墓守は馳せる遠き日の刹那に (愚者_揮毫)
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天を斬ろうとする男

初めはただ気になっただけだった。

 

噂好きの同僚から聞いた新しく配属された変わり者の「天気将軍」の話。

 

「この間の一件で軍部の方も何人か上役が亡くなったらしくてね?将軍職なんて何日も空けておくのは流石にダメだろってことでね?辺境流派の継承者でそれなりに戦果を挙げてるってことで今回のポジションに入ったらしいよ?」

 

この間の一件で研究部門から多数、視察と護衛でいたその場にいた軍部関係者。そして住居区画3画にいた一般人が焼却処分になった。そのため研究、軍部共に人材の入れ替えが行われている。

 

「それでね?その天気将軍っていうのが結構変わり者らしくてね?いつも第2層の平原区画の雨の時に訓練をするらしいんだよね?天気将軍って愛称なのかもわからないけど何人もの人が雨のタイミングでプロトデバイスで訓練をする姿を見たそうだよ?」

 

第2層の平原区画はこのリヴァイアサン内部において食料として飼育されている人工生物が放たれている場所だ。定期的に元いた気候に合わせて、暇な化学者によって作られた雨雲発生装置により雨を降らせている場所でもある。

 

「え?どうしてこの話を君に話したかって?そりゃ現状の機械工学の天才で机上で考えず現場とアドリブで規格外の“兵器”を作る天津気刹那という人物が、辺境流派というこのリヴァイアサンにおいてもはや劣化してしまった異物を身につけてる人物を、どのように“改造”するのか気になるじゃん?」

 

人をサイコな技術者のように言い放つこの同僚には、後で座ったとたんに机の引き出しが飛び出すように改造しておこう。

 

 

しかし、同僚の話は興味が惹かれた。現在作成されているデバイスは己の肉体の上限値を上げる仕組みがデフォルトとなっている。しかし、プロトタイプはそういった機構はなく、ただその武器そのものの性能を上げているだけだ。

わかりやすく言えば、とても切れ味の良い武器と切れ味がよく持っているだけで筋力がます武器だ。

訓練とはいえ、聞いた話によれば軍部で推奨しているのは新型デバイスであり、プロトタイプは非常時用として仕舞われているそうだ。

そんな中で頑なにプロトタイプを使用しているその人物は、技術者としても少し惹かれた。

 

(もしも、新型デバイスの出力が合わないとかなら、その旨を申請してもらわないとこちらも何もできないもの。新しく将軍についたというなら、その辺話をしても不思議ではないわよね?)

 

心の中でまるで言い訳をしているように自身の正当性を考えながら平原区画に足を進める。

 

第2層平原区画。エレベーター式で上がってくると、ちょうど雨のタイミングだったようで、背丈の高い草花に雫があたり地面を濡らす。ポケットからコーティング用の端末を取り出し右手で操作する。

 

「さて、ここ広いんだけど見つかるかしら」

 

ゆっくりと平原の中歩みを進める。

頭上から降り続ける雨粒は空中で何かに当たり別の場所へと流れていく。見通しの良い平原のため誰かがいたら割と早く見つかるのだが、大粒小粒構わず降り続ける雨で視界は悪い。また、雨の時間も長くて30分前後なのだから話すために急がないといけない。

 

ここで失念していたのは、別に訓練の最中に話をかけずに、もっと見つけやすいところで探せばよかったとこのあと気づいた。

しかし、別に後悔などはしていない。

 

何故なら、雨の中刀を振るう彼の姿が、余りにも綺麗だったから。

 

 

 

降りたエレベーターから少し歩いたところで彼はいた。

簡素な服装に身を纏いプロトタイプモデル刀を腰に構えただじっと空を見つめていた。

武術自体に疎い私だがそれが“型”なのだろうと見当がついた。

 

見えなかった。

 

不意に右肩から肘、手首と関節が動き抜刀したのだと思ったが、当の刀自体が見えず甲高い音だけが耳に届いた。

知識としてある“居合”と呼ばれる型であるのだろうと予測と、雨に濡れてなお天を睨みつけるような力強い瞳に心が揺らいだ。

 

どれくらい見つめていたのだろう。何度か動きと音を認識していようとも、その刀は見えず、まるで空の雨雲を切ろうとしている姿に私は見惚れた。

 

「いつまで、見ているんだ」

 

声をかけられた。今まで空に向けられていた瞳が私を見ている。

咄嗟に声が出なかった。

 

「あなたは……技術研究部門所属、天津気刹那博士。優秀な天才だと聞き及んでおります。私はウェザ……エモン。つい先日将軍の地位を就任しました。よろしくお願いします。」

「え、あ、よろしくお願いします。私のことご存知なんですね」

「現状各部門で人員編成が行われていますが、その中でもあなた方は一級保護に指定されておりますので、早急に覚えました。」

「なるほど……」

 

言いづらそうな名前の後、業務的に告げる彼の言葉は、必死に覚えたマニュアルをなぞっているように思えた。

私自身のことを知られていたことに対して違和感はない。軍部に提供しているデバイスは同僚ともに作成しているものなのだから、保護の対象として入っているのも頷ける。

 

「……」

「……」

 

お互いに無言のまま時間が進む。

なぜ私はここにいるのだろうか、そもそも問いかけられた質問に対して答えないと失礼ではないか、それ以前に先ほどの業務的ではない言葉はよかった、いやそれよりもじっと見つめられると不思議と体温が上がっている……など頭の中でぐるぐると言葉を考えるがそれらが口から出ることはない。

 

そして時間を動かしたのは対面のウェザエモンだった。

 

「失礼。訓練の時間が終了したため、私はこれで失礼します。」

「え、あ、お時間とらせてしまい申し訳ありません。」

「いえ、それでは。」

 

気が付いたら雨が上がり雨雲は消え、人工太陽が平原を照らしていた。

私はどれだけ見ていたのだろうか、そもそもなぜ来たのかも思い出せないまま、ウェザエモンはその場で頭を下げ、エレベーターの方へと歩いていく。

 

その姿に私は思わず声を上げていた。

 

「あ、あの!」

 

なぜ声を出したのだろうか、どうしてだろうとぐるぐるめぐるも、声を上げた以上はアドリブで済ます。

彼も何事かと立ち止まり振り返ってくれた。

 

「なんでしょうか」

「また、見に来てもいいですか?」

 

まだ見ていたい、そう素直な気持ちを口にした。

彼は少しだけその綺麗な目を広げ、驚いた表情をしていた。

しかしそれでも拒絶はせず、ただ頭を下げ戻っていた。

 

(これは……いいってことだよね?)

 

 

 

これが、最初で最後の私の恋の始まりでした。



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可憐な研究者の女

初めはただ関わりたくないと思っていた。

 

 

ひと月ほど前に起こった大規模の焼却処分により、リヴァイアサン内部で人員の変動により、俺は将軍の地位へと付いた。

 

幼い頃より祖父により教えられていた流派剣術。その技が今では外界の生物に対して一定上のダメージを与えるのに役だっているのだから、祖父には感謝している。

最初は尖兵として、次に斥候として、徐々に役回りが変わり最後はただ鉄砲玉のように俺は戦場で斬り伏せる役目をもらった。

 

「俺自身、頭で考え他人に命令を下すよりも戦場でただ剣を振るうほうが得意なんだが……そもそも、将軍職の証として“エモン”が進呈されて喜ぶ奴などいるのだろうか」

 

将軍への昇進式を終え、動きやすいいつもの服に腕を通しながら独りごちる。

 

もっと頭のキレるものがいるのではないか、俺に将軍なんて務まるのだろうか、そもそも戦場で功績を挙げたものをより考えることが必要な役職におくのは間違いではないか、俺はウェザーという名前であって、エモンなんてつけたら不格好だろうなど。

 

ハッとしていつもよりも饒舌に回る口に思わず苦笑いを浮かべた。

 

「ダメだな……よし」

 

腰のベルトに訓練用として貸与されているプロトデバイスを差し込む。

頭がごちゃごちゃしているときは何も考えずにただただ剣を振るう。

それがウェザー……ウェザエモンとしての習慣でもあった。

 

 

「今日こそは……斬る」

 

 

第2層の平原区画では雨が降る。それはそこで飼育している動植物の管理のためと聞いたことがあるが、詳しくはわからない。

ただ、外と同じように雨が降るならばと、ウェザエモンは構えた。

 

ウェザエモンが幼少から教わっていた流派は“晴天流”とい自然を冠した流派だ。

そのためその技についても自然の名前が多く使われる。

 

雨が降り続く平原をゆっくりと歩き、人が寄らないだろう場所で天を睨む。

 

「ふぅ……【疾風】」

 

俺は深めに息を吐き腰を落とし、地面を踏みしめる。

本来ならば移動も含めるこの技もただの訓練であれば踏み込みではなくその太刀筋と、抜刀術にのみ意識を割ける。

ただ一度その雨雲を斬る、その思いだけで刀を抜く。

ひとつひとつの動作に意味が有る。刀を前へ抜け、雨で滑るなら力をこめろ。

 

抜いて終わるなら半人前だと祖父にはよく言われた。

次へ繋げれなければその技はただの隙となる。そのため、疾風を放ってなお刀をすぐに収める。

 

「やはり良く馴染む」

 

プロトデバイスと呼ばれる現在使っている刀はウェザエモンの手によく馴染んだ。ただ斬ることしかできない道具だが、それこそが使いやすい。

むしろ新型のデバイスの方がウェザエモンは苦手であった。

 

「あちらは滑りやすいしな」

 

なにより、自身の肉体のリズムが狂う。

始めて握った時にそう思ったのだった。

新型デバイスとは刀自身の切れ味と使用者の肉体をより効率よく動かすために細工がしてあると聞いたが、一連の動作を是としている流派を使うウェザエモンとしてはむしろ使いにくいものであった。

 

 

そんな風に考えながら型を反復する。咄嗟に技が出るように、どのような肉体になろうとも人々を守れるようにと思い描きながら。

 

いつものように第2層で雨雲を斬るようにできないかと天を睨みながら、型を反復させていたら、視線を感じた。このような場所で訓練をするのが物珍しいのだろう。

時々そのようにして同じように軍部の人間からも見られることがあった。

ならば気にせずにおいておこうと、構わず刀を振るった。

 

しかし、その視線は一向に消えない。

 

 

「いつまで、見ているんだ」

 

気にしないように天を見ていた目を視線の方向へ向けた。

 

そこには白衣をまとった女性がいた。

その顔は美しく可憐であり、同時に見覚えもあった。

 

(確かデバイス開発などを行っている天才の一人だった……か)

 

ウェザエモンは記憶を呼び起こしつつも、自身の守るべきものの人と判断し軍人として対応した。

 

「あなたは……技術研究部門所属、天津気刹那博士。優秀な天才だと聞き及んでおります。私はウェザ……エモン。つい先日将軍の地位を就任しました。よろしくお願いします。」

「え、あ、よろしくお願いします。私のことご存知なんですね」

「現状各部門で人員編成が行われていますが、その中でもあなた方は一級保護に指定されておりますので、早急に覚えました。」

「なるほど……」

 

自身の名前を咄嗟にそのまま告げようとしてしまった事以外は及第点だと自身を褒めた。

そもそも、技術屋としての彼女がこのような場所に雨の時に来るのは不思議であった。

 

彼女を見つめるとその服や髪は濡れておらず、空中で雨が何かにあたっているのが見て取れたことから、特殊な道具を使用していると察せられた。ならば濡れることを気遣うのはおかしな話だ。しかし、だからといって彼女がこちらを見ていたのだから、何かしら用があるのだろうか。

 

 

「……」

「……」

 

ただただ無言の時間が起こる。

ジッと見つめるその目は興味。軍部の人間なんて珍しくもないはずだが、かの研究者は不思議そうにこちらを見ている。その視線が妙にくすぐったく、耳に届かなくなった雨音を言い訳に立ち去ると決めた。

 

「失礼。訓練の時間が終了したため、私はこれで失礼します。」

「え、あ、お時間とらせてしまい申し訳ありません。」

「いえ、それでは。」

 

結局何を言うためにこちらを見ていたのだろうか、そのように考えるもまたいずれどこかで出会うだろうと、リヴァイアサン内の移動用エレベーターに足を進める。

すると背後から再び彼女の声が聞こえてきた。

 

「あ、あの!」

 

やはり何かあったのだろうか?足を止め振り返ると、紅葉のような頬をした可愛らしい女性が緊張した面持ちでこちらを見ていた。

 

「なんでしょうか」

「また、見に来てもいいですか?」

 

目を見開いた自覚があった。いや、それほどに驚いたのだろう。

雨の中剣を振る姿が面白かったのだろうか、それとも何か技術屋として不思議に思ったことでもあったのだろうか。

ただの興味であるならば風邪もひいてしまう。拒絶の言葉を発しようと口を開きかけると、声をかけた女性は不安そうに見ていることに、改めて気づいてしまった。

 

 

(何も言わないのが正しい……か)

 

 

ただ頭を下げ、再びエレベーターを目指した。

 

叶うならば二度と関わって欲しくないと、平常を心がけるウェザエモンの脈は剣を振った時よりも早くなっていた。

 



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優しき男

刹那のキャラ崩壊注意


「例の天気将軍と逢引してるって本当?」

「げほげほ……何、突然」

 

例の件から1ヶ月が経った頃、刹那はとある推論に基づいて実験を繰り返していた。

今日もそんな実験を行うために準備をしていたところだった。

噂好きの同僚のいつものちょっとした噂話だろうと耳を傾けてたらこれだ。

 

「だって会いに行ってからまだ通ってるんでしょ?何人もの人が見たって言うし、何より私も見たし?」

「見てたならわかるでしょ?実験に付き合ってもらってるの」

「実験って例の外界の物質とあの事件のことでしょ?どんな感じなの?」

 

リヴァイアサン内での人材入れ替えが落ち着いた頃、あの一軒は軍部も研究部に対し早急に手立てを考えるように言ってきていた。

様々な分野の科学者たちが二度とあのようなことにならないようにと、様々な対策を考え試し、挫折していった。

 

「私の方は……まだ調整段階ね。そもそも仮称:マナの存在が不可解すぎるもの」

「そうだよね?そもそも私たちは技術者であって生物学者とかではないし?そのへん考えるとやっぱり君は特別なんだろうね?」

 

何が特別なものかと刹那はため息を吐いた。

 

 

 

 

彼と出会ってから一ヶ月が経った。初めは行くたびに驚いた顔をされていたが、実験の手助けを含め最近では訓練の後少し話をしてくれるようにもなった。

 

 

「お疲れ様。」

「ああ。……みていてたのしいものでもないだろうに、よく見に来るものだ。」

「そうかしら。一生懸命取り組んでる姿はその……かっこいいし楽しいわ」

「……」

 

そっと顔を背けるウェザエモン。彼はこちらが褒めたりするとそっと顔を背ける。照れているのか呆れているのか表情は読み取れないが、最近は腰の刀を触るときは照れているのだと知った。もちろん今も触っている。

 

 

「今日のデバイスはどう?」

「……出力は従来のものの1.4倍程度、ただ刀身が重く慣れるのには時間がかかる。それと本来の肉体強化自体もあまり効果が見られていない」

「ありがとう。じゃあこの規格はダメね……量産性に富んで且つコストを安くするのは難しいようね」

 

 

現状は既存の物理法則と僅かな推論に基づいて作成している727式デバイス。出力は従来以上を確保しているが如何せん振れば振るだけ効果が薄れるとはウェザエモンからの言葉だ。

 

「しょうがないだろう。今なお、この惑星の法則は我々の知っているものと異なっていることしか、わかっていないのだから」

「そうなんだけどね……」

 

気遣うような言葉をかけてくれるウェザエモンに嬉しさがこみ上げるが、同時にその法則を見つけきれていない自分にショックを抱いていた。

自惚れではなく、私は人よりも手先と頭の作りが違うようだ。新しい基盤も、新しい理論も構築し実行することは容易かった。それゆえに期待され、今の研究室にいる。

 

 

 

「……天津気」

「何かしら?」

「このあと時間はあるだろうか」

 

思わず目を見開く。何故だろうか、今まで次の規格はどのような設定で統一させるべきか悩んでいたのに、突如として体温が上昇している。

 

「この、あと……あるけど、どうしたの」

「このリヴァイアサンでも多少の気候の変化はある。そのため温かいご飯でも……どうかと思ってだな……」

 

普段の引き締まった様子から一点、どこか歯切れの悪い言葉を顔を背けながら伝えるウェザエモン。

彼がこんなふうに誘ってくれるなんて初めてのことだった。

 

 

「あ、そ、そうね……じゃあ食堂でいいかしら?」

「あ……いや、その、だな……天津気がよければだが……部屋で食べないだろうか」

 

────ふと今日の下着がよぎった。

 

いや、待て私。流石にそれは気が早すぎるわ。そもそも私の性格としてもおかしい。

そうよ向こうは将軍。ただ普通にご飯を食べるだけ。その場合食堂だと変な噂、そう変な噂を立てられるから、そのことに対するこちらへの配慮だったのかもしれない、そうよそうに違いないわ。でもそれはそれで傷つくというか……

 

気が付けば頭を抱え座り込み目をぐるぐるとしていた。

その頭にぽんと固くも温かいものが乗せられる。

 

「すまない、こちらの配慮が足らなかったな。あまり食堂で大事になるのも考えていたが……やはり、男の部屋を選択肢にするのは控えるべきだった。」

 

 

見上げればそれはウェザエモンの手だった。人を守るために剣を握るその手が頭に乗っていた。頭を上げられず、目線だけウェザエモンへ向けると、ウェザエモンは困ったような顔をしていた。

 

彼はやはり優しい人だ。勝手な勘違いで傷つけてしまった。

 

私はそっと頭の手をとり、立ち上がる。

 

「ごめんなさい、大丈夫、むしろあがっていいの?」

「こちらが誘ったんだ。上がっていただけると……助かる」

「っふ……助かるってなによそれ。いいわ、なら向かいましょう」

「ああ、そうしよう。」

 

初めは強く凛々しいその眼に惹かれた。

今は柔らかくも温かい真面目な心に惹かれている。

たった一ヶ月でこれなのだ。外界がどんなになろうとも、私はきっとこの人に恋をしている。

優しくて誰も彼もを守ろうと一生懸命に刀を振るこの人を。

 

 

「それで、ご飯は何を食べるの?」

「鍋でも作ろうかと思っている。」

「いいわね、私も手伝いましょうか」

「ああ、そのほうが早く出来るだろう」

 

二人で並び、一歩の隙間を空けなら部屋へと向かった。



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綺麗な女

「よう!ウェザー。あの天津気博士を寝取ったって本当か?」

「…………」

「……すまん、お前目つききついんだから、睨むな。冗談だよ」

 

 

将軍の地位を頂いてから一ヶ月強が経った。

初めは精神統一と自身の訓練のために行っていた空を斬ろうとする行動も、

今でも一人見つめている者が居る。

天津気刹那博士。もの好きにもいつも決まった時間にこちらの訓練を見に来る。

確かに最近はそんな彼女が不思議で、終わったあとなど話すようにもなった。

 

先日などはついに、彼女が研究開発しているデバイスのテスターも頼まれ始めたのは事実だ。

しかし、そんな彼女を寝取るとは人聞きが悪い。

いや、それ以前に彼女が誰かと恋仲であったなど初耳だ。

 

そんな軽口を叩いたのがもしも、自身の部下ならば問いただしていたところだが、今話しかけてきたのは自身と同じ位の先輩ともいえる将軍だった。

 

「寝取ったっていっても、その相手が機械からってつくから、そんな険しい顔するなよ」

「そういう特殊な趣味嗜好が彼女にあったとは知りませんでした。」

「固い返しだねぇ。まあいいや。何かと天津気博士もデバイスとか作ってたりするんだろ?」

「……はい、そうですね。」

「露骨にめんどくさいって顔するなって。お前以外と態度に出るんだからさー」

「それでなんのようですか」

「つれないねぇ。……現状何が外界の法則に触れるかわかんねー。割とお偉いさん方も焦ってるのさ、だから二人で完成しなさそうだったら話しかけろ。手助けしてやるから」

 

 

この先輩将軍は力こそ自分よりも劣るが、その分指揮や作戦、技巧に優れている。そんな彼が手助けというのだ、本人も忙しいだろうにそれだけ上も余裕がないのだろう。

 

将軍という肩書きの重さは一ヶ月の間に身にしみた。

雑務に作戦、上からのつつきなど様々だ。

そして一番は、将軍だからこそ矢面に立つこともあるということ。

俺はいわばそういうところの身代わりの一つなのだろう。

 

 

「わかりました。それでは、時間ですのでこれで。」

「おう、天津気博士によろしく」

 

 

軽く頭を下げその場を立ち去る。

 

 

 

いつものように第2層に行くとまだ彼女は来ていないようだった。

 

 

(そういえば、最近は温度が下がってきていたな……鍋などいいかもしれない)

 

 

軽く手足を振り腰の刀に手をかけ技の準備に入る。

精神を統一する前にふと思ったのがご飯のことなどと、苦笑をこぼし息を吐く。

頭に一滴。

時間だ。

 

心の中で型の一つを思い浮かべ、理想の動きを脳に浮かべ丁寧になぞる。

刃を鈍らせるなとただ真っすぐに天に向かい刀を振り抜き、流れるように鞘へと収める。

 

一つ一つの太刀筋を確かめるように手に持つ刀と自身の調子を見ていく。

 

「ふぅ……」

 

鞘に収めた刀を左手で押さえ大きく息を吐く。

そこで見られていたことに気がついた。

彼女だ。

 

「お疲れ様。」

「ああ。……みていてたのしいものでもないだろうに、よく見に来るものだ。」

「そうかしら。一生懸命取り組んでる姿はその……かっこいいし楽しいわ」

「……」

 

そっと顔を彼女から背ける。剣を振ったからだろうか多少なりとも体温が高い。

思わず褒められたことに喜びのような思いと照れくささのようなものを感じ、じっとできずに落ち着くためにと刀に触れていた。

 

ゆっくりと呼吸を整えると、それを見計らったように彼女の口が開く。

 

 

 

 

「今日のデバイスはどう?」

「……出力は従来のものの1.4倍程度、ただ刀身が重く慣れるのには時間がかかる。それと本来の肉体強化自体もあまり効果が見られていない」

「ありがとう。じゃあこの規格はダメね……量産性に富んで且つコストを安くするのは難しいようね」

 

 

頼まれていたデバイスの評価を素直な気持ちで答える。

おそらくは、訓練前に先輩将軍に言われた事と同じだろう。

外界の法則、それはこの惑星独自のものであるのだから、順応するにはそれ相応の時間がかかる。

 

「しょうがないだろう。今なお、この惑星の法則は我々の知っているものと異なっていることしか、わかっていないのだから」

「そうなんだけどね……」

 

どこか影のある顔をする彼女に心がざわつく。

今までの彼女と自分の関係ならばそんなことにも気づかなかっただろうと、口元が少し緩んだ。

緩んだ口をぎゅっと締め、少しだけ上擦んだ声で呟いた。

 

「……天津気」

「何かしら?」

「このあと時間はあるだろうか」

 

 

先程までとは一転して、微かに頬を赤らめ目を見開いた彼女が少しだけどもりながら言葉を返した。

 

「この、あと……あるけど、どうしたの」

「このリヴァイアサンでも多少の気候の変化はある。そのため温かいご飯でも……どうかと思ってだな……」

 

照れているのか、恥ずかしがっているのかはわからない。むしろ怒っているのかと疑いさえ浮かんでくる。しかしそれでも、先程までの落ち込んだような顔は見たくなく、流れるままに言葉をかけていた。

 

「あ、そ、そうね……じゃあ食堂でいいかしら?」

「あ……いや、その、だな……天津気がよければだが……部屋で食べないだろうか」

 

 

少しの間。どれくらい経っただろうか体感は5分ほど、しかしおそらくはそんなには経っていないのだろう。その誘いを聞いた彼女は頭を抱えその場に座り込んでいた。

 

これは……どうしたらいいのだろうか……

 

確かに未婚の女性に対していきなり部屋に誘うというのは、大変配慮に欠けた誘いであったのは事実。しかし、しかしだ……食堂に誘って飯というのもまた先輩将軍のようにからかってくる輩が出るかもしれない。

 

そうなれば、彼女にも迷惑がかかるだろう。しかし、二人で食べるというのは彼女にとっては嫌なことだったのかもしれない。

 

 

心が締めつけられるような感覚を覚えるがそんなことを顔にもださず、伝えねばと彼女の頭に手を置いた。

 

「すまない、こちらの配慮が足らなかったな。あまり食堂で大事になるのも考えていたが……やはり、男の部屋を選択肢にするのは控えるべきだった。」

 

今はただ、こちらを見て欲しくはなかった。他人の目など気にせず、ただ守りたいと思っていた自分だが、いつの間にか弱くなっていたのかもしれない。

彼女を困らせたくはなかった。影のある顔をさせたくなかった。ただ、それだけを思っていた。

自分がどんな表情なのかも自覚してない頃に、彼女に手を取られた。

そのまま立ち上がる彼女はすっきりとした表情をしていた。

 

「ごめんなさい、大丈夫、むしろあがっていいの?」

「こちらが誘ったんだ。上がっていただけると……助かる」

「っふ……助かるってなによそれ。いいわ、なら向かいましょう」

「ああ、そうしよう。」

 

初めはその可憐な容姿に惹かれ、なおも関わりたくはなかった。

今はその綺麗な顔を泣かせたくも困らせたくはなかった。

たった一ヶ月でここまで関わってしまった。

 

初めの気持ちと今の気持ちはどちらも元を正せば同じなのだろう。

しかし、それを自覚してしまうのが今はたまらなく怖い。

 

その気持ちをそっと押し殺し、ただ彼女を守るなら己がいいなとそっと心に潜める。

 

 

「それで、ご飯は何を食べるの?」

「鍋でも作ろうかと思っている。」

「いいわね、私も手伝いましょうか」

「ああ、そのほうが早く出来るだろう」

 

二人で並び、一歩の隙間を空けなら部屋へと向かった。



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未来のために考える女

ウェザエモンという英雄がわからなくなったので、どこかの新月のタイミングで続きを書きます。


「ウェザエモン。私とデートしましょう」

 

ある程度の雑務を終え、待機時間として自室でお茶を飲んでたところ、仕事着をそのままにどこか焦った様子の天津気が部屋の中に入ってきた。

 

お互いがそれなりに等しくなって数ヶ月。天津気の研究データも順調に集まり、俺たちは気が付けば半同棲のような形に収まっていた。

それも、研究などには熱心で俺では理解のできない範囲の機械などを作る天津気が、料理が下手だったり、身の回りのものなども意外とだらしなかったりする様子を見て、俺から提案したことだったりする。

 

なので、現在俺の部屋に天津気が突撃してきたとし特に問題はなかったりするのだが、如何せんらしくはないという点はやはり聞いたほうがいいのだろう。

 

「どうした天津気。突然“でーと”など……そもそも、今の環境で“でーと”とは些か難しいのではないか」

「ええ、わかっているわ。でもそれでも……!」

 

やはりなにか焦った様子の天津気だが、心当たりがないというわけでもない。

おそらく原因は、天津気と同じ研究室の噂好きと天津気が揶揄する者だろう。

天津気はこうみえて浪曼を求め、空想を現実へと置き換える天才だが、その実中身は乙女な要素がある。こういう手合いは研究一筋だと思っていたが、存外可愛いところもあったりする。

今回は同僚に唆されたりしたのだろう。

しかし……

 

「“でーと”か……俺たちの立場だと、やはり小休憩などは可能だが、休暇というものは取れないと思うぞ」

 

 

俺と天津気はこのリヴァイアサン内部において責任者と行っても過言ではない立場に居る。そのため、ここで職務を放棄、もしくは休務するというのは難しい。

何故なら今もなお、外界では我々を排除せしめんとする異形が存在し、我々はその対策を行わなければいけない最前者なのだから。

 

 

「わかってるわ。だから、その休憩時間を……その、伸ばしてもらって、ちょっとでも……」

 

頬を赤らめしどろもどろになりながら、気持ちばかり先行している様子の珍しい天津気に、思わず目を見張る。最近は特に戦術機獣というものを製作しようと図面とにらめっこを続け、何日か徹夜繰り返しと机の上には栄養ドリンクが積まれていると耳に挟んでいた。

 

(一つの息抜き程度にはなるのだろうか……)

 

ここ数日はろくに会話をすることも、デバイスの調整という名の二人っきりの時間も取れずにいた。一緒にいたいという気持ちは何も天津気だけが持っているものではない。

 

(今思えば、あの時間も随分と心地の良いものであったな……)

 

若干うるんだ瞳でこちらの言葉を待つ普段と違いすぎる様子の天津気を見て、思わず天津気の頭に手を伸ばす。

 

「わかった。俺の方も調整してみる。だからそんな眼で不安そうにするな。」

 

思えば初めは関わりたくないと、そう思っていたのだと、天津気の頭を撫でながら思わず微笑む。

とうの天津気と言えば、少しだけうつむいている。

しかし、耳などの見える箇所が赤くなっていることからきっと喜んでいるのだろう。

 

「しかし、“でーと”とは……どこか見たい場所でもあるのか」

「ええ、その……一緒に工廠に行ってくれない?」

「工廠……今天津気が研究している兵器が保管されている場所という認識だが……

 

工廠……天津気が現在作成中兵器の置き場だ。

天津気だけではなく、様々な技術者がそこで開発に勤しんていでるという。

 

「デートもそうなんだけど……ウェザエモンに……将軍のあなたに見て欲しいの」

 

 

 

 

工廠。正式名「機舎」。そこには2m大の棺桶のようなものがあった。

 

「なんだ……これは」

「外敵に対抗するために作成した試作23号機全身パワードスーツ。今のところ試作の域をでなくて……」

 

どうやら、戦闘用装束鎧の一種のようだ。

 

「これを、俺が試せばいいのか?」

「いいえ、既にモデル人形で試してみたの……おそらくあなたが入っても同じ結果だと思う。」

「それで、その結果というのは?」

「強いて言うなら……そうね、動く棺桶かしら……全てのデータにおいて外敵にかなわない。それでどころかわざわざ死ににいくのを手助けすることになるわ」

 

ぱっと見の印象と天津気の評価で益々棺桶にしか見えなくなるそれを、天津気が近寄り手をかざす。

 

「これを製作したおかげでどうにかロジックが固まったの。これで奴らに一泡吹かすこともできる。」

「なんと……この星のルールがわかったのか?」

「いいえ、私ができたのはルールを解明するのではなく、どうにかその原理を言語かして当てはめたに過ぎないの……そこでねウェザエモン」

 

改めてこちらを見つめる天津気の目はどこか遠くを、俺を見ているようで、違うような目をしていた。

 

「あなたにお願いがあるの」

「なんだ」

「私はこれから誰もが使えるような汎用性に富んだものを作る。そこであなたには、そのテストをお願いしたいの」

「それは今までのデバイスとは違うのか」

「ええ、まず一機は既に作成してあるのだけれど──それは今のこのリヴァイアサンにおいて使えるのはあなただけ」

「……」

 

現在リヴァイアサンには約10000人以上の軍人が所属している。それは当初の人口から大きく削られた状態だ。そしてその中には俺以上の技巧者は少なくとも10人。しかし、そのものたちを除いて俺が使えるというのはどういうことだろうか。

 

「私がこのパワードスーツの後に作成した特別型戦術機獣プロトタイプ……麒麟よ」

 

そこには巨大な鋼鉄の馬のようなものがあった。

 

「これはその……今までのデータを元に仮称:マナをエネルギーに変換して動くことのできる機械。それでいて使用者のモデルデータを参照し、最適な形で装着することができるの」

「……そこに俺のデータを入れてあるわけか」

「ええ、そうよ。だって……それ以外の詳細なデータがなかったんですもの」

 

なるほど、それは確かに現状俺のみ。しかも俺の動きによって最適な形で装着ができるということは、この馬に乗るだけではなく、そのままなにかしら動かすことが出来るのだろう。

 

「それで、これを試すことで量産を考えるということか」

「あ、いいえ、これ一機作るだけで小型の戦艦ぐらいのコストを使うの……流石に量産は不可能よ」

「なら、俺は何を手伝ったらいいんだ?」

 

元々は天津気はテストをお願いしてきた。ならば、量産こそ無理なもので俺は何をやったらいいと言うんだ。

 

「これからいくつか作る予定のダウングレード版。もっと言うならば機能分割型の戦術機獣をテストして欲しいの。流石にそれにまで使い手のデータを入れたら全てあなたのになってしまうし。」

「確かに。ふむ……了承した。では、天津気」

「なにかしら」

「元々は“でーと”をしに来たのだろう」

 

そういうと先程までどこか遠くを見ていたような天津気が固まり、目を見開いた。

おそらく伝えなければという気持ちと、研究意欲のようなもので忘れていたのだろう。

 

「……流石にここからほかの場所というのもあれだ、どこか座れる場所はあるか」

「え、ええ。こっちにあるけど……」

「ならそこで、この場所について話してくれないか」

「話?いいけれど……デート?」

「“でーと”とは言えないかもしれないが……それでも、残り少ない休息の時間を歩き回るよりは、この天津気にとって慣れた場所で天津気とともにいたほうがより良い逢瀬となるものかと……その思ったわけだ。」

 

なお、このあたりの話は全て先輩将軍が日頃より言ってくる小言の一つだ。

少ない時間に張り切るよりも、その日常をともに過ごしたほうが有意義である、と。

 

天津気はおそらく、これが俺の言葉でないことも見抜いたのだろう。

さっと顔を背け先行して手を引く。

ただ一言小さくだが確かに届く声で

 

「私も、そのほうがらしくて好きよ」

 

そう呟いた。

 

 

 

余談だが、その後休憩時間いっぱいまで天津気は機獣のことを話をして、それに対して俺はつまらない駄洒落を口走りしばらくの間、天津気からは駄洒落禁止と言い渡された。

 

 



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英雄は彼女を希う

何ヶ月ぶりの更新か、そしてそれだけに難産でした……


昨日まで一緒に騒がしく盃を回していた者たちがいた。

昨日まで楽しく明日について語っていた者たちがいた。

昨日までけして悲しむことはないと愛する者を抱きしめていた者たちがいた。

 

ああ、わかっていた。そんなことは討伐隊が組まれた時点で皆わかっていたのだ。

ここが死地であると。

 

それでもなお、明日のために行くしかなかったのだ。

 

 

赤く染まるゼリー体がまるで波のように襲いかかる。

中心にコアのようなものが有り、掴めることは既に理解している。

ゼリー体がこちらを蝕まんと抗うも、それより早く掴み叩き潰せばいい。

 

「ッシ!」

 

コアを中心とした一つの塊を左手で掴み地面に叩きつけ、右手の刀でコアを裂く。

減らせども減らせども溢れ上がるゼリー体に対して、討伐隊は既に壊滅。

一部生存者のみを逃がし、こちらは殿が数名いたがそれすらも俺を除いて死亡を確認。

 

(この身体になってから6度目の戦場だ。敵味方の区別がつき、救える命は多段にあった。後悔はしていない。後悔など、出来ようもない。)

 

意地でもこちらを取り込み新たなコアにしようと学習したような動きをするゼリー体に、刀に力を込め、意識を深め突き刺す。

 

「火砕龍」

 

マナを使い火柱を立たせ、燃え盛る炎は次第にゼリー体を焼き払い煙を立たせる。

 

「灰吹雪」

 

刀を中心として黒煙を収束させ中いる全てのゼリー体を煙で埋める。

煙が晴れる前に足に力を込め駆け出す。

殿といえどもけして死ぬつもりで残ったわけではない。

 

(データさえ渡せればきっと役立ててくれる。)

 

ただ一心にリヴァイアサンにこの戦闘データを持ち帰るために足を進めた。

 

 

 

 

「戻りましたか、ウェザエモン将軍。体調は如何でしょうか。」

 

完全防護服により顔はわからないが、声の調子から恐らくアリスだろう。

 

「此レガ、データダ。気二スルナ」

「受け取ります。大部進行している様子ですね、天津気博士のところへ行かないのですか。」

「アリス。現在俺ハ一級監視下ダ。本来ナラバ、オ前モ会ウベキデハナイ」

「……そうですね、データを預かりました。」

 

どことなく何か言いたげな様子だが、現在のリヴァイアンにおいての重要な人物には間違いない。

重要人物が故に消して会うことができない刹那と同じ立ち位置なのだ。なんと言われようとも、これでは会わない意味がない。

 

「俺ハ戻ッテイル。何カアレバ何時モノヨウニ」

 

ゆっくりと足を緊急安置室へ進める。

けして誰も入ることのない、感染隔離室だ。

 

 

●●

 

身体に異常がで始めたのは将軍の地位を賜ってから3度目の戦場。この星の竜と思われる生物の脅威調査の時だ。

刹那とともに研鑽したデバイスと技は異様な力を放つようになった。

本来ならば生体電流による筋力の軽度増強と相手に干渉する晴天流の雷鳴が本当に電気が放てるようになるなど……誰が思おうか。

それ以降は刹那の仮説のもと検証を行い、俺はマナによる影響を過分に受けているのだと判明された。

 

「明日ノ為ト、ソノ結果ガ、英雄……カ」

 

俺自身のものではない。おそらくは人類による祈りがマナを通して影響したのではないかと。

 

(あの時の刹那の顔は今でも忘れられん)

 

伝えなきゃいけないと、どうにか出来ないかとよく考え優しい彼女が恐らく3日3晩寝てもいないだろう状態で、それでもけして泣かず、研究者の顔で伝えてくれた。

 

そこから先は1戦場ごとに力が増していく速度も早くなっていった。

しかし、力を増すがゆえに、徐々に俺が俺ではなくなっていった。

確実に脳のリソースが「戦い勝利するための英雄」に作り替えられていたのだ。

 

「アァ、イツカラダロウカ、刹那ト会エナクナッタノハ」

 

この部屋を用意ししたジュリウスにはどうにか刹那には伝えないでくれとは言ってある。

この身体は恐らく、あと1度が限度だろう。

それ以降は敵も味方もないただ「戦場で勝つためだけの怪物」になってしまう。

そんな確信めいた予感があった。

 

「…‥刹那……」

 

ジュリウスには最後までこの部屋のことは伝えて欲しくはない。

 

○○○

 

もう何日寝ていないだろうか、そんな事を考える程度には今この歩みを進めている時は余裕があるのだろう。

無機質な扉の前で三度のノックと名前をいう。

中から了承の声が聞こえ肺の中の空気を軽く吐き中に入る。

 

「ジュリウス。ウェザエモンの様子は、進行度は、今日の戦場での状態はどうなの。」

「矢継ぎ早に言われても困る。まず、様子は割と酷いようだ。進行度もデータを確認した限りあと1,2度戦場に行けるか怪しい状態だろう。今日のデータは既に確認したのだろうから、戦場での状態も理解できているのだろう。」

「ええ、そうね。理解しているわ、でも私の理解とあなたの理解があっているのかの確認よ。」

「天才天津気博士に理解確認する日が来ようとはな。」

「……それで、いつになったら教えてくれるの。」

 

もう何度目かわからない問をジュリウスに告げる。

彼も彼で肩をすくめ困った顔でこちらを見つめた。

 

「何度も答えているが、これはウェザエモン将軍の嘆願だ。教えることはできない。」

「……わかってるわ、私だってこの状態でいつ暴走してもおかしくない、そんな彼に会いにいくのが危険であるのは散々考えたわ。だから教えて」

「考えたからといって伝えることが出来る話ではない。」

「なら、一度だけ、お願いジュリウス。護衛でも何でもつけていい。一度だけ彼と話がしたいの。」

「……人間は1度教え、1度認めると、自然とそれ以降も続いてしまうもの。自分だけは大丈夫、自分だけは絶対に……天津気博士、あなたはこの星に来て見てきましたよね。人間とは選択肢が増えると暴走してしまう可能性があることを。」

「……ええ、そうね。ごめんなさい。わがままを言ったわ。」

 

若くして指導者になってしまった子に対してこれ以上のことは言えない。

一度新鮮な酸素を取り入れ、懐から封筒を机におく。

 

「なら、これをウェザエモンに渡して頂戴。中身を見てももちろん構わない。これだけは、渡して欲しい。」

「……わかった。それについては確認の後ウェザエモン将軍に渡そう」

「そう、ありがとう」

 

頭を下げ部屋を後にする。

何もない廊下をただただ口を強く閉めながら研究室へと向かった。

 

 

●●●●

 

とある日の夜。

一通の封筒が渡された。

書いた人物など、中を見なくとも今の身体では匂いでわかってしまう。

 

(また、ちゃんと休めてないのか刹那)

 

好まない香水などで体臭を消し、疲労から来る匂いと独特な油の匂いが混ざった彼女の痕跡。

 

ゆっくりと封筒を開け、中に入っていた数枚の紙を広げ目を通す。

 

 

『ウェザーへ

 お久しぶりです。というのも変な感じがしますね。あなたと出会ってからまだ2年ぐらいでしょうか、そこからこうして会えなくなって約4ヶ月。

 あなたの状態については把握しています。毎度毎度戦場後のデータは把握させてもらってますから、相変わらず無茶をなさっているようで、

 現在のあなたの身体はマナ粒子による変化で今までの肉体とは異なっています。それはあなた自身も自覚があると思っています。

 直接は確認出来ていませんが、全力で戦場に出れるのは良くても1,2回だと思います。消して無理をなさらないでください。

 また、将軍の立場であるあなたがその部屋に入りバハムート一番艦の情勢はやや研究者側にその指導権が移りました。

 このあたりあなたは、無頓着でしたのであまり気にはなさらないでしょう。

 それと、インベントリアに新しくデバイスを入れておきました。あなたなら使いこなせると思います。』

 

 

2枚目までを読み一度天井を見上げた。

無機質だがけして独房のようなものではなく、ただ少し寂しさのようなものを感じてしまった。

 

(ここまでは……そう、研究者としての一面だろう。肉体については毎回上げている戦闘データから目算だろう。ロクなサンプルも無い中で、こちらを把握しているのは流石だ。)

 

手首につけている腕輪から簡単にその中身を確認すると、見慣れない一本の大太刀が入っているのが確認できた。

恐らく、それが手紙に書いてあるデバイスなのだろう。

 

もはや形だけになりつつある肺に空気を入れ、体温を落とし残り手紙を確認する。

 

 

『時に、会えない間あなたはどのようにお過ごししてましたか?私の方はあなたと一緒に研究していた以上に忙しく、日々成果を上げろと禿げたおっさんに文句を言われていたりします。

 あ、一応読んで確認しているであろうジュリウスもこの件については、言わないでくださいね。

 そう、そのジュリウスですが、あなたの部屋については教えてくださいませんでした。だからこのような形で手紙を渡してもらいました。

 そのことについて不満はありますが、それでも理由はわかっているため文句は言いません。

 ですが、私としてはどのようなことであっても、あなたに会いたい。そのために私はマナについて研究を重ねています。

 あなたという英雄の偶像はこのバハムート一番艦だけではなく、他のバハムートにいる同胞による微かな願いによって固まってしまっています。

 私はそれを剥がす手段を調べています。

 だから、     だから、お願いウェザエモン。限界だと思ったなら戦場には出ないで、絶対に私が元に戻すから。

 ……私は、あなたに会いたい。 』

 

 

手紙はそこで終わっている。ところどころ擦られた跡などあることから……

 

(恐らくは、泣かせてしまったのだろうな)

 

この身体になってしまったことに対しての後悔などはない。それは前回の戦場でも身に染みたことだ。

 

「俺ハ、護ルダケダ。」

 

今出来ることは護るだけだ、だがそれでも、叶うことならば。

 

「モウ、一度ダケ……」

 

刹那はおそらく気づいているのだろう、この身体の限界を。

そしてだからこそ手紙を渡したのだろう。

しかし、俺は軍人であり、戦士だ。

ならば、もう一度戦場に出ることになるのだろう。

 

(そうなったとしても……絶対に戻ってこよう。)

 

 

 

静かなる月の日にそう胸に刻んだ。

 

 




そして次は満月の夜に。


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ただ想うがままに

文章力が残念すぎて正直展開に納得いってないです。
ただ、今日は満月だし、解釈的にはこれでまとまったので投稿です。


その日は突然やってきた。

 

『緊急放送、緊急放送。原生生物による攻勢を確認。戦闘員は直ちに迎撃準備を行ってください。』

 

リヴァイアサン艦内で慌ただしく人々が行き交う。

非戦闘員の民間人や研究職はそれぞれ事前に指定されているシェルターの中へと移動を開始する。

いくらリヴァイアサンであってもこの星の生命体が如何に危険であるかは、全ての人が理解している。

だからこそ、私は胸騒ぎを治めるために、人の流れに逆らいながら走り出した。

 

 

「ジュリウス」

以前のように無機質な扉を叩くこともせずに目当ての人物の部屋と入り声をかける。

声をかけられた人物は私が来るのを予想していたのか顔をしかめたままこちらに視線を向ける。

 

「天津気博士。現在は艦内アナウンスでもありましたが、現在は戦闘準備中です。特別顧問であっても、あなたも技術職です指定の場所へ移動してください」

「聞くことを聞いたら移動するわ。ウェザエモンはどこ」

「……何故今ウェザエモン将軍のことを?」

 

戦況について聞かれると思っていたのだろうか、目を見開き聞いてくる。

私も正直この胸騒ぎについて説明ができない。

しかし、もし説明として言葉を出すとしたらこうだろう。

 

「勘よ。科学的に説明ができない、天津気刹那としての勘。もしかして戦場に出てるんじゃない」

「……天才であっても説明ができないのでしたらこちらとしてもそれに説明を求めることはできないのでしょう。しかし、同様にこちらもお答えすることはできない、機密事項です。」

 

いつもよりも無機質な口調なのはこの場所にいるのが私とジュリウス以外にもうひとり人物がいるからこその配慮なのだろう。

軍部所属の将軍の一人。ウェザエモンよりも先輩であり幾つもの戦場をかけた故に左腕と右目を失った人物。

 

「悪いな、天津気博士。シャングリラ博士にはこちらから情報を止めてもらっている。あまり責めないであげて欲しい。」

「……あの状態になる前のウェザエモン将軍からお話は何度かお聞きしております将軍」

「それは感謝を。といっても今は軍部所属の敗残兵です。強いて言うならデバイスの調整ぐらいですかね。……だからこそ天津気博士、今あなたに行動されると困るんですよ。」

 

温厚だが食えない、独特の空気感を持つ人物だ。

気が付けば入ってきた扉側に2人軍服を着た人物が居る。

 

「俺も本来ならばこれ以上はあいつには戦場に出てほしくはないんだがな、如何せんこれ以上は被害が大きすぎる。」

「それは遠まわしに出撃しているのと同じ言葉では?」

「さあどうだろうか。ともかく、戦場が落ち着くまでは後ろの護衛の元行動していただきたい。」

「……わかりました。」

 

ここで下手な言葉を言えばおそらく隔離になってしまうだろう。立場が立場ゆえにこのような監視で落ち着いたと考えていいはずだ。

 

私はさっと頭を下げ扉を出る。同じように控えていた軍服二名も後ろからついてる。

 

「(ウェザエモン……)」

 

 

胸騒ぎは一向に収まらない。

 

 

 

 

●●

 

血の匂い

刀が舞う。矢が舞う。光と熱が飛び交い肉片が飛び散る。

目的はただ一つ、敵対者の排除のみだ。

 

ここにいる理由も、ここに存在する理由も、全てが“守る”ためだ。

英雄であるために、ただ、“ーーー”を守るために……

 

身体は最適を取る。彼の獣が何であれば、自身がいかに傷つこうともただ、斬ることに徹する。

 

使う獲物が壊れれば無意識にも新たな獲物を虚空から呼び起こす。

それはまだ真新しい大太刀、だが不思議と手に馴染む。

 

上段に構え最適ゆえに言葉を紡ぐ。

 

「晴天大征、流転ト手向ケヲ以ッテ終極ト為ス」

 

襲いかかる刃であっても、動き回る肉塊であっても、全ては流れのまま。

 

「晴天転ジテ我ガ窮極ノ一太刀。我、龍ヲモ断ツ……【天晴】。」

 

もはや目に映る全ては時が止まったように静止する。

あとは上段からただ下ろすのみ。

 

周囲の敵対者を屠る。ただの一太刀、されど奥義の一振りだ。

手に馴染む大太刀の性能だろうか、普段よりも広範囲に及ぶ屠るための一撃は戦況を打破するのに十分な一撃となった。

 

今までならばそこで落ち着けるだろう。戦線を整え次が来たとしても大丈夫なように構えるだろう。

だが、私はそれをしなかった。

 

そのまま大太刀を地面に刺し力を込める。

 

「火砕流」

 

地面より吹き出す火柱は龍を形どり敵対者を飲み込んでいく。

 

まだだ、まだ殲滅できていない。

ならば、整えることもなくただ、倒すのみ。

何故ならば、ここはこれ以上通すことはできないのだから。

 

 

○○○

 

やってしまった。

急いで外に出るまでのハッチへ向かう。

私に付いていた監視は避難途中の研究室で気絶させた。

かなり手荒なことをしてしまったけど、この際罰はあとで受けよう。

 

「急がないと……あの人が、人に戻れるうちに……」

 

先日インベントリアにいれた新型デバイスには大気中のマナ因子を取り込む機構が組み込まれている。

従来のデバイスにも少なからず組み込まれていたが、新型デバイスはウェザエモン用にカスタイムズされている。

ただし、通常時はマナ因子の過剰貯蔵にセーフティーをかけているため、もしも今使っているならそれは従来と変わらない。

 

「こんなことなら、さっさと伝えておけば……」

 

一方的であるが出ないで欲しいと伝えたのに、それなのにあの人は戦場へと行ってしまった。

私がそれを分かってくれると思ってしまったから。

 

「お願い、間に合って……」

 

私はハッチから戦場へと足を踏み入れた。

 

 

●●●●

 

火柱の龍により燃え盛る肉塊から煙が立ち昇り円を描く。

徐々に固まる黒煙は次第に渦に変わり生き物を窒息させる。

 

「灰吹雪」

 

もう、守るべきは全て下がらせた。

ここに寝転ぶは覚悟を決めた同志たち。

それらの想いをただただ感じつつ一心不乱に刀を振るう。

 

時に神速の抜刀を、

時に強烈な叩きつけを、

時に上段からのひと振りを。

 

ただ、殲滅するために、ただ、ここを守るために。

 

不意に鉄錆とヘドロのような匂い以外が鼻腔を刺激した。

汗と疲労から来る匂いと独特な油の匂いが混ざった、己にとっての好きな匂い。

 

「刹……那」

 

もはや猿声のような叫ぶ声もままならないかすれた声が己の喉から発する。

視界に映るは肉塊だが、それでも確かに守るべきもの気配を感じる。

 

「ウェザエモン!こっち!」

 

足を進める。迷いなどはない。守るべきものが戦場にいるただそれだけで、その場所へ行かなければならない。

己は”英雄”だからこそという気持ちと、一目見たいという”俺”の気持ちが重なり邪魔なものは切り捨てる。

 

「刹……」

「……!喋らなくて良いわ、1分……30秒頂戴、すぐに調整する。」

 

何をとは聞かない。ならその30秒を稼ぐだけ。

デバイスを渡し別の太刀を取り出す。

 

流れ込む力の奔流は己を狙うのではなく明確な意思のもと、守るべきものを狙っているようにも思えた。

 

「旋風」

 

右へ左へ渦を巻いた刃が襲いかかる肉塊を切り刻む。

大きな一撃が襲いかかるも上段から断ち切る。

どれだけが来ようとも消して傷つけさせないとしていた。

 

 

30秒経ち油断はなかった。しかし、匂いには異物が混じった。

 

振り返ると切り捨てた肉塊が刃となり守るべきものを貫いている。

 

「セ……ツ……ナ!」

 

距離を詰め肉塊の刃を取り除き、抱き抱える。

今すぐにでも戻れば治る可能性は高いと判断しすぐにでも戻ろうとするが、”英雄”がそれを許さない。

今この場を動けばすぐにでも蹂躙されるだろう。届けて戻る間に戦線は崩壊する。

後方部隊での戦線の引きなおしなど未だに整ってなどいないだろう。

そうでなければここに守るべきものがいることなどありえないのだから。

 

「これ……したから……ごめん……ね」

 

か細い声で刹那が呟く。

潤んだ瞳はただ未だ脅威が消えぬ肉塊を睨み、ただ、デバイスとこちらの服を握っている。

 

「むり……しないで」

 

吐血。すぐにでも動かせばこの状態でも助かるだろう。

調整したというデバイスを使えば今だけはウェザエモンとして動けるのだろう。

ゆっくりと刹那の身体を地面に置き刀を構える。

 

 

故にこそ、俺はこの刀を振るおう。

 

「……我ガ一太刀ヲ以ッテ手向ケトス」

 

この一撃で敵を倒せばすぐに間に合うだろう。

なら、全身全霊を以て敵を倒そう。

居合の態勢を取りイメージをする。

 

全てをなぎ払うただ一撃を。

 

「断風」

 

デバイスに吸収されるマナを無理矢理に抜刀の刃に上乗せし放った。

 

そこで、意識が朧げになった。

 

 

○○○○○

 

私はもうもたないだろう。

呼吸も荒く目がかすみ、既に四肢の感覚もない。

もっと言うならば意識がかすかにあるだけ奇跡というレベルだ。

このままリヴァイアサンの治療システムを使っても一命を取り留めるまでにはいかないだろう。

 

色々と思うところはある。それでもここで終わるのが運命というならば仕方ないことと思ってしまうのもまた私だ。

 

後悔はたくさんある。残しているものも山ほどある。

一番はウェザエモンだ。このままデバイスを使えばある程度したら良くなるはずだ。

 

(そうしたら……また、一緒にいられたのにな)

 

だからこそ、あの人が私が死んでまで私に縛られて欲しくない、人として偶像ではない英雄としてあの子達を支えて欲しいとさえ思ってる。

 

(だから……神様でもなんでもいい、叶うならあの人がもし、縛られてたりしたら……殴ってでも止めてくれください)

 

 

***

 

これは明るく照らされた月の刻に起こった天才の死と墓守誕生の話である。

 




これにて一旦メインは終わりですかね。
あとは別途また適当な新月だったり満月だったりでウェザエモンと天津気刹那のお話を投稿できたらいいなと思ってます。


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