多分、英雄には成れないけれど (時械神メタイオン)
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ようこそポータブル世界

 目が覚めたらモンスターハンターポータブルの世界に迷い込んでいた。

 何を言ってるかわからないと思うが俺にも何が起きているかわからなかった。

 

 ◆

 

 俺は何の変哲もない大学生だった。これだけは確かだ。

 バイトの帰りに何の拍子かトラックに轢かれたところまで覚えて……。

 あー、これ異世界転移だわ。

 

 ベッドで上半身を起こして一人頷く俺をオッサンが頭の残念な奴を見る目で見ていたのはご愛嬌だ。

 

 で、オッサン説明をしてくれ。

 俺ってばこの世界での生活基盤とか大丈夫なのん?

 

 ◆

 

 俺はココット村の新しい村付きハンターとして雇われたんたとか何だとか。

 

 常識でモノを言ってくれよオッサン。俺は日本の一大学生なわけだが。

 異世界転移引き起こしてる時点で常識も何も無いとは思うけども。

 

 ……ってあれ? 俺この世界での身分証明がちゃんとあるのん?

 流石に話が進まないので黙っておっさんの説明を聞き続ける。

 

 へぇへぇほぉほぉ。ふーん。ふぇぇぇ……。

 イテッ。

 おい、おっさん。まじめに聞いてるのに何故殴ったよ。

 

 おっさんの話を要約すると、崖下で伸びてた俺をおっさんがこの村まで運んできたのだとか。

 

「記憶の混乱が見られるようだが崖から落っこちた時に頭でも打ったんだろ」とはおっさんの談。

 

 いえ、記憶が吹っ飛ぶ前にまず死ぬのではないでしょうか?(名推理)

 アタリハンテイ力学前提で語られてもこっちはキョトンとするしか無い。

 物理の参考書束で持ってこい! 

 ……やっぱいいです。あんなもの人生で二度と開きたくないからな。

 

 で、おっさんが俺を介抱して。

 おっさんが俺の荷物の中からギルドの紹介状を見つけて俺を村に来る予定のハンターと照会して。

 俺の住まい(今寝かされてたこの部屋)を手配してくれて、俺がこの村で生活できるようにあらかた準備を済ませてくれていたと……。

 ヒュー。おっさんイケメンだわ。

 

 ん? まだおっさんって言われるような年齢じゃない?

 おっさんって呼ぶな?

 いや、おっさんをどう呼べつうんだよ。ジークさん? かっけー名前だなおい。

 わぁった。でも面倒くさいからおっさんでいいよな?

 イテッ、おい、なんで今殴ったよ!

 

 ◆ 

 

 いろいろと俺の立場について仮説を立ててみたがどれもしっくり来ないので保留することにした。

 この世界の青年に俺が憑依したのか、俺の前世の記憶が頭打ったせいでフラッシュバックしたのかは不明だが、とりあえず俺は俺のままこの世界にやってきてしまったらしい。

 

 うん。鏡台の前に立ってみたが黒髪中背中肉の冴えない男がバッチシ映っていたもんね。 

 体感だが、身体能力もそのまま。

 オタク生活でろくすっぽ運動もしてないから50m走りゃ息が切れるし、踏ん張らないと大剣を持ち上げることも出来ない。振り回す? 無理無理。

 おっちゃんからはハッキリ期待外れだって言われた。

 

「ギルドからはソロで火竜すら倒す即戦力だって紹介されたんだが……」

 

 ハッハッハ。ご冗談を。

 あれ? てかハンターとして生計を建てなくちゃいけないんだよな俺?

 ……やばくね?

 

「いや、大丈夫だ。その前に身分詐称で俺がギルドにつきだしてやる」

 

 ウェイトウェイト! ちょ今何て?

 

「いや、ギルドの紹介状付きのハンターが大剣担ぎ上げることもできないトーシロなわけないだろ」

 そう言うやいなやおっさんは俺を取り押さえると縄でぐるぐる巻にしてきた。へ?

 

「ギルド関連の公文書偽造は高くつくからな。しばらくシャバには出れんぞ」

 

 俺を柱にくくりつけると、それだけ言い捨ておっさんはどっかに行ってしまった。

 まぁギルドでいろいろ確かめてきてるんだろうが……全然お約束じゃないじゃん。

 なぁにこれぇ?

 

 ぐぅ……俺悪くないのにどうしてこんなにひどい目に遭ってるんだろ。

 恨むぜ神様、なんているかもわからん奴に悪態ついてたらおっさんがギルドの係員連れて戻ってきた。

 

 俺もお縄につく時が来ちまったか、なんて茶化してたら何故か縄を解かれる。おや?

 

「……すまん、俺の勘違いだったようだ。人相もお前さんのもので登録されていたよ」

 

 そう言うおっさんは本当にすまなそうな顔をしてた。

 

 なんだご都合主義ちゃんと仕事してるじゃん。ナイス。

 

 ◆

 

 しばらくおっさんの指導のもとハンターの()()()を学ぶことにした。

 

 使用武器は片手剣。なお片手剣すらまともにとり扱えない模様。

 ハンターってなんだっけ?

 つうかアタリハンテイ力学に守られてんなら武器もちゃんと扱えないとおかしくね?

 

 昼は村周辺で採集を。夜は一人で筋トレと素振りという生活を3週間続けた。

 短期間でも片手剣ぐらいは片手でも振り回せるようになったが、いかんせん剣に振り回される感じだ。

 

 おっさんの前で剣を素振りしてると、おっさんが尋ねてきた。

 

「おい坊主。そもそもお前が修めたのはどこの土地の流派なんだ?」

 

 流派? なんのこったよ。

 

 おっさんのかいつまんだ説明。なんでも土地ごとに? 武器の振り回し方はこまごました部分が違うよーで……聞いてて、「あー、シリーズごとの武器操作方法の仕様変更のことか」って気がついた。

 

 現代日本です(キリッ)なんて言ってやろーかと思ったがやめた。

 アホか。そもそも武器の振り回し方とか現代日本人が習ってたまるか。もちろん反論は口には出していない。

 

「振りやすいように振ってみろ」

 

 おっさんにそうアドバイスされて俺は片手剣を教わった型通りに振るのを一旦脇に置くことにした。

 

 そういうことなら……。

 

 まず、そもそも武器を腕力だけで振り回すことが俺にはキツい。

 反動を付けて、打ち付けるように。何なら、武器の重さだけで殴るくらいで丁度いい。

 

 剣筋は立てろ? 意味わかんねーよ。刃の部分当てたらだいたい切れんだろ。

 いい加減に、深く考えずに、もっとフィーリングで。 ……あ、これ剣より棍棒もらったがいいな。

 

 最終的に目指す武器は初代だと……【黒呪】あたりか?

 今はとりあえず骨素材武器で【ボーンククリ】を選択するべきだろう。

 

 そんなことをツラツラと考えながら、おっさんが用意した巻藁の前に立つ。

 

 縦斬りやめて、横振りで反動と遠心力付けて、深く考えずに切りつけた。

 完全に剣を振る挙動ではなく、棍棒を振る時のそれ。

 

 ―――巻藁が、折れた。

 

「……お前さんのとこの流派は乱暴すぎやしないか? そんなんで腕が持つのか」

 

 へぇ、おっさん。あんたにはそう見えんのか、これが?

 

 ……全くもってそのとおりだ。

 俺は筋を痛めたであろう腕をプラプラさせながら思った。

 俺、そもそも剣を持つべきじゃないんじゃね?

 

 ◆

 

「2話」

 

 MHPの世界になぜかやって来てしまい、1ヶ月が経った。

 俺は未だにハンター「見習い」の段階から脱却できていなかったりする。

 

 ◆

 

 近接武器で有効な攻撃を繰り出すためには、まずしっかり武器を振るだけの腕力が必要だ。

 その最低限の腕力すら無い俺は、草食獣(アプノトス)一匹狩ることができないわけで。

 

 一番軽い武器種である片手剣すらまともに振れない俺に失望したおっさんは、「何の手違いでお前さんみたいのが来ちまったんだ」と、顔を合わせるたびに言ってくるようになった。

 うっせぇ。そんなんこっちが聞きたいわ。

 

 だが、そんな俺でも使える武器種が1つだけあることに、腕プラプラさせた夜に気がついた。

 まぁ、近接武器が全部ダメだからなし崩し的にそこに行き着いただけなわけだが。

 

 最弱ライトと名高い【クロスボウガン】、それが今俺がまともに扱える唯一の武器だったりする。

 

 ◆

 

 森岡のフィールド。ベースキャンプを出て隣のエリア。

 俺はしゃがんで、ゆっくりとそこに侵入していた。

 

 今日の目的はアプノトスを狩ること。普通のハンターなら肉食獣狩るクエストの片手間にこなせるような内容のタメに、俺はこの一ヶ月、必死に準備を重ねてきていた。

 

 ◆

 

 片手剣使って最初にアプノトスに挑んだ時は……控えめに言って死にかけたんだよな。

 まぁ、あれだ。考えてみてもくれ。アプノトスのタックルは、アタリハンテイ力学の加護が無けりゃ、その衝撃はバイクにぶつかられるのも同然なわけで。

 転ばされる、なんて生易しいものじゃなかった。俺が生きて帰れたのも、運によるところが大きい。

 

 ふっ飛ばされて頭打って、意識が朦朧とした俺の前に、小さな人影のようなものがワラワラと湧いて出てきて……そのうちの一体が、手に持った棒を必死に振り回して、アプノトスを威嚇する。

 

 その間に、小さな人影達が、一生懸命俺の体を押して転がし、台車みたいなものに乗せて……そいつらの手にはプニプニとした、肉球がついていたような気がする。それで、台車を皆で引っ張って、俺をベースキャンプまで運んで……。

 

 ベースキャンプは、モンスターの入り込めない、入り組んだ安全な場所に作られている。

 そこに俺を転がすと、人影たちは前傾姿勢になって駆けながら、物陰に隠れてしまった。

 

 何とか立ち上がれるようになって、俺はクエストをリタイアした。

 最初、妖精さんか何かに助けられたのかと思った。それか、本当は自力で這いずって帰ってきたけど、ベースキャンプで意識を失って、夢を見たのかもしれない。

 

 クエストをリタイアした理由をおっさんに尋ねられ、赤裸々にあったことを話すと、おっさんは苦笑を通り越して大爆笑だった。

 そして、俺を助けた妖精さんの正体について語った。

 

「運が良かったな。肉食獣相手だと、アイルーともども餌になるのが()()だからな」

 

 俺を助けた影の正体は俗に言う「ネコタク」だった。ああ、実物はあんな感じなのね。……餌?

 

「やつらの仕事は命懸けだ。健気に、()()()()()()取り返そうと、二次災害に合うネコも多い」

 

 それ以上詳しくは聞かなかったが……この世界には、クエスト失敗までの3回の猶予も、ハンター業に対する命の保証も無いことだけは痛感した。

 この世界、俺とネコに厳しすぎる。

 

 実際にはこの世界のリアルさ加減は、全ての生命に対して平等で、別に俺だけに牙を剥いてるわけじゃないんだが……そんな風に考えられるほどの余裕、今の俺にはなかった。



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