人と獣のはなし (八夢=ルスト)
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人と獣のはなし

 遥か昔、人はまだ神の存在を信じ、人と神は交わらず、神が人を支配していた時代があった、未だ森は拓けず、獣が多く居た時代だ。

 

 力の及ばぬ事を成そうと人々が様々なモノを利用して力をつけ始めた、それは自らの手に牙を突き立てようとしているようなものだった。

 

 それは、人が神の子で無くなり始めた頃の出来事で、神が住まう国と言われた国の領土、切り立った山の中、深い森での一幕である。

 

「この森と山は美しい、未だに人の手が入っていない、あなた達の様な神に近しい人々が住まうのならまだ人と神は交わっていないと信じられる、まだ森と人は手を取り合って生きることが出来ると」

 

「ふっ……その手前勝手な考え方こそまさに人間じゃよ、我々は神の子ではない、ただこの森で生まれ、山で育った森と山の民じゃ……我々は感じているのだ、彼奴らがこの森に火を放ち、山を砕こうとしているのをな」

 

 月の出始めた宵の暗闇の中で獣と人が話をしていた、獣は人に近い形をしていて、白銀の毛並みを持っていて、人は黒髪で幼い顔立ちの青年だった。

 

 青年は神と人を信じ、獣はそれを聞いて鼻を鳴らしたように笑い、人の悪意には限界など無い、と呟くと青年から離れる。

 

「もう山を降りるが良いよ、小僧……もうお前に出来ることはなにもないのじゃ、朝になる前に人間どもの炎がこの森を包むだろう、そうなればお前は無かったものとして扱われるでな……聞こえておらんのだろう?怯えたモノ(ケモノ)達が踏み荒らし、なぎ倒されていく草木の悲鳴、人間どもが侵していった棲家(もり)を取り戻そうと怒る獣共の声、我々がいつも耳にしていた森と山の声が」

 

 声を荒げることもなく、泰然自若として獣はそう告げた、森と山の民と名乗るこの獣が言うことは、獣と共に数日山で過ごしたとはいえ、街から流れ着いてきた青年にとっては受け入れ難い言葉であり、それ故に簡単に引き下がることは無く、青年も言葉を重ねて続けた。

 

「だが、あなたはどうする?もし、この山の麓の人々がこの森を焼こうとしているのが事実なら、あなたは炎に巻かれて殺されることになる、ここで森と心中するつもりなのか?あなたは、あなたは人間のはずだ」

 

「小僧、我々は山と森に生まれ、山と森で育った、そう言った、山の森で生き、共に死にゆくのが我々の定めじゃ、我々は森、引いては山そのもの、それが滅びるのであれば我々の滅びなのじゃよ……我々に未来はない、森と共に静かに潰えていくのだよ、麓の奴らの頭領、あの女の首に牙と爪を突き立ててへし折るのを夢見ながらな」

 

 手を取ろうと伸ばした腕を払い、背を向けて岩の上に一飛に飛び乗った獣は静かにその岩の上に腰を下ろすと首をゆっくり振りながら何度も山を降りるように諭す。

 

「違う……違う、あなたは人間だ!ただの獣ではない!あなたの言葉とそれを生み出す心は本物の人間だ!たしかにこの森の獣は聡くて賢く、そして優しかった(本当に、人間のようだった)、だが獣だった!貴女の様に人として振る舞まう訳ではなかった!その憎しみは貴女本人のものではないはずだ!私と共に行こう!」

 

 獣と対象的に青年は声を荒げて獣に叫んだ、岩に乗った獣を追うようにして岩に張り付き縋るようにしてもう一度手をのばす。

 

「くふっ……ふっ…くははははははっ!どうやって生きるというのか!我々がどう生きてきたか分かるか?!目を覚まし、己を知った頃には既に獣であった!周りは森、親は獣じゃ、我々は生まれた時から人間ではないのだ、どの様なモノの胎から生まれたからかは関係などない……貴様と同じ形をしているだけで我々は獣なのじゃよ、それとも何か?我々と同じような獣になるというのか?そうして我々と共に人間どもと戦争をするというのか!できまい、貴様は人間だ(我々とは違う)!」

 

 今まで落ち着き払って感情を籠めることのなかった獣が、青年の叫びを聞いた途端に初めて笑いながら獣が青年の言葉を拒絶し、否定した。

 青年はその言葉を受けて目を剥き出すようにして言葉を刹那の間詰まらせてから、月光を受けて輝く瞳を獣に向けながらもう一度叫んだ。

 

「違う!戦争などしない!だが共に生きよう!貴女が望むなら貴女と同じになろう!森と人が手を取り合って生きる道があるはずだ!戦わずともお互いに寄り添える方法を示そう!」

 

 獣はその言葉を聞くと、再び超然とした落ち着きを取り戻して目を閉じ、しばしの間に心の内で考えを巡らせた。その後に青年に静かに語りかけた。

 

「小僧、そこまで言うのならば一つだけ試練をやろう、我々と同じものになってもらう、耐えられればそれをもって認めてやろう、貴様が言った戯言をの」

 

 そう言うと獣は青年の前に飛び降り、頭を掴んで片腕で青年を持ち上げると首に齧り付いた。

 青年はそれを受けて小さく体を震わせると、そのまま投げ捨てられるように地べたに落とされ、そして獣と同じ様に髪が伸び、神の獣と同じ尖った大きな耳の様に頭の頂点の毛が逆立つ。

 肌は不健康なほどに白くなり、肩幅は短くなり、それとは逆に胸や尻は控えめだが柔らかな弾力のある肉がついた。

 

「辛いか?ここから飛び降りれば楽になれるぞ、ケリをつけるにはうってつけじゃろう?耐えるだけ苦しむ時間が増えるだけじゃ、最後に近づけばその分だけ痛みは強くなる、耐えられるだけの体力が残るかどうかもわからんのだからのう」

 

 獣はそういいながら青年の変化を苦しむ様を冷ややかな目で見つめ続けていた。

 変化は一刻ほどに渡って続き、変化の間青年は体全体を焼かれるような熱さと、骨が軋むような痛みを感じ続けていた、だが、うめき声の一つも上げず、痛みによって暴れることもなく、脂汗と涙を少し流すだけで歯を食いしばって無言で耐え続けた。

 変化が終わる頃には青年は雌の獣になっていた、まさしく、青年をこうした獣と同じ様なモノになっていた。

 それを見届けて獣は少し表情を崩して一瞬だけ満足そうに微笑むと、先程そうした様に鼻を鳴らしたように様に笑い、背を向けた。

 

「ふっ、お前がほんの一瞬のうめき声でも上げようものならそのまま頭を踏み砕いてやろうと思って居ったのにのぅ、惜しい事をする」

 

 獣は崖の大岩に凭れ掛かると問いかけた。

 

「それで?小僧……いや、小娘、どうするのじゃ?神の名を持って我々と我々の一族を滅ぼし、この森と山を殺そうとする人間どもがどうやって、どうして我々を生かす?……この山に神など居ない、彼奴らにもそれはわかっているのじゃよ、人間どもは山と森を侵し、その時に我々の母上、今はなき先代の族長の牙を恐れて投げて捨てたのが我々だ、人間でもなく、獣でもなく、どちらからも疎まれる、だが力だけは有った、我々は山と共に生きてきた、だからこそ我々は長となり、この山とともに滅びようと思っていた、じゃが、貴様はそれを良しとしなかった、唯一の……妾の死に場所を奪うならば、失敗は許されぬ」

 

 新しい獣は、地面に手をついて激しく呼吸を繰り返しながらも体を起こし、静かに(おもて)を上げて獣の顔を見つめると、静かに話し始める。

 

「……今の獣たちは止められない、私がどれほど話した所で彼らには戦う理由があるからだ、きっと人間たちもそうだろう、だから止めるとは言わない、だが、お互いに死なないように、私達が森と人の仲立ちをする、お互いに寄り添える条件を探す、交わらなくていい、お互いの領域を侵し殺し合うことが無いようにする」

 

 月の光を受けて黒く光る獣が、岩陰の中に居て尚も白金色に輝く毛並みの獣にそう告げる。

 

「……そうか、たしかに人間との言葉を持たぬ我々にはできぬことじゃ、だがお前は既に森と山の民の一族、人間達の前に出ていっても弓を射って殺されるか縛り上げられて慰み者にされるだけだと思うぞ」

 

 白い獣は黒い獣の言葉を聞き、整理した後に小さく溜息を付くと、ゆっくりと首を左右に何度か振った後に難しいだろう、と黒い獣の言葉に理解を示しながらもその姿を指差し、自分を指差しながらそう言った。

 黒い獣はその言葉を聞いた上で尚、首を横に振って諦念を否定するように言葉を続ける。

 

「私は今も人の言葉を話している、貴女もそうだ、だからこそ出来ることがある……人間は自分と同じ言葉を話すモノを、言葉が通じるモノを殺すことを躊躇う、それを利用する」

 

 そう告げた後に、黒い獣は白い獣の手を取って身を潜めるように森の中に入って行った。

 

 

―――その日、山で戦争が遭った、森の入り口は焼け、血と汚れが多く流れ、獣と人が狂い、悲鳴と嘆きで川は埋め尽くされた。

 だが、白い獣が人の中に飛び込み街の長を川の前に引きずり出し、、黒い獣が人を襲おうとする獣達を止めたことで戦争は終わった。

 人々は己の行いを恥じることは無かったが、獣たちの棲家と自らの命を、街の無理やりな発展によって自らの手で削っていたことを省み、獣たちは言葉を通わせることはなかったが、交わらずとも人間たちとお互いが邪魔にならぬように深く森に立ち入らない事を守らせる様に取り決めることができた、獣たちは森の中で自由で、人間たちは岩山の中にある石炭によってゆっくりと街を発展させ、無理に森を侵すことはしなかった。

 

 人の形をした二匹の獣はそれを見て安心したように微笑むと、手を重ね合わせて森の中に消えていった。

 

 その後2匹の姿を見るものはほとんど居なかったが、時折森の入り口に美しい黒髪と白髮の女が現れ、ほんの少しばかり街の壁を眺めて満足そうに去っていくのを見たものがいるという。

 

 これは、人が神の子でなくなり始めた頃の、人と獣がまだ交わっていなかった時代の話だ。




とあるものにインスピレーションを受けてTSモノを書きたくなったから短編でがりがりと書いてみました。


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