ARMORED CORE LOST for Tomorrow Answer (ダルマ)
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世界の理

 太陽系第三惑星、地球。

 かつて、蒼く輝く、海と大地のコントラストが美しいこの星を支配していたのは、"国家"と呼ばれる存在であった。

 地球上に数多ある国家は、時に手を取り、時に砲火を交え、それでも、長らく地球と言う惑星の支配者として君臨し続けていた。

 

 だが、そんな支配者たる国家にも、終焉の時が訪れる。

 国家による支配体制、その引導を渡したのは、国家の原動力の一端を担っていた、"企業"であった。

 

 長らく続いた国家主導による人類の支配。だが、その統治能力は、緩やかに、しかし確実に衰退し、機能不全を起こし始めていた。

 管理の利かぬ人口増加、それに伴う食糧危機、或いはエネルギーの慢性的な不足問題等々。

 もはや国家、及びそれらの協力機関に、これらの問題を解決するだけの能力がない事は明白であった。

 

 そこで立ち上がったのが、国家の衰退をしり目に繁栄を続けていた企業であった。

 幾つかの企業が軍産複合体を形成し、形骸化の一途を辿る国家に代わり、その影響力を強めていく。

 そして、遂に、その時は訪れる。

 

 

 ──国家解体戦争。

 

 その名の通り、企業による国家解体の為の戦争。

 その始まりは、企業側の一方的な奇襲から始まった。

 地球上各地で蜂起した企業による、人類誕生以来類を見ない大規模クーデターとも言うべきこの戦争は、その規模に比べ、戦争自体はごく短期間の内に終結する事となる。

 即ち、国家による旧体制が崩壊し、企業による新たなる統治が始まった瞬間でもある。

 

 この戦争の勝者である企業の勝利に大きく貢献したものこそ、当時の企業の最高戦力にして切り札、既存兵器とは一線を画する兵器、次世代型アーマードコア(AC)"ネクスト"である。

 

 国家解体戦争以前に実用化されていた、圧倒的な火力に制圧能力を有する人型機動兵器、アーマードコア(AC)

 その中でも、頭部や胴体、更には四肢や兵装等々を任意に換装可能なコア構想を採用した、所謂ハイエンドモデルを参考に。

 当時の最先端技術、コジマ粒子と呼ばれる新物質を軍事転用したコジマ技術を採用したAC、それこそが、ネクストである。

 

 ネクストの登場により、ノーマルと総称される事となったACと比較し、圧倒的な性能を有するネクスト。

 ACの心臓ともいうべきジェネレータは、コジマ技術の採用によりコジマジェネレータと呼ばれ。

 この新型ジェネレータは、ハイエンドモデル搭載の物に比べ大出力・長稼働時間を可能とし、同時に、精製されるコジマ粒子を機体周辺に安定的に還流させる事により、ネクストの特徴の一つともいうべき防御機構プライマルアーマー(PA)を展開させる。

 また、機体の各部に設けられた特殊推進機構、クイックブースト(QB)は、亜音速、或いは音速を叩き出す出力を用いて、機体を上下以外の任意の方向に移動させる事が可能となっている。

 

 上記のように、圧倒的な機動性を有するネクストであるが、その特殊性故に、従来の操縦システムとは異なるシステムを採用している。

 それが、Allegory-Manipulate-System(AMS)だ。

 搭乗者の脊髄や延髄を経て、脳と機体が直接データをやりとりをする、次世代の制御システム。

 従来の操縦システムと比較し、実機挙動へのタイムラグはほぼゼロとなり、また精密な機体制御も可能となり、AMSなくしてはネクスト足り得ないと言える。

 また、このシステムを加味し、ネクストの搭乗者は"リンクス"と呼ばれるようになる。

 

 このように、既存の兵器とは一線を画するネクストであるが、その特殊性故に、国家解体戦争当時に企業側で運用された数は、たったの"三十機"。

 しかし、それだけの数であるにもかかわらず、国家側は敗北を喫した。

 この事実からも分かる通り、ネクストは、もはや兵器単体としては最高クラスの戦力と言っても過言ではないのである。

 

 

 

 ネクストとリンクス、新たなる力の鮮烈なデビューであった国家解体戦争。

 その戦争終結から五年後、地球は、またも戦火に巻き込まれる事となる。

 

 企業間の主権を巡る対立、利害の不一致、資源や技術を巡る対立。

 国家打倒に一致団結したはずの企業は、国家解体戦争から僅か五年の年月を経て、かつての味方を相手取り、再び戦乱を巻き起こす事となった。

 

 この戦争は、後に戦争の主役であるネクスト、及び搭乗者リンクスの名を冠して、"リンクス戦争"と呼ばれる事となる。

 

 リンクス戦争は、主に二つの陣営、GA(グローバル・アーマメンツ)グループを中心とするGA陣営と、レイレナード社を中心とするレイレナード陣営とで争われた。

 開戦当初は、ネクスト及びリンクスの質・量共に優位なレイレナード陣営が優勢かと思われていた。

 だが、戦争の行く末は、当初の予想を遥かに覆すものとなった。

 

 アナトリアの傭兵、後に、リンクス戦争の英雄と呼ばれる事となる人物。

 

 彼の活躍により、レイレナード陣営は壊滅的打撃を受け、戦争は、GA陣営の勝利で幕を閉じた。

 

 

 だが、勝利の代償は、あまりにも膨大過ぎた。

 コジマ技術の核心であるコジマ粒子は、軍事的には優良な物質であったが、自然環境や人体に対しては、有害な物質でしかなかった。

 その為、リンクス戦争において、ネクストを用いた戦闘による生活圏等への影響は深刻なものとなり。

 人類の父たる大地は、かつての豊かさを失ってしまった。

 

 

 この為、生き残った者達は、ある"答え"を出す事となる。

 それが、空。

 空気よりも重いコジマ粒子の性質により、汚れを知らぬ青き清浄なる空に、人類は、新たなる大地を築き、そこに住まう事とした。

 

 その人工の大地の名を、"クレイドル"

 

 高度七〇〇〇メートルの清らかな世界を半永久的に飛ぶ、超巨大航空プラットフォーム。

 この人工の大地に、生き残った人類の過半数は逃れる事となる。

 

 

 一方、生き残った者達は、先の二つの戦争の原動力であるネクストとリンクス、この存在に対しても、とある答えを導き出す。

 

 二つの戦争を通じて示されたその圧倒的な力。

 しかし、それは戦略的には欠陥ともいうべき存在であった。

 AMSという特殊な操縦故、リンクスにはAMS適性と呼ばれる先天的な要素が存在し、それは、先天性故に容易な代替えや補充が難しく。

 また、ネクストとは、リンクス個人にその力の行使を委ねるに他ならず。万が一の場合のコントロールリスクも存在していた。

 

 この、圧倒的なまでの個体依存による現状、しかし、その圧倒的な力の魅力を捨てきれぬ現状。

 戦後、この相反する二つの感情を抱いた企業側は、国家解体戦争以前、ACパイロット達の支援組織として名を馳せていたレイヴンズネストを参考に。

 危険な山猫とそれらが操る危ない玩具に首輪を施す為の組織、リンクス管理機構、通称"カラード"を設立。

 これにより、企業はカラードを介した共同管理の体制を確立し、その力を手中から手放す事を回避した。

 

 だが、依然として個体依存性の問題が解決した訳ではない。

 その為企業は、一握りの"天才()"に頼る事のない、代替え可能な圧倒的"凡人()"により運用される力を作り上げる事となる。

 

 その名を、アームズフォート(AF)

 

 企業が、ネクストに替わる力として導き出した、一つの答え。

 その名が示す通り、圧倒的なまでの巨大さと、それに比例する圧倒的なまでの火力と物量。

 ハードウェアとしての優れた戦力、それはまさに、企業が待ち望んだ答えそのものであった。

 

 AFの登場後、企業戦力の主力が、ネクストからAFへと移行するのに、さしたる時間はかからなかった。

 

 

 

 しかし、それでもなお、ネクストの力を、企業は完全に切り捨てる事はなかった。

 ネクスト、及びその搭乗者であるリンクス達は、カラード管理のもと、傭兵として、汚染された大地に取り残される事となる。

 その目的は、リンクス戦争以降も、汚染された大地を舞台に企業間で繰り広げられる経済戦争、その尖兵となる為。

 

 かつて、戦場を支配していた面影をなくした彼らは、薄汚れた大地で、延々と続けられる戦闘に身を置く。

 

 その戦いの先、生き残った"明日"に、求める"答え"があると信じて……。



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Prologue 昨日の問い

 それは遠い、遠い記憶の一部。

 まだ見上げた空が透き通るような青を描いていた頃。

 彼がまだ、物心が付いて間もない子供であった。

 

「ねぇ、約束」

 

「うん、約束」

 

 物心が付き、彼が最初に分かったのは、自身に両親というものがいない事。

 そして、自身と同じ境遇の子供たちを集め、擁護する施設の一員であるという事実。

 

 それでも、彼は悲しくはなかった。

 同じ境遇の仲間たちがいる、助け合える者達がいる。

 そして……。

 

「約束、破っちゃ駄目だからね」

 

「うん! 絶対、約束守るよ!」

 

 目の前で、澄んだ笑顔を見せてくれる大切と思える人も。

 

 

 だが、何故だろう。

 彼にとってかけがえのない人であった筈のその者の名を、彼は何故か口に出来ない。

 何故口に出せないのか、何故言葉に出来ないのか。

 戸惑っていると、やがて世界が暗転する。

 

 何処までも広がる、漆黒。

 この突然の状況変化に、彼が再び戸惑っていると、刹那。

 

 周囲の状況が一変する。

 

 それは、薄明かりの狭苦しい空間。

 小さなモニターにコンソール、それに座り心地がいいとは言い辛いシートに、操縦桿。

 無機質な物質で形成されたそれは、いつの間にか装着していた近未来的なパイロットスーツも相まって、宛ら本の中に登場した、ロボットのコクピットのようであった。

 

 だが、何故だろう。

 彼には、そのコクピットのような空間に見覚えがあった。

 そして、気が付けば、彼は無意識にコンソールに手を伸ばしていた。

 

──AMS接続レベル、戦闘モードに移行します。網膜投影、開始。

 

 無機質な機械音のアナウンスが流れた直後、頭に電流が流れるかの如く感覚が襲い掛かる。

 だが、それも一瞬の後。

 次の瞬間、彼の意識は、別の方に向けられる事となる。

 

 それは、まるで自身が全高一四メートルを誇る巨人になったかの如く、網膜に広がる景色。

 それは、まるで自身がそんな巨人の一部になったかの如く感覚。

 それはまさに、テレビの中に登場した、巨大変身ヒーローに、自分自身がなったかのようであった。

 

「リンクス、作戦開始だ。いつも通りにやればいい」

 

 刹那、ヘッドセットから、無機質な機械音ではない、人間の、男性の声が聞こえてくる。

 

「了解……」

 

 男性の声に反応するように返答すると、彼は、操縦桿を握り、そして、自身が操縦する黒い機械の巨人を動かし始める。

 

 

 響き渡る轟音。

 立ち上る炎に黒煙。

 コンクリートの大地を彩る、赤い液体。

 無残に転がる残骸に、瓦礫の数々。

 

 そして、幾つも響く絶望の声。

 

 機械の巨人を通して彼が目にした光景は、悲惨の一言に尽きた。

 だが、そんな光景を作り出した張本人、機械の巨人とそのパイロットである彼に、罪悪感と言う感情は湧いていなかった。

 何故なら、今回の事は悪い奴らをやっつける為の正義の行い。彼が大人たちから、そのように聞かされていたからだ。

 

 無垢な正義感に満足した彼は、再び機械の巨人を操り、その場を後にする。

 

 でも何故だろう。

 瞳から、一筋の涙が流れてしまうのは。

 

 

 

 そして、再び世界が暗転する。

 

 次に世界が一変した先で目にしたのは、何処かの廊下。

 特に特徴もない、何処のビルにでもありそうなそんな廊下。

 少年から青年と呼ばれる程に成長した彼が、そんな廊下を歩いている、パイロットスーツの上からジャケットを羽織った姿で。

 

「ほぉ、GA(グローバル・アーマメンツ)社の一個艦隊を壊滅させたのか」

 

「そうなんだよ! ねぇ、凄い? 凄い!?」

 

「良くやった、と言いたい所だが、あまり浮かれすぎるのは良くない。慢心は、気付かぬ内に死の影を呼び込むことになる」

 

 自身の挙げた戦績を、彼は肩を並べて歩く男性に自慢気に話したが、男性から返ってきた反応は、彼が期待していたものではなかった。

 男性は、三十代半ばであろう、頬にかつて受けたのか切り傷が特徴的な人物であった。

 彼と同じ装いをしている事から、彼と同じ機械の巨人のパイロットだろう。

 

「もう少し褒めてくれたって……」

 

「何か言ったか?」

 

「あ、いや……」

 

「だが、時には教え子を褒める事もまた、教官としての責務だろう。……よくやったな」

 

 若干不貞腐れ気味の彼の頭に、男性の大きな手が置かれると、髪形が崩れる程男性は彼の頭を撫で始める。

 

「っ! ちょ! もう俺はそこまで子供じゃねぇよ!」

 

「ははは! 俺にとっちゃ、お前はまだまだ子供さ!」

 

 豪快に笑いながら彼の頭を撫で続ける男性。

 一方の彼も、口では子ども扱いするなと言いながらも、その表情は何処か嬉しさに満ち溢れていた。

 

 それは、彼にとって男性が、自身の顔も知らない本当の両親に代わる、父親のような存在だったからだろう。

 

「よし、それじゃ。今回の特訓は、お前が一端に戦果を挙げた褒美に、みっちりとつけてやろう!」

 

「ぇぇぇっ!? そこは普通、今回は免除してやるって言うんじゃないの!?」

 

「馬鹿野郎! 勝って兜の緒を締めよ、と言うことわざを知らんのか!? 兎に角、体が悲鳴を上げる程訓練をつけてやるからな! さぁ、行くぞ!」

 

 撫でられて乱れた髪を直して間に、男性は前を進んでいく。

 

「あ、待ってよ! ベルリオーズ!」

 

 そして、急いで髪を直した彼は、男性の名を呼びながら、男性の後を追いかけていくのであった。

 

 

 

 

 再び暗転した世界。

 

 だが、次に現れたのは、漆黒の中に浮かび上がるテレビモニターの光。

 テレビモニターの中には、広く放送されているテレビのニュース番組が流れていた。

 

「次のニュースです。GAアメリカのメーフィン報道官は先ほど、旧ピースシティエリアにおいて、自社と契約を交わした傭兵が、レイレナード社の最精鋭ネクスト部隊を撃破したと発表しました。同部隊の隊長には、国家解体戦争において英雄的な戦果を挙げたリンクス、ベルリオーズ氏が就任しており……」

 

 不意に画面が切り替わり、別のニュース番組が流れ始める。

 

「次のニュースです。レイレナード社本社施設エグザウィルが、GAグループが雇う傭兵に攻撃を受け壊滅、これに伴い、GAグループから、今回の一連の企業間対立の終結宣言が発表され……」

 

 そして、不意に世界が変わり、再び、彼はあの狭いコクピット内にいた。

 網膜投影を介して彼が目にした光景は、トワイライトに彩られた、緑豊かなコロニーであった。

 

 しかし、そんなコロニーの一角、自身が操る機械の巨人よりも、更に巨大な禍々しい黒鉄の巨人が、火花と黒煙を上げ鎮座している。

 

「へぇ、存外、そんなものか。あるいは……」

 

 その傍で、火線が交錯する。

 

「全く、大袈裟なんだよ、みんな……。なぁ、そうだろう? 戦争屋?」

 

「……」

 

「だが、おそらくこれが最後だ。その評価が幻想か、或いは真実か、……興味あり、だな」

 

 コロニーに響き渡る銃声、QBの噴射音、爆発音、そして、立ち上る黒煙。

 そんな砲火の前奏曲を奏でる一人、彼は、味方と共に対峙する白い機械の巨人。

 自らの父親代わり、そして教官として鍛えてくれた恩師の仇である相手を倒すべく、操縦桿のトリガーを引くものの、放たれる弾丸は空しく空を切るばかり。

 

「っ! なんで!?」

 

 当たらない焦りから、堪らず声が漏れるも、次の瞬間。

 

「っぁぁぁっ!!!」

 

 それは、悲鳴に代わった。

 乗機の機体状況を示す表示を見れば、機体シルエットの右腕部分が赤く点滅している。

 彼が悲鳴を上げる寸前、懐に飛び込んだ相手の巨人の腕が振るわれ、そこから伸びる光が彼の操る巨人の右腕に届いたことを鑑みるに。

 

 どうやら、彼の乗る巨人の右腕は、相手の攻撃により切り落とされたようだ。

 

「くそ! まだ、まだぁぁっ!!」

 

 AMSから伝わる痛み、それを振り払うかのように吠えた彼は、右腕を失ってもなお、戦う姿勢を失いはしなかった。

 しかし、再びの一閃。

 

「っぁぁぁっぐ!!!」

 

 気づけば、巨人のメインカメラを通して目にする光景が、迫る緑と茶色の大地へと変わる。

 機体シルエットの赤い点滅が、両脚の膝下にまで点滅している。

 どうやら、脚を切られ、バランスを失って地面に倒れ込んだようだ。

 

「ふん、こちらは幻想か……」

 

 その情けない姿を目にした味方の、吐き捨てるような言葉に言い返す程の余裕は、今の彼にはなかった。

 言い様に弄ばれた悔しさ、それでも仇を討ちたい焦り、いつ訪れるとも知れぬ死への恐怖。

 様々な感情が入り混じり、冷静な反応を示せる様子にはなかった。

 

「くそ! 何だこれは……、化け物め!!」

 

 その間も、味方は白い敵と対峙するものの、その状況は、芳しくない。

 

「へ、へへへ、へへ……。なにが天才だ。笑わせる……。その称号は、結局……、こいつじゃねぇか」

 

 そして、彼は視界の隅に、味方の巨人が地面に倒れるのを目撃する。

 カメラがズームし、捉えた味方機は、自らの機を半ば戦闘不能した光の剣の傷を、胸元辺りに大きく付けられていた。

 

 それから、どれ程時間が経過したか。

 実際には数分程度、しかし彼の体感では数時間もの長い時間に感じられた。

 そんな時間が経過した時、不意に、未だ機能していた乗機のレーダーが近づいてくる機影を示す。

 

 その機影の正体など、考えるまでもなかった。

 

「動け! 動けよ!!」

 

 白い悪魔がトドメを刺しに来た。

 

 大きな涙をボロボロと流しながら、彼は必死に操縦桿を動かす。

 だが、右腕と両脚を失い、倒れた衝撃で不具合が生じたのか、メインブースターも作動しない。

 

「っ!?」

 

 やがて、倒れた乗機を起こすかのように、白い機体が彼の乗機を両腕で掴み起こす。

 

 そして、彼は悟った。

 これで、自身の人生は終わりだ、と。

 

 静かに瞳を閉じ、覚悟を決めて、その時を待つ。

 

 だが、何時まで立っても、地獄へと迎えは訪れはしなかった。

 

 やがて、乗機が再び地面に、仰向けに置かれる感覚と共に、彼はうっすらと瞳を開く。

 いつの間にかAMS接続も切れたのか、目にした光景は、見慣れた窮屈なコクピット内の光景であった。

 

 しかし、次の瞬間、不意にコクピットハッチが開かれると、コクピット内に眩いばかりの光りが差し込んだ。

 

 

 

 世界が、光で包まれる。

 

 そして、疑問が生まれる。

 

 何故、自分は生かされたのか、何故、目の前の人物は、自分を殺さず生かしたのか。

 

 

 光りが収まり、病室を思わせる空間に生まれ変わる。

 病衣を着用し、ベッドに横たわった彼は、見舞いに来た一組の男女に、そんな疑問をぶつけた。

 

「では、貴方は死にたいの?」

 

「そんな、訳、ない……」

 

「なら、考えてみて、貴方が、生きている意味を」

 

「生きている、意味……」

 

「君、ベルリオーズの敵討ちの為に戦ったんだろ?」

 

「な!? 何でそれを!?」

 

「俺は彼と君の間柄を詳しくは知らない。それに、俺は君にとって憎い相手だ、だから、諦めろとは言わない。ただ、これだけは聞いて欲しい。復讐の為に生きているというのなら、それは、空しいだけだ」

 

 男性の言葉に、彼は、言葉を返す事が出来なかった。

 それから暫くして、彼は病室生活から、日常生活を送れるようになった。

 

 そして、何故か成り行きで、あの男女と行動を共にする事に。

 

 最初の頃はぎこちない、敵と共に行動を共にすることに違和感しか覚えず、いつ隙を見て寝首を掻いてやろうかとも考えながら距離を置いていた彼だが。

 いつの間にか、その距離は、徐々に狭まっていた。

 それは、憎き敵であった筈の男性の本当の姿、白い巨人を操る姿からは想像もできない、そんな姿を目にしたからか。

 そんな男性を懸命に支える、女性のひたむきさに心を動かされたからか。

 

 気が付けば、彼の中から復讐心は、何処かへと消え去っていた。

 

 

 そして、彼は、探し始めた。

 

 自身が生きている、その問いの答えを。



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Chapter1 再生への道導
Mission1 元山猫の日常


 世界が、混ざる、光と闇。

 更にそこへ、人工的な音も加わる、アラームと言う名の音だ。

 

「ん……」

 

 そして、彼は意識を夢の奥底から、現実へと覚醒させる。

 瞳を開け、窓から光が差し込むその空間が、見慣れた自身の寝室であると確かめ終えると、彼は、ベッドサイドテーブルに置かれた目覚まし時計に手を伸ばし、アラームを止める。

 

「……」

 

 ベッドから上半身を起こし、暫くぼんやりとする彼。

 整った顔立ち、綺麗な銀色に輝く短い髪、そして、サファイアの如く青く綺麗な瞳。

 その外見は、もはや夢に出てきた少年ではなく、立派に成人を果たした青年であった。

 

「懐かしい……」

 

 先ほど見ていた夢の内容、その感想を口にする。

 全てが大切な訳ではない、忘れたい記憶もある。しかし、彼にとって、それら全てが生きてきた証なのだ。

 

「っと! 準備しないと!」

 

 懐かしい記憶に浸っていた彼ではあったが、ふと、意識を現実に戻すと、目覚まし時計の時刻を目にし、慌ててベッドから起き上がり、朝食の準備を始める。

 寝室を後にキッチンへと移動すると、慣れた手つきで食パンをポップアップトースターにセットし、水を入れた電気ケトルのスイッチを入れる。

 こうして、食パンとお湯の準備が行われている間に、再び寝室に戻った彼は、クローゼットを開け、寝間着から普段着へと着替えを済ませる。

 

 そして、着替えを終えた直後、見計らったかのように、ポップアップトースターから食パンが焼けた合図が響き渡る。

 

「いただきます」

 

 愛用しているマグカップに代用コーヒーを注ぎ、程よく焼けた食パンをお皿に盛りつけ、その他ジャム等と一緒にリビングのテーブルへと運ぶ。

 そして、テレビの電源を入れ、流れるニュース番組を目にしながら、彼は朝食を食べ始めた。

 

「次のニュースです。昨晩、カラードのランキング管理部が、最新のランキングを発表しました。今回の最新ランキングの中でも注目されていたのは、何といっても、ランク十位、今回の最新ランキングでランク五位に浮上した、オーメル・サイエンス・テクノロジー社所属のリンクス、オッツダルヴァ氏です」

 

 朝のニュース番組が取り上げた話題の一つ、それが、カラードランクと呼ばれる所属リンクスの順位付けであった。

 

「同氏は、デビューとなる任務において、GA社が、当時期待の新星としていた同社所属のリンクス、コルト・バレット氏と、同氏が操るネクスト、チェロキーを撃破し、華々しいデビューを飾ると。その後も、数多くの戦果と共に破竹の勢いでランクを浮上させており……」

 

 カラードランクの順位を変動させる要因の一つに、否、大部分を占めると言っても過言ではないものが、カラードの上位組織である統治企業連盟、通称企業連。

 そんな同組織に参加している、各企業の意志である。

 設立当時は、純粋に客観的な能力等で査定されていたが、月日の経った現在では、各企業の意志により各リンクスの順位が左右する。

 これは既に周知の事実だが、それでも、そんな事実をセンセーショナルに伝えたい者がいるのも、まだ事実だ。

 

「さてと……」

 

 その後、小さな出来事を取り扱った内容や今日の占いなど、朝食を食べながら一通りニュース番組を見終えた彼は。

 空になったマグカップや食器などをキッチンで片付け、歯磨きや用を足すなど、出掛ける為の準備を整えると。

 最後に腰のホルスターに護身用の拳銃を差し込み、愛用の鞄を手に取ると、戸締りをして、自宅を後にする。

 

「おはようアスル君、今日もいい天気ね」

 

「おはようございます」

 

「よぉ、アスル、今日も警備かい、ご苦労なこったね」

 

「いえ、全然苦じゃありませんよ」

 

 自宅から目的地へと向かう道中、彼、こと『アスル・ゼルトナー』は、顔馴染みとなった住民達と挨拶をかわしつつ、目的地へと向かう。

 

 目的地へと向かう、通い慣れた道から見える風景は、赤レンガの建物が風情と歴史を感じさせる、ヨーロッパに多く見られる風景そのもの。

 それもその筈、アスルが現在いる場所は、東欧、国家解体戦争以前にリトアニアと呼ばれていた地域。

 その北東部に位置するコロニー・ウテナである。

 

 コロニーとは、国家解体戦争以降、人々が生活する居住区の総称であり。

 有名なものに、リンクス戦争の英雄を輩出した、アナトリアがある。

 

 コロニーの規模や生活様式などは、各コロニーごとに異なっており。

 主に、企業が戦略上重要と考えられる地域に存在するコロニー等は、企業の統治の下、支援などを受け、比較的規模も大きく、安全で豊かな生活を送っている事が多い。

 しかし逆に、企業から戦略上重要と考えられていない地域に存在するコロニー等は、規模も小さく、企業の支援も受けられず、安全も担保されず貧しい生活を送っている事が多い。

 

 そして、コロニー・ウテナは、どちらかと言えば後者に該当するコロニーであった。

 同地は、旧リトアニア時代から天然資源に乏しく。

 国家解体戦争以降も、アルドラやローゼンタール、旧レオーネメカニカにメリエス(現インテリオル・ユニオン)、更にはテクノクラートや旧アクアビット等。

 名だたる企業の本社に近いものの、何れの企業からも戦略的価値を見出されず。

 クレイドル完成以降、多くの企業がクレイドルに基盤を移し、同時にクレイドルの根幹をなすエネルギー供給の基幹インフラ施設"アルテリア"の建設を進め、建設地域が企業の恩恵を受ける中、同施設の建設地域にも選定されず。

 

 この為、コロニー・ウテナは、数多く見られる貧しい小規模コロニーの一つであった。

 

 だが、唯一同様の他のコロニーと違う所を挙げれば、それは、企業にとって戦略上重要でないが為に、同地域のコジマ汚染が軽度で済んでいる事だろう。

 この為、同コロニーは汚染の深刻な地域などでは不可能な穀物の生産を行い、それらを他のコロニー等に輸出。

 それで得た資金を基に、独自の防衛組織である"コロニーガード"を設立し、野盗等、外敵からの防衛体制を整えている。

 

 そして、アスルは、そんなコロニー・ウテナのコロニーガードに雇われている傭兵であった。

 

 

 

「おはようございます」

 

「よぉ、レイヴン、おはよう」

 

 自宅を出て歩く事数十分、コロニー・ウテナの郊外付近に存在するコロニーガードの基地、そこが、アスルの目的地である。

 正面ゲートにいた顔馴染みの警備兵と挨拶を交わし、基地内に足を踏み入れたアスルは、迷うことなく基地内を進む。

 

 基地と言うだけはあり広大な敷地を有する、その中を、歩くこと数分。

 航空機用と異なり、幅よりも高さのある格納庫群がアスルの目の前に現れ始める。

 その内の一つに迷うことなく足を踏み入れたアスル、格納庫内に広がっていたのは、ハンガーに固定された機械の巨人達の姿であった。

 

「おはようございます、ユージェフさん」

 

「よぉ、アスルか、おはよう!」

 

 巨人と比較すると小人のような、作業着を着て巨人達の周囲を忙しそうに動き回る人々の中、そんな人々を監督するかのように佇んでいた人物に、アスルは声をかけた。

 くたびれ薄汚れた作業服を着たその人物は、齢五十ながらも、腕まくりで露わになったその腕は、とても五十とは思えぬ程逞しく、身に纏う雰囲気も若々しい。

 ユージェフを呼ばれたこの人物こそ、現在稼働中の他、格納庫群に収納されたコロニーガードの使用するノーマル等の機動兵器、その整備を担当する整備隊の長。

 整備長ユージェフ、その人であった。

 

「お前さんの機体、バッチリ仕上げておいてやったぜ! 新品とまではいかないまでも、以前より動きは良くなってる筈だ」

 

「ありがとうございます」

 

「いいって事よ。お前さんは、このコロニーの守護神だからな! 守護神様は大切にしねぇとな! ははは!」

 

「そんな、大袈裟ですよ」

 

 豪快に笑いアスルの肩を叩くユージェフ整備長、一方のアスルは、苦笑いしながら対応するのであった。

 

「それじゃ、着替えてきますね」

 

「おう、出撃の準備は進めておく。……あぁ、そうだ、任務から帰ってきたら、整備の感想、聞かせてくれや」

 

「分かりました」

 

 一旦格納庫を後にしたアスルは、近くにある建物に足を運ぶと、そこで働く数人と軽く挨拶を交わした後。

 建物の一室に設けられたロッカールームへと足を運んだ。

 そして、自身の名が書かれたロッカーを鍵を使って開けると、鞄を置き、手際よく着替えを始める。

 

 普段着から着替えたのは、夢で着ていたのとは異なるパイロットスーツ。

 最後にヘルメットを小脇に抱えて、鍵をかけ、ロッカールームを後にすると、再びあの格納庫へと舞い戻る。

 

「よぉ、着替えてきたな」

 

「ユージェフさん、弾薬の方は?」

 

「バッチリだ。いつでも出撃できるぜ」

 

 ユージェフ整備長に声をかけ、お礼を述べると、アスルは格納庫の奥へと足を進める。

 そして、奥のハンガーに固定された、黒を基調とした塗装が施された一体の機械の巨人の前で足を止めた。

 

 一旦その全体像を眺めたアスルは、一呼吸置いて、小脇に抱えたヘルメットを被ると、ハンガーに併設されたエレベーターを使い、巨人の頭部付近へと上る。

 そして、巨人に乗り込むべく、アスルは巨人の胴体後部、スライドし姿を現したコクピットハッチから内部へと乗り込んだ。

 

 狭苦しいコクピット内のシートに身を委ね、ベルトでしっかりと固定すると、アスルは、パイロットスーツの胸ポケットから鍵を取り出すと、迷うことなくコンソールに設けられた鍵穴に鍵を差し込み、鍵を捻る。

 刹那、正面のメインモニターに光がともり、同時に、パスワードの入力画面が表示される。

 アスルは慣れた手つきでコンソールを操作しパスワードを入力すると、刹那。

 

「メインシステム、通常モード、起動します」

 

 女性の機械音声が流れ、同時に、コンソール上に時機の様々な情報が表示されていく。

 そして、黒い巨人の目に、光が宿った。

 

「こちらアスル、"レナトゥス"、これより出撃します」

 

「了解、本日もよろしく頼む、レイヴン」

 

 ハンガーの固定が解除され、オートパイロットに従い黒の巨人、レナトゥスと名付けられたハイエンドノーマルのACが、格納庫のゲートを目指す。

 戦闘機の機首を彷彿とさせるシャープな胴体、丸肩の腕部に直線が目立つ脚部、そして、SFチックなヘルメットを彷彿とさせる流線形の頭部。

 右腕にはリニアライフル、左腕にはレーザーブレード、右肩にはマイクロミサイル、左肩にはグレネードランチャーを装備している。

 そして、左肩には、大鎌を掴み羽ばたく鴉を描いたエンブレムが描かれている。

 

 それはまさに、ノーマルやマッスルトレーサー(MT)とは、一線を画す雰囲気を漂わせていた。

 

 かつて、ネクストが登場する以前は、このハイエンドノーマルこそが最高戦力の兵器であった。

 しかし、ネクストが登場して以降はその座をネクストに明け渡し、更にAF登場以降、代替可能なノーマル程使い勝手もよくなく、かといって量産型AFやネクスト程の絶対的な火力を有している訳でもない。

 そんな中途半端な立ち位置故、ハイエンドノーマルは、今では最盛期と比べ、半数以下ほどにその数を減少させていた。

 

 それでも、ネクストのように戦闘によりコジマ粒子をまき散らす事もなく、量産型とはいえ簡単に手に入れる事も、仮に手に入れても運用する事も難しいAFに対し。

 少し探せば簡単に見つけられ、尚且つ賊相手に自衛としては丁度良い戦力であるハイエンドノーマルは、コロニー・ウテナのような無法地帯に生きる小規模コロニーには頼もしい存在であった。

 

「よ、レイヴン、今日もご苦労さん」

 

「頼んだぞー」

 

「宜しくな」

 

「皆さん、お疲れさまでした」

 

 格納庫を出て、そのまま基地を後に、レナトゥスはコロニー・ウテナの外縁部にまでやって来た。

 その目的は、哨戒任務をこなす為だ。

 すれ違った、哨戒の任を終え基地に帰還する途中のコロニーガードのMT部隊を見送ると、レナトゥスは、プログラムに従って外縁部を歩き始める。

 

「今日は何事もなければいいな……」

 

 レーダー画面に不明機などの表示が現れていないのを確認すると、メインモニターに映し出された、地平線の彼方まで広がる草原を目にしつつ、アスルは独り言ちた。



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Mission1-2 鴉としての日常

 それから、歩哨と言ってもオートパイロットで自動でうろつく乗機のコクピットに缶詰でいる事、二時間。

 特に不明機の接近や賊の襲撃などもなく、そろそろ臀部の痛みが限界を迎えそうと思った矢先の事であった。

 不意に、基地司令部から緊急通信が入る。

 

「レイヴン! 野盗の部隊が接近中との報告が入った! 至急迎撃に向かってくれ!」

 

「分かりました!」

 

 刹那、アスルはオートパイロットを切り、操縦を手動に切り替えると、操縦桿を握り、フットペダルを踏みこむ。

 機体背部のメインブースターに火がともると、刹那、ブースターの噴射と共に、全高十メートルを誇る巨人が、滑る様に草原の中を進み始めた。

 

「レイヴン、報告では敵の野盗部隊はMTとノーマルの混成との事だ、気を付けてくれ」

 

 基地司令部からの誘導に従い、レナトゥスが駆ける事数分。

 地平線の向こうから、立ち上る黒煙と共に戦闘音も聞こえてくる。

 どうやら、既にコロニーガードの部隊と野盗部隊との間で戦闘が始まっているようだ。

 

「急がないと」

 

 一旦ブースターを切り着地すると、コンソールのとあるスイッチを押す。

 

「メインシステム、戦闘モード、起動します」

 

 すると刹那、女性の機械音声が流れ、同時に、メインモニター上にレティクルなど、戦闘に必要な情報が表示される。

 そして、それを確認すると、アスルは再びフットペダルを踏みこんだ。

 

 

「ははは! 奴ら腰が引けてるぞ! 押し込め!!」

 

 鳥類の如く、二足ながら人間とは逆の関節構造、逆関節と呼ばれる関節構造を採用した兵器。

 脚と胴体のみで構成された非人型のシルエットには、両サイドに機関砲とミサイルを装備したウェポンパックを備えている。

 

 国家解体戦争以前、戦車の高機動化を目指し開発された軍事用MT、ビショップのコードネームが名付けられた同MTは、国家解体戦争以降、明確な主を失い、世界中の合法・非合法な組織で広く使用されている。

 今回、コロニー・ウテナを襲った野盗部隊が使用するビショップもまた、そんな経緯で使用されているものであった。

 

「ははは! 貧弱な自警団連中など、さっさと殺してしまえ!」

 

「くそ! こいつら!」

 

 軍事用MTとしては比較的初期に開発されただけはあり、その流通量はかなりのものを誇っている。

 故に、中古として手に入れやすく、野盗のような非合法集団であっても、まとまった数を手に入れることが出来る。

 更に、操作も簡単な為、まとまった戦力として用立てる事は容易であった。

 

 その為、対峙しているコロニーガードの使用するMT、ビショップと同時期に開発され、現在では同様の経緯を持つ、逆関節型MT。

 ガードウォーカーのコードネームを有するMTの数と比較すると、野盗部隊の使用するビショップの数は、倍以上もあった。

 

「た、隊長! 連中数が多い、このままでは抑えきれません!」

 

「踏ん張れ! もう少しだ、もう少しすれば、応援が来る筈だ!」

 

 そんな数の暴力と言うべき野盗部隊と対峙しているコロニーガードの部隊は、数の不利を補うべく連携して確実に数を減らすものの。

 一向に減っている気配は感じられず、それどころか、放たれる火線の多さに、一体また一体と、味方が減っていく。

 

 絶望的、そんな空気が漂わずにはいられない状況ながらも、コロニーガードの部隊の隊長は、部下達が戦意を喪失せぬよう、鼓舞し続けるのであった。

 

「いいか、もう少しの……、うわ!!」

 

 だが、そんな鼓舞を続けていた隊長を、突如、衝撃が襲った。

 同時に、狭いコクピット内にけたたましい警報音が張り響き始める。

 

 どうやら、致命傷ではなかったものの、直撃を受けたようだ。

 

「くっ! いかん!」

 

 刹那、再び衝撃が襲い、乗機共々、体が傾く感覚に襲われる。

 モニターを見れば、踏みしめていた大地がカメラの眼前まで迫っている。

 

 片足を失い、バランスを崩して地面に倒れたようだ。

 

「隊長!?」

 

「ったくよ、たかだがMT如き相手に手こずり過ぎなんだよ」

 

 部下達の悲鳴にも似た声が届く中、隊長機の片足を吹き飛ばした下手人。

 赤い塗装に尾には尻尾のようなスタビライザーを装備した、有機的外見の軽装高機動型のノーマル。

 旧イクバール、現アルゼブラ社が開発・運用しているノーマル、SELJQ(セルジューク)

 鹵獲、或いは中古品だろうか、所々塗装が剥げ、肩などには、汚い言葉のスローガンが書かれている。

 

 そんな同機は、散弾式の火器を手に、動けない隊長機の前までやって来ると、散弾銃の銃口を、隊長機に向ける。

 

「く!」

 

 モニターに映し出された銃口を目にし、急いで脱出しようと試みるも、脱出装置は作動する気配はない。

 ここまでか、そう思った矢先。

 

「何だ? ぬぉっ!!」

 

 突如、銃口を向けた相手が何かに気が付いたかと思えば。

 次の瞬間、目の前のSELJQの上半身が爆炎の中に消え、散弾銃を構えた腕部が、空しく宙を舞った。

 

 しかも、それだけはない。

 周囲に展開していた野盗のビショップ達も、次々と爆破し、物言わぬ鉄くずと化していく。

 

「ご無事ですか!?」

 

 そして、突如聞こえてくる若い男性の声と共に、奇跡的に機能しているレーダーが、乗機の方へと高速で接近する機影を捉えた。

 IFF(敵味方識別装置)の反応は味方を示している。

 そこから導き出された可能性、その答え合わせをするかのように、モニター内に、黒いハイエンドノーマルが姿を現した。

 

「レイヴン、君か」

 

「ご無事ですか、隊長さん?」

 

「あぁ、何とかな」

 

 それは、レナトゥスであった。

 動けぬ隊長機を庇うかのように、隊長機の前に立ったレナトゥスは、手にしたリニアライフルを発砲しビショップを撃破しながら、隊長の無事を確かめる。

 

「脱出して後退してください。後は俺が片付けます」

 

「すまない、レイヴン」

 

 残った隊員の手を借り、乗機から脱出した隊長は、部下の隊員達と共に、戦場となったエリアから撤退していく。

 その間にも、レナトゥスはリニアライフルで確実に、グレネードランチャーでまとめてビショップを片付けていく。

 更にはSELJQに対しても、巧みな動きで懐に飛び込むと、左腕のレーザーブレードの一閃で葬り去る。

 

 その光景は、国家解体戦争以前、ネクストが登場する以前の、圧倒的な兵器の代名詞たるAC(ハイエンドノーマル)の在りし日の姿そのものであった。

 

 

 

「たかがハイエンドノーマル一機だろうが!」

 

 SELJQに乗る野盗部隊の隊長は、部下から次々に送られてくる悲鳴にも似た報告に、苛立ちながら返答する。

 相手はたかがハイエンドノーマル一機、それは自身でも確認している。

 数は圧倒的に自分達が有利だった。

 

 しかし、次々に悲鳴と爆炎の中に消えていく部下達、レーダー画面から次々と消えていく味方機の反応。

 例え相手がハイエンドノーマルとはいえ、MTとノーマルの混成、そして数があれば勝利できる。

 そんな安直で楽観的な希望は、もろくも崩れ去っていく。部下の悲鳴と爆音と共に。

 

「何で、何でこんなちんけなコロニーに、あんな凄腕レイヴンがいるんだよ」

 

 戦略的に無価値な地域のコロニーには、腕のいいレイヴンはいない。

 その様なコロニーは、大抵経済規模が小さく、レイヴンを雇い入れる為の契約金も少なくなるので、腕利きのレイヴンにとっては、割の合わない契約となるからだ。

 その見解は正しいとは断言できないまでも、彼らの経験からすれば、概ね正解と思っていた。

 

 だが、今対峙しているレイヴンことアスル。

 そして、彼の操るレナトゥスは、放たれる弾丸やミサイルを巧みな動きで避け、被弾を最小限に抑えながら、的確に自分達の戦力を減少させていく。

 

 その動きは、技術と経験を持った腕利きのレイヴンそのもの。

 この様な地域のコロニーに与するには、あまりに不釣り合いなほどの実力者であった。

 

「くそ! お前ら! ちゃんと当てろよ!!」

 

「無理ですアニキ! こいつすばしっこくてとても狙いが……ぎゃ!!」

 

「おい、どうした、おい!?」

 

 部下からの通信が途絶し、ふと恐ろしい考えが野盗部隊の隊長の脳裏を過る。

 刹那、慌ててレーダー画面に目を向けると、そこにはつい数十分前まで画面を埋め尽くすほどにいた味方の反応が、ほぼ消えていた。

 

「やべぇ、やべぇよ……。くそ! ボス! ボス! やべよ! このコロニー、相当腕の立つレイヴンを雇っていやがった!」

 

 慌てて自らの上司と言うべき野盗の頭領に通信を入れると。

 同時に、彼は乗機のSELJQを後方に跳躍させた。

 軽装高機動型であるSELJQの機動性をもってすれば、一気に戦場から離脱できる。

 まだ残った数少ない見方を囮にし、レナトゥスが射程外の内に一気に戦線離脱で逃げ延びる。そんな魂胆からの行動であった。

 

 だが、そんな浅はかな魂胆は、突如コクピット内に鳴り響いた警報音に吹き飛ばされる。

 

「ひ!」

 

 それは、ミサイル接近を告げる警報音であった。

 モニターを見れば、乗機に迫る多数のマイクロミサイルの姿が見える。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 乗機が手にしていた散弾銃でマイクロミサイルの迎撃を試みるも、何発かを迎撃はしたものの、撃ち漏らしたマイクロミサイルが乗機を襲った。

 マイクロミサイルの着弾の衝撃と共に激しく揺れるコクピット内で、野盗部隊の隊長は、わが身を庇うかのように手で頭を庇った。

 

 やがて、ひと際大きな衝撃が襲い、それが収まると、野盗部隊の隊長は、閉じていた瞳を恐る恐る開いてみた。

 

「あ……」

 

 そして、彼が目にしたのは、モニター越しに、自らを見下ろす、レナトゥスの姿であった。

 

 刹那、レナトゥスの左腕から光の刃が現れ。

 野盗部隊の隊長の意識は、その光の刃が自らに迫った光景を目にすると同時に、永遠の闇の中へと没した。

 

 

 

「こちらアスル、野盗部隊は全て片付けました」

 

 最後のSELJQに引導を渡したアスルは、レーダー画面上に敵反応がない事を確認すると、基地司令部に状況終了の報告を入れる。

 

「ご苦労だった、レイヴン。君のお陰でコロニーに被害はなく、コロニーガードの被害も最小限に……」

 

 基地司令部から感謝の言葉が述べられている、その最中の事であった。

 突如、レナトゥスの立つ位置から少し離れた場所が、耳をつんざく爆音と共に、土煙を巻き上げる。

 その威力は相当なもののようで、その衝撃はレナトゥスを振動させ、それは、コクピット内のアスルも感じるところであった。

 

「攻撃!? 何処から!?」

 

「レイヴン、大変だ! 偵察監視用の無人航空機が、コロニーに接近する大型の物体を捉えた!」

 

 基地司令部からの慌てた様子の通信と共に、送信されたデータを目にし、アスルの表情が険しくなる。

 無人航空機が捉えたもの、それは、箱状の本体に近接防御用のガトリング砲や三連装の砲塔を一基備え、四本の脚で支えた、まさに移動要塞と呼べる巨大兵器。

 旧GAグループの欧州法人、GAEが開発製造した大型機動兵器、GAEM-QUASAR(クエーサー)

 

 まさにAFの祖先ともいうべき同兵器は、AF登場により、企業等からは以前程の脅威の対象とはならないまでも。

 その火力は今でも一線で通用する程だ。

 先ほどの爆破、着弾した主砲の威力からも、それは裏付けられる。

 

 そんなGAEM-QUASARだが、送られた映像に映る同機は、企業の正規軍で使用されているものとは、雰囲気や外見が異なっていた。

 自らの手で増築したのか、各所に鉄板などが増築され、その様子は手作り感が溢れ出ている。

 また、本体各所に有人の機関砲も増築され、近接防御力が高められている。

 

 そして、所々塗装が剥げた本体の側面には、それが企業の所有ではないと一目で判断できる、汚い言葉のスローガンが、大きく書かれていた。

 

「野盗の連中、とんでもない切り札を出してきやがった! レイヴン、すまないが、今頼れるのは……」

 

「分かってます」

 

 申し訳なさそうな声色の通信相手に、アスルは言わずもがなと、短く返信すると、武装の残弾と機体状況の確認を行う。

 残弾は少し心配ながら、幸い、機体の方は、被弾も少なく、まだ大丈夫であった。

 

「その代わり、臨時報酬、よろしくお願いしますね」

 

「も、勿論だ!」

 

 そして、再びGAEM-QUASARの主砲が着弾し、地響きや土煙と共に、大地を抉った。

 

「これ以上は撃たせない……」

 

 地平線の彼方から撃ち続ける下手人に対し、目を細めると。

 アスルは、操縦桿を握り直し、フットペダルを踏みこんで、レナトゥスを再び走らせ始めた。



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Mission1-3 自分勝手な者達

 コロニー・ウテナを目指して進む、独自改造を施したGAEM-QUASARの中枢ともいうべき、三連装砲塔の後方に位置する艦橋。

 外見共々、艦橋内も、派手な装飾の追加などで本来の様子とはすっかり様変わりしたその中心部。

 本来は艦長席であったその席に、見るからに不摂生であろう腹部の出っ張りに、悪人の如く人相をした、野盗の頭領の姿があった。

 

「おい! 連中からまだ返信はないのか!?」

 

「へ、へい。それが、返信どころか機体反応すら確認できなくなりまして、おそらく、全滅したかと」

 

「っち! んだと、相手はたかがちんけなコロニーの自警団連中だろうが! そんな連中に全滅させられるとは、くそ、使えねぇ部下どもだ!」

 

 野太い声で怒りをまき散らした野盗の頭領は、最後に、吐き捨てる様に死んだ部下達の評価を下す。

 

「ですが、攻撃隊からの通信では、コロニーの連中、腕利きのレイヴンを雇っていた様ですが?」

 

「だが聞いた限りじゃたった一人だろ。たかがレイヴン一人も倒せず返り討ちにあうようじゃ、我らがダスト・ダンストの面汚しよ」

 

 野盗の頭領は脇のテーブルに置かれた、酒の入ったコップを手にし、その中身の酒を自身の口に一気に流し込むと。

 酒で潤った喉を、再び鳴らし始める。

 

「だが、俺様とコイツ(GAEM-QUASAR)がいれば、どんなレイヴンだろうと一捻りよ! そうだな?」

 

「へ、へい!」

 

「ボスにかなう奴なんていませんよ」

 

「ボスサイコー!」

 

 艦橋内に響く部下達の心地のいい声に、野盗の頭領は、満足げに笑みを浮かべた。

 

「よーし! それじゃ、さっさと蹂躙しにいくとしようか」

 

 そして、上機嫌となった野盗の頭領がそう口走った刹那。

 艦橋内に、警報音が流れる。

 

「ん? 何事だ?」

 

「レーダーに反応! 何かがこちらに接近してきます!」

 

「何かとは何だ! 何かとは!?」

 

 レーダー手を務める部下からの曖昧な報告に、野盗の頭領は報告は詳しくと叱責する。

 

「か、解析完了。……これは、ハイエンドノーマル! ボス、レイヴンです! レイヴンの奴が!」

 

「何レイヴンだと!? 数は!?」

 

「一機だけです」

 

 部下からの再度の報告を聞き、一時は焦りだしていた野盗の頭領の口元が、不敵な笑みを浮かべ始める。

 

「ふふふ、ははははっ! 単機だと、ははは! 腕利きだか何だか知らんが、ハイエンドノーマル単機でコイツ(GAEM-QUASAR)を墜とそうなどと、片腹痛いわ!!」

 

 高笑いを終えると、野盗の頭領は部下達に早速指示を飛ばす。

 

「テメェら! 相手はたかがハイエンドノーマル一機、さっさと薙ぎ払え!!」

 

「おぉ!!」

 

 刹那、艦橋内が慌ただしさを増し、程なくして、艦橋の窓から見える三連装砲塔が火を噴いた。

 この一撃で邪魔者のレイヴンは乗機共々吹き飛ぶ、野盗の頭領はそう考えていた。

 

 だが、程なくして部下からもたらされた報告に、野盗の頭領は耳を疑った。

 

「ボス! 敵は依然接近中!」

 

「な!? 何だとぉ!?」

 

「先ほどの砲撃は避けられたようで……」

 

「だったら当たるまで撃ち続けろ!! ぼさっとするな!!」

 

「へ、へい!!」

 

 再び艦橋内にまで響く三連装砲塔の発砲音。

 しかし、もたらされる報告は、数を増すごとに悲鳴にも似たものとなり、遂には、泣き言が吐かれるまでになった。

 

「ボス、当たらねぇ、当たらねぇよぉ……」

 

「泣き言言ってねぇで撃ちまくりやがれ!!」

 

 部下に喝を入れる野盗の頭領ではあったが、彼自身も、内心ではかなり焦っていた。

 

「敵ハイエンドノーマルからミサイル攻撃!」

 

「迎撃しろ!」

 

 そして、遂に敵のハイエンドノーマル。

 レナトゥスは、砲撃を掻い潜り、GAEM-QUASARを射程に収めるまでに接近した。

 

 そんなレナトゥスから放たれるマイクロミサイルを、自慢の近接防御用のガトリング砲等で迎撃すると、お返しとばかりに、それらの銃口がレナトゥスに向けられ、火を噴き始める。

 しかし、レナトゥスは地面を滑り、時折小さなジャンプを織り交ぜるなど、巧みな動きでそれらを回避していくと、今度は手にしたリニアライフルを撃ち始める。

 

「っ! 何やってる! 敵は一機だろうが!! さっさとハチの巣にしやがれ!」

 

 流石にビショップ等のMTと比較すると、GAEM-QUASARの面の皮は厚く、リニアライフルが当たっても致命傷には及ばない。

 だが、機械のダメージは軽微でも、それを操る人間への精神的ダメージは、かなりのものとなる。

 一方的に撃たれ続ける恐怖、更には幾つかの機関砲がリニアライフルの直撃で吹き飛ばされ、味方の悲痛な叫びと共に、意識せずにはいられない迫りくる死。

 鍛えられた軍人でも辛いそれを、訓練を受けていない野盗程度が耐えられる筈もない。

 

「ボス! 左舷の対空砲連中が逃げ出したとの報告が!」

 

「何だと! 直ぐに持ち場に連れ戻せ!! 今弾幕を途切れさせたら……」

 

 野盗の頭領が危惧した事を、アスルは見逃さなかった。

 弾幕が途切れたGAEM-QUASARの左舷側から一気にレナトゥスを近づけると、ブースターを噴射し、GAEM-QUASARの本体上部に飛び乗る。

 

「な! 何だ!?」

 

 レナトゥスが飛び乗った振動を感じ、何事かと周囲を見渡す野盗の頭領。

 そして刹那、彼は、艦橋の窓から、恐ろしい光景を目にする事となる。

 

「無駄な抵抗を止め降伏すると言うのなら、命までは取らない」

 

 そこに広がっていたのは、三連装砲塔の上に立ち、艦橋目掛けてリニアライフルの銃口を向けている、レナトゥスの姿であった。

 そして、オープン回線を通じて、艦橋内にアスルの降伏勧告が流れる。

 

「繰り返す。無駄な抵抗を止め、降伏すると言うのならば、命までは取らない」

 

「ぼ、ボス……」

 

「……」

 

 艦橋内の部下達の視線が、野盗の頭領へと向けられる。

 幾らGAEM-QUASAR自体が堅牢な装甲を身に纏っていると言っても、艦橋の窓のガラスが防弾ガラスと言っても、ゼロ距離からのリニアライフルの直撃に耐えられるものではない。

 

 それに何より、自分達は目的の為に死をも覚悟し戦う軍人ではない。

 誇りなど、何の役にも立たない。

 自分勝手に生きて、自分勝手に死ぬ、そんな連中。

 

 暫し目を閉じ腕を組んで考えを巡らせた野盗の頭領は、やがて目を開くと、艦長席に備えられているマイクを手に取り、そのスイッチを押した。

 

「こちらダスト・ダンストのボスだ。レイヴン、本当に命の保証はしてくれるんだろうな?」

 

「勿論だ」

 

「……なら、降伏勧告を受諾する」

 

 この瞬間、コロニー・ウテナを巡る戦いは、ウテナ側の勝利に終わったのであった。

 

 

 

 

 アスルがGAEM-QUASARを無力化した報告は、瞬く間に基地司令部内の一角、司令室の雰囲気を歓喜のものへと変貌させた。

 近くの者と喜びを分かち合う者が多い中、薄暗い司令室の一角に佇んでいた一組の男女は、そんな雰囲気に飲まれる事なく、冷静な様子を醸し出していた。

 その身に纏った雰囲気は、関係者とは思えぬものであった。

 

「成程ねぇ、うん、やっぱりいいんじゃないかな?」

 

「確かに動きは及第点以上だが、今回は相手が弱すぎたんだ、勝つのは当然だろう」

 

 司令室に詰める者達と異なり、互いに黒のスーツに身を包んだその男女は、司令室のモニターを目にしつつ会話を続ける。

 

「まぁ、確かに、クエーサーは本来本体上部のVLSからミサイル攻撃が可能な筈だけど、さっきの戦闘を見る限り、ミサイルを撃つような様子は見られなかったしなぁ、積んでなかったのか、それとも改造して撃てなくなったか。それに練度の方も高いとは言えない動きだったし……」

 

「それに、護衛のノーマルもMTもいない。火力で劣っていようと、機動力や被弾面積等で圧倒的に勝っているんだ。一対一の状況なら、並のレイヴンだろうと勝って当然の状況だ」

 

「でも、クエーサー相手にただ勝つんじゃなくて鹵獲したんだよ。並のレイヴンじゃ、そこまで瞬時に状況判断できないと思うけどな」

 

 モニターに映し出された無人航空機からの映像には、艦橋にリニアライフルの銃口を向けたレナトゥスを乗せ、コロニー・ウテナを目指して進むGAEM-QUASARの姿があった。

 アスルからの報告により、その映像の意味するところが、GAEM-QUASARを鹵獲したとの解釈は、既に司令室にいる者全員に行き渡っている。

 

「確かに、このコロニーの防衛戦力の現状を鑑み、破壊ではなく鹵獲を試みる。その判断を瞬時に下したその頭は、評価する所だな。だが、その試みも、相手が弱すぎたからこそ成功したに過ぎん」

 

「スミちゃんは厳しすぎるんじゃないかな? もっと期待しても……」

 

 男性が女性の名を口にした刹那、まるで視線だけで人を殺せてしまいそうな程の鋭い視線が男性に向けられる。

 

「他人がいる場でその名を口にするな」

 

「は、はい」

 

 そして、低い声で注意する女性に、男性は、顔を引きつらせながら返事をするのであった。

 

「そもそも、厳しく評価するのは当然だろう。これから、私達の人生を預けるのだからな」

 

「そう、だね」

 

 刹那、モニターに映し出された鹵獲したGAEM-QUASARが、コロニー・ウテナの外縁部に到着した。

 

 

 

 

「スゲェな!」

 

「よくやったな! レイヴン!!」

 

「あんたは俺達のヒーローだ!!」

 

 鹵獲したGAEM-QUASAR、及び降伏した野盗連中の面倒を引き継ぐべくやって来たコロニーガードの部隊に後を任せると。

 アスルはコロニーガードからの称賛の声を背に、通常モードに切り替え操縦するレナトゥスを、格納庫へと向かわせる。

 

「お前らーっ!! ヒーローのお帰りだ!!」

 

 そして、格納庫へと帰還したアスルが目にしたのは。

 格納庫のゲートで手を振りレナトゥスを出迎える、ユージェフ整備長を始めとした整備隊の面々であった。

 

「お帰り、ヒーロー!」

 

「流石レイヴン! 痺れるぜ!!」

 

「憧れるなぁ~」

 

「レイヴン! レイヴン!!」

 

 レナトゥスの集音マイクが拾った整備隊員達の声が流れるコクピット内は賑やかであったが。

 レナトゥスをハンガーに固定し、ヘルメットを脱いでコクピットハッチから外へと出ると、そこには、コクピット内の何倍もの声量で鳴り響く整備隊員達の声があった。

 

 その勢いに圧倒されそうになるも。

 アスルの体は、整備隊員達の手により本人の意思と関係なく移動させられると。

 格納庫のど真ん中で、胴上げされ、宙を舞うのであった。

 

「ははは! アスル、お前さんはやっぱり凄い奴だよ!!」

 

 そして、何度か宙を舞った所で地に足をつけられたアスルを待っていたのは、ユージェフ整備長の豪快な笑顔と、彼の腕が自身の背中を叩く感触であった。

 

「いえ、そんな……。クエーサーを鹵獲できたのも、ユージェフ整備長や整備隊の皆さんが、機体を仕上げてくれたお陰ですよ」

 

「かーっ!! 嬉しい事言ってくれるじゃねぇか!! おい皆! もう一度ヒーローを胴上げだ!!」

 

「おーっ!!」

 

「え、えぇ!?」

 

 ユージェフ整備長の一声で、再びアスルの体が宙を舞うかと思われた、その時であった。

 

「皆さん、英雄を称えるのも結構ですが、今は、それよりも先にすべき事があるでしょう!?」

 

 凛とした女性の声が響き、整備隊員達の騒ぎが収まる。

 そこにいたのは、コロニーガード司令官の副官を務める女性であった。

 

「っとそうだった。おいお前ら! いっちょヒーローの愛機を直してやるとするか!」

 

「おぉーっ!!」

 

 そして、ユージェフ整備長の声で解散し、各々持ち場に戻っていく整備隊。

 それを他所に、ようやく整備隊から解放されたアスルは、副官に声を掛けられていた。

 

「先ずは、今回の件、個人的にもお礼を申し上げます。本当に、ありがとう」

 

「いえ、俺は自分の役割を果たしただけですから」

 

「謙虚なのね、レイヴンにしては珍しい。……さて、本題だけれども。レイヴン、着替えたら司令官の執務室に来て頂戴。臨時報酬の話がありますので」

 

「分かりました」

 

 こうして副官の女性から用件を聞いたアスルは、着替えるべく、ロッカールームを目指した。

 ロッカールームのある建物でも、既にアスルの活躍の話は広まっていたのか、整備隊程ではないものの、称賛の嵐であった。

 

 そして、何だか戦っている時よりも疲れた気がしながらも、手早く着替えを終えたアスルは、司令官の執務室に足を運ぶべく、基地司令部へと向かった。

 

 

「リンスキー司令、レイヴンをお連れしました」

 

「おぉ、通してくれ!」

 

「失礼します」

 

 何度か足を運んだ事のある司令官の執務室に足を踏み入れると、そこでアスルを出迎えたのは、小奇麗な軍服に身を包んだコロニーガードの司令官、リンスキー司令であった。

 

「よく来てくれた、さ、掛けたまえ」

 

「はい」

 

 リンスキー司令に促され、応接用のソファーに腰を下ろしたアスルは、早速、対面に座ったリンスキー司令から感謝の言葉の嵐を受ける事となる。

 

「本当に良くやってくれた、レイヴン! 鹵獲した大型兵器は部下に命令して、早速使用状況を確認中だ。もし状態が良ければ、我がコロニーガードは大幅な戦力強化となる」

 

 人員の関係で全体を動かせずとも、三連装砲塔を動かすに必要な人員さえ確保できれば、固定砲台として有効活用できる。

 無論、維持していくために消耗品の調達などは新たに必要となるが、それでも、有力な戦力を手に入れられ嬉しくてたまらないと言わんばかりに、リンスキー司令の表情には笑みがあふれている。

 

「あの、所で、今回呼ばれたのは臨時報酬の話をする為だと伺ったのですが?」

 

「ん? おぉ、そうだった! ははは、勿論、忘れてはいないさ。今回の最大の功労者であるレイヴンへの謝礼はな」

 

 リンスキー司令は副官の女性を呼ぶと、彼女の用意した一枚の紙とペンを受け取る。

 やがてリンスキー司令は紙にペンで何かを書き込むと、その紙を、アスルへと手渡すのであった。

 

「どうだろう? この金額で納得していただけるだろうか?」

 

「……えぇ、分かりました」

 

「そうか、それはよかった。では、直ぐにこの金額の臨時報酬を、君の口座に振り込んでおくよ」

 

 臨時報酬として提示された金額の書かれた紙を副官の女性に手渡すと、アスルは、ふと気になった疑問をリンスキー司令にぶつける。

 

「所でリンスキー司令。降伏した野盗の面々はどうするんですか?」

 

「あぁ、彼らは暫く勾留して、企業連管下の警察機関に引き渡す予定だ」

 

「そうですか」

 

 国家解体戦争以降、国家と言う存在と共に国際的な調停機関も、その存在を抹消される事となった。

 その為、野盗やテロリスト等、これら国際的な犯罪者を公正に処罰する機関も失われ、これら犯罪者の処罰に関しては、一時、大幅な退化が巻き起こる事となった。

 

 しかし、無法者とはいえそれらの処罰をこのまま放置しておくのはよろしくないと、新たな統治者たる企業は鑑み。

 リンクス戦争後、新たな企業連合体として誕生した企業連の下に、国際的犯罪者を公正に処罰する警察機関を設置する事となった。

 

 だが一部では、今なお近代的倫理観に基づかない処罰が行われているが、どうやらコロニー・ウテナはそんな例外には当てはまらないようだ。

 

「それにしても、本当に、最後によい土産を置いていってくれたよ君は」

 

「え?」

 

「あ、あぁ、いや、何でもない!」

 

 ふと、リンスキー司令が零した意味深な言葉がアスルは気になったものの。

 結局、リンスキー司令はその意味を答えてくれるような雰囲気ではなかった為、それ以上追及はしなかった。

 

「あぁ、レイヴン」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「実は君にお客様が来ているんだよ。隣の応接室で待っているんだがね」

 

「俺に、ですか?」

 

 だが、アスルは程なくして、先ほどの意味深な言葉の意味を知る事となる。



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Mission1-4 オリジナル

 コロニーガードに雇われている傭兵である自分に、一体どんな客が尋ねてきたのだろうか。

 内心身構えながら隣の応接室へと足を踏み入れたアスルを待っていたのは、一組の男女であった。

 

「やぁ、待ってたよ」

 

 アスルにとって面識のない男女。

 共に三十代前後であろうお互い黒のスーツに身を包んだ男女、一方は、にこやかな表情を浮かべアスルを迎えた、黒髪黒目のアジア系の優しそうな男性。

 もう一方は、まるで見定めるかのような視線でアスルを迎えた、桜色の髪にブラウンの瞳をしたヨーロッパ系の女性。

 

 一見すると、優しいが何処か頼りなさそうな同僚或いは後輩と、それを引っ張るキャリアウーマン、と言えなくもないが。

 

 アスルは、二人がただの会社員ではない事を、大雑把にではあるが感じ取っていた。

 

「どうぞ、かけて」

 

「失礼します」

 

 しかし、何者であれ、お客として来ている者に対してぞんざいな扱いをする程、アスルは傲慢な人間ではなかった。

 

「先ずは初めまして、僕は空賀 武蔵(くが むさし)民間軍事会社(PMSC)"カーサ・デッラ・ガット"、通称CDGの社長をしている、よろしくね。それで隣の彼女が……」

 

「CDGの副社長を務めるセレン・ヘイズだ、よろしく」

 

 丁寧に名刺を手渡す武蔵に対して、セレンは少々高圧的に名刺を手渡す。

 二人の名刺を受け取ったアスルは、肩書が逆の方がしっくりくるなと内心思ったが、それは口に出さず。

 名刺はないが自己紹介を行う。

 

「アスル・ゼルトナーです。それで、PMSCの社長と副社長が、俺にどんな用件で?」

 

 自身が傭兵の身であると理解していれば、PMSCの社長と副社長が訪ねてきた理由など、自ずと理解できる。

 ヘッドハンティングだ。

 だが、分かっていても、アスルは本人たちの口から理由を聞くべく、用件を尋ねるのであった。

 

「端的に言うと、君をヘッドハンティングしにきた」

 

 アスルの問いに、セレンが凛とした声で答える。

 

「やっぱり……。あの、申し出はありがたいのですが、今の俺は……」

 

「あぁ、そうだ。近々、このコロニーに私達が紹介した複数のレイヴンが"長期契約"を結んだのでやって来るそうだ。君ほどの腕前はないが、それでも、数は多い」

 

 淡々とした様子で答えるセレンに、アスルは、一瞬呆然とする。

 そして、状況を飲み込み始めると、成程と呟き始めた。

 

「あぁ、そっか、それでリンスキー司令はあんな言葉を」

 

 どれ程腕が立っても、組織の後ろ盾のない個人傭兵など、相手の都合で簡単に切り捨てられる運命なのだ。

 改めて、己の立場の弱さを痛感しながら、アスルは自分から職を奪った二人に言葉を投げかける。

 

「それで、無理やりフリーになった俺に、勧誘ですか……。本当に、大人は汚いな」

 

「えっと、こんなやり方で君を誘うのは、僕としても心苦しいけど。でも、僕達には、どうしても君が必要なんだ」

 

「俺でなくても、腕の立つレイヴンなら他にもいるでしょう?」

 

「確かにそうだけど、僕達が欲しいのは"レイヴン"じゃないんだ。僕達が欲しいのは、"リンクス"だからさ」

 

「何を、言ってるんですか? 俺はただのレイヴンですよ、リンクスなんかじゃ、ない」

 

「嘘をつくのはよせ、君は間違いなくリンクス、それも、あの国家解体戦争で活躍した三十人(オリジナル)の内の一人。そう、オリジナルナンバー、No.23、企業の闇、ロストナンバーなのだから」

 

「っ!」

 

 セレンの言葉を聞いた刹那、アスルは瞬時に立ち上がり、腰のホルスターに差し込んだ護身用の拳銃に手をかける。

 だが、手をかけたままで、ホルスターから引き抜くことはない。

 それは、視界の端、武蔵が同じく腰に手を回しているのを確認したからだ。

 

「何の調べもなく会には来ないさ。幸いなことに、当社には優秀なリサーチャーがいるのでな。……それより、話を聞くのなら、座った方が楽だと思うが?」

 

「……」

 

 二人の話を聞いてから判断を下しても遅くはないのではないか。

 腰の拳銃から手を離したアスルは、ゆっくりとした動作で、再びソファーに腰を下ろす。

 

「では、話の続きといこうか。さっき社長が言った通り、私達はリンクスを欲している。そして君は、私達が欲する最高の逸材だ」

 

「俺はもう、リンクスじゃありません」

 

「戦うのが怖くなった、という訳でもあるまい。もしそうなら、レイヴンなどしている筈がないからな」

 

「それは……」

 

「ふむ、では質問を変えよう。君は何故、レイヴンをしている? 生活の為か?」

 

「生活の為でもありますけど……。答えが、見つかるかと、思ったからで」

 

「答え?」

 

「俺が、生きている意味。その答えです」

 

「なかなか難しい問題だね」

 

 武蔵が感想を漏らすのを他所に、セレンは顎に手を当て暫し考えると。

 程なくして、再び口を開き始める。

 

「それで、その答えとやらは、見つかったのか?」

 

「いえ、まだです」

 

「では、今後、現状のまま一人で探して見つかる可能性はどれ程あると思う?」

 

「それは……」

 

「私が思うに、このまま一人で飛び続けていても、君の探している答えは見つからないと思うが。何れは理不尽な暴力に、その翼を手折られるだろうな」

 

 アスルの答えを聞き終わるまでもなく、言い切ったセレンに対し、アスルは反論するどころか押し黙ってしまう。

 自身でも、薄々そう感じていたからだ。

 

「探すのなら、地に足をつけて探した方が見つけやす筈だ、違うか? 私達は、地上に生きているのだから」

 

「……」

 

「ま、地上を離れて久しいんだ。一人で降りるのが怖いのは分からんでもない。だから、私達が手助けしてやろう」

 

「でも、お二人は……」

 

「大丈夫だよ。僕達も、君と同じだからね」

 

「え? それはどういうことですか?」

 

「おい、武蔵」

 

「いいじゃないか、セレン。こうなったらさ、腹を割って話そうよ。その方が、彼も承諾し易くなるかもしれないしさ」

 

「はぁ……、まったく」

 

 困ったように額に手を当てるセレンを他所に、武蔵は自分達の隠れた素性を暴露し始めた。

 

「国家解体戦争で活躍した、三十人のオリジナルの名前は知ってる?」

 

「えぇ、一応」

 

「その中に、"ヤマトタケル"と"霞スミカ"っていたでしょ。あれ、僕達」

 

「……、え?」

 

 衝撃的な事実をさらりと言ってしまう武蔵に対し。

 アスルは、呆然とせずにはいられなかった。

 

 ヤマトタケルと霞スミカ。

 国家解体戦争で活躍した三十人のオリジナルの内の二人。

 

 霞スミカは旧レオーネメカニカ社に所属していたリンクスの一人で、オリジナルのナンバーはNo.19。

 同社の標準機体であったY01-TELLUS(テルス)をベースとした中量二脚型ネクスト、イタリア語で桜を意味するシリエジオを駆るリンクス。

 

 もう一方のヤマトタケルは、傘下に有澤重工等の有力企業を有する独立企業グループの盟主ながら、提携の関係からGAグループの一員として認識されているムラクモ・ミレニアム社に所属していたリンクスの一人。

 同社は高い技術力を有し、高品質なネクスト用パーツなどを開発・販売している事でも知られる。

 また同社は、国家解体戦争において当時の政府との事前の極秘交渉などが上手くまとまった為、同戦争においては世界的にも珍しい無血開城を成功した稀有な企業である。

 その為、同社所属でオリジナルのナンバーのNo.9であった彼の功績の殆どは、提携関係にあったGAアメリカ等の企業への支援の為の派遣先であげたものだ。

 

 同社の旧標準機、中量二脚型のJMM-AKATUKI()をベースとしたネクスト、ツルギを駆るリンクス。

 

 そんな二人は、リンクス戦争を生き延び、互いに所属する企業の貴重なリンクスとして活躍していた。

 しかし、カラードの設立から程なくして、二人は示し合わせたように現役を引退し、所属していた企業も退社した。

 その後の二人の動向については、世間一般には知られていなかったが。

 

 まさか、PMSCの社長と副社長となり、自身を起業した会社に引き入れるべく直接スカウトに来るなど、アスルは想像も出来なかった。

 

「同じオリジナルと言っても面識はなかったけど、同じく元リンクスだからね。君の苦労とか、他の人よりは理解できるつもりだよ」

 

 武蔵の穏やかな笑顔を見せられた後、セレンの凛とした声が聞こえてくる。

 

「これで分かっただろ、私達は十二分に君の手助けを出来る資格があると。それとも、これでもまだ不安か?」

 

「……」

 

「安心しろ。もう君を、大人の都合で歴史から消す事はしない、いや、そんな事は私達がさせないさ。私達が、全力で守ってやる。あぁ、武蔵も、こう見えても頼りになる時はなる男だ」

 

「せ、セレン……、それ酷くない?」

 

「本当の事だろうが」

 

 暫し考え込んだアスルは、やがて、ゆっくりと語り始める。

 

「本当に、答えは見つかりますか?」

 

「確約はできんが。少なくとも、一人で探すより、複数数人で探したほうが見つかりやすくなるのは確かだ」

 

「……一晩、考える時間を貰ってもよろしいですか?」

 

「そうか、分かった。では、私達はここに泊っている、一晩考えて、考えが決まったら尋ねてきてくれ」

 

 セレンは、スーツのポケットからペンとメモ帳を取り出すと、自分達が滞在しているホテルの場所と部屋番号を書き込み、破ったそれをアスルに手渡した。

 

「では、失礼します」

 

 立ち上がり、一礼して執務室を後にしようとするアスル。

 だがその時、不意にセレンが彼を呼び止める。

 

「あぁ、そうだ。君が今まで大人の中で生きてきて、背伸びしながら頑張ってきたのはよく分かる。だが、今からでも遅くはない、見返してやろうと思った私達大人を、少しは頼ってもいいんじゃないか?」

 

 セレンの言葉に、アスルは、ふとあの時の事を思い出した。

 あの男女と行動を共にし、もっと年相応に甘えたり頼ってもいいのだと言われた、あの時の事を。

 

「失礼します」

 

 ドアの前で足を止めていたアスルは、そのままドアを開け執務室を後にする。

 彼の後ろ姿を見送った武蔵とセレンは、彼が導き出す答えについて、話し始める。

 

「彼、いい返事をくれるかな?」

 

「感触としては、悪くないと思うが?」

 

「あぁ、何だか心配になってきた……」

 

「ま、最終的には彼の判断だ。悪い結果となっても、それはそれと割り切って次を探すさ」

 

「そうだね」

 

「さて、それじゃ。今日はこれから美味い地酒探しといくか!」

 

 何故か、セレンはアスルを見た時よりも生き生きとした表情を浮かべ、武蔵は苦笑いを浮かべながら、二人も応接室を後にするのであった。



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Mission1-5 一羽の鴉は地に降り立つ

 応接室を後にした後、アスルはリンスキー司令に呼び止められた。

 その理由は、契約解除を通達する為であった。

 

 突然であれ、アスルは一年という期間ながら雇っていただいた感謝の気持ちをリンスキー司令に述べると、受け取った解除通知書を手に、最後の挨拶回りを行う。

 

「お前さんなら、きっと新しい所でも立派にやっていけるさ!」

 

 ユージェフ整備長から、最後の励ましの言葉と共に、餞別とばかりに徹夜でレナトゥスを最高の状態に直してやるとの言葉も賜り。

 その後、馴染みとなった人々から暖かい声をかけてもらったアスルは。

 

 日没後の薄明りの中、自宅へと帰宅した。

 

「はぁ……」

 

 そしてため息を一つ付くと、いつものように、夕食の支度を始める。

 その後、いつもと変わらぬ夕食や入浴、リラックスタイム等を経て、アスルはベッドに寝ころぶ。

 

 そして、考え始める。

 

「信じていいのかな……」

 

 守ってやる、頼ってこい。

 あの時のアスルが目にした二人の目は、騙す気など毛頭ない、嘘偽りないものであった。

 

 翼をたたみ再び地を駆ける。

 忘れたい記憶の自分に今一度戻る、だがその先に、本当に求める答えはあるのか。

 

 何度も何度も問いかけ、それでも、どちらとも決められず。

 

 やがて、アスルの意識は、いつの間にか半ば夢の中へと引きずり込まれていた。

 

 

 それは、ほんの数年前。

 あの二人と、行動を共にしていた時の記憶。

 ふと、男性に質問した時の事だ。

 

「何故、貴方はリンクスになったんですか?」

 

「月並みかも知れないけど、守りたい人の為、かな」

 

「守りたい人の為……」

 

「自由気ままに生きてきた俺でも必要としてくれる、そんな人たちの笑顔を守る為。……なんて、少しキザだったか?」

 

「いえ、凄く、いいと思います」

 

「君にも、いつか君を必要とする人が現れる筈さ。その時は、その人の為に、持てる力を尽くしてやればいいさ」

 

 はっと、アスルは飛び起きると、窓からはもう既に、新たな一日の始まりを知らせる太陽が姿を現していた。

 

「……よし」

 

 そして、答えを決めたアスルは、出掛ける準備を進めるのであった。

 

 

 

 

 昨日手渡されたメモを頼りに、ウテナの市街地内を歩くアスル。

 その最中、ふと、ヘリのローター音が耳に入る。

 聞いた事のあるそのローター音の正体を確かめるべく、アスルは少し寄り道して、音の方へと足を運ぶと。

 

 そこで目にしたのは、タンデムローター式の大型輸送ヘリにより空輸された複数のハイエンドノーマルが、基地に降り立つ姿であった。

 どうやら、昨日セレンが口にしていた、アスルの後釜としてやって来たレイヴン達の愛機のようだ。

 

 昨日まで居場所のあった場所に自身の居場所がなくなったのだと、改めて認識せずにはいられず、少し物寂しさを感じるアスル。

 だが、何時までも引き摺っていては駄目と、気持ちを切り替えると。

 アスルは、再び目的のホテルを目指し歩み始めた。

 

 

 それから数十分。アスルは、メモに書かれたホテルに到着したのだが。

 そこは、アスルは想像していたものとは違ったものであった。

 

 事前に想像していたのは、社長と副社長と言う身分なのだから、さぞ高級なホテルにでも宿泊しているものと、勝手に想像していた。

 だが実際には、アスルが辿り着いたのは、庶民的な価格設定で知られる、所謂安ホテルだった。

 

 とはいえ、身分に異なるランクのホテルに泊まる事もあるだろうと、ホテルに足を踏み入れ。

 程なくして、メモに書かれた部屋の前まで足を運んだ。

 

「……よし」

 

 一旦深呼吸し、気持ちを整えると、アスルはドアをノックする。

 すると、ドアの向こうから、昨日聞いたセレンの声が聞こえてくる。

 

「あぁ、よく来たな……」

 

 そして、鍵を解除する音と共にドアが開かれ、セレンが姿を現した。

 が、その姿は、昨日の理知的でクールな印象とはかけ離れた、同一人物なのかと疑ってしまいそうな程、酷いものであった。

 

 寝ぼけ眼で髪は乱れ、着ていたガウンははだけ、下着を着用してない為、女性として魅力的な豊満な部位が露わになりかけている。

 まさに、目のやり場に困るとはこの事だろう。

 

(お酒臭いな……)

 

 しかも、ドアが開かれた瞬間から、部屋の中から漂ってきたのは、鼻を突く酒の臭い。

 だが、アスルは何とかポーカーフェイスを貫き通し、表情を崩すことはなかった。

 

「悪いが、少し待っていてくれるか」

 

「あ、はい」

 

「おい武蔵、彼が来たぞ、おい起きろ……。ば、馬鹿か! そっちを起こしてどうする!!」

 

 閉じられていくドアの隙間から、何やら意味深な言葉が漏れ聞こえてくる。

 ドアの前でそんな声に耳を傾けながら、アスルは、二人が私的にはどのような関係なのか、想像に難しくないと感じるのであった。

 

 

 十数分後。

 再びドアが開かれ、姿を表したのは、昨日と同じく黒のスーツを着こなした理知的でクールなセレンであった。

 

「さ、どうぞ」

 

「失礼します」

 

 部屋に足を踏み入れると、先ほど漂っていた酒の臭いは消えていた。おそらく、慌てて換気や消臭を行ったのだろう。

 

「さ、かけて」

 

 武蔵が用意してくれた椅子に腰を下ろした時、ふと、ベッドの下に片付け忘れた潰れた缶ビールが見えたが。

 アスルは、いちいち指摘する程空気が読めない訳ではないので、見なかった事にした。

 

「さてと、では、君の答えを聞かせてもらおうか?」

 

「あの、最後にもう一度聞いてもよろしいでしょうか。本当にお二人は、俺の事を必要としているんですか?」

 

「当たり前だ。でなければ、私達が直接足を運ばんさ」

 

「君の前にも色々と候補の子は見てきたけど、やっぱり僕としては君がいいかな。あ、無理なら無理で言ってくれてもいいんだよ」

 

 二人の目を見据えて、やがてアスルは、自身の導き出した答えを口にする。

 

「こんな俺でよければ、よろしくお願いします!」

 

 この瞬間、一羽の鴉は、地上に降りる事となったのであった。

 

 

 

 

 その後はとんとん拍子に進んだ。

 アスルが一年間お世話になったアパートの自宅から、荷物と共に別れを告げ。

 基地の滑走路に停まった、セレンが手配した輸送機に、ユージェフ整備長が新品同様に仕上げてくれたレナトゥス共々乗り込み。

 程なくして、アスル達を乗せた輸送機は、コロニー・ウテナを離れ、一路目的地を目指す。

 

 輸送機の為、旅客機と異なり快適とは言い難い空の旅を続ける事十数時間。

 輸送機は、十数時間ぶりに陸地に着陸を果たした。

 

 輸送機が降り立ったのは、何処かの空港であった。

 廃棄された空港ではなく、今現在でも稼働している。

 

 輸送機を降りてアスルが感じたのは、コロニー・ウテナとは異なる温暖な気候であった。

 

(赤道に近いのだろうか?)

 

 そんな事を考えながら、アスルは、輸送機から降ろされたレナトゥスの積み替え作業の風景を眺めるのであった。

 やがて、レナトゥスを輸送用のトレーラーに積み込み終えると、アスルは武蔵とセレン共々、輸送用トレーラーに乗り込む。

 

 武蔵の運転で発進した輸送用トレーラーは、空港を後に、道路を走る。

 その道中、アスルはここが何処なのかを、隣に座るセレンに尋ねた。

 

「ここは旧アメリカ東海岸、コロニー・フロリダだ。同コロニーはGA社の管理下にあるコロニーだから、外敵からの安全は保障されている」

 

 場所を聞き、アスルは納得する。

 旧アメリカ合衆国時代、国内で最も赤道に近い地域と呼ばれていた場所なら、熱帯なのも当然だ。

 

「このコロニーに、CDGの事務所が?」

 

「あぁ、そうだ。中心地からは少し離れているが、利便性は悪くない場所にある」

 

「アスル君もきっと、気に入ると思うよ」

 

 それから走る事数十分。

 三人の乗せた輸送用トレーラーは、とある敷地内に進入し、やがて停車した。

 

「さ、着いたよ! ここが、CDGの事務所で、アスル君の新しい職場さ!」

 

「……」

 

 輸送用トレーラーから降りて、アスルが目にした風景は。

 機動兵器用の倉庫に、工場の事務所のような建物が建っている、そんな風景であった。

 

「……え?」

 

 アスルは思った。ここが本当にCDGの事務所なのだろうかと。

 空港からの移動の最中、流れる風景の中には見上げる程の立派なビル群があった。おそらく、企業が使用しているビルだろう。

 これから一員となるCDGの事務所も、そんな立派な建物かと、そんな想像を膨らませていた。

 

 だが、現実は、非情であった。

 

「どうした、早くついてこい」

 

「あ、はい」

 

 武蔵が輸送用トレーラーを倉庫に入れているのを他所に。

 セレンに促され、二階建ての事務所に足を踏み入れるアスル。

 

 足を踏み入れると、外と異なり、心地の良い空調の風が汗ばんだ肌を冷ましていく中、彼が目にしたのは。

 外観同様、中小企業の事務所のような内装であった。

 

「あら、貴方がセレンが言っていたリンクス君?」

 

 ふと、事務所に足を踏み入れたアスルを迎えたのは、セレンと同年代と思しき、金髪に眼鏡をかけた事務服姿の女性であった。

 

「あ、は、初めまして、今後お世話になります、アスル・ゼルトナーです」

 

「あら、ご丁寧にどうも。私はシーラ・コードウェル。CDGの事務作業全般を受け持っているわ、よろしくね」

 

 シーラと名乗った彼女と握手を交わすと、不意にセレンから補足的な言葉が飛んでくる。

 

「シーラは私の元オペレーターで、優秀な奴だ。今は事務を任せているが、時にはアスル、お前のオペレーターを務める事もあり得るから、仲良くしておけよ」

 

「あらセレン、彼に貴女の経歴、話したの?」

 

「武蔵が、その方がいい答えを貰いやすいと言ったからな。私達二人の経歴は既に知っている」

 

「でも、その話し振りからすると、肝心なあの事は話していないようね」

 

「聞かれはしなかったからな」

 

「あらあら、悪い大人ね」

 

「ふ、大人とは、そういうものだろ?」

 

 セレンとシーラが何やら小声で話し始めたのを他所に、アスルは、少しばかり事務所内を見て回る。

 すると、奥のトイレから、用を足した何者かが事務所内にやって来た。

 

「おぉ、セレン、帰ってきてたのか」

 

「あぁ、今帰った所だ」

 

「で? 例の坊主は何処……っと、お前さんだな」

 

 よれたスーツに身を包んだセレンらと同年代、或いは少し年上と思しき、ダークブラウンの短髪にサングラスを乗せた男性は、アスルを見つけるなり彼の下へと近づく。

 そして、手を差し出しながら自己紹介を始めた。

 

「アスル・ゼルトナーだろ。俺はエド・ワイズ、CDGのリサーチャーだ、よろしくな」

 

「リサーチャー、という事は、セレンさんが言っていた優秀なリサーチャーって、エドさんの事だったんですね」

 

 握手を交わし、アスルが、以前セレンが口にしてた事を思い出すと、エドは胸を張り始める。

 

「ははは、おうよ! 世界一優秀なリサーチャーと言えば、誰であろう、この俺、エド・ワイズ様よ!」

 

「自分で世界一とか言っちゃうと、胡散臭いわね」

 

「アスル、エドは確かにリサーチャーとしての腕はいいが、それ以外はただのエロ親父だ、あまりおだてるなよ」

 

「ちょ、おいそこの二人! 余計な事言うなよな!!」

 

 新人のアスルに先輩として格好をつけたかったエドだが、女性陣二人からの言葉で、そんな野望はもろくも崩れ去るのだった。

 

「あぁそうだ、アスル、ここの社員の先輩としてアドバイスしておいてやる、ちょっと耳を貸せ。いいか、この会社の金は経理も担当してるシーラが握ってるからな。おだてるなら、シーラをおだてとけ。もし彼女を怒らせでもしたら、給料天引きされるぞ。それから、セレンにはおべっかなんて意味はないからな、彼女は逆にそう言うのが嫌いなタイプだ」

 

「あらエド、早速新人のアスル君に何を吹き込んでいるのかしら?」

 

「ほぉ、私達のリンクスを早速誑かすか……」

 

 エドはお返しとばかりに、アスルに耳を近づけさせ、小声で余計な事を吹き込もうとしたのだが。

 どうやら、女性陣二人は大層な地獄耳の持ち主だったらしい。

 

「……、っははは! なんて、ジョークだよ、ジョーク! ほら、長旅で疲れたから疲れをほぐしてやろうと思ってな!」

 

 焦り気味に弁解を述べるエド。

 もはや絶体絶命かと思われた、その時。

 輸送用トレーラーを倉庫に入れ終えた武蔵が、事務所に入ってきた。

 

「? どうしたんだい、エド。そんなに汗をかいて?」

 

「いや、あはは」

 

「ふ、まぁいい。それよりも武蔵、揃った事だし、アスルを改めて歓迎してはどうだ?」

 

「あ、そうだね」

 

 何とか危機を回避でき安堵するエドを他所に、武蔵は、アスルに改めてCDGへの入社を歓迎し始める。

 

「改めてアスル君、ようこそ、民間軍事会社(PMSC)"カーサ・デッラ・ガット"へ! 倉庫の方にも兵器の整備を担当する人たちがいるけど、それ以外の社員はここにいる全員で、社員の数は少ないけど、だからこそ、うちはアットホームな職場だよ!」

 

「は、はぁ……」

 

 両手を広げて歓迎する武蔵だが、何故か、最後の言葉に不安を覚えずにはいられないアスル。

 その不安が、直後に的中する事になるとは、この時は思ってもいなかった。

 

「それで、もう一つ、重大発表があるんだけど……」

 

「それは私の方から言おう。アスル、お前に搭乗してもらうネクストの事だが」

 

「あ、はい」

 

「承知の通り、企業に属さない独立傭兵として活動していく訳だから、ベースを含め、使用するパーツに制約などはない。故に、可能な限り、お前の意見を取り入れて用意するつもりだ」

 

「ありがとうございます」

 

「でだ、ここからが本題だが。……生憎と、今当社は、ネクストを一機も保有していない。それどころか、ネクストを購入する為の資金も足りない。なので、アスルには、暫くレイヴンとして活動し、購入費用の為の資金集めに協力してもらう」

 

「……え?」

 

 セレンから発表された衝撃の事実に、アスルは、呆然とせずにはいられなかった。

 

「いやぁ、僕達も色々と奔走したんだけどね。やっぱり支援してくれるところがなかなか見つからなくて」

 

「言っておくが、元オリジナルと言っても、私達の退職金など、起業した際に殆ど使ってしまったからな。ネクストまで揃える分は残ってない」

 

「あ、あの、セレンさん。話が……、違います……、よね。俺は……、リンクスが必要だって……」

 

「確かにそう言ったが、私は直ぐにカラードに登録して活動してもらうとも言っていない。それはお前が勝手にそう思い込んでいただけだ、違うか?」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 アスルは、やっぱり大人は汚いと思いつつ。

 十数時間前にホテルで契約書にサインした事をちょっぴり後悔しつつ。

 しかし、セレン達を憎む気持ちはなかった。あの時の言葉は、嘘偽りないものだと感じ取っていたから。

 

 思えば、騙し騙され騙し返すのは、この世の理だ。

 ならば、騙した相手を打ち負かす程、頑張ってやればいい。

 

「まぁ奥さん聞いた、あそこの副社長さん、無垢な男の子を誑かして、馬車馬のように働かせるんですって」

 

「まぁ、酷いわね」

 

「シーラ、エド、お前らは……」

 

「まぁまぁ、落ち着いてセレン」

 

 それに、彼らは決して悪い人たちではない。

 四人のやり取りを見て、そう感じ取ったアスル。

 

 そして、文字通りアットホームな雰囲気のあるこの場所なら、自身が探していた答えが見つかるかもしれない。

 

 そんな期待を、胸に抱くのであった。



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Mission2-1 レポートと新たな日常

 エド・ワイズだ、この間頼まれていた人物への調査が終了したので、その結果をまとめた調査報告書をここに記載する。

 

 アスル・ゼルトナー。

 出身はヨーロッパだが、この世に生まれて間もなく両親とは死別、親戚もいなかったらしく、程なくしてとある孤児院に引き取られる事となる。

 その後、細かい経緯は省くが、レイレナード社によりAMS適性の高さを見出され、孤児院への資金援助を条件に、彼はレイレナード社に引き取られたようだ。

 それが、奴が『九歳』の時の話だ。

 

 で、それからネクストを操縦する為の技術や訓練をみっちり仕込まれ。

 あの国家解体戦争で活躍した三十人の内の一人として、リンクスデビューを飾った。

 驚く事に、それが僅か『十歳』の時の事だ。

 ま、ただ、リンクスとしての腕前は、オリジナルのナンバーを見ればお察しだ。

 訓練期間も短い事もあるが、なんせまだ十歳のガキだからな、万が一にも撃破され捕虜にでもなろうもんなら、大問題だ。

 という訳で、国家解体戦争時は、殆ど簡単な任務しか与えられなかったそうだ。

 

 にしても、情勢不安定の地域なんかで少年兵が駆り出されて問題となってた事もあったが、それを、企業側も、それも新たなる象徴のパイロット、リンクスとして駆り出しているとは。

 そりゃ、企業側も、自分達の行動、国家転覆の正当性を主張するのにこの存在は明らかなマイナスでしかねぇよな。

 

 て訳で、国家解体戦争後、程なくしてレイレナード社があの手この手を使い、彼の存在は闇に葬られ、オリジナルNo.23はめでたく欠番となった訳だ。

 

 

 だが、歴史的に抹消されても、彼の存在が消えた訳じゃない。

 戦後もレイレナード社の貴重なリンクスの一人として、あの英雄ベルリオーズからリンクスとしてご指導ご鞭撻を賜わっていたそうだ。

 ガキだからか、物覚えも早く、レイレナード社側も存在を口外しても問題ない年齢になれば、大々的にベルリオーズの後釜として祭り上げるつもりだったらしい。勿論、期待の新人って事でな。

 だが、それまで箱入り息子としておくのも惜しいと思ったんだろうな。

 ベルリオーズの影武者として、国家解体戦争後も任務に就いていたそうだ。

 ま、あのベルリオーズの弟子だからな、師匠と戦い方が似通っていて使いやすかったんだろう。

 

 しかしだ、知っての通りあのリンクス戦争でレイレナード社は壊滅。

 ベルリオーズも、アナトリアの傭兵の手によって戦場に没した。

 

 そしてそんな中、彼はレイレナードの本社が崩壊後、アナトリアに、師匠の敵であるアナトリアの傭兵に襲撃を仕掛けたらしい。

 が、あっけなく返り討ちにあい、そこで彼のリンクス戦争も幕を下ろしたって訳だ。

 

 

 と、ここまで聞くと、アナトリアの襲撃を仕掛けた際に死亡したように思えるが、そうじゃない。

 何とその後、彼は仇であった筈のアナトリアの傭兵に助けられ、剰え、彼と行動を共にしていたそうだ。

 

 アスル本人にどういった心境の変化があったのかは本人にしか分かり得ないが、一時の間、行動を共にしていたのは間違いない。

 また、その間に、アナトリアの傭兵からこの世界で生きていく知恵等を、具体的にはレイヴンとしてのいろはを教わった様だ。

 アナトリアの傭兵は元レイヴンだからな、有意義な教えだったと思うぜ。

 

 その後、アナトリアの傭兵と別れたアスルは、一介のレイヴンとして活動を始め。

 現在は、東欧にあるコロニー・ウテナに用心棒として雇われている。

 

 

 以上が、簡単なアスルの経歴だが。

 それにしても、このアスルってやつは、相当な運の持ち主だな。

 

 なにせ、二人の英雄から教えを乞うたんだから。

 

 ま、リンクスとしては少しばかりブランクはあるが、レイヴンとして活動して得た経験も踏まえれば、その実力は、並のリンクス以上だろうな。

 俺達の会社に引き入れれば、稼ぎ頭ナンバーワンは間違いなしだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな調査報告書が書かれたアスル本人はと言えば。

 CDGの一員として、ネクストを買う為の資金を貯めるべく、日々、レイヴンとしての活動に精を出していた。

 

 そして、この日。

 アスルは、今まで相手にした事がない難敵と対峙していた。

 

 依頼の舞台は、コロニー・フロリダの一角。そこに、アスルと愛機レナトゥスの姿があった。

 レナトゥスのコクピット内で、アスルは、神経を集中させ、メインモニターの映し出す映像に目を凝らす。

 右腕のリニアライフルと左腕のレーザーブレードは、依頼条件として武器の使用が厳禁の為、装備してきていない。

 

「っ! 今!!」

 

 四本の足で歩行し、ピンク色の肌に丸々とした体格に特徴的な鼻、そして尖った耳を持ち、独特の声で鳴く難敵。

 そんな難敵と向き合っていた刹那、アスルが操縦桿を動かすと、レナトゥスの両手が、道路上を動いていた難敵を捉え、そして。

 

「ブヒィィィィッ!!」

 

「……ふぅ」

 

 巨大なレナトゥスの両手で優しく捕らえられたのは一匹の豚。

 そう、今回アスルが受けた依頼とは、トラックの荷台から逃げた豚を捕獲する、という内容のもの。

 

「アスル、残り三匹だ。素早く片付けろ」

 

「はい」

 

 オペレーターを務めるセレンの声に耳を傾けながら、アスルは、慎重な操作で捕まえた豚をトラックの荷台へ優しく入れると、残りの豚の捕獲に向かう。

 こうして、豚という難敵と格闘する事数十分。

 遂に、全てのターゲットを捕獲し、トラックの荷台へ戻す事に成功する。

 

「ミッション完了だ。よくやった」

 

 セレンからの労いの言葉を聞きつつ、終わってみればいつもの任務より圧倒的な精神的負荷を感じたアスルは、ふと、任務内容を確認した時と疑問を湧き起こした。

 これは、レイヴンが行うべき任務なのか、と。

 

 しかし、依頼を受諾したのなら一切の疑問を捨て任務の成功に邁進する、それがレイヴンだ。

 

 と下らない疑問を振り払うと、アスルは、帰還すべくレナトゥスを輸送用トレーラーに載せるのであった。

 

 

 

 

「よぉ、お帰りか」

 

「只今戻りました」

 

「今回は見事に出て行った時のままだな」

 

「まぁ、相手が相手でしたから……」

 

 CDGの倉庫へと戻り、輸送用トレーラーから降ろされ、ハンガーへと愛機を固定し、コクピットから降りたアスルを迎えたのは、一人の整備士であった。

 顔に刻まれたしわが歩んできた人生の長さを物語り、帽子からはみ出た白髪交じりの髪も、無言の内のそれを物語る。

 しかし、その道一筋に歩んできた故、その知識と経験は、CDGの整備班を束ねるに相応しい。

 

 日系アメリカ人の中老男性、ケント・フジタ。通称"親父さん"。

 元ムラクモ社の整備士にして、ムラクモ社在籍時代は整備の神様の異名を誇った凄腕整備士である。

 現在は、社長の武蔵の誘いを受けて、CDGの整備班長として、レナトゥスの整備を担当している。

 

「しかしまぁ、毎回損害が軽微じゃ、整備する側も張り合いがなくて怠けっちまうな」

 

 ハンガーから降りてきたアスルに投げかけられた言葉に、当の本人は苦笑いで返す。

 

「でも、あまり被弾が過ぎると、修理費がかさんで、セレンさんやシーラさんから凄い目で見られるんですよ……」

 

 以前一度、任務の内容としてはそこまで難しくない任務中、油断してレナトゥスの右腕が吹き飛んでしまった程の損傷を負った事があった。

 その後任務を終えて帰還し、アスルは事務所でセレンとシーラと出会ったのだが、その時の二人の目つきは、今でもアスルの脳裏に焼き付いて離れない。

 

「それに、昔の癖が抜けないと言いますか……」

 

 加えて、レイヴンとして一人で活動してた時期に、レナトゥスの整備に苦慮していた時の癖で、整備の苦労を減らすべくなるべく被弾を抑えようと考える傾向が残っており。

 そうした事なども相まって、整備する側としては張り合いを感じられない状況が生まれていた。

 

「ま、毎度毎度派手にぶっ壊してこられても、それはそれで迷惑だが。今はもう昔とは違うんだ、お前には俺達が付いてる、しっかりバックアップはしてやるから、もう少しぐらい無茶してもいんだぞ」

 

「ありがとうございます、親父さん」

 

「あぁ、そうだ、参考までに社長が現役だった頃の話をしてやろう」

 

 元ムラクモ社という好で、武蔵の現役時代も知っているフジタは、参考までにとアスルに彼の現役時代の話を聞かせる。

 曰く、武蔵も被弾率はそこまで高くはなかったそうだが、何故か、金曜日の出撃に限っては、異常な被弾率で機体をボロボロにしていたそうな。

 この事から、当時の社内の整備士達の間では、"魔の金曜日"として恐れられていたとか。

 

「ま、人間ってのは、一つぐらい欠点があった方が愛嬌があっていいって事さ!」

 

「あはは……」

 

「っと、足止めして悪かったな」

 

「いえ、大変為になるお話でした」

 

「ははは、嬉しいね」

 

 こうしてフジタと別れ、倉庫の一角に設けられたロッカールームで着替えを済ませたアスルは、事務所へと向かうのであった。

 



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Mission2-2 フォーミュラフロント

「只今戻りました」

 

「お帰り、アスル君」

 

「あら、アスル君、お帰り」

 

 事務所に足を踏み入れたアスルを、事務作業中の武蔵とシーラが出迎える。

 

「アスル、今回の依頼はよくやったな。依頼主からも、丁寧な仕事で好評を得ていたぞ」

 

 そして、一足早く事務所に戻って入金の確認を行っていたセレンからも、お褒めの言葉を賜るのであった。

 こうして事務所に設けられた自身の席に腰を下ろすアスル。

 と言っても、アスルは事務作業等をこなさなくともよいので、自然と手持ち無沙汰となる。

 なので、雑誌を手に取りそれを読み始めたのだが。

 

「だぁーっ! ちくしょう!!」

 

 不意に、パソコンのモニターを眺めていたエドが声をあげ、アスルの意識はエドの方へと向けられる。

 

「あらエド、また負けたの?」

 

「この前も負けたのに、懲りない奴だな、お前も」

 

「まぁ、負けが込む事だってあるよ」

 

 シーラ、セレン、武蔵の口から三者三葉の言葉が零れる中。

 アスルも、エドに声をかける。

 

「エドさん、一体何に負けたんですか?」

 

「ん? あぁ、こいつだよ、こいつ」

 

 手招きされ、エドのデスクに近づくと、アスルはエドのデスクに置かれたパソコンのモニターに目を向ける。

 そこには、とあるスポーツリーグの試合結果が表示されていた。

 

「フォーミュラB・USサウスリーグ?」

 

「フォーミュラフロント、聞いた事あるだろ? そのフォーミュラB(ボトムリーグ)のリーグの一つが、フロリダを含めた旧アメリカ東南部で開催されているUSサウスリーグだ。そこに参加しているチームに賭けてたんだが、これが見事に負けちまってよ。結局、千コアシムがパーっとな!」

 

 開き直ったのか、分かり易い程肩を竦ませ、自身の負けを白状するエド。

 因みに、コアシムとは、COmpany Assuranced CItizen Moneyの略称で、ハイエンドノーマルやネクストのパーツ等の取引で使用される通貨、COmpany Assuranced Mone、通称コームの下位通貨である。

 コームが一コーム、旧日本国の通貨円にして一万円の価値があるのに対して、コアシムは、一コアシムが日本円にして百円の価値を有している。

 

 高額製品等の取引で使用されるコームと異なり、コアシムは、CItizen(市民)の名が付けられている通り、大多数の市民が日常生活で利用する基本通貨である。

 

「全く、優秀なリサーチャーも、これでは形無しだな」

 

 負けた金額を聞き、セレンの痛い一言がエドの胸を刺す。

 

「……いいかアスル、人生の先輩として、男としてアドバイスしてやる。いいか、付き合うならな、賭け事や"酒"なんかに金をつぎ込むような女と付き合うのだけは止めとけよ」

 

 わざとらしく酒の部分を強調するエド。

 刹那、何処からか、物凄い殺気が飛んでくる。

 その殺気に、アスルの背筋が凍り付く。

 

「ほぉ……エド。そのアドバイスは、一体誰を指してのものだ?」

 

 CDGの社員ならば、セレンの酒癖については周知の事実となっている。

 故に、セレンが青筋を立てて背後から怒りの炎を纏っているようにアスルに見えているのは、決して目の錯覚ではなかった。

 

「い、いやだなぁ、俺は別に誰を指した訳でもねぇよ。ただ、一般論をだな」

 

「ほぉ、そうか。……覚悟は、出来ているのだろうな?」

 

「ちょ、だから!」

 

「でも僕は、セレンの豪快な飲みっぷりも好きだよ」

 

 エド、あわや絶体絶命かと思われたその時。

 武蔵の口から零れた言葉が、途端にセレンの顔を赤く染め、怒りのボルテージを沈めていく。

 

「ば、馬鹿な事を言ってないで、さっさと仕事の手を動かせ!」

 

「でも、本当の事だし。それに、セレンの酔った姿も僕は好きだよ」

 

「いい、今は就業中だ! 馬鹿! 減らず口を言ってないでさっさと仕事に戻れ! ……部屋に帰ったら覚えていろよ」

 

 こうして、エドは危機を脱し、一連の騒動は幕を閉じる事となる。

 そして、改めてアスルは思った、セレンは怒らせるべき人ではないと。

 

「ふぅ、助かったぜ。……っと、そういうや、何処まで話したっけか?」

 

「あ、えっと、USサウスリーグの試合に賭けて千コアシム負けた辺りです」

 

「そうだったな。お前さん、フォーミュラフロントは知ってるよな?」

 

「えぇ、一応情報としては知ってますけど」

 

 

 

 フォーミュラフロント。

 それは、企業間の争いに疲弊した人々の心を癒す、或いは日頃の鬱憤を晴らす、そんな娯楽の一つ。

 企業連傘下、フォーミュラフロント運営局、通称FFAが主催する、無人制御型のハイエンドノーマルを使用したバトルの総称。

 

 国家解体戦争以前、レイヴンズネストが主催していたアリーナと呼ばれる娯楽があった。

 無人制御ではなく、有人、即ちレイヴンが実際に機体を操作し、戦って勝敗を競う内容だ。

 しかし、国家解体戦争以降、レイヴンズネストの解体と共にアリーナも廃止され、同様の娯楽は失われたかに思えた。

 

 だが、リンクス戦争以降。

 再建を図る各企業が、再建を円滑に行うべく自社への批判の目を逸らす為、市民の熱狂する新たな娯楽の提供に尽力した結果。

 カラード所属のリンクスによる対戦競技、通称カラードマッチと呼ばれる、かつてのアリーナを彷彿とさせる新たなる娯楽の提供に成功する。

 

 ただし、同マッチは使用するネクストの特殊性故、試合は、アリーナのような実世界の会場ではなく、仮想空間上で行われ。

 その模様を、環境の整ったモニターなどから観戦する仕組みとなっている。

 

 所が、アリーナと異なり、競技者人口その数自体が希少で、更にはリンクスを抱える企業の思惑などもあり、試合は頻繁に行われるものではなかった。

 

 

 その為、各企業は、カラードマッチより親しみやすく、更に敷居を低くして競技者人口を多く抱えられれる娯楽を再度探した。

 そこで目を付けられたのが、企業の正規軍で使用していた自立兵器用のAIであった。

 当時、民間でも作業用AIによる自立重機等は活躍しており、AI活用の敷居はそこまで高くはなかった。

 そして、戦力価値の低下により生産数の減少していたハイエンドノーマル用のパーツを製造する、傘下の企業救済処置という一面も加味され。

 

 こうして誕生したのが、専用に規格されたAIにより行動する、Unmanned type Armored Core、通称u-AC。

 このu-ACを使用して試合を行う、フォーミュラフロントであった。

 u-ACのベースとなるハイエンドノーマルの汎用性故、様々な外見や性能を持った機体が登場し。

 更にはアーキテクトと呼ばれる、機体アセンブルやAIのロジックを組み上げる等、監督的存在の数だけ個性が生まれ。

 

 また、ベースがハイエンドノーマルな事も相まって、扱いに慣れた元レイヴン等もアーキテクトとして多くが参加し、その競技者人口は当初の予想以上に増加。

 

 その為、複数のリーグが組めるまでに急成長を遂げたフォーミュラフロントは。

 有人ではない故の派手で奇抜なパフォーマンスに、無人故に全く血生臭さの無いクリーンさもあり、今や、市民に人気の娯楽の一つであった。

 

 

 

「USサウスリーグってのは、さっきも言ったがボトムリーグの一つで、俺はそこで活動するチームを応援してるんだがな、最近はなかなか白星に恵まれなくてな」

 

 フォーミュラフロントは先の説明の通り、その競技者人口の多さから、等級が分けられており。

 その中でもフォーミュラB(ボトムリーグ)は、B級ライセンスと呼ばれるFFA発行のライセンスを所持していれば、成績など関係なく誰でも参加可能の為、最も競技者人口の多いリーグである。

 その競技者人口の多さから、世界中でリーグが開催されており。

 フォーミュラフロントを市民にとって身近な娯楽たらしめた存在でもある。

 

「どんなチームなんです?」

 

「"ここたま"っう名前なんだかな」

 

 変わったチーム名だなとアスルは内心思いつつ、エドがパソコンのモニターに表示させた、彼が応援しているチームの紹介ページに目をやる。

 そして、モニターに表示されたチームの代表とメンバーの名前を目にしたアスルは、それを目にした瞬間、声を漏らす。

 

「え? まさか……」

 

「ん? どうした?」

 

「いえ、その。昔、お世話になったレイヴンの方々と同じ名前だったもので」

 

「何? そりゃ、何時頃の事だ?」

 

「確か、お世話になったのは三年程前だったと」

 

「このチームがUSサウスリーグに登場したのは二年程前からだ。となると、案外他人の空似じゃねぇかもしれねぇな」

 

 思いがけない所で懐かしい名前を目にしたアスル。

 そんなアスルの様子を見て、エドは、いい事を思いついたようにアスルに提案を持ちかける。

 

「そうだアスル。お前さん、今度の土曜日休みだろ?」

 

「はい、そうですけど?」

 

「それじゃ、今度の土曜日、直接会いに行ってみるか、ここたまのメンバーの所に」

 

「え!?」

 

「丁度今度の土曜日、コロニー・フロリダの郊外にあるスタジアムで、USサウスリーグの試合が行われるんだよ。勿論、ここたまも出場するから、試合後に会いに行ってみようぜって事だ」

 

「いいんですか!?」

 

「そういや、フォーミュラフロントの試合を見た事はあるのか?」

 

「いえ、ないです」

 

「なら丁度いい、試合も見て、世話になったレイヴンかどうかも確かめられる、一石二鳥だ。……って事で副社長、アスルの奴、土曜日ちょっくら借りますよ」

 

「私はアスルの母親じゃないんだが……。まぁいい、時には別の世界を見て、知見を広めるのも大事だからな」

 

「それじゃアスル、土曜日、会社の前で待ち合わせだ」

 

「分かりました!」

 

 こうして、ふとした切っ掛けから、土曜日にエドと共にUSサウスリーグの試合を現地に観戦しに行く事となったアスル。



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Mission2-3 チーム・ここたま

 そして、迎えた土曜日。

 待ち合わせ場所の会社前でエドの運転する彼の乗用車に乗り込むと、二人を乗せた乗用車は、試合会場となる郊外のスタジアムへ向けて発進した。

 

 乗用車で移動する事数十分。

 二人を乗せた乗用車は、郊外にある、巨大な四角形のスタジアムの駐車場へと到着した。

 

「ここが、コロニー・フロリダの郊外にある"フロリダ・ロブスター・スタジアム"通称フロスタだ」

 

 スタジアム名の一つであるロブスターを意識した赤い塗装が目を引く、そんなフロスタ内に向け、エドの案内の元向かうアスル。

 フロスタの出入り口は、USサウスリーグの試合が行われるとあって、多くの観戦客でごった返していた。

 

「おい、はぐれるなよ」

 

「はい」

 

 そんな中を進み、何とか入場した二人は、客席に流れる観戦客をしり目に、エドを先頭にとある個室へと足を踏み入れる。

 

「あの、エドさん、ここは?」

 

「ん? 所謂VIPルームってやつだよ。ほれ」

 

 広々とした空間に、ゆったりと落ち着いた雰囲気の座席、そして、部屋の一角に設けられたシェフ常駐のビュッフェコーナー。

 そこはまさに、賓客の為に用意された特別な部屋であった。

 

 そして、そんな部屋の利用を可能にするVIPルーム利用カードを、エドは自慢げにアスルに見せびらかすのであった。

 

「ま、俺様位になるとこれ位は当り前さ」

 

 こうしてVIPルームで試合を観戦する事となった二人は、ビュッフェコーナーで適当な飲み物と食べ物を見繕うと。

 座席に腰を下ろし、試合開始の時を待つ。

 

「全世界四十億人ものフォーミュラフロントファンの皆様、お待たせいたしました!! 只今より! ここフロスタでのUSサウスリーグの試合を開始したいと思います!!」

 

 試合開始を告げるアナウンスと共に、壁一面に設けられた大画面モニターが、試合会場の様子を映し出す。

 無人とはいえ実弾を使用する為、観客の安全の為、試合観戦は必然的にモニター越しになる。

 

 それでも、伝わる振動や他の観客達の熱気等は、現場に足を運ばなければ味わえない。

 

「最初の試合は、現在USサウスリーグの最下位を独走する、チーム・ビリーザチャンプのアデューダンサー対、昨年、主任アーキテクトを交代させるという英断を経て、今年度、初の三連勝を得て上り調子が出てきている、チーム・ジャンクザジャンクのフリッパービットの対決だ!!」

 

 チーム及びu-ACの機体名が読み上げられると共に、試合会場に二体のu-ACが姿を現す。

 共に中量二脚型のu-ACは定位置に移動すると、やがて、試合開始を告げるアナウンスと共に、ブースターに火を入れ、搭載した火器を相手目掛けて放ち始める。

 

 モニター越しに伝わる銃声、爆音。

 そして壁越しに伝わる試合の振動に、一般観客席の観客達の声援。

 

 始めて見るフォーミュラフロントの試合に、アスルは、レイヴンとはまた異なる戦場の雰囲気に、惹きつけられるのであった。

 

「お、次はいよいよ、ここたまの登場だな!」

 

 数試合を消化し、この日行われる試合も折り返しを過ぎた頃。

 遂に、目当てのチームが登場する。

 

「さぁ、お待たせしました!! 次の試合は、USサウスリーグの上位チーム対決!! 現在リーグ八位のチーム・ハッスルボールのハッスルボール対、現在リーグ九位のチーム・ここたまのファシネイター・スリーの対決だ!!」

 

 試合会場に二体のu-AC、共に中量二脚型である。

 ハッスルボールと呼ばれた機体は、赤を基調としたカラーリングが施され、腕にはパルスライフルにレーザーブレード、背部にはマイクロミサイルとグレネードランチャーを装備し、機体の肩には8の数字を描いたエンブレムが目を引く。

 一方のファシネイター・スリーは、黒と紫の二色でカラーリングが施され、腕にはマシンガンにレーザーブレード、背部には中型ロケットに七連マイクロミサイルを装備し、機体の肩には連動ミサイルを装備している。

 そして、青いバラに手を回すグラマラスな女性が描かれたエンブレム。

 

 ファシネイター・スリーの姿を目にしたアスルは、確信した、間違いなく、あれは彼女の機体のアセンそのものだと。

 

「上位チーム同士の直接対決! ここで勝てば両チームにとって初となるレギュラーリーグ、フォーミュラRへの参加にぐっと近づきます! それでは、試合、かいしぃぃぃっ!!」

 

 試合開始の合図と共に、両機ともブースターに火を入れ、射撃を開始する。

 互いに組み上げられたAIの思考ルーチンに従い、互いの火線を避けつつ、相手のAPを削るべく互いの火器が火を噴き続ける。

 

 試合会場に響く爆音、爆発。

 そして、互いの装甲表面を叩き抉る金属音。

 光線と火線が交差し、ミサイルが飛び交い、ロケット弾とグレネード弾が明後日の方で爆発を起こす。

 互いに足元に火花を散らせながら、会場内を縦横無尽に、まるで踊るように戦う。

 

 そんな何処か美しささえ感じる試合が、開始から一分半を迎えた頃。

 互いに決定打を与えられず、少しずつダメージを蓄積させていた中、ついに、ファシネイター・スリーが勝負に出る。

 

 中型ロケットを、ハッスルボール目掛けて放った、かに思われた。

 だが、放たれたロケット弾は、ハッスルボール本体を捉える事無く、ハッスルボールの足元前方に着弾、爆破と共に黒煙を巻き上げる。

 

(この戦法、となると次は……)

 

 ファシネイター・スリーの戦い方に見覚えのあったアスルは、ファシネイター・スリーの次なる行動を予測する。

 そして、次の瞬間、ファシネイター・スリーのブースターが火を噴き、機体が、黒煙の中に飛び込んだ。

 

 刹那、黒煙を切り裂くかのように、黒煙から姿を現したファシネイター・スリーは、展開させたレーザーブレードの刃を、黒煙から飛び出すとは思わず棒立ちであったハッスルボール目掛けて振るう。

 

「決まったぁ!!」

 

 一閃、後、ハッスルボールの上半身と下半身は見事に引き裂かれ、無残な姿を会場に晒した。

 

「勝者は、チーム・ここたまのファシネイター・スリーだぁ!!!」

 

「よぉっしゃぁぁっ!!」

 

 試合終了の合図と共に、隣に座っていたエドが声を上げた。

 

「これで前回の負けはチャラだ!!」

 

 どうやらいつの間にか賭けていた賭けに勝ち、前回の負けを帳消しに出来たようだ。

 

 

 

 その後、VIPルームを後にした二人は、通常であれば関係者以外立ち入りを禁止されているエリア、通称パドックへと足を踏み入れる。

 特に警備員に止められる事もなくパドックに足を踏み入れられたのも、エドのお陰である。

 

 リーグに参加し、試合を終えたチームのクルーやu-AC等が、ホームへの帰り支度や残りの試合観戦を行っている中、チーム・ここたまを探すアスル。

 

 やがて、アスルの目に、黒と紫で塗装された中量二脚型のu-ACの頭部が目に留まる。

 

「みなさーん!」

 

「ん?」

 

「え? この声って?」

 

 パドックの一角、今まさに勝利を収めたu-ACを輸送用トレーラーの荷台に載せている彼らのもとに、アスルは駆け寄る。

 チームの面々は、聞き覚えのあるアスルの声に気付き、近づいてくる彼の方へと目をやると、その姿を見て、思いがけぬ再会に声を挙げた。

 

「おぉ、やっぱり、アスル、アスル・ゼルトナーじゃないか!!」

 

「お久しぶりです! ファットマン!」

 

「ははは、お前さん、少し見ない間に、一層好青年になったな!」

 

 ファットマンと呼ばれた、チームのオーナーであろう還暦を迎えた頃合いのスーツを着た男性は、その名に相応しい恰幅の良い体全体を使って、アスルとの再会を喜ぶ。

 

「本当にアスル君なの?」

 

「お久しぶりです、マギーさん」

 

「久しぶり! 元気にしてた?」

 

 そして、ファットマンの後ろから現れた、秘書であろうか。同じくスーツ姿の二十代後半と思しき、青いショートヘアのマギーと呼ばれた女性。

 差し出した右手でアスルと握手をした彼女の左腕は、袖部分がだらしなく垂れさがっている。どうやら、彼女は五体満足ではないようだ。

 

「どうしたんだ、二人とも? 嬉しそうな声を出して?」

 

「おぉ、ジナイーダ、お前もこっちに来い。アスルの奴が会いに来てくれたんだ」

 

「な! アスルだと!?」

 

 ふと、コンテナの影から人影が飛び出し姿を現したのは、チームのアーキテクトであろう、つなぎを腰巻にし、上半身はTシャツ姿の紫ショートヘアのマギーと同年代の女性であった。

 

「本当に、アスルなのか!?」

 

「はい、お久しぶりです、ジナイーダさん!」

 

「久しぶりだな! まさか、こんな所で再会できるとは思ってもいなかったぞ!」

 

 ジナイーダと呼ばれた女性とも再会を喜ぶ握手を交わし、三人と再会を喜んだアスルは、ふと、残りの一人の居場所を尋ねる。

 

「所で、グランさんは何処に?」

 

「あいつは今u-ACの積載作業中だ、終わったら、私からアスルが来ていると伝えよう」

 

 グランと呼ばれた残りの一人の居場所もジナイーダの口から判明した所で。

 アスルは、久々の再会に喜びながら、自身の近況を話していく。

 

「ほーぉ、そうか。お前さんも、一匹狼から組織の仲間入りか」

 

「まぁ、今時独立レイヴンは世知辛いからね」

 

 将来のリンクス候補と言う事実は伏せ、CDGの一員となった事を話すアスル。

 アスルよりも一足早くレイヴン家業をたたみ、フォーミュラフロントの世界に転身したファットマンとマギーは、レイヴン時代の苦労を思い出しながら言葉を返す。

 

「職場の環境はどうだ? 嫌な思いはしていないか?」

 

「大丈夫ですよジナイーダさん。とてもフレンドリーでアットホームな職場だから」

 

「辛くなったらいつでもチームの一員として迎えてあげるからね! アスル君なら大歓迎だから! ね、ファットマン!?」

 

「ん? まぁ、そうだな。知らない仲でもないし、賑やかなのは嫌いじゃない」

 

「私も、アスルなら大歓迎だ」

 

「おいおいおい、うちの大事な同僚(レイヴン)を勝手に勧誘しないでくれよ」

 

 半分は冗談とはいえ聞き捨てならない言葉に、それまで黙っていたエドが口を出す。

 

「で、アスル、そっちの男は誰だ?」

 

「エドさんは会社の同僚で、優秀なリサーチャーなんです」

 

「エド・ワイズだ、よろしくな。これでも、あんた達のチームを応援している一人なんだぜ」

 

「おぉ、それは失礼した。今後とも、アスル共々、我がチーム・ここたまをどうぞよろしく」

 

 応援していると聞くや、営業スマイルを浮かべエドと握手を交わすファットマン。

 全く現金なんだから、とのマギーの少々呆れた声を他所に、ファットマンはエドとの世間話に花を咲かせるのであった。

 

「あ、本当だ。アスル君だ」

 

「グランさん! お久しぶりです!!」

 

 とそんな折り、積載作業を終えたつなぎ姿の一人の二十代後半と思しきアーキテクトの男性が姿を現す。

 グランと呼ばれた物腰の柔らかそうな男性に近づき、握手を交わすアスルの表情は、笑顔で溢れていた。

 それは知り合いと久しぶりに再会したというよりも、兄弟と久方ぶりの再会を果たしたかのような雰囲気であった。

 

「お? あっちの兄ちゃんも、アスルが昔世話になったレイヴンか?」

 

「えぇ、そうよ。特にアスル君は、グランの事を本当の兄のように慕っていたから、再会の喜びも一入でしょうね」

 

 ファットマンとの世間話を終えたエドに、マギーが補足説明を行う。

 

「ま、アスルを弟のように可愛がっていたのは、グランだけではなく、私達もだがな」

 

「まぁ、俺は弟と言うよりも、息子みたいなもんだったがな!」

 

 それに、ジナイーダとファットマンも続く。

 

「へぇ、成程な。……所で、あんたらは元レイヴンだったんだろ? どういった経緯でアスルと知り合ったんだ?」

 

「あら? 知りたがりなのね?」

 

「ま、仕事柄ってやつだ」

 

「まぁいいんじゃねぇか、マギー。少しぐらい昔話を話してもさ」

 

ファットマン(オーナー)がそう言うなら、まぁいいけど」

 

 アスルとグランが楽しげに話している一方で、エド達も、アスルとの出会い等、昔話に花を咲かせ始める。

 

 マギー曰く、アスルとの出会いは今から三年ほど前。

 まだ、彼女たちが小規模なチームのレイヴンとして活動していた時の事。

 

 チームリーダーであり、自称業界最高の運び屋を自負するファットマン。

 元はレイヴンならが、とある戦闘での負傷が元で現役を退き、チームのオペレーター及び財政管理等を担当していたマギー。

 そして、チームの主力であった二人のレイヴン、グランとジナイーダ。

 

 小規模ながら腕利きの二人を有したこのチームに、ある日、とある依頼が舞い込んでくる。

 それが、他のレイヴンと合同でのとある施設の警護の依頼であった。

 

「そこで出会ったのが、アスル君よ」

 

 当時参加したレイヴンの中で最年少であったアスル。

 最年少という事もあり、心配になって声をかけたのがグランであった。

 

「グランは優しい奴だったからな、私達も気にはなっていたが、躊躇せずに真っ先に声を掛けに行った」

 

 こうして出会ったアスルとチームの面々ではあったが、そこはお互いレイヴン。

 この依頼が終われば、別々の道を歩むと思っていた。

 だが、事態は思わぬ方向へと進む事となる。

 

「ま、俺達のいた世界じゃ、騙し騙されるのは常みたいなもんだからな」

 

 実は、アスル達が受けた依頼は真っ赤な嘘で。

 実際は、集められたレイヴン達に恨みを持った者達による罠であった。

 まんまと罠にかかり一か所に集められた彼らは、大部隊による奇襲を受ける事となる。

 

 激しい戦闘が行われ、幾人ものレイヴンが愛機と共に没した中。

 やがて銃声が止み、静寂が訪れた只中に立っていたのは、グランとジナイーダ、そして、アスルのレナトゥスだけであった。

 

「と言っても、アスルの機体は限界寸前だったな」

 

 とはいえ、ジナイーダの証言通り、グランとジナイーダの機体に比べ、アスルのレナトゥスは損傷が激しかった。

 

「そこでグランがね、生き残ったのも何かの縁だって、アスル君の機体も回収できないかって頼んできたの」

 

「あの時はちっとばかし無理したが、何とか回収には成功してな」

 

「幸い、機体の損傷に比べて、本人は軽傷程度だったからよかったけどね」

 

 こうして、ファットマン達のチームに回収され、彼らの活動拠点で世話になる事となったアスル。

 当初は、自身の怪我と機体の修理が終われば別れるかと思われた。

 

「ただまぁ、その後何だかんだで半年ぐらいは一緒に行動したな」

 

 しかし、ファットマンの言う通り、アスルはファットマン達のチームにその後半年間同行し。

 そして、雲一つない快晴のある日、アスルは、愛機レナトゥスと共に、彼らのもとから旅立った。

 

「懐かしいな。あの頃は、よくファットマンが私達の下着を使ってよくアスルをからかってたものだ」

 

「ははは! そういえばそうだったな! いやぁ、なんせアスルの奴、年頃だって言うのにマギーやジナイーダに夜這いの一つもかけねぇから、もしかして興味ねぇのかと思ってな!」

 

「ファットマン、アスル君はファットマンみたいなエロ親父じゃないのよ。一緒にしないで」

 

「まぁ、しかし、アスルの奴が夜這いしねぇの、何かわかる気がするわ。なんせ顔はいいが、まな板じゃぁな……」

 

 昔話も一区切りがついた刹那、ふと、エドがマギーとジナイーダの胸元の膨らみを目にしながら、余計な一言を漏らしてしまう。

 ファットマンの顔を青ざめ、エドに注意しようとする間もなく。

 

 気付けば、エドは床に突っ伏していた。

 

「悪いな、手加減できない性分なんだ」

 

「それは禁句と言われていたらしいわ、私達を切れさせる、死を告げる言葉よ」

 

 互いに握りこぶしを作りながらエドに吐き捨てるように言葉を放つマギーとジナイーダ。

 どうやら、二人にとって胸元の膨らみに関する話題はタブーのようだ。

 

「いってて……。じょ、冗談だってのに……」

 

 と、頭をさすりながら再び立ち上がるエドではあったが。

 ふと目にした、マギーとジナイーダの現役の頃を彷彿とさせる鋭利な視線に、自然と背筋が伸びるのであった。

 

(やべぇ、この二人、副社長と同じだよ……)

 

 そして、内心、女は怖いと改めて認識するエドであった。

 

「あれ? エドさん、どうしたんですか? なんだか少しやつれた様な……」

 

「おぉ、アスル。いいか、女を選ぶときは慎重にな」

 

「??」

 

 グランとの話を終え、エド達のもとへと戻ってきたアスルは、エドの言葉の意味を理解できず、疑問符を浮かべるのであった。

 

「それじゃアスル、元気でな」

 

「あ、そうだアスル君。これ、私達のチームの名刺。気が向いたら、また遊びに来てね」

 

「会えて嬉しかったぞ、アスル」

 

「アスル君、頑張ってね」

 

「皆さんも、お元気で!!」

 

 こうして、ひと時の再会を堪能したアスルは、エドと共に帰っていった。

 二人の背を見送るファットマン達は、二人の姿が見えなくなると、ふと本人の前では言えなかった事を話し始めた。

 

「にしても、アスルの奴、自然な笑顔が増えたじゃねぇか」

 

「そうね。私達といた時は、何処か、無理して笑ってる感じがしたものね」

 

「それだけ、いい仲間に巡り合えたんだろう」

 

「そうだね」

 

「所でグラン、アスルの奴と何を話していたんだ?」

 

「んー、決意表明、かな」

 

「なにそれ?」

 

「アスル君も頑張るから、僕達も頑張るよ、みたいな?」

 

「そうだな。アスルもアスルで進んでいるんだ。私達も、追いかけた高みへと手を届かせるために、更に頑張らないとな」

 

「そうね。……それじゃ、先ずは次の試合に向けて頑張りましょう」

 

「チーム・ここたまの戦いはこれからだ、だな」

 

 アスルと出会い、彼の突き進む姿を目にしたファットマン達は、気持ちを引き締めるのであった。



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Mission3-1 大人の社交場

 ファットマン達とのひと時の再会を果たした土曜日が過ぎ、翌日からも、アスルのレイヴンとして依頼をこなす日々は続いた。

 そして、この日も、アスルはレナトゥスのコクピットに缶詰めになりながら、与えられた任務をこなしていた。

 

「本日は、当社インテリオル・ユニオンが建造しました最新鋭のクレイドル、クレイドル19(ナインティーン)の正式可動記念式典へご参加くださり、当社一同、心より、感謝申し上げます」

 

 特設会場に設けられた壇上で、上質な黒のスーツに身を包んだ六十路前後の白髪交じりの男性が、挨拶を行う。

 そんな壇上の男性に、特設会場にいるドレスコードに従い正装に身を包んだ人々が視線を向ける。

 

「それでは皆様、僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきたいと思います。……それでは、どうぞこの後も、美味しい食事をお楽しみください、乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

 そして、乾杯の音頭と共に、特設会場内に乾杯の声が溢れ。

 刹那、それまで静かであった特設会場内が、一気に賑やかさを増すのであった。

 

「……ふぅ」

 

 そんな特設会場の様子を、レナトゥスのコクピットに缶詰めであるアスルは、レナトゥスのカメラ映像を通して眺めていた。

 

 ではここで、現在アスルが行っている任務について、説明を行おう。

 現在、アスルが行っている任務は、式典が行われている特設会場の周辺での警備活動である。

 武装集団等からの襲撃に備えたこの警備活動には、アスルの他、複数の同業他社のレイヴン達も動員されている。

 そして、この式典の主催者であり、今回アスルを含むレイヴン達の依頼主、インテリオル・ユニオン社の正規軍部隊の姿も確認される。

 その中でも特に目立つのは、その巨体故に特設会場から離れた場所に配置せざるを得ない、量産型AFの代名詞、GA社製AFのランドクラブ、のインテリオル・ユニオン社購入・独自改修型。

 青み掛かったシルバー塗装と多連装レーザー砲が目に付く、通称グラン・グランキオである。

 

 そんな過剰とも言うべき戦力が集結しているのが、インテリオル・ユニオン社勢力圏内、アフリカ大陸西部旧コートジボワール沿岸部に建設されたアルテリア・"イスキアル"。

 その一角に設けられた特設会場だ。

 

 野外会場の為天候が心配されていたが、式典当日は晴れ晴れする程の快晴で、まさに式典日和と言えた。

 

 おそらくセレンの伝手で回ってきたであろう今回の任務。

 これ程の重武装の警備状況で襲撃を仕掛けようと考える輩はいないと思われるが、それでもアスルは、緊張感をもって任務にあたっていた。

 

「ご苦労様、アスル君」

 

 それから暫く、特に急を告げる知らせもなく、特設会場の賑やかな様子を退屈しのぎに眺めていると。

 不意に、コクピット内に今回のオペレーターを務めるシーラの声が響く。

 

 なお、セレンは武蔵共々、今回の式典の来賓として参加している為、シーラがオペレーターを務めているのだ。

 

「交代の時間よ」

 

「分かりました」

 

 シーラからの通信は、交代と休憩を告げるものであった。

 程なくして、交代要員のレイヴンが愛機に乗ってやって来る。

 

「では、お願いします」

 

「へいへーい」

 

 何ともやる気が感じられない相手の返事を聞きながら引継ぎを終えると、アスルはレナトゥスを、特設会場に隣接し設置された待機場へと移動させる。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 指定の場所にレナトゥスを片膝をつき駐機させ、レナトゥスから降りると、待機所に隣接する臨時の指令所からシーラが駆け寄り、アスルにタオルとドリンクを手渡す。

 

「そうだアスル君、さっきセレンから連絡があって。紹介したい人がいるから顔を出して欲しいらしいの」

 

「え? でも、俺、こんな格好で」

 

「それは仕方ないんじゃない、今からスーツも用意できないし。ま、証明用のIDカードがあれば会場には入れるから、多少場違いだけれども、今回は急な事だし、仕方ないわ」

 

「分かりました」

 

 セレンからの命令にノーと言えるような立場にないアスルは、程なくしてドリンクを飲み干し、空になったカップとタオル、それにヘルメットをシーラに手渡すと。

 特設会場内のセレン達に合流すべく、特設会場へと向かうのであった。

 

 

「IDカードを……、よし、いいぞ」

 

 フォーマルな場の雰囲気を壊す事のない、体格の良さが隠しきれない黒のスーツに身を包んだ、インテリオル・ユニオン社傘下の警備会社社員達のチェックを経て。

 特設会場内へと足を踏み入れたアスルは、自身のパイロットスーツ姿が周囲の正装に馴染み切らず浮いている事を向けられる視線から若干気にしつつ、セレンと武蔵を探して特設会場内を右往左往する。

 

「こっちだよ、アスル君!」

 

 数分歩き回り、武蔵の声でようやく二人の姿を見つけると、足早に二人のもとへと駆け寄る。

 そこにいたのは、二人の他、来賓として今回の式典に参加している、おそらくお歴々の方々。

 上質なスーツの身を包んだ彼らは、武蔵に紹介されるアスルを、見定めるような視線で眺めている。

 

「ほぉ、彼が先ほど仰っていた、期待のリンクス候補生ですか?」

 

「今はレイヴンをしているようで。レイヴンからリンクスへの転身となると、あの、アナトリアの傭兵の再来を狙って、ですかな?」

 

「いえいえ、そこまでは。ただ、レイヴンとしての経験は、リンクスとなっても生かせるものがあると思ったから、経験を積ませているんです」

 

 お歴々の方々から放たれる言葉に、武蔵が丁寧な口調で対応していく。

 こんな対応、おそらくセレンさんではできないだろうな。と、アスルは、黒のドレスを着こなし、黙っていれば女性として魅力満点なセレンの方へちらりと視線を向ける。

 

「何だ?」

 

「あ、いえ」

 

 刹那、アスルの視線に気づいたセレンは、短く、しかし警告の意味が込められた言葉を放つ。

 いつも以上に綺麗ですね、と取り繕うような返事でもしようかと思ったアスルだが、エドのアドバイスが頭をよぎり、咄嗟に、そんな言葉は喉の奥へと引っ込めた。

 

「ほぉ、その青年が、お前たちの新しい玩具という訳か?」

 

 それから程なくしての事であった。

 黒いスーツを着た一人の、杖をついたアジア系の男性が、アスル達のもとへと近づいてきた。

 お歴々の方々が男性の声に気付くや、彼らは咄嗟に、男性に道を譲る。

 

「っち、何の様だ? 王小龍(ワン・シャオロン)

 

「ふん、相変わらず、愛想の一つも振りまけんか」

 

 杖をつき、その顔や手には歩んできた年月の長さを物語る相応のしわが刻まれ、その髪は、既に全面白髪である。

 だがその瞳は、年齢を感じさせぬ程活力に溢れ、声に宿り纏った老練な雰囲気と相まって、男性が、ただものではない事を感じずにはいられない。

 

 そして、その予想は間違いではなかった。

 王小龍。

 その名を知らぬ者は少ないであろう。

 

 国家解体戦争で活躍したオリジナルの一人にして、齢六十近くと噂されながらも今なお現役でありながら、同戦争時から所属するBFF社の重鎮として知られるリンクス。

 また、彼はリンクスとしての腕前もさることながら、リンクス戦争において一度はBFF社が崩壊の危機にありながらも、ムラクモ社の仲介によりGA社の支援を取り付ける等。

 BFF社を再興させたその政治的手腕も高く評価されている。

 ただし、政治的手腕に関しては、同時に多くの黒い噂も絶えず。一部では"陰謀屋"と揶揄されている。

 

 おそらく、セレンが本人を目の前に舌打ちしたのも、そうした陰険な部分を嫌っての事だろう。

 

「全く、黙って愛想を振りまければ、言い寄る男は引く手数多なものを。そんな調子だから、貴様を好こう等という奇特な男は、こいつ位しか現れんのだ」

 

「あ、あはは、どうも」

 

「おい武蔵、そこはガツンと言い返せ!」

 

「いや、でも、一応本当の事だし」

 

 そんな王小龍からの指摘に、武蔵は苦笑いしながら対応していたが。

 

「あ、でも……。幾ら王小龍と言えど、これ以上セレンを侮辱するなら、……貴方には、相応の報いを受けてもらう事になるかもしれませんよ?」

 

 ふと、武蔵の雰囲気が、アスルがそれまで感じた事のないものへと変化すると。

 彼の口から、いつもの優しさを感じられない、冷たく突き刺さる様な口調の言葉が零れる。

 また、その瞳も、冷たいものに変化していた。

 

 それは、アスルも見た事がない、そんな武蔵の一面であった。

 

「……ふん、いいだろう、この話題はここまでだ。今日は下らん口論をする為に足を運んだのではないからな」

 

 そんな武蔵と正面から対峙していた王小龍。

 表面的には変化が見られなかったが、どうやら、内心では幾分変化していた様だ。

 

 こうして静かな一触即発の事態は終結し、武蔵も、アスルがよく知るいつもの彼へと戻るのであった。

 

「で、本題だが。その青年、見込みはあるのだろうな?」

 

「えぇ、見込みは十分ですよ」

 

「そうか、それは楽しみだな……」

 

 アスルを一通り眺めた後、王小龍は踵を返すと、その場を後にしようとした。

 だが、ふと言い残したことがあるかのように足を止めると、僅かばかり振り返り。

 

「あぁ、そうだ。お前たちが望むのなら、便宜を図ってやらんでもないぞ」

 

「それはありがとうございます。ですが、お返事は、他のお誘いも検討してからという事で」

 

「まあいい。気が向いたら連絡をしろ」

 

「その時は、是非に」

 

 そして、言い残したことを言い終わると、王小龍は来賓の中へと姿を消した。

 それに釣られ、お歴々の方々も、アスル達の前から去っていった。

 

「全く、厄介な奴に目をつけられたな」

 

「でもセレン、何れは目をつけられた訳だし。むしろ、こんな場で目をつけられるのはよかったのかも知れないよ?」

 

「ま、人気のない所で先ほど以上にチクチク言われるよりはマシか……」

 

「あ、あの……」

 

 武蔵とセレンが王小龍との遭遇を評価していると、アスルが遠慮がちに声をあげた。

 

「ん? 何だ?」

 

「あの、俺もう、戻ってもいいですかね? 休憩時間も限られてるんで」

 

「あぁ、すまなかったな。もういいぞ」

 

「貴重な休憩時間なのに御免ね」

 

「いえ、では」

 

 こうして、武蔵とセレンのもとを離れ、特設会場を後にしようと歩き出したアスルであったが。

 戻ってから空腹を満たす為に食事をとる時間が残っているか、と気にかかり。

 

 特設会場内には至る所に食欲のそそる、高級そうな料理の数々が並んでいる事もあり。

 

 気付けば、料理を盛った皿を片手に、空いている椅子を探し回っていた。

 

「ふぅ……」

 

 程なくして、空いている椅子を見つけたアスルは、椅子に腰掛けると、皿に盛った料理を口にし始める。

 

「よぉ、どうした? 美味そうな料理食ってるのに、そんな辛気臭そうな顔して」

 

「あ、エドさん」

 

 すると、横から聞き慣れた声が聞こえ、声の方へと振り向くと。

 そこには、ワイングラスを片手に持ったエドの姿があった。

 

「お前さんの口には合わなかったか?」

 

「いえ、料理は美味しいんですけど……」

 

「あぁ、お前さんにはこういう大人の社交場(腹芸披露場)は苦手か?」

 

 アスルの様子から何かを察したエドは、アスルの本音を代弁する。

 

「そうですね。俺には、苦手かもしれません。あんな駆け引き、出来る自信があまり……」

 

 すると、アスルの口から、先ほどの武蔵と王小龍の駆け引きを目にした感想を含んだ本音が漏れる。

 

「しかしまぁ、苦手と言っても、時には無理して参加しなけりゃならん事もある。特に、こういう式典の場は、業界のお歴々が一堂に会する事もあるからな。パトロン探しには、まさにうってつけつ場所さ」

 

 今回の式典、来賓として参加しているのは、何もインテリオル・ユニオン社の関係者だけではない。

 王小龍のような、表面的には対立構造にある企業の人間も、多くが来賓として参加している。

 

 これは、クレイドルが人類の共同財産であり箱舟であると同時に。

 そんなクレイドルを建造したインテリオル・ユニオン社の権威発揚の為、その証人として招かれている、とも言えた。

 

「そもそも、リンクスになって名を挙げて、どこぞの企業から御贔屓になりゃ、嫌でもこんな場に出なけりゃならなくなるんだぞ」

 

 各企業所属のリンクス、その中でも、特にカラードランクのトップテンにその名を連ねるリンクス達は、所属している企業にとって、まさに最高戦力であると同時に、最高の広告塔でもあった。

 インテリオル・ユニオン社を例に挙げれば、現在カラードランクのランク十位に名を連ねる同社所属のリンクス、ウィン・D・ファンション。

 彼女は、デビューから程なく当時GA社の最新鋭AFであったギガベースを撃破する等、GA社にとっては災厄とまで呼ばれるリンクスであるが。

 同時に、インテリオル・ユニオン社の広告塔として、様々なCMや雑誌、更には看板などに起用され、文字通りインテリオル・ユニオン社の顔として、一般にも広く知られている。

 

 この様に、一部例外はあるものの、カラードランクの上位に名を連ねる程に名を挙げるという事は、同時に公人としての身の振り方も心得なければならなくなる。

 

「避けられない道、ですか」

 

「まぁ、そうだな。お前さんなら、多分避けようがないだろうな。……あぁ、そうだ、もしアドバイスが欲しいなら、社長あたりに聞いてみるといい。現役の頃は、こんな場に何十回と出てた筈だからな、いいアドバイスがもらえる筈だ」

 

 エドからの助言に、何故境遇が同じはずのセレンの名が出ないのかと疑問に思ったアスルであったが。

 セレンのストレートな性格を考慮すると、確かにアドバイスをもらう相手としては不十分だな。と、静かに納得するのであった。

 

「ありがとうございます、エドさん」

 

「ま、今すぐって訳じゃねぇんだ。少しずつでも、慣れてきゃいいさ」

 

「頑張ります」

 

「ははは、いい顔だ。やっぱ辛気臭い顔より、そっちの方が……っと、もう空かよ、わりぃ、新しいワイン探してくるわ」

 

 片手に持ったワイングラスの中身が空になったのに気が付くと、エドは、新しいワインを探すべくその場を後にした。

 

 こうして再び一人となったアスル。

 更に残っていた料理も食べ終え、レナトゥスのもとへと戻ろうかと思った矢先の事であった。

 

「あの、隣、座ってもよろしいですか?」

 

「え? あ、どうぞ」

 

 不意に声を掛けられ、返事をしつつ声の主の方へと視線を向けると。

 そこには、同年代位の、落ち着きのあるネイビーのドレスを着た、綺麗な青い髪を靡かせた女性の姿があった。



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Mission3-2 再会

 スタイルの良さもさる事ながら、その可憐さに、アスルの視線は自然と女性の顔を追ってしまっていた、レナトゥスのもとへ戻る事も忘れ。

 

 だが、ふと我に返ると、視線を逸らすものの。

 やはり隣の女性が気になり、チラチラと女性の顔を意識してしまう。

 

(駄目だ、何やってんだよ、俺)

 

 見ず知らずの、しかもパイロットスーツ姿の男が、自身の顔を見てくる。

 女性の側からすれば、気付いた時に気分を害するのでは。

 

 何とか理性で気持ちを抑えつけ、アスルが視線を再び逸らした刹那。

 ふと、横から視線を感じるのであった。

 

(あ、もしかして、さっきチラチラ見てたの、気付いた?)

 

 再び、ちらりと横を見れば。

 そこには、アスルの横顔を真剣な眼差しで見つめる女性の顔があった。

 

(やっぱり、気付いたんじゃ……)

 

 このまま黙って白を切り通すか、それとも素直に謝るか。

 女性の視線を受けながら考え、そして、アスルは答えを導き出す。

 

「あの……」

 

「あの、聞いてもいいですか!?」

 

 素直に謝ろうとした矢先、女性の質問に、アスルの言葉はかき消される。

 

「え、あ、はい」

 

「もしかして、アスル君? アスル・ゼルトナー君?」

 

 そして、次に女性の口から自身の名が飛び出した事に、アスルは目を丸くする。

 何故女性が自分自身の名前を知っているのか。もしかして、IDカードに書かれた名前を目にしたからか。いや、彼女の口ぶりからしてその可能性は低い。

 

「もしかして、私の事、忘れちゃった?」

 

 理由を考えていると、ふと、女性の口から面識がすでにあるかのような言葉が飛び出す。

 そしてアスルは、彼女の顔を、再び正面から見つめる。

 

 すると、遠い記憶の彼方、まだ孤児院で過ごしていた頃の記憶が蘇り。

 その中で、澄んだ笑顔をいつも見せてくれた、あるかけがえのない女の子の姿を思い出す。

 記憶の中の女の子の顔、それを目の前にいる女性の顔と照らし合わせる。すると、女性の顔には、確かに、記憶の中の女の子の面影があった。

 

「エ……、ル……?」

 

「そうだよ!」

 

 気づけば、アスルの口から、懐かしい名前が自然と零れていた。

 

「エル!? 本当に、エリーサ・ルオナヴァーラなのか!?」

 

「うん、そうだよ!」

 

 エルとの愛称で呼ばれていた、エリーサ・ルオナヴァーラは、自身の名を呼ばれ、笑顔を見せる。

 それは、アスルにとって、懐かしの笑顔であった。

 

「えっと、久しぶり、だね。元気にしてた?」

 

「うん、元気だよ。アスル君は?」

 

「俺も、一応」

 

「そっか」

 

 互いに予期せぬ再会であった為か、積もる話もある筈だが、出だしは何処かぎこちない。

 

「所で、そのドレス。もしかして、エルも式典の来賓として?」

 

「うん。養父(お父さん)の最後の晴れ舞台だから、一緒に参加したの」

 

養父(お父さん)?」

 

「あ、そうだった。アスル君、私ね、養子縁組したんだ」

 

「そうなんだ、おめでとう」

 

「ありがとう。それで、養子縁組したから、今は名前がエリーサ・ルチアーノになるんだけど。……エルって、変わらず呼んでくれる?」

 

「勿論!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

「でもそっか、養子縁組したんだ。それじゃ、孤児院も退所したんだ。……あ、それっていつ頃?」

 

「リンクス戦争が終わって暫くした頃、かな」

 

 エルの口から飛び出たリンクス戦争と言う単語と、その時期に。

 アスルは、胸が苦しくなった。

 

 アスルが孤児院を退所しレイレナード社に引き取られた際、引き取りの条件として、孤児院への資金援助があった。

 だが、リンクス戦争でレイレナード社は崩壊し、孤児院への資金援助も、同時に打ち切られる事となる。

 元々運営に余裕のある孤児院ではなかった為、リンクス戦争後の運営は、再び厳しいものとなった事は想像に難しくない。

 

「あ、でもね! 今は私のお父さんが、私達のいた孤児院に資金援助を行ってくれているんだよ! だから、安心してアスル君!」

 

 アスルの自責の念を滲ませた表情を見て、エルは、それ以上思い詰めない様にと、アスルの手を取りながら孤児院の現状を話した。

 

「え? そう、なの?」

 

「うん。だから、アスル君が悩む必要なんてないんだよ」

 

「……そっか、それは、よかった」

 

 長年、心の何処かで心配していた孤児院の問題が解決し、アスルは肩の荷が一つ下りて安心する。

 そして、その感謝を、エルに告げるアスル。

 

「あ、所で。エルの養父って、一体どんな人なの? さっき、最後の晴れ舞台って話してたけど?」

 

「あ、私のお父さんはね、インテリオル・ユニオンの代表取締役CEO、クラウディオス・ルチアーノだよ」

 

「……え」

 

 孤児院に資金援助を行えるほど裕福で、しかも今回の式典に参加する程の人物であるから、ある程度社会的地位の高い人物ではないかとの憶測を行っていたアスルであったが。

 まさか、式典を主催し、先ほど壇上で乾杯の音頭を取っていた、今や世界三大グループ企業の一つを形成する企業の社長だとは、想像もしていなかった。

 

「今回の式典がお父さんの最後の仕事。式典が終われば、退任して名誉会長になるんだけど。あ、でも安心して! 孤児院への資金援助は続けられるから!」

 

「あ、うん、それはよかった。……あ、って事は、もしかして、エルも?」

 

「うん。今はインテリオル・ユニオンの社員だよ」

 

 養父がインテリオル・ユニオン社の社長でありながら、その養女であるエルが他社の社員などである可能性は低く。

 アスルが思った通りの答えが、エルの口から返ってきた。

 

「そういうアスル君は、その恰好、もしかして……」

 

「あぁ、今は、PMCのレイヴンとして活動してる」

 

「そっか……」

 

 エルとしては、アスルが戦争等に関わることなく、何処かで慎ましやかに仕事をして生活していて欲しかったのかもしれない。

 アスルがレイヴンである事を打ち明けると、エルの表情が曇っていく。

 

「でも、アスル君が決めた道だもんね。私がどうこう言える訳……」

 

「エル……」

 

「あ、そうだ! ねぇ、アスル君さえよければ……」

 

 と、エルが何かを思いつき、アスルに提案しようとした刹那。

 突如、会場内に金切り音のような音が響く。

 

 すると、アスルは咄嗟にエルの身を守るように自身の体をエルに覆いかぶせるようにすると。

 音に混乱する会場内を見渡し、音の正体を探り始める。

 

「あ、アスル、君……」

 

 このアスルの突然の行動に、エルの頬がどんどん赤みを増していく。

 

「皆さま、落ち着いてください! 問題ございません! 警備の機体がこすっただけですので!!」

 

 それから程なくして、会場内に、先ほどの音が重大な事象ではない事を知らせるアナウンスが流れる。

 どうやら、警備中のレイヴンの愛機が、施設の一部と接触した事が原因で、先ほどの音が発生したようだ。

 

 アナウンスが流れ、会場内の混乱も収まり。

 程なくして、会場内は平穏を取り戻した。

 

「エル、大丈夫だった?」

 

「う、うん」

 

 しかし、エルに関しては、まだ平常心を取り戻すには、今しばらくの時間がかかりそうだ。

 

「本当に大丈夫? 顔が少し赤いけど?」

 

「だだ、大丈夫!」

 

「ならいいけど。……あ、そういえば、さっき何か言いかけてたけど、一体何?」

 

「あ、そうだった。あのねアスル君、もしアスル君さえ……」

 

 と、再びエルが先ほど言いかけた提案を今度こそ伝えようとした刹那。

 アスルのつけていたデジタル式の腕時計から、アラームが鳴り始めた。

 

「っと、ごめん、エル。もう持ち場に戻らないと、休憩時間が」

 

「あ! そうなんだ。なら、話はまた次に会えた時にでも」

 

「それじゃ。……あ、そうだ、久しぶりに会えて凄く嬉しかった」

 

「私もだよ!」

 

「じゃ、また」

 

 こうしてレナトゥスのもとへ戻るべく、会場を後にするアスル。

 そんなアスルの背中を、手を振りながら見送ったエルは、彼の姿が見えなくなると同時に、零れるように独り言ちる。

 

「また、会える、よね……」

 

 それは何処か、儚げな声であった。

 

 

 

 

 

 あの式典での再会から数日後。

 エルは、いつものように、自身に与えられた仕事をこなしていた。

 

「エル、間もなく降下エリアに到着よ。ブリーフィングの内容、ちゃんと覚えてる?」

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん(義姉)。今回の私の役割は、ブリアにあるGA社の軍事基地の攻略部隊の支援、でしょ」

 

「そうよ。ま、ターゲットの基地にはAFもネクストも配備されてないみたいだし、MTやノーマル程度が関の山だから、簡単な仕事ね」

 

 薄明かりで照らされる、狭いコクピット内。

 エルは、固いシートにパイロットスーツを身に纏った体を固定し、ヘルメットに内蔵されているヘッドフォンから聞こえる、義理の姉であり自身の管制官、即ちオペレーターを務める女性と、作戦前の会話を楽しむ。

 

「あ、そうだ。ねぇ、エル。この間の式典で、エルが親しげに話してたあの青年君、一体誰なの?」

 

「え、えぇ!? お姉ちゃん、見てたの!?」

 

「偶然ね。それよりも、一体あの青年君は、エルとどういう関係なのかなぁ~? お姉ちゃん、気になっちゃうなぁ~」

 

「い、今は関係ないでしょ!!」

 

「おー、バイタルが凄い事になってるよ」

 

 目の前のモニターに表示されたエルのバイタルサインの乱れを目にし、悪戯な笑みが止まらないエルの義姉。

 一方エルは、義姉からのからかいの言葉に、気恥ずかしさから顔を赤くするのであった。

 

「さて、可愛い妹の緊張をほぐしてやった所で、エル、そろそろ出撃よ」

 

「うぅ」

 

 程なくして、義姉の口調が、先ほどまでの悪戯なものから、真面目なものへと変化する。

 エルはこの決着に納得してはいなかったが、迫るタイムリミットに、直ぐに気持ちを切り替える。

 

──アイドリング解除、ジェネレーター出力上昇、コジマ粒子圧縮開始、各システム、戦闘モードへ移行、チェック、チェック。

 

 コンソールを操作し、機動シーケンスを開始する。

 刹那、無機質な機械音のアナウンスが流れ始める。

 

──チェック完了、オールグリーン。AMS接続レベル、戦闘モードに移行します。網膜投影、開始。

 

「っ、く!」

 

 程なくして、アナウンスの終了間際、エルに、頭に電流が流れたかのような痛みが走る。

 堪えきれず声が漏れるが、その痛みも一瞬の事。

 

 次の瞬間には、彼女は、自らの愛機とその意識を一部を繋げ、その時を待った。

 

「降下エリア到達、ハッチ開放、機体降下準備」

 

 輸送機のコクピットからの通信が流れるや、輸送機の胴体底部に設けられた二重のハッチが開放され、薄暗いカーゴ内に光が飛び込む。

 そして、開放されたハッチの眼下には、何処までも続くアフリカ大陸中部の砂漠の風景が流れていた。

 

「降下カウントダウン開始、五、四、三、二、一……」

 

 零、の合図と共に、流線形の多い、白と青の二色で塗装された、特徴的な腕部を有する中量二脚のエルの愛機が、固定具の解除と共に、輸送機のカーゴから大空へと放たれた。

 重力に逆らう事無く降下を続ける機体の周囲に、やがて、機体から放出されたネオングリーンの粒子が纏い始める。

 これこそ、この機体が、従来の兵器とは一線を画す事を物語っていた。

 

プライマルアーマー(PA)展開完了。"ヴェーロノーク"、作戦を開始します」

 

 そして、迫りくる砂漠の大地に、オートブーストを使用して無事に着地すると。

 エルは、自らの愛機、Y01-TELLUSの派生型、腕部を武装と一体型のパーツに変更したY06-AURORA(オーロラ)をベースに組み上げられたネクスト、"ヴェーロノーク"の名を呼びながら。

 地平線の彼方に見える目標の基地を目指し、メインブースターに火を入れた。

 

 大空を羽ばたく白い鳥を描いたエンブレムの如く、ヴェーロノークは、砂煙を上げ、砂漠を駆けた。



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Mission4-1 現役

 式典でのエルとの再会から月日が経ち、いつもの日常を送っていたアスル。

 

「業界注目! 新進気鋭のンジャムジ監督が送る最新作!! 評論家、ボス・サヴェージ氏も絶賛!! 人気若手俳優ズベンとリムのコンビが主役を務め、名バイプレイヤー・ストラング氏他、豪華俳優陣でお送りする長編SF映画作品!! 『前金、それが"全額"なら、終わり』九月九日より世界同時上映!!」

 

 この日も、事務所の一角に設置された応接兼会議スペースに設けられたテレビから流れる番組やコマーシャルを何気なく眺めながら、時間を潰していた。

 

「おい、そろそろ行くぞ」

 

 しかし、アスルはふとセレンの呼ぶ声に反応すると、テーブルに置かれたリモコンを操作しテレビの電源を切り。

 立ち上がると、セレンの後を追いかける。

 

「それじゃ、留守の間よろしくね」

 

「おーう、まかせろ」

 

「いい結果を期待してるわ」

 

 シーラとエドに見送られながら、アスルは、武蔵とセレンと共に、社用車で会社を後にした。

 三人を乗せた社用車が向かったのは、コロニー・フロリダの中心地、マイアミであった。

 

 地上にあるコロニーの中でも、数少ない活気にあふれた場所の一つ。

 そんなマイアミ市内を走る事十数分。

 社用車の進行方向上に、周囲の建物と比べ一際目を引く近代的な超高層ビルが姿を現す。

 

 そんな超高層ビルに、社用車は迷うことなく向かうと、やがて、超高層ビルの地下駐車場へと進入し、程なくして駐車を完了させる。

 

「いやぁ、苦労したけど、遂にここまできたね」

 

「武蔵、そういう言葉は交渉が成功してから言うものだぞ」

 

「あはは、でも、うん。きっと大丈夫だよ」

 

「お前は、偶にそうやって根拠のない自信を……」

 

「アスル君も、成功すると思うでしょ?」

 

「え、まぁ、そうですね」

 

 社用車を降り、エレベーターフロアへと向かう最中、今回超高層ビルへとやって来た目的の成否について話す三人。

 三者三葉の予測の中、到着したエレベーターに乗り込むと、目的の場所を目指すべく上を目指す。

 

「只今案内の者が参りますので、少しお待ちください」

 

 外観の巨大さに違わぬ、広々とした落ち着きのあるロビーの受付へと足を運んだ三人は、受付係の女性からの言葉に従い、暫し待つことに。

 その間、アスルは、ふと周囲の様子を見渡す。

 

 スーツを身に纏った社員達が行き交うが、その数は、まさに大企業と言わんばかりに多い。

 ガラスから差し込む光、各所に設置された観葉植物。

 そして、壁には、このビルの所有者にして社員達の所属先である企業のロゴが大きく掲げられている。

 

 その名を、GAアメリカ。

 

 ご存知、スタンダード・ミリタリー・カンパニーを標榜し、三大企業グループの中で最大勢力を誇るGAグループの盟主。

 企業単体としての技術力等は、多少後塵を拝している部分はあるものの、そうした部分を埋めるべく、ムラクモ等と強固な協力関係の下環太平洋圏を形成し、グループとして競争力の強化を図っている。

 

 そんなGAアメリカが所有するこの超高層ビルは、同社の勢力下にある旧アメリカ東南部担当エリアの統括拠点としての役割を担う支店で、地上における重要施設の一つでもある。

 

「待たせたな」

 

「あ、お久しぶりです! ローディーさん」

 

 その為、GAアメリカの重要人物と出会う事もあり。

 三人のもとへ近づき声をかけたのは、かつては粗製と揶揄され、その後豊富な経験と実績を経て、今やかつての汚名を払拭しGA社最強と謳われるリンクス。

 

 仕立てられたワインレッドのスーツを身に纏い、威厳に満ちた顔つきに整えられた口髭、そしてダークブラウンのオールバック。

 まさにダンディと称するに相応しい四十代後半の白人男性。

 

 現在カラードランクのランク五位に名を連ねる、ローディーその人であった。

 

「久しぶりだな、武蔵。いつ以来だ?」

 

「四年、ぶりですね」

 

「そうか、もうそんなに経つのか」

 

 リンクス戦争時は同じグループの一員であった武蔵とローディー。

 故に、二人は握手を交わしながら気兼ねなく言葉を交わす。

 

「一応、私もいるのだが?」

 

「すまなかった。よく来てくれた、ミス・セレン」

 

 セレンとは、言わば敵対企業の社員同士。

 だが、それも彼女が現役であった頃の事。

 現役を退いた現在になっても、ローディーは過去の事を蒸し返し接する器の小さな男ではない。

 

 歓迎のにこやかな笑みと共に、ローディーはセレンとも握手を交わす。

 

「それで、君が、噂のリンクス候補生か?」

 

「はい! アスル・ゼルトナーと言います! カラードランク五位のローディーさんにお会いできて、とても光栄です!!」

 

 二人と握手を交わし終えたローディーは、最後にアスルに目を向ける。

 すると、アスルは背筋を伸ばし、自己紹介と共に会釈するのであった。

 

「……ほぉ、これは随分と、気持ちがいい青年だ。武蔵辺りが教えたのか?」

 

「いやいや、彼が自発的に行っているんですよ」

 

「どうだ、私達のリンクスは? 羨ましいだろ?」

 

「確かに、これ程人格的に安心できるのは、羨ましい。だが、リンクスとして最も大事なのは、人格の良し悪しではなくAMS適性の高さだと思うが?」

 

 かつて粗製と揶揄された程、自身のAMS適性の低さと、それ故に生じる様々な苦労を知っているローディーは。

 まだ若く将来に希望の多いアスルを案じ、そして、そんなアスルに無茶をさせようとしていないかと武蔵とセレンの二人に注意を促す、そんな意味合いを含んだ言葉を投げかける。

 

「安心しろ、AMS適性については心配ない。それに、もしアスルが無茶をするのなら、私が殴ってでも止めてやる、それ位の覚悟はある」

 

「セレンの言う通り。もしアスル君が道を踏み外すなんてことがあれば、僕達が全力で止めてみせますよ」

 

「……成程。アスルと言ったな、いい縁に巡り合えたな」

 

 ローディーの言葉に、アスルは、一礼で返すのであった。

 

「所で、さっき待たせたなと言っていたが?」

 

「ん、あぁ、そうだった。君達を部屋に案内する為に声をかけたのだ」

 

 こうして軽い探り合いが一区切りついた所で、セレンの言葉に、ローディーが自身の本来の目的を思い出す。

 

「カラードランク五位のリンクスに案内されるとは、随分光栄だな」

 

「あぁ、因みに。交渉には私も同席させてもらうので、よろしく」

 

「……っち」

 

「セレン、顔、顔!?」

 

 ローディーの案内のもと、移動を開始する一行。

 その移動中、セレンは、眉間にしわを寄せ、不機嫌な表情を浮かべ、武蔵に注意されるのであった。

 

「そんなに不機嫌にならずともいいだろう。まぁ、知らない仲じゃないんだ、少しばかりは、口利きもしよう」

 

「ほぉ、言ったな? では、遠慮なくいくぞ」

 

「ふ、出来れば少しは、こちらの事情も汲み取ってくれると助かるんだが?」

 

「悪いが、そういう細かい事は性に合わん」

 

「やれやれ、困ったパートナーだな、武蔵」

 

「あはは……。でも、これでも可愛い所があるんですよ。二人きりの時なんて……」

 

「武蔵! 貴様それ以上口走ると承知しないぞ!!」

 

「あの、ローディーさん。社長と副社長がご迷惑おかけします」

 

「う、うむ」

 

 移動中、ローディーはふと思った。

 武蔵とセレンの二人に、アスルの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと。

 

 そんな一幕もある中、一行はビルのとある階に上り、廊下を歩いていた。

 

 アスルは、ビル上階にあたる階からの展望を確かめるべく、ふと、廊下の窓から外を見渡した。

 そこから見えたのは、大地と異なり、戦前から変わらぬ姿を見せる青く輝くビスケーン湾の姿であった。

 

 しかし、ふと湾口部に目をやると、そこには沖合からの侵入者を迎撃する為の防衛施設。

 クレイドルへの本社機能移転以前、GA社の本社であったビッグボックスの防衛用としても採用されている巨砲を備えた。

 まさに現代に蘇ったフォート・ドラムと言うべき施設が存在し、嫌でも戦後からの変化を思い知らされる。

 

「アスル君、こっちだよ」

 

「あ、はい!」

 

 窓からの眺めに少しばかり目を奪われていた間に、残りの三人は先に進んでいた。

 武蔵の声に慌てて三人のもとへと追い付くと、それから程なくして、一行はとある扉の前で足を止めた。

 

「ここだ、さ、どうぞ」

 

 ローディーに入室を促され足を踏み入れると。

 部屋の中には、数人の社員と思しきスーツ姿の男性達が、縦長机を前に出迎える。

 

「あれ? 葛野(かどの)君じゃないか!?」

 

「お久しぶりです、先輩!」

 

 すると、武蔵がその内の一人の顔に気付くや、嬉しそうに声をかけた。

 話しぶりから察するに、どうやらムラクモ社時代の後輩の様だ。

 

「ほぉ、まさか現カラードランク二位のお前まで同席とはな」

 

「どうも、セレンさん。先輩がいつもお世話になってます」

 

「え? あのセレンさん、この方、もしかして……」

 

「何だ? 気付いてなかったのか。こいつはムラクモ・ミレニアム社最高の戦力と呼ばれている葛野 隆見(かどの たかみ)だぞ」

 

 黒のスーツを身に纏い、眼鏡をかけた黒髪黒目の純日本人な風貌を有する三十台前後の男性。

 ただの社員と思っていたその男性が、まさか現役の、それもカラードランク二位の肩書を有する人物とは想像も出来なかったアスルは、セレンの説明に目を丸くする。

 

「ま、確かに葛野はリンクスとしての腕前は一流だが、広告塔としては、私見を言えばド三流もいいところな没個性だからな」

 

「いやー、セレンさん、相変わらず手厳しい」

 

「本当の事だろうが」

 

 セレンの指摘に頭をかく葛野。

 とても現カラードランクトップスリーの一角を担う人物とは思えないが、正真正銘、彼はムラクモ・ミレニアム社最高の戦力のリンクスである。

 

 葛野 隆見はムラクモ社がリンクス戦争終結直前に送り出したリンクスで、戦後、武蔵ことヤマトタケルの指導の下、共に様々な任務に従事し。

 ヤマトタケルが現役を引退し退社した後は、後進の育成に関わりつつも、遠近隙の無い戦い方で高い任務達成率を誇り。

 また、曲者揃いなリンクスの中にあって柔軟な思考と安定した精神の持ち主でもある為、企業連からの評価も高く、一部ではベルリオーズの再来とも呼ばれている。

 

 彼の操るネクスト、ムラクモ社の新標準機、中量二脚型のJMM-YATAGARASU(八咫烏)をベースとした"ヤタガラス"は、まさに万能型のアセンを誇るが。

 任務の内容によっては、アセンを固定する事無く他企業の武装であっても躊躇せずに使用する為。

 これも、ベルリオーズの再来と呼ばれる要因の一つである。

 

 しかし、そんな企業側からの評価に対して、彼の世間一般での認知度は、意外な事に低い。

 その要因となっているのが、彼が、ムラクモ社最高戦力のリンクスであるにも拘らず、同社の広告塔として起用されていないからである。

 

 何故、ムラクモ社が彼を広告塔として起用しなかったのか。

 その最大の理由は、セレンが指摘した通り、アスルが最初、彼を一般社員と間違う程、彼が没個性だからである。

 取り立てて奇抜なファッションをしている訳でも、印象に残る顔をしている訳でも、言葉遣いが特徴的な訳でも、性格に難がある訳でもない。

 安定し過ぎているが故に、広告塔として起用するにはインパクトが無さ過ぎたのだ。

 

 故に、彼はその実力に反してメディアへの露出が少なく、GA社の顔として世間一般でも顔が知られているローディーと異なり、世間一般ではあまり顔の知られていないリンクスであった。

 もっとも、個性揃いのリンクスの中にあって没個性と言われる彼、それはそれで、見方を変えればまた一つの個性なのかも知れない。



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Mission4-2 セレン式交渉術

 そんな葛野とローディーが同席する、CDGの将来がかかった大事な交渉が。

 通された会議室で、程なく開始された。

 

「それで、御社のご要望についてですが、事前に提出してくださいました資料の通りで間違いありませんか?」

 

「はい」

 

 まるで面接のような雰囲気の中始まった交渉。

 アスル達三人の対面に座るのは、GAアメリカ、ムラクモ、そしてBFFの人事や営業部署等の社員。そして、葛野とローディーの二人。

 まさにGAグループを形成する主要企業の社員達であった。

 

「資料には出資受け入れの他、必須項目として、シミュレーター及びネクスト用輸送機のリース代金の四割引きで契約、GAN01-SUNSHINE-L一式を六割引きで購入と書いてあるが?」

 

「余っているんだろ。なら、倉庫で埃をかぶせておくよりも、六割引きでもさばいた方が有意義だろう?」

 

 GAアメリカ社員からの言葉に、セレンがチクリと言葉を返す。

 すると、GAアメリカ社員の眉間にしわが寄る。

 

「ニューサンシャイン・プロジェクトのセクションR。現行の技術力で新型機にも対応できる旧型のSS及びSSL型の性能向上を目指した計画の一つ。性能としては概ね満足なようだが、肝心の売り上げが振るわんのではな」

 

 そんなGAアメリカ社員の眉間のしわを更に深くするかのように、セレンから畳み掛けるように言葉が飛び出す。

 

 ニューサンシャイン・プロジェクト、NSS計画とも呼ばれる同計画は、GA社がリンクス戦争後にAFの開発・製造と並行して進めている計画である。

 一般には新型ネクストの開発計画と思われているが、実際は新型ネクストは計画全体の一部に過ぎず。

 同計画は新型ネクストの開発セクションの他、新たなリンクスの発掘・育成、ネクストの新たな運用方法開拓等々。

 ソフト・ハードの各計画を各セクションごとに区分し進めている、巨大な計画なのである。

 

 そして、その内の一つ、セクションRことリジェネレーション計画は。

 GA社の旧式ネクスト、GAN01-SUNSHINE及びGAN01-SUNSHINE-Lを、現行の技術力でのアップデートを目的とした計画で。

 GA社側の宣伝によれば、同計画で近代化改修が行われたパーツは、近代化改修未実装のパーツと比較し、最大で一・五倍もの性能差があるらしい。

 

「ど、同パーツはまだ宣伝のほどが不足しており、今後、宣伝効果で売り上げは徐々に……」

 

「あの皮肉めいた宣伝の効果が絶大だとは思えんがな?」

 

 GAアメリカ社員の反論の弁を、セレンは一蹴する。

 

 彼女の言う皮肉めいた宣伝とは。

 売れ行きの芳しくないSS及びSSL型の購買促進の為、同型をモデルに擬人化した『GAマン』なる、どう見ても段ボール箱を被っただけの人にしか見えないキャラクターを用いた宣伝広告の事で。

 そのキャッチコピー、『GAマンも愛して!』は、まさに哀愁漂う皮肉めいた文言なのだ。

 

「そ、それは……」

 

「ごほん! セレン、君も、社の業務を担う者なら解るだろう。そう簡単に、赤字覚悟で放出できるものではないと?」

 

 咳払いをしたローディーは、萎縮したGAアメリカ社員に代わりセレンの相手を務め始める。

 だが、セレンの勢いは留まる所を知らない。

 

「だからこそだ。後になって七割八割引きで放出するよりも、六割引き程度でも"売れた"との"実績"を今の内に作っておいたほうが、何かと都合がいいだろう? これは、そちらの事情を汲んでの提案だ。それとも、GA社側としては、今後売れる目途が立っているのか?」

 

 セレンの返答に、ローディーの顔が少しばかり曇り始める。

 

「ローディー、お前ならよく分かっている筈だ。リンクス戦争からSUNSHINE-Eをベースとしたフィードバックを使用しているお前ならな」

 

「……よろしい。では、少し質問を変えよう、SSL型一式、君達は、どういう運用計画でこれを購入するんだ?」

 

 流石に社員のいる手前、ローディーもGA社の旧式ネクストについての評価は明言を避け、話を別のものへとすり替える。

 

「明言は避けるか、ま、いいだろう。SSL型一式の使い方についてだが、ハッキリ言って、本命のパーツ一式を手に入れるまでのつなぎ兼練習用だな」

 

 セレンの答えに、ローディーの眉がピクリと反応する。

 

「素直で大変結構だが。流石にそういう理由でSSL型が選ばれたとあっては、少々気分は良くはないな」

 

「だが、ローディーも嫌と言う程理解しているだろ? GA社製のパーツは少々手荒に扱っても壊れない程の頑丈さが売りだと」

 

「……」

 

「ま、答え辛いのなら答えなくて結構だ。兎に角、現在私達が考えているSSL型一式の運用計画は話したぞ? あぁ、因みに、外装はSSL型一式だが、内装に関してはムラクモ、BFF、更に武装等はGAグループのものを基本にするつもりだ」

 

 まさかここで自分達の会社の名が出てくるとは思わず、ムラクモ及びBFFの社員達は反応に困ったと言わんばかりの表情を見せる。

 

「あぁ、ありがとう。……所で、先ほど本命までのつなぎと言ったが、その本命とやらは、どんなものなのか、差し支えなければ教えて欲しいものだが?」

 

「細かくは言えんが、一応言っておくと、ムラクモのパーツを本命に考えている。よくご存知の通り、ムラクモのパーツは高性能だが、それに比例して、維持費も高価な事で知られている。故に、私達はSSL型でこいつ(アスル)を正式なリンクスとして一足先にデビューさせ、レイヴンより実入りの良いリンクスの依頼をこなして本命運用に必要な資金を貯めるつもりだ」

 

「成程。大変結構だ」

 

 セレンからの答えに一応納得したのか、ローディーは質問を切り上げる。

 

「そうだ、言っておくが、私達の提示した条件を飲み出資を行う事は、GAグループにとってやがて大きな財産となる筈だ。別に整備や輸送機用の人員まで差し出せとは言ってないんだ、人員はこちらで確保している。そちらは必要な資金と品物を提供するだけ、何をためらう事がある?」

 

「えっとセレンさん、それは(アスル)が、何れGAグループにとって切り札のような存在になり得るという事ですか?」

 

 セレンの言葉に、今度は葛野が反応を示す。

 

「そうだ。今回の投資、やがて大きな利益になるぞ。それこそ、"リンクス戦争の英雄"の時のようにな」

 

「あの方の様に、ですか、それはまた随分と大きく出ましたね」

 

「言っておくが、願望なのではないぞ。七割がたは確信している」

 

「先輩もそうお考えですか?」

 

「え? まぁ、うん。アスル君は優秀だから、多分僕が現役の頃よりも活躍してくれると思うよ」

 

「そういえば、資料によれば(アスル)はレイヴンなんですね。成程、あの方も確かに、リンクスになる以前は伝説とまで呼ばれた腕利きのレイヴンでしたね。そして、リンクスデビュー当初、あの方もSSL型のネクストを使用していた。……再来かどうかは別として、確かに似通ってますね」

 

 言い終わるとふと、葛野は先ほどから黙っているアスルに目を向ける。

 特に自身の出番がないと感じているのか、黙っていたアスルは、葛野の視線に気づくや、彼の目を真っ直ぐ見つめ返す。

 

「一つ、質問してもいいかな、アスル君?」

 

「あ!? はい!」

 

 そして不意に、葛野から尋ねられたアスルは、一瞬びくりとしたものの。

 直ぐに向き合い直すのであった。

 

「君は、どうしてリンクスになろうと思ったんだい?」

 

「……、俺を、俺を必要としてくれた人達の力になりたいからです!」

 

 葛野の目を真っ直ぐ見つめながら、アスルは、力強く答えた。

 

「……成程、答えてくれてありがとう。……もしかしたら、彼は我々の予想も出来ない程の、"イレギュラー"というものになるかも知れませんね。……いや、もしかしたら、既にそうなのかも」

 

 そして、葛野は再び視線をアスルからセレンへと変更すると、意味深な感想を漏らすのであった。

 

「何れにしても、先輩とセレンさんが見出した候補生ですから。ここは、貢献して下さった先輩の顔を立てて、ね、どうでしょう?」

 

 葛野はムラクモ社員達に是非を問うと、暫し社員同士でアイコンタクトを取った後、一人のムラクモ社員が声をあげた。

 

「当社といたしましては、御社への出資に関しては賛成の立場です。それと、シミュレーターの件ですが……」

 

 と、ムラクモ社員は目線を葛野へと向ける。

 

「私の中古でよければ、先輩方に半額でリースしますけど? どうです?」

 

 すると、ムラクモ社員からバトンを渡された葛野が話を引き継ぐ。

 

「半額は魅力的だが、中古か……」

 

「セレンさん、一応データは最新のものですし、なんでしたら、機材もお渡しする前にオーバーホールしますよ」

 

「ほぉ、それは太っ腹だな。いいだろう」

 

 こうして、ムラクモとの間で交渉が成立すると。

 

「我々BFFといたしましても、出資に関しては賛成を表明します。また、ネクスト用輸送機のリースに関しましても、そちらのご要望通り、四割引きでの契約で構いません」

 

「すばらしいな」

 

 続いてBFFとの交渉も成立し。

 残るは、GAアメリカのみとなる。

 

「さて、残るはGAのみだが、最終的な結論は?」

 

「少し、外で話してきてもいいかな?」

 

「あぁ、構わん、が、手短にな」

 

 すると、ローディーがGAアメリカの社員達を引き連れ、一旦会議室から退室する。

 おそらく、廊下で最終的な結論を話し合っているのだろう。

 

 数分後。

 退室していた面々が、再び会議室内に戻って、着席するや、ローディーが口火を切った。

 

「話し合った結果、そちらの要求通り、SSL型一式を六割引きで販売しよう。それから、パーツに関してはメンテナンスを実行してから渡そう」

 

「いいだろう、では、交渉成立だな。今後とも、いいお付き合いが出来そうだ」

 

「こちらこそ、な」

 

 セレンから差し出された手を、ローディーは握り返し握手を交わす。

 

 こうして、その後必要な書類や手続きのやり取り等を終え、この日の交渉はすべて終了。

 大満足な表情を浮かべたセレンを先頭に、三人は会議室から退室していった。

 

 

 

 

 

 そして、会社へと戻る道中の車内。

 途中、祝杯様にとマイアミ市内の店で幾つかの酒類を購入し、更に機嫌のいいセレンが、思い出したかのようにアスルに話しかけていた。

 

「アスル、分かっているとは思うが、これから忙しくなるぞ」

 

「はい」

 

「ネクストを降りてから大分間が空いているからな、これから、私がみっちりと、昔の勘を取り戻させてやるから、覚悟しておけ」

 

「分かりました!」

 

「が、先ずは帰って祝杯だ! 飲むぞ!!」

 

 その後、会社に戻ったアスル達は、宣言通りシーラやエド等、他の社員も含めて祝杯を挙げた。

 その際、アスルはセレンの酒癖の悪さを再び目の当たりにすると同時に、何気に武蔵の酒豪ぶりを目にすることになるのだが、それはまた、別のお話。



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Mission5-1 ライバル

 あの交渉成立の翌日から、CDGは大忙しとなった。

 先ずは、ネクスト及びネクスト用輸送機を運用する為に、会社を現在の場所から人口密集の少ない、コロニー・フロリダ郊外の廃棄された空港へと移転。

 新たな事務所として機能すべく、移転前に改修工事が行われた郊外の廃棄空港は、一部かつての面影を取り戻していた。

 

 こうして新事務所に移転を終えると、次いで、購入したパーツ等の受け入れ搬入。

 専用に新築したネクスト用の格納庫で、アスルの新たなる相棒となるネクスト、SSL型をベースとしたレナトゥスの組み立て作業。

 更にはネクスト用輸送機の保守点検作業等々。

 主に、整備班の面々にとっては目が回る程忙しい日々が続いた。

 

 だが、他の社員達が忙しそうに動き回る中、一人、いつもと変わらず新しくなった自身のデスクで新聞を読んでいる者がいた。

 そう、エドである。

 

「お、今度のレースはプライド抜き号にハイジョクンも出るのかよ、こりゃ荒れるぞ……」

 

 と言っても、彼が読んでいたのは経済新聞ではなく、競馬新聞ではあるが。

 

「おいエド、競馬新聞を眺めてる暇があるなら、私の言っていた調査をさっさと終わらせたらどうだ?」

 

「あぁ、副社長。そいつなら、とっくに終わったんで、副社長のデスクにまとめて置いてますよ」

 

 競馬新聞からチラリと視線を動かし、険しい表情を浮かべるセレンを確認すると。

 エドは特に動じることなく飄々とした口調で調査報告書の在処を告げるのであった。

 

「あれ? そういや副社長、アスルとシミュレーターで相手してたんじゃなかったか?」

 

「あぁ、それか。……あいつは勘を取り戻すのが早くてな。もう、私では相手として不足だから、今は武蔵が相手をしている」

 

「ありゃ? 確か副社長、少し前には地獄の特訓で勘を取り戻させるとか豪語してませんでした?」

 

「はぁ……。同じようにブランクがあると思ってたが、あいつは、リンクスを辞めた後もレイヴンとして活動し、感覚は忘れずにいた。だが、私の方は戦いから身を引いたままで、大分と感覚を忘れてしまったようだ」

 

 自身の席に腰を下ろし、アスルの特訓を通じて痛感した、ブランクによる自身の腕の訛り具合に対する愚痴を零すセレン。

 

「全く、こんな様では、師匠として失格だな」

 

「あら、だったらまた、鍛え直せばいいんじゃない?」

 

 そんなセレンに、シーラがコーヒーの入ったカップを差し出しながら話しかける。

 

「シーラ……」

 

「アスル君に、助けになってあげるって言ったんでしょ? だったら、足手まといにならない様に、また頑張ればいいのよ。現役の時の貴女みたいにね」

 

 セレンの現役時代、霞スミカの頃を誰よりも近くで目にし、誰よりもよく知るシーラは、霞スミカが、影で努力していた事を知っていた。

 

「そうだな。……もう一度、私自身も鍛え直すか」

 

「私も協力するわ」

 

「ありがとう、シーラ」

 

 そして、そんな長い付き合いであるシーラの言葉に、セレンは救われるのであった。

 

「だが先ずは、アスルの同期、ライバルになりそうな奴らの情報に目を通す事が先決だな」

 

 自身のデスクに戻るシーラを他所に、セレンはエドがまとめた調査報告書に目を通し始める。

 

「ほぉ、今回は数が多いな」

 

「あぁ、何故かは知らんが、今回は大量だ。なんせ、俺達の所を含めて"四人"だからな」

 

 調査報告書に軽く目を通したセレンの口から零れた感想に、エドがすかさず反応を示す。

 

「毎年一人出れば大当たりって言われてたのが、今回は四人だからな。……ま、考えようによっちゃ、アスル一人よりも注目度はバラけるから、気楽っちゃ気楽だがな」

 

「だがその分、競争は必須だな」

 

「まぁ、そうだな」

 

 セレンが目を通している調査報告書は、現在正式なリンクスとしてカラードへの登録を行うに必要な審査の書類を提出している同業他社。

 即ち企業の所属ではない独立傭兵のリンクス候補生達の細かな調査内容が記載されたものであった。

 

 リンクス戦争終戦直後、当時まだ独立傭兵と言う概念が存在していなかった中、その先駆けとしてデビューしたリンクス、ハードラック。

 彼の登場後、大企業に属さないフリーの傭兵として、独立傭兵と言う存在は徐々に数を増やしつつあった。

 だが例年、新しく独立傭兵として現れるのは、多くて一人、というのが現状であった。

 

 この背景には、当然ながらネクストの存在が深く関係している。

 

 

 

 ネクストであれ、MTやノーマル等の兵器であれ、"動かす"だけなら一人から数人程度いれば十分だが。

 こと"運用"するとなると、操縦者のみならず、兵器を万全の状態にするための更なる人員が必要となる。

 そして、ネクストという兵器は、従来の兵器以上に、運用する為には人員が必要となる逸品であった。

 

 企業にとって、所属する人員というものは、かけがえのない財産であり、同時に負債でもある。

 何故か、それは企業にとって表裏一体の理。"人件費"と言う名の固定費が発生するからに他ならない。

 古くから、企業にとって人件費の問題は常に付きまとうものであった。この問題を攻略しつつ、いかに利益を出すか、それはまさに企業にとって永遠の課題である。

 その為、人を減らす、或いは人手の必要な工程を人件費の安い地域で行う等。企業はあの手この手でこの課題に挑んでいった。

 

 そしてその問題は、国家解体戦争以降、競争原理が大幅に幅を利かせた軍事の面においても避けては通れないものとなった。

 即ち、世界三大グループ企業に代表されるような大企業ならば、必要な人員の確保も、それに伴って発生する人件費の問題も、さほど懐の痛いものではない。

 だが、多くの独立傭兵が所属している、所謂中小企業では、それはまさに死活問題なのだ。

 

 特にネクストの運用に関しては、専門知識の必要な人員を確保するのも一苦労であり、運用の為の資金繰りの大変さも相まって、独立傭兵として市場に新規参入する企業は少ないのが現状だ。

 しかしそれでも、その力に惹かれ、或いは一攫千金の可能性を信じて、独立傭兵として市場に新規参入する企業が絶えないのも、また事実である。

 

 

 

 そして、そんな新規市場参入が、今回はCDGのアスルも含めて四人も現れた。

 自社のリンクスだけでは心許ない、或いは使い潰しが利かない等。

 大企業にとって独立傭兵は、大切な時間とお金をかけて育て上げた自社のリンクスに対する万が一の時の為の保険として最適な存在故、その囲い込みは、例年激しいものであった。

 

 所が、今回は四人の為、一人に対する囲い込みよりも勢いは分散される。

 エドが口にした言葉の意味は、上記のようなものであった。

 

 だが、裏を返せばそれだけライバルも一斉に増えるという事で。

 資金確保の為のアピール合戦は、熾烈を極める。

 セレンの口にした言葉は、そうした意味合いを含んでいた。

 

「けどよ、アスルの腕があれば、他の奴より一歩抜きんでるのは容易い事だろ? 少なくとも、そこに載ってる三人なんかよりは、別格だぜ」

 

 調査報告書に記載された、アスルと同期デビューを果たすと思われる三人のリンクス候補生。

 各々の経歴などが記された中には、特に前職がノーマルのパイロット或いはレイヴンと言った、リンクスになるにあたりある程度は役立つ職に就いていたとの記実はない。

 もっとも、そうした前職についていなくとも、優秀なリンクスとして秘めたる能力を開花させた例は幾らかある為、経歴が何処までその者の能力を測るに役立つ物差しとなるかは、最終的には読み手の判断次第だ。

 

「ほぉ……、この二人、ウィスとイェーイという奴らは、スパイサーの所から出るのか」

 

「あぁ、その二人か。なんでも、二人一組で売り出すつもりらしい。ウィスの方は近距離戦重視で、イェーイの方が遠距離戦重視って棲み分けだ。しかも、イェーイの方はアーキテクトとしても売り出すらしい。ま、確かに売り出し方としちゃ有効だが、にしても二人同時とは、スパイサーの親父さんも景気がいいねぇ、羨ましいよ」

 

 業界としてはそれ程大きくはない為、必然的に、知り合いの会社からライバルが出る事はままある。

 セレンやエドが口にしたスパイサーとは知り合いの男性、『ランディ・スパイサー』が社長を務める、自らの名を冠した民間軍事会社『グリッター・スパイサー』の事である。

 会社の規模としてはCDGよりも大きく、業績の方もなかなかではある。

 

 だが、そんな規模の会社でも、リンクスを二人同時に用立ててデビューさせるのは、なかなかな賭けであった。

 

 その為か、イェーイと呼ばれるリンクス候補生の方は、リンクスとして大成しなかった場合の保険として、アーキテクトと呼ばれるネクストのアセンブルを担当する要員も兼ねていた。

 フォーミュラフロントと異なり、ネクストのアーキテクトは設計者としての性格が強く。

 人間で言う皮膚や筋肉、或いは骨格を司るフレームパーツ、心臓や頭脳などを司る内装パーツ。そして、それらにAMSと言う脳内信号を伝達させる為の神経の役割を担う統合制御システム、通称IRS(Integrated Regulating System)や、専用制御システム、通称FRS(Fractional Regulating System)等。

 基本構造は同じでも各企業ごとに詳細が異なるそれらを、搭乗者であるリンクスが操縦の際に違和感を覚えぬ様に、アーキテクトは細かな調整を行い違和感のない高い相互性を確保する必要がある為だ。

 

 その為、専門的な知識もさることながら、やはり実際に使用していた経験も有効となる為。

 現役アーキテクトの中には、元リンクスである者も多く。

 現役を引退し、ネクストのアーキテクトを専門とする会社を立ち上げた元リンクスも少なくはない。

 

 因みに、ネクストのアーキテクトは、フォーミュラフロントで呼ばれているものと区別すべく、別名"人形遣い"とも呼ばれる。

 これは、ネクストという鋼鉄(くろがね)の巨人を設計し創り上げる様から、そう呼ばれるようになったと言われている。

 

「全くだな。……ん、こっちのダン・モロという奴は、シャノンの所か」

 

「あぁ、そうそう。満を持して三人目のデビューさ。全く、大手さんは余裕があって羨ましいよ」

 

 そして残りの一人、ダン・モロという名のリンクス候補生の所属会社を目にし、セレンはまたも知り合いの男性の名を口にする。

 

 フロイド・シャノン。

 元ローゼンタール社の社員にして、民間軍事会社『フレンチ・ビード』の社長兼アーキテクトを務める人物である。

 同氏はローゼンタール社在籍時代、現在ローゼンタール社所属で、近年急速に頭角を現しつつあるリンクス、ダリオ・エンピオの操るネクスト、トラセンドを設計した事でも知られ。

 また同氏が社長を務めるフレンチ・ビードには、同氏が設計したネクストを操り、独立傭兵として活動している現役リンクスが二名在籍している事でも知られる。

 

 一方はインテリオル寄りとされる、ネクスト、トーンエスケープを操る女性リンクス、フェルト。

 もう一方はローゼンタール寄りとされる、ネクスト、サベージビーストを操る男性リンクス、カニス。

 

 そして今回、満を持して三人目を輩出しようというのだ。

 

「おそらく、シャノンの事だから、そのダン・モロってやつはGA寄りにするつもりだろう」

 

 元ローゼンタール社の社員であるフロイド氏は、ローゼンタール社在籍時のコネを利用する一方で、古巣であるローゼンタール社にのみ利する事はしなかった。

 それは、同氏のアーキテクトとしての設計指向に通ずるものであった。

 同氏の設計指向、それは特定企業に偏らない多企業混淆機である。

 

 この為、所属するリンクスを三大企業グループの各グループごとに派遣させる事で、三大企業グループから均等に距離と信頼を得ようという方針なのだろう。

 その総仕上げとして、今回のリンクス候補生輩出だ。

 

 当然、リンクスを三人も擁する、即ちネクストを三体も保有するという事は、それだけ維持していくのに相応の負担も強いられる訳だが。

 フレンチ・ビードは、そんな負担も受け入れられる程、規模の大きな会社であった。

 

「会社としてはうち(CDG)が一番小さいが。ま、最大のアピールポイントは、やっぱリンクス自身の腕前だよな」

 

 しかし、どれだけ会社側が時間とお金をかけて送り出しても、最後に物を言うのはやはりリンクス自身の腕前だ。

 特に、世界三大グループ企業のような大企業に属さぬ独立傭兵にしてみれば、カラード上位への最短ルートは、自らの力の証明のみと言える。

 

 そして、そんな必要条件をアスルは満たしていると、エドも、そしてセレンもシーラも、疑う余地はなかった。



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Mission5-2 特訓

 一方その頃。

 皆が期待を寄せているアスル自身は何をしていたのかと言えば。

 新たな事務所に隣接し、移動も楽なように通路で事務所と繋がっている真新しい建物内に設けられた、シミュレータールームにて。

 

 現在、社長の武蔵と対ネクスト戦を想定した特訓を行っていた。

 

 ムラクモから定価の半額でリースしたシミュレーターは、ムラクモ側の好意もあって二基も受け取る事が出来た。

 この為、プログラムのみならず、リアルタイムでの一対一の対戦形式での使用も可能であった。

 

「っ! 流石!」

 

 そんなシミュレーターが作り出した仮想空間上。

 砂漠の中に墓標の如く佇む廃墟群が哀愁を誘うそんな場所、旧ピースシティと呼ばれるアラビア半島に存在する同名の場所をモデルとした場所を。

 アスルはハイエンドノーマル時同様、黒を基調としたSSL型こと、ネクスト・レナトゥスを操り駆けていた。

 

 しかし、その姿は、勇ましく攻め立てていると言うよりも、被弾しない様に機体を動かしながら立ち回っている様に見える。

 

 バックブースターと呼ばれる補助ブースターを噴射し、廃墟群の間を滑る様に移動するレナトゥス。

 そんなレナトゥス目掛け、幾つもの弾丸が飛来する。

 全てを避け切れず、幾つかが見た目通り頑丈な装甲を叩いた刹那、耳を劈かんばかりの轟音と共に、弾丸が音速の数倍とも思える速さでレナトゥス目掛けて飛来する。

 

「っ!」

 

 それはもはや、脳を介さず体が勝手に反応したかの如く反応速度で、アスルは、とあるブースターを作動させる。

 刹那、レナトゥスがその鈍重な見た目からは想像も出来ぬ程の速さで、左へと移動する。

 それこそネクストのみが有する特殊推進機構、クイックブースト(QB)だ。

 

 しかし、音速すらも叩き出す速さのQBをしても、その数倍の速さを誇る弾丸を余裕をもって回避ことは出来ず。

 弾丸は、レナトゥスが纏うPAを貫きながら、レナトゥスの右肩をかすめると、後方の廃墟を幾つか貫通して彼方へと消えていった。

 

 こうしてギリギリの所で攻撃を回避し安堵するアスルの耳に、直後、聞き慣れた声が飛び込んでくる。

 

「どうしたんだい? 逃げてばかりじゃ勝てないよ?」

 

 声の主は、言わずもがな、武蔵。

 そして、彼は先ほどの攻撃の犯人でもあった。

 

「でも、流石だね、アスル君。幾らか攻撃は受けているものの、致命傷となる攻撃は全て回避してる。それも、始めて使うSSL型をもう手足の様に使いこなして。……正直、ここまで凄いとは思わなかったよ」

 

 直線距離にして六〇〇、廃墟の間に佇む、一体の赤い巨人の姿を、レナトゥスの巨大な単眼メインカメラが捉える。

 手足の流線形が美しさを醸し出し、コアの直線が力強さを醸し出す。

 赤と黒で塗装されたそのフレームの名は、JMM-AKATUKI()

 

 右腕にムラクモ社製のレールガン、他社製よりも射程は劣るものの、消費エネルギーの低さと装弾数の多さが特徴のJMM-HR01-IKAZUTIを装備し。

 左腕にムラクモ社製のマシンガン、他社製よりもマガジン装弾数が多く、良好な集弾性を誇るJMM-MG01-ARASIOを装備。

 右背部にはムラクモ傘下の有力企業の一つ、主にエネルギー兵器開発をグループ内で先導するキサラギ・マトリクス社。

 同社が開発・製造するパルスキャノン、他社製よりも高い連射力と射撃精度を誇るが、同系兵装の宿命というべきエネルギー管理は難しいMYOJOを装備。

 左背部にはムラクモ社製の二連装チェインガン、低負担に高い射撃精度を誇るJMM-CG01-NOWAKIを装備。

 

 肩武装は装備していないものの、左腕には、通称収納と呼ばれる予備火力として、キサラギ社製のレーザーブレード、SENDENを装着している。

 

 そして、内装などもムラクモグループの品々で固められた。

 そんなアセンブルに組まれたネクストこそ、かつてムラクモの最高戦力とされたリンクス、ヤマトタケルこと武蔵が操る、ネクスト・ツルギであった。

 

「武蔵さんも、ブランクがあるとは、思えない程、強いですね」

 

「そうかな。これでも、自分自身じゃ結構衰えたと思ってるけど?」

 

「なら現役の頃は、もっと強かったんですね」

 

「アスル君、何だが嬉しそう? 声が弾んで聞こえたけど?」

 

「昔、教官から教わった言葉を思い出したんです。立ちはだかる壁は、高ければ高い程、超えた先には素晴らしい景色が待っている。……最初はどんな意味なのか、まだ子供だったから理解できませんでしたけど。今なら、解ります」

 

「そっか、なら、更に素晴らしい景色にする為にも、僕ももっと高い壁にならないとね!」

 

 暫し言葉を交わし終えた刹那、武蔵が再び攻撃を再開する。

 左背部の二連装チェインガン(JMM-CG01-NOWAKI)の砲口が火を噴き、レナトゥス目掛けて嵐のような弾丸の雨を降り注がせる。

 

 バックブースターとQBを駆使し、廃墟を盾としつつ被弾を可能な限り抑えながら、アスルも反撃を試みる。

 レナトゥスの右腕に装備しているBFF製ライフル、047ANNRを使用し、ツルギのAPを削りにかかる。

 

 しかし、ツルギは巧みなQBで自らを狙う弾丸を避けていく。

 

 だが、アスルとしてはそれが狙いだった。

 ツルギからの放たれる絶え間ない二連装チェインガン(JMM-CG01-NOWAKI)の攻撃、それを一瞬でも止める事こそ、アスルの狙い。

 ツルギが廃墟の影に姿を隠し攻撃が止んだ刹那、アスルはレナトゥスの右背部に装備しているMSAC社製ミサイル、PLATTE01を起動する。

 

 そして、一拍置いた後、再び姿を現したツルギ目掛け、PLATTE01のハッチが開口し弾頭が露わとなった搭載ミサイルを放つ。

 更に間髪入れず、後続のミサイルを発射していく。

 

 複数のミサイルが自機に飛来する事に警告音で気付いた武蔵は、再び二連装チェインガン(JMM-CG01-NOWAKI)を発砲し始める。

 だが、今回のターゲットはレナトゥスではなく、自機に迫る複数のミサイルだ。

 空中に幾つもの爆発と黒煙の花が咲き乱れる。

 程なくして、最後の一発を撃ち落としたその時、武蔵の体を衝撃が襲う。

 

「っ!?」

 

 自機の機体状況を示す表示には、脚部に被弾したとの表示。

 そして、ツルギのメインカメラには、視界を遮るかの如く、爆煙と砂煙が立ち込めている。おそらく足元付近での爆発で巻き上がったのだろう。

 これ程視界を遮る状況を作りだせる武装は、レナトゥスが装備している中で一つしかない。

 レナトゥスの左腕に装備しているGA社製のバズーカ、GAN01-SS-WBだ。

 

(ミサイルの迎撃に気を取られている隙にバズーカを当てる、流石だね。……さ、次はどう出る?)

 

 武蔵がアスルの次なる出方を伺っていた刹那。

 警告音と共に、爆煙と砂煙の右上方から、黒いSSL型が飛び出す。

 その両手に装備した銃口と発射口をツルギにしっかりと向けて。

 

「面白い!」

 

 刹那、武蔵は瞬時に左腕のマシンガン(JMM-MG01-ARASIO)と右背部のパルスキャノン(MYOJO)を起動させると、その銃口と砲口を、右上方を飛ぶレナトゥスへと向ける。

 そして、互いに放った火線が交錯する。

 

「っ!」

 

「く!」

 

 連射力では優れる兵装を有し、またSSL型にとっては相性の悪いエネルギー兵器を有したツルギ。

 如何に強固な装甲を有しているSSL型とは言え、遮蔽物の無い空中で実弾とエネルギー弾の弾幕をかわしきる事はできない。

 QBを使用し、ツルギからの弾幕を最低限の被弾に抑えつつ、上方からの攻撃を続けるレナトゥス。

 

 しかしツルギも、簡単にレナトゥスからの攻撃を受けてやることなく、バックブースターとQBを駆使し、レナトゥスから繰り出される攻撃を避けていく。

 

(まだか……)

 

 アスルは、レナトゥスのエネルギー残量、PAの減衰率。

 そして、機体の装甲耐久値を搭乗者に認識し易く視覚化すべく数値化した、アーマーポイント、通称APの残り残量に目をやりながら、その時が訪れるのを待った。

 

 実弾攻撃と異なり、エネルギー攻撃であるパルスキャノン(MYOJO)のダメージは、相性の悪さからAPの減りが多い。

 国家解体戦争時から、GA社製のパーツは総じてエネルギー兵器に対する防御力が低い事で知られている。

 最新のパーツでは多少の向上が図られているが、やはりそれでもエネルギー兵器に対する愛称の悪さは変わっていない。

 

 だが、実戦を想定すると、相手がこちらの都合を考慮してくれる事などある筈がなく。

 また、どんなに環境が悪くとも、戦わなければならない場合もある。

 

 故に、アスルはレナトゥスの残りAPに気を使いながら、耐え忍んだ。

 

(来た!)

 

 そんなアスルの忍耐が、実を結ぶ瞬間が訪れる。

 それは、パルスキャノン(MYOJO)を始めとしたエネルギー兵装の宿命、エネルギーの管理を要因とした。

 機体の稼働や戦闘機動等により使用するエネルギー消費と、兵装使用に伴うエネルギー消費。

 二つの消費を管理し、如何に戦闘中にエネルギー不足を起こさせないか、それも、リンクスとしての腕の見せどころである。

 

 そして武蔵は、そんなエネルギー管理を疎かにはしなかった。

 

 戦闘中、特に撃ち合いの最中、エネルギー不足で動きを止めればどうなるか、それは考えるまでもない。

 故に、一時弾幕を薄くしても、エネルギー消費の激しいパルスキャノン(MYOJO)の使用を一時中断し、インターバルを設ける。

 それが、武蔵の出した答えであった。

 

 が、それこそ、アスルの待ち望んでいた瞬間でもあった。

 

「そこ!!」

 

 狙いを定めたレナトゥスの右腕のライフル(047ANNR)が、火を噴く。

 刹那、マシンガン(JMM-MG01-ARASIO)の弾丸の雨の中を突き進み、飛来したライフル(047ANNR)の弾丸は、ツルギが使用を中断し光りを放つのを止めた、パルスキャノン(MYOJO)の砲口に、吸い寄せられるように飛び込んだ。

 

「何!!?」

 

 次の瞬間、武蔵は驚きの声をあげた。

 爆発と共に伝わる小さな振動の後、パルスキャノン(MYOJO)使用不能の表示が現れたからだ。

 

「エネルギー管理の為に、インターバルを設けた一瞬の隙を狙ってパルスキャノン(MYOJO)を破壊した……。本当に、流石だよ、アスル君」

 

 使い物にならなくなったパルスキャノン(MYOJO)をパージしつつ。

 武蔵は、ツルギから距離を取り、ようやく地に足を付けたレナトゥスを操るアスルに対して、感心を示す」

 

「もしかして、開始直後からさっきの反撃に転じるまでの間防御に徹していたのって? もしかして、さっきのチャンスを伺ってたって所かな?」

 

「えぇ、まぁ」

 

(僕が簡単に背後を取らせないと悟って、正面からでも射抜けるチャンスが訪れるのを待つ。状況の分析能力に忍耐力、更に咄嗟の機転。……これは本当に、並のリンクス以上だよ)

 

 不意に、武蔵の口角がつり上がる。

 

「でも、ツルギにはまだエネルギー兵器が残ってるよ!」

 

「っ!?」

 

 刹那、武蔵の操作に従い、ツルギはまだ残弾の残っている左腕のマシンガン(JMM-MG01-ARASIO)を手放した。

 砂の地面に落ちるマシンガン(JMM-MG01-ARASIO)を他所に、ツルギのFCSは新たな左腕武装としてレーザーブレード(SENDEN)を認識すると、コントロールを切り替える。

 

 そして、ツルギはこれ見よがしに、レーザーブレード(SENDEN)の光の刃を一度展開させてみせた。

 

「さぁ、次はどう来る?」

 

「……なら!」

 

 次の瞬間、レナトゥスの背部に光が収縮し、刹那、爆ぜた。

 QB同様に、鈍重なレナトゥスの外見からは想像もできないスピードで、ツルギ目掛けて突撃する。

 

「な!?」

 

 中距離での撃ち合いにでも再び持ち込むかと思っていた武蔵は、アスルのこの行動に一瞬驚愕する。

 近接戦闘用の兵装を有していないレナトゥスで、レーザーブレード(SENDEN)を装備したツルギと近接戦闘を行う。

 通常なら、わざわざ相手の有利な状況に自ら持ち込む事などしない。

 

 だが、先ほどパルスキャノン(MYOJO)を破壊した機転を鑑みれば、何らかの策があっての事。

 

 武蔵はアスルの奇策を警戒しつつも、接近するレナトゥスを迎撃すべくレーザーブレード(SENDEN)の有効範囲への接近を待った。

 

 

 それはまるで一拍分のような、短き時間の後。

 ツルギの懐にまで飛び込もうとしたレナトゥス目掛け、ツルギの振り上げた左腕ごと、レーザーブレード(SENDEN)が振るわれる。

 光の刃がレナトゥスの右腕を捉えようかと思われた、刹那、そんな光の刃の進行を遮るかのように、とある影が、咄嗟に姿を現す。

 

 それは、レナトゥスの左腕に装備したバズーカ(GAN01-SS-WB)であった。

 

 右腕を庇うかのように光の刃を受け止めたバズーカ(GAN01-SS-WB)だが、光りの刃を受け止め切る事は叶わず、チーズの様に光の刃はバズーカ(GAN01-SS-WB)を切断していく。

 だが、刹那。

 光の刃とは異なる光が走り、次の瞬間、爆音と衝撃、そして爆炎が二体のネクストを襲った。

 どうやら、バズーカ(GAN01-SS-WB)に装填されていた弾頭が、レーザーブレード(SENDEN)の光の刃によって内部で爆発した模様だ。

 

「く!」

 

 ゼロ距離にも等しい超至近距離での爆発に、奥歯を噛む武蔵。

 そして、爆煙で完全に視界が遮られたと認識した次の瞬間。

 ツルギのメインカメラからAMSを通して武蔵の網膜へと伝えられたのは、爆煙を切り裂きその姿を現す黒の巨人。

 

 止まる事無く背部の光りを爆ぜ続けさせるレナトゥスの姿であった。

 

「うぐ!」

 

 そして、伝わる大きな衝撃。

 どうやら、ツルギはレナトゥスのタックルを正面から受けたようだ。

 

「くっ!」

 

 だが、伝わる衝撃はそれだけではなかった。

 その推力を落とすことのないレナトゥスは、ツルギの巨体を押し続ける。背後に存在していた廃墟群を突き破りながら。

 

 質量・重量共に大きなレナトゥスに押され、廃墟群に背部をぶつけながらなすすべもないツルギ。

 

 やがて、二体の巨人は、廃墟群を抜け砂漠へとその身を踏み入れる。

 

「ぐは!」

 

 そして、レナトゥスは背部の光が収まり砂漠へと着地する一方。

 ツルギは、タックルの勢いと慣性の法則に従い、砂漠にその巨体を倒れさせる。

 

(まさか、自機の左腕とバズーカ(GAN01-SS-WB)を犠牲にしてレーザーブレード(SENDEN)を使用不可能にするなんてね。そしてあの体当たりか……)

 

 ツルギは散々廃墟群に背部をぶつけた為、二連装チェインガン(JMM-CG01-NOWAKI)は使用不能となり。

 更には、バズーカ(GAN01-SS-WB)が爆発した影響で、左腕はマニピュレーターを含む前腕部の半分近くが吹き飛び、当然レーザーブレード(SENDEN)も使用不可能となった。

 

 この為、現在ツルギに残された武装は、右腕のレールガン(JMM-HR01-IKAZUTI)のみだが。

 

「どうやら、僕はゲームオーバーみたいだね」

 

 右腕のレールガン(JMM-HR01-IKAZUTI)も、実質的に使用は不可能であった。

 何故なら、レナトゥスの左足が踏みつけているからだ。

 

 そして、ツルギの巨体もまた、そんな哀れな姿を見下ろすレナトゥスの右足に踏みつけられ、起き上がれないでいた。

 

 バズーカ(GAN01-SS-WB)爆発の影響で、レナトゥスの左腕もまた痛々しい姿に変貌しているが。

 右腕は、ライフル(047ANNR)共々その姿を保っていた。

 そんな右腕のライフル(047ANNR)の銃口が、ゆっくりと、ツルギのコアへと向けられる。

 

 やがて、砂漠に、数発の銃声が響き渡り。

 刹那、仮想空間の旧ピースシティは、漆黒の闇へと姿を変えた。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 仮想空間の旧ピースシティでの特訓の後も、他のステージでの幾つかの特訓を経て。

 特訓開始から数十分後、ようやくこの日の特訓は終わりを告げた。

 

「アスル君も、お疲れ様」

 

 特訓に付き合ってもらった感謝の気持ちを込めて一礼するアスルに、武蔵は近くに置いてあったクーラーボックスからスポーツドリンクを二本取り出すと、その内の一本をアスルに手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 実機程ではないが、シミュレーターと言えどやはり長時間のAMS接続は心身に疲労を蓄積させ、悪影響を及ぼす。

 そんな疲労を吹き飛ばすかのように、アスルが口にしたスポーツドリンクの清涼感は心地よいものであった。

 

 ふと、スポーツドリンクのラベルを目にすると、それがGAグループの一角、ロケットエンジンのリーディング・カンパニーことクーガー社の飲料事業を展開する子会社の商品だと気が付く。

 同時に、以前CMで同じ商品の紹介を見た記憶も蘇る。

 『青春はVOBだ!』のキャッチコピーが耳に残るCMであった。

 

「でも本当に、アスル君は強いなぁ。シミュレーターとはいえ、ツルギをあんなにボロボロにされたのは僕が現役の時にセレンと戦っていた時以来だよ」

 

「セレンさんと、ですか?」

 

「うん。セレン、当時の霞スミカはサー・マウロスクを抑えてレオーネの実質的な最高戦力だったから、なかなか出撃しないし戦場で会えなくてね……。でも彼女、決まって金曜日には必ず出撃してて、それで彼女に会いたい一心で上に無理言って僕も金曜日には出撃していてね」

 

 武蔵の話に、アスルは、以前フジタから聞いた話を思い出す。

 

「でもほら、当時はお互いライバル企業のリンクス同士、戦場で出会うって事は、戦わなくちゃいけないし、敵の言葉として僕の気持ちも届きにくい。でも、それでも僕はセレンに僕の気持ちに気付いてもらいたい。……そこで考えたのが、彼女の攻撃を受け止めて、僕の気持ちが本気だって彼女に気付いてもらう作戦でね。そのお陰で、金曜日は決まってツルギはボロボロになってね」

 

 そして、更に話を聞いて、思いがけずあの話の真相を知るアスルであった。

 

「それじゃ、先に失礼します、武蔵さん」

 

「うん」

 

 魔の金曜日の真相を知り、シミュレーターに籠りっきりで火照った体もスポーツドリンクである程度冷えた所で、アスルは一足先にシミュレータールームを後にする。

 一方、シミュレータールームに一人残った武蔵は、近くの椅子に腰を下ろすと、手にしたスポーツドリンクを数度に別けて飲んでいく。

 

「ん?」

 

 と、誰かがシミュレータールームに足を運ぶ音が聞こえる。

 

「あれ、アスル君、何か忘れも……。あぁ、親父さんでしたか」

 

「よぉ、武蔵」

 

 姿を現したのは、フジタであった。

 軽く挨拶を終えると、フジタは武蔵の隣の椅子に腰を下ろし、武蔵と話し始める。

 

「どうだった? 久々の対戦ってやつは?」

 

「やっぱりブランクのせいで腕が錆び付いてますね、何度か負けてしまいました」

 

「ははは! そうかそうか。……で、腕が落ちたとはいえ、元ムラクモ最高戦力のお前さんから見て、あの坊主は何処まで上り詰めると思う?」

 

「環境さえ更に整えば、アスル君はカラード上位にも通用するでしょうね。今は本来得意としていた戦い方を生かせるアセンではないので不便な筈ですけど、それでも、自身の置かれた環境の中で最善の結果を出すべく考え行動する彼の姿勢は、熾烈な競争を生き残る為に役立ちます。……でも、正直、何処まで上り詰めるかは、未知数です。なんたって、彼は僕と異なり元レイヴン、ですから」

 

「そうか」

 

 とフジタは一拍置くと、別の話題を切り出し始める。

 

「所で武蔵、お前さん、そんな顔するの久しぶりだな」

 

「え? 顔、ですか?」

 

「何だ、気付いてなかったのか? お前さんのその闘志に燃える顔」

 

「いやー、あはは」

 

「最後に見たのはいつだったか、あぁ、お前さんが現役だった頃、アイツと親善目的で対戦した時だったか?」

 

「えぇ、そうですね。……思えば、彼も元レイヴン、でしたね」

 

「親善試合みてぇなもんだったが、打ち負かされたお前さんのあの時の顔、今でも思い出すねぇ。次こそは負けないって闘志が目の奥でメラメラ燃え上がってたもんだ。あの頃はお前さんも若かったからな!」

 

「お、親父さん、僕も世間じゃまだまだ若い部類です」

 

「ははは! そうだったか?」

 

 再び訪れる一旦の静寂。

 だが程なくして、息を整えたフジタが口火を切る。

 

「しかしまぁ、いずれにせよ、あの坊主、楽しみじゃねぇか」

 

「えぇ、そうですね」

 

「よし、それじゃ。そんな坊主が任務に集中できるように、俺達は万全のバックアップ体制でサポートしてやんねぇとな! その為にも、頼むぜ、社長」

 

「えぇ、分かりました」

 

 そして、二人は改めて決意表明するのであった。




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