王女はハッピーエンドを望む (トリカブト)
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「転生者は未来に希望を欲する」

 私の周囲が白い翼を生やした者達で屍山血河になっているのだが、この光景をどう思います? 

 

 生前においては故郷であった田舎街でも見たことが無い原始林。そこで私は表情が抜け落ちた顔で立ち尽くしていた。辺り一面を一瞥すると先程述べた通り天使の外見をした屍が積み上がって、殺人鬼が襲撃したかのように血の川が広がった悲惨な光景が目に入る。……いや、死体の山に隠れて、僅かに呼吸音がしているのが聞き取れる。どうやら彼にとっては運悪く、そして、私にとっては都合よく虫の息な生き残りがいる。

 

「もういいかい~」

 

 この状況に則した朧げな記憶の奥にある子供の遊びを引っ張り出して、子供のように陽気な声で語りかける。

 こんな地獄絵図に昔なら腰を抜かしてパニックになっていた。それが今や何ら拒絶感もなく、軽口をたたく余裕すらある。この地獄を自分で作りだしておいて沸いてくる罪悪感がどうも薄い。百年を超える生活によるものなのか、それともこの体の精神構造は人間と違うのだろうか。そんな自分が気持ち悪いと嫌悪感に悩まされることさえ、もう疲れてしまった。

 

「ッ!!」

 

 隠れていることがバレたことを理解して、本格的に自分の身に危機を感じ取ったのか。脱兎の勢いでお仲間の山から空へと飛び出して逃走を始めた。けれど、行動に移すのが少々遅すぎる上に、そんな移動速度では私から逃げ切るのに不足している。

 

「つぅ~かまえた~、なんてらしくありませんね」

 

 隙だらけの背中を見せたのだがら、跳躍し、そこから生えている白翼の片翼を掴み取った。

 どうも昔を思い出して気持ちが浮ついていたらしい、意識を切り替えて気持ちを締め直す。

 それにしても、うん、見た目にそぐわずフワフワとした触り心地だ。ベットや枕に使えれば、さぞ上質な品が出来上がるだろう。

 

「はッ、離せ!!」

 

 そんな場違いな感想を抱いている間に、掴んでいる相手から怒鳴り声と共に私を睨み付ける視線を向けられてきた。ただ、睨んではいるがその瞳は明らかに恐怖と怯えで染まっている。だというのに、死が目の前に迫っていることを理解しているのに、震え声にもならず、行動にそれらが表れていないのは最後の意地なのだろうか。素直にこういう所は未だに凄いなと、最初の頃から抱いているこの感想が浮かぶ。

 

「つまり、アナタを見逃せと? ……いえ、それはどう考えても無理でしょう」

 

 けど、それはそれ、これはこれだ。

 このご時世、それに私の都合上、今この場から逃がすのは論外。

 それに、どうやら流暢に世間話をする暇もないようなので、早々にやることをやる。

 

 掴んでいない手で、未だに何か喚いている相手の頭部を鷲掴みにする。

 そうすると先程まで嘆いていた相手が突然静かになって、指の隙間から見える相手の表情は蒼白になっていた。……もしかして、今更自分が死の淵に立っていて、逃げ切れる最後の機会を逃したことを自覚したのだろうか? もしそうだというのであれば、何とも鈍いというか、脳内お花畑というか。

 これじゃあ、あまり()に期待できそうにない。

 

「『貪食者(スカベンジャー)』」

 

 私が口にした一言がキーとなり、私の()()が発動する。

 頭部を鷲掴みにしていた手から伝わる感触がふにゃと柔らかいモノに切り替わったのを合図に、魂を抜き取るのと同じ要領で、思いっ切り目的の物を相手から引っ張り出す。

 そうやって取り出したのは、小さく淡い光を放つ玉。

 魂、ともいうべき物が手中に収まっている。

 そして、それが抜かれた相手は一気に老け込み、最後には骨すら塵となって消え失せた。

 私の魔力を使って取り出している副作用なのか、いつも取り出された相手は身体さえ残さず塵になる。そうなる原因を知りたいという考えはあるも、どうあっても調べようがなく、この魔力による恩恵を必要としている身としては使わないという選択肢もなく。結局、このまま仕組みが不明のまま扱うしかない不気味な魔力。

 ──―そんな既に割り切っていることで後ろ髪を引かれている内に、想い掛けず時間を掛け過ぎたらしい。

 

「終わったか、姉者(フランセス)?」

 

 気配がする後ろから声を掛けられて声がする方へと振り向くと、そこには頭部から後方へと伸びているような独特な髪型に、上下共にワインレッドを基調にした服装を着た男性がいた。

 暗黒の王子ことゼルドリス。今生では私の末の弟であり、この殺伐とした世界においては数少ない心許せる相手だ。

 

「ええ、最後の一人も、これを喰って終わりです」

 

 そう言い終わり、手中にある謎の球体を丸呑みにする。

 コリコリと硬い歯ごたえをしていると思えば、ぬめっと水分を多分に含んでいるかのように気持ち悪い舌触り。しかも、味自体は何も無く、味付けが何もされていない料理と同様に正しく無味だ。

 ──―不味い。やはり、質に関してはあまり良くなかった。

 

「……終わったな。次に行くぞ、姉者」

「ええ、この後も確か他の危険区域でしたね」

 

 こうして、また一つ、聖戦でも何でもない。

 魔神族と女神族との小競り合いが終わって、次の仕事現場へと向かう。

 

(本当に、()()()()は争いが絶えない)

 

 そうここは『七つの大罪』という作品に、或いはあの作品に酷似した世界。

 私がまだ人間として生きていた頃は未だ連載中だったダークファンタジー漫画。《七つの大罪》という七人の罪人による個性豊かな団員たちを中心に、それぞれが葛藤を抱えながらも自らの意思を貫き通そうとする愛の物語。

 そして、私はその騎士団の団長であるメリオダスの姉としてこの世界に生を受けた。

 ……いや、うん。

 こうして改めて考えだすと、本当に色々と詰んでいる。

 原作開始時ならともかく、彼に愛を教えるエリザベスと出会っていない今のメリオダスは魔神と呼ぶに相応しい存在だ。初対面では主要な登場人物に出会えたことの喜びなんて一欠けらもなく、ただただその実力に圧倒された。それだけなら良かったのだが、今のメリオダスの心は正しく虚無そのものだ。私の方からどんな言葉を掛けようと生返事以上の返答は今のメリオダスから返ってくることはない。というか、話し掛けて真面な会話が成立したことが一度たりともない。

 もう、今のメリオダスをどうにかするのを私は諦めている。

 

 それに、一番の問題はメリオダスではない。

 私たち姉弟の父親、あらゆる魔神を統べる王である魔神王。

 同族内では誰もあのくそおやじがその内心で何を考えているのか知らないが、それを私は明確に知っている。あの老い耄れは現在の肉体を捨て、若く新しい肉体の器として自らの血を引く子供たちを誕生、いやあの老害からしたら造っただろう。正直、性別という明確な間違いを抱えた私なら分かるのだが、何故メリオダスを見た後にゼルドリスを誕生させたのかが分からない。メリオダス以上の逸材が誕生するとでも思っていたのだろうか?……まぁ、あの毒親の思惑なんて今はいい。

 問題なのは、その目的を成就させるために、あのくそおやじが作り出した魔神王直属部隊という手駒に与えられる《戒禁》だ。

 実力のある魔神に自らの力の一部である《戒禁》を与えて力を授けるだけでなく、宿主が本体の新しい肉体に相応しいかどうかを選定する。そして、十個の《戒禁》に耐えられるだけの逸材が現れた時は宿主の肉体を乗っ取る。

 それだけでも十分なほどに悪趣味な物なのに、宿主の行動を本体である老い耄れに密告しているのだ。もし、記憶を覗かれでもしたら、密告されて私をとことん利用するに決まっている。

 しかも最悪なことに、その娘で血と力を引く私はその《戒禁》を近い将来に与えられる可能性が高い。

 

「本当に、この世はままならないな」

 

 自然と、私の口からそんな愚痴がこぼれてしまった。

 女神族という敵だけでなく、身内にも厳重な警戒をしないといけない。

 辛い。本当に、辛い。

 

 こんな環境で、原作まで、いや、いったいいつまで私は生きて行けるのだろうか?

 




貪食者(スカベンジャー)
フランセスの魔力。
魔神族に備わっている身体機能、他者の魂を取り出して喰らうのを更に上の次元へと昇華させる魔力。他者の魂だと本人が思っている球体は、実際は相手の全てを凝縮させたエネルギーの結晶体である。相手から球体を抜き取って肉体までも滅んでいるのはこれが原因。フランセスがその球体を食らうことで、相手の肉体、精神、魔力などを取り込んでいる。文字通り、相手の全てを貪り喰らい自らの糧にする魔力。
ただし、エネルギー変換効率は最悪の一言。
例えば闘級300(魔力:100/武力:100/気力:100)の相手を食らったとしても、取り込めるのは闘級30(魔力:10/武力:10/気力:10)と一割程度。しかも相手が既に死亡している場合は、相手から球体を取り出すことさえできない。


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