ブラック・ブレット8' 天子の銃弾 (ねへほもん)
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序章

初めまして、ねへほもん(twitter@nehehomon)と申します!
趣味はカードゲームを中心に、将棋、RPGの制限攻略などなど・・・で、当サイトへの投稿は初めてです。お手柔らかにお読みいただけると幸いです。

本作品は神崎紫電先生原作の「ブラック・ブレット」の二次創作でございます。
原作・アニメ共に大好きな作品で、Twitterのアイコンでも長らくティナちゃんを使っているのですが、待望の原作8巻がなかなか発売されない。
ある日、ふと7巻「世界変革の銃弾」の続きが気になった時、不意に良からぬ考えが浮かびました。

「原作が暫く出ないのなら、自分で続きを書けばいい」

タイトルに8'と付けたように、本作は原作7巻の続きを勝手に想像して連載します。原作(特に7巻)のネタバレが大量に含まれている点ご注意ください。オススメの方は、

◎原作7巻まで読んでおり、続きが気になる方
〇ブラック・ブレットのことは他の原作やアニメである程度知っており、かつ7巻のネタバレを含んでも問題ない方

です。
今回の序章は、7巻を昔読んだが内容を忘れた方、読んだことのない方向けに、7巻の内容を振り返る形式としています。

勝手に作者の続きを書くという行為は如何なものかと思いつつも、個人的な挑戦として連載していきますので、宜しければお付き合いくださいませ。


「まさか、俺からあいつに会いに行くとはな・・・」

 

電車に揺られながら、蓮太郎はこれまでの経緯を振り返った。

3日前、東京エリアと仙台エリアの中間点にゾディアックガストレア「疫病王」リブラが出現した。

致死性ウイルスの放出を恐れた仙台エリアの稲生首相は、翌日までにリブラを撤去できなければ東京エリアを攻撃すると言う。

裏ではアンドレイ・リトヴィンツェフ率いるテロリスト一派が意図を引き、「ソロモンの指輪」と「スコーピオンの首」を使ってリブラを操っている。

リトヴィンツェフが脱獄した刑務所で、彼の手掛かりを知りうる人物の情報を聞き、その人物に会うべく蓮太郎は東京エリアの北西部、かつて群馬県と呼ばれた地域の山中に向かっていた。

 

「後1日、か」

 

仙台エリアとの緊張感は高まりつつも、まだ日常の喧騒を保つ東京エリア。

リブラを撤去できなければ、明日には戦火の海となることを、民衆は理解していないのか、それとも意図的に思考から除外しているのか。

車窓から普段と変わらぬ光景を眺めていると、蓮太郎自身も実感が湧いてはいない。

しかし、リトヴィンツェフを倒し、リブラを止めねばならない。東京エリアの明日が、蓮太郎の両肩にのしかかっていることは、紛れもない事実なのである。

そう、両肩に、だ。

 

「すぅ・・・」

 

右肩に重みを感じ、蓮太郎は目を向ける。色白の美少女の無防備な寝顔。

畏れ多き国家元首が電車の中で寝息を立てていようなど、誰が信じようか。

聖天子が蓮太郎に保護を求めてから早2日。不慣れな外界の中で、東京エリアの未来を案じ、自身も奔走したことで、疲れが溜まっているのだろう。

しかし、本当に連れてきて良かったのだろうか?

 

「わたくしも同行させてください!」

「ちょ、ちょっと待てよ。相手はテロリストだ。これから会いに行く目撃者だって、どれだけ危ない奴かはアンタだって分かってんだろ!?」

「里見さんにはわたくしの護衛をお願いしたはずです。でしたら、任務を遂行するには里見さんの傍に居るのが宜しいのでは?」

「そうは言ってもなぁ・・・」

「リトヴィンツェフの足取りや目的、裏で糸を引く者の正体など、まだ分からないことが多いです。聖居の情報に通じたわたくしが居れば、少しはお役に立てると思います。こ、これは国家元首命令です!何と言われようと同行させていただきます!」

 

赤らめた顔できっぱり宣言されると、断れるはずもない。

麗しき国家元首の護衛は、リトヴィンツェフの撃破と同じ位悩みの種となりそうだ。

透き通った色白の肌に半ば見とれつつ、回想に耽っていると、

 

「れんたろぉ、浮気は許さぬぞ。。。」

 

慌てて反対側を振り返る。

蓮太郎のイニシエーター、藍原延珠もまた蓮太郎に寄りかかって寝息を立てていた。

どうやら寝言のようだ。

今でこそ落ち着き払って眠っているが、心の奥では痛みを抱えているに違いない。

この戦いは、延珠にとって辛いものになるかもしれない―――

 

「ユ、ユーリャ、お主が・・・?」

 

蓮太郎が群馬へ発つことを伝える電話口で、「敵はリトヴィンツェフ・ユーリャペアだ」と何気なく話したところ、延珠からは苦悩の反応が窺えた。

 

「妾は昨日、学校を抜け出してその刑務所の近くに行ったのだ」

 

少し口ごもりながらも、延珠は昨日学校を抜け出したこと、ユーリャと名乗る少女と出会い、誘われるがままボートで刑務所の近くに向かったことを話してくれた。恐らく偵察に来ていたのだろう。そしてその夜、ユーリャは刑務所護衛のイニシエーターを殺害し、リトヴィンツェフを脱獄させた。

 

「妾も向かうぞ!ユーリャを止めねばならぬ」

「待て、相手は元序列77位だ!刑務所の護衛は一撃で仕留められた。それに学校だって・・・」

 

蓮太郎はハッと気づく。転校2日目で学校を抜け出す位だ。嫌なことがあったに違いない。言葉に悩んでいると、

 

「たった一日だけだが、妾とユーリャは友達になったのだ。悪いことをしたら注意し合えるのが真の友というものだ。それに蓮太郎、妾の助けなくして元序列77位に勝てると思うのか?」

 

命知らずだと叱責したくなったが、今となっては感謝している。未知の敵と戦う上で、頼れる味方は多いに越したことはない。それに逆の立場だったとして、死地に赴くペア黙って見送る程辛いことはない。

元序列98位、ティナと戦った時の記憶が蘇る。死を覚悟した刹那、不発の閃光弾が作動したお陰でかろうじて勝利できたが、今回はそれ以上の序列、しかも相手が近接戦闘のモデル・チーターあっては激戦は避けられない。

果たして生きて帰れるのだろうか―――

 

車内のアナウンスが終点を告げる。まずはリトヴィンツェフの足取りを追わねばならない。気は進まないが、また協力を仰ぐ形となってしまった。

 

「待ってろよ、蛭子影胤・・・・・・」



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第1章① 秘境の旧敵

電車を降りた蓮太郎達は、バスへ乗り換え、最後は山道を歩いていった。

 

「―――喜べ、リトヴィンツェフたちの足取りを知っているかもしれない目撃者が出た」

 

刑務所での阿久津警視の言葉が蘇る。

「2日前、エリア某所の防犯カメラの映像だ。」

マーク・メイエルホリド。リトヴィンツェフの部下が映っていた。そしてもう一人。

「隣の奴は、お前さんなら説明不要だろう」

それこそが蛭子影胤、目撃者と言われた男の名だ。

 

ゾディアックガストレアの一角「スコーピオン」を呼び出し、蓮太郎達と死闘を繰り広げたこと。

第三次関東大戦では、何故か味方としてステージ4ガストレアの「プレアデス」「アルデバラン」と対峙したこと。

様々な記憶と共に、因縁の相手の姿が浮かび上がる。奴は今回敵になるのか、それとも味方になるのか。メイエルホリドと映る10分の映像の中で、一体どんなやり取りが交わされたのか。

答えは山の上にある・・・はずなのだが。

 

東京エリアの北西部、いや北西端というべき辺境の地は、ただただ木々が生い茂り、人の気配はまるで感じられない。警察が極秘で追跡捜査して掴んだ潜伏先だそうだが、本当に合っているのか。

「本当にこんな所に居るのかよ?」

「里見さん、我々にはこれしか手がかりがありません。道が続く限り進みましょう。」

聖天子は意外にも気丈な返答をする。意外な体力の持ち主なのか、国家元首の矜持なのか。勝手に箱入りのお姫様という像を作り上げていたのだなと蓮太郎は反省した。

 

鬱蒼とした森林が続く。人は勿論、動物の気配さえしない。唯一幸いだったのは、殆どが木々か草地が占めており、道らしき道が一本しか無かったことだ。

仙台エリアからの攻撃が明日に迫る中、道草を食っている暇は無い。複雑な道で迷ってしまうと、時間を浪費するだけでは済まず、バス亭に戻ることが出来なくなり、空腹のあまり物理的な意味で道草を食う事態になりかねない。

 

黙々と歩み進めていくと、突然視界が開け、一軒の民家を見つけた。木造平屋の1階建て、赤い屋根、擦りガラスの窓、何の変哲も無い家だ。ここが、人はおろか動物も棲まない奥地だということを除いては。

蓮太郎一行が家を眺めていると、おもむろに扉が開いた。深紅のタキシードにシルクハット、薄気味悪い仮面の家主が現れた。

「おや、誰かと思えば里見君。わざわざこんな所まで何の用かな。」

「蛭子影胤。久しぶりだな。今日はアンタに聞きたいことがある。」

 

居間に通され、食卓の椅子に腰かけた。影胤の姿が消えたと思ったら、トレイにコーヒーカップを乗せて戻ってきた。因縁の相手に丁重にもてなされたことに若干恐縮しながらも、蓮太郎は話を切り出した。

 

「では、リトヴィンツェフの行先を知るべく、私の所を訪ねてきたと。」

「知らねぇとは言わせない。2日前、アンタが奴の手下と会ってる写真を見てるんだ。アンタもリブラの件に一枚噛んでるんじゃないだろうな?」

「私は元軍人。血と狂気に溢れた戦場の空気が好きでねぇ。ただウイルスを撒き散らし、死体が腐り果てるだけの荒野は美学に合わないのだよ。強いて言うならば、仙台エリアの近くにリブラを呼び出せば、東京エリアと仙台エリアの火種になり、外国を巻き込む大戦になるかもしれないと助言した程度だね。」

 

話によると、半年前、スコーピオンを呼び出した「七星の遺産」の噂を裏社会のネットワークで聞きつけ、両者は知り合いとなった。影胤は蓮太郎に敗れ、リトヴィンツェフは捕まったが、彼の部下が計画を進めていた。今回リブラを操る「ソロモンの指輪」「スコーピオンの首」の情報も連携していたそうだ。だが、スコーピオンを暴れさせ、ただ無尽蔵の殺戮をもたらそうとした影胤と違い、リトヴィンツェフはリブラを脅しに使うのみで、世界の政治力学を歪めるという目的以外の無駄な血を流すつもりはない。

軍人とテロリストは似た者同士としか思えないが、当人にとっては相容れぬ存在らしい。相変わらず胸糞悪い野郎だ。不快極まりない話ではあるが、聖天子も延珠も、平静を保って話を聞いている。蓮太郎は核心に踏み込む。

 

「で、リトヴィンツェフは今何処に居る?」

「2日前、彼の手下に会ったのが最後だから正確には知らないが、リブラの傍に行くと聞いたよ。リブラを監視しつつ、リブラを刺激できる位置から両政府に脅しを掛けるのだそうだ。」

 

あまりにも単純明快な答えに、蓮太郎は逆に驚きを覚えた。

それならば、わざわざ影胤に会うまでもなく、直接リブラの元へ向かえば良かったではないか。しかし、何かが引っ掛かる。影胤の得意気に話す様子から、嘘をついているようには見えない。ただ、重要な何かを見落としている気がするのだ。隣に目を向けると、聖天子も釈然としない表情をしていた。

とはいえ、リトヴィンツェフの居場所についてこれ以上の情報は得られそうもない。蓮太郎は密かに期待していた、もう一つの質問をぶつけてみた。

 

「奴のイニシエーター、ユーリャ・コチェンコヴァについて知っていることは?」

 

影胤の性格を考えれば、高ランクのイニシエーターを前にして、興味を示さないはずはない。奴と同類となるのは悔しいが、この点に関しては蓮太郎にも通ずるものがある。

リブラのウイルス放出を阻止する上で、ユーリャとの衝突は避けられないだろう。勝利の芽は小さいだろう。だからこそ、勝機を見出すべく情報を集めておきたかった。

影胤は待ってましたと言わんばかりに、両手を広げて前傾姿勢になった。仮面の上からでも、笑みを浮かべているのが感じ取れる。

 

「衝突する物体の質量が2倍になると、衝突のエネルギーは何倍になるか知っているかい?」

「いきなり何だよ。2倍じゃねぇのか。」

「さすがだね。その通りだ。」

 

蓮太郎の質問には答えず、突然別の質問を振ってきた。何の意図があるのだろうか。

 

「では、衝突する物体の速さが2倍になるとどうなる?」

「それも2倍だろ。」

 

影胤が「フッ」と一言だけ漏らし、一瞬の静寂が流れた。馬鹿にされているのか、それとも期待通りの反応だと笑われたのか。

 

「フフッ、残念だが、4倍だ。エネルギーは速さの2乗に比例するのだよ。」

「あーそれがどうした。民警の仕事にかまけて、どうせ勉強はまともに出来てはいませんよー」

 

少しいじけた反応をする蓮太郎に対し、影胤は続けた。

 

「音速の一撃。それが彼女の強さの根幹だ。彼女は非力ではあるが、音速の2乗まで高められたエネルギーは、万物をも貫通すると言う。」

「音速の、一撃・・・」

「速さは全てを超越する。速く躱せば敵の攻撃は当たらない。速く攻め込めば攻撃を防がれない。速さはエネルギーへ変換され、虎の爪は敵の身体を深く抉り取る。モデル・チーターの特徴を最大限まで極め抜いた最高傑作。小比奈に劣らぬ素晴らしいイニシエーターだと思わんかね!」

 

愚直に”速さ”に飢えた存在。影胤の興奮した語り口は、序列元77位に対する恐怖心を何倍にも増幅した。朝に脱獄現場で見た、血痕が飛び散る光景が蘇る。

 

「さて・・・」

 

今度は影胤が切り出す。この場は完全に彼が支配していた。

 

「1つ、我々のお願いにも答えてくれまいか。」

 

突如、奥のドアが開き、1人の少女が延珠の胸元に飛び掛かってきた。

 

「へへっ、延珠だー!斬っていいのー!?」

 

延珠、咄嗟の対応。弾く余裕は無いと見るや、上に飛び上がって回避。少女の斬撃は食卓を掠め、衝撃でコーヒーカップが2つ落ち、飲みかけのコーヒーが飛散した。

青い紙に黒のドレス、そして胴までの丈はありそうな小太刀を2本構えた少女の名は、蛭子小比奈。影胤の娘であり、モデル・マンティスのイニシエーターだ。

 

「突然の襲撃で済まないが、相変わらず見事な対応だ。我々は追われる身。やむなく山奥に閉じこもっているが少々退屈していてね。少し小日向の相手をしてはくれないか。」



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第1章② 秘境の旧敵

「延珠、斬りたい。」

「妾の前にひれ伏させてやろう!」

 

影胤の隠れ家の庭に一同が集い、延珠と小日向が対峙する。

 

「里見さん、こんなことをしている場合では・・・」

「まぁ、いいんじゃねぇのか。アイツに世話になったのは事実なんだし。それに、」

「それに?」

 

聖天子は眉をひそめ、不機嫌そうな様子だ。東京エリアを誰よりも案ずる国家元首として、一刻も早くこの国難を解決したいのだろう。だが蓮太郎は、この戦いの意味を理解していた。

 

「最近延珠は下級のガストレアしか戦っていないから、腕が鈍っているんだ。小日向は相当な強敵だし、小柄で機動力がある。ユーリャと戦う上で、越えなきゃいけない壁だと思ってるんだろうよ。」

 

延珠は嫌がるそぶりを見せることなく、この一見無意味としか思えない戦いを受け入れた。彼女なりの解釈を持って、この戦いに臨んでいるのだろう。

これは蓮太郎なりの配慮として、口には出さなかったが―――延珠は小日向と何度か戦っているが、未だに決着は付いていない。むしろ、押された状態で中断したことばかりだ。口には出さないが、小日向に劣らず相手を意識しているはずだ。

 

一方の小日向は、久々の延珠との再会に分かりやすく高揚している様子。小太刀二刀流、更に2本構えているのは予備だろうか。不気味な笑みを浮かべながら刀を振り回している。挑発ではなく、ただの気持ちの表れだろう。

 

合図は無く、小日向が一目散に駆け出す。

 

一振り、二振り、三振り・・・

 

突進した勢いのままに斬撃を浴びせる。

右上、そして左上から小太刀が振り下ろされる。

共に威力は十分ながら、延珠は軌道を読んでかがんで回避。

小日向は不気味な笑みを崩さず、すかさず左下から三撃目。

 

甲高い金属音が鳴り響く。

 

延珠が右蹴りを合わせて受け止めた。

小日向の小太刀、延珠のブーツ。仕込まれた高純度のバラニウムがお互いの攻撃を通さない。ここで延珠が左蹴り。反撃に転じる。同時に小日向の薙ぎが入り、再び衝突。

 

ここで延珠が一度飛び退く。

 

十、二十、三十・・・

 

小柄なイニシエーター同士の攻防のスピードは凄まじく、聖天子は目で追えずただ呆気に取られていた。小日向の猛攻に対し、延珠は回避と蹴りを使い分けて防御し、一滴の血はおろか、服の乱れすら見られない。一見して両者の表情にも変化は無い。しかし蓮太郎は気づく。共に連れ添う相棒の、僅かに歪む表情を見逃さなかった。

 

刀と蹴りでは、攻撃までの動作に大きな差が存在する。腕の振りだけで敵に攻撃が届く刀と、地面を蹴り上げ敵の胴まで届かせる必要のある蹴りを比べると、刀の方が圧倒的に手数が上回る。

小太刀二刀流の雨が絶えず降り注ぎ、延珠に反撃の機会は回らない。可能性があるならば、斬撃を蹴りで完璧な角度で押し返し、小日向を反動でひるませた場合だろうが、猛攻真っただ中の今、完璧に弾ける一撃を余裕は無い。

 

むしろ弾き損ねた時が危ない―――上段からの連撃の後に、左下からの薙ぎが一発。咄嗟に右足で受けたものの、蹴りの勢いは無く、延珠は後ろへ吹き飛ばされた。刹那とも言うべき硬直時間を、小日向は見逃さなかった。

 

動けない分、敵から離れれば問題ない―――延珠の淡い期待を見透かすように、小日向は攻撃の手を緩めない。小太刀を逆手に持ち替え、

 

投擲。

 

2本の小太刀が一直線に足を目掛けて飛んでくる。先程食卓で不意討ちを受けた時同様、延珠は真っ直ぐ跳んで回避した。

 

「延珠みーっけ!」

 

見つけるも何も、最初から居たのだが―――残念ながら、小日向はそう突っ込む余裕も与えてくれない。延珠は回避したのではない。回避「させられた」のだ。跳ぶという行為は、地面の摩擦からの解放をもたらすと同時に、大きな不自由を伴う。

ガストレア因子の力を授かったイニシエーターと言えど、重力には逆らえない。落ちる軌道は容易に想像できる。地面との摩擦が無い分、足を強く蹴り上げることはできない。不自由な対空時間を目掛け、小日向は予備の刀を引き抜いて突撃。

 

これまでになく、大きく土煙が舞う。

好機を逃すまいと放った、小日向の渾身の一撃―――

延珠は直感に従うままに、体を左によじる。

 

「ぐはぁ!」

 

急所は外れた。が、肩から鮮血が噴出し、バランスを崩して地面に叩き付けられる。砂粒が傷口に染みる。延珠の頭上には、小日向の悪魔の笑みが。真上から鋭い追撃が降り下ろされる。

 

「まだ、なのだ・・・」

 

立ち上がれない体制ながらも、延珠は渾身の力で右足を蹴り上げて弾き、衝撃で飛ばされる間に体勢を立て直す。

 

立て直した所で、小日向の攻撃は止まず、防戦一方の状況は変わらない。このまま続けたところで、反撃の機が巡ってくることはない。斬撃を捌く傍ら、延珠は意識を少し思考に傾けていた。

不思議な感覚だった。近接したら、蹴りを入れる。攻撃が間に合わなければ、回避する。今までの戦闘はこの2択だった。邪念を捨て去り、蹴り、躱すことに専念するのが、勝利への最短ルートだったのだ。

だが、不思議と悪い気分ではない。本能に従うままでは勝てないと、本能的に感じていたのだろう。延珠の前に、無数の糸が絡みつく。絡み取られそうになりながらも、糸を選り分け、そろそろと前に進む。

ふと、一筋の糸が輝き始めた。延珠は掴み、思い出す。何故か不気味な笑みを浮かべる小日向が、真上から刀を振り下ろす姿が浮かんだ。

 

ここで延珠は気づく。斬ることに飢え、隙無く小太刀を振るう小日向が見せる、唯一の隙を―――

だが、機はすぐには訪れない。相変わらず、小日向の斬撃に対しては回避か軽く弾くのみ。傍目には専守防衛。そう見せることが、延珠の狙いであった。

 

カーン!

 

振り下ろされる右の小太刀に対し、延珠が飛び蹴りを合わせた。が、勢い足らず延珠が跳ね飛ばされ、着地。蓮太郎の背筋が凍る。

 

延珠が、斬られる。

 

延珠に再び硬直が生じたことは明白。小日向は刀を真上に突き立てていた。止めねばならない。リトヴィンツェフを追う今、ここで深手を負わせてはならない。蓮太郎が延珠に駆け寄ろ・・・うとした。

 

カーン!

 

硬直から何とか立ち直り、斬撃にギリギリ足を合わせたのだろうか。その程度では、相手の衝撃に勝てずに再び押されてしまう。事実、よろめく姿が見えた。

 

但し、小日向が。

 

延珠は着地の右足を強く踏み切り、次は左で回し蹴りを放つ。狙いを外したかに見えた一撃は、小日向の右手の付け根に命中し、刀を跳ね飛ばした。呆気に取られる小日向を前に、延珠は更に右足を蹴り上げ、左の刀を飛ばす。

再度蹴り上げられた右足が、徒手空拳の小日向に迫る。一撃が入ると思われたが、小日向の首筋一寸で静止。

 

「妾の勝ちだな。」

 

小日向はその場にへたり込む。延珠の逆転勝ちは明白であった。

蓮太郎、ほっと胸をなでおろす。そして、自らも延珠の策に騙されていたことを悟った。

 

偽りの硬直―――延珠は、体勢を崩されたように装っていた。着地の勢いで一瞬の硬直はあったものの、すぐに立て直して反撃に移っていた。

一方の小日向は、鋭い一太刀を浴びせようと、真上に構え直し力を込めてから振り抜いていた。延珠の僅かな硬直以上に、小日向は追撃に時間を掛けたのである。

更に延珠は、小日向の癖を逆用した。小日向は人を斬ることに至上の喜びを感じる。ただ斬るだけではない。狙えるのならば、鋭く一刀両断したい。敵に隙が生じたならば、真上から思いっきり振り下ろし、快楽の一撃を狙うに違いない。

真上から振り下ろされる軌道に合わせ、迷いなく右足を振り上げれば良い。結果、小日向の斬撃に負けない反撃となり、弾くのみならず、弾き「返す」ことが可能となったのである。

 

「れんたろー!」

 

延珠が蓮太郎に駆け寄り、飛びついた。勢い蓮太郎の身体もろとも一回転した後、蓮太郎は延珠を抱き寄せる。力と速さで押し切るだけの近接戦闘スタイルに、少しばかりの策が加わった。硬直の「フリ」は、付け焼刃の稚拙な演技だったかもしれない。だが、性格通りの一直線の戦闘スタイルを裏切る意外性の前では、演技の巧拙は問題とならない。強敵に対抗し得る搦め手を会得した延珠に対し、蓮太郎は小さな成長を感じていた。

 

「うえぇぇぇぇぇん!!!まだ負けてないのにぃ!騙されただけなのにぃ!」

 

影胤の元で泣きじゃくる小日向。

 

「どーだ、満足したか?」

「あぁ、素晴らしいよ里見君!延珠ちゃんの成長も見事なものだ。素晴らしい、やはり君は私の側に来てもらわないといけない。私ともご一手願いたいところだが・・・お取込み中だね。」

「あぁ、俺もアンタに一撃入れたいところだったが、代わりにリトヴィンツェフをぶん殴ってやらなきゃならねぇ。」

「グッドラック。里見君。」

 

仮面の上からではあるが、満足げな影胤を背にし、蓮太郎一行は去って行った。



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第2章① 思惑の交錯

午前10時、聖居にて―――

 

聖居の一角、2階奥の応接室に二人が腰掛ける。

一方は天童菊之丞。聖天子の補佐官にして、東京エリアの名家「天童」の当主を務める。聖天子不在の今、聖居の実権は彼に委ねられている。周囲に付け入る隙を与えない剛毅な顔立ちにも若干の疲れの色が窺える。

もう一方は天童正臣。菊之丞の孫にして、配属以来宇宙部門に携わり、今は防衛省事務次官を務める。陸海空に属さずかつては異端視されたものの、ガストレア戦争以後は立場が一変。国民の防衛意識の高まりと共に、人工衛星を用いたガストレア・諸外国の動向監視、GPS機能を用いた戦闘機の遠隔操作、果てには移住先惑星の探索と、活躍の幅を広げてきた。数少ない宇宙部門の専門家であることが評価され、名家の出身という事実を差し引いても異例の早さの35歳で事務次官に就任した。

 

「ご命令通り、北関東の住民の避難を進めております。また、仙台エリアとの境界から30kmの地点に対空兵器『蜂火』10機を配備しました。戦闘機の出撃準備も進め、本日夜には1000機の配備が完了します。」

「ふむ、了解した。稲生首相には賢明な判断を願いたいが、いざという時の備えは必要だろう。」

「また、別件となりますが・・・」

 

おもむろに正臣が切り出す。時折極秘の会談が行われる部屋のため、厳重な防音設備が敷かれた応接室であるが、それでも正臣は不安なのか、声を一層押し殺して話し始める。

 

「リトヴィンツェフの脱獄した洋上刑務所より、阿久津警視から現場の報告を受けました。脱獄の件とは別に、お耳に入れておきたい事項が。」

 

菊之丞は無言で頷き、報告の続きを促す。

 

「先程、里見蓮太郎が現場の視察に来たとのことです。」

「ほう、あ奴が。だが前日にリトヴィンツェフから呼び出しを受けていたと聞く。別に驚くことでもあるまい。」

「彼の他に、同行者として同年代の少女が居たそうです。フードを被っていましたが、銀白の髪と上品な口調だそうで。恐らく木更ではなく・・・」

 

菊之丞は目を見開き、一瞬顔が強張る。正臣は驚き口を止める。数刻が流れ、菊之丞が重い口を開く。

 

「聖天子様、か。」

「恐らくは。」

 

聖天子が自室を抜け出した後、蓮太郎宅に捜索の手を向かわせ、不在という報告を受けていた。蓮太郎に出し抜かれたということか。聖天子の身勝手さに呆れつつも、一方では所在が分かり安堵する気持ちもあった。険しい表情で物思いに耽る菊之丞を気遣ってか、正臣はおずおずと口を開く。

 

「それで、聖天子様の保護と、蓮太郎の処置につきまして、」

「ふむ・・・」

 

幾度の沈黙が流れたことだろう。応接室の華美な調度品とは対照的に、両者の空気は重い。

 

「当面、不問で良いのではないかな。」

「と、言いますと?」

 

想定外の返答に内心驚くも、正臣は努めて冷静を装う。

 

「認めたくは無いが、あ奴には事態を打開する力がある。期待をしてはおらんが、リトヴィンツェフやリブラを退けるやもしれん。明朝まであ奴に委ね、しくじれば処罰し、もし撃破できれば聖天子様に同行を命じたことにして、聖居の手柄にすれば良い。」

「ですが聖天子様に万が一のことがあっては・・・」

「そこまで気になるのであれば、お前の部下を監視に差し向ければ良かろう。今は非常事態。個人の動向に人員を割ける場合ではないのだよ。」

 

そう、東京エリアは未曽有の危機に瀕している。

ゾディアックガストレア、リブラの出現。仙台エリアからの侵攻予告。脱獄したてのリトヴィンツェフの動向は掴めないが、恐らくは何らかの要求を行ってくるだろう。

複数の難敵を前にして、国家元首の不在という問題が矮小化される異常事態。その中で菊之丞は、東京エリアの舵取りを一手に担っている。

落ち着かない正臣を前に、菊之丞は一層低い声で尋ねる。

 

「それとも・・・あ奴に聖天子様が同行することに問題でもあるのかね?」

 

重い空気が一瞬かき乱され、正臣の背後でピンと張り詰めた気がした。

 

「い、いえ・・・仰せのままに。」

「仙台エリアの動向が気になる。お前は防衛省の本分を果たすことに専念せよ。では私は記者会見があるからここで失礼するよ。」

 

菊之丞は立ち上がり部屋を後にする。

一人残された正臣は、菊之丞の発言を反芻し、こう結論づけた。

 

「問題などない。むしろ・・・僥倖だ!」

 

正臣はスーツの袖を捲った。左肘に刻み込まれた五芒星、そして頂点に3本の羽根が描かれていた。



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第2章② 思惑の交錯

「では、まだリブラ撤去の見込みは立っていないということですね?」

 

目が眩むほどに浴びせられるシャッターの嵐。

 

「東京エリアの明日は?我々の未来は、大丈夫なんですか!?」

「何のための政府だ?しっかりしろ!」

 

止むこと無く飛び交う怒号。

午前11時。聖居の記者会見場にて、菊之丞が今回のリブラ騒動の状況を説明している。

詳細な内容に入る前、リブラの撤去は未了と説明しただけでこの有様。リブラの脅威を憂える者も居るのだろうが、政府の無能ぶりを晒してやろうという悪意が透けて見える。

 

「静粛に願えますかな。」

 

菊之丞は冷静に、それでいて深く響くような声で呼びかけた。

老臣の迫力に気圧されたのか、会見場は一瞬にして静まり返る。

 

「今朝、国際的テロリストとして拘束していたリトヴィンツェフが刑務所から脱獄しました。更に数日前には、彼の部下がロシアと東京エリアの研究所を襲撃して研究物を奪いました。その研究物はガストレアからの信号を解析するための物で、リブラを操れる可能性があると聞いております。」

 

再び記者席がざわつき始めた。ゾディアックガストレアの出現、仙台エリアの攻撃に加え、テロリストの脱獄。多重の脅威に晒された東京エリアの危機が記者席全体に伝わっていた。

 

「テロリストからの要求は?」

「今朝脱獄したばかりのため、現在足取りを追跡中です。後ほど何らかの要求があるのではないかと思われます。」

「仙台エリアの動向は?」

「仙台エリアの稲生首相と交渉を進めておりますが、事態の打開は出来ておりません。リトヴィンツェフ一派の関与の可能性が高く、東京エリアは無関係であることを強調し、今後も粘り強く交渉してまいります。また、明朝に迫る攻撃に備え、北関東の住民の避難を進めると共に、エリアの防衛が出来る程度の軍備を進めております。」

「テロリストと取引する可能性はありますか?」

 

澱みなく記者の質問に答えていた菊之丞に間が生まれた。目頭を押さえ、覚悟を決めたように一度頷いてから口を開く。

 

「リトヴィンツェフから何らかの要求があった場合、内容には依りますが、取引に応じる可能性があります。」

 

想定外の反応に、記者達は息を呑む。

テロリストとの取引は、政府側の屈伏を意味し、テロリストを利する行為として国際社会から非難を受ける。テロリストの要求には応じないことが各国政府の基本姿勢であった。要求に応じず、テロ行為を許すと自国民から非難されるため、政府としては苦渋の選択を迫られることとなる。実情は、表向きは交渉に応じないとしつつも、秘密裡に取引しているのではないかと言われている。

しかし菊之丞は、明示的にテロリストとの取引の可能性を示唆した。記者は当然反応する。

 

「つまり、テロリストの要求を呑むということですか?国際社会との関係は?」

 

1つの質問が口火となり、政府の威信だの、テロ容認国家だの、喧喧囂囂と様々な非難が飛び交う。一度は菊之丞の気迫に圧倒された記者達も、弱腰の姿勢が見えると再び威勢を取り戻したようだ。

喧騒が最高潮に達した時、菊之丞は突然立ち上がり、頭を下げた。

 

「申し訳ない!今はリブラ、仙台エリア、テロリストと、多重の脅威に晒されている。我が政府も一定の戦力を有するが、3者と同時に戦うことは困難である。勝手な頼みで恐縮であるが、交渉に応じるなと言う前に、まずは記者諸君の声を仙台エリアに届け、翻意を促していただきたい!」

 

止まぬシャッターの嵐とは対照的に、記者達からのこれ以上の追及はなかった。敵は外に居るのであって、ここで菊之丞を叩くことは意味が無いどころか、記者自身のイメージが低下しかねないと判断したのだろうか。

続報があれば知らせるとだけ言い残し、菊之丞は会見場を後にした。

 

 

「菊之丞さんが、テロリストと取引すると発言するなんて・・・」

 

蓮太郎、延珠、聖天子の一行はリブラの出現地へ向かうタクシーの中で、菊之丞の会見の模様を見守っていた。

 

「いつもでしたら、テロリストには絶対屈しないと強硬な姿勢を取りそうですのに。」

「今回の騒動は流石に敵が多すぎる。あのジジイだって、勝算の無い戦いの確約をする程馬鹿じゃねーよ。」

 

勝算の無いという言葉に反応したのか、聖天子は気落ちしたように俯いた。その様子を気にしてか、蓮太郎は続ける。

 

「厳しい状況だからこそ、ジジイなりに味方を増やそうとしている。姿の見えないリトヴィンツェフとは今は交渉できねーが、仙台エリアと交渉することはできる。この会見でリトヴィンツェフの名を出すことで、『真の敵はリブラを操るリトヴィンツェフだ』という印象を世論に植え付けることができた。偏西風でリブラのウイルスが飛んでくる仙台エリアにとっても、リトヴィンツェフは当然敵になる。『敵の敵は味方』という理論ならば、東京エリアを攻撃する口実は無くなる。そんな狙いがあるんじゃねーかな。ジジイも本気でテロリストと取引する気はないだろ。」

「すごい、里見さん。戦闘だけではなく、政治の駆け引きにも長けてらっしゃるのですね。」

 

突然賛辞の眼差しを送られて、恥ずかしさを感じた蓮太郎は、軽く咳払いをした。

 

「まぁ小さい頃からジジイに連れ回されてたからな。アイツの考えそうなことが分かるだけだよ。」

 

東京エリア北端の殺風景な街並みを眺めながら、蓮太郎は小声で呟いた。

 

「まさか、俺を泳がせてリブラの件を解決させる気なんじゃ・・・?」

 

聖天子が聞き取れずに「え?」と返すとほぼ同時、タクシーの車体が大きく揺れた。爆発音と共に、車体の底が衝撃で吹き飛んでくる。蓮太郎は咄嗟の反応を見せ、聖天子と延珠に覆い被さる形で爆発とは逆方向に逃がした。

運転手は急ブレーキを踏み、タイヤの軋む音が聞こえる。横方向にスリップし、強烈な遠心力を感じた後に横転。

 

車体の動きが治まると、蓮太郎はゆっくりと顔を上げた。

周囲から十人程が駆け寄り、銃を構える音が聞こえた。

 

「里見蓮太郎、お前に国家元首誘拐の容疑が掛かっている。大人しく投降せよ!」

 



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第2章③ 思惑の交錯

「里見蓮太郎、お前に国家元首誘拐の容疑が掛かっている。大人しく投降せよ!」

 

突然の爆発から無我夢中で身を守った蓮太郎は、外からの呼び掛けが自分に対するものであることに一瞬気付かなかった。

横転した車体から外を見ることはできないが、聞こえる音から察するに、敵は複数、いや多数と言っても良い位だろう。迂闊に飛び出せば銃撃が集中して蜂の巣にされかねない。

 

無策は愚策。

 

蓮太郎は小声で延珠に話し掛けた。

 

「延珠、外の状況、分かるか。」

「全部で十二人。武装は重いが足音はその割に小さく、足並み揃って無駄がない。おそらく軍隊だな。」

「延珠には悪いが、まず飛び出して相手の銃撃を誘ってくれ。死角から俺が飛び出して、叩ける範囲で叩いて数を減らす。」

「妾との共同作業だな。任せておけ!」

 

兎の因子を持つ延珠は足の速さばかりが注目されるが、実は聴力も人並み外れている。過去には蓮太郎が靴を買い換えて帰ってきたら、ドアを開ける前に延珠が気づいたこともあった。敵の人数のみならず、十二人の大まかな配置まで教えてくれたのだから、こういう場面では本当に頼りになる。

 

「その後延珠は極力車の周辺で戦ってくれ。ドサクサに紛れて聖天子様を連れ去ろうとする奴が出てくるかもしれない。後この合図を出したら―――」

 

敵の戦力が分からぬ以上、最悪の事態を想定する必要がある。使わぬに越したことは無いが、非常時の対応を伝えておいた。

その後蓮太郎は待機の指示を出そうと、聖天子の方を振り向いた。その瞬間、背後に円柱状の物体が落下するのが見えた。僅かに煙が噴き出している。煙幕か催涙弾か、いずれにせよ、これ以上の籠城は許されないようだ。

 

「延珠!」

 

延珠も事の緊急性に気づいたのか、素早く車体から飛び出す。サブマシンガンの発砲音が無限に響き渡る。延珠の安否は不明だが、作戦通り回避していることを祈るしかあるまい。

白煙が聖天子の足元まで迫ることに気づき、蓮太郎も車から飛び出す。結局聖天子に対して頷くことしか出来なかったが、飛び出す中、聖天子が蓮太郎に僅かに頷き返すのが見えた。車内待機という意図を理解してくれたはずだ。

 

左斜め前方に5人、前方に3人、右方に2人、後方に2人。延珠から聞いた事前配置、及びサブマシンガンの銃声を考慮し、左斜め30度に向かって全力で飛び出す。被弾を避けられるよう、極力上体を屈めて駆け抜ける。狙いの場所、左斜め前方の5人から丁度等距離の位置に辿り着くと、右足で地面を強く蹴って飛び上がった。空薬莢が舞い落ちる。「新人類想像計画」により施された右の義足内部のカートリッジが、跳躍のエネルギーを何倍にも加速させた。

 

「天童式戦闘術二の型十六番―――」

 

兵士達は銃撃を止め、一同に蓮太郎の方を振り向くが、時すでに遅し。

 

「―――『隠禅・黒天風』」

 

放たれた回し蹴りは、狙いの5人を完璧な間合いで巻き込んで一閃。分厚い装甲は見た目上変化はないが、内部には余さず衝撃を伝える。5人の肢体は回し蹴りの軌道に沿って円環状に飛散し、互いに衝突しながら地面に叩き付けられる。

まずは5人。

 

回し蹴りの最中にも、蓮太郎は周囲の状況に目を配る。回し蹴りの一瞬だけだが、周囲360度の視界が開けた。「二一式バラニウム義眼」の前では、刹那は十倍にも百倍にも遅延して映る。右斜め前方の3人が素早く銃口を向けたことは評価に値するが、銃弾が蓮太郎の胴体を射抜くには遠く及ばない。

着地と同時に、義足のカートリッジを引き絞る。硬直は無く、素早く左回りで接近。攻撃後の隙を逃すまいと、洗練された早業で銃撃を放った3人にとっては、蓮太郎の全身に銃創叩き込んだように見えただろうか。捉えたに見えたか蓮太郎の残像は一瞬で霧消し、銃弾は後方の彼方へ飛び去る。

 

時空がぶれたように本体が目の前に現れ、右の拳が飛び出す。6人。

倒れ行く呻き声よりも先に左の脚が飛来する。7人。

事態を飲み込めず、立ち尽くす最後の一人に対し、右足を蹴り上げ、重力のままに振り下ろした。8人。

 

「延珠!」

 

蓮太郎は叫ぶ。

回し蹴りの最中、銃口とは別方向で2人と交戦する延珠を見た。再び見返すと、その方角には延珠1人と、5mにわたって地面を引き摺り倒れ込んだ2人の兵士の姿があった。10人。

 

「ガッ!」

 

後方よりヒュンと金属が擦れた鈍い音の後、蓮太郎の右肩に激痛が走る。ライフルによる狙撃だろうか。2発目の音が鳴ると同時か少し前、蓮太郎は反射的に屈んだ。

背後には横転した車体。目には見えずとも、上を狙えば通り過ぎ、下を狙えば鋼鉄のボディに阻まれる安全領域。銃弾を後方に見送り、車体の影から残る2人の様子を見る。

ライフルを構えた兵士が2人。装甲の上からではあるが、構える姿勢からは一方は女性であるように見受けられる。もう一発は発射されるだろうと読んだ蓮太郎は、右に大きく跳んで軌道を外し、一目散に2人に駆け寄る。2発の銃弾があさっての方向に飛び去るのを横目に見送り、間合いを図って左足を強く踏み込む。

 

「天童式戦闘術二の型十一番―――」

 

右の義足は迷いなく、敵の一方を射程に捉えていた。敵は柄から先まで漆黒の、2本の細長い棒を構えていた。特殊警棒だろうか。

 

「―――『隠禅・哭汀』」

 

敵は警棒をX字に交差させ、蓮太郎の蹴りを受け止めようと構える。だが、角度を完璧に捉えた一撃は、受け止めきれずに敵を後方に吹き飛ばすだろう。

 

いつも通りならば。

 

命中の直前、蓮太郎は脚部に及ぶ抗力を感じた。まだ警棒とは衝突していない。蓮太郎は疑問に思いつつも、止めることなく脚を前に突き出す。だが、謎の抗力は蓮太郎の推進力をみるみる減衰させ、天童式の一撃は華奢な警棒に受け止められてしまった。

 

「!?」

 

蓮太郎の思考が乱れる。が、敵は待ってはくれない。左からもう1人が警棒を突き出す。勢い十分、見かけは細くとも、命中すれば蓮太郎の腹から背までを貫通せしめるであろう。不可避を覚悟した刹那、目にも止まらぬ速度で小物体の残像が目の前を横切った。

甲高い金属音を聞くと、蓮太郎は延珠が横から突きを妨害したことに気付いた。

 

ここで再度、蓮太郎の思考が乱れる。誰も居ないはずの後方から、再び銃弾の波が襲ってきたのだ。咄嗟の判断で右に飛び退くと、先程蹴りをガードされた敵が円柱状の物体を投げ込む。訓練された動きで、瞬時に2人が顔を伏せたが、ここでは素早い反応が蓮太郎に味方した。

 

閃光弾だ―――

 

微かな光を放つ物体から目を反らし、蓮太郎は「延珠!」と呼び掛けると同時に遥か後方を指さす。非常事態の合図に即座に反応し、延珠は蓮太郎の元に駆け出す。蓮太郎は延珠に抱きかかえられ、強烈なGを感じながら閃光弾から遠ざかる。半端に目を瞑るだけでは回避しきれず、閃光弾の炸裂と共に、視界が消えた。

 

蓮太郎を抱える延珠もまた、敵が閃光弾を放ったことを理解していた。いつ来るか分からぬ炸裂に備え、前方の位置関係を完全に把握した。炸裂後、視界が完全に消えてもなお、延珠は自分の記憶と感覚を信じて足を緩めない。

横転した車体に潜り込んで聖天子を回収し、再び駆け出す。ガストレア因子の力を受けた肉体と言えど、2人を同時に抱えて全力疾走すると身体に大きな負担が掛かる。歯を食いしばり、遠くへ、なるべく遠くへと、一直線に走り去っていった。

 

「延珠、もういいぞ。」

 

呼び掛けに応じて足を緩める。

蓮太郎を下ろし振り返ると、先程の一団は見えなくなっていた。撒いてなお、追跡の可能性を考慮し、蓮太郎、及び聖天子を抱えた延珠は全力疾走ではないながらも、再び走り始めた。

登り坂が続く小高い丘の上に、一軒の廃屋が見えた。外観からは人の気配はない。中は明かりの無い真っ暗闇で、家具はなく生活感は全く感じられない。古く埃を被った椅子が放置されているのみだったが、休息を取るには十分であった。

 

「延珠、ここで休もう。」

 

一行は腰を下ろし、深い溜め息をついた。身体が落ち着くと、蓮太郎は全身から汗が噴き出すのを認識していた。



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第2章④ 思惑の交錯

正午頃、天童正臣は自室の椅子に腰掛け、一息つきつつ部下の報告を聞いていた。

 

「すみません、ボス。奴を、里見蓮太郎を、取り逃がしました。」

「どうした、戦ってやられたのか。」

「いえ、頂いたアンチバラニウムの警棒を使って善戦していたのですが、閃光弾で視界を奪おうとした瞬間に、向こうがいきなり逃走を始め、逃げられました。」

「ふん、奴は奴なりに、数多くの死線を潜り抜けている。戦うしか能の無い単細胞だとは侮らぬことだ。」

「申し訳ございません。」

「だが幸い、お前はまだ戦える。そして、奴らの移動手段は乏しく、すぐに追いつける。北東方向に3キロ進んだ廃屋に、奴らは潜んでいる。至急追いついて・・・叩け。後で画像を送る。」

「は、有難き幸せ。今度こそは聖天子様を奪回して見せます!」

 

作戦失敗の報告にも、正臣は不快な態度を示さず、また正臣自身も冷静さを保っている。

 

「いかなる状況でも取り乱さず、合理的に部下を統率できるか」

 

正臣の信条である。

優しい、熱いなどと言う感情論は無駄。組織は目的達成のために存在し、上司は部下に適切な指示・助言を与えて目的達成を支援するために存在する。上司がなすべきは、報告を基に状況を的確に理解し、次になすべきアクションを指示するのみ。成功・失敗に一喜一憂する余裕などそこには存在しない。

 

そもそも彼らが敵対するのは、容易には征服しがたき敵兵士であり、ガストレアであった。容易に対処可能な敵など、下級兵士に任せておけば良い。強敵と相まみえる以上、結果は半分より少し勝てれば十分、当然負けは想定の範囲内。大事なのは、局所の敗北がミッション自体の失敗には繋がらないということだ。常にミッションの成功を意識し、第一、第二、第三・・・可能な限りのプランを練り、また状況に応じ修正することが求められる。

 

「櫃間さん・・・」

 

正臣は机の引き出しを開き、配属式に2人で撮った写真を眺めながら呟く。

 

櫃間篤郎。

ブラック・スワンプロジェクトを推し進め、里見蓮太郎を逃亡犯に仕立てて追い詰めるも、あと一歩の所で真相を暴かれ、失脚。

 

櫃間は天童の性と関係なく、熱心な研究者としての正臣の才能を認め、取り立ててくれた。五翔会の一員となったのも、防衛省での今の地位があるのも彼の御陰。彼のリーダーシップ、決断力、発想力を間近に見ながら、正臣は一歩ずつ階級を登っていった。彼に心酔し、彼に報い、追いつくことを目標に、正臣は生きてきた。正臣は、そんな目指すべき頂を奪った蓮太郎を許せない。

 

一方で、ただ心酔するのみではなく、反面教師として学ぶべき点があることも認めていた。

櫃間はプライドが余りにも高く、他者の失敗に対し不寛容であった。警察組織を一手に指揮し、「ハミングバード」「ソードテール」「ダークストーカー」と有能な駒を抱えながらも、最後は蓮太郎に敗れ去ったのは、敵を侮り、失敗を想定せずに戦力を逐次投入したことが一因だと、正臣は分析している。

 

正臣は、非情なまでに合理的で、かつ慎重であった。仙台エリアに対抗すべく、北関東に配備した一部の部隊を蓮太郎に差し向けるのがプランAであれば、その先に待ち受けるリトヴィンツェフがプランB、最後に正臣自身がリブラの操縦のカラクリを握っていることがプランCである。

想定される負け筋という負け筋を限界まで煎じ、煮詰め、厘や毛の単位まで収縮させる妥協なき姿勢があるからこそ、彼はここまで登り詰めた。そして、今後も登り続ける。

 

まだ、プランAに若干の綻びが見えたのみ。

蓮太郎達は、正臣の仕掛けた衛星追跡システム「天網恢恢」から逃れることは出来ない。

「天網恢恢疎にして漏らさず」という諺に違わず、地球上に存在する全ての物体を捕らえ、対象を地の果てまで追跡する。現在は20の衛星に各1000の超高精度カメラを搭載し、約1000人の対象を隈なく追跡している。対象に発信機もGPS端末も持たせることなく、ただ物体の物理的な動きを追跡するのみであるから、追跡に気付かれづらく、例え気付いても振り切ることはできない。

場所は伝えた。後は折原夫妻の勝利に期待するのみ―――

 

「さて、私もプランCの実行に向かうとしよう・・・」

 

正臣は自室を後にした。

 

 

「涼しいな・・・」

 

蓮太郎がポツリと呟く。

廃屋を見渡すと、昼間なのに日光が差し込まず、風も吹き込まない。密閉された空間で少しカビ臭く、天井は今にも朽ち果てそうに脆い。床を見ると、剥がれた天井の欠片が堆積していた。入口のドアは左右に2つ。

ひとまず体力を回復させようと、椅子の埃を払って腰かける。

 

「アンタは知っているのか?あの軍隊。」

「見たところ、自衛隊のようですが。」

「見た目はな。だが、国家元首を奪回するために、乗っている車を爆破して催涙弾を投げ込んで、あんな荒っぽい連中聞いたことねぇぞ。」

 

聖天子に目を向けると、瞳は軽く充血し、涙の筋がうっすらと残っている。喉を気遣う動作を見せており、催涙ガスの効果が若干残っているようだ。

 

「ロクヨン・・・」

 

聖天子が唐突に呟く。

 

「ロクヨン?なんだそりゃ。」

「陸上自衛隊第六十四番隊。通称ロクヨン。今の陸上自衛隊に部隊は64もありませんが、非公式に組織された部隊の総称として、そう呼ばれています。私も噂で聞いたのみですが、テロリスト、ガストレア、悪徳の民警ペアなどを秘密裡に排除するため、少数精鋭で送り込まれる特殊部隊のことだそうです。『発破をかける』にちなんで、部隊の番号が8×8=64になっているそうです。」

「いくら特殊部隊と言っても、国家元首に危害を加えるのはマズイだろう。」

 

蓮太郎がそう問いかけると、聖天子は表情が曇り、少し俯いて答える。

 

「今の私は、実権を握る方々の傀儡に過ぎません。私も努めて自分の意見を述べてはいますが、実行力を持たず、最後は力ある方々の意見にかき消されてしまいます。今だって本来は、慌ただしく動く聖居の中で指揮を行うべき立場なのに、実際は菊之丞さんの指揮で問題なく動いています。彼らにとっては、私が多少傷つこうとも、生きて聖居に連れ戻せれば良いのでしょう。」

「・・・ところで、バラニウムを弾く素材の研究って、聞いたことあるか?」

 

ばつが悪くなったのか、蓮太郎は別の話題を振る。

 

「私は聞いたことがありません。尤も、スコーピオンの首の研究も詳しくは聞いていなかったため、私が知らないだけかもしれませんが。でもどうして?」

「さっきの連中、俺の『隠禅・黒天風』を喰らっても、すぐに起きて反撃してきやがった。後、警棒を構えたリーダーらしき奴に蹴りを入れようとしたら、妙な反発力を感じてな。バラニウムへの抵抗力。これは、まるで・・・」

 

蓮太郎の脳裏に、かつて見た檻の光景が浮かび上がった瞬間、延珠の叫び声で我に返る。

 

「蓮太郎、来るぞ!」

 

聖天子と共に、咄嗟に身を屈める。

物体が飛来する飛行音の後、爆発音と共に、焦げた匂いが充満するのを感じた。



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第2章⑤ 思惑の交錯

爆撃を受けた廃屋は、天井が若干崩れ、砂埃が舞い落ちるものの、まだその原型を留めていた。ロクヨンに追いつかれたのだろうか、しかし、どうしてこの場所が。蓮太郎の脳内で複数の疑問が浮かび上がる。

恐らくロケットランチャーによる攻撃だろう。このまま留まっていては、再度爆撃を受ける可能性が高い。事実、思考の最中に2回目の弾頭が飛来し、爆音が轟く。しかし何故だろう、直接には爆発の影響は受けていない。

この建物のドアは2つ。2発の爆撃は、共に右のドアの付近に着弾している。蓮太郎達がドアの付近に居ると勘違いしたのか。

いや、違う―――

 

「蓮太郎!早く出ないと生き埋めにされてしまうぞ!」

「落ち着け延珠。慌てて飛び出したら、それこそ奴らの思う壺だ!どうやってこの建物を突き止めたかは知らねぇが、奴らはまだ俺達の正確な場所までは分かっちゃいねぇ。」

 

誘っているんだ。

 

片方のドアの付近を爆撃すれば、もう一方のドアから逃げ出してくるはず。そこを一斉銃撃で狙えば、蓮太郎達を蜂の巣にすることができる。

間もなく3発目の爆撃が行われるだろう。待つ一方では、いつ廃屋の脆い構造が崩れるか分からないし、奴らに正確な居場所を特定されかねない。

 

猶予は無い。

 

蓮太郎は延珠に耳打ちし、お互いが持ち場に着く。聖天子は奥の部屋に下がり、机の下に身を隠した。

予想通り、右のドア付近に3発目が飛来。多少の延焼は見られるものの、脱出は可能と判断し、蓮太郎が右から飛び出す。

 

4人の兵士は意表を衝かれた。

待ち伏せる入口と逆方向から、扉の開く気配がすると思えば硝煙に紛れて人が駆け寄ってくる。作戦が読まれたことに舌を巻きつつも、機関銃を構え直す。

銃口を左方向に向け、一斉銃撃。

 

一方の蓮太郎は、兵士の右人差し指を凝視していた。銃口が向き、引き金に力が加わるタイミングと同時に、トリガー。右足を強く踏み込み、義足の射出力を利用する形で跳躍。

 

「!?」

 

鳥に劣らぬ高度、獣に劣らぬ迫力。兵士の視界から一瞬蓮太郎が消失した。跳び上がったと分かっても、機関銃の重量では、素早く空中の敵に照準を定めることは困難。徐々に的を上部に向けていくも、蓮太郎は悉く回避する。

 

ここで兵士達に、1つの疑問がよぎる。

 

「敵は、20mの間合いを如何に詰めてくるのだろうか?」

 

兵士達が一方の扉の前で待ち伏せていたのは、もう一方に爆撃を浴びせて逆方向におびき寄せたことに加え、例え裏を掻かれても、今のように銃口を向け直せば対応可能という自信があったからだ。

事実、蓮太郎との距離は未だ20m程度ある。常人の跳躍力で一気に詰められる距離ではない。だが、「新人類想像計画」の強化兵士であれば、どうだろう。兵士達は警戒を強める。

だが、結果として、兵士達は二度舌を巻くこととなる。

 

背後で扉の開く音がした。

その後、小動物が駆け寄るような小さな足音。

振り返るのみでは、眼前に迫る存在の姿を捉えるのが精一杯であった。

 

「う---!りゃ-----!!!」

 

兎のガストレア因子などと、侮るなかれ。肉食獣が獲物を捉える勢いで、顔面に鋭く右蹴りが直撃。先頭の兵士が倒れる勢いで、後続の兵士達も将棋倒しになる。追撃の踵落としがダメ押しとなり、4人の兵士は意識を失っていた。

一方の蓮太郎は先ほどロケットランチャーを撃ってきた兵士を軽々と撃破し、残りは2人のみ。先程蓮太郎の攻撃を退けた、リーダー格の2人だろう。警棒を引き抜き、X字に構えて臨戦態勢に入っている。だが蓮太郎は、戦闘の構えを取る代わりに2人に呼び掛けた。

 

「まぁ待て。俺達とアンタらは本来敵ではないはずだ。誤解を解くため話をしよう。ロクヨン部隊の2人・・・だろ?」

「ほぉ、所属まで知られているとは。反逆者と話すつもりはなかったが、少し位話を聞いてやろう。」

「全く、アンタはお人良しなんだから。あんな奴さっさと倒しちゃえばいいのに。しょーがないわね。」

 

ヘルメットを外すと、1組の男女の顔が現れた。一糸乱れぬ連携の取れた動き、親しい話し方を見ると、夫婦だろうか。

 

「俺は聖天子様に依頼され、リブラを止めるべく、それを操っていると思われるリトヴィンツェフを追ってここまで来た。」

「俺は上官から、誘拐された聖天子様をお前から奪回するよう指令を受けている。」

「アンタの都合の良い説明を真に受けている場合ではないの。さっさと聖天子様を渡しなさい。」

「別に全部信じてくれるとは思っちゃいねぇ。ただ、おかしいとは思わねぇか?警備が厳重なはずの聖居で、俺と延珠の2人だけで聖天子様を誘拐できるはずが無い。例え出来たとしても、今みたいに目を離していれば、聖天子様が逃げる機会はあるはずだろ?」

「・・・・・」

 

脳裏に残る違和感を指摘されたのか。2人は沈黙した。その後、男の方が口を開く。

 

「ふん、確かに筋は通ってるな。だが、俺達は軍人だ。そう簡単に上官の命に逆らうことはできない。それに、」

 

ヘルメット越しの無機質な印象しか無かった顔面が、今では興奮に震えて紅潮し、1人の漢の顔となっている。

 

「俺はアンタら民警が大っ嫌いだ!イニシエーターだの、バラニウムだのに頼っていい気になってる連中に過ぎねぇ。アンタらは金のためにしか動かねぇ。今も昔も、最後に国家を護るのは、ある時は泥水を啜り、ある時は毒に侵され、それでも常に国家第一で尽くしてきた、我々自衛隊であるということを、思い知らせてやる!陸上自衛隊第六十四番隊、軍曹折原誠二!」

「同じく第六十四番隊、軍曹折原祥子!

「「いざ尋常に・・・参る!」」

 

交渉は決裂したが、蓮太郎に失望の色は無かった。

言葉では理解できても、心の底から納得することは出来ない。拳と拳によってでしか、想いを伝えられない不器用な者達。蓮太郎もまた、彼らの理念に相通ずるものを感じていた。国賊か、誘拐犯か、軍人か、国家の英雄か。そんな立場を超え、ただ武人と武人がぶつかり合うだけの舞台が、そこにはあった。

 

折原夫妻がまたヘルメットで顔面を覆い、2本の警棒を構える。タイミングを図ったかのように、同時に蓮太郎目掛けて一直線に駆け出す。

 

「疾い・・・!」

 

あくまでも常人レベルだが、完全武装状態で、己の鍛え抜いた肉体のみで、ここまでの速さを出せるものかと蓮太郎は瞠目した。一歩一歩の重み、舞い上がる土煙の濃さからも、彼らの武装の重みが察せられる。

正面衝突では前回同様、バラニウムに反発する警棒に弾き返されてしまう。彼らに一撃を叩き込むためには、ギリギリまで引き付け、躱し、回り込むのみ。

2人が間近に迫り、片方の警棒を振り上げ、もう一方は防御のため、身体の前に構えていた。

 

まだだ。2本の警棒が最高点に達する。

まだだ。2本の腕が振り下ろされる。

まだだ。警棒が眼前に迫ろうとも、蓮太郎の義眼は命中時点を百分の一秒単位で算出していた。右足の義足のカートリッジを解放し、構える。

今だ!残り5センチ。命中は確実と思われた所で、蓮太郎が、"消えた"。

 

 

「―――『隠禅・空蝉翔』」

 

蝉が抜け殻を残して飛び立つように、振り下ろした警棒は手応えなく、蓮太郎の残像をただ薙ぐのみ。瞬時に二歩を踏み出し、蓮太郎が折原夫妻の背後を取り、右足を勢いよく後ろに蹴り上げて、一撃。前方への推進力が、後ろ蹴りの威力を高め、後ろに蹴り上げた反発力が、更に前方への推進力を高める。一撃入れるや否や、敵から間合いを取って立て直す、攻防兼用の秘技が、誠二の背後を捉えた。

 

「はあぁぁぁ!!!」

 

延珠もまた、素早く祥子の背後を捉え、蹴りを一発お見舞いした。どちらもまともに入れば脊柱をカチ割り、立ち上がれなくする一撃。蓮太郎と延珠は間合いの外から様子を伺った。

 

「ふん、やるじゃないか・・・」

 

口調とは裏腹に、何事も無いかのように振り返る夫妻。蹴りの感触を振り返ると、先程倒した5人に兵士同様、鎧にもバラニウムを弾く素材が用いられているらしい。後は2人の鍛錬の賜物だろう。肉厚の背筋もまた、致命的な一打となることを阻んだに違いない。

 

夫妻が反撃に転じる。誠二は蓮太郎に、祥子は延珠に襲い掛かる。二本に警棒を交互に振り下ろす攻撃は隙が無いものの、一発当たりの威力は落ちてしまう。

蓮太郎は右手の義手によるガード、延珠は小さな体躯を活かした回避を中心に攻撃を捌く。しかし蓮太郎側の反撃も、敵の重装備と肉体に吸収されるため、決定打とはならない。

見かけ上は目にも止まらぬ攻防であるが、実際にはジリジリとした地道な削り合いが続くのみで、双方に焦りの色が窺える。

業を煮やした誠二が、突然警棒を捨てて呼び掛けた。

 

「なぁアンタ、このままじゃ埒があかねぇ。漢なら拳で決着、付けようぜ。」

 



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第2章⑥ 思惑の交錯

アンチ・バラニウム―――

 

防御の要というべき警棒を投げ捨てた誠二に対し、蓮太郎は尋ねる。

 

「一体どういうつもりだ?」

「なに、時間を無駄にしたくないだけだ。俺の攻撃はアンタに当たらねぇし、アンタの攻撃俺に当たらねぇ。このまま続けても埒があかねぇ。だったらお互い、余計な小道具は捨てて殴り合おうってだけだ。」

 

どうやら誠二は、拳だけの勝負を持ちかけているらしい。誠二が警棒を使わない一方で、蓮太郎は脚を使えないということだろうか。

 

「つまり俺は、アンタに蹴りを入れられないということでいいか?」

「あぁ、後アンタは義足で加速しているみたいだが、それも使わないでくれ。義手も同じだ。あくまで正々堂々、拳で語り合おうじゃねぇか。」

 

蓮太郎は敵の意図を測りかねていた。敵の発言を額面通り受け取れば良いのか、それとも、蓮太郎の脚技を警戒しているのか。

ここまで、天童式戦闘術は全て脚技しか使っていない。意図した訳ではなく、単純に多数の敵を巻き込める技を選んだらそうなっただけのこと。動きが大振りになり、着地の隙が生じがちな脚技は、1対1の戦闘にはむしろ不向きだ。

無駄なく対象に拳を命中させ、すぐに戻して体勢を立て直す。タイマンでこそ、拳技の真価が発揮される。蓮太郎に断る理由は無かった。

 

「いいぜ、乗ってやるよ。」

「ちょっと誠二、私はどうしたらいいのよ?」

 

隣でやり取りを見守っていた祥子が、不満そうに漏らした。

 

「別にお前を信用してない訳じゃない。ただ、どっちがより正義を名乗るに相応しいか、それを決めるためだけに、余計な争いは不要というだけだ。俺は民警風情に分からせたい。真に国家を護る力を有する者は、どちらかということをな。」

「分かったわ。誠二は一度言い出すと聞かないからね。」

 

祥子は振り返り、後方へ退く。

 

「負けたら、夕食無しだからね。」

「ふん、相変わらず手厳しいな。だが、」

 

誠二が呟くと、辺りの空気の流れが一変した。

 

「分かってもらえて嬉しい―――」

 

誠二が蓮太郎に向かって駆け出す。ここまでカウンター攻撃に徹していただけに、突然の変調に蓮太郎は虚を衝かれた。

 

誠二の動きは決して速くはない。義眼に頼らずとも、目で追えるレベルだ。だが、有無を言わさぬ威圧感が、速度以上の脅威を感じさせていた。

ピストルの弾丸は簡単に弾くであろう、軍隊ならではの装甲だろうか。

ズシン、ズシン、一歩一歩、重低音を響かせる足取りだろうか。

接近すればなお圧を増す、2メートルを超える巨体だろうか。

そのいずれでもない、幾多の修羅場を乗り越えてきた者のみが纏う風格だろうか。

誠二が近づくにつれ、蓮太郎は思わず身構えていた。

 

引き付けて、躱す―――

 

蓮太郎は短期決戦を目論んでいた。敵は自衛隊のロクヨン部隊の隊員、体格や口ぶりからして、武術には長けているはずだ。近接戦闘の絶対性を誇る天童式戦闘術を以てしても、敵の厚い防御を破れるかは分からない。ならば初撃、動きを見極められる前に決めるのが得策。

 

気付けば誠二は蓮太郎の目前まで迫っていた。右肘を軽く引き、一撃。当人にとっては軽いジャブかもしれないが、間近で見ると並々ならぬ重量感が感じられた。蓮太郎は予定通り、皮膚を僅かに掠めようかというタイミングで回避。

 

「天童式戦闘術一の型三番―――」

 

一度飛び退き、すかさず反撃。

 

「轆轤鹿伏鬼」

 

たちまち間合いを詰め、蓮太郎の義手と誠二の鎧が甲高い衝突音を上げた。

入ったか―――

 

「ふっ、型なんぞ、」

 

単なる右ストレートではない、捻りが加わった一撃。殴り飛ばすのではない。鎧を貫通し、衝撃を伝えるのだ。

 

「所詮は動きを効率化した技に過ぎねぇ。」

 

誠二が不敵にほくそ笑む一方で、蓮太郎の表情が揺れる。

いや、確かに一撃は入っている。感触に間違いは無い。ならば更に威力を高めようと、蓮太郎は捻りを加える。

 

「動きに無駄がない分、容易に筋が読める。」

 

突然、一瞬蓮太郎が無重力になった。

何が起きたのかと戸惑う間に、背中が地面に叩きつけられた。足を払われたようだが、これで終わるはずがない。

半ば本能的に二一式義眼を解放。敵の右腕の軌道が読めるや否や、顔面を左腕で庇った。

 

頼む、耐えてくれ―――

 

左腕に激痛が走ると、殴られた衝撃で腕と顔面が衝突。身体も少し弾き飛ばされた。だが、傷を確認する余裕はない。

弾き飛ばされた衝撃を活かし、素早く起き上がると、更なる追撃に備えて後ろに飛び退いた。

 

「あーあ、これも使いもんになんねぇな。」

 

おもむろに誠二が戦闘服を脱ぐと、中の金属板を投げ捨てた。誠二の素の姿を目の当たりにし、蓮太郎は息を呑んだ。

 

獣だ―――

 

2メートルを超える体長に見劣りせぬ、巨漢と呼ぶほかない体格でも、戦闘服の上からであれば納得できた。中に分厚い鎧を着ているのだろう、と。

だが実情は違った。装甲は薄く、全ては彼の肉体であった。人体とは思えない黒く濃い体毛の下には、幾重にも割れた筋肉質が浮かび上がっていた。

捨てられた金属板は一部が酷く陥没し、誠二の左下腹部も体毛が剥げ落ち、熱で擦れた皮膚には轆轤鹿伏鬼の跡がくっきりと残っている。だが、それだけだ。

 

「真正面から受け止められた」

 

明白過ぎる事実を前に、蓮太郎は言葉を失った。攻撃が敵の能力で回避されること、防御されることは今までにもあった。だが今回のように、真正面から会心の一撃を入れてもなお、何食わぬ顔で耐えられたことは無い。天童式戦闘術の敗北を知り、蓮太郎は内心酷く動揺した。

しかし、恐れを見せてはならない。目前に居るのは、打倒すべき敵なのだから。退路は無い。ただ敵に立ち向かうのみ。

 

「焔火扇」

「虎搏天成」

「閃空瀲艶―――!」

 

そう、立ち向かうほかなかった。そこに待ち受けるのが、破滅しか無かったとしても。

 

「アンタ、目が泳いでるぜ。」

「型を変えようと、クセは見えている。」

「もう、終わりか?」

 

ある時は腕を掴んで投げ飛ばされ、ある時は防御体勢を解放する反動のまま弾き飛ばされた。真正面からのぶつかり合いにおいて、獣と化した人間に付け入る隙は無かった。

 

真正面からの殴り合いなど、受けるべきでは無かったのだ―――

 

蓮太郎に自らを嘲る思考が芽生えた時、逆転の発想が働き始めていた。

 

真正面では突破できないのなら、敵の裏をかくしかない―――

 

蓮太郎の目に力が宿った。希望の萌芽とも、悲壮の覚悟とも取れる表情を浮かべ、幾度目とも知れぬ疾走を開始した。

 

「ほう、まだやる気か・・・」

 

誠二の三歩手前に迫った時、蓮太郎は右の義足を強く振り上げた。

 

踏み込み、飛び込んでくる―――

 

直感に従い、誠二は防御体制を取った。

 

「!?」

 

直後、誠二の視界を闇が覆う。それが砂粒であることに気付くには一瞬あれば足りたが、蓮太郎にとってもまた、その一瞬で事足りた。

 

「轆轤鹿伏鬼」

 

頭蓋骨を通じ、激しい痛みが誠二の脳内を駆け巡る。

が、それも一瞬のこと。痛みと共に、意識が遠のいていった。

 

「悪いな。だが、直接アンタに蹴り技を使った訳じゃない。」

 

昏倒した誠二に対し、届くか届かないか分からない弁解を始める。

そう、蓮太郎は「敵に蹴り技を使えない」というルールの下、地面を蹴り上げて誠二に砂を巻き上げたのだ。視界を奪った一瞬を利用し、筋肉では防げない部分、即ち顔面に対し、致命的な一打を叩き込んだのだ。

 

「いや、ズルいと言われてもいい。卑怯だと言われてもいい。アンタが反則負けだと言うなら俺の負けだ。だが、俺はここで死ぬ訳にはいかない。俺の目指すべき場所はリブラだ。本来敵対するべきでないアンタと、殺し合う理由は無いんだ。」

 

昏倒する誠二に対し、言葉は届かない。

これは俺の独白だ―――

蓮太郎がそう吐き捨てた時、

 

「いや、俺の負けだ。」

 

仰向けから起き上がる気配は見せないものの、誠二は僅かに意識を取り戻し、呟き始める。

 

「本来、戦場とはルールとは無縁の世界だ。生き残れば勝ち、死ねば敗北。分かりやすいほどに残酷なルールしか存在しない。また戦場では、必然的に自分より強いものと相まみえることがある。力で劣る者が生き残るために、知略を巡らせることだってある。アンタはルールの中で戦った。むしろ恥ずべきは、正々堂々の殴り合いなどと、青い幻想に浸った俺だったってことさ。」

「あぁ、アンタほどの武闘家は見たことがねぇ。見事に鍛え上げられた肉体、その肉体を余すことなく威力に変える武術。自身に揺るぎない自身を持ち、迷いなく一撃を叩き込む精神力。俺が勝ったのは、僅かばかりのずる賢さと運が味方しただけのことさ。」

「ガストレアが憎い。バラニウムが憎い。民警が憎い。今も昔も、この国を護れるのは我々自衛隊だけだ。呪われた子供たちや機械化に頼り切った民警どもでは、真の危機は乗り越えられない。今でもそう思っている。アンタのことだって、東京エリアの英雄ともてはやされてるだけのお調子野郎だと思っていた。力比べではひよっこだが、俺に一撃入れたその実力、評価してやろう。」

 

友情・・・と呼ぶべきか。拳と拳を交えた男の間でのみ伝わる、奇妙な連帯感が漂う中、蓮太郎は話題を切り替えた。

 

「そういえば、アンタらの装備は誰から貰ったもんなんだ?バラニウムを弾く素材、ということでいいんだよな?」

「あぁ、これはうちの部隊から支給されたもんだ。ロクヨン部隊のことをどれだけ知ってるかは知らねぇが、俺達は時として東京エリアに歯向かうイニシエーターと戦うことがある。奴らは大抵バラニウムで加工した武器を持っているから、護身用がてら持っておけって、皆に支給されている。」

 

敵は聖居内部にあり―――

 

蓮太郎の脳裏に直感が掠めた。

 

「寝起きのアンタにはわりぃが、俺は行かなきゃならねぇ。リブラを鎮めた暁には、味方同士として、アンタと正式にお手合わせ願いたい。」

「あぁ、東京エリアの未来は英雄に託すとするぜ・・・」

 

蓮太郎が手を差し伸べると、2人は暫く固い握手を交わした。

それが終わると、蓮太郎は踵を返し、立ち去っていった。

 

「誠二・・・晩飯、何が食べたい?」

「あぁ、晩飯抜きじゃなかったのか?」

「私の目には、あなたは負けてなかったからね。」

 

誠二が起き上がるまでの数時間、祥子は傍で見守り続けていた。



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第3章① 天子の銃弾

「それでは、聖居内にリトヴィンツェフの協力者が居るということですか?」

 

聖天子が驚いた様子で尋ねる。

蓮太郎達は今、折原夫妻の部隊から移動用車を借り、東京エリア北端、リブラが出現した地点を目指している。古風なワンボックスカーで、外観はグレー一色、洗車が長らく行われておらず汚れが目立ち、シートの座り心地も悪い。

外観は道なりに舗装の悪い道路が一本続くのみ。横は古びた民家か耕作放棄地が続き、ただただ殺風景である。

 

「ブラックスワンプロジェクトでは、バラニウムに耐性を持ったガストレアが培養されていた。アンチバラニウムの装備と何か関係があるはずだ。さっきの襲撃だって、リブラ騒動と直接の関係は無いはずだ。アンタの誘拐容疑を口実に、俺達を妨害しようとしたとしか思えねぇ。間違いなく五翔会が一枚噛んでやがる。

さっきの折原夫妻は無関係だろうが、彼らに指示した上層部の中に五翔会の関係者が居る。そしてそいつが、リトヴィンツェフと通じているに違いない。」

 

蓮太郎が一通り説明を終えた後、車内に沈黙が流れる。悪路で砂利を攫うタイヤの音と、車内の物がガタガタと震える音だけが響く。

長く漂う沈黙を破るかのように、聖天子が口を開く。

 

「里見さん、朝に衛星にアップリンクとダウンリンクが行える施設は、東京エリアに1つだけとお話ししましたよね。そして、そこがリトヴィンツェフ一派のアジトではあり得ないということも。」

「あぁ」

 

聖天子が口ごもる。逡巡した様子を見せながらも、続きの言葉を口にした。

 

「その施設とは、スコーピオンの首が奪われた研究所なのです。」

「!?」

 

予想外の答えに対し、蓮太郎は言葉を失った。灯台下暗しと言えど、襲撃された研究所それ自体に、衛星と通信する機能があったとは。しかし、普段は聖居の管理下に置かれ、襲撃後は警察の捜査が入り、より警備は厳重となっている。

アジトではあり得ないと聖天子が断言した理由に合点がいった。

 

「今のお話を聞いて確信が持てました。研究所を捜査する警察組織、リトヴィンツェフを収監していた牢獄、先程襲撃してきた自衛隊、いずれも防衛省の管轄です。認めたくはありませんが、防衛省の上層部の中に、リトヴィンツェフと通じる者が居るのでしょう。」

 

防衛省。

かつて日本が平和国家と呼ばれていた時代には、戦力を有することは平和憲法に反すると槍玉に上げられ、強い予算削減の圧力に晒されていた。

だが、ガストレア戦争を機に、状況が一変。

経済が停滞しても直接死には結びつかないが、ガストレアの襲撃を許せば死に直結しかねない。そんな民衆の不安に応える形で、防衛省は警察組織や公安をも取り込み、東京エリア最大の省庁に上り詰めたのだ。

東京エリアの防衛を任される立場の人間が、テロリストと内通する。その理由は、個人的な利益の為だろうか、それとも弱みを握られているのだろうか・・・?意識が思考に支配されかけた時、延珠の一言で我に返った。

 

「蓮太郎、前!」

 

ハッと気づいて急ブレーキを踏む。危うくガードレールに激突するところだった。少し車体が擦れたものの、車内の者に怪我はない。後で折原夫妻に謝らないとな。

落ち着いて再発進したところで、聖天子が尋ねる。

 

「里見さん。敵の居所が分かったところで、この後どうされますか?今東京エリア北端に向かっているのも、研究所から引き離そうと敵に誘導された可能性があります。」

「あぁ、多分そうだろうな。だが、今更戻っても間に合わねぇし、俺はこのまま北へ向かう。影胤の話に嘘は無さそうだから、恐らくリトヴィンツェフ自身はリブラの近くに居て、研究所には手下が潜伏しているのだろう。研究所の奪回は、木更さんにお願いしてみるよ。

延珠、木更さんに電話してもらえるか?」

 

延珠は手持ちのスマホを操作し、木更の番号へ発信した。繋がったと分かると、スピーカーモードに変えて蓮太郎の近くに置いた。さすがに国家元首の前で堂々と、ながら運転をする度胸は無かった。

 

「もしもし延珠ちゃん?里見君も居るの?今朝から姿が見えないけど、今どこに居るの?」

 

非常時に姿が見えないことを不安に思ったのか、木更は質問を重ねる。

 

「わりぃ木更さん、急用が入って東京エリアの北端に向かっている。」

「北端って・・・リブラが居る上に、仙台エリアが攻めてくるかもしれないじゃない!?危ないから早く帰ってきなさい!」

「木更さん、落ち着いて聞いてほしいんだ。リブラを止めるため、東京エリアを護るため、力を貸してほしい。」

 

蓮太郎は、昨日リトヴィンツェフと洋上刑務所で会って以来の経緯を、順を追って説明した。敵のアジトが聖居管轄の研究所だと思われる所まで話した後、蓮太郎は続けた。

 

「勝手な頼みで済まないが、木更さんに研究所を奪回してほしいんだ。」

 

正直な所、蓮太郎は木更を危険に晒したくなかった。相手はテロリストだ。無事に帰ってこられる保証はない。だが、他に頼める相手が居なかった。

「分かったわ。里見君にばかり任せてはいられないもんね。」

「ありがとう木更さん。人数は多い方が良いだろうし、後で片桐兄妹とかにも頼んでみるよ。」

「それでね、里見君・・・」

 

木更の口調が急にもじもじし始める。

 

「えっと、早く、帰ってきてね。この前の続き、ちゃんと話したいし・・・」

 

語尾にかけてどんどん声が小さくなる。

 

「この前はごめんね。恥ずかしがって逃げちゃって・・・」

 

ドクン、ドクンと、蓮太郎は鼓動が早くなるのを感じていた。

 

「それに、聖天子様と二人っきりって状態を、続けるのは良くないと思うのよね・・・」

 

怪しい気配を察してか、横槍が入った。

 

「なぁ木更よ。この会話は妾達が聞いても大丈夫なのか?」

「え、え、え・・・延珠ちゃん!????」

「それで木更よ。この前の続きとは、一体何の続きなのだ?」

「べ、べ、別に何も無いわよ!本当に・・・何も無いんだから!!!」

「まーたクソデカおっぱいで蓮太郎を誘惑しようとしておるな!」

「里見さん、不潔です・・・」

「え?なんでそこで俺になるんだよ!?俺は関係ねーだろ!」

 

木更は電話の向こうで顔を赤らめているのだろうが、蓮太郎側の車内には、束の間の明るい空気が流れていた。



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第3章② 天子の銃弾

「男の人が、3人・・・」

 

スコープを覗き込み、ティナが呟く。廃ビルの屋上、窓越しに覗くスコープ。金髪の少女と体格に似合わぬドラグノフ狙撃銃という、一見ミスマッチな一組しか存在しない世界。陽が傾きかけ、肌寒い風が吹き始めた。

 

「更に銀髪の少女が2人。ユーリャは居ませんが、恐らくは部下の誰かのイニシエーターかと。例の部屋で間違いないようです。うっすらと影が見え、まだ人が居そうなので気を付けてください。」

 

蓮太郎の依頼を受け、リトヴィンツェフの手下が潜伏していると思われる研究所に向かった一行。

 

リーダー、天童木更。

開幕の狙撃担当、ティナ・スプラウト。

援軍、片桐玉樹・弓月姉妹。

作戦参謀、室戸菫。

 

そう、この作戦は菫なくしては成立し得なかった。元々スコーピオンの首など、国家機密に関わる事項を秘密裏に研究する場所であったため、一般の検索手法で内部の構造を知ることは不可能。

そこで菫が、蓮太郎の序列者IDを用いて機密情報にログインし、研究所の内部構造や周辺環境を調べ、今回の作戦立案に関与したのである。

 

午後三時。

蓮太郎からの連絡を受け、作戦の一行が菫の研究ラボに集結し、作戦会議を行った。作戦はこうだ。

 

ティナは研究所から北東700mの距離に位置する廃ビルにて待機。

他の3人は研究所に侵入し、外部との衛星通信設備を持つ、目的の部屋に接近。

接近が完了したら、ティナは部屋の内部を覗き込み、リトヴィンツェフの部下が居るかを確認。居たら2発狙撃し、開戦の合図を告げる。

混乱に乗じて他の3人が部屋に突入し、研究所を奪回する。

 

「くれぐれも注意したまえ。君たちの遺体を解剖せずに済むことを祈るよ。」

 

冗談にしてはまんざらでもないブラックジョークを受けつつ、木更達はラボを後にした。

 

「ティナちゃん、こっちも持ち場に着いたわ。準備が出来たら2発撃って、作戦開始よ。」

 

木更から返答が来た。

いよいよ作戦開始だ。

 

魂が死なないと人間は殺せないなんて、人間の生き方じゃない―――

 

かつて蓮太郎に言われた言葉を思い返す。

ランド教授の元を離れ、天童民間警備会社に入り、第三次関東大戦を経験し、時には勾留をされながらも、普通の生活を送っていた。

今ならば、人の魂を取り戻せるのかもしれない。

 

ティナは引き金に手を掛けた。

距離は700m。対象との間に「シエンフィールド」と呼ばれる思考駆動型インターフェースが配置された。後は風向きなどを読むシエンフィールドの操縦も、手の震えの制御も、全ては脳に埋め込まれたニューロチップがやってのける。静止した対象への狙撃であれば、自分ならば外す方が難しい距離だろう。

 

対象と照準が合った時、数秒後に起こる未来がふと頭をよぎった。

このスコープに写る人物は、間もなく狙撃され、覚悟も出来ぬままにその生涯に幕を閉じるだろう。痛みは感じるだろうか。感じる前に死んだ方が幸福なのだろうか。残される家族は、友人は居るのだろうか。

 

しかし、頭をよぎる情報はどれも思考の域を出ず、想像のビジョンとしては浮かばなかった。狙撃手として害となる情報を、本能的に拒絶しているかのようだ。

ランド教授の下で、1人、また1人と選別された少女達。その中でティナが生き延びられたのは、一心不乱に狙撃の腕を磨き続けたからだ。

殴れば拳が痛む。斬っても感触は伝わる。拳銃で撃てば感触は無くとも、倒れる標的の姿を肉眼で見ることになる。

それに比べれば、狙撃による暗殺は実感が湧きにくい。射出時の衝撃は、対象に命中しようとしまいと等しく感じられる。命中したか否かは、スコープ越しの対象の挙動によってしか確認できない。遥か先、自分とは無関係の世界で、1人の人物が倒れる。勿論それは狙撃によるものだが、実感が湧かない以上、原因は心臓麻痺に依るものとも、殴られて昏倒したものとも否定できない。

スコープに映る世界をゲームのような別世界だと思い込み、「人を殺した」という現実から目を逸らすことで、自身の行動を正当化し、狙撃手としてのアイデンティティをかろうじて崩壊させずに留めていたのだろう。

 

蓮太郎の下で過ごす中で、徐々に朝型の生活リズムになり、笑う機会も増え、表面的には自己変革を実現していた。

だが本能的な部分では、暗殺者という自分の過去に囚われたままであったのだ。

 

ワタシニハコノイキカタシカデキナイ―――

 

でも、そんな自分を必要としてくれるお兄さんが居る。木更さんが居る。国家元首の殺人未遂犯である自分を、この東京エリアは受け入れてくれた。

暗殺に汚れた過去だったとしても、それが今は東京エリアを救う力となるのだ。

 

力自体は悪じゃない。問題は、その力をどう使うかだ。

 

私はもう、間違えない。もう、迷わない。

再び標的を見つめ、照準を微調整した。

 

静かに引き金を引く。飛び出した弾丸は、迷いなく1人の男に命中。窓が割れ、標的が静かに倒れるのを目撃した。

ビルの屋上で一人、いつも通り実感の湧かぬまま、射出の反動と、ほのかに漂う硝煙の匂いと、空薬莢が床に落ちる音だけを感じていた。

 

悦に浸る余裕はない。突撃部隊は3人のみ。奇襲が成功すれば一気に押し切れるだろうが、態勢を立て直されると数の面では不利だ。少しでも、敵の数を減らしておくべきだ。

すかさず2発目を構える。スコープ越しに、1人の男が窓に近づくのが見えた。狙撃に気付いてカーテンを閉めに来たのだろう。直後、カーテンにより視界が遮られた。だが、問題はない。

 

既に任務は終えていた。カーテン越しに、うっすらと倒れ込む人の影が見えた。

 

ティナにとって、室内に居る者の狙撃は手慣れたものだ。

標的から狙撃者は見えない。一方、狙撃者からは標的が見える。一方的に見られているという状況に恐怖を覚え、人は本能的に狙撃者の視界を奪おうとする。

だが、窓に近づきカーテンを閉めるまでの一瞬は、狙撃者にとって格好の的となる。勿論一瞬で照準を定めることは困難だが、カーテンを閉めに来る人の動きが予想できれば、照準の当たりは付けやすくなる。

男の動作の始点を見逃さず、カーテンまでの動線を読み切り、瞬時に照準を定めて引き金を引く。正確性のみならず、トリガーまでの早さという点においても、ティナは狙撃者に求められる素養を十分に備えていた。

 

「お兄さん、私はこれで正しいのですよね・・・?」

 

ティナが誰にも届かない呟きを漏らす。

 

後は木更さん、お願いします―――

 

カーテンで遮られた室内であっても、赤外線による暗視で大まかな人影を捉えることは可能だが、命中させるには距離が遠い上に、間違えて木更達を誤射しかねない。

不測の事態に備え、スコープ越しの監視は継続していたが、後ティナに出来るのは、せいぜい木更達の無事を祈ることであった。



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第3章③ 天子の銃弾

「アンタ達、覚悟しなさい!」

 

2発目の銃声の直後、木更達が部屋に突入。木製の入口の扉が崩れ落ちると同時に、テロリスト達に3人の襲撃者が素早く迫ってきた。状況が呑み込めぬまま、見かけだけは屈強なロシア人達が木偶の坊と化していた。

 

「殺人刀・雪影」

 

掛け声と共に、男の胴体から大量の血が噴き出した。斬撃から胴体が真っ二つに割れるまで、目にも留まらぬ早業である。

木更が辺りを見回すと、玉樹は敵の背後から殴り倒して昏倒、弓月はモデル・スパイダーの蜘蛛の糸に絡めとって拘束。瞬く間に全滅させ、部屋から敵の気配が消えた。

 

ほっと一息吐いた片桐兄妹とは対照的に、木更は一抹の不安を抱えていた。

 

「気配が消えただけで、敵はまだ残っているのでは・・・?」

 

聖天子から見せられた、研究所襲撃時の現場写真を思い出す。襲われた警備員は皆心臓を一突きされて絶命していた。他に外傷はなく、その無駄のない仕事ぶりは、とても屈強な男達になせる業ではなかった。

 

「おや、誰かと思えば木更じゃないか!」

 

部屋の奥、物陰から1人の男が現れた。

 

「ハッ!あなたは・・・!正臣兄さん!」

「覚えていてくれて光栄だ。なるほど、蓮太郎を北の方へ追いやって安心していたら、木更を寄越してきたのか。鋭い奴だ。だが、もうすぐ計画は完遂される。邪魔をしないでもらいたい。」

「あなたの狙いは何なの?東京エリアで上層部に上り詰めたあなたが、こんなテロまがいの行為をするなんて。」

「ハッハッハ、いつ私が東京エリアの犬になったとも?この世は力なのだ。テロリストとリブラを従え、まずは日本中に私の力を誇示する。日本を統一し、果てには世界を支配する。我々にはその準備がある!

来い木更、お前も菊之丞を憎んでいるのだろう?我々の思想は共通している!」

 

「ふざけないで!」

 

木更の間髪入れぬ一喝に正臣は一瞬たじろぎを見せた。

 

「あなたの目的は、この国を支配すること。菊之丞を倒すのは、その目的の付属品でしかない。でも私は違う。復讐が目的であり、私の存在理由でもある。誰の力も借りず、ただこの刃を以て、アイツの首を落とすことに意味があるの!その思想が共有できない者と組む理由は無いわ。」

「ふっ、残念だが、協力してくれというお願いではなく、協力しろという命令なのだ。歯向かうならば・・・」

「「イタッ!?」」

 

玉樹と弓月の叫び声を聞き、木更が振り返った。2人は床に膝をついた姿勢になり、首筋に短刀が突きつけられていた。その後ろには、銀髪の少女2人が立っていた。

 

「案ずることはない。動けぬよう、アキレス腱を切断させてもらったに過ぎない。だが、私に逆らうのならば、この2人の命は無いと思え。」

「あなた、どこまでも卑怯なのね・・・」

「ミーシャ・ストレイニコフ、サーニャ・ストレイニコフ。静寂の暗殺者(サイレント・キル)の異名を持つこの双子を侮らぬことだ。」

 

木更は玉樹と弓月の顔を交互に眺めた。

敵を刺激せぬよう、誰も言葉を発しないが、木更の目には2人から希望は失われていないように映った。木更は正臣の方に振り返ると、

 

「分かったわ。どう協力するか、話を聞かせて頂戴。」

 

と言いつつ、敢えて少し高い軌道で雪影を投げ捨てた。

敵の視点が雪影に集まった直後、

 

蜘蛛の糸で縛られていた男が弓月の方に倒れ込む。

 

実は糸が弓月の手とまだ繋がっていて、弓月が軽く腕を引いて倒したのだ。

咄嗟に弓月は姿勢を反転させ、突き出された短刀をはたき落とした。

玉樹も倒れ込みながら両肘を後ろに突き出し、敵を突き飛ばして反転。頬に軽い切り傷を負ったものの、怪我のうちには入らない。

 

「姐さん、もう大丈夫ですぜ!」

「こっちは安心して任せて頂戴!」

 

片桐兄妹は木更に無事を伝える。

かくして双方、3人ずつが向かい合う構図となった。

一見互角に戻したかに思えたが、足の自由を奪われた片桐兄妹の状況は相変わらず思わしくない。綺麗に神経を切断されたのか、動かそうとしても足先が一切反応しない。下手に手を出すと隙が生まれ、一瞬で背後を取られかねない。

先程の強気な発言とは裏腹に、敵の出方を伺うほかに選択肢は無かった。

 

「さて、私達も始めようか。」

 

正臣もまた、短刀を2本構えて木更に向き合う。

木更は涅槃妙心の構えを取り、攻撃の機会を窺っていた。

 

意外なことに、正臣から動きを見せた。

構えた2本の短刀を惜しげもなく即座に投擲。

たった2本、横跳びで躱せる間合いであったが、何故か木更の動きは鈍い。

 

頭が、重い―――

 

木更は脳に響くような違和感を覚え、体を動かそうとする電気信号がうまく神経を伝わらない。

結局回避しきれず、右肩と左脇腹に短刀が刺さる。

緩むことなく、更に正臣が飛び込んできた。

 

「天童式双刀術 一の型三番―――」

 

口上が聞こえる頃には、正臣は木更の眼前まで迫っていた。

 

「双葬牙」

 

正臣の胸の前で腕を交叉させる構えを見て、木更は力を籠めて雪影を握りしめ、縦に構えた。予想通り、X字に振り下ろす動きが飛んできたが、目測を誤った。

 

「!?」

 

脳の違和感からか、正臣の動きが木更にはぶれて見えた。そして突如、正臣の両腕が突然伸びた。刀の腹で受け止めるという木更の目算は外れ、二本の短刀は雪影の柄の近くに命中。今度は敵の攻撃によってだが、木更は再び雪影を手放した。

 

「二本の刀を以て双、二撃を与えて双葬」

 

正臣の振り下ろされた両腕が、振り子のように持ち上げられて再び木更のもとに襲い掛か

る。弾く術を持たない木更はやむなく左へ身を捩るが、躱しきれずに右肩を切り裂かれた。

木更は斬られた右肩以上に、避ける瞬間に見えた光景が気がかりだった。

 

正臣の右耳に、詰め物がしてあるのが見えた。

 

双刀術後の硬直を見て、雪影を拾う動作の中で木更は考えた。

戦闘中は視覚と同じ位、聴覚も重要な要素となる。特に背後を取られた場合、聴覚無くして察することは出来ない。自ら聴力を捨てる行為に合理性があるとは思えない。

だが―――

 

 

木更に飛び掛かる正臣の姿を認めると共に、思考は中断された。相変わらず木更の視界は覚束ない。

 

「天童式抜刀術 二の型十六番―――」

 

回避できないのならばと、木更は雪影を水平に構えた。

 

「隠禅・黒旋」

 

木更が左に1回転し、雪影が全方位を切り裂く。正臣は短刀で斬撃を受け止めるも、側にあった窓が大破し、カーテンが裂け落ち、部屋に夕陽が差し込んできた。ガラスが割れる音を聞く中で、木更には1つの仮説が浮かんだ。

 

「モスキート音よ!玉樹クン!」

 

防戦一方、敵の短刀を防ぐことに手一杯で出番の無かった玉樹のチェーンソーナックルが、ここに来て出番が回ってきた。歯車が出力全開で回り始め、唸り声をあげる。

耳障りな騒音が届く一方で、脳に響いた違和感はだいぶ楽になっていた。

 

「ほう、敢えて彼女達のモデルタイプを名乗らなかったが、よく気づいたものだ。

彼女達はモデルモスキートの双子のイニシエーター。生まれながらにして通常のモスキート音よりも高周波の音を出す能力を持っている。

彼女達は自身のモスキート音で鼓膜が破壊され、何も聞こえないが、今となっては自分の音の影響を受けないから好都合だ。

だが、トリックに気づいた所で、勝った気にならないでもらおう。」

 

再び木更と正臣が構え、斬り合う。

十合、二十合を数えるも、隙を見せることを嫌ってか、お互い大きな動きを見せない。

部屋中に斬撃が飛び交う手合いは、木更が片桐兄妹の近くに着地した瞬間、動きを見せた。

 

「姐さん、後ろ!」

 

片桐兄妹と組み合い、膠着を見せていたミーシャ・サーニャの2人が、突如組み手を放し、背を向ける木更へ飛び掛かっていた。

 

「あなた達の敗因は、見抜かれやすい浅知恵と、息の合い過ぎた双子の動き、ね。」

 

玉樹の呼びかけにも動じず、木更は振り向くことなく右足を踏み込んだ。

背後に弾丸が飛来し、2人の少女は木更に到達できずに倒れ込んだ。

 

「天童式抜刀術三の型八番―――」

 

勝利を確信し、満面の笑みを浮かべていた正臣の表情が一気に曇る。

勿論、斬撃を受け止める備えなど無い。

 

「雲嶺毘却雄星」

 

無数の斬撃になすすべなく、正臣はただ血と肉片の塊と化した。

 

「姐さん!」

 

復讐の完遂を見届けると、木更はその場にへたれ込んだ。

 

「流石ね・・・ティナちゃん。視界さえ開いてしまえば、きっと上手く撃ってくれると信じてた。

復讐は、これで2人目、ね・・・」

 

駆け寄った玉樹に抱えられるままに、木更は意識を失った。



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第3章④ 天子の銃弾

蓮太郎一行は、かつて栃木県の那須岳と呼ばれた場所に到着した。

リブラのウイルス放出はまだ行われていないはずだが、少しでも危険を減らすため、偏西風の風上に当たる西側に車を停め、歩いて鉱山に近づくことにした。

 

鉱山に向かう中で、蓮太郎は昔の歴史の授業を思い返していた。かつてこの近くには足尾銅山があった。明治維新の中で、西洋の近代鉱山技術を導入し、採掘を進め、東アジア最大規模の銅の産地となった。しかし、排煙、鉱毒ガス、鉱毒水などの有害物質が周辺環境に悪影響を与え、日本初の公害事件が発生した。

時を経て、今度はバラニウム鉱山の開発が行われた。モノリスの外の『未踏査領域』であり、今回は周辺住民とのトラブルは無いものの、ガストレア大戦後に溢れた債務者を強制的に徴用し、違法な採掘が行われていたと聞く。リブラのウイルス放出を許せば、かつての公害よりも広い地域に影響を及ぼし、人の住めない土地となるだろう。

 

歴史は繰り返す、ということか。いや、繰り返してはならない。阻止するために俺はここにやって来た。心の中で改めて決意を固めたところで、坑道の入口が見えてきた。

 

「この奥に、リブラが居るのですね・・・」

 

聖天子は不安そうな言葉を口にするも、その表情に迷いは見えない。聖居内部でクーデターが起こって以来、気の休まらない日々が続いた上、ここまで徒歩での移動距離も相当なもので、心身共に疲労が蓄積しているはずだ。だが、国家の安寧に尽くすという使命感が彼女を突き動かしている。

坑道内部ではガストレアが生息し、リトヴィンツェフが待ち構えていることが予想される。守り切れる保証はない。だが、身の危険を理由に使命を投げだす彼女ではない。いざという時、彼女が聖居で得た情報が役に立つかもしれない。

蓮太郎は腹を括り、聖天子を護り抜くこと、当然そのために自分も生き残ることを心に誓い、坑道に一歩を踏み出した。

 

「うわっ、臭っ・・・」

 

一同が思わず顔をしかめた。

中には鉱物の採掘所に特有な、地底から漏れ出たガスの臭いが充満していた。蓮太郎は化学の実験で嗅いだ硫黄の臭いを思い出した。

一瞬嗅いだだけでも苦痛だった臭いがより濃縮された状態で、継続的に嗅がねばならない。耐えられるのだろうか。身体に害は無いのだろうか。全員、道すがらのドラッグストアで購入したマスクを装着しているものの、仮初め程度の効果しか無い。もっと真剣に対策しておくべきだったと後悔した。

 

鼻が慣れたのか、当初頭痛を引き起こした程の異臭は徐々に治まってきた。蓮太郎は周囲を見渡しながら歩き始めた。危険が無いよう、注意深く周りを観察する意図が半分、初めて踏み入れる、坑道という独特な土地のことを知りたいという好奇心が半分である。

坑道内部は薄暗く、数メートル置きに吊るされた電灯がうっすらと照らすのみ。所々で電球が切れ、局所的に暗闇が生まれている。足元は舗装されず、ややぬかるんだ砂利道となっている。走ればズボンの裾に泥が飛び跳ねそうだ。

壁面はゴツゴツとした岩肌が剥き出しになっている。ゆっくりと天井に目を移すと、平らにはなっておらず、ポッカリ空いた穴が点在している。落盤の跡だろうか。自分達は無事に進めると良いが―――

 

そんな考えが頭をよぎった時、蓮太郎は微妙な揺れを感じた。

 

「蓮太郎、天井が!」

 

延珠が叫んだ直後、爆音が響き、天井がカタカタと揺れた。

 

「危ない!!!」

 

蓮太郎は聖天子に向かって駆け出し、彼女を抱え込む形で壁面に向けて滑り込んだ。背後では小石が落ちる音が徐々に増幅され、幾つもの岩が落ちる音へと変わっていった。無我夢中、我を忘れて滑り込み、茫然としていた蓮太郎であったが、弱弱しい声を掛けられ我に返った。

 

「あ、あの、ありがとうございます・・・」

 

蓮太郎が目を開くと、聖天子が仰向けに倒れていた。両手を軽く上に上げ、若干顔を赤らめながら、無抵抗な姿勢を見せていた。一方の蓮太郎は、聖天子の左右に両手をつき、両脚は聖天子の脚と密着した状態で、腰を浮かせて馬乗りに近い姿勢となっていた。顔面は聖天子の間近で向かい合っている。その距離、10センチ程度であろうか。

 

「あぁぁぁすまん!!!」

 

状況認識が追い付くと、蓮太郎は瞬時に飛び退いた。

 

「本当に、危ない所をありがとうございました。」

「ま、まぁ、無事ならいいんだ。服、汚れちまったな。」

「いえ、今は私人として振る舞っておりますので。また聖居に戻れた時に綺麗な正装に戻れば良いのです。」

 

蓮太郎、聖天子共に、ぬかるんだ地面で服を汚したものの怪我は無い。

蓮太郎が天井に意識を向けていたこと、日頃戦闘で反射神経が鍛えられていたことにより、瞬時に反応が出来、事なきを得たようだ。

 

だが、幸いか、はたまた災いか。

 

辺りの状況を確認する中で、1つあるべき存在が居ないことに気付く。

 

「はっ・・・延珠はどうした?」

「蓮太郎、妾はここだ!」

 

落石越しに声が漏れ聞こえる。

延珠もまた、抜群の聴力と反応速度を以て、壁面側に避難して落石を回避したようだ。

 

但し、逆側の壁面に。

 

先程の落盤では、天井の中央部分が爆発で裂け、一気に岩が落下し、道を2つに寸断した。道の左方を歩いていた蓮太郎は咄嗟に左の壁面に、右方を歩いていた延珠は右の壁面に躱したことで、両者が分断されてしまったようだ。

 

「蓮太郎、そっちには行けぬのか?」

 

延珠の声を聞き、蓮太郎は辺りを見渡した。どうやら一本道の通路ではなく、丁度二手に分かれる分岐点の箇所で落盤が起こり、合流を妨げているらしい。

岩は幾層にも積み重なり、また前方の厚さも相当なものだ。岩1つ分か2つ分程度であれば壊して前へ進めそうだが、更なる落盤を招き、より大きな危険が差し迫ることだろう。合流は諦めた方が良さそうだ。

 

「里見さん、聞いた話によると、この坑道は二手に分岐した後、暫く進むとまた合流できる構造となっているようです。」

「なら、退けない以上は前に進むしかねーな。」

 

この坑道はリブラの出現地点であるため、聖天子は聖居である程度の情報を得ていたようだ。やはり、国家元首がいると頼りになる。

 

「延珠、すぐの合流は無理みたいだ!前に進んでいけば、そのうち合流できるらしい!」

「了解だ!先に向かっているから、遅れるでないぞ!」

「途中敵と出くわすかもしれないから、用心しろよ!」

「妾なら大丈夫だ!それより蓮太郎、聖天子様と2人だからって変なコトをするでないぞ!」

 

分かれ道の先を歩いていくと、これまで以上に暗く、静謐な空間が広がっていた。最初差し込んでいた外界の光はもう見えず、落盤により完全に繋がりが断たれた。前は間隔がよりまばらになった電灯が吊るされているのみで、不安を感じさせる道が続く。

だが、蓮太郎の側に聖天子が居たことが救いであった。たとえ戦闘力が皆無の国家元首であったとしても、「一人ではない」という事実が蓮太郎を安心させてくれる。合流できる時を信じ、何とか足を進められている。

一方延珠はどうだろうか。先程のやり取りでは明るく振る舞っていたが、見知らぬ道を一人で進むには不安が付き纏うだろう。彼女は不安な時、寂しい時ほど気丈に振る舞おうとする。今こそ傍に居てやるべきなのに、それが出来ない現実に、蓮太郎は歯がゆさを感じた。

 

歩みを進めていくと、突然明るい場所に視界が開けた。

粗末な木造の小屋が見える。採掘者の休憩所だろうか。

前方に1人の男の姿が見えると、声を掛けられた。

 

「ほう、生きていたか・・・悪運の強い奴だ。」

 

この声の主は、当然1人しか居ない。



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14話

金髪、割れた顎、彫りの深い顔。全身が真っ黒な囚人服。

蓮太郎の目前に現れた脱獄囚は、昨日見た姿と寸分違わなかった。

 

「あの落盤に咄嗟に反応できたことは褒めてやろう。里見蓮太郎。」

「リトヴィンツェフ!さっきの崩落はお前の仕業か!」

「あぁ、坑道の分岐点に人が近づくと爆発するよう仕掛けておいた。」

「てめぇ・・・!」

「そういえば、お前の相棒はどうした?」

 

蓮太郎は返答に窮した。相棒の不在を正直に明かすよりは、所在を隠蔽し、奇襲を警戒させた方が、交渉上優位に立てるのではないか。そう頭に浮かんだ矢先、

 

「ユーリャ・コツェンコヴァ」

「何だいきなり?」

 

唐突に出された名に、蓮太郎は言い表せぬ恐怖を感じた。

リトヴィンツェフは、すぐには答えを明かさない。蓮太郎の目を凝視したまま、沈黙を保っている。ただ見つめられているだけだが、蓮太郎の鼓動は早くなり、冷や汗が噴き出してきた。せいぜい十秒程度の沈黙が、その何倍にも感じられた。

蓮太郎の不安を見透かすように、リトヴィンツェフは苦笑を浮かべ、沈黙を破った。

 

「ふん、冗談はこの程度にしておこう。分岐点に監視カメラを設置し、一部始終を見させてもらった。お前が相棒とはぐれたのを見て、私のユーリャも二手に分かれて待ち構えることにした。お前の相棒は、果たして何秒生き残れるかな?」

「ふざけんな!とっととお前を倒して、」

 

蓮太郎が、頭に血が上った勢いで床を蹴り出そうとした時、

 

「アンドレイ・リトヴィンツェフ。聖居の者を金か何かで篭絡したかは知りませんが、今度はわたくし聖天子の名の下に、国家転覆を企んだ重罪人として、極刑に処させていただきます!」

 

聖天子がピシャリと言い放つ。勿論、この程度の言葉でリトヴィンツェフを威圧できるはずもない。

言葉の矛先は蓮太郎の方だった。敵の口車に乗せられて、感情のままに突撃するのは敵の思う壺。昨日とは違い、こちらには敵に突き付ける『カード』がある。いずれ交戦は避けられないだろうが、まずは交渉で適切なタイミングで『カード』を切り、少しでも心理面で優位に立つことが得策。

聖天子の真意を理解した蓮太郎は、足を止め、元の場所に立ち戻った。

 

「ふん、何を勘違いしているかは知らないが、私は協力者として、依頼された通りに動いていたに過ぎない。首謀者はあなたの部下の中にいる。」

「ふざけないで下さい!誰がそんな世迷い事を信じるとでも!」

「哀れなものだな。現実離れした理想を掲げ、部下の誰もがその理想に共鳴し、実現に協力してくれると呑気に盲信する国家元首も、国家元首を屠り、自らが新たなリーダーとなることで、東京エリアが日本全土を統一できると私を手びいた英雄風情も。」

「そんな・・・そんな・・・」

「それと蓮太郎、ここまで来たのは残念だが、私を倒した所でリブラを止めることは出来ない。」

 

リトヴィンツェフの声色が勝ち気に変わっていく。

聖天子を論破し、蓮太郎にも絶望を突き付け、交渉の舞台を掌握しつつある。と、リトヴィンツェフは思い込んでいるに違いない。

ここで蓮太郎が『カード』を切った。

 

「あぁ、そう思って別動隊を研究所に送り込んでおいた。今頃は『ソロモンの指輪』と『スコーピオンの首』を奪回してるんじゃねぇかな?」

 

一瞬、返答に間が生まれる。

それでも勝ち気な表情を崩さないのは、数多の交渉の場を潜り抜けてきた経験がなせる業だろう。

 

「ほう、よくぞ見抜いた。流石は東京エリアの英雄だ。戦闘能力のみならず、洞察力もなかなかのものだな。」

「何余裕ぶっていやがる。後はおめーを取っ捕まえれば、任務完了だ。」

「本当にそう、思っているのか・・・?」

 

再び思わせぶりな質問を投げかける。だが、今度は蓮太郎は動じない。

 

「いや、そうは思わねぇ。お前というテロリストは、他人を利用するだけで信頼せず、常に不測の事態に備え、自分で手を下せるように準備しているはずだ。

お前がここで待ち構えていたのも、万が一の時、リブラに直接ウイルス放出の命令を送るためだろう。どんな方法かは知らねぇ。だが、お前をぶっ倒せば済む話だ!」

 

『カード』を突き付け、動揺を誘おうとした質問も撥ね退け、優位に立ったと認識した蓮太郎だが、単純な疑問が消えずに残っていた。

 

(リトヴィンツェフ単体で、蓮太郎を退けるつもりなのか・・・?)

 

ここまで如何に相手の動揺を誘うか、相手より優位な立場に立つかという舌戦が続いていたが、相手を挑発し、攻撃を誘うことに成功したとしても、肝心の戦闘に敗れては意味がない。

先程蓮太郎が短気を起こし、リトヴィンツェフに飛び掛かろうとした時だって、敵の挑発に乗る形であったとしても、跳び蹴り1つでリトヴィンツェフを戦闘不能に陥らせれば、リトヴィンツェフの計画は立ち消えとなる。

 

蓮太郎が新人類創造計画の機械化兵士であり、延珠無しでの戦闘能力が相当高いこと位、リトヴィンツェフは承知のはずだ。一方のリトヴィンツェフは、世界を震撼させたテロリストと言えど、所詮は生身の人間。単体の戦闘能力はたかが知れているだろう。

それでもなお、リトヴィンツェフは表情一つ変えず、蓮太郎の方を見つめて待ち構えている。この事実をどう捉えるべきか。

 

だが、蓮太郎は答えを求めることを諦めてしまった。

 

「天童式戦闘術 二の型十四番―――」

 

蓮太郎が当初の間合いを半分に詰め、リトヴィンツェフに向けて跳躍した。

その距離3メートル。

 

「お前が私に向かってきたのは勇気ではない。蛮勇だ。」

 

リトヴィンツェフは呟くのみで、動く気配を見せない。

 

「『隠禅・玄明窩』」

 

蓮太郎は2連続の蹴りを繰り出そうと、まずは右足を繰り出した。

残り2メートル。

 

「そして、蛮勇に覆い隠された恐怖は、いとも容易く露出してしまう・・・!」

 

リトヴィンツェフは両足と両手を開き、構える姿勢を見せた。

だが両者の間合いは、残り1メートルに迫っていた。今更何が出来ようと言うのか。

蓮太郎が繰り出した右足は、リトヴィンツェフの胴体へと吸い込まれていく。後は命中を待つのみ。そう思った矢先、蓮太郎は強烈な反発力を感じた。

 

「お前の迷いの解を与えよう。それは単純に、私が『強い』というだけに過ぎない。」

 

蓮太郎は右足首を掴まれる感触を覚えると、直後に振り回される感覚と遠心力に襲われた。身動きが取れぬまま投げ飛ばされ、坑道の未舗装の地面に叩きつけられた。

 

蓮太郎は天を仰いだ。



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