柊木ちゃんの世界史実況中継 (Brahma)
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第1限目 自己紹介
「わたしは、柊木春香。みなさんのクラスの世界史を担当します。1年間よろしくね。さて、最初の授業だから、自己紹介。ただの自己紹介じゃないよ。名前と…そうだなあ、世界史の授業だから、好きな国、好きな時代、特にないならこれまで行ったことのある世界文化遺産、これから行ってみたい世界文化遺産があったら教えてもらえるとうれしいな。じゃあ、出席番号順に、秋川菜津子さんから。」
「はい。秋川菜津子です。先生最初からごめんなさい。わたし京都が好きで…それから先生、わたし茶道やってるんです。茶道って中国の歴史と関係ありますよね。」
「そうね。これわかる?」
先生は丸くて黒いもののなかに青紫色の蛇の目がまだらのように広がっている写真を見せる。秋山さんは嬉しそうに
「あ、わたしわかります。静嘉堂文庫の曜変天目茶碗です。」
「正解!えっとね、どの時代の中国から伝わったかと言うと宋のころ、宋っていつかわかるかな。秋川さん以外の人。」
「えっと中国との貿易っていうと…遣唐使?」
「ぶぶー」
先生が微笑みながらダメ出しする。教室がざわざわする。
「それはちょっと早いんじゃない?ほら札をあわせるのってあったじゃん。」
「そうそう、えっと勘合貿易のころじゃない?」
「う~ん、平清盛のころ日宋貿易って習わなかったかな?」
皆の顔が、あ~そうかとぱあっと明るくなる。それから、先生が天目茶碗と茶道の伝来についてかんたんに話をする。
「では、つぎ浅沼君。」
浅沼拓武、綾野亜子、有馬祐貴、内田悠真、遠藤楓とつづき何人か自己紹介をしたあと、
「えっと志村くんかな?」
「はい。志村秀騎です。俺は中世ヨーロッパの甲冑に関心があります。」
「へえ、どうして?」
先生は興味しんしんになる。
「先生!」
「えっと、綾野さん?」
頭はちょっとぼさぼさで、志村の彼女、ネトゲ仲間として知られる綾野亜子だ。
「えっとわたしとシューちゃんとエリちゃんとは、ミディーバル・サーガ・オンラインって同じネトゲやっていて…。シューちゃんは盾なんです。」
「ちょっとそれ禁止。」
金髪ツィンテの美少女水瀬英梨が綾野に抗議し、はっと赤くなって座る。
教室は談笑につつまれる。
綾野は、自分の自己紹介の時は上手く話せなかったくせに彼氏のことになると突然饒舌になる。
「なるほど…そういうことね」
先生は、今度は中世ヨーロッパの城の写真と平面図を見せる。
そしてひととおり自己紹介が終わってあと5分というとき
「今日の授業は、みんながどれだけ世界史に興味関心をもっているか、どれだけ知っているかみたかったの。指名するときの参考にするから安心してね。」
秋川さんが
「起立」と号令をかけた。
「礼」
こうして最初の授業は終わった。
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第2限目 人類の出現
「今日は、第1章、先史の世界ってやります。9ページ、1人類の出現、それでは、井上さん読んでください。」
「はい。」
井上さんが読みあげる。ページをめくると人骨の頭骨の絵があって気温の変化、おおよその実年代があらわされる。
3人の生徒が読み終わると先生が板書する。
「う~ん黒板短いからなあ。」
1mの定規を取り出し、左から目盛りをふる。
それから猿人、原人、旧人、新人と斜めに書いてそれぞれ四角で囲む。猿人と原人の間が極端に長いし、猿人から原人までの→が妙に長い。
そして目盛の上にca3.5m、ca.2.5m、ca2m、ca.500k、ca.100k、ca.30kと書く。
「先生、それ何?」
「ca.ってカルシウム?」
「えっと約何百年前とか何万年前とかだよ。mは、百万、ミリオンの略。kは、キロで1000の略。ca.というのはcircaというラテン語の略語。約って書くより早いから。」
「先生もしかしてネトゲやってる?」
オープンオタを自称するネトゲ厨の志村秀騎だ。
「えっと、ばれちゃったか。」
先生はてれたように頭にてをあてて、てへぺろする。
「こう書けば楽しく覚えられるでしょ。」
言い訳みたいに付け足す。そして化石人類のパネル黒板に貼っていく。
左からアファール猿人、アウストラロピテクス、北京原人&ジャワ原人、ネアンデルタール人、先行現生人類、クロマニヨン人&周口店上洞人と書かれる。
「なんか気がついたことないかな。」
みんながいっせいに手をあげる。
「えっと、真田君。」
自分が当てられた。
「すごく猿人の時代が長いことがわかります。」
「ほかには?」
「えっと、猿人からだんだん進化していったんじゃないんですか?」
「いいことに気がついたね。実は直接つながっているわけじゃないからこう書いたの。恐竜とか古生物に詳しい人がいればわかると思うけど失われた環、ミッシングリンクがあるの。ほら、旧人より古い時代に先行現生人類っているでしょ。実際にはわかっていないことが多いの。まあ試験には出ないんだけど。試験に出るとしたら原人のときに」
○打製石器の使用
と貼った。ハンドアックスの絵がある。
「もうひとつ重要なことがあるんだけど何かわかるかな?」
みんなが首をかしげていると先生は絵を取り出した。
「これはある遺跡の竪穴住居跡の写真なの」
真ん中が赤くなった土の写真だ。
「おれでもわかったぜ。」
藤本が俺ににやけ顔をむけつつ、珍しく手を挙げる。
「はい、藤本君」
「えっと紅とかですか?先生がつけているような口紅」
先生は苦笑して
「どうしてそうなるの」
秋川さんが手を挙げる。
「はい、秋川さん。」
「あの…火を使った?」
「はい、正解。」
○火の使用
という文字パネルを貼る。
ネアンデルタール人のところで先生は絵を出す。
死んだ人に献花している人の絵だ。
「これは何かわかる?」
高崎が手を挙げた。先生は彼を指す。
「お葬式?」
「うん。正解にしよう。」
イランのシャニダール洞窟というところで遺体にヤグルマソウの花粉がいっぱいついていることがわかったの、と言って先生は
○埋葬の習慣
って貼った。それから
「化石人類の頭蓋骨の大きさが違うよね。」と言ってペットボトルをとりだす。500ccのなっちゃんリンゴ。1リットルのアセオラドリンク、1,5リットルのジンジャーエールの空ボトルだ。
「どれがどの化石人類のものかわかるかな。藤本君、リベンジだ。」
「えっと一番小さなやつが猿人、1リットルのやつが旧人、1.5リットルのやつが新人て言うかでいいの?」
「正解!赤いもの見て、先生の口紅とかそんなことばっかり考えてると猿人になっちゃうぞ。」
先生は唇を指してほほえむ。
「ちぇーつ、それはねえよ。」
教室は爆笑でつつまれる。
「えっと、人類の進化ということで最初は猿人、アウストラロピテクス、これは、ラテン語の学名で「南の猿」と言う意味ね。レイモンド・ダートと言う人が発見したの。アウストラロピテクス類にはジンジャントロプスとかあと猿人と原人の間のホモ・ハビリスとかメアリー・リーキーという女の人が旦那さんのルイス・リーキーさんとタンザニアで発掘していて発見した。メアリーさんは旦那さんに目を輝かせながら「私たちのヒトよ。」って伝えたんだって。すてきじゃない?」
女子たちがうなづく。
「それから教科書にあるラスコー洞窟の壁画。ほんとうはこういう色なの。」
先生は鮮明な写真パネルを見せてくれる。黒く縁取られて茶色、黄土色に塗られた躍動感のある牛、馬の絵がパネルのなかで踊って走っているようだ。
「ほかには、スペインのアルタミラ洞窟。最初地元の子供たちがみつけて大騒ぎになったんだって。これはクロマニヨン人たちが描いたって言われている。」
「それから藤本君はこういうの好き?」
「えーなんでだよ。」
「オーストリアでみつかった女の人の像。この壁画も女の人の像も似たような意味があるって言われているの。何かな。遠藤さん?」
「えっと、お産がうまくいくように狩猟がうまくいくように願いました。」
「はい正解。動物の仮装をして踊る人の絵も見つかっているみたいでおまじないの意味があったといわれています。じゃあ、写真まわしてみてね。」
「それから…。」
と先生は言って、頭蓋骨の絵の下のほうに洪積世(更新世)、沖積世(完新世)と貼りつける。更にその下に旧石器時代、新石器時代と貼りつけ、その間に(中石器時代)と貼りつけた。旧石器時代の下に「打製石器、狩猟採集」と書き、(中石器時代)の下に「鎌、磨製石器、石皿、石杵の出現、農耕・牧畜の開始」と書いて、新石器時代の下にやじるしをひっぱる。そして、旧石器と中石器の間の上のほうに「およそ1万年前」と書いた。
「新石器と旧石器の違いということで覚えておけばいいと思います。」
チャイムが鳴った。秋川さんが起立と礼の号令をして世界史の2時限めが終わった。
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