青雉の娘 (春巻千歳)
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1.転生して俺TUEEしたい人生だった

 海軍大将青キジは、偉大なる航路(グランドライン)の海を往く。自身の能力で氷の道を作りながら。

 ぽかぽかと暖かい夏島付近の気候に眠気を誘われつつ、顔を出したイルカに挨拶したところで──遠くから、ドォン、と大砲の音がした。

「あらら……お仕事の時間か」

 どんなに平和に見える海でも、どこかで闘争は行われている。青キジ──クザンは進路を変え、新たな氷の道を作っていった。

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 俺こと田中太郎は俗に言う転生者である。転生後の名前はまだない。

 トラックに轢かれ、神様に転生先と転生後に使える能力を与えられた。いずれもランダムということでハラハラしていたが、蓋を開けてみればONE PIECEの世界でHUNTER×HUNTERの念を使えるという、かなり楽しそうな結果になった。

 一口に念と言っても色々あるが、基本の四大行は何となくできる状態で、本当の意味での能力──発──は自分でこれから練れる感じだ。ちなみに系統は特質系。自由度が高すぎてワクワクを通り越して不安なくらいである。

 

 海賊が闊歩するこの世界でどんな能力が役に立つのか……とりあえず今は、さしあたり今日の暮らしをどうするかが問題なわけだが。

 

 神様とのやり取りを終えてふと気付いたとき、俺は無人島にいた。

 本当に無人かはまだわからないが、いかにも無人島という感じの島の、砂浜に倒れていた。鏡も何もないので自分の姿も見えないが、手を見る限り子供のようだ。そして、どうやら俺は女になってしまったらしい。そういえば神様は性別については何も言っていなかった。

 性別のことは後で考えるにして、食料でも確保しないとまずいだろう。

 

 そう思って砂浜から少し離れた森っぽい所に入った。森の中で、ふと地面を見ると良い感じの棒が落ちていたので反射的に拾う。エクスカリバーと名付けたいくらい、こう、良い感じの棒を手に入れた。男子は何歳になったってこういう棒が好きだ。今の俺は女の子のようだが、まあそれは良い。

 

 棒を片手に森を進んでいるとばったり海賊の酒盛りに遭ってしまった。見覚えはないのでこの世界にいくらでもいるモブ海賊のようだ。何という不運。しかし話しみると海賊たちは良い奴らだった。略奪や虐殺はしたことがなく、宝探しの旅が目的だと言う。ロマンを追い求める男たちというわけだ。ロマンスドーンで言うところのピースメインってやつだな。

 

 海賊たちは突然現れた少女の俺に迷子か何かかと聞いてきたので、身寄りがないと答えた。嘘はついていない。この世界で俺は天涯孤独だ。海賊たちはめちゃくちゃ同情してくれて、次の島までなら送っていってくれるという。渡りに船とはこのこと。願ってもない申し出だったのでお言葉に甘えさせていただき、数日間の宴の後に彼らの船に乗り込んだ。初日に島で拾った良い感じの棒(エクスカリバー)も一緒だ。

 

 船の上は潮風がしょっぱくて気持ちいい。海賊たちに会った時もそうだが、こういう夢にも見たような感覚を味わうと自分が今ONE PIECEの世界にいるのだと実感する。

次の島までは10日ほどかかるらしく、それまで俺は小さな体でもできる手伝い(洗濯とか)をすることになった。未だ現在地も時間軸もわかっていないが、いずれ名前を知ってるキャラクターに会いたいなあなんて思いつつ、それから3日経ち───

 

 他の海賊船と遭遇、即戦闘となった。ピースメインといえど海賊は海賊、血の気が多い。よく俺の世話を焼いてくれていた船医さんも「チビは船室にいな!」と俺を室内へ放り込んで戦いに行ってしまった。すごいなあ。ちなみに相手の船も見覚えはなかった。まだ念能力も考えてないし、戦闘には役に立てないので大人しく船室で待っていた。

 

 剣や銃の音がいっぱいして、怒号や悲鳴がたくさん聞こえた。戦争のせの字も知らない平成日本生まれ育ちには超怖かった。平々凡々な人生だったので、殺意にも縁がなくて、体が怯えで震えた。

 他人同士のを感じるだけでも怖いのに、自分に向けられたりしたらと思うと怖すぎる。実は自分の体が成長したら海賊になるか海軍になるかしようと企んでいたが、ちょっと揺らいできた。やっぱり人間、平和が一番だよ。

 

 しかしこれはすでに一度死んだ身。せっかく与えられた人生を平穏に過ごしたって面白くはない。とはいえ怖いものは怖いので、やっぱり有用な能力を考えたいところだ。例えば、殺意を向けられても反撃できる感じの能力にすれば怖くないかな。相手の負の感情に反応して攻撃するみたいな。

 何となく、島からずっと持ち歩いている良い感じの棒(エクスカリバー)を握ってみた。この棒からハリポタみたいに魔法が出たらかっこよさそうだな。念能力はえてして制約と誓約によって跳ね上がるものだし、棒ありき、みたいにしたらちょっとは威力上がらないだろうか。もちろん実用性だけじゃなく見た目も気にしたい、どうせならカッコいいほうがいいに決まってる。

なんて事を考えていたら外が静かになったので、恐る恐る外に出てみると、信じられない光景が俺を待ち受けていた。

 

 

 甲板が一面の氷で覆われていた。敵味方入り乱れて、戦っている格好のまま全員氷漬けになっている。一瞬思考が止まった俺だが、すぐに一人の人物に思い至った。こんな能力は一人しか知らない。

 海軍大将青キジ──クザン。一体いつの間に来たんだろう。そりゃ「早く名前を知ってるキャラに会いたい」とは言ったが、こんなタイミングでとは思いもよらない。辺りを見回すと敵船の方にめちゃめちゃでかい男が見えた。アイマスクと特徴的な髪型を見るに、どう考えてもクザンである。確信した途端、クザンはこちらを振り返った。はたと目が合う。

 

 ここで俺は恐ろしい事に気がついた。知っているキャラクターを見れたことで浮かれていたが、クザンは海軍で俺は海賊の船に乗っている。ONE PIECEの海軍って結構理不尽だし、幼女と言えど敵と見なされてもおかしくないのでは?

 「だらけきった正義」をモットーにするクザンだからと言って安心はできない、俺が知っているクザンのことなんて、結局は漫画で描写された程度の表面的なところだけだ。

 ビビって後ずさった途端、つるりと足が滑って床に頭を打ちつけた。咄嗟のことで念によるガードは一切できていない。念能力考える前に、基本の修行をするべきだったなあ……。

 

 そんな反省を最後に、転生者田中太郎の二度目の人生はある意味で終わった。

 

 ここから先は、念が使えるだけの、ただの幼女のターンである。

 

 ***

 

 

 

 

 

 クザンは凍った海賊船の甲板を見渡し、手配書と見比べて頭をかいた。

「んん~、やっぱり見ねェ顔だな。早とちりしちゃったか」

 懸賞金もかかっていないのなら、海賊旗を掲げていようと旅人と大差ない。

──というのはだらけきった正義を信条にするクザンの超個人的な考え方である。この世界では海賊旗など掲げただけで犯罪者。例え旗揚げ一日目で誰にも迷惑をかけていなくとも、逮捕されて当然だった。

 

 クザンは不意に視線を感じてもう一方の船を見る。甲板にいる子供と目が合った。子供は、一瞬にしてその姿を消した。

「……クラバウターマン……的な?」

 首を傾げつつ子供のいた方の船に移ると、普通に子供が倒れていた。片手に木の枝を持っている。

「あらら、氷で滑ったんだな」

 氷の上で寝いていては風邪をひくか、肌が氷に張り付いてしまう。クザンは子供を抱き上げ、ついでに木の枝も拾って子供の服の隙間に差し込んでやった。甲板を見回すと船内に入る扉が開いているので、恐らく子供はそこから出てきたのだろう。海賊船にいる以上は海賊──などと決めつけては早急だ。子供の場合、海賊の子供である可能性よりも誘拐された可能性の方がうんと高い。

 

 念のため船内に入ると他にも人の気配があった。物色しながら船内を歩く。

 

 果たして、気配の正体は子供たちだった。船底にほど近い、牢屋のような部屋の中に少年少女が閉じ込められている。クザンに気付いた子供たちは皆一様に怯えた様子で縮こまって互いの体を抱いた。

「こりゃあ……とんでもねェもん見つけちまったな」

 海軍大将青キジは、面倒そうに頭をかいた。

 

 片方は旗揚げしたばかりの無名海賊だったが、子供がいた方のは海賊を装った人身売買組織の末端だった。聞けば近辺では子供の行方不明事件が多発していたという。

 クザンは最寄りの海軍基地に連絡を取り、逮捕と子供たちの保護を任せた。唐突な大将の出現に慌てふためく基地の海兵たちが気の毒になったので、手柄もついでにやろうかと言えばより畏まってしまった。そんな度胸じゃ出世はできないぞと軽口を叩いて、クザンは基地を後にした。むろん、一人だけ甲板に出ていた謎の子供も置いて、である。

 

 

 偶然とはいえ無辜の子供たちを助けてやれてよかったなと、クザンにとってその件はそれでおしまいの筈だった。数日後、件の基地からの電伝虫が鳴るまでは。

 

 

 その日クザンは久々に海軍本部に戻っていた。溜めに溜めた書類仕事を片付けろと部下から泣きつかれたからである。書類に判子を押すのに飽きてきた頃に鳴った電伝虫に、これ幸いとばかりに飛びついた。

「もしもーし、こちら海軍本部」

『もしもし。こちら偉大なる航路(グランドライン)✕✕基地、マリンコード××××──クザン大将にお伝えしたいことがあります!』

「ハイハイ、それおれ」

『大将殿、お久しぶりです。実はですね……』

 電伝虫の向こうの海兵曰く、件の人身売買組織に攫われた子供のほとんどは身元が判明し、概ね保護者に引き取られていったという。まだ引き取られていない子供も、保護者の到着を待つばかりになった。

「良い事じゃない。おれに言う意味あった?」

『いえ、本題はこれではなく……その、一人だけ未だに身元のわからない子供がいまして』

「あらら」

『どうも記憶を失っているようで、本人がクザン大将を見れば何か思い出すかもと』

「おれ?」

 クザンは子供たちの顔を思い出した。あの中に見覚えのある顔はなかった筈だが。唯一心辺りがあるとすれば、甲板に出ていた子供か。

「その子もしかして、木の枝みたいなの持ってる?」

『やはりお知り合いで!』

「いや、知り合いっていうか……まあいいや。呼ばれてんだろ?そっち行くわ」

「ありがとうございます!お待ちしています!」

 電伝虫がガチャ、と鳴いた。別に、あの子供と知り合いというわけではない。しかし自分を見れば思い出すというのなら、きっと記憶をなくしたのはあの氷で滑った時だろう。であれば自分に責任がある。なにより、これを口実に書類仕事から逃げられる!

「じゃあおれ行ってくるから!おれのせいで迷惑かけたみたいだし!」

「ちょっと、クザン大将!?」

 引き留めようとする部下を華麗に避け、大将青キジはイキイキと自転車に飛び乗った。

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 少女が目を覚ましたとき、まず知らない天井が視界に広がった。ここはどこだろう、と思ったとき、そもそも自分が誰かもわからないことに気がついた。海兵に名前と出身を聞かれ、いずれもわからないと答えた。

 何も手に持っていないことが不安で、海兵に言えば木の枝を渡された。握ってみるととても落ち着いたので、ここ数日手放せないでいる。その間、困った様子の海兵が入れ替わり立ち替わり、何か覚えていることはないかと訊ねてきた。

 唯一答えられたのは「自分が念能力を使えること」だったのだが、その「念能力」が何かと聞かれるとそれもわからなかった。

 海兵の様子を見ていれば嫌でもわかる。ここは自分がいていい場所ではない。自分がいることで迷惑がかかっている。出ていけるものなら行きたいが、あてもない旅に出られるような知識も度胸も頑丈さもない少女は、腫れ物に触るような大人の対応を甘受する他なかった。

 ふわふわと地に足がつかない気持ちを味わって数日。どうにかおぼつかない記憶を必死に探って、大きな男の姿が思い浮かんだ。自分は何故かその男の名前を知っている。そして、海兵たちも知っているだろうという謎の確信があった。

 

「あのね、あお、きじ……?ってひと、いる?」

「! クザン大将を知っているのかい?」

「わかんないけど……この名前だけしってる、きがする」

「わかった、すぐに連絡しよう!大将殿がすぐに来てくれるかはわからないが……」

 そう言って退室した海兵は、帰ってくると心底安堵した表情をしていた。

「クザン大将……青キジさんな、すぐに来てくれるそうだ。本部からだから、きっと数日はかかるだろうが」

「ありがとう、ございます」

「いや、いいんだ!手がかりが見つかってよかったよ」

 海兵の様子は、どうにも「これで厄介払いができる」と言いたげな雰囲気がぷんぷん漂っていたが、きっと子供の相手なんて慣れていないだろうし、仕方ないとも言える。未だ呼び名のない少女は、そっと木の枝を握りしめた。

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 クザンが例の子供が待つという基地に着くと、予め到着予定日を伝えていたこともあってか大勢の海兵に迎えられた。多分基地の海兵全員が出てきているといえる数だ。

「青キジ大将に敬礼っ!!!」

「正式な訪問じゃねェからあんまり大々的にしなくていいんだけど」

「そうもいきません。子供はこちらです」

「ハイハイ」

 案内された部屋では、あの日見た少女がぽつんとベッドに座っていた。

「あおきじさん……」

「そ、おれが青キジだよ。クザンっての。お嬢ちゃんは?」

 クザンは少女の隣に腰かけた。ベッドが大きくきしむ。クザンを案内した海兵は、気を効かせて退室した。

「名前、わかんない」

「ああ、記憶喪失だっけ?ごめんね、おれの氷が」

「クザンのこおり?」

「そこは覚えてないんだな。おれはヒエヒエの実を食べた氷人間だ」

 クザンは手の平から小さな氷の船を作り出してみせた。少女の顔がぱあと輝く。

「きれい!すごい!」

「気に入った?じゃあこれはここに置いとくな」

 船をぱきりと折ってベッド脇の机に置く。

「それで嬢ちゃん、記憶は本当にない感じ?全然まったく?」

「ない。です」

「うーん、この辺の行方不明届にも嬢ちゃんっぽいのはなかったんだよな」

 クザンは道すがら少女の届けを探したが、見つけることはできなかった。天涯孤独といって差し支えないというわけだ。

「そこで提案なんだが、嬢ちゃん海軍(ウチ)に来ねェか」

「!」

「いや、無理に海軍に入れって訳じゃねェが、記憶なくしたのはおれのせいだろ。おれの連れとしてマリンフォードに住民権取ってやれると思うんだよ」

 マリンフォードは海軍本部のある島だが、同時に海兵達の家族の住居もある。クザンの住居もそこにあるので、そこで引き取ろうという提案だ。

「でも、あたし、家族じゃないよ」

「血の繋がってねェ親子なんかいくらでもいるさ」

少女はぱちぱちと瞬きして、首を傾げた。

「…クザンがあたしのパパになってくれるの?」

「そういうことになるな。奥さんもいねェのに急に子持ちになっちまうが」

「うれしい!ありがとうよろしくパパ!」

「順応はや」

 ベッドの上で飛び跳ねて喜ぶ少女に、クザンは苦笑した。

 

「というわけで嬢ちゃんのことはおれが引き取ることにしたから」

「はっ!了解です!」

「うん、じゃあまたな」

「大将殿がお帰りだ!見送りの準備を!!」

「そういうのもういいって」

「はっ!失礼しました! ……その、クザン大将、その状態でお帰りに……?」

「ン?そうだけど」

 クザンは少女を片方の肩に乗せて抱えていた。明らかに人攫い案件のルックスだ。しかし聡明な海兵Aは口を噤んだ。

「……いえ、何でもないであります!お気をつけて!」

「うん、それじゃあね」

「海兵さん、ありがとうでした」

 少女もクザンの肩の上から手を振った。高い位置から見下ろすのが面白く、静かに上機嫌である。海兵も小さく手を振り返し、微笑んだ。

 

 

 さて、さすがに自転車に乗る時は肩に乗せてはいられない。氷で荷車をつくり、その上に毛布を置いてそこに少女が入っていられるようにした。

「そういや、親子って設定なのにいつまでも『嬢ちゃん』じゃ締まらねェよな。何か名前の候補ある?」

「パパにつけてもらいた~い」

「いきなり甘えてくるじゃん。じゃあ……そうだな、……アナとかどうよ」

「アナ?うーん、いいよ」

「即決じゃないんだ……上から目線だし」

「名前うれしいよ。アナです、クザンがパパです、よろしく」

「はいよ、よろしく娘ちゃん」

 

 

 

 ───海軍大将青キジは、偉大なる航路(グランドライン)の海を往く。能力で作った氷の道の上で自転車を悠々と漕ぎながら。自転車の後ろに少女、今日から娘になったアナを乗せて。

 

 

 

 風邪に髪を揺られながら、アナは持ち出した木の枝を握りしめていた。記憶がなくてふわふわと地に足のつかない感じは未だに継続しているが、それがやっと少しだけ重力に引っ張ってもらえた感じだ。

(マリンフォードってどんな場所だろ)

 不安と期待に胸をざわめかせ、転生者田中太郎改めアナは、自転車に揺られていた。

 



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2.パパと一緒にいようなんてそういえば一回も言ってなかったわ

  マリンフォードへ向かう途中、クザンは手頃な島に立ち寄った。

「さすがにそのまま連れてくと幼児誘拐呼ばわりされそうだからよ」

言われてアナは体を見た。ぼろぼろの衣服とぼさぼさの髪、海兵にもらったサイズの合わないサンダル。比べてクザンはくたびれてはいるがそれなりに上等の服だ。確かに人攫いを疑われても仕方ないだろう。寄ったのは大きな街のある島で、身なりを整えるには丁度良さそうだった。

「とりあえず整髪から行くか。言っちゃなんだが鳥の巣みてェだし」

クザンは視界に入った美容室を指した。

「パパに鳥の巣とか言われたくない」

「おれのこれは癖っ毛だから」

 

***

 

「……………」

「………………」

「美容師のねーちゃん、おれパーマかけてって言ったっけ?」

「お客様、これはお嬢さまの地毛ですわ」

アナはクザンに負けず劣らずの癖っ毛だった。

「お父様似の髪質ですのね。少し整えるためのカットはしたけれど、このままで十分可愛らしいと思いますの」

いかがかしら、と美容師は首を傾げた。アナは鏡の中の自分とクザンを見比べた。

「あたしの髪って、パパにそっくりね」

「そーね」

「このままがいいな~」

「おれもそう思う。このまま行くか」

少なくとも親子と言われて疑う者はないだろう。整えてもらったことで鳥の巣感はかなり減ったし、買い物に出ても通報はされないと見て、二人は買い物に繰り出した。

 

「うん、いいんじゃない」

「もっと大げさに言って!」

「アナちゃんサイコー」

「えへへ」

少女は鏡の前でくるくると上機嫌に回った。清潔感のある白いワンピースがひらりとなびく。腰に巻いたリボンに挿さった木の枝はなんとも言えないが、先に買ったサンダルとも合っているし、とりあえずはこれで良さそうだ。しかしマリンフォードへの道は最短でも数日かかる上、色んな季節の海域も渡るため他にも服は買う必要があった。道を急ぐ旅ではないし、他の季節の服は別の島で買えばいいということになり、他にもいくつか下着含めた夏服を買い揃えて二人は自転車に乗った。

 

 自転車の旅は、運転しない少女にとっては暇だった。初めの頃は海や空や跳ねる魚を見て楽しんでいたが、ものの数時間で飽きてしまったので、クザンの広い背中に話しかける。

「パパ、服たくさん買ってくれてありがとう」

「一応親子って設定だしな。当たり前でしょ」

「でも、お金たくさん使った」

「普段あんま使わねェからいいんだよ」

「貯金ができるひとはちゃんとしてるひとって誰かが言ってた。パパ、意外とちゃんとしてる」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれない?」

「青キジはだらけきってるってきいてたの」

「まァ間違っちゃいねェが。誰が言ってたのそれ、あの海兵たち?」

「海兵さんじゃないけど…誰だろ。わかんない」

「ふーん……」

アナの声が明らかにトーンダウンした。クザンは少し考える。

「アナ、自分の記憶を取り戻したいか?」

「ん?んーん、べつに」

「本当のパパとかママとか、気になんねェの」

「べつに……なんか、最初からいなかったきがするし」

「そうかい」

一人の人間がいる以上、産みの親はいるはずなのだが。記憶が一切ないということは未練もないということかとクザンは解釈した。幼女の姿での転生なので実際に両親は存在しないのだが、この世界の住人であるクザンにはもちろん知る由もない。

「そういやお前、何歳くらいかはわかる?」

「わかんないけど、服屋の店員さんは7、8歳くらいかなーって言いながら服探してくれてたよ」

「へえ~」

 

 だらだらと雑談を続けながら漕ぎ進めていると、少し離れた所に海賊船を発見した。

「お仕事タイムだ。アナはここで待っとくか?」

アナは咄嗟に首を横に振った。戦いの場に出ず一人で待っているのはよくないことだと、体の記憶が言っていた。

「じゃあ乗りな。ちゃちゃっと済ませちまおう」

クザンは海賊船に気付かれぬよう近づいてからアナを肩に乗せた。アナは木の枝をリボンから抜いて握る。木の枝はアナにとってお守りのようなものになっていた。

 

クザンは自転車を能力でその場に固定し、跳躍した。

「なっ…」

「なんだ!?人?」

「こいつまさか大将の……!」

狼狽えた海賊たちは即座に敵の正体を知り、武器を構えて色めき立った。甲板中から殺意が向けられる。ぞくりとアナの肌に鳥肌が立った。アナはこの感覚を知っている(・・・・・)。握った木の枝が、妙に熱くなったように感じた。

 

「あらら。この数をまとめて相手すんのはめんどくせェな。兄ちゃんらには悪ィが…

───氷河時代(アイスエイジ)

 

無慈悲な氷が甲板を覆った。クザン親子を除き、その場にいた者が全て凍りつく。

「……パパ、すごーい!」

アナはぱちぱちと小さな手で拍手を贈った。目の前に広がる情景から何か思い出しそうな気もしたが、向けられた殺意が一瞬でかき消えたことに対する感動の方が優っていた。

「大将の名は伊達じゃねェってことよ。さて、じゃあ身元を検めようかね。アナはちょっと降りてな」

「はーい」

クザンはアナを氷漬けの甲板の上に降ろし、手配書の束を出した。船長らしき男には見覚えがあったので、おそらく懸賞金がかかっているはずだ。

 

アナは待っているのも暇に思って、氷像を見て回った。みんな一様にクザンがいた方を見て凍っている。きちんと見ると少なからず不気味だった。もしかしたら今日あたり夢に出るかもしれない。

 

不意に物陰で気配が動いた。

 

気配は無防備な子供を捕らえ、銃口を突き付けて物陰から飛び出した。

 

「手を上げろ!!」

「……アナ」

「動くんじゃねェ!ちょっとでも妙な動きしやがったら、このガキの頭ブチ抜くぞ!」

「わかったわかった、そうカッカすんなよ」

クザンは大人しく両手を上げる。その気になれば足元からでも冷気は送れるので落ち着いていたが、取り残しがいるのに気付かなかったことを反省した。

唐突に海賊の腕の中に閉じ込められたアナは、一瞬我を忘れていたが、正気を取り戻して暴れた。

「やーーっ!離して!」

「うおッ…暴れるなガキ!これが何かわかんねェのか!」

海賊はアナの目の前に銃をかざして見せた。ぴたっとアナの動きが止まる。

「へへ、そうそう…大人しくしときゃいいんだよ…」

下卑た笑みを浮かべ、海賊はゆっくりと銃口をクザンに向けた。

「てめェを殺せば能力は解けるよなあ!?」

「あー、うん。そうね。殺せばね」

「いいか、動くなよ!絶対に!」

もしやこの男、偉大なる航路(グランドライン)を旅する海賊のくせに、物理攻撃が効かないという自然系(ロギア)の特性を知らないのだろうか。クザンは哀れなものを見る目で海賊を見た。いっそパニクって全弾無駄打ちしてくれれば、アナの被害を考えずに済むので楽だ。

 

男がクザンに意識を向けた時、アナが腕を振りかぶり、枝の先で男の首を刺した。子供の弱い力で血も出ない攻撃だったが、喉を的確に突かれた男は思わず咳き込む。

「いでェ!?ゴホッ、ゴホッ……このガキ!!」

「きゃあっ」

男はアナを突き飛ばした。アナは尻もちをつき、立ち上がれず男を見上げる。

「てめェから殺してやる!」

「やだーーっ!」

何を思ったのか、銃口を向けてきた男に対しアナは木の枝を、銃のように向けた。

「なんだ、こんなモン!」

男は枝を蹴り飛ばし、引き金に指をかける。枝は少し離れた所に落ちた。クザンが即座に男を凍らせようとした時───

 

カッ! 枝がまばゆい光を放った。

 

「あ、だめ……っ!」

アナの呟きとほとんど同時、枝を中心に爆発が起きた。

 

***

 

 

 クザンは爆発によって氷として崩れた体を形成し直した。何が起きたのか把握しきれていない。爆弾でも投げ込まれたのか?アナは?

 もうもうと立ち込める煙が晴れてきた頃、傷ひとつないアナが枝を握りしめて座り込んでいるのが見えた。駆け寄るとアナはおっかなびっくりという様子でクザンを見上げた。

「アナ、大丈夫か?何が起きた」

「これが、どかーんってなったの」

「枝が?」

「あたしが手を離したから…!貯めてたものが出ちゃったんだ」

「そんな屁みたいな感じで爆発すんの?枝って。ていうか枝って爆発するもんなの?」

ちょっと貸してみて、とクザンはアナから枝を取った。

「だめ!」

枝はクザンの手を吹き飛ばした。先ほどの十分の一にも満たない小さな爆発だったが、これが生身の人間相手なら十分武器になる威力だ。アナはクザンから枝を受け取り、抱きしめた。

「これ、あたしから離れたり、あたし以外の人が持っちゃだめなの」

「そうみたいだな。そんな大事なことはもっと早く言ってくれてたら嬉しかったんだけど」

「今思い出したの!あたしの念能力……忘れてたのが嘘みたい」

「ネン能力?なにそれ」

「……ここで話さなきゃだめ?」

アナに言われて、クザンは辺りを見回した。爆発によってズタボロになった海賊船、ほぼほぼ崩れた元海賊の氷像たち。少し離れた所に先ほどの男を見つけたが、爆発をもろに喰らったらしく、見るも無残な状態だった。まだかろうじて生きてはいるようだが、命は助からないだろう。

「そうだな。移動しながらでいいよ」

クザンは電伝虫で最寄りの海軍基地に連絡した。海賊船の処理はそこに任せ、二人は自転車に戻った。

 

 クザンが自転車を出してから少しして、アナは話し始めた。彼女の不可思議な力のことを。

「あたしも何て言えばいいのか、よくわかんないんだけど、…がんばってみるね」

「ああ」

アナは慎重に言葉を探す。

「まず、『念』っていう力?があって、多分この世界の人は使えないんだけど」

「じゃあ異世界の人なら使えるって?どこよそれ」

「わかんないってば!あたしも、頭に残ってる言葉をそのまま話してるだけだもん」

「ふーん?」

「あたしはそれが使えて、それで、念って色々あるんだけど、基本はテン、レン、ゼツあとハツっていって」

「ハツって心臓のこと?美味いよねあれ。ところで長くなるならおれ寝ちゃうけど」

「寝ないでー!」

人がせっかく思い出した記憶(正確には思い出したのは知識のみ)を話そうとしているのに!真面目に聞かないとは許せない。アナはぽかぽかとクザンの背中を叩いた

「いてて。細かいことは良いからよ、枝が爆発した理由だけ教えてくれない?」

「むー……わかった。でも、念能力って、あんまり人に話すとだめだからね。パパだけ特別だからね」

「ハイハイ」

「あたしの能力はね、近くにいる誰かの感情に呼応して、エネルギーがこの枝に貯まるの。貯まったエネルギーは枝から出す感じで好きに使えるの」

「感情に呼応して?枝に貯まる???」

「さっきの海賊のひとたち、パパを殺そうとしたでしょ。そういうイヤな気持ちとか、戦おうってする気持ちとか…そういうのが一瞬でこの枝に貯まったの」

「まだよくわかんねェけど、その貯めたのを爆発させたってわけ?」

「んーん、それはちょっと違くて、この能力には決まりがあるのね。その決まりで、あたしはこの枝を肌身離さず持ってなきゃいけないの。服に触れてたりして、あたしが『身につけてる』のはいいんだけど、さっきみたいにあたしから離れたり違う人が触ると、それまで貯めてたエネルギーが全部出ちゃって、すっからかんになっちゃうの」

「ああ──なるほど、すっからかんになるために爆発が起きるのね。原理としてはくまの”熊の衝撃(ウルススショック)”みてェなモンか」

「くま?」

「七武海の一人だよ。本人が会議に参加したら紹介してやる。…あの爆発でアナがダメージを受けなかったのはなんでだ?」

「? 自分の能力で傷ついたらおばかさんでしょ」

「……………まあそうだな」

確かに、クザンも自分が氷である以上冷たさは感じないし、自身の攻撃で傷つくこともない。そういうもんかと納得して、自転車を走らせた。

 

 その後二人はいくつか島に寄った。服をはじめとする家具など必要なものも買いそろえた所、さすがに自転車で持って帰れる量ではなくなってしまった。クザンは港に向かいながら、片手で電伝虫を取り出した。

「軍艦タクるわ」

「職権濫用」

「いいじゃないの」

ジト目でクザンのだらけぶりを咎めつつ、アナはクザンの持つ荷物の量を見て内心見直してもいた。クザンが実力主義の海軍において大将という位に就いているのは知っている。知ってはいるが、普段のらりくらりとしすぎていて忘れそうになってしまうのだ。子供一人を肩に乗せるのと、あの量を肩に乗せるて持ち運ぶのとではわけが違う。うず高く積まれた荷物は神懸かったバランスでクザンの肩に収まっていた。

 

 港に着くと、ちょうど沢山の荷物を運び入れている軍艦があった。クザンは通りすがりの海兵を捕まえた。

「ちょっと、君」

「何……た、大将青キジ!?」

海兵は即座に敬礼をした。

「あの軍艦ってどこ行く予定?」

「は!本艦の行先はマリンフォードであります!」

「おれも乗ってっていい?」

「もちろんであります!」

「助かるわ~やったねアナちゃん」

飄々と軍艦に向かう青キジを見て、若き海兵は「おれ大将と喋っちゃったよ…」と絶対に同僚に自慢してやろうと心に決めた。そして彼は見た。青キジの腰にも満たない身長の子供がとてとてと大将の後ろに着いて行くのを。後ろ姿でもわかる、青キジによく似た癖っ毛。

「た、大将殿!」

「ん~~?」

青キジは気だるげに振り返った。

「そちらの子供は…」

「ああ、この子ね。おれの娘」

「むすっ……!?」

「今度からマリンフォードに住むの」

じゃあ、と手を振り、今度こそ大将は行ってしまった。行先は自分と同じ軍艦のはずなのに、絶対に縮められぬ概念的な距離を感じる。青キジが軟派であるとはよく聞く評判だったが、まさかあんな大きな子供までいるなんて。フラリと倒れそうになりながらも、海兵は荷運びの業務に戻った。

 

 

「いや~助かった助かった。いい加減自転車漕ぐの飽きててさあ。ありがとな、モモンガ」

「許可した覚えはないのですが…」

「でもお前んとこの若い子に聞いたら良いってよ」

「はあ……」

軍艦の甲板の上、モモンガ中将は眉根を摘みつつ隠しもせず溜息を吐いた。会って10秒ですでに苦労人の気が見え隠れしてる、とアナは思った。

「それでクザン大将、そちらの子供は?」

「おれの娘。ほら挨拶して」

「は!?」

「パパの娘のアナです、ちょっとの間お世話になります。よろしくお願いします」

「あ、ああ、よろしく……」

モモンガはアナの礼儀正しさに面食らった。この二人、まるで態度が年齢と真逆だ。

「…子供がいたとは……」

「あ、血は繋がってないよ。拾ったっつーか、引き受けたっつーか」

「ああ、なるほど」

「なるほどって何」

「いえ、さすがにアンタに子供作る甲斐性はないと思っていたので。その通りで安心しただけですが」

「喧嘩売ってる?」

モモンガとクザンではクザンの方が年上だが、一歳差でほとんど同期のようなものだったこともありいくらか気安く喋れる。アナは初めてクザンがへりくだられていないのを見て感動した。

「パパにも友達いたんだね!」

「…モモンガ、聞いた?おれたち友達だって」

「やめてくれ…」

 

 苦労性モモンガ中将の船に乗り、青キジ親子はついにマリンフォードに辿り着いた。

クザンは手慣れた様子でアナを抱え上げて肩に乗せ、アナも慣れた様子でそれに応じる。何も知らなければ、二人が親子であることを疑う者は一人もないに違いない。モモンガは二人を見送りながら、少女の今後を思った。マリンフォードは海兵たちの家族の住む島ではあるが、何より海軍本部のある地。果たして血の繋がっていない、海兵になる予定もない子供の居住権は認められるのだろうか。

 

 

「何でですかセンゴクさ~ん!」

「だから!貴様はまずその大量の書類を片付けてからにしろと言ってるだろうが!」

「書類は今関係ないでしょ~?こんなにお願いしてるのに、ひどい…」

クザンはセンゴクの前で床にうつぶせになった。

「寝ているようにしか見えんが」

「最上級の土下座で~~~す」

「…………………」

センゴクの怒気が増して、アナの枝がまた熱を帯びた。クザンが殺意に近い怒りを向けられていることの証左だが、クザンはそれも気にもしていない。

(パパすごい……色んな意味で)

「何の騒ぎですかァセンゴクさん」

廊下の向こうから歩いてきたのは大将黄猿──ボルサリーノだった。クザンは立ち上がって膝の埃を払う。

「ボルサリーノ、紹介するよ。おれの娘のアナ」

振られて、アナはモモンガにしたのと同じようにぺこりと頭を下げた。

「アナです。よろしくお願いします」

「へェ、クザンに娘がいたとはねェ。わっしはボルサリーノ。よろしくねェ~」

ボルサリーノは自然な流れで頭を撫でた。何気に初めて頭を撫でられたアナの顔が赤く染まる。そんなことには気付かず、ボルサリーノはアナの髪をくしゃくしゃと触った。

「髪だけはクザンによく似てるねェ。顔はお母さん似かい?」

「えっと、あの、パパ…クザンはほんとのパパじゃなくって…」

「血は繋がってねェよ、拾ったの」

「なんだァ、クザンもやっと身を固めたのかと思ったよォ~」

「それ言ったらアンタだってまだ独身でしょうが」

お喋りが止まらなくなりそうだった所で、センゴクが大きく咳払いをした。

「黄猿。青キジがこの子をマリンフォードに住まわせたいと言うが、どう思う」

「どうって、いいんじゃないですかねェ」

「よく考えろ。青キジの家族として住むなら、青キジ用の家に住ませるということだぞ。あんな子供を」

「……あ~~~~…」

ボルサリーノは一度だけ見たことのあるクザンの家を思い出して頭に手を当てた。クザンは放浪癖があるうえ、基本どこででも寝る体質と性格のせいでほとんど家に帰らない。ゴミ屋敷というわけではないが、家族もいないそこに子供一人がぽつんと置いて行かれるのはあまり良い絵面ではない。

「クザン、なんだったらわっしがアナちゃんを引き取ろうかァ?」

「あ?なんでよ、おれの娘なのに」

クザンは心底不思議そうに首を傾げた。

「親子ってのはまだ自分たちで言ってるだけだろ?今からならまだ間に合うよォ」

「だから、なんでだよって」

どうにかオブラートに包もうとした黄猿だったが、焦れたセンゴクが叫んだ。

「貴様が家に帰ることなど2年に一度あるかないかだろうが!そんな家に置いて行かれる子供の気持ちを考えろ!」

センゴクの言葉に、え、と狼狽えたのはアナだった。

「そうなの、パパ」

「え~?いやまァ、そうっちゃそうだけど」

「あたし、一人ぼっちは嫌だよ……?」

目からハイライトの消えたアナは枝を持ち、枝の先をクザンの顔に向けた。

「ちょっと待って、それ脅してる?」

アナは答えず、枝の先に意識を集中した。貯めたエネルギーを水鉄砲のように放出するイメージを浮かべ、前から考えていた技名を叫ぶ。

「……エクスカリバーーーー!!!」

「どわぁあああ!!??」

枝の先から、まさしくビームが出た。先ほどのセンゴクの怒りパワーがこもったビームである。すんでの所で避けたクザンの後ろの天井に丸い穴が開いた。「わっしの能力に似てるねェ」とボルサリーノが呑気に言う。

「パパと一緒にいれると思ったから一緒に来たのに!帰らない家なんて家って呼ばない!」

アナは枝をリボンの隙間に挿し込み、ぽかぽかと青キジの足を叩く。今にも声を上げて泣き出しそうだ。

「アナちゃん、わっしがクザンの代わりにパパになってあげるよォ?わっしはよく家に帰るし、クザンと違って寂しい思いはさせないよォ」

ボルサリーノがしゃがんでアナと目を合わせた。アナは静かに瞳に涙を溜める。

「………嫌」

「そりゃどうして」

「…パパは、クザンがいい……」

アナは先ほどまで殴っていたクザンの足にひしと抱き付いた。

「アナ…!」

思わず目頭を熱くしたクザンだったが、ボルサリーノは畳みかける。

「そォかい。それじゃ一人ぼっちで、だだッ広い家で、いつ帰って来るかわからないクザンを待つんだねェ」

「……それも嫌………」

まるで子供の駄々だ、とクザンは思って、それからアナが子供であることを思い出した。アナはどうにも年の割に落ち着いた雰囲気があって実際の年を忘れそうになる。

「うーーーん…じゃあ…おれの同僚のボルサリーノに、『おれの娘』のアナを預けるって形はどうよ」

「………………」

アナは考えた。一人は嫌だ。パパはクザンがいい。「家」には住みたい。自転車の旅も楽しくはあったが、記憶がないからせめて定住地はほしいと思っていた。そうしたらふわふわと地に足のつかない感覚がなくなるのではと。でもクザンは定住地に定住していなくて、定住しているボルサリーノが自分を住まわせてもいいと言ってくれている。

 答えは出た。

 

「……それなら、いいよ」

「わっしは良いとは言ってないけどねェ~」

「駄目なのかよ!?」

「別に良いよォ?ただ、わっしが父親ってことにした方が書類処理は楽に済むと思うんだけどねェ」

「…それぐらいおれがやりますよ、やりゃあいいんだろ」

ふてくされたクザンの肩に、ポンと手が置かれた。

「話はまとまったか。ついでに他の書類もやってくれると助かるんだがな、青キジ」

仏の顔で青筋を浮かべるセンゴクだった。

「センゴクさんまだいたのかよ」

「ずっとおるわ!!」

 

センゴクとクザンの茶番を横目に、アナはもう一度深々とボルサリーノに頭を下げた。

「あらためまして、アナです。家事は洗濯がとくいです。お世話になります。よろしくお願いします」

「うん、礼儀正しい良い子だねェ」

 

 

───かくして転生者田中太郎改め、青キジの娘・アナは、大将黄猿の家に住むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても得意な家事なんか言われると、嫁さんでも貰ったみたいだねェ」

「……………アンタ…」

「冗談だよォ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナの念能力:「因思応報(reaping animosity)

他者の敵意・殺意を察知すると攻撃に使えるオーラが良い感じの棒(エクスカリバー)に貯まり、任意のタイミングで攻撃に使うことができる。今はまだ攻撃にしか使えないが、いずれ守りに使えるようになる可能性もある。

制約:良い感じの棒(エクスカリバー)を手放す、もしくは他者に奪われた場合、それまで貯めていたオーラは強制的に解放される。

良い感じの棒(エクスカリバー)はあくまで本人が「良い感じ」と判断した棒のことなので、今所持している棒をなくしても新たにピンと来る棒があればそれが新しい良い感じの棒(エクスカリバー)となる。

技1:エクスカリバー

…貯まっているオーラをビームとして放つ技。まだ加減ができないので、一度の使用で貯まっている全オーラを使ってしまう。



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3.能力2個持ちでもいいよね、主人公だし

夕方、ボルサリーノはアナを腕に抱えて帰宅した。

「ここがわっしの家だよォ」

「……おっきい…」

アナは家を見上げる。日本家屋を思わせる外観は元日本人であるアナに無意識に懐かしさを感じさせたが、3m近い身長の人間が暮らせるように作られた家屋はおとぎ話に出てくる巨人の家そのものだった。これでこの世界の巨人族よりは小さいというのだから驚きである。

「クザンが家具を揃えた意味が今わかったよォ~」

ボルサリーノの家に元からある家具は大きすぎてほとんどアナには使えないので、予め普通サイズの家具を買っていなければ数日は(マリンフォードも街なので家具屋は一応ある)生活に支障を来していたことだろう。アナは心の中でクザンに感謝した。

 

ちなみにそのクザンは本部に残っている。本当はアナに関する書類だけ提出したらアナたちと本部を出るつもりだったが、それを見越した部下に捕まってしまったのだ。クザンは疲弊しきった部下の様子に流石に同情し、渋々執務室に籠った。同情も何も、元はと言えば自分が溜めた仕事なのだが。

 

「こっちが台所だよォ。わっしはほとんど使わないけどねェ」

ボルサリーノはアナを腕に抱えたまま家の中を案内した。アナの歩幅では家の中でもボルサリーノについて歩くとすぐに疲れてしまう…とボルサリーノが思っているからだ。

一応念能力者であるアナの体力が人並み以上であることは、まだこの世界の誰も知らない。

「アナが疲れてしまうから自分が持って歩く」という発想はクザンと同じなのに、肩に乗せるか腕に抱くかで性格の差が出るなあと抱えられる側のアナはしみじみ思った。クザンの肩は言うなれば巨大ロボのコクピットのような緊張感と万能感と安心感があったが、ボルサリーノの腕は全身を真綿でくるんでその上から更に包み込まれるような心地よさと不安感を同時に味わえる。

正直どちらが良いかと聞かれても、どちらが悪いかと聞かれてもしばらく悩む。

「トイレはどうしようかねェ~…」

ボルサリーノは困ったように言った。3m近い身長の人間が使えるようになっているサイズのトイレは、当然平均サイズの人間には非常に使いづらい。

「…おまるでも買うかァい?」

アナは無言で首を横に振りまくった。推定とはいえもうすぐ2桁になろうかと言う歳で、おまるだけは絶対に嫌だった。ボルサリーノはそれを見て笑う。

「冗談だよォ~。来客用の普通のトイレはこっちにある。わっしら用のとは少し離れてるけどねェ」

「わっし『ら』?」

複数形ということは、他にも使う人間がいるということだ。もしかしてクザンもよくこの家に来るのだろうか。

───アナの淡い期待が砕かれるまであと数分。

 

 

「わっしは着替えてくるから好きにしてるといいよォ」

そう言ってボルサリーノの腕から降ろされ、自分の足で立ってみてアナは家の大きさをやっと実感した。まず天井が高い。すごく高い。見上げて首が痛くなるほど高い。さっきも薄々気づいてはいたが、少し歩いてみると広さもえげつなかった。家の中を一周走るだけで結構な修行になりそうである。

ほとんどの部屋は案内してもらったが、されていない場所もある。例えばこの縁側に繋がっていそうな部屋とか───

 

 

アナは不用意に襖を開けたことを深く後悔した。

 

 

襖を開けた部屋は見立て通り縁側に繋がっており、中庭も見えたが、その部屋に変な人がいた。角刈りで半裸の、クザンやボルサリーノと同じくらいの大男が、あぐらをかいて盆栽と向き合っていた。上半身には見事な刺青が彫られている。

誰?なぜここに?ボルサリーノはこの人のことを知っているのだろうか。さすがに不法侵入でここまで堂々とはしていないだろうから知っているはずだが、だとしたらどうしてアナに何も教えてくれなかったのだろう。否、そんな事はどうでもいい。今すべきことはたった一つだ。

「………失礼しましたぁ…」

「待たんかい」

「ひっ」

そっと襖を閉めようとしたが、変な人の方から声をかけられてしまった。

「きさん、ボルサリーノの何じゃ」

それはこっちの台詞です。アナは半泣きで言葉を飲み込んだ。しかしボルサリーノの何かと聞かれると、これと言って的確に自分の立ち位置を表現できる言葉が浮かばないのも確かだ。馬鹿正直に言うならボルサリーノの同僚の子供、ということになるわけだが、そうなると説明が面倒くさい。居候、といえばピッタリだろうか。

アナの思案をどう捉えたのか、変な人はフン、と鼻を鳴らした。

「…まさかあいつに隠し子がおったとはのう。名は?」

「………えっと…」

知らない人に名前を教えるのはちょっと。あとボルサリーノさんの隠し子ではないです。アナは再び言葉を飲み込んだ。よく見ると顔も怖いし、とりあえず襖を閉めてこの部屋から離れたい。

足音がして、縁側の方から浴衣に着替えたボルサリーノが現れた。着崩して胸元の大きく開いた着物は、先ほどまでの黄色いスーツ姿とはうって変わってラフな印象を抱かせる。

「オー、来てたのかァ~サカズキィ…」

「白々しい言い方はよさんか、最初から気付いちょった癖に」

どうやら変な人はサカズキという名前らしい、そしてボルサリーノの知り合いらしい。アナは少しだけ安心して、ボルサリーノの方へ駆け寄った。

「ボルサリーノ、その子供はなんじゃ。いつの間に作った」

「わっしの子じゃないよォー、クザンの子」

「クザン?」

サカズキは片眉を上げた。ボルサリーノから紹介してもらったことで、アナはぺこりと頭を下げる。

「あの、アナって言います。サカズキさん…?も、パパの知り合いですか」

「…知り合い……まァそうじゃのう、その程度の関係じゃ」

どこか嘲る様子のサカズキにアナが首を傾げると、ボルサリーノが「違うよォー」と割り込んだ。

「サカズキもわっしらと同じ海軍大将でねェ~…赤犬って呼ばれてるよォ~」

「あかいぬ?…パパは青キジだっけ。それで、ボルサリーノさんが黄猿…ですよね」

「そうそう、物覚えが良いねェ~」

わしわしと頭を撫でられ、またアナの顔が赤くなる。サカズキは何故か不満げに鼻を鳴らし、立ち上がって腰に巻いていた服を着た。

「それで、クザンの子供がここに何の用じゃ」

サカズキはボルサリーノではなく、アナに向かって尋ねた。アナが言葉に詰まってボルサリーノを見上げると、ニコニコと笑みを浮かべて「自分で言ってごらんよォ~」と言った。

「…えっと、最初はパパの家に行くつもりだったんですけど、パパは全然家に帰らないから、あたしが一人ぼっちになっちゃうから、代わりにボルサリーノさんがあたしを家に置いてくれるって言ってくれたので、……あの、来ました」

「……………あァ?」

「ひぃ」

睨まれ、アナは首を竦めた。何がいけなかったのだろう、説明は間違っていないはずだが。

「何じゃ、要するにきさんが今日からここに住むっちゅうことか」

「はい」

「ボルサリーノと?」

「はい」

「………正気か、ボルサリーノ」

ボルサリーノは肩を竦める。

「別にィ、サカズキに世話しろとは言ってないよォ~?アナだって自分の事は自分でできる歳だしィ…わっしの家に誰を連れ込もうがわっしの勝手でしょォ~」

「……わしの家でもあるじゃろうが」

「残念だけどサカズキの部屋はここだけだよォ~~」

「………?」

話が見えず、アナは首を傾げながらボルサリーノの浴衣を引いた。

「何のはなし?」

「あァ、そういえばまだアナに言ってなかったねェ~。サカズキはねェ、クザンと違ってよく働く男なんだが、逆に働き過ぎて家に帰らなくてねェ~」

「じゃかァしい」

サカズキが居心地悪そうになったが、ボルサリーノは気にせず続けた。

「何年か前に趣味の盆栽が枯れるからってわっしの家…この部屋に置いてねェ。そこからほとんどここはサカズキの部屋みたいになってるんだよォ。合鍵も渡してあるから勝手に入るしィ~、まァこの部屋には近づかないようにねェ~」

「わかりました!金輪際近寄りません」

「………」

 

 

サカズキは帰った。アナは自分が不快にさせてしまったのではと心配したが、元々息抜きに盆栽を見に来ただけですぐ帰る予定だったらしい。息抜きに入った人の家で半裸になるな。

 

「自分の部屋は覚えたかァい?」

「玄関から入って右手の廊下の突き当たり、左の部屋があたしの部屋!です!」

「本当にもの覚えがいいねェ~」

「……あの」

また大きな手で頭を撫でられ、アナは首を傾げた。

「あたし、そんなに言ってもらえるほど、もの覚えが良いほうじゃないですよ。たぶん。普通くらいだとおもうの」

「オーー……そうかい?」

ボルサリーノも首を傾げたが、頭を撫でるのはやめなかった。

「この髪がねェ~、触ると気持ち良くてねェ…つい触っちまうんだよねェ~…」

軽く叩くようにするとぽふぽふと音がする。アナも同じように自分の髪を触って、確かに面白いかも、と思った。でもこの感覚には覚えがある。

「パパの髪は触ったことない?同じ感じがする…えっと、しますよ」

「クザンの頭ァ…?考えたこともなかったなァ~…」

例え思いついたとしても、何が悲しくて成人男性の頭など撫でなければいけないのか。クザンの髪を思い浮かべたが、アナほど惹かれるものは感じなかった。似た髪質であることを喜んでいるようなので言わないが、恐らく二人の髪は「そう整えればかなり近くなる」という程度で、本質的にはわりと違うのでは、というのがボルサリーノの見解である。

「何かとアナを褒めたくなるのはァ…髪を撫でるため口実なのかもしれないねェ~」

「じゃ!じゃあ、いつでも好きな時にさわっていいですよ」

アナは授業中の模範生徒よろしく元気に挙手をした。

「オー…いいのかい?」

「うん、おうちに置いてもらってるから、少しでもお礼したいし…それに、あんまり褒められると勘違いしちゃうの…」

自分が歳相応の、平均的な賢さでしかないことはわかっている。わかっているつもりだが、何度も過度に褒められては自惚れて、勘違いしてしまう。天狗ほど恥ずかしいものはない、とアナは両手の人差し指を突き合わせながら言った。

「…………」

「きゃあ」

ボルサリーノの手は、アナの体を抱き上げた。のみならず、力強い腕は大きな胸板にアナを抱き竦める。

「…ど、どうしました…?」

「んん?…いやァ~~~……どうしたんだろうねェ~?」

ボルサリーノは首を傾げる。もじもじと顔を赤らめるアナを見ていたら、たまらなくなって抱きしめていた。

「…父性ってやつかねェ~~?」

「……?」

わけがわからなくて二人で首を傾げていると、アナの木の枝がにわかに熱を持った。

「え…なんで、なんで!?」

アナの知る限り、枝は近くにいる人の負の感情に呼応してエネルギーを貯める。その際に熱を帯びるわけだが、今アナの近くにいるのはボルサリーノひとり。ということはボルサリーノが負の感情を抱いたことになる。アナを力いっぱい抱きしめながら敵意や殺意及びそれに準ずるなにかを抱いたということだが、そんな怖いことがあってたまるか。何かの間違いだとアナは首を振った。

「その枝がどうかしたのかァい?」

「あう、えっと…」

アナは手短に自分の能力を説明した。ボルサリーノが「見せてごらん」と枝を握ろうとするのに慌てて抵抗する。

「話きいてましたか!?あたし以外が持ったら爆発しちゃうんだってば」

「物理攻撃なら、わっしは怪我しないからねェ~~」

「おうち壊れるかもですよ」

「オーーー、それは困るねェ~……外でやるかァ」

「そういう問題じゃなくて…!」

抵抗しようにも、抱えられたアナには成す術がなかった。あれよあれよと屋外へ連れ出され、そこそこの面積の空地に辿り着いた。

「爆発はどれくらいの範囲に及ぶのかわかるかい~?」

「えっと…今はすっからかんのはずだから、あんまり大きくはないはずだけど…でも、さっき貯まったのが誰のどんなエネルギーなのかわかんないから…わかんないです」

少し前は「センゴクがクザンに」抱いた「怒り」だとはっきりしていたから「これくらいの力が出る」とおおよその見当をつけて能力を使ったのだが、今は何もわからないのでアタリもつけられない。知るためには爆発させてみるしかないというわけである。

「じゃあ…いきますよ…」

「いつでもいいよォ~」

アナは恐る恐る、ボルサリーノの手に枝を乗せた。

 

枝が光を放つ。

 

クザンといた時に船上で見せた爆発直前の閃光とは違い、柔らかな光が零れるように枝からじんわりと広がっていく。

 

結論から言えば、想定していた爆発は起きなかった。

 

辺り一体は数秒光に包まれ、やがて本来の景色に戻った。

 

「…………」

「……………」

「何、今の……」

「爆発…しなかったねェ~…?」

「しなかったけど…不思議な感じ…」

枝を返してもらったアナが釈然としない顔で枝を睨んでいると、空地から少し離れた位置にある家からいかにも海兵らしい体型の男が飛び出した。

男はきょろきょろと辺りを見回し、アナたちに気づいて近づいてきた。

「黄猿大将!お疲れ様です!」

「オーーー……お疲れェ…。お前、わっしの部下じゃないねェ…?」

「は!自分の所属はつる参謀の部隊であります!つい先ほどまで(・・・・・)足を骨折して休養を取っていた所であります!」

「そうかい、そりゃお大事にィ……」

「ボルサリーノさん、めんどくさくなってるでしょ」

海兵は少しだけアナに視線を寄越したが、敬礼したままボルサリーノに向けて続けた。

「失礼ながら、先ほどの温かい光はもしや大将殿の能力でありますか?」

ボルサリーノとアナは顔を見合わせた。

「一応、あたしの能力…だと思います」

アナがおずおずと手を挙げる。海兵は瞠目したが、感動した様子でしゃがみこんでアナの手を握った。

「実は骨折したのはつい3日前で、全治は2ヶ月ほどだと言われていたのだが、君のおかげで治った!これでつる参謀のお供ができるよ!ありがとう!」

「…え?」

「それでは自分はこれで!失礼します!」

改めて敬礼して、海兵は去って行った。

「元気な男だったねェ~…」

呆れ顔のボルサリーノに対し、アナは深刻な顔で枝を握っていた。

「ボルサリーノさん、今のひとが言ってたのが本当だったら…」

「さっきのは…治癒の光ってことだったのかねェ~?」

「そうなんですけど……なんでなんだろう…?自分の能力なのによくわかんないの、嫌だなぁ~~!!」

空地なのを良いことに叫んだアナの声は、黄昏時の空に吸い込まれていった。

「うう~~っ、モヤモヤする!ボルサリーノさん、あたし走って帰ります!先に帰ってて!」

「オ~~…いいけどォ、場所はわかるのかい~?」

「ばっちり!!」

アナはぐっと親指を立て、ボルサリーノの家と反対方向に走り出した。今いる空地とボルサリーノの家は決して近くはないのに、それを覚えていると豪語するあの自信…。小さくなっていく子供の背を見送り、ボルサリーノはぽつりと呟く。

「やっぱり、もの覚えがいいよねェ~~…」

 

アナが家に帰ってきたのはとっぷりと日が暮れてからだった。やはり道に迷っていたのかと出迎えれば、汗だくの少女が肩で息をしていた。空地で分かれてから、宣言通りずっと走っていたらしい。記憶力だけでなく、か弱そうな見た目に反して体力もあるようだ。

「お帰りィ~…」

「ハァ、ただいまです…ハァ」

「汗でビショビショだねェ~、飯の前に風呂に入ったほうがいいかもねェ」

「すみません、…ハァ、ハァ……」

「とりあえず落ち着こうかァ~…」

水とタオルを渡して一段落すると、アナは眠たそうに目を擦った。こういう所は年相応だ。

ボルサリーノはアナに、急に走っていった理由は聞かない。突飛な行動が意外ではあったが、会って一日も経っていない人間のことなど意外なことが多くて当然であると理解しているし、何より大して興味がなかった。

「そういえばァ~、クザンとの風呂はどうしてたんだい?」

「ホテルに泊まった時はパパと一緒に入ってました。パパはシャワーだけだったけど、あたしはその横でお風呂に浸かってて」

「じゃあわっしとも一緒に入ろうかァ~」

「やったあ」

ボルサリーノは湯に浸かりたい派だった。あるいはクザンも出先だから万一に備えてシャワーで済ませていただけなのかもしれないが、何にせよアナは初めて自分意外の誰かと湯船に入った。

「ボルサリーノさん、肩まで浸かってない…」

「肩まで浸かると力が抜けちまうからねェ~…それに、アナが沈んじゃうでしょォ~」

「それはまあ、そうですけど」

湯量はアナがボルサリーノの膝に乗って肩まで浸かれるほどだが、体格の差もあってボルサリーノは腹の上ほどまでしか浸かっていない。クザンから「肩まで浸かるもの」と習ったアナはそこが不満だったが、自分のためと言われては何も言えなくなった。

「…その枝、風呂でも持ってる必要があるんだねェ~」

「そういう能力なので…」

浴室に持ち込まれた木の枝は心なしか湿っていたが、風呂から出ると元の良い感じの棒の雰囲気を取り戻した。念能力の一部に組み込まれたことで、ただの枝とはすこし違ったものになったようだ。

 

 

晩飯を済ませ、あとは寝るばかりとなった。ボルサリーノが自分用に布団を出していると、先に自室で寝ているはずのアナが部屋に来た。

「ボルサリーノさん…」

「オ~~、もしかして一人じゃ眠れないかい?」

「眠れないわけじゃないんですけど…どっちかって言うと一緒に寝たいな~みたいな…。…だめですか…?」

記憶を失ってしばらく、海軍基地に保護されていた頃はほとんど一人で寝ていた。その時はそれが当然だと思っていたから眠れたが、その後はクザンと寝ていたため今さら一人では寝られなくなってしまったのだ。端的に言えば寂しいのである。

「…構わないけどォ、寝返りで潰しちゃうかもねェ~」

「潰れませんよ!あたし丈夫だから」

ボルサリーノの台詞を許可と認識したアナは、敷かれた布団にダイブした。ごろりと仰向けになり、ボルサリーノを見上げる。

「あ、ボルサリーノさん、もうひとついいですか」

「んん~~?」

「キスしてほしいの」

ボルサリーノの思考は一瞬停止した。

「……………何だって?」

「おやすみのキスです!パパがしてくれてたから」

「…クザンがァ~?」

子供にキスするクザンの姿など、ボルサリーノには全く想像がつかない。同僚でも知らないことがまだまだ多いらしい…。アナは断られるなど露とも思っていない期待に満ちた目で見上げてくる。

「…今日だけだよォ~?」

「えーーー」

「文句言うならしないけどォ…」

アナは慌てて口を閉じる。

 

ボルサリーノは、静かになったアナの目に手を当てて視界を奪い、薔薇の花びらを想起させる小さな口に、恭しく唇を落とした。

 

「…これで満足したかい?」

ボルサリーノが手を退けると、アナはきょとんとして首を傾げる。

「……パパはおでこかほっぺだったよ」

「わっしはクザン(パパ)じゃないからねェ~~」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、ボルサリーノは布団を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜アナは夢を見た。不思議な夢だった。

 

アナは真っ白な空間に立っていて、目の前に知らない男がいた。

 

男はこの世界ではあまり見ない服を着て、特徴のない、ザ・一般人という呼び名がしっくり来る顔をしていた。

 

「失礼な描写だな、俺だって好きでこんな顔じゃねえっての」

 

男は何かに文句をつけ、気を取り直してアナに話しかけた。

「俺は田中太郎。あー、一応初めましてってとこかな?アナ」

「……なんであたしの名前…」

「単刀直入に言おう、俺は記憶を失う前の君だ」

「!?」

「青キジの氷で滑って頭を打って、俺の意識はその体から弾き出された。念能力者だからなのかな?ほら、なんか悪霊とかそういうのって念の仕業だって言うじゃん。俺も多分そんな感じで、意識だけはあるわけよ。まあ、守護霊的な?」

「………???」

首を傾げるアナに構わず、田中太郎は続ける。一息なのではと疑うほど早口だった。

「いやほんとは君に干渉する予定はなかったんだけどさ、どうしても謝らなきゃいけないことと伝えなきゃいけないことがあって。念能力さあ、増えてただろ?あれ俺がやっちゃったみたいなんだよね。混乱させて悪かったと思うよ、ほんと。でも俺だってわざとじゃないっていうか。攻撃だけできてもこの世界じゃ強い人間なんかいくらでもいるわけだろ。ちょっと他とは違うアプローチでいかないと海軍で昇進するのに時間かかりそうだなと思って、回復系なら重宝されそうかな~?みたいに妄想してたわけ。そしたら何故かそれが実装されちゃってさあ。今後はあんまりそういうの、考えないようにするから安心してね。今の君の人生楽しそうだし、俺は見守るだけにしとくから。じゃあ能力の説明に入るね、朝になる前に済ませたいからぱぱっといくよ。君の新しく追加された能力は───」

 

 

 

 

 

 

 

「─────はっ!?」

アナが目を覚ますと、隣ではボルサリーノが本を読んでいた。外はまだ薄暗い。時刻は早朝だった。

「起きたねェ~」

「あ、おはようございます…」

「魘されてたよォ~?大丈夫かい?」

「え?すみません…!うるさかったですか」

「別にィ、元々朝は早いほうだからねェ~~。何もないならいいんだけどォ~…」

「…変な夢を見てた気がするんですけど…もう思い出せないや。心配してくれてありがとうございます」

「どういたしましてェ~…」

ボルサリーノはひとつ大きな欠伸をして、本にしおりを挟み起き上がった。

「朝飯にしようかァ~…。そうそう、わっしは今日も仕事だけどォ…ついてくるかい?」

アナは飛び起き、目を輝かせる。

「いいんですか!?行きます!!」

 

 

─────その日、アナと共に出勤したボルサリーノを目撃した海兵たちの間で「黄猿に孫いる説」が広まったとか広まってないとか。

 

ちなみにクザンは珍しく二日連続で出勤した。ボルサリーノと共に来るであろうアナに会うためである。アナが本部から出ない限りクザンが真面目に仕事をするので(それでもちょくちょくサボろうとはするが出勤すらしない日に比べれば大進歩である)、アナはクザンの部下から直接「ずっと本部にいてくれ」と泣かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「預かってもらっといてなんだけど…うちの娘にヘンなことしてないよな?」

「……………………………してないよォ~?」

「決めた、仕事サボって家片付けるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナの二つ目の能力:「等価交換の愛(love me for you)

他者がアナに向ける好意・愛に反応して他者の体力回復や怪我の治癒に使えるエネルギーが(エクスカリバー)に溜まる。この能力で貯めたエネルギーでアナを回復することはできない。

因思応報(reaping animosity)」と共に常時発動している。エネルギー使用の使い分けは任意だが、慣れるまでは間違いも多発すると思われる。

 

霊体でアナに憑いている転生者田中太郎の意思によって作られ、ボルサリーノのハグで開花した。

 



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4.成長しないとは言ってない

※軽度の下ネタがあります

海軍の設定捏造多々。


アナが海軍本部(マリンフォード)に着いてから数日。

 

クザンは机に突っ伏して、うだうだとだらけていた。

「だりィ~~~、メンドくせェ…アナちゃんおれの代わりに判子押してくんない?」

「大将、判子くらいご自分で押してください」

部下が呆れてため息をつく。クザンの膝にちょこんと乗ったアナも、血の繋がらない父のだらしなさにため息をつきたい気分だった。

「パパ、カッコ悪い」

「なにを~?」

蔑むような少女の呟きがカチンと頭に来て、クザンはアナを抱え立ち上がる。

「カッコいいとこ見せてやろうじゃねェの。行くぜ、海賊船5隻は沈めてやる」

「あのね、そういう、すぐお仕事から逃げようとするとこがカッコ悪いの」

肩に乗せられそうになるのを体を動かして回避しつつ、アナは聞こえるようにわざとらしいため息をついてみせた。部下の真似である。そして、部下にはできないとどめの一言。

「ボルサリーノさんなら、これくらいのお仕事すぐ終わっちゃうのに。真面目でかっこいいし、あたしボルサリーノさんの子になっちゃおっかな」

「…………」

クザンは大人しく席についた。ペンを握り書類に目を通し始める。よほど(アナ)が可愛いらしい、と部下は呆れたが、実際の理由はもう一つあった。

 

『うちの娘にヘンなことしてないよな?』

『………………してないよォ~?』

アナを預けた翌日のボルサリーノの返事があまりにも怪しかった。アナを問い質すと、おやすみのキスをねだったら口にされたという。本人は気にしていないようだったが、ボルサリーノにやましい気持ちがなかったならクザンの質問に即答できたはずだ。

 

すれ違う海兵たちに「成人男性が家族でない8~10歳の少女の口にキスをする」ことについて率直な感想を聞いたところ、9割の回答は「気持ち悪い」「ありえない」であった。更には「家族ならまだ許される」派と「家族でもあり得ない」派に別れ、マリンフォード内でちょっとした紛争が起きかけたのは誤算だったが。

 

誤算といえば、質問の意味を取り違えた海兵による「クザンが年端もいかない少女に手を出そうとしてる説」が流れたのも予想だにしないことだった。噂というものは訂正しようとすればするほど尾ひれがつくもの。いずれ風化することを祈るしかない。

 

とにかく問題は、ボルサリーノがロリコンか否かという、それに尽きる。

 

考えてみればボルサリーノの女の趣味はあまり聞かなかった。クザンより9歳上とはいえ、枯れるにはまだ早いはずだ。もし仮に幼女趣味だとすると、現在まさに幼女の年に該当するアナを預けておくにはあまりにも危険だった。いかに面倒くさくとも家を片付けて自分がよく帰るようにしなければ。自分の怠惰と少女の貞操など、天秤にかけるまでもなく後者が優先されるに決まっている。「だらけきった正義」とて、正義は正義。弱きものの味方である。何より良識ある成人として、未成年者を守るのは当然のことだ。

……などと思いつつも結局この数日間家に帰ってすらいないから、娘にカッコ悪いと言われる羽目になっている。

 

「パパはあたしがボルサリーノさんの娘になるの嫌なんだ」

「……誰のためだと………まァいいや、そういうことで」

によによとからかうような笑みを浮かべて見上げてくるアナの頭を、クザンは乱暴に撫でた。頭を撫でると喜ぶというのは問題のボルサリーノから聞いた知識である。人として信用できなかろうが使える情報は使う、それが海軍大将にまで登りつめた男の精神だ。

 

 

それから少しして、窓の外から喧騒が聞こえてきた。アナはクザンの膝から降り、窓に駆け寄って下を見下ろす。

大量の海兵たちが二人一組で攻撃し合っていた。上官らしき海兵に見守られながらで、誰も相手に敵意のようなものは向けていない。

 

「ジョセさん、あれ何?」

アナは振り返ってクザンの部下に聞いた。

ジョセは苦労性である。書類仕事から隙あらば逃げようとするクザンを止めたり、止めきれなければクザンの不在中に出来る限りのことをしている。クザン周辺の書類仕事はジョセがいなければ成り立たないと言っても過言ではない。階級は本部小佐。

 

「あれは新兵訓練(ブートキャンプ)ですね。支部から本部に選ばれた海兵は、あれを一通りこなせるようになってから実戦に出されます」

ジョセは懐かしそうに目を細めた。叩き上げのジョセが本部の海兵となったのは今からおよそ10年前。その10年間で海賊達の活動は激化しており、それに合わせて新兵訓練も年々過酷になっていると聞く。

 

アナはそれを見下ろしてそわそわと体を揺らし、何か言いたげにクザンとジョセを交互に見た。

「どうした?アナ」

「パパ、ジョセさん。あたし、あれやってみたい」

どれどれ、とクザンも腰を上げた。

下では海兵たちが体術訓練をしている。

「ああ、新兵訓練(ブートキャンプ)ね。……アナにはまだ早いと思うけどなァ」

 

諌めるような口調で言ったクザンの肩に、誰かが手を置いた。

「そうとも言いきれないよォ~?」

「ボルサリーノ」

三人の後ろにいつの間にかボルサリーノがいた。ジョセが慌てて敬礼する。クザンと違って仕事を溜めないボルサリーノは、基本的にわりと暇人である。

「少なくともアナの体力は平均を遥かに超えてるからねェ~…。新兵程度なら渡り合えるかもしれないよォ~?」

ボルサリーノはおもむろにアナを抱き上げ、窓に足をかけた。

「借りてくよォ~」

「!? 待て、暫定ロリコ…」

軽い調子でアナごと窓から飛び降りたボルサリーノを追おうとするクザンの体は、ジョセの武装色を纏った手によって遮られた。

「まだ書類が残っています。遊びに行きたければ全て片付けてからになさい」

「…………」

クザンは一度窓の外を見る。クザンの中でのジョセのあだ名は「おかん」。怒らせると怖いという意味でつけた。ボルサリーノロリコン疑惑はクザンの中では未だ晴れてはいないが、さすがに白昼堂々新兵や教官役の兵士もいるところでは何もできないだろう。明らかに怒気を滲ませるジョセの機嫌をとってやった方が得と判断し、大人しく席についた。

 

 

 

 

「邪魔するよォ~」

親方、空から大将が。

そんな言葉を叫ぶ暇もない速度でボルサリーノが落ちてきて着地した場所は、新兵訓練真っただ中であった。新兵たちは大将の出現に慌てふためき、教官役のシシリー准将もいささか驚いた様子で敬礼する。

「ボルサリーノ大将!何かご用でしょうか」

「今から新兵たちにィ~…チビッ子相撲をしてらうよォ~~」

シシリーの言葉が聞こえているのかいないのか、アナを腕に抱えたままボルサリーノは地面に円を描く。

チビッ子相撲、という新兵訓練(ブートキャンプ)からかけ離れた言葉に、本人以外のその場の全員が困惑を隠せない様子だった。

 

「この円の中から出るか、足の裏以外が地面についたら負けだよォ~」

アナが円の中心に立たされ、新兵たちは円を取り囲むようにして並べられる。

「今から一人ずつアナと相撲をとってェ~…勝った者は明日の訓練を休んでいいよォ~」

「!!!」

ざわ、と新兵たちがざわめく。新兵訓練(ブートキャンプ)は支部出身の海兵が本部級の戦闘をこなせるよう徹底的に鍛えなおすもの。故に休みの日などなく、毎日昼夜問わず地獄の猛特訓を余儀なくされている。

今ここにいる新兵たちは訓練が始まって一週間しか経っていなかったが、それでも「明日の訓練が休める」は垂涎ものの景品だった。

「いくら大将でも、そのような勝手は……」

「おカタいねェ~……一日くらい許してあげなよォ~」

「…………仕方ないですね…」

シシリーは止めようとしたが、少なくとも本部においては滅多に部下を困らせないことで有名なボルサリーノからの頼みとあっては強く断ることもできなかった。

 

「あの子供を倒せば休める…!」

「絶対に勝ってやる……!!」

目の前にちらつかされた飴に飛びつく準備をする新兵たちだが、本部に引き抜かれるだけあってそう早計でもない。本来与えられぬはずのものを与えられる条件が、自分たちの思うほど簡単なはずがあるだろうか。そもそもあの”大将黄猿”が連れてきた子供が、普通の子供であるわけがない…。新兵たちは顔を見合わせ、互いに気合を入れた。

 

一方アナは、すでに準備運動をしていた。ボルサリーノの意図はわからない。しかし体中にやる気がみなぎっている。体を動かしたくてしょうがない。相撲をした経験はないし、相手は大人だから負けるかもしれない。それでもやりたい、勝とうとしてみたい。昨晩モヤモヤを解消しようと走ったときにわかったことだが、アナは体を動かすのがかなり好きだったらしい。

 

「アナは能力の使用は禁止だけどォ~…全員に勝てたら何かご褒美をあげるよォ~」

「! はい!がんばります!」

ぱあ、とアナの顔が輝くと同時、新兵たちのやる気も増した。どんな特別な子供か知らないが、本部海兵として、何より大人として負けていられない。何より「全員に勝てたら」と自分たちの実力を下に見られたことで怒りも湧く。

 

両者ともに士気が増したところで、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

「はっけよーい、のこったっ」

シシリーの号令で、相手の海兵がアナに向かって走る。アナはしゃがんで海兵の股下を走り抜け、相手が振り返る前に飛び蹴りを食らわせた。

「くらえーーっ」

「かは、このガキ…!」

「あっ、やば」

どん、と突き飛ばされた海兵はぎりぎりで土俵内に踏みとどまり、アナの足を掴んだ。

「このまま場外だ!」

「やーー!」

振り回されて投げられかけたアナだったが、海兵の腕に自ら掴まって場外を回避した。

「この、離れろっ!」

その言葉に従うわけではないが、アナは海兵の腕を蹴ってしゅたりと着地する。危うく地面に手をつくところだったが、ぎりぎりでルールを思い出して耐えた。

アナは腕組みをし、何か考える動作をした。そうしてぱっと顔を上げ、海兵に突進した。

「!」

再び股の下を走り抜けられ、海兵は飛び蹴りを警戒して上を見る。アナはいない。狙いは海兵の足だった。小さな両肩に海兵の両足をそれぞれ掴み、自分の手足にオーラを集める。

「せえーーーー…のっ!!」

「うわあ!?」

アナは、自分の二倍はある身長の男を持ち上げた。

 

「オ~~、力もちだねェ~」

「せいやっ!!」

ボルサリーノがのんきに言う。アナは、大きく掛け声を上げながら海兵から手を離した。

地面まで大した高さではないとはいえ、突然持ち上げられて落とされるとさすがに着地もうまくはいかない。海兵は着地の際に手をついてしまい、アナの一勝となった。

 

続けて二戦、三戦と立て続けにアナが勝ち、ボルサリーノは得心したように頷いた。

「思った通りィ~、普通の子供じゃないねェ~…」

「思った通り、とは?」

仕事をとられて暇なシシリーが恐る恐る尋ねる。

「あの子供…アナと言うんだけどねェ~、クザンが拾ってきた子供でねェ~…」

「はい」

海軍本部(ここ)に来るまで数日かかったらしいんだがァ~…その間ずっとクザンが作った氷のカゴに入ってたらしくてねェ~…」

「氷のカゴ、ですか…それで凍えないものでしょうか」

「やっぱりそう思うよねェ~?毛布は敷いてたらしいけどねェ~…それだけで何日も耐えれるほどクザンの氷はぬるくないからねェ~…アナは丈夫なんだよねェ~」

会話の途中でまた一人海兵が負けた。次の者を出させ、シシリーが合図をする。

「そのことをクザンに言ったらねェ~、気づいてなかったんだよねェ~…それぐらい普通じゃないのかって言われてねェ~…」

ボルサリーノはため息をついた。

「コワイよねェ~…アナが普通の子供だったら凍えて死んでたよォ~…?」

ありえないよねェ、と言われ、シシリーは返答に詰まった。下手に同意すれば、遥か上官を罵ったのと同じになってしまう。ボルサリーノは無理に答えを求めたわけではないらしく、そのまま続けた。

「とにかくアナが普通の子供じゃないとは思ってたからねェ~、その通りで良かったと思っただけだよォ~」

 

ボルサリーノが話し終えたのと同時に、どっと場が沸いた。5人目の海兵が負けていた。

「ボルサリーノさん、つ、疲れてきました…」

アナは肩で息をしている。ボルサリーノはにっこり笑った。

「休憩は挟まないよォ~?」

鬼畜である。

「つ、次の者前へ!」

シシリーはボルサリーノに引きつつ新兵を呼んだ。次に出てきたのは大柄な男。アナが、うへえ、と嫌そうな声を上げる。正直最初からはりきりすぎて、残りオーラが少ない。もう力技では勝てない。

 

「はっけよーい、のこった!」

掛け声と同時にアナは跳躍した。

「大きいひとでも、頭を揺らせば…!」

男の頭目掛けて蹴りを繰り出したアナだったが、疲労でキレのなくなった足は簡単に止められてしまった。そのままいとも簡単に場外に出される。

 

土俵の外に転がったアナは、きょとんと目を丸くした。

初めて、負けた。

 

「うおおお!勝った!」

「すげーよあいつ!やっと一勝だ!」

「うおおおお!!勝ったぞおおおおお!!!」

周りの海兵が騒いだが、それよりも一日休みをもぎ取った本人の方がもっと喜んでいた。

「あーーー!負けちゃったーー!」

アナは喜ぶ海兵たちと同じトーンで真逆の叫びを上げる。

「ボルサリーノさん、これでご褒美は…」

「ナシになったねェ~、でもまだ新兵はたくさんいるからねェ~…」

「休憩はなし、ですかぁ…」

「そういうことだねェ~」

「ボルサリーノさんが虐待してくるぅ~」

アナはべそべそと泣き真似をした。それを見た海兵たちはさすがにアナがかわいそうになった。いくら大人5人を連続で負かしたとはいえ子供は子供。疲れて弱った子供をいたぶってまで休みをもぎ取ろうとする人格破綻者は新兵の中にはいなかった。しかし、同時に大将に意見できるほど勇気のある新兵もまたいなかった。

 

意見してこの「チビッ子相撲」を終わらせられない代わりに、その後五試合、新たな5人の新兵たちはわざと時間をかけて負けた。アナに同情してのことだったが、その時間でオーラを回復したアナはまさに恩を仇で返す形で次の10人を最高効率で倒してしまう。再びオーラ切れで疲労困憊になった時には新兵たちの同情もなくなり、容赦なく場外に出され続けることとなった。

 

「うう~、おとなげないよお~…」

負け慣れていないアナは半泣きになった。このままでは残り全員に負けてしまう。どうにか勝ちたい。どうにか。何か手はないものか。オーラが足りない。

 

その時、アナは”枝”の存在を思い出した。能力使用禁止とはいえ、手放せば爆発が起きるためきちんと身に着けている。枝には、ジョセがクザンに向けた怒気や新兵たちから受けた敵意*1が溜まっていた。

このエネルギーを自分のオーラにできればいいのに。そうしたらどんなに楽だろう…。淡い期待を胸に、片手でそっと枝を握った。枝の中に溜まったエネルギーのことをイメージする。水のように蓄えられた、攻撃に使えるエネルギー。これを掬い上げ、自分の身を守り強化できるオーラに…!

 

────ならなかった。

 

 

どうやら制約は「エネルギーを使用するとき本人には作用しない」ではなく、「蓄えたエネルギーは本人に干渉できない」が正しいらしい。唯一例外は使うときにどのようにエネルギーを放つかのみで、他は何をしようとしても無駄のようだ。

 

アナはオーラ切れを起こしたまま残りの成人男性たちと相撲をせねばならず、まぐれで相手が転んだりする以外はほとんど負けてしまった。

 

一日休みを手にした新兵たちは泣いて喜び、そうでない新兵たちは泣いて悔しんだ。結果だけを見れば負けた新兵のほうが多く、シシリーは「多少特別といえど子供に負けるとは何事だ」と負けた者だけ訓練を激化させたのである。かわいそうに。

 

 

 

「し…しんじゃうぅ……つらい……ボルサリーノさん、ひどいです……」

「スタミナはある方だと思ったんだけどねェ~~…」

ボルサリーノの腕の中で、足腰も立たないアナはぶつぶつと恨み言を吐いた。序盤であれだけオーラを使えばすぐに燃料切れを起こすのは当たり前だが、念の概念を知らないボルサリーノにはアナが倒れかけた理由も、今死んでいない奇跡も理解できるはずがなかった。

 

先ほどアナの状態をオーラ切れと軽く表記したが、実際には少し違う。

オーラとはその人間の生命エネルギーそのもの。使い切ってしまえば死が待っている。念の素人が最も陥りやすい罠であり、アナももちろん危なかった。今愚痴を呟けるほどの体力が残っているのはひとえにストッパーのおかげである。

 

そのストッパーはアナ本人がかけたものではない。本人以外でアナのオーラに手を出せる唯一の存在、今や霊となった田中太郎によるものだった。

 

そもそもアナの念の知識は、田中太郎の思念が伝えようとしたことをアナが無意識に拾っているものである。当然注意事項の取得漏れも起きるし、把握していても子供なので夢中になればすぐ忘れてしまう。

俯瞰的にアナを見守る田中太郎(守護霊)という存在は、アナにとって文字通り死活問題だった。

 

 

「寝たければ寝るといいよォ~、どうせこのまま帰るしねェ~」

「え、パパに一回会いたいです……」

「じゃあ自分の足で立って歩きなよォ~~」

「…それはまだ…むりです……」

アナの強さが期待外れだったことがそんなに嫌だったのだろうか、ボルサリーノは意地悪だった。

アナが諦めてぐったりと脱力すると、枝が暖かく熱を持った。

 

因思応報(reaping animosity)”が発動したとき、枝の熱はアナの心を戦いに駆り立てる。そこはかとなく、戦いたい、誰かをどうにかしてやりたい、そんな気持ちになる。

等価交換の愛(love me for you)”による熱はまったく逆で、枝の熱に応じるように心も暖かくなる。安心感や幸福感がじんわりと湧いてくる。

 

今は安心感が湧いてきたので後者だろう。ちなみにクザンの近くにいた時には常に枝が微熱を持っていたので、ボルサリーノは今この瞬間にだけ好意を抱いたということになる。

(つまり…基本的にはあたしのこと別に好きじゃないけど、今だけは好きってこと? 何それ…)

難しいことが考えられるほど、今のアナに元気はない。考察もそこそこに、落ちるように眠りについた。

 

 

 

 

 

その夜のこと。アナとボルサリーノは同じ布団で眠っていた。

 

月夜に照らされたボルサリーノの家の屋根に、突然現れた氷がパキ、と音を立てる。

次に、開いた縁側の一部が凍る。氷は着々と寝室に近づいていった。

 

 

ボルサリーノは人の気配に目を覚ました。

誰かが近くにいる。

顔を横に向けると、ちょうどクザンが襖を開けて立っていた。血走った目が幽霊か何かのようで、一瞬夢かと思う。

家の戸締まりはしていないが、だからといってここまで堂々と不法侵入するような男だっただろうか。

「……………クザン…わっしに何か用…」

「やっぱり同じ布団で寝てやがったな、このロリコン野郎…!」

「…オーーー……預かってやってるのに酷い言い草だねェ~…」

敵意を剥き出しにするクザンも、応戦せんばかりに口角を上げたボルサリーノも、アナを起こさないように小声である。

クザンはフンと鼻を鳴らし、どかっと布団の横、アナが寝ている側の畳に寝転がった。

「……何をしてるのかねェ~~…」

「アナが変なことされねェようにおれもここで寝るからよ」

クザンの目は据わっていた。本気(マジ)の目だ。

「…ここはわっしの家なんだがァ…」

「ぐーーーーーー」

「…………」

もう寝ている。

光の速さで蹴り出してやろうかとも思ったが、家が壊れるしアナが起きてしまうのでやめた。今日は自分のせいで無理をさせたし、せめてゆっくり寝かせてやりたい。

畳とはいえ布団も敷いていないところでは寝にくいだろうに、アイマスクを下ろしたクザンは豪快な鼾をかいている。

───自ら視覚を塞いでいては、自分がアナに何かしてもすぐに気づけないのでは?

何をする予定もないので構わないが、変な所で抜けている男だと思う。そんなにアナが心配ならさっさと自分の家を片付ければいいのに、それをしないだらしなさ。面倒臭がりの子供をそのまま縦に伸ばしたような男だ、クザンは。

 

ボルサリーノはひとつため息して、小さな寝息と大きな鼾を聞きながら目を閉じた。

 

 

 

 

翌朝アナが起きたとき、枝はクザンが傍にいるときのように微熱を持っていた。

不思議に思って首を動かすと、隣にクザンが寝ている。

「……パパ!?」

「………おォ、おはよ、アナ」

クザンは眠そうに片目を閉じたままアイマスクを上げた。

「え? いつから……ここボルサリーノさんちだよね?」

「そうそう、アナの顔が見たくて来ちゃった」

「来ちゃったって…!」

「迷惑だよねェ~…」

いつから起きていたのか、アナの後ろからボルサリーノも会話に加わる。

「クザンはわっしがロリコンだって疑ってるらしいよォ~…」

「そうなんですか? パパ、失礼だよ」

アナは口を尖らせた。せっかく自分を受け入れてくれている人に妙な勘繰りをしないでほしい。元はと言えば家に帰らないクザンが悪いのに。

「ロリコンでもねェと年端もいかねェ子供にキスとかしないでしょうがよ」

「あれはァ~…ねだられたからしただけだよォ~…」

「口にとは言われてねェだろ!?」

「パパ」

アナがクザンの袖を引く。

「あのね、ボルサリーノさんはロリコンじゃないよ」

曇りなき眼である。

「なんでそう言いきれんの」

「だってね、一緒にお風呂入ってもちんちん大きくならなかったよ」

年端もいかない子供から発された爆弾に、大人二人は凍りついた。

「…………………なんだって?」

「だから、ボルサリーノさんのちんちんは」

「もっかい言えって意味じゃねェよ」

クザンは慌ててアナの口を塞いだ。

 

 

「……………まァ……いいんじゃねェの、知らねェよりは知ってた方が…」

「………わっしの無実は証明されたねェ~?」

「いやそれはまだ今後どうなるかわかんねェから」

クザンは冷たく言った。局部が反応したか否かより、まず娘でもないのに一緒に風呂入りやがって、と思っている。

 

「………このくらいの歳の子ってのはァ…どこまで知ってるもんなんだろうねェ~…」

「…さァ……」

「でもボルサリーノさんのちんちんはパパより大きかったな~」

「マジでやめてアナ、それ以上チンコの話しないで」

「なんで?」

「なんでも!」

 

朝からそんな話でぎゃあぎゃあと騒いだせいで、ボルサリーノは遅刻しかけた。遅刻魔のクザンはボルサリーノにつられて慌てたのでい普段より早く出勤した。

今まで絶対被らなかった二人同時の出勤に、一部女性海兵たちの間であらぬ噂が流れたり流れなかったり。

 

アナは「予想外にまずい事をまずいタイミングで言いそう」という危険性が発覚したため、今日は留守番することになった。

久々の一人である。

 

「…念の修行しよっと」

 

静かな家で一人でする修行は存外捗り、夕方ボルサリーノが帰ってくるまでが一瞬のように感じられた。とは言えボルサリーノの顔を見た瞬間の安堵は想像以上だったので、寂しいことに変わりはない。家主の帰りを今か今かと待ちわびる様子は飼い猫かなにかのようであった、と、ボルサリーノは後に語った。

 

 

その日からアナは留守番の割合が多くなったが、日中は念の修行に集中できたし、夜にはボルサリーノだけでなくクザンも来て川の字で寝る生活は悪くなかった。稀に訪れるサカズキには未だに慣れないが、サカズキの方もアナを邪険にする事こそないものの、話しかけたりはしないので、距離感がわからないのはお互い様らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな生活が半年ほど続いた。

 

 

念を使っているせいか、三大将の影響を受けているのか、アナの背は半年間でぐんぐん伸び、今では160㎝を越えた。海軍本部(マリンフォード)到着時には150㎝未満だったので、とんだ急成長である。髪も伸びて、ゆるい天然パーマの先が肩より下についている。

二次性徴は未だ来ず、顔にもあどけなさが色濃く残っているが、それ故に少女ではなく10代前半の少年のように見えた。女子らしい高い声も変声前の男子との区別は難しく、余計にアナの性別を不明にさせていた。

 

「……大きくなったよねェ~…」

「何がですか?ちんちん?」

「違うよォ~~?」

「むぐ」

ボルサリーノはアナの唇をつまんで黙らせた。体が大きくなったとはいえ依然としてアナはクザンの娘であり、ボルサリーノの中でも「飼い猫かなにかのよう」という認識は変わっていない。ただ、それを膝に乗せれば嫌でも変化は実感するわけで。膝に乗る重みも当然増えている。

よく育ったものだと、ボルサリーノはしみじみアナの頭を撫でた。

 

二人にとってはほのぼのとしたいつものやりとりでも、絵面は完璧に少年を侍らせる中年男である。おまわりさんこいつです。

 

ちなみにアナは、半年前のあの日以来「局部の話をすると大人のリアクションが面白い」という事に気がついてしまい、時折思い出したように下ネタをぶっこんで来るようになった。身体が成長しても、中身はほとんど男子小学生だ。

 

ボルサリーノは、ふと思い立ってにアナを膝から下ろした。少し離れた場所に立たせ、頭からつま先まで眺める。ひとつ頷いて、考えるそぶりをした。

「オーーー…次の新兵訓練(ブートキャンプ)はァ……一年に一度だから…半年後だねェ~…」

新兵訓練(ブートキャンプ)……?」

アナは苦い顔をした。半年間念の修行に勤しんだことで、あの時の自分の愚行を理解し、今や「念能力者でもない人間に負けたなんて」とまで思うようになっていた。たった半年、されど半年。毎日修行を積んだので、今なら絶対に新兵になど負けない自信がある。アナにとって因縁のイベントだが、なぜ急にその話になったのだろう。

「そろそろ入隊試験を受けてもいいと思うんだよねェ~……」

「! ほんとですか?」

「あァ…昨日クザンとも少し話してねェ~…」

ボルサリーノたちは、アナを海軍に入れる時期について考えていたらしい。

入隊試験は基本的に各支部で行われるが、海軍本部でももちろん受け入れはしている。ただし、支部では受かればそのままその支部に入隊するのに対し、海軍本部で受かっても実力によってはどこかの支部へ配属されることが多かった。

 

ボルサリーノとクザンは、アナが具体的に何をどう鍛えたのかまでは知らないが、半年前よりも強くなっていることだけは理解していた。少なくとも今のアナの実力なら、落ちることはないと判断したのだ。

そして今本部配属になれば、すぐに新兵訓練(ブートキャンプ)を経て実戦に出られるようにもなる、というのがボルサリーノの予想である。クザンは「いきなり本部配属は無理じゃねェ?」と言って渋ったが、ボルサリーノはアナなら大丈夫だと言って譲らなかった。

……彼は少々アナを過大評価しがちだが、胸中を多く語らないこの男の見当違いに周りが気付くのは、いつも「その時になってやっと」である。

 

さて、アナも海兵になること自体に躊躇いはない。ただ、本部に配属される海兵は基本的に各支部で特別戦果をあげた兵であり、本当の意味での新兵は滅多に採らないことになっているという話を聞いていたので、受かった後に支部に配属されるであろうことを懸念していた。図体が大きくなった所で、心は子供のまま。まだクザンたちと離れる覚悟はできていなかった。

アナは、強さだけなら恐らくすでに本部新兵足り得る。しかし海兵とは強さのみでなれるものではないのだ。軍人である以上、一般教養や記憶力、戦略的思考を始めとする様々な「強さ以外」の能力も同時に求められる。そしてアナは、この半年間勉強らしい勉強はしてこなかった。

 

アナはその辺りの事情を説明した。自分の学力が足りないと自分で言うのは恥ずかしかったが、揺るぎない事実である。

「というわけでボルサリーノさん、やっぱり入隊試験はもう少し後に…」

「…おーーー…そうかいィ…しかしこのままじゃあ勉強できるようにはならないねェ~?」

「それは、そうですけど」

どうしたらボルサリーノの家にいて学力が身につくかなど、アナには思いつかなかった。場所を変えればどうとでもなるのだろうが、住む場所を変えたくないのは確かであり、住む場所を変えないことには子供が勉強できる所には行けないように思えた。

 

「…まァ……受付は済ませちゃったんだけどねェ~~~」

「えっ」

アナはボルサリーノを見上げた。至って真面目な顔をしている。アナを驚かせようとして嘘を吐いたわけではないようだ。

「試験は一週間後だそうだよォ~」

「ええっ……」

 

唐突に告げられた決定事項に、アナは「ボルサリーノさんたまにこういう所あるよなぁ」と他人事のように思った。

 

 

 

入隊試験まで、正確にはあと5日。

 

*1
アナの敵意の判定はわりとゆるい。試合における戦意すらカウントする



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