ぬ~べ~クラスに転校しました (サイレント=フリート)
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#001【霊能力転校生】

 転校……それは学生双方にとって一大イベントである。

 転校することは珍しく転校することや転校生が自分のクラスにやってくることはドキドキするものである。

 そして、自分の場合は前者でありとある学校に転校することになっている。

 今日は転校初日である。

 自分も当初どんな町なのか、どんな先生なのかとドキドキしたが父さんの車に乗っている最中にどんな町なのかとチラッと窓越しで見た。

 それがいけなかった。

 

 今、自分は何としてでも家に引き籠っている。

 初日は腹痛など理由に休もうとしていた。

 母さんが自分を学校に連れて行こうとするとき……

 

「ダメダメダメ! 今、外に行ったら間違いなく死ぬから~~~~~~!!!!」

 

 情けないことは重々理解している。

 だけど、嘘は言っておらず下手に外に出れば自分は間違いなく死ぬ。

 部屋には例の物があるから弱いものなら平気だが、外には間違いなく例の物が効かない存在がいるだろう。

 そんな相手に逃げ切ることができるのかわからない。

 捕まったら何度も言うようだが死ぬだけである。

 そう、カマキリに捕食される蝶のように、蛇に捕食されるカエルのように……

 何故なら、外には奴らが大量にいたからだ。

 『幽霊』という存在が……それはもうわんさかと。

 

 自分には霊が見える。

 そして、何故か何もやっていないのに霊がこっちに磁石のように引き寄るのだ。

 害のない奴でも乗っかってくるから気持ち悪いし重く感じるのだ。

 中には動物の霊も擦り寄ってくるが目玉がはみ出たり肉が抉られているのでグロいので可愛くもなんともない。

 悪い妖怪も寄ってくるから塩を使って払うしかない。

 転校する前もそれでよくいじめられていた。

 酷いときは妖怪が乗っかってきているのに土をかけてくることがあった。

 泣き面に蜂で傷口に塩である。

 他にも重くなるからマラソンでも常にビリ。

 まともに運動させてくれない。

 だから、勉強や読書に特化するしかなかった。

 それでも、転校前の寄ってくる霊のほとんどは無害で少し乗っかって時間を置いたら勝手に離れてくる。

 自分の体は休憩場じゃないんですよというツッコミをしておきたい。

 偶に時間を考えずサザ〇さんの中〇くんみたいに『おーい将棋しようぜ』とおじいちゃん幽霊が真夜中にやってくることもあった。

 本当に休憩場じゃないんだから……

 だが、危険はほとんどなかった。

 嫌な予感がする幽霊相手は全力で逃げてた。

 それでも一週間に一回程度だった。

 だけど、この引っ越してきた町『童守町』は違った。

 車に乗ってチラッと外を見るだけで霊が大量にいた。

 それも明らかに危害を加える幽霊も普通にいるレベルである。

 はっきり言って迂闊に外に出れば悪霊に狙われどれだけ過程が違っても散々言ってきた『死ぬ』という結果にしかならない。

 それを毎日毎日気にしなければならない。

 

 精神擦り切れるってレベルじゃねえぞ!?

 1ケ月生きていたら奇跡ってレベルだぞ!?

 

 そりゃあ、引っ越し場所の説明にわざわざこの地域にはたくさんの幽霊がいるけど綺麗な町ですよと言われて引っ越す奴はいないよ。

 いるとすれば好奇心旺盛すぎて『好奇心は猫を殺す』人か貧乏人くらいだよ。

 それにそんなことを書いて町の評判を落とすことは許さないだろうし嘘つき呼ばわりされるから書かないのだろうよ。

 それはわかるけど、見えて引き寄せられる人からすれば死活問題なんだよ!

 

「はああ……どうしよう」

 

 だけど、このまま引き籠ってられないのも事実である。

 そんなことは両親も許さないだろうし学校側も困るだろう。

 すぐにここを引っ越すように言っても父さんの仕事の都合があるからすぐには無理だろう。

 何も起こってないのに引き籠りはダメすぎるし……

 でも、何も対策を考えずに行くのもただ死ぬだけである。

 せめて、引き籠って学校を休めるこの期間に対抗策を見つけ出さなければならない。

 だけど、悪霊相手に清めの塩が効くのか疑問である。

 ちなみに例の物というのはその清めの塩である。

 強力な悪霊相手に清めの塩では力不足である。

 寺で何かいい道具を買ってみるのは賭けである。

 引っ越し前のお寺でもそういった道具をもらっていたが効力ははっきりいって無く子供相手の気休め程度である。

 ここのお寺も同じかもしれないから買うのは抵抗がある。

 部屋の四隅には清めの塩を盛った皿を置いてある。

 これも気休めだが何もしないよりはマシ。

 気分転換のために教科書を開いて予習をやったが答えの先延ばし程度の結果にしかならない。

 いや、授業で困ることはないといえばそうだが、根本的な解決にならない。

 ああでもない、こうでもないと悩んでいると玄関で母さんが誰かを迎えている声がした。

 若い男性の声だ。

 誰だろうと扉を開けて隠れて相手を見る。

 隠れているのは引き籠り1日目で相手に会うのは気が引けるから……

 その男性は特徴的なゲジゲジ眉毛だが顔は結構男前だった。

 左手だけ黒い手袋をしていたのが少し気になったが明るく楽しそうな人だった。

 

「ん? 君が『静村真斗(しずむら まなと)』君か? 初めまして! 君のクラスの担任の鵺野鳴介だ」

 

 隠れていたのにあっさりと見つかった。

 だが、この人が誰かある程度察しできた。

 今日来るはずだった学校『童守小学校』の自分の担任になる先生だろう。

 

「どうも……真斗です」

 

 初日に休んだ負い目もあって不愛想過ぎると思うがぺこりと礼をした。

 リビングで先生と話すことになった。

 部屋で話そうにも塩だらけで話すのは嫌だった。

 

「みんなも今日残念だと嘆いていたよ。早く君に会いたがっているんだ」

「す、すみません先生」

「俺のことはぬ~べ~と呼んでくれ。みんなもそう呼ばれてるんだ」

「は、はい。自分も真斗でいいです」

 

 優しい言葉を投げかけてくれる。

 理由が理由だけにその言葉は心に刺さる。

 

(いや、自分もこの体質じゃなかったら普通に学校に登校していたし、幽霊だらけでなかったら同じく登校してたよ。僕だって転校先の同級生に会いたいよ? そこで好きな子が出来たり友達が出来たり友達とたまには買い食いや遊びに出かけたいよ? 転入前でも幽霊体質がばれても友達はそこそこいたよ? 青春はしたいよ? その願いに立ちはだかる壁が幽霊だらけのこの町だけど……)

「そうか、真斗。今日はとりあえず体調が優れなかったと言い訳しておいた。明日から来てくれるかな?」

「で、出来れば色々と用意してから……行こうかなと」

「用意?」

「え~と、その~せ、せめて来週の月曜日までは頑張ってみます」

「来週の月曜日まで来ないつもりなのか?」

「正直、自分もみんなに会いたい……のですが」

「なら、来ればいいじゃないか。自慢じゃないが俺のクラスはみんな明るくて楽しい子ばかりなんだ。真斗もすぐに友達が出来ると思うぞ」

「ほ、本当ですか?」

 

 いや、すぐに不登校した自分が言っていいかどうかわからない。

 ただ、自分も前の場所で友達が出来るまではたくさん苦労してきたからな……

 

「なんだ? 心配なのか? 大丈夫、先生が保証するよ」

 

 そう言われると行きたい気がする。

 

(そもそも、幽霊だらけでなければ自分も進んで行こうとするよ。幽霊だらけが最大の問題だけどね!)

 

「……その先生」

「ん? どうした?」

「行けない理由があるのです」

「行けない理由? それは何かな?」

 

 ここで正直に自分には幽霊が見えるんですと言ってもいいが、それを言った後の先生の反応は大きく分かれて2つ。

 1つはそんなバカなと生徒の嘘と判断され流されるあるいは不快に思われるパターン。

 もう1つは信じてくれるがいじめから庇う以外何も出来ないパターン。

 以前いた場所は後者で感謝はしている。

 この先生がそうだとわからない。

 

「その……一緒にジョギングしてくれませんか?」

「……意外とアクティブなんだな」

「一応、運動が苦手であってすること自体は問題ないんですよ

(ええ、普通にみんなと外で普通に遊びたいですよ? 幽霊が纏わりついてくるから動きに制限が出来て苦手扱いされたけど!)」

「ジョギングをすることは別に構わないが」

「それでは待ってください。準備をします」

 

 先生が何かを言う前にとりあえず部屋に入る。

 すぐにジャージに着替えてあるものを用意する。

 ポッケには清めの塩を持参。

 そして、先生の前に立ちあるものを渡す。

 

「これは?」

「見ての通りカメラです」

 

 しかも、ポラロイドのカメラ。

 父さんに頼んで買ってもらった。

 小遣いしばらくはなしだったけど致し方無い。

 

「それはわかるがこれを持つのか?」

「これの方が分かりやすいので」

 

 口で言っても多分理解されないのでカメラで撮って心霊写真を写させてわかってもらおう。

 嬉しくない理由である。

 先生と一緒に靴を履く。

 

「いってきます! (南無三!)」

 

 とりあえず、寺の場所までは時間があったから地図を見て覚えた。

 すぐに寺までジョギングしよう。

 先生も怪訝そうに見ているが付き合ってくれるそうだ。

 

「……っ!」

 

 一分もせずに幽霊がこちらに向かってきているのを感じる。

 相手はよぼよぼのお爺さん。

 ただし幽霊なのでスピードは上がっている。

 

(来やがった……!)

 

 さて、ここまでは転校前と同じ。

 道を走るたびに幽霊がこちらを追いかけてくる。

 磁石にくっつこうとする鉄のように……

 走って――否、逃げても幽霊は追いかけてくる。

 その中に背筋が凍る何かに睨まれた。

 

「っ!」

 

 チラッとそちらを確認する。

 その幽霊は明らかにヤバい姿である。

 まず、凶器を持っておりその凶器を舐めている。

 そして、凶器を僕の方に向けると涎を垂らして獲物を見つけた獣のように睨みつけ追いかけてくる。

 冷や汗をかく。

 間違いなく捕まったら殺される。

 

「真斗! 待て!」

 

 先生の叫びが聞こえるが急いで走る。

 

(無理無理! 今止まったら確実にアイツに殺される! てか、やっぱり危険な霊が思った以上に多かった!)

 

 余裕がなくなってきている。

 寺まで行けば安全だと自分勝手に思っている。

 だが、どうしようもない。

 逃げることしかできない。

 全力で走っているので今、先生の表情を見ることは出来ないしその余裕もない。

 

「うわっ!」

 

 だが、全力で走りすぎたせいで足が空回りこけてしまった。

 場所がどこかの公園で雑草があったからかすり傷はせずにすんだけど、問題はここからだ。

 

「し、しまった!」

「真斗!」

 

 ポッケから用意した清めの塩を使おうとする。

 効くかどうかわからない。だけど、使わなければ殺され―――

 

「っ!」

 

 だが、ここまで怖い幽霊は初めてで手が震え上手く清めの塩の袋を破くことが出来なかった。

 

「う、うわあああああ!」

 

 やはり、外に出るべきではなかった。

 

(僕の死因は先生に霊がいることを証明するためだった! やっぱり、外に出るのは早かったんだ!)

「俺の生徒に……手を出すな! 宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻」

 

 先生が何かの呪文を唱えると左手にある黒い手袋を取った。

 その左手は普通の人のような手ではなく鋭い爪を持ち筋肉がむき出しになったかのような禍々しい外見をしている。

 

「我が左手に封じられし鬼よ、今こそその力を……示せ!! 破ぁーーー!」

 

 先生がその左手を開放すると僕を殺そうとする幽霊を両断し消滅させた。

 そして、僕に付き纏おうとする霊を一睨みにする。

 他の霊は怯え蜘蛛の子が散るように逃げて行った。

 

「せ、先生……」

「真斗、大丈夫か?」

「は、はい……その手は……?」

「……昔、鬼が憑りついた一人の子供を救ったことがある。しかし、あまりに強力な妖気のために成仏させることが出来なかった。止むを得ず俺は鬼を自分の体に封印した」

 

 それがその左手であり手袋をしている理由である。

 

「左手に鬼を……」

「以来俺はどうしても説得に応じない霊に対してこの左手を使うことにしている。成仏させるためではない。存在そのものを抹消するために……あの霊は説得に応じる霊ではなかったからな。この左手を使ったんだ」

 

 その後、先生は左手に手袋をした。

 腰を抜かしている僕に先生は笑顔を見せた。

 

「真斗には霊が見える能力があるんだな。そして、強い霊力に惹かれ引き付けてしまう」

「……はい」

「登校したくない理由も俺にこのカメラを持たせたのも同じ理由だな?」

「……はい。この町にはあんな風な怖い幽霊がいる。体質で虐められるのはまだ我慢できた。でも襲われるのは怖いし、僕の所為で他の子まで危険な目に合うのも嫌なんだ……だから、僕は」

「……そうか。優しいんだな、真斗」

「……先生。正直、この霊能力は欲しくなかった。友達が出来るの難しくなるし毎日幽霊が引っ付いてくるし心霊写真もほとんどだし」

「先生もな、キミと同じような目に遭った。子供の頃はそれでいじめられていた。化け物と言われることもあった」

 

 先生は僕の頭を撫でた。

 安心させるように

 

「その時の俺の恩師はこう言ってくれた。『キミの能力も同じよ、鵺野君。いつかキミの能力を必要としてくれる人たちが大勢現れる』ってな」

「『も』……」

 

 それはつまり先生の恩師も同じ目に遭ったということ……

 僕だけと傲慢を言うつもりはないけど、苦労してきた人は同じようにいる。

 

「キミも同じだ。いつかキミの能力を必要としてくれる人が大勢現れる」

「……必要としてくれる人が」

「よし! 俺が霊能力の扱い方を教えてやろう!」

「霊能力の?」

「ああ、そうすればいつか霊が引き寄せることも無くなる。同じクラスにもすごい才能を持つ子がいてな。その子の指導もしてるんだ。クラスの奴らも気の良い連中ばかりで楽しいぞ! ぬ~べ~クラスは霊現象に慣れてるし、キミの霊感が強いからって怖がったりしないさ」

「先生……」

「だから、いきたくてもいけないと諦めることはない。また霊が付いてきたら俺に頼っていい。キミは俺の大切な生徒だからな」

「……お願いします」

「いや、実は真斗のことはキミのお母さんや前の担任の先生から話は聞いてね」

「……へ?」

 

 何でも両親も考え無しにこの町に引っ越してきたのではなく前の担任が調べて日本で唯一の霊能力教師がいることを教えて勧めてくれていたらしい。

 母さんも最初から知っていたとのこと。

 流石に両親に霊力が無くこの町の悪霊の多さに気付きもしなかった。

 

「つまり、最初から知ってた?」

「ああ。カメラを取り出して走り出した時はわからなかったが、あれがキミにとっての証拠の出し方だったんだろうな」

 

 先生は明るく笑うが最初から知っていたことに自分はあんなに検証するという真剣な顔をしていたのか……思わず頭を抱える。

 

「む、無駄とは言えねえ……そんなの普通に分からないよ」

 

 そうでなければ自分は少しでも先生を信じることが出来なかったからある意味ではこの検証に問題はないのが分かるが納得できねえ。

 

「それではしばらく放課後になったら先生のところに来なさい。その時に扱い方を教えることができるからな」

 

 その後、母さんに問いただしたが最初に行きたくないと言ったのは自分で今日は父さんに送ってもらうつもりだったらしい。

 

 あれを見たら死ぬと普通に思うじゃんかよ……



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#002【転校初日】

「いってきます」

 

 朝の六時、他の生徒からすれば早すぎる時間帯に自分は童守小学校に登校する。

 その理由は―――

 

「おっはよ~真斗!」

 

 先生が迎えてくるからだ。

 霊力の強い自分では今の段階で1人だけ登校することは難しいので朝早くに学校に着き早朝から霊能力の修行をすることになった。

 

「それにしても驚いたな」

「え?」

「真斗には見えない制御ができていない。だから、今まで自分を助けてくれる存在として霊が寄ってくるんだ」

「実際に寄ってきましたからね。それはもう、毎日おんぶに抱っこ。その所為で運動は苦手になりましたし……マラソン大会も常にビリ」

「素人の霊感体質の人は霊を呼び寄せて不幸になったり命まで危険になることがある。だからこそ、驚いているんだ」

「へ?」

「その体質だと悪霊も寄ることがあるのに、この町に来て俺に出会うまでそんなことは起きてなかっただろ?」

「そういった悪霊だと嫌な感じがしてある程度分かるんですよ。だから、全力で逃げてました。逃げ足だけは自信あるんです」

 

 そこはあまり嬉しくないし、ぶざまかもしれないが生きていれば問題ない。

 

「霊能者としての勘は鋭い方で運は良い方か……それに」

 

 すると、先生は突然手袋を外して鬼の手を取り出した。

 

「……っ!?」

 

 その鬼の手で僕の頭に触れた。

 

「やはり、気がとても清純だ。だから、周囲の霊もくっつくだけで癒され満足して危害を加えないだろう」

「……幽霊磁石じゃない? 後、不意打ちの鬼の手は怖いです」

「悪い悪い。だが、その分お前もわかっている通り霊が寄ってくるのだろう」

 

 今でも先生がいなければ前の学校と同じ展開になっていたのはわかる。

 先生は再度手袋をして封印した。

 

「だが、霊力の修行をすれば、すぐに1人で登校もできるぞ。そうなれば、友達と外で遊ぶことが出来るだろ」

「……はい」

 

 それまでは先生と一緒に頑張るしかない。

 そして、ようやく童守小学校に辿り着いた。

 

「やっぱりか」

 

 外でこれだけ霊がいるのだから小学校も前の学校と比べ物にならないくらい霊がいることは分かっていたが案の定である。

 しかも、また寄ってくる。

 

「ははは、大人気だな」

「嬉しくないです。僕の体は休憩場じゃないんですよ。まったく」

 

 ため息をつく。

 慣れたとはいえ嫌なものは嫌である。

 これは先生抜きで外で遊ぶことは無理だな。

 

「それじゃあ、早速修行をしようか」

「はい。先生」

 

 そして、宿直室で霊力の修行をした。

 まず、優先的に行ったのは霊力のコントロールである。

 コントロールできなければ何を教えても意味が無いからである。

 その後で、霊が見えなくなる修行や結界を重点的に教えてくれる。

 

「朝はここまでだな。もうすぐ朝礼が鳴る」

「はい」

 

 座禅を終え痺れていた足を少し揺らして動かせるようにする。

 

「それじゃあ教室に行こうか」

 

 先生は僕を教室へ連れて行ってくれた。

 

「鵺野先生、おはようございます」

 

 声をかけてくれたのは黒のロングヘアが特徴の女の先生である。

 

「リ、リツコ先生! おはようございます」

 

 リツコ先生を前に先生の目がハートマークに変化する。

 昨日のカッコよさが無くなっている。

 

「え~と、そちらの生徒は?」

「……静村真斗です」

「あら、あなたが転校してきた子? 私は5年2組の担任の高橋律子よ。ヨロシクね。お友達がたくさんできるといいわね」

「あ、はい」

 

 律子先生は優しく微笑んでくれた。

 

「あ、鵺野先生。私、授業がありますからこれで失礼します」

「リツコ先生、頑張って下さいね~」

 

 律子先生は自分の教室に向かったけど、先生の目からハートは消えないままだった。

 

「……先生? おーい」

「へへへ、リツコ先生は今日も綺麗だな~……あれ? どうしたんだ?」

 

 僕の顔を見て先生は慌てて気を引き締め直した。

 

「ハッ! ウオッホン! あ~……それじゃあ俺たちもみんなのところへ行こうか?」

「あ、はい」

 

 そして、ようやく自分の入るクラスに辿り着いた。

 耳を澄ませるとみんなの声が聞こえた。

 内容は転校生が来るという噂だった。

 中には昨日は体調が悪かったみたいとか、どんな子とか、カッコいいならいいのにとかの声も聞こえる。

 ヤバいこの前のこともあるし緊張してきた。

 

「カッコいいのかな?」

「サッカー部に誘ってみよう」

「こらこら、もうチャイムは鳴っているんだぞ……席に着いた着いた!」

「なあ、ぬ~べ~。今日、やっと転校生が来るって本当なの?」

「何だ、もう知っているのか? せっかくみんなを驚かそうと思って内緒にしてきたのに……また、美樹が言いふらしたんだろ? ……まあいいか。さ、入って入って」

 

 そう言われて僕は教室に入った。

 

「え~今日からみんなの仲間になる名前は静村真斗だ。みんなよろしくな」

「よろしくお願いします」

 

 礼をする。そして、みんなを見る。

 やはりというかみんなの守護霊も見える。

 守護霊も自分に興味があるように見てくる。

 

(ん?)

 

 すぐにこの教室の違和感に気付いた。

 大抵の守護霊は対象の生徒の後ろにいるが、その幽霊だけ一番後ろで誰にも憑かずポツーンと立っている。

 すぐに眼鏡をかけた女の子の守護霊かと思ったが、

 その割にはその霊はその子から離れているし、どうもその子の守護霊じゃないように気がした。

 

(……あの子の守護霊じゃないな)

 

 その霊も自分と目を合わせる。

 自分がいることに気付いていることに気付いたようだ。

 今までの幽霊と同様にグロテスクだがこれもそろそろ慣れたので悲鳴を上げることはなかった。

 

(一応、先生に話を聞いてみるか)

「それじゃあ真斗はあそこの空いている席に座ってくれ」

 

 先生がポンっと僕の背中を叩いた。

 

「はい」

「分からない事があったら遠慮せず周りの者に聞くといいだろう。みんなも質問されたら、ちゃんと答えてあげるんだぞ」

 

 はいというみんなの声が響いた。

 そして、その幽霊も自分の隣に移動し不思議そうに僕を見つめた。

 

「それじゃあ1時間目の授業を始めるぞ」

 

 授業が始まるが予習をしたおかげで苦にならない。

 もっともみんなの守護霊ともう一人の幽霊の好奇心な目を感じるが集中を絶やさずにいた。

 

――――

 

 授業が終わり、先生にすぐにあの幽霊と眼鏡をかけた子のことについてを聞いた。

 思った通りあの霊は守護霊ではなくどうやら、あの幽霊は四月にこのクラスになる筈の生徒だった。

 ところが、引っ越してくる途中に事故に遭い亡くなってしまった。

 だが、ここにいる理由はクラスに参加したいだけで特に害はなく先生も生徒として接しているようだ。

 その中で転校生で自分が見れる僕に興味がわいたようだった。

 先生も悪さするんじゃないよと一応注意はしておくようだ。

 眼鏡の子については自分と同じ霊力を持っている。

 だが、体が弱いので術を使って代わりに登校しているとのこと。

 それについても納得が付いた。

 

(……まあ、それなら僕もうるさく言う必要は無いでしょ)

 

 一応その霊が見えるようにノートの端に“返事の応答はできないけど、話くらい聞いてあげるよ”と書いておいた。

 参加するにしてもただ立っているだけなのは虚しいし、ちょっとのコミュニケーションも必要と思っての行動である。

 そう書くとその霊は少し嬉しそうな表情を見せた。

 

 そして、昼休みになった。

 

「ふぅ……」

 

 久しぶりの穏やかな昼である。

 先生の影響か幽霊も迂闊に寄ってこない。

 伸び伸びできる時間である。

 

「よぅ、転校生! 俺『立野広』って言うんだ! よろしくな!」

「あ、初めまして」

 

 ちなみに霊力など持っていることは内緒にしてもらっている。

 まだ未熟で下手に教えれてしまえば迷惑をかけるかもしれないので、不安だという理由で先生にお願いした。

 

「そんな他人行儀になるなよ。それよりもキミってなんて名前なんだい?」

「『静村真斗』」

「静村真斗くんね。あ、私? 郷子『稲葉郷子』よ。わからないことがあったら何でも聞いてね」

「うん」

「それからこっちが友達の美樹」

「ね~ね~、あなた転校してくる前は何処に住んでいたの?」

「ここより田舎だったよ」

「フーン、この町より田舎なんだったら何もないんじゃない?」

 

 だからこそ、逆に凶悪な幽霊に出会わなかったともいえるな。

 

「そうだね、欲しいものを買うのにも一苦労したよ」

「え~だったらこの町に引っ越してきて良かったじゃない! 私だったらそんな場所、退屈すぎて死んじゃうわ~」

「じゃあね、真斗くんの誕生日は?」

「あっ!? ノロちゃんのくせに……」

「もうすぐだよ。4月10日」

「フ~ンもうすぐだと一番お兄さんになるのだ」

「やだ~まこと君いつの間に?」

「僕だって真斗くんに聞きたい事があるのだ」

「でも、私が聞いているのに~」

「そんなことよりノロちゃん忘れてるのだ」

「……?」

「自己紹介がまだなのだ」

「あ、ゴメンナサイ。私、『中島法子』よ。よろしくね」

「僕は『栗田まこと』なのだ」

「じゃあね、次の質問! え~とね~」

「真斗くんは前の学校では何が得意だったの?」

「あ~また~」

「国語と社会だな」

「へ~転校生……じゃなかった真斗! 勉強ができるんだな~」

「それじゃあ克也くん、真斗くんに勉強を見てもらったら?」

「え~ノロちゃんひどいぜ~」

「アハハハハ」

「教えようか?」

「うっ……お願いします」

「勉強は人よりは出来ると思うけど、逆に運動は苦手だな」

 

 その理由は単純で図書館の方が幽霊の数が少ないからだ。

 いたとしても本が好きな幽霊なので傍に背中にもたれかかる以外特に何もしないので勉強がはかどるのだ。

 先生の説明だと気が清純だから椅子のクッション扱いされていただけかも知れない。

 

「あ、私も運動は苦手なの」

 

 運動が苦手な理由は違うだろうけど。

 下手に外に出ると幽霊がくっついて動きが阻害されてしまうのでスポーツし辛いのだ。

 だから、走るとか泳ぐ以外は不安が残る。

 霊力のコントロールが出来ればある程度解消できるだろうが……

 

「ここにいる昌もけっこう頭いいんだぜ!」

「イヤ~ハハハ……初めまして『山口昌』だよ」

「俺は『木村克也』! 克也って呼んでくれよな」

「真斗くんはクラブとかには入らないの?」

「そこはまだ決めていない。入るべきか入らないべきか……」

 

 それもコントロールしてからの話である。

 別にどのクラブに入りたいと強く思ってはいない。

 

「別に今すぐ返事しなくていいけど入りたくなったらいつでもいいなよ。ぬ~べ~に言ったらクラブの先生を紹介してくれるよ」

「フッ! まったくこれだから無知な君達には困るんだ! 僕のような育ちのいい子はそんな低能な質問はしないのだよ」

「……じゃあ何を聞くんだ?」

「フッ! 僕の質問はズバリこうさ! キミはUFOを信じるかい?」

「……UFO?」

 

 いきなりの質問に唖然とする。

 というよりもその質問の意図は?

 

「オイオイ、俺たちの質問とどこが違うんだよ? 見ろよ、真斗も唖然としてるぜ!」

「なんて事を言うんだ!! 宇宙人は既に地球に来ているのだぞ~!」

「……えっと」

「ハハハ……こいつ『白戸秀一』っていうんだけどさ、聞いての通り超自然オタクなんだ」

「い、一応答えを言うかな」

 

 おおう、白戸くんが期待した眼差しを見ている。

 ここは素直に思っていることを言っておくか。

 

「うーん、いるんじゃない?」

「え!? 真斗、UFO信じるの!? 宇宙人なんているわけないのに!?」

「だって、宇宙は広いから人が地球だけってのは考えにくいし地球の人間も宇宙から見れば宇宙人だよ。逆に宇宙人も地球人のことを認識していない可能性だってあるしあり得ない話じゃないと思うんだ……宇宙人も木村くんと同じ考えをしているかも知れないし……」

 

 それに宇宙人が地球人だけっていうのも寂しいし世界中の人が全員が全員嘘をついているとは思えないんだよね。

 幽霊が見えるからそういった存在もいるという可能性捨てきれない。

 

「フン! わかる人にはわかるのだよ。無知なキミ達にはとても理解できないよ」

 

 白戸くんは嬉しそうに笑っていた。

 とは言ってもそう思うのであって調べる気はない。

 質問の内容はあくまで『存在するか否か』であって興味があるかはまた別である。

 

「ハハハ、どうだ気に入ったか? こいつらが真斗のクラスメート達さ! そして真斗を含めた全員がこの5年3組ぬ~べ~クラス……俺の可愛い生徒達なんだ!」

 

 ぬ~べ~が言い終わるとチャイムが鳴った。

 

「さあ午後の授業を始めるぞ~みんな自分の席に着けよ~」

 

 その後も色々と質問をされた。

 サッカーは好きかだったり特撮見ていると色々である。

 質問攻めが終え放課後になった。

 

「そういえば」

「ん?」

「体調は大丈夫なの?」

 

 稲葉さんが聞いてきた。

 そういえば、先生がそうみんなに言い訳をしてくれたのを思い出した。

 

「うん、もう大丈夫だよ」

「そっか~クラス全員心配していたのよ」

 

 その言葉が刺さる。

 普通にそう言った自分が恥ずかしい。

 

(学校に有名な霊能力教師がいるなんて普通に分かる筈が無いよ……)

「あ、先生に呼ばれているからもう行くよ」

「え? ぬ~べ~に?」

「うん、それじゃあね」

「あ、ちょっと」

 

 言い訳が思いつかず会話を切り上げて教室を出てしまった。

 だけど、理由を話すとまず自分の霊力の話になる。

 コントロールが出来ていないからすぐに話すことは勇気がいる。

 そこまで勇気はないし、コントロールでき、幽霊が寄らなくなってからでも出来る。

 少なくとも一緒に帰ろとか、一緒に遊ぼうという要望はまだ受けれない。

 少なくとも今の段階では先生と一緒でなければ……

 

「もう、行っちゃたわ」

「郷子、どうしたんだ?」

「それが真斗くんも一緒に帰ろうと誘おうとしたけどぬ~べ~に用事があるからって行っちゃったのよ」

「ぬ~べ~に用事?」

「まだ体調優れないのかしら?」

「ハハハ、もしかしたら幽霊がらみでぬ~べ~に相談事かな?」

「あるいはぺちゃぱいの郷子と帰るのが嫌だったのかもね」

「なんですって~!! 美樹!」

「おほほほほ!」

 

 そして、先生がいる職員室へ向かった。

 

「失礼します! 鵺野先生は……」

 

 そう言って先生がいる机を見るとボロボロになった先生の姿があった。

 

「ま……また……リツコ先生に……振られてしまった」

「大丈夫? 先生」

「ん? おお、真斗か!」

 

 ボロボロの姿ですぐに立ち上がり笑顔を見せる。

 何があったか知らないが言葉通りリツコ先生に怒らせたようだ。

 

「続きをするのか?」

「はい」

「そうか。広達と帰らないのか?」

「コントロールできることが優先なので」

「……わかった。ただ、一緒に帰りたくなったり遊びたくなったらいつでも言っていいんだぞ」

「はい」

 

 外を見る。

 同級生が帰っていく。

 中には自分と一緒に帰れなくて残念そうな顔をしている子もいる。

 

「お願いします」

「ああ」

「みんなと一緒に遊んだり帰るためにこの修行を頑張ります」

 

 そして、すぐに座禅を組み精神を集中した。

 

「その意気だ、真斗。それじゃあ行くぞ! 宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻」

 

 しばらく、この生活は続く。

 それでもみんなのために頑張る。

 それに加えいつか自分のこの嫌な能力が誰かの助けになると信じて。



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#003【市松人形の被害】

 先生に霊力のコントロールを指導され1週間が経とうとした。

 

「……ハァーー!」

 

 集中をする。

 自分の周りに気が漂うのを感じた。

 これを全身に膜を被せるように覆う。

 自分の体にぴったりとひっつくとその状態を維持することに意識を向ける。

 ゼリーのように柔らかそうな気が段々と固くなってきている。

 

「よし、それである程度の霊ならそれ以上くっつくことはないだろう」

 

 霊力のコントロール自体は3日でマスターし、今結界を張る練習をしている。

 他の霊能力者の結界がどんなものかわからないけど少なくとも自分の結界内だとどれだけ幽霊が引っ付いても外の状況が見えないことも無くなるし、重さも感じず運動を阻害されることもない。

 ただし、1日が過ぎると結界が消滅するから毎朝結界を張らなければならないけど……

 

「それにしても早い段階で物にできたな」

「イメージが付きやすかったので」

 

 霊力の可視自体はすぐにできた。

 自分の周りに何かのエネルギーが漂っていることがわかり、これが霊力なんだと思った。

 その後の結界に関しては膜を覆うイメージをすることができた。

 

「それじゃあ、教室に行こうか。俺はちょっと職員室で用意してから行くからな」

「わかりました」

「真斗」

「はい?」

「それで友達と遊んだり帰ることは出来るだろう。ただ、今の結界では悪霊を払う力はそこまでない。無理するんじゃないぞ」

「わかってますよ、先生」

 

 そう言って僕は教室へ向かった。

 今の自分が未熟なのは言われなくてもわかっている。

 練習として早朝に学校に行くことになるだろうが空いた時間に先生に指導してもらうことになるだろう。

 

「ん?」

 

 教室前になると何やら騒がしくなってきた。

 どうやら、稲葉さんが何か怒っているようだが、

 

(何かあったのだろうか?)

 

 僕は気になって教室の扉を開けた。

 

「みんな、おはよ―――」

「うっふ~ん、もっとみて~」

 

 思わず絶句する。

 いくら何でもこれは予想外すぎる。

 まだ男子が女子に意地悪をしたり、いたずらしようとしているのならまだ理解できる。

 だが、こればっかりは訳がわからないよ。

 いや、一応何となく察しは付いているけど頭が全力でそれを否定したがっている。

 というのも―――

 

「何やってんの!?」

「あ、真斗おはよう! あれでしょう? 私にもよく分からないのよ」

「アッハ~ン」

 

 市松人形が立って動いている。

 それだけなら普通に理解できる。

 心霊現象には慣れている。

 故に市松人形の髪が伸びすぎているのもわかるが、その市松人形は違った。

 何故か、着物が脱いでいるのだ。

 肩の部分は露出している。

 

「他の男子達ときたら興奮しちゃって何もしてくれないのよ!」

「あ~……え~……」

 

 当然、僕は困惑している。

 

(な、なんて言葉をかけてやればいいんだ? 人形だから興奮なんかするなよとか? 脱いでも肌じゃなくて人形のパーツだからとか?)

「こら! 男子共! いい加減離れなさいよ!」

 

 稲葉さんがものすごく怒っているけど自分は今それどころではない。

 

「……っ」

 

 自分は今、凄く体勢を整えていつでも回避できるようにしている。

 こういった人形にはパターンが大体2種類ある。

 1つはひょんなことから魂から生まれたパターンだ。

 どんな感情で芽生えたかは定かではないが、魂がその人形に固定化される。

 固定パターンならば怖くはない。

 だが、もう1つの憑依パターンがあり、1番恐れているのがこれだ。

 というのも人型は本当に魂が宿りやすくただの人形でも魂が入っていないだけで魂を入れる器がある。

 その器を乗り移り動かす幽霊がいる。

 その幽霊の場合だと下手すれば幽霊に自分の肉体を乗っ取りかねないのだ。

 一度されかかったことがあるのでこのパターンの可能性があると肝に銘じている。

 

「と、とにかく、どうすればいいんだ?」

「とにかく、あいつを押さえつけて!」

(それが1番怖いんですけど!? あの人形に接近して魂乗り移られたら困るよ!? 内緒だけどまだまだ霊能力者としては修行中でこの膜状の結界だって不安要素あるんだから!)

「イヤ~ン! そんな事しないでア・ナ・タもこっちを見て!」

「人形の言う通りだぜ! 真斗もこっち来いよ、面白いぜ!」

「いや、目を覚ませ! 人形のストリップ劇場なんて誰の得になるんだ!?」

 

 後、近づいて目をつけられたらかなり困る。

 

「真斗の言う通りよ、克也!」

「待って郷子! ここは私に任せて……ねえみんな~そんな人形よりも私の方がよくってよ~」

「「「オオ~!」」」

 

 細川さんがセクシーポーズを決めて男子はそれに釘付けになった。

 

「……一体どういうことなんだ?」

 

 どんな展開が重なればこんな混沌とした場になるのだろうか?

 

「やっおはよう! さあ授業を始めるぞ~……って一体これは何事ですか!?」

 

 この混沌に足を踏み入れた先生は普通に驚く。

 自分も未だ状況に付いて行ってない。

 

「何事も何も……ぬ~べ~あれ何よ?」

「アラ先生、遅かったじゃな~い? もう待ちくたびれちゃったわよ~」

「だっ、おっお前らこれをどこから持ってきたんだ?」

「知らないわよ! 朝来たら勝手に歩いてきて教卓の上でそっ、その……ストリップを始めたのよ!!」

「何故に!?」

 

 勝手に歩くのはわかる。

 幽霊だから動いて当たり前だ。

 だが、その後の教卓に上がってまでストリップをしたことが理解できない。

 

「こら男子共! いい加減にしなさいったら!」

 

 未だ行動に移さない男子……

 ちなみに僕は人形に近づいていないし目を合わせてもいない。

 理由は以下同文。

 

「不潔~! これって……その……いわゆる……一つの……」

「中島さん? 顔真っ赤になって無理してまで言わなくてもいいからね!?」

「いやらしい! こういう物買ってくるのねスケベ教師!」

「最っ低~!」

 

 誤解が先生を襲う!

 

「ホラ~みんなももっと見て~」

「ハハハ……すまんすまんこれは悪霊が憑りついた人形で除霊を頼まれてな」

(これでも悪霊なの!? なおさら近づけねえじゃねえか!)

 

 さらに女子たちの視線が鋭くなる。

 完全に先生を疑っている。

 

「……ん? ……何だその疑わしそうな顔は? ま、まさか本気で大人の○○○○なんて思って……」

 

 未だ疑わしそうな目で見る女子たちと人形を見る男子とポツーンと呆然としている自分。

 

 なにこれ

 

「あ、なんだその目? ちっ違う! 違うったら! 本当にこれは市松人形に露出狂のストリッパーの霊が付いてその……」

「どんな悪霊!? 露出狂のストリッパー!?」

(そんな霊までいるのこの町!? どれだけ霊の種類が豊富なんだ!)

「つくならもっとマシなウソをつきなさいよ」

「ちち違うんだってば~」

 

 狼狽える先生。

 先生が霊能力者であることは知っているし、先生の趣味を口出す気はない。

 ただ、これだけは本当に思いたい。

 

「(除霊できるの? この霊、安全なの?)……せ、先生」

 

 だが、先生は別の意味で捉えたようだった。

 

「バカ違う! これは俺のじゃないんだよ! あっ真斗までそんな目で……だっだから誤解だって先生は決してそういう趣味ではないんだ!」

 

 そんな目で見てないですよ、先生。

 

「ふっ……何を隠そう自慢じゃあないが先生は日本で唯一の霊能力教師なんだ!!」

 

 相当焦ってるな。

 そのことはもう知っているよ。

 と言いたいけど自分の霊事情は秘密なのでこれも初耳ということにするか?

 何かしらでボロが出そうけどその時はその時だ。

 

「な、なんだって~」

「これはこの俺が除霊をするためにとりあえず預かってきたものなんだ」

「アハ~ん見て」

 

 い、いかん段々と人形がこっちに興味が湧いてきたようだ。

 俺の清純と言われる気に!?

 

「先生はな~日夜お前達生徒を凶悪な悪霊から守るために……」

「うっふ~ん~ねえ~こっちを見てよ~」

「……命をかけて……少ない給料で……」

「ねえってば~」

 

 先生、シリアスが消え去ってますよ……

 カッコよく言っても空気で台無しにしてるよ……

 

「……っるさい!!! も~我慢ならん! 今すぐこの場で除霊してやる!」

 

 シリアスを壊されムキになる先生。

 

「先生……大丈夫?」

 

 色んな意味を込めて心配をする。

 冷静さが欠けて除霊できるのだろうか?

 

「ああ! あれでもぬ~べ~は霊能力教師だからな。このままの方が面白いんだけど……まっ、心配しないで見てれば分かるさ」

 

 木村くんは僕がこのクラスの転校生だから説明してくれている。

 知っているけど、無下にはできない。

 

「お、おう」

 

 とにかく頼みますよ、先生。

 除霊できないと嫌な予感がするんですよ。

 悪霊的な意味で嫌な予感はしないけど

 

「宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光……悪霊よ、この人形からすぐさま立ち去れい! 破ぁーーー!」

 

 と先生が観音経を取り出しバシバシと人形の頭を叩く。

 観音経は自分も霊力の修行の時に使ってくれるアイテムだからよく知っている。

 

「イヤ~ン」

「破ぁーーー!」

「イタイ~ヤメテヨ~」

「でえ~い! 悪霊退散~~!」

「もう人の頭をパシパシ叩かないでよ! そんな先生は嫌いよ」

 

 効果はいま一つのようだ。

 

 てか、この人形余裕だな。

 先生が冷静ではないのも理由の一つかも知れないが

 

「ムムッ~こいつは中々手強い悪霊だ……仕方ない、何日かかるかわからないがジックリ時間をかけて除霊をするしかないか……」

「え!? マジで!?」

 

 下手すれば練習時間、この人形に見られる可能性あるの?

 

「フフフ、そんな事をしてもムダよ」

「何だよ、また失敗かよ。真斗もビックリしてるぜ!」

「どうせ、本当は本気で除霊する気なんかなかったんじゃないの?」

「マジで!?」

「人聞きの悪い! すぐには除霊できないだけだ! とにかくこいつは封印してやる!」

「イヤ~ン、ヤメテ~……でも先生ったらそんな事を言ってホントは……」

 

 人形、爆弾を投げる。

 

「やっぱりな~なんだかんだ言っても結局は家に持って帰りたいだけなんだ」

「不潔~変態! 最っ低ね!」

「だ、だから、ま、真斗」

 

 先生が助けを求めるように自分を見る。

 ただ、これだけは第一に言いたい。

 

「先生、趣味は人それぞれですが(その人形を)近付かせないでくださいね」

 

 できるだけ笑顔で言った。

 

「だ、だから誤解なんだよ~……いいんだいいんだ。いつかきっとわかってもらえる時がくるさ……みんな席について授業を始めるぞ~」

 

 がっくりと首を垂れる先生。

 だが、悲劇はまだ続く。

 

「やれやれ」

 

 まあ、今のところ霊が寄ってくることがないからこの分だとみんなと遊んだり帰ることができるのももうすぐだな。

 そう思っていた時は僕にもあった。

 

「ん?」

 

 なんだろう、何か背中に誰かが登る感触がしたのだが……

 首を横に振るうが、誰も触っていない。

 

「ん?」

「うっふ~ん」

「……!?」

 

 さっきの人形の声が頭の上に聞こえる。

 

 ま、まさか!?

 

「見て見て~!」

 

 あの市松人形、いつの間に僕の頭の上までよじ登って来やがった!

 しまった!

 霊に頭の上を乗られることが多いから重さに関して鈍感になっていた!

 

「あ!? 真斗君の頭の上にさっきの人形が!」

「やっぱり、彼の頭いい感じ~」

 

 予感的中!

 自分の気が人形に気付かれて寄ってしまった!

 

「心地いいわね~さあさあ、みんな見て見て~」

「「オオ~!」

「ちょっ! おい、こら!」

 

 なんというバランス力!

 頭を動かしても人形が落ちることがない!

 

「うっふ~ん、ちょっとだけよ~」

 

 そう言って布が擦った音がした。

 この人形、僕の頭をストリップ場にしやがった!

 

「今日は絶好調ね」

「人の頭の上でストリップを始めんな!」

 

 男子は自分の頭の上に釘付け。

 先生はさっきのショックでこっちに気付いていない。

 

 どうやら、乗っ取られることはないだろうが、人の頭の上でストリップは嫌すぎる!

 

「お、降りろ!」

「いいのかしら~頭を動かすともっと着物が脱げてしまうわよ?」

「はぁ!?」

 

 そう言われると動きが止まってしまう。

 動かして男子の期待に応えてしまったら女子の視線が鋭くなる。

 と言ってジッとしてもストリップを続けるだけ……

 

 どちらにしても脱ぐじゃねえか!?

 

「しょうがない! 取り押さえるわよ!」

「取り押さえるのはいいけど物を持って殴りつけないでくれるかな!? 僕の頭も当たるよ!?」

 

 稲葉さん、さりげなく分厚い辞書を持って上から人形を狙ってたな。

 人形が避けたらその辞書、自分の頭に直撃するのだが……

 

「あっ」

「お~い、真斗こっちにも見えるようにしろよ~」

「なんでだよ!? あ~もう~! 訳が分からねええええええええ!!!」

 

 その叫びが学校に響く。

 そして、動かしても人形が落ちないので女子に頼んで人形を取ってくれた。

 しばらくの間、男子の中でストリップ場と呼ばれそうになったとさ……

 

 嬉しくねえ!



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#004【性格改変の恐怖】

「行ってきます」

 

 あの市松人形の騒動から数日経った。

 早朝に学校に行くのも大分慣れつつあり今、1人で登校している。

 今日は先生からのテストのようなもので、今の自分の周りには結界が張られている。

 こちらから幽霊は見えているが、幽霊の方はこちらのことは見えないし見られている自覚もない。

 幽霊からすれば今の自分は透明人間のようなもの。

 そこいらにある電柱と同じである。

 

「こんな静かな登校は初めてだな」

 

 今まではほとんど霊が寄ってきて偶に逃げるので精一杯だった。

 これなら一緒に帰るのも不可能ではない。

 学校に着くがそこにはほとんど人はいない。

 

「失礼します」

「真斗か」

 

 職員室に入ると先生がいた。

 教室には誰もいないのでまだ鍵がかかっている。

 なので、教室の鍵を取りに来たのだ。

 

「ふむ、その様子だと異常はないな」

 

 僕の周りに幽霊が寄っていないことを先生は確認した。

 

「はい」

「結界も正常に機能している。元々真斗の霊力は清純だから強い力で悪霊を払うよりも先生の恩師みたいに悪霊から身を守ったり癒す方が向いているかもしれないな」

「つまり、結界は僕にとっては得意分野ということですか?」

「そうだな。他にはヒーリングも得意かも知れないな」

「ヒーリング?」

「気の力によって病気や怪我を治す超能力だ。もちろん、霊障にも効果があるのは俺自身が体験している」

「その恩師の得意技がヒーリングなんですか?」

「ああ、ある程度なら俺にも知識があるから教えてやろう。もっとも、恩師のように得意じゃないから基本的なことしか教えられないが……」

「いえ、後の成長は自分でやりますので、基本的なことでも教えてください」

「それじゃあ放課後で教えてやろう。でも、そうなるとまた友達と帰られなくなるが……せっかく、霊が寄らなくなったんだ。今日くらい一緒に帰ってもいいんじゃないか?」

「そうですね……それじゃあ朝に教えてくれますか?」

「もちろん、いいとも」

「今日は大人しく教室で本を読んでますよ」

「漫画は持ち込むんじゃないぞ」

「わかってますよ。読むのは図書室の借りてきた本です」

「ほら。教室の鍵だ」

「ありがとうございます」

 

 そして、教室に戻り1人本を読んでいる。

 今読んでいるのはファンタジー小説。勉強や読書に特化するしかなかったとはいえ読書そのものに関しては特別嫌ではない。

 文字だけでもイメージすればかなり楽しいものだし家の本棚には8割が小説である。

 ジャンルとしてはファンタジー小説、推理小説、オカルト、伝記が主である。

 この時間帯も実は訓練を続けている。

 霊が寄ってくるか確認したり、物事をやりながらでも結界の維持できるように鍛えたり確認することは多い。

 とはいえ、ここまで静かな朝も生まれてから初めてかも知れない。

 

「あ、真斗君おはよう。いつもこんなに早いの?」

 

 本を読んで時間が経ち今日の日直である中島さんが来た。

 中島さんは早く学校に着いている僕に少し驚いているようだ。

 

「うん、遅刻するよりはマシだし、静かに本も読めるしね」

「真斗君って朝早いのね」

 

 少し嘘を言う。

 本当は自分の霊力のコントロールの確認をするためにみんなより早く登校しているのだが、それを知らない中島さんに説明してもわからないだろう。

 

「本好きなの?」

「うん、ファンタジーとか推理小説とか面白いよね」

「私も本が好きなのよ。今度おすすめの本を紹介するね」

「それじゃあこっちも明日おすすめな本を紹介しよう」

 

 ちなみに前の学校でも幽霊も含め読書友達は結構いた。

 

「それにしても立野くんと稲葉さんすごい喧嘩だったな」

 

 原因は稲葉さんが居眠りをしていた立野くんを起こそうとしたけど、全然起きなくて辞書を投げて叩き起こしたことだった。

 流石に辞書を当てるのはどうかと思ったし案の定、立野くんも物凄く怒って稲葉さんに消しかすを吹きかけて復讐をして椅子を使って喧嘩になった。

 当然、授業中に寝ていた立野くんに非はあるし先生もそのことについて怒っていたけど、いきなり暴力を使った稲葉さんも問題あったから注意をして最後に立野君が火に油を注いで稲葉さんがさらに怒って教室から出て行った。

 

「仲直りしているといいね」

「まあ、喧嘩するほど仲がいいという言葉もあるしお互いもう忘れてるでしょ」

「そうだといいけど」

 

 中島さんが心配しながら日直の仕事をしている。

 ……なんかあれだな。

 

「何か日直の仕事を手伝おうか?」

「え? いいの?」

「いいよ」

「それじゃあ花瓶の水を変えてくれないかしら?」

「了解」

 

 正直、女の子が仕事をしているのに男が本を黙々読むことに気になるし、一緒に仕事をしていないと落ち着かない。

 本の続きは日直の仕事の手伝いを終えてからにしよう。

 

 そして、大体の日直の手伝いを終え教室に戻った時、立野くんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「お、おい! 大変だ!」

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「き、郷子が変なんだ!」

「変?」

 

 立野くんたちに言われて何か変な恰好したのか変な行動に出たのかと思って廊下に行くと……稲葉さんの格好がとても女の子ぽくなりました。

 いや、稲葉さんもちょっと男勝りというか基本的に男が着ていそうな格好が主だ。

 そこに偏見はないし服くらい好きに着てもいいと思う。

 こう言っては何だが自分はお洒落に疎い方だと自覚している。

 もう、服は着ればいいやと色合いなどは考えていない。

 流石に女子の服を着たいとは思わないけど、それでも同じような服を着ても気にしないタイプだ。

 だけど、それを抜きに考えても稲葉さんの格好は劇的に変わっていた。

 変わり過ぎるくらいにだ。

 普通、人間はああも簡単に変わるものだろうかと思うくらいにだ……

 

「……あ」

 

 あまりの変わりように僕も中島さんも驚いていた。

 だけど、すぐに彼女の一番の変化に気付いた。

 

(稲葉さんの守護霊……代わっている?)

 

 稲葉さんの守護霊は戦国時代の武将のような鎧を身に纏っていたが、今の稲葉さんの守護霊は大多数が見たら美人というほどの着物を着た女性だ。

 

(守護霊が代わった? だから、稲葉さんもあそこまで変わった―――)

 

 すると、その女性は自分をギロリと睨んだ。

 

「っ!?」

 

 その鋭い視線はまるで氷のように冷たくびくりと背筋が凍った。

 その感覚はよく知っている。

 悪霊が自分に狙いを定めている。

 いや、自分がいたところの霊とは比べ物にならないほどその霊は恐ろしかった。

 邪魔をすれば殺すと言いたげにこちらを凝視している。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のようになっていた。

 

「真斗くんどうしたの?」

「っ!?」

 

 本当に凍らされたかのように自分の体が動かせなかった。

 中島さんに声をかけられなんとか我に返ったが恐怖は消えない。

 自分の腕が振るえるの理解した。

 

「大丈夫? そんなに衝撃だったの?」

「い、いや、少し驚いて……いや~人間、変わろうと思えばあそこまで変われるんだね」

 

 震えを誤魔化して心にもないことを口にする。

 今までの体験で気付く。

 守護霊じゃなく悪霊。

 少なくとも対象の人を守ろうとする類の霊ではないと感じ取った。

 しかも、清めの塩が効きそうにない強力なタイプだ。

 

「そ、そう? ボーっとしてたように見えたけど」

「気のせいだよ」

 

 立野くんが稲葉さんに暴言を吐くけどいつもの稲葉さんではなく、女の子らしく対応していく。

 

(いや、僕の気のせいか? さっきのは自分を感じ取る人物を見ただけで悪霊かどうかも……)

 

 だけど、恐らく自分の直感のおかげで悪い霊かどうか判断できたと思う。

 普段寄ってくる霊は引っ付いてくるけどそれでも先ほどのような嫌な予感は感じなかった。

 そもそも、この勘が無ければ本当に先生と出会う前に悪霊に殺されたと自覚がある。

 この町の危険性にもすぐに気付けた。

 この勘を疑うことは僕には出来なかった。

 

「み、みんな~とりあえずテストをするぞ~」

「え~!?」

 

 ホームルームが終わり先生が抜き打ちテストをする。

 みんなは不満を漏らすが納得できていない様子の立野くんは声を上げない。

 自分もテスト自体は大丈夫だが、稲葉さんの霊で頭がいっぱいでそれどころではない。

 

(どうする? どうすれば――――)

 

 テストの問題を確認する。

 内容は出来なくもなく答えが分かるものばかりだった。

 普通にやれば高得点が取れる。

 

(……っ)

 

 だけど、これを利用することができるかも知れない。

 自分は前の列にいるし隣の人もわざわざこっちのテスト用紙を覗こうとするとは思えない。

 

(これは例え0点になっても!)

 

 テストにあることをしてすぐに解答欄を隠し眠ったようにする。

 こうすることで例えあの霊がこっちに警戒して覗いてみても見えないだろうし先生に怪しまれるだけ。

 

「よし、終了! テストを回収するぞ」

 

 みんなは色々なことを言う。

 自信ある発言、今回もダメだったという言葉。

 僕は何も発さず黙って素早くテストを先生に提出した。

 

(さて、真斗は今回がぬ~べ~クラスで初めてのテストだからな。どのくらいなんだろうな……ん? これは)

 

 こっちのメッセージは確実に伝わる。

 だって、テストの答えの内容は繋げれば―――

 

 

【稲葉さんの守護霊はヤバい。悪霊の気配がした。何とかしないと稲葉さん、間違いなくあの霊に殺される!】

 

 

 これだけだ。自分が出来ることなんてこれが精一杯。

 自分にはまだ悪霊に対抗する術を持っていない。

 ここはその手のプロに任せた方がいいんだ。そっちの方がいいんだ。

 

 

――――

 

 その後、立野くんと一緒に職員室に向かう。

 立野くんは気になって先生に相談することにしたが、自分は先生に呼ばれたからだ。

 多分、メッセージの件だろう。

 

「守護霊交代!? 守護霊って人間を守ってくれる良い霊なんだろ? それが交代するなんてあるの?」

「ああ。割とある現象さ」

 

 そして、先生は守護霊の説明をする。

 働き者のお父さんがいきなり飲んだくれの暴力親父になるが、これも守護霊が交代するのが原因らしい。

 

「へ~」

 

 それについては初耳だ。

 自分もよくオカルト関連の本を読むがそれはあくまで悪霊に襲われたときの対処法を知るためであり霊の知識を蓄える理由ではない。

 

「……じゃあ郷子の守護霊も交代したってのか? 大変だ! 元に戻してくれよ!」

「おしとやかな良い子になったからいいじゃないか……これもあの子の運命の一つなんだし」

 

 そのことを聞いて少し納得がいかない顔になったと自分でも思う。

 それは守護霊が代わるのは運命かもしれない。

 けど、代わりの守護霊が悪霊なんてそんな運命に納得できるはずもない。

 

「それとも? 好きな子が急に変わっちゃったんで戸惑ってんのかな? 広くん」

 

 先生はからかうように立野くんをつんつんと突く。

 

「ばっきゃろー! あんな女、好きでもなんでもねーや!」

 

 立野くんは顔真っ赤になり職員室から出て行った。

 先生はそれを見て笑っている。

 それでも立野くんがいなくなると真剣な表情で僕を見た。

 

「……それでお前の勘だと郷子に憑いている霊は守護霊じゃなく悪霊なんだな」

「……はい。あの霊、僕が自分を見ることが出来る存在だと気付くとギロリと僕を睨みつけてきました。まるで、自分の邪魔をしたら殺すと脅しかけてるように」

「それだけか?」

「……それに前にいた町でも悪霊がいなかったわけではなかったんです。清めの塩が効くレベルでしたが悪霊は悪霊です。悪意というか殺気というかわかりませんがそれを放っている霊がわかります。その勘のおかげで生き残ったと思っています」

 

 清純な気を放つといっても先生に出会わなければ自分の霊力の扱い方を知らなかった。

 今のように膜状の結界を張ることができなかった。

 その頃の自分が生き残れたのもその直感のおかげだと信じている。

 

「そうか」

「あの霊と一緒にいて稲葉さん無事でいられないかも」

 

 そんな不安を零す。

 それもあながち間違いじゃないかもしれない。

 

「お前はどうしたい?」

「え?」

 

 いきなり先生がそんなことを聞いてきた。

 

「あの霊が危険だと気付いたお前は一体どうしたいんだ?」

「……今の自分にできることなんてありませんよ。今はまだ霊力をまともに扱えないんですよ? 邪魔をしたところで返り討ちに合うのが関の山です」

 

 わかっている。

 今の自分ではどうやっても稲葉さんを助けることができない。

 力が無いんだ。

 そうだ、日直の手伝いとかそんなものはいつだって手伝える。

 手に負える。

 前の学校でも幽霊関係以外では手伝ってきた。

 でも、こればっかりは僕の手には負えないんだ。

 

「真斗、お前が怖いのならそれでもいい。怖いのは当たり前だからな。ただ、自分に嘘をついてなければの話だがな」

「っ!? それは……」

 

 先生の言葉に僕の胸は突き刺さる

 

(自分に嘘をついている……そんなことは……そんなことは自分が一番わかっている。見捨てる……本当にそれでいいのかと自分の心に問えばそんなもの……いいわけないに決まっている)

 

 あの霊は確実に稲葉さんを殺そうと動くだろう。

 それを黙って見ていろと言われて見ていられる訳がない。

 

(でも、この町に来て弱くなったんだよ。言い訳を重ねて弱い自分を正当化する。本当はただ恐ろしくて怖いだけなのに……)

 

 先生がいるから何とかしてくれる。

 何もしなくても大丈夫、そう自分勝手に思っている。

 

「真斗。どうやらお前は他の子より頭が回るみたいだが、その所為で考えが纏まらない時があるんじゃないのか?」

 

 図星をつかれた。

 この町に来ていつもそうだ。

 力が無い、コントロールが出来ていない、だから遊べない、帰れない。

 それが常に頭の中で回転してやりたいことをできずにいる。

 本当はみんなと遊びたいのに、一緒に帰って話がしたいのに……

 未熟さを言い訳に一歩引いている。

 

「だから先生からアドバイスだ」

「え?」

「そんな時は逆に何も考えず体に任せてもいいんじゃないか? よく言うだろ? 体や本能は正直だって……『人間、馬鹿になって人を救え』ってな!」

「……失礼します」

 

 そう言われて簡単にできるものじゃない。

 結局頭は動く、そして同じ結果になるんだ。

 逃げるように職員室から出ようとする。

 でも、最後に気付いたことがある。

 

「……先生」

「ん?」

「そのままだと先生の財布が真っ二つになりますよ」

「え?」

 

 職員室から出ると先生が大声で

 

「おあ~! 危ない! 今月の給料がパーになるところだった!」

 

 叫んだことが聞こえた。

 

――――

 

 そうだ。

 確かに今までは幽霊がたくさんいる場所や危険な幽霊がいるときにそこに人を行かせないように相手の興味を惹かせて誘導してきた。

 でも、今回ばかりは違う。

 相手は強力な悪霊だし守護霊だ。

 自分にできることなんて何一つないのに……

 

(……立野くんと稲葉さんは……あっちの道路を通ったか)

 

 自分が扱えるものと言ったら自分を守るための結界だけ。

 先生のような鬼の手も霊能力もない。

 二人を守るだけの力はないんだ。

 

(そこの大通りに向かってるな……って、え? あれ?)

 

 そして、不意に気付いた。

 

(僕はなんであの二人の後をつけてるんだ?)

 

 そう。

 知らず知らずのうちに自分は2人の後を追いかけていた。

 頭の中ではまだ纏まっていないのに、自分の力では何もできないと一番わかっているはずなのに……

 

(なんで)

 

 2人は何か言い合っているがその言葉も聞こえていなかった。

 自分の今の行動に信じられなくてそれどころではなかった。

 散々、自分では大して役に立たないと考えているのに何故自分はここにいるのか。

 不意に先生の言葉が頭に浮かぶ。

 

~逆に何も考えず体に任せてもいいんじゃないか? よく言うだろ? 体や本能は正直だって~

 

(これがその答えなのか? 頭じゃなく体が、本能が助けたがっているということなのか?)

 

 今でも震えているのに、怖い筈なのに、どうしてか体は勝手に動いてしまう。

 

(そうだ。僕が考えていたことは『自分にできること』。力がないからできない。でも逆に言えばあったら助けていた。いや、根本的には助けたいと思っていた!)

 

 『助けたい』。

 それが僕の体が望んでいた答えだった。

 

「あぶねえ!」

「っ!」

 

 立野くんがなんとか稲葉さんを庇ったおかげでなんとか怪我せずに済んだ。

 わかっていた。

 あの霊は稲葉さんを守る気はない。

 逆に殺す気だということは……

 その霊は上に移動する。

 何をするのかすぐにわかった。

 鉄骨を大量に落とす気だ。

 

(危ない!)

 

 気付いたら走っていた。

 何も考えずに二人を押して鉄骨から庇った。

 2人はなんとか無事だった。

 

「ま、真斗!?」

「だ、大丈夫?」

 

 なんとか声が出たが内容は2人を心配するものだ。

 あまりのことに自分を客観的に見ているようにも思えてしまっている。

 

「あ、ああ。真斗は?」

「僕も無事……かな」

「……ありがとうございます」

(これが答えなのか? 『助ける』。これがこの体が望んでいた答えなのか?)

 

 そして、思い返す。

 力が無いから助けられない。

 だが、逆を言えば力があったら助けていたということ。

 言い訳ばかりで思っていた答えから逃げていた。

 だが、それでも助けたいと思っていた。

 

(人間、馬鹿になって人を救え……か)

「三人とも無事か!?」

「先生!」

「先生、郷子の守護霊変だ! 何かあるぜ!」

「俺もそう思う。宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光……郷子の守護霊よ、姿を現せ!」

 

 稲葉さんの守護霊が姿を現すと周囲に尋常じゃない殺気と悪意を放つ。

 

「っ!」

「……!? こいつは守護霊なんかじゃない! この邪気……この殺気は……こいつは憑依霊だ!」

「ひょ、憑依霊!?」

「稲葉さん立てる?」

「え、ええ……」

「立野くん……稲葉さんを連れて学校に逃げよう」

「真斗?」

「さっきの鉄骨を落としたのもこいつの仕業なら稲葉さんを殺すために無差別攻撃する可能性が高い! こんなところでそんなことをすれば被害が大きくなるだけだし、無関係な人間が巻き込まれる。今はもう暗いし他の生徒も帰っている。今、行けば夜になり他の先生も帰るだろうから他の人たちが巻き込まれることもないしな!」

「そ、そうだな!」

「よし、行くぞ! 真斗! 広!」

「郷子! とりあえず逃げるぞ!」

 

 僕と立野くんと稲葉さんが先に逃げ先生は霊を気にしながら移動する。

 そして、目論見通り夜に学校に辿り着き他の人たちはいなくなっていた。

 だが、その間、稲葉さんは怖い思いをしたらしくガクガクと震えて怯えている。

 今のところ襲ってくる気配は見せないが見せないだけで追いかけてくる。

 あれでも稲葉さんの守護霊扱いだからな。

 

「先生、さっきも聞いたけど守護霊が交代するなんて本当にあるの?」

「あるとも。本来その人間を守るべき守護霊が他の霊に入れ替わるのはよくあることだ。そして守護霊が入れ替わるとそれに合わせて人間の人格が変わるという。だが、今度の場合は違う! 郷子のお母さんに聞いたところ空虚とかいうインチキ坊主が金儲けのために無理矢理守護霊を交代させた! だから今、郷子についている霊は郷子を守るつもりなど全くないただの悪霊なんだ!」

 

 そうか。それで来るのが若干遅かったってわけか。

 

「た……助ける方法はあるの?」

「1つだけある」

「察しは付いているよ。稲葉さんの守護霊が交代したからおかしくなり殺されそうになったのなら、その守護霊にもう1回稲葉さんを守護してもらう。これなら元の鞘に収まるでしょ」

「そう。守護霊の再交代だ!」

「……悪い真斗。お前まで巻き込んじまって」

「いいよ。このまま稲葉さんを見殺しにするよりは遥かにマシだ」

「ふっ……それじゃあ始めるぞ。さあ入れ」

 

 先生が扉を開けると同時に鋏やカッターナイフ、彫刻刀など先が鋭く間違えたらそれで死ぬような凶器が飛んできた。

 

「あぶねえ!」

 

 立野くんが稲葉さんを庇い先生は首をずらして躱す。

 自分も今まで散々霊から逃げ避けてから回避には自信があり難なく躱す。

 

「い……いや……もういや~怖い! あたし帰る!」

「こ……こらっ!」

 

 だが、現実離れした今の状況に稲葉さんはパニック状態になってしまった。

 

「お、落ち着いて!」

「悪霊と戦うなんていやよ! 離して帰るんだからあ!」

「郷子!落ち着けよ落ち着けったら!」

 

 どの道、今帰るわけにはいかない。

 このまま帰したら間違いなく悪霊は稲葉さんを殺す。

 そんなの僕たちは許容できるはずがない。

 

「どうせあたしはとり殺されて死ぬのよ! だったら怖い思いしないでいっそのこと……」

「落ち着けったら!」

 

 立野くんは稲葉さんを思い切りビンタした。

 

「死なせやしねーよ! 毎日散々ぶん殴られた借りを返すまではこの俺が絶対にな!」

「それは僕もだよ」

「真斗」

「そんなことで死なせるものか。手伝えることがあるならいつでも手伝うよ」

 

 ここまで来た以上、もう余計なことは考えない。

 今はとにかく2人を助けることだけを考える。

 

「いよいよ霊を呼び出すぞ。宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光……悪霊よ、姿を現せ!」

 

 悪霊は姿を見せた。

 自分が見た姿と寸分も違わず美しい着物を着た女性だ。

 だがそれ以上に視線が冷たくつららで刺されたようになる。

 そう、美しい筈なのに僕にはそれがおぞましいものにしか見えないのだ。

 

「ひゃ~綺麗な女の人……悪い霊じゃないんじゃない?」

「見かけに騙されるなよ。どんなに美人でも悪霊は悪霊だ」

「少なくとも稲葉さんを殺すためだけにあれだけ無差別攻撃してきたんだ。外見はともかく性格は相当腐ってると思うよ」

「無礼者! 口のきき方に気を付けい! わらわを誰だと思っておる。かつてこの地を支配した貴族の娘『千鬼姫』なるぞ」

「千鬼姫か。俺の生徒を苦しめる奴は許せない。とっとと郷子の体から出ていけ! さもないと痛い目に遭わせるぞ!」

「痛い目に遭わせる? お前のような青二才が千年を生き妖鬼と化したわらわをのう……上等じゃねえかボケエエエエッ!」

 

 本性を見せた千鬼姫は醜い茨を纏った化け物に変化した。

 その茨を稲葉さんに巻き付ける。

 

「郷子!」

「稲葉さん!」

 

 僕たちに眼中無いのか真っ先に稲葉さんを攻撃しやがった。

 稲葉さんをそのまま外に放り出そうとする。

 

「郷子!」

 

 それを立野くんは足に抱き着いて必死に引っ張る。

 

「くっ!」

 

 僕もそれを手伝う。

 だが、自らを妖鬼と言うだけあってパワーがあり僕たち2人の体重でも引きずられる。

 

「くそう!」

「千鬼姫! 馬鹿な真似はやめろ! 郷子に何の恨みがあるんだ!?」

「ぎゃははは! 恨みなどない……血が……清らかな処女の生き血が欲しいだけよ! わらわの美しさを保つためにな!」

「何だと!? 千鬼姫……まさかキサマは!? 平安時代……自分の美しさを保つため何百人の女を殺しその血で体を洗っていたという……稀代の悪女……服部家の千鬼姫なのか!?」

「うげっ! 何百の女の血で……道理でおぞましいと思ってた。性根は平安時代から腐ってやがったのか……」

 

 あの目は人がどんな風に惨い死に方をしようと関心を持たない冷酷そのもの。

 だから初対面であそこまで恐ろしかったのか。

 それは確かに他の霊とは比べ物にならないほどの邪気だ。

 美人なのは認めるが、それに自分がときめかないのも納得である。

 

「それで郷子も殺そうというのか!! 自分の身勝手なエゴのために!」

「カカカ、美しくなるためならばどんなことでもやる。それが女というものよ」

 

 すると千鬼姫は消えた。

 

「待て! おのれどこに」

「ぐっ!」

 

 だが、すぐに千鬼姫は現れた。

 千鬼姫は外に出ており郷子を引っ張り落そうとしている。

 それに伴い僕たちもさらに踏ん張ることになる。

 

「ギャハハハハ!」

「郷子!」

「ぐうううう!」

「ケケケ……落ちろ落ちろ!」

「広! 郷子! 真斗!」

「広くん! 真斗くん! 離して! このままじゃあなたたちまで落ちてしまうわ! 私のためにあなたたちまで死ぬことないじゃない!」

「ばっきゃろー! 俺は男だ! 女を見殺しにできるかっ! お前は俺が守ってみせる! 俺の命にかえてもなーーーっ!」

「それに……冷たいこと言うなよ……僕たち『友達』……だろ? 郷子ちゃん、広くん」

「真斗……」

 

 ごちゃごちゃ考えたけど友達だと思ってくれてる人たちをやっぱり見捨てたくないよ。

 

「少なくとも時代遅れのクソ婆に僕の友達を殺されてたまるか! 人間、馬鹿になって人を救え! そうだろ! ぬ~べ~!」

「広くん、真斗くん」

「カカカ! 面白い! 守れるものなら守ってみな!」

 

 千鬼姫は広くんと僕に茨状の鞭を振るう。

 

「僕の……僕の友達をこれ以上傷つけるんじゃねえ!」

 

 とっさに自分の霊力を結界に通す。

 試したことはないし、思い付きの勢いでやったこと。

 だけどこれ以上友達が傷つく姿を見たくないと自分の願いが叶ったのか結界が風船のように膨らみ千鬼姫を吹き飛ばした。

 

「何!?」

 

 だが、千鬼姫の引っ張りが無くなり郷子ちゃんは落ちそうになる。

 思わぬ力で一瞬、脱力し広くんと共に落ちてしまう

 

「「うわああああ!!」」

「広! 郷子! 真斗!」

「想定外だが落ちた! 死んだ!」

「広ーーーっ! 郷子ーーーっ! 真斗ーーーっ!」

「ケケケ! 下はコンクリートだ! 助かりはしない!」

(まだだ! まだ自分は死んでいない! 死んでない限り出来ることがある筈!)

 

 落ちたから諦めるんじゃない。

 生きてるギリギリまで生き残る術を考える。

 この選択に後悔は一切ないが、諦める必要はどこにもない。

 

「って、え?」

 

 だが、自分でも思いもがけないことが起きていた。

 千鬼姫は下はコンクリートだと言っていたが、下はコンクリートではなくトラックだった。

 しかも、そのトラックは鉄製の箱ではなく布状のドームだった。

 それがクッションとなり僕たちは助かった。

 荷物を運んでいた運転手は驚いていた。

 

「こ、こんなところにトラック? な、なんで?」

 

 訳が分からず辺りを見ると予想外の助っ人が現れていた。

 それは郷子ちゃんの守護霊だった。

 

「……心配で戻ってきてくれたのか? とにかくありがとう」

「え? 真斗? なんか言ったか?」

「何も……運転手さん、ありがとうございます」

 

 運転手はお礼を言われるとわからないままぺこりとした。

 

「……とにかく終わった」

 

 上で何やら戦いが起きたようだがすぐに収まった。

 ここに来ないところを見るとどうやらぬ~べ~が勝ったみたいだ。

 流石の悪趣味で勘違いの千鬼姫でもぬ~べ~の敵ではなかったようだ。

 

「は、ハハハ……」

 

 渇いた笑いをする。

 本当に大変だった。

 友達を守るために一体自分はどれだけ死にかかったのだろう。

 そして、役に立ったかと言えば多分役に立っていないと思う。

 そして、多分こんなことをずっとやっていくんだろうなと何処かで諦めがついた。

 

「な……何よ、広! 真斗も! なんだっつーのよ!」

「広!? 広っつったな! 広くんじゃなくて!? 元に戻ったんだな? 良かったなー!」

 

 郷子ちゃんも元に戻ったみたいだ。

 良かった良かった。

 何だろう、幽霊と関わって危険なことがたくさん起きたのに汗を掻きまくったのに風が気持ちいいや。

 

「よし、広! 郷子を送ってくんだぞ!」

「ああ!」

「事情は聴いたわ。真斗、本当にありがとう」

「俺からも礼を言うぜ」

「ううん。二人とも無事でよかったよ」

「真斗もようやく俺たちのことを下の名前で呼んでくれたしな」

「俺のことも『ぬ~べ~』と呼んでくれたりとかな」

「うっ。まあ、友達だし他人行儀ってわけにもいかないしね」

 

 広くんと郷子ちゃんは嬉しそうに僕の方を見る。

 普通に恥ずかしい。

 

「真斗の方は俺が送り届けるからな」

 

 そして、今日はここで解散。

 広くんと郷子ちゃんは帰っていった。

 あんなことがあれば、仲直りできても不思議じゃないさ。

 

「……どうだ? 馬鹿になって人を救ってみた感想は?」

「答えわかってるでしょ……悪くなかった」

「そうか。先生はお前のことそうだと信じていたぞ」

「とりあえず友達を助ける際、深く考えないようにしとく」

「それがいい」

「それじゃ帰るんでしょ?」

 

 流石に夜中に一人で帰るのは色々と怖いものがある。

 色々考えないと言っても夜での単独行動自体は考えるよ。

 だって、まだ怖い霊はいるからな。

 

「……待った」

「え?」

「先生の方から君のお母さんに伝えるからこれやっておかないか?」

 

 そういって取り出したのは……テスト用紙だった。

 

「これ……テストですよね?」

「ああ。今日みんなとやった同じテストだ」

「今からこれをやるのですか?」

 

 突拍子もないことで、僕も少し驚いていた。

 

「今日、お前は郷子の危機を俺に知らせるためにあえて答えを書かなかっただろ?  流石にこれをみんなの前で返すわけにもいかないしお前の実力を見ておきたいんだ」

 

 そう言って悪霊の存在を伝えたテスト用紙をぬ~べ~は握り潰してくれた。

 

「……いいんですか?」

「今回だけだ。今回はお前が二人を助けようとした褒美と考えてくれ」

「テストが報酬ね……本来は勘弁したいと思うけど……」

 

 それなら本気でやるしかないな。

 

「遠慮なくやりますか!」

「それじゃあ始め!」

 

 僕は鉛筆を手にテスト用紙に答えを書いた。

 

――――

 

 こうして守護霊騒ぎは終わりいつもの平凡の日々が戻った。

 インチキ坊主は先生が千鬼姫を返品したことで仕返しを終えているらしい。

 テストの方は100点で返ってきた。

 

「えーであるからして」

 

 広くんは相変わらず寝ている。

 郷子ちゃんはまた叩き起こそうとするが、その手を止めた。

 その際、声が聞こえた。

 

「広くん、ダメよ、起きなさい」

 

 と優しく広くんを起こそうとするが……

 

「うわあああああ! 郷子がまたおかしくなった~~!!!」

(ですよね!)

「んだとテメエ! 人が優しく起こしてやってんのにおかしいたあなんだ!!」

 

 あまりの変わりように広くんがパニックになりそれにぶち切れた郷子ちゃんが広くんを何度も蹴る。

 

「よかった正常だ」

「き、郷子ちゃん? さ、流石に元に戻って数日でそれをやられると怖いと僕も思うのですが……」

 

 また変な霊が襲ってきたと身構えたよ。

 うん、いきなりの性格改変に若干のトラウマを持ったよ。

 

「あれ? 真斗くんって郷子ちゃんと仲良くなったの?」

「広くんとも仲良くなったよ。色々あったからね」

「色々?」

「少なくとも……急激な性格の変化は恐ろしいと思いました」

「?」

「あの~授業中なんですけど……真斗も授業中会話しない」

「あ、すみません」

 

 それでも自分から壁を作るのは極力やめることにした。



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#005【はたもんばの恐怖!】

「えー! 霊界伝説を買えたのか!?」

「よく買えたよね!」

「まあな!愛美が喜ぶんだよな」

「クールの克也も妹には甘いのよね」

「妹と仲が良いな。そっちの方が良いけどね」

「そうね」

「ウチは共働きだろ? 父ちゃんも母ちゃんも夜遅くまで帰って来ないから俺がその間、ずーっと愛美の面倒を見てきたからな。だから余計に懐いてさ」

「流石の克也も妹には弱いんだな」

「ま、まあな」

「うんうん。良い事だ。僕一人っ子だから羨ましいよ」

「美しい!」

 

 僕たちが雑談をしていると廊下でぬ~べ~の大声が聞こえた。

 

「ん?」

 

 廊下を覗いてみるとぬ~べ~と高橋先生がいた。

 

「ステキっす! 最高っすよ! ナイスバディですよ! リツコ先生!」

「もう、鵺野先生ったら!」

 

 で、何故かぬ~べ~が高橋先生を激写していた。

 それはもう、週刊誌のカメラマンのように

 

「何をやってるの? ぬ~べ~?」

 

 思わずツッコミをしてしまった。

 広たちもそう思ったのか頷く。

 

「おっ、いいところに来た! いやー近所のカメラ屋でポラロイドの安売りしてたんで買ってたのだが、どーせ撮るのなら美しいビーナスのようなリツコ先生をモデルにと思ってな!」

「もう、上手なんだから先生ってば」

 

 ま、まあ了承を得ているなら文句はないが、鼻の下が伸び切ってるな

 

「では美男美女のツーショットを撮ってもらおうかな!」

 

 そして、広くんにカメラを渡す。

 

「なーに考えてんだかこの男は……」

「あっ……」

 

 広くんが呆れてカメラで撮ったが、さっきのタイミング……ぬ~べ~の背後に幽霊が寄ってきたのだが……しかも、自分達まで映ろうとポーズをしてまで……

 

「あっ?」

「ほーら、こんなに綺麗に撮れましたよリツコ先生」

「ちょっ!」

「ちょっ?」

 

 そんな写真をよりにもよって高橋先生に見せるなんて……

 確か高橋先生は怖いの苦手じゃ……

 

「ぎゃああああ!」

 

 案の定、高橋先生が悲鳴を上げて写真をビリビリに引き裂いてぬ~べ~をぼこぼこにした。

 

「こんなイタズラをするなんて……鵺野先生大嫌い!」

「い……いや……これは……浮遊霊が……勝手に……リツコ先生……」

「……哀れな」

 

 まるでギャグマンガのような展開である。

 とりあえず、ぬ~べ~に合掌をする。

 

「ねえー私にも撮らせてよ」

「……と言うよりもさっきの『あっ』とか何よ真斗」

「い、いや、細川さん……ぬ~べ~ならそんな展開になるだろうなと思ってさ……なんというか一種のパターンだと思っちゃってさ」

 

 少なくともその前に霊が見えたなんて言えないのでちょっと誤魔化す。

 

「ふーん」

 

 そして、みんなの撮影会が始まった。

 確かフィルムってそこそこ高かったような……

 もちろん、僕がカメラ役に徹したよ。

 下手に映ってぬ~べ~の二の舞になるのは嫌だし……

 

「おー、綺麗に撮れてるのら!」

「そりゃそうだよ! 普通はちゃんと映るもんだぜ」

「ぬ~べ~ったら写真もまともに撮れないのね」

「やめてあげて……余計に虚しくなる」

 

 それ以上、言ったら同じ体験をした自分まで悲しくなってくる。

 

「可哀想に……」

「……ん?」

 

 どうしたんだろう……

 木村くんの顔が真っ青になってきた。

 

「克也、そっちはどう?」

「見せろよ」

「お前らな……そのフィルム安くないんだぞ!」

 

 そして、広くん達は逃げた。

 

「あ、こら、待て!」

「ご愁傷様、先生」

「真斗、お前もだよ!」

「まあまあ、足りなくなったらフィルム分けてあげるから」

 

 これと同じタイプを持ってるからフィルムもそこそこあるのだ。

 霊能力を持っている証拠として撮る意味も無くなった。

 最近では出番が無いのだ。

 コントロールに慣れたら景色を撮るのも悪くないかも……

 

「それは本当か!?」

「ま、まあ、嘘は言いませんけど……」

「なら、お前は許す!」

 

 それであっさりと許すのもどうなんですか?

 にしてもさっきの木村くんの顔、気になるな……

 

………………

…………

……

 

「な、なあ先生……3丁目にあるはたもん場って言う神社なんだけどよ。あれ、何の神様を祀ってるんだ?」

「はたもん場?」

「……ん?」

 

 教室の床を雑巾がけをしているが、木村くんがぬ~べ~にそんな話をしてきた。

 

「ああ、あれは神様ってもんじゃないぞ」

「え?」

「あそこは昔の処刑場の跡だ」

「処……処刑場!?」

「あそこは江戸時代、罪人を何百人も打ち首にしてさらし首にして腐るまで並べていた場所なのさ……あそこには今でも打ち首に使った刀が納められているという話だ」

(そんな所まであるのか……この町は……)

 

 軽く絶望する。それはここまで霊が多くなるのも分かる。

 無念の死で彷徨っている霊が多いと予想できる。

 

「う……打ち首の刀……」

「それがどうかしたか」

「い、いや……」

(本当に危険区域だな、この町……)

 

 はぁー取り合えずこれで掃除も終わりだな。

 この暗い気分をどうしようかな……

 

「克也ーっ! 大変だ! 愛美ちゃんが!」

「何!?」

 

 僕達も慌てて向かった。

 すると、階段の所で倒れていた愛美ちゃんの姿があった。

 

「愛美ーっ! く、首が!」

「あ、お兄ちゃん」

「愛美……」

「大丈夫か?」

「いきなり蛍光灯が落ちてきたんだよ」

「危ないわよね」

「ネジが緩んでいたのか?」

 

 ちょっと、気になったのでぬ~べ~が調べている横目で蛍光灯を見た。

 すると、蛍光灯がまるで刃物のようになっていた。

 

「痛い……」

「すぐ、保健室に行こうな」

(首から血が……仮にこれが……打ち首……)

 

 まるで、さっき聞いた、はたもん場のようだ。

 

(偶然? いや、でもさっきの刃……普通じゃないでしょ)

 

 僕達はすぐに保健室に向かった。

 今でも木村くんが顔面蒼白になっているが何か関係があるのだろうか?

 

「大したことは無い様だが……一応、保健室の先生に診てもらわないとな」

「先生、妹が怪我を……痛っ!」

 

 木村くんが痛がるの不審に思って扉を見ると扉が刃物みたいになっていた。

 

「な、なんだこりゃ……う、嘘だろ!?」

 

 そして、その扉は勢いよくしまった。

 まるで、木村くんを殺すように……

 

「うわあああ!」

「木村くん!?」

「どうした!? 克也!」

「ど、ドアが刃物みたいに!」

「え? 本当だ! 一体、誰が!?」

「……少なくとも人間の仕業じゃないでしょ……こんなの」

 

 ぬ~べ~も同じように思ったのかそのドアに触れる。

 

「……かすかな妖気を感じられる」

「妖気!?」

 

 その言葉に木村くんは思い切り動揺する。

 ここまで来ると関係に気付いていると考えても間違いないでしょ。

 

「何か心当たりでもあるのか?」

「し、知らねえ! 俺は何も知っちゃいねえ!」

 

 でも、この様子だと聞ける状態じゃないな。

 少しだけ時間を置いてあげますか……

 そして、放課後

 

「何だよ、克也」

「相談って?」

「……見当はついてるけどね」

「真斗?」

 

 一応、近くに愛美ちゃんはいないから大丈夫でしょ。

 愛美ちゃんは先生に診てもらった後、学校の玄関で待ってもらっている。

 

「はたもん場で何かやらかした……でしょ?」

「……気付いていたのか、真斗」

「ここまで打ち首みたいな出来事や刃物が関わってくると嫌でも気付くよ。近くに愛美ちゃんがいたから、あえて理由を聞かなかったけどね」

「何かって何を?」

「……実は俺……はたもん場で賽銭を盗んじゃったんだ」

「賽銭を盗んだ!?」

 

 なるほど、それではたもん場が怒って呪っているのか

 

「3丁目のはたもん場から!?」

「なんでよりにもよってあんな所から!?」

「知らなかったんだ……愛美は前からゲームソフトを欲しがっていたし、まさかこんな祟りがあるなんて」

「けどよ、それならなんでぬ~べ~に相談しないんだよ?」

「怒られるのは怖いの?」

「そんなんじゃねえよ」

 

 理由は分かりきってる。

 妹にカッコ悪い所を見せたくないもんな。

 

「愛美は俺のことをすげえ尊敬してんだ。世界一のお兄ちゃんってよ。その俺が賽銭ドロをする不良だなんて知ってみろよ。あいつどんなに悲しむか……アイツの泣き顔は見たくないからな」

「そうだな」

「けど、このままじゃ俺一人だけじゃなく愛美の命も危ねえかも知れないんだ。はたもん場は盗んだ金を使った俺たち兄妹を呪い殺そうとしてるんだ」

 

 そうだろうな。

 他にも木村くんや愛美ちゃんと一緒に行動している子だって危なくなる可能性もゼロじゃない。

 

「俺は今日、返しに行くつもりだ! ぬ~べ~には内緒で付いて来てくれないか?」

 

 ……本当なら後で愛美ちゃんがいないところで怒られた方がいいかも知れないが放っておくことも出来ないか……

 

「いいよ。愛美ちゃんのためだもんな」

「仕方がない、行ってやるか」

「乗り掛かった舟と言うし……協力してあげるよ」

「広、郷子、真斗! ありがとうな」

「それじゃ、僕の家の方が遠いから、先に帰って金を持ってくるよ」

「その間に私達はぬ~べ~から道具を借りて来るわ」

 

………………

…………

……

 

「ねえ、お兄ちゃん、なんでここの神様に謝るの?」

(妖怪出ませんように、妖怪出ませんように、妖怪出ませんように、妖怪出ませんように!)

 

 はたもん場は確実だろうけど他の妖怪が出たら普通にマズいから出ないように祈っている。

 

「ん? あ、ああ広の奴がここで立ちションしてチンポコが腫れちまったもんでさ……」

「ムッ!」

 

 罪を擦り付けられて広は普通に怒りそうになり郷子ちゃんが抑える。

 

「じゃあ、読むよ……宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻」

「真斗、凄いね……スラスラ読むなんて」

 

 ぬ~べ~と一緒にこういう練習をしているから読めるようになってきた。

 効くか効かないかと考えると多分効かない。

 こっちは未熟者。

 そんな者のお経なんて通用しないだろうな。

 

「はたもんばさん……500円はお返しします! どうかお怒りを静めください!」

「克也に500円を貸したのは僕達です! ありがたく受け取ってください!」

「広は100円しか出していません……残りの400円は私と真斗が出しました」

 

 念のために多めに持って来てよかった。

 

「どうか、木村くんを許してください。罪人達のように悪意があってやった訳じゃないんです」

 

 そして、しばらく祈った。

 

「ど、どうかな?」

「許してくれたんじゃねえか?」

「多分ね」

 

 ……どうだろうな。

 念のために財布を手に持つ。

 

「ゆるさん」

「「「!?」」」

「そ、そうですよね! 普通、借りたら利子が付きますもんね」

「よ、よしもう25―――」

 

 そんな金で許してくれるとは思えない。

 なので、こっちもある程度のお金は用意してきた。

 

「え!? 真斗!?」

「せ、1000円も!?」

 

 僕は何も躊躇いも迷いも無く、あっさりと1000円を賽銭に入れた。

 

「どうか許してください、お願いします」

「……ゆるさん」

(まだ足りないってか? ならばさらに追加だ)

 

 そう思ってさらに2000円を追加で賽銭箱に入れた。

 

「に、2000円も!?」

「どうか許してください、悪い奴じゃないんです。悪意があってやったのじゃありません。これで許してやってください」

 

 それでもダメなら幾ら出しても無駄だと判断できる。

 

「……ゆるさん! 打ち首じゃ!」

「うわあああ!」

 

 僕も軽く避けると地蔵の首が両断された。

 

「……はい、逃げよう! これ以上は無駄だ!」

 

 例え1万円以上出しても、こいつは絶対に許してくれない。

 

「そ、そうだ! 怒ってる! 逃げろ、愛美!」

「待て! 盗人が!」

「……!」

「許さん……許さんぞ! 罪人は皆打ち首じゃ~!」

 

 そして、祠の扉が開く。

 そこにいたのは輪状となった刃にまたがっているという不気味な落ち武者のような怪物が現れた。

 

「納得した……アイツ……もう首を切ることしか考えられなくなってやがる!」

 

 だから、いくら金を払ってもこいつの打ち首の決定は消えない。

 罪人と決めた者の首は絶対に切るしか考えなくなっている。

 

………………

…………

……

 

 僕達は全力で自転車を漕いでいた。

 そうしなければ奴に惨殺されてしまう。

 

「盗人め~! 首を寄越せ~!」

 

 犬は奴に吠えるが、問答無用でそいつは犬の首を刎ねる。

 

「……あの野郎、自分は良いってことか!? 明らかに罪のねえ犬の首も刎ねたぞ!」

 

 警察も暴走車を追いかけるためにスピードを出して追いかけている。

 だが、人を撥ねてまでしない。

 その勝手さに少しイラっとした。

 

「……たく、お願いしてもダメなら、こっちの3000円を返しやがれってんだ! この頭でっかち!」

「真斗って……本当に逞しい時があるね」

「お兄ちゃん! あの妖怪、何で追っ掛けてくるの!? 盗人ってドロボーのことだよね?」

「……」

「きっとアイツ、勘違いしてるのね……お兄ちゃんがドロボーするわけないもん!」

 

 木村くんが気まずそうに暗くなる。

 

「克也、学校に行くぞ! 確かぬ~べ~は今日、宿直って言ってたからな」

「こんな事態になったんだ……隠すもくそもあるかよ!」

 

 奴は全力で木村くん達を殺す気だしね。

 そして、学校に辿り着いた。

 急いで自転車から降りて学校の門を登る。

 愛美ちゃんは木村くんが登らせた。

 

「来やがった!」

 

 学校のドアに辿り着くころに奴は学校の門前に来た。

 

「ぬ~べ~! 開かない!」

「もう帰ったんじゃ!」

「そんな!」

「待たんか! ガキ共!」

「裏に回ろう」

「もうダメ! 逃げられない!」

 

 その時、ドアが勢いよく開いた。

 

「早く! 中に入れ!」

 

 ぬ~べ~の指示通り学校に入りドアを閉めた。

 

「ここには結界が張ってある。妖怪は入ってこられない」

 

 その結界にはたもんばは進めないでいる。

 

「……ごめん」

 

 自分は白衣観音をぬ~べ~に返してぬ~べ~もそれを受け取った。

 

「教えてもらおうか……何故、アイツに追われてる? どうして俺に隠そうとした?」

 

 こうなった以上、隠し通すのは難しい。

 

(僕が言ってもいいけど……木村くんが自白するのを待ってあげるか……)

「……言えないのか?」

 

 すると、ガラスが割れた音がする。

 

「……一応、教えるよ。アイツはもう相手の首を刎ねることしか考えていない。どれだけ許しを乞おうと自分が何かしらの罪を犯そうと気にしない。許せない相手の首を刎ねないと気が済まないようになってる。説得は無理だよ」

「……!」

 

 はたもんばが学校に侵入する。

 

「こいつは驚いた……結界を破って入ってくるとは……俺の生徒に何の用だ?」

「罪人は首を切る!」

「罪人? 何のことだ?」

「首を切る! 切る切る切る切るのだ!」

「……真斗の言う通り話が通じる相手じゃなさそうだな……奥に隠れていろ! 俺の生徒達には指一本触れさせん!」

 

 そして、ぬ~べ~は左手の封印を破る。

 

「我が左手に封じられし鬼よ、今こそその力を……示せ!! 破ぁーーー!」

 

 ぬ~べ~とはたもんばの刃がぶつかり合う。

 拮抗したが……

 

(鬼の手が!?)

 

 はたもんばの刃が鬼の手を弾き返してぬ~べ~を校舎の外まで吹っ飛ばした。

 

(ぬ~べ~の鬼の手が負けるなんて)

 

 そのショックは僕だけではなく広くん達も相当受けたようで恐怖で固まっている。

 

「ガキ共め~! 何処へ隠れた! 罪人は首を切るぞ~!」

 

 僕達は急いで階段を上り逃げた。

 そして、教室に隠れた。

 

「ぬ~べ~の鬼の手が跳ね返されちゃうなんて」

(本当にそのまさかだ……でも、よく分かった)

 

 本当はここでショックを受けて考えられなくなるがこんな恐怖は慣れっこ。

 自然と冷静になってくる。

 

(奴は打ち首の刀が変化しただけあって刀が全て……刀がある真正面や後ろを攻撃しても勝てない……だが、逆に弱点も分かりやすい! 弱点は刀がない真横だ……あそこを攻撃されたらいくら奴でも対抗できない)

 

 だが、ここで問題が出て来る。

 どうやって、真横を攻撃するかだ……

 普通にやったのでは刀を自分の方に向けられて隙を消されてしまう。

 そこそこスピードもあるから躱してその隙に攻撃も現実的じゃない。

 

「段々近付いて来る」

「どうしよう……」

「ここか……」

 

 そして、今までの現象が奴の仕業なら忘れてはいけないことがある。

 

「ひぃぃぃ!」

「窓から」

 

 広くんが窓に向かう前に僕は腕を掴む。

 

「無駄だよ。奴の力で逃げ道は全て刃物になってる! 保健室の扉が刃物になっていたのならここの窓だって……!」

 

 そう、今までの蛍光灯も保健室のドアの刃物化も奴の仕業なら奴は自由自在に物を刃物に変える。

 

「そ、そんな……」

「それじゃ、周りにある物全部……」

 

 僕は力を込めてドアを開く

 

「バレた以上、ここにいる必要はねえ! 抑えるから早く逃げろ!」

「うわああああ!」

 

 教室に隠れるのは危険だな。

 あらゆる物が凶器になるのなら教室は凶器だらけになってしまう。

 

「ちくしょう、あの野郎楽しんでやがるんだ!」

(どうする!? このままじゃ、みんなが殺される! アイツを倒す方法は絶対ある筈なんだ! 考えろ……今こそ、家に籠って本を読んでいた知識を活用する時だろうが!)

 

 どうやってアイツに大きな隙を作りだす。

 どうやってあの能力から逃れる!?

 

「へへっ! 逃げても無駄だ! 罪人は打ち首じゃ!」

「こっちだ!」

「うわっ!」

「ま、愛美!」

「お兄ちゃん!」

 

 木村くんが愛美ちゃんに駆け寄った。

 

「……っ!」

「大丈夫!? 立ち上がれる!?」

 

 後から追いかけた僕も立たせようとする。

 

「……っ! シャッターが!」

「克也! 愛美ちゃん! 真斗!」

 

 すると、ぬ~べ~が現れてシャッターを殴り止めてくれた。

 

「早くこっちに!」

 

 僕達は急いでシャッターを潜る。

 手を引くとシャッターは静かに下りた。

 

「みんな、怪我は無いか」

「そういうぬ~べ~も……」

 

 ぬ~べ~はボロボロの血だらけで鬼の手も痛々しい。

 

「首! 首! 首っ!」

「くっ……ここはひとまず退散だ!」

(……っ!)

 

 そんな危機的な状況で僕はあることに気付いた。

 

(なんでぬ~べ~はシャッターを殴って大丈夫なんだっけ?)

 

 逃げる時、もう一度、シャッターを確認する。

 

(そうか……シャッターの刃物化は『辺』までなんだ)

 

 扉もそう……いくら刃物にしても面に触れても切れるわけがない。

 これが奴を倒せるヒントになるかも知れない。

 つまり、『面』同士が重なり合った空間なら奴の能力の範囲外になる。

 そして、家庭科室に逃げ込んだ。

 

「奴は江戸時代、罪人を打ち首にした刀が妖怪に変化したものなんだ。殺された何百人もの罪人の怨念で出来た妖刀は鬼の力でも打ち破れない」

 

 ぬ~べ~が説明をしている間に僕はある作業をしていた。

 

「先生、怪我の具合は?」

「大丈夫だ、ある程度回復した」

「そっか……良かった」

 

 それを聞いて安心した。

 さっきのヒントではたもんばを倒す方法は考え付いた。

 

「それより、アイツはお前達のことを罪人だと呼んだ……どういうことなんだ?」

「お兄ちゃん……痛い」

 

 さっき逃げる時に転んでいたから擦りむいたようだ。

 

「愛美」

 

 克也は急いでハンカチを出して応急手当をした。

 

「ごめんな。俺の所為でこんな目に……」

「どうして? お兄ちゃんは悪くないよ。あの妖怪が勝手に追いかけてくるだけじゃない……罪人だなんて」

「愛美……」

「……お兄ちゃんが悪いことするわけないもんね。愛美、信じてる」

 

 そんな愛美の信じる心がこの事態を引き起こした克也に罪悪感が増す。

 そして、耐え切れなくなっていた。

 

「……ごめん! 今まで黙ってたけど……俺……はたもん場の祠から賽銭を盗んだんだ……ごめんな、愛美……アイツの言う通り俺は盗人の罪人なんだよ……俺はいいお兄ちゃんでいたかったけど、お前にこんな怪我をさせて……最低の大馬鹿野郎さ」

「お兄ちゃん……」

「先生……すまない」」

「ぬ~べ~! 克也は怒られるのが怖くて黙ってたんじゃないの! 愛美ちゃんをがっかりさせたくなくて……」

「理由はどうあれ、克也のやったことは悪いことだ。絶対にやってはいけないことだ……だが、今は」

 

 そして、奴が近付いてくる音が聞こえた。

 よし、これをこうすればっと……上手くいった。

 これで昔読んだ本の知識を足せば作戦は完成する。

 

「奴をどうにかしないと」

「先生、どうすんだよ!」

「鬼の手が効かないんじゃ、勝ち目無いよ」

「……そうでもないよ」

「え?」

「真斗?」

「……刀と鬼の手をぶつけて勝てないならぶつけなければいい。あの人の部分に鬼の手が当たれば倒せる。真正面がダメなら真横って奴さ」

「で、でも、どうやって!?」

「せ、先生! 俺が囮になる!」

「え……」

「俺が奴の気を惹き付けるからその隙に先生は奴を横から! 頼む、俺にやらせてくれ! 俺の所為で妹や仲間に危害が及ぶなんて耐えられねえよ! 俺はどーなったっていい! 頼む、責任を取らせてくれ!」

「克也……」

「克也がどーなるかはこっちはごめんだけど、責任は取らせてあげるよ」

「真斗?」

「……こっちの作戦乗る勇気ある?」

「真斗……」

 

 当然、克也を死なせる気は毛頭ない。

 奴を倒す算段は既に整った。

 

 そして、奴は侵入してきた。

 同時に広達は白旗を上げる。

 

「はたもんばさん、悪いのは克也一人だけなんだ!」

「私達は関係ないの! だから助けて! ねっ、お願い!」

 

 広は棚を開くとそこに克也が閉じ込められていた。

 

「うわああ! やめろ、死にたくない!」

「罪人の首を切るぞ」

「助けて馬鹿! ろくでなし! やめろ馬鹿!」

 

 はたもんばは笑う。

 そして、刀を振り落とす。

 だが、その克也は鏡だった。

 本当は反対方向にいる。

 

「何、鏡じゃと~!?」

「こっちだはたもんば!」

「!」

 

 はたもんばはすぐに刀を引こうとするが木を切ってしまい抜けない。

 ぬ~べ~は思い切り殴りはたもんばは刀に戻った。

 

「やったー! やっぱり鬼の手は最強だ!」

「よくやったぞ、克也」

「名演技だったな」

「お兄ちゃん、大好き!」

(妹の目の前でお兄ちゃんらしい所を見せることが出来たな……あの刀は罪人の首を切るだけに使われた……そのため、使う人間がいなくなっても首を切るという執着だけが残り妖怪化したのだろう……哀れな話だ)

「にしてもファインプレーだぜ、真斗!」

「まさか、棚に鏡を入れて囮にするなんてね!」

「まあな。あの時のシャッターで奴は『面』までは刃物化出来ないと分かって、なら面と面が重なり合った棚にいれば奴の能力の範囲から外れると思ったんだ。木を切らせれば引き抜くのに絶対に時間が掛かるから偶然とはいえ家庭科室に逃げ込んでよかったよ!」

「真斗、すまない。俺のためにあれだけの金を使わせてしまって」

「ん? あぁ別にいいよ。また貯めればいいし欲しい物もあんまりないんだ。お金よりも人の命だ」

「……ありがとう」

「なあ、真斗はいくら使ったんだ?」

「3000円と200円よ」

「何!? そんなに使ったのか!?」

「使ったよ。もしかしたら許してくれると思ったけどな」

「本当に恩に着るよ。お前が困ったら絶対に助けるからな」

「期待してるよ」

 

 まあ、お金では買えないものもあるし、克也と愛美ちゃんの命が助かったのなら安いものかな



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#006【恐怖の暴走バス!】

「わははーい!遠足の一番の楽しみはお弁当なのだ!」

 

 今日は遠足の日。皆で弁当を食べている。

 

「それにしても、アンタの弁当おにぎり多過ぎない?」

「そうね。唐揚げと玉子焼き以外おにぎりが占めてるわよね」

「おにぎりは好物だよ。塩むすびは大歓迎だ」

 

 もぐもぐしながら食べる。

 

「でも美味そうだよね」

「そうそう。基本的に朝はごはんなんだ」

「へーそうなのか」

 

 ちなみに広くんと郷子ちゃんは仲良く喧嘩をしています。

 そして、ぬ~べ~は遠足の日なのにインスタントラーメンを食べようとしていた。

 

「早く沸騰しろ~大自然の中でインスタントラーメン! ……ちょっと惨めかな?」

 

 自覚はあったのね。

 すると、広くんは食べながら他の男子もサッカーをして遊んでいた。

 僕は参加していない。

 

「おーい、広! 食うかサッカーをやるかどっちかにしろ~!」

 

 郷子ちゃんははそんな広くんに注意をするが聞いてもらっていない。

 

「あら、美樹食べないの? あんたらしくもない遠慮なんかして……」

 

 郷子ちゃんの言う通り細川さんはそこまで料理に手を付けていなかった。

 

「……実はあたし」

「どうしたの? 何か心配でも?」

 

 細川さんの表情に郷子ちゃんは心配そうにするが、すぐにケロッとして

 

「あたしダイエット中なのよ! これ以上、胸が大きくなっても困るし~あ~Aカップの郷子が羨ましいわ」

「それって皮肉?」

 

 郷子ちゃんはひくひくとした顔で細川さんを睨む。

 

(触らぬ神に祟りなし……そっとしておこう)

 

 その間に持ってきた小説を読みながらおにぎりを食べる。

 そろそろ面白い展開になってきたな。

 

「真斗くんは加わらないの?」

「読書が趣味なので」

 

 家でも友達に呼ばれて行くだけあって暇な時は本でも読んでのんびりとしている。

 勉強を終わらせてからだが。

 

「どんな本を読んでいるの?」

「金田一耕助……そろそろ終わりが近付いて目が離せないな」

 

 感想としては下手な妖怪よりも人間の悪意の方が何倍も怖いと思いました。

 それにこの遠足で十分外で遊んだ。

 カメラも持って来て景色を撮影した。

 とは言っても景色撮影はおまけで本当はこのクラスにいる幽霊と一緒に撮ろうとした。

 僕の場合は元々霊能力もあって心霊写真には慣れているし参加しているとはいえ何か楽しい事でもしないとつまらないと思っての事。

 だが、よっぽど恥ずかしがり屋なのか映る直前で逃げだして僕の前に跳び出したのだ。

 あれは確実に心霊写真になっているだろう。

 アイツ、心霊写真として映るの天才だな、おい。

 それにしても新しく出来た鉄塔の所為で景色も少し物足りないな。

 言っても仕方ないが……

 

「僕に任せて! えーい!」

「あっ……」

 

 僕が遠い目をしていると栗田くんがヘディングをしてぬ~べ~の方にボールが跳んで行った。

 

「あち~!」

 

 思った通りボールがぬ~べ~に命中しラーメンを浴びてしまった。

 その結果、ぬ~べ~の昼飯も台無しになってしまったな。

 

「あ~ごめんなのだ」

「ぬ~べ~大丈夫?」

「誰だ……」

「妖怪ぬ~べ~麺!」

 

 今のぬ~べ~の姿ははっきり言ってしまえば哀れにも程がある。

 

「俺の昼飯が台無しじゃないか~」

「それにしても遠足の昼飯がインスタントラーメンとは……わびし過ぎるよな」

「ぬ~べ~に彼女か奥さんがいればこんなことはなかったのにね」

「そんなこと、月が地球に落っこちるようなことがあっても絶対無理無理」

「そりゃ言えてる!」

「事実とは言え、やめてやれ……いい加減悲しくなってきた」

「大きなお世話だ! 全く……リツコ先生……」

 

 その背中はかなり哀愁を漂わせてる。

 なんか見てるだけで涙が出てきそうだ。

 

「完全に黄昏てる。ぬ~べ~一生結婚しないかもな」

「「「はははは!」」」

 

 ご愁傷様……

 あまりにも哀れだからおにぎり一つでも差し入れようかな……

 

「……でも、こんな遠足は初めてだな」

 

 以前ではまるで僕自身が休憩場かのように霊が集まってもたれかかってたからね。

 次々に乗るのは当たり前、もたれかかっておしゃべりするのも当たり前。

 適当な遊びを僕の前で目玉とか跳び出しながらやるのも当たり前……

 僕の体の上で喧嘩するのも当たり前なのだ……

 本当に自分でも悲惨だなと思うよ。

 

「てか、アイツら、本当に僕を休憩場だと思ってたんだな……」

 

 それが結界一つであら不思議と寄ってこないのである。

 楽でいい。

 

「にしても……」

 

 気になったのは……やけに事故死の幽霊が多かったことと何かに怯えていること。

 下手に気付いてまた寄ってきても困るから見えない制御を例の生徒が見えるギリギリまで上げたけど何だったのだろう。

 

「何か悪いことが起きる前触れじゃなければいいが」

 

 この予感は悪いことに当たることになった。

 

………………

…………

……

 

「さあ、みなさん帰りますよ。楽しかったですか?」

「「「はーい」」」

「良かったですね」

 

 だが、ぬ~べ~はと言うと明るく笑っているみんなと違って落ち込んでいた。

 理由はもう聞かなくても分かるけどさ……

 

「あら? どうしたのですか? 先生だけ元気がありませんね。体の具合が悪いのですか?」

「ぬ~べ~は今日もリツコ先生に振られたのです」

 

 あの日(守護霊交代事件)以降、時折先生のフォローをしてるが最早、わざとやっているのではと疑う程幽霊関連でやらかしてるのだ。

 流石に僕一人ではフォローしきれないよ。

 

「元気出せよぬ~べ~。いつもの事じゃないか」

「広、それでも励ましてるつもりか!? この薄情者め~!」

 

 そして、嫌でも目に付くのは事故車両の山。

 何処を見ても転倒し壊れた自動車があるのだ。

 中には木に突き刺さっている物まである。

 

(やけに事故車両が多いけど……それで事故死した霊があそこまで多いのか?)

「な……なんか、やけに事故が多いわねこの道……」

「あ! あそこにまた一台!」

「何あれ!」

「まるで串刺しだ」

「……勘弁してよ、マジで……」

「大丈夫? 真斗くん」

 

 心配したように隣の席の中島さんが訪ねてくる。

 

「大丈夫なような、大丈夫じゃないような……不安が押し寄ってくる感じかな……」

 

 事故死をした霊はもう慣れている。

 だから、それに関しては問題ないがこれが怪奇現象だと僕によって引き寄せる可能性もゼロじゃないから。

 後、絶対にここで何かが起きてるだろ……

 涙が出てきそうだ……

 

「ね、ねえ、先生。どうしてなのだ?」

「カーブが多いから事故が起こりやすいんだよ」

 

 高橋先生に振られたぬ~べ~は落ち込んで事故車両を見ていない。

 カーブが多いからが原因じゃないでしょ、絶対に……

 

「そ、それだけじゃない。この峠には何かがあるんだ……きっと、何かが」

 

 運転手も不安を隠しきれない所か怯えきっている。

 顔面蒼白になっている。

 

「あそこの辺りは『鬼門峠』と呼ばれ昔から難所とされています。伝説ではこの峠のどこかに霊界に通じる『鬼門』があるということです」

「……鬼門」

「ねえ、先生。鬼門って何?」

「うん。鬼門というのは陰陽道で不吉とされている場所でそこでは車の衝突事故などが起こりやすくなるんだ。科学的に言えばそういう場所は地磁気が強くなっていてな。霊界との連絡口になっている。つまり! そこからやってくる妖怪共が事故を起こす原因になっているんじゃあないか!?」

「うん、まずぬ~べ~、落ち着こうか……嬉々として話す内容じゃない」

 

 うん。

 段々と力説になってきてるよ。

 女性の前で大声で物騒な解説をしてるよ。

 

「まあ! この先生、怖い話になると急に元気になって何だか気持ち悪いわ……」

「ですよね!」

 

 そりゃ、さっきまで落ち込んでいた人が怖い話になると急に生き生きになるのは……

 

「それでいつもリツコ先生に嫌われるのよね!」

 

 細川さんとバスのお姉さんのダブルアタックにトドメをさせられたぬ~べ~である。

 

「……どうせ俺は女の人にモテない幽霊オタクだよ……悪かったな」

(……何だか内心、別に霊能力がバレても問題ないんじゃないかと思ってきてはいるけど、ぬ~べ~を見てると不意にそうなりそうだから気を付けよう……まだ、内緒にしてるけどさ)

 

 隠す理由がどんどん無くなりつつあるが、それでも隠そう。

 

「そんなに多いの? この辺りは?」

「そうなのよ。今月に入ってからもう十人も死んだわね……それも原因不明で……生き残った人の話では何でも事故の直前に怪奇現象があったそうよ」

「怪奇現象……?」

「そう。何かがドーンとぶつかって」

 

 すると、突然何もないのにドーンと何かがぶつかった。

 

「「うわあああああ!」」

「……っ!?」

「な、なんだ!? 今の物凄い音!? 何かがぶつかったんじゃ―――」

「……って、あんな話を聞かされて偶然じゃねえよな」

 

 さっきの衝撃で思わず驚いたが、さっきまで十分嫌な予感をしたじゃねえか。

 何をのんびりと驚いてやがるってんだ。

 運転手も青ざめた顔でミラーには何も映っていないと言う。

 

「……解除」

 

 周りが混乱する中で物凄く小さな声で自分の見えない制御と結界を解除した。

 原因不明の怪奇現象が起きて、しかも巻き込まれているのに自分を守るもくそも無い。

 

「ぐっ!」

 

 解除すると同時に運転が乱暴になってくる。

 まるで制御できないかのように……

 どうやらブレーキが効かなくなったようだ。

 

「「「「うわああああああ!!」」」」

 

 こんな中で他のみんなも吹き飛ばされないように堪えている。

 

「きゃ!」

「大丈夫か!」

 

 中島さんが掴んできたがこっちは構ってる暇はない。

 多くの事故死をした霊が見えるが解除しても誰一人こちらに寄ってこない。

 むしろ怯えている。

 圧倒的な存在に対して近付かないでいる。

 

「これは外に何かがいるぞ! 見えない何かが!」

「……っ!」

 

 霊視を最大限まで上げるとようやく見えた。

 

「……なんだこれ」

 

 それは桃色の奇怪な化け物だった。

 巨大な爪を持ちバスと並走していた。

 

「真斗くん?」

(何かは知らないがマズい……明らかにマズい! 今まで出会った……当然、郷子ちゃんに憑りついていた守護霊まがいの悪霊なんかよりもヤバい存在だ。そんなヤバい存在がバスを睨みつけている)

 

 その圧倒的な存在感を放つ霊に僕は血の気が引いた。

 

「幽霊だ……幽霊がこのバスを狙っているんだ! うわああああああ! ひーーーっ!」

「なっ!」

 

 あろうことにこのバスを運転する運転手がここから逃げようと扉を開き飛び降りようとする。

 

「ば、馬鹿! 飛び降りるな! 死ぬぞ!」

 

 あまりの僕の形相に周りは驚くがそんなの知ったことじゃない。

 だが、僕が止めても運転手は止めきれなさそうだ。

 そして、飛び降りようとしているのはそんな化け物が通る場所である。

 この時点で運転手がどうなるのかもうわかった。

 

「みんな見るなッ!」

「きゃっ!」

 

 急いで中島さんの頭を掴み運転手を見せないようにする。

 だが、今の状況じゃ見せないようにするのはこれが限界。

 大声で見せないようにする他無かった。

 

「見るな!」

 

 運転手は間に合わずいとも簡単に輪切りにスライスされて惨殺された。

 

「ぐっ!」

「きゃあああああああ!」

「いやああああああああ!」

「うわああーーーーっ!」

「運転手さんが!」

「ぐっ!」

 

 みんなの悲鳴が聞こえる。

 思わず吐きそうになる。

 何度も惨殺された死体や幽霊は見慣れているが人が目の前で死ぬ光景なんて慣れてるわけないし、多分、慣れたら駄目なんだろうな。

 

「な、何が起きたの」

「簡単に言えば見ない方がいい殺され方で運転手が死んだ! みんな、しっかり捕まって!」

 

 ぬ~べ~は慌てて運転席に座り代わりに運転をする。

 バスは壁にぶつかり窓が割れる。

 

「ぐっ! 中島さん、これを被ってろ!」

 

 急いで上着を脱ぎ、それを中島さんに被せる。

 

「窓ガラスがこっちに飛んでくる可能性が高いからな!」

「みんな! 大丈夫だ!」

「ぬ~べ~! 明らかに妖怪の仕業だ!」

「何っ! 宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻! 妖怪よ姿を現せ!」

 

 ぬ~べ~は霊水晶を取り出した。

 そして、他のみんなにもその異形の姿を見せようとする。

 

(気のせいか、この妖怪、さっきからこっちを凝視……って気のせいじゃねえか)

「いやああああ! お化け!」

「妖怪トラック!」

「いや、違う! 事故車にヤドカリのように寄生してるんだ」

「くっ……宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻……」

 

 僕は滅茶苦茶小さい声で引き付けないように結界を再度張る。

 ぬ~べ~のおかげでこのレベルでも見えるようになった。

 このままじゃこの妖怪、こっちを狙ってくる可能性がある。

 

「うおおおおおおおおおお! 鬼門を開けろおおおお! 俺を帰せええええええええええ!」

沙裏鬼(じゃりき)……霊界の表層部に居て現世との間を往復するだけの無害の妖怪なのに、何故!?」

「何故も何もこいつ鬼門を開けろだの、俺を帰せとか言ってやがるぞ!」

「そうなのか、真斗!」

「ここまで近いと嫌でも聞いちゃうぜ! ぐっ!」

「キャーーーーー! 危ない!」

「突き落されるぞ!」

 

 というよりもこいつ、体当たりをしてきやがった。

 なるほど、こうやって走ってくるから事故車もあんな風に横転してたのか……

 それなら、早く何とかしないとこのバスも同じ運命を辿ってしまう。

 

「うわっ!」

 

 さらに窓を破り顔面を飛び出してきやがった。

 

「俺を帰せえええ!」

 

 頭に血が上りきっているのか興奮してるのか延々と言ってるだけで攻撃しやがる。

 

「ッ! ……何らかの理由で鬼門が閉じられて帰れないから怒っているんだ」

「それで人を襲うのか!?」

「帰せ!」

 

 窓をさらに壊し沙裏鬼が手を突っ込む。

 

「ああもう! 帰せ帰せって帰りたかったら、もうちょっと落ち着けってんだ!」

 

 破れかぶれとなってその手に向けてあるものを放ってみた。

 放ってみたものは“ヒーリング”。

 眩い光が沙裏鬼の手に纏う。

 すると、沙裏鬼は少し落ち着いたのか手を優しくひっこめた。

 

「真斗……! それは……」

 

 ぬ~べ~が驚いているようだが、驚きたいのはこっちも同じ。

 てか、破れかぶれとはいえ出るとは思ってもみなかった。

 

「ぐっ……!」

 

 それにかなり霊力を使ったのか少しだけふらつく。

 慣れないため霊力の量も調整不足だ。

 

「……っ! 後ろにいる奴ら! 急いで前に来い!」

 

 さっきのヒーリングが効いたのか動きが若干遅いが、それでも若干だ。

 後ろの奴らが逃げる時間は間に合いそうだが奴にバスの後ろを取られた。

 

「キミ! 運転を!」

 

 ぬ~べ~は急いでバスガイドさんに運転を変わって後ろに向かった。

 

「悪霊退散ーーっ! 鬼門が閉じて帰れない怒りは分かるが人間に八つ当たりはやめろーーーっ!」

 

 てか、そうだよ。

 こいつをどうにかするにはこいつの要求通り鬼門を開けさせればいい。

 でも、鬼門なんて見たことねえよ……

 

「……ん? なんだ?」

 

 チラッと見えたが何かが閉じてるようなものが見えた。

 まるで、開いているものが電線によって狭くなっている。

 

「……あれって一体」

「真斗くん?」

 

 周りは大混乱になっている。

 バスガイドさんはペーパードライバーでバスを運転したことが無く目の前にはカーブが何個もある。

 それでも、不思議と冷静になっていた。

 

(バス事故はバスガイドさんが言った通り今月に入ってから急に増えて……最近になって鉄塔が新しく出来て……見えるあれは閉じられている……まさか!)

 

 鬼門は見たことも無いけど、門ってことは出入り口のようなものだ。

 

「ぬ~べ~! あそこに見える閉じたようなもの! あれが鬼門なの!?」

「なにっ! 何だあの歪は……そうだ、あれが鬼門だ! だが、磁場が歪んで上手く開いていない!」

 

 思った通りあれは鬼門のようだった。

 なら、閉じている理由も察しがつく。

 恐らく、鉄塔の電線の所為で磁場が歪み閉じてしまったのだろう。

 

「あれ、鬼門の近くにある奴って最近出来た鉄塔の電線だよね。もし、あれが鬼門が閉じられているのと関係があるとしたらどうだろう?」

「なるほど! 新しく出来た送電線の高圧電流が鬼門の磁場を歪めていたのか! ということはあの電流を遮断すれば!」

「しゃ、遮断ってどうすれば!?」

 

 そう。

 この問題を解決するためには電線を遮断するというぬ~べ~のやり方が早いがその方法が分からない。

 

「我が左手に封じられし鬼よ、今こそその力を……示せ!!」

 

 すると、ぬ~べ~が沙裏鬼に突撃しバスを掴んでいる片手を両断した。

 

「ぎゃあああああ!」

 

 沙裏鬼からバスは解放されたがぬ~べ~は沙裏鬼の車の上に乗ったままだった。

 

「「「「「せ、先生ーーーー!」」」」」

 

 僕達の悲鳴とバリバリと電気がショートしているような激しい音が聞こえた。

 

「ああっ! 先生の体に高圧電流が!」

「ぬ~べ~!」

 

 すると、鬼門は段々と大きくなってきている。

 電流が遮断したからだ。

 その時、何かが飛んだのが分かった。

 沙裏鬼だ。

 沙裏鬼が帰っていく姿が見えた。

 そして、バスは緊急退避所にぶつかり、ようやく止まった。

 

「ぬ~べ~!!」

「先生!」

 

 みんなが急いでぬ~べ~の元に駆け寄る。

 あれだけ高圧電流なんだ。

 最悪な事態になっても不思議じゃない。

 そこにはぬ~べ~がボロボロの姿で、それでもなおみんなを安心するように強い笑顔とサムズアップをしていた。

 

「「ぬ~べ~!!」」

「ぬ~べ~! あの妖怪は!?」

「霊界に帰ったよ。これで妖怪による事故も無くなるだろう(俺はそう簡単にはやられないぜ……お前ら可愛い生徒達が待っていてくれるからな)」

「良かった……無事で……(ん? これは)……よいしょっと」

 

 無事であることを安心した時にぬ~べ~の背中に何かが張り付いていた。

 見覚えがある腕だったので気付かれないように下ろしてやった。

 

「本当に……心配かけさせないでよね」

「……!」

 

 他のみんなは僕のやっている行動の意味を理解したようだ。

 

「鵺野先生! 大丈夫ですか!」

 

 高橋先生が僕達が心配で駆けつけてくれたようだ。

 僕はそっと離れた。

 

「アンタやるわね」

「何の事かな? 細川さん」

「しらばっくれるなよ。ぬ~べ~の背中に張り付いていたあの妖怪の腕をこっそりと外しただろ」

 

 僕がしらばっくれると克也はコソコソと小声で話してきた。

 そう、ぬ~べ~の背中にはあの妖怪の腕が引っ付いていた。

 それをそのままにしておくと、高橋先生はきっと逃げる。

 流石に、一番頑張ってくれた命の恩人である先生にその結末は可哀想だろう。

 そう思い、僕はこっそりと腕を外し、何処かに隠した。

 

「……まあ、命懸けで助けてくれたのに怖がられて逃げられるのは可哀想かなって思ってね」

「これ、ありがとう」

「おう」

 

 中島さんから上着を返してもらったので担いだ。

 窓ガラスの破片が混じっていると大変だしね。

 クラスメイトの幽霊の子も僕達が安全だと分かって良かったと頷いてくれた。

 

「そういえば、真斗くんちょっと不思議に思ったけど……」

「何?」

「ぬ~べ~が気付く前に運転手さんに飛び降りるなとか言ったり私達に見るなって言っていたけど真斗くんはあの妖怪がいたことを気付いていたの?」

(……はっ!)

 

 そういえば、僕、急いでという理由があるけどぬ~べ~が映し出す前にみんなに見ないように言ったような。

 それだけじゃなく、人が輪切りになって惨殺されたって言うのにすぐに復帰したような……

 これ、絶対に不自然に見えるでしょ……

 僕だって、これを見たら絶対に変だと思う自信はある。

 

「い、いや僕だって気付いてなかったよ? でも、普通に飛び降りたら危ないし、あんな事を聞いた後なんだ。普通にヤバいと思うでしょ?」

「うーん、その割に冷静だったような」

「いやいや結構慌てたよ。うん、慌てすぎて一周回って冷静になってたんだ。うん」

「そうなんだ、凄いね」

 

 何とか中島さんは納得してくれたようだ……

 てか、これ普通にバラしても良かったのでは?

 思わず誤魔化したけどここまで怪奇現象が起きるなら別に霊能力が持つ生徒がいても問題じゃないし段々と形骸化してきてるような……

 いや、でも、下手に伝わって以後、僕もぬ~べ~二号として期待されても困る。

 まだまだ未熟だしヒーリングもまだ扱えないし凶悪な妖怪相手に何もできないし……

 うん、まだ内緒にしよう。

 普通にそれは辛いからね。

 修行、もっと頑張ろうか……



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#007【ぬ~べ~最大のライバル! 妖狐登場!】

 ぬ~べ~による本格的なヒーリングの指導が始まった。

 バス暴走の件で沙裏鬼がぬ~べ~曰く少し落ち着いていたのは僕のヒーリングが多少効いていたらしい。

 練習すれば人間相手でも癒すと言われたので黙々と練習をしてきた。

 ついでに結界もお経を紙に再度唱えれば張ることも出来るようになった。

 

「……平穏って長く続かないものなんだな~」

「ん?」

 

 この学校に来てから浮遊霊が寄ってきたりはしない。

 だが代わりに千鬼姫、はたもんば、沙裏鬼と立て続けに強力な霊と出会うことが多くなった。

 だが、数日くらいは危険な妖怪に出くわすことも無かった。

 そう、3日前までは……

 

「どうしたの?」

「いや、ただの独り言……もう少し平穏な日々を送りたかったよ」

 

 ある人物が来て以降、僕はいつも警戒しまくっている。

 何故なら、このクラスの教育実習生である玉藻京介がぬ~べ~に指導してもらっていたからだ。

 

「でも、本当にカッコいいわよね。玉藻先生」

 

 その玉藻先生はイケメンで女子生徒はまるでイケメン俳優に会った時のようにメロメロである。

 明らかにぬ~べ~と玉藻先生と比較されぬ~べ~が軽くショックを受け僕がフォローしたのは記憶に新しい。

 スポーツ万能、ピアノも弾けて頭も賢い。

 それだけなら、こうも警戒しない。

 

「……そうだね」

 

 ちなみに彼がイケメンだから敵意を剥きだしにしてるわけではない。

 ただのイケメンなら僕もここまで警戒はしない。

 だが、この玉藻先生は実は人間では無く四百年生きた妖狐。

 狙いは広くんでぬ~べ~をボコボコにしたこともある。

 それを聞いて、僕が再度崩れ落ちたのは記憶に新しい。

 僕の平穏な学校生活はどこに行ったのだろうか。

 最初から無かった気もするけど……

 

「でも、ぬ~べ~ったら私達のクラスが草刈りだって伝えるの忘れちゃうなんて」

「それに関しては許してあげようよ。ぬ~べ~も申し訳なさそうにしてたし」

 

 理由も察せられるからぬ~べ~の肩を持つしかない。

 玉藻先生は広くんの髑髏を奪うために来たからだ。

 それは警戒して当然だし何か妙な真似をしないのかと監視しないといけない。

 だから、それによるミスは目を瞑ってあげないと……

 

「真斗くんって本当にぬ~べ~に甘いのね」

 

 ちなみにぬ~べ~は広くんと郷子ちゃんによって抑えられている。

 玉藻先生が妖狐だって知っているのは僕と広くん、郷子ちゃんだけ。

 だから、ぬ~べ~が暴力沙汰を起こして教師を首になったら後が怖すぎる。

 最悪の事態になりかねない。

 下手したら僕もターゲットとして狙われる。

 そして、下手したらあっさりと死ぬ。

 その自信がある。

 

 ドシューッ!!

 

「っ!」

「?」

(なんだ? さっき何かが爆発した音が……それに)

 

 僕が急に立ち上がったことを中島さんが不思議そうに見る。

 だが。それを気にしてる場合じゃない。

 何か大量の気配を感じた。

 大量の妖怪が来たというよりも妖気が学校中を包み込むような感じがする。

 

「なんだ! 今のは!」

「な、何!?」

「煙だ!」

「何! 火事なの?」

 

 青い煙が学校に広がり始めている。

 

「……違う」

「え?」

「あれは……霊気の霧だ!」

「「え!!?」」

(明らかにマズい! 今までとは次元が違う程のマズさだ! ……僕は何度、次元の違うマズさを味わう羽目になるのだろうか!)

 

 そろそろ、ヤバさも加減して欲しいです。

 身が持ちそうにありません。

 

「……来ますよ。鵺野先生」

 

 玉藻先生が不敵に笑う。

 

「早く―――」

 

 大声を上げて逃げるように促す前に三つの目に巨大な魚の化け物が姿を現した。

 

「な、なんだ!」

(結界を張っているのに威圧感が……! 半端じゃねえ妖怪だ! ……何か毎度ヤバいというハードルが軽々と跳び越えられるけど!)

霊霧魚(れむぎょ)……フフ、こんな所でお目にかかるとはな」

「霊霧魚?」

「霊気の霧の中を泳ぐ怪魚ですよ。頭は悪いが霊気はズバ抜けている。霧を辺り一面にまき散らしその中に入った者を悉く……」

 

 玉藻先生がそんな解説をしている間にその魚を凝視する。

 するとお腹の一部が穴を開け何かを飛ばした。

 

「っ! 危ない!!」

「きゃ!」

 

 こっちに何かを飛ばしてきた。

 軌道は僕と中島さん。

 未だ何が起きたか判断出来ておらず動けなかった彼女を跳んで庇った。

 

「あれは……卵!?」

 

 顔を上げると奴は同級生に目掛けて卵を産み付けている。

 山口くん、栗田くん、克也が卵を付けられた。

 

(何のために……って考える必要もないな)

 

 奴が卵を飛ばすだけで食おうとしない。

 今の所はそれ以外することを考えていない。

 恐らく孵化した子供に僕達を食わせる気だ。

 そのために逃げられないように卵をくっつけさせた。

 霊の卵だから、迂闊に卵を取り除くのはヤバそうだ。

 

「それなら! 中島さん! 立って!」

「う、うん!」

 

 僕は急いで中島さんを立ち上がらせて手を引っ張る。

 奴の目的が餌に卵を産み付けるってことは地面や壁に当たっても意味は無い。

 勢いも学校を破壊するほどの威力じゃないし学校の中に入れば当たることは無い。

 

「……よし」

 

 やっぱり、学校の中にいれば安全のようだ。

 そのことがわかれば、どう行動すればいいのかわかりやすい。

 

「み、みんな」

 

 だが、外のみんなの悲鳴が聞こえる。

 このままじゃ、みんなに卵を産みつけられてしまう。

 

「ど、どうしよう」

 

 この状況で中島さんが耐えられる訳がない。

 クラスの中で特に優しい彼女がみんなを見捨てる訳がない。

 

「ふぅー、1、2、3、4」

 

 僕はと言うと屈伸をする。

 もう考えは固めた。

 相手は餌に卵を産み付けるだけを考えている。

 そして、学校に逃げ込めば取り敢えず安全。

 卵の発射スピードもそれ程じゃない。

 少し賭けなければならない要素もあるが多分行けるだろう。

 

「ま、真斗くん? な、何してるの?」

「中島さんはここにいて。そして、みんなにここに避難するように大声で叫んで」

「え?」

「よーぅし!」

 

 足の準備体操は終わった。

 深呼吸をする。

 

「みんなが逃げる時間なら僕が稼ぐから頼んだよ!」

 

 中島さんが何かを言う前に僕は走り出した。

 

「ま、真斗くん!?」

 

 呼び止める前に学校に跳び出した。

 

「解除」

 

 あの魚がこちらに気付く前に結界を解除する。

 この霧の中、他の霊はすっかり怯えて隠れている。

 霊霧魚以外、僕を追いかけようとする存在はいない。

 石を手に持つ。

 

「この魚野郎!」

 

 思い切り投げて魚を引き寄せる。

 すると、こっちに気付いたのかギロリとこちらを睨む。

 

「どうした! この魚野郎! こっちに来やがれってんだ! それとも僕が怖いのかよ!」

「真斗!? お前、何を!」

 

 ぬ~べ~が言う前に魚がこっちに向けて卵を発射した。

 だが、それぐらいだったら簡単に避けられる。

 

「っと! 先生! 僕が引き付けるから早く皆を学校に!」

「お前……」

 

 僕が逃げると魚は追いかけ始めた。

 あの魚に僕の言葉を理解してるかどうかは知らないし関係が無い。

 だが、思った通り僕の気に惹きつけることが出来るようだ。

 アイツからすれば僕は他の子と違い栄養満点の高級食材に見えるだろう。

 しかも単純なのか僕に卵を産み付ける事しか考えず他の子を狙う行動をしない。

 

「早く! みんなが学校に入りさえすれば僕も逃げられるから!」

「……くっ! 広! 真斗は俺が守るからお前達はみんなを」

「お、おう!」

「死なないでよ! 真斗くん!」

「分かってるって……おらおらどうした! その程度じゃ掠りもしないぞ!」

 

 全速力で逃げることはここに来る前に何度もしてきた。

 捕まったら危ない。

 今も昔もそれは変わりなかった。

 

「あらよっと! 楽勝楽勝!」

「みんなー! こっちよ!」

「真斗が頑張ってるから早く!」

 

 何度も卵を発射するがジグザグに動き簡単に躱す。

 これが無謀なのはわかっている。

 だが、人間には無謀とわかっていてもやらなければならないことがある。

 それが多分、今だ。

 

「くっ!」

 

 魚が突進してきて全力で横跳びをして躱すが転がる。

 その隙を逃さず卵を発射してきた。

 

「ふん!」

 

 だが、生憎と転んだら捕まることも経験済みなんだ。

 なので、すぐに横に転がって卵を躱す。

 そして、その勢いで何とか立ち上がる。

 

「どうした! それで終わり!?」

 

 広い校庭を全速力でしかもジグザグに走っているので息が激しくなる。

 段々と腹が痛くなる。

 制服も土塗れの汗まみれ。

 多分、半泣きにもなっている。

 だが、止まればみんなが心配するので止まらない。

 

「このぉぉぉぉ!!」

 

 帰りは何とかなるだろう。

 ぬ~べ~が何とかしてくれるだろうと思い体力を全部使うつもりだ。

 それで、足が筋肉痛となりもだえ苦しむことも承知で走りまくる。

 毎回このような事態になるのではと不安になりながらも必死に走る。

 

「限界なんて超えてやるさぁぁぁぁ!」

 

 段々と痛くなりながらも涙目でカッコ悪くなろうとも構わず走った。

 まるで、残った歯磨き粉を絞り出すように力の限り走った。

 体の節々が痛いが、捕まったら痛いどころじゃない。

 だから、逃げるために、生きるためにそれらを無視して走る。

 

「真斗! 早くこっちに!」

 

 ぬ~べ~が合図を出す。

 それはつまり校庭には僕だけで他のみんなは卵を産み付けられた子もみんな学校内に避難出来たってことだろう。

 

「ぐああああああああああ!!」

 

 地獄のマラソンを終わらせるように全速力でぬ~べ~の所に向かう。

 

「……真斗の頑張りを無駄にしない! 俺の生徒に手を出すなーーーっ!」

 

 先生の鬼の手によって魚は一刀両断した。

 その光景に玉藻先生は驚きを隠せないようだ。

 

「はぁはぁ……」

「くそ! すぐに再生しやがる! 大丈夫か、真斗!」

「大丈夫! 早く学校に!」

 

 最後の力を振り絞って学校に逃げることが出来た。

 

「ゲホッゴホッ!」

「大丈夫?」

「ああ……逃げるのは得意なんでね……」

 

 とは言ってももう足が震えて壁を伝っていないと歩けない。

 本当に全力だったからな。

 

「それで……何人産み付けられた?」

「……五人。昌と克也とまこと……それに」

「……今、取ってやるぞ」

「無駄ですよ鵺野先生。卵を切れば猛毒の体液が生徒達を溶かしてしまうでしょう」

「何……」

「これからが大変ですよ鵺野先生。霊霧魚の卵は日没と共に孵る。もし、日没までに奴を倒せなければ」

「日没までだと!?」

「後少ししかないわよ」

「もしも日没までに霊霧魚を倒さなければ卵が孵って子供達は食い殺される……!」

 

 まさに状況は最悪。

 鬼の手を持ってしてもすぐに再生できる霊霧魚を日没までに倒さないといけなくなった。

 そして、ぬ~べ~は生徒達に頼んでありったけの網を集めて貰っていた。

 本当は手伝いたいけど体は休みたがっている。

 動きも遅くなっているから僕はここで待機となった。

 

「キミも無茶をするね」

「……玉藻……先生」

 

 休んでいる間に玉藻先生がこっちに来た。

 揉めていたけどどうやら手伝う気はないようだ。

 一応、ここは学校だから先生と呼ぶが本当は呼び捨てにしたいと思っている。

 僕は息を荒くして寝転がっている。

 

「あの霊霧魚に自分から囮になるとは少し驚きだよ」

 

 周囲を見る。

 広達は網を集めに他にも卵を産み付けられた生徒の看病でこっちの会話は聞く余裕はない。

 

「逃げるのは慣れてるからね。そっちはとっくの昔に見抜いてるけどさ……ぬ~べ~曰く僕には強い気を持ってるんでね」

「ああ。だが、まさかあの霊霧魚が他を見ずに惹きつける程とはね」

「あの魚は単純だからいけると踏んだが成功したみたいだ」

 

 正直、僕の気じゃなく餌に卵を産み付けるだけの脳だったら成功しなかった。

 だが賭けに勝ってよかったよ。

 

「……何のためにぬ~べ~を見てるの」

 

 ぬ~べ~がどんな作戦を思いついたのか分からない。

 だが、他に考えることも無いから質問を投げかける。

 

「そうだね。鵺野先生は私を倒しただけではない。生徒の命を守る時無限に高まっていく霊力。その力の源を知りたい」

「力の源を知りたい……ね」

「キミにも鵺野先生に助けられた時があるだろう。出来ればその時の話を詳しく聞きたいが――」

 

 すると、広達が網を持って教室に戻った。

 

「この話をするとまた怒られるからまた今度聞こう」

 

 そう言って離れた。

 僕は素早く結界を張る。

 教室にいる以上、霊気を見せる必要はない。

 

「先生! 言われた通りありったけの網を集めたよ」

「よし、これだけあれば」

「ククク、そんな網であの巨大な霊霧魚を? ナンセンス! 奴の力を侮ってはいけません。奴は」

「手伝う気が無いなら黙ってもらおうか。考えがあってやっていることなんだ!」

「そーだ! 出しゃばるな! キツネのくせに!」

「ほっとこ広!」

 

 すると、ぬ~べ~は鬼の手を出して網に向ける。

 

「霊波封印の術! 宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻!」

「ほう。霊力を網に封じ込めるわけですか。なるほどこれなら霊体を捕まえることも出来る。考えましたね」

「そんな技があるなんて……」

「出来たぞ。これを繋ぎ合わせて一枚の大きな網を作るんだ。そして、校庭の周りの木に張り巡らせて底引き網の要領で奴を霧の外に引き摺り出す」

「まさか校庭で漁業をやる羽目になるなんて」

「でも捕まえた後はどうするの? アイツは殺してもすぐ再生するんでしょ?」

「それは」

「それは大丈夫だ。霊霧魚は元々深海魚が妖怪化したもの……だから太陽の光にも弱い。霧の外に出て太陽の光を当てれば再生能力は失われる」

「そっか深海魚は暗闇の中でしか生きられないから!」

 

 なるほど。最初の霧も自分の有利なテリトリーを作るために必要な行為だったってわけか。

 

「……何故、そんなことを教えてくれる?」

「私はアナタの力の秘密を知りたいだけさ……無限に霊力を高められるその能力の秘密をね」

「そうかい。だが、生憎俺にはそんな『力』はないよ。あるのは死んでも……生徒達を守らずにはいられない自分でも抑えきれない気持ちだけだ」

 

 そう言ってぬ~べ~は校庭に下りて行った。

 

「でもあんなデカい奴、俺達の力で持ち上がるのか?」

「そうね……物理的に不可能だわ」

「いや心配ない。アイツに重さなんて無いのさ。この世の存在ではないからな」

「なら、僕も少しは手伝えるか……」

「真斗……大丈夫か?」

「少しは休めたよ……それにジッとしていてもどうせ筋肉痛になるし、それなら手伝った方がいい」

「……無茶するなよ」

 

 なら、大丈夫か。最後列にいれば少しくらい引っ張る手伝いが出来る。

 

「よーし、みんな引っ張ってくれ!」

「「せーの!」」

 

 ぬ~べ~の合図と共に網を引っ張る。

 玉藻先生の言う通りあの巨体に反して軽い。

 あっさりと霊霧魚を釣り上げる。

 

「釣れた!」

「見ろ! 日光に当たった途端アイツの体から煙が!」

「日没まで何とか間に合いそうよ!」

 

 だが、どうしても不安が拭えない。

 何か大事なことを忘れているような気がする。

 

(よく考えたら……あっ!)

 

 よく考えたら、今僕達は危機的状況に立っている。

 

「……みんな! 危ないから早く窓の近くから離れて!」

「え?」

 

 すると、霊霧魚がこっちに突進してきた。

 そうだよ。

 釣り上げられた魚はその場で立ち止まったりしない。

 普通に逃げるために暴れるに決まっている。

 深海魚がベースならこれも十分にあり得た。

 

「きゃー!」

「うあああ!」

「こっちに来た!」

 

 そして、霊霧魚は網を食い千切った。

 

「ぐっ! 早くこっちに!」

 

 網を食い千切った時点でこの作戦は失敗だ。

 

「た、助けて……助けて……ぬ~べ~助けて!」

「ぬ~べ~!」

「あの野郎! よくも俺の生徒を! こうなったら力ずくで太陽の下に引き摺り出してやるぜ!」

(マズい。霊霧魚が霧の中に潜ってしまう)

「大変だ! 奴は霧の中じゃ不死身なんだ!」

「先生がやられちゃう!」

 

 すると、広くんは縋るようにしかし決心したかのように玉藻先生を見る。

 

「玉藻! アンタも先生と一緒に霊霧魚と闘ってくれ! それが出来るのはアンタしかいない!」

「馬鹿な! なんで私が?」

「ハッ! お情けで助けてもらおーなんて思っちゃいねーよ! だが生徒が一人でも死んだらぬ~べ~はもう闘えなくなるぜ!」

「何!?」

「そればかりか責任取って自殺するかもしれない! (一か八かだ。ハッタリをかましてやる)」

 

 広くんの発言に玉藻先生は動揺する。

 玉藻先生の狙いはぬ~べ~の力の秘密を知ること。

 それが分からなくなったら玉藻先生にとっても困るだろう。

 

「そうなったらぬ~べ~の力の秘密は永久に分からなくなるぞ! それでもいいのか?」

「郷子どういうことなの? なんで玉藻先生なら闘えるの?」

「え……えっとその」

「どうやら玉藻先生はぬ~べ~に負けないくらいの霊能力者みたいなんだ」

「ええっ!?」

 

 するとみんなが一斉に玉藻先生にお願いをする。

 ぬ~べ~を、みんなを助けて欲しいと……

 

「このままじゃぬ~べ~も昌達も死んでしまうわ! 頼れるのは先生しかいないの……だから……お願い……お願い!」

 

 みんなが涙を流す。

 

「……叶えてやってくれない? 少しは分かるかも知れないぜ」

「何?」

「ぬ~べ~の力の秘密……それは多分、そこで黙ってみてるだけじゃ手に入らない力なんだよ。だから、ここにいるみんなの願い叶えてやってくれない?」

 

 僕だってみんなが死ぬのは嫌だ。大切な先生を友達を失いたくない。

 

 

「ダメだ! いくら切ってもすぐ再生しやがる! (やはり太陽の光を当てなければダメなのか……コイツを倒すことは出来ないのか! 日没の時間だ)」

 

 そして、流石のぬ~べ~も諦めかけた。

 時間が無く霊霧魚を霧の外に出す方法も無い。

 日没に間に合いそうも無く自分の無力を嘆いた。

 

「くっ……とうとう生徒達を守れなかった……ちくしょう!」

 

 その時、炎が霊霧魚に命中し燃やされる。

 

(火輪尾の術!? まさか!?)

 

 そのまさかである。生徒達の願いを聞き入れて玉藻が霊霧魚に放ったのだ。

 

「玉藻!」

「鵺野先生、校庭を火の海にする! そうすれば霊霧魚は耐え切れず浮上する筈だ! そこで仕留めろ! だが、勘違いするな! これは助太刀ではない! アナタが負けては困るので力を貸すだけのことだ!」

「玉藻……(それを助太刀と言うんだよ!)」

 

 日が沈み霊霧魚の卵がもうすぐ孵ろうとしている。

 

「もうすぐ日が沈む!」

「ああ! 卵が孵ったわ!」

 

 だが、それでもまだ克也達は食われていない。

 まだ時間が残っている。

 

「大丈夫だ! ぬ~べ~と玉藻先生を信じろ!」

 

 そう二人が手を組んだ。

 なら、心配する必要は何処にもない。

 その言葉の通り、霊霧魚が浮上し霧から出た。

 

「「先生っー!」」

「太陽の光よ……霊霧魚を照らせ! 邪悪の魂を焼き尽くせ!

「今だ! 鵺野先生トドメだ!」

「ハァーーーッ!」

 

 最後の力を振り絞ってぬ~べ~は霊霧魚を切り倒した。

 霊霧魚が消滅したことにより克也達の卵が稚魚ごと消滅した。

 

「昌! みんな大丈夫か!?」

「うん助かった!」

「わーい、何ともないのだ!」

「「「やったー!」」」

 

 みんなが無事だったことに喜び合い抱き着き合う人もいた。

 ちなみに僕は……壁にもたれると同時に足に力が無くなった。

 

「……ごめん。安心したら足に力が入らねえ……誰か立たせて?」

 

 カッコつける意味は無い。

 頑張った以上、疲れるのは当然だし無事だと安心したのは同じ気持ちだ。

 

 

「玉藻」

 

 何処か落ち込んでいる玉藻にぬ~べ~が声を掛ける。

 

「私は妖狐失格だ。理由はどうあれ人間を助けてしまったのだから……アディオス、鵺野先生。アナタの力の秘密を知ることが―――」

「待てよ玉藻」

「教えてやるぜ。あれが俺の力の秘密さ」

「え?」

「あっ! あんな所にいた!」

「玉藻先生ーっ!」

「先生が助けてくれたんだってね! ありがとう!」

「ありがとうなのだ!」

「あ、ここでいいよ。ありがとうな広くん」

 

 ちなみに真斗は広に肩を貸してもらっている。

 

「玉藻先生大好きー! 教員試験受かったら絶対この学校に来てね!」

「絶対だぜ!」

 

 この光景に玉藻は何処か呆然としていた。

 

「ぬ、鵺野先生! これのどこが……?」

「ハハハッ! (生徒達の『ありがとう』と『大好き』。これが俺の力の源なのさ。教師になれば分かるぜ、玉藻)」

(……うん。今日から玉藻先生を警戒するのは止めようかな。いつかきっとぬ~べ~の力の源を分かってくれる日が来る。恨まれるよりも感謝される方が心地良いからな)



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#008【戦慄!? 謎の同級生!】

「つまりサイコロを1回振った時6が出る―――」

「ねえ、真斗くんここ、教えてくれる」

「ああ。つまり、これをこうして―――」

 

 彼が分からないところがあったので丁寧に教えてみる。

 人に教えるのはこっちのためになるし嫌がらずにやる。

 

「「「……」」」

 

 親切に勉強を教えている僕に対してみんなはまるで異常な者でも見るかのように見ている。

 相談の時に散々理由を言ったんだけどな。

 足りなかったか?

 でも、怖がるふりをするのは違うと思うし……

 

「……まあ、なんだかんだ教えてもまずは文字だな。それじゃ何を書いてるのかも分からないよ」

「ごめんなさい」

「でも、呑み込みは良い方だし、すぐに書けるようになれるかもな」

 

 と言うよりも今回の趣旨を分かってるのかな?

 さて、何故僕がみんなにこんな視線を向けられているのかと言うとそれは昨日の事である。

 

………………

…………

……

 

 

 カッキーン!

 

 郷子ちゃんの球があっさりと広くんに打たれた。

 今、僕たちは野球をしている。

 

「まあまあまあ!」

 

 広くんは嬉しそうに声援に応える。

 

「……後で郷子ちゃんに怒られるよ、間違いなく」

「あんなへなちょこ球を打ったって自慢にはならねえからな」

「なんですってー! ちょっと広! もう一回言ってみなさいよ! アンタがちょっと上手いからっていい気になってんじゃないわよ!」

 

 ちなみに広くんが当然ピッチャーなので僕は打てずにいる。

 何度も言うが外に出て遊ぶのもぬ~べ~と出会ってからだったしスポーツ万能な広くんに負けても仕方ない。

 仕方がないんだ。

 

「次は盗塁だ」

「余裕満々だね……」

 

 でも、まあ勝てなくても楽しいと言えば楽しいか。

 負けるのは嫌だけど参加はしていきたいし。

 こういうの、昔からやりたかったと憧れていたものさ。

 

「郷子ちゃんの投げ方ってカッコいいわよね」

「次はお前だろ? 美樹」

「ひゃっほーい! 1発ホームランかますわよ!」

 

 煎餅を齧っていた細川さんが待ってましたとばかりにバットを受け取った。

 

「よーっし、あたしもっと!」

「よーっし、あたしもっと!」

 

 ボールを胸に入れて美樹の真似をする克也。

 

「あっ、滑った」

「ノゥー!」

「あ~ら失礼。へなちょこボールを打っちゃったわね」

 

 美樹がわざとバットを滑らせて克也の急所にヒットした。

 あれは痛い。

 男子ならその痛さが容易に想像出来る。

 

 

「ひゃはははは! 克也、それは郷子に対しても嫌味だろ!」

「~~~っ! コイツ!」

 

 郷子も調子に乗った広にボールを投げてぶつける。

 見事な命中力である。

 

「大きなお世話よ!」

「……だから言ったのに」

 

 それはともかくボールが転がって行ってしまった。

 このままではゲームにならないので僕がボールを拾いに行った。

 

「ったく。ボールはっと……よしあった」

「ねえ、僕も入れてくれない?」

 

 その時、その声が聞こえた。

 振り向くと彼がいた。

 

「おお、優等生くんか……悪いな。人数オーバーなんだ」

 

 彼が加わると誰かと交代しないといけなくなる。

 それだけなら自分が交代すればいいが、そうも言えない。

 

「それにぬ~べ~もまだ出たら駄目って言われたでしょ」

「そうなんだけど……僕もやりたいんだ」

 

 やりたい……か。

 その気持ちは分かるな。

 僕も昔、散々思ったからな。

 だから、そう言われると胸に来るものがある。

 

「うーん。気持ちは分かるけどぬ~べ~が何とかしてくれるって約束したでしょ。ならさ、ぬ~べ~を信じてよ。絶対に悪いようにはしないからさ」

「うん」

 

 しょんぼりとした彼に僕は『まるで親しい同級生のように』話した。

 

「もし、ぬ~べ~の許可を貰ったらちゃんと遊んでやるからさ」

「約束だよ」

「ああ、約束だ……って、これ以上しゃべってたら文句言われるから先に行ってるね」

 

 そう言ってボールを持ってグランドに戻った。

 

「……それじゃ」

 

 彼も納得していないながらも手を振って見送った。

 

「遅いじゃないの」

「悪い悪い。ちょっと見つけにくいところにあってさ」

 

 取り敢えず、ぬ~べ~とみんなで相談した。

 明日、彼と一緒に特別授業をすることになった。

 彼を満足させるためにちょっと勉強をするだけである。

 

―当日―

 

 ぬ~べ~が嬉しそうに給食を食べている時である。

 ぬ~べ~、教師なのに貧乏で給食とインスタントで凌いでいる。

 だから、しょうがない。

 ちなみに、偶に両親がぬ~べ~のためにご飯を作ってもらっている。

 

「ああ~幸せ~給食って最高~」

「……先生、良かったらソーセージ一つどう?」

 

 その郷子ちゃんの発言で広くんと克也、金田くんがソーセージを巡って喧嘩をしだした。

 

「みっともな~い!」

 

 そして、ぬ~べ~がソーセージを食べてそれを見て涙を流す男子三人。

 そこまでか……

 下手に見たら、僕のソーセージも狙われるのでそっとしておいた。

 

「おっ、そうだ! 今朝言ったように放課後特別授業をするからな~」

 

 そのぬ~べ~の発言に僕以外のみんなは複雑そうな表情をする。

 

「みんな出来るだけ出席してくれよ」

 

 給食を片付けるぬ~べ~にみんなこそこそと話をする。

 

「……どうする? 広」

「普通にしてりゃいいんだよ、普通に」

「うん。暇潰しにちょうどいいわ」

「それに今朝、僕が言ったように怖いなら後ろを出来るだけ見なきゃいいだけだし」

「……大丈夫なの? 真斗くん」

「平気平気。自分から言い出したことでもあるけど、怖くないと言うのも嘘じゃないし」

 

 そして、僕は遠い目になった。

 

「この学校に来て、何度危険な目に遭ったのやら……それと比べたら……まだ平穏な日常の範囲内だよ……間違いなく」

「……何か悟ってないか?」

 

 そう言って僕も食べ終えた給食を片付けに行こうとする。

 

 

 そして、放課後。

 みんなと一緒に理科室に向かった。

 あらかじめ家族に伝えておいたし、帰り道はぬ~べ~に頼めばいい。

 

「おお! もう来てたのか感心感心」

「流石に早いな」

「……おーっす」

「よう優等生」

「みんな……」

 

 彼は嬉しがっている。

 

「ようし、それじゃ早速特別授業を始めるぞ! 最初に席替えをしてみるか」

 

 そして、彼を僕の隣にして指定の席に着かせた。

 これで出来るだけこちらを見なければ普通の授業として受けられる筈だ。

 

「それじゃ算数から行くか」

「あっ、教科書忘れちゃった。ねえ、見せてくれる?」

「なんだ無いのか。ほい。算数の教科書。見せ合いっこしようぜ」

「ありがとう、真斗くん」

 

 忘れ物をした同級生に普通に教科書を見せた。

 それも、即座に答えた。

 だが、広くん達は驚いたようにこっちを見る。

 

「分からない所があったら俺が教えてやる。遠慮せず何でも聞けよ」

「はい。先生」

「こっちも出来るだけ教えてあげるよ」

 

 そして、冒頭に繋がる……

 次は人物の描き方の授業だ。

 

「じゃあ、二人一組になってお互いをモデルに描いてみようか」

「「はーい」」

 

 目の前の彼は半分は単純だし描けないことも無い。

 けど問題は半分と服。

 これはどうするか……

 

(いや、顔を大きめに描けばいいだけかな?)

「このナイスバディを一人独占させるなんて罪よ、先生」

「どうせ書くならヒロインじゃなきゃね?」

「……なんか変なバトルがいきなり始まった」

 

 いきなり、郷子ちゃんと細川さんのバトルが始まった。

 その事に僕は戸惑いを隠せなかった。

 

「くぅー何さ! 洗濯板娘!」

「うるさい! ホルスタイン女!」

「「言ったわねー!!」」

「やめんか!」

「もういっそのこと2人を組ませた方が良いような気がする」

 

 そうじゃないと、また喧嘩になるでしょ、間違いなく。

 そして、絵描きが始まった。

 考えた通り全身ではなく顔を中心に描いてみることにした。

 

「すっげーカッコいいぜ広!」

「お前こそキムタケみたいだぜ!」

 

 広くんと克也は二人一緒にいつもよりカッコよく描いていた。

 二人の表情から完全におふざけである。

 

「……ふむ、少し参考するか」

 

 少々予定を変更した。

 カッコよく描くと見せかけて顔の半分を影を描いて誤魔化そう。

 

「こら、真面目にやれ!」

「ですよね!」

 

 ちなみにふざけていた広くんは案の定ぬ~べ~に怒られた。

 

「アンタはこうよ!」

「郷子は断崖絶壁でそーと」

「なによぐにゅぐにゅ!」

「ガリガリのーー!」

「「わぁー! そっくり!」」

 

 二人は徹底的に相手の姿が似てない。

 なのに、その似顔絵を公開して案の定、喧嘩し出した。

 

「何か醜い女の戦いを見たような……これはツッコむべきか関わらないようにするべきか……どうしよう」

「ハハハ。どう真斗くん、描けた?」

「……色々気が逸れる展開があったから、まだぼちぼちだよ……そっちはどうよ?」

「そうだぞ、お前はどうだ?」

 

 とは言っても文字が書けない彼に似顔絵を描けるかと言うと当然描けない。

 まっすぐ線を描けずにいた。

 なので、似顔絵と聞かれたら答えに困る無いようになっていた。

 

「うーん、これはまず線の引き方を教えなきゃな」

「すみません」

「まあ、運動はともかく、こういった物は何とかなるもんよ」

 

 そう言って僕の絵も見せた。

 中々良く描いてると思う。

 

「描いてくれてありがとう真斗くん」

 

 そして、僕に対してみんなが驚いたように見られるのはそろそろ慣れそう。

 ……いや、前の学校では慣れきった事だ。

 だがここに来てからはそういうのは滅多にないからな。

 

「真斗、上手だな……意外と」

「今、意外とって言った?」

 

 それはつまり、あまり上手じゃなさそうに見えてたってことだよね。

 

「さて……夜も更けて来たしそろそろあれやるか」

「「わあー!」」

「待ってました!」

 

 そうだな。

 これ以上遅くなると別の意味で怖いし……

 前回の霊霧魚クラスがまた来ないとも限らない。

 それに関してはこの町は信用できない。

 常に超危険な霊が襲って来ても不思議じゃないと肝に銘じている。

 

「ふぅーん、何だろう。楽しみだ」

「さあて、取り出したのは髪が伸びる市松人形! このクラスではもうお馴染みだな」

「……市松人形か……市松人形ね……」

「どうしたの真斗くん?」

「ちょっとな」

 

 不意にここに来たばかりの頃を思い出す。

 あれは本当に参った。

 別の意味で……

 

「てなわけで今日は人形の魂に付いて教えよう」

「え? 人形に魂なんてあるの?」

「もちろんだ。大事にされたり長年人に使われていると物にも魂が宿りやすい。特にこういった人形はな」

 

 そう言ってぬ~べ~がポンポンとお経で叩く。

 だが、それは人形じゃなかった。

 

「痛い~」

「うわっ~人形がしゃべった!」

「先生人形はそっちですっー」

 

 そう叩かれたのは菊池さんだった。

 いつもの展開である。

 

「あれま!」

「ハイハイお約束のギャグはもういいから次行って!」

「ハハハ。人形に魂なんて……信じる広くん」

「信じるさ人形だって生きてるんだ、なあ郷子」

「う、うん」

「そうよ、人形にも心があるのよ」

「そんなことも知らないのか」

「遅れてるぜ優等生」

「ふぅん……真斗くんは?」

 

 彼は僕にも聞いてきた。

 だが、僕はクラスに来た時のことを思い出していた。

 

「信じるも何も……なあ……」

「どうしたの? 暗くなっちゃって」

「いや、僕はてっきり呪いの市松人形は髪と言った体のどこか伸びたり、勝手に動くものだって思ってたんだ。けどさ、ここに転校してきた当初に会った呪いの市松人形は何故か露出狂のストリッパーの悪霊でさ」

「ああ、あの時からだったな。懐かしいや」

「懐かしいけど僕としては微妙なんだよ。そんな霊いるのかと思ったし、最終的に僕の頭をストリップ場にしてさ……危うくあだ名がストリップ場になりかかった」

 

 本当にあの時は頭を抱えた。

 ぬ~べ~もかなり手こずってしばらくは暇さえあればマジで僕の頭をストリップ場にしてたし……

 初めてのあだ名がそんなのは流石に嫌だ。

 

「あの時ほど、頭を抱える展開はなかったな……今では別の意味で頭を抱えてるけどさ……」

「ゴホンッ! つまりだ人の形をしたもの……特に人形などは魂が宿りやすい。こんな風にな。宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光」

 

 そして、ぬ~べ~の言った通り市松人形から魂が抜き取られた。

 

「珍しく成功したわね」

「これが人形の魂だ」

「わぁ、本当に魂が……」

「なあ、物にだって長い年月を経ると人間と同じように考えたり感情を持ったりするんだ」

 

 その事実に彼は嬉しそうに興奮した。

 まあ、僕も何も知らない状態で見せられたら凄いと思って尊敬するかも知れない。

 

「凄い凄いよ! 本物だ! 人形に魂があるなんて僕初めて知ったよ」

 

 だが、みんなは驚かない。

 それどころか怖がりながらこっちを凝視する。

 

「どうしたの? みんな驚かないの?」

「だって……なぁー……ここには最初からずっと人形の魂がいるもの……」

 

 ああ、もう言うのか別にもう少し後でもいいけど……

 ここまでだね。

 

「え? 何処? 何処にいるの?」

「……どうする?」

「まだ、気付いていないわ」

「鈍い奴だな……」

 

 僕は“彼”を一度も名前を呼んだことも無く心でも呼んだことは無い。

 それは何故か……

 理由はただ一つである。

 

「……その人形はな長い間、生徒達と過ごす内に魂を持ってしまったんだ。そして、遂にはこの学校の生徒だと思ってしまったんだ。自分が人形であることを忘れてな」

「え? ……まさか、真斗くん?」

 

 ただ、彼は僕だと思ったのか僕を凝視していた。

 

「ちげえよ。いや、確かにみんなこっちを見ているけどさ、僕じゃないよ」

「な、なんだよみんな……まさか僕が……僕がその人形だとでも言うのかい?」

 

 単純に彼に名前が無いからである。

 正式名称である『人体模型』であること以外は……

 

「……先生、やっぱりショックを受けているみたい」

「ああ。なるべくソフトに気付かせてやりたがったがな」

「少し教えてあげるのは早かったかもな。もう少し過ごせばよかったかな?」

「そんな……僕が人形だなんて……嘘だ! 僕を騙してるんだろ先生!」

「良く聞け……お前はこの学校によくある人体模型の人形なんだ……長い間、子供達と生活している内に魂を持ち遂に動けるようになってしまったんだ。」

「嘘だ……僕は人間だ。そんな薄気味の悪い人体模型じゃない」

 

 そして、ぬ~べ~が人体模型に近付く。

 

「さあ、手伝ってあげるから大人しく人形に戻るんだ」

「嘘だ! おかしいのはみんなの方だ! ま、真斗くん」

 

 悪いようにはしないと彼に言った。

 ……だが、それは真実を隠す言葉であってはならない。

 

「キミは人体模型なんだ」

「ま、真斗くん……先生も一緒になって……」

「ジッとしてて」

「イヤだ!」

 

 遂に耐え切れなくなって人体模型は走って逃げだしてしまった。

 

「っ!」

 

 でも……どうしても放っておけない。

 

「真斗」

 

 ぬ~べ~が僕に声をかける。

 

「わかってる。無茶はしない。けど、放っておくのは出来そうにない……でしょ」

 

 ぬ~べ~が無言になるが許可してくれたと信じて僕は追いかけた。

 ちらりと向かった方を見たのでそれを頼りに走る。

 霊霧魚すら振り切れたんだ。

 持久力なら負けない。

 この程度なら筋肉痛にもならないでしょ。

 あの時は案の定、もだえ苦しんだし……

 

~今朝

 

「だから、みんな協力してくれ」

 

 ぬ~べ~から放課後、人体模型の魂を封じるために特別授業をすることを伝えられた。

 だが、それには一つ問題があった。

 

「先生、質問いい?」

「真斗?」

「質問って?」

「はっきり言いますけど、その人体模型と一緒に授業を受けるんでしょ? 人体模型が教科書やノート、鉛筆を持っている訳がない。誰かが貸さなきゃいけない。ノートや鉛筆はあげるといえば良いけど、教科書はそういう訳にもいかない。誰かが見せなきゃいけない。つまり隣の席に座ることになるってことでしょ」

「あっ……」

 

 そう。

 怖いなら出来るだけ見ずに済む方法はある。

 窓際に座らせるが教科書を見せる方は必ず皮膚が無い肉の部分を見てしまう。

 普通にグロいので生徒がぬ~べ~に除霊をお願いをしているのだ。

 

「お、俺は嫌だぜ」

「ぼ、僕も」

「あ、あたしも」

 

 もちろん見たくない人はいる。

 間近で見た広くんや郷子ちゃんも声に出さない。

 怖がっているのだ。

 けど、その反応は予想通りだ。

 

「……だろうね」

「え?」

「実はもう決めてるんだ。誰が人体模型の隣に座って教科書を見せたり勉強を見たり似顔絵を描いたりする役目の人を」

「だ、誰なの?」

 

 みんなが不安そうにこちらを見る。

 自分に押し付けられると思われているかも知れないだろう。

 

「もちろん。僕がその役目をやるよ」

「真斗!?」

「大丈夫なの?」

 

 中島さんが自分達が僕に嫌な役目を押し付けているようで申し訳なさそうに見ている。

 だが、僕にはそれは何も問題も無かった。

 

「大丈夫だって。千鬼姫、はたもんば、沙裏鬼、霊霧魚と色んな凶悪な妖怪と比べたら相手はただの人体模型でしょ。それにブラウニーだから怖くもなんともないよ」

「ぶ、ブラウニー?」

「簡単に言えば小人の靴屋の小人さ。やっていることも教室の花を取り替えたり鶏の小屋掃除だし似たようなものでしょ?」

「頼めるか、真斗」

「ええ、任せてくださいよ。みんなが気味が悪くならないように端の席で授業を受けておきます」

 

 

 そして、出来るだけ優しく同級生のように彼と接した。

 

「うわあああーーー!!!」

(あっちか!)

 

 僕は急いで悲鳴の方に向かって走った。

 

「人間……じゃない。僕は……僕は人体模型……ただの人形だったんだ。変だったのはみんなじゃない……僕の……僕の方だったのさ」

「……気付いたか、自分の正体に……」

「……真斗くん。僕、人体模型……だった」

「……うん、知ってる」

 

 僕は黙って人体模型の隣に座る。

 

「辛いよな~……気持ちなら分かるよ」

「……嘘だ」

「もちろん、僕は人間でお前は人体模型だ……だから、お前の心を全て分かるなんて言わない。けどさ、気持ち二つなら痛い程分かるんだ」

「え?」

 

 僕はぬ~べ~以外のクラスのみんなに内緒にしていることを人体模型に告げようと思った。

 

「実はさ、ぬ~べ~以外のみんなには内緒にしてるんだけどさ。僕はぬ~べ~と同じ霊能力者なんだ」

「そうなの?」

「ああ。霊力は結界を張ってて隠してるけどね。僕は一度たりともキミを気味悪がったり怖がったりしなかっただろ」

 

 正直、人体模型以上に見た目が怖いものは見ている。

 なんだったら襲われたこともある。

 みんな以上に耐性を持っている。

 だから、人体模型が隣の席でも平気で授業は受けられる。

 冷静に考えることも出来る。

 だが、何も良い事ばかりじゃない。

 

「でもさ、その所為で前の学校じゃあみんなとは遊ぶことが出来なかった。ぬ~べ~に会うまでは霊が寄ってきちゃってね。外で遊べばすぐに捕まるから比較的安全な教室か図書室しか行く場所が無かったんだ。僕の体質に気味悪がって友達なんて作るのも大変だった」

 

 好きな本を勧めるのも最初は大変だった。

 出来るだけ近付かないようにされていた。

 意地の悪い奴はそんな僕を虐めて来る。

 ……やることも無かったから見返そうと思って必死に勉強をして分からないところがあったら出来るだけ丁寧に教えてやった。

 そうやって頑張って何とか数人は友達になったこともある。

 だが、それでも考えてしまう。

 

「よく思ったよ。みんなみたいな『普通』だったらどんなに良かったのだろうなって……」

「普通……」

 

 何も広くんみたいにスポーツ万能ってものが欲しい訳じゃない。

 ただ、みんなと接しやすい普通になりたかった。

 普通にみんなと遊びたかった。

 だから、この学校に来てぬ~べ~に会えて良かった。

 そんな時間を過ごせるようになったから……

 

「……僕も普通の人間になりたかった……」

「分かる分かる。もう一つの理由も合わせると痛い程に分かるよ」

「もう一つ?」

「……羨ましかったんだろ? みんなが遊ぶ声を聴いて」

 

 人体模型は素直に頷く。

 

「僕もさ、今だから言うけどさ。羨ましくて仕方なかった。図書室や教室の窓から前の同級生を見ていたけどさ。みんなとても楽しそうだもの。ドッジボールをしたり鉄棒したりして楽しく友達と話してさ。ずっと見てるから余計にみんなと遊べたらどれだけいいだろうと憧れてたんだよね」

 

 しかも、体自体は健康的で遊べない理由は一つしか無かったから余計に辛かった。

 

「まあ、一緒に遊べば霊の被害が広がるから自分から参加しなかったから文句言えないけどね」

 

 だから、人体模型のことを他人の気には出来なかった。

 違うのは『人間』と『人形』。

 その違いだけ。

 その違いが冷たく決定的だがそれでも僕と同じことを考えていた。

 

「だから、キミの隣になって勉強したりしようと思ったんだ」

 

 だから、出来るだけ彼のことは今まで会った同級生のように接していた。

 グロ耐性があるし、適任だと思った。

 絵も少し考えれば描くことも出来たし、勉強だって問題無かった。

 

「真斗」

 

 その時、先生を含むみんなが来た。

 もしかしたら会話を聞かれたかも知れない。

 けど、その時は素直に白状しよう。

 

「……先生」

「確かにお前の体は人体模型の人形だ。しかしその魂は子供達を慕う純真なものだろう。魂を……心を持つことは素晴らしい事だ。だが、俺達人間とは生活を共に出来ないんだよ。それがこの世の決まりなんだ。だから、お前は人形に戻って静かに子供達を見守っててくれないか?」

「先生……でも、僕……やっぱり人間になりたいよ」

 

 そして、涙を流す人体模型。

 だが、人間にすることは出来ない。

 あくまで人間であって神様じゃない。

 出来ないことは当然ある。

 

「……なんだか可哀想」

「「……ごめんなさい」」

 

 暗く重い雰囲気は続く。

 

「おうおう! 優等生! しみったれてんじゃねえや!」

「広くん」

「広……」

「今夜だけはお前は俺達のクラスメートだ」

「でも……僕なんか……」

「最後に一緒に遊ぼうぜ! 思い切りな!」

「そうだな。人形に戻るのは思い切り遊んでからでも遅くはないだろ。まだ夜は続いてるしな」

「広くん……真斗くん……」

「なあ、みんな!」

 

 郷子ちゃんと細川さんは顔を青くしながらも縦に振った。

 

「ありがとう」

 

 そして、人体模型を含めた野球が始まる。

 広くんチームと郷子ちゃんチームに分かれ僕は郷子ちゃん、人体模型は広くんチームになった。

 

「はあああ!」

「っ!」

 

 郷子ちゃんのボールは人体模型に打たれて中島さんはボールを取れず後ろに行った。

 

「ちょっ! 早く早く!」

 

 一塁にいてボールを要求するが意外にも人体模型は早く塁を踏まれてしまった。

 

「……意外に早いな」

 

 そして、次は細川さんだ。

 

「よし、行くわよ~」

「「「よし、行くわよ~」」」

 

 再び細川さんの真似をする克也と広くんと金田くん。

 

「「やめんかい!」」

 

 さっき喧嘩していたとは思わない程、息ぴったりに馬鹿三人組にボールをぶつける細川さんと郷子ちゃん。

 

「何やってんだか」

「アハハ」

(思い切り楽しんでくれ……二度と歩き回ることのないようにな)

 

 そして、野球は続く。

 人体模型に追い掛け回され泣きかける細川さんに意外にもスポーツが得意人体模型。

 

(なんて楽しいんだろう。ありがとうみんな! なんだか本当にみんなのクラスメートになったみたいだよ……人間って言いな)

 

 だが、楽しんでいるばかりではいられない。

 相手チームは広くんに加え運動が得意な人体模型で一点も取れずにいて完封されそうな勢いである。

 

「お前を三振したら次は郷子! このまま完全勝利してやるぜ!」

「ふっ、人体模型にあれだけカッコつけたんだ。ここで塁に出ないとカッコ悪いだろ」

 

 そして、バットをぶんぶんと振り回して構える。

 

「「頑張って真斗くん!」」

「へへっ、真斗! 打てるもんなら打ってみやがれ! それ!」

 

 これは真っすぐ!

 

「そい!」

「なっ、バントだと!?」

 

 誰も打つとは言っていない。

 塁に出ると言ったから嘘は言っていない。

 広くんは慌ててボールを拾いに行くが逃げ続けた僕の足には敵わず塁を踏んだ。

 走ることなら人体模型に負けてられない。

 

「くっ、やられた! 打つと思っていたのに」

「後は任せたぜ郷子ちゃん!」

「ええ、任されたわ!」

「だが、次は郷子だな! 郷子! 俺様の投げる球、打てるもんなら打ってみやがれ!」

「むっ!」

「それ!」

「えいっ!」

 

 郷子ちゃんが広くんの球を打った。

 そのまま三塁の細川さんが拾ってこれ以上進めないと思った。

 

「お肌のお手入れ」

「こら美樹!」

 

 だが、細川さんが油断してくれたおかげでボールはさらに転がった。

 

「チャンス!」

 

 ここで一気に走ってにホームベースに近付かないと次に走れるか分からない。

 二塁を踏み全力で三塁に向かった。

 

「やったやった! べろべろべー!」

「郷子ちゃん、走って走って!」

「わわっ!」

「くっ、克也! 至急に!」

「それ!」

「わあああ!」

 

 克也は人体模型にボールを渡して二塁に向かった郷子ちゃんを追い詰める。

 

「なら一点でも!」

 

 人体模型が広くんにボールをパスしている間にさらに走る。

 郷子ちゃんをアウトになってもまだ点は入る。

 

「なっ! くっ! ほれほれどうした郷子! 行ったれ優等生!」

「捕まえた」

「わっ!」

 

 人体模型が郷子ちゃんを捕まえてアウトにした。

 

「代わりにふん!」

 

 郷子ちゃんがアウトになった代わりに僕がホームベースに返り一点を取った。

 

「アウトだが郷子チームに一点だな」

「あ~あ、いい気になった郷子をアウトに出来たけど一点取られたか」

「くうう、悔しい。でも一点は取ったからね!」

「少なくとも一矢報いたかな」

 

 だが、これ以上点数を取れそうにない。

 わかっていたが、これは負けたかな。

 

(温かい)

「ん?」

 

 だが、人体模型が郷子ちゃんからいつまでも離れない。

 

「やっぱり、血の通った人間はいいな」

「……ねえ、どうしたの?」

「ああ、温かい。人間って良いな」

「ねえ、ちょっと」

「僕人間になりたい」

 

 何か不穏な雰囲気になったので走って人体模型に近付く。

 

「人間になりたいよ~」

「きゃああ!」

「もう、人形は嫌だ……郷子ちゃん、キミの体を」

「ダメだ!」

 

 その先のセリフが分かったのでそれを言わせない。

 

「真斗くん」

 

 人体模型が完全に郷子ちゃんを捕まえる前に腕を引っ張って引き剝がす。

 

「広くん、郷子ちゃんを!」

「お、おう!」

 

 郷子ちゃんを広くんに任せた後、僕は鋭く人体模型を睨んだ。

 

「どうしてそんなに」

「お前、何を言いかけた?」

「何って……」

「何を言いかけたって言ってんだ!」

 

 僕は人体模型に怒った。

 

「郷子ちゃんの体をちょうだいって言いかけたのか? 人体模型、それはやってはいけないことなんだ!」

「でも、僕」

「どんな理由があろうが欲しかろうが何だろうがそれはやってはダメなんだよ! それをしたら先生や僕がお前を悪霊だと思う。大事なクラスメートを酷い目に遭わせる悪い霊だって思わざるを得ない!」

「真斗くん……なら、キミの体を」

「言わせねえよ! 例え友達でもお前に渡せないものなら幾らでもある! それにお前今の状況を分かってるのか!?」

「え……」

「あれだけみんなと遊びたがってたじゃねえか! 先生が頑張って広くん達が勇気を出して怖いのを我慢してやっとみんなと遊べただろうが! そのみんなの想いをお前はここで無駄にするつもりか? 結局悪い霊だったって最後の最後に思われていいのかよ!」

 

 例え境遇が同情できるものだとしても怒らない理由にはならない。

 間違いを犯そうとしているのなら怒ってでも止めないといけない。

 

「……それは」

「最後の最後に友達を犠牲にしようと考えるなよ。最後は普通に別れたかったよ」

 

 そして、ぬ~べ~が近づいたので後を託した。

 このままではアイツの心は変質してしまう。

 これ以上はダメだ。

 

「ぬ~べ~、お願い」

「ああ」

「先生……僕……人間になりたい……」

「……残念だが俺の力では不可能だ。観音様にでも頼みなさい」

 

 そして、静かに鬼の手を使う。

 

「宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光。人体模型の魂を二度と迷わぬよう封じたまえ……破ぁーーー!」

 

 人体模型の魂はぬ~べ~の手で封じ込められた。

 

「後は白衣観音経で一晩封印すれば完了だ」

「……なんだかすごく可哀想だわ」

「ああ。怖かったけどやっぱりちょっと可哀想な奴だったな」

 

 そして、みんなで手伝って人体模型を元の場所に戻してぬ~べ~は白衣観音経を置いた。

 

「……じゃあな」

「さあ、帰るぞ」

「うん」

 

 最後は少し暴走して臨んだ別れじゃないけど僕達はそれぞれの家に帰った。

 だが、翌朝、人体模型は忽然と姿を消していた。

 学校中で探したが見つからずぬ~べ~が弁償する羽目になった。

 

「ねえ。人体模型のこと聞いた」

「ああ」

「変よね。ゴミ置き場にも何処にもないなんて」

「ぬ~べ~が同情して封印に手を抜いたんじゃねえのか」

「馬鹿を言うな!」

 

 広くん達と話しているとぬ~べ~が怒鳴ってきた。

 そして、広くんが鉄棒から落ちた。

 

「脅かすなよ」

「ねえ、本当に人体模型はどうなったの?」

「そんなことより俺の今月の給料……とほほ」

「不憫だね……」

「私がまた給食を分けてあげるから」

「何!? 本当か!」

「先生!」

 

 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り向くとそこには一人の少年がいた。

 

「僕だよ、僕!」

「お、お前は!?」

 

 そこにいたのは人体模型だった。

 帽子を被っておりその姿は何処にでもいる少年に見えた。

 

「まさか……」

「嘘……」

「驚いたでしょ? 僕人間になれたんだ」

「ど、どうして?」

「あの後、白衣観音様が現れて僕を人間にしてくれたんだ」

「白衣観音が!? 信じられん」

「まるでピノキオだわ」

「小人の靴屋の次はピノキオって……忙しいな」

「真斗……注目する点、多分そこじゃない」

「詳しく話を聞かせてくれ!」

「あ、来ないで。ちょっと挨拶しに来ただけだから。それにね……まだ、皮が張ってないんだ」

「「いいいいいーーーー!」」

 

 これは流石にビビる。

 服の下どうなってるんだ?

 

「……いや、深く考えてはいけない奴だ。深く考えると僕でも引くぞ」

「僕も学校に通うことになったんだ。じゃあね! さようなら!」

(……えっと、ど、どうなるんだ? 色々とマズい気がするけど神様が頑張ってくれるのか? い、一応神様の力だし誰も犠牲にしていないなら文句はないけど……)

 

 こうして元人体模型は姿を消して僕達の前に現れなくなった。

 ちなみに僕が霊能力者であることは聞かれていなかったようだ。

 だが、人体模型の対応に何人か不審に思い聞かれたが父さんの趣味がああいったホラー物が好きで段々と慣れたと言ったらなんとか納得してくれた。



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#009【クラスメートが妖怪!?】

「ここのコースター超スゲーって有名らしいぜ」

 

 今、僕たちは広くん達と一緒にぬ~べ~に遊園地のパスポート券を驕ってもらい遊園地に来ている。

 リツコ先生も一緒だ。

 と言うよりも広くんがリツコ先生を連れてくるからと言う交渉に応じたと言った方が正しいだろう。

 

(広達にパスポート券を驕らされたけどリツコ先生を連れてきてくれたんだから安いもんだ……ぐへへへ、子供はお遊び、大人はデート! ジェットコースターにリツコ先生と一緒に乗れば!)

(……何を考えているのか丸分かりだな~)

 

 だらしない顔になっている。

 ただでさえぬ~べ~は貧乏だから驕ってもらうのに罪悪感を抱いて少し出そうかと申し出たけどカッコつけて断られた。

 しょうがないので少しぬ~べ~を小突く。

 

「ぬ~べ~、進んでますよ」

「おっ、悪い悪い」

 

 てか、来ているのは僕に広くん、郷子ちゃん、栗田くんに細川さん、リツコ先生にぬ~べ~の七人。

 

「って、あっ!」

「ん? ああ……」

 

 だけど、リツコ先生は郷子ちゃんと一緒に座ってしまっていた。

 正直、こうなると思っていました。

 

「く、くそう」

「はい。残念でした」

「うっ……ううぅ」

「(変な妄想をしてるから……)まあ、ここでボケッとしてると迷惑だから早く乗りましょうよ」

 

 そして、ぬ~べ~はしぶしぶ僕と一緒に座った。

 ただ、早く乗らないと恐らくぬ~べ~は後ろの大きいおばさんと一緒に乗る羽目になる。

 それと比べたら大分、マシだろう。

 

(そんなに残念だったのか……そっとしておいて僕は僕でジェットコースターを楽しむか)

 

 ジェットコースターは怖くはない。

 だが、空気圧で悲鳴を出さないと少し苦しいので思い切り声を出した。

 それでも楽しかった。

 遊園地で遊ぶなんて昔はあまりできなかったことだからな。

 だから、思う存分遊ぶことにした。

 これでも僕は小学生ですから。

 

「未体験ゾーンか……よし、ここに入ろうぜ」

「僕、怖いよ」

「童守小学校の生徒がこんなとこで怖がってどうするのよ。うちの学校の方がよっぽど怖いでしょ?」

「だな……千鬼姫とか……ってこれは人体模型の時に言ったな。だから省略」

「そうそう。ここは全部作りものなんだしさ」

「奴らと違って殺す気で襲いかかったりしないって」

「う、うん」

(……まあ、中には偶に本物の霊が混じってるけどね。今は大丈夫でしょ……大丈夫であってくれ!)

 

 僕達がここでおしゃべりをしているとぬ~べ~の声が聞こえる。

 

「ねえねえ、リツコ先生、未体験ゾーンに入りましょうよ」

「……鵺野先生、私がああいうものを好きじゃないことをご存じでしょ」

「僕が付いているから大丈夫です!」

「だから、心配なんです!」

「ズコーっ!」

「ですよね!」

 

 そりゃ、今までが今までだし、その反応も当然である。

 そろそろ僕のフォローも無駄だと思いつつある。

 

「……う~ん」

「ん? どうしたの?」

「いや、ぬ~べ~をリツコ先生と一緒に残して僕達で楽しむべきか、ぬ~べ~を連れて行くべきか……リツコ先生と一緒に残したらどんな大ボケをするのかと思うと……」

 

 例えば、近くでなんかの幽霊がいるとかの話とかしでかしたりとか……

 普通にあり得そうで怖い。

 

「どっちでもいいんじゃない? 放っておきなさいな」

「……そうだな、付いて来る時は付いて来るか……そっとしておこう」

 

 そして、僕達は未体験ゾーンで楽しんで行った。

 

「広、幽体離脱ってどういうこと?」

「そのボタンを押せばいいんだよ」

「これね」

 

 細川さんがボタンを押すと幽体離脱の説明が入った。

 人間の体は『霊体』『幽体』『肉体』の三つで出来ている。

 幽体離脱はその霊体と幽体の二つが肉体から飛び出た現象のことである。

 この時、霊幽体と肉体はシルバーコードで繋がれている。

 霊幽体は肉眼では見えず自分の体を見下ろせる不思議な体験が出来るとのこと。

 

「わはあ、面白い!」

「本当ね」

「郷子、ろくろ首だってよ!」

 

 そして、作り物のろくろ首に向けてアッパーをした。

 ただ、本気では無くぽかりと軽く殴った程度である。

 

(見た感じでは霊はいないみたいだな。良かったと言えば良かったな)

 

 そう考えると広くん達は未体験ゾーンのグッズを見ていた。

 そのまま、僕たちは楽しく遊園地を楽しんだ。

 まさか、この時あんな事態が起きるとは夢にも思わず……

 

………………

…………

……

 

「ふあぁぁ~」

 

 翌日、細川さんは眠そうに大きな欠伸をした。

 

「なんだ美樹? 1時間目から欠伸をして……寝不足か?」

「そうなのよ……ちょっと考え事をしてたら徹夜しちゃってさ」

「何を考えてたんだよ?」

「どうせエッチなことじゃねえの?」

「「「あはははは」」」

「そんなんじゃないわよ!」

「……しょうがない。保健室で寝てこい」

「えぇ~! いいの~!」

 

 確かに今までのぬ~べ~とは思えない対応だ。

 顔を洗ってこい程度かと思ったのに

 

「フフフ、実はな。2時間目はお前の大嫌いな算数のテストなのだ」

「ガーンっ!」

 

 ああ、そういう意図があったのね。

 細川さんがショックを受けていた。

 それと同時に広くんや克也、栗田くんが現実から目を逸らすように明後日の方向を向いた。

 そう言えば、テスト苦手だっけ……

 まあ、今回のテストもいけるでしょう。

 

「それまでに頭をすっきりさせておくんだぞ」

「……アンビリバボー」

「えっと、ご愁傷様」

 

 細川さんはしょんぼりとして保健室に寝に行った。

 

「……そういえば、真斗くんって算数のテスト大丈夫なの?」

 

 栗田くんが後ろを向いて聞いてきた。

 

「まあ、予習復習はしてきたし大丈夫じゃない」

「へ~予習復習をするのね」

「色々あってね……勉強は結構頑張った方なんだよ」

 

 栗田くんがしょんぼりして中島さんは感心したように呟いた。

 運動が苦手だった分、勉強に集中していた。

 だから、前の学校でも感心はされていた。

 

 だが、しばらくして

 

「いやああああああーーーーーー!」

 

 リツコ先生の大きな悲鳴が聞こえた。

 

「っ!?」

「リツコ先生だわ!」

 

 ぬ~べ~がすぐに教室を出て悲鳴の方へ向かって行った。

 僕も急いで跳び出していった。

 

「どうしました!? リツコ先生!」

「よ、よ、よ、妖怪が!」

(妖怪? そんな気配を感じなかったけどな)

「おのれ妖怪め! リツコ先生を怖がらせるとは許せん! 退治してくれる!」

「ちょっ!」

 

 ぬ~べ~が頭に血を上ったのかよりにもよってリツコ先生の前で鬼の手を出した。

 ただでさえ、初見の僕が驚いたのに怖がりのリツコ先生が見たら……

 

「いやああああああーーー! 何、その手!?」

「ですよねー」

 

 そう余計に怖がらせる。

 ぬ~べ~クラスでは慣れた光景でも他は違うのだ。

 ぬ~べ~も慌てて鬼の手を隠した。

 

「リツコ先生、鬼の手を見るのは初めてなんだ」

「そうなのね」

「初見はビビるよね」

「ぬ、鵺野先生?」

「あ、あはは……き、気のせいですよ」

「そうです。とりあえず、落ち着いて深呼吸をしてください」

「そ、そうですか……」

 

 今はリツコ先生の勘違いや幻覚と思わせておこう。

 

「リツコ先生、さっき妖怪とか」

「ええ、ろくろ首がここに」

「ろくろ首?」

「気味が悪かったわ」

「もう、どうしたの? うるさくて寝てられないじゃない」

 

 すると、細川さんが眠たそうにこっちに来た。

 

「ひっ! お、思い出したわ! そのろくろ首、美樹ちゃんだった……ふにゃ~もうダメ~」

「リツコ先生!?」

 

 リツコ先生が混乱で倒れそうになったのでぬ~べ~が抱き留めた。

 

「美樹……お前、最近どうも妖怪染みてると思ったらやっぱり……!」

「何よそれ! あたしは人間です!」

「そうだよな」

「……うーん」

 

 でも、こんな明るいのにリツコ先生がろくろ首と細川さんを見間違えるのかな。

 それにリツコ先生は仮にも教師だ。

 寝ぼけてるとはどうしても思えないけど……

 

「……ニヤリ」

 

 そして、ぬ~べ~はリツコ先生を見てまた顔をだらしなくした。

 

「ぬ~べ~、ぬ~べ~、下心見えてる……見えてるよ~」

 

 だが、ぬ~べ~は聞いてくれずそのままリツコ先生を見続けていた。

 

「……そっとしておこう」

 

 リツコ先生が目を覚めたら多分、ビンタするだろうなと思った。

 けど、ぬ~べ~が聞かないのでしょうがない。

 痛い目に遭うだろうなと思っても放っておくのが良いだろう。

 

「ったく、失礼ぶっこいちゃうわねっ! こんな美少女に向かって!」

「ろくろ首なんて本当かしら?」

「リツコ先生、怖がりだからね」

「……でも、怖がりの人が本当に怖がるなら夜のような暗い時じゃない? 朝にぬ~べ~が怖い話でもしない限り普通にしてるでしょ?」

 

 そうじゃなかったら周囲が心配する筈だ。

 明るい時でも怖がってるのは何も起きていないのにあれが起きるかもと神経質に心配をする人のようだから。

 いや、まあ、明るい時でもヤバい展開は起きてるが……(例:はたもんば)

 あんな、特殊な事例はそうそう起きないでしょ。

 起きてたまるか。

 起こらないでくれ……

 

「何よ、それじゃ真斗はあたしを妖怪だと思う訳!?」

「そういう訳じゃないけど……」

 

 でも、気になるんだよな。

 そして、二時限目、ぬ~べ~の顔面の真ん中がもみじになっていた。

 案の定、リツコ先生に叩かれたらしい。

 

「それじゃ約束通り算数のテストをするぞ」

(……ろくろ首は後回しだ。今はテストに集中しよう)

 

 以前、千鬼姫の件は伝えるためにわざとやらず褒美として再テストを受けた。

 だが、そんな幸運はそうそう訪れないので普通にテストを受けている。

 

(ふむふむ、あれはこうしてこれはこうしてっと)

「よっしゃー! あたしは千里眼という超能力を手に入れたんだわ! わははは!」

「……細川さん?」

 

 急に細川さんが訳の分からないことを言って笑い出した。

 そのままテストを楽しそうに受けた。

 

「……千里眼? おっと」

 

 変なことを言うのでペースを乱された。

 だが、すぐに軌道を修正しテストに取り掛かった。

 結果、僕は何とか100点満点を取れた。

 だが、細川さんも100点を取った。

 あれだけ落ち込んでいたのに何が起きたのやら……

 

………………

…………

……

 

―美樹視線―

 

「おほほほー! ん~千里眼とは便利な能力を手に入れたものだわ。これからはテストなんてものはちょろいものよ。本当は幽体離脱の練習をしてた筈なんだけどな。まっいっか! 千里眼でも! あっ、よし! 今夜はみんなの家を見て回ろう」

 

 時間は10時頃、美樹は早速千里眼の練習を始めた。

 最初のターゲットは……

 

「うーん、今日は気になることが起きたな。でも、今は考えてもしょうがねえや」

 

 真斗の家だった。

 部屋は綺麗に片付けられている。

 今、真斗はパジャマに着替えている。

 

「時間割の確認も終わったし宿題も終わった。で、3回見直してカバンに入れたと。これで大丈夫だな」

 

 真斗は真面目に寝る前に忘れ物が無いかをチェックした。

 

「目覚まし時計を6時にセットしてっと」

「へ~もう寝るのね。そして、結構早起きなのね」

 

 美樹は感心したように頷く。

 時間は夜中の10時で美樹ならばドラマなどを観ている時間帯なのだ。

 

「まあ、早起きして予習をした方が頭に入りやすいし、夜遅く起きてまでやりたいこともないからな……」

「ふーん、テレビとか見ないの?」

「今のところはないな……ゲームもあんまりやらないタイプだし」

「へー」

 

 素直に真斗は答える。

 

「……んっ?」

 

 だが、違和感を感じたのかきょろきょろと辺りを見渡すと美樹と目が合った。

 

「……ん?」

 

 そして、時間が止まったかのように真斗は固まった。

 

「……待て待て待て待て!!!!」

 

 慌てたかのように真斗が叫ぶ。

 美樹からしては新鮮な反応である。

 今までの真斗は滅多なことでは驚かず怖がらず堂々としていた。

 それはいいけど何処か真面目過ぎて面白みがないと思っていたからである。

 

「え!? 何で!? 嘘ぉ!?」

「アハハハ! 新鮮な反応で面白い! それじゃあね!」

 

 とはいえ、まだ今日は試しの1回。

 他にも周らないといけない家があるので美樹は去ろうとする。

 

「ちょっ!? 待て!」

 

 真斗はすぐに窓を開けて呼び止める。

 だが、美樹は止まらず首だけ残して何処か行ってしまった。

 

「……追いかけようにも流石に夜道を行く勇気はないな。明日、問いただすか……そして、気になったことは意外と早く分かったな。多分、無自覚だろうな……絶対に……」

 

 真斗はそう言って幽霊が入ってこないように窓を閉める。

 

「真斗~どうしたの~?」

「大丈夫だよ、母さん。ちょっと驚いただけ」

「また幽霊?」

「うーん、幽霊かと聞いたら微妙かな……と言ってもぬ~べ~に聞けばいいだけの話だから心配ないよ」

「そう。何かあったらお母さんにも言いなさいよ」

「はーい」

 

 その後、美樹は広達同級生の家を宣言通り周って行った。

 窓からしょんべんしたり、お風呂に入って鼻歌、夜こっそりとおやつを食べるという事は序の口だ。

 フィギュアのスカートをめくったりエロ本を読んでたりした人もいた。

 そして、真斗のように驚きもあったが怖がりも含まれていた悲鳴を上げた。

 美樹は何かおかしいような気がしたが気のせいという事で片付いた。

 

 そして、次の日

 

「(うふふ、昨夜は面白かったな~あれが夢かどうか聞いてみよう)おはっようー」

 

 だが、奇妙なことにクラスのみんなが美樹を睨んでいた。

 

「……やっぱりか……ですよねー……」

 

 唯一、真斗だけは溜め息を吐いて呆れたように美樹を見ている。

 

「来たわ」

「ろくろ首女め」

「ろくろ首女?」

「こいつ……よくも人のふりをして騙してたな!」

 

 広たちはまるで今までの妖怪を見るように美樹を見ていた。

 

「な、なんのことよ!」

「お前の事だろ!」

「妖怪って何馬鹿なことを言ってるのよ! あたしはれっきとした美少女細川美樹ちゃんじゃない」

「よく化けたもんだ!」

「化けた? どうしちゃったのみんな」

「さっさと白状しろよ!」

「往生際が悪いわよ」

「ぬ、ぬ~べ~黙っていないで何とか言ってよ」

「美樹……2人きりで話したいことがある。一緒に来てもらおうか?」

「何よ……ぬ~べ~まで……ま、真斗……」

 

 美樹は縋るように真斗を見るが……

 

「いや、だから待てって言ったじゃん。だから呼び止めたじゃん。僕だって目撃者だからな。細川さん、普通に首伸びてたよ。ろくろ首だったよ……絶対にこうなると思ってた」

 

 呆れたように美樹にはっきりと言った。

 声の感じは怖いというよりも怒涛のツッコミをしていた。

 

「ま、真斗まで……」

「……美樹」

「……ぬ~べ~」

 

 美樹はぬ~べ~の顔を見て目を見た。

 そして、怖くなった。

 ぬ~べ~の目が本気なのが伝わったから……

 

「いやああああああーーーー!」

「美樹!」

「逃がすな!」

「追いかけろ!」

「待て! 大人しく捕まっておいて怒られてろ! また話がややこしくなるじゃねえか!」

 

 みんなが追いかける中、美樹は必死で逃げる。

 

(なんであたしが妖怪な訳!? ぬ~べ~のあの目、本気だった!)

「あそこだ!」

 

 前方には広と郷子と真斗。

 後ろには克也と金田と昌とぬ~べ~が挟み撃ちをしていた。

 

「酷いわ、みんな……あたしは人間よ」

 

 そして、美樹は放送室に逃げ込み鍵を閉めた。

 

「こら、開けろ!」

「出て来い!」

「僕、裏から周ってみるよ!」

 

 時間が無い。

 美樹は急いで窓を開けそこから脱出した。

 

「美樹!」

「こんなところ逃げ込んだって無駄だぞ!」

「こら! 出て来いったら!」

 

 美樹は急いで体育倉庫に逃げ込んだ。

 

「どこ行った!?」

「あっちだ!」

「逃がすなよ!」

「ああ、もう授業時間がどんどん減っちゃうじゃないか!」

「真斗、気にするところ全然違うよ、さっきから!」

 

 そして、時間が経った。

 

「美樹、隠れていないですぐに出て来い」

「……いけない寝ちゃったのか」

 

 だが、すぐに美樹は違和感に気付く。

 自分の体がずっと下にあったからだ。

 

「えっ!? い、い、いやああああああーーーーーー!」

 

 気付いたのだ。

 自分の首が伸びていることに……

 その悲鳴でみんなが美樹の居場所が分かりすぐに向かった。

 

「ぬ~べ~、あれが証拠よ!」

「美樹、そこを動くな!」

「ぬ~べ~、あたし知らなかったのよ! 自分が妖怪だったなんて! お願い助けて!」

「……だろうね。どうも自覚が無いなと思ったけど、やっぱり無自覚に首を伸ばしていたんだな……だから、待てって言ったじゃんかよ」

 

 真斗はのんきにそしてさらに呆れたように首を縦に振る。

 その間にぬ~べ~はすかさず鬼の手を出す。

 

「ぬ~べ~……!」

「待ってよ! あたしだってぬ~べ~の生徒よ! ちょっと人より首は長いけど……根はとっても良い奴なのよ!」

「自分で良い奴って言うの?」

「真斗は黙ってよ! クラスに一人ぐらいあたしみたいのがいてもいーじゃないでしょーか!?」

 

 段々と美樹は泣き鼻水も出て来た。

 

「ぬ~べ~お願いなんでも言う事を聞くから!」

 

 ぬ~べ~が構える。

 

「た、助けて……」

 

 ぬ~べ~は鬼の手を伸ばし美樹……の頭に手を置いた。

 

「……っ!」

「宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光」

 

 経文を唱えると美樹の首は元に戻った。

 

「今、伸びていたのは美樹の幽体の方だ。普通幽体は見えないのだが体質によって見える場合もある」

「じゃあ、あたし妖怪じゃないのね」

 

 美樹は自分の体や顔を触りその事実に安心する。

 

「当たり前だ。お前は俺が守らないといけない可愛い生徒だよ」

 

 ぬ~べ~は優しく笑い美樹は安堵し涙を見せる。

 

「ありがとう! ぬ~べ~……」

 

 そして、ぬ~べ~はろくろ首について解説する。

 

「昔からろくろ首というのは首が伸びる妖怪だと思われているのだが実は幽体離脱が不完全で首から上の幽体だけが離れて寝ている間に移動をする現象なんだ」

「なるほどね。リツコ先生が見たのも美樹ちゃんが保健室で寝ている間だからで、幽体しただけの生きた人間だから霊の気配もなかったわけか」

「ああ、そういうことだ」

「霊感が無いリツコ先生が見えていたから妙だと思ってたよ……昼に見たって言ったのも妙な感じがしたけどね」

「……そういえば、この前の未体験ゾーンで幽体離脱が載った本を買って実験したっけ」

「ああ、それが真相なのね……」

「……やっぱり、お前の自業自得か」

「それって、つまり、前回のテストも殆どカンニングだったんだね」

「……はい」

 

 だが、当然テストをカンニングして100点を取ったという不正である。

 なので算数のテストはやり直しになった。

 

(もう1回テストやり直しだなんて……アンビリバボー)

 

 そして、美樹は隣の人である真斗を見る。

 正確にはテスト用紙だが……

 

「ん?」

(伸びろ~首~)

(懲りてないんかい!)

 

 もちろん、美樹はぬ~べ~に叩かれテストは散々な結果になった。

 

「うぅ~」

「まったく、今回は細川さんの自業自得だよ。また、テストをやり直す羽目になるなんて……」

「ご、ごめんなさい」

「ぬ~べ~が生徒を殺すわけないし、もう少しぬ~べ~を信じていいと思うの」

 

 真斗は美樹に小言を言う。

 そして、美樹はふと思ったことを口にする。

 

「そういえば、みんなの悲鳴が怖がったようなものだというのは分かったけど、アンタはどっちかというと怖がりというよりもビックリの方が大きいじゃない?」

「いや、それは驚くでしょ。クラスメートの首が伸びたんだよ? 驚かない方がおかしいんじゃない?」

「みんながあたしを問い詰める時だって、アンタだけは怖くなかったわよ。呆れられているのは分かったけど、殺されるとかそういう危機感はなかったもの」

 

 そう言われると真斗は困ったような表情をした。

 

「いや、被害は受けていないし、クラスメートだからね……そう言う目で見たら可哀想じゃないか」

「……なんかあたしたちに隠してることあるんじゃないの?」

「(ギクリ)な、なんだよ。僕だって怖いものくらいあるよ」

「例えば?」

「夜道……この町の夜道は真剣に怖いと思う。何が出てもおかしくないような気がして……」

 

 真斗ははっきりと即座に答えた。

 

「へー、意外。アナタのことだから何でも平気だと思ってたわ」

「何でもは言い過ぎだよ。僕だって普通に怖いものはあるからね……真剣に」

「なるほどね。それじゃ、このことをみんなに言いふらすわね」

「あっ、こら!」

 

 何を隠しているのか分からずにいる。

 だが、美樹は真斗のことを面白い奴だと思った。



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#010【ぬ~べ~に恋した雪女】

「ふぁ~せっかくの休みだってのによ、なんで学校に出て来なくちゃいけねえんだよな!」

「仕方ないだろ? テストで点数足りなかったんだから」

「あたしなんか、広と違って1点足りなかっただけなのよ!」

「僕は5点だよ」

 

 とそれぞれぬ~べ~に不満を言っていた。

 どうやら、テストの点数が足りずに補習を受ける羽目になったらしい。

 

「どうせ俺は20点しか取れなかったよ!」

「広威張るな。俺なんて0点だ! 頭が高いぞ、控えろよ~!」

「ははー!」

「カカッカ!」

(そこは威張っちゃいけないような……そっとしておくか)

「まさか昌や真斗までとは思わなかったけど」

「あの日、親戚の葬式で休んじゃったからテストを受けられなかったんだよ」

「あぁ、そうだったわね。で、真斗は?」

「ん? 僕は……えっと」

 

 正直に言えば僕は補習を受けていない。

 だが、そのことを言っていいのかと考えていた。

 

「あれ? 真斗は点数自体良かったんじゃなかったっけ?」

 

 郷子ちゃんは思い出したように答えた。

 

「え? 違うの?」

「ほら、ぬ~べ~に褒められてたじゃない」

「あぁ、そうだったわね」

「……じゃあ、なんでここにいるんだよ?」

「てか、その段ボールはなんだよ?」

「補習自体は言われてなかったんだよ。僕が行く理由はこれだね」

 

 と言って段ボールを叩いた。

 

「それ? 何が入ってるのよ?」

「差し入れだよ。転校前に住んでいた所の農家の叔父さんがいるんだけどさ、その人から果物を貰ったんだ」

 

 だから、僕の家には定期的に野菜やら果物が送ってくれるのだ。

 ありがたいけど、量が多いだけに下手をすると腐らせてしまう。

 それはもったいないので、ぬ~べ~に渡すのだ。

 ぬ~べ~なら平気でしょう。

 

「だけど、量が多くて余っちゃうからお世話になっているぬ~べ~に渡してきなさいって母さんに言われたんだ」

 

 僕もそう言われたら行くしかないんだよね。

 転校初日なんか霊が多すぎて引き籠ろうとしてた。

 ぬ~べ~がいなかったら間違いなく生きていなかったな。

 

「あら、そうなの」

「まあ、しばらく果物で生活するかも知れないけどさ……」

「ちぇ、つまんねえの」

「食べていい?」

「一つだけなら」

「それじゃ!」

 

 そして、広たちは一つずつ果物を取って食べた。

 少しくらいなら大丈夫でしょ、多分。

 

「それはともかく、ぬ~べ~は補習授業が好きなんだよ」

「自分の教え方が悪い癖にすぐに補習だから堪んねえよな!」

「霊より俺たちの方が扱いにくいってことだ」

「そういうこと! いくら鬼の手を持っていたって俺達の成績上げられねえもんな」

「そういう問題かな?」

 

 鬼の手を持っていなかったら間違いなく僕達は生きてなかったよ。

 霊霧魚とかはたもんばとか……

 

「アイツ、先生に向いていないと思うぜ。妖怪や霊と対決してる時の方が生き生きしてるもん!」

「そうだよね」

「悪霊退治する会社でも作れば大儲け出来るんじゃねえのか?」

「……そうだよね、妙に報酬とか貰おうとしないんだよな」

 

 時々除霊の依頼を受けているけど殆ど報酬とか受け取ってないんだよね。

 お菓子や食べ物類は別だけど金銭類の話になると断ろうとする。

 何か理由があるのだろうか。

 

「そうだよな。俺たちの先生なんかもったいないかも知れないな」

「その会社でバイトとして使ってもらおうか!」

 

 まあ、先生が教師やめたら僕はまた引き籠るかも知れないけどね。

 結界やヒーリングだけでここの悪霊たち相手に何とか出来る気がしない……

 

「わぁ~見て見て! 朝顔咲いてるわよ!」

「おっ、そうだな」

「もう夏なんだな~」

「早く海で泳ぎたいよな」

「僕は海とかに行ったことないけどね」

「え? 本当なの?」

「意外ね、友達と行っているものだと思ってたわ」

 

 と郷子ちゃんと細川さんが意外そうに僕を見る。

 まあ、しょうがないよ。

 昔はぬ~べ~に会っていなかったし多いんだよ。

 海や山には霊がうじゃうじゃと……

 自殺者も多いし一種の魔境だよ。

 一度海に行った切り二度と行かないと心に決めたもの。

 今でも自主的に行こうという気は起きない。

 

「それじゃ、今度、ぬ~べ~を誘って海に行こうぜ!」

「リツコ先生も誘えば間違いなく釣れるわよ、あの男」

「その光景が目に浮かぶな……」

 

 そして、多分、そこで霊に関するトラブルが発生するだろう。

 そうこう話していると何かが降ってきた。

 

「あれ?」

 

 雨雲は無いし通り雨でも無いと考えたら降ってきたのは雪だった。

 

「ま、まさか」

「雪だ」

「嘘!?」

「ば、馬鹿な!」

 

 その事実にみんなも驚きを隠せないでいる。

 

「どうなってるんだよ」

「季節外れにもいいとこだぜ」

「なんだか不吉な予感」

「……勘弁してよ」

 

 僕は二重の意味で頭を抱えた。

 一つ、何か霊が現れる予兆のようなきがしてきたから。

 だが、他にも理由がある。

 この静村真斗、実は寒さが大嫌いである。

 

「……寒いの大嫌いなんだよ」

「そうなの?」

「そう。肌寒くなったらすぐに長ズボンに変えるし、外に出る時は見た目不格好に見られようが防寒着しまくるし……」

 

 それくらい嫌いなのだ。

 冬休みはこたつでゴロゴロとする。

 部屋もストーブが無いと布団から出る気が起きないのだ。

 ちなみに寒いのと温泉のどっちが優先と聞かれれば当然温泉。

 温泉は寒さを凌駕する。

 

「……段々寒くなってきた。ぬ~べ~の所に行こうぜ」

「そうね」

 

 そして、僕達はぬ~べ~がいる職員室に行った。

 

「今頃、雪とはな」

「ぬ~べ~、妖怪の仕業じゃねえのか?」

「そんな妖怪いるの?」

「雪を降らす妖怪、雪こんこん! なんちゃって!」

「そんなのがいたら僕は迷わずこれをぬ~べ~に渡してさっさと帰るわ」

(……あの娘、今でも元気にしてるかな)

 

 何かぬ~べ~が遠い目をして微笑んでいた。

 

「何か遠い目をしてるよ」

「変だね」

「……そういえば、真斗は何でいるんだ? お前、補習を受けてなかっただろ?」

「僕はこれだよ」

 

 そう言って僕は段ボールをぬ~べ~に渡した。

 

「母さんがいつもぬ~べ~にお世話になっていますって」

「お~、こんなに大量の果物が! これでしばらくは持つな! ありがとうな、真斗!」

 

 ぬ~べ~は貧乏だから食料が増えるのは嬉しいんだろうなと思っていた。

 

「ん!? 嫌だ、ぬ~べ~ったら結婚診断をやってるわ!」

「え!? 何々!」

「あっ、それは!」

 

 だが、広くんが妨害し手に持っている果物の段ボールの所為で上手く止められずにいる。

 な、何か思わぬところから細川さんのサポートをしてしまったらしい。

 

「や、やめろ、馬鹿! 読むな!」

「心理テストで好きな女性のタイプが分かるんだって! ばっかみたい!」

「あっ丸を付けてる」

「これがぬ~べ~の場合ね。どれどれ」

「うーん、この場合、一見クールだが一度好きになると情熱的になる女性だってさ」

「「ひゅーひゅー!」」

「ぷっ、これでハガキを出すと紹介してくれる訳? 涙ぐましい」

 

 全部ばらされて顔を真っ赤にするぬ~べ~。

 

「お前らな……」

「ご、ごめん、ぬ~べ~」

 

 もう用事も済んだしこの辺で帰ろうかな……

 もう少し雪が収まってからでも遅くないかな。

 いや、さっさと帰って温かくした方がいいかも知れない。

 

「おはようございます」

「り、リツコ先生! おはようございます! 今日は!」

「うちのクラスの補習授業です。情熱的ながどうかなされたのですか?」

「い、いや! なんでもありません!」

 

 そう言うとぬ~べ~は細川さんから雑誌を奪い取った。

 

「これはただの暇潰しだ! 暇潰しにやってただけなの!」

「こんなのマジでやっているようじゃ当分、結婚は無理だわな」

「余計なお世話だ」

「……それ以前にぬ~べ~の場合は」

「ねえ、リツコ先生」

「実はね、ぬ~べ~ったら!」

「わああああ! な、なんでもありません!」

(細川さん、これ以上虐めてると補習の時にやり返されるのでは? いや、補習を受けさせられた仕返しなのかな?)

「おかしな鵺野先生、では私はこれで」

「あっ、もう教室……」

 

 しょんぼりと落ち込むぬ~べ~

 

「……ねえぬ~べ~……今まで女の人に好きって言われたこと……ある?」

 

 その細川さんの質問にぬ~べ~が罅入った。

 

「美樹、酷いわ! いくら本当の事でも言っていい事と悪い事はある筈よ!」

「そうだよ! 好きと言われなくてもお友達でいましょうねぐらい言われた筈だよ!」

「広くん郷子ちゃん……それはフォローどころかトドメになってるよ」

「お前らなぁ! 俺だって恋愛経験の一度や二度!」

「あるの?」

「うっ……」

「ないわよね」

「そ、それは……」

「見栄張らない方が良いんじゃないのか?」

「ある……とも」

 

 これは無さそうだな。

 ぬ~べ~の場合、会話に困るとすぐに幽霊の話をする癖を治すのとスケベを隠すのを頑張ればいけると思うけど……

 

「「「嘘-」」」

「あるわい!」

「「「嘘、嘘!」」」

「だ、大丈夫! 僕だって一度もそんなことを言われたことは無いしこれ以後も言われないこともあるかも知れない! 人生はこれからだって!」

「あるわい! そして、真斗もフォローは止めてくれ……虚しくなる」

「あのー」

 

 振り返ると水色のクールな女性がいた。

 多分、十人に聞けば十人は美人と答える程だ。

 

「鵺野先生、お久しぶりです!」

「……知り合い?」

「ねえねえ、誰なの?」

「ん?」

 

 ただ、妙なことがあった。

 今は雪が降って寒いが、季節は本来は夏なのだ。

 暑い季節だ。なのに、その美人さんは長袖だった。

 近くに住んでいるのなら細川さんが知らない筈は無い。

 けど彼女も初対面らしいし引っ越したという噂も無い。

 なら、ここの近くではない筈だ。

 なのに、何故かその夏で長袖を着ている。

 

(なんでだろう?)

 

 それはともかく美人を見て、まず浮かぶのはそれかと自分で笑った。

 多分、千鬼姫のせいで美人を前にすると警戒するようになったかも知れない。

 

「会いたかった!」

「き、キミは?」

雪女(ゆきめ)です! 先生のフィアンセの!」

「……うぇ!?」

 

 だが、そんな考えがすぐに消し飛ばされた。

 

「婚約者!?」

(先生にフィアンセいたの!? 初耳ですけど!)

「先生に会いたくて遥々東京までやって来ました!」

「雪女……ま、まさか」

「え!? マジの知り合いなの!?」

 

 この時の僕は結構混乱していた。

 だから、すぐに気付けた筈の違和感を素通りしてしまった。

 

「ぬ~べ~に婚約者がいたなんて」

「天変地異の前触れよ!」

「だから雪が降ったのね!」

「なるほど! つまり、霊霧魚クラスの化け物が出るって訳だな! じゃあ、僕は帰らせてもらう! そして、そのまま転校でもしよう!」

「ちょ、ちょっと流石にそれは見逃せないぜ!」

「は、放せ!」

 

 そんな化け物が出たら真っ先に狙われるの僕なんだよ!

 間違いなく、ほぼ確実に!

 

「本当に、本当にあの時の雪女ちゃん?」

「はい!」

「5年前スキー場で出会った」

「ひゅーひゅー! スキー場のロマンス!」

「信じられませんか?」

 

 すると、その雪女と呼ばれた少女が壁に触れると壁が凍った。

 

「……へ?」

「あっ、壁が凍ってるよ!」

「いっ!?」

「あっ、本当だ!」

「どうなってるんだ?」

「お、お前達自習しててくれ!」

「へ!?」

「さ、さあ雪女ちゃん行きましょう!」

 

 そう言ってぬ~べ~が出て行った。

 

「あっ、ぬ~べ~! 何処に行くの!?」

 

 だが、この氷は少しありがたいかも知れない。

 そう思った僕は凍った壁に頭を付ける。

 

「何やってんの真斗!?」

「頭を冷やしてる」

「物理的に」

 

 ああ、寒い。

 そういえば、彼女が現れた時に少し肌寒かったような……

 でも、お陰で冷静になれた。

 騒ぎすぎて考えが回らなかった。

 だが、よくよく考えれば納得のいく答えはあったんだ。

 

「なるほどね」

「……? どういうこと?」

「見落としていたけど、もう一つぬ~べ~が女性に惚れられるパターンがあったんだよ」

「え? そうなの?」

「例えばだけど、今まで僕達はぬ~べ~に救われてきたじゃない」

「う、うん」

「それと同じように昔、ぬ~べ~が誰かを幽霊から救ったのなら惚れられてもおかしくはないんじゃない?」

「ああ、なるほどね。さっきの雪女さんはそのパターンってわけ?」

「そうそう。普段の姿を見てると幽霊オタクかも知れないけど、あの姿はやっぱりカッコいいしね」

「そうこうしてられないわ! あの2人を尾行しましょう」

「え? でも良いのかな? 2人きりにさせてあげた方が」

「何を言ってるのよ! あの2人がどうなるか気になるじゃない!」

 

 おっと、何かマズい展開だな。

 でも、ここはいつもの3人に任せましょう。

 今回は僕の用事も終わらせたし、長居は無用だ。

 何より寒いし!

 早く帰って毛布の中に籠らなければならない。

 宿題も終わらせたし、問題は無いだろう。

 

「よし、僕なりに疑問は少しは解決できたし、僕はそろそろ帰らせてもらおう」

「何を言ってるのよ! こんな楽しいことアンタも参加しなさいよ!」

「いや、だって外はまだ雪降ってるし、寒いし。僕は寒いの嫌いだってさっき―――」

「もう、子供は風の子よ! こんな寒さくらい何よ! さあ、行きましょう!」

「いやだー! これから帰ってぬくぬくと過ごすんだ! あ、こら腕を引っ張るな! せめて、防寒着を着させてくれ~~~!」

「男でしょ! これくらいの寒さ克服しなさいよ! ほら、このDカップに触れられたんだからアンタも得でしょ!」

 

 そして、何故か僕は寒いのが嫌いなのに細川さんに腕を引っ張られた。

 そして、無理矢理尾行に参加させられた。

 胸より暖房が欲しいです。

 

………………

…………

……

 

「なんだって、また突然来たんだ?」

「あら、突然じゃありません。五年前、約束したじゃありませんか? 必ずアナタの元へ行くってそして、永遠に愛し続けると……」

「それは……」

 

 外でそんな情熱的な言葉を言って来た。

 あの人、本当にぬ~べ~のことが好きらしい。

 それはいい。

 ぬ~べ~の判断に任せるし、ゴールインするのなら喜んで祝福する。

 そう、外がこんな寒い雪が降らなければの話だけど……

 

「……寒い」

 

 逃げようにもそうはさせないとがっちりと細川さんに腕掴まれている。

 だから逃げることはできなかった。

 

「ねえ、せっかく東京へ来たもの! デートしましょうよ!」

「デートだって!」

「あの2人、間違いないぞ」

「真斗の説明で少しは納得したけど、ぬ~べ~に婚約者だなんて信じられないわよ!」

「……結果は後で聞くから帰ってもいい?」

「ダメよ」

「ですよねー」

 

 ここまできっぱりだと諦めるしかない。

 一応、念のために1000円を持って来て良かった……

 自動販売機で買うなら残弾は6本か……

 

 そして、始まるぬ~べ~と雪女さんのデート。

 まずは腹ごしらえとしてすき焼き屋に向かった。

 貧乏なのによくすき焼きを食べようと思うな。

 だが、店を出るとぬ~べ~は落ち込んでいた。

 

(……金欠になったのか? 差し入れの果物を上げてるから貧困は何とかなるだろうけど大丈夫かな?)

「すき焼きで精力を付けて何処へ行こうってつもりかしら?」

「ちょっとヤバくなってきたかな?」

「このペースなら確かにヤバいな(金銭的な意味で)」

 

 そして、次に来たのは温水プール。

 だが、外で待っているから違和感に気付けた。

 ぬ~べ~と雪女さんの頭が濡れていない。

 

(プールに入ったのなら髪は濡れてるはずだし、貸し出しのバスタオルを借りたのかな? また、落ち込んでいるし……)

 

 自動販売機で熱い飲み物を買ってくる。

 そうと言ってプールに戻ったが妙なことに気付いた。

 帰ろうとしている客が全員何かに震えている。

 中にはサブいぼが出ている人もいた。

 まるで、寒がっているように……

 

「ん~」

 

 本当に妙だ。

 サウナやサロン、2人が出た後の客が本当に寒がっている。

 それにぬ~べ~にしては太っ腹すぎるような気もする。

 

「……」

 

 段々と本当に冷静になってきた。

 あの人、何かある。

 そういえば、何か夏にしては熱いものばかりチョイスしているような気がする。

 そして、出て行く寒がる客たち。

 

(まさか、この寒さもあの人が出しているんじゃないのか?)

 

 だから、温かい場所にいた筈の人たちは寒がっているかも知れない。

 ただ、寒さを出す女性って何がいた。

 

(……雪……女性……まさか)

 

 読めてきた。

 あの人の正体。

 だとすると、ぬ~べ~は受けるつもりはなく逆に帰そうとしている。

 

「ねえ、先生! 早く食べないとアイス溶けますよ?」

(どうしたらいいものか)

 

 溶けるって今、雪降ってるから普通に溶けないのではないでしょうか雪女さん。

 

「何をもたもたしてるのよ! ほれ、一気に押し倒せ!」

「探したぜ」

「どうなってるの?」

 

 ここで克也と山口くんが来た。

 

「もうどうでもいいよ……寒いよ、早く帰ろうよ!」

「……それは僕が最初に言っていたことだね……まあ、今更帰る気は無いけど」

「おっ、真斗、ようやくアンタも乗ってきた?」

「いや、そうでもない。ぬ~べ~、あの女性の申し出を断る気かも……」

「え? なんで分かるの?」

「そうよ、こんなビックチャンスを逃したらぬ~べ~一生結婚できないかもよ」

「……まあ、彼女がマジでぬ~べ~に惚れているのは分かったけど、それとは別に段々と分かってきたこともある」

「え?」

「あの人は人間じゃない……もしかしたら……」

「もしかしたら?」

「雪女くん、キミは俺を買い被ってる。俺はそんなにいい男じゃないぜ。給料は安いし女にはモテないし話題と言ったら霊の事ばかり」

 

 あ、少しは気にしていたのね。

 

「うふふ、人間の女は見る目が無いんです。私はアナタの素晴らしさを良く知っています」

 

 ……やっぱり、人間じゃなかったか。

 

「え? どういうこと?」

「真斗が言ったように人間じゃないのか?」

 

 僕の予想が的中したことにみんなが驚く。

 

「この寒さでようやく冷静になれたよ……恐らく彼女の正体は……『雪女(ゆきおんな)』」

 

 だが、目的が分からない。

 あの人には敵意じゃなくて本気でぬ~べ~を愛しているように見える。

 

「あれはもう5年前……」

 

 そして、語り出す。

 昔、コースから外れたぬ~べ~が偶然、雪女を見つけた。

 雪女は村の猟師に殺されかかった。

 理由は雪ん子が雪女になると手当たり次第に好きになった男性を氷漬けにして殺してしまう。

 だから村の掟で殺そうとした。

 それをぬ~べ~は止めた。

 彼女が雪ん子である証拠を見せつけられたとしてもぬ~べ~は助けることを止めず猟師を追い返した。

 

「……なるほど、助けられて惚れた説も当たってたって訳か」

 

 その話を聞いて広くん達は青い顔をした。

 

「私はこう言った筈です。大人になったらアナタの元へ行きます……そして、永遠に愛し続けますと。そして、今こうしてようやく約束を果たしに来たのです」

 

 それはつまり……『ぬ~べ~を氷漬けにする』こと。

 思った以上にヤバい展開じゃねえか

 

「愛してます、先生! 一緒に来てください! 2人だけの愛の世界へ!」

 

 すると、ぬ~べ~の足元が段々と凍ってきた。

 

(どうする? 彼女に結界もヒーリングも効きそうにない。持っているこの飲み物も彼女なら一瞬で氷にされてしまう)

「なるほど。人間社会で暮らそうと考えないで始めから俺を連れて行くつもりだったのか……氷漬けにして」

「ええ。雪女が人間と結ばれるためにはこれしか方法が無いんですから」

「……っ」

 

 ぬ~べ~が鬼の手を使う。

 だが、雪女はそれをそっと手に触れるだけで鬼の手を完全に凍らせてしまった。

 

「お願い抵抗しないで……大丈夫、痛くもなんともありませんから」

(嘘だろ!? 鬼の手まで)

 

 その事実に僕は驚きを隠せないでいる。

 

「怖がらないで……雪女が愛して氷漬けにした男は決して死ぬわけではありません。アナタは愛の氷の中で永遠に生き続けることが出来るのよ……」

(このままでは)

「愛し合いましょう。氷の中でいつまでも」

(やられる!)

「これは永遠の愛」

「「「「「やめろ!!」」」」」

 

 だが、僕の体はそんな混乱がどうしたと言わんばかりに勝手に動いてくれた。

 それはみんなも同じだった。

 

「この妖怪め! ぬ~べ~に何をするつもりだ!」

「あたしたちのぬ~べ~を離せ!」

「アナタ達邪魔をする気なの?」

「当たり前だ! ぬ~べ~は俺達の先生だ! お前なんかに」

 

 普段、あれだけぬ~べ~を弄ってきたが本当にマズくなったら助けに行く。

 

「それにそんなのは永遠の愛じゃねえ! アンタが愛したぬ~べ~はそんな氷の像じゃなくて話して優しくした先生だ! 話し合って喜び合って泣いて笑ってそれで繋がり合える……それが愛なんだよ!」

「……そう。じゃあ、アナタ達も凍ってもらうしかないわね」

 

 彼女の目は冷たくこちらを睨む。

 

「っ!」

 

 寒いのは大嫌いだけど僕はみんなの前に立った。

 

「うああああ!」

「ま、真斗!」

 

 少しでもみんなが寒くないように壁役をやる。

 

「ぐううう!」

 

 みんなは少しだけ雪が積もるが僕は段々と足元が積もってきた。

 

「や、やめろ……俺の生徒達に手を……手を出すな!」

 

 ぬ~べ~は自力で氷を粉砕し脱出した。

 そして、ぬ~べ~の鬼の手の霊力で雪は溶かされた。

 

「「「ぬ~べ~!」」」

「……先生」

「雪女くん、俺はキミと戦うつもりは毛頭ない。だが、この子らに危害を加えるのなら俺は躊躇うことなくキミを斬る!」

 

 ぬ~べ~は本気だ。

 

「お願い雪女さん! ぬ~べ~を連れて行かないで!」

「そうよそうよ! こんなのでも結構大事な先生なのよ」

「僕だって先生がいたから学校に通えるようになったんだよ!」

「ぬ~べ~を連れて行ったりしたらお前を地獄の底まで追いかけて溶かしちゃうぞ!」

「俺もタダじゃおかないぞ!」

「僕もだぞ!」

「僕だって!」

「お前ら」

「……暖かいのね、溶けてしまいそう」

 

 すると雪女さんは戦意を無くし元の姿へ戻った。

 

「あら、便利」

「ちょっぴり残念だけど……今回は帰ります。でも、私諦めませんよ。先生の気持ちが変わるまでずっと待ってるから」

「……すまない。キミが嫌いな訳じゃないんだ。ただ」

 

 だが、不意に雪女さんがぬ~べ~に近付くとそっとキスをした。

 

「……ふぁ?」

「じゃあね」

 

 あの雪女さん……最後の最後で大変なものを奪って行ったな。

 

「可哀想……本当にぬ~べ~のことが好きだったのね」

「人間だったら良かったのにな」

「逆にぬ~べ~が妖怪だったら……あ、あー! ぬ~べ~が凍ってる!」

「わ、わーーー!」

「ぬ、ぬ~べ~!」

「お湯を持ってこい!」

「とりあえず、この紅茶を使って! 少しぬるくなってるけど! 追加分、買ってきます!」

「お、俺もお湯を持ってくるぜ!」

 

 ちなみに翌日、風邪にならなかっただけマシだが鼻水が止まらなくなっていた。

 中島さんが心配そうに聞いてきたので大丈夫だと答えたが原因を作った細川さんを思い切り睨んだ。

 鼻水汚いと言う事も出来ない細川さんは下手な口笛を吹いて罪悪感で目を逸らしていた。



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#011【謎の5人目?】

 世の中には不幸にも遊びたい盛りの年頃に死んだ子の霊がたくさんいる。

 その多くは元気に遊べるキミ達を羨ましく思っているのだ。

 そして、そんな霊がキミたちを慕って学校に集まってくる。

 こうしてまた1つ7不思議が生まれるのだ。

 

「ね、ね、ね、何かいるでしょ?」

「うーんどうかな~」

 

 ぬ~べ~が霊水晶を通してある霊を見ている。

 それは首が無い子供の霊だった。

 体育倉庫で出たのを下級生がぬ~べ~に頼んで除霊をしてもらっている。

 

「手際が悪いな。僕らにも金があればもっと有能な霊能力者に頼むんだが……」

「早くしてよ、遊べないじゃない」

「遊ばなきゃいーでしょ! 何もこんな所で!」

 

 ぬ~べ~の発言にはごもっともである。

 グランドは広いしわざわざ体育倉庫で遊ぶ理由はない。

 それに金があれば有能な霊能力者に頼めるというのだが霊が見える僕だから分かる。

 その中にはインチキ霊能力者がいて道具を使っても何の効果も無いのにこれで解決したという輩も決して少なくない。

 中には実力者がいるかも知れないが霊能力が無い一般人はお勧めしない。

 ぬ~べ~の方が何倍も頼りになる。

 

「どう、ぬ~べ~なんかいた?」

「うむ年の頃、11歳から12歳交通事故で死んだ子供の霊だ。みんなが遊んでいる姿を見て寂しくなって学校に住み着いたらしい」

「……そっか」

 

 霊能力で遊ぶことが出来なかった僕が辛かった。

 なのに、そんな年齢でみんなと一生遊べなくなったことをイメージしてしまい少し暗くなってしまう。

 

「じゃ、すぐに除霊すんの?」

「いや、今日は今から知人の葬式があってな」

「えー!」

「「「除霊しろー!」」」

「いたたた!」

 

 すぐに除霊しないことを言われ猛抗議する下級生。

 

「帰ったらじっくりやってやるから! とにかく今日は俺出掛けなきゃダメなの!」

 

 ぬ~べ~は下級生を宥めて引き剥がした。

 

「午後は自習するから! 何か遭ったらここに電話しなさい」

「はーい」

 

 ぬ~べ~に葬式場所の電話番号を書いてそれを郷子ちゃんに渡す。

 見た感じ、あの子も遊びたいだけなのか害は無い。

 別に一日放っておいても大丈夫かも知れないな。

 そして、ぬ~べ~はタクシーに乗って葬式する場所に向かって行った。

 

「ちぇー上手い事言って逃げてやんの」

「所詮ぬ~べ~なんてインチキさ」

「ム」

「こらこら、知人の葬式に行くってさっき言っただろ。流石にそれは酷いって」

「そうだぞ低学年。先生にも都合ってもんがあんだよ」

「そう! 所謂大人の事情てやつね」

「何が大人だ。頭空っぽの癖して」

「んだとオラーッ!」

 

 下級生の悪口に郷子ちゃんはムキになって怒り始める。

 

「まぁまぁ」

「ねえ、お兄さん達ぬ~べ~クラスだから霊に付いて詳しいんでしょ」

 

 多分、この中では一番霊に付いて詳しいのは僕だと思う。

 

「ん? まあな、霊のスペシャリストと言っても過言ではあるまい」

「いや、それは過言で―――」

「じゃ、お兄さん達除霊してーー!」

「小学生で霊能力者なんて尊敬しちゃう!」

「お兄ちゃん達カッコいいし強そうだし頼りがいあるもんね」

「お姉ちゃんたちも美人だしー」

 

 露骨なまでに下級生は広くん達を誉め始める。

 だが、そんな言葉に僕は釣られない。

 ましてや霊能力があっても尊敬する発言は嘘だ思っている。

 追い払う能力が無ければただの霊を引き寄せる存在だからだ。

 ただ、気持ち悪いと思われる上にあっても存在は異質。

 なので、やはり気持ち悪いと思われる。

 

「こらこら、そんなに褒めても無い袖はーー」

 

 何より僕自身は未熟だし除霊は出来ないかも知れない。

 広くん達は以ての外だ。

 

「いや~それ程でもあるよ!」

 

 だけど、予想に反して広たちは照れて承諾してしまう。

 

「おい、こら承諾すんなよ広くん!」

「乗せやすいなあ」

「ぬ~べ~の生徒はみんな単細胞って噂だよ!」

 

 そんな噂が広まっていたのか。

 てか、それって僕も含まれていないよな……

 そして、自分のクラスに戻ったが案の定、広くん達は困っていた。

 

「調子に乗って約束したものの」

「どーする? 俺達に除霊なんて……」

「第一呼び出す方法も知らない」

「だから、断れと言ったのに……」

 

 困り果てている広くん達に僕は遠慮なく溜息を吐く。

 

「ねえねえ、『スクエア』をやってみない?」

「『スクエア』?」

「素人でも出来る降霊術よ。やり方は簡単。4人が部屋の四隅に1人ずつ立つの。そして、まず1人が壁伝いに歩いて隣の人にタッチするの。タッチされた人は同じようにまた隣の人にタッチする……すると4人目の人は誰にもタッチ出来ないから1周で終わる筈でしょ? ところが何故か2周以上続いてしまうことことがあるのよ!」

「そっか。その時現れる5人目が……」

「霊って訳ね!」

「……? 何で2周以上続くのが不思議なの?」

 

 広くんだけ理解出来ず他のみんなが除霊しようという話になってくる。

 これはしょうがないな。

 

「広くん、消しゴムってあるかい?」

「消しゴム? あるけど……」

「僕もあるけど後2つ必要だね……細川さん、郷子ちゃん。消しゴム貸してくれない?」

「え、いいけど」

「しょうがないわね」

「消しゴム4つでどうするんだよ?」

「さっきのスクエアって奴を広くんでも分かるようにしようと思ってね」

 

 そして、僕は机の4隅にそれぞれの消しゴムを置いた。

 

「それじゃ、説明するよ。まず、さっきの細川さんの言う通り壁伝いに歩くからこう僕の消しゴムを動かす。そして、細川さんの消しゴムにタッチだ」

「おう」

「次に細川さんの消しゴムが広くんの消しゴムにタッチ。広くんの消しゴムは郷子ちゃんの消しゴムにタッチ。ここまではいいね」

「ああ、いいぜ」

「それじゃ、この郷子ちゃんの消しゴムは誰の消しゴムにタッチするのかな?」

「……あっ! そういうことか」

 

 そう、郷子ちゃんの消しゴムだけ余分に動かないとそのまま埋まってしまう。

 そもそも、最初の段階で四隅に消しゴムがある状態なので1周で終わるのは当然。

 まあ、郷子ちゃんの消しゴムが余分に動いて僕の消しゴムにタッチしたり、僕の消しゴムが元の位置に戻ってタッチされ、そのまま細川さんの消しゴムにタッチしに行く手を使ったら2周以上出来るが……

 

「それで2周以上出来たら5人目がいるってことか!」

「そういうこと……でもいいの?」

「何が?」

「除霊だよ。ぬ~べ~のように霊力が無いのに除霊しようってのは無謀じゃない」

 

 ちなみに僕は出来るかも知れない。

 だが、霊力そのものを隠しているのでやるとしても人がいなくなった時だからぬ~べ~が帰って来る方が早い。

 

「でも、下級生に頼まれたからな」

「霊を甘く見たら駄目だよ」

「大丈夫だって真斗も俺達の活躍を見ておけよ」

 

 これは何を言っても聞きそうにない。

 下級生に頼られてまだ調子に乗っているみたいだ。

 しょうがない。

 

「克也、僕が変わりにやるよ」

「え? いいのか?」

「スクエアのやり方は見ての通りだし僕でもいいでしょ。不安だし」

「心配性だな……分かった。それじゃ、真斗もやってくれ」

「それじゃ、俺は下級生と一緒に待ってるぜ」

 

 そして、僕は克也に代わりスクエアをやることにした。

 

………………

…………

……

 

「霊が出やすいように暗くするぞ。5人目の霊が現れたら俺がストップと言う。懐中電灯で自分の顔を照らせ。顔を照らさなかった奴が5人目の霊だ」

「「スタート」」

 

 まあ、僕はそれをしなくても霊は見えている。

 ボールも全部出して何をするんだろうと興味深そうに見ている。

 30分はただやり直しするばかりだった。

 アイツは僕達が何をやっているのかわからずにいる。

 グルグルと走り回るだけ。

 だが、それでも興味を持っていることに変わりはしない。

 30分を過ぎてからは何をやっているのかわかったのかそいつは遂に空いている隅に移り出した。

 

(え?)

(おかしい……!)

(確かに1人増えているわ!)

 

 そいつが加わったことで5人となり延々と走り回る。

 やり直しは起こらずいつまでも続く。

 

(あ、アナタは一体誰よ!?)

(いやっ……まさかあれが……)

「(本当だ。1人増えている……誰だ……どいつだ……いったい……)止まれーっ!」

 

 広くんの合図にみんなが止まる。

 だが、真っ暗なので何が何やら分からない。

 

「電気を点けろっ! 広だ!」

 

 広くんが先に電気を点ける。

 

「郷子よ」

「美樹ちゃんよ」

 

 次に郷子ちゃんが点いてその後ろで細川さんがこっそりと顔を見せる。

 

「……真斗」

 

 次に僕。この段階で僕は誰が5人目か分かった。

 広くん達は電気を点けていない方を注目しているが。

 

 

((こいつか……?))

「あ、ごめん接触悪くて美樹でーす!」

 

 最後に細川さんが電気を点けた。

 その事実に広くんと郷子ちゃんは顔を青くする。

 だって、郷子ちゃんの後ろにもう1人の細川さんがいるからだ。

 

「え!? うそ! だって美樹はここに―――」

「でもさ、広くんは全員に懐中電灯を渡していたんだよ。なのに、なんでその細川さんは懐中電灯を自分で点けなかったのかな?」

「そ、そうだ……懐中電灯を持っている方が本物だ。どうやら、5人目は……」

 

 偽物の細川さんが変装を解いた。

 その姿は僕が良く見る霊の姿と同じだった。

 

「キャアアア!」

「ひぃー!」

「出たぁー!」

「い、いやあー」

 

 無論、僕はいつも通り怖がらずその霊を見ていた。

 

「馬鹿怖がるな。ここまでは予定通りじゃないか。よ、よし除霊はじめるぞ」

 

 そう言って広くんは白衣観音経を読み始めた。

 だが、霊力を持たない人が唱えても意味はない。

 

「……解」

 

 広くんが唱えている間に僕は結界を解除した。

 最低限彼が追いかけることが出来る範囲までだが、これで狙いは僕になる筈だ。

 

「寂しいよ……遊ぼうよ!」

 

 案の定、その霊はこっちに抱き着いてきた。

 慣れていたため僕は簡単に躱す。

 

「観音経が効かない! 霊力が無い人が唱えてもダメなんだわ!」

 

 多分、僕が読めば効果はあるかも知れない。

 

「このこの!」

 

 郷子ちゃんはバットを振り回すが霊で実態は無いので当然効かない。

 

(僕も参加して正解だった。広くん達に任せていたらどうなっていたか)

 

 そいつはただの霊だが霊力が無い広くん達にとっては手の出しようのない恐ろしい存在かも知れない。

 いつもぬ~べ~に助けられていたから霊は本当に怖いものだと忘れていたのだろう。

 甘く見過ぎだ。

 

「よっと」

 

 僕は怖がることも無く簡単に避けている。

 

「……しょうがない。ここは僕に任せてよ」

「え? 真斗?」

「寂しいんだろ? 遊んで欲しいんだろ?」

 

 僕は少し笑ってその霊を見る。霊も僕を見る。

 

「遊んでやるよ。鬼ごっこ。キミが鬼で僕が追いかけられる方だ」

「真斗、何を言ってるの!?」

 

 僕の言葉に郷子ちゃん達は驚きを隠せないでいる。

 対して幽霊は僕の言葉に喜んでいる。

 

「何言われても撤回しないから追いかけて来い! せーの!」

 

 せーのと同時に僕は走り出した。

 そして、幽霊も追いかけ始めた。

 

「た、大変!」

「幽霊が真斗の後を追いかけてる!」

 

 外に出て周りの下級生の悲鳴を無視して走る。

 ただし、リツコ先生がいるし他の生徒もいるので学校に逃げるのは無し。

 そして、あまり速く走り過ぎて追いつけずあの霊が飽きてもダメ。

 止めきれなかったからコイツはこっちで処理しないといけない。

 

「大丈夫」

 

 そう。

 あの霊は今まで僕が出会って来た霊と同じくこちらに害をなそうとしているだけじゃない。

 ぬ~べ~も言っていたじゃないか。

 コイツは11から12歳の時に交通事故で死んだ……

 ……遊び足りなくて……寂しくて……ただ遊ぼうと……していただけ……

 

「っ!」

 

 だったら、まだ追いつかれてはいけない。

 この程度であの霊が満足できる筈がない。

 走りながら呼吸をする。

 こんなのはまだまだ楽な方だ。

 霊霧魚との命懸けマラソンの方が怖いし全力でなければならない。

 ……そう。生きていた時のようにまだまだみんなと遊びたかった。 

 ……それだけだ。

 

「はぁはぁ……っ!」

 

 だから、余分な考えをしてしまう。

 頬を数発自分で叩き集中する。

 アイツが追い付き捕まえたらしっかりとしない。

 少なくともお遊びは楽しく鬼ごっこで楽しまないといけない。

 少なくとも今の状態でしていい顔ではない。

 

「……タッチ」

 

 いつの間に追いつかれたのか霊が僕にタッチをした。

 

「っ! っと!」

 

 その霊はこの世に留まる理由が理由だけに楽しそうである。

 だから、その楽しそうな顔をもう少し続かせてやる。

 

「……おい、まだ終わってないぞ」

「……?」

「今度は僕が10秒数えるから逃げろよ? 今度はこっちが鬼だ。偶には逃げる楽しさも体験しておけよ。1」

 

 呆けている暇は与えず数え出す。

 意味を理解したのか霊はすぐに逃げ出す。

 ただの追いかけっこで彼は普通に楽しんでいる。

 こんな単純なゲームで喜んでくれるならもう少し付き合ってもいい。

 

「10! さて、行くぞ!」

 

 取り敢えず、満足してもらえるように動く。

 この様子を誰かに驚かれようが変な目で見られようが知ったことじゃない。

 この霊は悪霊じゃない。

 同情出来るから強制的にじゃなくてせめて満足したまま成仏をさせてあげたい。

 

 どのくらい経ったのか疲れが出て膝を落として息を吸う。

 追いかけたり逃げたりの繰り返し。

 それだけでもそいつにとっては楽しい時間だったようだ。

 その霊は笑いながら近付く。

 

「……どうだ?」

「……楽しい……」

「……そっか」

 

 すると、息を切らしたぬ~べ~がこちらに来た。

 どうやら郷子ちゃんが呼んでくれたらしい。

 

「真斗……よく持ちこたえたな」

「ぬ~べ~……別に……もう少し遊べるほどの余裕はありましたよ」

 

 強がりを言う。

 長く走って疲れてはいるが、それを見せないようにしている。

 

「どうだ? 楽しかったか?」

「……楽しかった」

 

 僕と同じ質問をぬ~べ~がした。

 ぬ~べ~は優しい顔になり受け取ったのか白衣観音経を取り出した。

 

「ぬ~べ~お願い。その子を安らかに眠らせて……」

「任せておけ。さあ、おいで。観音様がキミを天国へ連れて行くから……安らかにお休み」

 

 まるでマフラーを掛けるように優しくその霊に巻いた。

 

「宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光」

 

 ぬ~べ~がお経を読んでその霊は元の姿に戻った。

 

「ありがとう」

 

 そのまま成仏していった。

 少し涙が出てきたのですぐに拭った。

 

「……よくやったな、真斗」

 

 ぬ~べ~は笑って僕の頭を撫でる。

 

「真斗!」

「あ、みんな」

「ごめん。お前1人に押し付ける真似をして」

「ううん。あの霊をなんとかしたいと思っていたし、理由が可哀想だから遊んであげた」

「アンタって本当に肝座ってるわね」

「全く、今回は真斗が頑張ったから何とかなったが霊を甘く見てはいかんよ!」

「ごめん、みんなを止めきれなくて」

「……反省していますよぉ」

「まあ、真斗のおかげで、たくさん遊んだから良しとするか」

 

 そして、1つの包みを出した。

 

「葬式饅頭……土産だ。食え」

 

 そして、僕達は饅頭を食べた。

 

「あれっ!? 6つあったのに俺の分は!?」

「さあ、見えない誰かが食べたんじゃない?」

 

 折角の土産なので言葉に甘えて饅頭を食べた。

 だが、今回のこともある。

 可哀想な霊が成仏できるようにもう少し除霊の練習をしてみるかな。

 



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#012【トイレのやみ子さん】

「はぁ……」

 

 今日は良い天気。

 だけど、僕は溜め息を吐いている。

 何故かと言えば、あることに巻き込まれているからだ。

 

「くくく」

「……あのさ、僕はただやめなよって言っただけでしょ?」

「うるせい! 今日こそお前にぎゃふんと言わせてやるぜ!」

 

 そう言ったのはクラスメイト『金田勝』である。

 

「ぎゃふんって……」

「くらえ!」

 

 金田くんは僕を殴ろうとするが、痛いので簡単に躱す。

 蹴りもしてきたが、当たると痛いのでこれも躱す。

 

「くそ、ちょろちょろっと! 男らしくかかってこい!」

「かかってこいって言われてもね」

 

 こうして話している間にも攻撃してくる。

 けど、簡単に当たる程、僕は単純じゃないのでこれも躱す。

 最小限の動きで躱しているので、金田くんの方が疲れているような気がする。

 

「けっ! 俺様の方が力が強いからテメエは逃げることしかできねえだろ!」

 

 攻撃が全然当たらないからそんなことを言われた。

 それを言われて僕は……

 

「……はっ」

 

 もちろん、鼻で笑った。

 動きも合わさって馬鹿にしているように見えたと言われても仕方がない。

 

「なっ、テメエ!」

「そういうセリフは……」

 

 それと、何か後ろでコソコソと僕に近付こうとする人がいることをもちろんわかっている。

 

「今だ! くらえ! 必殺電車道―――」

 

 金田くんが体当たりをすると同時に彼の身体を少し掴んだ。

 

「え!?」

 

 やっぱり、後ろから僕に掴みかかろうとした人がいた。

 その人は急に僕が前に出たので、空ぶっている。

 金田くんが体当たりをする勢いを逆に利用するか。

 体を横に踊るように移動する。

 同時に金田くんの体勢を崩し、もう一人にぶつける。

 

「一人で霊霧魚に立ち向かってから言えええ!」

「ぎゃふ!」

「うぎゃああ!」

 

 金田くんはそのままの勢いでもう一人の頭に腹部で受けた。

 もう一人もこけた金田くんに押し潰された。

 それだけに留まらず、こけた所為で机が金田くんの方に倒れた。

 そして潰された。

 

「1! 2! 3!」

 

 広くんはすぐに来て10カウントを始める。

 色々なダメージもあり、金田くんともう一人は動けないでいる。

 

「9! 10! 真斗の勝ち!」

 

 勝ちと言われたので、腕を上げ勝利のポーズを取った。

 

「こらー! ケンカはやめ……あれ?」

「あ」

 

 同時にぬ~べ~がやってきた。

 ちなみに何故、僕が金田くんからケンカを一方的に売られていたのかと言うと理由があった。

 

「真斗」

「あら! 真斗くんは悪くないわ!」

「真斗くんはノロちゃんがいじめられてるのをかばってくれたのよ!」

「正義の味方よ!」

 

 実際は金田くんが中島さんをいじめていた。

 だから、僕はそれを止めようとした。

 すると、偉そうにしてるとか言われ何故か矛先がこっちに向けられたのだ。

 

「悪いのは金田よ! 金田!」

「弱い者いじめ! サイテー!」

「うっ……」

 

 そして、金田くんは女子から一斉に非難された。

 

「金田っ~お前って女の子にもてないんだな~」

「ほっといてくれ!」

 

 ぬ~べ~が金田くんに同病相憐れんだ。

 

「それにしても、よく金田の子分がお前を捕まえようとしたのわかったな、真斗」

 

 広くんは感心したように僕の背中を叩いてくれた。

 

「まあ、ああいうのは慣れてるからね」

「慣れてる?」

 

 ぬ~べ~に出会う前、よく幽霊に乗っかられることが多いから自然と背後の気配には鋭くなっている。

 この町でそれは薄くなることはなかった。

 むしろ、結界があるとはいえ、それを疎かにするとマジで命が危ない。

 今でも背後の気配には敏感なのだ。

 

「もしかして、結構ケンカには強いのか?」

「逃げることに関しては負ける気はしないよ」

「それはそれでどうなの?」

「おっと、そのセリフは金田くんにも言ったけど霊霧魚に立ち向かってから言ってくれないかな?」

 

 実際、あの時は力強さは役に立たない。

 生き延びる気で走らないとまず、命はない。

 カッコよく死ぬよりも、例えカッコ悪くぶざま過ぎても生きてる方がいい。

 

「例え運動が苦手でもケンカには勝てるってことで」

 

 実際、スポーツでは広に負けるが、ケンカにそんなのは余り関係ない。

 それに最近は運動もできるようになったからか、その点も改善しつつあるのだ。

 

………………

…………

……

 

「ん?」

 

 そして、そのまま家に帰ろうとした時のことだった。

 靴箱に手紙が置かれていた。

 

「なんだこれ?」

 

 それを開けて手紙の内容を確認する。

 

「……ん????」

 

 するが、内容が全くわからない。

 色んな文字が間違って書かれ過ぎているのだ。

 

「意☆味☆不☆明の手紙……こんなのどうやって読めばいいんだ!」

 

 この意味不明さに思わず読むの諦めそうになる。

 そして、僕は3階のトイレになんとか来ることができた。

 

「ふん、遅かったじゃねえか……真斗」

 

 手紙の主は金田くんだった。

 

「もう少し、字の勉強をしてくれよ……正直、読むのに時間がかかったよ」

 

 あの手紙は読み終えた後、適当なゴミ箱に捨てた。

 

「……それで何の用なの?」

「クックックッ……聞いたぜ~お前の秘密」

「秘密? (もしかして、霊能力のことかな? まあ、あれだけ動けばバレてもおかしくはないけど……)」

「お前……トイレ怖いんだろ?」

「…………は?」

 

 何かよくわからないことを言われて思わず唖然とした。

 

「ちょっと待って……どこからそんな噂が流れたの?」

「お前、よく広と一緒に連れションしてただろ?」

「……それが?」

「広はトイレで幽霊を見て小便ちびったそうだぜ」

「……うん」

 

 それは聞いている。

 僕がここに転校する前にトイレの花子さんを見て小便を漏らしたらしい。

 それ以来、トイレに行くたびに誰か一緒じゃないと怖くなっているようだ。

 いわゆる、トラウマだ。

 

「そんな広と一緒に行ってるんだ……お前もトイレ怖いんだろ?」

「……」

 

 どうやら、広くんと一緒にトイレに行っているからそんな噂が流れているらしい。

 いや、今までのことを振り返ればそんなの根も葉もない噂だとわかる筈だけど……

 

『やみ子さんやみ子さん。おこし下さい』

「!」

 

 さっきのテープから流れるこの声と内容に僕は驚いた。

 

「知ってるか? あの呪文唱えると……出るんだとよ~」

「……ああ、よく知ってるよ」

 

 何せ、低学年が噂になっているからぬ~べ~が除霊をしたばかりだ。

 それが原因で僕たちのケンカを止めるのに遅れたのだ。

 そして、それは僕もあの後に聞かされていたのだ。

 

「おら、くらえ!」

「!」

 

 金田くんが殴りかかろうとした。

 それに腹が立った僕は金田くんの拳を躱して、金田くんの金的を思い切り蹴った。

 

「!? い、いてえ……!」

 

 予想外の反撃に金田くんは躱すことができず、あそこを抑えていた。

 

「この馬鹿! そんなことのために霊を刺激するんじゃねえよ!」

 

 そんな金田くんを放って僕は急いで音声の方に向かった。

 それはラジオでテープが流れていた。

 

「間に合えばいいけど……」

 

 それを止めようとラジオを操作する。

 

「……ですよね」

「こんの! よくもやりやがったな!」

 

 それに激高した金田くんは蹴りかかった。

 だけど、もう用が終えたからそこを離れて難なく躱した。

 

「ぐっ……!」

「本当にやってくれたよ……」

 

 金田くんは怒っているが、今はそれどころじゃない。

 

「(今の僕の力じゃやみ子さんを除霊するのは無理だな)……これはぬ~べ~待ちかな?」

「くそ! 聞いていた話とは全然違うじゃないか!」

「……むしろ、その噂をよく信じたね……自分で言ってなんだけど、そういうの怖がったことないでしょ? 逆にどんな噂が流れているのか気になったよ」

「ぐっ!」

 

 本当に段々と霊能力がないという設定が形骸化していると思っていたよ。

 けど、意外とその設定、まだ頑張れるかも知れないな。

 

「どうする? ここで噂の真偽を確かめる? 余裕で躱せるし」

「なんだと!」

 

 色々攻撃しているけど、本当に今までの霊騒動と比べたら可愛いレベルだ。

 

「それじゃ、女の子にモテモテなのは!?」

「それは知らないよ……僕自身、自分のことで必死だから他人の気持ちを確認する暇は無い……好かれたいのなら良いことをしなさいよ」

 

 実際にそんな暇を持つ余裕は無いからね。

 いつ凶悪な霊に襲われるか気が気じゃないし、霊能力の修行は休めない。

 

「それじゃ、前の学校ではバレンタインでクラス女子全員からチョコをもらったって話は!?」

「本当にそんな噂流したの誰? チョコをもらったこと無いよ」

 

 前の学校はそういうのは厳しいところだった。

 それに加え当時の僕は幽霊磁石だったから扱いはぬ~べ~とどっこいだったのだ。

 

「それと、そろそろ本格的にヤバい状況だとわからない?」

「何?!」

 

 すると、金田くんの攻撃は突然止まった。

 違和感に気付いたらしい。

 段々とトイレから人の顔が浮かび続いている。

 

「なんだこりゃ……トイレの汚れがだんだんはっきりしてくる」

「それだけじゃない……さっき確認したけど、テープはもう止められないよ」

「そ、そんなバカなことがあるか」

 

 その言葉を信じたく無いのかテープを止めようとする。

 だけど、僕の言葉通り、何度停止ボタンを押してもテープの声は止まらない。

 

「キミの行動が霊を呼び起こしたみたいだ」

「へ、へっ……霊なんかいるわけが……」

 

 だが、金田くんが壁に触れた瞬間、顔がくっきりと浮かび出た。

 

「ひ、ひぃぃぃ! これは……!? テープの声が繰り返すたび顔が1つずつ増えて行く!」

「まったく……ぬ~べ~クラスにいたのにキミは何を見ていたの?」

「ヒ~~~!」

 

 ついに恐ろしくなってトイレから出ようとするが、ドアは開かない。

 鍵をかけてないのに力づくで出ようとしているに出られないのだ。

 

「あかない! なぜ……カギなんかかかってないのに!」

 

 その時、トイレから女性が這い出ようとしている。

 

「あれがやみ子さんか……」

「ギャアああ~~!」

 

 余程、恐ろしかったのか無謀にも金田くんは窓から出ようとした。

 

「バカっ! ここは3階だよ!」

「うるせい! 下はプールだ! 落ちたって死にゃしねえ……!!」

 

 だが、それも無理だ。

 何故なら、そのプールにもやみ子さんの顔が浮かんでいるからだ。

 

「ウギャアアア!」

 

 その時、窓から出ようとして手を離したため、金田くんは落ちそうになった。

 

「うわあああ! 落ちる~!」

「金田くん!」

 

 それを見過ごすことはできず、金田くんの腕を掴んだ。

 

「ッ!」

 

 だけど、体格は金田くんの方が大きい。

 重さで下手すれば僕も落ちそうになる。

 

「こ、この野郎! なにカッコつけてんだ! テメエも一緒に落ちるぞ!」

「そんなのどうでもいいよ! このまま見捨てたり、手を離したら一生後悔する! そっちの方が僕には耐えられないよ!」

 

 力が緩んで落ちないように両手で金田くんの腕を必死に掴む。

 

「それにクラスメイトでしょ? 僕たち!」

 

 けど、ダメそうだ。

 このままだと僕たちまで落ちてしまう。

 

「このおおお!」

 

 すると、一緒に金田くんの腕を掴んでくれた人がいた。

 ぬ~べ~だった。

 

「なにやってんだ! 霊をこんなにさわがせて……!」

 

 一緒に怒られたけど、ぬ~べ~のおかげで危機は逃れたようだ。

 一時、学校から避難するとマンホールまで来た。

 

「さあ、除霊に行くぞ! 中に入れ!」

「え~! 下水道の中にかよ!」

「づべこべ言わない! 元はと言えば金田くんの仕業なんだから」

 

 本当は霊が多そうな下水道に入りたくない。

 入りたくないけど、ぬ~べ~も一緒だし、このままだとトイレが使えない。

 

「去年の台風でここは洪水が起こったんだ。あの時、一人女性が下水に流されたんだ……町中の下水道が捜索されたが、どこかへ流されてしまったらしく遺体は発見出来なかった」

 

 ぬ~べ~は下水道を降りながら説明してくれた。

 

「ところが最近、学校のトイレに霊が出るというので気が付いた。やみ子さんとはもしかしたら、その女の人が下水を通して助けを求めているんじゃないかとね」

「……つまり、これからその水死体を捜すのか」

「ゲッ!」

「……近い」

 

 僕の霊視は結界を使っているため、見えない状態になっている。

 ここで下手に結界を解けば、きっと霊はこっちに集まり捜索どころじゃなくなる。

 だから、ぬ~べ~の霊水晶が重要になってくる。

 

「あ、あれかしら?」

 

 下水道に浮かぶ骨を見つけた郷子ちゃんが指摘した。

 

「……ケッ! 真斗、礼なんか言わないぜ! 子分が親分助けるのは当然だからな!」

「いや……助けるのは当然はわかるけど……金田くん、結局僕を殴れてないじゃん」

「!」

「逆に僕に蹴られてダウンしたじゃないか……むしろ、金田くんの負けでしょ!」

「ま、負けだとっ! 言わせておけば! 俺の攻撃をくらえ!」

「なんで下水道まで来て暴れるのさ!」

 

 もちろん、避けた。

 避けたけど、狭いところで、しかも滑りやすい下水道で蹴ろうとしたから金田くんは滑って下水の方に倒れた。

 

「うあ!」

 

 その時、板がこっちに流れていた。

 だけど、その板には女性の死体が乗っかっていた。

 長い間、そこにいたらしく顔には、なめくじが這いまわっていた。

 さらに、口にはミミズも大量に住み着いていた。

 その顔も恐ろしく、かつての女性の顔は失っていた。

 それはもう言葉では語り尽くせない有様で実際に見た方が早い程だ。

 

「ギィィィヤアアアア!」

 

 それを間近で見た金田くんは大絶叫をした。

 そして、そのまま失神してしまった。

 

「あ、間違えた。こりゃ犬の死体だった。人の死体はそっちね」

「ぬ~べ~っ!」

 

 これは怖い。

 多分、霊能力が無かったら僕もここで失神していたかも知れない。

 

「ここで倒れちゃって……誰が金田くんを運ぶの?」

 

 流石に金田くんを運ぶ自信はないな。

 それはともかく、僕はやみ子さんと呼ばれる水死体に黙祷した。

 

(この人も……本当はもっと生きたかったんだろうな……それにやみ子さん、自分が怪奇現象になることを望んでいなかった筈だ……)

 

 ただ、それでもようやく死体は見つかった。

 酷い有様だけど、これで家族の元に帰ることができるかも知れない。

 苦しみもこれで終わりだろう。

 

「……どうか安らかに成仏してください」

 

 そう小声で呟いた。

 

「あれ? 真斗くんは平気なの?」

「……正直、もう疲れた」

 

 同じ説明も飽きたし、ケンカを二度もした。

 だから、もうくたくたなのだ。

 

「?」

 

 もちろん、起きた原因の説明を求められたので僕は正直に話した。

 そして、当然、金田くんはぬ~べ~にきつい説教を受ける羽目になった。

 それは自業自得なので同情する気は無い。

 あの行動は僕も流石に怒ったし……

 こうして、やみ子さんの怪奇現象は終わりを告げた。

 

 

 告げたが……

 

「てめえ! トイレが怖いんだろ! 俺が一緒についてってやるよ!」

「テメエこそ怖いんだろ! この金田様がついてってやらあ!」

 

 僕の後ろでそんなケンカが続いていた。

 広くんも金田くんもトイレに行きたそうにしていて、漏らさないようにあそこを抑えていた。

 

「ああもう! うるさい! 一緒について行ってやるからさっさと行けよ、お前ら!」

 

 元々、広くんが一人でトイレに行けないから付いて行く係なのに、あの件で金田くんも追加になってしまった。

 

「真斗……お前、わざわざ苦労を背負い込むタイプだな」

「そこがいいところでもあるけど……」

 

 ぬ~べ~と郷子ちゃんは僕を不憫そうに見ていた。



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#013【怪人「A」】

 「A」に出会うとこう聞かれる。

 

 赤が好き?

 白が好き?

 青が好き?

 

 青と答えれば水に落とされて殺される。

 白と答えれば体中の血を抜かれて殺される。

 そして赤と答えれば、血まみれにされて殺される……。

 

 「A」が現れる時、大人たちは妙によそよそしくなる。

 

「おい。俺にも書かせろよ」

「だーめ、広はしょっちゅう漢字間違えるんだから」

「先に下書きをしてやるから待ってな……ここまで遅れてるのは広くんが漢字を何度もマジックで間違えて書いているから……」

 

 それを止めきれず、何回も書き直したのがこの結果である。

 

「あ、美樹! あんまり変なことを書かないでね」

「おい! いつまで残ってるんだ! 下校時刻すぎてるぞ!」

 

 大きく音を立ててぬ~べ~が入って来た。

 

「あ、ぬ~べ~ちょっと待って! 今終わるから! じゃあ広、妖怪コーナーを書いて! 字間違えないように!」

「がってんでい!」

「郷子ちゃん……何度も言うけど、なんでよりにもよって広くんに任せるの? ここまで遅くなった原因の大体なんだよ?」

「大丈夫よ、いくら広でも流石にもう間違えないわ」

 

 何故だろう。

 その言葉で色々不安になってくるのだが……

 

 そして、案の定、広は『妖怪コーナー』を『妖径コーナー』と書き間違えた。

 

「……ですよね!」

「アホー!」

 

 そんな広くんの大ボケに郷子ちゃんは鉛筆削り器で頭を叩く。

 これでまた、この部分を修正しないといけなくなった。

 

 さらに、それに加え細川さんがこんなのを書いた。

 

~過激!! 恋人を鈍器で殴るSM小学生!~

 

「ちょっと美樹! それ誰のことよーっ!」

「なによ~! あたしのコーナーに何書こうと勝手でしょ」

「いてえな! なにすんだ、このヤロー!」

「このヤローじゃないでしょ! ああ、もう! またこの部分をノリで貼り付けないと……段々、この新聞がツギハギだらけになりつつあるな……」

 

 さっきも広くんが間違え続けてる。

 だから、僕は画用紙に正しい漢字を書いてカッターナイフでそこを切り取り、ノリで貼り付けているのだ。

 

「早く帰れ! 校門を閉めるぞ!」

「あ、はい」

 

 だが、そんな広くんたちのボケに乗らず、怒った。

 道具は全部、持ち物に入れて荷物を持たされた。

 当然、新聞作りは中断され、そのまま帰ることになった。

 

「より道せずに帰るんだぞ」

「なんだよーやけに冷てえじゃねーかよ!」

「いつもと様子が違うぞ」

「ぬ~べ~!」

 

 そう。

 普段のぬ~べ~らしからず、冷たいのだ。

 

(……まあ、確かに帰るには良い時間帯だけどさ)

 

 何か納得できず僕たちは帰ることになった。

 

「変なの? ぬ~べ~ったら」

「リツコ先生にふられたのかな?」

「いや、それだったら、もっとわかりやすい反応するよ……どう見ても早く帰らせようとしているような感じで……」

「あんたら、早く帰りなさい」

「そういえば、何か慌ただしいな」

「ほんと、さっきからパトカーが何台も」

「あれ? 段々と嫌な予感がするな~」

 

 ここまでパトカーが走り続け、大人たちがやけに帰らせようとする光景を見て、僕は不安に感じた。

 それに大人たちは『A』が書かれたビラを持っている。

 

「大人はみんな『A』って書いたビラを持ってるぜ」

「町中にお触れが出たって訳? 子供に厳しくしろっていう……」

「まさか」

「うん……それで生徒に優しいぬ~べ~があんなことするもんか」

 

 そうしたら、真っ先に反対しそうではある。

 

「おっさん、その紙、見せてくれよ」

「こ、子供は早く帰りなさい!」

「フン! 子供には見せられないって訳!」

「気にいらねーな」

「ホント!」

「こらキミたち、今何時だと思ってるんだ」

「あ、はい……」

「つーん」

「ムシムシ」

 

 ここまで大人たちに帰れと言われて、広くんたちも機嫌が悪くなったようだ。

 

「町中なんか嫌な雰囲気!」

「へっ! グレるぜ! このヤロ!」

 

 そう広くんたちは怒っているが、僕は段々不安になってきた。

 

「いや……ここまで帰れって連呼されると、不安になってくるな」

 

 これはもう余計なことを考えずに、さっさと帰った方が吉じゃないかな?

 

「不安って何さ」

「ここは変な意地を張らないでさっさと帰ろ? 新聞なんて明日に完成させればいいしさ」

「それはそうだけどさ」

 

 とにかく、みんなを説得して早く今日は帰ろう。

 そう思っていると、奴は現れた。

 

「赤が好き? 白が好き? それとも青が好き?」

 

 そんな不気味な仮面の男が僕たちの目の前に立っている。

 明らかに怪し過ぎるが、その怪しさが広を笑いに誘った。

 実際にクスクスと笑っている。

 

「俺は燃える闘魂の赤!」

「あたしは清純派の白!」

「わたしはブルーベリージャムの青! 真斗は?」

「え……いや、青空の青だけど……」

 

 そんな怪しい人の質問に答えて大丈夫だろうか?

 

「で? 答えると何かくれるわけ?」

 

 迂闊に細川さんが手を伸ばすと、そいつは細川さんの腕を掴んだ。

 

「!?」

「な、何するんだ!」

 

 僕は急いで細川さんの逆の腕を掴んだ。

 そんな、状態なのにそいつは何でもないように飛んだ。

 

「う、うあああ!」

「キャアア!」

「飛んだ!? まさか、あいつ妖怪……?」

「大変! ぬ~べ~に知らせなきゃ!」

 

 その間に僕と細川さんは町の上空を飛んでいた。

 今の僕は細川さんの腕をよじ登って体に抱き着いている。

 

「ば、馬鹿野郎! どこまで飛んでいくんだよ!」

「いやああ! 真斗、助けて!」

 

 助けてと言われても空を飛んでいるんじゃ、手出しの仕様がない。

 クソ、せめて武器が無いか?

 

(……そう言えば!)

 

 余りにもぬ~べ~が帰れって言うので慌ててカッターナイフをポケットにしまっておいたのだ。

 

(くっ、一か八か!)

 

 奴は学校の貯水槽に着地した。

 この瞬間が、最後のチャンスだ!

 

「このおおお!」

 

 奴が着地した瞬間に僕はポケットに入れておいたカッターナイフを最大まで伸ばした。

 そして、奴の足に目掛けて突き刺した。

 

「ぐぎゃあああ!」

 

 奴は痛みで悶え、細川さんを離した。

 

「細川さん逃げて!」

「ま、真斗!」

「早く! 突き刺している内に、早く!」

「う、うん!」

 

 足を刺したため、そこから血が流れる。

 奴が痛がっている内に細川さんがこの場から逃げてくれた。

 

「ぐあ!」

 

 それを怒り、そいつは僕を思い切り殴った。

 その際にカッターナイフは屋上から落としてしまった。

 

「ぐっ!」

 

 そして、細川さんを追わずに僕の首を絞め始めた。

 

「(これも一か八か!)この! ……解除」

 

 僕は奴の顎を目掛けてチョップをした。

 それと同時に念のために結界を解除した。

 だが、奴は読んでいたのか、簡単に躱した。

 それだけじゃなく、僕の首、四肢にあらかじめ用意していた岩を繋げた縄で縛り出した。

 

「青が好きと言った子供は水におとされて殺される」

「……! (まさか!)」

 

 そう言った後、貯水槽の中に落とされた。

 

(あ、あの野郎! 僕の好きな色をこんな殺人の方法にするなんて!)

 

 それに腹が立ったが、そんなのは後だ。

 水に落とされて殺されると言われたので、すぐに大きく息を吸って呼吸を止めている。

 もちろん、それだけじゃすぐに僕は窒息する。

 だからこそ、結界を解除した。

 

(……っ!)

 

 僕の周囲に霊が集まってきた。

 中には僕と殆ど年齢が変わらない子までいた。

 奴の犠牲者だろう。

 ここまで霊が集まれば妖力が集まりやすい。

 それはつまり、霊能力が使える先生が僕の居場所を早くに見つけてくれる可能性がある。

 

(……っ!)

 

 もちろん、凶悪な霊に捕まって殺されるか、そいつを退治するのに時間がかかり、広くんたちが危険な目に遭う可能性もある。

 賭けとしては最悪だろうが、残された手はもうなかった。

 

(だ……ダメか……)

 

 段々呼吸が苦しくなった。

 どのくらい経ったのか、もうわからない。

 

(……ハッ! それにここで死んだら……みんな、泣くだろうし!)

 

 僅かな可能性でも、それが残っている限り、諦める訳にはいかない。

 そう、根性をひねり出して来ると、貯水槽が開いた。

 

「真斗~~~! あ、あ、あの野郎! 石をくくり付けて貯水槽に投げ込むなんて……真斗~~~! 死ぬな~~!」

 

 ぬ~べ~が急いで石から僕を引き離し、引き上げてくれた。

 

「がっ! ゲホゲホッ!」

「ま、真斗!」

「真斗!」

 

 僕はひっくり返りうつ伏せになった。

 呼吸が途切れ途切れになりながら、結界の呪文を張り直した。

 

「はぁはぁ……!」

「真斗! もう大丈夫だ!」

「っ! 後で追いかけるから! 急いで広くんと郷子ちゃんを! 奴の質問に答えた! こんなことをするってことは奴は広くんたちも殺すつもりでしょ!」

「しかし……」

「早く! 広くんも郷子ちゃんも大事な生徒でしょ?」

「くっ! ……わかった。お前の気持ち受け取ったぞ! 広たちは絶対に助ける! それまで死ぬなよ!」

「はは……どうやら、僕は諦め悪いらしいからね……ぶざまでも生きますよ」

 

 僕の軽口にぬ~べ~は少し笑ったが、すぐに広くんたちの元へ行った。

 

「ま、真斗、大丈夫!?」

 

 本当に心配したのだろうか、普段の細川さんでは考えられない程、僕のことを心配し、泣いている。

 

「……大丈夫。むしろ、僕と同じ嫌な思いを味わわせないでよかった」

「真斗くん……」

「はぁはぁ」

 

 今度は仰向けに倒れた。

 すると、何度も心霊写真に写っている子が心配そうに僕を見ていた。

 どうやら、ぬ~べ~をここまで案内してくれたらしい。

 

「……ありがとうな」

 

 それに素直にお礼を言う。

 彼がいなければ僕は死んでいただろう。

 命の恩人だ。

 

「え?」

「ああ、あの野郎の顔も姿も覚えちまった……」

 

 多分、忘れることないだろう。

 気絶すると、今度は本気で泣きかねないと思い、僕は寝転がったままになった。

 

 しばらくして、救急車が僕を病院まで運んでくれた。

 ベッドの傍にはぬ~べ~、広くん、郷子ちゃん、細川さんが居た。

 そして、口々に声をかけてくれた。

 両親にも連絡してくれたらしくて、もうすぐ2人とも来るとのことだ。

 

「ったく、無茶しすぎだぜ。……けど、心配してくれてありがとな」

「……奴は?」

「ああ、Aね」

「『A』?」

「Aは」

 

 ぬ~べ~はAについて説明してくれた。

 凶悪な殺人鬼で多くの子供が襲われたらしい。

 

「なるほどね……それで大人たちは心配してたのか」

 

 嫌な予感も当たっていたらしい。

 それをもっと説明すれば良かったな。

 

「それと……お前が結界を解除して気を開放したから、例の子がすぐに気付いて俺を美樹とお前がいる場所まで案内してくれたからな」

「うん……後でお礼言っておくよ」

「ぬ~べ~? 何、真斗とこそこそ話してるの?」

「い、いや、何でもない」

 

 意外と霊能力を隠しても大丈夫そうなので、それは続行することになった。

 

「それよりもアイツはどうなったの?」

「死んだ……もう大丈夫だ」

「……死んだってことは」

「わからん……だが、人間も余り醜くなると妖怪と化するらしい」

「……そっか……今後気を付けるよ」

 

 それと力強さは問題じゃないと思っていたけど、それは間違いだった。

 『A』を前に回避も何もかも役に立たなかった。

 

(もう少し体育も頑張るか)

 

 後々、ああいう奴から生き延びるために護身術も必要になるだろう。

 僕は何か護身術関係で習い事ができるように両親に頼み込むか。

 それだけ、悔しかった。

 

「それじゃ、もう夜も遅いし、真斗はゆっくりと休め」

「うん……ん? ちょっと待って?」

「どうした?」

「ここで寝るってことは……ここで一人になるの?」

「そりゃ、両親が来るまでだろうな」

「……も、もう少し話さない?」

「え?」

 

 余りの僕の変わりように郷子は少し驚いているようだ。

 

「あ……」

 

 ぬ~べ~は思い至ったらしい。

 ここは病院。

 病院は何も全ての人が治療とかされて退院できるものじゃない。

 中にはここで死ぬ人もいる。

 そして、そういう場所では霊が集まりやすいのだ。

 

(そう! 悪霊とか凶悪な霊が多い、この童守町の病院でっ! 怖すぎるわ!)

 

 流石に結界があっても怖すぎるわ!

 しかも、多少弱っているから結界が突破されかねない。

 

「何? 真斗、実は病院が怖いの?」

 

 細川さんは言いことを聞いたかのように、ニヤリと笑う。

 

「怖いよ。この町の夜道と一緒で、滅茶苦茶怖いよ」

 

 隠しても意味はないから、ここは開き直る。

 

「しょうがないわね~アンタには助けられちゃったし、この童守町一の美少女の美樹ちゃんが話し相手になってやろうじゃない」

(とうとう僕の尻尾を掴んだと言いたげに嬉しそうに笑いやがって……)

「とか言っちゃって~美樹、割とマジで心配してたじゃないの?」

「そ、そんなじゃないわよ!」

「取り敢えず、真斗が安心できるように話そうか」

「ぬ~べ~……ここでは怖い話は勘弁してよ」

「わ、わかってるよ」

 

 こうして、この事件は終わった。

 



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#014【遂に明かされる真斗の秘密!】

「……」

 

 これはマズい事態になってきた。

 僕はそう思いながらみんなが集まって騒いでいる場所を見ていた。

 

「みんなおはよう!」

「郷子……ちょっと見てよ」

「一体どうしたのよ? あ、この前の遠足の写真じゃない。もう出来たんだ」

「それがね……」

「うーん、よく撮れてるわよねー。えーっとあった! あのスルメって凄く美味しかったのよね」

 

 だけど、クラスメイトたちが気にしているのはそこじゃない。

 

「え? 嘘、何よこれ!」

「手が3本」

「あれ1枚じゃないのよ」

 

 そう気にしているのは『心霊写真』。

 克也が言ったように郷子ちゃんの後ろに無い筈の手があるのだ。

 

(……だろうね)

 

 もちろん、それが誰の手なのか僕は知っている。

 転校してからずっといる事故死した僕たちのクラスメイトの手だ。

 

(自分は食えないのにつまみ食いをする真似をしてたんだよな……すみません)

 

 それ故に写っている理由はすぐに分かるのだ。

 フォローしきれなくて心の中で謝罪する僕。

 確かに不安に思う気持ちはわからないわけでもない。

 ないのだが、写った内容が内容だけに胃が痛くなる。

 

「よーす! 朝っぱらから何騒いでるんだよ? ん? 遠足の写真か? どれどれ……えっ!? ちょ、ちょっと待てよ! 俺の黄金の左足が!」

 

 広くんの左足が消えていた。

 みんな色々理由を考えるが、全部間違っている。

 というのも……

 

(普通にサッカーに参加してただけなんだよな……幽霊だから普通の人には見えないしボールも蹴れないし本当にただ参加してただけなんだよな……左足の件も単純に被っただけなんだよ)

「あ、見ろよ! あんなところに!」

「人間の顔なのだ!」

 

 白戸くんと栗田くんの間にも霊がいる。

 

(普通に写ってるだけなんだよな……)

「ふぁ~あほらし……そんなの光のイタズラよ」

「そ、そうだよな!(よし、いいぞ。細川さん……その調子でみんなに気のせいという雰囲気を作り出してくれ! それに便乗して僕もそういう方向性に―――)」

 

 そう思って僕は全力で細川さんの意見に便乗しようとした。

 

「あっ、美樹の写真にも白い物が!」

「……!? ヤダ! これは間違いないわ……心霊写真よ!」

 

 ちなみに細川さんのは白い靄が写っている。

 一見すれば、おならが写り込んでいるように見える。

 

「(すみません……ただ、走り去ってるだけなんです……走り去っているからそんな面白い写真が撮れてるんです……何はともあれ……)自分の時だけマジになるんかーい!」

 

 すぐに手のひらを返した所為で便乗作戦は不意になった。

 そんな細川さんにツッコまずにはいられなかった。

 

「何、呑気なことを言っているのよ! アンタの写真だって!」

「それはそうでしょ」

「え?」

 

 僕も自分が写っている写真を見る。

 案の定、何かの顔が僕の顔に重なっていて変になっている。

 アイツ、せっかく一緒に写ろうと誘ったのに恥ずかしがって逃げたんだよな……

 よりにもよって僕の顔が重なる方に……

 

(それで、当の本人は)

 

 何故かみんなが自分を注目していることにドキドキを隠せないでいる。

 心臓……動いていないのにな……

 

「こっちに来ないし、探してもないのに何で分かったの?」

 

 郷子ちゃんは不思議そうに聞いてくる。

 

「だって、みんなが写っているのに僕だけ写らないと逆に変じゃない?」

「それでも……真斗くん、怖くないの?」

 

 中島さんが恐る恐る聞いてきた。

 まあ、確かに言いたい気持ちはある。

 あるけど……

 

「そのくらいなら……今更だしな」

 

 僕は遠くを見た。

 おっと、その言葉でクラスのみんなは変なものを見るような目で見てる。

 正直、人体模型の時も平気だったのに今更な気がする。

 一応、霊能力はないという設定は粘ってはいるが……

 そろそろ、限界なのだろうか?

 

(本当に霊力を隠している設定の意味がなくなってるな……)

 

 余りにも隠し過ぎてバラすタイミングを見失っているのは自覚しているよ。

 うん。

 

「考えてみれば俺たちのクラスの写真って必ず何枚か心霊写真が混ざってるよな」

「担任がぬ~べ~だもんね。霊が寄ってくるのかしら……」

「そうだよ。はたもんばの時だって霊寄ってきたし似たようなもんだよ」

 

 今度は過去のぬ~べ~の事例を取り出して流れを変えよう。

 まあ、あの時、はたもんばだからかなり危険だったけどな。

 

「呑気なことを言ってられないわよ。こういうのって霊障が出るのよ」

「霊障ってなんなのだ?」

「霊が起こす怪我や災難の事よ。つまり心霊写真って必ず写っている人に災いが降りかかるのよ」

 

 くっ、細川さんが下手なことを言ってしまった。

 やばい。

 みんなが怖がっている。

 

「でも、それこそ今更じゃない? このクラス、幽霊による被害がかなり多いし、何度も死にかけたよ? 死にかけるのは普通じゃないってのはわかるけどさ」

「それはそうだけど……」

「それにちょっとしたミスが起きた事故を幽霊の仕業と言う人もいたりするし、そう考えるのは危険じゃない?」

「何よ真斗! 霊障は必ず起こるのよ!」

「とにかく、ぬ~べ~に鑑定して貰おうぜ?」

 

 その時、ぬ~べ~がやってきた。

 

「ふぁ~……昨日、夜更かしし過ぎたな」

「ぬ~べ~、ちょっと来てくれよ!」

「ん?」

 

 広くんたちはぬ~べ~に写真の鑑定をしてもらった。

 

「お~凄いじゃないぞ広。カメラでも捉えられない幻のシュートか」

「俺はアニメの主人公か!」

「主人公は俺だぞ」

 

 そして、始まるぬ~べ~のとんちんかんな写真鑑定。

 

「うーん。これは後ろの席の子が郷子のスルメを食べようとしてるな」

「どこの手長猿じゃ~!」

 

 ちなみにその子、マジで食べようとしていました。

 食べれないのにね……

 

「うーんと……ひょっとしてこれは……すかし?」

(うん……どう見てもそう見えてしまいます。アイツ、恥ずかしがり屋な分。心霊写真写りは悪くないんだよな。よくもまあこんなツッコミどころ満載の写真が撮れるものだ。本人は一切ボケてないのに)

「屁って言いたいのか!」

「ぎゃ~!」

 

 当然、すかしっぺと言われたぬ~べ~を細川さんは蹴り飛ばす。

 一瞬、思ったけど言わないでよかった。

 

「全く……童守小一の美少女に向けて何て事を言うのよ! 失礼ぶっこいちゃうわね!」

「ぬ~べ~……ちなみに僕のは?」

「……お前のは……カメラの……故障……」

「カ、カメラの……故障……だと……くっ!」

 

 そんな、みんなにはあれだけ面白おかしく鑑定したのに僕の時だけ有り触れた内容になっている。

 もう少しボケてもいいのに……

 なんか悔しい……

 

「何、微妙に負けた感じで悔しがってるのよ真斗!」

「お前って偶にボケに回る時があるよな」

「殆どツッコミ役になっているから、僕もボケたいんだよ」

「いてて……心霊写真は大抵、光の加減やフィルムの現像の具合によるものだ」

「え? ちょっとぬ~べ~……」

「それで終わりかよ」

「真面目に鑑定してくれよ」

「そうよぬ~べ~!」

「くだらない。さっさと席に着け! ……真斗もいつまでも落ち込んでないでさっさと席に着け」

「は~い」

「えっ~」

「さあ、みんな授業始まるぞ」

 

 そして、授業が始まる。

 

―真斗side―

 

「……トイレ」

 

 昼休みに入ると僕はすぐにトイレに向かった。

 もちろん、霊を連れて……

 

「はぁ、やっぱり心霊写真だから怖がってるな」

 

 その霊は申し訳なさそうにする。

 ここまで怖がらせるとは思ってもみなかったようだ。

 

「お前って本当に心霊写真に写るのが得意なんだよな……変な意味で」

 

 ちょっと悔しいのはぬ~べ~に適当に鑑定されたことでもう少し面白い解釈してくれないのかなと思った。

 

「ん? 霊障? ないない。そりゃ、悪意があって起こす霊ならあるだろうけどさ。お前はみんなを危ない目に遭わせようとしてないだろ?」

 

 その霊はこくりと頷いた。

 それはそうだ。

 コイツはただクラスに参加したいだけなのだ。

 ちなみに沙裏鬼の時は大慌ててパニックを起こしており、霊霧魚の時は怖がって隅で震え、人体模型の時は親近感を抱いていた。

 『A』の時なんか僕の命を救ってくれた恩人なのだ。

 

「じゃあ大丈夫だ。しばらくは僕の近くにいなよ。この学校のことだ。また近い内にヤバい霊が来るだろうし、心霊写真の騒動はそいつに押し付けようぜ。その際、みんなには怒られるかも知れないけど大丈夫だろう。僕だって間違いをするさ。みんなに謝るよ」

 

 弘法にも筆の誤りって奴だ。

 ここならマジでありえるのが恐ろしい話だ。

 申し訳なさそうにその霊は謝る。

 

「謝んなって。ただクラスに参加したいだけなのは分かってるから。お前が恥ずかしがり屋で写真に一緒に写ろうとするとすぐに逃げるのも知ってるし」

 

 僕は霊の頭を撫でてこれからの方針を決めた。

 しばらくはほとぼりが冷めるまで一緒にいる。

 そして、悪霊が出たら騒動は全部そいつに押し付ける。

 これで決まりだな。

 

「それじゃ、いつまでもトイレにいるのも変だしそろそろ帰るか」

 

―みんなside―

 

「……絶対、心霊写真だよな」

「でも、専門家のぬ~べ~が否定するのならやっぱり違うのかも」

「もしかしてぬ~べ~に寄ってきた幽霊で責任逃れしてんじゃないのか?」

「ふふふ、そうかも!」

「だけど、そんな物好きなお化けなんて……いたわね」

「……ああ」

「物好きなのが……」

 

 一致したのが最近、ぬ~べ~にアタックするためにこの町に引っ越しして一時期ぬ~べ~と同棲していた雪女のことであった。

 

「キミたち、ちょっとこれを見てみたまえ」

 

 その時、秀一がある物を持ってきた。

 

「何だよそれ秀一?」

「気になって写真に写っている顔らしきものを集めて拡大コピーして見たんだが……」

 

 それは同じ顔だった。

 

「あっ……これは」

「そうなんだ。どれも同じ顔……いや、同じ霊が写っている」

「本当だ」

「やだー」

「つまり僕らのクラスにある特定の霊が付き纏っているということだ。ずっとコイツが写っている」

「ふぅ」

 

 その時、真斗が帰ってきた。

 

「誰か恨まれている奴がいるんじゃねえのか?」

「い、言っておくけど俺はそんな覚えはないぞ!」

「あたしもよ!」

「僕だってないのだ」

「あたしも……ちょびっとだけあるかも」

 

 ないと言いかけるもみんなに見られて正直に話す。

 

「いや、クラスの特定の子に憑いている訳じゃない。クラスの誰にも憑いている。言わば5年3組に憑りつかれた霊なんだ」

「このクラスに……」

「(……よし、話題をずらそう)……んで? 善悪は?」

「え?」

「憑りついているのは(最初から)分かったけど、そいつは今まで僕たちが会ったような怖い悪霊なの?」

「それは……分からないけど……」

「なら、別にいいじゃん。はたもんばや霊霧魚に憑りつかれた訳じゃないし、気に過ぎたら疲れるでしょ」

「でも、怖いじゃない……」

「それは分かるけど、それじゃ僕は顔に何か被害が出るってこと? 普通に死ぬと思うけど先生がそんな事態になっても動かないのは危険はないってことじゃん。第一、首が伸びた生徒もいるんだし霊がそこいらにいてもおかしくないでしょ……そうであって欲しくなかったけど……それも今更だよ」

 

 遠い目になって死んだ目になっている真斗。

 うっすらと涙も浮かんでいるようにも見える。

 

「首が伸びた話はやめてよ」

 

 すると、ぬ~べ~がやってきた。

 

「そうだぞ……」

「ぬ~べ~!」

「いい加減にしろよなお前たち……」

「何、言ってんだ!」

「ヤバいんじゃないのか!?」

「そうよ、このままじゃ安心して写真が撮れないわ!」

「だから、そんな悪霊がいるんだったら俺がとっくに退治しちまってるよ」

「いるよ! ちゃんとここに!」

「でも、ただ写っているだけで何か被害が起きた? 先生が退治しないなら悪霊じゃない可能性の方が高いと思うけどな?」

「何、言ってんだよ! 何かが起きてからじゃ遅いじゃないか!」

「写真に写った霊は霊障を起こすのよ」

「何とかしてくれよ、ぬ~べ~!」

 

 何もしてくれないぬ~べ~に不満の声を言う。

 

(これは説得は無理そうだな。僕なりに怖い霊じゃない、悪霊じゃないって伝えようとしているにな……いや、今までがヤバい霊オンパレードだからか? 中には人間がいたけどさ)

 

 真斗が思い出すのは本当に危険で悪い霊たちの事だった。

 

(不安に思う気持ちは分からなくはないけどさ。霊力がなかったら多分そっち側だったし)

 

 真斗はそそくさと図書室に向かっていた。

 

(ここまで怖がるとは……また相談タイムだな)

 

 そんな真斗とぬ~べ~を見る広たち。

 

「たく、ぬ~べ~何もしてくれないな……何かが憑りついているのは間違い無いのによ」

「真斗も……何かいつにも増して冷たいんじゃない?」

「そうだよな。俺の時はあそこまで信じて助けてくれたのによ」

「俺の時なんざ、助けてくれたってのによ!」

 

 克也と金田は残念そうに呟く。

 

「でも、そもそも最近の真斗って何かがおかしいんじゃない?」

 

 美樹は疑うようにみんなにこそこそと話す。

 

「おかしいって?」

「今までよ、今まで! あたしのろくろ首の件からおかしいと思わなかったの? アイツ、心霊現象に対して平然とし過ぎよ!」

「それは……」

 

 それは広たちも思っていた。

 一時期は勇気のある優しい同級生だと思っていた。

 だが、バスの時からその怪しさを臭わせていた。

 

「……確かに運転手が惨殺された時もすぐに立ち直っていたよね?」

 

 何が起きたのかみんなより一早く察知し運転手の惨殺を見ないように呼びかけ当の本人はすぐに立ち直った。

 

「あの怖い魚の時なんて自分から囮役をやったよね?」

 

 霊霧魚の時は恐怖から一早く抜け出し自分を囮にして逃げ切ってみせた。

 

「人体模型の時なんて全然怖がらなかったよな」

 

 人体模型の時はあれだけ気味が悪いのに一人だけいつも通り授業を受けていた。

 その上、一度たりとも怖がった姿を見せない。

 5人目もそうだ。

 彼だけはすぐに5人目と遊び広たちを5人目から救った。

 だが、それもかなり異常である。

 

「あたしの時なんざビビりもしないし……」

「やみ子さんの時はトイレが怖いと思ったら、やみ子さんが出ても平然としていたな」

「金田と同じように水死体を見た筈なのにトラウマにすらなっていなかったし……」

「……あたし、アイツの幽霊がらみの悲鳴、一度も聞いてないわよ」

「市松人形の時は?」

「あれはツッコミ切れなくて限界で絶叫しているだけよ。絶対、何かあるのよね! 私たちに隠していることが!」

 

 そう息巻いている中、法子は不安そうに自分の写真を見る。

 

(あの写真きっと私……足を怪我するんだわ)

「どうしたののろちゃん?」

「え、ううん。何でも無いの」

「図書室の整理、今の内にやっちゃわない」

「ええ、そうね」

 

 そして、法子達も図書室へ向かって行った。

 その道中、法子は静に心霊写真のことを話した。

 

「気にし過ぎよ、のろちゃん」

「だって、みんなも言ってたじゃない。心霊写真って必ず災いが降りかかるって」

「そんなの迷信よ、迷信! 大丈夫だって」

「……うん」

 

 静が扉に手を掛けるとすでに鍵は開けられ入れるようになっていた。

 図書室に入ると誰か声が聞こえた。

 

「あら? 誰かいるみたい」

「え?」

 

 姿は見えない。

 だが、人の気配は確かにする。

 

「―――だから、大丈夫だって……予想以上に説得は難しいけど」

「あら? 真斗くんの声だ」

「そうね」

 

 真斗は本棚の死角になる場所で何やらぶつぶつと小言を言っている。

 その声もどことなく真面目そのものだった。

 自分たちのために何か考えてくれているようにも見える。

 

「とは言え、トイレで考えていた通りに―――」

「真斗くんどうしたの?」

 

 法子は思わず真斗の肩を叩いた。

 

「ひゃあああん!!」

「「ひゃ!!?」」

 

 後ろから肩を叩かれることを予想していないのか吃驚したように真斗は悲鳴を上げる。

 それに釣られて2人も叫んだ。

 

「な、中島さん!?」

 

 急いで後ろを振り向き相手が誰なのか確認し驚く。

 

「びっくりした……」

「それはこっちのセリフだよ。後ろから声を掛けられるなんて普通にびっくりするよ」

「それもこっちのセリフよ。あれ? 誰かと話していたんじゃないの?」

 

 静は不思議そうに見る。

 真斗は明らかに誰かと会話していた感じだがその誰かはいなかった。

 

「な、何のこと? べ、別にそんなことはないよ」

 

 びっくりした影響か何か隠していることが分かる反応をしてしまう。

 

「やっぱり、何か隠してるの?」

 

 法子はジッと真斗の顔を見る。

 

「やっぱりって?」

「そうよ、美樹ちゃんが息巻いてたわよ。絶対に秘密を暴いてやるぞって」

「うぇ!? それって本当?」

「「本当」」

 

 2人の反応を見て、真斗は再度困った顔になる。

 

「……ですよね……いや、僕もこれは疑われるだろと思われる行動をいっぱいしてきたけどさ……やみ子さんの件でまだ頑張れるだろと思ったんだよね」

「え?」

「それに言うタイミングも段々となくなってきたのもあるし、今更感が半端ないからな~」

「……? どういうこと?」

「これ以上隠すのは限界みたいだし……そろそろ、その件でぬ~べ~と相談するよ」

 

 観念したかのように息を吐く真斗。

 そんな真斗に疑問符をつける2人。

 

「悩みごとあるの?」

「やっぱり、真斗くんもあの心霊写真のことを不安がってる? あんなの迷信じゃない?」

「……みんなが菊池さんのように考えてくれてたのなら、もっと楽に終わってたんだけどな~」

 

 真斗は目から涙を流してた。

 

「え?」

「……とにかく、ぬ~べ~が言ったように今回に限っては大丈夫だよ。害意があって写ってるわけじゃないし、ただ単にクラスのみんなと写りたかっただけなんだよ。その癖、滅茶苦茶恥ずかしがり屋だし変に心霊写真を撮られるの上手いし……前回の人体模型の時と似たようなものさ」

 

 まるで、よく知っている面倒事が多い同級生を庇うように言った。

 

「……真斗くん、その霊のことを知ってるの?」

「知ってる知ってる。超知ってる」

「「え!?」」

 

 2人はかなり驚く。

 

「……本当はみんなと同じ『普通』の生徒として害意のある霊じゃないと説得したかったけどさ……このままじゃ偶然起きた事故もその霊の仕業にされるかも知れないし……流石に命の恩人にそんな扱いされたくないよ」

「「?」」

「まあ、今は心霊写真は忘れてくれ。それでどうしたの? 僕は作戦会議で来たけど」

「作戦会議?」

 

 2人は何事も無く本の整理を済ませた。

 何もやることがない真斗も自主的に手伝った。

 その際、先程の自分の悲鳴を美樹に言わず秘密するようにお願いもした。

 

「あ、中島さん。そんなに足が気になるなら僕がやってあげるよ」

「え? いいの?」

「いいの。偶然、高台から落ちて足を捻っちゃうこともあるし、可能性は潰すに限る」

「……それじゃ」

 

 左足を心配していた法子に代わって真斗は自分から高台の仕事を代わった。

 

「ああ、ちなみにそれで僕の顔に怪我を負ったとしても、それはただの偶然の事故だからね」

 

 ちなみにきちんと顔に怪我を負ったら霊ではなく、ただの事故だと思うようにしてくれとも頼んだ。

 

―真斗side―

 

 僕は中島さんの手伝いを終えると、すぐに職員室へ向かった。

 

「ぬ~べ~いる?」

「ああ、真斗どうしたんだ? そいつも一緒に」

 

 僕の隣の噂の霊を連れてぬ~べ~が聞いてくる。

 

「ちょっと相談があってね」

「相談? なんだ?」

「……先生、そろそろみんなにこの霊のことを説明した方がいいんじゃない?」

「何?」

 

 ぬ~べ~は驚いたように聞く。

 

「このままだと、みんなから本当に悪霊だと誤解されることになりますよ?」

「……そうだな。実はさっき、広たちが偶然怪我をしたんだ。その事があって悪霊の仕業だと怒っていたからな」

「やっぱり……ですよね」

 

 僕は頭を抑えた。

 あれだけ神経質になればどんな被害が起きてもすぐに霊の仕業だと決めつけかねないと分かっていた。

 

「それと同時に僕の秘密もそろそろ明かそうと思います。そろそろ隠すのにも、もう限界でしょ」

「わかった。俺からも説明しておこう」

 

 ぬ~べ~も悩んでいたのか、僕の要求を承諾してくれた。

 

「それじゃ、俺は準備があるからお前は広たちのことを頼む」

「分かりました。とりあえず、先生に話したいことがあるって広くんたちに伝えておきますね」

 

 それは同時に怒り心頭になっている広くんたちを静めることになる。

 だが、その時はその時で僕が頑張るしかないと思った。

 そして、教室前……

 

 教室の出入り口に中島さんたちが止まっていた。

 

「あ、中島さんたちじゃないか。どうしたの?」

「真斗くん……これ、何?」

「ん?」

 

 教室の扉の前には見慣れた物があった。

 

「これは清めの塩か」

 

 そう。

 ぬ~べ~と出会う前の僕の必需品である。

 

「清めの塩?」

「なるほどね……」

 

 中で広くんたちが何をやろうとしているのか大体わかった。

 

「とりあえず、お前は入れないだろうからそこで待ってろ」

「……え? お前って私たちのこと?」

 

 僕は人間なので普通に扉を開けた。

 

「……!? なんだ、真斗か……ビビらせやがって」

「みんなも何をやってんの……って言いたいけど大体わかったよ」

 

 みんなが持っているのはカメラだった。

 しかも、写真がすぐに出るタイプばかり。

 

「このクラスに霊がいて、常に誰かと一緒に写っているから教室中を撮り続ければ見つかるって訳ね」

「ああ! そして、霊が居た場所にこの塩を使う」

「そして、その霊がいる場所を限定するってことか」

「なんだよ、良く知ってるじゃねえか」

「ぬ~べ~が頼りにならないのならあたしたちが頑張るしかないからね!」

「でも、上手く行ってないんじゃない?」

「まだ始めたばかりさ。撮り続ければいつか必ず―――」

「……無駄だよ」

「え?」

 

 僕の言葉に郷子ちゃんはムッとした顔になる。

 

「なんで無駄って決めつけるのよ……やってみれば絶対に」

「だって……その霊は『教室』にいないのに、ここで心霊写真として撮ることなんて出来ないもの」

「いや、お前だって憑りついているって認めたじゃないか」

「うん、認めたよ。良かったらそのカメラを貸してくれない?」

「う、うん……」

 

 僕がそういうと栗田くんは僕にカメラを貸してくれた。

 みんなは何のことなのか分からないようなので僕は振り向いてカメラを向けた。

 

「いくら撮ってもその霊は写らない……だって、その霊は教室にはいない」

「え?」

「ずっと、『僕と一緒』にいたからね」

「え?」

 

 パシャリと証明するように写真を撮った。

 すると、その写真にはみんなが探している霊が写っていた。

 

「ほら」

「い、いた!?」

「ど、どういうこと?」

 

 みんなは困惑した。

 だろうね。

 捜していた霊をいることを知っていたかようにあっさりと撮ったんだから。

 

「こ、こいつ!」

「待て待て。広くんが怪我した時、その霊はずっと僕の傍にいるように言ってあるから少なくともその子の仕業じゃないよ……さらに言えば害意はないし」

「はっ?」

「一体、どういうことよ?」

「どういうことって言われてもな……はぁ……段々と隠す意味がなくなったけど、いざ言うとなると勇気がいるな、意外と……」

「え?」

「いや、先にその子の説明して誤解を解く方が最優先?」

「その子の説明は俺からしよう」

 

 その時、ぬ~べ~がやってきた。

 

「え? ぬ~べ~、どういうこと?」

 

 郷子ちゃんは困惑を隠せないでいる。

 

「それじゃ、ぬ~べ~、先にお願い」

「……真斗の言う通り、その子は悪霊なんかじゃない。そいつはお前らと同じ俺の生徒だからだ」

「え?」

「どういうことだ」

 

 そして、ゆっくりとぬ~べ~は語り出した。

 

「この4月、お前らと同じくこのクラスの一員となるはずだった子なんだ……ところが、引っ越してくる途中、交通事故で……」

「じゃあ、いつもクラスの写真に写るのは……」

「このクラスに参加したいからだ」

「補足すると、参加したいけど、恥ずかしがり屋だから、一緒に撮ろうと思ってもすぐに恥ずかしがって逃げちゃう。だから、あんな面白おかしい心霊写真ができたんだよ」

「無事でいたらクラスメイトになる筈だったのか」

「一緒にいたかったからなのね」

「それなのに、アタシたち悪霊だなんて酷いことを……」

「ある意味ではしょうがないよ……今まで出会った霊は恐ろしい霊だったし、そういう思い込みができても不思議じゃないさ」

「俺もちゃんと説明しとけばよかったんだけどな」

「このクラスに来るの……楽しみにしてたんだな」

「ごめんなのだ……」

「でも、それじゃ、まるで真斗くんは最初から知っていたことになるよ……なんで?」

 

 もっともな疑問を中島さんが聞いた。

 

「……実はこのクラスに来た時点で見えてたんだ」

「見えてた?」

 

 僕は一旦深呼吸をして落ち着かせた。

 

「実は僕、霊能力を持ってるんだ……」

「え……」

「ぬ~べ~ほど除霊は上手くできないし、自分を守るだけで精一杯だけど、ぬ~べ~曰く気が清純で霊が寄りやすいんだ」

 

 僕はずっと心にしまっていた秘密を告げた。

 

「ここに来たのだって、両親がぬ~べ~の噂を聞いて引っ越してきたんだ……童守町に来た時は驚いたよ……恐ろしい霊が大量にいて、下手に外に出たら、すぐに殺されちゃうから……」

「それじゃ、真斗くんが初日に休んだ理由って」

「ぬ~べ~を知らなかったのもあるけど、怖くてね……」

「あの時、すぐにぬ~べ~の元に行ったのは」

「ぬ~べ~に霊能力のコントロールを学んでいたんだ。今は薄くだけど結界を張っているんだ」

 

 僕の秘密にみんなは驚きを隠せないでいた。

 

「ぬ~べ~に会うまで、ずっと怖かったり、グロかったり、そんな霊ばかりを見て追いかけられたからね……そういうのに耐性ができたんだ。ついでに逃げ足も速くなった」

 

 隠す理由はないし、洗いざらい全部話そうと思う。

 

「なんで秘密にしてたの?」

「最初は怖かったんだ……こんな秘密を聞いたらわからないし……頼っても何もできない」

 

 それで、みんなに嫌な思いをさせたら、それこそ嫌だから黙っていた。

 

「まあ、千鬼姫の時に、色々考えて壁を作るのをやめて心のままに行動してたから、どうしても変に見られたんだよね」

 

 今までのことはぬ~べ~の言葉に従って行動していた。

 

『人間、馬鹿になって人を救え』

 

「実はね……これ、バレても大丈夫じゃないか、これバレたんじゃないかってずっと思って、隠すことに意味を見出せなかったんだ……やみ子さんの時に意外といけると思ったから続けたけどね」

「うっ……」

 

 金田くんは気まずそうに視線を逸らした。

 

「その子も、もちろん見えていた。ぬ~べ~に同じクラスメイトだって教えられて……ずっと、その子のクラスメイトとして頑張った……ついでに『A』の時、その子がいなかったら死んでいたから、僕にとっては命の恩人なんだ」

「だから、あんなに庇っていたの?」

「ああ。恩人を悪霊だと思われたくないから……普通の人間として普通に頑張ろうとしてたけど……流石に限界で……今、明かしたんだ」

 

 みんな、黙ってしまう。

 

「この町の暗い夜は怖いし、病院も墓も怖い……僕だって怖いのばかりなんだ……僕もキミたちと同じ……ただの子供なんだよ」

 

 安心させるように僕はにっこりと笑った。

 

「びっくりしたでしょ?」

 

 すると、広くんは溜め息をついた。

 

「まったく、大きい秘密を明かしたってのに、何、安心しきっている顔をしてるんだよ」

「この秘密を明かしても、怖がられないって信じてるからね」

 

 そうじゃなかったら、ぬ~べ~がいない時にバレるようなことはしない。

 

「宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻」

 

 ぬ~べ~は霊水晶を取り出した。

 

「みんなに迷惑をかけてすまなかったってさ。後、1枚みんなと一緒に写真を撮ったら、それで成仏するそうだ。どうだ、みんな?」

「あはっ! 写真ぐらいお安い御用よ!」

「あたしたちのクラスメイトだからね、みんな!」

「よし、みんなを呼んでくるよ!」

「僕も手伝うよ」

「全員揃ってなきゃ、意味がないもんな!」

「5年3組集合なのだ!」

 

 そう言って、広くんたちは外に出た。

 

「……そっか、もうお別れなんだね」

 

 成仏することはいいことだ。

 ただ、ずっと一緒にいたクラスメイトがいなくなるのは寂しいものだ。

 

「真斗くん?」

 

 そして、5年3組が全員集合して写真を撮ることになった。

 

「克也、もう少し真ん中に寄ってくれ。まこと、前に出ないと写らないぞ」

 

 ただ、そうは言っても確実に心霊写真を撮るとわかっていると怖いものだろう。

 

「……? どうした? みんな、緊張して顔強張ってるぞ? もっとリラックスして! 笑顔だ、笑顔! にっこり笑って!」

「笑顔って言われてもね……」

「幽霊と一緒に写るのだからな……」

「やっぱり、心霊写真として写るのかな?」

「手だけとか? 足だけとか?」

「……ですよね」

 

 その反応はわかっていた。

 まあ、それよりも……

 

「頼むから僕の隣にだけは来ないでくれ……」

「そ、そう言わないで……あたしたちのクラスメイトだから」

「そういう郷子もガタガタ震えてるじゃないか」

「真斗くんはともかく、アンタはどうなのよ!」

「はっ! 悪霊じゃないってのがわかったってのに、なんで怖がるんだよ」

「……やっぱり」

「え? 真斗くん、どうしたの?」

「どこにいるか、わかるけど……いつものように隠れちゃってる……また、あんな面白おかしい心霊写真にしかならないよ」

「……そうだな」

 

 ぬ~べ~はカメラにタイマーをセットした。

 

「そうやって、人の後ろに隠れてちょっとしか写らないから、いつまで経っても気が収まらず成仏できないんだぞ」

 

 そう言って鬼の手を出す。

 まあ、隠れるのならこうするしか手はないよね。

 

「え!?」

 

 流石に予想外だったのか、広くんの顔は引きつる。

 

「さあ、思い切って出て来てごらん」

 

 そして、広くんの後ろに隠れている『その子』を引っ張った。

 段々と広くんの顔は青くなる。

 

「……今までありがとう……キミには色々助けられた」

「ハイ! チーズ!」

 

 僕はお世話になった子のために、とびっきりの笑顔を贈った。

 

「「ぎゃああ!」」

 

 まあ、広くんたちは滅茶苦茶叫び顔を歪めた。

 

「……ふぅ」

 

 ずっと、隠していたから、全部白状して清々しい気持ちになった。

 僕はさっきの写真で腰を抜かしているみんなを親愛を込めて笑顔を向けた。

 

「みんな、こんな僕だけど、これからもよろしく!」

 

 何か、まるで今日初めてこのクラスの一員になれたような気がする。



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