五等分の花嫁 JUVENILE REMIX (people-with-名無し)
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五等分の花嫁 JUVENILE REMIX その1

安藤
1. 日本の地名。
2. 日本の企業名。
3. 日本人の姓の一つ。
4. 「伊坂幸太郎」先生の小説「魔王」の主人公。転じて、「大須賀めぐみ」先生の漫画「魔王 JUVENILE REMIX」の主人公。
5. この二次小説の主人公である語り手。



 変な夢を見た。よく見る夢の一つは、就職した俺が政治家と対決しようとしていた夢。もう一つは、高校生、つまり今の俺が殺し屋に襲われたり自警団のリーダーと対決したりする夢。今回は、それらをツギハギにした夢だった。

「いくら夢だからって、混ぜる事ないよな」

欠伸の代わりに文句を言いつつ、布団から這い出る。豆苗が伸びてるから、それと豆腐で味噌汁を作って、玉子焼きでも作ろうか……おっと、ハムの消費期限が近いからハムエッグにしよう。冷蔵庫の中身を確かめながら、朝食のメニューを組み立てる。

「それにしても、なんで保存食なのに賞味期限じゃないんだろう?」

賞味期限と消費期限の違いは、味の保証と健康の保証である。ハムは保存食だから、前者を切り捨ててでも長期保存を可能にしている筈なんだけど、いくら値引きされたのを買ってきたにしても期間が短い気がする。それとも、昔のハムとは全く異なる、味を追求した物なのだろうか。現代の消費社会において、保存が利く事のメリットは小さくなっているという事なのだろうか。

「おっと、考え過ぎたな」

潤也にも「兄貴は考え過ぎなんだよ」とよく言われる。彼が新聞配達のバイトから帰ってくる前に、料理を終わらせないと。あ、ついでに梅干しも出そうか、いや、授業中に早弁するだろうから、お握りにして持たせよう。海苔と米はあるし、後は具だな。鮭でもあれば良かったんだけど、ないから醤油と鰹節で「おかか」っぽいのにしよう。それだけ渡して、昼は買うように言えば良いか。

「ただいまー!」

「お帰り、潤也」

考えながら作業しているうちに、朝食の用意は終わっていた。手を洗ってくる間に、お握りを作ってしまおう。

 

 そのお握りは、遅刻寸前だった島に食べられた。まあ、朝食をとる時間もなかったみたいだから、仕方がない。

「昼ご飯どうする? 学食行くなら席取るよ」

慎一が鞄から弁当箱を取り出しながら問いかける。学食か……体育で汗をかいた後だから冷たい麺が食べたいな。

「笊蕎麦の大盛りって、今週もやってましたっけ?」

アンダーソン、日本に帰化したアメリカ人の息子が首を傾げる。彼も同じ気分のようだ。

「今度の金曜までだったぜ。そうだ、朝飯の礼に天麩羅1つ奢ってやるよ」

島が俺に言う。その義理堅さを女子にも向ければ、少しはモテるんじゃないか?

「別にいい。その代わり、俺の分も注文しといて」

列に並ぶのは億劫だし、彼に押し付けてしまおう。

「なんか用事ですか?」

「ジャージの膝が破れたから、職員室で当て布貰ってくる」

「じゃあ僕のもお願い。お母さんが貰ってこいって」

「ああ」

慎一のジャージは……そんな大きな穴は開いてなかったし、1枚で十分だろう。色を見る為に、ジャージの入った袋を持って教室から出た。

 

 昔の歌を口ずさみながら廊下を歩く。そういえば、このパンクを知ったのは担任のお蔭だったな。数学教師なのに体育を担当してそうな彼が、両親の馴れ初めの話をした時に出てきたんだった。そもそも、なんで馴れ初めの話になったのかといえば、国語の授業の後に黒板を消し忘れて、古い小説の文章が書きっ放しになっていたからだったな。

「    」

口を閉じる。この曲、何故か途中で途切れるんだよな。無音なのは意図的な物だってレコードには書いてあるらしいが、本当なのか? 徐々にフェードアウトしてから無音になり、自然にフェードインしているって事は、その間も演奏している筈なんだけどな。間奏のギターのカッティングも上手だし、聞かせないのは勿体ないと思うんだ。

「助けて」

渡り廊下の方から声が聞こえた。無音の場所じゃなかったら、周囲の喧騒で消えていただろう声だ。でも、近くの人は気が付くだろうし、俺が行く必要はないよな……

「……ああもう!」

関わる必要はない、余計な事に首を突っ込むな、職員室はそっちじゃない、兄貴は考え過ぎなんだよ。止めようとする文句が幾つも頭に浮かぶけど、俺はいつの間にか走っていた。

「渋滞なんて滅びちまえ!」

動こうとしない群衆をかき分けながら、渡り廊下へと向かった。

 

 渡り廊下の真ん中で、見慣れない制服の少女が絡まれていた。相手は3人で、制服を着崩している。どう見ても友好的な雰囲気じゃないし、一人は有名な不良だ。でも、3人までなら、どうにかできる。

{右側に気をつけろ!}

ボスに叫ばせる。俺が持つ超能力、腹話術だ。大股で30歩くらいの距離にいる相手に、俺が思った事を言わせる、ちっぽけな力だ。

「それで十分!」

ジャージの入った袋を、取り巻きの一人に投げる。同時に、もう一人の取り巻きに飛び蹴りを食らわせる。突然叫んだボスを見ていた連中は、俺の不意打ちで態勢を崩す。

「逃げるぞ!」

(主観的には)取り巻きが突然倒れた事に動揺するボスの股間に膝蹴りを叩きこむ。それから、右手で袋を、左手で少女の手を掴んで走り出した。

「待てやゴラァ!」

ボスの怒号に弾かれて、取り巻き達が追いかけてきた。その所為で群衆が道を開けてくれたけど、この子の服装じゃ人込みに紛れるのは無理か。

「はぁ……なんで……助けて……くれたの?」

彼女は早くも息を切らしていた。このままだと、職員室に着く前に追いつかれる、どうすれば良い?

「考えろ」

まず、目立つのは制服だ。あと、髪の毛も目立つだろう。染めている連中も、金髪や茶髪、偶に脱色している程度で、赤毛は珍しい。

「考えろ」

首にかけているヘッドホンも特徴的だが、それはリュックにしまえば隠せる。やはり、服と髪が目印になるだろう。

「考えろ」

それらを隠すには、一瞬だけでも姿をくらます必要がある。腹話術を使えば一人の動きは止まるが、もう一人が追ってくる。

「考えろ」

それに、腹話術は相手を見ないと使えない。つまり、一人の動きを止めている間、後ろ歩きを強いられる事になる。後ろ?

「考えろ」

後ろを確認するなら、鏡を使えばいい。でも、少女は化粧をしていないから、鏡も持ち歩いていないだろう。他に、後ろを目視できる物はあるか?

「考えろ」

腹話術は、映像越しでは発動しない。だから、スマホのカメラで後ろを見ても意味はない。

「マクガイバー」

だが、電源の入っていないスマホは、それその物が鏡になる!

「スマホ出して!」

「え、あ、うん!」

少女が鞄からスマホを取り出す。画面がこちらを向いた瞬間、追いかけてきた取り巻きの一人を確認する。

{これで!}

そして、叫ばせた。腹話術にかかった相手は、その瞬間だけ意識を失って動きが止まるから、走っている最中なら盛大に転ぶ。

「おい、大じょ」

「決まりだ!」

もう一人が相方を見た瞬間に、俺を振り返って袋を投げた。それは後頭部に直撃し、彼を転ばせる。紐を掴んで袋を引き戻し、近くの教室の扉を蹴破って入る。

「兄貴!?」

「お兄さん、って彼女いたの!?」

潤也と、その彼女の詩織ちゃんが目を丸くした。いや、驚いている場所は違うけど。とはいえ、この二人の教室なのは助かった。

「これ羽織って! 潤也、髪染め寄越せ! 詩織ちゃん、メイク道具貸して!」

「んなモン持ってきてねーよ!」

「蜜代っち、持ってない?」

仕方ない、ジャージの上着だけ羽織ってもらおう。

「顔隠すなら、三角巾で良くない? ほら、調理実習の」

後輩の一人が呟いた。

「潤也?」

エプロンも三角巾も洗った覚えがないぞ?

「お母さんが潤也くんの分も持たせてくれましたよー」

持つべきは家族ぐるみの付き合いをしている彼女だな。ジャージに三角巾というのは不自然な姿だが、変人としか認識されないだろう。そして、この学校には変人が多い。

「詩織ちゃん、三角巾借りてくよ」

「どうぞー」

「いや、俺のなんだけど」

「借りただけだろ。あ、ドア直しといて」

「扱いが雑! ってか直るのかコレ?」

「引き戸だから、レールから外れただけじゃないの?」

後輩たちが集まっていない、無事な方の扉を開く。

「とりあえず、職員室に」

案内しようとしたら、誰かのお腹が鳴った。奇妙な恰好をした少女が顔を赤らめる。

「その前に食堂かな。案内するよ」

そういえば、俺の分の蕎麦は残っているだろうか。勝手に食べてそうなんだよな。手を引きながら、余計な出費に頭を痛める。風太郎が頼んでる「焼肉定食焼肉抜き」でも食べるか、腹の足しにだけはなるから。




原作キャラ、1名(名前は登場していない)
名前が出たキャラ、1名。
これを「五等分の花嫁」の二次創作と言い張る勇気!


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五等分の花嫁 JUVENILE REMIX その2

原作の第1話を5つに分割していますが、分割数を減らした方が良いでしょうか?
ご意見ご感想をお願いします。


 食堂に入ると、島・慎一・アンダーソンの3人が蕎麦湯を飲んでいた。慎一は弁当だったから、俺の分の麺つゆがなくなったという事だ。つまり、俺の麺は彼らの胃の中にあるのだろう。まあ、食事を終えた男子高校生の前に手付かずの料理があったら、そうなるよな。

「遅かったじゃねーか、安藤。って誰だよ隣の美人ちゃんは!?」

「財布持ってきてないから、明日返すよ」

「安藤さんにも春が来たんですね!」

狼狽える島、居直る慎一、勘違いして喜ぶアンダーソン。とりあえず、春の所に来るのは彼女じゃなくてストーカーだ、という冗談は止めておこう。俺のバイト先なんて興味ないだろうし。

「彼女じゃないよ。転校生で、食堂まで案内しただけ。あと、せめてお前だけでも蕎麦代を返せアンダーソン」

「銀行に行ってからでいいですか?」

駄目だ。というか、なんで全員が金欠なんだよ。

「そろそろ並ばないと、次の授業に間に合わないよ」

我が物顔で蕎麦湯を啜る慎一に促され、注文の列に並ぶ事にした。

 

 昼休みは中盤なのに、まだ列が残っていた。渋滞がなぜなくならないのか、と不思議がっていたのはCDショップで一晩中立ち聴きしていた客だったか。ワンオペのバイトだったし、交代した日勤の人の話を合わせると、丸一日いた計算になるんだよな。そういえば、7晩連続で会ってからは見かけていないな。転勤したのか?

「……むの?」

転勤・転居、移動しないと達成できない物事が存在する以上、渋滞は回避できないのだろうか。仮に道を増やしたとしても、高速化した経路を前提とした物流が行われるから、最終的には渋滞するだろう。

「何頼むの?」

そもそも、渋滞するのは車が故障したりといった異常事態が原因だ。緊急事態への対処を重視すると、効率が犠牲になる。事故による渋滞と、交通量による渋滞を同時に回避するのは、右と左を同時に向くような物なのかもしれない。

「何頼むの!?」

耳元で叫ばれた。儚げな外見からは想像できないような大声で、少し耳が痛い。

「ああ、だいぶ列が短くなってるね」

「気づいてなかったの?」

「うん」

思考に没頭して、周囲を疎かにしてしまう。考察魔なんて呼ばれるコレは、俺の悪い癖だな。

「注文だっけ? 金ないし、焼肉定食焼肉抜きかな」

さっき財布を見たが、他に買えるメニューはライスだけだった。だったら、味噌汁と漬物がある方が良い。

「お勧めは?」

「そうだな……走ったし、大盛り無料の蕎麦とか良いんじゃない? あと、かき揚げも美味しいよ」

蕎麦どころか、かき揚げを買う金もないのだが。厳密には、かき揚げ1枚なら買えるが、それよりは炭水化物を食べたい。

「ご注文は?」

思考の海に沈む前に、注文の順番が来たようだ。

「焼に」

「笊蕎麦の大盛りと並盛を一つずつ。あと、かき揚げを2枚ください」

少女に割り込まれた。

「笊蕎麦の大盛りと並盛を一つずつに、かき揚げを2枚ですね。780円になります」

「ちょっと待っ」

「千円からで」

「220円のお返しになります」

……実は彼女が大食いだったりするのだろうか。いや、俺の注文を遮る必要はないし、わざわざお勧めを聞く必要もない。

「ありがとう。明日返すよ」

つまり、昼食代を立て替えてくれたのだろう。生活費を崩す訳にもいかないし、春に給料の前借を頼むか。

「お礼を言うのは私の方」

「……え?」

いや、道案内しただけで奢ってもらうのは悪いだろう。

「助けてくれて、ありがとう」

……か細い声なのに、なぜか明瞭に響いた。

 

 席に戻ると、島しかいなかった。

「お、戻ってきたか。んじゃ、後は若い二人でごゆっくり」

「合コンの次はお見合いのセッティングか?」

「まあな。黒薔薇にいい子がいたら紹介するよう頼んでくれ」

本人の前でそう頼んだ島は、本当に教室へ帰っていった。

「とりあえず、食べようか。授業が始まったら、職員室から先生がいなくなる」

「そうだね」

「「いただきます」」

食べながら少女を観察する。黒薔薇と言えば、お嬢様が通う女子高だったな。使い込んだであろうヘッドホンを身に着けているから、転校前から愛用していたのだろう。校則が厳しいであろう場所でそんな物を装備できたって事は、特別待遇、つまり相当なお嬢様なのだろう。食事の所作も丁寧だし、髪や爪・肌もよく手入れされている。メイクこそしていないようだが、これだけ元が上質なら必要ないという判断だろうか。

「食べないの?」

「ん、ああ、食べるよ」

いかん、また思考に没頭していた。見れば、彼女の蕎麦は半分が消えている。少し行儀は悪いが、啜る蕎麦の本数を増やそう。

「食べないの?」

「食べてるよ?」

「かき揚げ」

「……食べていいの?」

いくらお勧めしたとはいえ、他のを頼まないのはチャレンジャーだな、と思っていたが俺の分だったのか。首を傾げた少女が頷くのを見てから、皿の端に抹茶塩を振る。

「何それ?」

「抹茶塩。意外と合うよ」

それを付けたかき揚げを頬張る。

「うん、うまい」

「美味しい」

麺つゆに浸して食べる奴が多いので、同士ができたのは嬉しい。けど、食べかけのを塩に付けて、その塩を俺が使ったら間接キスにならないだろうか。まあ、美味しいから付けるのだが。

「蕎麦湯飲む?」

「飲む」

最後の蕎麦を啜り、ウォーターサーバーの所にあるポットを持って行く。

「どうぞ」

「ありがとう」

そういえば、蕎麦湯が出るって事は乾麺を使ってないんだよな。安い早い美味いを地で行くこの食堂は黒字経営できているのだろうか。全部売り切れたとしても、人件費で赤字になりそうな物だ。インスタントじゃないなら、パートじゃない本職の調理師とかもいるだろうし。本職で思い出したが、職員室まで案内するんだった。

「じゃ、行こうか」

器とお盆を重ねて返却口まで持って行くと、予鈴が鳴った。慌てて少女の手を取って廊下を走る。なぜか、時間がないからだ。そりゃ、熱い蕎麦湯をチビチビ飲んだりすれば、時間は経つよな!

 

 職員室に少女を投げ込み、教室まで走る。本鈴がなるのと同時に、扉を開けて滑り込んだ。

「間に合った!」

席に座って黒板の方を見る。教師はいなかった。

「お疲れ。報われない人選手権があったら、優勝しそうな走りっぷりだったよ」

「賞金でも、貰えないと、割に合わない」

今日は走ってばかりだな。夏なのに何故か体育は持久走だし、不良に追われたり、時間に追われたり。彼女が奢ってくれなかったら、食後なのに空腹のまま授業を迎えることになっていただろう。そう考えると、少し報われているから3位止まりだな。

「全員いるね」

瀬川先生が入ってきた。俺たちの担任である彼は数学教師で、この時間は英語の授業の筈なんだが。うん、家が英語教室をしているアンダーソンが寝ているから、間違いない。

「突然だけど、英語は自習になった。それと、転校生が来たから紹介するよ」

その言葉で、クラス中がざわめく。男か女か、イケメンか美少女か、部活に勧誘できるか。俺の周囲を除き、彼女とは会っていないから期待が膨らんでいるようだ。

「ふぁあ、安藤さんの隣の空席は、その為だったんですね」

目を覚ましたアンダーソンが呟く。

「報われない人選手権は受賞を取り下げたようだね」

慎一が冗談めかして言う。

「そういえば、黒薔薇の子は紹介してもらえたのか?」

島がデリカシーのない事を言う。この時期に転校してくるなんて、何かトラブルがあったに決まっている。そこまで遠い学校じゃないし、金に困っている様子もない。立地・金銭ではない問題で転校したという事は、前の学校でトラブルがあったという事だ。元クラスメイトを紹介してもらうなら、そこを詮索する事になるからな。

「あ、ちょっと待って」

先生が廊下に出て行った。

「考えてみたら、その服装で人前に出るのはまずい。ジャージと三角巾はリュックにしまって」

いくら変人の巣窟とはいえ、第一印象は大事だろう。というか、ジャージに書いてある名前を見られたら

「安藤は後で職員室に来るように」

まあ、そうなるよな。廊下で一悶着していたのは見られているし、この学年に他の安藤はいない。

「さて……改めて、転校生を紹介しよう」

入ってきたのは、先ほどの少女だった。そういえば、名前を聞いてなかったな。

「中野三玖です。よろしくお願いします」

主に男子生徒から歓声が上がる。この学校、何故か同性愛に寛容なんだよな。潤也によれば、俺たち兄弟をネタにしたBL同人が出回っているそうだ。ちなみに、編集長は弟で、副編集長はその彼女だ……業が深いな。

「席は安藤の隣、そこの空いている席に座って」

その言葉で歓声が上がる。さっきの言葉と、瀬川の手元にあるジャージで、大体の関係性は察せるからだ。

「運命を感じるね」

神様がいるなら一言だけ伝えたい。余計なお世話だ。



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五等分の花嫁 JUVENILE REMIX その3

 中野さんが着席すると同時に、クラスメイトが群がってきた。

「趣味は?」

「ライン交換しよ!」

「バスケに興味ない?」

「付き合ってください!」

「安藤とはどういう関係なの!?」

「クレジットカードの暗証番号は?」

「黒薔薇の子、誰でもいいから紹介してくれ!」

聖徳太子でもないと聞き取れない質問攻めに陥った中野さんは

「助けて」

俺を盾にした。何というか、その、柔らかい物が二つ程当たっているのだが。

「安藤、ちょっと中野さん借りるわよ」

「どうぞ?」

俺のじゃないし。大西さんに引き渡せば、他のクラスメイトは大人しくなるだろう。それに、メールもきたし。

「お手柔らかにね」

釘を刺してから屋上に向かう。友人の少ない男から呼び出されたのだ。

 

 上杉風太郎とは、高校に入って以来の付き合いだ。お互い貧乏学生という事もあって意気投合したが、クラスが同じだったりバイト先が重なったり弟妹がいたりしなければ、あの偏屈な男と友好的な関係を築くのは不可能だろう。ギャルゲーだったら、大半のプレイヤーが攻略を諦めるレベルの難易度に違いない。

「お待たせ」

「遅いぞ。自習だったんだからすぐに来いよ」

コイツのクラスの担任は英語教師だったな。なら、俺が自習なのも分かるか。もしかすると、こっちの事情も省みずに連絡したのかと思った。

「お前にそんなデリカシーがあったのか。それで、要件は?」

すぐに屋上に来てくれ、と書いてあったが何があったのだろうか。風太郎の顔色が悪い事から、碌な事ではないのだろう。

「ああ……その、なんだ、家庭教師をする事になった」

「そうなんだ。高校受験?」

この高校を志望しているなら、現役生徒の中で最も頭の良い彼を招くのは良い判断だ。但し、その性格が偏屈でなければ、という条件は付くが。

「それがな、高校生なんだ。しかも、転校生だ」

「中野さん?」

「知ってるのか!?」

「まあね」

そうなると、成績不振で転校してきたのだろう。だから、同級生に勉強のサポートをしてもらおうと考えたのかもしれない。それに、中野さんは社交的な性格ではなさそうだし、確実に味方となる人物を用意しておこう、という思惑もありえる。あるいは、信頼できる人物を男除けに使う腹積もりか。名案ではあるんだよな、アドレス帳に父親と妹しか入っていないこの男でなければ。というか、バイト先との連絡はどうしているんだ? ラインも使えないしホームページも見れないのでは、働く上でも不便だろうに。

「おーい、安藤?」

また考察魔になっていたようだ。

「ああ、じゃあ中野さんとの仲を取り持てばいいの?」

「頼む」

「分かった。じゃあ、放課後にメールするよ」

とりあえず、紹介だけはしてみよう。少なくとも、二人きりで会うよりは良い結果になる筈だ。というか、風太郎が女子と二人きりになったら、まず喧嘩になるだろうし。

 

 教室に戻ると、島の飛び蹴りが飛んできた。

「この裏切り者ぉっ!」

「いきなりなんだよ」

扉を閉めて防ぐ。再び開けて、足を抱えて蹲る彼をまたいで席に戻る。

「大丈夫、まだ足は残ってる!」

「安心しろ、致命傷だ!」

男子が島を焚きつけている。いや、からかっているだけか。あれで立ち上がる奴なんて

「なんでお前ばっかりモテるんだよ!」

いた。

「何の話だ」

とはいえ、ただの回し蹴りなら受け止められる。足首を掴んで問いかけてみたが……

「報われない人選手権を出禁になった話だよ」

「安藤さんに春が来た、という話ですよ」

慎一とアンダーソンが妙な事を口走るだけだった。とりあえず、暴れる島を取り押さえてくれ。

「ほら三玖、行ってきなさい!」

大西さんが中野さんの背中を叩く。

「……うん。ねえ、アンドー」

「ん、何?」

「なんで、助けてくれたの?」

真面目な雰囲気を察したのか、島の動きが止まる。足首から手を離し、真面目に考える。直接的な理由は、チンピラに絡まれていたからだ。じゃあ、駆けつけた理由は? 声が聞こえたからだが、それは駆けつける事を決めた理由にはならない。そもそも、見て見ぬふりをする選択だってできたのに、なんで戦ったのだろう。仲裁に入っても無駄だったからだ。とはいえ、そんな連中を相手に戦うリスクを取ったのは何故だ? 危険なのに、周りには見て見ぬふりをした群衆が大勢いたのに、俺がその中に入らなかった理由は……

「死んでるように生きたくない、からかな」

ジャック・クリスピンの曲の一節が答えだろう。

「死んでるように、生きたくない。そっか、そうなんだ」

何かに納得したように、中野さんは何度も頷いた。

「そうだ、中野さん。家庭教師の先生が君に会いたいって言ってたんだけど、放課後に呼んでも良い?」

何かを誤魔化すように、俺は話題を振る。

「……今日はダメ。えっと、手続きとか、あるから」

「じゃあ、明日の放課後なら大丈夫?」

「うん。また明日」

その言葉に喜んだのは気のせいだ。だって、俺には、誰かを好きになる資格なんてないのだから。



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五等分の花嫁 JUVENILE REMIX その4

今回、()で囲まれた地の分が存在しますが、そちらは「上杉風太郎」を語り手としています。

軽い勘違い物としてお楽しみいただければ幸いです。


4

 6時間目は地獄だった。左耳ばかりが敏感になり、気がついたら中野さんの方に聞き耳を立てている。

「この問題は、安藤」

「はい。a=2を代入してから①を2倍して……」

この程度の問題で良かった。無事に答えて着席すると、目が合った。……慌てて黒板を見る、もちろん板書の内容なんて頭に入らない。とりあえず、見たままを書き写す。

「島、起きろ」

瀬川先生がチョークを投げる。目を覚ましたコイツを壁に、居眠りしてしまおうか。そうすれば、余計な事を考えずに済む。

「ねえ、アンドー」

無理だった。中野さんに呼ばれて、思わず振り向いてしまう。

「どうしたの?」

「今、どのページ?」

新米(2年目)教師め、ちゃんと教えておけよ、と心中で毒づきつつページを示す。

「ここだよ」

「ありがと」

目がグルグルしている。何がなんだか分からないレベルで数学が苦手なのだろうか。

「後で教えようか? ほら、範囲とか違うだろうし」

「えっと、じゃあ、明日の朝に、お願い」

そういえば、放課後は手続きがあるんだったな。

「少し早いけど、今日の授業はここまで。宿題のプリント配るから後ろに回して」

島が回してきたプリントを受け取る。

「なあ安藤、熱でもあるのか?」

「え?」

「顔赤いぞ? いや、中野さんにお熱なのか?」

「……かもな」

冗談めかして答える。

「マジかよ!」

「そこ、静かに。次の授業で問3までやるから解いてきてください。それと、安藤と中野は職員室に来るように。では、号令」

「起立! 礼!」

そういえば、説教が待っているんだった。……中野さんも職員室に用があるのか、まあ、転校の手続きなら当然か。

「島、着いてきてくれ!」

「お、おう分かっ」

「ぶっとばすよ」

大西さんの脅迫に屈した。慎一は……笑顔で手を振っている。アンダーソンに至っては、ジェスチャーで「キスしろ」と言ってくる。

「ほら、三玖! そこの考察魔と一緒に行ってきなさい!」

お前の彼氏が泥棒だってバラしてやろうか。

「えっと、1回行っただけで、まだ場所に自信ないから」

「まあ、道に迷って変なのに絡まれても困るしな」

だから、手を繋ぐのは緊急避難だ。拍手したり口笛吹いたりした3バカからは、後で昼飯代を倍額で請求してやる!

 

 高鳴る心臓の鼓動に任せて走る。心拍数も、汗も、顔が赤いのも、走ったからだと答える為に。

「着いたよ」

「誰もいない」

「まあ、瀬川先生も追い抜いたからね」

今更だが、手を繋いで走るのって目立つよな。

「中野さんは纏めて手続きするから、そこの応接室で少し待ってて。安藤は着いてこい」

瀬川先生が追いついた。息一つ切らしていない彼は、そこらの体育教師より動けるのではないだろうか。夏休みに一人でハイジャック集団を殲滅したという、グルカ兵のような噂も真実かもしれない。

「またね、アンドー」

「ああ、また明日」

中野さんは応接室の中に入っていった。仕方ない、職員室に向かうか。

 

 職員室に着くと、瀬川が布切れを1枚出した。

「はい、帰っていいよ」

「え?」

「話は慎一とアンダーソンから聞いた。当て布を取りに職員室に向かう途中だったんだろ?」

「あ、はい、そうです」

「だから、当て布を渡したんだが、他に用事は?」

「……ないです」

つまり、俺が暴れた事は不問とするのだろう。

「では、帰りなさい。ああ、危ないから廊下は走らないように」

 

 思ったより簡単に片付いたので、風太郎にメールを送る。まだ学校にいたから、図書館で合流する事にした。

「中野はどうした?」

「手続きがあるから、明日の放課後に会うってさ」

「……そ、そうなのか」

(参ったな。手続きが終わるのと、俺のバイトが始まるの、どっちが先だ?)

よほど早く会いたいのか、風太郎の顔に焦りが浮かぶ。

「中野さんとライン交換でもするんだったな。顔写真くらいは送れたのに」

「いや、既に会ったから写真はいらない。ああ、既に会ったから問題なんだよ!」

「喧嘩でもしたの?」

「まあな」

……懸念が現実の物となったか。

(安藤の奴、あいつと親しいのか? なら、いっその事、家庭教師に同席させれば!)

「なあ、明日バイトあるか?」

「ないよ。風太郎と一緒に、家庭教師すれば良いかな?」

「ああ、頼む」

まあ、中野さんと一緒にいられる理由が増えたのは嬉しいし、同席できるのは願ったり叶ったりだ。……なんで一緒にいたいんだろう。

(これで中野を大人しくさせる事ができる! 人間関係のトラブルとか下らない問題を片づけるのは、安藤の得意分野だからな!)

そういえば、なんで中野さんと風太郎の関係が拗れたのだろう。顔を合わせるタイミングなんて、朝礼から昼休みの間しかなかったのに。

(そういえば、いつ中野と安藤は仲良くなったんだ? 顔を合わせるタイミングなんて、朝礼から昼休みの間しかなかった筈だが)

俺たちが大きくすれ違っていた事を知るのは、明日の話だ。

 

 翌朝。春と一緒に夜遅くまでトンネルの塗装(絵を描く場合も塗装でいいのか?)を行い、そのまま深夜テンションで弁当を作ったのが響いてるな。とはいえ、給料の前借に成功して、朝市で新鮮な食材を安く買い込めたんだから、今日はもう休んでいいだろう。

「おはよう、アンドー」

「おはよう、中野さん」

眠気が吹き飛んだ。そういえば、勉強する範囲を教える約束だった。

「じゃ、じゃあ早速始めようか」

「う、うん、そうだね」

俺の使い込んだ教科書と、中野さんの新品の教科書を机に並べる。

「はい、ノートのコピー。悪筆で悪いけど」

「四葉……妹の方が酷いから大丈夫」

 

 どうやら、夢を見ていたようだ。

「起きろ安藤、一限は瀬川だぞ」

「ん、なんだ、島か」

「なんだとはなんだよ。つーか、中野さんの膝からいい加減どけよ」

「…………え?」

どうやら、椅子に横向きに腰かけた状態で前のめりに倒れ、机の方を向いていた中野さんの膝の上に頭が収まっていたようだ。

「ごめん!」

頭を上げて、土下座に移行する。

「別に、平気。驚いただけ」

そっぽを向いてしまった。きっと、内心では怒っているのだろう。とはいえ、ここで謝っても逆効果だよな。形だけでも赦してくれたのに、掘り返すのは怒らせるだけだ。

「あ、ありがとう」

「ど、どういたしまして」

早く来てくれ先生! この空気を換えてください!

 



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五等分の花嫁 JUVENILE REMIX その5(完)

 あの後、気まずいまま放課後になってしまった。風太郎に紹介する手筈なのだが、何処となく近寄りがたい。

「別のクラスにも友達がいたのか」

「帰り道なら一人になると思ったんだが……」

中野さんは、蝶を模したリボンを付けた子と、星の髪飾りを付けた子と3人で帰っていた。

(中野は、蝶を模したリボンを付けた女と、ヘッドホンを付けた女と3人で帰っていた)

「おい安藤、さっさと声かけてこいよ」

「あの中に割って入るのはちょっとね」

万が一にも、女の子の前で今朝の事が話題になるのはマズい!

(さては、こいつも中野と喧嘩したのか?)

「わ、私だって昨日、だ、男子生徒とランチしたんですからね!」

向こうで動きがあったようだ。そう、俺たちは今、中野さん達を尾行しているのだ。

「昨日、男子生徒……」

星の子の言葉で、中野さんが俯いた。

(中野の言葉で、ヘッドホン女が俯いた)

「どうしたのよ三玖。昨日は友達ができた、って喜んでたのに」

「その方と、何かあったんですか? 顔が赤いですよ?」

「……な、何でもないよ」

「「何でもあるわよ/あります!」」

今朝の事か。

(何の事だ?)

「えっと、その、あ、アンドーに……ひ、膝枕したの」

ガタン!

(ゴミ箱の陰に隠れていた安藤が転んだ。マズい! 俺まで見つかる前に隠れねえと!)

風太郎は顔出しパネルの影に隠れた。まあ、ここで見つかれば家庭教師どころじゃなくなるから仕方ない。

「なに、君。ストーカー?」

蝶の子に見つかった。

「いや、クラスメイトというか、友達というか」

「この方、何処かで見たような……」

(中野が首を傾げている。安藤と面識があるんじゃなかったのか?)

「ん、ちょっと待って。五月、こいつの顔押さえてて」

「こんな感じですね。二乃、どうですか?」

星の子、五月さんが俺の顔に鞄を押し付けてきた。

「やっぱり! 君、三玖の彼氏でしょ!」

蝶の子、二乃さんのスマホには、その瞬間の画像があった。

「グループラインに上がってきたのよ! この男が三玖の彼氏だって!」

「いや、まだ彼氏じゃないよ」

「ほうほう。まだ、なのね? つまり将来的に」

「それは……その……」

「ふ、不純です! せめてちゃんと告白しなさい!」

それができれば苦労しない。少なくとも、俺がまともになって、気持ちに整理がつくまでは……

「はっ! そういえば、今日は家庭教師の方が来るんでした!」

「このままサボりましょうよ。三玖の事も聞きたいし!」

「初回から休むのは相手に失礼です! 行きますよ!」

ありがとう五月さん。おかげで質問攻めの危機は去った。とはいえ、中野さんに風太郎を紹介するという役目は終わっていない。

「大丈夫か、安藤」

風太郎が声をかけてきた。

「まあ、どうにかね。ところで、中野さん達を追わなくて良いの?」

時間がないらしく、彼女たちは走っている。そして、風太郎の体力では追いつけない。

「そうだ、とりあえず追うぞ! 中野から他の二人を引き剥がしてくれ!」

「無茶言うな! さっきのでカラータイマー点滅してんだよ!」

風太郎を引っ張りながら追いかける。こいつ、中野さんと同じくらい遅い! あんだけバイトしてるのになんで体力ないんだよ!

「マズい! ビルの中に入るぞ!」

「風太郎。悪魔と相乗りする勇気、あるかな?」

「はぁっ!? 悪魔でも何でもいいから、どうにかしてくれ!」

「分かった。顔だけは守れよ!」

それだけ言って、彼のベルトを掴む。そして、中野さん達の近くに立っている木に向かって、風太郎を投げた。

(そういえば、マンホールでフリスビーをした事がある、とか安藤の弟が言っていた。マンホールの蓋は60kg以上あるから、人間一人を投げ飛ばす事もできるのか)

「げふっ!?」

(あいつの指示に従い、顔だけは守ったが、木から落ちた所為で背中が痛い)

「なに、君。ストーカー?」

「げっ……」

(蝶の女に見つかった。あれだけ音を出せば当然か!)

 

 身軽になった体で風太郎を追いかけつつ、彼らの会話に聞き耳を立てる。

「お前……」

おお、風太郎が中野さんに声をかけた。なんだろう、クララが立ったような感動を感じる。

「五月には言ってない」

警戒心を剥き出しにしている。チンピラに絡まれていた時は無関心だった辺り、五月さんの事がとても大切なのだろう。それにしても、まさか五月さんとも喧嘩したのか? 風太郎ならありえる、というか彼と喧嘩にならない人の方が少ないだろう。

「五月は帰ったわよ。用があるならアタシらが聞くけど」

二乃さんが看板に足を乗せて風太郎を牽制する。どうでもいいが、あの体勢だと横からスカートの中身が見えるのでは?

「お前たちじゃ話にならない。どいてくれ」

あの勉強バカ! 五月さんと喧嘩したから謝りたい、と素直に言えば終わりだろ! ああもう、30歩圏内に入ったら腹話術をかけてしまおうか!?

「しつこい。君モテないっしょ。早く帰れよ」

フルボッコだドン、なんて幻聴が聞こえる程の罵倒である。だが、上杉風太郎は動じない。

「帰るも何も、ここ僕の家ですけど?」

コミュニケーション能力が低い分、会話によるダメージも少ないのだ。というか、しれっと嘘を吐いたな。

「え!? マジ? ごめん……」

二乃さん、なんで騙されてるの?

「全く、失礼な人たちだ」

初対面の女子に嘘を吐く奴よりは失礼じゃないと思う。

「焼肉定食焼肉抜き……お金ないの?」

中野さんが首を傾げる。そういえば、中野さんは今日も食堂に行ってたのか。

「あ! やっぱアンタここの住人じゃないでしょ! 警備員さーん!」

ヤバい! 今の風太郎は不法侵入だから、警備員が来たら捕まる! というか、今追いかけている二乃さんに捕まる! 足が遅いにも限度があるだろ!

{五月!}

とりあえず、二乃さんに腹話術をかけて時間を稼ぐ。同時に、五月さんを呼んで彼女をこちらに注目させる。

「アンドー?」

「ごめん中野さん! また後で!」

そういえば、家庭教師との面通しをさせていなかった。というか風太郎、生徒に挨拶くらいしろよ!

 

 中野さんと二乃さんを追い抜いてマンションの中に入ると、エレベーターのドアが閉まる所だった。

「開けて!」

咄嗟に腹話術をかけるが、ドアの隙間から見えた人影では条件を満たせなかったようだ。そして「開く」を押すも間に合わなかったのか、無常にも扉が閉まる。

「「走るぞ!」」

二人で同時に叫び、階段を駆け上がる。

「やっぱこうなるか!」

風太郎の手を取り、無理やり進む。風太郎は明日、相当な筋肉痛で苦しむだろう。だが、背に腹は代えられない。

「何階だ!?」

「30、一番上だ!」

「流石に、俺も、キツイか!」

30階まで、人間を引っ張りながら、エレベーターと同じくらいの速度で進むのか! でも、間に合わなかったら、家に入ったら、間違いなく居留守を使われるだろう。

「なら、進むしか、ないじゃないか!」

とはいえ、風太郎の足はそろそろ限界だ。

「ちょっと無茶するぞ!」

手すりから身を乗り出し、彼を上に放り投げる。

「手すりを掴め!」

「無茶言うな!」

そう言いながらも、無事に二つ上の階に届いたようだ。これで大幅な時短になったし、後は走れば間に合うだろう。

「一応、仲裁に行くか」

足に鞭打って走り出す。きっと、明日は筋肉痛だ。

 

 30階の表示を確認し、エレベーターホールへ飛び出す。

「風太郎! 中野さん達に謝れたか!?」

彼の前には、五月さんが座り込んでいる。またデリカシーのない事を言って泣かせたのか?

「は……? なんでここにこいつらがいるんだ?」

動揺する風太郎の視線の先には、中野さん達がいた。

「なんでって……住んでるからに決まってるじゃないですか」

五月さんが立ち上がり、呆れたように言う。待て、確か中野……三玖さんは四葉という妹がいるといっていた。一緒に帰っていたのは二乃と五月で、ここにいる少女は全員が赤毛に青い目だ。つまり、五人姉妹なのだろう。いや、身長が同じだから……

「五つ子の姉妹です」

という事になるよな。そうなると、風太郎が謝りたい中野さんは、三玖さんではなく五月さんだったのか。




1話あたりの分割数、腹話術で用いる括弧などはかなり試験的な物です。

ご意見、ご感想をお待ちしています。


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お宅訪問(LDKのみ) その1

 とりあえず、中野さん達の家にお邪魔する事になった。いくら最上階を丸ごと借りているとはいえ、廊下で話す事でもない、という判断だ。

「あれ、俺がいる必要あるか?」

風太郎は中野さんの親に連絡し、五つ子は部屋に戻ってしまった。そもそも、俺が関わる前に顔合わせも終わっている。

「安藤、アンタ暇でしょ? ちょっと付き合いなさいよ」

ジャージを羽織った二乃さんが出てきた。

「いや、まあ、暇だけど……もう帰っていいよね?」

高級かつ女の子の暮らす空間という事で、物凄く気まずいんだが。

「そう。そんな事言うと、ジャージ返してあげないわよ?」

そう言って、二乃さんは腕を大きく広げる。命令には従うから、一つだけ言わせてもらいたい。

「それ、俺のじゃないよ」

三玖さんのだ。というか、大きさで気づけよ。

 

 生地を捏ねながら、二乃さんと話し合う。

「そういえば、アンタ何しに来たのよ」

「そうだな……まず、風太郎と五月さんを仲直りさせる為ってのと、三玖さんに家庭教師を紹介する為かな」

「……マジであの冴えない男が家庭教師なのね」

「頭は良いよ。全国模試で3位とか取るレベルだし、テストは基本100点だから」

「らしいわね。でも、なんで同級生が家庭教師なのよ」

「まあ、いくつかメリットはあるよ。同級生との接点を作るとか、虫よけとか」

とはいえ、それは三玖さんに対してであって、社交的な二乃さんには不要かもしれない。

「ふーん。ねえ、それって家庭教師である必要はなくない? こういう子が来るから仲良くやってくれ、で済む話じゃない」

「……言われてみれば、確かに妙だ」

金銭関係がなければ信用できないという余程の人間不信(金だけ貰ってトンズラするかもしれないのに?)か、家庭教師とボディーガード(風太郎の体力で?)を合わせての経費削減か、或いは(赤毛連盟よろしく)風太郎に家庭教師の仕事をさせたい理由でもあるのか。何にせよ、あまりにも不合理な状況だ。というか、この家に住めるレベルの金持ちなら、一人一人に(または科目ごとに)家庭教師を付けるくらいはできただろう。

「ちょっと、手が止まってるわよ!」

「あ、ごめん」

部屋には男、父親の痕跡がない。手つきを見るに、二乃さんは普段から料理している……つまり家政婦はいない。かといって、母親がいる訳でもない。まあ、母親は外出しているのかもしれないが。いや、食事用と思しきランチョンマットの置いてあるテーブルは、マットも椅子も5人分しかない。驚くほどに、五つ子の生活痕しかない。

「てかさー、ぶっちゃけ家庭教師なんていらないのよね」

「いや、必要だろ」

二乃さんの話題が別の場所に飛んでいた。一応、顔合わせの手伝いを頼まれていたのでフォローする。

「アンタに何が分かるのよ」

「まあ、転校した理由くらいは」

黒薔薇は電車で通える程度には近いし、金も十分にある。であれば学内でのトラブルだが、二乃さんと五月さん……というか三玖さん以外を見るに、人間関係で何かがあったという線はない。人慣れしていない小動物のような、トラウマを抱えているような気配はないからな。

「成績不振で退学になった、或いはなりかけた、ってところかな?」

「うげ……本当に分かってたのね」

「少し考えれば分かるよ」

おそらく、この後の展開も。

 

 リビングに出ると、階段(なんで家の中に階段がある!?)の上で三玖さんと風太郎、兎耳リボンの四葉さん、ピアスを付けた一花さんが揉めていた。

「知らない方がいい。少なくともフータローは」

「俺、関係ないだろ……つーか興味もないし」

いや、生徒には興味を持てよ。どんな情報が手掛かりになるかなんて分からないだろ。

「おーい、そこで何やってんの?」

二乃さんがシリアスな空気を断ち切った。

「クッキー作りすぎちゃった。食べる?」

まあ、3割は俺の所為だな。2割は二乃さんのストレス発散で、5割はおそらく……

「二乃、今はそれどころじゃ」

「あ! あのジャージって……」

四葉さんが二乃さんの胸元を指さす。

 

 どうやら、二乃さんが三玖さんのジャージを勝手に持ち出して、それを風太郎の所為と誤解したらしい。

「よし、これで4人だ。五月はいないが始めてしまおう」

風太郎が勉強道具を取り出す。

「まずは実力を測る為にも小テストをしよう!」

彼はそう言って自作のプリントを机に叩きつけるが

「「「「いただきまーす」」」」

まあ、お菓子の方が、優先順位が高いよな。誰も勉強する気配はないようだが、この状況は逆に利用できるかもしれない。

「五月さん、クッキー焼きすぎちゃったから、処理に協力してくれない?」

足に鞭打って階段を上り、五月さんの部屋の扉を叩く。

「そう言って、上杉君の家庭教師に巻き込むつもりでしょう」

「残念ながら、家庭教師ができる空気じゃないんだ。クッキーを食べきって、緩んだ空気を引き締めないと始まらないよ」

もっとも、そうなる前に家庭教師の時間が終わるだろう。大量のクッキーとお喋りで、時間を浪費させる腹積もりに違いない。でなければ、いらない家庭教師にまで振舞うものか。

「……本当に、お菓子を食べるだけですからね!」

五月さんが部屋から出てきた。……ちょろい。

「ねえ、五月さん。つかぬ事を伺うけど、風太郎に『太るぞ』とか『ダイエットした方が良いんじゃないか?』とか言われた事を怒ってるの?」

「聞いてたんですか!?」

「いや、アイツなら言いそうだと思っただけ」

そうなると、面倒な事になったな。体重の話は女の子の地雷だし、食べ物(特に食事量)は風太郎にとって地雷だ。双方が内心では激怒している状況で、まともな関係を構築できるとは思えない。

「クッキーで呼び出しておいて体重の話を振るって、本当に私を授業に参加させたいんですか?」

「どっちでも良いかな。どうせ今日は授業できないだろうし」

今日は顔合わせと割り切って、挨拶と信頼関係の構築だけを行えば十分だろう。そんな事を考えつつ、2階から飛び降りた。今日はもう、階段の上り下りはしたくない。

「えっ!?」

「おぉっ!」

五月さんと四葉さんは驚いていた。

「忍者みたいだね」

一花さんは感心していた。

「ちょっと、埃が飛ぶじゃない!」

二乃さんは怒っていた。

「アンドーも食べる?」

三玖さんはクッキーを差し出した。

「ありがとう。いただきます」

それを受け取って食べる。うん、美味い。レシピを覚えているうちにメモしよう。

「おい安藤、全員揃ったし勉強させるぞ!」

上杉が期待の眼差しを向けてくる。

「今日は顔合わせと自己紹介だけで十分だろ。知らない同級生に対して、警戒しない奴はいないさ」

「あ~、食べたら眠くなってきた」

一花さんが欠伸した。

「いたぞ、警戒しない奴」

風太郎が頭を抱える……まあ、何事にも例外は付き物か。

 

 暫く五つ子達がお喋りしているのを眺めていると、急に二乃さんがこっちを向いた。そういえば、まだ三玖さんのジャージを着たままなのか。

「クッキー嫌い?」

「いや……そういう気分じゃ……」

二乃さんが風太郎にクッキーを勧めた。あれだけ言ってはいたが、学友としての彼には敵意がないのかもしれない。

「警戒しなくてもクッキーに薬なんて盛ってないから。安藤も見てたでしょ?」

前言撤回、彼女には敵意しかない。

「まあね」

「ほら、食べてくれたら勉強してもいいよ」

……風太郎のカロリー摂取を邪魔するのも悪いし、まだ止めないで良いだろう。あのクッキーは焼き立てだから、俺が見ていた生地で作った筈だ。それに、大皿から持ち出した物だから、他の人が食べる危険があったのだ。

「うわっ、モリモリ減ってる! そんなに美味しい?」

「あ、ああ……美味いな……」

「嬉しいな~」

今の二乃さんは明らかに不自然だ。何を企んでいる?

「あ、そだ。パパとどんな約束したの?」

良い気分にさせて情報を引き出す、ハニートラップの常套手段だ。とはいえ、酒か性が入っていなければ、口を滑らせる男は少ない。

「特に何も……」

とはいえ、あれだけ露骨に迫られれば、挙動不審にはなる。そして、嘘の精度は下がる。

「うっそ~? 君ってそんな事するキャラじゃないっしょ」

やはり彼女も見抜いたか。いや、元から風太郎の嘘が下手だっただけか。

「ぶっちゃけ家庭教師なんかいらないんだよね~」

二乃さんが豹変した。そして、すぐに笑みを浮かべる。

「なんてね。はい、お水」

おそらく、あの水に薬を仕込んだのだろう。準備に時間はなかった筈だから、家にある薬……睡眠薬か強い酒といったところか。それを飲ませて、タクシーにでも乗せてボッシュートするつもりだろう。

「ありがとう。でも、水筒が微妙に残ってるから」

「お……おう……サンキュー……」

俺は空っぽの水筒に口を付けてやんわりと断る。さて、風太郎は流されて受け取ってしまったが、どうしようか?

 

 生徒への注意不足に対する罰として受け入れるか、犯罪だから止めるか。俺は、どちらを選ぶ?

 

 




アンケートは締め切らせていただきました。ご協力ありがとうございます。

次回は止めないルートとなりますが、止めるルートも番外編として書く予定です。気長にお待ちください。


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お宅訪問(LDKのみ) その2 A

Aルートは、風太郎が薬を飲むのを止めないルートとなります。


 風太郎の性格を考えると、ここで止めれば理由を知ろうとするだろう。俺は、彼の追及を躱せるか? 基本的には鈍感でデリカシーのない男だが、その誠実さと勤勉さゆえに、はぐらかす事はできないだろう。かといって、彼を納得させる嘘というのも難しい。ここで説明した場合、中野家の五つ子にも聞かれるからだ。少なくとも、四葉さんは風太郎に敵意を持っていない……名前しか書いてないのテストを前に唸っているのが演技でなければの話だが。本気で取り組んでいるのなら、二乃さんが薬を盛って授業を中断させる事は知らないだろう。では、他の人はどうか……五月さんは知らない筈だ。家庭教師が風太郎でなければ歓迎していたであろう彼女が、薬を盛る事に協力するとは思えない。また、三玖さんも関係なさそうだ。家庭教師や風太郎よりも自分のジャージを優先しているから。そうなると、多くても一花さんとの共犯だが……それ程の敵意を抱く男の前で寝る人はいない、筈だ。いや、敵意がなくても眠らないとは思うのだが。

「風太郎、ちょっと来て」

「ゴクッゴクッ、なんだよ?」

薬を盛ったのは二乃さんで、共犯者はいない。家庭教師に協力的なのは四葉さん、無関心なのが三玖さんと一花さん(風太郎には興味がありそう)。反対しているのが二乃さんと五月さん。なら、これが最善の筈だ。

「男の膝枕で残念だったね」

「は? ……んあ?」

呆けた表情の友人が目を瞑り、バランスを崩す。宣言通り、俺の膝元に彼を寝かせた。

「えっ!? ちょっと、何やってるのよ!?」

動揺する二乃さん。

「ズルい」

不満そうな三玖さん。

「良いなあ」

羨ましそうな四葉さん。

「ど、どういう事ですか!?」

混乱する五月さん。

「Zzz」

そして、まだ眠っている一花さん。もしかすると、彼女が最も手ごわい相手かもしれない。

 

 さて、これからどうしようか。先に二乃さんを責めるか、それとも五月さんを絆すか。まあ、二乃さんからで良いだろう。クッキーも食べ切ってないし。

「ねえ、三玖さん」

「……なに?」

何故か(心当たりはあるが勘違いだろう)不満そうな目つきの彼女に問いかける。

「この家の救急箱って、どこにあるの?」

「……そこの棚、だけど……でも、二乃がアンドーの目を盗んで取りに行くのは無理だと思う」

どうやら、睡眠薬には気が付いたようだ。

「二乃さんが、俺や風太郎、ましてや姉妹の目を盗んでリビングを歩くのは無理そう?」

「アンドーと二乃が料理してた時は知らないけど」

頬を膨らませた三玖さんが答える。

「ありがとう。なら、ちょっとキッチンのゴミ箱を見てくるよ」

風太郎の頭を鞄の上に置いて立ち上がる。それから、ふと思い出したかのように口を開く。

「そうだ、そろそろ二乃さんからジャージを返してもらったら? まあ、絶対に返せないだろうけど」

「……ッ!」

二乃さんが目を見開く。

「「え?」」

四葉さんと五月さんが首を傾げる。

「アンドー、説明して。貴方が知ってる事を、全部」

「じゃあ、その前に質問を一つ。皆は、薬と言われたら何を連想する?」

 

 真っ先に挙手したのは四葉さんだった。

「はい!」

「はい、四葉さん」

「ドーピングです! インターハイでも手を出す人がいるって、バスケ部の人から聞きました!」

「……他の人は?」

この状況で、なんで思考がそっちに行く?

「はい」

「はい、五月さん」

「……貴方が先生ごっこをしているのに思うところはありますが、風邪薬を連想しました」

「まあ、それが普通だよね。じゃあ、それの見た目を教えて?」

そう言うと、四葉さんを除く全員が深く頷いた。

「我が家で常備しているのは、こう、苦い粉薬ですね」

「良薬の証拠さ。じゃあ、それを飲む時、まずは何をする?」

「水と、口直しにお菓子を用意します」

「おい病人。……次は?」

「薬を飲みます」

「その間に、やる事はない?」

そう問いかけると、五月さんは頭を抱えてしまった。どうやら、かなり頭が固いようだ。

「袋の口を開ける、でしょ?」

答えたのは一花さんだった。いつから起きていた? そもそも寝ていたのか?

「で、薬の飲み方にこだわった理由は何かな?」

「その前に、質問をもう一つ。薬を飲んだ後、袋はどうする?」

「んー、置きっぱなしかな」

「ちゃんと捨てろよ、自分が出したゴミなんだから」

一花さん以外が高速で首を縦に振る。そんなに掃除ができないのか?

「……そっか、だから、返せないんだ」

等と脱線して考えていると、三玖さんが呟いた。

「ああ、そういう事ね」

一花さんが手を打つ。

「どういう事?」

四葉さんが首を傾げる。

「分かりません」

五月さんが頭を抱える。

「はぁ……全部わかってるんでしょ? さっさと言いなさいよ」

二乃さんが吐き捨てる。

「では、遠慮なく。二乃さん、風太郎に睡眠薬を飲ませて、その空袋をジャージのポケットにしまったよね? ちなみに、厳密には何を飲ませたの?」

「……ええ、そうよ。まあ、ちょっとした理由で持ち歩いてる痛み止めを盛ったわ」

「教えてくれてありがとう。犯人しか知らない事を、ね」

見捨てておいてアレだが、俺は風太郎の事を友人だと思っている。つまり、ここまで冷静に探偵ごっこと教師ごっこをしてきたが……怒っているのだ。

 

 さあ、報復を始めよう。

『風太郎に睡眠薬を飲ませて、その空袋をジャージのポケットにしまったよね? ちなみに、厳密には何を飲ませたの?』

スマートフォンから俺の声が響く。

『……ええ、そうよ。まあ、ちょっとした理由で持ち歩いてる痛み止めを盛ったわ』

そして、二乃さんの声が続く。いや、事情を知らなければ、この音質では中野家の誰か<・・>としか分からないだろう。

『教えてくれてありがとう。犯人しか知らない事を、ね』

もう一度、俺の声が響く。そして、少女たちは事態を察したようだ。

「アンドー君、優しそうな顔してる割に役者だねぇ。お姉さん感心しちゃったよ」

拍手する一花さん。本当に、この人の考えは読めない。

「安藤、アンタ、汚いマネするじゃない……!」

悔しそうな二乃さん。動機は分からないが、思考と行動はかなりシンプルだ。

「アンドー、一つ聞いてもいい?」

手を上げる三玖さん。案外、最も分かりやすい人かもしれない。

「安藤さん、えっと、何がどうなってるんですか?」

何故か風太郎に膝枕をしている四葉さん。行動も思考もシンプルだが、やはり動機が不明だ。

「安藤君、なぜ録音なんてしたのですか?」

俺を睨む五月さん。その顔には「二乃を脅す気ですか」と書いてある。彼女も分かりやすい側だろう。

「まずは一花さんからで、強面の役者の方が少ないだろ。次に二乃さん、撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。三玖さんは、少し待ってて。四葉さんは……後で一花さんにでも教えてもらって。最後に五月さん、二乃さん(・・・・)を脅す気はないよ」

全員に返事してから、その少女を見る。

「ねえ、アンドー。貴方が脅迫したいのは、私たち全員?」

「……とりあえず、根拠を聞こうか」

「あの録音、フータローしか名前で呼ばれてない。二乃の名前が入ってないのは、誰が答えたのかを分からなくする為、そうでしょ?」

三玖さん、頭の回転は速いんだよな。なんで退学レベルで成績が悪かったんだ?

「アンドー?」

「あ、ごめん。続けて」

「……誰が答えたのかが分からなければ、一花や四葉、五月、私の事も脅せる。そうだよね?」

「例えば、バスケ部の人に『四葉さんと話してた時に録音した』と言ってこれを流したら、信じるかな?」

話を振られた少女のリボンが伸びる(兎の耳じゃあるまいに)。暫く唸ってから、答えを出した。

「たぶん、信じないと思います。きっと、口調が違う、とか、四葉さんがそんな事するわけない、って言ってくれます!」

「何人が?」

「え?」

「はたして、それを心から信じるのは何人いる? いや、ほんの少しも疑わない人がどれだけいる? こんな奇妙な物を聞かされた、と誰かに言う人だっているだろう。もしかしたら、あまり面識のない男子バスケの人が盗み聞きしているかもしれない。そうやって広まっていく中で、中身が変わらないという保証はある?」

そして、俺は脅迫を始める。

「これを流せば、転校したばかりの美人姉妹の評判は地に堕ちる。賭けてもいい」

 

 



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お宅訪問(LDKのみ) その3 A

 俺の脅迫への反応は、またもバラバラだった。

「美人姉妹だなんて、ちょっと照れるなぁ」

「そういえば、男子バスケもありましたね」

妙なところに感心する一花さんと四葉さん。

「それで、アンドーは何がしたいの?」

「わ、私たちに何をする気ですか!?」

情報を得ようとする三玖さんと五月さん。

「……うそ……私のせい……?」

呆然と立ち尽くす二乃さん。とりあえず、話ができそうな二人に声をかけよう。

「まずは、三玖さんと五月さんからで良い?」

「いいよ、ていうか忘れちゃって」

「えっと、私も大丈夫ですよ」

一花さんと四葉さんの同意を得てから、話し合いを始める。

「俺の要求は、中野家の五つ子全員が風太郎の授業を受ける事だよ。もともと、その為に呼ばれたわけだし。だから、全員を脅迫できる証拠が欲しかったんだ」

もっとも、俺は三玖さんが、風太郎は五月さんが授業を受けるように説得しようとしていたのだが。うん、恥ずかしいから黙っておこう。

「……信用できません」

「だよね」

五月さんがそう言うのも当然だ。バックアップがあるかもしれないし、俺を信じろというのも無理な話だろう。とはいえ、誤魔化しの効かない取引でさえあれば、彼女は要求を受け入れる気だ。要求の中身には文句がないのだから。

「じゃあ、こういうのはどうかな。俺はスマホのバッテリーを置いていく。で、次の授業が終わったらバッテリーを返してもらって、その場で削除する」

「……バッテリーの、予備が家にあったりしませんか?」

「なら、このデータはここで削除しよう。代わりに風太郎の携帯にデータを送る。で、バッテリーだけ預ける、っていうのはどう?」

「それでは、データを持っているのが上杉君に代わるだけでしょう」

「そうだね。ただ、その風太郎は眠っているから、家に送り届ける必要がある。五月さんが俺たちに着いてきて、コイツの家を見てみればいい」

これは嬉しい誤算だ。我ながら、五月さんを風太郎の家に行かせる理由を、こうも自然に捻り出せるとは。おっと、自画自賛は慢心の素だ、気を付けないと。

「……少し、考えさせてください」

残念ながら、思った程の名案ではなかった。俯き考え込む五月さんを見て、少し反省する。

「五月、今のアンドーは信じても大丈夫」

無表情の三玖さんから援護射撃が飛んできた。俺を信頼している、って雰囲気ではないが。

「そうかなぁ? アンドー君なら、もう一度私たちが気づかない罠を張れるんじゃない?」

「大丈夫。フータローの味方なら、罠を張ると邪魔になるから」

「あぁ、写真を拡散したり、それを利用して要求を重ねたりしたら、家庭教師どころじゃなくなっちゃうよねぇ」

やはり、一花さんも鋭い。この二人は、なんで退学レベルで勉強ができないんだ? 地頭はかなり良さそうなのだが、凄まじい勉強嫌いなのか、何かをしていて忙しいのか、記憶力が悪いのか。

「ねぇ、アンドー君、聞いてる?」

一花さんの顔が目の前にあった。あれ、この顔のドアップ、何処かで見たような……

「アンドー」

「何、三玖さん?」

「そこは反応するんだ」

いや、何故か既視感のある一花さんでなければ反応はした、筈だ。とはいえ、無視したのは俺に非があるので頭を下げる。

「ごめん。それで、どうしたの?」

「えっとねぇ、フータロー君の授業を邪魔しない為には、私たちが不安で何も手が付かない状態にはしたくないよね、って聞こうとしたんだよ」

「正解だよ。だから、皆が真面目に授業を受けた時点で削除するし、バックアップも作らない。俺が強制するのは1回目だけで、そこで風太郎の授業をまた受けたいと思った人だけ受ければ良い」

そう答えると、一花さんは引き下がった。というよりも、興味の対象が三玖さんに移ったようで、彼女にすり寄っていった。

「じゃ、行こうか五月さん。眠っている男子高校生はそこそこ重いから、俺の鞄だけでも持ってくれない?」

「ちょっと待ちなさい」

風太郎を背負った俺に、復活した二乃さんが声をかける。

「アンタ、なんで五月を連れて行こうとしてるの? ソイツに薬を盛ったのは私よ」

……前言撤回しよう。涙目で、それでも俺を睨む彼女の動機は、至って単純な物だった。得体の知れない家庭教師(しかも異性の同級生)から、姉妹を守りたいのだろう。もっとも、その手段がアレでは、後のリスクが高まるだけで逆効果な気もするが。思考が短絡的、或いは視野が狭いのだろうが、悪知恵は働くようだ。料理の手際や味付けを考えると、学習能力か忍耐力のどちらかは持っている。成績を上げる素質はある筈なんだよな。

「三玖、また呼んであげて」

「人をちょろい男扱いしないでくれ」

一花さんに文句を言いつつ、思考を修正する。二乃さんのガードを突破して、五月さんを連れ出す方法か……他の人ならともかく、五月さんなら簡単だ。

「えっと、なんで五月さんを連れて行くかだったよね。まあ、住所は個人情報だから、勝手に教えるのはマズいんだ。でも、連絡網で調べられるクラスメイトになら、バレても大丈夫なんじゃないかな」

「そういう事でしたら行きましょう」

さっき、ドア越しに彼女の部屋を見た。その時、確かに自習した痕跡があったのだ。家庭教師を拒んでも勉強はする真面目さがあるのなら、ルールを盾にして押し通せる。

「それは、五月を連れて行っても大丈夫な理由。五月を連れて行きたい理由じゃない」

「……三玖さん、本当に退学レベルで成績悪いの? 赤点回避くらいはできる能力あるだろ」

「誤魔化さないで」

流石に、質問に質問で答えて情報を引き出す戦法は読まれているか。俺を睨む三玖さんに、下手な嘘は通じないだろう。とはいえ、風太郎の許可なく真実を話すのは憚られる。だから、曖昧に答えてはぐらかす。

「風太郎と仲直りさせる為だよ」

「できるの? 五月は、頑固だよ」

「……そこは、本人次第かな」

頑固さで言えば、風太郎も相当だ。そして、体重と食べ物絡みで喧嘩した以上、両方にかなり根深い怒りがありそうなんだよな。思い出したら頭が痛くなってきた。

「どうしたの? 痛み止めでも飲む?」

「人の家で寝る趣味はない、よっと」

一花さんの心配(に見せかけた揶揄)で痛みが増した頭を抱える。このスペックでサボろうとするなら、風太郎が全員に授業を受けさせるのは不可能と言っても過言じゃない。背中で眠る友人に同情しつつ、玄関まで歩く。

「待ってください」

今度は五月さんに引き留められた。

「ここで、録音の移し替えを行ってください。私だけでは、不審な動きを見逃すかもしれませんので」

……俺、信用ないな。

「あと、途中で誰かと接触しないように、タクシーも呼ぼっか」

一花さんがナチュラルにセレブな発言をする…………本当に、信用ないな。

 

 タクシーの車内で、助手席に座る五月さんが声をかけてきた。

「安藤君」

「何? 後部座席ならいつでも変わるよ。男に膝枕するのは意外とキツい」

「私だって嫌です。というか、シートベルトで固定すれば良いんじゃないですか?」

それもそうだ。

「って、そんな事ではなくてですね。貴方は、私と上杉君が本当に仲直りできると思っているんですか?」

「最終的には本人次第だけど、喧嘩して仲直りなんてよくある事だろ」

俺が努めて明るく言うと、彼女は顔を曇らせる。

「私は、未だに彼が許せません。些細な事でムキになってしまう自分がいて、上杉君のデリカシーのなさが筋金入りなら、また諍いを起こしてしまいそうなんです」

風太郎の事を意識しているからなのか、女子校ゆえに男性への免疫が培われなかったからなのかは分からない。だが、五月さんと風太郎の間には、或いは、彼女の理性と感情の間には、根深い溝があるのだろう。ほぼ初対面かつ脅迫まで行った俺に、吐き出してしまう程に。

「まあ、許してやってくれ、としか言えないかな。金欠な上に空腹で、風太郎も気が立っていたんだよ。それに、あの運動音痴が、階段を駆け上がってまで謝ろうとしたんだからさ」

「今時スマホも使ってないですし、何等かの事情があるのは察しています。それでも、嫌いな人は嫌いです」

「それもそうだね」

バックミラー越しに眉間のシワを見て、五月さんの悩みの根深さを悟る。

「なら、こう考えれば良い。上杉風太郎との関係は改善せず、能力だけを利用するんだ」

「能力だけ……ですか?」

「いくらデリカシーのない男でも、仕事中に喧嘩を売る事はないだろう。家庭教師の時だけ顔を合わせて、教室では互いに無視する。会話は勉強に関する事のみ。そんなルールを設けるのはどう?」

「私に、勉強を教わるだけの道具になれ、という事ですか?」

何故か睨まれた。嫌いな相手と関わらない方法を提示したのに、何が不満なんだ?

「その代わりに、風太郎は勉強を教えるだけの機械になる。運転手さんには失礼ですが、タクシーの代わりにどこでもドアで帰っても俺に影響がないように、風太郎がアンキパンの代わりになったとしても、君に影響はないだろう」

「そんなのできたら、商売あがったりですねぇ」

「貴方は、友人さえも道具扱いするのですか!?」

穏やかに答える運転手と、声を荒げる少女。普通は逆じゃないか、と思わずため息をこぼす。

「はぁ……道具で何が悪いんだよ」

「え?」

「ドラえもんは子守ロボットだけど家族だし、気に入った道具は愛おしく感じるだろ。逆に、気に入らない道具でも、仕事に必要だったら使うんじゃないのか? 好き嫌いで手段を選り好みする方が、よっぽど不健全だ」

「……っ!」

「面倒だから正直に言うけど、俺の目的は五月さんと風太郎を仲直りさせる事じゃない。五月さんが風太郎の授業を受ける事だ。だから、五月さんを連れてきたのは」

個人的には、取りたくない手段だ。だが、妹想いの姉を持つ彼女には、極めて有効な手段なのだ。

「君がコイツに同情するよう仕向ける為だ。どれだけ嫌いでも、家庭教師だけは真面目に受けるように、風太郎が給料を貰えるように、ね」

これを知れば、彼はきっと怒るだろう。だが、それがどうした? 金を稼いで、弟妹に楽をさせる為なら、喜んで自分を犠牲にする。俺たちは、そういうダメ兄貴だ。

 



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お宅訪問(LDKのみ) その4 A(完)

 気まずい雰囲気のまま、タクシーは目的地へと向かう。実を言うと、俺はそこまで辛くなかったのだが。思考癖に感謝したのは初めてかもしれない。

「そろそろ着くぞ。起きろ、風太郎」

穏やかな寝息を立てる友人を揺さぶる。

「えっ」

彼は目を覚まし、絶句した。

「お前は二乃さんに一服盛られて、ボッシュートされたんだよ」

「没収?」

「あー、送り返されたって事だ」

そういえば、風太郎の家にはテレビがないんだった。貧乏同士ではあるが、微妙に生活レベルが違うんだったな。

「あの野郎……そこまでするか……」

「そこまでしそうな言動はあったよ。そこに気が回らなかった君の落ち度だ」

「まあ、お前が起きてるって事は、俺もどうにかできたよな」

「そうだね、まずは生徒の様子に気を配る事だ。担任と同じくらいには、趣味嗜好を把握するべきだろう」

そんな説教を続けていると、タクシーが止まった。

「着きましたよ。運賃4800円になります」

普段は殆ど乗らないが、五千円は高くないか? 初乗りが千円いかない程度で、確か2kmくらいで、そこから1kmごとに数百円を足していく筈だ。人は分速100mで歩くから、徒歩で20分の距離までは初乗り運賃で乗れる。歩いて学校に通える家同士を繋ぐ以上、5kmも離れていないだろう。そうなると、雑な概算でも4000円程度だから、ぼったくりだよな。

「カードで」

「まいど」

俺が指摘する前に、五月さんが支払いを行ってしまった。

「五月!」

風太郎が助手席を見て驚く。彼の視野の狭さは、5人を同時に指導する上で改善するべき点だな。というか、家庭教師という一人に注目する仕事その物が、五つ子を同時に指導するという業務内容と矛盾している。そもそも、このガバガバな金銭感覚なら、5人全員に個別に家庭教師をあてがうという発想に至る方が普通だ。俺の学校だけでも、風太郎の他に4人くらい見繕える筈だ……武田とか、英語だけならアンダーソンとか。推薦だのAOだので暇してる上級生まで広げれば、更に候補は増えるだろう。

「安藤!」

「安藤君!」

両耳の近くで叫ばれた。耳を通り越して頭が痛い。

「何するのさ……」

「降りてください。家探しするんでしょう」

ああ、そうだった。

「おい、家探しってなんだよ。借金のカタになるような物なんてねーぞ」

そういえば、説明してなかったな。

「君の携帯に、五つ子達を脅迫する為のデータを入れた。ただ、バッテリーを抜いてあるから拡散はできない」

「授業が終わったらバッテリーを返してもらって、その場で削除する、ってとこか?」

「正解」

想像力はあるから、生徒の事を深く知ればちゃんと対処できるようになるだろう。でも、このコミュ障が一度に5人と心を通わせる事なんてできるのか? そもそも、あの個性豊かな五つ子達全員と分かり合える人がどれだけいる?

「あ、お兄ちゃんだ。それに安藤さんも」

俺の思考は、廃墟のような家から飛び出してきた少女に遮られた。

「らいは!」

風太郎が慌てて妹を静止する。何か見せたくないものでもあるのか……まあ、バイトに失敗して送り返された姿なんて見られたくはないか。

「こんばんは、らいはちゃん」

「こんばんは。あ、その人って、もしかして!」

五月さんを見て、らいはちゃんが興味を示す。

「な、なんでもない人だ! ほら、帰るぞ!」

風太郎が妹を抱えて逃げ帰ろうとする。

「嘘! あの人、安藤さんの彼女でしょ!」

「「「え?」」」

 

 状況を整理しよう。ここは上杉邸前の路地で、風太郎がらいはちゃんを抱えて階段へと向かっている。五月さんはタクシーから降りたところで、俺はタクシーのドアを掴んでいる。なるほど、俺がドアを開けて五月さんをエスコートしているように見えるな……実際は、急発進で逃げられないように掴んでいるだけなのだが。

「残念ながら、俺は独り身だよ」

「じゃあ、お兄ちゃんの彼女でもないし、家庭教師の生徒さん?」

酷い根拠だ。

「い、いや、それは……」

「嘘! あの人が生徒さんでしょ」

誤魔化す兄を糾弾する妹。我が家では逆だから新鮮だな。とはいえ、このままでは生徒じゃなくなる状況だから、誤魔化したい気持ちも分かる。

「よかったら、ウチでご飯食べていきませんか?」

不仲を悟ったのか単純に優しいのか、らいはちゃんがそんな提案をしてきた。とはいえ、上杉家のエンゲル係数を無駄に上げるのも忍びない。

「気持ちは嬉しいんだけど、これからバイトなんだ。代わりに、五月さんをもてなしてあげて」

「え!? 私は、その……」

「それは……ほら、な! このお姉さん忙しいらしいから!」

お前ら、仲直りのチャンスを棒に振る為になら結託できるんだな。慌てる二人を蹴り飛ばしたい衝動に駆られる。いっそ、らいはちゃんに腹話術をかけて泣き落としすべきか?

「嫌……ですか……?」

その必要はなかった。既に泣き落としの体勢に入っていたからだ。

「じゃ、すいませんが、バイト先まで乗せてってください」

馬鹿二人をらいはちゃんに任せて、俺はタクシーに乗り込んだ。

 

 脚立を支えながら、俺はそんな事を話した。

「それで、暴走タクシーの中で取っ組み合いになってたのか」

俺の雇い主である春さんはカラカラと笑う。同時に、スプレー缶をカラカラと振ってから、トンネルの天井に青い円を描く。

「説得したかったんですけど、最後は昏倒させる事になりまして」

「非暴力・不服従、って知ってる?」

「ガンジーですよね」

基本的に、彼が引用するのはガンジーかピカソだ。後は、父親の言葉も。

「うん。バットで殴るとかは良いけど、車をメチャクチャに走らせるのはやり過ぎだよ。特に、そこの橋はフェンスに脆い場所があるから、気を付けた方が良い」

「そうなんですか?」

「どうやら、誰も連絡してないみたいなんだ。まあ、役所への電話って面倒だしね」

「お役所仕事、っていうくらいには手間がかかりますよね」

「ただ、可哀想でもある。面倒な仕事をしているのに、公務員なんぞに娘はやらん、って義父に言われたりするらしいからね」

そんな噂話を聞いて、ふと思い出した事を聞いてみる。

「春さん。もし貴方に娘がいたとして」

「妻もいないのに?」

「もしも、です。それで、その娘が五つ子で、全員が赤点の常習犯だとするじゃないですか」

「五つ子? クローンとかじゃなく?」

「もしも、です。で、赤点常習犯の娘が5人いたとして、春さんならどうしますか?」

「まず、赤点だと困るの?」

そうきたか……とはいえ、示唆に富んでいる。三玖さん達にやる気がないのは、赤点を取っても困らない環境だから、というのはあるだろう。マンションの調度品を見るに、遊んで暮らせるだけの収入はありそうだし。

「少なくとも、高校くらいは卒業させたいんでしょうね。成績不振で、前の学校は退学になったみたいですし」

まあ、あのポテンシャルで退学というのも考えにくいのだが。

「成績不振で退学になったのに、編入試験は通ったの?」

「そういえば、確かにそうですね。裏口とか?」

「裏口入学するくらいなら、お金を積んでドアを塞げば良い」

それもそうだ。いや、黒薔薇女子は既に十分な金があるから、買収できなかったのかもしれない。

「私立と公立じゃ、収入も違うんじゃないですか?」

「なるほど。そうなると、ネームバリューも違うよね」

「そうですね」

「じゃあ、本当に高校を卒業した、っていう結果だけが欲しいのかも。その為に、金でどうにかできる学校に転校した、とかはどう?」

「金でどうにか、はありそうです。ただ、家庭教師を雇いますかね?」

「まあ、卒業だけなら不要だね。成績を上げて、大学受験でもするのかな」

「家庭教師は高校生、というか同級生です」

「……安藤が家庭教師か。授業中に考えこんだりしそうだね」

「いえ、家庭教師するのは友人です」

とはいえ、風太郎が家庭教師というのも不安だ。思わず目頭を押さえてしまう。

「そんなにシンナー臭かった?」

「大丈夫です。ただ、彼にできるのかが不安で」

「俺の兄貴よりはマシだよ。何せ、途中参加が嫌いな人だから」

途中参加。春さんが冗談めかして言ったそれは、家庭教師の象徴ともいえる言葉だ。生徒の勉強・生活に途中参加するのが家庭教師であり、始点にも終点にも触れない。だが、彼女たちの勉強嫌いを解決するには、その原点を探る必要があるだろう。

「春さん、探偵の知り合いがいましたよね?」

 




Bルート、薬を飲む直前で止めるルートは暫くお待ちください。


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お宅訪問(真) その1

 土曜日だからといって、寝坊するのは勿体ない。それも、今日みたいな晴れの日に、惰眠を貪るなんて論外だ。

「おはよう、潤也。とりあえず着替えて洗濯機を回して。終わったら部屋の掃除な」

「ふぁ~、おはよう兄貴……飯は?」

「昨日の残り。あと、昨日の出汁が残ってるから冷やし茶漬けにでもしようか」

毛布をはぎ取り、弟を起こす。洗面所へ向かう彼を見送り、キッチンで料理を温め直す。

 

 朝食の途中で、テレビに俺たちの町が映った。

『こちらでは、今年最後の花火大会の準備が行われています!』

「そっか、もう9月だもんな」

潤也が呟く。季節感がなくなるから、新学期は9月1日からにするべきだろう。一学生として、8月の後半から2学期が始まる制度や2期制には反対したい。

「なあ、兄貴。この大会って一週間後だよな?」

「ちょっと待って……そうだな。来週の日曜の7時からだ」

「じゃ、ちょっと設営のバイトしてくるよ。屋台の優待券だっけ、そんなのが貰えるみたいだし」

「なら、ついでに屋台のバイトも探しておいて」

「えー、一緒に回ろうぜ」

「……そういう事は彼女に言いなさい」

「いや、詩織だって兄貴を誘うからな! 安藤ファンクラブの会長してるんだぞ!」

「なんだよそれ」

「俺たちで作ったクラブ。ちなみに俺は副会長」

「すぐに潰れそうだな」

というか潰れろ。だいたい、こんな冴えない男子高校生にファンなんているのか?

「けっこう多いぜ。昨日も一人、美人な先輩が入ったしな」

美人な(潤也から見て)先輩……このタイミングで加入するとしたら、中野家の五つ子達だろう。だが、誰だ? タイミングを考えると、帰りが遅くなった一花さんか四葉さんだろう。少し残念だ……残念?

「ごちそうさま! 食器洗うから、速めに食べてくれよ!」

「ああ、分かった」

お茶漬けを流し込み、思考を洗い流す。あんなふざけたファンクラブに三玖さんが参加する方が心配だし、一花さんか四葉さんには口止めしておこう。

 

 掃除機をかけていると、ドアを叩く音が聞こえた。

「はーい」

魚眼レンズから外を見ると

「風太郎!?」

珍しい来客がいた。

「悪いが、コピー機を貸してくれないか? あと、今日の家庭教師に着いてきてくれ」

「用心棒か」

まあ、あの家の物を飲み食いしなければ大丈夫だろう。流石に物理的な排除はしてこない筈、というか三玖さんの運動神経は昨日の体育を見る限り相当悪いし、単純な身体能力は体格が同じくらいだから他の4人も大きく変わらないだろう。仮に技量やセンスに優れていても、リーチの差と筋力で1人は取り押さえられるし、現状で敵対してるのは2人だから、各個撃破が間に合う範囲だな。

「とりあえず、入っても良いか?」

「あ、どうぞ」

考察癖のある俺は、用心棒には向かない気がする。常に監視とかできないだろうし。

「そこのコピー機を使って。そうだ、水筒作るけど麦茶でいい?」

「……お前が女だったら、嫁に貰ってたかもな」

「よく言われる」

「マジかよ」

「冗談だよ」

彼に冷えた麦茶の入ったコップを差し出し、新しい麦茶を作る為にお湯を沸かす。

「あ、風太郎先輩。そのテストって、兄貴が手伝うって言ってた家庭教師の?」

「ああ……せっかくだし、解いてみるか?」

「やるやる」

理由をつけて掃除をサボる気だな……まあ、テストのモニターも必要だろうし、今は指摘しないでやろう。

「安藤もやってみないか? 高一の範囲だから、簡単すぎるかもしれねえけど」

「じゃあ、やってみようかな。あれ、高二の範囲は入ってないの?」

「最低限の実力を見る為のだからな。それに、転校する前の履修範囲とか知らねえし」

「じゃあ、後で教えるよ。三玖さんから聞いたんだ」

「頼む」

さて、解いてみるとしよう……いきなり分からない。

 

 麦茶を水筒に入れながら、風太郎の採点を待つ。

「まず、安藤の点数だが……80点だ。社会の失点が酷いな」

「政経はマシなんだけどね」

地理と歴史は苦手なのだ。何というか、身近にないから実感が湧かない。数学や理科なら、思考癖のお蔭で公式とかさえ覚えれば補えるのだが。

「んで、潤也は36点だ。まだやってない範囲があるとしても、半分は採れる筈だぞ」

「……あ、掃除しねーと」

逃げた。偶に宿題すらサボるからな、成績が悪いとは思ったがこれ程とは……

「ラインでスクショを送れば良いかな。潤也、これ詩織ちゃんにも受けさせて」

「分かった!」

テスターは多い方が良いだろう。それに、これを機に勉強会でもしてくれると助かるしな。

 

 中野家のマンションは向かう途中で、俺たちの用紙を見比べる。

「アンダーソンって奴、古文と日本史が満点だな」

「下手な日本人より日本通だよ」

ちなみに、ラインで受けさせた連中の結果は俺がプリントした。風太郎は物凄く機械音痴だからな。

「つーか、お前の周りの連中って頭良いのか?」

「島は微妙で、アンダーソンと慎一はそこそこ。というか能力はあるけど不真面目だな」

「その島でも56点か。俺たちの学年なら相当バカでもこの程度か?」

「だろうね」

6割くらいは取れるテスト、と考えて良いだろう。

「潤也の彼女……詩織だったか? あいつの成績も悪いな」

「まあ、40だから潤也よりはマシだけどね」

「それでも、体育祭だの学園祭だの休みだのを考えたら、もう半分は教わってる筈なんだぞ。なんで勉強した物を間違えるんだよ」

「定着するまでやってないからだろ」

「じゃあ、勉強嫌いなあいつらも同じ状態なのか?」

「可能性は高いね」

というか、赤点で転校してきたのなら、高一の内容は確実に抜けているだろう。まあ、彼女たちが退学レベルの成績だというのが、そもそも不自然なのだが。

「風太郎は、三玖さん達がなんで転校してきたと思ってるの?」

「知るか。どんな理由であれ、全員が卒業できるように教えるだけだ」

「その真っ直ぐさは美徳だが、少し周りを見た方が良いと思うよ」

「周り?」

「例えば、彼女たちの性格とかだね。家庭教師に協力するかだけでも3つに分かれてるんだ、勉強ができない理由が一つとは思えない」

「3つ、ってなんだよ。四葉が賛成してるだけだろ?」

「二乃さんと五月さんは反対で、一花さんと三玖さんは無関心だ。たぶん、最後の二人が最も手ごわいと思うよ」

「二乃と五月の方が面倒だろ。部屋に閉じ籠るは薬を盛るは……」

「その二人は、きっかけ一つで転ぶ可能性が高い。憎悪を好意に変える方が、無関心を好意にするより簡単だ」

少なくとも、五月さんは既に協力的になっている筈だ。どれだけ風太郎が嫌いでも、らいはちゃんを思い出せば無下にはできない。兄が置いてきたデリカシーや素直さを集めて生まれたような子だ、五月さんが家庭教師への不満を思い出す度に、対比する形で彼の妹の美点を思い出すだろう。

 

 そんな悪意を抱えて、高層マンションの前に立つ。オートロックを操作する時に思ったのだが、俺が出た時に通してくれる人はいるのか? 二乃さんは論外、五月さんにも嫌われた。四葉さんも、昨日の取引の理屈を聞いたら怒るだろう。一花さんと三玖さんが希望だ……いや、一花さんは怪しいな。

『はい。アンドー、とフータロー?』

……機械を通しているとはいえ、感情の伺えない音声だ。敵意や恐怖・悪意もないのはありがたいが、部屋に入ってからが怖いな。いや、全員を敵に回さないで済むだけでも御の字か。

「三玖さん? 家庭教師の宅配に来たんだけど、開けてもらってもいい?」

『……分かるの?』

「まあね」

彼女が俺の名前を呼ぶ時、何故かイントネーションが少しズレるのだ。一花さんも真似しているが、彼女は俺を「君」付けで呼ぶ。それに、真似だけあってズレ方が毎回同じなのだ。

『…………入って』

「ありがとう」

 



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お宅訪問(真) その2

 エレベーターに乗って、30階のボタンを押す。

「そういえば、風太郎がエレベーターに乗るのは初めてだね」

「眠ってたからな。にしても、エレベーターの中まで豪華だな」

まったくだ。場違いな上に、稼働音も殆どしないから居心地が悪い。せめて外でも見えれば落ち着くのだが。

「なんで金持ちって高い場所に住みたがるんだ?」

「安藤、もうすぐ降りるからな」

思考をキャンセルされた。というか、もう着くのか。ランプを見ると、既に20階だった。

「俺たち、この速度で階段を上ったのか」

「いや、投げた時の速度を考えれば、平均は少し遅いくらいだろ……それでも速いな」

「風太郎も鍛えたら? センスはあると思うよ」

「無駄な体力を使う気はない」

「じゃあ、何が無駄じゃないんだよ?」

「勉強に決まってるだろ。勉強して全てを学べば、人の役に立てる」

……学校で教えてくれない事なんて無数にある。真っ直ぐだが不器用な友人に不安を感じつつ、開いたエレベーターのドアを潜った。

 

 廊下には、中野家の扉しかなかった。改めて思うが、1フロアを丸ごと借りる財源は何処から出ているのだろうか……彼女たちの親について、探りを入れるとしよう。そんな決意を抱きつつ、インターホンを押す。

『開いてるから入って』

「……オートロックを過信しすぎじゃない?」

鍵を持たずに侵入する方法なんて幾つもある。エレベーターは鍵がなくても使えるし、俺たちが昨日やった事を考えれば警備もザルだろう。要するに、部屋の鍵しか自衛手段はないのだ。

「おい、入るぞ」

「ああ、お邪魔します」

風太郎に促され、中野家に入る。玄関も広いな……それなのに靴は一足もない。靴箱にしまってあるのだろう。そうなると、導線を考えるに横の扉を開けば靴箱だろうが、流石に確かめるのは失礼だ。アプローチを変えよう。

「風太郎、雇い主とは会った?」

「いや、昨日電話で話しただけだが」

「リビングで借りたっきりか」

まあ、電話番号すら把握してないようだし当然か。当然といえば、年頃の娘を持つ親なら、異性の同級生が家に来る時に警戒するのが当然だ。つまり、時間・距離的に来れないくらい忙しいか、心理的に来たくないのか、警戒・或いは関心がないのか、そのいずれかだろう。警戒・関心がないとは思えない、家庭教師を付けるくらいには心配しているのだから、真面目に授業を受けるかは見ようとする筈だ。時間・距離というのも考えにくい、裏口入学できる余裕があるなら、仕事に融通を利かせる程度はできるだろう。そうなると、娘と関わるのを避けているのか? 単純な反抗期であれば良いのだが、それは望み薄だ。反抗期の娘に家庭教師を付けたら反発するのは目に見えている。それを風太郎に伝えるべきだし、状況を把握しようとするだろう。何か、五つ子達との関わりを避ける理由、負い目や恐怖心があるのか? 成功者で人脈がある筈だから、名前や職業で検索して情報を集めるか……いや、情報収集なら本人に直接聞けば良い。5人を同時に教えるのに給料が5倍では割に合わない、手間は5倍を超えるから給料に色を付けてくれ、そんな交渉を持ち掛ければ対話に応じてくれるだろう。

「安藤、そんな所で突っ立って、どうしたんだ?」

「何でもないよ」

給料の話は五つ子のいない場所でやるべきだろう、流石に生々しいからね。

 

 俺たち、というか俺を出迎える姉妹の反応はそれぞれだった。

「ZZZ」

見慣れた寝顔の一花さん。

「……チッ」

不機嫌そうな二乃さん。とはいえ、自分以外にも脅迫の被害が及ぶからか、追い出そうとはしてこない。

「いらっしゃい」

歓迎の言葉を口にする三玖さん。まあ、表情や声に面倒臭さが滲み出ているが。

「がるるるる」

唸り声を上げる四葉さん。露骨に警戒されている、うさ耳リボンなのに犬っぽいな。それも人懐っこい小型犬……そんなのに嫌われる俺って相当だな。

「なぜ安藤君がいるのですか?」

睨んでくる五月さん。完全に嫌われたな、まあ予定通りだが。俺の評価が下がれば、相対的に風太郎が良く見える。そして、彼は欠点も多いが美点も多い男だ。

「お前、何したんだよ?」

「脅迫したんだよ」

詳細を教える必要はない。誤魔化されて不満を顔に浮かべる友人を見れば、同情的になるだろうし。

「……まあいい。昨日の悪行は心優しい俺が許すとしよう、安藤も迷惑をかけたみたいだしな。今日はよく集まってくれた!」

どうやら、風太郎先生の授業が始まったようだ。逃走経路を塞ぐよう階段に腰掛ける、玄関に行けば靴を履いている間に捕まえられるからな。

「家庭教師はいらないって言ってなかったっけ?」

「だったら、それを証明してくれ」

「証明?」

二乃さんと風太郎がやり合っている。彼は、5枚のテストを取り出した。

「昨日できなかったテストだ。合格ラインを超えた奴には金輪際近づかないと約束しよう。勝手に卒業していってくれ」

……教える人を減らそうとしているのか。それで5倍の給料を受け取るのは詐欺では……いや、一人減って5倍なら手間賃を含めれば妥当な線か。もっとも、減るとは思えないが。

「これで、あなたの顔を見なくて済みます」

五月さんが眼鏡をかけて勉強モードに入る。

「そういうことならやりますか」

一花さんが目を覚ます。今までのは狸寝入りだったのか、それとも夢うつつだったのか。

「みんな! 頑張ろ!」

四葉さんが姉妹を鼓舞する。頑張ったら風太郎と会えなくなるけど良いのか?

「合格ラインは?」

三玖さんの質問に、

「60……いや50点あればそれでいい」

風太郎がヘタレた答えを返す。まあ、高一レベルが半分もできていれば、一夜漬けで追試の赤点くらいは回避できるだろう。ギリギリだが、卒業は可能だ。

「はぁ……あんまりアタシたちを侮らないでよね」

不満げな二乃さんの声を合図に、五つ子達はテストを解き始めた。……表情が曇る頻度を見るに、潤也以下の点数を叩き出すかもしれない。

 

 解き終えた(おそらくジ・エンドの方で)五月さんが寄ってきた。

「なぜ来たのですか?」

第一声から剣呑だった。いつもの事だが、今日は尚更目つきが悪い。

「目覚まし時計の代わりをする為さ。まあ、自分がサボる為に寝かせない欠陥品だけどね」

「……やはり、私は道具にはなれません」

彼女は俺を睨むが、後ろめたい事があるのか、視線を下に向けた。そして、再び目が合った。

「ですが、上杉君の邪魔をするつもりもありません。少なくとも、あなたの目論見は成功しましたよ」

「それは良かった」

本当は、もっと同情して「らいはちゃんのお兄さん」を好きになってほしかったが、流石に贅沢だろう。

「……一つだけ、確認させてください。あなたは、らいはちゃんや上杉君の家庭の事情を利用する事に、罪悪感はないのですか?」

「あるよ。でも、それで救われる人がいるのなら、進むしかないだろ」

「アンタ、昨日五月に何したのよ?」

二乃さんがコップを片手に近寄ってきた。お盆がないし、自分用だろう。

「何もしてないよ。ただ、風太郎の妹、小学生の女の子に会わせただけさ」

不満そうな二人が黙る。子供の陰口を言うのは罪悪感が大きいのだろう。今度、らいはちゃんにお礼の品でも持って行こう。

「採点終わったぞ、集まってくれ」

その言葉で、話し合いは中断となった。二乃さんと五月さんを見送り、階段に座り直す。とりあえず、テストの復習までは受けさせなくては。その内容で、五つ子達がやる気になってくれれば良いのだが……

 



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お宅訪問(真) その3

 風太郎の顔に冷や汗が浮かぶ。

「凄ぇ、100点だ! ……全員合わせてな!」

…………平均20点か。なるほど、成績不良で転校するのも納得だ。というか、どんだけサボってたんだ。

「これは前途多難だね」

「お前ら……まさか……」

どうやら、風太郎もようやく察したようだ。五つ子達は、冷や汗をかく彼からの逃走を計る。

「逃げろ!」

勉強と風太郎が嫌いな二乃さんが先頭で、五月さん、一花さん、三玖さん、四葉さんと続く。

「あ、待て! なんで四葉まで!」

まったくだ。

「というか、ここで逃げたらデータ消せないよ?」

復習するまでがテストです、なんて言うつもりはないが、風太郎が授業をしないと家庭教師としての素質を証明できないからね。途中退室は封じさせてもらおう。

「「「「「あっ」」」」」

 

 風太郎の指導は可もなく不可もなく、といった感じだった。誰かがやる気を見せると、誰かは退屈そうにする。意外とキャラが違う5人を同時に教える、その困難さに直面したような状況だ。

「次回は同じ範囲のテストから始める。しっかりと復習しておくように、以上!」

さて、本番はここからだな。

「風太郎、携帯貸して。立会人は……当事者の二乃さんと、観察力に自信のある人が良いかな」

「全員じゃダメなの?」

一花さんが声をかけてきた。起きている間は常に浮かべている、張り付けたような笑顔だ……態度は友好的なのに内心では警戒しているのだろう、厄介だな。

「人数が増えると、責任は分散するんだ。結果としてモチベーションが下がるし、集中力も落ちる」

「うぐっ、言ってくれるねぇ」

一花さんの笑顔がバツの悪そうな苦笑いに変わる。先程の授業がまさに、集中力を五等分している状態だったからな。珍しく弱気な間に畳みかけてしまおう。

「さっきの授業でも半分くらい寝てただろ。聞き逃した事とか、眠くならない方法とか聞いてきたら?」

「えー、勉強すると眠くなるんだけどなぁ。あ、でも、フータロー君とアンドー君の馴れ初めは聞き忘れてた」

「勘弁してくれ」

俺が頭を抱えると、彼女はニヤニヤ笑って風太郎を揶揄いに行った。このままいけば、彼と遊ぶために授業を受けてくれるだろう。たとえ不真面目でも、妹の妨害はするまい。結果として一花さんも少しは勉強する形になるから、風太郎にはコラテラルダメージとして割り切ってもらおう。

「外堀を埋めたね」

「半年もかけてられないんでね」

いつの間にか近寄っていた三玖さんに告げる。どうやら、彼女が立会人になったようだ。

「はい、バッテリー」

「ありがと……っ!」

彼女からバッテリーを貰った瞬間、思い出した。この柔らかい手を掴んで連れ回し、挙句の果てに膝枕までさせてしまったのだ。

「大丈夫? 顔、赤いよ」

「な、なんでもない。そういえば、昨日ジャージと三角巾を貰い忘れたから、後で返してくれない?」

「うん、取ってく……る……」

三玖さんの顔が朱に染まる。彼女も一昨日、昨日のもろもろを思い出してしまったのだろう。

「ねえ、さっさとデータ消しなさいよ」

二乃さんの声で我に返る。

「そうだね。じゃあ、どっちかの部屋に案内してくれない?」

 

 三玖さんの部屋は、和室のような洋室のような、不思議な空間だった。畳に行灯・飾り棚と和風の物がある一方で、ベッドやブラインドなど洋風な調度品もある。ある作品のキャラを示す、混ざらない和洋折衷、という言葉が相応しい表現だろう。綺麗だし。

「座って」

ベッドに腰かけた三玖さんが、自分の隣を手で叩く。

「ベッドに座れと?」

座布団(クッションか?)も転がっているし、別に畳に正座でも良いのだが。むしろ、そっちの方が良いまである。

「うん。あ、高級寝台って名前だった」

「俺に、ベッドに、座れと?」

「うん」

そんな簡単に男を布団の上に招くな! というか、膝枕は照れるのに隣に座るのは平気って、最近の女子高生の羞恥心はどうなっているんだ!?

「さっさと座りなさいよ。ってか、なんで部屋に案内してるのよ!?」

「リビングでやったら、一花さんや四葉さんも立会人になるよ」

ちなみに、五月さんは授業が終わるや否や自室に戻っていった。不満げな二乃さんをこれ以上不快にさせるメリットもないので、大人しくベッドに座る。

「ほら、さっさと消しなさいよ」

「はいはい」

二乃さんまで隣に座ってきた。この姉妹、揃ってパーソナルスペースが狭くないか?

「電源入れて……パスワード入れて、ファイル開いて、削除っと」

パスワードが妹の誕生日な辺り、風太郎もかなりのシスコンだよな。まあ、俺も潤也の誕生日をパスワードにしているし、人の事は言えないんだが。

「終わったんだからさっさと帰りなさいよ」

二乃さんが俺の腕を引っ張る。

「いや、ジャージと三角巾持って帰らないと」

「三玖、さっさと渡しちゃいなさい!」

どんだけ嫌われたんだよ。クッキーを作っている間は友好的だったのに……まあ、自業自得か。俺を引っ張る手も震えているし、妹が何かされないか不安なのだろう。

「……アイロン、かけ直すから待ってて」

「「アイロン?」」

俺と姉が首を傾げると、三玖さんは通学に使っているリュックサックから三角巾を取り出した。どうやら、昨日返すつもりだったようだ。まあ、確かに少々シワになっているが。

「そのくらいなら大丈夫。ウチでアイロンするよ」

「でも、返せなかったのは、私のせいだから」

「それを言うなら、諸悪の根源は昨日の朝に寝落ちした俺だろ」

三玖さんの顔が羞恥に染まる。が、すぐに詰め寄ってきた。

「……き、今日は手ぶらでしょ? 鞄貸すから、少し待ってて」

「気持ちは嬉しいけど、その鞄を返すのを忘れそうだから遠慮しとくよ。ジャージと三角巾だけ掴んで帰るし、途中でシワになるからね」

「そのまま持って帰ったら痛んじゃう。それに、名前も書いてある。ビニール袋に入れるから、返さなくても平気」

「そういう事なら……あ、やっぱりアイロンは大丈夫。適当に詰めて帰るから」

「物は大事に使わないとダメ。ちゃんと畳んで」

「ああもう、新婚夫婦の痴話喧嘩か!」

二乃さんが俺を畳に放り投げた。大した痛みはないが、心が痛い。

「あんだけ好き勝手しといて、なんで今更アイロンを遠慮するのよ! 三玖も、ジャージだの三角巾だの普段使いする物がちょっと痛むくらい気にしなくていいでしょ!」

「俺にだって罪悪感くらいある」

ちゃんと洗濯してアイロンまでかけた上で返そうとしていたのを台無しにしたのは俺なんだ。二度もやってもらうのは申し訳ない。

「気にしなくていいのに」

とはいえ、三玖さんも頑固そうだ。頬を膨らませて、俺を睨んでいる。そして、噴き出した。

「ふふっ、アンドーって優しいのに頑固だね」

「くくっ、脅迫してきた奴が優しいって何だよ」

「だって、全力でフータローを助けただけでしょ」

「まあね、あんな奴でも友達だから、助けもするさ」

「だけど、二乃を脅迫した事は許さない。後で謝って」

「そりゃ、他の姉妹には悪いと思ってるけど、彼女はね」

「違うよ、謝るのは他の姉妹まで巻き込もうとした事だけ」

「確かに、弱点だからって罪のない人を巻き込むのはダメか」

気がついたら、普通に話せるようになっていた。

「三玖さん。悪いけど、もう一回アイロンお願いしてもいい?」

彼女は笑顔で頷いた。

「ねえ、私の事忘れてない?」

「ごめん、忘れてた。ついでに、姉妹も巻き込んでごめん」

「雑!」



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お宅訪問(真) その後

原作で度々挟まれる、結婚式パートです。
ついでに、キャラ紹介なども収録してあります。


 考えてみると、俺と彼女の関係は数奇な物だった。たった3日で二転三転したのだから。

「最初は助けて、次に助けられて。で、クラスメイトになって、家庭教師と生徒になって、脅迫犯と被害者になって、それから友達になったのか?」

「違うよ。クラスメイトになった時には友達だったでしょ」

「そうだったの? 転校したばかりで、唯一頼れるのが俺だったからだと思ってたんだけど」

「そんな理由で、嫌いだった勉強を教わったりしないよ」

「それを言うなら、友達だからって勉強を教わる?」

「……その時は、まだ好きだって気づかなかったんだもん」

「まあ、今にして思えば、お互いに一目惚れしてたのかもな」

「皆、鈍感だったからね」

「ああ……特に風太郎は拗らせてた」

「そのフータローが、明日には結婚するんだよね」

三玖がベッドのサイドボードに置いてある手紙をつまみ上げる。

「また世界から中野さんが消えるわけだ」

「そう思うなら、婿入りすれば良かったじゃん」

「それもそうだね。でも、気に入ってたんだ」

「自分の名字が?」

「いや、三玖に『アンドー』って呼ばれるのが」

「うぅ……割と黒歴史なのに」

「なんでさ。ちょっと変なイントネーションだったけど、可愛かったよ」

「だって……あ、貴方の名前を呼ぶときに緊張して、上手に呼べなかったんだもの」

「前言撤回、今でも可愛い」

「××の意地悪」

「脅迫は許してくれるのに、これはアウトなのか」

「うん」

そう言って、彼女は寝返りを打って背を向ける。まあ、繋いだ手は解けていないから、本気で怒ってはいないのだろう。

「寝るか」

一度手を離し、大切な人を抱きしめる。

「お休み、三玖。消灯ですよ」

「お休み、××。消灯ですよ」

ランプを消して、真っ暗にする。

「あ、手紙置かないと」

「消す前に思い出してよ」

「誰かさんが虐めるから忘れてた」

「勘弁してくれ。そんな理由で招待状を無くしたら、末代までの恥になる」

「私の子供まで呪わないで」

「俺たちの、だろ?」

「あ、今のちょっと格好いい。元ネタ知らなければ」

「なんでだよ。ダブル格好いいだろ」

「でも、ハーフボイルドだし、素直に格好いいって言いたくない」

「確かに、揶揄った方が面白いよな」

「うん、楽しいよ」

あ、俺が半熟卵扱いされてるのか。まあ、一人で戦える強さなんていらないし、構わないけどな。

 

 キャラ紹介

安藤

 本作の主人公にして語り手。「自分が思った事を他人に言わせる」腹話術という超能力を持つ。

 

中野一花

 バイトの関係上、ヤバい人物の演技は見慣れている。安藤の危険性は認識しているが、何もしなければ無害という事で静観しつつ揶揄ってている。

 

中野二乃

 安藤の外見は少し野暮ったいがイケメンだと評価している。姉妹を巻き込んで脅迫してきた彼の事を恐れている。

 

中野三玖

 本作のヒロイン。安藤が風太郎の味方である以上、自分たちが学校にいられなくなるような脅迫はできないと読んでいる。

 

中野四葉

 中野家の忠犬。安藤の目論見を把握してはいないが、姉妹を虐める悪人として嫌っている。

 

中野五月

 安藤が風太郎の家庭事情を利用した事には激怒している。その一方で、らいはに会えた事は感謝している。

 

上杉風太郎

 安藤の友人で五つ子達の家庭教師。らいはが喜んでいたから許す、と躊躇なく言える兄バカ。

 

上杉らいは

 風太郎の妹。安藤はよくお裾分けしてくれる優しいお兄さんだと思っている。

 

 安藤の友人。

 

アンダーソン

 安藤の友人。この作品にアンダーソングループは存在しない。

 

慎一

 安藤の友人。「陽気なギャングが地球を回す」より拝借。

 

安藤潤也

 安藤の弟。安藤ファンクラブの副会長をしている。兄曰く、籤運がメチャクチャ良い。

 

詩織

 潤也の彼女。安藤ファンクラブの会長をしている。

 

大西若葉

 安藤のクラスメイト。「ポテチ」より拝借。

 

 安藤がバイトしている落書き消しの専門家。「重力ピエロ」より拝借。



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全員で100点 その1

試験的に文字数を増やしてみました。前回までとどちらが読みやすいか、ご意見お待ちしてます。


 不思議な夢を見た。俺が誰かと、所謂ピロートークをしている夢だ。

「ありえないにも程がある」

俺が誰かを好きになり、あまつさえ結婚するなんて、妄想するのもおこがましい。冷水で顔を洗い、意識を覚醒させる。

「あんなイチャイチャ、潤也と詩織ちゃんだけで十分だ」

変な夢の所為で、朝早くに目を覚ましてしまった。せっかくだし、少し凝った弁当でも作るとしよう。まずは……

 

 いつもより豪華な弁当を携えて学校に来たは良いが、眠い。

「二度寝すれば良かった」

抹茶ソーダを飲みながら愚痴を零す。抹茶のカフェイン量はコーヒー以上で、炭酸の刺激もあるから目が覚めるのだ。

「カフェインが眠気覚ましになるって俗説らしいよ」

「プラシーボ効果って知ってるか?」

「知らないから効くんじゃなかった?」

「俺はカフェインの力を信じる」

慎一と会話して意識を保つ。

「おはよ……うわ」

「おーっす、ってマジか」

登校してきたアンダーソンと島が、俺の机を見て渋い顔をする。

「まさか、あの抹茶ソーダを飲む奴がいたとは……」

まあ、なぜ置いてあるのかが謎な商品だからな。どうやら、この学校は購買部すらも変人らしい。

「あんなのを飲んででも、起きていたいんですね」

「ほら、金曜の膝枕がトラウマになってるみたい」

「もう一度やってもらえば良いだろ、妬ましいぜ」

「赦してくれたのが奇跡なんだ、二度とやるかよ」

馬鹿話をしつつ、缶の中身を飲み干す。抹茶の香りは良いのだが、やはりカフェインと炭酸は相容れない。

「おはよう。アンドーも好きなの?」

「おはよう、三玖さん。俺は嫌いだよ」

「仲間だって信じてたのに」

「あの時、たまたま道が重なっただけさ」

「それなら、これから一緒の道を歩く事だってできる」

「地獄への道は、いつだって善意で舗装されているんだ」

予鈴と同時にやって来た三玖さんと抹茶トークを繰り広げる。何故か、周囲から怪訝な顔をされた。

「もしかして、夫婦漫才ですか?」

「いや、痴話喧嘩じゃないかな?」

「イチャついてんじゃあねえよ!」

 

 一限が終わったところで、三玖さんが話しかけてきた。

「人に聞かれたくない事を伝える時ってどうする?」

彼女は俺の左に座っており、この席からは右半分しか見えない。割と表情に出る子だが、顔が髪に隠れているからな……何を考えているのかが今一つ分からない。

「まあ、周りにバレないような場所に行くんじゃないかな」

「じゃあ、どうやって呼び出すの?」

「そうだな……当人しか見ない物に書く、とか」

「なるほど。アンドーって、不意討ち上手だね」

「いきなり酷いな」

「そう? 褒めてるのに……」

「不意討ちは褒められた行いじゃないよ」

「奇襲は良い戦法だよ」

それにしても、人に聞かれたくない事か……まさか、告白とか? 一目惚れを除けば、彼女が知る異性は俺を始めとするクラスメイト、或いは風太郎だ。クラスの中で相談している以上クラスメイトに聞かれるリスクがあり、つまりクラスメイトに知られても困らないのだろう。一目惚れの場合、当人しか見ない物を把握しえない、つまり俺の案を実行できない。そうなると消去法で風太郎だが、土曜日に家庭教師を行った時点では無関心だった筈だ。じゃあ、同性愛か? とはいえ、それでも、クラスメイトくらいしか接触はない筈だ。まず、三玖さんの内向的な性格と、2回の昼食を俺か姉妹と摂取していて出会いがなかったという事実がある。彼女が成績不良で転校したのが事実なら部活に所属できない、赤点を取った生徒は活動停止という校則があるのだ。

「三玖さん、誰かに脅されてたりする?」

まあ、考えにくい話だがな。人を脅すなら、次に会う機会を事前に指定し、人に知られないよう立ち回る……俺のように。とはいえ、他に秘密にしたい事も思いつかない。

「……えっと、アンドーが音声のコピーを残してたら」

「ないよ。連続で脅迫するのは死亡フラグだからね」

フラグで思い出したが、内緒話の定番は2箇所だ。

「あ、校舎裏に呼ぶのは止めた方が良いよ。喧嘩している人とかいるから」

「そうなんだ……」

彼女の目線は、僅かに上を向いた。思考を巡らせているのか、或いは心当たりが上にあるのか。まあ、行きつく先は同じだろう。

「そうだ、ライン交換しよ」

「……突然だね。まあ、良いけど」

スマホで三玖さんが出したQRコードを読み込む。当人しか見ない物、でラインを連想したのか。提案までに間があったから、意中の人のアカウントは知らないのだろう。

「よし、登録できたよ」

「私も」

「ねえ、三玖さん」

「何、アンドー?」

「これさ、朝に登録して、授業中にラインで相談できたんじゃない?」

「……あ」

 

 時間は飛んで昼休み。

「安藤、飯行こうぜ!」

「ごめん、部の集まりがあるんだ。そろそろ顔出さないとマズい」

「あー、最近バイト増やしてたしな。頑張れよ」

「ああ。誘ってくれたのに悪いな」

「気にすんなって」

納得してくれたようで、島は友人と一緒に食堂へ向かった。さて、俺も行くとしよう。

「微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い」

昔、映画で見た言葉を呟く。そう、俺は部の集まりをサボろうとしている、と伝え忘れただけなのだ。ついでに、屋上で弁当を食べる事も伝えてなかったな。

 

 食事を終えて、屋上に寝転がる。と言っても、ただの屋上ではない。屋上に続く階段を覆う小屋のような建物があり、その上である。要するに、この学校で最も高い場所だ。そして、入ってきた人物の死角となる場所でもある。

「ほらね!」

誰かが登ってきたようだ。声から察するに、風太郎だろう。

「程度の低いイタズラに乗っかっちまったぜ。まぁ、本当に来られても困るんだが……」

そんな独り言に耳を傾けていると、ドアの開く音がした。

「み、三玖……!」

やはり来たか。

「……イタズラじゃないのか?」

「良かった、手紙見てくれたんだ」

まあ、内緒話の定番といえば校舎裏か屋上だからな。彼女が人を呼び出すとしたら、ここしかないと思っていた。

「お、俺ら、来年ほら、受験なんだし」

風太郎が狼狽える。ただ、五つ子達が受験するかどうかは疑わしい……というか、遊んで暮らせる気がするんだよな。

「食堂で言えたら良かったんだけど……誰にも聞かれたくなかったから」

彼の要領を得ない言葉は、三玖さんに遮られた。

「フータロー、あのね」

声は震えている。動揺、或いは不安が声に出ているのだろう。

「ずっと言いたかったの。す……す……」

やっと謎が解けるというのに、何故かモヤモヤしている。この先の言葉を聞きたくないのか? たとえ告白だったとしても、俺に何の関係がある?

「陶 晴賢」

 

 三玖さんが言った事を、風太郎が復唱する。

「陶 晴賢……!」

スエ ハルカタ……陶 晴賢か。確か、風太郎が出したテストの1問目だったな……厳島の戦いで毛利元就が破った武将、だったか。

「よし。言えた、スッキリ」

三玖さんの声が屋上に響く。先程とは違い、穏やかで震えのない声だ。

「ちょ、ちょっと待って! 捻った告白……じゃないよな、なんのこと!?」

キャラ崩壊させながら風太郎が問いかける。まあ、そうなるよな。

「うるさいなぁ、問題の答えだけど」

彼女の声は至って冷静だ。それにしても、なんで問題の答えを伝えようとしたんだ?

『ちゃんと言えた。ありがとう』

三玖さんからラインが来た。やけに早いが、予め書いておいたメッセージを送ったのか? とりあえず、マナーモードにしていた幸運を喜ぶとしよう。

「待てって! なぜそれを今このタイミングで!?」

動揺する彼の声を聞きながらメッセージを返す。

『どういたしまして』

それだけ書いて送る。俺が聞いているのは知らないから、伝えた内容に言及するのはマズいだろう。

「あ!」

「す、すまん」

硬い物が、屋上の床にぶつかった。このタイミングで取り落とす硬い物……三玖さんのスマホだろうな。

「武田菱? 武田信玄の……」

風太郎が呟く。おそらく、ロック画面の画像だろう。

「見た?」

ドスの利いた声で、少女が問う。

「え……ああ……」

恐怖を感じたのか、キャラ崩壊すらできずに戸惑っている。

「だ……誰にも言わないで。戦国武将……好きなの」

確かに、彼女の部屋は和風の調度品が多かった。待てよ……混ざらない和洋折衷、という印象を抱いたのは、彼女の部屋にTYPE-MOONの作品があったからじゃないか? おそらくは無意識に見ていたから、連想して引っ張り出されたのだろう。見つけたのは帝都聖杯奇譚だ、戦国武将がサーヴァントとして登場する作品はそれしかない。

「変じゃない!」

風太郎の叫び声で、意識が現実に戻る。

「自分が好きになったものを信じろよ」

……聞き流していた情報と合わせるに、三玖さんがやったのは信長の野望だ。そこからハマって、比較的本物(とされる絵画)に近い中年男性ばかりを好きになった。無双やバサラな方のゲームから入れば、一般受けする性癖になったかもしれないな。まあ、元ネタはおっさんだし誤差の範囲だとは思うが、というか歴女なんてマイナーな趣味の中ではメジャーな部類だろう。

「俺の授業を受ければ、三玖の知らない武将の話もしてやれるぜ」

……風太郎が無謀な事を言った。オタクやマニアの偏った知識を甘く見てはいけない、というか学校の試験範囲において戦国時代なんて上澄み程度しか触れないだろ。織田信長に弟がいるとか、Fateで初めて知ったぞ。

「それって……私より詳しいってこと?」

「え?」

「じゃあ問題ね。信長が秀吉を猿って呼んでた事は有名な話だよね。でもこの逸話は間違いだって知ってた?本当はなんてあだ名で呼ばれていたか知ってる?」

ほら、彼女が食いついた。その勢いは、魔神柱に群がるマスターの如し……まあ、ゴールデンウィークに周回した事件簿イベでしか知らないんだが。というか、そのくらい何か、この場合は理解者に飢えていたという事か?

「ハゲ……ネズミ……」

「……正解」

酷い名前だな。それにしても、戦国武将の話で盛り上がる二人の会話を聞いていると、何か不愉快な物が湧き上がる。もっとも、風太郎は適当に相槌を打っているだけだが。

 

 予鈴が響く。どうやら、彼らはすっかり話し込んでいたようだ。

「あ、もう次の授業始まっちゃう」

三玖さんの言葉で、今の状況を自覚する。俺、二人が帰ってくれないと出られないんじゃないか? 速くしてくれないと、遅刻しかねない。

「そうだな」

風太郎に同意された。いや、三玖さんの言葉に相槌を打っただけか。

「な、なんか話し足りないな。うーん、この話、三玖は聞きたいだろうなぁ。そうだ」

白々しい一人芝居が始まった。

「次の家庭教師の内容は日本史を中心にしよう。三玖、受けてくれるか?」

なんだ、彼は勉強させる為にご機嫌取りをしていただけか。少しホッとした……なぜだ?

「……っ、そこまで言うなら、いいよ」

彼女も同意したようだ。友人の努力が(かなり危ない橋ではあるが)実った事を喜ぶべきだろう。それなのに、妙に不快な気分である。いや、俺の気持ちなんてどうでもいい、まずは二人の後を追って屋上に降りるとしよう。

「これ、友好の印。飲んでみて」

さっきまで乗っていた建物のドア越しに、三玖さんの声が聞こえる。窓から覗くと、風太郎に抹茶ソーダを差し出していた。

「ええー……」

「気になるって言ってたじゃん。大丈夫だって」

どうやら、彼は抹茶ソーダの布教に付き合う羽目になったようだ。

「鼻水なんて入ってないよ。なんちゃって」

……おそらく、差し出した缶ジュースは屋上に続く階段の中にある自販機で買った筈だ。それを差し出す時にプルタブは開けないだろう。この流れから察するに……

「あれっ、もしかして、この逸話知らないの?」

無言の風太郎に、時間切れによる失格が告げられる。やはり、彼女はカマをかけたようだ。

「そっか、頭良いって言ってたけどこんなもんなんだ」

戦国武将の知識ありきで築いた友好関係だ、知ったかぶりがバレれば評価は一気に下落する。

「やっぱり教わる事はなさそう……バイバイ」

三玖さんは断絶を告げる。その声音に宿る失望と、風太郎の(手段は間違えたが)熱意を感じて、ある言葉を思い出す。

(憎悪を好意に変える方が、無関心を好意にするより簡単だ)

マザー・テレサの言葉を引き合いに出して言ったのだが、この状況では福音だ。失望して、風太郎を嫌っている今だからこそ、三玖さんが家庭教師に参加するようにできる!

{勝ち逃げするのか?}

ドアに付いた窓から、友人に腹話術をかける。

「……どういう意味?」

「い、いきなりどうした!?」

腹話術にかかっている間、その人物は意識を失う。ゆえに風太郎は(主観的には)突然詰め寄ってきた三玖さんに動揺している。

「ふぁ~、なんか凄い声がしたけど、どうしたの?」

さも、今気が付いた風を装ってドアを開く。

「いや、俺にも何がなんだか」

状況を理解できない彼は動揺している。今なら、彼女から話を聞きだせるだろう。

「風太郎が嘘ついたの。私が知らない事を知ってるから、次の家庭教師で教える、って言うのに、鼻水の逸話も知らないんだよ」

「それは嘘じゃないよ。三玖さんが知ってる事を知らなかっただけだろ?」

何故か予想以上に素直に愚痴を零してくれる三玖さんを止める。

「二人とも、次の授業はサボっても大丈夫?」

俺たちのクラスは英語だったが、風太郎のは何だったか……まあ、彼なら一回くらい休んでも問題ないだろう。

「サボって良い授業なんてないだろ。放課後に四葉と勉強会するから、その時で良いか?」

……ああ、こういう奴だったな。仕方ない。

「じゃあ、また放課後に。三玖さんもそれで良い?」

「……アンドーが言うなら。あ、でも、嘘じゃない理由だけ教えて」

「分かった。授業中にラインするよ」

「いや、授業は真面目に受けろ。英語は特にできなかっただろ」

「……じゃあ、次の休み時間に教えるよ」

そう言って階段を下りる、直前に思い出した。

「あ、弁当箱取ってこないと」

 



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全員で100点 その2

 授業は真面目に受けろ、と言われて真面目に受ける人がいるだろうか。そう言われる時点で不真面目であり、つまりいないのだ。

『なんで嘘じゃないの?』

と、いう事で不真面目な三玖さんからラインが来た。

『拾って』

そう送って、俺は内職して作ったメモを足元に落とす。三玖さんは消しゴムを拾うように自然な動作でそれを手にした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『何これ?』

『三玖さんと風太郎の知識を、集合で表した図』

『集合?』

『勉強会で数学教われば分かるよ』

『その図で何が分かるの?』

流された。板書を書き写し、文章を打ち込む。

『昼休みに屋上で話していた事の大半は赤と青が交差している場所、M∧Fに分類される。ここまでは大丈夫?』

まあ、大半はうろ覚えだろうが。

『大丈夫』

『で、あの後風太郎と話したんだけど、鼻水の逸話は青だけのM∧F ̄だ』

『M∧Fとかって何?』

『数学で使われる記号。で、風太郎が教えたいのは赤だけのM ̄∧Fだ』

『そうだね』

『さて、青だけのM∧F ̄が存在する事は、赤だけのM ̄∧Fが存在しない証明にはならないよね?』

『どういう意味?』

三玖さんが前髪をかき上げて、俺を見た。

『どれだけM∧F ̄が多くても、M ̄∧Fが一つも存在しない事の証明にはならないんだ。その為には、別の方法が必要になる』

『別の方法?』

『風太郎の全知識Fが、M∧Fと同じである事を証明しなきゃならない。ヘンペルのカラス、って聞いた事ある?』

『全てのカラスが黒い事は証明できない。白いカラスもいるかもしれない、って話?』

『その通り。全てのカラスを確認するのと、白いカラスを見つけるのとなら、後の方が楽だ』

『どっちも難しそうだけど』

『じゃあ、方法を変えてみよう。例えば、対偶を使ってみるとか』

『対偶?』

『命題を逆にして、更に裏返した物だよ。またメモを送るから拾って』

そう送って、また紙を落とす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『【黒くないならば、カラスではない】が対偶?』

三玖さんから返事が来た。

『そう。元の命題と対偶は同じ物だから、真偽も同じなんだ。黒くないカラスなら、分かりやすいと思わない?』

そう送って、少しするとラインが返ってきた。

『アルビノ? 白くなる突然変異があったよね』

『つまり【カラスならば、黒い】という命題は間違い、偽だと分かる。全てのカラスが黒いわけじゃない。さて、カラスをFに、黒をM∧Fに置き換えてみよう』

既読は付いたが、返事が来ない。畳み掛けるとしよう。

『【風太郎の知識は、全て三玖さんが知っている】の対偶は【三玖さんが知らない事は、風太郎も知らない】だよね?』

『じゃあ、突然変異は?』

『三玖さんが知らない事を、風太郎が調べる事だ。さて、風太郎が三玖さんを超える可能性はある?』

返事は来ない。僅かだが、彼女が隠し持っているスマホが震えた。

『昼休みに大量のネタを聞いたんだ。それらを深堀りして、マイナーな逸話だけを探せば、確実に超えられる』

勝算を教え、返事を待つ。そして、終礼の直前にラインが来た。

『この授業が終わったら、屋上に来て』

『OK』

 

 屋上に着くなり、三玖さんは壁(と呼べないくらい低いが)に腰かけた。

「ねえ、アンドー。本当に、風太郎が私より戦国武将に詳しくなれると思う?」

「テスト、特に暗記科目の点数から察するに、勉強すれば互角になれるだろうね」

隣に腰かけながら答える。

「じゃあ、アンドーは?」

「……記憶力はそれなりだから、たぶん勝てないんじゃないかな。まあ、さっき言った裏技を使えば、一部は超えられるだろうけどね」

「なら、一花は? 二乃は? 四葉は? 五月は?」

「それは……三玖さんの方が詳しいだろ」

そう答えると、彼女は俯いた。左側に座ったのだが、長い横髪が邪魔をして、その表情は殆ど伺えない。

「きっと、私程度にできる事なんて、他の4人でも身につけられる。だって、私が一番落ちこぼれだから」

「それは、違うだろ。風太郎が出したテスト、一番マシなのは三玖さんだったぞ」

俺がそう慰めるも、彼女は俯いたままだ。

「アンドーは優しいね。だけど、分かるんだよ、五つ子だもん」

少女が壁から右手を離す。五本の指を姉妹に見立てたのか、愛おしげな笑みを浮かべる。

「一花は人当たりが良くて気が利くから、きっと歴史好きな友達を見つけられる」

まずは親指を曲げた。

「二乃は意思が強くて社交的だから、詳しい人を見つけてグイグイ聞いていける」

親指と人差し指で円を作る。

「四葉は明るくて色んな人を助けているから、恩返しとして誰かが教えてくれる」

薬指を曲げる。

「五月は真面目で頑張り屋だから、時間はかかるけど必ず必要な知識に辿り着く」

最後に小指を曲げた。

「きっと皆、私の点数なんて追い越せる。残るのは……何の取り柄もない私だけ」

……中指だけを立てた右手、侮辱を示すジェスチャーを見て少女が嗤う。見えるのはごく僅かだが、自分を卑下するような笑顔だった。きっと、彼女が歴女という比較的メジャーな趣味に自信を持てなかったのは、それを好きになった自分への不信感ゆえなのだろう。その、自嘲するような笑顔には、覚えがあった。だから、かつて俺を救ってくれた言葉を投げかける。

「弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしても、それは何もやらない事の言い訳にならない」

「え?」

「昔の特撮に出てくる、ヒーローの言葉さ。確かに高一レベルのテストで32点だったし、他の姉妹が固有の長所を持っているのも事実だ。でも、何かをしない理由にはならない」

俺は壁から立ち上がり、三玖さんの前に跪く。

「確かに一花さんは気が利くんだろう。でも、俺の三角巾にアイロンをかけてくれたのは三玖さんだ」

手を取り、親指を開かせる。

「二乃さんが社交的……まあ、第一印象が最悪だったから仕方ないか。とりあえず、俺と友達になったのは三玖さんだけだ」

人差し指を伸ばす。

「五月さんは今頃、頑張って勉強してるだろうね。でも、今一番歴史に詳しいのは三玖さんだ」

小指を伸ばす。

「四葉さんが色んな人を助けているのは……まず自分を助けろと言いたいが、一旦置いておこう。いずれにせよ、空腹の俺を助けてくれたのは三玖さんだ」

薬指に振れる。6限が始まるチャイムを聞いて、右手で良かった、なんて思いを抱く。

「これだけの事をしておいて、今さら何かをしない理由があるのか?」

「それ……は……」

彼女は、俺が開いた右手を見る。拳を握り締め、口を開く。

「私にも、何か、できる事があるの?」

「さあね。でも、やれる事はあるだろ」

 

 放課後、図書館に行くと本の塔があった。

「……壮観だな」

「…………凄い」

風太郎の奴、本を片端から呼んで逸話を探すつもりのようだ。

「あ、三玖も来たんだ!」

「一回、聞いてみるだけ」

四葉さんが顔を上げて微笑む。三玖さんは無表情で返事して、妹の隣に腰かける。

「安藤、お前どうやったんだ? 最後に三玖が愚痴ってたのしか聞いてないの……に……」

風太郎の言葉で、全てを察した三玖さんが俺を睨む。

「聞いてたの?」

「聞こえただけ」

「屋上を紹介したのはアンドー」

「校舎裏が危ないとは言ったよ」

「そうやって、考えを誘導したんだよね?」

「他の手段を思いつけない三玖さんが悪い」

こちとら、人の言葉尻を捕らえて生きてきたような男だ。口喧嘩で負けるつもりはない。空いている席に座り、反論を待つ。

「……うん、アンドーは最初からそういう人だった。優しいのに手段を選ばないから、四葉にまで嫌われるんだよ」

呆れたようにそう言って、彼女は席を立ち、俺に詰め寄る。

「勝ち逃げするのか、なんて挑発したのは貴方でしょ? 責任、取ってよね」

「「「え?」」」

顔を赤く染めた四葉さんと、状況を把握していない風太郎と、思わず同じ声を出してしまった。

 



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全員で100点 その3(完)

 三玖さんと四葉さんに宿題を解かせている間に、風太郎が相談してきた。

「なあ、安藤。このペースで卒業まで持っていけると思うか?」

「三玖さんと一花さんは余裕だろうね。というか、よっぽどサボってない限り、二人が追試に落ちるとは思えない」

「ギクッ」

名前を呼ばれた方の少女が擬音を口走る。

「お前ら、よっぽどサボってたのか……」

「「うぅ……」」

中野姉妹が俯く。風太郎が怒りをぶつける前に、話題を変えるとしよう。

「んで、二乃さんは不明。とはいえ、家庭教師がいらないレベルとは思えないけどな」

「だよなぁ」

「五月さんは微妙だな。退学、もとい転校をきっかけに真面目になったなら良いんだが、前から勉強家だったら厄介だぞ」

「……ちゃんと勉強して28点だからな」

風太郎が頭を抱える。自分の不用意な発言で関係が拗れ、勉強法を根本から変えさせないといけない相手に嫌われただけあって、デリカシーのない彼も流石に反省したようだ。

「らいはちゃんと合わせてようやくスタートラインに立てるレベルの嫌われようだからな……うん?」

ふと、自分の発言に違和感を抱く。合わせてようやくスタートライン?

「風太郎、この前のテストの結果、何かに纏めてあったりする?」

「ああ、ノートを作っておいたが……」

彼が差し出したのは【五つ子卒業計画】と書かれたノートだ。その中には、テストの結果も書いてあった。

「やっぱりそうだ」

「おい、何がそうなんだよ?」

いや、待て……俺の考えが正しいとして、これは寧ろマイナスなんじゃないか? これが正しければ5人で合計100点になるのも納得だが、ある意味では合計0点でもあるのだ。とはいえ、いずれ彼も気がつくだろうし、隠し通せる事でもないか。

「五つ子さん達は、正解した問題が一問もかぶってない。5教科の全範囲、文字通り全てを一人で教えるような物だ」

二年生の範囲では、誰も分からない場所だってあるだろう。相場の五倍の報酬に相応しい難易度かもしれないが、人間のスペックには限界があるのだ。全ての単元を一人で教える……なんて事ができたら、今の高校制度は存在しない。

「マジか……」

若干ナルシストな面のある風太郎も絶句する。いくら全科目が満点といえど、全てを教えるには時間が足りないのだ。

「ねえ、それなら……たぶん、二乃と五月は合格できると思う」

宿題のプリントから顔を上げて、三玖さんが俺を見る。風太郎のノートを読んだその目には、諦念とも希望ともつかない物が宿っていた。

「アンドーが言った裏技なら、私と互角の知識にはなれるんだよね?」

「まあ、局所的だけどね」

「だったら、私が歴史を教えればいい。場所を絞れば、私の分くらいは覚えられる。皆32点は上げられる」

彼女は今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべる。自分にできる事は他の姉妹にもできる……だから、自分の特技を姉妹に与える。ただ、それは三玖さんの中にある僅かな誇りを切り売りするような行為だ。彼女の成績は上がらないし、心は沈んでいくだろう。

「それだ!」

風太郎がおもむろに立ち上がり、愉快そうに叫ぶ。

「お前らが互いに教え合えるようになれば、俺が教える量は減る! 姉妹から言ってやれば、二乃も五月も勉強する! 互いに互いを教え合えば、学力の穴を補い合えば、全員で100点になれる! 全員が100点になれる!」

「「「!」」」

一人で五人を教えるのではなく、六人で五人を教える。まさに逆転の発想であり、現状を打破する切り札でもあった。

「そうなると、話を聞かせるきっかけが欲しいな。三玖さん、四葉さん、他の姉妹の趣味や特技、分かる限りで良いから教えて」

「また悪い事に使う気ですか?」

四葉さんに睨まれた。ここまで嫌われていたとは予想外だ、一晩眠れば忘れるようなアホの子ではないらしい。仕方ない、何故か好感度の高い風太郎から頼んでもらおう。

「四葉、あいつらの事を教えてくれ」

「まあ、上杉さんが言うのなら」

「……アンドー、何するの?」

「沼に落とすのさ」

好きな物を契機として勉強させる、という風太郎の手法は悪くない。一花さんと二乃さんは、この方法で勉強に取り組んでくれるだろう。とはいえ、彼その物を嫌っている二乃さんと五月さんには、別の方法でのアプローチも必要だろう。

 

 そんな事を考えた翌日の朝、俺は新聞部の部室に呼び出されていた。

「なあ、潤也」

「何、兄貴?」

「なんで皆、生暖かい目で俺を見ているんだ?」

「昨日の昼に五つ子さんとデートしたからだよ」

誤解なんだが……ストーカーまがいの事をしていたと知られるよりはマシか。

「あれか、俺が昨日の集まりをサボったから吊し上げされるのか?」

「いや、そこまではしないぞ!?」

それなら良いんだが、いや良くないか。俺とデートしたなんて噂が流れれば、三玖さんにも迷惑がかかる。

「お待たせ~!」

満智子さんが戻ったきた。副部長だが最高権力者な先輩は、何故か上機嫌だった。つい最近まで、ネタがないと嘆いていた筈なのに。

「そりゃ、ネタが転校してきたんだもの。おかげで、夏休みに仕入れたのは全部【日の出祭】で使えるようになったわ」

「友達の情報を切り売りする趣味はありませんよ」

上機嫌な先輩に釘を差す。もっとも、この人に限っては無用な心配だろうが。

「分かってるわよ。正確な情報を載せる為にも、本人に直接インタビューするのが最適でしょ。で、相談なんだけど」

と、満智子さんが距離を詰めてくる。五つ子達とは違うベクトルで美人、しかも彼女たちと互角のスタイルを誇る先輩が迫ってくると、少し目のやり場に困る。

「どの子に誰がインタビューするかを考えて欲しいのよ。ほら、五人とも個性的みたいじゃない」

……個性的、というのには語弊がある。おそらく、一人一人が一つのラブコメでヒロインを張れるレベルの個性を持っているだろう。その上で五つ子という極めて複雑な特性を持っているのだ。

「分かりました。俺の所感ですが、それでも良いですか?」

 

 まず、一花さんについて整理してみよう。好きな食べ物は塩辛で、ドラマをよく見ている。半年前からバイトをしていて、シフトは不規則らしい。(一応)得意科目は数学。

「個人的な印象ですが、情報を引き出すのが最も難しいのは彼女でしょう。半年も続けているのに、バイト先の情報が全く分からないってのも妙ですしね」

おそらく、気さくな態度と笑顔で感情を隠すタイプだ。意図的に本音を隠しているし、はぐらかすのが上手い。

「嘘か本当かを見抜ける人、その上である程度押しが強くないと誤魔化されると思います」

 

 次に、二乃さんの情報を出してみる。好きな食べ物はパンケーキで、バラエティーをよく見ている。三玖さん曰くメンクイで、(一応)得意科目は英語。

「気の強い性格ですが、社交性は高いそうです。まあ、俺とか好感度が低い奴が取材に行かなければ、ある程度の情報は得られるでしょうね」

直情的・攻撃的な面もあるが、女子力の高さ(というか美意識の高さ)や姉妹思いな面から察するに、一度懐に潜り込んでしまえば最も与しやすい相手だろう。

「イケメンか、彼女の友達の友達、その辺りの人が取材すれば良いと思いますよ」

 

 で、三玖さんの事は省略。

「なんでだよ!」

「いや、俺が聞けばいいだろ。同じクラスだし」

「本当にそれだけ?」

「あと、人見知りっぽいです」

「……本当に、それだけ?」

くどい。顔を覗き込んでくる満智子さんから距離を取る。

「それだけですよ」

 

 さて、四葉さんについてだが……

「改めて考えると、謎だな」

笑顔の仮面を被って動くのが一花さんなら、彼女は笑顔だけが動いているような存在だ。賑やかしや案内人に徹しており、自分の考えを見せていない。

「とりあえず、分かっている事だけ纏めます」

好きな食べ物は蜜柑で、アニメをよく見ている。お人好しで、運動神経が良い。姉妹の中でも勉強が苦手で、(一応)得意科目は国語だが他よりマシという程度だ。

「色んな部活の助っ人をしているみたいですし、その辺りから情報を引き出すのもアリですね」

助っ人と言えば聞こえは良いが、要はその場限りの付き合いだ。助けて貰った部員たちが、どれだけ彼女の事を把握しているかといえば……

「……純粋に底抜けの善人なら良いんですがね」

何か、裏がありそうだ。いや、捻くれた性格をしているが故の僻みだろうな。

 

 最後に、五月さんだ。好きな食べ物は肉(範囲広いな)で、ワイドショーをよく見ている。生真面目で食いしん坊だそうだ。

「正直、食べ物で釣れば簡単に取材できると思います」

というか、余程の事がない限りは協力的だろう……それを僅か一日でやりやがった風太郎の間の悪さよ。

 



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恋バナ その1

 学園祭の1ヶ月前という事で、教室の空気は浮足立っていた。中心になるのは3年生なのだが、逆に言えば最も自由に遊べる時だからな。

「安藤、バンド組もうぜ!」

「エアギターしかできないけど、それで良いなら」

「いや、お前はエアドラムやってくれ。それかエアベース」

「金爆かよ」

というか、エアギターとエアベースの違いってなんだ? 朝のホームルームが始まるまで島とバカ話をしつつ、そんな疑問を持つ。

「で、残りはボーカルなんだが、誰か候補はいるか?」

「エアボーカルで良いんじゃないか? CDとラジカセは家にあるし」

「今時ラジカセかよ。つーか、せめて口パクする人は必要だろ」

それもそうだ。なら、集客を見込めそうな人を呼ぶとしよう。

「慎一かアンダーソン、それか武田でも誘うか?」

「やめろ! 俺がモテる為のエアバンドなのに、俺より顔が良い奴を呼ぶんじゃねえ!」

「なら、俺もクビになるんじゃないか?」

「いや、お前は大丈夫だろ。そこそこ顔は良いけど彼女いるしな」

島が真顔で妙な事を言う。

「いや、俺も独り身だ。告白は全部バイトとかを理由に断ってるし」

「じゃあ、お前から中野さんに告白したのか?」

「……いや、付き合ってないぞ?」

「「「「え?」」」」

教室にいる全員(1限が始まる直前だから殆ど全員)が振り向いた。

「島、俺なんか変な事言ったか?」

「…………マジか」

何故か白い目で見られた。

「おはよー、って何この空気。また安藤がやらかしたの?」

慎一が入って来た。そして、事情を聴いて一言。

「正気?」

同じように入って来たアンダーソンも一言。

「面白い冗談ですね」

彼らから話(おそらく俺の悪口)を聞いていた三玖さんは

「付き合ってないよ……ないよね?」

自信をなくしていた。

「いや、告白した覚えもされた覚えもないから。自分の記憶に自信持って」

「だよね。なんで誤解されたんだろ?」

二人で首を傾げるも、思い当たる節はない。いや、厳密に言えば一つだけある。

『責任、取ってよね』

図書館でそう言われたが、その場に居合わせたのは風太郎と四葉さん、後は図書委員くらいだ……図書委員はどのクラスにもいるんだったな。なるほど、そこから噂が広まったのか。

「なんでコイツら見つめあったまま固まってるの?」

「どうせ、また変な事考えてんだろ」

「これで付き合ってない……だと……」

 

 そんな感じで妙な活気が残ったまま、ホームルームが始まった。学園祭の準備に関わる注意(羽目を外すなとか節度を守れとか法律違反はするなとか)をした後は自習となる。

「島、本当にバンドやるの?」

慎一が口火を切る。まあ、自習と言われて自習する奴なんていないよな。

「どうすっかな。顔は良くて彼女いる奴で揃えたいんだけどよぉ」

「まあ、イケメンが少ないし、付き合ってる事を秘密にする人もいるからね。どっかの考察魔とか」

「だよなぁ。つーか、日の出祭りだの林間学校だので告白しようとしてる奴も多いし、彼女持ちがいねえ」

「この時期だとカップル未満な人が多いよね、何処ぞの主夫とか」

「あと、一緒に回る相手を見繕ってる人もいますよね」

「アンダーソンも誘われてたね。あと、転校生と仲良しな誰かさんも」

「慎一、喧嘩なら後払いで買うぞ」

「踏み倒す気だよね?」

「いや、賠償金をふんだくる」

「喧嘩売ってる?」

「前金100万、成功報酬200万でな」

「ちょっと高いね、割引ないの?」

「ない」

さて、真面目に友人の相談に乗るとしよう。

「潤也でも呼ぶか? 彼女いるし、顔も良いし、歌もそこそこ歌える」

「……そうだな、頼んどいてくれ」

「前金100万、成功報酬200万だが、良いか?」

「彼女できたら払ってやるよ」

「1曲100万か、ボロい商売だな」

「できない前提かよ!」

「もしできたら、ご祝儀200万くらいは出してやるさ」

「それ、前金も返す流れじゃねえのか? つーか、もう一人はどうすんだよ?」

どうしたものか……俺も顔が広い訳ではないからな。というか、周囲に変人が多く、つまり地に足のついた人が少ないのだ。

「とりあえず、部の方で聞いてみるよ」

「ああ、頼む。つーか、新聞部にフリーの美人いねえか?」

「満智子さんはどう?」

「フリーで美人だけど女傑はなぁ……」

まあ、本人も恋より仕事な性格だから、脈はないのだが。

 

 それから授業をやり過ごし、昼休みになった。

「アンドー、来て」

「……何処に?」

三玖さんに腕を引っ張られる。頬が膨れており、何か文句でも言いたそうな顔だ……この顔を見た回数は、片手では収まるまい。

「……学食とか?」

「なんで疑問形?」

「考えてなかった」

「ま、いいけどな」

そんな訳で、学食に向かう。何故か一転して機嫌が良くなった彼女の奏でる鼻歌には、少し聞き覚えがあった。

「それ、何の曲だっけ?」

「サクラメイキュウ。CCCの曲」

「……ああ、コラボイベで聞いたのか」

「アンドーもFGOやってるの?」

「まあ、嗜む程度にね。ちょっとしたニュースから虚淵って人を知って、そこから」

「ニュース……もしかして、仮面ライダーの脚本やるっていう?」

「よく分かったね」

隠すつもりはなかったが、これだけの情報から分かるものか?

「昨日、言ってくれた言葉を調べた時に見たの」

「……ああ、電王のか」

「ライダー戦国時代、とか言われると見てみたくなる」

「それ、怖いもの見たさだろ」

「だって虚淵脚本だもん」

まあ、パイセンのようにバッドエンドだけではないのだが……等と話しながら行列に並ぶ。

「ところで三玖さん、なんで俺を呼び出したの?」

「んー、もういいかな」

彼女は首を傾げてから、一つ頷いて微笑んだ。

「もういい、って何が?」

「今は、これで十分」

「だから何が?」

三玖さんは満足そうにメニューを眺めているが、俺としては不満が残る。何か辛い物でも食べてストレス発散するか。

 

 麻婆ラーメンをすすりながら、三玖さんのスマホを見せてもらう。

「ヘクトールに新茶に柳但にシェイクスピアに……この面子でレジライがいないのはなんで?」

「人の顔してないのはちょっと……」 

「ああ……」

俺が納得していると、三玖さんがスマホを突き出した。

「ねえ、アンドーって無課金なの?」

「まあね。そういう三玖さんは結構してそう」

「ううん、月5千円だよ」

……設定画面を見ると(留年していたとしても)16~19歳の三玖さんは月3万円まで課金できる筈だ。五月さんがタクシー代を平然とカードで払った事を考えるに、親から金に関する制限は受けてなさそうだ。そうなると、設定を変えていないだけか? マイルームを見るに始めたのは中学時代の筈で、その時からカードを貰っていた? それなら真っ当な金銭感覚がないのも納得だが、親はそれを教育しなかったのか? だとすれば、金だけ与えて育児放棄(ネグレクト)しているような物だ。それなのに、家庭教師を付けるというのは、やはり矛盾している。どうにも雇い主のキャラが読めない。

「食べないの?」

「食べてるよ」

辛いから、箸が進みにくいのだ。興味を示したから、スープをすくったレンゲを差し出す。

「……(から)い」

「だろうね。牛乳を飲むと収まるらしいよ」

「買ってくる」

即決だった。そこまで(つら)いか……(つら)(から)さだな。俺のも頼めば良かった。

「飲む?」

「ありがと……う?」

戻ってきた彼女の手には、抹茶オレなる飲み物が握られていた。

「三玖さん、それ美味しいの?」

「抹茶ソーダよりは人気だよ。飲んでみる?」

「じゃあ、頂こうかな」

……意外と合う。いや、紅茶にミルクを入れるのだから、抹茶に牛乳が合わないというのも妙な話か。

「どう?」

「良いね」

「ふふん」

何故か自慢げな三玖さんがストローを咥える。薄緑色の液体が透明な筒を通り抜ける、色が微妙だから紙パックで良かった。

「なーにイチャついてるのかな?」

そこに一花さんが寄ってきた。

 

 一花さんは友人と一緒に昼食を摂っていたらしく、誰かに手を振ってから俺の隣に座った。

「せめて左に座ってくれ。食べにくい」

「フータロー君といいアンドー君といい、ちょっと女の子に興味なさ過ぎない?」

等と言いつつ、三玖さんの隣に移ってくれた。まあ、俺の左は壁だからな。

「一緒にするな。風太郎は老若男女問わず興味ないだろ」

「つまり、アンドー君は男には興味あると?」

「まあ、気になる男性はいるかな」

風太郎の雇い主は彼女たちの父親だから、男性の筈だ。

「……アンドー、噓つきは泥棒の始まりだよ」

「嘘じゃないよ。それが恋愛関係の興味じゃないだけで」

「あっと、そんな事を言いに来たんじゃなかった」

話題を振った相手にスルーされた。どうやら、一花さんは出まかせを言っていると考えたようだ。

「アンドー君と三玖が付き合ってないっていう噂を聞いたんだけど、本当なの?」

……そういえば、この女は俺のファンクラブという謎の組織に所属しているんだったか。ニヤニヤと笑う一花さんを見て、少しだけ殴りたくなってしまった。

「まず、噂になるのは付き合って()()、じゃないのか?」

「いや、だって……学食であーんし合うのなんてカップルくらいでしょ?」

「辛<から>さが気になっただけ。それで、(から)いのには牛乳が良いって言うから」

「アンドー君も三玖もお互いの事が好きなんじゃないの? じゃあ付き合っちゃえば良いのに」

……まあ、俺が三玖さんの事を嫌っていないのは事実だ。だが、俺が俺の事を好んでないというのは置いておくとしても、一つ間違いがある。

「一花さん、恋愛と友愛を一緒くたにするのは良くないよ」

「難しく考え過ぎだよ。どんな愛でも、好きだったら付き合っちゃえば良いのに」

「……なんで好きな人と付き合うんだろう?」

三玖さんが呟いた。

「そういえば、なんでだ?」

好きな相手には幸せになって欲しいが、俺が幸せにできる訳でもない。付き合う事で与えられる物が、幸せになる為に必要な物なのだろうか。

「その人の事が好きで好きで堪らないから、じゃないかな」

一花さんが微笑む。ただ、その目は何処か遠くを見ているのが印象的だった。

 



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恋バナ その2

 午後の授業には今一つ集中できなかった。一花さんに言われた言葉が頭の中で渦巻いていたからだ。

「やっぱり、好きな人と付き合ってるイメージが湧かない」

「お前、そんなんで恋愛相談乗ってたのかよ」

俺の独り言に島がツッコミを入れる。軽い男だが、この軽さがありがたい。というか、人一人、ましてや好きな人の人生なんて背負えるものか?

「屈辱だが、潤也に聞いてみるか」

「ついでにバンドにも誘っといてくれ」

「おう。じゃ、行こうか、三玖さん」

「うん、場所取りしないと」

「四葉さんは来ないの?」

「バスケ部の助っ人だって」

教室のドアを閉める瞬間、声が飛んできた。

「やっぱ付き合ってるだろ!」

「「付き合ってないよ」」

「どう見ても付き合っ」

ドアを閉める。

「もうすぐ学園祭だけあって、何処も浮かれてるな」

「そういえば、アンドーは何かするの?」

「あー、部活で店番するくらいだな。ウチのクラスは自由研究の発表しかしないし」

「他のクラスは何かやるの?」

「まあ、場所によるね。とはいえ部活で出す方が多いし、後は引退した3年生がメインかな」

「じゃあ、来年は準備からできるんだ」

……どうやら、三玖さんは部活に入るつもりはないようだ。帰宅部を否定するつもりはないが、日本文化研究会(アンダーソンが入っている)もあるし彼女が体験入部すらしないというのは不思議だな。そうなると、赤点を回避する自信がないから、といった所か。

「まあ、俺も今年は仕切りを運ぶのとポスターを貼るくらいしか仕事ないけどな」

「そうなの?」

「取材は全部終わってるからね……あ」

そういえば、一花さんにオファーをかけるんだった。彼女を引き込めば、他の姉妹を相手にする上で有利になる……いや、そこまでしても2対3なのだが。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと一花さんに用事があったんだ」

「呼んだ?」

噂をしたら影が差した。

「でも、悪いけど先に私の用事からでいい?」

時間に追われているのか、視線が何度も窓の方を向いている。

「クラスの子たちに呼び出されちゃったんだけど、バイト行かないとなんだよね。学園祭の事で相談があるみたいなんだけど、三玖、いつものお願いできる?」

「分かった。アンドー、勉強会遅れるってフータローに言っておいて」

「……まあ、良いけど、何するの?」

「じゃ、後お願いね!」

一花さんは走り去っていった。三玖さんもトイレに入ってしまったし、風太郎の待つ図書館に向かうとしよう。

 

 と、思ったが三玖さんを尾行する事にした。風太郎にはメールすれば十分だろう。

『野暮用で少し遅れる。三玖さんも遅れるらしいし、一花さんはバイトで四葉さんは助っ人。勉強会を中止するようなら連絡くれ。三玖さんの宿題の添削とかは俺がやっておく』

男子トイレの用具入れの中でメールを書きながら耳をすます。狙うのは、一人分の足音だ。トイレであれ化粧であれ、女子は複数人で行く傾向があるからな。

「……」

ペタペタと、一人分の上履きの音がした。1秒待って外に出る。振り返られたらアウトだが、この距離なら腹話術の範囲内だ。一瞬だけ使った隙に物影に隠れるくらいはできる。

「♪~」

洋楽、ジャック・クリスピンの曲を口ずさんでいる一花さんがいた。いや、彼女はさっきバイトに行った筈……三玖さんが変装したのだろう。一花さんのクラスが何処かは知らないが、例年通りなら本格的に忙しくはならない筈だ。そうなると、転校生を頭数に入れる必要はないだろうし、クラスへ馴染ませる為の配慮か? 美人だし下心がありそうだな。

 

 訂正。下心しかなかった。

「あれ? えーっと、クラスのみんなは?」

と偽一花さん(中身は三玖さん)が訝しがるように、教室には男が一人いるだけだったからだ。

「悪い。君に来てもらう為に嘘ついた」

……男の表情は伺えないが、思惑はだいたい分かる。文言こそ殊勝だが、声は明らかに浮ついていた。

「一……私に用って?」

三玖さんが一花さんのように問いかける。一瞬、本物かと思う程に似ていた。

「俺と付き合ってください!」

……この男は、一花さんに告白するつもりだったようだ。この時期に告白とは珍しいが、学園祭を一緒に回りたいと思ったのだろうか。

「え、私と? なんで?」

「それは…………好き……だからです」

先ほどの浮ついた声とは違い、真剣に頼み込むような声だ。

「ありがとう。返事はまた今度……」

三玖さんは答えを濁した。一花さんに聞かずに決める訳にもいかないし当然だろう。ところが、

「今、答えが聞きたい!」

彼は強引に踏み込んできた。同時に、一歩分の足音が響く。

「えっ、まだ悩んでるから」

「という事は可能性があるんですね!」

足音が繰り返す。

「いやぁ、その」

「おっ? 中野さん、雰囲気変わりました?」

足音が止まった。歩数から考えるに、男は今、三玖さんの目の前にいるだろう。

「髪……ん? なんだろ……」

マズいな、どうやらカツラである事に勘づいたようだ。

「中野さんって五つ子でしたよね。もしかして……」

できる事なら、この男の思いを無下にはしたくない。だが、三玖さん(彼目線では一花さん)に強引に迫るのはいただけない。仕方ないから、荒療治といこう。

「その一花さんは偽物だよ」

 

 男と三玖さんの間に割って入りつつ、彼女のカツラを取り上げる。

「この一花さんの正体は、彼女の妹だよ」

そう告げると、少年は俺に噛みついてきた。自分を騙そうとした少女よりも、ソイツに馴れ馴れしく接する男の方に怒りが向いてくれて何よりだ。

「じゃあ、本物の中野さんは何処だコラ。つーか誰だよお前コラ。気安く中野さん、この場合も中野さんで良いのか? とにかく中野さんを名前で呼ぶんじゃねぇよコラ。俺も名前で呼んでいいのかなコラ」

……長い。

「一つずつ行くぞ。まず、呼び方はお前の自由で良いだろ、侮辱とかなら話は別だが。今言った理由から、俺が三玖さん達をどう呼ぼうと俺の勝手だ。次に、この場合も中野さんではあるから良いと思うぞ、少し分かりにくいけどな。んで、俺が誰かと言われれば、お前と三玖さんの同級生だとしか言いようがない。で、最後は……なんだっけ?」

「本物の中、一、中野さんは何処だって聞いてんだコラ!」

少しとぼけると、少年は大きく反応した。手が出なくて助かった……いや、答え次第では出そうだな。

「そうだった。本物の一花さんならバイトに行ったよ。お前の恋は、時給千円ちょっとに負けたんだ」

手が出た、胸倉を掴まれる。まあ、身長差がないから息苦しさもないし放っておこう。

「俺は負けてねえぞコラ! ダチに頼んで学祭の打ち合わせだっつったから、打ち合わせよりバイトを優先しただけだコラ!」

俺の腹話術は、相手に思った事を言わせる、ちっぽけな超能力だ。俺がこの超能力をちっぽけだと称する理由はいくつかあるが、その一つがコレだ。即ち

「中野さん<惚れた女>に嘘ついて、告白の段取りは友達<ヒト>任せ。そんな男に、誰が惚れる?」

相手の言葉を操るなど、超能力がなくともできる。

「それは……その……だな……いや、そりゃあ」

胸倉をつかんでいた手が緩む。声にも勢いがなくなり、目線が足元に落ちる。

「俺たちが黙っていれば、今日の事はなかった事になる。ラブレターでも書いて、正々堂々と勝負しに行くんだな。じゃなきゃ、お前の恋は俺の財布より薄っぺらなままだ」

少年の手を振り払い、背を向ける。メールの確認をする為にスマホを取り出す。ついでに、後ろから攻撃された際の対策として。

「じゃ、行こうか。先生が待ってるみたいだしね」

「待って」

三玖さんを連れていこうとしたら、本人に止められた。

「あの……騙してた私が聞くことじゃないと思うんだけど、なんで好きな人……一花に告白しようと思ったの?」

振り返ると、少年は机に座って頭を抱えていた。黒歴史を抉られたのだから、落ち込みもするか。

「今それを言うか……そーだな、とどのつまり、相手を……一花さんを独り占めにしたい、そう思ったんだよ。クソッ、だからって騙して独占するんじゃ、監禁だの誘拐だのと変わらねーよな」

少年が拳を、爪で掌を貫くように握る。冷静に振り返って、今更になって自分の醜さを認識してしまったのだろう。

「安心しろ、お前はほんの少し最低なだけだ」

だからなのか、少しお節介を焼いてしまった。

「少し……ってなんだよ。最低は最低じゃねーのか?」

「何処で聞いたか忘れたが、本当に最低な奴は自分を最低だなんて思ったりしない、らしいぜ」

それだけ告げて、教室を後にした。此処からどう変わるかは、俺が決める事じゃないからな。



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恋バナ その3(完)

 図書館では、風太郎と四葉さんが勉強していた。

「そっちも大変だったんだな」

俺が彼の隣に腰掛けて説明した後の第一声がこれだった。この男が友人を労わったのも驚きだが……

「て事は、四葉さんも?」

話の内容の方が驚きだ。

「ああ、バスケ部に勧誘されてな」

「断ったの? 四葉さんが?」

「……まあ、そうなるよな」

彼も驚いていたようだ。四葉さんは既に様々な部活で助っ人をしており、他にもあちこちで人助けをしているらしい。そんな善意と利他主義で構成されているような彼女が自分の勉強を優先するというのは、少し意外だな。

「いいなぁ……私も告白されたい」

「面倒なだけ」

「えぇ~、好きな相手からだったら嬉しいでしょ? そりゃ、今回は一花の代わりだったから興味ない人だったけど」

「四葉、好きな人いるの?」

「え、あ、そ、そうだ! 上杉さんとか!」

「……like? それともlove?」

姉妹は恋バナしていた。勉強しろよ。

「いや、三玖が英語をやるようになったのは進歩だ。それに、四葉の勉強時間も増えたからな。コイツらが成長して教師になる日は、意外と近いかもしれねえぞ」

「そういえば、授業態度も前より真面目になってたな」

なら、少しだけ甘やかしても良いだろう。というか、休憩という名目で恋バナを終わらせて、その後に勉強を再開させる方が効率が良いだろう。

「そんなわけで、ちょっと取材に協力してくれない?」

 

 質問シートを風太郎に渡し、彼には四葉さんのインタビューを行ってもらう。

「さて、それじゃ三玖さん、よろしくお願いします」

「よろしく」

無表情な少女に、最初の質問を投げる。

「まずは、好きな動物はなんですか?」

「ハリネズミ」

「ありがとう。次は」

「待って」

インタビューが止められる。

「私ばっかり答えるのは平等じゃない。アンドーも教えて」

まあ、言って減る物でもないか。

「クワガタ、ドラゴン、龍、鮫、ヘラクレスオオカブト、牛、カブト虫、犬猿雉、蝙蝠」

「……どれが本当なの?」

「じゃあ、クワガタで」

好きなのは4号であって、現実の昆虫はそれなりだが、まあ嫌いではないし良いだろう。

「さて、次は……好きな食べ物か」

カンペを見て問いかけると、嬉しい答えが返ってきた。

「抹茶。この前の抹茶塩は家にも置く事にした」

「それは良かった。で、三玖さんからの質問は?」

「好きな食べ物は何?」

「まあ、そうなるよな……正直な話、誰かの手料理なら何でも好きだよ」

そう答えると、三玖さんは露骨に不満そうな表情をした。膨らんで頬から溜息と文句を吐き出してくる。

「さっきから、誤魔化そうとしてない?」

「どうにも欲が薄くてね。好きな物を答えるのは苦手なんだ」

「そう……次は?」

「よく見るテレビは何?」

「ドキュメンタリー」

「オフレコだけど、歴史系? 何とかの合戦を再現、みたいな」

「うん」

言い当てると上機嫌に戻ってくれた。

「じゃ、次は」

「待って」

誤魔化せなかった。

「強いて言うならクイズ番組かな。潤也、弟がよく見てるんだ」

どちらかというと、あいつはクイズに答える俺や詩織ちゃんを見ているような気がするが。

「仮面ライダーじゃないの?」

「週に一度しか見てないよ?」

しかも30分だけだ。クイズ番組の頻度、長さには及ばない。

「さて、次だ。嫌いな食べ物は?」

「チョコレート……昔、鼻血出しちゃって」

「じゃあ、ソースとかでかかってる分には平気?」

「うん、大量じゃなければ」

小さい頃のトラウマは残り続けるからな、特に流血沙汰なら尚更だろう。

「俺は……饅頭と熱いお茶が嫌いかな」

「それ、怖い物」

饅頭怖い、要するに落語だ。

「強いていうなら、イナゴの佃煮が苦手かな。というか、特撮好きとしては認めたくないんだけど、バッタが苦手なんだ」

別に田園地帯が実家という訳でもないのだが、何故か苦手なのだ……モチーフにしたヒーローや怪人は平気だが。

「それで、三玖さんは苦手な物とかある?」

「勉強と運動。あと……料理」

「克服する努力はできそうな物ばっかりだね。羨ましいよ」

「バッタと触れ合える場所とかないの?」

「誰得だよ。さて、趣味を教えてください、だってさ」

クラスメイトから集めた質問を投げかける。こっちは俺が答える必要のない物が多く、楽ができそうだ。

「ゲーム。あと…………戦国武将」

「言って良いの?」

「……うん」

「そっか。ライン交換しよ、って大西さんから来てるよ」

「明日、ワカバに会ったら交換する」

「バスケに興味ない?」

「ない。アンドーは?」

「放課後は忙しいんだ。バイトとか買い物とか」

「そうなの?」

「まあ、そういう事になってる。で、島から、付き合ってください! だってさ」

「……告白の段取りは友達<ヒト>任せ。そんな男に、誰が惚れる?」

「だよな。で、次は……」

面倒なのが来た。

「安藤とはどういう関係なの!? っていう質問だけど、友達で良いよね?」

「うん」

あっさり終わった。嬉しいような、悲しいような、複雑だ。

「じゃ、次。クレジットカードの暗証番号は?」

「1549」

「キリスト教か。嘘だよね」

「うん。アンドーは?」

「453145。それか10」

「それか、って何? 両方とも嘘でしょ」

「まあね。で、最後。また島からで、黒薔薇の子、誰でもいいから紹介してくれ!」

「……告白したのに?」

「告白したのに。しかも、断られる前に書いたんだよな」

振られる前提だったのだろうか?



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