終わる世界、始まる物語 (フィーラ)
しおりを挟む

1.おわり

RTA走者兄貴姉貴達や原作完結に触発されたので初投稿かつ初執筆です


 ──正直に言って、学校という場所は好きではなかった

 

 毎日同じ時間に同じ場所に通い、仲良くもない他人たちと共に過ごすのがあまりにも苦痛だった。と言ったらアイツは笑うだろう

 だが、こんなことになるなんて誰が想像しただろうか?

 

「……なに、あれ」

 隣で校庭を見下ろす女の子──丈槍さんが、呆然としたように呟く

 つい数時間前までは日常の風景が広がっていた。なぜ、こんなことになったのか──

 

 

 

 

「おい、葵! さっさと帰ろうぜ!」

 うるさい奴が、教室の外から声をかけてくる

 あいつの名前は典軸和義(テンジクカズヨシ)。いわゆる一種の幼馴染、腐れ縁というやつだ

 家が隣り合っている関係で小さい頃から交流があり、クラスメイトとの交流が少ない俺にとって、この学校唯一の友人と言っても過言ではない

「わりぃカズ、今日は図書室に頼んだ本が届いたって連絡あったからそれ読んでから帰る」

 教室の入口で待つカズにそう声を返す

「ん、りょーかい。んじゃ帰ってログインしたら連絡くれや」

 そう言い残し、手をひらひらと振って階段の方向へと歩いていくのが見える

 教室に見える他の生徒たちの姿も疎らになってきている。急ぐわけではないが、俺も移動するか……そう思った時、一人の女性が教室へと入ってくる

 

「佐倉先生、お疲れ様です。また丈槍さんの補修ですか?」

 丈槍さんに聞こえない様、小声で佐倉先生に耳打ちをする

 すると、佐倉先生はほんの少し困ったような表情をして

「ええ、そうなの。白井君は今帰るところ?」

「いえ、僕は今から図書室に行く所です。頼んだ本が来たという連絡があったので」

「そう、それじゃあまた明日ね?」

「はい、佐倉先生。さようなら」

 先生という職業も大変だ……などと考えながら教室を後にする。自分にはとてもじゃないができない

 佐倉先生も良い先生だなぁ、なんて事も考えながら図書室へと向かった

 

 

 ……気がつけばだいぶ読みふけっていたらしく、読み始めた頃には疎らに人が居た図書室も、誰一人としていなくなっていた

「貸し出し……をするにしても係が居ないな」

 いつの間にか係の図書委員すらもいなくなっている。また明日読みに来るか……と椅子から腰を浮かせた所で、誰かから着信が入っている事に気づく

 電話の主は……カズだ

「もしも──」

「おい葵! 今どこだ!?」

 ひどく緊迫したカズの声。こんなにアイツが焦っている声を聞くのは久しぶりだ

 どこか嫌な予感がしながらも、会話を続ける

「学校の図書室。誰もいないっつっても学校でスマホの使用は禁止されてんだからなるべく手早──」

「まだ学校か! いいか、外には出るな! 安全な場所にでも避難しろ!」

 

 こちらの声に被せる様に声が返ってくる。……理由はわからないが相当焦っているらしい

「はぁ? いきなりどうした」

「巡ヶ丘を中心として暴動が各地で起きてる! 明らかに範囲が普通じゃないし、ネットじゃまるでゾンビみてえに死んだはずの奴が起き上がって人を襲ってるっていう情報もあるくらいだ!」

 一瞬思考が停止し、カズに言葉を返す

「……冗談だろ?」

「冗談だったらこんな焦ってねえ! いいか、いいから安全な屋上にでも避難してバリケード作っとけ!」

 

 カズは普段からうるさくてやかましく騒がしいが、確かにこんな冗談を言う奴ではない

 その言葉を聞き、荷物を急いで纏めながら

「わかった、屋上にでも立て籠もっておく。お前今どこ?」

「俺か? 俺は──」

 と聞こえたきり、電話が途切れる

 冷静になって考えれば、このパニック状態で今まで繋がっていたのすら奇跡だったのだろう

 荷物を纏めきり、全速力で図書室を出る

 

 

 廊下には誰もいない。部活もない生徒はもうほとんど下校してしまっているのだろう……そこまで考えた所で、佐倉先生が丈槍さんの補習をしていたことを思い出す

「……やばっ!」

 まだ教室に残っているかは定かではないが、助けられる状況で知り合いを見殺しにするのも後味が悪い

 幸いにして図書室と3-C、屋上への階段はそこまで離れていない。教室へと駆け出す

 

「佐倉先生、丈槍さん! 居ますか!」

 教室へとたどり着き、大声をあげ呼びかける

 ……よかった、ちょうど補習が終わった所らしい。丈槍さんを驚かせてしまったが仕方がない事だと諦めよう

「白井君、そんなに焦ってどうしたの?」

「巡ヶ丘市全体で大規模な暴動らしきものが起きて大変な状態らしいです、早く屋上に避難しましょう!」

 佐倉先生の手を引く。詳しい説明は後にすればいい

 丈槍さんにも視線で早く来るよう促す

「えっ? えっ?」

「早く! 勘違いだったらあのバカを怒ってくれて構わないです! ほら丈槍さんも!」

「う、うん! めぐねえも早く!」

 

 教室を出て、二人を振り切らない速さで駆け出す

 階段を駆け上がりながら、二人に詳しい説明を試みる

「……さっきあのバカ、じゃなかった典軸和義から電話がありました。今や巡ヶ丘市はどこもかしこも暴動だらけ、かなり危ない状態らしいです。しかも──」

 3階への階段を駆け上がった所で、男子生徒らしき人物と遭遇する

 ……明らかに足元がおぼついていない上に、まるでこちらへ襲い掛かろうとしている様ではないか

 肩にかけていたカバンを男子生徒の頭へと振り抜く

「白井君!?」

「こっちはいいから早く! 先に上がってください!」

 佐倉先生は自分の生徒が他の生徒に暴力を振るう様を見て驚いている様で、丈槍さんも足が止まっている。だがこうなってしまっては説明している時間も惜しい

 起き上がった男子生徒の頭に再びカバンを振り抜いている間に二人に先に行く様に促し、男子生徒が起き上がらない内に自分も階段を駆け上がる

 

 

 幸いにして屋上への扉の鍵は開いていた。屋上には、園芸部と思しき女子生徒が一人居るのみだった

 その女子生徒の名前はわからないが、確かカズと同じクラスだったような気もする

「佐倉先生。どうされたんですか?」

 と、息を切らしながら駆け込んできた俺たちへ困惑したのかその女子生徒が声をかけてくる

「ごめんなさい、私にもよくわからなくて……」

「……とり、あえず、ここまでくれば一先ず安心でしょうか」

 鍵をかけ、その場に座り込む

 ここまで来たはいいものの、佐倉先生も丈槍さんも女子生徒も困惑している様で……正直俺も、ではあるが

 

「えっと、僕の名前は白井葵。貴方の名前は?」

 女子生徒の名前を聞こうと、声をかける

「え? えぇ、若狭。若狭悠里よ」

 突然声をかけられたからか、困惑した様子で返される。……当然だろう

「若狭さんですね、ありがとうございます。あのバ……じゃなかった、典軸と同じクラスの様なので顔は見覚えがあったんですが、名前を知らなかったので」

「ええ、よろしくね。白井君。……なにかあったの?」

 困惑した表情のまま、こちらへと問いかけてくる若狭さん

「……はい、その事についても詳しくお話しします」

 

 

「それでは、僕が知り得ている情報について改めてお話しておきます」

扉から離れた場所に三人を集め、説明を始める

「ついさっき図書室に居た僕に典軸から連絡がありました。巡ヶ丘市を中心とした暴動の様なものが起きているらしいです」

 若狭さんの顔にほんの少し緊張が走る。佐倉先生と丈槍さんはついさっき話したおかげかそんなに動揺は見られない

 ──よく耳を澄ませばかすかに校庭の方向から悲鳴のようなものが聞こえる。校庭側への手すりへと歩みを進め、校庭へと背を向け手すりへともたれかかる

「巡ヶ丘市を中心とした、かなり大規模な暴動。これだけでもかなり問題なんですが、アイツ曰く今回はそれに加え──」

 

 同じく手すりへと駆け寄ってきた丈槍さんが、校庭を見下ろしながら呆然としたように呟く

「……なに、あれ」

「──明らかに死んだはずの人間がまるでゾンビの様に徘徊している、と」

 人の形をしたナニカが徘徊し、わずかな生きている生徒が逃げまとう校庭を見ながら、俺はそう言った

 

 丈槍さんに続いた佐倉先生も、若狭さんも、手すりから校庭を見下ろし呆然としている

 ……ショッキングな光景を見せて申し訳ないという気持ちはあるが、言葉を続ける

「僕にも詳しい事はわかりませんが、アイツの焦りっぷりから考えるに相当な事が起こっているのは確かです。……校庭はあの様。三階にもアレが居たので、校舎にも入り込んでいるのは明らかでしょう。佐倉先生達も僕も、運がよかった様です」

 そう言い終えた時、階段への扉が激しく叩かれる。……さっきの奴だろうか

 扉へと駆けながら叫ぶ

 

「すみません佐倉先生、扉を抑えるのを手伝ってください!」

「え、ええ! わかったわ!」

「丈槍さんと若狭さんは扉を抑える錘になりそうなものを!」

「わかった(わ)!」

 扉へと辿り着き、扉を抑えようとする

 ……だがよく聞くと、人の声の様なものが扉の向こうから聞こえる

「……あけて、開けて!」

 反射的に鍵を開け、扉を開く

 すると陸上部と思しき女子生徒が、人に肩を貸しながら転がり込んでくる。……無事な生存者がまだいたのか、などと考えながら急いで鍵を閉める

「恵飛須沢さん!?」

 佐倉先生が驚いた様に声をあげる。音の主がアイツらではなくて一安心だが──

 恵飛須沢さんと呼ばれた女子生徒が叫ぶ

「あいつらまだ階段下にぞろぞろと来てやがる!」

 ──どうやら思った以上に事態は悪い方向に向かっているらしい

 

 

 あいつらが扉を叩きつける音がする。音からしてかなりの数だ

 扉の窓が割れ、不気味な色をした腕が何本も突き出てくる

「佐倉先生! ロッカーを扉の前に!」

「ええ!」

「あ、あたしも・・・・・・!」

「私たちの方はいいから、恵飛須沢さんはその人を安全な場所に!」

 佐倉先生が恵飛須沢さんに指示を飛ばしてくれる。・・・・・・俺が言うよりもはるかに効果的だろう

 ロッカーを押して、扉の前へと移動させ、扉を抑えつける

 

 

 ほんの少しの後、丈槍さんと若狭さんが洗濯機を押しながらこちらへとやって来た

「先生、洗濯機を持って、来ました・・・・・・! ってくるみ!?」

「すっごい重い~!」

「ありがとうございます丈槍さんに若狭さん! 先生、こっちは短時間なら一人で抑えられるので丈槍さんたちの支援に!」

 先生も丈槍さん達に加わり、もう少しでバリケードが完成する……その時だった

 ──恵飛須沢さんが連れてきた男性がゆらり、と。その生気のない体を起こした




気が向けば続きます。きっと、おそらく、メイビー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.よる

今回は短めです


Side:佐倉慈

 

 ──恵飛須沢さんが連れてきた男の子が体を起こし、くるみさんに襲いかかろうとする

 

「くるみっ!」

 その事に気づいた若狭さんが洗濯機から手を離し駆け寄ろうとするが、きっと手遅れなのだろう

 丈槍さんは驚きのあまりに固まっている

 扉を抑えている白井君は、動く事が出来ない

 

 教師たる私は、目の前で生徒が襲われるのをただ呆然と眺める事しかできない

 

 

 ──くるみさんが、傍にあるシャベルに気づく

 それを掴み、首を目がけて

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 振りぬく。

 

 振り下ろす。

 振り下ろす。

 振り下ろす。

 振り下ろす。

 

 あまりの光景に、駆け寄ろうとしていた若狭さんは顔を逸らす

 白井君でさえ、苦々しい表情をしていた

 

 早く彼女を止めなければ

 取り返しのつかない事になってしまう前に

 

 そう思う私の頭とは裏腹に、私は体を動かすことができない

 はやく、とめなければ

 

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 丈槍さんが、両目から涙を流しながら恵飛須沢さんに抱き着いた

 動きを止め、シャベルの落ちる音が屋上に響く

「……ばか、なんでお前が泣いてんだよ」

 へたり込み、あやすように丈槍さんを抱き寄せる

 

 私は

 

「くるみ! だっ、大丈夫!?」

「大丈夫だって、この通りケガもないしさ」

 ハッ、とした表情をした若狭さんが慌てて駆け寄る

 そんな彼女に、何事もないかのように返す恵飛須沢さん

 

 ──わたしは

 

side out

 

 

 

 

 恵飛須沢さんの助けを得て、バリケードを構築し終える

 日は殆ど沈み、もうすぐ夜になるだろう

「すみません、恵飛須沢さん。あんなことがあったばかりなのに」

「いいっていいって、気にすんな。……えっと」

 ……きっと、強がりなのだろう

 言葉を言いよどむ彼女を見て、名前を告げていなかった事を思い出す

「あぁ、僕は白井。3年C組の白井葵です」

「白井か、よろしくな」

 差し出された手を握り返し、握手を交わす

 

 恵飛須沢さんは佐倉先生の方にちらりと目線を向ける

「めぐねえ、大丈夫だと思うか?」

 佐倉先生は気を失って倒れ、丈槍さんと若狭さんに介抱されている

 よほどあの光景がショックだったのだろう、目を覚ます様子は見られない

「どうでしょう、明日になれば目を覚ますと思いたいですが……」

 

「無理、させちまったかな……」

 沈む夕日を眺めながら消え入る様な声で、彼女はポツリとつぶやいた。相当責任を感じているのだろう

 慣れない慰めの言葉を探し、見つからず。正直な考えだけを告げる事にした

「恵飛須沢さんのせいじゃ、ないですよ」

 

 

 

 陽は完全に沈み、街に夜が訪れた

 太陽光パネルの近くまで移動し、携帯の電源を点けてカズに電話をかけてみるが、繋がらない

 インターネットは繋がらず、ラジオは砂嵐

 予想はしていたが、どうやら本格的に終末とやらが始まったらしい

「……やっぱりダメか」

「なにやってんだ?」

 いつの間にか近くにいた恵飛須沢さんが声をかけてくる

「いえ、電話が繋がらないものかと思いまして。……結局ダメでしたけど」

「このパニック状態だろ? そりゃそうだろうなー」

 手すりにもたれかかり伸びをしながら、恵飛須沢さんは返す

 

「……どうなるんだろうな、これから」

「少なくとも、しばらくはここに籠らなければならないでしょうね」

 救助が来るにしても、数日で来るとは思えない。この状況が拡大していれば更にかかるだろう

 最悪、救助そのものが来ない可能性も視野に入れなければならない

「目下の最優先事項は室内で安全に寝れる場所と食糧の確保、でしょうか。この二つがない事には始まらないでしょう」

「食糧……って事は購買部かー」

「購買部は二階にありますからね、そこまでとは言わずとも三階の確保はある程度必要でしょう」

 

 考え込む恵飛須沢さんに、言葉を続ける

「とりあえずそこの階段の二階に下る部分と二年教室手前にバリケード、幸いにして階段近くにトイレはありますから職員室側へは状況に応じてといった所でしょうか」

「ま、そんな感じか」

「ええ、僕たちだけで話し合っても仕方がないですし、詳しい計画は一先ず明日にしましょう」

「それもそうだな。さ、戻るか」

 

 

 彼女が菜園の方向へと歩いていくのを、ぼんやりと見送る

 ──彼女は強い人だと思う

 知人……あるいは親しかったであろう人を自分の手で殺し、その辛さをおくびにも出そうとせず振る舞う

 こちらがついてきていない事に気が付いたのか、彼女が振り返る

「どうした? 置いてっちまうぞー」

「はいはい、今行きますよー」

 彼女の姿にどこか眩しさを感じながら、歩き出す

 

 

 

「佐倉先生も目を覚まさないし……仕方ないから今日はもうお休みにしましょうか」

「めぐねえ、大丈夫かな」

 丈槍さん達の下へと戻ると、丈槍さんと若狭さんがブルーシートを広げながらそんな会話を交わしていた

 作業をしている若狭さんに声をかける

「やっぱり、まだ目が覚めませんか」

「ええ、明日には目を覚ますといいのだけれど。……何かわかった?」

「電話にネット、ラジオも全部駄目。覚悟決めて籠城しかないっぽいな、こりゃ」

 問いかける若狭さんに、恵飛須沢さんがそう答える

「詳しい今後の方針は明日全員で相談しましょう。佐倉先生が目を覚ますにしろ覚まさないにしろ、早い内に決めなければなりません」

 辺りは既に真っ暗。これから行動するには流石に無理がある状況だ

 

「そうね・・・・・・」

 軽く考え込む若狭さん。そして不意に思い出したかのように

「そういえば白井君、寝る時にはこれを使って? 流石にそのままは辛いでしょ?」

 はい、と彼女は三枚あるブルーシートの内の一枚を差し出してくれる

 非常にありがたいが、ここで受け取ってしまえば後でアイツに何とどやされるかわからない

「いえ、そちらは四人も居るんですからそちらで全部使ってください」

「え、でも……」

「カバンを枕代わりにして寝るので一晩くらいなら大丈夫です。……それに、ここで受け取ってしまったら後でカズの奴に何てどやされるかわかりませんから」

「……本当に大丈夫なの?」

 若狭さんは確認するように問いかけてくる

「ええ、使える物資はそちらで全部使ってください。ただでさえ佐倉先生が気を失ってるんですから」

「……わかったわ。ありがとう、白井君」

 男が近くにいては気も休まらないだろう。太陽光パネルの方を指で示し

「いえ、お気になさらず。僕はあっちの方で寝ていますので、何かあったら声をかけてください」

 それだけ告げ、四人から離れる

 

 

 

 小型以外の荷物を粗方出し終わり、カバンを枕代わりに床の上に直接寝そべる

 怒涛の一日だった。日常が終わり、テレビや映画で見たような終末が始まる

 カズの事は少し気がかりだが、アイツの事だからどうせひょっこりこっちに合流するに違いない

 

(あぁ、明日の朝にでもカバンの中に入ってたお菓子を丈槍さん達に渡そう)

 その事だけを決め、瞼を閉じる

 ──始まった非日常に、ほんの少しだけ心を躍らせながら




園芸用ロープ、そういうのもあるのか!
バリケードを縛っている物の正体がずっと疑問だったので検索してみたらそういうのがあるんですね

くるみちゃんのメンタルが順調にゴリラに近づいている気がする今日のこの頃


白井 葵 (18)

4月18日生まれ

身長:170㎝ちょい
体格:平均よりほんの少し細め
黒い短髪、黒目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.めざめ

Side:若狭悠里

 

 あの出来事が夢であったなら、どれほどよかっただろうか

 ──私の願いは、顔を照らす朝日によって打ち砕かれる

 

 

 瞼を開け、辺りを見回す。どうやら私以外に起きているのは白井君だけだ

 他の三人はまだ眠っている様で、まだ起きる様子は見られない

「おはようございます、若狭さん」

 私が目を覚ました事に気が付いたのか、校庭を眺めていた彼が声をかけてくれる

 

「おはよう白井君。もう起きてたの?」

「昨日は眠った時間がいつもより早かったですから、自然に目が覚めてしまって」

 

「それより体は大丈夫でしたか?ブルーシートを敷いてるとは言え下はコンクリートですから」

「大丈夫よ。白井君の方こそ大丈夫だった?」

「ええ、一日くらいだったら平気です。流石に何日もとなると勘弁して欲しいですが」

 そう言って、肩を回す仕草をしながら彼は笑う

 ……無理をしている訳ではなさそうで、少し安心する

 

 

 白井君との会話を終え、屋上に静寂が戻る

 彼は相変わらず校庭を眺めていて、その様子は何かを警戒をしている様にも見える

 バリケードも完成していて、昨日校庭に見えたあの動く死体(の様に見えたもの)達ではここには入ってこれないはず

 それなのに、一体何を警戒しているのか──

 

 そこまでぼんやりと考えた所で、私の体が空腹を訴える。そういえば昨日のお昼から何も口にしていない事に気づく

(収穫できるようなお野菜、あったかしら……)

 夏野菜ならいくつか収穫できるものもあるかもしれない。そう考え確認の為に立ち上がろうとしたその時

 

 

「んっ……あ、あれ?」

 佐倉先生が、目を覚ました

「っ! 先生!」

「若狭さん……?」

 先生はまだ完全に目が覚めていないのか、ぼんやりとしながら辺りを見回していて

「ん、おはようございます先生」

 白井君も私の声に気づき、先生に声をかけている

 

「んゅ……めぐねえ……?」

「……なんだなんだー?」

 私の声に反応したのか、丈槍さんとくるみも目を覚ます

 二人ともおはようございます、という白井君の声を聞きながら佐倉先生が目を覚ましたことに気づいたのか

「めぐねえっ!」

「目が覚めたのか、めぐねえ」

 丈槍さんが佐倉先生に抱き着き、くるみは安心したように声をかける

 昨日先生が倒れた時はどうなる事かと思ったけれど、これで一先ず安心できそう

 

Side out

 

 

 

 全員が目を覚まし、佐倉先生達も顔を洗い終えた

 今後の方針を決める為にブルーシートの上に集まる

「それじゃあ今後の方針を……っと、その前に」

 バッグからポテトチップスの袋を取り出す。110g程の、大容量タイプ

 全員で分ける分には少ないが、気分転換にはなるだろう

「昨日家に帰ったら食べようと思ってた物なのですが、よかったら皆さんで分けてください」

 ──丈槍さんの目が輝く

 

「いいの!? やったー!」

「……昨日もそうだったけど、本当にいいの?」

 恐らくブルーシートの事を言っているのだろう。若狭さんが不安そうに尋ねる

「いいんですよ、僕は生で食べられそうな野菜を適当に食べますので。それに気分転換も必要でしょう?」

「……そう、じゃあいただくわね。ありがとう、白井君」

 丈槍さんと恵飛須沢さんは既に食べ始めていて、若狭さんもそれに続く

「ほらめぐねえ、めぐねえも食べよう!」

「いいえ、私はいいからみんなで食べて? あとめぐねえじゃなくて佐倉先生でしょ?」

「はーい、めぐねえ」

 彼女達にわずかに活気が戻る。見ていて微笑ましい

「とりあえずそれを食べながらでいいので、方針だけ決めてしまいましょうか」

 

 

 

 話し合いの結果、三階から順々に制圧していく事に決まった

「わかりました……でも、無理はしないで危なくなったらすぐ帰ってきてね?」

 佐倉先生は生徒を危ない目に遭わせる事に否定的だったが、なんとか説き伏せて許可を貰う

 制圧に関しては一人で行って、他の四人にはバリケードを担当して貰うつもりだったが……

「いや、あたしも行く」

 恵飛須沢さんからそう言われた時は、正直昨日の彼女の件もあってかなり気は進まなかったが

 

「一人じゃ危ないだろ? それに白井もめぐねえにかなり我が儘言ってたし、お互い様だ」

 ・・・・・・こう言われては、返す言葉もなかった

 両手用シャベルを借り受け、恵飛須沢さんも昨日のシャベルを担ぎ、階段へと向かう

 

 

「……無理、しないでね?」

 丈槍さんの見送りを受け、屋上への扉を閉める

 電気はついておらず、校内は薄暗い

「それじゃあ本当に無理はしない様にしてくださいね?お互いをカバーできる様に、あまり離れないでください」

「わぁーってるって」

 

 まずは三階教室方面の排除に乗り出し、一体一体、慎重に処理をしていく

 何体か処理してみてわかった事だが、やはり定石通り頭を潰せば殺せるらしい

 

 血が飛び散れば汚い上に気持ち悪いし、悪臭も漂う

 人間だったモノの頭部にシャベルが突き刺さる様は正直グロテスクだし、ゲームだったら明らかに18禁待ったなしの映像だ

 それでも、言ってしまえばただそれだけに過ぎない

 

 いつでも恵飛須沢さんをカバーできる様に意識しながら、シャベルを振るい人間だったモノを死体へと変えていく、単純な作業

 そんな作業が、どこか楽しい

 

 

 いつの間にか、職員室前まで排除は終わっていた

・・・・・・昨日屋上に押しかけてきた分を考慮しても、思ったよりも数が少なかった

 殆ど3階の生徒は下校していたのだろうか

 

 それに死体の処理にも困る。流石にこんなものがゴロゴロ転がっているのを、丈槍さん達に見せる訳にはいかない

「……んー、裏にでも捨てちゃいますか。流石に見える場所に置いておくのもアレですし」

 恵飛須沢さんからの返答は、ない

 不思議に思い彼女の方へと視線を向けると、彼女はこちらを見つめていた

 

「……恵飛須沢さん?」

「……ッ! いや、なんでもない」

 何かを誤魔化す様な様子の彼女。……もしかしたら、処理した中に仲のいい友人がいたのかもしれない

 だとしたら、本当に辛い事をさせてしまったのかもしれない

 

「とりあえず、倒したのは窓から学校の裏側にでも捨ててしまいましょう。このまま放置しておく訳にもいきません」

「……そう、だな」

 やはりどこか歯切れが悪い。無理をしていないだろうか

「大丈夫ですか? 処理自体はしましたし屋上の方に戻っていても……」

「いや、いい。あたしもやる」

 

 

 会話もなく、死体を窓から落としていく音だけが廊下に響く

 数はそこまででもないので大した時間もかからず終わりそうではあるが、元人間とだけあって、それなりに重い

 不意に、恵飛須沢さんが口を開く

「……なぁ、白井って」

「ん?どうしました?」

 死体を窓から放りながら、聞き返す

 

「……いや、なんでもない。忘れてくれ」

「そう言われると、余計に気になるものなのですが」

「ははっ、わりぃわりぃ。でも本当になんでもないから忘れてくれ」

 誤魔化すような彼女の笑顔。……後で佐倉先生にケアを頼んだ方がいいかもしれない

 脳内で予定を組み込み、作業を続ける

 

 

 

「戻りましたよー」

「ただいまー」

 出来得る限り体を綺麗にして、屋上へと戻る

 流石に血は落ちないが、意識しないよりマシだ

「おかえり! 大丈夫だった?」

「ええ、思ったより数が少なかったのでなんとか」

 丈槍さんが出迎えてくれる。佐倉先生と若狭さんはどうやら収穫できそうな野菜を選んでいるらしい

 

 会話をしながら佐倉先生の下へと向かうと、佐倉先生が慌てた様子で駆け寄ってくる

「二人とも、大丈夫だった!?」

「勿論。ご覧の通りです」

「あたしもヘーキ。心配しすぎだってめぐねえは」

佐倉先生に一先ず三階は目につく限りは処分してきた事と、思ったよりも数が少なかったことを伝える

「数が少なかった……?」

「ええ、昨日扉に集結してきた数と部活で残っていた数、教員の数から考えても少なかった気がします」

 考え込む先生。正直、今判断するには情報が少なすぎる

 

「まぁとりあえずその事に関しては後で考えましょう」

「……そうね、今考えても仕方がないものね」

「皆! 少し早いけどお昼にしましょ?」

 そう結論付けていると、若狭さんが生野菜を運んできてくれる

「ほら、二人とも手を洗ってきて?」

 促されるままに、手洗い場へと向かう

 

 

 

 相談をしながら食事を終え、今度は全員で校舎の中へと入る

「それじゃあ、階段三か所にバリケード作っちゃいましょうか」

 念のためにシャベルを携帯しながら、バリケードを作り始める

 重量はある為そう簡単に倒れたりはしないだろう

 下から奴らが現れたりはしないか警戒をしながら、作業を続ける

 

 

 

「ん~、終わったー!」

 作業を始めた時間が早かったおかげか、夕方前には作業を終えることができた

「それで、これからどうしましょう? 今から購買部にでも向かいましょうか?」

 屋根のある場所は確保したが、食糧の問題は依然として存在している

 いつまでも生野菜という訳にもいかないだろう

「……そうね、丈槍さん達は使えそうなお布団を探してきてくれるかしら? 私と白井君は職員室で食べられそうなものを探すわ」

 そういって佐倉先生は丈槍さん達に指示を出す。流石にこれ以上危険を冒すのはマズイと判断したのだろう

「ん、わかった。ほらいくぞー」

 そう言って恵飛須沢さんは二人を連れ捜索に出かける

 ・・・・・・無事なものが見つかるといいが

「それじゃ、私たちも探しに行きましょ?」

 

 職員室へと入り、シャベルを入口の傍へと立てかけ捜索を始める

 職員机の引き出しなどを開け、食べられそうなものを探す

「……ごめんなさいね、本当は大人である私がやらなきゃいけなかったのに」

 ……恐らく生徒を危険に晒した事を気にしているのだろう

 どこまでも優しく、生徒想いな先生だ

 

「いいんですよ、こういうのは適材適所です。それに恵飛須沢さんのおかげでだいぶ楽でしたし」

「恵飛須沢さんにも、謝っておかないと……」

「……あぁ、その恵飛須沢さんの件なんですけど」

 佐倉先生が不思議そうな顔をしながら、こちらに振り向く

 

 

「様子が、変だった?」

「ええ、三階を制圧した後、どうも様子が変だったと言いますか……」

 三階を制圧した後の彼女の様子を、見た印象そのままに佐倉先生へと伝える

「僕としては処理した中に親しい友人がいたのではないかと思ってるので、できれば先生にケアして貰いたいと……」

「……わかった。先生が何とかしてみるわ」

「ありがとうございます。僕はどうもこういうのが苦手でして……」

 

 会話を終え、捜索を再開する

「先生、お湯って使える環境ありましたっけー?」

「確か生徒会室に台所があったはずだから、そこで使えるはずよ」

 

 

 捜索を終え、見つけたものは未開封のお菓子が数個とカップラーメンが六つ程

 ……やけにカップラーメンをため込んでいた先生がいた事が幸いだった

 

「それじゃ、私たちも合流しましょうか?」

「ええ、と言っても合流地点を指定し忘れましたが」

 まぁ三階はそう広くないので、歩いていれば見つかるだろう

 そう考え、職員室を後にする

 

 

 ──結果として丈槍さん達は全員分の布団を見つけた様で、比較的被害が少なかった資料室に運び込んだ後だったらしい

 夕食の時間までまだ余裕があるので、今日は夕食の時間までお開きとなった

 

 

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 

 ──まだあの感触が、手に残っている

 シャベルに付いた血を洗い流しながら、そんな事を考える

 

 人だったモノの頭へシャベルを突き立て、殺す感覚

 級友だって居たかもしれない。部活の友人だって居たかもしれない

 

 殺さなきゃこちらが殺される。わかっている

 噛まれたら先輩の様になってしまう。わかっている

 

 それでも、あの感触が頭から離れない

 

 

 そんな中アイツは平然としていた

 平然とシャベルを突き立てて殺し、平気な顔をしていた

 あまつさえ、どこか笑ってさえいた

 

 声をあげて笑っていた訳じゃない

 ただ……そう、ゲームをしている様な、楽しげな笑顔

 

 ──私は、アイツの感覚がわからない

 それが、どこか恐ろしかった




くるみちゃん絶賛SAN値削れ中
原作より多めに削れております

その分ゆきちゃんは原作より正気度高いからヘーキヘーキ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.おやすみ

「……て、お…て」

 ……誰かの声がする

 声からして女性の様だ。珍しく母親でも帰ってきたのだろうか

「起きて!」

「うおっ!?」

 

 耳元で大声を出され、飛び起きる

 目の前に居たのは丈槍さんで、寝ていたのは見知らぬ部屋。窓からは夕日の光が見える

 起き抜けの頭で、何故丈槍さんと自分がこんな所に居るのか思案する

「おはよ、葵君。ごはんだよ?」

「ご飯……?」

 

 いつの間に彼女とそんな仲になったのだろうか

 記憶を探るも、起き抜けの頭でははっきりとしない

「もー、もしかして寝ぼけてる?」

「……あ」

 ようやく頭が働きだしてきた

 職員室を捜索した後、資料室の布団の上で独りだらけていた事を思い出す

 恐らくはその内に眠ってしまっていて、彼女は時間になっても姿の見えない自分を呼びに来てくれたのだろう

 

「いえ、今目が覚めました。わざわざありがとうございます、丈槍さん」

「えへへー、どういたしましてー」

 扉へと向かう丈槍さんを目で追いながら、自分も立ち上がる

 

 

 資料室の扉を閉め、丈槍さんと共に廊下へと出る

「もしかして、葵君って寝起きが悪い?」

「確かによくはないですね。今までも結構苦労してきましたし」

「へー、大変そうだねー」

 他愛もない会話をしている間に、生徒会室へと到着する

 

「ただいまー」

「すみません、遅れてしまって」

 既に全員集まっている。どうやら自分達が最後のようだ

 恵飛須沢さんと若狭さんは椅子に座り、佐倉先生はお湯の準備をしている

 

「ん、大丈夫だったかー?」

「聞いてよくるみちゃん、葵君ってばすっごく寝起き悪かったんだよー」

「わかったから離れろって」

 恵飛須沢さんに丈槍さんがじゃれついている。少し寝ている間に随分と仲良くなった様で、安心する

「今朝はあんなに早く起きていたのに……意外ね」

「昨日早く寝た分、早く目が覚めたっていうだけですから」

 

 

「さあみんな! 好きなのを取って!」

 佐倉先生が出来上がった人数分のカップラーメンを持ってこちらへと歩いてくる

 席に座り、三人が選ぶのを待ってから余りものを手に取る

「「「「いただきまーす!」」」」

 それぞれが選んだものを手に取り、食べ始める

 

「食糧も早いとこ取って来ないとなー」

 恵飛須沢さんが独り言の様に言葉を口にする

「購買部自体は遠くないですし、明日の朝にでも取りに行きますか。ただ……」

「ただ?」

 丈槍さんが首をかしげながら、聞き返してくる

……気がつけば、全員がこちらに注目していて

「……いえ、なんでもないです。明日の事は明日にでも決めますか」

 この場で話すような事でもないと判断し、適当にごまかす

「まっ、そうだな。行くにしてもパッといってパッと帰ってくりゃいいだろ」

 談笑しながら食事を終え、ゴミを片付ける

 

 

 

 

「……そういえば、見張りとかどうします?」

 資料室で布団を女性陣から離れた場所に敷きながら、見張りの必要性を思いつく

 バリケードがあるとはいえ、流石に作った初日は不安だ

「見張り? あー、確かに必要か?」

 布団に寝転がっている恵飛須沢さんも、必要性は感じたらしい

 若狭さんも少し不安そうにしていて

「確かにバリケードも作ったばかりだし、もし何かあるといけないわね……」

 佐倉先生は真剣な表情をして何か考えているし、残りの丈槍さんはというと既に夢の中だ

 

「戦える面子ってなるとあたしか白井になる訳だけど、どっちがやる?」

「んー、じゃあ初日は僕が……」

 流石にあれだけ動いた後に女性に無理をさせる訳にはいかない。そう考え立候補しようとしたその時

「いえ、先生がやります」

 佐倉先生に言葉を遮られる

 

「……先生、本当に大丈夫ですか?」

 思わず疑問を口にする

 見張るだけだったらそう苦労はしないのだろうが、あまり無理はしないで欲しいというのも事実で

「白井君も恵飛須沢さんも、今日は沢山働いてくれたからもう今日は休んで?」

「……わかりました。何かあったら起こしてください」

 昼寝をしたおかげでそこまで眠くはないのだが、ありがたく好意を受け取る事にする

 話はそこで終わり、先生以外の全員が布団へと潜る

 

 

 

Side:佐倉慈

 

 月明かりが、頼りなく部屋を照らす

 皆が眠ってから二時間程。何事もなく夜は更け、私は職員室の窓から外を眺めていた

 街に人工の光は既に亡く、本当になにもかもが終わってしまったのだと実感させられる

 私は、護るべき生徒たちの事を思い浮かべる

 

 

 丈槍さんは明るく、元気だ

 あの笑顔を見ているとこちらも元気づけられる

 彼女が居なければ、私たちの空気はもっと沈んでいたに違いない

 

 若狭さんは落ち着いていて、頼もしい

 芯が強く、他人を思いやれる人だ

 彼女の様な人がこの先、必要となってくるのだろう

 

 白井君と恵飛須沢さんは、本当によくやってくれている

 あの二人が居なければこうして安全圏を拡げ、食糧を手に入れる事すら難しかった

 生徒に荒事を任せっきりにしてしまうのは心苦しいが、白井君の言う通り"適材適所"という物なのだろう

 

 

 ……少し考えすぎかもしれないが、白井君は自己犠牲が過ぎる様に思える

 

 昨日、私たちを先に屋上に逃がしてくれたこともそうだし、寝る時にはブルーシートを若狭さん達に全て譲ったそうだ

 今日の朝だって貴重な食料を皆に分けて自分は口にせず、自分から率先して三階の制圧や夜の見張りを買って出た

 何が彼をそこまで駆り立てるのか、わからない

 

 正直、事件前の彼の事は殆ど知らないと言っていい

 今年に入って彼の学級の国語を担当するようになってから、会話すら両手で足りる程しかした事がないだろう

 彼が他のクラスメイトと話している姿を見る事は殆どなかったし、それは丈槍さんに対してだってそうだった

 唯一知っていた事と言えばたまに図書室に通っている事と、隣のクラスの典軸和義君と仲が良いという事だけ

 

 

 ……そういえば、典軸君は無事なのだろうか

 事件直後に白井君に連絡をしてきたらしいが、その後はどうやら連絡がついていない様だ

 白井君は、彼の事を心配していないのだろうか

 

 

 ぼんやりと思考を巡らせていると、不意に職員室の扉が開く

「……お、先生。やっぱりここに居ましたか」

 白井君だ。寝ていたはずなのに、どうしてここに

 思考を切り替え、座っていた椅子から立ち上がる

「白井君、どうしたの?」

「いえ、元々夜型なもので。どうにも寝付けなくて」

 苦笑いしながら、彼は答える。……私を心配してきてくれたのだろうか

 教師として、情けない

 

「ホント、この学校に色々あってよかったですよね。シャワーが出るって素晴らしい事だと実感しましたよ」

 ほんのわずかにでも表情に出してしまったのか、彼は話題を変えてくれる

 確かに、お湯が出たのはとても助かった

 

「本当ね。丈槍さん達も喜んでたもの」

「食糧も購買部でなんとかなりそうですし、発電設備と菜園もあって、確か浄水施設、ま、で……」

 言葉が尻すぼみになりながら、彼が何かを考え込む

「……白井君?」

「いや、まさか。でもあまりにも……」

 

 私の言葉は彼に届いていない様で、独り言を呟きながら何かを考えている

「……先生、学園案内ってありますか?」

「え? ええ、確か棚にいくつか……」

 教員用の戸棚から学園案内を一冊手渡す

 ありがとうございます、と言ったきり彼は学園案内を読み始める

 ……学校の、施設案内の項目だ

 

 

 屋上の菜園、発電設備、浄水施設

 ──冷静になって考えてみれば、この学校はあまりにも

「あまりにも、設備が整いすぎてませんか」

 彼が私と同じ考えを、口にする

 独り言の様に、彼は言葉を紡ぐ

「購買部と菜園に食糧があり、発電設備と蓄電設備で電気が賄え、浄水設備で水も賄える。どうやら地下に作物の備蓄倉庫もあるみたいです」

 

 嘘だ、そんな、まさか

「まるで、災害で街のインフラが全滅してもここで生活出来るように最初から設計されていたかのような」

 そんなはずは

「……いや、通常の災害を想定していたんだったらこんな最初から籠城する気満々な施設なんて」

 

 

 ……ある事を思い出す

 確かあれは、この学校に赴任した時の事

 確認を促された一冊の冊子。確か、アレは

 

 震える体を抑えながら戸棚を開け、冊子を取り出す

 その表紙には、"職員用緊急避難マニュアル"の文字

 大丈夫、そんなはずはない

 ただの避難指示だ。大丈夫

 

 そう願いながら、震える手で、封を開ける

 

 

 

 冊子が、手から滑り落ちる

 蹲り、口を抑えながら吐きそうになるのを必死に堪える

 

 ひどい。

 想定されていた感染爆発

 ()()()()()()()()()()()()()防護施設

 武力衝突の結果生じた犠牲を看過する旨の言葉

 

 ひどい。

 生徒達はどうなっても良いというのか

 犠牲になるべき存在だとでもいうのか

 

 

 ──白井君が、落ちた冊子を取り上げる

 

 これは、大人である私だけが背負うべき罪だ

 それを読んではいけない

 止めようとしても、震える私の体は動かない

 それを読んではいけない

 止めようとしても、吐き気に耐える私の口から言葉は紡がれない

 

 

 彼は、黙ってマニュアルを読み進めている

 私は、蹲りながらそれを見上げる事しかできない

「……成程、パンデミックを想定した一種のシェルターって訳ですか、ここは。まぁひっどいもんですね」

 思ったよりも彼は落ち着いた様子だ

 どうやら凡そ読み終えてしまったらしい

 独り言のように、彼は言葉を続ける

 

「想定人数は十五人程、当然生徒なんて含まれちゃ居ないでしょうね。まぁその施設を俺達がありがたく使わせて貰ってるんで、結果的にいいっちゃいいんですが」

 何故、そんなに落ち着いて居られるのだろうか

 日常を奪った原因が、ここに在るのに

 こんな危険な生活を強いている原因が、ここに在るのに

 

「どう……して」

 辛うじて、掠れる様な言葉を紡ぐ

「……どちらにせよ、これは丈槍さん達にはしばらく見せない方がいいかもしれませんね」

 差し出される冊子

 私はそれを、どうにかして受け取る

「先生が預かっておいてください。それとも、僕が預かっておきましょうか?」

 それはダメだ。これは、私だけが背負うべきもので

「まぁ、これから二人で一緒に考えましょう。二人だけの秘密、ってやつです」

 そう言って彼は笑いながら、扉へと向かう

「それではおやすみなさい、佐倉先生。また明日」




めぐねえを曇らせていると思わず筆が乗るねんな


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.ちょうたつ

初めての感想を貰えて舞い上がったので初投稿です


 朝。カーテンの隙間からは陽の光が漏れ、室内を照らす

 辺りを見回せば他に人の姿は無く、昨日は結局あれから眠ったという事もあり自分が最後の様だ

 布団を畳み、制服に着替え部屋を出る

 

 

「あっ、葵くん! 今起きた所?」

 資料室を出た所で丈槍さんと遭遇する

 昨日の様にわざわざ起こしに来てくれたのだろうか

 

「ええ、丈槍さんはどうしたんですか?」

「うーんとね、葵くんを呼びに行こうかなーって思ってた所なんだー」

えへへー、と丈槍さんは少し恥ずかしそうに笑う

 ……どうやら、本当に起こしに来てくれたらしい。内心で少し驚く

 

「わざわざありがとうございます。さ、生徒会室に向かいましょうか」

「うん!」

 

 

 生徒会室の扉をくぐる

 昨日と同じく既に全員揃っており、テーブルには昨日見つけたお菓子の袋が並べられている

 恵飛須沢さんはこちらに気が付くと、からかう様に口を開く

「おう、やっと起きたかねぼすけ」

「すみません、遅れてしまって」

「いや、気にすんな。昨日あんだけ働いたんだから」

 

「おはようございます、佐倉先生。昨晩は見張りありがとうございました」

 佐倉先生に夜通し見張りをしてくれた事へのお礼を告げる

「あっ……ええ、気にしないで」

 先生は気まずそうに、ほんの一瞬その笑顔を曇らせた

 ……まだ昨晩の件を、まだ気にしているのだろうか?

 

 

 皆でテーブルを囲み、お菓子を摘まみながら恵飛須沢さんが口を開く

「で、今日はどーする?食糧取りに行かなきゃってのはわかってんだけどさ」

「そうね……これを食べ終わったら食べ物を取りに行って、それが終わったら今日はお休みにしましょうか」

 休息を提案した先生の言葉に、思わず内心で驚く

 自分が言葉を口にする前に、若狭さんが口を開いた

「いいんですか? 先生」

「ええ、一先ず安全圏は築けたんだし。それに、お休みもたまには必要でしょ?」

 

 確かに安全圏の確保は一先ず完了していて、インフラも既に揃っている

 食糧がある購買部の近辺が安全である事に越したことはないが、それもそう急ぐことでもないのかもしれない

「食糧調達のメンバーはどうしましょう?」

 正直自分と恵飛須沢さんの二人で、他の三人を完全に守りきれるとは言い難い

 食事という名の会議は進行していく

 

 

 

 結局の所、食糧調達は自分と恵飛須沢さん・佐倉先生に

 丈槍さんと若狭さんには、バリケードの補強とメンテナンスをお願いする事に決まった

 佐倉先生一人であればどちらかがカバーに入れるであろうし、妥当な所なのだろうか

 

 

「無理しちゃダメよ?」

「お土産持ってきてねー!」

 

 二人の見送りを受け、中央階段のバリケードを乗り越える

 時刻にして午前8時過ぎ。窓からの光もあって視界は良好だ

 購買部への道のりはそう遠くなく、廊下には奴らの姿もそう多くはない

「それじゃあ行きましょうか。僕が先頭に立つので恵飛須沢さんは後ろをお願いします」

「……わかった、無理すんなよ。めぐねえもあんま離れない様にな?」

「え、ええ。わかったわ」

 

 奴らをシャベルで倒しながら、購買部への道のりを進む

 道中の教室も安全の為に確認し、奴らが居れば処分していく

 特に何という事もない、単純な作業

 佐倉先生という戦えない同行者がいる以上昨日より慎重になる必要性こそあったものの、特に何事もなく購買部にたどり着いた

 

 

「とりあえずは一安心、と言った所でしょうか」

 購買部の扉を閉じ、リュックを探す

 手を塞がずに荷物を運ぶのなら、必要だろう

 

 程なくリュックを見つけ、恵飛須沢さんに手渡す

 佐倉先生にも手渡そうとするが

「はい先生、リュックを見つけたので……って、どうしました?」

 佐倉先生がこちらを見つめている

 まるで、昨日の恵飛須沢さんの様に

 

「……先生?」

「ッ! ええ、ありがとう白井君」

 声をかけると、先生はやっと気づいたかのようにリュックを受け取る

 ……そういえば、先生に奴らを殺す場面を見せるのは初めてだという事に気づく

 生徒だったものが死体に変わる瞬間を見れば、ある意味当然なのかもしれない

「いえ。あまり無理はしないでください、先生」

 

 

 担当する物を決め、各々で食糧を集めていく

 かくいう自分は乾パンやカップラーメン・缶詰等を集めながらも、お菓子を多めにリュックの中に入れていく

 すれ違った恵飛須沢さんに、呆れた顔をされた

「なんでそんなにお菓子が多いんだよ……」

「僕は大真面目ですよ? こういう非常事態には余裕と言うものが必要ですし」

「……そんなもんか」

「ええ、それに丈槍さんにお土産を頼まれましたしね」

 

 

 

 食糧を一通り集め終わり、三人で扉付近に集まる

「集め終わりました? それじゃあ行きましょうか」

 扉をゆっくりと開け、廊下の様子を窺う

 ……来た時より、奴らの数が増えている?

 

「どーした?」

 恵飛須沢さんが、不思議そうに声をかけてくる

「……来た時より、数が増えてます。ちょっと拙いかもしれませんね」

「……マジで?」

 佐倉先生は、何も言わず不安そうな表情を浮かべている

 

「ま、仕方がありません。バリケードまでは僕が先頭に立って、着いたら殿に回って食い止めます。その間にバリケードを登っちゃってください」

「そんな事したら白井が危ないだろっ!」

「そうはいっても、どの道どっちかが殿になって登る時間を稼がなきゃいけません。数はそこまででもないですし大丈夫ですよ」

 身を案じてくれる恵飛須沢さんと心配そうな顔をしている佐倉先生を説き伏せる

 結果として二人は渋々といった体ではあるが、了承してくれた

 

 

「それじゃあ行きますよ? 3、2、1……」

 扉を開け、駆け出す

 道中の奴らを必要最低限シャベルで倒しながら、バリケードへと駆ける

 二人もちゃんとついてきてくれている様だ

 

「到着っ! 二人とも登ってください!」

「わかってる! 無理すんなよ!」

 二人がバリケードをよじ登る。教室の方からも奴らが来ているが、登るまでのわずかな時間を稼げればいい

 なるべくバリケードから離れない様に、奴らに囲まれない様に

 

 3,4体程奴らを倒した時、恵飛須沢さんから声がかかる

「こっちは大丈夫だ! 白井も早く!」

「了解!」

 大きくシャベルを振って奴らを牽制してから、バリケードへと飛び移る

「白井っ!」

 差し出される恵飛須沢さんの手。その手を掴み、引き上げられる

 奴らの手は足を掴む事なく、空を切った

 

 

 息を整えながら、恵飛須沢さんに感謝を伝える

「ありがとうございます、恵飛須沢さん。佐倉先生も大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫」

 二人の無事を確認し、バリケードを降りる

 随分と騒いだからか、何事かと若狭さんと丈槍さんが駆け寄ってくる

「どうしたの!? 怪我してない!?」

「ダイジョーブだってりーさん。ちょっと危なかったけどな」

「とりあえずここでは難なので、生徒会室に行きましょうか」

 

 

 

 持ち帰った物資を報告して、仕分ける

 仕分けと記録については若狭さんが引き受けてくれた

 元気のない佐倉先生とそれを心配している丈槍さんを尻目に、若狭さんに帰りの出来事について報告する

「……帰りに、数が増えてた?」

「ええ。何に引き寄せられたのか、何故増えたのかはわかりませんが」

「というかアタシたち、大して引き寄せるような事してたか?」

 

 相変わらず情報が少ない。三人して思案する

 ゾンビ物の作品ではどういう特徴があったか、と思い出そうとする

「……フィクションの類では音とか光、あるいは熱に反応するというのが定石ですよね」

「つってもアタシ達大して音立ててなかったしなー」

「光……もなにか光源になるような物は持っていかなかったものね」

 

 

 結局奴らの習性についてそれらしい進展はなく、程なくして昼食を取った後に自由時間になる

 夜の見張りに備えて睡眠を取ろうと生徒会室を出ようとした時、丈槍さんが声をかけてくる

「葵くん、どこ行くのー?」

「いえ、夜の見張りに備えて昼寝でもしようかと」

 その言葉に丈槍さんはほんの少し悩む素振りを見せた後、何事もなかったかのように口を開き

「そっか、それじゃあおやすみ! 寝坊したらまた起こしに行くねー」

「ええ、ありがとうございます」

 丈槍さんに見送られ部屋を出る

 資料室で布団をかぶり、瞼を閉じる──

 

 

 

Side:佐倉慈

 

 三階の制圧の時に恵飛須沢さんの様子がおかしかったという理由が、少しわかったかもしれない

 

 かつて生徒だったもの達に、楽しそうにシャベルを突き立てる彼

 クラスメイトや知り合いだった人達も居たかもしれないのに、笑顔のままそれを気にする素振りすら見せず

 

 恐らく彼女は、そんな彼がどこか恐ろしかったのだ

 

 ──今の私と同じ様に

 

 

 

「……なあ、めぐねえ。少し相談があるんだ」

 食事を終え、ぼうっとしていた私に恵飛須沢さんが声をかけてくる

 見られていると言う事に気づき、私は抱えている悩みを悟られまいと取り繕う

 

「あら、どうしたの? くるみさん」

「ここだと話し辛いから……隣の放送室で話したいんだ」

 丈槍さんと若狭さんは楽しそうにお話をしていて、こちらの様子に気づく様子は見られない

 ただ、彼女がそう言うからにはきっとあの二人には聞かれたくない様な内容なのだろう

「わかったわ、行きましょ?」

「……うん」

 

 

 放送室の扉を開け、中へと入る

 椅子を引いて彼女を座らせ、私も隣へと座る

「それで、どうしたの? 随分と悩んでるみたいだけど」

「……なあ、めぐねえもアレ、見たよな?」

 ……アレ、とはもしや

「正直言って、アイツ……白井の事、めぐねえはどう思う?」

「どう、って……」

 難しい問いだ

 彼について知っている事はあまりにも少なく、私が彼に抱いている感情には、吐き出すべきではないものもある

 ──全てを吐き出してしまえれば、どれだけ楽だろうか

 

「アイツがいい奴だって事は知ってる。アイツがあたし達を気遣ってくれてるって事も知ってる」

 独白する様に、彼女は続ける

「でもあたしはアイツに何も返せてない、返そうにもアイツの事を何一つまともに知らない」

 懺悔するように、彼女は続ける

「だから、もっと知らなきゃいけないと思うんだ。アイツの事を」

 

 

 返す言葉を見失う

 私は彼の事をただ恐れるばかりだったのに、彼女は彼を理解しようとしていたのだ

 

「……ええ、そうね。私も、白井君の事を何も知らないわ」

「めぐねえもか」

 軽い笑みを見せる彼女

「それなら、今日の夜に二人でお話しするのがいいんじゃないかしら」

「見張りの時にか? ……そっか、そうしてみる」

 納得するように頷き、椅子から立ち上がる彼女

「ありがとな、()()()()

 

 振り向き様にそう告げ、彼女は部屋を去っていく

 ……私も、彼女を見習わなければならない

 ただ恐れるだけではなく、彼の事をもっと知ろう

 共感できずとも、理解できるように努めよう

 

 だって、彼も大切な仲間なのだから




超クッソ激烈に無理して何事も無かったかの様に明るく振る舞うめぐねえと、マニュアルの件から朝呼びに来られるまで自分を責めながら職員室で呆然としていためぐねえのどっちがいいか悩んでました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.ともだち

今回はずっと胡桃ちゃん視点です


Side:恵飛須沢胡桃

 

(そろそろ、大丈夫かな……)

 瞼を開ける。皆が寝床に入ってから暫く経った

 もうそろそろ、寝静まっている頃だろう

 

 

 そう思い起き上がろうとしたその時、もぞもぞと動く音がしてゆきが起き上がる

 そのまま様子を伺っていると、なにやら廊下へと出ようとしている

 

「由紀、どうしたんだ?」

 りーさん達を起こさない様、小声で声をかける

 由紀は眠そうに目を擦りながら、こちらを振り向いた

「……あ、くるみちゃん。ちょっと眠れなくて」

 言葉とは裏腹にその表情は眠そうで、足取りはふらふらと危なっかしい

 共に廊下へと出ながら、会話を続ける

 

「トイレでも行くか? ついてってやるよ」

「うーん……トイレはいいや。代わりにあっち」

 由紀が指さした方向にあるのは、光の漏れるドア。生徒会室だ

 恐らく、白井が休憩でもしているのだろう

「……なんでまた。ま、いっか」

 丁度アイツには用があった所だ。由紀が戻った後にでも話せばいい

 

 

「よっ、お疲れ」

「やっほー、葵くん」

 扉を開け、白井に声をかける

 ココアの入ったマグカップを片手に座っている。やっぱり休憩中だったらしい

「おや二人共、どうしたんですか?」

「いや、由紀が眠れねえって言うからこっち来た」

「なんでまたこっちに……いえ、別にいいんですが」

 少し呆れたような顔をしながら、アイツは立ち上がる

 どうやらアタシ達の分のココアをいれてくれる様だ

 

 

 ココアの入ったカップを手渡され、椅子へと腰掛ける

「それでまあ、お二人が眠くなるまで少しの間ならお付き合いしますが」

「やったー! ありがとー」

 そう言って、由紀と白井は他愛もない話をし始めた

 

 由紀はココアを飲みながら楽しそうにしていて、白井もなんだかんだと楽しそうに見える

(この調子だと由紀が寝るまで案外時間かかるかもなぁ……)

 今日はそんなに動いてないとは言え、寝る時間が遅いと明日に影響が出るだろう

 ココアを啜りながら、二人の会話を眺める

 

 

「そう言えば、あの日カズ君から連絡来たって言ってたけど、あれから連絡取れた?」

「いや、全く取れてませんね」

「カズくん大丈夫かなー」

 典軸和義。アタシと同じ3-Bの生徒

 運動部に入っていない癖して妙に運動の出来る奴。確か一年の時に陸上部に何度か勧誘されていたのを覚えている

 あんまり積極的に話すような奴じゃなかったけど、白井が何度か教室に呼びに来てたからには二人は仲がよかったはずだ

 

「というか丈槍さんアイツの事知ってたんですね、隣のクラスなのに」

「うん、たまにめぐねえの補習を一緒に受けて答えを見せて貰ったり、考え方を教えて貰ったりしてたからー」

 アイツ、そんなに勉強ができない奴だったか?

 確か他の教科は悪いどころかそれなりにできている方で、国語も普段はそれなりに点数を取れていた記憶があった

 その疑問の答えは、白井がすぐに教えてくれた

「あー……佐倉先生の補習を受ける為に、たまにわざと点数を落としてるって言ってましたね、あのバカは」

「そうなんだー」

 

 先ほどまでの楽しそうな雰囲気とは一変して、いつの間にか由紀は不安そうな顔をしている

「カズくんの事……心配じゃないの?」

「ん? まぁ心配か心配じゃないかって言ったら、特に心配じゃないですね。アイツならなんだかんだとうまくやってるでしょう」

「どうして、心配じゃないの?」

 震えるような由紀の問いに、白井はただ一言で告げた

「信頼してますから」

 

 

 楽しそうに笑う白井とは対照的に、由紀はどこか覚悟を決めた目をしている

「……ねえ、葵くん」

「はい、どうしました?」

「カズくんの事、信頼してるって言ったよね」

「ええ、言いましたね」

 カップに口をつけながら、白井は言葉を返した

「わたし達の事は、信頼できない?」

 

 

 白井が動きを止める

 アタシも、なぜ由紀がいきなりそんな事を言い出したのか理解ができなかった

「……いきなりどうしたんですか? 勿論信用してますとも」

 白井は困ったような顔をしている

 それでも、由紀の言葉は続く

「なんていうか……葵くん、わたし達に対してよそよそしい気がするんだよ。気を使っているっていうか、距離を取ってるっていうか、壁を作っているっていうか……」

 

 ……白井は、黙ったままだ

 由紀の告白は、続く

「わたしは、葵くんの事友達だと思ってる。でも、わたしは葵くんの事を何も知らない。このままじゃいつか取り返しのつかない事になっちゃう気がする」

 その言葉は、アタシが考えていた事と同じものだと気づいて

「だから、葵くんの事をもっと知らなきゃいけないと思う。葵くんに友達だって、思って貰えるように」

 

 

 

 ──静寂が、部屋を包む

 正直、驚いた。由紀がこんな事を考えていたなんて思いもしなかった

 数秒ほどの沈黙の後、白井が観念したかの様に口を開く

「……わかりました。ここまで言われてその思いを無下にするのは、あまりにも不誠実でしょう」

 由紀の顔がパアッと明るくなり、目を輝かせる

 

「貴女が歩み寄ろうとしてくれた様に、僕もまた歩み寄る努力をしましょう」

正直女性ばかりで居辛かったのも事実ですし、と付け足すように白井は呟く

「じゃあ!」

「ええ、改めてよろしくお願いします。丈槍さん」

 二人が握手を交わす

「やった! それじゃあわたしの事、由紀って呼んで? くるみちゃんみたいにさ」

 

 その言葉に固まった白井は、物凄く複雑そうな顔をしている

 ……なにやら、面白い展開になってきた

「……由紀さん」

「由・紀! あとそのよそよそしい言葉遣いも禁止!」

 白井が、由紀に圧されている

 珍しい光景だ。見ていてとても面白い

「……由紀ちゃん。言葉遣いに関しては努力します」

「……まぁ今はそれでいっか!」

 

 笑顔の由紀に、複雑な表情を浮かべる白井。どうやら相当恥ずかしいらしい

 その様を思わずニヤニヤしながら眺めていると、その事に気が付いたのかこちらを半ば睨む様に見てくる

「……恵飛須沢さん、なんですかその顔は」

「んー? いや、面白いなと思って? あとアタシの事はくるみちゃんって呼んでくれないのか?」

 由紀の時と同じような表情を返され、それをアタシはまたニヤニヤしながら眺める

 

「……くるみちゃん」

「はい、よくできました」

 手を軽くぱちぱちと叩きからかう様に言葉を口にする

 白井は机に突っ伏せ、呪詛の様な言葉を吐き始めた

 どうやら相当精神にダメージを負ったらしい

 

「それじゃあ、わたしはもう寝るねー! くるみちゃんも行こっ!」

 由紀は目的を果たしたらしく、もう寝るらしい

 だが、私の目的はまだ終わってない

「悪ぃ由紀、先に行っててくれ。アタシはまだ眠くないからさ」

「……そっか、じゃあおやすみ! また明日!」

 突っ伏したままの白井の、おやすみなさい由紀ちゃん。という言葉を聞きながら由紀は部屋から出ていく

 

 

「……それで、()()()()()()はまだ眠れないんですか? こんな状態でよければ話し相手にはなりますけど」

 くるみちゃんの部分をやたら強調してくる。……随分と根に持ってるな?

「やたら根に持ってるなー?」

「そりゃそうですよ、そもそも僕他人と関わるの得意じゃないですし好きじゃないですし。胃に穴が開きそうです」

 いつかはやらなきゃいけない事だと解ってたんですけどねー、と突っ伏したまま白井は呟く

 そんな白井を見ながら、アタシはここに来た目的を果たすために、口を開く

「それで、ここに残ったのは白井に聞きたいことがあってさ」

「聞きたいこと? わかる範囲でならお答えしますけど」

 

 アタシの為にも、めぐねえの為にも、なによりアタシ達がコイツと生きていく為にも。聞かなきゃならない

 小さく息を吸い、決意を固める

「……なんであの時、あんなに楽しそうだったんだ?」

「あの時……?」

 思い当たる節がないらしい白井は、首を捻っている

 ……本当に、素だったのか

「その……あれだよ、三階を制圧した時とか購買部に行く時とか。アイツらを殺してる時に随分と楽しそうだっただろ?」

「え、あの時笑ったりしてました?」

恥ずかしいなー、と白井はからからと笑う

「なんで、そんなに平気で居られるんだ? アイツらの中にはお前のクラスメイトや友達だって居たかもしれないのに」

「え? あぁなんだ、そんな事ですか」

 

 そんな事? そんな事だって?

 一緒に過ごしていたクラスメイトや友達を殺す事を、そんな事だって?

「別に僕は他人が生きてようが死んでようが気にしないですからね、それに友人なんてそれこそアイツくらいしか居なかったですし」

 確かに返り血とか中身が色々見えかけるのは中々気持ち悪いですけどねー、と笑う

「まぁなんだかんだとそこそこ楽しんでたのは事実ですかねぇ、ゾンビ物とかのゲームも割と好きでしたし」

 

 

「……じゃあ、なんであの日めぐねえや由紀を助けたんだ? 助ける理由なんてなかっただろ」

「ん? まぁ補修で残ってるのを知ってて見殺しにするのも後味が悪かったので。カズの奴から女性には優しくしろって言われてますしねー」

 だらけながら、なんて事もない様に白井は話す

 クラスメートや同じ学校の人間を躊躇いなく殺す癖して、アタシ達の事はやたらと気にかけてくれるのはつまりは典軸の奴のおかげなのだろう

 ……いい事か悪い事かはともかくとして、コイツの事は少し知る事が出来た

 

「……そっか、ありがとな。じゃあアタシももう寝るよ」

「はいはい、おやすみなさい。くるみちゃん」

「おうおやすみ、葵」

 そう告げ、資料室へと戻って布団に潜る

 

 

 アイツの考えを、少しは知ることが出来た。こうやって少しずつ、アイツの事を知っていけばいい

 一緒に生きていく内に、少しずつ知っていけばいい

 決意を胸に、瞼を閉じる



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.そと

きらファンを始めたので初投稿です


 夜の一件以降、特に何事もなく朝を迎える

 夜中に窓から見えた奴らはむしろ明るい時より少なく見えた程で、何か法則性があるのだろうかと考える程だった

(もしかしたら夜の見張りも必要ないかもなぁ、もう数日様子見て大丈夫そうだったら皆に伝えるか)

 そんな事を考えながら窓から朝日を眺めていると、誰かが部屋へと入ってくる

 

「お疲れ様、大丈夫だった?」

 どうやら一番最初に起きてきたのはりーさんだ

 一昨日の朝も一番最初に起きていたし、早起きだったりするのだろうか

 

「おはようございます、りーさん。特に何事もなかったです」

 目を丸くして驚いたような表情をするが、すぐに穏やかな笑みに変わる

 ……やっぱり、慣れない内は恥ずかしい

 

「ええ、おはよう葵君。由紀ちゃんとお話ししたのね?」

「……りーさんの差し金でしたか。由紀ちゃんには圧し切られるし、くるみちゃんには揶揄われるしで、大変だったんですからね?」

 責める様な物言いに、彼女はくすくすと微笑む

 

「差し金、って程じゃないのよ? 由紀ちゃんに葵君ともっと仲良くなりたいって相談されただけ」

「そうですか……いえ、いつかやらなければならない事だと解ってはいたのですが」

 他愛もない話をしながら時間を過ごしていると、廊下から騒がしい声が聞こえる

 そろそろ皆起きだした頃だろうか

「さて、それじゃあ食事の準備でもしましょうか」

「ええ、そうね」

 

 

 

「今日は、お掃除の日にしましょうか」

 食事中に、佐倉先生からそんな提案をされた

 確かに、いつまでも廊下とかが汚れたままなのもどうかとは思う

「いいんじゃないですか? いつまでも廊下とかがあの様っていうのもどうかとは思いますし」

「食糧も一先ず大丈夫そうだしな。いいんじゃね?」

 由紀ちゃんとりーさんも頷いて同意している。今日一日を使って掃除や整理をするのも悪くないかもしれない

 

「あ、そういえば皆に伝えておきたい事があるので、食事後にでもいいですかね?」

 一昨日言い損ねた事を思い出す。この件に関してはなるべく早く共有しておくべきだろう

「あら、今でもいいのよ?」

「いえ、食事中にする話でもないので。とりあえず食べてしまいましょう」

 佐倉先生の言葉もありがたいが、こういった話を食事中にするのはあまりよくない

 なにしろ、そう明るい話でもないのだから

 

 

 

「それで、話しておきたい事についてなんですが……」

 食事が終わった後、皆がテーブルについている事を確認してから話を始める

 

「こちらの生活がある程度落ち着いてからでいいので、物資の調達は外を優先した方がいいかもしれません」

「つってもまだ食糧には余裕あるんだろ? そんなに急ぐ必要はないんじゃないか?」

 くるみちゃんの言葉も尤もだが、この学校には食糧こそあるもののその食糧もそう長くはもたず、何より食糧以外の物資が圧倒的に足りない。その旨を話す

 食糧に関してはマニュアルに書かれていた地下の保管物資があるが、その事は現状皆には知らせる事はできない。現状では実質無い様なものだ

 いつ救助が来るか、そもそも救助が来るかどうかすらもわからない以上、物資の貯蔵は多くあった方が良い

 

「……そうね、流石に換えのお洋服とかも欲しいものね」

 りーさんの言葉に、他の三人もわずかに同意を示す

 女性にとっては、ある意味死活問題だろう

 

「飽く迄もこちらの生活が落ち着いてから、です。物資が枯渇した場合にどこに求める事になるかと言えば当然学校の外になる訳で、外の物資と言うものは基本的に他の生存者との競争です」

 競争になるのは他の生存者が存在していれば、の話ですが。と付け加える

 

 他の生存者がいれば外の物資もいつまであるかわからない。根こそぎ持って行ってしまわれればそれで終わりだ

「なにも今日明日に取りに行こうという話ではなく、何度も言う様ですが落ち着いてからの話です。外の情報がない内は迂闊に外に出る訳にもいきませんし」

 

 

「とにかく、いずれは外に取りに行く必要があるという事を伝えておきたかっただけです。それじゃあ、掃除を始めましょうか」

 話を終え、席を立つ

 とにかく外の情報がない事には始まらない。奴らの習性を含めて、まだまだ情報が足りないと言っていいかもしれない

(情報を集めに外に出る必要があるかもなー、佐倉先生の車でも借りられないかな)

 掃除を始める為に、廊下へと出る

 

 

 

「……それで、外の情報はどうやって知るつもりなの?」

 廊下を掃除していると、モップを片手にりーさんが小声で話しかけてくる

 周りには廊下の端に由紀ちゃんが見えるくらいなので、そこまで小声で話す事もないと思うのだが

 

「んー、カズが合流してきてくれればそれである程度は解決するんですけどね。多分今まで合流して来てないってことは、情報やら物資やら集めてから合流する為に外に居るんでしょうし」

 アイツがいの一番に合流して来ないという事は、つまりそういう事なのだろう

 長年の付き添いのおかげでアイツの考えはよく理解している

 

「まぁ数日待って合流して来なかったら適当に車でも借りて、ひとっ走り物資集めついでに一人で外行ってこようかと」

「一人じゃ危ないじゃないっ!」

 りーさんが声を荒らげる。心配してくれているのだろうか

「そうは言っても、くるみちゃんを連れていく訳にはいきませんから。一人の方が身軽でいいくらいですよ。それに万が一アイツが合流してこなかったら、の話です」

 

 そう返したものの、彼女はまだ納得できない様で何かを言いかけている

 その言葉を聞く前に、勢いよくぶつかってきた何かによって突き飛ばされた

 

「痛っ!」

「葵君っ、大丈夫っ!?」

 響いたのは由紀ちゃんの驚いたような声と、りーさんの心配するような声

 ぶつかってきたのは、さっきまで廊下の端に居た由紀ちゃんの様だ

 

「あぁ、僕は大丈夫です。由紀ちゃんの方は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫ー」

 どうやら怪我はない様でなによりだ

 元気な事はなによりだが、走る時には前くらいはちゃんと見て欲しい

「気を付けてくださいね? 僕はともかくとして他の人にぶつかったりしたら危ないですから」

「うん、ごみん……」

 

「由紀ちゃん……?」

 声の方へと振り向くと、そこには笑顔のりーさんが居た

 ……笑顔とはいったものの、その目は全く笑っていない

「廊下を走っちゃ……ダ メ で し ょ う?」

 自分が怒られている訳ではないにも関わらず、正直かなり怖い

 由紀ちゃんも、腰が引けている

 

 

 その後、十分ほどりーさんによるお説教を受けた後に由紀ちゃんは解放された

 お説教中にちらちらと助けを求める様な目を向けられたが、あの状態のりーさんには正直近寄りたくなかった。ごめん、由紀ちゃん

 

 

 

 結局掃除には一日中かかったものの、三階はそれなりに綺麗になった

 食事の為に再び生徒会室に集まり、今日の夜の相談をする

「んじゃ、今日はあたしが見張りをするよ。めぐねえと葵はもうやったしな」

「ええ、ありがとうございます。どうも夜は奴らが少ない様ですので、あと数日したら見張りもいらないかもしれません」

「そういえば、一昨日の夜に窓から校庭を見た時も少なかった様な・・・・・・」

 佐倉先生は思い出したかの様に呟き、他の三人は意外そうな顔をしている

 

「だとしたら、どこに行ったのかしら……」

「みんな、お家に帰ってるとか?」

 呟くようなりーさんの声に返したのは、由紀ちゃんの声

 ……その発想はなかった。他の皆も由紀ちゃんの方を一斉に向く

「……いや、そんな事があり得んのか? いくらここが学校っつってもさ」

「案外あり得るかもしれませんよ? 少なくとも夜に消えて、朝には帰ってきてる訳ですからね」

 食事中の分析は、続いていく

 

 

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 ……確かに葵とめぐねえの言う通り、アイツらの数は少ない

 皆が寝静まった後に窓から校庭を見下ろしながら、その事実を確認する

 

 アイツらはどこに行ったんだ? なぜ夜には居ないのに朝になったら現れる?

 本当に由紀の言う通り家に帰っているとでも言うのか?

 

 

 窓から校庭を見下ろし、アイツらを観察していると車の走る音が聞こえる

 見れば、校門から車が一台入っていていた

 ――他の生存者がいたのか

 

「……ッ!」

 反射的に資料室へと走る

 車の中の奴らが友好的とも限らない。万が一の準備は整えて置いたほうが良い

 

 

 相も変わらず由紀達から離れて寝ている葵を揺すり起こし、他の三人を起こさない様に小声で呼びかける

「葵っ! 起きろ!」

「……どうしたんですかそんなに慌てて、何が問題でも?」

 数秒の後、葵は眠そうに目を擦りながら体を起こす

 ……本当に寝起きが悪いなコイツは

「生存者だ!校門から車で入って来た!」

 そう呼びかけるとさっきまでの眠そうな雰囲気は霧散し、真剣な表情で問いかけてくる

 

「数は?」

「いや、車で入って来たのを見ただけだから正確な数はわかんねえ。ただ車の大きさからして、居ても四ってとこだ」

「四ですか……追い返すには厳しいですね」

 そう呟きながら、葵は窓から校庭を観察している

 

「……ん? もしかしてその車ってあの黒いやつですか?」

「え? ああ、そうだけど」

 葵は校庭を見ながら何やら拍子抜けした様な表情をしている。……何かわかったのか?

「あー、アレ多分カズんとこの車ですね。恐らくカズが合流しに来たんでしょう」

 

 緊張して損したー、と呟く葵

 アイツが本当に生きていて、合流しに来た?

「ま、多分アレに関しては警戒しなくても大丈夫でしょう。一応迎えに行ってやりますかー」

 そう言いながらシャベルを手に取り、葵は資料室を出て行く

 アタシは半ば呆気に取られながらも、それに続く

 

 

 部屋を出ると、バリケードを乗り越える様な音が廊下に響いている

 一応警戒しながらも、音の方へと近づく。・・・・・・葵は全くと言っていい程警戒していないが

 眼を凝らせば、一人分の人影。リュックを背負った、体格からして若い男

 その人影を視認して、葵は当然の如く呼びかける

 

「おっすカズ、久しぶり」

 人影はその声に反応して、嬉しそうに声を返しながら近づいてくる

「おう葵! やっとこさ合流出来たわ」

 その人影──典軸 和義は、こちらに手を振った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.さいかい

 カズを迎え入れ、職員室へ入る

 くるみちゃんにはカズと話があるから見張りを交代すると伝えたが

「いや、いい。元々アタシの仕事だしな」

 と断られてしまった

 

 

「んで、なんか情報集めてきてくれたんだろ? お前の事だし」

 俺・カズ・くるみちゃんの三人でテーブルを囲みながらカズに問いかける

 どうせコイツが早々に合流しなかったって事は、情報なり物資なりを集めてたんだろう

 

「モチのロン、そこまでって程じゃねえけど外の情報と物資を集めてきた。物資はこれを除けば車ん中だけどな」

 そう言いながらカズは自信たっぷりに、背負っていたリュックを開ける。中身は殆ど保存食の類だった

 

「ナイス、正直こっちも食糧事情はそう芳しくないから外からの食糧はありがたいわ。物資っつー事は工具類とかもか?」

「釘とかそこら辺の、バリケードに必要そうなもんならそこそこ持ってきてるぜ?」

 カズは校庭を親指で指しながら、笑って答える

 思った以上に必要そうな物を集めてきてくれたらしい

 これなら、しばらくは外に出なくても大丈夫か?

 

 

「で、外の状況の方は? 生存者はどんくらい居る?」

「生きてる奴はここ数日で目に見えて減ったなー、一昨日辺りはちらほら街中で人を見たけど今日なんざ殆ど見ねーの。まぁ人目避けてたっつーのもあんだろうけどさ」

 

 予想以上に、随分と人は減っているらしい。どちらかと言えば都合はいい方か

 生存者が減っていれば外に急いで物資を取りに行く必要もない

「どっちかっつーとアレだ、ガラの悪い奴をちらほら見た事の方が問題だわ。まぁ防犯ブザー近くに投げ込んでおいたから始末できたとは思うけど」

 ……やっぱり治安の悪化の方が問題か。それにしても、防犯ブザー?

 

「防犯ブザー? アイツら音に反応すんのか?」

「あぁ、するする。音と光の方にわんさか寄ってくのな、アイツら。何度か検証したからある程度確実性はあるぜ?」

 一回夜中に出た時頭にライト付けてて死にかけたわ、とカズはけらけらと笑う

 音に、光。となると夜に行動するのにもリスクを伴うのか

「オッケー、ある程度は把握した。そんでこっちの状況なんだが──」

 

 

 

「……成程、確かに同様のものはこっちでも確認してた。家に帰ってるっつーのは強ち間違いじゃないかもな」

 こちらの状況を凡そ共有し終え、奴らの習性の話へと戻る

 どうやらコイツも同じ様なモノを見てきたらしい

 

「俺達が通ってた小学校あっただろ? 目と鼻の先にあっから何んとなしに観察してたら、朝にわらわらと学校の中に集まりだして夕方になったら出てってたんだわ」

 見た目小学生くらいの奴らがな、とカズは付け加える

 小学校に小学生が集まり、この高校には同年代くらいの奴らが集まる

 朝には集まり、夕方あるいは夜には帰る

 それじゃあ、まるで

 

「……生前の行動をなぞってるとでも?」

「そう、それなんだよなー。この学校には小学生の奴らとか来てないんだろ?」

 確かに、見た事はない

 ただ探索不足なだけかもしれないが、少なくとも屋上や窓から観察していた分には、見た事がない

 ……この予測が正しいとするのなら、ある程度奴らの習性が見えてきたかもしれない

 

 

「ま、何はともあれこっちは平和そうで何よりだわ」

「なんだかんだ設備があって安定してるしなー、……それで、さっきからずっと黙りっぱなしですけど大丈夫ですか? くるみちゃん」

 この部屋に入ってから、彼女はずっと黙ったままだ

 視界の端でカズが物凄く驚いたような顔をしているが、無視だ無視

 

「……いや、大丈夫。本当に仲いいんだな、お前ら」

「え? まぁ、なんだかんだと昔からの付き合いですからね」

「……そっか」 

 くるみちゃんはどこか悲しそうだ。……なんでだ?

 

 

「んじゃ、夜の内に車の物資回収しちまうか。カズ、行くぞ」

「おうよー」

 物資を回収するなら奴らの数が少ない夜の内にしておいた方がいい

 そう考え、シャベルを持ち椅子から腰を上げる

 

「……アタシも行く」

「え? いや、でも……危ないですよ? 明かりを使うとはいえ、周り真っ暗ですし」

 念の為懐中電灯を持っていくが、辺りは真っ暗だ

 もし、死角から出てきた奴らにくるみちゃんが噛まれました。なんて由紀ちゃん達にどう説明すればいいか

 

「それは葵達だって一緒だろ? ……それに、葵は一人でやろうとしすぎだ。たまにはアタシ達を頼ってくれ」

 どこか寂しそうな顔をしながら、彼女はそう言って譲らない

 カズの方を見やり、無言で助けを求める

「……まあ、人手が増える分にはいいんじゃね?」

 

 

 

 ──結局、三人で物資の回収をする流れになった

 正直彼女を危険に晒すのにはあまり賛成できなかったが、彼女の意思は固く、説得はできなかった

 周囲を警戒しながら、中央のバリケードを乗り越える

 

「夜には殆ど居ないとは言っても、全く居ないわけじゃない。三人で死角をカバーしながら行くぞ」

 小声で語るカズの言葉に、頷く

 この階段が玄関ホールまで一番近く、車が玄関のすぐ近くに停められているとはいっても、油断はできない

 

「ところで、物資ってどんくらいあるんだ?」

 階段を駆け下りながら、奴らに反応されない様小声でカズに問いかける

「んあ? あー、トランクと後部座席に一杯。このメンバーで運べば三往復くらいじゃね?」

 ……予想していたよりも、随分と多かった

 嬉しい事には嬉しいが、三往復もするのかと少しげんなりする

 

 

 階段を降り切り、玄関ホールへと辿り着く

 背後を警戒しているとカズが立ち止まり、口を開く

「……ストップ。ライト消せ」

 その言葉を聞き、ライトを消す

 奴らだろうか

 

「玄関に視認二つ。両廊下は……今の所なし。葵、行けるか?」

「オッケー。くるみちゃんは廊下側の警戒をお願いします」

 くるみちゃんが頷くのを確認し、カズに目配せをして同時に駆け出す

 奴らがやっと気づいた様だが、もう遅い

 

 シャベルを振り抜くと同時に、カズも手にしていた長柄のバールを頭に叩きつける

 頭から血を吹き出し、奴らは床へと倒れる

 廊下を警戒しているくるみちゃん側も、特に何事もなさそうだ

 

「……よし、排除完了。玄関外にも姿は無し」

 カズの言葉を聞き、ライトを点ける。目的の車はすぐそこだ

 くるみちゃんに手招きをしながら、扉を開け外へと出る

 

 

 

「……うわ、随分と集めてきたな」

 くるみちゃんが思わずそう漏らす程、物資の量は多かった

 軽自動車とは言えトランクと後部座席に殆ど満載。本当に三往復で足りるのだろうか

 

「んじゃカズ、念のため警戒頼む」

「あいよー、でもなるべくさっさとしてくれ」

 くるみちゃんと共に物資をリュックへと詰め、あるいは既にリュックへと入っていた荷物を背負う

 

「ふんっ!」

 気合の入った掛け声に反応して隣を見ると、くるみちゃんがリュックを背負っていた

 荷物満杯のリュックを、二つも同時に

「えぇ……?」

 思わず声を漏らす。周りを警戒していたカズも、信じられない物を見た様な目をしている

 

「え、くるみちゃんそれ大丈夫なんですか? 動けないとかないですよね?」

「全然問題なし! ほら、見張り代わるから典軸も早くしろー」

 彼女は何てこともないかの様にカズに声をかけ、見張りを交代する

 その声に反応したカズは、既に物資が満杯になっていたリュックを一つ背負い、バールを構え直す

 

「んじゃ戻るか。奴らと遭遇するのは無いとは思うが一応警戒してけよー」

 カズの声に、二人で頷く

 

 

 行き際に玄関の奴らを倒したおかげか、帰り際に奴らと出会う事もなく安全圏へと到達する

 その後、往復時にも一,二度光に引き寄せられた奴らに遭遇する程度で、大した問題はなく物資の運搬は完了した

 

 

 

「あー、終わった終わった! 葵も恵飛須沢も、ありがとな!」

 一先ず物資を全て生徒会室へと運び終える

 物資の確認は、明日全員起きてからすればいいだろう

 

「おう、カズもお疲れ。仮眠取るなら俺の布団使っていいぞ」

「そーするわ。流石に寝ないと明日に響きそうでなー」

 背伸びと欠伸をしながら、カズは立ち上がる

「女性陣から離れた奴が俺の布団だから、まぁ朝までなら使え。明日からは流石に自分の見つけて使えよ?」

 おうよー、と言いながらカズは教室から出ていく

 生徒会室に残ったのは、二人だけになった

 

「……それで、くるみちゃんも仮眠取りに行っていいですよ? 大した時間はないですけど、ここからは僕が引き受けるので」

 無駄だとは思いつつも、彼女に声をかける

 二人で見張りをするくらいなら、少しの時間でも睡眠を取ってもらった方が幾分かマシだろう

 

「……いや、いい。さっきも言ったけど、今日の見張りはアタシの役目だ」

「……そうですか」

 やはりそう言って、彼女は譲らない

 部屋を出る為、扉に手をかける

「電気、消しておきますよ?」

 頷く彼女を確認して電気を消し、部屋を出る

 ……職員室で時間でも潰そうか

 

 

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 電気が消え、月の光だけが部屋を照らしている

 そんな中で昨日の夜の由紀の言葉を、思い出す

 葵に対して言っていた言葉だ

 

(なんていうか……葵君、私たちに対してよそよそしい気がするんだよ。気を使っているっていうか、距離を取ってるっていうか、壁を作っているっていうか……)

 

 

 やっぱり、アイツとアタシ達の間には、まだまだ壁があるんだろう

 アイツと典軸のやりとりを見ていて、それを確信した

 

 

 アイツは、一人で無理をしすぎるきらいがある

 ……いや、正確にはアタシ達に無茶をさせるのを許容できないのだろうか

 典軸に対しては即座に巻き込んでいく辺り、その事が伺える

 

 一緒に生活しているとは言え、まともに会話をし始めてから数日のアタシ達と、幼い頃からの関係である典軸とを比べるのがおかしいのかもしれない

 そもそもアイツとアタシ達は性別も違っていて、同じ男の典軸と比べるのがおかしいのかもしれない

 それでもアタシも由紀も、……恐らくりーさんも、出会ったばかりだけどアイツの事は友達だと思っていて

 

 

「少しくらいは、頼ってくれねえかなぁ……」

 呟くように口から漏れる言葉

 その言葉は闇に消え、届かない



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.ねがい

今回は短めです


Side:佐倉慈

 

「……と言う事で、カズの奴が合流してきたんで仲良くしてやってください」

 

 目覚めた私達のもとに飛び込んできたのは、喜ばしいニュースだった

 典軸和義君、3-Bの男子生徒。彼が生きていた

 偶に補修を一緒に受けていて彼と親しかった丈槍さんは、嬉しそうにタッチを交わしている

 

 彼は多くの物資と、わずかながらも外の情報を持ってきてくれていた

 物資の中には大量の食糧は勿論、バリケードを作るのに役立つ工具類も含まれていて

 物資の管理を担当している若狭さんも明るい表情をしている

 

「それでですね、コイツが物資を大量に持って来てくれたんでなんと今日の朝食は……」

「カレーよ!」

 白井君の言葉に被せる様に、若狭さんが今日のメニューを発表した

 久しぶりの保存食以外の食事だ。皆も喜んでいる

 

 

 賑やかに食事は進む

 人数が一人増えたというのもあるが、それ以上に乾パン以外の食事と言うのが大きいのだろう

「今日は奮発しておかわりもありますから、好きなだけ食べてくださいねー」

「やったー! りーさんおかわりー!」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

 微笑ましい光景だ。もう終わってしまった世界だけれど、せめてこんな日々をずっと続けていけたらいい

 その為なら、私はどんな事だってする

 私は、この子達の教師なのだから

 

 

 

「それで、今日の予定はどうします? 購買部側の制圧にでも行きましょうか?」

 食事を終え、今日の予定を決める時間になる

「あー、アタシはそれでも構わないけど。どうする? めぐねえ」

 俺も大丈夫ですよー、と典軸君の声も聞こえた

 確かに、それも選択肢の一つなのだろう

 購買部と学食付近を制圧してしまえば、食糧を取りに行く時の危険はなくなる

 ──それでも

 

「食糧はいっぱいあるから、今日は一日自由時間にしてそれは明日にしない?」

「ん、わかったー」

 それでも、合流してきたばかりの生徒が居るというのに、彼をすぐに危険に晒すのには躊躇いを感じる

 それに今日はとてもいい天気だ。こんな日くらいは遊んでも罰は当たらないだろう

 

 

 

「あ、佐倉先生。ちょっといいですか?」

 部屋を出て職員室へと向かう私に、周りを伺いながら白井君が小さく声をかけてくる

 確か彼はさっきまで若狭さん達と一緒に物資の確認をしていたはず。……何の用事だろう?

「どうしたの? 白井君」

「……いや、カズの奴にもアレの事共有しとこうかと思ってですね」

 アレ。アレとはつまり、三日前の夜に見た

 

 ──鼓動が早くなる。書かれていた内容を思わず思いだし、わずかに吐き気まで覚えた

 今、アレの存在を知っているのは私と彼だけで

 そんな中、典軸君まで巻き込む必要があるのだろうか

 

「……先生は、典軸君まで巻き込む必要はないと思います」

「まあ、先生ならそう言うと思いましたけど」

 彼はどこか予想していた様に苦笑いをしていて

「……正直、もう皆に話してもいいとは思いますけどねえ、僕は。少しずつとは言え生活も安定してきましたし」

 

 

 ──ダメだ。事件があってまだ間もないのに、彼女達に余計な負担をかける訳にはいかない

 皆に話すのならば、もっと皆の心に余裕を持てる時で無ければ

「わかりました、わかりましたよ。だからそんな落ち込んだ様な顔しないでください」

 せっかくの美人が台無しです。と言って彼は困ったように笑う

 そんなに、顔に出ていただろうか

 

「皆にはまだ隠しておくにしても、アイツには話しておきたいです。……アイツなら、僕と一緒で多分大丈夫ですから」

 

 

 

 ──結局、彼に押し切られて了承してしまった

 典軸君もまた護るべき生徒だというのに、この重荷を背負わせてしまう

 私だけが背負うべきものを、背負わせてしまう

 

Side out

 

 

 

 りーさん達と一緒に物資の確認を終え、整頓も終えた

 由紀ちゃんとくるみちゃんは屋上へと遊びに行っていて、向かいに居るりーさんは帳簿に物資の詳細を書いている

 残りのカズも昼寝をする為に資料室に移ってしまっている。どうしたものか

 

 ──ふと、購買部から持ってきた折り紙へと、目が留まる

 手のひらサイズの、小さな折り紙用紙。暇つぶしになるかと思い持ってきたはいいが、誰も使っていなかったものだ

 丁度いい。これで何か作る事にしよう

 

 さて、何を作ったものだろうか

 折り紙をしようと手に取ったはいいものの、普段折り紙なんてものをしないせいで碌に折れるものはない

 

 そこまで考え、昔よく一緒に遊んだ、ある少女の言葉を思い出した

 ──アレは確か、そう

 

 

「──あら葵君、鶴を折ってるの?」

 記憶の底から鶴の折り方を思い出しながら悪戦苦闘している間に、りーさんが形になっていない鶴を覗き込んでいた

 どうやら物資の記入も終わっていたようで、帳簿はいつの間にか閉じられている

 

「昔の知り合いが言っていた事を思い出したので、千羽鶴でも折ってみようかと」

「千羽鶴……?」

「ええ、千羽鶴です。りーさんもどうです?」

 彼女に用紙を手渡す。彼女ならば、恐らく自分よりもずっとうまく折れるだろう

 

 予想通り、彼女は手際よく折り鶴を作り上げ、机の上へと置いた

 自分の作った不格好な鶴と、綺麗な形の鶴が並ぶ

「久しぶりに作ると、意外と楽しいわね」

 楽しそうな顔をしながら、二枚目の用紙へと手が伸びる彼女。それを制止する

「っと、待ってください」

「どうしたの? 千羽鶴、折るんでしょう?」

 

 

「一日に折るのは一羽だけです。次はまた明日と言う事で」

「……え? でも、それって」

 彼女は困惑した表情をしている。それもある意味当然なのだろう

「一日一羽を毎日欠かさずに折るとして、千羽できるまではおおよそ二年と九ヶ月弱。随分とまぁ気の長い話ではあると僕も思いますけどね」

 そう言いながらも、あの少女の言葉を思い出す

 

 ──これは祈りなのだと、あの少女は言っていた

 一日一日を少しずつ歩み、願いへと近づいていく魔法なのだと、あの少女は言っていた

 こんな世界で、未来の保証など何一つないが

「でもまぁ、いずれは完成するんです。気長に行きましょう、気長にね」

 

 

「……葵君は、本当にそれが完成すると思うの?」

 目の前に視線を向ければ、先ほどまでとは一変した様子の彼女

 言葉を震わせ、俯きながら彼女は問いかける

 その姿は、まるで何かにおびえている様で

「ええ、思いますよ」

「……どうして? 未来の保証なんて、何一つないのに」

「そりゃあ、あれですよ」

 そんな彼女に、ただ自分の考えを告げる

「──皆が居ますからね」

 

 

 

 部屋を、静寂が包む

 あっけにとられていた彼女は、いつの間にかくすくすと笑いだして

「あ、今のセリフ、皆に聞かれたら恥ずかしいんでカットで! カットで!」

 流石に、今のセリフを他の誰かに聞かれるのは恥ずかしい

 いや、言ってしまった時点で十分恥ずかしい気もしないでもないが、特にくるみちゃんやカズ辺りは思いっきり煽ってくるに違いない

「ええ、ええ、そうよね。……皆が居れば、大丈夫よね」

 

 安堵したような彼女の呟き。それと同時に、生徒会室の扉が勢いよく開く

 どうやら屋上へと遊びに行っていた二人が帰ってきたらしい

「たっだいまー! って、何してるのー?」

「おかえりなさい二人とも。さっきまで折り紙をしてまして」

 

「折り紙!? 私もやるー!」

「おっ、アタシもアタシも!」

 そう言って、紙飛行機を折り始める二人

「ふっふーん、それじゃあ皆で誰が一番遠くまで飛ぶ飛行機を作れるか競争だー!」

「お、じゃあ僕も混ざりますかね」

 

 

 

「……ん? なーにやってんだ」

 しばらく紙飛行機を飛ばして遊んでいると、カズもいつの間にか昼寝から目覚めた様で生徒会室へとやって来た

「紙飛行機。カズもやるか?」

「おー、やるやる。久しぶりだな、こういうの」

 

 ──生徒会室は、喧騒に包まれる

 あまりにもありきたりな、日常の一幕

 こんな日常が、いつまでも続いて行けばいい



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.ちかしつ

Side:佐倉慈

 

 夜は更けていく。もう皆が寝付いてから数時間が経った

 あれほど晴れていた空なのに、月は既に雲に隠れて見えなくなってしまっている

 部屋には、パラパラと冊子を捲る音だけが響く

 

 音の発生源である典軸君を見つめる

 隣に今も座っている白井君は大丈夫と言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか

 日常を奪った原因がここにあって、何も思わないだなんて事があり得るのだろうか

 

 

 冊子を閉じ、彼が口を開く──

 

Side out

 

 

「見張り、もう要らないかもな」

 食事の時間も終わり、窓から外を眺めながらくるみちゃんが呟く

 昨日とは打って変わって空は雲に覆われている。洗濯物に困るから雨が降らなければいいのだが

 

 確かに夜間はここ数日何事もなく、元々夜には奴らの数は少ない

 そう夜に警戒する必要もなかったのかもしれない

「そうね、朝になったらバリケードの見回りをするくらいでいいんじゃないかしら?」

「まー、夜にはアイツらも殆ど居ないしなー」

 洗い物をしているりーさんと机でだらけているカズもそれに同意している

 

 

「それじゃあ、今日は予定通り学食やらの制圧済ませちゃいますか」

 まだ備蓄は多いとは言え、安全に食糧を確保できる事に越したことはないだろう

 学食側が確保出来れば、地下の避難区画とやらにも近い。昨夜情報を伝えたカズと共に一度確認しに行くのもいいかもしれない

 

「やるなら早めの方がいいよな? 昨日言ってたみたいにアイツらが生前の行動をしてるってんなら、昼には学食混むだろ」

 彼女の言葉に皆も頷いている

 学食を埋め尽くさんばかりの数を相手にするのは、流石に考えたくもない

「既にそこそこの数は登校してきてるとは思いますけど、やっぱり混む前の方がいいですよねえ」

「んじゃ、俺と葵と恵飛須沢の三人か? 出んのは」

「そだな、りーさん達はバリケードの準備を頼む」

 

「……気を付けてね?三人とも」

「わぁーってるって」

 りーさんの言葉に、彼女は快活に笑う

 

 

 

 バリケードを乗り越え、安全圏の外へと出る

 廊下は薄暗いが、廊下に見える奴らの姿はまだそう多くはない

「流石にこの面子なら大丈夫だとは思いますけど、万一がないように慎重にいきましょう」

 二人が頷くのを確認し、厨房へと突入する

 

 厨房の中には、奴らが三体。この数なら問題なく処理できるだろう

 目配せをして、同時に駆け出す

 

 

「……うっわぁ」

 厨房の処理を終え食堂への扉を開けると、そこには少なくない数の奴らがひしめいていた

 二十……いや、三十はいるだろうか

 食堂自体は広い為そう多くは見えないが、数としてはやはり多い

「……どうする、これ?」

「どうするって言われましてもね……音で誘導するなりして少しずつ倒していくしか」

 彼女の懸念は尤もだが、ここを取らない事には二階の制圧はできない

「ま、やんなきゃ二階の安全は確保できねーしな。手堅く、かつ素早く行くぞ」

 カズの言葉に頷き、慎重に走り出す

 

 

 

 机の小物を手に取り、投げる

 奴らの気がそちらへと向いた隙をつき、くるみちゃんと共に奴らへと殴りかかる

 やる事こそ単純だが、数が多い分緊張がつき纏う

「これでっ……! 最後っ!」

 彼女のシャベルが奴らの頭へと突き刺さり、食堂には静けさが戻った

「お疲れさん。いい連携だったぜ? とりあえずあっちから入ってきそうな奴らはいねえ」

 出入口と厨房付近を警戒していたカズが、こちらへと歩み寄ってくる

 

「ありがとうございました、くるみちゃん。頼りになります」

「ほんじゃ後は消化試合だろ。さっさと済ませちまうか」

 カズの言う通りここを制圧してしまえば、他の場所の危険はそう多くはない

 安全圏として確保する以上撃ち漏らしは厳禁だが、制圧までそう時間はかからないだろう

 

 

 

「という事で、食堂から中央階段辺りまでは掃除して来ましたー」

 掃除を終え、生徒会室へと辿り着く

 この調子なら、昼前までにはバリケードを築き終えれるだろう

「お疲れ様、三人とも。怪我はありませんか?」

「おっかえりー!」

 佐倉先生と由紀ちゃんが出迎えてくれる。どうやらりーさんは追加の机や椅子を取りに行っている様だ

 

 ……出迎えと同時に由紀ちゃんがくるみちゃんにタックルを仕掛けるも、元陸上部とあってビクともしていない

「っと、危ねえなぁ」

「こら、丈槍さん! 危ないですよ!」

「えへへー」

 

 

 

「……これでよし、っと。これでとりあえずは食糧調達も安全ですね」

 何とか昼前までにバリケード構築を終える。一人でも人手が増えるというのは、やっぱり大きい

「教室側はどーする?」

「明日以降でもいいんじゃないかしら? 一先ず調達時の安全を確保するっていう目的だったでしょ?」

「そうね、先生も明日以降でいいと思います」

「わたしもつかれたー」

 

 確かに元々食糧調達の安全確保が目的だったのだから、今日はこの辺で切り上げても問題ないのかもしれない。自分もそれに同意する

「それじゃ、今日はこの辺で終わりと言う事で。皆でお昼でも食べましょうか」

「わーい!」

 由紀ちゃんが生徒会室へと駆け出し、皆もそれを追う

 

 

「この後は自由時間って事でいいんですかね?」

「ええ、皆頑張ってたから。今日はもうお休みでいいんじゃないかしら?」

 食事も終わり、皆脱力しきっている

 もう今日は何もせず、自由に過ごして良いようだ

「それじゃ僕達は図書室にでも行ってきますね。カズ、行くぞー」

「んぁ? おう」

 カズを引き連れ、廊下へと出る

 

「……んで、なんでわざわざ図書室なんぞに? つーかこっち図書室じゃないだろ」

 三階廊下隅、資料室前。彼女達に万が一にも気付かれない様に移動する

 今回の目的は図書室なんかじゃなく、避難区画の安全確認とワクチンの存在確認だ

「いや、アレ嘘。避難区画の確認に向かう」

「……あー、そういう。りょーかいりょーかい」

 

 

 

 一階、購買部倉庫隅。その奥にある機械室

 マニュアルに記載してあったその場所を、カズと共に確認の為に訪れる

「……開いてんな、パスワードがかかってんじゃなかったのか?」

 カズの言葉通りそこにある扉は既に開け放たれていて、マニュアルに書かれていた状況とは些か異なっていた

「誰かが開けたのかもしれねーな、この場所を知っていた誰かが」

「……例のマニュアルを書いた連中か?」

 それはわからない。わからないが、その可能性は高いだろう

 

 

 昨日の夜、俺と佐倉先生の二人でカズにマニュアルを見せた

 予想通り、アイツは”よし、大体ここに書いてある事は理解した”と言うだけで気にした様子も見せず

 その時の、佐倉先生の呆気に取られたような顔は少し面白かった

 

 “確かこのランダル・コーポレーションってとこ、数ヶ月前にPMCがどうこうって問題になってたよな?”

 カズは、このマニュアルを書いたランダル・コーポレーションが数ヶ月前にニュースになった事を覚えていたらしい

 俺はよく覚えていなかったが、アイツが言うのだったらそうなのだろう

 

 

 改めて、目の前の扉を見やる

 扉横にある電子ロックは既に解除されていて、扉は開け放たれている

 扉の先には、地下へと繋がるであろう階段。明かりがなく、先は見通せない

 

「・・・・・・どーする? 流石にPMC相手は分が悪すぎるぞ?」

 コイツの言う通り、仮に相手が一人だったとしても、銃を持っていれば相対するのには厳しすぎるだろう

 マニュアルの内容からして、相手が友好的であるという可能性は低い

「んー、とりあえず俺が一人で行くわ。万が一、俺になんかあったらお前はそのまま引き返せばいい」

「ランダルのとは別に、奴らが居るかもしんねーぞ?」

「そん時はお前を呼ぶわ。とりあえず行ってくっから、なんかあったら由紀ちゃん達を頼むなー」

 

 

 懐中電灯を片手に、薄暗い階段を降りていく

 階段は思ったよりも長く、踏み外せば痛いどころでは済まなそうだ

 今のところ人の姿も、奴らの姿も見えず。平和そのものだ

 

 何事もなく地下二階──避難区画へと辿りつき、警戒しながらもシャッターを上げる

 避難区画は、特に荒らされた様子もなく、人影一つすら見えない

 

(ここを開けた奴はどこに行った……?)

 わざわざここに来た以上、何かしらの目的があったはずだ

 緊急事態でここに避難しに来たか、食糧を目的に来たか、ワクチンが必要になったか

 物資の棚を一通り見て回るが、どこにも開けられた様子はなく、同様に人の姿もない

 

 

 ……部屋の隅に、1枚の扉を見つけた

 足元を見れば、そこから繋がっている……もといそこに繋がっている血の跡

(……あぁ、成程)

 ここに来た人間が置かれていた状況は、おおよそ予測できた

 警戒しながら、扉を開ける──

 

 

 

「音沙汰ねえから来てみたけど、なんともねーか?」

「おう、書いてあった通り物資は大量にあった。冷蔵室まであったぜ?」

「マジかよ、電気通ってんのか?」

 物資を漁っていると、懐中電灯を揺らしながら階段の方からカズがやってくる

 そういえば呼びに行くのを忘れていた

 

「で、ここを開けた奴は?」

「あ? あぁ、宙ぶらりんな状態になってたぜ? とりあえずここは安全。物資とかは手付かずだ」

「……例外とか発生してねえよな? んじゃワクチンの場所だけ確認したら戻るか」

 

 

 程なくしてワクチンの棚を見つけ、油性ペンで大きく印をつける

 ──これでもし自分達がいなくなっても、彼女達がすぐにこれを見つけられるだろう

「うし、とりあえずこれでいいだろ」

「ほいほい、ほんじゃ戻るか」

 

 階段をのぼりながら、カズが不意に口を開く

「なぁ、これからどうなると思う?」

 これから。これからなんてコイツにしては珍しい事を聞く

 将来の不安なんて何一つ持ってない様な人間だと思っていたのだが

「さぁ? なるようになるだけだろ。いちいち考えてたってしゃーない」

「……ま、そうだな」

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

「おかえりっ! そうだ、葵君とカズ君も一緒に遊ぼー!」

 由紀ちゃんの言葉に出迎えられ、扉をくぐる

 テーブルへと目を向けると、皆が席を囲んでトランプをしていた

 ……随分と、先生が負けこんでいるらしい。若干涙目になっている

 

「お、いいですね。次から混ぜて貰えます?」

「俺も俺もー」

 二人で席に着き、トランプは再開される

 この勝負は、夕食の時間までずっと続いた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.ふあん

Side:若狭悠里

 

 ランタンの頼りない光が、部屋を照らす

 既に皆は寝静まっていて、この部屋には私一人だ

 

 

 ──本当に、助けなんて来るのだろうか

 ──私達は、いつまで生きていられるのだろうか

 ──今までの全てが夢であったなら、どれだけよかっただろう

 

 嫌なことばかりを考えてしまって、寝付けない

 夜になると、暗いことばかりを考えてしまう

 良くない事だとは、わかっている。けれども、どうしようもなく不安になってしまう

 

 

 ──ふと目に留まったのは、三羽の折り鶴。私が折ったものが一つと、葵君が折ったものが二つ

 ……本当に彼は、これを完成させるつもりなのだろうか

 不格好な鶴を手に取り、ゆっくりと眺める

 

 一日一つ折るとして、千羽鶴が出来るまでには文字通り千日かかる

 彼自身も言っていた通り、随分と気の長い話だ

 それだけの時間が経った時、私達はどうなっているのだろう

 

 助けが来て、何事も無かったかのようにどこかで平和に暮らしているのだろうか

 助けなんて来なくて、この学校でまだ暮らしているのだろうか

 それともその頃には皆──

 

 

 首を振って、嫌な考えを頭の中から追い出す

 こういう事はあまり……考えるべきではない

 息を整え、手元に視線を戻す

 

 彼は何の疑いもなく、これがいつか完成するのだと言っていた

 まるで完成するのが当然の事だとでも言う様に、彼は笑っていた

 

 

 私には、未来の事はわからない

 家計簿をつけたって、本当の所は明日の事さえわかりはしない

 こんな世界では未来は不確かで、明日の保証さえありはしない

 なのに彼は、どうしてこんな事ができるのだろうか

 

 ……本当に、皆が居るから大丈夫だなんて、考えているのだろうか?

 考えは、ぐるぐると頭の中を巡るばかりで纏まらない

 

 

 ……ふと気が付くと、廊下から誰かの足音が聞こえる

 他の誰かが起きてきたのだろうか

「おや、りーさんも眠れないんですか?」

 扉が開けば、そこには彼が立っていて

「……あおい、君」

「はい、そうですよ?」

 彼は、静かに笑った

 

 

 

 月明かりも差さない部屋を、静寂が支配する

 彼がこの部屋に来てから、どれほどの時間が経っただろか

 向かいに座る彼は、何も言わずにココアの入ったカップを傾けていて

 かく言う私も、彼に何の話題も切り出せずにいた

 

 沈黙は、嫌いではない。嫌いではないが

 このままでは、暗いものが私の中から漏れてしまいそうで

 沈黙を破るために、覚悟を決める

 

「……ねえ、葵君」

「ん? どうしました?」

 彼は不思議そうに、窓の外に向けていた視線をこちらへと向ける

「この現象……どこまで広がってるのかしらね」

 

 ほんの少し困った様な表情をしながら、彼は言葉を探すように視線を彷徨わせる

 数秒の後に、溜息をつきながら

「……日本全土、ですかね。でも海外は無事だとは思います」

 日本は幸いにして島国ですからね、と彼は笑う

 

 この状態が、日本全土に。つまりそれは、政府すら崩壊しているかもしれないと言う事を意味していて

 日本政府が生きていなければ救助は絶望的だ。海外の国の助けなど、あてにはならない

 どこの国だって、救助を行って自分の国が同じ状態になるのは御免だ

 

 私の暗い考えの一つが、現実になりつつあるのかもしれない

 

 

「それで、いきなりどうしたんですか? ……随分と、暗い顔をしてるように見えますけど」

 恐らく彼は、私を心配してくれているのだろう。表情からもそれは察せられて

 でも、少しでも誰かに吐き出してしまえば、そのまま止まらなくなってしまいそうで

 彼の問いには、何も答えられない

 

「……まぁ、無理には聞きません。相談事だったら由紀ちゃんか、佐倉先生辺りの方が適任でしょうしね」

 私を気遣ってくれたのか、そう言って彼は大きく伸びをしている

 そのまま椅子から腰を上げ、扉を静かに開く

「さて、僕はそろそろ寝ますね。りーさんも、あまり夜更かしはダメですよ?」

 

 大丈夫、大丈夫だ。私が耐えていれば、皆には何の負担もかけない

 私の不安を吐き出して、皆に心配をかける事もない

 寝室へと向かう彼を、そのまま見送る──

 

 

「……待って」

 彼は、その歩みを止める

 誰かの、喉から絞り出したかのようなほんの小さな声

 それが自分から出たものだという事に、ようやく気づいて

 

 なぜ、こんな事をしている?

 ついさっき自分で、耐えるだけでいいと自分を戒めたばかりではないか

 私の我が儘で彼を──ひいては皆を、心配させる事もないと

 なのに、なぜ?

 

 立ち止まり振り返った彼は、柔らかに微笑んでいて

「どうしましたか? りーさん」

 

 

 

 いつの間にか降り出していた雨が、窓を叩く

 彼は黙って私を見つめたまま、私の言葉を待っている

 ……呼び止めたのだから、私から話さなければ

 

 でも、彼に何を語ればいい?

 一度吐き出してしまえば、恐らく止まらない

 そうなってしまえば、私は──

 

 

「……りーさん」

 彼の声に、意識を引き戻される

「無理をして話せとは言いません。ですが無理をして溜め込みすぎるのも、よくないです」

 扉の閉まる音。彼はゆっくりと、座っていた椅子へと歩きだして

「りーさんの好きなようにしてください。僕はその選択を尊重します」

「私は……」

 私は、どうしたいのだろう?

 

 皆に心配をかけたくない

 いっそのこと全て吐き出して、楽になってしまいたい

 皆も頑張っているのだから、私も明るく振る舞わなければ

 少しくらい、弱さを見せたっていいじゃないか

 

 私は──

 

 

「……どうしようもなく、怖いの」

 俯いた私の口から、零れる言葉

 向かいに座る彼は、じっとこちらを見つめていて

「本当に助けは来るのか、とか、私達いつまで生きていられるんだろう、とか、これが全部夢だったらよかったのに、とか……」

 一度零れてしまえば、止まらない

 

「嫌な考えばっかりが頭を巡って、よくない事だと解ってても、それを止められなくて……」

 彼は何も言わずに、私の言葉に耳を傾けている

「家計簿をつけていれば来週の事がわかる。なんて言ったけれど、あれも嘘で……本当は明日の事さえ、わからないの」

 昨日の彼の言葉を、思い出す

「──葵君は、本当に不安にならないの? 明日さえ、どうなってるかわからないのに。……生きているかさえ、わからないのに」

「んー……少しも不安にならないと言ったら、嘘になりますね」

 

 

 苦笑する彼の気配。──意外だ。あの時も今までも、彼は少しも不安そうな様子なんて見せなかったのに

「……なら、どうして」

「まず一つに僕の信条として、未来なんてものをいちいち気にしたり考えたりしても仕方がない。っていうのがありましてね」

 

「どーやったって、未来なんてもんは不確かです。そんなものを気にして怯えて居ても仕方がないでしょう? なら今を全力で生きて、今を楽しむべきです」

 丁寧に鶴を折りながら、彼は笑う

「未来を考える事自体は、悪い事じゃあないです。ただそれを気にしすぎて怯えたりするのはあまりにも無駄だと断じてるだけですね、僕は」

 

 

「それで二つ目は、昨日も言いましたが皆が居るから、ですかね」

 彼は出来上がった不格好な鶴を、机に置く

「くるみちゃんが居て、由紀ちゃんが居て、佐倉先生が居て、りーさんも居て、……あとついでに一応アイツが居て。ほら、これだけいれば僕が出来ない様な事でも、誰かが出来ちゃう気がしませんか?」

 

 

 

 ──なんという、希望的観測だろう。その根拠を支えるものは何もない

 それでも不思議と、心は軽くなっていて

 

「……お、やっと笑いましたね?」

 そう言って、彼は嬉しそうに笑っている

 

 ──未来の事は、まだわからない。明日の事も、まだわからない

 けれど、一生懸命に毎日を重ねていこう。毎日を楽しんでいこう

 

「……ありがとう、葵君」

「いいえ、どうって事ないですよ。また同じような事になったら相談してください、なんたって僕らは友達ですから」

 ほら、りーさんも一緒にどうです? という声と共に差し出される一枚の折り紙用紙

 恐らく、昨日の折り鶴の分だ

「……そうね、それじゃあお言葉に甘える事にしようかしら」

 

 

 机の上には、二羽の折り鶴。彼の分と、私の分

「それじゃ、もう寝ましょうか。……まだ不安な様なら、一緒に寝ましょうか?」

 冗談めかして、彼は笑う

「もう大丈夫よ。心配いらないわ」

 そりゃよかったです、という彼と共に部屋を後にする

 

 

 雲はまだ晴れない。それでも──




書いてる時超楽しかった(こなみかん)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.あめのひ

Side:恵飛須沢胡桃

 

 雨の音が部屋の中に響く。窓の外を見れば随分な大雨だ

 全員でテーブルを囲んで乾パンを摘みながら、今日の予定について話し合う

 大雨ともあって出来る事はそう多くはない。結局、昨日に続いて二階の制圧をする事に決まった

 

「・・・・・・ねえ、なんか変な音しない?」

 相談が終わった頃、由紀がポツリと呟いた

 変な音? 話し合いの最中、外からは雨音が聞こえるばかりで他の音なんて気にしてはいなかったけれど、その言葉に皆も黙って外の音を聞いている

 ……耳を澄ませば、確かに何かを叩く様な音が聞こえる。奴らがバリケードを叩いてるのか?

 

「……確かに、叩く様な音が聞こえるわね」

「朝の見回りついでに、バリケードの様子でも見てきますよ」

 そう言って葵は立ち上がり、シャベルを手に取る

「アタシも──」

「一人で大丈夫ですよ、見回りだけですから。皆でゆっくりしててください」

 

 

 アタシの言葉を遮ってアイツは出て行き、部屋には雨音だけが響く

 すぐに戻ってはくるだろうが、アイツが居ない間に聞いておきたい事があった

 

「……典軸、聞きたいことがあんだけどさ」

「カズでいい。今更知らん仲でもないだろ? んで、どーした?」

「わかった。……なぁカズ、アイツってどんな奴なんだ?」

 カズは首を捻っている。……気づけば、他の皆も話に耳を傾けていて

 

「多分俺に聞いても意味は無いとは思うけどなー。……まぁアイツは極端な奴っつーか、なんつーか」

「それってどういう──」

 アタシが聞き返そうとしたその時、扉が勢いよく開く

 息を切らしながら、葵が部屋に飛び込んできた

「やっべえ、奴らがバリケードの所に集まってきてる! 数が多すぎて一人じゃ対処しきれねえ!」

 

Side out

 

 

 

 資料室前のバリケードで目にしたのは、奴らの群れ

 今まで見た事がない程にバリケードに集っていて、このままでは遠からずバリケ―ドが壊れてしまうのではないか、と思うほどの数だった

 ゆきちゃんとりーさんが見張る中央階段と、佐倉先生が見張る職員室側は二階にバリケードがあるが、こっちにはない。ここだけは絶対に守り切らなければ

 

 戦える三人で階段から奴らを突き落とし続けているものの、状況はよくはない

 突き落として殺したとしても別の奴らがやってきて、奴らがバリケードを叩く音で更に奴らが寄ってくる

 無限に湧いてくるのではないかと思うほどに、奴らの数は多かった

「この分なら、昨日全部二階制圧した方がよかったかもな!」

 モップで奴らを突き落としながらカズが叫ぶ

 

 

 ……それにしても、何故今日になってこれほどまでに数が増えた?

 モップで奴らを突きながら、思考を巡らせる

 

 昨日まではこれほどまでにバリケードに集る事もなく、平和そのものだった

 あるはずだ。こうなった理由が、どこかに

 

 ──奴らは生前の行動を模倣する。だから朝には学校にやってきて、夕方には帰っていく

 ならば、昨日までと今日の違いはなんだ?

 

 ふと窓の外に目を向ければ、大粒の雨。外を出歩く事すら、嫌になってしまう程の雨だ

 まさか、奴らも雨に濡れる事が嫌だとでも?

 

 ……真偽はともあれ、原因は見えてきた。なら次は解決策だ

 この状況をひっくり返す手立てを、考えなければ

 

 

「葵くん、こっちにも来た!」

 中央階段を見張っていた由紀ちゃんの、悲鳴をあげるような声

 下のバリケードが破られて、他の階段にも寄って来たのか

 

「カズは中央、くるみちゃんは職員室側に! りーさん、すみませんがこっちお願いします!」

 大声をあげて指示を出す。万が一破られるとしたらここが最初だろうが、他の階段に集っている奴らを放置するわけにもいかない

 二人は頷いて駆け出し、りーさんもこちらへと駆け寄ってくれている

 なんにしても長くはもちそうにない。早く手立てを考えなければ──

 

 

 ──ぶちり。

 耳に入ったのは、ロープの千切れる様な音。次々に、その不吉な音は続く

「やっ……べえ!」

 反射的にバリケードから距離を取る。その直後、ついさっきまで立っていた場所に降って来た机が大きな音をたてた

 りーさんも、その音に歩みを止めていて

 

 バリケードは次々に崩壊し、その向こうには奴らの群れ

 

「バリケードが壊れました! 早くどこか部屋の中へ!」

 佐倉先生達にも聞こえる様、あらん限りの大声で叫ぶ

 流石にこの数は相手にしきれない。どこかの部屋でやり過ごさなければ

 りーさんと共に廊下を駆けだす

 

 

 

 廊下に大きな音が響く。他のバリケードも崩壊してきているのだろう

「こっちだ、早く入れ!」

 カズの声に導かれ、放送室へと駆けこむ

 扉を閉め、一息つく

 

 その直後、扉が外から大きな音をたてて叩かれる

 ──奴らが扉に寄ってきたのだろう。奴らに扉を破られる前に、何か有効な手立てを考えなければ

 

 まず思いついたのは、俺たち二人で囮になって部屋の隅に奴らを引き寄せ、その隙に彼女達には反対側の扉から脱出してもらう方法

 地下の避難区画までたどり着いてしまえれば、あとは無事にやり過ごせるだろう

 ……ただ、これを提案したら物凄い勢いで反対されるだろう。文字通り最後の手段だ

 

 そうしなくてもいい様に考えろ、考えろ──

 

 

 

Side:佐倉慈

 

 バリケードが、破られた。"かれら"が扉を叩きつける音と扉が軋む音が、室内に響き渡る

 放送室に駆け込む直前に見た“かれら”の大群は数え切れないほどで、ここに居るだけではやがて全滅してしまう事は明らかだろう

 

 白井君と典軸君、恵飛須沢さんと若狭さんのペアでそれぞれ扉を抑え付けてはいるものの、そう長くはもたないだろう

 現に扉を抑え付けている彼らの表情は、思わしくない

 

 ──どうすれば、皆を生きて帰す事ができる?

 思案するも、半ばパニックに陥っている私の頭では思考が纏まらない

 

 

「あー、もうこれ最後の手段ですね」

 半ば諦めた様な、投げやりな白井君の声が聞こえる

「僕らがこっちから奴らを部屋の隅まで出来る限り引きつけるんで、皆はその隙にそっちの扉から出てなんとか地下の避難区画に向かってください」

 地下の、避難区画。それはあのマニュアルに書いてあった

 丈槍さんも恵飛須沢さんも若狭さんも、予想外の情報に呆然としている

 

「避難区画は一階の購買部倉庫隅から行けます。鍵はかかってませんでしたし、まぁここで全滅するよりは可能性に賭けてみた方が幾分かマシでしょう」

「……その為に、お前達が犠牲になるっていうのか?」

 震える様な、恵飛須沢さんの声

「最悪よりかは幾分かマシって奴ですよ。ここに居てもどの道全滅ですし」

「……ッ! お前はどうしていつもそうなんだよ!」

 

 

 考えろ、生徒を犠牲にしなくても良い方法を

 ──"かれら"は、光と音に引き寄せられると言っていた。それを利用できないか?

 

 光……ここは放送室だ。光が出そうなものは、何もない

 あったとして、この状況では扉の隙間から投げることさえ出来はしない

 

 音……幸いにしてここは放送室だ。校内に放送を流す事はできる

 ただ、廊下のスピーカーに引き寄せるだけでは脱出は難しいし、数も減っていない。根本的な解決には、ならない

 

(できない理由ではなく、解決する方法を考えなさい。佐倉慈)

 私の中の声を聴く。そうだ、彼らを犠牲にしない為に、考えろ

 

 ならば、"かれら"の習性はどうだろう?

 "かれら"は生前の行動を模倣すると言っていた。ならば──

 

 

 放送室、"かれら"の習性、校内放送──

 バラバラだったピースが、頭の中で一つに纏まる

 これならば、もしかしたら

 

 

「……めぐねえ?」

 放送機器の前に立ち、電源を付ける

 もしかしたらダメかもしれない。それでも、やらないよりはずっとマシだ

 

──下校の時刻になりました。校内に残っている生徒は、速やかに下校してださい

 

 校内に私の声が響く

 何度も何度も、放送を繰り返す

 

 

 少しずつ、扉を叩く音が小さくなっていく

 放送室から遠ざかっていく、"かれら"の足音

 

 それらはやがて聞こえなくなり、部屋には静寂が戻る

 慎重に、扉を開ける。廊下に"かれら"の姿はもうない。その事実に安堵するのも束の間

 恵飛須沢さんが、白井君に問いかける

 

 

「……で、地下の避難区画って、何のことだよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.しんらい

Side:佐倉慈

 

 "かれら"の脅威は去り、部屋には雨音だけが響いている

 正座をしている白井君と典軸君に、二人を見下ろす様に立っている恵飛須沢さんと若狭さん

 丈槍さんは私の隣で彼らを心配そうに見つめていて

 

 ──彼女達の怒りの矛先は私ではなく彼らに向いている

 その事実に少なからず安堵する私が居て、そんな私を嫌悪する自分も居る

 本来であれば教師たる私が負わなければならないものを、彼らは肩代わりしているのだ

 その事実に、自分が情けなくなる

 

 

「で、地下の避難区画って何のことだよ」

「……あー、言わなきゃダメですかね? なんとか誤魔化されてくれません?」

「……当たり前でしょう?」

 

「いやー、あのですね? 昨日カズの奴と一緒に一階をうろうろしてたら偶々見つけて──」

「嘘だ」

 苦笑いしながら語る彼の言葉を遮る様に、恵飛須沢さんは否定する

「食糧が十分にあるこの状態で、まだ危険な一階にまで行って偶然避難区画を見つけただって? そんな事あるかよ」

 恵飛須沢さんの言葉に、彼は押し黙る

 

 数分の後、溜息をつきながら口を開き

「……すまんカズ、アレ持ってきてくれ。流石に誤魔化せん」

「ま、だろーなとは思ってた。あいよ」

 お前言葉選びミスり過ぎなんだよなーと笑いながら立ち上がり、典軸君は部屋を後にする

 ……やっぱり、話さなければならないのだろうか

「わかりました、全部お話します。……その代わり、十分に覚悟をしておいてください」

 

 

「おう、取って来たぞー」

 帰って来た典軸君の手には、職員用緊急避難マニュアル

 彼女たちの表情が、凍る

「……それって」 

 呟くような若狭さんの言葉。彼女も、表紙に書いてある文字が意味するところを察したのだろうか

 典軸君から冊子を受け取った彼が、恵飛須沢さんへと手渡す

「さ、由紀ちゃんも佐倉先生も寄ってください。……勿論知りたくないなら、無理に見なくてもいいです」

 

 

 

 紙を捲る音だけが響く室内。雨音は、もはや聞こえはしない

 誰もが押し黙りマニュアルを見つめる中、彼は騙り始める

「……数日前、この冊子を職員室で見つけました」

 

「幸い僕が見張りの夜だったもので、周りに皆はいませんでしたから隠蔽するには好都合でした」

 それは違う。これを見つけてしまったのは、私で

 彼はそれに巻き込まれてしまっただけだ

 

「……葵君は、ずっとこれを隠してたの?」

「皆には落ち着いた頃に話そうと思ってました。……だいぶ予定がズレちゃいましたけどね」 

「なんだよこれっ! なんなんだよっ!」

 乱暴に閉じられる冊子。血を吐くような、恵飛須沢さんの叫び

 それを眺めながら、彼は静かに語る

「見ての通りです。おおよその事は、そこに書いてあったでしょう?」

 

 恵飛須沢さんが、彼の胸座につかみかかる

「くるみっ!」「くるみちゃん!」

 止めようとする二人を、典軸君が手で制止する

 ……その表情には、ある種の信頼が窺えて

「なんで、アタシ達には話してくれなかったんだよっ!」

「……いつか話そうとは思っていました」

 

 悲しげな表情をしながら、彼はそう答える

「アイツには教えてたのに、そんなにアタシ達の事が信じられなかったのかよ!」

 彼女の悲痛な叫びが部屋に木霊する

 

 ──違う。彼女達を信じ切れなかったのは、私の方だ

 彼らはむしろ、彼女達の事を信じていて

 

「あの時の言葉は、嘘だったのかよ……」

 絞り出す様に言葉を発し、彼女はへたり込む

「……すみません」

 

 

 ──覚悟を決めなければ

 これ以上、彼に背負わせる訳にはいかない

 

 決意を以て、一歩を踏み出す

 

「……皆、ごめんなさい。全部先生が悪いんです」

 

Side out

 

 

 布団にごろりと寝転がる

 一先ずバリケードを修復し終え、安全圏内に奴らが残っていないかの確認も終えて自由時間となった

 

 ……随分と、胃と神経とその他諸々をすり減らした。正直胃が痛い

 佐倉先生に矛先が行かない様に立ち回ろうとしたは良い物の、結局先生に助けられてしまった

 

 

 本当は佐倉先生が最初にこれを見つけた事

 学校に赴任した日にこれの存在を知らされていたが、存在を思い出して開封した時には全て手遅れだった事

 今まで皆に話さなかったのは先生の判断で、一昨日の時点で俺は皆に話してもいいと言っていた事──

 

 多くの事を、佐倉先生は彼女達に打ち明けた

 ……結果としては、それで比較的丸く収まったからよかったが

 

 

 ふと、視界に影が差す。影の主は由紀ちゃんだ

「……だいじょーぶ? 葵くん」

「あぁ……大丈夫ですよ、由紀ちゃん」

 隣に座りこむ彼女に、何とか笑顔を作って応対する

 あれほどの事があったばかりなのに、こちらを心配して来てくれたのだろうか

 

「由紀ちゃんの方こそ、大丈夫ですか? ……その、色々あったでしょう?」

「んー……わたしはさ、難しい事がよくわからないっていうか。勿論、書いてある事にはびっくりしたよ? それでも葵くんがわたし達を信頼してくれてた事の方が嬉しかったから」

 

 えへへー、と照れる様に笑う彼女

 ……由紀ちゃんも、くるみちゃんも、りーさんも、勿論佐倉先生も。強い女性(ひと)ばかりだ。その事実を、再確認する

 彼女達が、ほんの少し眩しい

「……そうですか。ならよかったです」

 

 

 直後、大きな音と共に勢いよく扉が開く

 由紀ちゃんが驚いて振り向いたその先には、カズ(バカ)が立っていた

「おう相棒! 暇だからなんかしようぜ!」

「空気読めバカ」

 

 

 

 食事の為に生徒会室へと集まる

 既に資料室に居た三人以外は集まっていて、気まずそうな顔をしながらくるみちゃんがこちらを見つめていた

 

「……あー、その、あん時はゴメン。頭に血が上った」

「……いえ、わざわざ事実を隠すような事をした僕も悪かったですから」

 沈黙と共に、気まずい空気が流れる

 

「ほらっ、二人ともごめんなさいで仲直り! ねっ?」

 そんな空気の中突然僕らの手を取り、由紀ちゃんが僕らの手を繋ぎながらそんな事を口にする

 ……随分と簡単に言ってくれるが、確かにその位がちょうどいいのかもしれない

「「……ごめんなさい」」

 

 ……くすくすと、笑い声が聞こえる

 周りを見ればりーさんと佐倉先生が笑っていて、カズの奴はニヤニヤと笑い、由紀ちゃんはニコニコと笑顔だ

「だぁーっ! 恥ずかしいからこの話はもう終わり!」

 くるみちゃんに乱暴に手を振りほどかれ、ほんの少し体勢を崩す

「……っとと、そうですね。りーさん、今日の夕食はなんですかー?」

 

 

「そう言えば、避難区画には冷蔵室もありましたねえ」

 うどんを啜りながら、避難区画の事を思い出す

 あそこには多くの物資がある。近い内に一度行っておくべきだろうか

「……それ、本当?」

「あー、そういやそんな事言ってたな」

 

 りーさんの問いに、カズも声を返す

「多分あそこの性質上冷蔵室っていうより、冷凍室の方が近いのかもしれませんけど」

 中に入ってまで確認した訳ではないが、長期保存を視野に入れている以上冷凍保存の方が可能性は高いだろう

 どちらにせよ、確認しない事にはわからない

 

「だとしたら、早い内に回収しとくか?」

「でも、食堂の冷蔵庫に入ってた食べものもまだ全部使ってないよ?」

「んー……どうします? 佐倉先生」

 佐倉先生ばかりに判断を求めるのは申し訳ないが、こういった事は全員が納得できる人に判断を任せるのが一番いい

 先生は少し悩む素振りを見せた後、結論付けてくれた

 

「……そうね、明日二階のバリケードを全部作り終えたら確認しに行くっていうのはどうかしら?」

「ん、りょーかいです。皆もそれでいいですか?」

 皆が頷くのを確認する。無事に明日の方針は決まった

 

 

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 いつの間にか雲は晴れ、満天の星空が街を包む

 屋上で星空を眺めていたアタシの耳に、扉が開く音が届いた

 

「なんだ、くるみか」

 そこに居たのはカズだった。アイツ、何をしに来たんだ?

「何しに来たんだ? わざわざ屋上まで」

「んー? 俺も一人になりたくなる時くらいあるって事よ」

 隣いいか? というカズの問いに頷き返す

 

 

 階下から聞こえる、騒がしい声

 静かな屋上、静かな街とは対照的で、どこかおかしい

「……ま、アイツがこの集団に馴染めてるようでなによりだわ。正直アイツと合流した時はビビったけどな」

「そんなに意外なのか?」

 あの日から一緒に居る身として、葵は誰かと問題を起こすようなタイプには見えない

 ……アタシ達を気遣いすぎるきらいはあるが、それはそれだ

 

「そりゃあなー、俺が合流するまでお前らの中にアイツ一人だったんだろ? 他人が嫌いなアイツがよくもまぁ……って感じだわ」

 他人嫌い? アイツが?

 何かの冗談じゃないのか?

 ……いや、確かに由紀と一緒に話し込んだ夜にアイツは、他人に興味がないみたいなことを言っていた気もする

 

 

「まぁ、アレだ。アイツと仲良くしてくれてありがとな? アイツ今すっげえ楽しそうだから、礼を言っとかねえと」

「……それならアタシじゃなくて、由紀に言えよ?」

「後でちゃーんと他の奴らにも言っとくさ」

 そう言ってカズは立ち上がり、背伸びをする

 そのまま階段へと続く扉へと歩き、こちらを振り向く

「そんじゃ、何か聞きたい事とか相談事とかあったら言えよ? 俺もくるみ達の事信頼してっし、出来る限り力になっからさ」

 そんじゃーな、という言葉と共にカズは扉の奥に消えていった

 

 

 

 屋上に再び静寂が戻る。あいも変わらず、階下は騒がしい

 非日常的な状況にも関わらず、その騒がしさはあまりにも日常的に感じられて

 ……こんな日々も、いつの日か日常になるときが来るのだろうか

 

 ぶんぶんと頭を振り、思考を追い出す

 未来の事は、あまり考えるべきじゃない

 

「……よしっ!」

 

 騒がしい光景に混ざる為に、扉へと駆け出す──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.かくにん

 何事もなく二階バリケードの建築を終え、昼食の後にバリケードを乗り越え一階へと下る

 今度の二階のバリケードは天板を釘で床に固定した。前の様に簡単に崩れる事もないだろう

 

「それじゃ万が一も無いとは思いますけど、一応注意してくださいね?」

 くるみちゃんもカズも居るし、万が一も無いとは思いながらも皆に声をかける

 目指す場所はすぐそこ。倉庫奥の階段を下った先の非常避難区画だ

 

「付近に姿はなし。大丈夫」

 くるみちゃんの声を聴き、彼女を先頭に倉庫へと走る

 全員が駆け込んだのを確認し倉庫の扉を閉じる。周囲に奴らの影はない

 

 

「ほんじゃ、前来た時に閉めといたから奴らはいねえとは思うけど、一応気ぃつけてなー」

 機械室への扉をくぐり、カズがシャッターを上げる

 階段の先は、相変わらず真っ暗だ

 

「暗いねー、電気無いのかな?」

「どーだろうな、冷蔵室があんだから電気自体は来てるとは思うけど」

 由紀ちゃんが辺りをきょろきょろと見回している。シャッターの外を探すが、それらしきものは見当たらない

 

「あ、あったあったー」

 パチン。

 由紀ちゃんの声と共に、階段が蛍光灯の光で照らされる

 スイッチは、中にあったのか 

 

「電気、やっぱり来てるのね」

「……スイッチなんて、全然気が付きませんでしたね」

 駆け出した由紀ちゃんを追うように、階段を下っていく

 

 

 

「うぇー、これ全部?」

 地下二階、非常避難区域。そこには無数のコンテナが立ち並んでいた

 彼女の呻き声も、おおよそ正当なものだろう

 一つ一つ中身を確認して記録し、必要そうな物があれば持っていく

 人数が多いとはいえ、簡単な事ではない

 

「あ、奥の方に冷蔵室とは別に扉がありますけど、そこは絶対開けないでくださいね。ちょーっと精神衛生上よくないものがあるので」

 はーい、という声と共に二人一組で彼女たちは駆けていく

 

「おし、そんじゃ俺達も行くか」

「あいよー」

 メモを片手に、自分たちの担当区画へと歩き出す

 

 

「チキン、クリーム、野菜シチュー缶。それぞれ十ずつ、フリーズドライ済み」

「あいよー」

 コンテナの中身を一つ一つ確認し、数と種類をメモしていく

 備蓄されていた食糧は水を必要とするものやしないもの、開けてすぐ食べられる様なものから調理が必要なものまで様々だった

 ここにある多くの食糧を持ちかえれば、食事の幅も広がるだろう。が

 

「つってもまぁ、すぐ持ってかなきゃいけねえ様なもんでもねえよなぁ」

「元々保存食だしな。今あっちにある奴の方が優先だろ」

 カズの持ってきた食糧は少なくなってきたものの、購買部と食堂,倉庫に食糧はまだ多くある

 それらの場所にあるものはいずれ腐ってしまうものも多くあり、そちらの方が優先だ

 なにせここに在る食糧だけで、()()()()()()()単純計算で二ヵ月はもつのだ。近隣の食糧を粗方取りつくしてからでも遅くはないだろう

 

 

「……なぁ相棒、これから知らねえ奴がこの集団に合流してきたりとか加わりたいっつってきたりとか、あるんかね?」

「……正直、俺はあって欲しくねえな。トラブルの元だ」

 正直な所、この集団は既に安定した形をとっているとは思う。そこに下手に外からの干渉があれば、どう崩れるかわからない

 

 くるみちゃんもりーさんも、恐らく相手が校外の人間であれば、佐倉先生も。相手が危険あるいは相手を救う事が危険だと判断すれば、相手を見捨てる事自体は出来るだろう

 だがあの底なしに優しい由紀ちゃんが、困って見える誰かを見捨てることなど、出来るだろうか?

 いや、救う事や受け入れる事自体は構わない。だがそれが原因で、彼女達に危険が及ぶような事があれば──

 

「顔が怖い怖い、落ち着け。俺が来た時点で外の生存者は殆ど見かけなかったし、そう出会う様なもんでもねえよ」

「……そうだな」

 お前ほんとアイツらの事好きだなー、などとぼやくカズを無視して、確認を再開する

 

 

 

「こっちは終わりましたー、後は冷蔵室の確認だけですかね?」

「お疲れ様、葵君に和義君。皆集まってるから、後はもうそこだけね」

 りーさんに用紙を手渡し、辺りを見回す

 見れば冷蔵室の前に皆は既に集まっており、自分達が最後だった様だ

 由紀ちゃんに至っては早く開けようよー、と言ってそわそわしており、佐倉先生に宥められている

 

「すみません、今こっちも終わりましたー」

「もー、葵くんたち遅いよ! 待ちくたびれちゃったー」 

「それじゃあ、開けるわよ?」

 りーさんの言葉に頷き、冷蔵室の扉がゆっくりと開く──

 

 

 

「「「「「「いっただっきまーす!!!」」」」」」

 肉厚なステーキに、付け合せの野菜

 今の世界ではおおよそ見られないであろう物達が、ステーキ皿の上で湯気をあげている

 白米も、今日くらいはおかわり自由だそうだ

 

「うっめえなぁ……」

「いやー、ちゃんと冷凍保存されててよかったですねえ」

 しみじみとしたカズの呟きを聞きながら、人類の技術への感謝を口にする

 周りを見渡せば、由紀ちゃんはもきゅもきゅと一心不乱に頬張り、くるみちゃんに至っては感激の涙を流しながら食べている

 この先、肉を食べる機会なんてそうそうないだろう。しっかりと味わっておかなければ

 

「電気さえちゃんと行っていれば、しばらくはもつんじゃないかしら」

「というか、非常区画なんだろ? 非常電源とかそっちに優先的に行くようになってんじゃね?」

 まだあそこにはここに居る全員で食べたとしても、数食分になりそうな肉が残っていた

 カズの言う通りならば、急いで食べなくてもいいかもしれない

 

「なら、残ってたのは何かのイベントの時にでも残しておきますか?」

「そうね、そうしましょうか」

「りーさんおかわりー!」

 

 

「ふー、いやー食った食った」

「それじゃ、シャワーを浴びて寝る準備をしましょうか」

 佐倉先生の言葉に頷き、全員が椅子から立ちあがる──

「ちょーっと待った!」

 それを引きとめたのは由紀ちゃんの声

 

「どうしたの? 由紀ちゃん」

「まーた変なこと企んでんなー?」

 自信満々な由紀ちゃんとは対照的に、怪訝そうなくるみちゃん達

 ……確かに、彼女の提案する事はいつも突拍子がない。そんな態度になるのも、まぁ頷けなくはないだろう

「キャンプだよ!」

 

 

「……キャンプ? あー、確か二階の資料室にいくつかテントあったな」

「屋上でテントでも張るつもりですか? 僕は構いませんけど」

 得心が行った様子のカズ。自分も構わないが、彼女達が何と言うかだ

 

「キャンプかー、いいんじゃね? 確か購買部に花火あったよな?」

「今日は良く晴れてるし、いいんじゃないかしら」

「先生も、いいと思うわ」

 ……思ったより、好評だった

 そうと決まったのなら、準備をしなければならない

 

 

「それじゃ、僕たちでテントやらを回収してきます。先にシャワー浴びて来ちゃってください」

「ええ、お願いね?」

 どうせ野郎なんかより、女性の方がシャワーを浴びるのには時間がかかるだろう

 シャワーを浴びに更衣室に向かう女性陣を尻目に、二階の資料室へと向かう

 

「……なぁ、覗きに行かねえか?」

「バカ野郎。くるみちゃんにシャベルで頭をかち割られるか、りーさんのお説教ウン時間コースになる未来が待ってるぞ」

 だよなー、と言う呟きを聞き流しながら、妄言を真っ向から否定する

 

 由紀ちゃんはなんだかんだで許してくれそうだし、佐倉先生ももしかしたら水に流してくれる可能性はある

 ただ、あの二人は絶対に駄目だろう。乙女心的に

 ……第一、覗きに行こうとしたら俺がしばく。彼女達に、アホみたいな理由で心の傷を負わせる訳にはいかない

  

 テントの道具を二つ分、肩に担ぐ。……思ったよりも軽い

「思ったよりも軽いから、そっちは購買部で花火取ってきてくれ」

「あいよー、んじゃ後で合流すっか」

 カズと別れ、屋上へと急ぐ

 

 ……流石に、今から覗きに行ったりはしないだろう。多分

 そのくらいの信用はしているつもりだ。恐らく、きっと、めいびー

(……なるべく早く組み立てて、アイツと合流すっか)

 

 

 屋上でテントを組み立てていると、屋上の扉が開いた音が聞こえた

 扉の方に目をやれば、りーさんがこちらへと歩いてきていて

「お疲れ様。私達が代わるから、シャワー浴びて来ていいのよ?」

「わっかりました。……それと、大丈夫でしたか?」

 

 不思議そうに小首をかしげるりーさん。何事もなかったようで何よりだ

「いえ、こっちの話です。それじゃあ、なるべく早く戻ってきますので」

 

 シャワーを浴びる前に、カズの奴を回収しなければならない

(アイツの事だから、こっちに来てないっつー事は生徒会室か寝室辺りか)

 アイツを探しに、屋上の扉をくぐる──




はじめて評価バーに色がついて嬉しかった(こなみかん)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.ひかり

明けましておめでとうございました


「それじゃあ第一回、巡ヶ丘高校キャンプ大会! はじめるよっ!」

「わー」「おー」

 由紀ちゃんの言葉に、疎らに鳴る拍手

 何の大会なのかは全くわからないが、彼女が言うからにはそうなのだろう

 早速彼女は花火セットを開封し、選び始めている

 

「どれからやろっかなー」

「いや、まずは景気良くこれだろ?」

 くるみちゃんが手に取ったのは、三十連装の打ち上げ花火

 見れば、同じようなタイプの花火がいくつか袋の中に入っていた

 

 

 夜空に咲く、いくつもの光の華

 放たれた打ち上げ花火は、校庭上空で煌めいていて

 彼女達も、賑やかな歓声をあげている

 

「いやー、存外バカにできない物ですねえ」

「すっごーい!」

 まばらに校庭に見える奴らも、その光と音に引き寄せられ明後日の方向を向いている

 これならば校舎側に引き寄せられる事もないだろう

 

「問題なさそうですよ、佐倉先生」

「よかった、安全にできる事に越したことはなかったから」

 光と音に引き寄せられる奴らを、校舎側に引き寄せずに花火をする方法

 その方法の発案者は佐倉先生だった

 作戦が成功して、佐倉先生も安心した表情を浮かべている

 

「それじゃ、今の内に他の花火でも遊びましょうか」

「はーい!」

 

 

 

 花火を手に、はしゃぐ彼女達

 手すりに背中を預けて座り、その様子を遠巻きから眺める

 一緒になってしばらく騒いでいたはいいものの、彼女達に交じってはしゃぐのにも少し疲れてきた

 

「白井君、もう遊ばなくていいの?」

 しばらく休んでいると、隣に座ってきたのは佐倉先生で

 先生も、休憩をとりに来たのだろうか

 

「いえ、少し疲れたものでして。楽しい分には楽しいんですけどね」

 流石に普段から陰に潜む者(ぼっち属性)だった身には負担が大きい

 楽しい事には楽しいのだが、それとこれとは話が別だ

 

 

「いやぁ、それにしても偶にはこういうのも良いですね。青春って感じで」

「はうっ!?」

 何気ない一言に突然胸を抑え、蹲る先生

 

「佐倉先生? どうしましたー?」

「大丈夫、大丈夫よ……私はまだ若い、まだ若いから……」

 蹲った先生はぶつぶつと、独り言を繰り返している

 ……何か地雷を踏んでしまったのだろうか?

 

「何を言ってるんですか、先生も十二分に若いじゃないですか」

 聞こえているかは定かではないが、一応フォローをしておく

 正直な所、この童顔の先生が御年幾つなのか興味はあったが、乙女に歳を訪ねるのは失礼(死体蹴りはN G)にあたるため、聞く事は躊躇われた

 独り言を呟き続ける佐倉先生をスルーしながら、手元にあった鼠花火に火を点け、由紀ちゃんの足元へと放る

 

 

「わわっ! もー、危ないなー!」

 足元をくるくると回る花火に、驚く彼女

 花火に混ざらずとも、こうして屋上の華を眺めているだけで十分に楽しいものだ

 ……若干不審者的考えに陥ったが、浮かれているという事でどうかご容赦いただきたい

 

「葵くんもこっち来ないのー?」

「もう少し休憩したらそっち行きますよー」

 彼女に手を振り、休憩を続ける

 佐倉先生が元に戻る気配は、まだない

 

 

 そっかー、と声を返してくれる由紀ちゃんから視線を外し、なんとなしにカズへと視線を向ける

 ……あの異性だらけの中で、よくもまあ気負わず振る舞えるものだ

 

 当のカズ(バカ)は、ごそごそと花火の袋を漁っていて

 袋から引き抜いたその手に持っていたのは、ロケット花火

 ──どこか、嫌な予感がする

 

 声をかけようかと一瞬迷ったものの、視線に気づいたバカがこちらにジェスチャー(静かにしてろ)をしてきた

 アイツの視線の先には、花火を持ってはしゃいでいるくるみちゃんの姿

 ……まぁ、最終的に割を食うのはアイツだし、いっか

 

 

 花火に火をつけるバカ。飛んでいくロケット花火

 完全に彼女の死角から飛んでいく形だ。とてもではないが避けられないだろう。合掌。

 

 ……と思われたが、彼女に当たるほんの数瞬前

 彼女がロケット花火の存在に気づいたようで、ぎょっとした様な表情を浮かべ体を捻る

 かくして、元々狙いが甘かったという事もあったのかロケット花火は彼女の脇を抜け、明後日の方向へと飛んでいく

 

 

「っぶねえなぁ! お返しだっ」

 彼女が仕返しとばかりに、ロケット花火をカズに向けて発射する

 勢いよく、カズのもとへと飛んで行く花火。奴はそれを見て余裕の笑みを浮かべている

 ……随分と自信があるらしい

「さあ来い! その程度余裕で避けて見せるわ!」

 

 

「カズくん、大丈夫ー?」

 数秒後、そこには股間を抑えて悶絶しているバカの姿があった

 正直この結末は予想できた。残念でもないし当然である

 

「そこのバカの自業自得なんで、放っておいていいですよー?」

 花火の袋を漁る。もう殆ど中身は残っていないが、恐らくアレは残っているはずだろう

 線香花火の束を手に取り、袋から出す

「ま、花火の〆と言ったらこれですよね。佐倉せんせー、そろそろ戻ってきてくださーい」

 

 

 円を描くように集まり、順々に手元の線香花火に火を点けていく

 

 パチパチと、音を立てて弾ける火花

 それはやがて小さくなり、小さな火球はその短い役割を終え、地へと落ちる

 楽しかった時間も、もう終わりだ

 

 

「さあ、お片付けしましょ?」

 りーさんの一声を切っ掛けに、全員が片づけを開始する

 花火のゴミは袋へと入れ、バケツの中の燃えカスもきちんと選別を行う

 守るべき環境もクソもない今、こんな行為に意味はないがやらないよりはマシだろう

 

「あーあ、もう終わりかぁー」

「いつか次がありますよ、次が」

  

 

 

「それじゃあ、僕達はこっち使いますので」

 テントの振り分けは自分とカズ(野郎二人組)由紀ちゃん達(女性陣四人組)と相成った

 四人では少々手狭かもしれないが、女性一人が野郎二人に混ざるよりは幾分かマシだろう

 

 彼女達と別れ、テントに敷かれた布団へと潜る

 先ほどまでの余韻もあってまだ微睡むには至らないが、野郎二人では他にする事もない

 

 

「……なぁ、今日はどうだった?」

 どれほどの時間が経ったかはわからないが、不意にカズの声が耳に入った

 アイツは俺に背を向けたまま、布団へと潜っていて

 隣のテントからは、彼女達の楽しそうな声が漏れている

 

「あ? まぁ普通に楽しかったな。ちっと疲れたけど」

 偽りならざる、本音だ

 確かにいつもよりは疲れたが、彼女達との時は楽しかった

 ──ともすれば、またやりたいと思ってしまう程度には 

 

「……そうか」

 布団を被り直す音

 アイツの質問の意図はよくわからなかったが、満足したようなのでそれでいいだろう

 

 

 同じく布団を被り直した所で、テントの入口がぼふぼふと音を立てて揺れる

 その向こうには、比較的小さな人影

 隣で寝ていたカズも、怪訝そうな顔つきで起き上がる

 

 ファスナーが開き、屋上の風景が見えた時、そこに居たのは予想通り由紀ちゃんで

 彼女は、嬉々とした表情でこう宣った

「ねえねえ! 恋バナしよっ!」

 

 

 

 彼女たちのテントへと招かれ、入り口を潜る

 ランタンの光に照らされたテント内を見れば、ウキウキとした表情の由紀ちゃんに、苦笑しているくるみちゃんとりーさん。蹲っている佐倉先生(似た様なのさっき見た)

「……とは言っても、僕達も大した話はできませんよ?」

 

 そもそも、我々(ぼっちと準ゲー廃)に彼女は何を期待しているのだろうか

 異性とのまともな交友関係なんてこの十八年の人生で一人しか該当する人物はおらず、その人物とも交友関係が途絶えて久しい

 年齢=恋人居ない歴の我々だ。そう話す様な事なんてない

 ──それこそ、そこら辺に居る"奴ら"を掻っ攫ってきて聞いた方がまだ望みがある程度には

 

 

「えー、そうなのー?」

「というか僕達に何を期待していたんですか、由紀ちゃんは……」

「恋バナっつってもなあ、俺達と交友関係があった奴なんて……"アイツ"くらいか」

 苦虫を噛み潰したような表情をしながら、カズは口を開く

 カズの表情が物語るように、自分もカズも"あの少女"に振り回された口だ。彼女に親愛の情こそあれど、恋愛の対象にはなり得ない

 

「えっ!? 誰々っ!?」「おっ、誰だそりゃ」「私も興味あるわね」

 それでも、三人とも(佐倉先生を除く)興味津々の様だ

 別に隠すような話でもなし。思い出話ついでに話しても構わないだろう

 

 

「そうだな……兎に角、傍迷惑な奴だった。周りを巻き込んで色々な厄介ごとを引き起こしたり、自分から厄介ごとに首を突っ込んだりする様な、そんな奴」 

「近所に猪が出没したと聞けばやれ捕まえに行こうだの、不審者が出たと聞けばこれまた見に行こうだの。とにかく色んな事に僕達を強引に引っ張って行く様な人でしたねえ」

 

 それでも何故か、憎めない

 皆に迷惑をかけて叱られながらも皆から愛され、常に集団の中心に居る。太陽の様な人

 当然クラスでも人気があり、クラス内どころかクラス外、上下問わず他学年にも多くの友人がいる様な人だった

 ……そんな彼女が、何故自分達に特別に関わってくるのかは、最後までわからないままだったが

 

「まぁ小学校の卒業式後にどこかに引っ越してしまったので、それ以降交友関係はないんですけどね」

「へー、そうなんだー」 

 納得した様に声を漏らす由紀ちゃんを横目に、古き友人に想いを馳せる

 

 

 今、彼女はどこで何をしているのだろうか

 確か北の方に引っ越す、と聞いた気がする。ならば、この事件の情報を早めにキャッチして生き残っている可能性もゼロではないだろう

 

 正直な所、彼女は今も生き残っていると思えてならない。それくらいに、彼女は"特別"だった

 それに彼女の事だ。生存者を集めて全国をまわる、なんて事をやっていてもおかしくはないだろう

 

 ならばいつの日か出会えるだろうか

 太陽の様に輝く、彼女に

 

 

「ま、そんな感じです。次は由紀ちゃん……は論外っぽいのでくるみちゃんかりーさん辺りにでも話を聞きましょうか?」

「にゃにおー!?」

 由紀ちゃんに脇腹を小突かれながら、次の人物へと話を振る

 彼女達ならば、自分達よりもよっぽど経験があるだろう。多分

 

 ──喧騒を伴い、夜は更けていく

 屋上の明かりが消えるには、まだ時間がかかりそうだ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.えんそく

「みんな! 遠足に行こう!」

「「「「……遠足?」」」」

 

 生徒会室の扉が勢いよく開き、由紀ちゃんが飛び込んでくると共にそう言い放った

 開いた扉の傍らには、苦笑いしているカズの姿

 

 

 

 屋上キャンプから数日後。あれから何事もなく日々は過ぎ、この学校での生活も安定したものとなって来た

 一階を制圧するには資材が足りない為安全圏自体は広がっていないが、現状において生活自体に支障はない

 

「で、どうしたんですか? いきなり遠足だなんて」

「えーっとね、あの日から外に一度も出てないでしょ? だから気分転換に遠足なんていいかなーって」

 

「そろそろ着替えのレパートリーとかも欲しいだろ? 物資を集めるのと同時に、そろそろ外の新しい情報とか集めんのもどうかと思ってな」

 ……確かに、外の情報自体は欲しい。コイツが持ってきた情報自体も、一週間経った今は最新のモノとも言い難いのも事実だ

 

 加えて、学校では手に入らない物資の類も欲しくないと言えば嘘になる。……特に、洋服類は女性にとっては死活問題だろう

 いくつかの不安材料はあれど、行ってみる価値はある様に思える

 

 

「……どうします? 僕は行ってみてもいいとは思いますけど」

 とはいえ、自分の一存では決められない

 多数決にするにしても、最低でも佐倉先生の許可は取らなければ

 

「足はどうすんだ? あの車、軽だろ?」

 くるみちゃんが未だ玄関前に鎮座している黒い軽自動車を見やりながら、そう問いかける

 

「佐倉センセー、確か車持ってましたよね?」

「そうね、私の車も四人乗りだから足は問題ないと思うわ」

 ……佐倉先生、車なんて持ってたのか

 

 少し意外に思ったが、それが本当なら足は問題なさそうだ

 カズの言葉に答えた佐倉先生も、思ったよりも随分と乗り気の様だ

 

 

「……危なくないかしら? それに食糧ならまだあるんだし……」

「まぁ、確かに危険がないと言えば嘘にはなりますけど。食糧以外の物資ばかりは学校だけじゃどうしようもないですから」

 

 りーさんの懸念も尤もだが、その食糧すらもいつまでもつかわからない

 地下の食糧も含め、短く見積もって二ヶ月半はもつだろうが、問題はその先で

 

 救助が来ない可能性を視野に入れなければならない以上、日持ちする食糧はあって損はない

 

 

「……それで、行くにしても目的地は?」

「ふっふーん、実はもう決めてあります!」

 ドヤ顔の由紀ちゃんの隣から、カズが地図を広げる

 巡ヶ丘周辺が描かれた地図だ。資料室から持ってきたのだろうか

 

「リバーシティー・トロン・ショッピングモール。この近くで確実に物資を集めるってなったら、多分あそこが一番だ」

 確か、あそこならば事件前に何度か訪れた覚えがある。ここからは平時であれば道にもよるが車で一時間ちょいといった所だろうか

 

 地下一階から地上五階までから成る大型のショッピングモール。食料品店は勿論、衣服や寝具,電化製品の店もあったはずだ

 確かに物資を集める効率で言えば、距離感はさておいて悪くない選択肢ではあるように思える。ただ──

 

 

「……ショッピングモールって、危なくないか? 映画とかだと色んな意味でお決まりの場所だろ」

 そう、くるみちゃんの懸念の通り、物資が豊富と言う事はそれだけ生存者も集まりやすいという意味で

 

 事件当時は多くの人がショッピングモールに居ただろう。ともすれば数十人単位で生存者があそこに籠城していたとしても、何一つおかしくはない

 

 それに加え、奴らは階段を上ることを苦手とする。生存の面だけで言えば、五階にバリケードを作って立て籠もってしまえば、あのショッピングモールでも生存自体は可能だろう

 

 

「俺も最初はそう思ってたんだけどな? ……率直に言うと、あの雨をあそこで生き残れると思うか?」

「……あー」

 くるみちゃんが、得心が行ったように頷く

 

 ……確かに、あそこは平日でさえ多くの人が訪れていた

 ならば()宿()()をしに訪れる奴らの数は、相当なものだろう

 

 この学校でさえ、あの有様だったのだ

 確かにあの雨を凌げるとは、到底思えない

 

 

 

 ──結局の所、遠足には出かける事に決まった

 明日の早朝に着くために夕方頃に出発し、どこか安全な建物で一泊する形になるらしい

 

 発案者の由紀ちゃんは、遠足に持っていくお菓子を選びに駆け出して行った

 

「にしても、お前は反対すると思ってたんだけどな」

 隣を歩くカズが、さも意外そうに口を開く

 

 確かに、外に出るのは危険だ。しかし自分達だけで物資を取りに行くと言った所で、彼女達は納得しないだろう

 そもそもの名目は遠足なのだ。全員で出なければ意味がない

 

「……まあ、物資も情報も欲しいのは事実だしな。それに──」

「せっかく彼女(由紀)がしてくれた提案だ、なるべく尊重したい。だろ?」

 ……わかってるんじゃねえか、と思ったものの口には出さない

 

 

 どちらにせよ出る方針で決まった以上、事前にやれる事はしておくべきで

 二階資料室の扉をくぐり、テーブルに地図を広げる

 

 移動ルートの検討、野営地候補の確認

 ルート上に工具類が手に入りそうな場所があれば、そこを訪れる事も視野に入れてもいいだろう

 流石にあのモールにも工具店はなかった筈だ

 

「実際モールまでどんくらいかかんだろうな? 奴らなり乗り捨てされた車なりで、通れない場所も多いぞ?」

「平時で一時間として……その三,四倍ってとこが妥当じゃねえかな。迂回なりなんなりで時間かかるだろうしな」

 

 カズと共に、ルートの選定は続いて行く

 

 

 

 

 車の窓から見えるのは、夕暮れ時の空

 学校から車を走らせて早二時間。前を走る佐倉先生達の車から、何度目かもわからない後退の合図を受け取る

 隣でハンドルを握るカズが車を後退させるのを眺めながら、ぽつりと呟く

 

「んー、思ったよりも通れない場所多いっぽいな。ルート提案失敗したか?」

 思っていたよりも、乗り捨てられた車や倒壊した電柱などで通れない場所が多い

 どの道住宅街を通らなければならなかったとはいえ、少し失敗したかもしれない

 

「どっちみち、モールに着くにはここを通らなきゃならんしなー。時間はまだまだあるし、問題ねえんじゃね?」

 ハンドルを右へと切りながら、カズは笑う

 確かに、明日の朝に着ければ何も問題はないと言えばそうなのだが

 

 

「……ん? っとと」

 どれほど走ったかはわからないが、不意に車が音を立てて急停止する

 前を見れば、同じく停まっている佐倉先生達の車

 また方向転換かと思ったが、どうやら後退の合図はない様で

 

「どった? なんか止まってるっぽいけど」

「んー、わかんね。ちっと聞いてきてくれ、俺はハンドルから離れられん」

 周りに奴らの姿は無い。確認くらいなら、まあ大丈夫だろうか

 

 ドアを開けて、外へと出る

 佐倉先生の車はエンジンを止め、完全に停車している。……何かあったのだろうか

 

 

 事情を聞くため歩き出した時、フロントドアが開き、くるみちゃんが車から出てきた

 よく見れば、彼女の表情は優れない

「どーしたんです? 何か不都合でもありました?」

 

「あー……いや、ちょっとここ寄っていきたくてさ」

 そう言って彼女が指さした先にあったのは、一軒の家

 表札に書いてあるのは、恵飛須沢の文字

 

「……成る程。中が安全かわかるまで、一緒に行きましょうか?」

「いや、いいよ。すぐ戻ってくるって」

 

 

 安全を第一に考えれば、どう考えても彼女と共に行くべきだろう

 相変わらず彼女の表情は優れず、体は震えている

 そんな状態で万が一、()家族と遭遇してしまえば、どうなる事か

 

 それでも、彼女は一人で行くと言った

 ならば自分に、それを止める権利はどこにも無いように思えて

 ──それに、ここは彼女の領域だ。そこに踏み込む事は、どうしても躊躇われる

 

「……そうですか。なら万が一の事があったら、すぐ呼んでください」

「わぁーってるって。それじゃ、行ってくる」

 彼女が扉の奥に消えて行くのを、ただ見守る

 

 

 彼女が帰ってくるまでしばらくかかるだろう。カズの車へと歩く

「おう、どうだった?」

 車の窓からカズが尋ねてくる

「いや、どうもあそこがくるみちゃんの家らしい」

「あー……、成る程な」

 

 車のエンジンが止まり、辺りには静けさが戻る

 彼女がいつ戻ってくるかはわからないが、見張りはしておいた方がいいだろう

「それじゃ、俺は玄関周りでも見張ってくるわ」

「おう、気ぃつけろよ。こっちはいつでも出れる様にしとくからさ」

 

 

 

 玄関の周りを見張る事、数十分

 彼女が玄関から出てくると同時に、由紀ちゃんが車の窓から顔を出す

 彼女が帰ってきたのだ。ならば、かける言葉は一つだろう

 

「くるみちゃんおっかえりー!」「おかえりなさい、くるみちゃん」

「……ただいまっ! さっ、行くか!」

 

 

 

Side:若狭悠里

 

 

 くるみの家を後にした私たちは、その後ショッピングモール付近のコンビニエンスストアで夜を明かす事になった

 

 寝ている皆を起こさない様に静かに車のドアを開ける

 外で見張りをしている彼のもとへと歩き、お茶の入ったコップを手渡す

 

「お疲れ様、葵君」

「……あぁ、りーさんでしたか」

 ありがとうございます、という声と共に、彼がコップを受け取る

 その表情は、ほんの少し眠たげだ

 

「それで、どーしたんです? 寝とかないと明日に響きますよ?」

「なんとなく眠れなくて。隣いい?」

 彼が頷くのを確認して、彼の隣に腰を下ろす

 

 

 

 私たちの間を、沈黙が流れる

 周囲には"かれら"の姿もなく。ともすれば、見張りなんて必要ないんじゃないかと思えるくらい、平和だった

 空を見上げれば、満天の星空。明かり一つない街からは、その星空はとても綺麗に見えて

 

「……寝付けないんだったら、眠くなるまで手でも繋いでいましょうか?」

 唐突に、彼がそんな言葉を口に出す

 差し出された手に、からかう様な彼の笑み。それを見ていたら、なんだかこちらも悪戯をしたくなってきて──

 

 

「それじゃ、お言葉に甘える事にするわ」

「え゛っ」

 彼の呻くような声と同時に、彼の手を取る

 思っていたよりも、固い手のひら。伝わってくる彼の体温

 

「あのー……流石に冗談ですよね?」

 困惑している様子の彼

 なんだか、だんだん楽しくなってきた

「あら、手を繋ごうって言ったのは葵君でしょ?」

 

 そう告げると、彼は口ごもる

 自分から言い出した手前、撤回するのも憚られるのだろう

「……わかりました。わかりましたからなるべく早く眠くなってくださいね」

 精神衛生上よろしくないですから。と、彼は半ば諦めた様に笑った

 

 

 

 どれほどの時間が経っただろうか

 相変わらず私と彼の間に会話はなく。ただ生ぬるい外気と、彼の手から伝わる体温だけがそこにあった

 

 ──徐々に瞼が重くなる。そろそろ、車の中へと戻らなければ

 そう思うも、頭が思うように働かず。体を動かすのも億劫で

 

 隣を見れば、肩を預けるのにちょうどいい具合の人物がそこに居た

 あぁ、ならばそれでもいいかもしれない

 

 彼に肩を預け、瞼を閉じる──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.そうぐう

Side:恵飛須沢胡桃

 

 太陽の光が顔を照らす

 前の座席を見れば由紀とめぐねえはまだ夢の中で、起きる様子は見られない

 ふと気が付けば、車の外から何か声が聞こえる

 

 僕を信頼してくれているのは非常に嬉しいです。ですが、こういった事は由紀ちゃんかくるみちゃん辺りに──

 

 葵の声だ。声の感じと内容からして、誰かを叱っているらしい

 由紀たちを起こさない様に扉を開け、車の外へと出る

 

 「確かに僕が言い出しっぺですから、少なく見積もって三,四割方の非があるのは認めます。ですが、それとこれとは話が別で──っと、おはようございます。くるみちゃん」

 

  

 そこに居たのは、葵とりーさんだった

 状況的に、葵が叱っていた相手はりーさんなのだろうか

 

「おはよ、何かあったのか?」

「やー……まぁ、色々ありましてね」

 葵は言葉を濁す。よくわからないが、何かあったことは確からしい

 

「すみませんが、他の三人を起こしてきてもらえますか? 食事をしたら出発しましょう」

「わかった。何があったのかわかんねーけど、程々にしといてやれよー?」

 とりあえず、めぐねえ達を起こしにいくかー

 

「ほら起きろ由紀ー、朝だぞー」

「んゅ……おはよ、くるみちゃん……」

 

 眠そうに目を擦りながら由紀が目を覚ます

 眠たげな眼で辺りを見回し、首をかしげている

 

 僕だってあまりくどくどと言いたくはないです。ですが明確にしておくべき一線と言うものが──

 

「……どしたの? あれ」

「さぁ?」

 

Side out

 

 

 食事を終えた俺たちは、野営地にしていたコンビニエンスストアを去った

 

「なるほどなー、それで見張り交代しに来なかったのか」

「信頼してくれてんのは嬉しいし、言い出しっぺが俺だから俺も悪いってのもわかんだけどさぁ……」

 隣でハンドルを握るカズが楽しそうに笑う。……他人事だと思いやがって

 昨夜の件で一睡もする事ができず、正直かなり眠い

 

「ま、帰りも俺が運転すっから、そん時にでも寝とけ」

「そん時になったら、帰って寝ても同じ気はするけどな……」

 

 ショッピングモールが遠くに見える

 目的地は、もうすぐだ

 

 

 

「とうちゃ~く!」

 車から飛び出した由紀ちゃんがくるりと一回転している

 周囲に奴らの影はない。一先ず駐車場付近は安全だろう

 

 

「とりあえず捜索するべきは地下一階と三,四階か」

 車から出ると、いつの間にかショッピングモールの見取り図らしきものを手にしていたカズが、ぽつりと呟く

 

「地下ってなると奴らが溜まってそうだな……食品売り場だったっけか?」

「おう、ここにも避難区画があるって話だったんだが、これには書いてねえんだよなー」

 それは当たり前だろう。むしろそんなものまでパンフレットに書いてあったら、ここの機密管理はどうなっているのかと疑わざるを得ない

 

 

 ……ちょっと待った。避難区画? ここに?

 あの避難マニュアルにはここの事は書いてなかった筈だ

 

 アイツの持っている見取り図らしきものを改めて見れば、それはパンフレットの類ではなく、手書きの類で

 

 そんなものを一体どこで──

 

 

「おーい、置いてっちまうぞー」

 思考の海に沈みかけた所を、くるみちゃんの声に引き戻される

 

「あっ、今行きまーす」

 どちらにせよ、これについて考えるのは後だ

 学校に帰ってからアイツに問いただしでもすればいい

 

 

 

 入口からモール内を窺えば、疎らとは言え奴らの影は多い

 二階や三階にも奴らの影は見えて、いちいち相手をしていてはキリがないだろう

 

「……どーします? 思ったよりも多いですね」

 半数が戦えるとは言え、六人という大人数である以上、ある程度計画性を持った行動が必要だ

 

 最初の目的地は地下にある食料品フロアだが、地下に繋がる階段はここから近いとは言い難い

 それに食料品店ともなると陳列棚の間のスペースも狭く、死角も多いだろう

 絶対に全員を守りきれるとも限らない

 

「そうね……地下に続く階段に近いのはどこ?」

「最寄りが音楽関係のテナントらしいです」

 佐倉先生の声にカズが持っている見取り図を見れば、最も階段に近いのは音楽関係らしき店

 

 

「地下ならアタシと葵とカズの三人で行って、二往復くらいしてくればいいんじゃないか?」

 ……確かに、それは一理ある

 

 中の安全さえ確認して、シャッターを閉めてしまえば一時的な安全地帯にはなる

 戦えるメンバーだけで往復してしまえば、ある程度安全ではあるだろう

 

「んー……じゃあそれで行きますか。安全に越したことはないですしね」

 皆が頷く。決まったのならば、行動に移すのは早い方がいい

 隊列を確認し、なるべく気付かれぬ様、走り出す

 

 

 

 地下一階、食料品フロア

 想定していた通り奴らの影は多く、生鮮食品のせいか、異臭も漂っている

 

 目標はまだ無事であろう缶詰コーナー

 奴らの群れの向こうにケミカルライトを投げ、進行方向以外へと誘導する

 

 

「……これは、役に立つな」

 棚からリュックへと缶詰を移しながら、独りごちる

 

 りーさんの発案で受け取って来たものだが、ブザーと違って遠くの奴らまで引き寄せる心配もない

 狭い空間ではこちらの方が役立ちそうだ

 

 彼女はこういった所でも機転が利く。頼もしい人だ

 自分やカズ(脳筋共)なんかではこんな事は思いつかなかっただろう

 

「こっちは終わりましたー、そっちも動けますか?」

 なるべく小声で呼びかけつつ、くるみちゃん達の方を向く

 既に準備を完了している様だった

 

「それじゃめぐねえ達の所に戻るか。棚の影とかには気をつけろよ?」

 彼女の言葉に頷き、食品フロアを後にする

 

 

「ただいま戻りましたー」

 階段を駆け上がり、音楽ショップのシャッターを潜り抜ける

 声に反応して、由紀ちゃんが駆け寄ってきてくれていた

 

「おかえりー! 大丈夫だった?」

「ええ、数は多かったですがフロア自体は広かったので」

 

 由紀ちゃんへとリュックを手渡す

 それなりに軽くしてきたので、小柄な彼女でも問題なく背負えるはずだ

 現に、彼女はリュックを背に飛び跳ねている

 

 

「あ、りーさん。"これ"、助かりました」

「そう? よかった」

 くるみちゃんからリュックを受け取っているりーさんに、ケミカルライトを示す

 彼女はくすくすと微笑んでくれていて。やっぱりお礼は素直に言うべきだな、と実感する

 

「それじゃ、もうひとっ走り行ってくるか」

 空のリュックを背負い直し、再びシャッターを潜る

 

 

 

 三階、婦人服店前

 賑やかな店内を尻目に、店の外で辺りを見張る

 付近の奴らは粗方掃除した為安全ではあるとは思うが、念のためだ

 

「……しっかしまぁ、楽しそうだな」

「女性の買い物はこういうものだって、相場が決まってるだろ?」

 

 それにあの日から今まで制服だけで生活してきたのだ

 今日ばかりははしゃいだ所で、バチは当たらないだろう

 俺たちは、待っているだけでいいのだ

 

 

「そりゃそうだけどな。まぁ時間はあるし特に問題は──」

 苦笑いしていたカズが、何かに気づいた様に真剣な表情に変わる

 同時に突然屈み、エスカレーターの方へと耳を澄ましていて

 

「ん? どーした」

「──シッ!」

 静かにしろ、と言う事なのだろう

 カズに倣い俺も屈む。……奴らの群れでも来たのだろうか

 

「……エスカレーターを上る足音、一人分。随分としっかりした足音だ」

「……生存者か?」

 

 このモールには生存者はいないと踏んでいたのだが、自分達が着いた後からやって来た人間だろうか

 どちらにせよ単独であるのならば、よほどの相手でもない限りこちらが有利だろう

 

「どうする?」

 あくまで確認をする様な、カズの問い。そんな事、決まっている

 

 

「……とりあえず制圧、その後に見逃すか処分するか考えよう。彼女達の手を煩わせるまでもない」

 何より、彼女達を危険に晒すわけにはいかない

 

 音はだんだんと近づいてきている

 幸か不幸か、ここからエスカレーターは近い。身を屈めながら音のする方へと近づく

 エスカレーター脇の物陰へと隠れ、足音の主を待つ

 

 

 足音の主が三階まで上りきった瞬間、カズと同時に物陰から飛び出す

「うわっ!?」

 

 男と思しき、驚いたような声が響く。相手が立ち止まっているならば、都合がいい

 シャベルの柄を首へと押し付け、押し倒す

 

 奇襲の甲斐あってか、男は思ったよりも容易に倒れこんだ

 即座に馬乗りになり両腕を抑え込む。これで抵抗はある程度防げるはずだ

 カズは男に暴れられても対処できるように、バールを突き付けてくれている

 

「……随分と、あっけなかったな」

「お前は誰だ、何の目的でここに来た。……俺達に害意はあるか」

 男を押さえつけながら、質問をぶつける

 

 

「ったた……僕は物資の補給でここに寄っただけだよ。君たちが居る事なんて知らなかったし、危害を加えるつもりは微塵もない」

 そう答えたのは、無精髭を生やした眼鏡の男。身長は俺よりも少し低い程度だろうか

 

 抵抗する気はないらしいこの男は、両腕に力を入れぬままだ

「どーする? 俺はこのおっちゃんに害はないと思うけど」

「そうだな……」

 

 

「二人とも、どうしたの!?」

 男の処分を決めあぐねていた所に、佐倉先生の声が響く

 声のする方を見れば先生が駆け寄ってきていて、他の三人も洋服店から心配そうにこちらを見ている

 

「あ、佐倉センセー。危ないかもしれないんであんま近寄らないでくださーい」

 カズが先生へと手を振っている。正直、あまり近づかないでくれると助かるのは事実だ

 

 ……どちらにせよ、彼女達に見られた時点で結論は決まった様なものか

 

 

「正直、貴方を生かしておく理由は一つたりともないです。彼女達の安全を最優先とするならば、ここで処分してしまった方が得策でしょう」

「……そうか。なら、僕はここで殺されちゃうのかな?」

 

 半ば諦めたような男の声。諦めるには、まだ早いと思うのだが

 

「──ですが、僕は彼女達の前ではいい人であろうと決めています」

 押さえつけていた腕を離し、馬乗りになっていた男の上から退く

 未だ地面に寝転んだままの男は、意外そうな表情をしている

 

「まずはあらぬ誤解をした事への謝罪を。彼女達を護る為とは言え、すみませんでした」

「いや、いいよ。僕だって同じ立場だったら同じことしてただろうしね」

 そう言って、彼は立ち上がる

 

「僕は佐竹、佐竹正昭(さたけまさあき)。君の名前は?」

「白井葵と言います。よろしくお願いします、佐竹さん」

 

 彼の差し出した手を握り返し、握手を交わす




がっこうぐらし完結っ!がっこうぐらし完結っ!
画集と限定グッズ諸々買えてご満悦


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.であい

 佐倉先生達には一先ず問題はない事を伝え、婦人服店での買い物に戻って貰った

 店の前で警戒を続けながら、佐竹さんとの会話を続ける

 

「……それじゃあ、佐竹さんはその恋人さんを探している、と」

「そうだよ。尤も、まだ手掛かりの一つすら見つけてないけどね」

 

 彼の話によれば、あの事件があった日から出会えていない恋人を見つける為に、独りバイクで旅をしているらしい

 

 

「……あー、その。物凄く言い辛いんですが」

「わかってるよ。……恐らく僕が死ぬのが先か、彼女が死んでいるのを見つけるのが先かくらいの違いしかないんだろう」

 

 そうだ。こんな世界では、一度別れてしまえば再会などは望むべくもないだろう

 

 自分とカズが再び出会えたのは、自分のいる場所をカズが知っていたからこそだ

 居る場所も、生きているかどうかもわからない相手を探し歩くなど、正気の沙汰ではない

 

「でも、止めるわけにはいかない。この先に待っているのがどんなものであっても、ね」

 それでも、強い決意を持った瞳でそう語る彼を、止める権利などありはしないのだろう

 

 例えその先にある結末が、どんなものであったとしても

 

 

「そういえば、この階に役に立ちそうな物資ってまだ残ってたかい?」

「あー、確か防犯ブザーならあそこの店にまだありましたね」

 

 そう言えばここには物資の調達の為に立ち寄った、と言っていた事を思い出す

 ここまで上がってきたという事は食糧はもう持っているだろうから、あとは奴らを回避する為の道具だろうか

 

 流石に根こそぎ物資を取ってきている訳ではない。まだあそこの店に残っているだろう

 

「おーい、暇なら佐竹さんをあそこの店まで護衛してやってくれー」

 手すりにもたれかかって階下を眺めているカズに、同階にある店を指し示して護衛を頼む

 こっちの見張りは、どちらか一人が居れば大丈夫だろう

 

「ん、あいよー」

 二人が遠ざかっていくのをぼんやりと見送る

 件の店まではそこまで遠くないので、その内に帰ってくるだろう

 

 

 

「おっまたせー! あれ、カズくんとあのおじさんは?」

 ──由紀ちゃんの声が聞こえる。どうやら、立ったままウトウトとしていたらしい

 立ち寝などしていては見張りの意味がない。気を付けなければ

 

「わざわざ見張りありがとう、白井君。……それで、大丈夫そうだった?」

 大丈夫、とは恐らくは佐竹さんの事だろう

「僕の主観でいいんでしたら、特に害はなさそうですし多分大丈夫だとは思いますけどねー」

 

 彼に関しては遭遇した時に武器すら持っていなかった上、話していた目的が目的だ

 恐らくはまぁ……大丈夫だろう。それに万が一の事があれば二人で取り押さえられる

 

 

 結局の所、モール内を佐竹さんが同行する事に反対意見は出ず

 佐竹さんとカズが戻り、四階へと上がる道すがら、軽い自己紹介と彼の目的について話をした

 

「へー、なんだかロマンチックー!」

「はは、そう思うかい?」

 佐竹さんの目的を聞き、由紀ちゃんが羨ましそうに声をあげる

 

 見れば、彼ともう仲良くなっている様だ

 誰とでもすぐに仲良くなれるというのは、彼女の才能の一つなのだろう

 

 

 紳士服売り場へと入り、適当にサイズの合う服をかっぱらっていく

 ファッションなど露程もわからないので、デザインはどうでもいい。実用性さえあればどうにでもなる

 

 食糧は取ってすぐ車の中へと置いてきた。おかげでバックの容量にはまだ幾分か余裕がある

 

「服も取りましたし、五階に向かいますー?」

「五階っつったら……確か電化製品の売り場があるんだっけ?」

 

 くるみちゃんの言葉に、見取り図を持っているカズが頷いているのが見える

 正直電化製品についてはどちらでも良い気がするが、上の階に上がるほど奴らの数は少ない。行ってみて損はないだろう

 

 

 五階への階段を上りきれば、目の前には段ボールの山

 ……恐らくは、バリケードの意図をもって積まれた物だろう

 

「……おい、生存者なんていないはずじゃなかったのかよ」

「……おかしいな、もしかしてマズったか?」

 

 雨がどうこうで生存者がいないだのと宣っていたバカに、耳元で囁く

 生存者がいるならば、勝手に物資を持っていくのはマズイだろう。……最悪、対立しかねない

 

「んー、とりあえずバリケード越えてちっと見てくるわ。相棒、リュック持っててくれ」

「あいよっと」

 

 

 全員(約一名は除く)が心配そうに見つめる中、アイツは器用に段ボールの山を登っていく

 そのまま、扉のフレームとバリケードの隙間から向こうへと消えて行く

 

「おーい、どうだー?」

 着地の音。数瞬の静寂が訪れる

 

「……やっべえ!」

 次に聞こえたのは、焦った様なカズの声

 数秒を置いて、カズがバリケードの上から転げ落ちてくる

 

「おい、どうした!?」「何かあったの!?」

 カズに駆け寄る佐倉先生。……恐らくアイツの様子からして、よくない事が起こったのだろう

 説明するのも惜しいとばかりにカズが叫ぶ

 

「四階……いや、三階まで撤退! 俺と相棒が殿をするからくるみが前行ってくれ!」

 

 段ボールの崩れる音。崩れたその向こうには、奴らの影

 皆の表情が、凍る

 

 

 

「……危なかった」

 婦人服店内。周りを見れば皆が皆、息があがっている状態だ

 

 ──バリケードの向こうに奴らが居た。それが意味する所はつまり

 

「……どーにも遅かったみたいでな。バリケードの向こうにあったのは布団やら食糧のゴミと、焼けた跡」

 

 恐らくここにも生存者が居たという推察は、合ってはいたのだ

 ただ、それは思っていたよりも早く崩壊していた。それだけの事なのだろう

 

「あそこで生活してたけど誰かが感染、内からぶわっとって感じだわな」

 カズの言葉を最後に、部屋に沈黙が流れる

 ──彼らを救えなかった事を、彼女達は気にしているのだろうか

 

 

「そろそろ帰る? 五階はあの状態だったし……」

「んー、そうですね。必要なものは確保しましたし、いいんじゃないですか?」

 

 皆が頷く、ここにはもう何もない

 何かが必要になったらまた来ればいい

 

 

 

Side:直樹美紀

 

 引き留める事が、できなかった

 あの日見た親友の、悲しげな瞳が今も目に焼き付いている

 

 

 ──生きていれば、それでいいの?

 

 

 ──良い訳がない

 ここに籠っていても、やがて訪れるのは緩やかな死だけだ

 それでも、無策に外界へと飛び出すのはあまりにも無謀が過ぎて

 

 

 大丈夫、必ず助けを呼んでくるから──

 

 

 

 何かが崩れ落ちるような、大きな音

 その音で、目を覚ます

 

 ──"彼ら"がバリケードを崩したのだろうか。扉に耳を当てて外を窺うも、"彼ら"の足音しか聞こえるものはなく

 

(気にしすぎか……)

 どこか期待していた自分を慰めつつ、バリケードを戻す──

 

 ──四…、…や……………撤…!

 

「ッ!」

 扉へと振り向く

 男性と思しき声が、扉の向こうからかすかに、だが確かに聞こえた

 

「……誰か居るの?」

 口から零れるのは、掠れる様な声。そんな声では、返ってくる言葉はどこにもなくて

 確かに、確かに聞こえたのに。すぐそこに居たかもしれないのに

 

「ねえ! 誰か居るの!?」

 

Side out

 

 

 モールの出口をくぐる

 あれから目立った戦闘もなく、全員が無事に脱出する事が出来た

 車のトランクを開けて、皆からリュックを受け取ってはトランクに詰めていく

 

 

 最後に由紀ちゃんからリュックを受け取ろうと彼女の方を向けば、彼女はじっとモールの入り口を見つめていた

 

「由紀ちゃん、どうしました?」

「……今、何か聞こえなかった?」

 

 その言葉を聞きカズに視線を送るも、カズは黙って首を振る

 佐倉先生達にも、何も聞こえていない様だった

 

「ほら! 声が聞こえた!」

「……聞き間違いじゃないですか?」

 

 

 確かに彼女は聡い所があるが、流石に聞き間違いだろう

 正直五階のあの様を見てきた後では、他に生存者が居るとは思えない

 

「助けてって、聞こえたもん!」

「丈槍さん!?」

 

 由紀ちゃんが入口へと駆けていく。流石に黙って見送る訳には行かない

 トランクを勢いよく閉め、急いで彼女の後を追う──

 

 

 モール内には、大きな音が響いていた

 でたらめなピアノの音。恐らく、何らかの理由で奴らが群がっているのだろう

 まさか本当に──

 

「いた! あそこ!」

「おいっ! 大丈夫か!?」

 由紀ちゃんの指の先には、ステージの上のグランドピアノ

 その上には人の姿。恐らく制服からして、同じ高校の生徒

 

 駆け寄ろうとする由紀ちゃんを、肩を掴んで制止する

 同じようにくるみちゃんが駆け出そうとするも、すぐにその足を止めた

 ……ピアノの周りに、奴らが多すぎる

 

 

 自分達の存在に気が付いたのか、奴らの内のいくつかが、こちらへと寄ってくる

 それでもピアノに集った奴らの数は三十を下らず、ピアノの音で更に周りからおびき寄せられるだろう

 

 奴らの頭にシャベルを振りかぶり、ポケットに突っ込んでいた防犯ブザーを放りながら、荷物を車に置いてきてしまった事を今更ながら後悔する

 

 三階や四階で取ってきた物資は殆ど車の中だ

 唯一由紀ちゃんのリュックは残っているが、その中身は衣類だけだろう

 

 佐竹さんも集めたブザーをいくつか放ってくれているので、それだけが頼りだ

 

 

「……くそっ、こんな事してたらアイツが危ねえ!」

 くるみちゃんが悪態をつく

 ピアノの音に寄ってくる数にも限りがある為、防犯ブザーに引き寄せられたのも合わせて奴らの数は減ってきてはいるだろう

 

 それでも、ピアノの上の彼女がいつまでも安全であるという保証もない

 どうする

 どうする──

 

 

「葵、カズっ! アタシを"飛ばせ"!」

 飛ばす、三人組──

 そう言えば、何かの競技でそんな技を見た事がある気がした

 

「カズ!」「あいよっ!」

 隣でバールを振るうバカに合図をする

 

 二人でしっかりと指を組み、手の甲を下に

 助走をつけた彼女が手を踏み台にする瞬間に自分達も彼女を持ち上げ、彼女は遠くへと跳んでいく

 

 

 そして皆が見守る中、彼女がピアノの上へと着地する

「──待たせたな。もう大丈夫だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.ようこそ

Side:直樹美紀

 

 ピアノの上に、シャベルを持った女子生徒が舞い降りる

「待たせたな、もう大丈夫だ」

 

 その姿は、まるで物語のヒーローの様で──

 

 

 

 "かれら"の群れを殲滅した三人の生徒によって私は助け出された

 無事にショッピングモールから脱出し、荷物の整理をしている光景をぼんやりと眺めていると、一人の女性が話しかけてきた

 

「大丈夫だった? 怪我はない?」

「はい、大丈夫です。……えっと」

 

 目の前の女性には、残念ながら覚えがなかった

 恐らく巡ヶ丘高校の先生だとは思うのだが、私の授業を担当していた先生の中に、この女性は居なかった

 

「私は佐倉慈。巡ヶ丘学院高校の国語教師をしているわ」

「2年B組の直樹美紀です。よろしくお願いします、佐倉先生」

 

 佐倉先生とそんなやりとりを交わしていると、猫耳型の帽子を被った女子生徒が駆け寄ってくる

「わたしは3年C組の丈槍由紀だよ! よろしくっ!」

「えっと……よろしくお願いします。由紀先輩」

 

 "先輩"、と言う私の言葉に感動に打ち震えている彼女は、どうやら私の先輩らしい

 ……正直、同学年か後輩と思っていただけに、少し驚いた

 

 

 その後、同じ制服を着た生徒が集まって、代わる代わる自己紹介をしてくれた

 ──その中に、当然圭は居なかった

 

Side out

 

 

「あの……私の他に女子生徒を見ませんでしたか? 圭っていって、私と同じくらいの子なんですけど」

 車に由紀ちゃんの持っていた荷物を詰めていると、さっきまで由紀ちゃん達と話していたはずの美紀さんが話しかけてきた

 

「んー……美紀さん以外は見てないですね。一緒に居たんですか?」

「……一緒に居たんですけど、数日前に出て行っちゃったんです」

 

 ……数日前に出て行った

 という事は徒歩であろうとは言え、この周辺にはもう居ないだろう

 探しに行くには、あまりにも手掛かりがなさすぎる

 

 

 自分達の他に外を旅していた佐竹さんも、ここ最近で生存者を見たのは自分達だけだと言っていた

 という事は、恐らく彼も見かけてはいないだろう

 

「……すみません、僕たちが来るのがもう少し早ければよかったんですけど」

「いえ、先輩達のせいじゃないです。引き留められなかった私が悪いんです」

 

 どこか気まずい雰囲気を感じながらも、荷物を詰め終え、トランクをしめる

 

 

 荷物の整理を終え、出発の準備は整った

 佐竹さんもバイクに跨っていて、こちらに笑顔を向けている

 

「それじゃあ僕はもう行くよ。皆、元気でね」

「ええ、佐竹さんもお元気で」「じゃあねー!」

 

 佐竹さんの乗ったバイクが音を立てて走り去っていく

 その光景を見守りながら、くるみちゃんがぽつりと呟いた

 

「……なぁ、うまくいくと思うか?」

「いいえ? うまくいって欲しいとは思いますけど、正直うまくいくとは思いませんね」

 

 自分としてはうまくいってほしいとは思っているが、願望と現実は別物だ

 終わりゆくこの世界で、彼の目的はあまりにも無謀が過ぎる

 

「十人が何かを為そうとした時、その中の一人がそれを為せればいい方だと誰かが言っていました。確率的には、まぁそういう事なんでしょう」

「……そっか」

 

 なんにせよ、彼に対してできる事はもうない

 どんな結末になるのかは彼次第だ

 

「……さてと、それじゃあ僕たちも帰りましょうか!」

 

 

 

 ──車の停まる音で、目を覚ます

 思考は霞みがかったようにぼんやりとしたままだが、どうやら学校に着いた様だ

 車の窓からは、夕焼けの空が見える

 

「おう起きろ。着いたぞー」

 ドアの開く音と、カズの声

 それと同時に、車の外からは由紀ちゃん達の声

 

「……おう、今行く」

 正直言ってまだ寝足りないが、夕方とは言えまだ奴らの影はある

 彼女達を放っておく訳にもいかない

 

 

 一先ず背負えるだけの荷物を持って、バリケードを乗り越える

 ……機嫌よく先頭を歩く由紀ちゃんとは対照的に最後尾、もとい隣を歩く美紀さんは随分とげんなりとした様子だ

 

「……お疲れ様です。車の中で相当もみくちゃにされたみたいですね?」

「……はい、正直すごく疲れました。先輩達が悪い人じゃないって事はわかったんですけど」

 

 相当由紀ちゃん(恐らく彼女だとは思う)の相手で疲れたのだろう

 ただまぁ、車の中で交流できたのはいい事だとは思いたい

 

「食事をしてシャワーを浴びたら、すぐ寝てしまっても構いませんよ。寝具はこちらで探しておきます」

「……シャワーがあるんですか?」

 

 彼女の表情がほんの少し輝く

 女性にとってシャワーのあるなしだけでも大違いだろう

 

「ええ、屋上に太陽電池があるので。曇り続きとかじゃなければ大抵は使えますよ」

 彼女の表情が更に輝く。見ていてとても微笑ましい

 

 

 倉庫として使っている部屋に荷物を置き、食事の時間まで解散になった

 女性陣は相変わらず美紀さんを中心に会話をしているし、カズは地下に今日の夕食の材料を取りに行った

 

 かく言う俺は、美紀さん用の布団を探しに部屋を巡り歩いていた

「……ん?」

 

 そんな最中、一つの小包を見つける

 これは──

 

 

 

「それじゃあ、いただきます!」

「「「「「「いっただっきまーす!」」」」」」

 

 佐倉先生の声を合図に、皆が食べ始める

 目の前には皿の上で湯気をあげるステーキ

 美紀さんが合流したのだから、今日くらいはいいだろうという佐倉先生の判断だ

 

「おいしい……」

「だろー!?」

 心なしか光が射している様に見える美紀さんに、くるみちゃんが同意を求めている

 やはり、良い事があった時は美味しい物を食べるに限る

 

「あとどんくらい残ってた?」

「この人数ならあと一回だなー」

 

「りーさんおかわりー!」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

 

 賑やかな食事も終わり、生徒会室にほんの一時の静寂が戻る

 アレをするならば今しかない。既に見つけた小包の中身を渡しておいた皆に目配せをする

 

「「「「「「ようこそ! 巡ヶ丘学院高校へ!」」」」」」

 乾いた音がいくつも鳴り響き、紙吹雪が舞う

 呆気にとられている美紀さんに微笑みながら、この場にいる全員を代表して言葉を紡ぐ為に、一歩踏み出す

 

「僕たちは貴女を歓迎します。ようこそ、直樹美紀さん」

 呆気にとられていた彼女は、いつの間にかくすくすと微笑んでいて

「……ありがとうございます。これから、よろしくお願いしますね」

 

 

「それじゃあ、シャワーを浴びて寝る準備をしましょうか」

 佐倉先生の言葉に頷き、それぞれが席を立ち更衣室へと向かう

 

 

 

 ──生ぬるい風が頬を撫でる

 陽はとうに落ち、皆が床に就いてからしばらくの時間が経った

 

 車の中で仮眠を取ってしまったせいか、眠いにも関わらず寝付けない

 順調に生活リズムが乱れていっている様な気がしないでもないが、後で正せばいいだろう

 

 なにはともあれ、今日は収穫の多い一日だった

 純粋に物資を取ってこれた事もそうだが、新しい仲間である美紀さんも友好的だ

 

 ……万が一にでも敵対的、あるいは否定的であったなら、かなりマズイ事になっていただろう

 

 

「……葵先輩?」

 扉の音が響く。声に誘われ視線を向ければ、そこには美紀さんが居た

 

「ん、どうしました? 今日くらいは早く寝ると思ってたんですけど」

「……周りに人が多くて、どうにも寝付けなくて」

 

 確かに、今ではすっかり慣れてしまったが、過去においてはあの中で眠るのはそれなりのストレスであった気もする

 つい昨日まで一人で過ごしていた彼女なら、猶更かもしれない

 ……彼女も今日から大切な仲間だ。できる限りの手助けはしてあげたい

 

「僕が眠くなるまででいいなら、お相手になりますよ? 僕も寝付けなかった所ですし」

「……ありがとうございます」

 そう言って彼女は、膝を抱えて手すりにもたれかかる

 

 

「……私、こんな幸せでいいのかなって思うんです」

「……それは、お友達に対する負い目ですか?」

 

 数日前にショッピングモールを出て行ってしまったという、圭と言う名の彼女の友人

 彼女は、その友人に負い目を感じているのだろうか

 

「……わかりません。でも、漠然と不安になってしまって」

「……そうですか」

 

 恐らく自分は、残念ながら彼女の苦悩に対する解決策を持ちあわせてはいないのだろう

 友人を喪った彼女の悲しみも、彼女の過ごした孤独の日々も。真に理解する事は出来はしない

 

「でも、美紀さんは今まで頑張って来たのでしょう? なら、少しくらい幸せになってもバチは当たらないはずです」

 なにより自分がもし圭さんの立場だとして、友人の幸せを願わないなど、ある訳がない

 

「それにきっとまた会えますよ。圭さんも、そう信じているはずです」

「……気休めですか?」

「ええ、気休めです」

 

 きっぱりと言い切る。下手に誤魔化すよりも、こちらの方が性に合っている

 ……それが可笑しかったのか、美紀さんは小さく噴き出して

 

「……ありがとうございます、先輩」

「いえいえ、気にしないでください。新しい後輩のためですから」

 

 

 屋上に一陣の風が吹く。……そろそろ、流石に眠くなってきた

「それじゃあ僕はもう寝ますね。美紀さんも、あまり夜更かしはダメですよ?」

「はい。おやすみなさい、先輩」

 

 美紀さんの言葉を背に、扉をくぐる



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.おてがみ

Side:典軸和義

 

 ──確かあれは、高校の入学式から間もない春の事だ

 アイツの父親に呼び出され、俺は巡ヶ丘市駅近くのカフェテリアに訪れていた

 

「君をあの子の友人と見込んで、頼みがあるんだ」

「……なんですか? 出来る範囲でなら聞きますけど」

 

 正直、俺はこの男が苦手だ

 殆ど会話をした事がないというのもそうだが、何というか……その身に纏う雰囲気の様な物が苦手だった

 

 

「別に何か特別な事をして欲しいという訳じゃない。これを渡しておきたくてね」

 その言葉と共にテーブルの上に置かれたのは、どこかの家の鍵らしきモノと、一枚の地図

 

 地図の方は書かれている内容からして、恐らく巡ヶ丘市周辺の物だ。一か所に赤い丸が描かれている

 鍵の方は……俺が既にアイツの家の合鍵を持っている以上、アイツの家のものではないだろう

 

「……なんですか、これ?」

「避難シェルターの鍵と、シェルターの場所を示した地図だ。きっと万が一の時に役に立つだろう」

 

 意味がわからない。そんな物を赤の他人の俺に渡すくらいだったら、自分の子供に直接渡せばいいではないか

 そんな俺の考えを察したのか、男は言葉を続ける

 

「意味がわからない、という顔をしているね。頼みというのは他でもない、万が一の事が起こるまで、これの事をあの子には秘密にしておいて欲しいんだ」

「はあ?」

 

Side out

 

 

「ん? 何してるんです?」

 遠足から数日経ったある日の事。生徒会室の扉をくぐれば、佐倉先生と由紀ちゃんが小さな紙に何かを書き込んでいた

 

「あら、白井君」

「お手紙書いてるの! ほら!」

 

 由紀ちゃんが見せてくれた紙には、"わたしたちは元気です"という大きな文字と、自分達七人を模したであろう絵

「おぉ、上手ですね」

 

 ただ、手紙を書いた所でどうやってそれを届けるのだろうか

 本来その役割を果たすべき機関は、既に機能を停止して久しい

 

 その答えは、彼女達が教えてくれた

「ふっふーん、これだよ!」

「理科室にヘリウムガスがあるはずだから、それを使って飛ばすつもりよ」

 

 由紀ちゃんが傍らから手にしたのは、沢山のゴム風船

 随分とファンシーな手法ではあるが、理屈は通っている

 

 

 ただ、二人だけで手紙を飛ばすというのは些か寂しいだろう

 どうせならこういったイベントは全員で楽しみたい

 

 カズはバリケードのメンテナンスをしていたはずだし、美紀さんは図書室に入っていくのをさっき見かけた

 くるみちゃんとりーさんは……この時間ならば屋上の菜園だろうか

 

「そういう事なら皆も呼んできましょうか。ついでに理科室に行ってガスも取ってきますよ」

「よろしくね、白井君」

 

 

 

 美紀さんには既に図書室で声をかけ、生徒会室へと向かって貰った

 カズに声をかけ終わり、残る二人に声をかける為に廊下を歩く

 

「外に手紙ねえ……てっきりお前はそういうの嫌がるかと思ってたけどな」

「……これを出したからっつって、今すぐどうこうって事もないだろ。接触してくるとすればそれこそ、長距離を移動する余裕のある人間くらいなもんだ」

 

 遠足で見た外の状態からして、受け取る人間がいるとしたら遠方の人間になるだろう

 そして遠方の人間がこちらにわざわざ接触しに来るとしたら、それはよほど余裕のある人間か、救助を目的とする人間くらいなものだ

 

 それに、いつまでもここで生活をしている訳にもいかない。ならば僅かな可能性であったとしても、救助の可能性という奴に賭けてみるのも悪くないだろう

 

「んじゃ、俺は理科室で取るもん取って先に生徒会室行ってるわ。くるみとりーさん呼んでくるのは頼むなー」

「あいよー」

 

 

 階段を上がり、扉を開ける

 予想通り、そこではくるみちゃんとりーさんが作業を行っていた

 

「ん? どーした」「どうしたの? 葵君」

「由紀ちゃんの提案で手紙を飛ばす事になりまして、二人もどうです?」

 その言葉に、くるみちゃんが目を輝かせる

 

「おぉー、手紙を飛ばすって言ったらやっぱ鳩だよな!」

「……捕まえるんですか? 今から?」

 確かに鳩などの鳥類はそこら辺でも見かけない事もないが、捕まえるとなったらどうなのだろうか

 

「よっし、さっそく準備してくるっ!」

 そう言って、彼女は階段へと駆け出した

 ……本気で捕まえるつもりらしい

 

「あらあら……」「夕ご飯期待してますねー」

「殺さねーよ!」

 

 彼女の捨て台詞と共に、扉が閉まる

 捕まるにしろ捕まらないにしろ、鳩に関しては彼女に任せておけばいいだろう

 

「さて、鳩はくるみちゃんに任せて生徒会室に戻りますか」

「ええ、そうね」

 

 

 

 紙にペンを走らせ、文字を描く

 よく考えてみればこの十八年余りの人生において、手紙を出す相手などそう居なかった

 故に学校の名前と座標、今居る人数だけを書いた、実用一辺倒の手紙だ

 

 誰かが、この手紙を受け取るのだろうか

 受け取ったとして、その時自分たちはこの場所に居るのだろうか

 自分達がこの場所に居たとして、受け取った人間はこの場所に辿り着けるのだろうか

 

 

 ──どれもこれも、どうでもいい事だ

 生きていけるならばこの学校に固執するつもりはないし、彼女達が笑顔で居れるのであればそれでいい

 

 俺はただ、最期のその時まで彼女達の笑顔を護るだけだ

 

 

 扉が勢いよく開く音が響く。くるみちゃんが帰って来たらしい

「獲って来たぞー!」

「うわ、本当に捕まえてきたんですか」

 

 彼女の手には、鳩の入った鳥かご

 宣言通り鳩肉にする事なく、鳩を捕まえる事に成功した様だ

 

「かわいー!」

「先輩、鳩なんて捕まえてきたんですか?」

 

 ドヤ顔をしている彼女の周りに、手紙を書き終わった由紀ちゃんと美紀さんが集う

 そんな彼女たちを、手を軽く叩いて佐倉先生が制す

 

「準備も終わった事だし、皆でお手紙を飛ばしましょう?」

 

 

 

 屋上へと出れば、快晴の空。手紙を飛ばすにはいい陽気だ

「頑張ってね、鳩子ちゃん」

 

 由紀ちゃんが鳩の籠に目線を合わせ、そう呼びかける

 いつの間にか名前を決めていたらしい

 

「ちょっと待て、誰が鳩子ちゃんだ」

「その子だよ? 鳩錦鳩子ちゃん」

 

 彼女の言葉を皮切りに、二人の間で口論が始まる

 自分としては名前なんてどちらでもいいと思うのだが、そんなに重要な事なのだろうか

 

「鳩子じゃない、コイツの名前はアルノーだ!」

「ええー、私も名前つけたいー!」

 

 白熱していく二人の口論

 美紀さんなどは呆れたように眺めているが、流石にそろそろ止めなければならない

 

「それじゃあ、間をとってアルノー・鳩錦三世でどうです?」

「「オッケー!」」

 ──どうやら、この提案で丸く収まったらしい

 

「いや、三世はどっから出てきてんだよ」

「かの大泥棒に倣って、こういうのは三世って相場が決まってるだろ?」

 呆れたようなカズの言葉に、自説を返す

 正直な所適当ではあったが、それなりの理由はつけておいた方がいいだろう

 

 

「それじゃあ放すわよ? せーの!」

 佐倉先生の合図と共に、沢山の風船と一羽の鳩が大空へと飛んでいく

 その光景を、ただただ見守る

 

「お返事、来るかな?」

「人類が全滅しているとは流石に思いませんし、その内来るでしょう」

 

 どうやってこの場所に返事が届くかは甚だ疑問ではあるが、なんらかの形で来る事はあるだろう

 それに返事が来なかったなら、また飛ばせばいい

 

 

 

 

Side:直樹美紀

 

 女子トイレの扉を閉め、廊下へと出る

 時は既に夜半を過ぎ、辺りからは虫の鳴き声一つ聞こえはしない

 

(……?)

 ふと、わずかではあるけれど、外から車の走る音が耳に入った

 付近の窓から外を伺えば、校門から黒い軽自動車が入ってくるのが見える

 

(和義先輩の車……?)

 

 こんな夜更けに、どこへ行っていたのだろうか

 リュックを背負った先輩が、玄関口から周りを警戒しながら入ってくるのが見える

 

 ──足音をなるべく立てないようにしながら、静かに階段を下りる

 階段の影に隠れる様に様子を伺っていると、先輩が入っていったのは、購買部

 先輩の後を追い、購買部の電気を点ける

 

「……先輩、何をしているんですか」

 ──先輩が動きを止める

 リュックの口から見えたのは、保存食の数々

 

 

「……あー、美紀はなんでここに?」

「先輩の車が入ってくるのが見えたので、様子を伺っていました」

 頬を搔きながら、曖昧に笑う先輩

 

 それでもリュックを隠そうとはせずに、再び購買部の棚へと保存食を移す作業を始めた

 不自然にならない様に棚に物を置くその様は、随分と手馴れていた

 

「んー……俺が居たとこにまだ物資が色々残ってたから、それをこっちに移しとこうと思ってな」

「……なら、佐倉先生にその事を話して、皆で持ってくればいいじゃないですか」

 

 以前悠里先輩の帳簿を見せて貰ったが、食糧の不足は心配ない程だった

 少なくとも、こんな夜更けにコソコソと外から取って来なければならない状況ではないはずだ

 

「いやー、そういう訳にも行かねえんだわ、この事はなるべく秘密にしておきたくてな。それに、わざわざ全員で取りにいく程でもねえし」

 全て中身を移し終えたらしく、いつの間にかリュックの中身は空になっていた

 

 

「そういう訳だから、美紀も由紀たちには黙っててくれっと助かる」

 そう言って、リュックを片手に先輩は立ち上がる

 

「……もし私が先輩達にこの事を話したら、どうするつもりですか?」

「ん? いや別にどうも。そん時はそん時だしな」

 

 そう語る先輩の表情からは、おおよそ嘘と言った物が読み取れない

 本当にどうでもいいと思っている表情だ

 

「んじゃ俺は寝室に戻るから、美紀も早めに寝ろよ?」

 その言葉を最後に、先輩は部屋を後にする──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.へいおん

 窓の割れた廊下を、秋風が吹きぬける

 陽の高い内はまだまだ暖かいが、こうしたふとした瞬間に、季節の巡りを感じずにはいられない

 

 ──ノスタルジーな雰囲気に浸っているのもいいが、目下の関心は目の前を歩く由紀ちゃんに注がれていた

 

 

「……さっきからずっと思ってたんですけど、大丈夫ですか? 由紀ちゃん」

「ふぇ?」

 

 目の前には、ふらふらと覚束ない足取りで歩く彼女

 振り向いた彼女の顔は、真っ赤に染まっている

 先ほどから頻繁に鼻をすすっていたり咳き込んでいたりしており、正直かなり心配だ

 

「と、突然どうしたの? 葵くん」

「いえ、今朝から様子がおかしいですよね? いつも以上に危なっかしいと言いますか……風邪ですか?」

 

 そんなやりとりをしている間にも、彼女の体はゆらゆらと揺れる

 ……やはり風邪、だろうか。症状としてはそれが一番考えられるが

 

「そんな訳ないよー、だってバカは風邪ひかないんでしょ?」

「それを自分で言いますか……?」

 

 

 なにはともあれ、彼女の様子がおかしいのは事実だ

 風邪かどうかの判断は、一度熱を測ってからでも遅くはない

「おう、二人共どうしたー?」

 

 軽快な足音と共に声をかけてきたのはくるみちゃんだ

 都合がいい。彼女にりーさんか佐倉先生辺りでも呼んできて貰おう

 

「あ、くるみちゃん。りーさんか佐倉先生呼んできて貰えます?」

「大袈裟だってー、ちょっと咳が出て頭が痛くてふらふらするだけで──」

 

 ゆらゆらと揺れて居た由紀ちゃんが、後ろへと倒れる

 咄嗟に腕を引いて倒れ込む事だけは回避したが、存外症状は軽くないかもしれない

 

「っとと……そういうのを、一般的に風邪って言うんですよ」

「お、おう! なるべく早く呼んでくる!」

 

 

 パタパタと駆けて行くくるみちゃんを尻目に、由紀ちゃんをおんぶする

 

 異性たる彼女を背負う事に抵抗は感じるが、今はそんな所ではないだろう

 出来る事ならばくるみちゃんに彼女を運んで欲しかったが、その姿は既に見えなくなっていた

 

「うぅ……ごみん」

「謝らなくていいですよ。でも、次からはもっと早く言ってくださいね?」

 

 背中越しに感じる彼女の体温は、自分のそれよりも温かい

 資料室を目指し、歩みを進める

 

 

 

 ピピピ、と小さな電子音が鳴り響く

 手元の体温計には、37.4℃の文字

 この部屋に居るのは由紀ちゃんと自分、そしてりーさんだけだ

 他の皆は風邪がうつらない様、生徒会室で待っていて貰っている

 

「……完全に風邪ですね、これは」

「もうっ……具合が悪い時はすぐに言ってくれなきゃ」

 

 予想はしていたが、まぁただの風邪だ

 大事でなくてなによりだが、今日一日は安静にしている他にないだろう

 隣に座るりーさんがタオルを絞り、寝ている由紀ちゃんの額へと置いている

 

「まあまあ……由紀ちゃんだって悪気があった訳じゃないんですし」

「葵君は由紀ちゃんに甘すぎよ? 何かあってからじゃ遅いんだから」 

 

 何かあってからでは遅いというのは、全く以てその通りだとは思う

 今回はただの風邪だったからよかったものの、何か重大な病気にかかった時に同じようにされてしまっては困るのも事実だ

 ただ彼女に甘いと言われても、こればっかりはどうしようもない

 

 

「これからお粥を作って持ってくるから、それを食べて安静にしてるのよ。いい?」

「後で風邪薬を持ってきますから、それもちゃんと飲んでくださいね?」

 

 確か外で取ってきた物資の中には、いくつか風邪薬もあったはずだ

 それを飲んで安静にしていれば、一日で熱は引くだろう。多分

 

「はぁーい……ありがとう、お父さんお母さん……」

「え゛っ」「えっ」

 

 軽く熱に浮かされているのか、由紀ちゃんがそんな事を口走る

 確かにりーさんはそんな風格があるが、由紀ちゃんの言葉に悪乗りする(追加で煽りを入れる)勇気はなかった

 正直、かなり気まずい

 

「……それじゃあ、僕は皆に報告をして薬を持ってきますので」

「え、ええ。よろしくね、葵君」

 

 気まずさを感じながらも立ち会がり、資料室の扉をくぐる

 申し訳ないが、後の事は彼女に任せるしかないだろう

 

 

 

「……由紀先輩が居ないと、なんだか静かですね」

 いつもより静かな生徒会室の中で、ぽつりと美紀さんが呟く

 確かに、騒ぎの中心は大抵いつも由紀ちゃんだ。彼女が居ないと、どうにも静かでならない

 

 りーさんは今もなお由紀ちゃんの看病をしているし、佐倉先生は硬い姿勢で資料室の中を伺っているのをついさっき見かけた

 カズはいつも通りバリケードの見回りに出かけたし、この部屋に居るのは残りのメンバーくらいなものだ

 

「偶にはこういうのもいいんじゃないですか? 由紀ちゃんの有り難さを再確認すると言うことで」

 実際、ムードメーカーたる彼女が居ないだけでこれ程までに違うものなのか、とは自分でも思う

 もし彼女が居なければこの状態が普通だったのかと思うと、ぞっとしない

 

 何はともあれ、明日には彼女も治っているだろう

 自分たちはただそれを待っているだけでいいのだ

 

 

 

「ふっかーつ!」

「おっ、大丈夫だったか?」

 

 翌日。すっかり体調が快復した由紀ちゃんが、くるりと回る

「あれ、りーさんと葵君は?」

「あぁ、その二人なら──」

 

 

 

 

Side:若狭悠里

 

「……りーさんまで風邪をひいてどうするんですか」

 呆れを多分に含んだ彼の声。その言葉に、私は何も言い返す事が出来ない

 なにしろ、私まで風邪をひいてしまったのは事実なのだから

 

「いいですか? 佐倉先生にお粥を作って貰っていますから、それを食べて薬を飲んで安静にしてるんですよ?」

「はーい……」

 彼の手によって額に置かれたタオルから、ひんやりとした感触が伝わる

 

 

「それじゃあ僕は扉の横で待機してますので、何か用があったら呼んでください」

 そう言って彼は立ち上がり、部屋を後にしようとする

 その姿に、どこか喉が苦しくなる

 

 ──ひとりは、寂しい

 ──病気の時くらい、誰かに甘えていたい

 

「……まって、あおい君」

 無意識に、彼を引き留めてしまう

 ……昨日私を引き留めた由紀ちゃんも、こんな気持ちだったのだろうか

 

 彼は外へと向かう足を止め、どこか不思議そうな表情を浮かべながらこちらへと振り向いた

 そのまま私の方へと歩みを進めてくれている

 

「ん? どうしました?」

「……お願い、いっしょにいて」

 

 ──あぁ、またも彼に負担をかけてしまう

 

 

 

「……はい、あーん」

 口元に差し出されたスプーンを咥え、お粥を口へと運ぶ

 ゆっくりと、かつしっかりと咀嚼をして嚥下する。気づけば、器の中はすっかり空になっていた

 

「……新手の羞恥プレイかと思いましたよ、まったく」

 そうぼやきながらも、彼は用済みとなった食器を片づけ始める

 垣間見える彼の顔はわずかに赤い。そんな彼が珍しくて、どこか可笑しい

 

 ……かく言う私も、この体の熱が風邪と気恥ずかしさのどちらに由来する物か、最早判らない程だった

 

 

「それにしても、本当に僕なんかでよかったんですか? もっとこう……適任が居たでしょう。由紀ちゃんとか佐倉先生とか」

 彼の言葉に、無言で首を縦に振る

 

 他の皆に弱っている所を見られてしまえば、要らない心配をかけてしまうだろう

 ましてや皆に甘えるなんて事をする訳にはいかないし、弱さを見せる訳にもいかない

 そういった意味で、彼が一番適任だったのだ

 

 ──彼になら弱さを見せてもいいと思っているなんて、口が裂けても言えはしないけれど

 

Side out

 

 小さな寝息だけが、部屋の空気を揺らす

 手元を見れば、両手で包むようにして握られた自分の手と、りーさんの寝顔

 

(りーさんも、ホント美人だよなぁ……)

 事件以前はクラスメートの顔を注視する事などした事もなかったが、改めて見ずとも由紀ちゃんやくるみちゃん、佐倉先生や美紀さんなども含め、彼女達は総じて美人だ

 

 その事自体は全く構わないし歓迎すべき事なのだろうが、時々居心地が悪くなるのも事実だ

 実際、現在進行形で胃が痛い

 

 信頼されているというのは、良い事だとは思う

 ただし前々から思っているように、異性であるという事を念頭に置いて欲しいともいうのも事実だ

 

 

(ただ寝たからといって、離れちゃうのは違うよなぁ……)

 彼女が寝入ったからといって離れてしまうのは、あまりにも不誠実だろう

 最低でも、彼女が目覚めた時に傍に居れる様にしておかなければ

 

 彼女の顔に浮かぶ大粒の汗を、手にしたタオルで拭き取る 

(……でもまぁ、これも役得か)

 

 普段見れない物を眺めていられるという点に於いては、間違いなく役得だ

 特にこんな美人の寝顔とくれば、全く嬉しくないと言えば嘘にはなる

 

(……ま、りーさんが起きるまでゆっくり待つか)

 手から伝わる温もりを感じながら、日が傾くのをぼんやりと眺める──

 

 

 

 翌日。顔を照らす陽の光に誘われ、目を覚ます

 既に日は高く、他の布団は畳まれ整理されている

 

 ──頭が痛いし、喉も不調だ

 体はだるく、思うように動かない

 

(……まぁ、こうなるな)

 

 

Side:祠堂圭

 

 軋む扉を抑えながら、背中越しに"かれら"が扉を叩きつける音を聞く

 あの部屋を出て、辿り着いたこの場所。緩やかな死を望まず飛び出した所で、待っているのは死でしかないという事なのだろうか

 

 私は、ここまでなのだろう

 大層なことを口にしてあの部屋を出たにも関わらず、助けを呼ぶこともできず。それどころか生きている人に出会う事さえ出来なかった

 

(ごめん、美紀……)

 あの部屋に残したままの彼女は、大丈夫だろうか

 それだけが、ただ気がかりだった

 

 彼女に、ひどい事を言ってしまった

 私だけじゃなくて、美紀も耐えていた筈なのに

 それに、きっと追いかけて来てくれるなんて考えを──

 

 

(……?)

 不意に、背中に伝わる衝撃がなくなる

 それと同時に、扉を叩きつける音が一切しなくなっている事に気が付いた

 

 "かれら"がどこかに行ってしまったのだろうか

 それにしては急が過ぎる様な──

 

「えーっと、まだ生きてる? 居たら返事してー」

 

「……っ!」

 生存者だ!

 声からして、多分女性。歳はわからないけど、放送を聞いて助けに来てくれたのかもしれない!

 

 大急ぎで扉の前の重りを退かす。扉の前の人だって、いつまで安全かわからない

 転げ出る様に、扉を開け放つ

 

「やっほー! 助けに来たよっ!」

 扉の前に居たのは、見慣れない制服を着た女子生徒

 その姿は、まるで太陽の様に見えて──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.いわかん

「あっ、葵くーん!」

 廊下に響き渡る元気な声。その主は言わずもがな、由紀ちゃんだ

 遠くの方から、何かを手に持ちながらこちらへと駆けてくる

 

「廊下を走ると危ないですよー?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 

 正直な所、彼女の大丈夫は全く信用ができない

 転ばれたり、誰かにぶつかられたりしても大変だ。彼女のもとへと歩みを進める

 

 

「それでね葵くん、これなんだかわかる?」

「これは……カメラですよね? 詳しい事はちょっとわからないですね……」

 

 辿り着いた由紀ちゃんの手には、カメラらしきもの。少なくともフィルムカメラやデジタルカメラ、使い捨てカメラの類ではない事はわかる

 生憎、自分はそういった方面には疎い。中学に写真部の知り合いは居たが、そいつが使っていたのも専らフィルムカメラだった

 

「学校の備品みたいですし、佐倉先生に聞けばわかるかもしれないですけど……」

「んお? こんなとこでどーした」

 

 階段の方から聞こえたのは、カズの声だ

 階段を降りてくるカズに由紀ちゃんから受け取ったカメラを渡すと、その正体をコイツは知っていた様で

 

 

「あー、ポラロイドカメラか。珍しいな」

「ポラロイドカメラ?」

 聞いた事のない名前だ。どうしてコイツはこう、妙な知識に詳しいのだろうか

 

「ポラロイドカメラっつーのはあれだ、撮ってすぐに写真が見れるタイプのカメラだな。今は殆ど見ねーもんだと思ったけどな……っと、ほれ」

 カメラを由紀ちゃんの方に向け、そのままシャッターを切る

 フラッシュこそ焚かれなかったものの、由紀ちゃんは驚いたように体を硬直させた

 

「わわっ! もう、脅かさないでよー」

「おう、悪い。ほら出てきたぞ」

 そう言ったカズの手にあるカメラから出てきたのは、一枚の紙

 それを受け取った彼女は、訝しむ様にその紙を眺め──

 

 

「ただの紙じゃん!」

 床に叩きつけた。それはそうだろう、自分から見てもただの紙にしか見えなかったのだから

 

「おう落ち着け。ほら」

「……? おぉー!」

 カズが拾った紙に、一枚の像が浮かび上がる

 それは紛れもなく、先ほど撮った由紀ちゃんの顔だった

 

「すごい、すごいよこれ! すごいカメラと名付けよう!」

「ポラロイドカメラな。とりあえずこれがあるって事は予備のフィルムもあんだろうし、これからは写真も撮れるかもな」

 一枚の紙、改め写真を持ちながらぴょんぴょんと跳ねる由紀ちゃん

 

 

「これがあればさ、アレ作れるよ、アレ!」

「「アレ?」」 

「アルバム!」

 

 アルバム。つまりは卒業アルバム的な何かを作ろう、という事であろうか

 記録を残しておく手段としては、悪くない様に思える

 それに個人的には、友人との卒業アルバムというものにも、ほんの少し憧れがあった

 

「あー、だったら佐倉センセーに聞いておいた方がいいんじゃねえか? そういうの作るってなったら皆の協力が必要だろ?」

「それにそのカメラの使用許可と、フィルムがどこにあるかも聞いておかなければですし」

「わかったー!」

 階段を駆け上がっていく彼女の後を追う。この時間ならば、全員生徒会室に居るだろうか

 

 

「って事で、皆で写真を撮ろう!」

 生徒会室の扉を開け放った由紀ちゃんに、皆の視線が集まる

 威勢が良いのは良い事ではあるが、流石にそれでは説明不足が過ぎるだろう

 

 説明不足な彼女の代わりに、大まかな趣旨を伝える

「要するに、由紀ちゃんがカメラを見つけて来たので、皆で写真を撮ろう。って事ですね」

「とっても楽しそう! 皆がいいなら、やってみましょ?」

 

「アタシは構わないけど、りーさん達は?」

「私もやってみたいわ」「先輩たちがいいなら、私も構わないです」

「それじゃあ、決まりっ!」

 

 

 

 生徒会室の扉を背に、学生組六人が並ぶ

 背丈と写真幅の都合上、自分達が後ろで彼女達が前だ

 佐倉先生の手には、カメラが握られている

 

「はーい、それじゃあ撮るわよー」

 先生の声とカシャリ、という音と共にカメラから写真が吐き出される 

 

 

「……うんっ、よく撮れてる」

「先生、代わりますよ」

 写真を眺めながら満足げに独りごちる先生に、歩み寄る

 先生はこの集団の中心人物なのだから、先生も写真に写っていなければ締まらないだろう

 

「どうだったー?」

 由紀ちゃんを始め、彼女達も写真を見ようとこちらに駆け寄ってくる

 

「あぁ、ちゃんと綺麗に撮れてま、す……?」

 先生から受け取った写真を軽く流し見た。その時だった

 言い知れぬ違和感に襲われ、手元の写真に視線を落とす

 

 

 確かに写真はよく撮れている。よく撮れてはいるのだが

 この写真を眺めていると、何とも言えない違和感に襲われる

 

 例えるのならば、完成された絵画に追加で書き足したかの様な

 あるいは、二種類のピースを無理やりに混ぜて完成させたパズルの様な──

 

 なんでもない写真の筈だ。ただ、その違和感がどうしても拭えない

 

 

「葵くん、どしたの?」

 ──由紀ちゃんの声に、意識を引き戻される

 

「……由紀ちゃん、この写真に違和感はありませんか?」

「……?」

 ふるふると、彼女は首を横に振る

 周囲に視線を向けるが、皆も一様に首を横に振るばかりだ

 

(……思い違い、か?)

 由紀ちゃんはそういった事には自分などよりもよっぽど鋭い

 彼女が違和感を覚えないという事は、つまりはただの思い違いなのだろうか

 

 ──あるいは、彼女達(女性陣)自分達(野郎共)が混じっている事に対する違和感だという事もあり得る

 

 

「なんでもないです。ささ、次は僕が撮りますので佐倉先生が入ってください」

「ええ、それじゃあお願いするわね?」

 佐倉先生からカメラを受け取りながらカズに視線を向け、撮影から外れる様に指示を出す

 

「それじゃあ撮りますよ。はい、チーズ」

 カシャリ、という音と共に再び写真が吐き出される

 程なくして写真に像が浮かび上がる。彼女達五人の、笑顔が眩しい写真

 

(……まただ)

 先程よりはマシになったものの、未だ違和感は拭えないままだ

 ただ、先程とは違和感の質が異なる気がする。その違和感を何と言い表せばいいかはわからないが──

 

 

「お、こっちもよく撮れてるじゃん」「わ、私変な顔してなかった?」

「ちゃんと綺麗に写ってるよ、めぐねえ」 

 

 彼女達が駆け寄ってくる。相も変わらず、違和感を覚えているのは自分だけらしい

 自分達が入っていてはダメ。佐倉先生が入っていてもダメ。ならば最後に残るのは──

 

「……すみません、最後に一枚だけいいですか?」

 

 

 

「それじゃ、いっぱい写真撮ってくるねー!」

「あんまり無駄遣いはダメですよー?」

 佐倉先生と共に、由紀ちゃんが部屋を出て行く

 先生が一緒に居るならば、まぁ無駄遣いはそこまでしないだろうか

 

「それにしても卒業アルバムねー、葵たちは将来どうしたいんだ?」

「将来って、この件が全て終わったら、って事ですか?」

 正直途方もなさすぎて、よくわからない

 地下に試験薬こそあるものの、この状況では治療薬自体には長い時間がかかるだろう

 短くて三年、下手したらそれ以上かかってもおかしくはない

 

 

「んー、そうですねえ。山の中であまり人と関わらず、狩りとか畑とか耕したりして自給自足の生活ができればいいですかねー」

「……なんつーか、地味だな」「おじいちゃんみたい……」

「うぐっ」

 

 くるみちゃんの言葉はともかくとして、りーさんの言葉はかなり心に刺さる

 元々、人と関わるなど自分には向いていないのだ。この一ヶ月余りだけでさえ、数年分人と関わった自信がある程には

 

「そ、そういうくるみちゃんはどうなんですか。スプリンターですか? それともシャベルの名手ですか?」

 自分が答えたのだ。彼女達の回答も聞いておかなければ気が済まない

 そう自分が問いかけると、赤い頬を掻きながら口を開いた

 

 

「そりゃー、あれだよ……お嫁さん、とか」

「お嫁さん……?」

 随分と、可愛らしい夢だ

 彼女の事だからスプリンターだと予想していたのだが、予想よりも随分と乙女チックな夢だったらしい

 

「希望を持つのは、良い事だと思います」

「そうそう、夢見るだけならタダだからな」

 静かに優しい眼差しをしている美紀さんと、からからと笑うカズ

 揶揄われている事に気が付いたのか、くるみちゃんの顔がどんどん真っ赤に染まっていく

 

「おっ前……! そういうお前はどうなんだよ!」

 彼女がカズを指差し叫ぶ。当のカズはと言えば、なんでもない表情をしていた

「俺? 俺はそうだな、漠然としててまだなんもわかんねーけど……」

 

「けど?」

「五年後だろうと十年後だろうと、下らない話をしながら笑い合えてるんなら、それでいいんじゃねーか?」

 

 ……確かに、それも一つの真理かもしれない。コイツの癖に珍しくまともな事を言うものだ

 カズの言葉に、彼女も押し黙る。思ったよりもまともな回答だったからだろう

 

 

 将来の事などわからない。わからないが、いつか来る時の為に考えておくのはタダだろう

 さて、どうしたものだろうか──

 

 

 

Side:直樹美紀

 

「……先輩、まだ起きているんですか?」

「ん……? あぁ、美紀さんですか」

 

 カップを傾けながら写真を眺めていた先輩が、音も立てずに椅子から立ち上がる

 先輩の側にあるランタンの光だけが、頼りなく室内を照らしていた

 

「どうしたんです? 美紀さんも眠れないんですか?」

 あ、ココアでいいですか?という先輩の言葉に、黙って頷く

 別に眠れなかった訳ではないが、少し気になる事があったのだ

 先輩からカップを受け取り、口をつける

 

 

 私達の間に、沈黙が流れる

 先輩は尚も写真を眺めていて、その表情はどうにも晴れない

 

「……あの、その写真がどうかしたんですか? お昼に写真を撮った時もそうでしたけど」

 写真に注いでいた視線を、こちらへと向ける

 先輩の表情には、困惑の色がありありと浮かんでいた

 

「いや、どうもこの写真に違和感があってですね……美紀さんは、わかります?」

 そう言って先輩は、三枚の写真を机へと滑らせる

 昼間に皆で撮った写真だ。違和感はどこにも、何一つもない

 

「……いえ」

「ですよねー。由紀ちゃんもないって言ってましたし、やっぱり思い違いなんですかねー」

 先輩は写真を集め、一列へと並べる

 

 

 初めに六人で撮った写真、佐倉先生と五人で撮った写真、佐倉先生を抜いた四人で撮った写真の順に指で指しながら、先輩は言葉を口にする

 

「……この写真が、一番違和感があるんですよ。なんていうかこう、完成した絵画に追加で何かを書いたような感じって言いますか」

 

「次にこの写真は、さっきのよりかは違和感がないんですけど、質の違う違和感があるんです。……その感じはうまく言葉にはできませんけど」

 

「最後の写真は、逆に違和感が全くないです。全てのピースがあるべき場所に収まってる感じって言えばわかりますかね? ……逆にそれが違和感って言えばそうなんですけども」

 

 

 ……先輩の説明を聞いても尚、私には先輩が語る違和感についてはよくわからなかった

「……まぁ僕も、直感では理解してはいるんですよ。多分この違和感はどうでもいいものなんだろうな、とはね」

 

「でもまぁ、気になっちゃう性なものでして、こうしてあれこれ考えてるんですけどね」

 

 

 先輩の言葉を最後に、再び沈黙が戻る

 私が眠気に誘われて寝室に戻るまで、先輩はカップを傾けながら写真を眺めていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.きゅうじつ

 ──拝啓。吹く風もすっかり秋めいて参りましたが、今もどこかに居ると思われます親父殿母上殿につきましては、いかがお過ごしでしょうか

 

 私達は今、巡ヶ丘学院高校の屋上にて水遊びに勤しもうとしています

 右を向いても左を向いても水着美人。正直な所、とても胃が痛いです

 

 事の起こりは、例の如く由紀ちゃんの一言でした──

 

 

 

 薄暗い図書室。秋もそこそこだと言うのに室内はうだる様な暑さだ

 

 対面には俺と同じく本に目を通しているカズの姿。ある意味いつも通りの光景だ

 本の頁を捲りながら、そういえばコイツに聞きたい事があったのを思い出した

 

「なぁ、そういや聞きたい事があんだけどさ」

 

「ん、どした」

 

 本の向こうから視線だけがこちらを向く

 美紀さんを救出したゴタゴタですっかりと忘れていたが、アレの事については聞いておくべきだろう

 

 

「あそこのモールに避難区画があるだなんて、どこで知ったんだ? 少なくともあの避難マニュアルには書いてなかっただろ」

 

「あぁ、貰いもんの地図にそう書いてあったんだわ。ホントかどうかは知らんけどな」

 

 コイツはこの事についてはあまり関心がないらしく、そう発したきり視線を手元の本へと戻した

 

 確かにコイツは、あのモールの避難区画に関しては確信がない様子だった

 あの日持っていた地図が貰い物だというなら、ある程度筋は通っているのかもしれない

 その地図を誰から貰ったのか、という疑問は付き纏うが──

 

 

「おっ、居た居た!」

 

「どった?」「くるみちゃん、どうしましたー?」

 

 声に反応し振り向けば、図書室の入り口からくるみちゃんがこちらに手を振っている。わざわざ探しに来たということは、何かあったのだろうか

 急いでいる様には見えないので、緊急の事態という事ではなさそうだ

 追及を中断し、本を閉じて重い腰を上げる

 

「なにか用ですか?」

 

「いや、由紀のやつがさ──」

 

 

 彼女の言葉を要約すると、由紀ちゃんが暑いのでプールに入ろうと言い出し、流石に学校のプールまで行くのは危ないと判断され校内でやる事になった。ではどこでやるかとなって、屋上の貯水槽を洗ってプール代わりにする事に決まったらしい

 

 

「貯水槽か、そういやそんなんもあったな」

 

「じゃあ僕達が洗っておきましょうか?」

 

「いや、貯水槽の方はアタシ達で洗っとく。葵たちは休憩用の椅子とかパラソルとか持ってきてくれないか?」

 

 

 

 ──という様な事があり、現在屋上には蒼い海(貯水槽)白い砂浜(コンクリート)が広がっている

 休憩用の長椅子に日焼けのパラソルまで展開されており、まさに完璧な形だ

 

「よっしゃ、アタシ一番乗りーっ!」

 

 くるみちゃんの声と共に、水しぶきがあがる

 そこまで水深はなかったと思うのだが、飛び込んで平気なのだろうか

 

「あっ、くるみちゃんずるーい!」

 

 次いで由紀ちゃんも飛び込み、再び水しぶきがあがった

 りーさんと美紀さんもプールへと入っていき、屋上はすぐに喧騒へと包まれる

 時折こちらまで飛んでくる水の滴が、冷たくて気持ちがいい

 

 

「……いやぁ、壮観ですねえ」

 

 思わず言葉が漏れる

 隣で彼女達を見守っている佐倉先生を含め、揃いも揃って美人ときていて、そんな人達が水着で戯れているのだ

 自分達が場違いな存在である事は、確定的に明らかだろう。胃が痛い

 

「白井君と典軸君は遊ばなくていいの?」

 

「いやー、流石にアレに混ざる程」「空気読めない訳じゃないです」

 

 かけられた問いを、カズと共に否定する

 少なくとも自分には今すぐアレに混ざる勇気も、度胸も存在してはいない

 混ざるとしても、もう少し胃の調子が落ち着いてからだ

 

 

「先生こそいいんですか? せっかくのプール日和なんですし」

 

「私はもう少し経ってから行こうと思って。みんな楽しそうなんだから、邪魔しちゃ悪いでしょ?」

 

 佐倉先生らしい考えだ。先生が彼女達に混ざった所で邪魔になるとは思えないし、彼女達が邪険にするとは到底思えない

 個人としては先生も偶には羽目を外して楽しんでもいいと思うし、そうして欲しいのだが──

 

「めぐねえ達も早く早くー!」

 

 プールの方角から由紀ちゃんの声が響く。その方角を向けば、プールからこちらへと手を振っている由紀ちゃんの姿

 ()、と言う事は自分達も含まれているのだろうが、そこは敢えて無視をする

 隣を見れば、先生も自然と顔を綻ばせていて

 

「ほら、ご指名ですよ?」

 

「……そうね!」

 

 駆けて行く先生を見守る。自分達はまぁ、落ち着いてから混ざれば良いだろう

 

 

 

 ──先ほどまでビーチバレーで賑わっていた屋上は一転、静けさに包まれていた

 そこには、相対する二人のガンマン

 

「──なぁ、最後に一つだけ教えてくれよ」

 

 そう呟くくるみちゃんの腰には、二つのホルスターが吊るされている

 その中身は二挺の水鉄砲。背中にはいつものシャベルを背負っていた

 

「……何かしら」

 

 対するりーさんの手には、一挺の比較的大柄な水鉄砲

 麦わら帽子の奥で、不敵な笑みを浮かべている

 

「アンタ、かなり手練れのガンマンと見た。……二つ名とか、あるんじゃないか」

 

「……さぁ、どうかしら」

 

 ──屋上に一陣の風が吹く。二人は睨み合ったまま、動かない

 

「はわわわわわ……」

 

「いや、なにやってだアイツら」

 

「シッ! 今そういう野暮なツッコミはできねえ空気なんだよ!」

 

 物陰に身を隠しながら、隣で野暮なツッコミを入れているカズを窘める

 彼女たちが楽しそうであれば、それで良いではないか

 

 

 ──数瞬の沈黙の後、二人が同時に駆け出す

 

「なーにが誰かが持ち込んだおもちゃだってんだ! 大方自分で持ち込んだ私物ってとこだろっ!」

 

 手にした水鉄砲を撃ち合いながら、並行して菜園内を走る二人

 ……元陸上部のくるみちゃんの動きがいいのはともかくとして、りーさんは相当手慣れてないか?

 

「……ふふっ、ご名答。代わりにいい事を二つ教えてあげる。一つは、貴女随分と景気よく連射していたけど──その二挺拳銃の残弾、もう心許ないはずよ」

 

 りーさんの言葉に、対面の影に隠れるくるみちゃんの表情が凍る

 彼女の使用しているのはりーさんの物よりも小型のタイプだ。当然内容量も少なく、景気よく撃ちまくってしまえば、早期に弾切れが起こるのも道理であろう

 

「そしてもう一つ、私の通り名を教えてあげる。──"風船爆弾の魔術師"よ」

 

 反射的に空を見上げたくるみちゃんの眼に映ったであろうのは、空から飛来する二つの水風船

 駆けだした彼女の背後で、二つの水風船が爆ぜる

 

 

「クイボじゃねーか!」

 

「俺達はナワバリバトルを見ていた……?」

 

 隣でカズが叫ぶ。流石ゲーム脳

 未だりーさんの腰には二つの水風船が吊るされている。残弾有利と障害物越しの攻撃手段を持ち合わせている事を考え、形勢はりーさんが有利であろうか

 

「甘いっ!」

 

「なんのっ!」

 

 顔に当たる起動で放たれた水風船を、くるみちゃんが手にしたシャベルで打ち返す

 その水風船は、綺麗な放物線を描き──

 

「やべっ」「やばっ!」「まずっ」

 

「……えっ?」

 

 カズ、由紀ちゃん、自分の順で物陰へと身を隠す

 遅れて、それに気づいた美紀さんも身を隠した

 

 直後。佐倉先生の顔に水風船が飛来し、佐倉先生は水濡れとなった。R.I.P(安らかに眠れ)

 

 

「……中々やるじゃない? それじゃあこれならどうかし、らっ!」

 

 みたび、りーさんの手から水風船が放たれる

 先ほどと同じ顔への軌道。そんなものを食らうくるみちゃんではないだろう

 りーさんの水風船も、これで最後となった

 

「そんなもん食らうかってんだ!」

 

 当然、顔を覆うように振るわれたシャベルによって水風船は弾かれる

 そして、目の前を横切る影に反射的に銃口を向け──

 

「なにっ?」

 

 ──そこにあったのは、桜色のカーディガン

 ついさっきまでりーさんが着用していたものだ

 くるみちゃんの体が、一瞬固まる

 

「──甘いわね」

 

「うわっ!」

 

 声と共にくるみちゃんの真横から一閃の水が放たれ、彼女の顔を濡らす

 いつの間にか真横へと回り込んでいたりーさんによって、彼女は討ち取られた。ゲームセットだ

 

 

「……いやぁ、すげえもん見たな」

 

 水風船で視界を潰し、カーディガンで視線を誘導

 その隙に自分は側面へと回り、本体を討ち取る

 本人の言葉通り、相当な手練れの動きであった

 

 ──水鉄砲に水を詰め、片方をカズに投げ渡す

 余り物しかなかったが、ハンデとしては十分だろうか

 

 カズと顔を見合わせ、体を屈めながらそれぞれ反対方向へと駆ける

 

 

「さぁ、私を倒せる者は居るかしら?」

 

「「ここにいるぞ!」」

 

 菜園の影から身を晒し、同時にりーさんへと向けて水鉄砲を発射する

 その射撃を彼女は身を捩って躱し、遮蔽物へと隠れた

 

「あらあら、か弱い乙女に二人がかりだなんて。随分と卑怯なんじゃない?」

 

「卑怯なんて言葉は──」「敗者の戯言なんですよねえ!」

 

 

 そんな戦場に、乱入する影が一つ

 レッドゴリラ=サン(くるみちゃん)のエントリーだ!

 

「ゲェーッ! レッドゴリラ=サン!」

 

「誰がゴリラだ、誰がっ!」

 

 りーさんとレッドゴリラ=サン(くるみちゃん)に挟まれたカズが、堪らずといった表情で叫ぶ

 ──いや、これ相当拙いんじゃないか?

 

 りーさん自体は連戦続きとは言え、無駄撃ちを殆どしていなかったから残弾にはかなりの余裕があるだろう

 くるみちゃんも先ほど水を補給していたのが見えた。状態は完璧といってもいい

 

 対するこちらは野郎が二人とは言え、その武装は貧弱だ

 武装面でいえば彼女達に遠く及ぶまい

 

 

「装備の貧弱な野郎二人に、装備の良い二人がかりとか卑怯じゃないですかねぇーっ!」

 

「あら、卑怯なんて言葉は敗者の戯言って言ったのは、どこの誰だったかしらね?」

 

 全くである。今やとんだブーメランだ

 何はともあれ、早く彼女を排除しなければまともに勝ちの目すら見えない

 

 ……のだが、いかんせん目の前の彼女は強敵だ

 彼女もこちらの焦りを理解している様で、まともに身を晒さず最低限の守りだけをこちらへと向けている

 

「もっとゆっくり楽しみましょ? 時間はたっぷりあるんだから」

 

 その提案は魅力的だが、頷くわけにはいかない

 なんにせよ、強引にでも突破する手立てを──

 

 

「グワーッ!」

 

 耳に入ったのは、肉盾(カズ)の討ち取られる音

 恐らくはくるみちゃんに狩られたのだろう。南無三

 ……これはもう、詰みだな?

 

 背中越しに、裸足でコンクリートを駆ける音を聞く

 次いで、右から葉擦れの音。そちらへと銃口を向け、迷わず発射する

 ──そして目に入ったのは、麦わら帽子

 

(……あっ、これさっき見たな)

 

 遅まきながら、自分が判断を誤った事を理解する

 反射的に体を反転させるも、正面からの衝撃に背中をコンクリートへと打ちつけられた

 咄嗟に受け身をとれたのは、幸いというべきであろう

 

「……私達の勝ちね?」

 

 背中の痛みを堪えながら瞼を開けば、眼前には突き付けられた銃口と、りーさんの笑顔

 水鉄砲を握る右手は水鉄砲ごと抑えられ、体はりーさんに馬乗りになられ動けない。完全なる詰みだ

 

 

 ここで問題だ! この馬乗りになられた状態からどうやって逆転するか? 

 三択──ひとつだけ選びなさい

 

 ①ハンサム(笑)の葵は突如反撃のアイデア(セクハラ)が閃く

 ②仲間(既に居ない)が来て助けてくれる

 ③逆転の目なんてものはない。現実は非情である

 

 ①は論外だ。そもそもそこまでして勝ちに行く必要なんてないし、そんな事をしては申し訳なさで屋上から飛び立つ(俯瞰風景)事になるだろう。よって却下

 

 ②に関しては、唯一の仲間のバカは既に脱落済みだ。よって助けなんてものはない。却下

 

 

(うーん、どうやっても逆転は無理か)

 

 そもそもこの武装で、片方が討ち取られた時点で詰みだったのだ。ここは潔く負けを認めておこう

 水鉄砲を手放し、降参の遺志を示す

 

「僕達の負け、ですね。……あの、出来れば早めに退いてくれると助かるんですけど」

 

 その言葉に、彼女は首をかしげている

 

 かなり近い彼女の顔に、眼前で揺れる双丘、馬乗りの状態

 自分のしている事と状態を理解したのか、彼女の顔はどんどん赤く染まっていき──

 

 屋上に、彼女の悲鳴が響き渡った




私はほほえみ村の住人ではにい。これだけははっきりと真実を伝えたかった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.すれちがい

Side:若狭悠里

 

「乾パン、残り八缶です」

 

「乾燥パスタが二kg、レトルトのミートソースが十人前ですねー」

 

 二人の報告を聞き、帳簿に書き記す

 食糧置き場においてある食糧も、もう残り少ない。そろそろ地下や購買部倉庫から取ってくるべきだろうか

 

「ありがとう二人共。助かったわ」

 

「いえいえ」「お役に立てたなら、なによりです」

 

 帳簿を閉じて、座りっぱなしだった体を伸ばす

 時計を見ればまだお昼には早い。屋上に行けば、くるみの手伝いが出来るかもしれない

 

「それじゃあ僕はこれで。また何かあったらいつでも呼んでください」

 

 そう言って、部屋を出ていく彼

 その姿を何となく目で追っている内に、ふと、美紀さんから視線を向けられている事に気が付いた

 

「あら、どうしたの?」

 

「あの、悠里先輩。一つお聞きしたい事があるんですが」

 

 美紀さんからの質問なんて珍しい。一体どうしたのだろうか

 彼女の方へと体を向け、言葉を待つ

 

「……その、悠里先輩と葵先輩っていつから──」

 

Side out

 

 

 

 ──ここ数日、りーさんの様子がおかしい

 

 目が合ってもすぐ逸らされてしまうし、話しかけようと思っても逃げるかのようにどこかに行ってしまう

 それどころか、ここ数日において食事時以外にまともに彼女の姿を見た覚えがない。それくらい明確に避けられている自覚があった

 あれ程露骨に避けられると、気にしない様にしていても気になってしまう

 

(……知らない間に何かやらかしたか?)

 

 唯一やらかした自覚のあるプールの件は、かれこれもう一週間近く前になる。それにあの件では、特に不和もなかった

 それ以外となると、はっきり言って全く身に覚えがない。知らない間に何か彼女の気に障る様な事をしてしまっている可能性は、否定できないが

 

 身に覚えがない以上彼女に直接聞くしかないのだが、ここ数日は彼女に話しかける機会すらなかった

 さて、どうしたものか

 

 廊下を歩みながら、纏まらない思考を続ける

 

 

 ……やはり佐倉先生か由紀ちゃん辺りに相談してみるのが最善だろうか

 相談事となれば、真っ先に思い浮かぶのはあの二人だ

 

 由紀ちゃんは、確かさっき食糧倉庫に入っていくのを見かけた。よほど短い用事でなければ、まだあそこに居るだろう

 佐倉先生は……職員室か生徒会室辺りだろうか。今日は昼食以降会っていないので、よくわからない

 

(……となると、まずは由紀ちゃんに相談しに行くか)

 

 幸いにして、食糧倉庫はすぐそこだ。一人でわからない事は、素直に他人の知恵を借りるに限る

 歩みを進め、食糧倉庫の扉を開ける

 

「すみません由紀ちゃん、ちょっと相談したい事が──」

 ──目に飛び込んできたのは、屈んでいる彼女の背中。その手にはうんまい棒が握られている

 かけられた声に肩を震わせ、錆びついたロボットを思わせる緩慢な動きで、彼女はこちらを振り向いた

 

 

 

「……いいですか? お菓子とは食べる為にあるんですから、食べるなとは言いません。ですが隠れて食べるのではなく、事前に言って貰わなければ困ります」

 

「うっ……ごみん」

 

 目の前には正座をしている由紀ちゃんと、二本分のうんまい棒のゴミ

 誰かに言われて食糧の確認をしに来たのだと思っていたが、どうやら目的はつまみ食いだったらしい

 

 ……まぁ、彼女も反省してくれているだろう。同じ事を二度も繰り返す彼女ではあるまい

 りーさんには甘すぎると言われてしまいそうだが、甘いくらいが自分にはちょうどいい

 

 それに、うんまい棒ならば確か購買部倉庫にまだ余りがあったはずだから、誤魔化す事は可能だ

 

「……はぁ、これは僕がなんとかして誤魔化しておきます。その代わりに、由紀ちゃんに相談があるんです」

 

 

 

「……りーさんが、葵くんを避けてる?」

 

「はい、僕自身に原因の心当たりがないので、由紀ちゃんに相談しに来たんですけど」 

 

「うーん……でもどっちかって言うと、最近のりーさん、葵くんの事ずっと見てるよ?」

 

「……は?」

 

 りーさんが、自分の事を見ている?

 益々意味がわからない。避けられているはずなのに見られているとは、どういう事なのか

 

 ……いや、不快な存在程、目に入りやすいとも言う。つまりはそういう事なのか?

 そうだった場合、正直言ってかなり傷つく

 

「えーっとね、食べ終わった後のちょっとした時間とか、遠くに葵くんを見つけた時とか。そんな時にぼんやりとみてる感じって言うか……わかり辛くてごめんね?」

 

「いえ、十分ですよ。ありがとうございます、由紀ちゃん」

 

 立ち上がって扉を開け、彼女が部屋を出ていくのを見送る

 何はともあれ、少しは手掛かりらしきものを掴む事が出来た

 

 

 ……冷静になってよく考えてみれば、自分はこんな事を一々気にする様な人間であっただろうか

 歩みを進めながら、そんな考えが頭に浮かぶ

 

 他人にならどう思われようが構わないし、どう接されようが構わない

 ただ、りーさんは大切な友人だ。彼女に避けられたままというのは、かなり困る

 

(……まともに友人関係を築いて来なかったツケか)

 

 あの一件があるまで、友人付き合いなどと言うものは殆どなかった

 強いて友人と呼べる人物を挙げるとしても、挙げられるのは二人だけ

 しかもその二人相手に付き合い方で悩むなんて事はしてこなかった

 それが彼女達と交流を持つ様になっただけで、これ程までに悩む事になろうとは

 

 

 ……いや、ただ悩んでいるだけとも違う気がする

 ここ数日まともに思考が纏まっていない自覚があるし、気がつけば彼女の姿を探しているし、彼女の事を考えている

 これではまるで──

 

(まるで、恋でもしているみたいじゃないか)

 

 ──いや、その様な事はあり得まい

 確かに彼女は器量もよく、気立てもいい。正直言って人間としてかなり好感が持てる女性である事は確かだ

 だが、彼女に恋をしているかと言われれば……かなり疑問が残る

 

 それに百歩譲って彼女に恋をしているとしても、それはただの片想いだ

 彼女に自分は相応しくないし、彼女にはもっと相応しい相手が居るだろう

 

 

 ……くだらない事を考えていても仕方がない

 これ以上は、本人に聞くしかないだろう

 

 

 

 

Side:祠堂圭

 

「……はい、出来る限りの処置はしたよ。大した事もできなくてごめんね?」

 

 足首に巻かれた包帯と添え木。たどたどしいながらも、彼女がしてくれた応急処置だ

 走るのは厳しいが、ゆっくり歩く事くらいならできるだろう

 

 彼女は謝ってくれたが、私にだって同じくらいかそれ以下の事しかできない

 それに、助けに来てくれただけで十分に嬉しいのだから

 

「いえ、ありがとうございます。……えっと」

 

 お礼を言おうとして、目の前の彼女の名前すら知らない事に気づく

 見た事がない制服だから、少なくとも同じ高校の人間ではないと思うのだけれど

 

 

常光(ツネミツ) 日向(ヒナタ)。よろしくね?」

 

「祠堂圭って言います。よろしくお願いします、常光さん」

 

「日向でいいよ? あと敬語もいらないっ!」

 

 顔を上げ、改めて目の前の女性を見遣る

 身長は私よりも10㎝以上は高いだろうか。一つに纏められた綺麗な黒髪が、犬の尻尾の様に揺れている

 ……あと、スタイルがすごく羨ましい。特にこう、ある一部が

 

「日向さ……日向はどこの高校なの? その制服、この辺りじゃ見ないけど」

 

「北の方の高校だよ? 多分名前を言ってもわからないかなー」

 

 彼女の言う通り、告げられた校名に覚えはなかった

 少なくとも県内にはなかったと思う。ともすれば彼女は、かなり遠い場所から来たのではないだろうか

 

 

「とりあえずここ出よっか。……歩ける?」

 

 立ち上がった彼女に手を取られ、私も立ち上がる

 ……歩くくらいなら、できない事はない。ただし走れと言われたら、恐らく厳しいだろう

 "かれら"の中を突破するには、少し厳しいかもしれない

 

「……ごめん。歩く事は出来るけど、走るとなったら難しいかも」

 

「そっか!」

 

「へっ?」

 

 彼女の言葉と共に、私の体が宙へと浮く

 次の瞬間には、彼女に抱きかかえられ──所謂お姫様抱っこの状態になっていた

 

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

「えっ、えっ? えぇぇぇっ!?」

 

 あろうことか、彼女は私を抱きかかえたまま走りだした

 駅構内を抜け、外へと。薄闇にまばらに見える"かれら"も、彼女に追いつけず、引き離されていく

 

 いや、それよりも彼女のどこにそんな力があったのだろうか

 ぱっと見ではそんなに筋肉がついている様には見えなかったし、むしろスレンダーの部類に入っている様に見えたのだけれど──

 

「はい、お姫様一名ごあんなーい。ささ、入って入って」

 

 十分もしない内に彼女は立ちどまり、再び私の足が地に着く

 目の前には、一台のキャンピングカー。扉の奥で日向が手招きをしているのが見える

 

「……えっと、お邪魔、します?」




ちなみにKちゃん視点は時系列が違います(今更)

初日に学園生活部と出会わなかった野郎二人組がどうなっているのか考えるのが最近のブームです
というか創作者なら、他の方の作品における世界線で自キャラがどうなってるか気になる……気にならない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:ばれんたいん

本編が前後編の流れなのに、流れをぶった切って閑話を入れるなど本当はしとうなかった

本編には全く関係のない時系列の話なので本編には関係ありません(エンプレス構文)


 時が過ぎるのは早い物で、年明けから既に一月以上が経とうとしていた

 思えば、随分と長くこの学校で生活をしている気がする。ここで暮らし始めた当初には、ここまで長く生活するなど正直想像していなかった

 

「……さみいなぁ」

 

「ああ、寒いな」

 

 男二人が、最早いつもの溜まり場と化した図書室で呟く

 窓から光が射し込む室内は、日中だというのに肌寒い

 息をつけばその吐息は白く染まる。一応は室内だというのに、この有様だ

 

 一応電気炬燵があると言えばあるのだが、四人しか入れぬそれは、生徒会室にて由紀ちゃん達四人に占領されている

 野郎共の優先度は最低(一応遠慮している)であり、使用は望めまい

 

 ──ふと、壁に掛けられたカレンダーが目に入る。正確に言えば、目に入ったのはカレンダーのある一部分だ

 二月の十四日。中度、或いは重度のゲームプレイヤーであった俺達にも、ある意味馴染みのあるイベントの日である

 

 

「……そういや、もうすぐバレンタインか」

 

 思わず言葉が漏れる。カズもその言葉に反応し、視線をカレンダーへと向けた

 そう、バレンタイン。非モテかつここ数年は異性の友人すらいなかった俺達にとって、ゲーム内の出来事でしかなかったアベック共の祭典である

 いや正確には小学卒業まで、ある意味縁のあるイベントではあった。暴君に貢物(餌付け)をする的な意味ではあったが

 

 何はともあれ、バレンタインである

 恐らく由紀ちゃん達も彼女達の間でチョコを贈り合うのであろうし、日ごろからお世話になっている彼女達に、お礼の意味を込めて何か贈るのもいいかもしれない

 

 

「……まぁ、お前の考えてる事は大体わかるけどな。でも卵がねえとなー」

 

「かと言って、生クリームはもっとねえしな」

 

 いつの間にか手にしていたレシピブックを捲るカズが言う様に、問題は材料だ

 事件から半年も経った今現在において、卵や牛乳などの生素材はもはや伝説上の存在である。作成候補は必然的に、これらを使用しない菓子類となるだろう

 チョコを溶かして整形し直すだけであれば、これらも使用はしない。ただ彼女達がこの手法を取るであろう以上、この手法を使うのは味気ないと思うのも事実だ

 さて、どうしたものか──

 

 

「……お、こんなんがいいんじゃねえか? アレルギーに考慮した卵と牛乳なしのカップケーキだとよ」

 

 ほら、という言葉とともに投げ渡された本に書いてあったのは、アレルギーに様々なアレルギーに考慮したレシピの数々

 成る程、こういったものであれば作る事もできなくはなさそうだ

 そうと決まれば、学校にない材料を取りにいかねばなるまい

 

 重い腰をあげ、図書室を後にする。外出するとなれば一応佐倉先生に外出の許可を取らねばならないし、ついでに何か取ってくる物があればそれも聞いておきたい

 

 

 職員室へと歩みを進めていると、生徒会室から出てくる由紀ちゃんと遭遇した

 ちょうどいい。確認の意も込めて彼女にも聞いておこう

 

「あ、由紀ちゃん。僕たちちょっと外に行ってこようと思うんですけど、何かついでに取ってくるものあります?」

 

「あっ、葵くん! 皆でチョコを交換するから、チョコをいっぱい持って来てくれると嬉しいなー」

 

「わかりました。失敗した時の分も含めて多めに持って来ますね」

 

 やはり予想は当たっていたらしい。彼女達四人が渡し合う……いや、佐倉先生にも渡すとなれば、必要な材料は相当に多いだろう

 由紀ちゃんと別れ、再び職員室へと歩みを進めようとしたその時。後ろを歩いていたカズがなんとも言えない表情をしている事に気がついた

 

「ん? どした」

 

「……いや、たまーにマジでお前を尊敬する事があっけど、今がそん時だなって(意訳:よく自分も貰えるかもとか思わねえな)

 

 ……よくわからないが、褒め言葉として受け取るべきなのだろうか

 まぁコイツがおかしいのはいつもの事だ。早く佐倉先生から許可を取って外に繰り出すとしよう──

 

 

 

Side:若狭悠里

 

 ──バレンタイン。一般的に、女性が意中の男性にチョコレートを渡す日。尤も近年においては、同性の友人間でチョコレートのやり取りをする事も多くなり、一概にカップルの為のイベントとも言い難いのも事実だ

 事の始まりは、由紀ちゃんの一言だった

 

「バレンタインしよ、バレンタイン!」

 

 由紀ちゃん曰く、私達がお互いに渡すのは勿論、葵君や和義君、めぐねえにも。チョコを渡すと同時に、普段伝えられない感謝を伝え合おう、との事だった

 チョコは葵君たちが外に出るついでに集めて来てくれるらしく、材料の心配もいらないらしい

 

 ……勿論、それ自体はいい事だと思うし、異論もない。くるみも美紀さんも──なんだかんだではあるが、賛同していた

 感謝は伝えられる内に伝えておくべきだともわかってはいる。こんな世界では、そんな事すらもいつ伝えられなくなるかわからない事も

 ただ、それ(理性)これ(感情)とは話が別だ

 

 とある一点において、私は思い悩んでいた──

 

 

 感謝の意を込めてチョコを手渡す。ただそれだけで、他意はない

 そう思おうとしていても、脳がそれを拒むのだ

 ならば、いっその事開き直ってしまうのはどうだろうか

 ダメだ。そんな事をできる勇気は、私には無い

 

「……悠里先輩?」

 

 思考が堂々巡りに陥っていた私に声をかけたのは、ある意味において、私をこの状態に陥れた原因とも呼べる人物──美紀さんだ

 彼女の姿を眺めている内に、無意識に言葉が漏れる

 

「……ねえ、美紀さん。どうしたらいいのかしらね」

 

「……わかりませんけど、先輩の心に正直になるべきだと思います。私も、なかなか感謝の言葉を伝えられずに居ましたから」

 

 

 ──自分の心に正直に。私が望むのは、なんなのだろう

 

 

 

Side out

 

 バレンタイン当日。野郎二人組のお菓子は既に焼き上がり、包装を待つのみとなった

 ちなみに俺がココアカップケーキ、カズの奴がココアクッキーである。卵や牛乳、バターなどを使用しないレシピを探した都合上、比較的シンプルなものに仕上がっている

 

「……にしても、菓子作りなんて久々にしたな」

 

 カズの言葉通り、最後にお菓子作りをしたのは六年近くも前になる。あの頃は毎年この時期になるとお菓子を要求してくる友人が居たので、それに応じて毎年作っていた

 しかし彼女が引っ越してからはそれもなくなり、お菓子作りなどという手間のかかる事をしなくなって久しい

 

 ……まぁ、久しぶりに作ってみたら、意外と楽しかったのも事実だ

 強制ではなく、自分の意思で作っているというのも大きいのだろうが

 

「よし、熱も粗方取れたし包んで渡しにいくか」

 

 由紀ちゃんにくるみちゃん、りーさんに美紀さん、そして佐倉先生。なるべく見栄えの良い物は均等になる様に、順々に詰めていく

 今回作ったのは全部で十六個。一つ余るが、自分で食べればいいだろう

 

 

「おーい、ちっとこっち向いてくれ」

 

 ──カズの言葉にそちらを向けば、何かがこちらへと飛んでくる事に気づく

 反射的にそれを手に取れば、それは包装されたクッキーであった

 

「いつもあんがとな、相棒」

 

「……こっちこそ、いつもありがとな」

 

 残ったカップケーキを、包装して投げ渡す

 一番見栄えのひどいものだが、コイツ相手にはこれで十分だろう

 何より、感謝を伝えるのに見栄えなど関係あるまい

 

 包みを開け、クッキーを口へと運ぶ

 ──素人が作ったにしては、十分の出来だ

 

 

 

「と言う事で、いつもありがとうございます。皆さん」

 

「わっ、ありがとー!」「おー、ありがとな」「ありがとうございます、先輩方」「ありがとう、二人共」

 

 カップケーキとクッキーを、纏めて手渡す

 彼女達は喜んでくれている様で、作った甲斐もあったというものだ

 存外、作るのが楽しかったのはこれが原因かもしれない

 

「……貰ってばっかりでいいのかしら」

 

 佐倉先生が、ぽつりと呟く

 どうやら佐倉先生は彼女達がチョコを作るとは知らされて居なかった様で、自分たちも佐倉先生には外に物資を取りに行くという事しか伝えなかった

 詰まる所、完全なる仲間外れである。合掌

 

 とはいえ先生はいつも自分たちを助けてくれているし、いつもは与えるばかりの立場なのだから、こういった時くらいは貰ってばかりでもいいのではないのだろうか

 

 

「あっそうだ。二人とも、いつもありがと!」

 

「え? あ、はい。ありがとうございます?」

 

 由紀ちゃんから差し出されたのは、小さな包み。恐らく、中身はチョコレート

 正直、かなり驚いた。てっきり彼女達の間だけで交換する物だと思っていたが、そうではなかったらしい

 

 次いでくるみちゃんと美紀さんからも、小包を渡される。……こうなると知っていれば、もっと気合いを入れてお返しを作ったものを

 

「なんだ、お前ホントに気づいてなかったのか?」

 

「……いや、正直全くの予想外なんだが?」

 

 隣で同じく受け取ったカズが、小馬鹿にしているかの様に笑う

 女性からバレンタインにチョコレートを貰うなどと言う事自体経験がない。そもそも、今までバレンタインは渡す日であって受け取る日ではなかったのだから

 

 

「──ん? そう言えばりーさんはどこに行きました?」

 

 先ほどから気になってはいたが、りーさんの姿が見えない

 彼女に渡さないと、今日と言う日は終わらないのだが──

 

「……あー、さっき階段上ってるの見たから、屋上じゃないか? ついでに俺の分も渡して来てくれ」

 

「ん、あいよ。それじゃあ、ちょっと行ってきますね」

 

 最後のクッキーの包みを受け取り、生徒会室を後にする

 アイツの言葉が正しければ、なぜかはわからないが屋上に居るのだろう

 さっさと行って、渡して来なければ

 

 

 

 冷たい風が吹き付ける屋上に、彼女は居た。手すりにもたれ掛り、校庭を見下ろしていた

 風に吹かれ、彼女の長い髪が靡いている

 その背中は、どこか寂しげに見えて──

 

「……りーさん?」

 

 名前を呼ぶも、反応はない。……何かあったのだろうか

 ゆっくりと、彼女のもとへ歩みを進める

 

「りーさん? どうしました?」

 

 再び呼びかけるも、反応はない

 ついには彼女のもとまで辿り着き、彼女の肩に触れる。その瞬間、弾かれた様に彼女は振り向き、俯きながらも何かを自分の胸に押し付けてきた

 

 

「……受け取って」

 

 絞り出す様な声。彼女は俯いたままで、その表情は窺えない

 

 ……随分と丁寧に包装された小包だ。ご丁寧に、リボンまで巻いてある

 彼女は包装にまで拘るタイプなのだろうか

 

「ありがとうございます、りーさん。これは僕たちからです」

 

 小包を受け取り、自分達の作ったお菓子の包みを渡す

 俯いたまま、彼女はそれを受け取った

 

 ひとまず、ここに来た目的は達成した

 彼女もここに居て欲しくなさそうだし、早めに撤退する事にしよう

 そう考え、階段へと足を向ける

 

 

「……いつもありがとう、葵君」

 

 風に乗って、彼女の呟きが耳に届く

 ──あぁ、その言葉を聞くだけで、今まで頑張ってきた甲斐があったというものだ

 振り返らないまま、しっかりと言葉を返す

 

「いいえ、こちらこそありがとうございます。りーさん」




最近りーさん絡みの話ばっか書いてる気がするな???????


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.おもい

Side:若狭悠里

 

 ──悠里先輩と葵先輩って、いつからお付き合いされているんですか?

 

 残響の如く繰り返される言葉を振り払う様に、独り寝返りを打つ

 数日前、美紀さんから問われたあの言葉が、どうしても頭から離れない

 

 あの時私は、勢いのままに彼女の言葉を否定した。彼女の言葉はただの思い違いで、彼はただのお友達に過ぎないのだから

 当然、彼も同じように答えるだろう。確かに彼は私に親しく接してくれているが、それは友人としての範疇を出ないものだ

 

 

 ──そう。否定するだけならば、簡単だった

 勢いのままに彼女の言葉を否定する私が居た一方で、それも悪くない。と思ってしまった私が居たのも、また事実だったのだ

 

 彼と一緒に居るのは、悪い気分じゃない

 むしろ心のどこかで好ましいとすら思っていたし、他の誰と一緒に居るよりも、安心して過ごす事が出来るというのが事実だ

 

 ここ最近は気がつけば彼の姿を目で追ってしまっているし、ふとした瞬間に彼の事を考えてしまっている

 終いには彼が他の女の子と話しているのを見かけると、胸が締め付けられる様な感覚に襲われてしまう

 そんな自分に気づいた時には、恥ずかしさでどうにかしてしまいそうな程であった

 

 

 ……ああ、そうだ。正直に言ってしまえば、彼の事が好きなのだ

 お友達としてではなく、異性として。どうしようもなく、彼に恋い焦がれてしてしまっているのだろう

 その切っ掛けが何であったのかは、私にはわからない

 

 友人としての信頼関係からの発展であったのか、あるいは私の弱さを受け止めてくれるという依存心からの発展であったのか、はたまた別の要因か

 

 何れにせよ、彼に対する想いは今なおこの胸の内で燻り続け、日に日に熱を増していくばかり

 今となっては、彼の事を避ける日々が続いている

 

 

 彼は優しい人だ。私達の事を第一に考えてくれているし、私を──もとい私達の事を、いつも気遣ってくれている

 

 私の弱さを曝け出しても、笑って受け止めてくれた人だ

 仮に私がこの胸の内を曝け出したとして、困った顔をしながらも、彼は私を受け入れてくれるだろう。というある種の信頼さえある

 

 だがそれは、彼の優しさに甘える行為だ。これ以上彼に負担をかける様な真似は、するべきではない

 

 

 弱さを打ち明けたあの夜だって、彼の隣で眠ってしまったあの時だって、彼に一日中看病をさせてしまったあの日だってそうだ

 私は、あまりにも彼に負担をかけすぎてしまっている。そんな私が胸の内を打ち明けた所で、負担にしかならないだろう

 

 大丈夫、今まで通りに過ごすだけでいい。そうすれば、いつの日かこの想いも諦める事が出来るだろう

 彼に想いを告げられずとも、彼の隣に居られずとも。共に笑い合えるならば、それでいいではないか

 

 己が内で叫び続ける誰かの声を聞きながらも、そう結論付け、抱えていた枕に顔を埋める──

 

 

 

 ──ガラリ、という扉の音で目を覚ます

 窓へと目を向ければそこから覗く日は未だ高く、それほど長い間眠っていた訳ではないらしい。霞がかった様に、頭がぼんやりとする

 

 布団から体を起こしながらも、扉の方へと顔を向ける

 一体、誰がやってきたのだろうか──

 

 

「あ、おはようございます。りーさん」

 

 叫びそうになるのを、必死で堪える。扉の向こうにあったのは、紛う事なき彼の姿

 半ば反射的に彼へと背を向け蹲る。何故、彼がここに居るのだろうか──

 

Side out

 

 

「……あー、その。少しお話があるんですが、大丈夫ですか?」

 

 寝室の扉を開けた先に見えたのは、こちらに背を向け蹲るりーさんの姿

 その姿に一抹の寂しさを覚えながらも、彼女のもとへと歩みを進め腰を下ろす

 ここまで近づいても、彼女からは反応の一つすらない

 

「……りーさん。僕に至らない点があるんでしたら、遠慮なく言ってください。避けられたままというのは……その、かなり困ります」

 

 

 ふるふると、彼女が静かに首を横に振る

 何も言えぬまま座り込んでいると、静かに、彼女が口を開いた

 

「……葵君は、何も悪くないの。これは私の問題だから」

 

「……僕にお手伝いできることはありますか?」

 

 

 反射的に問い返してみたものの、何も出来る事はないのだろう

 彼女の言葉を信じるのならば、今回の件は彼女自身の問題で、自分だけが避けられている事から、恐らく自分が関連していて

 ならばそれに自分が手出しするのは、逆効果になりかねない

 

 部屋に沈黙が流れる。彼女からの返事は、ない

 今は彼女を一人にしておくのが良いだろう。そう考え、部屋を後にする為立ち上がる──

 

 

「……手を、繋いで」

 

 その寸前で、か細い声が耳に届く。振り返れば、こちらに背を向けたまま差し出された手

 手を、繋ぐ。自分が彼女と?

 たったそれだけでいいのだろうか

 

「そのくらいでしたら、お安い御用ですよ」

 

 彼女に背中を預けて座り、差し出された手を握り返す

 遠足の夜と同じ、柔らかい手。繋いだ手から伝わる彼女の温もり

 異性の手を握る気恥ずかしさなど、問題解決の前には些事だろう

 

 部屋を、再び沈黙が支配する

 自分も彼女も、言葉一つ発さず。背中合わせに手を繋ぎ続けた

 

 

 

 ──どれほどの時間が経っただろうか。日は既に傾きかけ、部屋には夕焼けが射し込んでいる

 今まで手をつないだまま黙り込んでいた彼女が、口を開いた

 

「……ねえ、葵君。私の事を負担だと感じた事って、ないの?」

 

「ん? 何言ってるんですか。そんな事ある訳ないでしょう」

 

 

 自分が彼女に負担をかけるならばともかく、その逆などある訳がない

 恐らくは彼女を看病した時の事を言っているのだろうが、自分が好きでやった事だ。負担に感じるなど、ある訳がない

 

「第一、りーさんは我が儘を言わなすぎです。由紀ちゃんくらい……とは言いませんが、少しくらいは我が儘を言った所で誰も怒りはしませんよ」

 

 背中越しに、息を呑む音を聞く

 そう、彼女は我が儘を言わなすぎだ。プールの時の様に極稀にはしゃぐ事こそあれど、基本的に長女気質と言うべきか。とにかく我慢しすぎなのだ

 

 由紀ちゃんくらい……は流石に困るが、あのバカ程度には我が儘を言ってもバチは当たらないだろう。ただでさえ普段から、彼女は家計簿や屋上の菜園などで貢献しているのだから

 

 

「……そう、なのかしら」

 

「そーですよ。少なくとも、僕はそう思います」

 

 手から伝わる体温が失せ、彼女が立ち上がる気配がする

 そしてそのまま、自分の正面へとやって来た

 

「……それじゃあ、我が儘を言ってもいい?」

 

「ええ、どうぞ?」

 

 

 逡巡する様な表情をする彼女だったが、それもほんの数瞬だった

 意を決したかのような彼女を見た次の瞬間、胸に伝わる衝撃

 彼女の行動を認識すると同時に、背中に布団の感触が伝わる

 

 次いで、体から伝わる彼女の感触

 この間のプールとは比べようもなく。密着としか言いようがないくらいに、自分と彼女の体は重なっていた

 

「りーさ──」

 

 行動の真意を問おうとするも、その唇は言葉を紡ぐことなく、彼女の唇によって塞がれる

 重なり合う唇から伝わる感触は甘く、柔らかい

 

 

 ──永劫とも思える時間が経った。口づけが終わり、彼女の唇が離れていく

 惚けている場合ではない。彼女に、真意を問わなければ

 

「あの、りーさん? これはどういう……」

 

「……好きなの、貴方の事が。どうしようもないくらいに」

 

 懺悔するかのような、彼女の声

 目の前の彼女は、今にも泣き崩れそうで。自分の知る普段の彼女とは、あまりにもかけ離れていた

 

「我が儘だって事はわかってる。忘れようって思った、諦めようって思った! でも、どうしようもなかったのよ!」

 

 

 ぽろぽろと流れる涙を拭う事もせず、彼女は叫ぶ

 ……あぁ。そんな事で彼女は悩み、自分を避けていたのか

 

「……莫迦ですねえ、りーさんは」

 

 彼女の体に腕を回ししっかりと抱き寄せ、今度は自分から口づけを交わす

 目を見開く彼女を優しく撫でながら、精一杯の笑顔で微笑む

 正直言って恥ずかしい。恥ずかしいが、はっきりと伝えなければ

 何より想い人の告白に応えないなど、有り得はしないだろう

 

「僕もりーさんの事が好きですよ。……愛してます」

 

 

 

 泣きじゃくる彼女を何とかして宥め、部屋には再び静寂が戻った

 永遠に抱き合っているのもいいが、そろそろ夕食の時間だ

 彼女の手を取り、立ち上がる

 

「……ありがとう、葵君。私を……私の弱さを、受け止めてくれて」

 

「いいえ、どうって事はありませんよ。りーさん」

 

 泣き腫れた赤い目を擦りながら、りーさんも立ち上がる

 生徒会室に行くまでに言い訳を考えなければならないが、最悪どうとでもなるだろう

 寝室を後にする為扉に歩みを進めようとすると、突然、りーさんが再び抱き着いてきた

 

 

「ねえ、二人きりの時は私の事、悠里って呼んで?」

 

「え゛っ」

 

「……ダメ?」

 

 抱き着きながらも上目遣いでこちらに問いかけてくる彼女。とてもかわいい

 

 ではなく、晴れて恋人になったとはいえ、リーさんの事を呼び捨てにするのは、かなり抵抗がある

 長い間りーさんで慣れてしまっているというのもあるが、異性である彼女を呼び捨てにするのは、こう……かなり、恥ずかしい

 ……とはいえ、大切な恋人の頼みだ。断れまい

 

 

「……わかりましたよ、悠里」

 

「……!」

 

 彼女の表情が、ぱぁっと花が咲いた様な笑顔へと変わる。そして抱き着くのを止め、スキップをしながら扉へと駆けて行った

 ……わかりやすい女性(ひと)だ。まぁ、満足してくれたならそれでいいか

 彼女の後を追い、歩みを進める




リアル多忙で一週間半創作から離れてたら、創作の仕方を忘れたの巻
恋愛描写とかクソ苦手なんですよね!!!!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26.ほうこく

めぐねえ生誕祭に遅れた(しめやかにセプク)


Side:直樹美紀

 

 しとしとと、静かな雨音が廊下に響く

 窓の外へと目を向ければ、天気は曇り空からついには雨へと転じ、割れた窓からは時折雨粒が吹き付けている

 外から聞こえる”かれら”の声も、ほんの少しだけ騒がしい

 

 本を小脇に抱えながら廊下を歩いていると、生徒会室の扉の前にくるみ先輩が屈んでいるのを見かけた

 様子からして、扉の隙間から中を覗き込んでいるらしい

 一体、どうしたのだろうか

 

 

「くるみせんぱ──」

 

「──シーッ!」

 

 声をかけようとするも、小声で制されてしまう

 内心で首を傾げながらも、視線で促されるままに、先輩に倣い扉の隙間から生徒会室の中を覗き込む

 そこに見えたのは、帳簿を前に話し合う悠里先輩と葵先輩の姿

 

 声こそよく聞こえないが、真剣な表情をしている事から、あまり明るい内容ではない事は想像がつく

 予想される所としては、充電残量の問題だろうか。食糧の方は地下の保存食に手を出す必要性こそ出てきたものの、急を要する状態ではない

 

 ここ最近は曇りや雨が続いている。発電量としては平時と比較してかなり少ないだろうし、電気がなければシャワーも、最悪浄水設備すら動かない

 お湯だけならまだしも、水自体が出ないのは死活問題だ

 

 くるみ先輩は、先輩達が二人だけで無理に解決しようとするのではないかと懸念して──

 

「……なぁ、あの二人、最近距離が近くないか?」

 

 ──るなんて事は、全くなかった。

 

 

 ……確かに、あれ程に二人の距離は近かっただろうか

 隣で同じ様に生徒会室の中を覗き込むくるみ先輩を盗み見ながら、思案する

 

 机に置かれた手は自然な形で重ねられているし、その事を二人は全く気にしている様子がない。物理的な距離も、普段よりも人一人分は近い様な気がする

 

 ──思い出すのは、一週間くらい前の出来事。私の問いを、悠里先輩は真っ赤になりながらとは言え、否定した

 悠里先輩が葵先輩の事を避け始めたのは、その頃からだ

 それが最近になって今まで通りどころか、今までよりも距離が接近しているとあれば、勘繰りたくなるのも道理というものだろう

 

 

「あれ、くるみちゃんにみーくん。どしたのー?」

 

「「シーッ!」」

 

 

Side out

 

 

 

 

「充電残量、心許なくなってきたわね……」

 

「地下の食糧にも手を出さなきゃいけなくなってきましたし、外に食糧取りに行くついでに、どっかから発電機の一つや二つでもかっぱらってきます?」

 

 空から零れる雨粒が、弱々しいながらも窓を叩く

 薄暗い室内で、帳簿を前に唸るりーさん。その不安を表すかの様に、艶やかな彼女の髪が揺れる

 

 

 目下の問題の一つは電力だ。太陽光発電だけでは、安定した電力を得る事は難しい。今までなんとかなっていたが故に後回しにしていたが、そろそろ発電機の一つくらいは手に入れるべきか

 これから冬へと季節が移り変わる以上、これまでよりも電力の必要性は増していくだろう

 

 自分達はともかくとして、女性陣にとってシャワーが出ないのは死活問題だ。それに冬になれば、暖房器具の必要性も出てくるだろう。今まで以上に電力が必要になる事は想像に難くない

 

 問題の二つ目は、やはり食糧だ

 ここ最近になって、地下の食糧にも手を出さざるを得なくなってきた。あそこの貯蔵量からして二ヶ月以上は保つだろうが、冬を越すには全く足らないだろう

 本格的に冷え込む前に、少なくとも冬を越せるだけの量を何処かから持って来なければなるまい

 

 

 ……今までなんだかんだと先延ばしにしていたが、そろそろ一階の制圧も進めた方が良いかもしれない

 一階には特筆すべき施設はないが、一階を制圧してしまえば少なくとも本校舎の中は安全になる上、地下区画への出入りも容易になる

 

「あ、そういえば部室棟にはお風呂あるって話でしたっけ?」

 

 高校では万年帰宅部であったが故に最近まで知らなかったが、少し前にそんな話を聞いた様な気がした

 この問いに対する答えは、やはり彼女が知っていた様で

 

「ええ、運動部が使っていたお風呂があったはずよ。まだ使えれば、だけれど」

 

「……あるかないかで言ったら、ある方がやっぱ嬉しいですよねえ」

 

 

 無言で頷く彼女。シャワーがあるだけでも有り難いとは言え、やはり冬場においては、シャワーだけでは体も暖まらないだろう。お風呂に入れる事に越したことはない

 

 ……そう考えると、益々必要な物が増えてくる

 発電機に、それを動かす燃料。食糧とバリケードを構築する為の資材。その他諸々

 

 とてもではないが、自分達だけで決められる様な問題ではなくなってきた。今後の方針も含めて、先ずは佐倉先生に相談だろうか

 

 

「……まぁ、これ以上は僕たちだけで考えても仕方がないでしょう。先ずは佐倉先生に相談して、そこから皆にって感じですかね」

 

「そうね。元々物資の確認が目的だったのだし、それが出来ただけでも良しとしましょうか」

 

 立ち上がる彼女を眺めながら、そういえば自分も含め皆はまだ夏服という事にも気がつく

 

 前回ショッピングモールに出掛けた際には夏用、よくて秋用の服しか持ってこなかった

 服を手に入れるとなれば、気分転換も兼ねて、もう一度皆で遠足というのも悪くないのかもしれない

 

 ……となると、車は二台必要になる。全員で行く分物資の運搬効率は落ちるが、食糧に関しては優先順位を落としても問題ないだろうか──

 

 

「……葵君?」

 

 ──頬を撫でる感触。目蓋を開け、思考の海へと沈みかけた意識を、現実へと引き戻す

 目の前には、こちらを見つめる彼女。その右手は、自分の頬へと添えられていて

 

 考え事をするのは、後にすればいい。積み上げていた思考を、明後日の方向へと投げ捨てる

 

「なんでもありませんよ。ちょっと考え事をしていただけです」

 

「……そう?」

 

 

 何はともあれ、これ以上自分達だけで考えても仕方がない

 そう結論付け、扉へと手を掛け、開け放つ

 

 ──開け放った扉の先にあったのは、目的の人物(佐倉先生)と、由紀ちゃん達の姿だった

 

 

 

 

「……それで、どうしてコソコソと覗き見る様な真似をしてたんです? 普通に入って来てくれて構いませんでしたよ?」

 

 数分の後。テーブルを挟んだ先には、こちらから目を逸らしながら座る佐倉先生達の姿

 別に怒っている訳ではなく理由を聞きたいだけなのだが、どうにも会話が進まない

 

 ややあって、美紀さんがおずおずと口を開いた

 

「……その、葵先輩と悠里先輩って、やっぱりお付き合いされているんですか?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたりーさんの表情が凍り、そしてどんどんと赤くなっていく

 そういえば、皆に報告がまだだった様な気がしないでもない。別に隠している訳でもないので、話してしまっても構わないだろう

 

「ええ、そうですよ? お話ししてませんでしたっけ」

 

「葵君っ!?」

 

「聞いてませんよ……」

 

 悲鳴染みたりーさんの声に、呆れを多分に含んだ美紀さんの声

 三者三様の反応を見せる彼女達。特にくるみちゃんの表情には、これからどうやって揶揄ってやろうかという考えがありありと浮かんでいる。南無三

 

 例えここで話さずとも、何れバレていただろう。遅いか早いかの違いでしかないと思いたい

 

 

「何はともあれ、おめでとうございます。お二人共」

 

「おめでとう、二人共。大切にしてあげてね、白井君?」

 

「ありがとうございます。……元より、そのつもりですよ」

 

 言われずとも、自分が彼女を支え続けよう。彼女が笑顔で居続けられる様に

 尤も、彼女には良き友人がいる。自分が彼女に必要かどうかさえ、定かではない

 

 くるみちゃんに揶揄われ、由紀ちゃんにキラキラした眼差しで詰め寄られながら真っ赤になっているりーさんを眺め、そんな考えが頭に浮かぶ

 ……どちらにせよ、自分は自分の出来ることをするだけだろう

 

「さて、それじゃあ報告も終わりましたし、本題に入りましょうか──」

 

 

Side:直樹美紀

 

 

 

 ──夢を、見ていた

 

 目を覚ますとそこはあの一室で

 くるみ先輩も、由紀先輩達も、……圭も、誰も居ない。私だけの、孤独な空間

 

 夢の中で私は、独り授業を受けていた。……いや、受けていたというのは、正確ではない

 先生もクラスメートも誰一人おらず、自習に近い行為を繰り返すだけ。半ば作業と化した、ただのルーチンワークだ

 

 それでも、そうでもしていないと、孤独に圧し潰されてしまいそうで

 毎日、毎日。寝て起きては、機械の如くその行為を繰り返す

 何日も、何週間も、何ヶ月も。ただただ繰り返す──

 

 

 

(……夢、か)

 

 瞼を開け、布団から体を起こす。変な夢を見てしまったせいか、どうにも目が冴えてしまった

 

 あんなものは所詮、ただの夢だ。あそこに私が居た期間は二週間程しかなかったし、今も私はここに居る

 ……だとしたら、この胸に抱えた漠然とした不安は、何なのだろうか

 

 もしかしたら今ここに居る私が夢で、あの夢の中の私が本当の私なのではないか?

 本当は助けなど来ていなくて、今も私はあの部屋で独り、生き続けているだけなのではないか?

 

 ……いいや。こんな事を考えるのは止めよう。私は確かに、ここにいるはずなのだから

 

 

(……?)

 

 ふと辺りを見回せば、くるみ先輩の布団が、空いている

 次いで廊下へと繋がる扉に目を向ければ、わずかな隙間。また夜更かしをしているのだろうか

 

 

「……お、美紀。どうしたー?」

 

 ランタンの光に導かれ、生徒会室の扉を潜る

 そこには、椅子に座りマグカップを傾けているくるみ先輩

 その姿はほんの少し、眠たげだ

 

「いえ、変な夢を見てしまって眠れなくて。……先輩は、どうされたんですか?」

 

「んー……、アタシも似たようなとこかな?」

 

 苦笑を浮かべながら頬を掻く先輩

 そんな先輩の隣へと歩みを進め、椅子へと腰掛ける

 

 

「まっ、なんだ。アタシで良かったら相談に乗るぜ?」

 

「ありがとうございます、先輩。……その、不安なんです。私は本当はここに居ないんじゃないか、って」

 

 先輩が訝しげな表情を浮かべる

 当然だろう。私は今もここに居て、先輩と話しているのだから

 

「今ここに居るのが夢で、本当は今もあの部屋で独りで居るんじゃないかって、不安なんです。そんな事はないって、わかってるんですけど」

 

「……そっ、か」

 

 不意に立ち上がる先輩。そして、私の頭へとのびる腕

 そのままくしゃくしゃと、頭を撫でられる感触が伝わってくる

 

「もしそうだとしても、アタシが何度でも迎えに行ってやるよ。大切な後輩の為だからな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27.くろいとり

惑星rimに移住してたり三人組でチャンピオン目指してたり、warzoneに出張してたりしてたらすごい時間経ってた(こなみかん)


「いやー、ようやっと晴れたな」

 

 隣で同じく洗濯物を干すカズの、独りごちる様な呟きを聞く

 天を見上げれば、雲一つない澄み渡った青空。昨日までの曇天が信じられないくらいの、絶好の遠足日和だ

 屋上を涼風が吹き抜け、洗濯物がはためく。冬の足音はすぐそこまで迫っていた

 

 遠足への出発は晴れてからにしようというのは、あの日佐倉先生達と共に決めた事だ。流石に出先で雨に降られては、何が起こるかわからない為困るというのが主な理由だ

 計画を決めたはいいものの、あの日以来曇りと小雨の繰り返し。これでやっと安心して遠足に出られるというものだろう

 

 

「にしてもまさかお前が、なぁ?」

 

「……んだよ、悪いか?」

 

「いーや、全然」

 

 くつくつと愉快そうに嗤うカズを睨めつけるが、全く応えた様子はなく。それどころかその愉快そうな笑みを、ますます増していくばかりだ

 その笑みの中に、純粋な祝福の意も感じ取れるのだからタチが悪い

 蹴りの一つでも入れてやろうかとも思うが、遠足の前につまらない怪我をされても困る為自重する

 

 ……コイツの反応は、ある意味正しい

 俺が逆の立場だったら同じ様に揶揄うだろうし、同じ様に祝福をするだろう

 十五年もの間連れ添って来た友の幸福を願う事は当然で。それに関して揶揄う事こそあれど、その事自体を祝福しないなどあり得まい

 

 コイツの隣に俺以外の誰かが居る光景など想像もつかないが、その逆もまた然りだったというだけの話だ

 正直な所、自分でもりーさんと恋仲になるなど思いもしなかった。一年前の自分にこの事を告げたとしても、病院を勧められるのがオチであろう

 

「ま、なんだ。お前も随分と丸くなったな? 前とは大違いだ」

 

「……そうか? 俺としちゃ実感ねえけど」

 

 実感はないが、コイツがそう言うのであれば、そうなのだろうか

 そんな事を考えながらも、空となった籠を片手に屋上を後にする

 階段を下り、三階廊下へと。耳を澄ませば、いつもの部屋で遠足の準備をしているであろう声が聞こえてきた

 軽く手を振ってカズと別れ、生徒会室の扉を開く

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

 扉の先には、最早見慣れたと言ってもいい由紀ちゃん達の姿。遠足出立前とあってか、珍しく全員がこの部屋へと集まっている

 こちらの存在に気がついたのか、 戯れあっていた(一方的に絡んでいる)由紀ちゃんと美紀さんがこちらへと手を振ってくれていた

 その傍らには、一冊の手製らしき冊子。数ページ程しかないであろうそれを手に取り、パラパラと捲る

 

「おかえりー!」「おかえりなさい、葵先輩」

 

「これは……しおりですか? 随分と気合が入ってますね」

 

「はい、準備する時間が余っているからと、由紀先輩が」

 

 目的地……リバーシティ・トロン・ショッピングモール(あとなんか色々)、スケジュール……三、四日くらい

 持ち物の欄にお菓子の文言がしっかりと記されているのは、由紀ちゃんらしいと言うべきか

 

 ……流し見をしてみて気がついたが、由紀ちゃんが一人で作ったにしては、レイアウトが随分と小綺麗だ

 遠足の心得なる場所に書かれた文字からしても、美紀さんをはじめとして皆が巻き込まれたであろう事は想像に難くない

 字の様子からして、なんだかんだと楽しんであろうという事がわかるのが幸いだろうか

 

 

「……あんまり美紀さんに迷惑かけちゃダメですよ?」

 

 由紀ちゃんの襲来を押し除けている美紀さんへと冊子を返し、予定を再確認していると思しきりーさん達のもとへと歩みを進める

 

「お疲れ様です。僕も手伝いましょうか?」

 

 声をかければ、机に置かれた地図に向けられていた三人の視線がこちらへと向く

 地図には、前回も訪れたショッピングモールを初めとして、いくつかの赤丸が確認できる。恐らく今回の遠足における目的地の候補だろう

 

「おう、おかえり。前は葵達に任せっきりだったし、今回はアタシ達がやるよ」

 

「葵君はゆっくりしてて? 予定は私達で決めちゃうわ」

 

 別に大した労力でもないので手伝おうかとも考えたが、断られてしまった

 部屋の隅に置かれていた椅子へと腰掛けながら、地図へと向き直るりーさん達を眺める

 

 予想よりも早く暇になってしまった。洗濯物が乾くにはまだあまりにも早いであろうし、この部屋で話し相手になりそうな二人は、今なお戯れあって(由紀ちゃんが一方的に絡んで)いる

 残っている暇潰しの相手は、今どこに行っているかもわからない。わざわざ探しに行くのも面倒だ

 

 ぼんやりと、当てもなく思考を彷徨わせる──

 

 

 

 ──部屋に変化が訪れたのは、その数分後だった

 美紀さんと楽しそうに話をしていた由紀ちゃんが、突然その口と動きを止めた。部屋全体が、ほんの少し静かになる

 次いで、呟く様な彼女の声

 

「……何か、聞こえた」

 

 その言葉を聞いた瞬間、意識が急浮上する。先生達と共に地図へと向き合っていたくるみちゃんも、傍らのシャベルを手に取り椅子から腰を上げ、耳を澄ませている

 

 物音一つすらしなくなった室内から耳を澄ませば、何処かからほんの僅かに聞こえる、大気を切り裂く様な音

 日常においてはあまりにも聞き慣れた、されどこの終わってしまった世界においては、聞くはずもない音。この音の正体は──

 

「ヘリコプター……?」

 

 

 誰のものともつかぬ呟きが、部屋を駆ける

 その音は少しずつ、されど確実に大きくなってきていて──

 

「葵っ、屋上!」

 

「……了解! 皆さんも早く!」

 

 部屋から飛び出すくるみちゃんに追随し、部屋から駆け出る。つい先刻通った階段を駆け上がり、再び屋上へと

 相もかわらず晴れ渡った空を見上げれば、そこに見えるのは大気を切り裂きながら羽ばたく鉄の鳥の姿

 遅れて、由紀ちゃん達が屋上へとやって来た。天に浮かぶ鉄の鳥の姿に瞠目しながらも、自分達と同じく天を見上げている

 

 

 ──何処かから救助にやってきた?

 ──今更になって、何故?

 ──いや、そもそも

 

「あれは、どっちだ……?」

 

 漏れた呟きは、羽ばたきの音に掻き消される

 問題は、あのヘリは何処から、何を目的にここにやって来たかという事だ

 

 政府ないしそれに類する組織から来たのであれば、おおよそ安全であると言って良いだろう

 全員があのヘリコプターに収容できるとも限らないが、その場合は彼女たちを優先して救助して貰えれば何も問題はない

 

 ……問題は、あのヘリコプターがランダル・コーポレーションなる組織の物だった場合だ

 その場合においては、かの組織が友好的であるとも限らない以上、避難あるいは逃走も視野に入れなければならない

 こちらとしても、安定している住居を失うのは惜しい。出来れば前者であって欲しいのだが──

 

 

「……なんかあれ、怖い」

 

「……大丈夫よ由紀ちゃん。きっと、みんなを助けに来てくれたのよ」

 

 由紀ちゃんの呟きが、耳に入ってきてしまう。それに伴う佐倉先生の言葉は、安心するには酷く頼りない

 こういった時の彼女の勘は頼りになるというのは、嫌と言うほど知っている。嫌な汗が、背筋を伝う

 

「……あの、揺れて、ませんか?」

 

「どう……かしら。着陸するんじゃないの?」

 

 嫌な予感を他所に、鉄の鳥はふらふらとその身体を揺らしながら、高度を落とし続ける

 その姿はまるで──

 

 

「……やっべえ!」

 

 限りなく素に近い言葉遣いが、口を衝いて出てしまう

 目に入ったのは、大きく身体を傾ける鉄の鳥の姿

 

 ──何かがひしゃげる音が響き渡り、立ち昇る黒煙。鉄の鳥は、その身を地へと堕とした

 

 

 

 

「美紀っ、行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

「葵はめぐねえ達を頼む!」

 

 くるみちゃんが、美紀さんを伴い扉へと駆けて行く

 自分は、ここで彼女達を見送るべきなのだろうか?

 

 彼女を引き留めたとして、彼女はそれを聞かないだろう

 また、佐倉先生達を放っておかないというのも事実だ。万が一避難が必要な事態になった場合、護衛もなしでは奴らの群れの中を歩けまい

 

 されど彼女達二人では、あの墜落現場から還る事が出来るかどうかは、疑わしい

 墜落の音に釣られ、奴らはあの現場へと引き寄せられているだろう。ともすれば、学校の外からも

 そんな場所に、彼女達だけで行かせていいものだろうか?

 

 

 僅かに逡巡している間に、既に彼女達の姿は消え去っていて

 代わりに目に飛び込んできたのは、扉を開け放つカズの姿

 

「すげえ音が聞こえたんだが、何があった!?」

 

「丁度いいとこに来た、くるみちゃん達を連れ戻してきてくれ! 多分ヘリが堕ちたとこに行ってっから!」

 

「お、おう!」

 

 明らかに事態が飲み込めていないカズに、半ば命令染みた指示を出す

 駆けていくカズを見送りながら、フェンスにもたれかかり、一息つく

 ……一先ず、これで次善の手は打ったものと思いたい

 

 

 

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 バリケードを飛び越え、誰もいない廊下を駆ける。まだ日は高いにも関わらず、辺りに”かれら”の姿は一つもない

 傍らを駆ける美紀に、疑問をぶつける

 

「……なぁ、少なくないか?」

 

「……減るはずはないですから、どこかに集まっているんでしょう」

 

 若干息を切らしながらも、冷静な言葉が返ってくる

 ……あぁ、そうだ。そんな事はわかりきっていた

 

「……どこに?」

 

「それは、多分──」

 

「おーい、大丈夫か!」

 

 美紀の言葉を遮る様にして廊下に響いたのは、上階から階段を駆け下りてくると思しきカズの声

 その声を聞き、思わず立ち止まる。声の主は、あっという間にこちらへと追いついてきた

 

 

「ふー、アイツにお前らを連れ戻してこいって言われてな。……んで、何があった?」

 

「……救助に来たらしいヘリが、堕ちた。誰か生きてるかも知れないから、助けにいく」

 

 どうやら、事態を完全には把握していない様で、葵の指示でこっちに来たらしい

 息を整えながらも、カズは口を開く

 

 

「脱出してる可能性があるにしろ、多分、生きちゃいねえぞ?」

 

「わかってるよ」

 

「アイツらだって集まってるだろうし、すげえ危ねえぞ?」

 

「それもわかってる」

 

 明らかにアタシの無謀を咎めるような視線が、アタシを射抜く

 それでもこっちにだって、譲れない事の一つや二つくらい、ある

 ここで目を逸らす訳には、いかない

 

 ……ややあって、諦めた様に頭を掻きながら、カズは溜息をついた

 

「……わぁーった、なら俺も行く。そっちの方が安全だろ?」

 

 

 

「三つ数えたら行きます。……三、二、一」

 

 美紀の引き抜いたブザーの音が辺りに鳴り響くと同時に、堕ちたヘリの方角へと駆け出す

 突き出される”かれら”の腕をシャベルで弾き、進路を確保する

 目に見える全部を相手にしちゃいられない。最低限だけを相手にして、切り抜けなければ

 

「前は俺が拓く。くるみは美紀のカバーをしてやってくれ!」

 

「りょーかいっ!」

 

 そんなやりとりをしている間にも、美紀に手を伸ばそうとしている”かれら”が一人。美紀がケミカルライトを投げているが、日中の屋外故か、効果が薄い様だ

 ──それでも、稼いだ時間は十二分で

 

 首元を狙い、シャベルを振りかぶる

 突き刺さるシャベルに、倒れ込む”かれら”

 

「わりぃ、大丈夫か?」

 

 動かなくなった”かれら”を置き去りにして、再びヘリの方角へと

 前へ、前へ。息を切らしながらも、走り続ける

 

 

 

 廃車の影へと滑り込む

 視線の先には、今尚黒煙をあげ続けるヘリコプターと、それに圧し潰されたいくつかの乗用車

 

「……無理だな、ありゃー」

 

「で、でも……」

 

「あの中じゃ、助かりません」

 

 左隣でカズが力なく首を横に振り、右隣では美紀がアタシを引き留めるかの如く、服の裾を掴む

 

「……まぁ、万が一って事もあるか。周りをある程度捜索して、校舎に戻るぞ」

 

 

 そう言って立ち上がるカズに倣い、アタシも立ち上がる

 ──ふと、目に留まったのは一台の車。いいや、正確にはその車から漏れ出たと思しきガソリン

 火が、着いている。その先にあるのは──

 

「──伏せろっ!」

 

 その言葉と同時に、爆発音が鳴り響いた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28.いみ

二ヶ月ぶりの投稿とかマジですか
タルコフとciv6で時間が溶ける溶ける(白目)

久々の執筆で感覚を忘れたので今回は短めとなっております

追記:サボってる間に1万UA行ってました、ありがとうございます!


Side:恵飛須沢胡桃

 

 ──僅かに体に走る痛み。それを堪えながらも立ち上がる

 傍らには、呻きながらも同じく体を起こす美紀の姿

 思ったよりも、お互いに怪我はそこまで酷くはない

 

 

「っつつ……二人共、大丈夫か?」

 

 遅れて、アタシ達の前にいたカズも立ち上がる。怪我の程度はアタシ達よりも酷く、所々から血が滲んでいるのが見える

 

「あ、あぁ……」

 

「先輩の方こそ、大丈夫なんですか?」

 

「ちっと痛むけど、問題ねーよ。とりあえずお前らが無事でなによりなんだが……」

 

 

 周りへと目を向ければ、堕ちた鳥を焦がしていた炎は、今やアタシ達の校舎をも焦がそうとしていて。つい先程の音に引き寄せられたであろう亡者の群れは、数える事すら億劫になる程であった

 

 数える事を放棄した所で、数が変わる訳でもなく

 校舎に戻るには、この群れをなんとかして突破する必要があるのだが……

 

 この人数では、どう考えてもこの数を突破するのは不可能だ。されど、相手方がそれを考慮してくれる筈もなく。一匹の亡者の視線が、こちらを射抜く

 

 

「……さて、二人共行けるか? ダメそうだったらどっか無事そうな車ん中でも避難してていいんだぜ?」

 

「じょーだん。お前の方こそ、怪我自体はアタシ達より酷いんだから休んでたらどうだ?」

 

「ハッ、バカ言うなよ。今ここでお前達だけに無茶させたとアイツに知られたら、後で屋上からノーロープバンジー確定だぜ?」

 

 

 軽口を叩ける程度には元気らしい。元気なようで何よりだ

 葵も、無駄に頑丈なだけがコイツの取り柄だって言ってたしな

 

 一先ずは、周りの数を減らす事が先決だろう

 アタシとカズで叩いて、いざと言う時は美紀にフォローして貰う。さっきまでと一緒だ

 

 

 ……ただ、奴らがどれだけ増えるか、アタシ達の体力がいつまで保つかは、気がかりだけどな

 

Side out

 

 

 

 ──凄まじい音と共に、屋上が僅かに揺れる

 

 半ば反射的に背もたれにしていたフェンスから身を起こし、音の方角へと顔を向ける

 初めに目に入ったのは炎に身を包んだ鉄の鳥

 その炎の燃え広がり様と言えば凄まじく、周りに点在する廃車どころかこの校舎まで燃え広がりかねない勢いだった

 

 次に目に入ったのは、その鉄の鳥へと集う、数える事すら億劫になる程の”奴ら”の群れ

 先程くらいの轟音ともなれば、学校中どころか近辺から奴らが集まって来ていても、何一つおかしくはない

 

 そして、最後に目に入ったのは──

 

「あんの馬鹿……!」

 

 ──奴らに周りを囲まれている、くるみちゃん達。その姿に、思わず罵声が漏れる

 自分の迂闊さを呪いながらも、解決策を模索する為に思考を巡らせようとした、その時だった

 

 

「どう、して……」

 

「「りーさん⁉︎」」「若狭さん⁉︎」

 

 半ばうわ言の様な呟きと共に、りーさんが膝から崩れ落ちる

 由紀ちゃん達と共に駆け寄り肩を揺するも、彼女からの反応は返ってこない

 その姿は、まるで糸の切れた人形の様で

 

 

「クソ、なんだってんですか……あー、もう! とりあえず避難です避難!」

 

「避難って、どこへ⁉︎」

 

「それを今考えてんですよ!」

 

 悲鳴じみた先生の声に対して叫ぶと共に、思考を巡らせる

 外……はダメだ。そもそも外に出るには、外から集いつつある奴らの群れを、三人を守りながら突破する必要がある。とてもではないが、そんな事を出来る自信なんてものはない

 

 かと言って、この学園の中のどこかに避難しようにも、それだけでは火の手からは逃れられまい

 ──詰み、という言葉が頭の中を過ぎる

 

 そんな中、天啓の如き言葉を発したのは由紀ちゃんだった

 

 

「……地下に、非常区画ってあったよね?」

 

 ポツリ、と呟く様な彼女の言葉に、佐倉先生と顔を見合わせる

 そうだ、そこがあった。あそこであれば、シャッターを閉めれば炎も煙も届かず、安全だろう

 

「それです! 流石由紀ちゃん!」

 

「そ、そうかな?」

 

 えへへー、と彼女が照れ臭そうに笑う

 目的地は決まった。ならば次は──

 

 

 ──再び、りーさんへと視線を向ける

 

 先の爆発で、校内の奴らは音の地点へと誘き寄せられている。恐らく、校内に残っている数は、そう多くはない

 故に、このまま彼女達を連れて地下へと向かう事は、不可能という程ではないだろう

 

 だが、そうしてしまうのは、何かが違うような気がして

 

 

「……佐倉先生、由紀ちゃんをお願いします。ここは僕が」

 

「でも……」

 

「大丈夫です、校内の奴らの数もそう多くはない筈ですから。……由紀ちゃん、僕の代わりに佐倉先生を、しっかりとサポートしてくださいね?」

 

 そう告げると共に、不安そうな表情の由紀ちゃんに、僅かな数のブザーとケミカルライトを手渡す

 

 正直、不安はある。数が少ないだろうとは言え、襲われない保証などない上に、自分とは違って二人は戦えない

 安全を最優先するのであれば、全員で行動するのが賢いやり方というものなのだろう。ここで二手に別れる必要性など、何一つない

 

 

 それでも、彼女は大きく頷いてくれて

 

「わかった。……待ってるからね?」

 

「ええ、任せてください」

 

 そう言って佐倉先生の手を引き、屋上を後にする彼女達を見送りながらも、りーさんの方へと向き直る

 

 

 彼女は今なお、視線を虚空へと彷徨わせ、その膝を折ったままだ

 その心はひび割れ、折れかけ、今にも崩れ落ちようとしているのだろう

 そんな彼女に、()()ではなく、()からの言葉を届ける為に

 

 ここからは、俺の役目だ

 

 

 

 

Side:若狭悠里

 

 ──燃える。燃えていく

 ──私たちの学校が、私たちの在り処が。私たちの積み上げてきたもの全てが、灰に帰していく

 

 どうして。

 昨日まで、なんの変哲もない日常が送れていたはずなのに

 少し苦しいけれど、皆で笑い合える日々が、送れていたはずなのに

 

 

──悠里

 

 

 広がってゆく朱を前に、すくむ足では立つことすらままならず

 まともに呼吸を繰り返す事すら、干上がった喉では困難で

 

 

──悠里

 

 ──誰かの声が聞こえる

 聞き慣れた、だれかのこえ

 この、こえは──

 

「悠里っ!」

 

「あおい、くん……」

 

「……大丈夫、大丈夫だ。落ち着いて」

 

 思考が現実へと引き戻されると同時に、私の体が抱き寄せられる

 密着する彼の体から、温かな熱が伝わる。力強くて、それでいて柔らかな抱擁

 彼の大きな手が、私の背中を撫でる。ほんの少しくすぐったい

 

 耳元で、彼の言葉は紡がれ続ける

 

 

「ここにはもう誰も居ない。……だから、少しくらい弱くなっても大丈夫だ」

 

 幼子をあやすかの様な、優しい声色

 私の弱さを受け止めてくれる人が、目の前に居る。私が弱さを打ち明けてもいいと思える、唯一の人が

 

 彼の口から紡がれる言葉に、私の口からも、自然と言葉が漏れる

 

 

「……もう、嫌なの」

 

「……」

 

「もう嫌なのっ! 頑張って少しずつ積み上げて、なんとか形になってきたのに、私たちの努力は全部無駄だったっていう事実を突きつけられてっ!」

 

 感情のままに叫ぶ私の言葉を、彼は目を閉じたまま、静かに聞いている

 

「こんなのどうしようもないじゃないっ! どうしようも、ないじゃない……」

 

 

 彼の胸に顔を埋める。こうでもしないと、声をあげて泣き出してしまいそうだった

 背中を撫でていた手がピタリと止まり、その手は背中を離れ、私の頭を撫で始めた

 

「確かに無駄だったのかもしれない。どうしようもない様な事で全部崩れてちまってさ、疲れてもう嫌になっちまったかもしれない」

 

 でもさ、と言葉を区切り、彼は続ける

 

 

「例え全部無駄だったとしても、意味はあったんだ」

 

「い、み……?」

 

「そう、意味。今まで笑った事も、泣いた事も。頑張った事も、遊んだ事も。失敗した事も、喧嘩した事だってそうさ。今までやってきた事全部に、意味はあったんだ」

 

 柔らかな声色で、彼はなおも語り続ける

 

 

「ここで歩みを止めたら、今までやってきた事が本当に無意味になっちまう。だからさ──」

 

 言葉を区切ると共に、伝わる熱が消失する

 そして私の目の前には、立ち上がった彼の姿と、差し出された手の平

 

「もう少しだけ、俺と一緒に歩いてみないか?」

 

 ──ずるい。そんな言い方をされてしまったら、断れないじゃない

 

 彼の手を取り、立ち上がる。いつのまにか、足の震えは何処かへと消え去っていて

 

 

「……ん、大丈夫そうですね。やっぱり、りーさんには笑顔が似合いますよ」

 

 そう笑いながら、私の手を引いて校舎へと歩む彼に、私も続いて歩みを進めてゆく

 ──しっかりと、彼の手を握り返しながら




凍京ぐらしで公式から供給あったと思ったら3年後も公式で連載してくれるとかマジ!?!?!?!?!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29.かくご

(エタっては)ないです。

半年以上経ってたので実質初投稿です
違うんです投稿が遅れたのには山より深く海より高い訳があってですね


Side:佐倉慈

 

 僅かな隙間を残し閉じられていたシャッターを押し上げ、暗がりへと足を踏み入れる

 記憶を頼りに手探りで辺りを探れば、覚えのある凹凸。それを押し込むと、暗闇は一瞬の内に消え去った

 まだ、こちら用の電源は生きているらしい

 

 その事自体は喜ばしいが、それは同時に恵飛須沢さん達が未だ外に居るであろう事も意味している

 ……彼女達は無事だろうか

 

「……めぐねえ?」

 

 傍らの丈槍さんが、心配そうに私を見上げる

 ……そうだ。生徒の前で不安な表情なんてしていられない。そんな事をしていては、彼女まで不安になってしまう

 あくまで冷静に。どんな事があろうとも適切な行動が出来る様に努めなければ

 

 

 一先ず、このシャッターは元に戻しておいた方がいいだろう

 ここは地下な上にいくつか部屋を介しているとは言え、煙がここまで来てしまえば大変だし、校舎の中に殆ど姿がなかったとは言え、”かれら”がここへ辿りつかないとも限らない

 

 されど、締め切ってしまえば白井君達や恵飛須沢さん達がこちらへ来た時に、開けるのに手間取ってしまうかもしれない。手を差し込む程度の隙間は必要だろう

 

 ──私達の身を護るためにしておくべき事は分かった。ならば、次はここに居ない彼らの為にしておくべき事だ

 

 

 屋上からは大きな爆発が見えた。もしかしたら恵飛須沢さん達が怪我をしてしまっているかもしれない

 ならば治療する為の道具が必要だろう。確か、件のワクチンとは別に応急セットの様な物があった覚えがある。いつ使う事になってもいい様に準備はしておくべきだろう

 

 それに、後から追いつくと言っていた白井君達も心配だ

 私達がここに辿り着けたのだから、あの二人が辿り着けない道理はない……筈だ。しかしあの火と煙の中を抜けてくるのには、思った以上に水分と体力を奪われる

 

 

 ならば、用意して置くべき物は何かしらの飲料。確か地下の備蓄の中に、いくつか飲み物があった筈。食糧と違って水は屋上の浄水施設で賄えていたから、まだまだ残っている筈

 

 白井君達は勿論、恵飛須沢さん達も外で戦っている。ならば彼女達の分も用意して置くべきだ。……私も、正直に言って喉が渇いている。とは言え私たちは見つけたその場で飲んでしまえば問題はない、筈だ

 

 

 やるべき事は決まった。丈槍さんに顔を向け、彼女を安心させる為に言葉を紡ぐ

 

「大丈夫。さ、行きましょう?」

 

 こくん、と彼女が頷いたのを確認し、手を取りあいながら階段を下る。そう長くない階段を下った先には、あの日に見たコンテナの群れ

 確か中身の内容を書いたメモを一つ一つ貼ってあった筈だ、目的の物を探すのにそう時間はかからないだろう。──若狭さん達には、感謝してもし足りない

 

 

「由紀ちゃん、お薬を探してきてくれる? 包帯とガーゼ、消毒液……一先ずそれくらいで構わないわ。くるみさん達が怪我をしていたらいけないでしょう?」

 

「……うん、わかった!」

 

 そう元気よく返事をした丈槍さん──私から見ても空元気だ──が迷いなくコンテナの一角へと駆けて行き、直ぐに見えなくなる

 もしかしたら、この膨大なコンテナの中身を彼女は覚えているのかもしれない

 

 ──いいや。そんな事を思うのは後でもいい。私は、私の役割を果たすだけだ

 

 

 

 幸いにして、目的の物はそれほど時間をかけずに見つける事が出来たし、それを運ぶ事にそれ程苦労はしなかった

 先に戻っていた丈槍さんと共に飲み物を口にしながら、次にすべき事を考える為に思考を巡らせようとした、その時

 

 背後から、金属同士が擦れる音が響く

 肩を強張らせながらも反射的に背後を振り向けば、大きな音を立ててシャッターが上がってゆく。その先には、手を取り合う白井君と若狭さんの姿

 二人も、無事にここへと辿り着いたのだ

 

 

「りーさん、葵くんっ!」

 

 丈槍さんが思わずと言った表情で若狭さんに抱きつく

 半ばタックルじみた抱擁を受けた彼女も、ほんの少し体が揺らいだだけで何事もなく受け止め、穏やかな表情をしながらも丈槍さんを撫でている

 ……心配していたよりも大丈夫そうだ。白井君がよくやってくれた様で少し安心する

 急いで二人へと駆け寄り、ペットボトルを手渡す

 

 

「ありがとうございます、佐倉先生。……それと、ただ今戻りました」

 

「おかえりなさい。白井君、悠里さん」

 

 彼は手に取ったペットボトルの蓋を開け、その中身を飲みながらも何かを探す様に視線を彷徨わせている

 ──その視線が、何を探しているのかは明白で

 

「……くるみちゃん達は、まだ戻っていませんか」

 

 

 ぽつりと、彼が呟く

 丈槍さんを撫でていた若狭さんの体が強張り、その表情に不安と緊張が戻る

 

 予想は、していた。彼ならば、きっと彼女達を助けに行こうとするだろうと

 危険を顧みず、私達の不安や心配すら気にも留めずに。彼は行ってしまう

 

 

「ま、しょうがないですね。パパッと走ってパパッと助けてきます」

 

 それじゃ、二人をお願いしますね。なんて言いながら再びシャッターを押し上げようとする彼

 

 ──引き留めなければ

 そう考えた私よりも先に彼を引き留めたのは、震える若狭さんの手と、縋る様な眼差し

 

 

「・・・・・・いかないで」

 

 絞り出したかの様な、微かな声

 尚も言葉を紡ごうとした彼女の唇は、他でもない彼によって塞がれた

 

「大丈夫ですよ。すぐに戻って来ますから」

 

 するり、と。握られた手を解き、彼女を柔らかに撫でる彼

 それもすぐに終わり、耳障りな音を立てながら、再びシャッターが押し上がる

 

 

 ──どうあっても、彼の心は変わらない

 ならば私が変わるしか、ない

 

「・・・・・・待ってください」

 

 階段を登ろうとしていた彼が、どこか怪訝そうな顔をしながら振り返る

 覚悟を、決めなければ

 

「私も、連れて行ってください」

 

 

 

 

 果たして。その言葉に対する反応は、文字通り三者三様だった

 

 どこか覚悟していたかの様な表情を浮かべる丈槍さん

 ぺたん。と床にへたり込み、信じられないものを見たかの様な眼差しの若狭さん

 そして、怪訝そうな表情を深める白井君

 

 

「とても危険ですよ?」

 

「わかっています」

 

 浅慮を咎めるが如き彼の視線が、私を射抜く

 確かに今外は危険だ。戦闘経験のない私が出て行った所で、大した役には立たないかもしれない

 

 だが、危険に身を投じようとしているのは、彼だって同じだ

 それに、危険だからといって彼女達を見捨てていい理由には、ならない

 

 

「もしかしたら、戻って来れないかもしれません」

 

「覚悟の上です」

 

 ──視界の端で、若狭さんが僅かに身を乗り出そうとするのが見える

 戻って来れないかもしれないなんて、そんなのはどうだっていい

 あの子達が、無事に戻ってくる事が出来るのならば。この身が果てたって何一つ惜しくはない

 それに、目の前の彼だって、私が守るべき内の一人だ

 

 

「それを理解してまで危険に身を投じようとするのは、貴女が教師であるからですか?」

 

 三度目の彼からの問いかけに、言葉が詰まる

 頭の中が真っ白になり、上手く言葉を紡げない。もし彼を納得させる事が出来なければ、彼は一人で外へと向かってしまうだろう

 

 私が、あの子達の教師だから?

 

 ──違う

 

 私に、この事件に対する責任があるから?

 

 ──違う

 

 いつも危険な役目ばかりを押し付けてきた事に対する負い目?

 

 ──違う

 

 違う!

 

 そんなちっぽけな理由で、あの子達を助けたいと思ったんじゃない!

 

 

「──いいえ。いいえ! 私が、佐倉慈という一人の人間が、あの子達を助けたいと思ったからです!」

 

 燻っていた熱に、火が灯る様な感覚がした

 己が内から溢れる衝動を口にしてしまえば、もう止まらない

 

「教師だからとか、大人だからとかじゃない! 私は、私という一人の人間として、あの子達の力になりたい!」

 

 

 思い出すのは、いつの日か見た夢の景色

 腕を噛まれ、混濁する意識の中で、あの子達を傷つけまいと辛うじて地下へと移動する私

 シャッターの向こうの見知らぬ誰かに、眠りへと誘われる私

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう思う程にリアルで、厭になる様な夢

 

 悪夢を振り払うかの如く、叫ぶ

 

「今度こそ、あの子達を守りたいんです!」

 

 

 

 私の叫びを最後に、地下室を静寂が支配する

 今尚こちらを見つめ続ける黒い瞳を見つめ返す。今ここで目を逸らす訳には、いかない

 

 数秒の後。何かを諦めた様な溜息と共に、彼は頭をガシガシと掻きながら天井を見上げた

 

 

「・・・・・・わっかりましたよ。これ以上引き留めようとしても時間の無駄でしょうしね」

 

 視線を天井から戻し、ガサゴソと階段脇の掃除用具入れを漁る彼

 何をしているのかと近づけば、目の前に、一本の自在箒が突き出される

 

「ただし、来るからには佐倉先生にも戦って貰います。いいですね?」

 

「当然です。足手纏いにはなりません」

 

 突き出された箒を手に取る

 もう、覚悟は出来ている。かつての生徒を殺す覚悟も、かつての同僚を殺す覚悟も

 

 あの子達を守る為だったら、どんな事をする覚悟だってある

 

 

「それじゃあ、後は・・・・・・」

 

 彼が振り返る。その視線の先には、へたり込んだままの若狭さんと、こちらを見つめる丈槍さんの姿

 彼が数歩の距離まで歩みを進めれば、彼と丈槍さんの視線が交差し。彼の眼前へと、彼女の小指が突き出される

 

「約束」

 

「・・・・・・」

 

「葵くんも、めぐねえも。くるみちゃんも、みーくんも、カズくんも。みんな無事に帰ってくるって、約束して」

 

「・・・・・・ええ、約束です。由紀ちゃんも、りーさんをお願いしますね?」

 

 

 柔らかな微笑みと共に、指が結ばれる

 

Side out



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30.ちかい

仕事してたり文体を忘れてたりしてたら1年半経ってるってマジ?
短めですが、どうぞ

次回は未定です


Side:丈槍由紀

 

 “それじゃ、行ってきますね”

 

 そう言い残して、それぞれの武器を携え二人はシャッターの向こうへと消えて行く

 金属の軋む音が止み、シャッターが完全に降ろされた。残されたのは未だへたり込むりーさんと、その隣に佇むわたしだけ

 

「嫌、いかないで、いや、いや・・・・・・」

 

 縋る様に。うわごとの様にただ言葉を繰り返す

 それは今までわたしが見たことのないりーさんの姿で。普段のりーさんからは想像も出来ない様な、あまりにも弱りきった姿で

 或いは彼だけに見せていた、見せる事のできていたりーさんの本当の姿なのかもしれないけれど

 

 

「・・・・・・わたしだって、一緒に行きたかったよ」

 

 小さな声が口から溢れる

 

 わたしも一緒に行くと、葵くんに伝えたかった

 

 くるみちゃんも、みーくんも、カズ君も。葵くんも、めぐねえだって

 みんな戦ってる。いつかみんなで笑い合う為に、最善を尽くそうと努力している

 そんな中で、わたしだけが何もしない訳にはいかない

 

 ──でも

 

 

 “ええ、約束です。由紀ちゃんも、りーさんをお願いしますね?”

 

 必ずみんなで帰ってくる。葵くんはそう約束してくれたから

 葵くんが、わたしを頼ってくれたから

 だから、わたしは

 

「大丈夫。約束したもん」

 

 体を優しく包む様に抱き寄せながら、静かに囁く

 大丈夫、大丈夫、と。幼子をあやすかの様にゆっくりと頭を撫でながら、只々繰り返す

 胸の内の嗚咽が止むことはなく。静まり返った地下に、ただ囁く様な声と嗚咽が響く

 

 わたしの言葉が、今のりーさんにどれほど届いているのかはわからない

 もしかしたら、いやもしかしなくても今のりーさんに必要なのはわたしの言葉なんかじゃなく彼の言葉、彼の存在なのかもしれない

 

 それでも

 

 わたしの戦場は、ここにある

 

Side out

 

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 校舎を飛び出して来てから、どれ程の時間が経っただろう

 

 数分か、数十分か。それとも数時間なんて事もあり得るだろうか。戦いの中で時間感覚は薄れ、もうどれ程の時間が経ったかなんて分かりやしない

 

 額どころか身体中に玉のような汗が浮かんで気持ちが悪い。シャベルのグリップはびしょびしょで、気を抜くと手から抜けてしまいそうな程だ

 アタシたちを援護する術を失った美紀を背に、肩で息をしながらも手の中にある得物を再び握り直す。幸いにして、まだ”かれら”からの怪我は、誰一人として負っていない

 

 

「ったく、全然数が減らねえな」

 

 呆れる様なカズの声は、短いながらも現状をよく表していた

 

 眼前に広がるのは、相変わらずの景色。燃え広がる炎に、無数の”かれら”の群れ

 ”かれら”の群れは、少しは密度を減らした様に見えなくも無いが、依然として突破をするには厳しい。むしろ、今までの戦いにおいて体力を消耗してしまった分、厳しくなったかもしれないくらいだ

 

 このまま無策に戦いを続けていれば、先にこちらの体力が尽きるのは明白で。それをどうにかしようにも、敵の群れを確実に突破する手段が見つからない

 

 

「で、どーするよ?」

「一先ず、美紀だけでも安全な場所に移動させたい」

「成る程な。具体的な案は?」

「・・・・・・」

 

 小声で語りかけてくる声に、無言を返す

 案がない訳では、無い。幸いにして、一時的に避難をするだけであれば候補には恵まれている

 目前へと迫った頭に、シャベルを振り抜く。物言わぬ死体へと戻った”かれら”の一人から視線を外し、視線を一台の廃車へと向ける

 

 あそこであれば、ここからそう離れてはいない

 校舎から少し遠ざかる分今まで以上に脱出は厳しくなるが、車の中に入ってしまえば、美紀は安全だ

 少なくとも、アタシ達が戦っている間は

 

 傍らの”かれら”にバールを振り抜いたカズに、視線で車を示す

 あの二人の様になんでも以心伝心とはいかないが、視線の先にある物を見て察してくれたらしい

 

 

「あーいよ、そんじゃ俺が前行くわ。──美紀! あそこまで移動するぞ!」

「は、はいっ!」

 

 二人が駆け出した事を確認し、後に続く

 距離にして約十数メートルを一息に駆け、足を止めると同時にひび割れた窓を裏拳打ちの要領で叩き割る。割れた窓から腕を突っ込んで中を弄れば、すんなりと車のドアは開け放たれた

 

「早く入れ。美紀」

「でも、先輩達が」

「いいから。アタシ達のどちらかがへばった時に交代出来る様に休んでてくれ、な?」

 

 正直、一秒の時間すらも惜しい。未だに難色を示している美紀を車の中へと押し込み、扉を勢いよく閉める

 

 一先ず、これで美紀は安全だ。体を反転させ、再び”かれら”の群れへと向き直る

 相も変わらず、うんざりする程の数だ。よくもまぁここまで集まってくるものだと、少し感心するくらいに

 

 

 なんて事を考えながら、自身にほんの少しだけ余裕が出来ている事に気がついた。美紀が安全になったからだろうか

 余裕があるのは良い事だ。余裕なんてものはあると思えばあって、ないと思えばない。そういうものなのだと、昔誰かに聞いた気がする

 自然と、唇が笑みの形へと変わるのがわかった

 

「なんだ。随分と余裕そうじゃねえか?」

「そっちは随分と大変そうだな、手伝ってやろうか?」

「ハッ、ナイスジョーク。流石にそこまで落ちぶれちゃいねーよ。あんま張り切りすぎんなよ? 俺たちの目的は殲滅じゃねえんだからな」

 

 軽口を叩き合いながらも、お互いの死角をカバーするかの如く背中合わせに己の得物を振るう

 突出し過ぎない様に、体力を使い過ぎない様に。少しずつ、数を減らしていけばいい

 

 幸いにして、先程よりも体は軽い。心の余裕もある。何の根拠も無いがきっと大丈夫。そう、思えたんだ

 

 

 ──ああ、後になって思えば、美紀の安全性が確保されたからか、私は油断していたのかもしれない

 油断というものは、些細なミスを引き起こし得る。どんな些細なものであろうと、極限の状況下においては致命的だ

 

 

 

 何体目かの”かれら”にシャベルを振おうとした時、砂が擦れる様な音と共に、突如として視界が僅かに沈む

 コマ送りの様な視界を眺めながら、アタシが足を滑らせたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった

 そのままの体勢でシャベルを振るうも、不完全な体勢からか”かれら”を即死させるには至らない

 シャベルによって傷ついた顔が、アタシへと迫る

 

 真横で”かれら”を倒していたカズがアタシをカバーしようとしているみたいだけれど、きっともう遅い

 第一、バールを振り抜いた直後の体勢だ。再び構えて振り抜くよりも、アタシが噛まれてしまう方が早い

 

 そう、思っていた

 

 

「──チィっ!」

 

 ほんの僅かな鉄の匂いと共に、鮮血が舞う

 何ががぶつかる感触。衝撃ともに、アタシの体は真横へと突き飛ばされる

 アタシが見たのは、体当たりをしてきたカズの姿。そして

 

 鮮血を滴らせる、彼の右腕だった

 

 

 

 

 

 思考が真っ白に染まる

 何故、私は地面に転がっているのか

 何故、彼は私を庇ったのか

 何故──

 

「呆けてんじゃねえ! さっさと前を向け前を!」

 

 罵声と共に”かれら”が蹴り飛ばされ、その顔面にバールの先端が突き刺さる

 死体へと還ったそれを顧みる事なく。無事な左腕で地面のシャベルを手に取るとこちらへと滑らせ、血の気を失い今にも飛び出して来そうな様子の美紀へまだ待機していろと言わんばかりに右手を突き出した

 

 

 痛みを堪えながら立ち上がる

 シャベルを握ればだんだんと視界が広がってきて。真横から近づく”かれら”にシャベルを突き立て、アイツの元に駆け寄る

 

「・・・・・・ごめん。大丈夫じゃ、ないよな」

 

 今のは明らかにアタシのミスだった。油断をしていたのは自分で、それによって傷を負うのはアタシであるべきだった

 コイツが代わりに傷を負う理由なんて何一つとしてなかったのに、アタシのせいでコイツは、刻一刻と命を蝕まれている

 

 

「その話は後。先ずはここを切り抜けんのが先だ」

 

 話は終わりとばかりにアタシから視線を外し、無事な左手にバールを持ち替えるとそのまま背中合わせに向き直る

 ”かれら”に対しているカズの方を盗み見れば、それほど相手をするのに労していない様に思えたのは不幸中の幸い、と言うべきだろうか

 

 いけない、しっかりと気を引き締めなければ

 また二度と同じミスを繰り返す訳にはいかない。手の中のシャベルを握り直し、呼吸を一つ

 ・・・・・・もう、大丈夫だ。先程より少し明瞭になった思考と共に、”かれら”へと体を向ける

 

 そこから先は、さっきまでと同じ事の繰り返し

 ”かれら”の頭に武器を突き立て。時にカズの隙をカバーし、時にアタシの隙をカバーしてもらう

 不明瞭なタイムリミットの下、お互いの存在を頼りに少しずつ、少しずつ人ならざる者の数を減らしていく

 

 

 

 そして。それが訪れるのに、そう時間はかからなかった

 アタシの背後で”かれら”からバールを引き抜いた彼の体が、何かを聞き留めたかの様に突如として止まる

 背中越しでは表情の全てを窺い知る事は出来ないが、唇はどこか笑っている様に見えて

 

「──やっとこさか。救世主様のご登場だぜ?」

 

Side out



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31.しとう

プライベートで色々あってたらこんな時期になってました
今後の予定は未定です


 

「いいですか先生。再三となりますが、確認です」

 

 対面には、自分の言葉に頷く佐倉先生の姿があった

 

 一階、生徒玄関

 煙が充満しつつある校舎内。屈んで身を低くしているとはいえ、そう長居は出来そうにない

 ガラスの向こうに見えるのは相も変わらず亡者の群れ。屋上で見たそれよりも密度を下げた様にも見えるが、依然としてこの二人だけでは厳しい数でもある

 推定ヘリ落下地点へと殺到するそれらを横目に、最後の確認を行う

 

「あちら側に意識が集中しているであろうとはいえ、群がられればこっちが不利。

 ですので、基本的には背後からの一点突破。くるみちゃん達を回収して開いた穴が塞がらない内に戻る、という形で。

 そして何より──」

「無理はしない。わかってるわ、白井君」

「結構です。道具類はその中に?」

「ええ」

 

 と、佐倉先生が軽く掲げて見せたのは、小さな布袋

 地下のコンテナの中から拝借してきたそれには、自分が屋上で由紀ちゃんに手渡した分に加え、彼女達三人が携帯していたケミカルライトや防犯ブザーの類が入っている

 両手が塞がる我々では活用には手間がかかるが、美紀さんに渡せば撤退戦で有効に使ってくれる筈だ

 

 もっとも、普段携帯している数からしてそう多くはない。無いよりはマシ、というやつだろう

 

「わかりました。・・・・・・では、いきましょうか。手筈通りに」

 

 その言葉を発すると同時に、二人で玄関を開け放つ

 

 

 幸いにしてと言うべきか狙い通りと言うべきか。未だ”かれら”は自分達よりもヘリコプターの落下地点の方向へと注意を向けているらしく、こちらに背を向けている個体が大半だ

 ヘリの落下地点を再度確認し、先生と頷き合い駆け出す

 

 

 進行方向の邪魔な場所にいる動く死体を、ただの死体へと戻していく

 頭にシャベルを突き刺し、顧みる事なく歩みを進め。必要とあらば蹴りや膝を入れて距離を取り。そんないつも通りの作業

 強いて言うのであれば、こちらに背を向けている個体が多い分処理は楽で。佐倉先生がカバーしてくれている分全方位を警戒する必要が無い上、処理するまでの時間を稼いでくれているので一度に何体も相手する場面もない

 総じて、幾分かは楽できていると言っても過言ではなかった

 

 その佐倉先生も、軽く窺った限りではあるが思ったよりも大丈夫そうだ

 険しい表情を貼り付けながらも、無言のまま迷う事なく”かれら”に箒を突き出し、十二分に時間を稼いでくれている

 

 必要とあらば自分が処理し、必要なければ無視して走り抜ける。ただそれだけの話で。”かれら”の集う中心、そこにくるみちゃん達が居ると信じて時折方角を微修正しながらも走り続ける

 

 

 

 程なくして”かれら”以外の二人分の人影が見えてきた

 鉄製のフェンスに接する一台の廃車を守るが如く、そこに群がる亡者の群れを捌き続けている。姿が見えない美紀さんは、恐らくあの廃車の中であろうか

 あちらも気がついたのか、こちらを一瞥した後にすぐさま戦闘行動へと戻ったのがわかった

 

 腕を掴もうとしてきた個体を蹴り飛ばし、シャベルを振り抜く。手から伝わる硬質な感触を無視し背中合わせに得物を振るう二人のもとへと駆け寄れば、待ちくたびれたとばかりにその片割れが声を張り上げる

 

「おっせえぞバカ! もちっと早く来いや!」

「っせ無茶言うな! こっちにだって事情が── っておい、その腕どうした」

 

 微かに鼻を掠める、鉄の香り

 “ソレ”に気がついたのは、反抗するように声を荒げた後。得物を振るうソイツを視界に入れれば、それに釣られて否が応にも目に入る不吉な朱。やや遅れて追いついた佐倉先生の顔が強張るのが視界の端に映る

 

 当の本人はまるで気にする様子すらないのが質が悪い。今尚迫り来る亡者にバールを無造作に叩き込みながら、事も無げに言葉を紡ぐ

 

「まー、ちっとな。中に戻れりゃどうとでもなんだろ。

 とりあえず止血くらいはしときてえ。頼めるか?」

「幾つくらいだ?」

「30もありゃ十分だろ」

「りょーかい。先生、くるみちゃんの方の援護をお願いできますか?」

「・・・・・・わかったわ、任せて」

 

 ほんの少し表情に翳りがあったものの気丈に頷いた先生を背にし、亡者の群れへと向き直ると同時に、廃車の中の美紀さんと視線が合う

 もう少し待機している様に合図を送れば、その表情にやや焦りを覗かせながらも頷く美紀さんの姿

 美紀さんが相手故にそこまで心配してはいないが、軽率な行動は控えてくれるものと信じたい

 

 ゼロ秒。

 廃車へと殺到する亡者の内、手近なものから処理していく

 目的は殲滅ではなく時間稼ぎ。なるべく自分達が通ってきた穴に近いものを意識してシャベルを突き立てていく

 

 

 十秒。

 ちらり、とその自分達が通ってきた穴へと目を向ければ、その穴は少しずつではあるが塞がりつつある

 思考を掠める焦燥を抑えながらシャベルを引き抜き、他の個体へと向き直りまた振りかぶる

 

 

 二十秒。

 そろそろだろうか。応急処置が完了した後、すぐに抜ける為に出てきてもらってもいい頃合いだ

 

「──美紀さん!」

 

 そう言うが早いか。美紀さんが廃車の中から転げ落ちる様に出てきてはカズに駆け寄っていく

 

「大丈夫ですか、先輩!?」

「だーじょぶだって。俺なんかより戦い詰めなくるみの方心配してやれ」

 

 横目で窺えば、包帯代わりに巻かれたワイシャツを結びあげている美紀さんの表情は真剣そのものだ。目の前に負傷者が居ればさもあらん、と言ったところではある

 自分も負傷しているのがアイツ以外の誰かであれば、同じくらいに動揺しているであろうという確信さえある。そういう意味ではある程度冷静でいる事が出来るのは幸運と言うべきか

 

 

 三十秒。

 処置を終えたのか、カズのいる方向から声があがる

 

「オッケー行ける! 助かったわ」

「礼ならまだ頑張ってくれてるくるみちゃんと先生、あと手伝ってくれた美紀さんに言いな。

 みんなに隊列の指示出したい。頼めるか?」

「おっけー。任せろ」

 

 と。自分と入れ替わる様に群れへと向き直るカズを尻目に、三人の元へと駆け寄る

 

 

「葵っ! アイツが──」

「・・・・・・その話は帰った後で。

 くるみちゃんは下がってください、戦い詰めでしょう?」

「でも、」

「だってもでももありません。時間が惜しいですから、不満は後で聞きます」

 

 屋上ぶりに見たくるみちゃんの表情は、憔悴しきっていて。常に元気で気丈に振る舞っていた彼女の面影は見る影もない

 振るうシャベルもどこか精彩を欠き。普段の動きも鳴りを潜めている

 

 正直議論をしている暇さえ惜しいのだ。申し訳なさを感じながらも、彼女の言葉を封じ込め、一方的に指示を出す

 自分達の通ってきた穴がいつまで撤退の足しになるかすら判らない。なるべく早急に、簡潔に

 

「先生と美紀さんはくるみちゃんの事を重点的にサポートしてあげてください。

 前は、僕たちが開きます」

「・・・・・・ええ」「わかりました」

 

 先生も美紀さんも、アイツに一刻も早い処置が必要で、その為には動揺している暇などないと理解してくれているのだろう。神妙な面持ちで肯定を返してくれている

 頷く二人を確認し、カズの下へと戻ろうとした、その瞬間

 ドーン、と。校舎を挟んだ向こう側で、僅かな地響きと共に爆発音が響く。亡者の群れの意識が、僅かに校舎の方へと逸れる

 

 自分の中の少なく無い”かれら”との交戦経験が、告げる

 突破するのであれば──

 

「──今っ!」

 

 今をおいて他にはない、と

 

 

 

Side:丈槍由紀

 

 腕の中には、小さな寝息をたてるりーさんの姿

 ふたりが出て行ってから、どれくらいの時間が経ったのかはわからない

 無機質な。冷たい空間に、ふたりきり

 

 あの後、葵くんとめぐねえが出て行ってから。りーさんはずっと泣いたままで

 その泣き声すら、だんだんと小さくなって。いつの間にか静かな寝息へと変わっていて

 音のない地下に、その音だけが小さく響いていた

 

 うとうとと、わたしの頭が舟を漕ぎはじめる。その時だった

 

 ガタガタンッ!

 

「ふぇっ!?」

 

 びくん。と思わず体が跳ね上がる

 音の発生源は、階段へと続くシャッター。ふたりが出て行くときに降ろしていったそれが、振動の軋みで音を上げていた

 

 ──もしかして?

 

「みんな?」

 

 帰ってきたのだろうか?

 立ちあがろうにも、りーさんの手がしっかりと服の背中を握っていて、起こさずに出来ることは体勢を変える事が精々

 音の方向をじっと見つめていれば、見覚えのある鉄の先端がシャッターと床の隙間へと刺さるのが見え

 

 ガラガラと音を立ててシャッターが上がる。その先には、汚れまみれのみんなの姿

 めぐねえ。ちょっと切り傷が目立つくるみちゃんとみーくん。その背後には肩を貸している葵くんと、寄りかかるカズ君

 

 みんな、帰ってきた

 

「おか──」

 

「佐倉先生、実験薬お願いします! コンテナ427番!

 くるみちゃんは治療の準備を頼みます! 確か包帯はあっちの方に用意してあった筈ですから!

 美紀さん、すみませんが901番から寝袋を一つ!」

 

「──え、り?」

 

 実験、薬?

 シャッターを潜るや否や、矢継ぎ早にみんなに指示を出す葵くん。その表情は、どこか焦っている様にも見える

 指示を受けて応答の間も惜しいとばかりにみんなは駆け出す。残った葵くんとカズ君はゆっくりとしゃがみ込み、カズ君が表情を歪めながら力なく床へと寝転がる

 そこまで目の前の光景を眺め、漸く気づく

 

 鼻につく、鉄の香り

 

 

「ひっ!?」

 

 心臓が早鐘を打ち、呼吸は浅く。暑くもないのに体から嫌な汗が噴き出る

 

 いや、これはわたしの早合点だ。きっとカズ君がうっかりして普通の怪我をしちゃっただけに違いない

 だってほら、今までなんともなかったんだもん

 学校に来る前に外で活動してた時も無事たったんだし、雨のあの日だって、みーくんと初めて会ったあのショッピングモールでもそうだった

 うん、そうだ。これはきっとわたしの勘違い

 

 震える手で焦点の定まらない目を擦る

 

 ・・・・・・それでも、目の前の光景も鼻につく香りも変わることはなかった

 

 

「白井君、これ!」

「葵、持ってきたぞ!」

「先輩! この辺りに敷いておきますっ!」

「助かります! 先生、取扱書の類は!?」

 

 薬を取りに行っていためぐねえが、治療道具を探していたくるみちゃんが、寝袋を抱えたみーくんが一刻も早くとばかりに次々と彼の元へと集まる

 

 わたしも、みんなの役にたたなきゃ

 できる事があるかはわからないけど、何かを為さなくちゃ

 

 絡みつく腕を振り解き立ちあがろうとした。その刹那

 

 

 “ええ、約束です”

 

「・・・・・・!」

 

 脳裏に蘇った言葉に、反射的に体を止める

 

 そうだ。わたしは何を託された?

 彼はわたしに、何を願った?

 あの時(二人が出て行った時)、わたしは何を決意した?

 

 

「・・・・・・」

 

 瞼を閉じ、大きく深呼吸をひとつ

 

 大丈夫、大丈夫。あの本に書いてあったお薬だってある

 カズ君は絶対に助かる、大丈夫

 目を開ければ視界は正常。心臓の鼓動もだんだんとおさまりつつあった

 

 みんなの方へと瞳を向ければ、取扱書を読んでいた葵くんが注射器を手に取り、カズ君の腕へとゆっくりとその針を突き刺す

 沈黙に包まれる地下。みんなが固唾を飲んで見守る中、彼の体へと入っていく実験薬

 そしてそれが最後の一滴まで終わり、針が体から抜かれたその時。彼と葵くんの視線が交差する

 

 

「──悪い、後は頼む」

「ああ」

 

 二人の会話はそれだけで

 カズ君はゆっくりと、瞼を閉じた

 

Side out



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32.しんじる

 

 その言葉と共に、腕が力無く垂れる

 静寂に包まれる地下。カズの手首に指を当てれば、そこには確かな脈拍があり、見た目からは呼吸も安定して見える

 専門知識のない自分にはこれ以上の事はわからないが、ひとまず山場は越えたと見ていいだろう。あとはコイツ次第だ

 とはいえ、この程度でくたばるタマでもないだろうが

 

 薬と共に封入されていたマニュアルの内容を思い出しながら、手伝ってくれた三人へと振り返る

 

 

「鎮静剤に抗生物質、実験薬だそうです。

 ですのでまぁ、大丈夫でしょう」

 

 安心させる様な言葉を選んだつもりではあるが、不安げな雰囲気を纏う三人の表情は晴れない

 特にくるみちゃんなどは、自責の念が表情にまで出てしまっている。あの場では時間を優先して詳しく聞けなかったが、恐らくアイツが彼女の代わりにならねばならない様な何かがあったのだろう

 

 もっともその事に関して自分が彼女を責める意図は全くないし、それはアイツもそうだろう。むしろこの件に関しては珍しくアイツを褒めてやってもいいと思うくらいだ

 他の皆も、彼女の事を慰めこそすれ責め立てる様な事はあるまい

 

 故に彼女が責任を感じる必要性は全くないのだが、彼女はどうにも自分の身を軽く見る癖がある。自分の代わりに誰かが犠牲になるという事自体が耐えられないのだろう

 

 

 ともあれ、山場は越えた。されどすべき事はまだ山積みだ

 一つに、くるみちゃんと美紀さんの治療。あとついでにカズのも

 

 二つに、由紀ちゃんとりーさんへの対応。由紀ちゃんのおかげでりーさんはまだ眠ったままだが、いずれ二人にも現状の説明をしなければなるまい

 

 三つに、今後の方針決定。上は酷い火災で、今後もこの学校に住み続ける事ができるかどうかはかなり怪しいところだ。その辺りも含めて一度協議しなくてはなるまい

 

 ひとまずは、一つ一つ片付けていく事にしよう

 再び佐倉先生へと視線を向ける

 

 

「すみません先生、二人の治療をお願いできますか?

 いくら緊急時とはいえ、僕がやるのもアレだと思うので」

「ええ、任せて。

 ・・・・・・白井君は疲れたでしょうし、休んでていいのよ?」

「いやー、そうしたいのは山々なんですが、まだやるべき事は山積みですからね」

 

 コイツの治療もありますし、とカズの方を親指で示す

 実際問題、くるみちゃんも美紀さんもそれなりに怪我をしているが、コイツもそれなりに酷い

 右腕の噛み傷は勿論のこと、ヘリの爆発の際に負ったのか、所々に切り傷が目立つ

 噛み傷以外の出血自体はそこまでではないのが幸いだろうか

 

 すみませんがお願いしますね、と先生に軽く頭を下げれば、頷き返してくれて

 二人を先生に任せ、目の前の男へと向き直る

 

 

 右腕に巻かれたワイシャツを解き、患部を露出。抉られた様な傷が痛々しい

 綿に消毒液を付着させ、患部を消毒。この状況では感染症が一番怖い。元人間の唾液付きとなれば、尚の事だ

 患部にガーゼを当て、包帯で固定。止血の為少し強く巻いておく

 医療的正解がどうのなどは知った事ではないが、さっきまでのワイシャツによる止血よりは数段マシだろう

 

 いくつか見える切り傷も処置していく

 水で洗浄。出血自体はそこまででもない為、大型の四角絆創膏を貼り付けて終了

 出血が酷くなる様であれば包帯を巻くなりの処置をすればいいだろう

 

 

「一先ずは、このくらいか」

 

 治療を終え一息つく。横目で窺えば、佐倉先生の方はもう少しかかりそうだった

 ならばと帰ってきてからものの見事に放置しっぱなしたった由紀ちゃんたちの方向へと顔を向けると、真剣な眼差しの由紀ちゃんと目が合った。安心させる為に軽く手を振っておく

 

 体各所の負傷箇所を再度確認。治療漏れがない事を確認し終え立ち上がり、そのまま由紀ちゃん達の所へ歩みを進める

 

 

「おかえり、葵くん。

 ・・・・・・カズ君、大丈夫?」

 

 膝を折り屈み込むと同時に聞こえたのは、心底心配そうな、窺う様な、由紀ちゃんの声

 彼女の視線は、自分とカズとを行ったり来たりしている。相当アイツの事が心配なのだろう

 

「大丈夫ですよ。薬は投与しましたし、状態は安定してます。

 何よりアイツがそう簡単にくたばるなんて想像も出来ませんから」

「・・・・・・そっか」

「そうです。後は信じて待ちましょう。

 それと、りーさんを守ってくれてありがとうございました」

「ううん、それがわたしの役割だから」

 

 未だ小さな寝息を立てるりーさんの髪を掬う

 その髪の下に見える頬にはうっすらと涙の跡。あの後何があったのかは想像することしか出来ないが、彼女にも、由紀ちゃんにも心労をかけてしまったであろう事が少し心苦しい

 ・・・・・・ともあれ、皆で今後の方針を決める為にも彼女にはそろそろ起きて貰わなければ

 

 ぷにぷに

 もちもち

 すべすべ

 

 一頻り彼女の頬を堪能していると、うっすらと彼女の瞼が開く

 寝ぼけているのか、泣き腫らした半開きの瞳で彼女が辺りを見回した後、その視線が自分を捉える

 ぱちぱちと。視界に映っているものが何かわからないとばかりの数回瞬きの後、それを理解したのか

 

「葵君っ!」

「ぐぇ」

 

 由紀ちゃんから離れた彼女の、半ば飛びつく様な抱きつき方に思わず変な声が漏れる。尻餅をつきこそすれ、転倒して後頭部を地面に叩きつけられなかったのは幸運と言うべきだろう

 鳩尾の辺りに何が柔らかいものが当たっているが、それを意識する余裕すらない。というか締め付けがかなり強い。若干痛いまである程に

 

 胸に顔を埋めて再び嗚咽を漏らし始める彼女の髪を、あやすかの如くゆったりと撫でる

 

「ねぇ、葵くん?」

「はい?」

 

 不意に。そんな彼女の様子を見つめていた由紀ちゃんから声がかかる

 

「わたし、葵くんの力になれたかな?」

 

 ともすれば掻き消えてしまいそうな彼女の問い

 その答えは、決まっていた

 

「──ええ、勿論」

 

 

 

 

「・・・・・・大丈夫か?」

 

 由紀ちゃんに余計な心配をかけないように場所を移し、りーさんをなんとか宥めようと試行錯誤をしていた最中

 聞こえたのは、治療を終えたのかいつの間にか背後に立っていたくるみちゃんの声

 不安と自責の入り混じるその声は、どちらに向かっているのかは明らかで

 

「大丈夫ですよ、アイツの頑丈さは折り紙つきです。

 くるみちゃん達こそ、怪我は大丈夫でしたか?」

「美紀もアタシも、数日すれば治る様な怪我だよ」

「それはよかった。今後の方針を決める為に話し合いたいので、先に皆に言っておいて貰えますか?」

「でも、」

「元々くるみちゃんが気にする事じゃありませんよ。ほら」

 

 皆が居る方向を指で指し示せば、指先とあの(カズの)方角の間を彼女の視線が彷徨う

 そしてこちらが折れない事を悟ったのか、目元を拭う彼女

 

「・・・・・・わかった。待ってるからな?」

「ええ。皆によろしくお願いします」

 

 去っていく彼女の背を見送ると共に、試行錯誤を再開する

 

 ・・・・・・結局の所、りーさんを宥めるのには体感で数十分を要した

 

 

 

 

 左脇腹に顔を埋める様に抱きつくりーさん。その隣に由紀ちゃん、佐倉先生、美紀さん、そして自分の右隣に帰ってくる形でくるみちゃん

 非常用電源がいつまで保つかわからないという事もあり地下の電気は落とされ、ゆらゆらと頼りない光を放つ蝋燭の周りに小さく車座となっていた

 ぱん、と軽く両手を叩けば、皆の視線が集まる

 

「えー、では今後の方針について軽く話し合いたいと思うんですが・・・・・・

 何か意見ないしアイデアがあれば言って貰えればと」

 

 その言葉に反応して、美紀さんが小さく手を挙げる

 どうぞ、と軽く促すと彼女は語る

 

「このままこの学校に住み続ける事は難しいと思います。

 確証はありませんしまだ確認も出来ていませんが、恐らくこの火事で学校内の殆どの設備が全滅ないしそれに近い状態に追い込まれます。

 この地下の電源もいつまで保つかはわかりませんし、なるべく早い内に他の場所への移動が望ましいんじゃないでしょうか」

「・・・・・・でも、何処へ?」

「他のランダル系列の施設です。確か避難マニュアルにいくつか書いてあった筈ですから、そこならここと同様の施設が揃っている可能性があります。

 確かあれは金属棚に入ってましたよね? ならまだこの火事でも残ってる筈です」

 

 

 佐倉先生の疑問に、美紀さんは自論を展開する

 拠点を移すべきだと言うのは、概ね同意見だ。この学校の優位性は電気や水がある点だった。それらが無ければ、他の民家を拠点にしていても変わるまい

 今でこそ地下の非常用電源があるし、飲料水もコンテナ内に大量にあるがそのどちらもいつまで保つかはわからない

 こういう時、美紀さんの聡明さは実に頼もしい。同じくらいの事が出来そうなりーさんは、残念ながらその能力を大きく落としている

 納得した面持ちで頷く佐倉先生に代わるように、くるみちゃんが新たに口を開く

 

 

「でも、それなら美紀がいたあそこ・・・・・・ショッピングモールでもいいんじゃないか?

 あそこもランダルの系列だろ」

「確かにあそこも私が居た時には両方とも生きてましたが、恐らく電気はここと同じ非常用のもので何ヶ月も保つかどうかは怪しいですし、水も電気が止まってしまえばその後も続く保証はありません。

 ”かれら”の数も多いですし、外部から人がやってきてトラブルになる可能性もあり得ます。実際に住んでいた立場からすればお勧めはしかねますね」

 

 確かな実感の籠った美紀さんの言葉に、小さな唸り声と共にくるみちゃんが押し黙る

 流れを断つ様に両手を叩けば再び視線が集まった

 

「それでは美紀さんの方針に異論がある人は? ・・・・・・居ない様ですね。ではその方向性で行きましょう。

 それでは今日はこの辺りまでで。明日からまたやる事が増えますから、明日以降に備えてください」

 

 確認する様にゆっくりと全員を見回すも、特に反対意見は出ず。その場はひとまずお開きとなった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33.かち


それでは皆様、渋谷にてお会いしましょう


 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 夢を、見ていた

 

 指一つとして動かせない体から感じる、灼けるような腕の痛み

 溶けるように、解けてゆくように。だんだんと私が私でなくなっていく感覚

 

 その感覚を、私は知っている

 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・知っている?

 

 どうして?

 

 

 

 水底から浮かび上がる様に、意識がはっきりとしていく

 瞼を開けても、地下に広がる暗闇のせいで夜か朝かもはっきりとしない

 視界の端に、頼りない光が揺れるだけだ

 

 体を起こし、辺りを見回す。どうやらまだみんなは寝入っている様で、静かな寝息が聞こえてくる

 由紀、美紀、めぐねえ。視界の端の光を辿れば、ゆらゆらと揺れる光の傍に座りながら目を閉じている葵と、彼にもたれ掛かり寝息を立てるりーさん

 そして、その向こうで今尚目を覚さないカズ。起きているのは、私一人だけらしい

 

 

 微かに熱の残る寝袋から体を起こせば、背中に伝うのは夥しい程の汗

 自身から感じる鼓動は僅かに早く。微かに体が震えているのが分かる

 

(・・・・・・落ち着け、アタシ。変な夢を見たくらいで動揺するんじゃない)

 

 小さく深呼吸を繰り返し、呼吸を整える

 数度繰り返した頃には、体の不調はだいぶ治ってきていた

 その事を確認し、寝袋から這い出る。そこまま立ち上がると吸い寄せられるかの様に、光のもとへと歩みを進める

 

 

 光を放つ蝋燭の近くには、三人の人影

 皆が寝る際に、万が一に備えての見張りを買って出た葵。その双眸は今や閉じられている

 そんな彼にもたれ掛かり寝息を立てるりーさん。彼が帰ってきた時の憔悴ぶりと言ったら痛々しい程であったが、少しずつ落ち着いてきた様で

 蝋燭を挟んで彼らの反対側には、未だ目を覚さないカズ。その胸元に触れればそこには確かに温もりと鼓動が存在していて。彼を傷つけてしまった罪悪感と共に、まだ生きているという安堵を覚える

 

 傷の方は大丈夫なのだろうか。腕に巻かれた包帯に指をかけた、その瞬間だった

 

 

「随分とうなされていましたけど、大丈夫ですか?」

 

 聞こえる筈のない声が耳に入り、手を反射的に引っ込める

 音の方向へと視線を向ければ、目を閉じたままの葵の姿。・・・・・・ずっと、その状態で起きていたのだろうか?

 

「葵、起きてたのか?」

「ええ、見張りをしなくちゃいけませんから。くるみちゃんは休まなくても良いんですか?」

 

 片目を開き、こちらへと視線を向ける彼

 その黒の瞳は蝋燭の光に照らされ、ゆらゆらと揺れている

 

「ちょっと、目が覚めちゃってな。見張り代わろうか?」

「いえ、これは僕の役目ですから。・・・・・・眠くなるまでの間、話し相手くらいにはなりますよ?」

 

 ちょっと今は動けないので気の利いた飲み物とかは出せませんけど、と斜向かいの位置を示す彼に従い腰を降ろす

 地下の肌寒さと相まって、コンクリートの床から伝わる冷たさに軽く身震いしてしまう

 

 

 

 二人の間に、沈黙が流れる

 

 再びその双眸を閉じた葵は、何か言葉を口にする様子すらない

 アタシが喋り出すのを待っているのだろうか。それとも何か思案しているのだろうか。わからない

 

 

 少なくともアタシから口にしなければ、この沈黙は続くのだろう

 なればこそ、あの時から私の中で燻っていたその言葉が口を衝いたのは当然だったのかもしれない

 

「・・・・・・ごめん」

「何がですか?」

「アイツが噛まれたのは、アタシのせいだ。

 アタシが不用意な行動さえしなければ、アイツは・・・・・・」

 

 無事だった筈なのに

 

 私があの時ヘリコプターの落下場所を調べようとしなければ、みんなでスムーズに避難できていた筈なのに

 私があの時素直に引き返していたら美紀も、そしてカズも必要のない怪我を負わずに済んだ筈なのに

 私があの時傷を負っていれば、アイツが代わりに生死を彷徨う事もなかったのに

 

 

 傷ついた美紀の体が視界に映る度、私の不出来を思い知らされる

 今尚眠り続けるカズの姿が視界に映る度、私の罪禍を思い知らされる

 

 親友が傷付き、生死を彷徨う事になっても尚、何事もなかったかの様に振る舞い普段通りの優しさを、親友が傷つく原因を作った私にも向けてくれる

 

 その優しさが、今は重い

 

 私にそんな価値なんてない。慕ってくれている後輩を傷つけ、意思を尊重して同行してくれた友人を殺しかけた愚か者だ

 あの優しい先生に生徒を手に掛ける決意を抱かせ、目の前にいる彼から親友を奪いかけたどうしようもない人間だ

 

 全部、私のせいで。傷つくのは私であるべき筈だったのに

 

 

「傷つくのなら、アタシであるべき筈だった。

 あれはアタシのミスで、アタシの不注意が原因で、アタシが負うべきものだった。なのに──」

「──くるみちゃん」

 

 何かを咎めるが如き声音が耳をうつ

 いつの間にか、目の前の彼の双眸が開かれているのに私は気づいた

 

「あまりこういった言い方は好まないんですが・・・・・・それ以上言うと、流石にくるみちゃんでも怒りますよ?」

 

 その言葉とは裏腹に、その声音が孕む感情は怒っているというよりも叱っている、という表現がしっくりくるものだった

 はぁ、とため息をつく彼。しかしその視線は、真っ直ぐ私へと向けられている

 

 

「いいですかくるみちゃん。くるみちゃんは自分の事を軽く見過ぎです、もっと自分を大事にしてください。

 自分が傷つくべきだった、とか自分のせいで、とか思わないでください。

 自分にはそんな価値はない、だとか自分を責めないでください。

 そんな事は絶対に無いんですから」

 

 その表情は、真剣そのものだ

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。わからない

 

「確かにアイツが噛まれてた事はちょっとびっくりしましたが、それももう済んだ事です。

 人間誰しもミスはありますし、その可能性がゼロでないならいつかは起こり得ます。今日がその時だっただけでしょう。

 その事で責める意図は全くありません」

 

 ふと。彼の真剣な瞳に、既視感を覚える

 あれは確かそう。燃え盛る校舎から繰り出そうとした時に呼び止められた時の──

 

「それにまぁ、アイツともそこそこ付き合いは長いですが、アイツと同じくらいくるみちゃんも大切な友達なんですから。

 みんなも、くるみちゃんが悪いだなんて思ってませんよ?」

 

 ぴと、と。額に押し付けられる指先の感触に意識を引き戻される

 身を乗り出した彼は柔らかく微笑み。子供を窘めるかの様な彼の声が耳をうった

 

「それに何よりくるみちゃんがアイツに言うべきなのは、ごめんではなくありがとう、ですよ。

 アイツも、くるみちゃんのそんな顔を見たくて助けた訳じゃない筈ですから」

 

 

 本当に、良いのだろうか?

 彼は、私を恨んではいないのだろうか?

 皆は、私を疎んではいないのだろうか?

 

 

「・・・・・・いいのか?」

「何がです?」

「アタシを、赦してくれるのか?」

「許すも何もないでしょう? 大切な友達なんですから」

「みんなを、傷つけたのに?」

「皆納得の上ですよ。くるみちゃんのせいじゃありません」

 

 指を離して身体を戻し、何もなかったかの様に光の先を見つめ続ける彼

 地下に、静寂が戻る

 

 

「・・・・・・わかった」

 

 彼がそこまで言ってくれるならば、それを信じてみよう

 少しずつでもいい。自分を認められる様に努力してみよう

 

 ・・・・・・ありがと、と。改めて口にするのは少し気恥ずかしくて。音になるかならないかのその言葉は、地下に溶けて消え

 どういたしまして、としっかりとした彼の声が聞こえた

 

 

 

 

「さて。流石にそろそろ寝ないと明日に響きますよ?

 また忙しくなりそうですからね」

「あぁ、流石にもう寝る。

 後はよろしくな」

 

 温くなった床から立ち上がり、元いた寝袋へと向かう

 

 明日になったら、しっかりと伝えよう

 アタシを信じてくれたみんなに、感謝を

 

 

Side out

 

 

Side:若狭悠里

 

「とりあえず──」

「助か──」

 

 だれかの、話し声が聞こえる

 聞き覚えのある、ひとの声

 

 閉じた瞼から漏れる光が眩しい

 いつの間にか朝になったのだろうか?

 

 薄ぼんやりとした意識の中、瞼を開く

 

 

「おっけおっけ。大体は把握した。

 ま、今までなんだかんだなんとかなったしな。今回もなんとかなんだろ」

「おう。とりあえずそろそろ動き出したいんだが、どうすっかね」

 

 視界に広がるのは光に照らされた地下空間。蝋燭の光ではなく、煌々とした蛍光灯が存在を主張している

 目に映ったのは、見覚えのある男の子。何かに抱きつく腕からは確かな体温が伝わってくる

 

「・・・・・・?」

「お、りーさん起きたっぽいぞ。おはおは」

「あ、おはようございます。

 早速ですみませんが腕離して貰えませんか?」

 

 見覚えのある男の子── 和義君が私へと手を振っている

 私の記憶にある彼の最後の姿は、寝袋の上で眠る姿だ。それが今起きてここにいると言う事は──

 

 

「無事、だったの?」

「おう。おかげさまでこの通りピンピンしてるぜ?」

 

 自身の健康を示すかの様に戯けた調子で軽くジャンプを繰り返す彼

 各所に見え隠れする負傷の痕を除けば、傍目から見れば健康体そのものだ

 あの日から一人も欠けずに居られたことに心の中で安堵する

 

 

 そして遠く視界の端。地下を満たす光に反応してか、もぞもぞと寝袋の群れが蠢く

 そこから最初に覗くのは、由紀ちゃんの寝ぼけ顔。瞼を擦りながら寝袋から這い出た彼女は、私の方へとその視線を向け

 

 何かに気が付いた様に、目を見開いた

 

「カズ君っ!」

「いでっ」

「流石に怪我人なので加減してやってくれません?」

 

 僅か十メートルもない空間を全力疾走からの抱きつき。鳩尾に被害を受けた和義君から声が漏れ出る

 体格差があるとはいえ、体幹を少し崩す程度に留まった彼は流石と言うべきだろう

 殆ど意味を為さない葵君の言葉は地下に溶けて消えた

 

 そして半ばタックルを敢行した由紀ちゃんはと言えば、和義君の顔を見上げ満点の笑顔を湛え

 

「おはよっ!」

 

Side out





いや実際、くるみちゃんって自分のせいで自分の代わりに誰かが傷つくのめちゃくちゃ嫌いそうですよね
もしそんな事になったらめちゃくちゃ気にしそう。気に病みそう(こなみ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34.じゅんび


VCCGTAが面白すぎたので執筆の時間が全く取れませんでした




 

「こっちの方は大丈夫です、姿は見えません。

 そっちの方はどうです?」

「・・・・・・大丈夫、かしら。

 昨日はあんなに居たのに」

 

 朝食を終えた皆を引き連れ、焼け焦げた廊下を歩く

 万が一に備えて全員で集まって行動し、先生を含む戦える四人で四方を警戒しているものの、地下を出て以来動く”かれら”の姿は一つたりとも見ていない

 その代わりに時折目に入るのは、焼死体と化した”かれら”。これは外よりも寧ろ校内に多く、放置しておくのもアレな為窓から処理する必要があり少し面倒くさい

 

 ともあれ、この分では学校の敷地内に居た”かれら”は火事で殆ど全滅したと見て良いだろう。事実、手近な教室内に入って作戦会議をする余裕さえある程だ

 

 今日の一先ずの目的は、校内の確認と燃え残った物資の確保。その点は地下に居る時点で皆の意見は一致していた

 どれだけ上に”かれら”が残っているか不明だった為効率が悪くとも全員で集まっていたが、その必要性があるかどうかすら怪しい

 

 

「それで、どうすんだ?

 カズが怪我してるとは言っても、ここまで安全なら別れても良い気がするけど」

「そうね・・・・・・ それじゃあ、各階毎に三組で別れましょうか?

 それなら効率もいいんじゃないかしら」

「じゃ、アタシは美紀とだな。

 それで良いか?」

「はい、お願いします先輩」

「じゃあ僕は──」

 

 役割分担が決まっていき、作戦会議が進んでいく。その最中

 不意に重なる手のひら。そしてそこから伝わる言い様の無い威圧感に首筋に嫌な汗が伝う

 その発生源は、振り返らずとも解る。第一にそのポジションに居るのは一人しか居ない

 他の皆には伝わっていない様であるのが唯一の幸いと言うべきだろうか

 

 

「あ、はい。じゃあ僕はりーさんとで。

 先生、カズと由紀ちゃんを頼めますか? いざとなったらそこのアホ盾にしていいので」

「ええ。わかったわ。

 それじゃあ白井君、若狭さんをよろしくね?」

「はい、では解散で。

 大声で呼んで貰えれば駆けつけますから」

 

 彼女たちが上階へと去っていくのを見送り、小さく息を吐く

 燃え落ちた廊下に残されたのは二人。結ばれた手を握り直し、彼女へと視線を向ける

 そこにあったのは、花開かんばかりの笑顔。先ほどまで威圧感を放っていた人物と同一人物とはとても思えない程だ

 少なくとも、傍目には昨日の夜の状態からはかなり()()()()()様にも見える

 

「それでは、行きましょうか?」

「ええ、よろしくね? 葵君」

 

 

 はじめに足を踏み入れたのは学食と購買部の兼用倉庫。そこを手分けして残った物資を探る

 金属製の棚が立ち並ぶ倉庫はしかし。元々物が多くなかった事もあるが、やはりと言うべきかその殆どが燃え尽きしまっており、棚に残っている物資は数える程しかない

 収穫と言えばその僅かに残った缶詰の類。ただ、地下の物資量からして必要があるかどうかは怪しい所だ。一応一箇所に纏めておこう

 

「・・・・・・ん?」

 

 倉庫に残った物資を集めている内に、視界の端に金属製の箱が映った

 生憎とここにあった全ての物資の内容を覚えている訳ではない。記憶を探っている内に近くへと寄ってきていたりーさんも記憶にないのか、小首を傾げている

 

「何でしたっけ、これ。記憶にないんですけど。

 というかこんなのありましたっけ?」

「わからないけど、開けてみたらいいんじゃないかしら。

 害とかがある訳じゃないでしょ?」

 

 ごもっともである。見たところ表面が少し煤に塗れているものの、中から膨張した様子もなければ破裂する様子もない。蓋に指をかければ手応えは軽く持ち上がる

 中に入っていたのは、未使用のカセットコンロとそれに対応しているガスボンベが幾つか。それに加え外で使用する目的と思しき着火用具

 特筆するべき点として、今まで使用していたタイプとは違う型のカセットコンロだ。以前ここを検めた時にも見た覚えはない

 

「・・・・・・これ、見覚えあります?

 上にあったのとは違うタイプですよね」

「私も見た覚えはないわ。

 もう少しデザインが違った気がするもの」

「ってなると、アイツ(カズ)が纏めといたんですかね?

 確か前にここの在庫チェックした時もアイツと一緒でしたし」

 

 出自に多少の不審点はあれど、これは有用な物資だ。残っていた事に感謝しつつ有効に使わせて貰うことにしよう

 特に調理用具の類は地下にも在庫がなかった。地下の物資が加熱せずとも食べられるとは言え、やはり温かいご飯とそうでないものとでは士気に差が出る事は確かなのだから

 確かな戦果に満足し箱を廊下へと運び出し、その後も事務室、保健室、技術室、資料室等を巡るが目立った発見はなく目ぼしい部屋の探索を終えることとなった

 

 

 思ったよりも早く探索が終わってしまった

 元々ここ(一階)は主とした生活領域ではなかったし、めぼしい物資はスペースさえあれば上階へと移されていた事もある

 さて、これからどうしたものだろうか

 

「どうします? 外の探索に向かうか、皆と合流するかになりそうですけど」

 

 

 とは言ってみたものの、果たして皆と合流する必要性があるかどうかは疑わしい所だ

 現状殆ど危険性は無いに等しいので護衛の必要性はないし、探索を手伝うにしてもそこまで時間が押している訳でもない

 目の前の彼女も同じ考えに至った様で

 

「そうね、先に私たちで外の探索をしておかない?

 上は皆んなに任せておいてもいいでしょうし」

「わかりました。ではそれで」

 

 

 彼女の手を取り、生徒玄関を潜った先。その右手には数日後に自分たちの足となる二台の車両が停まっている、筈だった

 

「・・・・・・うっわー」

 

 思わず声が漏れる

 果たしてそこにあったのは、煤に塗れ車体のひしゃげた二台の車両。元気に走り回っていたかつての姿は見る影もなく、先日の火災に巻き込まれ炎上したであろう事を如実に物語っている

 一目見ただけで、これはもう動かないと確信できる程の徹底的なまでの廃車っぷりだ。りーさんもあまりの光景に言葉を失っている

 

 この車が壊れているのは非常にマズイかもしれない。というよりも確実にマズイ

 というのも、そもそもここからの脱出には移動用の手段が必要不可欠な上、物資の積載という意味でも車両は欠かせない

 昨日の夜はこの二台が残っていることを前提に楽観視していた節もある

 

 今から新しい車を探すとなると、どれだけの手間がかかるか。まだ動く車自体は学校の敷地内に残っているかもしれないが、その鍵の持ち主が何処にいるかはわからない上、外部に車を探しに行こうにも鍵が挿しっぱなしになっている車を見つける、或いは偶然車の鍵を見つけ更にその鍵に合う車を見つけられる可能性は如何程か。今から考えるだけでも頭が痛い

 

「・・・・・・予定変更、一先ず先生に判断を仰ぎます。

 いいですね?」

 

 返ってきたのは無言の肯首。流石にこの光景を見せられては情報共有が最優先だろう

 来た道を取って返し、そのまま事務室側の階段を登る。こちら側に特殊な部屋が集中している為、佐倉先生たちが居るとしたら恐らくこっちだろう

 

 

「先生、先生! どこに居ますか!」

 

 廊下に声が響く。普段ならば廊下で叫ぶなど以ての外だが、”かれら”が居ない現状況下ではさして問題になるまい

 声を張りながら廊下を歩くこと十数秒。図書室の扉からひょっこりと先生の顔が出てくる

 きょとんとした面持ちの彼女に駆け寄る

 

「白井君、どうしたの?」

「ちょっとマズイかもしれません。多分昨日の火事が原因なんですが、車が両方とも使えなくなってます」

「・・・・・・両方とも?」

「ええ」

 

 ほんの少し、先生の表情が険しくなる。事の深刻さを正しく理解してくれているからこその反応だ

 

「どうしましょう? 流石に足がないと物資どころか僕たちの移動すら出来ませんよ?」

「うーん、時間をかけてでも他から車を取ってくるしか無いんじゃないかしら。確か近所とは言えないけど市内に運送業者が──」

「それなら、アテはあるぞ?」

 

 不意に降ってわいた第三者の声に三人揃って振り返れば、そこにはカズの姿。更に廊下の奥には置いて行かれた由紀ちゃんの姿が見える

 おい、仕事しろ

 

「アテだぁ? 何かあんのかよ」

「あぁ、俺たち全員で乗れて物資もある程度乗せられる様なとっておきのがな。

 鍵は持ってるし多分まだ残ってるだろ。取ってくるか?」

 

 確か、こいつの家には今廃車になっている黒い軽とは別に、もう一台車があった筈だ

 ただその車は七人も乗れる様な物ではなかった覚えがある。他にアテがあるのだろうか

 

 先生に視線を送る。返ってきたのは肯定

 ならば自分からは何も言うことはあるまい

 

「つっても足はどうすんだ、こっから近いのか?」

「普通に歩いてく。まぁ、注意してきゃ何とかなんだろ。

 とりあえず今日はここのサルベージをして、出るとしたら明日だな」

「期間は?」

「んー、どうだろな。どんくらい距離あるかはわかってるが道中どんくらい時間がかかるかはわからんから何とも。

 なるべく早く帰ってくるつもりじゃいるが。長くても明後日には帰って来れんだろ」

「りょーかい。なるべく気をつけろよ?」

「わかってるって」

 

 ひとまず車の確保はなんとかなりそうだ。あの火事で車が壊れたのは予想外にも程があるが、代わりの車のアテがすぐに見つかったのは僥倖という他あるまい

 長くとも明後日には帰って来るらしいので、ここを発つのは明々後日くらいになりそうか

 それまでに物資を纏めておかねばなるまい

 

「それでどうしましょう? 僕たちの方は終わったので先生たちの方を手伝いましょうか?」

「いいえ、私たちももうすぐ終わりそうだしその必要はないわ。

 恵飛須沢さんたちの方を手伝ってあげて?」

「わかりました。では行きましょうか、りーさん」

 

 

Side:佐倉慈

 

 白井君と若狭さんが階段の方向へと消えてから、暫しの時間が経った

 

 学生食堂。このフロアで最後の探索場所

 焼け焦げ煤に塗れた床や壁に、散乱したテーブルと椅子。目の前に広がる光景には、もはやかつての面影すらない

 丈槍さんと典軸君は既に見つけた物資を地下へと運びに行って居ない為、ここには私一人だ

 

 探索をするとは言っても、ここに残っている物資も高が知れているだろう

 元々外界に出ようとしていた理由の一つが、食料問題なのだ。何か食べられるものが残っていたとしても量は知れているであろうし、そもそもあの火事で焼け残っているか、或いは業務用の冷蔵庫等に入っていたとしてもダメになっていないかどうかはわからない

 

 

 などと考えながら散らばったテーブルの間を気をつけて歩いている内に、耳が小さな音を拾った

 乾いた何かが床を擦る様な、乾燥した音。半ば無意識に音の方向へと目を向ける

 

「──え?」

 

 そこに”在った”のは、炭化しかけた腕でゆっくりと這う”かれら”の姿

 腕は辛うじて動いてはいるものの、足は既に炭と化し本来の役割を果たしてはおらず、その顔にあるべき眼球や髪の毛すら燃え尽き。もはや生前の性別すら引っかかっているだけに等しい制服の切れ端でようやく僅かに判断可能、という有り様であった

 

 

 心臓が早鐘を打つ。呼吸が無意識に乱れる

 

 ──周りは、誰もいない

 

 箒を持つ手が震える。思考がうまく定まらず、膝が折れそうになる

 

 ──彼女を放置していても、害はないのでは

 

 

 あの日(炎の中)の私には、覚悟があった。かつての同僚も、教え導くべき生徒ですら手にかける覚悟が

 けれど結局白井君たちに助けられ、自ら手を下すには至らなかった

 

 その事に甘え、彼らに甘え続けた結果がこの様だ。自らが対処するしかないという恐怖に震え、あの日の決意すら揺らぎかけている。あの日からたったの一晩しか経っていないというのに

 それとも、あれは彼らを助けるという目的があったからこその虚勢だったのだろうか

 

 

 ──証明しなければ。他の誰でもない、私自身が

 

 そう。やらなければ

 そうでなければ彼らの隣に立つ資格などない

 守るべき生徒たちばかりを矢面に立て、己が身可愛さに震える大人など、私の目指した大人の姿ではないのだから

 

 何よりも。あの日の決意を嘘にしない為に

 

 

 

 小さく息を吸う。少しずつ呼吸が安定し始め、手の震えもおさまる

 既に思考は明瞭だ。やるべき事は、わかっている

 

 ゆっくりと、箒を振り上げる

 

 

Side out





それでは皆さま、ルビコン3にてお会いしましょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。