執事が大好きなお嬢様は、どうにかして執事に構ってもらいたい。 (龍宮院奏)
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プロローグ:小説の様な現実
キャラ設定


主人公と担当編集さんの設定です


漆月朱那(うつき しゅな)

男性 23歳

誕生日 9月9日

職業 作家・執事(遊び相手)

好きな物 特撮ヒーロー アニメ 幼女(次元問わず)

嫌いな物 ホラー映画 邦画

好きな食べ物 チョコレートパフェ

嫌いな食べ物 里芋

過去に書いた作品

『叶恋・叶うならこの恋を』シリーズ 全9巻

うるはら アカ月としてのデビュー作・処女作

『今日のこの空は何色』シリーズ 全5巻

『叶恋・叶うならこの恋を』シリーズの後の作品

『ロリと暮らす 転生活』シリーズ

今までの作品とは一線を画す作品 現在も続巻 現在全3巻

氷川家のお嬢様である、日菜に拉致・誘拐され、専属の作家・執事に成ることに…

作家を目指した理由は、高校生時代に読んでいた本に感動し、

『自分も誰かを感動させるような作家に成りたい』と思い作家に。

元々読書は好きで、ジャンルは問わず読んでいた事もあり、新人賞に出した作品でデビュー。

そしてそのまま、人気作家になり、累計300万部を売り上げた。

 

新井聖(あらい ひじり)

女性 29歳

誕生日 12月4日

職業 うるはら アカ月の担当編集者

好きな物 ゴシックロリータ服

嫌いな物 虫 運動

好きな食べ物 辛い物

嫌いな食べ物 酸っぱい物

すこし目つきが怖いけど、根は超がつくほどの可愛い物好き。

仕事は丁寧で早く、周りとのコミュニケーションも取れる。

が、作品を作家と同じくらい愛しているためよく対立が起こる。

そのせいか担当編集者の中では、異例な専属編集者に。

過去に担当した作家は、他の会社に逃げました。

 

氷川日菜(ひかわ ひな)

女性 17歳

誕生日 3月20日(双子・妹)

職業 羽丘女子学園生徒

好きな物 漆月朱那・うるはら アカ月の本 お姉ちゃん 夜空 

嫌いな物 怖い人

好きな食べ物 キャンディー ジャンクフード 朱那のご飯

嫌いな食べ物 豆腐

大抵のものはひと目見ただけでこなせてしまう天才の妹。

その才能のせいか、また自分が『面白い』を『るんってきた』を元に、

自由気ままに振る舞い、他人と少し違った物の見方で行動をする。

その感覚からくる行動の所為か、周りの人とのコミュニケーションが苦手でよく喧嘩に。

姉・紗夜からもその才能を理由に関係が悪化していき、疎遠に。

しかし、朱那と過ごしていくうちに少しずつ…。

 

氷川紗夜

女性 17歳

誕生日 3月20日(双子・姉)

職業 花咲川女子学園生徒

好きな物 漆月朱那・うるはら アカ月の本 妹 犬

嫌いな物 考えなしに行動する人

好きな食べ物 キャンディー ジャンクフード(フライドポテト) 朱那のご飯

嫌いな食べ物 にんじん

真面目でストイック、努力家で負けず嫌いの姉。

小さい頃から、姉として妹である日菜に対して模範であろうとしてきた。

が、大抵のものはひと目見ただけでこなせてしまう天才の妹に、何をやっても簡単に追い越されてしまう。

何時しかその苛立ちからか、日菜に対して冷たい態度を取るようになってしまう。

しかし、日菜が拉致ってきた(誘拐してきた)朱那のおかげで、昔のように日菜と接するように。



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第1話作家は誘拐されました。

連載中の作品を書いていたら、ふと降りてきてので書いてみました。


「朱那〜!早く、新しいのを書いて!もう全部読んだから。早く〜、書いてよ〜」

少女は走りながら、大声で叫んで新しいのを要求してくる。

「嫌だ!俺は、俺のペースで書きたいんだ!だから、しばらくは我慢してくれ〜」

全速力で少女から逃げながら、返事を返す。

 なんで俺は、今こうして少女にひたすらに追いかけ回されているのだろう。

 

 事の発端は、数ヶ月前の出来事。

 

「本日は、うるはら アカ月先生のサイン会にお越しいただき誠に有難うございます。列を乱さず、一列に並んでください」

書店の店員がアナウンス機能を使って注意を促す。それもそうだ、列の最後尾が自分の座る席から見えてこない。

「今回、うるはら先生がサイン会を承諾してくれるだなんて…。あの時、私血の涙が出るかと思いましたよ」

隣で泣きそうになっている編集の新井さん。

「そんなにですか…、別にただの気まぐれですよ…」

「それでも、過去に作品を書いていた時は『絶対サイン会は開かない』って断言してたのが…」

それを聞いて、飲みかけた缶コーヒーを吹き出しそうになった。何とかギリギリの所で堪えた。

「ごほっ、ごほっ…。確かに言いましたけど、今回はこちらにも理由が有ったので」

ニヤリと不敵な笑みを口元の浮かびあげる。

「そこは何でも良いですよ。こちらとしては、売上が伸びてありがたい限りで」

この編集者、『そこは何でも良い』だと…。いつか、はっ倒してやる。

 心の中で小さく誓いを立てていると、

「それでは時間になりましたので、『ロリと暮らす 転生活』の記念サイン会を始めたいと思います」

長蛇の列を作った人の波が一斉に動き出し、サインと簡単な挨拶の繰り返しが始まった。

 

「うるはら先生の作品、何時も楽しく読ませて頂いてます」

 

「『叶恋・叶うならこの恋を』シリーズから読んでいます。先生の新ジャンルもとっても面白いです」

 

「まさかあのうるはら先生が『幼女』を題材にしてくるだなんて、ビックリでしたが、先生の力は顕在で最高です」

 

「先生の書く幼女が可愛すぎて、もう毎日大変です」

 

「新シリーズ、おめでとう御座います!これからも頑張ってくだいさい」

 

 一通りファンからの言葉に感謝を込めて言葉を返しながら、黙々とサインを書いていく。

『何処に居るんだ…、早く…早く、会いたい…』

 

「それでは本日のうるはら アカ月先生のサイン会を終了させて頂きます」

店員がサイン会の終了を告げ、関係者で拍手が巻き起こる。

 

「うるはら先生、折角ですからこれから飲みに行きませんか?」

新井さんに打ち上げに誘われた。

「良いですよ、まぁお酒は無理なので。料理が美味しいところで」

「本当に先生はお酒だめですからね」

「もう嫌です…」

前にこの人と飲んだら、酒豪の飲みに付き合わされて3日は仕事が出来なかったのだ。

「もうしませんて、だから飲みに行きましょう」

「分かりました」

荷物を纏め、店を出る。時刻は8時を過ぎたところで、11月になれば体が深々と冷えてくる。

「お待たせしました、それでは行きますか」

「それで今日は何処へ行くんですか?」

新井さんが店から出てきたので、今日の行く店を決める。

「今日は事前に調べておいたんですよ。この辺だと…」

 

「あ、あの…」

振り返ると、見知らぬ少女が新井さんの話を遮る形で話しかけてきた。

 

「あなたが、うるはら アカ月先生ですよね?」

 

「うん?まぁ、そうだけど…」

 

「じゃあ、私の執事になって下さい!」

 

「いや、それはどういうこ「では、車にどうぞ」」

如何にも高そうな車が目の前に数台停まり、黒いスーツの人が一斉に出てきた。

 

「え、これは。新井さん助けて!」

助けを求めて、読んで見るものの。

「すぅ…すぅ…」

何かの薬を嗅がされすでに、眠っていた。

「何やってんだよ!あんた、俺の専属の編集だろうが」

今まで幾度となく対立し、それでも認め合ってきた中だったのに…。あっさり眠らされて…、もう何だかどうでも良くなってきた。

 

「この馬鹿編集…」

そして俺も、ハンカチに当てられた薬を嗅がされて眠ってしまった。

 

「やっと手に入った…。もう手間掛けさせないでよね、これからはアタシの為に最高にるんってくる物語を書いてよね」

月明かりが照らす夜の街で、少女は楽しそうに笑っていた。

 

 ジャラ…、ジャラジャラ…。何か手首の辺りが重いし、痛いような…。

「っ…、は!新井さん!って、ここ何処?」

編集者の名前を叫んでみたけど、そもそもここは何処?それに、何で手足が動かないんだ。

 

「あ、起きた!?ちょっと長く眠ってたから、薬の量間違えてもう起きないのかと思った」

あははと、笑ってはいるがそれじゃ俺死んでるから。

「攫っておいて、殺すのかよ…」

本音が漏れる。

「うん?殺さないよ?だって、殺しちゃったら私の楽しみが無くなっちゃうから」

「楽しみ?」

どういう事だ、この誘拐犯の思考がまるで理解できない。

「そうだよ。私の楽しみだよ」

「それがお前の、『執事になって』って言うことになるのか?」

「まぁ、そういう事かな。執事でも作家のままでも、どっちでも良いんだけど」

誘拐犯は、わざとらしくはっきりしない口調で言う。

「それで、俺はどうすれば自由になれるんだ?」

早くこの手足の高速を解いて欲しい…、何か擦れてきて痛いのだが。

「自由って言うのかな?まぁ、拘束は解いてあげられるよ」

「良し、じゃあ何をすれば良いんだ」

「あれ、意外とすんなり聞くんだね?」

「そろそろ手足の感覚が無くなってきたからな。それに何時までもここでこうしていたら、小説が書けなくなる。それが嫌だからだ」

答えを聞いた誘拐犯は、愉快そうに大声で笑っていた。

「本当に面白いや!はぁ〜、最高だよ。『うるはら アカ月』今はこっちの方が良いのかな?『漆月朱那』」

俺の本名まで知ってる…、コイツ本当に何者なんだ。

「私からの要求は唯一つ、

 

私が最高に、最高に、最高に!るんってくる物語を書いて欲しい!

 

私の、私だけの物語を『漆月朱那』。アナタに書いて欲しいの」

誘拐犯は声たからかにそう宣言した。

 

「聞いて呆れた…、本当はただファンレターの子を見つけたかっただけなのに…」

やっぱり普段しないことは、やらない方が良かったのかな。これは肝に銘じておこう。

 それはそれとして…、今俺は直接仕事の依頼を受けているのか…。俺のことを誘拐してまで、俺の作品を読みたいというファンに直接…。これは…、

 

「はぁ…、良いぜ…。その依頼を受けようか…」

 

「本当!?」

声色がワントーン高くなっている。

 

「誘拐して、執事とか訳の分からない事まで言って、そうまでして俺の作品が読みたいんだろ」

 

「読みたい!毎回毎回、読むたびにるんって気持ちが抑えられなくなるの」

 

「そうか、『るんってなる』のが何かは知らんが、そうやって楽しんでくれるファン今、目の前にいて仕事を出してきたんだ…。だったら、引き受けなきゃ損だろ」

本当に馬鹿だ、そんな事は俺にも分かってる。それでも、こんなネタになりそうな事を逃してたまるか。

 

「それじゃあ、これでもっとるんって出来るんだね…」

幸せそうに言いながら、手足の拘束を解く誘拐犯。

 

 拘束されていた部屋には窓が着いていたらしく、カーテンを開くと眩しい光が差し込んできて、部屋を明るく照らす。そして、誘拐犯の顔がようやく見えてきた。

 

「じゃあ自己紹介しなくちゃね、私は氷川日菜。これからいっぱい、いっぱいるんってさせてね」

明るく、夜空に煌めくような一等星の様な笑顔みせて笑った。

 

「あぁ、この『うるはら アカ月』こと、『漆月朱那』が最高にそのるんってさせてやる」

 

 この日から俺は、このまだ名前しか知らない氷川日菜という少女の専属作家になった。でも今は、それでも良いと思えた。




知っている人は、どうもです。知らない人は、始めまして。
今回の話は、何か本当にふと思いついたものでどんな風になるかは決めていません。
もしかしたら、タグに居ない人がこれから増えるかもしれないですし?
新しい物語も始めさせていただきます。
こちらもどうか、宜しくよろしくお願いします。


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第2話作家は専属の執事に成りました。

お姉ちゃんと、ご対面!


 氷川日菜という、名前しか知らない誘拐ファン(誘拐してまで、俺の作品が読みたいファン)の専属の作家になることを約束したわけなのだが…。

「あのさ氷川…?」

ため息混じりにある事を尋ねる。

「日菜で良いよ。氷川だと、家の家族みんなのことを呼んじゃうから」

「あぁ、そっか。じゃあ、日菜幾つか聞きたいんだけど?」

「うん?何、朱那?」

って、俺まで名前呼びかよ。俺のほうが歳上なんだぞ、でも雇い主だから仕方ないのかな。

「俺を誘拐する時に側に居た、担当編集さんの新井さんはどうした?」

起きた時も、新井さんが居なかったから。もしあのままあそこで寝ていたままなら、多分凍死しかけているだろうし。

 

「……」

すると、日菜は急に黙り込んでしまった。

「あの〜、どうしたんだ?日菜」

日菜の肩に手を掛けようとした瞬間、手首をガッ!と掴まれ、

 

「何であの人の名前がいまでてくるのかな?」

 

「え、それはだってあの人は担当編集だからさ」

 

「でもいまは、ワタシのセンゾクのサッカでしょ……」

 

「確かにそういう事になったが」

 

「じゃあ、ワタシイガイノナマエヲダサナイデ……」

先程見せた夜空に輝く一等星の様な笑顔から、全てを飲み込むブラックホールの様な目で見つめてきた。

 段々と手を、握る力も強くなってきていて、さっき迄拘束されていたから余計に痛む。

 

「痛い、痛い…。だって、俺の専属の担当編集だから。あの人が居ないと、進まない仕事も有るし」

それを言うと、今度は足を踏んできた。これはマジで痛い…。

 

「ダカラ、ナンデ?朱那は、ワタシのセンゾクのサッカでしょ……。だから、他の仕事はイイデショ……」

踏んでいる足を、グリグリと動かしてくる。

 

「っ、そんなことしたら。『ロリと暮らす 転生活』の続き二度と書かないぞ」

この言葉に日菜はビクッ!と反応し、

 

「嫌だ〜、嫌だ、嫌だ、嫌だ!続き読みたい、読みたい〜」

とブラックホールをお帰りさせて、元に戻った。

「じゃあ、新井さんがどうなったか教えて。言っとくけど、『ロリと暮らす 転生活』のキャラの衣装の一部は、新井さんがデザインしてくれてるんだから」

「え、嘘でしょ!あんなるんって、きゅんってくる洋服を!?」

「そうだよ、俺じゃレパートリーが追いつかなくて。それに、俺がロリータ服をお店に見に行ったら……」

「あぁ、確かにすぐにお巡りさん来ちゃうもんね。あははは」

言いたいことを言ってくれて感謝するが、笑うなよ……。結構、悩んでんでいるんだから。

 それはそうと、本題の新井さんは、

「アノ人なら、今アノ人の自宅で寝ているはずだよ。大丈夫だよ、ちゃんとあの場に残さずに帰したから」

冗談混じりで、そんな事を言っているが、普通にやっていることは犯罪だからな。

 誰だよ、ここのお嬢様の躾をしたの。全く…、でも新井さんが無事で居る事が分かって少し安心した。

「はぁ……、良かった」

「むぅ……」

やっぱり日菜は、頬を膨らませふてくれされていた。

 何でまだ怒ってるんだか、さっぱりだった。

「あ、後あの、執事っていうのは……」

 

「日菜!こんな朝早くから一体何をしているのって……」

 

部屋の扉が勢いよく開き、日菜によく似た少女が現れた。今この時点で見分けを付けるとするなら、日菜はショートカットの髪型。この突然現れた少女は、腰まで髪が伸びたロングヘアーという事。

 お互いの視線がぶつかり合い、『誰だ、コイツ』みたいな視線が互いに飛び交う。

 

「なぁ、日菜。誰?」

 

「日菜、この不審な男は一体誰なの?」

おぉ、言っている事も被ってきた。以外に通じ合えそうな気がしてきた。

 

「お姉ちゃん!おはよう!」

「お姉ちゃん!?おい、日菜。どういう事だ、お前」

日菜と先ほど現れた少女の顔を見比べるのを繰り返す。

「言われてみたら、面影はそっくりだな……。てことは姉妹か?」

「うん、双子の姉妹だよ」

日菜は嬉しそうに話しているが、姉と言われて少女はどこか苦しげだった。

 

「それで、日菜。改めて聞くは、この不審な男は誰?」

扉の方からようやくこちらに向かって歩き始めた。

 

「この人はね、前に私が話していた『執事』に成ってくれる人だよ」

やはり姉が居るのが嬉しいのか、テンションが高い。

 

「まだそんな事を言って……、大体こんな木の枝の方が、まだ頑丈そうに見えるこの男が?」

日菜とも、俺とも距離を少しおいた所から、俺を観察してきた。

 ちょっと聞きづてならないな……、俺が木の枝以下の頑丈さだと。

 

「おい、日菜の姉ちゃんだったか。お前、初対面の男に対して言うことが、まずはそれか……?」

 

「では、どのようにしろと言いたいのですか?私としては、見ず知らずの男性が、自分の家で、自分の妹と朝早く話し込んでいるの見ているのですよ。訳が分からないのに、どうしろと?」

相変わらず、綺麗な顔に似合わず鋭い睨みを聞かせてくる。

 まるで、『消え失せろ』と言わんばかりに。

 

「あ、お姉ちゃん……」

日菜は、姉の味方に付くべきか、俺のフォローに回るかであたふたしていた。

 しかし、それもすぐに収まった。ぐぅ〜、と日菜のお腹が鳴ったのだ。

「そう言えば、朝ごはんまだ食べてなかった……」

お腹を擦る日菜。それを見て、

「そう言えば、俺も昨日の昼から何も食べてない……」

自分の腹の状態を思い出す。

「ねぇねぇ、朱那。何か朝ごはん作って、執事でしょ。ねぇ〜、ねぇ〜」

腕を掴み、千切れそうな程に振りまわしてきた。俺の体は、おもちゃじゃ無いから。

「わかった、わかった。じゃあ何か簡単に作るから、キッチンに案内しろ」

「執事が、そんな口調で良いの?」

「何でそう執事にこだわるんだよ、良いだろ別に。俺はお前の『専属の作家』なんだから」

 

「……」

今、一瞬だけ『専属の作家』に反応したような。

 

「それでも、今は執事だから。もっと丁寧に聞いてみてよね」

「はぁ……分かりました。それでは……、お嬢様、キッチンまで案内してもらいたいのですが?」

今まで見たきたアニメの執事を思い出して、それぽっくやってみた。

「ぷっ、それが……。ぷぷぷ、まぁ今回は、あははは!面白いよ、朱那それは反則」

お腹を抱えて笑い始めた。

「何だよ、ちゃんとやっただろ。ほら、早くキッチンに案内してくれ」

結構頑張ってやったんだから……、恥ずかしい……。

「はぁ……、面白かった。それじゃ、面白いものも見れたことだし。こっちだよ」

日菜に連れられて、部屋を後にした。

 

「おい、氷川姉。お前も来いよ」

 

「何で私まで……?」

 

「だって心配だろ、お前が知らない男が妹とご飯食べていたら」

 

「そんな事……ある訳無いわ……」

少し声が震えていた。

 

「まぁ、来るも来ないも、氷川姉お前の自由だから。ただ、来るなら料理が冷める前に来いよ」

それを言い残し、日菜のあとを追うように部屋を出た。

 

「全く何なんの……」

でも日菜に何かあったら…、結局心の底では心配でついて行く氷川姉だった。




今回は氷川姉・紗夜さんも出てきて、何かちょっと怖かったですけど。
まぁ、普通に考えたら怖いですよね…。
それと、少しばかり日菜をヤンデレ…ぽくしてみました。
やっぱり独占欲は人一倍強いのかな?
そんなわけで、今回も閲覧いただきありがとうございました。


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第3話作家は執事として奮闘します。

やっぱり氷川姉・紗夜さんは、ポテト大好き。


「ここが我が家のキッチンで〜す!」

日菜の後を追いかけて辿り着いた部屋、一般的なダイニングキッチンよりは大きく設備も、素人ながらにも凄いのは一目見てわかった。

 

「でかいな……」

 あまりの大きさに言葉を飲む。本当は作家としては駄目なんだろうけど……。でも、見たこと無いくらいに広いんだもん。

 

 しかし、ここに来た目的は日菜と氷川姉に朝食を作ること。

 

「それで何か料理に希望は有るのか?」

 

「う〜ん?私は特に無いよ。だってまだ朱那の料理食べたこと無いし」

 

「まだ連れてこられたばかりだもんな……」

俺はサイン会の帰りに担当編集と打ち上げに行こうとしたところを、誘拐(強引な仕事のオファー)されて今に至るのだから。

 だから日菜が言う通り実際問題、料理を食べて貰わないと好みがハッキリとしないのだ。

「まぁ、俺の出来る範囲で作らせてもらうよ」

「頑張ってね、これも私をるんってさせるために必要なんだから」

日菜は笑顔で言ってくる。

「はいはい、それで食材は有るんだよな」

「有るよ、この冷蔵庫を開ければ……」

冷蔵庫が一瞬開いたような気がしたが、すぐさまに扉が閉まった。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「う、うん?何もないよ?」

額から冷や汗を流しながら、わざとらしい作り笑顔をする日菜。

 

「もしかして、

『食材がある、って言ったけど。いざ開けてみたら、中身が何も無かった。どうしよう……。でもこのまま見せる訳にはいかないし……』とでも思ったのか?」

あんまりにも怪しいので、簡単な推測を立ててみた。

 

「え!何でわかったの、朱那ってエスパー!?」

 

そのまんまかよ!わかり易いな!

「お前、顔に出まくってるぞ。正直かなり、わかり易かったぞ」

 

「そ、そんなこと無いよ」

ぷくっ、とハリセンボンの様に頬をふくらませる日菜。

 

「じゃあ冷蔵庫の中身がどうなのか、見せてもらうぞ」

 

「あ、ちょっと待って……」

日菜が冷蔵庫を開けさせまいと立ち塞がるが、

 

「日菜、今度は一体何しているの?」

遅れてきた氷川姉がやってきた。

 

「お姉ちゃん!」

氷川姉に向かって一目散に走る日菜。

 

 その瞬間に冷蔵庫に近づき、扉を開ける。

 

「あ、しまった……」

氷川姉に向かう途中で、こちらの行動に気づき声が上がる。

 

 しかし扉にはすでに手を掛けていたので、冷蔵庫の扉をゆっくりと開かれた。

「何だ、空っぽでは……。って、何でこんなにフライドポテトの入った袋が有るの?」

 

「それは……私の……」

唖然とした表情で冷蔵庫を見つめる氷川姉。

 

 そんな氷川姉をよそに、さらに冷蔵庫の中身を探索しておくが。

 

「他には……何もないだと……。あの、一つお伺いしてよろしいですか?」

ゼンマイ人形の様に、首をゆっくり騒ぐ氷川姉妹に向ける。

「あなた達は、今までどんな食生活を……」

冷蔵庫を見て心配になってきたので、聞いてみた。

 

「私は仕事で出されるお弁当とかで、後は忙しいから最近はあんまり家では食べてないな」

と日菜。

 

「前は家政婦の方がやってくれていたのですが、日菜の要望に耐えかねて辞めてしまって以来、私も日菜と同じ様なものです」

と真面目そうな雰囲気の氷川姉もそう言った。

 

 てか、『日菜の要望に耐えかねて辞めた』って言うのはどうなんだよ。

 つまりは二人共、『ここ最近は家でちゃんと食べていない』という事だった。

 

「はぁ……お前ら」

お大きな溜め息を付いて、次の質問をする。

 

「じゃあ、まともな飯を最後に食べたのは何時頃だ?」

 

氷川姉妹は揃って首をかしげ、悩むこと数十秒。

 

「多分1〜2ヶ月間位かな?」

 

「1、2ヶ月ほどだと思います」

見事に回答の瞬間が一緒だった。それを喜ぶ日菜と、嫌そうにため息をつく氷川姉。

 

「オーケー、オーケー。よし……」

流石にこれは……。覚悟を決めて、ある提案を日菜に持ちかける。

 

「日菜、今からこの時間でやっているスーパーに行って買い物をしてくるから。食費を幾らか出してくれ」

 本来俺は作家であって、こんな事をする必要なは無いのだが。

 今は雇われて日菜専属の作家兼執事であるため、雇い主にそんな不健康な食生活はさせられない。

 今こそ綺麗な銀髪(白髪?)最強のおかん狐さんが言っていた、『1日3食50品目』を使うときが来たのだ。

 あれを見てから、頑張って料理を覚えようとした。

 とは言っても、お金は出して貰うんだけど……。だって今、俺の財布が何処にあるか解らないし。

 

「こんな朝早くからやってるお店はあるけど、ちょっと遠いよ」

突然の申し出に戸惑う日菜。

 

「どのくらいだ」

 

「歩いて20分位だけど」

 

「じゃあ、行ける。これだけじゃ、絶対体に悪い」

事実、一度俺は食生活の所為で、倒れて病院で入院したんだから。

 

「今からスーパーに行って買い物をして、ちゃんとした料理を俺が作るから」

1〜2ヶ月間もちゃんとしたご飯を食べていなんじゃ、さすがに心配だった。

 

「ちょっと待って、何であなたがそうまでするの?」

俺の事をやはり不審そうに見てくる、氷川姉。まぁ、それが普通だよな。

 

 しかしその言葉に対して、真剣に。

「だって仕事だからな、俺は執事でお前の妹に雇われたこの家の執事。

『執事は主の為に全てを捧げて尽くすもの』って何かに書いてあったから」

 

「そんな理由で、私達の家の執事をやろうと言うのですか」

呆れているのか、怒っているのか、氷川姉の声は酷く冷たかった。

 

「別に、日菜の専属作家になった時点での付属の仕事みたいなもんだから。理由はなんであれ、仕事で有ることには変わりない」

受けた依頼は必ず遂行する、それは絶対だから。

 

「やっぱり、朱那は面白いよ。作家としてもそうだけど、こうして話しているの見るともっと面白い」

今まで会話に入ってこないと思っていたら、どうやら何かを取りに行っていたらしい。

 

「はい、これ」

手渡されたのは、茶色の封筒に入った現金だった。あ、以外に入ってる。

 

「前に居た家政婦さんはそんな事言ってくれなかったから、でも今朱那は、

『俺は執事でお前の妹に雇われたこの家の執事。執事は主の為に全てを捧げて尽くす』って言ってくれた」

日菜は何故か嬉しそうだった。

 

「確かに言ったぞ」

 

「その言葉を聞いて、さらにるんって!来ちゃったの……。だから信じて食費の管理を任せましょう!」

どうやらこの茶封筒の中の現金は、食費の全てらしい。

 

「おい!そんな簡単に良いのかよ」

さすがに自分で言っておいてなんだが、そんな簡単に預けて良いのか。

 

「今更、何言ってるの?ほら、朱那は私の専属の執事なんだから。私は朱那を従えて、朱那は私の為に仕事をする。それで良いんじゃないかな?」

言っていることは滅茶苦茶で、所々問題は有るように聞こえたが……。結局は、その通りだった。

 俺は日菜の為に仕事をして、それに対して報酬を貰うんだから。何ら問題は無い、普通だったら『問題大有りだから!』と思うのだろが、どうにもここに来て日菜と話していると楽しくて仕方がないのだ。

 

 だから仕事を受けたのだ。

 

「そうだな、それじゃあ俺がこの食費を管理してやる。常に最安値で、最高を出してやる」

 

「うん、宜しく頼むよ!朱那」

本当に気持ちの良いくらいの笑顔を見せてくる。

 

「それじゃあ、まずは買い出しに行こう!」

日菜は俺の腕を掴み、キッチンを飛び出した。

 

「待ちなさい、日菜。私もそれだったら行くわ」

氷川姉も着いていくことになり、最初の仕事である『朝食を作る』の為に、双子の姉妹の主と買い出しをすることになった。

 

 それと、出かけるのは良かったのだが、日菜も氷川姉もパジャマだったので着替えてから家を出た。




今回は朝から、忙しく過ごす氷川家執事と氷川家のお嬢様たちでした。
やっぱり紗夜さんは、ポテトが大好きだということで……。
でも、お金持ったら意外とあるのかな?
今回も閲覧いただきありがとうございました。


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第4話作家はお嬢様を慰めます。

書きたくなって書きました!


 買い出しを終えて、帰ってきた頃には朝も中頃9時半を過ぎたところだった。氷川姉は荷物を運ぶのまでは手伝ってくれたが、荷物を運び終わると『私は予定があるので』と出ていってしまった。

「これで何とか足りるだろ、ポテトは十分過ぎるけど……」

買い出しで買ってきた食材を冷蔵庫に詰めながらふと呟く。中身を入れ替えていると『北の国王』、『新たな時代の幕開けポテト』と書かれていたフライドポテトも有った。よくわからん……。

 それとこの家の冷蔵庫には調味料はおろか、飲み物すらまともに無かったのだ。本当に驚きものだった。

 

「ねぇ朱那〜、これ何処に置けばいいの?」

買い物袋から、ゴソゴソと中身を漁りながら選別を始めた日菜。

 

「ん、それは冷蔵庫のチルドに入れて。あと、そっちのは今使うから置いておいて」

 

「は〜い。それにしても驚いたよ」

 

「何が?」

 

「朱那が料理できること。何かそういう事あんまりしないで、『作品に全てを』みたいな感じがしたから」

日菜の言っていることは、まぁ割と当たっていた。

 

「確かにそうだな、仕事にハマる時は本当にそれ以外考えれないから」

 

「そうなったら、私はご飯どうしたら良いの!」

慌てた表情で振り返る日菜。

 

「そこは大丈夫だ。今はちゃんと飯だけは、食うようにしてるから」

 

「でもカップ麺とか、ジャンクフードでしょ?」

こいつ自分がそうだったからって、俺もどうせそうだろうって思ってやがるな。

 

 だけどな、俺は日菜、お前とは違うんだよ。

「ちゃんとおにぎりと味噌汁を作って、3食は食べているようにしている」

どうだ、ちゃんとしてるだろ。

 

「じゃあ、時間は?遅くに食べたりしてないの?」

ドヤ顔を一瞬にして日菜に破壊された。おのれ日菜!この世界もお前によって破壊されるのか!

「食べたりしてないから!絶対無いもん!そんな夜中なの深夜アニメ見ながら、ご飯なんか食べて無いし……」

「朱那〜、反論に成ってないよ。そんな遅い時間で本当に良いの〜?」

ニヤニヤしながら、肘で脇腹をついてくる。

「てか俺の場合は一回入院してるんだよ……。それで3日間くらい仕事出来無いことがあったから」

「え!入院したの!」

肘で脇腹をつくのをやめて、まじまじと見つめてきた。

「もう2年も前だよ……。あの頃はまだ『そんな飯に気を使わなくても行けるっしょ!』って思ってた……」

今だったらあの頃の自分を、本気のパンチでノックアウトさせているところだ。

「甘かったんだよ、生活は毎日不規則。食事はカップ麺かコンビニ弁当、もしくは食べないの選択肢だった」

「そんな生活をしていたから、倒れて入院したんだね」

どこか面白げに笑っている日菜だが、

「割と本気で危なかったから。もしあの場で入院してなかったら、多分俺死んでたから」

「いや、嘘でしょ……」

俺の答えを聞いて、不安な表情を映し出す。

「医者にはそう言われたけど、何とか切り抜けたから。だから今は、お前の専属の作家をやっている訳だ。要するに俺が経験した事を、同じようになって欲しくないからこうして飯を作るわけだ」

 俺の自分勝手な、お節介な理由を聞いて日菜は、

「朱那は、優しいんだね。そうやって自分が体験した辛いを思いをさせようとしないところ」

すぐ側に寄って、笑顔をこぼしてくれていた。

「私はそうやって誰かに対して、何かしてあげるっていう事が苦手っていうか……出来ないから……」

 笑顔の中に宿る潤んだ瞳の光が、何処か悲しげに、微かに泣いている様にも見えた。

「だから、お姉ちゃんとも……」

ポツりと日菜の口から溢れた、『お姉ちゃん』という言葉。確かに氷川姉と日菜の間には、ギスギスした空気・今にも爆発しそうな風船が在るようだった。

 しばらくはお互いに暗い空気に支配されて、何を話して良いのか解らず黙って食材を冷蔵庫につめた。

「それじゃあ、こっちは終わったよ。後は何かする?」

任せていた分が終わった日菜は、次なる仕事を求めてきた。

「こっちは大丈夫だから、後は好きな時間にしてて良いぞ。さて何を作ろうかな……」

丁度こちらも終わったので、今度は何を作るか考える。

 

「「ねぇ、日菜・朱那」」

互いの声が重なり合う。

「良いよ先に、どうかしたか?」

「あ、うん……。せっかくだから、ここで朱那が料理を作るところ見てて良い?」

「良いけど、そんな面白くも何とも無いから」

「良いの良いの、私がここで見ていたいの」

強情にもこの場を離れようとしない日菜。そんな見つめてくるな、もうヤダ……。

「わかった、降参だ……。好きにしてくれ」

投げやりに、両手をあげて返答を返した。

「じゃあ、ここで見てるね」

満面に笑みを浮かべながら、頬杖を付きながらじっと見つめてきた。凄くやり難い……。

「んで、何かアレルギーとか有るのか、お前ら姉妹は?」

耐えきれず、先程日菜と被って言えなかった事を聞く。

「特に無いよ」

「じゃあ普通に卵とか、色んなもの有っても大丈夫だな」

自分のアレルギーは分かっているが、他人のアレルギーを知っている人は少ないだろう。知らないまま作って、何かあったらそれこそ困る。

 

「それじゃ、作るか」

服の袖をめくり、家事体勢モードに入った。

 

 

「それじゃ、作るか」

朱那は服の袖をめくり、冷蔵庫に入れずに居た食材を見て悩んでいた。

 何だか不思議だった、誰かが自分の為に料理を作ってくれるのが。確かに小さい頃はお母さんがこのキッチに立って、温かいご飯を作ってくれて、私とお姉ちゃんとお母さんとお父さんのみんなで食べていたんだっけ。

 でもお父さんの仕事は出張が増えて、今は出張先のアパートに住んでいるし。お母さんも仕事で遅くなって、帰ってくるのは私達が寝ている頃。朝起きた時にはもう居ない。

 

 だから、自然と温かいご飯・みんなで食べるご飯が無くなっていった。

 

 お姉ちゃんとは中学に入る共に、次第に中が悪くなっていった。多分、いや私が原因なんだろう。私がやることがきっと、お姉ちゃんの心を知らないうちに傷つけていたのだろう。そんな事を言っても、きっと言い訳にしか成らないんだろう。

 だって私には、他人の気持ちが分からない。何をやろうにも私は出来て、周りのみんなが出来ないのが分からないのだから。

 

 あぁ、きっとこの所為だ。これがきっと今の私とお姉ちゃんとの関係を作ったのだろう。

 

 何で、何で分からないんだろう……。どうして、どうしたらまたお姉ちゃんと仲良く出来るんだろう……。

 

「おい、日菜。日菜、出来たぞ。起きろ〜」

 

「んっ……、あれ私寝てた……」

ぼやけた目で声の方を見つめる。

 

「そりゃあもう、ぐっすり寝てたぞ。おかげでこっちはやりやすかったけどな」

てことは、朱那の料理してるところ見れなかった。

 

「はぁ……、見たかった」

気分が沈みまた、寝ていた時の体勢に戻る。

 

「あぁ、それとな……」

 

「ん?」

 

「俺はここに来たばっかりで、まだ何とも言えない人間だけど。お前は、お前らしくしていいと思うぞ……。他人の心なんてもものはそう簡単に分かるもんじゃないし、俺だって今までそれのせいで何度も喧嘩して来たしな」

 

何を言って……、すると頭に、

 

「だから、お前一人がそう悪いだなんて考えるなよ……。こうやって誰かの気持ちを考えようとしてるんだ、時間が掛かったとしても、分かりたいと思うならまた仲良く出来ると思うぞ……」

頭を優しく撫でてくれていた。大きくて、朱那の体温の温かさが手から伝わってくる。小さい頃に同じように、お父さんに撫でてもらった時で、不思議と落ち着く……。

 

「おい、ちょ、どうした!?嫌だったのか、俺に撫でられるの」

慌てた声で問いかけてきた。

 

「何で?全然嫌じゃないけど。逆に安心する……」

自然と言葉が溢れ出す。

 

「そ、そうか。泣き出すから、嫌なのかと思った。嫌じゃないなら良かった……」

 

 寝言でずっと、『ごめんさい……』『お姉ちゃん、ごめんさい……』『私がちゃんと、お姉ちゃんの気持ちを分かってなかった所為で……』と苦しそうに呟いていた。そんな姿があまりにも見ていて心苦しくて、気づけばそっと頭を撫でていた。

 

 

「泣いてなんか……あれ……何で」

 

 頬をに伝わる水滴、服の袖には零れ落ちた涙が作った染み。いつの間に私泣いて、慌てて涙を袖で拭う。拭って、拭っている筈なのに、溢れて止まらない。溜め込んでいたものが、一斉に溢れ出したように止まらなかった。

 

「うぅ……うわぁ……」

溢れる感情が、涙を零しながら朱那に抱きついていた。そんな私を黙った受け止めて、そっと頭を撫で続けてくれた。泣き止むまで、落ち着くまで優しく撫でてくれた。

 

 その時に微かに香る料理中についた匂いが、キッチンに立っていた母を思い出せた。




今回は書きたい衝動に負けてしまい、勢いで書いてしまいした。
日菜の心の叫び…、またこれからもきっとあると思います。
日菜の心をどれだけ書けるかは分かりません……。
それでも、精一杯やらせていきたいと思います。
だから、これからも宜しくお願いします。
今回もご閲覧ありがとうございます。


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第5話作家は料理を振る舞います。

遅くなりました、ごめんなさい。


 日菜を慰めるために頭を撫で続けて、だいぶ時間がたった。気がした……、感覚的な問題で分からないけど。

 

「だいぶ落ち着いてきたか?」

抱きつきながら泣いていた日菜に声をかける。

 

「うん……、落ち着いた……。ごめん、いきなりこんな事……」

突然泣き出して朱那も迷惑だったよね。

 

「別に構わないぞ、俺はお前の執事なんだから。泣いているお嬢様を慰めるのも、立派な執事の仕事だから」

それを聞いた日菜はクスっと笑った。

「ありがとう、朱那!やっぱり、朱那をここに連行してきてよかった!」

元気を取り戻した日菜は、更に力を入れて抱きついてきた。

 てか、元気なのは構わないけど、連行って!本心漏れてるし!それに当たってる…、日菜のが当たってるんですけど…。

「連行は駄目だから!普通に考えて駄目だから」

何とかして引き剥がさそうとするも、

「え〜、でも今は了承してるから良いじゃん!」

引き剥がそうというタイミングで更に接近してくる。

「それは……、はぁもう好きにしてください……」

もうこれ以上抵抗しても離して貰えないようなので、お嬢様の好きされることにしました。

「え!良いの?なら、もう少しだけ〜」

朱那を抱きしめてると、何だか他ものと違ったるんって!来る感じがして来る。ギターを弾いてる時とも、彩ちゃんが面白いことをしてそれを見た時とも、小さい頃お姉ちゃんと遊んで居た時とも。どんな物とも違うるんってするの。すぅ〜…朱那の匂い…幸せ……。

 やっぱり朱那は私の、ワタシだけの物にして、独り占めにしたいな……。

 

 抱きつかれて、日菜の当たるものに対してドキドキしながら、後なんか嗅がれてるような?噛じらてるような感覚?もしたけれど、開放されたから良しとしよう。ほんと、後少しで天に召されるとこだったけど。

「じゃあ、遅くなったけど。朝飯食べるか、今温め直すからな」

「わ〜い、朱那のご飯だ!」

さっき迄泣いていたのが嘘のように、元気になっていた。

「何作ったの?」

「まだ日菜の好みが分からないから、万人受けするであろう!」

レンジで再び温めた、

「オムライスだ!卵は今作り直すから待ってろ」

「お〜、良い匂い。美味しそう〜」

「そう言ってくれると嬉しいな、作ったかいがあったな」

「でも、もう卵乗ってるけど?」

「出来立ての方が良いだろ?ほら、出来た」

話しているうちに、お店で出てくるオムレツが完成した。

「ほら、割ってみな」

ケチャップライスの上に乗ったオムレツを半分に切ると、中から半熟の卵が湯気を出しながら蕩け出てきた。

「しゅごい、これ食べていいの…?」

涎が若干零れそうになるのを堪えながら、食べたい衝動と戦う日菜を見ていると、餌を目の前に置かれ待てを食らわされている子犬の様だった。

「良いよ、ほら遠慮なく。お嬢様」

俺が言い悪直後には、手にスプーンを握りしめ、

「いただきます!」

出来立てのオムレツと色々何か具材を入れたケチャップライスを、スプーンにのせて食べ始めた。

「むふぅー!」

食べ始めて、いきなり机をバシバシ叩き始めた。おい、机が泣くぞ…。

 そんな事は良いとして、

「どうした?何か変な味したか?」

びっくりして椅子から立ち上がる。

「おいひぃ〜、こぉれおいひぃ〜よ」

溢れんばかりの笑顔を見せる日菜。これには思わずため息をついた、心配して損した。

「何だよ、急に暴れるから不味いのかと思った。びっくりさせるなよ」

「ほぉんはぁこふぉはぃよ」

「いや、何言ってるのか全然わからないし。飲み込んでからにしなさいよ」

口に食べ物を入れながら喋らないの。全く行儀が悪いから、それじゃイメージ良くないから。

「うん…、そんな事ないよ!すごっく美味しい、美味しいよ!」

最初の一口目から駆け込むように食べ勧めていく、その様子を見ていると作ったこっちまで嬉しくなってきた。

「いただきます」

うん、まぁ普通だな。少し濃い目に味を付けたケチャップライスに、具材で入れた挽肉やコーンが合わさって美味しい。卵は固まってるけど、これはこれで美味しいからな。

「ねぇ、朱那?おかわりある?」

自分も食べ勧めていると、いつの間にか日菜の皿からはオムライスが跡形もなく綺麗に消えていた。

「まだ、ケチャップライスは残ってて、オムレツは作れば……」

「そっか……、じゃあ食べる!」

お皿を目の前に突き出してきた。何か、犬の尻尾が見えた気がした。

「そんなにか、じゃあ今からオムレツ作るから待ってろ。こんなに気に入られるだなんて思ってなかったな」

冷蔵庫から卵を取り出して三度オムレツを作り始める。

 

 朱那作ったオムライスすっごく美味しいな。あーあ、早くお代わり食べたいな〜。でもまだ、時間は掛かりそうだし……。

 目の前を見ると朱那が食べていた食べかけのオムライスがあった。朱那が使ってたスプーンもある……。今とってもるんってくる事を思いついちゃった。でも、朱那にバレたら大変かな?

「でも、るんって来たし」

結局、衝動に勝てませんでした。もうこの際食べちゃおう、朱那の使ってたスプーンで、朱那の食べかけのオムライスを……。朱那の唾液を含んだスプーン、朱那の唾液が混じったケチャップライス……。

「ふふ……」

不敵な笑みを口元に携え、まずはスプーンを手に取りそのまま口の中に持っていく。

 ケチャップライスのケチャップの薄紅色に染まった銀色のスプーン。そこに纏わり付いた朱那の唾液を、舌で舐めあげていく。ゆっくりと舌先から、まるで棒付きキャンディーを舐めるかのように。じっくり舐めていくと、私の口の中でヌチュリと音を立て私の唾液と混ざり合っていく。今私のと朱那のが混ざり合って、私の中に入ってる……。

 これだけでもかなり幸せに満たされたけど、まだ足りない……。

 今度は食べかけのオムライスへとスプーンを向ける。チュパと口から出すと透明な唾液がスプーンに纏わり付いて、糸を引いていた。朱那が食べていた部分を、少しずつ削っていき再び口の中に持っていく。

「はぁうぅ……」

オムライスは美味しいし、それに重なって朱那が食べていたことを考えると更にるんって来て美味しいし。次の一口を食べるために、食べたことがバレないように再び削っていって口に運ぶ。

 

「お〜い、お代わりの分出来たぞ〜って。日菜、俺の食べかけを盗み食いするなよ」

お代わりの分が出来て戻ってきたら、俺のを食べていた。

「ちゃんと作ってきたから、こっち食べろよな」

「だって〜、美味しいから食べたかったんだもん」

笑顔を見せる日菜。本当にこのお嬢様は手におえないな。そう思いながら、残りの食べかけを食べるのであった。

 

 びっくりした…、二口目を食べるタイミングで来るなんて。でも、私は沢山るんって出来たし!それに…、

「うん?どうかしたか?」

朱那が不思議そうに尋ねてくる。

「何でもないよ〜、美味しい〜!」

本当に美味しいよ、だって今も朱那が使っていたスプーンで私が食べているんだもん。

 だから、朱那が今使っているスプーンは私の唾液を含んだスプーンんだよ。これで、朱那の中に私の唾液が混ざり合っていく。私は朱那のを、朱那は私のを、これって間接キスかな?

 どうしよう、そう考えてくると。今最高に、最高にるんってくる。しかも、朱那はこの事を知らないんだから、ワタシだけのヒ・ミ・ツ……。




本当にお久しぶりです。
他の連載もやっていたら、頭が回らなくなっちゃって。
でも、これからはどんどん出していきますので。
今回はヤンデレ回?ヤンデレってあんな感じかな?
自分の妄想癖と、趣味前回で書きました…。
今回もご閲覧ありがとうございました。


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第6話作家は住み込みを決意しました。

やっぱり氷川姉妹と同じ屋根のしたで暮らすのは駄目ですか?


「ごちそうさま。美味しかった〜」

「ごちそうさまでした。そんなに美味しかったか、ならまた今度作ってやるよ」

二杯目をお代りした後、追加でもう2回食べたんだから。見てて気持ちの良い食べっぷりだった。

 食べ終わった食器を片付けようとすると、

「あ、食器洗い手伝うよ」

せっかくあんなに美味しいご飯食べられたんだし、少しは手伝わないと。

「うん?あぁ、大丈夫だよ。日菜は部屋で何かしてて良いよ」

ここでまた『好きにして良い』って言えば、何をするか分からないし。それにこの仕事は俺の仕事何だから。

「でも、私もやりたい」

やっぱりそう来るよな。

「これは俺の仕事だから、ちゃんとやらせてくれ。ほら、ゆっくりしてきな」

「むぅ、分かった。じゃあ私部屋に居るから」

ちょっと膨れ面でキッチンを出ていった。

 キッチンを出ていったのを確認して、頭の中で好きな特撮ヒーローの歌を流しながら食器を洗い始めていった。

 

朱那め、私が部屋に行ったと思ってるな。ふふ…、甘いよ。本当はこうして部屋に行ったふりをして、ここに居るんだからね。私、千聖ちゃんから色々教えてもらってるんだから。朱那を騙すことなんて造作もないのさ。

 ポケットをゴソゴソと漁り、スマホを取り出す。音が出ないようにして、カメラを起動……、

「私の家で家事をしてる朱那……」

後ろ姿だけど写真を撮っていく。朱那、朱那、朱那……、さっきもそうだけど、朱那と居ると本当にるんって気持ちが止まらないよ。

 

 何故かやたらと視線がして、背中に突き刺さる感じがする。

「はっ……」

振り返ってみたけれど、誰も居なかった。まぁ、何かの気のせいだろ。心の中では納得しきれないけど、分かりそうもない事だったから考えることを止めた。

 

 食器をすべて洗い終わり、改めて今度は自分が何をするかを考える。仕事でもしようかな……。

「って、今俺の仕事道具は家にあるんだった……」

連行されて、それで今に至るんだったけ……。

 でも家に取りに行かないことには、仕事を進める事も出来ないし……。仕方ないな……。

 

「日菜〜、お嬢様〜!少し良いか〜」

日菜の部屋が何処にあるか分からなかったので、叫んでみれば何処から飛んで来ると思った。

 

 すると廊下の方から、凄まじい音と振動が響いてきた。そしてその音と振動が次第に近づいて来ていた。予想通りすぎる!

 

「音速を超えて、光速を超えて、只今参上!日菜だよ!」

 

 やっぱり日菜だった。でも日菜って、こんな性格だったけ?あれ?俺の作ったご飯食べたせいでこうなったのか?

 それを思うと、悲しくて、そっと日菜の肩に手をのせ、

「日菜、俺は前のお前の方が好きだぞ……」

何故だか、不意に涙が出そうになった。

 

 朱那がいきなり謝って来たけど、私何か変な事したかな?

 だって、朱那は特撮ヒーローが好きだって調べた分かったから、気に入ると思ったんだけどな……。

 でも、この朱那の困った顔も良いな〜。ご主人様に怒られた犬みたいで、もうるんるんって来る!

 まぁ、今回の件で朱那は今まで通りの私が良いって事が分かったから。

「そっか〜、朱那は今まで通りの私が好きなんだね〜」

さっきの言葉を聞いて、さては調子に乗ったな。そのせいか、口元をニマニマしながらすり寄ってくる。まるでおもちゃを貰った子犬のよう。

「あぁ〜…、それで頼みがあるんだけど?」

「何かな〜?」

まだすり寄ってくるよ、近いし……。

「俺の仕事道具を取りに、一度家に帰りたいんだが?」

「え、何で?朱那の仕事は私専属の作家兼執事でしょ?だから帰る必要ないんじゃない?」

「いや、いくら仕事でも住み込みで居るわけにはいか……」

最後の言葉を言い終わろうとした瞬間、

「だから、何言ってるのかな?朱那は私専属でしょ。つまり、ワタシのものなんだよ…」

どうしよう、日菜の目から輝く光が、何処かブラックホールの中に旅に出かけちゃったよ。

「それでも、俺が住み込みはヤバイって…。ご両親が知ったらどうなることか……」

「お父さんとお母さんなら、『オッケー』って言ってくれたよ」

ご両親の了解あるのかよ。良いの?二十歳超えた、ご両親と全く面識の無い男が家に居て良いの?

「ご両親が良いって言うなら…。あ、でも、部屋とかは?」

何とかして住み込みを回避しようとするが、

「部屋なら、朱那を最初に連行してきた時の部屋があるでしょ?あれ、元々朱那の為に用意した部屋だから」

見事なまでに、退路を絶ってきた。それに、あんな広い部屋が俺のになるのか……。どうしよう、ちょっと揺れるな……。

 自分の今住んでいる部屋が余りにも狭いから、これは案外得なのでは?でも、住み込みは……。

「住み込みでいれば、一々電車で通わなくて済むよ?電車賃も浮くから、その分欲しい物買えると思うんだけどな〜?」

チラチラと視線を送ってくる。だが、この誘惑に負ける訳には……。

「それに〜、家賃も払わなくて住むんだよ〜」

『家賃を払わなくて住む』だと……。

「よし、日菜。これからよろしく頼む!」

結局、了承してしまいました……。俺のプライド?そんなものは、ブラックホールに捨ててきたわ。狭い部屋は嫌なんだもん……。

「わ〜い、朱那が私の家に来る〜」

俺が了承をした直後に、日菜の目に宿ったブラックホールは無限の彼方へさぁ行くぞ!と言わんばかりに消えていき、光が帰って来た。

「でもやっぱり、日菜。仕事道具や家具はやっぱり今までの物の方が良いんだが……。その方が安心して仕事が出来るからこっちに運びたいんだが、良いかな?」

「まぁ、朱那がその方が良いなら良いよ。大きいものとかは、黒服さんたちが運んでくれるから」

あっさりと承諾してくれた。

「そうか、ありがとうな」

これで駄目って言われたら、本当にどうしようかと思った。

「それじゃぁ!朱那の家に今から突撃しよう!おー!」

そう言うと日菜は玄関に向かって走っていった。

 慌てて追いかける形で、遅れて玄関に走っていった。

「ちょ、待って!日菜、お嬢様〜!」




投票していただいて、本当に有難うございます!
これからも精一杯書かせて頂きます!
今回は、朱那が氷川家に住むか住まないかというね。
まぁ、確かに危ないような気もしますけど…(朱那が)。
日菜ちゃんのヤンデレぶり?ヤンデレは本当にどうしているんだろう?
まぁ、今回もご閲覧ありがとうございました。


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第7話作家は家に突撃されました。

やっぱり切りが良いように、調節しました。
何だか、日菜ちゃんのヤンデレ回が続くようです。


 黒服さんが車を、何処かの運び屋みたいに凄いハンドル裁きで運転するから、あっという間に着いてしまった。

 人生で初めて、車に乗って酔いそうになった。日菜はそんな中でも、はしゃいで居たけれど…。強すぎ…。

 吐き気を感じながら車を降りて、マンションの自室に向かう。エレベーターが丁度のタイミングでやって来たので、それに乗ってスイスイ上がっていく。数十秒もしない内に、目的の階に着いた。

「それでどの部屋?どの部屋?」

「今教えるから、待って」

余程楽しみなんだろうな。もし日菜に尻尾が生えていたら、凄いぶんぶん振っているんだろうな。

「ほら、ここだよ」

ようやく自室の玄関にたどり着いた。

「じゃぁ、早速上がらせてもらうよ」

玄関の扉のレバーを掴んで、開けようとしていた。

「いや、ちょっと待って!」

「何でよ〜」

むっとされた顔をされても、

「少しだけ待っててくれたら、必ず入れるから」

部屋の掃除もしたいし、見られたら不味い物は……あるな……。

 

「だから、お願いします!」

玄関先で必死に頼み込む。近所の人の視線が少し冷たいような気もしたけれど、これは必要事項なのだ。

「むぅ、分かった…」

「お嬢様〜」

良かった…心がひ、

 

「その代わり、30秒だけだからね!」

全然心広く無かった!悪魔〜!お嬢様の悪徳令嬢!

「もうちょっと!だけ」

お慈悲を、お慈悲を〜。

「い〜ち!」

 

「え、嘘でしょ」

お慈悲すら、許してはくれなかった。

 

「に〜い」

いきなりのカウントダウンに焦りつつも、玄関の鍵を開けて慌てて部屋に入る。靴をほっぽりだし、リビングに一直線で走っていく。

 部屋に入ると、いつもと変わらない整理整頓がされた部屋が広がっていた。編集部のある会社のビルから近場にあるため、打ち合わせも自宅でする事が多い。だから何時も綺麗にするように心がけている。

 

「えと、まずは何をしまえば……」

日菜に見られて不味いものは、

 『その一・アニメキャラで推しのフィギュア』。これは見られた瞬間に壊されるだろから……、何としてでも守り抜かねば。箱からまだ出していなかったから、そのまま別の箱の中にしまって……。

 

 『その二・冗談半分で買ったエロゲ』ネットでネタが無いか探している時に、『あ、この子可愛い』と思って検索したゲームがあり、何も知らないまま買ったらエロゲだったという。

 あ、ストーリも良くて泣けたし、絵も綺麗で良かったけど。これは、夏服のダンボールの奥の方にしまって。

 『その三・げふんげふんな同人誌』別にR1〜な奴じゃないよ……うん。まぁ、内容が……絶対駄目だな。これは…何処に…。もう、取り敢えずリュックの中に押し込んで……。

 

「朱那〜、時間ですよ〜。ねぇ、何してたの?」

押し込んだタイミングで来たよ、何かテレパシー何かか。

 

「い、いいや。な、何にも無いよ〜。ほ、ほら、怪しいものなんて何一つ無いでしょ」

必死に訂正を保ちながら、誤まかす。

「怪しいものね……」

目を細めて、蛇の目のようにじっくりと眺めてくる日菜。蛇に食べられる動物も、きっとこんな気持ちなんだろうな。

「じゃぁ、その手に持った薄い本は何?」

俺の手を指さしながら、日菜は恐ろしく笑顔で問いかけてきた。

「薄い本?……」

声にならない叫びが、口から溢れ出る。手には確かに一冊の同人誌が握られていた。

 その薄い本を奪うと、日菜は再びニマニマと口元を歪ませて、更には目にブラックホールを宿しながら、じっとりと見つめてきた。

「朱那、正座して……。これはご主人様の命令だよ」

今まで考えられない位、冷徹な声で告げられた。

「は、はい……」

怖くなって、そのまま静かに正座した。

「もしかして?朱那がさっき私を部屋に入れなかったのは、コレを隠すためかな?」

奪った同人誌を丸め、バット状にして音を鳴らし始めていた。

「はい……」

ヤバイ、これは完全に殺される……。

 するとペラペラと、奪った同人誌を眺めて一言、

「朱那って、こういう趣味なんだね」

弱みを握った事を楽しそうに、サディステックな笑みを浮かべていた。

「でも〜、これはもう要らないよね。だってこういうのがあったら、朱那に悪影響だもんね」

そう言って同人誌を眺め、

「だから、こういうのは全部処分ね。他にもあるなら今の内に出しておきなよ、じゃないと……」

耳元に顔を近づけて、

「朱那には……、もう二度と外の世界と関われないような事、しちゃうからね」

そっと囁き、息を吹きかけてきた。

 吹きかけられた息に、日菜の口から出てきた言葉に、思わずびっくりして、体をビクン!とさせる。

「わぁ、朱那ってばビビり過ぎだよ〜。あははは」

光を飲み込むような瞳をしながら笑っていた。

 結局、隠したエロゲーと同人誌はすべて回収され、推しのフュギュア全て転売された。

「悪魔……、俺の推しが……うぅ……」

推しが転売されていくの見ることしか出来ずに、そんな無力な自分に絶望していた。

「え〜、だって言ったでしょ?朱那に悪影響だって」

「でも…、推しは…」

推しに関しては、普通に同人誌とか関係ないのに。あまりの辛さに涙を流す。

「あの女の子が、まだそんなに忘れれないのかな?」

そんな何かを考え始めた日菜は、黙り込んでしまった。いきなり黙り込まれてしまうと、一番怖いのだけれど……。

「まぁでも、これから朱那にはたっぷりと教え込んでいくから安心して」

答えが出たようで、笑顔で言ってくる。目は笑ってないけど。それに教え込んでいくって?

「もう、そんな怖がらないの。大丈夫だよ、痛くしないから。最初にも言ったでしょ、殺さないって」

「言ってたな、『殺したら、楽しみが無くなる』って」

「そう…、だから殺さないで…」

思わず息を飲む、

「ゆっくりとワタシ色に染め上げてア・ゲ・ル」

そう言って、最後に頬にキスをして来た。

 この時改めて後悔した、こいつの執事に成るんじゃなかったと。




朱那の趣味が、日菜にバレるという…。
想像しただけで恐怖映像ですよね…、だって秘蔵の物資がバレるなんて…。
それに日菜が『ワタシ色に染め上げる』って、もう恐怖しか無いですよね。
それでは今回もご閲覧ありがとうございました。


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第8話作家は引っ越しを完了させました。

部屋が広すぎても何処か違和感しか無いです……


 あれから日菜に特に何かをされることは無く、黙々と荷物を纏めていった。何も言われないの、それはそれで不安になる。どうしても、あの『ゆっくりとワタシ色に染めてあげる』が頭から離れない。

「俺…、これからどうなるんだろうな…」

不安要素が胸の中で渦巻く中、処分されずに済んだ特撮ヒーローのお宝を眺める。

「もし、これが消えたら……」

 

「うん?それもまた悪影響なものかな?」

耳元で突然日菜に囁かれる。

 

「日菜、いやこれは違うよ……」

思わず、ギュっとお宝を抱きしめ振り返る。

「そんな怖がらないでよ」

日菜の顔は笑っていても、今も変わらずに目だけが笑っていなかった。

「ほら、これだよ。これ」

抱きしめていたアイテムを、納得してもらう為に見せつける。

「これは俺のデビュー作が売れた時のお金で買ったんだ……。最初の、まだ無名の頃に、売れたことが嬉しくて、小さい頃に買えなかったのを買ったんだよ……」

初めてみたヒーローの、最初の変身アイテム。力を手にしてどうして良いか分からないまま、怪人たちと戦った最初の戦士を作ったもの。

「だから、これだけは……。これは俺の原点だから」

日菜はそれを見て、

「ふ〜ん、朱那の原点ね……。これが無いと、もしかして仕事進まない?」

あまり気乗りはしていないようだが、先程処分されたものより反応が良かった。

「まぁ…、無いと安心できなからな…。仕事にも支障をきたすだろうな」

実際に試したことは無いけど、多分クオリティはダダ下がりだろうな。

「じゃあ私、るんってくる小説読めなくなるって事!」

ヒーローのアイテムの重大さを知った日菜は、一度手に取りじっくりと眺めた末に、

「なら、これはこのままにして良いよ」

ようやくブラックホールの消えた目で、笑顔で笑ってくれた。先程までの恐怖が、一瞬にして吹き飛んでいった。

「良いの……?だってこれだけじゃなくて、まだ沢山あるよ……」

ショーケースに入ったアイテムを指さしながら言うと、それを確認した上で日菜は、

「別に構わないよ。だって、私の家の部屋だよ。こんな小さな棚一つくらい余裕で入るし。それに……」

「それに……?」

「朱那に悪影響が出そうな物でもないし、これなら私も安心して朱那の側に置いておけるから許す」

親指をグットポーズにして、お嬢様から承諾を得ることができた。お嬢様、マジ女神や……。

 もうさっき迄の自分を、飛び蹴りからの空中で反転してもう一度飛び蹴りをかましたいわ。そう心の中で密かに思いました。

 それから持っていく荷物を仕分けていく時に、アニメの主題歌ソングでキャラソング集を持っていくかで揉めたのはまた別の話だった。

 

「これで全部の荷物が…、はぁ…、運びきった……」

用意されていた部屋に、借りていたマンションから次々と荷物が運び込んでいった。幸いにも、黒服さんたちが、大まかな家具を持って行ってくれたので助かった。普段運動しないから、辛い事この上ない。

「じゃぁ、早速部屋の衣替えをしていきましょう!」

日菜は、荷物を運び出す時に俺が買ったマンガを読んでくつろいでいた。

『朱那、これの続きどれ〜。あははは、これ面白くて堪らないよ』

少しは手伝って欲しかったけど、ベッドに寝っ転がれて体勢が体勢だったので、何も言えませんでした……。日菜って足綺麗なんだな、細くて、白くて、お人形みたいだったな……。

「あれ、朱那?もしかして疲れてる?ぼーっとしてたけど」

「え、あ、ちょっと疲れたかな?」

気がつくと、目の前に日菜の顔があった。

「そうなの?もう、そんなじゃ、家の執事は務まらないからね」

お前はさっき迄、人の部屋でベッドの上でゴロゴロしていただけだろうが。けど、ここで言っても仕方ないか。

「それは……、精進させて頂きます」

「うむ、宜しい。それでどんな配置にするの?」

「そうだな?」

部屋全体を見渡し、簡単なモデリングを頭の中で想像する。棚は成るべく机の近くに置いて、テレビは壁際において、ベッドはまぁ端だな。後は……、

「よし、こんな感じで良いだろ」

机や棚、テレビやベッド、収納のケースなどの配置が整い、ようやく連行されてきた部屋が自分の部屋になった。

「これは慣れるまで、時間がかかりそうだな」

部屋は広いし、配置を変えたため違和感しか無いのだ。猫とかもそうでしょ、新しい場所に慣れるのに時間が掛かるみたいな。

 時計を見ると、16時を過ぎていた。夕食を作り始めるまでにはまだ早いし、今は何よりも疲れた。

「日菜、疲れたからしばらくの間寝ても良い?」

ダメ元で日菜に睡眠の許可を得る。

「え〜、寝ちゃうの?何かしようよ〜」

案の定、あっさり却下されました。

「でも、疲れたし。何するんだよ…」

「何かこう、るんってくるもの」

何んだよ、るんって…。でも何かすれば良いんだろ…、何か疲れなさそうなもの…。家の中、家の中…。

 天から神的な発想が舞い降りてきた、疲れてテンションが可笑しい。口元にフッと笑みを浮かべて、提案をする。

「なら、かくれんぼでもするか?日菜が鬼で、俺が隠れる」

まぁ、当然反応は、

「え〜、何でかくれんぼ?他に何かあるでしょ、ほら朱那が持ってきたゲーム機とか」

予想通りに、予想通り過ぎるくらいの反応だった。

「別にゲームしても良いが…、俺対人戦弱いからやめておいてくれ」

「そんな事ないでしょ、やってみようよ」

ゲームをしようとねだってくる、そこに最後の手段を使う。

「もし俺の事を制限時間内に見つけられたら、今日の残りの間、何でも一つ言うことを聞いてやる」

この巨大な屋敷の中だ、そう簡単にかくれんぼをしても見つからないはず。それに上手い事隠れることが出来たら、その間は眠ることも可能となる。もう一石二鳥じゃない、俺は眠れる、日菜は遊べる。さすが俺だ…、やっぱりテンションが変だ。

 この条件を聞くと、

「言ったね…、今、何でも一つ言うことを聞くって……」

目に焔を宿していた。それを見て少しだけ、やるんじゃなかったかなと反省した。

が、今更後に引くことも出来ず、

 

「良いぜ、俺の推しに誓って言うことを聞いてやるよ」

ガンガン強気でいかしてもらいました。

「なら、ワタシも本気でやるかな……」

手をポキポキとならし、気合十分だった。

「よし、じゃあルールな。範囲はこの屋敷全体、ただし屋敷の中だけ。庭とかは無し」

「うん、その方が分かりやすくて良いと思うよ」

「次に、俺はこの屋敷の間取り、部屋を知らないから不利だ」

「言われてみれば、私は生まれてからずっと居るから」

「それでだ、俺が隠れるまでの間はこれをしててくれ」

棚からヘッドホンを取ってきた。

「超防音、ノイズをすべて削除。超高性能ヘッドホン・ファイフォンで音楽を聞いて待ってて」

「うわぁ〜、形からして朱那は好きそう。それに高そう……」

「総額数十万超え、デザインは特撮ヒーローの限定モデル!」

「あ、だから……。うん、だろうと思った……」

他の家具を見ても、そんなにうわぁってなる程高そうな物は無かったけど。これがあるからかな?

「じゃあ音楽プレイヤー渡すから、この中の曲を一曲選んで聞き終わったら、探しに来てね」

手渡された、小型の音楽プレイヤーを握りしめて、

「じゃあ朱那、絶対私が勝つからね!」

指を指しながら宣言した。

「まぁ、頑張ってくれ…。お・じょ・お・さ・ま…、それでは〜」

部屋から全速力でその場を後にした。

 

 あぁ、朱那が行っちゃった……。それにしてもかくれんぼか、何年ぶりだろう?小さい頃にお姉ちゃんと公園でやってたのが最後だったかな?

 

「でも、何でも一つ言うことを聞いてくれるなんて。ふっとぱらだな〜、朱那は」

手渡されたヘッドホンを耳に当てる。耳全体をヘッドホンのクッションが覆う、けど耳にはそんなに重さを感じない。これは高いな…、値段に納得した。

「曲はっと、どれどれ?」

ファイル保存されている為、随分と分かりやすい。どれも見たことの無いものばっかり、全部アニメ関係かな?ファイルを数個開いて確認してみたけれど、どれがるんってくるのかがいまいち掴めなかった。

「うん〜、何かないの〜」

これじゃあ、朱那を見つけるのに手間が掛かっちゃう。日菜の中では、もうすでに朱那を見つけ出した未来が見えていた。

「早く見つけ出して、色々したいのに〜」

その後もファイルを幾つも開いて探してみた結果、最初に見たファイルの一番下の方に合った『俺特選・神曲』の中から一つ選んで聞いた。あ、案外カッコいいや。今度、彩ちゃんにも教えようっと。

 こうして明らかなフラグ満載な、かくれんぼ対決の幕が上がった。




お気に入り登録をして頂いて、本当に有難うございます。
他の連載中の作品を執筆中に書いた作品が、ここまで来るなんて……
本当に感謝しております。
感想などお待ちしております。
今回もご閲覧ありがとうございました。


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第9話作家とお嬢様はかくれんぼで戦うようです。(前編)

このかくれんぼは、盛大にやっていきたいと思ってます。


 日菜にかくれんぼを挑んで、今現在仮眠ができる場所を…もとい隠れる場所探していると、大事な事を思い出した。

「制限時間が何時までか言ってなかった……」

早く寝たかったから、すっかり忘れていた。

 どうしよう、今更出ていって『日菜、ちょっとタイムね。制限時間なんだけど』って言えないし……。

 もしそんな事をしたら、『あ、朱那見つけた!これで今日の残りの間……、ワタシの言うこと何でも聞いてくれるんダヨネ……』って言われてお終いだ。

 これは完全にやらかした……、久しぶりにどの選択肢でも死ぬ運命が来るやつ来た……。辛すぎて、愕然と肩を落とす。

「あ〜もうヤケクソだ……、隠れた後にメールでもして伝えるか」

返してもらった携帯を横目に見て、その場から再び隠れる場所を探しに走った。

 

「どうしよう、朱那の曲選が絶妙すぎる……」

最初に聞いた曲からグッと世界観に引き込まれて、その後から追い打ちを掛けるように、聞いている内にすっと意識が曲の中に溶け込む様な物が次々に流れてくるんだもん。

 それに朱那が貸してくれたヘッドホンから流れる音が、良すぎるのが悪い。今まで使っていたのとは雲泥の差。その所為でいつの間にか、一曲のはずが五曲くらい聞いていた。

「このままじゃ、朱那を見つけるのが遅くなっちゃう。って、あれ?」

時計を見て焦り始めたが、携帯を見るとメールが来ていた。すごい…、何時もなら音ですぐ分かるのに……、このヘッドホン人を駄目にする代物だ。

 それはともかくメールを開く、送り主は朱那だった。

『件名:すまん、一つ忘れてた

 本文:制限時間を設けたけど、ちゃんと言ってなかったから言っておくね。このメールが届いてから、二時間以内に見つけ出せれば日菜の勝ち、出来なきなければ俺の勝ちだから。宜しくお願いします』

朱那が慌てて思い出した様子が、文面を見ただけでよく分かった。でも、これじゃあだいぶ時間が無いな。どうにかして見つけ出さないと……。よく見るとメールは一通だけでなく、もう一通来ていた。

「あれ、まだある」

もう一通のメールを開くと、こちらも朱那だった。

『件名:追伸、どうやった!

 本文:俺の携帯にメアドと電話番号とLI○Eを、いつの間に俺の携帯に登録した!それと、お前以外の連絡先消しただろ!あれ、担当編集とか同業者とか居たんだから!仕事、出来なくなるからやめて下さい!』

 これには少しばかり、理解できなかった。

「何で……、なんでかな……?ナンデナノカナ?オカシイな〜」

メールの見つめる日菜の目には、今日何度目か判らないブラックホールが宿っていた。

「これは、絶対、ぜ〜ったいに見つけ出して……、オシエコマナイトイケナイノカナ?」

朱那、今お迎えにいくよ〜。必ず時間内に見つけ出して〜、そのカラダとココロにしっかりと刻み込んであげるんだから……。

「ふふ、ふふフフフフ……アハハハ……」

屋敷の中に静かに日菜の笑い声が響いていたが、当の本人は知りもしなかった。

 

「日菜、ちゃんと俺が送ったメール見たかな?」

ちゃんと連絡が着いたかどうかは、一応心配だった。

 それはそれとして、屋敷が迷路のようで迷子状態になった。

 どの部屋が良いのかと見て回っているけれど、書斎、キッチン、ベッドルーム、大浴場(旅館のお風呂みたいだった)、和室、リビング等を確認してみたが、いまいち見つかりそうで安心できなかった。

「もう、これは……無理だな……」

溜め息混じりに廊下の壁に寄り掛かった。

 その瞬間ガチャン、突如大きな音がし、背中の辺りが軽くなるような気がし……、

「うわぁ〜!何、ナニコレ〜、やだ、まだ死にたくない。まだ、推しのライブが来年も有るんだから!」

寄り掛かった壁が突如開き、何かのコースの上に載せられて、もの凄い勢いで滑り落ちていた。中は、暗闇で何も見えず、掃除があまりされていないのか、埃ぽくって咳きを込む。加速は止まることを知らないようで、どんどんスピードを上げながら降下していく。

「あ〜、もうヤダ〜。せめて……、もう一度だけ推しを拝みたかった……」

自分の死を覚悟し、目を瞑りその瞬間を待った。

 が、頭の方から鈍い音と痛みが少し走ったけど、加速は止まり、生きていた。

「痛てて…、良かった…死んでない…」

コースから起き上がり、携帯の明かりをつけて辺りを見回した。

 すると、ファンタジーものでありそうな石造りの通路が出来ていた。

「この家…、もはや何でもありかよ…」

あのるんって来たからと言って人を連行・誘拐してくるお嬢様だけでも厄介なのに。

 他に道は無いのかと、再度見渡すも見当たらない。ここで助けを待つのも辛いので暗がりの道を進んでいった。途中、罠が仕掛けてあるんじゃないかと、小石を進む道に投げたりしたが、反応も無いので残る問題は携帯のバッテリーがどれだけ保つかの問題だった。

 

 さてと、朱那は一体何処に隠れたのかな〜。指をポキポキと、ブラックホールの瞳を持った日菜は鳴らしながら、各部屋を探し回っていた。

「ここ!、違う……」

ベッドの下、棚の中、机の下、本棚の後ろ、浴場の水の中、畳の下(無いとは思ったけど、念の為に)、いろんな場所を見て回ったけど、全然朱那を感じさせる痕跡がない。匂いがもう少し残っていれば、簡単にわかるのに。分からなくなってきて、まだ見ていない部屋をもう一度考える。

「お姉ちゃんの部屋……」

小さい時、お姉ちゃんと同じ部屋だったな。あの頃は……、感傷に浸ってる場合じゃないよね……。自分に強く言い聞かせて、姉の部屋に向かった。

 

 部屋が別になってから、何年ぶりかに姉の部屋に入った。

「おじゃましま〜す……」

部屋にはお姉ちゃんを感じさせる物が沢山あって、どれもすっごくるんってくる。

「はぁ……、お姉ちゃん……」

歓喜極まって、思わず姉のベッドに飛び込む。枕を抱きしめて、普段姉がこの枕を使って寝ている事を思いながら、枕にのかったお姉ちゃんの残存成分を楽しむ。

「すぅ〜……、はぁ……お姉ちゃんの匂い、懐かしい……」

今も昔も変わらず、優しい感じがする。今はギクシャクしていても、やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだった。

「うん……ありがとう……、お姉ちゃん。元気でたよ……」

もう少しだけでも枕を抱きしめ感じていたかったけれど、自家が刻一刻と迫ってきていたので、中断を迫られた。

「そういえば……、お姉ちゃんとのかくれんぼで……」

昔の記憶が蘇り、今の状況と照らし合わせていった。すると、朱那の居場所に大体の検討がついていきた。まさか、こんな所で、お姉ちゃんに助けられるなんて……、本当に大好き。

 心の中で、今は喧嘩して近くて遠い姉にお礼を言って、部屋を元通りに勢いよく飛び出した。

「さぁ〜て、日菜ちゃんのショータイムですよ!」




家の中でのかくれんぼって、隠れる場所が無くて大変ですよね。
まぁ、我らのお嬢様のお家は違いますけど……。
それと朱那の携帯のね、連絡先が日菜の連絡先のみになるという、
一回消されたのを元に戻す、相当面倒くさんだろうな〜。
それでは今回もご閲覧ありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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第10話作家とお嬢様はかくれんぼで戦うようです。(中編)

前後編で書こうと思ったんですが、楽しくて三部構成にしました。
今回少しだけ、紗夜と日菜が……になります。


 暗がりの地下道を、携帯の小さな光を頼りに手探り状態で進んでいく。周りの石造りの壁の何処かを押したりすれば、何か扉が開いたりするのかと思ったが、

「そんな簡単に起きませんよね……」

案の定、そんな奇跡的な事は起こることは無かった。

 でもこんな経験、滅多にないな。この状況に関心を覚えて、逆に好奇心が巻き上がってきた。

「この展開、今度小説に取り入れようっと」

本職の作家の本能で携帯のメモ機能に残していた。

 それでも問題が残るなら携帯のバッテリーと、この状況を引き起こした、

「どっかに寝る場所無いのかな?」

のんきに睡眠の確保の事を考えていた。でも周りに休めそうな場所も無ければ、一寸先の道すら判らない道があるだけ。

「でも、進めば何とかなるでしょ」

昔みたアニメで、『成せば大抵、何とか成る』って言っていたことだし、取り敢えず前に進むことにした。

 そして、今のこの状況で全く関係の無いのだが、

「夕飯、何作ろうかな?」

朝が遅くて昼と半ば一緒みたいだったからな。それに氷川姉も帰ってくることだし、日菜と同じかな味の好み。いやでも、双子だからって一緒じゃないか……。

 それにしても、本当に今日の夕飯は何にしようかな?

 地下道で迷子に成っているにも関わらず、氷川姉妹の夕飯について頭を悩ましていた。

 

 姉の部屋を飛び出した日菜は一度自室に戻り、鼻歌交じりに準備を初めた。

「え〜っと、まず懐中電灯は携帯が有るから要らないでしょ。あ、そうだ。お菓子持ってこう」

今頃朱那、暗闇の中でお腹空いてるだろうし。日菜ちゃんは優しいな。

 まるで遠足に向かうかのように楽しそうに準備をしているが、遠足には到底持って行かないような物を、鍵付きの引き出しからオモチャを選ぶように笑顔で選んでいた。

「後はスタンガンと…」

何種類もある物の中から選びぬかれた、一個を手に持って、正常に起動するかを確認する。

「あ、でもこれじゃ朱那に近づかないと行けないから、バレたら危ないかな〜」

バチバチと音を立てて光るスタンガンを見つめながら、何が良いのか考えていくと。

「あ、そうだ〜。これが合った!」

一見、銃口が大きいオモチャの銃にしか見えないのだが、実際は、

「えいっ」

銃口からワイヤーが勢いよく伸び、部屋の壁に張り付いた。

「うん、こっちの方がるんって来る」

そうこれは、スタンガンの感電する部分がワイヤーで伸びるタイプ。これなら、遠くからでも朱那に気づかれること無く確保できるから良いかな。

「これは、念の為に持っていこうっと」

引き出しの底の部分を取り外し、そこからある物を取り出し持っていく物をまとめた小さなウエストポーチにしまう。

「これで朱那を捕まえる、準備は万全。それじゃあ、待ってね……、いまからムカエニイクカラ……」

変わらず日菜の瞳には、ブラックホールが宿っていた。

 

 歩き始めてどれくらい経ったのだろう、一向に出口にたどり着ける気配が無い。途中で、小石を拾って壁に印をつけて進めば迷わないと考えていたけれど、暗闇の中で印を付けたもんだから何処に書いたか分からなかった。

「あ〜…、疲れた…。こんな事なら、日菜と大人しくゲームしてれば良かった…」

数十分前の自分に愚痴を言いつつ、よろよろと地下道を歩き進める。

 それにしても、お腹空いたな……、てか眠い。早く布団に入って寝たい……。帰れる保証が段々と薄れ始めてきたせいか、現実逃避に走っていく。

「俺の推しのフィギュア…、意外と高く売れたな…」

日菜によってネット転売された、俺の推しのフィギュア達は割と高価格で売買されて、買った時と同じ金額が帰ってくることは無かったが、半分以上は帰ってきた。

「あのお金で、今度何買おうかな……」

今欲しい物は特に無いし、それに欲しいと言える物が金で手に入る物でも無いので無理だった。何が欲しいかって、平穏な日常…、推しと暮らせていた日常が欲しい…。

 ぼんやりと頭の中で考えながら歩いていると、何か躓き転んでしまった。

「ふんぎゃ…、痛てて…。何だ急に…」

久しぶり転んで怪我をした、膝から少しだけ出血していた。立ち上がって前を見ると、大きな金属製の扉が有った。

「これは…、魔王とか迷宮の何か強い魔物が居る部屋の扉…」

転んだ拍子に頭のネジが旅行に出掛けたらしく、発送が明後日を通り越して明々後日の方に向かっていた。

 明らかに怪しい雰囲気は有ったのだが、どうせ他に行く道も無かったので扉に手を掛け引っ張る。ゆっくりとだが、ギシギシと音を立てて扉が開いていき中は、

「うわぁ…、これはまた…」

魔王やら強い魔物が出ると思ったら、大きな本棚と楽器の機材らしきものが並ぶ部屋だった。

「おいおい…、執事を雇う金持ちって何でもありかよ…」

本棚には分厚背表紙に何語か解らない文字で書かれた本が敷き詰められていた。そんな本棚が数え切れいないほど。

 部屋の中心には、スピーカーの様な物や、ケーブル?の様な物まで散乱して置いてあった。散乱した物の中に、一本の淡い水色のギターが置いてあった。

「このギター、日菜の瞳の色にそっくりだな…」

じっとそんなギターを見つめていると、何処かから気配を感じてきた。慌てて、部屋の二階の本棚へ続く梯子を登り、寝そべって身を潜めた。

 

 目的地のあの場所に向かう途中で、あの日の事を思い出しながら歩いていた。 

 私とお姉ちゃんがまだ小さかった頃、雨の日に私が遊びたいって駄々を捏ねてお姉ちゃんを困らせていた。

 それを見かねたお姉ちゃんは、

『それじゃあ、日菜。お家の中でかくれんぼしましょ』

『かくれんぼ!する!』

私を何とか楽しませるために提案してくれたのが『かくれんぼ』だった。

『どっちが鬼さん、やるの?』

『お姉ちゃんがやってあげるは、だから日菜今の内に隠れなさい』

『わ〜い、それじゃあ隠れる』

数を数え始めたお姉ちゃんから、隠れるために家の中を走っていった。

『どこが良いのかな〜』

どこに隠れてもきっとお姉ちゃんなら見つけてしまう、そう思って色んな部屋を見ていった。

『これじゃあ、お姉ちゃんに見つかっちゃうよ』

諦めかけて、廊下の壁に寄り掛かっていると、ミシミシ、

『あれ?何この音?』

不思議な音が聞こえてきた。

『この先、何か有るのかな』

不思議思った私は近くにあった椅子を持ってきて、音のする方へ近づけて覗いてみた。

 すると、椅子の上で無理にバランスを取っていたせいか、

『あ、え、お姉ちゃん〜』

バランスを崩して、音のする壁の向こう側へと落ちてしまった。

 壁の向こう側で、すべり台みたいなものに乗ってすごい勢いで滑っていった。

『お姉ちゃん〜…、あれ、あははは。うわぁ〜』

最初はすごく怖かったけど、途中から今までに乗ったすべり台よりも速く滑るのが楽しかった。

『うんぎゃ、あれ…?もうおしまい?』

あっという間に、すべり台は終わってしまい。なにも見えない、まっくらな所に来ていた。

『お姉ちゃん〜、お姉ちゃん〜』

周りはまっくらでなにも見えなくて、怖かった。

『お姉ちゃん……、どこ……?』

怖くなって、思わず泣き出してしまった。暗くて怖いし、寒いし……。

『お姉ちゃん〜…』

只々その場で泣き続けていた。が、何時しか泣くことをやめて、周りを手で確認しながらゆっくりと歩いていった。

『お姉ちゃんが、きっと見つけてくれる……』

いつも一緒に居て、かっこよくて、頼りになるお姉ちゃんだから、すぐに見つけてくれる。

 心の中で、お姉ちゃんとの思い出を思い出していると自然と怖くなくっていた。

 たくさん歩いた先には、大きな大きな扉があった。扉には取っ手がついていたけれど、手を伸ばしても、

『あと、ちょっと……』

飛び跳ねたり、走った勢いで飛べば掴めると思ったが届かず。繰り返しチャレンジしてみたけれど、後一歩の所で届かない。

『お姉ちゃんが…、待ってるもん…』

大好きなお姉ちゃんが、きっと扉の向こう側に行けば会える気がするもん。

 暗がりの怖い道を少しだけ戻っていき、全速力で走っていき、

『おりゃ〜』

扉の取っ手を掴んだが、

『あ、あわわわ』

勢いがあり過ぎたせいか、扉が開いて壁に挟まれそうになった。間一髪で手を離し、着地をする。

『ひなちゃん、大成功!』

 ようやく、扉の向こう側に行くことが出来た。

『日菜!』

『お姉ちゃん』

信じていたとおり、扉の向こうには大好きなお姉ちゃんが居た。

『お姉ちゃんは、どうやって……』

どうやってここまでやって来たのか聞こうとすると、

『日菜が……、どこにも居ないから……居なくなっちゃったかと思った……』

大粒の涙を流しながら、私を抱きしめながら泣いていた。

 そんなお姉ちゃんをみて安心したのか私も、

『お姉ちゃん……、怖かったよ……』

ここまで来るのに抑え込んでいた、怖かった気持ちがどっと溢れ出して泣いてしまった。

 その後、二人して大声で泣いて居る所を母さんに見つけられて、こっ酷く叱られたんだっけ。

「ふふ、まさかあの時の事が、今にまた起こるだなんて」

まるで神様が仕込んだイタズラか?それともただの偶然か?

「でも、神様のイタズラの方がるんって来るな」

過去の私を思い出しながら、もう一度暗がりのすべり台へと乗り込んだ。




今回は何時よりも長くて…、段々と勢いが出てしまって…。
でも、紗夜さんと日菜ちゃんのロリ時代という。初の試みを。
もし何かあった時は、ロリの時大のエピソードも良いかもですね。
やっぱり小さかった頃のさよひなも、それはそれで可愛かったんでしょうね。
もちろん、今のさよひなもとてつもなく尊いですけど。
今回もご閲覧ありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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第11話作家とお嬢様はかくれんぼで戦うようです。(後編)

作者が少々疲れていたせいか、聞いていたドラマCDの影響か……。
ともあれ、かくれんぼ最終決戦です。
今回は少しばかり、シリアス?と長めです。


 扉の向こう側、自分が歩いてきた道から異様な空気を感じて慌てて、本棚が並べてある二階に忍び込んだが……。

『気のせいだったか……』

日菜への恐怖心がピークに達して、何も無いのに居るように錯覚したようだった。

「この本……知ってるやつだ……」

ふとして、すぐ側にあった本棚の一番下の段から、和訳されたとある洋書を発見した。

「これ、中学の時に読んでたっけ……」

懐かしいな、中学時代から漫画やアニメが好きで、誰も友達居なかったけ……。部屋で漫画読んで、ラノベとかネットで小説漁って……。そう言えば、中学に書いていた作品、何処に隠したんだっけ。

「親に隠れて沢山読んだな……。おかげで、今こうして作家として仕事できて居るんだけど……」

ページを捲っている内に、眠気が襲ってきて……眠ってしまった。でも、これはこれで結果オーライ……。

 

「アハハハ〜、アーット!」

相変わらず暗くて、何処に向かっているのか分からないすべり台の速さは健在だった。それに、すべり台のあちこちから朱那の匂いがしてくる。あれ?もう終わちゃったの?昔はもっと長い気がしたんだけどな。

「でも、コレからが本当のお祭りナンダモンネ……」

本当にわかり易く、匂いが残ってて何をしてたのか一目瞭然だもん。

「フンフフ〜ン」

鼻歌交じりに、スキップをしながら暗がりの地下道を進んでいった。

 

『や〜い、キモオタ!死ねよ』

『お前なんか、所詮は画面の中の絵に幻想抱いてるだけだろ』

『うわぁ〜、マジ引くわ……』

『つか、学校でエロ本読むなよ』

『コイツ、小説とか言って水着の女の子の絵が書かれたの読んでる』

『はぁ〜?嘘でしょ……、うっわ!本当だ!』

『変態』

『変態のキモオタ野郎』

四方八方から、何処に行こうと言われる言葉。物を隠されたり、服を引っ張ってきたり、殴られたり、シャーペンを刺されたり……。

 けど、一番辛かったのは、大好きな物を目の前で壊されることだった。

 

「うるさい…、五月蝿い…、煩い!」

消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!

「消えろ!って、夢か……」

汗ばんだ手をズボンで拭いて、頬を叩くと頬の方も少しばかり湿っていた。

「それにしても……。もう関係ないだろ……」

昔の思い出に感化されたのか、夢まであの頃のままだった。何で思い出したくない時代を、あんな記憶無くてもいいのに……、何で消えないんだよ……。

「何で……、きえ……、ないんだよ……」

思い出すだけで、辛くて、苦しくて、死にたくなるような思い出は残って、楽しい思い出は消えていくんだよ……。

「最悪だ……」

ギュッと下唇を噛み締めた。力が強かったのか、口の中で鉄臭い味が広がっていく。

「こんな……こんな世界なんて……、消えて……無くなれば良いんだ……」

そうだ……、そうだよ……。あいつらが、アイツらが全員消えれば……。胸の中で黒いモヤモヤが蹲って、消えない中でもう一度眠りについた。

 

「そうそう、この道で迷ってたんだよね」

鼻歌交じりに意気揚々と進んでいくと、微かに光が道にそうように伸びていた。

「や〜っと、ミーツケータ!」

隠れる気があるのかな?こんな暗がりで光がさしていたら、不審に思って確認するのが当たり前でしょうが。

「朱那のうっかりさん」

さ〜て、朱那の元へ直行!を仕掛けようと扉に近づくと……。

 

「うぅぅ……」

朱那の声だけど……、魘されてるの……?

 

「うぅぅぅ……、うるさい……、五月蝿い……、煩い!」

誰に向かって怒ってるんだろう?

 

「お願いだから……、もうやめてくれ……」

泣いてるの……、朱那の悲鳴に似た声が聞こえてくる。

 

「消えろ!って夢か……」

何か朱那にとって、とても嫌なものに対してものなのだろう。その後も何かを言っていたが、上手く聞き取れない。

 

「こんな……こんな世界なんて……、消えて……無くなれば良いんだ……」

消えて無くなりそうな、今にも霞んで消えてしまいそうな声で確かにそう言った。

 朱那の声が、それからパッタリと聞こえなくなってきたので、ゆっくりと扉を開けて部屋の中に入った。

「何にも変わってない……。あの頃と同じまま……」

部屋中の壁に沿って並べられた本棚、重厚な紙の背表紙でびっしりと埋め尽くされているのも。少し暗くて、湿気を少し含んだようなじっとりとした空気も……。

「本当に変わらないんだ……」

部屋一面を見渡していると、あの頃には無かった物が置いてあった。

「こんなギター?置いてあったけ?」

それにしても、このギター何かの色に似ている気がするんだけど……?何だろう?すっごく身近に有るもののような?

「お姉ちゃんのギターなのかな?」

もしもお姉ちゃんのギターなら、勝手に触って怒られたら怖いからそっとしておこう……。

 ギターを横目に、改めて目的の人物の匂いを辿っていく。

「ご主人様をあんまり困らせないで欲しいな〜」

梯子の所から感じた朱那の匂いを辿って、二階に上がっていくと床で寝そべって眠っいた。

「ミ〜・ツ・ケ〜・タ、これで今日の残りの時間は……ワタシのイイナリ……」

どうしよう、最高に、最高にるんって来たんだけど!

「うぅぅ……、あ、ぁぁ……」

「朱那?」

また魘されてる……、苦しそうな顔して。

 何かを掴もうとするように見えた手に、私の手を重ねる。

「大丈夫……、朱那のご主人様が迎えに来たよ……」

「うぅぅ……」

重ねた手が包まれていく、次第に落ち着いてきたのか呼吸が整っていくのが分かる。

「そうだよ……、安心して良いんだよ……」

小さい子をあやしているみたいで、ちょっとこれ楽しいかも。

 それにしても、こんな辛そうな表情をするだなんて……。何があったんだろう……。

 朱那が落ち着いたようで、ようやく「すぅ〜……」と寝息を立てて眠てしまっていた。

「寝顔が、こんな無防備な顔が、今私の目の前で」

どうしよう、写真に収めたい。けど、撮ったら起きてきちゃいそうだし……。

「そうだ!こうして目に焼き付けておけば良いんだ……」

同じ様に隣に寝そべり、そのままギュッと抱きしめる。

「これで…起きても…にげら…」

あれ……、私も眠たくなって……。朱那の体温が高いのか、温かくて気持ちいい……。

 

 黒くて、黒くて、黒以外に何も無い場所?空間なのか?何処かを歩いていた。何を目指しているのか、何を求めているのか分からずに歩いていた。どれだけ歩いて来たのだろうか、体のあちこちが軋み始めた。一度休んで、また歩き出そう。立ち止まって、ふと後ろに何もないと思いながら振り返る。

 するとそこには、大きな、大きくて、黒い何か、黒い形の無い何かがあった。それを見て、何と言葉にして良いのか解らないのほどの恐怖を覚えた。なぜ、恐怖だったのか。とにかくその場から走った、走って、走り続けて、その黒い何か逃げるように。

 けど、何処まで走っても、走り続けても追いかけてくる。すると、突如として落とし穴に落ちたように、落下し始めた。

「うげぇ……」

何処か落ちた先で、底に着いたのか衝撃で体に痛みが走る。痛みと共に、何かが体の上に重くのしかかるような……。

「重い……」

重いのに、温かい?それに……、甘い匂いがする……。ふんわりと感じた甘い匂いが、目覚めかけた意識を朦朧とさせて、眠らせてしまった。

 落ちた先で立ち上がり、また何処かへ歩きだしていた。今度は、小さなゆらゆらと揺らめく光の方へ……。

 

「があぅ……、あぐぅ……」

「痛い……、噛まな……いで……」

首に方から、耳の方にかけて……、何かに噛まれたりしているような気がする。

「うぎゃぁ……あぁ……」

猫か?猫に噛まれてるのか…?どこから、入ってきたんだろう?この辺に居るのか……。

 朦朧としている意識が、目覚まそうと眠気と戦い始めた。戦う中でも変わらず、

「あぎゅ……」

変わらず耳の方を噛まれていた。吐息が耳にかかって、思わずビクッとして目が覚めた。

「この家に猫なんて居たのか……」

瞼をこすって、重たさを感じる胸元の方を見ると、一番見つかりたくない人がそこに居た。

「あ……、逃げないと……」

慌てて逃げようと体勢を変えようとしたが、ガッチリと片手を握りしめて、体の上にまるで掛け布団の様に乗っかっていたのだ。

 何で、何でだ……。だって、俺普通に寝ていたはずなのに……。てか、起こしたほうが良いの?どうすれば良いの?こんな経験したこと無いから、読んできたラノベにすら無かったぞこんなシチュエーション!

 一人悶々と、これからどうしようか考えを錯綜させていると、

「う、うぅぅ……。ふわぁぁぁ……」

起きてしまった。そして、目の前に居るお嬢様に対して、

「あ、起きちゃった?」

言葉がもはや思い浮かばなかった。

 それに対してのお嬢様の反応は、

「あれ……、お菓子の国……。まだ、食べかけ……」

完全に寝ぼけていた。それにしても、案外ファンタジーな夢見るんだな……。寝ぼけて、寝返りをしようとしたのを見逃さずに日菜を下ろそうとするが、

「まだ食べる……」

繋いでいない方の手を背中に回して、より一層密着してきた。

「……、これは」

密着されてまず分かったのは、先程の甘い匂いは日菜の髪の毛から香るものだった。次に、日菜の行動に耐えられそうも無いことに気がついた。もう、完全に耳なんて食べられてるし……、日菜の唇でずっと甘噛みされてるし……。

「もう、限界……」

結局、それから日菜が目覚めるまで更に時間をようした。ちゃんと目覚めた頃には、日菜の唾液で耳がベタベタになっていた。

 が、それを日菜は、

「これは朱那がワタシのモノだっていう、マーキングだよ」

ニコニコと、小悪魔を思わせる笑みを浮かべて言ってきた。

「そうだ、朱那。これを良い忘れてた」

「うん?何だ?」

「朱那のこと、時間内に見つけられたから……」

スマホに見つけた時に撮ったであろう写真を見せられ、

「この勝負は、私の勝ちということで……。今日の残りの時間は、ワタシのモノだね〜」

数時間ぶりにみた、日菜のブラックホールの瞳を見て思わず、

「盛大に…、フラグ回収したか……」

今度日菜と何かで勝負する時は、何かを賭けることはやめておこう。そう心に誓ったのであった。




今回でようやく、朱那と日菜のかくれんぼ対決に幕が閉じました。
まぁ、盛大に見栄を張っておいて、最後は捕まるという。
結構、あっさりとね。あれだけ、日菜がスタンガンとか持ってきたのに……。
それから、朱那の夢に関しては一部作者の実体験です……。本当に辛かった……。
でも今は、こうして小説を連載して、多くの人に読んで貰って、評価も、お気に入り登録も、して頂いて。本当に幸せです。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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第12話作家は約束を果たして、お嬢様と過ごすようです。

今回は割と自由な感じで書きました。


「それで、俺は何をされるんだ……」

俺から勝負をふってしまった以上は、約束を守らなくてはいけない。覚悟を決めて望みを聞くことにした。

「え〜、何しようかな〜?色々と有るんだよ〜、例えば〜」

側に日菜が持ってきたであろうカバンをゴソゴソと漁りはじめ、

「このスタンガンで朱那を眠らせて、あんな事や、こんな事をしても良いし〜」

これは……、死にはしなくても、世間一般的に死ぬ奴なのでは……。

「それか〜、朱那から自発的にしてもらえるように、’’コレ’’盛っても良いんだよ〜」

「あーっと……」

スタンガンもビックリしたけど……、謎の液体の入った瓶……。これには俺も驚くよ。

「って、怖すぎだろ!おま、それ何?何の薬品?人体にアウトなヤツ?」

「うん?ちょっと待ってね……」

スマホを取り出し、何やら調べ始めた。

「え〜とね、まずこれは飲んでも大丈夫だって。あ、でも、これ飲む時の量を間違えなきゃだって」

「待て待て、全然安心できないんだけど。飲む量間違えたら、逆にどうなるのさ」

「う〜ん……」

沈黙が場を支配し、

「わかんない!でも、きっとるんってくると思うよ!」

「そうか……」

自然と体から魂が抜け落ちるような、脱力感が体を襲ってきた。

「でも今日は、さっき十分に堪能できたから使わないでおくね」

さっき耳と首筋を食べていましたからね。

「そうですか……、その手に持ったスタンガンと怪しい瓶に入った薬品を使わないでくれて感謝します」

「何でそんな棒読みなの……」

ぷくっと頬を膨らませる日菜。こういう所は、普通に女の子で可愛いんだけどな。

「もしかして、使ってほしいのかな〜」

瓶の方を俺の頬に押し当てて、スタンガンを首筋に突きつけてきた。

「めっそうもございません、お嬢様のお心遣いに感謝申し上げます」

本当に自分のプライドが弱すぎて、泣けてくる。

「それじゃあ、キッチリ遊んでよね。朱那!」

本当にこのお嬢様の笑顔は太陽みたいで、輝きが眩しかった。

 

 地下の本棚の部屋の出方と入り方を教えてもらいながら、部屋を後にして時間を見ると夕飯時には丁度良い時間だった。

「夕飯は……、パスタにでもするか……」

時間があまり無かったのと、ふとパスタが食べたかったのでパスタに決めた。

「何パスタにするの?私、ミートソースが良い」

「じゃあ、それにするか」

「わ〜い、私の好きな物〜」

「作るのは……」

判りきっていた答えだが、

「私も一緒に作る!」

「だよな……」

こうして、日菜と一緒に時短ながらにパスタを作り、作っている途中に帰ってきた氷川姉に味見をしてもらいながら作った。

 

「ごちそうさまでした」

氷川姉に、これからこの屋敷に住むという事実を伝えると、

『お母さん達が、許可を出しているようでしたら……。分かりました……』

やはり『この不審人物』と言わんばかりに睨まれながら、了承された。了承を聞いた日菜ははしゃいでいたが、氷川姉はそれを見て溜め息をついて部屋に戻ってしまった。

 

 食器を片付けを新しい自室に戻ると、休む暇も無く、

「さぁ、約束を果たしてもらおう!」

扉が音を立てて開き、日菜がお菓子を抱えてやって来た。夕飯もたらふく食べていたのに、まだ食べるのかよ。

「ちゃんとノックはしてくれ、それで何するんだ?」

「え〜とね〜」

持ってきたお菓子を一先ず部屋に置いてある、小さなテーブルに置いて部屋にある物見渡していた。

「そうだ、コレにする。さっき朱那がやってくれなかったから、今やる」

家から持ってきたゲーム機を指さしていた。

「分かった、今準備するから。箱の中にソフトがあるから、好きなの選んで良いぞ」

ゲーム機をテレビに繋げて、周辺機器も用意していると、やりたいものが決まったようで、

「じゃあ、これからやる」

持ってきたゲームを機会に入れて立ち上がるの待つ。待っている間に、お菓子の袋を明けて食べ始めていた。

「ゲームやる前から食べるのか」

「だって、待ち時間が長いんだもん」

チョコのお菓子を食べながら、渡したコントローラー弄る日菜。自分の隣を叩いているから、そこに座れということらしい。

「しばらく開いて無かったからな」

日菜の隣に座り、持ってきたお菓子を摘む。うん、意外と美味しい。

「あ、やっとついた〜」

画面を見ると、普段一人でやっているロボットのゲームだった。

「これからやるのか……、これかなり面倒くさいぞ」

「そうなの?何かパッケージの所に、朱那が好きそうな女の子の絵があったから」

「いや、これは普通に内容が良いから買ったの。そういうのじゃなくて」

全く、人が買うものが全部女の子を見るためでは無いのだ。確かに……、好きな子だけど。

「ふ〜ん、本当かな〜」

信用してもらえず、口をニマニマさせてすり寄ってきた。

「本当だよ、ほらやるんだろ」

日菜のコントローラーを借り、日菜専用のセーブポイントを作る。きっとこれからやりに来るなら、日菜の分が無いと困るだろうし。

「それで、最初からやってみるか?」

「え〜、最初は朱那のお手本見た〜い」

「俺の見てもつまらないぞ」

「だって〜、今はワタシのための時間だから〜。ワタシの見たいものを見せて〜」

「はぁ……、約束だもんな」

そう言うと、ご満悦の表情を浮かべて、また一つお菓子を食べていた。

 

「っつ、絶対に殲滅してやる。俺の専用機に傷つけやがって!」

「朱那、右!右から来てるって!」

「あれか、オラ喰らえ!」

「これも日菜ちゃんのアシストのおかげ」

「「イェーイ!」」

とハイタッチをして、仲良くはしゃいでいた。日菜の指示が意外と的確で、何時もなら一回は復帰しないと行けない所も、ノーコンティニューで進められている。案外、日菜がやったら強いんじゃないか……。

 

「日菜、お風呂空いたから」

「は〜い」

氷川姉が、扉をノックしてやって来た。日菜が見当たらないから、ここに来たようだ。

「じゃあ、お風呂行ってくる〜。あ、覗いちゃ駄目だよ〜」

「覗かないから、ゲームも止めておくから。はよ、入ってこい」

手で払うな動きをして、日菜を風呂へと向かわせた。日菜が部屋を出ると、今度は氷川姉が入ってきた。

「どうかしたか、氷川姉よ?」

「いえ、別にただ一つ言っておきたくて」

「おう、何だ?」

「もしも、日菜に何か有った場合……、貴方を絶対に許しませんから……」

目と目を合わせ、冷淡に、けれど固い意思をもった様な声で言われた。

「俺は、アイツに対して何かをする気は無いよ。逆に、俺のほうがされそうで怖いくらいだよ」

「そうですか……、だとしても……」

余程、日菜のことが心配なんだろうな。あれだけ、仲が悪そうに見えて意外と妹思いらしい。

「あぁ、何もしないし、逆にさせもしないよ」

一瞬驚いたようだが、

「俺も仕事で請け負ってるんだ。だから、そこらに居る魑魅魍魎共に、何かをさせる気もないよ」

それを伝えると、

「分かりました、では、これから氷川家の執事として宜しくお願いします」

氷川姉がお辞儀をしてきた。これには、流石に同じ様にお辞儀を慌ててした。

「では、私の方はこれで……。あ、そうだ」

部屋を出ていく時に、扉に手を掛けて一言。

「あんまりお菓子ばかり食べていると、肥えますよ……」

「……」

持ってきたお菓子の3分の1程を摘んでいたので、袋が散乱していた。それを見て、氷川姉は言ってきたようだった。

「肥えないから安心しろ。これでも、体は鍛えてるんだ」

「そうですか……、まぁご自由に……」

日菜も氷川姉もそうなんだが、何でこう笑った顔が悪魔みたいな怪しげな微笑みなんだろうな。そう思っている間に、氷川姉は出ていってしまった。

 その後、風呂から帰ってきた日菜に『お姉ちゃんが来たよね、お姉ちゃんここに来たよね!』と直ぐにバレて、有ること無いことを聞かれて疲れた。注意を逸らすためにゲームをやらせて、その場を何とか逃げおおせた。

 風呂から帰ってくる頃には、「行っけ〜」と半ば雑魚キャラ相手に完全無双状態であった。その様子をベッドで横になりなって、面白おかしく観戦していたら、

「すぅ……」

いつの間にか、疲れて眠ってしまった。お風呂で長湯していたせいか、かくれんぼの時に中途半端に眠っていたせいなのか、でもこればっかりは仕方ない……。

「やった〜!日菜ちゃんの完全勝利!見てた、今の見て……」

「すぅ……」

本当に何でこう、私がここぞって言う時に寝てるのかな。全く、主である私を差し置いて。

「今日はこれで二回目だね……」

さっきもそうだったけど、朱那の寝顔……。安心しきったと言わんばかりの顔していて、それに一度寝始めると中々起きないのだ。

「掛け布団も掛けないで、風引いちゃうよ」

冬の中頃で冷えてきているのに、全くだらしないんだから。

 掛け布団を引き抜いて掛けてあげると、やっぱり寒かったようで。

「あったかい……」と呟いていた。

最初から自分で掛ければいいのに。掛けてからしばらくはもう一度ゲームをして過ごしていたが、

「何か飽きてきた……、今日はもう寝よう……」

けど、よく考えてみたら、『今日の残りの時間』をワタシにくれたんだ。閃きが頭を駆け巡り、時計を見て、

「それじゃあ、おやすみなさい……朱那」

朱那のベッドに入り込み、添い寝で寝ることにした。時計の針はまだ今日の残りの時間を示していたので、例え明日朱那が何と言おうと私が正しいのだから。




日菜との甘々回です、こんなの偶に良いかなと。
紗夜さん、何だかんだで日菜を心配しているようです。
それと、次回からは学校での話や、お仕事とかの話です。
これから更に日菜のヤンデレが加速したり、紗夜さんに変化が起きたりです。
それでは、今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想をお待ちしております。


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第1章非日常は嵐のように
第13話作家は非日常を始め、お嬢様は登校します。


これから、原作キャラが増えていきます!


 朝起きると自分の部屋で無いことに驚いたが、直ぐに引っ越して来たことを思い出して納得した。

「まぁ……、嫌でも納得するよね」

自分の部屋であれば、

「す〜、す〜」

と寝息を立てて眠っている女の子が、俺を抱きまくらにして寝てるということは無いんだから。

「はぁ……、頭が痛い……」

 これから漆月朱那は、『作家』と『執事』の二重生活をしていかなければ成らないのだった。

 

「おふぁ〜……、おはよう……」

朝食を作っていると、パジャマから着替えた日菜がやって来た。

「おはよう、日菜。寝癖立ってるぞ」

「え〜?じゃあ、後で直しておく〜」

まだ完全に起きていないようで、目が夢うつつだった。

「そうしておけ、その方が可愛いぞ」

まだ寝ぼけているんだから、これくらいは言っても問題は無いだろ。

「可愛い……」

あ、駄目だったか……、逆にまずかっ!

「可愛いの?ねぇ、私のこと可愛いって思ってるの?」

朝から急に抱きつかれる羽目になってしまった。

「可愛い……よ、日菜は可愛いよ……。だから、一旦離して……」

「何で〜、せっかく褒めてくれたんだよ。朝から朱那のおかげで、るんるん何だから!」

やっぱり俺が仕えるお嬢様は、良くも悪くも不思議な子だ。

 そうこうしていると、氷川姉がやって来た。氷川姉の方は、しっかりと身なりを整えた様だった。

「おはよう、氷川姉よ。お前はちゃんと身だしなみが整ってて、偉いな」

「おはようごさいます。何ですか、朝から急に?」

朝からやっぱり不機嫌なんだな、顔が怖いぞ。綺麗な顔してるんだから、笑ったほうが良いぞ。

「いや、日菜は寝癖だらけなのに、氷川姉はちゃんと整えてから来るんだな〜って」

「そういう事ですか、日菜の場合は少々面倒くさがりですから。仕方ないですよ」

褒められたことが少し嬉しかったのか、氷川姉の顔が明るくなった。

「私だって、ちゃんと整えられるもん!」

と言い残し、キッチンから出ていってしまった。

「はぁ〜、後で何とかするか……。そうだ、氷川姉よ」

「何ですか?」

出ていった日菜を放っておいて、朝食の準備を始める。だって、連れ戻すのに時間掛かりそうだから。

「飲み物とか飲むのに、自分のコップとか出しておいてくれるか?俺だと、判らないからさ」

「それくらいなら」

棚から自分たちのコップを出し、これから使う食器まで出してくれた。

「あ、ありがとな。食器まで出してくれて」

出してもらった食器に、目玉焼きとソーセージ。パンとサラダを盛り付けて。

「それじゃあ、朝食にするか」

「そうですね、日菜はまた後で来るでしょうし」

盛り付けた朝食を見ながら、サラッと言ってきた。

「お前は本当に日菜に冷たいんだから……。日菜〜、朝ごはん出来たぞ〜」

大抵こうして呼ぶと……、凄まじい音が向かってきた、ほら思った通り。

「早くご飯食べよ!」

いとも簡単に呼べるのだ、名付けて……、やっぱりやめておこう。自分が馬鹿に思えてきた。

 リビングに向かう日菜を見ると、

「今度はちゃんと、寝癖整えて来たんだな」

先程はねていた箇所が、綺麗に整えられていた。

「へへ〜ん、ちゃ〜んと整えましたとも」

Vサインを決めて、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「お〜、偉いぞ。それに、可愛いぞ」

「えへへ……、ありがとう」

日菜も揃ったことで、ようやく朝食を全員でとった。

 

「そう言えば、日菜と氷川姉は学校違うのか?」

先程から気にはなっていたのだけれど、制服が二人共違うものだった。

「そうだよ、私が羽丘女子学園で」

「私は花咲川女子学園に通ってます」

それぞれが違う学校か〜。

「でも、女子校ね〜。何か氷川姉はモテそうだな、それで日菜は可愛がられてそう」

パンを食ながらそう言うと、

「な、そんな不純な事はないですから」

氷川姉は顔を真っ赤にして、反論してきた。

「いや、でもお前端正な顔してるし、性格も割とはっきりしてるからさ。どうなのかな〜って」

「本当にそんな事は無いですから!」

氷川姉に散々怒られてしまった。

「じゃあ、日菜は?何かそう言うの無いのか?友達とかで」

「うん〜とね、甘やかされてるのかは分からないけど?よく遊んだり、何だかんで楽しいよ」

日菜の方は、少し悩んでから答えたが、どうやら案外楽しいらしい。

「何か、二人の学校の様子はある意味見てみたいもんだな……」

ふと、口から出てしまった。

 

「「ごちそうさまでした」」

「ごちそうさま」

朝食を食べ終わり片付けをしていると、学校へ行く時間になっていたようで、

「私は学校で仕事があるので」

「おう、気をつけてな。そうだ、これは俺から」

玄関で靴を履いている氷川姉に、とある物を手渡す。

「これは?」

風呂敷に包まれた小さな箱を、受け取り見つめていた。

「お弁当、昼飯をどっかで買ってくならこっちの方が安上がりだし。何より、育ち盛りなんだからな」

「有り難く頂きます、確かに購買で買うよりは良いですし」

中身を知ると、少し安心したようで鞄にしまった。

「お前、俺が渡した時変な物だと思ったのか?」

「えぇ、いきなりでしたので。一体どんな危険物かと」

すました顔でとんでもない事を言ってくる。

「それでは、そろそろ行かないと」

携帯で時間を確認して、扉に手を掛ける。

「行ってらっしゃい」

「……、行ってきます」

俺が、この家の執事という事に抵抗はあるよな……。それが普通か。

 数分後、日菜の方も学校に行く支度が出来たようで、

「それじゃあ、私も学校行ってくるね」

「あいよ、気を付けてな。はい、お弁当」

日菜にもお弁当を渡す。

「え、良いの!わ〜い、朱那のお弁当だ!」

玄関の狭いスペースではしゃぐので、

「危ないから、はしゃぐな」

おでこにデコピンを一発おみまいする。

「っつ〜……、痛い〜……」

デコピンされた所を擦る日菜。

「もう、帰ったらお仕置きなんだから」

「分かった、分かった……」

帰ってくる頃には忘れていますように。

「そうだ、日菜。俺、今日現行の打ち合わせしてくるから」

「え〜、じゃあ帰ってきたら朱那居ないの〜」

拗ねて頬をプクッと膨らます。

「帰りに何かケーキでも買ってくるから、それで我慢してくれ」

「むぅ〜、でも変な事したら……。お仕置き追加だからね……」

一瞬、瞳の光が消えた様な気がしたが……、すぐに光が戻ったので気に留めなかった。

「それじゃ、行ってきま〜す」

「行ってらっしゃい」

日菜の方もようやく送り出した所で、この屋敷の各部屋を掃除して、洗濯物を干して、編集部に行くということを考えると、胃に穴が開くかと思った。

 

「あ、日菜。おはよう」

「りさち〜、おはよう」

教室に着くと先に同じクラスメイトの『今井リサ・通称りさち〜』が席に座っていた。りさち〜とは一年の頃からクラスが一緒で、話しているととっても楽しいのだ。

「ねぇねぇ、何か今日良いことあった?」

「え〜、分かる〜」

りさち〜は私のこういう細かい変化に気づく数救い一人である。話そうか、話すまいか、頭の中で会議が始まった。

「うんとね〜、実は〜」

やっぱり朱那の事を誰かに話すと、るんって!来る感じがし、りさち〜は気付いてくれたから話すのもいいと思った。

 話をしている最中、りさち〜の顔が色んな表情に変化していて、見ていて飽きることが無かった。

「じゃあ話をまとめると、その大好きな人を誘拐して、執事として雇うって言ったら了承されて、今現在日菜の家に同棲しているってこと……?」

「そうだよ、本当にるんって気持ちが止まらないよ!」

「へぇ……、日菜……。凄すぎて、頭が追いつかない……」

りさち〜は突然壊れた機械のように、パタリと机にうつ伏してしまった。

「おはよう、日菜。リサもおはよう、という場合では無いようだね」

「薫くん。おはよう〜」

少し遅れて、りさち〜の隣の『瀬田薫・通称薫くん』がやって来た。薫くんとは今年のクラス替えで一緒になったけど、薫くんは案外おっちょこちょいな所があって、見ていて面白いのだ。

「薫、おはよう……」

「どうしたんだい、そんな疲れた顔をして。折角の綺麗な顔が台無しじゃないか」

「だって、朝からこんなビックリすることないでしょ……。薫も聞けば分かるよ……」

薫くんに遺言を残すか如く、その言葉を伝える再び机にうつ伏してしまった。

「そ、そうなのかい?日菜、一体何を話していたんだい?」

「えっとね〜、実は〜」

りさち〜に話したことを薫くんにも、同じ様に話していると次第に薫くんの顔の雲行きが怪しくなっていた。

「つ、つまるところ……、い、今その人と同棲していると……」

「そうだよ、一緒に寝たし。良い匂いしたな〜」

あの朱那の匂いを嗅いでいると、るるんって来て安心出来るんだよな〜。

「ふ、ふっ……。君たちは大人の階段を登っているんだね……、あぁ……儚い……」

薫くんの口癖の『儚い』が出た所で、薫くんまでも何でか机にうつ伏してしまった。

「ちょっと何でよ〜、ねぇ、二人共」

肩を交互に揺さぶってみるが、起きないまま始業のチャイムが鳴ってしまった。これじゃ全然るんってしない……。




書いていて思ったのですが、薫さんが一番難しい気がしてきました……。
もし薫さんが出てくるオススメの小説があれば、紹介お願いします。
朝起きたら隣に美少女が居たら良いですよね……。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。薫さんのオススメの小説を教えて下さい(切実)。


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第14話作家はお仕事が大変です。

お気に入り登録数が100人を突破しました!
皆さん、ありがとうございます。
今度、100人記念作品を出したいと思います。
それと、一度『魔王に召喚されて、新しく生活を始めました。』の方に間違えて投稿してしまって、ごめんなさい。


 氷川姉妹を見送ってから、掃除で家中を駆け巡った。その所為で普段使わない筋肉を、大いに使い体中が悲鳴を上げていた。

 洗濯は洗う物の種類に合わせて洗剤を変えたほうが良いと聞いたことがあったので、スマホでどの生地はどう洗うのかを調べて洗濯をしておいた。

「晴〜れ〜ろ〜」

雲の切れ間から差し込む太陽の光に文句を言いながら、天候が良くなることを願っていた。天気予報を確認しようとスマホを取り出すと、約束の時間が迫って来ていた。

「もう時間なのかよ!」

慌てて洗濯物を干して、部屋に戻り仕事道具を鞄に詰め込む。

 

「それじゃあ、行ってきます」

誰も居ない空の屋敷の鍵をしめ、急いで編集部に向かった。

 

 道端で見かけた地図では、案外近い場所に編集部の有るビルが建っていたので、このまま走っていけば時間には多少遅れても大丈夫であろう言える距離であった。知らない道を全速力で駆け抜けて行くと、途中でやたらと大きな日本屋敷?みたいな時代劇とかでありそうな家や、THE・金持ちの家みたいな庭に噴水の有る家も見かけた。氷川家も負けず劣らず凄いのだけれど……、あんまり人の家を比べるのは失礼な気がしてきたので深く考えないようにした。

 それから途中信号で立ち往生したり、道に迷ったりしたけれど、二分遅れで編集部のビルに着いた。ビルに入ると暖房が効いていて、走って来たばかりの身には熱くて仕方が無かった。

 丁度上りのエレベーターが来たので、それに飛び乗って新井さんが待っている会議室のある階へと乗っていった。

 

「遅くなりました……」

意外と時間に厳しい新井さんのことだから、きっと入った瞬間に怒られるんだろうな……。内心では震えが止まらない中で、そっと扉に手を掛け中に入る。

「やっと来ましたか……」

パソコンに向けていた視線をあげ、鬼の形相でガンを飛ばしてきた。待って〜、何か少し前のヤンキーが居るんですけど!帰りたい……、怖いよ……、もう嫌だ……と、謎の三段活用が出てきた。

 僕の豆腐以下の脆さのメンタルは、一瞬にして崩壊しました。

「あ……、おは、おはようございます……」

「おはようございます……、それはそうと……」

目がさ、もう眼力だけで人の頭を吹っ飛ばせそうな位になってるんだけど、ねぇ誰か助けて……。

 

「何で、連絡の一つも無いんですか!」

 

「……へぇ?」

あまりに予想していた事と違い、拍子抜けして間抜けな声が出てしまった。

 

「サイン会が終わって打ち上げに行こうとしたら、変な薬品嗅がされてるし!でも朝起きたら、やたらと良いお酒が部屋中に置いてあって!一体どういうことですか!?」

 

「え、ちょっと待って下さいね……」

色々納得できそうな所を探したいから時間を下さい。

 

「先生は居ないし……、いっくら携帯に電話掛けても繋がらないから……」

 

「新井さん……、僕のことを心配し」

やっぱり僕の専属担当編集はあらいさんじゃないと駄目なんだと、一瞬だけ思った。一瞬だけ……。

 

「他の出版社に移ったのかと思いました!」

 

「会社の利益の心配かよ!待ってよ、僕は!僕、あなたと今まで様々な困難に立ち向かってきたでしょ!それなのに、生存の心配より会社の方の心配ですか!」

はぁ……、何だよ……。日菜にあれだけ心配して聞いて損した、もうこの際本当に他の会社に移ろっかな。

 

「うるはら先生、今『他の会社に移ってやろう』って考えましたよね……」

指をポキポキと鳴らし始めた新井さん、そんな手の準備運動を初めないで。

 

「そんな事ないですよ、新井さん程の良い編集さんはいませんよ。だから、他の会社に行きませんから」

 

「そうですよね、うるはら先生のサポートを出来る編集は私以外には居ませんよね〜」

鬼の形相が、一瞬にしてお花畑でお花を摘む少女の様な優しいものに変わった。

 これでホッと出来……、

 

「もし会社を移るってなったら、真っ先『茨姫』に連絡しなければなりませんでしたよ〜」

 

「……、それは冗談ですよね」

 

「いえ、割と本気ですよ?前に先生と『もし、うるはら先生がうちの会社から移ったらどうしましょう?』って相談していたら、

『そうね……、そうなった時は私に連絡しなさい。大丈夫、私がちゃんとお・は・な・しを着けるから』って言ってましたよ」

再生しかけてたお豆腐以下の弱々メンタルが、また崩れ去ったんだけど。それから、無性にお腹が痛むのはなぜだろう?

「まぁ、実際に携帯に連絡が着かなくて困っていたのは事実ですし、心配もしていました。私が見たときには、既に怪しい人達に囲まれていたので」

散々、見当外れな事を言って置きながら案外心配だったらしい。

「その……、心配をおかけしました」

深々とお辞儀をし、誠心誠意の謝罪をする。

「本当はすぐにでも新井さんに連絡を取ろうとしてたんですけど、ちょっと問題が起こりまして……」

下手な言い訳をして新井さんに心配を掛けるよりは、事情をしっかりと話したほうが良いだろうと考えて全てを話すことにした。

「実は……」

それから、新井さんが気絶してからの出来事を全て、洗いざらい話した。

 

「ほうほう……、つまりは誘拐ファンがうるはら先生を誘拐、執事として専属作家として雇いたいと申し込まれる、うるはら先生が承諾、朝食を食べて、家に招いてエロ本がバレてシバカれて、かくれんぼして食べられて、夜は二人で添い寝をしていたと……」

 

「そうですね……はい……」

話す時にうっかり余計な事も言ってしまったけど、後悔は時既に遅し……。会議室の床に正座をさせられて、目の前では再びの鬼の形相で指を鳴らし始めていました。

「その雇い主は、『女子高生』ですよね……」

「はい……」

「先生は、今何歳ですか?」

「23歳です……」

「それではポリスメンに連絡を……」

スマホを取り出し、素早く警察に電話を掛けようした。

「え、ちょ!僕、誘拐されてる方ですよ!」

「だとしても、知り合ったばっかの女子高生に言い寄られて、ホイホイ仕事受けて、添い寝している変態が何を言うんですか!」

まぁ正論です……、正論ですけど……、僕、変態じゃない……。

「僕、変態じゃないですよ……。純情ピュアボーイですよ……」

「前にロリ転(『ロリと暮らす 転生活』シリーズ)の取材だって言って、一日中休日の公園を渡り歩いて、無邪気に遊ぶ少女を眺めて『これが……、本物の幼女なのか……』って言って、鼻血垂らしていたのは誰ですか?」

「そ、それは……。僕でした……」

だって、あの頃はもうネタに詰まってたんだもん……。それに見ていたアニメのヒロインの妹が幼女キャラで可愛かったら……、ビビット!来たんだもん……。

「全く……、厄介な仕事を請け負いましたね……」

深々溜め息をついて、椅子に座り机に項垂れる新井さん。

「だって、何ですかその子……。自分以外の連絡先消したり、誘拐して自分のものにしようとするとか、どこのラノベのヤンデレですか……」

「まぁ……、それは僕も思いますよ……。(スタンガンとか、薬品とかあるし)」

「先生、これ連絡先です」

話を聞いている時に紙に何かを書いていると思っていたが、どうやら消えた連絡先を元に戻すために書いてくれていたらしい。

「あ、ありがとうございます〜……」

「これが無いと、先生と打ち合わせできないじゃないですか。それと『茨姫』が、ご立腹ですよ」

新井さんの情けに感動したら、それを破壊する悩みが生まれてきてしまった。

「それって……、本当ですか……」

お腹の痛みが引きません……。

「先生が誘拐されて、楽しく過ごしている時に『新しいキャラのデザイン案について、話したいんだけど』って」

「そう言えば、今度の新刊で新キャラを表紙にしようと……」

楽しく過ごしていたとは聞き捨てならないです、楽しくは……楽し……、ちょっと楽しい時もありました。

「それで伝言を受け取っています」

留守電を再生してもらった。

『うるはらせ・ん・せ・い。何で連絡が無いのかしら?私と仕事をするのが嫌になったのかしら?そんな事ないわよね?だって、先生は私の絵が一番好きですもんね。だから、私との仕事の契約を破棄するなんて事したら……。

 

てめぇの恐怖心がクライマックスになって、見るもの全てが悪夢になるようにすんぞ……。

 

それじゃあ、先生。早く連絡が来ないと、未来は無いですよ。

 あ、そうだ最後に、この伝言の翌日の午後四時に私の家に来なさい。

 それじゃ、See you.My Contractor《私の契約者》』

「あら〜、これは相当『茨姫』は怒ってますね〜」

修羅場が見れて楽しいようで、ニヤニヤと笑っていた。

「あ、あははは……。もうやだ……、僕もう……」

酷い目に合わせられる未来しか見えなくなってきたんですけど……、未来に絶望終末なんですけど……。

「まぁ、『茨姫』も心配だったんですから。ちゃんと謝ってきて下さいね、じゃないと私も大変ですよ……」

「は、はい……」

何で僕の周りはこう危ない人だらけなんだろう……。

「それじゃあ、今回の説教はこれで終わりします。それで今日は、新刊の……」

ようやく新井さんの説教が終わり、仕事の話にはなったけど……。この後『茨姫』の所に行くって考えると、全然仕事に集中できない……。

 すると暗い思いを粉砕してくれる、推しの曲が携帯から流れ始めた。

「すみません、ちょっと……」

新井さんに言って、会議室を出て電話に対応した。

「はい、漆月です」

『あ、もしもし朱那〜?』

この声は……、

「日菜か?どうしたんだ、学校だろ今」

先程話題になっていた雇い主・日菜だった。

『そうなんだけど。あのさ、一つ頼んでも良い?』

「あぁ、良いけど?」

声が何時もより低いから、何かあったのだろう。

『実は……、学校に今日提出しなきゃいけないプリントがあって』

「おん、それで?」

『それを持っていくの忘れちゃってさ、だから持って来てくれる?』

「いや、俺仕事でこれから出られ」

『へぇ〜……、じゃあ学校の友達に昨日見つけた朱那のエッチな本の話しでもし』

「分かりました、お嬢様。時間を御指定下さい、必ず時間通りに届けに参ります」

『うむ、素直で宜しい。え〜っと、今11時30分だから、12時に届けに来てね。机の上に置いてあるから、それを持ってきてね』

「承りました、それでは後ほ」

電話を切ろうと、すると一言だけ添えられ、

『一分でも遅れたら、バラしちゃうからね……。じゃあ、また後でね〜』

電話を切られてしまった。

「すぅ……、俺の日常を返してくれ……」

廊下で蹲って泣いている俺がそこに居た。




今回はあまり日菜の出番が少なかったですが、次回はしっかり出していきます。
それと新キャラの『茨姫』について少しお知らせをさせて下さい。
『茨姫』は、とあるキャラの姉という設定です。
ヒントは特徴的なヘッドホンの人で、実はマナーに厳しいあの人。
合ってますよね?作者が不安になってきました……。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。
薫さんの教えて頂いたの、参考に勉強させてもらいます。
本当にありがとうございます。


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第15話作家はお嬢様の学校に出陣します。

羽丘女子学園に行きまーす!


 会議室の前の廊下で溜め息をついて蹲っていたが、どうにもならないので会議室に一度戻った。

「その様子じゃ、電話の相手は『茨姫』ですか?」

僕の顔を見て、少し楽しそうに笑う新井さん。

「違いますよ、『雇い主』の方です……」

苦笑混じり答えると、一気に新井さんの顔に笑顔が無くなった。

「何だそっちですか、『茨姫』だったら良かったのに」

「僕からしたら、どっちも怖いし、どっちも嫌です」

「まぁ、確かに『茨姫』は先生にとって怖いかもしれないですけど……。あんなに良い人は居ないのにな〜……」

「本当に怖いですよ……」

新井さんが、あの後続けて何か言っていたようだが聞き取れなかった。

「それで『JK雇い主』何て?」

「誤解をうむ言い方はやめてくださいよ!えっとですね」

反論を述べるも、新井さんの冗談だと割り切って先程の内容を話した。

「へぇ〜『プリント』ね。まぁ、その話が本当なら届けたほうが良いと思いますよ」

これで日菜にバレた趣味を、友達に言われなくてすむ。

「でも、その前に先生。お・し・ご・と、してもらわないと、怒っちゃいますよ」

もうすぐ30歳を迎える人が、そんな事してもイタイ人になるだっ。

「せんせい?今〜、とっても悪いこと考えてましたよね〜」

「考えてませんよ、本当に考えてませんよ。だから、握りこぶしを作らないでください。お願い、お腹はやめ、ぼふ!」

 結局、約束の時間の15分前まで、次回作の打ち合わせとお説教が繰り広げられました。

 

「日菜の部屋の机……」

編集部のビルから、弾丸の如くとにかく走って氷川邸へと帰ってきた。靴も玄関で先で脱いだままにし、日菜の部屋へに向かっていく。

「これか……」

日菜が言っていたとおり、机の上には一枚のプリントが置いてあった。

「残り時間は……、8分かよ!」

スマホで時間を確認すると、11時52分で残り時間も僅かだった。ついでに、羽丘女子学園のルートを調べる。

「ここから10分かよ……」

以外に近いと言うべきか、遠いと言うべきかの境のような地点に日菜の通う学校があった。が、問題は時間だった。

「今から走っても……、てか体が持たないし……」

朝から慣れない掃除や、編集部への全力疾走出勤で体は疲れ切っていた。

「そうだ……」

自室に戻り《最終兵器》を取り出し、それに全てを託した。

 

「ねぇ、日菜。さっき電話してたけど、その相手はもしや」

「そうだよ〜、私の執事だよ!」

そう答えると、りさち〜は呆れたように、

「学校であんまり連絡とってると先生にばれるよ、それに執事さんも本職で忙しいだろうし」

頬杖を付きながら言ってきた。

「でも、会ってみたいでしょ」

りさち〜、私が話をしてる時、顔がゆでだこみたいに真っ赤だったし。絶対会わせたら、るんって!くる反応を見せてくれるんだろうな。

「うんと……、気になる……。こんな怪しげ仕事を請け負った、その人がどんな人か見てみたい……」

「僕もぜひ会ってみたいな、日菜にこんな素敵な笑顔させる執事君に」

「薫も会ってみたいの?」

「あぁ、きっととても素晴らしい人なんだろう」

普段よりか、薫くんの華やかさが増しているような気がした。でも、これでみんな会いたいって分かったことだし、

「大丈夫だよ、お昼頃には。え〜と、12時にはちゃんと会えるから」

時計を見ながら、待ち遠しく思いながら知らせる。

 すると、二人の動きが同時に止まってしまった。

「ひ、日菜……、今なんて言ったの……?」

「だから、12時には私の大好きな執事に会えるよって」

「こ、こね、子猫ちゃん……。わ、わる、悪い冗談はよしてくれよ……」

「え、本当だよ?ほら、電話の履歴」

電話の履歴を二人に見せると、再び机にうつ伏してしまった。

「そうだった……、日菜はこういう子だった……」

「全く……、君という子猫ちゃんは……」

そんなにビックリしたのかな?でも、これで朱那と学校でも会えるんだ。

「残りの時間が待ち遠しいな〜」

鼻歌を交えながら、窓の外を眺めて待ちわびていた。

 

「はぁ……、はぁ……」

羽丘女子学園、高い進学率を誇る有名私立高校。普通に考えれば、こんな場所に関わる事は無かっただろうに。

「繋がれ……、繋がれ……」

『あ、もしもし朱那?今何処?』

あっさりと日菜の携帯に繋がった。

「今、学校の門の前に居るんだが」

『あ、じゃあ今から迎えに行くね」

「ちょ、待った」

『ツー、ツー』

電話が一方的に切られてしまった。それにしても、校舎が大きな……。

「おい、そこのお前。さっきから何してる?」

最悪の自体が起こってしまった、警備員らしき人物がこちらに向かってきた。

「あ、え〜と。僕は、ここの生徒さんに用事がありまして……」

「大抵の変質者はみんな同じことを言うんだ」

カシャン、手首にかけて冷たいものが掛けられてしまった。

「何で手錠掛けてるんですか!僕は、正真正銘ちゃんとした理由があって……」

門の柱の部分にもう片方の手錠を繋がれ、残りの方を腕に繋がれて逮捕されて応援を要請された犯罪者のような絵面になってしまった。

「今、先生を呼んだから。それから警察に行って、罪を認めてこいよ」

警備員が先程から、トランシーバー話をしていると思ったらそういう事か……。

「お前か、学校の前で怪しげな視線を向ける不審者は」

「あ、終わった……」

何かもう、絶対自分の意思は曲げません、見たいな男の先生が来ちゃったよ。

「あ、先生。後は宜しくお願いします」

門の柱に繋がっていた手錠を、今来た先生に付け替えられてしまった。

「さぁ、ゆっくりと話し合いをしようじゃないか」

そんな喧嘩をする前の準備運動みたいに、指を鳴らしながら言われても説得力がないよ……。

「日菜、助けて……」

思わず、最後の希望を込めて呟いた。

 

「あ、朱那〜。ごめんね、階段が混んでて遅れちゃっ……た。って……、先生。何してるんですか……?」

まさか願いが通じるだなんて、でも……あれ完全に瞳から光がグッドバイしてるんですけど!

 

「氷川か。不審人物を職員室で警察が来るまで置いておくために連れて行くんだ。だから、そこを退きなさい」

 

「それは出来ないですよ……、ていうか?何でワタシの家の執事に手を出してるんですか……」

おっと、これは見ないようにしよう。黒いオーラが、具現化して見えるんだけど。

 

「何?この不信人物が、氷川の家の者だと?」

 

「そうですよ……、だから早く、朱那を離して下さい……」

 

「にわかには信じがたいが……、なら一度職員室まで着いて来い」

 

「朱那を開放してくれるのであれば……」

こうして、俺は先生に引きづられて、日菜と一緒に職員室で話し合いが行われた。

 

 結果から言ってしまうと、校長と教頭と生活指導の先生(手錠で繋いでいた先生)と日菜と俺の話し合いとなり。

「次からは、保護者の名札を付けて来て下さい」と注意されて、学校に入ることが許された。

「朱那、手のところ大丈夫?痛くない?」

「大丈夫だよ……、でも何時までおんぶしていれば良いの……」

保護者証明の名札を受け取り、プリントも届け終わったので帰ろうとすると、いきなり背中に乗ってきたのだった。

 何度も降ろそうとしたのだが、『時間を免除したぶんだよ』と実は警備員に捕まっていた時に時間が来てしまっていたらしい。が、そこは日菜の広い心で許してもらった。

 まぁ、その代償がこれだ。

「私の教室まで!」

「嘘だろ……、それで教室何階なんだよ?」

文句を言いながらも、バラされずに済んだので従うことにしていた。

「3階だよ」

「この、この状態で……3階かよ……」

体は限界寸前を通り越して、馬鹿になりかけているのに。

「こら、ジタバタしない!おこっちるでしょが!」

「わ〜、朱那が怒った〜。でも早く〜、お昼の時間無くなちゃうよ〜」

足を腹の辺りに絡ませながら、耳元で息をフーっと吹きかける。

「うんぎゃ〜、畜生が!やってやら〜!」

加速を付けて階段を駆け上がっていく、それにして女子校だから女子しか居ないな。当たり前だが。今どきの子は、メッシュとか入れるんだ……カッコいいな。

「は〜い、よそ見しないでね……」

絡める足で腹を圧迫してきて苦しい。

「悪かったから……」

と走行している間に、三階には着いたのだが。

「教室はどっちだ?」

「こっちだよ」

日菜の指差す方へ、足を早めながら進んでいく。これで……、ようやく終わる……。

 日菜に扉を開けて教室に入ると、まず最初から視線が一気に集まってきた。が、それを気にすることもなく、

「りさち〜、ほら私の執事だよ〜」

クラスメイトで仲の良い友人に手を振っていた、『近づいて』と言わんばかりに指差すので歩いていく。

「ま、まさか……、本当に呼んだの……」

ほら、りさち〜さん?固まってるよ。

「少し席を離れている内に、何をそんな……」

今度は、謎のイケメンが現れたぞ。あ、こっちも固まった。

「なぁ、日菜?もう降りてくれも良いでしょ……」

「うん、だいぶ満足したから降りるね」

日菜が背中から降りてくれたので、ようやく楽になれた。これで、疑問に思っていたことをようやく聞ける。

「でだ、何だあのイケメン!おい、某女の人が凄くカッコいい舞台の所の人が居るぞ!」

女子校だと、女子の中で進化したイケメンが現れるのか、と馬鹿な発想に至った俺だった。




今回は日菜ちゃんもしっかり登場!
若干、反骨赤メッシュさんが出ていたような……。
それそうと、やっぱり薫さんを見てると毎回宝○劇場の人にしか見えないですが……。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。
番外編を明日に出そうと思います。


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第16話作家は本職がバレて、大騒ぎです。

 日菜(お嬢様)の命により、羽丘女子学園に来て目的のプリントを届け、何故か日菜をおんぶして教室に運ぶことになっていた。日菜の友達にも会えたのだが、やはり最近の女子校は凄いな。

 なんてったって、誰が見ても満場一致のイケメン女子が居るんだから。

「朱那、それって宝○さん?」

日菜には俺の冗談が通じたらしく、首をこくりと傾げていた。

「そう、宝○さん!いや、凄いな最近の高校生……」

自分との時代とは、変わったことを噛みしめる。

「ねぇ、朱那だってそんなに変わらないと思うよ……歳近いし……」

若干、呆れた様子を見せる日菜。

「言うな……、俺の高校時代が酷かったから……。羨ましいだけだ……」

こうやって、友達と教室でくだらない日常の会話をしたり、みんなでお弁当を食べたりするのが……。

 不意に日菜の頭に手を乗せて、そっと頭を優しく撫でましていた。

 

「あ、あの〜。日菜も、すごっく幸せそうな所を邪魔して悪いんだけどさ……」

日菜の友人であろう、ギャルっぽい人、りさちーさんが気まずそうに声を掛けてきた。

 

「りさちー、後三十秒だけ……」

気まずいながらに声を掛けてきた友人に対して、俺の撫でを堪能するために友達を放ったらかしにしていた。

 こうやって、自分の欲望に忠実で、自由気ままな性格だと、何だか猫と戯れているように思えてくる。

 

「ほら、友達をあんまり困らせるなよ。帰ったら、また撫でてやるから」

これ以上は、流石に俺が申し訳ないので一度撫でるの終わりにした。

 

「むぅ……、帰ったら必ず……だよ」

むっとした顔で、遊んでもらえない事を悲しむ子犬のような目で見つめてくる。あぁ……、これは卑怯だよ……。

「わぁったよ……、帰ったらだ」

こんなんだから、甘やかしちゃうんです。

 

「それで、りさちー。何だっけ?」

ようやく話を聞くになったようで、自分の元いた席に戻っていった。少しだけ開放されたので、日菜の席から近い窓際に寄り掛かる。

「いや、だから……。あの人が……、執事さんなの?」

りさちー、何時もより緊張してる。なんか、すっごい顔が赤いし、声が高い。

「そうだよ。朱那、自己紹介してよ」

「何でいきなり……、漆月朱那だ。氷川家の専属執事だ、よろしく」

嫌そう、というか面倒くさそうに自己紹介をしていた。

「あ、私は今井リサです。日菜ちゃんの、友達です」

「瀬田薫と言います。日菜さんは、いつも明るく、とても元気の良い人です」

それから、リサちーと薫くんも自己紹介をした。

 これで二人共仲良く出来たら、さらにるんって来る!かなと思っていると、

「あ、何でアメ食べてるの!ズルい、私も食べる!」

ちょっと目を話したら、棒付きキャンディーを口に含んでいた。

「ん?あぁ、待って……。確か……」

上着の内ポケットを漁っていると、

「何が良いんだ?ブドウ?コーラ?ソーダ?ブルーベリー?」

食べているの以外にも、どんどん出てきた。朱那の上着のポッケとは、ド○エモンのポッケとなのかな?

「朱那は、今何味食べてるの?」

「プリン味」

「そんなのあるの!」

「いや、冗談だ。本当はソーダだ、ほれ」

もう、冗談でもびっくりするって。あ、キャンディー!これは……、朱那と同じソーダ!う〜ん、美味しい!

「二人は何味が良い?」

りさちーと、薫くんにもちゃんとあげようとするんだ。

「え、あ、じゃあコーラで」

「ブドウを頂きます……」

二人も仲良くアメを貰う。

「ねぇねぇ、朱那の本職は何だと思う?」

アメを食べながら、クイズ形式で二人に朱那の本職を当ててもらうことにした。何か、二人から意外な答えが聞けそうだな。

「え、いきなり。そうだねぇ……、サラリーマン?とりあえず、妥当な線で」

悩みながら、最初の答えが出てきた。

「はい!朱那が判定!」

「え、俺?う〜ん……、違うな。まぁ、偶に近い仕事してるよ」

日菜の無謀な判定の押しつけに、やんわりと回答を否定しておくことにした。

「なら、芸能関係じゃないかな?日菜の仕事から考えると」

薫くんが、私の仕事を元に推理してきたが、

 

「うん、全く無いな。芸能関係とか……、人見知り、人混みが嫌いな俺に『地獄でイジメられて来い!』って言ってようなもんだな……」

回答を聞いて、即答で否定をしていた。

 

 さすがの薫くんも、この即答の否定にはショックを受けていた。

「あ、そういえば日菜の仕事って何だ?芸能関係なのか?」

仕事でって、前に言っていたけど。その内容に関しては全く聞いていなかった。

「そうだよ。私、アイドルやってるんだよ」

「へぇ……、アイドルな。何だ?ご当地の?」

「違うよ、全国ネットの。聞いたこと無い?『Pastel✽Palettes』って?」

日菜がアイドルな……、それに『Pastel✽Palettes』……。

 少し頭の中の記憶の棚を、ひっくり返しにひっくり返してみるが……。

「すまん……、アイドル関係は全くわからん……。テレビを見ても、最近はアニメしか見てなかったから……」

記憶の中には、『Pastel✽Palettes』の『P』一文字も出てこなかった。

 

 でも、日菜がアイドルか……。

「何か、日菜が輝いてそうで良いな」

 

「「「え!」」」

 

「日菜なら、アイドルっていう仕事で『誰かを笑顔』にしたり、『誰かの支え』になれそうだし。良いんじゃないか?」

どうも日菜の笑顔を見ると、気持ちが楽になるというか、少し頑張ろうってなると云うか、不思議な感覚がして来る。

「ちょっと朱那……、それは言い過ぎ……」

褒められたのが、嬉しかったのか、それとも恥ずかしかったのか。またはその両者なのか、顔が茹でだこのように真っ赤に染まっていた。

「そうか?まぁ、この歳で芸能界とか……、頑張ってんだな……」

すっと、自然と手が伸び、日菜の頭をもう一度撫でる。こんどは、優しくそっと。

「う……、うぅ……」

猫のようなうめき声を出すので、やっぱり日菜のことが猫にしか見えなかった。

 

「俺も、18で出版業界入ったからな……。同期で入ったやつなんか、三、四人は消えた……」

あいつら、今何してるんだろうな?

 

「え、漆月さんって、出版業界で働いているんですか?」

やばい、思わず自分のこと言ってしまった。それを聞いて、あざとく聞いてくる今井。

「うんと……、そうだね。出版業界だね……」

これ、当たるんじゃね。俺の本職、バレるんじゃね。

 額から、冷や汗がダラダラと出始めてきた。何とか、冷静さを保とうと、新たにアメを取り出そうとした瞬間。

 

「なら、意外と編集部の人だったりして」

 

「ごほっ、ごっほ……」

あまりにも的確な所をきたので、思わず噎せてしまった。

 こ、この宝○め!貴様!その甘いマスクをしていながら、人をヒヤヒヤさせるんじゃないよ。

「あれ?これは……、意外と近いのでは……」

今井が俺の反応をみて、日菜と同じくらい悪戯な笑みを浮かべる。

「じゃあ、編集部じゃないなら……。編集されている方?」

コイツ……、『答えが出てきそうだけど、確証が持てないから。なら、周りの条件を探っていこう!』って魂胆だな。くっ、なんて奴だ。

「となると、記者や作家と謂うことかい?」

お前もかい!お前も急所を外しながら、良い所狙うな!お前ら、狙撃手なら良い腕してるぞ!

 

「二人共、もうほぼ正解してるよ」

お嬢様!いきなりの裏切りは酷くないですか!ねぇ、酷くないですか!

「日菜……、お前今日の晩ごはんのおかず一品抜きな……」

突然に裏切り行為をしたお嬢様に、もの凄く小さな罰を与えることにした。

「えぇ〜、何でよ。別に、正解を言ったわけじゃないじゃん」

服を掴んで、引っ張ってくる。それも、裾の辺りをちょっとだけ掴む感じで……。

 

「日菜、私わかったかもしれない」

「確かに、わかったよ。まさか……、君の執事は凄いよ……」

回答権を持つ二人が、答えに行き着いてしまったようだ。

「え、本当に?じゃあ、せ〜のでいくよ。せ〜の」

日菜の掛け声と共に、発せられた答えは……。

 

「「作家!」」

 

「おぉ、神よ……。俺は一体どこで、人生を間違えたんでしょうか……」

本気で悲しくなってきたので、その場で本日二回目のその場にしゃがみこんでしまった。

「大丈夫だよ、朱那……」

日菜が優しく慰めてくれ……、

 

「だって、朱那はワタシの元に来る運命だったんだから」

無いですよね……。現実に対して若干諦めと、天から光が降りてくるような幻覚が見えてきた。

 

「何で、作家だと思ったの……?」

俺の本職を見事に当てた二人に、理由を聞く。

 まず、今井の理由はこうだった。

「何となくってのと……、人混みが嫌いなら記者は違うかなと……」

俺の性格と、職業の内容で答えを出してきた。

 瀬田の理由はこうだった。

「記者なら、何時もどこかに駆け回っているイメージが有ったので」

二人共、以外にちゃんとした理由から、俺の仕事を見破っていた。

「はぁ……、そうだよ……。本職は作家だよ……」

渋々ながらに認める。

 

「やった!日菜〜、当てちゃったよ」

「それにしても、作家を執事にするだなんて。君はまた、発想が違うね」

日菜とハイタッチをする今井、日菜の行動に驚きを通り越して感心する瀬田。

 

「そうそう、それとね。朱那はね、『叶恋・叶うならこの恋を』シリーズを書いたんだよ」

 

 この日菜の一言に、他所で話をしていたクラスメイト達の会話がぱったりとやんだ。

 

「おっと……、これは……」

 

 そしてクラスメイトの中から、戦が始まる掛け声を掛ける者が現れてしまった。

 

「う、うるはら先生だ……。うるはら アカ月先生だ!」

『キャーーーーーー!』

クラス中の生徒が、一斉に集まってきてしまった。しかも、みんな目がもう怖いんだけど。

 

「あ、あの『叶恋・叶うならこの恋を』シリーズ読んでます!」

 

「先生の大ファンです!サイン下さい!」

 

「ズルい!わ、私も先生のサインが欲しいです!」

と、サインを求めるファンの暴動が生まれ、その波に飲み込まれしまった。

 この後、クラスの生徒全員にサインを書き、更に俺が『うるはら アカ月』という事を広めた生徒の所為で、ほぼ全校生徒にサインを書くはめになってしまった。




日菜と学校でも、何時もどおりに接する朱那。
なんか、ちょっとしたバカップル?みたいな感じになりましたね…。
それにしても、やっぱり朱那は作家としては人気が絶大で、
女子校だから女子にモテモテ!
でも、これって……、日菜ちゃんの反応が……。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などをお待ちしております。


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第17話作家は置いてかれ、新たな出会いをする。

「か、書き……きった……」

『うるはら アカ月』の名前がバレてしまい、日菜の通う学校でこの前のサイン会並みにサインした気がする。

 それにしても、みんな気迫が怖い……。サインがそんなに欲しいのかと、当の俺が思ってしまった。

 何故かって、まずは暴動みたいになっているのを整列させて一列に並ばせる。次に、一人一人に少しだけ話しながらサインを書くという工程の繰り返しだったからだ。問題はこの後だった。

 途中で、『あんた、うるはら大先生と話している時間が長すぎ!』と喧嘩が始まったりもした。

 これを止めるのに、サインと名刺を渡して鎮圧しようものなら、『先生の……名刺!』と逆効果だった。これでさらに、暴動は激化。

 暴動を察知して先生たちが慌てて飛んできたが、『あ、あの……サイン下さい……』と良い大人が生徒を放ったらかしてサインが欲しいとねだっていたのだ。

「はぁ……、良いですよ……」

先生の分もサインして、残りの数百名の生徒にサインを終えた頃には、

 

「やっぱりサイン会なんて……しない……」

魂が抜けた、燃えカスの状態だった。

 

 ちなみに、突発的サイン会が行われているのにも関わらず、一番騒ぎそうな日菜は、

「りさちー、薫くん。お昼ご飯食べようよ、まーやちゃんも誘ってきてさ」

「じゃあ私は友希那、誘ってくる」

「なら、先に行くとしようか」

今井と瀬田をお昼に誘って、教室を出て行ってしまった。

 

「え、日菜……。待って、置いて行かないでよ!あ、はいはいサインね。はい、どうぞ。って、日菜〜!」

無情ながらに、日菜への叫びは届かず、サインを只管に書く羽目になっていたのだった。

 

「日菜は……、どこに……?」

体に上手く力が入らずに、フラフラとその場から脱し、廊下に出る。また、どこかで『うるはら先生!』と言われているような気がするけど、今は勘弁願いたい。

 廊下に出ると、独特の雰囲気って云うのだろうか?ふわふわした空気を感じさせる生徒が居た。先程まで、接していた生徒とは大違いだったので、

「あ、あの。氷川が居そうな場所って分かるかな?」

日菜の事を聞いてみた。知らなかったら、それで良いのだけれど。

 

「う〜ん?だいたいなら、予想がつきますよ〜?」

その子は、ゆったりとした口調で答えてくれた。

 

「良かった……、大体でもいいから教えてくれるか?」

幸先の良いスタートで、もし断られたらきっと『私が案内しますよ!』、『いえ、私が案内しますよ』と再びの暴動に巻き込まれていたのだろう。

 

「いいですよ〜」

にっこりと微笑む生徒。

 

「ありがとうな」

こちらも、そんな笑顔を見て元気が出てくる。

 

「いえいえ〜、困ってる人を助けるのは当然ですよ〜」

 やっぱり不思議だ。他の生徒とは何かこう違う感じがしていて、将来凄いことを成し遂げそうなんて、ふと思っているといつの間にか歩き出していたので、慌てて追いかける。

 

「お兄さんは〜、日菜先輩の〜、何なんですか?」

最初に出てくる質問がそれって……、でも女子校に男性が居て日菜の居場所を聞けばそうなるよな。

「唐突だな……」

少し考えてから、

「保護者?みたいな者だ」

「へぇ〜、そうなんですか〜」

「実際はもっと別の言い方が有ると思うだがな……」

例えば、雇われ専属作家兼執事とかな。でも、主に誘拐された人だけどね!

「何だか、不思議ですね〜」

こちらを振り向き、ニヤッとするゆるふわ。勝手にあだ名を付けたが、名前を知らないからイメージで。

「でも〜、さっきは凄い人が集まってましたけど〜。何でですか〜?」

ニヤニヤと笑いながら、後ろ向きに歩くゆるふわ。

「色々有るんだよ……、てか、危ないからちゃんと前を見て歩け」

話している間、一向に前を向こうとしないので、話している俺が終始怖くて仕方がない。

「大丈夫ですよ〜、モカちゃんはこう見えても、運動神経はあるんで……」

 

「おい、危な!」

思っていたとおり、調子に乗って後ろ向きに歩いていたが、突然教室から出てきた生徒とぶつかってしまった。そのせいで、案の定体勢を崩して転びそうになった。

 

「いっと、だから言ったろ……。危ないから、ちゃんと前を見て歩けって」

転んでしまう前に、手を掴んで引き寄せる事で転ぶのを防ぐことが出来た。

 

 防ぐことは出来たが……、何でかあちこちで『キャァー!』とまるでアイドルを見た時とかに聞く黄色い悲鳴が出ているんだが……。その理由は、至極簡単だった。

 

「あっと……、その……」

 

「お兄さん……、意外と大胆だね〜……」

引き寄せる際に、力が入ってしまって抱き寄せる形になってしまっていたのだ。しかも、もう少しで唇が触れ合うのでは無いかと思うくらい近くによっていた。

 この状況を何も知らない人が見たら、カップルがキスする直前の様に見えるのだろう。というかそんなふうに見られていた。

 

 だからゆるふわの顔が、さっきから真っ赤だったんだ。

「あ、いや、その、これは……!」

慌てて手を離し、一人で立たせる。

「大丈夫ですよ〜、モカちゃんを助けてくれる為だったんでしょ〜。だから大丈夫ですよ、お兄さん」

頬がほんのりと赤くなっていたが、先程と同じ様に話しかけてくれたので、

「そ、そうか……。あははは……、気をつけてくれよ」

同じ様に、元通りの状態で話すことにした。

 

 なんとも言えない、微妙な空気で廊下を歩いていると、とある教室でゆるふわは足を止めた。

「あの〜、日菜先輩いらっしゃいますか〜」

ゆるふわは、日菜の後輩なんだな。

「あ、ちょっと待ててね」

近くにいた生徒が、日菜を呼びに行ったようだ。

「ありがとうございま〜す」

ゆるふわが、礼を言う頃には呼んでくれた生徒が日菜と話をしていた。

「じゃあ、モカちゃんはこれにてお役御免だね〜」

「ここまで、連れてきてくれてありがとうな」

何かお礼でもするべきか……、とポケットを漁る。

「お礼だ、やるよ」

先程日菜たちに配っていた、最後のアメだ。

「良いの〜?」

「良いよ、ブルーベリーだけど良いか?」

手渡すと、その場で包み紙を剥がして食べ始めた。

「うん、おいひ〜」

ゆるふわは、本当に(勝手に付けた)あだ名通りに、ふわっとした笑顔を見せる。日菜とはまた違った可愛らしい笑顔で、癒やしだった。

「じゃあ〜、日菜先輩も来たみたいだから。モカちゃんは、帰るね〜」

「本当に、ありがとうな。そう言えば、名前って……」

「青葉モカだよ〜、お兄さん」

ようやく名前を知ることができ、ゆるふわから青葉へと変換する。

「青葉か……、じゃあま」

「モカって呼んでよ〜、せっかく楽しく話したりしたんだから〜」

何故か、名前で呼ぶことを強要された。その時、自分が名乗っていないことに気がつき、

「わっかたよ、モカ。そうそう、俺は漆月朱那だ」

自己紹介をする。

「う〜ん?なら、う〜さん?あ、つっき〜さん」

「何で、そうなるんだよ……」

「漆月の月から、つっき〜さんだよ〜」

どんな呼び方なんだよ、初めてだよ。俺の名前で月から、あだ名をつけるの。

「じゃあつっき〜さん、またね〜」

「おう、またな。モカ」

 何でか女子校に来たら、現役女子高生と友達になるという。

 これって……、犯罪じゃないよね?大丈夫だよね?少々、心臓には、苦しい問題は残っていたが、『青葉モカ』という少女は中々どうして面白かった。

 

「ねぇねぇ、朱那?何で、私の前で堂々と浮気しているのかな?可笑しいな?おかしいな?全く持って、オカシイな?朱那は、私の執事なんだよ?それが、何でこう他の女の子と、親しげにしているのかな?」

モカを見送って教室に入ろうとしたら、瞳がブラックホールによって支配されていた日菜が立っていた。

 これは……、俺にとって絶体絶命?なのでは。

「いや、違うんだよ。あの暴動のようなサイン会を終えたら、お前が教室から居ないから。それで、あの子に廊下で『日菜がどこに居るか』聞いただけだから」

嘘は言っていない。だって、本当に日菜が教室に居ないんだから。

 

「でもさ?何で、名前で呼んでいるのかな?」

周りからは見えないように、足を踏みながらグリグリと動かす。スリッパで多少は痛みが和らいではいるが、上履きで踏まれるのはかなり痛い。

 

「名前で呼べって、そう言われたから……」

声を押し殺し、痛みを耐えしのぐ。

 

「へぇ〜……、でもだからって、イキナリ呼ぶことはナインジャナイノ?」

瞳の暗闇が更に大きくなっていく。

 

「そうだな……、確かに言われたからと言って呼ぶのは不味かったな……。すまん、俺が悪かった」

あんな暴動騒ぎの後で、少し楽に成り立ったかったけど……。考えてみれば、知り合ったばかりであれは不味かったよな。

 

「反省したならいいよ……」

踏んでいた足をどかしてくれた。が、グッと顔を近づけてきて、

 

「ツギハナイヨ……。ほら、みんなの所に行こうよ」

静かな声で、そっと耳打ちで言ってきた。

 

「おぅ……、わかった……」

暗闇に支配されていた瞳が、俺だけをその瞳に映し出しているのが見えた。

 小さく返事をすると、普段通りの光を宿した瞳で接する日菜だったので、同じように普段通り接した。

 腕を引かれて、昼食を食べ、仲良く話していたとされる机をくっつけた所に行く。すると、今井と瀬田が居るのは知っていたのだが……。

「何か……、また人が増えているんだが……」

暴動のサイン会を乗り越え、モカと廊下で黄色い声を上げられ、日菜に浮気と言われて怒られたら、メガネを掛けた優しそうな少女と、謎の威圧感を放つ少女が追加されていた。

 はぁ……、これはまた……どうしたものか……。

 

「あ、モカ。どこ行ってたの?」

黒髪の中に、纏まった赤いメッシュがみえる少女がモカに話しける。

「う〜んとね。飲み物が無くなちゃったから、自販機で買ってきた〜」

「そうなんだ……。急に居なくなってるし、なかなか帰ってこないからさ」

「もしかして、蘭はモカちゃんが居なくて寂しかった〜?」

蘭と呼んだ少女の反応に嬉しくて、つい聞き返してしまう。

「べ、別に寂しくなんか……。あれ、モカ今何食べてるの?」

「バレちゃった〜。実はね〜、人助けをしていたのですよ〜。これはそのお礼です」

人助けという言葉を聞いて蘭は、

「モカが人助けって……」

「むぅ……、信じてないな〜」

「だって……、モカがそういう事するイメージが浮かばないからさ」

ふっと鼻で笑って、信じてくれなかった。

「ふ〜ん。蘭は信じないんだ〜、どうしたら信じてくれるのかな〜?」

モカちゃんは、事実を言っているだけなのにな〜。

「じゃあ、その助けた人を私に紹介してよ。まぁ、遠くから見るだけでも良いけど」

あ、これは……。はっは〜ん、わかっちゃったぞ〜。

「蘭は、モカちゃんがその助けた人にヤキモチ焼いているんだね〜」

「そ、そんなわけ無いじゃん。というか、なんでそうなるわけ」

やっぱり、口では否定していても顔真っ赤だよ。

「モカちゃんには判ってしまうからなのだ〜、じゃあ行こうよ」

蘭の手を取り、日菜先輩の教室に向かうことにした。

 これなら蘭も、モカちゃんがしっかり人助けをした証拠が分かるもん。

「モカ、待ってよ。どこに行くの、自分で歩けるから」

 この時はモカちゃんも、蘭もあの『つっき〜さん』が『うるはら アカ月』とは知りもしなかった。




イキナリのモカちゃん登場!モカちゃんの喋り方が難しいです……。
それにして、何だかんで朱那の適応能力が高いのでは、モカちゃん抱き寄せてるし。
まぁ、その所為でお嬢様に浮気だって言われてしまって……。
次回は、新キャラのオンパレードだと思います。
Roseliaと、Pastel✽Palettes、さらにもう一バンド!最後はどこでしょう?
次回をお楽しみに!
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などをお待ちしております。


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第18話作家は意味を読み解き、再度疑われる。

 モカに案内してもらったおかげで、日菜とは無事……とは言えないが合流できた。合流は出来たのだが、さらに増えている……。

「日菜、先に一つ確認しておきたいんだが……」

重要な事があるので、先にはっきりさせておこう。

「何かな?」

「新しく来ている二人は、俺の本職の事を知ってるんだよな……。あと、名前も……?」

ゼンマイで動く人形の様に首を回して、日菜の方を向く。

「うん、知ってるよ。ていうか、さっきの暴動でこっちのクラスでも大騒ぎだったよ」

「大変でしたよ……、クラスのみんなが一斉に消えていきましたから」

今井の顔を見ると、クラスの輩が出ていくの遭遇したかのようで疲れ切った顔をしていた。

「子猫ちゃんたちがあんなにも必死になるなんて……、あぁ儚い……」

瀬田の方は……、

「日菜、何で瀬田は『儚い』って言ってるんだ?」

疲れた頭では理解が追いつかなくて、思わず日菜に聞いてしまう。

「う〜んとね、これは薫くんの普通だから。気にしなくていいよ」

「なっ!」

「そうか……、じゃあ俺は疲れたから休ませてくれ……」

瀬田がまたも自分だけ反応が冷たいことに残念がっていたが、今の俺にはお前にかまける程の余裕が無いのだ……。

 日菜が座っていたとさせる席に座らせてもらう。すると、何の迷いもなく日菜が膝の上に乗ってきた。

「なぁ、お嬢様?これは一体どういうことだい?」

優しく、本当に優しく問いかける。

「だって、朱那が私の席に座るんだもん。だから私の席の上に居る、朱那の上に座るってだけだよ?」

そうだよな、席が他にないもんな。それじゃあ仕方ないな。

「わぁった、じゃあそこな……」

もう突っ込みを入れるのが面倒だから、日菜の好きにさせよう。

 

「「「「いや、駄目でしょ!」」」」

残りのみんなから、ちゃんと俺の代わりにツッコミが出てきた。偉いぞ、偉いぞ〜。

 

「ほら、日菜さん。漆月さんも疲れてるんですから、席は自分が借りてくるんでそっちに座りましょうよ」

初めて見るメガネの女の子が、日菜を注意しつつ俺を気遣ってくれていた。何あの子、超優しい。

「え〜、いやだ〜。だって、朱那が良いって言うんだよ〜」

膝の上で足をバタつかせて、降りる気は無いようだった。

「でも、さすがに……」

あ、ちょっとあの子が表情が暗めに……。

「じゃあ、日菜。こうしよう、席を借りてきて並べて座ろうか」

「ぶぅ……、朱那がいいって言ったのに……」

文句を言いながら、椅子を取りに行く日菜。

「ありがとうな、何か俺のこと気にしてくれて」

メガネの子に声を掛ける。

「あ、いえ、自分がちょっと気になってしまって……。大丈夫でしたか?」

遠慮気味に言うのを見て、ますます良い子だなと思う。

「日菜の友達だよね?俺は、漆月朱那」

「自分は大和麻弥って言います」

大和か……、おし覚えた。

「大和は、日菜とクラス違うけど友達なんだな」

最初に日菜に連れて行かされた?教室には居なかったから。

「クラスは違いますけど」

「ま〜やちゃんは、私と同じPastel*Paletteのメンバーだよ」

椅子を借りて帰ってきた日菜が会話に割って入ってきた。

 椅子を置いて座るやいなや、すぐさま近くによってきた。

「じゃあ、アイドル二人目か……。この学校どうなってるの、アイドルがいて、宝○みたいなのが居て……。次は何だ?」

「最初の方は分かるけど、他にはとくに居ないよ」

渾身のボケが、一瞬にして崩れ去っていた。現実ではそう奇跡が起きないことくらい判ってる。

 でも、目の前にアイドルが二人居るけど。

 しかしながら、アイドルが居て、宝○が居てだと、

「今井や、その隣の子も何かやってるのか?」

まさか、異国のご令嬢!身に纏う空気が違うし……。

「私達は普通の学生ですよ。でも、この子のお父さんは元は有名なバンドのボーカルをしてましたけど」

「へぇ……、やっぱり凄いのが居るんだな……」

親が元バンドなら、音楽系に特化してるのかな。

「じゃあ、やっぱり音楽で何かやってるのか?えっと……」

名前を聞いていなかったので、口ごもっていると、

 

「湊友希那よ」

今井の隣に座る子が、自ら名乗ってくれた。

 

「湊は、何かやっているのか?」

「別に、貴方に話すことでは無いと思うのだけれど」

おっと、これは手厳しい。確かに、初対面の男だからプライベートの事は話したくないよな。

「そうだな、話したくないなら別に構わないけど。知り合いでバンドやってるところあったから、話になると思ったのに」

「何ですって?」

おぉ、食いついた。

 この手のタイプは、自分の大事なものに関連する者の話をすれば、自然と向こうが話してくれるもんだ。根拠は、経験則だけどな。

 

「今はまだ未完成だって言ってるけど、あれは相当凄いバンドになると思うだよな〜」

あまり挑発はしたくないが、これで掛かってくれ……。

 

「私達Roseliaを超えるとでも言いたいのかしら?」

「ちょっと、友希那」

立ち上がる湊を、抑えようとする今井。が、見事に目的は果たせた。

「Roseliaって言うんだな、湊のバンドは」

「しまっ……」

話さないと言っていたのに、自分からその名前を出してしまい慌てて口を紡ぐ。

「朱那、やり方が何か詐欺師だよ」

「おい、こら。普通にそこは『言葉を巧みに使っている』で良いの」

時々お嬢様は手厳しいんだから。まぁ、それは良いとして。

「Roselia……、Roselia……。Roseで薔薇と、Liaか……」

湊が口にしたバンド名を聞いて、少しだけその意味を考えてみた。

 Roseが薔薇なら、繋がるのは花の名前のはずだから……。

「Roseで薔薇、LiaはCamalliaから抜いたんだろうな。ちなみに、Camlliaは椿だな」

 

「……」

 

 名前を聞いて大まかな意味を予想してみたのだが……、何でそんな驚いた目で見てるんだ?それに急に黙らないでほしいんだけど……。お兄さん、怖いんだけど。

 

「俺、もしかして間違えてた?」

恐る恐る口を開くと、湊が答えをくれた。

 

「当たっているわ……、貴方の答えで当たっているわ……」

驚きで肩を小刻みに震わせていた。

 

「はぁ〜、良かった。当たっていたか」

安心して、ほっと胸をなでおろす。

 

「でも、何で分かったのかしら?」

湊が俺の回答への道筋を聞いてきた。

 

「作家をナメるな……、こちとら日々ネタを探してるんだよ……。花言葉とか、雪の結晶の名前とか、神話の類を日々研究してるんだよ。だから、記憶の棚に類似する言葉を引っ張り出して、検索をかけただけだ」

本当は昔見てた特撮のヒーローで、頭の中に地球の記憶が詰まったキャラが居てそれを真似しようとしているだけなんだが。

 

「「「「「凄すぎ(る)《るわ》……」」」」」

一気に俺に視線が集まってくる。

「日菜、君の執事は本当に凄いな……」

瀬田に褒められると、顔が良い分何かムカっとするが、悪い気はしない。

「日菜さんが連れてきた人だから、多分凄い人だと思ってましたけど。こんなに凄いんだんて!」

大和は目を輝かして見つめてくる。この子には今度何か奢っても良いかな、と密か思ってしまった。

「そんなに褒めるな……、日々研究をしてるって言っても、ほんの少しだけからな」

あくまでも、キャラの設定づくりの際に必要で調べているに過ぎないんだから。

「本当に、真剣にそれに向き合ってやってるやつには到底敵わないよ……」

消えるような声で呟く。

「それでも……、そうやって仕事の為だからって、色んな知識を学んでいるのは凄いと思いますよ」

優しく、温かい微笑みを見せる大和。

「そう言ってくれると、頑張れるね……」

こうして偶にで良い、影で頑張りを認めてもらえるのが嬉しいな。

 日菜達と話をしていたら、昼休みの終わりを告げる予鈴鳴り響いた。鐘の音を聞いて席を立ち、

「それじゃ、俺は先に帰らせてもらうわ。この後も、別の人の所に呼び出しくらってるから」

教室を出ようとする。

「え〜、もう帰っちゃうの。まだ居てよ〜、ねぇお願いだから」

教室の扉に向かおうとした数秒で、日菜が早速駄々をこね始めた。

「どこに行くの?時間は?時間があるなら、私と居ようよ」

「いや、日菜。私達だって授業があるんだから」

「じゃあ授業参観みたいに、後ろの方で見ててくれれば良いから」

「日菜さん……、さすがにそれは不味いですよ……」

みんなで日菜を止めようとするが、一向に俺を離してくれる気配がない。

「はぁ……」

思わず深い溜め息が出てくる。

 このまま残って遅れれば、確定路線で怒られる上に何されるか解らないし。かと言って、日菜を置いって行って授業をちゃんと受けなかったらな……。頭を悩ませに悩ませていると、

 

「だって朱那を行かせたら、何かまた浮気しそうな気がするし……」

 

 悩んでいた内容が、白紙状態になるような発言をしてきた。

 

「だから何で浮気になるんだよ」

確かに、これから行く所は俺の専属のイラストレーターさんの家ですよ。一応、女性です。

「何かよく分からないけど、感じるんだもん……。行かせたら、浮気するって……」

「どんな感だよ!当たるのか、その感は?」

日菜の感がそんなに当たるはずは無いとしんじ……。

「日菜の感って、中々当たるよね」

「そうね、前にリサに『自動販売機でジュースを買ったら、当たってもう一本出るよ』と言った日には、当たっていたもの」

「そういえば、『彩ちゃん、今日は遅刻してくると思う』て言った時に、本当に彩さん遅刻してきました」

「確かに、日菜が『今日は良いこと有るよ』と言ってくれた日には、千聖が調理実習で作ったクッキーをくれた事があったよ」

嘘でしょ……、何でそんなみんなの未来が当たってるの?え、どうゆこと?エスパー的な?

 

「てことは、日菜が『浮気』って言うんだから……。漆月さんが会うのって」

今井さん、それ以上は言わないでほしいな。君は、きっと優しいから言わないでくれるよね?

 

「同業者で女の人の所ですよね」

うん……、ありがとう。ちゃんとフラグを崩してくれたね。

 

 今井がまんまと言い当てるので、日菜の顔を直視できない。ぷいっと、顔をそらしていると腕をガッシリと掴まれていた。

 

「ねぇ?何で、ワタシの方をミてくれないの?」

背中をぞくりと、不穏な空気が駆け巡る感覚がする。

 

「質問してるんだよ?ワタシは、朱那にシ・ツ・モ・ンしているんだよ?」

怖すぎて顔を見れないけれど、今絶対日菜の目がブラックホールに占拠されいるよ。そして何よりも、手が痛いんですけど。力がだんだんと、入って!痛いたいい!

 

「分かったから、話すよ。イラストレーターの所に行くの、歳は俺と同い年の……女の人だ……」

 

「ふ〜ん……、やっぱり浮気だ……」

 

「待ってよ、これだけは言っておくぞ。アイツと俺にそんな関係はまず無い。多分、この世界が宇宙人の侵略で襲われても、エイリアンを狩るために現れた地球外生命体に遭遇して殺されかけても、そんな関係になることは在りえないから!」

キッパリと断言した。本当に仕事での関係以外に何も無いんだから。

 

「じゃあ、その人の所に行くなら。私も連れて行ってよね」




『茨姫』を出そう、出そうと思ってはいるんです……。
けどタイミングが合わなくて、本当にごめんなさい。
今回は前回の後半で見せた日菜のヤンデレモードが大分と色濃く出てきました。
朱那は一体何度日菜ちゃんに浮気を疑われるのだか……。
そのうち、監禁されて大変な目に遭いそうですね。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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第19話作家は二人のお嬢様の運命を繋ぎ合わせる。

「じゃあ、その人の所に行くなら。私も連れて行ってよね」

日菜の宣言を理解するのに、一体どれだけの時間を有したのだろうか。実際は、ほんの数十秒だけど。

「遠回しに俺に死を選べと言っているのか……?」

日菜はアイツに会ったことが無いからそんな事を言えるが、ただでさえ厄介なのに……。

「悪いことは言わない、やめておけ……。というか、やめてくれ……」

「何で、どうして連れて行ってくれないの?」

止めようと、それでも付いて来ようとする。

「理由は2つ。まず、お前がアイツと喧嘩してみろ。俺は金輪際仕事は出来なくなる」

「何で仕事が出来なくなるの?」

「アイツに神的イラストを描いてもらえなくなるから……」

アイツのイラストが無いと……。

 

「でも……、もし朱那が作家を辞めても家で執事として働けば……」

そんな日菜の提案を遮るように、湧き上がる怒りを押し殺し睨みつける。

 

「俺は作家なんだよ……。本来の仕事は物語を生み出していくこと、それが俺の仕事であり誇りなんだよ。それを簡単に辞めたくないんだよ……」

静かに、ただ思いを呟く。俺の思いは譲れないんだと。

 一度深呼吸をして、気を沈めて次の理由を話す。

「次に、アイツは滅多に人に会おうとしない。何故か、自分の興味を示したもの以外は邪魔なんだと」

「どういう事?」

「『作品を描くのに、有象無象の音が聞こえるだけで集中できない』、『好きなもの以外が、私の世界に入ると吐き気がする』って言ってるが、簡略すると『仕事の邪魔が入るから、人と関わりたくない』、『嫌いな物があると、仕事に集中できない』と俺は解釈してる」

仕事は完璧で、誰もを魅了する作品を描ける。その反面で好き嫌いが激しく、徹底的なまでに人を物事を選別していく。

「何で人嫌いなのに朱那には会うの?」

日菜の質問の意味が理解できなかった。理解した、自分ではそう思えるもはっきりと答えは出てこなかった。

「仕事の関係だから?」

唯一思いついた答えがコレだった。もし他に理由が有るとしても、それはアイツの気まぐれな心に聞かないと分からない。

「絶対なんかある……」

信じていないようで、じっと見つめてくる日菜。

 きっとこのまま話し合いを続けても、お互いに引く気は無いのだから意味がないか……。なら、聞くしか無いか……。

 

「この学校って、屋上に入ることは出来るか?」

 あまりにも、先程の重苦しい会話とはかけ離れた会話に唖然とする。

 

「あるけど……」

「じゃあそこで、電話して聞いてみるよ。それでアイツの許可が降りれば付いて来てもいいけど、駄目なら家に帰ること」

一度は行く前に連絡をする必要は有ったのだ、だからその時に聞いてしまえば良いだろう。

「分かった。ちゃんと電話で聞いてくれるなら、結果はちゃんと認めるから」

日菜も、ようやく納得してくれたようで掴んでいた手を離してくれた。

 

「あ、そうだ。お前達も来るか?もし日菜が行くってなったら?」

この提案は、少しだけ無理があったかな?かなり無理があったの方かな?

 

「「「「え?」」」」

全員が驚きの声を上げる。

「だって……、漆月さん今あれだけ揉めてたのに」

「自分たちが行ったら、やっぱり迷惑なのでは……?」

今井と大和は遠慮していたが、湊と瀬田は黙っていた。

「向こうにしては、大変迷惑この上ないのだけれど……」

「なら、尚の事私達は行かないほうが……」

今井が最もな事を言ってくる。

 

「俺がアイツと何かあった時、日菜を一人にしておくのも不安なんだ……」

要するに、日菜の……。

「待ってよ!朱那さ……、それって……」

俺が今から何を言うのか察したのか、慌てて口を塞ごうとをする。

「ストレートに言えば、監視役。オブラートに包んで言えば、保護者役が欲しいんだ……」

口を塞がれる前に、何とか言うことが出来た。あ〜、悪かったって。だから、胸の辺りをポカポカ殴るな。

「どういう事ですか?」

大和が不思議と言わんばかりの表情で尋ねる。

「繰り返すようだが、俺とアイツが何かあった時、例えば喧嘩だの、部屋の掃除だの、飯を作ったりだの。何だかんだで日菜にかまけてられない時にだな」

日菜の頭を撫で回しながら言うと、張り詰めていた空気が和らぎだし、全員の顔に笑みが溢れる。

「でも、喧嘩とか分かるんですけど……後半は……」

笑いを押さえながら今井が質問する。

「あぁ、それはだな……。もし行くことになったら分かるよ……」

苦笑混じりに言うと、およそ予想がついたようで何も言わずに頷いてくれた。

 

 話を続けていたら、予鈴が鳴ってから時間が立ってしまっていたようだった。時計を見て、みんな慌てて動き始めた。

「じゃあ日菜、ちゃんと聞いてくるから。授業、真面目に受けるんだぞ」

「分かってるもん、寝ないで授業受けます〜。るんっ!て来れば……」

「おっと、最後は聞き捨てならないぞ〜」

授業を寝てサボろうとする困ったお嬢様の両頬を、手でむぅっと押さえつける。頬が唇の方によって、見事なアヒル口お嬢様の完成。

「むぅ〜、はばして〜」

口元を押さえてるから、ちゃんと喋れなくて変な喋り方だな。

「じゃあ、ちゃんと授業に参加して来なさい」

「ぶぅ〜だ、しゅにゃのぶぅ〜だ」

反省する気も内容で、アヒル口で反抗を続ける。

「言っておくが、今井から後で聞くからな、瀬田にも。嘘着いたら、連れてかないからな」

「私に聞くんですか?」

「待ってくださいよ、そんな……」

責任重大な任務を言い渡され、慌てる今井と瀬田。

「協力してくれたら、美味いもん奢ってやる。何でも良いぞ、お菓子でも、レストランのフルコースでも」

「日菜が授業を受けているの見張るだけで、そんなに奢ってくれるんですか?」

「心の懐が大きい人だ……儚い……」

提案に多少は揺らいでいるようだった。

「ちょふぉ!りひゃちぃ〜、かおりゅくんまで〜」

これには日菜も、しょんぼりしていた。

「ハッハッハ〜、これが売れっ子作家の力なのだ〜!」

大人気もなく高笑いをしてしまう。

 

「あの〜……、時間大丈夫ですか?皆さん?」

大和が青ざめた顔で指をとある方へに向けていた。指差すを方には、教室の壁に掛けられた時計で……。

 

「友希那、次の授業の開始時刻って……」

今井が当たって欲しくないと願うように、湊に尋ねてる。

 

「たしか……、今から一分後のはずよ?」

湊は慌てることもなく落ち着いているが……、答えを聞いた残りのみんなは凄い勢いで荷物を纏め、机を元の位置に戻し始めた。

 その早さ何と、目測15秒!女子高生って、どこかの『俺は天の道を行く』さんよりも早いのでは?と思うほどに。それにしてもだ、湊よ。お前も見てないで、動きなさいよ。

 

「よし、片付いた」

片付けを終えた今井が額を拭う。

 

「ほら日菜、教室行くよ!」

今井に手を引かれる日菜。

「え〜、嫌だ〜。あ、ちょっと待ってよ!」

今もなお授業を受ける気がないようなので、日菜が引っ張られると同時に顔から手を離した。

「薫は反対側を持って、これじゃ日菜がまた暴れるから!」

何かスーパーとかでよく見る、オモチャが欲しいけど買ってくれないから駄々をこねるも、母親に連れて行かれる……。

「全く世話の焼ける子猫ちゃんだ……」

瀬田の方も日菜の教室への連行を手伝っているが、明らかに日菜が暴れるせいで大変な事に成っているが……。

 

「ほら、湊さん。自分たちも行くっすよ」

「仕方ないわね」

こちらも大和に言われて、嫌そうに動き始めていた。

 

 教室から出た瞬間にチャイムが鳴り響いた。廊下に出ていたので、日菜が最後まで抵抗しているのが見えたけれど、

「気のせいにしておこう……」

考えると頭が痛くなりそうなので、屋上を目指すことにした。

 学校の見取り図が書かれた紙が無いかと廊下を歩いていると、先程のサイン会・暴動で顔を覚えられたらしく、扉の窓から顔が見えたのだろうか、毎度どこかを通る度に悲鳴が聞こえてくる。

「はぁ……、やっぱり来るんじゃなかった……」

溜め息が溢れるも、それもまた悲鳴で掻き消された。

 やっとの思いで屋上に続く階段を発見し、静かに過ごせることに安堵していた。扉を開けて屋上に入る、風が吹き初め肌寒かったが落ち着く。

 授業の邪魔にならないように、そっと扉を締めて給水塔の辺りに腰を掛けて、

『あら、アカ月先生じゃない。どうしたのかしら、今になって?』

俺の《別のお嬢様》に電話を掛けるとワンコールで繋がった。でも、声の様子からして、メチャメチャ不機嫌そうだった。

「あの、まずは謝らせて欲しいのだけれど……」

『嫌よ。貴方、自分の立場が理解ってるのかしら?何さらっと、どこぞの小娘の執事になってるのよ』

「……、ごめんなさい」

『そんな言葉で許してもらえるとでも、随分と軽く見られたものね』

素直な謝罪がさらに怒りの導火線に着火したらしく、

『大体ね、私という高貴なる存在が居ながら、何でそう……』

怒りは静まるどころを知らないようで、ずっと怒られ続ける。返事をしたら怒られるかなと思って返事をしなければ、それはそれで怒られて……。もはや理不尽だった……。

『はぁ……、まだ言いたいことは有るけど。それは会って直接言うわ、で、何の用なの?』

ようやく話を聞いてくれるのか……、でも後で怒られるんだ……。

「いや、出来なかったキャラの打ち合わせをしたいなと……」

最初から言いたかったことをようやく言えた。

『……、私が嫌だと言ったら?』

以外に即座に断られると思っていたのだが、少し間を置いてから返事が来た。

「何でも言うこと聞くのでお願いします。後、雇い主のお嬢様も連れていきたいです……」

『ほう……、頭を下げてお願いしておきながら、他の小娘を連れていきたいですって……』

向こうの怒りが、電話越しでも分かるくらいに強くなってきている。

『……、良いでしょう』

以外過ぎる反応に耳を疑ったが、

『但し、何もなしに承諾する気は無いけれど。今から言う条件を飲みなさい……』

やはりそう簡単には上手くいかず、でも条件付きでもまだ良かった……。良かったのだけれど……。

 

 放課後、長い屋上生活を終えて日菜に電話を掛けようとしたその時、

「朱那〜!ちゃんと授業受けたよ!私頑張ったよ!ねぇ、褒めて褒めて」

扉が開いて僅かコンマ数秒で抱きつき、抱きついた勢いで倒れ込んでしまった。自由過ぎる行動に、日菜の前世は猫なのかと思えてくる……。頭痛い……、お腹痛い……。

「偉い、偉い……。よく頑張りました」

退いてくれる様子が無いので、とりあえず頭を撫でる。

「ふぁ……、気持ちぃ……」

「変な声を出すな……」

こんな所、他の奴らに見られたら誤解を……。

 

 突き刺さる視線が降り注ぐと思ったら、無情にも今井達が居たのだった。

「えっと……、お邪魔しました……」

開けた扉を閉めて、その場で見たものを忘れようと離れようとするので、

 

「ち、違うんだ!これは、日菜が!」

誤解を解こうとするも、日菜が抱きついて離れない。

 

「漆月さん、お幸せに……」

何か悟りを開いた様に、満面の笑顔を浮かべて帰ってしまった。

 

 扉が無情にも閉まり、再び日菜との二人きりになる。

「なぁ……、日菜……。お前の所為で、社会的に死にそうなんだけど……」

諦めて日菜を抱き寄せ、頭を少し雑に撫でる。

「日菜ちゃん知らな〜い。朱那は私の執事だから、私は朱那にこうして抱きついても良いの」

幸せそうに抱きつきながら、マーキングされるかの様に顔を擦り付けてくる。

「そんなものか」

「そういうもの」

何故か笑いが溢れ、日菜を抱きしめ、朱那抱きしめる。

「連絡の結果……、聞きたいか?」

「聞きたい。どうなの?どうなの?」

「条件付きで許しが出たよ、時間に来ないと俺に明日は無いって言われたけど」

「やった〜!これで朱那が浮気してないか、ちゃんと確認できる!」

一体どれだけ心配なんだよ……。

「じゃあ行くか?」

「うん、行く」

日菜が俺の上から動き、体が開放される。

 夕暮れに照らされる屋上を後にして、これからもう一人の『お嬢様』に会いに向かうのだった。




お久しぶりです。
他の連載作品を書いていたり、別の案件で短編を書いたりしていました。
遅くなって、すみません。
しばらくぶりに書いたので……、どうですかね?雰囲気変わってますか?
短編がバトル物で、日常系のタッチを思い出すのに時間が掛かりそうです。
頑張って、今までの感覚を取り戻し!今まで以上のクオリティを出したいと思います!
今回もご閲覧いただきありがとうございます。
感想などがあれば、お待ちしております。


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第20話作家はお嬢様と戯れてから動き出すようです。

久しぶりの投稿ながら、少し長めです。
日菜ちゃんが大人しく行くはずが無いのです!


 もう一人の『お嬢様』に電話越しに酷く叱られて、小枝以下のメンタルはポッキーする直前だった。だから日菜が抱きついてくるのを、抵抗せず自分も癒やしを求めて抱き返してしまった。

「ねぇ、ねぇ、おんぶして〜」

「駄目だ、階段でいきなりおんぶとか、危ないだろ」

 屋上を後にし二人で玄関を目指している時に、『疲れたから、おんぶ!』と高校生らしからぬ発言をしてきた。それに考えたらアイドルなんだよな……、ありえない……。

「でも、さっき私が抱きついた時の朱那の顔、すっごく気持ち良さそうだったよ」

「っく……、うるさし……」

からかってくる日菜に反論を試みるも、実際に癒やされていたのもあるので強く反論出来ない。

 これを好機と見た日菜は畳み掛けるように、さらなる追い打ちを仕掛けてくる。

「もしここでおんぶしてくれなかったら、『お嬢様』の前でずっと抱きついてるよ」

「……分かった、一階に着いたらおんぶしてやる」

「やった〜!」

『お嬢様』を取引材料に使うのは卑怯だろうが、ただでさえ機嫌が悪いのに……。目の前で日菜が抱きつけば、それこそ本当に俺に明日は来ないって……。

 楽しそうに前を歩く日菜を見つめながら、向こうに行った時にどうすれば良いのか……考えただけで胃が痛かった。

 

「は〜い、朱那。おんぶ!おんぶ!」

一階に着くなり、すぐに先程の約束を果たそうと騒ぎ始める。まだ下校中の生徒たちが居て、日菜が『おんぶ』という発言をするたび視線が突き刺さるような気がしてならない。

「少しは待てよ、靴を履いて。せめてそれからにしろ」

視線に耐えきれず、靴を履いて玄関を離れようと急ぐ。靴を履き終え、あれを回収し……。

 

「靴履いたから、おんぶしてくれるよね!」

突如として背中に急激な重みと、何とは言わんが柔らかいのが背中に押し当てられた。二つの感覚が折り混ざり、頭の中が真っ白になってしまう。

 

「朱那?大丈夫?」

耳元で吐息が掛かるくらいの近さで、そっと囁かれる。

 

「だ、大丈夫だ……」

危ない、危ない……。こんな公共の場で意識をぷっつんさせて倒れるところだった。自制心を保ち、先程考えていたことを思い出す。

「日菜、また後でおんぶしてやるから。一回降りてくれるか?」

「え〜、せっかくしたばっかりなのに〜」

ぶ〜、と文句を言う日菜。

「何で降ろすの?」

「《相棒》を回収して、転がしてくるのにこの体勢だとキツイので……」

「《相棒》?……、あの乗ってきた自転車のこと?」

「そうそう、《相棒》を回収したいんだよ」

「どうしよっかな〜、何か素直に降りるのも嫌だな〜」

こういう所で面倒くさいことを考えてくるんだよな……。てか、早く行きたいのだが……。

「じゃあ、朱那が乗ったところに後ろから乗るか、私がその《相棒》?に乗るかのどっちかを選んでよ」

「お前が俺の《相棒》に乗るのかよ……」

「ちょっと、何でそんな嫌そうな顔するの」

だってお気に入りの自転車だし、壊されたら嫌だから。

 心で思っていても、顔には出さないでいるつもりだったけれど。顔に出ていたらしく、思い切り両方のほっぺを抓ってきた。

「痛っ、おみゃえ!なにしゅんだよ!」

「だって今、なんか私に対して不穏な事考えた気配を感じたから。罰を執行したの」

「おみゃ、ほんちょうにいひゃいきゃら」

「じゃあ何か言うことないの?」

俺が悪いのか?いや、俺は悪くないぞ。自分の大事なものを何をするか解らない危険人物に預けるの拒否しただけ、至ってこれは正当である。だから、俺は謝らない。

「……」

日菜の言葉に答えることをせず、痛みに耐えながら一心不乱に《相棒》を探す。

 反応が無いことがつまらなかったのか、日菜の抓る力が徐々に弱まってきた。しかし反面、抱きつく密度が増してくる。俺が喋らずに探し始めてから、本当に抱きつくだけで何も言わない日菜。

 ひたすらに抱きつくのを落とさずに辺りを探し続け、ようやく《相棒》と再会を果たした。

「良かった……、盗まれてなくて……」

駐輪場の奥手の方の隅に駐輪されていた。鍵は外していたけれど、二重ロックを掛ける暇が無かったので盗まれるかと内心ヒヤヒヤしていたからホッとした。

 

「じゃあ、日菜。行くぞ」

鍵を挿し込み、ゆっくりと押していく。カラカラとチェーンが回転する音が、静かな空間で大きな音の如く響き渡る。

「……」

依然として、一向に喋ろうとしない日菜。

「俺がそんなに浮気するように思うのか?」

会話の種として、昼に俺が『お嬢様』に会いに行くと言った時の日菜の言葉を口にする。

「……」

「言っとくが、俺とアイツにお前が思うような関係は無いからな。毎回俺がアイツに怒られてばっかだし」

「……」

「アイツ、仕事始めた時から変わらなくてな。最初にあった日なんか、目がな。俺を見る目が、『この虫ケラ風情が、私に何のようかしら』みたい目でさ」

「……」

「大変だったんだよ。まずは仲良くなって貰うために、ひたすら話しかけたり。新井さんの協力を交えて、ご飯食べに行ったり」

「……」

「結局は、俺がアイツに認めて貰うための小説を書いて渡したんだけど……。『まぁ、及第点ね』だと、感想これだけだよ!俺が徹夜続けて、悩みすぎて一人部屋で発狂までしたのに……」

「……」

「けど、今はその甲斐あってか、アイツの神イラストが見れる訳だけど……。それにしても、本当に性格悪いよな。俺が打ち合わせでアイツの家に行くたびに『この部屋を綺麗にしなさい』って言ってきてさ……、慣れたよ、慣れちゃったけどさ……。掃除して、食事作って、洗濯物管理して、俺が何でかオカンの仕事してるんだよって!」

「……」

「だから、本当に俺とアイツに仕事でのパートナーとして、それ以上の関係は無いから。あと、俺は何処にも行かないから」

「……ゃ」

ようやく日菜の口が開いた。

「……約束」

震える声で、今にも消えそうな小さな声で、俺の背中にしがみつきながらそう言った。

「あぁ……、約束だ……」

同じように消え入りそうな声で、ただ日菜に聞こえるためだけに答えた。

 自転車を一度停めて鞄の中身を漁る、中からあるものを取り出し……。

「日菜」

名前を呼んで、日菜が口を開けたところに先程取り出した物を投入する。

「なにっ……」

「俺の最後のアメだ、これ食べて自転車の件は諦めてくれ」

不意打ちでアメを口に入れられた日菜だったが、器用に口の中で転がしていた。

 右の頬にアメを隠し、ニヤリと口角を持ち上げ笑う。

「仕方ないから、不問にしてしんぜよう。感謝するが良い」

「ありがとさん」

この時の日菜は何時にもまして上機嫌だった。それは俺がおんぶをしているせいなのか、それとも俺がアメをあげたからなのか……。自由気ままに、明るい笑顔の日菜。どれだけの物語を紡ぎ出そうと、きっとこの破天荒なお嬢様を書き表せないだろう。

 

「りさちー、隠れてるつもりでもバレバレだよ。薫くんも、ま〜やちゃんもバレバレだよ。友希那ちゃんに関しては隠れてるつもりなの?」

校門に近づくと、背中にコアラのようにしがみつく日菜が突如として口を開いた。

「いや、何処にあいつらが居るんだよ?向かいの道路の茂みに、

『しゃがんで隠れていたけれど、足が痛くてやめて木に隠れようと作戦を変更してみたものの、木が思った以上に細くてはみ出した制服の裾が見える』ちょっと考えが甘いのが一名見えるけど、後は居ないだろ?」

「居るよ、だって気配でわかるもん。あと、悲鳴で」

「悲鳴……。あ、そういうこと……」

悲鳴は、多分宝○で良いのだろうな……。

「ちょっと待ってて…」

「おい、何処に行く……だよ……」

背中から離れ、校門とは反対方向の何処かへと走り去ってしまった。待っててと言われたので、しばらくは様子を見ようと校門から少し離れた所に自転車を留めて待つこと数十秒。

 

「ぎゃぁぁァァ!!!」

凄まじい悲鳴が響き渡りました。

 

「はぁ……、今度は何をしたんだよ……」

フラグとしか思えない日菜の発言に注意していれば……。

 頭を抱えて、その場にしゃがみ込む。一度深呼吸をして、覚悟を決めて自転車を再び動かしてゆっくりと歩き進んでいく。

 

 

「お〜い、日菜?大丈夫……じゃなさそうだな……」

校門を出て道路に出ると、一言で言うなら〘嵐の後〙だった。

 まずは、顔を真っ青にしてへたり込む瀬田。慌てて看病する大和。道路を渡ってきたであろう湊に、しがみつく今井。このカオスな状況を見て、腹を抱えて笑う犯人であろう(確定的に犯人だけど)日菜。

 女子高生が学校の前でこんな状態になっていて、それを見ている俺。もし先生が来たら、俺が犯人扱いされるだろうな。ならば、この場での最適解は……!

 

「じゃあ、俺買い物とかあるから。先に行くわ……」

《相棒》に乗って、この場を立ち去るという結論になった。

 

「待って、漆月さん……」

湊にしがみついたまま、一向に離れようとしない今井が話しかけてきた。

 

「何だ?先に言うが、この件に関して俺は一切の関係は無いからな」

全て日菜の独断で行った行為だからな。だから俺に責任を求めるな!

「そうなんですか……。まぁ、それはそうとして……。置いてかないでくださいよ!」

今井からのSOS信号を、

「だって、今のこのカオスな空間に俺が居たら、間違いなく犯人に疑われそうだから嫌だ」

バッサリと切り捨てる。

「貴方がやってないのは事実だとしても、原因となった日菜を止めなかったのには責任があると思うのだけれど」

今井に抱きつかれて、苦しそうながらに幸せオーラを放つ湊が正論で俺の心に殴りかかってきた。

「そ、それは……」

反論の余地を探して意識を彷徨っていると、

 

「薫さん、完全に気絶しました!」

 

「「「え!?」」」

大和から、一番ありえないお知らせがやって来た。

 

「あはは……、そんな笑えない冗談は……。え、本当に?」

笑って誤魔化せるものと思っていたが、大和の青ざめた顔を見て笑いが瞬時に消え飛んだ。

「本当ですよ、さっきから日菜さんが突いてるのに反応しませんし……」

指差す方では、日菜が枯れ木の枝で瀬田の体を突いて遊んでいた。

 

「朱那〜、見てみて。全く動かないよ」

日菜が枯れ木で突いても、ピクリとも動かないのだった。

 よし、一旦落ち着こう。ゆっくり深呼吸……、す〜は〜、す〜は〜。だいぶ落ち着いてきたぞ。意識が冷静さを取り戻し、正常な反応が出来るようになったところで手始めに、

「日菜、まずは突くのやめなさい」

嫌そうだが、枯れ木の枝を捨てる日菜。

「大和、瀬田が好きなもの。何でもいいから言ってくれ」

「えぇ!えっと〜、えっと……。そうだ、コレなんかどうですか?」

瀬田を気絶から復活させるために、近場の大和に頼ったが……。いきなりスマホを取り出して、操作し始めたが……。

「これで多分、起きると思いますよ」

スマホに映し出された物を見て、一瞬戸惑っったが俺は瀬田について知らないから大和の判断を信じ、

「瀬田、起きろ。おい、起きろって!白鷺……、千聖(ちさと)?あってるよな読み方……。が、来てるぞ!」

わかり易い嘘を瀬田に言う。すると……、

 

「千聖!千聖が居るのかい!一体何処に!」

一瞬にして眠りから目覚め、周りをキョロキョロと見渡し始めたのだった。

 

「これこのように、何かに対して強い感情を持つ人に引き金となる言葉を掛けると起きるのであ〜る」

「「お〜!」」

日菜と大和は納得したようで驚き、

「いや、漆月さん。それって、極わずかの人にしか効かないんじゃ?」

苦笑いで否定を促す、それに頷く、今井と湊。

「そうだけど?これで効かなかった場合は瀬田のファンに預けて逃亡するつもりだったからな」

「「笑顔で言うことじゃないですよ(わよね)……」」

「何か女子なのにモテるのがムカつくから……。ファンに良いようにされるのも、人生の良い経験になるだろうし」

「理由が大人気ない……」

今井と湊からのとてつもないジト目での視線は痛かったけれど、いい感じに瀬田を弄れたのでプラマイゼロとしよう。

「瀬田も復活したことだし、日菜、氷川姉を呼ぶから、携帯の電話番号教えろ」

「え〜、朱那がお姉ちゃん呼ぶの〜」

「そうだけど?お前が電話するか?」

「まぁ、良いけど。多分出ないと思うよ、知らない番号からだから」

文句を言いながらも氷川姉の携帯番号を教えてもらい、自分の携帯に登録して電話を掛ける。

 

『もしもし、どちら様でしょうか?』

「あ、氷川姉。良かった、普通に繋がった」

三コール目にしてあっさりと繋がったので、日菜が口を開けて驚いていた。

『その声は……、執事ですね』

俺の声を聞いた瞬間に、声のトーンを下げるなよ。わかり易く嫌うなよ……。

『一体私に何の用ですか?』

「いや、俺これから仕事仲間の所に顔出さなきゃ行けなくて。そこでご飯食べたりすると思うんだよ」

『そうですか、では日菜と何か適当に食べ』

「それがさ、日菜が『浮気しないか見る』って事で一緒に行くことになってな」

『今なんて言いました?』

やばい……、氷川姉の声が更にワントーン低なってきた……。

「あ、あの……日菜が着いてくると言って聞かないので……」

『一応聞きますけど、仕事仲間さんの性別は?』

あれ?何で性別聞くの?だって今ちゃんと『日菜が浮気を監視するため』って言ったはずだけど……。

「女の人だけど?だから日菜が『浮気しないか』って言ってるんだが」

『念の為です』

「どういう……?」

『『女の人』と言っておいて、実は『男の人』で、日菜に手を出すのかと』

「俺はそんなゲスじゃないわ!何で俺がそんなことをしなくちゃいけないんだよ」

俺の好みはどちらかと言えば年上だし……。二、三歳上で、側に居ると落ち着く人で、優しい人。

『念の為と言ったはずです、それに私はまだ貴方のことを信用してないので』

「信用が本当に無いな、俺……」

『それで、待ち合わせ場所はどうしますか?』

「信用してないくせに来るんだな」

『べ、別に私は』

「分かってるよ、心配だってことは」

『なら同じことを言わせないでください』

「すまん」

仲が悪いんだか、良いんだか分からないな、この姉妹。

『ちゃんと謝罪の仕方があるでしょうが』

「へぇへぇ、申し訳ございませんでした」

『貴方、クビにしますよ』

「それは無理だな、俺の契約主は日菜だから」

自分の名前が出てきた瞬間に、すり寄って来るな。

『何でこう何時もいつも……』

おっと……、氷川姉もご機嫌斜めかな?

「それでだ、待ち合わせ場所はお前の学校の前で良いか?」

『……、構いません。今学校を出たばかりなので』

「それじゃあ、日菜の案内で行くから」

『では私は待っています』

「おう、それじゃあ」

待ち合わせの場所も決まったので、ようやく行けるな。

 

「日菜、氷川姉の学校に行くぞ」

無意識に頭を撫でる。

「お姉ちゃんも来るの!?」

「そうだ、氷川姉も来るぞ」

「わ〜い!」

「待ち合わせは氷川姉の学校の前だ」

「了解!それじゃ、早く行こう!」

我先に行かんと、俺の側を離れて駆け出し始める。

 

「あ、日菜。どこに行くの」

今井が後を追うように走り出し、湊もそれに続く。

 

「ひ、日菜さん!まだ、薫さんが……」

 

「全く…、自由気ままな子猫ちゃんだ……」

大和に支えられながら、歩き出す瀬田。

 

「お〜い、日菜〜。あんま早く行くなよ〜」

そして最後に日菜の背中に導かれるように、動き出す彼女たちに追いつくために自転車のペダルを踏み込んだ。




本当は今回で『もう一人のお嬢様・茨姫』を出そうと思っていたんですけど……。
つい筆の勢いが乗りに乗りました……、日菜ちゃんの話を書いてると楽しくて。
次回は必ず、必ず朱那が恐怖で震え上がる旋律の『茨姫』の登場回にしたいと思います。
今回もご閲覧ありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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第21話作家は茨の道へと向かうようです。

『茨姫』の登場会です!
朱那:「祝え!我らが崇高なる絵を描き出す、天才イラストレーターの登場を!」
……:「何してるの?」
朱那:「盛り上がるかなと…」
……:「盛り上がるかは…別ね…。それにしても、何で時の王者の従者なの?」
朱那:「え、えっと…」
……:「もしかしてノリでやったのかしら?」
朱那:「はい…」
……:「ありがとう、朱那。私、何だか行ける気がする!」
朱那:「…!ありがとう、我が主」
……:「それじゃ行くわよ」
朱那*……:「「本編スタートです!」」


「お〜氷川姉。遅くなったな」

日菜の先導の元で氷川姉の学校・花咲川女子学園の校門前にやって来た。

「呼び出しておいて、一体どれだけ……」

すでに氷川姉は門の前で立って待っていたのだが、こちらを確認してから様子がおかしかった。

 

「何で……、何で、湊さんと今井さんまで居るんですか!? それにみなさんも……」

だからか、今俺の挨拶を返すものの、視線が日菜の後ろの方に集中していたのか。

 

「湊達と知り合いか?」

日菜の後ろに居る日菜の保護者メンバーを指す。

「知り合いも何も……」

氷川姉が答える前に、

 

「知り合いも何も、紗夜は私のバンドメンバーよ」

湊が答える。……? は? 今なんて?

 

「漆月さん、本当ですよ。紗夜はRoseliaでギターを担当しているんですよ」

湊の補足説明を今井がしてくれたが……。

 

「世間って狭いもんだな」

急展開過ぎて、頭が追いつくことをやめた。

 

「何故、湊さんや今井さんまで?それに……」

怪訝そうな顔をして再び尋ねながら、今井達の後ろに居る大和と瀬田を見つめていた。大和は苦笑いを浮かべて、瀬田は微笑んでいた。

「いや……実はね……」

氷川姉の疑問に答えるべく、今井と大和が一緒に説明をし始める。

 

「というわけで……」

「自分たちは日菜さんの監督ということでして……」

説明が終わる頃には説明をする方も、説明を聞く方も疲れが顔に出始めていた。

「では、日菜の無茶ぶりが功を奏し、今に至ると……」

頭を抱え、溜め息を深々とする氷川姉。深呼吸をして心を落ち着かせたと思ったら、

 

「日菜、それに執事……、あなた達は一体何をしてるんですか」

俺にとっては本日二回目の鬼の形相(一回目は新井さん)を目の当たりにする羽目になった。

 

「あははは……、俺は日菜に頼まれて……」

脅されてとは言えないので、嘘でない範囲の言葉に置き換えて答える。

 

「ほう……、では日菜の方ですか……」

氷川姉の目が、目が、鬼だ!あれ眼力だけで人を殺せるレベルだよ、だって日菜がさっきから冷や汗かきまくって、今にも泣き出しそうなっている。

 

「ち、違うの、お姉ちゃん。今日提出のプリントが有って、それを届けに来て貰うために……」

 

「だからって、執事をわざわざ学校にまで呼ぶ必要性は無いでしょう?」

 

「ぅう……、で、でも、私が朱那の事を話してる時にりさちーが会ってみたいって言うから」

 

「えっ!私の所為なの!」

日菜がここに来て、突然の今井にバトンを渡した!

 

「ち、違うよ!確かに見てみたいとは思ったけど……、本当に思っただけだから、ちゃんと私は断ったから!」

鬼の形相を保ちながら今井にすり寄るも、今井が嘘偽りなく吐いたために……。

 

「そうですよね……。今井さんがそんな非常識な行動をするはずが無いですものね」

全力で首を縦に振る今井。

 

「それじゃ……、日菜……」

鬼の形相をしていた氷川姉の顔が更に怖くなっていき、体から不穏なオーラまで醸し出し始めて……。

 

『逃げろ! これは俺には無理だって!』『レベル1の武器がヒノキの棒の勇者が最強の魔王に挑むみたいなもんだ』

本能が、本能が全力でこの場から逃げることを告げる。これほどまでに本能が訴え掛けてきたのは、新井さんとの酒を飲んで以来だ。

 修羅場と化しそうなこの場から逃げようと、そっと自転車を跨いでペダルに足を掛けた瞬間……。

 

「何処に行く御つもりですか?執事?」

俺の願いがもし叶うならば、せめて推しの声優さんとツーショットの写真を撮りたかった。

 結局、俺と日菜は仲良く氷川姉の鬼の形相での説教を喰らった。その所為で、少しばかり予定が遅くなってしまったのは黙っておこう。

 

 

「これで全部買ったから、行くか」

「何でこんなに買う必要があるんですか……」

「重い〜、重いよ〜」

説教を喰らった後に、商店街で少しばかり買い物をしていた。

「少しの間だから、持っててくれ」

文句がひっきりなしに溢れ出る日菜をなだめながら、荷物の乗った自転車を転がす。

「それにしても、一体何でこんなに買ったんですか?」

大和が荷物の一部を持ちながら尋ねてきた。

「あぁ、まずアイツの食事を作るためと、おど…… 頼まれてな」

「今、ちょっと脅されてるって」

「気のせいだ、気のせい」

間違っても仕事の契約を破棄されないように、アイツの機嫌を取るためとかじゃないから。

「それにしても、随分と大変ですね。色んな『お嬢様』の相手をして」

「瀬田、それは俺に対する嫌味か?」

「そんなことは無いですよ、ただふと思っただけですよ」

「そうか……、お前の方がモテて大変そうだけどな」

「あれは子猫ちゃん達が、不思議とやって来てしまうので。私にはどうすることも……」

「お前……、それこそ本当に嫌味だぞ」

澄ました顔しやがって、良いよなモテて……。俺なんか一回も、一回も……。

「あれ?薫くん、一人称変わった?というか、元に戻った?」

瀬田との会話に日菜が割って入る。

「気づいていたのか、実は今度の劇で王子の役をやることになってね」

 

「「うわぁ〜、似合いそう(だな)……」」

今井と反応が被る。

 

「それで役作りとして、試しに演ってみたんだけれど、どうかな?」

反応を聞きたくて瀬田の表情が、先程よりもイキイキしている。

 

「う〜ん?違和感は無いし、面白かったから良いと思うよ」

考える様子もなく、すぐに感想を述べる日菜。その答えを聞いて瀬田の表情は明るくなっていく。

 

「そうか、それなら子猫ちゃん達に素敵な舞台を見せられるだろう」

瀬田の笑顔が夕日に照らし出されて、輝きを増すのが何故か……心に苦しかった。

 そんなこんなで、女子高生五人とやたら大きな買い物袋をぶら下げて歩くこと数分。

「「「「「お、大きい……」」」」」

女子高生組が目的地に到着し、早々に感嘆の声を上げる。その間に《相棒》を停めておき、合流し、

「ほら、行くぞ」

中へと入っていった。

「朱那、ここのマンションやたら大きくない?」

「あぁ、そうだな。他のマンションに比べたら大きいはな、屋上にプールとかあるし」

「「「「「プール!?」」」」」

「あるぞ?俺は行ったこと無いけど、って何だよ」

一斉に視線が集まるのが怖いんだけど。視線から逃げるようにエレベーターに乗り込み、目的の階へと昇り進めていく。

 目的の階に到着し、廊下を歩く。塵一つ落ちていない綺麗な床、眩しすぎない綺麗な電球が照らす天井。その全てに驚いているようだった。

「ほら、着いたぞ」

とある部屋の扉の前にたどり着き、一同に声を掛ける。

「先に二つ言っておくな。一つ、部屋の物には勝手に触らないように。一つ、無いとは思うが……、喧嘩しないでくれ……」

 

「わかった!」

「分かりました」

「えぇ、わかったわ」

「了解です」

「心得た」

「了解しました」

全員に先に言うべきことは済んだので……、俺も覚悟を決めるか。

 

「はぁ〜……」

深々と溜め息を付きながら、ドアベルを鳴らす。

 

「お、俺だ、漆月だ。じ、時間、時間通りにやって参りました」

覚悟を決めたけれど……、声が震えて止まらない。

 

「朱那……?」

 

「あ、あの〜……。いらっしゃるなら、返事を……」

 

『遅いわよ……』

返事が来たけれど、滅茶苦茶不機嫌な声だ。

 

「ちょっと、買い物してたら混んでて……」

苦しい言い訳をすると、

 

『……、取り敢えず入りなさい』

沈黙で恐怖を生み出しておいて、入室を許可された。

 

「俺……、殺される……。も、もう無理だ……」

震える手でゆくっりと扉を開けると、

 

「一体全体、私を何処まで苛つかせるのかしら。『ルナ』」

仁王立ちをして、胸の前で腕を組んで出迎えられた。

「えっと……、遅くなりました……。みさ様」

何か言葉を言おうとしたけれど……、蛇に睨まれた蛙のごとし何も出来ませんでした。

 

「朱那……、大丈夫……」

心配そうに日菜が上着の裾を後ろから引っ張りながら尋ねてきた、がそれを今やると、

「日菜、今」

 

「誰よ、その小娘は」

止める前に始まってしまいました。

 

「み、みさ、こ、この子が……」

見つかってしまったので、説明をしようとしたのだけれど、

 

「まぁ良いわ、取り敢えず上がりなさい。廊下に立たれても迷惑だから」

背中を向けて部屋の奥へと行ってしまった。

 

「と、取り敢えず上がろうか……」

頑張って笑顔を作ろうと試みたけれど、余程顔が引き攣っていたようで、

「漆月さん、顔色悪いですよ」

今井と大和から心配されて、湊と瀬田そして氷川姉にも不安そうな表情を浮かべていた。けど、この時誰よりも、

「朱那……」

日菜が一番不安そうな顔を浮かべ、裾を掴み続けていた。

 

「それじゃあ、部屋の掃除頼むわね」

部屋に上がり、みさが開口一番に開いた言葉がこれだった。

 

「何で…、何で…、何でこうなるんだよ〜!」

リビングとされる部屋(今は部屋と呼べるか危うい)が、ゴミや脱ぎ散らかした服などで散乱して足の踏み場が無い状態と化していた。

 

「俺が掃除したてのって、三日前だろ」

「ルナは今私に文句を言える立場じゃないでしょ」

「だとしてもだ……、はぁ……」

この惨状は酷すぎる、お前はあれか○原後輩か?全くこれじゃあ……、っつ!

「なぁ、みさ」

「何?」

「服だけは先に纏めてくれ……、その問題が起こりそうだから……」

「問題?問題って何っ」

先に小さく指を指すと顔を真っ赤にして、

「こ、この変態!」

パッン!と気持ちいい音を立てる平手を右の頬に喰らい、慌てて服を纏め始め、

「全部洗濯機で良いのよね……」

「色物と見られたくないのを別けてくれれば……」

「解ってるわよ、この変態、スケベ、バカ!」

怒涛のごとく叱責を並べるだけ並べて、部屋を後にしていった。

 

「痛い……」

叩かれた右の頬がなおをも痛むので、あとで冷やそう……。

「じゃあ、日菜達は外で待ってて。三十分……、いや十五分で終わらせるから」

部屋の外に追い出す形になってしまったが、一度出てもらった。

 

 

 朱那が掃除を始めるために部屋から一時的に出されてしまったけど……。

「今のは痛そうでしたね……」

誰よりも先に、ま〜やちゃんがみんなが思っているであろうことを言ってくれた。

「凄い音してたもんね……」

りさちーが暗い表情で呟く。

「それにしても何故彼はあそこまで、彼女に対して下手なんだろう?」

薫くんがその言葉を言った瞬間、

 

「ルナは私の契約者だからよ。私が《主人》で、ルナが《契約者》だから」

先程、朱那に手を挙げた『みさ』と呼ばれる女が現れた。

 

「そう睨まないで欲しいわね、私の契約者であるルナを執事にした小娘が」

 私より少しばかり小さい背丈に、真っ黒な黒髪を少し高めに結った髪型、透き通るような宝石のような蒼の瞳、服は部屋着なのか『玉出』と書かれた紺色のジャージを着ていた。

 

「朱那は自分から、私の契約を飲んでくれました。それに私は貴女みたいに酷いことはしません」

自然と顔に力が入る。この女が朱那を……。

 

「誘拐しておいて何を言うんだか……。立ち話も何だし、来なさい」

先程の、朱那が現在格闘中(掃除中)の部屋とは違う部屋に案内された。

 案内された部屋は綺麗に整理整頓されていて、大きな机に三つの画面があるパソコン、ぱんぱんに本が敷き詰められた本棚、色んな女の子のフィギュアが飾られているショーケース、ベッドが有った。

 

「さてと……」

机の付近に有った大きな椅子に腰掛け、足を組む。

「私は漆月朱那、『うるはら アカ月』の専属絵師兼契約者の玉出みさ(たまでみさ)よ」

床に座れと手を動かすので、取り敢えず言うことを聞いて座ってみる。

「小娘、名前は?」

再び私を睨みつけながら名前を聞いてきた。

「氷川日菜です……」

「氷川か……、そっちのお前は姉妹か?」

名前を名乗ると、お姉ちゃんに視線を移す。

「氷川紗夜です、日菜の双子の姉です」

淡々と自己紹介をするお姉ちゃん。

「双子か……、どおりで似ているわけだ」

何が可笑しいのか笑う、『みさ』さん。

 

「はぁ……、それじゃあ最初に言うけど……、

 

アイツは私の契約者だ。それをお前みたいな小娘にはやらん」

 

 開口一番に……、宣戦布告がやって来た。

 

「お前みたいな小娘が、どうやってアイツに契約を飲ませたのか、どうやってアイツを誘拐したのかは知らないけど……」

 

「小娘如きが、しゃしゃり出る幕じゃねぇんだよ。解ったら消えなさい」

絶対的、朱那に対しての絶対的自信が何かあるのか、睨み殺す目で言ってくる。

 

 けど……、私は……。

「私は……、私は離れる気はありません」

朱那にあんな酷いことをするような人に、朱那を傷つける人に、渡さない。

 

「それに、何で貴女が朱那の事を決めるんですか?貴女はさっきから朱那の事を《契約者》って呼ぶけど、それも」

疑問に思っていた言葉を言い終わる前に、

 

「事実だからだよ」

答えは提示された。

 

「ルナは自分から契約を交わしたの」

提示されたけれど……、意味が解らない。

 

「朱那が自分からって言うのは、一体どういう事何ですか」

どうして、ドウシテ、こんな酷い人なんかの……。

 

「それは……」

 

「お、終わった……。ゴミは纏めて捨てたし、掃除機もかけたから綺麗になった……」

答えを聞き出させるかと思ったその時、運悪くやつれた朱那が部屋にやって来てしまったのだ。

 

「ご苦労さま」

 

「何時もの事だからな」

何時もって、あの荒廃した部屋を、とても女子の部屋とは思えない部屋を、毎回一人で掃除してるの。

 

「それにしても……、ルナ。貴方、なんだかとっても埃っぽいわね」

椅子から動き出し、扉の所から話しかけている朱那に近づく、

「まぁ、あの部屋を掃除してましたから……」

「ほら、埃がついてるわよ」

肩に留まっていた埃を払い落とすと、

 

「ルナ……、貴方の体から他の雌の匂いがするのは何で?」

朱那にだけ聞こえるように、耳打ちで話しかけ始めた。

 

「そ、そんなはず……」

みさの質問を否定して回避をしようと試みる。がしかし、今度は鼻を近づけて匂いを嗅ぎ始めた。

 

「あの小娘の匂いともう一人……ね、貴方に触れたのは……。他にも沢山の雌の匂いがするけど……」

匂いを嗅いでわずか数秒で嘘がばれ、じっと見つめてきた。

 

「貴方は私の契約者でしょ……、なのにどうして他の雌の匂いがするの……。ねぇってば!」

日菜達に聞こえないギリギリの大きさで迫ってくる。徐々に迫りくる恐怖に、声を出そうにも声が出ない。

 

「そう答えないのね……」

早々に見切りをつけて、近づけた体をすっと離れる。

 

「そんな埃っぽいままで部屋の中をうろつかれても困るから、お風呂にでも入ってきなさい」

何を思ったのか、光の無い蒼い瞳でそう言った。これには、聞いていた日菜達も慌てふためく。

 そして何よりも、言われた俺が一番驚く。

「着替えは?俺着替え持ってないけど……」

「着替えなら考えなくて良いわ、安心して。大丈夫よ、生まれたままの姿になんかさせないから」

冗談で言っているのだろうが、今の機嫌ならやりかねない。

 

「だから……、その体に染み付いた雌の匂いを落として来なさい……。良いわね?」

 

「はっ……い……」

今日、もしかしたら人生で一番怖いものを見たかもしれない。日菜の瞳に光が宿らなかった時以上に……。

 逃げるように部屋を後にして、結果風呂で体を綺麗に洗うことにした。

 

「さて……、貴女達に質問よ。二択だから、しっかりと答えてね」

朱那が部屋を後にした直後に、みささんは部屋のクローゼットから服を取り出し聞いてきた。

 

「格好良いものと、面白いもの、どっちが見たいかしら?」




大和:「後語りは自分たちみたいすっね」
瀬田:「そうだね…、まさかこんな所で出番があるとは」
   「あぁ…儚い…」
大和:「…、えっと今回は『みささん』の登場回でしたね」
瀬田:「彼女は少し彼に対して厳しすぎな気がするね」
大和:「あぁ…確かに…。良い音のビンタをしてましたもん」
   「一体、漆月さんは何を見たんですかね?」
瀬田:「さぁ…?でも彼女の言葉から、予想は出来ているんじゃないかい」
大和:「えぇ…、『変態』という言葉と、『服という』漆月さんの言葉から…」
瀬田:「レディなら、誰だって怒るさ…」
大和:「そうですね…」
   「さて、そんなこんなで次回はお風呂から上がった漆月さんの運命は以下に!」
瀬田:「一体どうなるのやら…あぁ、儚い…」
大和*瀬田:「「次回をお楽しみに」

こんな感じの前振りと、後語りってどうですか?
評判が良ければ、毎回色んなメンバーで語らせて貰います。
今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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第22話作家は茨姫の『茨』と向き合うようです。

みさ:「ねぇ、ルナ?」
朱那:「何だ?」
みさ:「あの小娘達の中でどの子が好みなの?」
朱那:「ぶっ!は、はぁ!な、なな、何でイキナリそうなるんだよ!」
みさ:「あら、そんなに慌てふためくこと?」
朱那:「いや、お前の口からそんな言葉が出てくると思ってなかったから」
みさ:「ふ〜ん、で、誰なの?」
朱那:「いや、誰って…。相手はまだ高校生だぞ」
みさ:「そう…、なら大人にして考えてみたら?」
朱那:「う〜ん…、そうだな」
朱那(心の声):「湊は直感的に何か怖そう、今井は家庭的そうだから良いだろうな」
        「大和は気配りできそうだから良いな、瀬田は…イケメン……」
        「氷川姉は何か厳しそう、日菜は言うまでもないな……」
                    (二人の時のかまってアピールが激しそう)
朱那:「結論から言って、今井か大和だな」
みさ:「そうなのね…。ねぇ、私は?」
朱那:「え、掃除が頑張るなら考えるけど」
みさ:「何でそう否定的なのよ!」
朱那:「え、駄目なの?掃除さえ出来れば後は良いと思う、って意味だったのだが…」
みさ:「(顔発火)こ、このバカ!」
朱那:「だから何で怒られるの!」
朱那*みさ「本編スタートです」


 みさに言われれるままに、逃げるように風呂に入った。脱衣所に有ったみさの洗濯物を洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を入れてまわす。

「っつ……」

体を入念に洗い、『雌の匂い?』を落とす。入念に何回も洗った後に、張っておいた湯船に浸かる。浸かると共に体の疲れがほぐれていく感覚と、右頬に先程のビンタの衝撃の残像を感じた。

「俺は悪くないのに……、あんな所に下着を置いておくのが悪いんだから……」

湯船に潜り、ぶくぶくと泡を立てながら体を温めた。

 

 

 

 

 

「こ、これを俺に着ろって言うのか……」

風呂から上がると、タオルと一緒に大きな布が被せられたカゴが置かれていた。被せられていた布上には、

『着替え置いておくわ、これを着て来なさい』

と大きく書かれた紙が一枚乗せてあった。

 体を拭きながら中身を確認してみると……。

 

 

 

 

 

「あら、どうやら上がったみたいね」

ルナが綺麗に掃除してくれたリビングで、小娘達と待っていると風呂場からドライヤーの音が響き渡る。

「小娘、これが《本当の契約者》の関係だから出来るのよ」

先程から私を睨む小娘・日菜を睨みつけながら言う。

「朱那は私の執事です、貴女のものじゃありません」

すかさず反論が帰ってくるも、私には痛くも痒くもない。だって……。

 

 

        ・・・

「ネェ!どうしてアタシがこんな格好をする必要があるのよ!」

 

 

 廊下から勢いよく踏み込んでくる足音と、朱那の声が聞こえてくるけど……。なんだか何時もと違って、口調がおかしい……。

 扉が勢いよく開かれ、そこに現れたのは、

 

「みさ様の執事、グ○ル・サトクリフでごさいマス★」

真っ赤に染まった腰まである長い髪、黒の瞳から透き通る黄緑の瞳になって赤の縁取りのメガネ、赤のジャケットをだらしなく羽織った状態の執事服の……。

 

「なぁ……、もう良いか……。日菜はまだしも、氷川姉やみんなの視線が辛いんだが……」

そう朱那が登場しました。

 

「アハハハ!最高過ぎる…ちょっと待ってアハハハ!」

俺が頑張って、頑張って渾身の演技で、恥をしのんで演ってきたのにコイツ……。

 

「朱那……」

あ……、やばい、今度はこっちのお嬢様の瞳から光がシャットアウトされてる。やめて、そんな瞳のまま近づかないで!

「何今の?何で今『みさ様の執事』って言ったのかな?ねぇ、ねェネェネェネェ?」

グッと腕を掴んで顔を極限までに引き寄せられる。

「そ、それは……」

こっちのお嬢様にも恐怖を覚えて居ると、

 

「おい小娘、何私の契約者に触れてるんだよ……。離れろ、イマスグ・・・」

助け舟は助け舟だけど、みさからも殺気が飛んできた。

 

「だから…、何度言ったら分かるんですか。朱那は私の執事なんですよ、貴女の契約者じゃありません」

みさからの殺気に、同じく殺気を飛ばす日菜。

 近づいてきたみさにいきなり腕を引かれ、よろけたところを捕まえられた。

 

 ・・・

「コイツは『私の契約者』なの、貴女みたいな小娘がルナをものに出来るとでも」

捕まえられたのだが、耳元で、

 

『これ以上手間を掛けされるなら……、私にも考えがあるわよ』

 

「何を……」

 

『別に……、貴方は気にしなくて良いのよ……』

囁いた後に、ペロッと耳を舌で舐められた。舌の感触と、恐怖で全身の毛が逆立ち、武者震いが走った。

 

「朱那……」

振り返ると、日菜から今まで以上のどす黒いオーラが出ていた。

 

「さてと……、ルナ。私、お腹が空いたわ」

「唐突だな」

今の今まで殺気を飛ばし、俺をおど……頼んでいたのとは真逆の言葉が出てきた。

「分かったよ。じゃあ今から作るか」

「口調はグ○ルのままでね」

「何でこうなるのかしら……」

溜め息を付きながら、言われ通りにする。

「よろしい……」

満足したのか、久しぶりに笑顔を見せる。

「じゃあ、アタシは今から作るから。何かすることがあるんでしょ」

「えぇ……、仕事が残っているもの」

仕事をするなら一回みさが部屋を後にする、それで一度日菜と話し合いを、

 

「でも、今は仕事をする気が起きないから。ここでゆっくるしてるわ」

神様、今回の試練は厳しすぎませんか。ねぇ、日菜のオーラがどんどん暗黒化してるよ。

 

「わ、わかったわ……。それじゃ、何か飲み物でも入れるわね。日菜達は何が良いの?」

「何があるの……」

瞳が変わらずブラックホール状態のまま。

「コーヒーか……、紅茶なら……」

「じゃあ紅茶……」

「わ、分かった……」

普段が天真爛漫、太陽のような笑顔をしている日菜であるだけこういう風に黙られると怖い。

「湊は?」

「私は紅茶で」

この格好でも湊は変わらずに接する。

「今井は?」

「私は友希那と同じので紅茶でお願いします」

苦い笑いを溢しながら、答えを返す。

「大和と瀬田も紅茶か?」

「自分はコーヒーでお願いします」

「私は紅茶で」

「大和はコーヒー、瀬田は紅茶な了解」

全員分のコップを出し始めながら、

「氷川姉は?」

「では私もコーヒーで」

日菜ほど不機嫌では無いようだが、何故か氷川姉からも不穏な空気を感じる。

 

「ねぇ、私の分は無いの?」

自分の分だけ飲みの物のリクエストを聞かれないことを不満に思ったみさが口を開く。

 

「貴女は何時もので良いんでしょ…」

お湯を沸かし、紅茶とコーヒーを作りながら別の容器を取り出す。

 

「分かってるじゃないの、なら何時もどおり美味しくね」

「はいはい、分かっているわよ」

変わらずに注文が多いな、と思いながらも全員分の飲み物を出す。

 

「日菜、湊、今井、瀬田は紅茶だよな。一応、砂糖か蜂蜜な」

淡い緑色のカップに入った、ほんのりと赤い色の香りが良い紅茶が出された。自然と一緒にシュガーポットと、蜂蜜の入った瓶も出された。

「それで、こっちは氷川姉と大和のコーヒーな」

お姉ちゃんとま〜やちゃんには深みがかった青のカップに入った、真っ黒で香ばしい香りのコーヒーが差し出された。

「砂糖とミルクは置いておくから」

そう言うと、カフェとかで付いてくる小さなミルクの入った容器まで出されたのだ。凝っている……。

「それで……、みさはこれで良いのよね……」

不満げな顔しながらカップを出す。

「ルナ特性カフェラテ・クリーム増し増しVer.CATね」

「ありがとう、あら?」

出されたカフェラテを見て驚きの声が上がる。

「今日は猫なのね……、相変わらず上手いものね」

「…誰だよ、俺にやれって言ったの…」

スマホでラテアートの猫を写真に収めていた手が止まり、

 

「何か言ったかしら…?」

目だけが笑っていない、満面の笑顔を向けられた。

 

「あ…、何でも無いです…」

この地獄耳め……、デ○ルマンかよ……。

 

「ルナ、貴方あとで罰ね」

 

「え、何でよ!」

流石に理不尽すぎやしませんか!

 

「今心の中で私の悪口言っいたでしょ」

何故バレた……、というか人の心を読むな!

 

「ほら、また言ってる……」

 

「い、言ってな、無いからな……」

適当に目線を反らしながらごまかし、このままだと拉致が開かないので、

 

「じゃあ、アタシは料理作っちゃうから」

早めにキッチに逃げることにした。

 

「あ〜あ…、行っちゃった……」

少し虐めすぎたかしら?でも、これは契約者として当然のことなのだから。

 それにしても、ルナが作るカフェラテは何時も甘くて、疲れた体を優しく癒やしてくれるのに……。全く癒やされない。それどころか、イライラしてくるわ。分かってる、原因はきっと……。

 

 私の目の前に座っているこの小娘・日菜のせいだ。

 

 全く持って理解できない、私という契約者が居ながら何でこんな小娘何かの執事に成っているのかしら。本当に腹立たしいは、どうしてやりましょうか……。

 

「あの〜……、日菜さん……」

「何?ま〜やちゃん?」

朱那の入れてくれた紅茶を飲んでいると、ま〜やちゃんが心配そうな顔で話しかけてきた。

「あの『みささん』から凄い殺気のような物を感じるんですけど……」

一度視線をみささんに向けると、声には出さないけれど怖がっていた。

 するとみささんは突然立ち上がり、部屋を後にしてしまった。

 

「「「あ〜……、怖かった……」」」

部屋からみささんが出ていった瞬間、キッチンから朱那のうめき声が上がる。重なるようにして、りさちーとま〜やちゃんも声を上げる。

「ごめんな、最初から色々気まずくて……」

キッチンからフラフラと朱那が歩いてくる。

「あ”〜……」

椅子に座ると共に、よほど疲れていたのか凄まじいうめき声を出しながら、自分の分のコーヒーを飲み始めた。

「何時もは”もう少し”優しいんだけどな」

コーヒーを一口飲むと、すぐに『みささん』の話を始めた。

「今日はどうにも機嫌が悪いな……、まぁ俺の所為なんだろうけど」

「朱那の所為じゃないよ」

慰めになるようにと声を掛けながら、机にうつ伏す朱那の背中を擦る。

「おぅ……、ありがとう……」

先程よりは元気があるように聞こえるけど、やっぱり覇気がない。

「あの一つ聞いてもいいですか?」

ま〜やちゃんが飲んでいたカップを置いて、朱那の事を真剣な眼差しで見つめ、

「ここに来てからみささんが言う《契約者》って一体何なんですか?」

私も気になっていた事を聞いてくれた。

「え、あぁ……。う〜ん……」

ま〜やちゃんの質問を受け、少しだけ考え込むように間を置いてから、

 

「簡単に言えば《仕事のパートナー》って意味だけど……。

 それじゃ格好良くないから《契約者》ってしただけだよ」

 

 あまりにも気の抜けた回答が帰ってきて、全員が飲み物でむせ返った。そんな私達の反応を見て、クスッと笑みを浮かべる。残っていたコーヒーを飲み干して席を立ち、

「じゃあ、夕飯作るから。今井達も来たんだから食べていくだろ」

真っ赤な長髪を頭のてっぺんとはいかないが、割と高めの位置に結びながら聞いてきた。

「良いんですか?だって、私達が居たら何かと」

今井が早速提案をやんわり断ろうとするが、

「多分、今下手に帰れば『これで邪魔者は居なくなったわ』って言いながら何しでかすか解らないから……」

自分の身の危険もあるので、帰るのを呼び止めてしまった。

 呼び止めに、一瞬驚いたようだったが、

「わかりました、漆月さんの生存率を上げるために残りますね…」

「本当に、本当にすまん……」

何とか了承を得て、俺の生命の危機は少しだけ回避された。

「それじゃあ、今から作るから。日菜」

「何…?」

不機嫌そうなのは一向に変わらないものの返事をする。

 

「このカツラ、毛量多くて暑いからさ。結ってくてくれるか?」

自分でもやろうと思えば出来るんだが、どうにも上手くいかないのだ。

 

「……、仕方ないな〜」

不機嫌そうな顔が少しばかりほころび、日菜の顔に笑顔が宿る。

 

「これヘアゴム」

服のポケットに入っていたゴムを渡し、俺の後ろに回り込んで髪を結う。

 

「あ、そうだ朱那」

 

「何だ?」

 

「帰ったら、オシオキネ……」

 

「……」

来ました、本日二回目のお仕置きの脅迫文。ねぇ、俺が悪いわけ?まじでさ!

 心の中で、声に成らない叫びを上げ続けていると、何時の間にか、

「はい、出来た!料理、楽しみにしてるよ」

 

「お、おう。ありがとうな……」

しっかりと頭の上で髪を綺麗に結うのが完成していた。日菜の機嫌をなだめるために、頭を撫で回す。

 

「はぁ……」

満足したようで、先程よりは笑顔が戻る。

 

「じゃあ、作ってくるわ」

撫でる手を止めて、リビングからキッチンに向かった。

 

 

 朱那が頭を撫でるのをやめて、料理を作りにキッチンに向かっていってしまった。本当だったら、もうちょっと頭撫でてほしかったけどな……。でも、帰ったらちゃんと教え込んでおいた方が良いのかな。

 それとも先にあの邪魔なみささんを消したほうが良いのかな?まぁ、どっちにしても……。

 

 

「朱那は私の執事なんだから……」

 

 

 料理を作る間、度々日菜達の方を見ていたけれど、ずいぶんと仲が良いんだなと思った。氷川姉は湊と今井とバンドの話をしていたり、日菜は大和と瀬田とある人物の話で盛り上がっていた。

「楽しそうで何よりだよ……」

そんな日菜達を見て、心の何処かで羨ましいと思ってしまう自分が確かに居た……。

 料理が大分終盤に近づき、後は盛り付けるだけなので一旦みさの様子を見に行くことにした。

「みさ、入るわよ」

扉をノックしてから、返事が無いのは何時もの事で勝手に部屋に入る。

 部屋に入ると、電気を点けていなかったようで部屋中が真っ暗だった。慌てて携帯を取り出そうとすると、

 

「あんな小娘の何処が良いのよ……」

 

「えっ?」

背後から声が聞こえたと思ったら、何かに背中を押されベッドであろう物に倒れ込んだ。

 

「ルナ、貴方言ったわよね。私と契約する時に、誓ってくれたわよね!」

仰向けに倒れ込むと同時に、腹の辺りに急激な重みを感じ、みさの声がぐっと近づいて聞こえた。

 

「なのに、ナノに、ナノニ!どうして、どうして私だけ見てくれないの!」

 

「私の絵に惚れ込んだんでしょ、私の努力の結晶に惚れ込んだんでしょ、私の全てを注ぎ込んだモノに惚れたんでしょ……」

暗闇の中からみさの腕が現れ、胸ぐらを掴んで引き寄せられる。

 

「だけど……、何度も何度も、私が貴方を『怖がって』、『信用出来なくて』、試すように突き放して……」

引き寄せられる手が小刻みに震える、同じようにみさが紡ぐ声も震える。

 

「それでも、それでも、来てくれて……。『俺は、俺はお前のイラストが良いんだ』って言ってくれたじゃない……」

掴みかかる手の上に涙の粒が、一つ、二つ、次々に零れ落ちていく。

 

 

 

「ねぇ、朱那……。私は、私はもう要らないの……」

 

 

 

「俺にとってお前は史上最高の神絵師だ。俺が見てきた中でも最高に、最高に、キャラに輝きを持たせてる」

 

「一目見て解ったよ、『あぁ、この絵の中の子は生きてる』って……。今にも声を発して、元気よく動き出しそうだって」

 

「だからお前と契約を結んだ。初めて本を出版するって成った時も必死にお前に頼み込んだ」

 

「何度も、何度も突き放されて、ダメ出しを食らって、馬鹿にしたような口を叩かれて……」

 

 見えてしまったんだ、暗闇の中ではっきりと……。泣いて、大粒の涙を零す、俺の契約者を……。

 

「それでも、何としてでもお前に描いて欲しくて諦めなかった……」

 

 

 

「なぁ、みさ……。俺は、俺にはお前が必要だ……」

静かに、そして暗闇の中でも見えるみさの目を見ながら告げた。

 

 

 

「じゃあ何で、あの小娘の執事に成ってるの……」

膨れた顔で、今日ここに来た時よりも、落ち着いた声で聞いてきた。

 

「う〜ん、何か誘拐してまで俺の小説を読みたいって言われたから?」

日菜からの提案を聞いた時の心情をそのまま伝える。

 

「貴方、本気で馬鹿なの?」

呆れた声で、睨んでくるみさ。

 

「あはは……、だって何か面白そうだったから。ネタに成りそうだし……」

呆れるみさを放って、笑ってしまう。

 

「何で私はこんな奴を……」

言葉の最後の方に何か別の言葉が続いているような気がしたが、上手く聞き取れなかった。

 だから聞き取れる範囲の言葉に対して、

「そっくりそのまま返してやるよ」

と、今まで散々扱き使われた恨みつらみを、仕事で詰まったりした時に励ましてくれた事を思い出して。

 

「な、なな……。貴方、本気でそう思ってるの!?」

急に顔を赤く染めるみさ。

 

「何がっ!」

 

「解ってないなら、言うな馬鹿!」

言葉を遮るように、掴んでいた胸元を手放し急に倒される。押し倒されると、みさの顔が首筋に向かってい……。

 

「っつ!」

突如として、痛みと得も言われぬ感覚が伝わる。

 

「マーキング……、キスはまだ無理でも、歯型なら私のモノって証明できるから。しっかり残させて貰ったわ」

マーキングされた(噛まれた)所を触ると、微かに血が付いていた。

 

「お前……、血が……」

 

「えぇ、美味しかったわよ」

悪びれもせずに、指を口元に当てて悪戯な笑みを浮かべる。

 

「これで貴方の血は私の中で巡る……、本当の意味で《契約》が完了したわね」

 

「おいおい、まじかよ……」

日菜に耳を食われて、今度はみさに血を吸われるとは……。

 

「それじゃ、改めてよろしくね。私の《***契約者》」

頭の中でマーキングされた事を考えて居たのだけれど、最後に言った契約者の前の言葉だけが聞き取れなかった。

 

「みさ、お前今何て……」

尋ねようとすると、部屋の電気を点けられた。暗闇の中でやり取りをしていたので、突然の明かりは目にしみる。

 明かりに目が慣れ、ようやく何時もどおりの調子を取り戻すと、

 

「ほら、何時までも私のベッドの上で寝てないでいくわよ」

扉の前でえらく上機嫌で、あの頃の笑顔を見せていた。

 

「やっぱ……、お前はその方が良いって……」

決してみさには聞こえない、ただ自分だけに聞こえる声で呟いた。

 

「ル〜ナ〜!」

 

「はいはい、今行きますよ」

俺が《契約》した『もう一人のお嬢様・茨姫』は、ほんの少しだけ棘を無くしたようで、

 

「ふふっ!」

俺が側によると、何故か左腕にしがみつき、幸せそうに笑うのであった。




湊:「今回の後語りは私達みたいよ」
今井:「わ〜緊張する〜、友希那は緊張しないの?」
湊:「私?緊張するも何も、まずここでは何をすれば良いの?」
今井:「(おっと、そこからか…)基本的は本編について語るとか?」
湊:「本編について…わかったわ」
今井:「良かった〜、それじゃあ今回はだいぶと漆月さん大変そうだったね」
湊:「えぇ、あれでよく《契約》が成り立っていると思うわ」
今井:「あの二人、本当に仕事だけの意味で《契約》してるのかな?」
湊:「さぁ、それは本人達以外は知らないほうが良いということじゃないのかしら?」
今井:「友希那がそう言うなら」
湊:「それより、リサはあれを見たのかしら」
今井:「え、何を?」
湊:「あのラテアートの猫よ!」
今井:「そう言えば有ったね」
湊:「私が見たのは、ほんの一瞬だったけど…。あれは神業よ」
今井:「そ、そんなに!」
湊:「えぇ、絶妙なまでの配色具合、毛並みの艶、瞳の潤いまで再現されていたわ」
今井:「友希那、それ話盛ってない?」
湊:「そんな事はないわ、あれは完璧な猫だったわ」
今井:「そんなに凄かったんだ…。今度作って貰おうよ」
湊:「まぁ、リサがそう言うなら…」
今井:「じゃあ、今度二人で頼みに行こうね」
湊:「えぇ、そうしましょう」
湊*今井「「それでは次回もお楽しみに」」

ご閲覧していただきありがとうございました。
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番外編 お嬢様編
番外編 お嬢様は少しは構ってもらいたい。


お気に入り登録100人を記念した番外編です!
クリスマスの意味も込めて!
短編で、少しばかり長いですがどうぞ。


 日菜の専属作家兼執事として雇われて、だいぶ仕事にも馴れてきたとある日の休日。

「今日は一日中お仕事で帰ってこれないから、寂しくなったら連絡してね!それと……、私以外のオンナとなにかシナイデネ……。じゃぁ、行ってきま〜す」

「しないから、ほら行ってらっしゃい」

日菜が仕事の都合で、まる一日家に居ないという日が出来たのだ。

 最初は『行きたくない』と駄々をこねていたのだが、俺と氷川姉の説得でどうにかして仕事に行かせた。

 どうやったか?俺が今書いている『ロリと暮らす 転生活』の番外編と、新作の読み切りを書いてやると言っておいたのだ。これで三時間の説得が、三秒で終わった。あの時間は何だったの……、と氷川姉と頭を抱えていた。

 それにしても、日菜を送り出してから一分も経っていないのだが……。

「静かすぎる……」

いつもはどこかで、何かを弾いているのかギターの音色や、俺の新作が読みたいと部屋で泣きわめいていたので、家の中に日菜の声や物音が無く、静まり返ると逆に違和感にしかならなかった。

 しかしながら、やるべき仕事は山のようにある。

 先日の『茨姫』との打ち合わせで考えた新キャラの設定づくり、その新キャラをどの様に物語に組み込むのか、今日の昼は何しようか、とか様々なのだ。

「取り敢えず……、新キャラでも考えるか……」

部屋に向かって行く途中、氷川姉の部屋の扉が少しばかり開いていて、そこから流れるギターの音色に興味がわき聞いていた。

「何かようですか?」

扉付近で聞いていたのが氷川姉にバレて、こっちにやって来た。

「いや、偶々通りかかった時に、カッコいいギターの音色だったから。つい聞き入っちゃったんだ、邪魔だったよな」

慌てて部屋の前から立ち去ろうとした時、

「待って下さい」

氷川姉に手首を掴まれて、行くのを止められた。

「貴方、今私のギターを勝手に聞いていたんですよね?」

おっと……、これは怒られるパターンか。顔から既に怒りのオーラが滲み出ているような……。

「であるならば、それ相応の代価を払ってもらわないと」

あれ、怒られないの?というか、なんて言った?

「ですから……、私のギターを勝手に聞いた代価を払って下さい」

「うん、それは分かった。分かったけど、怒ってないの?」

思わず口に出してしまった。

「私にそんなに……、怒ってほしいとでも?」

氷川姉の顔が、新井さんの鬼の形相の様になっていく。でも、氷川姉の方がまだ怖くないかも。

「いえ、怒らないでいただけると」

こういう時は、早めに謝っておいた方が断然良いのだ。

「なら、そう相手を怒らせるような発言は控えて下さい」

「はい……」

女子高生に怒られる、御年23歳の作家……。

「それで、その’’代価’’は何で支払うんだ?まさか……恐喝……」

「しません!私はそんな事しませんから!」

「じゃあ何だ?俺が嫌いなホラー映画を見せて、泣き叫ぶ姿が見たいのか!」

本当にホラー映画無理……、初めて見たやつがトラウマで……。思い出したくない……。

「それは、多分日菜が見たいと思います」

「あ〜、確かにな……」

絶対あいつ、俺の泣き叫ぶ顔見て笑ってくるんだろうな。

「そうか、これじゃないか……。じゃあ何だ?」

「はぁ……、ようやくこれで話せます。そのですね……、私の、か、買い物に……」

「ん?何だ、よく聞こえないんだが……?」

 

「だから、私の買い物に付き合ってほしいんです!」

 

「あ、買い物か。良いぞ、どこに行く?商店街?それとも新しく出来たショッピンモール?」

買い物に付き合うだけで、怒られないなら何処にでも着いて行くぜ!

「え、あ……はい。その新しく出来たショッピンモールに……」

あれ?何か顔が赤いが……、まぁそこは女子特有の何かなんだろう。

「了解、それじゃあ準備してくるから。今から30分後位か?」

「それで問題ありません、今から30分後に玄関で」

「あいよ、それじゃ」

時間を決められたので、服などの準備をするために自室に向かった。ちなみに、屋敷内では基本ジャージだ。

 

「誘ってしまった……」

まさか、こんな事で誘う日が来るだなんて……。でも、これは逆に好都合なのでは。日菜が居ない今なら……。

「はぁ……、私だって……」

集合時間もあるから、時間は無駄に出来ない。

 クローゼットの扉を開けると、ハンガーで吊るされいる服が沢山あった。

「折角ですし、何を着ていけば……」

普段は自らが模範となるような服装を心がけているせいか、こういう時どんな服装をすれば良いのか、いまいち解らない。

「仕方ない、こういうのに一番詳しそうなのは……」

自分の行動が日菜にバレしまうかもしれない危険を考え、あまり気乗りはしないのだけれど。

『あ、もしもし?紗夜?どうしたの、電話なんて珍しいけど』

「もしもし今井さんですか。実は少々聞きたいことがありまして……」

同じバンドメンバーで、一番この手に詳しい今井さんにアドバイスを貰うことにした。

 

「時間には間に合ってるよな」

部屋で特に持ち物という持ち物は無いのだが、財布やスマホ、あと偶発的に思いついたネタをメモする手帳をいれた斜めがけのバックを持って氷川姉が来るの待つ。

 

「お待たせしましたか?」

氷川姉が来たようで、スマホから顔を上げる……。

 

「ど、どうかしましたか?」

動きが突然として止まった俺を、不審に思って声を掛けてきた。

 

「いや……、その綺麗だなって……」

普段は長く艷やかな髪をストレートに肩にかかる位に伸ばしているのが、今日は結っていた。もう一度言うけど、結っていた。

 髪を頭の一地番上より少しばかり下の所で結んでいるため、綺麗な首筋が見えていて、健康的な肌の血色の良さが際立ってより綺麗に見えた。

 服は淡い青色のロングのワンピースで、腰の辺りをベルトのアクセサリー?を身につけ、少し厚手の上着を上から羽織っていた。

 服に関しては、新井さん達に教えてもらっているのだけど……、全然分かりません。

「そ、そうですか……。それは行きますよ」

氷川姉は来て颯爽と靴を履いて、扉を開けて家を出ていってしまった。

「綺麗ですか……ふふ……」

 置いていかれない様にと、自分も慌てて靴を履いて玄関の鍵を閉めて氷川姉の後を追いかけた。

 

 電車を乗り継ぎ、新しくできたショッピンモールに着いた。休日であるから、家族で来ているのが多く見えた。

「なぁ、氷川姉よ……」

「何ですか、いきなり?」

到着して早々に氷川姉に、くだらない質問を投げかける。

「何でこういう所はさ、カップルが多いんだ?」

さっきからさ、家族連れが見える中で色んなカップルがイチャコラしているのが目に止まって、腹だたしい思い出いっぱいだった。

「それは映画館などの娯楽施設があったりするからなのでは?」

少し考えてから真面目に答える氷川姉。

「いや、そうなんだけど……。そうなんだけど!だとしても異常だろ、この人数は……」

はぁ……、彼女居ない歴=年齢の俺からしたら羨ましさの極みだ。

「貴方、自分の作品で散々と言っていいほど、恋愛を題材にして書いてませんでしたっけ?」

「うん、それは言わないで……。あれ、基本ゲームとかアニメとかでの、自分のいたい理想みたいなもんだから……」

あれ?今、氷川姉『恋愛を題材に』って、

「氷川姉、お前もしかして俺の本読んでるの?」

頭に過った疑問を口にする。すると、ビクっと肩から跳ね上がった様に見えた。

「な、そんなわ、わけないじゃないですか。日菜が、やたら話しかけてくる内容が『叶恋シリーズ』についてのものでもなければ、今井さん達が『今日のこの空は何色』について話すから、会話を保つために読んだことなんて一度もありませんから」

怒涛のごとく否定の言葉が陳列していったが……、読んでいるで良いんだよな?多分?

「そうか……、読んでないなら今度時間が有る時に読んでくれ……」

氷川姉は否定しているようだし、これ以上は言わないでおこう。

「時間があればですよ……」

何だかんで、素直じゃないかわりに聞いてくれるんだよな、人の話し。

「それで、今日は何処を見て周るんだ?」

「そうですね、今日は楽器屋で新しいエフェクターが入荷したようでそれを見たいと思ってます。それと、幾つかお店を見て周りたいなと」

「なるほど……。それじゃあ、俺はそれに着いて行けば良いんだな」

「荷物などが出た時は、お願いします」

まぁ、執事だからそりゃ荷物持ちとかだもんな。

「そんときは任せておけ」

と軽口を挟みながら、楽器屋を最初に目指した。

 

 楽器屋着いて、新しいエフェクターを見ている最中、あの人はまるで子供の様な反応で楽器を見ていた。

「なぁ、氷川姉。あれ、あのギターカッコいいな!あ、あれもカッコいいぞ!」

何かを落ち着いて見ていると思えば、全く違う楽器を見ていたり、譜面の書かれた本をパラパラと捲ったりしたり、

「全く……、落ち着きが無いんですから」

溜め息をつきながらも、そんなあの人の行動に目がいってしまう。時折、立ち止まって何かを真剣にメモをしているのが見えて、こんな時でも仕事の事を忘れては居ないんだと感心した。

 選んだエフェクターを買う前に、お店の人に頼んでギターを借りて弾いてみた。弾いてみると、今までに無い力強い音、歪んでいながら綺麗な音色が出せる物だった。

「これは……、中々に良いですね……」

値は少し張るが、これから節約をしていけば大丈夫だろう。

 レジへ向かう前に、一度あの人と合流しようと店内を捜索すると、何かを見つめて立っていた。

「買う物が決まったので、これから買うのですが」

声をかけると、心ここにあらずだったようで、

「あ、あぁ。氷川姉か……、決まったのか。どれを買うんだ?」

一瞬だけ驚いた様子だったが、すぐに何時ものように戻った。

「これを買おうと。とても良い音色がだせて、演奏技術の向上にもなりそうなので」

「そうなのか、じゃあこれで聞いた氷川姉のギターはもっと凄いんだな」

無邪気な笑顔を浮かべて、私の手からエフェクターを取り、

「こういうの、意外と値が張るだろ。だから、今回は俺に買わせてくれ」

そう言って、すぐさまレジに向かって購入してきたのだ。

「ちょ、そんな良いんですか?だって、これは私が使うもので……」

慌てて代金を出そうと財布を取り出そうとすると、

「そうだな……、じゃあ『氷川姉がカッコいいギターを弾いくのが見たい』って事で、俺が必要だから買う。なんて理由はだめか?」

理由を聞いて呆れている自分と、どこか嬉しいと思う自分が存在して複雑な気持ちに思えてきた。

「そんなに私のギターが聞きたいんですか……?」

思わず聞いてしまった。

 それを、

「聞きたいな、だってあんなカッコいいのが間近で聞けるんだから!」

回答するのに、考える時間を有さず即決で答えてきたのだ。

「そ、そうですか……。それなら……、有り難く頂きます……」

この人と居ると自分のペースが乱される様な気もするのだけれど、ここまでハッキリと言ってくれると、逆に気持ちが良いくらいだわ。

 やっぱり……、この人は……。

「これから暇があれば……弾いてあげるので……」

「楽しみにしてるぜ、氷川姉よ」

 この人の笑顔が……。この時少しだけ、私の胸の中で黒い何かが渦巻いていた。

 

 楽器屋で氷川姉のギターのエフェクターを買ったあとは、自由気ままに色んなお店を渡り歩いていた。本屋で立ち読みをしようとして、氷川姉に怒られたりもしたけど。雑貨屋では、真剣に犬の小物を見つめていたりと、普段は厳しい表情が多い氷川姉もやっぱり普通に女ん子だと思えた。

「すまん。俺買うもの有るから、ここら辺で何か見てて」

「分かりました」

氷川姉も雑貨屋で犬の小物以外も見ていたので、その空きを狙って先程見ていた小物と日菜のお土産を買っていく。

 日菜のお土産には、日菜がどこか猫っぽいので猫のキーホルダーを買っておいた。

「これで今日の事聞かれても、大丈夫なは……」

 

「あれ、お譲さん?もしかして、一人?」

 

「僕たちとさ、折角だからお茶でもどうかな?」

 

「いいえ、結構です。私は人を待っているので」

氷川姉が所謂ナンパに絡まれていたのだ。

 

「良いからさ、ちょっとくらい遊ぼうよ」

二人組の男の一人が、掴みかかろうとしたのを、

 

「おい、家のお嬢様に手を出してんじゃねぇよ……」

自分でも驚くくらい、ドスの効いた低い声で男を威嚇した。

 

「うんだよ、おじさん。俺たちは手なんか出してないよ?」

 

「ただ、ご丁寧に誘っているだけなんですけど?おじさん、馬鹿なの?」

男たちはこちらを見て、笑っていた。それでいて、氷川姉の側を離れようとしなかった。

 

「もう一度だけ言う……、家のお嬢様に手を出してんじゃねぇよ……。この腐れ外道目が」

この『腐れ外道目が』に反応した男たちは、

 

「うんだと……、このクソジジィが」

 

「痛い目に遭いたいようだな」

片方の男が殴りかかってきた。が、その拳は空を切るだけであった。

 

「てめぇ……」

殴ろうとした男は腹のど真ん中を全力の回し蹴りを受け、その場で崩れ落ちていった。

 

「警告はしたのに……、はぁ……。こんな腐れ外道のせいで、服が汚れるだなんて……」

ズボンについた埃を払い、もう一人の男の方に近づいていく。

 

「く、来るな……、来るな!」

先程の男が倒れたのを見て、怖くなったのか腰が抜けてへたりこんでいた。

 

「最初に言っただろ。家のお嬢様に手を出してんじゃねぇよってな」

そう言って、男の顔に寸止めで蹴りを繰り出す。

 

「分かったら、消えな……」

 

「ひぃ……」

慌てて倒れた男を背負って逃げ出していった。

 

「あ〜、ビックリした。大丈夫だったか?というか、何であの場に居ないんだよ」

氷川姉を心配しつつ、少しだけ怒った。

「大丈夫です……、けど今のは……」

普段のだらしない姿や、先程の楽器店での様子では考えられなかった。

「まぁ……、気合だな、気合」

笑って誤魔化しているが、気合であんな風になるものなのかしら。不思議に思っていたが、『ぐぅ〜』と大きなお腹の音が鳴り考えが消えてしまった。

「お腹減ったな……、ご飯食べたいのだが?」

「はぁ……、良いですよ。そんな大きな音を出されて、お店を見ていたら『何も食べさせてないの?』と見られてしまいます」

「そこまで言うのかよ……」

と、しょぼくれてしまった。

「取り敢えず、何処に行きたいんですか?」

「俺の食いたい物でいいのか……?じゃあ、あの店だな」

指を指す方向には、私が一人でポテトを食べに行くお店の別店だった。

「あそこのポテトが何気に好きで、って氷川姉よ、黙って先に行くなよ」

黙って先に行く氷川姉が一瞬こちらをみて、『早く、ポテトが食べたいの!』と訴えてるような気がした。

「そうだ、氷川姉はポテトフライ好きだったな……」

そう思うと、お店のチョイスは間違っては居なかったようだ。

 昼食でポテトを食べている氷川姉を見ていて、あまりにも大事そうに食べるので今度家でどうにかして作ることを考えたのであった。

 

 お昼を終えて、『何か見たいは場所はあるか?』と聞かれて、特に思いつくものも無かったので無いと言った。それを聞くと『今度は俺が見たい所に付き合ってくれるか』と言うので、それに着いて行くことにした。

 着いて行くと、あまりにも予想外で驚いた。まさか、宝石の工芸品を扱ってるお店にくるなんて。

「これ綺麗だな……」

スノードームの様な小さな置物を見たり、瓶に入った宝石の置物を愛おしそうに眺めていたのだ。

「もしかして、こういうのが好きなのかしら?」

思わず、商品を眺めている執事に声をかける。

「好きだよ……、綺麗だし……。何よりも、見てると心が落ち着くから好きなんだよ……」

「へぇ……、確かに綺麗ですね……」

瓶の置物を手に取ると、『逆さまにすると、景色が変わります』と説明書きの札が有るものを見つけ、逆さまにしてみた。

 すると、液体の中に浸かっている小さな宝石の結晶が、ゆっくりと零れ落ちていくのが幻想的であった。

『星の様に自ら光り輝くのではなく、月の様に光を反射してその輝きで魅了してくるのが良いんだ』と後で私に教えてくれた。

 ここでもまた、一点をずっと見つめるものが合ったようで、声をかける前にそれを見てみた。

 それは星座のマークが刻印された宝石のペンダントだった。どうやら、普段より値段が安いようで買うか悩んで居るようだった。

「うん……、氷川姉よ。他の店も見てみるか?」

と、悩んだ後に買わないでお店を出ていってしまった。

 

「あの、このペンダント……」

 

 周りはした、周りはしたけれど、全部は見れなかった。というよりは、見きれなかった。服屋で氷川姉と服について勉強したり、電気屋でパソコンを見たりもした。おもちゃ屋に行こうとしたら、ゴミを見るような目をしたので見れなかったけど。

「いや〜、面白かった。意外と良いかもな、お前と出掛けるのも」

「私も楽しかったですよ、以外に可愛いものが好きだということも分かりましたし」

「う、うるさい。お前だって、ペットショップで犬見てはしゃいでたくせに」

「な、見てたんですか!」

電車を乗り継ぎ、駅から家路に着く頃にはだいぶ仲良くなっていた。

「そうそう、これをだな……」

マイバッグから、袋を取り出して中身を確かめて渡す。

「はいよ、何時も何だかんだ協力してくれたり、お前のギターを聞いて元気を貰ってるお礼だ」

ぶっきらぼうだが、面と向かって袋を渡す。

「そんな、エフェクターだって買ってもらったのに……」

遠慮して受けと取ろうとしてくれないので、

「そっか……、じゃあこれは誰か知り合いにあげるか。折角、氷川姉の好きそうな物だったのに……」

わざとらしいが、残念さを滲み出してアピールをした。

「そんな言い方をしたら、貰わないと失礼みたいじゃないですか……」

袋をさっと奪い取ると、中身を確認し。

「これは……!」

案の定、驚いたようで、良い笑顔をしていた。

「執事はな、仕えるお嬢様の笑顔を大切に守るもんなんだよ」

「何カッコつけてるんですか……、全く」

頭を押さえて、ヤレヤレと左右に結んだ髪を揺らした。

 いつの間にか、家についてしまったので鍵を開け中に入る。先に氷川姉が入り、後に俺が入る。

 靴を脱いで揃えていると、目の前に小さな袋が置かれた。

「主君は、頑張る配下にご褒美をあげるものですよ」

口元に手を当てて、そっと笑みを浮かべながら、

「今日は本当に、楽しかったですよ」

と言い残し、自分の部屋に帰ってしまった。

 

 唖然としながら、置かれた小さな袋を受け取り自分も部屋に戻った。

「何だろうな、アイツから贈り物だなんて……」

小袋を開けて中身を取り出すと、

「な、アイツ……」

宝石の工芸品店で見ていた、星座のマークが刻まれたペンダントだった。それと一緒に、小さな紙が入っていた。

『これからは、『氷川姉』ではなく、『紗夜』と名前で呼んで下さいね。朱那へ

 p.s たまには私の事も、構って下さい……。』

「全く……」

手紙を読んで、受け取ったペンダントを身に着け、

「承りました、紗夜お嬢様」

消える声で呟いた。

 

 同じ様に、紗夜の部屋でも朱那からプレゼントを眺めながら、

「まさか……、こんな風に近づけるなんて」

誰に言うのでもなく、一人呟く。

 そして、貰った子犬の小さなぬいぐるみを棚に置いた。その棚には、『うるはら アカ月』の本がずらりと並んでいたのだ。

「私がファンで、日菜と同じくらい……、いえ、私の方がアナタを好きなのだから……」

 この時の紗夜の目に光はなく、常闇だけが渦巻いていた。

「誰にも……、日菜でさえも……、邪魔はさせない……。いつか、どれだけ時間がかかろうと……、ワタシのモノにするんだから……」

 そう、氷川紗夜は漆月朱那・うるはら アカツキのファンであり、その全てを欲する一人であった。




お気に入り登録をして頂いている皆様、
評価をしてくれ頂いている皆様、
そしてこの小説を読んでくれている皆様、
何時も本当にありがとうございます。
思いつきで始まった小説が、こんなに楽しんでいただけるとは思ってもいませんでした。
今回の短編は、一部は本編へと繋がります。
後は、単に紗夜さんとデートがしたかっただけです。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。


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