御食事処『一条』 (雨期)
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開店

書きたくなったというだけで書いています


 美味いと思う飯はなんだと思う?

 高級料理。それもいい。間違いなく美味い。俗に言う三ツ星レストランの料理なんか舌が蕩けるようなものだろう。いやほんとびっくりする。高級食材ってすげぇわ。

 家の料理。ああ、悪くない。家に帰った時に母親が作ってくれた家庭料理は味が保証されている。美味い。舌が絶対的な信頼を置いているのだから当然だ。

 インスタント。それもまた答えだ。万人受けするように研究されたそれは言うなれば老舗の味と言ってもいい。たまに食いたくなるあれらは魔性の味だ。多量の脂質、塩分、糖分は麻薬なのだ。ズルい。

 

 俺はどう思うかって? そうだな。俺の答えとしては…………俺の飯だ。

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

──ガラガラッ

 

「店長! 焼き魚定食!」

 

「んあ?」

 

「あー! また営業時間中に客席でご飯食べてる! お客さんが居ないからっていけないんだよ!」

 

「うるせぇ! 俺の(いえ)で俺の飯食って何が悪い! てか今はまだ営業時間外だ!! 一時間はえぇんだよ!!」

 

 ここは御食事処『一条』。古民家を改装した和洋折衷な空間に十数程度の席しかない小さな料理屋だ。その店のカウンターでカツ丼を掻き込んでいたのは柄の悪さで有名な店長の一条要(いちじょうかなめ)

 元気よくやってきて早々に定食を要求したのは小柄な少女。三人しかいないバイトの一人、天野川透子(あまのがわとうこ)

 

「だってー、早く来ないとご飯食べられないもん! あ、デザートはプリンがいいな!」

 

「ったく、贅沢なガキだ。少し待ってろ」

 

 残り少なかったカツ丼を口に押し込み、丼を流しに入れると要は料理の準備を始めた。透子は既に着席してスタンバイ完了している。

 焼き魚定食などと言われたが今の店のメニューにそんなものはない。なので要は冷蔵庫にある魚を適当に取り出して焼いていく事にした。手に取ったのはサーモンだが気にしない。何か食わせておけば透子は黙るだろういう考えだった。

 ただ焼くだけでは能がないとでも考えたのかサーモンはムニエルに。付け合わせには自家製ドレッシングのサラダを。ご飯は大盛で。プリンは前日からの作りおきを用意する。

 

「ほらよ。バイト価格で六百円にしておいてやる。額を床に擦り付けて感謝してから食え」

 

「これ焼き魚定食じゃないよー」

 

「うっせぇぞ!! だったら食うんじゃねぇ!!」

 

「おいしー!!!」

 

「食ってんじゃねぇか!!」

 

 自由奔放な透子に怒鳴りながらも美味いと言われた要の顔は笑っていた。何であれ自分の料理が褒められるのは嬉しかったのだ。

 

「おはようございます。あっ、透子さんも来ていたんですね」

 

 静かにやってきたのはバイト最年長の汐見潮(しおみうしお)。バイトでも唯一厨房に入れる娘だ。

 

「おはよー潮ちゃん! これ食べる?」

 

「では一口…………ん! とても美味しい! 店長、これメニューに追加しませんか?」

 

「しねぇよ。頼まれたら作らんでもないがな。それより渋井はどうした? 汐見は隣に住んでるんだろ?」

 

「渋井君は髪のセットが決まらないそうで。開店までには間に合うそうですよ」

 

「乙女じゃあるめぇし引っ張ってこいよ」

 

「髪のセットが決まらなかった日の渋井君のテンションの低さは店長も御存知でしょう?」

 

「……ありゃ確かに駄目だな。使い物にならん」

 

 話題に上がったのは唯一の男性バイトの渋井元気(しぶいげんき)。名前のわりに髪型によっては全く元気がなくなる男で、以前に髪型を決める前に無理矢理連れてきた時にはとても接客にはならなかった過去がある。

 

「すんません! 遅くなりました!」

 

「おう、おせぇよ。ま、三十分前なら許容範囲か。ガキ共、開店準備だ!!」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 忙しい。ああ忙しい。何故こうも忙しいのか。星を貰ったわけでもねぇ。接客がいいわけでもねぇ。天野川と汐見が一般的に言う美少女であり、渋井はイケメンと言えなくもない。そして何より超絶ハンサムな俺がいるとはいえあまりも忙しい。そもそも大半男客だから俺は求められていないか。求めるのがいればそいつは出禁だ。

 まあ忙しい理由は分かりきっている。俺の料理が美味すぎるのだ。完璧なのだ。至高にして究極。三ツ星レストランのシェフすら逆立ちしたところで勝てない料理を作れてしまう俺の腕前が悪いのだ。

 

「肉! ステーキくれステーキ!!」

 

「申し訳ありませんがステーキは「すぐに出す」ええっ! いいんですか店長!?」

 

「食いたいんだろう? そいつは金を持っている。ここには材料がある。なら食わせてやれ」

 

「さっすが要ちゃんだぜ!」

 

「ビールビール!」

 

「こっちゃ焼酎!」

 

「天野川、出してこい」

 

「はーい!」

 

「てんちょ! チャーシュー単品っす!」

 

「ツマミか。いいぜ」

 

 俺の店に堅苦しいルールはない。俺が適当な性格のせいか客も適当な奴が多い。具体的にはメニューにないものを頼んできやがる。しかもうちの冷蔵庫を把握しているが如く作れる範囲のものをだ。だがそれでいい。食いたいなら食いたいものを頼む。欲望には忠実に生きるべきだ。何よりこの店にはあれがない、これがないと言われるのが馬鹿にされているようで腹立たしい。

 こんなスタイルをやっているからかバイトも入ってはすぐ辞めていく奴ばかり。天野川、汐見、渋井は厳選された変人だ。客は変人、バイトも変人、常識人は俺だけか。

 

──ガラガラッ

 

「お久しぶりです一条さん。突然ですけれど赤ちゃん用のご飯って作れますか?」

 

「! 久しぶりじゃないか笹原田の嬢ちゃん! 赤ん坊生まれてたのか!? いやそれよりも結婚を!?」

 

「はい。今は沼田です」

 

「赤ん坊の飯だな! すぐに用意してやる! 馬鹿共! 赤ん坊優先だ!! 文句垂れる奴は片っ端から出禁だ!!」

 

「「「「「ウィーーーッス!!!」」」」」

 

 笹原田の嬢ちゃん、今は沼田さんらしいが彼女はまだこの店が開店したばかりの頃の常連客だ。昔は親に連れられて来ていたなぁ。ここ二年ほど顔を見ていなかったが、まさか人妻になっていたとは。旦那さんが羨ましいぜ…………俺の婚期はいつになるのやら。

 

「汐見ちゃんもお久しぶり」

 

「はい! 赤ちゃん可愛いですね。いくつなんですか?」

 

「一歳と二ヶ月よ」

 

 一歳二ヶ月ね。なら柔らかいものになるな。食べられないもの? 俺の飯で不味いとは言わさん。例えそれが赤ん坊であろうともだ。しかしわざわざうちに連れてきたのは自慢する訳でもあるまい。

 

「ほい、完成だ。ほうれん草とチーズのリゾットだ。ママもおんなじもんだぜ」

 

「あらほうれん草。この子すぐ吐き出しちゃうんですよ」

 

「やっぱ親子だな。大方それが目的だろう。あんたもここで克服したもんな」

 

「覚えていたんですね」

 

 当時沼田さんは俺の料理で嫌いだったほうれん草を食えるようになっている。流石は俺、天才。親子揃って俺の料理で苦手克服なんていいじゃねぇの。

 

「んんーっ!」

 

「大丈夫よ。店長さんの料理は美味しいわよ」

 

「ははは! 嫌がる顔は昔のあんたそっくりだ!!! 匂いを嗅がせてやりな」

 

「匂いを?」

 

 沼田さんがそっと口元から鼻へとスプーンを移動させると先程までの嫌がり方が嘘のように赤ん坊はスプーンに食い付いた。そして口元汚していい笑顔。嬉しいじゃねぇか。

 

「凄いわ……」

 

「レシピはこいつだ。手順さえ守りゃ誰でも作れる」

 

「わしらもやれるのかい要ちゃん!」

 

「おう! 俺のレシピは完璧だ!! 酔っ払いの爺だろうと問題ねぇ!!」

 

「「「「「ヒューッ!!! かっこいー!!!」」」」」

 

「ありがとうございます、店長さん」

 

「今度は旦那さんを連れてきな。一回面拝ませてもらうぜ」

 

「はい、是非」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

「また来るよー!」

 

「閉店までいやがって! もう来んな!!」

 

 最後の客が帰って漸く御食事処『一条』に安息の時間が

 

「ご飯!!」

 

「食いたいっす!!」

 

「黙れや!! これから俺は晩酌だぞ!!」

 

「ハンバーガー!!」

 

「ラーメン!!」

 

「うるせぇ!!」

 

 訪れない。少なくとも透子と元気が帰らない限り要の時間はない。

 

「駄目よ二人とも、店長さんに迷惑掛けたら」

 

「やだー!! ハンバーガー食べたい!!」

 

「てんちょのラーメン食わなきゃ帰れないっす!!」

 

「クソガキ共が。汐見、てめぇは?」

 

「えっ、いえ私は」

 

「そいつら作っててめぇは無しとはいかねぇだろ。言え。遠慮は許さん」

 

「で、では……ひつまぶしで」

 

「思ったより遠慮しねぇのな!?」

 

 御食事処『一条』。誰でもどんな注文でも受け入れております。




料理もので料理描写がほぼないという致命的な問題
作者、料理、作らない


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一食『カレー』

「これでいいですか?」

 

「流石だ龍見。パーフェクトだ」

 

 早朝から男二人が壺のようなものの前に佇んでいる。一人は不良料理こと一条要。もう一人は要の学生時代の後輩にして何でも屋の馬淵龍見(まぶちたつみ)という男だ。

 壺のようなものの正体はタンドール窯というインドの窯だ。唐突にナンを食べたくなった要が龍見を呼び寄せて作らせたのだ。迷惑な先輩である。

 

「うっひっひ、早速焼くか」

 

「今度世界三大珍味を御馳走してくれる。約束ですよ?」

 

「おうよ。明後日また来な」

 

「楽しみにしておきます。では次の仕事があるので」

 

 原付に乗って走り去る龍見。要はそんな龍見を見送る事もなく目の前の窯にワクワクしている。新しいオモチャを買ってもらった子どものようだ。

 

「よーし、ペッタンペッタンっと。この感じ懐かしいな」

 

「上手いんだね店長!」

 

「天才だからな、ってうぉっ!? 天野川!?」

 

「ご飯ちょーだい!」

 

「なんでいるんだ!? 挨拶すらねぇのかてめぇは!!?」

 

「おはよー!!」

 

「おせぇよ!!!」

 

 朝から騒がしい二人だが、要がここまで驚いたのは理由もある。今日は水曜日。御食事処『一条』は定休日なのだ。しかも今は早朝。高校生である透子はもうすぐ登校しなくては遅刻する筈。

 

「朝ごはんくーださい!」

 

「いや学校行けよ!!」

 

「お腹減ったら勉強出来ないよ!」

 

「家で食ってねぇてめぇが悪いんだろうが!! 俺の飯だぞ!!」

 

「…………じーっ」

 

「な、なんだその非難がましい目は。元はと言えばてめぇが朝飯食ってねぇのが悪いんだろ」

 

「ここでさ、透子がスカート脱いで叫んだらどうなるかな?」

 

「!?!?」

 

「誰か来るよねー。警察呼ぶよねー」

 

「国家権力を盾にするだと!?」

 

 若い頃にはやんちゃをしていた要は警察の御世話になった回数も数知れず。未だに一部からは危険視され、馴染みの警官は悪さをしていないかちょくちょく店に訪れている。

 世話になる理由の全てが喧嘩だったがここにきて性犯罪が加わってはたまったものではない。要は透子の要求に屈しるしかなかった。

 

「すぐ用意してやる…………地獄に落ちろクソガキ」

 

「やったー!!」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 用意と言っても大した事はねぇ。今日のために準備をしておいたカレーの最終仕上げをするだけだ。煮込んだカレーは日本の欧風カレーとは違い綺麗なオレンジ色をしている。皿に移したそれに生クリームを回し込む。

 生クリームやバターをふんだんに使ったこれはとても濃厚で辛味は少な目にしてある。舌が焼けるような辛味も悪くはないが、今日はこれにすると決めていた。

 付け合わせはない。カレーを食らうのみだ。飲み物はラッシー。甘味のあるサラサラした飲むヨーグルトのようなもんだ。もっととろみのあるものもあるが、これも俺の好みだ。

 ナンはどうなっているかなぁ。いいねいいねぇ、香ばしく焼けてやがる。パンやピザ生地とはまた違う。ナン以上でも以下でもない。だからいい。

 

「座れクソガキ。俺の全てに感謝して食え」

 

「いっただきまーす!! んー!!!! 美味しい!!!!」

 

「さて、いただきます。ナンは外はカリッと、中はフワッと、完璧だ。濃厚なカレーによく合う。ングッ、プハーッ!! あー、このさっぱりしたラッシーもたまんねぇな!!!」

 

「おかわり!!!」

 

「学校行け!!!」

 

 食うもんは食わせた。さっさと天野川を店から追い出す。これでのんびりと一人で飯が食える。本当は従業員なんかいらねぇ。客もいらねぇ。ただ俺は俺の食いたいもんを俺の為だけに作っていたい。

 ただそれじゃあ生きていけない。宝くじで何億当たろうともそんな生き方じゃいずれ尽きる。だから今は他人に飯を作ってやる。誰かに笑顔になってもらいたいなんて崇高な気持ちはない。客は俺の財布だ。代わりに飯を作ってやっているだけに過ぎない。ま、褒められたら嬉しいのも事実だ。

 

──ピンポーン

 

 呼び鈴が鳴る。天野川といい、今日は休みだぞ。好き勝手過ごさせろ。あ、そういや食材を頼んでいたな。客の為に明日の仕込みをしなきゃならんなんて面倒極まりないが、俺が生きていく為にしょーがねぇからやってやるか。



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二食『刺身』

「アーッハッハッハッハッハッ!!!!! 馬鹿じゃねぇの!!!?」

 

 昼間から店長の笑い声が木霊する御食事処『一条』。本来厨房に立っている筈の要はテーブル席で龍見含めた後輩達と酒を囲んでいた。昔話や最近あった馬鹿話に華を咲かせてはパカパカと酒を空けていく。

 そんな馬鹿店長の代わりに厨房に立って彼らの肴を用意しているのは潮だ。慣れた手付きで鯛や鮃を捌いては刺身にしていく。

 

「お待たせしました。鯛と鮃のお造りです」

 

「おぉー! 上手だね潮ちゃん! どう、嫁に「行きません」おぉ……ぉぉ……」

 

「見ろ!!! 龍見の野郎フラれてやがるぜ!!! 良い歳したおっさんが二十歳の娘に告白なんてするからだよバーーーーカ!!!!」

 

「これでもオレはモテるんですぅ!!! 童貞の先輩とは違いますぅ!!!」

 

「誰が童貞じゃ!!!! 表………汐見、何か魚は残っているか?」

 

「は、はい。鯛でしたら」

 

「龍見! 少し待ってろ!! 逃げんなよ!!!」

 

「童貞なんか怖くないですよーだ!!!」

 

「後でぶっ殺してやる!!! 汐見、来い」

 

 一触即発という雰囲気だった筈が、要がお造りを見た瞬間に冷静になった。正確には優先順位が変わったのだ。厨房で要は潮の背後から彼女の両手を掴んだ。

 

「鯛の刺身の切り方はこうだ。教科書通りのおめぇのやり方も間違いじゃねぇが魚の種類ごと、可能なら個体差も考慮した切り方が望ましい」

 

「分かりました」

 

「真っ昼間から立ちバッ「死ねぇぇぇぇぇぇぇいっっっ!!!!!」グギャアァァァァァッッ!!?!?」

 

 指導中の現場を茶化そうとした龍見の顔面にはプロ野球選手も真っ青な豪速球でウニが突き刺さった。背後にぶっ飛んだ龍見は哀れにもそのまま意識を失った。

 

「うわぁ、生きてるこれ?」

 

「龍見さーん、起きてー」

 

「死ぬほど疲れているんだ。寝かせてやれ。それよりてめぇら!! さっさと汐見の刺身の感想言いな!!!」

 

「美味しいですよ!!」

 

「歯応えはしっかりあって、かといって固くない。良い感じの塩梅です!」

 

「こっちは今切ったのだ。どうだ?」

 

「「「……すげぇうめぇ!!!」」」

 

「だろ? 料理の味ってのは切り方一つで変わるもんなんだ。特に刺身のようなもんは味付けや調理法で誤魔化せない。魚を捌く腕前がモロに出る。刺身の切り方はともかく、捌く点に関しちゃ合格点だ」

 

「本当ですか店長!」

 

「おう!!! 誇っていいぞ!!!」

 

──ガラガラッ

 

 騒がしい店内に新たな客がやって来たのか戸が開けられる。その方を見た要の顔は露骨に不機嫌になった。

 明らかに一般人とは違う容姿や雰囲気の女。背後には無数のカメラやスタッフ。テレビ番組だ。

 

「あのー、このお店が「出ていけ」へっ?」

 

「三度は言わん。出ていけ」

 

「そ、そんなぁ。ワタシ、アイドルの熊野リン子って言いまして、これテレビの『突撃!隠れた名店!』で」

 

「なんだねぇちゃん、耳が悪いのか?」

 

「この店長は怒ったら怖いぜ。とっと回れ右して帰れ!」

 

 客からも野次が飛び、アイドルとテレビスタッフは動揺したのかオロオロとしている。要や客はともかく潮はこのアイドルも番組名にも覚えがあった。全国的に有名なアイドルであるし、街の人々のオススメからアポ無しで色々な名店を見つける人気番組だ。何度か観た覚えもある。だが潮の瞳も要と同じように冷たい。要がメディアへの露出を極端に嫌っているのを知っているのだ。

 

「あ、あのお話だけでも」

 

「申し訳ありません。当店はテレビや雑誌の取材は一切お断りしております。お帰り下さい」

 

「…………失礼しました」

 

 軽く睨み付けるような目付きで立ち去るアイドル。自分が交渉してやっているのだから受け入れて当然という気持ちでもあったのだろう。要は欠伸をしながらその様子を見送った。

 

「わりぃなてめぇら。見苦しいところ見せちまった」

 

「見苦しいのはいつもでしょー」

 

「んだとてめぇ!! 喧嘩なら買うぞ!!!」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 閉店後の厨房で潮が一人調理をしていた。後ろでは要がその様子を眺めている。

 

「最近学校はどうだ?」

 

「店長のお陰で実技はほぼ満点です」

 

「そりゃおめぇの才能だ。倉調で満点なら三ツ星レストランに行っても即戦力だ」

 

 倉屋敷グランド調理師専門学校。通称倉調は潮の通う学校であり、要はそこのOBだ。高級志向の料理から一般的な料理まで幅広く覚える事ができ、何十人もの世界的シェフがそこの卒業生だ。

 

「店長も昔は優秀だったと先生方も仰っていますよ」

 

「馬鹿。今でも優秀だ」

 

「ふふ、そうですね。でもどうして三ツ星レストランとかに行かなかったんですか?」

 

「んー、俺が作りたいもんが作れねぇからな」

 

 今も昔も要にとって料理とは自分の為にやるものだ。卒業前にはかなりの勧誘を受けたがそれを全て蹴って今の店を開いている。

 

「それに……いや何でもねぇ」

 

「えー、気になるじゃないですか。教えて下さいよ」

 

「へっ! 大人の事情にガキが首突っ込むな!! それよりおめぇはどうする? その腕前だ。就職先には困らねぇだろ」

 

「はい。もう勧誘は受けています」

 

 倉調はインターンシップにはかなり積極的だ。潮も三件ほどインターンシップを経験しており、その全ての店から高い評価を受けている。しかも一件は星持ちだ。それらを含めて複数の店から勧誘を受けている。

 

「好きな所でやりな。それがてめぇの為だ」

 

「それは…………ここでも大丈夫という事ですか?」

 

「……やめとけ。折角の腕を腐らせるだけだ」

 

「店長は腐らせているようには見えませんよ」

 

「ったく小娘が言うようになりやがって。首席で卒業してみやがれ。かつて俺がそうだったようにな。そうしたら考えてやらん事もない」

 

「はい!!」



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三食『ラーメン』

 おーさむさむっ! 布団から出た瞬間にこの寒さって、うぇっ!! やっぱ雪積もってやがる。昨晩からチラチラ降っていたと思ったが、面倒くせぇ。

 はぁ、動きたくねぇ。今日は閉店にしようかな。犬なら喜んで庭を駆け回るんだろうが、生憎と俺は人だ。こんな日は炬燵に入ってゆっくりと

 

──ピンポーンピンポーンピンポーン

 

「店長!! 雪だよー!!!」

 

 犬みてぇなのが来やがった。今日は夕方からのシフトの筈なのにあまりに早すぎる。天野川め。呪ってやるぞ。

 

「うるせぇガキが!!!」

 

「おはようございます、店長」

 

「てんちょ! 元気ないっすね!」

 

「店長あーそーぼー!!」

 

「全員かよ!!!」

 

 あーーーーこのガキ共が!!! 俺はもうおっさんだぞ!!! 多少は気を使えってんだ!!! 暇か!!? 全員シフト入れてるから暇だよな!!! 知ってた!!!

 

「無駄に元気あるなら仕込みでも手伝え!!! 遊びはそれからだ!!!」

 

「やったー!!!」

 

 ピョンピョン跳ねる天野川。こいつ本当に高校生か? 体だけ成長して頭は空っぽか? 体力が無尽蔵なのはバイトとして助かるが、こうして巻き込むのは勘弁してくれ…………あっ、そういう事か。

 

「てめぇらも天野川に起こされた口か」

 

「はい」

 

「うっす」

 

「天野川、てめぇの賄い抜きな」

 

「なーんーでーーー!?!?」

 

 それくらい自分で考えろってんだ。しかしこうして早起きしちまった以上、準備の時間はアホほどある。遊ぶ時間はあるが天野川の遊び相手はしたくない。限界まで準備に時間を使ってやる。となると普段よりも凝っていくか。

 

「よっしゃ!! 今日はラーメンだ!!」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

──ガラガラッ

 

「ビールビール!!」

 

「こっちゃ焼酎!!」

 

「ラーメンだ」

 

「「はい?」」

 

 勢いよく店内に入ってきて早々に酒を頼んだ呑兵衛兄弟に突き付けられたラーメン宣告。数秒固まったのちに常連である兄弟は気が付いた。今日は店長が作りたいものしか出ない日だと。

 

「ラーメンだ」

 

「「何ラーメン?」」

 

「味噌だ」

 

「「じゃあそれ。ドリンクは」」

 

「ビールと焼酎お待ち!! こっちラーメンっす!!」

 

 素早い。まるで客が注文する前には作り始めていたかのようだ。ようだというか実際にそうなのだ。今日の要は寒い→暖まりたい→ラーメンという頭しかない。だが常連客は知っている。こういう時の要は無駄に凝りまくるので最高の逸品しか出ないのだ。

 

──ガラガラッ

 

「今日は寒いねぇ。鍋焼きうどんでも頼もうか」

 

「ラーメンだ」

 

「あっ……そっかぁ……」

 

──ガラガラッ

 

「先輩! 今日は日本三大珍味食べに」

 

「ラーメンだ」

 

「ういっす」

 

──ガラガラッ

 

「要ちゃん! 肉を」

 

「ラーメンだ」

 

「チャーシュー大盛りで」

 

 来る客全てに叩き付けられるラーメン宣告。入り口にはしっかりと『本日ラーメンのみ』と張り紙はされているのだが常連客はそんなもの見ない。腹が減ったから勢いで飛び込んできているだけなのだ。

 当然客は常連客ばかりではない。新規の客はしっかりと張り紙を見てから入店し、何故かある豊富なメニュー表に困惑していた。

 

──ガラガラッ

 

「ウェーイ!!! 元気ウェーイ!!!」

 

「みんな! ウェーイ!!」

 

 無駄にテンションの高い少年が三人来店する。元気の友人らしい。ウェーイウェーイ言いながらハイタッチをしている。

 

「ウェーイウェーイ!!!」

 

「ウェーイ!!」

 

「ウェーイ!!!」

 

「ウェーイ!!? ウェーイ!!」

 

「ウェーイ!!! てんちょ、ラーメン三つ、一つはもやし大盛りで」

 

「「「「「「会話してたの!!?」」」」」」

 

 店内の人全てから一斉にツッコミが飛ぶ。

 

「怖いわぁ、今の子怖いわぁ」

 

「これが噂に聞くウェーイ系……ふふ、震えてきやがった」

 

「酔いが、醒めちまったよ」

 

「透子ちゃんもあんな事やれるの?」

 

「むーりー!!!」

 

「お、おもしれぇもん見せてくれるじゃねぇか。替え玉おまけしてやるよ」

 

「「「ウェーイ!!! あざーすっ!!!」」」



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四食『ハンバーグ』

「ガキ共、明日も全員シフト入っているよな。出掛けるぞ」

 

 閉店後、いつものように賄いを食べていたバイト三人集に要が声を掛けた。要の言うように明日も丸一日全員がシフトを入れている。

 

「お出掛け?」

 

「どこっす?」

 

「知り合いの店だ。応援頼まれてな。雑用くらいならてめぇらでもやれるだろ。今から出るからさっさと準備して戻ってこい」

 

「この様子だともう親には伝えていますね」

 

「察しがいいじゃねぇの。ほれ、さっさと準備してくる」

 

 深夜に未成年を連れ出す事になるので保護者の許可は当然取っている。要に追い出されるように店を出た三人はすぐに帰宅し、各々準備を済ませてからまた戻ってくる。店先では要が車に乗って待っていた。

 

「お待たせしました。私が最後ですね」

 

「よっしゃ、出るぜ」

 

「知り合いのお店ってどこにあるの?」

 

「千葉。名前は何だったかな。ホテルの中にある店だったからホテルの名前しか覚えてねぇや。一応二ツ星の大層な店だぜ」

 

「千葉でホテルにある二ツ星って、SAIZOじゃないですか!?」

 

「すごいんす?」

 

「時期三ツ星候補のお店ですよ!」

 

「そうそう、それだ」

 

「「へー」」

 

「大丈夫かしら。私達邪魔にならないかしら。不安だわ」

 

 能天気な透子と元気に対し、どんな店か知っている潮にとっては不安しかなかった。そして明日SAIZOで何があるか思い出し更に頭を悩ませる。

 明日はあるハリウッド映画の日本公開記念でハリウッドの俳優達が一同に集う。そしてそんなVIP達が食事をするのが今回のSAIZOだ。雑用と要は言ったが、それでもそんな場に自分がいるのは場違いだと潮は感じていた。

 

「汐見、何がそんな不安だ? たかだか雑用だ」

 

「そうだよー。潮ちゃんは心配性だね」

 

「ですが店長……」

 

「いい機会だ。うちの店に来る客が何者か教えてやる。馬鹿二人も耳かっぽじってよーく聞けよ」

 

「「はーい」」

 

「大半は近所の馬鹿だ。だが日に何人かは御偉いさんや有名人がお忍びでやってくる。中にはとんでもなく舌の肥えた奴もいる」

 

「えっ」

 

「今日サングラスしたパツキンボインのちゃんねーいたろ」

 

「それ何の暗号っす?」

 

「オゥ、現代っ子には死語だったか。あれだ、最近よく来る金髪の女がいるだろ」

 

「ええ、今日はお吸い物が美味しいと褒めてもらいました。これまで食べた中でもトップクラスなんて言われまして、照れてしまいますね」

 

「あれ黄金桜のオーナーシェフの桜ちゃん」

 

「えっ、えええぇぇぇぇぇぇえええええっっ!!?!?」

 

「潮ちゃんうっさい!!」

 

 『黄金桜』。世界最高の和食が味わえるという三ツ星料亭だ。国際的な会議の場としても何度も使用され、一般客は二年先まで予約が満杯と言われている。そこの女将にして料理人の金山桜(かなやまさくら)はテレビでレギュラー番組を持ち、また料理の辛口コメンテーターとしても人気だ。歯に衣着せぬ発言と気に入らない料理は一切食べないその態度は賛否を呼ぶものの、実力で全て黙らせる剛腕の持ち主だ。

 

「で、でも、金山シェフは金髪でもないですし、あんなに胸もないです」

 

「本人の前でおっぱいについて言及するなよ。死ぬぞ。ありゃただの変装だよ。分かりやすいったらねぇけどな。最近頻繁に来るようになったのは汐見のスカウト目的だとさ」

 

「わ、私なんかを!?」

 

「いや俺のサポートがやれてる時点ですげぇぞ。それに桜ちゃんに褒められたんだろ。あいつが人を褒めないのはテレビで知ってんだろ。あれでもテレビ向けにかなり柔らかなんだぜ」

 

「おっぱいないのに柔らかなんすね!!」

 

「そう!! 貧乳のくせに!!」

 

──ゴッゴッ

 

「「ウガアッ!!?」」

 

「おっぱいに貴賤なし、だよ!! 貧乳だっておっぱいなんだ!! 貧乳だって、柔らかいんだぁ!!!」

 

「透子さん、そこに怒るんですね」

 

 馬鹿な男二人の後頭部に透子の鉄拳が突き刺さる。効果は抜群だ。

 

「あいててて、ともかく、あの桜ちゃんから褒め言葉を貰うなんて偉業を達成しているんだ。汐見の実力は本物だ! 二ツ星程度でビビるこたぁねぇよ!!」

 

「それにしても店長って、その桜ちゃんって人と仲良しなの?」

 

「幼馴染みだ」

 

「他にどんな有名人が来てるんす?」

 

「最近だとアイドルグループTTTのリーダーとか……」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

「起きろ!! 着いたぞ!!!」

 

 早朝三時。まだ日も昇らない時間に三人は叩き起こされた。慣れない車中泊に加えて前日のバイト疲れもあり全員眠たげだ。

 

「ううっ、やだー」

 

「ねるっ、す……」

 

「一万やる」

 

「「やったー!!!」」

 

「元気ですね」

 

「現金だろ」

 

──コンコンッ

 

 車のドアがノックされる。黒縁眼鏡にスーツ姿の若い男性がにこやかな笑顔で外にいた。透子も元気も男性を見て首を傾げた。どこがで見た覚えがあるのだが、寝起きの頭では思い出せない。

 

「いよっ!! 朝っぱらからごくろうさん!!」

 

「要ちゃんこそ! バイトのみんなも今日はよろしくね!!」

 

「あーーーー!!! お肉の人!!!」

 

「ほんとだ!! いっつも肉頼む人じゃないっすか!!」

 

「二人共声を聞くまで分からなかったの?」

 

「「だってー」」

 

「要ちゃんのとこ行く時にはいつもジーパンに革ジャンだもんな!」

 

 彼は御食事処『一条』の常連客にして毎回何かしら肉を頼む牛月新三(うしつきしんぞう)。レストラン『SAIZO』の次期オーナーにしてシェフだ。今回要に応援依頼をしたのも彼だ。

 

「今日は要ちゃんと潮ちゃんは勿論として、元気ちゃんと透子ちゃんにも頑張ってもらうからね」

 

「はいはい質問!! 透子何するの?」

 

「会場の準備と味見かな」

 

「やったー!!! 食べられるー!!!」

 

「オレもっすか!?」

 

「うん」

 

「「イエーイ!!!」」

 

「ガキ共!! はしゃぐのは全部終わってからにしろ!!! 新三、案内よろ」

 

「あいさっさ」

 

 まず四人はシャワーを浴び、服も店が用意したものに着替える。そして厨房へと案内された。既に何人もの料理人が仕込みに励んでいる。

 

「みんな、手を離せない人以外は来て! 今日手伝って貰う御食事処『一条』の皆さんだよ!」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

「あいよろしく。んで、俺と汐見は何を作ればいい?」

 

「ハンバーグをお願いするよ!」

 

 新三の言葉に複数の料理人がざわつく。いくら次期オーナーの考えとはいえメインである料理を他の店の料理人に作らせていいものか。

 

「お待ちください新三シェフ。我々SAIZOの料理人にはプライドがあります。彼らの腕も知らずメインを任せるなど出来ません」

 

「山田シェフ、それなら比べてみるといい。要ちゃんと潮ちゃん、そして山田シェフのハンバーグ。どれが一番なのか食べ比べれば早いだろう?」

 

「早朝から面白い催しをしているようだね」

 

「父さん!! 来ていたの!?」

 

「新三が外部から呼んだシェフというのが気になってしまってね」

 

 やってきたのは現オーナー、新三の父親の泰三(たいぞう)。SAIZOのシェフは皆兵隊のように背筋を伸ばし出迎えたが、要は気軽に話し掛けた。

 

「これはこれは初めまして。新三から話は聞いていますよ。頭のかたーい父親だって」

 

「ちょっ!? 要ちゃん!?」

 

「はっはっは! 新三、後で親子水入らず話そうか! そちらは調理を開始してくれ。SAIZOと妻以外のハンバーグを食べるのは久しぶりだ。胸が踊るよ」

 

「なら存分に期待してな!! 汐見!! 下手こいたら厨房に入れてやらねぇからな!!!」

 

「SAIZOのオーナーの口に入るものです。決してミスはしませんよ」

 

 早速三人の調理が始まる。山田シェフは普段とかわりなくスムーズに作業を進め、要は慣れない厨房の筈なのに山田シェフ以上のスピードで調理をする。潮は少々戸惑っているようだがそれでも調理に淀みはない。

 

「おっちゃん! てんちょの料理食って腰砕くなよ!」

 

「元気! それを言うなら腰抜かすだよ!! でもおじさん、こんな早くからハンバーグ食べられる?」

 

「うっ……そう言われてしまうと確かに心配かもしれん……」

 

「大丈夫ですよ父さん。完食しなくても味見程度でいいんですから」

 

「おいガキ共!! 礼儀を知れ!! オーナーだぞそのおっさん!!」

 

「まず店長が礼儀がなってないですよ」

 

「いやいや大丈夫だよお嬢さん。君達はうちの社員じゃないんだ。フランクに接してくれて構わんよ」

 

 時折そんな雑談も飛び交う。普段はもっとピリピリした空気の厨房がとても和気藹々としていた。そして完成する各自のハンバーグ。デミグラスソースの掛かったSAIZOのハンバーグ、同じくデミグラスソースの掛かった要のハンバーグ、一つだけ違うのは目玉焼きの乗った潮のハンバーグだ。

 

「では審査は私、父さん、元気ちゃんと透子ちゃんでいいね」

 

「こちら二人、あちら二人、無難だな。しかし本当にこの量食べられるだろうか」

 

「残すならオレらが食うよ!!」

 

「早く食べさせてよ!!」

 

「ふふ、ではSAIZOのハンバーグから」

 

「肉うまーーーい!!!」

 

「ソースすっごいね!!!」

 

 一口頬張った元気と透子のテンションが上がる。泰三と新三も普段通りの味に頷く。

 

「透子ちゃんはうちのソースの良さが分かるんだね。嬉しいよ」

 

「えへへ」

 

「次の食っていい?」

 

「もう完食したのかね!?」

 

「ほれ、水飲め! 次は汐見のだな!」

 

 水で口をリセットしてから潮のハンバーグを口にする。皆がホッとしたような表情を浮かべる。

 

「いい……妻のハンバーグを食べているような気分だ。だがここまで家庭的でありながらうちで提供して全く恥ずかしくない味だ」

 

「素材と腕の良さが伝わってくるね。お子さま向けにこういう型のハンバーグも検討しようかな」

 

「やべぇ! うめぇ!!」

 

「潮ちゃんナイステイスト!!」

 

「お粗末様です」

 

「ほー、成長したもんだな。だがまだ未熟も未熟! 俺の飯の前にひざまづけ!!」

 

 自信満々に出される要のハンバーグ。SAIZOのものと見た目は似ている。全員が口直しをしてから要のハンバーグを食した。

 

「おっ、流石てんちょ! 一番っす!!」

 

「うーーん!! 間違いない!!!」

 

「当然だ!!」

 

 褒め称えるバイト二人に対し、泰三と新三は言葉が出なかった。味は前者二つよりも明らかに上。その上驚くべきはソースはSAIZOと全く同じデミグラスソースなのだ。

 

「やっぱてんちょのはハンバーグ!! って感じっすよね!!」

 

「うんうん!! このお店のも美味しかったけど、ソースが主役みたいな味だったしね!!」

 

「ソースが、主役? そうか……うちの問題はそういう事か」

 

「こんなガキでも気付ける事に今更気が付いたのか? だからてめぇは二ツ星なんだよ! 老舗の、祖父だか曾祖父だかが作ったソースを大事にするのはいいが、ソースはあくまでソース! ハンバーグの引き立て役にならなきゃならんのに、ソースを引き立てるハンバーグを作ってどうすんだ!!」

 

「これは、ぐうの音も出んな。ソースを守らなくてはならぬという固定観念に縛られ過ぎていたようじゃ。新三よ、良いシェフを連れてきたな」

 

「うん。ありがとう要ちゃん。文句なしの一等賞だ。今日のハンバーグよろしくね。みんなも要ちゃんのハンバーグを食べてみて!」

 

 新三に促されて要のハンバーグを口にするSAIZOのシェフ達は皆黙るしかなかった。自分達のハンバーグとは完成度がまるで違う。勝てない。

 

「今日はメインをよろしくね」

 

「おう」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 仕事を済ませた要達はそそくさと駐車場まで戻ってきた。別にここの社員ではないのだ。やるべき事をやった以上残る理由はない。しかしそこへ新三が走ってきた。

 

「も、もう帰っちゃうの? お客様がシェフにお礼を言いたいって」

 

「てめぇが出とけよ。めんどくせぇ」

 

「でもあれを作ったのは要ちゃんだし」

 

「ならこう言っとけ。『シェフは極度の人見知りです』ってな。じゃあな!! ガキ共!! 出発だ!!! 帰りにファミレス寄ってくぞ!!!」

 

「「アイアイサー!!!」」

 

「すみません。失礼致します」

 

 逃げるように発進した車を見送る事しか出来なかった新三は、客への言い訳をどうするか頭を悩ませる事となった。



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