悪役令嬢は悪役プレイがしたい〜令嬢に転生して冒険生活〜 (明日美ィ)
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1 悪役令嬢 転生する

……気がつくと私は知らないところにいました。

 

 少し前まで私は日本で暮らすOLだったが、ここに来るまでの記憶がありません。別に浴びるほど酒を飲んでいたわけでもないし、誰かに攫われたわけでもないはずです。

 

 周囲を見渡すとここはどうやら深い森の中で、近くに人の気配はなさそうです。

 

 そして今の自分の格好が覚えている格好と全く異なっていた。まるで貴族の令嬢が着るようなくるぶしまであるロングスカートと、かかとが高いヒール、そして腰に届くほどの赤いストレートヘアー。

 

 この格好には覚えがある、と思って私は自分の姿を写せるものを探し始めた。森の中をヒールで歩くのは一苦労だったが、幸い近くに泉がありそこで自分の顔を水面に映してみた。

 

 ……間違いない。髪の色に負けないほどの赤い瞳、そしてこの顔立ちは以前私がプレイしていた乙女ゲーム『キングダムラブ』の登場人物。それも悪役であるマリアンヌ・スカーレットブラッドそのものだった。

 

 このゲームは中世ヨーロッパ風の学校『聖カリッジ学園』を舞台にして、庶民出身の主人公が王族や公爵家と恋をするシンデレラストーリーの恋愛ゲームだった。そしてマリアンヌ・スカーレットブラッドはいわゆる悪役令嬢と呼ばれ、公爵家令嬢という肩書きを利用して身分の低い主人公をいびり倒すのが作中の彼女の役割だ。

 

 主人公とは主に彼女の婚約者である王子ルートで争うことになり、最終的に彼女は主人公に敗北し、逆に王国反逆罪で処刑されることになる。

それ以外のルートでもただ1つのルートを除いて、マリアンヌ・スカーレットブラッドは王子に刺されたり、国外追放されたうえで最終的に死んだりとなにかと血なまぐさいエンディングが多いキャラである。

 

 唯一彼女が生還するルートが彼女の弟とのルートである。この場合は主人公と和解するのだが、この際彼女が努力家であるという一面が見られる。

 

 身分が低いながらも類稀なる幸運と才能をもつ主人公に焦りを感じながらも、敵わないと思い公爵家の肩書きを利用して主人公を妨害するしかなかった、とエンディングで独白している。

 このルートはそれ以外のルートを攻略した後でしか開放されない超高難易度であるが、彼女の人間臭い一面や、他にも常に公爵家令嬢として気品を保とうとする姿勢に共感を持ったファンは少なくない。そして私もそのファンの一人です。

 

 とりあえずここがどこかわからないのが問題だった。仮にゲームの世界ならば舞台である『聖カリッジ学園』にいてもおかしくはないのだが……。

 

 具体的な学園の大きさはわからいが、かなり広いと設定で書かれているでもしかしたら校内の森の中かもしれません。とにかくこの森から出ることが先決でしょう。

 

 とりあえず適当に方向をつけ、真っ直ぐ歩いていきましょう。

 

「……ちっ、この靴じゃ歩きにくいったらありゃしないわね」

 

 やはりヒールで森の中を歩くのはかなり厳しい。

 しかし作中のマリアンヌなら多分ヒールを脱いで素足で歩くことなんてしないだろうな。あとマリアンヌは舌打ちはしていなかったはずだ。私はマリアンヌではないが、ファンの一人として彼女のイメージを自分で壊したくなかった。

 

 小一時間歩くと、もうすぐ森から出られそうだった。彼女の体は意外と丈夫で、さすがにつま先は痛むが歩けないほどではなかった。

 ここまで来ても周りの風景が『聖カリッジ学園』の敷地内だとは思えません。もしかしたら結構遠くまで飛ばされたのかもしれません。

 

 そして森と森の外との境界線に差し掛かった時、キン、キンと金属を打ちつけるような音がした。人がいるのかもしれない、そう思って私は音のする方向にそろそろと向かった。

 近くの茂みからのぞくと、一人の少年が長剣を持ち、豚の頭をした怪物と戦っていたのが見えた。

 少年は必死に戦っていたが、怪物は身長が2m以上あり、体格差は歴然としており劣勢に追い込まれていた。

 

 ……どうしよう、と私は茂みの中からのぞきながら考えていた。外見から判断するべきではない、ということは重々承知だが怪物よりも人間の少年を手助けした方がいいだろう。

 

 私自身は戦闘技術はないが、『キングダムラブ』作中ではマリアンヌは鉄扇をつかった武術を習得していた。

 鉄扇は竹や木の代わりに鉄の骨組みでできた扇である。短剣のように突いてよし、投げてよし、扇を広げて切りはらうもよし、その上扇を閉じれば嵩張らないため割と使い勝手のいい武器である。

 

 マリアンヌは騎士団長とのルートで武闘大会の決勝戦で主人公と争うことになるほどの実力を持つが、その時に受けた傷が元となって結局死ぬあたりやはり彼女の不運は並ではない。

 

 マリアンヌが作中と同じ能力を持つならあの怪物を倒すことは可能だろう。しかし正直日本人である私としてはモンスターとはいえ殺すのには躊躇があります。

 

 そう迷っていると先に怪物の方が私に気がついた。私を少年の仲間だと思ったのか、私に向けて唾を吐きました。つまりマリアンヌに対して唾を吐いたということです。……マリアンヌファンとしてはこれは看過できません。

 

 そう思った刹那、腰に挿してある鉄扇を怪物に投げつけ、茂みから飛び出し怪物に向かって走り出す。鉄扇は怪物の眉間に突き刺さり、そこから血が吹き出す。怪物はいきなり武器を投げつけられたことに驚き急に動きを止める。そこに私がロングスカートをなびかせながら接近し、怪物の顎にヒールの先端を突き刺すように蹴り上げる。

 

 スカーレットブラッドの家訓は『常に優雅に』。

 

 このときもパンチラなんて下品なことはするわけがありません。

 

 怪物は仰向けで崩れるように倒れた。倒した、とほっと息をつく暇もなく近くの茂みからガサガサと音を立て、さっきと同じ見た目の怪物が一体現れた。先ほどの怪物は素手だったが、今度の怪物は棍棒のようなものを持っていた。すぐさま鉄扇を拾い上げ、今度は扇子を広げ怪物を迎えうつ。鉄扇を投げつけてもいいのですが、棍棒で撃ち落とされた場合を考え斬り合いの方がいいでしょう。

 

 怪物との距離はおよそ5メートル、私は駆け出し鉄扇で切りかかる。怪物もそれに応じて棍棒を振り下ろすが、逆に棍棒の半分より上の方がすっぱりと切り落とされてしまった。さすが”ワイングラスを割らずに斬れる”とうたわれるほどの一品と作中で説明されていたほどです。令嬢がこんな物騒なものを学校に持ち歩いているのはどうかと思いますが。そして返す刀で怪物の顔を切りはらう。顔を横一文字に切られてそこから血が吹き出す。

 

 新鮮な魚を捌いた時に血が飛び散るよりもずっと嫌な感じがします。でもここでしかめ面をするのは公爵令嬢として三流。余裕の微笑みは決して絶やしません。

 

 顔を切られた怪物は動かなくなり、そして辺りは静かになった。突然の出来事に呆然としている少年に振り返り、にっこりと笑みを浮かべたまま私は声をかける。

 

「ごきげんよう」

 

 ……あれっ、これって問題しかありませんね?マリアンヌではない”私”の思考を取り戻し今の状況を考えて見ます。

少年からすれば私はロングスカートにヒールという明らかに戦闘に向かない格好で、苦戦していた怪物を一瞬で倒すだけでなく、微笑みを崩すことなく怪物を殺すことができる女性になります。これ日本だったら明らかにサイコパスが入っていると思われますよね?そして自分で言っておいてだがこの状況で「ごきげんよう」はない。

 

 逃げられてもおかしくないし、下手すると敵として認識されるかもしれません。このままではまずい。なんとかしてこの場を和ませないと。……となると、

 

「オーホッホッホ、この程度の雑魚、造作もありませんわ!」

 

 なぜマリアンヌお得意の高笑いを選んだし私!これでは完全にサイコが入っているようにしか見えないじゃないですか!

 しかしもし本物のマリアンヌなら多分同じことをしていただろうし、やはり彼女のイメージ像は壊したくないし……

 

 少年はあっけにとられたとように構えた武器をだらんとおろした。結果的に警戒心を取り除くことができたので良かったのかもしれない。

 

「……ありがとう」

「礼には及びませんわ、それよりもここはどこか教えてくれます?」

 

 当面の目的は学園に戻ることです。私ことマリアンヌはあいにく死亡フラグ満載ですが、すでに生還ルートが存在している以上『キングダムラブ』プレーヤーとしてそのようなミスは犯すはずがありません。ならここに残るより学園に戻った方が安全でしょう。

 

「……?ここはデーニッツ王国のテリトリ領だけど、お姉さんはどこから来たの?」

 

 ……デーニッツ王国もテリトリ領も聞いたことがありませんね。

 

「ちなみにスカーレットブラッド公爵家はご存知で?」

「……少なくともこの国にはスカーレットブラッドと名乗る貴族は存在しないと思うよ」

 

 自体は思ったより深刻かもしれません。



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2 悪役令嬢 令嬢として失格になる

 スカーレットブラットという貴族は存在しない。

 ……これはちょっとまずいですね。はじめは学園『聖カリッジ学園』敷地内だとおもっていたら、それどころか『キングダムラブ』の世界かどうかすら怪しくなってきました。

 

 これは街に出て情報を収集した方がいいでしょう。

 

「ねえそこの坊や、ここから一番近い街はどこかしら?」

「”坊や”って、別にいいけど。ちょうどオレも帰るところだから一緒に帰るか?今日やるべき依頼もさっき終わっちゃったし」

 

 少年はすでに物言わない残骸と成り果てている怪物から片側の耳を剥ぎ取っていた。

 

 短く切り上げた茶色の髪に、上下半袖の粗末な服、腰には長剣を吊り下げている。歳は13かそこらだろう。この世界では子供ですら武器を取って怪物と戦うのは普通なのでしょうか。

 

「こっちは終わったからもう帰れるよ。街はここから歩いて30分くらいだけど……その靴で歩ける?」

 

 そう言われて、さっきから足のつま先がジンジンと痛み始めているのに気がついた。ここにきてからずっとヒールを履いたまま森の中を歩き回って、先ほどの戦闘で急に激しく走りましたからね。

 歩けないわけではないが、正直なところ少し辛いですね。

 

 やはり無理にヒールで歩き回るのは良くないですね。街についてお金ができたらかかとの低い靴を買いましょうか。

 

「やっぱそういう靴で歩いていたらつま先痛いよね?もし良かったらオレが街まで背負っていく?」

「ありがたいけど……ちょっと……、殿方にまたがるのは気がひけるわね」

 

 私自身は問題ないのですが、マリアンヌは婚約者の王子様以外に人に背負われるのは嫌がると思います。

 そういうと少年はちょっと恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「ああ……これでもオレは一応女なんだけどね。オレはヒロ、始めたばかりの冒険者だよ。よろしく」

 

 ……どうやら少年は少年ではなく女の子らしいです。見かけで判断してはいけないということでしょうか。

 

「私はマリアンヌ・スカーレットブラットよ、せっかくだしご厚意に甘えさせてもらうわ。……あと、ありがとう」

 

 マリアンヌはヒロインをいびるのが趣味だと言っても根は悪い人ではないし、ここで礼を言ったほうがいいでしょう。

 少年……じゃなくてヒロの背中は私より小さいが、それでもしっかりと私の体を受け止めて支えることができる。この子は見た目以上に力があるようですね。

 

 

「マリアンヌさんは高ランクの冒険者?さっきのを見る感じマリアンヌさんかなり強いんでしょ?」

 

 街までの道中でヒロが聞いてきた。

 私がここにくるまでに読んできたネット小説を思い出す。たぶんヒロの言う”冒険者”とはさっきのような怪物を倒してお金を稼ぐ人たちのことでしょう。

 

「いいえ、私はスカーレットブラット公爵家の令嬢ですわ。それにここにきたのはついさっきですわよ」

「だからスカーレットブラットという名前の貴族は国内で聞いたことはないって……もしかしたらとっくのむかしに滅んだ家なのかもしれないけど。やっぱマリアンヌさんはよくわからない人だなぁ」

 

 そういえばこの子は『スカーレットブラットという貴族の名前は存在しない』と断言していましたが、この国の人たちはこの歳でも政治に興味があるのでしょうか。わたしはおそらく彼女より長く生きていますが、日本の都道府県知事の名前を全て言える自信はありません。

 

「でもさっきランク3相当のオークを瞬殺していたし、ただの令嬢には見えないんだけど……。もしかして強さの理由とかあったりする?」

「説明しにくいけど……多分私が『悪役令嬢』だからかしらね」

「へ?」

 

 乙女ゲームの基本は、悪役令嬢は作中ではヒロインの最大の障害として描かれることが多い。物語の始まりで主人公をいびるためには、それなりの権力や力が必要だ。

 『キングダムラブ』でもその法則は当てはまっており、マリアンヌは権力だけでなく戦闘力も高かった。

 

 ……ただそれは”人間”の範疇の話であり、主人公の攻略対象は過去の英雄の生まれ変わりだったり、狼男だったり、古代兵器のアンドロイドだったりとやけに人外が多かった。そしてなぜかマリアンヌの弟は、公爵家で細々と受け継がれてきたバンパイアの血が偶然濃く受け継いだとのことだ。マリアンヌ自体は人間だったが。

 

 ともかくマリアンヌ・スカーレットブラットは作中ではそれなりに強い人物である。ランク3相当のモンスターがこの世界でどこくらい強いのかわからないが、この世界でも同じくらいかもしれない。

 

 もっともゲーム上の設定とメタ的な話なので彼女には理解はできないのだろう。

 

「あ、マリアンヌさんつきましたよ!ここがテリトリ領の中で一番大きな街、ヴィレッジです!」

 

 街なのか村なのかはっきりしなさい。

 

 高い防壁の中をくぐりぬけると、まるでヨーロッパの古い町のようなレンガでできた街並みが広がっていた。地球でいえば16~17世紀のドイツの景観に近いのでしょうか。

 

「ここが冒険者ギルドだよ」

 

 ここでヒロから冒険者について簡単に話してくれた。

 

 冒険者とはモンスター討伐や商人護衛の依頼をこなすことでお金をもらうのは想像通りだが、冒険者には1から最大20までのランクがあるという。

 そしてすべての冒険者がランク1から、というわけではなく、ギルドの裁量次第だがランク10までは飛び級で始めることができるらしい。

 

 冒険者ギルドは命をかける職業で常に人手不足なのか、冒険者登録は非常に審査が緩い。多分○天カードと同じくらい緩いし、偽名でも通るとのこどだ。そのため冒険者は貧しい村から口減らしのために追い出された子供から、お忍びの姿として利用している王様までいるらしい。

 そのなかで名の知れた貴族の出身や有名な学校の出身者は、身分の保証ができているためか高ランクスタートとして優遇されやすい。ギルドからすれば貴族とのコネを結べたり、即戦力を確保したりとメリットが多いからだろう。

 

 ーーで、試しに冒険者登録をしてみたのだが、私、もといマリアンヌ・スカーレットブラットはというと……。

 

「この私がランク1ですって?!あり得ませんわ!」

「しかしスカーレットブラットという貴族は存在していませんので……」

 

 受付のテーブルを両手で大きく叩いて、受付嬢に抗議する。

 まあこうなることは薄々分かっていた。やはりここはゲームの世界とは別の世界なのでしょう。まあマリアンヌならば貴族として扱われないというのは憤慨するに違いないでしょうね。

 

 しばらくは冒険者ギルドで仕事を受けながら情報収集をしましょう。



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3 悪役令嬢 冒険者生活を始める

 部屋の外から小鳥のさえずるのが聞こえる。気持ちのいい朝だ。

 私は窓を開け、外の空気を思い切り吸い込む。

「すぅーーーー、オーホッホッホ!オーホッホッホ!」

「マリアンヌさん、なにしているの?」

「日課よ」

 

 日課というのは嘘だが、この世界に来る前はたまに自宅で高笑いの練習をしていたりした。そのときは住んでいたところが住宅地で、たまにうっかり窓を開けていたためご近所さんに変な目で見られていたこともあったが。

 

 あの時倒した怪物……オークの討伐報酬が結構な額になったので、いまはこの街で一番値段の高い宿に宿泊している。マリアンヌは馬小屋のようなところに泊まるはずがないから、というのもあるが慣れない環境で自分の身体の疲労を溜めないためでもある。

 

 はじめは、

「あれはマリアンヌが全て倒したから自分の分は必要ない」

「街に連れてって行った件もあるし、女の子を野宿させるわけにはいかない」

ということで意見が衝突したが、最終的に『2人でパーティーを組んで報酬を山分けにする』ということになった。

 

「おめざめ麗しゅうございますわ、ヒロ」

「おはよう、マリアンヌさん。……マリアンヌさんのいたところの令嬢ははみんなそのような話し方とか、高笑いとかをしていたの?」

「ええ、まあそうですわ」

 

 ゲーム内の登場人物では大半の人物の話し方は普通だが、一部の人は……筆頭がマリアンヌだが、いつの時代の少女漫画かよという話し方をしていた。なので本当は少数派です。そういうマリアンヌの自分のスタイルを突き通すところがが好きなんですけどね。

 

「で、今日から2人でモンスターの討伐依頼を受ける、ということでいいんだよね?」

 

 ヒロは昨日と同じく上下半袖の服を着て、腰に長剣を帯びていた。

 私も昨日と同じ服しかないのでそれを着ますが、昨日の戦闘で付着したはずの返り血がついていないまっさらな状態です。ゲーム内では登場人物が着ている服は常に同じであるため、もしかしたら自動で服を浄化する機能が付与エンチャントしているのかもしれません。

 

「それでいいですわ。確か受領できる依頼のランク上限は、パーティーリーダーのランクで決まるのよね。それでヒロのランクは今いくらなのかしら?」

「え?ランクも何も昨日登録したばかりだからランク1だよ」

「……昨日戦っていたオークはランク3相当のモンスターよね、討伐依頼を受注できないはずよね?」

「討伐依頼は受注できなくても、倒した証明ができるのならばお金はもらえるんだよ。その分危険だし、同じランクで受けるより報酬は引かれるけど割りがいいんだよ。だからちょっと無理しちゃった」

 

 ……”ちょっと無理”って、昨日の戦闘を見る感じ冒険者の仕事は常に命がかかっているのだ。子供がこんな簡単に命を捨てていいのだろうか。私は日本に長く住んでいるから、子供が命を軽く見ているというのはやはりおかしく感じてしまう。これが価値観の違いというものかしら。私としてはあまり危険は犯したくないですが。

 

「これからはランク1の討伐報酬を受けましょう、無理して死んだら元も子もないわよ」

「はーい」

 

 

 宿を出て、冒険者ギルドが設置してある酒場まで歩いていく。大通りは人の往来が激しく、至る所で食べ物の屋台や露天商をやっていて活気に溢れていた。路面も元いた世界のようなアスファルトではないが、石やレンガのタイルを敷き詰めているため、ヒールで歩くとコツッ、コツッと子気味良い音がする。

 しかし裏通りを覗くと、地面がむき出しのままになっていて、そこでぼろきれで体を覆って座り込んでいる人が何人もいた。ヒロが言うには、怪我のせいで働けなくなった冒険者や麻薬中毒で廃人になった人は最終的にここにたどり着くらしい。向こうの世界もこちらの世界も貧富の差というのがあるようね。

 

 

 ギルドの扉を開け、受付のカンターに行き討伐依頼を受注する。その間後ろで「おいあれは昨日の……」「たしか”自称”公爵家令嬢とかいってたよな」「し、聞こえるぞ!」とかざわざわと野次が聞こえてきますね。マリアンヌは淑女なのでことを荒げるつもりはありません。せいぜいときおり声のする方向に振り返って殺意を込めて睨みつけるだけです。

 

「ではマリアンヌ・スカーレットブラットさんとヒロさんはこのランク1相当のゴブリン退治を受注する、ということでいいのですよね?」

「ええそうですわよ。ヒロ、出来るだけ今日中に街に帰りましょう」

「そうだね、キャンプする準備とかないしね……。それにマリアンヌさんは多分野宿とかしたことなさそうだし、したくないでしょ」

 

 というわけで昨日いた森まで歩いていきます。

 ヒールのままですが最悪またヒロにおぶってもらいましょう。私の担当は主に戦闘です。

 

 

 というわけで森に入りましたが、今日も茂みの中に潜り込んでから覗き込んでいます。なぜかというと……

「ケケケ……」

「グフフ……」

「キャーッキャッキャ」

 肝心のゴブリンは割とすぐに見つけたのですが、そのゴブリンが4体の小隊で行動しているのですよ。ゴブリンは人間の子供くらいの大きさの小鬼のようなモンスターです。でも4体のうち1体は他より体が一回り大きく、ヒロと同じくらいの身長はありそうですね。

 その大きなゴブリンが小隊を指揮しているようで、他には弓を持ったもの、神官のような姿をしたもの、体と同じくらいの大きさの剣を持ったもので構成されています。

 

『ねえヒロ、ランク1のモンスターってこれが普通なのかしら?』

『ゴブリンの小隊は人数によるけどランク4相当らしいからねえ、引き返した方がいいんじゃない?』

『そうね』

 

 ゴブリン単体はそこまで強くないらしいですが、群れると危険度が跳ね上がるようですね。

 

 しかしこまったことにドレスが茂みの細かい木の枝にひっかっかってしまい静かに抜け出せません。

 ……やはりマリアンヌの格好は戦闘に向いていませんね。

 

『マリアンヌさん、はやくこっち!』

 

 ヒロはすでに茂みから抜け出して、こっちに手を招いています。

 ……ええい、前言撤回。やはり悪役令嬢はこの程度ではビビったりしません。マリアンヌ、行きます。

 

 向こうのゴブリン達も物音に気がついたようで、警戒姿勢をとっています。昨日とは違い奇襲は無理でしょう。

 

 ……ならば、

 

「オーホッホッホ!来なさいこの雑魚どもが、みじん切りにして差し上げますわよ!」

 

悪役令嬢として堂々と戦いましょう。

 

「マリアンヌさん?!なにやっているの?!」

 

 ヒロの静止の声を無視して、まずセオリー通り神官から倒します。

 弓持ちが矢を放つが、それを鉄扇を斬りはらい駆け出す。

 神官は大剣持ちの後ろの隠れているため、鉄扇の射線内に入らない。大剣持ちは剣を大きく振りかぶり、私を両断せんと振り下ろしますが鉄扇を剣に真横方向にぶち当てて、剣の軌道を大きくずらす。そのままの勢いで回し蹴りをこめかみに放ち大剣持ちを吹き飛ばす。

 神官が傷を癒そうとするが、そのまえに鉄扇を投擲する。しかし逆に槍を持った隊長に落とされてしまう。

 隊長の槍とはさすがにリーチの差があり、さらに弓持ちは矢をつがえて私を狙っているので素手では対応が難しいか、と思ったが後ろから投石が飛んで来た。

 

「ヒロ!」

「マリアンヌさん、いまのうちに!」

 

 隊長と弓持ちのゴブリンが体をすくめた一瞬で鉄扇を拾い上げ、閉じたまま槍を鉄扇で切り落とす。さらに一歩踏み込んで隊長に肉薄し左胸辺りを深々と突き刺す。血反吐を吐き隊長は崩れ落ちた。

 

 あとは完全に消化試合だった。私が神官を、ヒロが弓持ちを1体ずつ倒した。

 

 さすがに一人で突っ込むのは無策でしたね。最も昨日から実力を確かめずに無茶ばかりしている気がしますが。

 

 その後は午前中いっぱいをつかってゴブリンの小隊を2つ撃破しました。

 

 これならなんとか生活はできそうですね。



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4 悪役令嬢 ライバル現れる

 依頼を終え、昼過ぎに街に戻って来た私たちはそのまま買い物をする事にしました。

 今回討伐依頼で手に入った報酬が金貨1枚と銀貨20枚だった。金貨1枚が銀貨100枚相当で、昨日倒したオーク2体が銀貨50枚なので結構稼げましたね。もっともここの世界の相場とか分からないのですが。

 

「ねえヒロ、ここの金貨1枚ってどのくらいの価値があるのかしら?」

「えーとそう言われてもね、たしか金貨2枚半あれば子供3人いる家族が1月暮らすのに十分とかじゃなかったかな」

 

 ……となると金貨1枚あたり10万円くらいかしら。

 

「冒険者は随分と割りがいい仕事なのね」

「まあね。そのぶん死ぬ可能性が高いし、リスクが大きい仕事……のはずなんだけどね。ランク1から始めた新人はそのうち2割が冒険に出たきり帰らなくなるとか聞いたことがあるよ」

 

 やはり冒険者というものは死と隣り合わせで生きているようですね。ヒロも含めてですが、そこまでして冒険者をしないといけない人たちがたくさんいるのでしょうか。

 

「で、マリアンヌさんさすがにその服だと冒険活動に支障が出ると思うし、……実際に支障が出ているし、このお金で適当な服とか買わない?」

 

 確かに支障が出ているのは理解していますし、そうしたいのが山々ですが……マリアンヌがヒロみたいな粗末な服を切るのは正直いただけないですね。いえ、粗末なのが悪いというわけではないのですが、マリアンヌが半袖短パンみたいな服を着るのが想像ができないのですよ。

 それにこの時代は服を作るためには人の手で糸から作り上げないといけないので、マリアンヌにふさわしい服はさぞかし高いのでしょうね。まあ見るだけならタダ……ですよね?

 こちらの世界は向こうの世界にない珍しい服もそろっているでしょうし、買うのは無理かもしれませんが見るだけならいいかもしれませんね。

 

「そうね、せっかくだし仕事は今日は切り上げて買い物に行きましょうか」

 

 

 服や装飾品などの店は大通りの、特に冒険者ギルドの周辺に集中しています。冒険者の収入は不安定だけど羽振りがいいときはいいので、そこを狙っているのでしょうね。そのためかドレスコードに対しては寛容で武器を所持していたりしても咎めたりはしないようです。

 その中の1店舗に入りますか。ヒロもいるのであまり豪奢な構えの店ではなく、冒険者がよく入りそうな店を見つけます。

 

「……高いわね」

 はい、うっかり口に漏らしてしまいましたがものすごく高いです。マリアンヌでも似合いそうなショートドレスやヒールの低い靴はありましたが、上下一式揃えるだけで手持ちの金額をはるかに超えます。

「まあそうだよねー、マリアンヌさんが着る服だと最低でも金貨300枚は必要なんじゃない?」

「そうなの?……ああ、私の欲しいものは全てお父様にお願いすれば買ってもらえたから服の相場なんて初めて知ったわ」

 マリアンヌが自分で買い物するとは思えないし……あ、でもゲームでは主人公と売店では焼きそばパンで争うイベントがあったような。なぜそこだけ庶民的だったんだろう。

 

「でもヒロ、これとか可愛いんじゃない?」

「うーん、こういうフリフリのついたドレスとかあまり好きじゃないんですよね、動きにくいじゃないですか。というかマリアンヌさん、その格好でよく戦えますね?」

 

 マリアンヌはゲーム内ではいつも足首まであるこのロングスカートで過ごしていたからだから仕方ない。慣れればなんとかなるものである。

 

「でも女の子もこういうオシャレは必要よ?お金に余裕がでたらまた今度買いにいきましょう」

「べつにいいですってば……」

 

 というわけでマリアンヌのコーディネートは結局諦めた。ランクが上がれば報酬も上がるのでその時にしましょう。

 

 

 というわけで冒険者ギルドの1階の酒場で少し早い夜ご飯にしました。時間は午後5時くらいですが、この時間からすでに酒ビールを飲み始めている冒険者もちらほら見えますね。

 

 せっかく自分たちで稼いで来たお金だし、どーんと頼みましょう。まずとれたてサラダを頼んで、揚げたてのアジフライにきのこのクリームシチュー、鳥のもも肉のステーキにバゲットも注文しましょう。

 

「結構多くない?頼みすぎたんじゃない?」

「余ったらその時よ、ドーンと注文して好きなだけ食べればいいんじゃない?」

 

 頼んだ料理のどれもこれもが肉体労働が主な冒険者仕様のためか、かなりボリューミーだ。これらを2人の女子でたいらげるには多すぎる気がする。タッパーはこの世界にあれば詰められたんだけど、という庶民志向の『私』の部分が語りかけますが無視します。

 

「そういえばヒロは随分と丁寧に食べるのね」

「ああ、だってマリアンヌさんそういうところ厳しそうなところがありそうだし……」

 

 ヒロは見た目は半分浮浪児に見えるが、テーブルマナーを知っているのかきちんととナイフとフォークで料理を切り分けて食べている。これまでヒロの出自は詮索していないですが、もしかしたら育ちがいいのかもしれませんね。貴族が冒険者になるケースも少なくないみたいですし、身分を開かせない理由があってランク1から地道にランクを上げる人がいてもおかしくないです。

 そのためか冒険者同士で出自を詮索されることがあまりないので私としては助かりますが。『実は別世界の人間で、なぜか今までプレイしていたゲームの登場人物になっていた』なんて説明しても、ここの人たちに理解してもらえないでしょうし。

 

 デザートにフルーツの盛り合わせを頼もうとしたその時、カランコロンと酒場のドアが開いた。そして入って来たのは、金色の縦ドリル状に巻かれた髪に青い瞳のまるでゲームに出てくるお嬢様です。年齢は15か16ほど。髪に鷲をかたどった簪を挿し、白を基調としたロングドレス、足のヒールは低いですが、それらの服装一つ一つに真珠や宝石などが豪勢につけお供らしき人が2、3人ほどついています。

 

「あれはテリトリ領北部を支配しているタイショー子爵家の娘じゃないかな。初めて見るけど、ここの街で鷲の紋章といえばタイショー家の可能性が高いと思うよ」

 

 ヒロがそっと耳打ちしてきた。向こうの世界の感覚でたまに思うのだけど、ここの世界のネーミングは何かおかしくないかしら。

 

「メロダーク・タイショーの娘ディアンヌ・タイショーでございますが、冒険者登録をしたいのですが問題ないかしら」

 

 そういうと彼女についていたお供の一人が1枚の書類を受付の人に渡した。

 

「拝見させていただきます……冒険者士官学校冒険者コース卒業、それに子爵家令嬢ということを加味しますと……ランク8スタートとして登録となりますが」

「そう?てっきり上限のランク10からだと思ったけど……どうせすぐに駆け上げる予定だし問題ないわ」

 

 公爵家のマリアンヌがランク1で子爵家のディアンヌがランク8から……納得できませんね。いえ、そもそもこの世界でも公爵家という肩書きは意味をなしていないのは理解していますが、『マリアンヌ』として黙ってはいられません。

 

 スクッと椅子から立ち上がり、二つの瞳で彼女を見据えながらディアンヌの方に向かって歩きます。

 

「ちょっとマリアンヌさん、喧嘩売る気?!」

 

 静止するヒロは無視します。

 

「ちょっといいかしら、そこのあなた?」



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5 悪役令嬢 いびられる

「あら、だれかしらこの私に用があるのは?」

 

 ディアーナは平然と構えている。まるで自分の才能に対して嫉妬されるのは慣れているかのように見えます……まあ実際に嫉妬してはいますが。

 

「お初にお目にかかります、私スカーレットブラット公爵家の長女のマリアンヌ・スカーレットブラットと申します」

 

 鉄扇を懐から取り出し、広げ優雅に構える。ディアーナは見た感じ典型的なお嬢様で強そうには見えませんが、これでも冒険者学校卒業らしいので実力は確かにあるはずです。油断はできませんね。

 

「……スカーレットブラット公爵家?ぷぷぷ、なんですかそれ?初めて聞いた家名ですけど!

あんたねえ、軽々しく公爵家の騙かたことは許されませんわよ。どこの国の、いつの時代の『公爵家』だというのかしら。まあ答えられると思いませんけどね。そしてあなた、今ランク幾つなのかしら」

 

「……まだランク2よ」 

 

 さきほどランクが1上がり2になりました。それでもディアーナのランク8には敵いませんが。

 

「あーははははは!そんなところだとは思いましたわ、『自称』公爵家令嬢さん?わたくし聞いたことありますわ、ランク1の冒険者が登録するときに経歴に『英雄の生まれ変わり』とかいて、そのままゴブリン退治で無残に殺された、とかいう笑い話をね?所詮その程度の雑魚が私わたくしに話しかけるんじゃありませんよ?」

 

 ……これは完全に煽ってきていますね。マリアンヌに売って来た喧嘩は買わないといけない、と思います。まだ相手の実力がわからない現状直接戦闘はマズイでしょうが、最悪戦闘になる前にヒロが止めてくれるでしょう。

 

「この私が雑魚ですって?!冗談じゃありませんわ!」

 

 鉄扇を閉じ、彼女に1歩1歩近づいて行きます。一つ一つ深く呼吸をとり、戦闘態勢をとります。

 

 

 

「ちょっと待ってマリアンヌさん?!冒険者ギルド ここ で戦闘はご法度だよ!」

 

 腕にヒロが抱きついて静止した。……やはりヒロが止めてくれましたね。これで一旦引く理由ができました。

 

「……ちぃ、次会ったら覚えておきなさいよ。ヒロ、もう行きましょう」

 

 そう捨て台詞を吐いて、ディアーナに背を向け、冒険者ギルドの建物から出た。外はすっかり暗くなっており、先ほどの態度はほとんど茶番のようなものとはいえ、怒りで火照った頬に冷たい風が気持ちよく吹いています。

 

「マリアンヌさん、ちょっとさっきの出来事なんですか。なんでタイショー家の令嬢に喧嘩を売ったのですか?」

「それはもちろんスカーレットブラットの名を汚されたからよ。ーーねえ、ヒロ、冒険者で功績を立てれば貴族の位をもらえたりすることはあるのかしら?」

「え?まさかだとは思うけど、この国の冒険者から公爵家へと成り上がるつもり?……ほぼ不可能だと思うけど可能性は0じゃない、かな。この国は冒険者を国の機関に積極的に採用しているみたいだけど、それでも公爵家は並大抵の功績じゃなれないと思うよ」

「可能性は0じゃないのね、なら私はなって見せようじゃないの。正真正銘の公爵家にね」

 

 ヒロは目を大きく開いた。

 公爵家にもいくつか種類があるが、そのなかには王家の血筋につらなるものもある。単なる功績だけでは如何ともしがたいところはあるでしょう。

 

「本気?」

「正真正銘、掛値なしの本気よ。それが冒険者ランク10だろうと20だろうと成り上がって見せようじゃないの」

 

 鉄扇を広げ、笑みをたたえる。何事にも悠然と構えるのがマリアンヌ・スカーレットブラットでございます。

 

「所詮ランク8で粋がっているあの子娘に、目にものを見せてやりますわ。オーホッホッホ!」

「それに付き合わされるオレの立場も考えてよ……」

 

 まあなんとなく予想はついていたけどさ、とヒロは肩をすくめた。

 

 

 というわけで次の日から自身の戦力強化も視野に入れて行動を始めます。

 まず現状の戦闘スタイルを見直します。マリアンヌは鉄扇をメインウェポンにして、格闘も併用した近接に比較的特化したスタイルだ。中距離の攻撃は鉄扇の投擲があるが、現状所持している鉄扇は1本しかないため、一度投げるといちいち拾い上げて回収する必要がある。

 ゴブリンとの戦闘では投げた鉄扇をはたき落とされてしまったため、近接戦闘はとりあえず従来のままを維持するとして、中〜遠距離での攻撃手段を増やす必要があるでしょう。

 

 となると、やはり魔法をとりいれるべきでしょうか。

 『キングダムラブ』のゲーム内でも『魔法』は存在しその潜在的能力、いわゆる『魔力』は生まれながらにして定まっているとされている。貴族はかつて『魔力』を多く保有している人たちが国家権力の樹立に深く貢献したとされているため、学園の登場人物の多くは『魔力』を保有した生徒が多い。

 主人公は庶民の生まれでありながら『魔力』の保有が抜群に高く、そのおかげで特待生として学園に入学することを許されたのだ。ちなみにマリアンヌも『魔力』の才能はあるが、主人公と比較するとそこまででもない。近接格闘のスペックが高いのも『魔力』による実力の差を補うために努力した結果だと思われます。

 

 今までで魔法使いの冒険者らしき人たちは見てきていますし、そもそもゴブリンでさえ神官の格好をしていたので、この世界にもおそらく魔法の概念はあると思われます。

 

「というわけでヒロ、魔法を覚えたいけどどこに行けばいいかわかるかしら?」

 

 昨日の騒動から一夜明け、いまは宿の食堂で朝食をとりながら二人で話しているところです。朝食のメニューからチョイスしたのはパンケーキにオムレツ、黒いソーセージのようなお肉に、コンソメっぽいスープになります。冒険者ランクを駆け上がるために、前日泊まった宿よりワンランク下の宿にしたのでこんなものですかね。

 

「そーといわれてもね、一朝一夕で魔法を覚えるのは流石に無理があるんじゃないかな。たとえば冒険者が魔法使いになりたいとおもったらまず魔法使いの師匠を見つけてそこで弟子入りして、修行をしないけない。どの程度魔法を極めたいかとか、弟子入りする師匠によって期間は変わるけど、まあ一年は最低でも必要なんじゃないかな」

「あの子娘……ディアンナは『冒険者士官学校』というところの卒業みたいだけど学園に通って魔法を覚えることはできないのかしら」

「ああ、確か貴族の子弟のなかで将来は冒険者希望の生徒や、逆に騎士団志望の生徒が一つの学園で学べる学校だったかな。そこだといくつかコースがあって、カリキュラムをフルで学ぶコースだと3年はかかるはずだよ。長寿種のエルフが設立した大学だと卒業するのに30年はかかると言われるコースもあるみたいだし」

「随分と詳しいのね」

「まあね。魔法と剣を両方使う『魔法剣士』は一種のロマンだし、一度は目指したことがあったけど魔法の才能なさすぎてあきらめたよ。そもそも生まれつき怪力で、オレの魔剣グラムを振るうより拳で殴った方がずっと強いみたいだし。怪力のせいで幼馴染から『ゴリラ女』とかよばれるわ、散々だったよ」

 

 ん、『魔剣グラム』?

 

「これがオレの魔剣グラムだよ、まあ武器屋で適当に買ってきた量産品だけど」

 

 そういってヒロは剣を帯から外してみせる。向こうの世界の出身である私は武器の類は初めて見るが、たしかに魔剣というよりただの安物の剣のようにみえる。これは向こうの世界みたいに、子供達が適当な木の棒を拾って『エクスカリバー』とか『カラドボルグ』とか無駄にかっこいい名前をつけて、チャンバラしているようなノリなのだろうか。

 

「ならもっと手っ取り早く魔法を習得できる方法はないのかしら?」

「んーないわけじゃないけど、正直おすすめはできないかな。あーでもマリアンヌさんならいけるのかもしれない」

 

 ヒロは席を立ち上がり、宿に設置されている新聞や雑誌が置かれているラックから羊皮紙を取り出してテーブルに広げた。それは今いる町ヴィレッジを中心とした地図であり、南西の方向にある一点をヒロは指差した。

 

「ここにダンジョンと呼ばれる迷宮があるみたいでね。そこにはモンスターやお宝が設置されていて、モンスターが落とすアイテムやお宝の中に魔法を習得できる『魔道書』とよばれるお宝が存在するらしい」

 



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6 悪役令嬢 ダンジョンを全力で突っ走る

「オーホッホッホ!雑魚どもに用はないわ!邪魔だから退きなさい!」

 

 ダンジョンの通路を塞ぐ十数匹のゴブリンの群れをなぎたおす。ここのゴブリンは戦士とか神官とかなどのジョブに分かれておらず、全員が全く同じボロボロの短剣と腰巻を巻いている。そのため集団の統率が取れておらず、数こそ多いものの大した敵ではありません。

 

 最後のゴブリンを殺戮し終えたあと、ヒロが自身の背よりもずっと大きなバッグを持って駆けつけてきた。バッグの中にはここ数日ダンジョンに篭れるように食料品や寝袋などをありったけ詰め込んできてある。

 

「マリアンヌさーん、先行しすぎです!荷物持ちポーターを置いてけぼりにしないでくださいよ。荷物奪われたらどうするのですか」

「ああ、そうね。申し訳ないわ」

 

 というわけで今は街を離れてダンジョンの第一層にきています。

 ダンジョンとか迷宮というのは……いわゆる小説やゲームとかに出てくるそれとほぼ同じである。違いといえばダンジョン地上部に暮らすための施設らしいものがないことくらいか。あと固定層であり一直線の廊下のような第一層以外は、第二層以降は森や火山などがランダムに変わるという。

 ここで発生するモンスターは倒してもしばらくするとリポップするが、このモンスターはダンジョンから出ないため、地上に危害を与えることはない。

 そのためギルドも関心が薄く、ここで討伐したモンスターは討伐報酬にはならない。そのかわりにモンスターのドロップや、ダンジョンで発生する宝箱からアイテムを入手できてそれが収入になるのだ。

 

 倒したゴブリンはすぐにチリとなって消滅し、いくつかの死体からはみすぼらしい短剣だけが跡に残されていった。

 

 ここで小休憩を取り、水を軽く飲む。

 ダンジョンに突入してから、第一階層の半分程度まで突っ走ったがここまで冒険者に会うことはなかった。

 

「ダンジョンって冒険者に人気がないのかしら」

「ダンジョンは一攫千金のチャンスがあるけど、ギルドランクには影響しないからね」

 

 そういうものらしい。冒険者になる人はお金が目当ての人ばかりだと思っていたけれど、意外とそうでもないのか。あとダンジョン周辺に店や宿がないため長期滞在ができないのも大きいか。ここが価値があるとされれば、このダンジョンやその周辺が整備されて活気に溢れるのかもしれませんね。

 でも今ダンジョンがガラガラなのは好都合ですね。

 

「休憩もこのくらいにして、先行きましょうか」

 

 

 ダンジョンの各階層にはボスモンスターといわれる、同じ階層にいる他のとは一線を画す強さのモンスターがいる。基本的にはダンジョンの下の階層へと降りるための階段を守るように待機している。ダンジョンでポップするモンスターからのドロップは確率で落とすが、このモンスターを倒した時はランダムなアイテムが確定でドラップするという。

 今回のダンジョン攻略の狙いはボスからドロップするアイテムから『魔道書』を入手することだ。

 一度ボスモンスターを倒すとダンジョンを入り直すまでポップはしない。そして『魔道書』のような貴重なアイテムは階層が深くなるほどドロップする確率が上がる。そのため通常は自分の実力を見定めながら階層を降りていくのが基本中の基本なのだが……。

 

「で今回のダンジョンは何階層まで攻略するつもり?」

「今回は一階層だけを探索するわ」

「え?マリアンヌさんの実力なら2、3階層も突破は難しくないと思うのだけれど。なぜ一階層だけ?」

 

 今回のダンジョン探索は、いわゆるゲームでよく用いられる『リセマラ』だ。つまりダンジョンのボスが復活するタイミングがダンジョンの出入りなので、この往復サイクルを上げることができればより多くのボスドロップが手に入るのだ。

 深い階層に行けばいくほど『魔道書』ドロップする確率は上がるだろうが、それだとサイクルに時間がかかる上、万が一ミスで死んでしまうかもしれない。

 このダンジョンは人の往来がほとんどないうえ、下の階層が降りるたびにランダムな場所になるため、ダンジョンで遭難すると救援が来る可能性は絶望的である。

 そのため固定層であり、サイクルが最も短い第一階層のみに絞って探索しているのだ。

 あとポップするモンスターもゴブリンのようなの雑魚だけなので、非常に戦闘が楽なのも大きいです。

 

 第一階層の残り半分も突っ走ってついにボスがいる部屋までやってきました。それまでのダンジョンは幅数メートル程度の廊下だったが、ここだけは大空間になっていて、そこの部屋の中心に身長3m程度の豚の頭の怪物がいました。

 ……あれはいつぞや戦ったオークとほぼそっくりですね。変異種かもしれないですね。

 

『ダンジョンに眠る億千万の宝を求めし人間どもよ!ここを通りたければこのワシを……プ、プギィ!ちょっと待て戦闘に入るのはワシのセリフを全部言ってからにして!』

 

 ボスオークの右肩にナイフが突き刺ささり、突然のことに混乱する。ヒロが投げナイフをオークに投げつけて見事命中したのだ。敵との距離は15メートル以上あるが、それでも刺さるのはヒロの怪力によってなせる技である。

 

「マリアンヌさん、今!」

 

 言われるまでもないです。ナイフが投げられるや否や部屋の中央へ駆け出して、オークに接近する。オークは刺さったナイフを抜かずに巨大な金棒を振り上げて床を叩きつける。叩きつけられた床は表面のタイルが砕け散り、破片となって飛び散る。

 

『見たか、このワシのパワーを!』

「確かにすごいけど、動きが遅すぎないかしら?」

 

 鉄扇を広げ、鋭利な刃のようになっているそれで金棒を持っている手を切りつける。オークの腕は丈夫なのか骨までは砕けなかったが肉が引きちぎれ、腕は細切れ状態となってしまった。

 

『き、きさまあ!ワシの示威行為パフォーマンスを無視しやがって!せっかくの久々の客だというのに!』

「さっきからうるさい子豚ちゃんね、お黙りなさい」

 

 先の尖ったヒールでオークの股間を全力で蹴り上げる。そのまま 鉄扇を閉じて喉笛に突き刺しとどめを刺す。オークは股間を強打した痛みで股間を抑える格好をしたまま絶命した。

 

 オークの死体は光となって消え、跡には銀貨の詰まった袋と赤い宝石のようなものが残った。

 

「ハズレね、でこの宝石は何かしら?」

「多分マジックアイテムの類だと思うけど。街に戻って鑑定すればわかるんじゃない?」

「まあこれはこれでもらっといて、地上に戻るわよ」

「本当に降りずにダンジョンを往復するんだね……」

 

 帰り道はまだゴブリンがポップしていないので。特に何事もなく地上まで戻ってこれた。時間にすれば往復でボス戦を含めて体感で一時間ちょっとくらいか。

 今回のダンジョン探索ができるのは食料や水の持ち込んだ量を考えて跡三日くらい。睡眠時間を考慮してもあと50回くらいはボスドロップを狙えるだろう。

 残る問題は……、魔道書が第一階層で稀にドロップということは事前の情報収集で知っているが、果たして50回でドロップするのだろうか。今回は特に欲しい魔道書を絞っているわけではないが、強力な魔法を狙うのならもっと深い階層まで降りる必要があるだろう。

 

「じゃ、2周目いくわよ」

「へーい」

 

 

『ダンジョンに眠る億千万の宝を求めし人間どもよ!ここを通りたければこのワシを……プ、プギィ!またお前か!なんで二階層に降りないんだよ!』

 

 

 ダンジョンを爆走してボスを瞬殺し、ドロップを回収して地上に戻る、それを三日間続けた、そして三日間に渡るダンジョンマラソンが終盤にかかる頃、ボスオークは、こちらを見かけるや否や土下座して、

 

『お願いですから!わしからドロップできるものであるのならぁ!差し出しましますので、どうかお帰りになってください!」

 

と懇願するようになった。そこまで疲弊してしまったらしい。

 

 

 

 そうして私たちはダンジョン攻略を終えた。この短期間の間で数冊の魔道書を手に入れることができたのは嬉しい誤算だった。

 



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7 悪役令嬢 どこへ行く

サブタイトル修正 ガバガバやんけ(呆れ)


「マリアンヌさん、すごいですよこの量のお宝!あんな短時間でここまで集められるとは思いませんでしたよ」

 

 街に戻り、冒険者ギルドで今回のダンジョン探索で得たお宝を検分することになった。テーブルの上には3冊の魔道書と換金用アイテムや魔道具が小高く積み上げられている。ゴブリンが落した武器などもあるが粗悪であまり使えるものはなさそうだ。

 

「とりあえずパーティ結成時点でで決めた通り、私とヒロで魔道書以外は山分けね。で、肝心の魔道書は……」

「いいんですか?今回ほとんどのモンスターはマリアンヌさんが倒していますし、もう少し多く分配してもいいと思うけど……」

「いいのよ、公爵家令嬢はそんなケチくさいことは言わないの」

 

 今回手に入った3冊の魔道書は『ドレインタッチ』、『ワイドウィング』、『身体強化その1』であった。

 

 『ドレインタッチ』は敵の体力を吸収して自分の体力を回復できる魔法だ。一見便利そうだが使うには敵と接触する必要があるので、貧弱な魔法使いが使うと回復する以上に敵から攻撃を食らうし、頑丈な前衛が使うと金属鎧が魔法を阻害して魔法の素養が低いのも合わさりほとんど効果がないらしい。

 

 『ワイドウィング』は短時間の間翼を生やして、低空で飛行できる魔法だ。ちなみに翼の見た目は魔道書によって異なるという。

 

 『身体強化その1』は……まあそのままである。強いて言えばその1なので続きもあるのだろう。

 

「『ドレインタッチ』自体は軽装の魔法剣士には人気はありますけどねー。ただそもそも覚えている人があまりいないせいで覚えるには魔道書に頼るか、エルフの特に魔法に詳しいのつてを得るくらいしかないのですよね」

「肝心の遠隔攻撃は手に入らなかったし、欲しいなら別に構わないけど、これでどうやって魔法を習得するのかしら?」

 

 魔道書はサイズこそは文庫本程度だが、千ページはゆうにあるのではないかと思えるほど厚い。もはや鈍器といってもいいほどの代物だし、これをすべて読み終えるのはいつになるんだか想像がつかない。

 

「じゃあマリアンヌさんこの魔道書を持って」

「持って?」

「オレの頭をそれで殴って」

 

 使い方が完全に鈍器だった。この魔道書を作った人は何を考えていたのだろうか。

 

「ええっと、じゃあ、いくわね?」

 

 本の背表紙でヒロの前頭葉のあたりを殴りつけた。さすがに力加減はしたが。

 

 バゴッ

 

「いてっ!」

「これで覚えられたのかしら?」

「いいやダメだね、失敗だ。魔道書は覚えさせる人の頭を殴りつけて、魔法を覚えられる適性があれば魔道書が消えるんだってさ」

 

 ヒロは片手で頭を押さえながら、本の表紙をめくった。古代に書かれた文字なのかなんと書いているかは判読できなかったが、イラストで本で殴りつけているのが描かれてるのでこれが正しい使い方のようだ。

 

「うへえ、魔法に適性がないのはわかっていたけど魔道書でもダメかぁ。マリアンヌさんもやってみる?」

「さすがに全力はよしなね、私の頭が割れるわ」

 

 というわけで今度は私が魔道書を試してみます。

 

 バゴッ

 

 魔道書が頭に当たったその時、目に星が飛んだ。失敗かと思いきや今度は魔道書が消滅した。

 その時不思議なことに生まれて今まで魔法を使ったことがないのに、どうやれば魔法が使えるのか、どのような詠唱をすればいいのかということが一瞬で理解できた。

 

 方法がアレだが、確かに魔法を一瞬で覚えられるし便利ではある。

 

「……覚えられたみたい、多分ね」

 

 そういってヒロの手を掴み『ドレインタッチ』を発動させる。体に温かいものが流れ、生気が溜まっていくのを感じる。

 

「ひゃっ?」

 

 ヒロは急に体力を吸われたことで体勢が崩れ、宝の山に顔を突っ込んでしまった。

 

「ちょっと、試すのなら一言かけてよ……」

「ごめんなさい、おほほ」

 

 最終的にヒロが『身体強化その1』を私が『ワイドウィング』と『ドレインタッチ』を習得することになった。

 念願の遠隔攻撃ができる魔法はなかったが、これでかなりの戦力強化となるだろう。ダンジョンリセマラの再走は今度にして次は冒険者ランクを上げることを重点的にすることにしましょう。現在のランクは二人ともランク2ではあるが少なくとも実力はディアーナのランク8以上にはしたい。

 

 ただ魔法を習得して一つ問題があるとすれば、

 

「マリアンヌさん、飛んでいる姿がバンパイアに見えますよ」

 

『ワイドウィング』で生えてくる翼の形状がコウモリのような形状だったので、特に赤い紙にロングドレスを着たマリアンヌがこれで飛行すると余計に吸血鬼が飛んでいるように見えるのだ。実際街中で試した時、バンパイアの高レベルモンスターが出現したと勘違いされて危うく衛兵を呼ばれる事態になりかけたことがあった。

 

 ただマリアンヌはゲーム上では薄いがバンパイアの血を引いているためあながち間違っていない。マリアンヌの弟ルートでは弟がバンパイアの血が特に濃く、血の衝動を抑え消えれなくなり夜な夜な街で女の人を襲う事件が発生したため、主人公とマリアンヌがこれまでの因縁を水に流して共闘して弟を正常に戻すというルートだ。そのため巷ではマリアンヌは弟思いの姉であるとか、ブラコンであるとか囁かれていたりする。実は今の私のヒロに対する態度もそこらへんが関係していたりする。まあヒロは女の子だが。

 

 しかし今の私、マリアンヌはいつのまにかバンパイアに近づいていっている。いったいどこへ行くのだろうか。



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8 悪役令嬢 ライバルと再会する

忘れていたように投稿(なろうではすでに掲載済み)


 というわけで私たちはダンジョンから帰還した後、ランク強化のために討伐依頼の受注を繰り返し達成した。討伐依頼は報酬こそは山わけだが、冒険者ランクには討伐に貢献した度合いによってポイントが累積されているらしい。そのため私ことマリアンヌはランクを順調に5まで上げていったが、ヒロはまだランク3だった。

 いまのところヒロはあまり冒険者ランクを気にしていないようにみえる。

 ただ、いまいちヒロが冒険者をしている理由が見えてこないないのですよね。単純に生活に必要な糧を得るため、と考えるのが妥当ではあるが……。ただの子供にしては知識や教養の量が桁違いに多いし、もしかしたら貴族の生まれでなんらかの理由で冒険者として生活することを強要されたのかもしれません。

 しかし冒険者はあまり身分や出自を、特にランク1上がりのものは、詮索されないもしくは詮索されるのを嫌うらしいです。実際私もこっちの世界で勝手に公爵家を名乗っていながらお咎めがないのも、冒険者ギルドというものが身分よりも実力を重視した組織だからでしょう。まあ周囲から変な目で見られるのはもう慣れました。

 

 

 ランクが5に上がったことで護衛の依頼を受注ができるようになった。拘束時間こそ長いものの、大抵の場合は宿泊費や食費を負担してくれる。

 そこで護衛依頼を受注したところ、そこでディアーナと出会った。

 彼女はお供を連れずに一人馬車に座っていた。手元には魔法行使のための杖を置き、何か考えごとをしているようだった。

「あ、似非貴族の女じゃん。もう護衛依頼を受けられるランク5まで上がったのね」

 

 そういうとまたディアーナは考えごとを始めた。目元にはくまができていて、心なしか声が疲れているように感じた。

 

「あの時とは全然様子が違うね、どうしたんだろう?」

「気にすることはないわ、彼女にも色々あるのでしょう」

 

 いちいち貴族の諍いやらなんやらに巻き込まれたくはない上、マリアンヌをコケにしましたのです。わざわざとりあう必要はないでしょう。

 

 護衛する隊商の馬車は6台あり私たちが一番後方に、ディアーナは一番先頭に配置された。

 間も無く隊商は私が今まで一番長くいた街ヴィレッジを出発した。この馬車は東に向かい、テリトリ領を離れ約一週間で王都カピタルに着く予定だ。

 ヴィレッジとは違い馬車が走る街道は舗装されておらず、ときおりガタゴトと馬車が揺れる。窓の外を見れば青々とした畑が広がり、牛や馬が放牧されていた。

 昼過ぎに出発しこの日は特に何事もなく日が落ち、近くの村で一泊することになった。

 

 私たちは村の空き家に泊めてもらい、夜を過ごすことにした。

 

「しっかし、まさかこんなに早くあの女に再会するとわねぇ」

「まあ活動場所が同じだから、そんなこともあるよ」

 

 ヒロは依頼主から頂いた干し肉をクッチャクッチャ食べている。

 

 そのときドアの向こうから、

 

「ちょっといいかしら」

 

と声がした。「オレが出るよ」とヒロが出てドアを開けると、ディアーナが両手に鍋を抱えていた。

 

「村の人からおすそ分けをもらったのよ。私わたくし一人じゃ食べきれないから……もったいないし持ってきてやったわ。別にあんたたちのためじゃないんからね」

 

 ……所謂ツンデレというものかしら。さっきもそうでしたがディアーナが初対面の時と印象が違って見えますね、いえあの時と明らかに様子が違いますね。何かあったのか気になるので、表面上はそっぽを向きながら耳をそばだててみますか。

 

「私は別にあんたがいなくてもいいんだけど、話し相手ならヒロがやって」

「へいへい、マリアンヌさんも素直じゃないですね。ちょうどいいですし3人でこの鍋食べちゃいましょうよ。お腹を満たせればきっと仲良くなれますよ」

 

 というわけで一旦詮索を後にして私たちは鍋を囲むことにした。日本の鍋と比べると出汁が効いていないし、具材も貧相だけど、暖かくて美味しくてちょっと故郷を思い出した。依頼主から支給されたビスケットのようなパンは歯が折れそうなくらいカチカチだが汁に浸せば柔らかくなり、食べやすくなる。

 

「ふん。下賤の食べ物なんて初めて食べたけど、案外悪くないわね。ねえちょっとあんたニンジンを私わたくし押し付けていないかしら?この自称公爵家、何処の馬の骨かしらないけど、この本物の令嬢に嫌いな食べ物をよこすのは礼儀に反しますわよ」

「そっちこそ菜っ葉を残していますわね。貴族の収入は領地に住む民の血税によって賄われています。それで領民が善意で差し出してくださった食べ物を残すのは礼儀に反するのではないかしら?」

「まあまあ二人とも喧嘩しないで……」

 

 というわけで比較的穏やか?な夕食を済ました。

 

「で、ディアーナさんなんかお昼頃思いつめていたような顔をしていましたように見えましたが。よろしければお話くらい聞きますけど」

「ええっと、これは……あなたたちがこの話を周囲に言いふらさない、というのなら……」

 

 ディアーナはポツポツと話し始めた。なんとなくヒロと彼女が打ち解けたように見えますね。仮にヒロが貴族の生まれであるなら、ディアーナの境遇がわかるからでしょうか。

 

 そのとき外からドンドン、とドアを叩く音がした。

 

「おい、ちょっと外に出てくれないか。さっき村の近くで怪しい人影を見つけたんだ。もしかしたら盗賊の類かもしれないし、一応見てきてくれ」

「私が出るわ」

 

 二人の話を邪魔するのも悪いので私が応対することにした。古いのか軋みがちな木製のドアを引いて開けると、

 

「まあその盗賊というのは俺らなんだけどな」

 

その瞬間長剣を振りかざした、どう見てもカタギの人間には見えない形相の男が私に切りかかってきた。




今はもう一方の小説を執筆していますが場合によってはこっちも続きを書きたいなと思っています(こっちの方が人気あるっぽいし…)

よろしければ評価お願いします


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9 襲撃

「……!」

 

 私はとっさに振り下ろされた剣を避けることができずに、手に持った鉄扇を打ち合わせて何とかくい止めた。

 

「ちい、女のくせにずいぶんと力があるんだな」

 

 男は悪態をついた。扉の外の景色は真夜中なのに赤々と照らされていた。村が燃やされているのだ。

 

「ヒロ、この男をお願い!」

 

 私は鉄扇を持っていない左手で男の腕をつかみ、そのまま柔道の背負い投げのようにして投げ飛ばし、男を小屋の中の壁にたたきつけた。

 ヒロも私の指示に的確に反応し、男の頭を蹴り飛ばし気絶させた。

 その間に私は小屋の扉を全開にして外の景色を確かめた。

 

 村の小屋のうち2、3軒が火をつけられたのか炎をあげて燃え、さらにならず者といった風情の男たちが何人もこちらに武器を向けて近寄ってきているのが見えた。

 

「ぐふふ……」

「えへへ……」

 

 明らかに村から略奪するのを目的として村を襲ったとは思えない。私達の誰かを誘拐する目的なのだろうか。

 ……もしかしてマリアンヌ・スカーレットブラットの高貴な気配を感じて拐かそうとしたのかしら?

 そうと予測した私は男たちに向かって指さしこう言い放った。

 

「そこの野蛮人ども!もしや私をさらおうとしたのですわね!しかし簡単には捕まりませんわよ!」

 

 男たちの中でバンダナをつけたものが私に返事をした。

 

「……誰だお前は?」

「私はスカーレットブラット公爵家のマリアンヌというものですわ!」

「……なんだその聞いたことのない家柄は。ふざけているのか?」

 

 ですよねー。

 この世界にはスカーレットブラット家が存在しないことはすでに分かっているし、おそらく彼らの目的は小屋にいる伯爵令嬢ディアーナか高貴な出身の疑いがあるヒロのどちらかだと思われる。

 もはや定型の挨拶のようなやりとりになっているが、悪役令嬢マリアンヌはその家柄を重視するキャラなので欠かせない。

 一応家柄を否定されて怒ったという体で男たちに攻撃を仕掛けることにする。

 

「そのお言葉万死に値しますわ!」

 

 習得した魔法『ワイドウィング』を起動して翼を生やし男の一人に低空飛行で接近する。

 急に飛翔したのに反応が遅れたのか、男は為すすべもなく髪を掴まれてそのまま地面に押し倒される。

 倒れた男をヒールの先端で踏みつけ、私は残った者をにらむ。

 起きあがろうともがいている男を押さえるために踏む圧力を強めながら、私はこの男を殺すべきか考えていた。

 

 マリアンヌはゲーム中の悪役令嬢だが、直接人を殺したことはない。

 とはいえ人に害を加えない人物というわけではない。

 ライバルたるヒロインに致死ではない毒を盛ったり、領民に対して重税を課して自分は裕福な暮らしをするなどやっていることは悪そのものである。

 この世界の価値観はまだよく理解していないため、どの程度の悪がマリアンヌにふさわしいかはよく吟味する必要があるだろう。

 

 ただ今はゆっくりと考えている時間はないので当面は「直接人は殺さない」ということにしておく。

 

 短い思考を終え、男たちをみると明らかに焦りの表情が見て取れた。

 

「いきなり一人やられたぞ……」

「この馬車の護衛にはランク5の冒険者しかいなかったはずだよな……」

「オーホホホ、この私に無礼を働いた者たちは粉みじんにしてやりますわ!」

 

 そう大きく啖呵を切って男達ににじりよろうとした時に、ダンと扉を勢いよく開ける音がした。

 その直後に縄で縛られた最初の男を片手で掴んだヒロが外に飛び出した。その背後にはディアーナもついている。

 

「マリアンヌさん!」

「い、いったいなによこの状況!なにが起きているの!」

 

 彼女達をみた荒くれ者達はさっきまで動揺していたが急に色めき立った。

 男の中で一番大きな男がバンダナをつけた男に話しかける。

 

「お頭、あの女です」

「あれを捕らえればいいのだな。ガキと頭のおかしい女はどうする」

「ガキは俺が殺します、お頭はあの女を確保し、残った者が一斉に襲い頭がおかしい女を殺すことにします」

 

 大男は大剣を抜き、正面に構える。それ以外の者達も私とヒロ達を分断するように私を囲い始めた。

 どうやら狙いはディアーナらしい。しかし私を頭のおかしい女呼ばわりするのはいくら何でもひどくないか。

 

「ヒロ!その子を守ってちょうだい!」

 

 私が下手に囲いを突破すれば、囲っていた男達がヒロ達も狙いに入れてくるかもしれない。私が男達を倒すまで時間を稼いでくれるかどうかが鍵だ。

 

「分かった!」

 

 ヒロは長剣を抜き、こちらも応戦の構えを見せる。

 

「い、いったいなに?私をさらう?なんで?なにが起こっているのよ?!」

 

 ディアーナは相変わらず状況を飲み込めずに混乱している。

 

 大男が剣を振り上げ、ヒロを叩き割ろうと振り下ろしてくる。

 それをヒロが長剣で受け止める。片手では支えきれなかったのか、右手を柄に左手は刃の側面で何とか押さえている。

 しばらく剣と剣のせめぎあいが続いた後、ヒロの方の剣が耐えきれずに折れてしまった。

 とっさに背中をのけぞり斬られることは回避したものの、服が剣の切っ先で裂けてしまった。

 

「おやおやぁ、どうやら安物の剣だったらしいな。今度はもっとましな奴を買いそろえればよかったと、あの世で後悔しな!」

 

 ヒロは二、三歩下がって荒い息をしている。そこに無慈悲な一撃が襲いかかろうとしていた。

 そのころ私は雑魚をなぎ倒していたが、そのせいで間に合わない。鉄扇を投げようにも射線上に雑魚がいるので大男に当たらない。

 

「ヒロ!」

 

 最後の男を鉄扇で殴りつけて倒した私はヒロに叫ぶことしか出来なかった。

 

 そのとき、血しぶきが上がった。

 胸を切り裂かれて血が吹き出したのはヒロではなく男の方だった。

 

 ゼエゼエと荒い息をするヒロの右腕がまるで獣のように毛で覆われていた。その腕の先には鋭い爪のついた手があって、それで男の胸を切り裂いたのだ。

 ヒロはその変化に気がついていないのか、気にも止めていないようだ。



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10 サドエス

 私は突然の事態に動揺した。

 しかしヒロは自分の異変について無頓着に振る舞っている。

 むしろ我を忘れて無我夢中に暴れているようにすら思える。

 

「グルルルル……」

 

 歯をむき出しにして、彼女は血走った目でうなる。

 

「なんなんだ……もしかしてこいつは人に化けた人狼(ライカンスローブ)何じゃねえのか。ありえねえ……」

 

 大男は胸の傷を左手で覆い後ずさりする。私になぎ倒されたほかの雑魚達も予想外の事態に恐怖し、硬直したまま座り込んでいる。

 

「ウガァ!」

 

 ヒロは獣のような姿勢で飛びかかり、毛の生えた方の腕で大男の顔をつかむ。そのまま地面に勢いよく男をたたきつけると、男はまるでバスケットボールのように高く跳ね上がった。

 男はそのまま抵抗できずに地面に再びたたきつけられると動かなくなった。

 彼らのリーダーらしきバンダナの男はこの隙を利用してディアーナの背後をとり、手に持った杖を落とし、首に刃を突きつけた。

 

「ったく手間を掛けさせやがって……おいそこの女とバケモン、この女の命が惜しいならこれ以上近づくな」

 

 バンダナの男は相当肝が太いのか、部下を一瞬で倒され化け物のように豹変したヒロを見てもまだ折れる様子を見せない。

 

 一方お嬢様育ちのディアーナはめぐるましい事態に目を白黒させている。

 

「ええっと私いったい……マリアンヌさん助けて……。でもこっちこないで……」

「グルル……」

 

 ヒロは言葉は通じるのか威嚇はするが、それ以上のことはしない。

 

 ディアーナを盾にされているため鉄扇を投げつけることが出来ない。

 

 万事休す、と思ったそのとき。

 

「【火球(ファイアボール)】!」

 

 突然男の背後から炎をたてて燃え上がり、さらに立て続けに魔法が打ち込まれてバンダナの男は絶命した。

 

 そして魔法が打ち込まれた方角から、白馬にまたがった一人の青年が現れた。身なりのよい装束を身にまとった金髪の青年はさながら貴公子といった感じだ。

 

「危なかったね、我が愛しのフィアンセ」

「あ、あんたどうしてここにいるの!」

「婚約者の危機を助けにここまで駆けつけるのに理由なんているかい?」

「助けにきたって……よくもそんなふてぶてしい言葉を吐けるわね」

 

「なんかうさんくさい男だね」

 

 いつのかにかヒロの表情が元通りになり、腕も元々の女の子らしい細い腕に戻っていた。

 

「ヒロ、あんた……」

「ん?マリアンヌさんどうしたの?あの男以外全部マリアンヌさんがたおしたんでしょ?」

 

 彼女はけろっとした表情で、まるでさっきの出来事をなにも覚えていないかのように振る舞っている。

 こんな現象、向こうの世界ではありえない。

 正直先ほどから心臓がバクバクと激しく鼓動をたてているが、何とか心を落ち着かせようと頭を巡らす。

 落ち着け私。マリアンヌはこの程度のことでは動揺しないはず。

 

 そうだマリアンヌがいた乙女ゲームに正体が人狼の攻略対象(イケメン)がいたではないか。

 主人公は彼のルートで狼に豹変して人の心を失っているときでも、彼を手懐けて落ち着かせたではないか。

 ゲームの主人公に出来るのなら、私も出来ない訳じゃないはず。

 

「ねえヒロ、干し肉でも食べる?」

「……なにしているのマリアンヌさん。それよりもあれどうすればいい?」

 

 ヒロが金髪の青年を指さした。

 彼は馬を下りてこちらに向かって歩いてくる。

 

「僕はネトラ・サドエスと申します。彼女の婚約者でもあります。先ほどは彼女を救っていただきありがとうございます」

 

 サドエスと名乗った男は優雅にお辞儀をした。

 この世界の固有名詞はなぜいちいち変わっているのだろうか。

 

「さあディアーナ、冒険者なんて危ないことをやめて僕のうちに来るんだ。あそこには温かい食事も風呂も用意している。もう怯えることなんてないんだよ」

 

 サドエスはディアーナに語りかけ手を差し伸べる。

 しかしディアーナはむしろ彼から遠ざかるようにさらに下がる。

 

「いやよ……またあそこに戻ったらまた私に拷問をかけるつもりなんでしょ」

 

 ディアーナは服の袖をまくると、いくつもの痣が出来ていた。

 

「なにを言っているんだ。それは僕が君に与えた愛の証ではないか。さあこっちにおいで。また僕がかわいがってあげる」

 

 名前だけじゃなくて本性もサドでドエスなのか。

 

「いやよ。どうせこの盗賊達もあなたがけしかけたのでしょ。あなたの家で聞いたことがあるわ。メイドに荒くれものを何人もけしかけて犯すのを傍観しているのがあなたの趣味なんですって」

 

 さらにNTR(ネトラレ)の趣味もあるのかこいつは。

 

 まあこれまでの事件が彼がしくんだと考えるとつじつまが合う。

 

 盗賊達がわざわざ村に火をつけた割には略奪した形跡がないし、はじめからディアーナをさらうのが目的だと彼らは言っていた。

 それに加えて婚約者のサドエスが偶然この場に居合わせるのも都合がよすぎる。はじめからここに彼女が来るのが分かっていて、盗賊をけしかけ自分は待機していたのだろう。

 そして人攫いが失敗したから口封じのために殺したのだろう。

 

 ディアーナももしかしたら彼や彼の実家から逃げるために冒険者になったのかもしれない。

 

 そこまで考えてところでサドエスは突然目を見開き、両手を広げた。

 

「そうだ。僕が彼らをけしかけた張本人だ。でも君たちが盗賊を全員倒してしまったから、僕の計画の第一段が破綻してしまったね。なら仕方ない。第二段を開始するとしよう」

 

 彼はそういって指をパチンとならすと、家の陰から一匹の巨大な熊のような生き物が現れた。

 

「複数の男達がだめなら巨大な魔物に犯されるのはどうだい?」

 

 熊は荒い息を立て、こちらに近寄ってくる。



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11 悪役令嬢はめんどくさい

ちょっと短め


「グルルルル……」

「なにあの生き物、見たことがないのだけれど」

 

 青年サドエスは私の疑問にわざわざ説明してくれた。

 

「この魔物はギガントファングといって、ランク10相当の冒険者のパーティーがようやく相手に出来るくらい強力なのさ」

 

 そういって彼は懐から宝石のようなものを取り出した。

 

「そしてこれが従属契約のあかしだ。この魔物は僕の完全な制御化にあるから、むやみに君たちを喰い殺したりはしないから安心しな」

 

 彼は高らかに笑いこう続けた。

 

「僕が用があるのはその我がフィアンセだけだ。君達には用がないからここを去るならこれ以上危害は加えるつもりはない。さあこっちにきなさい我が愛しのディアーナ。こいつでたくさん可愛がってあげるからな」

「嘘でしょ……。ランク10相当ってベテラン中のベテランじゃない……。マリアンヌさん助けて……」

 

 ディアーナは涙目になって私に懇願してきた。

 一方私はどう対応するかで悩んでいた。

 

 ランク10相等がどのくらいの強さか分からないし、そもそも私自身マリアンヌの強さがこの世界だとどのくらいの強さなのかあまり把握出来ていない。

 加えて用があるのはディアーナだけで、なにもしなければ私達には危害が及ばない。

 自分の命を大事にするなら立ち去るのが一番である。

 

 そもそも私が彼女を助ける理由はない。出会って間もない上、出会い頭にマリアンヌのことを嘲笑したのだ。

 

 だから私はヒロにとりあえずこう提案した。

 

「ヒロ、私達はここを立ち去りましょう。彼の言うことが本当なら私たちには関係のない話だわ」

「ーー本気で言っているつもり?」

「本気も本気よ。そもそも私達の仕事は商人の護衛、彼女を助けることは仕事には入っていないわ」

「え、嘘でしょ……。私をおいていくつもり……?」

 

 ディアーナの顔は絶望的な表情になり、彼女の目から今にも涙があふれそうになっている。

 

「それよりも家に火がつけられたのだから村の被害の確認をしないといけないし、護衛の対象安否を確認しないといけないわ」

「襲撃犯は彼らで全員だし、さっきも言ったが彼女だけが目的だから他の人には危害が及ばない。火も事がすんだらこちらで消すから気にしなくていい」

「そう?なら安心だけど念のために様子を見に行くわ。さようなら」

「マリアンヌさん!……だったらオレは残る!」

 

 ヒロの突然の発言に驚いた。

 

「ヒロ、あなたこそ本気?私より弱いはずなのにあんなのに一人で勝てるわけないでしょ!」

 

 さっきの獣化で身体能力が上がるみたいだが、それでもとうてい勝てるとは思えない。無駄に自分の命を捨てる行為だ。

 

「それでもオレは戦わないといけないんだ……。マリアンヌさんにはたくさん恩をもらっているし、前にオレが死にかけたときに命を救ってくれた人もいた!だから今度はオレが助ける番だ!」

 

 想像以上の熱血である。

 ヒロはここにとどまるつもりのようだが、逆に言えば彼女が残ることで私も残る理由が一つ出来たことになる。

 

 いくら私が悪役令嬢のふりをしていても、中身は日本の一般女性である。

 女性が悪い男に襲われているのを見過ごせないという気持ちは、マリアンヌ以外の「私」の部分の中で感じていた。

 しかしそれ以上に今の私は「マリアンヌ」であり、マリアンヌとしてなにかしら助ける理由がないと、積極的には動きたくなかった。

 

 自分の仲間のヒロがこの場に残るから、だけでもいいがもう1つ理由が欲しい。

 

 そこで私はディアーナに向けて悪役令嬢らしい表情で話しかける。

 

「そう?でも残念ながら私はあなたにいい感情を持っていないの。もし『助けてくださいマリアンヌ様』と地面に頭をこすりつけて頼むなら考えてあげるけど」

 

 マリアンヌは公爵家令嬢で体面を気にするキャラである。ゲームでも彼女に頼み込むモブの女子生徒にこのように土下座させていた覚えがあった。私は彼女のファンだが、マリアンヌはめんどくさい女だと思う。

 

 ディアーナは少しためらったが、まもなく言われたとおりの土下座を敢行した。

 

「お願いします、公爵家令嬢マリアンヌ様。どうか私を助けてくれませんか」

「そこまで言われると仕方ないわね。ヒロ、彼女を背負って全力で離れなさい。私が相手をするわ」

「相談は終わったかい?絶望的な顔も土下座をする姿勢も僕からすればとても愛おしいが、みすみす逃すわけにはいかないね」

 

 サドエスが1、2歩下がると入れ違いに狼が前に進んだ。

 

 相手は私の何倍も大きな魔物だ。

 その上私が今まで戦った魔物はすべて人型だったが、四本足の敵とは初めて戦うことなる。

 苦戦になるかもしれないし、勝てるかも分からない。



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12 所詮は小物の悪党

 私は鉄扇を構えて戦闘態勢をとる。

 相手は高さだけで人の背丈くらいあり、開かれた口の中から鋭い牙が連なっているのが見える。

 

「グルルルル……ガァ!」

 

 ギガントファングが私に飛びかかったタイミングで、私は鉄扇を魔物の眉間に投げつける。

 それは見事に命中して狼を一瞬ひるませることができた。

 その隙に接近し、膝を蹴り上げ顎に叩きつける。

 

「ギャイン!」

「ちっ、想定以上に強いな。殺すのが目的ではないから力を制限した状態だが、その状態だとこの程度でしか戦えないか。ならば……」

 

 サドエスは手にした宝石を強く握ると、宝石が赤く輝きだした。

 すると狼に一瞬赤いオーラが宿った後、先ほどよりも凶暴性が増したように見えた。

 

「一時的に本来の力を解放してみた。君もこの魔物に犯されるのも悪くないが、こいつがやられたら意味がないから仕方がないな」

「グガァ!」

 

 狼が私に噛みつこうと牙をむけるが。私はバックステップで避ける。確かに噛みつく動きも早くなった気がする。

 

 間違いなく今まで戦った相手よりも強い。

 私はこいつに勝てるかどうかの自信がなかった。

 

 ワイドウィングを起動して短い間飛び、家の外壁を蹴り狼の真上に躍り出る。空中で体を半回転させて、体重を乗せてヒールを狼の脳天を踏みつける。

 しかし今度はあまりダメージを負っているよう見えない。

 地面に着地して鉄扇を拾い上げ、鉄扇を広げて狼を切りつける。しかしその皮膚にはじかれてしまった。

 

「……固いわね」

「魔法の剣じゃないとそう簡単に傷が付かないからね」

「ご説明感謝しますわ。それよりも先にあなたを倒した方がいいかもしれないわね」

 

 魔物よりそれを使役しているサドエス、特に持っているあの宝石を奪うことができれば形勢を逆転できるかもしれない。そう思って今度はサドエスを攻撃しようとするが、ギガントファングの巨体に遮られて届かない。

 

「マリアンヌさん!」

 

 私が時間を稼いだ間にディアーナを遠くに送ったヒロが戻ってきたらしい。

 そして彼女の力が込められた石つぶてが降りかかる。

 そのうちの大半は狼に阻まれたが、いくつかはサドエスの足下の付近に着弾した。

 サドエスは表情をゆがめて悪態をついた。

 

「くそっ、この下等な平民どもが。この僕に傷を付けるつもりか?そっちがそのつもりならこれはどうだ?」

 

 彼は宝石を持っていない方の手の指をヒロに指さして、なにやら呪文を唱えているようだ。

 すると彼の指の先端から炎の固まりが生成され、それがヒロに向かって発射された。

 

「【火球(ファイアボール)】!」

 

 すんでのところでヒロは炎を回避する。炎の固まりは地面に着弾した瞬間小さく爆発した。

 

「あぶな!この男本気でオレを殺すつもりだ!」

「気をつけなさい。魔物だけじゃなく、あの頭のおかしい男も一応敵のうちにはいるわ」

「うるさいうるさい!なにが『頭のおかしい男』だ!おまえ達のせいで計画が頓挫したばかりか、ディアーナに逃げられてしまったじゃないか!こうなってしまった以上、貴様等を八つ裂きにした上でギガントファングの餌にしてやる!」

 

 サドエスは顔を真っ赤にして物騒な言葉を連呼する。

 

 彼の性格や態度を見るにまさしく悪役と言っていい立ち振る舞いだ。

 

「ただ……悪役といっても、完全に小物ね。自分は強いものに守られながら安全なところで一方的に罵倒を繰り返す。それに煽りにも弱い」

 

 そんな小物の悪党は、マリアンヌに歯牙にも及ばない。

 悪役令嬢である彼女はどんなときでも誇りの高さと気品さを失わない。

 

「だからあなたなんかには、負けない」

 

 もっとマリアンヌの力を信じなければいけない。

 さらに仲間(ヒロ)の助けを借りないといけない。

 

「ヒロ、これを使いなさい」

「これってマリアンヌさんの鉄扇?」

 

 彼女に鉄扇を投げ渡して、再び魔物の頭上に飛び立つ。

 今度は踏みつける代わりに、狼の頭部の毛をつかみ手元に寄せるように引き上げる。すると狼の頭が持ち上げられ、喉元がむき出しになる。

 

「ヒロ、それを投げなさい!」

「分かった!」

 

 ヒロが鉄扇をのどに向けて投げつける。閉じられた鉄扇はまるで投げナイフのような鋭さを発揮し、のどに突き刺さりそこから血が大量に吹き出す。

 

「まさかそんなことが!」

「あら、私の武器は特別製でしてよ」

 

 ゲーム内のメインウェポンであるこの鉄扇は作中有数の名品であるといってもいい。それにヒロの豪腕が合わされば、この魔物ののどを破壊できてもおかしくはない。

 

「グアアアア!」

 

 それでも生命力が高いのか、狼はなお力強く暴れ私を振り落とそうとしている。

 

「【体力吸収(ドレインタッチ)】!」

 

 私はつかんだ毛の先端からドレインタッチで生命をさらに削っていく。

 やがてギガントファングは力を失い、地面に崩れ落ちた。

 

「これで残るのはあなただけね」

「嘘だ……。こんな事はあってはならない……」

 

 逃げようとするサドエスをワイドウィングで飛んで捕らえ、彼の首を掴んで股間を膝で蹴り上げた。

 サドエスはうっ、とうめき声を漏らして、白目をむいて気絶した。



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13 事後処理

 私は泡を吹いてひっくり返っているサドエスを見下ろした。

 

「ヒロ、縄をちょうだい」

「こいつを縛るつもり?」

「これ以上なにかされても困るから、縛った上で怪しいものはすべてはいでおきましょう」

 

 一体何が怪しいものか判別するのがめんどくさいので、身ぐるみを全部引っ剥がした。

 魔法を放つには呪文が必要らしいので、はがした服から即席の猿ぐつわを制作して彼の口に押し込んだ。

 

 結果サドエスはほぼ全裸で縛られた上、猿ぐつわをつけたみっともない姿になった。

 SはMを兼ねると言うし、サドエスにはちょうどいいだろう。

 

 他の盗賊段の男達の拘束を終えた頃に、ディアーナと依頼人の商人達が駆けつけてきた。

 

「おいあんたら急に何騒ぎを起こしているん……って、ギガントファングじゃないか!あんたら二人でこの魔物をやっちまったのか?!」

 

 商人の一人は私達が倒した狼の魔物を見て、腰を抜かさんばかりに驚愕している。

 

「オレはマリアンヌさんの補助をしただけなので、実質マリアンヌさんが一人で倒したみたいなものですよ」

「いいえ、あれは補助の域を越えていると思うんだ……」

 

 言いかけたがヒロは片目をちょっとつむり、指を唇に当て、黙っていてというジェスチャーをした。

 彼女にもあまり目立っては困る事情があるのだろうか。

 それを聞くと商人は嬉しそうに頷いた。

 

「そうかそうか。ギルドの職員から新人でありながらランク5まで駆け上がった実力のある冒険者だと聞いたが、その話は本当だったようだな」

「ふむ、この盗賊団は見覚えがあるな。ここいら一帯を荒らし回った連中で、自分たちも少なからず被害を受けたことがあるな」

 

 私達の結果に感嘆としている商人がいる一方、お縄についている盗賊団のメンツを検分している者もいた。

 

 そのうちの一人、全裸で縛られている男、要はサドエスだが、その場の顔を見た商人は悲鳴をあげた。

 

「こ、このお方はサドエス侯爵様の長男、ネトラ様ではありませか!……もしかして今回の騒動は」

「ええ。このド変態がすべて仕組んだことだと自分で言っていたので間違いないですわ」

「確かにあの家はあまり良い噂を聞かないが……しかしかなりまずいことになったかもしれん」

「それはどうしてですか?ギガントファングを操っていた証拠の宝石も確保していますし、盗賊団の生き残りの証言が得られれば確証は得られると思いますけど」

「それでもあの家はこの事件をもみ消すことができるんだよ……。サドエスはテリトリ領の中のこの一帯を支配しているからね」

「だから下手を打てば我々も領地の騎士団に捕らえられ、拷問を受けたあげく極刑に処せられるかもしれない……」

 

 青ざめた商人がそのように言うと、他の商人や護衛をしていた冒険者達に恐怖が広まった。

 

「でもディアーナの家も貴族ですから、そこから娘の虐待を訴えれば何とかならないのかしら」

「マリアンヌ様、(わたくし)の家よりもサドエス様の家柄の方が高いのです。それに加えて実は私の家はあの家に多大な借金をしていまして……」

「あまり口出しできる立場にいない、ということだね。というより半ば娘を差し出す、人身売買のような婚約を取り付けていたような気がするけど」

「そうですね。ネトラ様は初めのうちは優しかったのですが、だんだんと私に強要する行為が過激になってきて……」

「ずいぶんと手口が卑劣な悪党なのね、あのサドエスは」

 

 私はため息をつく。

 やはりサドエスは小物の悪党であることは間違いない。

 

 そしていつの間にかサドエスが目覚めたらしく、モガモガと何か言いたげにしているた。そのため彼の猿ぐつわをはずしてみた。

 サドエスは私をにらみつけた後、周りにいる人たちに向かって悪態をついた。

 

「何を見ているお前ら!僕は見せ物なんかじゃないぞ!畜生、全部この頭のおかしい女のせいだ。この女も、ここにいるおまえ達も全員父上に言いつけて晒し首にしてやる!」

 

 サドエスの脅しを聞いた人々は一気に恐慌状態に陥った。

 商人の一人は顔面を蒼白にして崩れ落ちた。

 

「もうだめだ……こんなところに居合わせたのが運の尽きだ……」

 

 自分達は何もしていないのに、サドエス家の息子がボコボコにされた現場に居合わせただけで死刑にされるのだ。うろたえないわけがない。

 

 そんななか、ヒロは一人落ち着いていた。

 

「いや、そんなことはさせるつもりはないよ」

「ヒロ?」

「ここまで明確に証拠が残っているんだ。完全にもみ消すのは難しいとおもう。だったらサドエス家に殺される前にもっと上、たとえば国王とか宰相とかにサドエスの罪状を訴えるとかどうかな?」

「でも陛下は一介の商人や冒険者みたいな平民には耳を貸してくれるわけがねえ……」

「昔だったらそうかもしれないけど、最近は冒険者を国の中枢に取り入れている動きがあるから冒険者ギルドか、冒険者に味方する国の用心に連絡すればいいんじゃない?それこそ被害にあったディアーナが中心になって訴えるならすんなりといくんじゃない?」

「本当か?だったら何とかなるかもしれねえ……しかしよく知っているなボウズ」

「……ってマリアンヌさんが言ってた」

 

 ってちょっと待った!勝手にこちらに擦り付けようとしないで!

 

 私がヒロをにらみつけると、彼女は身をすくめて私に頼むような仕草をした。

 

「さすがマリアンヌさんだ、お強いだけじゃなくて頭の方も優れているんですなあ」

 

 処刑を免れることができると聞いた彼らは一応落ち着くことができた。

 

 この後はリーダーの死体を梱包し、火をつけられた家々の修繕を村の人々と協力して行った。

 

 このときもヒロは率先して手伝っていたが、他人にほめられる度に謙遜するような態度をとった。

 

 さっきからヒロが目立つのを嫌がっているように見える。

 

「貴様ら覚えておけよ……。今度会ったらただじゃすまないからな……!」

 

 サドエスはしばらく放置されていたが、相変わらず悪態をついて歯ぎしりをしているので猿ぐつわをはめ直した。

 事件の後かたづけをした時点で日はすでに上り始めていて、私達は予定通り村を出発した。

 

 さすがに村に盗賊やサドエスを置いていくわけにはいかなかったので、彼らを拘束したまま馬車に放り込んだ。



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14 一風変わったチンピラ

 私達含む冒険者は途中交代で休んだりしながら、私達は王都カピタルに到着した。

 

 王都を取り囲む城壁は優に10メートル以上あり、寄りつく敵は人間だろうと魔物だろうと中に入れさせたりはしない、という強い意志を感じる。

 サドエス達には拘束をかけた上で麻袋を被せ、馬車に荷物として押し込んで、城壁を通り抜ける際の検問をやり過ごした。

 

「意外と門の検問は緩かったわね」

「王都は人の出入りが多いからね、厳しくしていると人の流れが悪くなるからじゃないかな。王城にはいるための大門はさすがに厳しいけど、ここはあまり厳しく取り締まっていないんだ」

 

 確かに馬車の外を見ると、たくさんの人々の往来がある。主に門から出入りするのは冒険者や商人らしき風格の人達ばかりである。

 馬車が進行する方向を見るとヒロが言っていた王城が目に見えた。

 

 西洋風の城は向こうの世界では某遊園地のシンデレラの城しか見たことがなかったが、あの城はそれを遙かに上回る大きさと美しさだ。

 白いくて高い外壁に青い装飾がちりばめられ、さらに近づけば外壁に刻まれた繊細で緻密な彫刻がはっきりと見えることだろう。

 

 マリアンヌのいたゲームにも似たような城があったが、二次元と三次元ではやはり漂う風格が違う。

 

「美しい城ね」

「そうだね」

 

 ヒロは私の言葉に目を細めて答える。

 

「ここらが商業地区になります。おそらくここで商隊は解散になるので私達の仕事は終わりますわね」

 

 ディアーナはすでに何度か王都に出入りしているらしく、それなりに詳しいらしい。

 

 馬車付き場で馬車は停止して、私達は解散する事になった。

 

「マリアンヌ様、私達は陛下に直訴して婚約を破棄してもらおうとと思います。今までお世話になりましたわ」

 

 ディアーナはそう礼を述べて、袋詰めされたサドエスを連れて別れた。

 

「なんだかんだいって悪い子ではないわね。冒険者になったのも暴力を働く婚約者から逃げるためだったみたいだし」

「冒険者になる理由は人それぞれだしね。王都の冒険者ギルドはヴィレッジと違って様々な種族の冒険者が在籍しているって聞いたことがあるから、もっといろんな冒険者がいると思うよ」

 

 仕事を満了して稼いだ依頼料とディアーナから感謝の印としていただいたお金を合わせると、私達の懐はそれなりに暖かい。

 今夜はいい宿に泊まれるだろう。

 

 依頼料は受け取ったが、一応王都の冒険者ギルドで報告をする義務があるのでギルドに立ち寄ることにした。

 

 私達が降ろされた商業地区は向こうの世界のアーケードのように大通りの左右に建物がいくつもひしめき合っていて、その大通りもたくさんの人々が往来していて活気のある場所である。

 冒険者ギルドは商業地区の端の方にあり、ギルドに近づくにつれ冒険者らしき屈強な男達の割合が高くなっていった。

 

 王都のギルドは七階建ての石造りの建物で、ヴィレッジにあるギルドよりも遙かにしっかりとした造りとなっている。

 それでも一階が酒場になっているのは変わらないらしく、中に入ると昼間から酒を酌み交わす男達が何人もいた。

 冒険者はヒロが言っていたとおり人間だけでなくエルフやドワーフ、獣人に果てはオークやミノタウロスのような魔物らしき冒険者までいた。

 

 そこでちょっとしたトラブルに出くわした。

 

「おいおいおいそこのお嬢さん、冒険者として登録するつもりか?やめとけ。ここは荒くれ者が集う冒険者ギルドだぜ?そんなヒラヒラとした服は動きにくいからせめて着替えたらどうだ?」

 

 冒険者は変な人が多いのか、それとも酒に酔うと人は変になってしまうんだろうか。

 受付も一階にあるので酒場を通り抜けようとしたら、変なチンピラ達に絡まれてしまった。

 

「特に王都のギルドはランク11以上の精鋭ぞろいで有名だ。当然掲示板に並ぶ依頼も相応にランクが高い。おとなしく出直して地方のギルドでやり直したらどうだ?」

 

 ギャハハハと笑うチンピラは言っていること自体は正論である。

 ただのチンピラにしては妙である。

 

「そう?でも私は強いので問題ありませんわ」

「ずいぶんと自信過剰なお嬢ちゃんだな。だが武器の類も持ち合わせていないみたいだし、魔法使いにも見えねえ。一体どうやって戦うつもりだ?ちょっとこっちに来い、この俺様が身体検査してやる」

「私に気安く触わらないでちょうだい」

 

 チンピラに腕を掴まれたので払いのけようとするが、簡単にははずれなかったので二回目は力を込めて腕を払った。

 するとチンピラは過剰に吹っ飛び、酒場の床に叩きつけられた。

 

「ぐう……なかなかやるなお嬢ちゃん。最低でもランク5相当の実力があるとみてぇだな。その筋肉の使い方は戦いの訓練を受けていたみてぇだが、剣や斧ではないな……。おそらく短剣術か体術をメインにしているんじゃないか?」

 

 床に伸びたままになっているチンピラは、ぺらぺらと私を分析し始めた。

 何なんだこいつ。

 

「王都には変な人も多いのですかね……」

 

 ヒロもしゃべり続けるチンピラをあきれた様子で見下ろしている。

 

「もしこれ以上の適正の診断が欲しいなら銀貨三〇枚で詳しく診断してやる。それに基づいて適性の高い依頼の種類や活動がしやすい地方ギルドも教えてやるよ」

 

 ただのチンピラかと思ったら、新人冒険者を相手にした商売をしている人らしい。

 

「すでに冒険者として登録しているので必要ありませんわ」

「そうかそうか。そいつは失礼した。また何か要があったら俺に声をかけな!」

 

 チンピラはそういって人混みの中に消えていった。 

 

「何だったのでしょうね、あの人は……」

 

 ヒロは軽くぼやいた。




そろそろタイトルを真面目に考えたいけど 何か良案はないですかね?


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15

「ようこそ!冒険者ギルドカピタル支部へ!冒険者の登録ですか?それとも依頼の受注ですか?」

 

 受付の人は若いお姉さんだった。ヴィレッジの方の受付はおばちゃんだったが、若い女性の受付もいるらしい。

 

「ランク5のマリアンヌ・スカーレットブラットですわ。ヴィレッジからの護衛依頼を満了したため報告に上がりましたの」

「はい!お疲れさまでした!」

 

 受付は笑顔で報告書を受けとった。

 

「それで何か問題ごとは起きましたか?特に今回の依頼には飛び級でありながら初めて依頼を受注した冒険者がいましたので……」

 

 ディアーナのことを言っているらしい。

 私はヒロに目を向け、言葉にはしないが意見を聞いてみた。

 

「ええっと……一応話した方がいいと思うよ」

 

 ヒロは困惑したような表情を見せたが、そう返答した。これに関しては私も同意見である。

 

「では別室に移って話しますわね」

「な、何かトラブルがあったのですか……?」

 

 まさか本当にトラブルがあったとは思わなかったのだろう。受付は一気に緊張した顔つきになった。

 私とヒロはともかく、ディアーナは本当の貴族なので何かトラブルが起きると冒険者ギルドに悪影響を及ぼすからかもしれない。

 

 私達は受付の人に案内されて応接室のソファに座らされた。

 

 しばらくすると、眼鏡をかけた四十がらみの男性が現れた。

 

「冒険者ギルドカピタル支部の幹部の、レンズと申します。それで何かトラブルが起きたとお聞きしましたが、詳しく教えてもらえませんか?」

 

 私は盗賊の襲撃からサドエスを拘束したことまでを、私が知っている限り話した。私からすれば非があるのは明らかにサドエスの方なので、隠すつもりはいっさいなかった。

 話を聞いたレンズはゆっくりと頷いた。

 

「なるほど、ディアーナ・タイショー様は暴力を振るう婚約者から逃げるために急遽冒険者になったということですか」

「そのようなことは珍しくないのですか?」

「ええ。我々も正確には把握していませんが、ご自身の身分を隠すためにあえて冒険者として活動する人々がいるのはこちらも確認しております。それ以外にも犯罪者が身分のロンダリングのために冒険者になることもあるみたいですね」

「それって……まずくないの?」

「冒険者ギルドは来る者は拒まず、むやみに詮索せず、依頼を確実に達成できさえすればそれで構わないのがモットーです。それで犯罪を犯したなら相応の対処は当然しますが、犯罪者だからといって冒険者になるのを断ることはありません」

 

 ここのギルドには魔物の冒険者らしき人もいたが、このモットーがあるからだろう。

 

「話を本題に戻しますが、今回のトラブルは本当ならかなり大きな問題になります。何せ大貴族の息子を殴り倒し、袋詰めにしたとおっしゃっていましたので……」

「まああっちが明らかに悪いし、王城にサドエスを連れ込んだからそっちで解決してもらえると思うよ」

「こちらとしてもそうでありたいですね。そのためこの事件の決着が付くまで王都に待機してもらいたいのですよ。これは強制ではありませんが、最悪王城から登城を要求される場合がありますので」

「仕方がありませんわね

 

 どうやらしばらくここで活動することになるらしい。

 まあ急ぎの用事がないので特に問題はないが。

 

 レンズは鞄の中から地図を取り出して、問題の村に赤いインクでバッテンをつけた。

 私はその地図の中に一際強調された印がかかれたのを発見した。少し前までいたヴィレッジにほど近いところだった。

 

「これで事情徴収は以上となります。ご協力感謝します」

 

 レンズは立ち去ろうとしたが、私は気になって彼に訪ねた。

 

「ちょっとお聞きしたいのですけど、その大きな印はなにを示しているのでしょうか」

「ああ、これですか」

 

 男は閉じかけた地図を開き、その印を指さした。

 

「これは先月この国の第二王女プリステア・フォン・デーニッツ殿下が巨大なドラゴンに襲われ、行方不明になった場所です。捜索していますが現在でも彼女の行方はしれていません」

「そう、それはお気の毒様。でもヴィレッジでは聞かなかった話ですわね」

「あそこは現場から比較的近いといっても山脈を挟みますし、田舎町なので情報に疎いからかもしれませんね」

「そうですか。突然お聞きしてすまないわ。ではごきごんよう。もう要はないから行きましょうヒロ」

 

 彼女に声をかけたが、彼女はどこか上の空といった感じで一瞬反応が遅れた。



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16 独白

 私達は部屋を後にした。

 

「もう今日は休まない?」

 

 ヒロはギルドから出るなりそう提案した。

 

「それでもいいけど、まだ日も高いし私は観光をもしてみたいわね」

「オレは別にいいかな。できるなら王都から出るまであまり宿から出たくはないな。観光するなら一人でも大丈夫だよね」

「……ヒロ?」

 

 先ほどからヒロの様子がおかしい。

 ヒロがもしかしたら高貴な出身かもしれないという疑惑、それに先ほどの話を加えると何となく想像がつくが、私は詮索するのをためらった。

 

「やっぱりおかしいよね?」

 

 ヒロは自分の様子を自覚しているのか、こういって少し笑った。

 

「ここだと他の耳があるから、宿の中で話すよ」

 

 ヒロは私の一、二歩先を歩いた。彼女の小さな背中を私は見つめていた。

 

 宿はギルドから近いところを選んだ。

 宿の受付に話しかけ、宿を確保する事にする。

 

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

「はい、とりあえず一週間ほどでお願いしますわ。名義はマリアンヌで。できるだけ一番の宿をちょうだい」

「分かりました。うちの宿では冒険者達の武器を預かるサービスもありますがいかがしますか?」

 

 冒険者御用達の宿のためかこのようなサービスもあるらしい。

 

「いいえそこまでかさばるものではないので。支払いは前払いかしら?」

「冒険者は収入が不安定なので支払いはいつでも構わないですよ」

「それと……。新聞って置いてあったりするかしら?」

「宿泊者なら無料で貸し出ししています。購入なら一部銀貨三枚になります」

 

 私はレンズが言っていた襲撃事件を知るために、一ヶ月前の新聞を借りた。日本の新聞と違い週刊らしい。

 

 借りた宿の内装は非常に豪華だった。ゲームの中の主人公が生活していた寮の部屋の方がよほど質素に思える。

 

「想像以上にきれいな部屋ね」

「冒険者は貴族もそれなりにいるからね。貴族を馬小屋みたいなところに泊めるのは失礼だし」

 

 ダブルベッドの片方に腰掛け、ヒロは足をぶらぶらとさせる。

 

「オレも最初は馬小屋や野宿ではとうてい寝れるものじゃなかったな。でももう慣れてきたかな」

「ヒロ、あなたは」

 

 彼女はベッドから降り、すくっと立つ。

 

「オレの、いや私の名前はプリステア・フォン・デーニッツというんだ。一応この国のお姫様、ということになるのかな」

 

 襲撃事件で行方不明になった第二王女の名前だ。

 私は先ほど借りた新聞を広げ、該当する記事を読み上げる。

 

 一ヶ月ほど前、彼女が乗っていた馬車が突然巨大なドラゴンに襲われた。馬車の中には御者と乳母、そして彼女が乗っており、馬車の前後には近衛兵数人が護衛をしていた。

 襲撃された場所は彼女が住んでいた王城のある王都と公爵家が管理するバスタード領の間の山中で起きた。

 護衛していた近衛兵はドラゴンに瞬殺され、王女が乗っていた馬車は炎上。中には炭化して人の原型が残ってない焼死体が残っていて、その中には彼女が身につけていたティアラが残されていたとのことだ。

 

「これがあなた、ということでいいのかしら」

「そう。そのとき偶然馬車から離れていて助かったんだ」

「……お花を摘みにでも行ったのかしら?」

「……まあそういうことにしておいて」

 

 ヒロはもじもじして言った。

 

「それでドラゴンの最初の攻撃からは免れたけど、ドラゴンはまだ自分がいるのをみて襲いかかってきたんだ」

 

 すごく大きくてまるで伝説のドラゴンみたいだったと、彼女は思い返す。

 

「それでね。もう死ぬんだ、と思ったそのとき助けてくれた人がいたんだ。まるでマリアンヌさんみたいに、ね」

「新聞だと推定冒険者ランク15の、国家存亡に関わるレベルの魔物だ都推測されているわね。それに対抗できるとなるとさぞ名前のしれた実力者でしょうね」

「でもその人は名前を名乗らなかったし、冒険者ギルドにもそのような人は思い当たらないって言われたんだよ」

 

 向こうの世界で例えるなら、ラノベの最強系主人公かつ「実力があるけど目立ちたくないから名乗らない」タイプみたいな人間である。

 

「私ならそんな出来事に出くわしたら、名乗らないどころか王女を助けた功績を大々的に強調して、貴族の位をよこせと要求するわよ」

「マリアンヌさんらしいや」

 

 彼女は私の言葉に笑った。

 

「でもオレにとっては男のそのような格好がとてもかっこいいと思ったんだ。彼はすぐに立ち去ってしまったけど、今でもすごく憧れている。だから自分も冒険者になったんだ」

「憧れたその男みたいになりたいから、冒険者になった?」

「そう。まあそれ以外にもいろいろと理由があったんだけどね。それがお姫様をやめて冒険者になった第一の理由かな」

 

「冒険者って偽名を名乗れるみたいだからヒロって名前にしたんだよ。英雄(ヒーロー)をもじってね。それでマリアンヌさんと出会った」

 

 ヒロは話を続ける。

 

「マリアンヌさんは自分が悪役とかなんか変なこと言っているけど、悪い人じゃないのは分かっているし、本当に強いからあの男に似ている気がするんだよね。オレが付いているのはこういう理由かもしれないね」



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17 流行病

「これでオレの話は終わり」

「それでこれからどうするつもりなの」

「まだお姫様に戻るつもりはないよ。王都からはすぐ出るつもりできていたけど、しばらく滞在しないといけないからなあ。万が一顔が割れるとまずいからしばらく宿の部屋にいることにするよ」

 

 でも王城には住んでいても、王都は初めてだから顔を隠せれば観光もしてみたいな、ヒロはつぶやいた。

 

「そのくらいなら買ってあげるわよ。まあ時間はあるし、明日買い物をしましょう」

 

 私はベッドの中に倒れる。高級ホテルのベッドみたいにふかふかでとても心地がよい。

 昨日から激戦が続き、ほとんど寝る暇もなかった。だから目をつむるとすぐに睡魔が襲ってきた。そのまま吸い込まれるように私は眠った。

 

 次の日、私は宿を一人出て買い物に出かけた。

 

 例のアーケードのような大通りを歩いて物を物色する。

 

「いらっしゃい、防具はいかが?盗賊用のナイフもあるよ!」

「この近くにある迷宮の地図はいるかい?」

 

 朝早いためか朝市が開催されており、大通りの地面にむしろを敷いてそこで露天を商う商人達が商品を並べてところ狭しに座っている。

 

 そこでちょっと変わった物を見つけた。

 

 エルフの青年が瓶に液体を詰めた物を並べていた。

 やはりファンタジーの鉄板の種族で、いるにはいると思ったが私はここにきて初めて見た。

 

「そこのお嬢さん、ポーションはいかがですか?」

「あら私かしら?ゲームだとHPを回復するアイテムよね」

「そのエイチピーは知りませんが、一口飲めばたちまち傷を癒す液体のことをいうのですよ」

 

 用はゲームのポーションと変わりはない。

 冒険者御用達のアイテムのためか、ギルドでも似たような物が市販されていたのを思い出した。

 

「でもポーションならいつでも買えるし、遠慮しておくわ」

「ところが最近そういうわけにもいかなくなったのですよ」

 

 エルフは座っていた腰を浮かして主張する。こうしていみるとエルフはゲームやアニメのエルフのイメージのように美形で老いを感じさせない容姿をしている。

 

「お嬢さんは最近ここにきたのですか?」

「ええそうですが」

「だったらお教えしましょう。ここ数週間王都では流行病が流行りましてね。なんでも体の一部がまるで木のように硬質化する病気なんですって」

 

 日本だとあまり聞いたことのない病気だ。ましては日本と違って衛生環境も医療技術もないし、かかったら大変なことになってしまうかもしれない。

 

「それは恐ろしいわね」

「そして!これが大事なことなんですが、その病気は治療法がまだ見つかっていないのですよ!病気にかかれば手足の皮膚が硬くなり、やがて死に至る。それまで為すすべもなく、末期には身動きすらとれない。回復魔法ですら一時しのぎにしかならないという有様です」

 

 エルフは大仰な仕草で饒舌に語る。

 

「しかし!我が故郷エルフランドの秘薬、これがあれば完全ではないですがある程度は病気の進行が止められるのです。冒険者ギルドも躍起となってこの秘薬の再現をしているため、薬草の値段が上がりここ最近ポーションの入手も難しくなっています」

 

 懐から瓶を取り出して地面にことりと置く。

 

「いかがですか。このエルフの秘薬。病気にかかってもこれさえあれば症状を抑えられます。いまなら一本三万Gのところ、二本で特別5万Gにしてあげますよ!」

 

 語り口は正直胡散臭い。

 とはいえ、彼の語り口は嘘を言っているようには見えないし、エルフの秘薬と言われるとすごく効きそうな気がする。

 というよりエルフランドってなんだ。この世界のネーミングは直球につけることしかないのか。

 

「私は薬師です。何人もの若い女性がこの秘薬を買うお金がなく、手や足が固くなり美しさを失ってしまったのを見ています。ですのであなたには!そうなって欲しくないのです!」

 

 私の手を握り、彼は熱烈に訴えかける。その熱量に私は押されてしまった。

 

「ええっと……だったら二本ください」

「まいどあり!」

 

 つい買ってしまった。一応私とヒロの分で二本買っておこう。

 宿代はいつでも支払えるとはいえ、宿代を除くと懐が少し寂しくなってしまった。

 こういうことになるのなら、ギガントファングの素材でも持ち帰れば良かった。

 

 そういえばランク10相当の魔物を倒したので、冒険者ランクも上がったりしないかと期待したが、例のレンズ男に報告した際

 

『倒したという証拠がないですし、何より他にも現場には冒険者が何人もいました。現場に職員を派遣して現場検証をするか、その場にいた他の冒険者から証言をとる必要があります』

 

と答えた。さらに

 

『我々冒険者ギルドでは、依頼で討伐する予定の魔物を討伐しても評価は上がりにくいです。可能な限り必要なだけの魔物を討伐し、無事に帰還するのが冒険者の使命です。ランク上げのために無理に強い魔物を相手にして死なれたら元も子もありません。ですのでマリアンヌ様の昇格に多少色が付くか、せいぜいランクが1上がるくらいだと思われます』

 

ともいわれてしまった。

 

 あんな強い魔物を倒してすごい!君はランク10に上がるべきだ!都下なると思っていたが期待はずれだ。



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17 耳付きフード

 物思いからさめて私は買い物の続きをした。

 

 ヒロの顔を隠すためには何が必要だろうか。フードの付いた服とか、もしかしたら仮面とかいいかもしれない。確かゲームにも参加者が仮面を付けた状態で集う仮面舞踏会のシーンがあったし、もしかしたらこの世界にも仮面が売っている可能性がある。

 

 露店を巡り歩いていると仮面を売っている店が案の定見つけられた。

 日本だと祭りのお店で売っているお面は顔全体を覆っているタイプがほとんどだが、こちらの世界の仮面は目の周辺だけをを覆う物や、顔の右だけを覆うタイプの物など様々ある。

 

 売り手の初老の人間の男性に話しかける。

 

「いらっしゃい」

「ずいぶんといろいろな種類があるのね」

「おしゃれで付けている人もいるが、冒険者だと顔の傷を隠す為に買う奴もいるのさ。顔の半分が酸でやられて爛れてしまったときは、半分だけのやつを求めるのさ」

 

 ふうん、と私は相づちを打って私は何を買うか決め始める。

 ついでに自分の物も買おうっと。

 

 蝶型の仮面、白くのっぺりとした形の仮面、ライオンみたいなお面……。

 

 ライオンのお面はちょっとかわいいから一つ買おう。マリアンヌには蝶型の仮面が似合うかしら。

 

「そういえば、最近ここで流行病が流行っているらしいけど、こういう仮面で隠す人もいるのかしら」

 

 ふと先ほどの話が気になって話題を店主に振ってみた。

 

「ああ、いないわけではないな。固まった顔を人に見られると見苦しいからという理由で買うやつはいるな」

 

 顔に深いしわが刻まれた男性は深いため息を付いた。

 

「ここ最近は悪いことが続いているな。国の王女様がお亡くなりになって、都では流行病が流行って……、地方は魔物の動きが活発化しているらしいしろくな事が起こっていない」

「あら、ヒ……王女様は行方不明だと新聞には書いてありましたわよ」

「襲われたのは災害級の魔物らしいし、生きているはずもなかろう。それに王女が本当に行方不明なら国が総出で探し出すだろうよ」

 

 いわれてみると確かにそうだ。

 ヒロは女の子とは思えないほど髪をばっさり切っているし、言葉遣いも女の子らしいから一見して王女だとは分からない。

 それでもこの世界で王女を捜している兵士の姿は見た覚えがないし、あまり話題に上がらないためかここ最近で知ったのだ。

 

「それでも生きている可能性もあるんじゃないかしら?」

「かもしれんがなあ……王様もその王女様の生死を気にしていないんじゃないかもしれんな」

「ちょって、王女様って王様の娘なんでしょ。自分の娘が生きているかどうかなんて気にならないわけがないんじゃない」

「これは噂だが……王女は王様の娘じゃないとかもしれんという噂もある。髪の色も父親含めた王族は皆金髪だが、その王女様は茶髪だというしな」

「だからといって……」

 

 ヒロがそんなことを聞いたら怒るかもしれない。それどころかひどく落ち込んでしまうだろう。

 

「すまんな、しけた話をしてしまったな。それでこの2つを買うのか?」

「ああ、ええお願いしますわ」

 

 話を戻されてそのまま二つの仮面を買うことにした。

 

「なんというか、この国も大変なのね」

 

 ぽろっと口から言葉が漏れる。

 重い話を聞き続けたせいで、買い物をしただけなのに何となく疲れてしまった。

 もう今日は宿に帰ろうかな。帰る途中でフード付きのマントを買って私は宿に戻った。

 

「ただいま帰りましたわよ」

「おかえりー。意外と早かったね」

「とりあえずこれと、これもどうかしら」

 

 私はフード付きマントとライオンの仮面をヒロに渡した。

 

「うーんこれ?これはオレには合わないかなぁ。というかこれは逆に目立ちそうなんだけど」

「そう?私はかわいいと思うけど」

 

 ヒロは仮面を見て渋い顔をしていた。

 私が買った仮面はリアルなライオンみたいな厳つい感じではなく、むしろ日本風にデフォルメされた感じのかわいらしいデザインをしている。

 

「ってこのフードも耳みたいなのが付いているよ!」

「これとこのライオンマスクを合わせれば、誰もあなたのことを王女だとは思わないわよ」

「そりゃあそうだろうけど……」

 

 私は猫耳マントと仮面をヒロに被せる。

 

「ほらとっても可愛らしいわよ!」

「オレは可愛いよりもかっこいい方が好きなんだけどなぁ……」

 

 ヒロは普段の服は半袖短パンを着ているせいで、一見すると少年見えるからこのようなバリエーションがあってもいいと思う。

 彼女は部屋に設置されていた大鏡の前でくるりと体を一回転させてみた。

 

「これが可愛いの?」

「そうよ」

「ふうん。それで外で何か変わったことはなかった?」

 

 私は王都で流行っている病気のことを話した。

 

「オレがいない間にそんな物が流行っていたんだね」

「そうね。エルフの薬師から薬を買ったから一応持っておきなさい」

「はーい」

 

 仮面売りの男が話していた、ヒロに関する話題は伏せた。



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19 悪い噂

 そのあとの二、三日は宿の部屋でごろごろしていたが、さすがに暇になったので二人で外に出ることにした。

 

 ヒロは素性がばれないように例のマスクとフード付きマントを付けさせた。私も蝶型の仮面を付けようと思ったが、

 

「二人ともそういう格好なのはお尋ね者みたいで逆に目立つんじゃない?」

 

ということでヒロに止められた。

 

 町の中は病気が流行っていると言うが、それでもやはり多くの人たちが行き交っている。

 

「もし病気が飛沫感染だったら、いまごろ大流行しているわね」

「飛沫感染?」

 

 ヒロは首を傾げた。

 

「人と話しているときに菌やウイルスが唾やくしゃみに乗って飛んできて、それで病気にかかる事よ」

「菌?ウイルス?マリアンヌさんはたまに変な言葉を言うよね」

 

 どうやらこの世界は医療の知識があまり浸透していないらしい。

 まあこの世界は傷を癒す魔法やポーションがあるから必要がないからかもしれない。

 

「病気って昔母上が悪い魔法使いか魔物が呪いをかけるからかかるんだっていっていた気がするな」

「ふうん、こっちの世界はそういうことになっているのね」

 

 子供に聞かせる話なので真に受けないが、一応耳に留めておく。

 

 そんなことをいっていたら目的地である武器屋にたどり着いた。

 宿屋の人に道を教えてもらったが、ここ以外にも武器屋は十店近くあるらしい。

 

 店内にはいるとたくさんの武器が壁やらテーブルの上やらに並んでいた。

 ここに来たのは新しい武器を購入するためだ。私が今使っている鉄扇は刃こぼれ一つしている様子はないが、手持ちの武器が一つしかないため投げつけると格闘に持ち込まないといけなくなるのだ。

 なのでサブ武器として一つ購入したいと思ってここに来た。

 

 しかし、

 

「こんな武器始めてみたよ。一見すると扇の紙と木の部分、要は全部が鉄で出来ているみたいだが、扇の外縁部にある刃の切れ味が尋常じゃないね。こんな武器は店にも置いていないし、このレベルになるとオーダーメイドでも難しいんじゃないか?」

 

 あっさりと無理だと言われしまった。今更マリアンヌが鉄扇以外の武器を使わせたいとは思わないので、ひとまずここに武器を卸している鍛冶屋の住所を教えてもらった。

 

「マリアンヌさん、もうちょっと見ていっていい」

「別にいいわよ。私は外で待っているから欲しい物があったら呼びなさい」

「はーい」

 

 ヒロは目を輝かせて武器を眺め始めた。一方私はする事がなくなったので一人、武器屋の裏路地にいた。

 周りに知人の目がないことを確認すると、私はふぅと大きく一息付いた。

 

「なんというか、だんだん私が『私』じゃなくて『マリアンヌ』になっているような気がするな……。日本にいた頃の私だったら絶対に躊躇なく人を殴ったりしないし……」

 

 日本にいた頃、私は善良な会社員だった。人や動物を躊躇なく傷つけたり殺したりする経験なぞなかった、ただの一般人だ。

 それなのにマリアンヌとして活動しているとそういうことが抵抗感がとたんに薄くなる。魔物や盗賊がいる世界でこの性質はありがたいが、だんだん自分が自分でなくなっている気がしてくる。

 

 思い出せ。私は向こうの世界では日本人で、二十代の女性で、名前は……。

 

「なあちょっといいか、妙な噂を耳にしたのだが」

 

 路地裏に二人の男が入ってくるのを見て、私は思考を止め思わず息を潜めた。

 男達は懐から紙巻き煙草のような物を取り出し、先端に火をつけてふかし始めた。

 

「例の病気なんだが、あの行方をくらませた王女の呪い何じゃねえのってことだよ」

「また急に突飛な、何か根拠があるのか?」

「あるわけねえよ。ただあのプリステア王女は実は呪われた子供って聞いたことがあるぜ。現に一族の中で魔法が使えない上に、髪の色も金髪じゃなくて茶髪らしいじゃねえか」

「だからといってそう決めつけるのはおかしいじゃねぇか」

「まあだから陰謀論程度の噂にしかすぎねえよ、真に受けるなよ」

 

 そのまま男達は立ち去っていった。



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20 指名依頼

「ちょっと、どうしたのマリアンヌさん?」

「どうしたもこうもないわよ!」

 

 武器屋で適当に武器を見繕ったあと、私達はギルドの酒場にいた。

 

 私の友人を直接侮辱されたのだ。

 さすがにあの噂は看過できる類の噂ではない。

 あのときヒロを侮辱した噂をした彼らを締め上げようとしたが、そもそも噂の発端が彼らではないので意味がない。王女の行方不明と王都ではやっている病の二つの度重なる不幸を単に結びつけただけかもしらない。

 

 その噂は私が彼女に話した。他人の口から聞かされるよりも私の口から先に話した方がいいと思ったからだ。

 しかし当の本人はケロッとしていた。

 

「まあオレが他の王族とは違うとは前から言われていたし、そもそも今のオレはプリステア王女ではなくて、ただの冒険者のヒロだから。マリアンヌさんもそこまで怒らないで」

「いいえ、こうなったら噂の元凶である病を叩き潰してしまいましょう。噂よりもそっちの方がまだ実体があるからやりようはあるわよ」

「病気も実体はないと思うよ……」

 

 ヒロがつっこむが、私は止まらない。拳を固く握って、私は椅子から勢いよく立ち上がった。

 私は向こうの世界では別に医学には詳しくはない。でもこの世界の人たちと比べて医療の知識はあるだろうし、病気の原因が分かればそれを予防させるか、治療させるなりすればなんとなると私は思った。

 

「やるわよヒロ!」

「別にいいのに、どうしてそこまで……」

「ん〜。マリアンヌ・スカーレットブラットは気に入らないことは叩き潰さないと気が済まない性格なのよ」

「あ、そう……」

 

 作中のマリアンヌが、彼女の婚約者である王子の寵愛を受けた主人公をいじめているからそこまで間違っていないだろう。

 私は自分の怒りの感情をマリアンヌのキャラの解釈になぞらえた。

 一方ヒロはもう勝手にしてという感じのあきれた表情をした。

 

 そのようにして私が義憤に燃えがっていると、受付の人が私のところにきた。初めて王都のギルドに来たときに担当していたあの受付嬢だ。

 

「あのーすみません。ちょっとお話いいですか?」

「なによ。ちょうどいいところなのに」

 

 今ちょうど流行病を倒そうと奮起たのに水を差されたような気がして、私はむすっと機嫌が悪くなった。

 受付嬢をにらむ私と受付嬢との間にヒロが割って入った。

 

「それでオレ達になにか用ですか?」

「はい。それでですね、あなたたちを指名した依頼があるのですよ」

「ちょっとまって、まだマリアンヌさんの冒険者ランクは5だよね。指名の依頼ってこのランクからでもありえるんだ」

 

 ヒロの問いに受付嬢は横に首を振った。

 

「いえ、かなり珍しいと思いますよ。ランク11以上の冒険者は在籍者が少ないため大半が指名の依頼ですが、指名の依頼が入るのは普通なら早くてランク7、8くらいです。指名してきた人がその冒険者の知り合いの場合を除いて、ランク5で指名を受けるのはほとんどないですね」

「そう。私達も結構有名人になったのかもね」

「有名なのは悪名の方じゃないかなぁ……」

 

 悪名とは大貴族のサドエス家の息子をはり倒した事を指しているらしい。凶悪な魔物を飼い慣らして、婚約者のディアーナを襲わせたという正当な理由があるとはいえ、貴族をボコボコにしたのはあまり良くないことのだろう。

 とはいえ今その件は保留になっているので、これとこの指名はおそらく関係ないだろう。

 

「それで、どんな依頼かしら」

「依頼人は……、医術師のオーラムって書かれていますね」

 

 この世界で初めて聞いた名前である。

 

「初めて聞く名前ね。少なくとも知り合いではないわよ」

「オレも聞き覚えはないな」

 

 ヒロも頷いた。

 

「隣国の王族の専属医師と書かれていますね。一応ギルドでも調べはついているのでその人本人であることは確認しております。が……」

「が?」

 

 途中で受付嬢が言葉を濁した。

 

「いえどうも見た目とかが怪しいすぎまして……。いえ冒険者の方にもそのような方はたまにいますが、身分が保障されている依頼人の中ではここまで怪しい人はまれですね」

「依頼人については分かったから、依頼の内容を教えてちょうだい」

「ええ、はい。『カピタルで流行している病気の治療、原因究明の手伝いをしてもらいたい』とのことです」

 

 まさに渡りに船の話だった。

 

「手伝って欲しい?オレたちはただの冒険者だから専門知識とかないけど?それでわざわざ指名をかける?」

「でもせっかくだし話だけでも聞いてみましょう。ちょうどいいじゃないの。このマリアンヌ・スカーレットブラットが噂もろとも病気すらも叩きのめしてやりましょう!」

「これオレもつきあうのよね……」

「当然よ。早速行きましょう」

 

 私はヒロの手を引いてギルドから出ようとした。

 

「マリアンヌさん!せめて依頼人の居場所を聞いてからにして!」

 

 そういえばそうだった。



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21 オーラム

 依頼人オーラムがいた場所は王都の中でも端の方、スラム街の中だた。

 

 ギルドから出た町並みは華やかで道を行き交う人々の表情は生き生きとしていたが、スラム街に近づくについてぼろ小屋や不衛生な集合住宅が並びそこに住む人々はどこかうつろな目をしていた。

 

「こんなところもあるのね」

「ヴィレッジにはこんなところはなかったし、オレも初めて見たな」

 

 私ことマリアンヌはこの世界の扱いはともかく貴族であり、身なりも文字通りお嬢様なのでスラム街の人にとっては珍しいらしい。そのため、スラム街の住人は時折私をじろじろと見るが、私が彼らに目を向けると私と目を合わせないようにそっぽをむいてしまう。

 私がいた向こうの世界ではスラム街はテレビやネット上で知識を仕入れていたが、実際に歩いてみるのは初めてだ。

 

「スラム街はスリやひったくりの犯罪も多いらしいから気をつけなさい」

「冒険者の格好をしているオレよりもマリアンヌさんの方が気をつけたほうがいいんじゃない?お金持っていそうに見えるし」

「そうかもしれないわね」

 

 そのような会話をしながら、依頼人のいる場所に着いた。

 

 そこはスラム内に建てられた仮設テントだった。

 不潔な町並みの中で白い布が張られたテントは周りから明らかに浮いていた。

 

「ごきげんよう。冒険者のマリアンヌですわ」

 

 テントの中に入ると、その中はさらに異様だった。

 中にはベッドが十数台おかれており、そのすべてに患者が寝かされていた。それでもベッドが足りないらしく、地べたに藁を敷いて布を敷いただけの上にも数人が寝かされていた。

 全体で見ればほとんどが若い女性で、身なりも貧しいものが多かった。

 そしてテーブルの上には山積みの資料や様々な医療器具が乱雑に置かれている。

 

「まるで診療所ね」

 

 それも向こうの世界の簡易診療所に近い。スラム街と比較して圧倒的に清潔感があり、ファンタジー世界観に似つかわしくさえある。

 

 ベッドに寝かされている彼女らの方を見ると、ほとんどの者は腕や足に包帯が巻かれていた。包帯の隙間から肌がさらけ出ているが、その肌の色はまるで木の幹のように茶色くひび割れている。

 

「これってもしかして……」

「最近流行っている病気の患者さんですよ。あたしはこれを『朽木病

』と呼んでいるけど」

 

 背後から声がして振り返ると、幕の隙間から人がテントの中に入ってきた。

 

 その姿は受付嬢がいっていたように確かに妙な見た目をしていた。

 その人は医者が着ているような白衣を身にまとい、頭を覆う白いハットを被っていた。そこまでなら普通だが、鳥のくちばしが付いた仮面を付け、両手には白い手袋をつけている。

 

 医者のように見えるが、世界史の教科書にのっていた「ペスト医師」に近い見た目をしていた。

 おまけに声は若い女性のように聞こえる。

 

「もしかして冒険者のマリアンヌさんですか?」

「ええそうですわ。私がマリアンヌですわ。あなたが依頼人?」

「はい。オーラムといいます」

 

 オーラムはテントの中の簡易椅子に座り、残りの椅子に座るように私達に促した。私達は促されるまま座った。

 

「それで、オーラムさんはオレ達になにをしてもらいたいんだ?」

「基本的に雑用兼護衛ですね。あたしは普段アルケミア王国で王女専属の医師をしていますが、二週間前にこの朽木病の話を聞きデーニッツ王国から要請がきたのでこちらに派遣されました」

「どうして隣国の医師がこっちに来るのよ」

「あーもしかしてアルケミアの王女とうちの国の王子が婚約を結んでいたからそれで?」

「まあそういうことですね」

 

 流石元王女。その王子は兄弟に当たるため詳しいらしい。

 

「患者はスラム街に住む若い女性に多く、病気が足にかかり移動させるのが困難なケースもあったのでここに診療所兼研究所を建てました。それでここ治安が悪いですし、護衛が必要なのでついでに雑用をしてもらうために冒険者を雇うことにしたのです」

「そういうことですか。それでどうして私達を指名したのです?」

「ああ、大した理由ではないですよ。単に安く雇えて実力がありそうな冒険者という条件で探したらあなた達が偶然ヒットしたのです」

 

 オーラムは手を横に振ってそう答えた。

 わざわざ私達を指名したのに何か理由があるかと思ったがそうではなかったようだ。

 

「冒険者を雇う時は、依頼料は冒険者と直接交渉する場合を除いて基本的に雇う冒険者のランクに依存するのですよ。それでランク5でありながらランク10の魔物を倒したあなた達ならば、安くて実力のある冒険者を雇えると思ったのですよ」

「冒険者ランクってそういう意味があったのか……」

「そしてですが念のためいっておきますと、この依頼は正直気持ちの良い仕事ではありません。主な目的はあたしの護衛ですが、時には病気の研究の助手や患者の看護をしてもらうことがあります。専用スタッフもいますが数は多くない上に、想定以上に患者の数が多く手が回っていません」

 

 オーラムは患者達に顔を向けた。

 

「この人達はこの街の中でも最下層に当たる人たちです。貴族の中にもこの病気にかかっている者はいますが、彼らは神官の回復魔法で多少とはいえ症状を食い止められています。ですが彼ら彼女らはそのようなお金がないのです。あたしはこの人を何とかしたいと思っています」

 

 それに、と彼女は付け加えた。

 

「個人的にこの病気に興味があります。他人に感染する特徴は病気ににていますが、症状はすでに知られている呪いに近いものがあります」



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22 友人?

「それはどういうこと?感染経路が分かったということかしら?」

 

 オーラムはテーブルの上に片腕を置いて、資料に手を伸ばした。

 

「はい。朽木病は主にスラム街の若い女性……あといいにくいのですが『ある特定の業種』の方に多く見られるのですよ」

 

 少し言いよどみながらオーラムはそのように言った。

 オーラムの言い方に私は何かピンと来た。

 

「それってもしかして娼婦かしら?」

「そうです。この病気は粘膜の濃厚な接触によって感染します。ですので感染の元凶がこの街に来て彼女らと接触を取り、感染が広まったのではないかとあたしは推測しています」

 

 スラム街の人間は基本的に貧しい。生活の糧を得るために体を売る女性も少なくないだろう。その彼女らを中心として王都で朽木病が流行っているということだ。

 感染の拡大を押さえるには仕事を辞めないといけないが、金銭的に余裕がない彼女らは病気を隠したまま仕事をとり続けなければ生活が出来ない。そのまま病気が進行し、今テント内のベッドに寝かされているのだ。

 

「それで呪いというのは何かしら?魔法とは何か違うの?」

「あー、呪いというのはですね魔法の亜種みたいなものです。魔法と似たようなものですが、呪いは相手を攻撃することや苦しめることに特化しています。症状も病気に似ているものも存在します。ですので病気に苦しんでいると思われた患者を調べてみたら、病気ではなく呪いにかかっていた、というケースもあります。逆もしかりですが」

 

 オーラム曰くこの朽木病に症状が近い呪いがあるが、それが他者から他者に感染したということはないらしい。

 

「あたしはアルキミア王女の治療の傍ら、呪いと病気の関連性について研究しています。それでこの朽木病に興味を持ちました。まあこの国のアルバ王子に強制された、ということもありますが」

「あーあの兄……あの王子は結構ナーバスなところがあるからね。被害者が若い女性だから、そっちの国の婚約者の王女と結びつけてしまったのかも」

「かもしれませんね、正式な婚姻まで数年以上あるというのにかなりピリピリとしておられましたので」

「あーうん、わかる」

 

 こうして私たちが話している間にも患者達はときおり苦しそうにうめいている。

 

 ヒロは口を止め、彼女たちをじっと見つけていた。

 

「……何とかしてあげたいね」

「そうね。それで私たちはどうすればいいのかしら」

「とりあえず清潔にしてください。感染経路は限定されていますが、それでも万が一ということもありますので。特に患者に触る場合、手とかは念入りにお願いします」

「なんで?手が汚れていたらダメなの?」

 

 私からすれば医療現場で清潔にするのは当然の常識だが、ヒロがいる世界ではそうではないらしい。

 

「先ほど言ったように触れたところから感染する可能性はありますし、患者は体が弱っているので別の病気にかかる可能性があるのですよ」

「ふうん。そうなんだ」

 

 オーラムは患者の一人の包帯をはぎ取り、変色してやつれた足を手で触れて調べた。

 

「これから定期検診に入ります。一人は外で見張りをしてもらい、もう一人はこちらを手伝ってください」

「マリアンヌさんの方が強いし見張って、オレが手伝うよ」

「わかったわ」

「あ、特に依存がないならこのまま依頼を受けるということでいいですか?報酬は日払いで、金額は冒険者ランクによる規定料金に指名料を上乗せする形になりますが」

「ヒロ、別にいいわよね?」

「ここまで知ってしまえば見捨てることは出来ないよ」

 

 ヒロは肩をすくめて答えた。

 

 そのあと私はテントの入り口にたち、ヒロは患者のケアとオーラムの手伝いをした。

 

「……暇ね」

 

 私は仁王立ちをした姿勢のままぼそっとつぶやいた。護衛依頼のときも見張るだけの時間が長かったが、それでも馬車での移動なので景色が流れていくのでそれだけで暇は潰せた。しかし今回は一つの場所に止まるのでとにかく暇である。

 

 一時間もすると完全に暇を持て余し、耳だけテントのなかに意識を向けた。

 テントではヒロとオーラムが作業をしながら談笑しているようだ。

 

「そういえばオーラムさんはどうして仮面を付けているんだ?」

 

 ヒロとオーラムはそれなりに打ち解けたらしく、気安く話しかけている。

 

「それを言ったらあなたも似たようなものでしょ。あたしは……他の人からなめられないようにするためね」

「……?どういうことだ?」

「王女の専属医師となると周囲からの嫉妬もすさまじいのよ。それに加えてあたしは下町からスカウトされて、他の貴族出身の医師達から出し抜かれた形になるのよ。それで抜擢された医師が若い女の子だっって知られたら非難轟々よ。そこをごまかすために仕事中はこれをつけているのよ」

「だったらもしかしてオレとそこまで年が変わらないんじゃないのか。そんな年で専属医師に抜擢されるのはすごいじゃないか!」

「……あたしは運が良かっただけよ。それに師匠に医術とかを教わらなかったら今頃処刑されていたかも」

「処刑か、確かにそれは怖いな」

 

 予想外だったが、ヒロに同年代の女の子?の知り合いが出来たみたいで何となく私はほっとした。

 ヒロは元王女で、冒険者になるまでは対等に話せる同年代の女の子がいなかったはずだ。

 マリアンヌもゲーム内では侯爵令嬢という肩書きと自信の性格のせいで、周囲の人間は自分の手下か見下すべき敵くらいしかいなかった。「私」がマリアンヌの中に入ったことでそこは多少緩和されたが、それでもヒロに対して敬語を辞めさせるなど対等に振る舞うことは難しかった。

 だからヒロが私以外の仲の良い人を見つけたのは良いことだと思った。

 

 そしてこの日は特に何事もなく日が暮れ仕事が終わった。



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23 偽薬

 夜の帳が降りて、テントの外はすっかり暗くなった。

 

 スラムのど真ん中に仮説医療所を設けているため、オーラムはテントの中で夜を過ごすしかない。当然護衛をしている私達もそこで宿泊することになった。

 

 魔導ランプを付けてもその明かりは部屋全体を照らすには頼りなく、スラム街から野良犬の遠吠えがときおり聞こえる。

 

 夕食を終えた私達はいすに座って各々思うように過ごしている。

 

「コーヒーを入れます?」

 

 この世界にもコーヒーはあるらしく、オーラムはミルでコーヒーをひいていて香ばしいにおいがテント内に立ちこめる。

 一から焙煎した引き立てのコーヒーは向こうの世界でもあまり飲んだ覚えはなく、一口飲むと苦みとともに特有の酸味と香りが鼻孔をくすぐる。

 

「なにこれ苦い」

 

 ヒロはしかめ面をして目の前の液体をにらむ。

 オーラムは笑って、飲み続ければ慣れますよと言った。

 

 ベッドに寝かされている患者達はすでに寝静まっているのが大半だが、ときおりうめき声をあげる者もいる。

 

「痛みとか緩和できないかしらね」

「ん〜、ケシの実の乳液があればいいのですけど高いですし、何より与え続けると中毒症状を起こすのであまり与えたくないですね」

「そういうものなのね。あ、そういえばこんなものを露店で買ったけどこれどうなのかしら?」

 

 私は以前買った瓶を懐から取り出した。オーラムはその瓶を受け取った。

 

「なんですかこれ」

「病気の進行を止められるエルフの秘薬、と言っていましたわ」

「エルフの秘薬ね〜正直あまり信用していないけど、調べてみるか。マリアンヌさん少しもらっていいですか」

「いいですわよ」

 

 オーラムはピペットを使って瓶から少量の液体を取り出す。

 彼女は匂いをかいだり、試薬と混ぜ合わせてしばらく試験した結果こう結論づけた。

 

「これ、ギルドで市販されているただのポーションですね。やはりとは思いましたが、これ一○○ミリリットルで一○○○Gで買える安物ですよ」

「な?!」

「大都市だとたまにいるんですよね、田舎からきた人に不安を煽らせてどこにでもあるポーションをぼったくり価格で売りつける押し売りの人が」

「でもエルフの薬師が売っていましたわよ!」

「仮にエルフだとしても人間の町に数百年住んでいるのもいます。それにエルフの秘薬として売られていても、そもそも秘薬の製造方法が門外不出だったりして知らないエルフもいるのですよ。ですので市販の薬を秘薬だと偽って売る人もいるのです」

「効果はないのかしら」

「市販の物はあらかた試したので、ほとんど効果はないはずです」

 

 これが偽物だと聞いてさすがの私も怒りがこみ上げてくる。

 今度見かけたら締め上げようと心の中で決意した。

 

「そもそも病気なのか人に移る呪いの類なのかまだはっきりしていないですしね」

「呪いならどうやったら治るんだ?」

「呪いには必ず呪いをかける術者がいます。ですので術者に解除させるか、殺害する、もしくは呪いの媒体となる物を破壊すれば呪いは解けます」

「媒体?」

「たとえば藁人形や特定の紋章とかですね。呪いを他者にかけるには一定の手順をふんで媒体に刻む必要があるのです。まあこれらの解除手段がダメなときに呪いを治癒する私がいるのですよ」

 

 一見呪術師にしか見えないオーラムだが、理路整然と呪いの仕組みを話してくれた。

 

「もしこの病気の正体が呪いなら術者をとっちめれば解決するわけ?」

「ええ。ですけどこの街は国内最大規模で人口が百万人近くはいます

よ?そうそう術者が見つかるとは思えないですが……」

「でも感染が接触のみなら別に王都すべてを調べる必要はないわよね?もしかしたらこのスラム街のどこかに犯人が潜んでいるかもしれないわね」

「その可能性はあります。まあ治療費用もバカにならないですし、仮に犯人がいてそれを叩けるなら一番早くて安く済みますけど……」

「それなら早速いくわよ!ヒロ!」

「ちょっと待ってください!スラム街の夜は治安が非常に悪いですよ!それに護衛の両方が出て行ったら護衛を雇った意味が内じゃないですか!せめて朝になってから片方だけでお願いします!」

 

 意気揚々と深夜の街に繰り出そうと思ったらオーラムに止められてしまった。

 

 その翌朝、私は単独でスラム街を歩き回った。

 バラックが建ち並ぶ寂れた街を歩いているが、やはり今の私の格好はやたら目立つ。古ぼけて今にも崩れそうな建物に住み、ぼろ着れ同然の服を着ている住人からすれば、常に浄化機能が働き汚れ一つないドレスを身にまとう私は異様な存在に見えるだろう。

 

「といっても何も手がかりもないわね……」

 

 小一時間歩いたが特に収穫は得られなかった。それもそうだ。特に何も宛がなくさまよっているだけで、知人もいないので情報を得る手がかりがないのだ。

 

 そろそろテントに戻ろうか、と思ったそのとき思いも寄らない人物に出くわした。

 そいつはスラム街のさらに裏通りに立ち寄るのが偶然見えた。

 その後を付け、私は走り出してそいつの肩をつかんだ。目立つのだから尾行は不可能だし、逃げられる前に捕まえるのが一番だと踏んからだ。

 

「ちょっと急になんですか!」

「よくもだましたわね、この詐欺師!」

 

 先日私をだましてポーションを売りつけたエルフの薬師だった。

 

「はて?美しいお嬢さん、私はあなたとどこかであったような、会わなかったような……うぼぉあ!」

 

 とりあえず一発頬をひっぱたいた。



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24 奇妙な共闘

「ひ、ひどいじゃないですか急に殴るなんて!」

「ひどいもなにもこれ偽物だったじゃないの!お金返しなさいよ!」

 

 私はエルフの胸ぐらをつかんで、恫喝する。

 

「偽物って、どうやって判別したんだ?まさか本当に病気にかかったから飲んでみたのか?この数日で?!」

「専門家に調べてもらったのよ。これただの市販のポーションじゃない!」

 

 偽薬だと判明した方法を話したら、男はこれ以上だまくらかすことが出来ないと悟ったのか舌打ちをした。

 

「ちっ、世間知らずの田舎領主の娘だと思っていたがまさかそんなコネがあったのかよ……。さっさとクニに帰れば良かったのに」

 

 ついでにもう片方の頬を殴りつける。結果的に整った顔立ちのエルフの顔が赤く腫れ上がった。

 

「くっそ痛え……」

「自業自得でしょ。他に何人だましたのよ」

「てめぇの知ることかよ。俺だってここに長年住んでいるんだから誰がこの街に暮らしている貴族かくらいは分かる。だから見慣れないお嬢様にしか売りつけていないぜ?」

 

 男は口調が急に荒くなった。商売をしている時の彼の雰囲気とは打比べものにならない。

 どうやらこちらの話し方が彼の素のようだ。

 

「で、てめぇは俺をどうするつもりだ?警邏隊につき出すつもりか?あいにくだがここの住民なら窃盗や詐欺などの軽犯罪は日常茶飯事だ。ヒトでも殺さない限りまともに相手にしてはくれねえよ」

 

 表情もごろつきのように荒くなり、エルフ特有のきれいな顔立ちとのあいだにギャップを感じた。

 ここの世界の法律をよく知らない私はとりあえずぶん殴ってお金を返してもらえばそれで気は済むので、それ以上は特に考えていなかった。

 

「お金さえ返してくれれば別に私はいいけど、それよりあなた本当に薬師なの?」

「ああ、そうだが?それに病気の話も本当なのは聞いた感じ知っているみたいだよな。俺は実際に患者も何人も見てきているし、治療しても全然歯が立たないのも理解している。国がなんとかしてくれると言っていたらしいが、正直俺らのような貧乏人ばかりかかる病気なんかにまともに取り合ってくれるわけねぇしな」

 

 スラム街の娼婦を中心に広まっている病気にはかかりたくはない、と言う人は多いが、患者である彼女らを何とかしたいと言う人はほとんどいなかったそうだ。

 

「俺の古馴染みもそいつのせいでエルフもヒトも関係なく何人もやられてしまった。だから俺達で何とかしないといけねえんだよ。金を稼いでまともな医師か神官をつけてやらないともう体が持たないんだ」

 

 男は険しい表情をして熱弁で訴える。

 

「それよりもここ臭いんだけど。いったんここから出たいわ」

 

 裏路地は不衛生なスラム街からさらに汚くしたような所で、糞なのかそれとも動物の死骸なのか分からないが臭いがひどい。

 日本育ちの私からすると、公衆便所の何倍も臭い所にいるのは耐えられない。そろそろ我慢の限界だ。

 裏路地から出て、風通しの良いところに移ってから話を再開した。

 

「それだったら私達の所で手伝ってもらえるかしら?」

「はぁ?どうしてだよ」

「私もあの病気には思うところがあるの」

 

 男は仲間を救うために、私は友人の悪い噂と潰すためにお互い朽木病を退治したいと思っている。

 少し前までは詐欺師とその被害者の関係だったが、利害が一致するなら共闘しても悪くないはずだと私は考えた。

 

「私が依頼を受けている依頼人が、その国から派遣された医術師なのよ」

「まじかよ。どうせ取り合ってもらえないと思ったのけどな」

 

 男は目を丸くした。

 

「あなたスラムに長く住んでいるということよね。私達は依頼人含めてこの街に詳しくないから、スラムの情報と私達の情報とを交換しましょう」

 

 私は手を差し出す。この世界には握手という文化が有るかは分からないが、男はその意図は理解したらしく私の手を握った。

 

「ガイゼルだ。一〇〇歳の時にこの街にきて、その年が倍になるまでここに暮らしている。まだエルフの中でも若造だが俺以上にここに詳しいやつはいねぇはずだ」

 

 ガイゼルはにやっと笑った。私も不敵に笑みを返す。

 

「マリアンヌ・スカーレットブラットよ。今は冒険者をしているわ」

「冒険者か。いつ死ぬかわからねぇ職業だが、すぐに死ぬヒトが就くにはうってつけだな」

「うるわさいわね。またはり倒してやってのいいのよ?」

「そいつはご勘弁。あんた弱そうな見た目の割に力も中身もバケモンみてぇだからな」

 

 ギャハハは下品に笑う彼の表情は最初に出会ったときと比べて見る影もない。長年スラムに住み続けてすっかりとなじんだ荒くれ者の笑い方だ。

 

「次そのようなこと言ったら半殺しにさしてあげますわよ。オーホホホ!」

 

 私も負けじと高笑いで返す。

 私と彼はひとしきり笑うと、ガイゼルはぴたりと笑いをやめて、ぽつりとつぶやいた。

 

「なんかやるせねぇよな。ヒトはどうせ数十年で寿命が来て死んでしまうのに、病気でさらに寿命を縮めたらあっというまじゃねぇか」

「それを止めるために私達が頑張るのよ」

 

 こうして奇妙な共闘ができあがった。



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25 再出撃

「それでその男と共闘することになったわけ?」

 

 私がガイゼルをテントに連れて、二人に経緯を話したところ、ヒロは不審そうな声を上げた。

 

「別にいいじゃない、人手足りていないんでしょ」

「まあ確かに猫の手も借りたい状況ですけど……」

 

 オーラムも声色が若干良くない。もっとも二人の表情は仮面をかぶっているせいでよく分からないが、いまいちガイゼルを歓迎しないようだ。

 

「お金が必要だったからとはいえ、詐欺を働いていた人を普通受け入れる?」

 

「オイオイオイ、こいつら本当に医術師かよ。犯人だっていってこいつらを突き出したら国も信じるんじゃねえ?」

 

 ガイゼルも同様に仮面を付けた二人をみて不審そうな顔をして、文句を言っている。

 私はいがみ合う両者をいさめるようにパチンと両手をたたいた。

 

「別にいいじゃないの。みんな目的は同じなんだから、協力して病気を退治しましょう!」

「マリアンヌさん、たまに強引に物事進めるよね。マリアンヌさんらしいといえばらしいけど……」

「ええ……あたしは短いつきあいですが何となく分かります。それでですね、マリアンヌさんちょっと調査に進捗があったのですよ」

 

 それまでオーラムは一人で看病と調査を平行していたせいで進捗が滞っていたが、ヒロがしてくれるようになったため調査に集中出来るようになったらしい。

 なぜ彼女には医療スタッフがいないのかというと、庶民出身かつ十代で王族の専属医師に抜擢されたため、周囲からの嫉妬で王宮医局から孤立しているからのようだ。

 ついでに言うとオーラムは医術師と言うより研究職に近く、従来にない治療法を開発しているという経緯から一人で活動していたとのことだ。

 

 オーラムは患者の足に巻かれている包帯をはずすと、ひび割れた患部がむきだしになり、そのひび割れの隙間から体液がにじんでいた。

 彼女は小瓶を一つ取り出し、そのひび割れにかけると患者は痛そうにうめく。しかし液体をかけたところから紋章のような記号が、足から浮かび上がった。

 

「いまかけたのは呪いを識別するための薬品です。本来は毒性があって人間に直接は使えませんが、あたしが毒性が低い薬を開発しました。これで朽木病の正体は厳密には病気ではなく、人に感染するタイプの呪術であることが分かりましたね」

「つまりこれは病気ではないと言うことか?俺は薬師として彼女らのような者はよく看ているが、よく他人から病気を移されたりして鼻が欠けてしまう奴も多い。これもそういう病気じゃねえのか?」

 

 似たような患者を扱っているガイゼルが反論する。

 

「やはり蔓延しているのはそういう方が多いのですか?」

「ああ。貴族の連中もかかっている奴はいるみたいだが、知っている限りスラム街で女郎買いをしているようなやつらだ」

「だとするとおそらく性的に接触した際に感染するタイプの呪いだと思います。機構は不明ですが、被害者がほとんどが女性であることから考えると、もしかしたら彼女らが相手にした共通の客が呪いの元凶がいるのかもしれません」

「となると俺が聞き取りをすれば分かるかもしれないな。ただ彼女らが取った客から移った奴もいるかもいるだろうから、時系列を整理して初期に呪いにかかった奴を割り出せればいいんじゃねぇか?」

 

 ガイゼルは頷いた。

 

「そうですね。これはあたしだと手に余ります。可能なら犯人の割り出しをガイゼルさんに頼みたいですがよろしいですか?」

「ああ、いいぜ。これが病気だったら俺の手ではお手上げだが、呪いなら確か元凶を潰せばいいんだよな。それなら手伝えるな」

「なら手分けして犯人を割り出しましょう」

 

 今までは情報が足りなくて手がかりがなかったが、だんだんと今するべきことの方針がわかり始めてきた。

 

「オレはどうしたらいい?」

 

 ヒロが話に割り込んでくる。

 

「ヒロは今までのように待機でお願いします」

「むう。オレもやる気がでてきたから手伝いたいんだけど」

「もし戦闘が置きそうな場合はガイゼルさんと交換して出撃してください。マリアンヌさんもヒロさんがいたほうが戦いやすいでしょう?」

「そうですわね。では各々やるべきことをしましょう」

 

 私は再びスラム街に躍り出た。

 



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26 キシリトル

 作戦の方針が固まると事態の進展も早くなった。

 協力者が現れたこともあって、私はガイゼルと二人で娼婦街に赴き、被害を受けている娼婦達に聞き取りをするとすんなりと候補者が見つかった。

 

「キシリトル子爵の当主が、ここ最近このスラム街で娼婦巡りをしているらしい。もともと女ぐぜが悪いことで知られていて、スラム街以外にも下町の女性に手を出してあちこちで子供を作っているらしいな」

 

 特にガイゼルの活躍がめざましかった。

 娼婦街にいる娼婦と言っても女郎宿に寝泊まりしている娼婦もいれば、個人で客を取る夜鷹と言われる娼婦もいる。

 そして彼女らは自分が病気持ちであることは、知られると当然客が取れなくなるので隠している者が多い。あのオーラムに保護されている患者達は隠しきれないほど症状が進行してしまっている者達だ。

 その彼女らから聞き込みが出来るのは、長年ここの娼婦を含めた患者を多く看ているガイゼルくらいしかいないだろう。

 

「となるとそのキシリトールの野郎をとっちめればいいのかしら?」

「キシリトルだ。だがそもそも犯人の候補が奴と決まった訳じゃねえだろ。そもそもこれだけだととっちめるのには証拠不十分だろう?」

「まあせいぜい状況証拠だけで、物的証拠はないしね」

 

 前にサドエスと殴り倒したときは、魔物を使役するための宝石を所持していた上に、犯人が自分の犯行を白状していたので罪状に関してはごまかしようがなかった。だからこそ貴族の息子をはり倒したのにそのことにあまり追求されなかった。

 しかし今回は現時点では「なんか怪しい」と言う段階にすぎず、こちらから仕掛けると最悪国からの制裁があるだろう。

 

 私達に出来ることでもっとも安全な案は、可能な限りそのキシリトル子爵が病気の騒動の犯人であるという証拠を集めて、国にその証拠を提出する事ぐらいだろう。

 

「それでもつまらないわね。出来ることなら自分の手で叩きのめしたいわ」

「やめとけ。下手に貴族を怒らせると二度とそこにはとどまれなくなるぞ。俺だってエルフランドを追い出されているから、こんなところに住んでいるんだよ」

「あら、あなた何かやらかしたのかしら」

「うっせ、関係ねぇだろ今は」

 

 進捗を報告するためにテントに戻ると、二人は相変わらずテントの中にいたが少し様子がおかしい。

 

「今日のお昼頃ですね、患者の一人の苦痛が余りにもひどくて暴れ出したので、思い切ってケシの乳液を与えてみました。今は沈痛が効いていて落ち着いていますが、このままだと長く持たないかもしれません」

 

 話しているオーラムの手元には注射器が置かれていた。

 

「もう少し時間があれば……呪いの解除剤が作れるのですが少なくとも合成と精製にあと3日は必要です。それも動物試験をしていないので副作用も不明なので最悪失明したり、歩けなくなるかもしれなせん。完全な薬を作るためには多分2週間は必要です。それまで彼女たちの体が持つかどうか……」

 

 自分の力が足りないとオーラムは落ち込んでいた。

 

「せめてあたしが医局の人に頭を下げてでも人を連れていくべきでしたね……。患者の数が多すぎて、皆さんが来るまで人手がぜんぜん足りていませんでしたので……」

「自分を責めるのは止めなさい。やはり元凶をぶったおすのが一番よ」

「落ち着いてマリアンヌさん!これ以上問題を起こすとおや、陛下も黙っていられなくなる!」

 

 私が改めて決意を決めて勢いよく立ち上がると、ヒロに止められた。

 

「ちっ、仕方ないわね。もう夜遅いし、とりあえず明日から証拠集めをしましょう。ガイゼル、キシリトールガムの屋敷はどこにあるのかしら?」

「奴の領地に1つあるみたいだが、王都にも滞在するための屋敷があるからおそらくそこにいるだろうよ」

「居場所が分かるならいいわ。それよりおなか空いたから、ガイゼルここら辺で何かおいしいものはないかしら?」

「マリアンヌさん、いつも以上にフリーダムすぎる……」

 

 ヒロは頭を抱えている。

 

「テント内で食べられるようなものでいいか?さすがに患者をおいて食べに出かけるわけにもいかねえし。ついでに酒も買っておくかな」

 

 ガイゼルは快く引き受けて買い出しに行き、一時間後に患者含めた全員分の食料と酒を持ってテントに戻ってきた。

 

「あたしはこの状況で酒を飲むわけには行かないので、そちらで飲んでください。そもそもあたしは未成年なので……」

 

 水飲み鳥の仮面を付けた少女?はポリポリと顔をかくように仮面をかいた。

 

 ガイゼルが買ってきてくれたのは、皿代わりの大葉に包まれた料理だった。

 その包みを開くと、意外なことに私が知っている料理に酷似していた。

 

「これは豚のしょうが焼き?」

「まあ、そういうもんだな」

 

 細切りのタマネギと豚肉をあわせて炒めた、日本ならありふれた料理「豚のしょうが焼き」だった。

 別にこの世界は向こうの世界とは違うが、その食生活はヨーロッパの西洋料理に非常に近い。あえて違いに言及するなら、大航海時代に南米から持ち込まれたポテトやトマトが普通に食されるくらいだ。

 しかしここにきてバリバリの日本料理に出会うとは予想していなかった。



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27 日本料理?

「どうした?べつにしょうが焼きなんて珍しくねえだろう?もしかしてお嬢様は知ってはいたけど食べるのは初めてか?」

 

 ガイゼルは驚いている私を見てにやにやと笑っている。

 

「いえ、こんなところでお目にするとは思いませんでしたわ」

 

 フォークで薄切りの肉をからめとり、口に運ぶとショウガの味とともに日本で食べるよりも癖の強い豚肉の味がした。

 そしてショウガだけでなく、醤油の香りが口の中に立ちこめた。

 

 日本で食べたしょうが焼きとほとんど遜色ない味だった。

 

「オレは初めて食べるけど……結構うまいな!」

 

 ヒロはおなかを空かせた野球小僧のようにがつがつと食べ始めた。

 

「あたしは何回か。昔つくってもらった気がします」

 

 オーラムはバゲットのかけらの上にしょうが焼きを乗せて食べている。パンと合うのだろうか。

 

「だろ?おい坊主、このしょうが焼きの肉は何か知っているか?」

「肉?豚じゃないのか?」

「惜しい。豚でも作れるが、これはオーク肉のしょうが焼きだ」

 

 ヒロは手をせわしく動かして食べていたが、ガイゼルの話を聞いてぴたっと手が止まった。

 

「一応聞いてみるけどオークって木のほう?」

「あれはエルフでも堅すぎて食えねえよ。魔物のオークだ」

 

 私がこの世界に来て最初に倒した、あの魔物のオークだ。

 ヒロもそのことを思い出したらしく、フォークを床において少し青ざめている。

 ガイゼルはそのヒロの様子を見て、ギャハハと腹を抱えて笑っていた。性格が悪い。

 

「スラムで魔物の肉を食べるのは別に珍しくはねぇんだぜ?冒険者がオークを定期的に退治して、その肉が安く出回っているから豚肉の代用品になっているんだ」

 

 オークの肉は安くて豚肉の7割程度の値段で買えるが、脂身が多くて臭みが強い。だからニンニクやショウガなど安い香辛料で臭みを消して、濃い味付けで食べることが多いらしい。

 

「肉も固まりより細切れの方が安いし、何よりすぐ火が通るから薪代もかからない。オーク肉の細切れをショウガだれにつけ込んで、たれごと炒める。まさしくスラムらしい食べ物だとは思わねえか?」

「オーク……これがあのオーク……」

 

 この肉がオークの肉であることを食べたあとに知ってしまったせいで、ヒロが若干トラウマを思い出してきている。

 

「ガイゼル、また殴られたいのかしら?」

「ちょっとまて、別に魔物肉を食べるのは珍しくはねえだろ?ヒトの貴族様のパーティーにはミノタウロスの丸焼きが供されるて聞いたぜ?」

 

 いくらミノタウロスの見た目が牛に似ているからといって、この世界の住人は悪食すぎではないか。

 さすが異世界、私がいた世界とは異なる食生活もあるらしい。考えれば農耕畜産を始める前は狩猟採集をしていたのだろうから、私の想像だが人々は魔物を狩って食べていたのかもしれない。

 

 いや食生活の違いも気になるが、それよりももっと気になることもある。

 

 もしかしたら私以外にもこの世界に来ている人がいるのではないか?ということである。

 

 日本にあった食べ物に酷似した物がこちらの世界にあると言う根拠しかないが、もし私のように日本からこの世界に来た人はいてもあり得なくはない。その人が日本の文化や技術をこの世界に伝えている……?

 

 私がこの世界に来た経緯も理由も分からないので、とりあえずゲームの悪役令嬢のまねごとを続けている。

 でも、もし私と同じように向こう側の世界から来た人がいるなら、会ってみたい。

 

「……マリアンヌさん?」

 

 少し考えて込んでしまったようで、手を止めていた私をヒロが気にかけて声をかけたらしい。

 

「ううん、別になんでもないわ」

 

 たかが料理一つで考えすぎたかもしれない。臭みの強い肉の臭いを消すためにショウガを使うのだから、この料理は現地の人が考案しただけなのかもしれないし。

 すこしそのことについて調べてみる必要があるかもしれない。

 今後するべき課題が見つかったが、とりあえず今するべきことをしたほうがいいだろう。

 

「それで明日はどうするつもりだ?もたもたしていると患者の体が間に合わんかもしれねえぞ?」

 

 ガイゼルは安物のワインをすでに飲み始めていたようで、顔が少し赤い。

 

「とりあえずとっちめるにしても、証拠を集めるにしても屋敷に潜入する必要があるわね」

「だけどその格好目立つぞ。さすがに着替えた方がいいんじゃねぇの」

 

 それは理解しているが、今着ている服はマリアンヌがゲームで来ていた服その物であり、彼女のトレードマークでもある。それに素性を隠すためとはいえ、みすぼらしい服を着るのは抵抗感がある。

 

「あら、高貴なる私に平民の服を着せるつもりかしら?」

「別に貴族がお忍びで着る分には普通じゃねぇ?まああんたは何着ても無駄に目立ちそうだけどな」

 

 お忍び、つまり貴族が身分を隠して平民になりきる行為。自分の身分に関係なく振る舞える行為でもある。

 

「ああ、確かに王族や貴族がお忍びで街に来ることはあるみたいだね」

 

 ヒロも頷いて同意している。そもそも彼女はお忍びの王女だった。

 

「お忍びとして屋敷に潜入するね……確かにそれならあり得なくないわね。それだったらしかたないわ」

「坊主、この女なんかめんどくさくねえ?」

「それには同意だけど。あとオレはこう見えても女の子だよ」

「まじかよ。やっぱ人間の性別は分かりにくいな」

 

 このあと夜が更けるまで、潜入するために必要な準備のための相談を続けた。



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27 幸せな婚約破棄

 次の日、私が「お忍び」のために着る服をガイゼルが調達してくれた。

 

「それでオーラムさんよぉ、昨日の飯もそうだがこの服もそっちの受け持ちでいいよな?」

「ええ、まあ。それは仕方ないです。必要経費としておきます」

 

 ガイゼルがぼろ切れの包みを解くと、その中には王都の労働者が着手いるようなお古のワンピースが出てきた。よく見てみると補修した後だったり、端の部分が少しほつれていたりといかにも貧相に見える。

 

「予想以上にみすぼらしい服だけど、これでいくらするのかしら」

「銀貨十枚。一万Gぐらいだ」

「それで銀貨十枚?!」

 

 この世界の物価は酒場のメニューで比較すると1円と1Gがだいたい同じくらいであり、一万円なら量販店でそこそこの物が買える。

 向こうの世界ならば、この服はあまりにもボロすぎて引き取ってもらえないだろう。

 

「お嬢様には分からないかもしれないが服は基本的に高い。だから普通はお古を兄弟で使い回して、穴があいたら布切れで隠しす、それで兄弟が成長して誰も着れなくなったら古着屋に売っぱらって、また他の奴が古着を買うんだよ」

「ふうん、下町にはそのような習慣があるのね」

 

 私はこの世界の常識に疎いが、「世間知らずのお嬢様」と思われているためかあまり詮索されないのがありがたい。

 そんなことを話すうちに着替えが終わった。普段の服と比べてゴワゴワしている。

 

「似合っているかしら?」

「全然にあってねぇな。あとあんた、もう少し砕けた話し方をしたほうがいいと思うぜ。その格好で、その振る舞いは正直見ていて笑えるぜ」

 

 ガイゼルは何がおかしいのかゲラゲラと笑っている。

 

「あんたいっさいほめる気がないのね。まあいいわ、ヒロ行きましょう」

「こっちは特に準備することはないかな」

 

 ヒロは私と比べてあまり目立つ格好をしていないので、普段通りの格好で潜入することにした。

 ただ本格的に屋敷するのは夜になってからだ。昼は周辺で聞き取り調査をして屋敷の見取り図や防犯対策の確認をするつもりである。

 

 今回屋敷に潜入するのはキシリトル子爵が今回の病気騒ぎの犯人であるという証拠を集めるためである。もし進入防止の装置や魔法が掛かっていて一度引っかかれば騒ぎになるばかりでなく、私達を撃退した上で証拠を隠滅するかもしれない。

 そのため可能な限りそのようなリスクを減らす為に、情報収集をしていきたいところである。

 

 私達はテントを出て、スラム街を抜け、商業地区で情報収集を始めた。

 

「と言っても何も手がかりがないわね……」

「そもそもオレもマリアンヌさんもこの街はよく知らないし、ガイゼルも屋敷の場所は知っていても屋敷の構造は知らないしね……」

 

 屋敷に働いている執事やメイドからいきなり屋敷の構造を尋ねるわけには行かないし、都合よく知っている外部の人がいるとも思えない。

 開始早々、私たちの計画は座礁に乗り上げた。

 

 と言うわけで現在冒険者ギルドの酒場で作戦会議と言う名目で実質休憩している。昼間の酒場はさすがに酔っぱらいは少なく、ランチタイムを取る人たちでごった返していた。

 

 コーヒーと無料の水でしばらく粘っていたが、いくら考えてもよい案が生まれない。

 

「ヒロ、あんた王女なんだから。キシリトールと仲良くしている貴族とか知らないかしら?」

「知らないし、知っていたとしてもどうやって教えてもらうわけ?まさかオレがプリステア王女であることをばらすつもり?」

「……さすがにそれはダメね。もうこうなったら、ばれるのを覚悟で突撃しようかしら」

「下手すると国を敵に回しそうだから、それはやめて」

 

 私達は深いため息をついた。

 

「あらマリアンヌ様でありませんか。そんな顔をいたしましてどうしたのですか?」

 

 そこに都合よく私が知っている貴族が声をかけてきた。

 

 ディアーナだ。

 彼女は前にあったときと比べて焦燥感が抜けて、からっと笑いかけるようになるほど精神的に回復しているように見えた。

 

「あらディアーナ、ごきげんよう。なぜあなたがこんなところにいるのかしら?」

「護衛の依頼の報告をまだ終えていなかったのでそのために来ました。あの後王宮で婚約を取り消してもらうための裁判が開かれて見事婚約破棄する事が出来ました。それに加えて暴行を加えたことに対する賠償金を支払うことも決まりましたので、これで家の借金もほとんどが帳消しになりそうです」

「そうそれはよかったわ。それでちょっと聞いてほしいことがあるのだけど……」

 

 私が知る限り、残るツテはもう彼女しかいない。

 簡潔に事情を話して彼女に協力を頼んでみることにした。

 

「ええっと、キシリトル子爵の屋敷ですか?実は二、三回訪ねた入ったことはあります」

「ええ?!それは本当かしら?」

 

 勢い余ってディアーナの腕をつかむ。

 

「ええ。婚約者の、と言ってももう元ですがあの男の知り合いらしく、彼に連れられて来たことがあります」

 

 ディアーナの元婚約者、要はサドエスだが彼がキシリトルと仲良くしているらしく、時々彼の家でサロンを開いているとのことだ。

 

 まだサドエストは正式には結婚しておらず、彼女はそのサロンには参加できなかったが、どうやら国中のお偉い人が集まっているらしい。

 

「私は別室に待機していましたが、そのとき彼は『大丈夫、何も怖くないから』と声をかけて手を握ってくれました。あのときの彼はとても優しかったのですが……失礼、余計な話ですわね」

 

 ディアーナの事情をともかく、ディアーナの協力によってキシリトルの屋敷の一部の構造は把握する事ができた。

 とはいえ、部外者を案内できる場所であるということはそこに私達が求める怪しい物はあるとは考えにくい。この情報だけで十分だとはとても言えなかった。



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27 潜入開始

 そして人々が寝静まった深夜、私達はキシリトルの屋敷の前に陣取っていた。

 時刻で言えば深夜0時を回った所だが、それでも商業地区の大通りや冒険差ギルドを除いて明かりは消されているため、屋敷の周辺は月夜の明かりを除いて光源はない。

 

「マリアンヌさん夜遅いのに、眠くないの?」

「深夜0時なんて、以前は普通に起きていたから問題ないわよ」

 

 ヒロは眠いらしく、ときおり目を擦っている。

 私は日本人だからこの時間まで起きていることは珍しくなかったが、深夜営業の概念がないこの世界の人々は夜9時を過ぎるとほとんど眠ってしまうらしい。

 

 そしてこの場にいる人は私とヒロ以外にもう一人いた。

 

「いやなんで俺まであんた等につき合わされるんだよ」

 

 ガイゼルは不機嫌な表情で仁王立ちしていた。

 

「だってあなた盗賊の技術(スキル)があるってきいたのよ」

「いやまて、それどこからの情報源だよ」

「冒険者ギルドのわざとけしかけてくるチンピラから」

「はあ?」

 

 私が初めて王都の冒険者ギルドに立ち入ったときに絡まれた、あの変なチンピラだ。

 

 今回潜入するに当たって、私達だけでは手に負えないと判断したため開錠や潜入の技術を持った人を雇おうとした。

 そこであのチンピラはどうやら絡んだ相手の能力が分かる能力を持っているみたいだったので、試しに話しかけてみた。

 どうやらあのチンピラは情報屋も兼ねているらしく、対価を払えば適正のある人物を何人か挙げてくれたのだ。

 

「で?その中に俺がいたのか?俺冒険者じゃねえけど」

「まあそういうことね。それで、この話は嘘じゃないんでしょ」

「いや、まあそうだけど」

「ガイゼルさんどうして隠していたの?もしガイゼルさんが屋敷に潜入する事が出来るならかなり楽になるはずだけど」

 

 ガイゼルは気が悪そうにとがった耳の端をポリポリと掻いた。

 

「だってさ……いくら俺だってあの屋敷に一人で潜入するのは骨が折れるんだよ。スラムの裏社会での噂だが、あの屋敷は国に納税するはずの税を隠し持っているんだってよ。だから他の屋敷と比べて警備が厳重らしい」

「だったら……」

「だからあんたらを囮にしようとしたんだ。あんたらが警報に引っかかって警備に追われている間に、俺が潜入するつもりだっんだ」

「はあ?!あんた私を囮にするつもりだったの!」

「悪いか?別に俺はあんたのために協力したんじゃなくて、俺の目的のためにあんたと協力したんだよ。警備が緩くなった屋敷に一人で潜入して、例の呪いを解除した後で脱税の金をちょろまかそうと思ったんだが」

「マリアンヌさん、やっぱりこの男信用したらダメだよ」

 

 この男は私の想像以上にクズらしい。一方ガイゼルは開き直った。

 

「まあいいや俺が手伝えばいいんだろ?さっさと行こうぜ」

 

 ガイゼルは屋敷の方に勝手に歩きだした。

 夜の屋敷の周辺には深夜にも関わらず、ときおり見張りが巡回して不審者に対して厳しく監視している。

 ガイゼルによれば立ち入りの許可のない者は、土地に踏んだ時点で警報が鳴り響き、キシリトルが雇っている警備隊が駆けつけてくるらしい。

 

「なら私が【ワイドウィング】で空から進入すれば警報は鳴らないのね」

「そうだとしても屋敷に進入するのは楽じゃねぇぜ。屋敷の中には罠がわんさか設置されているらしい。下手すれば捕まる前に罠にかかって死ぬかもしれねぇな」

「もたもたしている間に見回りの人が来るから、入るなら早く入んないとまずいよ」

 

 今目の前で立ち往生しているが、可能なら今日のうちに侵入しておきたい。

 というのもガイゼルを連れ出した関係でオーラムがまた一人で患者の治療に当たることになり、患者の様態の急変に備えて寝ずの番をしている。これ以上彼女に負荷を掛けるのはよくないはずだ。

 

「ならさっさと行くわよ」

 

 私がワイドウィングを起動して、二人を屋根の上に輸送する。幸いヒロもガイゼルも比較的体重が軽いため運ぶのは苦労しなかった。

 

「ここまでは何とかなったわね」

「空からの侵入だって、相手は想定していないわけがないと思うぜ?対策が難しいからここまでの侵入は許されているだけかもしれねぇしな」

「それでどこから屋敷に入れるの?」

「ちょっと見てろって。さすがの俺も対策していないわけじゃないしな」

 

 ガイゼルは懐から石のような物を取り出した。

 

「罠探索の魔法石だ。これで大半の罠は感知できるからこれで回避できる」

「大半、と言うことは残りは?」

「後はカンだ。魔法の罠は感知できるが、物理的な罠や呪術のたぐいは感知できないからな。警報の魔法陣を踏むのを避けようと思ったら鳴子に引っかっかったりしねぇように気をつけろ」

「無茶言う……」

 

 事前に用意したロープで、魔法罠のないバルコニーから侵入に成功した。

 

 ガイゼルはドライバーのような物を取り出し、窓ガラスをそれ突くとピシッと小さな音がして窓ガラスがにひびが入り、窓ガラスに穴があいた。その後針金のような物を取り出し、穴に腕をつっこみ内側から窓の鍵穴を開錠した。

 

「ほら、開いたぜ」

「ずいぶん手慣れているわね」

「そんなことより、ここからは下手に物音立てると使用人にバレるから会話も最小限にするぞ」

 

 ガイゼルが窓を開け、私達は屋敷の中に侵入した。

 



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28 地下室

 屋敷の中は明かりがなく周囲がほとんど見えないほど暗い。明かりを付けずにこのまま屋敷の中を歩くのは困難そうである。

 

「これを眼にさせ」

 

 ガイゼルが懐から目薬のような小瓶を取り出した。

 

「闇消しの目薬だ。これを眼にさせば数時間の間、猫のように暗闇の中を歩くことが出来るぞ。ただ急に明るいところに出るとまぶし過ぎるて目がくらむから気を付けろ」

 

 眼に数滴目薬を垂らすと、確かに周囲がはっきりと見えるようになった。

 

「現在屋敷の二階にいるみたいだけど、どこに行けばいいの?」

「俺もさすがにわからねぇぞ。呪いの媒体があるとするならどこにあるか検討ついていないのか?見回りがいつ破られた窓を見つけるか分からないから、屋敷の中を全部回るまでの時間はないぞ」

「私は地下室だと思うわ」

「地下室?」

「ホラー映画の定番なら、たいてい怪しい物は地下室にあるはずよ」

「理由が意味分からん、確かに地下室があるならそこが怪しい気がしてくるな」

 

 足音を立てないように靴を脱いで、私達は階段を下りて一階の探索を始めた。

 屋敷の中を目を凝らしてみると、確かに屋敷内の至る所に魔法陣や吹き矢のような罠が設置されていた。

 もし目薬がなければ罠に引っかかっていたかもしれない。

 

 このような罠に対して素人であるため、ガイゼルに罠の対処を任せて私達は地下室の入り口を探し始めた。

 

「なんていうか……オレ達空き巣をやっている気分なんだけど」

「気分も何も空き巣その物だろ。違いは屋敷の主が留守か寝ているかくらいしかないだろうよ」

 

 ヒロの顔が若干ひきつっていよう泣きがするが、気にせずに探索を続ける。

 

 私の最初の推測だと、地下室の入り口は物置のような所にあるのが探索ゲームの定番なのでそこだと見当を付けたが、床をいくら探してもそのような物は見つけられなかった。

 他にもめぼしい部屋を探してみたが、それらしい入り口は見つからなかった。

 

「やっぱ地下室なんてなかったんじゃねぇのか?」

「そうかもしれないわね……」

 

 元々発想が当てずっぽうであるため、自分の判断に自信がなくなってきた。

 そのときヒロが顔を上げてこう提案した。

 

「もしかしたら大部屋にあったりしない?」

「大部屋?」

「ディアーナさんが言っていたサロンが大部屋で開かれていたんでしょ?そこにサドエスも参加していたけど、婚約者のディアーナさんが立ち入りを許されていないのだったらなんか怪しくない?もしかしたら大部屋で外部の人に見せられないようなことをしていたんじゃない?」

 

 このあたりで潜入してから一時間が経とうとしていた。まだ見回りと出くわすようなことはなかったが、手がかりが掴めず内心かなり焦り始めていた。

 試しに大部屋に侵入して探索をしてみると、カーペットの下にある床のタイルの一部がはずれるように細工されているのを発見した。音を立てないようにタイルをはがし始めると、地下につながるような入口を発見した。

 

「見つけたわ。よく気がついたわねヒロ」

「へへへ」

「それで本当に入るのか?ここがハズレだったら時間的に他の所を探す時間はないと思うぞ」

「こんな怪しいところに何もないわけがないでしょ。きっと大丈夫だわ」

「ろくな根拠が一切ないから不安だ……」

 

 ガイゼルは頭を抱えているが、気にせずに梯子を下りて地下室に潜入する。

 

 地下室は二部屋に分かれているらしく、梯子を降りた先の部屋と頑丈な鉄の扉の先の部屋があるようだ。ガイゼルが鍵を開けると、その先には大部屋にたどり着いた。ここまで来ると月夜の明かりも届かないため、目薬を持ってしてもほとんど部屋の中を見ることができなかった。

 燭台に設置されていたロウソクに火を付けると、周りが急に明るくなりロウソクの火の明かりですらまぶしすぎて一瞬目がくらんだ。

 

 眼が明るさに慣れると、部屋の全容が分かった。

 

 血で描かれた魔法陣が部屋の中心に描かれていて、隅にあるテーブルの上には動物の骨のような物が山積みに置かれていた。

 これ以上ないほど「いかにも」な部屋であるとは私も予想できなかった。

 二人を見てみると、そのどちらも異様な光景に青ざめていた。

 

「大当たりだな」

「この魔法陣が呪いの媒体なの?」

「ああ。俺は呪術には詳しくないが、多分これが媒体になっているのだろうよ。よく見てみると患者達に浮かび上がっていた紋章とよく似ているからな」

「ならこれを破壊すれば事件は解決するのかしら?」

「それはそうだけど、王宮に提出するための証拠になるのかなこれ?」

「床にかかれた魔法陣を持ち運べるわけがねぇし、下手したら俺達が出て行った後で消されるかもしれねえしな。持ち運べるやつを探したほうがいいと思うぞ」

「そうね、とりあえずこれを何とかしましょう。魔法陣を破壊すればいいのかしら?」

 

 魔法陣を消すには専用の薬液があるらしく、それを床に垂らしてボロ切れで拭うとどす黒い血が拭われて、魔法陣の一部が欠けた状態になった。



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31 地下室

「これで呪いが解除されればいいけど……それで次はどうすればいいんだ?」

「他に証拠があるならそれを持ち帰ればいいんだろ?魔法陣以外はあまり調べていないからな」

 

 そこでテーブルの上を漁ったり、壁を手当たり次第さわりながら部屋の中を検分してみた。すると壁に掛けられていた絵画をはずしてみると、壁にはめ込まれた金庫を発見した。

 

「まさにこの中に怪しい物あり、と言う感じがするね」

「ちょっと待ってろ、少し開けてみるわ」

 

 ガイゼルが開錠道具を取り出して、金庫の前に張り付く。

 先ほど窓の鍵を開けたときは数十秒も掛からなかったが、今回は開錠が難しいらしくかなりの時間がかかった。

 

「こりゃ物理的な鍵もかかっているが、魔法的な保護もかかっているかな。結構きついぞ」

「開けるなら早く開けなさいよ、私達が逃げ遅れたらどうするつもりなの?」

 

 ガイゼルが取りかかってから体感時間ですでに十分以上経過している。開錠にかかる平均的な時間は知らないが、時間を食いすぎて逃げ場のない地下室で敵に追いつめられるのはまずいと思う。

 私がしびれを切らし始めた所でようやくカチリと音がして金庫が開いた。

 

「ほら開いたぜ」

「遅いわよ。あなたを置いて地上に脱出しようと思ったわよ」

「そういえばガイゼルさん自分のことを薬師って言っていたけど、なんでこういうスキル持っているの?」

 

 確かに言われてみればそうではある。ファーストコンタクトの印象が詐欺師だったため、詐欺師も泥棒も大差ないためあまり気にしていなかった。

 ガイゼルは耳をポリポリしながら、こう弁明した。

 

「ええっとなぁエルフの里に俺の実家の屋敷があるんだが、そこに親父の金庫があってだな……。以前から小銭を親父の机からちょろまかしていたが……、あの中には大金があるんだろうって思って遊ぶ金ほしさに試しに開けてみたんだよ。里のジジイから鍵の開け方を教えてもらってな」

「あんたやっぱりクズじゃないのよ」

「まさかそれがバレてエルフランドから追い出されたの?」

「まあそんなところだ、開けられたが中には薬草のような何かしかなくてがっかりしたけどな……。そういう関係ねぇ話よりさっさと中身を確認した方がいいんじゃねぇの?」

「そういえばそうだったわね」

 

 金庫に手を掛けるとすんなりと開いて、その中には金塊と手紙の束が積まれていた。

 

「金はともかく手紙?」

「他人に見られたらやばいたぐいのやつじゃねぇの?少し見てみるか?」

 

 ヒロが手紙の中から一つを取り出し、開いて文面を読み上げ始めた。

 

「えーっとどれどれ……『キシリトル殿、偽りの王様が即位してから25年経ちました。いかがお過ごしでしょうか』ってなにこの手紙!」

 

 元王女であるヒロは手紙の文面に驚愕した。なにせいきなり自分の父親が「偽りの王」と書かれていたからだ。

 

「偽りの王?デーニッツの王様なんか恨まれるようなことでもしたのか?」

「えーっと、もしかしておや……陛下の兄上の派閥なのかもしれないな」

 

 ヒロ曰く、現在の王は先代の国王の第二王子であり、三人の兄弟で王位継承権を争っていたらしい。最終的に次男が王位継承権を獲得したらしいが、国王の兄である長男が謀反を起こしてそれで処刑されたとのことだ。当然兄の派閥に所属していた貴族は今の国王から冷遇され、肩身の狭い思いをしているらしく、今の国王をみとめていないらしい。

 ヒロが兄の派閥に属する貴族の名前を挙げてみるとキシリトルやサドエスの名前もあった。

 

 手紙を読み進めていくと、どうやら今回の事件にサドエス家が関わっているらしく、国王に対する恨みの文句とともに今回の計画の概要が書かれていた。

 キシリトル家の当主スガ・キシリトルが地下室に魔法陣を描き、自身の体に呪いを植え付け、それのスラム街の娼婦たちに感染させたとのことのようだ。呪術の媒体の用意はサドエス家の当主が協力し、そのた国王兄の派閥に属する貴族も何人もその手紙の中に書かれていた。

 

「まあだから陛下に恨みを持った貴族達が今回の騒動を引き起こしたんじゃないのかな?」

「となると例の噂も国王の権威を下げるためにそこの貴族が流したのかもしれないわね」

「例の噂?なんのことだ?」

「第二王女が呪われた王女で、朽ち木病が王女が死んだことで起きたのではないかという噂よ」

「オレには関係ない話なんだけどね……」

 

 その当人はあまり気にしていない様子である。

 

「まあこれを持ち帰れば、国王にたいする謀反の証拠になるんじゃねぇの?」

「そうね、もうめぼしい物もないでしょうしここから出ましょう」

 

 地下室の中は換気が行き届いていないのか、若干息苦しい。

 

「ちょっとまって、何かが来る」

 

 私達が地下室から出ようとしたところ、ヒロが突然私を制止した。耳を澄ましてみると、突然地上から無数の足音がこちらに降りてくるのが聞こえた。

 



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32 啖呵

「誰か来るわ!構えて!」

 

 私の声が地下室内に響きわたると同時に、各自が戦闘態勢を取る。

 私も鉄扇をいつでも投げられるようにしておく。ついでに前に買った蝶型の仮面で素顔がバレないようにしておこう。忘れていた。

 

 ここは閉鎖的な地下室で逃げる場所も隠れられる物陰もない。当然数十秒後には十数人の武装した兵隊が地下室になだれ込んだ。

 

「キシリトル様の屋敷に忍び込むとは何事だ!」

 

 兵士の怒号とともに兵士たちの後ろから、でっぷりとした体格のハゲ頭の男が現れた。豚に貴族の服を着せていると言う表現が一番似合う姿形をしている男である。

 男はかなりイライラした顔つきで私達に話しかける。

 

「いったいキミたちはナニモノだネ?こんな夜更けに、しかもワシの屋敷の地下室に侵入するとはただ者じゃないのネ」

 

 すでに兵士たちは各々持っている武器をすでに抜き始めている。どうやらこの場を穏便に済ませることは始めから不可能のようだ。

 

 おそらく彼らは私達がバルコニーから侵入した際のこじ開けた窓か、もしくは地下室にはいるためにどかしたタイルを見つけて私達の潜入が発覚したのだろう。金庫の鍵開けに予想以上に時間が掛かってしまったのが非常に痛い。

 

「うるさいわね。私達はあんたが町中に呪いを媒介させて、王女に関わる悪い噂を流したの証拠をすでに掴んでいるのよ!おとなしく反逆罪で牢屋にぶち込まれなさい!」

 

 私はマリアンヌ特有の高音かつハイペースな語り口調で台詞をまくし立てる。

 手に証拠となる手紙が握られているのに気が付いたキシリトル子爵は歯ぎしりをした。

 

「それを知られたのならやはり生かしておけないネ。こんな頭のおかしい小娘にワシの計画がぶちこわされたなんて知られたら、あの偽王に嘲笑されるに違いないのネ!それだけはなんとしても避けなければ末代に伝わる恥になるのネ!」

「何であんたも頭のおかしい娘って呼ばれなけれならないの!だいたいあんたたちのやっていることは……」

 

 ハイテンションで言葉を連ねるうちに、だんだんと私の言葉に歯止めが付かなくなっていく。

 

「あんたたちのやっている悪事はみみっちいのよ!」

「はあ?!」

「今居る国王が気に入らないから、王女の事故死と病気を関連づけて国王の権威を墜とそうなんて言う計画がいちいち回りくどくて、みみっちいって言っているのよ!せめて悪事を働くなら、国その物を奪いなさい!」

 

 今言葉をまくし立てているのは私なのか、それともマリアンヌなのか分からなくなってきた。

 

「マリアンヌは国の頂点である王妃の座をねらって、さんざん周囲に根回しをしてようやく王子との婚約にかぎつけたのよ。だから王子に見初められた主人公をいじめていたのは王子を愛していたからではなくて、主人公が王妃になれば彼女に頭を下げるのがいやだったからよ!」

「マリアンヌさん!それマリアンヌさんもやっていることも十分せこいよ!」

 

 私の語りはトップギアに達し、ヒロのつっこみ程度では止まらない。

 

「だからあなたも悪役を名乗るのならもっと大きな目標を立てて挑みなさい!例えば王位簒奪とか!」

「別に悪役と名乗ってないし、王位簒奪を人に勧めちゃダメだってば!」

 

 ここで私の演説は終わり、ゼエゼエと息を切らす。

 一方キシリトル子爵はみみっちいとか、せこいとか言われて顔を真っ赤にしていた。

 

「やっぱ殺すだけじゃダメなのネ。この地下室に火をつけ、証拠諸共焼き尽くしてしまいなさい!」

 

 子爵は部下に命令すると、部下の数人が水差しのような容器から油を私達の方面にダバダバと流し始めた。

 

 ガイゼルは火をつけられると知った瞬間青ざめた。

 

「おいおい、あんたなんで奴らの気に触れるようなことを言った!奴らと交渉して、口止め料をもらう約束を取り付けてからトンズラすればいいだろ!」

 

 兵士たちはそれでもお構いなしに油を流し続けた。

 

「火をつけるのネ!」

 

 子爵の合図とともに地下室内に炎が燃え上がった。

 地下室という構造上、炎に直接炙られるだけでなく酸欠や一酸化炭素中毒で死ぬ可能性が高い。

 そして唯一の出入り口がいま炎の壁の先の、兵士たちが陣取っている場所である。

 

「ヤバイよヤバイよ……。このまま俺達蒸し焼きにされて死ぬのか?!」

 

 ガイゼルは炎を恐れているのか、半ば恐慌状態になりかけている。

 

 私達が生きて帰還するためには、あの炎と兵士たちを突破しなければならない。

 

「ヒロ!テーブル裏返しにして、あの炎の中に投げ込みなさい!」

「それ余計に燃えない?不安だけどやってみるよ!」

 

 ヒロは骸骨がおいてあるテーブルを掴んで、天板を地面にこすりつけるように投げつけた。すると天板の下にあった炎が酸素を失い火が消え、そこだけ炎のない道ができあがった。

 

 その間私は服の裾に火がつかないようにワンピースの下の部分を引きちぎり、太股が見えるくらいまで露出させる。

 一瞬男達がざわめいたが、気にする余裕はない。

 

「突破するわよ!」

 

 私はテーブルでできた道を走り抜け、もっとも前方にいる兵士の顔をめがけて跳び蹴りをくらわせた。

 



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33 逃走

 跳び蹴りを食らった兵士はたまらず突き飛ばされ、体が他の兵士にぶつかり、まるでドミノ倒しのように兵士の群が崩れた。

 

 兵士たち、特に跳び蹴りを食らわせた兵士は一瞬気がゆるんでいたらしく、私が思っていた以上に綺麗に跳び蹴りが決まった。

 

「ここから出るわよ!」

 

 私に続いてヒロもその腕力を振り回して兵士達をなぎ倒しながら地下室を脱出する。

 

「ガイゼルは?!」

 

 振り返っても、ガイゼルの姿はまだ炎の向こうにあるのか見えない。

 

「分からない!それより早くここから出ないとオレ達も死んじゃうよ!」

 

 ヒロは悲鳴を上げる。実際炎はテーブルに燃え移り、部屋の中が火の海と化している。

 梯子を登り、私達は命辛々地下室を脱出できた。

 地下室を封じ込めた方が敵が出てこれないかもしれないが、ガイゼルも出てこれなくなるからそのようなことは出来ない。

 

 私もヒロも息を切らして、地上の空気を思い切り吸い込む。

 

「マリアンヌさん、これからどこに行くの?このままだと敵に追われ続けるよ」

「こうなったら国王に直接直訴してやるのよ。証拠は確保しているし、あの豚を裁いてもらえれば万事解決でしょ」

「ちょっとまって、それってオレが王女の肩書きを使わないと門前払いになるんじゃない?いろいろと問題があるよ。と言うかもっと計画を立ててから実行すればよかったな……」

「見切り発車なのが何が悪いのよ!」

「見切り発車だからこういうことになっているんだよ!ともかく屋敷から脱出するよ!」

 

 こうしている間にも、体勢を立て直した兵士たちが梯子を登り始める音が聞こえる。

 

 私が屋敷の扉を開けて外に出た瞬間、敷地内に設置された警報が鳴り響いた。

 早くここから逃げ出さないと屋敷内の兵隊だけでなく、王都の憲兵も押し寄せてくるかもしれない。

 

 私達はとりあえず無我夢中で街の中を走り抜ける。

 町中の至る所から兵士の怒声が聞こえる。

 

「しつこいわね!」

「いったんどこかに隠れた方がいいんじゃない?」

「そうね。でも宿は迷惑が掛かるからダメよね。それにテントもまずいし……」

「それならスラムの中だったらまだマシじゃねぇのか?俺の知り合いに訳ありの奴を一時的に隠してくれるのを知ってるけどどうだ?」

「それは確かに良さそうね……って誰?」

 

 私が今居る裏道には私とヒロしかいないはずなのに、なぜかそれ以外の声が聞こえる。というより聞き覚えのある声と話し方だ。

 そして何もないはずの空間から、突然誰かが私の手首を握ったような感触を受けた。

 

「俺だよ俺。別に詐欺じゃねぇけどな」

「ガイゼル?あんた死んで実体のある幽霊になったわけ?!」

「バカ野郎。俺は死んでなんかねぇよ。ちぃとばかし透明になっているだけだ」

「透明?」

 

 確かに目を凝らしてみると、目の前の風景が一部屈折しているように見える。その屈折のでできた輪郭は確かにガイゼルにそっくりだ。

 そしてその透明な輪郭から、突然宝石や金銀が取り出された。

 

「あんたたちが囲いを突破している間、屋敷の中は大騒ぎだったからな。透明になれる妖精の粉を自分にかけて、逃げ出すついでに金目の物をいくつか持ってきたんだ」

「……それオレ達にもかけてくれなかったの?」

「元々俺一人で潜入するつもりだったからな。三人分用意する必要はないだろ?」

 

 ヒロが大きなため息を付いた。

 

「ともかく、一時的なほとぼりが冷めるまでそこで滞在しておこうぜ。幸い金はあるからな」

 

 ガイゼルは宝石をジャラジャラと揺すった。

 

 これからの方針が定まっていないため、とりあえずガイゼルの言う避難所に待避することになった。

 

 避難所はスラム街の中心部にあるバラックの中にあった。今にも崩れ落ちてしまいそうな建物の中に入り、地下に案内されるとそこには以外と快適な空間が広がっていた。部屋の中は窓がないことを除くと、前に取った宿とそう変わりはない。

 

「政治犯が他国に亡命する直前にここでかくまってもらうこともあるらしい。そういう奴らは家の金をありったけ持ち出してそれなりに手持ちが多いから、そのような奴らを商売相手にしているんだよ」

「ふうん。こういうところもあるんだね」

 

 ヒロはベッドの一つに腰かけ足をブラブラとしている。

 

「それでこれからどうしましょうかしら」

「あんまりもたもたしていると、下手したら貴族の連中がお前達のことをあることないことを町中に吹聴し始めるぞ」

 

 もしそのようなことが起きたらこの街で活動するのがかなり面倒くさくなる。

 今後の行動方針について話し合う必要が出てきたようだ。



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34 反撃

 とりあえず半日待機して周囲の騒ぎが収まった後、私達は服を着替えてオーラムのテントに戻った。

 

 オーラムは一晩眠っていなかったらしく、仮面越しからでもかなり寝不足な様子であることが分かった。

 

「マリアンヌさん、昨日の真夜中急に患者の容態が回復しました。一部の人がひどく衰弱しているため楽観視は出来ませんが、とりあえず死者はでていません」

「そう。それはよかったわ。それでちょっと話すことがあるのだけど……」

 

 私は昨夜の出来事を話して、いまキシリトル家の者に追われていることを話した。

 オーラムはちょっと困ったように肩をすくめた。

 

「そうですか……あたしとしては患者が治ったのは喜ばしいことですが、マリアンヌさんが逃亡の身にあることは非常に心苦しいです。とはいえあたしが手助けできることは限られています。下手すれば、自分が所属しているアルキミア王国とデーニッツ王国との関係が悪化するかもしれませんし」

 

 アルキミア王国の王女専属医師であるオーラムは政治的問題から手助けは難しいらしい。

 

「となると……残るのは冒険者ギルドかしら」

 

 依頼を受注したのは冒険者ギルドだし、国内各地に拠点を構える巨大な組織らしいので、駆け込んでも貴族の圧力に屈せず匿ってくれるかもしれない。

 そのためキシリトルの手の者に捕まる前に依頼の完遂をしてからギルドに駆け込むことにした。

 4人で手分けして患者をオーラムが事前に手配していた別の医療機関に搬送して、テントを畳み簡易診療所を解体した。

 

 そして冒険者ギルドのカピタル支部に私達は駆け込んだ。

 

「は、はあ……。依頼は満了したけど解決のためにキシリトル子爵の屋敷に忍び込んでそれが原因で追われていると……」

 

 私が報告を終えると、受付嬢は顔をひきつらせていた。ちなみにガイゼルは依頼とは直接関係がないからと言ってこの場にはいない。と言うより行方をくらませてしまった。

 

 待合室でしばらく待機していると、先日会ったギルド幹部のレンズが現れた。

 

「マリアンヌさん、あなたはなぜいちいち貴族と対立するのですか?もう少し穏便に解決する方法はなかったのでしょうか」

「始めから穏便に済ませる方法があったらそうするわよ」

 

 男はため息を付いた。

 しばらくなにやら考えていたが、その後男はこう話を切り出した。

 

「確かに私達は冒険者の自由の保護を尊重していますが、キシリトル子爵からの攻撃を保護できるのかは分かりませんね……。それよりも反撃に移った方がいいのかもしれません」

「反撃?」

「キシリトル家やサドエス家は現在の国王に対して不服を申し立てて、謀反として今回の騒動を引き起こしたと言う話が仮に本当ならば

、国王に申し上げれば解決に動いてくれるかもしれません」

「でも何の取り置きもなく宮中に入ろうとすると門前払いされるんじゃない?」

「ただの一冒険者ならそうなるかもしれませんね。しかし冒険者ギルドの意向として動くのなら、話を聞いてもらえる可能性は十分にあります」

 

 幹部レンズの話によるとかつてのデーニッツ王国は国の軍隊が魔物の討伐をしていたのだが、冒険者ギルドが成立してからは仕事の一部をギルドに外部委託しているため、国王であっても冒険者ギルドを無視することはできないらしい。

 

「その上反国王派の謀反の証拠を差し出せば、国王に大きな借りができます。そうなればさらに国内での冒険者ギルドの影響力が強まります」

「つまりギルドとしても協力する価値があるから協力するということ?」

「ええ」

 

 レンズの返答を聞いて、ヒロはなんて現金なんだとため息をついた。

 男は羊皮紙に丁寧な文字を書き付け、私にその紙を渡してきた。

 

「ギルドから、あなた達を指名する緊急依頼です。依頼内容はギルドからの緊急報告を国王に奏上することです。あなた達だけでは難しいでしょうから高ランクの冒険者も一人付けます。護衛はその人に任せてあなた達は証人として王宮に上がってください」

「そんな重大なことをあなた一人で決めてしまってよろしいのかしら」

 

 目の前の男はあくまで幹部の一人であり、今彼のしていることは下手すればギルド全体に大きな影響を与える行為である。

 男はすこしにやりと嗤った。

 

「ギルドでは王宮に取り入る方針がすでに決まっています。それにギルド全体が巨大になりすぎているため、ギルド全体の意向をまとめるには膨大な時間が掛かります。その間あなた達を保護するのは困難だと思われます。もたもたして利益を逃すよりは、最低限ギルド長の許可だけをもらって行動に移したほうが良いと思われます」

「それってもしかして他の幹部に出し抜けされないためだったりしませんか?」

 

 ここまで黙って聞いていたオーラムが口を挟んだ。自身の出世のために早急な判断を下したのではないのかと推測を話すと、レンズは急に真顔になった。

 

 対談が終わった一時間後、レンズが手配してくれた冒険者と合流した。

 その冒険者は全身を黒い甲冑でまとい、宝石で飾られた長剣を腰に帯びていた。声は少なくとも30半ばの男性のようだが、ヘルムを被っているため声がこもって聞こえる。

 

「私がアレクスだ。冒険者ランクは12。カピタル支部ではトップ5の中に入る冒険者、ということになるらしい」

 

 アレクスは口調は砕けているが態度は丁寧で、自身の実力を過大評価せずに見極めているようであった。



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35 対面

「アレクスね。私はマリアンヌ・スカーレットブラットだわ」

「よろしく。今は二人で冒険者をやっているんだ」

「ほお。マリアンヌか。こちらこそよろしくお願いする」

 

 黒騎士は礼儀正しくお辞儀をした。一介の冒険者であるらしいが、冒険者というよりどこかの騎士団に所属している騎士と言った雰囲気だ。

 

「スカーレットブラットという家名は聞いたことがないが……。それはともかく、そこの坊主ちょっと顔を見せろ」

「へ?顔をって……ちょっと!」

 

 アレクスは小手の指先で器用にヒロの仮面を剥がした。

 

「…………」

 

 男は彼女の顔をまじまじと見ると、突然ヒロの顔を突然つかみ力を込めて握り始めた。

 

「なに?!痛い痛い、やめてってば!」

 

 突然の騎士の野蛮な行為に彼女は驚愕し、掴んだ指を引き剥がそうとするがうまく剥がれない。男は激しく顔を揺さぶってやがて手を離すと、今度は自分の顔を彼女に近づけ圧力をかけた。

 

「……お前、今、冒険者をしているといったよな」

「そうだけど」

 

 ヒロも怒りを込めてアレクスをにらみ返す。

 

「冗談じゃねえ……ふざけるな!…………冒険者ギルドもそこまで墜ちたか」

 

 後半の台詞は振り絞るようにして男は言った。

 

「いいか、坊主。冒険者というのは物見遊山でなるような職業じゃない。魔物と戦い、常に命がけな職業だ。いつ死ぬかも分からない。少なくとも人間の子供がほいほいなるような職業じゃない」

「……そんなのは分かっている」

「いいや分かっていない。お前、何ができる?冒険者として生きるために必要なことでお前は何ができるんだ?」

「……他の男達より力がある」

「それだけか?例えば剣術の道場で皆伝を取ったことは?」

 

 ヒロは首を横に振った。

 

「なら回復魔法や攻撃魔法の類は?」

 

 この質問も彼女はまた横に振った。

 

「初めて歩く森の中で地図一つで目的地にたどり着くことはできるか?山の中で凍えずに一晩過ごす方法は?魔物が潜んでいる洞窟を見分ける方法は?」

 

 これも彼女はすべて否定した。

 

「こんな未熟な子供が冒険者だ?冗談も大概にしておけ。髪を短く切って、男口調で話せば受け入れてくれるなんて思い上がりにもほどがある。こいつが冒険者をなめ腐っているのも気に入らんが、ギルドも悪い。こんな奴を入れるほど人手不足なのか?」

 

 男は彼女を痛烈に批判した。

 私もゲームのキャラ、マリアンヌの力を頼っていること以外はヒロと条件は変わらないため、アレクスの批判がグサグサと突き刺さる。そのせいもあって男の剣幕に口を挟むことができなかった。

 

 一方ヒロはというと、顔を真っ赤にして拳を堅く握っているが、彼の言っていることが正論であるため反論すらできずにいた。

 

「お前には冒険者をやる資格はない。さっさと親元に帰ってぬくぬくと暮らせ」

 

 男はそう結論を告げた。

 そこに別の冒険者が偶然通りかかった。その男は二十代半ばで、黒騎士と知り合いらしく、男に苦笑混じりで親しく話しかけた。

 

「おやアレクス。今日は珍しく饒舌だな。普段『ああ』とか『そうだな』とかしか言わないくせに。よほどそのガキがあんたの気に触れるようなことでもしたのか?」

「ああ。……ろくな技術がないくせに冒険者になろうとするバカがいたもんで、ついカッとなってな。……久々に休暇ができたからここに立ち寄ったのだが急にギルドの幹部に泣きつかれてな。他に用事があったのに私以外に回せる人材がいないと言われて、無理矢理連れてこられたから、気が立っていたんだろうな」

「休暇?休みの日に冒険者をしている、ということなのかしら」

 

 緊張が一時ほどけたので私がたずねる。

 

「ああ。アレクスは見ての通り名門の騎士の家の出らしくてな。普段はそちらの仕事をしているが、たまにこっちで冒険者家業をしているんだよ」

 

 確かに黒い全身鎧も宝石が付いた長剣もおよそ冒険者らしからぬ品々である。

 

「そうだった、自己紹介がまだだったね。俺はセイバ。ランク11の冒険者だ。アレクス、すまんが今日は先約の依頼があってな。これから出かけるところだから力にはなれない。あと、見た目でただでさえ子供達からビビられているんだから、そんなに怒るなよ。じゃあな!」

 

 快活な青年はそのまま去っていった。

 一方のアレクスは深くため息を付いた。

 

「……あの男ならあんたが100人束になってもかすり傷一つ負わないだろう。冒険者の世界はあんたに都合良くできていない。強い奴が生き残り、弱い奴は死ぬ。それが嫌ならここから去れ」

「嫌だ。俺は冒険者になるんだ」

「……どうしてだ?金か?名声か?そんな楽な仕事じゃないぞ」

「オレには憧れて、なりたい人が居るんだ。だからあんたが何を言おうと冒険者をやめるつもりは、ないんだ」

 

 ヒロは力強く返答した。アレクスはしばらく黙っていたが、こう言った。

 

「……そうか。なら勝手にしろ。あんたがどこで死のうと知ったことはないが、私も仕事だからその間は死ぬな。……名前は何だ」

ヒロ(無名の英雄)だ」

「そうか、ヒロか。……マリアンヌ、すまない話が長くなってしまったな。今回の仕事の確認をしておくか」



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36 占領

「それで私は急に依頼を持ち込まれたのだが、具体的に何をするつもりなのだ?」

 

 男は仕事の詳細を話されていなかったらしく、私が説明すると男は微妙な顔をしたような気がした。

 

「そうか……国王への謁見の予約をしないと、確実に会うのは難しいかもしれないな。単に門前払いされる可能性もあるが、そもそも国王が不在の可能性もあるから空振りに終わる可能性もあるぞ」

「でも予約を取ってから行くのは遅すぎるわよ!こうなったら宮中に寝泊まりしてでも国王に会ってやるわ!」

「それは困る……というより貴族達に迷惑が掛かるからやめろ」

 

 もう追っ手に追いかけられて町中を駆け回るのはごめんだ。

 

「オーラムはギルドで待機してもらえば安全だろうし……、ヒロはどうするかしら?オーラムと一緒に居る?」

「オレは……オレも行くよ。あまり行きたくなかったけど、この男にバカにされたまま黙っているわけにはいかないよ」

 

 ヒロは拳を強く固めた。アレクスは特に彼女に興味を示さずバッグから地図を取り出した。

 

「王城はギルドを出て商業地区をまっすぐ突っ切れば20分もかからない。追っ手が襲ってくるかもしれないが、人混みの中でおおっぴらにはできないはずだ」

 

 王城にたどり着いてからは、ギルド長の書簡を使って内部に強引に入って国王に手紙を渡す。それまで証拠となる手紙を守りきればいいのだ。

 

 そして私達はギルドを出発したが、王城にたどり着くまで追っ手は陰すら見ることはなかった。

 

「何も起きなかったし、杞憂だったかしら」

「だといいのだがな」

 

 門番に書簡をたたきつけて、国王との謁見を申し出たが意外な返答が返された。

 

「陛下は現在鷹狩りに出かけておりまして、すくなくとも今日は戻ってきません」

「ずいぶんとタイミングが悪いわね……でもこの手紙は非常に重大なのよ。国王が居なくても入らせてもらうわ」

「それは困りますよ……キミたち冒険者でしょ?ただでさえ今日は貴族の私兵が立ち入っているのにこれ以上怪しい者を入れるわけにはいかないですよ」

 

 門番の説明にアレクスが反応した。

 

「私兵?まさかとは思うが……。やはり通してもらえないか?私はアレクス・エイリアスだ。この案件は国を左右する大事な案件で、ぜひとも陛下に渡さなければならないのだ」

「は、エイリアス様ならしかたありませんな……」

 

 アレクスの名を使って王宮に入ると、突然至る所から兵士達が沸きだして私達に向けて武器を向けた。

 

「間違いない、あの娘だ。あの娘を殺して手紙を奪え!」

「ちょっと、もしかして王宮が占領されていない?」

「まさかキシリトルが思い切った行動に移すとはな……。王の不在に乗して私兵を配置したのか」

「こういう時って近衛兵とかがいなかったのかしら」

「ちょうど手薄だったみたいだな。もし王城が占領されたのならこのまま引き下がるのはまずいな。突破するぞ」

 

 怒声とともに十数人の兵が襲いかかるが、アレクスはそれに一人で立ち向かい一人、二人と瞬時に切り倒してしまった。さすが高ランク冒険者である。

 

「負けてられないよ!」

 

 ヒロも長剣を抜き応戦するが、一人に対して兵士が二、三人で襲いかかるため次第に不利になっていった。

 

「【雷光(ライトニング)】」

 

 アレクスはそれを見ると、剣の先から雷光をとばしてヒロと戦っている兵士を黒こげにした。

 

「戦うときは1対1に徹しろ。それに間合いが近いからもっと離れろ」

 

 対して向こうは同時に五人を同時に相手しているのに、アレクスは彼女にアドバイスをした。

 そう戦っているうちに兵士が一人二人と倒れていき、人の壁が薄くなり突破できるようになった。

 

 私達はその隙間から強引に王城内に立ち入った。

 

 アレクスの指示に従って城の中を走り、追っ手を振りきった。逃げた先は城の中庭で、色とりどりの花が咲き乱れていた。

 

 私は息を整えた。

 

「いったい何がどうなっているのよ!」

「おそらくマリアンヌのもっている手紙が国王の手に渡れば身の破滅になるのが分かっているから、やけを起こして国王の不在を利用したのだろう」

「これでどうすればいいんだ?このまま貴族達に占領されてままはダメだよ……」

 

 ヒロは今王女の肩書きを捨てているが、王城は彼女にとって実家に等しい。それが別の貴族に蹂躙されているのが許せないのだろう、自分の唇を噛んでいた。

 

「近衛騎士団を呼び、首謀者を捕まえる必要がある」

「だったら二手に分けたほうがいいんじゃないかしら?」

「それって戦力を分断するから危なくない?」

「……危険のは確かだ。だからお前達はここで隠れていろ。二人を守りながら戦うよりも、一人で騎士団を呼ぶ方がよほど楽だ」

 

 アレクスは立ち上がり、庭から立ち去っていった。



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37 突撃

 アレクスが立ち去った後、ヒロの方を見ると彼女は青ざめていた。

 そして私にこう提案してきた。

 

「マリアンヌさん……オレもここから出て行っていいかな?」

「危ないわよ。さすがに数が多いから私でも対処しきれないわよ」

 

 以前の盗賊と戦ったときでさえ、私は全員を対処しきれなかった。練度も数も多い兵士相手に戦えるかは分からなかった。

 

「でもこのまま待っていたら、いつか見つかっちゃうよ」

 

 それも確かに事実だ。

 ときおり兵士の軍靴が床をたたく音が庭の周辺から聞こえてくる。いつ私達が見つかるか分からない。

 

 そう思う度に私の中の「私」の心がキュッと恐怖で締め付けられる。激しい感情に駆られ、「マリアンヌ」として振る舞って居るときには感じなかった感情だ。

 

 もし見つかって、兵士に捕まってしまったらどうなるのだろうか。

 牢獄にほおりこまれるのだろうか。その前に激しい拷問を受けるのだろうか。そして最終的に断頭台の上でその生涯を終えるのだろうか。

 

 息を潜めて考えたくもないことばかりが脳をよぎる。

 

 私は頭を振るってその考えを払拭する。

 

「こうなれば埒が開かないわね。ヒロ。あなた王女ならなにか抜け道とかでいいから、突破口とか知らないかしら?」

「抜け道?ええっと確か隠し通路があったような……。この庭の隣の庭に、王城の執務室から王城の外までつながる隠し通路の、そこに繋がる入り口があったはずだよ」

 

 やはり王城にはこのような敵に占領されたときのための非常口が用意されているらしい。

 

「ならそこを通って執務室から敵陣を襲撃するわよ!首謀者がうまく捕まれば敵陣営も混乱するに違いないわ!」

「うそ?抜け道から逃げないの?」

 

 確かに王城をいったん出て、騎士団を連れてきたアレクスと合流したほうが安全に攻略はできるだろう。

 

「でも、それだと王城に取り残された貴族やあなたの家族の身が危ないかもしれないわよ!」

 

 現在王宮内はなぜか近衛騎士団が手薄で、国王も不在なため不埒者が王城に私兵を送り占領している。となれば逃げ遅れたり、隠し通路を知らない貴族やヒロの兄弟がどこかに監禁されている可能性は高い。

 おまけに敵は身の破滅を感じてやけくそ気味に行動を起こしている。だから捕らえられた者が無事であるとは言い切れない。

 

 ヒロは家族、と言う言葉を聞いてはっとした。

 

 私も、マリアンヌも、この世界に家族はいない。

 でもヒロには、プリステア王女には家族がいるのだ。例え名を捨て、冒険者に身をやつしてもその事実は変わらない。

 

「家族の前に今の姿を見せるのに抵抗があるかもしれないけど、それだったら敵本営を叩いてしまえばいい話でしょ?」

 

 私の話を聞いて彼女の眼から迷いが消えたように見えた。

 

 それに首謀者を叩けばその恩賞として貴族の位をもらえるかもしれない。そのまま公爵家令嬢を手に入れれば目標達成だ。

 意外な抜け道を見つけてしまったかもしれない。

 

「方針が決まったならさっさといくわよ!ヒロ、案内しなさい!」

「マリアンヌさん、相変わらず傍若無人だよね。まずここから出よう」

 

 兵士の目を掻いくぐり、隣の庭の茂みの中に隠された入り口から隠し通路に潜入する。

 最近人が通った形跡はなく、通路の中に蜘蛛の巣がかかっている。

 

 蜘蛛の巣をかき分けしばらく進んでいくと、執務室の真下に到着したらしく後は階段を上ればいいらしい。

 

 隠し通路の入り口を少し開いて中を覗くと、見覚えのあるでっぷりとした肉付きのいい背中が見えた。

 人型オークことキシリトル子爵は護衛に守られながら、兵士を叱責していた。

 

「なに?!あの女を見つけて、それで逃しただと!ええい、早くあの手紙を取り戻し、八つ裂きにするのネ!そうしなければワシの身の破滅になるのネ!」

 

 大量のつばを兵士の顔に振りかけた後、兵士を下がらせてキシリトルはどしりといすの背もたれにもたれかかった。

 

「全く、サドエスも重大な用事があるからと言って金だけをよこして

、自分は無関係であると装うつもりなのかネ」

 

 男は自分が背後から狙われているのに気が付いていないのか、机の上の酒瓶に手を伸ばしゴキュッゴキュッと飲み干した。

 周りには十数名の武装した兵士が護衛として待機しているが、キシリトルの態度をいさめるどころか、むしろ見ないようにしている。

 

 襲いかかるなら今しかない。

 そう思った私はヒロに目線で合図を出す。

 

 覗いていた隙間に手をかけ、一気に扉を開いて室内に躍り出る。

 

「覚悟しなさい!」

 

 私は肥えた背中めがけて鉄扇の鋭い先端を突き刺した。

 しかしそれは体を貫通するどころか、ガキンと金属に当たったような固い音がして弾かれてしまった。

 

「?!」

 

 私は思わず後ずさったが、ここは狭い室内。背中の壁が邪魔で相手と距離がうまくとれない。

 

 男は振り返った。先ほどの一撃が対したことがないかのように余裕の表情である。

 服に鎧の類を着ていたのだろうか?

 キシリトル子爵は私を見ると表情を醜くゆがませた。

 

「ククク。またあったネこのクソ女!貴様のせいでワシの計画がめちゃくちゃになったのネ!今度こそは八つ裂きにした上で火炙りにしてやる!」

 

 彼の背後にある護衛達がこちらに向けて武器を向けた。

 

 室内の兵力では足りないと判断したのか、それとも確実に私を殺すためたのか、男は手元にあるハンドベルを盛大に鳴らしてさらに増援を呼び寄せた。



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38

「……!」

 

 私はとっさに固まってしまった。

 このままだと援軍を呼ばれて数の暴力に圧殺されてしまうだろう。 隠し通路に引き返しても逃げきれるかどうか怪しいが、脱出した方がいいのかもしれない。

 

 そう迷っていたとき、私の脇を小さな体が通り過ぎた。

 

「ヒロ?!」

 

 彼女は兵士達を強引に押しのけ、執務室と外に繋がる扉にかじりつくようにとりついた。扉は内側から開くタイプであるため、扉を引っ張り外から援軍が室内に入らないようにしたのだ。

 少しして外から扉をバンバン叩く音が聞こえたが、ヒロが食い止めているおかげで今のところ加勢はない。

 

「誰も入れさせない!マリアンヌさん、なんとかして!」

「……分かったわ」

 

 ここまできたら自分も覚悟を決めた方がいいだろう。初撃に失敗して弱気になっていたけど、きっとマリアンヌなら果敢に立ち向かうだろう。

 

 私は鉄扇を構えて戦闘の態勢を取る。キシリトル子爵と護衛を含めて敵は十数人。

 ワイドウィングを起動し、室内の壁を蹴り上げながら私は縦横無尽に戦う。兵士の注意を可能な限りヒロから逸らすために可能な限り派手に戦う。

 兵士の顔を蹴り上げ、剣先を直感で回避し額に鉄扇をたたき込む。

 たった一人で大勢の兵士を相手に立ち回ることができている。

 

 マリアンヌの戦闘力がここまで強いとは思わなかった。いくら彼女が主人公のライバルだとしても、ここまで強い必要はないはずだ。

 もしかしたらここはゲームとは違う世界だから、世界にあわせた強さになっているのだろうか?

 

 そんなことを考えているうちに一人二人と兵士が倒れていく。

 そしてキシリトルとその側近数人だけになった。

 

 ヒロのおかげで増援はまだ室内に流れ込んでいないからなんとかなっているが、連戦のせいでこの時点で少し息切れしてきた。

 

 その一方キシリトルはギリギリと歯噛みして私をにらんでいる。

 

「まったく、忌々しい娘ネ!ことごとくワシの邪魔をしおって!」

「相変わらず台詞が三流の悪役その物ね。肥溜めを食べたような口でそんな言葉をはいても滑稽なだけよ。いい加減覚悟しなさい」

 

 私は鉄扇をキシリトルに向けて投擲した。

 鉄扇は護衛の隙間をかいくぐって飛んだが、男は見た目からは想像付かない反射神経をもって腕で受け止めた。

 本来なら骨を砕くほどの威力のはずだが、男は気にもとめないようだ。

 

「な?!あんたいったい何様よ!」

 

 キシリトルは私が驚いているのを見ると、にたりと(わら)った。

 

「ククク……。こんなこともあろうかとわしは自分の体に呪術による強化をほどこしているのネ。ワシの体は全身鉄のように固くなっているのネ」

「まったく面倒ね……」

 

 ガイゼルの話ではキシリトル本人が朽木病の感染源になっているらしいため、娼婦達を苦しめると同時に自分は逆に利用しているのだろう。

 

 鉄扇は腕に当たって足下に転がって、回収が困難になってしまって若干不利になってしまった。一息にしとめようとしたがそれがあだとなってしまった。

 

 そうしている間にもヒロが押さえている扉がドンドンと激しくぶつかる音がして、今にも蹴破られそうだ。

 今のうちに倒さないと室内になだれ込んだ兵士に圧倒されてしまうだろう。それなら別の武器を用意する必要がある。

 

「ヒロ、腰に差している長剣を貸しなさい!」

「え?いま両手が使えないから、マリアンヌさんが抜いて!」

「仕方ないわね、剣が抜きやすいように体の向きを変えなさい!」

 

 キシリトルから距離をとって、扉の方に向かい長剣を引き抜く。長剣は鉄扇と比べて手にしっくりとはこないが、王都の武器屋で買った剣であるためしっかりとしたつくりで扱いやすい。

 

 しかし私が再び立ち向かおうとしたそのとき、ヒロが体の向きを変えてしまって扉を押さえる力がゆるんでしまったらしい。突然ドスンと音がしたかと思うと、バキッと蝶番(ちょうつがい)が壊れる音がして扉を蹴破られてしまった。

 

 しまったと思って振り返ると、そこには銀色の鎧を着た騎士と共に黒の鎧を着た騎士が立っていた。



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39

「マリアンヌか。何とか間に合ったようだな」

 

 アレクスは騎士達を連れて室内にずかずかと入ってくる。そして護衛に守られているキシリトル子爵を見ると剣を抜いた。

 

「お前が今回の騒動の犯人か。城の主不在の隙をついて王城を乗っ取る行為は国家反逆罪に値し、お前だけでなく一族全員が処刑されることになる。だが、もしお前がここでおとなしく投降するならその首一つですむかもしれないがな」

 

 続々と武装した騎士が集まるにつれて、無理を悟った敵側の兵士は続々と投降していく。しかしキシリトルは顔を真っ赤にして怒り、まだあきらめるつもりはないようだ。

 

「おのれ!どいつもこいつもわしの邪魔をしおって!」

 

 しかし多勢に無勢。じりじりと追いつめられていき、護衛達も一人一人と武器を下ろし始めた。

 アレクスは配下に敵兵の武装解除を指示すると、まだあきらめない子爵に対してこう告げた。

 

「すでに王城の主要なところは我々の手で奪還している。ここにいる貴様の勢力はそいつら以外はすでに倒した。これ以上抵抗するのは無駄だ」

 

 ついにキシリトルも抵抗をあきらめたのか、がっくりとうなだれた。

 どうやら事件も収束しつつあるようだ。

 

「……あら、ヒロはどこに行ったのかしら」

「そういえばそうだな。あの子供はあんたのそばにいるはずだしな」

 

 彼女はさっきまでドアの真正面にいたので、蹴破られたときに巻き込まれてないといいのだがと思ってドアの方を見た。するとどうやら巻き込まれてしまったらしく、壊れたドアの脇で気絶していた。

 

「ヒロ?!」

 

 幸い気絶しているだけで怪我は負っていないようで、彼女を揺り動かすと目を覚ました。

 

「ううん……」

「ドアを蹴破った際に誤って巻き込んでしまったのか。すまないな」

「ヒロは扉を押さえて敵が侵入しないようにしていたのよ」

「そうなのか」

 

 アレクスは謝罪を述べながらヒロを起こした。彼は起こした後、彼女の頭の上に載せ、今度は優しい手つきで頭をなでた。

 

「この子がドアを押さえてくれたおかけで、王城内の兵士の大半がドアの前で立ち往生していたからな。おかけでかなり手早く王城を制圧することができた。感謝する」

 

 ヒロは黙ってなでられていたが、気恥ずかしいのか少し顔を赤くしている。

 

 そうしている間に次々と兵士たちが武装解除され、拘束されていく。そしてついに首謀者であるキシリトル子爵の拘束に取りかかった。

 

 男は私を苦虫を潰したような顔をしてしばらくにらみつけていたが、ヒロの方を見て何かに気が付いたような表情をした。

 そのときは頭をなでられた際にフードがはずれており、彼女の茶色い髪が露出していた。

 

「き、貴様まさか……」

 

 それまで表面上はおとなしくしていたが、突然立ち上がり何か言いかけた。

 私達は王族しか知らない隠し通路を通って執務室に侵入した。なぜそのような情報を知っていたのかと言う理由を考察すれば、ヒロの容姿から王女プリステアの面影を見たのだろう。

 しかしそのことを周囲に言いふらされれば、彼女がこれ以上冒険者をできなくなってしまう。

 私はこの世界に来てから、世界の常識を教えてもらっているという恩義がある。だから彼女が冒険者を続けられるために、キシリトルののどを掴み言い掛けた言葉を無理矢理止めた。

 

「う、うぐぐ!」

 

 のどを掴まれ息を詰まらせたキシリトルは、必死になってもがき力強く抵抗する。

 そのため男の抵抗を奪うために、私は男の下腹部を力一杯蹴り上げる。

 

 その一撃がかなり効いたらしく、男は悶絶の表情を浮かべた。

 少しおかしい。確か呪いで身体を強化されているはずで、先ほどまでの攻撃もあまり効かなかったはずだ。

 

 もしかしてここが弱点?

 試しにゲシゲシと同じ所を蹴るとかなり痛いらしくキシリトルは悲鳴を上げた。

 

「あら、ここが痛いのかしら?」

「ぐぎぎ……」

「マリアンヌ、お前は何をしているのだ?」

「こいつがよけいなこと言わないようにする為よ」

「そうか……くれぐれもうっかり殺さないでくれ。こいつは王の面前で正式に裁くべきだ」

 

 キシリトルに猿ぐつわを噛ませて、アレクスは彼を連行して部屋を立ち去った。



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40

 後始末は我々に任せてくれ、とアレクスに言われたので私達は王城を離れ、街に戻った。

 

 宿に置いていた荷物を引き取り、一応身の安全をはかるために冒険者ギルドの一室で数日間宿泊した。王宮内のゴタゴタがあったせいなのか、その間アレクスはギルドを訪れなかったが、そのかわり使者が私たちを訪ねた。

 

「陛下からマリアンヌ様に言伝がございます。陛下が留守の間に起きた襲撃事件を見事解決した暁に、あなた様に報奨を授けたいとのことです。明後日の正午、少なくともあなた達のどちらかは王城に参上してもらいたい、とのお願いでございます」

 

 使者は伝言を伝えた後、これはお願いではなく陛下からの命令でございますと小さく付け加えた。これは貴族の常識を知らない、冒険者の私が貴族的な言い回しを誤解させないための配慮なのだろうか。

 

「少なくとも一人と言うことは私だけでもいいということかしら?」

「そうじゃないの?さすがに親にこの姿を見せたらひっくり返ってしまうから、オレは遠慮するよ」

 

 彼女はやはり家族に冒険者の姿を見せたくはないらしい。以前からかなり嫌がっていたし、あの時も緊急事態でなければ王城に駆け上がることもなかっただろう。

 

 というわけで私一人が国王に謁見することになった。

 

 そしてその当日、私は用意された馬車に乗り王宮に登城するとこになった。

 

 前に来たときは急いでいたため余りよく見ていなかったが、やはりとても美しく壮大な城だ。

 旅行や写真で中世西洋の城はいくつか見たことがあるが、それらよりも時間が経っておらず新しいためかとても綺麗だ。

 

 そして私はヒロの父である国王と謁見の間で対面する事になった。

 

 国王は40前後の男性だが、かなり体を鍛えているらしく周囲の騎士のように筋肉質であった。

 王はすくりと玉座から立ち上がると、威厳のある低い声で話し出した。

 

「私はエドワール・フォン・デーニッツだ。此度は王宮に巣くう不埒者を倒したことにたいして感謝する」

「え、ええ。大したことはしていませんわ。ただの成り行き上のことですし……」

 

 これが国王の威厳によるものなのか、中身が一般人である私は思わす緊張してしまう。彼の娘であるヒロはかなり気さくな感じがするが、やはり大国を治める人物が放つオーラは今まで出会った他の貴族と比べても別格であるように感じる。

 

「今回そなたを呼び寄せたのは、私の不在に乗じて事を起こした反国王派の事件について話してもらいたいからだ。事の経緯は騎士団とアレクスから聞いているが、そなたの口からも聞いておきたいことはいくつかある……。ああ、椅子はすでに用意しているから適当に座ってくれ。どうせ私の私的な謁見だし、気楽に構えてくれ」

 

 そういうと国王は玉座の上で器用にあぐらをかいた。やはり親子は似るものなのだろうか。

 

 言われるがままに椅子に座ったが、何を聞かれるか分からなくて怖い。

 

「そなたはアレクスと共に王城に侵入したと聞いたが、彼と一時離れて以降の行方は分かっていない。どうやら執務室で合流したらしいが、それまでにそなたを見かけたと言う情報がない。どうやって執務室に入ったのだ?」

 

 ああ、それは聞かれたくなかった質問だ。現在行方不明の王女から隠し通路を教えてもらってそこから侵入したなんて、とうてい返答できるはずがない。かといって適当な返事では嘘がバレてしまうだろう。

 

「ええっと……偶然隠し通路らしきものを見つけたので、そこから入りましたわ。まさかそのままキシリトルのいる所に繋がっているとは思いませんでしたわ」

 

 手のひらから汗をかきはじめたため、手を握ってごまかす。国王はじっと私を見つめて、何かを推し量っているようだが私の内心を見透かそうとしているのだろうか。

 

「そうか。偶然隠し通路を見つけてしまったのか。それは王族と一部の貴族のみに知らされている脱出通路だ。偶然だとしても見つけるのはかなり困難なはずだが……、もしかしたら経年劣化で見つけやすくなったのかもしれないな」

「そ、そうかもしれないわね」

「偶然ならしかたないな。後で修繕しておくか。それよりこの道の件は決して他人に口外してはならない。あの男たちの二の舞になるかもしれないからな」

 

 あの男、つまり謀反を企てたキシリトルとその派閥に属していた貴族達の話が出てきた。

 アレクスの話では、国王に反逆した者達は処刑及びお家断絶になるとのことだが……。

 

 国王はあぐらのまま髭をいじりながら、大したことがないかのようにこう言った。

 

「むろん、彼らは激しい尋問にかけた上で処刑だ。今分かっているだけで反逆罪と呪術の悪用、無関係の市民に危害を加えたことなど、まさに悪事のオンパレードだ。それらだけでなく余罪もあるかもしれないからな。念のために調べておく」

 

 あっさりととんでもないことを言ってのけた国王に対し、私は背筋が凍り付くような思いがした。

 

「とはいえそなた、いやマリアンヌ殿には感謝している。私の兄上はすでに他界しているが、いまだに兄上の派閥に属していた貴族達がいる。彼らは私の政権に対して不満を持ち、それ自体は大したことがないが、私を倒し兄上の息子を王にしようと言う動きが水面下で続いているらしくてな。確証がないために手出しはできなかったのだが、マリアンヌ殿の働きで彼らを無理矢理行動させることができたからな」

 

私が地下室から手紙を奪ったことで身の破滅を感じた貴族達は、それまでの計画を破棄し、やけくそで行動を起こしたためにうまく鎮圧できたということらしい。

 

「だから私の権限でマリアンヌ殿に報奨を与えたいのだが、何か希望はあるかね?」

 

 それは願ってもない話だった。



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