に想定外です。

 

浦飯さんのいう通り、TVゲーム、私ならレトロゲーの勝負だったら十分勝ち目はあったと思います。

 

大体私はあまり学校行ってなかったし他の人とトランプをした記憶があまりないので、そういう意味でも今回は不利な条件でした。

 

遊賭の能力は最近杏里ちゃんからいくつか借りて読んでいるチートな主人公でも、結構負ける人たちは多いんじゃないでしょうかってくらい能力潰しの領域でした。

 

アレは能力者に対して能力を使わせない……カウンターの能力なのでしょう。初っ端からそんな相手が来るのを予測して勝てというのは、かなり酷ではないのでしょうか?

 

「でも負けは負けでしょ。小倉が来なかったら死んでたよ、2人とも」

 

「「ぐぬぬ!」」

 

桃は私たちの言い分をバッサリと切り捨てました。確かに相手が親切に能力を教えてくれるなんて、まずあり得ないでしょうし、わからん殺しして来るのは普通でしょう。

 

とはいえ、桃だってあの相手には勝てるか分かりません。それなのに一方的に切り捨てられたのは悔しいです!

 

「ケッ、桃だってあいつと戦ったら絶対負けんぜ!オメー不器用だからよー!」

 

あ、浦飯さんてば素直に言ってしまった。

 

桃も「あん?」とか言って、左手で持っている水の入ったグラスにヒビが入ってますし、かなり効いているようです。

 

「よし、浦飯さん、もっと言え!」

 

「シャミ子も煽らないの。でもそんな能力者がいるんじゃ、個別に行動すると危険ね。相手の能力が事前にわからないのは厄介だわ。

こっちは格闘戦ができたから何とかなったけど」

 

皿いっぱいに取ってきたスイーツに対し、躊躇なく柑橘系の汁の雨を降らせていたミカンさんは手を止めず言いました。

 

ミカンさんの相手は、お医者さんだったそうで毒みたいなので患者を弱らせて、自身はナイフのような素手で切り裂いてきて自分も治せるとんでも能力者だったそうです。

 

ちなみに浦飯さんも昔同じような能力者と戦ったそうで、殺しかけたらしいです。というか浦飯さん相手によく生きてましたねその人。

 

「しかし変。私も尾行されてたし、2組ともその日のうちに、同じ時間帯で戦ったんでしょ?偶然にしては出来すぎる。」

 

さらっと桃は何でもないかのように尾行されていたことを告げました。何で早く言わないんですか!

 

「おい、尾行されてたのかよ?」

 

「遠くから見られているような感じでしたね。場所を掴ませないほどでしたから、結構な手練れでした。罠かもしれないから敢えて放っておきましたが」

 

「Oh……」

 

「そんな腕利きもいて、私たちが戦ったのは魔法少女でも魔族でもない、能力使わない限りは普通の人間っていうのが厄介よね。事前に察知できないわ」

 

ミカンさん曰く、ある程度有名な魔法少女であれば能力は有名だったり噂があるので、ある程度予想がつくから対処しやすいそうです。

 

しかし今回の私の相手だった遊賭は領域の能力以外は完全に普通の人間であり(ヘアースタイルは特徴的すぎますが)こちらに接近されても全然警戒できませんでした。

 

小倉さんが彼を色々尋問などしたところ、県外の高校生だったそうで、能力以外は他の人間と大差ないそうです。

 

また私たちを襲った理由は、能力なしで純粋にゲームを楽しんでいたところ、ある女に負けてしまったそうな。

 

負けた代償として、私たちに能力ありで仕掛けるよう命令してきたそうです。

 

『どんな女かって……あれ、なんでだろう。思い出せないや……』

 

依頼主のことは見た目は若く美人な女だった。それ以外覚えてないそうで、何一つ特徴も分からないと。

 

そんなに都合よく忘れるものか、と思いましたが、結局手がかりなし。彼は今回も負けたので、依頼者がわかったらこっちに連絡すると言ってましたが……。

 

「まず無理でしょうね。また記憶を消されるか、二度と会わないか……」

 

「消されるか、だね。経歴も普通だし、能力に目覚めた一般人で襲わせる……やらせたやつはタチ悪い」

 

「そんで?医者の方はどうした?」

 

ミカンさんによると医者の方は日常を壊してやりたかったと言っているそうです。安全だと思っている人間が危険だと気づいた時の表情の崩れ方が好きなんだとか。滅茶苦茶歪んでます。

 

私たちのことは知っているそぶりでしたが、そこに関しては黙秘しているそうです。

 

口を割らせようにもすでに警察に勾留中で、監視下の元でしか面談できないので聞けることにも限界があるし、実力行使ができないそうです。

 

以上2名の襲撃でしたが、結果で言えば真犯人は不明ということになりました。

 

仕掛けられているのに、こっちは何も分からないなんて腹が立ちます……!!

 

「いやはや、シャミ子たちってばまた大変なんだねー」

 

ずっと黙ってケーキを食べていた杏里ちゃんは感心したように呟きました。

たまたま作戦会議前に会ったので一緒に来てもらいました。街中で最近変わった人がいなかったか、話を聞いてもらおうかと思ったからです。

 

「いやー、その話を聞くとシャミ子たちでも見分けがつかないんでしょ?私じゃ無理だよ」

 

「それじゃあ普段はここら辺で見かけない、変わった感じの人とかは?」

 

「うーん。店の手伝いをしてても、いつも通りだったし……」

 

杏里ちゃんから情報を聞き出そうとしても、街の様子は普段と変わりないそうです。これじゃ肝心の実行を指示しているやつの正体がわかりません。

 

「まぁまだ時間かかるだろうし、とりあえずデザート取ってレモンかけてくるわね」

 

立ち上がったミカンさんは、何個もレモンを用意しつつ、デザートを取りに行きました。

というかほぼ全てのデザートにレモン絞ってくるとは……柑橘系に対してアグレッシブすぎる……。

 

「私はもう少し果物を……」

 

「酒が入ってるやつねーか?」

 

桃が立ち上がった瞬間、浦飯さんは希望を出します。ですが桃はすぐ首を横に振りました。

ここには浦飯さんが満足するようなお酒はないのです。というかスイーツに入っているお酒の量なんてたかが知れてます。

 

「流石にないです」

 

「浦飯さん、もう少し我慢してください……」

 

「オレにはキツイ空間だぜ……」

 

どうやら浦飯さんにとっては女子高生に囲まれながらスイーツ食べ放題にくるというのは拷問のようなものらしいです。

直接戦闘では凄まじく強い浦飯さんですが、こんな感じで精神攻撃すると結構効くんだな、なんて思いました。

 

「おい、シャミ子!テメー今変なこと考えただろ!」

 

思わずドキリと心臓が跳ねるような感覚が私を襲いました。しまった、バレてる!

 

「えぇ!?考えてませんよ、本当ですよ!」

 

「テメーは顔に出やすいんだよバカめ!」

 

「ぐぬぬ……!?」

 

「本当に2人は仲が良いよねー」

 

杏里ちゃんがケラケラ笑いながらマカロンを食べ続けてました。襲撃された後だというのに、どこか緊張感に欠ける空気。

 

でも張り詰め続けるよりかは、今のこの空気のほうが私にとってはありがたいものでした。

 

少ししてスイーツを取ってきた桃とミカンさんも戻り、再度話を続けました。

 

みんなで気になったことが一つありました。

 

「何で私たちが移動した先にピンポイントで刺客がいたか、ってことだよね」

 

「それよ。3組バラバラで行動したのに、シャミ子と桃は尾けられていて、私はすぐに遭遇。相手にこちらの行動を離れていても追跡できる能力を持った奴がいるか……」

 

「もしくは誰かが情報を流しているか、だな」

 

───ギシリ、と空気が固くなる感覚がしました。桃とミカンさんから若干の怒気が感じ取れます。

 

「私たちの中に裏切り者がいるっていうの?浦飯さん?」

 

「別にオレらとは言ってねーよ。オレらに近いやつの可能性もあるっつーだけよ。学校のやつとかな」

 

硬い声で質問するミカンさんに、何でもないかのように答える浦飯さん。その答えを聞くと2人とも若干空気は柔らかくなりました。

 

「いきなりそんなこと言うなんて、ビックリしましたよ!縁起でもない……」

 

「わりーなシャミ子。けどよ、ずっと視線感じてたら長距離でも流石に分かるからな。そうでないとするとやっぱり誰かから情報ゲットしてんじゃねーのかって思うだろ?」

 

確かにずっと監視されていたら誰かしら気づくでしょうし、情報をどこかでゲットしていると考えた方が自然です。

学校の皆さんは良い人ばかりですが、全員知っている訳じゃないし確かに可能性はゼロではないです。

 

「でも、学校の皆さんのことは疑いたくないです……」

 

思ったことを素直に口にすると、浦飯さんは軽くため息をつきました。

 

「あくまで可能性の話だぜ?それにオレもオメーらの学校の連中が進んで情報流すとは思ってねーよ。あるとしたら……」

 

「───操られて情報流したことも覚えてない、とかですか?」

 

「それだな」

 

「相手がどんな能力持っているか分からないってこんなにストレスなんですね……ウガー!腹立ってきました!!」

 

ルールがない以上、どんな能力でこちらを追い詰めてくるか検討がつかないから、あらゆることを想定して考えないといけないのが今の状況です。

 

後手後手になってしまっていて、しかもこちらは解決方法が見つけられないとなるとストレスがガンガン溜まっていき、思わず吠えてしまいました。

 

「落ち着けシャミ子」

 

「しゃうん!?」

 

落ち着かせようとした桃が私の尻尾をグイッと引っ張ってきました。尻尾を急に触るんじゃありません!

 

「いきなり何するんですか!」

 

「焦りは禁物。まずは相手の人数と能力の把握だね。やっぱり無理矢理でも警察に連れてかれた医者の能力者を尋問するか……」

 

「勾留先に忍び込むの?かなりやばくない?」

 

「監視カメラの位置さえ事前に把握できれば何とかいける」

 

「監視カメラが切り替わる時間も計算に入れた方がいーぜ?前に霊界に侵入した時はそれで何とかなったしよ」

 

「こいつらマジやべー……」

 

あまりの無法者的な発言に杏里ちゃんはドン引きでした。国家権力の建物に対して侵入を行おうとしている同級生を見るのは私も初めてです。

 

しばらくそれから話し合って、リコさんの能力なら色々葉っぱなどで監視カメラとか誤魔化しが出来るんじゃない?ということで相談しに行くことにしました。

 

お店を出た私たちは、夕陽が眩しく照らしている商店街の歩行者天国を歩きます。いつもと変わらない商店街の様子は、まるで今の私たちとは関係ない世界のようでした。

 

「でもまどろっこしいですよね!もっとこう、ガーッと攻めてくるなら凄い楽なんですけど!!」

 

イチイチ頭を使って能力だの何だの考えるより、真正面から白黒つけた方がよっぽどスッキリします。というか今のところ凄いストレスにしかなってません。

 

浦飯さんも何度も「すげ〜わかる」と言ってくれてますし。やっぱり勝負はわかりやすい方が好きです!そう訴えると皆頷いてくれました。

 

「こちらのストレスとか精神的に攻撃している部分はあると思う。もし出張ってくるとしたら、相手の準備が完了した時だと思う」

 

「そうですかねぇ。ところで、相手の準備って?」

 

「それは───」

 

桃が言葉を口にする前に、杏里ちゃん以外の全員が強い視線を感じた後ろを一斉に振り向きます。

 

夕方の商店街がまだ人がチラホラいる。ですが視線を送った人物はすぐわかりました。

 

薄いピンクがかった白い髪はおさげにして、僅かに尖った耳の女性。リボンも帽子もスカートもシャツも上着も白い髪とは対照的な黒。

 

見間違いようがありません。あの特徴的な容姿、そしてこの気配は……!

 

「那由多誰何!」

 

「久しぶりだね、桃ちゃん」

 

まるで旧友に会ったかのような親しげな様子で、現れた那由多誰何。薄く、そしてどこか君悪く微笑む。

 

「そしてツノの魔族も、久しぶり」

 

会いたかったよ、と語る温度を感じさせない声は、私の体をブルリと振るわせました。

 

つづく

 




記憶奪うとか洗脳の能力の恐ろしさは味方を疑わないといけない、と言う疑心暗鬼に陥る部分がかなりいやらしいと思います。
だから味方キャラはその手の能力者が少ないんじゃないかと思います。


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47話「滅茶苦茶舐められてます!」

都市部って喧嘩できる場所少ない気がする。


那由多誰何。かつてこの街の魔族を喰って自らの願いの糧にしようとした魔法少女。

桃の機転で間一髪防ぐことができて魔力を削られたはずですが、目の前の彼女はかつて以上のパワーを感じます。

そしてその横には黒い少年が1人。眼帯をしていて、黒いコートのようなものを着ています。

 

「数年ぶりだね桃ちゃん。元気にしてたかな?」

 

右手を軽く振ってくる様子はまるで友人に会ったかのように気楽なものに見えます。しかし今までの経緯を知っていれば気味が悪いとしか思えませんでした。

 

「あなたにそんな挨拶されるほど仲がいいとは思ってませんが?」

 

「つれないなぁ。同じ平和を願う魔法少女同士、仲良くしていた方がいいと思うけど?」

 

過去にあれだけのことをしておいて、あっけらかんと言うこの態度。桃は忌々しいとばかりに顔を顰めました。

 

「昨日能力者を差し向けたのはあなたですか?」

 

「そうだよ」

 

ズバッと聞いた桃に対し、何も隠さず那由多はYESと答えました。隠す気ないんでしょうか?

 

「前にあった時より時間も経っているし、どんなものかと思ったけど……」

 

ふぅとため息をつく那由多。なんだあの心底バカにしたようなため息を見て私は殴ってやりたい気持ちがアップしました。

 

「拍子抜けだよ。桃ちゃんは監視だけにしておいたけど。

こちらが送った能力者にツノの魔族は完敗してるし、そっちの魔法少女は割とギリギリ。あんまりいい腕とは言えないね」

 

「なんですとー!?トランプ勝負じゃなくて素手のタイマンならいけてました!」

 

「格ゲーなら完封だったぜ!」

 

「病院の人を人質に取るようなやつ相手だったんですけど!?」

 

3人とも一斉に那由多に叫びますが、那由多はこっちをチラリと見た後、無視してすぐ桃に視線を戻しました。

 

「まぁ桃ちゃんや魔族が生きていることを確認するためでもあったしね」

 

「……またこの街の魔族を襲いにきたんですか?今度はこのシャミ子を」

 

ちらりと桃は私を見て、視線を那由多に戻します。その質問に対し那由多は人差し指を顎につけて少し悩んでいる様子でした。

 

「それも目的の1つだね。けど本当にやりたいことは違うんだ」

 

「ぜひ教えてほしいですね。言わなければ力づくですが」

 

「力づく」と発した時点で桃の体を覆う魔力は十分に漲ってました。もう完全に戦闘態勢です。

にも関わらず、那由多の体を覆う魔力にはまるで変化がありません。

決して那由多が弱いからと言うわけではありません。むしろ以前よりさらに実力の底が見えないと言う印象を受けます。

 

「もう一度言うよ桃ちゃん。今からでも私の仲間にならない?世界平和のためにさ」

 

「……はっきり言いましょう───世界平和なんて興味ありません」

 

「貴様……!?」

 

完全な桃の拒絶に対し、那由多の横にいた少年は一歩踏み出そうとしました。その様子から那由多の考えは知っているようです。

 

「いいよ黒影」

 

「……失礼いたしました」

 

軽く声をかけられただけであっさりと黒影は引っ込みました。完全に部下のような位置にいるようです。

断られた那由多は少し嬉しそうな表情を浮かべ、ミカンさんに視線をずらします。

 

「そこの魔法少女の君はどうだい?ぼくのことは桃ちゃんから聞いているだろう?」

 

「お断りよ。ようやく普通の子みたいに楽しく学校に行けるようになったのに、何で人類を物理的に1つにすることに協力しなきゃいけないのよ」

 

「残念」

 

肩をすくめて少し落ち込む様子の那由多。しかしこの人は会話の内容は吹っ飛んでますが、魔法少女には普通に接しますね。

那由多は視線を私にずらすと、先ほどとは打って変わって冷たい目をしてました。魔族差別だ!

 

「そこのツノの魔族は夢……いや、人の無意識の領域に干渉してくるような凶悪な能力を持っているんだよ?つまり簡単に大勢を洗脳できる奴なんだ。

そんなやつを放っておくなんて危険極まりない」

 

やはりあの時桃の過去を見た時に私のことを認識していたようで、随分言い方は酷いですが、私の能力は把握されているようです。

1000年以上の魔法少女としてのキャリアは伊達じゃないようです。

 

「そんな魔族なんていても害悪になるだけだよ。それなら私に食べられて私の魔力になった方が、皆の平和の礎になれる。いいことだらけだと思うけど?」

 

「勝手に人を危険物扱いするな!」

 

私の能力を洗脳やり放題マシーンみたいに言うなんて大変失礼です!確かにミカンさんや桃の心のお掃除はしましたが、洗脳なんてしてないです!

しかも大人しく死ねという態度に、私は断固拒否しました。

 

「じゃあ全く人の心や考え方を弄ったことはないと言うのかな?

君が人のために良かれと思ってやったとしても、それは『君が良いと思う現状』に持っていくように人の心を誘導したとは考えられないかな?」

 

「それは……」

 

那由多の言葉に、私は言葉を詰まらせました。

 

確かに心の中の掃除したことで心の内を読んでしまい、洗脳じゃないにしろ考え方を変えてしまった部分はあるのではないか?

指摘されて今更ながらそんなことを考えてしまいました。

 

「そんな危険な魔族が野放しになっていては平和なんて夢のまた夢さ。ぼくの考えが実現すれば───」

 

「くだらねーことグダグダ言ってんじゃねーよ」

 

そんな私の考えを打ち切ったのは喧嘩腰の浦飯さんの声でした。

 

「このバカにそんな高度な誘導ができると思ってんのか?」

 

「ちょっと?」

 

庇ってくれて少しばかり感動したのに、即座に罵倒されて思わずツッコミました。おい、他の皆も頷くんじゃない!

 

「第一コイツの能力を悪用するんなら、金持ちの夢に入ってコイツの家の口座に大金を振り込ませたり、学校の先公の夢に入って成績を全部MAXにしたり色々できんぜ」イカサマシホウダイダゼ

 

「この人極悪です!?」

 

なんでそんなことをすぐ思いつくんでしょうか。浦飯さんに私の能力を使わせたら大変なことになるのは間違いありません。

おい桃、「その手があったか」と頷くんじゃない!

 

「いかにも低俗な魔族が考えそうなことばかりだね。だから危険だと言ってるんだけどね」

 

「けどよ、シャミ子はそんなことに能力は使ってねー。人を洗脳するとか、くだらねーことに能力を使わない奴だってのは皆知ってんぜ」

 

浦飯さんはハッキリと私のことを庇ってくれました。そして聞いていた皆も同調するように頷いてくれました。

魔族になってからずっとそばで見守ってくれている人がハッキリと言葉に出してくれるのはすごく嬉しくて、思わず邪神像を強く握りしめてしまいました。

 

「あ、ありがとうございます浦飯さん……」

 

「気にすんな。那由多、テメーはオレらが気に入らねぇし魔族をぶっ殺してぇ。オレらはテメーをぶっ飛ばしてぇ。ならやることは一つだろ」

 

「……ふふ、君は単純だな。だがそれもいいだろう」

 

その時、那由多の体を覆っていた魔力は力強さを増し、ハッキリと見えるくらいになりました。明らかに戦闘態勢です。

 

「ならまずはツノの魔族からだ。そのために今回は会いにきたんだからね」

 

「いいでしょう!私が相手になります!」

 

掌に拳を打ち合わせ一歩前に出ます。だがすぐ桃に尻尾を引っ張られました。

 

「イターッ!?何すんですか!」

 

「このおばかシャミ子!どうしてタイマンしようとするかな!?」

 

「勝負挑まれているのは私なんですよ!当然です!」

 

「皆で戦えば一発じゃないの」

 

「おいおい、タイマンの指名されたのはシャミ子だぜ?タイマンはな、邪魔されんのが1番腹立つんだ。大人しく見とけっての」

 

「浦飯さんなら絶対言うと思った……!」

 

やはり一斉にかかるといくら相手が悪い奴でもなんか引け目を感じちゃうというか、モヤモヤするんですよね。

 

そこへ浦飯さんが邪神像の表情を少し歪ませ、小声で話し始めました。

 

「……それによ、あいつの能力は喰うことで記憶を奪う。けど戦闘用の能力はまだわかんねー。シャミ子がまず戦って引き出せるかもしんねー」

 

「……シャミ子には危険すぎます」

 

「でも桃、私から見てもあいつはシャミ子のことを完全に見下して油断してるから、そこに付け入る隙はあるように見えるわよ?」

 

そこまで考えてませんでした。単純に過去のアレコレでムカついてたのと、馬鹿にされたのに腹が立ってぶっ飛ばしたい!と言う気持ちでいっぱいだったのですが、何やら良い方に解釈されてます。

 

「ミカンの言う通りだ。能力さえわかればこっちのもんだぜ。だろ、シャミ子」

 

「そ、そうです!私に任せてください!!」

 

ここは乗っておきましょう。腰に手を当てて堂々とします。

それに本当に別の能力があるとして、全員で挑んで全員が能力に捕らわれたらそこで終わりです。

かなり怖いですが、誰かがやらないといけません。

 

それにいきなり浦飯さんが戦ってなんらかの能力で返り討ちに遭ってしまっては、こちらの勝ち目がほぼなくなります。

 

なら浦飯さん以外の誰かが言って、後で浦飯さんに援護してもらう方がいいでしょう。

 

「やばい時は頼みましたよ浦飯さん」

 

「基本タイマンは邪魔する気はねーが、まぁまかせとけ」

 

「……それじゃあ、私が、像を預かるよ」

 

どこか途切れ途切れに言葉を吐く杏里ちゃん。少し不思議に思いましたが、那由多がいるせいでこうなっているのだろうと思い、そのまま言われた通りに邪神像を杏里ちゃんに預けます。

 

「杏里ちゃん、邪神像を頼みますね」

 

「…………うん」

 

杏里ちゃんに邪神像を渡した後も杏里ちゃんは非常にぼーっとしている感じでした。目の焦点があってないというか、いつも明るい杏里ちゃんにしては何か変です。

 

「杏里ちゃん?大丈夫ですか?」

 

「え、あ、うん……大丈夫」

 

「……そうですか?じゃあ行ってきます」

 

ファイト、とかしっかり、という皆の声を背に受けながら私は数歩前に出て那由多と対峙します。

 

「ここじゃ迷惑ですし、場所を変えたいんですけど」

 

今は商店街の歩行者天国。人通りが少なくなり始めているとはいえ、まだまだ人目につく場所。ここで戦うと色々迷惑がかかると思っての提案です。

 

「そんなに迷惑がかかるほどの戦いになるとは思えないけど……」

 

「なんですと?」

 

「まぁ関係ない人間を傷つける訳には行かないからね、念の為場所を変えてあげよう」

 

「イチイチ言い方が腹立ちますね……!」

 

非常にカチンと来ました。私じゃ大した勝負にならないと面と向かって言われたのです。

なら思い知らせてやる!

 

少し歩いた場所にいい感じに人気がない広場があったので、そこにやってきました。ここなら通報されて中断などもなさそうです。

 

「よぉし!危機管理ー!!」

 

合言葉と共に私は変身します。変身したことで妖気も充実し、体から力が漲る感じです。

 

しかし那由多はそれを見て薄く笑うだけでした。

 

「さぁ、どこからでもどーぞ」

 

「その余裕、ぶっ飛ばしてやります!いくぞー!」

 

やや左側から攻めるように突っ込み、左手の妖気を他より強くする。

左から攻めると見せかけ、奴の拳が届かない一歩前の距離で右斜めにスライドするように移動。

 

そして素早く妖気を移動させた右拳を奴の顔面に振るいました。

捉えた!

 

「かはっ」

 

拳の当たった感覚はなく、振り抜いたと同時に感じるのは腹部への衝撃。

 

当たると確信したはず拳は、奴の左手の甲が私の拳を外側に逸らしたと同時に、残った右の掌底が私の腹部を直撃します。

 

「それ」

 

お腹への衝撃で一瞬止まった私は、逸らされた拳を軸に投げられました。

 

「なんの!」

 

だが何度も投げられた経験のある私は、先に右足を着地させ、バネのような反動で左足による真っ直ぐな蹴りを那由多の顔面へ繰り出します。

 

「おっと」

 

蹴りは軽く顔を逸らすことで避けられ、那由多は後方へ数歩下がります。

体勢をすぐ整えた私は、勢いをつけて右ストレートを奴のお腹に向けて繰り出しました。

 

「おりゃあ!」

 

当たる!

 

そう思った瞬間、私は後方へ吹き飛ばされてました。腹部から走る衝撃は体を後方へと吹き飛ばし、何度か地面を転がることでようやく止まりました。

 

「「「「シャミ子!!」」」」

 

「なんのぉ!」

 

追撃を警戒してすぐ立ち上がった私ですが、那由多は先ほどの位置から全く動いてませんでした。半身になり、右腕を突き出した形で止まっています。

 

「おぇ……ぐぬぬ、何ですか今の」

 

先ほどから殴られるというより、衝撃をそのまま返されているという感じがするのです。

 

「結構派手に飛んだね。パワーはあるようだ」

 

全く私のことを敵として見ていないかのような余裕の表情に、私は余計に腹が立ちました。絶対ヒィーって言わせてやります!

 

つづく




那由多はテクニカルキャラだろうなって原作見た時から思ってました。
原作だと槍みたいなものを使ってましたが、攻防の見栄えがいいので素手に変更しちゃいました!すみません!


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48話「那由多との攻防!そして杏里ちゃんが……です!」

杏里の動きは原作最初からなんかおかしいよねという疑問から始まるストーリー


那由多誰何との初戦闘。私の繰り出す攻撃はかすりもせず、逆に大きく吹き飛ばされてしまいました。

 

しかし那由多は追撃せず、その場に余裕を持って立ったままでした。

 

「……さっきの受け流しといい、今の技はまさか……あれは合気道?」

 

桃がボソリと那由多の戦い方について呟きます。

 

「合気道だぁ〜?」

 

合気道。敵の力を使って投げたりするとか聞いたことがありますが……誰も今まで使ってこなかったので私にとっては未知の武術です。

 

しかし桃の言葉に、那由多は少し不服そうにしてました。

 

「ちょっと心外だな。合気道はさほど長い歴史を持つ武術ではない。

歴史的に言えば合気道よりボクの方が古いし、長年戦っていると敵の力の流れがよく見えるから、自然とこういう形になるのさ」

 

その言葉は自信に満ち溢れていて、そして私の攻撃が良く見えると宣言しているようでした。事実私の2回の攻撃はいずれも完璧に捌かれてます。

 

「……まずい。シャミ子が最も苦手な相手」

 

「シャミ子は霊丸以外は接近戦主体だし、もろ喧嘩殺法だものね……」

 

「それもあるが、あいつはああいう受け流すタイプは初めてだろ。やらせときゃーよかったぜ」

 

そう、私の今まで戦ってきた相手はいずれもぶつかり合いが得意な人たちばかりでした。

師匠(浦飯さん)も良く組み手してくれる人(桃)も基本正面からの殴り合いが得意なタイプ。テクニカルなタイプではありません。

なので今までの相手は攻撃を受け止めるか避けるかで、こうも綺麗に捌いて同時に攻撃を繰り出してくる敵は初めてなのです。

 

「しかし、これでは本当に商店街から移動しなくてもよかったかもね。人に迷惑かからないまま勝てそうだ」

 

那由多は私の様子を見た後、そう呟きました。なんて嫌味なやつ……!

私は妖気を強め、拳を握ります。

 

「なら当たるまで攻撃するまでですー!」

 

那由多がチラリと桃たちの方をよそ見した隙に、私は接近します。

単発の攻撃では上手く捌かれてしまうのであれば、もっとフェイントを混ぜてやります!

 

接近した私は拳と蹴りを織り交ぜて攻撃します。足刀、手刀、突き、回し蹴り、フック、アッパー……。

今までよりかなりスピードを上げて攻撃を繰り出しますが、しかし全ての攻撃を軽く逸らされ、避けられます。

 

「(やはり当たらない!でも本命は喉への左足の蹴り!)」

 

今までの攻撃は当てる気ではありますが、実は目眩し。本命は喉へ左足のつま先が真っ直ぐ向かっていく、つま先による喉を突く攻撃です。

 

そして突きを繰り出す。タイミング的には文句なしでした。

 

「これだね」

 

しかし蹴りは那由多の首の捻りだけで避けられました。捻ると同時に私の足に添えられた那由多の右手が、私の足を跳ね上げるように上へと持ち上げます。

 

「それ」

 

那由多の左手は私の顔を覆うように掴んできました。

 

不味い、と思った時には後頭部から地面に叩きつけられる寸前でした。

 

考えるより早く、私はさらに自ら回転することによって叩きつけられるのを回避し、両足で着地できました。

 

「うりゃぁ!」

 

多少驚いた表情を見せる那由多へ左の下突き。左拳で下から鳩尾を狙う突きを繰り出しました。

 

「がッ……!?」

 

「甘いね」

 

しかし拳が届く前に、私の顎に衝撃が走ります。掌底をまともに受けたようで、一瞬脳が明後日の方向に吹き飛んだような感覚。

 

「おのれ……!」

 

掌底による攻撃で距離が空いた私は那由多を睨みつけますが、那由多は攻撃した位置から動こうとしません。

 

「フェイントを使ったつもりだろうけど、戦い方がお粗末すぎる。はっきり言って技術不足だね。基本からやり直した方がいい」

 

「何ですと〜!?」

 

反論したいところではありますが、一撃すら入れられない私は焦ってそれどころではありません。

 

ここまでの僅かな攻防ですが、明らかに技術的には那由多の方が上です。というかこのまま戦っても当てられる気がしません。

 

「まず当てることを意識しろー!そーじゃねーと話になんねーぞ!」

 

「(浦飯さんのいう通り、まずは一発ぶち込まないと話にならないですね)分かってますよー!」

 

今のこの状況は勝負になる以前のレベルです。まず一発攻撃を当てて流れを変えなければ。

 

幸い相手の攻撃は一撃で私を戦闘不能にするような理不尽レベルではありません。そういう意味ではチャンスはまだあります。

 

「なら次はこうだ!」

 

高速でやつの周りを動き回ることによって目を誤魔化す方法!単純だけど試す価値ありです!

 

「シャミ子ってば、前より更に速くなったわね」

 

「かなりのスピード。でも……」

 

「関係ねぇ!ぶっ殺せシャミ子ー!」

 

動きの強弱をつけながらやつの周りを移動し、徐々に近づく私。那由多は一歩も動かず、あくまで自然体のまま立ったままでした。

 

斜め背後からのローキック。ローキックならさっきみたいな足を掬ったりしにくいでしょう。

 

しかしローキックが来るのをわかっていたかのように、半歩後ろにズレた那由多はローキックのほとんどを避けつつ、また足を掬ってきました。

 

崩された体勢に対し、繰り出してくる掌底を、腕でガードします。

 

「もう少し頭を使った方がいい」

 

「うるさいですよ!」

 

その余裕たっぷりな表情を何としても崩してやる!

 

平面の移動がダメならば、近くの大きな木を足場に利用して、上からの攻撃!

上からくる攻撃に対しての投げ技なんて聞いたことありませんからね!

 

斜め上から飛んで拳を振るう私。しかし奴は軽い笑みさえ浮かべたまま、私の手首を浮かんで投げ飛ばします。

 

投げ飛ばされた私はその勢いを利用して木の後ろを回り込み、顔面へ右足での飛び蹴りを仕掛けます。

 

「単純だなぁ」

 

先ほどの攻防から、那由多は紙一重で避けるパターンが多い。つまり間合いはほとんど開けず、こちらの攻撃範囲にいるのがほとんど!

 

私の狙い通り、やはり今まで通りに紙一重で飛び蹴りを避ける那由多。

 

飛び蹴りは空中で身動きが取れないので、外されると大きな隙が生まれる。

 

だから那由多も紙一重で避けて、那由多からはガラ空きになった私の背中に掌底を叩き込もうと魔力を手に集中しているのがわかります。

 

そこで蹴りの体勢のまま、私の体は空中で止まりました。

 

「!?」

 

そう!先ほど回り込んだ木に尻尾を巻き付けておくことで、蹴りの途中で体が止まるように位置をコントロールしたのです!

 

そうすることで驚いた那由多の前で私の体が止まり、妖気を集中させた左足裏を奴の顔面へ叩きつけました。

 

「グ!?」

 

那由多が思い切り吹き飛ぶ手応えを感じた私は木から尻尾を外して着地します。

 

「どーですか!見事に決まりましたよ!」

 

「よし、ナイスだシャミ子!」

 

「ナイスよーシャミ子!」

 

「間違いなくクリーンヒットした」

 

そう、桃の言う通り間違いなく顔面へ直撃したはずです。ようやく一発まともに入ったのですが、どれほどのダメージになったのでしょうか?

 

公園の端まで吹っ飛んだ那由多は、ゆっくりと立ち上がります。

 

「尻尾をロープ代わりに使うとは、中々面白い戦闘方法だね」

 

服についた埃を落としながら現れた那由多は、鼻血どころか傷ひとつありませんでした。

まさかとは思ってましたが、あのタイミングで直撃した攻撃でも傷なしというのはいささかショックです。

 

「発想力という意味では悪くないが、いかんせん威力がない。そんな程度の妖気で勝てると思っているのかな?」

 

那由多から増した魔力は、物理的な攻撃となって私の肌を傷つけます。魔力を軽く放出しただけでこちらの妖気に覆われた守りを突破してくるとは……!

 

「もう少しできるようになっていたかと思ったが、少々買い被りだったようだ。

───君もそう思うだろ、佐田杏里?」

 

「───は?」

 

那由多が何故か急に杏里ちゃんのフルネームを言い始めました。恐らく私だけでなく、ここにいる全員が何故?と思ったはずです。

 

そして呼ばれた杏里ちゃんはいつの間にか那由多の隣にいました。

 

「何やってるんですか杏里ちゃん!そんな奴に近寄ったら危ないですよ!」

 

早くこっちに来るように手招きをしても、邪神像を持ったまま杏里ちゃんはピクリとも動きませんでした。それどころかどこかぼーっとしているかのような表情です。

 

「おいテメェ!杏里に何かしやがったな!」

 

那由多の隣にきてしまった邪神像から浦飯さんの怒声が那由多へ放たれますが、奴は軽く笑うだけでした。

 

「今は何もしてないよ。今はね」

 

「何言ってんですかアンタは!現に杏里ちゃんの様子がおかしいじゃないですか!」

 

まるで何もしてないかのように振る舞う那由多。那由多は隣にいる杏里ちゃんの頬を右手で撫でます。気持ち悪いことをしているんじゃない!

 

「待って那由多誰何。今は、と言った?」

 

「そうだよ桃ちゃん。よく考えてね」

 

黙り込んで考え始める桃。私は先ほどの戦闘から来る汗ではない、別の汗が背中を伝って落ちていきます。

 

今までの言動を考えると、どうしても嫌な想像しか頭に浮かびません。

 

今日奴に出会った瞬間に杏里ちゃんは何らかの能力を受けた?いや、それなら誰かしら気づいているはず。今日ではないのは確かです、ならば一体いつから……。

 

「桃、私すごく嫌な予想ができたんだけど」

 

ミカンさんが心底嫌そうな表情を浮かべ、桃は冷や汗を流してました。

 

「私もだよミカン」

 

桃は今まで見たことが無いほど表情をきつくし、殺気も出し始めました。その表情からは嫌悪と怒りが感じ取れます。

 

「……私が杏里と出会う前から仕込んでいたのか!答えろ、那由多誰何!?」

 

「な!」

「にぃ!?」

 

桃が杏里ちゃんと出会ったのは中学生の時のはず。そんな前から能力をかけていたなんて、能力の持続を考えれば普通あり得ないはず!

 

私と浦飯さんは驚き、那由多の顔を見ます。

 

そして那由多の表情を、とても楽しそうで。

 

嫌でも、それが真実であると分からされてしまいました。

 

つづく




原作見ていた時から、杏里ちゃんはシャミ子と桃が出会うために必要な人物でした。てか彼女が大体重要な人物への橋渡しをしてます。
しかも喫茶あすらの橋渡しも彼女。他の人たちが魔族を忘れているのに、ねぇ。
こんなピンポイントで便利な友人いる?と考えたところでこんな感じに。


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49話「杏里ちゃんの洗脳、卑劣なやり方!」

友達が洗脳されるルートは色んな主人公が通っている道。


「いつからだ、答えろ那由多誰何!」

 

私が激しく叫ぶ様子を見て、那由多は横にいる杏里ちゃんの頬を撫でます。自分のものであるかのような行為に生理的な嫌悪感しか抱くことができません。

 

霊丸を撃とうと右人差し指に妖気を集中させますが、ミカンさんに止められました。

 

「撃ったら杏里も巻き込むわ」

 

「おのれぇ……!」

 

その声が聞こえているのか、那由多はニンマリと笑います。

 

「いきなり回答を言ったらつまらないだろう?当ててみてよ」

 

「テメェ、ふざけてんのか?マジでぶっ殺すぞ!!」

 

杏里ちゃんに持たれたままの邪神像から、浦飯さんも怒りを露わにしてます。

文字通り身動きできない浦飯さんの言葉に、那由多は鼻で笑うだけ。益々浦飯さんは怒りを強くしていきます。

 

桃は大分考えているようで、しばらくしてから口を開けました。

 

「……杏里がシャミ子と私を引き合わせたのは高校から。だから入学式前後?」

 

「ブー。不正解です。もっとよく考えて」

 

イチイチ腹の立つやつですね!杏里ちゃんと浦飯さんを奪還できないか、ほんの少しすり足で前に動きますが、那由多は魔力を強めて牽制してきます。

ミカンさんもボウガンを撃てる準備はしているみたいですが、那由多の仲間の男がいつでもカバーできるような位置取りをしています。ええい、忌々しい。

 

桃はしばらく考えて、とても顔を顰めた後那由多を睨みつけました。

 

「杏里が中学で私と出会う以前……あなたがこの街で魔族を喰べている時に洗脳した」

 

口に出すのも嫌がるほど、恐る恐る自身の考えを口にする桃の様子を見て、那由多は嬉しそうに拍手しました。

私はどう反応していいか、一瞬言葉に詰まりました。

 

「大正解だよ桃ちゃん!景品はないけど勘弁してね」

 

「そんな前から!?」

 

「ふざけやがって。趣味がわりーぜテメーはよォ」

 

「……でもそれじゃおかしい。お前の能力は喰べた魔族の存在を人々の記憶から消すもののはず。

杏里は魔族じゃないし、杏里の状態から見て意識がほとんどないように見える。明らかに違う能力だ」

 

桃のその言葉に、那由多はさらに拍手しました。こんなに嬉しくない拍手があったでしょうか?桃は不快そうに表情を歪めています。

 

「この洗脳に関しては確かに別物でね。これを使ったのさ」

 

那由多がポケットから取り出したのはペンライト。あんなもんで洗脳できたと?

 

「これはぼくの仲間の発明家が作ってくれた魔道具でね。

ぼくの魔力をペンライトに込めて、目に光を当てた後命令をする。

すると光と言葉が視神経を通って脳に到達し、記憶の奥底へぼくの命令が伝わるというわけさ。

そうすることで長い時間が経っても、ぼくの声かけで動くわけ。

まぁ魔力や妖力がある程度ある相手には抵抗されて効かないけどね。逆に何の能力もない脳の発達が成熟し切ってない子供にはよく効くんだ、これ」

 

くるくるとペン回しをしながら解説をする姿に、那由多以外の全員が表情を歪めます。コイツは人を人と見ていない、物扱いしているとしか思えません。

 

「テメーは心底クズだな。ガキの頃から関係ないやつを巻き込みやがって」

 

「確かに良心は痛むよ?だが最終的に全ての生物が一つになるんだ。多少の犠牲はやむを得ないよ」

 

「お前は!杏里ちゃんだけでなく、他の刺客の人たちもそれでやったんだな!」

 

そう言えば今まで戦ってきた人たちは、依頼したり指示してきた相手の顔をほぼ覚えてないといってました。能力がある人間でも、抵抗力がなくなるほど弱った後なら、この洗脳が効くのではないか?そう考え発言しました。

 

その言葉に皆が私に振り返ります。那由多は少し意外そうな表情を浮かべました。

 

「存外頭が回るじゃないか。そう、この街に向けた刺客は大体この洗脳をしてある。闇御伽3人衆は黒影だけどね」

 

予想は当たっており、素直に那由多は認めました。あのひどい御伽話の妖怪は黒影という那由多の隣にいた少年がやったということで、那由多に名前を呼ばれて少し頷いてました。

 

「……随分回りくどい真似をする。杏里を洗脳しているのであれば、街や姉さんの情報も簡単に引き出せただろう。

その上で杏里に連絡させていれば、わざわざお前自身が来る必要もなかったはず」

 

「杏里に私への連絡手段を教えていたら、そこから何らかの能力でぼくへ辿られるかもしれないだろう?

だから杏里はあくまで桃ちゃんたちの繋ぎ役。情報としてはあまり期待してなかったのさ。

街がどう変わっていくか。きっと桃ちゃんはあのツノの魔族と近い将来出会うだろうと予測し、仲良くなっても問題ない第3者を入れること。それが必要だった」

 

「必要なこと、ですか?」

 

そんな前から洗脳することが必要なことだったんでしょうか?この場で浦飯さんと杏里ちゃんを人質にとるという戦法をするためならそんな前から仕込みをする必要性はないはず。

 

那由多は私を指差しました。

 

「ぼくのターゲットは桃ちゃんじゃない。お前だよツノの魔族。

桃ちゃんが小さい頃この街で抵抗した時、お前と男が見ていただろう」

 

「やっぱり見えていたんですね……」

 

「しつこい奴。よくもまぁ、あんなこと覚えてるもんだぜ」

 

那由多からはあの時の件で敵視されているかなーとは思ってましたが、那由多は私より桃に執着しているとばかり思ってました。

 

「ツノの魔族を見てピンときたよ。お前の親父と同じ一族の魔族だってね。お前たち一族の能力は強力だ。だから欲しかった。

以前はお前の父親をターゲットにしたが桜ちゃんと一緒に抵抗してきて失敗に終わった。しかも2人ともどこかに姿を暗ますし、足取りも追えない。全く散々だったよ」

 

「まさかうちの工場で桜さんたちが戦闘した相手ってあんたのこと!?」

 

「何だい。君の工場だったのかい?それは悪いことをしたね。いやー、魔族だけ殺すつもりだったのに、桜ちゃんがすごい剣幕で殺しに来るんだもん。

だからやりすぎちゃった」

 

これでかつて桜さんたちが工場で戦った相手がわかりました。

 

その戦いで桜さんが必殺技で那由多を撃退した痕が工場に残っている。

 

以前桜さんはお父さんを封印するしかなかったと言っていた。封印した理由がお父さんの能力を第3者に使われないようにするためであったら……!

 

「お父さんは───!」

 

だがここで私は口に出すのを思い止まりました。

 

那由多はあの口ぶりだと、お父さんが段ボールになって封印されていることを知りません。もしお父さんが生きていることがわかったら何をされるかわかったものじゃない。

 

「お前のお父さんは捕えられなかったよ。能力を使わせてから殺してやろうと思っていたけど、今となってはその能力はもういらないけどね」

 

どうやら私が那由多をお父さんの仇だと思っている、とあっちは解釈してくれたようです。喋るとボロが出そうだから、このまま黙っておきましょう。

 

「いらないですって?代役でも見つけたのかしら?」

 

「その通り。だがそうなると能力に覚醒したそこのツノの魔族に横槍を入れられる恐れがある。つまぼくは君を殺したいのさ」

 

「バカじゃねーか。成長する前のシャミ子を狙えば一瞬で殺せたぜ。わざわざ成長するのを待つ必要ねーだろ」

 

確かに浦飯さんの言う通り、今はある程度戦えますが魔族に覚醒する前に狙われれば一発アウトでした。何故ここまで待つ必要性があったのでしょう?

 

「バカは君だよ」

 

「なんだとコラ!」

 

「この街全体に結界が張られているし、さらに魔族の家には害することができる人物を弾くことができる結界が張られている。

桜ちゃんが作った結界は優秀でね……無理矢理破ろうとしたらかなり力を消耗する。そこから戦闘となると若干不安要素が入るのさ。

だからなんの力もない人間を橋渡しにすれば良いと考えたのさ」

 

「だから杏里ちゃんを!」

 

「せっかくだし桃ちゃんのお友達ができればいいなと思って同世代の彼女にしたんだよ?昔から桃ちゃんは全然友達作らなかったから困ってたんだ。

まぁ杏里がツノの魔族と桃ちゃんだけでなく色んな魔族とかと友達になったのは嬉しい誤算だったけどね」

 

本当に親切でやった、と言わんばかりの口調。浦飯さんなんか唾を吐くような音がしてました。

 

「吐き気がすんぜクソヤロー。周りくどい真似しやがって」

 

「だがその周りくどい手のおかげで杏里とツノの魔族は友人となり、桃ちゃんとも繋がれた。

残りの魔族も見つけ出してくれたようだし、ぼくとしては嬉しい限りだよ」

 

「人の心をなんだと思ってんのよあんたは!」

 

他人の精神を支配して思うように操っていることに何の罪悪感も持たない那由多に、ミカンさんは語尾を荒げます。

 

杏里ちゃんが今まで仲良くしてくれたのは洗脳されていたから?じゃあ私が困っているときに助けてくれたのも打算だった?

 

そう思うと良くない方、良くない方へ考え方が進んでいくような気がします。悪いのは洗脳していた那由多なのに。

 

「平和になるのであれば、過程なんてどうでもいいと思うんだよね。大事なのは結果だよ。

ぼく個人としてはツノの魔族に対して今まで暴力的じゃないやり方を進めていたんだ、褒めてほしいとまで思っているんだよ?」

 

「どこが暴力的じゃないってのよ、全く」

 

あまりに身勝手な言い分。

桃や私の家族、そして杏里ちゃん。周りの人たちの人生を滅茶苦茶にしておいて、今度は私を殺す?

 

「───ふざけるな!」

 

私に怒りに反応して、私の妖気が膨れ上がります。そんな私の耳に、小さな声が聞こえてきました。

 

「……ごめん」

 

桃の声が小さく聞こえてきました。下を向いていた桃は、覗き込むように私を見ます。

 

「桃?」

 

「……私が那由多の企みに気づければ、シャミ子が狙われることはなかったんだ。ごめん、シャミ子」

 

桃は那由多の洗脳を見抜けず私を巻き込んだことに責任を感じているようです。

全部悪いのは那由多なのに、何も悪くない桃が落ち込んでいる。

 

私は足音を響かせながら、桃に近づき、桃の正面に立ちます。

 

「ごめん、シャミ───」

 

ゴッ、とかなり重い音が響きました。私が桃に頭突きをした音です。桃は額から煙を上げて地面に倒れ込みました。

 

「ちょっとシャミ子!何やっているのよ!」

 

「ミカンさん、これは気合いを入れているだけです。全部悪いやつがいるのに、変に責任感じているアホ桃に!」

 

よろよろと立ち上がる桃は立ち上がると少し睨んできました。

 

「でも、私が元はと言えば巻き込んで」

 

「だからここであいつを倒せば全部終わりでしょう!難しく考えるな!」

 

桃はハッとしてこちらを見ます。確かに杏里ちゃんが洗脳されていて悲しかった。

でも洗脳した原因をぶっ飛ばせば全て解決なんです!

 

それにもう悲しいを通り越して、怒りが後から後から湧いてくるのです。もう抑えきれません!

 

「だから那由多誰何!勝負だ!」

 

「……フフっ」

 

那由多誰何に指差すと、目を瞑って笑ってました。小馬鹿にしているような笑いです。

 

「何がおかしい!?」

 

「いや、君は単純でいいなと思ってね」

 

それに、と那由多が左の方に視線を逸らす。するとパトカーのサイレンがだんだん近づいてくるのが聞こえてきます。

 

まさかさっきの戦いで誰かが通報したんでしょうか?

 

「警察が来ると邪魔になるから、場所を変えよう。だが場所は君たちが来るように」

 

「なんですと?」

 

『街の中心で待っている』

 

いつの間にか出した討伐カードを掲げて、那由多が宣言する。気づいたミカンさんが咄嗟にボウガンを撃ちましたが、すでに奴らは消えた後でした。杏里ちゃんと浦飯さんを連れたままで。

 

「くそ、連れてかれちゃいました!」

 

「まさか逃げの一手を打ってくるとは思わなかったわ!撃ち抜けなかった!」

 

私はイラついて地面を殴ります。数mのひび割れが起こりますが、この場においてはなんの意味もありません。

 

その間にもパトカーのサイレンは迫ってきてます。

 

「……とりあえずこの場を離れてばんだ壮に戻ろう。もしかするとシャミ子の家族が危ないかもしれない」

 

「ッ……そうですね、急ぎましょう」

 

ようやくいつもの顔つきになりつつある桃の提案に従い、私たちはばんだ壮に戻りました。

 

後手後手に回っている私たち。そして街の中心とは一体なんでしょうか?

 

そんなことをグルグル考えながら、私たちは走りました。

 

つづく

 




魔導具 【催眠ペンライト】
魔力を込めることで光が出るペンライト。光が目から入り込み脳に刺激がいく。
その光を浴びた者は催眠状態になるので、命令すると記憶の奥底へ刻み込まれる。

なお魔力や妖力持ちには基本効かないが、相手が消耗しきった状態やまだ魔力などのコントロールができてない状態であれば効果を発揮する。何の抵抗力もない人間なら確実。

那由多が杏里に行った命令は「桃ちゃんや魔族たちと友達になること。ボクのことは忘れて、名前を呼ばれたら従うこと」である。


今回の最適解は杏里たちが人質になった瞬間、速攻をかけて邪神像を取り返し幽助と入れ替わること。変に躊躇したから逃した感じ。

ただ那由多もそれを考慮したので、わざと今までの洗脳を時系列順で説明し、精神的動揺を図ったという感じ。

魔法少女で修羅場は潜っていようとも、日常の象徴だった杏里が実は……みたいな展開は10代の多感な時期なら動揺して当たり前。

この流れは原作でも来るんじゃないかと勝手に予想してます。


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50話「突撃、街の中心です!」

仙水編の洞窟に入る感じ。
倉庫の先は捏造です。ご注意を


「小倉さんがいない!?」

 

ばんだ壮に戻った私たちは、お母さんたちからそんなことを聞かされました。野暮用で外出する、とだけ言っていたようです。

 

「……小倉なら何か知っていると思っていた」

 

「小倉の連絡先知ってる?」

 

「確かあの子は連絡できるもの、持ってないのよ」

 

「何があったんだい?」

 

私たちの様子を見てなのか、マスターとリコさんがこちらへ顔を出してくれました。

お母さん、良子含めて今までの経緯を説明しました。

 

「洗脳って……しかも2人が攫われたって、そんな」

 

「ど、どうしましょう。110番?」

 

「いやぁ無理やろ。警察なんかじゃ役に立たへん」

 

通報しようとしたお母さんを止めたのはリコさんの言葉。どう考えても警察じゃ那由多を抑えられる力はないでしょう。警察に素直に従うタイプでもなさそうですし、無駄に犠牲者が増えそうです。

 

「……このタイミングだと小倉も攫われた可能性もある」

 

桃はそう言いつつもチラリと良子を見ます。良子の前だから言わないようですが、小倉さんが殺されている可能性もゼロじゃありません。あいつら、好き放題やりやがって!

 

「もう我慢できません!奴らのところに殴り込みです!」

 

拳を思い切り握り込んだ私は部屋を出てこうとします。

 

「やめときよし」

 

「ふぎゃ!?」

 

出て行こうとした瞬間、リコさんに思い切り尻尾を引っ張れてしまって変な声が出ました。尻尾は割とデリケートなんですよ!?

 

「1人で行っても返り討ち間違いなしや。大体場所はわかるん?」

 

「分かりません!でも待ってもいられません!」

 

待ってられない、という言葉に対して桃とミカンさんは頷きます。時間をかけるほど碌なことにはならないでしょう。

 

「あいつは街の中心で待っていると言っていた。ただそれがどこかは……」

 

「そしたらマスターは占いが得意やし、何かのヒントになると思うわぁ。なぁマスター?」

 

桃が場所のヒントを言うと、リコさんは甘い声でマスターに尋ねました。そういえばマスターは昔占いをしていたと言ってましたね。

 

「そうだね。時間がないようだし、できるだけやってみよう」

 

マスターは一度自室に戻り、色々道具を持ってきました。どうも中国っぽい占いのようです。

 

「街の中心、那由多の居場所っと……」

 

占いはさっぱりなので何がどう示しているのかまるで分かりません。ただ段々マスターの眉間に皺が寄っていきました。

 

「街の中心は……ここだね」

 

指し示した場所は枯れないはずの桜があった公園。那由多が欲しがった討伐カードがいっぱい入っている壺が埋まっていた、あの公園です。

 

「でも公園におかしなものとか秘密基地みたいなのってありましたっけ?」

 

「いや、全くないね」

 

桃がはっきり否定します。しかしマスターは唸りを上げます。

 

「それなんだが、どうも地上ではなく地下らしい。割と深めだね」

 

「……穴でも掘ります?」

 

「物理はちょっと時間かかりすぎるし却下ね」

 

私の提案はミカンさんにあっさり却下されました。心なしか桃も肩を落としています。

 

「きっと地下に通じる穴があるはずだよ。入り口は……」

 

マスターが細長い鎖を出して、地図の上に垂らしました。

目を瞑り、マスターの体と鎖が妖気で覆われていきます。しばらくするとある場所でぐるぐると鎖が回転したのです。

 

そしてその位置はミカンさんの元工場跡地でした。

 

「ここ、元ウチの工場ね」

 

「……姉さんが必殺技を撃ったところだね」

 

前回行った時は特に何かおかしなものや扉があったことはなかったはずですが、見逃していたんでしょうか?

皆の表情を伺うと、心当たりがないような感じでした。

 

「工場に隠し通路みたいなのってありましたっけ?」

 

「……いや、知らない。姉さんからは聞かされてない」

 

「私もさっぱりだわ。そんな話、一度もお父さんたちから聞いたことがないわ」

 

桃の発言を聞いてミカンさんも肩をすくめて答えました。

 

「よし、早速突撃です!調べれば何かしらあるかも!」

 

「……そうやなぁ。せやけど、メンバーは戦闘できる者に絞った方がええやろ」

 

「……どう考えても罠だしね」

 

本当はもっと調べてからいきたいけど、と桃は呟きます。

敵の人数や能力がほぼ不明のまま攻めに行くのは、はっきり言って無謀でしょう。

しかし時間をかければ囚われている人たちがどうなるか分かりません。

 

「……でもこちら側の能力は杏里からの情報でバレてるでしょう。下手な小細工するより、まとまって攻撃した方がまだ活路はあるはず」

 

「シャミ子はん。もし杏里はんが攻撃してきたら、戦えます?」

 

あまり考えたくないような事をさらりと言ってきたリコさんに、ちょっと!と咎めるミカンさん。

すっごく嫌だし、卑劣な事だけど、那由多ならやってきそうです。

なにで私は一旦息を吐いてしっかりとリコさんを見ます。

 

「ぶっ飛ばして正気に戻します!杏里ちゃんは友達ですから!」

 

私の回答に、リコさんは軽く笑って頷きました。

 

「それでこそ、幽助はんの弟子や」

 

「……よし、それじゃあ突撃のメンバーはシャミ子、私、ミカン、リコ。この4人で行きましょう。他はばんだ荘のシャミ子の家で待機していてください」

 

「ウガルル、あなたはここで皆を守ってね」

 

「分かったゾ、ミカン」

 

桃がメンバーを選定すると皆頷きました。心配そうにお母さん、良が私を見ていますが、私はサムズアップで答えます。今まで話に参加してなかったウガルルさんも、状況は理解しているので頷きます。

 

「大丈夫です!浦飯さんたちを助けて帰ってきます。だから家で待っていてください」

 

「必ず帰ってくるんですよ」

 

「お姉、ファイト!」

 

私は頷いた後お父さんの段ボールをチラリと見ます。何も変わりありませんが、なぜか気になりました。

 

「……行ってきます!」

 

 

☆☆☆

 

 

廃工場に到着して、皆で人の気配、妖気や魔力を頼りに索敵しますが、ちっとも感じられません。

 

「こっちや」

 

1人クンクン辺りを嗅いでいたリコさんが、サクラさんの砲撃の跡の先を指さします。

 

「なんで分かるんですか?全く魔力のカスさえ感じませんよ?」

 

「魔力は消せても、生物の匂いは完全には消せんよ」

 

そう言うと、リコさんは砲撃の跡が残っている隣のプレハブに入っていきます。

 

「……ここだけ埃がないね」

 

プレハブの中に入ると物がごちゃごちゃ置かれていますが、中央だけ何もないです。そしてそこだけ桃の言う通り埃が極端にないのです。

 

「でも入り口っぽいものは何もありませんよ」

 

「……でも音は響くね」

 

桃が地面を拳で軽く叩くと、少し響くような感じでした。どうやらマジで入り口っぽいです。

さて、どうやって入ることができるんでしょう?と考えていると、桃が拳に魔力を集中させて振り上げました。

 

「ちょ、待っ───」

 

爆音。桃の拳で瓦礫になった床の下から、階段が見つかったのです。見つけた張本人は、拳を振り下ろした体勢のままでした。

 

「ちょっと桃!壊すなら何か言ってからにしなさいよ!」

 

「……めんどくさい」

 

「ズボラ魔法少女め!」

 

「まぁでもマスターの言う通り、入り口はあったんやし、問題ないやろ。ふふっ」

 

本当に地下への入り口が現れ、マスターの占いが正しかったことが証明されるとリコさんは誇らしげに胸を張ります。自分のことのように嬉しいようです。

 

私たちは階段を降りていくと、暗闇が続いています。これじゃ全然前が見えません。

 

するとリコさんの葉っぱが光って、辺りを照らしてくれます。

 

「狐火……のような感じの妖気の光や。これでいいやろ?」

 

「バッチリです!ありがとうございます」

 

しばらく道なりに歩いていきます。天然の洞窟のようになっていて、グネグネと曲がり道が多く、今街のどの辺りを歩いているか、よく分からなくなってきました。

 

「てかこの街の地下にこんな洞窟があったって知らなかったわよ」

 

「凄いですよね。この街は色んなもんがあってビックリです」

 

「……姉さんも街のことをもっと教えて欲しかった」

 

「電光掲示板が欲しいわぁ」」

 

分かれ道も多く、ミカンさんがボウガンの矢を地面に突き刺して目印にしておかなければ、何度道に迷っているか分かりません。

 

「しかしリコさん、よく道が分かりますね」

 

「言ったやろ?生き物である以上、匂いは消せへんよ。それに最近歩いた後も見えるしなぁ」

 

「……なるほど。確かに埃が多い方と少ない方があるしね」

 

リコさんと桃の言葉に、この人たちは探偵とかやったほうが儲かるんじゃないでしょうかと思いました。

 

「随分長い道ね」

 

1時間以上歩き続けて、ミカンさんがポツリと呟きます。

 

「……敵が罠を張ってる可能性もあるから走って行くのはリスキーだしね。思ったより時間がかかるかも」

 

「それが敵はんの狙いやろな」

 

「……あ、見てください!」

 

私が指し示す方向には巨大な鉄の扉がありました。大きな扉は中央にGと書かれています。

 

『デビルカントリーへようこそ!君たち7人は選ばれた戦士だ!!

これから君たちは国の平和を取り戻すため悪の大統領である真ゲー魔王を倒さねばならない!!』

 

衝撃が走りました。このゲーム音声、そしてこのフレーズ。私はリコさんと顔を見合わせて頷きました。

 

「え、なにこれは」

 

「……一体何の」

 

「「真!ゲームバトラーのオープニングです(や)!」」

 

「何それ?」

 

「TVゲームですよ!」

 

真!ゲームバトラーは昔流行ったゲームバトラーの続編です。

 

前作からボリュームアップしましたが、基本的なコンセプトは同じ。

真ゲー魔王とクイズ、スポーツ、シューティングなどあらゆるジャンルのゲームを競い合い、7戦のうち4勝以上しなければならない。

 

『ミヤの領域にようこそ。ミヤの領域はゲームの通り進行してもらう必要があるよ!

なので7人必要で、7人以下はこの扉を進むことができないよー』

 

「……ふざけてる」

 

桃は力一杯扉を押しますがビクともしません。

さらに変身して刀を扉に振いますが、甲高い金属音を響かせるだけに終わりました。傷一つありません。

 

「領域の能力によっては暴力NGですよ桃。ダメージなしです」

 

前に戦った能力者も暴力NGでした。領域にもよりますが、直接の暴力が通じない相手はかなりやりにくいです。

 

「面倒臭い……」

 

「どうする?今は4人だし、残りの3人必要よね?」

 

「3人ですか……」

 

事情を知っているのは現在お母さん、良、マスター、ウガルルさんで4人です。ウガルルさんはともかく、戦う場所に他の3人を連れてくるのは気が引けます。そのことをここにいるメンバーに伝えます。

 

「確かに気が進まない。しかし事情を知らない人をここに連れてくるのは……」

 

「せやなぁ……それが狙いやろ。事情を知らない人間を呼んだら不和が起こる。かといってマスター達では人質をとられたようなもんや」

 

うーん、と全員悩みます。そしてこうして悩んでいる時間も本来であれば無駄なものです。イチイチいやらしい手を打ってきますねあいつら……!

 

「でも考えようによったらゲームが得意なマスターや良なら力になってくれるかもしれません」

 

「……巻き込むのは気が引けるけど、仕方ないか」

 

「どうする?誰か1人呼びにいく?」

 

「いや、よした方がええ。単独行動して狙われた方が危険や。全員で行こか」

 

リコさんの言う通り、単独行動で個別の撃破を避けるため道を戻ってばんだ壮に戻って事情を説明し、4人にきてもらいました。

随分時間を食ってしまいましたが、ようやくこれで8人です。

 

『ようこそデビルカントリーへ 君たちは選ばれた戦士だ』

 

8人揃ってから扉を触ると、アナウンスと共に扉が開きました。どうやら8人でも大丈夫のようです。

 

「やっほー。よくきたね」

 

扉の向こうで待っていたのは、肩まである黒髪の内側をピンクに染めており、黒とピンクのフリフリの格好をした私より少し大きな女の人でした。大学生くらいに見えます。いわゆる地雷系ファッションというやつでしょうか。

 

「待ってたよー?じゃ、ゲームやろ!」

 

底抜けに明るい声が、逆になんだか不気味でした。

 

つづく




天沼戦のオマージュ。女の子のイメージは歌舞伎町のトー横近くとかにいる子のイメージ。


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51話「領域で真!ゲー魔王です!」

冨樫先生ってゲーム系の話好きですよね。
あんまり分かりづらくないように書いたつもりです。


「よく来たねー。あんた達が那由多さんの邪魔する奴らでしょー?」

 

敵意というより、なんだか小馬鹿にされているような言い方です。良はムッとしていますが、お母さんが頭を撫でて宥めてます。

 

「御託はいい。ルールは?」

 

「えーつまんなーい。もっとミヤに構ってよー」

 

ミヤと名乗った女性は椅子に座りながら足をバタつかせます。

その様子に桃の眉がピクリと上がります。ベタベタした喋り方は好きじゃないようですし、状況が状況だけに緊張感のない相手の態度に苛ついているようです。

 

「優子、どうすればいいの?お母さん、ゲームはさっぱりだわ」

 

「ウガウガ」

 

お母さんの疑問も尤もで、ウガルルさんもさっぱりのようです。なので簡単に説明します。

 

「今回やるゲームは【真!ゲームバトラー】という多ジャンルゲームですね。

真ゲー魔王があそこにあるスロットマシーンを回します。それでゲームの種類とレベルが決まるんです。ゲームの種類は幅広く、レベルは1から10まであります」

 

私はミヤと名乗る女性の横にあるスロットマシーンを指さします。完全にランダムですから運が良いと優しいレベルが連続して出ます。その逆もあるので、プレイが安定しないのも特徴ですね。

 

「7戦の内、先に4勝した方が勝ちです。ルールも同じでいいんですよね?」

 

「うん、その通り。私の能力は【立体体験】って言う『体験させる』能力だから、難易度は本物のゲームと同じだよ!頑張っていこー♪」

 

【真!ゲームバトラー】は浦飯さんともやっているし、ゲーム内容としては問題ないです。

 

ただ『体験させる』能力……と言うのは聞いたことがありません。

ゲームを体験させるだけなら怖くないかも……と考えましたが、内容次第だなと思います。

ゲーム内ではこちらの能力が使えず、ゲームキャラに忠実な能力でやるのであれば、死にゲーの場合間違いなく全滅します。

 

いやですよ、ダーク⚪︎ウルを一度も死なないでクリアしなきゃいけない能力者相手とか。

 

ある意味真!ゲー魔王で良かったです。

 

「分かりました。こちらが3勝するまでは真ゲー魔王の部下であるゲー魔人が相手になります。だからそこはミスなしで行きたいです」

 

8人しかいなくて、ウガルルさんとお母さんはほぼゲーム経験なし。そうすると実質6人で戦わないといけませんから、部下相手は1つも取りこぼせない状況です。

 

「ところでこのゲームやったことがあるのは私と……」

 

見渡すとミカンさん、リコさん、マスター、良子が手を挙げてました。良は部下は倒せますがゲー魔王は1回倒しただけ。残りの人たちは……

 

「何度かシャミ子とやったから、弱い部下なら何とか……」

 

「ウチは真ゲー魔王なら大体勝てますわぁ」

 

「僕は真ゲー魔王は勝ったり負けたり。勝つ方が多いかな」

 

ミカンさん、リコさん、マスターの順で答えてくれました。

ミカンさんは一緒にゲームやる仲なので実力は把握できていますから、部下を相手にしてもらいましょう。

リコさんとマスターは思ってた通りゲームが上手いようです。心強いですね。

 

「(封印空間の中で)浦飯さんと一緒にやっていたので、私も真ゲー魔王なら大体勝てます。しかし実際の真ゲー魔王よりあの人は強いでしょうから、私とリコさんがあの人の相手ですね」

 

「そうやな。自信があるからこのゲームにしたんやろうし、それでええよ」

 

ミヤと名乗った人をチラリと見ると爪を見てました。こちらの視線に気づくと「早くして〜」と不満の声を上げます。

しかし何か緊張感のない人です。とてもあの那由多の仲間には思えません。

 

何で那由多に協力しているのか分かりませんが、この勝負に勝たないと前には進めないでしょう。故に勝てるメンバーで組む必要があります。

 

「もー時間切れでーす!スロット回すねー!」

 

「よし。まず3戦のメンバーはミカンさん、良、マスター、内容によっては桃で頼みます」

 

「分かったよ、お姉」

 

「レースゲームとかスポーツ系ならいけるわ!」

 

「任せてくれたまえ」

 

「……え、私?」

 

残念ながらお母さんとウガルルさんは戦力外ですので、消去法で桃も加えてこのメンバーにしました。

お母さんはどこかホッとしてました。いまだにゲームのことをピコピコって言いますし、触ったことすらないですからね。ウガルルさんに至っては未だに内容を理解できていないのでゲーム以前の問題です。

 

「んじゃー行くよ。まず最初は……えい♪」

 

カラフルな爪だらけの手でスロットのスイッチを回すミヤ。くるくるとスロットが回り、ゆっくりと止まります。

まず1回目のゲームは【スポーツ・テニス・レベル4】となりました。

 

「つまんないのー、簡単なの出ちゃった。まぁいいや、部下のゲー魔人の強さは実際のゲームと同じだから安心してね」

 

「ミカンさん、頼みます」

 

「シャミ子いいの?良子ちゃんじゃなくて」

 

この中で最年少は良子です。故にミカンさんは良子に先に譲ろうとしましたが、良子はミカンさんに向かってピースサインをしました。

 

「大丈夫。私、部下のゲー魔人ならレベル10でも倒せる」

 

「そ、そう。頼もしいわね」

 

なのでゲー魔人相手なら良子は問題なしです。なのでレベルが低い敵はミカンさんで勝ちを拾いましょう。

 

『シングル対戦。3セット先取で勝利。選手を選んでください』

 

「いつものレンドラで!」

 

ミカンさんが選んだのはバランスに優れているキャラで、ミカンさんの持ちキャラです。

下手に強力なキャラを選ぶより、使い慣れているキャラのほうがやりやすいし、キャラ対策も出来ているから無難でしょう。

 

「あー、言い忘れてたけどぉ……私の能力はちょっと特殊だから」

 

始まる直前、ミヤが突然そんなことを言いました。この直前でルール変更でもあるっていうんですか!?

 

「そーゆーことは先に言ってくださーい!」

 

「言うタイミングが遅れただけだもーん」

 

私が抗議の声を上げますが、ミヤは爪をイジりながら何でもないかのように言ってきます。どうなるのか戦々恐々としている私たちをよそに、ゲームは開始していきます。

 

「ちょっと何よこれー!?」

 

空間が歪み、現れたのはまるで本物にしか見えないテニスコート。私たちはいつの間にか観客席にいて、コートに立っているミカンさんから悲鳴のような声が聞こえます。

 

「これは、ミカンさんがキャラとして実体化している!?」

 

「まぁ簡単に言うとVR的なやつー?

わざわざ高い料金払わなくても楽しめるんだー、私の【立体体験】!」

 

何でもないかのように言うミヤ。コントローラーで動かすのではなく、自分の体を動かすようにゲームをするのが奴の【立体体験】という能力のようです。

 

肉体を動かさなきゃいけないと言うのであれば、ゲームが得意でも運動が苦手な人だったらほぼ封殺できる能力!

 

「自分自身の肉体でやらなきゃいけないってことやな。内容によっては有利不利がハッキリ出そうな能力やね」

 

「だね。そしてこれに関しては陽夏木君には有利なようだ」

 

「いけるわ!体動かすのなら、むしろゲームよりも得意よ!」

 

リコさんとマスターの言う通り、ミカンさんは能力が発動する前よりも自信ありげです。

 

確かにこの前の授業でミカンさんは漫画ばりのプレーをやってましたからね。とはいえ五感を奪ったりなどのトンデモはやってませんが。せいぜい初期のドライブBくらいです。

 

そしてゲームを始まります。ミカンさんボールで始まると、すかさずサービスエースを連続で決めて、点を積み重ねていきます。

いつものミカンさんのゲームの動きより遥かにキレがいいです。自分で体を動かしているからでしょう。

 

「……なるほど、ミカンさんはゲームより運動の方が得意だから、実際体を動かしたほうが有利になるんだね!」

 

「その通りや良子はん。逆に体を動かすのが苦手な人は、不利になりやすいゲームが多いちゅーことや。ものによるけどな」

 

ミヤの能力はただ大きい画面でゲームをやるのではなく、体験型ゲームに変えてくる能力ということですね。

この能力はゲームが苦手ならルールが分からず負ける可能性が高く、体を動かすのが苦手な人ではそもそも勝負として成立しないほどボコボコにされる可能性のある凶悪な能力です。

 

「ふーん、結構やるじゃん。でも緊張しないでできるようになったんだー。今まで暴走して迷惑かけた子がさぁ」

 

「いけませんよそんな悪口は!ダメでしょう!」

 

お母さんが突然罵倒し始めたミヤに対し、叱りつけるような言葉を放ちます。だがミヤは完全無視でした。

 

「奥さん奥さん、実際のゲームのキャラもああいう悪口を言って邪魔してくるんですよ」

 

「マスターさん、それはそれ!実際に悪口を言うのとは別問題です!」

 

「あのミヤって人、何でミカンの呪いのことを知って……そうか!那由多か」

 

桃は目つきを鋭くしてミヤを見ます。どうやら私たちの情報を那由多から事前に聞いているようです。

 

しかしミカンさんはそれを無視してゲームをどんどん進めており、すでに1セット先取してました。

 

「自分が悪くないのにさぁ、呪いでいっぱい酷い目にあってきたんでしょ?周りから白い目で見られたんでしょ?

色んなものぶっ壊したいと思わないの?こんなところで戦ったって誰も感謝しないよ?」

 

「イチイチうっさいですよー!」

 

「知ってるよ。呪いって親のせいなんでしょ?じゃあ魔法少女の力で親をぶっ飛ばしてやろーよ。スッキリするよ?」

 

私が叫んでも辞めない罵倒。しかしミカンさんは全く相手にすることをありませんでした。

 

ゲーム開始から30分後。ミカンさんは3セットを先取して勝利しました。

 

「やったー!ミカンさんの勝ちです!」

 

「よくやったよ陽夏木君!」

 

競技場から普通の空間に戻り、ミカンさんがこちらに戻ってきます。ミカンさんはこちらに笑顔で手を振った後、ミヤに振り返りました。

 

「……確かに呪いですごく苦労したわ。でも呪いのおかげでこんなに良い仲間ができたのよ。

だから、私は今がいい」

 

怒るでもなく、諭すように話しかけるミカンさんの言葉にミヤは鼻を鳴らした。

 

「ふん、つまんないの。んじゃ次いきましょ!」

 

面白くなさそうなミヤがスロットを回して、次の内容が表示されました。

 

【シューティング・戦闘機・レベル7】

 

「これなら良ができるよ。任せて」

 

次のゲームの難易度が出た瞬間、ずいっと前に出て名乗りを上げる良。しかし先ほどの空間のせいで、お母さんが不安な声を上げます。

 

「だ、大丈夫かしら?良、無理しなくて良いのよ?」

 

「大丈夫だよお母さん。ね、お姉?」

 

確かにいつもの良ならこのレベルなら余裕です。だがVR方式だと操作方法が変わるかもしれません。

 

けれどここで安全策をとって他の人に回したとしても、ミヤと戦う時の人数が足りないとなったら意味がありません。

妹の実力を信頼して、ここは送り出します。

 

「頼みますよ、良!」

 

私がサムズアップすると、嬉しそうな表情を浮かべた後、良もサムズアップで返してきました。

 

「任せて!」

 

良が前に歩いていくと、光に包まれいつのまにか戦闘機に乗ってました。

操作がコントローラーではなく、本物っぽいスティックタイプのコントローラーになっていて、やはり実際の戦闘機のコックピットに似た感じで操縦するようです。

私たちは管制室のような場所で観戦することになりました。

 

『持ち機体は3機まで。ゲー魔人より先にステージクリアすれば勝利です』

 

「やっぱり操作方法まで変わるのはずるいと思います!」

 

操作方法が変わるだろうなと思ってましたけど、こうも変わるとミヤにツッコミをしたくもなります。

だって本来は縦シューティングだったのにいきなりリアル仕様なんですもん。

 

「だってそういう能力だもん」

 

「ぐぬぬ」

 

抗議しましたが、バッサリでした。

 

そう言われてしまえば反論できないので、良が勝つようにと私たちは祈るしかできません。

 

ゲームが開始され、最初は操作方法の違いが多くありました。

 

何せリアル仕様ですから、縦シューティングなら分かりやすい後ろからの攻撃も非常に認識しづらくなっており、360度警戒しなくてはならないのです。

 

いつもより神経を使うせいか、結構ハラハラするような場面が多く、皆で応援しまくってました。

 

「うわ!」

 

そして中盤に入る手前くらいで、挟み撃ちになった攻撃を避けきれず落とされてしまいました。

 

「ああ、これで残り2機!」

 

「深呼吸ですよ良!まだ後2機ありますからねー!」

 

「大丈夫だよお姉。何となく分かったから」

 

「へー、おチビちゃんてば結構強気じゃん」

 

1機失ってからはコツを掴んだのか、余裕を持って先に進んでいきます。

 

「ふふ、小学生に手伝ってもらうなんてあんたら恥ずかしくないのー?負けたらやばいんだよぉ?」

 

「上手い人に年なんて関係ないんですよ!良、頑張れー!」

 

ヤジにも負けず、良は突き進みます。

いつもならもっと早くクリアできる難易度ですが、より安全にプレイすることで1機ミスのみでクリアすることができました。

 

「やったー!すごかったですよ良!」

 

「よくできましたね良」

 

「いえい」

 

私たちのところに戻ってピースサインをする良子。やはり頼りになる妹です!

 

「やるねおチビちゃん。そんな上手い子をここで使っていいのかな?」

 

「お姉たちがいれば大丈夫」

 

「ふーん。じゃあ次のゲームね」

 

スロットが回ると、今度は結構変わり種のゲームになりました。

 

【スポーツ・居合・レベル10】

 

「これはまた珍しいのがきたね」

 

「居合?何が珍しいのですか?」

 

お母さんの疑問にマスターが反応します。

 

「これは出現確率が低くて、ボクも数回しかやったことがないゲームなんです。

キャラ自体は数体あるんですが、実際はキャラの優位差がないのですよ。

合図と同時に切り掛かって、相手より早く切り捨てることができるかっていう……まぁ反応速度が全てのゲームです」

 

「カー⚪︎ィでありましたね、それ」

 

マスターの解説に、皆でへーっと感心します。私も居合は初めて見ました。

 

「そこのぬいぐるみさん、中々詳しいね。結構ゲーム好き?」

 

「自慢じゃないが、結構好きさ。あとボクはバクだ」

 

ゲームに詳しいマスターは意外とミヤからは好感触のようです。なんかリコさんからミヤへ殺気が漏れてますが、無視しましょう。怖すぎる。

 

「しかし体験型となるとマスターよりも適任なのは……」

 

「せやな。桃はんの出番や」

 

リコさんに指名された桃はえ、と声を漏らしてました。

 

「いや、本当にゲームは疎いんだけど……」

 

「ただのゲームならそうだが、今は体験型ゲーム。つまり実際の居合と同じようにやればいいのさ」

 

不安そうな桃に対し、問題ないことをマスターは伝えます。

 

「要するにいつも通りの桃で行けば勝てるってことね」

 

ミカンさんの言う通り、普通のゲームならともかく今回は居合の体験型。明らかに戦闘力の低いマスターが戦うより、剣を使える桃で挑んだほうが勝率は高いでしょう。

 

「……分かった。次は私がやるよ」

 

「なんか思ったより魔法少女って物騒だよね。居合経験があるとか。夢ぶち壊しじゃない?」

 

「言ってはならんことを……!?」

 

『1回1本で決着とします。プレイヤーは5人抜きすればクリアです。ライフは3回とします』

 

アナウンスが終わった瞬間、満月が浮かぶ草原のフィールドに変化します。

桃は道着と袴姿に変身させられ、持っていた日本刀を抜き、何度か振って確かめて頷きました。

 

「……これならいけそうかも」

 

敵の1人目は日本刀を上段に構えた坊主の侍です。

 

草原が風で揺れる中、2人は対峙します。音が重要ですから、誰も音を立てず、じっと見守ります。

 

───ぱんっ、と音がなった。

 

そしてどさりとゆっくり倒れたのは侍。桃は侍の後方で刀を振り抜いた姿で止まってました。刀を納め、こちらに振り返った桃には傷ひとつありませんでした。

 

「嘘ぉ、全然見えなかったんだけど!マジやば!?」

 

ミヤもあまりの速さに驚いているようです。ふっふっふ、これならいけそうですね!

 

ゲームはほぼやらない桃でしたが、所詮はゲーム相手。その後もあっという間にノーミスで5人抜きをし、勝利を収めました。

 

「やったー!これで3勝です!あと1勝で私たちの勝利です!」

 

「ふふ、ようやくミヤの出番だね」

 

席を立ったミヤは余裕たっぷりで自信に溢れてました。さぁ、ここからが本番です!

 

つづく




要するに等身大で体験できるぜ!と言う能力。

原作だと幽助の活躍は天沼戦はゼロだったのを、アニメは格ゲーにして出番増やしてくれた様子。尺も取れるし、結構良い改変だと思う。
もしシャミ子たちがこのメンバーではなく、ゲーム得意な人たちを集めてミヤの元に来ていたら自分の体を使わなきゃいけないので敗北していたと言う罠。
TVゲームだと思って参加してきたら、バッティングセンターで高得点出してねと言われた感じ。


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52話「強敵!ミヤのゲームの実力です!」

Nintendo Switchオンラインでレトロゲーできるのが嬉しいです。
でもがんばれゴエモンがやりたいの!!キラキラ道中とか!!(世代バレ)


「シャミ子はん、正直言うてええ?」

 

こそりと私の耳元で呟くリコさん。私は小声でいいですよと返しました。

 

「おそらくヤツは真ゲー魔王より強いはずや。そうじゃなければ選ばへん」

 

それは確かに。自信たっぷりの様子から見ても、まず間違いなく格上でしょう。

 

「もし負けたら残ったメンバーで脱出した方がええ。肌で実力が感じられんのはほんまに厄介やわ」

 

「ですね……殴り合いは無理ですしね。さっきから妖気が集まりません」

 

「ウチもや」

 

人差し指に妖気を集中させようとしても、全く集まりません。リコさんも同様で、ここでは戦闘行為は不可能ということでしょう。本当に実力がわからないというのは厄介です。

 

「さてさて、ミヤの出番だからねー。面白いゲームがいいなー」

 

【レース・マシン・レベルG】

 

「体を使うゲームが多いなー。ま、でも盛り上がるヤツだからOKっしょ!」

 

スロットの回った結果はレースでした。難易度はゲー魔王との戦いの場合、MAXレベルなので表記はGとなります。

 

浦飯さんから聞いた天沼さんの戦いの流れに似てるかと思いきや、ここでレースですか。確かここはクイズだったような気がしますが、クイズより勝率は高そうなので嬉しい誤算です。

 

「ボクが行こう」

 

「頑張ってください、マスター!」

 

メガネをクイッと持ち上げたマスターが前に出ます。私も苦手ではないですが、格ゲーとかの方が得意なので、自信満々なマスターにお願いします。

 

「マスター!頑張ってなー!」

 

「頑張ってー!」

 

声援を受けて、両者が出現した近未来的なマシンから1つを選びました。マスターはエネルギー重視。ミヤはスピードが高いが軽くて扱いにくい機体です。

 

「シャミ子、どういう感じのレースなのかな?」

 

桃が聞いてきたので説明します。

 

「1回勝負で、先にコースを3周した方が勝ちです。スピードアップする床などはありますが、アイテムがない純粋に近いレースゲームです。

ですが通常のレースゲームよりスピードがかなり速いので、速い機体だと非常にコントロールが難しいんですよ。

機体ごとエネルギーがあります。

エネルギーは他の機体や壁にぶつかる・ブーストなどで減っていき、無くなったらゲームオーバーです。

エネルギー回復はコース上に回復床があるので忘れずに通ることです」

 

F ZE⚪︎Oのさらに速くなったゲームみたいなモノです。gx的な。

 

「………つまりスピードアップやエネルギー回復とか特殊な床を通って、ミスなしで行くことが重要だと」

 

「その通りです。たまにショートカットなどもありますがいずれも成功するには難易度が高いので、自信がない場合は避けた方が無難ですね」

 

「マスターは安定を求めた機体やからなぁ。手堅くプレイするタイプや」

 

「みたいですね。対するミヤは高速の機体。博打っぽい機体なので、性格が出てるかも。

いずれにしても細かいテクニックはありますが、ぶつからないっていうのが大事ですね」

 

両者は本物みたいに出現したマシンに乗り込みます。しかしここで良がポツリと呟きました。

 

「そういえばマスターってアクセルに足が届くの……?」

 

ブホォ、と笑ったのは私含めて数名。マスターの短い足でアクセルまで届くのか?そこを失念してました。物理的な問題でした。

 

ミヤなんか大笑いしてます。

 

「流石に届くよ!ほら!」

 

マスターはそうは言いますが余裕のあるミヤの足と違い、マスターは明らかにピーンと伸ばした足を私たちに見せていました。しかもこっそり座席を前にずらしてました。

 

ダメかもしれない。皆の心が一つになった瞬間でした。

 

「言っとくけど、選手交代はもうできないからねー」

 

「足の長さが勝負の絶対条件でないと、教えてあげるよ!」

 

「……かなり重要だよ」

 

桃の淡々としたツッコミをマスターは無視し、レース開始の合図を待ちます。

 

爆音がすでにお互いの機体から発生しており、今か今かと待ち望みます。

 

「「GO!!」」

 

レース開始と共に、両者ともロケットスタートを決めました。

このレースゲームはパワーを貯めてスタートすると爆発したようにスタートできるロケットスタートがあるのですが、バッチリ成功です。

 

「お互いロケットスタートで差はなしやなぁ」

 

「コースはかなり難しいコースですね」

 

カーブが多く、コースの横幅が大きいかと思ったら急に狭くなりギャップが大きいコースです。

アップダウンも激しく、スピードダウンする砂利道も多い。下手にブーストを使うと突っかかったり壁に当たりやすいコースです。

なるほど、真ゲー魔王戦に恥じない難コースでしょう。

 

1台分ミヤが先頭を走り、アップダウンで一瞬コースが見えないほどになっても、お互いミスなし。最高速を維持してます。

 

「ふふっ、超楽しーっ!!」

 

このゲームは最高速度400km/hまでマシンを操作するので、普通だったら運転したことがない速度です。

 

しかもコースがあれだけアップダウンがキツイと普通の人間なら胃がシェイクされそうなものですが、ミヤは実に楽しそうです。

 

対してマスターは歯を食いしばって必死にやっているように見えます。

 

「ゲームだからあの速度も何ともなかったけど、リアルだとマスター大変そう……」

 

「むしろ運転できてるのがやばいわね……」

 

良の言う通り、魔族ですがマスターは身体的には優れてないので、実に辛そうです。

だがそれを言うのであれば、ミヤはそれ以上にキツイ筈です。にも関わらずそれを感じさせません。

 

「……どうもミヤって人、ちょっと普通じゃないね」

 

「それはそうでしょ。那由多なんかに手を貸してるくらいだし」

 

桃の呟いた言葉にミカンさんが反応しますが、桃は首を横に振りました。

 

「そうじゃなくて、あれだけのスピードをあんなコースで普通の人間が走れるわけがない。恐怖心が先に来るよ」

 

「でもゲームだからってことで楽しんでいるだけじゃないですか?」

 

桃はミヤの態度に何か秘密があるんじゃないかと疑っているようですが、単に現実世界でできないことを体験できているから楽しいってことかもしれません。

 

そう話すと良とミカンさんは納得したかのように頷いてました。この能力を体験した人にはわかる感覚のようです。

 

「そ、そんな単純な……」

 

ですがゲーマーではない桃には分からなかったのか、若干ゲンナリしてました。

 

「案外楽しんでる方が強い……なんてことはよくあることや。ほら、見てみぃ」

 

徐々にミヤが差を広げていきます。お互い大きなミスはありませんが、ミヤはギリギリの位置からドリフトを決めたりとアグレッシブな運転をしている一方、マスターは十分にセーフティを取って運転しているように見えます。

 

「ミヤって人はギリギリも楽しんでいるけど、マスターはミスを気にしてるから勝負に出れないってこと?」

 

良の質問に、リコさんは「賢い子やなぁ」と頭を撫でます。

 

このままの調子でいけばマスターの敗北になります。それをわかっているのか、マスターは残り1周を切ってからミヤと同じコースを取るようになりました。

 

「それだけじゃない!マスターは機体のパワーを活かしてブーストを多く使い始めた!」

 

2周すればコースの状態は把握できます。なのでどの位置に回復床があるか、それも加味してブーストを多用し始めたのです。

 

差が少しずつ縮まってきており、私たちは応援に熱が入ります。

 

だがミヤもマスターほどでないにしろ、明らかにブーストを多用し始めました。

 

お互いブーストをしている時の表情は苦しそうで、歯を食いしばってます。

 

エネルギー総量では勝るマスターは、徐々に差を詰めていきました。

 

そしてゴール間近。コースの横幅はわずか2台分になる直線に入る少し前に、マスターのマシンの前輪がミヤの後輪の右側に並びました。

 

「行ける!マスター!」

 

皆が騒いだ瞬間でした。

 

「甘いね!」

 

ミヤが僅かにマシンの後輪を、まるでお尻を振るかのようにマスターへ揺らしました。

 

「うおぉ!?」

 

その結果マシン同士が接触し、マスターのマシンが右に弾かれ、狭くなる道の【直前】の壁に激突してしまいました。

 

「マスター!!!」

 

壁に激突したマスターの機体は大きく出遅れ、体勢を立て直した頃にはもうすでにミヤはゴールを駆け抜けていきました。

 

───勝者 ミヤ !

 

「えぇー!?それアリ!?」

 

「このタイプのレースはぶつけるのが普通だから、むしろナイスタイミングでぶつけたと思う。あのミヤって人、すごく上手」

 

「良子ちゃん、冷静ね……」

 

ミカンさんの言い分もちょっぴり分かりますが、このレースはマシンをぶつけるのは常套手段。むしろ今まで接触なしでやれていた2人のレベルが高かっただけで、良の言う通りルール上何の問題もありません。

 

「……完敗だ。強いね君は」

 

「まぁミヤには劣るけど楽しかったよ!またやろーねバクさん」

 

ミヤは明るい笑顔で席を離れていくマスターを見送りました。マスターはその様子に頭の後ろを掻きながらこちらと合流しました。

 

「マスター、体の方は何ともないん?」

 

「……シャミ子君たちから聞いていた通りの能力者の戦いなら、負けたらペナルティがあると思ってたけど、特にないようだね。それにミヤって子は全然気負いがない」

 

リコさんの質問に対し、少し拍子抜けだったとマスターは答えました。

確かに遊賭の戦いの際は負けた瞬間に魂的なペナルティがありましたが、ミヤは全くないようです。今のところはですが。

 

「……気負いがないって、あの那由多の仲間ですよ?奴がやろうとしているのは……」

 

「人間全部をなくしちゃおうって計画でしょー?私は賛成してるもん」

 

「何ですと!?」

 

那由多の目的は方法はよくわかりませんが、人類全てを1つにしようとしていることです。つまり自分という存在がなくなるということで、死ぬことと同じのはず。その計画を知っていて参加するなんてまともじゃありません。

 

心配させないために今まで事情をわざと話さなかったお母さんと良子と同様に、戸惑いと嫌悪感を抱くのが普通のはずです。にも関わらず、ミヤは今までと変わらない様子でした。

 

「あんた、知ってて協力してるっていうの!?家族とか友達とか、皆が死んじゃうのよ!?」

 

「むしろバッチこいっていうか。もう疲れたんだよねー」

 

爪を見ながら気怠そうに答えるミヤ。

 

「……何が?」

 

「人間関係ってやつ?親同士はしょっちゅう喧嘩してるし、大人は叱ってくるし、女友達も話し合わせないとすぐ陰口叩くしさー。そんで寄ってくる男はヤリモクだし?

もうどうでもいいっていうか」

 

「そんな……」

 

お母さんが反論しようとしますが、「説教とかいらねーし」とミヤは手でパタパタと拒否していました。

 

「風邪薬いっぱい飲んでハイになんのも、パパ活して推しに会いに行くのも飽きてどうしようかなーと思ってたら那由多さんが言ってくれたんだ、私に能力があるって。それで那由多さんが協力してくれないかって。

私ってすげーって思ってさ。普通の奴らとは全然違うわけじゃん?

しかもゲームして時間稼げば計画が上手くいくって言ったら気合いも入るじゃん?」

 

「時間稼ぎ!?やっぱりそうだったのか!」

 

通りでゲームが長引くし、こっちの方が勝っていても全く焦ってないわけです。初めから時間稼ぎなら、態度にも納得できる。

 

「人類抹殺の手伝いをするために、時間稼ぎをしている自覚があるんですか!?」

 

「もちろんあるよ?それに那由多さんは確かめたいこともあるって言ってたよー。それ以上はマジで知らないし。

時間稼げたら教えてあげるってさー。なんか頼られると気合い入るっていうか?」

 

事の重大さと、那由多の危険性がまるでわかってないような口ぶりで、それどころか少し嬉しそうです。

もしかして人から頼られたから嬉しくて協力してるって事でしょうか?いやいや、それだといくら何でも単純な人がいるわけがないですし……。

 

「……あなたは───」

 

「もうええやろ」

 

桃が何かしら言おうとした時、リコさんが前に出て遮りました。

 

「まぁ要するにウチらが勝てば良い話やろ?そのほうがわかりやすいんとちゃう?」

 

「ふふん、ミヤはそう簡単に負けないよ?」

 

確かに問答をしていても埒があきません。だったらさっさと倒して先に進まなければ!

 

つづく




ミヤのセリフは結構危ないもんが多い気がしますが、まぁ幽白も過激だしOKでしょの精神。
でも実際の犯罪行為はダメ絶対!


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53話「精神的に追い詰めろ!です」

個人的に落ちものゲームはダークソウルより難しいと思う。読者の皆さんはどうでしょうか?


【パズル・スリーセブン・レベルG】

 

スロットが回った結果、こうなりました。よりによってこの時間がかかる上にクソ難しいゲームが来てしまうとは……!

 

ゲームをやったことがあるメンバーはこの結果に面倒臭そうに顔を顰め、理解してないメンバーはきょとんとしていました。

 

「……どうして皆さん嫌そうな顔をするの優子?」

 

お母さんが皆の様子がおかしいことに気づき、私に解説を求めてきました。

 

「テトリス……は知ってますよね?それと同じジャンルの落ちものゲームです。

簡単に言うと画面の上から1から7の数字が色んな組み合わせで落ちてくるんです。それで縦か横で合計7になればその部分が消えます。7のみ3つで消えます。

先に画面いっぱいに積み上がった方が負けとなります」

 

「あらあら、お母さんじゃ混乱するゲームだわ。難しいのねぇ」

 

「慣れてくればずっとやってられます。初見の時ゲー魔王と決着がつくまで2時間かかりましたし」

 

難しい上に集中力を使うので、纏まった時間がないとできないゲームっていうのが辛いです。

 

「優子、あなたいつそんなに長くゲームを……!」

 

「あはは、浦飯さんと夜中一緒にやってて。そんなことより誰が次行きますか?」

 

これ以上喋ると怒られそうなので、軽く笑って話を打ち切ります。

 

「ウチが行くわ」

 

リコさんが前に出ます。恐らくこのメンバーの中で1番ゲームが上手い人物です。彼女が勝てなければこちらとしては非常に厳しいでしょう。

 

「けど那由多のやつ、もう何か色々してるんでしょ?そんな時間がかかるゲームなんかしてたら、ゲームしている間に全部終わっちゃうわ」

 

「そうですね。でも焦ったらスリーセブンはクリアできません。集中力を乱した方が負けるゲームですから」

 

ミカンさんの指摘通り、この結果は相手の狙い通りでしょう。

 

経験と集中に左右されるゲームなので、余計なことを考えている方が負けます。逆に言えば相手の集中力を乱すことができれば早めに勝利を得ることができるのですが……

 

リコさんは前に出る瞬間、私に小声で「任せてぇな」と言ってました。何か秘策があるんでしょうか?

 

「さ、ゲームゲーム♪」

 

「随分嬉しそうやな」

 

スキップでもしそうなくらいご機嫌なミヤに対し、どこか冷めているリコさん。両者の態度は対称的でした。

 

「それはそうだよ。あの人の役に立っているし、ゲームできて楽しいし!」

 

「……ふふっ」

 

明るい声で返すミヤに対して目を瞑って笑うリコさん。それが癇に障ったのか、ミヤは一転して顔を顰めました。

 

「何その笑い。ムカつくんだけど」

 

「ま、始めよか」

 

「マジムカつく」

 

2人がプレイ台の前に立つと、スリーセブンが開始されました。どうやらスリーセブンに関しては普通のゲーセンと同じようにアーケードコントローラーで操作するようです。

 

ミヤのブロックを消すペースは早い。しかしリコさんも同じくらい早いです。

 

両者とも似たような腕前なのでしょう。少なくとも開始早々で決着はつきそうにない感じです。

 

「中々やるじゃん。魔族のくせにゲーム上手いとかウケる」

 

「ふふっ、面白いですわぁ」

 

「でもミヤが負かしてやんよ!」

 

にこやかに返すリコさんの言葉に気分を良くしたのか、ミヤは笑いました。

 

「ああ、ゲームのことちゃいます。ミヤはんの頭の中身のことです」

 

けれど皮肉たっぷりの言葉に、ミヤはすぐに怒りの表情に変わります。

 

「は!?何言ってんの!?」

 

「ふふっ……那由多に捨て駒として使われているのに、上から目線で語っているのが面白くて敵いませんわ」

 

リコさんの笑いは静かに響きます。若干ですが、ミヤのボタン操作の音が大きくなりました。しかし操作自体にズレはありません。いわゆる台パンですね。

 

「は?私はこの能力を買われたんだし!こそこそ隠れて生きている魔族なんかと一緒にしないでくれる?」

 

「嫌なことから逃げて、逃げて、逃げて。立ち向かうこともせぇへんで行き場所がなくなったあんさんよりマシやと思うけど?」

 

思い当たる節があったのか、ミヤは顔を顰めながらプレイを続行します。

 

「……那由多さんのそばにいれば安全だし!私の居場所なんだから!」

 

明らかにリコさんは精神攻撃を仕掛けてました。それを理解しているのか、マスターは良の耳を塞いでました。教育上めちゃ悪いですからね、マスターってばナイスです。

 

「……時間がないから精神攻撃と来たか。リコらしいと言えばらしいね」

 

桃は非難も称賛もせず、リコさんならやるだろうなという感じで呟きます。他の皆さんも頷きました。

 

「この中で一番ゲームが上手いのがリコくんだ。恐らくこのままゲームをしても勝てないと判断したんだろう。こちら側としては時間も余裕もないからね」

 

マスターの言う通り、もしリコさんが負けたら恐らく彼女よりゲームの実力が劣る私では勝ち目が薄いでしょう。

ワンチャン、格闘のジャンルになれば勝ち目はありますが、ピンポイントで当たる可能性は低いはず。

ここで勝負を決めれるのであれば、やらない手はないです。

 

「……そもそも那由多の仲間と悠長にゲームしている理由はこっちにはないからね。リコは正しいよ」

 

「それもそうね」

 

桃とミカンさんは知らない人が聞けばドライなことを言いますが、この場の誰も反論する人はいませんでした。目的は那由多を止めること。綺麗な勝ち方にこだわっている場合ではないのです。

 

リコさんが選んだ方法は卑怯で、今までの態度からして純粋にゲームを楽しみたいであろうミヤにとって一番嫌な相手のはずです。

 

リコさんの思惑通り、リコさんの言葉はどんどんミヤを追い詰めてました。

 

ミヤはイラついているのかボタンを押す音がどんどん大きくなり、プレイが雑になっていきブロックが徐々に増えていきます。対してリコさんはスタート時から変わらないペースでブロックを消し続けます。

 

「自分じゃ楽な生き方を選んでいるつもりみたいやけど、ミヤはんの体ん中、結構ボロボロやで?

心当たりあるんとちゃう?」

 

その言葉にミヤは動揺したのか一瞬体が硬直しました。

 

「さっき言うてたことって要するに売春や薬漬けやろ?体がおかしくなって当然や。

しかもまともなもん食うておらんみたいやし、余計やな」

 

どうやらいかがわしいことをミヤはしていたようで、生活が荒れ放題。そのせいで体がおかしくなっていることを指摘すると、ブロックがどんどん積み上がっていきます。

 

開始時は互角だったのに、今や大分差が開き始めてきました。だがミヤも食らいついているのでまだ決定的ではありません。

 

「きちんと働いて飯を食って心も体も健康に過ごす。言うのは簡単やけど、結構難しいもんや」

 

「うるさい!妖怪に母親じみたこと言われる筋合いなんかない!」

 

ミヤは今までのような間延びした喋り方ではなく、普通の喋り方になってました。

 

「それとこの能力、那由多にあんまり使うなって言われてたんとちゃいます?」

 

その言葉に、プレイ中にも関わらず驚いてリコさんへ振り向くミヤ。

 

「………な、なんで知ってんの?」

 

「この能力、体験型の能力やろ?死を暗示するようなゲームはその結果も反映されるはずや。

だから那由多は理由をつけて、あんたに能力を使わせなかったはずや。

そうやなぁ……例えば消耗が激しいから、私の許可したゲーム以外はやるなとか」

 

「……………あ」

 

ミヤは思い当たる節があるようで、声を漏らしてました。

 

この【真!ゲームバトラー】はプレイヤーは諦めると「YOU DIED」と表示さる。

そしてクリアすると「ゲー魔王は死んだ……世界に平和が戻ったのだ」と表示されるのです。

 

彼女の能力ではそれも再現されるのでしょう。ミヤの顔がどんどん青ざめていきます。

 

「ちょっと待ちなさいよ!じゃあこっちは諦めたら死んで、真ゲー魔王は負けた時点で確実に死ぬってこと!?」

 

「………少なくとも能力がゲームの再現もするのであれば、その通りだね」

 

ミカンさんと桃の声が聞こえたのか、ミヤのブロックがめちゃくちゃに積み上がっていきます。明らかに動揺し、手元だけじゃなく体全体が震えてました。

 

「要するに、那由多に捨て駒にされたんや。計画のためになぁ」

 

「ち、違う!那由多さんはミヤのことはきっと生かしてくれるはず!」

 

「───ほんまにそう思うんか?」

 

ミヤの画面がどんどんブロックで埋まっていきます。対するリコさんは淡々とブロックを消していってます。ミヤの逆転は不可能でしょう。

 

「ね、ねぇ。ミヤ嫌だよ。なんでミヤばっかりこんな思いしなくちゃいけないの?どこ行っても辛くて、汚くて。那由多さんは私を必要としてくれて───」

 

「ウチには関係ない話や」

 

今までで1番低く、冷たい声でリコさんは返しました。

 

そして次の瞬間、ミヤの画面が積み重なって埋まりました。

 

【ゲームオーバー!! 真ゲー魔王の負け!! 真ゲー魔王の負け!!】

 

その瞬間明るい空間だったのが、暗い洞窟へと戻っていました。置かれたゲーム機と、横たわって息をしてないミヤ。決着はつきました。

 

長期戦に思えた戦いの、あっという間の決着。そしてミヤの死という結果に、誰も何も言えませんでした。

 

中でも横たわっているミヤの顔を見つめるリコさんの顔はゾッとするほど怖いもので、私も尻尾がビクッとしてしまいました。

 

そんなリコさんへマスターが近寄り、肩へ手を置きます。

 

「……嫌な役をやらせてしまったね。すまなかった、リコくん」

 

「…………自分でやったことや」

 

全員この決着には色々思うところもあります。正直、ただの女の子が騙されて利用された挙句がこの結果とは、後味悪いなんてレベルではありませんでした。

 

少し口を聞かない時間が過ぎ、桃が掌同士を叩いて皆の注目を集めました。

 

「……時間がない、先を急ごう」

 

そして相談し、ここから先は最初の突入メンバーのみで行くことにしました。

那由多の戦いは間違いなく大きな戦闘になるでしょうから、良やお母さん、マスターがいると危険です。護衛にウガルルさんをつけて4人はばんだ壮で待機してもらうことにしました。

 

その後は洞窟を歩いていても特別トラップもなく、段々那由多の魔力が近くなっているのがわかります。

 

「……リコがさっきだいぶキレてたから、危なかった」

 

「リコさんでしょ?怖かったわー」

 

「私もびっくりしました」

 

「聞こえとりますよ?」

 

ボソボソと私たちは会話していたのですが、耳が良かったリコさんにすぐバレました。

 

「もう少しや」

 

その言葉通り、光の向こうには大きな空間が広がっており、人影が見えました。

 

私たちはそれぞれ気合を入れ直したのでした。

 

つづく




まちカド魔族って、原作でも魔族がゲーマーが多くて魔法少女は趣味が少ないイメージ。
甘い言葉を吐いて、自分を必要としてくれる那由多にノコノコついて行ってしまったのがミヤの間違い。
ホストより那由多にハマってしまったのが運の尽き、という話。
後、自分の能力はきちんと把握しましょうということですね。


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54話「囚われのご先祖です!」

今回の話:魔力版の元気玉を使う計画


シャミ子たちが那由多たちの場所に来る少し前に話は遡る。

 

那由多たちのいる空間は、明るくなっていた。それというのも、洞窟の地中から天井まで貫いている大きな木が光り輝いているからである。まるで室内のように明るい。

 

木から発せられる灯りは魔力のものだ。根が地中から魔力を吸い上げ、漏れ出す輝きがあたりを照らしている。

 

「綺麗な光だと思うでしょう、浦飯」

 

人間をちゃん付で呼ぶ那由多ではあるが、幽助には刺々しさを含ませながら声をかける。

 

「ケっ!趣味の悪いやつのセンスは理解できねーな!」

 

もちろん幽助はそれに対し、唾を吐くような態度だ。那由多のそばに仕えている黒影は睨むが、当の那由多はカラカラと笑う。

 

「それを言うならこの光景を理解できない君の方がセンスが悪い。やはり魔族はダメだね」

 

「んだとテメー!」

 

バカにしたように笑う那由多に噛み付かんばかりの幽助であるが、文字通り手も足も出ない。

 

なぜなら幽助が入っている邪神像は小さな結界に閉じ込められているからだ。

 

そして隣には別の結界に閉じ込められている小倉と、気絶している杏里の姿があった。

 

「美意識の問題だから、種族は関係ないんじゃ……」

 

思わず口に出してしまった小倉であるが、咄嗟に口を抑える。しかし那由多は意外にも感心したようだった。

 

「ふむ。そうなると浦飯のセンスだけが悪いと言うことかな?」

 

「小倉!テメーどっちの味方だ!」

 

「ヒィン!悪口じゃないよぉ」

 

「余計タチが悪いぞコラ!」

 

その様子を見て、那由多はまた笑った。那由多にとっては下手な漫才よりツボに入っているようだ。1000年以上生きてても、笑いの沸点は低いらしい。

 

「そんなことより!テメーは魔力を吸い上げて何する気だ!大体、あの木に埋まってる魔族はなんなんだ!」

 

木の中央付近に手足だけが埋まっている少女らしき魔族の姿があった。魔族は意識はないようで、項垂れている。

 

その魔族は金髪でツノが生えており、服装は露出が激しくシャミ子の危機管理フォームに酷似している。

顔立ちも似ており、違いがあるとすればスタイル……特に胸部あたりはシャミ子に遥かに劣っていた。

 

「彼女こそ私が最も嫌いな部類の魔族であり、計画に必要な魔族でもあるのさ。手に入れるのに中々苦労したんだよ?仲間の協力がなければ無理だったね」

 

「質問に答えろってんだよ!耳悪いのかババァ!」

 

「まぁボクの年齢は確かにババァだが……」

 

流石に予想外の呼ばれ方だったのか、那由多は肩をすくめた。一方で小倉は必死に笑いを堪えた。笑ったら殺されるからだ。

 

「那由多誰何ー!!」

 

質問に答えるつもりだった矢先、入り口方向から那由多を叫ぶ声が聞こえた。

ここでようやくシャミ子、桃、ミカン、リコが到着したのだ。

街で争ってから数時間。那由多の想定した時間通りの到着である。

 

「お揃いでようこそ」

 

那由多は友を迎えるように微笑んだ。

 

 

☆☆☆

 

 

私から見た那由多たちのいる空間はとても綺麗で、イルミネーションなんか目じゃないレベルでした。

 

普段だったら呆けてしまいそうな光景ですが、那由多と仲間の男の後ろにいる人たちを見て、那由多たちを睨みつけます。

 

「浦飯さんたち、無事だったんですね!?」

 

「ああ!だがすまねぇ、手も足も出せねぇ!」

 

桃がぼそっと「……見ればわかる」と呟きました。邪神像に手足を生やすシステムは結局キモいので却下したのがここに来て痛い状況です。

 

「小倉も無事みたいね!」

 

「ごめんなさい〜コンビニに買い物行ったら攫われちゃってぇ」

 

普通に受け答えできているので、命に別状はないみたいです。気になるのは杏里ちゃんと、木に埋まっている魔族らしき方です。

 

「杏里ちゃんは無事なんでしょうか!?それとその魔族は誰だ!」

 

「佐田杏里は無事だよ、問題なしだ。そしてこの魔族は───お前の先祖だよ」

 

「何ぃ!?」

 

なんと私の先祖と言うではありませんか。しかし那由多の言うことなので鵜呑みにしてはいけません。

注意深く見ると、魔族は私の危機管理フォームに似た格好をしてます。ミカンさんもこちらをチラチラ見て「すっごい似てるわ」なんてぼそっと言ってます。

あの魔族を見ていると繋がりを感じるというか、他人の感じがしないのです。

 

「……なるほど、読めてきましたわ。邪神像に入ってたのは本来は彼女で、計画上彼女が必要だったいうことやろ?

そんで取り出した代わりに邪神像に入ってしまったのが幽助はんというわけやな」

 

「ご名答。話がスムーズで助かるよ」

 

「えぇ、ちょっと、どういうことよそれ!?」

 

「話が早すぎて混乱しそうです……!?」

 

リコさんが突然言った内容に、那由多と黒影と呼ばれた男以外は皆混乱してました。ああいや、小倉さんは納得しているような表情です。

 

「風の噂で聞いたことがありましてなぁ。古より【意識と無意識の狭間を司どる能力】を持つ魔族がいて、その魔族は時の権力者の下へ次々と渡り歩いた経緯があったらしいんですわ。

ただその能力が余りにも危険なので数千年前に封印されて、姿を消したっていう話のはずなんやけど」

 

「概ねその通り。しかしまさか彼女に子孫がいて、その子孫が邪神像の管理をしていたのを知った時は驚いたけどね」

 

「それがうちの家族……いや、お父さんということですか」

 

数千年前に封印された魔族なんて初めて聞きましたし、木に埋まっているご先祖がそんなやばい魔族のようにはあまり見えません。しかし那由多が欲しがるほどの能力を持っているのでしょう。

 

「そういうこと。何とかあの魔族を手に入れたいが、直接邪神像を手に入れようとしても街の結界と家のドアに貼られている結界のせいでぼくは邪神像のある家に近づくことすらできない。

だから【催眠ペンライト】という魔導具で空き巣の名人の人間に催眠をかけて邪神像を盗ませたのさ」

 

こいつ、他人に催眠かけすぎじゃないですか?しかしいつの間に盗みに入っていたんでしょうか。お母さんも全く気づいてなかったですよ。

 

「その後【餓鬼玉】という魔導具を使って邪神像の中身を抜き出して、邪神像を家に返したというわけさ」

 

「おい、【餓鬼玉】って腕鬼が持ってたのと同じやつか?つーかテメーらが作ったんか!」

 

「あー!あの魂吸い取っちゃう玉ですね!?」

 

以前倒した腕鬼が子供から魂を抜き取って喰べようとしていました。それと同じものだったら確かに魂だけ抜き取って邪神像の封印はそのままにできます。

 

「そうさ、最もお前たちが回収したのは試作品だがね」

 

「試作品だぁ〜?」

 

「そうだね。実はぼくの仲間の子が餓鬼玉の試作品を作ったのはいいんだが、珍しく外出したと思ったら外で餓鬼玉を無くしてしまったんだよ。

慌てて隣にいる黒影に探させたら、お前たちが持っていることが分かってね。回収したいが、お前たちに会ってしまうのは計画的にまだ早かった。

被害も出てなかったし、様子見していたのさ」

 

「大体あんたらのせいなのね……」

 

「本当です!私があの腕鬼を倒さなかったら、関係ない子供が魂を喰べられて大変だったんですよ!」

 

「そこは素直に謝罪するよ。こちらの不始末ですまなかった」

 

なんか素直に謝られて、ちょっとモヤモヤです。しかしこいつら、本当に余計なことしかしないですね。

 

「……ところであの家の扉の結界は、住民に害を及ぼすような者を迷わせたりするもの。人間だって例外じゃないはずだけど?

それに魂だけ抜き出したのはわかったけど、あの魔族は肉体があるように見える」

 

「扉の結界は住民に害を及ぼす、でしょ?能力で邪神像の中身を取り出すだけなら、住民に害を与えているわけじゃないからセーフ判定だったんだよ。

もちろんぼくが直接行くとアウトになるから、回りくどい真似をしなくちゃならなかったのが腹立たしいがね。

ちなみに盗みに入ったのは平日昼間で、盗んで魂を抜き出して戻すのも含めて3分以内に終わったよ。えらいボロ家だったしね」

 

「確かにあのボロ家なんて、オレなら3秒で入れるぜ……。それじゃ結界に引っかからないわけだ」

 

「あんたら、人の家をボロ家呼ばわりするのやめてくれます?」

 

敵味方両方から我が家をボロカスに言ってくれますが、重要なのはそこじゃないので反論はあまりしません。いやまぁ、ご近所の誰かが気づいて欲しかったですが。

 

「あんな家に普通盗みに入るやつなんかいねーから、誰も警戒してなかったんだろーぜ」

 

「心を読まないでくださいよ。しかも気づかない理由が最悪です!」

 

確かに見るからにボロ屋だから盗みに入ると思う人がいないことは確かですが!

 

「あの魔族の肉体に関しては、魔導具作った仲間が色々な魔族の肉体を掛け合わせて作ってくれたよ。モデルはツノの魔族の父親だ」

 

「……いい趣味してるわ、あんたら」

 

ミカンさんがウェ、と言うような表情を浮かべています。色んな魔族の死体を持ち帰ってイジリ回したということでしょう。

魔導具を開発した人は凄いようですが、頭のネジもぶっ飛んでそうです。

 

「さてツノの魔族、君の先祖が危険視されるわけはわかったかな?」

 

ご先祖の私の能力と同じと仮定して、時の権力者が使うとなれば用途は良いことではないはず。しかも封印されるレベルと考えると……

 

「ご先祖は不特定多数の人の夢に入って、権力者の良いように洗脳した……とかですか?」

 

那由多は顔を手に当てて笑い始めました。

 

「見かけに反してきちんと理解しているじゃないか。

そう!あの魔族は権力者にとって非常に都合のいい道具なのさ。何せ防御できない夢という名の無意識下で思考を誘導し、支配できるのだからね」

 

「見かけに反しては余計だ!」

 

「私はこの能力で世界中の生物の魔力を無意識下で洗脳し集めさせているのさ。

例えて言うなら寝ている時の生物の魔力全部を1つの海として、それを巨大なポンプで吸い上げているような感じだね。

この木は街の中心を支える枯れない桜だったもの。霊脈の上にあるこの木は、魔力を集める場所としては最適だったんだよ」

 

「桜が枯れた理由はそれか……!?」

 

かつて咲いていた桜が枯れた原因は、どうやら魔力の集めすぎだったようです。

霊脈とは一体……と頭を捻っていると、ミカンさんがこっそり耳打ちで教えてくれました。

 

簡単に言うと霊脈とは世界の大地に繋がる魔力の血管みたいなものだそうです。

そのためその霊脈の上に立っている木には魔力が集めやすく、以前は桜が咲いていたそうです。

 

「しかし計画の実行……魔力を世界中から集めるには時間がかかる。だから私が集めた能力者たちを使って時間稼ぎをさせていたのさ。

ミヤはなかなか強かっただろう?」

 

「あの人はお前に頼られているって喜んでいたんですよ!使い捨てみたいにしておいて、偉そうに言うな!」

 

色んな人を巻き込んで攻撃してきて、返り討ちにし、その中でミヤは死んだ。それなのにコイツは肩をすくめるだけでした。

 

「あんた馬鹿じゃないの?完成するまで時間稼ぎすればよかったじゃない。

わざわざここで待っているなんて、自己顕示欲の塊じゃない?」

 

「お前たちがここを発見できずに計画が完了すればそれも良し。

……だが実のところ計画達成のために不確定要素があってね。できるなら排除したかった───ツノの魔族、お前のことだ」

 

刺客を送るのを途中で辞めてでも、ここに誘い出して那由多が確実に仕留めたい私。つまり那由多が恐れているのは……私の能力か。

 

「私がご先祖と同じ能力で邪魔すると思ったんですか?だから始末したいと?」

 

「そうだ。君が雑魚のままだったら刺客で十分仕留められると思ったんだ。まぁゲームの能力者相手じゃ負けそうだったが、しかし結果として君たちは仲間一丸となって次々と打ち破ってきた。

なら一気に片をつけようと思っただけさ」

 

刺客を倒し続けた私たちが予想外だったのか、全員倒してしまおうというわけですね。しかも外野が入らないよう、こんな地底に招待するなんて。

 

「ケッ!こんなとこに誘い出さなきゃ喧嘩もできねーのかテメーは!情けねーやつだぜ!」

 

やはり気に入らないのか、浦飯さんが思いっきりバカにするように煽ります。

 

「横槍を入れられるのは不本意でね。前の失敗を繰り返さないようにしているのさ」

 

「……前?」

 

前とは何でしょうか。そう聞こうとした、次の那由多の言葉に私は頭が沸騰した。

 

「お前の父親を消そうとした時も桜ちゃんに邪魔されたし、2人には逃げられるし、以前は散々だったからね。

───今回は万全を期して始末しようと思ったんだよ」

 

「貴様ぁ!!」

 

私が怒りで吠えた瞬間、いつの間にか那由多が討伐ポイントカードを右手に持っていました。そしてその直後私たちの足元が巨大な魔法陣に包まれました。

 

「しまっ───」

 

素早く発動したその魔法陣から離脱しようとするも、発動が余りに早く眩しい光に包まれました。

 

「………クッ。一体、どうなったんですか?」

 

眩しい光が収まって目を開けると元の場所のままでした。しかし周りには誰もいなくなってました。あの黒影という人もいなくなっており、笑顔を浮かべる那由多がさっきの位置のまま立ってました。

 

「お仲間は別の場所に移して、私の仲間が倒す手筈になっているのさ。

ぼくとしてはお前をなんとしてもこの手で始末したかったからね」

 

「貴様ぁ……!次から次へとムカつくやり方しやがって!私が気に入らないなら正面から喧嘩売ればいいだけでしょう!」

 

「可能性は残したくない、というのが本音。昔計画を邪魔してくれた嫌がらせも兼ねて、ってことだよ。ぼくって茶目っ気あると思わない?」

 

「この……!?」

 

飛び込もうとした私に待ったをかけたのは、意外にも浦飯さんでした。

 

「頭を沸騰させんなシャミ子!コイツはわざと煽って、オメーに実力を発揮させねーようにしてんだぞ!」

 

「うぐ……!?」

 

冷静になれ!と大声で呼びかける浦飯さんの言葉で、私はその場に留まることができました。

 

それを見て那由多は少し的が外れたような表情を浮かべます。

 

「怒りのまま突っ込んできてくれた方が、こちらとしても楽にしてあげたのに。仕方ないな」

 

ゆっくり構えをとる那由多。禍々しい魔力も充実しており、完全に戦闘態勢です。

 

私は大きく息を吸って、ゆっくり吐きました。

 

「……よし!」

 

タイマン。助けはなし。前の戦闘から考えるに不利はこちら側。

 

なら私の全てを使って戦ってやる!

 

妖気の充実した私を見て、那由多は薄く笑いました。

 

つづく




ジャンプ恒例のメンバーバラバラで個人戦。特に海賊で多いやつ。

ごちゃごちゃと書きましたが、要するにご先祖の能力で勝手に色んな生物や無機物から魔力版の元気を分けてくれーってやって、そのパワーで計画実行だ!
でも邪魔されると嫌だから邪魔するやつぶっ殺そうぜ!誘い出してタイマンじゃい!という話。

那由多によるご先祖の奪取チャート

空き巣洗脳→邪神像窃盗→魂抜き取り→邪神像戻す→予め肉体作って置いて魂IN→討伐カードいっぱい使ってご先祖洗脳→木に埋め込む

ちなみに空き巣はその後洗脳状態のまま警察に自首させました。全部自白させたようです。
もちろんシャミ子家以外の犯行のことですが。


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55話「それぞれの戦い(桃)です!」

ちょいグロ注意。また内容が短くなっております。


桃が飛ばされた先は洞窟というには壁が酷く有機的……まるで内臓のような印象を受けた。

 

幸い、薄暗い場所であったため見えづらいのであまり気にならないのが救いか。生理的な気持ち悪さはあれど、戦い続けてきた桃からすれば気になるほどでもなかった。

 

近くに気配がひとつ。これは味方の気配ではない。

 

「………」

 

ほぼ足音がない。桃の目の前に佇む黒影という黒づくめの男は、存在感も含めて影のような印象を抱かせた。

 

「……各個撃破が目的ってことだね」

 

変身を済ませた桃は黒マントを翻し、黒い日本刀の柄に右手を添える。

 

「そうだ。あの魔族は那由多様自ら手を下すことを望まれた。ならば露払いをするのは俺の役目だ」

 

黒影もマントと眼帯を取る。

 

袖が破けたシャツに、黒ズボンと黒ブーツ。そして抜かれた刀は禍々しい魔力に満ち、だが刃は美しく銀色に輝いていた。

 

眼帯を外した目は赤く輝いており、魔力を秘めていることがよく分かる。

 

「……魔眼か」

 

「……そうだ。これがなければ那由多様に出会うこともなかった」

 

酷く生々しい、酔っているような言い方だった。

 

彼が那由多に心酔しているのは見れば分かる。那由多も彼の前で散々計画のことを喋っていた。那由多は彼が覚悟を決めているのを知っているし、裏切らないのを分かっているのだ。

 

もし桃が彼を辞めるよう説得したとしても聞く耳を持たないだろう。

 

「……君は人間に見えるけど」

 

「そうだ。俺は人間だ。ただ数世代前の先祖の魔法少女の力が宿った……そのためだ」

 

「隔世遺伝か……!いや、もっと離れているね」

 

隔世遺伝。祖父や祖母などの特徴が孫に現れることを指す。つまり一世代飛び越えている状態となる。

 

だが黒影の場合はそれよりもさらに数世代前の魔法少女の特徴を受け継いでいる。それこそ一族の者も忘れさられた人物の特徴を受け継いでいるのだ。通常の隔世遺伝よりも少し大きい程度か。

 

これは人間、魔族ともに現れる事例となっている。ただ極端な隔世遺伝……いわゆる大隔世遺伝の場合、元となった人物が凄まじい実力を持っているパターンが多い。

 

元が魔法少女で、隔世遺伝が発現した子孫が女の子の場合は、女の子の能力者=魔法少女として一般的にも認知されているからまだ周りが受け入れる空気もある。

 

しかし目の前の黒影のような男の子の場合はそうではないことが多い。魔法少女の認知度が高すぎて、男の子の能力者の認知度が低くなっているのだ。

 

両親ともにただの人間だったのに、突然自分の子供が強い能力者として生まれてしまった場合、素直に受け入れる人間が果たしてどの程度いるのだろうか?

 

少なくとも那由多と一緒にいる時点で黒影の周りは好ましい環境ではなかったことは明白だ。

 

「それだとナビゲーターとの契約はされてないってことか……ではその体は生身だね」

 

「その通りだ」

 

彼は人間だ。魔法少女と普通の人間の大きな違いは魔力と肉体だろう。

 

魔力の有無はそのまま戦闘力に現れる。

 

魔法少女の肉体はナビゲーターと契約し魔法少女となった時にエーテル体となる。

エーテル体……つまり魔力が元となって構成されているのだ。生身ではないのだ。

 

エーテル体は多少の欠損程度なら再生でき、桃自身も過去胴体真っ二つになるような大怪我を負っても復活できている。魔力さえ枯渇しなければ再生できるのだ。

 

魔法少女を完全に倒すには魔力を枯渇させるか、エーテル体を粉々にして露出したコアを破壊するしかない。

 

それに対して生身の肉体の場合は欠損すればそのままだし、心臓を刺されれば死ぬ。もちろん真っ二つになっても死ぬ。

再生できるか出来ないかで、攻撃への意気込みというか、踏み込みが大きく変わるのは何となく分かる人は多いだろう。

 

そんな彼の肉体には大小様々な傷跡があった。それだけ死線を潜り抜けてきたのだろう、その目に怯えなんてものはなかった。

 

「(……強敵だな)」

 

体から発する魔力の強さ。佇まい。桃の勘が目の前の男の強さを感じ取っていた。

 

「(殺さずに勝つのは無理だな)」

 

桃は深呼吸する。

 

「……引けば何もしない。私たちは那由多を止めたいだけだから」

 

「断る。誰かも知らぬ父親の種でクズの母親から生まれた俺はこの力があったから捨てられ、この力があったから那由多様の力になれたのだ。

あの方の命令は何よりも優先される……!」

 

望みが限りなく薄かった停戦の提案も、切って落とされた。その目にブレはない。

 

桃はどちらかが死ななければ決着がつきそうにもないことも感じ取っていた。

 

魔法少女でも魔族でもない人間を殺す。

 

そう決心した時、脳裏にチラついたのはシャミ子の顔だった。

 

もしシャミ子と出会う前なら斬ることに躊躇はなかったであろう。しかし人殺しをしたら、シャミ子はなんて思うのだろうか?

 

そんなことを考えてしまっている自分の甘さに、桃は内心笑っていた。

 

シャミ子だけじゃない。多くの人と関わって自分は変わった。もっとその先を、体験してみたい。

 

どう思われようと───やるべきことは一つ

 

「……勝負」

 

「応!」

 

桃は刀を抜いて、鞘を捨てる。だが構えは抜刀術の位置のままだ。

 

対して黒影も同じ構えであった。こちらも鞘は捨てている。

 

黒影の刀は長年生きてきた那由多が見つけた無銘の霊刀である。

 

霊刀は切り捨ててきた数多の妖怪の怨念と、命を落としてきた持ち主の魔力が合わさって禍々しいとまで言える雰囲気を持つ霊刀となっていた。

 

だが黒影は霊刀頼りの男ではない。彼から発せられる魔力の力強さを桃は肌でビリビリと感じ取っていた。

 

「(……剣での勝負は不利)」

 

剣の勝負では7対3……よくて6対4。桃は自身の方が不利であることを悟っていた。

 

那由多の陣営は時間を稼ぎにきている。長引かせることは実力的にも、状況的にも良くない。早期決着……桃にはそれが求められていた。

 

今までの桃ならば剣以外の戦いに持ち込んだであろう。勝つために工夫を凝らすことは当然だからだ。

 

だが今の桃はそのまま剣での勝負を挑んだ。

 

確実な勝算があるわけではない、ただの勘だった。

長年戦い続けた勘が、このまま勝負に挑めと叫んでいた。

 

───対峙は一瞬であった。

 

桃の踏み込みよりもさらに早く黒影は飛び込んできた。お互い横薙ぎの一閃。

 

速度が早ければ、その分威力も増す。お互いの踏み込んだ足が地面を割り、刀が激突する。

 

ミシッと桃の刀から嫌な音が発せられた。

 

弾かれた2人の距離が開く。桃は自身の刀にヒビが少し入っているのが分かった。対して黒影の霊刀は問題なし。

 

打ち合いに差が出た。その差は体勢の立て直しに現れ、僅かに黒影の方が体勢の立て直しが早かった。

 

弾かれた勢いのまま、黒影は桃の脳幹ごと断ち切ろうと左手一本で左薙ぎを放つ。

 

如何に再生力が高い魔法少女であろうとも、脳を斬られれば早々再生できない。黒影の戦闘経験からの一撃である。

 

桃が後退したとしても致命的なタイミングでの一閃。故に桃は左腕を防御として用いた。

 

「(左腕を捨てたか!)」

 

左腕が切られている時の肉の抵抗が、何もない時より時間を僅かに稼いでくれた。

 

左腕が鮮血とともに宙を舞う。

左腕が切られているうちに、桃は上体を右下に沈み込むようにすることで、剣閃からギリギリのところで逃れることが出来た。

 

沈み込んだ状態から右手に持った刀を振る。

真下から真上へ、顎から脳天まで真っ二つにせんとする剣閃。

黒影は考えるより早く顔を後ろに逸らしたことで、頬と魔眼を切り裂かれる程度に済んでしまった。

 

「(浅い)」

 

「(勝った!)」

 

黒影は霊刀を返して、桃の胴へ斬りかかった。

 

魔法少女でも脳を切り裂けばしばらく動けなくなる。それは胴を真っ二つにして動けなくしてからトドメを刺しても結果は同じ。

 

先ほどの脳への攻撃はこのための布石!

 

黒影は自分の霊刀が、桃の胴の肉を切り裂いていく感覚を手から感じ取っていた。

 

勝ちを確信した黒影は見た。

 

腹を切り裂かれているにも関わらず、斜め前に踏み込んでこちらの首に刀を振るう桃の姿を。

 

───混ざり合った血が辺りに飛び散った。

 

黒影の鼻から上の頭が明後日の方向へ飛んでいき、残った体から噴水の如く血が噴き出していた。

 

桃の胴はほぼ真っ二つにされかかっていた。腹から夥しい血が噴き出ている。

 

黒影は飛んでいく視界から、決着を理解できた。

 

「───お見事」

 

ただ称賛の言葉だけが、脳から切り離された黒影の口から出た。そして飛んでいた頭は地面へ転がり、残った胴体も倒れた。

 

───あぁ、終わっちゃった

 

桃は何処か寂しさを感じさせるような、そんな言葉を自然と吐こうとして、もう声が出なかった。もう体の自由が効かず、前に倒れ込むのを他人事のように感じていた。

 

お互い欲しい未来のために戦って、小細工なしの純粋な勝負が出来たことで何か彼にシンパシーを感じたのだろうか?

 

桃自身よく分からないまま、桃の意識は闇に堕ちていった。

 

「(……助けに、行かなきゃ……)」

 

心残りは、脳裏に浮かぶ楽しそうなシャミ子の笑顔だった。

 

つづく




というわけでかなり短いですが、飛影vs時雨のオマージュ戦。あの戦い好きなので書いてみたかったんですよ!!
ちなみに魔法少女って真っ二つになっても大丈夫ってミカンが原作で言ってた。もはや魔法少女じゃなくて別の生き物だと思う耐久性。

黒影
B級中位妖怪程度の魔法男子
魔眼を使って千里眼、抵抗力のない人間への呪縛、催眠などが可能。
しかし長時間の命令はできないので、那由多は一般人などへの長期間の命令の際は催眠ペンライトを用いた。

黒影の過去話をこの話で入れようと思ったんですが、長くなるし別に知ったところでへぇって感じなんでカット。

なのでちょびっとだけ。
黒影くんは元魔法少女の血筋で生まれた子で、最初から魔眼持ちの魔力持ち男子。つまり突然変異。
遠い先祖が魔法少女ってだけで母親はただの人間だし、誰が父親かも分からないくらい爛れた生活を送っていたため、生まれた後も碌でもない家庭環境で当然性格は捻じ曲がる結果に。
色々あって戦い続けたが那由多に拾われて心酔している感じ。ちなみに以前の話で闇御伽3人衆の依頼主を魔眼で操ってたのはこの子。


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56話「それぞれの戦い(リコ)です!」

変態VS変態の話。キモくて変態な味方キャラって出しにくいけど、敵なら出しやすいと思う。


「さて、ウチらをバラバラに分断したっちゅうことは……ウチの相手はあんたやな?」

 

今度も洞窟内ではあるが、そこそこ大きい空間である。

 

リコの視線の先、奥のソファにずっと座っていたのは黒髪の女である。

 

黒髪は地面に着きそうなほど長く、ヘソだしのノースリーブのインナー、黒ズボン。そして口元にはゴツい大きなマスクをつけていた。

 

女は読んでいた本を閉じて、リコに目線を移す。

 

「そうだ。私がお前を指名した」

 

「そらなんでや?初対面のはずやけど」

 

「ふ……」

 

本を隅に放り投げる女。本が隅に落ちた瞬間、女の姿が消える。

 

「(速い!どこへ───)」

 

ゾワリ、と首筋に触れている感覚を覚える。

女の両手が首に回され、指の間で髪が撫でられている。

 

「少々髪が痛んでいる。トリートメントはしているか?」

 

首を絞めるわけでもなく、ただ髪を撫でるだけ。マスク越しの声が酷く気に触る。

妖狐であるが鳥肌がたった。

 

「手入れは十分にした方がいい。獣の毛は傷みやすいからな」

 

「お手入れは毎日しとるわ!」

 

裏拳を仕掛けるリコ。しかし攻撃が当たることはなく、女は既に元のソファに戻っていた。その様子に女は軽く笑い続けている。

 

「フフフ、冗談だ。気を悪くするな」

 

「マスター以外に触らせる予定はないんや。気色わる」

 

「振られてしまったな」

 

オェ、と言わんばかりのリコの反応に女は肩をすくめる。

 

「さて、私がお前を選んだ理由が分かるか?」

 

「……ウチが一番可愛いからやろ?この変態」

 

笑みを貼り付けながら答えるリコの顔には一筋の汗が垂れていた。想定より敵のスピードが速い。ただの変態以上に厄介なことは確かだった。

 

「それもあるが……あの中でお前が一番好戦的なところがいいなと思ってな。

お前もそういうタイプが好きだろう?何となく分かる」

 

「……せやな。もっと中身を引き摺り出して戦いを楽しみたい。そう思うこともありますわ」

 

「素直だな。私はな、好きなものを殺す時……目の前が真っ暗になって心が穴に空いたのように落ち込む。

しかしそれがなんとも言えず快感でね……何度もやってしまうのさ」

 

悪い癖だろう?と薄く笑い続ける女に対し、リコはため息をついて首を振った。

 

「ウチだったら好きなもんは大切に何度も愛でる方がええな。それに一回で壊すのはなぁ……趣味が合わんわ」

 

リコは過去戦いを仕掛けてきた魔法少女を返り討ちにしコアになるまで疲弊させたことがあったが、コアを破壊せず仕掛けきた魔法少女の仲間に回収させたことがある。そうすれば何年かすればまた戦いにくるからだ。

例えて言えば、美味しいものはすぐ噛んで飲み込むのではなく、何度も何度も味を反芻させたい。リコの趣味はそんな感じだった。

 

対して女は一品のみ極上品を注文して、目の前に出されたらすぐ飲み込んでしまう。もっと味わえばよかったなぁと後悔しながら店を出る。そういう嗜好だった。

 

「残念だ」

 

どうにもお互い合わないらしい。そのことを察したのか、リコは話題を切り替える。

 

「ところであの女に協力している訳はなんなん?」

 

「簡単だ。私が奴に負けたからだ」

 

那由多に従っている理由を聞かれ、女はあっさり答えた。

 

「私は奴の全力を引き出すことすらなく破れた。その後どうしようかと考えていた時期に、奴からお前たちのことを聞かされてな。戦うということであればと参加した。

そしてお前に会った……来てよかったよ」

 

女からの粘っこい視線を受けてリコはウエェという顔をした。興味のない相手から熱烈なアプローチを受けても、リコは何も嬉しくない。

 

しかしまぁ、勝負するという意味でなら素晴らしい相手となるだろう。リコは肩をすくめた後、体を妖気で覆う。

 

「楽しませてもらえるんなら願ったりやな」

 

リコが臨戦体勢に入ったのを見て、女は笑った。

 

「ああ、楽しませてあげるさ」

 

女の周りに魔力が満ちる。澱みなく、清流のように流れる魔力。それを見れば誰であろうと女がかなりの使い手であることがわかる。

先のスピードといい、危険な相手であることがわかっていても、リコは笑った。

 

「せっかくやし、殺す前に名前聞いとくわ。ちなみに私はリコ」

 

「シオリだ」

 

「名前は普通やな……んじゃ、開始や」

 

リコの掌から次々と葉っぱが宙を舞う。葉っぱはリコの周りを覆うように展開され、その光景は秋の落ち葉を思わせる。

 

「(あんだけのスピードや……今すぐの接近戦は危険。一旦様子見や)」

 

妖気を込めた葉は触れれば肉を裂く刃と化す。周囲に展開すれば鉄壁の防御である。

 

しかしシオリは関係ないかのように歩を進める。進んだ先で葉がシオリの髪の毛一本を切り落とした。

 

「中々華麗な技だが、脆弱だな」

 

「綺麗なものを見て死ぬなら本望やろ?」

 

範囲内に入ったものを容赦なく切り刻むこの技にどう対処するのか?観察するリコを意に介さないかのように、無防備に前進するシオリ。

 

当然のようにシオリに一斉に襲いかかる葉。その位置からなら無傷の回避は不可能であろう。

そしてシオリは両手を左右に翳した。

 

「なっ!?」

 

───全て爆発し消滅する葉。それが結果だった。

 

「(バカな、触れてもないはずや!)」

 

以前の幽助のように魔力(妖気)を周囲に放出して吹き飛ばしたわけでもない。

かといって葉に触れて何かしたわけではない。まさに一斉に爆発したように見えた。

 

「何が起こったか分からないといった顔だな」

 

「(こちらからは見えない何かで攻撃しているんか……?)」

 

見えない攻撃、と言うものはないわけではない。

 

空気弾だったりもするが、ポピュラーなのは妖気・魔力を極限まで見えにくくする技術の応用である。

 

しかしその場合大きな攻撃力はあまり期待できない。大きな攻撃力ほど妖力や魔力を込める必要があり、力を込めるほど実体化し見えやすくなるからだ。

 

だがシオリは全ての葉を爆発させている。ただの葉ではなくリコの妖気でコントロールされた葉をだ。

 

これから考えられることは、シオリは魔力のコントロールという意味でリコの上を行く可能性があるということだ。

 

ならば、と目に妖気を集中させるリコ。これならば見えづらくしている魔力も見えやすくなるはず。

 

「凝か……選択は正しい。やはりお前はいいな」

 

音もなく接近するシオリ。リコは顔面に伸ばしてくる手を避けて後退する。が、次の瞬間何かの塊がリコの左の二の腕付近で爆発した。

 

「うあっ!」

 

左腕の一部が抉れ、血が吹き出す。動かすことはできるが、痛みはかなり強い。

 

「(なんや今の!?うっすらぼんやりした塊は避けたやないか!)」

 

直撃してないのにこのダメージ。

 

しかもリコの体を覆っている妖気の守りを突破してダメージを与えるほどの魔力を込めている攻撃がぼんやりとしか見えないという事実は、厄介極まりない。

 

「ふふ、そこそこ効くようだな」

 

シオリが爆発で怪我を負ったリコを見ていると、自身の頬にピンク色の妖気がまるでガムのように貼りついていたことに気づく。妖気の先にあるのは、リコの右拳。

 

「───っこれは!」

 

シオリが気づいた瞬間ぐん、とシオリがリコの眼前へ引っ張られる。まるで乗っていたタクシーが停止状態から交差点へ急発進したかのようにリコに向かって引っ張られていく。

 

「しまっ……!?」

 

「これで」

 

シオリは腕を盾にし防御しようとするが間に合わない。リコの渾身の右拳がシオリの頬に突き刺さった。何度も地面をバウンドし、壁に激突するシオリ。

 

「お相子や」

 

グラグラと揺れる視界の中、無理矢理立ち上がったシオリはリコを目に睨みつける。

 

「いつの間に……!」

 

「やられっぱなしは性に合わんからなぁ。へへ」

 

リコは自身の左腕が爆発した際、その爆発に紛れ込ませて右手から妖気を飛ばしてシオリの頬へくっつけたのだ。痛み分けの行動である。

 

シオリは頬についている妖気を小さく爆破し引きちぎった。何度も見せられれば、リコとて相手の能力の見当はつく。

 

「爆発の能力……いや、爆発物を具現化する能力やな。だから実際に手が触れることなく爆発させることができるんやろ?」

 

「ご名答。貴様は妖気がくっついたり伸び縮みする能力だな。応用力がある」

 

「正解や」

 

シオリが一回受けただけでリコの能力を見切ってくるのは戦闘経験の高さであろう。能力の見せ合いは一旦終了となった訳だ。

 

「では仕切り直しだ」

 

もうフラつきが回復したシオリの周りに、血管が浮き出ているような紫色の球体が10個ほど出現する。はっきり言って嫌悪感が湧くデザインである。

 

そしてその球体の真ん中に亀裂が入る。いや、亀裂ではない。目が開かれ、まるで空中に浮く眼球のようだ。

 

「トレースボム。まぁ追跡爆弾だ。イメージした爆弾を具現化できるのが私の能力」

 

「デザインキモいわぁ。センスないんとちゃいます?」

 

「私は気に入っているんだがな。さぁ行け」

 

10個ほど生み出された追跡爆弾はシオリの指示に従い、それぞれ別の軌道を取りつつリコへ迫る。

 

リコはステップ、ジャンプを織り交ぜながら避けていく。壁や地面に接触すると爆弾は爆発した。

 

「……なら、これや!」

 

葉を妖気で遠隔操作し(伸び縮みする妖気を葉にくっつけてコントロール)、爆弾へぶつけていく。妖気で覆った葉は追跡爆弾と接触すると爆発し、両方消滅する。

 

「ほう。コントロールはいいようだな」

 

複雑に飛び交う追跡爆弾を避けながら葉をコントロールして爆弾を撃ち落とす。

口にすれば簡単だが、見た目以上に神経を使う行為だ。だがこれで追跡爆弾に関しては対処できた。

 

「ならば追加だ」

 

シオリはまた10個ほど追跡爆弾を生み出す。さらに最初に使ったほぼ透明に近い、凝を行っても僅かに輪郭しか捉えられない爆弾も複数個生み出す。

 

2種類の爆弾を同時にリコへ仕掛けた。

 

「性格悪いわぁ!」

 

次々と迫り来る追跡爆弾の中に、時折混ざるほぼ透明な爆弾。リコは両方の対処に追われていた。

 

目に凝を行って2種類の爆弾を見極め、葉をコントロールして撃ち落とす。

 

「(見える爆弾とほぼ見えない爆弾の同時攻撃!見える方に気が逸れるから厄介や!)」

 

例えば漫画を読んでいる時に、目の前で蝿がブンブン飛んできたら蝿に注目してしまうだろう。気にしないようにしても、どうしても意識は割かれてしまう。

 

爆弾が急所に当たれば致命的。全ての爆弾を処理しなければいけない状況で気が逸れるというのは判断が遅れそうになり非常に危険であった。

 

「褒めてくれて嬉しいよ」

 

シオリはあまり動いていない。と言うより爆発に巻き込まれるのと、相手の攻撃範囲内に入らないようにするためだ。

 

「(距離を離せばこちらが有利。こちらはあのゴムのような妖気による攻撃に注意していればいい)」

 

爆弾を生み出す際に魔力は使うが、実際シオリが使うのは魔力のみ。体力の消費はほぼない。

 

対してリコは2種類の爆弾を激しい動きで避けて、葉を用いて撃ち落としている。

 

目には凝。葉にも妖気を乗せている。しかも激しく動くから、スタミナも減っていく。

 

魔力も体力も消費が大きいのはリコの方なのだ。この状態を維持していれば、先に根を上げるのはリコ側だ。

 

そう考え、シオリは下がろうと足を動かす。それに合わせリコが距離を詰めてくるのだ。爆弾に対処しながらにも関わらず。

 

「(よく見えている。2種類の爆弾に対処しながら、私への警戒も怠っていない。それどころか……)」

 

シオリは首に飛んできた葉を生成した爆弾で撃ち落とした。回避行動中のリコから飛んできた葉である。

 

「性格が悪いのはお互い様だな」

 

「すっごい嫌味やなぁ」

 

このように妖気で強化された葉が時折シオリの首を狙いにくる。もちろん数枚程度では爆弾で撃ち落とすことは簡単だ。

 

現状対処には問題ないのでシオリにとっては大した攻撃ではないが、その攻撃の間隔が段々短くなって来ている。

 

現状はシオリが有利である。だがリコが徐々に対応し始めていることをシオリは理解していた。

これ以上時間をかければこちらの身が危うい。

 

「(下手に突破口を見つけられる時間を与えるより、仕留めるか)」

 

なのでシオリはここで押し切ることにした。シオリはゴツいマスクを外す。マスクの下は端正な顔立ちであった。

 

「こおぉぉ……」

 

「(あかん、目に見えて魔力が強力になってるわぁ)」

 

シオリの体を覆う魔力が禍々しく強化されていくと同時に髪が黒から金へと変わる。

 

髪の変化は空気中の火気物質を口から体内へ吸収していくためだ。これにより全身が爆薬庫の状態になり、下手な攻撃をすればその時点でドカンである。

 

しかし今までの2種類の攻撃を継続しながらの行動なので、準備完了まで時間がかかる。

 

その隙を縫ってリコが葉で首を狙うが、体の周囲に展開しているシオリの強い魔力が生半可な攻撃を完全にシャットダウンする。

 

先ほどまで爆弾を用いいて撃ち落としていたが、それすらも必要なくなった。それほどの差が開いている。

 

現状のリコの攻撃力では妖気を一点に集中させても、シオリの魔力を突破できるか怪しいほど差があった。

 

開いた両手がバチバチと閃光を放っている。恐らく両手が起爆スイッチだろう。

そして強烈な魔力が両手の中央に集められる。

 

「そんな威力のやつ、洞窟で放つとかアホちゃう!?」

 

今までの攻撃とは桁違いの魔力が込められているのがわかる。しかしここは洞窟であり、本人諸共生き埋めになるかもしれない。それが分からない相手ではないだろう。

 

その言葉にシオリはいやらしく笑った。

 

跳躍するシオリ。流石に維持出来なくなり2種類の爆弾が消失した。

 

その代わり今までとは比較にならない爆弾の具現化がシオリの両手で完成していた。

 

「くくく、死ね!!」

 

「───!」

 

───視界を埋め尽くすような閃光と爆発。

 

爆発の影響で洞窟が揺れ、部屋が崩れ出していく。

 

視界を埋め尽くす煙と燃え上がる炎を見ながらシオリは周囲を確認する。

 

「(妖気が感じられない。この一撃で吹き飛んだのであればいいが、今まで攻撃を避け続けた相手だ。死体を確認するまでは……)」

 

むしろあの妖狐ならばこの状況を利用してこちらを仕留めにかかるだろう。シオリが逆の立場ならそうする。

 

そしてシオリの目の端で煙が動くのを感じた。

 

「そこか!」

 

手榴弾を具現化し投げつける。爆発は起こるが、手応えがない。

 

それどころか目で追うのがやっとなほど高速で動く物体がある。

通り過ぎた後、シオリの頭上には大量の葉が降り注いだ。

 

「(目眩しのつもりか!)」

 

彼女には遠距離攻撃でシオリを倒すような攻撃はなかった。であれば仕留める時は近接だろう。

煙と葉による二重の視界封じ。その対処にかかった瞬間を狙うはずだ。

 

故にシオリは我慢した。葉を爆発せず、飛び出してくるであろうリコを辛抱強く、しかし時間としては僅かな間待ったのだ。

 

そして煙が大きく動いた。

 

「捉えたぞ!」

 

現れた瞬間、即座に手の中で手榴弾を生成しぶつけた。確実に爆破したはずだった。

 

「岩盤!?」

 

それは爆破の影響で崩れた岩盤であった。そして次の瞬間、四方から岩盤が飛んでくる。

 

「(葉と岩盤を妖気でくっつけて縮めたのか!)」

 

頭上から降ってきた葉と岩盤を繋げて、時間差で縮ませてシオリを襲わせる。高速で動いていたのも、この下準備のためだった。

 

しかも最初の岩盤と違い、今度の岩盤はリコの妖気で強化されている。直撃すればダメージは確実に入る。回避も間に合わないタイミング。

 

ならば迎撃しかない!

 

周囲に爆弾を生成し、迎撃させ───

 

「あ、あ?」

 

シオリの首が熱くなった。それだけではない、視界も地面に落ちていき……

 

シオリが最後に見たのは、天井から妖気で逆さにぶら下がっているリコが血だらけの葉を振り抜いた光景であった。

 

 

☆☆☆

 

 

「あーしんど。死ぬかと思ったわぁ」

 

シオリの首を切り飛ばしたリコは地面に座り込んだ。

 

左腕と尻尾を完全に防御に回したせいで、左腕の感覚はほぼない状態。綺麗な尻尾も無惨なことになっていた。

 

もちろん直撃ならばそれでも死んでいたが、咄嗟に真後ろの壁に妖気をくっつけて下がるように縮ませたことでこの程度で済んだのだ。

 

その後は妖気を消して煙で視界が見えないことを確認した後、足から妖気を飛ばして壁に貼りつけ縮ませることにより高速移動。

 

頭上から撒いた葉に爆発で崩れた岩盤を妖気でくっつけて時間差攻撃。その攻撃の隙に天井からの本命の一撃。正直行き当たりばったりの攻防だった。

 

「運が悪かったら死んでましたわぁ。もーしばらく動けへん」

 

まさしく辛勝。間違いなく強敵だった。

リコはバッタリと地面に倒れ、体力と妖力の回復に努めた。シオリ以上の相手の那由多に備えて。

 

そしてシオリのコアを破壊しなかった理由も、幽助への手土産のためだった。

 

つづく




シオリ 
B級中位妖怪程度の実力を持つ魔法少女
外見のモデルはブルアカの錠前サオリ 中身は鴉を俗っぽく変態にした感じ

戦いは幽白の鴉戦、ヒソカvsゴトー戦の合わせた描写。なんでゴトーはあそこで死んだんや!
魔法少女の血を大量に必要ゲット!

今回一番頑張ったのは洞窟さん。爆破しまくっているけど、きっと不思議な力で崩れないから大丈夫!


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57話「それぞれの戦い(ミカン)です!」

今回の新キャラのイメージは陰の実力者になりたくて!のイータ


どすん、と大きな音を立てて尻が地面へ着地した。

 

「あーもう、何なのよ!」

 

お尻を痛めた少女───ミカンは魔法陣で強制移動させられたせいで被害を被り、思わず文句が出た。

 

「で、どこかしらここ」

 

辺りを見渡すとかなり明るい。機材もたくさんあり、よく分からない肉のような物体がケースからはみ出ていた。

 

はっきり言って気持ちが悪い空間である。ミカンは嫌な予感がしまくっていた。

 

「……あー、もう来たんだ」

 

少し離れたところから声が聞こえる。

 

椅子に座っていた気怠げなスタイルの良い美少女は、ミカンを見るなりボサついている紫の長い髪をかきあげた。

 

外見はただの美少女にしか見えない。ミカンと同い年くらいだろうか。

 

魔法陣で転移させられて現れたミカンに対し、敵意がほぼない。むしろ厄介ごとが来たといった態度である。

 

しかし彼女から感じる力は妖気である。妖気ならば人間でなく、魔族か魔族のハーフ、そのどちらかだ。

 

「(那由多って確か魔族を殺しまくっていたはずなのに、なんでこの子は無事なのかしら?)」

 

魔族を憎み、喰って糧にしている那由多が自分の手元に魔族であろう彼女を置いておく。

 

あの那由多が生かしたままにしておく理由があるのだろう。

 

「あんたが私の相手ってわけね」

 

とはいえ敵には変わりない。ミカンが尋ねると、少女は頭を数回掻いた。

 

「……やらなきゃダメ?」

 

「はぁ?」

 

白衣を着た少女からは面倒臭いという態度がありありと出ていた。流石にこの状況でそんな言葉が出てくると思わず、ミカンは思わず口に出してしまった。

 

ただその態度も罠かもしれないので、ミカンは即座に変身する。

 

臨戦体勢に入っているミカンに対し、少女はあー……と声に出しながら面倒臭そうに何度か頭を掻く。

 

「あんた、那由多の仲間じゃないの?随分余裕かますわね」

 

「……あんたじゃない。イク」

 

「あら、ごめんなさい。私はミカン。陽夏木ミカンよ」

 

名前を呼ばれるとイクはうんうん頷いた。どうも名前は気に入っているらしい。

 

「……仲間、だと思う」

 

「思う?」

 

「……イクは色んな物を作りたい。でもイクの作り出すものは理解できない人が多いって那由多が言ってた。理解してくれない人ばかりの中で、イク1人だけじゃ場所も確保できないだろうって。

だから那由多は場所も資金も材料も用意してくれた。なので見返りとしてイクは色々発明して協力した。それだけ」

 

「……なるほどね。天才発明家ってやつ?」

 

もう説明からして那由多の怪しさが爆発しているが、当の本人はあまり気にしてないようだ。ため息を吐きたい気分を抑えてミカンは褒めた。

 

「えっへん」

 

どうにもミカンにはイクが嘘を言っているようには見えなかった。話すのさえ面倒くさそうにした少女は、褒められると鼻を高くして喜ぶほど素直だからだ。

 

そしてイクは先ほどまで作業していた机の上の何かをチラチラ見ている。どうやら作業に戻りたいようだ。

 

ミカンは迷っていた。戦いを挑むのは簡単である。

 

那由多は強い……シャミ子との攻防を見ていれば感じ取れる。急いでシャミ子の元に駆けつけなければ、シャミ子にとって厳しい勝負となるだろう。

 

ここで戦闘を避けて先に進めば時間的には有利になるが、その場合はその後イクがどういう行動に出るか分からない。

 

もし戦闘を避けた後しばらくしてからイクが後方から仕掛けてきて、那由多とイクの挟み撃ちになった場合が一番厄介である。それだけは避けたかった。

 

那由多に騙されているっぽい、この少女を味方に引き抜くというのはどうだろう?発明が好きそうだし、環境とかを整えて、那由多より好条件を出せば引き抜けるかもしれない。

 

資金力……ミカンは実家が工場をやっているので金はある。桃も金持ちだ。シャミ子はダメ。リコやマスターもダメ。小倉は住所不定、幽助はそれ以前の問題。なのでダメ。

 

では研究室になる建物はどうだろうか?

桃の家は多分ダメ、嫌がりそう。 ばんだ壮はギリギリ大丈夫か?

 

材料は……分からん。

 

結論としては……ダメじゃね?そう思った。

 

「ちなみに何を発明したの?」

 

「……色々。油汚れを一瞬で落とす洗剤とか、飲み込むと鉄にみたいに固くなる鉄丸、水を剣にできる魔道具、魂を抜き取る玉とか、催眠ペンライトとか」

 

「那由多が持ってたペンライトと餓鬼玉を作ったのはあんたかい!」

 

大きな声を出したせいか、イクはビクッとしている。

 

このイクという少女、外見はかなり大人びているのにどうも先ほどから反応が子供っぽいなぁとミカンは感じていた。

 

下手をするとシャミ子の妹の良子より子供っぽく感じる。

 

「(なんかチグハグなのよねぇ)」

 

ここでイクを怒鳴りつけるのは簡単だ。なんてものを作り出したんだと。

 

しかし今現在イクはミカンの質問に答えてくれている。那由多から情報を得るより、イクから情報を得た方が信憑性がありそうだとミカンは感じ取っていた。

 

故に優しく接することにした

 

「ああ、ごめんなさい。大きな声出して。那由多のやつ、あなたの発明品を悪いことにしか使ってないわよ?」

 

「……【催眠ペンライト】は那由多が作れって言ったから作っただけ。アレは催眠能力を持っていた魔族の心臓を那由多が持ってきたから、それを使った。作るの簡単だったから、アレにはあんまり興味ない」

 

「そっかぁ……」

 

簡単?あれが?

 

効果も凄いが、今言った作るための材料も酷い。何で心臓使うんだよ、そこは脳じゃねーのかよとミカンは内心突っ込んだ。

 

当のイク本人は首を捻って「変なこと言ったかな」と呟いていた。

 

イクからすれば、あの程度の魔導具は簡単に作れるものだったのだろう。

 

魔族があんなもんを簡単に作れるなら、昔はもっと人間の被害が拡大していただろう。イク自身が魔導具の価値に気づいてないようだ。

 

「そう言えば、さっき魂吸い取れる玉……餓鬼玉を作ったって言ってたわね。

那由多がさっき邪神像から魔族の魂を抜き取ったって言ってたけど、あなたの発明した道具を使ったのかしら?」

 

通常、邪神像に封印された魔族の魂を解放するには魔族と別の存在……魔法少女の魔力を捧げる必要がある。だがその血は膨大な量が必要だ。

 

以前邪神像から喋れる程度に封印を解いただけでも桃の魔力は結構持っていかれた。

 

そのことを考えると相当量の血を捧げないと完全解放は不可能である。それこそ魔法少女が消滅するレベルで血を捧げる必要が。

 

しかし血なしで中身だけ抜かれるなんて技術があれば、大抵の封印術が無意味になってしまう。今後のためにも聞く必要があった。

 

「……うん。それはイクが作った餓鬼玉の効果のおかげ」

 

イクの懐から出した玉はガラスを何枚も細かく貼り付けたようなもので、見た目はともかく嫌な魔力を発していた。

 

「……ちょっとインテリアとしては派手ね。それでどうやって中身抜き取ったっていうのよ?」

 

「……接触するほど近づければ勝手に魂を抜き取れる。封印されてたらダメだけど、基本は魔力が強い相手には効かない」

 

ちょっと自慢気にしながら言った内容は割ととんでもなく、ミカンは眉が片方上がる。

 

「随分物作りが上手みたいね。でも悪用されたり無くしたら大変じゃない?」

 

「……うん。実は試作品を前に無くした。魂だけ食う鬼の魔族が悪用してたらしいけど、黒影が魔眼で見つけた時はもうその魔族は死んでたって」

 

「管理はしっかりしなきゃダメよ!」

 

「……うっかり」

 

「反省すればいいわ。それに悪用した魔族はそいつはシャミ子が倒したわ」

 

「……ふーん」

 

あまり誰々が倒したとか、そういったことには興味ないようだ。

 

「でもそれじゃ取り出せるのは魂だけでしょ?シャミ子の先祖は肉体があったわ。それはどうしたのよ?」

 

「……那由多が持ち運んできた魔族の死体を色々掛け合わせて作った。イクの計算だと巨大な魔力を収集させても耐えられるように改造してある」

 

「(本当にこの子、なんでも作れるみたいね……)」

 

恐らく多くの魔族の肉体を使ったのだろう。部屋の隅などにはぱっと見でも色んな種類の肉があることから、間違いないだろう。普通でなくても嫌悪感が先にくる研究内容だ。

 

「那由多の計画が実行されると、あんた……イクは研究出来なくなるけどそれはいい訳?」

 

かなり表情は分かりづらいが、あんたと呼ばれると顔を顰めて、イクと名前を呼ぶと嬉しそうにするので切り替えて呼ぶ。

 

尋ねた内容にイクはうーんうーんと唸った。実際のところ、本人もこの状況はあまり好ましくないようだ。

 

「(なんかこの子、子供っぽいのよね)」

 

名前だったり、作った物を否定しなかったりすると表情は分かりにくいが嬉しそうなのだ。

 

見た目に反してかなり子供だ。というより反応が素直すぎる。その癖作るものはかなりグロい物で、内面とかけ離れている。

 

そのことにミカンは強い違和感を持った。

 

しばらく唸って、イクは大きくため息をついた。

 

「研究出来なくなるのは嫌。でも他じゃできないし、居場所もない。だから那由多に従う」

 

「居場所がないなんて……」

 

「他の場所を知らない。だから那由多が戦えって言うのなら戦う」

 

イクの白衣がドロリと溶け、黒いボディスーツとなる。魔法少女の変身とはまた違う、着ている物自体に変化する能力があるらしい。

 

「スライムの魔族を応用して作ったスーツで【スライムスーツ】っていう。伸び縮みも自由自在」

 

こんな感じで、とこちらに向けた左手の指が急速に伸びる。

 

「ちょっと!きちんと研究内容を発表してからやりなさいよ!」

 

「……見せた方がわかりやすいと思った。それに説明してもほとんどの人間は分からないって那由多は言ってた」

 

5本の左手の指が異常に伸びて、まるで蛇のように迫り来る。しかしミカンは余裕を持って避ける。

 

「凄い避ける。じゃあ次はこれ」

 

空いている右手で腰のポケットからビー玉みたいなものを取り出したかと思いきや、光った瞬間変なバズーカっぽい何かが握られていた。

 

「【怨霊バズーカくん】こいつで浮遊霊をセット」

 

「ちょっと!イクってば浮遊霊って言った!?」

 

「ふぁいやー」

 

バズーカの後ろから浮遊霊をセット。そして引き金を引くことで骸骨の顔だけのような霊が結構な速度で飛んでくる。

 

ミカンが避けると、壁に着弾。数十cmの穴ができた。

 

「やめなさい!危ないし洞窟が崩れるでしょ!」

 

「でもせっかく作ったのに……」

 

子供か!とミカンは叫びそうになる。

 

これ以上付き合っているともっと厄介な物が出てきそうだ。

 

「いい加減に……」

 

ミカンはジグザグに走り、背後へ回り込む。

 

「しなさい!」

 

手刀で意識を刈り取る。そのために首の後ろを狙った。

 

だが突然首元部分のスライムスーツが針のように伸びる。

 

「なっ……!?」

 

ミカンは反応できず、細い針のようになったスーツに左肩を貫かれる。

 

「がぁ……!」

 

「……サンダー」

 

「きゃあぁあ!?」

 

刺された部分へ電撃を浴びせると、ミカンは悲鳴を上げる。

 

しばらく電撃を浴びせるとスライムスーツは元の形へ戻る。それに伴い、ミカンはうつ伏せで倒れ込んだ。

 

イクには絶好のチャンスである。しかしイクはしゃがみ込んでミカンの様子を見るだけだ。

 

「……手加減したけど、大丈夫?」

 

ミカンはギリっと歯を食いしばった。

 

馬鹿にされている!そう思い込んでも仕方ない一言だった。

 

しかし一向に次の攻撃が来ない。ミカンは前より強く違和感を覚えていた。

言葉の端に、いちいち那由多が……とつけることがおかしすぎる。

 

「……凄いわね、あなたは」

 

故に言葉で探りを入れる。自身の怒りを飲み込んで、違和感の正体を探るために。

 

気づいているのか気づいてないのか、イクは嬉しそうだった。

 

「……えっへん」

 

「……こんだけ色々作れるんだから、いっぱい褒めてくれる人は世の中にはいっぱいいるわ。

特に油汚れを一瞬で落とす洗剤なんて世紀の発明よ。

もっと外に出れば、イクは皆から凄いって言われるわ。こんな暗くて人がいない洞窟なんかじゃなくてね」

 

些かママ目線で発明品の良さを語っているが、嘘偽りない感想である。するとイクはわずかに寂しそうな表情を浮かべた。

 

「……ないよ。那由多以外に褒められたこと」

 

「は?」

 

それはないだろう、と否定しようにもイクの目はどこまでも濁りがなかった。

 

「イクが1人だったところを那由多が拾ってくれた。周りに誰もいなかったから、イクはついていった。

那由多が欲しいもの作れば褒めてくれた。他の時間はずっと研究出来た。でも見せるのは那由多以外じゃミカンが初めて」

 

ミカンは絶句した。那由多はここにイクを閉じ込めて、利用していたのだ。それを本人がおかしなことだと思ってない。

 

これだ、違和感の正体は。自身の状況について何も疑問に思ってない。

 

今までの会話も、那由多が言ったから正しいと信じ込んでいる。

 

「……いつから那由多と一緒にいるの?」

 

「6歳の頃から多分10年くらい。あんまり外出しないから分かんない」

 

ミカンたちと同世代であった。年齢で言えば親の言うことに反して色んなことをしたい時期だ。にも関わらず、那由多はイクをここに閉じ込めている。

 

ミカンは沸々と怒りが沸いてきた。

 

「小さい頃、誰か女の人や男の人が褒めてくれたりしなかった?」

 

「小さい頃……?」

 

あえてミカンは親という単語を使わなかった。もしかしたら本当に孤児かもしれないから。

 

それでも6歳まで、那由多に連れて行かれる前は誰かがそばにいたはずだ。

 

イクは唸っていた。思い出そうとしても、誰も思い出せない。

 

白くて大きい家にいたことは覚えている。何かのおもちゃで遊んでいたことも覚えている。誰かが本も読み聞かせてくれたことも覚えている。

 

ただ遊んでいた誰か、読み聞かせてくれた誰かが思い出せない。思い出せるのは那由多の顔だけ。それ以外は抜け落ちていた。

 

「あれ、なんで……」

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 

イクは頭を抱えて蹲った。何故ミカンに言われるまで考えなかったのだろうか?

 

何かを忘れていることすら、何故忘れていたのだろうか?

 

記憶を探ろうとも何も思い出せなかった。那由多と出会ってからのことは細かいことまで覚えているのに、それ以前のことがまるで思い出せなかった。

 

思い出すのは那由多との薄っぺらい記憶のみ。それ以外はまるで白いペンキで塗られたように思い出せなかった。

 

まるで綺麗さっぱり消されたかのように。

 

「な、なんで思い出せないの……!?なんでぇ……!?」

 

イクは泣いていた。頭が痛かった。思い出そうとしても、何も出てこない。

 

自分がひとりぼっちで白い部屋にいたことしか思い出せない。絶対に誰かが隣にいたことは覚えているのに、誰かがわからない。

 

ミカンはもう戦いが終わったと感じていた。ここにいるのは那由多の仲間ではない。大切な記憶を失った少女だった。

 

自暴自棄になって暴れる可能性だってある。ミカンはそれを承知で、イクを抱きしめた。

 

「ごめんね、辛いこと思い出させてごめんね……」

 

「───ッッ!!!」

 

 

☆☆☆

 

 

しばらくして落ち着いたイク。

 

イクから怪我をさせてしまってごめんなさいと謝罪され、イクがポケットから出したビンのドロリとした緑の液体をミカンの傷口に垂らすと、あっという間に治癒したのだ。

 

「あなた、本当に凄いわね」

 

「……再生能力の高い妖怪の細胞を応用した治癒剤。害はないから大丈夫。色んなの作ったうちの一つ」

 

彼女の研究は多岐に渡るらしい。確かにこれは那由多が手放したくない訳だ、とミカンは思った。

 

少しして落ち着いたイクに那由多たちがやってきたことや能力のことを話すと、イクはとても驚いていた(とは言っても表情は分かりづらいが)。

 

イクは研究に夢中で、知っていたのは大まかな計画だけだったらしい。

 

那由多や他の連中の能力どころか素性もよく知らない有様であった。

 

恐らくではあるが、イクの能力に目をつけて那由多が魔族である両親を殺した後、イクの記憶を奪って都合の良いように誘導したのだろうと話す。

 

イクはしばらく黙った後、ミカンを真っ直ぐ見つめる。

 

「……那由多に会いたい。本当のことを聞きたい」

 

「協力するわ。着いてきて!」

 

ミカンとイクは走り出した。那由多の元へ。

 

つづく






イクとまともにやり合うと、道具の多彩さでミカンは負けるルートだった。
いわゆる説得が分岐点というやつですね。
これはミカンママにしか出来ない芸当。桃ならやばかったかも

イク 
C級上位クラスの半妖。父は人間、母は魔族のハーフである。
研究や発明を始めると寝食を忘れて没頭するタイプ。そこは母親そっくり。
那由多もそこの部分はちょいちょい気を配って面倒を見ていた。

手間がかかる部分もあったので、そこが黒影は気に入らなかった様子。
発明していると満足するため、対人関係はほぼなく、コミニュケーション能力はかなり低い。

発明品は多岐に渡る。
油汚れを一瞬で落とす洗剤。鉄丸、閻水、餓鬼玉、催眠ペンライト、怨霊バズーカくん、スライムスーツ、治癒剤などである。他にも多々あり。


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58話「シャミ子VS那由多 1です!」

作者の力量が及ばず那由多の洗脳ラッシュでしたが、もうないよ!



3人が飛ばされてしまった後、対峙する私と那由多。

 

洞窟に来る前に公園で多少手合わせしましたが、那由多は強い。

スピード、パワー、テクニック、魔力

ありとあらゆるものが負けているので、今のままやっても勝ち目はないでしょう。

 

「このままじゃ無理ですね」

 

「?」

 

不思議そうにしている那由多の目の前で、私は両手首のリストバンドを外しました。

 

「光っている……?」

 

那由多の言う通り、リストバンドを外した私の手首はまるで光の手錠をはめているかのように光っています。

 

もう一方のリストバンドを外すと、お互いのリストバンドが手錠のように繋がっています。

 

これは妖力により縛られており、私の動きと妖気を制限している枷なのです。両足も両手と同じく枷を嵌めています。

 

「おお、呪霊錠か!すっかり忘れてたぜ!」

 

「浦飯さん……?」

 

思わず突っ込みたくなる浦飯さんの一言。あんたがやらせたんでしょうと言いたいですが、我慢です。

 

そう、私は今日の今までずーっと、ずーっと!呪霊錠をつけたまま生活し戦っていたのです!

 

以前ミカンさんの中にいた憑の戦いの時に一度外してますが、あの後すぐに浦飯さんに呪霊錠を再度つけられてしまいました。

 

そのため呪霊錠を外すのはその時の戦い以来です。

 

呪霊錠は動きと妖気を大幅に制限する代わりに、長く嵌めていれば嵌めているほど、パワーアップできるのです。

 

そして今回はかつてないほど長くつけていたため、そりゃもう期待できるでしょう。

 

今までこっちを見ているだけで手出ししてこなかった那由多は不愉快そうにしてます。

 

「今までそんなものをつけていたというのかい?あの公園で戦った時も?」

 

「ええ、その通りです!  ───(アンテ)!」

 

呪霊錠を開放するためのキーワードを口にすると、まるで満タンのガソリンに火をつけたかのように妖力が外へ溢れ出ます。

 

自分でもはっきりと分かるほどに何倍にも妖力が膨れ上がったのを感じました。

 

この高揚感は思わず笑みを浮かべたくなるほどのもので、那由多は面白くないようでした。

 

「すごい、今までとは比較にならないほどパワーアップしているよシャミ子ちゃん!」

 

「へへ、ギリギリまでハンデつけるなんてやるじゃねぇかシャミ子!」

 

小倉さんと浦飯さんの少し興奮したかのような声に、那由多は忌々しそうに口を開きます。

 

「なるほど、ハンデをつけて戦っていたのか……呆れたやつだ」

 

「驚いたようですね」

 

「ああ、ビックリしたよ。その呪霊錠とやらをつけて妖力を抑えたままでぼくに勝つつもりだったのかとね」

 

「そーですね。流石に呪霊錠をつけたままじゃ無理でした」

 

正直に話すと、那由多は笑いました。

 

「ぼくを試したつもりか……随分とぼくも舐められたもんだねぇ」

 

那由多は少し腰を落とし、右手を前にして構えをとります。侵食するように魔力が増大していきます。まるで触手が伸びて来るような不気味さです。

 

「来い。試しているのはどっちか教えてあげるよ」

 

私がほんの少しだけ前に出している右足を動かすと、那由多はそれに合わせて右手を少し下げます。

 

以前の手合わせで技術はあちらが上。それ以外では大きな差はなかった。だがそれは呪霊錠をつけている前提での話。

 

呪霊錠を外し妖力がパワーアップしたということは技術以外の基本ステータスが著しく向上したということ。ならば技術以外の優っている点で攻める他ありません。

 

なので攻めて攻めて攻めまくる!つまりはいつも通り!

 

「シッ!」

 

方針を決めた私は一気に飛び込みました。那由多はしっかりこっちを睨みつけています。

 

「オラァ!」

 

右拳を繰り出し、那由多は捌くのではなく左腕で受け止めました。

 

「む!」

 

拳の威力を殺しきれなかったのか、地面に引きずった足跡を作りながら後退する那由多。

 

懐に飛び込んで私は今度は右、左と拳を連続でマシンガンのように繰り出します。

 

今度は捌いて避ける那由多。何度か繰り返すと、捌ききれずに那由多の左頬を拳が掠め血が僅かに出ます。

 

「フッ!」

 

イラついたように表情を変えた那由多は右ストレートで反撃。つい攻め気を出しすぎた私は、ギリギリのところで受け止め後退しました。

 

受け止めた左手は少し痺れますが、すぐ治ります。それよりも那由多の表情の変化の方が嬉しかったです。

 

ようやく少し余裕のない苛立ちを引き出すことが出来たのですから。

 

「ふふん」

 

那由多は左頬の傷を触って、手についた血を少し見てました。

 

「随分得意気じゃないか。ほんの少し傷つけたのがそんなに嬉しいかい?」

 

「すっごい嬉しいですね!散々イライラさせられたから、なおのことです!」

 

「父親とは桁違いの戦闘能力だね。師匠が違うとこれほどとは」

 

チラリと邪神像の方を見る那由多。私の師匠が浦飯さんだということは知っているようです。

そして何気にお父さんのバトルスタイルは初めて聞きます。どうやら接近戦タイプではないようですが……。

 

「父親の方は杖を振り回して桜ちゃんの後ろでチマチマ援護してた鬱陶しい魔族だったよ。まぁ能力以外は大したことないやつだったが」

 

なるほど、お父さんは援護タイプだったようです。しかし杖とは私が持っている、我が家に受け継がれる名称不明の杖のことでしょうか?

 

どうやらお父さんは那由多の戦いの時に落として紛失していたようです。

 

「そーゆー割には親父さんの方も仕留め損なってんじゃねーか。えぇ?」

 

「桜ちゃんはそれはもう強かったからね。正直タイマンでやりたかったくらいさ……楽しい時間だったよ。だから余計にあの魔族が鬱陶しくてね」

 

浦飯さんが煽っても意に介さず、懐かしさを感じているにしてはやけにねっとりとした言い方をする那由多。なんかこう、桜さんに関しては普通じゃないような態度です。

 

「だからお前を殺して桜ちゃんを解放してあげるのさ。ふふっ」

 

ドキリとしました。私たちでさえ私の中に入り込まなければ分からなかった桜さんの居場所をなぜ知っているのか?思わず尋ねてしまいました。

 

「知ってたんですか、私の中に桜さんがいるってことを!?」

 

「いや、カマをかけただけさ。……本当にお前の中にいるとはね」

 

「うぬぬ……」

 

「バカシャミ子!余計なこと言ってんじゃねー!」

 

つい桜さんの居場所を答えてしまい、浦飯さんに怒鳴られてしまいました。だって戦っている時に知っているよムーブかましてくるんですもん、まさか引っ掛けてくるなんて思わないじゃないですか。

 

「素直すぎるな。扱いやすくて困る……ふふふ」

 

那由多は私の反応を見て笑ってました。今までの笑い方ではなく、素直に笑っている感じです。でもバレてしまったのは誤算でした。

 

「内側から桜ちゃんが支えている状態とくれば……理由は死にそうだったお前を生かすためかい?」

 

当たりだろう?と言ってくる那由多の問いに頷きました。

 

「……その通りです。一族の呪いで死にそうだった私を生かすために桜さんが内側で支えてます」

 

私の答えに那由多は額に手を当てて思い切りため息を吐きました。心底理解できない……そんな態度でした。

 

「……しかし理解できないね、こんな魔族を生かすために自分を犠牲にするなんて。

まぁ確かにお前たちの能力は上手く使えば支配には困らないがね」

 

「人を道具のように言うな!」

 

「だが事実だろう?この先祖の魔族は権力者に利用され、お前の父親も桜ちゃんに協力という形でこの街の桜ちゃんの支配に手を貸していた。

知っているんじゃないか?桃ちゃんのかつての記憶を消したのはお前の父親だってことを」

 

この街の管理をしていたのは桜さんです。そういう意味ではご先祖もお父さんも支配に手を貸していた魔族となるのでしょう。

 

そして桃の記憶から桜さんの思い出をお父さんが消していたことも知ってます。

 

しかしそれは桜さんがいなくなっても桃が寂しくないように考えたからこその記憶消去であって、悪意があってやったわけではありません。

 

「それは……」

 

「だがボクは桜ちゃんみたいにこんな街……狭い飼育小屋で満足する気はない。

先祖の能力を使えば全てを手にすることができる。

分かるかい?もっとスケールの大きい話さ」

 

桃のためにやったことだ、と反論する前に那由多は畳み掛けてきた。

 

違うと言いたかった。桜さんはあくまで桃のことを考えて記憶をいじったのだと。お前のように全てを1つにするようなものじゃないと。

 

口を挟もうとしても、那由多は挟ませず喋り続けました。

 

「道具は使いようだよ……そして使い手たるこのボクは全てを救うのさ」

 

言いたいことを言って、人の話を聞こうともしない。挙句の果てには全てを救う?

 

それを聞いて私の怒りは頂点を超え───プチっと血管が切れる音がしました。気づいた時には私は那由多の左に回り込んで殴り飛ばしていました。

 

「(速い!)」

 

転がる那由多。土煙が上がる中、私は唾を吐き捨てました。

 

「色んな人間や魔族を不幸にしといて何が救うですか。

寝言は寝て言えってんですよ!」

 

「よっしゃ、クリーンヒットだぜ!いいぞシャミ子!」

 

「気づいたら那由多が吹っ飛んでた……」

 

浦飯さんと小倉さんの言葉をバックに、ゆらりと立ち上がる那由多。殴られた割にはどこか嬉しそうでした。

 

「桜さんやお父さんは桃の将来を気にして記憶をいじった!お前のようにただ奪って糧にしているのとは訳が違う!人の話を聞けー!」

 

ビシリ、と指を向けると、那由多はゆらりと立ち上がりました。

 

「……お前は感情でガラリと戦闘能力が変わるタイプみたいだね。嫌いなタイプだよ。

喋っている内容もね」

 

だが目の奥は凄まじい殺気。思わずブルリとするレベルです。

 

真っ直ぐ立った那由多は、右拳を作り、親指を指の中へ隠しました。一体何をやっているのか───

 

「がっ!?」

 

おでこへの衝撃。吹っ飛んだ私は地面を転がって数mで止まります。そしてすぐさま立ち上がりました。

 

「(今、何をされた!? 那由多は親指を弾いたようにしか見えませんでしたが……)」

 

だが魔力が飛んできたわけではない。右拳が伸びてきたわけでもない。未経験の攻撃だった。

 

いや待て。この攻撃は以前見たことがある。桃がかつて那由多と対峙した時、腕を失った時の攻撃と同じだ!

 

あの時も指を弾いて木や地面に穴を開けていた。魔力弾ではないのにだ。

 

あの時は何をやっているかよく分かりませんでしたが、パワーアップした今であれば分かります!

 

「指弾……指を弾くことでできる空気の塊を弾丸みたいに飛ばしてるんだな!そうだろう!」

 

「ご名答。ならどんどんいくよ」

 

「くそ!」

 

私は妖気を両拳に集中させます。それにより拳は赤く光って、やつの指弾に対抗できるようにします。

 

正解を導き出した途端、やつは絶えず右親指を弾く。指が残像を作るほどあまりに速くて見えないほどでした。

 

絶えず発射される指弾はまるでマシンガン。それを両拳で弾く私。多少正確ではない照準は逆に弾く手間を増やしてくる。

 

「あの野郎、戸愚呂みてーな真似しやがって!」

 

「(一発一発が重い!これじゃ受けてるだけで体力が減っていきますよ!)」

 

「よく弾く……それじゃ左手も追加だ」

 

「ちょっ、ふざけっ!?」

 

左手の親指も追加してきて、さながら那由多の両手はマシンガン状態。本当に捌くので精一杯です。

 

「まともに受けるなシャミ子!体力切れになっちまうぞ!」

 

「クソッタレ!」

 

浦飯さんの言う通り、受けに回ったままでは体力切れで負ける。そう感じ取った私は弾きつつ横に移動し、間合いを詰める。

 

「くらえー!」

 

弾幕を潜り抜け、右ストレートを繰り出す。

 

パン、と軽い音と共に那由多の左腕で右拳が逸らされる。

 

「がぁ……!」

 

そしてほぼ同時に、那由多の膝が私の腹に直撃しました。

腹を蹴られ息が強制的に吐き出されてしまう私を、さらに蹴飛ばす那由多。そこへ追撃の指弾が襲う。

 

「うわぁー!?」

 

「「シャミ子」ちゃん!」

 

土煙が上がり、その土煙が晴れる頃ようやく私は立ち上がりました。

 

私の妖力が上がっているおかげか、防御面でもパワーアップしているため指弾のダメージはあまり大きくなかったです。しかし弾幕を潜り抜けた先であれほど完璧に捌かれた精神的ダメージの方が大きかったのです。

 

「へへん、指弾も大したことないですね!」

 

動揺を悟られないように煽るようなセリフを吐きます。だが那由多は意に介さず、指を向けてきました。

 

「ふふ、中々タフだな。だがお前にはいくつか欠点がある」

 

「何ぃ!?」

 

「まず……お前の攻撃は非常に直線的だ。と言うより、対人技術が低い」

 

「それがなんだって言うんですか!」

 

「酷く攻撃を予測しやすいと言うことさ。だから攻撃を捌くのは簡単だ。

確かに呪霊錠とやらを開放して妖力は遥かに上昇したが、技術的なところは何も変わってない。

単純に実戦経験が少ないと見た」

 

「その割にはシャミ子から何発かもらってんじゃねーかコラ!」

 

実戦経験が少ないと言われドキリとしましたが、その不安を打ち消すように浦飯さんがフォローしてくれました。

そうです。全く通用してないわけじゃない!

 

「確かに、そこはボクのミスだな。反省しよう」

 

言い方が本当にムカつく奴ですね。普段生徒に対してネチネチ説教してくるのに、授業中生徒にミスを指摘されると「チッ、こいつイチイチウッセーな」と内心思いながら修正してる嫌味な先生にしか聞こえません。

 

「なので指弾をパワーアップさせよう」

 

「なぬ?」

 

那由多の両手が光る。魔力を集中させている証拠だ。那由多は先ほどのように両拳を作り、親指を隠すようにする。

 

だが今までと違うのは、親指の前に小さい魔力弾が作られていることだった。

 

「避けろシャミ子ー!」

 

「トォ!」

 

浦飯さんの声に咄嗟に反応。横っとびで避けた私の横を通り過ぎた魔力弾は指弾以上の威力で爆発したのです。

 

これはさっきみたいに受けてはいけない類です。しかも連射できるのであれば尚更危険!

 

「魔指弾とでも名付けようかな?さ、どんどんいくよ」

 

「くそー!」

 

マシンガンのように繰り出される魔指弾。その威力は指弾より上で、立ったまま弾く選択をしていればあっという間に爆発に飲まれてしまうことでしょう。

 

回避を最優先。先ほどと同様、接近戦に持ち込むしかない。

 

「そう、お前にはその選択肢しかない」

 

「このぉ!」

 

右をフェイントにして左拳での攻撃。それも右手で捌かれ那由多の掌底が顎に入る。

 

「魔指弾を避けた後では体勢は不十分」

 

ぐらりときましたが、私は腹に右回し蹴りを出す

 

「故に次の行動が読みやすい」

 

掬い上げるように逸らされた足。そのせいで胴体がガラ空きになり、やつのストレートがまともに入った。

 

転がる私。魔指弾の追撃はなく、那由多は私を見下ろしているだけ。

 

咳き込んで反応を返せない。あれだけ魔力を連射したはずなのに、那由多の魔力はほんの少ししか減ってない。

 

「妖力が上がろうとも、差は縮まらないと言うことさ」

 

忌々しいまでに、那由多は自信たっぷりでした。

 

つづく




那由多はいわゆる射撃で格闘拒否できるのに、本人の接近戦が強いというキャラ。格ゲーだったら間違いなくクソキャラ。
でもゲームじゃないからしょうがないね。

ちなみに先祖と杏里はずっと意識がない状態。小倉はもうほとんど目で追えないのでツッコミすらできない状態。

呪霊錠ありシャミ子 B級下位ー中位妖怪

呪霊錠開放後シャミ子 B級上位妖怪 

戦闘経験は高校生になってから戦い始めたので1年未満……どころか8ヶ月くらいなのでかなり低い(これは百戦錬磨の相手から見ての感想、普通だったら問題ないレベル)
師匠も喧嘩殺法なので技術が足りんのです。

那由多誰何 
今の戦っている実力はA級下位妖怪くらい。
戦闘経験豊富だが、割と侮ったり爪が甘い。
原作でも小さな桃にせっかく集めた魔力を霧散させられてしまっているし、街であんな違和感しか抱けない行動を取るのは自分が負けないと信じているから。
この作品では洗脳ばっかりするキャラになってしまった。しかし戦えば大体のキャラに正面で勝てる性能にしているつもり。


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59話「シャミ子VS那由多 2です!」

分かりやすいパワーアップって少年漫画の魅力ですよね。


再度魔指弾潜り抜けるが、待っていたのは那由多の強烈な反撃。

 

私の蹴りは逸らされ、返ってくるのは指での突き。

 

「数え貫手!4、3、2───1!」

 

突き出した指が4本、3本と減っていき、それぞれ別の力を込めた一撃が襲ってきます。最終的に捻るような人差し指による1本突きがガードの上から突き刺さり、私は吹き飛びます。

 

「ぐわぁ!」

 

「シャミ子ちゃん!?」

 

「野郎、変な技ばっかり使いやがって!」

 

ゴロゴロと転がる私を見て、那由多はニヤつきながら上から見下ろします。

 

「これはちょっと変わった貫手でね、それぞれ違う力を込めた突きを繰り出して最終的には防御をブチ破る技なんだが……結構防御が固いじゃないか」

 

あまりにも上から目線で忌々しい限りですが、やられているのは事実。

 

せっかく魔指弾を潜り抜けても、接近戦の技量が思い切り負けているのでマトモな一撃が入りません。

 

どうしようと一度考え出すと、それで頭が一杯になるケースは皆さんあるでしょうか?

今の私がそうです。遠距離も近距離も封殺されている状況。

 

遠距離は霊丸がありますが、この距離じゃ撃っても避けられるでしょう。

近距離は先ほどから何度も返り討ちにされています。

 

浦飯さんと入れ替われば勝てそうですが、あの結界を破る間に殺されるでしょう。

 

まさしく八方塞がりの状況です。一体どうすればいいんでしょうか……。

 

「シャミ子ー!仙水の時のオレのやり方だー!」

 

浦飯さんがそう叫びます。仙水との戦いは細かく聞いてます。確かその時も遠距離技で苦しめられたって言ってましたっけ……。

 

「あ、そうか!」

 

そこで私は一つ思いつきました。ちょっとアレンジを加えますが、これなら行けそうです。

 

「ふふ、師弟で相談かい?もう少し待とうか?」

 

「それは必要ないです!今から私の反撃です!」

 

左の手のひらを右拳で叩くと、足を開いて右拳を引いて構えを取ります。そして妖気を右拳に集中させます。

 

「ほう」

 

那由多が魔指弾の構えを取るよりも速く、私は正拳突きのように右拳を繰り出します。

 

「くらえー!ショットガン!」

 

那由多の視界を覆い尽くすほどの散弾銃のような赤い妖気弾を右拳から放ちます。

ここで重要なのは那由多の手前の地面への攻撃を多くすること。もちろん那由多にも多く攻撃を加えます。

 

「ボクと似たような技だが、収束率が低いな!」

 

那由多は魔指弾を撃つ用だった拳への魔力をそのまま防御として用いて、直撃コースのショットガンを撃ち落とします。

 

那由多の言う通り、ショットガンの全てを攻撃目標に当てるのは結構難しい。

 

なので今回は何割かは外れ、那由多は自身へ当たるものは全て撃ち落としました。

 

そのためショットガンは全て壁や地面に当たったことになります。一見するとただの無駄撃ちですが、私の狙いはここです。

 

「土煙が……!?」

 

ショットガンによる土煙。これに紛れて撃ち終わりと同時に妖気を完全に絶って移動。

 

そしてショットガンにより破壊された地面からできた瓦礫を那由多の頭上へ放り投げる!

 

「上か!」

 

「下ですよ」

 

左アッパーと【尻尾】を同時に繰り出す。もちろん那由多の反応速度なら捌くのが間に合うはず。

 

読み通り、那由多は左腕で私の攻撃を捌こうとしました。

そして私の【尻尾】を捌こうとした那由多の左腕と攻撃した私の左腕を巻き込むようにグルグル巻きにします。

 

「尻尾だと!?」

 

捌かれて攻撃が当たらないのであれば、腕同士を繋いで捌けないような状況にすればいい!かつて浦飯さんが仙水と自分の腕をボロTシャツで繋げたのを、尻尾で代用です!

 

「最初からこれが狙いだったというのか!?」

 

「ようやく捕まえました……これで捌かれないでボコせるんですよぉー! くらえー!」

 

妖気を集中させた右拳の全力で鳩尾を殴る!

 

「グォ!?」

 

ようやくクリーンヒットした拳の衝撃で浮き上がった那由多の体と共に私も浮き上がり、地面へ叩きつける。この際、相手の足で反撃されないように馬乗りです。

 

ようやく巡ってきたチャンス。ここで決めなければ!

 

「オラァ!」

 

妖気で赤く光る右拳を那由多の顔面へ振り下ろします。拳を顔面に受けた那由多の後頭部は地面へと激突し、地面が蜘蛛の巣状にひび割れます。

 

「オラオラオラオラオラー!」

 

あとはもうひたすら全力で顔面を殴り続けます。那由多の頬やこめかみ、顔のありとあらゆるところをひたすら殴ります。

 

「ゲッ、ガッ、グオぉ!」

 

「すごい!シャミ子ちゃんの拳がまるで弾幕みたいだよぉ!」

 

「休むなシャミ子、そのままぶっ殺せー!」

 

「オラオラ、もう一丁ぉ!」

 

小倉さんや浦飯さんの声援を背にし、私はさらに妖気を拳に込めようと振り上げた時……那由多のおさげでまとまっている髪がまるで鞭のように私の目に襲いかかったのです。

 

目と目の間に叩きつけられる那由多の髪。大したダメージじゃないはずなのに、涙が出そうになって攻撃が一瞬途切れます。

 

「シッ!」

 

そして私の鼻の下……人中を握った人差し指の第2関節で叩いてきました。一瞬呼吸が止まり、緩む尻尾。

 

即座に私も反撃し那由多の頬を殴りますが、那由多は構わず私の首元の布を掴んで投げ飛ばしました。

 

緩んだ尻尾のせいで腕が離れてしまい、離れた場所に着地した私。

距離が空いてしまった那由多を見ると、以前よりも顔面から多く血を流しており、ひどくこちらを睨みつけていました。

 

「やってくれたな……!」

 

那由多は言い終わると同時にまた魔指弾の構えを取ります。本来であれば迂回しながら接近するのが正解なのでしょうが、前とは違い今は私が押している状況。

 

なら攻め切る!

 

「うおりゃー!」

 

「こいつ、真っ直ぐ突っ込んで来るとは!」

 

私は魔指弾を弾きながら真っ直ぐ接近しました。

 

それでも弾けないものもあり、魔指弾が体に何発か当たり爆発します。痛みがビリビリと感じます。

 

しかし魔指弾は指弾よりダメージが高いですが、耐えきれないほどじゃありません。

 

「痛くないですー!一発一発はもう慣れました!」

 

拳で弾けなかった魔指弾は、体に当たる瞬間妖気を集中させれば大して痛くないのです。いや、痛いですけど気合いを入れて我慢です!

あまりの脳筋戦法に、那由多はひどく不快そうでした。

 

「単細胞が……!」

 

「オラァ!」

 

再び接近し、拳でのラッシュ。無論そのままでは捌かれてしまいますが、時折足元へ尻尾を伸ばして引っ掛けようと試みます。

 

「鬱陶しい……!」

 

流石に引っ掛かりはしませんが、注意は逸れるので簡単に反撃は喰らわないようになりました。

 

私の拳が鳩尾に入って、その次は那由多のアッパーが私の顎に決まる。

後ろに仰け反る私に、さらに攻撃を加えようとする那由多。

 

「てぇい!」

 

そこへ頭突きを浴びせました。身長の関係で那由多の鼻に直撃。

 

「オラァ!」

 

体勢が崩れたところに、渾身の右拳を奴の頬に入れて吹き飛んだと思った瞬間、私の顎に衝撃が走る。

 

那由多は吹き飛ばされた瞬間、私の顎へ蹴りを入れてきたのです。

 

お互いに吹き飛び、しかし復帰が早かったのは那由多。私が着地した頃には既に目の前に迫っており、拳を振り上げてました。

 

「くぉ!?」

 

咄嗟に宙へ飛んだ私の横に逸れた拳は地面へ突き刺さり、洞窟を揺らします。

 

拳の衝撃で地面には十数mの大きな穴ができ、土煙と瓦礫が舞い上がり、衝撃と共に私たちは宙に飛びました。

 

お互い飛び上がった周りは土煙と瓦礫でお互いの位置を視認しづらい状況が出来ており、またとない攻撃のチャンス。

 

私は極力妖力を抑えて空中に浮かんだ瓦礫を足場にして蹴ります。

 

そしてまた別の瓦礫、瓦礫といくつか移動し、奴の後方を取れるように逆さまになって落ちるような状態になりました。そして霊丸の構えを取ります。

 

「そこか!」

 

後ろを取れたといっても、やはり土煙が動いていれば場所も分かってしまいます。那由多が私を発見した瞬間、奴の魔指弾が発射されました。

 

読み通り、この状況下では魔指弾で攻撃してくるだろうと思ってました。

 

魔指弾の威力は強力です。しかし一発では大きなダメージにはならない。あくまで手数が必要な攻撃です。

 

だが今なら連射する前にこっちの全力の一発を叩き込める!

 

「霊丸!」

 

逆さになった状態から霊丸を発射します。

 

一発だけ発射されていた魔指弾を飲み込み、那由多の体を飲み込む大きさの霊丸がクリーンヒットしました。

 

「うおぉぉお!?」

 

私が地面に着地する頃には、既に那由多は霊丸と共に入り口や大きな木とは別方向の壁へ激突し、そのまま壁を壊しながら突き進んでいきました。

 

「おっしゃあ!クリーンヒットだぜ!」

 

霊丸が壁を突き進むことで洞窟が揺れます。

 

霊丸でできた穴は奥が見えないほど暗く、しばらくしてようやく揺れが治りました。

 

「はぁ、はぁ、はぁ………こ、これで倒せたんでしょうか……どう思いますか浦飯さん?」

 

疲れて座りたいのを我慢して、膝に手をつけている私が尋ねると、浦飯さんはうーんと悩んでいます。

 

「あの霊丸は魔指弾を一発弾いたせいで多少威力が下がったはず……だが完璧に捉えたし、防御も間に合わなかったはずだ」

 

「それじゃあ勝ったんですね!」

 

浦飯さんのコメントに喜ぶ小倉さん。しかし浦飯さんは唸ってました。

 

「だが奴の魔力はまだ感じるぜ」

 

「決められませんでしたか……」

 

私もうっすらですが奴の魔力を感じます。魔力が感じられるということはまだ生きているということ。長距離攻撃があるかもしれませんから、油断せず構えておきましょう。

 

「で、でもあんなにすごい霊丸だったんだよ?大して効いてないなんてあるわけないよぉ」

 

「……だといいがな」

 

小倉さんは信じられないようですが、正直私も決まっていて欲しかったし、できればすごいダメージだと嬉しいです。

 

しばらくすると足音が霊丸でできた穴から聞こえてきました。

 

できた穴の入り口に手が添えられ、ヌッと穴から出てきた那由多。

 

「効いたよ……やるじゃないかシャミ子」

 

服がボロボロになり、あちこち焼けた痕ができてました。結構ダメージを与えることはできたみたいですが、不気味さは余計強くなっていました。

 

そして何故か急に私のことを名前で呼んできました。今までお前とかツノの魔族だったのに。

 

「へん!随分ボロボロですね!降参するなら今のうちですよ!」

 

霊丸は効いている。しかし残り2発をどう決めるか、と言われるとまるで作戦プランがありません。今までだって当てるのに一苦労どころじゃなかったし、同じ手は通じない。

 

正直どうしたらいいんだろうという気持ちでいっぱいなのを誤魔化すために、つい口から強気な発言が出てきてしまいました。

 

「いや……本当に思った以上に強い。素直にそう思う」

 

「今更褒めたって遅いんですよ!」

 

何故だろう、足が震えそうになる。那由多の見た目に変化があったわけでもなく、魔力は最初より減っているはず。ダメージはあちらの方が上だ。

 

なのに何故か津波が来ると分かっていながら海辺に立つような怖さを体が感じていました。

 

「ふふふふふふ……あははははは!」

 

突然笑い始めた那由多。頭がおかしくなったのか?そう思い身構えていると、空気が震えました。

 

───そして那由多が洞窟内で爆発したように発光しました。

 

「うわー!?」

 

「「ぬわー!?」」

 

光と共に衝撃が私の体を打ち、吹き飛ばされるのをなんとか堪えました。浦飯さんと小倉さんも突然の発光に目が眩んだようです。

 

腕でガードしていた私は顔を上げて那由多の方を見ると驚きました。

 

「な、なんですかそれは……!?」

 

今までとは桁違いの魔力が那由多から溢れ出てました。何倍どころではない、それこそ比較すらできないほどのパワーアップでした。

 

その溢れ出る魔力が那由多の服を修復し、元通りにしていました。服だけでなく、焼けた痕も治っています。

 

「テメェ……今まで手ェ抜いて戦ってやがったな!」

 

浦飯さんは私が考えたくなかった事実を指摘し、那由多は笑いました。小倉さんはあまりの魔力の圧迫感に気絶しています。

 

「その通り、君と同じさシャミ子。ぼくも普段魔力を制限して生きているのさ……そうじゃないと窮屈でね」

 

溢れ出る魔力が洞窟内をキラキラと満たしており、私を圧迫してました。攻撃してきてないのに、私は圧迫感で膝をつきそうになるのをかろうじて堪えてました。

 

「きゅ、窮屈?」

 

「私は魔族が嫌いだが、動物や植物なんかは好きでね。だがフルパワーのままだと自然に悪影響を与えてしまう。自然を大切にしたいんだよ、私は」

 

───目の前に那由多が現れました。

 

腹を殴られた、と認識した時には私は壁まで吹っ飛んでいました。

 

「シャミ子ー!?」

 

壁にぶつかり、地面へと落ちる私。

 

「ボェ、ガハッ」

 

胃から上がってきた血が口でいっぱいになり、そのまま口から溢れ出ました。あまりの痛みで蹲ることしかできません。

 

「それにこの状態だと戦わずに魔族が逃げていくだろう?そうなると計画に支障が出てくるんだ。

実力を抑えた方がアホな魔族がノコノコ近づいてきたり、勝手に侮ってきたり何かと都合がいいのさ」

 

「ガ、ガハッ」

 

「ふざけやがって!オレが相手をしてやるからさっさと出しやがれ!」

 

お腹が痛すぎて、会話があまり頭に入ってきません。それでも浦飯さんが何かに怒っていることだけは聞こえました。

 

「嫌だね」

 

「何だとォ……!?」

 

「もし君とシャミ子が入れ替わって、君が戦わずに逃げてどこかに潜伏したら探すのが面倒だろう?計画の邪魔はされたくないからね」

 

「テメェは……!」

 

「う、浦飯さんは逃げませんよ……」

 

フラフラとゆっくり立ち上がって那由多の言うことを否定すると、2人とも驚いたような表情をしてました。

 

「シャミ子、お前……!」

 

「ふふ……中々の信頼関係じゃないか。だからこそ、自分と弟子の命惜しさに逃げ出すと考えないのかい?」

 

「これは私の喧嘩です……あいにく喧嘩で逃げ出すような教えは受けてないんですよ!」

 

「喧嘩ねぇ……」

 

全力。もうそれしか私に残された手段はないでしょう。

 

さっきの一撃で分かりました。相手の実力からして、この狭い洞窟から逃げ切れるとは思えませんし、皆を置いて逃げるなんて私にはできない。そして相手の実力からもやらせてくれないでしょう。

 

全ての妖気を搾り出して、私は那由多に飛び込んで行きました。

 

「うあぁぁぁ!」

 

何度も何度も何度も全力で殴りつけます。だが那由多の体どころか魔力に拳が阻まれ、奴を1mmも動かすことができません。それどころか、殴っている方の拳が傷ついて血が出ています。

 

「よく頑張ったが……無駄だね」

 

左腕を振りかぶった瞬間、那由多の右拳が私の左腕を打ちつけ、嫌な音が出ました。

 

「うわぁ!!」

 

転がる私。左腕の殴られた部分が激しく内出血しており、折れたように感じました。

 

「く、くそぉ……!」

 

目の前だけど、私は右人差し指に妖気を集め、霊丸の準備をします。殴っても通用しないなら、もうこれしかない……!

 

「全力で撃ってきなよ。ラストチャンスだよ?」

 

そんな私に、なんて事ないように提案してくる那由多。

 

心底腹が立ち、感情のまま霊丸の構えを取りました。

 

「舐めんなぁ!!」

 

1mあるかないかという至近距離での霊丸。今度は魔指弾による威力減衰もない、正真正銘の直撃です。

 

霊丸による爆発で煙が舞い上がりました。

 

煙が段々と晴れていくと、那由多は全く変わらずに立っていました。

 

「……気は済んだかい?」

 

無傷……?!と思った次の瞬間、顔を殴られ壁に激突してました。

ズルズルと地面に崩れた私は、頭の中がグラグラして、吐いてしまいました。

 

気を失わずに意識を保とうとすることが、今の私にできることの全てでした。

 

つづく






那由多誰何
A級下位→S級下位にパワーアップ。本気ともいう。
具体的には仙水(聖光気)と互角。


何?シャミ子は1年も修行してないのにレベル上がりすぎだって?

幽助は半年で暗黒武術界優勝していて、戸愚呂と互角くらいだから妖怪で言えばB級上位クラス。
半年で修行したのは幻海ばーさんのところで乱童の後に半月、武術会前に2ヶ月なので修行時間は実質2ヶ月半ほど!あとは実戦ばっかり!

酎たちも半年ぐらいでC〜B級からS級妖怪まで上がっているから、シャミ子の成長速度はむしろ遅い方かも。

展開が早いと感じるかもしれませんが、戦闘シーンが難しくて盛れないんです……!


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60話「シャミ子VS那由多 3 そして……」

新年度スタートですね。環境が変化する皆さんは、決して無理せずいきましょう。
嫌だったら辞めちゃえばいいじゃん精神で行くと気が楽です。私はできなかったのでアレですけど(n敗


「さてと。トドメだね」

 

カツン、カツンと靴が近づく音が聞こえるたび、私の体は震えてました。

 

明確な死。それが近づいてくる。

 

左手で首を掴まれ、宙吊りになる私。ダメージと酸欠で視界がグラグラしてよく分かりませんが、那由多は笑っているような気がします。

 

「やめやがれ!殺すぞテメー!」

 

「口では何とでも言えるからね。じっくり見ているといい、凶悪な能力を持つ魔族が殺されるところをね」

 

那由多の右手に魔力が集まっていくのを感じる。

 

───このまま死ぬ?何もできていないのに?

 

そう思ったら自然と尻尾が動き、奴の目に向かって伸びてました。

 

ぱしん、と魔力の壁に阻まれ情けない音を立てる尻尾。次の瞬間、那由多は首を絞める力を強めました。

 

「本当に魔族は悪あがきが好きだね。この街の魔族は皆そうだったよ……哀れな連中だ」

 

「カ、カハッ……」

 

「離せって言ってんだろーが!」

 

哀れな連中。その言葉が何故か耳に残りました。

 

この街は魔族になった私も受け入れてくれた暖かい街です。

 

突然ツノが生えてもいつも通り接してくれたクラスメイト、変わらない商店街の人たち。

 

魔法少女でありながら面倒を見てくれた我がライバル桃。柑橘類好きでおしゃれなミカンさん。

 

バクなのに二足歩行のマスター、そんなマスターが好きなリコさん、研究大好きな小倉さん、昔からのお友達の杏里ちゃん。

 

大好きなお母さん、頭の良くて頼りになる妹の良子、ダンボールなお父さん。街を守ってきて私の中にいる桜さん。

 

そして私をいつも鍛えて、一緒に遊んでくれた浦飯さん。

 

そんな街に暮らす人たちを、魔族を、哀れだと罵倒するこの目の前の女の言葉を私は許せませんでした。

 

「……あ、哀れなのはお前ですよ、バーカ」

 

そんな本心を口に出した瞬間、那由多は右手を振り上げました。

 

───シャミ子ォ!!!

 

そんな時、桃の声が聞こえてきました。洞窟の入り口の方から走ってきて、私を見て驚いてます。

 

───ああ、桃に一度も勝てなかったなぁ……と寂しく思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

ほんの少し時は戻り。

 

桃たちはいずれも大怪我だった。

 

一番傷が浅いミカンでさえ肩を貫かれていた。リコは結構血だらけ。桃に至っては瀕死の状態であった。というよりギリギリ腹が繋がっているかな?レベルだった。

 

そんな怪我を治したのはイクである。以前も話したが魔法少女の肉体はエーテル体のため、魔力があれば修復は可能だ。極端な話、エーテル体が消滅してコアだけになっても魔力があれば肉体を復元できるのだ。

 

ミカンについてきたイクが魔導具で傷や魔力を回復させることで、全員回復し切ったのだ。

 

回復してもらったとは言え、当初敵側の人間だったイクをリコや桃は警戒していたが、那由多に利用されていたとミカンが説明したことで一時的に仲間になった。

 

そして4人揃って那由多のいる場所へ駆けつけることができた。

 

そんな4人が見た光景は、那由多の指で心臓を貫かれているシャミ子の姿だった。

 

心臓から血が吹き出しながら、ぐったりとするシャミ子。シャミ子の心臓を貫いた那由多の右手は、真っ赤に染まっていた。

 

動かなくなったシャミ子は駆けつけた桃、ミカン、リコ、イクのそばに無造作に投げ飛ばされた。仰向けに倒れているシャミ子は安らかな表情をしていた。

 

誰も音を立てなかった。奇妙な静寂が空間を埋め尽くした。

 

しばらくして、桃がフラフラとシャミ子の横に腰を下ろし、何度もシャミ子の肩を揺らした。

 

「う、嘘だよね、シャミ子……」

 

ゆさゆさと何度揺さぶっても目を閉じたままシャミ子は動かない。

 

「またイタズラでしょ、騙されないよ」

 

桃はしゃがみ込んで、自身の耳を心臓へと当てる。どんなに演技しても、心臓は動いているのだ。生きていれば。

 

「心臓の音を聞けば一発なんだから、甘いねシャミ子」

 

「桃……」

 

耳をシャミ子の心臓に当てて鼓動を確かめる桃に、何も言えないミカン。

しかし心音が全く聞こえてこない。

 

それがどんな意味か、ようやく理解した桃は段々と泣きそうな……それでいて怒りの表情へ歪む。

 

桃は立ち上がった。心がぐちゃぐちゃで、今どんな表情を自分がしているのか、自身でさえも分からなかった。

 

「……やはり、桜ちゃんは戻ってこないか」

 

ドクン、と桃の心臓が跳ねたような気がした。

 

かつて一族の呪いからシャミ子の命を繋ぐため千代田桜はシャミ子の内側で彼女の命を支えてきたのだ。

 

しかしこうしてシャミ子の命が失われても、桜は一向に姿を見せない。

 

そうなると答えは一つ。シャミ子と運命を共にしたのではないか、という結論に達するのだ。今2つの命を同時に失ったことになったのだ。

 

その結論に行き着いた那由多は少し悲しみの表情を見せ、桃に話しかける。

 

「でも寂しがることはないよ桃ちゃん。全ては一つとなる、お前たちも皆にすぐ会える」

 

大きな木がますます発光している。魔力を十全に集めた証拠だとでも言うように、辺りを眩しく照らしていた。

 

「……お前だけは……お前だけは絶対に殺してやる!!!」

 

桃は涙を流しながら憎しみの目で那由多を睨みつけると同時に、魔力が一気に膨れ上がった。ここに来て桃は全盛期、いやそれ以上の力を身につけた。

 

「……イク、君はどうする?」

 

那由多は彼女たちの中によく見知った少女……イクを見て尋ねる。自分に従順だった少女がここまで彼女らとやってきた時点で那由多は何となく理由を察していたが、あえて尋ねた。

 

「……一つ答えて欲しい……イクの能力のためにイクの両親を殺したの?」

 

「その通りだよ。半妖であるイクの能力を消すには惜しくてね。その代わり両親は糧にさせてもらった」

 

ノータイムでの返答であった。優れた科学者を確保したかった那由多だが、その思想ゆえに賛同者はほぼいない。

加えて説得などする気もない那由多は、自身がコントロールしやすい当時幼子であったイクを自分のモノにすべく両親を殺害した。

 

魔族の母親は喰った。父親は人間なので残しても良かったが、下手に残してイクに支障が出てしまうのを避けるために殺害した。どこまでも自分勝手な理由だ。

 

自身の行為に多少落ち込んだ那由多だが、これも平和のためと割り切った。

 

「……もう、一緒に行きたくない。行きたくもない」

 

イクの完全なる拒絶に、那由多は小さくため息をついた。

 

「お前たちがいくら敵に回ろうとももう遅い。今のこの状態でぼくの計画はほぼ完了している。

もう止めることはできない。つまりは無駄なのさ、たとえイクの頭脳を当てにしてもね」

 

「……関係ない。お前を殺す。絶対にだ」

 

せっかくアドバイスをしたつもりの那由多の言葉を、桃は切って捨てた。その反応は予想できていたが、実際やられるとため息をついてしまう。

 

「……この場所じゃ君たちの相手は狭いね。場所を移そう」

 

そう言って那由多は天井に親指を向ける。地上で戦おうという提案だ。

 

「どこへだって言ってやる……!」

 

桃がそう言った時、シャミ子の顔を見つめて涙を流していたミカンと能面のように表情が読めないリコにも変化があった。

 

「あんたの首をシャミ子と桜さんの元に持っていかなきゃ、気が済まないわよ!」

 

「地獄を見せたりますわ……」

 

2人も桃と同様に魔力や妖力がグンと上昇し、桃に匹敵していた。先ほど戦っていたシャミ子を優に超える力を3人は会得したのだ。

 

リコに至っては見た目も変化して、白い髪の毛が急激に腰の辺りまで伸びたのだ。ますます魔族としての格が上がったのだ。

 

「へぇ……(怒りがきっかけで3人とも強さを増したようだね)」

 

那由多は長く生きている分、目の前のような事例を何度か見たことがある。いずれも激しい感情の末に発現することが多かった。

 

だがそれでも自分の勝利を確信していた。何故ならそのような相手に勝ってきたからこそ今の那由多がいるのだから。

 

「ダークピーチハートシャワー!」

 

桃の右手から放出される漆黒の魔力波。不意をついた一撃は防御の姿勢も見せない那由多を完璧に捉え、那由多ごと地上へ向かって伸びていった。

 

「このまま一気に地上まで運んでやる!」

 

「中々の乗り心地だね」

 

余裕の表情を見せる那由多の体ごと天井を削り取りながら地上へ向かう魔力波。そして吹き飛ばされた痕にできた穴に向かって桃、ミカン、リコは跳躍した。

 

 

 

 

天井から瓦礫が降ってくる空間には、イク、幽助、小倉、杏里、そしてシャミ子の遺体が取り残された。

 

しばらくしてイクが何かドライバーのような物を取り出し、幽助たちが囚われている小さな結界をいじり出した。

 

「おい、イクとか言ったな。オメーがさっき念話で言ってたことはマジなんだろうな?」

 

「……うん。この結界を壊して、浦飯幽助を復活させる」

 

シャミ子が死んでから幽助はずっと黙っていた。その理由は、イクが幽助に対しこの場所に現れる少し前から念話をし続けていたからだ。

 

シャミ子のみで那由多に勝つことは難しいだろうと思っていた桃たちは、イクの発明した【デンデン念話くん】というワイヤレスイヤホンそっくりな念話ができる魔導具をイクが装着して幽助に連絡を試みていた。

 

幽助が出ればこの戦いを終わらせられると考えたからだ。しかし急激にパワーアップした那由多の魔力を感じた一行は急いでやって来て、今の状況になったわけだ。

 

そしてシャミ子が殺されるのを見た者たちはイク以外は頭に血が昇っており、那由多を倒すことだけに集中していた。

 

余りにもキレている3人を見て、イクは逆に冷静になっていた。元々イクはシャミ子を見るのはこれが初めてなので、怒り狂えと言っても関係がほぼないので無理があるのだ。

 

無論幽助もキレていたが、そこはイクが淡々と復活までの手順を念話で説明していたので、幽助は少し頭が冷えた。それ故黙っていたのだ。

 

3人が那由多をこの場から引き離し、その隙にイクが幽助を復活させる。3人の凄まじい怒りが作戦通りに事が進んでいると那由多に悟られにくくなったのは皮肉だろう。

 

「あいつら、パワーアップしたがそれでも今の那由多の相手はキツイだろうな」

 

「……多分勝てない」

 

3人がパワーアップしても、今の那由多には勝てないだろう。それほど魔力量に開きがあった。全員それは感じ取っていたが、全員逃げる気はさらさらなかった

 

イクの発明品は数多くある。暇さえあれば魔導具を作っているので、那由多もその全てを把握してない。

 

那由多にとっては必要な時に必要な魔導具を使えればいいので、それ以外の時間はイクの好きにさせていたのだ。

 

だからその隙間時間で作った魔道具に関しては那由多は知らないものもいくつかある。

 

それでも木に囚われているご先祖を解放することはイクには不可能であると那由多が確信するには理由があり、那由多は3人との勝負に応じたのだ。

 

喋っているうちに、那由多に知られてない魔道具の一つである【結界穴あけドライバーくん】を使って結界を破壊できた。

 

まだ気絶している小倉たちの結界も破壊して自由になった幽助たちの横で、イクは中央に【蔵】と書かれた玉をポケットから取り出し、何度か指で叩いた。

 

「……【蔵玉】、ビニールプールと巨大輸血パックを出せー」

 

ポン、と蔵玉から現れたのはビニールプール(完成済み)と1m以上の大きな輸血パックだ。

 

「ミカンとリコが倒した那由多の仲間の連中の血を抜き取って持ってきたって言ってたが、そんな小さい玉に入っているなんてな」

 

「うん。イクが作った【蔵玉】は色んなものがいっぱい入る魔導具。

黒影とシオリの血は特殊な魔力持ちと魔法少女だから、封印を解くのに使えるはず」

 

黒影とシオリの遺体から大量の血液を抜き取って輸血パックに保管していた。これはリコの指示だった。

 

本来魔法少女はコアを破壊しない限り魔力があれば復活の可能性がある。

何かに使えると考えていたリコは、シオリと倒した後もコアを破壊しなかった(黒影は生身なのでコアなどはない)

 

イクたちが合流した時、幽助復活のため2人の遺体から血液をできるだけ回収していたのだ。

 

「いいのか?オメーの仲間じゃなかったのかよ?」

 

「……黒影からは目の敵にされてたし、シオリにはバカにされてたから」

 

イクは幽助から視線をずらした。どうも上手くいってなかったらしい。幽助も今は一刻も早く復活する必要性があるから、これ以上言う気はなかった。

 

「早速頼むぜイク!」

 

「……分かった。まず邪神像をビニールプールに入れて、そこへ2人の血液が混ざった輸血パックの中身を出すー」

 

カラフルなビニールプールの中央に置かれた邪神像に、大量の血液がかけられていく。

はっきり言って最悪な絵面であり、呪いの儀式にしか見えなかった。

 

グングン血を吸収し、ペかーと輝き始める邪神像。今までにない現象に、幽助は期待を抱いていた。

 

「おぉ!? 何か色々いい感じっぽいぜ!」

 

段々邪神像から幽助の妖気が漏れ始めてきた。今の時点でも凄まじい妖気にイクは冷や汗をかいているが、同時に頼もしさも感じていた。

 

「……復活までミカンたちが生きていればいいけど……」

 

絶望的な戦力差に光が見えてきた。

 

そして誰も気づいてなかった。シャミ子の死体から、未だに霊体が浮いてこないことに。

 

つづく





【蔵王】 
烈火の炎で出てきた魔導具の一つ。イクが作った。
色々しまっておける魔導具で、他に効果はないが便利なため使用機会は多い。
嘴王などがよく出ていた気がする。


千代田桃
数年前に世界救った時 A級下位

シャミ子との初対面(原作スタート) B級中位?
桜がいなくて、やる気なかったためダウン

血液盗られた C級上位

特訓で少し取り戻し+闇落ち B級中位

シャミ子死亡でブチギレ A級中位

そのため現在は全盛期超え。

桃=ミカン=リコ A級中位の設定。

那由多フルパワー S級下位

【戦力表】 ※あくまで作者の考えです
S級最上位 雷禅(全盛期)
S級上位  黄泉、躯、現在の幽助、飛影(蔵馬?)、雷禅の喧嘩友達
S級中位  北神とか元No2の奴等
S級下位  仙水、那由多誰何

A級中位 千代田桃、陽夏木ミカン、リコ、桑原

B級上位 戸愚呂(弟)、シャミ子

異論はあると思いますが、こんな感じで書いてます。

飛影は仙水戦で飛影が黒龍波でバフかけてもボコボコだったので、黒龍波は1-2段階アップ程度だと思ってます。

桃たちはバフないので超きつい


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61話「3対1!」

シャミ子が死んでいるので、タイトルの後ろに「です!」はなし。


黒い魔力波が街の大きな桜の木のそばの地面を貫き天へと向かっていき、空の彼方へ消えていく。しばらくすると人が落ちてくるのが遠目から見えた。

 

遅れて地下から続いている穴から出てきたのは3人。そして3人の目の前に天から落ちて来て華麗に着地する那由多誰何。

 

「ここにも久しぶりに来たね。やはりここは眺めが良い」

 

「(……私のダークピーチハートシャワーでも服すら傷がない。あの魔力で全て防いだという訳か)」

 

3人から目線を外し街を見下ろす那由多。桃の技を受けた後のはずなのに、先ほども何も変わらない状態だった。

体を覆う魔力が壁となり桃の攻撃を完全にシャットダウンさせたのだ。

 

フルパワーの一撃だった桃は冷や汗をかいた。それと同時に、攻撃が通用しないことをわかりやすく示してくる那由多の底意地の悪さに舌打ちしたい気分でもあった。

 

「ならここをあんたの墓場にしてやるわ」

 

「そろそろ退場の時間や」

 

那由多の魔力量を肌で感じている3人からすれば、傷一つついていないことは別に不思議なことではなくすぐに理解できた。それ故に素早く3人は三角形になるように那由多を囲む。

 

「一つ言っておくが、負けを覚悟で挑んでくる君たちの覚悟をぼくは潔いと思わない。

───しかし故人を思う君たちの気持ちでこちらも誠意で答えてあげよう」

 

那由多の言う通り、魔力を感じる事ができる者が見れば桃たちに勝ち目がほとんどないのは明らかだ。

 

だがそれでも3人の目に怯えや諦観はない。それ以上に那由多を何としても倒すと言う気持ちが体の内から湧き上がってくるのだ。

 

那由多は体を覆う魔力を強める。強めた魔力は3人の肌を圧力となって叩く……まるで暴風雨のようだ。しかしそれで怯えるような者はこの場に存在しなかった。

 

「ほざけ!」

 

桃は刀を両手で握り、中段の構えを取る。黒影との戦いでヒビが入ったはずの黒い日本刀は、魔力が回復したことにより元通りの綺麗な刀へ復元していた。

 

桃はロケットのようにではなく、まるで滑るように那由多へ接近する。その動きは無駄がなく、素人では同じ構えのまま目の前にスライドしてきたかのように見えるだろう。

 

無駄なく、最短距離で真っ直ぐ喉へ突きを繰り出す。刀全体を魔力で強化するのではなく、切先三寸のみに魔力を集めていた。これであの馬鹿げた那由多の魔力の守りも突破できると考えてだ。

 

しかし那由多もそれは分かっている。突きに合わせて首を捻る……それだけで皮一枚すら切れず回避され、那由多の右手で中央部分の刃を握られてしまった。

 

咄嗟に刀を引くことで那由多の指を切り落とそうとするが、まるでビクともしない。

 

ここにきて切先に魔力を集中させてしまった事が仇になった。まるでビルの柱を子供が引き抜こうとするくらい、全く動かない。

 

「チィッ!」

 

右足でローキックを入れようとするが、それより先に那由多が刃を握り潰す。

 

刃を握り潰され体勢が崩された桃を援護するため、距離をとっていたミカンは矢を連射した。もちろん猛毒の矢である。

 

「(この距離なら全ての回避は不可能!迎撃すれば猛毒!防ぎようがないわ!)」

 

以前よりパワーアップしたミカンは毒が以前よりさらに強くなり、連射速度も上がっている。

 

その状態で那由多本人へ十数本も発射した。さらに今回は何もない空間にもコンマ数秒遅く連射することで那由多の逃げ道を塞いでいた。

 

迎撃のため那由多は矢の方向へ目線をずらし、桃はその隙に距離を取った。

 

那由多は両手を突き出し、空手でいう前羽の構えをとる。そして迫り来る矢に対し、腕を回すように受けた。

 

那由多の手が接触して逸らすのは矢尻部分ではなく、中央のシャフト部分である。猛毒は矢尻に塗られており、他の部分は安全だからだ。

 

「嘘!?」

 

言葉にすれば簡単だが、パワーアップ前のミカンでもマッハを超える矢の速度を、わずか数十mしか離れていない距離で見切って逸らす難易度の高さを考えればミカンの驚きも納得だ。

 

そのため那由多は猛毒を触る事なくミカンの攻撃をノーダメージでやり過ごした。

 

その脇からリコが突っ込んできた。

 

「ハァァアー!」

 

貫手、正拳突き、手刀、回し蹴り、前蹴り。リコはフェイントも混ぜ、自身が打てる最高速で急所への攻撃を仕掛けた。その速度はミカンの矢にも匹敵するだろう。

 

那由多はリコの攻撃を、先ほどのミカンの攻撃と同様に逸らし捌く。

 

捌かれることでリコの体勢が崩される。その隙間を縫うようにリコの鳩尾に那由多の膝が入った。

 

「かぁ……」

 

さらに頬を殴られ吹き飛ぶリコに見向きもせず、桃は駆けて飛び上がった。

 

先ほど折られたはずの黒い日本刀は桃色の魔力で刃を作り上げており、先ほどの攻撃より攻撃力は上がっていた。

 

桃は攻撃に転じた那由多の隙を突き、上段から振り下ろした。

 

「魔桃剣!」

 

かつて闇乙女の肉体を切り裂いた必殺剣を繰り出す桃。間違いなく当たる、そのタイミングで繰り出した技だった。

 

「なっ……!?」

 

袈裟斬りで振り下ろした一撃は、皮一枚も切ることできずに肩口で止まってしまった。

 

受け止めてもダメージがないのか、笑みを浮かべる那由多は回し蹴りを桃の腹に叩き込み、吹き飛ばした。

 

「ぐぁ……!」

 

桃が蹴飛ばされた瞬間に射撃するミカン。しかし矢は那由多をすり抜けた。

 

「残像!?」

 

残像と気づき咄嗟に後ろを振り向いた時には、ミカンの顔面に拳がめり込み、桃と同じ場所まで吹き飛ばされる。

 

3人とも一撃ずつくらっただけだ。それにも関わらず、ダメージは深刻でよろよろと立ち上がる。

 

「いつの間に後ろへ……!」

 

「と、とんでもない奴やなぁ……」

 

「(那由多め、思っていた以上に戦闘能力が上がっている……!)」

 

桃は3人であればもう少し戦えるかと思っていたが、那由多は肌で感じられる以上の強さを誇っていた。

 

「ふむ、反応はいいね。だが残念ながら、そのせいで楽には死ねないよ君たち」

 

一方で那由多も少々驚いていた。一撃で勝負が着くかと思っていたが、割とすぐに立ち上がってきた3人のタフさは少し計算外だった。

 

いや、タフさというのは少し正確ではない。3人とも攻撃を受ける瞬間、後ろやダメージを逃す方向へ自ら飛んで、なおかつ攻撃される箇所に魔力などを集めてダメージ緩和していた。

 

まさに戦士として戦闘経験豊富であり、魔力コントロールが卓越しているからこそのダメージ緩和の技術だろう。

 

しかしそれでもダメージが大きい。この状況が長く持たないであろうことも、皆分かっていた。

 

「さぁ、後何分持つかな?」

 

そして目の前の女は攻撃を緩める気は更々なく、絶望的な状況だった。

 

 

 

 

 

「よし、いいぞいいぞ!段々パワーが戻ってきやがったぜ!!」

 

一方、地下の洞窟で嬉しそうな声をあげる邪神像がいた。そう、中身は浦飯幽助である。

 

あれから魔力がたっぷり入った血がビニールプールに全部入れられ、プールは真っ赤な血で満たされていた。やはり闇の儀式にしか見えない。

 

「……これなら復活できるかも」

 

以前は桃曰く僅かな血だけで結構な魔力を奪われた、と語っている。だがそれでも幽助が邪神像から喋れるようになっただけで、封印の完全解除には程遠いものであった。

 

その後は魔法少女と戦ったことがあったが、血は奪えなかった。

 

だが今ビニールプールには幽助側のの妖怪のランクで言えばB級中位クラスの魔力の血が2人分ある。あの時の桃とは段違いの血液量と魔力量だ。

 

血をグングン吸い取り光り輝く邪神像は、封印解放が近いことを示しているようだった。

 

「う、うーん……あれ、今はどうなって……?」

 

ここにきて那由多の強烈な魔力で気絶していた小倉が目を覚ました。

 

彼女は周りを見て自分たちを覆っていた結界は解かれているわ、知らない誰かはいるわ、血だらけの邪神像はあるわで色々状況が変わっていることに気づく。

 

一方で杏里は未だ目覚めていなかった。

 

「あ、あれ?あなた誰……ってシャミ子ちゃん!?」

 

小倉にとって見知らぬ人物は気になったが、それよりもシャミ子が倒れたままなので近寄って体を揺さぶる。

 

「小倉、シャミ子は……」

 

「分かるよ、分かっちゃったよ……シャミ子ちゃぁん……」

 

小倉はその頭脳で持って、シャミ子が既に死んでいることを察してしまった。しかし分かりたくはなかった。彼女は人前で珍しく、生の感情を丸出しにして泣いていた。

 

しばらく小倉の啜り泣く声と、やたら光っている邪神像だけが場を支配していた。

 

「……あなた、魔族だよね?イクは那由多の計画を止めたい。協力できる?」

 

しかしいつまでも泣いていられる状況ではない。邪神像の封印が解ける前に那由多が3人を倒してここにきてしまったらもう誰にも那由多を止められない。だから各々やれることをやるしかないのだ。

 

小倉もそれは分かっていた。だから涙を拭いて、イクに目線を移す。

 

小倉はこの魔力が満ちる空間のおかげか、自身の元になったグシオン並みに今の状況の流れを大体察しているのだ。

 

「……はい、協力します。イクさん、でいいですか?」

 

「……うん。具体的な案はある?」

 

小倉は邪神像を見た後、ご先祖に目線を移した。

 

「はい。まず浦飯さんが封印から復活すれば那由多誰何を倒せるかもしれない。だけど那由多は倒される前に大元のあの大きな木で集めた魔力で何か仕掛けてくると思う」

 

「確かにな。計画を実行する前に死んだら意味ねーし、そこはあの木の魔力を使って抵抗してくるか」

 

「イクもそう思う。そのためにあの木に埋まっている魔族が魔力を制御しているからどうにかしたいけど、イクの発明品じゃ多分無理」

 

イクは色々ポケットから出すが、どれもご先祖には使えそうにないのか、首を横に振った。

そこへ幽助が不思議そうに声をかけた。

 

「そんなまどろっこしい真似しなくても、あの魔族ごと木を吹っ飛ばせばいいんじゃねーか?そりゃあの魔族には悪いけどよ、そんなこと言ってる場合でもねーし」

 

ご先祖の命を考えなければそれも一つの正解だろう。見知らぬ魔族1人助けるよりも計画を防ぐ方が優先されるのは当然である。ましてやシャミ子の先祖とはいえ、この場の誰も知り合いでも何でもないのだ。

 

だが幽助の意見はイクと小倉両名ともに首を横に振られてしまった。

 

「……これほどの魔力が集まっている制御装置があの魔族。あの魔族を殺すと、集めた膨大な魔力が爆発する」

 

イクは手を握って広げた。どうやらご先祖を殺すと一気に魔力が溢れ出てしまうらしい。

 

「爆発だぁ?どんくらいやべーんだ?」

 

「……この街が吹っ飛ぶだけなら御の字。下手すると日本がやばいかも」

 

「……マジか?」

 

幽助はイクにもう一度尋ねるが、イクは激しく何度も頷く。どうやら魔力が爆発すれば超巨大な災害レベルになってしまう恐れがあるらしい。小倉も青い顔をして何度も頷いていた。

 

どうやら幽助の得意な丸ごと吹っ飛ばす作戦はできないようだ。

 

「破壊するのはできないとすると……イクちゃん、あの魔族の那由多による洗脳をどうにかできない?」

 

「……以前那由多があの魔族を那由多の何枚もの討伐ポイントカードを使って強く深く洗脳したのをイクは見てた。

カードを消費した分、イクの作った催眠ペンライトよりずっと強力な能力。

それを解除するには、あの魔族の深層意識まで働きかける必要がある」

 

「今のあの魔族はとてつもない魔力を集めているんだよ?

第一深層意識まで入る方法がないし、もし入れたとしても深層意識にたどり着く前にこちらの意識が飲み込まれちゃう……あ、それでシャミ子ちゃんを!?」

 

「……そういうことだと思う。似た能力者がいれば話は別だけど、今から見つけるのは……」

 

「だー!!テメーら、勝手に話を進めんじゃねー! オレにも分かりやすく説明しやがれ!!」

 

完全に置いてけぼりになった幽助が我慢できず大声で話を遮った。イクは不思議そうに首を傾げている。なんで理解してないのか分からない、といった具合だ。

 

幽助はピキっと怒りを覚えるが、小倉が慌てて簡潔に説明した。

 

「要するに魔族の意識を叩き起こして洗脳を解除したい。でも深く洗脳されているので、起こすには意識の奥まで入るしかない。

でも大量の魔力を集めているから、生半可な能力だと大量の魔力が邪魔して意識の奥まで行かない。まぁ洪水している川を遡上するようなもんだね。

シャミ子ちゃんの能力なら意識の奥までいけるけど……シャミ子ちゃんは……」

 

「ようやく分かったぜ。だからあの野郎は率先してシャミ子を殺したがってたのか、クソ!」

 

3人はシャミ子以外に解決できそうな能力者に心当たりはいなかった。このままではご先祖を止められないのか、と3人で悩んでいると幽助が呟いた。

 

「シャミ子の親父さんが段ボールから復活できりゃ解決すんだがなー……」

 

「あー、すっかり忘れてたよぉ!!」

 

シャミ子より能力の使い方が上手い魔族は生きているのだ。そう、シャミ子パパことヨシュアである。

 

しかし段ボールになっているので、普段はあまり意識されていないから、小倉はすっかり忘れていたのだ。

 

「……いるんだね、能力者が」

 

「いるけどよ、シャミ子家まで段ボール取りに行っている時間はないぜ?しかも親父さんは封印されたままだしよ」

 

「……封印も、移動方法もなんとかする」

 

ゴソゴソとポケットを漁り出したイクは、何やら扉の絵が描かれたペラペラの画用紙を取り出した。

 

「【移動画用紙くん】……これを壁に貼って行きたい家をイメージすると脳波を読み取ってくれて画用紙をめくると、何キロか先の家にすぐ移動できる……かも」

 

「かもってなんだよ!」

 

「外出しないからほぼ使ってなくて……もしかしたら座標がズレるかも」

 

座標がズレるということは家の中ではなく、建物の間だったり、石のなかにいる!なんて可能性もある。しかしそれよりも時間がないのだ。小倉は気にせずイクの手を握った。

 

「凄い発明品だよぉ!それしか手はないよ!シャミ子ちゃんの家族には私が説明する!」

 

発明品を褒められて嬉しそうにするイク。幽助も他に代案がないので、頷いた。

 

「それしかねぇか……頼むぜ2人とも!」

 

早速【移動画用紙くん】を壁に貼るイク。それを横目で見ながら幽助はかつてないほど焦れていた。

 

先ほどから3人の魔力などがだいぶ減っているのだ。3人と那由多が出て行ってからまだ十数分ほどしか経ってない。しかし状況はもうだいぶ不味いところまで来ているらしい。

 

「早く封印解けろってんだよー!あー、イライラする!それまでやられんじゃねーぞアイツら……!」

 

つづく




発明家キャラは話を動かすのに便利すぎる……。

全盛期超えをした桃たちですが相手が悪い。
しかも飛影みたいに黒龍波のバフなし、桑原みたいに次元刀の当たれば即死攻撃なし、蔵馬みたいに植物での回復なし。ないない尽くしで戦わないといけない辛さ。
そう思うと本編の3人って能力的にバランス取れてますね


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62話「復活の浦飯幽助!」

幽助のまともな戦闘シーンって久しぶり。
昔って版権同士のクロス小説ってありましたけど、今じゃあんまり見ませんね。何でだろう?


イクの魔導具でシャミ子家と空間を繋げることができ、小倉はシャミ子家にやって来ていた。

 

一体どうなっているのかと問い詰められ、仕方なく事情を話す小倉。事情を知った清子、良子、マスター、ウガルルはシャミ子父であるダンボールも持ってきて洞窟内へやってきた。

 

当初ダンボールだけ持って来る予定だったが、事情を知ってどうしても一緒に行くと聞かなかったのだ。

 

「優子、優子ぉ……!」

 

「お姉、やだよぉ〜……!」

 

そしてシャミ子の死体を目の当たりにした4人は悲しみに暮れた。シャミ子母の清子と妹の良子は大泣きをし、他は沈痛な表情を浮かべていた。

 

 

「……しかし優子くんを倒したのがあのバカみたいに巨大な魔力の持ち主とはね。近くに来るとより強大さがわかる。正直僕では戦いの助けになれない……」

 

「オレもムリ……」

 

マスターとウガルルは地上から感じる那由多の魔力の強大さをキャッチして震え上がっていた。しかし幽助はそっちに関してはハナから期待してなかった。ウガルルは遠く及ばないし、マスターは一般人以下だからだ。それよりも幽助は伝えたいことがあった。

 

「あのヤローをぶっ飛ばすのはオレの役目だぜ。それよりオメーらはオレが行った後シャミ子の親父さんが復活するために力を貸してくれ」

 

「うむ、できる限りのことはしよう」

 

イクは4人を連れてきた後、小倉を連れて自分の研究室へと戻っていた。他に使える道具があるか、小倉の知識も借りて探しているのだ。

 

しばらくの間、清子と良子の啜り泣く声と光っている邪神像だけが洞窟内で目立っていた。

 

「……杏里は寝たままだな」

 

「……那由多が命令したのであれば、那由多をどうにかしないと完全な催眠解除は難しいかも」

 

「そうなのか、イク?」

 

見た目手ぶらなイクと小倉が戻ってきて、幽助の疑問に答えた。

 

「そうだねぇ。だから今は寝ていてくれた方が都合がいいかも」

 

「仕方ねーか。ところでオメーら、手ぶらじゃねーか」

 

「【蔵王】に片っ端から物を入れているから大丈夫」

 

Vサインを出すイクに、そうかと返す幽助。これで自分が考えることはもうないと、幽助は思っていた。

 

正直洗脳の解除方法なんて今までやったことがないし、解除方法を探すより術者をぶっ飛ばして解決……というのがいつものパターンだった。

 

はっきり言って細かい解決方法なんてものは蔵馬が考える場合がほとんどだったし、自分には向いてない。

 

何よりシャミ子を殺されてしまった今、那由多をぶっ飛ばすことしか幽助の頭の中にはなかった。

 

その時である。一層、邪神像が輝いたのは。

 

「───来たぜ!」

 

まるで光の爆発であった。幽助以外のメンバーは全員目が眩んでしまう。正直危険な光量であった。

 

割れた邪神像。粉々になったビニールプール。

 

───そして1人の男が立っていた。

 

リーゼント風のオールバックな黒髪で、力強い目つき。身長はあまり大きくなく、170cmを若干超えている程度だろうか?服装は上下ともに胴着姿である。

 

一見すれば気合いの入った青年であるが……その身から発する凄まじい妖気は、間違いなく人外の者であることを皆に認識させていた。

 

「う、浦飯さんなの……?」

 

「おうよ。オレが浦飯幽助だ。オメーらにこの姿を見せんのは初めてだったな」

 

良子の問いに腕を回しながら答える幽助。久しぶりの外で体の具合を確かめていた。肩を回したり軽くジャンプするが、問題ないようだ。

 

「な、何という妖気だ……これが浦飯くんの実力なのか……!」

 

マスターは自身が魔族であるからこそ、幽助の出鱈目な妖気を理解できた。まさに次元が違う、というのが肌で理解できる。

 

今の状態でもウガルル、小倉などは腰を抜かしていた。逆によくわかっていないのは清子と良子だ。魔族の方が敏感に妖気をキャッチできるのだ。

 

もしも幽助が少しでも悪意を持ってさらに妖気を解放した場合、この場にいる皆は妖気で溶かされてしまうだろう……それほどの力を感じていた。

 

「ヤベェな、桃たちはもう限界だな。よし、行ってくんぜ!」

 

地上の桃たち3人の魔力がかなり小さくなっており、対して那由多の魔力は衰えがない。もういつトドメを刺されてもおかしくないだろう。

 

「浦飯さん、皆さんを……この街を、お願いします」

 

清子は深く頭を下げた。自身の娘が死んだ悲しみを抱えながらも、夫が守ろうとした街のことも心配していた。

 

幽助はそれを感じ取った。シャミ子のためにも、絶対に勝たなくてはいけない勝負だった。

 

「───まかせとけ!!」

 

幽助はサムズアップをし、それから地上へ向かって飛んだ。

 

 

☆☆☆

 

 

少し時は遡る。

 

洞窟の上、地上ではまだ戦いが続いていた。

 

「縮め!」

 

がっしりと那由多の腕に張り付いたリコの妖気を縮ませ、那由多をこちらに引き寄せようとした。

 

しかし微動だにしない。まるで綱引きで幼稚園生が大人と対決しているかのように、こちらに引き寄せることができない。

 

「ふッ」

 

「うおぉ!?」

 

代わりにリコが那由多に引っ張られ、体が宙を舞う。

 

「こなくそ!」

 

ならばこの反動を利用してこのまま攻める、とばかりにリコは葉を強化し那由多へ向かって加速する。

 

狙うは首。葉を横薙ぎにして、那由多に仕掛けるリコ。しかしリコの攻撃範囲に届く前に、那由多は何もないところへ右アッパーを繰り出した。

 

「降魔烈風拳!」

 

右アッパーより発生した荒れ狂う魔力の渦巻きが、リコの体をもみくちゃにし巻き上げて傷つける。

 

「うわあぁー!」

 

「リコ!?ちぃっ!」

 

空高く舞い上がったリコは叫ぶのを聞いた桃とミカン。桃は舌打ちをして、那由多の後方へ高速移動する。

 

「こんちくしょう!」

 

ミカンは桃のやりたいことを察して、那由多の出鱈目さに悪態を吐きながら矢を連射する。

 

「無駄だよ」

 

しかし那由多が左腕を横に薙ぎ払うと、爆風が生まれ矢が叩き落とされた。まるで台風の日に飛ばした紙飛行機並みに頼りない矢だ。

 

「インチキよ!」

 

「ハッ!」

 

薙ぎ払った瞬間、桃が素手で後方から飛び込んでいく。刀は折れて使い物にならず、魔桃剣も通用しない今となっては別の攻撃をするしかない。

 

連続の拳を掌で全て受け止められた桃は、左拳を受け止められた体勢のまま腕を折りたたむように肘鉄を繰り出す。

 

しかし那由多は肘も受け止めた後投げ飛ばした。投げ飛ばされた桃は着地した直後に跳躍し、空中で連続蹴りを繰り出す。

 

しかしこれも那由多は掌で受け止める。

 

そして今度は足首を掴まれ、桃はまた投げ飛ばされ距離を取る。そして顔を上げるが、すでに那由多の姿はない。

 

「こっちだよ」

 

桃の頬に強烈な拳を繰り出し、桃はそのまま激しく吹き飛ぶ。

 

桃、とミカンが叫ぼうとした時には、那由多はミカンの懐へ潜り込んでいた。

 

「ぐぁ……!」

 

「いい加減、ボウガンが鬱陶しいんだよね」

 

鳩尾に一発拳を叩き込んだ那由多は、ボウガンを持つミカンの右腕に視線を移す。ミカンは咄嗟にダメージを無視して蹴りを繰り出すが、あっさり那由多に捌かれ地面へ叩きつけられた。

 

そしてそのまま那由多は右足を上げて、ミカンの右腕を踏みつけた。

 

「ああぁぁあー!!」

 

あまりの衝撃で地面が陥没し、ミカンが絶叫を上げる。それに眉ひとつも動かさず、那由多は今度は左腕を見る。

 

しかしそれよりもトドメの方が先か?と那由多が考えたのは0.1秒もない。それを逃さないのは桃だった。

 

魔力だけで剣を作り、首を薙ぎ払う桃。通用しないことは分かっていても、ここで見逃せばミカンがやられる。

 

桃の魔力剣を防いだのは那由多の右手の人差し指の一本のみ。魔力を集中させた指を立てるだけで、魔力の剣を受け止めたのだ。

 

「ハアァァー!」

 

受け止められても動揺せず、そのままあらゆる方向から剣を振るう桃。那由多はそれを指一本で受け止め続けた。受け止める音はまるで金属音のようであった。

 

「その剣、自己流だね?基本はできているけど、ちょっと面白みがないな」

 

「ずあっ!」

 

答える気がない桃は脳天に対し唐竹割りで剣を振るうが、それも真横にした指で受け止められ、那由多が指に力を込めると魔力剣は粉々に破壊された。

 

剣を破壊された瞬間、足元にいたミカンが那由多の顎目掛けて蹴りを繰り出す。もちろんそれも那由多は避けてミカンを蹴飛ばすと同時に桃を殴り飛ばした。

 

受け身も取れず何度か地面をバウンドして止まる2人の体。そこへ悠々と歩いてくる那由多。

 

那由多が見渡すと、3人がまるで芋虫のようにピクピクしているのが見える。しかしまだ誰も死んでいない。実力の差から考えると驚異的であった。

 

「……本気のぼくがここまで楽しめるとは思ってなかったよ。桜ちゃんでさえ昔戦った時は本気を出すまでもなかった。

今の君たちは昔戦った時の桜ちゃんを超えているよ」

 

「お、お前を倒せなければ何も意味はない……!」

 

那由多からの本気の称賛も、はっきり言って嫌味でしかない。桃は忌々しそうに返した。

 

「上から見下してんじゃないわよこんちくしょー……」

 

「(すんまへんシャミ子はん……こいつ超強いわぁ……)」

 

それぞれの想いはあるが、正直もう体が動かなかった。那由多もそれを感じ取り、3人へ掌を向ける。

 

「今楽にしてあげるよ」

 

3人を粉々に吹き飛ばす威力を秘めた魔力弾を作るべく、掌に魔力を集中させる。放とうとした次の瞬間である。

 

───圧倒的な妖気が辺りを覆い尽くしたのだ。

 

「この妖気は……!」

 

地下からだ、と那由多が口にする前に、洞窟の穴から影が飛び出てきた。

 

軽く着地した男は首を慣らし、肩を回しながら那由多の方へ歩いてくる。

 

「よぉ、好き勝手やってくれたじゃねーか」

 

幽助は圧倒的な妖気を振り撒きながら、ボロボロの3人を見た後に那由多を睨みつける。

 

「ほぉ……その声、君は浦飯か」

 

那由多から見ればマヌケなデザインの邪神像の中に入っていたとは思えないほどの凄まじい妖気を持つ妖怪が目の前にいる。

 

外見だけ見ればヤンキーだが、その出鱈目な妖気に那由多は震えるのをやっとで堪えていた。

 

「おうよ。オレが浦飯幽助だ。散々好き勝手しやがって………ようやくテメーをぶっ殺せるぜ」

 

「……これまた凄まじい妖気じゃないか。どれだけ人を喰べたんだい?」

 

那由多を遥かに超える妖気。長く生きてきた那由多も、これほどの相手に巡り会うのは初めてであった。那由多の背中は冷や汗でびっしょりであった。

 

ここまで力をつけたのはまともじゃない方法なのだろう、と那由多はこれまでの経験からつい今のような言葉が口に出ていた。

 

「オレは修行してこうなったんだっての。テメーと一緒にすんじゃねーよ」

 

本業は定食屋の店長だしな、と付け加えた。

 

幽助は結婚してから妻の螢子の実家の雪村食堂を継いでいるので、いわば定食屋の店長なのである。食事は人間と全く同じである。

 

那由多はこんな強い魔族が定食屋……?と混乱していた。ちなみに魔界統一トーナメントに優勝してから邪神像に入ったので、定食屋兼魔界の王兼探偵という肩書が結構長い男である。

 

そして動揺しているのは那由多だけでない。幽助の真の妖気を浴びている3人も、これほどのパワーは感じたことがないのだ。

 

「う、浦飯さん……なの?」

 

「おう。遅くなって悪かったなオメーら」

 

ミカンは驚いていた。桃は以前幽助の姿を一度桃の過去を回想した時に見ているので知っていたが、ミカンやリコは本当の幽助の姿を見るのは初めてだった。

 

見た目は人間の気合いの入った青年だが、圧倒的な妖気のギャップが凄すぎるというのがミカンの感想だった。もし敵だったら一目散に逃げるレベルである。逃れればであるが。

 

「ふふふ……幽助はんの本当の妖気、ええなぁ……」

 

リコに関しては容姿よりも幽助の本当の妖気に当てられ、お茶の間に出せないような何かエロい表情を浮かべていた。ミカンはそれを横目で見て若干引いていた。

 

「……待ちくたびれましたよ、浦飯さん」

 

「随分ボロボロじゃねーか。あいつ、強かったろ」

 

「……悔しいですけどね」

 

自分でシャミ子の仇を討ちたかった、と言うのは桃の紛れもない本心だった。

 

しかしそれが難しいことも分かっていた。だからもうバトンタッチの時間だ。

 

「……後は頼みます」

 

「まかしとけ!」

 

横顔だけ桃に向けて、幽助はそう宣言した。それで一気に力が抜けたのか、桃は起こしていた上半身をそのまま仰向けに地面へ倒れた。体力の限界だったのである。

 

那由多は驚いていた。イクが敵に回ったとはいえ、あれほど強固に封印されていた邪神像の中身がこれほど早く復活するとは思っていなかったのだ。

 

命と時間を賭けた勝負の中で魔法少女にとってはある意味半殺しみたいな状態……コアを潰ずトドメを刺していなかったなんて普通は考えられない。

 

シオリと黒影の死体を残して血を丸ごと全部封印解除に使うなど、この切羽詰まった状況で思いつく方がどうかしている。少なくとも那由多はそう思う。

 

そして能力は強いが、戦闘能力という意味では虫と同レベルのご先祖の代わりに入った魔族がこれほど馬鹿げている妖気を持っているとは計算外だったのだ。

 

「テメーは許さねェ……覚悟しやがれ!」

 

気づいたら那由多は殴られていた。

 

「───ッ!!?」

 

那由多は何度も何度も地面をバウンドし転がっていった。そして街で一番高い桜の木の広場のギリギリまで吹っ飛んでおり、いつ殴られたのかさえ認識できなかった。

 

ただ頬が抉れるくらい、強烈な痛みだったことは良くわかった。

 

「あ、あぁ……!?」

 

咄嗟に立ちあがろうとしても、足が生まれたての子鹿よりも激しく震えている。まともに立つどころか、体が言うことを聞かないのだ。

 

そんな那由多の状態に構うことなく、幽助はすでに那由多の目の前に立っていた。

 

「立てコラァ!テメーはこんなもんじゃ済まさねーぞ!」

 

幽助は那由多の首を持ち上げて、鳩尾に拳を繰り出した。拳がめり込み、背中が突き抜けるのではないか、と言うレベルだった。

 

およそ人体から発生するとは思えない音を出し、那由多は遥か空へ消えていく。しばらくすると那由多は空から落ちてきて、受け身も取らず地面へ激突した。

 

「ガ、ガアァ……!」

 

那由多が落下した地面は、落下の衝撃で蜘蛛の巣状にヒビが入る。那由多は体裁も取り繕うことなく、血を吐き出していた。

 

これを見れば先ほどまで3人を涼しい顔で殺そうとしていた人物とはとても同一人物には見えないだろう。それほど幽助と那由多の実力差は圧倒的であった。

 

「やったの!?」

 

「……勝ったね」

 

「幽助はんの勝ちや」

 

ミカン、桃、リコの順でこの戦いの結末を口にした。しかし幽助を含めて誰も影になって見えていなかった。那由多が意味深に笑っていたのを。

 

つづく




幽助復活ッ!幽助復活ッ!幽助復活ッ!!の回でした。
セリフは間違いなくフラグ。フラグ回収は次回!


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63話「幽助VS那由多、極限のバトル!」

人間界で戦うんじゃないという規模の勝負。大迷惑間違いなし
でも皆は地形破壊バトル好きでしょ?


たった二発。それしか殴られていないが、那由多のダメージは深刻であった。

 

「……がふっ、や、やはり保険はかけておいて正解だったね」

 

那由多はフラフラになりながら立ち上がった。ここからの逆転はよほどがない限り不可能だろうと言うことは誰の目にも明らかだった。

 

「(何だ、那由多からどこか余裕のようなものを感じる……?)」

 

桃は那由多の様子を訝しんだ。たった2発の鉄拳で追い詰められている那由多であるが、どこか自分たちと戦っている時のような雰囲気なのだ。

 

つまり余裕がある。

 

「保険だぁ?」

 

「そう、保険だよ。あると安心って言うだろう?」

 

「訳分かんねーことごちゃごちゃと……。テメーの胡散臭さにはもう飽き飽きだぜ」

 

幽助は指をボキボキ鳴らしながら那由多へ歩いて近づく。

 

絶望的な状況のはずなのに、那由多の表情は変化がない。むしろ愉快なものを見るような表情だった。

 

「(浦飯さんと那由多では実力差は圧倒的だ。それを埋める何か秘策でも……!?)」

 

考えているうちに桃は気づいた。自分自身の魔力では到底及ばないのであれば、別のところから魔力を持ってくる気ではないのかと。

 

そして実力差を逆転できるレベルの魔力が桜の木に集まっているのだ。人類を1つにするための魔力。だがそれを攻撃に転じるのであれば?

 

それに思い至った瞬間、桃は叫んだ。

 

「浦飯さん、トドメを!」

 

幽助は返事を返さなかった。桃の声に反応し、幽助は懐へ飛び込み妖気を集めた赤く光る右拳を那由多の顔面に向かって放った。

 

そのスピードは見守っている桃たち3人でも見逃すほどの速度だった。

 

幽助の拳が那由多に接触する直前、桜の木と那由多が黄金色に光る。

 

「きゃっ!?」

 

眩しい光に驚いたミカンの悲鳴。凄まじい光量が那由多から発せられても、幽助の拳はそのまま那由多に振い、凄まじい打撃音が辺りに響く。

 

「───間一髪だったよ。危うく死ぬところだった」

 

那由多は黄金色のオーラを纏い、幽助の拳を左手で受け止めていた。今まで吹き飛ばされていた那由多が、幽助の拳を受け止めても微動だにしていないのだ。

 

幽助は明らかに変わった那由多を激しく睨め付ける。

 

「テメェ……!」

 

幽助が拳を引き剥がそうとしても、那由多はガッチリと掴んでいて中々引き剥がせない。それはお互いのパワーが拮抗していることを示していた。

 

「……あの黄金色のオーラは初めて見た……!」

 

「那由多のあの魔力量、浦飯さんと妖力と互角ってこと!?」

 

桃は黄金色の魔力に驚き、ミカンは幽助の攻撃を真正面から受け止めるパワーに驚いていた。

リコは冷や汗をダラダラとかいている。リコには分かるのだ、那由多のあのパワーが今までと質が異なることが。

 

「いや、今の那由多の魔力は幽助はんの妖力以上や……!」

 

二発の強烈なパンチを受けた後にも関わらず、那由多はダメージを感じさせない笑みを浮かべた。幽助はその薄ら笑いが気に入らなかった。

 

「ケッ、聖光気かぁ?いや、違うみてーだな。何にしても、借り物の力で随分嬉しそうじゃねーか」

 

那由多が拳を離すと、幽助は後ろに飛び退き間を開けた。

 

「……聖光気なんてものは知らないが、確かにこの黄金色の魔力はぼく本来の魔力ではない。これは光の一族の魔力が再び一つになっただけなのさ」

 

「どーゆー意味だそりゃ?」

 

「まさか……!?」

 

それだけで桃は何か思い至ったらしい。一方他のメンバーは全く分かってなかった。

 

那由多は軽く笑って、語り始めた。

 

「古い話でね。かつて光の一族は神とか天使とか称されていた。

しかし彼らは長い年月を過ごす内に人々の中に消えたと言われている……だが完全に消えたわけじゃない。彼らの莫大な魔力は人々や生物に分散して残っていたのさ」

 

「だからシャミ子の先祖を使って魔力を集めて、その力をモノにしたってことか……!」

 

桃はかつて千代田桜の管理している山に封印されている蛟も同じようなことを言っていたことを思い出していた。

 

その昔話……否、過去にあった事実を那由多も知っていたのだ。

 

那由多は以前桃に魔力を削られたり、桜たちに邪魔されたりと計画が何度か失敗していた。

 

長い年月の中、何度やっても、世界中色々な場所でやろうとしても、いつも邪魔が入った……もしくは能力が足りなかった。

 

そこで那由多は考えた。いくらチマチマ魔族を狩って討伐ポイントを集めても、昔の桃の時のように無駄にさせられる可能性もある。別の道も探すべきだと。

 

そこで那由多は今回の計画を思いついた。ご先祖を使って魔力を世界中から集め、我が身で1つとする。そうすることで歴史の中に消えていったはずの神や天使などに匹敵する力を手にして計画に使おうと。

 

もちろん神や天使そのものを復活させるわけではない。彼らに匹敵する莫大な魔力を那由多がコントロールすることによって、神に近いレベルになるのだ。

 

そして全ての生物を1つにする。それを達成するために、ここまでの所業をやってのけたのだ。

 

そのためにはご先祖を手に入れる必要があったし、計画を悟られるわけにはいかなかった。だから目撃者は消し、洗脳し、記憶を消すことでここまで進めることができたのだ。

 

「……じゃあ何か?テメーは魔力を集めて神様にでもなろうとしたのか?」

 

「人と魔を一つにする偉業を成し遂げるためには、神になる程の魔力が必要だったと言うわけさ。

いわば魔法少女ゴッドというところかな?」

 

長い時を経てようやく計画が完成する目前まで来ていて、那由多は珍しく興奮していた。

 

悦に浸っている那由多をよそに、幽助は小指で耳の中をほじくっていた。いかにも興味ないと言いたげな表情だった。

 

「バカかテメーは、神だの何だの……気に入らねーなら皆殺しにすればよかったんじゃねーか?」

 

「……ふ。ぼくはね、人間が好きなんだよ。植物も動物も好きさ。魔族は嫌いだがね。

だが世界には悲しいことが多すぎるから、やり直したいと思っているだけなのさ」

 

結局のところ、ただ世界が嫌いなら皆殺しにすれば良かった話である。

 

しかし那由多が見たいのは誰もいない世界ではない。綺麗で優しい世界が見たいのだ。

 

「誰も頼んでねーっての。1人で死んでろボケ」

 

そんなことは知らないし、聞く気もない幽助は指を鳴らしている。もう我慢できないようだ。那由多も深呼吸して備えている。

 

「なら勝ってぼくを止めてみせろ。できるものならね」

 

「へっ、上等だ!!」

 

幽助は赤い妖力を、那由多は黄金色の魔力を強め、上空へ飛び上がった。

 

「はぁ!」

 

「オラァ!」

 

───爆発。拳と拳がぶつかり合った瞬間、大気が揺れた。

 

まるでミサイルの爆発音が響き渡るように、お互いが上空で拳をぶつけ合っている。

 

1秒で何十、何百を超える数の攻防。街の結界は攻防の余波で砕け散った。

 

「結界が!?」

 

「持つわけないわ、出鱈目よあの2人!?」

 

ミカンの言う通りす既に衝撃が地上にも来ており、夜にも関わらず街の住民は突然の出来事にパニックになっていた。

 

拳のラッシュで僅かに体勢を崩した幽助を真下の地上へ投げ飛ばした那由多。そしてそれをすぐ追撃する那由多。

 

幽助は着地した瞬間、弾かれるように飛んで後退した。その僅か後に那由多が蹴りを幽助がいた場所に繰り出すが、外れて着地する。

 

那由多が着地した瞬間、那由多は後退した幽助が既に右人差し指を構えているのを目撃した。

 

「霊丸!」

 

そして放たれる、小さな山以上の大きさの赤い霊丸。着地した瞬間の僅かな硬直を狙った一撃だ。

 

「(避けきれない!)」

 

硬直なんてほんの僅か……瞬きよりも短いだろう。

 

しかし那由多はその硬直のせいで霊丸を避けるのは不可能であると判断した。

 

那由多は咄嗟に───自分の胸に右手を当てて、自分自身へ向けて魔力弾を発射した。

 

「何!?」

 

自身の魔力弾を胸に直撃させた那由多は、自身の後方へ吹っ飛んでいく。そのおかげで霊丸の直撃コースから逃れることができた。

 

いや、完全には避け切っていない。霊丸は僅かに袖の一部分を破って通過した。

 

そして霊丸は雲を吹き飛ばしながら、遥か向こうの空へと消えていった。

 

「(…………世界中の魔力を集めて強化したぼくの守りをこうも簡単に突破するとは……直撃したら死ぬかもね)」

 

霊丸が当たった部分の服は完全に消滅していた。

 

高めた魔力で強化してあるはずの服をまるでティッシュのように崩された様を見て、那由多は冷や汗を一つたらりと垂らした。そうとも知らず、幽助は悔しがっていた。

 

「ちっくしょー、あんな方法で避けるとはな。やるじゃねーか」

 

「……そう簡単に負けるわけにはいかないからね」

 

「なぁ、ここだと狭いからよ。人の少ない、もっとだだっ広いところでやらねーか?やりづらいったらねーよ」

 

「それは同感だね。いいだろう」

 

一度魔力を取り込んでしまえば、桜の木から離れても問題はない。那由多はそう判断し、幽助の誘いに乗った。戦いの余波に人を巻き込みたくないという気持ちもあった。計画を考えている者が何を……と思うかもしれないが、むやみやたらに殺したいわけではないのだ。

 

もちろん幽助がそこまで計算していたわけではなく、ただの本心で提案しただけだ。邪魔がない方が喧嘩しやすい。それだけである。

 

お互いの思惑はともかくとして、2人はそれぞれ跳躍した。桃たち3人でも残像を追うのがやっとの速度で移動した幽助たち。

 

「っ!? どっち行ったの!?」

 

「あそこや!」

 

「……もう戦い始めている。出鱈目なスピードだ」

 

桃たち3人が移動したことを認識したすぐ後に、高尾山の向こう側で幽助たちの戦いはもう始まっていた。

 

上空で拳を交える余波で山が削れていき、その山が崩れている最中に別の場所へ跳躍し攻防を行なっていた。

 

幽助の攻めはシャミ子とあまり変わらない。シャミ子とは戦いの経験値が違うが、基本的には喧嘩殺法である。むしろ尻尾がない分、トリッキーさでは幽助はシャミ子に劣るかもしれない。

 

しかし那由多は非常にやりづらかった。本来であれば那由多の技術力に対してカモのような相手である。

 

「オラオラオラオラー!」

 

幽助は持ち前の勘と経験値で、那由多の技術力を上回る攻撃を繰り返していた。8ヶ月しか戦っていないシャミ子とは違い、昔から喧嘩に明け暮れていた男だ。喧嘩の場数が違う。

 

「ちぃ!」

 

幽助の攻撃を逸らされてもほぼ同時に別の攻撃が飛んでくる。しかも防御しにくい箇所にばかり攻撃がくるのだ。やりづらいことこの上ない。

 

捌いてばかりでは幽助に勝てない。そう思い始めた那由多は攻撃の割合を増やしていった。

 

いつしか同じくらい攻めを繰り出すようになった那由多と幽助は、山の頂上に着地してお互いの両手を掴み合った。力比べである。

 

「ぐぎィィ!」

 

「むうぅ!」

 

力比べによる魔力と妖力の放出で竜巻が複数発生し、余波で周辺の森は吹き飛び山も削れ平地となる。その余波はますます大きくなる。

 

「……近づいて見るのは無理だね。巻き込まれたら死ぬ」

 

「そうね。余波でも防御できないわ」

 

傷ついた体を動かし、なんとか戦いが見えるギリギリの距離まで近づいた歴戦の魔法少女である桃とミカンは彼らの戦いをそう判断した。

 

「凄いわぁ……♡」

 

まさに災害としか言いようのない2人の戦いを間近で見物することは不可能で、ミカンたちについてきたリコは憧れのような視線を彼らの戦いに向けていた。

 

「そーらよぉ!」

 

幽助は組み合った状態で頭突きをかます。彼の得意な攻撃だ。

 

「ふん!」

 

石頭による強烈な一撃を受けた那由多は吹き飛ばされる瞬間に幽助の腹に蹴りを入れていた。そのためお互い吹き飛んでいく。

 

距離が空き着地した両者は相手を見据えて構える。

 

しばらく睨み合っていたが、すっかり更地になった周辺を見渡して、幽助は軽く笑った。

 

「やるじゃねーかオメー。でもよ、その魔力……中々暴れ馬みてーだな」

 

「ふ、お見通しというわけかい」

 

幽助は那由多が集めた魔力をまだコントロールしきれてないことを指摘した。魔力の総量は幽助の妖力を超えていたが、その割には戦いはほぼ互角である。恐らく制御するので手一杯で、戦うのは困難なのだろうと幽助はあたりをつけていた。

 

那由多は隠す気がないのか、素直に認めた。

 

ご先祖から魔力を集めて那由多自身に宿した魔力は那由多本来の魔力とは桁違いにでかい。コントロールを誤れば那由多の体は針を刺した風船のように弾け飛ぶであろう。

 

そんな状況下で幽助と渡り合っているのだ。彼女の精神的疲労はかなりのものであった。

 

「中々コントロールが難しくてね。しかし少しずつ慣れてきたよ……」

 

「分かるぜその感覚。オレも昔そういうことがあったからな」

 

「ほぉ」

 

こんなケースはそうそうないはずだが、幽助が経験済みと聞いて那由多は驚いた。

 

「ちなみに君はどうやって慣れたんだい?」

 

「へへ、戦っていれば慣れてくるぜ」

 

「……なるほど、分かりやすいね」

 

何の参考にもならないな、こいつ。那由多は素直に思ってしまった。

 

しかし那由多自身戦っている内に慣れているので、人のことは言えない。

 

「だがぼくがこの力に慣れれば慣れるほど、君に勝ち目はない。それがわからない君ではないだろう?」

 

「へ、オレはなぁ……戦えば戦うほど強くなんだよ!」

 

まるで戦闘民族のような発言であるが、幽助は実際そうなのだ。

 

第1回魔界統一トーナメントで黄泉と戦った時もそうだ。

戦う前は黄泉と幽助では大人と子供ほど実力差があったのだ。しかし結果としては約60時間以上も戦い続けてギリギリのところで負けたのだ。

 

この男、本当に戦っている最中に強くなっていく。それは闘神雷禅の血によるのか、それとも幽助本人の特徴なのかは分からないが、いずれにしても事実なのだ。

 

「───行くぜ!!」

 

そう言った瞬間に幽助は那由多を殴り飛ばし、水平に飛んでいった那由多を追撃する。

 

那由多は足で無理やりブレーキをかけ、止まった瞬間に高速移動する。動きの緩急のせいで、幽助は那由多の姿を一瞬見失った。

 

ゾクリ、と悪寒を感じた幽助は振り向くと、那由多が腰だめに魔力弾を生成していた。

 

「ツアァ!」

 

黄金色の魔力弾が幽助の腹に直撃し、幽助を遥か後方へと吹き飛ばす。

 

「うおぁー!?」

 

木を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされる幽助。那由多はその幽助に追いつき、また同じ箇所に追撃の魔力弾を繰り出した。

 

「のわぁー!?」

 

幽助は後方にあった岩山の山頂部分に激突し、山頂部分を粉々にしてしまった。そこへ追撃をかける那由多。

 

「野郎ォ!」

 

だが幽助は妖気を噴出させることで空中で踏みとどまり、さらに空中で崩れた岩山の瓦礫を足場にしながら突撃をかける。

 

「でぇい!」

 

「はあぁ!」

 

またしても空中での攻防が始まる。その凄まじさは一発一発の応酬が遥か遠くの地まで音となって伝わっているほどだった。

 

蹴りが、拳が、お互いの体に直撃しても両者とも攻撃の手を緩めない。緩めた瞬間主導権を取られて取り返しがつかなくなる。彼らのレベルは、そういったものだった。

 

そして両者の腕が交差し、お互いの頬に拳がめり込む。上空から落下して地面が近づいていたのもあって、弾かれるように地面に着地する。

 

「はー、はー……」

 

「ふー、ふー……」

 

お互い息が荒い。だが表情は違っていた。幽助は楽しそうに笑い、那由多も笑っている。

 

「やるじゃねーか! 楽しくなってきたぜ!」

 

「ふっ、確かに……ッッ!?」

 

那由多は自身で何を言おうとしたのか、自分で驚いていた。

 

この戦いは那由多の長年の悲願の達成の邪魔者を排除するものだ。全ての生物のためにやっているのであって、決して楽しいなんて感情で始めたものではない。

 

自分は仲間を見捨てて、様々な者たちを殺してきてここまで計画を進めてきたのだ。

 

殺してきた者たちの中には、彼らの仲間のシャミ子も含まれているのだ。その証拠に桃たち3人は憎悪を抱えて殺しに来ていた。

 

なのにこの男は最初こそ怒りが感じられたが、今は純粋な闘気しか感じられない。それどころか、ぼくとの戦いを楽しんでいる。一体どういう精神構造をしているのだろうか?

 

「(───だが何よりおかしいのは、ぼく自身もこの男との戦いが楽しいと感じていたことだ)」

 

何を馬鹿な、と言いたかった。だが一度自覚してしまうと、もう否定しようがない。

 

「……初めてだよ。戦いが楽しいなんて感じたのは」

 

「そりゃよかった。確かにテメーはシャミ子を殺したムカつくやつで、ぶっ殺してーと思ってる。

だがテメーは強ぇ!戦っているとワクワクしてくんだよ……分かるだろ?」

 

那由多はそう言ってきた幽助の目を見た。

 

今まで腐るほど見てきた憎しみの目でも、恐れの目でもない……純粋なキラキラとした目であった。

 

目を見れば何となく相手の考えていることは分かる。那由多はこの男が本当に自分との戦いを楽しんでいるのだと理解してしまった。

 

「ふっふっふ、あーはっはっは!」

 

那由多はバカ笑いしてしまった。命をかけた勝負の最中にこんなことを言い始める奇妙な男に対して、そしてそれを悪くないと思っている自分に対して。

 

「へへへ」

 

幽助も那由多が楽しんでいるのを分かって、鼻の下を擦った。

 

「……確かに君との勝負はワクワクする───だが勝つのはぼくだ!」

 

「へ、面白れェ!!」

 

戦いはより激化していく。勝負の行方は、まだ誰にもわからない。

 

つづく




戦いの描写はアニメ版の黄泉VS幽助を見ると分かりやすいかも。
いずれにしても東京、神奈川、山梨方面のいくつかの山は消し飛んでます。余波で道路とかもダメになっている感じ。


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64話「怪しい雲行き!」

地図を見て、だいたい高尾山とか、相模湖より下の山とかが戦いで吹っ飛んでいるのをイメージしてます。なので山中湖へ向かう道志みちとかも粉々ですね。
富士山は霊丸とか那由多の放出技のコースによってはサヨナラするかも
※あとがきの血池さんの階級を修正しました


幽助と那由多の激しいぶつかり合いは続いていた。拳は空を裂き、蹴りは地を割る。まさに行動の一つ一つが災害であった。

 

何度目かのクロスカウンターで、両者共に吹き飛んでいく。

 

地面に着地した後、幽助は少し息が乱れていた。だが那由多はどこか余裕だった。

 

「はぁー、はぁー……」

 

「ふっふっふ、少し息が上がってきたね浦飯。お疲れかな?」

 

「ケッ!まだまだ全然余裕だぜ!」

 

その光景を遠目で眺めていた桃たちは、眉を顰めていた。

 

「……どう思う?リコ、ミカン」

 

「そうね。多分だけど那由多は魔力がご先祖から供給され続けているから、消費とか考えずに戦えるわ。

でも浦飯さんはそうじゃない。戦えば戦うほど、浦飯さんのスタミナは減っていく」

 

外付けではあるが、那由多は無限に近い魔力が供給され続ける。

 

車で言えば無限のガソリンで走れるのだ。

もちろん出力の出し過ぎは身を滅ぼす可能性がある。常にフルパワーでいることはできないが、戦い続けているうちに那由多はどんどん魔力制御が上手くなっているので、使える魔力量は上昇しているのだ。

 

対して幽助は自前の妖力のみで戦わないといけない。本人の言う通りであれば戦えば戦うほど強くなっていくはずだが、妖力の消費自体は避けられないのだ。

 

「ウチもそう思うわぁ。むしろほぼ無限に魔力を供給し続ける相手にここまで戦える幽助はんの方がおかしいんやけど」

 

そもそも無限の魔力相手に戦いが成立していること自体がおかしいが、それはそれ。

 

このまま戦いが長引けば、負けるのは幽助だろうと3人は思っていた。

 

「シャミ子には悪いけど、魔力の供給元のご先祖を倒すしか……」

 

魔力の供給元さえ断てば幽助が勝つだろう。ミカンの提案に対し、2人は首を横に振った。

 

「あれだけ溜まった魔力を制御している元を殺したら、その場に魔力がボン!や」

 

街が吹き飛ぶ程度なら御の字やな、と言うリコ。ミカンは忌々しそうに頭を掻いた。

 

「それを分かっているから、那由多はこちらを無視しているんだよ……きっと」

 

「ムカつくやつね本当に……!」

 

ご先祖の方に手は出せず、幽助と一緒に戦うこともできない。3人は唇を噛んで、体力回復に努めた。いずれくるチャンスのために。

 

3人が動かないのを遠目で確認し、やはりシャミ子を殺したことは計画上必要だったと那由多は感じていた。

 

そして目の前のこの男を倒せば、後は赤子の手を捻るようなものである。

 

しかし心のどこかで、もっと浦飯との勝負が続けば良いなとも思っていた。

 

「(もっと今の力を試したい。この男が何をやってくるか見たい……なんて思うのはおかしいはずなんだが……)」

 

那由多がそう考えて、思わずこぼれてしまった笑みに、幽助は反応した。

 

「なーに笑ってんだよ」

 

「何、つまらないことさ」

 

「気になるだろ。教えろよ」

 

「ふふ、恥ずかしいから嫌だね」

 

「恥ずかしいだぁ〜?余計に気になるじゃねーか。やっぱり教えろや」

 

くっくっく、と那由多は笑った。こんなバカみたいな会話はいつぶりだろうか。少なくとも記憶にないくらい昔のことであることは確かだった。

 

「そうだね、ぼくに勝てたら教えてあげるよ」

 

「ケチ!本当は何もねーんじゃねーのか?」

 

「内緒だよ、内緒」

 

ケラケラケラと笑う那由多に、幽助もつられて笑った。

 

「んじゃ、続きといくぜ!」

 

「望むところだよ!」

 

那由多はその場で拳を振るった。拳に乗せた魔力が衝撃波となって幽助に迫る。

 

上か、左右か。もしやダメージ覚悟で突っ込んでくるか。

 

「(さぁ、どうする!?)」

 

衝撃波が当たる直前、幽助の妖気が消える。高速移動するなり、その場で耐えるなり行動を取るならいずれにしても妖気を高める必要があるはず。

 

不可解な行為に那由多は眉を顰め、後方で変な音がした。

 

那由多が振り向いた瞬間、幽助が拳を振り抜いていた。

 

「(いつの間に!?一体どうやって……!)」

 

那由多は顔を逸らすことで、頬に直撃した拳によるダメージを幾らか受け流した。だがどうやって那由多の後ろを取ったのか。

 

那由多は吹き飛ばされながら幽助の後方を見ると地面に穴が空いていたのを発見した。そして幽助の体には土がくっついている。

 

「(まさか妖気を消して、土に潜ってここまで掘ってきたと言うのか!?)」

 

予想外の攻撃で攻めてくる幽助に、那由多は口角が釣り上がるのを抑えられなかった。

 

那由多が地面に手をついて着地した時にはすでに接近している幽助。那由多はそのまま立ち上がらず蹴りを繰り出し、那由多の蹴りと幽助の拳の応酬となった。

 

さらに那由多は逆立ちで回転蹴りや蹴りの弾幕を繰り返していく。

 

「カポエラみてーな真似しやがって!」

 

「長生きだから色々覚えたのさ!」

 

「だったら───!」

 

幽助は腕の力で無理やり那由多の蹴りを抑えこみ、脇で足を捕まえた。そしてその体勢のまま、幽助は自分自身を中心として回り始める。

 

「こっちはプロレス技だぜ!オラァー!」

 

「うおおぉ!?」

 

ジャイアントスイングである。だが魔界の王となった幽助の実力から繰り出される投げ技は、もはや竜巻だ。辺りの物体は吹き飛んでいく。

 

脳が揺さぶられ、平衡感覚が曖昧になっていくのを感じながら那由多は自身の髪に多量の魔力を通す。

 

魔力が通った長いお下げは伸びて、幽助の股下を通過し背中を伝って幽助の首に巻きついた。

 

「ぐあっ、テメーッ!」

 

「今度はこっちの番だ!」

 

今度は那由多が自分のお下げで幽助の首を持ち上げて、上空へ投げ飛ばした。

 

那由多も跳躍し、両手の指に魔力を集中させる。

 

「魔指弾!」

 

強化した魔指弾をマシンガンのように連射する。吹き飛んでいた幽助は、迫り来る攻撃に対し迎撃を選択した。

 

「ショットガーン!」

 

幽助のショットガンは全ての魔指弾を撃ち落とすことはできなかった。だが代わりに那由多へショットガンが何発か直撃し、幽助も魔指弾が数発ほど直撃する。

 

爆煙に包まれた両者だが、また距離を空けて着地する。

 

「さぁ来い、浦飯!」

 

「いくぞオラァ!」

 

そしてまたお互いの距離をゼロにして接近戦を繰り返す。

 

拳が地面を吹き飛ばし、外した飛び蹴りが山を打ち砕く。

 

道も山も削り、被害を繰り広げる2名であったが、戦いの勢いは益々激しくなっていく。

 

お互いダメージを積み重ねていき、互いに血飛沫が飛んでいた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

幽助と那由多が戦い始めた頃、洞窟内ではシャミ子父ことヨシュアの復活のため全員動いていた。

 

しかし正直言って手詰まりに近かった。

 

「……魔力が足りない」

 

「お父さんを復活させるのに、その血じゃダメなんですか?」

 

イクがポツリとこぼした言葉に、良子は目の前にある大量の血液パックを指差した。しかしイクは首を横に振る。

 

「……これはイクが持っていた魔族の血だから、魔族の封印を解放するにはまるで量が足りない」

 

「???」

 

魔族の封印解放に、なぜ魔族の血では足りないのだろう?良子の頭の中は混乱した。

 

「闇の一族である魔族の封印を解くには、光の一族である魔法少女の魔力がこもった血が必要なの。魔法少女が封印を施したからね」

 

「なるほど。魔族が封印された場合、逆の属性の魔力で解放されるんですね!」

 

小倉の説明によって納得した良子。イクはそこからか、という表情を浮かべていた。どうもイクには相手の理解度に合わせた説明というのが難しいらしい。

 

「でも浦飯さんに使った魔法少女の血はもうゼロだし、ここにはもう魔族の血しかないんだよね、イクちゃん?」

 

イクは小倉の言葉に何度か頷いた。

 

魔法少女は血を取られないように工夫して行動している。なので那由多のアジトであるここに血なんか残っておらず、残っているのは那由多がイクの実験用に狩ってきた魔族しかない。

 

魔族の血だけでは封印を解くことは限りなく不可能だった。封印という巨大な岩にせっせと集めた魔力という水を流して削り切るようなものだ。とてもじゃないが量が圧倒的に足りない。

 

しかし無理とわかっていたも、ここにあるもので封印を解くしかないのだ。

 

「……それなら私が魔法少女になって、その血でお父さんを助けるのは?」

 

良子のあり得ない提案に、全員がギョっとした。それを聞いた母である清子は、良子の目の前で膝をつき、彼女の肩を掴んだ。

 

「ダメです良子!あなたまで、あなたまで居なくなったら……!」

 

「お母さん……」

 

清子は泣いていた。先ほど長女のシャミ子が殺されたのだ。

街を救うためとは言え、血を捧げるなどという良子の消滅の危険性があることを娘にやらせるなど、母として認めるわけにはいかなかった。

 

「それはボクも反対だ。第一、1人程度の血でこの封印は解放できないだろう」

 

マスターはシャミ子父にかけられた封印は強力であることを理解していた。なので魔法少女になりたての子供の血を全部使ったところで封印解放とはいかないだろう。

 

「なるほど、中々大変なことになっているようだね」

 

聞いたことのない声が聞こえ、全員は洞窟の入り口の方の通路を見ると、容姿は赤い髪でショートボブ、赤い瞳で身長は160㎝ほどの女が立っていた。

 

「誰ダ!?」

 

気配を感じなかったことに、ウガルルは戦闘体勢になる。しかし赤髪の女は静止するよう手を向けてきた。

 

「ボクは血池真理。こういう者です」

 

彼女は財布から名刺をマスターたちに渡した。名刺には探偵と書いてあり、それを見たメンバーは一様に頭に疑問符を思い浮かべた。

 

「何故探偵さんがここに……?」

 

「シャミ子君の知り合いさ……こんなことになっているのは、些か予想外だが」

 

チラリとシャミ子の遺体を見て、彼女は手を合わせた。

 

そして懐から、幾つもの輸血パックを小倉に手渡した。

 

「ボクが狩ってきた魔法少女たちの魔力入り血液だ。使うと良い」

 

「どうしてここに……いや、なぜこれを私たちに?」

 

小倉の疑問ももっともである。血池はうーんと唸ってから答えた。

 

「各地で住んでいる形跡のあった家から突然住民が居なくなるケースがあってね、しかもその住民のことを近所の誰も覚えてないんだ。

それはおかしいってことで探偵のボクに調査が依頼されたんだが、どうにもかなり強力な魔法少女が関わっていると分かってね。

その犯人らしき人物がこの近辺に来ていることがわかってから、急いでやってきたのさ」

 

「なるほど。もしかしてこの血は、事件解決のために報酬として浦飯さんに持ちかけるつもりだったと?」

 

「話が早くて助かる」

 

小倉が答えると、血池はにこやかに肯定した。

 

血池個人としては浦飯幽助に悪感情はないし、以前接した時に封印解除しても問題ないだろうと判断しての行動だった。血池は良くも悪くも自分の正義で動く女である。

 

その会話に何人かはポカンとしていた。あまりにも小倉が早く答えに辿り着いたため、過程の話が不足していたからだ。

 

「どーゆーこと?」

 

「……悔しいがこれほどの魔力が強い相手ではボクじゃどうしようもないからね。だが浦飯幽助なら倒せるかもしれない。なので報酬として封印を解除する代わりに戦ってもらおうかなと考えていたのさ。

まぁボクがそうしなくても、今戦っているみたいだけどね」

 

洞窟の上で凄まじい力がぶつかり合っていることを血池は知覚出来ていた。あの現場に自分が行ってもミンチになるだけだろう。ならば出来ることに手を貸す、という方針に切り替えたに過ぎない。

 

「事件解決と……シャミ子君のためにも協力するさ」

 

血池はウインクした。

 

これでシャミ子父が復活できるかもしれない。急いで皆で準備に取り掛かった。

 

だから皆気づいてなかった。シャミ子の指が僅かに動いたのを。

 

つづく




那由多はドラゴンボールの17号みたいにスタミナ切れがない状態。幽助はベジータ的な。今回だと神コロ様かな?

血池さんは17−19話に出演したオリキャラ。
戦っても勝てそうにないな、と判断してこちらにきた。お父さんの封印解除の血が足りないのでゲストに持って来させるという流れ。

血池さんはB級下位くらいなので、戦いの場に行ったらマジで幽助の妖気の余波もしくは攻撃の衝撃波で溶けます


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65話「私のすっごい昔のおじいちゃんです!」

幽助とシャミ子の繋がりはこの男のせいだった、という話。
ある意味異世界転生もの。


ふわふわしている。真っ白い何もない空間で、まるで全身羽毛布団に包まれたような感覚でした。

 

「(これが死んだってことなのかなー……)」

 

私ことシャミ子は何もない空間でふよふよ浮いている状態でした。あれだけの怪我だったけど、今は痛みはない。きっと死んだからもう痛みは感じなくなったのだろうと思った。

 

しかし死んだら天国か地獄に行くものじゃないのだろうか?真っ白い何もない場所で閻魔大王の裁きを待ってないといけないとか?

 

「第一、ここどこなんでしょう……?」

 

「ここはテメェの能力でいう無意識の空間だな。テメェの能力を少し使ってここに呼んだのさ」

 

「……んん?どなた様?」

 

はて、一体誰の声でしょう。何やら男性の渋い声だったような気がします。

 

なんか肌もピリピリする感じ。こう言う感じの時って相手がもの凄く強い時なんですよね……後ろ向くのがめっちゃ怖い。

 

しかし無視するわけにもいかないので、声のした方向に顔を向けると白髪の男の人がベンチらしきものに座ってました。

 

見た目は長い白髪に、黄色い布を額に巻き付けてます。左頬に刺青みたいなのが入っていて、腕にカバーみたいなのをつけている以外は上半身裸です。

 

流石に下半身はきちんと履いてますが、服装で言えば貧相な感じです。けれど肉体はまるで獣のような野生に溢れたもので、体を覆う妖気は桁違いに強い!那由多なんか比較にならないレベルです。

 

そして眼光が浦飯さんにそっくりでした。いや、雰囲気も浦飯さんにそっくりです。

 

そして間違いなく妖怪……しかも超強いことが見てわかります。

 

「よォ……娘」

 

「えぇ!?あなたは私のお父さんなんですか!?」

 

いやでも家で見た写真に写っていたお父さんと随分姿が違うし……と困惑していると目の前の妖怪はくっくっくと笑い始めました。

 

「まぁ直接のオレのガキってわけじゃねーがな」

 

「あー!嘘ついたんですね!ムキー!!」

 

ジタバタと怒りを表していると、妖怪は益々笑い声を大きくしました。

 

「正確に言えばテメェはオレの子孫に当たる」

 

「じゃあずーっと昔のおじいちゃんってことですね!」

 

「……まぁ、そうなるな」

 

おじいちゃん、と呼ぶと目の前の妖怪は片眉だけ上げました。そう言えば私っておじいちゃん……祖父に会うのは初めてです。

 

「あー!それってもしかして魔族大隔世ってやつですか!?浦飯さんが前に言ってました!」

 

隔世遺伝とは祖父または祖母の遺伝情報が一世代隔てて孫に伝わる遺伝情報のことです。いわゆるおじいちゃん似、おばあちゃん似ってやつですね。

 

大隔世遺伝とはその極端な形であり、何百年も前の先祖にあたる魔族が意図的に発現させることができる。それを魔族大隔世というらしいです。

 

つまり大昔の先祖にすっごい強い妖怪がいて、その血を私が引いているってわけですね。

 

以前浦飯さんからその話を聞いていると話すと、目の前の妖怪は少し嬉しそうに頷きました。

 

「テメェの言う通りだ……オレの息子がちゃんと教えていたみたいだな。話が早ぇ」

 

「息子……?浦飯さんが息子ってことは、もしかしてあなたは……雷禅さん?」

 

「ああ、そうだ」

 

雷禅と呼ばれた目の前の妖怪は、私の言葉に不敵に笑いました。

 

「いやいやいや、それはあり得ないです!」

 

私はその事実を否定しました。雷禅さんは何年も前に浦飯さんの目の前で亡くなったと聞いてます。

 

もし万が一生きていたとして、何故私のすっごく昔のおじいちゃんになるのでしょうか?時系列的にもあり得ません!

 

私はそのことを目の前の雷禅さんに伝えると、彼は少し光っている左手を私の方へ伸ばしました。

 

「痛っ!」

 

ズキン、と心臓が痛みます。直接攻撃されたわけではないのに、なぜか痛みが走ります。私は雷禅さんを睨みつけると、彼は嫌みたらしく笑いました。

 

「けけけ。魔族大隔世はある程度こちらの意思で操作することができる。

つまりテメェはオレの手のひらの上ってことだ」

 

まるでそれが証拠だ、と言わんばかりの態度でした。目の前の雷禅さんが私のご先祖っていうのは確かみたいですが、大分イラッとくる態度ですね……!

 

しかしここで私はこうも思いました。私は死んだんだから、魔族大隔世もクソもないんじゃないかと。

 

「……あのー、私はもう死んでいるので、こんなことしても意味ないんじゃないでしょうか……?」

 

もう手遅れなんじゃないか?そう話すと、雷禅さんは一瞬キョトンとしましたが、すぐ大笑いしました。おい!こっちは殺されて少し落ち込んでいるんだぞ!

 

「安心しな。テメェの霊体はまだ体から離れてねぇ。つまり完全には死んでねぇってことだ。

だから魔族大隔世をオレがやれば復活できる」

 

大笑いしながら教えてくれる事実は私にとってはハッピーなものでした。

 

「え!? 本当ですか!」

 

「しかも大幅パワーアップだ。テメェが最後に戦っていたヤツより強くなるだろうさ」

 

「やったー!ありがとうございますー!」

 

思わずわーいわーいと喜ぶ私。生き返れる上に勝てるレベルまでパワーアップするなんて最高です。

 

しかし喜んでいる私に、雷禅さんは嫌な事実を教えてくれました。

 

「まぁオレのガキとテメェを殺した奴はパワーアップしたテメェより遥かに強くなってる。行っても殺されるだけだろーがな」

 

「上げて落とさないでくださいよ!」

 

喜びも束の間、浦飯さんと那由多は遥かに高いレベルで戦っているらしいことを教えてくれました。さっきからツッコミばっかりやっている気がします。

 

「でも那由多ってそんなにパワーアップしているんですか?」

 

「そうだ、あいつは色んなとこの魔力を集めてその身に宿してやがる。

その集めた魔力の元を断つには、パワーアップしたテメェの能力が役に立つってわけだ」

 

そのアドバイスは非常に重要なことを教えてくれました。今更ですが私の能力も完璧に把握されているみたいですね。

 

「それってご先祖のことですよね……?」

 

「そうだ。あの木に囚われている魔族の無意識に入って、洗脳を解除する。

そうすれば魔力のリンクが切れて、あの女もテメェが勝てるくらいには力を落とすだろうさ」

 

確かに那由多の魔力の元であるご先祖を起こして魔力を断てば、那由多の計画も終わるはず。浦飯さんと戦っている今が絶好のチャンスというわけですね!

 

「ただなんでそんなことまで雷禅さんは知っているんですか?一度も会ったことがないですし、雷禅さんの妖気を感じたことがありません」

 

何から何まで知っている雷禅さんの情報源が気になり、私は尋ねました。

 

もし何かしらの能力で私たちのことを観察していたとしても、何かしらの痕跡は残るはず。

 

しかもこんなに細かく状況を知ってるのであれば、長い時間見ているはずです。にも関わらず私たちは誰も気づきませんでした。

 

よほどの能力か、それとも違うのか。

 

「簡単だ。オレは息子の視点からテメェたちのことを見てたってことよ。魔族大隔世にはそれができる。

こっちから話しかけなきゃ、あのガキは気づきもしねーだろうがな」

 

過去に幽助が魔族大隔世で復活した後の行動は、仙水との戦い含め雷禅に全て見られていた。

 

せっかく魔族として復活したにも関わらず、人間の仙水に遅れをとっていた幽助を雷禅は不甲斐なく思い、幽助の意識を乗っ取り仙水を倒してしまった経緯がある。

 

意識を乗っ取られた挙句、喧嘩を横から攫われた……幽助にとっては屈辱の出来事だった。その怒りは魔界まで会いに行った雷禅を初対面で殺そうとしたほどである。

 

ここで重要なのは意識を乗っ取られる際に雷禅から話しかけられるまで、幽助は雷禅の存在に気づきもしなかったことだ。

 

幽助はシャミ子に一連の話はしてあるが、全く雷禅の存在に気づかなかった……なんていう屈辱的なことは言えなかったのである。まぁ少し見栄を張ったのだ。

 

そのせいでこちらの世界にいた雷禅が幽助に対し話しかけたり意識を奪おうとしなければ、遥か遠くにいたまま幽助の視点で今までの状況を把握することができたのである。

 

「はぇー……そうだったんですね。

あれ?じゃあ私たちをいつから見ていたのですか?」

 

色々気になることはありますが、とりあえず当たり障りのない質問をしました。

 

「そりゃあ、あのガキがテメェの先祖が入ってた邪神像に現れてからだ」

 

「最初っからじゃないですか!?」

 

どうやら浦飯さんが邪神像に入ってしまった時から知っているらしい。そうなると確かに私の能力やら今の状況やらを全部知っていても不思議じゃありません。

それはそれとして、私って浦飯さんと雷禅さんの2人に私生活丸出しだったってことですか!?イヤー!

 

なんだが悶えたい気持ちがすごくありましたが、おかしなものを見ているような雷禅さんの視線を感じ、気を取り直して質問します。

 

「でもそんな話ってあります?雷禅さんが何故かこっちにいて、たまたま浦飯さんが邪神像に迷い込んで、たまたま子孫の私と一緒に行動していたなんて……。

偶然にしては出来過ぎですよ」

 

確率としてまずあり得ないでしょう事例ばかり。たまたまというにはあまりにも共通点がありすぎる、と思っていると雷禅さんは首を横に振りました。

 

「偶然じゃねぇのさ。まぁ原因はオレだろーが……」

 

「どういうことです?」

 

雷禅さんはフッと軽く笑った後、私に座るよう地面を指差しました。私はそれに従って女の子座りをします。

 

「オレの話はあいつから聞いているか?」

 

「……大まかには」

 

雷禅さんの具体的な死因などは聞いてませんが、と注釈をつけると、雷禅さんは頷きました。

 

「……アイツの前でオレは死んだ。人間を500年以上喰わなかったことによる餓死だ」

 

「……!」

 

雷禅さんは食人鬼の類だったらしい。だから浦飯さんは死因について話さなかったのか。私が嫌がると思って。

 

しかし何故でしょう。前より嫌悪感は薄れています。まぁそこは重要ではないので黙って聞きます。

 

「納得して死んだつもりだった。だがオレは目が覚めると、山近くの家屋で倒れていた。今から300年くらい前の話だ。

どうしてそうなったか、理由は分からねェ。だがそんな疑問はすぐに吹っ飛んだ。家屋の中から出てくる女が、アイツそっくりだったからな」

 

「アイツ……ですか?」

 

「惚れた女さ。息子の先祖に当たる……愛したあの女の瓜二つだった」

 

私はその物言いに顔が熱くなりました。あまりにも直接的な言い方なのに、全く照れがないからです。

私の反応が面白かったのか、雷禅さんは笑いました。

 

「そして家屋から出てきた女はこう言ったんだ。

『お前、あの時の……』ってな」

 

「それって……!」

 

「偶然かもしれねェ。その女の勘違いかもしれねェ。だがオレは直感したのさ。あの時の女の生まれ変わりだってな」

 

「ウオォォ!そ、それでどうなったんですか!?」

 

あり得ない話です。はるか昔に出会って死別したはずの女性の生まれ変わりに、世界が変わって出会うなんて。

ですがそれを理解しても、雷禅さんは行動したみたいです。先が気になりすぎて困る!

 

「口説いた」

 

「ファ?」

 

「この機を逃したらもう出会えねェと思った。だから一晩かけておがみ倒した」

 

「な、ななな!?」

 

まさかの下ネタでした。しかも内容がド直球すぎる!

 

「そんで子供が生まれた。今度はあの女が死ぬまで一緒に暮らした。

あの女も僅かだがオレのことを覚えていたそうだ。世界が違うはずだが、生まれ変わりだったらしい。

理屈じゃおかしいなんて分かっているが、オレはそれでもいいと思った。人間喰うの断ってでも会いたかったアイツがいれば、それでよかったのさ」

 

「雷禅さん……」

 

1人をこんなに長い間想って断食をして、ようやく出会って、そして共に生きて死を看取った。

 

嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな表情を浮かべる雷禅さんは、ただの優しい人にしか見えませんでした。

 

「そしてその集大成がテメェだって訳だ」

 

「なるほど……あれ?でもそれって浦飯さんが邪神像に入ったこととなんか関係あります?」

 

雷禅さんは私の質問に対し、思いっきりため息を吐きました。む!なんだが馬鹿にされている気分です!

 

「実際バカにしてんだよ」

 

「あー!バカって言いましたね!」

 

まぁそんなことはどうでもいい……と雷禅さんは吐き捨てるようにして、話を進めます。

 

「テメェの父か母、どっちがオレの血を引いているのかは知らねェ。

那由多っていう女のせいで空になった邪神像は、代わりになる別の物を封印しようとした。それがあの邪神像の能力だからな」

 

「一族の血を引いているものを封印するってことですか?」

 

雷禅さんは私の言葉に頷きます。

 

「そしてちょうどその時にたまたまこっちにやって来てしまったオレの息子が、オレの血を引いているばっかりに、邪神像が一族の者であると勘違いして封印しちまったんだろうさ」

 

「でもそれって変ですよ。私だって妹の良だって血を引いているんですよ?その理屈なら私たち姉妹のどちらかが封印されてもおかしくないはずです」

 

だが雷禅さんは首を横に振りました。

 

「だがそん時にはテメェらはまだ魔族として覚醒してなかっただろ?」

 

「あー!?」

 

そうでした!私が魔族に覚醒したのは浦飯さんに夢で会ってからです。そして良は人間のまま。そしてお父さんは段ボールとして封印済み。

 

だから消去法でたまたま来た浦飯さんを封印してしまったんだ!

 

だから時系列としてはこうだ。

 

300年前に雷禅さん、こっちに来て子供作る

10年くらい前にお父さんが封印される

4月に那由多の一味がご先祖を強奪

空になった邪神像、浦飯さんを封印

私が魔族になる

殺された私、雷禅さんと出会う(今ここ)

 

な、なるほど。浦飯さんが邪神像に封印された理由がようやく分かりました。まさかある意味で遠い親戚だったとは……!

 

だがここで一つの疑問が私の中で生まれました。

 

「でも浦飯さんは魔族大隔世で人間から魔族になったと言ってました。

私は死ぬ前も魔族なのに、復活できるんですか?」

 

元々魔族の私が復活できるのか、と雷禅さんに問うと雷禅さんは笑みを浮かべました。

 

「テメェは魔族だ。だが肉体……というか心臓は人間の頃と同じもんだった。

だからその心臓が止まった代わりに、今は魔族の心臓である核が動いているってことよ」

 

「えぇ!?私の心臓止まったままなんですか!? 健康診断の時、引っかかるんじゃ……!?」

 

雷禅さんはそれを聞くと、また大笑いしました。学校の検査とか誤魔化さなきゃいけなくなるし、こっちは真面目に悩んでるんですよ!

 

「テメェは本当に面白いやつだな。だが話はここまでだな」

 

笑い終わった雷禅さんはそんなことを言いました。急にどういうことなんだろうと首を傾げていると、雷禅さんは続けます。

 

「今、外にあるテメェの体が復活できる状態になったはずだ。妖気が体に馴染むまで若干時間がかかるからな。まぁ生まれ変わりっていうのはそういうもんだ」

 

「ほ、本当ですか!? イヤッホー!」

 

ついに復活できると聞いて小躍りしそうになりました。どうやら今まで話してくれたのは、復活する時までの時間潰しもあったみたいです。

 

「そろそろ行って決着つけてこい」

 

顎で早く復活するように促す雷禅さん。私は立ち上がって雷禅さんに頭を下げました。

 

「色々とありがとうございました。必ず、ここで決着をつけてきます」

 

「……おう」

 

しかしまた気になることが思い浮かんだので、また質問です。

 

「……ところで」

 

「あ?」

 

「どうしてこんなに色々話してくれたんですか?浦飯さんからは、あんまり雷禅さんとは親子らしいことはしてなかったと聞きましたが……」

 

浦飯さんは雷禅さんとは顔を合わせれば喧嘩ばかりで碌に会話もしてなかったと言ってました。だから死ぬ直前になってようやく長話をしたし、親子らしいことは全然しなかったと。

 

なのに初めて会った私とはこんなに色々教えてくれることに、私は疑問を持ちました。

 

余計なお世話なのは分かっている。だから思い切って聞きました。

 

雷禅さんは少し悩んだ後───フッと笑いました。

 

「知りたかったらオレに会いに来い。あいつと一緒にな」

 

結局教えてくれませんでした。でも意地悪で教えない、という雰囲気ではありません。雷禅さんなりの勝ってこいと言う応援であると私は思ったのです。

 

「───はい!」

 

だから私は素直に従いました。

 

じゃあまた!と手を挙げると、私の体はキラキラと消えていきます。それを雷禅さんはじっと見守ってくれてました。

 

「……まぁ、今回くらいは親として接したかったのさ」

 

その呟きは、私には聞こえませんでした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

洞窟内では全員が驚いていた。突然死んでいるはずのシャミ子の遺体から強烈な赤い妖気が発せられ、シャミ子の体が空中へ浮いたのだ。

 

こんな現象は全員が初めてであり、見守るしかできなかった。

 

「バカな!完全に息の根は止まっていたはずだよぉ……!?」

 

「小倉くんだったかい?どうして君の言い方はそんな物騒なんだ?」

 

小倉の言い回しに血池が突っ込むが、あり得ない事態にツッコミの後続は出なかった。

 

そしてさらに妖気が輝くと、シャミ子がゆっくりと地面へ着地し、顔を上げた。

 

「ゆ、優子……?」

 

母である清子は信じられなかった。完全に心臓が止まっていたはずの自分の娘が再び立ち上がったことが。

 

妹の良子は涙が止まらなかった。先ほどまでとは違う、正の感情からの涙だった。

 

彼女の仲間たちは、驚きと、それ以上の嬉しさで笑みが止まらなかった。

 

「シャミ子、復活です!心配かけました!」

 

ここに、完全なる魔族が復活した。

 

つづく




というわけで雷禅回。雷禅の声がわからない人は初代火影、柱間と同じ声です。

「異世界転生〜魔界で3大妖怪の一角だったオレが、異世界で運命の嫁をもらって子孫を助けるようです〜」みたいな内容になってしまって、すいませんでした!

でもシャミ子が雷禅の子孫で幽助と繋がりがあったから、この話が始まったというのは最初から考えてました。

雷禅も幽助とあんまり親子らしい会話をしてなかったのが、こっちで子供作ってから少し気になっていたという設定。


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66話「色々と皆さん完全復活です!」

心残り回収の回とも言う。


復活した私が皆へ挨拶すると、全員が驚いて私を囲みます。だけど一番早く抱きついてきたのはお母さんと良でした。まるでロケットのように抱きついてきたので、思わず呻き声を上げそうになりましたが我慢です。

 

「優子、優子ぉ……」

 

「お姉ぇ……」

 

お母さんと良は泣きながら私に抱きつき、頬とか腕とか頭とか色んなところを触ってきます。生きているか確かめているようです。

 

「大丈夫です。生きてますよ、さっきまで死んでましたけど……」

 

安心させるために言ったら、益々2人は泣いてしまいました。やべ、和ませようとしたのに失敗です。

 

困ったなぁと思いながら周りを見渡すと見慣れない白衣姿の女性もいれば、久し振りな人もいました。

 

「ど、どうして……確実に死んでいたはず……!」

 

小倉さんの驚き方が敵っぽいのが気になりますが、生きていることをアピールするためにジャンプしたり踊ったりしてみます。

 

「あー、色々とありまして……今からサッと説明しますね。こっちも聞きたいことがありますし」

 

どうしてこうなったのか、皆で情報交換することにしました。まぁ時間はないので手短でしたが。

 

凄まじくパワーアップした私に皆驚いてましたが、それ以上に地上で戦っている浦飯さんと那由多の力が私より遥かに凄すぎて、思っていたよりイマイチ驚きが薄かったです。なんか悔しい。

 

というかなんですか上の2人のパワーは!あの近くに行ったらマジでミンチになりそうです。

 

「血池さん、イクさん、皆さん……協力ありがとうございます」

 

「いや、こんな状態だ。皆で助け合わなければ、正義の味方とは言えないよ」

 

血池さんはそう言って肩をすくめました。本当にいい人ですね、この人。あの時は色々拗れましたが、今は那由多を止めることに協力してくれて嬉しい限りです。

 

「……隔世遺伝は黒影に出ていたけど、これほどすごいのは初めて見た。すごくビックリ」

 

「ねー!」

 

今回浦飯さんの復活など色々協力してくれているイクさんは興味深そうに私のことを上から下までジックリネットリ見てきて、それに同意する小倉さん。なんだろう……このタッグは背筋がゾワっとする。

 

気を取り直して状況確認です。今は血液いっぱい使ったけど後一歩で封印が解けないお父さん、洗脳中のご先祖と杏里ちゃんですね。どうにかしなければ……どうしよう?

 

「今のシャミ子君ならご先祖の洗脳を解放できるだろう!頼む!」

 

マスターの言う通り、確かにパワーアップした私なら成功できそうですが、もし失敗したら後がありません。できればお父さんなどがいたら頼もしいのですが……。

 

不安を伝えると、お父さんの解放は難しいようで皆さん悩んでました。

 

「シャミ子ちゃんのパパさんを封印した張本人の桜さんがいれば行けるはずだけどぉ……」

 

そんな中、ポツリと小倉さんがそんなことを言いました。そうです、なんでそのことを忘れていたんでしょうか!

 

「そうです!その前に桜さんを復活させればいいんですよ!」

 

「でもシャミ子ちゃんの内側にいる桜さんをどうやって復活させるのぉ?」

 

「そこは大丈夫です!私はパワーアップしたので!」

 

桜さんはかつて言いました。私がすごく強くなれば桜さんを解放できると。

 

ならば今こそ解放の時!

 

パワーアップしたおかげか、やり方はなんとなくわかります。

 

私は自分の内側に意識を集中すると、魂っぽい何かを感じました。きっとこれが桜さんなのでしょう。それを引っ張り上げるように、私は意識しました。

 

すると私の心臓……今は魔族の核ですが、その位置から桜色のコアが出てきました。

 

「コアだ!」

 

コアは桜の花びらを撒き散らし、その花びらが人の形をとります。

 

そして光り輝き───そこには魔法少女姿の千代田桜さんが立っていました。作戦成功です!

 

「10年のブランクを経て、あなたの町のかけつけ一本おまもり桜!

魔法少女★千代田桜 ただいま復活っ!!」

 

ビシッとポーズを決めた桜さんが目をこちらに向けると、私に抱きついてきました。背丈の関係で桜さんの胸に私の顔が埋まります。ぬぐぉ!

 

「ありがとうシャミ子ちゃーん!頑張ったねぇー!!」

 

テンションがやばいくらい高く、めっちゃ頭を撫でられてます。撫でるスピードが早すぎて頭が熱くなってきたような気がします。息も苦しくなってきた。

 

「桜さん……」

 

「桜くん、復活おめでとう」

 

「清子さん、マスターありがとうございます。ずっとシャミ子ちゃんの中で見ていたから状況は分かっているよ。皆さんもありがとう」

 

桜さんは周りを見渡し、分かっているとアピールしました。そして右手を上に掲げ、何かを引き寄せました。

 

桜さんが引き寄せた物体は大きな壺でした。その壺に私は見覚えがあります。そう、桜の木の下に埋まっているお父さんを封印した際に大量に生まれた討伐カードが入った壺です。

 

かつて那由多を撃退するため一枚だけ使用したのですが、それを知っているのか桜さんは私を見て頷きます。

 

「シャミ子ちゃんの中で全て見ていたよ。桃ちゃんがかつて那由多を撃退するために一枚使ったことを。

だけどヨシュアさんの封印は魔力入りの血液のおかげでかなり弱まっている。だからこの討伐カードを全て戻せば……!」

 

壺に入っていた討伐カードが全て輝き、お父さんの段ボールを光が包み込んでいく。すると段ボール自体も発光し始めます。

 

光が段ボールから人の形をとり始め、私より少し大きいくらいのツノの生えた人の形に変化していきます。

 

そして光が収まると、1人の魔族が立っていました。

 

「あれ、ここは一体……?」

 

「あなたぁ!!」

 

お父さんがポツリと呟いた瞬間、ロケットのようにお母さんが抱きつきました。

 

「清子さん!?そうか、僕は復活できたのか……」

 

見た目は昔の記憶で見たお父さんのままでした。私のツノにそっくりなツノをお父さんも持っており、身長も似たようなものでした。やはり私はお父さん似なのでしょう。

 

「お父さん、お帰りなさい!」

 

「ゆ、優子なのか……?なんかこう、すっごく強くなったね」

 

私を見て驚くお父さん。ああそうか、魔族の方が魔族の妖気を感じやすいんだっけ?だから私の妖気に気圧されているようです。少し妖気を緩めると、お父さんはホッとしてました。

 

「あなた、この子が良子よ」

 

お母さんが恥ずかしがっていた良子をお父さんの傍へ近寄らせると、お父さんは少し目を丸くして、その後納得していました。お父さんは良子がお母さんのお腹にいる時に封印されてしまったので、良子と会うのは初めてなのです。

 

「お父さん……?」

 

「おいで、良子」

 

お父さんが手を広げると、おっかなビックリ近寄った良はお父さんに抱き上げられ、また泣いてしまいました。

 

初めての親子対面に、何人かは涙ぐんでいました。

 

「ごめんなさいヨシュアさん。実は時間がなくて……」

 

この流れを切ったのは桜さんでした。私と一緒に先祖を救出してほしいと頼まれたお父さんは、胸を叩いて了承しました。

 

「任せてください!そのための能力です。あ、でもあの杖無くしちゃって……」

 

「ここにありますよ」

 

私がポケットから我が家のなんとかの杖を渡すと、お父さんはこれこれ、と言いながら受け取りました。やはりこの杖はお父さんが持っていた方が似合いますね。

 

「優子、準備はいいかい?」

 

「お任せあれ!」

 

お父さんは左手で私と手を繋ぎ、右手で杖をご先祖に向かって振ります。すると私たちの意識がご先祖に飲み込まれて行ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご先祖の中は荒れ狂う海のようで、まるで通れる道がありません。もうザッパンザッパン波が来て、水飛沫で私たちはすでに結構濡れてます。

 

「あの光の向こうにご先祖様がいるようだ」

 

お父さんが示す方向には、ほんのわずかな光が津波の向こうから見えました。消えてしまいそうな光がなんとか生きているような印象でした。

 

「あそこに到達すればいいんですよね?」

 

「そうだね。だがこの海に見えるこれは魔力だ。この膨大な魔力に飛び込んで、流されてしまったらどうなってしまうか分からない……」

 

なるほど。ご先祖が集めている魔力が荒れている海のように見え、これに流されたら死にそうです。ここら辺は現実の海と大差ないかもです。

 

とはいえ光の場所へ辿り着かなきゃいけないので、ここは手っ取り早く向かいましょう。

 

「お父さん、下がっていてください」

 

「どうするんだい優子?どこかいい道でも見つけたのかい?」

 

そんな訳ありません。浦飯さんや桃たちから教わったことを実践するだけです。

 

「いえ、波を吹き飛ばします」

 

「は?」

 

何言ってんの?と言わんばかりのお父さんの表情を横目にし、私は妖気を高めて、高めた妖気を右拳に集中させます。

 

「オラァ!」

 

思いっきり振りかぶったアッパーを行うことで、妖気が衝撃波となり波を吹き飛ばしました。

 

波が吹き飛ぶと、道ができました。どうやら海が荒れてなければ、通れる道はあるみたいです。

 

「お父さん、行きますよ!」

 

「えぇ……?」

 

私はお父さんを横で抱えて、跳躍しました。やはり魔族大隔世で復活した後は遥かにパワーアップしているらしく、先ほどのアッパーといい、今の跳躍と以前とは桁違いです。

 

「のえぇー!?」

 

跳躍したスピードに驚いているのか、お父さんはやたら驚いてました。

 

波が収まるところに着地し、またアッパーを繰り出して跳躍。これを繰り返すことで、光が発している場所へ着くことができました。

 

「この方がご先祖ですか……」

 

半径50mほどの円形状に何も無い空間があり、そこの中央で仰向けに静かに寝ている魔族を発見しました。近づいて見ると木に埋め込まれていた魔族と瓜二つだったことから、この方がご先祖で間違い無いでしょう。

 

「そのようだね……オエップ」

 

急いできたせいか、お父さんは吐きそうでした。謝ると気にしなくていいとジェスチャーで返してくれます。喋ると吐きそうな顔をしてました。

 

どうすればご先祖を起こせるのか?と悩んでいると、お父さんは簡単だ、と言いました。

 

「見てごらん。ご先祖様の頭の周りに嫌な感じの魔力が纏わりついているだろう?これを引き剥がす」

 

「我が家の杖で取り除くんですね!」

 

お父さんは頷いて、杖をご先祖の頭に向けます。今まで解決してきた時も、この杖で嫌な感情とか余計な魔力を集めてポイしてきましたからね。

 

「だけど僕だけの妖気じゃ無理だ。だから優子、力を貸してくれるかい?」

 

お父さんは申し訳なさそうに提案してきました。そんな表情なんかしなくてもいいのにと思いますが、確かにお父さんから感じられる妖気ではご先祖を縛っている魔力を処理するのはちょっと足りないかもです。

 

「もちろんです!杖に妖気を込めるのは私、杖の操作はお父さんでお願いします!」

 

「分かった!」

 

2人で杖を握り、私が妖気を込める。するとお父さんは笑いました。

 

「強くなったね優子……本当に強くなった」

 

「皆のおかげです。浦飯さん……私の師匠にも後で紹介しますよ」

 

「優子の師匠か……ぜひお礼をしなくてはね」

 

そう言いながら、お父さんは杖を操作し始めました。

 

杖から伸びる私の妖気はご先祖の周りの魔力と絡みつき、まるで食い破るようにして魔力を消滅させていきます。

 

そして纏わりついていた魔力をスッキリ消滅させると、ご先祖がゆっくり目を開けました。

 

「んん……?ここどこぉ……?余は何してたんだっけ……?」

 

おお!ご先祖が目覚めたようです。作戦成功です!

 

わーいわーいと喜ぶと、お父さんはご先祖に跪きました。

 

「おはようございますご先祖様。あなたの子孫のヨシュアと申します。あなたは魔法少女に洗脳されていたのです」

 

「えぇ……余って洗脳されていたの? ってなんかすごい妖気の魔族が後ろにいるー!?」

 

どうやら洗脳されていたことは覚えてないようです。と思いきや、ご先祖は私を指差して後ろに思いっきり下がってしまいました。

 

どうやらパワーアップした私に驚いたようです。ふふ、なんか嬉しい。

 

「あー、この子は私の娘で優子と申します。ほら優子、ドヤ顔してないで自己紹介しなさい」

 

「私は吉田優子と申します!またの名をシャドウミストレス優子、略してシャミ子とお呼びください、ご先祖!」

 

「こやつも余の子孫なの?強すぎじゃね?」

 

「色々ありまして……」

 

説明すると長くなるので、そこは今回省きます。お父さんが世界各地から集めている魔力の流れを止めて、魔法少女に流すのをやめてほしいと頼むと、ご先祖はゆっくり頷きました。

 

「うむ分かった。確かにこれは過ぎた力じゃろう……ムン!」

 

ご先祖が体から妖気を立ち昇らせて、腕を振いました。すると大荒れだった海のような魔力はだんだんと鎮まり、静かな海のようになっていきました。

 

そして海が引くように魔力が綺麗さっぱりなくなり、ただ何も無い空間が地平の彼方まで現れました。

 

「すごいです……!」

 

「流石です、ご先祖様!」

 

「そーじゃろうそーじゃろう!

……まぁ操られていたのに全然気づかなかった訳じゃが」

 

褒められて鼻が高くなったかと思いきや、ズゥゥンと落ち込んでしまいました。なんだろう、どことなく親近感を覚えます。

 

「悪いのは操った那由多ってやつです!さぁ、脱出しましょう!」

 

「ではご先祖様。目覚めてください」

 

「うむ。礼を言うぞ我が子孫たちよ」

 

そう言うとご先祖は発光し、空間から飛ばされるような感覚を覚えました。やはり封印されていたのは伊達じゃ無いくらい、すごい能力者だったようです。

 

 

 

 

 

元の空間に戻ってくると、ご先祖が埋まっていた木からずるっと落ちてきました。

 

「ぶへ!?」

 

あ、と誰かが呟いた時にはもう遅く、ご先祖はお尻から地面へ着地してました。痛そうです。

 

「だ、大丈夫ですかご先祖?」

 

「めっちゃ痛い……」

 

なんか泣きそうでしたが、あえて触れないようにしました。なんか触れるとさらに泣きそうな予感がしたからです。

 

「作戦成功みたいね。那由多の魔力がグンと下がったわ!」

 

桜さんが地上へ見上げて言いました。探ってみると確かに那由多の魔力がグンと落ちてます。それでも私と互角かそれ以上ですが。

 

そして近くにいる浦飯さんの妖気はさらに落ちてました。だいぶギリギリじゃないですかこれ!?

 

「すみません皆さん、浦飯さんがやばいかもしれません!行ってきていいですか!?」

 

あまりに妖気が落ちている今の浦飯さんでは、今の那由多の相手は危険です。

 

もし浦飯さんに万が一があれば後悔どころじゃありません。那由多さえ倒せば、後は全部なんとかなるし、早く行きたくて大声を出してしまいました。

 

「行ってきてシャミ子ちゃん!結界はこのメンバーで大丈夫のはずだから!」

 

小倉さんはサムズアップで返してくれました。そして私は寝ている杏里ちゃんお見て、お父さんに視線を移します。

 

「お父さん、杏里ちゃんの洗脳を解くのお願いできますか!?」

 

本当なら私が杏里ちゃんの洗脳を解きたいのですが、今浦飯さんたちのところへ行かないとヤバイです!

 

「お友達は任せてくれ。本当はそっちに行きたいんだけどね……」

 

流石にお父さんで今の那由多の前に出たら危険なんてレベルじゃないです。それを堪えて、それでも大丈夫と言ってくれました。

 

「任せて、シャミ子ちゃん!」

 

「無事に帰ってくるのですよ、優子」

 

そして小倉さんだけでなく、皆応援してくれました。気合を入れて妖気を高めます。

 

「それじゃ、行ってきます!!」

 

私は地上に向かって跳躍しました。間に合ってください!

 

つづく




色々皆さん復活回。杏里ちゃんはお父さんに任せて先に行きました。

ちなみにお父さんと一緒じゃないとご先祖救済はかなり難しかった。なので実は今回が一番早い手順だったと言う感じ。


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67話「浦飯さん、限界を超えてです!」

戦闘シーン盛り込み。黄泉戦のあの黄金色のパワーって一体何だったんでしょうね?


時は少し戻り、地上。

 

凄まじい打撃音が響き、2人が距離を空けて着地する。

 

着地した2人───那由多は傷一つなく立っており、対する幽助は上半身裸で傷だらけになっており消耗していた。大きく乱れた呼吸をする幽助と、若干乱れている程度の呼吸の那由多。差は歴然である。

 

「やはりスタミナの差が出たね。君は動けば動くほど消耗するが、ぼくは無限の魔力のおかげで疲れ知らずさ」

 

「……その余裕そうなツラには腹が立つぜ!さっきまで互角だったくせによォ」

 

現在の那由多は常時スタミナと魔力MAXがデフォルトでついてきている状態だ。そしてその魔力を使って常時傷を回復させている。

 

ゲームであれば集団で傷の回復が追いつかなくなるくらいボコボコにするのが最適解であるが、これは現実。実力が追いついていない者では那由多の前に立つことすら叶わない。

 

現状対抗できるのは幽助のみで、1人で対抗していれば今のような状況になってしまうのも当然であった。

 

「ご丁寧に傷を治して見せびらかしやがって!性格悪いやつだな……テメー友達いねーだろ!」

 

幽助は霊界探偵として戦い始めてから喧嘩友達がたくさんできたが、霊界探偵になる前はほぼ友達はいなかったことを棚に上げてビシリと指摘した。

 

「───ッ!?」

 

正直那由多は狼狽えた。昔、桃をとある施設から救出した際に桜の連絡先を教えてもらおうと携帯を出したが、思い切り断られてしまったことを思い出した。

 

しかしムキになって言い返すと負けた気がするので、とりあえず那由多は鼻で笑った。

 

「だがそんな相手に敗北は目の前だよ浦飯。まだ続けるかい?」

 

「たりめーだ!このままじゃ───!?」

 

その時幽助は地下から巨大な妖気を感じた。そして同時に遥か遠い場所で懐かしい妖気も感じていた。

 

「(こいつは───シャミ子だと!?それにもう一つは……いや、そんなことあるわけねぇ!)」

 

死んだはずのシャミ子の妖気がバカみたいに膨れ上がった。その大きさはかつて仙水の前で妖怪として生まれ変わった自分と同じくらいの妖気だ。

 

そして遠くで感じたもう一つの妖気の持ち主は既に死んでいるはずだし、この世界にいるはずもない男の妖気だった。

 

だが幽助の考えを否定するように、幽助の体に変化が現れた。

 

「なんだこの妖気は!? それになんだ浦飯、その変化は……?」

 

「こいつは……!?」

 

幽助の体に浮かび上がるのは魔族の証とも言える模様だった。かつて克服した魔族の証だが、また反応したと言うことは答えは一つしかない。

 

あの男は───雷禅は生きている!

 

「へ、へっへっへ……」

 

可笑しかった。死んだと思った奴が2人も蘇っていたのだから。どういう理屈かはわからないが、2人同時に妖気を感じたと言うことは偶然ではないはず。恐らく自分が復活した時のように、血の繋がりがあるのだろう。

 

「(だからか、初めてシャミ子を見た時から放っておけねぇのは)」

 

なんとなく初対面からシャミ子のことを気に入っていたのは、このせいだったのかと幽助は笑った。

 

血は繋がる。子をなして、人も魔族も歴史を作っていくのだ。

 

それを全部ゼロにしようとしている目の前の女は、やはり放っておくことはできない。

 

「もうちょい付き合えや那由多。きっと面白ぇもんが見れるからよ」

 

恐らくシャミ子が復活すれば、ご先祖の洗脳とかは解放できるだろう。ならば幽助にできるのは、このまま戦い続けることだ。

 

「そんなボロボロでよく言う……! 謎の妖気は君を倒した後じっくり調べてやる!」

 

幽助が挑発すると、那由多は飛び込んだ。拳が交錯するが、やはり手数は那由多の方が上回っていた。

 

「気づいてる?地下の方ですごい妖気が現れたのを」

 

「……うん。救援に行きたいけど……」

 

「それよりもこっちの方を見なきゃあかんやろ」

 

リコは桃の提案をぶった斬った。確かに地下に現れた妖気は強大であるが、那由多を倒すことが最優先だ。

 

もしこの妖気の持ち主が那由多の仲間だったら小倉たちを倒してすぐこちらに加勢に来るだろう。だがそれがない時点で、大丈夫だろうと桃たちは判断した。それにこの妖気は邪悪な感じではないのだ。理屈ではなく、経験則であったが彼女たちはその勘を信じた。

 

非情ではあるが、幽助が負けたら全て終わりなのだ。こちらに戦力を集中させるのは当然だった。

 

そんな桃たちをよそに、しばらく攻防を繰り返し、那由多の右拳を頬で受け止めた幽助。

 

幽助は意識が飛びそうになりながら、しっかりと左手で那由多の右腕を掴む。那由多は引き離そうとするが、ビクともしない。

 

「くらいやがれ……!」

 

全身で高めた妖気は真っ赤に輝き、右拳を引いて力強く握る。これは霊光波動拳の初歩であり、幽助の得意技でもあった。

 

「霊光弾!!」

 

ショットガンと幽助は普段呼んでいるが、正式にはこの技名である。普段は散弾銃のように離れた相手に拳状の妖気を飛ばすが、密着した状態で放てば最も威力を発揮できる技だ。

 

「ぐおぉ!?」

 

幽助の中で威力の高い技であるが、那由多は左手を盾にして受け止めていた。しかし威力に押されて後方へ吹き飛んでいく。

 

そこを見逃す幽助ではない。

 

「(もう少しで霊光弾を弾ける!)」

 

僅かに思考が防御に対して比重を多く置いてしまった。その僅かな隙に、幽助は那由多に接近しており、彼女の近くで霊丸の構えを取っていた。

 

「早───」

 

「霊丸ー!」

 

息もつかせぬ超速攻。那由多に直撃した霊丸は大爆発を起こし、幽助は後方に吹き飛んだ。

 

爆発は巨大なキノコ雲を発生させ、余波で木々を揺らす。

 

「決まったの!?」

 

「だがこれでは浦飯さんまで爆発の影響を受けてしまっている……!」

 

遠くで見守っていたミカンは喜ぶが、桃は幽助の安否を心配する。だが横でリコが指差した。

 

「大丈夫や。幽助はんは無事や」

 

リコの指の先には、煙の向こうから後方へ飛んで避難した幽助が現れた。多少爆発の影響を受けているが、まだ戦闘可能の状態である。

 

「……よかった浦飯さん、無事だった」

 

桃たちは喜ぶ。しかしすぐミカンは顔を顰めた。スナイパーとしての能力が、いち早く状況を判断してしまったからだ。

 

「あっちは……何アレ!?」

 

煙の向こうから現れた那由多はまるでシャボン玉のような結界に身を包んでいた。霊丸が直撃したはずなのに、服すら破けていない。

 

「アレであの霊丸を防いだっていうのか……!」

 

桃は驚いて思わず叫んだ。とてつもない威力の霊丸だったはずなのに傷も負ってないという事実は、彼女ら3人に大きな衝撃を与えた。

 

「クソッタレがぁ……!」

 

幽助は怒りと驚きと共に、この光景は既視感があったのを思い出した。具体的には黄泉との初めての勝負の時だ。あの時は黄泉に霊丸を吸収されてしまった。

 

「【降魔反障壁】! ようやく浦飯の妖気の波長に合わせて無効化できる障壁を作り出すことができたよ。

素晴らしい防御性能だろう?」

 

那由多は自身の周りに展開した防御壁をそう評価した。敵の妖気の波長に合わせた防御壁展開することにより、妖気が防御壁に接触すると妖気が霧散し無効化するように設定してあるのだ。

 

魔力や妖気の波長というのは1人1人異なるもの。つまり指紋に近いのだ。

たまに美しい魔闘家鈴木のように波長を変えられる者もいるが、滅多にいない。故に波長に合わせて展開された防御壁を突破することは非常に難しい。

 

戦っている相手の波長を読み取って防御壁を構成する、なんて言うのは口にすれば容易いが実現するには非常に高度な魔力コントロールが必要だ。

 

つまりこの防御が完成したということは、ご先祖から流れ込んでくる魔力を完全に制御しているということに他ならない。

 

そして幽助もその事実を何となく理解していた。

 

───だが彼は撃ち破る方法も知っている。

 

「テメェ……!」

 

幽助は霊丸の構えを取り、右人差し指に赤い妖気を溜めた。それを見て那由多はほんの少し失望を覚える。

 

「無駄だよ。霊丸では破れない」

 

「うるせぇーっ!!」

 

幽助はそのまま赤い妖気での霊丸を撃った。今まで撃ってきた霊丸の大きさと違い、人間の顔くらいの大きさの霊丸を撃った。

 

1回だけではない。何度も指先に妖気を集め、何度も何度も妖気による霊丸を撃ち続けた。霊丸の凄まじい連射である。

 

「何度やっても無駄だよ!」

 

しかし那由多の防御壁は破れない。防御壁に阻まれ、何発もの霊丸は消えていく。

 

アレほど苦戦した浦飯がこうも単調で無駄な攻撃をすることに、那由多はため息をつきたい気分でいっぱいだった。

 

───そんな時であった。

 

「───何っ!?」

 

那由多の右頬が切れたのだ。切れた右頬から血が僅かに吹き出す。

 

すぐ魔力を使用して傷を治すが、精神的な動揺は治らなかった。

 

「(馬鹿な、なぜ防御壁が突破されたんだ!?)」

 

この防御壁は完璧だ。浦飯の【妖気】の波長に合わせて設定されているから、突破は不可能のはず。

 

だがその後も突破した僅かな霊丸が左腕、右肩に掠って血を吹き出させる。

 

まぐれではない。明らかに浦飯幽助は攻略法を知っている!それに気づいた那由多は、霊丸を集中して観察した。

 

そして赤く光る霊丸に青色の別の気が混ざっていることに気付いたのだ。

 

「なんだ、アレは……!?」

 

だが発見できても、那由多には分からなかった。魔力でも妖気でもない別の何か。それが何の力で、なぜそれを浦飯幽助が使えるのか不明だった。

 

「アレは……恐らく霊気だ!」

 

そして青い光の正体に気づいたのは付き合いが長い桃だった。他2人は聞いたことがない力に首を傾げる。

 

「霊気?」

 

「浦飯さんはかつて人間だった。人間だった頃は霊気という人間だけが使える力を使っていたって言っていた。

人間から魔族へ生まれ変わってから、基本妖気を使うようになったらしいけど、霊気も使ったことがあると聞いたことがある!」

 

黄泉との戦いで妖気と霊気の混合弾用いて、黄泉の反障壁を突破したことがある。それと同じことをやっているのだ。

 

「じゃあ浦飯さんだけにできる、霊気と妖気の混合弾ってことね!」

 

「なんてお人や……」

 

その事実を知らない那由多は混乱していた。そして混乱している間にも霊丸は防御壁を突破して那由多へ襲いかかる。

 

「ぬあ、ぐぅッ!?」

 

最初は僅かに掠るレベルだったが、今は仰け反るほどの威力を那由多に与えてくるのだ。

 

「うおぁぁぁー!」

 

幽助は叫びながら撃ち続ける。その体は雷禅の魔族の証がだんだんと消えていく。

 

「あの変な模様も消えていくわ!」

 

「霊丸から妖気が消えて、霊気だけになっていく……」

 

赤かった霊丸は青く光る霊丸へ変化していく。それを見ている那由多だが、霊丸の威力に体勢を崩され行動を起こせない。

 

「うおらぁー!!」

 

そして放たれる霊気のみで構成された極大の青い霊丸。

 

「う、うわぁー!?」

 

迫り来る霊丸の眩しさのあまり、那由多は反射的に顔を両手で庇うような防御体勢を取ってしまった。

 

そして大爆発。霊丸の反動で後ろに吹き飛んだ幽助も爆煙に巻き込まれ、巨大なキノコ雲を作り上げた。

 

「えらい威力やなぁ……」

 

少しすると爆煙の中から現れる幽助。その顔は好戦的な笑みを浮かべており、真っ直ぐ爆心地を見続ける。

 

そして燃え上がる炎の中から、那由多が現れた。

 

那由多は左肩から先が欠損しており、右目も見えておらずひどい火傷の状態だった。大怪我ですまない状態であったが、それでも幽助の全力の霊丸を浴びて生きていたのだ。

 

「随分ひでぇダメージだな、おい」

 

「そう言う浦飯も大分妖気が減っているじゃないか。決めきれなかったのは痛かっただろう?」

 

通常であれば戦闘不能の大怪我だ。余裕を見せる那由多に対し、幽助は地面へ唾を吐く。

 

「ペッ、アホ言え。重症なのはどう考えてもテメー……なんだとぉ!?」

 

幽助の目の前で、那由多の体が再生していく。それは右目や欠損したはずの左腕もまるで巻き戻すかのように再生しており、火傷も同様に回復していく。

 

今までも軽い怪我を幽助の前で治していたが、欠損までも瞬く間に治せるのは幽助にとって予想外だった。

 

魔法少女の肉体は魔力が元となっているエーテル体である。つまり魔力切れを起こさない限り回復可能であり、そして無限の魔力を手にした那由多は無限に回復できる。

 

倒すには一撃で木っ端微塵にしなければいけないのだ。

 

幽助は全力でやった。しかしここまでしか破壊できなかったのだ。

 

「腕まで生えてくるとか、出鱈目な再生力だぜ……」

 

戸愚呂兄じゃあるまいし、と幽助は忌々しく呟く。

 

左手を握ったり開いたりして確かめる那由多。機能は完全に回復したようだ。

 

「さて、そちらの妖気と……青色の気は随分減ってしまったようだね」

 

その通りである。随分妖気と霊気を使ってしまったため、かなり開きができてしまった。だから那由多が幽助の懐に飛び込み、那由多版霊光弾を放つ。

 

幽助の技を真似た那由多の一撃を幽助は避けることができず、腕を盾にして防ぐのが精一杯だった。

 

「ガァ!?」

 

地面を水平に吹き飛ぶ幽助。土壁に激突した幽助を見て、このままでは幽助が殺されることを察知した桃たち3人は飛び込む準備をした。

 

「さて、名残惜しいがトドメといこうか!」

 

しかしその3人が立ち向かうことを躊躇させるような莫大な魔力を身に纏う那由多。4人まとめて消し炭にするくらいの威力を秘めていることは、全員が肌で感じていた。

 

右手を上に掲げた那由多は、幽助の霊丸以上の大きさの金色の魔力弾を生成する。そして躊躇なく幽助に向けて右手を振り下ろした。

 

「魔光烈弾!」

 

巨大な金色の魔力弾が高速で幽助に迫る。

 

後方から射撃をしたところでこの攻撃は防げない。そう判断した桃たちが幽助の前に立とうとして、幽助はその行為を遮るように馬鹿でかい声を出した。

 

「来るんじゃねー!」

 

もし庇ったりすれば確実に桃たちは死ぬだろう。そんなのは幽助にとって後味が悪いし、何よりせっかく復活したアイツに申し訳が立たねぇと思っての発言だった。

 

その大声で咄嗟に動きを止めた桃たち3人。その桃たち3人が見たのは、幽助が魔光烈弾に向けて右手の人差し指を構えていたところだった。

 

「霊丸ー!」

 

「無駄だよ!一発程度では止まらん!」

 

幽助は赤い霊丸を放つも、那由多は笑った。魔光烈弾は幽助の霊丸の威力を超えるよう計算して撃った攻撃だ。正面衝突しても押し切れる自信が那由多にはあった。

 

「連射!」

 

「何だとぉ!?」

 

しかし二発続けてならばどうなるのだろうか?一発目は確かにぶつかり合っても押し負けそうだった。

 

しかし即座に二発目を撃ったことで、一発目が二発目の霊丸に押されて魔光烈弾を突き抜けたのだ。

 

「突き抜けた!」

 

「でもどっちの威力も死んでないわ!?」

 

どちらの技も相手に直撃し、爆発した。そして煙の向こうではなく、那由多と幽助は少しズレた場所にお互いボロボロになって立っていた。

 

「恐れ入ったよ……まさか連射で来るとは……!しかし浦飯、君の妖力はもうほぼゼロに近いんじゃないか?」

 

「……まだだぜ」

 

「何?」

 

アレだけ威力の高い放出系の技を何度も撃ったのだ。もうあまり残っていないだろうと思っている那由多の一言を切って落とす幽助。

 

「オレは負けねぇー!うおぉぉー!」

 

今度は赤くも青くもない、黄金色の気が幽助から湧き上がった。

 

「今度は一体何の気よ!?桃は聞いてる!?」

 

「これは分からない……けど……」

 

「凄いっちゅうのは分かりますなぁ」

 

この光景を見ている全員が、その黄金色の気に見惚れていた。

 

幽助自身、聖光気ではないこの黄金色の気が何なのか分かっていない。

 

だが何故か自身の気分と共に湧き上がってくるのだ。この果てしないパワーが……

 

「とことん凄い奴だよ君は……!」

 

対して那由多は使った分の魔力はもう戻りかけていた。おまけで怪我も回復している。無限の魔力の前に勝ち目は薄いだろう。

 

なのに笑っている幽助は、那由多にとっては奇妙に写っていた。だが同時に、彼らしいとも思った。

 

那由多も黄金色の魔力を吹き上がらせ、魔力をボクシンググローブのようにして両拳に集中させる。幽助も示し合わせたように、同じように力を集中させた。

 

「さぁ、打ち合いと行こうか!」

 

「来やがれ!」

 

本当に楽しそうに笑う幽助を見て、那由多は決心が鈍りそうだった。

 

───君といつまでも戦っていたい

 

けれど彼女は口に出さなかった。その分、幽助を殴る拳に思いを載せる。

 

お互い殴り続けた。防御を考えない、まるでチンピラのような戦い方。しかし、それが何より楽しかった。

 

「だがいつまでも続くわけじゃない……」

 

幽助は自己回復はある程度できるが、攻撃に使う妖気が多すぎて回復まで手が回らない。だが那由多は無限に供給される魔力で、常時傷を回復し続ける。

 

勝敗は明らかだった。

 

「ま、まだ負けてねぇぞ……!」

 

この状況で諦めていない幽助に、那由多は眩しく目を細める。そしてゆっくりと那由多は右の手のひらをゆっくり幽助に向けた。

 

「さて、これで……」

 

金色の魔力が那由多の右手に集中しようとして、桃たちは幽助の前へ飛ぶ。

だが一歩遅い。那由多はそのまま魔力弾を放とうとして……。

 

───力が抜けた。

 

「な、に?」

 

今まで圧倒的だったはずの魔力が急速に那由多の体から抜けていく。全ての魔力が抜けていくわけではない。今までご先祖から供給されていて那由多が制御していた膨大な世界中の魔力だけが抜けていくのだ。

 

「な、なんだこれは! まさかあの魔族の洗脳と術式を解いたというのか!?」

 

那由多はあり得ない事態に慌てていた。桃たちは急速に落ちていく那由多の魔力量に眉を顰めていた。

 

「(あり得ないはずだ。あの先祖の洗脳には那由多が集めた討伐カードを何枚も使ったんだよ!?

その洗脳を解けるのは、直接精神に入り込めるような能力者でない限り不可能のはず!

あの場にいた他の連中では絶対に不可能のはずだ!)」

 

該当する能力者であるシャミ子は倒したはず。だからあの場に残っているであろうイクたちはすぐに殺さず後回しにした。どうせ後で皆同じく一つになるのだから、すぐ死ぬのも後で死ぬのも大差ないとして見逃したのだ。

 

なのに何故……と那由多は必死に考えながら顔を幽助に向けた。

 

───笑っていた。

 

幽助は今にも吹き出しそうに笑っていたのだ。那由多は激昂した。

 

「浦飯!君は何か知っているな!?」

 

「ああ……知ってるぜ。もうすぐ来るしな」

 

幽助が自身の後方へ右手の親指を向けた。全員、幽助の指した方向を見て───目を見開いた。

 

「ちょっと待ったー!!」

 

段々影が大きくなり、那由多と幽助の間に入ってきた魔族は、その場の誰もが知っている者だった。

 

しかしあり得ない。死者は蘇らないのが常識だ。

 

「遅かったじゃねーか」

 

「すいません、色々やってました!」

 

その魔族は那由多がトドメを刺したはずの者だった。

 

「なぜ生きている───シャミ子!!」

 

那由多は叫ぶ。それに対して、シャミ子は拳を向けた。

 

「決まってます!決着をつけるためです!」

 

赤く輝く妖気が、本当のシャミ子であることを証明したのだった。

 

つづく




幽助、色々やったぜ。でも無限供給持ちにはキツかった。
でも長く戦っていたおかげでシャミ子が色々できたのでOK


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68話「シャミ子VS那由多 その5です!」

山「まだ戦うんですか!?もうやめてくれー!」


地下の穴から出てきた私は、さらに跳躍し浦飯さんたちのところへ向かいました。

 

驚くべきことに、浦飯さんの妖力が地下で感じた時よりさらに落ちているではありませんか!こりゃ急がなきゃまずいということで、急ぎます。

 

自分でジャンプしておいてなんですけど、今の私……スッゴイ跳んでます!下手なビルだったら地上から屋上まで簡単に行けちゃいます!

 

なんて喜びましたが、そんな場合ではないと気を引き締めて、山があったような更地を飛び越えます。

 

「いた!」

 

何か大技を撃とうとしていた那由多と、傷ついていた浦飯さんたちの間に着地します。

 

「ちょーっと待ったー!」

 

那由多が皆へトドメを刺す瞬間だったようで、ギリギリセーフでした!那由多の前に立ちはだかると、那由多は目を大きく見開いて驚いてました。

 

「シャミ子……?」

 

「え、嘘。本当に……?」

 

桃が震えてました。いや、桃だけでなくミカンさんもです。リコさんは大きく驚いており、浦飯さんは好戦的な笑みを浮かべていました。

 

「ふふ、シャドウミストレス優子。ただいま戻ってきました!

てか随分皆さんパワーアップしてますね。結構修行した後みたいですよ?」

 

「え、は?いやいやいや、シャミ子あの時心臓止まっていたんだよ!?」

 

「そーなんですよ。というか今も心臓止まってまして。代わりに核っていう魔族の心臓が動いているって聞きました」

 

桃があり得ないと否定してきますが、今の状況を伝えるとキョトンとしてます。自分で言っておいてアレですけど、やっぱりあり得ないですよねこれ。

 

「全く、本当に……本当にシャミ子は人を驚かせるんだから……」

 

「ってうお!桃ってば泣いてる!?」

 

桃は笑いながら泣いてました。そして私を抱きしめてきます。いや、力強すぎて苦しいんですけど……!

 

「本当よ、生きてて良かったわ……!」

 

「ミカンさんも無事で……って苦しい……!?」

 

ミカンさんも私の後ろから抱きしめてきました。身長差の関係もあり非常に苦しい!かと言ってやめてとも言えず非常にピンチです。

 

「あの地下の方から発していた巨大な妖気はやっぱりシャミ子はんのもんやったやな。

しかし見たところあんまり変わってないなぁ」

 

リコさんは納得したよう表情を浮かべてました。どうやらこっち見ながら私の妖気も察知していたようです。そして私を上から下までじっくり確認してました。

 

「……どうやら、魔族大隔世でS級妖怪クラスになれたみてーだな」

 

そして浦飯さんがそう言ってきました。まさか元の肉体を取り戻した浦飯さんをここまでボロボロにするなんて、相当やばい状況だったようです。

 

ご先祖の洗脳を解かずに那由多のパワーがそのままでこっちにきてたら、間違いなく全滅だったでしょう。

 

「はい!おかげさまで!あ、浦飯さんに伝言があります」

 

「伝言だ?」

 

「雷禅さんが今度会いに来いって。私と一緒に」

 

その言葉を伝えると、浦飯さんは大きく目を見開きました。そしてなんだか照れくさそうに鼻の下を擦ります。

 

「やっぱあの妖気はそうだったか……あのクソ親父め。テメーから来いってんだよ」

 

「あはは……」

 

照れくさそうにしながらも言葉が悪い浦飯さんの態度に、私は雷禅さんと浦飯さんは悪態のつき方がそっくりだなぁと感じました。

 

「シャミ子……君は確かに殺したはずだが?それに魔族大隔世だと?」

 

魔力弾を撃とうとしていた那由多はいつの間にか右手を下ろしてこちらをじっと見ていました。桃やミカンさんが抱きついてきた時なんてまたとない攻撃チャンスだったと思うのですが、見逃してくれたらしいです。

 

私は2人からぬるっと脱出して、那由多に向き直ります。

 

「魔族大隔世はいわゆる隔世遺伝のすごい長いやつというか……あなたの仲間の黒影さんとやらの超すごい版らしいです」

 

「なるほど、魔族大隔世……いわゆる大隔世遺伝とは。ふふふ……あははははは!」

 

いきなり大笑いし始めた那由多。腹を抱えて笑う姿は、あまりに隙だらけ。しばらく笑い続けると目の端に涙を浮かべて、私に話しかけてきます。

 

「ふっふっふ………君たちは師弟で面白いね。君たちの先祖に、ぼくが洗脳した先祖の魔族以外の強力な魔族がいたのは予想外だったよ。そんな偶然があるとはね」

 

それはそうです。そんな都合の良い偶然があることに復活した私自身がビックリですよ。

 

「ところが偶然じゃないらしいんですよ。こうなった要因の一つに那由多、お前も関わっていると聞きました」

 

「何?」

 

私は簡単に雷禅さんから聞いたことを話しました。雷禅さんが子供を作り、その子孫が私と浦飯さんだった。

 

那由多がご先祖を邪神像から抜いたことで代わりに浦飯さんが入り、今に至る。そう話すと那由多は顔に手を当てて天を仰ぎました。

 

「そんな偶然、読めるわけないだろう……」

 

「そりゃそうよ」

 

那由多の呟きに、思わずミカンさんも同意してました。浦飯さんも「親父のやつ……」と呟いています。でも雷禅さんがいなかったら私は死んでいたのでセーフです、セーフ。

 

「……そして大幅パワーアップしたというわけか。確かに君がパワーアップすれば先祖の洗脳を解除して、私への魔力供給をカットできたことにも納得できる。

……君を殺したのは失敗だったかな?」

 

「殺されて良いわけあるか!とりあえず、これであなたの野望は潰えたわけです!」

 

指差して宣言すると、那由多は肩を竦めて「確かに」と認めました。

 

那由多は私たちの街の方向を見ると、どこか眩しそうに目を細めてました。そろそろ夜が明けそうな時間だからでしょうか。

 

「……そしてシャミ子の内側にいた桜ちゃんも解放され、街の結界が戻り桜が咲いた訳か」

 

地下に残った桜さんの魔力を感じ取っていた那由多。確かに目を細めて街の方へ視線を移すと壊れていた街の結界がドーム状に修復されていくのが見えます。どうやら桜さんは街の防衛を固めてくれたようです。結界に関しては桜さん以外は分かりませんからね。

 

「……なんだって?姉さんが解放された?」

 

ため息すら感じられる那由多の言葉に、激しく反応したのは桃でした。

 

そして私にズイッと近寄る桃。め、目が怖い……。

 

「ねぇシャミ子。どうして姉さんが復活したことをシャミ子は言わなかったのかな!」

 

「ヒギィ!言う暇が無かったんですよ!尻尾を引っ張らないで!」

 

確かに桜さんの復活は重要なことですけど、言うタイミングが全くなかったじゃないですかと言っても桃はますます詰め寄ってきます。てか顔が近すぎる!

 

「ちょっと桃、せっかく復活したシャミ子の尻尾がとれるわよ!」

 

「心配ばかりかける魔族には必要なことだよ」

 

「力を込めるんじゃない!助けてー!」

 

言い訳も通用せず、結構な力で尻尾を引っ張ってくる桃が怖くて助けを呼びますが、リコさんと浦飯さんはゲラゲラ笑うだけでした。この悪魔どもめ!

 

ワイワイ騒ぐ私たちの行動を止めたのは、那由多の一言でした。

 

「これでぼくを倒せばハッピーエンドだな。倒せれば、だけど」

 

この状況でまだ勝ちを諦めてない那由多に対して、全員那由多へ向き直ります。

 

そうです。私や桜さん、お父さんが復活したとはいえ現状やばいことは変わってません。

 

那由多への無限の魔力の供給が停止し弱体化したとはいえ、那由多の現在の魔力は私とほぼ互角。消耗した浦飯さんや、桃たちより強いことを肌で感じられます。

 

「シャミ子。君を倒した後、浦飯を倒せば敵はいない。それはわかるだろう?」

 

他では勝負にならないと口にする那由多。その言葉に桃たちは那由多を睨みますが、言い返せませんでした。お互い実力に差があることを察していたからです。

 

「なら、私があなたを倒せば問題ないってことですね!」

 

そう、話は簡単です。私が勝てば全部終わり!難しいことは考えなくて良いのです。

 

「じゃあ始めましょうか、最後の勝負を!」

 

そう宣言して指さすと、那由多は薄く笑いました。

 

「……待った。1人で戦う気?」

 

「え、そのつもりですけど?」

 

桃の質問にそう返すと、思い切りため息をつかれました。そしてミカンさんに肩を掴まれ揺らされます。

 

「ちょっと!タイマンにこだわらなくてもいいでしょうが!」

 

「あわわわ、でもこれは元から私の勝負です!」

 

「そうだな。元はシャミ子と那由多のタイマンだ。やらせてやれ」

 

キッパリと宣言すると、浦飯さんも賛同してくれました。それを聞いた桃とミカンさんはため息を吐き、リコさんはどこか納得し、那由多は軽く笑ってました。

 

「あーもー、好きにしなさいよ。シャミ子ってば、浦飯さんに似てきたわね」

 

「気張りや、シャミ子はん」

 

ミカンさんとリコさんはそう言ってくれました。そして桃の方を見ると拳を差し出してきました。

 

「……必ず勝って」

 

「はい!」

 

桃と拳を合わせ、浦飯さんの方へ向きます。

 

「任せたぜ」

 

「はい!」

 

浦飯さんが任せてくれた。そう思うと何か込み上げるものがあります。私は妖気が体に満ちるのを感じながら皆へ頷いて、那由多へ向き直ります。

 

「お待たせしました」

 

「中々待ったよ。さぁ……決着をつけよう」

 

溢れ出る那由多の魔力。私も対抗して強くなった赤い妖気を放出します。

 

お互いに力を吹き出し、気だけで押し合いをします。

 

「ぬうぅぅ!」

 

「はあぁぁ!」

 

赤い妖気と那由多の魔力が押し合いになり、お互い吹き飛ばされないようにその場に力を入れて堪えます。

 

「凄い、シャミ子の妖気が桁違いに上がっている!」

 

「凄い押し合いだわ!」

 

「互角くらいに見えるんやけど……」

 

「始まったばっかだからな」

 

押し合いをしているエネルギーはスパークし、お互い譲りません。

 

しかし那由多は突然やめました。私もそれを奇妙に思い、罠かと思ってやめます。

 

「どうして急にやめるんです?」

 

「いや……なんかこういう押し合いみたいなのは趣味じゃなくてね」

 

「……まぁ確かに、楽しくはないですね」

 

言われてみれば押し合いはなんかこう、気だけで決定するからあんまり駆け引きもないし面白みはないと感じます。すると那由多は笑いました。

 

「やはり戦いは拳を合わせないとね」

 

那由多は半身にし左手を前にして構えを取ります。ならばと私も構えます。

 

「じゃあこっからですね」

 

「そういうことだ」

 

那由多から感じるのは、私を殺した時と同じ凄まじい魔力。それでいて魔力は美しいほど綺麗に体を覆っており、魔力制御の技術が高いことがわかります。

 

ぶるり、と体が震えそうになります。しかし私だって強くなったのだ。

 

「いくぞぉー!」

 

気合いを入れて、駆け出しました。すると那由多もほぼ同時に駆け出しており、お互い示し合わせたように相手に向かって走り出していたのです。

 

那由多の左斜め前に滑り込むように回り、アッパーを振り上げます。拳自体は外れたものの、衝撃波が那由多を襲い、奴を後退させます。

 

私はジャンプし、那由多は巻き上がった岩などを足場にしてこちらに向かってきます。

 

左ストレートを繰り出すと那由多は右腕で逸らしますが、逸らしている間に右ストレートと隙間なく攻撃を加えます。

 

「空手の夫婦手か!いい技だ!」

 

右ストレートも抑えられますが、抑えられた状態のまま腕を折りたたんで肘鉄を繰り出します。両手をセットのように攻防で使っていたらそんなことを言われました。

 

「なんですかそれ!自分で考えてやっているだけです!」

 

「ははは!自分で思いついたのか!」

 

那由多は笑って自身の手を槍のように突き出してきました。ギリギリで避けると、私の防御を突き抜けて腕に僅かに刀で切り付けられたような傷跡ができます。

 

「貫手、手刀、足刀!」

 

「おわ!?」

 

私が避けた後、外れた那由多の攻撃は岩や木をまるで熱したナイフで切られるバターのように切り裂いていきます。なまじの防御など歯が立たないと判断し、私は避けつつしゃがんで蹴りを繰り出します。

 

「地獄回転投げ!」

 

「のわぁ!」

 

なんと私の足の指を捉え、捻るように投げ技を繰り出してきました。私の体が横回転しますが、私は防御を考えず回転のエネルギーを利用して回し蹴りを繰り出します。

 

「がっ!?」

 

「ごふ!?」

 

私の蹴りが那由多の顎に決まった瞬間、那由多の正拳突きが回転中の私の鳩尾に直撃。お互いに吹っ飛び、またすぐ接近して殴り始めました。

 

「はあぁぁ!」

 

「おりゃあぁ!」

 

那由多は色んな技を駆使してきますが、私はそれに全て対応しようなんて思いませんでした。

なぜなら私はまだ鍛え始めて1年も経ってません。4月から鍛え始めて、ようやく年末になったところなのですから、実質8ヶ月そこらでしょうか?初心者もいいところです。

 

だから技術で勝負しようなんて烏滸がましいのです。

 

今まで皆に鍛えてもらい、戦ってきたことを活かす。それしか考えてませんでした。

 

───それはゴリ押し!喧嘩殺法!それしかありません!

 

那由多の拳が私の頬を殴ったとしても、同時に私が膝蹴りを出して奴の鳩尾に叩き込めばダメージは互角です。

 

お互い距離が開き、また構えました。その時唇の端から血が流れ出てましたが、私は舌で舐め取りました。

 

「ふふん、今度は負けませんよ」

 

「ならまた返り討ちにしてあげるさ」

 

お互いに気力を漲らせながら、戦いを続けました。

 

つづく




雷禅、観戦中。

今の2人の実力は魔族大隔世後の幽助VS仙水と同じくらい。
幽助VS那由多との戦いから比べると結構スケールダウンしている状態。

作中の季節はだいたいクリスマスくらい


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69話「決着です!」

今更那由多の独白あり。次回最終話


どうしてだろうか。浦飯やシャミ子と戦うと開放感に溢れていくのは。

 

ずっと誰かのために戦っていた。困っている人がいたら、悪いやつを倒し。災害が起きたら救助に向かい。願いを叶えたい人がいたら駆け回り。

 

ぼくはずっと誰かの幸せのために戦っていた。幸せになった人の笑顔を見ると、自分が満たされた気がするから。

 

けどそれは最初のうちだけだった。笑顔になった人より、不幸になっている人の方がよく目に入ってしまうようになっていった。

 

救っても、救っても、救っても、遠くで誰かが不幸になってしまっている。

 

いつの間にか達成感よりも義務感が勝り、救った人の顔が思い出せなくなっていった。代わりに目に入るのは汚いモノばかりだった。

 

どうして皆で綺麗に過ごせないんだろう?どうしてそんなことができるんだろう?

 

世の中にはそんなことばかり溢れていると気づいてしまってからは、どうしたら不幸をなくせるのだろうとばかり考えるようになった。

 

世の中はもっと単純だと思っていた。悪い魔族や人間がいて、それを倒せばハッピーエンド。ぼくはそれらを倒す正義の味方なのだと、信じていた。

 

だが違った。些細なことで人は加害者になれるし、自分の利益のためだけに多くの人を不幸へと導く権力者もいた。

 

単純ではないのだ。これを正すためには、1人の力だけではダメだ。だから多くの人を巻き込みたかった。同じ想いであるはずの魔法少女を説得して回った。

 

───だがダメだった。避けられる、攻撃される。

 

同じ魔法少女からも理解されないぼくはどうすればいいのだろうか?

 

そんな時、目についた博物館に行った。人類の叡智、そんな綺麗事は破壊の歴史だろうと思って入った。

 

その時、地球の誕生……そして生物の誕生の解説を読んでこう思った。

 

───なら、またやり直せばいいんじゃないか!

 

そんな義務感を持って始めた今回の計画も、後一歩のところで邪魔が入った。

 

今、その原因のシャミ子と拳を合わせている。

 

本来なら計画を邪魔された憎しみで殺さなければならないだろう、人類を救う手立てを潰そうという愚か者として裁かなければならないだろう。

 

しかし純粋に力比べを挑んでくる彼女や浦飯に対し、憎しみをぶつけることができなかった。

 

初めて、戦いが楽しいと思えるのだ。

 

こんな楽しいことを、ずっと続けたいなと思うくらいには、彼女と浦飯の拳はぼくの心を熱くさせるのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

シャミ子と那由多の戦いは激しさを増していく。その戦いから少し離れた場所で幽助たちは観戦していた

 

幽助と戦っていた時より弱体化しているとは言え、それでも傷ついた幽助を含めてこの場の4人では勝てないくらい那由多は強い。

 

その那由多と互角の戦いを繰り広げているシャミ子のパワーアップには、幽助以外舌を巻いていた。

 

そしてその光景を驚いたのは彼女たちだけでない。誰もいないはずの後ろにいる人物もだ。

 

「いやー、あれ凄いね。もう介入できないわ」

 

『!?』

 

戦いの観戦に夢中になっていたせいか、接近されるまで気づかなかった桃たちは声が聞こえた瞬間に距離を取って構えをとる。

 

「ちょ、ちょっと!私よ私!」

 

だがやってきた人物を見て、別の意味で驚いた。

 

『姉さん(桜さん)!?』

 

「ハロー皆!魔法少女★千代田桜です!お久しぶり〜!

あ、そこの……浦飯さんは初めまして!」

 

「おう」

 

自己紹介のたびにポーズを決める桜。右目あたりで右腕を横にしピースして、左手は腰に当てるのが彼女のお気に入りのポーズらしい。

 

懐かしい魔力と行動に、桃とミカンの目は潤んでいた。リコと幽助はおもしれーやつと笑っていたが。

 

「本当に復活できたんだね、姉さん……良かったぁ」

 

「うんうん、昔の桜さんのままだわ!」

 

「ふふ、ありがとう。私も皆に会えて嬉しいわ。

……この状況でなければね」

 

実に10年ぶりとなる再会であるが、ずっと桜ばかり見ていられる状況ではない。桃とミカンはチラチラと桜を見つつ、シャミ子と那由多の戦いに視線を移した。

 

「シャミ子ちゃんのご先祖の洗脳は解いて弱体化しているはずなのに、アホみたいに強いわね那由多の奴」

 

それに対抗できるシャミ子ちゃんもやばいけど、と桜は呟いた。はっきり言って自分が戦えるレベルではないことは目の前の光景でよくわかる。

 

拳を振り上げれば衝撃波であらゆるものが吹き飛び、蹴りで地響きが起きる。それが環境破壊を目的とした一撃ではなく、相手を破壊するために集中させた力の余波なのだから笑えない。

 

「弱体化っつーよりは元に戻ったって感じだな。オレと戦っている時は魔力の制御に苦労してたみたいだが、今はそんな感じはねぇ」

 

「確かに、私たち3人と戦った時と同じと考えていいでしょう」

 

「皆、よく生きてたわね……」

 

現在の那由多の戦闘能力は弱体化というより、本来の実力100%で戦っていると言った方が正確だろう。戦った4人は正確に実力を判断できていた。

 

あの実力の那由多に対し冷静に分析できるほど生き残れた4人に、桜は心底驚いていた。

 

「シャミ子のやつは随分パワーアップしたが、まだ慣れてねぇな」

 

「魔族大隔世……よね?急速にパワーアップしたにしては随分扱いが上手いと思うけど

……?」

 

ミカンは素直にシャミ子を称賛した。桁違いにパワーアップしたシャミ子だが、特に妖気の扱いがうまく行かないなどは見受けられないからだ。

 

「完全に気を消したり、集中させたりはまだ難しいはずだ。あんな感じでな」

 

シャミ子は吹き飛ばされた後、後ろに回り込んで攻めようとする。しかし攻める前に居場所が発見され、奇襲はできず通常の接近戦になっていた。

 

幽助の言う通り妖気を完璧に消せれば奇襲はできた。だがそれはできない。

 

突然の急激なパワーアップは、例えれば125ccのバイクから1000c cのバイクに訓練なしで乗り換えたようなものだ。乗ること自体はできるがパワー差がありすぎて微細なコントロールができないのだ。

 

「……それじゃあ、シャミ子は勝てないってことですか?」

 

心配そうに聞く桃。正直シャミ子がダメだった場合、戦力的にこちらの勝ち目はかなり薄いだろう。それ以上に、またシャミ子が死ぬかもしれない。そのことを考えると、桃は震えた。

 

しかし幽助は首を横に振った。

 

「多分オレの予想が当たってれば、このまま勝てるかもしれねぇ」

 

「……それは魔族大隔世の魔族が手助けするからやろか?」

 

そのリコの問いにも、幽助は首を横に振った。

 

「那由多を見てれば分かるぜ」

 

その言葉に従って、全員那由多の動きにより注意を払った。だが今までと何が違うのか、今の段階では彼女たちには分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

私たちの戦いの衝撃波で更地になった土地。環境破壊もいいところですが、そんなこと気にしてられません。

 

私の攻撃が捌かれ、代わりに殴られて吹き飛んだ私。地面に転がると土煙が上がったので、その隙に地面を振り進んで那由多の後ろあたりに待機します。

 

少し待ってから攻撃を仕掛けようかな、どうしようかな……と考えていると那由多の声が響きました。

 

「ぼくの後ろにいるんだろう?出てこいよ」

 

ドキッとしますが、バレているなら仕方ない。素直に地面からモグラのように出ました。

 

「ふっふっふ、よく見破りましたね」

 

「妖気の消し方がまだ甘いね。パワーアップした分制御には不自由しているようじゃないか」

 

「まだ暴れ馬に乗った感じなんで中々コントロールが難しいんですよ」

 

私は土を落としながら立ち上がります。

 

「だけど戦っているうちに結構慣れてきましたよ!」

 

「なるほど……本当に浦飯に似ている。君たちと戦うのは楽しいよ」

 

「へへへ……褒めても敗北しかプレゼントできませんよ?」

 

「おっと、そう簡単には負けられないね」

 

お互い軽口を叩き合いつつ、少しずつ間合いを詰める。

 

「(さて、どう仕掛けようかな?)」

 

やれるようなことは結構やった。しかしほぼ対処されている。霊丸も死ぬ前に3回撃ってるから、残り1回。無茶はできない。そう考えていると……

 

───随分苦戦してるみたいだな

 

「こ、この声は!?」

 

内側から聞こえてくる、深い闇のような声。具体的に言うと、死んでいた時間に聞いていた声です。

 

───あんなやつに手こずってもらっては困るな。手伝ってやろうか?

 

雷禅さんの声が脳内に響きます。これは浦飯さんの時と一緒でしょう。雷禅さんが私の意識を乗っ取って代わりに戦って貰えば那由多には勝てるでしょう。

 

「もう復活という手助けをしてもらっているので結構です!」

 

「な、何を言っている?」

 

ですが私ははっきり断りました。那由多は突然独り言を始めた私を不審者を見る目で見てきますが、無視します。

 

「おーい!邪魔すんじゃねーぞ親父ィ!邪魔したらテメーぶっ飛ばすぞ!」

 

その時、遠くの方からあり得ないほどの大声が聞こえてきました。浦飯さんはどうやら雷禅さんのことに気付いたようです。

 

「そうです!それに一度殺されているので、自分の仇は自分で取りたいです!」

 

───テメェら2人とも強情なやつらだ。だったら勝ってみせろ

 

「言われずとも!」

 

雷禅さんの言葉を受け取り、私は呆けている那由多へ飛び込みました。那由多は表情を切り替えて、応戦します。

 

雷禅さんの言葉が聞いたのか、それとも後押ししてくれた浦飯さんの言葉が嬉しかったのか。理由は分かりませんが、先ほどより妖気が体内に満ちていくのが分かります。

 

というか、なんか体の至る所に刺青みたいな模様が浮かんでます。何だこりゃ!と叫びたい気分でしたが、何だか力が湧いてくるのでこのまま攻め続けます。

 

模様が浮かんでからどんどん早くなっていく私の攻撃に、那由多の捌き方がどんどん雑になってきて私の攻撃がより当たるようになっていきました。

 

「オラァ!」

 

「く、くそ!?」

 

右、左と那由多の顔に拳が命中し、那由多の反撃も避けてさらに攻撃をヒットさせます。

 

何度か繰り返していくうちに、那由多が変化していることに気づきました。

 

「(……那由多の動きがなんだが鈍くなっている?)」

 

攻撃を喰らっているからにしても、那由多の魔力の操作が結構雑になってきているような気がします。

 

何か大技の準備のために魔力を回しているから、制御が甘くなっている?とも考えましたが、考えたところで意味はありません。私にできることは、このまま押し切ることだけ!

 

 

 

 

 

「那由多の魔力操作が追いついてない?」

 

一番早く気付いたのは魔力操作が一番上手い桜だった。桜は皆の怪我の治療をしながら戦いを見ていた。

 

結界など街の誰も真似できないものを作り上げるほど魔力操作に長けた桜は、戦っている那由多の魔力操作が那由多自身の動きに追いついていないことを理解してしまった。

 

「言われてみれば確かに……」

 

それどころか、徐々に魔力が落ちてきている。放出系の技を使ったわけでもないから、急激に消費するとは考えにくい。

 

しかし体を纏う魔力の光がだんだん落ちてきているのが、他の者たちの目にも映るようになってきた。それだけ弱体化し始めたのだ。

 

「……もしかして浦飯さんが言っていたのはこういうこと?」

 

「ああ、そうだ」

 

「理由を聞いてもえぇ?」

 

「……那由多の奴はオレと戦っている時、すげぇ魔力をコントロールしながら戦ってた。

世界中の魔力だぜ?普通ならコントロールできずに体が破裂して終わりなはずだ」

 

そこでミカンは一つ疑問が生まれる。

 

「あれ?でも魔力を集めているのはご先祖だったのよね?集めることができたのだから、コントロールできてるんじゃないの?」

 

「ミカンちゃん、それは違うわ。ご先祖ができたのは世界中から魔力を集めることだけ。

確かに那由多に流す魔力量は調整できるかもしれないけど、受け皿の那由多はずっと魔力を受け止めなくちゃいけない。その上で自分で使っていたのよ」

 

早い話が、世界中の水を集めて那由多という巨大な容器に流し込むまでがご先祖。

 

そこから溜まっていく水を上手く外に流して(魔力の使用)、容器が壊れないようにコントロールしていたのが那由多本人。

 

しかしご先祖から送られてくる魔力という水があまりに勢いが強く大量だったため、容器そのものが傷ついてしまった。しかも幽助に何度も致命傷に近い怪我を負わせられて、その回復もしなければいけない。やることが多すぎたのだ。

 

そして元に戻ってしまったために、傷ついた容器を治す手段がなくなってしまった。だから今現在の状況になっているのだ。

 

本来ご先祖から魔力を受け取るときには、すでに敵を排除して全てを一つにする計画だけに使う予定だったのだ。それが幽助という強敵の出現により、使わなくてはいけない状況になってしまった。それが原因だった。

 

それを桜が全員に説明すると、全員納得した。幽助までも。

 

「ちょっと浦飯さん、あなた分かっていたんじゃないの?」

 

「はは、何となくは分かっていたんだがよ!そんな詳しく言えないって!」

 

ははは、と笑って誤魔化す幽助。全員幽助らしいと苦笑いし、戦いへと向き直る。

 

「つまり、決着が近いってことだ」

 

 

 

 

 

「ま、負けない!ぼくは負けない!」

 

那由多の攻防は目に見えるくらいキレが落ちていました。

 

繰り出す拳のスピードに魔力が追いついてない。防御も全身をくまなく魔力で覆うことで何とか防いでましたが、今までのような捌いたりなんて芸当はできなくなっていました。

 

「オラァ!」

 

「がっ!?」

 

恐らく限界が来たのでしょう。私が殴り飛ばすと、那由多は転がっていきます。立ち上がる際も足は震えており、ダメージがありありと残ってました。

 

「はー、はー、はー……」

 

那由多は立ち上がって、両手を頭上に掲げました。恐らく、大技が来るのでしょう。

 

私はそれを見て自然と左手を右手首に添えて、右人差し指に妖気を込め始めました。ここでお互い決着をつける。何となく、それが感じ取れました。

 

「……浦飯、そしてシャミ子。君たちとはいつまでも戦っていたい。そう思えたのは初めてだったよ」

 

あの那由多がそんなことを言うなんて、正直驚きました。

 

「……でもいつかは終わりがきます」

 

しかしじゃあやめる、と言えない。それはお互い分かってました。

 

「そうだ。だからこれで終わりにしよう」

 

那由多は両手の中に巨大な魔力弾を生成していきます。魔力弾はだんだん大きくなり、見上げるほど大きくなっていきます。

 

私も右人差し指を那由多に向けて、全ての妖気を霊丸にすべく集中します。

 

「(私の中の全ての妖気よ、集まってください!2度と妖気が使えなくなってもいい!だからありったけを───!)」

 

今まで見たことないくらいの巨大な霊丸が私の指に集中してました。お互い最後の一発。これで全てが決まる!

 

「いくぞシャミ子!」

 

「くらえー!」

 

「魔光烈弾!」 「霊丸!」

 

魔力弾と、赤い霊丸。家どころか小さな山さえ包んでしまいそうな巨大な2つの力は真正面からぶつかった。

 

衝撃波は離れた幽助たちにも届き、踏ん張るのも力がいるほどだった。

 

互角に見える2つの力。しかしずっと同じというわけにはいかなかった。

 

「パワーはほぼ互角!」

 

「決まって!そうでないとシャミ子は……!」

 

「いや、お互いにもう動く力が残ってない!」

 

己の全てを賭けて渾身の一撃を放った両者はすでに動く力を失っている。均衡の破った方の勝利は明白だった。

 

「シャミ子の霊丸が……!」

 

桃は叫んだ。シャミ子の霊丸が徐々に押し進んでいたからだ。

 

「いけ!」

 

「いけ……!」

 

「いくんや!」

 

桜、ミカン、リコは次々と叫ぶ。その声に応えるように、シャミ子の霊丸は魔力弾を押し除けて前へ進む。

 

「いけぇー!シャミ子ぉー!」

 

そして幽助の渾身の叫びと共に、霊丸は魔力弾を吹き飛ばした。

 

粉々に消える魔力弾。そして那由多の目に映ったのは大きな赤い霊丸だった。

 

「(あぁ───)」

 

那由多の体が霊丸に飲み込まれる。光の一族にとって、闇の一族である魔族の攻撃は毒だ。

 

霊丸が那由多の体を削り取り、粉々にしていく。

 

那由多は今までの出来事を思い出していた。願いのために駆け回った日々を。

 

だがその日々がどうでも良くなるくらい、今日という日の戦いは楽しかった。初めて、楽しく戦えたのだ。

 

「(悔しいけど、楽しか───)」

 

粉々になった肉体から出てきたコアも霊丸が粉砕し、霊丸は空の彼方へ消えていった。

 

何もなくなった。まるで今までの戦いが嘘のように、静寂が訪れたのだ。

 

「……那由多の奴の魔力が完全に消えたな」

 

幽助は……いや、生き残った全員が感じ取っていた。そう、那由多は完全に消滅したのだ。

 

それを聞いた途端、桃たちは走り出した。勝者の元へ

 

そしてその勝者は呆然とした様子で空を見上げた。すると朝日がその者を照らしたのだ。

 

眩しい……と感じると、何だか夢から覚めたような気がした。走ってくる仲間たちに、勝者は手を挙げる。

 

「勝ちましたよー!!」

 

シャミ子はようやく長い1日が終わったことを実感したのだった。

 

つづく




夕方に那由多に出会って、そこから洞窟。那由多と出会ってからは実は十数時間程度しか経ってないで決着です。
書いてる方は長いけど、作中時間は詰め込みすぎ!


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最終話「それからです!」

今までありがとうございました。


那由多を倒してから色々ありました。

 

体に浮かんでいた模様は戦いが終わったら消えてました。それを浦飯さんに話すと「親父のやつ……!」と忌々しそうにしてました。どうやら雷禅さんの手助けだったようです。まぁ私としては助かったからいいや!

 

戦場になり破壊された山々などは桜さんのお友達の魔法少女で、修復が得意な人が元に戻してくれました。戦いの余波で死人が出なかったことが不幸中の幸いだった、とその魔法少女さんは言ってました。破壊されたあまりの規模に涙目でしたが。

 

途中ゲーム対決で負けたミヤの魂ですが、まだミヤの体の周りをうろうろしていたので浦飯さんが体に戻してくれました。

 

「……どうしてミヤを助けたの?」

 

「あの野郎に利用されたまま死ぬなんて、後味悪いじゃねーか。それにテメーのやってきたことなんてオレに比べりゃ大したことねーぜ」

 

「説得力の塊すぎる……」

 

中学生の頃から色々やらかしている浦飯さんが言うと、誰も反論できません。言われたミヤはキョトンとした後大笑いしてました。

 

その後、私たちの街に引っ越してゲーセンでバイトを始めてました。結構学生から評判がいいアルバイトさんとして私のクラスメイトも話してました。

 

 

それから皆はどうしたのか紹介します。

 

 

お父さん。

10年ほど封印されていたのですが、すぐ街に馴染んで仕事を始めました。

 

暗黒区役所は桜さんが作った魔族とかの役所ですが、そこで毎日働いてます。というのも、那由多を倒してから生き残っていた各地の魔族が暮らしやすい我が街にゾロゾロとやってきたのです。

那由多は関係者の記憶を消していましたが、魔族たちは何かおかしくね?と魔族同士のネットワークで情報共有していたらしく、那由多に見つからないよう各地に潜伏していたそうです。だが那由多が倒されたことで、大手を振って表を歩きたいなぁという魔族が増え、この街にやってきたというわけです。

 

「いや、思ったよりやることないんだよ。困ったなぁ」

 

お父さんが言うように、トラブルがないように色々法整備していたのですが、驚くことにトラブルなく皆過ごせてます。やはり平和が一番です。

しかしお父さんとお母さんが新婚のようにイチャついているのは子供目線だと少しきついです。まぁお母さんもずっと大変だったので言えませんが。

 

 

 

ご先祖。

本名はリリスさんと言い、邪神像は浦飯さんが復活するときに粉々に吹き飛ばしてしまったため、イクさんが作った肉体で日々を満喫しています。今は我が家で一緒に暮らしてます。

どこかにふらふら出かけたかと思いきや、1日中家でゴロゴロしたりと自由気ままです。

よく商店街に顔を出しているらしく、何だかアイドルのような孫のような扱いを受けてます。商店街の皆さんはご先祖より年下なのに、子供扱いされて怒らないんですか?と聞いたところ

 

「余をチヤホヤしてくれるのじゃぞ?むしろ望むところじゃ!」

 

クワっと力強く言われてしまいました。ともかく、ご先祖も楽しんでいるようで何よりです。

 

 

 

お母さん。

お父さんが帰ってきてくれていつも嬉しそうです。邪神像が破壊されたことで貧乏な呪いから解放され、しかもお父さんも働いているので我が家の経済状況は著しく改善されました。

 

「今度は電子レンジを新調してしまおうかしら〜」

 

ただ働いてないご先祖のことはたまに凄い目で見ている時があります。那由多より怖い。

 

 

 

妹の良。

良はいつも通りです。元気に学校に行っているし、友達とも遊んでます。

 

「良も霊丸を撃ってみたい」

 

そう教えを請われたことがありますが、今の良は妖気も魔力も感じないので無理だというと落ち込んでました。確かに使えたらカッコいいですもんね!

 

 

 

血池さん。

救援にきてくれた彼女。

 

「また会おう。あ、困ったことがあったら連絡して欲しい」

 

そう言ってどこかに去っていきました。彼女の心はいつ救われるのか分かりませんが、困ったことがあれば助けてあげたいなと思います。

 

 

 

小倉さん。

我が家の屋根裏ではなく、正式にばんだ壮の一室を借りて生活し始めました。

最近はイクさんと一緒に色々開発しており、たまに凄い匂いだったり音が聞こえます。

 

「いいよー!キタキター!」

 

てっきりグシオンのようになるのかなと思ってましたが、本人曰くほぼ別人格だから分けて考えてねとのことでした。今度発明品を見せてもらう約束をしてます。楽しみ半分、不安半分です。

 

 

 

イクさん。

那由多の仲間で色々やらかしてますが、ほぼ那由多からの洗脳教育に近かったと言うことで今はミカンさんとウガルルさんの部屋で一緒に暮らしてます。

最初は桜さんが引き取ると言っていたのですが、イクさんがミカンさんがいいと言ったので今の形になりました。

 

「むふー、またイクの凄い発明品ができた。褒めてミカン」

 

「凄いわ!ゆくゆくはノーベル賞ものね!」

 

どうやら基本褒めて伸ばす教育方針だそうです。たまにやらかしたときは凄い剣幕でミカンさんが怒っているので、変なことにはならないでしょう。たまにご先祖の体のメンテナンスもやってもらってます。

色々な発明品のおかげでお金には困ってない状態です。

もうすぐ我が高校へ編入してくる予定です。きっと大丈夫でしょう。うちの学校、おおらかだし。

 

 

 

ウガルルさん。

最終決戦でほぼ何もしてないのが悔しかったのか、結構鍛えてます。

 

「今度はもっと強くなって活躍スル!」

 

それはそれとして、毎日保育園に通ってます。送り迎えするミカンさんはJKママさんとしてご近所では有名になってしまいました。

あと最近はご先祖とも遊んでいるらしいです。

 

 

ミカンさん。

元々弱体化した桃の援護要員として来たミカンさんですが、高校卒業まではこの街で過ごすことに決めたようです。

 

「この街は居心地がいいのよ。魔法少女でも普通に接してもらえるし」

 

「私もミカンさんに残ってもらえて嬉しいです!」

 

「……ふふ、ありがと!」

 

最近は上記の通りJKママとして有名になりつつあり、そしてイクさんを引き取ったことにより噂は加速しました。本人は違うと否定しているようですが。

それなのにSNSで【子供が1人増えちゃった!パパいねぇけど!】とイクさんとウガルルさんと一緒に写っている写真を投稿して炎上しました。案の定両親と担任から鬼電だったようです。学習しませんね。

 

 

 

杏里ちゃん。

 

「シャミ子、本当にごめんなさい!!」

 

那由多を倒して、お父さんが洗脳が解いてくれたおかげで元に戻った杏里ちゃん。

正気に戻った杏里ちゃんが最初に行ったのは私への謝罪、そして皆への謝罪でした。

那由多が死ぬと記憶を消されたり洗脳された人たちが一気に正気に戻りました。しかし杏里ちゃんのように混乱する人が多数出たのです。

今までの行為を思い出し、一気に青ざめた杏里ちゃんは土下座をする勢いで謝って来ました。

 

「いや、悪いのは那由多だったので、杏里ちゃんが元に戻ってよかったです」

 

「本当にごめんなさいー!」

 

洗脳とは言っても私や桃と仲良くしてくれたのは事実ですし、本人にやましい気持ちがあったわけではないので責める気は全然ありませんでした。

終わりよければ全て良し、と言うことでその後は今まで通り遊んだりしてました。

お詫びということで高級焼肉屋の割引券をもらいました。やったー!

 

 

マスター。

喫茶あすらを今まで通り経営してます。リコさんの料理が評判を呼び、繁盛してます。

最近はマスターが占いも始めたようで、よく当たると評判です。

 

「ただ最近、寝ていると非常に寒気がするんだよね……何故か分かるかい?」

 

それはきっと、同居人の魔族がマスターのアレやコレやを狙っているせいでは?と口に出そうとしましたが、やめておきました。言ったところで時間の問題な気がするからです。

 

「なんでそんな『この豚は明日肉屋に並ぶのね!』みたいな感じで見てくるの!?」

 

その通りだからだと思います。すいません、私には止められません。

 

 

リコさん。

マスターとともに喫茶あすらを支える料理人。

料理に魔力を入れなくなりましたが、それでも美味しいのでリピーター続出。私もアルバイトしながらリコさんに料理を教わっています。

バトルジャンキーなのは変わりませんが、今はそれより狙っていることがあるそうで、そっちに力を注いでいるようです。

 

「バクって精力つけるためにはどんな料理がええと思う?」

 

種族間的にいけるのか、合意は大事ですよとか色々脳裏に浮かびましたが、私はそれらを飲み込んでこう言いました。

 

「ま、マスターの好きなものなら好感度上がって良い感じになるんじゃないでしょうか……?」

 

「せやな!」

 

その夜、マスターの悲鳴が上がったとか何とか。

 

 

 

桜さん。

街に魔族の移住者が増えたことで大忙し。しかも那由多が荒らしてくれた後始末もしなくてはならず、しばらくドタバタが続いてました。

お手伝いすると、疲れた笑顔を向けて来ました。

 

「本当にありがとうシャミ子ちゃん!いやー、あの呪いのせいとは言え病弱だったシャミ子ちゃんがこんなに逞しくなるなんてビックリだよ!」

 

「桜さんには私の命を支えてもらって、本当に感謝してます。桜さんのおかげで生きられました!」

 

「でも私じゃあ、那由多は止められなかっただろうし……」

 

桜さんは言いました。前々から那由多はどこか危ないと気づいていたと。でも中々行動に移せなかった。那由多が怖かったことを明かしました。それでお父さんと2人がかりでも遅れをとってしまって申し訳ないと言いました。

 

「私があの時倒しておけば、シャミ子ちゃんたちに苦労かけなくて済んだのにね……」

 

「フルパワーの那由多は普通じゃ無理です。それに桜さんがこの街を作ってくれたから解決できたんですよ」

 

もしこの街が魔族に優しくない街だったら……何か一つ違えば全滅もあり得たでしょう。それを伝えると、桜さんは困ったように……でも嬉しそうに笑いました。

 

「それじゃ、過ごしやすい街にするためにますます頑張らなきゃね!」

 

 

 

学校のクラスメイトと先生

那由多との戦いの影響で窓ガラスが結構割れたりヒビが入ったので大変でした。

流石に誰が何と戦っていたかというのは言いませんでしたが、この街のせいか何となく皆さん察しがついているようでした。

 

「シャミ子ちゃんたち、怪我大丈夫ー?」

「困ったことがあったら言ってね!できる範囲なら手伝うよ!」

 

クラスメイトの言葉は優しく、良い学校だなと強く感じます。

 

「吉田さん。体育の成績は上がりましたが、理数系をもう少し頑張りましょうね?」

 

ただ先生がいつも通りなのはマジで厳しい。ガッデム!

 

 

 

桃。

桃は一軒家に戻って行きました。桜さんと2人暮らしを再開するそうです。

しかし桜さんは出かける用事が多く、やはり桃は1人で食事をとることが多いので、週何回かは私が夕飯などを作りに行きます。

 

「……シャミ子、作るのが大変だったら来なくても……」

 

「ええい!そう言ってポテチとコーラで夕飯終わりとか抜かすだろ貴様!

ちゃんと食事は食え!健康の基本だぞ!」

 

「魔族に健康を指摘された……」

 

こんな感じで以前とあんまり変わりません。前より修行を多くして栄養を気にしなきゃいけないのに、食事に関しては無頓着のままです。

那由多も倒したのに修行を多くしている理由を夕飯を一緒に食べている時に聞くと

 

「ライバルには負けられないからね。すぐ追いついてやる」

 

私の目をまっすぐ見て、そう答えてくれました。

私は嬉しくて舞い上がりそうになりました。初めての時は全く相手にされないレベルの差があったのに、今はこうして認めてくれている。にやける顔を堪えて宣言します。

 

「そう簡単に負ける私ではない!せいぜい鍛えるが良いですよ!」

 

「もちろん、そのつもり」

 

フッと笑った桃の笑顔は、しばらく私の脳裏に焼きついて離れませんでした。

 

 

 

雷禅さん。

雷禅さんが住んでいるのは誰もいない山の奥深くの廃墟となった集落のうちの一軒でした。

那由多の戦いから怪我が治ってすぐ浦飯さんと2人で向かったところ、家の中で胡座をかいて座っていました。

 

「よォ幽助……それにシャミ子」

 

「お久しぶりです雷禅さん。あの時は助かりました」

 

「おう。無事勝ったみてーだな」

 

「はい!」

 

雷禅さんの魔族大隔世のおかげで勝てたのだ。お礼を言うと心なしか嬉しそうでした。

 

「マジで生きてやがっとはよー。連絡くらいしろよな」

 

「気づかねぇテメェは間抜けなんだよ、ケケケ」

 

「あ?」

 

一触即発。あまりに喧嘩腰の2人に囲まれて私は生きている心地がしませんでした。だがこちらを見た2人はすぐに軽く笑い合いました。

 

「あー、からかったんですね!?」

 

「悪いなシャミ子、ついな。親父、酒は飲めるだろ?」

 

「おう、もらうぜ。あとコップ一つ貸しな」

 

浦飯さんが買ってきたとっておきの日本酒と、コップを3つ用意しました。私は飲めないのでジュースです。

じゃあ残りの1つのコップは?というと、家の裏にあった墓に雷禅さんは酒を入れたコップを持ってきてお供えしました。

 

「これがお袋の?」

 

雷禅さんが生まれ変わりになっても会いたかった女性。そして生まれ変わりの女性で奥さん、私たちのご先祖様です。

 

「ああ、そうだ。生まれ変わっても良い女だった……」

 

名前のところは雨で削られて読めなくなっていました。しゃがんでコップをお供えしている雷禅さんの表情は見えません。だけどきっと優しい表情なのでしょう。

 

それから2人は今までのことを語り合っていました。雷禅さんが死んでからの魔界の変化や、こちらの人間界の変化など。

私の知らない2人の歴史は、聞いているだけで面白く、ついつい時間を忘れてしまいました。

 

「これからどうするんだ幽助。こっちで暮らすのか?」

 

「帰れればあっちに帰るさ。それまでは時々顔出すよ」

 

やはり浦飯さんは帰るのだ。手段は今のところ見つかってないが、時間の問題だろうと私は何となく確信してしました。

 

「それよりも親父、戦わねぇか?前の時は死ぬ寸前だったろ?」

 

「ケッ、テメェはいつまでも戦闘バカだな」

 

しんみりした空気から一変し、突然バトルモードになっていた2人。慌てて止めようとしますが、どうやって止めればいいか分かりません。

 

浦飯さんの妖気もすごいですが、雷禅さんはそれ以上です。近くにいるだけでめっちゃ怖いんですけど!?

 

「何呆けてんだシャミ子。あとでテメェもオレと戦うぞ?まだ妖気も上手くコントロールできない赤子同然なんだからよ」

 

何と雷禅さんから死刑宣告です。こんな妖気の持ち主に勝てるわけないだろ、良い加減にしろ!

 

「もうオレとの戦いの後のこと考えてんのかよ?舐めんじゃねーぞコラァ!」

 

「遊んでやるよ、バカ息子」

 

「お墓から離れたところでやれー!」

 

私の言葉が聞いたのか、離れたところで2人はぶつかりました。

2人の勝負の結果ですか?実はその後ボコされたせいで記憶が飛んで忘れちゃいました。もういや!

 

 

 

 

───そして現在、街で一番高い丘に咲いている桜の木の下で皆で花見をしてました。

 

もうすぐ私も高校2年生になります。魔族になってからほぼ1年が経ったと言うことです。

大人たちも子供たちも料理やら飲み物やらでワイワイ楽しみ、誰かが始めた一発芸で喜んでました。

今は桃のコインマジックをやってました。いわゆる右手か左手か、どっちにコインがある?というやつです。

ただしコインを上げた後の交差し続ける両手が速すぎて、目を強化しないと見えないレベルでした。あれ、普通の人無理でしょ。

 

「案外1年早かったなー」

 

よいしょ、と私の横に座った浦飯幽助さん。お酒を飲んでいるのか、顔が少し赤いです。

 

「浦飯さんが邪神像に入ってなかったら、私どっかで死んでましたよ」

 

「一回死んでるけどな」

 

「確かに!」

 

あはは、と笑い合います。ここは1回魔族大隔世した者しか分からないブラックジョークです。

 

「魔族になってからの1年は色んなことがありましたね〜……」

 

最初は夢の空間で出会って、それから人の体を借りてきて色々されたり、鍛えるという名の地獄を見たり。

色んなやつとも戦いました。けれどそれがなければ、今の私はここにいないでしょう。

 

「何だ急に?まぁ確かにこの1年、面白かったな。大半動けなかったのがきつかったが」

 

浦飯さんは邪神像で動けませんでしたからね。性格からして我慢できなかったでしょう。

 

「封印解放ができたという意味じゃ、那由多に感謝ですかね?」

 

「だな……那由多の奴、最後の方は楽しそうに戦ってたし、小難しいこと考えずにやりゃ良かったのによ。強かったのに、もったいねぇぜ」

 

そう言って浦飯さんはお酒を飲みます。

思い返すと最初に那由多と戦っている時は嫌味を言われるし手加減されるし最悪な相手でした。でも浦飯さんと戦った後の那由多はなんか爽やかになっていたというか、純粋にバトルを楽しむようになってました。

だから浦飯さんがもったいないと言われるほど那由多が変わったのは、きっと……。

 

「もったいない……と思えるほど那由多が変わったのは、きっと浦飯さんのおかげですよ」

 

「オレの?」

 

「私も桃もミカンさんもリコさんも……浦飯さんと戦った後って『もう一度戦いたい』っていう気持ちにさせてくれるんですよ。

なんていうか、爽やかな気分なんですよね。

きっと那由多も、戦っているうちに計画云々より戦いが楽しくなったんじゃないんですかね?」

 

これは浦飯さんと戦った皆さんが感じていることでしょう。不思議な気分にさせてくれる。そんな人であると、私は思っています。

そう伝えると、浦飯さんは少し恥ずかしそうに頭を掻いてました。

 

「別にそんな気分にさせるために戦ってる訳じゃねーんだけどな……喧嘩が楽しくて、オレは自分がやりてーようにやってるだけだ」

 

「それが良いんですよ、きっと」

 

難しいことを考えず、ただ純粋に楽しむ。それが物事を楽しめる一番のコツなんじゃないかと私は思います。

だってこの1年、浦飯さんと一緒に行動するのは楽しかったから。ゲームも、遊びも、喧嘩もです。

 

私が褒めるとどこか恥ずかしそうにしている浦飯さん。

 

───だが突然空間が切れました。

 

「な、何だぁ!?」

 

突然の出来事に戦闘ができる者は全員構えます。すると、切れた空間の穴から3人出てきました。

 

茶髪のリーゼント男と、赤髪の中性的な美人さん、目つきの悪いツンツン髪の黒い男の3人組です。

 

いずれも凄まじい実力の持ち主です。というか、リーゼント男以外は浦飯さん並の妖気を感じます。

 

その人たちを見て、浦飯さんは叫びました。

 

「あー!オメーら何で!?」

 

「浦飯!テメーようやく見つけたぜ!」

 

「やぁ幽助。元気そうで良かった」

 

「……ふん。生きていたようだな」

 

大声で指さしたのはリーゼント男、胸を撫で下ろした感じの美人さん、ツンツンした人は態度もツンツンな感じでした。

 

「浦飯さん、お知り合いの方ですか……?」

 

「そうだな、皆に紹介するぜ!」

 

3人は浦飯さんと一緒に戦ってきた仲間で、リーゼント男は桑原さん、美人さんは蔵馬さん、ツンツン男は飛影さんだそうです。

 

「ねぇねぇシャミ子。あの蔵馬って人、凄い美人ね。紅一点って感じ」

 

すると隣に来たミカンさんが小声でそんなことを言ってました。美人なのは同意しますが、一応訂正します。

 

「……確か浦飯さんから蔵馬さんは男性だって聞いてますよ」

 

「えー嘘!?勘違いしちゃったわ!?」

 

コソコソしながらも驚くミカンさんは器用だなと思いながら視線を移すと、蔵馬さんの耳がぴくりとしていました。もしかしたら聞こえているかもしれないと、私は冷や汗を流しました。

 

「探しにきてくれたのか。サンキューな!」

 

「苦労したんだぞ!」

 

「でもどうやってオレの場所見つけたんだよ?」

 

「ああ、それなんだが……」

 

浦飯さんの疑問に、蔵馬さんが答えました。

 

魔界統一トーナメントの優勝者である浦飯さんが酔っ払って、躯さんという方が所有していた空間転移装置をうっかり弄ってしまったため飛ばされてしまったそうなんです。

 

「あれ?そうだっけか?」

 

「あの時、幽助は大分酔っていたからね……」

 

「バカめ」

 

「何だと飛影!もう一度言ってみろ!」

 

「バカめ」

 

「このやろー……!」

 

蔵馬さんが補足すると、飛影さんがバッサリこき下ろしました。浦飯さんは殴ろうとしてましたが、話が進まないので宥めました。

 

空間転移装置を酔って弄ったせいで座標が滅茶苦茶で、魔界の進んだ技術でも特定するのが非常に困難だったとか。

 

ところが最近になって浦飯さんの妖気が何度か確認されたため特定できたそうな。

 

それはきっと浦飯さんが雷禅さんと何度も戦っていたせいでしょう。私も付き合わされて死にかけましたが。

 

けれど座標が並行世界と分かったため今度は行く方法が難しい。

 

そこで桑原さんの能力である次元刀と魔界の技術とコエンマさんの一存で霊界の技術も応用して遂に来ることができたんだそうです。

 

「マジで助かったぜ。じゃあいつまでこっちにいられるんだ?」

 

「……オレたちがやってきた穴は桑原くんの次元刀で穴を開いて、魔界と霊界の力で固定している状態だ。

だから1時間も持たないかもしれない」

 

ドクン、と私の心臓……核が跳ね上がりました。

 

いつか浦飯さんが帰ってしまうだろうというのは覚悟してました。ただこんなに急にやってくるのは予想してなくて、非常にモヤモヤしました。

 

「そっか、じゃあ帰るか。オレたちの人間界によ」

 

でも浦飯さんはいつも通りで。あっさりとそう宣言しました。

 

とんとん拍子に進む話に、全員困惑してました。

 

ただ引き留めてはいけないことは皆分かっている。でも私は何て声をかけていいか、私は迷ってしまいました。そしてフッと思いついたのが一つありました。

 

「しゃ、写真!」

 

「あん?どうしたシャミ子?」

 

「写真!皆で撮りませんか!?

ほら、お花見してるし、浦飯さん帰っちゃうし、何か残せれば良いなって思って……!」

 

「お、いいね!皆で撮るか!」

 

「……カメラはバッチリ」

 

それから、イクさんが作ったカメラを使って記念撮影することになりました。このカメラはすぐ現像できてデータとしてもPCなどにすぐ送れるものだそうです。

 

「……浦飯の仲間の皆さんも一緒にどうぞ」

 

「いや、オレたちは……」

 

「まぁそっちが良いなら一緒に写るぜ!」

 

桃がそう声をかけると、蔵馬さんと桑原さんは一瞬遠慮しましたがすぐ皆と一緒に並びました。

 

「おい飛影、逃げんな!」

 

「ちっ……」

 

飛影さんは逃げようとしましたが、浦飯さんに首を掴まれて強制参加です。

 

カメラをセットして、何枚か撮りました。データを確認すると、中々の出来栄えです。

 

「……浦飯さん、今までありがとう」

 

「浦飯さんいなかったら、私たちマジでやばかったわね……」

 

「いや、世界だと思いますわぁ」

 

カメラを撮り終わると、皆さん浦飯さんに話しかけました。1年という短い間でしたが、浦飯さんがいたからここまで来れたんだと、そう思わせる光景でした。

 

ひと段落するのを見て、私は浦飯さんに近づき、現像した写真を4枚を渡します。

 

「浦飯さん、私……もっと強くなります」

 

もっと色々言いたいことがある。でも、しんみりした別れはこの人に合わないから。

 

「おう」

 

「また会ったら、勝負してくれますか?」

 

そう聞くと、浦飯さんは嬉しそうに笑いました。

 

「当たり前だ。オメーはオレの一番弟子なんだぜ?」

 

ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。そして浦飯さんは親父を頼む、と言ってきました。

そうか、雷禅さんに会う時間がないのか。

 

そう思った私は、目を瞑り呼びかけます。

 

ざわっと私の髪が持ち上がると、体に模様が出ます。雷禅さんの魔族の証です。

それを見て、浦飯さんだけでなく桑原さんたちも驚いてました。

 

「【あばよバカ息子。達者でな】……ちゃんと挨拶、できましたよ」

 

浦飯さんは笑いました。一言を言うためだけに雷禅さんを呼び寄せた私になのか、雷禅さんの最後までブレない態度か。もしくはその両方か。

 

「オメーはすげーなシャミ子!

……じゃあなシャミ子。今度会ったら、戦おうぜ!」

 

「はい!」

 

「じゃーなー皆!」

 

バイバーイ、と言って浦飯さんは桑原さんたちと共に穴へ消えていきました。

 

そして穴は閉じられ、何事もなかったかのように静かになりました。

 

「……行っちゃったね」

 

「最後まで嵐みたいな人だったわ」

 

「……でも晴れやかな気分にさせてくれる」

 

桃とミカンさんは浦飯さんをそう表現しました。私も頷き、空へ目線を移しました。

 

右手首に左手を添える。右の人差し指を空へ向ける。何度も教わって、何度も助けられたこの技。

 

「浦飯さんの並行世界まで届くように───!」

 

右人差し指に妖気をフルパワーで集中させる。浦飯さんに教わった必殺技!

 

「霊丸ー!」

 

赤い小山のような妖気の一撃が空へ飛んでいきました。僅かにあった雲を吹き飛ばし、やがて見えなくなりました。

 

「私、強くなります。だから、それまで───」

 

───さようなら。そして、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、シャミ子の家には一枚の写真が飾られた。それは色褪せることなく、皆の記憶に残ったのだった。

 

終わり




今回で最終回です。長くこの作品に付き合っていただき、皆さんありがとうございました。

正直見切り発車で始まったこのクロス作品ですが、書いているうちに「なんかこの2作品、結構親和性高くない?」と思うようになり、ここまで来れました。

多少駆け足になりましたが、正直那由多を倒した後だとダラダラ続くだけになるかなぁと思いここで終わりとしました。

もしこんな感じの話が読みたい、とか思っていることがあれば感想いただけると嬉しいです。

それでは、誠にありがとうございました。


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