アルトリア・ペンドラゴンの人生はクソゲー (puripoti)
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第1話 アルトリア・ペンドラゴンの人生はクソゲー

【苦粗芸 (くそげい)】

 

 前漢の発明家・江児孫(えじそん)が考案したとされる、将棋と碁と麻雀その他色々を組み合わせたまったく新しい遊具。遊んだ者のことごとくが「ハイクソー」「二度とやらんわ」と絶賛したことで知られる。転じて面白くない遊びの意味として用いられることになった。これが現代における「クソゲー」の語源である事は聡明な読者諸兄には言うまでもないだろう。

 

 武理天書房 刊『みんなであそべる残酷死亡遊戯百選』

 

   *

 

 人生はクソゲーという言葉が真実であるというのなら───ブリテンの歴史にその名も高き英雄、アルトリア・ペンドラゴンの人生こそはまさしくクソゲーである。

 

 一人の人間の生き様がクソゲーと化すにはなにがしかの理由があるものだが、この女の場合に関して何が悪かったのかと云えば、結局のところ何もかもが悪かったとしか言いようがない。

 

 なんせ彼女が王として即位した当時のブリテンと云えば、トキはまさに世紀末! よりも始末の悪い戦国時代真っ只中。石を投げれば原作:武論尊で作画:原哲夫な感じの悪者に当たり、その悪者が明日の実りを信じるじいさんの種籾をふんだくり、さらには隣接する蛮族共がその悪者とじいさんを諸共で根こそぎにするという世にも汚い弱肉強食ピラミッドがあちこちに違法建築されてるという有り様なのだ。それ以前に種を蒔いたところで土地が死んでるからろくすっぽ実りゃしねぇし。

 

 生態系もなんかおかしい。フィールドを歩けばエンカウントするのがドラゴニックオーラを使う野生のりゅうおうと口からカイザーフェニックスを吐く野良バラモス。しかも死ぬ気で倒したところでゴールドも経験値も手に入りませんというクソ仕様である。仕様設計とテストプレイ担当は何も言わずに舌を噛め。

 

 事程左様に、誰がどう贔屓目(ひいきめ)に見てもそびえ立つクソ案件みたいな国で王様としてやっていこうなんて、真っ当な人間なら黙って首を横に振る。いくらお値頃価格であろうとも、見えてる地雷級のクソと判りきってるゲームをプレイしたがる奴はいない。

 

 しかし何を血迷ったのか、アルトリアと呼ばれた少女は選定の剣を引っこ抜き、我こそブリテンの王たらんと名乗りを上げて、都合10年近くに渡るクソゲープレイに明け暮れたのである。一体全体、なにが彼女をそこまで駆り立てたのかは知らないが、そこらの事情はどうあれこんなどうしようもないクソゲーを10年の長きに渡り、一時も(たゆ)まずプレイし続けたその不屈の精神にだけは心の底から頭が下がる。

 

 

 

 ただ世の中には無駄な努力・無益な献身というものも間違いなく存在しており、結果としてアルトリア・ペンドラゴンというなんとも報われぬ女が艱難辛苦(かんなんしんく)の末に為してきたことのすべてこそが、まさしくそれらの総天然色見本であったという話である。

 

   *

 

 ───自分も一度でいいから湯水のようなマネーとパワーに物を言わせた米帝プレイとやらをやってみたいもんだ。現状はマッチ棒で廃課金勢に立ち向かう、できたてチャーシューみたいな縛りプレイだけど

 

 誰にも聞かれぬ悪態つきながら今日も今日とてやりたくもないお仕事に精を出すアルトリアである。決して周りに悟らせこそしなかったが、王様になって数年もすると彼女も相当にやさぐれてきた。かつては天工が彫琢したエメラルドのごとく喩えられた瞳も、今や腐ったドブの底みたいな目ン玉である。

 

 そんな彼女の本日のお仕事はブリテン領内の予算配分的な振り分けについて。いわゆる内政・育成パートである。もちろんクソゲーである。

 

 赤貧洗うが如しとはいうけれど、ブリテンの場合は洗う水さえもったいないほどのド貧乏。僅かなリソースだってムダには出来ない。どこかの暇人が暇にあかせて書いた暇つぶし系二次創作ならどこからともなくコネチカットのメリケン的なんかが現れてなんかすごいことをヤってなんか万々歳! なんか素敵! なんか抱いて! となるのだろうけど、現実とはいつだって妄想の万分の一ほどの甘味さえありゃしねぇ世知辛(せちがら)苦渋(くじゅう)の味なのだ。たたかわなきゃ、げんじつと。

 

 したがってダメっぽいところはさっさと切り捨てまだマシなところにヒト・カネ・モノを集中するのがお約束。経営戦略の基本だが(お約束・基本ではあっても成功するとは限らない)、しかしそれやると配下の声と図体がでかいアホどもが黙っちゃいないのが困ったもんだよ。お前ら、無い袖は振れないって言葉しってるか。この国の言葉じゃねぇけど。

 

 十を救うために一を切り捨てれば、やれ騎士道に反するだの王たるものの責務を蔑ろにしているだの鬼畜にも劣る悪魔の所業だのアホどもは言いたい放題である。いや、仮にも王様相手だから面と向かって言われるわけじゃないけれど、それでもそういう空気くらいは取り繕えよとは思う。

 

 どいつもこいつもうるっせーよ、私だってやりたくてやってんじゃねぇんだ。円卓に揃ったアホ面を見渡したアルトリアは、いつものように口には出さず顔色さえ変えず腹の中で毒づいた。

 

 ───そもそもお前らみたいなのの心が理解できるようになったら私ゃ身の破滅だっつーの

 

 円卓連中は知らんのだろうが(あるいは故意に無視してたか)この時代の騎士という連中、基本は国に雇われて身元保証があるだけのヒャッハーみたいなもんで、道理もなにもあったもんじゃない。行軍中の合言葉ときたら『男は◯して女は◯せ!』みたいな輩ばかりだ(◯の部分にはお好きな文字をお入れください)。騎士騎士騎士、人として恥ずかしくないのか恥ずかしくないんだろうなみんなしねばいいのに。

 

 後に家臣の一人から、人の心がわからないと評されたアルトリアではあるが、彼女が家臣たちへの理解どころか交流を深める努力すら拒んだのは、別に彼らの心がわからなかったからでもなんでもない。ただ単にあんなトンチキ連中と不用意に会話をしようものなら、キャメロットに右往左往するアホどもへ片っ端から約束された勝利のハリケーンミキサーを叩き込んで回りかねなかったからである。

 

   *

 

 クソみたいな内政パートが終われば次は楽しい楽しい戦争パートがはっじまっるよー☆───などというわけもなく、やはりクソみたいな戦争パートである。貧乏が暇なしなら、クソゲーは面白なしなのだ。

 

 でもブリテンの兵隊って剣から謎のビームとか謎のレーザーとかブッパする謎連中いるじゃん、そいつら使えば少なくとも戦争パートに関しちゃヌルゲーじゃん、などと考える輩はクソゲーに対する理解が足りていない。

 酷いレベルでバランス崩壊をぶちかますのもまたクソゲーなのだ。

 

 当然というか、こちらが出来ることは向こうだって出来る。味方が聖剣謎ビームをブッ放せば敵に魔剣謎レーザーを撃ち返され、それを聖盾謎バリアーで弾く程度はまだ序の口。魔術だか神秘だかの嘘くさい言い訳の元、数十発の謎光学兵器や謎ミサイルが乱れ飛ぶ末世的光景こそがこの謎時代の謎戦場の謎常識である。ほんとうに謎すぎる。

 

 こんなひと目でSAN値をガリゴリ削られる戦争があっちゃこっちゃで行われるもんだから、ただでさえ痩せた土地がさらにショボくなり貧乏が加速していく悪循環。したがって本音としては戦争を可能なかぎり避けたいが、やらずにいれば調子こいた蛮族が攻めてくる緊急ミッションが湧くので、どっちにしたって国と土地が荒れて今日もまた貧乏に拍車がかかる。あぁ、ままならねぇなあ。

 

 それゆえに多少の性急さや痛みを伴うものであろうとも、TAS先生もびっくりの最短・最速の勝利をもって戦の芽を潰しておく必要がある。さもなければ自国どころか周辺蛮族諸共に、ブリテン含めた周辺地域全土が枕並べて仲良く共倒れという間抜けを晒しかねない。アルトリアの施策や軍事が性急とも云える行動にならざるをえない所以である。

 

 ほんでもってそれらの行動が巡り巡ってアルトリアへの好感度低下イベントに繋がるのもお約束なのである。

 

 最短距離を征くためには途中に蠢く有象無象へ構っている暇はなく。救いを求める嘆きの声を、無法に屈する怨嗟(えんさ)の声を、ときに無視してときに切り捨て、ただひたすらに進むのみ。

 小の虫を殺して大の虫を助けると言えば聞こえはいいが、つまるところ小の虫を助ける選択肢を持ちえぬ非力無能の言い訳であると誰よりアルトリアが承知していた。故に誰に何を言われようとも黙っていた。沈黙は金なり。

 

 ただし時と場合によっては沈黙が自体と情況を悪化させることもあるのだが。

 

 ギャルゲーであるならプライバシー保護の観念がやたら薄い親友がおせっかいを焼いて、攻略対象の個人情報と一緒に忠告のひとつもくれるのだろうが、残念ながらこれはクソゲーな上に当のアルトリアが忠告苦言を聞く耳を持たない始末なのでどうしようもない。

 

 たとえ見苦しかろうとも、事の次第の説明と理解を周りに求めないことには回るものも回らなくなるのは世の常であるのに、その労力すら惜しんだからこそ、この女の立ち場は峠最速で急低下するのだ。

 

 いかな知勇に優れ、衆生(しゅじょう)を引っ張り上げる器量があろうとも、末期の手前でさえそれを理解しなかったこともアルトリアがクソゲー沼に沈んでいく理由のひとつであった。

 

   *

 

 どうあったところで、終わりの日は確実に、そして唐突にやってくる。

 

 アルトリアが王様になってしばらくの刻が経ち、荒れ放題のダメ放題なブリテン(クソゲー)がようやっと多少の落ち着きを見せ、それと反比例するように彼女はやさぐれ放題の目も腐り果て放題になったところで、なんでか見てるだけでぶん殴りたくなるガキがひょっこり生えて、何をトチ狂ったのか産んだ憶えもなけりゃ産ませた憶えもない息子だと名乗りを上げやがった。なんだそりゃ。

 

 楽しいことだけ数珠のように繋いで生きていけるわけじゃないとは、有名なロボットアニメの一幕ではあるが、クソゲーの場合はクソみたいなイベントが数珠繋ぎで押し寄せてくるからたまったもんじゃない。ついでとばかりにハチャメチャ(クソ)も押し寄せてくるんで泣いてる暇もありゃしない。

 

 奇声を上げてぶん殴りそうになるのをなんとか堪え、当の本人と知恵袋であるところの笑顔が死ぬほどムカつく魔術師に事情を聞けば、どうやら顔も名前も存在もよく知らない姉、あるいは姉っぽいなんかがトテモスゴイ魔術であれをこれしてなにした結果、にょっきり生えてきたらしい。まじゅつのちからってすげー! でもそれなら私の子でもなんでもないじゃん。

 

 大体、百万歩を譲りに譲って自分の子だと認めるにしてもアレ息子じゃなくて娘じゃん。バレてないと思ってんのかもしれんけどひと目で即バレだよ隠す気もなさそうだし。雁首揃えてるアホ共と書いて家臣と読む有象無象も誰かツッコめ。それともツッコんだら死ぬ脳ミソの病気でも患ってんのかならしょうがないね。

 

 ていうか、よく考えてみりゃこいつら何年も私を男だと思って疑いやしない節穴共だったもんな。乱心よばわりされてもいいからどいつもこいつも約束された勝利のオクラホマスタンピードをブチ込みたい。

 

 幸いというか自称・息子(笑)は能力だけは無駄に高かったので、精々、便利に使い倒して後は放置というか無視を決め込むことにした。時代が1000年ばかり後ならネグレクト云々うるさそうだが時はブリテン戦国時代、仕方ないと諦めてもらいたい。第一、面と向かって会話なんぞしようもんなら思わず約束された勝利のアックスボンバーをお見舞いしそうなくらい見てて気持ち悪く感じるのだからどうしようもない。

 

   *

 

 そんなこんなでクソゲー特有のクソイベの数々を、これもお国のためと我慢して、ひたすらに月月火水木金金と十年近く滅私奉公(めっしほうこう)していたら、ただでさえ積木くずしなご家庭がカミさんの浮気発覚から大崩壊、寝取り野郎は詫びもしないで逆ギレ刃傷沙汰からのトンズラという最底辺の男のクズムーブをかましくさり、追手を差し向けてケジメ案件させようにも前後のゴタゴタで家臣は離反かさもなきゃ逆ギレ野郎にぶっコ□がされてる始末。挙げ句に息子(笑)が叛乱(はんらん)キメて国を巻き込んだ大規模内乱ときたもんだ。ブリテン春夏秋冬のクソイベ祭りに涙がちょちょぎれるどころか流す涙もありゃしねぇ。

 

 かくて叛乱起こしたアホどもを、積年の鬱憤(うっぷん)晴らしとばかりに片っ端から約束された勝利のカメハメ殺法100手の餌食にしてたところを自称・息子(笑)に頭をカチ割られ、こちらもお返しに約束された勝利のビッグベン・エッジをキメてやったがそこで力尽きてガメオベラ。本当になんだこのクソゲー。

 

「ちくしょー、こんなことならあのヒトヅマニアとデカパイスキーと糸目ポエマーとそこでくたばってるクソガキと笑顔が死ぬほどムカつく魔術師とその他の一々数えてたらキリがないアホ連中、イチャモンつけて十発くらいブン殴っとくんだったあ!」

 

 あるったけの忌々しさを載せてほざいたそれが、誉れも高き騎士の王と謳われし稀代の英雄アルトリア・ペンドラゴン最期の言葉である。騎士の誇りも王の威厳も、ついでに英雄の矜持もへったくれもない、まことクソゲーの締めくくりにふさわしいものであったという。

 

   *

 

 今際の際に思い返すのは、なぜに自分がこんなクソゲーをプレイする羽目になったのかということだった。

 

 いや、自分の人生がクソゲーになるのは判っていた知っていた。

 

 あの日、せっかくだから私ゃこの剣を選ぶわと選定の剣に手をかけた運命の日。

 

 その直前で呼ばれもせんのにボウフラよろしくどこからともなく湧いて出た、笑顔が死ぬほどムカつくボウフラもとい魔術師───なんで話の最中にぶん殴らずにいられたのか今でも不思議だ───に、それ引っこ抜いたらロクな人生を過ごせずロクな死に方さえできないよと吹き込まれその顛末さえも視せてもらったのだ。

 

 クソゲー人生その果てに、今まさにくたばりかけてる“未来の自分の姿”。それをまざまざと見せつけられ立ちすくむ少女に、魔術師は重ねて告げた。

 

 ───運命を変えることはできない。君がどれだけ力をつけようが上手く立ち回ろうがなにをどうしようが、結末はいつだって同じさ。君はただの一度も報われることさえなく、最期はひとりぼっちで惨めな終わりを迎えるばかり

 ───それがいやならこんな貧乏くじはさっさと他人に押し付け、後はすべての厄介事に見て見ぬ振りをするといい。少なくとも君一人のささやかな幸せくらいなら、世界も見逃してくれるだろう

 

 ためらいはあったかもしれない、迷いもしたかもしれない。でも、それでも、なにもかもを承知の上で剣を取って、案の定というか自分は見るも無惨なクソゲーのプレイヤーとなり、ついにはごらんの有様だよ。

 

 顔も知らなきゃ名前も知らない、感謝だってしてくれないどこかの誰かなんぞのためにやリたくもないことばかりをやるだなんてどうかしている。何をどうしたところで自分ばかりが損こいて、見返りなんぞはもらえやしないのに。

 

 毎日のようにどうして私がこんな目にと愚痴を吐き、かつての自分の選択を含めたすべてに恨み節をこぼしてきた。忠義を尽くしてるつもりなのかそれとも人をコケにしてんのかよく判らんアホどもをあれやこれやと言いくるめ、血なまぐさい戦場を右往左往して、次から次へと増えるばかりの厄介事を片付けて目を回す暇すらない仕事をこなしてきた。他人が見れば自ら進んでそんな苦労を背負い込むとかお前、真正のアホかいなと笑ったろうと思う。それをやってんのが他ならぬ自分なので笑ったやつには約束された勝利のパワーボムだが。

 

 適当なところで折り合いをつけてやめればいいのに、運命を呪い歯をくいしばりみっともない姿を晒しながら駆け抜けて最期まで戦ったのは一体、何のためであったのか。

 

 ───それこそ最初から答えは出てる。“顔も名前も知らないどこかの誰かのために”と思ったからだ

 

 ああ、そうさ。私は見返りが欲しかったわけじゃない、感謝してもらいたかったからでもない。ましてや栄誉だの誇りだの、他人のためとか自分のためでさえない。

 

 ただひたすらに、正しいと思ったことのために身を捨てて最期の最後まで戦い抜きたいと、剣を手にしたあの日に決めたんだ。

 それがいつか、身の破滅を招くと判っていても、そのように生きていくことができたのならばそれはどれほどよいことか───あの日の己が死に様を視て、そう思わずにはいられなかった。

 

 たった一人だけでもそのような生き方を貫き通せた者がいたのなら、世界はきっと、ほんの僅かにだけれど良くなると信じたのだ。

 旅路はあんなにも無様で、終わり方はこんなにもみじめで、無為と徒労を積み重ねるばかりの一生だったけど、それでも私は最期まで戦い抜いたんだ。だったら私は決して───

 

 間違ってなんかいなかった。

 

 実のところ、「本当にそうか?」などと訊かれれば胸を張って「そうだ」と言い返せるだけの自信も根拠もあまりないのだが、どうせ間もなく看取る物好きとておらずにくたばる身だ。そんなものだろうと自分を納得させてさっさと死ぬことにする。せっかく良い気分で死ねそうなのに、ここで余計なことをごちゃごちゃ考えてこれ以上の厄介事を呼び込むなぞモグラの穴に足突っ込むのだってご免だ。

 

 なら、もう思い残すこともありゃせんな。アルトリアは最後の力を振り絞って口角を吊り上げた。もはや息をするだけでも苦しいが、それでも我慢して“ニヤリ”と笑う。どうせこれが最後の我慢なのだから、おもいきり痩せ我慢をして笑ってみせる。たとえどれほどのクソゲーでも、最期の最後で笑って死ねりゃハッピーエンド。苦し紛れの負け惜しみだと誰に(わら)われようと構うもんか。この瞬間、私は間違いなく三国一の幸せものだ。

 

 その後、ちょっとした“ごたごた”がありはしたものの、結局は“ちんまい”身の丈に見合った、実にちっぽけな満足だけを胸にアルトリア・ペンドラゴンは死んだ。

 

 ───でもやっぱり思い出すと腹立つことばかりだから、もし生まれ変わるなりしてまた出会うチャンスがあったのなら、あのクソ野郎どもまとめてブン殴ってやる

 

 最後に余計なことを考えて。

 往生際(おうじょうぎわ)で潔く終わらぬあたり、やはりクソゲーは死ぬまでクソゲーである。

 

   *

 

 しかしアルトリアは知らなかった。

 憎まれっ子が風呂場のカビよりしつこく世にはばかるように、クソゲーもまた世にはばかるものなのだということを……。




 登場人物

アルトリア

 目が腐っている 必殺技は約束された勝利のタワー・ブリッジ


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第2話 衛宮切嗣の人生もクソゲー

 衛宮切嗣(えみやきりつぐ)という男の人生はクソゲーである。

 

 人の一生がクソゲーと化すには相応した理由があるものだが、この男の場合は何が悪かったのかと云えば、最悪の状況下で最悪の選択肢を本人的にはよかれと思って選んでしまうことに尽きるのだろう。

 

 そもそもの話をするなら、この男の人生とて最初からクソゲーであったわけではない。

 

 本来なら異国の地にて、笑顔がまぶしい褐色お姉さんとのうれしはずかしおねショタ展開それなんてエロゲのはずが、お姉さん手違いで得体のしれないバケモンカッコカリに大変身。そこでさっさと『諦める』を選んでりゃいいのに、絶対なんとかするから! 大丈夫だから! なんぞと宿題ほっぽらかして遊び回った挙げ句に夏休み最終日を迎えたクソ小学生感あふれるムーブをやらかしたのが運の尽き。

 なんとかしようと無い知恵を絞ったその結果、巡り巡ってお姉さん含めたご近所さんとかその他諸々がコロコロされちまうわ一緒に逃げようとしてくれた親父に到っちゃ自分の手でコロコロしちまうわでさあ大変。一夜にして開発元がきゃんでぃそふとからニトロプラスに交代である。

 

 てんやわんやな大騒動の末に天涯孤独の身の上となっちまい、その時のゴタゴタが縁で知り合った人生(クソゲー)の師匠とも云うべき女性に引き取られはしたものの、彼女と一緒に様々なイベント(クソ)をこなして好感度も順調に上がって、後はエンディングを迎えるだけとなったところでこれまた“すったもんだ”あった挙げ句にその師匠をもブチ転がす羽目になった。まったくもってひでぇ人生である。お前の人生、執筆担当が虚淵玄かよ。虚淵だったよ、なら仕方ないねあきらめて。

 

 何が悲惨かと云えば、コロコロした連中のどいつもこいつも、別に憎くてやったわけではないということだ。

 それが自分にとって大事であるかどうかが問題ではなく、あくまでもそうせねばならないと(切嗣の主観において)思ったからこそ彼は望まぬままに手を汚し続けたのである。

 

 ……普通ならこれだけの目に遭えば、大抵の人間は人生の電源ボタンをポチッとな! しちまうのだろうけれど、生憎と云うべきか切嗣のメンタルは無駄に硬かった。いやそこはさっさと切っちまえよと誰もが思うのだろうけど、それでも殺めた人達の命が無駄になるようなことだけは彼にはできなかったのだ。

 

 死へと安易に逃避して、かつて愛した尊い人々の犠牲を踏み躙るようなことができようか。否、それこそ決して許されぬ。なればこそ己が歩むべき道は唯一つ。

 たとえ茨の道行であろうとも愚行に愚行を重ねるような道程であろうとも、流した血に値する何かを為しえるその時まで、己が信じた『正義』を張り続け歩み続けるのだ。それが彼なりの贖罪であり義理の通し方であり正義の在り方でもあったのだから。

 

 シュワルツネッガーが売れっ子だった頃のハリウッド映画じゃあるまいに、どこの世界に人をコロがしたがしたその口で正義を語る正義の味方がいるというのかはさておいて、そこだけ切り取ればなんだかイイハナシダナー的にも聞こえんこともない。

 

 だが世の中にはよかれと思って何かをすればするほどドツボにはまり、結局は誰ぞの迷惑にしかならないようなのもいるわけで。

 衛宮切嗣という稀代のクソゲープレイヤーは間違いなくそういう手合いの一人であった。

 

   *

 

 師匠をコロがした後にしたくもない独り立ちをした切嗣は、それから数年ばかりを師匠の仕事を引き継ぐ形であちこちの迷惑防止条例違反な魔術師をコロコロする商売をして過ごした。並行して世界中の戦場を渡り歩くという漫画に出てくる傭兵みたいなこともした。本人が言うにはお金が目的ではなくあくまでも世界の平和のためらしいのだが、それやって何の足しになるんだと訊かれたら本人も答えようがなかったのではなかろうか。そもそも訊いてくれるような友達や知人もいなかったのだけど。

 

 それらの過程でさっさとあの世に逝ってしまえば、おそらく本人のためにも周りのためにもこれが一番ベターな話だったのだろうが、人生の序盤で最底辺のクソゲーをプレイした切嗣にとっては何ほどの事もなく、彼は毎日、世界平和の一助となるべく元気一杯に屍の山を積み重ね血の河を垂れ流しまくったわけである。平和ってなんだろうと思った人は辞書を引け。

 

 そして長年に渡る放浪の末に目ン玉からハイライトが消え失せ死んだ魚みたいな有り様になった頃、切嗣は魔術業界に伝わる珍奇な噂を耳にした。もっとも、魔術に関わる噂なんてもんは珍奇か珍妙か奇っ怪か奇天烈(きてれつ)のどれかでしかないけれど。その噂に曰く───

 

 

 アインツベルンとかいうどこかのスペースオペラの序盤でかませとして退場してそうな名前の魔術師が、数十年に一度行うとされる魔術儀式があるらしい。

 それは七人の魔術師に喚ばれし七騎の〈英霊〉を使い魔として争わせ、この世全ての願いを叶える願望器───〈聖杯〉を実現させる血塗られた争い。

 聖杯を巡り引き起こされる世に知られることなき魔術師による戦争。

 

 ───すなわち聖杯戦争、と。

 

 

 まんま過ぎてむしろツッコむ気を生じさせないという一周回って秀逸なネーミングセンスには特に感じ入ることもなく、切嗣は件の儀式を主催する魔術師にツナギを付けてまんまとその身中に潜り込むことに成功した。今回の戦争とやらにおける代理の兵隊として自分を売り込んだのである。

 

 無論、目先の利益なんぞに釣られたからではない。長年に渡って胸に抱いた大望(たいもう)宿願(しゅくがん)ゆえにである。聖杯とやらが真に万能の願望器であるのなら、この果てしなき流血をよしとする世界に平和を、それも現在未来の全てにおける絶対的かつ恒久の平和をもたらせるはずだと考えたのだ。

 

 陰惨なる決意を抱いてアインツベルンへと赴いた切嗣ではあったが、胸中に反するがごとく彼の地にて過ごしたおよそ9年に渡る日々は、彼にとって幸福の絶頂であった。

 美人で気立ての良いカミさんを(めと)りそれから少しの後には玉のように愛らしい娘も授かった。誰を傷つけることもなく傷つけられることもなく、愛する家族に寄り添い彼女達の幸福だけをひたすらに願う日々。誰も彼もが思い描いて求めずにはおられぬ、それがゆえに自分にとっては誰よりも遠かった幸福の図。

 

 

 こうしてきりつぐは かぞくとすえながくしあわせにくらしたそうな めでたしめでたし……

 

 

 まんが日本昔ばなしならこんな感じに市原悦子なり常田富士男(ときたふじお)なりのナレーションが(シメ)てエンディングだろうけれど残念、ここは日本でもなけりゃ昔でもない現代欧州のド田舎だ。

 一応はそれなりに悩みもしたのだが、結局のところ切嗣はその幸せすら放り捨てる形で自分の願いを叶える道を選んだわけである。

 

 バカは死ななきゃ治らないというのはよく知られた話ではあるが、ここまで逝くともはや死んでも完治するかは怪しい。なんだってこの男は自ら進んで己の人生をクソゲー化したがるのか。結果論で物を言うのは不毛ではあるが、この男がクソゲー沼に沈む大まかな理由の一つもそこらへんにあったのかもしれぬ。事ここに至っては、考えたところで詮無(せんな)い話ではあるが。

 

   *

 

 かくて大小様々な悲喜こもごも、あったりなかったりしながら舞台は整い役者は揃い、後は演目の開始を待つばかり。この戦いを人類最後の流血となし、己がクソゲー人生に終止符を打たんと衛宮切嗣はケツイを新たにするのであった。

 

 

 

 しかし切嗣は知らなかった。

 魔道が魔道を引き寄せて外道は外道と呼び合うように、クソゲーもまたクソゲーを招き入れるのだということを……。

 

   *

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上こそしたが、気に入らんのなら今すぐ自害を命じても構わんぞ」

 

 トンネルを抜けるとそこは雪国というのはどこかで聞いた話だが、雪国ド真ん中のアインツベルンが廃課金で用意したSSR確定アイテム使って抜けてきたのは腐ったような目をした川澄ボイスのセイバー顔だった。夜ならぬ頭の底が白くなった。

 

 挨拶もそこそこにお互いを値踏みする死んだ目と腐った目、二人の胸中に去来したものは奇しくも同じものであった。

 

 ───こいつクソゲーだ

 

 おまえらのどちらもだよ。自分のことを天より高い棚の上に放り出すかのごとき感想もまたクソゲーゆえである。

 

 正直なところ、お互いがお互いにあんまり口を利きたいとは思えなかったのだが、このままだんまり決め込み立ちん坊というわけにもいかない。最低限の礼儀でもって自己紹介を済ませた彼らは主従間における情報の交換を行った。主たるところでは互いが聖杯にかける願いについてである。喚び出したサーヴァントがこの世界に不利益をもたらすような願いを抱いていたとするなら一大事だ。仮にも抑止を司る《座》から招かれた者(ということになっている)にはありえないはずではあるが、英雄というやつは故事から覗き見るだけでも常人の思考を斜め上へかっ飛んだ連中ばかり。本人にとっては大したことではなくとも、他の人間的には大事なんてのは十分にありえる話なわけで。

 

 そしてある意味において、目の腐ったセイバー顔が口にした『願い』というやつは自分を常人だと思い込んでる一般切嗣にとっての理解を逸脱するものであった。

 

「死してなお抱く願いときた。そんなもんありゃせんし、あったとしてもいまさら要らん」

 

 意外にも程のあるセリフに切嗣は露骨な猜疑の色を死んだ目に写し、人を疑うことさえ知らなそうな切嗣のカミさんまでもが呆気にとられてしまう。

 二人の反応を見た目の腐ったセイバー顔は皮肉げに口の端を上げてみせた。

 

「フムン、その面を見るに信じられぬか───だが道理を誤るなよ魔術師。願いとは生きている内にこそ叶えるべきもの、生きている内にしか叶えられぬもの。生前に叶わなんだからと死者がそれを成就しようというのはな、未練という名の恥の上塗りに他ならんぞ」

 

「まして私は生前の有り様に満足まではできちゃおらんが、それでも自分なりの納得と答えは───今際の際ではあったが───得た身でな。今になってどこの馬の骨ともわからぬ輩が、鼻先に機会をぶら下げて見せたとて乗る気にはなれんのよ」

 

 それが目の腐ったセイバー顔の言であった。目が腐っているくせに、わりかし真っ当なことを言う。

 

「誇りも矜持(きょうじ)もあったものじゃない身の上ではあるが、それでも最低限の道と(ことわり)はわきまえている。故に───我が身に叶えるべき願いはなく、またあるべきではない」

 

 無論、納得しようがすまいが、それはお前たちが好きにすればいい。私は知らん。投げやり気味に余計な一言を添えて締めくくり、目の腐ったセイバー顔は死んだ目をした“かりそめ”の主に向き直った。

 

「さて、今度はこちらが問う番だ。死者には祈りを捧げばよいが、生者には願いこそ必要だ。故に訊かせよ語れよ述べよ、今代異国の魔術師よ。何を願うか何を望むか───万能の願望器“とやら”に」

「……決まっている、すべてはこの世界から争いを無くすため。僕は恒久的な平和の世界を作る、そのためにこそお前を喚んだ」

 

 問い返された男は胸の奥にしまい込んだ少年の日の夢に蓋をして今や虚しい願いを口にした。 

 

 かつて誓った正義のために大事なものさえ切り捨てて、遂には己の心すら殺して押し出したそれこそは怨嗟(えんさ)と絶望を舐め尽くし、もはや声を荒げることさえできぬ悲嘆。夜闇に鎮む冬の森のごとき静謐なる慟哭であった。

 

 己を喚び寄せた主の悲痛な思いを感じ取り、目の腐ったセイバー顔は───手の施しようがないアホを見たような面をした。

 

「あぁ? 出来るわけねーだろ、そんなの。いい年こいて夢見てんじゃねーよ、ばーか」

 

 セイバーはそんなこと言わない。でも目の腐ったセイバー顔は言う。

 

 普通に言われるだけでも腹立つ台詞が、目の腐ったセイバー顔に川澄ボイスで言われりゃムカつき倍増だ。

 ムシャクシャしてカッとなった切嗣の右手が唸りを上げ、カウンターで放たれた約束された勝利のギャラクティカ・マグナムが炸裂する。ファントムでないだけ慈悲を感じるが感じただけで気のせいだ。

 

 やたらにド派手なエフェクトでふっ飛ばされた切嗣は聖杯戦争の開催期間中、二度とこの目が腐った川澄ボイスのセイバー顔とは口をきかないと決めた。

 

   *

 

 あんな目の腐ったセイバー顔と行動を共にするとか真っ平ごめんなんてもんじゃねぇ。呪腕先生あたりと交換してくれ。

 

 召喚早々、自らが喚び出したサーヴァントに嫌気が差した(そりゃそうだ)切嗣は、召喚儀式のやり直しをアインツベルンの親玉へ申し入れた。

 

 絶対勝つから! 一生のお願いだから! などと新しいファミコンをねだって(ゲーム機の名前は全部『ファミコン』の絶対的世界法則)、できもしない空約束を乱発するクソガキばりのしつこさで食い下がるも、やはりというか大却下であった。

 あの野郎、☆2のコモンよりも☆5SSRのがつえーに決まってんだろ! などとおぬかしあそばされて聞く耳なんざ持ちゃしねぇ。ワザップの駄記事を真に受けるちびっ子かオメー。そんなんだから信じて喚び出した例のアレがとんでもねぇドブゲロだったりするんだ。

 

 当の目が腐ったセイバー顔はマスターの気持ちなんぞ一切合切、斟酌(しんしゃく)することもなく、いつの間にやらネットで購入したらしい大型テレビの前に陣取り切嗣の娘と一緒に対戦格闘ゲームなんぞを遊んでいる。どこで売ってんのか不思議なくらいダサいジャージ姿で。

 

 呼ばれて飛び出てきてからこっち、この目が腐ったセイバー顔ときたら主従としての交流どころかコミュニケーションも放棄して食っちゃ寝食っちゃ寝繰り返し、寝てない時はひたすらネットとゲームに明け暮れるというダメ人間もといダメ英霊生活を満喫しまくっている有り様だ。ダサいジャージで。こいつセイバーでもアーサー王でもなくて、ただの川澄ボイスでセイバー顔してるだけの干物女子英霊とかじゃなかろうか? 該当する英霊に心当たりなんてこれっぽっちもねぇけど。

 

 しかも困ったことに目が腐ったセイバー顔(クソダサジャージ)に感化されたのか最近は切嗣の娘もこいつと一緒にゲーム三昧のネット漬け、クルミの芽探しもやらなくなった。愛娘へこれ以上の悪影響が出る前に、令呪でこいつを始末するべきか切嗣は真剣に悩む日々だ。

 

 懊悩(おうのう)する切嗣のことなぞどこ吹く風とばかりに目の腐ったセイバー顔が声をかけてきた。

 

「おいマスターよ、ポテチが足りんぞもってこい」

 

 仮にも《使い魔(サーヴァント)》としての自覚があるのかさえ疑わしいセリフだった。どこまでも人の心がわからない、あるいは端から理解する気の欠片もないセイバー顔である。こんなのを王様にしてた連中はさぞかし不憫だったろうな。

 

「……一応、言っとくが私だって生前はあのド腐れトンチキどもに、約束された勝利のパロ・スペシャル叩き込みたいのを我慢させられてたんだぞ。つまりは“どっこいどっこい”というやつだ。それよりポテチくれ」

 

 こいつ人の心もわからないくせになんで考えが読めるんだろう。読心術の心得でもあんのか? 切嗣が無言のままに顔をしかめていると、目の腐ったセイバー顔はこちらを見もせずに応えた。

 

「そんな愉快能力は持っとらん、あくまでも直感スキルの賜物だ。そんなことよりポテチくれ」

 

 マジかよすごいな直感。しかも人の心は読めても理解するつもりまではないとか能力の無駄遣いどころじゃねぇ。めまいがするほどの偏頭痛を覚えた切嗣はこめかみを押さえずにはいられない。

 

「ほっとけ。あといい加減にポテチくれよー」

 

 しつっけーんだよ、わかったよ。ちょっと待ってろ! あらんかぎりの罵声を叩きつけたかったが、口を開くのすらイヤだったのでそこはじっと我慢の子。なにも言わずその場を後にする切嗣の背中へ、とことん人の心がわからない目の腐ったセイバー顔の追い打ちが投げかけられた。

 

「ピザとコーラもな」

 

 ねぇよそんなもん。




 登場クソゲー

衛宮切嗣

 開き直れぬ男 来世では最盛期のあかほり脚本みたいな人生だといいねでも野郎も気まぐれに黒ほりになったりする

目が腐った川澄ボイスのセイバー顔

 開き直った女 ピザとコーラとポテチとゲームとネットは良い文明


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第3話 槍使う奴はクソゲー

 聖杯戦争における槍の騎士(ランサー)という連中には、どうにもクソゲーの印象が付いて回る。

 

 無論、それは一部先行者による風評被害的な概念には違いないのだろうし、そもイメージを形作ったと思しき当の本人はクソゲーであろうがなかろうが最期には笑って全てを受け入れ散るがごとき剛の者、あるいは懐が底抜けた酔狂者(すいきょうもの)とも取られる面があったので、そのような評価を耳にしたところで鼻で笑うかさもなくば肩をすくめるだけで一顧(いっこ)だにせなんだであったろうが。

 

 ともあれ個人の主観はさておくにしても、傍からその経緯・来歴を伺い見ればやはり悲惨の一言でしか括れないような連中として、余計なお世話的色眼鏡で見られるのは如何ともし難い。より広義の意味合いで括るなら英雄と呼ばれる連中の人生はその大半がクソゲー、あるいはそれに近い状況に置かれる場合が珍しくないということなのだが。

 

 その日、目の腐ったセイバー顔が出会ったのはそういったクソゲーに足を突っ込まざるをえなかった者の一人であった。

 

   *

 

 聖杯戦争が開催されるのに合わせ、目の腐ったセイバー顔は切嗣のカミさんと一緒に開催地であるところの極東の島国は冬木という地方都市に足を運んだ。

 

 今回の戦争において対外的にはカミさんがマスターという事で通し、本来のマスターであるところの切嗣は一足先に別行動で開催地入りすることに相成(あいな)った。

 

 切嗣としては正直なところ、この目の腐ったセイバー顔に自分の命よりも大事なカミさんを任せるなぞ不安どころではなかったのだろうが、他陣営への撹乱(かくらん)というメリットのことを考えれば他に手はなかった。

 

 出立(しゅったつ)に先立って切嗣は、カミさんへ「コイツ(目の腐ったセイバー顔)に絶対に妙なことさせないようにね! 絶対に! 絶対にね!!」とくどいほどに繰り返した。そこまで言うならいっそ令呪でも使ったらどうよとセイバー顔から提案され、ホントに貴重な一画を無駄にしかけたところでカミさんに止められるほどしつっこく言い聞かせた。もちろん無駄に終わった。

 

 目的の地に到着した目の腐ったセイバー顔は切嗣のカミさんが交通事情に明るくないのをいいことにどさくさ紛れて行き先をこの国でも有数の電気街に変更しようとしたり、道中で目についたハンバーガーショップや牛丼屋に押しかけて立喰師(たちぐいし)よろしくキッチンがパンクしかけるほどの注文を頼んだり、興味をそそられたゲームをカミさんの寛容につけ込み「あのおもちゃかってー」とねだりまくって買いまくったりと好き放題。それらを切嗣が目にしていたら躊躇うことなく令呪をもって早よ死ねと命令していたことだろう。

 

 そもそも注意するなりしてしかるべきカミさんもカミさんで、閉鎖的なアインツベルンの土地から出られたことで色々と吹っ切れているのか、目の腐ったセイバー顔がいかなる奇行を重ねようとも楽しげに笑うばかり、これといって(たしな)める様子もなかった。

 よほどに懐がデカいのか、あるいは底の抜け通した阿呆の類なのか、目の腐ったセイバー顔は仮の主へのせめてもの礼として前者ということにした。どの道、その二つを区別するのは相当の目利きでも難しく、なによりも自分は人を見るのにすら失敗した阿呆であったのだから他人をどうのこうのと評するのはおこがましかろう。

 

 なお見た目だけなら眼福な二人の姿はどこへ行っても衆目を一旦は集めたが、その後すぐに見てはいけないものを見たかのように無視されたものである。

 さながら現世に迷い出た妖精郷の姫君のごとくに見目麗しいカミさんはともかく、その傍らに付きそうヘドラが湧いて出そうなくらい腐った目ン玉をした男装娘という取り合わせは、余程に勘働(かんばたら)きの鈍い輩でもアレは関わっちゃアカンやつだと即判りなほどに不気味だったのだ。

 

 そうやって現世の街並みを堪能してしばらくすると、切嗣のカミさんが海に行きたいと言い出した。

 

 生前の───『アルトリア・ペンドラゴン』にとっての海といえば、叩いても潰しても無限湧きのごとくにやって来る蛮族のエンカウントシンボル(稼ぎ要素なし)の一つという程度の認識であり、別段、見に行きたい観光スポットというわけでもなかったのだが、時代と場所を隔てて見るのならまた違った(おもむき)もあろうということで了承した。いかなるやりたい放題も笑って受け入れるありがたい財布への義理立てとしても悪いものではなかろうし。

 

 

 

 

 

 ……結果として大間違いもいいところだったが。

 

 向かった先の埠頭(ふとう)にて、やるにも事欠いて戦争初日でいきなり空気の読めないエネミーとかち合う羽目になったのである。

 

 ───やっぱ海ってクソだわ。目の腐ったセイバー顔はつくづくそう思わずにはいられない。

 

   *

 

 それは美しい男であった。

 

 青春の光輝に満ちあふれる美貌は吐息を漏らすごとに夜気さえも恍惚に悶えさせ、それを戴く美影身には総身を照らす月の光さえ色褪(いろあ)せた。男がそこにあるだけで、世界の全てはただその美へと奉仕するだけの木偶へと成り下がろう。

 

 しかし美しいばかりの男では決してない。一分の隙もなく鍛え抜かれた肉体は我にただの一度とて無駄に過ごした日なぞ無しと目にした者ことごとくに知らしめ、その身が纏うは凄愴無比たる鬼気という名の戦化粧。美丈夫という言葉は、まさしくこの男のためにこそ作られたものであった。

 

 面と声だけなら無駄にいい野郎どもを見慣れた目の腐ったセイバー顔でなければ見惚れるほどのイケメンなのだが、なんか(さち)が薄そうなのだけは気になった。具体的には自分には一切の落ち度がないのに周りとの軋轢(あつれき)、特に女絡みで無駄な苦労を背負わされて最終的に身の破滅にまで追いやられた的な。

 

 いつものセイバー的直感だが、そんなに間違ってはいないのだろう。人の楽しみをふんだくるようなろくでなしにゃ相応(ふさわ)しい末路だざまぁみろ。

 

 こちらの胸中なぞ知らぬイケメンは射抜くがごとき一瞥を目の腐ったセイバー顔へとくれるや、断じるように言った。匂い立つほどの美身にふさわしく、いっそやりすぎじゃねぇの思えるほどのイケボである。

 

「その腐った目と瘴気(しょうき)のごとく淀んだ気配───バーサーカーのサーヴァントに相違ないな」

「とんでもねえ、あたしゃセイバーだよ」

 

 隠すほどでもなかったので正直に名乗ると、イケメンはものすごくイヤな───なけなしの小遣いとお年玉を貯めて買ったゲームがクソゲーだったときのちびっ子のような───顔をした。

 

 このやろうせっかくの観光を邪魔した分際でなんて面しやがるかな。景気づけとして念入りにボコボコにしてやる。腐った目を半眼にしたセイバー顔は心に決めた。

 

   *

 

 互いに必殺必滅の間合いの中、かつて無数の武勲と栄光に彩られた得物を携え隙を伺い合う剣と槍の英霊二人。剣気と殺気によって冬の夜気さえ凍えるほどの緊張を破ったのは目の腐ったセイバー顔であった。

 

 なんと彼女は構えを解き、総身から垂れ流されるやさぐれた気配からは想像もつかぬほどに格調高き一礼をとったのだ。

 

「しばし待たれよ槍の騎士。この戦、尋常に名乗りを交わすことすら叶わぬものなれども、貴殿ほどの遣い手に見えるとは一人の騎士としてこれ望外の誉れ。故に───仕合う前にぜひとも握手を交わすことを許されたい」

 

 まさかに目の腐ったセイバー顔からこのような模範的騎士口上が出てくるとは思わなかったのだろう。誉れある騎士にのみに許されるその所作に、槍のイケメンはしばし困惑したように眉根を寄せ、切嗣のカミさんに到ってはへんなものでも食べてお腹壊したのかしら。大丈夫? 回復魔術する? などと要らん心配をした。

 

 ややあって槍のイケメンは申し出を了承し、前に進み出た。

 

 ついでに両手の槍を神速で突き込んだ。

 

 いきなりのことに切嗣のカミさんが息を呑むが、目の腐ったセイバー顔、少しも慌てず槍の間合いから退がり、手に隠し持った小さな円筒───牛丼屋でちょろまかした七味に砂を混ぜたもの───を握りつぶし、約束された勝利の目つぶしとして叩きつける。しかしそこはイケメンもさる者、槍を一振りして出来た風でもってそれを無効となさしめ、それ以上のやり合いに拘泥(こうでい)することなく後ろに退がって仕切り直しの間合いに移った。

 

 せこいにも程のある小細工を見破られたことを特に悔しがるでもなく、目の腐ったセイバー顔は不可視の剣を構え直し、それを合図にあらためて聖杯戦争の幕が切って落とされる。

 

 

 

 騎士の誇りも魔術師の栄誉もクソもない、さながら場末のチンピラにこそふさわしいゲスな幕開けに、当事者はその場にいる者いない者問わず頭を抱えずにはいられなかったそうな。

 




 登場クソゲー

目が腐ったセイバー顔

 清澄なる闘気(笑)

槍のイケメン

 メインヒロインが地雷というクソギャルゲーあるいは乙女ゲー(クソ) ニッチ狙いでワンチャンあるか?


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第4話 かくてワゴンにクソゲー満ちる

 竜頭蛇尾という言葉がある。

 

 終わりよければすべてよしは人生を(それのみに限定した話でもないか)良ゲーたらしむる条件の一つではあるが、世に出回る大抵の品々においてはまさしくこの言葉が示す通りに始めや中盤はともかく終わりはしょっぱいというオチへと文字通りに落ち着くものである。オチだけに。

 

 しかしてそのようなショボい〆であったとしても、それほど嘆くに値せぬものあたらぬもの。何故と言うなら、ただの一瞬であろうとも輝かしき時間があるのなら、それを希望という名の灯明として一寸先すら見えぬ判らぬ人生の夜闇を歩いていくこともできるのだから。世の中、その一瞬すら縁遠い者なぞ、それこそ売るほど掃いて捨てるほど溢れかえっているのだから。

 下には下がいるという安心感による、なんの実にもならぬ“しょうもない”慰めと言われてしまえばそれまでのことではあろうが、自分が不幸の一等賞などと安っぽいペシミズムに浸るより多少はよかろう。格好がつくかどうかはさておいて。

 

 そしてクソゲーにおいてはどうなのかといえば、これが困ったことに始まりにしてからがすでにショボいという、それこそ『これはひどい』と絶句するようなところがスタート地点というのさえ珍しくないというもので。

 さながら蛇頭蟻尾とでも言おうか。いや、蟻ん子の尻尾程度でも存在するくらいならまだマシか。尾っぽも存在しえぬなら、もはやそこにあるのは無。クソゲーによる無念無想の境地に到るということか。ああ、ときにクソゲーが苦行にも喩えられるってそういうこと。

 

 

 となれば、どうしようもないにも程のある幕開けによって始まった聖杯戦争が、いかなる終わりを迎えるのかは推して知るべしといえようか。

 

   *

 

 おそらくは聖杯戦争史上、最底辺の開幕を迎えたであろう二騎の英霊は再びにらみ合っていた。

 

(つら)以外に取り柄もない、甘ちょろけた優男かと思いきやよくも見破ったものだ、褒めてやる。ついでに今からでも大人しく目ン玉を潰される、もしくは首を差し出すのならもっと褒めてやらんでもない」

「───貴様のごとき腐った目をした輩が、真っ当な仕合をするはずもなし。騎士の戦いを(けが)慮外者(りょがいもの)め、恥を知れ」

 

 “ぴしゃり”叩きつけられた喝破(かっぱ)へ言い訳さえすることなく、目の腐ったセイバー顔はただ、「ふへっ」と鼻で笑うのみ。

 口には出さずとも心の底から腹の底、頭の天辺からつま先まで馬鹿にしてるのが丸判りなその態度に、イケメンの秀麗な(おもて)が抑えきれぬ嫌悪に歪む。つくづく人の神経を逆なですることにかけて並ぶものなしな女である。

 

 最早この目が腐ったセイバー顔とは付き合いきれぬと悟ったらしく、イケメンはここにいない主へ脳内電波を飛ばして切り札を開帳することにしたようだ。さすが七騎中最速の騎士だけあって手札の切り方も早い。

 

 しかしここおいてそれは悪手であった。なんせ目の腐ったセイバー顔も目が死んでる彼女のマスターも、この戦争を真っ当なド突き合いで勝ち抜こうなどとは端から考えてさえいなかったのだから。

 

 ───お手並み拝見だ、殺し屋。貴様が口にした世界の平和とやらのために精々、死を撒き散らすがいい。

 

 イケメンのマスターとはまた違った理由で姿を現さぬ己がマスターへ、皮肉も交えてつぶやくセイバー顔であった。

 

   *

 

 主の許しを得たイケメンは早速、自慢の宝具たる双槍を開帳し烈火怒涛の勢いで攻め立ててきた。さすがは槍の一献で歴史に名を刻んだ英霊、瀑布のごとき勢いで夜気を切り裂く槍撃は触れなば滅する死の烈風。いかな武芸に疎い者すら一度目にするただそれだけで、遣い手の辿りし修羅の道行き察せよう。それなるは数多の修練、果てなき戦、数限りなき屍山血河を対価とし、遂には武の窮極へと辿り着いた者の業と知らしめよう。

 

 対して目の腐ったセイバー顔が採ったのは、向こうが押すならこちらは引いてあちらが引けばこちらも引くという、真っ向から打ち合うどころか“のらりくらり”とやり過ごす戦法であった。

 蝶のように舞い蜂のように刺すというのはこの時代における有名な拳闘家の格言ではあるが、“にまにま”といやみったらしい笑みを浮かべ、一合の刃も交わすことなく夜闇の戦場を縦横無尽にうろちょろする姿はさながら人間大のゴキブリかハエのごとし。荒事に無縁の者でもそれと判るほど、やる気をドブの中へと叩き捨てたような戦いぶりである。

 

 とことん人をおちょくったその姿に焦れたのかイケメンは攻勢の手を止め、苛立ちを吐き出すかのような荒々しさで右手の長槍を突きつけ叫んだ。

 

「貴様ァ、いい加減にしろ! 戦場にありながら逃げるばかりで打ち合いすらせぬとは、剣の英霊としての誇りはどこにやったか! どこまで俺の戦いを汚せば気が済むか!」

「なぁに戯言(たわごと)ぬかしとるか猪武者め。仮にも戦争、汚いも蜂の頭も(イワシ)の尾っぽもありはせん」

 

 叩きつけられる激昂へ、呆れというより蔑みすら浮かべて目の腐ったセイバー顔は返した。

 

「殺しの技で褒めてもらえるのは下っ端だけ、戦場の私は限りなく効率的に“敵と味方を”死なせる商売だ。恥や誇りじゃメシを食えないんだよおめでてーな」

 

 以前に述べた通り、彼女にとって戦争とは『やりたかないけどやらねばならぬ』ということで嫌々やるハメになっていた代物以上でもなんでもなく、そんなもんに浪漫的なにかを求められても困るのだ。戦争という行為を(うと)み憎む、その意味においては彼女ら主従は似た者同士に違いなかった。少なくともマスターの方では頑として認めたがらぬであろうが。

 

 目が腐ったセイバー顔の恥じ入る心なぞ微塵も持ち合わせぬ主張、なによりも目ン玉にも劣らぬほど腐り果てた性根にイケメンの苛立ちがフルスロットルで加速する。しかし実のところ、苛立っているのは目の腐ったセイバー顔とて同じであった。というのも、

 

 ───ええい、あの愚鈍めが。とっととこいつのマスターを殺ってしまわんか。

 

 これである。尖兵となるサーヴァントなぞ無視して指揮官たるマスターの首を狩る、それがこの戦争において彼女ら主従の採った基本戦術であった。

 

 イケメンのマスターがどこにいるのかまでは知らないが、先の脳内電波はそう離れたところには飛ばせるものではない。まして戦場を信用に足る精度で俯瞰(ふかん)するためには最低でも目視できる範囲には留まる必要があろうから、野郎のマスターは間違いなくこの近辺に潜んでいる。自分がサーヴァントを釘付けにして相手の主を無防備に晒すことに徹していれば、後は迷惑魔術師専門駆除業者として名を馳せたマスターが自動的に勝ちをもたらすという、余人が聞けば効率厨乙! と言われること必至のプレイスタイルであった。

 

 切嗣のカミさん経由で(面と向かって言えよと伝えたが無視された)これらの戦術を提示されたセイバー顔は、一も二もなくそれを了承した。仮にも歴戦の戦争屋でもある彼女の目からしても実に効率的かつ無駄のない戦術であると思われたし、何よりも楽して成果がもたらされるのが素晴らしかった。自分はほぼ何もせず勝利が自ら転がってくるとは、生前のクソゲーぶりが嘘のようなヌルゲーではないか。浮いた時間で食べ歩きなりゲーセン通いでもしようなどと、目の腐ったセイバー顔は皮算用をしたものである。

 

 ところがどっこい(ふた)を開けてみりゃいつまで経っても眼前の相手は健在で、自分のマスターも勝ち名乗りを上げやせん。向こうにだってなんぞのっぴきならぬ事態が発生しとるのかもだが、それを考慮に入れて立ち回ってこその殺し屋だろうに、それすら出来ずこのざまとは《魔術師殺し》が聞いて呆れる。今代のへなちょこ魔術師一匹を始末するのにいつまでかかっとるか。

 

 生前、人のストレスを天井知らずに上げまくる家臣を相手に鍛えに鍛えたスキル、ベヒモスのケツより厚い面の皮【A++】で決して悟らせこそしなかったが、そうでなければ1ダース半ほどの舌打ちを漏らしていたところだ。

 

 そうやって子供向けアニメのネズミとネコよろしく追いつ追われつ繰り返すことしばし。

 今は遠き伝説の中に謳われし英霊達による、人の領域を逸脱した技量をもって行われるしょうもない戦いというか追いかけっこに飽きがきたのか、切嗣のカミさんがこっくり舟を漕ぎはじめた頃、戦場に唐突な変化が現れた。

 

 といっても別に、セイバー顔がいきなり心を入れ替え真面目にブチコロがし合いを始めたとかではない。こいつの勤労意欲なんてもんは生前に使い果たされ、今や跡形どころか消し炭すら残っちゃいない。現にこの女、いい加減にアホらしくなってきたので自らに(そな)わる水上歩行の能力を用い、海と川を渡ってトンズラこいちまおうかとまで考えていたのだから。

 

 急転直下の変化は空飛ぶ牛車(ぎっしゃ)に乗ったデカブツの形をしていた。なんだありゃ、時期と乗り物を間違えたサンタクロースの英霊か? トンチキこの上ないその光景に目の腐ったセイバー顔とイケメンの手も思わず止まり、牛車が放つ雷による神威の騒音公害に目を覚ました切嗣のカミさんはあくびをした。

 

 胡乱(うろん)な眼差しのセイバー顔と呆気にとられるイケメンの様子に気分を良くしたものか、呼ばれもせんのに飛んできたデカいのは聞かれもせんのに名乗りを上げた。それによるとなんでも生前は征服と侵略で名を残した王様とのことだった。

 

 ───つまるところはブリテンにアホほど押し寄せてきやがった腐れ蛮族共のボスキャラみたいなもんってことかよあのやろう。目の腐ったセイバー顔はデカブツに対する好感度が、3年目の3学期末にスケジュール管理を間違えて爆弾を10発くらい連続で炸裂させたギャルゲーヒロインくらいにまで落ち込んだのを感じた。

 

 セイバー顔への心象が、もはや攻略は不可能なほどに低下したことにも気付かぬデカブツが、ついでとばかりにまだ見ぬサーヴァント達に向かってプロレスラーよろしく「かかってきなさい!」と煽るやガチンコ漁法よろしく次から次へとサーヴァントどもまで湧いて出る。いや、電気を撒き散らしてるから感電漁法(ビリ)のが正しいか。どちらにせよ大の野郎どもが、雁首揃えて覗き見とはいい趣味をしてやがる。きっと真名は出歯亀(デバガメ)とかに違いなかろう。

 

 果たしてデカブツの煽りに応じ、新たに湧いて出てきたのはドルアーガの塔の主人公よろしく黄金の鎧に身を包んだやたらと偉そうな態度の金ピカ男。なおこっちは名乗りを上げたりはしなかった。本人が語るところによると、わざわざ口にせぬでも名を知っているのが当然というほどの著名人らしいのだが、誰なんだかは見当もつかない。ジャンプ力に定評のある俊足ヒゲ配管工の英霊か? ヒゲ要素ないけど。しかし正体はどうでもいいが鎧は正直うらやましい。売っ払ったら一生ゲームとおやつ代にゃ困るまい。

 

 なんやかんやと問答をするデカブツと出歯亀へと冷めた視線を送る目の腐ったセイバー顔。槍のイケメンも毒気を抜かれたような顔をしてるし、もうこの場はこいつらに任せて帰っちまおうかなどと考えていると、少し離れたところにドス黒い陽炎(かげろう)のようなものが立ち上がる。どうやら本日最後のお客様であるらしい、千客万来とはこのことだ。血気に(はや)る他の面子はさておき、セイバー顔としてはいい加減に疲れたし面倒くさいしで、とっとと帰って風呂入って寝たい気分なのだが。

 

 突如として巻き起こった黒陽炎が消え失せると、そこには“なんかへんなの”が顕現していた。もう少しマシな言い様はないのかと言われそうではあるが他に形容するべき言葉がないほど、それはへんなのであった。

 全身が先程の陽炎の残滓(ざんし)ともいうべき黒い霧というか“もや”のようなものに覆われていてイマイチよく判らなかったが、鎧甲冑に身を包んだなんかであるらしいのだけは見て取れる。さっきの金ピカが出歯亀なら、さしずめコイツは出歯亀・オルタといったところか。さっきのデカブツといいこいつといいこの戦争、珍奇な奴らしかいねーな。

 

 自分だけは例外と固く信じるセイバー顔をよそに、なんかへんなのは他のサーヴァント達なぞ目にも入らぬ様子で、先の金ピカを穴が空くほどに見つめている。視線を受けた金ピカはさも汚らわしいものを見たとばかりに不愉快そうな面をする。出歯亀と出歯亀・オルタで同族嫌悪こじらせてんのだろうか? 悪趣味仲間同士でご苦労なこった。

 

 だが問題となるのはそこではない。覗き趣味で歴史に名を刻むド変態共がどんな確執こじらせようが、そんなもんは目の腐ったセイバー顔の関知するところではない。問題となるのは、あのへんなのが現れてからこっち、彼女の慎ましき胸の内に揺らめきたゆたう感情にこそあった。嗚呼、いと懐かしむべきこの思い、かつて己が総身を焼き尽くさんばかりに満たしたこの感情。望郷の念にも似たそれこそは───

 

 そう、それはすなわち───ムカつきであった。はらわたが煮えくり返るほどの。

 

 なんでか知らんがあの“なんかへんなの”、見てるだけで死ぬほどムカつくのだ。というか無性にブン殴りたい、今すぐ。

 

 というか蹴っ飛ばしてた。

 

「なんも言わずに死ねやオラァ───ッ!!」

 

 天地を震わす雄叫び上げて電光石火の勢いで、クッソムカつくあんちくしょうの喉元めがけて約束された勝利のフライングレッグラリアートが炸裂する。なんでたまろう、金ピカに意識を向けっぱなしだったせいで予期せぬ攻撃をもろに食らったクソムカつくあんちくしょう、もといへんなのは暴走ドラッグマシンのごとくに吹っ飛んだ。

 

 受け身も取れずに地べたに叩きつけられたへんなのだったが、そこはへんなのではあっても一廉の英霊である。ド汚え不意打ちなにするものぞと跳ね起きるも、体勢を立て直す暇さえ与えず懐に飛び込んだセイバー顔に約束された勝利のドロップキックをねじ込まれ、さらにはその勢いを利用した約束された勝利のフランケンシュタイナーを決められてしまう。

 

 さしもの“なんかへんなの”もこれにはたまらずぶっ倒れるが、そこで慈悲をかけるようなセイバー顔ではない。へんなのを無理やり引き起こして力任せに頭上に担ぎあげ約束された勝利のボディスラム、大技に次ぐ大技に前後不覚となってダウンしたところを間髪入れずに大ジャンプ、土手っ腹めがけて魔力ジェットによる超加速を乗せての約束された勝利の急降下式ダブル・ニー・ドロップをお見舞いする。

 

 なさけむようの残虐行為手当が付くなら一財産が築けそうなほどに凄まじい暴力の嵐に放り込まれ、車に踏んづけられたカエルみたいな有り様で地面に這いつくばり手足を痙攣(けいれん)させているへんなのへ、約束された勝利のヤクザ蹴りを食らわせひっくり返したセイバー顔は背中から馬乗りになりフィニッシュホールドの約束された勝利の機矢滅留(キャメル)苦落血(クラッチ)の体勢に入った。

 

 ───が、力を込めたその瞬間、唐突にクソムカつくクソこんちくしょうのクソ手応えが霞のごとく消え去ってしまった。サーヴァントの緊急回避手段である霊体化だ。おそらくあのクソ野郎のピンチを悟ったクソマスターが、クソ小賢しくも魔力をカットして強制退場させたのだろう。もう少しで胴体真っ二つにしてやれたというに、余計なことをしくさる。

 

 あと一歩のところで怨敵を逃したその悔しさに、目の腐ったセイバー顔は歯噛みを抑えきれない。

 

 野郎、もし次に出会うことがあるなら今度は初手から絶対殺す系の技を叩き込んでやる。なんとも物騒なことを心に誓いセイバー顔はその場を後にした。他にやることとか大事なこととかあったような気もするが、もういい加減に疲れたのであと“一仕事”を片付けたらさっさと帰って寝てしまおう。

 

 当然のことながら切嗣のカミさんが勝手な行動を止めようとしてきたので、約束された勝利のクロロホルムを嗅がせ黙らせた。ぶっ倒れたところを米俵でも扱うようなぞんざいさで肩に担ぐ。

 まったく、初日からこれでは先が思いやられるというものだ。“ぶちぶち”と文句を垂れ流しながら、目の腐ったセイバー顔は戦場を立ち去るのであった。

 

 残された連中はしばしの間、狐につままれたような顔を見合わせていたが、結局は全員が疲れたような雰囲気となり示し合わせたようにその場は三々五々解散となった。

 

 

 開幕がgdgdなら閉幕もgdgdである。




 クソゲーずかん

目が腐ったセイバー顔

 目が腐ってて川澄ボイスでセイバー顔した不意打ちと場外乱闘と反則攻撃が得意な全盛期のダンプ松本の英霊

デカブツ

 しゅぞく:でんきえいれい みずタイプとひこうタイプにつよい じめんタイプとあさしんタイプによわい

金ピカ

 旧NAMC◯の英霊 塔の攻略してろ

なんかへんなの

 モーターマンの英霊


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第5話 夜はすべての猫が灰色に見えるワゴンはすべての品がクソゲーに見える

 埠頭における決闘、の名を借りた陰険(いんけん)極まるドツき合いを終えたセイバー顔は、その足で別件の『一仕事』を終えた後、アインツベルンが用意した自動車を駆って一路、冬木郊外に用意されている根城へと向かっていた。

 

 切嗣のカミさんから聞いた話によれば根『城』というのは比喩ではなく、本当に城があるのだそうな。金持ちというのはこんな戦争ごっこですらも使える金が違うものか。かつての我が身と比ぶるに嘆息を漏らさずにはいられない。

 

 なお車の本来の持ち主たるカミさんであるが、彼女は埠頭でセイバー顔に盛られた薬が抜けていないせいもあり後部座席にて夢の国へとご招待中である。純粋な意味での『人間』でない彼女にも、視られる夢があるかまでは不明だが。

 

 彼女がもし起きていたのなら私に運転させろとゴネたろうが、アインツベルンの地にて練習走行と称してこの車を乗り回し、見物していた自分をハネ飛ばしたり踏んづけたりしてくれた腕前を嫌気が差す程度に思い知っているセイバー顔としては、生前の外交経験によって磨き抜かれたブリテン式交渉術(約束された勝利の腹パン)のかぎりを尽くして止めていたことであろうことは間違いない。

 

   *

 

 路も半ばに差しかかったところで、目の腐ったセイバー顔は道路のド真ん中に突っ立っている妙な影を見た。

 

 普通ならここで慌ててハンドルを切るなりブレーキを踏むなりするのだろうが、生憎と云うべきか運転してんのは普通から果てしなく縁遠い目の腐ったセイバー顔だ。ハンドルは当たり前のようにそのまま、アクセルにいたっては約束された勝利のベタ踏みであった。その気になれば恵まれた騎乗スキルでもって回避することも出来たのだが、“影”から漏れ出る常人ならざる気配と魔力から相手が人間ではないのを瞬時に看破したが故の判断である。

 

 もちろん、衝突に際して車体のフロント部分に魔力でもって編み上げた簡易装甲を施すのも忘れない。相手がサーヴァントなら自動車にハネられる程度はいかほどのこともないが、魔力を介しての当て逃げなら少なからず打撃を与えられるだろう。

 

 これらの工程を文字通りの“まばたきひとつ”の間に為しうるあたりはさすがである。目が腐っててもブリテンに名を轟かした騎士の王にして最優のサーヴァントの名は伊達ではなく、たとえ目は腐っててもスペックの高さだけは間違いなく本物なのだ。

 もっとも目は腐ってるし生前にさんざかプレイする羽目になったクソゲーの前には太刀打ちはおろか活火山に柄杓(ひしゃく)の水ぶっかけるより無意味であった上に目も腐っているのだけれど。

 

 腐った目ン玉はさておき、耳にした者すべてが顔をしかめようほどの衝突音にさえ毛の一筋ほども動じることもなくセイバー顔は余裕をもって車を停車させ、約束された勝利の()き逃げの成果を確認するべく事故現場へとUターンした。

 

 果たして例の“影”は夏によくある粗製乱造怪談小咄よろしく、衝突地点に寸分違わぬ姿と位置のまま(たたず)んでいた。ざっと見た感じ、大してダメージも負った風ではなさそうである。もっとも、どんな端くれだろうと仮にも英霊を名乗るようなのが車に轢かれた程度で死んでちゃ格好もつかんのではあるが。

 

 ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らし、車から降りたセイバー顔はサーヴァントと思しき“そいつ”を観察する。さて、こいつは一体、何者であるか。

 

 相対するのは貴金属を散りばめた、豪奢(ごうしゃ)ではあるが悪趣味な色合いとデザインのローブを身にまとった長身の男。

 出目金(でめきん)かさもなきゃ日野日出志の漫画よろしく眼を“ぎょろり”と大きく()いた異相は一度でも目に焼き付けたならば、しばらくの間、夢見が悪くなりそうなほどに不気味であった。

 

 ───なんだこいつ、出目金養殖で名の知られた英霊か?

 

 そんなもんがいるのかどうかはさておいて、先の埠頭にて雁首(がんくび)揃えていたのは全七匹もとい七騎の内、自分を含めた五騎。身元はともかくクラスは知れている。

 

 となれば眼前の相手は残りの二匹、(つら)を見せなかった魔術師か暗殺者のサーヴァントのどちらかになるわけだが……問題はそのどちらも正々堂々の殴り合いを得手とするようなのではないということだ。

 

 そして陰に紛れ影に蠢くが本分の輩が表に姿を見せるからには、そうしても問題ないと判断したか……あるいは『それが勝利条件となる』場合のみ。つまりは余程に血迷うかトチ狂った阿呆でもないかぎりは十中十まで罠か策があろう。

 

 少年漫画の主人公なら罠があるなら噛み破るまでよと正々堂々たる態度を崩さぬであろうが、そんな考えなんざケツをふく紙にもなりゃしねってのによお! と言い張って恥じ入ることもない目の腐ったセイバー顔にそれを期待するのは無意味であるばかりか不毛であろう。

 

 何事かあろうとすぐさま対応できるように用心しつつ相手の出方を伺い、しばし無言の内に相対していると、なんと出目金男は何をトチ狂ったか王に拝謁(はいえつ)する騎士のごとくに膝をつき、作法に(のっと)った(うやうや)しい一礼をよこしてきた。

 

「───お迎えにあがりました聖処女よ」

「開口一番なに言ってんだお前は」

 

 突然のことに思わずツッコミを入れるセイバー顔。いやほんとになにいってんだこいつ。

 

 呆気にとられるセイバー顔へと、聞かれもしないのに怪奇・出目金男が語るところによればこやつ、生まれも育ちもおフランス、ブルターニュ地方で産湯をつかい姓はレェで名前はジル人呼んでキャスターのジル・ド・レェとのことである。

 

 その名を聞いた途端、サーヴァントに備わる自動検索機能が作動して出目金に関する詳細な情報(プロフィール)が強制ダウンロードされ、セイバー顔は腐った目一杯に嫌悪というか嫌気のようなものを(こしら)える羽目になった。いくら目が腐っていようとも、又聞きしただけでもメシが不味くなりそうな性犯罪者の駄話を聞かされて愉快な気分でいられるほど心は腐ってはいないのだ。

 

 野郎にまつわる変態性癖モロ出しの逸話に関してはこの際スルーということにして、人のご飯をマズくする程度の能力(デバフ)持ちのド変態出目金が続けて言うところによれば目の腐ったセイバー顔の正体はこいつの故郷を救った救国の聖女ことジャンヌ・ダルクであるらしい。

 

 ───このやろう、もういっぺん轢いてやろうか。セイバー顔は己がこめかみにデカい青筋が立つのを感じた。

 

 いうにも事欠いてこの出目金、なんたる妄言をほざくのか。ひょっとしたら遠回しにケンカ売ってんのか? 何が楽しゅうて生前の自分が、海を渡ってやって来る腐れ蛮族共の国なんぞ救ってやらにゃならん。そんな耳にした者すべてが満員総立ちでブーイングとコーラの空き缶を投げつけてくること請け合いのクソエピソードなんざありゃせんがな。

 

 久方ぶりに感じた溢れんばかりの腹立ちを、生前に培ってきた鋼の自制心でもって蓋をして、人違いじゃないのかと目の腐ったセイバー顔にしては至極まっとうな意見をしてみるも、

 

「何を、何を仰いますか! 余人はいざしらずこの私が、他ならぬジル・ド・レェが! 貴方様を見誤るなぞありましょうや然様(さよう)なことがありえましょうや!」

 

 これである。人の話なんざ聞きゃしねぇ。この手の、人の話を端から聞く耳持たない輩を見ると生前の家臣連中を思い出してさらにイヤな気分になる。

 

「ありましょうやもへったくれも、今現在おもっくそ見誤ってるだろうが」

 

 半眼で呻くセイバー顔のことなぞ構うことなく、出目金のテンションはウナギが滝を登るがごとし。我を忘れ半狂乱どころか完全に狂態を晒して荒れ狂う。出目金なのにウナギとはこれイカに。

 

「たとえ死すとも忘れがたきは何より貴く誰より尊き御身の姿! 徹夜明けを繰り返したかのごとき疲労がへばりついたその(おもて)! 総身から惜しげもなく撒き散らしてはばからぬやさぐれし気配! 何より……何よりも、その腐り果てた両の眼こそ、嗚呼───我らが御旗(みはた)を誇りも高く掲げし聖処女の証に他なりませぬ!」

 

 こいつが言うところの聖処女とやらはセイバー顔でやさぐれてて腐った目ン玉をしていたらしい。

 

 それは聖女じゃなくて、ただのくたびれた干物女だったのと違うか。私が言うのも何だがな。やさぐれてて腐った目ン玉をしているセイバー顔は疲れたようにつぶやいた。ツッコミを入れるというよりは独り言のようなものである。どうせこいつは聞き入れやしなかろうし。

 

 現世における目の腐ったセイバー顔としては、よく知らない過去の目の腐ったセイバー顔(聖処女)とやらに妙なシンパシーじみたもの的なにかを感じないでもなかったが、それはそれ、これはこれである。眼前の錯乱出目金が何を求めていようがいまいがもはや知ったことではない。敵なら引導を渡してやるだけのことだ。

 

 セイバー顔は大きくため息を吐くや、表情をあらためた。

 そして驚くことなかれ。なんと彼女はその(ツラ)に、この女の一体どこにと思わせるほどの慈しみと博愛に満ちた微笑みを浮かべたのだ。

 

 目が腐ってさえいなけりゃセイバー顔だけあってその破壊力たるや、向こう十年は青少年の心を鷲掴みにするヒロイン(ちから)

 

 そう、それは───まさしく万人が幻想に思い描きし《聖女》の微笑みそのものであった。

 

 こいつの本性を少しでも知る者ならエチケット袋の用意不可避の笑みを浮かべ、目の腐ったセイバー顔は口を開いた。

 

「───今こそ想い出しました。ジル・ド・レェ、我が戦友にして永遠の盟友。そう、私は……私こそはジャンヌ、ジャンヌ・ダルク」

 

 まともな相手であれば引っかかりようもないほど、それは感情のこもらぬクソ芝居もいいところであったが、どうせ相手はとっくに正気を失っている出目金なのでそこは無問題。

 目の腐ったセイバー顔をジャンヌ・ダルクと思いこんでいる一般出目金の英霊は、眼前のセイバー顔が繰り出す干からびたカイワレ大根以下の小芝居に、ひん剥いた両の眼に涙すら浮かべて感激していた。きがちがってはしかたないね。

 

「……おぉ……おぉ! ようやく、ようやくご自身を取り戻されたか! ジャンヌよ、我が唯一の救い! ああ、いと高みにおわす方! 今こそ私はあなたへ真なる感謝を捧げましょうぞ。救いは身を焼く絶望の只中にこそあれ───御身の聖なる言葉を連ねし書は正しかったのです!」

「ええ、ええ。その通りです。しかし、それもすべては貴方あってのこと───過去においても今生においても、貴方の身を削り惜しむことなき献身にはこのジャンヌ、かけるべき感謝の言葉さえ見つけられません」

「なんと……我が聖処女よ……なんともったいない……私は再び貴方に見えただけで……いえ、その御姿を我が両の目に映すことが叶っただけで……それだけで……」

「なにを言うのです。このジャンヌ・ダルク、我が身を救わんと奔走せしあなたの献身に目を背けるがごとき忘恩の徒ではありません。さあ、こちらへ……私に懐かしきあなたの姿をよく見せてください」

 

 どこまでも優しいその声に誘われた出目金が、さながら夢遊病者のごとき足取りでジャンヌ・ダルク(笑)へ近づくと、その土手っ腹に“ぞぶり”と何かが突き刺さった。

 

「……え?」と、間の抜けた声を漏らす出目金の英霊に突き刺さったものの正体は無論、セイバー顔の得物たる不可視の剣を用いての約束された勝利のセコ突きである。そういやこいつセイバーだった、やり口そのものは仕事人(アサシン)だけど。

 

 いきなりのことに出目金の英霊は驚愕に目を見開いた(普段と見分けはつかなかったが)。

 

「……な、なぜです……我が聖処女よ……わ……私は、貴方を……貴方様を……」

「ええからはよしね」

 

 目の腐ったセイバー顔、一切の聞く耳を持たぬまま短く吐き捨て約束された勝利の喉笛掻っ捌き。トドメ刺されたなんだかよく判らない出目金の英霊はなんだかよく判らないまま消滅した。本当になんだったんだ、こいつ。

 

「まあいいや勝ったことだし、なんだか知らんがとにかくよし!」

 

 よくねえ。

 

   *

 

 

 

 

 

 そういえばくっそどうでもいい余談なので忘れていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 生え際がちょっと怪しい工房自慢おじさん、ホテルの部屋もろとも約束された勝利の謎ビームで消えちまったってよ。

 




 今回のクソゲー

目の腐ったセイバー顔

 中村主水が召喚されたらセイバー枠なのかアサシン枠なのか

出目金

 喉を掻っ捌かれてたから判らんかったけど死に際に血涙流しながら「聖杯に呪いあれ」とでも言ってたんじゃねぇの

工房自慢おじさん

 ギャルゲーならイヤミなハイスペライバル的ポジだったんかね いや、ただのイヤミ教師が妥当か


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第6話 アルジャーノンに花束を天使にラブソングをAVGNにクソゲーを

 ───極東の島国にて行われる魔術儀式、〈聖杯戦争〉へ信じて送り出した魔術師が開催初日で即オチ2コマばりの脱落をかます。

 

 その凶報が届けられるや件の魔術師が所属していた現代魔術の梁山泊(りょうざんぱく)、時計塔は大混乱に陥った。

 

 単純に負けて死ぬくらいならまだマシであった。魔術とは死と隣合わせ、それくらいを受け入れられないでは魔術師として話にもならぬ(その割にはどいつもこいつも生き汚かったりしぶとかったりと、妙なバイタリティに溢れる連中だが)。

 問題となるのはそのやり口と関係者にこそあった。

 

 殺害の手口が魔術の不文律ともいうべき神秘の秘匿をガン無視した聖剣(笑)による謎ビームというだけでも大概アレだが、それでも並の相手ならこちらで専門の駆除業者を送り込んで始末をつけて後は臭いものに蓋とばかりに知らぬ存ぜぬ決め込めば済んだ。やらかしたのが過去に《魔術師殺し》として名を馳せ、現在は錬金術の大家ともいうべき魔術の家をパトロンとする殺し屋であったというのが混乱と面倒に拍車をかけたのだ。

 

 当然というべきか、関わるあちこちの連中に苦情を出しはしたのだが、戦争を管理・統括する〈教会〉には魔術師のやらかしに関しちゃお前らの管轄じゃろがいと突っぱねられ、やらかした魔術師の後ろ盾というべき家に文句を言おうにもこちらには一切関係ございませんと二昔くらい前の政治家の答弁ばりの回答をよこされ、どうにかこうにか当の魔術師へとツナギを付けたもののそこでチラつかされた、野郎が過去に請け負った『お仕事』のいくつかが、どうやら露見したが最後、現在の時計塔内における派閥のいくらかに深刻な悪影響(最悪の場合、有力教室間での暗殺合戦)を及ぼしかねないものであるという事実の前に沈黙せざるをえなかった。

 

 なによりも開催地である極東の島国は冬木という場所が、時計塔の影響をいまいち受けにくい僻地(へきち)であったというのも災いし、半ば泣き寝入りの形で矛を収めざるをえなくなったのである。

 

 とはいえ先に述べた魔術・神秘の秘匿だけでもどうにかせにゃならんということで、関係各位(主に教会関係者)におかれましては不毛な労力を注ぎ込みいただく次第になるわけで、とりあえずホテルの損壊はガス爆発、謎ビームに関しては事故の影響で破損したガス管から漏れた素敵ガスを吸って幻覚を視たのだということで誤魔化すことになった。

 

 これが他所での大事件であろうものならゴルゴムの仕業だったり半人半豚の陰謀だったりシャミ子が悪かったりするのだろうが冬木における珍現象に関しては、「すべてはガス会社の仕業だったんだよ!」で片が付くのだ。なんだか頭が痛いと言おうが腹を壊したと言おうが「それは肝臓が悪いね」と切って捨てるヤブ医者みてえな対応である。

 

   *

 

 時計塔との折衝(せっしょう)(脅迫)を終えた切嗣は、アインツベルンが根拠地として用意した城の一室に置かれたソファへと疲れ果てた我が身をいささか乱暴に沈めた。

 

 肉体的な疲労もさることながら気分が最低最悪をスッ通り越して、奈落の底にジェットモグラで穴を掘るがごときズンドコだった。常人ならば目の保養どころか魂さえ奪われそうなほど豪奢な部屋の内装も身を預けた上等なソファの座り心地も、今の切嗣にとってはいささかの慰めにもならない。

 

「ご苦労なことだなマスター。だが(いくさ)はまだ始まったばかり、これくらいでへばっていてはこれより先の争いを勝ち残るなぞ夢のまた夢だろうよ」

 

 ……誰のせいだと思ってんだ、コラ。

 人のささくれた神経を逆撫でどころかヤスリがけをするがごとき声の主は言うまでもない。切嗣はテーブルを挟んで向かいのソファに我が物顔で寝っ転がる、人の心がわからないサーヴァントを忌々しく(にら)みつけた。

 

 豪華なソファに古のローマ人よろしく横たわりながら菓子を貪り、携帯ゲームに興じるその姿は一騎当千の英霊と云うよりは漫画やアニメに出てくるテンプレデブキャラの如し。いまさらだけどこいつ本当に大昔のブリテンの英霊なのだろうか?  

 

 並の人間が晒されたなら顔色なからしむる視線を叩きつけられようとも、目の腐ったセイバー顔は涼しい顔。気にも留めぬ様子で昼間に買い込んだ携帯ゲーム機で遊んでいる。なんといっても生前は、睨まれただけで本当に殺されかねない輩と幾度も殺り合う羽目になった身だ。今更、恨みがましいツラで睨まれたとて鼻で笑うことすらできやしない。

 

 暖簾に腕押しを地で行くセイバー顔の態度に、切嗣は諦めたようなため息を一つ吐いて頭を振った。今はこんなやつに構っている場合ではなく、これから先のことを考えるべきなのだ───考えたら死ぬほど頭が痛くなってきたので、なんもかんもを忘れて寝たいのだがそうもいかないのがひたすら辛い。

 

   *

 

 実は今回の───敵の魔術師を謎のビームでふっ飛ばし事件なのだが、これ切嗣とはほぼ無関係だったりする。

 

 というのも本来の予定ならば例の魔術師はテロリストによる爆破という偽装によって、彼が宿泊していたホテル丸ごと潰してやる手筈だったのだ(よく考えるまでもなくこれだってイカレポンチの発想だ)。それがなんでこんなトンデモ事件になったのかと云えば、初戦の戦場から勝手に姿を消した彼のサーヴァントこと、目の腐ったセイバー顔による独断専行にその理由が求められる。

 

 切嗣とその助手が事前の調査によって件の魔術師が“ねぐら”にしていたホテルを割り出し(と言っても即バレにも等しかったが)、そこに高層ビル一つを更地に変えるだけの爆薬を仕込み、標的が埠頭での決闘からのこのこ帰還したのを確認していざ起爆させようとしたその矢先、どこからともなく放たれた謎のビームが標的もろともホテルの最上階を根こそぎでブチ抜き、それまでに注ぎ込んだ準備労力のなにもかもを台無しにしやがったというのが事のおおまかな真相であった。

 

 なお仕掛けた爆薬は放ったらかしにもできなかったので、『爆弾を仕掛けたという証拠を隠滅(いんめつ)するために爆破する』という何のために仕込んだのか判らん虚しい使い方をする羽目になった。現場が想定以上の大混乱に陥ったため、謎ビームの被害者以外は確実に無傷で終わったのだけが救いではある。

 

 つまりはこれら炎上騒ぎの火種となるべきほとんどが眼前でポップコーンを食い散らかす目の腐ったセイバー顔に起因するものではあるが、ならば切嗣には落ち度がなかったかといえば一概にそうとも言い切れぬのがまた困ったもんなのだ。

 

 少なくとも埠頭から姿を消したセイバー顔が素直にこの城に向かったものと思い込み、その動向を掴んでいなかったのは明らかにマズかった。こいつが素直なんぞという単語からはスッポンが泥中より見上げる月の軌道ほどにもかけ離れているのは端から判っていたというのにそれを野放しにするなど、まったく噴飯(ふんぱん)どころかヨガファイヤー噴き出すくらいには間抜けであろう。

 

 より深いところを突っ込むのなら、気に入らんなどと云う偏食こじらせクソガキばりのしょうもない理由で手駒(セイバー顔)との相互理解どころか意思伝達も怠るというのは片手落ちどころか両手落ち、いわんや暴挙ですらあった。目と性根が腐ってて言行もあんまりにもアレとはいえ仮にもサーヴァント。超必殺技の一撃で高層ビルをオシャカにする、人間サイズの怪獣みたいなもんをロクな管理もしないで放置するというのはいかがなもんか。

 

 何より問題なのがこれら馬鹿騒ぎの大元を辿りに辿れば切嗣に行き着くというのに、騒動そのものは彼の意図や手腕からまったく離れたところで起こったというところにある。

 

 先にも述べた通り自分が喚び出したサーヴァントを御するどころか放置して自分勝手に振る舞うのを許した挙げ句、マスターさえ予期しない破壊活動を行わせる。これがバレたとしたなら、魔術商売の定番厄ネタである神秘の秘匿云々をさておくにしても、マスターとしての資格なしとして聖杯戦争への参加・関与の権利剥奪(はくだつ)くらいはありえた。

 

 いや、状況を考えれば間違いなくあったろう。なにせ事が事であったし、それ以上に戦争に参加している他の陣営連中にとっても悪い話ではないのだから。戦争の最序盤でいきなり二つもの勝利を(手段はともかく)もぎとるような危険ブツをルール違反にかこつけて労せず排除できるとあらば、誰だって諸手(もろて)を挙げて賛成するに決まっている。自分だってそーする。なによりも明日は我が身かも知れないのだ。

 そうさせぬためにも、一刻も早く関係者連中へ連絡を入れ、牽制(けんせい)を入れると同時に自らの正当性を主張する必要があった。

 

 かくして関係する諸々からの突き上げをくらいまくった切嗣はそれらの対応へ追われることとなったのである。

 

 この場合、釈明なり説明をすべきなのは対外的なマスターとして認知されている切嗣のカミさんの役割だったのだろうが、彼女はこともあろうにセイバー顔から一服盛られて前後不覚。しかもクレームが届いた時点では城に戻ってさえいなかったのでどうにもならなかった。ちなみに戻らなかった理由はセイバー顔が塾帰りのガキンチョよろしくコンビニで立ち読みしたりスナック食ったり食玩を大人買いしたり珍妙な出目金を轢き逃げしたりで遅れたせいだ。それらを知ってなお令呪で自害を命じなかった切嗣の忍耐力はどれだけ褒められてもよかろう。

 

 かくして様々な方面への都合十数時間にも及ぶ説明、弁解、韜晦(とうかい)恫喝(どうかつ)、脅迫、鼻薬、買収、言い訳、繰り言、泣き落とし、その他諸々を伴いながらの各部署へのたらい回しの末、どうにかこうにか不問に付すとまでならずとも、いくらかのペナルティ込みでの厳重注意で済ませることができたのだ。ちなみにペナルティ云々に関しては現状では払いようもないので、後日、アインツベルンへのツケという形で踏み倒すつもりである。

 

 もっとも今後の行動には少なからず厳しい目が向けられるのは避けられないし、それら釈明のために表に出ざるをえなくなった結果、自分が本当のマスターであるとバラす羽目にもなったわけなのだからプラマイゼロといえるのかは怪しい。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。

 

   *

 

 聖杯戦争の初日からここに到るまでの出来事と経緯を振り返った切嗣は頭を抱えた。

 

 ほんとにこりゃひどい。頭痛の種どころじゃなく、ちょっと古いオムニバスホラーよろしく種が芽吹いてにょきにょき生えた頭痛の木が頭蓋(ずがい)をブチ破りそうな勢いだ。

 

「どうした、腹でも減ったのか。今の時間じゃ出前も取れんから我慢することだ」

 

 言うても、こんな辺鄙なところにまで注文を受け付けるようなソバ屋がおるとも思えんがな。心配してんだかしてないんだかよく判らないことを言いながら、セイバー顔は新たなポテチの袋を開き貪り食う。さすがは人の心がわからないだけあって分けてくれる気は微塵もないらしい。そもそも腹が減ったとかじゃないんだが。

 

 仏頂面を崩さぬ切嗣になにを感じたのか、目の腐ったセイバー顔は形だけは無駄に良い唇を皮肉げに歪めた。

 

「フム、これだけの戦果を挙げてきたというに、我が主殿におかれてはご不満があるようだな。しかし今回の一件は港での貴様の不手際が招いたことでもあるぞ。埠頭で槍使いの主を始末さえ出来てりゃ“こんなこと”にはならなんだ。つまりはお前の尻拭いを私がやって、それによって生じた私の尻拭いを貴様がしたということだな───もちろん貴様が他に策や打つ手はあったのも知っているさ、だが魔術師という連中の土壇場での生き汚さは私だって悉皆承知(しっかいしょうち)している」

 

 それはつまり、切嗣の採る手段ではかの魔術師を始末できぬと判断したからか。

 

「さあな───判っているのはこの手の話は結果だけが物を言うということよ。戦果も結果も残せぬ輩に何を言うこともできまいが。それとも貴様も、結果論を盾に苦情を言い立てるクチか」

 

 そのように言われては切嗣としても口をつぐまざるをえない。だがそれらに関してはもはや問わぬとしても、いまだ摘み取られぬままの疑問の芽は片付けておきたい。

 例えば、あれやこれやの対応で聞けず終いだったのだが、こいつは例の魔術師の拠点をどうやって見破ったのか。つまらんことを考えずコロがし合いに没頭させるため、余計な情報はシャットアウトしていたはずなのだが(それが騒動の原因の一つでもある)。まさか盗み聞きでもしたのだろうか。

 

「そんなしょうもない真似はせん。昼間はお前の女房と一緒に街中をうろついてたのは知っとるな、そこでいくらかの噂話を耳に入れたのさ。鳴り物入りで完成したばかりの高級ホテル、そのフロア一つを借り切ってさらには珍妙な荷物を尋常ではない量で持ち込む外国人がいりゃ怪しいとまで言わんでも話のネタにゃなるだろが。魔術で誤魔化すにしても限度はあるしな」

 

 人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものさ───件のウカツ魔術師はそう思わんかったようだが。腐った目をしたフードファイターの英霊はここで一旦、言葉を切り、袋に残ったポテチを豪快に流し込んだ。生前は小なりとはいえ一国の王様であったとは思えんくらい食い方が汚い。

 

「後は霊体化でホテルのロビーやフロントに探りを入れて相手を特定したという寸法だ。私が王様稼業と戦争屋の兼業だったのを忘れたか。嘘か真かも判らん情報を頼りに市井戦場を予想するくらい出来ぬでは話にもならんわ」

 

 リスの食事よろしくスナック菓子で頬っぺたを膨らませた姿さえ無視すれば、説得力のありすぎるセリフではある(口にもの詰めたままなので聴き取りにくかったが)。普段の言行と風体とで騙されがちではあるが腐っても鯛、目ン玉は腐っててもアーサー王。こいつこそはしこたま抱えた内憂(ないゆう)とアホほど湧き出る外患(がいかん)の末に滅亡寸前だったブリテン(クソゲー)を10年近く延命させてのけたバケモンなのだ。

 

「彼奴めの拠点と持ち運んだ武装なりを剥ぎ取れる程度でも御の字と思っていたが───まさかのドンピシャだ。喜ぶがいい、運気は我らにあるぞ」

 

 それが喜べねえからこうして頭抱えてんだろが。しかも抜かした当の本人が心底どうでもよさそうな口調でゲームと菓子に没頭しているのにどないせえというのか。あと、せめてこっち向いて話せ。

 

「召喚してからこっち、話の一つも振ってこなかった貴様が言うか」

 

 ごもっともである。ついでに云うならここまで切嗣は一切、口を開いてすらいない。すべてはセイバー顔の直感スキルとやらに依存した一方通行にも見える謎会話であるが、わざわざ言葉にしないでも通じるという意味ではこれもひとつの以心伝心の形かもしれぬ。

 

「それよりもだ、この一件はあくまでもサーヴァントの私でなくマスターのお前がやらせたということになるのだろう? 濡れ衣を着せられたままが嫌なら精々、馬車馬のごとくに働き、殺し、勝ち残り、己が正当性を証明することさ」

 

 でなけりゃ今回のみならず過去のあれやこれやの精算として、貴様は首に縄かけられることだろうよ。半ば以上に脅迫まがいのことを言う目の腐ったセイバー顔。こいつが一体、誰の味方なのか判らなくなる。

 

「あるいはこの身が王のままであったなら、己に願いを託さんとした者の味方をしたろうな。だが今の私は王どころかただの人間ですらない死者、正真正銘の“ひとでなし”ときたものだ」

 

 そんな輩が託されていい願いも祈りもあるはずはなく。できることなぞ精々が、余人の与り知らぬところでブチコロがし合いに勤しむが関の山。

 かつては国や臣下に縛られた身の上も、今は遠くはるかな過去。なればこそ、己の来し方行く末くらいは自らの心赴くままに振る舞うを私はよしとする。

 

「つまるところ今の私、アルトリア・ペンドラゴンは誰でもない自分だけの味方というわけだ」

 

 字面だけならなんだか格好よいことを抜かしてるように聞こえなくもないが、よくよく内容を吟味(ぎんみ)すれば自分のワガママ都合を最優先させて後は知らんという開き直り以外の何物でもない。

 

 あまりの身勝手さにめまいすら覚えた切嗣は、二度と口を利かぬという誓いを破りそうになるのをかろうじてこらえ、大きく深呼吸をして息を整えた。息を吸いすぎたのと脳ミソの処理が追いつかないほどの感情の奔流とで、頭の中がヒッチコックの映画ばりにくらくらするがそこはじっと我慢の子。今の今までしたくもないのに積み重ねてきた我慢に比べればなにほどのこともない。そうやってクソゲーを我慢しようと得られるものなぞありゃせんというに、ご苦労さんと云うべきではある。

 

 事情を知らぬものが目にしたなら誰もが同情をする(そして事情を知っているなら半ば自業自得じゃねぇかと呆れる)その姿に思うところがあったのか、セイバー顔はゲームを止めて己の主へと視線を向けた。寝っ転がったまま、かつ顔までは向けていないから投げやりな印象は拭えなかったが。

 

「この際だから言っておくがなご主人様(マスター)よ、我々の関係は別に対等でもなんでもない。叶えるべき願いなぞ持ち合わせぬがゆえにこの戦争ごっこなぞどうなろうが構わない私と、是が非でも叶えたい願いを成就させうる最初で最後のチャンスとなるお前───失うものがないというのは、実に便利な立ち位置であると思わんか」

 

 なんとも悪質な無敵の人理論を振りかざすもんである。(おもて)に表すことこそなかったが内心で歯噛みする切嗣に、とどめを刺すかのようにセイバー顔は続ける。

 

「それが気に入らんのならいっそのこと、その令呪でもって我が意に従えとでも命じてみちゃどうだ。あるいは───《自害せよ、セイバー》とでもな。召喚初日にも言ったがな、私は一向に構わんぞ。どうせとっくに死んどる身だ」

 

 もっともそれをやったが最期、お前は勝ち残る権利そのものを自ら捨てるのと同義であろうがよ。弄うように断ずるセイバー顔が一体、どこまで本気なのか判断がつきかねるが、それができれば切嗣だって苦労はしない。認めるのは(しゃく)だがこいつの言が正しいのは判っちゃいるのだ。

 

 過程さえ無視できるのなら聖杯戦争の初日で二つもの陣営を下したこいつは、戦力としてこの上を考えられぬほど優秀だ。仮にだが、こいつを処分して新たにサーヴァントを喚び寄せるにしても(それができればの話だが)、それがこいつを上回るとはかぎらない。いや、間違いなく下回るであろうことは目に見えている。

 勝つための手段なぞ結果でいくらも正当化できると素で考えるような、反英霊(はんえいれい)まがいの精神性とそれを高い精度で実行できる能力を併せ持つような英霊などそうはおるまい。

 

 そして仮に令呪で言う事聞かせるにしてもそれが切嗣を利するかは疑問だ。先の首級にしてもマスター含めて他人の思惑・意見なぞを一顧だにしない性格と行動原理だからこそもたらされた戦果であり、それを縛って唯々諾々と自分に従うだけの木偶(でく)となったとしたら(駒や兵隊としてならそれでもいいが)、果たしてこれ以上の戦果が期待できるかどうか。

 

「……そこで迷うことなく手札を切れないのがお前の限界なんだろうよ───最終的な勝利のために、あえて現状における下策を承知で採ることもできぬではな」

 

 失望というより興味をなくした風に言い捨て、視線を戻したセイバー顔はゲームを再開するのだった。

 

「まあいいさ。それより貴様、仕事が片付いたのならさっさと寝たらどうだ。戦いが始まる前からろくすっぽ眠っとらんのだろう? いざというときに体調不良で使い物にならぬでは、さすがの私も愛想を尽かす」

 

 その間くらいなら私も忠良なる使い魔(サーヴァント)として護っていてやろうから、安心して寝くたばるがよい。責任感なぞ微塵も感じさせない口調と態度ではあったが、これだけはまったく正しい。先に述べた通り都合、半日にも及ぶ各方面に及ぶ弁解と恫喝にいい加減、精神と肉体が軋みを上げていたのだ。その気になれば身体が壊れるのを無視しての行動を可能とする切嗣ではあるが、今はまだその時ではない。ここは大人しく忠告に従っておくべきであろう。

 

 疲労物質の塊のようなため息を吐いて切嗣はソファから腰を上げた。セイバー顔へ一瞥もくれぬまま部屋を出ていこうとしたところで、

 

「───おっと、その前にしばし待て。大事なことを忘れていたよ、これはちょいと重要な話なのだがな……」

 

 思わせぶりに語りかけられた切嗣が足を止め胡乱な眼差しを向けると、重苦しい表情で空になったコーラのペットボトルを振ってみせる目の腐ったセイバー顔の姿があった。

 

「コーラを切らした、目を覚ましたら買ってこい。デカいサイズのやつ」

 

 ……そんくらいおめーが買え。声帯の限界に挑むほどの罵声を浴びせたいのを、クソゲープレイヤーに特有の強固な精神力でもってどうにか堪えた切嗣は無言のままに退室した。




 今日のクソゲー

目の腐ったセイバー顔

 死んでもクソゲーと縁が切れない女

衛宮切嗣

 死ぬまでクソゲーと縁が切れない男


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第7話 B列車で逝こう~滅亡確定亡国コンプリートパック~ 

 王道───本来的な意味では古の思想家が説いた、優れた王が執るべき道ないし徳によってもたらされる真なる仁政のことである。

 また別の場合においては『王たる者かくあるべき』という形、その在り様を指すこともあるそうな。

 

 目の腐ったセイバー顔こと、アルトリア・ペンドラゴンにとってのそれがいかなるものであったのかと云えば、おヒゲが綺麗な古の武将よろしく「そんなものはない」としか言い様がなかったりする。

 

 何故というならこの女、ガワのスペックこそぶっちぎりにおかしいが元を質せばそんじょそこいらの田舎娘に毛が(ただし竜の剛毛)生えた程度の小娘でしかなく、そんな輩に語れるような王の道なぞあったものじゃない。八百屋に捕鯨の心得を訊ねるようなことをしても意味はなかろう。

 

 したがって王の道なぞ持ち合わせぬままに玉座へ就いたその日から、少女はひたすらにブリテンにおける『王』という名の統治システムとしてのみ振る舞った。

 法において理性を重んじ、人事において情に流されず、治世において公正であり、為人(ひととなり)において清廉(せいれん)であり続けた。

 

 そうやって一片の私心もなく、落日を迎えたブリテンのために粉骨砕身東奔西走滅私奉公する彼女のことを───人々は唯ひとつの例外もなく気色が悪いと感じ畏れ(はばか)った。

 

 まったくアルトリア・ペンドラゴンは常に正しかった。人を人とも思わず感情を廃し打算のみで動き利益を判断基準とし機械的冷徹でもって事に当たり裁可を下し続けた。

 

 そうやって彼女が正しい“だけ”の政を行えば行うほどに、その『人間的』なものとは程遠い有り様を人々は疎み、忌避し、遂には憎むまでに到ったのである。破滅の日まで表に現れなかったのは単に結果で文句をねじ伏せていたからにすぎぬ。

 

 アルトリアはそれを理不尽だと思わなかった(やさぐれて目は腐ったが)。しかしそれとて別に、彼奴めの器や懐が海よりも深く空よりも広いからとかではない。この女、堪忍袋の緒の太さと強度こそ他の追随を許さなかったが懐に関しては生涯通して常に素寒貧だ。

 

 彼女が己を不遇と思わなかったのは、単純にブリテンという国のありとあらゆる者がアルトリアを嫌っていたように───あるいはそれ以上に───彼女もブリテンのすべてが大嫌いであっただけのことである。好いた者に嫌われてヘコむ奴はいても、嫌いな連中に嫌われてどうこう思うやつはいない。そのように考えることで自分を守ったとも云えるが。

 

 周りがどいつもこいつも大嫌いな連中であったからこそ、情というものを一切差し挟まぬ公平無私の判断裁決施政を可能とすることが出来たのであり、それがこの女へ無類の正しさと強さを与え同時に致命の誤りと弱さをもたらした。

 

 いつの時代、どこの国でも人心が離れた王の末路なぞ知れたもの。

 臣下を(おもんばか)らず民草を愛さずそれらの心も理解せず、後に続く者達を導きも救いもしない。そのくせ言うこと為すことは正しいばかりの統治機械に捧げられるべき忠誠などあろうはずもなく、その治世においては終始、(少なくとも形の上では)国と民の為にひたすら献身して尽力しながらも、結局はただの一度も報われるとこもなく孤独に無様な屍を晒す結果となったのだ。

 

 とどのつまり、アルトリア・ペンドラゴンという女には王冠を戴くに足る能力はあっても玉座に在り続けるための、王としての資質までは備えてはいなかったということだ。

 イヤな言い方をするのなら、彼女がしてきた“王としての振る舞い”。その全てはどこまでいっても極めて高度な“王様ごっこ”止まりでしかなかったというわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 ほんでもって、そこらを非難されようが何と言われようが「知らんがな」と、微塵も悪びれることなく開き直るような奴でもあったわけである。

 

   *

 

 ───タダより高いものはないとはまったく、よく言ったものだ

 

 清涼な夜気に澄み渡り満天に煌めく星の下、古の美酒に満たされた盃を傾けながらくっそダサいジャージ───アインツベルンの地でも愛用していたやつ───に身を包む目の腐ったセイバー顔は心の中でひとりごちた。

 

 同席するのは今だ名の知れぬ金ピカの英霊と、名前は知ってるけど口にしたくないデカブツの英霊の二匹もとい二騎、おまけでデカブツのマスターとかいう明らかに殺しの場には不相応な風体のガキである。

 

 秀麗な美貌を台無しにすることはなはだしい腐った目ン玉とクソダサジャージ姿の組み合わせが不気味なやつと、無駄にゴージャスな王気を惜しげもなく垂れ流す偉そうなやつ、全身から覇気を(みなぎ)らせてたりするデカくてゴツいやつが一堂に会するその酒席は、常人が目の当たりにしたならば間違えて夜に視た白昼夢のごとき異様さであったという。

 

 つい先日顔を合わせたばかりの、そしてこれより先は殺し合い潰し合うばかりの相手と酒を酌み交わす。真っ当な感覚からすればなんとも妙な話であるが、ここに居並ぶ連中の少なくとも過半数は良くも悪しくも普通でもなけりゃ真っ当とは縁遠い輩だし、どいつもこいつも昨日の敵は今日の友今日の朋友明日の怨敵というのが珍しくもない時代に生きた連中なもんだから、それくらいを一々気にすることはなかった。

 

 かくもおかしな情況に彼女らが放り込まれたのには、そこに至る複雑怪奇な事情があった。

 

   *

 

 事の起こりはその日の朝方まで遡る。

 

 切嗣が休息を終えたのを見計らい、これから先の方針を打ち合わせるべく彼が寝室としている部屋へと参じたセイバー顔であったが、そこで彼女を迎えたのはとっくの昔にもぬけの殻となった空き室だけであった。

 

 あの野郎、目を覚ますやいなやで城を抜け出したらしい。それほど真面目に寝ずの番をしていたわけではないにせよ、サーヴァントの目すら欺くとは大したもんだ。

 自身のマスターが長年に渡って培い、今まさに無駄な発揮をされた暗殺技能の見事さに目の腐ったセイバー顔は妙な感心をした。腐った目ン玉なら欺くのは難しくないとも思われるが、そこは気にするべきではないのだろう。

 

 どうやら彼女の親愛なるマスター殿におかれては、あくまでもセイバー顔と行動を共にする気がないご様子のようだ。ここまでいくといっそ、清々するほどの嫌いっぷりというべきではある。

 

 普通ならここで困ったもんだとでもぼやいて頭のひとつも抱えるところなのだろうが、目の腐ったセイバー顔は肩を竦めるだけで済ませてその場を後にした。

 

 正味の話、好きにすりゃいいと思う。こっちも好きにするから。前にも語ったように、所詮は立場の上下や利害で結ばれているでもない間柄。互いに知らぬところでなにをしでかそうが野垂れ死のうが、それこそ“知ったこと”ではない。

 

 とりあえず初日と同じく街中でもほっつき歩いて敵の出方でも探るか。そう考えたセイバー顔は車を借りるために切嗣のカミさんの部屋を訪ねた。ついでにカミさんも探索に誘おうかと思ったのだが、彼女は体調がすぐれないとのことなので、今日は護衛代わりの切嗣の助手と一緒に城にて留守番するとのことだ。

 

 もしや埠頭にて一服盛ったのが不調の原因かと思ったのだが、どうもそうではないらしい。まるで“そうなること”が判っていたような様子がセイバー顔に不審を抱かせたが、抱いただけで特に追求することもなく彼女は城を出て、街に到着した頃にはその不審も頭の中から“きれいさっぱり”消えていた。今回はカミさんの目も気にする必要がなかったので、来日したときに仕立ててもらった黒スーツは根城に置いてくっそダサいジャージに着替えている。

 

 冬木の街に到着したセイバー顔(クソダサジャージ)が最初に足を運んだのは、この街でも一二を争う規模のゲームセンターだった。別にこの場所から怪異妖奇の気配を嗅ぎ取ったからではなく、店先の“のぼり”にある『新作ゲーム入荷』の字に惹かれたからだ。

 

 店内に足を踏み入れたセイバー顔の姿を認めるや、店内の客やら従業員やらが露骨に顔をひきつらせた。ひどいのになると足早に退店、いや逃げ出すようなのまでいる始末だ。彼らの視線は口ほどに物語っていた───真っ昼間から気色悪いもんを見た。

 

 顔の造作こそ無駄に整ってても、目は腐ってるわやさぐれた気配を遠慮なくまき散らすわなのがクソダサジャージ着込んでると、そのちぐはぐさが曰く言い難い不気味さを醸し出すもので、店内の連中の視線もむべなるかなと云うべきではある。

 

 哀れな衆生の反応なぞ少しも気にすることなく、数時間ほどをかけて店内のゲームを片っ端から遊び尽くしたセイバー顔は、最後に定番の対戦格闘ゲームへと足を運んだ。

 

 そして眉をひそめた。

 

 筐体に座る、なんか見覚えがあってやたらガタイがいい先客───それはなんたることか、こともあろうに初日の埠頭にて面を合わせたあのデカブツだった。その脇に佇む心底から疲れたようなツラしたガキは、たしか埠頭での死闘(笑)で見かけたこいつの空飛ぶ牛車に乗ってたやつだ。

 

 仮にも生前は王様で死後は英霊やってるようなのがこんなところで何してんだ。

 疑問を呈するセイバー顔へ、デカブツは“にやり”と笑って見せた。人並み外れたカリスマがなせるものなのか、ゴツい外見からは想像もつかぬほど人懐っこい笑顔である。

 

「知れたことを。この世に再び覇を唱えんとする余は今世の時勢のみならず世俗の情報収集にも余念はない。当世の文化風俗にも通じるのもまた、王たらんとする者の務めというものゆえな」

「本音は?」

「うむ。実はこの後、とある人物との待ち合わせがあってな、それまでちいと時間が余りそうだったんで暇を潰そうと思ったのよ」

 

 まさかに貴様とかち合うとは思わなんだがな。莞爾(かんじ)と笑うデカブツに特に思うこともなく、セイバー顔は隣の対戦台に座ってコインを投入、キャラセレクトを済ませる。飛び道具と対空、突進系の技が適度にまとまった標準的なキャラクターである。

 デカブツが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

「なんだなんだ、小賢しくもつまらん奴を選ぶのう。貴様も一端の英霊なら戦いに華を求めんでなんとする」

 

 そう言ってデカブツが選んだのは筋骨隆々たる見た目をしたデカくてゴツくて強そうなキャラだった。ご満悦の体で頷きながら得意げに語る。

 

「見るがよい、余が選びし戦士の威風堂々たる姿を。これぞまさに王が差配を採るに相応しき益荒男(ますらお)よ」

「どうでもいいがそいつ、投げコマンドが面倒な上に飛び道具ないから私の持ちとは相性最悪だぞ」

「……ちまちまとした小技に頼るなぞ王の振る舞いに相応しからざると思わんか」

 

   *

 

「せっかくだ、貴様も付いてくるがいい」

 

 手間賃として酒くらい飲ませてやる。そう言ってデカブツは対戦を終えてゲームセンターを後にしようとするセイバー顔を誘った。意外な申し出にセイバー顔は眉根を寄せずにはいられない。デカブツのマスターも反対の意を露にするがこちらは極めて自然に無視された。

 

「余とて身中に虫を(はべ)らせるようなことはしたくないがな、今日のところは知らぬところで蠢かれてはたまらん」

 

 どうせ後を付けて闇討ちでもする気だったのだろうが、貴様。セイバー顔は肩をすくめるのみで何も言わぬ。心外と思ったからではなく図星だったからだ。それを聞いたマスターのガキが血相を変え、半狂乱の体すら晒して反対するが、黙殺の挙げ句に炸裂したデコピンで沈黙させられた。

 

 まあいいか。セイバー顔は気を取り直して提案を受け入れた。出鼻を挫かれた形ではあるが、近くにいれば気を緩めることもあろう。少しでも隙を見せたらその瞬間がこいつの最期だ。何となればデコピンの衝撃に目を回してぶっ倒れているそこのガキをブチ転がすだけで事足りるのだし。いまさらではあるが、なんでこいつがセイバークラスで現界してんだかはなはだ不思議だ。

 

 そうしてデカブツに連れられることしばし。途中で酒を調達し、はたして到着した先、街外れにある野っ原にて邂逅したのは自称・誰もが名前を知ってる著名英霊こと金ピカであった。

 

 予想を裏切らぬ展開ではある。デカブツの気性からして脱落してないサーヴァントの内、声をかけそうなのがコイツくらいしかいないのは消去法で想像がついた。セイバー顔はともかく先日、彼女がフクロにしたなんかへんなのは話が通じるようなタマではないだろうし、殺し屋のサーヴァントに到ってはどこにいるのか見当もつかないのだから。

 

 それにしても惜しいことをしたもんだ。セイバー顔は千載一遇の機会を逃したらしい我が身の不運を嘆かずにいられない。己がマスターとの連携ができていれば、サーヴァント不在の間隙を突いてこいつのマスターを切嗣が始末できたかもしれぬのに。

 

 デカブツにしても、結局はまったくと言ってよいほどに隙を見つけられぬままだった。さすが一代の梟雄(きょうゆう)は暗殺への対処も慣れたものである。

 

 なにせここに赴く前にもセイバー顔は酒席の場としてアインツベルンの城を提供しようと申し出たのだが、こちらの陣地に誘い込んでデカブツのマスターらしき小僧を約束された勝利の毒殺なり切嗣が用意した爆弾による約束された勝利の自爆テロなりでコロがしちまおうとした意図を見破られて断られてしまっている。

 

「そりゃあな、戦にルールも何もあったものでないのは余も承知はしているが、それでも貴様のやりようはどうかと思うぞ」

 

 とことんまで手段を選ばぬその根性に呆れとも苦笑いともつかない表情をこしらえデカブツが嘆息するが、馬や鹿にありがたい念仏説法を聴かせるより無益なセリフであろうことは疑いない。

 

   *

 

 ……かくして場面は今に到るというわけだ。複雑怪奇なる事情と云うよりは、めいめいの行き当たりばったり好き勝手な行動による当然の帰結というか報いというべきものであったかも知れぬ。

 

 出された酒(持ってきた酒にケチつけた金ピカが用意したやつ)がやたらと旨いのだけは望外の幸運ではあったが、それも同席してる連中のせいで台無しだ。今日はどうにもやることなすこと歯車が狂うが、これが天中殺というものか。まったく、タダ酒が飲めると少しでも浮かれた自分が阿呆だった。

 

 陰々滅々たる気分のセイバー顔をよそに、デカブツと金ピカはよく判らない意気投合的なにかを果たしている。頼むからそのまま、気の合う野郎ども二匹で熱く語り合ってこっちにゃ構わんでてくれや。切に願わずにいられないセイバー顔であるが、生前からこの手の願いだの祈りだのにかぎって叶えられたことはなく、それどころか願いでもしたが最後、真逆の方向へと叶えられるのがお約束なのだ。

 

 やはりというか話すこともなくなったらしいデカブツがこちらに話を振ってきやがった。せっかくだから貴様も《聖杯》にかける願いを語ってみせよとかなんとか。こっちみんな、話しかけんな。プレイヤーがしてほしくないことにだけは全力で応えてくれるのはまさにクソゲーだな。

 

「どうせ下らん願いなのは知れているが、それでも酒の肴程度にはなるだろうが」

「だったらご期待に添えなくてザマぁ……もとい残念だ。私ゃお前らと違って謙虚な騎士なんでな、くたばった後にまで叶えたい願いなんて御大層なもんはありゃせんのよ」

 

 召喚初日にマスターへ語った通り、彼女が聖杯にかける願いなんぞというのは端からありゃしない。それどころか戦いへの意義も意欲さえ見いだせず、ダラダラとコロがし合いをやらかしている始末である。

 

 セイバー顔がそれらを含めた我が身の事情を語るや、なにがこいつらの癇に障ったものか一転して空気が悪くなった。

 

 コイツらに言わせると英雄英傑ってのは強欲でなんぼということらしい。己のみならず他者をも巻き込む夢なり欲なりのままに動き世界を平らげる力と覇気、それあってこその王であり英雄なりと。それらを持たぬ上に戦に意義も見いだせず信念もなく、力だけは無駄にあり余る小娘に出番なぞあろうはずもなし、早々に引っ込んでろとかなんとか。

 

 軽蔑も顕にデカブツから喝破されたセイバー顔は無言のまま、白茶けた表情でデカブツの寝言を聞き流した。

 

 別にデカブツの威風に気圧されたとか一代の英雄の主張に恐れ入ったとかとかではない。慎ましい胸中から溢れかえるにバカらしさに蓋をするので手一杯だったからだ。千古の昔からとった杵柄(きねづか)で口にも表情にも出さなかったが、出せていたのなら暗愚の王に愛想を尽かした将軍みたいな顔で口汚く罵倒していたことだろう。

 

 ───ば~~っかじゃねぇの!? それができてりゃ昔も今も苦労なんざしてねえっつーんだよ

 

 お前らと私とでこんなにも意識に差があるとは思わなかったが、その理由ってのはこういうことか。心中の霧が濃くなるような感想を懐き、セイバー顔は酒を舐める。天下の美酒が、知らずに酢にでもすり変わったような気分だった。

 

   *

 

 目の腐ったセイバー顔がその不毛極まる生涯(クソゲー)を通じてプレイしてきた超リアル国家経営SLG(クソ)ことシムブリテン、これがクソゲーたる所以のひとつにグッドエンドが存在しないというものがあった。

 

 念の為に断っておくが、セイバー顔の選択肢がマズいせいだとか能力不足のせいで辿り着けないとかではない。

 

 文字通りの意味で、最初から“存在していない”のである。

 

 ついでに付け加えるならこれはまだ幼かったアルトリア・ペンドラゴン(まだ目が腐っていない頃)が選定の剣を畑の大根よろしく引っこ抜いたときに、通りすがったという体で湧いて出た笑顔が死ぬほどムカつく魔術師から聞かされていたことでもあった。

 

 ───さっきも言ったけどこの国に未来はないよ

 あるのは破滅か、無関係の連中にまで迷惑をまき散らして破滅するかの二者択一さ

 せっかく王様になるのだし、君が好きな方を選ぶといいんじゃないかな───

 

 なにが楽しいわけでもないくせに、常と変わらぬにやけ面をへばりつかせて告げる魔術師へ約束された勝利のマッスルスパークをブチ込まずに済んだのは、そんな無益なことをやらかす暇も惜しかっただけだ。

 

 当時はいまいち実感がわかなかったが、今にして振り返ればあの時代におけるブリテンという国、ひいては地域そのものが妙な喩えだが燃料切れで今まさに墜落真っ最中の旅客機みたいなもんだった。立て直すことが不可能なら飛び続けることも不可能。最悪、人口密集地に突っ込んでさらなる被害すらまき散らしかねない最悪のメーデー案件。どうせ誰も助からないならせめて周りにだけは害を及ぼさぬように始末をつけねばならぬ。

 

 つまりアルトリア・ペンドラゴンに求められたのは、存在しているだけであちこちに要らん迷惑を及ぼすだけの存在に成り下がったブリテンを、可能なかぎり被害の少ない形でハードランディングさせることだったというわけだ。なお軟着陸という選択肢は存在していない。選べる選択肢はかの魔術師が述べたように、無関係の人間まで巻き添えにしながら乗客全員を死なせるか、被害は乗客のみだが運が良ければそいつらも一人か二人なら生き残れるかもしれない末路だけだ。

 

 プレイヤーとなったが最期(誤字にあらず)、貧乏くじを引かされまくった挙げ句にBADENDが確定という、まさにクソゲーの面目躍如というべきであろう。

 

 こんなクソゲーの真っ只中に放り込まれりゃ誰しも欲という名の希望なぞ持てようはずもない。願うとするなら唯ひとつ───はよ終わってくれ、これくらいであろう(まさか終わった後で一息つく間もなく、新たなクソゲーに足突っ込む羽目になるとは思わなんだが)。

 

 ───あるいは自分がもう少し強い人間であったのなら、諦めることも膝を屈することも知らぬ強き者であったのなら、今まさに万能の聖杯(しかしウソくせぇキャッチフレーズだ)とやらへ託す願いを胸にしていたやも知れんがな

 

 こんなことでブリテンは終わらない、もっと違う道があったはずだ、もっと良い選択肢があったはずだと死ぬ間際にまで、あるいは死してなお諦めることを潔しとせなんだかもしれない。

 もっともっと───より良い王がより良い未来を選びより良い終わり方へと皆を導いたはずだ。そのように考えて、ありもしない希望に手を伸ばそうと足掻いたのかもしれない。

 

 

 だが残念、そのような考えに到れるほどには、このセイバー顔は強くなかった。だから目が腐りもしたしやさぐれもしたのだ。

 

 

 今際の際で現実(クソゲー)に負け、己に負け、すべてを諦め、膝を屈して、無様に死にくたばった阿呆が目の腐ったセイバー顔という女のすべてである。つまりはもうクソゲーには飽き飽きしたのだ。

 

 こんな自分を人は阿呆な女だと嗤うか惨めなやつだと呆れるだろう。自分でもそう思う。ただし嗤った奴には問答無用で約束された勝利のDDA(デンジャラスドライバーアルトリア)だが。人の苦労も知らんと勝手なことを抜かす輩にとやかく言われる筋合いはポッケのどこにもありゃしねえ。

 

 それに無様ではあっても恥とは思わない。負け惜しみに近いものではあるが、それでも弱かったからこそ見えてくるものもあれば、開き直ったからこそ得られる答えもあった。

 

 骨折るばかりでくたびれ儲けも得られないようなのはもう真っ平だ。死ぬまで苦労するだけのクソゲーを二度とプレイする気になんぞ誰がなるものか。

 ましてやこんな馬鹿げたクソゲーを他人に背負わせる気にだけは決してなれぬ、してはならぬ。馬鹿を見たのはアルトリア・ペンドラゴンという稀代の阿呆一人で充分だ。

 

 あの日、あのとき、終わりの丘で、一人孤独に散り逝く刹那ニヤリと笑ってのけたのは、やせ我慢だけでは決してない。独りよがりな自己満足であろうとも、あんなクソゲーを投げ出すことなく最後までやり抜いた自分を誇ったからこそなわけで。

 

 何ひとつも報われず何ひとつも残せず世界から消えた愚昧無能(ぐまいむのう)の王ではあったが、それでもやるべきことを投げたり他人になすりつけようなどとはこれっぽっちも……いや何度も考えたが、とにかくやり遂げたのだ。

 

 もし己がここにいる連中のような“強き王”であったのなら、そんな満足に価値なしと放り捨てていたことだろうが、自分は弱く、“王”ですらない腕力自慢の小娘だ。そんなんが自分を張って駆け抜けきったのだから、オチとしては上々というべきであろう。

 

 ふと目の腐ったセイバー顔は、得々と語るデカブツをうそ寒い視線で見やった。こいつらには欲を持つこともできぬ者というのが理解できないんだろうな。

 

 王道にせよ欲望にせよ、そんなもんはどこまでいっても語るだけの余裕がある人間の戯言だ。仮にだが、あの時代にブリテンの玉座へ就いたのが彼女ではなく、眼前にてふんぞり返る連中であったとしたならどうであったろうか。

 

 おそらくは、いや間違いなくブリテンどころかあの時代のすべてが目も当てられぬ惨状と成り果てていたこと疑いない。

 

 これは能力の多寡ではなく性分の問題だ。何をどうしようとこいつらにかの時代は致命的に向いていない。負けが定められた弱者の道程なぞ一顧だにせず、己の信ずる王道とやらを他者すら巻き込んで邁進(まいしん)したことだろう。それによって引き起こされる惨禍なぞ気にも留めず───その結末に責任すら取らず。

 

 そして逆もまたしかり。例えば自分がコイツらの時代に生を受けて王として君臨していたら、亡国RTAまっしぐらであったことは疑いようもない。これもまた能力云々の話ではなく性格志向の問題だ。強き王が生き様と矜持(きょうじ)を賭けて覇を競い淘汰を繰り返す国を挙げての生存競争じみた時代に、目先の現実しか見えず誇りもクソもあったものではない目と性根が腐った小娘ができることなぞ何もない。

 

 つまりそれぞれの時代とその在り方における前提条件からして狂っているというのに、それを無視して王道なんぞを語って述べられても困るということだ。今まさに飢え死にしかけている人間に、下手くそが描いた餅の絵を見せびらかすような真似をして何かの足しになると考える馬鹿はいない。

 

 それらをきっちりと筋道立てて説明できればよかったのやも知れぬが、話が合わないと感じたら説明も釈明も弁解も理解も放棄して無用の誤解と疵を拡げまくるという、目の腐ったセイバー顔がその生前において散々に自分を追い詰めた悪癖がここでも発露された。

 

 つまり、もう面倒くせぇやと問答を放棄して酒をかっ食らうことにしたのだ。どんな馬鹿や阿呆でも死ねば治るというのがいかに根拠なき迷信であるかという、これは一つの証左というべきであった。

 

   *

 

 白けたような顔で無言のままに杯を重ねるセイバー顔をどう思ったものか、デカブツがかさにかかって自説を畳み掛けるが、もはや誰も───少なくとも目の腐ったセイバー顔は───聞いちゃいない。

 それどころか目の腐ったセイバー顔、反論の代わりに酒樽から抜いた柄杓(ひしゃく)を勢いよく、熟練のツッコミ芸人も舌を巻く鮮やかさでもって閃かせデカブツの頭頂部に叩きつけたのである。

 

「人が黙ってりゃいい気になってクソ妄言しゃべくってんな酒が不味くなるだろが。屁にも似たような夢だか妄想だかを語るのは勝手だが、そんなもんに縁も興味もない他人を巻き込むなっちゅーんじゃ」

 

 一気呵成に言い切り、目の腐ったセイバー顔は呆気にとられるデカブツの手から酒盃をふんだくり、それを“ぐい”と思い切りよく干した。唐突な暴挙にデカブツとマスターのガキはおろか傲岸不遜を絵に描いたがごとき金ピカまでもが目を丸くする。

 

「おとなしく聞いてりゃ笑かすんじゃねーよ自分でどう思ってたのか知らんけど私に言わせりゃおまえらなんざ生まれてからくたばる間際まで乳母日傘のヌルゲー人生キメまくってたボンでしかねーそんなんに人生とやかく言われる筋合いはねえこちとら生前は常時難易度はInsaneやシバムラティックバランスしか選べなかった死ぬまでクソゲーだっつーんじゃあそんな女にケチつけたきゃ信長の野望を沖ノ鳥島スタートで地球統一くらいやってからにしろや」

 

 つまみも用意しくさらん分際でよこのバーロー。心底からコケにしたような口調でデカブツのデカいデコを平手で“ぺちん”とはたく目の腐ったセイバー顔であった。

 

 目が腐っててセイバー顔してるやつに川澄ボイスで、しかも句読点すら省いて罵倒の末にバーロー呼ばわりされるとハラワタが煮えくり返るほどムカつくもので、さしものデカブツも堪忍袋の緒が切れた。そういえば生前はどこかの何かの紐をブチ切った逸話持ちだけに、そりゃもうキレの良いキレっぷりだった。

 

 何だとこの野郎もといこのアマと、胸ぐらつかむデカブツだったが今回ばかりは相手が悪すぎる。なにせ古今に比類なきクソゲー人生を、あの手この手で10年近くに渡りプレイしてきたクソゲー王だ。

 

 正攻法なんざ犬も食いやしねぇとばかりに、目の腐ったセイバー顔は残りの酒を口に含み約束された勝利の毒霧攻撃をかまし、思いもよらぬ攻撃に怯んだところで約束された勝利の地獄突き、約束された勝利のヘッドバット、約束された勝利のビール瓶、約束された勝利の栓抜きのゲスコンボをお見舞いする。こいつ本当はアブドーラ・ザ・ブッチャーの英霊じゃねえのか。

 

 無論、デカブツとてやられっぱなしというわけではなかったのだが、王様としての格には月とスッポン鯨と泥鰌ドラクエと星をみるひとほどの差があろうとも一介の戦士、あるいはクソゲープレイヤーとしての腕前やらサーヴァントとしてのスペックは誠に遺憾ながらこの目の腐ったセイバー顔のが大幅に勝るのだ。

 

 聖杯問答あらため約束された勝利の時間無制限流血場外乱闘一本勝負になだれ込み伝家の宝刀、約束された勝利のシャイニングウィザードが唸りを上げる。剣の英霊なのにウィザードとはこれいかに。

 決まり手として炸裂するのは約束された勝利の投げっぱなしジャーマンだ。ブリテン英霊なのにジャーマンとはこれいかに。

 

 デカブツを投げ飛ばしたついでに金ピカも巻き添えにしてしまったが(よくよく思い出してみりゃぶん殴ったり蹴っ飛ばしたりビール瓶で頭カチ割ったりもしてた)、もう面倒くさいし気のせいだということにして目の腐ったセイバー顔は脇目も振らずにずらかることにした。これ以上このアホどもと話なんかしてられない、他所で飲み直しだ。

 

 しかし行きがけの駄賃で飲み残した酒瓶一式をかっぱらったのがまずかったのか、背後から金ピカの罵声と一緒に攻撃が飛んでくる。贅を極め尽くした云々ぬかすならこれくらい見逃せ。存外セコいやつだな。

 

 幸い逃げようとした先に変な仮面被った変なのが山ほどうろついていたので、目についた端からとっ捕まえて約束された勝利の南斗英霊砲弾にして難を逃れた。誰だか知らんがありがとう、仮面の変なやつ。

 

   *

 

 一夜明け、ちょっぱった酒で月見酒と洒落込み朝帰りしたら、なんか切嗣の助手がプンスコおかんむりだった。なんか切嗣のカミさんが体調不良こじらせてぶっ倒れ寝込んでるんだとさ。

 

 そういや今の今まで存在すら忘れてた、すまんね。




 登場クソゲー

セイバー顔

 目が腐っててCV川澄でセイバー顔したグレート・カブキの英霊 

仮面被った変なの

 ワゴンの中みたいにいっぱいいる 当然だがクソゲーも混じってる


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第8話 浜の真砂は尽きるとも世にクソゲーの種は尽きまじ

 人々が望むと望まざるとに関わらず、世の時勢は刻一刻、留まるところを知らずに流れゆく。

 それは例えば〈聖杯戦争〉の推移であったり、それに関わる有象無象の悲喜こもごもでもあったりも同じこと。

 

 いわんやクソゲー共、その(くびき)より逃れられること(あた)わず。

 今日も今日とて世に蠢くクソゲーがスタートボタンに手をかけて、ある者は口にしこたま詰め込んだ苦虫を噛み潰す羽目になり、またある者は退くも進むも出来やせん袋小路に迷い込む。

 

 余人が知ればそんなもんを命を張ってまでプレイするとか、お前ら全員、正味の阿呆かと呆れるような話でも当の本人達にとっちゃ切実極まるなんてのは、ところ変われど時が代われどいっかなまったく変わりなく。

 

 いっそ電源ボタンを一押しするなり別のゲームに乗り換えるなりすればよいものを、購入の際にかけた手間暇やら今までのプレイ時間を無駄にしたくないとかいう未練やらで惰性のごときプレイングに明け暮れるのだ。

 

 諦めたら試合終了というのはスポーツちょっといい話ではあるけれど、快適なゲームライフの追求なり人生なりを充実させようと思うなら、多少の痛い目に遭ってでも早めの損切り(さっさと諦め)を心がけるのが基本である。

 

 

 

 

 

 

 もっとも、それが出来ない連中だからこそいつまで経ってもクソゲーと縁を切れずにいるし、頼まれてもいない難儀やらんでもいい苦労を積み重ねた挙げ句に不毛極まる滑稽(こっけい)悲劇の主役を張る羽目にもなるのだが。

 

   *

 

 なんぞ実になったんだかなってないんだか、よく判らない聖杯問答───の名を借りた、約束された勝利の残虐ファイト一本勝負の夜から丸一日が経過した。

 

 目の腐ったセイバー顔が問答の場から辞去した際における尊い犠牲(約束された勝利のバリアー&迎撃ミサイル)となった変な仮面を被った変な連中、どうやらあいつらアサシンのサーヴァントであったらしく、これでめでたく半数のサーヴァントが脱落と相成ったわけであり、聖杯戦争もいよいよ佳境に入ったようである。

 

 ついでとばかりに切嗣のカミさんの容態もなんかヤバいようである。昨日まではちょいとした体調不良程度だったのが、今や満足に身体も動かせないくらいに悪化している、らしい。

 “らしい”という曖昧(あいまい)な表現になったのは、カミさんがぶっ倒れている原因というやつが、どうやら並の体調不良だとか病気をこじらせたとか程度の真っ当なものではなさそうだというのが理由であった。

 

 マスターの身内ということもあり、セイバー顔も一応は義理立て程度に考えて見舞いに行ったのだが、そのときチラ見したカミさんの容態は不思議なことに、生命力こそか細い糸のようなものであるくせになぜか魔力は身体の衰えに反比例するがごとく今にも溢れんばかりという異様さだった。

 

 これは一体、いかなることか。助手から連絡が行ったらしく、血相変えて駆けつけてきた切嗣や変える血相もありゃしない当のカミさん本人に尋ねても、はぐらかされるばかりで答えは得られずじまい。心配をさせまいと云う気遣いからではなく、余計なことを考えさせないためであろうことは明白だったので、特に追求することもなくセイバー顔は形ばかりの慰労の言葉を置き捨てて引き下がった。そして自室に戻る道すがら、暇つぶし程度に余計なことを考えた。

 

 ───冬木の地を訪れるまでは問題もなく“ぴんしゃん”していたのが、〈聖杯戦争〉の推移と同じくして“おかしく”なった。もしや切嗣の女房がああなったのはこの戦争ごっことなにがしか関係があるのではなかろうか

 

 いつもの直感スキル(笑)による何の根拠もない考えではあるが、それほど的を外していないと思われた。

 だがこの考えが正しいとなれば、自分を含めたすべてのサーヴァントが始末されたとき、カミさんどうなってしまうのだろうか。

 

 どのような有り様になってしまうのかは想像もつかないが、少なくとも『人』としての真っ当な形、つまりは『切嗣のカミさんとしての形』は保てぬであろうことは避けられまい。なんせ道半ばの今でさえ、もはや半身不随も同然の状態なのだ。下手をすれば人の形を捨てた魔力の塊のようなものに成り果てても───

 

 “はた”と思い付き、目の腐ったセイバー顔は立ち止まる。自分が今、何かの端緒(たんしょ)となるようなものに辿り着いた気がしたのだ。

 

 そして気がしたからといっても別にどうでもよかったので、とっとと忘れることにして歩き出す。そんなことより優先するべきことがある。

 

   *

 

「おい、ちょっと待て」

 

 カミさんへの最期の見舞い(誤字にあらず)、ついでに今後の戦いに必要な諸々を済ませ、さながら夜逃げよろしく城を立ち去ろうとした切嗣は車を停めてあるガレージへ向かう廊下の途中にて予期せぬ声をかけられ立ち止まった。

 

 声の主は言わずと知れた人の心がわからないサーヴァント。どうやら先と同じく切嗣が人知れず抜け出そうとしたのを見越して待ち構えていたらしい。

 ただでさえツラを合わせて気分のよろしくない相手な上に、今は誰の顔も見たくない気分だった切嗣は、眉根をそれと判らぬ程度の角度でしかめさせただけでいつものように無視することにしたが、

 

「お前の女房、このままだと消えちまうんだろ───傍で看取ってやらんでいいのか」

 

 およそデリカシーというものを母の胎内に置き忘れたがごとき一言へ物凄い目つきが返されるも、今更それくらいでは目の腐ったセイバー顔の顔面装甲を貫くどころか、かすり傷を負わせることもかなわない。恐れ入るどころかむしろ彼女は、この男にも人並み程度に情はあるんだなと妙な感心をすら抱いたものである。

 

「フムン。そんなツラができるなら、お前にもまだ見る目はありそうだ。なら、ここらで止めておいたがどうだ。過程も動機も褒められたものではないにせよ、今までお前はよくやったよ」

 

 苦労に耐えてよく頑張った、感動した。表情筋を微動だにせぬまま言い放つセイバー顔。ひょっとしたらこいつ、それで褒めてるつもりなのだろうか。なんの情動も感じさせない顔と口調で言われても、喧嘩を売られてるようにしか思えやしねえ。こいつはどこまでも人の心がわからない奴なんだなと、切嗣は今更ながらに思い知らずにはいられない。

 

「今からでも遅くはなかろう、こんなバカ騒ぎなんぞ放っぽらかして女房と娘を連れて逃げ出せ───何なら私も手伝ってやらんでもない───そちらにとっても、悪い話ではないと思うが、どうだ」

 

 どうだ、じゃねぇよ。常日頃の無表情をかなぐり捨て、顔面一杯にしかめっ面をこさえた切嗣は内心で罵声を浴びせた。この期に及んでなお、口を利かないというのはいっそ大したもんではある。

 

 眼前の人の心がわからない目の腐ったサーヴァントが一体、どこまで本気でぬかしてるのかは知らないが、それができるなら切嗣だって苦労はしない。否、本心を口にできるのならば切嗣だってそうしたいのは山々だ。しかし今の今まで自分が切り捨て、見殺しにしてきた総てに“けじめ”もつけぬまま、自分だけが安楽な道を行くことがいまさら許されるものか。世界の誰が許そうとも、他ならぬ衛宮切嗣だけはそれを許せない。

 

 なればこそ、己が心を圧し殺し今またまさに、愛しい者をも切り捨て永年の悲願を果たさんとしているというのに、その決意の重みすら理解できないようなのが何を知ったような口を叩きやがるか。

 

「知ったような、というより知っているというのが正しい。この手のウマい与太話には大抵の場合、ロクなオチが用意されとらんのよ」

 

 かくいう私も生前にアホほど積み重ねたクチでな。自嘲気味に付け加え、セイバー顔は続ける。

 

「まさかに貴様、この期に及んでなお自分にハッピーエンドが用意されてるなんぞというサッカリン漬けの砂糖菓子みたいな甘ちょろけたことを考えとるんじゃなかろうな。どこまで行こうが貴様なんぞは度し難いクソゲーでしかなく、そんなのが───」

「黙れ」

 

 短く、しかし有無を言わせぬ怒気を孕んだ声に(さえぎ)られ、セイバー顔は沈黙した。と云っても別に、切嗣の鬼気迫る剣幕に気圧されたとか恐れをなしたとかではない。

 人の心がわからないセイバー顔の腐った目ン玉は口ほどに物を言っていた。その目に曰く、

 

 

 

 

    ───つくづくお前は、手の施しようがない阿呆だな───

 

 

 

 

 怒気を向けた相手に憐れみさえこもった視線(しかも腐っている)を返されると、さしもの切嗣とて感情のやり場に困るもので、結局それ以上は何も言えぬまま彼はセイバー顔に背を向けてガレージへと向かった。それを白けたような面持ちで見送りつつ、セイバー顔はダメ押しの一言を放り投げた。

 

「とはいえ、お前ならそのようにするとも思っていた。判りきった無駄足とはいえど、これもまた従僕(サーヴァント)としてのささやかな責務というやつではある───宗旨変(しゅうしが)えは早めにな」

 

   *

 

 苛立ちを隠さずに立ち去る切嗣と別れたセイバー顔は、あてがわれた自室へと引きこもり、でかいテレビの前に腰を下ろしてゲーム機の電源を入れた。

 

 陽の差し込まぬ暗い室内でクソダサジャージに身を包んだセイバー顔が腐った目でゲームに興じるその姿は、歴史に燦然(さんぜん)と名を刻む英傑英霊というより典型的ダメ人間の肖像以外の何物でもない。

 目の腐ったセイバー顔の、これまた腐った性根を搭載した脳内からは既に切嗣のカミさんのことなぞ“すぽり”と消えて無くなっていた。持ち前の不人情もさることながら、考えても仕方ないなら忘れて面白いことをしてたがなんぼかマシという割り切りゆえである。

 

 血なまぐさいコロがし合いの渦中にいると微塵も感じさせぬ、呆けたような面持ちでコントローラーを手にゲームに没頭するセイバー顔は、面付きに相応しい“うすぼんやり”とした気分で今後の身の振り方について思いを巡らす。

 

 ───ありゃあ長いことはあるまい

 

 それが彼女の、マスターへの見立てである。どのような末路を迎えるのか知ったことでもなけりゃ興味もないが、戦の勝敗如何に関わらず衛宮切嗣という男はこの戦争とやらで潰えるのだろう。

 

 単純に、戦いに負けて死ぬというのではない。それを言うならあの男はすでに生きながらにして死に体も同然だ。とっくに死んで然るべきなのが、なにを迷うたのか洗濯物の油汚れよろしく現世にこびりついている。

 

 ごくたまにだがいるのだ、ああいう奴が。死に時、死に場所を誤ったがゆえに“死ぬこともできなくなった”ようなのが。

 

 せめて間違いを自覚して、とっとと首でも(くく)れば楽になるというのに、一文の値もつかぬ“しがらみ”だの義理だのに雁字搦(がんじがら)めとなって死ぬまで死ねぬ。

 しかも本人の自覚はさておき周りはそいつが垂れ流す《死》の気配を察知するからなおさら世俗とは関われぬというのに、どういうわけか妙な形で世界と関わりたがるものだから、その“ずれ”とでも云うべきものが世界との軋轢となって、ときにひどい悲劇すらも引き起こす。例えば、今まさにあの阿呆が己の命より大事とうそぶく家族にしでかしてる仕打ちがそれだ。

 

 つまるところ衛宮切嗣は生きている限り人のためと世のための害悪以上にはなりえず、さっさとくたばる以外に世のため人のためとはなれぬのだ(本人も無意識下の自覚はあるのかも知れないが)。

 

 叶える願いもありゃしない身としてはこの先いかなる趨勢(すうせい)を迎えようと微塵の興味もないが、世界に対して死を撒き散らすことでしか関われない『衛宮切嗣』という存在に関しては、ここであらためて死に直したがいっそ慈悲であろうと考えていた。自らトドメなり介錯なりをしてやらないのは、マスターとかサーヴァントとか云うしがらみ以前に彼奴めにくたばられると今遊んでいるゲームが続けられないからという、どこまでもしょうもない理由でしかない。

 

 なによりも、ここだけの話だが目の腐ったセイバー顔は自分が最後まで勝ち残るなどと露ほどにも思っていなかったりする。

 

 無論、彼女は敗北に美学を見出すタイプでもなければ、負け戦こそいくさの華よなどという傾いた考えをしているわけでもないので、やるからには手段のいかんを問わずに勝ちに行くつもりではある。つもりではあるのだが、“つもり”で勝てるなら誰も苦労はしない。皆、勝ちたいのは同じで、そして仮にも戦争ならばどんな大番狂わせが起こっても不思議ではないのだから。

 

 それらをさておきなんとか勝ち残れたにしても、それで良い結果を残せるとはどうしても思えない。いつものセイバー的直感もさることながら、自らの出自も含めた経験からそのように考えざるをえぬ。

 

 なにせ英霊というやつは自らの逸話に大きく縛られる。

 戦い続け勝ち続け───最後の最期でしくじり果てた間抜けの末路なぞ知れたもの。いわんや今回の戦争とやらはどうか。

 

 ───数多の人間に都合、幾百年もの時間をドブに捨てさせてなお願いの一つすら叶えられん万能(笑)の願望器に、殺し屋が血で血を洗う闘争の対価として世界平和を願うとな

 

 冗談にしては出来が悪すぎて、真面目に語るとするなら馬鹿馬鹿しすぎる。

 

 一体全体、脳ミソのどこらへんに重篤(じゅうとく)な支障をきたせば、これほど杜撰(ずさん)な組み合わせであれほど崇高壮大(すうこうそうだい)な願いが叶うなどと考えるようになるのだろうか。これは目の腐ったセイバー顔の、目が死んでるマスターだけの話ではない、この戦争に関わるどいつもこいつもにそれは当てはまった。

 

 そも字面からして“なんもかも”がおかしいのがアホでも判りそうなもんだというに、その矛盾から目を背けてさらなる血を流したその末に何が得られるというのか。それ以上に自分も自分で、なにが悲しゅうてかくも明らかなクソゲーに死してなお巻き込まれにゃならんのか。

 

 魔道は魔道を呼び寄せて、クソゲーはクソゲーを引き寄せる。死んで縁が切れたと思ったのに、現世のクソゲーに導かれるまま新たなクソゲーをプレイさせられる羽目になるとは、ひどい因果があったものだ。

 ひょっとしたら自分は死後の世界に囚われたままで、今はクソゲー地獄とかいうのでも巡らされているのやもしれぬとさえセイバー顔は疑っていた。

 

 ───ああ、一度でいいからやり応えと満足感に溢れた良ゲーのプレイヤーになりたいだけの人生だった

 

 具体的には手強いシミュレーション的なやつとかいいな。いっそのことそれを聖杯とかいうブツにかける願いにしてやろうかとも考えたが、その対価としてさらなるクソゲープレイに明け暮れるでは釣り合わぬこと甚だしい。やっぱ今のはナシということでひとつ。

 

 益体(やくたい)もないことを考えながらも、コントローラーを握るセイバー顔の手は止まらない。

 いつ死ぬかも判らぬのなら今生の未練は断ち切っておきたい。あのくたばり損ないのマスターにしても、せめて今遊んでいるゲームをクリアーするまでは生きててもらいたいもんなのだが。

 

 だがそれも、いずれ叶わぬ願いのような気がしてならない。




 今日のクソゲー

 目の腐ったセイバー顔

 適合職はロードどころかナイト系すら選べそうもない

 衛宮切嗣

 しかし活躍の場がないね これもまたクソゲーにはよくある話だが


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第9話 クソゲーはやり直してもクソゲーなんだ悔しいだろうが仕方ないんだ

 ある意味において人生(クソゲー)というのは観念の問題であったやもしれぬ。

 

 例えばここに、十中における八ないし九の人々がクソと断じるゲームがあったとする。客観的に鑑みてそれは紛うことなきクソゲー以外の何物でもなく、大枚はたいてそんなもんを手にしあまつさえプレイに勤しむがごときは不幸以外の何者でもなかろう。

 

 しかしてプレイヤーがそこに何がしかの楽しみを見出し、己が不幸を知ることなく満足のうちにプレイを終わらせることが出来たのならば、それは(あくまでもそのプレイヤーにとっての)良ゲーと云っても差し支えはないのではなかろうか。

 

 無論、それ以外の人々にとっての評価は変わらずであるには相違ないが、自らがプレイしてるのがクソゲーであると気付きもしないという主観的幸福者にわざわざそれを指摘するのは野暮、もしくは大きなお世話の骨頂と云うべきものであり、これは厳に慎まれるべきである。つまりは誰の得にもならぬという意味で。

 

 とはいえ大抵の場合においては、プレイの最中で己と他者の有り様を見比べて自身がクソゲーのプレイヤーであったと悟るもので、大方の連中は駄ゲー掴まされた事実を受け入れ別ゲー探しに血道を上げるもんではある。無駄な努力が実るかどうかまではしらないが。

 

 だがいつの時代、いかなる場合にも例外というのはあるもので、その中でもある者は己の失敗を認めることもできず現実逃避にも等しいクソゲープレイに固執し、またある者はやけくそ混じりの意固地になって最期までプレイに勤しみ、そしてまたある者はすべてを諦めた惰性的プレイヤーとなって繰り言泣き言恨み言をこぼしながらのプレイに明け暮れたりするのだ。

 

 なお別のある者は奇特なことに、自分も含めたプレイヤー連中の七転八倒さえ一纏(ひとまと)めにし、“クソゲーであることそのもの”に(たの)しみを見出すがごとき末期的クソゲーハンターになるらしいのだが、これは極めて稀な珍種(ちんしゅ)なので参考には値しない。

 

 ……困ったことに、これら駄プレイヤー共においてはいつでも別のゲームに乗り換えることも可能であったにも関わらず、自ら進んで先に並べた自縄自縛のクソゲープレイに邁進するとかいう不毛極まったプレイングにどハマりする輩が妙に多く、そのような連中にはどのような説得忠告も無駄に終わるので翻意のさせようもないという現実もまた存在している。

 

 そしてどのような理屈か因果かは知らぬが、こうした連中ほど断腸の思いで乗り換えた先が新たなクソゲーという悲劇をかこつ羽目になるもので、それを考えれば消極的現状維持の手段としてのクソゲープレイというのは、存外に真っ当な選択肢であるようにも思えなくもなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無論、気休めにもならぬ妄言なのだが。

 

   *

 

 カミさんと今生の別れを終えた切嗣が姿をくらましてから2日ほどが経過した。

 

 その間にちっとは情勢も変わるかとささやかな期待をしたのだが、結局のところ何が起こるでも変わるでもなく、カミさんの容態も相変わらず悪いばかり。

 お陰様でゲームの攻略ははかどったが、肝心の聖杯戦争の攻略が遅々として進まないでは本末転倒もいいところである。セイバー顔にとってはどうでもよく知ったことでもなかったが。

 

 事ここに至るともうしてやれることもないということで、セイバー顔はねぐらの城に切嗣のカミさん放置して街に出かけ、探索に精を出すという体で遊び回ることにした。人として最低限度の情すらも投げ捨てた人非人の所業といえる。サーヴァントだから人間でないのは間違いないけれど。

 

 冬木の街に到着したセイバー顔は、目についた定食屋で腹ごしらえを済ませてから先日も遊んだゲーセンへと向かった。厨房から米が無くなるほどの注文を受けて感激したのだろうか、茹でたタコみたいな顔色になった店のオヤジは退店の際に軒先で塩をまくという一風変わったサービスをしてくれた。

 

 腹も膨れて良い気分で向かった先のゲーセンでは思いもよらぬ姿があった。

 

「む? 誰かと思えば貴様か。斬った張ったの為に招かれておきながら、務めも果たさず遊び呆けるとはよい身分であるな」

 

 自分のことはとことんお高い棚の上に放り投げた物言いの主は、最新作のレースゲームの筐体(きょうたい)に座する金ピカだった。前に出くわしたデカブツといいコイツといい、このゲーセンは王様御用達なのか?

 筐体の脇にはプライズゲームの景品だろうか、大小様々なブツが鎮座ましましている。お前もお前で、この浮世をそれなりに愉しんでるみたいだな。皮肉も交えたセイバー顔の指摘に、金ピカは鼻で笑うことで返した。

 

「ハ───やはり雑種の目よな。見渡さばどこもかしこも偽物ばかりが跋扈(ばっこ)する醜悪な世界、王を満たすに足るようなモノが転がっているとなぜ思うた」

 

 セイバー顔が腐った視線をさらに動かすと、プラモデルやラジコンの箱を詰めた大きな紙袋に行き着いた。種類は自動車に軍艦・飛行機と様々だが、それぞれのジャンルの一番お高いやつであるらしいのは共通している。お前、やっぱし現世が楽しいんじゃないのか。

 

「ちょっとした無聊(ぶりょう)の慰めというやつよ。かくも下賤(げせん)な遊興であろうと、暇を潰す程度のささやかな役には立とう」

 

 憎まれ口こそ叩いてはいるが、紙袋の中には初心者向け模型入門書やらゲーム雑誌に攻略本やら突っ込まれているのをセイバー顔の腐った目は見逃さない。しかしそこら辺をあえて見て見ぬふりをする情が、この目が腐ってて人の心がわからないセイバー顔にも存在していた。面倒くさいことになりそうだったし、それ以上にこいつと話したいこともないからだが。

 

 不毛な追求をやめて(きびす)を返すセイバー顔だったが、なんのつもりかその背中に金ピカが声をかけてきた。

 

「待てい、何処へ行くつもりだ」

「どこって……やりたいゲームのとこに決まっとろーが」

「なれば先ず、我への接待を済ませてからにするのが筋であろうがよ」

 

 蒙昧(もうまい)であるは知れていたが、よもやこれほどとはな。呆れ果てたように嘆息する金ピカであった。

 

 ……これって私が悪い流れなのか? 釈然(しゃくぜん)としないものを覚えずにはいられないセイバー顔だったが、ここで下手に断って癇癪(かんしゃく)を起こされはたまらない。勝負の行方はともかく、ひと暴れしてこのゲーセンを出禁にされると困るのだ。

 

 どうしたもんかと懊悩(おうのう)していると、筐体のハンドルを軽く叩いて金ピカが追い打ちをかけてきた。

 

「それでなくとも我の酒を盗みよったのを忘れてはおらんぞ。いまさら返せなどとは言わんが、せめても酒代として相手くらいせんか」

 

 それを出されるともはや何も言えぬ。観念したセイバー顔は黙って金ピカの隣の筐体に腰を下ろしコインを投入した。

 

   *

 

「フハハハ、いじらしくも健闘したようだが所詮は雑種の足掻きよ! やはり王の王たる我の足元はおろか影すら踏み得ぬなあ!」

「ああ、そうかい」

 

 対戦が一段落し、金ピカは筐体のシートにふんぞり返って呵々大笑した。対象的にセイバー顔は子泣きじじいを背負ってフルマラソンでもさせられたような有り様で突っ伏していた。

 

 ぱっと見ではセイバー顔が一方的なボロ負けをしたようであるが、実際のところは溢れる財にモノを言わせた無限コンティニューによる金満米帝プレイを前に轟沈したというのが真相である。

 

 なにせこの金ピカときたら何度ブッちぎりにされようが絶対に負けを認めず、しかも面倒くさくなったセイバー顔がわざと負けて終わらせようとしたら「貴様ー! この我を愚弄(ぐろう)するかぁっ」と激おこする始末。怒らないで下さいね、こんなろくでもないプレイヤーを真面目に相手するってバカみたいじゃないですか。

 

 結局、対戦はだらだらと長引き、時代劇に出てくる悪い高利貸しからの借金よろしく雪だるま式に増えていく精神的疲労により、ついに集中力を途切れさせたセイバー顔が操作をミスって勝敗は決した。敗北の屈辱も解放の喜びもクソもない、真っ白に燃え尽きて消し炭すらも残りゃしねえような気分であった。

 

 心底から嫌気が差したツラへ小馬鹿にしたように金ピカが鼻を鳴らした。

 

「フフン、どうやら貴様も我が威光の前に完敗を悟ったようであるな」

 

 ───お前がそう思うんならそうなんだろうお前ん中ではな

 

 そのように口に出して言えればどれほどよいことか。

 しかし言ったらまた勝負をふっかけられそうなので黙っていることにする。人の心もそれを理解することもついでに空気を読む能力もない女だが、保身の心得までないわけではないのだ。

 

「おい、いつまでそうやって項垂れておるか。さっさと次の勝負にするぞ」

「……すまんけどな、生前に矢を受けた膝が痛みだしたんで今日はもう帰りたいんだよ」

 

 つーわけで今日はこれでお開きだ、じゃあな。短く言い捨てたセイバー顔は右手を投げやりに振りつつ踵を返した。

 

「ぬぅ、王の誘いを無下にするとはいっそ見事なまでに不敬不遜な奴原(やつばら)であるな。だがまあよかろうさ、なれば失せる前に───アレは片付けておけよ」

 

 つまらなそうに返す金ピカが顎をしゃくった先では、どこかで見たようなドス黒い陽炎のようなものが立ち上っていた。

 

 この無駄に凝った登場エフェクトは埠頭でボコ殴りにしたなんかへんなバーサーカー的なんかのやつだ。次から次へと巻き起こる消沈イベントに、セイバー顔はため息を禁じ得ない。

 

 ───あーあ、こんなことならねぐらに引きこもってゲームしてりゃよかった

 

 後悔したところで後の祭りである。心底イヤそうな視線の先では顕現(けんげん)を果たしたへんなのが(とき)の声的な咆哮を上げていた。もはやこうなると迂闊にトンズラもできない。大小様々な筐体でゴチャついたゲーセンでは出口に到達するのも一苦労だし、そんな場所でちょこまか逃げてるところへ広範囲薙ぎ払い系をブチ込まれたら一巻の終わりだ。野郎がその手の宝具を持っているかは知らないが、用心しておくに越したことはあるまい。

 

 ええい、しかたなし。腹を括ったセイバー顔はニチアサの変身ヒーローにも引けをとらぬ速さでいつもの鎧に装束変えを済ませた。

 

   *

 

 不可視の得物を携え、相手の出方を伺うセイバー顔だが、ここで妙なことが起こった。

 

 相手は理性もへったくれもない狂戦士(バーサーカー)、こちらの都合なんぞ知ったこっちゃねえとばかりにすぐにでも飛びかかってくるかと思いきや、なんかへんなのは穴でも空きそうな勢いでセイバー顔を“じいっ”と見つめ微動だにしない。あれこれ考える時間を稼げるのは助かるがこっちみんな。

 

 そんな二匹の立ちん坊を交互に見やり、金ピカが後方腕組みで「あーそういうことね完全に理解した」と言わんばかりに頷いてみせた。

 無駄に秀麗な面にはどれほど勘働きの鈍いものにさえそれと判るほど底意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 

「埠頭の一件でさてはと思ったが───やはりかの気狂い犬めは貴様にこそ(えにし)のある輩のようだ」

「あー? 笑えん冗談はせめて寝てから言え」

 

 慮外(りょがい)にも程のある言いように、セイバー顔は顔をしかめずにはいられなかった。確かにトンチキな連中には事欠かない人生ではあったが、それでもあそこまでへんなのにゃ心当たりはない。あっても即忘れだ。

 

「ひょっとしたらお前の知り合いかもとは思わんのか。そもそも埠頭んときじゃあいつ、他には目もくれずにお前をガン見してたろ」

「我の知るべなぞ後にも先にも唯一人(ただひとり)───それをあれのごときと同じに扱うか。大した蛮勇よな、雑種」

 

 我が寛容なる王であったからよかったものの、さもなくばその放言に死をもて謝する羽目になっていたぞ? 冗談めかしてこそいたが目がこれっぽちも笑っていなかった。傲岸不遜傍若無人天上天下唯我独尊が人の形をしたようなコイツにも、土足で踏んづけてほしくない聖域なり地雷なりはあるってことか。

 

「まあよいさ───それはさておくにせよ、先の戦いで貴様が為した彼奴めにやらかした振る舞い思い出せ。アレはどう見ても抑えきれぬ私情怨恨ゆえのものであったな?」

 

 貴様の粗末な頭蓋の中身が忘れようとも、魂に焼き付いた怨毒(えんどく)までは削ぎ落としようもなかったろう故にあの行いよ。断ずる金ピカへと、さも忌々しげな視線をセイバー顔はくれた。

 

 こいつ、現世に何の関心も湧かないとぬかしておきながら、人の細かいところはよく観察しやがる。弓兵だけあって目の良さは折り紙付きってことなのだろうか。

 

「箸にも棒にもかからぬ木っ端とは云え貴様も英霊の端くれ。身に憶えがあろうとなかろうと、なにがしかの形で恨みを抱えずにはおられぬさ。そこな浅ましき畜生こそは、そうやって“おのれ”が生前に積み重ね、死に際で捨て置いた罪科の写し身よ」

 

 なれば───ここで禊いでおくも、悪い話ではあるまい? 口調こそ諭すようなものではあったが、相対する両者への嘲弄(ちょうろう)が丸わかりなその声が引き金にでもなったのだろうか、微動だにせぬ狂戦士がついに枷から解き放たれた獣のごとき唸り声を上げた。

 

「───Ah…ArrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrThurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!」

 

 獣の叫びは、間違えようもなく“アーサー”と聞こえた。




 今回の(も)クソゲー

目の腐ったセイバー顔

 人生(クソゲー)の悲哀を感じますね


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第10話 クソゲーとスルメゲーは紙一重らしいが噛んでる暇がないやつには同じこと

「ほう、ほう、アーサーとな。たしか聖剣に選ばれたとかいう名高き騎士の王やらであったな。貴様の正体こそがそれであったか」

 

 腐った目ン玉を若干の驚愕に見開き、それ以上の不審に身構えるセイバー顔をどのように思ったものか、わざとらしい仕草で頷いた金ピカだったが、そのつぶやきはすぐに大笑に取って代わられた。

 

「クッ……ハ、ハハッ。なんだそれは、ひどい冗談があったものだとは思わんか」

 

 腹さえ抱えて爆笑する金ピカを、冷え切った視線でセイバー顔は射抜いた。一体全体、なにがそうまで可笑しいってんだ。

 

「これが笑わずにおられるものかよ。世に数多ある凡愚どもが武人の誇りよ戦士の誉れよと褒めそやす、いや(たか)き騎士道とやら掲げ束し者どもが、その王が、蓋を開けてみれば目と性根の腐りきった小娘に、それに群がる狂犬の群れときたものだ。なんたる醜悪か、なんたる茶番か」

 

 どうやら心底からツボにはまったらしい、金ピカは目に涙すら浮かべて笑い倒している。そんなにか。

 

「ハハ───これほど笑ったのはさて、いつぶりのことであったやら。奴めといい貴様といい、さては我を笑い殺す心積もりであったか? いや、その意味においてはこの浮世もまだまだ捨てたものではないぞ」

 

 言いながら金ピカが地面に転がる荷物を足で軽く蹴り押すや、それらは空間に波紋を残して吸い込まれていくように消えた。

 

 これは以前の酒盛りや埠頭でも拝んだやつだ。物品を自在に出し入れするスキルなんてもんはアーチャークラスには存在していない以上、“これ”がコイツ固有のスキルか宝具なのだろう。未来タヌキの英霊なのか? 丸くも青くもねぇけど。

 

 すべての荷物を片付けた金ピカはもはや用なしとばかりに(きびす)を返し、それをセイバー顔は血相を変えて見咎めた。

 

「あ、待てこらてめえこのやろうてめえ面倒事を人に押し付けて逃げるつもりか」

 

 難詰(なんきつ)するセイバー顔だったが、返ってきたのは心底からの軽侮を隠さぬ嘲弄であった。

 

「たわけ。駄犬と狂犬の噛み合いなぞ目にするだけでも身の(けが)れ、誰が興味を惹かれるものかよ───なによりこれは貴様が撒いた種であろうが、おのれの手で始末をつけずなんとする」

 

 言い方はともかく内容はぐうの音も出ない正論である。痛いところを突かれてほぞを噛むセイバー顔になぞ構うことなく金ピカは霊体化をはじめる。視線を向けるどころ振り返ることもしないその姿は、もはや残された馬鹿二匹になぞ欠片ほどの興味もなくしたと如実に語っていた。

 

「首尾よく気狂い犬めを始末したら貴様も己が首を()ねるがよい。遠慮は要らぬぞ、貴様のごときが王の王たる我より直々に死を賜る───その栄誉を噛み締め、逝け」

 

 この期に及んで我をこうまで笑わせた道化への褒美である。いっそ慈悲すらを感じさせる声音で言い放ち、金ピカは虚空に姿を消した。

 

   *

 

 散りゆく黄金の残滓(ざんし)へでかい舌打ちをかまし、目の腐ったセイバー顔はあらためて当面の敵へと向き直った。

 

「おい貴様、どこの誰だかは知らんが前回といい今回といい、お前のせいで───いや、お前だけじゃないけど───ささやかな楽しみすらもが台無しだ。一体なんの恨みでこんな真似をしくさるか」

 

 怒らないから正直に話してごらん、その後でコロがすけど。話を聞く気があるんだかないんだかよく判らないことをほざくセイバー顔であるが、本人としてもそこまで真面目に問答する気も詰問する気もなかった。

 

 なにせ相手は理性も知性もあったもんじゃないバーサーカー、まともな会話なぞ成り立つはずもなし。そもそも相手が誰だろうが、コロがしてさえしまえばどうでもいいのだ。

 

 しかしここで意外なことがまた起きる。大した期待もしないで放られたセイバー顔の声が届いたのか、それとも未だ姿を見せぬ野郎のマスターが気を利かせたのか、へんなのの総身を覆うへんな“もや”みたいなものが薄れていったのだ。

 

 そして謎もやに隠されていたどこかで見たような鎧甲冑が露わとなり、これまたどこかで見たような兜が脱ぎ捨てられ───

 

 果たして正体を表した狂気のサーヴァント。そのツラを拝んだセイバー顔は、肩透かしくらったようにつぶやいた。

 

「……あー? 誰かと思ったらお前だったんか。今さらなにしに化けて出よった」

 

 白けた視線の先にいるのは、かつて自身に仕えた家臣にして円卓の一員、その筆頭格にして騎士の中の騎士とまで謳われた人物その人であった。

 なるほど、“こいつ”もまた無数の武勲と絢爛(けんらん)たる逸話に彩られた一廉(ひとかど)の英霊、この馬鹿騒ぎに招かれていてもなんら不思議ではない。だが、しかし……。

 

「一体全体なんだってそんな有様になっとるんだ、お前は」

 

 セイバー顔の疑問も“ごもっとも”だ。

 

 確かに“こいつ”は主君の妻を寝取り、後にバレたらトンズラこいてそれが原因で仕えてた国まで割るとかいう、やっつけ仕事のエロゲシナリオでもそうはならんやろと言いたくなるくらいのやらかしをかましたアホではあるが、それでも行状の中に狂戦士呼ばわりされるような逸話はなかったはずである。寝取り小咄の部分を無理くりに解釈すりゃ性のバーサーカーと云えなくもないが。

 

 一体、いかなることかと首をひねくるセイバー顔。瞬間、いつもの直感(笑)スキルが発動しすべてを察した。

 

「……あぁ、そういうことか。お前、私のカミさんに絡んだあれやこれやの未練をまだ引きずってたんか」

 

 察しても普通なら口にするのははばかるのだろうがこいつにそんな気遣いを求めるのは、今まさに哀れな犠牲者を手にかけんとするB級ホラーの殺人鬼へ博愛人道順法精神を説くのと同じくらいには不毛である。

 

 悪びれるどころか井戸端会議でご近所さんのゴシップに花を咲かせるおばちゃんの駄話にも匹敵する“どうでもよさ”でほざく態度が気に障ったものか、バーサーカーが生前の無駄に良い声が台無しな雄叫びとともに激烈な斬撃を叩きつけてきた。

 

 並の手合なら目にしただけで気死を免れぬ剣閃を、セイバー顔は付き合いきれんとばかりに打ち払い距離をとる。

 

 セイバー顔の予想に反して追撃はなかった。

 

 代わりにその身を打ち据えてくるのはかつての忠実にして清廉なる、今や無念に穢れ妄執に堕ちた家臣が心中にて燻ぶらせ続けた、やり場もなければ声にもならぬ憎悪。なにもかもお前が悪い、すべてお前さえいなければ云々と出るわ出るわの恨み節(直感)であった。

 

 煮えたぎる汚泥のごときその怨念。もはや当の本人にすら御することかなわぬ激憤に晒されたセイバー顔は───

 

 耳の穴をかっぽじりつつ(かゆかったのだ)「へっ」と吐き捨てるという、絵に描いたような小馬鹿の仕方で応じた。

 

「だとしても知らんわそんなもん。人にさんざか迷惑かけた挙げ句、ゴメンのひとつも言えなんだド腐れなんぞへ手向ける台詞はどこのポッケを探ってもありゃせんぞ」

 

 それでも寝言と文句が言いたきゃ、せめても墓の下にすっこんでからやれ。開き直った輩に特有の、取り付く島もない一刀両断であった。

 

 生前においてはいついかなる時も寡黙にして沈着冷静であり続け、不言実行を貫いた(傍から見た場合は正にそうだった)かつての姿からは想像もつかぬ悪罵に、頭がフットーしてるはずの不貞の騎士も顔をひきつらせずにはいられなかった。

 

 在りし日の完璧にして至高の騎士とまで謳われた秀麗さはどこへやら。間の抜けたその面貌へ、セイバー顔はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「私がこんなん言うのが意外か。だったらお生憎様だな、お前の知ってる『アーサー王』はともかく、お前らに終ぞツラを見せなんだ『アルトリア・ペンドラゴン』って女は死ぬ寸前までこんなんだったよ───好きでなったわけじゃないけど───それが表に出てこなかったのは何のことはない、お前らに民草、そして国への体面やら責任やら義理やらに縛られてたからにすぎん」

 

 そのどれも亡くなり無くなった今となっちゃ、もはや野となれ山となれだ。目ン玉と性根が腐り果てたクソゲーは相対するかつての臣下へ、二の句を継がせぬままに言い捨てる。

 

「言いたいことだの恨み言だの、そんなもんはくたばる前に済ませとくべきだったのさ───お前も、私もな。だのに手前勝手なだんまり決め込んだ末、あの世から出戻りしてまで未練を持ち越すなんて惨めったらしいマネしよってからに。まして互いおっ死んでからどれだけ経ったと思ってる。何処ぞの誰ぞがいかほど恨みを抱えていようが、そんなもんとっくに時効だ阿呆め」

 

 正直なところセイバー顔もとい『アルトリア・ペンドラゴン』としては生前に縁やらゆかりやらあった連中への思うところなぞはこれっぽっちも……といえば嘘になるが、しかし現在に限るならそこまでの恨みを抱えているわけでもなかった。

 

 衆生皆、死ねば等しく仏様とまでは云わないが、くたばった後にまで怨恨を持ち越すのもなんだということで、過去にはこだわらず現世を楽しむことにしていたのだ。これもまた開き直ったものならではの割り切りというやつである。

 

 ───だがそれも、オマエらがのこのこツラ見せずに済ませればの話なわけだがな

 

 顔貌を“ぎり”としかめ、まさに獰悪の相を浮かべたセイバー顔はひとりごちた。

 

 何度も述べたが彼女の家臣という連中、己の死の間際において『もしまた出会うことがあったのならブン殴ってやる』と考える程に麗しい絆で固く結ばれた奴原であり、それゆえ二度と会いたくないとも考えていた。

 

 念の為に断っておくと、合わせる顔がないとかではなく本当に“顔も見たくない”連中だったということである。それこそどいつもこいつも生まれ変わったら、ち◯ちん亭の薄い本に出てくる汚いおっさんみてぇな見た目になっちまえと思うくらいには大嫌いだった。

 

 せっかく過去のしがらみの何もかもを放り捨て、かりそめの、しかも期限付きのものとはいえ第二の人生とでもいうべきものをそれなりに楽しんでいたというのに、死んで縁が切れたはずのろくでなしと面付き合わせて台無しにされたいなどと誰が思うものか。

 

 だというに頼みもせんのに見たくもないツラを見せに来よって。こいつらどこまで私の人生に水を差せば気が済むのか。

 しかもその理由が当事者であるところのセイバー顔ですら忘れてた、当時の女絡みの恨みつらみを吐き出したいからときた。生前のあれやこれやでさんざか思い知らされちゃいたが、ほんにお前の阿呆さ加減は天井知らずだな。

 

 これならまだ惚れた女に会いたいとかいう理由で湧いて出た、いつぞの色ボケ出目金のがよっぽどマシ……いや、アレはあれで輪をかけてナシだ。悪質な性犯罪で歴史に名を刻む、よいこと児童福祉法の敵は論外だ(そもそも何であんなんが〈英霊〉の扱いなのか、これがわからない)。

 

 益体もない考えを打ち捨てるかのように軽く頭を振ったセイバー顔は、見るも無残に堕ちたる泉の騎士を腐った視線で射抜いた。

 

「お互いに、ここで会ったが百年目もとい千年ちょっと目。これ以上お前なんぞから聞きたいことも私から言いたいこともありゃあせん───何も言わずにブン殴られちめぇー!!」

 

 言うが早いか目が腐ったセイバー顔、ポッケから取り出した水筒の中身───約束された勝利の液体燃料───を口に含み、隠し持った約束された勝利の百円ライターを口元に当てて約束された勝利の火炎放射をお見舞いする。いよいよもってこいつが一体、何の英霊なのだかよくわからなくなってきた。

 

 セイバー顔の魔力にでも干渉されたのか、ただのガソリンでしかないはずの火種はあまねく苦界を焼き尽くす劫火の勢いでゲーセンに拡がっていく。唐突な火災にスプリンクラーも一応は作動しているのだが、あまり効果はないようだ。

 それを満足気に見届けたセイバー顔は新たな得物を引っ掴んで己が生み出した焦熱地獄に吶喊していった。

 

 思いもよらぬ(そりゃそうだろうよ)攻撃に一瞬、たじろいだへんなのあらためバーサーカーあらためNTRエロゲのチャラ男英霊だったが、そこは腐っても鯛。そろそろ話のネタに詰まってきたくさいエロ漫画では定番のNTRチャラ男ポジではあっても至高の騎士とさえ謳われた戦士ならではの切り替えで、炎の海を突き破りパイプ椅子を振りかぶるかつての主君へと───パイプ椅子?

 

 星が生み、数多の人々によって紡がれた歴史と幻想とで鍛え抜いた聖剣を放り出し、一山いくらの安っすいパイプ椅子をそれはそれはイイ笑顔で(ただし目ン玉は笑ってないし腐っている)ブン回す騎士の王。

 

 あまりにもあんまりな絵面に、ここが血と暴力のワンダーランドであることも忘れて呆気にとられた寝取り野郎もといNTR英霊の脳天に約束された勝利のパイプ椅子が無慈悲に炸裂し、目の中一杯に盛大な火花が飛んだ。せめて兜をかぶってりゃ被ダメも違っていたろうに、悲劇のダークヒーロー気取りで格好つけて正体バラすみたいなマネするからそうなるのだ。

 

 強烈な一撃にさしもの寝取り英霊もたたらを踏むが、目の腐ったセイバー顔は止まらない。間髪入れず得物をニクいこんちくしょうのこめかみ、喉元、腋下(えきか)、脇腹へとねじり込み、こらえきれずに前のめりとなった無防備な背中へさらなる追撃を叩き込んでいく。今更ではあるが剣の英霊というより場外乱闘になだれ込んだヒールレスラーか路地裏で暴れる酒癖悪い酔っぱらいがごときダーティー殺法である。

 

 限度を超えた酷使によって、あっという間になんだかよくわからないオブジェとなってしまったパイプ椅子を捨てたセイバー顔は、約束された勝利のガゼルパンチでもって間に合わせ系エロ同人名物のチャラ男英霊の顎をカチ上げ、衝撃にのけぞり無防備にさらされた喉めがけて約束された勝利の毒針エルボーを打ち込んだ。

 

 さらに必滅致命の唸りを上げてブチ込まれた肘の勢いを殺さぬまま、セイバー顔は全身に魔力ジェットの加速を載せ、約束された勝利の変形喉輪落(のどわお)としで力任せに押し倒し、ダウンを取ったところで馬乗りにのしかかり約束された勝利のマウント殴打に持ち込んでいくのだった。

 

 

 …………。

 

 

 しばらくして、夜の帳に響く硬いものと硬いものを打ち付け合う音が、大きめのお肉を勢いよく台所のまな板に叩きつけたときのようなものに変わったあたりで目の腐ったセイバー顔は立ち上がり、「ふぃー」と一息ついて額の汗を拭った。

 

 腐った目にはふさわしからざる、それはそれは爽やかな笑顔だったそうな。

 

   *

 

 

 

 

 

 

 なお、これはちょっとしたオマケ程度の話なのだが。

 

 

 

 

 

 

 運命の敵(笑)との一戦を終えて帰ろうとしたら、その途中でなんだかアメコミの悪党(ヴィラン)ができそこなったような風体の兄ちゃんが、今にも死んじまいそうな有り様でスッ転がっていたのを見つけた。

 

 寝取られエロゲ名物のへなちょこ主人公がオモシロ薬ぶっ被って悪堕ちしたみてえなツラをしたそのあんちゃんは、助け起こそうとしたセイバー顔を見るや「放せ! 俺にはまだやらなきゃいけないことが……!」とかなんとかゴチャゴチャぬかして暴れやがったので、約束された勝利のコブラツイストで黙らせ簀巻きにしてから近くの病院に放り込んでやったのだが、ありゃあ一体なんだったんだろう。




 登場クソゲー

 目の腐ったセイバー顔

 こんな腐った目ン玉で騎士王名乗るとか各方面に失礼だよね♥ 忌憚のない意見てやつっス

 NTRエロゲのチャラ男英霊

 寝取り野郎に悲しき過去……そう思っとる当人以外はそんな悲しくもないんやけどなブヘヘ





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第11話 アイアスの盾より頑丈だと思うわ

 目の腐ったセイバー顔の朝は遅い。

 

 寝ようが寝まいが体調を崩すこともない霊体なのをよいことに、大抵の場合は昼夜逆転どころか毎日徹夜上等でゲームと漫画とお菓子とジュース漬け。たまに気が向いたら昼寝して、それ以外は古のギャグ漫画にならってその日は朝から夜だったを繰り返すのが喚ばれて飛び出てきてからこっちの日常である。

 

 仮にも一国の主であったとは思えぬ醜態(しゅうたい)に、それでいいのか騎士の王にして剣の英霊とヤジが飛びそうな話ではあるが、しかしセイバー顔にも言い分なり言い訳はある。

 

 まず自分が任されている(ということにしている)のは根城となるこの城と、未だ人事不省になってる切嗣のカミさんの防衛であってそのためにはここを一歩でも離れるわけにはいかぬ。また適度の緊張感を保ちつつ寝ずの番をするのにTVゲームと高カロリーの菓子は相性もいい。つまり一見すると怠惰怠慢自堕落の申し子がごときこの有り様も、戦を勝ち抜くための約束された勝利の戦術の一環なのだ。

 

 もちろん自分ですら騙せない寝言だが。

 

 現在のセイバー顔にとって、もはや世界の行末かかったこの戦争ごっこなんぞどうなっちまおうが知ったことではなくなっていた。ましてマスターのオマケのカミさんやさらにそのオマケの助手の去就(きょしゅう)なんぞ輪をかけてどうでもよかった。本音を言うならもう色々と面倒くさいし切嗣含めた関係者どいつもこいつも豆腐の角っこに頭なり足の爪先なりぶつけて死んでくれねーかなとまで考えている。

 

 ───言うても、まだゲーム終わってないしもうちょっとだけ続くんじゃは許容の範囲だけどな

 

 益体(やくたい)もないことをぼやきつつセイバー顔はポテチとコーラ、ゲーム内ダンジョンの地図(自作)の描かれた大学ノートを用意しゲーム機の電源を入れた。

 

 

 

 

 

 

 いつもの直感(笑)スキルの導きにより躊躇(ちゅうちょ)なく壁を蹴り砕いたセイバー顔が、部屋に空けた大穴からジャッキー・チェンのカンフー映画よろしく宙に身を躍らせたのはそれから数秒後のことであった。

 

   *

 

 何が起こったのかはさっぱり判らないが、とにかくマズい状況に叩き込まれたのだけは判った。

 

 なにせ城からの落下、もとい脱出の途中で爆音と衝撃波に全身を打ち据えられたのだ。冬木市七不思議(気がつくとなぜか増えていく)のひとつ、《忘れた頃に多発するガス爆発の怪》でなけりゃ敵の襲撃だろう。ひょっとしたらマジでただのガス爆発かもしれないけど。

 

 プロジェクトAのNGシーンばりの乱暴な着地と同時にセイバー顔はいつもの魔力ジェットで進路を強制変更、眼前に広がる森の中に逃げ込み三半規管のぶっ壊れた暴れ馬のごとき挙動と勢いでジグザグの軌道を描いて駆け抜ける。

 勘に任せた自分でもワケのわからない動きだがそれが正しいか誤りかを考えてる暇も余裕もない。ときおり超至近距離を熱と爆音がかすめてるのだ、とにかく今は全身全霊を回避と逃走に振り分けて安全な場所(あればの話だが)まで退避せねばならぬ。少しでも余計なことをしたり考えるだけでも致命に到ると直感(笑)が告げていた。

 

 …………

 

 それからどれだけの時間が経ったのか。ようやっと安全だと直感(笑)が告げる場所まで逃げおおせたところでセイバー顔はねぐらのある方角を確認した。

 

 魔力を叩き込んで強化した腐った視線の先には半ば崩れ落ちた城と……金ピカで珍妙な形した未確認飛行物体が浮かんでいた。しかもその舳先(へさき)と思しき部分に突っ立ち、“こちら”につまらなそうな視線を向けているのは誰あろうあの金ピカ英霊ときた。

 

 ───なんだあ、彼奴めはインベーダーの英霊だったんか

 

 セイバー顔は露骨に眉をしかめた。いかに最優を誇るサーヴァントであろうともこれはさすがに分が悪い。炎のコマ遣いな出っ歯の英霊でもなければ太刀打ちもかなうまい。

 

 ───さて、どうしたもんか

 

 0.01秒ほどの熟考の末、セイバー顔は首刈りウサギも舌を巻く速さで約束された勝利の逃走を再開した。ほんのわずかな未練も躊躇も置き去りに、いっそあっぱれなほど潔いトンズラであったという。

 

 一太刀も浴びせぬどころか尻尾を巻いての敵前逃亡。それでいいのか騎士の王にして剣の英霊とヤジが飛びそうな光景ではあるが、セイバー顔にも言い分なり言い訳はある。

 

 正味、一介の『戦士』として見ればあの金ピカは大したことはない。自分が生きてた時代基準で考えても、腕っぷしだけなら野郎より強いやつなぞ雨後のタケノコよろしくそんじょそこらに生えていた。まして自分ならどれだけハンデがあろうと百回やっても百回勝てる。

 

 ところが『〈英霊としての)格』で見ると話が違ってくる。文字通りになにもかもの『格が違う』のだ。

 

 断言するが円卓どころかブリテンにアホほど蠢いていた有名無名有象無象、全てのボンクラを総動員しても野郎に傷どころか迫ることさえできないだろう。生前の武装をフル装備にして、百どころか千回万回やってようやくまぐれ勝ちを拾えるかどうか。全盛期のジャイアント馬場とアントニオ猪木がタッグを組んでも相手がシャーマン戦車じゃ勝てる道理はない。AC-10はダテじゃないからね。

 

 ───それにあの爆撃じゃあ切嗣の女房も、その傍らで面倒を見てた野郎の助手もおっ死んでるか致命傷だ

 

 守るべき相手は亡くなって衞るべき根城も無くなった、つまり“今回の戦い”はもう決着が付いたということだ。

 いずれ仇は取るにしても今の状況では何をやろうが返り討ちが関の山。負けの見えた目先の戦いにこだわるくらいなら、被害の少ない内にとっとと撤退して次に備えたがなんぼかマシである。勝者とは勝ち続けたやつのことではない。最後の一戦が終わった頃まで生き残って勝ち名乗りを上げたやつのことなのだ。生前、それにまんまと失敗こいたアホが口にしても説得力はないが。

 

 追撃とそれに伴うある程度の被害は覚悟をしていたが、ありがたいことに向こうさんは見逃してくれるようだった。

 さもありなんと内心で頷くセイバー顔。余人はいざ知らずあの傲慢極まる金ピカだ、勝ち目なく無様に逃げ出すようなクソザコナメクジセイバー顔なんぞにゃ目もくれないどころか、すでに脳内からは存在も消えて無くなっていることだろう。

 

 ───運が良ければその慢心に付け込んで勝ちを拾えるかな?

 

 運頼みということはすなわち生前から現在までツキに見放されてる自分じゃ絶対に勝ち目がないということだが、そこは考えないことにしておこう。

 

 今までやってきたことの焼き直しと思えば、気楽な気分でいられるというものだ。

 

   *

 

 さらに距離を置き、何があっても即対応・離脱可能な地点で城(半壊)を観察すること数分の後、一体何をしに来たのかも不明な金ピカインベーダー英霊が乗った金ピカ飛行物体がいずこかへ飛び去っていったのを確認したセイバー顔は一応の務めとして城まで戻り切嗣のカミさんたちの安否、というより死亡確認を行うことにした。

 

 結論から言うと切嗣のカミさんの姿は見つからなかった。

 

 瓦礫を除去しつつ30分ほど探してみたが死体も死体の欠片も見当たらない。とはいえ寝くたばってた部屋の有り様からするとなにがしかの形で死んじまってるのは間違いなさそうだが。

 

 対して助手の死体はすぐに見つかった。部屋からふっとばされて城外にすっ転がっていたのだ。頭が半分ばかり吹き飛んでいるので、さして苦しむ暇もなしにあの世逝きになったのだけが救いだろうか。一応は美人の範疇に納まる風体なだけに、もったいないもんだなとセイバー顔は薄ぼんやり思った。

 

 セイバー顔にとっちゃさしたる面識もない相手ではあるが、野ざらしにするのも寝覚めが悪いということで簡易的な埋葬をしてやることにする。いうても適当に穴掘ってぶっ壊れたゲームソフトと一緒に埋め、その上に墓石というか卒塔婆代わりに半壊した携帯ゲーム機(黒焦げだけど起動はちゃんと出来たマジすげぇ)をぶっ刺しておく程度のものだが。

 

 ついでとばかりに『やくたたずここにねむる』とでも記してやろうかとも思ったがやめておく。そもそも自分に言えたもんではない。

 

 ───南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、もし来世があるのならこんな血なまぐさい稼業とは縁のない、パンツをご披露しながら月面宙返りするようなアーケードゲーマーにでもなるとよいよ

 

 やっつけ念仏と共にトコトンしょうもないことを考えながらセイバー顔はその場を後にした。

 

   *

 

 ねぐらの存在していた〈森〉を出たセイバー顔は近くを走る国道に出て、一路、冬木市を目指した。二本の足で。

 用意されてた車はどうしたと思われそうだが、そっちは爆撃の余波で予備のバイク共々オシャカになっていた。ツイてないときってのはとことんまでツイてないもんだ。

 

 気が滅入りそうになるのを辛うじてこらえ、セイバー顔は少しばかり前にCMで流れてた謎ソング(ミリタリーな連中がランニングしながら歌ってた)を口にしながら冬木市に向けて全力疾走する。途中、何度か対向車両とすれ違ったような気もするが気のせいだと思い込んだ。

 

 

 後に冬木七不思議の一つとなる《目が腐っててセイバー顔したターボババア》の真相であった。

 

   *

 

 セイバー顔が冬木市に到着したのは辺りがすっかり暗くなってからのことであった。

 

 ───さて、マスター殿はどこで油売ってやがるかな

 

 捜索を開始しようとしたところで、全身に血の匂いをこびりつかせたニヤけ面のナンパ野郎が言い寄ってきたので、腹いせとばかりにボコボコにして金品含めた身ぐるみ剥いでから約束された勝利のマッスルリベンジャー(偽)で生き埋めにしてやったがこれはどうでもいい。

 

 ここ最近、珍妙奇天烈素っ頓狂な珍事件が立て続けに起こったり空気読めないナンパ野郎がボコ殴りにされたりするせいだろうか、以前訪れたときとは打って変わり街には息苦しい静寂が(よど)んでいた。

 

 今の時間帯なら活力のある明かりと、それに引き寄せられる人々に溢れていたはずの駅前には帰路を急ぐ影がまばらに見られるばかり。立ち並ぶ商店も早々にシャッターを降ろし、街の“そこここ”が人の営みを感じさせぬ寒々しさに沈んでいる。さながらゾンビ映画の一幕のように、誰も彼もが息をひそめるようにして夜が明けるのを待っているようだった。

 

 ───あーあ、これじゃあゲームショップもゲーセンも閉まってんな。コンビニくらい開いてねーかなー

 

 事ここに至ってなお、どこまでもしょうもないこと考えつつ冴えわたるセイバー的直感(笑)のおかげで切嗣はすぐに見つけられた。

 

 …………

 

 とりあえずの現状報告を手短に済ませたセイバー顔は、ちょい前における自分の予感が正しかったことを悟った。

 

 カミさんはおそらくお陀仏で助手はきっちりあの世逝き、しかも当のセイバー顔は手も足も出ずに二人を見捨ててトンズラという、普通なら激怒激昂激憤激おこしてもおかしくない駄話を聴かされてなお切嗣は無反応。うんともすんともそうかとも言わず、無言のまま明後日の方向───生き残りと思われる魔術師ん家───を向いたっきり。

 

 どうやら人としての「衛宮切嗣」は今をもって死んじまったらしい。

 

 遅かれ早かれこうなるのは判りきっていたのでセイバー顔としては特に感じ入ることもなかったが、とはいえ一応はサーヴァントの身。ご主人さまへの最低限の義理は果たすべく余計な一言を口にしておく。どうせ聞く耳を持たないのは明白だったが義理とはこういうもんなのだ。

 

「おいマスターよ、最後の忠告だ。ここがお前の分水嶺(ぶんすいれい)、なにか根拠があるでもないがおそらく今このときこそがお前の人生(クソゲー)に残された最期の選択肢」

 

 女房はすでにどうしようもないが、それ以外ならまだ間に合う。こんな馬鹿騒ぎからはとっととオサラバして魔術なんぞの“やくざ”な稼業とも縁を切り、ついでに宿願とやらも諦めるがいい。簡単なことだろ。

 

 翻意(ほんい)を促すとか諭すとかでなく、やる気のない市場調査の報告がごとくに淡々と述べるセイバー顔だった。

 

「人類の救済、恒久的世界平和とな。お前、この世全ての悪の廃絶でも目指そうてのか。過去に存在したいかなる聖者にすら手が届かなんだものを、まして貴様のこ汚い手でどうこうできると考えるのがそもそも間違ってんだ」

 

 痛烈な悪罵としか思えない忠告にも衛宮切嗣は堪えた風もなく微動だにもしない。そもそも聞こえてさえいないのだから当たり前だが、それを承知でセイバー顔も続ける。

 

「どうせ馬耳東風なんだろうがよ、『少ない犠牲によってもたらされる多くの幸福』───こんなもん、真っ先に犠牲にならない立場のやつが手前の後ろめたさを正当化するためにほざく世迷い言にほかならんぜ」

 

 一の犠牲で十助けてもそれを十回繰り返しゃ犠牲は十だし、そこまでして得たもので納得するだけの幸福を贖えるかどうかを誰ぞが保証してくれるでもない。そのくせ積み重なった不幸は必ず精算されるし、とどめとばかりに利息はきっちり尻の毛まで毟られる。

 

「お前が喚び出した、腐った目の女を見るがいい。それをさんざんやらかした挙げ句、ツケを最低の形で支払う羽目になったアホだ。そいつが言うんだから間違いない」

 

 自分で言っててホントに虚しくなるような話であった。

 

 それ以前に衛宮切嗣という男が根本的かつ致命的にはき違えたのは、世界を救済するために人の手に余る奇跡なんぞに縋ろうという考えそのものだったが。

 

 望みもしないのにやれ英雄やれ英霊なんぞと祀り上げられる憂き目に遭ったセイバー顔には判る。《力》に救いは宿らない。まして奇跡ごときで誰ぞが救われるなどあり得ない。

 

 目に見える優れた剛力、富に知識に技術などという表面的なもので世界の本質が変わるなら誰も苦労はしない。そんな道理がありえるのなら、世界はとっくに千手観音様の指の数ほどは救われていいはずだ。それができないからこそ今と今まで、そして今から終わりまで続くであろう世界の巡りだ。

 

 この程度のことは少し考えれば気付きそうなもんだというに思い至らぬあたり、所詮はこいつも〈魔術師〉の軛に囚われたクソゲープレイヤーってことなのだろう。

 探せば良い方法なんていくらもあるはずなのに、自分のプレイスタイルこそが正しいと固執して、それ以外の方法について可能性すら考えることを放棄してやがるのだ───かつてのアルトリア・ペンドラゴンのように。

 

 生前においても今生においても自分としては珍しいくらいの長広舌ではあったが、それを聞く衛宮切嗣はまったくの無反応であった。聞く耳どころかもはや『生前』の妄執だけを燃料として動くだけの機械と成り果てたその姿を嘲るでもなく憐れむでもなく、セイバー顔もまた無言で踵を返した。

 

 とりあえず言うべきこと言いたいことは言ったのだ。後はどいつもこいつも、野となろうが山となろうが好きにするがいい。

 

 ───そんなことより決戦に備え、腹でも満たして英気を養う方が先決だな

 

 これまた直感ではあるが、この馬鹿騒ぎの決着は両日中に為る。ならば精々、最期の晩餐くらいは豪勢なものと洒落込むべきであろう。

 

 幸いなことにフクロにしたナンパ野郎からふんだくった財布のお陰で懐は温かい。




 登場クソゲー

 目の腐ったセイバー顔

 レインボーとケツイボムを狙って出せる


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第12話 昔はいともたやすく行えたクソコマンドが成長とともに出来なくなるのもよくある話で

 どうやらこの馬鹿騒ぎもお開きらしい。

 

   *

 

 目の腐ったセイバー顔が“それ”を感知したのは、早仕舞いによるシャッターまみれになった商店街の片隅に“ぽつねん”と開いていた駄菓子屋の脇に置かれてた100M(メガ)ショックの怪獣プロレスゲームに興じているときのことであった。

 記憶違いでなけりゃなんとかいうデカい橋のある地点から突如として膨大な魔力が迸り、しばらくしてから消えた。おそらく最後に残った馬鹿3匹の内2騎、金ピカとデカブツがぶつかったのだ。

 

 でもまあ勝ったのはあのいけ好かない金ピカだろうな。セイバー顔は特に思うところもなく断定する。

 

 とことん気に入らないし腹立たしいやつだが、実力だけは本物だ。今までの接触による情報に垣間見える実力から導き出されたセイバー的直感(笑)と分析とでイヤってほど判る。野郎にはどんな英霊英傑でも敵う道理がない───自分も含めて。

 

「デカブツが善戦してくれりゃ、ちっとは消耗した状態で戦えるんだがなぁ」

 

 まあ無理だろうなと投げやりにぼやくセイバー顔。都合の良い妄想をしたバチが当たったのだろうか、操る怪獣もデカいカブトムシに負けた。それと同時に先の力の奔流からから少し離れた場所で途方もない魔力が吹き上がる。とっとと残ったクソゲー2匹で決着を付けろという〈聖杯〉からの催促なのだろう。とはいえセイバー顔にとっては知ったこっちゃなかったが。

 

 ───やるやらないは遊び終わってからでもええか

 

 ひょっとしたら遊んでるうちにマスター同士で始末がつくかもしれんし。ぼんやり期待しながら隣に置かれた古ぼけたゲーム───馴染みのある名前したヒゲ面田舎騎士が魔物にとっ捕まった姫さんをパンイチになりながら助けるんだとさ。どんな状況?───にコインを入れようとしたが、肝心の小銭がない。セイバー顔は店の奥に座する年季の入った置物のごとき佇まいの老婆に声をかけた。

 

「おい婆様よ、両替え頼む」

 

 人の話が聞こえているのかいないのか、布袋様の生まれ変わりのように福福とした風体のばあちゃんは若かりし頃に竹槍で爆撃機を撃墜したとの武勇伝を語ってくれた。そうなんだ、すごいね。ついでにご近所で悪さしてたキラーコンドームのでき損ないみてぇな害虫を踏み殺してやったとかいう自慢話もはじめた。

 

「おい婆様よ、両替え頼む。ついでにそこの棚にある駄菓子全部と、わざとらしいメロン味のジュースくれ」

「はいよ。ちょっと待ってな」

 

 殺しても死にそうにないばあさんは歳に似合わぬてきぱきとした動きで商品を紙袋に詰めてくれた。

 

   * 

 

 結局、駄菓子屋の閉店時間になるまで粘ってみたが〈聖杯戦争〉は終わる気配がなかった。

 

 どうやらこの茶番劇を仕組んだ〈聖杯〉とやら、しぶとく残ったクソゲーの血を余さず啜らぬことには〆とするつもりはないらしい。

 しゃあねえなぁと観念したセイバー顔は有り金全部はたいて購入した大量の駄菓子を齧りながら締めくくりとなるであろう場所を目指した。事ここに至ってなお往生際の悪さを発揮して死にぞこないの駄馬も呆れる約束された勝利の牛歩なのはさすがであった。

 

 だらだらと食べ歩きすることしばし、辿り着いたのはやたらと金のかかってそうな会館だった。

 失礼するぞと誰にともなくひとりごち、出入り口くぐってコンサートホールと思しきところに顔を出したところで聞き慣れた声がかけられる。

 

「───ぬ? おのれは今更なにしに来よった」

 

 心底から呆れたような声の主はやはりと言うべきか例の金ピカ英霊だった。その傍らにはこれまた金ピカの盃が膨大な魔力を垂れ流して鎮座ましましている。もしかしてあれが〈聖杯〉とかいうやつなのだろうか。

 

(しか)り。蓋を開けて見ればなんのことはない、かくも正視に堪えぬゲテモノよ。斯様(かよう)な代物を欲し争う───いつの世も雑種の考えること、浅ましく理解しがたい」

「己のことを棚に上げてよう言うた。お前とてそのバカタレの一匹じゃろがい」

「事もあろうに我を貴様らと同列に扱うか……愚劣も突き抜けるといっそあっぱれよな」

「なぁに気取ってやがるか。どう抜かそうが首突っ込んでる時点で同じクソゲー穴の駄プレイヤーだろ」

 

 もはや怒る気にもなれないのだろう、金ピカは肩こりこじらせたような顔でこめかみの辺りに手をやりため息をついた。

 

「大きく違う。いっかな歯車の噛み合わぬがごとき事象であろうと、離れたところから俯瞰(ふかん)するなり事が終わった後にでもとっくり眺めれば、そこにはしっかと道筋道程起承転結が仕込まれているもの───この度し難くも醜怪なる茶番に我が呼ばれたということにも、それに沿った道なり理の何がしかはあるのだろう。おのれら凡愚が(さか)しらに、運命だの宿命だのとほざくがつまり“それ”よ」

 

 いずれ不愉快であるのは否めぬ上に、つまらぬものであるも明らかではあるがこれも王の責であり務である故に。つまらなそうな態度を変えぬ金ピカではあったが、その声にも佇まいにも微塵の気負いは存在しない。物言いはさておきこいつはこいつなりに、今生の己が在り方へ承知はしているようである。

 

「所詮は私ら歴史に消えた影法師、治めるべき国も従わせるべき民も、とっくに土と還っちまってるだろうにご苦労なこった」

「かような世迷い言を口にするは貴様が生粋の王でないからよ。間違えるな。国在って王在るのではなく、王在るところ応じてことごとく従うが理ぞ。なれば───我在るところ自動的に臣従せしこの世全て、背負うはこれ当然である」

 

 ああ、そうかい。その言いに完全な納得ができたわけではないが、死してなお自身に課した責を放り出さぬという一点において、こいつは自分とは比べ物にならぬほど〈英霊〉であるには違いなかった。比較対象が天の川とドブに吐き散らかされた酔漢の吐瀉物ほどにも差があるというのはこの際、無視するがよろしい。

 

「それで、どうするつもりだ。貴様には我が直々に自裁を賜したぞ。まさかに王の施しを無下にする気でもあるまいが……」

 

 冷然と訊く金ピカへの応えはいつの間にやら鎧姿に変身済ませたセイバー顔の抜く手も見せぬ剣一閃。並の剣士なら斬られたことにさえ気付かぬそれを、慌てた風もなく金ピカは謎空間から取り出した盾で受け止めた。

 

「ひとつ聞いておくが───それは正気か?」

「私としちゃ面倒事は避けたいし、ついでに言うならこんな駄話には付き合い切れんのよな。とはいえ財布連中への義理くらいは果たしておかんと寝覚めが悪い」

 

 マスターへの義理はないあたり、つくづくこの目ン玉と性根が腐り果てた女らしい。金ピカは手の施しようがない馬鹿を目の当たりにしたかのごとく吐き捨てた。

 

「そうか。なれば精々、無様に足掻いて我を愉しませるくらいしろよ」

 

 それを合図に金ピカの背後の空間で波紋がゆらぎ、剣、槍、弓、刀……様々な武具が切っ先を覗かせ、セイバー顔は顔をしかめて距離を取る。

 

 ───あー、やっぱナシってことにゃならねーかなあ……

 

 そりゃならんだろ。

 壮絶な最終決戦の、どこまでもしまらない幕はこうして上がった。

 

   *

 

 古のクソゲーが火花を散らすその一方、少し離れたところでも現代に生きるクソゲーがちょいと深刻な状況に陥っていた。

 

 そのクソゲーこと衛宮切嗣は困惑していた。

 

 聖杯戦争あらため天下一クソゲー会の決戦場にて待ち構えてたコンクリをも砕く謎のケンポーを使う謎のストリートファイター神父の相手をしてたら、上から降ってきたなんかものすごいキモくて汚いゲロみたいなのを、謎のスパルタンX神父もろともぶっ被って意識を手放したのまでは憶えている。

 

 そしたらなんかガワだけがカミさんというかカミさんの皮を被ったなんかというか、とにかく自称・聖杯くんだか聖杯ちゃんだかいうのが現れて、そいつとよく判らん問答の末に珍妙な人間救出ゲームっぽいものをやらされたのだが、そのゲームというのがなんというか、こう……

 

「クソゲーじゃねえか!」

 

 ロケテストの切嗣さん激おこである。

 

 なんせゲーム内容は可能なかぎり多くの人間を助けるというものなのに、プレイすればするほど犠牲者が増えて、しかも選択肢はどちらを選んでも死亡者多数というふざけたもんしかないので回避する方法もなしときた。ていうかそういうどっちに転んでもダメとかいう悪質なひっかけは選択肢といわねえ。

 

「どうなってるんだ、これは……」

 

 あまりのことに切嗣が呆然とつぶやくとカミさんのガワを被ったなんかが説明をしてくれた。

 

「そんなこと言われても仕方ないじゃない。貴方は人生そのものがクソゲーなんだから、その中で選べる選択肢やプレイングどころか選べるゲーム自体がクソにしかならないわ」

「おいこらてめえ待てこらてめえ、ふざけんな!」

 

 これにはたまらず切嗣も怒声を上げた。

 

「そのクソゲーが嫌でイヤで仕方ないからワゴンの中身ごと別の良ゲーに乗り換えたかったんだよ! これじゃ意味ないだろ!」

 

 頭をかきむしって激昂する切嗣へ、慈母の眼差しを変えぬままカミさんカッコカリは告げた。

 

「こんなげーむにまじになっちゃってどうするの」

「上手いこと言ったつもりかよ!」

 

 いい加減、忍耐の限界にキたっぽい切嗣は抜く手も見せずに鉄砲ズドン! そんなキレなくてもいいじゃん……と思うだろうけどこれまでの経過を考えりゃコイツもよく我慢した。クソゲーって普通なら安値でもいいから売っぱらうか積みゲーにして存在を忘れるんだけど、まさかここまでひどいのを最後までプレイするとか誰も考えないもの。

 

 それにしてもこの男、手の施しようないクソゲー人生その果てに、ようやく得られた大事な女房を質に入れてまでして手に入れたのもやっぱりクソゲーとか。一体、前世でどんな悪さをやらかせばこんなザマになるというのか、とことん不思議な輩ではある。

 

 …………

 

 目を覚ました切嗣はクソゲー掴まされて癇癪起こしたクソガキのように地団駄を踏んだ。

 

「ああくそちくしょう、なにが〈万能の願望器〉だ! あの腐れジジイ、この厄ネタのこと黙ってやがったなあ!」

 

 昭和の名探偵よろしく頭をぐしゃぐしゃ掻きむしっていると傍らでイー・アル・カンフー神父が目を覚ましたそして何を血迷ったかわけのわからないことをほざきはじめた。

 なんでもあのクソゲー、切嗣にとって価値がなくとも自分にはあるから捨てるくらいなら寄越せとのことだ。さてはクソゲーハンターだなオメー。

 

「うるっせぇーよ! お前みたいなのと違ってこっちは無理やりクソ掴まされてんだ、ふざけたことを抜かしこいてんじゃねー!」

 

 なおもごちゃごちゃうるさいモータル・コンバット神父の土手っ腹へ腹いせとばかりに銃弾叩き込んでFATALITY。

 冥土へ旅立ったケルナグール神父に構うことなく急いでその場を立ち去った切嗣が目にしたのは、先程の血ゲロっぽいなんかを垂れ流しまくる聖杯の姿であった。

 

 ───うわあ、なんだこりゃ超キメえ

 

 切嗣が顔をしかめたのもむべなるかな。なにせ控えめに言っても死ぬほどキモい。夢に出てきた聖杯ちゃん(自称)が言ってたのがホントなら、このままでは世界があのゲロにまみれてクソゲー漬けになっちまうらしい。さっきのクソゲー大好きカラテカ神父なら大喜びかもしれないが、こちとら冗談じゃねえ。

 

 幸いというかゲロが溢れるその傍らで、目の腐ったセイバー顔がド派手な鎧に身を包んだ金ピカ野郎と壮絶なド突き合いをしているのが見えたので、あいつを使って聖杯を撤去することにしよう。

 

 普通の英霊なら「それをすてるなんてとんでもない!」と言いそうだが、良くも悪しくも普通とは縁遠い奴だし、何よりゲロまみれの優勝トロフィーなんぞ向こうだって願い下げだろうから令呪使えば喜んで消し飛ばすだろ。そうでなくとも野郎の心情なんざいまさら知ったことじゃねえ。

 

 そうと決まれば善は急げ。切嗣は肺腑を空にする勢いで声を上げた。

 

「おい、そこの目の腐ったセイバー顔! 《令呪》をもって命ずる───」

 

   *

 

 目の腐ったセイバー顔はイライラしていた。

 

 腹立たしいことこの上ないが、やはり金ピカはメチャクチャ強かった。

 それ以上にプレイスタイルが死ぬほどムカついた。

 

 なんせあの野郎ときたら地道に鍛えたプレイヤースキルなんぞゴミ同然とばかりに超絶廃課金装備を雨あられと繰り出し、しかもそれを使い捨てにしやがるのだ。かつては無駄遣いなぞ以ての外、使えるものなら捨てるどころか擦り切れるまで使い倒してた生前の自分に対するイヤミかこの野郎てめえ。

 

 したくもないのに鍛え抜いた戦士の技量と勘、そこに加えて最優のサーヴァントとしてのスペックによるゴリ押しによってどうにか被弾こそ免れてはいるが、このままではいずれ追い詰められるのは目に見えている。

 どうにかして一打逆転の一手を模索したいところだが、この猛攻の前にはそんなもんを考える余裕もない。考えたところでまず通じないから意味もない。

 

 ───ああ、クソ鬱陶しい。もういっそのこと手元が狂ったことにして聖杯もろともふっ飛ばしてこのバカ騒ぎにケリを付けてやろうか

 

 あの阿呆マスターは文句を言うだろうが、一発だけなら誤射ってことでいいだろ。ことここに到って極めて短絡的な事情で聖杯を思い切りよく諦めた目の腐ったセイバー顔は勝利のために脳ミソをフル回転させた。

 

 幸いなことにあの金ピカは聖杯(なんか妙なもんを垂れ流してる)を盾にしていると思い込み油断しきっている。位置も聖杯のド真ん前に陣取っているから逃げ場も限られるし諸共ふっ飛ばすにゃ都合がいい。

 パッと見ではセイバー顔が一方的に追い詰められているようでもその実、反則上等・後先御無用で盤面ひっくり返すのを前提とするなら互いに綱渡りなのが今の状況だ。

 

 ただし一発デカいのをお見舞いするにしても手間はそれなりに必要で、そのための隙をどうやってひねくり出すのかが問題なのだ。ゲージ技や超必殺技を使うには複雑面倒なコマンドも不可欠なのである。

 

 どうしたものやらと懊悩しつつも射出される剣と槍と弓矢の弾雨を弾き飛ばすセイバー顔、そこに天の助けとばかりに声が響いた。

 

 

『───《令呪》をもって命ずる。とっととそのドブゲロ聖杯を始末しろ!!』

 

 

「いよっしゃあ───!!!! おっ死ねドグサレ金ピカ!!!」

 

 令呪の助力により一瞬でチャージを終えた目の腐ったセイバー顔は「ひぃやっほー!」と歓声を上げ、全力で約束された勝利の超必殺爆烈究極ビームを叩き込んだ。

 足が止まったことにより少なからずどころか手足と臓物まき散らす程度の被弾もしたが、どうせあそこで変なもん垂れ流してる優勝トロフィーふっ飛ばしちまえば自分の存在もろともで消えるのだからマイペンライ!と割り切る。

 

 まさかに目と鼻の先にまで迫った聖杯を傷物にするアホがいるとは露ほども思わなかったのであろう(そらそうだ)、今の今まで余裕ぶっこきまくってた金ピカの秀麗酷薄な面が信じられぬとばかりの驚愕に固まり───押し寄せる光の嵐に為すすべもなく吹き飛ばされた。

 

 それを痛快に感じつつ目の腐ったセイバー顔もまた、悪党どもへ目にもの見せてやったビバリーヒルズの警官ばりに大笑いしながら自らが放った光に飲まれ消えていく……。

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 ……はずだった。




 登場クソゲー

 目の腐ったセイバー顔

 素の入力で爆烈究極拳を出せる

 目の死んでる衛宮切嗣

 多分、前世はアタリショックの関係者


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第13話 ネバーエンディング・クソゲー

 ふと気がつけば、目の腐ったセイバー顔は焼け野原のド真ん中に全裸で“ぼけーっ”と突っ立っている自分を発見した。

 

「……あー? どうなってんだ、これ」

 

 目の腐ったセイバー顔は首を傾げた。全裸で。

 

 聖杯戦争におけるサーヴァントとは、〈聖杯〉の謎パワーによって招かれている謎存在である。したがってその大元であるところの聖杯が無くなった現在、自分がこの世に存在し続けられる理由はない。

 

 だのに今だ娑婆に居残りいっかな消える様子もありゃせんとは、一体全体何がどうなってる。それに周囲の有り様もなにごとだ。宇宙の果てから人食いビジターでも攻めてきたのか。

 

 目の腐ったセイバー顔は事ここに至る経緯を振り返ってみた。全裸で。

 

 ───たしか私は〈聖杯〉をあのクソ金ピカもろともふっ飛ばしたのだ。そしたらなんかものっそいキモい色したヘンなゲロみたいなのがどばどば溢れて自分はそれに飲み込まれ流されて、その前後で誰かもよく判らん声に「死ね死ね」罵られたんで、うるせーもうとっくに死んどるわと言い返したらその声が止んで……

 

 ほんでもって気がついたら周囲は瓦礫の山と大火事という謎の状況。自分は自分でなんかお肌は美白をスッ通り越して死人みたいになってて髪の色も脱色に失敗したようになってるという、納期が足りずやっつけ仕事になった2Pカラーみたいな変化ときた。なんだこりゃ。

 

 自身と周りに起きた変化は気色が悪かったが、それよりまずは一糸まとわぬ痴女スタイルをどうにかせにゃならぬ。仮にも騎士の王(実情はともかく)とまで謳われた英霊が公然猥褻罪だの猥褻物陳列罪だのでしょっぴかれたでは各方面に申しわけない。もっとも、とある世界線では円卓のアホども諸共で殺人罪やら凶器準備集合罪によってポリスにおロープ頂戴したこともある身ではあるが。

 

 目の腐ったセイバー顔はいつもの鎧を魔力で編み上げた。サーヴァントって便利。

 

 そしたらびっくり、長年使ってきた鎧がなんか気色の悪い色になんか染まっていた。なんかデザインにもなんか若干の変更が加えられ、なんか着たら呪われる系になってる。ほんとにどうなってんだ。

 

 不幸中の幸いというべきか体調だけは悪くない、どころか絶好調なのだけは慰めになったが、それでも我が身に起こった変化の不気味さはいかんともし難い。もしかして死んで縁が切れたはずのクソゲーが、ここにきて祟っているとでもいうのか。だとしたら冗談じゃねぇ。

 

 目の腐ったセイバー顔は心底から忌々しく吐き捨てた。

 

「ええい、これというのも全部あの腐れド阿呆が私を喚び出しやがったせいだ。おいこらてめえクソマスターてめえ、まだ生きてるなら返事しろ。一発ブン殴ってやる」

 

 死んでたとしても死体に蹴り入れるくらいは許されるだろ。そのためにも死体が原型とどめてる内にさっさと見つけにゃならん。

 自分のことはひとまず後に回し、己にクソゲーを押し付けてきた主の姿を求め、目の腐ったセイバー顔は急いでその場を後にした。

 

   *

 

 ぶっ被った謎のゲロのせいなのかちょっと鈍っているセイバー的直感を頼りに、いまだ衰えぬ様子も見せぬ炎熱の地獄をうろつき回ってしばらくすると、やたらいい声なくせにどこか耳障りなバカ笑いが聞こえてきた。

 

「なんなんだよ、今度は」

 

 訝しく思った目の腐ったセイバー顔がそちらに目をやると、ちょっと離れたところで我が腹は捻れ狂うとばかりに呵呵大笑(かかたいしょう)する神父っぽいなんかの姿が見えた。

 

「……あー? 何だよあのキ印、熱さで脳をやっちまったのか」

 

 かわいそうになとは思ったがその笑い声は耳障りだった。いっそ静かになるまでボコ殴りにしておとなしくさせてやろうか。剣呑(けんのん)な考えとともに拳骨を握りしめたところで、彼女は捨て置けぬものを見つけた。

 

 ───よく見りゃ傍らの全裸はドグサレ金ピカじゃないか。あの野郎まだくたばっておらなんだか

 

 金ピカヌーディストは腹を抱えて笑い転げる神父的なんかに、なにがしかを語りかけている様子だった。

 どう贔屓目に見ても友達いなさそうな金ピカが、ああも親しげにしてるってことは件の笑い袋神父は野郎のマスターってとこで相違なかろう。そうでなくともあの野郎の身内なり近しいやつなら容赦もいらんわ。

 

 一転して面に不穏なものを宿した目の腐ったセイバー顔は近くに落ちてた約束された勝利のバールのようなものを引っ掴み、熟達の暗殺者すら舌を巻く約束された勝利の忍び足でもって、今だバカ笑いを停めぬ野郎どもの背後へとにじり寄っていった。

 

   *

 

 夜闇を炙る業火の中を、幽鬼のごとき足取りで、ふらつき歩む阿呆ひとり。

 

 阿呆の名前は衛宮切嗣。

 無益極まるクソゲープレイその果てに、あわや世界を滅ぼしかけたという昨今中々お目にかかれぬド阿呆である。

 

 もはや存在する意味も意義も喪失し、あてどもなくさまよう歩く死体のごときその背中に呆れたような声がかけられた。

 

「死んだ目をしたようなのが、今にも死にそうなツラをしているな。だが、くたばるのはいま少し待ってからにしろ」

 

 お前みたいな目の腐ったセイバー顔にだけは言われたくねぇよ。言い返そうと振り向いた切嗣が目にしたのは、なんか知らない間に微妙なイメチェンをしたらしい目の腐ったセイバー顔の姿だった。右手には真っ赤に染まったバールのようなもの、左手には見知らぬ子供を手にしている。この非常時になにしてんだ、こいつ。いや、そもそも〈聖杯〉が消えた今、なんでこいつはここにいられる。

 

 訝しげな切嗣に構いもせず近づいてきたセイバー顔はバールのようなものを捨て、ついでにお魚くわえたドラ猫でも放り投げるかのようにぞんざいな扱いで子供を地面に横たえた。

 

「ここに来る途中で拾った。他の連中は消し炭か、さもなくば塵も残さぬ有様であったというに運の良いガキだ。もっとも───」

 

 本人がどう思うかは別だろうがな。己が身を打ち据えるがごとき皮肉に切嗣は何も言い返せぬ。

 

 少年の有り様は、心あるものなら目を背けたくなるほどひどいものだった。ここにいるのは人の心もわからないか、目が死んでて心も死にたてホヤホヤの輩なのでいまさら目を背けたりはしなかった。

 

 炎の中を文字通り這々の体で逃げ惑う羽目になったのだろう、小さな体のあちこちに刻まれた火傷や擦過傷が痛々しい。この分では肺をはじめとした臓腑も相当に痛めつけられているだろうから、放っておけば数分で死ぬ。そうしたのは他でもない衛宮切嗣なのだ。

 

「助けてやるがいい。貴様、私の剣の〈鞘〉を持っているんだろ」

 

 この惨状の中でも傷一つない姿を見て、ようやく思い至ったよ。今の今まで気が付かなかった己の迂闊さを自嘲するかのように、セイバー顔は口元をいびつにひん曲げた。

 

 ピンポイントで『剣士のアーサー王』を喚び寄せる縁として、円卓由来のブツを使うとしたならものは存外に限られる。己を司る代表格とも云うべき聖剣は現世からとうに失われ、聖槍を使えば自身がセイバーとして召喚される謂れはない。そうなりゃ後は消去法で一択だ。

 

「責任を取ると称して死に逃避するにせよ、あるいはこのふざけた茶番に関して誰ぞの裁き───例えばその小僧とか───を受けるまで生にしがみつくにせよ、くたばる前に一度くらいの善行も積まぬではあの世にも逝きにくかろうがよ───お前も私も、な」

 

 いいのか、と切嗣は視線で問いかけた。なにせ彼女の《鞘》というのは現在過去未来においても唯一無二のお宝だ。間違えてもそんじょそこらのガキの命と引き換えてよい物ではない。

 

「構わん、などといえば嘘になるのだろう。だが、いまさら取り返したところで持ち腐れるのは目に見えている。それくらいならいっそ黄泉返りの祝儀とでも思ってくれてやるさ。

 ……そんなことより、助ける気があるのならさっさとしてやれ。その小僧、もう保たん」

 

 一息ついたら聖杯ぶっ壊した前後で何が起こったのか説明しろ。ついでにこの馬鹿騒ぎに巻き込んだ詫びとして一発ブン殴らせてもらうからな。そう付け加える目の腐ったセイバー顔に、短く「わかったよ」とだけ応えた切嗣は《鞘》を体内から取り出した。鞘の加護が失われたせいで早速、身中に残っていた謎ゲロに蝕まれはじめるが、これも自業自得による罰と思えば屁でもない。

 

 《鞘》を移植するや、さっきまで死に搦め捕られつつあった少年の体から傷が洗い流され、切れ切れであった呼吸も落ち着きを取り戻し意識すらもが蘇る。効果の程は自分の体でも思い知ってはいたが、こうして他人に使ってみるとつくづく大したもんだと思わされる。

 

 薄目を開けた少年はしばしの間、焦点の定まらぬ視線をさまよわせていたが、自分を覗き込む死んだ目と腐った目を認めるや、アホほど抱えたクソゲーの在庫を目の当たりにしたおもちゃ屋のような顔をしてまた失神した。気持ちは判らんでもないが失礼なガキであった。

 

「……やっぱ見殺しにしとくべきだったかな、これは」

 

 目の腐ったセイバー顔がバールのようなものを拾い直そうとするのを、切嗣は押し止めるのに苦労した。

 

   *

 

 くたばりぞこないのクソガキもとい少年の容態が安定したのを見届けると、目の腐ったセイバー顔は己の元・マスター(青タン付き)に訊ねた。

 

「それで貴様、これからどうするつもりだ。言っておくがこの一件で官憲に自首なんぞしたところで意味はないぞ。精々がとこ、この《災害》で頭ン中がハッピーセットになった“かわいそうな被害者”として処理されるがオチだろうさ。それよりさっさとトンズラこいて、お家で待ちかねてる娘のところに行ってやったらどうだ。今の貴様に会わせる顔があるのかどうかはともかく、親として最低限度の務めくらい果たすべきだろ」

 

 言うて生前、その務めを微塵も果たさぬが故に子(笑)から見限られた私が言うのもなんだがな。どこまで本気なのかもわからない目の腐ったセイバー顔を、青アザでパンダみたいになった目で睨みつけ───否、もはやその気力もなく虚ろな眼差しで見やった切嗣は頭を振った。

 

「ごもっともな話だが、その前に他にも生きてる奴がいないか探してみるよ。簡単な治療なら僕にも心得はある……助けられるかどうかまでは判らないが、何もやらないよりはいくらかの足しになるかもしれない。それで───」

 

 言葉を切った切嗣は僅かな躊躇いの後、目の腐ったセイバー顔へと頭を下げた。

 

「いまさら言えた義理でもないが、手伝ってくれ。探すにしても一人でやるよりは二人でやった方がいいし、救助がやって来るまでに邪魔な瓦礫をどかしておくだけでも少しはマシになるはずだ。あんたの力が必要なんだ……頼むよ」

 

 下手くそが操る人形のような動きで頭を下げる切嗣を不思議そうな面持ちで視ていた目の腐ったセイバー顔だったが、すぐにそれは愉快そうなものへと取って代わられた。

 

 ───殺し屋が顔も知らないどこかの誰かを助けるために力を貸せと頭を下げるか、悪くない

 

 思い返せば自分とて、王といえば聞こえは良いが結局は殺す潰すしか能のないクズの親玉だ。それが一度くたばり生まれ直して、ようやっと人として真っ当な在り方を得るときたもので。

 まったくバカとクソゲーは死ぬどころか産まれ直さにゃ治らんということだ。

 

「ふうん、貴様にしては結構なことを言う。人助け、いいじゃないか。まるで正義の味方だよ」

 

 『正義の味方』とな。目の腐ったセイバー顔としては別段、含むところもないのだろうがその言葉に切嗣はこんな惨状の真っ只中でありながら苦笑いをせずにはいられない。

 

 ああ、まったく。困ってる人に手を差し伸べて助けてこその正義の味方、斬った張ったの商売ではないのだ。

 いい歳こいてそんなことにも気が付けないで、何年も無駄なことばかりを懲りずに繰り返していたからついにはごらんの有様だよ。これだからクソゲーというのは度し難い。

 

 力なく、そのくせどこまでも陰惨な自嘲をこぼしていると、いつの間にやら歩きだしていたらしい目の腐ったセイバー顔が少し離れたところから声をかけてきた。

 

「おい、何してる。さっさとしないか。言い出しっぺのお前が率先せずになんとする」

 

 わかってるよ。短く応えた切嗣の耳朶に、懐かしい誰かの問いかけが蘇る。あのとき、自分はなんと答えたか。

 

 

 ───こんなことなら世界一の消防署員になるとでも答えておけばよかったな




 登場人物もしくはワゴンの売れ残り

 聖杯のゲロを被った目の腐ったセイバー顔

 目の腐ったセイバー顔が聖杯(笑)の中のゲロをぶっ被って生まれた2Pカラーじみたサムシング

 衛宮切嗣

 聖杯のゲロを被った目の腐ったセイバー顔の元マスター的な何か。来世でめ組の切嗣にでもなれ

 死にぞこないのガキ

 その日、クソゲーに出会う


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