◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 (こいし)
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プロローグ

 いつも通り平和に続く日常の中に、ほんの少し刺激が欲しいと誰もが思う。

 ソレは例えば、登校中に曲がり角でヒロインとぶつかったり、不思議な転校生が登場したり、いきなり変な組織が現れたり、突然奇妙な能力に目覚めたり―――そんな漫画みたいな自分にも起こって欲しいと、一度くらいは考えてしまう。

 

 かくゆう俺も、そんなことを考えることはしょっちゅうある。

 平凡な家庭に生まれ、何不自由なく生きてきて早十五年。

 友達にも恵まれ、幼少から一緒にいる二人の幼馴染とは今も仲が良く、なんなら片方とは恋人でもある。体を動かす才能に恵まれたのか運動神経はずば抜けて優れていたし、スポーツはしていなかったが今のところ喧嘩で負けたことは一度もない。

 平凡な日々を送っているが、かなり恵まれた環境にいると思う。

 

 けれど、いつも思ってしまう―――何か違うと。

 

 これから始まる高校生活、どんなことが待ち構えているのかワクワクしてはいる。幼馴染たちと同じ学校だし、さぞかし楽しい高校生活になるのだろうと思う。けれど、華やかな高校生活以上の何かを期待してしまっている俺がいるのだ。

 どうしてだろうか?

 物心付いた頃からずっとそうだったからわからないけど、俺はずっと胸の中に燻るモヤモヤした何かの正体を探している。何かを忘れているような、俺ってこんなんだったかな? って思うような、そんな何かが欠落した感覚。

 

 ただ、二年前、幼馴染の一人が有名アーティストであるツヴァイウィングのライブで不幸な目に遭ったことがあった。ライブ中、特異災害として認定されている『ノイズ』という怪物の襲撃を受け、多くの人間が死んだ事件。

 あの時、幼馴染は残酷にも多くの遺族たちから迫害された。

 何故お前が生き残ったのかと、まるで自分は生きていてはいけないのだと言われているように、ずっと幾多の罵詈雑言浴びせられ、石を投げられ、学校でも虐められた。

 もちろん当時は俺も幼馴染としてできる限りその虐めや迫害から彼女を守ったし、四六時中傍で励ますことで幼馴染を支え続けた。その甲斐あってか幼馴染が自殺や鬱病に罹るといったことはなかった。とはいえ幼馴染の家庭環境は滅茶苦茶になったからノーダメージともいえない結果になったけれど。

 

 けれど、そんな幼馴染を襲ったこの一連の不幸な日々を俺は……何故か悪くないと思っていた。平凡な日常に訪れたその変化を、俺は、面白いと感じていたのかもしれない。幼馴染が大変だって時に、頭がいかれている。

 

 ともかくそんな感覚を抱きながら生きてきたのが、俺――泉ヶ仙珱嗄という平凡な男子高校生である。

 

「……」

「また退屈そうな顔してるよ、珱嗄」

「ん? ……ああ、未来ちゃんか」

「うん、待った?」

「それほど」

 

 するとそこへ、先の幼馴染の一人にして俺の現恋人である少女、小日向未来が声を掛けてきた。

 今は朝、高校へと登校する道の上――高校生活初日ということで、此処で俺は幼馴染の二人と待ち合わせをしていたのだ。そして電柱に寄り掛かってぼけーっとしていたところ、未来ちゃんが声を掛けてきたというわけである。

 朝だというのに何処か嬉しそうな表情の未来ちゃん。

 彼女と恋人になったのは、中学時代のこと。

 未来ちゃんの方から告白され、俺も彼女のことを好ましく思っていたのでソレを了承。晴れて恋人となったのだが……デートや手を繋ぐといった恋人らしいことはしつつも、それ以上にはどうも進めていない。

 俺がどうにもそういう気分になれなくて、いつも申し訳なく思うのだけれど、未来ちゃんもプラトニックなお付き合いを楽しんでいるらしく、俺はそんな彼女の言葉に甘えてしまっている。

 

「響ちゃんは?」

「いるよ、ほら」

「?」

 

 もう一人の幼馴染の姿が見えず、未来ちゃんに訊いてみる。

 すると、彼女は自分が来た方向へ指を差した。その指の先にいたのは、まだうつらうつらと眠そうにしながら遅れて歩いてきている少女がいる。

 彼女こそ俺の幼馴染のもう一人、立花響である。

 

「未来ぅ~……待ってよぉ」

「ほら響、しっかりして。いつまでも寝惚けてちゃだめだよ?」

「うぅん……それはそうだけど……ほら、春眠暁がどうのってやつ? 春の陽気は気持ちよくって」

「ははは、相変わらずだな響ちゃんは……おはよう」

「! あ、あはは、おはよう珱嗄……そういえば待ち合わせしてるんだった、恥ずかしいところを見せちゃったなぁ」

 

 俺が声を掛けると、響ちゃんの肩がびくっと跳ねた。寝惚け眼で俺の姿を捉えると、たははと笑いながら照れたように頬を紅潮させている。

 

「ま、遅刻するわけにもいかないし、行こうか」

「うん!」

「はーい」

 

 俺が歩きだすと、未来ちゃんと響ちゃんが俺の両隣に並んで歩きだす。

 平和で、幸福で、少し甘酸っぱいような、青春の一ページ。誰もが望むような少女漫画のような日常……可愛い幼馴染の恋人がいて、もう一人可愛い幼馴染がいて、これから始まる高校生活に胸躍らせる瞬間。

 

 まさしく恋愛漫画が始まりそうな王道的展開だ。

 

 いやはや全く―――……面白くない(・・・・・)

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 泉ヶ仙珱嗄という存在がどういう存在だったのか、この世界にソレを知る人間は誰もいない。

 何故なら当の本人ですら自分がどういう存在だったのかを覚えていないのだから、仕方のないことだろう。

 今まで数々の世界を渡り、あらゆる強者と戦ってきて尚敗北のない人生を送ってきた彼は、あまりにも強くなりすぎた。何兆という年月を生き、ありとあらゆる経験をしてきて、最早その精神は人外の領域――人間の起こし得る残酷さでは、彼の心を傷付けることなど出来はしないほどに。

 

 強く、強く、ただひたすらに強く、無敵以上に強く在った珱嗄という存在は、あらゆる世界で強烈な光を放っていた。

 勝つか負けるかではなく、どういう風に勝つのかしか選択肢にない珱嗄という存在に触れた者達は、例外なく彼に惹かれたのだ。

 

 だがそんな彼が、最後と決めたこの世界でその強さを手放している。

 

 彼を説明する上で、彼を理解する上で、彼の強さは欠けてはならない要素――今まで出会ったほとんどの人間がそう思っている筈だ。強さこそ、彼が彼であるために唯一必要なものであると。

 その強さを放棄することを珱嗄が選んだと知ったのなら、おそらく全員が絶句する。あらゆる人間が欲する強さを放棄する? そんな選択を取ることなど愚の骨頂……どうしてそんなことをしたのか、納得いくまで珱嗄に追及することだろう。

 

 

 けれど、その程度ではまだまだ珱嗄を理解出来ていない。

 

 

 珱嗄は強いから珱嗄として生きてこられたわけではない。

 あの傍若無人な振る舞いには確かに強さがいるのかもしれないが、珱嗄の存在を説明するのに必ずしもなければならないものではないのだ。彼はもしも最弱の存在だったとしても、違う形で同じように生きてきたはずだから。

 

 珱嗄が一番最初の世界で定義付けた自分の生き方―――娯楽主義。

 

 この世界の全てを娯楽として楽しもうとする、狂気的な思想。

 そう、文字通り全て。

 つまり人の生き死にですら、娯楽として楽しもうという思想なのだ。それは誰にでもできるわけではなく、唯一無二、珱嗄にしかできない生き方だ。狂人以上に人外の領域、誰もが足を踏み入れることができない領域。

 並外れた強さだけでは、到底真似できるはずもない。

 

 彼が彼であるために必要なのは、並外れた強さではなく―――狂気を超越した意志の強さ。

 

『面白くないと、面白くない』

 

 珱嗄の根底にあるこのシンプルな思想こそが彼の全てである。

 だからこそ、たかが強さを放棄したところで、彼の存在が揺らぐことはないのだ。

 けれど、珱嗄の予想を外れ――彼はこの世界に生まれ、自身のこれまでの記憶を全て忘れてしまっていた。

 神によって創られたチートを全て排除された新しい身体は、赤ん坊としてこの世界に産み落とされ、平凡な人間として成長してきた。

 

 かつての記憶を全て失い、強さも失い、果たして珱嗄は珱嗄としていられるのだろうか?

 

 娯楽主義に目覚めた瞬間も、人外の領域に踏み込んだ瞬間も、出会った人々とどんな関係を築いたのかも、全てを忘れても尚彼は、珱嗄として生きられるのだろうか。

 ソレは誰にもわからない。

 本人が本来の自分を忘れてしまっているのだから、過去を知る者がいない以上彼自身が全てを思い出す以外に彼らしさを取り戻す方法はない。

 

 けれど、本当にこの世界には彼の過去を知る者はいないのだろうか?

 

 今まで身体はそのままに異なる世界へと降り立ってきたというのに、何故今回は赤ん坊として普通に生まれ落ちるという形でこの世界にやってきたのか。

 今まで記憶はそのままに異なる世界へと降り立ってきたというのに、何故今回は記憶が失われているのか。

 

 神は本当に、珱嗄という存在を消失させてしまったのだろうか?

 

「待つのは慣れているさ―――誰よりも、ね」

 

 

 

 本当にこれが珱嗄にとって最後の世界。

 

 

 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生―――開始

 

 

 



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第二話 平穏の崩壊

 ―――生きるのを諦めるな!

 

 二年前……意識朦朧となっている中、そう言われたのを覚えている。

 トップアーティストである『ツヴァイウィング』のライブを見に行って、私はすぐさま輝かしいステージに魅了された。熱気と、光と、歌があった大きな会場で、大きくうねるエネルギーの一つとなって、私の心は感動を歓迎していたのだ。

 

 けれど、ノイズの襲来でそれは全て崩壊した。

 何千という人がノイズによって炭素へと変貌し、逃げようと出口に殺到した人々も人の圧力で転がり、踏み潰され、死んでいく光景。そして地獄へと変わってしまったあの会場で、私も死にかけた。

 

 ソレを救ってくれたのが、ツヴァイウィングであり、"天羽奏"さん。

 

 今はもう亡くなってしまった、私の命の恩人。

 あの時何故ツヴァイウィングの二人がノイズと戦っていたのか、どうして兵器が効かないノイズと戦うことができたのか、あの時の歌はなんだったのか、わからないことだらけではあるけれど、あの人たちが私を救ってくれたことだけは覚えている。

 

 そして、無事に生き延びることができたあの日以降は、もっと地獄だった。

 亡くなってしまった人々のご遺族の声が、社会を揺らして牙を剥いてきたから。

 ノイズによって家族を殺されたこと、我先に逃げようとする人の波に呑まれて死んだ人が多かったこと、そしてトップアーティストである奏さんが亡くなったこと―――これらの悲劇は、その行き場のない怒りを生還者に向けざるを得ない状況を作り上げてしまった。

 もちろん、それは生還者の一人でもある私にも牙を剥いた。

 自宅には大勢のマスコミや遺族の人たちが押し寄せ、心無い言葉や石が投げられる日々。世論とかバッシングとか報道とか、詳しいことなんて私にはわからなかったけど、お父さんも職場で辛い目に遭っていたみたいだし、リハビリを終えて学校に戻った私にも、酷いイジメが待っていた。

 

 どうしてお前が生き残ったのか。

 

 この人殺し。

 

 お前が死ねばよかったのに。

 

 絶対に許さない。

 

 そんな声を浴びせ続けてきた人たちが、私の心を壊そうと毎日毎日その怒りと憎悪の刃を振りかざしてきた。正直辛かったし、何度も泣いたし、死んでしまいたいとすら思った。私の居場所なんてどこにもなくて、私が生きていることは罪なんだと思った。

 

 それでも私が私でいられたのは、未来と珱嗄がいたから。

 私を襲ったイジメは、最初こそ誰にもバレないように影で行われていた。私も心配を掛けたくなくて、普段一緒に居ることの多い未来にだけはバレないように隠し続けた。

 それなのに、当時幼馴染というだけで頻繁に一緒にいるわけではなかった珱嗄が、最初に私の状況に気がついたのにはビックリしたかも。

 珱嗄は影で行われていたイジメを悉く未然に防いで、気がつけばずっと私の傍にいてくれた。それでフラストレーションが溜まったのか遂にイジメが堂々と行われるようになったけれど、それでも珱嗄はその全てを跳ね返してくれたし、流石に気がついた未来も私の味方でいてくれた。

 お父さんは家を出て行ってしまったし、お母さんも一時気を病んでしまったけれど、二人がいたから私は孤独じゃなかった。

 

 未来には凄く感謝している―――私のたった一人の親友。いつだって私の帰る場所でいてくれて、昔から私の陽だまりでいてくれることがどれほど私の救いだったか。

 

 珱嗄にも凄く感謝している―――私の大切な幼馴染。それほど関わりがなくなっても、小さい頃から変わらずずっと、知らないところで私を守ってくれていた。

 

 私の大切な人たち、私の絶対に失いたくないもの、それがこの二人。

 

 この二人を失う時があるとするならば……それはきっと、立花響(わたし)が死ぬ時だろう。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 私立リディアン音楽院高等科―――立花響と小日向未来が通う高校である。

 女子高故に珱嗄とは別の高校ではあるが、高等科だけで1200人もの生徒が在籍しており、小中高一貫教育ではあるが外部生も受け入れているので学生寮も備わっているという、設備の充実した場所だ。

 その名前の通り、音楽教育に力を入れたカリキュラムを組んでいる少し特殊な校風ではあるが、創立してから約十年というほぼほぼ最近できた新しめの学校である。

 

 響と未来はその教室内にいた。

 

「ねぇ未来……未来と珱嗄って付き合ってるんだよね?」

「ど、どうしたの響、急に……まぁ、そうだけど」

「いやぁ、恋人ってどんな感覚なのかなぁって思って。私、男の人を好きになったことなんてないし、周囲にいる男の人っていったら珱嗄くらいだったからさー」

 

 ぼーっと窓から空を見つめていた響は、ふと気になったのか未来にそんなことを訊いてくる。未来は予想外の質問に動揺してしまうが、響がただの興味本位で質問していることを知ると、少しほっとした様子で苦笑する。

 恋人ってどんな感覚――そう問われても、未来にはどうも形容しがたかった。

 珱嗄と付き合いだしてもう大分時間が経つけれど、珱嗄との間に何か進展があったかと言われればそういう訳でもないからだ。

 手を繋ぐ、抱きしめて貰う、デートをする、そんなありふれた恋人らしいことはしたけれど、キスなんて一度もしたことがないし、それ以上先のことなんて想像もできない。

 

 未来からすれば、珱嗄はあまり触れ合うことは好まない人間なのだ。

 

「……私にもわかんないや、ごめんね」

「えぇー! 恋人がいるのに?!」

「あはは……こういうのって多分、理屈じゃないからさ」

「そっかぁ……未来と珱嗄って私の前じゃあまりべたべたしたり、いい雰囲気になったりはしないから、二人きりの時は違うのかなーって思ったんだけど」

「……別に、変わらないよ?」

 

 響が机にぐでーんと身体を倒しながら言ったことに、未来は一瞬息が詰まったものの、ソレを表情に出すことはしなかった。無難に返事をして、いつも通り微笑んで見せる。

 未来自身にも、何故響の言葉につっかえたのかはわからなかったからだ。

 

「でも急にそんなことを言ってくるなんて、どうしたの? ……まさか、気になる人でも出来たの!? 響!」

「なななな!? ち、違うよぉ! ただ、ちょっと気になっただけで……」

 

 誤魔化すためにからかうつもりでオーバーに響をつついてみれば、先程の空気は何処へやら、響はあたふたして未来の想像を否定しに掛かる。笑って見せれば、からかわれたのを察して響はぷんすかと文句を言ってくる。

 こういう何気ないやりとりが楽しくて、未来も響もお互い一緒に居るのだろう。

 

 不貞腐れてしまった響を宥めながら、未来は話題を変えた。

 

「そういえば、今日は翼さんのCDの発売日でしょ?」

「はっ! そうだった!」

「いまどきCDなんて珍しいよね」

 

 今日はツヴァイウィングの片翼、風鳴翼の新CDの発売日であった。

 あんな悲劇があったものの、響は未だに翼のファンであり、その歌に魅了された一人なのである。CDも特典まで楽しみたいと思うくらいには、熱狂的なファンなのである。

 未来も、響がCD発売を心待ちにしていることを知っているからこそ、この話題を出したのだ。

 

「初回特典が違うんだよ~! 色々付いてるの!」

「じゃあ、早く行かないと売り切れちゃうんじゃないの?」

「あああ!? ごめん未来! 私すぐにいかないと!」

「はいはい、いってらっしゃい。気をつけていくんだよ」

 

 未来の予想通り、響は慌てて教室を出ていった。

 バタバタと慌ただしい彼女の姿は、やはり彼女らしく、未来もその姿にくすりと笑ってしまう。

 

 そうしてすぐ、未来は一人感慨に耽ってしまう。

 

「……恋人ってどんな感じ、か」

 

 珱嗄はどう思ってるんだろう、なんて考える未来。

 無意識に自分の唇に触れ、もしも珱嗄とキスしたのなら―――なんて妄想に、顔が熱くなるのを感じた。もしも、もしも、もしも、考え始めてしまえば止まらない妄想に、未来の頭がぷすぷすと煙を立ててしまう。

 なまじ優等生な未来は、色々とおませな知識も存じているので、余計に妄想が止まらなかった。

 ブンブンと頭を振って妄想を振り払うと、余計なことを考えない内に帰ることにした未来。響もCDを買ったらすぐに帰ってくるだろうし、お風呂掃除でもしながら待つのがいい、そう思ったのだ。

 けれど、未来は今日このあと響を襲う事件を想像もしていなかった。

 

 そして響だけではない。

 今日この日、珱嗄にも一つの出来事が起こるということも、彼女は知らない。

 二年前の悲劇から始まった物語。

 

 それは今日この日に、動き出すのである。

 

 

 




Merry Christmas with lot of love!(メリークリスマス、愛をこめて。)


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第三話 ノイズとシンフォギア

 ノイズという存在は、この世界において一種の特異災害として認定されている。

 自然災害と同じで人類の力ではどうにもできず、過ぎ去るのを待つことしか対処方法がない存在。今や世界共通で人類の天敵として恐れられている。

 彼らが出現してから、その存在は教育上教科書にも載るほどの脅威として教え伝えられているくらいだ。

 

 その特徴として、基本的に人間しか襲わない。

 

 物理攻撃、兵器による攻撃の効果がほぼない。

 

 人間に触れると触れた相手を炭素変換し、自身も崩壊する。

 

 時間が経つと自然と自壊する。

 

 様々な形状があり、人間大からビル程の巨大サイズまで様々なタイプのノイズがいる。

 

 こういったものが挙げられる。

 とどのつまり現代兵器では倒すことができず、触れられたら炭素に変換されて死んでしまう、大きいものならビルと同等の巨大なものまでいる存在だ。遭遇した場合逃げるしかないのだが、単体で遭遇してしまえば逃げ切れる可能性は少ないだろう。

 

 とはいえ、一生涯で彼等と遭遇する可能性など、一般的に生涯で通り魔に遭遇する可能性よりも低いとされている。ノイズの知識を頭に入れた上で、普通に生活を送っていればそんなに怯える必要もない。

 

 はずだった……。

 

 

 ◇

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 立花響は小さな少女を連れて走っていた。

 原因は後方から追いかけてくるノイズの集団。追いつかれれば死んでしまうのは考えるまでもなく明らかだ。

 彼女は二年前の事件で、ノイズの脅威がどれほどの物なのか実体験として知っている。彼らによって死んでしまう人を何人も見たのだ。その表情には、鬼気迫るものがあった。

 

 今日この日、ツヴァイウィングの片翼である風鳴翼の新CDを買いに響は走っていたのだが、CD店舗へと向かう道中で炭素と化した人々を発見。ノイズに襲われることとなってしまったのである。生涯で会う可能性の低さはどうしたと言わんばかりの理不尽さに、響は自身が呪われているんじゃないかと思った。

 そして逃げないといけないと思った矢先、母親とはぐれた少女を見つけ、彼女もノイズから助けるために手を引いて逃走を開始したのだ。

 

「おね、ちゃ……!」

「大丈夫! 私が守るからね……!」

 

 今にも泣き出してしまいそうな少女の声に、響は周囲を見渡しながら強く励ましの声をあげた。

 どんなに複雑に逃げ回っても、時に建物を乗り越え、時に透き通ってくるノイズを撒くことができない。そもそも彼らの数が多い。じわじわと逃げ場所を失っていく感覚に、響はどうすればいいのかと必死に頭を回していた。

 

 裏路地を駆け、川に飛び込み、建物の屋上へと上り、必死に逃げ回ったが、それでもノイズを撒くことができない。

 とうとう響は、逃げ場所の無い建物の屋上でノイズに取り囲まれてしまった。

 

「ひっ……!?」

「大丈夫……大丈夫だからね……!」

 

 諦めない、響はそれでも自分にできることを探す。

 それは二年前のあの日、自分を守ってくれた天羽奏に言われたからだ。どんな状況でも、どんなにどうしようもない怪我を負っても――

 

「生きることを諦めないで!」

 

 ――自分の命を、諦めてはならないと!

 

「!」

 

 その瞬間、響の胸に聖詠(うた)が浮かんだ。

 

「……"Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)♪"」

 

 その聖詠に突き動かされるように、響はその調を口にしていた。

 何故こんな状況で歌ったのかはわからない。けれどその歌には確かな力があると確信していた。

 

 その証拠に、響が歌い終えた瞬間――響の胸の中心から温かな光が生まれ、その光が響の身体を包み込む。

 

「ぐっ……ゥゥ……!?」

 

 響は自身の身体に起こっている変化に戸惑うが、それ以上に身体が内側から破裂しそうなほどの力の奔流に悶える。ガシャガシャと機械音のような音が背中から聞こえ、自分の四肢になにかが纏う感覚があった。

 そして体内を暴れまわる力が落ちついた時、響の姿は先程までの制服とは全く違うものに変わっていた。

 

 オレンジを基調としたインナーと手足に着いたゴツイアーマー。

 それはまるで、二年前に見たツヴァイウィングの二人が着ていた様なバトルスーツだった。なんだこれは、と思う響だったが、それよりもこの状況が変わっていないことに気付いてすぐに意識を切り替える。

 少女を抱き抱え、胸に次々浮かんでくる詩を歌い始めた。

 

 ‐撃槍・ガングニール‐

 

「(なんかよくわかんないけど、今はこの子を守らなきゃ!)」

 

 襲い掛かるノイズ、響は自身の感覚に従って屋上から跳ぶ。

 

「えっ!? ぅわわわわああああ!?」

 

 すると、自分の身体が思っていたよりも跳躍してしまう。自分の普段の身体能力からは考えられない程の跳躍力に驚き声を出してしまうが、どうにか転がるように地面に着地して、すぐさま背後を見る。

 やはりノイズは自分たちを追って屋上から飛び降りてきていた。

 

「っ―――……♪」

「きゃっ……!?」

 

 少女が何が起こったのかを理解する前に、響は駆け出す。

 少女を抱え、ノイズから遠ざかるために必死になって足を動かした。

 

『―――』

「(数が多いっ! どうしたら……!?)」

 

 それでもノイズはわらわらと数を増やし、行く手を塞ぐようにその姿を現してくる。

 そのバトルスーツのおかげか身体能力が向上した響は、ノイズの攻撃をオーバーな動きでどうにか躱す。身体を弾丸のように飛ばしてくるノイズの攻撃は、良くも悪くも直線的なので、戦闘経験のない響であってもどうにか逃げ回ることが可能だった。

 けれどその数の多さは、逃げ場所をじわじわと失くしていき、響の動きをどんどん鈍くしていく。

 

 そして遂に、逃げられない状態の響にノイズが飛び掛かってきた。

 

「あああっ!」

 

 しかし反射的に振り回した響の拳は、触れてはならないノイズを確実に捉え―――そして砕いた。触れれば炭素変換されてしまう筈のノイズを、響の拳は一方的に殴り倒してしまったのだ。

 響は目を見開いてその事実に驚愕する。

 

「(私が――倒したの……!?)」

 

 めまぐるしく変わるこの状況に、何もわからない。

 このバトルスーツはなんなのか、浮かんでくる詩は、この力はなんなのか、疑問に思うことが多過ぎて響の頭はパンク寸前だった。

 

 とにかく響は腕の中にいる少女を守ることだけで精一杯。

 

「くっ…――――♪」

 

 歌う、歌う、歌うことで力が漲るのを感じるから、とにかく歌い続けれなければならないと、響は焦燥感と使命感に突き動かされていた。

 ノイズの攻撃を避け、そして時に振り回した拳でノイズを倒す。

 

 けれど少しずつ自分の首が絞められていくのを感じていた。

 

「(このままじゃ―――……!!)」

 

 だがその瞬間、自分の歌とは違う、()が聞こえた。

 

 

 ――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 

 その歌が聞こえた時、響が見たのは……バイクの音と、光と、

 

 青く鋭い剣(・・・・・)だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

天羽々斬(アメノハバキリ)、現場に到着! そのまま交戦に入りました!」

「正体不明のガングニール装者と民間人は無事です!」

「わかった……頼むぞ、翼!」

 

 特異災害対策機動部二課。

 認定特異災害ノイズに対抗するために設置された政府組織だが、一般人が特異災害対策機動部と聞いて想像するのは、一課の方だ。

 一課も二課も特異災害であるノイズに対抗するための組織ではあるが、その違いはノイズに対抗する武装手段(・・・・・・・・)を保有しているか、どうか。

 

 そう、つまり響が二年前に目撃したツヴァイウィングと、今響が纏っているバトルスーツがソレ。

 

 FG式回天特機装束――その名も"シンフォギア"。

 

「あの数であれば翼一人でもどうにかなるだろうが……あのガングニールを纏った少女は一体……」

「奏ちゃんを失ってから二年……突如現れたガングニールのシンフォギア、ですか」

 

 指令室から響のいる現場の映像を見ながら話しているのは、風鳴翼を出動させた二課の面々。大柄で赤いシャツを着た男性が、ここの指令である風鳴弦十郎。

 この状況下でも冷静であり、現場で交戦している響や翼の姿を見ながら頭の中で状況を整理している。とはいえ思考を回しても、響という存在の正体は掴めない。

 

「状況が終了次第、あのガングニールの少女を拘束し話を聞きたい……人員をそちらに回せ、悪いが緒川も現場へ急行してくれ」

「了解です」

 

 ならばまずは事情聴取が先だろう。正体不明とはいえ、映像を見る限りでは然程危険ではなさそうだったので、弦十郎はノイズ掃討完了後に確保することにした。

 だが、その前に翼と響、そして民間人の少女が無事に生き延びることが先決。普通の人間ではノイズを相手に戦うことができない。弦十郎は年端もいかぬ少女たちに戦わせることに歯噛みしていた。

 

「司令、まもなく交戦が終了します。翼ちゃん及び、ガングニール装者と民間人は無事です」

「……そうか、今回のノイズの被害者は?」

「確認できているだけでも、数十名規模の炭素化が見られています」

「くっ……出現後の出動故に後手に回ってしまうのはわかっているが……」

 

 交戦が終了し、響たちの無事が確認されたことで一先ずは安堵の息を漏らす弦十郎。

 だが、確認されているだけでも数十名の民間人がノイズの被害に遭って命を落としている。詳細に調査すればもっと被害に遭っている民間人は多い筈だ。

 ノイズに対して後手に回ってしまう現状にもどかしさを感じるが、ノイズの生態が明らかになっていない以上どうしようもない。

 

「仕方ないわよ、弦十郎君……今は、この手に残ったものを大事にしましょう」

「了子君……ああ、そうだな」

 

 そんな悔しさに拳を固く握りしめる弦十郎に、白衣を着た女性が声を掛けた。

 彼女の名前は櫻井了子。

 この特異災害対策機動部二課においてシンフォギアを制作した天才科学者であり、シンフォギアを作り上げた『櫻井理論』の提唱者だ。

 

 弦十郎は了子の言葉に意識を切り替える。

 

「司令、翼ちゃんの交戦とは別件ですが……こちらの少年(・・)についてはどうされますか?」

「ああ……そうだな、どうしたものか……」

 

 すると、交戦が終了したことで映像が切り替わり、今度は別の場所の映像が映し出される。それは現在進行形の映像ではなく、街の監視カメラが収めていた録画映像だった。

 そこには、ノイズが出現し街の人々が逃げ惑う中、一人異彩を放つ少年(・・)が映っていた。

 

 ノイズが人々を襲う中で何故か、その少年だけは見えていないかのように無視したのだ。

 

 といっても、少年は人々に危害を加えるわけでもなく、ノイズが襲ってこないのならばと避難誘導に務めている。至って善良で勇気のある民間人の振る舞いをしていた。

 二課の避難誘導が間に合わない中、彼のおかげで被害を免れた民間人も多い。真っ当な判断であれば賞賛こそされ、避難されるいわれは欠片ほどもない。

 けれど、ノイズに襲われない人間など過去一度も確認されていないのだ。

 

「……彼にも話を聞きたいところだが、現状我々が彼に同行を強制する権限はない……彼には申し訳ないが監視を付けて様子を見よう」

「……了解しました」

「了子君はどう思う?」

「そうね……ノイズの生態にまだ隠されている何かがあるのか、もしくは彼自身にノイズを退ける何かがあるのか……私にもまだ想像は付かないけれど、ノイズに対抗できる手段は現状『櫻井理論』に則って聖遺物の力を活用したシンフォギアのみ……だとするならば、彼は何かしらの聖遺物を所有している可能性もありうるかしら?」

「そうだな……後で緒川に彼の身辺調査を頼むとしよう」

 

 弦十郎はそう言って、未だ謎の多いノイズに襲われない少年を見る。映像の向こうでは勇敢にも民間人の避難誘導に務めていた彼の姿があったが、弦十郎はどこか薄ら寒いものを感じていた。

 まるで、異形の怪物が人間の形を取っているような……そんな直感でしかないが。

 

 とはいえ、今はこちらに連れてきているガングニール装者、立花響を歓迎する用意をすべきだろう。

 

 そう思い、弦十郎は大きく溜息を付いた。

 

 

 




珱嗄シリーズの更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。
それでは今後ともよろしくお願いいたします!

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こいし:@koishi016_kata


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第四話 太陽と陽だまり

次回あたりから、また色々物語進むと思います汗


 夜も更けて尚明るい街を彼は歩いていた。

 不意に着信音が鳴る―――通話ボタンを押した。

 

「……うい、どうした未来ちゃん?」

 

 携帯の画面に表示されたのは、恋人である小日向未来の名前。

 彼女がアイコンにしている響とのツーショット写真がデカデカと画面に表れており、通話が開始されたのを一秒ごとに通話時間を刻む時間表記が示していた。

 恋人である以上こうして電話をすること自体はよくあることであったが、事前にメッセージを送ることなく突然電話が来ることは珍しい。

 彼――珱嗄はその珍しさから、何かあったのかと考えた。

 

 珱嗄の問い掛けに対して、携帯の向こう側の彼女は少し言葉を選ぶような間を置いてから、不安そうに語り出す。

 

『あのね、響が帰ってこなくって』

「響ちゃんが? 寮の門限は過ぎてるだろ?」

『そうなの……鍵を開けておけば隠れて入ってくることはできると思うんだけど、連絡しても返ってこないし……今日は近くでノイズが出現したらしいから、ちょっと心配で』

 

 未来が心配しているのは、響が帰ってこないことだった。

 ノイズの出現をニュースで知った未来は、響が巻き込まれたのではないかと思って不安になっているようだ。

 

「なるほどね……でもまぁ、ノイズの件に関しては大丈夫だと思うよ。俺も現場にいたけど、響ちゃんの姿はなかったし」

『え、珱嗄も現場にいたの!? 大丈夫!?』

「あー……まぁ、大丈夫だよ。怪我はないし、今帰ってるところ」

 

 けれど、珱嗄はその現場にいた。

 普段の響の人助けというわけではないが、逃げる人々を誘導し、ノイズから多くの人を救う為に尽力していたのだ。珱嗄はノイズが出現する瞬間から現場にいて、そこで被害に遭った人も目撃している。そこで響の姿は見ていないし、避難していく人の中にリディアンの制服を着た生徒の姿はなかった。

 

 少なくとも、珱嗄が知る限りでは響がノイズに殺されたということはない。勿論可能性がないわけではないが、珱嗄も余計な不安を煽らないよう言葉を選んだ。

 

『よかった……』

「まぁ、じきに帰ってくると思うよ。響ちゃんのことだし、また何処かで人助けでもしてるんだろ」

『だと良いんだけど……』

 

 珱嗄は未来の言葉を聞きながら、少し黙り込む。

 考えるのは、つい先程遭遇したノイズの件。

 

 何故かノイズたちは、珱嗄を見ても襲い掛かるどころか無視したのだ。

 

 それが珱嗄の脳裏に引っ掛かっていた。

 珱嗄にはノイズたちにスルーされるような要因など心当たりがなにもない。自分だけが見逃されたという事実は、大きな疑問と共に一つの考えを生み出してしまう。

 

 ノイズは人間のみを襲う。

 

 つまり襲われなかった珱嗄は人間ではない(・・・・・・)、という可能性。

 

「……」

『珱嗄……? どうしたの?』

 

 急に黙ってしまった珱嗄に未来が心配そうな声を出す。

 だが珱嗄は、自分の胸中に渦巻く感情に少しだけ困惑していた。ノイズと自分の間に何が起こったのか、何故見逃されていたのか……そういった疑問とは別で、珱嗄の胸中は穏やかではなかった。

 

 だからだろう、珱嗄が放った言葉に未来は驚いてしまう。

 

「……未来ちゃん、ちょっとしばらく連絡取るの控えてもいいか?」

『えっ……ど、どうして? 私、何かしちゃった?』

 

 元来心優しい未来は、珱嗄の言葉に対して自分が何かしてしまったのかと思う。響の件とは少し違った不安を感じてしまい、恐る恐るといった風に珱嗄に問いかけてきた。

 

「いや、そういうわけじゃない……ちょっと、考えたいことがあって」

『あ……そう、なんだ……珍しいね、なにか悩みごと? 私で良ければ聞くよ?』

「ああ……でもまぁ、まだ俺の中で整理が付いてないから、もう少し自分の中で整理してみるよ、ごめんね」

『そう……わかった。言ってくれれば私、いつでも力になるからね』

 

 珱嗄と幼い頃から共に居た未来からすれば、珱嗄に悩みが生まれたということが少し驚きでもあった。未来からみて、彼は小さい頃から勉強も運動も人並み以上にでき、人に好かれることも多い一種のカリスマすら持っている人物だったからだ。

 憂鬱そうにしていることはあれど、何かに悩んでいる姿など見たことがなかったし、彼にできないことなど何もなかった。

 

「ありがとう、じゃあ落ちついたらこっちからまた連絡するよ」

『……うん』

 

 そんな珱嗄が悩んでいる時に、恋人である自分が力になれないというのは少し寂しく思う未来。珱嗄もそれを感じとったのだろう、電話を切る前に少し苦笑しながら一声掛ける。

 

「今回みたいに不安な時とか、緊急時とか、どうしても話したい時は遠慮せず連絡してくれていいから……未来ちゃんにしんどい思いさせてまで距離を置こうとは思ってないよ。まぁ……少し時間が欲しいだけだから」

『……うん、わかった。じゃあ早めに整理を付けてね? あんまり放っておかれると私、寂しすぎて死んじゃうかも』

「ハハハ、わかったよ。じゃあまたね、おやすみ」

『おやすみ……珱嗄、好きだよ』

「! ……さんきゅ」

 

 ぷつ、と電話が切れた。

 珱嗄は少しの間画面を見た後、携帯をポケットに仕舞う。

 

 恋人同士、理想的な会話だったようにも思う。

 不安な時に電話を掛けられ、ソレを受け止められる関係であり、悩みあることを打ち明けられ、ソレを支えたいという意思表示が素直に出来る関係であり、互いの気持ちを汲み取ってきちんと想いを伝えられる関係。

 恋人としてこれ以上なく理想的で、甘酸っぱくも信頼と安心が感じられるようなやりとりは、おそらく誰もがこうなりたいと思うようなやりとりだっただろう。

 

 珱嗄自身も、先程の電話で未来に掛けた言葉は嘘ではない。

 不安な時や何かあった時は連絡してくれて良いと思っていたし、未来にしんどい思いをさせたくないと思ったのも本当。

 

 けれどやはり珱嗄の胸中は違和感に包まれていた。

 

「なんなんだろうなぁ……」

 

 夜の街の明かりを見上げ、珱嗄は自身が憂鬱なのを理解する。

 

「どうしてだろうな、あの時俺は……」

 

 珱嗄はノイズが出現した時、危ないと思った反面、少しワクワクしたのを覚えている。そして自分がノイズに無視されたとき、何故だと思った反面、高揚したのを覚えている。

 あの時珱嗄は、自分の置かれている状況にこう思ったのだ。

 

 ―――面白い。と

 

 人間じゃないのかもしれないと不安になったのは本当だ。

 けれど人間じゃなかったからといって、怖いとは思わなかった。寧ろ、それはそれで面白いと思ってしまったのだ。普通に考えて、普通ではない。

 

「……未来ちゃん、ごめんね」

 

 そしてなにより、今の電話で未来から十分すぎるほどの愛情を向けられて嬉しいと思う反面……違うと思ってしまった。

 未来のことは好きな筈なのに、珱嗄は何かが違うと思ってしまっている。未来を通して、未来じゃない誰かを探してしまっているような、そんな感覚。

 

 とどのつまり最低かもしれないが、珱嗄は未来との関係を素直に受け入れられていないのだ。

 

「さて……そこにいるのは誰かな?」

「! ……気付かれるとは思いませんでしたね」

「いや、実は全然気付いてなかった。本当に出てきてびっくりしてる」

「……」

「……なんかごめんね」

 

 珱嗄は突如背後から現れたスーツ姿の人の好さそうな男性に少し驚きながら、気まずい空気に同情した笑みを浮かべながらぺこりと頭を下げた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……」

 

 一方、電話が切れた後の未来はというと、珱嗄の様子が違うことに響とは別の不安を感じていた。

 元々珱嗄と自分の間に気持ちの差があるのは、未来も気がついている。未来自身、そこまで鈍感ではないからだ。人のことを気遣い、空気を読んで行動することもできる未来からすれば、珱嗄の気持ちが自分のものとは少し違うことくらいすぐにわかる。

 とはいえ、珱嗄が自分のことを大切にしてくれていることも感じているからこそ、珱嗄が自分を嫌っているだとか、ましてや恋愛感情を抱いてくれていないとは思っていない。

 

 ただ不安なのだ、珱嗄がいつか自分に愛想をつかしてしまうかと思うと。

 

 珱嗄が別れ話を切り出してくる気配もないからこそ、未来はそれに甘えて恋人関係を継続しているが……いつかそんな話が珱嗄の口から出てくるかもしれないと思うと、不安で不安でたまらない。

 

「はぁ~……ただいまぁ」

「! 響、どうしたのこんな時間まで……心配していたんだよ?」

「ちょっと色々あって……あれ、未来……ど、どうしたの?」

「え、な、なにが?」

「なにがって……泣いてるよ? ご、ごめんね! 心配かけちゃって、私なら大丈夫だから……ね、泣かないで?」

 

 響の言葉で、未来は自分の頬を伝う涙に気がついた。

 未来を泣かせてしまったかと、響は慌てて未来を宥めるが、未来の瞳からはポロポロと涙が溢れて止まらない。

 

 未来自身も自分の感情がわからず、ただただ涙が流れる感覚に戸惑いを隠せなかった。

 

「……響」

「なに!? 私にできることなら何でも言って!」

「……ごめんね、私少し情緒不安定になってるみたい……」

「未来……?」

「不安なの……響も、珱嗄も……いつか私から離れて遠くにいっちゃうような気がして……不安で不安でたまらないの」

 

 だからとりあえず、自分が今感じていることを言葉にした。

 二年前の事件、自分が響をライブに誘ったことで響を失いかけたこと、その後響が謂れのないバッシングを受けて彼女の家族がバラバラになったこと、未来は今でもずっと後悔している。そして珱嗄との関係にも、ずっと自分が珱嗄の重荷になっているのではないかという不安が積もりに積もっていた。

 

 そして今日、ノイズの事件が起こって響が帰ってこず、珱嗄からも一時的に距離を置きたいという連絡が入った。

 

 未来は二年前の事件で響を失いかけたトラウマがフラッシュバックし、同時に珱嗄から距離を置きたいという連絡が入ったことで、二人が同時に自分の傍からいなくなってしまう恐怖を感じたのだ。

 珱嗄が思った以上に未来の心は揺れ動いていたし、響が思った以上に未来は追い詰められていた。

 

「……大丈夫だよ未来、私も珱嗄も、未来を置いて離れていったりしないよ」

 

 響は未来の心が弱っているのを感じて、包み込むように抱き締めながら未来を慰める。何があったのかはわからないけれど、自分の親友が素直に泣くこともできずにただ涙を流している姿は、あまりに痛々しかった。

 未来は響の胸におでこを擦りつけるようにして、普段の彼女とは違って甘えるように響の身体にくっつく。

 

 今はただ、響の言葉を信じるしかできない。その言葉が嘘でないことを、信じるしかなかった。

 

「ありがとう、響……ごめんね」

「いいよ、未来は私の陽だまりだから……いつだって、私が帰ってくる場所は未来の傍なんだよ。未来がいるから私は安心できるんだ」

「……珱嗄も、そう思ってくれてるかな?」

「珱嗄は……どうだろ? あはは、私もわかんないや」

「……そこは嘘でもそうだって言うところじゃない?」

「う、ごめん」

「ぷっ……あはは、いいよ……そうやって嘘がつけないのが、響だもんね」

「えー!? ちょ、未来、私のこと馬鹿にしてない!?」

「あははっ」

 

 響の言葉は未来の不安を少しずつ溶かしていく。

 どうにか涙を止めることができ、未来は響の優しさと温かさに感謝した。響は自分のことを陽だまりと言ってくれるが、未来にとって響は太陽なのだ。彼女がいなければ、今の自分はないと思う。

 

 だからこそ、二人は親友なのだ。

 

「響、今日はくっついて寝たいな」

「もー……いいよ、甘えんぼの未来はレアだからね」

「ふふふっ」

「あははっ」

 

 そうやって、二人は抱き合いながらしばらく笑い合っていた。

 

 




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第五話 ガングニールとは違う、異質者

 ノイズに襲われない少年を見た時、私は内心穏やかではなかった。

 

 そういう類の聖遺物を所持しているか、何かしらの能力を持っているかなど、可能性としてはないわけではない。けれど単純に、ノイズが敵として認識していない存在である可能性の方がシンプルにあり得ると思ってしまった。

 つまり人間ではないということ。

 どんなに特殊な力を持っている者であっても、人間である以上はノイズに襲われる。

 シンフォギアのようにそれに対処できる力があるわけでもなく、ノイズと敵対しない存在など私は一つしか思いつかなかった。

 

 失われしかつての先人――カストディアン。

 

 ノイズを創った者たちのアヌンナキの一柱であるのなら、ノイズに襲われないことも説明がつく。自分がこの時代まで生き永らえている以上、彼らの一人がこの時代まで密かに生きている可能性は十分に考えられる。

 

「……だとしたら、確かめる必要があるな」

 

 その結果……我々人類との繋がりを断ち、人と人とを繋いでいた統一言語を奪い取った存在であるのなら―――

 

「その行動のツケを支払って貰う……!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ノイズの襲撃があった翌日の朝、珱嗄はリディアンの地下――特異災害対策機動部二課へと赴いていた。

 昨晩思わぬ形で自分を尾行していた男から――名前を緒川慎次というらしい――ノイズに襲われない自分の映像を見て、身辺調査をしていたと説明を受ける。

 その際二課の存在とその組織の活動内容についてもある程度説明を受けていた。珱嗄自身、ノイズに対抗するべく設立された組織ならば、自分のような存在を見て調査をすることも当然だと納得している。

 

 昨晩は夜も遅いということで、翌朝二課に来てほしいという提案をしてきた緒川。強制力はないので嫌なら断って貰っても構わないとのことだったが、珱嗄はすぐに首を縦に振った。

 

「! お待ちしていました。ご案内します」

「うん、よろしく」

 

 まだ生徒が登校してきていない早朝故に、うっすらと空が白んできた頃だ。

 リディアンの校門前で、件の緒川慎次が珱嗄を出迎える。

 響や未来の通っている学校が対策本部になっているというのは少々驚きではあったが、珱嗄の胸中はこの時点で中々に上機嫌であった。日常の中に訪れた非日常の展開に、珱嗄は意図せずワクワクしてしまっているのだ。

 

 自分が人間ではないかもしれないということなど、些末なことだと思えていることに気がつかずに。

 

「こちらです」

 

 緒川に連れられ、地下へと下る仰々しいエレベーターに乗せられる。

 ガシャン、という音と共に手すりが出てきたのでそれに捕まると、ゴゥンという機械音と共に普通とは少し違う速度でエレベーターが急降下し始めた。かなり地下深くに本部があるようで、降下中には妙な模様の描かれた壁が広がっている光景が見える。

 

 珱嗄はその壁を見て、自分の直感が何かを訴えかけているような感覚になった。

 

「……この壁、興味深いな」

「そうですか? この地下本部を創った時からあるので、僕にはピンときませんが……ご興味があるようでしたら、創設に関わった櫻井了子さんという方もいらっしゃいますので、お話を伺ってみると良いかもしれませんね」

「櫻井了子、ね……覚えておくよ」

 

 今まで、珱嗄はこの直感に従って悪いことになったことがない。

 自分の直感が示したものは、例外なく自分が面白いと思えたものばかりだったからだ。それほど頻繁に働くわけではないが、最近ではよく働くようになっている。

 二年前の事件しかり、ノイズしかり、この壁しかり、最近では珱嗄の身の回りに何か変化が起こり出しているように思えた。

 

 そうしてエレベーターから見える景色が暗くシャットアウトされて数秒後、ようやく目的地へと辿り着いた。

 そしてエレベーターを降りて少し歩いた先、大きめの扉の部屋に入ると、

 

「ようこそ! 人類防護の砦、特異災害対策機動部二課へ!」

 

 そんな声と共にクラッカーがパンパンと鳴らされた。

 

「……」

 

 まるでパーティでも始めるかのような光景に珱嗄は愛想笑いを浮かべていたが、その笑みに若干の嘲笑が混ざっている。

 珱嗄が無駄に緊張しないように緩い空気を作ろうとしてくれているのだろうが、そもそも緊張などしていない珱嗄からすれば空回っているようにも見えたからだ。

 

「ん?」

「……」

 

 すると見覚えのある顔に気がつく。

 賑やかな空間の隅の方で、一人不愛想な顔をして立っている少女がいたのだ。

 メディアや芸能界に然程興味がない珱嗄でも知っている有名人、響が大ファンであるアーティスト"風鳴翼"だ。何故此処に彼女がいるのか、疑問に思う。

 

「突然のことなのに出向いて貰ってすまないな、俺は風鳴弦十郎……この二課で責任者をしている!」

「私は櫻井了子、よろしくね♪」

 

 首を傾げる珱嗄に、大柄の男性と白衣の派手目な女性が話しかけてきた。

 風鳴弦十郎と櫻井了子、片方は先程名前を聞いたので、珱嗄は一先ず翼から視線を切って二人と向き合う。二課の責任者である風鳴弦十郎の名前を聞けば、翼と何かしらの関係があるのだろうと予想もついた。

 

 自己紹介されたので、珱嗄も自己紹介を返す。

 

「俺は泉ヶ仙珱嗄、まぁ……ただの高校生だよ。よろしくね」

「急にこんな場所に連れてこられて平然としているなんて、肝が据わってるわねぇ」

「命の危機って訳でもないし」

「そして年上でも臆することはない、と……中々の大物だな! ハッハッハ!」

 

 敬語を使わない珱嗄に気を悪くすることもなく、弦十郎と了子は人の良い笑みを浮かべてソレを受け入れた。元々来なくてもいい所にわざわざ来てもらった手前、珱嗄に気を遣っているのかもしれないが、ソレを除いても二人の人が良いのは珱嗄も理解できた。

 

「さて、用意したものは好きに飲み食いしてくれて構わない! 朝食になるだろうからメニューは軽めだが、味は保証するぞ」

「それはどうも……それで、本題は?」

「ああ、そうだな……君も登校時間があるからな。すまない、早速本題に入らせてもらおう……まぁ、これでも飲むと良い」

「ありがとう」

 

 弦十郎からオレンジジュースを渡され、珱嗄はソレを受け取る。

 本題に入る為、部屋に設置されていた長ソファに弦十郎と了子、珱嗄の三人が腰掛けた。緒川も話を聞くためかソファの後ろに立っている。

 

 自白剤などの可能性も考えたが、だとしてもやましいことは特にないので珱嗄は普通にジュースを飲んだ。

 

「翼、お前も来い」

「……はい」

 

 すると弦十郎が離れた所にいた翼を呼ぶ。

 この時点で、珱嗄は翼がノイズ対策において何らかの重要ポジションにいることを察した。弦十郎や了子の人が良いのがわかったので、翼の様な年端もいかぬ少女が、ノイズなんて危険な存在に対抗する組織にいることを良しとする筈がないと思ったからだ。

 翼が近づいてきた瞬間、珱嗄の直感がまた働いた。

 

 翼の首に掛かっているペンダントに付いている赤い結晶(・・・・)に、視線がいく。

 

「名前くらいは知っているかもしれないが、風鳴翼だ。わけあって、俺達と共にノイズ対策に動いてくれている」

「風鳴翼だ…………なに?」

「あらあら、珱嗄くんってば思春期なのはわかるけど、そんなにジッと翼ちゃんの胸を見ちゃ駄目よ?」

「なっ……!? 貴方……!」

「違う、そこじゃない」

 

 ジッと見ていたのが悪いのだろうが、珱嗄をからかってくる了子とそれを聞いて自分の身体を隠して睨んでくる翼に、珱嗄は淡々と否定を返した。

 そして珱嗄が翼の首に掛かっているペンダントを指差すと、全員が少しだけ緊張したのが伝わってくる。まさしくソレは、この二課が抱えている機密中の機密なのだ。

 

 それに初見で目を付けてくる珱嗄に、若干の警戒を覚えてしまう。

 

 そして珱嗄はその警戒をすぐに見抜いた。

 

「……ふーん、そのペンダント何か秘密がありそうだね」

「珱嗄君……君は何者だ?」

「ただの高校生だよ、そのペンダントにも直感的に興味を引かれただけだしね」

「ノイズに襲われていなかったのは、君がなにかしたのか?」

「いいや? ノイズに会ったのは初めてだったけど、俺自身なんで無視されたのかはわかってない。だから此処に来たんだけど……そんなことより面白そうなものが隠されてそうだね」

 

 一気に珱嗄の空気感に持っていかれたことで、弦十郎含めこの場にいる面々は若干やりづらそうにしている。

 政府機関として普通より交渉に長けている筈の自分達が、たかだか一高校生にやりこまれている現状に、驚愕を隠し得ない。本来なら、先程のペンダントへの指摘で動揺したことだって隠せたはずなのだ。

 なのに全員が動揺を隠し切れず、また警戒したことを瞬時に見抜かれた。

 

 これは予想していなかったが、緊張させないようにパーティを催した反面――珱嗄がきてからは、弦十郎達の方が緊張していたのかもしれない。

 

「まぁ、詳しくは訊かないよ。面倒くさそうなものに関わる気もないし」

 

 けれど珱嗄はこれ以上の追及をしない。

 面白そうなものを見つけたけれど、それでも機密事項であれば今後の生活に面倒な要素が増えそうだからである。それに、珱嗄の直感では今関わらなくとも今後より面白い展開で関わる気がしているのだ。

 

 この直感に従って外れたことは一度もない。

 であれば今急いで干渉する必要もない。

 

「そうか……そうしてくれると助かる。いやはや、俺達もまだまだ未熟だな」

「珱嗄君って、高校生にしては何処か貫禄があるというか、無意識に恐縮しちゃう雰囲気の持ち主よねぇ」

「そう? まぁ、昔から同級生にも敬語を使われることが多かったけど」

 

 珱嗄が攻め手を緩めたからか、弦十郎も了子も少し肩の力が抜けたらしく、わかりやすく溜息をついた。やられたとばかりに苦笑する弦十郎だったが、了子の珱嗄に対する分析は珱嗄以外の三人が共通して同意する。

 

 珱嗄はどこか自分達よりも年上というか、格上のような貫禄と雰囲気があるのだ。映像では伝わらなかったものの、実際に対面してみると思わず圧倒されてしまうほどに。

 

「とりあえず、ノイズに襲われなかったことに関して君は心当たりはないということだな?」

「そうだよ、まぁあの時は都合が良かったけど」

「君のおかげで助かった命も多い。その件に関しては、全面的に感謝させてくれ」

 

 弦十郎が頭を下げた。他の面々も深々と感謝を伝えるために頭を下げていた。

 珱嗄はそういう感謝をされたくて避難誘導をしていたわけではないので、早々に頭を上げさせる。

 

「とりあえず、もう登校時間も近いし……そろそろ帰ってもいい?」

「ああ、朝早くに時間を取らせてすまないな。帰りは車で送らせる」

「好待遇じゃん、じゃあよろしく」

 

 そうしている内に時間も経って、そろそろ高校生は登校し始める時間だ。

 弦十郎も訊きたいことは訊けたのか珱嗄の帰宅を認め、送迎の準備を指示する。車を運転するのは緒川なのか、立ち上がった珱嗄に対し、来た時同様緒川が案内を務めるようだ。

 

「それじゃ、またね」

 

 珱嗄は次があることを確信しながら、先行する緒川に付いてその場を去っていく。

 弦十郎は珱嗄のその言葉に、やはり薄ら寒いものを感じてしまうのだった。

 

 

 




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第六話 ノイズに触れられる少年

 珱嗄が二課で事情聴取を受けた日から約二週間、これといって変化のない日々が続いていた。

 無論、世間的には大いに変化のある二週間だったと言われている。なにせ、生涯に一度遭遇するかどうかというノイズの出現が、ここ最近この近辺で立て続けに起こっているのだ。被害者の数はその度に増えていっているものの、二課の迅速な対応もあってどうにか最大限被害は抑えられている。

 無事に装者として二課の一員となった響と、元々の装者であった翼の二人の活躍によるところが大きいだろう。

 

 とはいえ、この二週間の出動の度に共闘を重ねた二人であっても、そのコンビネーションはあまり上手くいっていない。

 

 二年前の事件で互いに因縁のある二人ではあるが、翼は大切な相棒であった天羽奏を失い、彼女が身に着けていたガングニールを身に纏う響を受け入れられないでいる。また響も翼の力になりたいと思いながら、戦場に立つには覚悟も意志も足りていないことを突きつけられ、深く悩んでいた。

 

「あぁ~……どうしたらいいんだろ」

「響、最近変じゃない? なにかあったの?」

「んー……大丈夫、なんでもない! へいきへっちゃらだよ!」

 

 学校の机に項垂れる響を心配して声を掛ける未来。

 しかし響も二課のことやシンフォギアのことは機密事項とされているので、話すわけにもいかず、平気だと言い張るしかなかった。

 未来は確実に何かあるはずなのにソレをひた隠しにする響に、自分の中でまた心配が募っていくのを自覚する。

 

 珱嗄との連絡を控えるようになってからも二週間なのだ。

 自分の大切な二人が何か悩みを抱えていることを知りながら、何もできない状況に歯噛みしてしまう。

 

「……」

 

 未来は無意識に携帯に目がいった。

 珱嗄に連絡を取ろうかと思ったのだ。この二週間、珱嗄に電話をしようと思った回数は数えきれない。未来にとって見れば、今までずっと平穏に三人仲良く過ごしてきた日々が突然崩れ去ろうとしているのだ。必死にもなる。

 

 二週間。未来とて二週間我慢したのだ、十分だろう。

 

「あっ……ごめん未来、ちょっとまた用事ができちゃった! 先に帰ってて!」

「あ、響―――……もう……」

 

 するとそのタイミングで響の携帯から着信音が鳴り、項垂れていた響が慌てて去ってしまった。未来が呼び止める前に姿を消してしまった響に、未来は肩を落とす。

 

 そしてそのまま携帯を手に持つと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながらコールした。

 

「……」

 

 アプリ通話独特の呼び出し音が数度繰り返された後、繋がる。

 

『……未来? どうした?』

「連絡してごめんね珱嗄……でも、どうしても声が聞きたくて」

『ああ、いいよ。俺もある程度心の整理が付いてきたから、そろそろ連絡取ろうと思ってだんだ』

「そっか……悩みの方は解決したの?」

『んー半々ってとこかな? 時間が解決してくれるのを待つしかないかって感じ』

「そう……ひとまずは落ちついたみたいで良かった」

 

 電話の向こうにいた珱嗄の様子は、未来が思っていたよりも深刻そうではない。悩みもある程度解決の糸口が見えているのか、珱嗄の声色も然程落ち込んでいなさそうな感じで、未来も少しほっとする。同時に、自分の中にあった心配ごとも少し軽くなっていくのを感じた。

 

 けれど今度は響の方の様子がおかしくなっており、それに変わりはない。未来はこのことを珱嗄に相談することにした。

 ここ二週間響の様子がおかしいことを珱嗄に説明し、珱嗄の意見が欲しいことを伝えると、珱嗄は少しだけ考えた後に未来に問いかけてきた。

 

『響ちゃんが急用で頻繁に何処かへ行くようになったのはここ二週間のことなのか?』

「え、うん……最後に珱嗄と電話した日から、度々何処かへ行っては疲れたように帰ってくるようになって……授業中も上の空なことが増えたし、心配で……」

『……未来ちゃん、響ちゃんが急用で出ていった日の日付とかわかる?』

「え、えっと……ついさっきも急用で出ていっちゃって……前は三日前と、一週間前と……えーと、九日前と、十三日前かな? 多分だけど……」

『なるほど…………うん、とりあえずは大丈夫だと思うよ。可能性の段階でしかないけど、ちょっと調べてみればわかりそうだし……何かわかったら連絡するよ』

 

 珱嗄の問い掛けに記憶を辿りながらたどたどしく答えると、珱嗄は何かしらの推測ができたのかそんなことを言ってくる。未来はこれだけの情報で推測が立てられる珱嗄に驚愕しながらも、珱嗄が大丈夫だと思うと言ったことで少しだけ気持ちが軽くなった。

 とはいえ、心配が拭えたわけではない。

 

「響、危険なことに足を突っ込んでないよね……?」

 

 推測であっても、響の身に何か危険が迫るようなことであってほしくないという未来の問いに、珱嗄の返答は数秒の沈黙のあと、返ってきた。

 

『断定はできないけど、危険なことである可能性も十分あるかもしれないな』

「っ……!? ど、どういうこと? なんで響がそんな……」

『断定はできないって言っただろ? 落ちつけ未来ちゃん……まぁ、偶然かもしれないけど、響ちゃんが急用で出掛けた日の大半が最近のノイズの出現した日と被ってるから、もしかしたらノイズ関係で何かあった可能性もある』

「そんな……だとしたら響は何処でなにを……?」

『俺の方に心当たりがあるから、少しそこを当たってみる。とはいえ予想が当たっていれば、響ちゃんが炭素になって見つかる、なんてことにはならないと思うからあまり心配しなくても大丈夫だと思うよ』

 

 未来は珱嗄の大丈夫という言葉に、一抹の不安を抱えながらもとりあえずは話を呑み込んだ。ノイズに関わっている可能性があるというだけで、断定されたわけでもないし、仮にそうだったとしても珱嗄の予想では響がノイズに殺されるようなことにはならない。

 それに、珱嗄には響が何処に行っているのかの心当たりがあるという。何処までも頼りになる珱嗄の対応に、未来は電話を掛けて良かったと思った。

 心配も不安も拭えない。けれど今は珱嗄の予想を信じるしかない。

 

「ねぇ珱嗄……今から会えない?」

『ん? まぁ、放課後は空いてるから良いけど』

「じゃあこの後公園で待ち合わせ……いい?」

『わかった……何か買い物とかか?』

「ううん……ただ、珱嗄に会いたいの」

『……了解、すぐ行くよ。じゃあまたあとで』

「うん」

 

 プツッと通話が終わる。

 未来は少しの間通話が切れた携帯を見つめた後、黙って荷物をまとめ、不安を振り払うように教室から飛び出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 天気は晴れ。日が暮れ始めた時間でも、街を行き交う人の喧騒は止むことを知らない。

 家族や子供、学生やお年寄りなど、年齢層もバラバラな人々が集まる公園を見下ろすように、高台の上に立つ少女がいた。

 

 銀色の髪にアメジスト色の瞳、小柄な割にスタイルが良いのが一目で分かり、顔立ちも整った、かなりの美少女である。

 その首には赤い結晶の付いたペンダントをぶら下げており、その手には少し機械色の強い杖の様なものを持っていた。

 

「……こんなとこでおっぱじめろってのかよ……! 何考えてんだ、フィーネの奴」

 

 ガシャ、という音と共に杖を掲げる少女は、苦々しい表情を浮かべながらその杖を起動させた。中央に添えられていた赤紫色の水晶が光り、その光は眼下の公園に数体のノイズを生み出す。

 そして生み出されたノイズはその存在を全うするかのように人々を襲いだした。

 

「きゃああああ!!?」

「ノイズだ! 逃げ―――ぐぁあ!?」

「ワンッ! ワンッ!!」

 

 逃げ惑う人々、逃げ遅れた人々、炭素変換されて死んでしまう被害者が続々と増えていく中、襲われない犬が敵意を剥き出しにして吼える声が公園に響き渡る。

 叫びと恐怖の悲鳴と動物の鳴き声が混ざり合い、混沌とした状況が生み出された。

 とはいえ幸か不幸か、少女がノイズを生み出した場所があまり人の集中していない場所だったからか、近くにいた人以外は無事に逃げのびることができている。公園から人が蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 

 けれど、そんな中公園に入ってくる人影があった。

 

「なっ……なにしてんだアイツ!」

 

 少女は高台の上から浮かない顔で現れた少女を見て、慌てた表情を浮かべる。どうやら落ち込んでいるのか、周りが見えていないようだった。少女はノイズに気がついていない。

 反射的に助けようとした少女だったが、今回彼女は表だって動くことを禁止されていた。そのことを思い出し、足を止めてしまう。ノイズを生み出したのは少女の意思であったが、その表情から、一般人が死ぬことを良しとしているわけではないようだった。

 けれどノイズは容赦なく公園に現れた少女の方へと迫っていく。

 足音に気がついたのか、少女がようやくノイズに気がついた。だが気がついた時には既にノイズはすぐ傍までやってきている。

 死は免れない――高台の少女は目を背けながらそう思った。

 

 しかし、いつまでたっても悲鳴は聞こえてこない。

 

「!」

 

 変だと思って再度目を向けると、そこには先程までいなかった人物が少女を抱えてノイズから離れた場所にいた。見たところただの男子高校生だが、少女の知り合いなのか二言三言言葉を交わしている。距離が遠いので、なんと言っているのかは聞こえない。

 けれど少年が現れた瞬間、ノイズたちの動きが緩慢になる。まるで獲物がいなくなったかのような様子で、うろうろするばかりだ。

 

「なにが……アイツ、なんなんだよ!?」

 

 少女は突如現れた少年が何かしたのかと様子を伺うが、少年が少女に逃げるように言ったのか、少女が少し躊躇ったあと、自分がやってきた入口へと走っていく。

 すると少女を視界に捉えたノイズが獲物を見つけたとばかりに動きを再開した。今度こそとばかりに少女を狙うノイズを遮るように、少年がノイズの前に出た。

 触れれば炭素になってしまうというのに、自殺志願者のような行動に高台の少女は目を見開いて驚かされる。

 

「なにして……!?」

 

 だが、少女の予想に反し、少年はノイズを掴んで投げ飛ばしてみせた。

 その動きは少女から見ても戦い慣れていて、無駄のない動きで多数のノイズを相手に優位に立ち回っている。自分の後方へと一匹たりとも通していない。

 

 シンフォギアを纏ってもいないのに、人の身でノイズと戦えるなど明らかに人知を超えている。考えても少女の頭では目の前の光景に説明がつかなかった。

 

「アレが……フィーネが此処で暴れろって言った理由か……? 一体なにもんだアイツ……」

 

 ノイズを倒せてはいない。ただ投げ飛ばしているだけなので、ノイズが消滅させられるわけではないようだ。けれどそれでも十分すぎるほどの異常である。

 そうして逃がした少女が姿を完全に消した瞬間、ノイズたちはまた緩慢な動きに戻り、時と共に自壊して消えた。

 

 少年は無傷のまま、ノイズたちが消え去った後の公園に一人立っている。誰がどう見ても、彼がノイズを撃退したようにしか見えない光景。

 するとそこへ黒い車が数台やってきた。おそらくは二課の面々がノイズの出現を感知してやってきたのだろう。

 

「……まぁ、命令はこなしたんだ。文句はねぇだろ」

 

 高台の少女は車から降りてきた二課の職員と少年が話しているのを見て、その場を去る。今回は此処でノイズを暴れさせるだけの命令だったので、大人しく撤退することを選んだ少女。

 

 だが、撤退する直前に少年の方をチラリと見た。

 

「……チッ、なんだってんだ」

 

 くしゃくしゃと自分の髪を掻きながら、胸に燻るもやもやとした感情を吐き出し、今度こそ少女は去っていった。

 

 

 

 




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第七話 対ノイズ性

明けましておめでとうございます。


 珱嗄と公園で待ち合わせをしてから、私は心に重石が乗っているような感覚を振り払うようにまっすぐ公園目指して駆けた。

 周りを見ずに走ってきたからどこをどうやって来たのかは覚えていないけれど、慣れ親しんだ道だったからか気付いた時には近くまでやってこれていて、息を整えるために歩きながら公園の入り口へと向かう。

 走ったことで疲れたのと、頭の中でぐるぐると嫌な想像ばかりが浮かんで、自然と視線は地面へと向けられていた。

 

 すると、そこへ人のものとは違う柔らかな足音が複数聞こえてくる。

 普段中々聞かない音に自然と顔があがり、地面へと割かれていた視界が今まで見えていなかった前方の景色へと移動した。

 

「なっ……!?」

 

 そして私の視界に入ってきたのは―――死神(ノイズ)だった。

 

『―――』

 

 ぐにゅぐにゅと動く度に奇怪な音を発する怪物たちは、問答無用で私に襲い掛かってくる。私は足が竦んで動くことができなかった。

 

 死ぬ―――……一秒後、私は塵となってこの世から消える。

 

 死に直面して脳が活性化しているのか、動くことはできないけれど、ノイズの動きがゆっくりに見えた。少しずつ私の身体に近づいてくるノイズの触手、あと数十センチという距離が埋められようとしている。

 けれどその瞬間、視界に青黒い色が入ってきた。

 硬直して動かない私の身体が温もりに包まれ、大きく後ろへと跳ぶ。視界いっぱいにいたノイズたちが遠くへと移動し、地面を掴んでいた私の足はいつのまにか空中に浮いていた。

 

「―――……え?」

「ふー……間に合ってよかった、怪我ないか? 未来ちゃん」

「おう、か……?」

「そうだよ、珱嗄さんだよ」

 

 そこまできてようやくスローモーションだった私の時間が元の時間に戻ってきた。

 珱嗄が助けてくれたことを理解すると、反射的にか、忘れていたように大きく息を吸い込んだ。

 

「お、珱嗄……逃げなきゃ!」

「うん、とりあえず未来ちゃんは出口に向かって走れ。こいつらは俺が相手するから」

「何言ってるの!? ノイズに触れたら死んじゃうんだよ!?」

「わかってるよ……大丈夫だから、行って」

 

 珱嗄が何を言っているのかわからなかった。

 ノイズに触れてしまえば炭素になって死ぬ。そんなこと小学生でも知っている一般常識だ。ましてやついさっき珱嗄が助けてくれなければ私もそうなっていた。

 

 それを知って尚、珱嗄は私を逃がそうとしている。

 

「嘘! 大丈夫じゃないでしょ!?」

「嘘じゃないよ……本当にどうにかする手段はあるんだ。いいから早く走れ」

 

 見ればノイズは珱嗄を前に全然動く気配がない。緩慢な動きでうろうろするだけになっていた。目の前に襲う対象がいるというのに、どういうことだろう。

 珱嗄が何かしているのだろうか、だとしたら何故珱嗄はノイズに干渉する手段を知っている? 本当にどうにかする手段があるというのだろうか?

 

 珱嗄の目が一瞬こっちを見た。その視線に、私は珱嗄が嘘を言っていないと感じる。

 

「嘘だったら……怒るからね……!」

「ハハ、了解」

 

 私は言いたいことを呑み込み、へたり込んだ状態から力強く立ち上がって走り出した。入ってきた公園の出入り口へと向かい、陸上をやっていた時と同じ位の集中力で身体を動かす。きっと火事場の馬鹿力なのか、陸上をやっていた当時の自分よりも速く走れているような気がした。

 私が走り出したからか、背後からノイズの動く気配がする。けれど、振り返っている暇もなければ余裕もない。私は珱嗄を信じて、ただ前へと走ることに全力を尽くした。

 

 出入り口に設置されていた防止柵のポールをハードルのように飛び超える。

 

 そして入り口前の道路を曲がって、公園から少しでも離れるべく足は止めない。そこでチラッと見えたのは、珱嗄がノイズを投げ飛ばしている光景だった。

 

「え!?」

 

 足が止まる。今までにないくらいの集中力が一気に霧散するのを感じた。寧ろこけそうになったくらいだった。

 触れたら死ぬノイズをどうにかする手段が、ノイズを掴んで投げるという暴挙。思わず目が飛び出しそうになるくらい驚愕するに決まっている。

 

 足を止めた私は、ぽかーんと開いた口を閉じることなくその光景に呆然としていた。

 触れたら死ぬんじゃなかったの? どうして珱嗄はノイズを投げ飛ばしているの? 夢? 漫画みたいな光景なんだけど? ノイズが宙を飛んでいるんだけど。

 

 そんなことばかり頭をぐるぐるして、先程ノイズに殺されかけた時とは違う意味で動くことができない。状況が一切許容できないでいる。

 

「なにこれ……?」

 

 そうして私はノイズが自壊するまでの間、最早珱嗄がノイズでお手玉しているんじゃないかという光景を呆然と見続けていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ノイズが自壊した後にやってきた数台の黒い車からは、珱嗄の予想通り二課の職員が姿を見せた。二週間前、珱嗄が事情聴取を受けた時にいた顔がちらほらといる。

 向こうは珱嗄も覚えていないだろうと思っているかもしれないが、珱嗄はあの日にあの場にいた職員の顔を殆ど覚えていた。

 

 そして車に遅れてバイクに乗った翼もやってくる。おそらくはノイズ撃退の為に出動してきたのだろうが、出番はなかったということでシンフォギアを纏ってはいない。

 響の姿がないのは、弦十郎たちが珱嗄との接触を妨げた結果だろう。

 調べれば珱嗄と響が幼馴染であることくらいすぐにわかるのだ。珱嗄はなんとなく響が二課に関わっていると予想しているが、響が珱嗄と二課の関係を知って動揺させないように配慮したのだろう。

 

「珱嗄!」

「ああ、無事だったか未来ちゃん」

「無事だけど……もうなにがなんだかわかんなくて……」

 

 未来が珱嗄に駆け寄り、パニック状態のままわかりやすく困惑していることを伝えてくる。そんな未来に珱嗄は苦笑しながら、必死に走ったからか乱れた未来の髪を手櫛で整えた。自分の髪を整えてくれる珱嗄に未来は一瞬驚きつつ、自分よりも大きな手の温もりに逸っていた鼓動が落ちつくのを感じる。

 そうして珱嗄が未来のリボンをきゅっと付け直すと、未来はすっかり平静を取り戻すことができていた。逆に顔が熱くなるのを感じるものの、嫌な気分ではない。

 

「珱嗄、さっきノイズに触れてたけど……大丈夫なの?」

「うんまぁ、これといって怪我はないよ。響ちゃん風に言うなら、へいきへっちゃらってやつだ」

「そう……よくわからないけど、良かった」

 

 未来は珱嗄が手のひらをひらひらと揺らしながら平気だと示したことで、ホッと胸を撫で下ろした。そんな未来を見て、珱嗄はその手を未来の頭にポンと置く。少しだけクセのある未来の黒髪をくしゃりと撫で、珱嗄は心配かけてごめんねと一つ謝った。

 

 するとそこへ二課の職員がおずおずと話しかけてくる。

 

「良い雰囲気の所すみません、少しお話を伺ってもよろしいですか?」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「うん、良いよ」

 

 ノイズの対処にきた二課の職員だったが、思わぬ形でノイズが消滅していたので話を伺いたいようだった。

 未来は恋人のやりとりを見られて恥ずかしかったのかパッと離れ、珱嗄は照れた様子もなくそれに頷いた。自分だけが恥ずかしい想いしたからか、未来は若干珱嗄をジト目で見上げながらむくれた顔をする。

 ソレをスルーして珱嗄は職員を話をし、一人ずつ話を聞きたいということで、まずは珱嗄が先に話をすることになった。

 

 そして未来が唇を尖らせてむくれているのを見て、珱嗄はまた苦笑する。

 

「そうむくれないでくれ。俺もあまり柄じゃないなって思ってるよ」

「その割には手馴れてるみたいだけど?」

「未来以外に恋人がいたことなんてないのは知ってるだろ?」

「……もう、ずるいんだから」

 

 珱嗄がむくれる未来を優しく抱きしめると、未来は口調だけは不服そうだが、表情はどんどん緩んでいく。結果、珱嗄のことを許してしまっていた。惚れた方が負けとはよく言ったもので、未来は珱嗄に甘い。

 

 苦笑しつつ、珱嗄は二課の職員に付いていく。おそらく車の中で話を聞くつもりなのだろう。するといつの間にか車内に乗り込んでいた翼と目が合う―――どうやらただの事情聴取という訳にはいかなそうだった。

 そして車に向かって歩く最中で、珱嗄は公園を見下ろせる高台の方へと視線を送る。そこには誰の人影もないが、珱嗄の口元は緩やかに弧を描く。

 

「そろそろ……面白くなりそうだね」

 

 誰にも聞こえないような音量で、珱嗄は呟いた。

 

 

 ◇

 

 

 珱嗄たちが事情聴取を受けている中、二課の司令本部では困惑した空気が流れていた。

 当然だろう、ノイズを相手に素手で戦う民間人など非常識でしかない。しかも何が困惑するかって、珱嗄とノイズの戦闘において聖遺物の反応が一切感知されなかったことだ。

 

 二課ではシンフォギアを扱っている故に、聖遺物の扱いに関しては他組織よりも一歩抜きんでている。

 シンフォギアとは核となっている聖遺物の欠片のエネルギーを、装者の歌の力で増幅させ、そのエネルギーをバトルスーツへとと再構築したもの。そして詳細は省くが、シンフォギアの持つ機能によってノイズと戦うことを可能としているのだ。

 その際にシンフォギアとなった聖遺物の欠片から感知されるのが、アウフヴァッヘン波形という個々の聖遺物によって異なる波形パターン。

 二課ではそれを感知することで、如何なる聖遺物であろうとも起動したことをすぐに知ることができる。

 

 つまり、珱嗄が聖遺物を使ったのならすぐにわかるのだ。

 

 しかし、今回珱嗄がノイズとの戦いを繰り広げている最中に聖遺物の反応はなし。正真正銘身体一つでノイズと戦ったということになる。

 

「どういうことだ……?」

「聖遺物の反応がない以上、彼自身の身体がノイズの特性を無効化する何かを持っている可能性があるわね……もしくは、聖遺物とは違う超常の力を持っているか……」

「以前此処に彼が来た際、佇まいやその身体つきからよく鍛えられているとは思ったが……今回の戦いを見ても、身体能力的に人間の枠を超越したものではなさそうだった……無論、高い身体能力であることは間違いないが」

「……見れば見る程、異質な子ね……泉ヶ仙珱嗄君」

 

 弦十郎と了子は珱嗄の戦闘データと映像を見ながら、そう分析する。

 聖遺物ではない超常の力を使っているのなら、此方が感知できないのもあり得ない話ではないが、パッと見た感じでは高い身体能力と戦闘技術を持ってはいるものの、人間の域を超えた部分は一切ない。

 彼の身体そのものに何かしらの対ノイズ性があるとするのなら、ソレを調べるためには詳しい身体検査を行う必要がある。

 

 現状、弦十郎たちには珱嗄という存在をどうするかの結論が出せない。

 

「民間人である以上、下手に手出しできない所が歯痒いな」

「そうね……でも私たちの仕事はノイズによる被害をどうにか食い止めることよ。響ちゃんや翼ちゃんのこともあるし、今はできることからやっていきましょ♪」

「ふー……そうだな、今は彼に話を聞きにいかせているし、念のため翼も付けているからな。彼に関しては情報を待つとしよう」

 

 弦十郎は眉間に寄った皺を解すように息を吐くと、その太い首をコキコキと鳴らしながら気持ちを切り替えた。

 

 

 




改めまして、明けましておめでとうございます!
昨年はオリジナル作品も書籍化を達成し、珱嗄シリーズも最終作ということで、作家として一つの節目となった良い一年になったのではないかと思っております。
また、自分の中でもやりたいことや表現したいことが増えて、今年はそれが形になるよう全力を尽くしたいと思っています!

2020年、オリンピックなどの大きな変化を迎える年。

私自身も表現者として大きく成長し、結果に繋がるよう精進致しますので、今後とも応援よろしくお願いいたします!

今年も一年、皆様にとって良い年になるよう祈っております。

こいし



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第八話 愛という言葉は

 それからまた二週間、つまり新たなガングニール装者と対ノイズ性を持つ少年が発見されてから一ヶ月が経ったことになる。

 珱嗄と未来が二課と接触を持ち、その後未来も含めて密かに二課からの調査、監視を受け始めた一方、晴れてガングニール装者として戦場(いくさば)に出るようになった響はというと……。

 

「一月経っても……噛み合わんか」

 

 未だにその未熟さと迷い、そして翼と打ち解けられない現状から、装者同士の連携が取れずにいた。弦十郎がノイズの対処にあたる二人の映像を見ながら、困った様にそう呟く。

 響は元々戦場とは無縁な人生を送っていた少女だ。シンフォギアという力を手に入れたからといって、戦闘技術においてはからっきしである。その身を剣と見立てて己を磨いてきた翼と比較することすら、烏滸がましいレベルのド素人。

 

 しかも歩み寄ろうとする響を翼が拒否している以上、土台無理な話だった。

 

「はぁ~……私って呪われてるかも」

 

 リディアンの中庭、昼休み。

 未来や友人たちと昼食を食べている中、響はぐったりと疲れたようにそう呟く。翼との関係や使いこなせていないシンフォギア、戦場に立つために必要な覚悟や強い意志もない自分――あまりにも薄っぺらな自分に、重すぎる責任に押し潰されそうだった。

 

「……」

「……? 未来? どうしたの?」

「え? あ、いやなんでもないよ……」

「あ、そ、そっか、ならいいんだけど……」

 

 響が普段なら優しく声を掛けてくれる未来がぼーっとしているのに気がつき、どうしたのかと声を掛けたが、未来はそれに対して何でもないと明らかに何かを隠す。

 それに対し響自身も未来に隠し事をしていることもあって、深く踏み込むことができずぎこちない空気になってしまった。

 

「なんか最近、ヒナもビッキーも変な感じじゃない?」

「なにかあったんだろうけど、喧嘩してるわけじゃなさそうだし」

「彼氏とかと何かあったんじゃない? 確か二人の幼馴染でしょ?」

「あー……」

「ありそー……」

 

 そんな二人を見て、一緒にご飯を食べていた三人の少女たちがこそこそと話す。

 どうやら彼女たちは未来に彼氏がいることや、響との関係も知っているらしい。二人が喧嘩をしているわけではないというのなら、真っ先にその彼氏のことが話題に上がるのも仕方のないことだろう。

 現に、彼女たちが彼氏の話題を出した途端、未来の肩が少し揺れた。

 

「未来……? その、珱嗄と何かあったの?」

「なんでもない! なんでもないから……響だって、最近変じゃない。急用で何度も何処かへ行っちゃうし」

「それは……その、色々あって……あはは」

「……響だって私に何か隠してるじゃない……私のことだって、響には関係ないでしょ」

「あぅ……」

 

 響も三人の話が聞こえていたのだろう、未来におそるおそる訊いてみるが、未来に痛い所を突かれて押し黙ってしまう。お互い二課に関わっており、お互いが人には言えない悩みを抱えているのに、それを一人ではどうにもできない状態でいる。

 

 力になりたいと思い合う二人は、その気持ちが強ければ強いほど反発し合う結果に繋がってしまっていた。仲が良く小さい頃から一緒にいた二人だからこそ、この現状は互いにとって悪循環にしかならない。

 

「……」

「うぅ……」

「はぁ……アニメならモノローグが聞けるのに」

 

 友人の少女の呟きは、そうなればどれだけいいかとこの場の全員に思わせた。

 結局、この日の昼休みの時間は、重たい空気の中過ぎていった。

 

 

 ◇

 

 

 二週間前、珱嗄と未来は事情聴取を受けた時に伝えられたことがある。

 それは、今後二人、特に珱嗄には監視が付けられるということだ。珱嗄はノイズに襲われず、また触れても炭素変換されないという対ノイズ性を持つということが発覚したので、それが他国、特に米国政府などに知られると少々まずいことになるというのが理由である。

 

 ノイズという脅威が人類にとって天敵として認識されている今、珱嗄のノイズに襲われないという性質は、人類が喉から手が出る程欲する性質だ。にも拘らず、それに加えてノイズに触れても炭素変換されないという対ノイズ性まであるとすれば、最早身体の至る所から手が出るほどに欲されるに決まっている。

 その肉体に如何なる秘密があるのか、あらゆる方法で調査しようとする者が現れてもおかしくない。そう、あらゆる方法――人体実験すらも含めたあらゆる方法で、だ。

 

 そういった国家の力に晒されないように守る意味も含めて、二課からの監視兼護衛を付ける必要があると説明されたのである。

 珱嗄はそれに対してやや面倒そうな反応を示したが、未来はそれに対して顔を青褪めさせた。

 

 自分の大切な人の秘密が知られれば、他国からその命を狙われる可能性があるというのだ。青褪めもする。

 

「(珱嗄の秘密は、絶対に漏らしちゃいけない……!)」

 

 未来は決意した。珱嗄の秘密は、絶対に誰にも明かしてはならないと。

 何処から漏れるかわからないのだ、友人や家族にも言ってはならない。当然、響にもだ。響や家族を信頼していないわけではない、口にしたことでソレを別の人間の耳に入れることが恐ろしいのだ。

 

 未来の中にあった不安は膨らみ続ける。

 身体が無意識に震え、夜も眠れないほどの恐怖に襲われていた。未来には国一つ分が持つ力など想像できない。ましてアメリカなどという大国が個人の命を狙い、そして手に入れることがどれほど容易いかくらい、子供でもわかる。

 明日には珱嗄に会えなくなっているかもしれない。

 今この瞬間に珱嗄の身に危険が及んでいるかもしれない。

 珱嗄が、死んでしまうかもしれない。

 そしてそれを響に相談することはできないし、響に心配を掛けたくないという未来の優しさ。

 

 未来の心はボロボロだった。

 

 この一ヶ月、珱嗄も響も自分から離れていくように一緒に過ごす時間が減った。

 二人とも何か大きな悩みを抱えているのはわかるのに、ソレを相談してくれない。自分には二人の力になることができない。

 二人が自分の手の届かない遠くへいく夢を毎晩のように見るようになった。不安でたまらなくなる。

 響が急用で何度も何処かへ行くようになった。その度、疲れ果てて思いつめた様な顔で帰ってくる。自分には何も話してくれない。

 珱嗄が距離を取りたいと言ってきた。悩みがあると打ち明けてはくれたが、それを自分には話してくれない。不安を打ち明け、ソレを励ましてくれたけれど、会えない時間が長くなるにつれてより大きな不安になっていく。

 響がずっと一緒に居ると言ってくれたけれど、その言葉が嘘のように響と一緒に居る時間もなくなっていく。一緒にお風呂に入ると、その身体に傷がついているのがわかった。

 珱嗄に電話で相談したら、響が危険なことに足を突っ込んでいる可能性があると言われ、彼女を失う恐怖心が生まれた。胸が張り裂けそうなほど不安が大きくなる。

 そして珱嗄に会おうとした途端、彼の持つ秘密が彼を殺すかもしれないという事実が発覚し、その秘密を自分も背負うことになった。

 

 響と珱嗄、大切な二人の幼馴染を同時に失ってしまうかもしれない現実に未来は絶望した。

 

「(どうしたらいいの……? どうしたら、どうしたら……なにか、なにかないの、二人を守る方法は……どうしたら……私になにか……なにか……)」

 

 フラフラと歩きながら、未来はトイレに入る。

 不安によるストレスで吐きそうになった。洗面台で口を抑えながら嗚咽を漏らし、吐き気を呑み込む。ジワリと涙が滲んだ。

 

「はぁっ……はぁ……」

 

 呼吸が乱れる。苦しかった。

 

「私は……私には……何も、できないの……? ……うっ……うぅ……っ……!」

 

 滲んだ涙はどんどん溢れ、遂に決壊してしまう。

 トイレであることなど構いもせず、未来はその場にへたりこんで泣きだした。今は放課後、人気は少なくトイレに入ってくる生徒もいない。

 

 孤独が余計に未来の胸を締め付けた。

 

 こんな未来の状態を、響も珱嗄も、気がつけずにいる。

 それが将来、最悪の事態を生む引き金になることも知らずに。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 最近の出来事とは全く関係ない話だが、俺の母親はかなりの子煩悩というか、一人息子である俺を溺愛している。

 物心ついた頃からその愛情表現は多彩でわかりやすく、かといって距離感も心地いいという、母親の理想形のような人だったように思う。

 

 溺愛と言ってもべたべたくっついたり、欲しいものをなんでも与えたりするわけではなく、付かず離れずの距離感で俺を見守り、俺を様々なアプローチで正しい方向へと導き、言葉巧みにやる気を出させるのだ。俺という個人を理解し、俺という個性を把握している彼女は、母親としての能力が非常に高かった。

 

「ああ、おかえり珱嗄」

「ただいま」

「最近はなんだか楽しそうだね、何か面白いことでもあったのかな?」

「まぁ、少し刺激的な出来事が増えてきてね」

「そう……最近は退屈そうな顔ばかりだったから、久々に楽しそうな顔が見られて嬉しいよ。ご飯でも食べながらゆっくり話を聞かせてもらおうかな」

「はは、そんな面白いことでもないんだけどな」

 

 家に帰った俺をいつも温かく出迎える母。

 俺はこの母が疲れているところを見たことはないし、どんなに小さいことでもミスしているところも見たことがない。何でもできるし何でも知っているこの母は、所謂完璧超人という奴だろう。

 学校に通うようになってからは同級生と過ごす時間の方が長い筈なのに、成長して尚俺のことを誰よりも理解している。未来や響を含めても、この母以上に同じ空間にいて楽な人物を俺は知らない。

 

 だから俺はこの母を尊敬しているし、家族として素直に愛している。

 

「今日は珱嗄が今食べたいものを作ったよ、何が食べたい?」

 

 母がリビングの扉に手を掛けながら、悪戯な笑みを浮かべてそう聞いてくる。おそらく食事の準備は既に済んでいるのだろう。俺が帰ってくるタイミングを予測していたのかもしれない。

 つまり答え合わせということか。

 

「んー……じゃあピザ」

「ふふふ」

 

 ガチャッと扉が開かれ、中に入ると、テーブルの上には出来立てなのか湯気の立ったピザがデン、と存在していた。

 

「さ、手を洗っておいでよ」

「……流石だね」

 

 見事俺の食べたいものを当ててご満悦の母に、俺は苦笑しながら洗面台の方へと歩いていく。何が流石って、ピザのトッピングさえ俺の好みに合わせて作られていることだ。

 本当にこの母には頭が上がらない。

 

「珱嗄」

「ん?」

「最近、未来ちゃんとはどうなのかな?」

「ん……まぁ、普通?」

 

 手を洗う俺に、母が世間話のようにテレビを付けながら訊いてくる。

 母は認めていないわけではないようだが、未来のことがやや気に入っていないらしい。こうして時折未来とのことを訊いてくる。俺が知っている母唯一のマイナスな感情がこれかもしれない。

 俺が簡潔にそう答えると、母はそう、と短く呟いた。

 

「折角の恋人なのに、全然進展がないんだね」

「さぁ、俺もよくわからないけど……キス以上のことをする空気になっても、なんか違和感があって」

「ふふ、そうなんだ……ねぇ、珱嗄」

「ん?」

「今は未来ちゃんが恋人かもしれないけれど、忘れてもらっちゃ困るよ」

 

 何を? と俺が首を傾げると、母はにっこり笑って俺にこう言った。

 

「この僕だって、君のことを誰よりも愛しているんだぜ」

 

 母の長い髪を括っている黄色いリボンが、ふわりと揺れた。

 

 

 




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第九話 その拳に何を

 ある日、学校が終わって放課後の時間。

 響と珱嗄は、二人で公園広場にいた。動きやすいジャージ姿で、パッと見てコレから運動するんだなと分かる。準備体操に身体を伸ばしながら、珱嗄は近くで同じように身体を伸ばす響の表情を伺うと、どうにも重く険しい色が浮かんでいた。

 

 とはいえ、こうして珱嗄が響といるのは当の響が頼んできたからである。

 その相談内容から考えれば、おのずと彼女がどういうことに悩んでいるのかは想像がつく。響は、己の未熟を恥じているのだ。

 

「……」

「……じゃ、そろそろ始めようか」

「うん、よろしくね珱嗄」

 

 珱嗄が声を掛けると、神妙な様子で響が返事を返す。

 いつもの元気な姿からは想像もできない真剣な表情。へいきへっちゃら、と悩みや辛いことがあっても隠そうとする響とは思えないほど、今の響は切羽詰まっているように見える。

 

「(二年前の事件で亡くなった奏さん……今の私が纏うガングニール……ノイズ……そしてデュランダル……翼さんや二課の皆さんが背負っているものは、私が考えているよりもずっと、大きい……私が今のままじゃダメなんだ)」

 

 響は先日、翼との共闘において深刻な仲違いを引き起こしてしまった。

 自身と戦おうとした翼と、それに動揺するだけだった自分。弦十郎のおかげで怪我なく終えることができたものの、『奏さんの代わりになってみせる』という言葉が翼の逆鱗に触れた。

 覚悟もなしに戦場に立つ自分が、天羽奏の何を受け継いでいるのか、という指摘に対して、響はぐぅの音も出せなかった。

 

 更にその関係悪化から時間が経過することなく、ノイズの発生係数の異常さから、ノイズの被害は人の作為が絡んでいる可能性があると教えられる。

 そしてその発生場所が私立リディアン音楽院を中心としていることから、その目的が二課が保管している完全聖遺物『デュランダル』である可能性が高いことも。

 

 勿論、響は聞かされた全てをきちんと理解しているわけではない。

 それでも、自分がこの現状に対処するには不足し過ぎていることは理解できた。

 

 そして響の中で一番大きかったのは、未来のこと。

 

「それにしても、いきなり鍛えてほしいとは驚いたな。どういう風の吹き回しだ?」

「……私だって、守りたいものがあるんだ」

 

 未来が何かを思い詰めているのも知っている。そして自分のことを深く心配していることも知っている。不安にさせているし、一緒にいると言った自分の言葉を嘘に変えつつあることも、理解している。

 響は力が欲しかった。

 翼の足手まといにならない力が。

 二課の人々と肩を並べて戦える覚悟が。

 そして、未来との約束を守れるだけの強さが、欲しかった。

 

 だから珱嗄に頼ったのだ―――響が思う、最も強い人間に。

 

「珱嗄は昔から強かったよね……私は喧嘩で負けた珱嗄を見たことなかったし、珱嗄は暴力じゃない闘い方を知ってる。だから教えて、私に……この手で誰かを守るための戦い方を!」

「……理由は言えないわけか?」

「うん、ごめん……それに、こうして珱嗄に頼っていることを未来には内緒にしてほしい」

「ま、面白そうだからいいよ。幼馴染の頼みだしね」

「! ありがとう!」

 

 珱嗄は響の無茶苦茶な頼みに対し、苦笑しながら首を縦に振った。

 元々珱嗄は響の現状になんとなく想像が付いている。それを裏付けるように、珱嗄の直感が翼のペンダントと同様の何かを響から感じていたからだ。

 

 ならばおそらく響は二課に関わっている。

 そしてその中で翼と同様の何かを持ち、こうして力を求めているとするのなら、その力で打倒したいのは十中八九ノイズ。

 

 響はノイズと戦うことのできる力を手に入れている可能性がある。

 

 珱嗄はそう推測していた。

 

「素手での闘い方を教えればいいんだな?」

「うん」

「わかった、基礎体力や身体能力は一先ず今後の課題として……まずは闘い方の基本から叩きこんであげよう」

「基本?」

 

 珱嗄はその場で簡単に構えを取る。

 今まで喧嘩になったとしても、構えたり武術的なことを考えたりすることはなかった。身体に染みついているかのように、どう動けばいいのかが感覚で分かったからだ。

 だが今はソレをあえて理論的に分析し、大まかではあるが自分なりに基礎を構築する。

 

 響という少女が戦うにあたって、最適な戦い方をイメージして。

 

「武術的なことは俺も考えたことないけど、近接戦闘にも幾つか種類がある。単純に攻め続けて相手を何もさせないパワーファイター、相手の攻め手を利用して適切な反撃を当てるカウンターヒッター、フットワークで相手を翻弄してチクチク攻撃するヒット&アウェイ……まぁ他にも色々」

 

 珱嗄は架空の相手を想像して身体を動かし、拳や蹴りを放つことでわかりやすく響に説明していく。響も、口頭と実践して見せてくれる説明のおかげですんなり理解することができた。

 流石は幼馴染というべきか、響への教え方が上手い。

 

「まぁ、想定敵によって向いている戦い方は色々違ってくるけれど……一対一であればどれも有効な戦術だから、自分のやりやすい戦い方でいいんだけど」

「だけど?」

「響ちゃんの想定する相手がいつも単身であるわけじゃないだろ?」

「あ! 確かに……」

「だから訊きたいんだけど……響ちゃんが想定している相手に対して、響ちゃんはどういう風に勝てたら一番良いと思う?」

 

 珱嗄の問いに響は難しい顔で考える。

 自分の想定しているのは人ではなくノイズだ。その数はいつも十数体から数十体に及ぶわけで、ソレを想定するなら戦い方にも適した動きが求められる。

 

 そんな中で響が求める一番の勝ち方は?

 

「何人いたとしても――最短最速で、まっすぐに! 一直線に!」

「なるほど、響ちゃんらしいね」

 

 大切な人を出来るだけ早く安心させられるように、何匹いようが最短最速でノイズを打ち倒したい。それが響の答えだった。

 珱嗄もそんな響の意思を尊重する。

 

「じゃあ、基本的に多数を想定した戦い方を教える」

「お願いします!」

「基本的に相手が多数で、それらと一対一であれば打倒できる力が自分にあると仮定して話すぞ?」

「うん」

「この場合一対一と違うのは、一つのことに対応している間に、別方向から複数の攻撃がくること……だから複数のことに同時に対応する視野の広さが大切になる」

 

 珱嗄が手招きしたので響が軽く拳を放ってみると、珱嗄はその拳を受け流しながら素早く響の懐に入り込み、同時に響の顎に拳を添えた。

 その動きがあまりに速過ぎて、自分の拳に珱嗄の手が触れたと認識した時には、自分の顎に珱嗄の拳があった様に感じた響。驚きで目を見開いた。

 

「相手の攻撃に対処しながら最速で相手の懐に入り、最短で正確に急所を撃ち抜く」

「つまり、一人に対して掛ける時間を短くするってこと?」

「そう、そして全員を倒しきるまで動きを止めない。止まれば相手に攻撃させる隙を与えるだけだからね……一人を倒した流れで次の相手の懐に入っているのがベスト」

 

 一人を倒し終えた状態が、次の敵を倒せる状態に繋がっていること。

 そうすることで多数が相手である場合、基本的に必要な要素。つまりは敵に反撃の隙を与えないことが大切なのだ。

 

 それに、何十人いようと実際一人に攻撃できる人数は限られている。

 精々二、三人。仲間の身体が邪魔になるからだ。一人側の有利な点は、同士討ちを気にしなくてもいいこと。攻撃してくる二、三人に対処することができ、次に現れる敵を打倒する動きの流れを作ることができたのなら、何十人いようと戦うことができる。

 

「まずは視野を広く持つこと、そして動き続けることを念頭に置くことだけ覚えておくといい」

「わかった……でも、相手の懐への入り方とか、急所とか言われてもわからないんだけど……」

「そこに関しては、お勉強が必要だね。人体における急所に限らず、生物における急所には共通していることも多い……まずはどうすれば的確に人体を破壊できるのかを知る所から始めようか」

「え、えええ!?」

 

 珱嗄は手をプラプラと揺らしながら、響に向けて構えてみせる。

 すると、響は珱嗄の言ったことを頭の中で噛み砕いて理解するのに数秒……そして理解したと同時に大きな声をあげた。

 

 人体を破壊する方法を知る。

 

 響は人間を殺したいわけではない。そんな怖いことを知りたいわけではないとアワアワするが、珱嗄はソレを察して苦笑した。

 

「まずはって言っただろ? 生物を倒すには生き物を知っておいて損はない。その手初めに、イメージしやすい人体から入るだけだよ……別に人間相手にやれとは言ってない」

「あ、ああ、そっか、そうだよねー! ごめん、ちょっと早とちりを……」

「俺は元々感覚でやっていたけど、教えるにあたってちょっと調べてみた。齧った程度の知識だけど、まぁ体感しつつ理解してくれ」

「え、体感?」

 

 響は珱嗄の言葉にきょとんとしたが、珱嗄は既に動きだしていた。

 

「え―――ぇうっ!?」

 

 連続する軽い打撃音、と同時に響は自分の身体の数ヵ所に衝撃を感じた。

 痛みはそれほどない――けれど、グラッと視界が揺れて、気付けば尻餅をついていた。立ち上がろうとしてもうまく身体が動かない。

 

 遅れて、痛みとまではいかないが、身体の数ヵ所にジンジンと鈍い感触を覚える。

 鼻頭、こめかみ、顎、首、鳩尾、下腹部、脛……大体この七ヵ所だ。

 

「軽く拳や爪先を当てただけだけど、これだけでも平衡感覚を奪うことくらいはできるみたいだよ」

「な……」

「他にも色々あるけれど……まぁ、共通しているのはどれも内臓を攻撃しているってことだね……人体に限らず生物には内臓があって、その全てが弱点になりうる。脳を揺らせば意識を奪えるし、心臓を破壊すれば死ぬ、どんな生物でも何処かしらに防御の薄い箇所はある。人間にも目や顎の下とか、皮膚や筋肉の薄い部分があるようにね」

「ありがとう……」

 

 説明しながら、珱嗄は響に手を貸して立ち上がらせる。

 響はそれに対してお礼を言い、珱嗄の教えを一つずつ理解して納得した。自分の身体で実践されてみれば嫌でもわかる。珱嗄の言葉通り、指で自分の顎下を押してみれば、自分の手ですら嫌な感じがした。ここをアッパー気味に手刀で突けば、簡単に脳まで貫けそうなイメージが浮かぶ。

 

 ソレを理解した瞬間、人体の脆さを思い知った。

 

「いいか響ちゃん……人は簡単に殺せる。だからこそ力はきちんと制御できないといけない。力を持つということには、ソレを振るうだけの責任を持つってことだ」

「力に対する、責任……」

「響ちゃんが何のために何と戦うのかは訊かない……けれどもしも手に入れた力を人に向ける時が来ないとも限らない」

 

 珱嗄は響の手を外から包んで拳にする。

 

「この拳で何をしたいのか、そしてそれを貫く強い意志を持つこと……それが"覚悟"を持つってことだ」

「覚悟……私が何をしたいのか」

「そう、響ちゃんは自分が戦うことで……どうなって欲しいんだ?」

 

 響は珱嗄の問い掛けに押し黙る。

 今の自分は二課や翼の足手まといになりたくない一心で力を求め、一緒にいると言った未来への言葉を嘘にしたくなくて珱嗄を頼った。だからこそ、その先に何があるのかなど考えていなかったのだ。

 

 自分が戦うことで、どうなって欲しいのか。

 

 立花響の意思は、覚悟は、何を―――

 

「!」

 

 すると、そこで響の携帯が鳴り響いた。

 響は携帯の画面を見て肩を揺らす。どうやら二課からの呼び出しがあったらしい。ノイズが現れたのか、それとも何か話があるのかはわからない。

 

 けれど、画面に夢中で響は珱嗄の様子に気がつかなかった。

 

「…………今日は少し、楽しい催しがありそうだね」

 

 響には聞こえない音量でぼそっと呟いた珱嗄。

 首をゆらりと揺らし、口元は笑みを作っていた。

 

 

 




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第十話 流れ星を墜とす

 珱嗄に許可を取って二課からの着信に出た響は、ノイズの出現を受けてすぐに出動の準備をする。珱嗄も察して行けとジェスチャーで言ってくれたので、響はそのまま走り出した。鞄は自宅に置いてきたので都合が良い。

 

 そして電話の向こうから伝えられた出現場所は――

 

「えっ……!?」

 

 ――この場から直ぐ近くだった。

 広場から直ぐ近くにある地下鉄の通路へと繋がる階段から、ノイズの姿が見えた。後方にはまだ珱嗄の姿も全然見える位置、これでは響も変身することができない。なにより、珱嗄がノイズに巻き込まれてしまう。

 響はどうすればいいのかと躊躇してしまい、動きを止めてしまった。

 

 その隙にノイズが蠢き、響を見つけて動き出す。

 幸か不幸か、空も暗くなってきていたからか広場に珱嗄以外の人影はない。ノイズに襲われる人は響と珱嗄以外にはいなかった。

 

「っ……珱嗄! 逃げて!」

「!」

 

 響は後方にいる珱嗄に聞こえるよう大きな声で避難を促し、自分はノイズと戦うべく胸の聖詠(うた)を浮かばせる。

 こうなっては仕方がない。珱嗄と未来だけは自分の置かれている状況に巻き込みたくはなかったし、機密上知られたくもなかったけれど、命を守ることが最優先。

 

 響は歌った、シンフォギアを纏う詩を。

 

 ――"Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)♪"

 

 橙色の光が響を包み込み、その光が弾けた時、響はその身に聖遺物ガングニールのシンフォギアを纏っていた。歌を歌い、響はノイズの集団へと飛び込んでいく。

 珱嗄の方へは視線を向けない。彼がどんな顔をして自分を見ているのか知るのが、怖かったからだ。

 

 ♪撃槍・ガングニール

 

 歌いながらノイズに拳を、蹴りを放って倒していく。

 珱嗄に教わったことを実践するように、動きを止めることはしない。立ち回り方までは教わっていないので無駄な動きは多くても、視野を広く持ち、動きを止めずに自分なりに流れを作っていく。

 目の前のノイズを倒しながら次の動きを考え、実践。

 

 そうすることで、響は拙いながらも今までとは少し違う立ち回りができていた。そもそも頭で考えるより身体で実践する方が向いているのだろう。実際に実践することで、響自身感覚で珱嗄の教えを吸収していた。

 

「(珱嗄のおかげで、少しだけ思考に余裕ができてる! ノイズの動きがよく見える!)」

 

 歌の力で身体能力が向上している響の攻撃は、一撃でノイズを破壊することができる。殴り、蹴り、時に躱す。生まれてしまう隙に放たれるノイズの攻撃も、視野を広く持つことで対応することができていた。

 

『今翼もそちらに向かっている! どうにか持ちこたえるんだ! 無茶はするなよ』

 

 通信で弦十郎から指示が出る。

 翼が向かっている――到着すればこのノイズたちをすぐさま掃討してくれるだろう。けれど今この時は、自分が戦わなければ珱嗄が命を落とすのだ。

 

「わかってます――私は、私に出来ることをするだけです!」

 

 弦十郎の声に、響はそう答えて地下通路へと飛び込んでいった。

 

 

 ◇

 

 

 空を見上げる。

 満天の夜空には雲一つなく、澄み切った空気が星々をよく映し出してくれていた。流れ落ちる星の線が、一つ、二つ、重なるように増えていく。

 

 今日は流星群が見られる日。

 

 未来は独り、綺麗な流れ星を見ていた。

 こんな状況だから、響や珱嗄と流れ星を見る約束なんてしていない。けれどこんな状況でなかったのなら、未来はきっと響や珱嗄と三人でこの流れ星を見ていただろう。

 そう思うと、より一層今の孤独が胸を締め付けた。 

 

「……どうしたらいいの」

 

 ぐるぐると胸の中を暴れまわる不安と恐怖心は、全く消えることがない。

 今この瞬間に珱嗄と響が何をしているのか、それを知らない自分が嫌だった。二人に何かあったのではないかと思うと、何も手に付かない。

 響は学校が終わった後すぐに何処かへ行ってしまったし、珱嗄に連絡しても応答がなかった。無事を知りたい、声が聞きたい、会いたい。

 

 未来は流れ星に願いを込める。

 

「なんでもいいから……二人を、珱嗄と響を助けてください」

 

 その願いは果たして、天に届くのだろうか……。

 

 

 ◇

 

 

 取り残された珱嗄は、響が地下へと姿を消した後、一人荷物をまとめていた。

 そして先程の響の姿を思い出し、笑みを浮かべる。歌と光が形作った、ガングニールのシンフォギア……アレがノイズと戦うための力なのかと確信して。

 

 見た限り、アレを纏ってから響の身体能力が飛躍的に向上していた。立ち回りも自分の教えを実践しているのか拙くも余裕を感じたので、おそらくは大丈夫だろうと判断する。

 ノイズを拳一発で破壊することができるのなら、油断さえしなければ知能を持たないノイズの集団を掃討すること自体そう難しくない。

 

 とはいえそんな状況の幼馴染を置いて帰るのも、常識的に考えてどうかと思う珱嗄。感情的に言えば帰った方が面倒も少ないのだろうが、そうするのも気が引ける。

 

「―――こんな夜遅くに出歩いてっと、あぶねぇぞ?」

 

 瞬間、背後からそんな声が聞こえてきた。

 

 そしてその声の主を確認するより早く、風を切る音が珱嗄の耳に届く。脇腹に鋭い痛みが走った。

 

「……」

 

 見れば自分の脇腹を貫くように、紫色の結晶が連なった鞭がそこにある。

 ソレを伝って視線を動かせば、その鞭の先には一つの人影があった。そこにいたのは、白を基調としたぴったりとしたインナーに上半身を覆うプロテクター、両肩から伸びる結晶の鞭を手にした一人の少女。

 ずるり、と珱嗄の脇腹を貫いていた結晶の鞭が引き抜かれた。ドクドクと溢れる血がジャージを濡らし、芝生を赤く染め上げる。

 

「……」

「声をあげねぇたぁ肝が据わってんな……痛くねぇのか?」

「いや、めちゃくちゃ痛いけど……なんて言えばいいんだろうな、慣れてる感覚?」

「腹ぶち抜かれて慣れてるで済まされちゃ、こっちがなんて言えばいいのかわからねぇよ……」

 

 それでも珱嗄は悲鳴をあげたり、苦悶の表情を浮かべたりはしなかった。

 自分でも驚いているのか、脇腹を抑えながらも、珱嗄は傷を負う感触を何処か懐かしく感じていた。遥か昔に、戦いの中で傷を負った記憶があるような、そんな懐かしい感覚。

 

 傷を負わせた少女の方が、動揺を隠せずにいた。

 

「で、なんだお前?」

「教える義理はねぇ……アンタに恨みはねぇが、ちっとばかし痛い目に遭わせろって指示なんでな。心配しなくても殺しはしないし、もう何もしねぇよ……それに、アタシの目当ても来たしな」

 

 珱嗄の問いに少しバツが悪そうにそう答えた少女が、ふと空を見上げる。

 珱嗄もその視線の先に目を向けると、そこには流れ星のように煌めく青い輝きがこちらに向かって振ってきていた。

 よく目を凝らしてみれば、それは星ではなく――

 

 ♪絶刀・天羽々斬

 

 ――青く煌めく剣だった。

 

「はぁっ!」

 

 そしてその剣から放たれた青い斬撃が、いつのまにか地下から出て来ていた少し大き目のノイズを一刀両断した。

 遅れて着地したその剣……風鳴翼は、珱嗄を攻撃した少女を見て目を見開く。少女を、というよりも、正確には彼女が身に纏っている白いプロテクターを見て、だが。

 

「ネフシュタンの鎧……だと!?」

「へぇ、アンタこの鎧を知ってんのか」

「……二年前、私の不始末で失われたものを、忘れるものか……っ! アナタ、なにを……!?」

 

 少女の纏う鎧をネフシュタンと呼んだ翼だったが、少女の近くにいた血塗れの珱嗄を見て息を飲むように口を抑えた。彼の対ノイズ性を知ってはいたが、あくまで彼は一般人。その一般人が大怪我を負っている。

 そしておそらくそれをやったのが鎧を纏った少女だと考えた時、珱嗄の怪我は自身の不始末の結果だと理解した。

 

 自身の不手際で失われた命を、翼は忘れていない。

 

 にも拘らず、また誰かを傷付けてしまったことに歯噛みした。

 

「っ……そんな、嘘……珱嗄ぁぁ!?」

「ッ!?」

 

 そして地下から戻ってきた響が珱嗄の姿を見て悲鳴をあげる。絶望に歪んだ表情と大切な人を傷付けられた悲痛な叫びが、翼の胸を締め付けた。

 

「くっ……! 二年前、奏の命と共に奪われたネフシュタンの鎧と……再び現れたガングニール……この残酷……この私には相応しい……だが、もう何も奪わせるわけにはいかない!!」

「ハッ! 逆上せあがるな人気者!」

 

 翼は全ての後悔を振り払うように少女に斬りかかり、少女もそれを迎え撃つ。

 戦いが始まった。

 

 響がすぐさま珱嗄の下へと駆け寄ると、珱嗄は大きく息を吐きながら地面に座り込んだ。流石に出血が激しいのだろう、表情的には平気そうだが、身体が悲鳴を上げている。

 

「アナタは彼を安全な場所へ!」

「は、はい!」

 

 翼が響に指示を出し、響は慌ててそれに応える。珱嗄に肩を貸して立ち上がらせ、そのまま珱嗄を背負った。自分よりも大きな身体の珱嗄ではあるが、ガングニール纏った今の響であれば、人一人背負うことなど容易い。

 

「珱嗄……ごめんね……すぐに安全な場所へ運ぶから!」

「……悪いね響ちゃん」

「……っ……少しだけ揺れるかもだけど、我慢してね」

 

 響は珱嗄の弱々しい声に泣きそうになるが、グッと堪えて走り出す。できるだけ揺らさないようにしているのか全速力とはいかないが、珱嗄に無理をさせないよう気を遣いながら、でもできるだけ速くという意思が感じられた。

 

 しかし、

 

「悪ぃがそういうわけにはいかねぇんだよなぁ!」

「何!?」

 

 翼と交戦していたネフシュタンの少女が、腰に付けていた銀色の杖を取り出し、そこからノイズを生み出した。珱嗄を背負う響を取り囲むように現れたノイズが、二人の行く手を阻む。

 

「(狙いは彼か……!? もしくは、あの子も……?)」

 

 翼はその行動に少女の目的を察する。

 元々自分が来る前に珱嗄を攻撃していた少女。ここ最近頻発するノイズを操っていたのが少女であれば、ノイズではなく直接個人を狙って少女が現れた今回の件、その目的が珱嗄である可能性は高い。もしくは響も目的である可能性も捨てられない。

 

 ノイズが響たちを攻撃する。

 珱嗄を背負った響はその攻撃を避けることができず、吹き飛ばされた。地面を転がり、倒れた響だったが、その衝撃で背中にいた珱嗄と離れたことに気付く。

 見れば自分よりもノイズに近い場所に珱嗄は倒れていた。脇腹から今もじわじわと血が流れ出ているのが見える。

 

 ノイズが珱嗄に向かって粘液の様なものを出し、珱嗄を拘束した。

 

「やめっ……やめてっ! 珱嗄!」

「っ痛……あ、これ動けないな……」

 

 響はすぐに立ち上がりノイズに飛び掛かっていくが、精細を欠いた響の動きはノイズに反撃を許してしまう。同じように粘液を浴び、拘束されてしまった。

 

「あぐっ……!? 珱嗄! 珱嗄!!」

「そんなに呼ばなくても聞こえてるよ……」

「ぐっ……こ、のっ……!」

 

 どうにか粘液から逃れようと力を込めるが、拘束から逃れることができない。こうしている間にも珱嗄はどんどん血を失い、最後には命すらも零れ落ちてしまう。響は焦っていた。

 翼を見てもネフシュタンの少女との交戦で手一杯なようで、此方を気にしてはいるが助ける余裕は感じられない。

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば!!!

 

 ――響の心臓が大きく鼓動する。

 

 

「誰が、珱嗄をコンナメニ……?」

 

 

 珱嗄を助けなければ、という感情が、誰が珱嗄をこんな目に遭わせたのかという思考に変化していく。

 

 

「……」

 

 

 響の目が、ネフシュタンの少女を捉えた。

 

 

 ―――オマエか!!!!!

 

 

 ドクン、ドクン、ドクン! 心臓が一際大きく鼓動する。

 瞬間、響の思考がどす黒い感情に支配された。シンフォギアごと身体が黒く染まり、まるで獣のような唸り声をあげる響。

 粘液の拘束を力ずくで引き千切り、ノイズを暴力で蹴散らした。結果的に珱嗄も粘液の拘束から逃れるが、獣と化した響は止まらない。

 

「ァァァアアアア!!!!」

「なんだ、こいつはッ……!?」

「ッ!?」

 

 突如変貌した響の姿に、翼もネフシュタンの少女も動きを止める。

 そして襲い掛かってきた響にネフシュタンの少女はハッとなって鞭を振るうが、響はソレを片手で振り払い、ネフシュタンの少女の懐まで踏み込んだ。

 

 そしてその拳をネフシュタンの少女の腹部へと振り抜く。

 

 ズドン、という大きな音と共に少女の腹にめり込んだ響の拳は、メキメキと音を立てて少女の身体を吹き飛ばした。

 かはっ、と少女の口から体内の空気が吐き出され、近くの木を一本薙ぎ倒しながら地面を転がる。規格外の威力に少女の纏う鎧が一部砕かれていた。

 

「嘘だろ、ネフシュタンの鎧が……なんだこの威力は……!」

「ガァァァアア!!」

「このっ、調子にのんな!!」

 

 尚も襲い掛かってくる響に少女は鞭を振るいながら立ち上がり、距離を取りながら鞭で攻撃していく。鎧が砕かれて素肌の見えた腹部に、神経のようなものが浮かんでメリメリと修復されているのが見えた。

 

 翼はそれを見て、ネフシュタンの鎧が持つ回復能力だと理解する。

 

「(ネフシュタンの鎧……私やあの子の持つシンフォギアと違ってそのままの形で見つかった完全聖遺物……! その力はやはり規格外か……!)」

 

 完全聖遺物――シンフォギアと違い、一度起動してしまえばその力を常時発揮し、誰にでも使用できるというぶっ壊れ性能を持った聖遺物。

 その完全聖遺物であるネフシュタンの鎧は、二年前の事件の際ツヴァイウィングの歌から生まれたフォニックゲインによって起動しており、そして何者かに奪われた。

 

 それが今少女の纏っているソレ。

 

 シンフォギアよりも性能は格段に勝っている。それを使いこなしている少女も相当の使い手なのだろうが、元々の性能差を翼は感じていた。

 

「(しかし今は暴走している彼女も止めなくては……それに、彼をこれ以上放置しては命が危ない……ならば……)」

 

 できることなら翼は今、ネフシュタンの鎧を奪還し、ガングニールを纏う響がいなくともこの剣が戦えることを証明したい。片翼でも、飛べることを。

 けれどそうも言っていられない状況。

 

 翼は荒れ狂う感情とは別で、頭は冷静だった。

 

 常在戦場、その身を剣と見立てて磨き上げてきたというのに、何たる恥さらし。

 

「ならばアナタに見せてあげる……戦場に立つということが、どういうことなのか……私の覚悟を」

 

 翼は歌う――一度奏でれば己を滅ぼす、滅びの歌を。

 

 響とネフシュタンの少女が翼の近くに飛び出したきた瞬間、翼は小刀を取り出し二人の影へと投擲した。

 

 ――"影縫い"

 

 するとその小刀に固定されたように、二人の動きが止まる。

 

「んなっ……この……!」

「ゥゥゥゥ……!!」

 

 ネフシュタンの少女は急に止められた自分の身体と、ソレを行った翼に気がつき歯噛みするが、どう足掻いても動くことができない。

 そして動けない状態のまま、その歌を聴いた。

 

 

 "♪Gatrandis babel ziggurat edenal―――"

 

 

「!? まさか、歌う気なのか……絶唱(・・)を!!」

 

 

 "♪Emustolronzen fine el baral zizzl―――"

 

 

「グゥ、ゥゥ……!」

 

 

 "♪Gatrandis babel ziggurat edenal―――"

 

 

 そして最後の一節が奏でられたその瞬間。

 

 

 "♪Emustolronzen fine el zizzl――……"

 

 

「……これが、私の覚悟よ――立花響」

 

 

 この場の全てが衝撃と共に消し飛んだ。

 まるで、流れ星に込められた願いを打ち消すように……。

 

 

 




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第十一話 三兆年の待ち時間を

 轟音が響く。

 光が生まれ、地面が爆発したような音が連続して響く。風鳴翼を中心に広がるその光は、暴走した響とネフシュタンの少女を巻き込んで周囲を吹き飛ばした。

 倒れ伏す珱嗄はソレを見て、その光の威力に目を丸くする。何が驚きだったのかといえば、目の前の光景に然程驚いていない自分に驚いていた。

 まるでこれ以上の超高火力砲撃でも見たことがあるような、大した威力ではなさそうだなという考えが浮かんでしまう。今目の前で起こった光の攻撃以外に、こんな魔法のような攻撃を見た記憶などないのに。

 

 音が止み、光が収まった時、そこには何も残ってはいなかった。

 暴走していた響は元の姿に戻り、気を失って倒れている。ネフシュタンの少女は意識はあるようだが、響の拳と今の翼の攻撃によってダメージは大きいようだ。

 けれどどうにか身体を動かし、ネフシュタンの少女は撤退していく。

 

「……」

 

 すると珱嗄は、だんだんと失われる血液のせいで視界が掠れ、意識がぼんやりしていくのを感じていた。後方から車の音が聞こえ、人の声が増える。

 おそらくは二課の面々が来たのだろうと思った所で、珱嗄の意識は途絶えた。

 

 

 ◇

 

 

「翼! 大丈夫か!?」

 

 珱嗄が意識を失った直後、現場に到着した弦十郎が翼に駆け寄った。

 現場は酷い有様で、芝生は絶唱の範囲攻撃によってめくれ上がり、響は意識不明、民間人である珱嗄も重傷を負って倒れている。二課の面々はその有様を見て表情を歪ませた。

 声を掛けられた翼はゆっくりと振り向く。身体の至る場所から血を噴出し、顔も大量の流血で赤く染まっていた。絶唱によるバックファイアが翼の身体を傷付けているのが一目で分かる。

 

「私は国を守る防人です……この程度で……折れる剣ではありません……」

 

 掠れた声でそう言った翼は、力が抜けたように倒れた。

 弦十郎がそれを咄嗟に受け止め、抱き抱える。

 

「救護班を此処へ! 急げ!! 一人も死なせるな!」

 

 瞬時に指示を出し、負傷した三名の治療を急がせる。重傷者二名、意識不明一名、誰がいつ死んでもおかしくない。しかもその全員が自分よりもまだまだ幼い子供たち。

 弦十郎は、大人である自分が何もできないという悔しさに歯噛みする。歯を食い縛りすぎて血が出るくらいだった。

 

 まず響と翼が医療班に連れられて搬送されていく。

 珱嗄に関しては応急処置が必要と判断した緒川が、的確に腹部の傷に手当てを施していた。流血は酷いものの、幸い死に至る傷ではない。ネフシュタンの少女が手加減したのか、内臓は傷付けられていなかった。

 

「彼の搬送もお願いします!」

 

 響たちの搬送班と入れ替わるように担架をもって駆け寄ってくる医療班に、緒川が負傷者はここだと声を掛ける。応急処置はしたし、何もなければ彼も無事に治療することができるだろうと少しだけ安堵した――その時だった。

 

「うんうん、流石はプロだね……応急処置も完璧だよ」

「!?」

 

 珱嗄のすぐ傍から女性の声がした。

 振り向きざまに銃を抜き、すぐさま構える緒川。

 そこには長い髪を黄色いリボンで括った女性がいた。

 訓練を受けた自分でも近づいてきた気配に気がつけなかったことに、緒川は冷や汗を流す。まるでたった今そこに現れたような、そんな気さえした。

 彼女の纏う異様な雰囲気に、緒川は恐怖すら感じる。明らかに自分とは違う人種だと、言葉を交わさずとも理解できた。

 

「貴女は……何者ですか?」

「僕? 僕は珱嗄の母親さ。いつもみたく馴染み深い口上を出せないのは非常に心惜しい所ではあるけれど、そこは勘弁してほしいな」

「彼の、お母様ですか……?」

「おいおい君はプロだろう? 最近珱嗄の周りをウロチョロと調べ回っていたんだし、僕のことだって当然知っている筈だぜ?」

 

 緒川は珱嗄の母親と名乗る彼女の言葉に、ハッとなった。

 確かに、珱嗄の身辺調査をしていく中で家族構成に関しても目を通している。その中には間違いなく彼女の情報もあった。

 銃口を下ろし、緒川は一度呼吸を整える。

 

「申し訳ありません……事情は後程説明致しますので、今は彼の治療を優先しても?」

「心配いらないよ、珱嗄はこのまま僕が連れて帰るから。ああ、大丈夫さ……僕にも医療の心得くらいあるからね」

「なっ、いけません! 彼はちゃんとした設備の整った場所で手術をしなければならない重傷です。一般家庭でどうにかなる負傷ではありませ――」

 

 何処にそんな力があるのか、自分よりも大きい珱嗄の身体を持ち上げた彼女を止めるべく緒川は焦って説得をするが、途中で言葉を飲んだ。

 自分を見る彼女の目が、自分を人間として認識していないことに気がついたからだ。まるで路傍の石ころを見るような、そんな視線に緒川は圧倒されてしまう。

 

特別(スペシャル)の分際で粋がるなよ、僕としては可愛い一人息子が誰かの不始末でこんな目に遭っている時点で、うっかり世界を滅ぼしちゃいそうなくらいなんだ」

「……!」

「ま、いいか……医療班は立花響と風鳴翼の二名を搬送し、仕事を完遂。珱嗄は多少負傷したものの、地力で家に帰れるレベルだったので後日話を聞くということで家に帰った……今回の事の顛末はそういうことになるから、君も余計なことはしないことだ」

「な……っ……!?」

 

 彼女がそう言うと、緒川は一瞬眩暈がしたようにクラッと視界が揺れた。

 そしてそれが正常に戻ってきた時、目の前には珱嗄も、珱嗄の母親の姿もいなくなっていた。地面を濡らしていた珱嗄の血液も消えており、周りにいた二課の職員も響と翼の搬送を終えて事後処理に務めている。

 誰も、珱嗄が消えたこと、珱嗄の母親がいたことに気がついていない。

 

「緒川」

「! ……指令」

「どうした? 顔色が悪いようだが……」

「いえ……なんでもありません」

「そうか……まぁ無理はするなよ。響君と翼は既に搬送され、治療に当たっている……俺達も一度本部へ戻るぞ」

「……はい、わかりました」

 

 話しかけてきた弦十郎に緒川は違和感を覚えながらも頷き、指示に従う。

 珱嗄の母親と名乗った彼女は、明らかに普通ではない。訓練を受けた裏の人間というわけでもない。そんな生易しいものよりもずっと強大な何かを緒川は感じていた。

 

 アレはどう考えても異常だった。

 人間としての枠に収めてはいけない、収められない存在。

 アレは最早、

 

「……人を外れている」

 

 先に行く、と言って歩き去った弦十郎の背中を見ながら、緒川は誰にも聞こえないような声でそう呟いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄の自宅に着いた母親は、背負った珱嗄をそのまま運んでベッドに寝かせた。

 ジャージに染みついていた血は綺麗さっぱり消えており、珱嗄の腹部にあった怪我もまるで最初から無かったかのように消え去っていた。

 母親は眠っている珱嗄に優しく毛布を掛けると、自分はそのベッドに腰掛ける。

 

「……以前の君なら、こんな怪我を負うなんてありえなかったのにね」

 

 ポンポンと毛布越しに珱嗄の胸を叩き、珱嗄の目に掛かっていた前髪を横に流す。その口調はとても優しく、そして悲しみに満ちていた。

 眠っていて、珱嗄は何も答えない。

 今の彼女は、珱嗄の母親というよりは、もっと違う顔をしている。まるで母親であることは偽りであるかのような、そんな姿を見せていた。

 

「あのままだと少し都合が悪かったからね、ちょっと強引に動いちゃったけど……まぁ大丈夫だろう、いざとなったら僕がどうにかするし」

「……」

「もどかしいね……君の傍に居られるのは嬉しいのに、君の傍に居る気がしない」

 

 彼女は、いや少女は、珱嗄の顔の横に手をついて珱嗄に覆い被さる。

 間近で見る珱嗄の顔は、少女がよく知っている少年の顔。どこからどう見ても彼は彼だったし、その魂は何一つ変化していない。

 

 それでも違う。

 

 彼は彼であっても、彼ではない。

 彼は少女を覚えていない。彼は彼を覚えていない。今まで何千、何万、何億、何兆と過ごしてきた日々の一日だって覚えていない。

 どんな人間だったのか、どんな繋がりがあったのか、どんな生き様だったのか、彼は欠片ほども覚えていない。

 

 今はただの男子高校生で、ただの人間で、自ら普通になった人外の成れの果て。

 

「それでも君は君だよ、珱嗄……人の世の全てを娯楽と称して生き抜いた君は、普通になっても変わらない」

 

 少女と彼の唇が重なる。

 今まで何回そうしただろうか、その全てを少女は覚えている。

 今まで何回そうしただろうか、その全てを彼は覚えていない。

 

 彼がそれを思い出す時を、少女は――いや彼女は待っている。

 

「待つことに関して、僕以上に長けた存在なんていやしないんだ」

 

 母親の顔を作った彼女は、ベッドから立ち上がって悲しげに笑う。

 その笑みは悲しく、そしてとても苦しそうだった。辛いと今にも泣きだしてしまいそうな笑みだった。

 

「何せ僕は一度……三兆年待ってみせた人外だからね」

 

 部屋の扉を開けて、部屋の電気を消す。

 

「もう一度君が僕の名前を呼んでくれるなら、もう三兆年くらい安いものさ」

 

 パタン、と部屋の扉が閉められた。

 

 

 ◇

 

 

 ―――とある場所で、二人の人影があった。

 

 片やほぼ全裸の女性と、片や何やら大がかりな機械に拘束され、項垂れた少女。

 全裸の女性は拘束された少女へと視線を向けながら苛立ったように爪を噛んだ。

 

「どういうことだ……? あの時クリスは間違いなく彼に負傷を負わせた筈……本来なら治療の為に二課の医療班によって搬送されていた……にも拘らず何故彼は地力で帰ったことになっている……?」

 

 女性は困惑していた。

 先の件でクリスと呼ばれた少女――ネフシュタンの鎧を纏っていた少女との戦いは、女性も見ていたからだ。少女は女性の指示で珱嗄を攻撃し、そしてすぐには死なない程度に重傷を負わせた。女性の目的は半分成功した筈だったのだ。

 もう半分は一先ず仕方ないとしても、それだけで十分収穫だと考えていた。

 

 なのに戦闘が終わって蓋を開けてみれば、珱嗄は地力で帰ったということになっており、二課に搬送されたのは響と翼の装者のみ。これでは女性の目的は何も達成されていないということになる。

 

「……搬送された奴の身体を治療ついでに隅々まで調べあげるつもりだったが……何が起こった……? 一体何が私の邪魔をしたのだ……?」

 

 女性にはこの現状を理解するには、不明なことが多過ぎた。

 珱嗄自身が負傷を治せる力を持っているとは考えにくい。流石にそこまでの力を発揮すれば、聖遺物はアウフヴァッヘン波形を発するだろうし、聖遺物でなければ力の発動は目に見えるはずだ。

 仮に自分の認知していない未知の力が作用しているのであればまた別の話だが、女性は自分の生きてきた時間と蓄えてきた知識に自信を持っている。故にソレはないと断定した。

 

 ならば、珱嗄とはまた別の存在が関わっている可能性が有力だろう。

 

「……まぁいい、状況が悪くなったわけではないからな」

「ぅ……」

「あら、目が覚めた? クリス」

「ふぃー、ね……」

「完全聖遺物であるネフシュタンの鎧を纏っていながら、私の指示を一つも完遂できないなんて……悪い子ね」

 

 フィーネと呼ばれた女性は目が覚めた少女にそう言うと、ガシャンと何かスイッチのようなものを入れた。

 

「ぎぁああああああああ!!!!?!?」

 

 瞬間、バチバチと電流が流れ、少女は拘束された状態のまま叫び声をあげる。

 そして数秒の後スイッチを落とすと、少女は放熱される機械音の中で息を荒げた。

 

「はぁ……はぁ……次は、次はちゃんとやってやるよ……!」

「当然よ……次失敗したら、もっとキツイお仕置きをするからね」

 

 少女の強きな言葉に鼻を鳴らした女性。

 少女は言われた通りに事を為し、目的を達成した。それでも失敗に終わったのは少女のせいではないのだが、行き場のない疑問をぶつけるように彼女はそう言う。

 

 そして、またスイッチをいれた。

 

 少女の悲鳴がまた、空間に響くのだった。

 

 

 

 

 




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第十二話 消息不明

 病室で目を覚ました響が最初に頭に浮かんだことは、気を失う直前のこと。

 珱嗄は無事なのか、自分は一体どうなったのか、そして真っ暗な中に聞こえてきた翼の声、一度に色々なものが頭に浮かんで急激に意識がハッキリする。

 自分の身体の状態など気にせず勢いよく起き上がり、掛布団を跳ね飛ばした。

 

「珱嗄!?」

 

 あの時意識を失っていたからか、響は珱嗄が重傷を負ったことを覚えているらしい。妙な倦怠感にフラフラしながらも病室を飛び出すと、二課本部の施設内の病室だったようで、響はそのまま司令室へと向かった。

 そして辿り着いて扉を開くと、そこには弦十郎やオペレーターの面々がいる。

 彼らは入ってきた響に気がつくと、少々焦った表情で声を掛けてくる。

 

「響君!? 動いて大丈夫なのか?」

「あの、珱嗄は……珱嗄は大丈夫なんですか!?」

「あ、ああ……彼は無事だぞ、軽傷故に一時帰宅したが、後日話を聞かせてもらうことになっている」

 

 弦十郎の心配の声に応える余裕もなく、響は珱嗄の安否を訊いてくる。あの後どうなったのか、彼は生きているのか、それだけが今の響にとって大事なことだった。

 けれど返ってきたのは珱嗄は帰宅したという答え。軽傷であり、特に急ぎ治療が必要な怪我は負っていないという。響はその返答に目を丸くして困惑した。

 

「軽傷……? そんな! そんな筈、だって、お腹を貫かれてたのに……!?」

「腹を貫かれていた……? そんな報告は……おい、彼の負傷の詳細は?」

 

 響が漏らした言葉に弦十郎が顔色を変えて、珱嗄の負傷の詳細を探る。

 その指示に対してオペレーターである藤尭がデータを探るものの、中々その詳細が出てこない。いつもならすぐにレスポンスを返す優秀さを見せる彼には珍しい反応。弦十郎もそんな彼に困惑していた。

 

「どうした?」

「すみません……彼の負傷に関する情報が軽傷以外に見当たらなくて……他の情報は過去のデータの取り方と違いはないのですが、これに関する情報だけが一切詳細を取れていません……」

「どういうことだ……?」

「意図的にデータが消されているのか、何かの要因で隠蔽されているのか……定かではないですが、響ちゃんの記憶が正しければ今回我々の彼に関する記憶が改変されているとしか」

「むぅ……」

 

 ここに来て謎が増えたことで、弦十郎は唸り声を上げる。

 現れたネフシュタンの鎧、謎の少女、絶唱を使用し意識不明の翼、響に起こった謎の暴走状態、珱嗄に関する記憶改変等の隠蔽操作……考えなければならないことは山ほどある。

 それに、おそらくネフシュタンの鎧を纏った少女の言動から、裏には別の人物がいると考えられるし、ノイズを生み出していた杖状の聖遺物も厄介な問題だ。

 

 弦十郎は少し思案を巡らせる。

 

「今回、ネフシュタンの少女側と珱嗄君は完全に別個のグループだろう。少女が珱嗄君を攻撃した以上ソレは明白だ……だとすれば、珱嗄君の負傷データが隠蔽されているのはそれが何者かにとって悪い状況を生むからだろう」

「悪い状況……?」

「響君の言う通りの負傷を彼が負っていたとすれば、当然我々二課が治療の為に彼をこの本部まで搬送した。そして了子君や医療チームが最新の医療技術により、全力で治療に当たっただろう……だが、それが何者かにとって都合が悪かったとすれば……珱嗄君の身体を調べられては困るということだ……特に、我々二課を警戒したのなら、彼の身体には聖遺物由来の何かが隠されている可能性がある。響君のように、聖遺物との融合症例であったりな」

「そんな……珱嗄の身体にも、私と同じように聖遺物が混ざっている……?」

 

 弦十郎は僅かな情報から可能性を組み立て、あくまでそういう可能性があるというだけだが、今回の件に関する考察を述べた。響はそれに対して少し信じられないような表情を浮かべたが、否定はできない。

 

 弦十郎は更に思考を巡らせながらも、言葉を続けた。

 

「響君の暴走に関しては、おそらくガングニールと融合していることが原因だろう」

 

 スクリーンに響の暴走状態の映像が出た。ここでも珱嗄が重傷を負っている描写がない。これでは何をきっかけに響が暴走したのか繋がりが感じられなかった。

 

「詳しくはまだ調査中だが、了子君の考えでは、響君の暴走は感情の昂ぶりによって理性を失い、ガングニールの破壊衝動に身体を支配されている状態だろうと言っていた。それが本当であれば、珱嗄君が重傷を負ったことが引き金になったとすると説明がつけられる」

「そう、そうです、私あの時、血塗れで倒れてる珱嗄を見て、頭が真っ白になっちゃって……それで気付いたら、病室で寝てました」

「だが、だとすると了子君は……いや、なんにせよ、翼の復帰はしばらく時間が掛かる。その間のノイズ出現は響君に出動して貰う以外に手がないのが現状だ……ガングニールの暴走は気掛かりだが、感情さえコントロールできていれば問題なく戦闘が可能なのはこの一月で証明されている。そこは訓練次第といっただな」

 

 響の肩に手を置き、申し訳なさそうな色を見せながらも弦十郎は響に託すしかない現状を再確認する。

 響もその言葉に深く頷き、今度こそは大事なものを守れるように強くなろうと決意した。珱嗄に師事するのも、覚悟を決めるのも、なにもかも遅すぎたのだ。何もかも弱い自分が悪いと、自分を責める。

 

 弦十郎はそんな響を見て、あまり気にし過ぎないでほしいとは思うが、時には自分を戒めるのも大事なことだ。長引くようであれば、それこそ大人の出番だろう。

 

「……」

 

 だがそれとは別で、弦十郎は自分の推測を詰める。

 

「(……珱嗄君が重傷を負ったことは、あの場で意識を失っていた響君以外の人間は覚えていない……だが了子君が出してきたガングニールの暴走条件は、響君の感情の昂ぶりによる理性の喪失……何故そう思った? 了子君は珱嗄君が重傷を負ったことを覚えているとしたら、説明が付けられてしまう……そうなると俺と同じくこの司令室にいたというのに、何故彼女だけが覚えているのか不明ではあるが……)」

 

 謎が謎を呼ぶ状態に、弦十郎は頭を掻いた。

 考えても確証は得られない。だが現状に説明が付けられる仮説に限って、あまり考えたくない想像ばかりで辟易してしまう。

 

 とりあえず弦十郎は抜け出してきた響に、病室に戻るよう指示を出す。

 身体スキャナによる体内検査、体内のガングニールに何らかの変化が起きているとすれば、その影響も調べなければならない。要は絶対安静だ。

 

「……ふー、考えなきゃならんことは山積みか」

 

 弦十郎は目の前の問題に向かい合うため、また一つ深呼吸する。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 目が覚めた時、真っ先に違和感を感じた。

 嫌に眼球を刺激する日差しに目の奥がジワリと悲鳴を上げて、ソレを紛らわせるように目を擦りながら上体を起こす。

 そうして目が正常に機能し出すと、ここが自分の部屋であることがわかった。服装はジャージのまま、身体にこれといった異常はない。腹を貫かれたのに、何もなかったかのように綺麗さっぱり、傷跡もなく消え去っている。

 

 電子時計の日付を見れば、一晩程度の時間しか経っていない。時刻は正午を超えているから、学校は完全に遅刻だろう。もしかしたら母が学校に休みの連絡を入れているかもしれないけれど。

 

「……」

 

 傷が治っていることもそうだが、この状況もやはりおかしい。

 ぼんやりと、脳内に覚えのない映像が浮かびそうな感覚があった。聞き覚えのあるような、ないような、そんな声が複数聞こえてくる。前後の繋がりもなく、言葉として認識できないままに脳内を反芻されていた。

 ここまでくると、自分という存在が普通の男子高校生ではないのだろうと思える。

 

 いや、おそらく俺は普通の人間じゃない。

 

 根拠はない――だが、その方が面白い。

 

「面白い……か」

 

 昔からの口癖でもあったが、今になって考えればやけに馴染む言葉だった。

 

「響ちゃんや未来ちゃんのことは少し気になるけど……これはこれで興味深い」

 

 今までは普通の生活を送ってきたけれど、こうなってくると様々なものに違和感を抱いてしまうな。

 そもそも普通(・・)の世界にノイズなんて存在はいたか?

 聖遺物やシンフォギアなんて超常の力はあったか? 

 俺の怪我が消え去ったのは、何故だ?

 

 立花響、小日向未来、そしてツヴァイウィング、二課、シンフォギア、なんだこの漫画みたいな設定の数々は? この世界は本当に現実(・・)か?

 

「……この期に及んで俺に何か隠してるな?」

 

 それもこの世界そのものか、それに類するレベルで俺自身を偽らせている何かがある。生まれてからずっと感じていた自身に対する違和感の数々は……そのせいだと考えれば説明が付けられる。

 ま、下手すりゃ中二病だけど、面白そうだからそういうことにしておこう。

 

 となると、怪しいのは俺の両親だけど……まぁあの母親のことだから、俺がいずれこう考えつくのは予想している筈だ。急いで追及する必要もない。

 

「全部自分の直感に従って動くのが一番シンプルでわかりやすそうだな」

 

 珱嗄はジャージを脱いで着替える。

 クローゼットの中に入っている服から、直感のままに服を選んだ。今更学校に行くのも面倒臭いので、私服を着ることにする。珱嗄はそこそこ大人びているのでこの時間に外を出歩いていても大学生くらいには見える筈だ。

 グレーの長袖シャツに深い青のラインが入った白いオーバーシャツを着る。下は黒いスキニーを履いた。

 

「さて……」

 

 部屋を出て、玄関へと向かう。

 母は買い物にでも出かけているのか家にいないらしい。都合が良いのでそのまま家を出るために靴を履いた。学校に行くには不向きだからあまり履いていなかったが、この際だからと黒いハイカットブーツを選んだ。

 

 ドアを開いて外へ出ると、快晴の空が出迎えてくれる。空の太陽は眩しいくらいに輝き、日向と日陰の差をくっきりと分断していた。

 

「良い天気だね、面白そうなことがありそうだ」

 

 歩きだす。

 行先なんてない、ただ直感に従って道を選んで、自由気ままに歩くだけ。ここまで俺の直感は外れたことがない……それはきっと、俺の正体に起因する何かがあるからだろう。

 なら、歩いていった先で何かに辿り着けるはずだ。不思議なことにそこに不安はない。心配もしていない。ただそうなるという確信だけがある。

 

「んー……! はぁ、良い気分だ」

 

 自分の感覚と行動が合致したような、そんな気がする。

 とても、とても、久しぶりに、良い気分だ。

 

 

 ◇

 

 

 その日から、珱嗄は家に戻って来なかった。

 未来が何度電話しても応答せず、学校にも来ていない。監視に付いていた二課の職員もいつのまにか姿を見失い、消息が断たれた。

 

 彼が何処に行ったのか、何をしているのか、それを知る者はどこにもいない。

 

 そして、彼が次に姿を現した時―――立花響は新たな選択を迫られることになる。

 

 

 




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第十三話 歪んだ太陽の共依存

 ―――珱嗄がいなくなった。

 

 その現実は少なくとも、対ノイズ組織として活動している今の二課にとって、大打撃になりうる事態だった。何せ風鳴翼が絶唱を使用したことで行動不能になった今、ノイズと戦うことのできる戦力はガングニール装者である立花響のみ。

 その立花響は失踪した泉ヶ仙珱嗄の幼馴染であり、小日向未来と同様大の仲良しだった。ノイズとの戦闘に巻き込んだ上、重傷を負わせたことの罪悪感を拭えないまま、謝罪することすら出来ずに珱嗄が消えてしまった。

 響にとってそれは、精神的ショックの非常に大きい現実である。

 もっと言えば、珱嗄は親友である小日向未来の恋人でもあるのだ。自分が守れなかったせいで消えてしまったのだとすれば、未来にもどんな顔をして会えばいいのかわからない。

 

 立花響は今、大切な幼馴染と親友を同時に傷付けてしまったことで、精神的にとても不安定になっていた。

 

「……響君の様子はどうだ?」

「はい……あれから一度ノイズの出現がありましたが、戦闘に関しては特に問題なくこなしてくれています……ですが……」

 

 響のいない司令本部にて、弦十郎は響の戦闘映像を見ていた。

 オペレーターである藤尭がその映像を映し出しながら響の戦闘にこれといった被害や問題はないと言うが、その表情は何処か痛々しいものを見るようなもの。

 弦十郎もその表情と映像を見て、その理由を察する。

 映像の中の響は、とてつもなく巨大な不安をどうにか振り払うようにノイズを殴りとばしている。立ち回り方は以前と違って少しだけ余裕が生まれているようだが、攻撃の一つ一つが我武者羅で、力任せに暴れていると言った方がまだしっくりきた。

 

 表情は何か焦っているようで、雄叫びなのか、悲鳴なのか、シンフォギアを起動させる歌の声量もかなり大きい。まるで叫ぶように歌っていた。

 

「やはり、珱嗄君の失踪が大きいか……平穏な日々を送ってきた彼女には、少し残酷すぎる現実だな」

「正直……このまま響ちゃんを戦わせるのは、あまり良いことだとは思えませんね」

「かといって、彼女以外にノイズと戦える人材がいないのも事実……俺で力になれるかはわからんが……少し、話をしてみようと思う」

「お願いします……」

 

 弦十郎は一度響と話をすることを決め、映像の中の響をどうにかしてやりたいという気持ちを胸に、両の拳を握りしめた。

 

 

 ◇

 

 

 響と未来はリディアンの寮で同じ部屋を使うルームメイトだ。

 どうしたってそこが帰る場所になるし、どうしたって毎日顔を合わせることになる。それは珱嗄がいなくなった今も、同じこと。

 

 珱嗄が消えてからもう一週間が経っていた。

 当然未来もそのことは既に知っている。何度電話を掛けても応答がない現状に酷く憔悴し、今ではベッドの上で塞ぎこんでいた。響が声を掛けても虚ろな返答を返すのみで、食事もまともに取っていない。時折さめざめと涙を流す彼女を姿を見て、響は胸が張り裂けそうだった。そして寮にいる時はいつも、心の中で謝ることしかできなかった。

 

「……」

「……未来」

 

 できることなら全てを話して心から謝りたい。

 けれど話してしまえば未来も失うかもしれないという恐怖が、響を寸での所で引き留めている。

 

 響は未来を死なせないよう、無理矢理にでも食事を取らせた。放っておけばいつまでも水も食事も口にしない彼女は、響がいなければ餓死してもおかしくなかったのである。学校には未来は体調不良で休むと伝え、響は学校に通いながらもベッドから動かない彼女の世話を一生懸命やった。

 時折ノイズと戦ったり二課でミーティングをしたりもあったが、それ以外では常に未来の傍にいる響。そうすることで罪滅ぼしをしているのか、それとも純粋に未来を想ってのことなのか、響自身もうわからなくなっている。

 

「ほら未来……ご飯だよ、食べよ?」

「……ぃぃ……」

「……ごめんね未来……でも食べないと未来が死んじゃうから……ごめんね……」

「っぐ……いや! もご……! ぅ、ぅぅ……!!」

 

 響は未来に謝りながら、未来の口に食事を無理矢理入れていく。生きるのを拒否しているような彼女の抵抗を抑え込んで、口に突っ込んでいく。そうしている最中で、響の瞳からは無意識に涙が流れていた。

 

 小日向未来は響の陽だまり――親友なのだ。

 

 そんな親友を憔悴し切った姿にしたのは自分だ。

 そんな親友に嘘を吐いているのは自分だ。

 そんな親友の大切な人を守れなかったのは自分だ。

 

 そして、そんな親友が嫌がっているのにこうして無理矢理食事を摂らせている自分は、果たして正しいのだろうか。

 

「うげっ……ぅえ……!!」

「未来……!」

 

 響が突っ込んだ食事を吐き出す未来。遂に未来は無理矢理口に入れても飲み込むことをしなくなってしまった。響は泣きながら、床を汚す未来の姿に心が折れそうになる。

 

 けれど、それでも、だとしても――

 

「ごめんね未来……それでも私はッ……!」

「げほっ……ひびんむっ――!?」

「ちゅ……んぐ……ぇぉ……」

「ん……んん……!?」

 

 響は食事を口の中で咀嚼すると、口移しで未来の口に食事を流しこんだ。

 突然キスしてきた響に驚いた未来は、直後口内に入ってくる響の舌と流動化された食事に更に驚き、ソレを飲み込んでしまう。

 

 そして唇が離れると、未来は呆然とした表情で響の顔を見た。

 

「……ごめんね、初めてのキスは珱嗄とが良かったよね……私のことは、幾らでも嫌ってくれていいよ……憎んでくれてもいい……それでも、だとしても……」

「響……」

 

 泣いている響の顔は、とても痛々しい。

 今まで、彼女がこんな風に涙を流す所など、未来は見たことがなかった。二年前の事件で苛烈なバッシングを受け、虐めにあっていた時でさえ涙を見せずに耐え続けた彼女が、ボロボロと涙を流している。

 顔をぐしゃぐしゃに歪めながら口に食事を詰め込んで、咀嚼して、また未来の唇にキスをした。自分の口の中に入ってくる食事を、未来は呆然と飲み込んでいく。

 

 そして何度も、何度も、響の唇を受け入れて、未来はその食事を全て飲み込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

「ひび、き……」

「だとしても……私は、私は……未来に生きてほしいんだよぉ……」

「ッ……!?」

「未来……お願いだから、これ以上は何も望まないから……どうか、生きるのを、諦めないで……」

 

 その言葉で、未来はこみ上げてくる涙を抑えられなかった。

 いつもへいきへっちゃらと言って、自分の傷をひた隠しにしてきた響が、弱弱しく涙を流しながら自分にただ懇願している。励ますでも、慰めるでもなく、憔悴し切った自分を生かす為に涙ながらに懇願している。

 

 彼女にはもう、ソレ以外に取れる方法がないということの証明だった。

 

 未来はそんな親友の姿に、自分はなんてことをしてしまったのだと思った。

 未来は今まで、珱嗄がいなくなったのは、他国に珱嗄の秘密を知られてしまい、誘拐されてしまったのかと思っていた。故に未来は、最悪の場合珱嗄が死んでしまっているのだと考えていたのだ。

 だから塞ぎこんでいた。だから生きる希望を失っていた。

 けれど、響の姿を見て未来の心はほんの少し力を取り戻す。

 

「……ごめ、ごめんね……ごめんね響……ごめんね……!」

「未来……ぅぅ……ごめんなさい……私、私……ぅぅぅ!」

 

 床に吐き出された食事、お互いの顔もべちゃべちゃになっていて、お世辞の綺麗な空間とは言えない中で、二人はお互いを思い、泣いた。

 汚れるのも構わず、お互いの身体を抱き、お互いの服を涙で濡らした。

 

 一頻り泣いた後、二人は部屋を片付けてから一緒にお風呂に入り、同じベッドで寄り添うように横になった。そして何を話すわけでもなく、手を繋ぎ、抱きしめ合いながら眠りにつく。

 お互いの存在を確かめるように、生きていることを感じ合うように……。

 

 二人はお互いの秘めた悲しみや秘密を知らないまま、お互いの存在を失いたくないという想いを伝え合ったのだった。

 

 

 ◇

 

 

 翌日、未来はいつもの調子を取り戻し、未だ暗い表情はあるものの、響と共に学校へと登校した。仲良く手を繋いで登校する二人の姿は、傍から見ればとても微笑ましいものに見えたことだろう。

 だがそれは少し違う。

 

 彼女達はお互いにお互いの心の安定を求めて、お互いに依存しているのだ。そうすることでしか、自分の心を保つことができなかったから。

 それほどまでに彼女達を襲った現実は残酷で、堪えがたいものだったのだ。

 

「未来、今度フラワーにいかない?」

「うん、いいよ。響の奢りでね♪」

「ええー! もう、仕方ないなぁ」

「うふふっ!」

「あははっ!」

 

 悲しみから目を逸らすことは、果たして彼女達にとって良い方向へ繋がるのか、それとも崩壊の道へと通じるのか、それは誰にもわからない。

 

 それでも珱嗄が消えたことは事実。

 そして響が戦わなければならないことも変わらぬ現実。

 

 ならばこの共依存はいずれ壊れる―――二人をこうした残酷な現実が、ソレを壊す。

 

 その時響は、果たしてその拳を握ることができるのだろうか……。

 

 

 




どんな人間でも、大切なものが増えれば壊れやすくなる……。

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第十四話 憎悪に呑まれて

「弦十郎さん、私に戦い方を教えてください」

「……俺の修行は厳しいぞ?」

「もう何もできないのはいやなんです」

「わかった……時に響君、君はアクション映画とかは見る方か?」

 

 ―――……

 ――

 ―

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄が消えてから二週間が経った頃、立花響は風鳴弦十郎に戦い方の師事を乞うた。珱嗄という師匠がいなくなった以上、その代わりを務められる人材は彼しかないと考えたのだ。

 未来が塞ぎこんでいた時はそんなことを考える余裕もなかったのだが、今の未来は大分落ち着いており、多少響が離れてもきちんと家に帰るようにすれば問題ない状態にまで回復している。故に、響は今自分ができることを探し出したのだ。

 

 感覚で行っていることを分析し、噛み砕いて分かりやすく説明してくれていた珱嗄と違って、弦十郎の修行方法はかなり感覚的なものだった。

 なにせ、男の修行は『飯食って映画見て寝る、それで十分』と言い放つ人物である。

 

 その言葉通り、響は弦十郎に師事してからというもの、彼の自宅にあるかなり大きい液晶テレビでアクション映画の数々を視聴し、その映画内で行っていた武術や戦い方、立ち回りを覚えて真似するという日々を送っていた。

 無論、中国拳法さがらな肉体改造は同時進行で行ったうえでだが、ランニングや筋トレ、サンドバック打ち、ミット打ちなど、視聴した映画のジャンルがそれぞれ違うからか、武術形式も全然違っている。

 結果的には、中国拳法を中心に、ボクシングや空手などの要素も取りいれるという中々ハードというか、何でもありな修行になっていた。

 

「ふー……ふー……」

「今日はここまでだな」

「……はい、ありがとうございます!」

 

 弦十郎から見て、響はとても筋が良かった。

 元々頭で考えるより身体で覚える方が向いているタイプだ、弦十郎の感覚的な修行は響には合っていた。また、何も考えずにイメージに沿って身体を動かすだけでいいという種業は、現実から目を背けるには丁度いい時間でもあったのである。

 だから結果的に、ではあるが、

 

 響は弦十郎の予想よりも遥かに早いスピードで成長していた。

 

「シャワーを浴びて、身体を冷やさないようにな」

「はい、じゃあ失礼します!」

 

 弦十郎の気遣いに笑顔を浮かべて去っていく響。その響の背中を見送りながら、弦十郎は少し微妙な気分だった。

 成長しているのは確かだ――しかも驚異的な速度で。

 このままなら、戦力的に翼と並ぶほどの強さを手にするのもそう遠い話ではないと思える。それが響の才能なのか、融合症例としての力なのかはわからない。

 

 けれど、弦十郎はそれだけではないと考える。

 

「(普段の様子は以前と同じだが……修行中の響君の集中力は、凄まじい。それこそ、時折彼女が映画のイメージ通りに動いている瞬間があるくらいだ……)」

 

 修行中、響の表情は暗く、冷たく、深い海の底に沈んでいくような雰囲気がある。

 一挙手一投足に没頭するような響の集中力は、一時間の修行でも開始時と終了時で見違えるほどその動きを磨き上げるのだ。

 現実から目を背けるためとはいえ、余計なことは一切考えず、ただイメージと弦十郎の言葉を体現することに全神経を尖らせることができている現状は、弦十郎をして背筋が凍る思いを感じている。

 

 脳領域の限界を超えて動いているような、そんな気さえした。

 

「それだけ、彼女にとってあの二人が大事ということか……」

 

 今の響はただひたすら力を求め、強さに飢えている。

 大切な存在を脅かす者を悉く排除できるように、守りたいものを守れるように、これ以上何も奪われないように、彼女は拳を固く、固く、固く握りしめていた。

 

「情けないな……大人として、子供を導くこともできないとは……」

 

 響の師匠として選ばれた以上、自分自身が彼女を導く立場にいる。

 戦い方を教える以上に、その力を正しい方向へと導くのも自分の役割だ。ならば、今の響の危うさを解消するのもある意味自分の役割でもある。

 

 いつかその危うさが響を壊してしまう前に、弦十郎は師として改めて気を引き締めた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 翼が倒れてから、ネフシュタンの鎧を纏う少女も出てこず、ノイズの出現件数もかなり減っている。これはノイズの出現に人為的な意図があるという何よりの証拠だろう。

 であればノイズを用いて何かをしようとしている敵陣の目的を探ることが、何よりの対策になってくる筈だ。なにより、珱嗄の行方もその過程で見つけることができるかもしれない。

 

 そしておそらくではあるが、その目的は二課本部最奥区画にて保管している完全聖遺物『デュランダル』。

 

 二課だけではなく、政府の考えでもそういう結論が出ているのだ。

 なにより、この二週間の間で二課を支えていた政府要人……防衛大臣が殺害された。複数の犯罪組織からの犯行声明も出ている中、その詳細は不明。

 だが二課の活動を支える人材を狙ったと考えるなら、以前ネフシュタンの少女が個人を狙ったということも含め、二課の中に内通者がいる可能性がある。

 

 ならば、未覚醒とはいえ完全聖遺物である『デュランダル』を二課の職員の手の届く保管場所に置いておくのは危険極まりない。

 故に、二課は急遽『デュランダル』を別の保管場所へと移送する計画を立てた。

 

「防衛大臣殺害犯検挙の名目で検問を設置した。『デュランダル』移送のため、新たな保管場所『記憶の遺跡』まで、一気に駆け抜ける!」

「名付けて、天下の往来独り占め作戦♪」

 

 弦十郎の指揮で、その計画が開始される。

 響も含め、護衛車に乗る職員たちに詳細の説明を終えた後、了子と響を乗せた移送車を入れて、五台の車が発車した。

 

 弦十郎は、内通者がいるとするのなら、この移送計画の間に『デュランダル』を奪おうと必ず襲撃を仕掛けてくると考えている。いや、間違いなく仕掛けてくる筈だ。

 そこを抑え、あわよくば情報を獲得できれば上々と見ているが、相手の戦力や目的が見えない以上その場の判断が重要になってくる。移送車とは別で、ヘリから全体を見られる場所で指揮を出すポジションに着いた弦十郎は、いつもよりも神経を尖らせていた。

 

 ―――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

 すると発車して間もなく、無線から響の歌声が聞こえてきた。

 

「ッ! まさか……!」

 

 弦十郎はその歌声に視線を彷徨わせ、遅れて下水道から護衛車の一台を吹き飛ばしたノイズを視認した。移送車の中で橙色の光が放たれるのを確認し、響がシンフォギアを纏ったのを確認する。

 ヘリから状況を見ることができる弦十郎よりも早く、響がノイズの出現を察知したということに驚愕を隠せないが、即座に意識を切り替えた。

 

「敵襲だ! ノイズは下水道から襲撃している! 注意しろ!」

 

 無線にて全車に注意喚起をする。

 

『弦十郎君、これ不味いんじゃない? この先の薬品工場で爆発でもあったら……デュランダルは……!』

「わかっている!」

 

 下水道からマンホールを通って護衛車を狙い撃つかのように襲撃を仕掛けてくるノイズに、弦十郎は敵方の意図を読み取る。そして即座に対応策を考えた。

 

「敵の狙いはデュランダルだ! 先程から護衛車を狙い撃つ襲撃が、デュランダルの破損を割けるためのものなら、敢えて危険地帯に潜り込むことで敵の狙いを絞り込むぞ!」

『薬品工場の方へ向かえってことね……勝算は!?』

「思い付きを数字で語れるものかよ!!」

 

 臨機応変に現場の判断を下さねばならない以上、どうしたってその場の思い付きの策にはなってしまう。時間がない現状、他に策も無ければそれに全賭けするしかない。

 了子は車を動かし、全速力で薬品工場の方へと行く手をシフト。ノイズの襲撃を避けながら進めば――最後の護衛車をノイズが襲った。これで敵陣の狙いがデュランダルであることは確定、あとはコレを守り抜けば敵の狙いを阻止することができる。

 

 だが薬品工場は道路ではない、了子の運転する車は何かにぶつかって横転してしまった。

 

 ―――♪撃槍・ガングニール

 

 しかし響はその事態に焦ることなく、信じられない反応を見せる。

 横転した車の窓から手を出すと、シンフォギアの力で向上した身体能力を遺憾なく発揮し、地面を殴ったのだ。それにより転がろうとしていた車は上空へと押し上げられ、その隙に窓から飛び出した響が、落ちてきた車を受け止めた。

 

 正しい向きで車を地面に下ろせば、了子が軽く目を回した様子で出てくる。デュランダルは無事、了子もシートベルトのおかげか怪我は無いようだ。

 

「了子さんはデュランダルをお願いします」

「え、ええ……わかったわ」

『大丈夫か!? 二人とも!』

「ええ、大丈夫よ弦十郎君……響ちゃんのおかげでね。でも、ちょーっと不味い状況かも?」

 

 見れば既にノイズに囲まれている。二人に逃げ場はなかった。

 

 だが、その状況に反して響の表情がすーっと冷たくなっていく。鋭く研ぎ澄まされていくような響の雰囲気に、了子はゾッとした。

 

「――♪」

 

 歌いだす響に、ノイズが襲い掛かってくる。

 正面と上空から三体、背後から二体―――それを、響は的確に対応してみせた。

 背後から迫る二体を体勢を低くして躱すと、自分の上を通り過ぎようとしたノイズを打ち上げるように掌底にて二体同時に破壊、そのまま上空から飛び掛かってくるノイズを掴むと、正面から迫っていたノイズに振り下ろした。

 

 ズドン、という音と共にノイズが塵と変わる中、振り下ろした勢いのまま響は前へと飛び上がり、前転宙返りを一つ入れて、そのまま一体のノイズに踵落としを決める。

 地面が軽く割れ、周囲のノイズに破片が飛んだ。ひるんだノイズに迫る響は、一歩進むごとにノイズを拳で、蹴りで打ち砕いていく。

 

「凄い……」

 

 了子は、一月以上前の響と比べて、今の響の強さに驚愕していた。

 弦十郎が戦闘技術を叩きこんでいることは知っていたが、ここまで成長が早いとは思っていなかったからだ。

 

 このままなら、響がノイズを掃討せしめるまでにそう時間は掛からない。

 

 だが、そこへノイズではない攻撃が響を襲う。結晶を連ねた鞭が迫り、響はそれを躱す。視線を向ければ、そこにはネフシュタンの鎧を纏った少女がいた。

 珱嗄を傷付けた張本人、響にとって許しがたい敵である。

 

「今日こそはモノにしてやる!」

「―――良かった……来てくれて」

「!?」

 

 鞭を後方へ跳び上がることで躱した先で、響は接近してきた少女の蹴りを食らってしまうが、その表情は笑みを浮かべていた。ノイズを倒すこと、デュランダルを守ること、そのことは忘れていない――けれど、この移送計画の中でネフシュタンの少女が姿を見せてくれたら、そう思ってもいたのだ。

 

 珱嗄を失ったことも、未来を傷付けたことも、自分の未熟さのせいだ。

 

 けれど、それはそれとして、響はネフシュタンの少女を許せはしなかった。

 

「はぁあああ!!」

「んなっ……あぐぁ……っ!?」

 

 蹴られた状態はそのままに少女の足首を掴んだ響は、その場で回転し、少女を地面へと叩き付けた。

 痛みと衝撃で声をあげる少女だったが、響が更なる追撃を仕掛けようとしていることに気がつき、転がることで距離を取る。遅れて先程まで少女のいた場所へ響の拳が刺さった。地面が割れる。

 

「(なんつー馬鹿力だ……! しかも、こいつ……信じられねぇ速度で戦えるようになってやがる……!)」

「珱嗄を傷付けたこと、後悔させてやる……!」

「この……!」

 

 完全な私怨を剥き出しにして、響は血走った瞳で少女を見ていた。

 少女はその瞳に気圧され、一歩後退ってしまうが、反抗心から気を取り戻す。鞭を振るって響を攻撃するが、それでも冷静な響は両の手で鞭を掴み取った。

 そしてそのまま鞭を力いっぱい引き寄せれば、ネフシュタンの少女の身体は勢いよく響に向かって引っ張られる。足が宙へと浮き、抵抗できない状態で響の方へと向かう自身の身体に、少女は酷く焦った。

 

 だがもう間に合わない。

 

「ぁぁああああああ!!!」

 

 響の力いっぱい引き絞られた拳が、少女の鳩尾を抉る。

 くの字に曲がった少女の口から、体内の空気が全て吐き出されるが、響は即座に拳を引くことで少女が吹き飛ばないようにした。その理由は――

 

「ふっ―――せぇぇいッ!!」

 

 ――重力に従って落ちる少女の身に、追撃を加えるため。

 

 鳩尾への衝撃で視界が点滅する少女は、その追撃をまともに躱す余裕がなかった。

 結果、響の回し蹴りは、少女のこめかみを精確に撃ち抜く。今度こそ少女は吹き飛んでいき、地面をバウンドして転がり、ガリガリと削るような音と共に止まった。

 

 響が珱嗄から戦い方を教わったのはたった一度だけ。

 けれど、そのたった一度で教わったことが、今活かされていた。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 すなわち、人体の壊し方。

 ネフシュタンの鎧という完全聖遺物を纏っているとはいえ、鳩尾とこめかみという人体急所を精確に撃ち抜いた響の攻撃は、少女の意識を完全に奪い取ることに成功していた。

 意識を失った少女に近づき、腰にあった銀色の杖を取り上げると、響は周囲にいたノイズに向けてソレを振るう。

 使い方がわからなかったので少女の使い方を真似しただけだったが、消えるように念じていたせいかノイズが全て杖から放たれた光で消えた。

 

「これは……!?」

「?」

 

 すると、背後にいた了子が声をあげた。

 響が振り向くと、そこにはケースを突き破って出てきたデュランダルがあった。空中で静止し、金色の光を放っている。

 

「響ちゃんの歌で、覚醒……起動……?」

 

 美しい姿を見せるデュランダルだったが、響には触れてはならない危険を感じた。

 

「了子さん、これ何が……」

「! ……ええ、少し動揺しちゃって……どうやら響ちゃんの歌でデュランダルが覚醒しちゃったみたいね」

「え、と……どうしたらいいんでしょう?」

「とりあえず、襲撃はどうにか防げたみたいだし……デュランダルを回収しましょうか」

「わ、わかりました……了子さん、これお願いします」

 

 響は了子に銀色の杖を渡すと、空中のデュランダルを回収すべく跳躍する。

 そしてその柄を握りしめた瞬間―――

 

 

 響の意識がドス黒い何かに埋め尽くされ、消えた。

 

 

 




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第十五話 正体不明の黒幕

 あの後のことは、目が覚めた後に聞かされる形で知った。

 

 デュランダルを手にした瞬間、私は暴走状態に移行し、その無尽蔵のエネルギーを解き放ったのだという。薬品工場は大爆発、あの辺一帯は崩壊の波に呑まれて酷い有様だったみたい。

 私が蹴り飛ばしたネフシュタンの少女は確保されたみたいだけど、確保する時にネフシュタンの鎧はなくなっていたそう。おそらくはあの子の裏にいた人物が回収していった可能性が高いらしい。

 あの子の持っていた銀色の杖は、これも完全聖遺物で『ソロモンの杖』という代物なんだそう。バビロニアの宝物庫を開く鍵? だとかで、ノイズを召喚、操作することができる聖遺物らしい。過去のノイズ事件も、おそらくはこの聖遺物で呼び出されたノイズで間違いないと見られている。

 そして私の使ったデュランダルもまた、無事に回収されたとのことだ。

 

 まぁ、そんな経緯は正直どうでもよかった。

 

 目を覚ましてから、私の心が不安定になっていることに気がついていたからだ。

 

「……」

 

 私はあの日の自分がとても恐ろしく思う。

 珱嗄を傷付けた相手とはいえ、私は容赦なく人体の急所を撃ち抜いた。正直ネフシュタンの鎧があったとか、そんなものは一切頭に無かった―――ただ、力いっぱい痛くしてやりたかったんだ。珱嗄の感じた痛みを、そのまま味合わせてやりたいと思って。

 そんなことを思っていた自分にも、容赦なくソレを実行した自分にも、心底嫌気がさした。こんなことがしたくて、強くなりたかったわけじゃない。

 

 だからかな、私はこの拳を振るうのが、とても怖くなった。

 

「お、元気そうだな」

「師匠……」

 

 病室で検査結果を待っていた私。

 デュランダルのせいとはいえ、二度も暴走した私の身体に異常がないか、了子さんがしっかり調べてくれている。何もないといいけど、何かあっても別にいいかと思ってしまっていた。

 

 そこへ、師匠が私の様子を見にやってきた。

 その手には定番なフルーツバスケットがある。入院するわけじゃないから、すぐに食べられそうなミニサイズ。ありがたいけれど、なんとなく食欲はなかった。師匠の纏う空気も、どこかいつもと違ってピリついている。

 

「これは見舞いだ、あとで食うといい」

「ありがとうございます……」

 

 師匠はベッドの横のミニテーブルにソレを置くと、横の椅子に腰を下ろした。

 

「で、だ……まぁ、その後のことは聞いていると思うが……俺も、了子君から響君が件のネフシュタンの少女を打倒した時のことを聞いた」

「! ……はい」

「その様子なら自覚しているようだが……響君、俺が君に戦い方を教えたのは、人を殺めるためではない。ネフシュタンの鎧があったから彼女も無事だったものの、ソレがなければ君の攻撃は確実に彼女の命を奪いかねなかった」

「……」

「鳩尾への一撃、こめかみへの蹴り……どちらも急所を的確に抉る攻撃だったと聞いている。実際、ネフシュタンの鎧で再生されていなければ彼女の頭蓋骨は砕けていただろうし、鳩尾への一撃も内臓を破壊していてもおかしくない……覚えておいてほしい、実質君は人一人を殺めたのだと」

「はい……ごめんなさい」

 

 シュンと肩を落とした響に、弦十郎は大きく溜息を付いた。

 今回の事は、師匠として彼女を導くことができなかった自分の責任でもあると、弦十郎は思っている。あまり響ばかりを責められない。

 

「君が焦る気持ちもわかるつもりだ……珱嗄君が失踪してから、未来君の状態も良くなかったようだしな……」

「! ……はい」

「彼の行方は、我々の方でも追っている最中だ。ただ米国政府の動向的に見ても、珱嗄君が他国の政府機関に拉致された可能性は低いと考えている……とすれば、あの少女の裏にいる人物が怪しいが……その辺りは彼女が目覚め次第尋問するしかないな」

「そうですか……わかりました」

「まぁ、今はゆっくり休め! 響君のおかげでデュランダルも無事、敵側のノイズを操る手段も奪い、戦力であり敵に繋がる情報を持つ少女を確保することができた……諸々行き過ぎた部分はあったが、これは大手柄だぞ」

 

 師匠が私の背をポンと叩いてそう言ってくれる。

 大手柄、か。確かに、これで向こうの戦力と選択肢を大幅に削ることができたはず。あの子も二課の手の内にあるわけだし、珱嗄に繋がる情報が何か得られるかもしれないと考えれば、状況は全然悪いわけではないかも。

 

 気持ちは重たいままだけど、私は少しだけ希望が見えたと思うことにした。

 

「さて、と、それじゃあ無理はするなよ……ああそうだ、翼だけどな……危険な領域からは脱したそうだ。意識も戻ったようだし、じきに戻ってくるだろう」

「! 本当ですか? 良かった……」

 

 翼さんが戻ってくる。

 私の未熟のせいで意識不明の重体に陥らせてしまったから、本当に無事で良かった。戻ってきたら、きちんと謝らないといけない。そして、これからはきちんと翼さんを支えられるように成長すると、私の意思をちゃんと伝えよう。

 そして師匠は私の表情が緩んだのを見て、少し安心したような表情を浮かべた後、病室を去っていった。

 

 私一人の空間が戻ってくる。

 

「……」

 

 翼さんが戻ってくるのは嬉しい。

 あの子から珱嗄の情報が得られるかもしれないという希望が出てきたのも嬉しい。

 でも、私の中のどこか冷静な部分が師匠の言葉の中に引っ掛かりを覚えていた。

 

 どうして師匠は、未来(・・)のことを知っているんだろう?

 

 珱嗄のことを知っているのはわかる。あの一件に巻き込まれたのだから、その身辺調査をするのは当然だと思う。

 けれど未来はこの件には一切関係ない筈だよね?

 珱嗄と私の幼馴染だから存在を知っていることはありえないことではないけれど、師匠の口振りだと知識としてではなく、未来自身のことをちゃんと知っているように感じた。

 

 どうして?

 

「……わかんないや」

 

 考えてもわからない。私は馬鹿だから。

 けれど、少し前……未来が何かに悩んでいたようだったのを思い出す。

 未来は私なんかよりもよほど頭が良いし、基本的にある程度なんでもできる優等生だ。そんな未来が、私にも言えない、自分でも解決出来ない様な悩みを抱えていたとするなら―――もしかして二課と何か接触があったんじゃないの?

 

 珱嗄があの子に狙われたのは何故?

 

 珱嗄が聖遺物関係でなんらかの形で関わっていた? そして未来もそれを知っていたんだとすれば? そしてその件で事前に二課と接触していて、機密事項だって言われたんだとすれば、未来が私に言えなかったのも納得がいく。

 私は二課に協力していることを未来や珱嗄に言っていない。未来からすれば、私も聖遺物に関与していない一般人だったはず。言えるわけがない。

 

「……」

 

 根拠なんてない。

 これは私の想像でしかないし、実際未来の悩みは普通の悩みだったかもしれないし、珱嗄も聖遺物に関与しているわけではなく、あの場にいたから攻撃されたのかもしれない。この想像を否定することは幾らでもできる。

 けれど、想像してしまえば止めれらなかった。

 

 二課の皆さんを悪く思う訳ではないけれど、もしも未来や珱嗄と接触があったのなら、それを私に隠していたということになる。

 

「……はは」

 

 私の口から、怖いくらいに感情のない笑い声が漏れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから少しして、ネフシュタンの少女が目を覚ます。

 響によって打倒され、確保された少女の名前は雪音クリス。

 風鳴弦十郎も記憶にある少女で、かつて歌で世界を平和にしようとした両親に連れられていった紛争地帯にて爆弾による被害を受けた少女だった。両親を爆弾によって失い、自身も捕虜生活を送っていたところを国連軍に救助されたのだが、そこから突如行方不明になっていたところ、今回姿を現した。

 

 弦十郎は何故彼女がこうして聖遺物を扱いながら姿を現したのか、ことの経緯を問いたい所だったが、今は彼女のことではなく事件の黒幕について訊くのが先決。

 拘束されながらも、強い反抗的な瞳で睨んでくるクリスに、弦十郎は向かい合っていた。

 

「君の身柄は一先ず我々二課が預かることになっている……しばらくは此処で拘束させて貰うぞ」

「ハッ、にしては監視が緩い気がするけどな」

「ネフシュタンの鎧も、他に武装も持たない君は今、非力な子どもでしかないからな。過剰な監視は必要ないと判断したのさ」

「チッ……」

 

 弦十郎の何を言われても動じない態度に、悪態をつくクリスは舌打ちをする。

 確かに、現時点でネフシュタンの鎧を持たないクリスに、この拘束を破って逃亡する方法はない。何をどうしようが、クリス単身では手の打ちようがないことは明白だった。

 

「それで、君の目的はなんだ? 君に指示を出していた人物について吐いて貰いたい」

「そう言われて誰が吐くんだよ……アタシはなにも言わねぇ」

「……そうか。それならばそれでもいい、ネフシュタンの鎧は奪われたままだが、ソロモンの杖と君がこちらの手にある以上、戦力を失った黒幕を突き止め、確保するのもそう難しくはない。時間の問題だ……君が吐いてくれれば手っ取り早いんだが、此方としては別段それにこだわる必要もないからな」

「! ……お前ら大人はいつだってそうだ!! 人の気持ちも考えず、そうやって人が大事にしてるもんを奪ってく!! 気に入らねぇ! 気に入らねぇ気に入らねぇ! 大人なんて大嫌いだ!!」

 

 弦十郎はクリスの声を無視して、部屋を出ていく。

 少々嫌味な対応ではあったが、クリスの感情を逆撫でするような発言も狙ってのことだ。現に、クリスはその言葉にキレて荒々しく暴言を吐いてくる。

 

 その中には、クリスと黒幕の関係を仄めかすような発言もあった。

 

 おそらくではあるが、クリスからすれば黒幕は大切な人物なのだろう。それは彼女の言葉から汲み取ってもわかる。考えられる可能性は、行方不明になったクリスを保護していた人物か、行方不明になってから行動を共にしていた人物か、だ。

 だが今までのことから、黒幕はクリスに対してそこまで思い入れはないように思う。彼女が確保される際、彼女を回収せず、ネフシュタンの鎧だけを回収したことからもそれが伺える。

 

「(彼女は何者かに利用されているだけであり、その何者かは彼女を見限った……というこことだろうか?)」

 

 弦十郎は廊下を歩きながら考える。

 今後起こりうること、敵が取るであろう行動、二課にいるとされる内通者、そういった情報を全て頭の中で整理し、あらゆる可能性を思考する。

 

「くそっ……」

 

 考える、分からなくても。

 限界まで考えて多くの人々を守るための策を練るのが、大人の役割だからだ。

 

 

 




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第十六話 平穏を壊す音

 それからしばらくは、『ソロモンの杖』を奪取したことでノイズの発生もなく、リディアン周辺では束の間の平穏が訪れていた。雪音クリスも未だ二課の拘留室にて監視されている状態であるからか、黒幕側の動きは未だにない。下手に動けない状態だと予想されている。

 そんな状況で目下二課が捜索しているのは、行方不明になった珱嗄と、その珱嗄の行方を知っている可能性の高い今回のノイズ騒動の黒幕。この二名だ。

 

 とはいえ、こう長い間膠着状態が続けば、雲隠れしたのではないかという声も出てくる。二課の中でも、何も起きない現状が続くことで少々気が緩みそうになる空気が生まれていた。

 それだけの時間が流れている。

 翼の身体も一通り生活に戻れる程度には回復しているし、響もデュランダルの件以降は不穏な空気を見せることもない。未だ二人の間の溝は埋まっていないが、それでも二課の戦力は十全な状態に戻ったと言える。こうなると、油断が生まれそうになるのも仕方がない。

 

 だが弦十郎は、この状況に一抹の不安を感じていた。

 

 あまりに動きがなく、平穏そのもの。

 それはとても喜ばしいことではあるけれど、あれだけノイズによって多くの人々を殺してきた上に、完全聖遺物を二つも所有していた黒幕が、この程度でおめおめと尻尾を巻いて逃げ出すとは到底思えなかったのだ。

 まだ何かある。

 必ず何か策を練ってくると、弦十郎は半ば確信していた。

 

「(クリス君の使っていた『ネフシュタンの鎧』は未だ敵の手中だ……だが、『ソロモンの杖』といい、これだけの完全聖遺物を個人が保有している筈がない……間違いなく、黒幕側には何かしらの後ろ盾がある……そして、我々の保有していた『デュランダル』を欲したこともそうだが、我々が『デュランダル』を保有していることを知っていることを考えると……怪しいのは米国政府、か)」

 

 弦十郎の思考では、黒幕に繋がっている後ろ盾があり、それは米国政府である可能性が高いと出ていた。

 過去、米国政府が聖遺物やそれに関する知識を欲している動きを見せることが多く、機密事項となっているシンフォギアや、その核となる『櫻井理論』にも何度か探りを入れることもあった。二課や日本政府とは別で聖遺物を幾つか手にしていてもおかしくはない。

 

 だが完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要になってくる。

 『ネフシュタンの鎧』はツヴァイウィングの歌によって起動させたものだが、『ソロモンの杖』に関しては違う。少なくとも二課や日本政府の方では起動させた記録はない。

 そこで今回の黒幕と雪音クリスが協力関係になったのだろう。

 完全聖遺物の起動を条件に、米国政府と黒幕は何かしらの契約を結んだとすれば、納得もいく。

 

「だが、聖遺物の起動方法を知っている者となれば更に限られてくる……」

 

 そもそも聖遺物を活用する方法は、現状櫻井了子の提唱する『櫻井理論』以外には存在しない。米国政府もその詳細を知らない以上、聖遺物の起動は奇跡でも起きない限り不可能なはずだ。

 二課の職員ですら、その理論を詳細に理解出来ているわけではないのだから。

 

 弦十郎はその時点で、嫌な予感はしていた。

 二課の中に内通者がいること。

 聖遺物の活用する方法は、現状『櫻井理論』しかないこと。

 米国政府に通ずるコネクションを持っていること。

 それらを合わせて考えれば、該当するのは一人しかいない。

 

 櫻井了子が内通者―――もしくは黒幕である可能性が高いのだ。

 

 だがその証拠が今はまだない。可能性が高いだけで、そうと断定するにはこの硬直状態が厄介だった。

 

「司令、少しいいですか?」

「緒川……どうした?」

「かなり迷ったのですが……一つ、耳に入れておきたいことが」

 

 すると、二課本部の通路にある休憩スペースで少々思考を巡らせていた弦十郎に、緒川が声を掛けてきた。何処か深刻な様子で、僅かに顔色も悪くなっている。

 弦十郎の指示で様々な仕事をこなしていた緒川だったが、翼の絶唱の日以来、何処か様子がおかしかったのは弦十郎も気がついていた。

 

 弦十郎からしてもあの日の事は未だにシコリとなって引っ掛かっていることである。珱嗄の負傷の関する情報改変、記憶改変――それを起こした何者か。

 今となっては、その何者かがノイズ事件の黒幕とは別であると弦十郎は思っている。

 記憶の改変ができるのなら、拘留中の雪音クリスを開放することや『ソロモンの杖』を取り返すことは容易だろうからだ。現在の均衡状態がそれができないでいることの証拠になる以上、両者は別人と判断できる。

 

「翼さんが絶唱したあの日、珱嗄君の負傷に関する記憶の改竄がありましたよね?」

「ああ、そうだな」

「実は……あの日、僕の記憶は改竄されていませんでした」

「なんだと!?」

 

 緒川の語る事実に驚愕する弦十郎。

 確かに、緒川の記憶が改竄されていなかった事実は驚愕に値するが、それ以上に、既にあの日から一月以上が経過している今、緒川がそれを隠していたことも驚きであった。

 ここまでずっと同じ仲間として仕事をしてきた緒川のことは、弦十郎もよく知っている。誠実な人間だし、何の事情もなく二課の不利益になるようなことをするとは思っていない。

 

 ならば何故今回、こんな重要なことを隠していたのか。

 

「すみません。本来なら、響さんが改変された事実を知っている時点で話すべきだったのかもしれませんが……これから話すことは、それを踏まえても容易に話すことができない内容でしたので」

「それほどのことか……わかった」

 

 緒川の口振りからして、人の耳に入ると危険な話なのかもしれないと思った弦十郎は、場所を変えることにした。まずは一対一で、誰の耳にも入らない所で聞いてから考えるべきだと判断したのだ。

 

「場所を変えて話を聞こう」

「お気遣い、ありがとうございます……」

 

 弦十郎と緒川は別室へと移動していった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 二課本部の中にある個室の一つで、弦十郎と緒川が向き合っていた。

 二人は普段信頼の厚い上司と部下として共に仕事をしている故に、二人でいてもピリついたような空気感を出すことはあまりない。

 

 それでも、今この時ばかりは二人の間に重たい空気が流れていた。

 

「それでは聞かせてもらおうか、お前の話を」

「はい……」

 

 深刻な表情で頷いた緒川は、あの日のことを滔々と語り出す。

 

「僕がお話するのは、泉ヶ仙珱嗄と、その血縁に関することです」

「血縁だと?」

「はい……あの日、雪音クリスの攻撃によって腹部を貫かれた泉ヶ仙珱嗄は、僕が駆けつけた時には意識を失い、大量出血による危機的状況でした。なので僕は応急処置を施し、医療班の搬送を促しました……」

「響君の言と同じだな……だが事実は異なり、彼は搬送されず、負傷も負うこともなく帰宅したということになった」

 

 まずは当時の状況を語る緒川に、弦十郎は響の言っていた記憶と状況が同じであることを確認し、頷く。その状況であれば自分も珱嗄に応急処置を施しただろうし、緒川の行動になんの不備もなかったことを理解した。

 

 つまり、その段階ではある意味問題なく現実は進行していたということになる。

 

 ならば緒川が話したいのは、この後のことだ。

 

「まず先に伝えておきますと、泉ヶ仙珱嗄は特殊な生まれではありません。調べた結果、普通の一般家庭に生まれた少年で、御両親含め血筋に特殊な由来があるわけでもなく、家族全員至って普通の一般人です」

「うむ……」

「家族構成は専業主婦の母親が一人、父親は海外での仕事の為に不在ですが、共に健在。また小学生になる妹が一人います。余談でペットに猫がいるくらいでしょうか」

「ああ」

 

 珱嗄の家族構成にこれといっておかしな所はない。

 普通の両親の元に、普通に生まれた少年。小学生の妹が一人いて、ペットを飼っている。そんな何処にでもありそうなありふれた一般家庭――それ以上のことはなにも出てこなかった。いくら調べても、黒い部分どころかグレーな部分すら出てこなかったくらいだ。

 

 けれど、緒川は知っている。

 この普通の家庭に潜んだ、普通ではないものを。

 

「至って普通の一般家庭ですが……あの日、重傷を負った泉ヶ仙珱嗄を連れて去ったのは、彼の母親でした」

「なに……? 母親だと?」

「はい、僕が接近に気付くことができないレベルの気配の無さ……そして彼女は泉ヶ仙珱嗄を連れていく際に、『泉ヶ仙珱嗄は負傷せず、後日話を聞くことにして帰ったということになる』と言って、姿を消しました」

「つまり……今回の現実改変は彼の母親がやったことだというわけか」

「おそらくは……ですが、どういう力なのかはわかりません。聖遺物らしきものを持っている様子はなかったので……すみません、余計なことはするなと釘を刺されたので、容易に話すわけにはいかず……」

 

 緒川の言葉に、弦十郎は黙って考える。

 現実改変なんていう力の持ち主に半ば脅されていたとすれば、不用意にこの話をするのは確かに何を引き起こすかわからない。緒川の判断は正しいと言えるだろう。

 しかしそうだとすれば、この現実改変の犯人像はますます謎めいた存在になってくる。彼の母親は一般人――経歴や血筋を辿っても一切怪しい所はない真っ白な一般人だ。聖遺物に関わる機会など毛頭ないだろうし、緒川に気付かれずに接近するなどという技術を持つはずもない。

 

 一体どういう存在なら、これに説明が付けられるのか?

 

「仮に彼の母親が犯人であることは置いておくとして……この現実改変能力は完全ではない。少なくとも響君や緒川の記憶は残ったままだし、おそらく了子君も覚えているようだった……これが意図的なのか、もしくは何らかの欠陥があって完全に現実を改変することはできないのかはわからないがな」

「はい、なので家庭環境の隠蔽には使っている可能性も考えましたが、おそらくはないと思いました。あの日の数十分を改変するだけでもそれなりの改変漏れがあったのに、過去何十年分の現実改変になんの穴も無いのはおかしいですから」

「確かにな……だとすれば彼らが一般人であることは疑いようがない……」

 

 珱嗄たちが一般人であることと、一般人らしからぬ力を保有していること、その二つが矛盾し弦十郎たちを悩ませる。

 母親の使用した現実改変能力、珱嗄の対ノイズ性、どちらも人間には余る力だ。それを聖遺物を使った様子もなく行使するとなると、ますます理解の範疇を超えていた。

 

 弦十郎は眉間に皺をよせ、唸る。

 

「仮に……母親の現実改変能力の穴が意図的に作られたもので、その能力は本来完璧に現実を歪ませることができる代物だったなら……今回わざわざ穴を空けた理由はなんだ……? 響君の記憶が残ったままであるなら、珱嗄君が負傷した事実はすぐにバレることなどわかっていた筈……」

「それは司令も仰っていた、彼の身体を調べられるのを防ぐためでは?」

「ああ、だが彼の身体を調べられるのを防ぐためなら、こうして不完全に現実を改変する必要はないだろう? 強引に彼を連れ去ってしまえばいい……それをせずにわざわざ現実を改変した理由は……?」

 

 弦十郎は頭を回す。

 最近はずっと考えを巡らせていることばかりしているが、少しずつ、少しずつ前進している実感があった。今回のこともそうだ、緒川がこのタイミング話してくれることで、行き詰っていた思考が少しだけ前に進むことができた。

 

 ふと気がつく―――前進している、出来過ぎているくらいに少しずつ前進している。

 

 もしもこの状況がその母親の予想通りの展開だとしたのなら?

 

「珱嗄君の身体を調べられるのを防ぐため、という理由はフェイクか……?」

「それは……!?」

「だとすれば本来の目的は、我々に現実改変能力を持った存在がいると認識させるため?」

 

 もしも母親の予想通りの展開になっているのだとすれば、弦十郎にはそうとしか思えなかった。珱嗄の身体を調べられるのを防ぐため、というすぐに思いつく理由を囮にして、現実改変能力を持った存在がいるという事実そのものを認識させること、それが母親の目的なのではないかと。

 何故なら、それ以外にあの場での現実改変と改変された内容にはなんの意味もないからだ。すぐにバレる雑な改変、珱嗄を連れ去った母親、そして緒川にのみ脅しを加える不可解な行動。そのどれもが、ある種の示威行為にしか思えない。

 

 そしてこの考えが合っているとすれば、緒川がこうして話したことで、今それが明らかになったのはどういうことを意味するのか?

 

「―――まさか、時間稼ぎか!?」

 

 弦十郎がハッとそう言った瞬間、

 

 

 "ヴーーーー!!"

 

 

 二課本部内に、久方ぶりの警報が鳴り響いた。

 

 




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第十七話 秘密裏

 学校からの帰り道を未来と歩く。

 入学からずっと、当たり前に続くと思っていたそんな普通のことが、今はとても脆いものなのだと思うようになった。

 今もこうして一緒に歩いていて、お互いの距離は僅か数センチの肩が触れあう距離。傍から見ればとても仲が良い二人に見える筈のこの距離が、私には酷く、酷く、遠かった。

 

 今の私たちはこの数センチを、真っ当な感情で埋めることができないでいるから。

 

 分かっている。

 私は未来に依存している。

 そして未来も私に依存している。

 珱嗄を傷付けた私と、珱嗄を失った未来。どうして珱嗄がいなくなったのかはわからないけれど、私は自分の無力が心の底から恨めしかった。強くなりたい、未来も、珱嗄も、大切な人を悲しませないで済むくらい、力が欲しい。そう思った。

 

 その結果がこれ。

 未来は珱嗄を失って不安定になってしまって、私に依存することでどうにか普段通りに振る舞うことができる状態。私も未来が私を受け入れてくれることに甘えて、辛いことから目を背けている。共依存でしか、自分を保てなくなっている。

 

「ねぇ響、今日フラワーにいかない? おばちゃんのお好み焼き、好きでしょ?」

「いいね! 行こう行こう!」

「もう、響ったらはしゃぎすぎ。そんなにお好み焼き食べたかったの?」

「えへへ……それもあるけどー、未来と一緒ならなんだって美味しいもん」

「! も、もう、響ったら……」

 

 普段通りの会話、でもぎこちない空気。

 ギリギリ歯車は回っているけど、何処か噛み合っていないような、そんな感覚。

 きっと未来も気付いている。

 

 原因はわかりきっている。

 お互いがお互いに隠している、秘密があるからだ。

 

 私はシンフォギアのこと、聖遺物のこと、二課のこと、何一つ未来には話していない。私がノイズと戦っていることも、何一つ。

 そして未来も何かを隠している。こんな状況になってまで、私に話せない秘密がある。もしかしたら、それは珱嗄に関することかもしれない。師匠が未来のことを知っていたり、未来が珱嗄の恋人として一緒にいることが多かったり、珱嗄が消えた時期と未来が隠し事をし出した時期が重なっていたり、思い当たることは多いから。

 

 でも私はそれを訊きたいとは思っていない。

 

 今のこの関係は非常に脆い関係だから。どちらかの秘密が明かされただけで、きっとこの関係は壊れる。もしもそうなったら、私は未来に依存することはできなくなるし、未来が私に依存することもできなくなる気がしていた。

 だからこのままでいい。

 このままがいい。

 いつか私が珱嗄を見つけだして、昔みたいに三人が揃う日までは、このままでいい。

 

 幸いなことに、デュランダル移送計画の日からノイズの発生はぱたりと無くなって、出動も一切無くなった。ミーティング等で呼び出しがある時もたまにあるけど、それも緊急性はなく、事前にちゃんと連絡が入るくらい余裕が出ている。

 未来と一緒にいる時間は、以前と変わらないくらいに確保できていた。

 

 そう、これは危うい綱渡りで、とてもとても脆い日常。

 

「じゃあ―――」

 

 だから、簡単に壊れることは十分、分かっていたんだ。

 ……"ヴーーー! ヴーーー!"

 携帯が鳴る。

 この着信は、二課からの緊急連絡。

 久々にやってきたその知らせに、私の身体はビクリと硬直してしまう。

 

「……響?」

「……ごめんね、未来……用事ができちゃった」

「……そっか」

 

 未来は私の言葉に少し寂しげに頷いてくれる。彼女も、私が何を隠しているのかを探ったりしない。私と一緒で、ソレを知ることはこの関係の崩壊を招くと悟っているからだと思う。

 私は申し訳ない気持ちを抱きながら未来に背を向け、電話に出る。

 そして何があったのかを訊こうとして、振り向いた先に現れたその人影を捉えた。

 

「――!」

『響君、今拘束中だったネフシュタンの少女が―――』

「はい……今、見つけました」

 

 電話の向こうで師匠が言おうとしていることは、目の前の光景が教えてくれている。

 そこには赤いシンフォギアを纏った彼女がいた。木々を跳び、私の方へと向かってきている。その目は私を捉えていて、怒りなのか、強い感情を剥き出しにして私を睨んでいた。

 

 雪音クリスちゃん、私が一度殺してしまった少女。

 

『な―――……!』

「見つけたぞ!! 今度こそ!!」

 

 通話を着る暇もなく携帯を投げ捨て、見覚えのない赤いシンフォギアのアームドギアなのか大きな銃をこちらに向けてくるクリスちゃん。

 その段階で私の意識はスイッチが切り替わるように冷たく沈んでいた。この場における優先事項をすぐに判断して、私は動き出す。

 

 バン、という音が鳴るコンマ数秒前に、私は真後ろの未来に飛びついていた。

 

「ひび――ッ!?」

「……!」

 

 困惑する声をあげる未来を無視して、私は未来を抱き寄せ後方へと飛ぶ。

 私のいた場所へ弾丸が着弾し、爆発するタイプだったのか地面が爆散した。衝撃と地面の破片が飛び退いた私と未来を追いかけてくるけれど、私の動きの方が早かったのかなんとか直撃は免れる。

 

 そしてすぐに未来を立たせると、守るようにクリスちゃんの前に立ち塞がった。

 

「どうして此処に……?」

「ハッ、甘ぇんだよ……アタシの本領はコッチだ。武器は隠し持ってないか確認すべきだったな……コイツがアタシの、『イチイバル』の力だ!」

「『イチイバル』……?」

 

 拘束されていたと思っていたのに、どうやらクリスちゃんはネフシュタンの鎧の他にも聖遺物を隠し持っていたらしい。何処に隠し持っていたんだろう、師匠たちが見逃すとは思えないから……体内に隠し持っていたのかな?

 

 とはいえ『イチイバル』というのが、あのシンフォギアを形作っている聖遺物の名前らしい。見た感じ銃をメインに遠距離での広範囲攻撃に秀でるタイプ、かな? 遠距離系の相手は実践じゃ初めてだから、正直どうしたものかって感じだけど……それ以前に、

 

「ひ、響……」

「未来……逃げるよ」

「え……う、うん」

 

 未来の前でシンフォギアを纏う訳にはいかない。それは秘密の暴露に他ならないからだ。幸いクリスちゃんは致命的なことは言っていない……今ならまだギリギリ秘密のままで通せる。

 私が未来の手を引いて走り出すと、クリスちゃんは未来の存在に気付いたのか舌打ちをしながら追いかけてくる。どうやら未来を巻き込む気はないらしい。一般人を無暗に傷付けるつもりはないのかな? 

 『ソロモンの杖』がないならノイズが出現する心配はないし、どうにか未来を安全な所へ連れていけば……!

 

「待て!」

「未来、走って!」

 

 未来の存在のせいで攻めあぐねるクリスちゃんの声を背に、私は未来の手を強く握りしめた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 響と未来が逃走し、クリスがそれを追いかける形になってから、二課の方でも迅速な行動が開始されていた。

 既に全快した翼が出動し、現場へ急行しているし、二課の方でも響たちの動きを捉えている。一般人の避難誘導や響たちのサポートに人員が投入されているし、いつでも指示を出すことが可能な状態だ。

 

 しかし当の響がシンフォギアを纏っておらず、インカムも付けていない。

 これでは通信しようにも通信できない。携帯も逃走の際に投げ捨てていたので、電話も通じないだろう。

 

「くっ……!」

「どうして響ちゃんはシンフォギアを纏わないんでしょうか……?」

「確かに……未来ちゃんがいるとはいえ、人命救助の為なら迷わず装着すると思ったんですけど……」

「逆だろうな……響君は、未来君にだけは絶対に明かしたくないのだろう……珱嗄君を失い、未来君まで失ってしまった場合、響君の心は間違いなく砕かれてしまう」

 

 司令室から監視カメラを通して響たちを追っている弦十郎たちは、響が戦えない理由を悟って歯噛みする。この場にいる全員は、子供である響や翼に戦わせてしまっている現状を良しとしていない。

 響の心を守ることも、大人である自分達の役目だと思っている。

 だから、この状況で何もできない自分達の無力さを悔やむ。

 

「翼が到着するまで、どうにか逃げ切ってくれれば……!」

 

 弦十郎と緒川が話していた時に鳴り響いた警報は、雪音クリスが二課の発見した第二号聖遺物である『イチイバル』のシンフォギアを使い、強行突破したことに対する警報だった。

 きちんと身体検査をした上で拘留したというのに、何処に隠し持っていたのかと驚愕した。ましてや『イチイバル』は、かつて二課で保有していた聖遺物であり、十年前に紛失した聖遺物なのだ。

 それが今になって出現したことにも驚きである。

 

 だが、驚愕の事態は更に続く。

 

「司令! 正体不明のエネルギー反応が出現! 聖遺物の反応ではありません……これは!?」

「なに!?」

 

 突如現れた別の反応が、弦十郎に衝撃を与える。

 聖遺物ではない正体不明のエネルギー反応、それはまさしく先程まで緒川から聞いていた話を想起させるものだった。もしかしたら、ソレは珱嗄の母親である可能性もあるし、また別の存在である可能性もある。

 

 なんにせよ、それは珱嗄の失踪の真相に迫る手掛かりであると弦十郎は直感した。

 

「その反応場所は!?」

「は、はい! これは……響ちゃんたちの進行方向、約百メートル先の十字路です!」

「なんだと!? 映像を出せ!」

「映像出ます!」

 

 ヴン、という音と共に映像が出る。

 巨大スクリーンに現れた十字路の映像には、一人の女性が立っていた。

 

「あれは……!」

「……ついに現れたか」

 

 緒川がその姿を見て声をあげる。弦十郎はその反応で女性の正体を察した。

 何処か見覚えのあるような笑みを浮かべるその女性は、成人しているようにも見えて、女子高生の様に若々しくも見えて、人間のように見えて、人間ではないようにも見える。

 

 まるで正体の掴めない感覚に、一同は息を飲んだ。

 

「司令、あの女性は一体……?」

「彼女は、泉ヶ仙珱嗄の母親だ……だが油断するな、彼女は我々の理解の範疇を超えた場所にいる存在だ」

 

 弦十郎の言葉に、司令室は一気に緊張感に包まれた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「貴女は……」

「え……?」

 

 走って逃げた先で響達を待ち構えていたのは、珱嗄の母親。

 彼女はフと笑うと、響達の方へと近づいてくる。後方から追いかけてきていたクリスも彼女の異様な空気に足を止めていた。

 

 少し茶色の混ざった長い黒髪を黄色いリボンで括り、ラフな私服を着た彼女は、何処からどう見ても一般人だ。

 それでもシンフォギアを纏ったクリスですら下手に動けない圧がある。どう動いても勝てないと思わされるような、そんな圧倒的な格差を感じさせられている。

 

「珱嗄の、お母さん……?」

「やぁ未来ちゃん、久しぶりだね。最近はあまり姿を見なかったから、元気にしてた?」

「は、はい……でも珱嗄が……」

「ああ、そうだね。珱嗄がいなくなっちゃったからね、僕も懸命に探しているんだけれど……君たち何か知らないかな?」

「っ……」

 

 珱嗄の母親は何もかもお見通しと言うような目で響たち三人にそう訊いてくる。

 まるで何があったかも、この三人がどう関与しているのかも、何もかも知っている様な口振りで、そう、訊いてくる。

 響達はその言葉に言葉を詰まらせた。

 響は珱嗄が負傷したことに罪悪感を感じているし、未来も珱嗄の秘密を知っているし、クリスは珱嗄を傷付けた張本人だ。各々が珱嗄がいなくなる原因足りうる事柄を知っている。

 

 母親という存在を前に、その原因を話す勇気が三人にはなかった。

 

「何か知ってそうだね? 僕も母親として息子の安全をできるだけ早く知りたいんだよね……心配で心配で夜も眠れないくらいだから。ねぇ、響ちゃん?」

「それは……その……」

「未来ちゃん?」

「あ……ぅ」

「それともそこの変な格好した君が教えてくれるのかな?」

「っ……アタシは……」

 

 母親の言葉に三人はそれぞれ言葉にならない声をあげるしかできない。詰め寄られても、目を逸らすことしかできなかった。

 

「うーん……仕方ないから、僕が喋らざるを得ないようにしてあげよう」

「え?」

 

 母親が放った言葉に、一瞬理解が及ばなかった三人を置き去りにし、母親が手をポンと叩く。

 

 すると―――

 

「なっ!?」

「えっ……響!?」

「聖詠無しで……!?」

 

 パキン、という音と共に響の姿がシンフォギアを纏った姿へと変化した。聖詠もなしに変身したことに驚くクリスと、響の姿が変わったことに驚く未来。

 

「お互い、秘密は無しで話そうよ」

 

 何をされたのか、したのか分からない状況で、母親だけがゆらりと笑った。

 

 



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第十八話 起承転結の転

 何が起こったのか、響にはわからなかった。

 未来の目の前でシンフォギアを纏うわけにはいかないと思っていたのにも関わらず、珱嗄の母親が手を叩いただけで勝手にシンフォギアを纏っていたのだ。バレるわけにはいかない秘密が白日の下に晒されてしまっている。未来の驚きに見開かれた両目を見て、響の心は猛烈に恐怖を感じた。

 

 未来も響のその姿を見て、察したくはない真実を察してしまう。

 その姿の詳細は理解できなかったが、その姿が何を為すためのもので、どういうことができる物なのかは、容易に理解できてしまったのだ。

 なにせ同じような恰好をしているクリスが、先ほど地面を爆散させる攻撃を仕掛けてきているのだ。響の手に武器はなくとも、それと同様のことができることは明白。

 

 そうつまり、響の身に纏っているそれが何かと戦うためのものであるという真実を、未来の優秀な頭脳は導き出していた。

 

「響、その恰好は……そんな」

「未来、違っ……!」

「違うことはないだろう、響ちゃん。僕はなんでも知っているよ? その恰好は対ノイズのバトルアーマー、通称シンフォギアだろう? 未来ちゃんに内緒にしていたのかな? 駄目だよ幼馴染を心配させたら。じゃあ君が二課に協力して度々ノイズと戦っていたことも、珱嗄がいなくなった日の前日、ノイズとの闘いに珱嗄を巻き込んだことも内緒にしているのかな?」

「ッ……それはっ、その……!」

 

 未来の信じられないといった表情になんとか弁明しようとする響だったが、そんな響の弁明を許さないというように、珱嗄の母親は響が秘密にしていた真実を明かしていく。

 明かされる真実の一つ一つに未来の表情は青くなっていき、信じたくないというように頭を抱えた。

 未来からすれば、珱嗄は対ノイズ性という秘密がどこかに露見してしまい、その結果拉致されてしまったものと考えていた。それを響が支えてくれ、どうにか普段通りにふるまうだけの精神的余裕を得ることができていたのだ。

 恋人を失った悲しみから目を逸らして、響という存在に依存することで。

 

 それが一気にひっくり返る。

 

 響が密かにノイズと戦っていた。珱嗄の対ノイズ性のように、自分の理解の及ばない力を使って、危険な戦場に赴いていた。自分の知らないうちに死んでしまっていたかもしれないのに、それを秘密にして。

 なにより、響は珱嗄がいなくなる直前、彼がその戦場にいたことも秘密にしていたという。いかに自分が珱嗄の秘密を黙っていたからといって、そんな大事なことを隠していたのは、未来にとっては信じられなかった。

 

「響、貴女……全部、知ってたの?」

「違うの未来、私はっ」

「珱嗄がいなくなった原因を知っていたのに、黙ってたの……?」

「そうじゃなくて……私は、違くて……」

 

 未来の問い詰めるような淡々とした言葉に、響は上手く言葉が出てこない。一気に秘密が明るみに出たことで、響はパニックに陥っていた。この状況で何が一番大事なのか、何をするべきなのかの判断が全くついていない。

 そうして出た断片的な言葉を聞いて、未来の感情が爆発する。

 

「違くないでしょ!? 私がどれだけ珱嗄を思っているかも知っていて、それでも私に内緒でノイズと戦ってて、私に珱嗄のことを黙ってた! どうして!? 私に生きていてほしいって言ったじゃない! 私のそばにいるって!! だったらどうして隠したのよ!!」

「それはっ……!」

「響の噓つき!!」

「未来!!」

 

 未来の言葉に響は何も言えなかった。

 未来が何を秘密にしているのかはわからない。けれど未来の言っていることは正しかった。いかに二課に協力して機密を守らなければならない立場だったとしても、死にたがっていた未来の命を救い、彼女のそばにいると約束した以上それを裏切ってはいけなかったのだ。

 嘘はつかない、そう言った覚えはなくとも、未来を無理やりにでも救った響という人物そのものが、嘘だったとなればそれはもう裏切りだ。

 未来にとってはその救いや友情が、なにもかも嘘だったのだから。

 

 生きていてほしいと言いながら、自分は命がけの戦場にいた。

 そばにいると言いながら、未来が一番そばに居てほしい人のことを隠していた。

 珱嗄の抱えていた秘密と同じような力を、よりにもよって響が持っていた。

 

 未来の心の中はぐちゃぐちゃだった。

 

 どうしてこうなるのか。

 珱嗄の持つ秘密が珱嗄の命を脅かすもので、それだけでも心臓が止まるような思いだったのに、響もノイズと戦える力を持っていた。それはつまり珱嗄同様、彼女の力も各国が狙う力であることに他ならない。

 いつか響も珱嗄のように消えてしまうかもしれないということだ。

 

「どうして……どうしてよりにもよって珱嗄なの? どうして響なの? 何十億人っている中で、どうして私の大事な人ばかり!! もういや!!」

 

 未来はボロボロと涙を流し、狂ったように声を荒げて蹲る。

 そしてゴツン、ゴツンと地面に額をぶつけて、自分を傷つけだし、響が慌ててそれを羽交い絞めにして止める。よほど強くぶつけていたのか、ドロリと額から血が滲んでいた。響が羽交い絞めにしたことで上体が起きるが、目は虚空を見つめており、正気ではないことが分かる。

 

 クリスはそんな未来の姿を見て、ゾクッと背筋に悪寒が走った。

 自分が傷つけた珱嗄が消えたことで、ここまで一人の人間が狂ってしまうなんて思っていなかったのだ。いや、頭では分かっていたのだろう。それでも目の当たりにした瞬間、その罪を受け入れる覚悟ができていなかったことを思い知らされた。

 

「さて、まぁ君たちのあれやこれやはどうでもいいとして……いろいろ動いていたとはいえ、僕としては待ちくたびれたんだよね。そろそろ、ライトノベル一巻分くらいのストーリーにはなっているだろうし、アニメだとしても起承転結の転くらいには進んでほしいところなんだよ」

「何を言って……」

「ああ、ようやくキャストが揃ったかな?」

「!?」

 

 だが珱嗄の母親が空気を壊すように話し出すと、クリスはその意味の分からない言葉に首をひねる。そしてどういう意味かを問おうとした瞬間、珱嗄の母親が視線を別の方向へと移動させた。

 クリスがそちらを見ると、そこにはバイクでこちらへ向かってくる風鳴翼の姿がある。移動中に聖詠を唱えていたのか、すでにシンフォギアを纏っていた。

 そしてクリスたちを認識した瞬間、バイクを足場に空高く飛び上がり、空中で一回転。その手に持った大剣から青い斬撃が飛んできた。

 

 ―――青ノ一閃

 

「はぁああああ!!!」

「ッチィ……!」

 

 その一閃はクリスと珱嗄の母親の間に落ち、クリスが飛びのくことで二人の距離が空く。そしてその二人の間に入り、クリスから珱嗄の母親を守るように翼が立ちふさがった。

 

「ご無事ですか?!」

「ああ、今のところ無傷だよ。ありがとう翼ちゃん」

「翼さん……知り合い、なんですか……!?」

「話す必要はないわ……」

 

 翼が珱嗄の母親と知り合いであるような振る舞いに、響は驚きの声を上げるが、翼はその問いかけに対して冷たくつっぱねる。

 響が現場で機能するだけの実力を努力で獲得していることは、報告で知っている。だが翼が目覚めてからその目で見た響の戦場での姿は、あまりにも見ていられないものばかりだったのだ。

 叫ぶような焦りと恐怖の混じった歌声、立ち回りこそ上手くなっているものの、八つ当たりのようにノイズを攻撃する戦い方はけして見られたものではない。まして『デュランダル移送計画』の際は、雪音クリスを殺しかけたという。

 

 防人としても、戦士としても、戦場に立つ者としては失格としか思えなかった。

 

 努力は認めているが、それでも天羽奏の意思を継いでいるとは到底思えない。故に翼と響の心の距離は、未だに埋まっていないのだ。

 

「説明は後程……貴女は安全な場所へ逃げてください」

「うん、そうするよ。ありがとうね、翼ちゃん」

 

 そして翼が珱嗄の母親に逃げるように促せば、珱嗄の母親は素直にそれに頷き、響たちを一瞥しながらその場を去っていく。当たり前のように小走りで、一般人のように逃げていく。

 だが響たちにはその姿がどう見てもまともな人間には見えなかった。これから翼を混ぜて、クリスと戦うことになるのだろうと想像もつくというのに、響には今この現実が現実である実感が全く沸かない。

 

 響は今、たった数分で自分が待っていてくれる日だまりを失い、戦う意味すら見失わされてしまったのだ。

 

 珱嗄がいなくなり未来の心が離れた今、立花響は、何のために戦うのか、何をすべきなのか、自分の心を見失ってしまっていた。

 

「立花、その子を安全な場所へ移動させて……立花?」

「っ、は、はい……わかりました」

「……頼んだぞ」

 

 結果、翼の指示に反射的に従い、脱力してぐったりとしている未来を抱え上げる響。その姿はまるで初めてシンフォギアを纏った時の響そのもので、戦場に立つ覚悟もなにもない、そんな弱弱しい姿だった。

 翼はそんな響の姿に若干の心配をするものの、目の前にクリスという敵がいる中でそこに踏み込む余裕はない。短く頼んだと言って、未来を連れてこの場を離れる響の背中を見送るしかできなかった。

 

 そしてクリスの方へと刃を構え、戦いへと意識を集中させる。

 

「まさか、ネフシュタンだけでなくイチイバルまで所有していたとはな……だが大人しく檻に戻ってもらうぞ」

「ハッ……そう言われて大人しく戻るバカはいねぇよ!」

「だろうな、だからこそ……力ずくで大人しくしてもらう!!」

 

 瞬間、二人が地面を蹴った。

 戦闘が始まる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――翼とクリスの戦いの場の近くの建物、その屋上から、二人の戦闘を見物する人影があった。珱嗄の母親である。

 屋上の縁に腰掛け、まるで水槽の中の熱帯魚を見るような目で翼たちの戦闘の行く末を見守っている。そこには二人に対する興味も、愛着も、信用も何もない。ただの観測、それ以外の感情がなにもなかった。

 

 退屈そうにその戦いを眺める彼女の後ろから、一人の少女が近づいてくる。

 

「ようやく折り返しって感じなのかな? ちょっと胸が痛いけど……」

 

 軽くウェーブの掛かった金髪の髪の少女。両目が虹彩異色で色が違い、珱嗄の母親と違って翼たちの戦いを見て少し心苦しそうな表情を浮かべている。

 

「うん、まぁ必要なことだからね。僕としては、正直死ななければ彼女たちがどうなろうとどうでもいいんだけど」

「うーん……そういう所、やっぱりパパの恋人だよねぇ」

「君も大概だけどね……さて、あっちも上手くいってるといいんだけど?」

 

 少女の言葉に対して珱嗄の母親がシレッと返した言葉に、少女は微妙そうな表情を浮かべて苦笑した。似たもの同士だという感想を抱いたのか、流石とばかりに小さくため息をつく。まるで長く慣れ親しんだような言動に呆れているような様子だった。

 だが『パパの恋人』という表現は中々よくわからない表現であったにも拘らず、二人の間ではそれが自然なことであるように話が進む。

 

「ああ、ついさっき『お父さん』から連絡あったよ。とりあえずは問題ないって」

「それはなによりだよ」

 

 少女が携帯を掲げながらそう言うと、珱嗄の母親はゆらりと笑みを浮かべてそう言い、立ち上がる。

 少女の言う『パパ』と『お父さん』というのは、別人のような口ぶり。だがこれも、二人の間では自然な表現として罷り通っている。珱嗄の母親主導で、何かしらのプランが動き出しているようだった。

 

 少女は珱嗄の母親の隣に立つと、再度翼たちの戦闘を見て心苦しい表情を浮かべる。

 

「大丈夫なんだよね? 『お母さん』……全部、上手くいくよね?」

「わはは、こんなくだらねー世界の中にいる以上、僕に『できない』ことはないよ」

 

 少女の不安げな問いに、珱嗄の母親はどこか聞き覚えのあるような笑い方で一笑すると、冷たい瞳でそう言い切った。このくだらない世界において、自分にできないことなど何もない、その言葉の意図することはなんなのか。

 

 少女は珱嗄の母親のそんな様子を見て、大きく深呼吸する。

 

「……それはパパの恋人だから?」

「わはは、今の僕はあくまで珱嗄の母親だよ……まぁといっても――」

 

 珱嗄の母親は少女にビシッと指を立てると、まるでコミックの見開きページであるかのような決め顔でこう言い放つ。

 

「―――せいぜい、世界を掌で転がす程度のことしかできないけどね」

 

 バーン、というオノマトペまで付け足した母親に、少女は慣れた様子で呆れ顔を見せたのだった。




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第十九話 崩壊と未来

 ―――ふざけた展開だと思う。

 

 ここまで綿密に進めてきた計画が、よくわからない変な家族によってめちゃくちゃにされかけている。

 クリスが二課に捕まったことは正直想定外ではあったが、『ネフシュタンの鎧』はまだこちらの手にある。裏で上手く動けば『ソロモンの杖』も取り戻すことは可能だが、下手を打てば一気にまずい状況になるので動くことはできない。

 少なくとも、『カ・ディンギル』の準備が整うまでの間は、不用意に動くことはできなかった。故に一月ほどの時間、膠着状態に陥ってしまったのだが。

 

 おかげで二課の戦力は増すばかり。

 クリスが風鳴翼の絶唱を引き出したおかげで、二課の戦力は素人のガングニール装者だけになったと思ったのに、それも束の間だったな。時間を空けたことで風鳴翼は復帰を果たしたし、立花響も驚愕するスピードで成長を遂げていた。

 正直クリスが捕まっていなかったとしても、一人では太刀打ち出来ない戦力が二課にはある。

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 問題はクリスが捕まったことでもなく、二課の戦力が増したことでもない。

 

 泉ヶ仙珱嗄およびその母親の存在が問題なのだ。

 

 なんなのだあの化け物は。息子はノイズを素手で軽く捻る特異体質を持ち、母親は現実を改変する能力を保有している。事実私と立花響以外の記憶が改竄されており、一部の事実がなかったことにされていた。

 クリスには泉ヶ仙珱嗄を攻撃した記憶があるようだが、改変されたのはその後のことだ。記憶改変や事象改変が不完全であることから、正確に辻褄を合わせるような能力ではないのかもしれないが、この不完全さも意図されたものである可能性は否定できない。

 

「それに、あの()も……!」

 

 忌々しい、このリディアンの地でだけでなく、私の保険にまで妨害の手を伸ばしてくる。致命的とまではいかないが、少々厄介なところまで私は追い詰められている。

 彼女たちを殺す気がないのであれば、問題はない。

 

「……だが、カ・ディンギルの準備は整った……そしてこの『ネフシュタンの鎧』も」

 

 二度の暴走を見せた第三号聖遺物ガングニールのシンフォギア装者、立花響。

 二年前ツヴァイウィングの戦いに巻き込まれ、天羽奏のガングニールの破片が胸に突き刺さり、身体と融合したことでガングニールのシンフォギアを纏うことができた少女。

 つまり聖遺物との融合症例第一号。

 

 彼女のデータは私の研究に大いに役立ってくれた。

 おかげで私の計画も破綻せずに済む。

 

「忌々しいバラルの呪詛……この世界は――あと少しだ」

 

 あと少し―――あの家族さえいなくなれば。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 翼とクリスの戦いは、結局響という標的を見失ったクリスが撤退するという形で決着がついた。元々脱走したばかりで状況的にも分が悪く、このまま翼と戦ってダメージを負うよりは、一度撤退して態勢を整える方が効率的だと判断したのだ。

 珱嗄の母親の登場で動揺はしたものの、その辺りの冷静さを失わない点は、やはり戦場に立つ者としての心構えはできているということなのだろう。

 そして裏にどれだけの人物が待ち構えているかわからない以上、深追いもしなかった翼。

 弦十郎の判断的にも、クリスの反応を追跡して黒幕の居場所を探ってからでも遅くはないとなっていたので、一旦はそこで状況終了となった。

 

 そして未来を避難させた響の元へと向かった翼は、下校中の道だったからだろう、リディアン音楽院の傍で響と未来の姿を見つける。

 シンフォギアを解除し制服に戻った響は俯いて立ち尽くしており、その視線の先には地べたに座り込んで項垂れている未来の姿があった。二人の関係で友人以上の情報を知らない翼から見ても、二人のその姿はあまりに痛々しい。

 

「立花」

「! ……あ、翼さん……」

 

 声を掛けるとびくりと響の肩が跳ね、おそるおそる振り向いた彼女は翼の姿を確認し、力なくそんな声を上げる。

 最初に出会ったときの元気いっぱいな響の方が印象に強い翼は、今の響の姿は正直看過できなかった。戦場に立つと選んだのは響ではあるが、それを強制する権限は翼にも、二課にもない。あくまで彼女は協力者なのである。

 

 だから、戦場に立ち続けることがいずれ立花響を壊すというのなら、

 

「……これで分かったでしょう。戦場に立つということは、自分の日常を多少なりとも犠牲にしなければならない……生半な意思では何かを守るどころか、全てを失うことになる」

「……私は、ただ……」

「困っている人を助けたいという貴女の思いは決して間違いではないわ、それはとても尊い意思ではあるし、貴女の美点なのだと思う……けれど、戦場には向いていない」

 

 翼は今、奏のガングニールを響が纏うことの抵抗感や響の覚悟の有無は関係なく、響という一般人(・・・)に対して、忠告していた。

 

「貴女の身体に聖遺物が埋まっている以上多少生活に制限がつくとは思うけれど、戦場から身を引いた方がいい。機密を守る限り、今なら何気ない日常に戻ることができる」

「……っ」

「彼女の傍にいることが、今の貴女のすべきことではないの?」

「……未来」

「自分で決めたことでしょ……だから、これも自分で決めなさい」

 

 翼はそう言うと、リディアン音楽院の方へと歩いていく。

 地下にある二課の指令室へと降りるのだろう。歩きながらシンフォギアを解除し、元の服装に戻った翼は振り返らない。

 響はその背中を見ながら、自分がどうすべきなのかをぐるぐると考えていた。へたり込んだ未来は動く様子を見せず、自分の秘密を知ったことに未だショックを受けているようだった。

 

 戦わなくてもいい。

 

 秘密が暴かれ、親友から拒否され、戦場外通告を受けた。

 事実戦力にはなるが、戦場に立たなくてもいいと言われたのなら同じことだ。

 

 響は何故自分が戦っていたのか、何を守りたかったのか、わからなくなっている。ただ困っている人がいて、自分が力になれるのならまっすぐに助けに行きたいと思っていただけだったのに、懸命になって戦った結果―――何もかもを失ってしまった。

 

「未来……私、どうすればよかったの……」

 

 問いかけたわけではなかった。

 ただ、ぽつりと口から零れたようなそんな言葉。響自身の頭の中がぐちゃぐちゃだったからこそ出た言葉だった。

 だから返答は期待していなかったし、今の未来から何か返ってくるとも思っていなかった。

 だが未来は力なく、でもゆっくりと立ち上がる。響はそんな未来に対して弱々しい表情で縋るような目を向けた。依存していたからこそ、こんな時ですら未来に縋ってしまった。

 

 そんな響の目を、未来の冷たい瞳が睨みつけた。

 

「そんなの、私に聞かないでよ……この噓つき」

 

 今まで未来が自分に対してここまで冷たい声を出したことがあるだろうか、と思うほど、未来の声色には感情がなかった。ただただ冷たく、拒絶するような声に、響は心を八つ裂きにされたような気持ちになる。

 心臓を抉り出されたと思うくらい、胸が痛かった。

 

 未来を守るために、珱嗄を取り戻すために、不幸な人を助けるために、戦いに身を投じたのに、守るどころか何もかもを傷つけてしまった響。

 

 未来は響を両手で軽く突き飛ばし、一人去っていく。おそらく寮へと戻るつもりなのだろうが、その背中は響に近づくなと言っていた。

 響はよろけて尻餅をつくと、目を丸くして去っていく未来の背中を見る。そうして拒絶されたことを理解して、慌てて声を上げた。

 

「ま、待ってよ未来! 話を聞いてよ……お願い! 私は、未来を守りたくて! 待ってよ、未来……未来ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 必死に手を伸ばして必死に悲痛な声を張り上げても、未来は一切足を止めることなく、振り返ることもなく去っていく。

 もはや響の言葉を聞くつもりはないと、未来の背中は言外に告げていた。

 

 立花響の日常はこうして、崩壊していったのである。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 とある国の某所にて―――

 

 協会の様な見た目の建物の中で、わいわいと賑やかな声が溢れていた。

 食事時なのかかなり長いテーブルに人数分の食事が並んでおり、それぞれの食事の前には子供たちがお行儀よく座っている。子供たちの数はかなり多く数百人、まるで学校の様な空間がそこにはあった。

 

 その中で、食事を作った人物なのか大人の姿が二人。

 

 車椅子に座って子供たちの姿を眺めている初老の女性と、エプロンを付けた身長の高い男性。二人は並んで子供たちの楽しげな姿に笑みをこぼしていた。

 すると食事が行き渡ったのを確認した男性が前に出て声を出す。

 

「ほら、全員食事は行き渡ったな? まだないって奴はいるか?」

 

 男性が話し始めると、素直におしゃべりを止めてきちんとそれを聞こうとする子供たち。素直でお行儀良く育てられたというわけではなく、単純に子供たちがこの男性のことを慕っているからこその態度だった。

 男性の問いに子供たちから手が挙がることはなく、男性はうんと頷く。

 

「今日はこっちで一緒に食べる」

「デース! 席を確保しておいたのデスよ!」

 

 すると子供たちの中から黒髪ツインテールの少女と金髪ショートヘアの少女が駆け寄ってきて、男性の腕を両サイドから掴んで連れていく。

 これはいつもの光景なのか、男性は慣れたように困ったような笑みを浮かべながら連れられて行くと、そこには男性の分の食事と席が用意されている。

 

「切歌、調、そんなに引っ張らなくても行くから」

「ダメ、折角のごはんが冷めちゃう」

「早く席に着けば、その分長くお話できるのデス! さぁ!」

 

 自分の胸くらいの背丈しかない少女たちにぐいぐいと引っ張られる男性を見て、子供たちはおかしそうに笑う。切歌と呼ばれた金髪の少女は手で押すのではなく、抱き着くようにして体でぐいぐいと押し、調と呼ばれた少女は男性の両手をもって引っ張っていく。

 スキンシップの激しさはそのまま信頼の高さなのだろうが、男性はわかったわかったと言いながら席に着いた。

 すると男性の両隣に切歌と調が座り、にひひ、ふふふ、と幸せそうな笑顔を向けてくる。まるで父親に娘が甘えるような二人の態度に、男性は苦笑しながらわしゃわしゃと二人の頭を撫でた。

 

「全く、いつまでたっても甘えん坊だな」

「私たちは子供だからいいの」

「デスデス! これは子供の特権なのデスよ?」

 

 男性の言葉に悪戯に笑う二人の言葉は、背伸びせず、素のままの自分を曝け出している。男性に対して、全幅の信頼を寄せていることが見て取れた。

 

「ほら、いい加減食べるぞ。みんな、手を合わせろー」

 

 だが男性がそう言うと、切歌も調も一度甘えるのを止めて素直に手を合わせた。子供たちもそれに倣ってきちんと手を合わせる。この辺りは男性や車椅子の女性の教育の賜物かもしれない。

 

 そして、男性が全員に聞こえるような声で、

 

「いただきます」

『いただきまーす!』

 

 そう言うと、それを数百人の子供たちが揃って復唱した。

 

「(さて……そろそろかな? 全く、嫌な役割だな……本当、手間かけさせる奴だよ、お前は……珱嗄)」

 

 男性は一斉に食事に手を伸ばす子供たちを見ながら、そんなことを考えて自分も目の前の食事にありつく。

 そんな彼のエプロンについている名札には、彼の名前が書いてあった。

 

 

 ―――"黒瀬 徹(くろぜ とおる)"と

 

 

 




鬱展開続いてますが、ハッピーエンドになるのでご安心くださいませ汗



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第二十話 心の迷い子

 その日はしんしんと雨が降っていた。

 空は誰かの心を映すように灰色で、降り注ぐ雨は温もりを奪うように冷たい。人々はその冷たさから逃れるように色とりどりの傘を差し、自分の仕事や学校に行くために濡れた地面に傘と同じ数の足音を響かせていた。

 そんな雑踏の中で、一人その冷たさを受け入れている少女がいた。

 長いこと雨に打たれていたのか癖のある髪は酷く濡れており、リディアンの制服もびしょ濡れの状態でフラフラと歩いている。顔は俯き、まるで亡霊のような雰囲気を纏っていた。

 人々はそんな少女をどこか心配そうな顔で見るも、声を掛けずに通り過ぎていく。自分の用事や仕事を放って声を掛ける余裕がないのだ。

 

 少女はフラフラと歩き、水溜まりを踏んだ。

 ふと空を見上げ、そこでようやく雨が降っていることに気が付いたかのように小さく息を吐く。そして雨から逃れるように路地裏へと入っていき、雨宿りができそうなほんの小さな隙間を見つけると、そこで体育座りをして体を縮こまらせた。

 

「……っ」

 

 少女の肩が震える。

 雨に温度を奪われたせいなのか、それとも涙を流しているのか、膝に顔を埋めた少女を見てもわからない。けれど、雨音に混じって聞こえてくる少女の嗚咽は、確実に彼女の絶望を発していた。

 けれどその絶望を感じ取ってくれる人は誰もいない。彼女を受け入れてくれる人も、いなくなってしまった。

 

 少女の名前は立花響。

 

 家に帰ることもできず、自分の行き場を見失ってしまった少女。

 シンフォギアを纏い、ノイズと戦う力を持つ彼女ではあるが、それでも彼女はただの高校生で――寂しがりやの女の子でしかなかった。

 その手で誰かと繋がろうとした少女は、その手を伸ばすことが恐ろしくなっていた。

 

「……なにしてんだよ、お前」

「!」

 

 だが、そんな彼女を見つける人も、いた。

 銀色の髪を二つ結びにして、気まずそうに眉間にしわを寄せた少女。赤いややゴシック風のワンピースを着た彼女は、どこかで拾ったのか骨が一本外れているビニール傘を差して立っていた。

 雪音クリスが、そこにいた。

 

「クリスちゃん……」

「っ……お前、帰ってねぇのかよ」

「……帰る場所なんて、もうなくなっちゃったよ……クリスちゃんこそ、何してるの? 私の前に姿を見せて、捕まるかもしれないのに」

「バカ……今のお前じゃ、アタシを捕まえられるとも思えねぇよ」

 

 クリスは響に近づくと、膝をついて響の身体にくっついている雨を手をパッパッと払う。濡れた髪や服は今すぐどうにかできるわけではないが、最低限の水気を払うと、クリスは響の腕を取って強引に立たせた。

 響はクリスの力に抵抗することなく立ち上がり、どういうつもりなのかとクリスを見る。

 

「来い……こんなとこに居ても風邪引くだけだろ」

「……なんで?」

「……アタシにだってわからねぇよ」

「……そっか」

 

 グイッと腕を引かれて、響は大人しくついていく。

 今のクリスが黒幕の元へと響を連れ去ろうとしているわけではないことを、響はなんとなく察していた。これはクリスの純粋な優しさなのだろうと。

 どうせ行き場所もないのなら、クリスについて行ってもいいだろうと半ば投げやりな部分もあったが、それでもなんとなく……響はクリスを信じてもいいかもしれないと思った。

 

 腕を組むようにして引かれる響。傘の中に入らせるためにクリスがそうしているのだろうが、外から見たら腕を組んで相合傘をする少女達に見えただろうか。

 

「ありがとうね、クリスちゃん」

「……そんな言葉、アタシは言われるような人間じゃねぇよ」

 

 その言葉を最後に、二人の間で会話はなくなり、ただただ連れられるままに、響はクリスについていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――アタシがやってきたことは、間違いだったのかもしれない。

 

 昨日、二課の留置所からイチイバルの力を使って脱獄した後、アタシはフィーネの命令を遂行するために、あのガングニールの装者を狙って攻撃を仕掛けた。

 アイツはシンフォギアを纏うことをせず、一般人の手を引いて逃げた。アタシだって関係のない一般人を傷つけるつもりはないし、できればそんなことはしたくない。

 

 だからつかず離れずの距離で追いかけるしかできなかったんだが、そのあとのことがアタシの心をどうにも搔き乱す。

 

 そこで現れたのは、アタシが傷つけた泉ヶ仙珱嗄の母親だった。

 奴が失踪したことはアタシも知っている。

 フィーネができれば手に入れたいと言っていたから負傷させたんだし、結局失踪したことでそれは失敗したからな。

 

 ただ、それがここまで人を狂わせるなんてアタシは想像もしていなかったんだ。

 

 母親によってバラされたらしい、ガングニール装者の秘密。アタシが泉ヶ仙珱嗄を傷つけたことや、二課の存在……そしてそれを知った一般人の女子が、全てに絶望したような目になったこと。

 あの時の目が、アタシの心に深く突き刺さってる。

 

 アタシは争いをなくしたくて、悲劇が生まれる要因を取り除きたくて、今まで戦ってきたのに……アタシのやったことが原因で、悲劇が生まれていた。

 なら、アタシのやってきたことは間違いだったってことだ。

 

「くそっ、どうすりゃいいんだよ……!」

 

 アタシのもやもやした気持ちを映したように降り注ぐ雨が鬱陶しくて、その辺のゴミ捨て場にあったビニール傘を差して歩く。

 こんな気持ちでフィーネの元へ帰る気もなれず、一人答えの出ない思考に耽るしかできない。

 

 そうして歩いていると、ふと路地裏に見覚えのある人影があるのを見つけた。

 

「あいつは……なんでこんなとこに」

 

 アタシが昨日攻撃したガングニールの装者が、路地裏で縮こまっていた。傘も差さず、雨に打たれてびしょ濡れになって、捨てられた子供のようにそこにいた。

 その姿を見て、アタシは思い出す。あの絶望に染まった目をした少女は、こいつの友人だったと。

 

 なら、こいつがこうなったのもアタシのせいじゃねーか。

 

 胸が痛かった。地団太を踏んで、ひと思いに何もかもぶっ壊して台無しにしたいくらいに、アタシの心臓が大きく跳ねる。

 

「……何してんだよ、お前」

「クリスちゃん……」

 

 顔を上げたこいつの目は、赤く充血していて、昨日の少女のように絶望に染まっていた。泉ヶ仙珱嗄を失い、あの少女が心の支えだったのかもしれない。それを引き裂かれたのだから、当然だと思う。

 

 そしてこいつら三人を引き裂いたのは、他でもないアタシだ。

 

 アタシは衝動に従って、こいつの腕を引いた。

 こんな場所にいたら、風邪を引くどころかふとした瞬間に自殺でもしかねないと思ったからだ。雨に打たれる場所ではなく、どこか落ち着ける場所へと連れていくのが先だと思った。

 

「……帰る場所なんて、もうなくなっちゃったよ……クリスちゃんこそ、何してるの? 私の前に姿を見せて、捕まるかもしれないのに」

「バカ……今のお前じゃ、アタシを捕まえられるとも思えねぇよ」

 

 ごちゃごちゃ言うこいつを強引に立たせて、引っ張っていく。

 これは優しさなんかじゃない。ただ自分のやったことの罪滅ぼしをしているだけの、アタシのエゴだ。争いをなくそうとして、その方法に戦いを選んだことは間違いだった。悪い奴を一人ぶっとばせば、それがまた新たな火種を二つ三つと増やし、その分だけ悲劇が生まれる。

 

 それを理解した今、アタシはフィーネに盲目的に従っていてはいけないと思った。

 

「ありがとうね、クリスちゃん」

 

 ぽつりと、そう言われる。

 やめてほしかった。そんなことを言われるようなことはしていない。むしろこいつはアタシを糾弾すべきなんだ。殴って、怒って、全てを奪ったアタシに憎しみをぶつける権利があるんだ。

 だから礼なんて言わないでほしかった。

 

「……そんな言葉、アタシは言われるような人間じゃねぇよ」

 

 こいつの心が本当に優しいことを知って、アタシの胸は張り裂けそうだった。アタシのしたことがどれほど罪深いのか、今では痛いほどよくわかる。

 

 傷つけてごめんなさい。

 大切な人を失わせてごめんなさい。

 全部全部、ごめんなさい。

 

 けして言うことができないごめんなさいの言葉は、アタシの心臓をじくじくと痛めつける。腕を引くアタシの手に、力がこもった。

 

 ―――こんなにも優しい人が苦しむことなんて、絶対にあってはいけないんだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 独りぼっちの部屋の中で、私はただ座り込んでいた。

 昨日帰ってきてから、制服から着替えることもなくずっと座っている。体に力が入らなくて、動く気力なんてこれっぽっちも沸かなかった。

 結局、あの後響は帰ってこなかった。私が拒絶したから、帰ってこれなかったんだと思う。

 

 私に嘘をついていた響。

 生きていてほしいと言って、傍にいると言って、裏では命がけの戦いに身を投じていた響。私に心配すらさせてくれない、私を大切に思ってくれるのは嬉しいけれど、そんな響を許すことはできなかった。だから、突き飛ばしてしまった。

 

 でも、帰ってきて……少し冷静になれば私も似たようなものだった。

 

 響が人助けをするのは、昔から変わっていない。ノイズと戦える力を手に入れたのなら、響は迷わず戦うことを選ぶ。そういう子だから。

 二課の人たちと関係していたのなら、秘密にしていたのは私と一緒だ。話せない事情があった。私も秘密にしていたのだから、それを責めるのは筋違い。

 

 珱嗄のことを秘密にしていたのは、きっと私のことを思ってだ。

 私は珱嗄がいなくなって、響の知らない原因を考えて勝手に死のうとしていた。それを必死になって救おうとしていた響。

 であれば、なんとか普段通りの状態に戻った私に、珱嗄が傷を負った話なんてできるはずがない。それを知った私がどうなるか、響からすればきっとすごく恐ろしかったはずだから。

 

 ああ、そうか……じゃあなんだ。

 

「全部私が弱いのが悪かったんじゃない……」

 

 私の心がもっと強かったら、響はきっと私に話してくれたかもしれない。私が弱かったから、響に全て背負わせていたんだ。私を守るために、不安と秘密を背負って、一人で必死に戦っていたんだ。

 全部全部、私を守るために。

 

 そんな響に、私は感情的になってひどいことを言ってしまった。

 

「……っ……響、ごめんね……ごめんね……!」

 

 そうやって分かった今も、弱い私は響を探しに行けない。

 自分の弱さに甘えて、響に拒絶されることを恐れている。最初に拒絶したのは私の方なのに、都合のいい言い訳を考えてしまっている。

 

 あの時響が呟いた意味が、私にもわかった。

 

「どうしたらいいのか、わかんないよ……」

 

 今の私たちを繋いでくれる手が、私たちには失われていた。

 

 

 




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第二十一話 風鳴翼の信じたいもの

 現状を見て、この一件に関わる全ての陣営が手をこまねいていた。

 二課は立花響の戦線離脱を検討中、風鳴翼もそれを推奨しており、弦十郎含む他の職員もそれがいいのではないかと思い始めている。無論戦力の低下は免れないが、雪音クリスの脱走を加味しても未だ均衡状態、下手に動くことができないでいる。

 また雪音クリスのバックにいる陣営も同様に、動くことができないでいる。それはこの状況がずっと続いていることからもわかる。二課の監視の元、雪音クリスが帰還していないことから、黒幕側の戦力はネフシュタンの鎧ただ一つ。

 

 ノイズによる攪乱も出来ない今、立花響を欠いているとはいっても風鳴翼がいる今、単身攻め入って勝利を得られる確率は低い。

 

 両陣営が動けない中で、唯一泉ヶ仙珱嗄の母親の陣営だけが雪音クリスの脱走の一ヵ月、暗躍していた。

 それが、今回翼が珱嗄の母親と面識を持っており、精神的に落ち着いていた原因でもある。

 

「やぁ翼ちゃん、この前は大丈夫だった?」

「はい、すいません……巻き込んでしまって」

「いいよ、お互い無事だったんだし、結果オーライとしよう」

 

 雪音クリスの脱走から三日が経ち、事後処理も落ち着いてきた頃。

 風鳴翼は珱嗄の母親と会っていた。もちろん弦十郎から彼女に関する情報は聞かされているが、それを知ってなお翼は彼女と会うという行動をとっている。

 

 何故?

 

 普段の風鳴翼であるのならば、危険な存在である彼女と接触を取ることは最大限の警戒の下行うはず。なのに彼女は今、弦十郎や二課に相談するわけでもなくこうして彼女と接触していた。

 まるで珱嗄の母親に対し、一定の信頼を置いているような態度で。

 

「……貴女には感謝しています。目が覚めてからリハビリをする最中、私の心を導いてくれました……本当に、ありがとうございます」

「僕は何もしていないよ、君が勝手に歩いただけさ」

 

 翼は感謝を述べて頭を下げると、珱嗄の母親は片手を振ってそう返す。

 

「まぁでも、あの時の君は世界から一人取り残されたような顔をしてたからね」

「そうですか?」

「そうだよ――」

 

 すると、珱嗄の母親は、少し前のことを思い出すように語りだした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 風鳴翼が絶唱のダメージから目覚めたとき、最初に思ったことはたった一つ。

 

 ―――ああ、また無様に生き恥を晒している。

 

 二年前、ツヴァイウィングのライブで大勢の死者を出し、自身の片翼でもあった天羽奏を喪った彼女は、未だに奏の死から立ち直ることができていない。彼女の死に、今なお囚われている。

 片翼を失っても、自身は戦わなくてはならない。自分が、あの惨劇を繰り返さずに済むだけの剣にならなくてはならない。そうして己を磨き上げ、防人として国防に努めてきた。

 

 剣と鍛え、己の悲しみを殺して、ただ人に害為す敵を葬る刃であろうとしてきた。

 

 それでも、これだけやってきても、彼女は取りこぼす。全てを一人では守れないことなど分かっていても、目の前でノイズに散らされる命を見る度己を責めてきた。

 立花響という天羽奏の忘れ形見が現れても受け入れられなかったのは、奏という存在が彼女にとって唯一無二だったからだ。ガングニールを纏って共に戦う片翼は、天羽奏でなければならなかったからだ。

 

 だからこそ、絶唱を歌った。

 覚悟もなく戦場に立つ立花響に、戦うことの意思を示すために。

 自分の力不足で失われた完全聖遺物を取り戻すために。

 天羽奏がいなくとも、立花響がいようとも、その剣は何かを守れると証明するために。

 

 結果は目を覚ましてすぐ理解した。

 完全聖遺物は取り返せず、立花響を追い詰め、剣である自分は満身創痍。何一つとして守ることができていなかった。結果的に全てを取り零して、ただ自滅しただけになってしまった。

 

 リハビリを始めても、どうすればいいのか分からない。

 戻ったところで何ができるというのだろうか、そんなことばかり考えていた。記憶の中の天羽奏ならなんと言うか、そうやって答えを探していた。

 

「随分と草臥れた顔をしているね、今にも死にそうな顔だ」

「―――?」

 

 そうして屋上で黄昏れていた時に出会ったのが、泉ヶ仙珱嗄の母親だった。

 

「貴女は……?」

「ただの通りすがりの主婦だよ、まぁ自己紹介なんてしなくてもいい時だってある」

「……」

 

 通りすがりの主婦。主婦というにはいささか若すぎる気もした翼だったが、見るからに美人な彼女を見ると、この若さで結婚していてもおかしくはないと思えた。

 自分もアーティストをやっている手前、その見た目を褒められることは多かったが、目の前の女性は見た目以上に纏っている雰囲気がどこかミステリアスで、見た目の若さに反して妙に貫禄のある佇まいが魅力的。

 何をやらせても完璧にこなしてしまいそうな、出来る女性の理想像の様な女性だと思った。

 

 だからだろうか、女性がベンチに座る自分の横に腰を下ろした時、そこになんの違和感や嫌悪感も浮かばなかった。

 

「話してごらんよ、通りすがりの主婦でも大人だからね……悩める少女の相談に乗って、解決してあげることくらいはできちゃうんだぜ?」

「……ふふ、おかしな人ですね」

 

 翼は女性の言葉に、久々に素の笑みを零す。

 不思議な感覚ではあるが、この女性になら素直に悩みを相談してもいいかな、なんて思うくらいには、翼は女性に心を開いていた。

 そうさせるだけの何かが、この人にはあるのだろうと翼は思う。自分にはないそんな器の大きさを、人はカリスマと呼ぶのかもしれない。

 

「……少し前に、大事な親友を亡くしたんです。彼女は私にとって、自分の半身とよべるくらい大きな存在で……これからもずっと一緒に、どこまでも走っていると思ってました」

「……」

「けれど……私に力が無かったから、彼女は無理をして……死んでしまった。二年前のことです……私は自分の無力を責めました。私がもっとしっかりしていたら、もっと力があったなら、彼女は死ななかったかもしれない……」

 

 翼から出てくる言葉に、女性は静かに頷きながら耳を傾けた。

 言葉にすると思い出す色々なことに、翼の表情は暗くなる。込み上げてくる悲しみが、両の瞳にじわりと染み出してくる。

 

「それからは必死でした……今日までの二年間、私は二度と大切な人を失わないように己を磨いてきました……そうしたら、つい先日……死んだ親友の後を継ぐ子が現れたんです。それでこれからは彼女が私と一緒に行動するパートナーになると聞いて……私は彼女を受け入れられなかった……私にとって、パートナーは親友だけだったから」

「それで?」

「私はその子を突き放した……彼女は決して悪い子じゃありません。優しくて、純粋で、必死に私に歩み寄ろうとしてくれています……でも、私は……」

 

 翼がそう言って言葉に詰まると、女性は短く息を吐きながら立ち上がる。

 

「なるほどね……」

 

 機密を守りながら漠然と話しただけ。

 これだけでは何があったのかなど全く分からない、意味の分からない話だと取られても仕方がないだろうな、と翼もわかっている。それでも女性は少し自分の中で噛み砕くように二度三度頷いて見せると、翼の目の前に立った。

 

 そして翼の頭を優しく抱きしめると、ポンポンと背を叩く。

 

「詳しいことは言えないんだろうから深くは聞かないけど……まず君に必要なのは、きちんと親友の死を悼んで、悲しんで、めいっぱい涙を流すことだよ」

「―――!」

 

 優しく、けれどしっかりと女性はそう言った。

 翼は柔らかな女性の温もりと、安心するような香りに包まれながら、その言葉に息をのんだ。その言葉が、自身の核心を突くような気がしたからだろう。

 

 死を悼んで、悲しんで、めいっぱい涙を流すこと。

 

 家族、親友、恋人、ペット……どんな存在でも、大切な存在を失ったとき、人はそうしてきた。

 悼むのだ、全力で。

 

 悲しむのだ、全身で。

 

 涙を流すのだ、心で。

 

 翼は思う。自分はそれができただろうかと。

 奏が死んで、自分は悲しかったし、彼女の死を悼んだ。死にゆく彼女を看取って、涙を流していた。

 

 それでも、自分の為に涙を流しただろうか?

 

 ―――していない。

 奏がいなくなったことは自分の責任だと自分を責め、心身共に痛めつけてきた。体を鍛え、心は剣と徹し、人生を戦場に捧げてきた。

 自分が涙を流すことは、あってはならないと痛みから目を背けて。

 

「……私は、剣です」

「君は人間だよ。それ以外の何にもなれやしない……そして人間は悲しみで涙を流す生き物だ」

「わたしが涙を流すなんて、許されない」

「許しが必要なことじゃない、涙を流せない人間はいずれ自分を殺すだけだ」

 

 女性の言葉に、翼はかつて奏が言った言葉を思い出した。

 

『真面目がすぎるぞ、翼。あんまりガチガチだと、そのうちポッキリいっちゃいそうだ』

 

 それは女性の言葉と相まって、奏が翼に許しを与えているような気さえする。

 溢れそうな涙、それをそっとひと押しするように、女性は翼の頭を優しく撫でてこう言った。

 

「人間のくせに強がるなよ、十億年早い」

 

 それは翼の弱さをあるがままに受け入れているようで、ガチガチに固まっていた翼の心の糸をしゅるりと解く。

 翼の瞳に浮かぶ悲しみは、限界だった。

 

「う、ぅ……うぅぅぅぅぅぅぅ……!!!」

「よしよし、服についた涙や鼻水は後で洗濯代請求するからね」

「ひっぐ……す、素直に……泣かせてくれない……ぐしゅ……ぅぅぅ……!」

「わはは、嘘だよ」

「うぅ……貴女はイジワルだ……」

 

 ボロボロと零れる涙を両手で拭いながら、翼は二年越しにようやく涙を流した。そしてそんな彼女を揶揄ってくる女性に、泣きながら笑みを零す。かつて奏としたようなやり取りに、冷たく冷え切っていた翼の心が熱くなる。

 

 悲しくて、辛くて、悔しくて、ボロボロと涙を流すけれど、奏が心の中にいることが分かった。女性との会話の端々から、奏を感じたからだ。日常のちょっとしたことに、いつも奏との思い出があった。

 

「すんっ……ありがとうございます……貴女のおかげで、少し……すっきりしました」

 

 そして少しの間涙を流した後、翼はすっきりした表情で礼を言う。

 もちろん、立花響を受け入れられたわけではないし、自分の力が未熟であることの悩みは解決したわけではない。それでも自分で自分に掛けていた重りを外せたような感覚だった。

 今の自分であれば、今身の回りで起こっていることをしっかり見定められる。現に響に対する怒りは理不尽だったと思えているし、戦況を読んで自分がどうすべきなのかがしっかり見えている。

 

 あとは翼自身の勇気の問題だ。

 

「さて、それじゃあ僕は帰ろうかな。君も病人ならしっかり休養することだね」

「あ……はい」

 

 そうして女性が帰ろうとすると、途端に寂しそうにする翼。

 そんな彼女を見かねてか、女性はくすりと笑って翼の頭を撫でる。

 

「同じ街に住んでるんだ、会おうと思えばいつでも会えるよ」

「! はい!」

「そうだなぁ……もし僕に会いたいと思ったら、ここにおいでよ。もしかしたら、また通りすがるかもしれないからね」

 

 そう言って、女性は去って行く。

 翼は連絡先を交換したり、自己紹介を交わさなかったことを少し悔やんだが、それでも彼女が最初に言った言葉を思い出し、それを信じることにした。

 

 自己紹介をしなくてもいい時もある。

 

 その通り、全く見知らぬ他人だったから、翼は今前を向くことができた。

 ならば見知った他人となった今、また会うことができないなんて到底思えない。

 

「奇跡にも満たない、ありふれた偶然だから」

 

 翼はそう呟き、病室へと戻っていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「泣き虫は治ったのかな?」

「そ、それはもう言わないでください」

 

 珱嗄の母親とシンフォギア装者、敵対しているのかどうかわからない両者ではあるが、それでも翼は彼女を敵とは思っていない。

 

 そうでなければ、失意に沈む自分を救う真似をする意味がない。

 

 そう、信じて。

 

 




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第二十二話 『初めまして』

 立花響、風鳴翼、雪音クリス、三人の装者がそれぞれの胸に何かを抱えて思い悩み、この先どう進むべきなのかを探し始めた時―――事態が動いた。

 

 それは二課の中から始まる。

 

 立花響が雪音クリスと行動を共にし、二日が経過した。

 一先ず二課の監視下には置いているので心配はない。小日向未来にもそのことは伝えており、立花響が無事であることは承知済みだ。二課としても、彼女には考える時間が必要なのだろうと考え、立花響と雪音クリスの動向は追いながらも、手は出さないようにしている。

 そんな状況で今日、ある人物の声で急遽ミーティングが行われることになった。

 

 二課の指令室にて集まったのは、風鳴弦十郎をはじめとする二課の面々、風鳴翼、そしてこのミーティングを開くことを進言した櫻井了子である。

 

「それで、どうしたんだ了子君。急にミーティングとは」

 

 全員が集まったところで、弦十郎がそう言う。

 全員の視線が櫻井了子に集まる。今日皆を集めた当の本人は、普段のおちゃらけたような様子もなく、かなり雰囲気も違った。表情も真剣で、少し緊張しているようにも見える。

 

 そんな彼女がこれから発する言葉から、現状の均衡は崩れ始める。

 

「雪音クリスを使い、ノイズを操って事件を起こしていた黒幕は私よ」

 

 突然の自白。

 指令室の中が一気にざわつき、また一気に緊張感に包まれた。

 それもそうだろう。仲間だと思っていた、しかも自分たちの扱う技術の全てを知る技術者が、突然全ての事件の黒幕だと言い出したのだから。

 櫻井了子は結っていた髪を解き、ブルーライトカット機能でも付いているのか色の付いた眼鏡を外す。

 

「私の真の名前はフィーネ……超先史文明時代から生きる巫女よ」

 

 そう言うと、彼女の髪の色がクリーム色へと変化していき、瞳の色も変化する。完全に櫻井了子の面影を消し去って、全くの別人へと変貌してしまった。

 弦十郎もその姿を見て流石に驚愕を隠せず、若干目を大きく開いてしまう。櫻井了子という人間がそもそも偽物であったのかと、誰もが事態を理解できずにいた。

 

「フィーネ……"終わり"の名を持つ者……」

「いや、だが了子君はずっと昔から研究者として仕事をしていた。一体いつから君は……」

「私は超先史文明時代から生き永らえてきた、その方法は……私の遺伝子を持つ器を介してあらゆる時代の刹那に転生すること。リインカーネーションシステムと呼んでいるが……これによって私の遺伝子を持つ人間がアウフヴァッヘン波形に触れた時、私はその人間の身体で蘇ることができる。十二年前、櫻井了子も立ち会っていた『天羽々斬』の起動実験の際、そのアウフヴァッヘン波形に触れることで櫻井了子の内に私は目覚めたのだ」

 

 ミーティングのためにと用意していたホワイトボードを使って、櫻井了子――否、フィーネは自身のことを説明していく。自身がどのようにして生き永らえてきたのか、そして櫻井了子という人間は確かにいたことも。

 つまり、フィーネは櫻井了子という人間の中で目覚め、その身体を乗っ取ったということである。魂と遺伝子に刻まれたフィーネとしての器が、彼女をあらゆる時代の刹那に存在させてきたのだ。

 

 思いもよらない壮大な話に指令室は数秒の間静まり返ってしまう。あまりにも話の内容が壮大過ぎて理解に時間が掛かっているのだ。

 だが弦十郎は理解が及ぶかどうかは別として、何故今になってそれを打ち明けたのかを考えだす。

 

「それを俺たちに話すことで、何が目的なんだ?」

「ハッ、私だって出来ることならこんな行動に出るつもりはなかったさ」

「なら何故だ」

 

 弦十郎の問いかけにフィーネは自嘲するように笑った。

 それこそが彼女の纏う緊張感の理由でもあるのだろう。敵同士であったのに、アドバンテージでもあった匿名性を手放すような真似をする理由―――真っ当に考えるのなら、それは攻撃にはなりえない。みすみす敵の手中に落ちに行くようなものだ。

 

 だがそうしなければならない理由が彼女にあるというのであれば、弦十郎にも多少の答えは容易に想像がつく。

 

「私たちで争っている場合ではなくなったからよ」

「……泉ヶ仙珱嗄の母親、か?」

「その通り……アレは、私たちが想像しているよりも遥かに桁外れな人外だった……だから私は正体を明かしたのだ。私の手中にあるネフシュタンだけでは、到底敵うとは思えないからな」

「彼女について、何か知っているのか?」

 

 フィーネはホワイトボートに書いた自分の転生システムについての図解を消していく。そして再度ボードにサラサラと何かを書き始めた。

 弦十郎の問いかけに対して、口頭での説明を交えながら見覚えのあるようなイラストを描いていく。

 

「私も詳しくは知らない。事実、奴の名前もつい先日知ったくらいだからな……ご丁寧にご本人が会いに来て自己紹介をしていった」

 

 ボードに描かれていたのは、宇宙創成の成り立ちのようだった。

 

「現状この宇宙が生まれた時から現在まで、およそ138億年という時間が経過していることは、既に幾多の観測と計算によって算出されている。地球が生まれたのは今から46億年前、そこから生命が誕生したのは40億年前だ。つまり、この地球上において生命の歴史が生まれたのは40億年前ということになる……そこから現在に至るまでの間、我々地球生物は数多の進化を遂げてきた」

「一体何を……」

「未だに地球外生命体が存在する確信は得られていないが……もしもいたら? 我々の歴史を遥かに上回る年月を積み重ねてきた生物が存在するとしたら?」

「!?」

 

 フィーネが語る宇宙創成からの歴史、生命の起源、人類の歴史。超先史文明時代より永く生きる彼女が語るその疑問は、まさかと思わせるものだった。

 彼女が何を言いたいのか、弦十郎は察してなお信じられない。

 

「彼女が、そうだというのか?」

「そうだ。奴の名は"安心院なじみ"……宇宙誕生よりずっと前からこの世界に存在してきた、まさしく神話以上の化け物だ」

「宇宙誕生よりずっと前から……!? 最低でも138億年の年月を生きるような存在が、本当にいるというのか!?」

「そんな程度で収まらないかもしれないけどな……ともかく、奴は埒外の怪物だ。最早全人類が手を取り合って尚奴をどうにかできるかもわからない。そんな化け物が今、我々に干渉しに来ているのだ―――敵対している場合ではないと判断した」

 

 フィーネの言はとても理に適っていた。

 本当にそれほどの怪物が自分たちに干渉してきているというのであれば、その目的がどうであれ危険視すべき存在だろう。まして自分たちが扱っている聖遺物が誕生するより以前に存在していたような存在だ、手に余りすぎる。

 

 そこまで話を聞いて、ようやく弦十郎たちにも理解できた。

 フィーネがどうして自白まがいなことをしてきたのか。それはより強大かつ最強の存在が現れたから。

 フィーネの目的がなんだったのかはさておき、下手をすればノイズによる被害以上の何かが起こる可能性が十分にあるこの状況で、ネフシュタンの鎧一つ、身一つで対抗できると思うほど愚かではないということだ。

 

「つまり、協力関係を結びたいということか」

「というよりは休戦だな。こんな状況にあっては少しでも戦力が欲しい。私の目的を教える気はさらさらないが、一先ず奴をどうにかするまではお前たちと協力しよう……奴をどうにかできた瞬間から休戦破棄、その時は私を捕まえるなり殺すなり好きにすればいい。その時は私も抵抗するがな」

「なるほどな……だが休戦に応じず我々が君を捕まえるとは思わなかったのか?」

 

 弦十郎の言葉で緒川を含む職員が銃を構えてフィーネを取り囲む。

 だがフィーネはそんなことには動じる様子もなく、不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいのか? シンフォギアを含め、聖遺物を活用する方法は私の生み出した『櫻井理論』をおいて他にない。誰よりもこの私が聖遺物について膨大な知識を保有している……お前たちは私以上の強大な存在と戦うかもしれない状況で、私という価値を見出せない愚か者か?」

「……」

「シンフォギアなど私の技術の一部を用いて作った玩具でしかない。時間と労力、そして私の技術の粋を尽くせば、もっと凶悪な兵器を作り出すことだってできるのだ……それでも、私を捕らえるか?」

 

 フィーネは確信しているのだ。

 自分抜きでは二課に今以上の戦力は期待できないこと、自分がその気になれば多くのものを与えることができるということを。

 それを捨ててフィーネを捕らえたあと地球が消し飛ばされようものなら、その絶望は計り知れない。弦十郎もそれはわかっているはずだ。

 

 もはや国防どころの話ではない。

 

 人類を守るどころの話でもない。

 

 この宇宙規模での話なのだ。

 

 ならばどうするべきなのか、誰にでもわかることだ。

 

「……銃を下ろせ」

 

 弦十郎の指示で全員銃を下ろす。

 そして弦十郎がフィーネの方へと一歩近づくと、フィーネと弦十郎は互いの拳が届く距離で目を合わせた。

 

「君がフィーネであろうと、俺にとっては今まで一緒に戦ってきた仲間だ。そんな君が俺たちを頼ってきたんだ、断るわけにはいかないな」

「フン、相も変わらず甘いな」

「全てが終わったら、君との決着は付ける。それまでは、よろしく頼む――了子君」

「……仕方ないわね、この天才老古学者の私に任せなさい♪ 弦十郎君」

 

 フィーネとの決着は全てが終わってから。

 それまでは今まで通り二課の櫻井了子であること。それが弦十郎とフィーネの間で暗黙の約束となった。

 互いに握手を交わすと、フィーネの姿は再度櫻井了子の姿へと変わっていく。

 

 そうして休戦が決定したところで、具体的に今後どのように動くべきかの話し合いへと移動しようとした、その瞬間のことだ。

 

 ―――パチ、パチ、パチ

 

 どこからともなく拍手の音が一人分、聞こえてきた。

 全員の視線がその音の方へと移動する。そこは普段オペレーターである藤尭が座っている椅子だった。ミーティング故に全員が立っていたことで空いていたその椅子に、一人座っている人物がそこにいた。

 いつから其処に居たのか分からなかった。

 最初からいたようにも思えたし、突然今現れたようにも感じられる。

 

 それでも、誰も気が付かなかったことが驚きであった。

 

「『いやいや』『感動的だね!』『敵同士だった者が』『より大きな巨悪を前に手を組むなんて』『まさに週刊少年ジャンプみたいな熱い展開!』『僕は感動したよ』」

 

 そこにいたのは、この場において誰よりも浮いていて、気が付いてしまえばどうして気が付かなかったのか本気で分からないくらい異質な少年だったからだ。

 学ランを着た少年はワザとらしくハンカチで涙を拭う仕草をしながら、括弧付けたような喋り方で大袈裟な物言いをする。この場にいる誰もが、その少年を前に気持ち悪いと思った。

 

「君は……何者だ?」

「『僕?』『あ、そうそう』『自己紹介しないといけないね』『なんせ初対面だし』」

 

 少年は椅子から立ち上がると、何かを紹介するように片手の手のひらを見せるポーズを取ると、こう続けた。

 

「『初めまして』『週刊少年ジャンプから来ました』『球磨川禊です』『よろしくね!』」

 

 背筋に走る悍ましさ、混沌よりも這いよる過負荷(マイナス)

 かつて泉ヶ仙珱嗄と安心院なじみによって人生唯一の勝利を手にした絶対敗者。

 

 球磨川禊が、そこにいた。

 

 

 




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第二十三話 球磨川禊と錬金術師

 球磨川―――そう名乗った少年を前に、二課の面々は下手に動くことができずにいた。

 あまりにも貧弱そうで、あまりにも隙だらけで、あまりにも無害に見えるただの少年。そんな彼から感じられる圧倒的マイナスの気配に圧されているのだ。銃口を向けて警戒していても、人数的に優位に立っていても、己の心を蝕む恐怖心が抑えられない。

 少年はへらへらと薄ら笑いを浮かべながらそれぞれの顔を見て首をかしげる。

 

「『あれ?』『どうしたの?』『自己紹介したのに無反応なんて』『酷いなぁ、傷つくよ』」

「ッ……球磨川君、といったな……なぜここにいる? そして君は何者だ?」

 

 そうしてやっと弦十郎が意を決して球磨川に語り掛ける。

 そう、ここは国家機密として設置された二課の指令室。百歩譲って、リディアンの生徒が迷い込んだなら、まぁ万が一の偶然と認めてもいいが、普通の学ランを着た一般男子高校生がここにいることは百歩譲っても、万が一でもありえない。

 そして更には一種命がけの現場を仕事とするプロである二課の面々を前に、こうしてヘラヘラ笑いながら振舞える精神も異常だ。明らかに、一般人ではない。

 

 そんな結論を抱いて問いかけた弦十郎の質問に、球磨川禊は顎に手をやり考えるような素振りを見せる。

 

「『なぜここにいるって言われてもなぁ』『僕も正直よくわからないんだよね』『気が付いたらここにいたというか』『そんな状況で何者だって言われても』『困っちゃうなぁ』」

「何……? そうなのか……?」

 

 球磨川の返答はわからないというものだった。

 気が付いたらここにいて、銃口を向けられている。そんな状況で何者だと言われても困惑するばかりでしかないと。

 弦十郎はそんな彼の言い分に意表を突かれ、一瞬呆気に取られたものの、それならば敵ではないのかと拳を緩めた。

 

「ならば君は我々の敵ではないということか?」

「『とんでもない!』『察するに、君達は市民を守る地球防衛軍みたいなものでしょ?』『僕の小さい頃の夢は正義の味方だったんだ』『危害を加えるつもりなんてサラサラないよ!』」

「……そうか。みんな銃を下ろせ……すまなかったな、今は緊急時で気が立っていたようだ。許してほしい」

 

 球磨川の言葉に弦十郎は警戒を解いた。二課の面々にも銃を下ろさせ、怯えた様子を見せる球磨川に頭を下げる。異様な雰囲気を持っているとはいえ、敵ではない少年に銃を向けて脅かしてしてしまったことは謝罪すべきだと思ったのだ。

 すると、頭を下げる弦十郎の姿を見た球磨川は慌てた様子を見せる。

 

「『わわっ!』『そんな、頭を上げてください』『いきなり知らない奴が現れたら』『普通は警戒するものですよ』『僕は気にしてないですから』」

「……そうか、ありが―――」

 

 瞬間、弦十郎を含め、その場にいた全員を無骨な螺子が貫いた。

 

 

「―――『ごめん』『気が変わった』」

 

 

 床に、壁に、無骨な巨大螺子に縫い付けられた全員が、自分の状態に気が付いたように口から吐血する。何が起こったのかと目を白黒させながら、この惨状を生み出した原因であろう球磨川を見た。

 そこには、三日月のように口で弧を描いて笑みを浮かべる球磨川がいる。

 

「『あはは』『考えてみれば』『正義の味方を目指していたのは』『小さい頃の僕であって今の僕じゃないよね』『銃を向けられて脅されたから抵抗しないと』」

「ぐっ……お前……!」

「『これは正当防衛だよ』『だから、僕は悪くない』」

 

 この場にいる全員が理解した。

 目の前にいるこの少年は明らかに真っ当ではないと。異常ではなく、特別でもなく、平凡でもない。圧倒的に正義とは対極にいるような過負荷(マイナス)

 自分たちの理解の範疇を超えた人外と同じような、理解してはならない負完全(マイナス)

 

 球磨川禊という、凶悪さを。

 

 ―――"Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 瞬間、螺子に貫かれながらも聖詠を歌う声が響いた。

 青い輝きと共にシンフォギアを纏った風鳴翼は、螺子に貫かれたまま刃を振るう。

 

「っぁああああああ!!!」

 

 激痛と共に振るわれたその刃から、青い斬撃が球磨川めがけて飛んでいく。

 

「『え』」

 

 そして、その斬撃は容易く球磨川の首を跳ねた。

 首から上が飛んでいき、棒立ちの身体を残して地面を転がる。頭部を失った首の断面からは、ピュルピュルと行き場を失った血が溢れた。そして平衡感覚を失った身体は、遅れたようにドサリと倒れこむ。

 完全に死んでいるのが、誰から見ても明白だった。

 

 すると、球磨川が死んだからか各々に突き刺さっていた螺子が崩れさる。致命傷には至っておらず、全員激痛に耐えつつも意識ははっきりしていた。

 よろよろと立ち上がった弦十郎が球磨川の死体の傍へと近づき、その生命機能が完全に停止していることを確認すると、脱力したように座り込む。

 

「はっ……はっ……翼、すまないな……」

「けほっ……はぁ……いえ、私は……力なき人を守る剣ですから」

 

 けしてありがとうだとか、よくやっただとか、そんな言葉を発することはできなかった。球磨川は確かに此処でどうにかしなければならない存在だと誰もが思ったが、それでも人間。

 まだ子供である翼に人殺しをさせてしまったことは、弦十郎にとって重い罪悪感となって圧し掛かっていた。

 そして翼もまた、自身の手で、明確な殺意をもって、人を一人殺したことを自覚していた。人を守る剣で、人を殺した。その事実が、手の震えとなって翼の心に押し寄せる。

 

 仕方がなかったのだ―――そう思うしか、この苦さから逃れることができなかった。

 

 踏ん張って立ち上がる弦十郎は、負傷した全員を治療しなければと動き出そうとする。

 

「『首を跳ねるなんてひどいなぁ』」

 

 そして一歩踏み出したその瞬間、背後から無骨な螺子で心臓を貫かれた。

 グチャ、という音と共に弦十郎の身体が前へと倒れていき、倒れる。胸側へと突き出た螺子の先端は地面へと突き刺さり、まるで弦十郎の身体が標本のように床に縫い付けられた形になる。倒れた弦十郎はピクリとも動かなかった。

 そして弦十郎の大きな体の後ろから現れたのは、無傷の状態で佇む球磨川禊だ。

 

 人を殺してしまったこと、弦十郎が殺されたこと、球磨川が生きていたこと、様々な出来事が頭の中をぐるぐると駆け回り、翼はパニックに陥った。

 

「あ、あ、あああああああああああああああああ!!!?!?」

 

 目を見開き、どうすればいいのか分からない状態にただただ叫び声を上げるしかない。

 

「ぐっ……翼ちゃん落ち着いて!」

「ああああ!! あああ!!」

 

 そんな彼女に了子は必死に声を掛けるが、まるで届いていない。感情が剥き出しになっている翼は、ブンブンと頭を振り乱しながら狂ったように叫んでいた。

 するとそんな彼女に追い打ちをかけるように、彼女の胸にあった結晶ごと大きな螺子が翼を貫いた。バキン、と結晶を砕く音と共に胸を貫く螺子を見て、翼はごふっと血を吐き出す。

 

 そして自分が致命傷を負ったことに気が付いて、震えながら球磨川を見る。

 

「ぅぁ……っ……!」

「『傷つくなぁ』『そんなに怖がらなくたっていいじゃないか』『君だって、さっき僕の首を跳ねたじゃないか』『死ぬほど痛かったんだぜ?』」

「ごっ……おごっ……ぁがっ……おお゛っ……!」

 

 トン、と額を押されれば、重力に逆らうことができずに仰向けに倒れる。

 すると球磨川は翼の胸に突き刺さった螺子のヘッドを踏みつけ、ぐりぐりと傷口を抉るように動かした。翼の口から喉の奥に血が溜まったような音だけが漏れ、苦悶の表情と共にその四肢が跳ねるように痙攣する。

 そして球磨川は、まだ微かに意識を残し、ヒューヒューと掠れるような呼吸音だけを漏らす翼を見下ろすと、笑みを浮かべながら話しかける。

 

「『それでなんだっけ?』『人を守る剣ちゃんだっけ?』『僕みたいな何の力もない非力な少年を殺して上に』『結局何も守れなかったわけだけど』『どんな気分かな?』」

「! ……ぅぅう゛っ……!」

「『うんうん』『わかるよ』『そんなカッチョイイ変身能力を持ってるんだもん』『そりゃあ人々を守る使命感に目覚めてもおかしくないよね』『その過程で何十、何百、何千人と犠牲にしてきても』『手の届く範囲の人の命を守れたら良いよね』『今まで精一杯戦ってきたんだもん』『此処で命尽きても、ここまで頑張ったんだから』『それでいいよね』」

 

 球磨川の言葉が翼の心を刺していく。

 翼の胸の螺子を踏みつけるように、翼の心もメキメキと踏みつけられているような感覚だった。それくらい球磨川の言葉は翼の剣としての誇り、信念も、蝕むように腐らせていく。

 

「『大丈夫』『僕は君を尊敬するよ!』『何千人と犠牲にしてきても』『人一人殺したとしても』『結局何もできずにこうして死んでいく無様を晒していても』『精一杯戦ったんだから』」

「……―――」

 

 それ以上は、限界だった。

 その先は言ってほしくなかった。

 そんなことを言われたら、翼の心は完全に折れてしまうと、まるで他人事のように理解できてしまっていた。

 

 けれど球磨川の言葉は、翼の胸に突き刺さった螺子を更にグシャリと捻じ込むのと同時に、翼の耳を叩く。

 

 

「『君は悪くない』」

 

 

 翼の命の糸が切れるのと同時、翼の心が砕ける音が聴こえた気がした。

 

 シン、と静まり返る空間の中で、風鳴弦十郎と風鳴翼の命が奪われた事実だけが現実だった。俯せに倒れて血だまりに沈む弦十郎も、仰向けに倒れ、顔を吐血した血で真っ赤に染めながら、どこか安心したように瞳から光を失わせている翼も、もう死んでいる。

 球磨川禊は二人の死に悲しみを感じる暇さえ与えないかのように、ゆらりと翼の胸に刺さっている螺子のヘッドから足を退けた。

 

「……お前っ……絶対に、許さない……!」

 

 藤尭が倒れ伏しながら憎悪の声を上げる。両目からは滂沱の涙が溢れていた。

 それもそうだろう、何が何だかわからない内に信頼していた上司を殺され、まだ子供である翼をも殺されたのだ。球磨川への憎悪と怒りは沸々と彼らの心をマグマのように煮えたぎらせ、どす黒く歪ませていく。

 

 復讐してやる。殺してやる。絶望させてやる。

 

 そんな人類を守る組織とは思えない感情に支配され、球磨川を睨みつけていた。

 

「『何のこと?』『僕が何か悪いことでもしたかな?』」

「白々しいッ! 指令と翼ちゃんを殺したッ!! お前だけは絶対に許さない!! お前だけは! 球磨川ァ!!」

「『わ、怖いなぁ』『僕が誰を殺したっていうんだい?』『濡れ衣だ!』」

「げほっ……この場所は監視カメラで撮影されている……仮にここで私たちを殺したところで、貴様の犯行は然るべき場所に知れ渡る……逃げおおせると思うな」

 

 藤尭とは違い、未だ冷静さを残す了子――否、フィーネは球磨川に事実を突きつける。球磨川が仮にこの場から逃げたとしても、その犯行はありとあらゆる政府機関に知れ渡ることになるのだ。そうなれば、どこへ逃げようとありとあらゆる方法で彼は処分されるだろう。

 この場の全員を殺したところで、彼に待つのは処刑か永遠の牢獄に入れられる未来だ。

 

 それを理解したのだろう。

 球磨川禊ははぁ、と溜息を吐いて頭を掻いた。

 

「『まいったなぁ』『まぁ、潮時かなって思っていたし』『そろそろ戻らないとキャロルちゃんに怒られちゃうから』『僕は帰るとするよ』」

「キャロル……だと……?」

「『おっと』『口を滑らせちゃったぜ』『これ以上ボロが出ないうちに退散するとするよ』」

 

 球磨川はポケットから何らかの結晶を取り出すと、それを地面に落とす。

 するとその結晶は砕けて、地面に赤い光の魔法陣を生み出した。聖遺物ではない、何らかの技術が使われた代物であることは、フィーネはすぐに理解する。

 

「『あーあ』『世界が変わっても』『また勝てなかった』」

 

 球磨川はそう言い残して、魔法陣の輝きに消えた。

 

「まさか……錬金術師……か?」

 

 静まり返った室内で、フィーネはポツリとそう呟く。

 すると、自分たちを床に壁に縫い付けていた螺子が消えていることに気が付く。傷も全て最初から無かったかのように消えており、部屋も完全に球磨川が現れる直前の状態に戻っている。

 まさか、と死んだはずの二人に近づくフィーネ。翼の傷も、弦十郎の身体を濡らしていた大量の血液も、全てが最初から無かったかのように消えている。

 

 そう、二人は無傷の状態で生きていた。

 

 気を失っているだけで、生命活動に一切の問題がない。

 完全に死んでいたはずの二人が、最初から殺された事実なんて無かったかのように普通に生きている。

 戦慄だった。

 球磨川禊という存在は、己の死すらも覆してみせ、そして殺した二人の死すらも無かったかのように覆してみせた。そういう力を持っているということだ。

 

 決して殺せない存在、というだけではない。

 

 殺した事実がなくなったのならば、藤尭が抱いた憎悪は、怒りは、無意味と化す。彼への憎悪はお門違いになるのだ―――全てが台無しにされたかのように。

 

「……何が起こっているのだ……この世界に」

 

 初の融合症例、人外の怪物、球磨川禊、そして彼の零したキャロルという人物と、突如姿を現した錬金術―――一度に様々なことが起こりすぎている。

 

 この世界に何かとてつもない思惑と変化が起ころうとしていることを、フィーネは確信していた。

 

 




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第二十四話 芽吹きを待つ者

 球磨川禊が現れ、二課を急襲した翌日。

 

 一機の飛行機が日本へと到着した。

 どこから来たのかは極秘とされており、誰が乗っているのかも内密に日本へと到着したのだ。その裏には日本政府との交渉はあったものの、その交渉自体がありとあらゆる組織に対して隠蔽されている。

 それほどまでに重要人物なのか、はたまた表立って言えない事情を抱えているのか、その半ば密航のような形で入国した者たちが今、リディアンの地へと向かっていた。

 

 高速道路を走る黒いボックスカー。

 日本製の車でありナンバーも偽造されたその車は、何の変哲もない車という姿で風景に混ざっている。

 その車の中に、運転手を含めた五人の人間がいた。

 

「それにしても大袈裟ね、こんなに厳重に隠れて入国するなんて」

「仕方がありません。レセプターチルドレンには戸籍や出自というものが抹消されている以上、下手に目立てばこちらの動きが悟られます」

 

 桃色の髪が猫耳のように癖付いた大人びている少女が呟いたことに、年配の女性がそう答える。社内にいる五人の内三人は、まだ年端も行かぬ少女たちだった。

 

「悟られるって、誰に?」

「フィーネに、です……外部の協力あってレセプターチルドレンはフィーネの管理下から保護され、今は安全な施設で過ごせていますが……それでもフィーネの器となる可能性がある子たちには変わりありません……我々の動きがフィーネに悟られれば、再度あの子達が奴の手に落ちる危険性が高まります」

「……フィーネのいる特異災害対策機動部も日本政府の組織、だから国家機密以上の機密として私達の入国を隠蔽したってことね」

 

 年配の女性の説明に、桃色の髪の少女は納得した様子で溜息を吐いた。

 その話を聞いて、それぞれ隣に座っていた金髪の少女と黒髪ツインテールの少女は対照的な表情を浮かべていた。金髪の少女はちんぷんかんぷんといった表情で、黒髪ツインテールの少女は大体理解した様子で頷いている。

 その証拠に、黒髪ツインテールの少女は疑問に思ったのか年配の女性に質問をする。

 

「でもマム、私たちレセプターチルドレンを研究していた米国連邦聖遺物研究機関……『F.I.S』はフィーネが設立した組織なんでしょ? マムもそこに所属していた……フィーネから私たちレセプターチルドレンを解放したのならマムはF.I.S.を裏切ったってことになる……なのにこんな隠蔽操作ができるとは思えないんだけど……」

「確かにそうですね、組織を欺いて勝手な真似をしたのであれば組織の力は使えません。ですが、そもそもF.I.S.という組織を支配していたのはフィーネではないのです」

「……どういうこと?」

「今は知る必要はありません……ともかく、我々は今、国家を超越した場所で動いています。私達の持つシンフォギアは四つ……先んじて入国したメンバーもこれから向かう拠点で既に準備を始めています」

「セレナとウェル博士ね」

「そう、唯一『LiNKER』を必要としない適合係数を持つあの子は貴重な戦力ですからね。これから始まる戦いのために、少しでもこちらの空気に慣れてもらわなくては」

 

 車が高速道路を下り、普通の道路へと入る。

 マムと呼ばれた女性は、マジックミラーとなっている車窓から外を眺めた。これから始まるのは、彼女にとってはあまり気の進まない戦いである。

 彼女の裏に存在するのは、国家よりも強大な存在だ。組織を裏切りレセプターチルドレンたちを解放するよう彼女を唆した人物でもあり、フィーネを欺きF.I.S.という組織の力を支配している人物。

 

 自分たちの意思でやっていることでも、利用されているのかもしれない、と思わされるほど強大なその人物を思うと、マムと呼ばれた女性は不安を消しきれない。

 

「……さて、今後の動きを確認しますよ。マリア、切歌、調」

「イエス、マム」

 

 改めて三人の少女たちに向き直り、気を取り直す年配の女性。

 姿勢を正した三人の姿勢を受け、女性は説明する。

 

「まずこれから、セレナとドクターの待つ拠点に着き次第、準備を整えます。三人ともドクターからLiNKERを受け取り、シンフォギアの最終調整に入りなさい……くれぐれも体に負荷の残らない範囲で、です」

「わかった……マムは?」

「私はドクターと共に二課の情報を整理します。主にフィーネの動向ですが、先ほどドクターから連絡があり、我々の移動中にまた何か変化があったようです」

「……それらが終わったら?」

 

 女性の説明に頷き、その後のことを尋ねたのは黒髪ツインテール……調と呼ばれた少女だ。自分の首にぶら下がった赤い結晶を握りしめ、不安を押し隠すように女性を見つめている。

 そしてそれはマリアと呼ばれた桃色の髪の少女も、切歌と呼ばれた金髪の少女も同じようで、揃って同様に女性の返答を待っていた。

 

 女性は少し間を置いてから、それに答える。

 

「我々の目的は、フィーネの確保……つまり、二課に接触します。場合によっては……戦闘になることも頭に入れておきなさい。現在、フィーネは完全聖遺物を保有している上、シンフォギアの設計者です……シンフォギアの弱点も彼女なら全て把握しているはず。油断すれば全てが一気に瓦解する可能性も十分にあります……いいですか? どんな時でも冷静に、考えて行動しなさい。我々の肩に、残してきた子供たちの未来が掛かっていることを忘れないように」

 

 フィーネとの接触、そして戦闘になる可能性。

 フィーネがシンフォギアの設計者である以上、如何に四つのシンフォギアがあろうと、確実に勝利を収められるわけではない。まして向こうにもシンフォギアがあり、完全聖遺物すら手中にあるのだ。

 より慎重に動かなければ、一気に全てが台無しになる。

 

 自分たちの背に乗っている責任の重さに、三人の少女たちは不安でいっぱいになりながらも自分を奮い立たせる。負ければ子供たちの未来は失われ、勝てば平凡な幸福を掴み取ることが出来るかもしれない。

 

「そしてフィーネを確保したのち、F.I.S.の解体とレセプターチルドレンの完全解放の交渉をするつもりではありますが……もしも交渉が行えない、もしくは決裂した場合……切歌、わかっていますね?」

「……私のイガリマで、フィーネを消し去るデスね」

「そう、貴女にしかできないことです……そしてその時は、私達も共に罪を背負います」

 

 ぎゅ、と握りしめられた胸の結晶。

 強く握りすぎて白くなった切歌の手を、調がそっと両手で包んだ。その上から、マリアも同じように。

 

「大丈夫だよ切ちゃん……どんな未来が待っていても、私たちはずっと一緒」

「調……」

「そうよ、それに……言いなりになるしかできなかった私達に、ようやく自分自身の手で、足で、未来を掴み取るチャンスがきたのよ。絶対に勝つ」

「私達が一緒なら、出来ないことなんて何もないよ」

「……そう、デスね! ……えへへ、二人の手、あったかいのデス」

 

 二人の言葉で頬を緩ませて安心したように笑う切歌の手が、それぞれ調とマリアの手と繋がれる。

 

「そろそろ着くぞ」

 

 そこへ運転席にいた男性から声が掛かる。

 運転していたのは黒瀬だ。

 

 その声に全員が前を見ると、目の前にはパッと見た感じでは廃墟と化した工場地帯があった。車はその工場地帯にある建物の一つの中へ入っていく。

 そしてその中には地下通路への入り口が開かれており、その中へ車を走らせると、入り口が閉まり、一瞬暗くなった通路に電灯が灯る。

 

 廃墟となった地上と違って、そこは綺麗に整備された研究施設だった。

 その通路を進んでいき、突き当りで車を停止させる。

 

「ここだ」

 

 黒瀬の言葉で全員が車から降りると、止まった車の正面には厳重な扉が存在しており、黒瀬が扉横のモニターを弄ると鈍い音と共に開いていく。

 扉の奥には最新鋭の研究設備がいくつも存在しており、信じられないほど広い空間が広がっていた。驚愕に絶句するマリア達だが、黒瀬が歩き出すと慌ててそれについていく。マムと呼ばれた女性は車のバックトランクに仕舞われていた折り畳み車椅子に座り、調がそれを後ろから押していた。

 

 そして空間を抜けて一室へと入る。

 

「おや、来ましたね」

「長旅お疲れ様でした」

 

 そこには白髪の若い研究員と、明るい髪色の少女がいた。

 黒瀬達の到着に気づくと、二人とも歩み寄って声を掛けてくる。

 

「時間通りか、調子はどうだ? ウェル、セレナ」

「ええ、非常に素晴らしい研究施設ですよここは。必要なものが全て揃っている……LiNKERも潤沢に揃えられましたし、すぐにでも動ける状態です。指令室としても使えますし、街中の監視カメラやネットワークに接続して情報収集も可能ですよ」

「私も時差の調整は出来てますし、シンフォギアの調整もばっちりです」

 

 二人の名前は、研究員がウェル博士、少女がマリアの妹でセレナ・カデンツァヴナ・イヴだ。

 

「了解……じゃ、俺も次の仕事に取り掛かるから……あとはナスターシャとウェルに任せるぞ?」

「わかりました」

「よし……じゃあ、皆まずはしっかり身体を休めて疲労を取ってくれ」

 

 黒瀬はセレナ、調、切歌、マリアの順にポンと頭を軽く撫でて労うと、部屋を出て行った。彼に対して全幅の信頼を置いている少女たちは、その手を拒否することなく受け入れ、軽く笑みを零す。

 

 そして黒瀬がいなくなって一拍後、ウェル博士とナスターシャと呼ばれた女性は動き出した。

 二人は情報の擦り合わせに、他の三人はセレナの案内でそれぞれの部屋へと案内されていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 席を外した黒瀬は、部屋を出てから再度車へと戻ってきていた。

 運転席に座り、ふぅと息を吐く。

 そして軽く座りなおしてからシートベルトを締め、車を発進させた。バックで通路を戻っていき、最初に入ってきた地上出口から廃墟となった建物へと出る。そこで車の向きを反転させて、建物の入り口から外へと出た。

 

 工場地帯を抜けて一般道へと戻ると、適当に車を走らせる。

 

「で、ここからどうすんだよ」

 

 誰もいない車内で、黒瀬は誰かにそう問いかけた。

 何も返ってくるはずのないその問いかけに、果たして返答はあった。

 

「もちろん、計画は進めていくよ」

「……ほんと、どこにでもいるよなぁアンタ」

 

 助手席から返ってきた声に隣を見れば、そこには先ほどまでいなかったはずの珱嗄の母親――安心院なじみがそこにいた。

 

「僕はどこにでもいるからね。今のところ僕の予想通りに事は進んでいるし、もうじき役者も揃う……だからまぁ、君は良きタイミングでこっちに合流してくれていいよ」

「良きタイミングっていつだよ」

「君が良いと思ったタイミングでいいよ……既に必要な種は撒かれている」

 

 安心院なじみはうっすらと笑みを浮かべ、隣にいる黒瀬がぞっとするほどの冷たい雰囲気を放つ。そして冷や汗も出ない緊張感の中で、安心院なじみは淡々と言い放った。

 

「あとは芽が出るのを待つだけでいい」

 

 その後はただ、無言な二人を乗せた車が悠々とドライブするのみだった。

 

 

 




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第二十五話 自動人形、そして十六夜

 某所、薄暗い建造物の中に、球磨川禊はいた。

 玉座の間の様な空間。玉座の前には四つの台座があり、そこには四体の人形がそれぞれのポーズを取って立っている。球磨川はその四つの台座の中心に立ち、玉座にいる人物へと向き合っていた。

 そして玉座に座っていたのは、まるで魔法使いの様な恰好をした金髪の少女。癖のある髪を長い三つ編みで括っており、少女の外見に似合わずキリリと冷たい瞳を細めて球磨川を見下ろしていた。

 

 球磨川はバツが悪そうに頬を掻きながら口を開く。

 

「『いや、ごめんごめん』『正直あそこまでやるつもりはなかったんだけど』『新キャラが登場した時はインパクトが大事じゃない?』『それに、あまりにも正義(プラス)な奴ばっかりだったから』『久しぶりにはしゃいじゃったんだよね』」

 

 ヘラヘラと笑いながら謝罪する球磨川。

 全く悪いと思っていなさそうなその言葉に、玉座の少女は短く溜息をし、身体に対してかなり大きい玉座に頬杖をついた。

 

「過ぎたことは仕方ないし、挨拶代わりと思えばさして問題はない……だが、今後は少し自重しろ。オレ達の目的を達成するためには、お前は少々暴れ馬過ぎる」

「『はーい!』『キャロルちゃんみたいな美少女を乗せられるなら』『僕は喜んで馬になるよ!』『野を駆け山を越え川を飛び越えて、時には大海原に駆け出す勢いだよ!』」

「馬じゃ海に沈むだけだろうが」

「『そこはキャロルちゃんがどうにかするでしょ?』」

「わかった、お前が馬ならオレは乗らん」

 

 キャロルと呼ばれた玉座の少女は、ああ言えばこう言うとばかりに球磨川の言動に呆れかえる。心底面倒くさそうにしているが、それでも球磨川という存在は重要らしく数々の無礼な言動を容認しているのが見て取れた。

 

 キャロル・マールス・ディーンハイム。

 

 稀代の錬金術師であり、フィーネのリインカーネーションシステムとは別の手法、錬金術の秘奥によって精製したホムンクルスに自身の記憶を転写することで長い時を生きてきた錬金術師、それが彼女の正体である。

 彼女が数百年を生きてなお達成したい目的とはなんなのか、そしてそんな彼女に従う球磨川禊の正体とはなんなのか。それは未だに不明となっているが、キャロルの纏う雰囲気からは憎悪や怒りといった感情は見えない。

 

「『そういえば』『この子たちはまだ起動しないの?』」

 

 すると、球磨川が四体の人形に視線を向けながらキャロルに問いかけた。

 この四体の人形は、キャロルが錬金術を用いて制作した自動人形(オートスコアラー)である。この人形たちは錬金術によって生み出されるエネルギーを素に自我をもって動かすことが出来る代物であり、キャロルがその気になればすぐにでも起動できるのだが、未だに起動していなかったのだ。

 

 キャロルがその問いかけにフン、と鼻を鳴らすと、球磨川の視線がキャロルの方へと戻る―――と同時、球磨川の胸を赤い水晶が貫いた。

 

「『え』」

 

 ズルリとその水晶が抜き取られると、球磨川の胸に空いた大穴がごぷりと血が流れ出た。がくっと膝を着いて後ろを振り向くと、球磨川の背後には先ほどまで台座の上でポーズを取っていた人形の一体が、歯を見せて笑みを浮かべて立っている。さらにその後ろにも、残る三体の人形が各々のポーズを取りながら動いていた。

 そしてそれを確認すると、言葉もなく球磨川は絶命した。

 

「コイツ、すっごい弱っちぃゾー!」

「地味に死んだな」

「不穏な気配を感じたので別段止めませんでしたが、良かったでしょうかマスター?」

「良いんじゃないの? そこにボケッと立ってる方が悪いんだし☆」

 

 球磨川の問いの返答が、そこにあった。

 オートスコアラーたちは既に起動しており、キャロルの為に動き出している。

 

「というわけだ、こいつらは既に起動済みだ」

「『なるほどね』『なら僕のこともちゃんと伝えておいてほしかったけど』『皆かわいいから許してあげるよ』」

「オレを見縊るな、ちゃんと伝えておいた」

「『あ、伝えてたの』『なのにこの仕打ち?』『キャロルちゃん僕のこと嫌い?』」

「ああ」

「『何の躊躇いもないじゃん』『ショックぅ~』」

 

 オートスコアラー達の自我はキャロルの人格をベースに作られているので、ある意味彼女たちはキャロルの一部が実体化したようなものなのだ。

 ならばキャロルが生理的に嫌いなものは彼女たちも嫌いだし、キャロルが無条件に好むものは彼女たちも好む傾向がある。故に、キャロルが協力者として球磨川を紹介していたとしても、彼女たちは球磨川を攻撃することに躊躇いがない。

 

 球磨川が隅の方で体育座りをしていじけだしたので、キャロルは無視して話を進める。

 

「ミカ、ガリィ、ファラ、レイア……直に出番がくる。用意をしておけ」

「了解だゾ!」

「はーい、ガリィにお任せです☆」

「マスターの御心のままに」

「お任せを」

 

 四体のオートスコアラーたちは、マスターであるキャロルの言葉に各々のポーズをもって頭を垂れる。球磨川の存在感など一切無かったかのように完成された主人と人形たちの構図に、球磨川は場違い感を感じて更に落ち込んだのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――一方、そうして様々な陣営がリディアンの地に集まってきている中で、リディアンから遠く離れた海外の地で、とある人物達が顔を合わせていた。

 どこにあるのかも分からない、あらゆるものから秘匿された薄暗い空間。生活感のある部屋ではあるのか、ソファやテーブル、ベッドなども用意されている空間であり、その場には四人の人影があった。

 部屋の中にはかなり重たい緊張感が走っており、位置取り的には一人に対して三人の人影が向かい合っている形。

 

 一人側は不敵な笑みを浮かべており、三人側が警戒心を剥き出しにして武器を構えている。

 

「……それで、お前は一体何者だ? 此処はありとあらゆる国家、機関、組織から秘匿された我々のアジト。一般人が迷い込む可能性は欠片もない場所だ」

「それに、配備していた筈の警備を堂々と潜り抜けてきたのだから、一般人という言い訳も聞かないワケだ」

「素直に話せば無暗に殺したりはしないけど……抵抗するなら力づくで投降してもらうけどね?」

 

 男装の麗人と呼ぶに値するプラチナ色の長髪を靡かせる女性が拳銃を構えて問いかけ、その背後で黒髪に眼鏡をかけた少女と、青い髪の女性が同様に身構えていた。

 対面にいるのはぱっと見拳銃を持つ女性より若いが、どこか格の大きさを感じさせる青年。何処で買ったのか、ブルーの民族衣装の様な服を着ており、青黒い髪と妙にマッチしている。

 

 青年の瞳がすぅっと細められると、その視線に三人は思わず一歩引いてしまった。完全に気圧されてしまっているのが自分達でも理解できる。

 

「まぁ、一般人ではあるけど……一般人かどうかは俺自身もよくわかってないんだよ」

「……どういうことだ」

「直感に従って密航したりヒッチハイクしたりショッピングしたり観光を楽しんでいただけだけど、気づけばよく分からないトコに来てたんだよね」

「そんなワケが……」

「でも事実だ……で、お前らはどういう秘密結社のどちらさん?」

 

 青年の言葉に嘘があるようには思えない三人。

 それでも気圧されているばかりではいけないと思ったのか、強気に一歩前に出た拳銃の女性がキッと眼光を強くして言い返す。

 

「質問しているのはこちらだ、お前は誰だ? 言語と見た目からして日本人のようだが」

「……ま、いいか。俺の名前は泉ヶ仙珱嗄、面白いことが大好きな―――……今は一般人だよ」

「泉ヶ仙珱嗄……? お前が?」

「! 俺のことを知ってるのか?」

 

 女性は拳銃を下ろして驚いたような声を上げる。背後にいた二人もまさかといった顔で呆気に取られていた。

 青年――珱嗄からすれば、彼女たちとは初対面であり、今までの人生において一切関わったことのない相手だ。そんな相手が何故か自分の名前を知っているというのは、奇妙な話だろう。

 

 直感に従ってここまで来たが、よくわからない秘密結社らしき人物たちが自分のことを知っているとなると、やはりその直感は正しかったらしい。

 

「武装解除……どういうわけだ? 警戒を解くなんて」

「貴方を傷つけることを、我々の組織では一切禁じられている。出会うことがあるとは思っていなかったけれどね」

「組織?」

「我々はパヴァリア光明結社―――人類の歴史の裏で暗躍してきた錬金術師の組織よ」

「錬金術……なるほど、新しい要素が増えたな。それはノイズとも関係あるのか?」

「直接的には関係ないけれど……ノイズを打倒することもできる。聖遺物同様の異端技術であり、人が人の身で神の領域へ至る術になると、私達は確信している」

 

 錬金術、聖遺物、異端技術、そして神の領域――珱嗄の中で新たな情報が増え、立花響たちの纏っていたシンフォギアのことも思い返しながら、整理する。

 この世界で自分がどういう存在なのか、それを探して行方を眩ませた珱嗄であったが、それを見つける前に様々なものが珱嗄の前に現れてきている。

 更には、自分の正体を知る者が裏で暗躍しているらしいことも判明した。

 

 ますます興味深いことになってきている。

 

「面白いな、それ……それで? お前たちはこれからどうする?」

「貴方が去るというのなら止めはしない。ただ、ここに留まると言われても我々は何も関与しない……貴方への無用な干渉は我々にとっても何の利益にもならないから」

「なるほどね……じゃあ、立ち去るとしようかな。面白い話も聞けたし……興味深い存在にも会えたしね」

 

 珱嗄はそう言って部屋を出ていく。

 不敵な笑みを浮かべて、部屋の出入り口である扉とは逆に設置された扉の方を一瞥しながら。

 

 三人の錬金術師は珱嗄が去るのを見送りながら、その姿が見えなくなったことで大きく息を吐き出した。丸腰の相手だったにもかかわらず、その圧倒的な格の差に圧倒されていたのだ。緊張感からの解放により、三人は各々ソファや椅子に腰を落とす。

 

「あれが……泉ヶ仙珱嗄……別格だな」

「だが聞いた話ではあれでまた未覚醒なんだろう? 完全に覚醒したらどうなるか……想像もつかないワケだ……」

「……こっわーい」

 

 三人ともが戦慄を隠せないようにそんな言葉を零す。

 パヴァリア光明結社として、一錬金術師として、目指すべき目的はあるものの、その目的を大きく塗り替えてしまいそうな存在の登場に、内心では恐れを禁じ得ない。

 

「まぁ、珱嗄はマジで別格だからな」

「……今にして思えば、お前が出てくる時点でおかしいと思うべきだったな」

 

 そこへ部屋の奥から一人の人物が声を掛けてきた。

 拳銃を持っていた女性が視線を向けると、そこには金髪の髪をヘッドホンで抑え、学ランを着用した少年が立っている。笑みを浮かべ、腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 

「逆廻十六夜……お前の様な規格外を見て、当時は人生で一番驚いたものだが……そのお前をして別格と言わすのか?」

「ああ、俺はサシでアイツに一度だって勝ったことはない。仲間と勝ったことはあったが、それだって珱嗄に手加減されていたから勝てたようなものだからな……ま、今の珱嗄は何の力も持たねぇ凡人に成り下がってるから、俺どころかお前らの足元にも及ばねぇ」

 

 逆廻十六夜と呼ばれた少年は、まるで珱嗄のことを知っているような口ぶりでそう説明する。組んでいた手を放し、ポケットに手を突っ込みながら悠々と部屋を横断していくと、珱嗄が出て行った扉を開けた。

 

「ま、時が来るのを待てって言われてるからな……俺も馬に蹴られて死ぬつもりはないさ」

「……何が起ころうとしているというのだ」

「さぁな? ただ……下手に手を出すと怖い奴がいるんだよ……お生憎サマ、この世界はもう一つの物語じゃ済まないとこまで来てるぜ」

 

 女性の問いかけに対して十六夜はそう言うと、後ろ手に手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。

 

 




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第二十六話 珱嗄の知らせ

 リディアンの地から姿を眩ませて、ずっと考えていた。

 俺がどこからきて、どういう存在なのか。

 この世界には、俺自身が普通と感じるものと特別と感じるものとの認識の差が激しい時がある。例えばノイズ――こいつらは普通の存在ではない。少し考えればわかることだが、この地球上に存在する通常の生物とは異なる存在だ。生物として、生殖機能をもって生まれているわけではなく、物理的に存在していない。唐突にそこに現れる、どちらかというと生物というよりは現象に近い存在。

 

 こんな科学じゃ解明できないような存在が、この世界には普通に存在している。明らかにこの世界で浮いているのに。そしてそれを打倒できる術はないと言われていたのに、響ちゃんの纏っていたバトルスーツや錬金術、聖遺物なんてものが立て続けに登場してきた。

 

 おかしな話だ。

 

 歴史の裏には何者かの暗躍があることは、おそらく一般人であろうと想像がつく。歴史の裏で政治や宗教、戦争を操作している何らかの闇があるかもしれないなんて、普通に囁かれているようなことだ。

 それでもその裏に超常的な存在がいるなんて誰も思わない。現実にはそんなものいるはずがないからだ。幽霊は目に見えないし、超能力なんてどこにもないし、怪獣やスーパーヒーローは空想上の存在で、現実には存在しない。それを人類の一部が隠そうとしたところで、絶対にどこかから漏れる。ないものは、ないのだ。

 

 けれどこの世界ではそれがある。

 超常の存在はいるし、ヒーローの様な力を持った者がいるし、科学じゃ解明できない存在がいくつも存在している。

 そして俺自身も、おそらくその超常の何か。

 

「これ、やっぱり俺の記憶消されてるな……この世界での俺の人生とは全く違う俺を知っている人間がいることからも明らかだ」

 

 おそらく、あの錬金術師のところにいた何者かもそうだ。奴がパヴァリア光明結社に俺の存在を教えたのか、また違う何者かがいるのかはわからないけれど、おそらくそいつらは複数人いる。パヴァリア光明結社なんて裏組織に俺への非殺傷命令を下せるくらいの立場にいる奴もいるくらいだ、おそらくそいつらは全員繋がっている可能性が高い。

 だとしたら、俺は生まれた時から監視されていたかもしれない。

 なにせ俺がこの世界に生まれてから今日まで、俺は何の不思議もない普通の人生を送ってきたのだから、そこに特別なことはなかった。ノイズに無視されるとか、触れられるという性質は特殊といえば特殊だが、それが発覚したのもつい最近の話。二課なんていう裏の組織が知らなかったくらいだから、本当にあの時発覚した事実だったはず。

 

 であれば、俺のことを知っている奴らはきっと俺のここまでの人生には関与していない。俺が生まれる以前のことを知っていて、なんらかの目的があって俺を観測していた可能性がある。

 

「てことは、俺は生まれる以前に何かやってた? 錬金術師や聖遺物なんてものが存在するくらいだし、遥か昔の存在が今も存在し続けていることだってあり得そうだしな」

 

 何らかの問題が起こって俺の記憶が消えた、もしくは意図的に消されて、この時代に生まれた俺を、過去の俺を知っている奴らが監視しているってことか? 俺がそいつらの目的にとって障害になりうるか見定めているのかもしれないし、そいつらが俺の記憶が戻るのを待っている味方である可能性もあるな。

 じゃあ十中八九俺の身の回りにもいたな。そういう奴ら。

 

 可能性として高いのは、俺の家族か。

 母さんや妹、父さんあたりは怪しいかもしれない。というか、母さんはそうだとしたら滅茶苦茶納得できる。あれだけ俺のことを理解している人間、母親であっても普通じゃないしな。

 まぁ、とはいえ俺の家族は俺に対して敵対しているような色は感じられないんだよなぁ。俺のことを知っている存在の中にも敵と味方はあるかもしれないけど。

 

「うーん……そうなると錬金術師とか二課のあのバトルスーツとか、単にノイズを討伐するための力ってだけじゃなさそうだよなぁ……むしろノイズもなんらかの過程を経て生まれているわけだし……人間しか襲わないって時点で人間が作ってそうな気もする」

 

 単一種しか殺さない存在なんて生物の中にはいない。どんな生物も自分の餌になるものを殺すし食らう。ましてノイズは殺すだけで食いもしない。じゃあ何のために人を殺すのかと言われたら、殺すために作られたからじゃないか?

 であればノイズは災害じゃなくて殺人兵器ってことになる。生物かどうかもわからないけど、生物だと仮定するなら殺人のための生物兵器だ。

 

 まぁ全部推測でしかないし、根拠も何もないし、俺の記憶がない以上この推測に穴がないわけでもないけれど……もしもこの推測が合っているのなら、ノイズを作ったのは錬金術師とか聖遺物を作ったような存在とかじゃないと無理がある。人類にあんな兵器を作れるとは思えないしな。

 そうなると、あの対ノイズのバトルスーツを作った奴は怪しいな。櫻井了子、だったっけ? 聖遺物の力を活用して色々生み出しているみたいなこと言っていたから、厳密にはノイズを作った奴の仲間ではなさそうだけど、そいつに関する情報は持っていそうだな。

 

「一旦リディアンに戻るか」

 

 俺がいなくなってからも誰かしらが俺のことを監視しているかもしれないし、そもそもまだ全て推測の段階でしかない。まずは怪しそうなところからあたるのが一番良いだろう。二課から色々探ってみるか。

 今気づいたけど誰にもバレない様にコッソリ出て行ったから未来ちゃんとか心配してるかもしれないな。響ちゃんと上手くやっててくれればいいけど。まぁあの二人は仲良いから大丈夫でしょ。

 

 ……とりあえず電話くらいはしておこうかな。

 

「じゃ、帰るかー」

 

 携帯を取り出してまずは未来ちゃんにコールしながら、歩き出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――また、携帯が鳴った。

 

 もうどれくらい経ったのかもわからないけれど、響が帰ってこなくなってからずっと部屋に引きこもっていた私。そんな私を心配してか、クラスの友達からは何度も連絡がきていた。

 メッセージには心配の色が綴られたものがもう数百件も溜まっているし、着信もきっと何十件も溜まっていると思う。最初こそメッセージには大丈夫だと心配掛けないように返していたけれど、途中からそれも億劫になってずっと無視してしまっていた。着信に関しては一度も出ていない。

 

 最近はメッセージが送られてくるばかりで、私が出ないと知ってか着信は無くなってきていたのに、今回は久々に着信―――電話だった。

 

「……」

 

 布団に包まっていた私はもぞりと顔を出し、傍に放置されていた携帯の着信画面を視界に入れた。一体誰からの電話なのかと。

 そしてその着信相手を見て、一気に意識が覚醒した。

 

 ―――珱嗄だったからだ。

 

「ッ!!?!? 珱嗄ッ!!」

 

 今まで全く動かしていなかった身体が跳ねるように起き上がり、携帯を乱暴に掴み取る。急に動いたからか心臓の鼓動が一気に速度を高め、呼吸が荒くなるが関係ない。

 通話ボタンをタップしてすぐさま声を張った。

 

「珱嗄!? 珱嗄なの!? ねぇ、無事なの!?」

 

 言葉が上手く出てこず、とにかく必死に言葉を放つ。

 すると、その勢いに若干押されたのか少々困惑した様子で返答があった。

 

『あー……うん、珱嗄さんだよ……無事無事、特に問題なく生きてるよ』

 

 それは間違いなく珱嗄の声で、私が今一番声を聴きたかった大切な人の声だった。

 

「珱嗄……ぉうか……よかった……よかったよぉ……」

 

 電話口から聞こえてくる大好きな人の声が、こんなにも安心するなんて、夢にも思わなかった。自分ではない誰かが生きていてくれたことが、こんなにも嬉しいなんて、嘘みたいだった。

 私はやっぱり、この人が好きなんだと思った。

 ボロボロと流れてくる、枯れたほど流した涙がまだ出てくる。目が熱くて何も見えなかったけれど、電話の向こうにはちゃんと珱嗄がいる。

 

「ぐすっ……珱嗄、今どこにいるの?」

『今はー……えっと、日本ではないかな? 場所は正直わかんないけど、でもリディアンに帰ってるところだから、直にそっちに戻るよ』

「そっか……よかった……」

『心配掛けたみたいでごめんな。響ちゃんがいるから大丈夫かと思ってたんだけど……響ちゃんは?』

「あ……響とは…………私、響に酷いこと言っちゃった」

『そうなの?』

 

 珱嗄が戻ってくることが分かってホッとしたのも束の間、響とのことを聞かれて私は一気に顔が青褪めるのを感じた。珱嗄が帰ってくることはとても嬉しいことだが、それで響が帰ってきていないことは解決しない。まして私は自分の弱さを響にぶつけてしまったのだ。

 流れていなかった血液が再度流れ始めたような、身体がどんどん体温を取り戻していくように焦燥感が身体を支配する。

 

「どうしよう……響が全然帰ってこないの……私、探しに行くわけでもなくずっと現実逃避して引き籠ってたの……本当に馬鹿だ」

『そっか……俺がいなくなってから何か変わったことはあった?』

「え……えと、うん……色々あったよ……響が二課の人に協力してノイズと戦ってることも知ったし……響を狙ってきた子がいたり……あと、珱嗄のお母さんが何か知っているみたいだった」

『母さんが何か言ってたのか?』

「うん……響たちの事情とか、二課のこととか、何か色々知っているみたいだった……珱嗄は何か知ってるの?」

『……いや、正直それは俺も探ってるところだな。でもそうか……わかった、なるべく早く戻れるように急ぐよ。響ちゃんの居場所は多分、二課の人ならわかるんじゃないか? 気になるようなら尋ねるのも良いかもしれない』

 

 珱嗄に最近色々あったことを伝えると、珱嗄は何か考えるような間を置いてからそうしてアドバイスをくれた。確かに、二課の人なら響の行方を把握しているかもしれない。混乱して全然思いつかなかったけれど、珱嗄がその分冷静になってくれていてよかった。

 

『とにかく俺は無事だから、すぐ戻るよ。あまり危ないことはしないようにな』

「うん……ねぇ、珱嗄……また会えるよね?」

『会えるよ、そこは心配しなくてもいいから』

「……わかった」

 

 珱嗄が何か確信をもってそう言ってくれたから、私はそれを信じて一つ頷いた。

 珱嗄は冗談は言うけれど、無意味な嘘はつかない。こういう時に断言するということは、何か根拠があるのだと思う。

 折角無事を確認出来て、会話ができるというのにすぐに電話を切るのは少し口惜しいけれど、今の私にはやるべきことがちゃんとある。

 自分の弱さで傷つけてしまった親友を迎えに行かないといけない。

 そして、きちんと謝って……仲直りがしたい。

 

 今珱嗄に縋っていては意味がない。

 

 やるべきことを、ちゃんとやろう。

 

「……じゃあ、響を探しに行かなくちゃ」

『そっか……行ってきな』

「待ってるからね、珱嗄」

『ああ、すぐ戻るよ』

 

 そう言って、電話を切った。

 しばらく切れた電話をじっと見つめてから、大きく深呼吸をする。ずっと寝転がっていたからか、急にたくさんの空気を吸い込んだ肺が痛かったけれど、おかげで身体に血も酸素も通ったように感じられた。

 

 ベッドから降り、着替える。

 制服はしわくちゃのまま脱ぎ捨てられていたので、新しい服を取り出して雑に着た。コーディネートがどうとかは関係なく、近くにあった服を取ったような感じだった。髪もぐちゃぐちゃだったけれど、着替えてすぐに部屋を飛び出す。

 一分一秒を無駄にできない。こうしている一秒で、人は簡単に死ぬのだから。

 

 珱嗄は生きていたけれど、そうなっていたかもしれないのだ。

 

 響は―――

 

「響っ……!!」

 

 響は、私の大切な――

 

 走る、向かう先はリディアンの地下。二課の本部がある場所へ。

 

「響ぃっ……!!」

 

 親友なんだ。

 そう、響は、私のたった一人の、親友なんだ。

 

 




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第二十七話 アルカ・ノイズ

 未来との電話を終えてから今、帰路に着いている珱嗄。

 飄々とした佇まいで歩く彼の表情には、どこか不快感の様なものがあった。眉間にしわが寄っており、口元も普段とは逆に弧を描いている。片手でこめかみを抑えながら歩く彼の様子からは、頭痛を堪えているような色が見えた。

 

 珱嗄にしてみれば、どことなく久々な感覚である。

 此処まで生きてきて、彼はこれといった病気に罹ったことはない。至って健康体で今日まで過ごしてきたのだ。頭痛という症状に悩まされたのは、いつぶりだろうかと思う。

 激痛というわけではないが、頭の中で何かが暴れ回っているような、何かが叫んでいるような感覚に珱嗄は不快感を覚えていた。

 

「ッ……すぅー…………」

 

 頭の中で、何百、何千という人が自分の名前を呼んでいる声が聞こえている。

 珱嗄、珱嗄さん、珱嗄、珱嗄、珱嗄さん―――……誰なのか分からない大量の人の声が、珱嗄の脳内で反響しては消えていく。それがどんな意味を持つのか分からないけれど、珱嗄にはそれが誰なのか分からなくとも、懐かしさを感じられた。

 

「……わからないな……あー……イライラするなぁ、これは」

 

 普段ストレスなんてそうそう感じることはなかったのに、自分の中身の不明さが彼を苛立たせる。今まで彼を見てきたものであれば、その姿はまさしく彼らしくないと思うことだろう。

 すると、そうしながらもリディアンに戻るために歩く珱嗄の前に一人の人物が立ちふさがった。

 

 フードの付いたマントで顔も体も隠しているが、見て取れるシルエットからは女性だろう。その人物が目の前に現れたことで珱嗄も足を止める。

 

「誰だ?」

 

 珱嗄の問いかけに対し、マントの人物は何も答えない。

 代わりに被っていたフードを脱いで、その顔を見せる。

 

 そこには、珱嗄にとっても驚きの人物の顔があった。

 

「……お前は――――」

 

 そうして驚きの色を見せる珱嗄に、マントの人物はシニカルに笑みを浮かべた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄不在のまま時間だけが過ぎ、二課が球磨川禊による襲撃を受けてから約一週間が経過した。弦十郎も翼も無傷のまま目を覚まし、表面上は今まで通りに二課は動くことが出来ている。

 だが、各々の心境は決して良くはない。

 球磨川禊、安心院なじみ、錬金術師、一度に多くの脅威が姿を見せ、その内の一人に二課は一度全滅させられたも同然なのだ。当然だろう。

 

 不幸中の幸いか、直前まで当たっていたノイズ襲撃の黒幕であった櫻井了子、もといフィーネが仲間になったことで、一先ずはノイズの件が解決したのはよかった。これでフィーネまで敵に回そうものなら、大きく戦力を欠いている二課は一気に壊滅していたことだろう。

 とはいえ、未だに脅威が去ったわけではない。

 フィーネが仲間になり、目の前に迫りつつある脅威の実態を掴めたのは大きかったが、これから先ノイズ以上の脅威が姿を現すことが分かっているのだ。油断はできない。

 

 だがそれ以上に、二課は今非常に危機的状況に陥っていた。

 

 それは、風鳴翼が戦闘不能状態に陥っていることだ。

 

 球磨川禊の襲撃によって一度死んだ彼女は、今でこそ無傷で生活を送ることが出来ている。だが死を経験したことによる恐怖と、球磨川に圧し折られてしまった心までは元通りとはいかなかったのだ。

 彼女は今、二課の治療ルームのベッドの上から動くことが出来ない状態である。

 弦十郎は背後から心臓を突き破られて即死だったことや、本人の精神力がタフなのもあって、平常通りに過ごしているが、まだ精神的に未熟―――かつ天羽奏の死という現実に囚われたままでいる翼にはあまりにショックが大きすぎたのだ。

 

「……辛い状況だな」

「本当にね」

 

 弦十郎と了子は指令室で険しい顔のまま呟くように言葉を交わす。

 今の現状を言葉にすれば、二課には戦えるシンフォギア装者が今一人もいない状況だということだ。ノイズを操る『ソロモンの杖』が手にある以上シンフォギア装者に頼らずとも良い状況なのかもしれないが、相手が超常の存在である以上その対抗手段もまた超常の力でなければならない。ノイズのように触れれば死ぬ相手でないのなら、弦十郎とて相応の対処をしてみせる自信はある。

 それでも、一人では多くを救うことはできない。ノイズの大量発生のように、一度に広範囲の人間が危険に晒される攻撃が来た場合、弦十郎一人ではどうにもできないのだ。

 

 故にこの一週間、弦十郎たちはフィーネの知識を借りてどうにか対策を練っている。

 

 幸い、こちらには完全聖遺物である『デュランダル』と『ネフシュタンの鎧』、『ソロモンの杖』がある。そこから人の身でも扱える武器を作れないか研究を進めている最中だ。主に『デュランダル』の無尽蔵のエネルギーを抽出して携帯武器を作るなどであるが、まだ手がなくなったわけではないのだ。

 

「苦しい状況ではあるが……我々は前に進むしかない。装者のケアは俺も全力を尽くす、皆耐えてほしい」

「勿論ですよ、今まで翼ちゃんたちにいっぱい背負わせてきたんですから、ここで俺達が踏ん張らないと」

「そうですよ」

「……ああ、そうだな。一先ずは警戒を続けてくれ、俺は翼の様子を見てくる」

『了解』

 

 オペレーターの職員が全員強い返事を返すのを聞いて、頼もしいと思いながら弦十郎は扉から出ていこうと振り返る。了子もそれに付いていくが、弦十郎が部屋の外に出ようとしたその時、

 

 大きな警告音が指令室に鳴り響いた。

 

「ッ指令!」

「どうした!?」

「これは……どうして!?」

「映像出ます!」

 

 急いで振り返って元の位置に戻る弦十郎に、藤尭が信じられないといったような声を上げ、女性職員である友里あおいが冷静に問題の起こった場所の映像をモニターに出す。

 するとそこには、『ソロモンの杖』がこちらにある以上起こりえない筈の光景が広がっていた。

 

 そう、つまり―――ノイズが現れたのだ。

 

 弦十郎は思わず了子の方へと視線を向けるが、当の了子も困惑した様子でモニターを見ている。つまり今回のノイズは彼女の仕業ではない。

 どういう状況なのだと全員が戸惑いながらも、避難誘導や道の封鎖など冷静に出来ることから行動を開始する中、現在進行形で進む映像に了子は必死に頭を回す。

 

 すると、今回のノイズと今までのノイズとの決定的な違いに気が付いた。

 

「ッ! これはただのノイズじゃない……! 弦十郎君、球磨川の陣営が動いている可能性が高いわ!」

「何かわかったのか!?」

「今回現れたノイズには今までのノイズにはなかった発光部位がある。しかもそれで触れた場所は生物、無機物関係なく分解(・・)されているわ……これは間違いなく、錬金術の技術よ」

 

 今回現れたノイズが映像の中で動き回る様子の中で、今までのノイズと違う部分。

 それは、触れただけで人間を炭素に変換してしまうだけでなく、それぞれが持つ発光する部位で触れた場所が赤い塵と分解されていること。この部位は今までのノイズにはなかったものだ。

 そしてフィーネとしてかつて幾度となく争った錬金術師の存在が、その答えを出す。

 

 このノイズは、ノイズを見本に錬金術によって人工的に作られた全く別種のノイズであると。

 

「さしずめ……アルカ・ノイズってところね」

「アルカ・ノイズ……対策は出せるか?」

「おそらく今までのノイズの持つ位相差障壁分のエネルギーをあの分解器官に割いているのでしょうから……通常のノイズほどの物理無効性能はない筈……なら――」

 

 弦十郎と了子がそうしてこの状況を打破する方法を探している途中で、さらなる警報が鳴り響く。

 

「指令ッ大変です!」

「なんだ!?」

「ノイズ出現地に、シンフォギア反応がでました! これは……ガングニールとイチイバルです!」

「響ちゃんとクリスが……!?」

 

 ノイズ出現によって街に流れた警報を聞いて、どうやら立花響と雪音クリスの二人が動きだしたらしい。戦闘不能になったわけではなく、二人で身を潜めていただけである以上戦闘は可能だろうが、まさか姿を見せるとは思わなかった。

 弦十郎は、なんにせよノイズに対抗できる二人がこの窮地に現れてくれたことに若干の安堵を覚える。だが、了子は全くの逆だった。

 

「いけない……弦十郎君、今すぐ二人を止めないと不味いことになる!」

「何故だ? シンフォギアならノイズに対抗できるのでは……」

「言っただろう、今回のノイズには生物であれ無機物であれ分解する力があると!」

 

 了子が口調を乱してまで警告してくるその必死さに、弦十郎は戸惑いを覚えるが、了子の言葉にまさかと目を見開いた。

 

「アレは―――"シンフォギアをも分解できる"可能性がある!!!」

 

 弦十郎は言葉を返す間もなく、現場へと急行するべく走り出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 警報が鳴り響いた時、響とクリスは廃ビルの一室にいた。

 クリスが響を拾い上げてからしばらく、二人はここで身を寄せ合って過ごしている。主にクリスが響の世話を焼くような形ではあったが、日に日にやつれていく響にクリス自身も胸を痛めていた。

 響はあの日からずっと、クリスの前では平気だと言いながら歪な笑みを浮かべて気丈に振舞っているが、少し目を離せば部屋の隅で力なく虚空を見つめている。まるで現実から逃げるように、何かに怯えていた。

 

 小日向未来に拒絶され、泉ヶ仙珱嗄も失っている今、彼女には生きる希望など無かったのだろう。

 

 クリスはそれでも彼女に献身的な世話を焼いた。

 不器用ながらも食事を調達しては響に食べさせ、時間のある時は常に響の傍で彼女を支え続けた。自分が原因の癖にと自分を責めながら、響の傍で彼女が救われる方法を探していた。

 罪滅ぼしかもしれない、ただの自己満足かもしれない、それでもクリスには響のような優しい人間がこのまま死んでいく現実を許せなかったのだ。

 

 そうしている中、いつものように寄り添って座っていた響が、不意に顔を上げた。

 

「……クリスちゃん」

「なんだ?」

「……私、行かなくちゃ」

「な、どこに行く気だよ!?」

 

 立ち上がってそう言う響に、クリスは動揺を隠せない。

 今更どこへ行こうというのかと響を引き留めるが、響は窓から外を睨みつけた。

 

「人助けだよ……こんな私でも、誰かの盾くらいにはなれるから」

「どういう……」

 

 響の言葉にクリスも立ち上がり、その言葉の真意を訊こうとした瞬間、

 街中に大きな警報が鳴り響いた。

 無論その音は響たちのいる廃ビルにも届いている。

 

「これ……ノイズ出現の警報か!?」

 

 クリスは二重に驚きを隠せなかった。

 自分たちが姿を眩ませてからしばらく、ノイズの出現なんて一度もなかったし、フィーネが動けない状況なのだろうと思っていたのだ。にもかかわらずここにきてノイズの出現が意外だったということ。

 そしてもう一つは、警報が鳴り響く前に響がノイズの気配に気が付いたことだ。まるでノイズが出現する前に、それを察知していたかのような振舞い。クリスには響のその直感が人知を超えているようにも思えた。

 

「行かなくちゃ」

「……ッ、待て!」

「……?」

「アタシが行く」

 

 それでも窓から飛び出そうとした響の手を掴み、それを引き留める。

 そして自分が行くと言い切った。

 

「アタシが行くから、お前はここで大人しくしてろ」

「でも……」

「お前……死ぬつもりだろ」

「!」

 

 クリスにはわかっていた。

 このまま響を行かせてしまえば、響は無茶な戦いをして最後には死ぬ気なのだろうと。戦いの中で死ぬのだから、誰も文句はいわない――そんな身勝手な考えで。

 

 それは許さない。クリスはそんな自殺を許さない。

 

 戦いを、争いを、無意味な犠牲を失くしたくて戦って、間違えてきた。けれどその意思は今でも変わらない。響のような何の罪もない人間を、クリスは戦いに近づけないために戦ってきたのだ。

 だから今回もそうする。今回は間違えない。

 

「アタシはお前を死なせねぇぞ……大人しくここで仲直りの方法でも考えてろ!!」

 

 クリスの言葉に目を丸くした響を、クリスはグイッと引っ張って部屋の隅に転がす。そして燃えるほど熱く響く胸の歌を歌いながら、窓を突き破って現場へと急行した。

 赤い輝きはクリスの感情に呼応するように輝き、炎のようにクリスの身を赤く染め上げる。すぐに小さくなっていく彼女の背中を見ながら、部屋に尻餅をついた響は動くことが出来なかった。

 

 




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第二十八話 交わる組織と組織

 銃声が連続して響く。

 大量の弾丸が絶え間なく射出され、その先で大量に立ちふさがるノイズを破壊していた。時には射出された瞬間に拡散する弾丸や、ミサイル、バズーカ砲弾など、飛び交う弾丸は種類豊富に辺り一面ばら撒かれる。空中をいくつもの閃光が彩り、破裂音と爆発音が現場に存在する唯一の音となっていた。

 

 そしてその中心にいるのは、深紅のアーマーを纏い、銀色の髪を靡かせる少女。

 

 聖遺物『イチイバル』を用いて作られた赤いシンフォギアを纏うのは、立花響を置いて現場に急行した雪音クリスだった。

 ズガガガガ、とまるでコンクリートを重機で砕くような音と共に全身から生み出された銃や砲弾を振り回す。周りに溢れるノイズ――否、アルカ・ノイズは着実にその数を減らしており、面での制圧力が高いクリスの攻撃が遺憾なく発揮された結果がそこにあった。

 周りに味方がおらず、フレンドリーファイアを気にしなくてもいいこと。

 立花響と共に姿を隠し、ノイズの出現のない期間を半ば休養に充てられたこと。

 その二つが相まって、彼女のコンディションは万全だった故に、アルカ・ノイズという新種のノイズが相手でも反撃を許さぬ掃討が出来ている。

 

「くそっ! キリがねぇ!」

 

 とはいえ、シンフォギアを纏っているからといってその力を永遠に使い続けることなど無理だ。弾丸を打てばそれだけ反動がクリスの身体に響く。シンフォギアによって反動も軽減されているが、それでもこのままでは彼女の体力もいずれ尽きてしまう。

 また、クリス自身も戦いの中でこのノイズたちが今までのノイズと違うことも気が付いていた。響の直感ではないが、アルカ・ノイズの持つ発光部位、生物や無機物問わず分解して赤い塵へと変えてしまうその解剖器官に危険信号が出ている。

 戦いの中で何度かその解剖器官での攻撃を受けそうになったが、最優先警戒対象においていたおかげでどうにか一撃も食らうことなく凌げていた。

 

 しかし、それでも集中力を切らせばいつノイズたちの攻撃に飲まれるか分からない状況は変わらない。一人では、訪れる限界を退けることが出来ないでいた。

 

「はぁぁあ!! もってけ、全部乗せだぁぁぁぁ!!!」

 

 じわじわとクリスの周囲を取り囲むノイズの輪が近づいてくる。

 それに対して全身からありったけの銃身を展開し、一気に撃ち放った。身体に一気に大量の反動が襲い掛かり、鈍い痛みとなって全身を軋ませる。スタミナがごそっと削られて、クリスの呼吸が乱れた。

 シンフォギアは歌と装者の感情によって出力を上げるもの。呼吸が乱れてしまえば、歌も乱れる。結果、一斉掃射を行ったクリスの歌が途切れてしまった。

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

 乱れた呼吸をどうにか整えるために急いで息を吸い込むが、反動によって身体が素早く動かすことが出来ない。ふらつく足を踏ん張ってハンドガンを構えるも、ノイズの物量に対抗できるほどの弾幕は張れなかった。

 此処までかと思ったクリスだったが、その時ノイズたちの後方から斬撃の音が響く。

 

「何が……」

 

 一体何が来たのかと思いながら意識をそちらへと向けると、漆黒の何かがノイズたちを横一線に切り裂き消滅させた。

 周囲を取り囲んでいたノイズの一方向が一気に開ける。そこから現れたのは、漆黒のマントを身に纏いながらも、巨大な槍を携えた女性だった。

 

「シンフォギア……だと?」

「……まだ動けるかしら?」

「お前、何もんだ……」

「質問は後、動けるなら構えなさい……まずはこいつらを掃討するわよ」

 

 桃色の髪を靡かせてクリスの傍へと近づいてきた女性は、槍を構えながらクリスに声を掛ける。敵かどうかはわからないが、どうやら助太刀にきたのだと理解したクリスは、空薬莢を弾き飛ばしてリロードした。

 質問も疑問も置いておいて、まずはこの状況をどうにかしなければならないのは確かなのだ。反動で痺れていた身体が、今のインターバルでどうにか動けるようになっているのを確認して、重くなった身体に再度鞭を打つ。

 

 そして見知らぬ装者の女性と即興で息を合わせ、新呼吸の後、メロディを紡ごうと口を開いた瞬間――

 

 

「ぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」

 

 

 ―――野太い咆哮と共に周囲のノイズ達が紫色の閃光と共に一瞬で消え去った。

 正面からぶわっと襲い掛かってきた風圧に蹈鞴を踏むクリスと謎の女性だったが、ズドンという重たい音と共に目の前に着地した人影を見れば、何が起こったのかを理解できた。

 現れたのは、完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』を纏った風鳴弦十郎だったからだ。

 

 完全聖遺物は起動してしまえば誰でもその超常の力を振るうことが出来る、規格外にして埒外の代物。であれば、フィーネの持っていた『ネフシュタンの鎧』を風鳴弦十郎が使うことも当然可能なのだ。

 

 とはいえ、その紫の結晶を繋いで形作られた鞭を振り回し、的確にノイズ達を全て消し去って見せるという離れ技。シンフォギア装者であるクリスたちが同じようにネフシュタンを纏ったところで出来るようなものではないが。

 

「無事か?」

「ハッ……生きちゃいるけどな」

「……」

 

 クリスとしては今まで身を隠していた相手に見つかったことでやや気まずい感覚ではあるが、どうにか助かったことを理解して身体にどっと疲労が圧し掛かってくるのを感じていた。逆に謎の女性に関しては無言で弦十郎の方を見ている。

 弦十郎は二人の無事を確認しながらも、見知らぬ装者がいることに警戒心を高めていた。球磨川禊の仲間であれば、只者ではないと思うからだ。

 

 しかも、『イチイバル』と『ガングニール』の反応を見て駆け付けたというのに、現れたのはクリスと響ではなく、クリスと見知らぬもう一人の『ガングニール』装者。

 内心は穏やかではない。

 

「それで、君は何者だ? そのシンフォギアは『ガングニール』だろう? まさか我々の知る『ガングニール』装者と別に、もう一人の装者がいるとは思わなかったが」

「……私は」

 

 弦十郎の問いかけに対し桃色の髪の女性は一歩前に出ると、凛とした表情のまま口を開いた。

 

「私の名前はマリア……貴方は二課の司令、風鳴弦十郎ね?」

「ああ、そうだ」

「であれば、この状況もモニターしているんでしょう? 私たちは『F.I.S.』――貴方達の組織にいる先史文明時代の巫女、フィーネを引き渡してもらいたい」

「……詳しいことは置いておいて、先のノイズは君達の仕業ではないと?」

「ええ、私たちは何の罪もない一般人の命を脅かすようなことはしないわ。偶々ノイズが発生していたから、助力に来ただけだもの」

 

 マリアと名乗った桃色の髪の女性は、シンフォギアを解除して普段着に戻って見せる。武装解除と攻撃の意識がないことを暗に示しているのだ。弦十郎もそれを見て両手に握っていた鞭から手を放した。

 ノイズが彼女たちの手によるものではないと証明されたわけではないが、それでも武装解除した相手に対して一方的に攻撃するようなことを、弦十郎はしない。

 

「一先ず……はいそうですかってわけにはいかない。現状、我々には彼女の力が必要だからな」

「そう……まぁそうなると思っていたわ。なら、フィーネとの話し合いの場をセッティングしていただけるかしら?」

「それに応じる必要があるとでも?」

「あら? 応じた方がそっちにとっても都合が良いかもしれないわよ? 先のノイズ、明らかに意図的に出現させられている。こんな人通りの少ない場所に密集して現れるなんて、人を襲う存在がするかしら?」

「……」

「なんらかの意図があって出現させられていたのだとしたら、一度では終わらないわよ。その時、少しでも戦力があった方が多くの命を救えるでしょう?」

 

 マリアの言葉は否定できなかった。

 結果的に、ではあるが、今回のノイズの被害者は少ない。それも今までのノイズの犠牲者と比べても圧倒的に。マリアの言う通り、意図的に人通りの少ない場所にノイズを出現させた人物がいるのだとしたら、二度三度同様のノイズ出現があってもおかしくない。

 ましてアルカ・ノイズなんていう、今までのノイズと違う特殊なノイズなのだ。明らかに何者かの意図が隠されている。

 

「……ノイズ出現の際、君たちが助力してくれるということか?」

「ええ……それに、こちらのシンフォギア装者は私だけじゃない。私以外にも三人、シンフォギアを纏える装者を抱えているわ」

「装者が、四人……!?」

「この戦力は、喉から手が出るほど欲しい筈でしょう?」

「……わかった。会談の場は早急に用意しよう……但し、俺も同席させてもらう。そちらの戦力を確認する意味でも、そちらの装者も全員同席してもらえるか?」

「いいでしょう、元々そのつもりだったしね」

 

 シンフォギア装者、それは今の弦十郎にとって、二課にとって、まさに喉から手が出るほど欲しい戦力である。アルカ・ノイズという敵にだけではない、球磨川禊や安心院なじみという怪物を相手にする上で、戦力は多いに越したことはない。

 

 マリアは連絡先を書いたメモを弦十郎に手渡すと、用意が出来たらここに連絡するようにと告げて去っていく。

 マリアはシンフォギア装者ではあるが、今の段階で犯罪者ではない。強制的に連行することはできなかった。

 

「……さて、雪音クリス君」

「う……なんだよ」

 

 どさくさ紛れに逃げようとしていたクリスを、弦十郎は呼び止める。

 今までならシンフォギアによって向上した身体能力で逃げられたかもしれないが、現在は弦十郎も完全聖遺物を身に纏った状態だ。逃げようにも簡単に追いつかれることはクリスにも理解できている。なにせ一度は身に纏ったことのある代物なのだ、その効果の大きさは十分に身に染みているのだ。

 

「君は一緒に来てもらうぞ」

「……ちょっと待ってくれ、逃げたりしねぇから」

「響君のことが気になるなら安心してくれ……こんな状況だ、響君の方もこちらで保護する」

「チッ……把握済みってか、つくづく気に入らねぇな……おら、どこへでも連れてけよ」

 

 響のことが気になり、一度帰らせてもらおうと思ったクリスだったが、それも弦十郎の言葉で霧散する。

 自分たちの居場所も把握されていたのだと知って、心の中で唾を吐くクリス。シンフォギアを解除し、武装解除した状態で両手を前に出しながらそう言った。

 

 手錠はないが、弦十郎は大人しく従うクリスに頷きながら指令室に通信を送る。響の保護に人員を回すように言ったのだろう。

 

「こちらとしても状況が変わったのでな……心配するな、悪いようにはしない」

「どうだかな……」

 

 フィーネが仲間に加わっていることをどう説明すべきかと思いつつ、弦十郎はクリスを抱え上げた。『ネフシュタンの鎧』を身に着けている以上、抱えて駆けた方が早いと判断したからだ。

 クリスはもうどうにでもしろとばかりに何も言わなかったが、視線はずっと響のいる廃ビルの方へと向いていたのだった。

 

 




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第二十九話 廃棄躯体

 夜、一人の小さな人影がリディアンを駆けていた。

 フードのあるマントを羽織り、姿を隠すようにして駆けるその人影は何か小さな箱を抱えている。何かから逃げようとしているわけではないが、急がなければという感情が先走るかのように、荒い呼吸のまま必死に走っている。

 

 そうしてその人影が辿り着いた場所は、リディアン音楽院。

 

 薄暗く、人のいないその場所に届けられたのは―――果たして希望か、絶望か……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アルカ・ノイズによる襲撃があった翌日、二課では現状の確認とこれからの方針を話し合っていた。

 なにせ現時点で判明している特異災害に匹敵する組織は三つ、球磨川禊のいる錬金術師の組織、マリアと名乗る装者の所属する『F.I.S.』、そして単独で組織以上の脅威となる人外、安心院なじみ。この三つの組織を前に、どのように戦うのかが今の二課にとって最重要事項。

 

 そこでフィーネが対抗策として挙げたのが、シンフォギアの強化と超常の力に対抗できる武装を作成すること。

 現在二課が自由に動かせる装者は雪音クリスただ一人。そのクリスも、未だに二課に協力的であるというわけではない。なにせ敵対していたのだから、フィーネが二課と手を取り合ったからといって、ハイじゃあ協力しますとはならないのだ。

 

 現在は二課のミーティングルーム。

 この場にいるのは弦十郎や元の姿となっているフィーネ、オペレーターとして友里と藤尭の二人、そしてクリスだ。既にクリスにはフィーネが協力を要請した経緯を説明してあり、現状についても認識が済んでいる。

 

「現状、我々は最も不利な状況にある。こちらの戦力が装者であるクリスだけ。完全聖遺物を多く保有してはいるが、それでも使えるのはネフシュタンくらいだからね」

「昨日現れた『F.I.S.』の協力を得られたとしても、装者の数イコール戦力の増加と考えるわけにはいかないしな……了子君、君はこの組織について何か知っているのか?」

 

 モニターを使いながら、フィーネが現状を説明すると、弦十郎もそれに頷きながら先の組織『F.I.S.』について問う。彼女たちの目的はフィーネの身柄を引き渡してもらうことだ、フィーネ自身に身に覚えがないというのはおかしな話だ。

 するとその問いかけに対して、フィーネは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて説明を始めた。

 

「アレは、かつて私自身が創設した組織だ。お前たちにとっては気分の悪い話だろうが、私の転生……リインカーネーションシステムには私の死後、私の器となる躯体が必要になる。つまり私の遺伝子を持つ人間だ……私はもしもこの身が命尽き果てた時の保険として、私の器となる可能性がある子供を集めて管理していたのだ。そして、その子供たちを使って時にシンフォギアシステムの実験も行っていた」

「……つまり、非合法な人体実験ということか」

「ああ、奴らはおそらくそこにいたレセプターチルドレンなのだろうな」

「おそらく……? 君の作った組織だろう?」

 

 フィーネの説明に対して一同に驚愕の色が走るものの、一旦はそれを置いておいて話を進める。弦十郎はフィーネが作った組織であるにも関わらず、フィーネの曖昧な口ぶりが気になった。

 弦十郎の問いかけにフィーネは自嘲した笑みを浮かべながら続ける。

 

「奪われたんだよ、どこのどいつなのかは分からないが……私が機密に管理していた『F.I.S.』の存在に気づき、レセプターチルドレンを管理していた研究所からその子供たちを解放し、組織の実権を握った奴がいたのだ。元々は米国との通謀切っ掛けに作りあげた聖遺物の研究機関でもあったからな……うまいことレセプターチルドレンを解放したうえで、組織は継続させるなんて馬鹿げたことを成し遂げるなんてな」

「つまり……その子供たちは既に君の管理下から離れており、君は組織からも切り離されたということか?」

「その通りだ……だからこそ、資金力やあらゆる権限を得るためという意味も込めて二課に協力を要請したんだ」

 

 フィーネの話に弦十郎は頷く。

 つまりフィーネは協力を要請する時点で、何者かに『F.I.S.』を奪われ米国からの支援を受けられない状態になり、雪音クリスという装者を失い、ノイズという戦力を操る完全聖遺物も奪われた状況だったということだ。その上で安心院なじみを相手にしなければならないとあれば、確かに二課を頼るほかに選択肢はない。

 とはいえ、そうであれば解放されたレセプターチルドレンが組織としてフィーネの身柄を要求する理由はなんなのか。弦十郎はそれを問う。

 

「だが、その『F.I.S.』が今組織として君の身柄を要求している……これは何故だ?」

「解放されたからといって、レセプターチルドレンが私の遺伝子を持っていることに変わりはない。この身が死んだあと、その中の誰かが私になる可能性は十分に存在する……ならば、私を確保してそれを防ごうとしているんじゃないか? まして向こうは装者が四人だ……かつて『F.I.S.』で研究していた聖遺物の中には、シュメールの戦女神ザババの振るったとされる二刃の一つ、『イガリマ』があった。これが仮にシンフォギアとしてその四人の内の誰かが纏っているのであれば、その魂を切り刻む刃はこの身だけでなく私の魂を切り裂き、私の転生に終止符を打つことが出来る」

「つまり彼女たちは君の身柄を拘束し、今後一切の転生を封じようとしている可能性があるということか……交渉する姿勢を見せていたが、最悪の場合君の魂を殺すつもりなのだとしたら……容易に引き渡すわけにはいかないな」

「相変わらず甘い奴だな……」

 

 弦十郎の言葉にフィーネは苦笑する。

 だがそれならば球磨川の組織と今回の『F.I.S.』は完全に別の組織ということだろう。二つの組織が現れたというのに安心院なじみの動きがないのは気になるが、目下危険なのは錬金術師のいる球磨川陣営だ。

 錬金術によって生み出されたアルカ・ノイズの解剖器官は、シンフォギアをも分解する可能性があり、またアルカ・ノイズを掃討できたとしてもその先には強力な錬金術師や球磨川が待っているのだ。

 

 だからこそ早急に、シンフォギアシステムの強化改修が必要だとフィーネは判断する。

 

「……だとしてもよ、アタシが協力しなきゃいけねぇ理由はねぇ」

 

 ふと、話が進む中で口を挟んだのは、昨日弦十郎に確保されたクリスだった。別段拘束具もついていないが、首に『イチイバル』のネックレスはないことから、逃げだすことは不可能な状態にはされているようだ。

 敵意を剥き出しにしながらも弦十郎とフィーネを睨みつけるクリスに、二人は改めて向き直る。

 

「クリス……既に貴女の私に対する認識は最悪なものになっているのかもしれないけれど、この状況で動かなければ貴女の嫌いな犠牲が大量に出るのよ?」

「……」

「俺からも頼む……君が大人を信じられないというのも無理はない、だが俺達もまた君と同じく、一人でも多く何の罪もない人々の命を守りたいと思って動いている。どうか力を貸してほしい……協力してくれるのであれば、俺達も君に信じてもらえるよう、言葉ではなく行動で示すつもりだ」

 

 フィーネはあくまで彼女の敵として、クリスの求めているものを提示する形で。

 弦十郎は人命を守るための協力を求めるために誠意をもって。

 

 そうして二人はクリスに協力を求めた。

 

 クリスとて分かっている。

 此処で協力するのが今できる正しいことであることは。それでもフィーネを信じられず、大人を信じられない。裏切られたら、利用されたら、それに気が付けずまた過ちを犯してしまったら、そう思うと、素直に頷くには心が怯えてしまっている。

 

「……っ」

 

 それでも。

 

「くそっ……!」

 

 クリスの頭に浮かぶのは響のやつれた笑みだった。

 此処で自分が戦わなければ、その役目は誰に行くかと考えた時、響を巻き込む可能性がどうしても付きまとう。ならばここで自分が戦うしかない。

 クリスの悪態に対し、同意とみなして弦十郎は改めて礼を言い、フィーネは軽く息をついた。

 

「それで、具体的なシンフォギア強化計画だけどね」

 

 フィーネはそう言いながら髪を束ね、櫻井了子の姿に変わる。どうやらクリスを説得する意味でもフィーネの姿を取っていたようだ。それがフィーネなりの誠意の示し方だったのかもしれない。

 そうして櫻井了子の口調に代わりながら、具体的な案を説明し始める。

 

「聖遺物を使用したシンフォギアを強化するには、やはり聖遺物による改修をするしかないわ。別の聖遺物の性質や能力をシンフォギアシステムに組み込むことによって、その力の底上げをするってことね……まぁ完全聖遺物でできるかは分からないけれど、例えるなら無尽蔵のエネルギーを持つ『デュランダル』を強化の触媒に使うことで、シンフォギアの出力を大幅に引き上げたり、"不滅不朽"の性質を利用した防御フィールドの形成ができるようにしたりね」

「なるほど……だがそんなことが一朝一夕で可能なのか?」

「当然、一筋縄ではいかないわ。別々のものを解析して再構成するわけだし、超常の力を扱うのであれば、それこそこれは錬金術の領分だもの」

 

 錬金術の技術を用いて強化改修する。

 言葉にすれば簡単なようで、二課には錬金術のイロハを知る人物はいない。つまりその案は実現不可能ということではないのかと誰もが思った。

 

 しかし、それを察して了子は不敵に笑みを浮かべる。

 

 それを可能とする手があるのだと。

 

「私は悠久の時を生きるフィーネよ、かつて錬金術師とは何度となく異端技術の奪い合いをしてきた……錬金術に関する知識も少なからず持っているわ。それに、思わぬサプライズがきたのよ」

「サプライズ?」

「入ってきて」

 

 そう言って了子が呼びかけると、ミーティングルームの扉が開く。

 そこから現れたのは、癖のある金髪の少女だった。黒いフード付きのマントを羽織っており、その下はどうにも露出の多い恰好をしている。

 一体何者なのかと弦十郎たちは思ったが、了子がその意図を汲んで少女を紹介し始めた。

 

「この子の名前はエルフナイン……昨晩、球磨川達の陣営から二課に逃げてきた子よ」

「なにっ……!?」

「昨晩は皆休んでいたから、偶々私が見つけたのよ。話を聞いて驚いたけれど、おそらく危険はないわ……エルフナインちゃん、昨日の話をもう一度してくれるかしら?」

「はい……皆さん初めまして、僕の名前はエルフナイン……錬金術師キャロルの作ったホムンクルスで、不完全だった故に廃棄躯体とされていました。キャロルは恐ろしいことをやろうとしています! 僕はそれを皆さんに伝えるために此処まで逃げてきました」

 

 キャロル、という名前がエルフナインの口から出た時、弦十郎は球磨川も同じことを言っていたことを思い出す。球磨川禊は正確には錬金術を行使していないが、アルカ・ノイズを使役していたことから錬金術師が背景にいるのは確実とフィーネから伝えられていた。

 つまりそのキャロルというのが球磨川の陣営にいる錬金術師なのだろう。

 

 エルフナインが必死な様子でそう言ったのを聞いて、了子は口を開く。

 

「昨晩私が聞いた限りでは、球磨川陣営の頭はキャロル・マールス・ディーンハイムと呼ばれる錬金術師のようね。エルフナインちゃんのようなホムンクルスを作って自身の存在を転写することで、私までとは言わないけれど数百年は生きているみたいだから、かなり腕のある錬金術師だと思うわ」

「そのキャロルと球磨川との関係は?」

「わかりません……僕が作られた時には既にキャロルの傍に球磨川禊がいました。キャロルに訊いても、詳しくは教えてもらえませんでした……キャロルの記憶を転写されている完全な躯体であれば分かったかもしれませんが、僕に転写されているのは最低限の錬金術の知識だけなので……」

「そうか……それで、そのキャロルの目的は一体何なんだ?」

 

 エルフナインに訊いても、キャロルと球磨川禊の関係は未だにわからないままである。

 弦十郎はそれについては仕方がないと思いながらも、球磨川達の頭であるキャロルの目的を問う。

 すると二人の関係に答えられず申し訳なさそうにしていたエルフナインは、再度気を取り直して真剣な表情をした。

 

 そして告げる。

 

「キャロルの目的は、ワールドデストラクターである『チフォージュ・シャトー』を完成させ、この世界を分解することです」

 

 キャロル・マールス・ディーンハイム。

 数百年の時を生きる錬金術師の掲げる、恐るべき目的を。

 

「僕はそれを阻止するために、ここに来ました」

 

 エルフナインは決意の表情で、そう言った。

 

 




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第三十話 響と未来

 その後エルフナインは二課に受け入れられた。

 そして彼女――正確には性別はないらしい――が持ってきたドヴェルグ=ダインの遺産。聖遺物『魔剣ダインスレイフの欠片』を用いて、フィーネとエルフナインのタッグでシンフォギアの強化改修を行う計画が進められることになった。現状が現状、リスクも高い可能性があるが、出来る限り安全な状態で実行できるよう急ピッチで二人の研究が開始されている。

 錬金術師として十分な知識を持つエルフナインと、シンフォギアを始め聖遺物を活用する知識を持つフィーネ。これ以上ない組み合わせだ。

 

 そうしてクリスの『イチイバル』と『魔剣ダインスレイフの欠片』を持ち、フィーネとエルフナインが研究室へと出て行った後、残されたクリスはそれはさておきとばかりに弦十郎に食って掛かる。

 シンフォギアが強化されることも、今後熾烈な戦いが待ち構えていることも、クリスにとっては些事でしかない。そんなことよりも気になるものがクリスにはあった。

 

「そんなことより、アイツは無事なんだろうな?」

「響君か……それがな……」

「おい……まさかいねぇとか言うんじゃねぇだろうな!?」

 

 クリスの問いかけに対して弦十郎が気まずい表情を浮かべる。クリスは勢いよく立ち上がり、弦十郎の胸倉に掴みかかった。

 

「君達が身を潜めていた廃ビルの一室にウチの者を向かわせたが、響君の姿はどこにもなかったらしい……周囲を入念に捜索したが、見つからない。無論、今も捜索中だ……」

「っ……そんな……なんでだよ」

「これはあくまで可能性の話だが……アルカ・ノイズの出現からそう時間は経っていなかった。遠くに行くことは出来ない筈なのに、何故か彼女の姿がどこにもない……となれば、何者かによる手が加わった可能性がある」

「! ……連れ去られたとでも言いてぇのか? 一体誰に!」

 

 弦十郎も苦い顔をしているが、クリスの心は焦燥感に包まれている。急かす様に弦十郎に結論を求めるが、その答えが未だにわからないことは見て取れた。

 胸倉から手を放し、気が抜けたように椅子に腰を落とすクリス。もう何度目になるのか、何もかもが手からすり抜ける感覚がクリスの心を引っ掻くようだった。

 

 弦十郎は掴まれて乱れたシャツを直しながら、だが、と言葉を続ける。

 

「響君のこととは無関係かもしれないが……実は彼女の親友である小日向未来君も同時に姿を消している」

「!」

「君が響君を連れて身を隠した日に、君も見た少女だ……彼女は響君と決別してからずっと部屋に籠って出てこなかったんだが……先日何故か急に部屋を飛び出した。おそらく響君を探しに飛び出したのだと思うが……監視を目を振り切って姿を消している」

「アイツとその小日向未来って子は同じ奴に攫われたってことか?」

「可能性の話だ。現に聖遺物との融合症例であり、シンフォギアの装者である響君と、一般人である未来君では、二人とも誘拐するにあたって共通する価値が見えない……別々の人間に攫われた可能性もあるし、同じ人間に攫われた可能性もある」

 

 その話を聞いて、クリスは頭をガシガシと掻きながらクソ、と吐き捨てることしかできなかった。

 

 ―――立花響を誘拐するなら、おそらくは異端技術関係の人物に違いない。

 ―――決別されていても、彼女が小日向未来を大切に思っていることに変わりはない。

 ―――ならば小日向未来は立花響に対する足枷か? 

 ―――だとしたら立花響に何をさせたい? もしくは立花響そのものが狙いか?

 

 クリスの頭の中で最悪なケースがいくつも浮かんでは消える。過去、醜悪な大人の思惑に振り回されてきたクリスだからこそ、そう言った考えが経験から考えついてしまう。

 だが考えていても仕方がない。

 今は考えつく限りの可能性を虱潰しに当たる他ないし、アルカ・ノイズや錬金術師の動きにも警戒しなければならない。

 

 今二課はまさに、四面楚歌なのだ。

 

「……一先ずは休むことだ。情けない話ではあるが、今はクリス君が頼みの綱だ」

「わってるよ……ちくしょう……」

 

 やらなければならないことが多い今、クリスは下手に動けなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――目を覚ました時、そこにはいつだって未来がいた。

 

 あったかいベッドの上で、お日様の光がチラついて、うっすら瞼を開けばいつだって、そこには私の日だまりがあった。未来がおはようって言ってくれる日常があった。私はそれが凄く幸せで、二人でご飯を食べて、登校すればそこに珱嗄も加わって、あったかい日常が壊されるなんてこれっぽっちも思わなくて。

 いや違う、私が壊すなんて思わなかったんだ。

 私にガングニールが埋まってなければ、珱嗄に特殊な力がなければ、未来にきちんと真実を打ち明けていれば、私がもっと強ければ、壊れなかったかもしれない。

 

 今、そんな私の日常は夢の中にしかない。

 現実にあったはずのそれが、今や夢現の彼方に夢想するしかできないなんて、逆に笑ってしまう。

 

 ずっと夢の中に居られたらいいのに。

 

「……ここは」

 

 泡沫の微睡みから目を覚ました時、私は知らない場所にいた。

 生活感のある一室、私はベッドに横たわっていて、見渡してみればそこは小学生が使っているような可愛らしい部屋だった。勉強机や少女漫画、良い所の学校なのかランドセルではなく学生鞄と制服も飾ってある。

 一体ここは何処なんだろう。

 

 そう思って起き上がって足をベッドから降ろすと、部屋の扉が開いた。

 

「!」

 

 思わずそちらへ視線を向けると、そこには―――

 

「響……」

「……未来……?」

 

 ――私が目覚めた時、いつも其処に居てくれていた人がいた。

 私が目を覚ましたのを喜ぶように目尻に涙を溜めて、両手を前に向けながらゆっくり、おそるおそる近づいてくる。

 

「響……ごめんなさい、私……貴女に酷いこと言っちゃった」

「っ……!?」

 

 そうして私の目の前まで来ると、私に触れようとしていた両手を引っ込めて胸の前で組んだ。そのまま膝を着いて、ポロポロと涙を零しながら未来は謝ってきた。

 私に酷いことを言ったと、許してほしいと。

 私はどうして未来がそんなことを言うのか分からなかった。未来の方がつらかった筈だ、珱嗄を失って、私に嘘を吐かれていたんだから。未来が私を拒絶することは当然の反応だった。

 

 それでも、未来は。

 

『――大人しくここで仲直りの方法でも考えてろ!』

 

 不意に、クリスちゃんの最後の言葉が頭に響いた。

 仲直り……出来るんだろうか、私と未来はもう一度親友に戻れるだろうか。

 

「……未来……顔を上げて」

「ぐすっ……うん゛」

「私の方こそ、ごめんなさい……珱嗄がいなくなって、未来にとって辛い時に傍に居てあげられなかった……あまつさえ未来に嘘を吐いて、隠し事をして、未来を裏切ったと思われても仕方がないことをした……私の弱さが、未来を傷つけちゃった……本当に、ごめ、ごめんな、さい……!」

 

 顔を上げた未来の表情はぐしゃぐしゃで、目が赤くなっている。よく見たら、かなり痩せているし、髪もいつものリボンがない。ボロボロだった。

 私はそんな未来に、懺悔するように謝る。私のやったこと、弱かったこと、謝りたいことを全部告白して、私は未来に謝った。最後、堪え切れない涙に言葉が途切れ途切れになってしまったけれど、それでも謝った。

 

 未来は私の謝罪を聞いて余計に涙を溢れさせて、ベッドに座る私を抱きしめてくれた。

 

「いいの……! 響、響は悪くない……! 私がもっと強かったらよかったの、響の苦しみを背負えるくらい……強かったら……! 全部響に背負わせちゃった……本当にごめんなさい……ごめんなさい……!」

「みぐ……っ……ぅ……うぁぁあ……! みくぅ……!!」

「ひびきぃ……! ぅぇぇぇん……!!」

 

 抱きしめる力が強くなって、私も未来の身体を抱きしめ返した。

 私たちは弱い。戦う力も、心も、弱かった。

 

 だから全てを粉々に破壊してしまった。

 それでも、まだこの命がここにある。未来の命がここにある。

 

 強くなりたい、この手に残ったものを全て守れるくらいに、強く。

 

 きっとお互いにそう思いながら、私たちは仲直りをすることが出来た。

 

 

 ◇

 

 

 一頻り泣いて、お互いにぐしゃぐしゃになった顔を見て笑えるくらいに落ち着いた時、開かれっぱなしだった扉がコンコンとノックされた。

 二人してパッとそっちに視線を向けると、そこには金色の髪に両目で色の違う女の子がいた。見た感じでは小学生くらいの年の子で、浮かべている笑顔からは本人の優しさが伝わってくるような温かさを感じる。そしてどこか、懐かしいような雰囲気を纏った子だった。

 

 女の子は部屋に入ってくると私と未来に話しかけてくる。

 

「えっと、お取込み中だったからタイミングを見計らってたんですけど……そろそろいいかなって」

「あ、ぁあっ……はい、すみません」

 

 そういえば見知らぬ人の部屋でわんわん泣いてしまっていた。おそらくはこの子の部屋なんだろうと思って、申し訳なさに姿勢を正す。なんというか、目の前のこの子には年下って感じがしない。妙な貫禄があるような感じがあった。

 私の様子に苦笑した女の子は、勉強机の椅子を引いてそこに座る。

 

「まずは自己紹介ですね、私の名前はヴィヴィオです」

「ヴィヴィオ、ちゃん?」

「二人のことは知ってますよ、立花響さんと、小日向未来さんですよね?」

「なんで、私たちのこと……」

「響、私もまだわからないんだけど……どうやらこの子が私たちをここに連れてきたみたい」

「この子が?」

 

 未来はこの部屋の外にいた。ということはある程度この子とも話していたんだろう。

 と言っても、こんな小さな子が私と未来の二人をこんなにも簡単に攫えるとは思えないんだけど―――そうなると、この子も何らかの特殊な力を持っているってことになる。

 私は静かに警戒心を高め、未来をいつでも守れるように体勢を調整した。

 するとそれに気が付いたのか、ヴィヴィオちゃんはくすくす笑いながら、なにもしませんよとばかりに両手をひらひらと振る。

 

「安心してください、私は別にお二人に危害を加える気はありません」

「じゃあ、私たちはなんで攫われたの?」

「協力して欲しいことがあるんです」

「協力……?」

 

 ヴィヴィオちゃんはそう言うと、どこからか兎のぬいぐるみが出てきた。ふわふわと宙を浮いて、明らかに普通ではない代物。意思を持っているか、ぴょこぴょこと身体を動かしていた。

 

「クリス、お願い」

「クリス……?」

 

 兎の名前なのか、ヴィヴィオちゃんがそう呼ぶ。不意にクリスちゃんの顔が浮かんだ。

 大丈夫だったかな、ノイズとの闘いで怪我をしていないといいけれど……何も言わずに姿を消しちゃっているし、心配掛けているかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、ヴィヴィオちゃんの指示で兎のぬいぐるみがキラリと光った。瞬間、空中にいくつかのディスプレイが現れた。

 凄い。現代科学でもこんな色々な機材が必要になりそうな現象を、ぬいぐるみ一つで展開するなんて。

 

「見てください」

「これは……」

 

 ディスプレイに映っているのは、私達装者とノイズとの戦闘映像や、知らない人たちの姿、あとは珱嗄や未来、珱嗄のお母さんの姿もある。

 

「現在、特異災害対策機動本部二課は深刻な危機的状況にあります。先日現れた新型のノイズに加え、錬金術師や別の聖遺物研究組織の登場で手が足りていないからです」

「新型のノイズ?」

「アルカ・ノイズと呼ばれる、錬金術によって作られたノイズです。解剖器官と呼ばれる発光する部位を持ち、それで触れたものは生物であろうと無機物であろうと、シンフォギアであろうと分解して破壊することの出来る力を持っています」

「シンフォギアも……!?」

 

 ヴィヴィオちゃんの映像に映るノイズには、確かに今までのノイズとは違う部位が備わっており、説明通りの現象が起こっている。最後まで見ると、どうやらクリスちゃんは無事らしい。師匠が保護したようだから、おそらく悪いようにはされていない筈。

 でもそこには私と同じガングニールを纏った別の装者が映っていた。この人は一体誰だろうか?

 

 私のそんな疑問を察してだろう。

 ヴィヴィオちゃんは映像を一旦消すと、私と未来を見る。

 

「お二人には現在の状況を一から説明します。その上で、私に協力してもらいたいんです」

「協力……何をするっていうの? 私はともかく、未来に危険な真似はさせられない」

「響……」

「危険かどうかはさておき……無理強いするつもりはありません。ただ、お二人の力が必要なんです」

 

 ヴィヴィオちゃんの目は真剣だった。

 見た目は小学生らしく可愛らしいのに、その瞳から伝わる迫力は凄まじく大きい。まるで王様を前にしているような、そんな覇気すら感じられた。

 

 未来も私も、その空気に飲まれて唾を飲む。

 

 ヴィヴィオちゃんはゆっくり立ち上がると、両手を私たちの方へと差し出しながら告げる。

 

 

「全ての元凶―――安心院なじみを止めます。協力してください」

 

 

 弱さから全てを失った私達がもう一度立ち上がるために差し伸べられたのは、私達よりもずっと小さく、柔らかな手のひらだった。

 

 




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第三十一話 次の一手

 エルフナインとフィーネのタッグによってシンフォギアの強化改修プランが練り始められてから、三日。元々エルフナインの頭の中で構築されていたプランもあり、シンフォギアに組み込まれる聖遺物は『魔剣ダインスレイフの欠片』が使われることになった。

 プランネームは、『プロジェクト:イグナイト』。

 これは融合症例である立花響が度々見せた暴走状態の出力を、装者が理性的に制御できるようになる、という強化を目指したプランである。そのための『魔剣ダインスレイフの欠片』なのだ。

 この聖遺物は魔剣と名前が付いているように、ひとたび抜剣すると、犠牲者の血を啜るまでは鞘に収まらないとも記される曰くつきの一振りであり、極めて高い危険性を持つ呪いの剣だ。二人はこの聖遺物を使うことで、装者を強制的に暴走状態に持っていき、爆発的に出力を高めることが出来ると想定している。

 無論そのままなら立花響が見せたように理性のない暴走状態に陥ってしまうので、装者の理性を守るための制御装置(セーフティ)を設置する。

 

 結果、装者は暴走状態の爆発的な出力を得たまま、制御装置によって守られる理性によってそれを自分の意思で扱うことが出来るというわけだ。

 

 ただ、呪いの魔剣というだけあって、この強化によって実装される決戦機能『イグナイトモード』を扱うには装者の強い意思が必要だ。呪いの力に負ければ、心が折れて戦闘不能になってしまうだろう。

 

「今のクリスにそれを御せるだけのメンタルは期待できないわ」

 

 故に、フィーネはそこが一番の問題だと考えていた。

 エルフナインも二課の現状は聞いている。その上でフィーネの意見には賛成だった。

 

 現在二課の装者は全員精神的にかなり不安定な状態にある。この『イグナイトモード』を実装したとしても、彼女たちは間違いなく呪いに飲まれて戦闘不能になるだろう。

 そんな状況でわざわざ危険な機能を実装するのは自分たちの首を絞めるだけだ。

 

「現在二課に所属している装者は風鳴翼さんと雪音クリスさんのお二人だけ……その内動けるのは雪音クリスさんのみですから……ボクたちが慎重にならないといけません」

「そうね……これは『魔剣ダインスレイフの欠片』だけでは厳しいわ……だから、純粋に装者の力になるものが必要になる……ここは『デュランダル』も使いましょう」

「二つの聖遺物を組み合わせるんですか? ですがそれは……一歩間違えれば『デュランダル』のエネルギーが『ダインスレイフ』の呪いを強化してしまう可能性だってあります。そうなれば装者への負荷が甚大に……最悪絶唱の負荷以上のダメージを負いかねません!」

「元々聖遺物から作られているシンフォギアに別の聖遺物を組み合わせること自体初の試みよ。しかも相手は神以上の人外なんだから、こっちも相応のリスクを承知でやるしかない」

「……錬金術の基礎は理解、分解、再構築です。全ては対象物のあらゆる情報を解析して理解することから始まります。細かな部分まで徹底的に解析して、可能な限り安全なシステムを構築します!」

「ええ、人体と聖遺物の融合も不可能ではないと証明されているのだから、必ず方法はあるわ」

 

 フィーネの言葉を聞いて、エルフナインは彼女が何をしようとしているのかを察していた。つまり魔剣の呪いに対抗するため、『デュランダル』の"不滅不朽"の性質を利用して装者の精神を守るシステムを構築しようというのだ。

 だが元々無尽蔵のエネルギーを持つ聖遺物でもあり、その防御システムは魔剣による意図的な暴走すらも阻害してしまう可能性が高く、防御にある程度の穴を作ったとしてもそこから呪いが侵食して装者の精神を蝕む可能性も十分にある。最悪のケースは、そうして入り込んだ呪いが『デュランダル』のエネルギーを使って無限に膨れ上がり、装者に甚大なダメージを与えるかもしれないということだ。

 

 しかし上手くいけば『魔剣ダインスレイフの欠片』で手に入れた暴走出力を、『デュランダル』の性質で装者の精神を守ることで無制限に振るうことが可能となる。

 

 エルフナインはやるしか道がないことを理解し、即座にその解析とシステムの構築に取り掛かる。フィーネも同様にシンフォギアの改良のためのプログラムを組み始めた。

 

「時間がないのが、一番のネックね……」

「急ぎましょう……」

 

 それでも敵は待ってくれない。

 アルカ・ノイズが次に現れた時、解剖器官に対抗策を持たないシンフォギアでは一撃貰うだけで戦闘不能に陥ってしまう。

 

 二人の研究者は、募る焦りを抑えられなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 一方その頃、キャロル・マールス・ディーンハイムは拠点の玉座に座りながらオートスコアラー達と向かい合っていた。無論、球磨川もその場にいる。

 

「そろそろお前たちの出番だ。エルフナインも二課に潜り込ませた故、ドヴェルグ=ダインの遺産の呪われた戦慄もいずれ完成する。問題は装者の数が少ないことだったが、先のアルカ・ノイズの襲撃で思わぬ組織が出てきたからな……二課と協力関係を結ばせれば装者の数も問題なくなるだろう」

「と、いうかぁ~、ガリィ達が動く前に二課の状況って壊滅的じゃありませんでしたぁ?」

「挨拶とはいえまさか内部に侵入するとは思わなかったが、球磨川に情報収集させた結果、現状二課で使い物になるのは先のアルカ・ノイズの襲撃にも出てきた『イチイバル』の装者のみだろうな……余計なことをして装者を一人壊したようだしな」

「『あはは』『まさかあのくらいで壊れるなんて思わなかったんだよ』『ほら、だって正義の味方なワケじゃん?』『もっと骨があると思ったんだけど』『想像以上に脆い剣だったね』『ごめんごめん』」

 

 キャロルの目的はエルフナインが伝えた通り、チフォージュ・シャトーの完成。そのために必要なものを現在収集している最中ではあるが、そのためにはシンフォギア装者とオートスコアラー達の協力が必要だった。

 そしてその手段の一つが、エルフナインを使ったシンフォギアの改修。キャロルほどの錬金術師がみすみすエルフナインを逃すわけがない。そこにはきちんと理由があり、二課に『ドヴェルグ=ダインの遺産』を運ぶ意図があった。

 

 そしてシンフォギアを強化させ、呪われた戦慄を作り上げることがキャロルの目的。

 

 故に、球磨川が二課の中に現れたのは、装者の情報と二課の戦力を確認するためだったのだ。結果的に球磨川は風鳴翼を行動不能に追い込んでしまったので、キャロルの計画が頓挫するところだったのだが、『F.I.S.』の登場によって追い風になったのは嬉しい誤算である。

 

「ともかく、呪われた戦慄の完成とレイラインの解放が優先事項だ。ガリィ、次はお前がアルカ・ノイズと共に騒動を起こせ……そうすれば二課は『イチイバル』を、おそらく『F.I.S.』なる組織も出張ってくる。オレ達の力が脅威であると認識させれば、二課と『F.I.S.』なる組織の協力も確実なものにできるはずだ」

「了解です☆ ガリィに任せてくださぁいな♪」

 

 カランコロン、と音を鳴らしてバレリーナの様なポーズと共に了解の返事をする青いオートスコアラー、ガリィ。そんな彼女から視線を切り、他三体のオートスコアラーにも指示を下す。

 

「ミカはここで待機だ、レイアとファラはレイラインに関する情報を集めてこい……球磨川」

「『ん?』」

「ガリィに協力しろ。ある程度こちらが脅威だと思わせればいい。特に『F.I.S.』の方にだ……くれぐれも、装者を使い物にならない状態にするなよ」

「『了解したよ』『基本はガリィちゃんに任せればいいってことだね!』」

「ああ」

 

 赤い色のオートスコアラー、ミカは少し退屈そうな顔をし、黄色いオートスコアラーのレイラと緑色のオートスコアラーのファラは静かに頷いた。

 球磨川はガリィと同行するということで、球磨川の方はいつも通りヘラヘラ笑顔を浮かべながらそれに同意。だが何をやらかすかは分からないのが球磨川。そこはガリィが手綱を握れということだと察して、ガリィは嫌そうな顔をした。

 マスター故に文句は言えないものの、球磨川と一緒にいる役目は人形でも嫌らしい。

 

 するとキャロルが指示を出し終えたのを見計らって、球磨川が口を開いた。

 

「『そうそう』『キャロルちゃん』『ちょっといい?』」

「……なんだ?」

 

 球磨川が何か言う度碌なこと言わないので、キャロルは苦い表情をしたが、何か重要な報告かもしれないと思えば突っぱねることもできない。

 何かと聞けば、球磨川は続ける。

 

「『そろそろあっちの方がこっちに来るらしいから』『準備しておいた方がいいかも』」

「……そうか……全く、次から次へと……オレの方で準備しておく。具体的にどれくらいで到着するかはわかるか?」

「『まぁ』『一、二週間くらいなんじゃないかな?』『諸々回収するものもあるらしいし』」

「わかった」

 

 キャロルが頷いたのを見て、球磨川は伝えるものは伝えたとばかりに離れていく。ガリィの方へ行くのを見れば、指示したことはきっちりやるつもりらしい。

 やる気があるのかないのか分からない奴だと思うも、そもそも球磨川はキャロルの駒ではない。オートスコアラーと違って彼はキャロルの協力者であり、球磨川には球磨川の目的がある。

 

 キャロルは球磨川と行動を共にするようになった時のことを思い出し、大きく溜息をついた。

 

 神経が疲労するのを感じるが、やらなければならないことは多い。

 球磨川の相手をするのも一々神経を擦り減らしてしまうのだが、キャロルはキャロルでなさなければならないことがある。ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 

「はぁ……」

 

 気づけばミカを除いて他に誰もいなくなっている。

 必要な指示は受けたと判断してそれぞれ行動に移ったのだろう。ミカは台座でポーズを取ってじっとしているので、静かな空間がキャロルを包んでいた。

 

「……あと少しだ……頑張らないと……見ててね、パパ」

 

 先ほどまでの気丈な振舞いとは打って変わって、天井を仰ぎながらキャロルは柔らかい口調でそう呟いた。

 

 

 




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第三十二話 Elixir

 翌々日、フィーネとエルフナインを含めた二課の全員で対策会議が行われていた。

 議題は勿論アルカ・ノイズの襲撃に関すること、そして新たな装者のいる『F.I.S.』との会談についてである。先日のアルカ・ノイズの出現から三日が経った今、いつ次なる攻撃が行われてもおかしくはない。

 まずは現在進行形で進められているシンフォギア強化計画についての報告から話は始まった。フィーネとエルフナインが前に出て、モニターに資料を表示する。

 

「まず、シンフォギアの強化の具体案について説明します。今回フィーネさんと僕で話し合いをした結果、目を付けたのは立花響さんが過去二度見せた暴走状態です」

「響君の暴走状態?」

「データを拝見したところ、通常時ですら融合症例である立花響さんの出力は非常に高いものになっていましたが、特に暴走時の出力は通常時の比ではなく高くなっています」

 

 エルフナインの説明に合わせて、フィーネが当時の映像資料をモニターに映し出した。そこには漆黒のオーラに包まれ理性なく暴れ回る響の姿がある。

 当時はそれを翼の絶唱で気絶させたり、『デュランダル』の破壊力の余波で気絶したり、おおよそ自分の意思では暴走状態を跳ねのけることはできていなかった。制御のできない力はどれだけ巨大な力であっても、使い物にならない。

 

 だが、エルフナインは説明を続ける。

 

「僕の持ってきたドヴェルグ=ダインの遺産は、『魔剣ダインスレイフの欠片』です。最初はこの聖遺物の呪いの力を使用し、意図的な暴走を起こし、制御システムを組み込むことでその出力を理性的に扱うことを可能にする、という計画でした」

「なるほど……だが、呪いの力というからにはそう簡単にはいかないのではないか?」

「はい。比較的安全性の高い強化が可能ですが、この意図的な暴走状態――呼称名『イグナイトモード』を使用する際には、装者を一種のマイナスな心理状態へ引きずり込むことがあります。なので、それを跳ねのけるための強い精神力が装者に求められるんです」

 

 エルフナインの説明に、弦十郎たちの視線がクリスへと向く。

 クリスはその視線に対し、眉間に皺を寄せる。噛みつくような言葉が出てこないのは、彼女自身も自信がないからだろう――自分の心が、その呪いを跳ねのけるほど強くないと。

 フィーネと行ってきた活動が全て間違いで、自分の手で様々なものを傷つけて、壊してきたことを今もなお悔やんでいるクリス。そしてほんの罪滅ぼしに響の世話をしていたのに、少し目を離した隙に攫われる始末。

 クリスの精神状況は滅茶苦茶だ。

 こんな状況で敵と戦い、その中で少しでも精神を揺さぶられることがあれば、すぐに折れてしまうことが簡単に予想できた。

 

 そうしてクリスに集まった視線を再度戻すように、フィーネが口を開いた。この先はエルフナインでは言いづらいだろうと考えたからだろう。

 

「貴方達の懸念はわかる。今のクリスではこのまま『イグナイトモード』を実装した所で使いこなせない。寧ろ起動させた段階で呪いに飲まれて戦闘不能になるでしょうね……まぁ起動しなくてもアルカ・ノイズの解剖器官から身を守る程度の恩恵は通常時でも得られるでしょうけど」

「では……」

「だから、今回の『イグナイトモード』をより安全なものにするべく『デュランダル』を使用することにした。完全聖遺物で"不滅不朽"の性質を持つ代物だから本体を傷つけることはできなかったが、抽出した莫大なエネルギーをエルフナインの持つ錬金術の知識を用いて結晶化することに成功した」

 

 そうしてフィーネが取り出したのは、試験管に入った黄金の液体だった。結晶化とはいったものの、その実態は固形物ではなく液状である。

 無尽蔵のエネルギーを持つ聖遺物から抽出したからか、試験管内の少量であるにも関わらず膨大な量のエネルギーを感じさせる輝きを見せていた。

 

 フィーネはその液体の入った試験管を十本ほど取り出して見せる。

 

「錬金術の神髄は理解・分解・再構築の基礎を用いた異端技術だ。私の持ちうる『デュランダル』と聖遺物に関する知識を与えることで解析にそう時間は掛からなかった……あとは『デュランダル』から常に生み出されている無尽蔵のエネルギーと共に"不滅不朽"の性質を抽出し、液状に再構築したのがコレだ。名称は『Elixir(エリクサー)』」

「『イグナイトモード』を起動した際、同時にこちらの『Elixir』が自動投与されるようにシステムを構築しますが、厳密には『イグナイトモード』と『Elixir』は別々のものになります」

「『イグナイトモード』の起動時同時投与されるこの『Elixir』は、『デュランダル』の膨大なエネルギーと"不滅不朽"の性質を装者の肉体に一時的に付与することが可能……それにより、『イグナイトモード』を起動しても装者の肉体と精神は呪いの影響を受けず、シンフォギアの出力のみが暴走状態へと移行する」

 

 フィーネとエルフナインが交互に説明するのを聞いて、弦十郎たちは頷きながら遅れて諸々理解していく。

 つまり今回二人の作り上げた『Elixir』を投与することで、装者の肉体を『イグナイトモード』に耐えうる状態に強化するということだ。シンフォギアの強化改修と同時に、装者の肉体そのものを強化するという発想には驚きだったが、聞く限りでは完璧に安全なように思える。

 

 しかし、弦十郎には一つ懸念があった。

 

「だが……その『Elixir』は一種の聖遺物と同様の代物ということだろう? それを装者の肉体に投与するということは、副作用などもあるのではないのか?」

「流石、賢しいな……そう、簡単に言えば『LiNKER』と同じく体内汚染の洗浄が必要になってくる。これは『イグナイトモード』同様、立花響という聖遺物との融合症例から着想を得ている……つまりこの『Elixir』は投与時、一時的に装者の肉体を聖遺物との融合状態にする代物なのだ。まぁ『LiNKER』と違って効果時間と効力は桁違いに高いことで、過剰投与する意味がないのが救いといえば救いか」

「……それは『イグナイトモード』を使う度に投与する必要があるわけだろう? 仮に体内洗浄を毎回やったとして、投与し続けた場合の副作用はあるのか?」

「毎回体内洗浄を行えば然程影響はない筈だが、一度の戦闘の中で二度三度イグナイトを発動し、連続投与した場合は間違いなく体内洗浄しきれない部分が出てくる。そうなれば、肉体を蝕む可能性も当然出てくるだろうな」

 

 フィーネは淡々と事実だけを述べる。

 適合係数を引き上げる薬品『LiNKER』ですら、体内洗浄を行わないと肉体に重い負荷が掛かる。一時的とはいえ聖遺物と融合させる『Elixir』であれば、その扱い方はより慎重に行わなければ危険極まりない。

 だが、弦十郎はそれを使用しないという選択を即座に取ることが出来ない。本来装者の精神状態が万全であれば『イグナイトモード』そのものがかなり安全に作られた機能である。それを百パーセント安全にする必要があったのは、装者のケアが出来ていなかった自分たちの責任なのだ。

 

 フィーネとエルフナインは出来る限りのことをやっただけ。この短い期間でここまでの代物を作り上げてきたというのは、当たり前にはいかない所業だ。

 

「……まぁ、クリスが選択すればいい。投与するにしろ、使わないしろ、戦うのはクリス自身だ」

 

 だがフィーネは弦十郎たちのその葛藤を理解した上で、一つ溜息を洩らしながらクリスに選択権を委ねた。連続投与した場合は肉体に異常を引き起こす可能性はあると言ったが、そもそも正しく扱い体内洗浄をきちんと行えば問題はないのだ。

 あとはクリスが無茶な行動をしないようにできるかどうかだ。

 

「……いいよ、そいつがあればアタシ一人でも大きな戦力になるってこったろ? 正直、アタシ自身心がまいってることは認める……だから、使うよ」

「クリス君……すまない。我々の力不足で」

「そうだ、お前らの力不足だ……そんで、アタシの過ちのせいだ。けど今は何処に責任があるとか、そんなことを言ってられる状況じゃねぇだろ……やるしかねぇんだ」

 

 クリスは腹を括っていた。

 攫われた響を取り戻し、アルカ・ノイズを全て掃討し、件の錬金術師キャロルや球磨川禊もぶっ飛ばす。手に余ると理解していても、その全てを、自分一人でも成し遂げると。

 だからこそ、力がいる。

 全てを薙ぎ倒す強い力が。

 それが手に入るというのなら、仮に人の身でいられなくなったとしても構わない。平和に暮らすべき人の平和な日常を取り戻し、ノイズに苦しめられている一般人を救い、人類の脅威になりうる存在を打倒できるのなら。

 

 それが罪深い自身の行いの報いであると、覚悟を決めて。

 

「アタシにしかできねぇことだ」

 

 雪音クリスの覚悟に、二課の意見は一つになった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 リディアンの地である程度人通りのある住宅街の一角、一つの建造物の上で青いドレスに身を包んだ色白の人形が立っていた。キャロルから指示を受けてきたオートスコアラー、ガリィ・トゥーマーンだ。隣には球磨川禊の姿もある。

 カランコロンと心地いい音と共に下を見下ろせば、賑やかというわけではないが、相応に人の姿がちらほらと見えた。キャロルの指示を実行するには都合がいいかと判断し、ポケットから小さなクリスタルをいくつも取り出す。

 

「『それがアルカ・ノイズを召喚するっていう』『なんとかジェム?』」

「そうよ、なんならアンタにもノイズをけしかけて塵にしてあげましょうか?」

「『キャロルちゃんの命令違反じゃないの?』『それ』」

「アンタが消えたところで戦力の低下にはならないわよ、マスターだって許してくれるでしょ☆ ま、アンタは死なないんでしょうけど」

 

 そう言いながら、ガリィはポイッと小さなクリスタルを豆を撒くようにばら撒いた。地面にぶつかって粉々になるクリスタルは魔方陣を生み出し、そこから大量のアルカ・ノイズが姿を現す。

 その数はかなりの量で、奇妙な音を鳴らしながら歩いていた人々に襲い掛かりだした。

 

「うわぁあぁああああああ!! ノイズだぁぁ!!」

「きゃああああ!!」

 

 アルカ・ノイズに気が付いた人々は悲鳴を上げながら逃げていく。逃げそびれた者たちが次々に赤い塵へと分解されていき、時間と共にその被害者数を増やしていく。

 

「さて、と……あとは適当に暴れさせながら装者の到着を待つとしましょうか」

「『それじゃあ』『さながら少年漫画の様に』『屋上で思い耽るシーンに入るかな』」

「勝手にやってなよ、ガリィは行くから」

「『え』『別行動?』」

「アンタと一緒に居たくないの☆ さよ~なら~♪」

 

 ガリィの言葉を受けて屋上の隅に腰掛けて格好つけたポーズを取る球磨川だったが、ガリィはそれに付きあう気はないとばかりに去ろうとする。球磨川がそれに対して驚いたような声を漏らした。まさかキャロルの同行しろという命令を無視して、早々に別行動をするとは思わなったからだ。

 そんな球磨川に対しなんの感情もない笑顔を浮かべながら、ガリィは屋上から飛び降りていく。

 

 取り残された球磨川は、えー……と孤独を感じながら、しばらく呆然としていたのだった。

 

 




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第三十三話 クリスの覚悟

 新たなアルカ・ノイズの襲撃に対し、二課の動きは迅速だった。

 即座に強化改修済みのシンフォギアを持たせたクリスを現場へと急行させ、付近住民の避難誘導に人員を割く。幸いまたも人通りが多くない場所での出現なので、ゼロとまではいかないが、被害者も最小限に抑えることが出来るだろう。

 

 同時に、弦十郎はマリアから渡されていた連絡先へ連絡を取った。

 クリスが『イグナイトモード』を起動してなおピンチに陥った時、援護してくれる装者がいてくれる方がいいと考えたからだ。

 コール音が数回響いた後、電話が繋がる。

 

『……こちらマリアよ、ノイズの件かしら?』

「! 気づいていたか、すまないが協力を要請したい。無論会談の用意も進んでいるので、現在出現しているアルカ・ノイズをどうにかした後で詳しい日程を擦り合わせたいと考えている。虫が良いかもしれないが、協力してはくれないだろうか」

『まぁ、こちらとしても無意味な被害を許すつもりはないわ。こちらの戦力を示す意味でも良い機会だしね……現場に急行するわ。詳細データを送って頂戴』

「恩に着る……!」

 

 通話が切れると同時、弦十郎の指示でマリアの渡したアドレスに現場の座標や映像が送られる。アドレスから『F.I.S.』の拠点場所が割れるのだろうが、二課としてはそれをしない。装者が四人いるというのなら戦力さは歴然、敵に回してしまえば手に負えなくなるのは自明の理だ。

 ならば、拠点場所を割り出したり情報を引き出したりといった、敵対とみなされてもおかしくない行動を取るべきではない。

 

 そうしているとクリスが現場に到着したらしく、交戦が開始していた。

 

「『イチイバル』、アルカ・ノイズと交戦を開始! 強化改修による解剖器官への防御機能も機能しています!」

「できれば『イグナイト』の起動をせずに済めばいいのだが……あの数では難しいか」

「『F.I.S.』からの応援の到着がいつになるか、といったところですね」

 

 藤尭の報告を聞き、現場の映像からクリス一人では厳しいと判断する弦十郎。

 不幸中の幸いなのは、クリスが一対多数の戦闘に向いたシンフォギアを扱っているということだろう。重火器による面での殲滅が可能であるクリスであれば、ノイズの質量に対して押し負けるということもない筈。

 

 時間を稼ぐことが出来ればそれでいい、マリアの戦闘能力と同等の装者が何名来るかは分からないが、二人以上来てくれれば道は開ける。

 

「頼むぞ、クリス君……!」

 

 弦十郎は最悪の場合、ネフシュタンを持って自分が現場に出ることも視野に入れていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 発砲音と火薬の炸裂する音が連続して響く。

 クリスの手にあるハンドガンから、腰に着いているミサイルから、時に巨大な爆弾を撃ち放ったり、マシンガンから何千発もの弾丸が壁のようにノイズ達を攻撃していた。

 前回と違って、多少なりとも一般人が存在する場所での交戦であること。そして陸空両方から襲い掛かるアルカ・ノイズの量が前回よりも多いこと。これらが関係してクリスの全方向への弾幕攻撃も若干の鈍りを見せており、時折ノイズからの攻撃が弾幕を抜けてくることもある。

 

 とはいえ、フィーネ、エルフナイン両名の強化改修は上手くいっているようで、解剖器官による攻撃を受けてなおシンフォギアは無事。致命的なダメージを負うことなく今のところは均衡を保てていた。

 

「数が多いな……!」

 

 だが一人で受け持てる量にも限界がある。

 前回はマリアというシンフォギア装者が援護にきてくれたから無事で済んだものの、このままでは前回の二の舞だ。いずれは物量で押し切られてしまうだろう。

 そうなった場合は――

 

「(っ……『イグナイト』が使えるのは一回の交戦につき一度だけ……『Elixir』を使用する以上制限時間はないって話だが……それでも使うべきタイミングにどうしても慎重になっちまう……!)」

 

 独りだ。

 クリスのギアであれば超質量の相手であっても戦うことは可能だが、それでも単身で戦っている。二課の戦力が本当に万全であれば、後ろは響が守ってくれていたかもしれない。頼れる先輩として風鳴翼が地上のアルカ・ノイズを一掃してくれていたかもしれない。

 そうだったらどんなにか。

 

 それでも今、クリスは独り。誰の助けも期待せず、自分独りでこの状況をどうにかしなければならない。

 

 ならば、この瞬間に強くならなければ道はない―――!!

 

「んのぉぉぉ!!! もってけダブルだぁぁぁ!!」

 

 ガシャン、と一際大きな音と共に腰の左右に何十発ものミサイルが姿を現し、ノイズ達へと放たれる。一発一発が直撃と同時に爆裂し、同時に何体ものノイズを消し飛ばしていく。連続する破壊音、赤い炎と閃光が視界一面を染め上げていく中でクリスは思考を回す。

 

 次は何を――

 あと何体――

 周辺の一般人は――

 

 幾つもの事柄を一度に捉え、同時に脳内で処理していく。

 その場から駆け出し、飛び上がり、シンフォギアの効果で引き上げられた身体能力で姿勢制御を行いながら、的確に打ち漏らしたノイズをハンドガンで打ち抜いていく。それと同時に着地した地点にいた一般人を抱えてノイズからさらに距離を取った。

 

「早く逃げろ!」

「っ……!」

 

 クリスの必死の声に逃げ遅れていた女性が大きく頷きながら走り去っていく。

 クリスはそれを確認する間もなく、ミサイルの閃光が収まった後に現れたノイズ達を視認した。かなりの量が減ったが、それでもまだまだ次から次へと湧いてくる。

 

 それでもクリスの思考は鈍ることなく研ぎ澄まされていた。

 

「(考えろ―――次に何が起こるのか、アタシがやるべきことの優先順位は、最悪のケースは、アタシが死んだら、全てが終わるぞ!!!!)」

 

 間違いなく瀬戸際、背水の陣、クリスの背中に今、このリディアンの全ての命が掛かっている。その自覚がクリスの思考能力の上限を大きく引き上げていた。

 火事場の馬鹿力と言えばそういうことなのかもしれない。追い詰められているからこそ、逆に思考がクリアになっているのかもしれない。

 

 それでも、クリスは自らが置かれている状況、自分自身の戦力的価値、敗色が濃い事実、その全てを理解した上で腹を括っている。

 

 だからこそ、限界などいくらでも超えてみせるのだ。

 

「ッ!」

 

 ガシャン、と空薬莢がハンドガンから排出され、クリスの歌と共にリロードされる。

 同時にノイズ達が一斉に襲い掛かってきた。

 クリスは右に片手側転をしてそれを回避、同時に空いた左手で二体のノイズを打ち抜き、空中にハンドガンを放る。そして一回転したのち右手で空中のハンドガンをキャッチして先ほどまで自分のいた場所へ襲い掛かっていた三体のノイズを打ち抜いた。

 その隙に左手にもハンドガンを作り出し、その場で回転しながら周囲のノイズを一気に打ち抜いていく。僅か数秒の内に十数体のノイズを塵に変えたクリスだったが、その動きは止まることはない。

 

「ッらぁっ!!」

 

 バックステップで距離を取りながら生み出したマシンガンで弾幕を張る。ズガガガガガガガガッ、と連続して響く炸裂音がノイズを一気に打ち抜き、地上のノイズの数を一気に減らしていく。

 だがその隙に上空にいたノイズがクリスを襲い掛かってくる。マシンガンの反動で掃射中に動けないクリスだったが、限界を超えて広がっていた彼女の視野は確実にその動きを捕らえている。

 撃ち続けている間は動けない。撃つのを止めても反動で確実に隙が出来る。

 

 どうすればいいのかと一瞬考え、すぐに答えを出した。

 

 驚くべきことにクリスはマシンガンの反動に耐えながら、強引にマシンガンを上空に放り投げたのである。撃ち続けている状態で放り投げられたマシンガンは上空から迫るノイズ達の前に迫るが、そこから途中まで発射されていた弾丸は見当違いの方向へと放たれノイズを傷つけない。

 しかし、

 

「こっちが本命だ!!」

 

 重いマシンガンを放り投げたことで反り返った体勢になったクリスだが、その状態のままノイズの前に放り投げたマシンガンをミサイルで打ち抜いた。

 ミサイルの爆裂とマシンガン内の火薬が同時に炸裂し、その熱と衝撃で目の前にいたノイズを消し飛ばし、砕けたマシンガンの破片が周囲にいたノイズの身体を貫くことで塵へと変えていく。

 

 その結果を見ずに反り返った身体の勢いのままにバク転。さらに後方へと飛び下がることで、自分がいた場所へと襲い掛かってきていた地上のノイズ達を回避する。

 瞬間、クリスを捕らえ損なった複数のノイズ達の中心で爆発が起こり、さらにノイズ達が塵へと変わった。

 

「プッ……ざまぁみやがれ」

 

 着地したクリスの口から何かが地面に吐き捨てられる。

 見ればそれは手榴弾のピンのようなものだった。クリスは後方へバク転しながら自分のいた場所へ手榴弾を放っていたのだ。それがノイズたちを巻き込んで爆散したのだろう。

 

 僅か数分の間に地上のノイズのほとんどを掃討したクリスは、時間が経つほど自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。銃の反動で身体に疲労が溜まっていくが、同時に動きに無駄がなくなっていく。最小限の動きで、最大限の行動を完了させることが出来ていた。

 重火器を扱うシンフォギアだからこそ、視野に入るあらゆる情報に対して最大効率で最多の行動を取ることが更なる武器になると、感覚で理解したのである。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 だがそれでも、ノイズの姿はまだ残っている。

 最初にいた数をあらかた片付けてはいるが、まだ十数体のノイズがいた。今のクリスならば『イグナイトモード』を起動しなくても掃討し切れる数だ。

 

「ふぅー……」

 

 ガシャン、再度ハンドガンを握り、弾丸をリロードする。

 そしてアメジスト色の瞳で空間内の情報を全て見逃さない様に視認した。残り十数体であろうと油断はできない――このノイズ達を使役している何者かが隙を突いてくる可能性も、クリスは頭の片隅でしっかり考えていた。

 

 最悪のケースを想定し、今の問題を優先順位の高い順に片付ける。それも、最も効率的に、最も少ない手数で、最も消耗の少ない状態を保ちながら。

 

 故に、クリスは反応した。してみせた。

 

「ッ―――!」

 

 両手のハンドガンで残り十数体のノイズを、時に二体同時に貫き、時に手榴弾を投げて一掃しながら、背後から降り抜かれた氷の剣(・・・)をしゃがんで避けた。

 そしてその剣を持っていた人物の足を払い、前のめりに倒れるその人物の顎をハンドガンの銃口でかちあげる。

 

「ゥグッ!?」

「フッ……!!」

「ぁうッ……!」

 

 そして『デュランダル移送計画』の時に自身が響に食らったように、かちあげられて蹈鞴を踏んだその人物の無防備の腹部を回し蹴りで蹴り飛ばした。

 ガシャン、と人体から聞こえるようなものではない音と共に地面を転がるその人物は、青いドレスに身を包んでおり、肩口で切りそろえられたショートヘアの青白い肌をした少女だった。見るからに人間ではなく、信じられないことに人形であることが分かる。

 

 クリスは警戒心を高めながらハンドガンをリロード、いざという時は『イグナイトモード』の使用も手札に加える。

 

「誰だ、てめぇ」

「あーん、隙を突いたと思ったんだけど、存外やるのね」

「誰だって聞いてんだ!」

 

 ジャキッと銃口を向けて語気を強めるクリスに、青いドレスの人形はギザギザな歯を見せて悪戯に笑うと、優雅にポーズを取りながらバレリーナの様に頭を下げる。

 

「私は敬愛なるマスター、キャロル・マールス・ディーンハイムによって作られた自動人形(オートスコアラー)が一人……ガリィ・トゥーマーン。つまりアンタたちの敵よ☆」

「……ついに錬金術師の手下が登場かよ……アルカ・ノイズをけしかけたのもてめぇだな?」

「そうよ? アンタが来るのが遅いから何人か一般人が死んじゃったみたいだけどね。アハハ☆」

「性根が腐ってやがんな、てめぇ」

「さ・て、大分疲弊したみたいだけど、あの数を一人で掃討したのは褒めてあげる☆ でも、第二ラウンドといきましょうか。まだまだ踊ってもらうわよ、ガリィの手の上でね!」

 

 そう言うが否や、ガリィはポケットから数十個のクリスタルを取り出し地面にばら撒いた。警戒するクリスだったが、砕けたクリスタルが魔方陣を生み出し更なるアルカ・ノイズを召喚したのを見て驚愕する。

 その数は先ほどよりは少ないが、それでもかなりの数だ。加えてガリィという未知の敵がいる中で、疲弊した自分がコレを相手にできるかと言われたら厳しい所だろう。

 

 胸についている赤いギアクリスタルに手を掛ける。

 

「……っ」

 

 『イグナイトモード』、ここでやるべきかと逡巡するクリス。

 ガリィという少女の戦闘能力も未知数である以上、大量のノイズを前に出し惜しみはしていられない。

 そうしていざ起動ワードを口にしようとした瞬間、大量のノイズ達が何らかの攻撃を受けて一気に数を減らした。

 

 一体何が、と思うクリスだったが、すぐにその答えはわかった。

 

「遅くなって悪いわね……助太刀するわ」

「状況はわからないけど……」

「悪そうな奴はニオイで分かるのデス!」

 

 クリスとガリィの間に現れた、マリアと二人の見知らぬ装者がその答えだった。

 

 




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第三十四話 抜剣

 クリスの前に現れた三人の装者達、前回の戦いでも助太刀してもらったマリアの他に登場したのは、クリスと同じか年下らしき二人の少女だった。

 角の多い緑色の装甲に身を包み、身の丈以上の大鎌を持った金髪の少女と、どこかシンプルな桃色の装甲に身を包み、頭に大きな装甲がある黒髪の少女。クリスからすれば初対面の二人であったが、マリアの言葉で彼女たちも自分の応援であることを理解する。

 

 それを証明するように、遅れて弦十郎からの通信が入った。

 

『遅くなって済まない、彼女たちが『F.I.S.』から君の応援に来てくれた三名だ!』

「マリアって奴はともかく、あとの二人はまだガキだぞ……戦力になるのか?」

『それは当人達がこれから証明してくれるだろう。ともかく、ようやく敵の戦力が現れた……人形とは驚いたが、情報を得たい所だが手加減はいらない。これは敵の戦力を削るチャンスだ、油断するなよ』

「分かってる……いざとなったら『イグナイト』も使う」

 

 弦十郎の指示に遠慮はいらないと理解するクリス。

 今のクリスのコンディションはいつも以上の実力を発揮できている。二課やフィーネから逃亡していた時と違い、身体の調子も万全であり、組織からのサポートがあり、その上で瀬戸際に追い詰められた精神状況が限界を超えさせているからだ。

 普段のクリスであれば感情に乱されて効率的な判断が出来なかっただろうが、今のクリスは何をすることが最も効率的に目的を為せるかが冷静に判断できる。

 

 つまり、目の前にいる三人の装者と協力することだ。

 

「何か異常があれば逐一報告してくれ」

『ああ、任せてくれ――あと、先ほどでの戦い、見事だった。『イグナイト』なしでアルカ・ノイズを掃討し切れるかと心配していたが、俺もまだ君を見縊っていたようだ』

「たりめぇだ……アタシが倒れるわけにはいかねぇんだ」

『ああ……頼んだぞ』

 

 通信が切れる。

 クリスは未だに大人というものを信用していない。けれど、弦十郎たちの誠実さは理解できる。だから純粋に自分が頼りにされていることを感じて、悪い気分ではなかった。

 

 一瞬笑みを浮かべてから、再度意識を切り替える。

 敵は目の前、三人の装者と睨み合って互いに相手の隙を伺っている状態。クリスはマリア達の元まで歩み寄ると、ハンドガンの銃口をガリィへと向ける。

 

「見た目判断だが、基本的にはお前ら中距離、近距離戦がメインと見ていいか?」

「ええ、中距離の攻撃手段もあるけれど、基本は近距離での攻撃がメインよ」

「わかった、ならお前らの連携に合わせてアタシが後方から援護する。下手な連携は逆に大きな隙になる、だからそっちのやりやすいようにやってくれ」

 

 ガリィへの警戒は最大限に行いながら、最低限の決め事だけを伝えるクリス。マリアと短く交わした言葉だったが、あとの二人も理解を示す様に頷いた。

 無駄にクリスも含めた四人の連携を意識するよりも、気心の知れている三人が連携しているのをクリスが援護する方が上手くいくと判断してのことだ。急ピッチの共闘だが、クリスの指示はシンプルで無駄がなかった。

 

「アタシの名前は雪音クリスだ」

「マリアよ」

「暁切歌デス」

「月読調」

 

 最後にお互いの自己紹介をする。

 これは決して友好を深めるがためのことではない。いざという時の声掛けの際、名前を知っている方が良いからだ。クリスは三人の名前を確認した後、不敵に笑うガリィに向かって冷静に話しかける。

 

「四対一だ、大人しく投降する気はあるか?」

「形成逆転したつもり? アンタたちが束になったところで、まだまだガリィには敵わないわよ」

「そう言うと思ったよ」

 

 バン、ハンドガンの銃口から火が噴いた。

 それが開戦の合図。

 マリア達は同時に動きだし、事前に決めていたのかマリアがガリィに接敵、残りの二人がアルカ・ノイズの掃討に取り掛かる。切歌と調の二人の攻撃手段は、基本的に大鎌と丸鋸での切り刻む攻撃のようで、回転する刃がギャリリリと甲高い音を立てながらノイズを切り裂いていた。

 だがそれはつまりクリスと違ってアルカ・ノイズと近距離で戦うことを意味する。クリスは後方から援護するとは言ったものの、先ほどまでと神経の削り方が段違いに高かった。

 

 何故なら、目の前の三人のギアは『イグナイト』を搭載していないからだ。

 

 アルカ・ノイズの攻撃を受ければ三人ともギアを破壊されてしまう。あの解剖器官の攻撃一つでこちらの戦力が一気に激減してしまうことだってあり得るのだ。

 故にクリスはまず切歌と調の戦闘にリソースを割き、彼女たちを攻撃するノイズを優先的に打ち抜いていく。ガリィとマリアの戦闘にも気を割いているが、接近戦を行っているが故に下手に手を出せない。

 

 ガリィによって生み出されたアルカ・ノイズの数は既にかなり減っているが、それでもクリスは油断しない。最後の最後まで集中力を切らすことなく攻撃を続ける。

 切歌の背後から迫るノイズを撃ち抜き、切歌の手が回らない場所に手榴弾を投げ込み、ガリィの行動を制限するようにハンドガンで行く手に弾幕を張る。敵を撃ち抜くだけではなく、牽制の弾丸を状況を優位に進める一手と変えていくクリス。

 神経の削れる作業であるが、クリスの集中力は高まるばかりだ。

 

「ッ……!」

 

 更に切歌と調のユニゾンはお互いのフォニックゲインを高めていき、その攻撃の勢いをどんどん増していく。ギアの出力が高まったことでお互いのアームドギアが合体して、強力な攻撃を生み出していた。

 大鎌と丸鋸の合体ということでかなりえげつない拷問道具のようなアームドギアに変わっているが、おかげでアルカ・ノイズがほとんどその姿を消した。

 その大技の後の隙も、クリスが援護することで打ち消していく。

 

「これは……」

「凄い……デース……!」

「凄くやりやすい……」

 

 クリスの神懸かった援護射撃に、とても戦いやすいと感じるマリア達。二課の戦力が壊滅的だと知っていた三人であったが、クリス個人の戦闘能力の高さに舌を巻く。

 

「! お前ら、油断すんじゃねぇ!!」

 

 だが、そんなクリスの支援が頼もしかったからか、マリア達の思考に一瞬の緩みを生んだ。それは戦闘中であれば致命的な隙になる。

 

「隙だらけだっての!」

「しまっ――グゥッ……!!」

 

 その隙をガリィは見逃さず、大量の水を生み出し鞭のように振るうことでマリアを吹き飛ばす。そしてマリアが攻撃を食らったことで動揺した切歌と調がさらに隙を見せた。

 アルカ・ノイズは残り数体ではあるが、その隙を見逃すほど敵も優しくはない。

 

 ガリィの使役でアルカ・ノイズが二人に襲い掛かる。遅れてハッとなる二人だが、防御には一手遅かった。既に目前までノイズの解剖器官が迫っている。

 

「くそっ!!」

 

 クリスはハンドガンで切歌に近づいていたノイズを撃ち抜くが、調の方は射線に調が居て撃ち抜けない。故に調の身体に飛びつき、その手で突き飛ばした。

 代わりにクリスの身体をノイズが叩き、彼女の身体が勢いよく地面を転がっていく。しまったと焦る調だったが、クリスに駆け寄る前に目の前のノイズを切り刻んだ。切歌の方も残っていたノイズを切り裂いて、召喚された全てのノイズを消滅させる。

 

 そうして倒れるクリスに近づく二人だったが、強化改修したギアのおかげでなんとか無事。疲労と攻撃の反動が蓄積していたところに直撃を受けて動きづらそうにしてはいるが、それでもまだ戦闘は出来そうだった。

 ホッと安堵する切歌と調だったが、クリスはケホッと咳き込みながらハンドガンを構えた。ギョッとする二人だったが、銃口から二度火を噴いた時、二人の背後にガリィが迫っていたのだ。

 

 銃弾を躱すために距離を取らざるを得ないガリィに、クリスはチッと舌打ちする。

 

 確実に油断していた二人。クリスの集中力が攻撃を受けても尚継続し、今またも自分たちを守ったことを理解した。援護に来たというのに、今明らかに足を引っ張ってしまったことを恥じる。

 

「けほっ……油断すんじゃねぇ、数の差なんてちょっと強い力で簡単に覆んだ……」

「は、はい」

「も、申し訳ないのデス」

 

 クリスの言葉に背筋を伸ばす二人。

 クリスは内心で役立たずなどとは思っていない。二人に最低限の指摘を済ませれば、あとはこの状況をどうするのかに思考を割いている。

 ある意味、スイッチの入った立花響と同様の状態だった。自身の経験と直感、そしてセンスから生み出される発想から最適の行動を選択する。極限の集中状態だった。

 

 しかし、スタミナばかりはそうもいかない。

 これだけの集中力をずっと継続出来るはずもない。クリスの消耗は激しかった。そしてそれはノイズの一撃を食らったことで一気にクリスの体力を奪っていた。

 ガリィの方へ一歩足を進ませたかと思えば、クリスの膝がカクンと折れる。力が入らなかったのか、思わず膝を着く形になった。

 そして疲労を自覚してしまえば、一気に身体が重くなる。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「あらあら、凄い活躍ぶりだったのに、限界かしら? まぁそうよね、あんな桁外れの動きがいつまでも続くはずがないし」

「だ、大丈夫デスか!?」

「凄い汗……」

 

 ガリィは限界を迎えたクリスに対して嘲るように言い放ち、切歌と調はクリスの全身から滝の様に流れる汗と荒い呼吸に心配の声を上げる。

 それでもクリスの瞳から光は失われていない。未だに勝ち筋を探るべく思考を回しているのが分かった。

 

 ガリィからすれば、弱音も吐かずにクレバーな態度を崩さない姿が癇に障る。

 

「そういう何があっても諦めませーん、みたいな目、気に食わないのよねぇ」

「うるせぇ……はぁ……アタシのてっぺんは、こんなもんじゃねぇぞ……はぁ」

「息絶え絶えで何言ってんだか……まぁ、アンタが潰れたらあとは有象無象の出来損ない装者ばっかりだし……そろそろ幕を引かせてもらおうかしら?」

 

 ガリィの手に氷の剣が生み出され、周囲に水の渦が生み出される。

 どうやら先ほどまでの攻撃からも、水を操る力を持っているらしい。

 

「ハッ……仕方ねぇな……!」

「ちょちょちょ! 大丈夫なんデスか!? 此処は私達に任せて休んだ方が」

「うん……」

「いや……お前らのギアじゃ実力がどうこうじゃなく、錬金術で破壊されるのがオチだ……アタシがやるしか方法はねぇ……援護を頼む」

 

 クリスの言葉に切歌と調はぐうの音も出ない。

 アルカ・ノイズの解剖器官に関しては自分たちも知っていた。それでも尚クリスの援護がなければギアを破壊されて終わっていたのだ。クリスにその分解能力に対処する手段があるというのなら、確かにクリスが戦わなければ勝機はない。

 

 しかし限界を迎えているクリスに頼り切りというのは、切歌と調にとっても心苦しかった。せめて援護でクリスのサポートをすべく、改めて気を引き締める。

 

「第三ラウンドだ、付き合ってもらうぞ」

「お望みとあらば、とどめを刺してあげる☆」

 

 構える両者。

 ガリィは氷の剣を生み出し、クリスは胸のギアクリスタルに手を掛ける。

 そして遂に、クリスは起動した。

 

 

「アタシのてっぺん、見せてやる―――『イグナイトモード』抜剣(バッケン)!!!」

 

 

 ―――絶唱に次ぐ決戦兵器『イグナイトモード』。

 

 クリスの身体が漆黒のエネルギーに包まれた。

 

 




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第三十五話 未来への億劫さ

 シンフォギアの新たな決戦兵器『イグナイトモード』。

 これを起動することに不安がなかったと言えば嘘になる。アタシの精神状況はきっとかなり脆かっただろうし、ツギハギだらけのハリボテで何でもないように見せかけているだけだったから。

 それくらい、アタシの過去には後悔や罪が多すぎた。

 パパやママの夢、音楽で世界を平和にしたいという夢物語にも程がある理想の為に、アタシは幼いながら色んな国を巡った。戦争が起きている国にも平気で向かい、音楽を奏で続けたパパとママ。今思えば、幼いアタシを連れて国々を巡るのには大変な勇気が必要だっただろうと思う。

 それでも、その結果が爆弾の誤爆に巻き込まれて死亡。

 アタシを残して、二人とも死んでいった。馬鹿な夢を抱いて、愚かな活動をして、無残に死んだんだ。何が歌だ、何が平和だ、そんな簡単なことで人と人が手を取り合えるものかよ。

 

 だからアタシは、歌が嫌いだ。

 

 けれど、歌を歌わないと敵を倒せない。シンフォギアはそう言うものだからだ。奇しくもパパとママがやっていたことをアタシもやっているのかもしれない。まぁ、歌そのもので何かが変わるわけじゃねぇけど、実際に敵を撃っているのはアタシの弾丸だからな。

 だから、アタシは嫌いな歌でも戦場で歌を歌う。

 今、この瞬間が分岐点なんだ。

 アタシがやるべきことを、やるべき時に、やれる日が来たんだ。今ここで立ち向かわないでいつ立ち向かうんだってくらいに。

 

 だから起動した――この呪いの旋律を。

 

「『イグナイトモード』抜剣!!!」

 

 ガチン、と胸のギアクリスタルのスイッチを入れる。

 するとギアが煌めき、光の針のようなものが飛び出した。おそらくこの針を受け入れることで呪いの力がギアの出力を引き上げるというのだろう。

 

 ズブリ、とギアクリスタルに重なるようにその光の針が胸に突き刺さり、同時に首の後ろから物理的な針がブスッと刺さったのを感じた。おそらくこっちは『Elixir』の投与だろう。

 胸から広がっていく呪いの力が全身を覆うけれど、内側で温かい力がアタシの心を守ってくれる。そして数秒の後、アタシのギアは漆黒を身に纏うような形状へと変化していた。

 

 かつてないほどの全能感と、暴走した場合と同等の高出力を感じる。高まった集中力と相まって、何でもできそうな気持ちだった。これはマズイな、腹を括ってなかったらこの全能感に飲まれていたかもしれない。

 『ダインスレイフの欠片』が呪いによって装者の心を壊そうとするように、『Elixir』はあまりの全能感に滅茶苦茶に力を振るいたくなっちまう。後で言っとかないとな。

 

「すぅー……ふぅー……」

 

 深呼吸しながら、意識を整える。

 この全能感に飲まれてはいけない。アタシは未だ弱いままのアタシだ。強い武器を持ったからといって、それでアタシが強くなったわけじゃない。

 

 今は、

 

「それがアンタの切り札ってわけね☆」

 

 目の前のコイツを倒すことに集中しなければならない。

 青いオートスコアラー、ガリィ。コイツの実力はおそらくアタシよりもずっと高い。『イグナイト』を起動し、『Elixir』を投与してようやく勝てるかってところだろうか。あとはコンディション次第だが、アタシのコンディションは絶好調だ。

 

 疲労と反動で軋む身体も、今は『Elixir』のおかげでいつも以上に動かせる。まぁ、あとの反動が怖いけど。

 

「行くぞ!」

 

 漆黒に染まり、少しごつくなったハンドガンの引き金を引く。威力の上がった弾丸はまっすぐに人形の方へと迫るが、当然素直に受けてはくれない。生み出されていた水の渦が弾丸を飲み込み、それを防いだ。

 同時に水が分裂し、アタシへの仕返しか弾丸の形を取って迫ってくる。

 

 その場から跳躍しハンドガンで奴を狙うが、半透明の青い壁の様なものが弾丸を全て弾いていた。水を超えても、奴を守る盾が存在するらしい。下手な攻撃では傷一つ付けられそうにない。

 であれば、高火力で押し通すまで!

 

「食らえ!」

 

 ――MEGA DEATH PARTY

 

 空中で大量のミサイルを撃ち放ち、その反動を利用してアタシは後方へと着地する。奴も流石にこの火力は面倒だと思ったのか、氷の道を作って滑るようにそれを躱していた。どうやらこの火力であれば多少なりともダメージを与えられるらしい。

 

 思考を回す。

 

 ミサイルの乱れ撃ちであれば攻撃が通る?

 ならばゼロ距離ならば弾丸も通るか? 

 奴の動きを誘導――

 水の対処はどうする?

 奴は接近戦も出来る、ならば不要に近づくのは危険か?

 

 様々な思考が脳内で流れていく。

 有効な手を探り、それを実行するための作戦を練る。

 

「考えてる余裕があるのかしら?」

「ッ……チッ!」

 

 警戒していたというのに、凄まじい速さで懐に入り込んでくる人形。単純な身体性能が違いすぎる。『イグナイト』の出力についてくるほどの高性能人形など、敵の戦力が末恐ろしいな。こんな奴があと何体もいるのだとしたら、アタシ一人じゃかなり厳しい。

 そんな未来を想定をしながら、奴の振るう氷の剣を後ろに反ることで躱す。反り返ったせいで奴の姿が視界から消えるが、見えずとも通り過ぎていく氷の剣は捉えている。奴のいる方へと反り返ったままに弾丸を連射した。

 発砲の反動を利用してそのままバク宙、着地と同時に連射した弾丸を躱して斬りかかってくる奴の姿を捉える。両手のハンドガンをクロスさせてそれを受け止めた。

 

「ッ……!」

「流石に反応が早いわね、けどお腹ががら空きよ!」

「うぐっ……!」

 

 両手が塞がった瞬間、奴は白い足でアタシの胴を蹴り飛ばした。鈍い痛みに呼吸が乱れるが、『イグナイト』のおかげかそれほどダメージはない。一呼吸吸って呼吸を整えれば、再度歌を歌うことが出来た。

 近接戦闘においてはやはり向こうに分がある。どうしても一撃食らわせるには一歩足りていない。ミサイルの乱れ撃ちも距離があればすぐに避けられてしまうし、水に飲まれれば勢いを殺される。かといって高火力にすればこっちも巻き込まれてしまうからな。近距離射撃は言うまでもない。

 

 どうにか隙を作る必要がある。

 

「ならっ……!」

 

 両手にマシンガンを生み出し、連続射撃。弾幕を張って追い詰める。

 氷の道を滑るようにそれを躱す奴は、時折水の弾丸を撃ってくるが、アタシはマシンガンの弾幕でそれを全て撃ち落としていく。単純な火力であれば、こちらとて向こうに力負けはしていない。

 あの人形はまさしく、守りが固いタイプの相手だ。攻撃力も無論高いが、厄介なのはその防御力――あれを破るには一筋縄ではいかない。

 

 だからこそ、狙うはゼロ距離での攻撃。

 

 こちらが近づけば接近戦の分の悪さでこちらがダメージを負う。ならば、向こうに近づいてきてもらって、躱せない状況を作り上げるしかない。

 

「オラッ!」

「っと!」

 

 弾幕を張って追い込んだ先に手榴弾を投げ込み、即座にハンドガンにスイッチ。手榴弾を撃ち抜いて即爆破させる。奴はそれを半透明の青い盾で防御しながら慌てて横へと飛ぶが、その先にミサイルを撃ち込んだ。跳躍している故に急な方向転換はできない筈。

 奴の着地と同時に地面へミサイルが着弾―――爆発する。

 

「ッ――!」

 

 砂煙と火薬の煙が舞い上がったのを見て、アタシは即座に駆け出した。

 もしも今のミサイルを防いでいたとして、奴が移動する先はミサイルの熱が残る方ではなく、その逆の方。つまり手榴弾の爆発地点とミサイルの着弾地点を結んだ線の垂直方向。その前後まではわからないが、奴の性根の悪さからしてこの状況を機と見てアタシに攻撃を仕掛ける可能性は高い。

 

 ならば、必ずやってくる。

 

「―――なっ……!」

「チェックメイトだ……!」

 

 アタシのいるであろう前方に。

 砂煙の中から飛び出してきた人形は、既にアタシの銃口の目の前。用意したのは銃身の長いライフルの様な形の銃。弾丸ではなくエネルギーを圧縮して撃ちだすレーザー砲の様なものだ。チャージ時間が数秒掛かるが、既にそのチャージも終わっている。

 

 あとは引き金を引くだけ。

 

「食らえッ!!」

 

 ズガンッ、という音と共に放たれた紫電のエネルギーは、正確に奴の身体に直撃する。奴は後方へと吹き飛ばされ、放たれたエネルギーは衝撃波と共に地面にまっすぐ引かれた焼け跡を残す。

 

 確実に捉えた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 出力の負荷に加え、マシンガン、手榴弾、ミサイル、そしてレーザー砲と連続してスイッチして使ったことで、息が切れる。反動による負荷もそうだが、こう立て続けに違う銃を使って攻撃するとなると、休憩なしで一時間いろんな筋トレをし続けたような疲労感が襲ってくる。どっと体が重い。特に腕や肩、背中はジンジンと筋疲労による熱を訴えていた。

 これでやれていればいいが、どうだろうか。

 

 視線を向けてみると、そこには胴体に大きな穴が開いた人形が転がっていた。僅かに動いているので完全に壊れてはいないのだろうが、それでも立ち上がれそうにはないらしい。倒した、と見てもいいだろう。

 

「ふぅ……これで」

「『うわー』『ガリィちゃん酷い目に合ってるなぁ』『可哀そうに』」

「ッ!?」

 

 後ろから、不気味さすら感じる声が聞こえた。

 勢いよく振り向けば、そこには気配に気づくことが出来なかったのがおかしいくらい異質な存在が立っていた。学ラン姿に無骨な螺子を持った男だった。

 

 なにより驚いたのは、そいつの足元に援護に来ていた三人の装者が倒れていたことだ。無骨な螺子に貫かれるようにして、三人とも倒れている。明らかに致命傷、音もなく殺されてしまっていた。

 周囲への警戒は怠っていなかったというのに、いつの間に現れて、いつアイツらを殺したってんだ!?

 

 動揺に思考が乱れる。

 

「『あれ?』『何か勘違いしてない?』『もしかしてこの三人を殺したのは僕だって思ってる?』『それは誤解だよ』」

「誤解、だと……?」

「『僕が来た時には既に彼女たちは死んでいたんだ』『こんな凄惨な現場』『一体誰がこんなことをしたんだろう』『酷すぎる!』」

「……嘘つくな、テメェがやったんだろ」

「『証拠はあるの?』『偶々歩いていたら』『偶然人が死んでいるところに出くわす』『なんてことがないとでも?』『真実は僕が今言った通りだよ』『だから』」

 

 ――『僕は悪くない』

 

 目の前の男は平然とそう言ってのけた。

 間違いない、この身の毛がよだつような悍ましさ、二課の連中が言っていた球磨川禊はコイツだろう。確かに、人の弱さを凝縮して集めたような奴だ。

 直視していたくないような、そんな気持ち悪さがある。

 

 油断してはいけない。

 

「何をしにきやがった」

 

 銃口を向けて問い詰めると、球磨川は肩を竦めて見せる。

 

「『何も?』『僕はそこに倒れているガリィちゃんを回収しにきただけだよ』」

「なに?」

「『大方の目的は達成出来たからね』『これ以上の戦闘は無意味だ』」

 

 瞬間、球磨川の姿が消える。

 驚きに目を見開いて周囲を見渡せば、球磨川は一瞬にしてアタシの後ろに転がっていた人形の傍に移動していた。一体何をしたのか、理解出来ない。移動したにしては速すぎるし、瞬間移動にしては何の予備動作も無かった。

 まるで時間を止めて移動したかのような錯覚すら感じる。

 

「『無事かな?』『ガリィちゃん』」

「……アンタの顔、本当気持ち悪いわね」

「『あはは』『じゃあ帰ろうか』」

 

 球磨川はそう言って何やらクリスタルを地面に落とすと、そこから魔方陣が生まれて二人を光が包む。かと思えば、一瞬でその姿が消えていた。

 どうやら本当に帰ったらしい。とりあえずは、撃退ということでいいだろうか。

 

 実感が湧かずに立ち尽くすも、ハッとなって殺されていた三人の元へ近づく。

 

「……はぁ……肝が冷えるな、本当に」

 

 見ると、三人を貫いていた螺子は消えており、全員気を失っているだけという現実がそこにあった。確実に死んでいたし、血も大量に出ていたのに、まるで無かったかのように現実が改変されている。

 これが二課の言っていた球磨川の力。死すらも覆す超常の力か。

 

「クソ……」

 

 これから先、どうやって戦うべきかを考えて……億劫になる。

 『イグナイト』を解除し、アタシはその場に座り込みながら天を仰いだ。

 

 




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第三十六話 クロスオーバー

 抜剣、と言って私達にはないシンフォギアの形態を起動させたクリスを見た時、クリスの言っていた私達がメインでは勝てないという言葉の意味が分かった。ガリィと名乗ったあの青いオートスコアラーは、ただでさえ私達とは段違いの出力を引き出しているクリスと同等に戦っていたから。

 私と切歌と調の三人で掛かり、クリスに援護して貰ったとしても、三人とも蹴散らされて終わっていたに違いない。

 

 だからこそ、ここで私達が考えて、クリスを援護しなければならないと思った。

 クリスが三人分の援護を一人でやってのけたのだから、三人で一人の援護が出来なくてどうすると自分を奮い立たせる。クリスという人物を私たちは全く知らないけれど、彼女に並々ならない覚悟があることは戦っている姿から衝動(バイブレーション)となって伝わってきた。

 彼女の歌には、力強さと、悲しみと、燃え盛るような情熱があったからだ。

 

「クリスとあの人形とじゃ得意とする戦闘距離(バトルレンジ)の相性が悪すぎる。出力的には同等に見えるけど、前衛なしなら距離を詰められた場合クリスの方が不利よ」

「つまり、私達で人形に距離を詰めさせない様に中距離攻撃で援護するってことだね」

「合点デス!」

 

 私の言葉の意図を調が汲み取って、それを理解した切歌がやる気満々に大鎌を一回転させる。二人ともまだまだ若いというのに、人を思いやる心は人一倍強い。お互いを信じ、仲間を信じ、そのために出来ることを全力でやろうとする。

 切歌にとって難しいことは調が理解して、調が折れそうなときは切歌が引っ張って、そうやって二人とも生きてきた。この二人のユニゾンには、ソロ以上の力がある。

 

 これ以上に頼もしい仲間もいない。

 

「じゃあ行くわよ、三方から包囲して援護する」

「「了解(デス)」」

 

 そうして駆け出そうとして、そこで私の意識は突然ブラックアウトした。

 気を失ったのだろうか、直前のことで覚えているのは――私の目の前に駆け出していた切歌と調が鈍色の何かが貫かれて倒れようとしている瞬間だった。

 

 一体何が、と思うまでもなく、そこで私の意識は消え去っている。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ハ、と目を覚ました時、私は見知らぬ医療室らしき場所のベッドに寝ていた。左右を見れば、等間隔に並んだ両隣のベッドに切歌と調も横たわっている。どうやら意識を失った後に運ばれてきたらしいけれど、どうもここは『F.I.S.』の拠点ではないようね。

 拘束されているわけではないし、どちらかと言えば丁重に扱われている雰囲気だから、おそらくは二課の施設内ということかしら。あの場にはクリスもいたし、希望的観測で言うのなら、オートスコアラーを打倒して気を失った私達を連れ帰った、という所かしら。

 

 単身であの人形を打倒したとするなら、クリスの実力は想像以上に高いということになるけれど……無事かどうかはわからない。とにかく現状を確認しなければ。

 

「……二人はまだ眠っているわね。二課の施設内なら危険はないでしょうし、私一人で行きましょうか」

 

 胸にギアペンダントもある。『LiNKER』は手元にないけれど、いざという時は無理くりシンフォギアを起動することもできそうだ。

 医療室のドアを開いて廊下に出る。

 すると、丁度というべきか、部屋から出たところでクリスに出くわした。病人服らしき服を着て歩いているから、何か治療を受けていたのかもしれない。

 

「ああ、起きたのか」

「え、と……ええ、状況は理解できていないけれど……とにかく無事な様でよかったわ。あのオートスコアラーは、ええと……勝ったのかしら?」

「微妙なトコだな……まぁ撃退は出来たって感じか。アタシも多少無理したけどな、だからこうして検査を受けてきたってわけだ」

「そう……ここは二課の施設内で合ってるかしら?」

「合ってるよ。チビ二人も一緒にいただろ? ま、詳しい話は二人とも目覚めた後にきちんとするらしいから、今は休んどけよ……『LiNKER』で適合率を無理に引き上げてたんだろ? 体内洗浄は済ませたらしいけど、負荷による蓄積ダメージは残ってるからな」

「!」

 

 クリスの言葉から、どうやら私達のドーピングはバレているらしい。まぁ、此処には『LiNKER』のレシピを制作したフィーネもいる。シンフォギアとの適合率や出力をモニターする機材も揃っているだろうから、当然戦闘中の私達もモニターされていたはず。

 ならばバレていてもおかしくはない。

 一先ずはマムやドクターに連絡を取りたいところだけれど、まずはコンディションを整えてからかしら。

 

 すると、クリスは溜息をつきながら頭を掻く。ガシガシと髪を掻く姿は、見た目の可愛らしさに反して酷く粗雑だった。

 

「そんなに焦らなくても、もうあの戦闘から既に三日が経ってんだ。お前たちの組織の人間だって、それだけあればこっちに接触してくる」

「え?」

「つまり、お前ら以外の『F.I.S.』の人間も此処に来てるってことだ」

「マム達が此処に……!?」

 

 驚きの事実だった。

 確かに私達装者三人の身柄を保護している以上、マム達も黙っているわけにはいかないだろうけど、まさか二課の施設内にやってくるとは正直驚いている。

 けれどクリスの言葉は嘘ではなさそうだった。あの戦いから三日も経っているというなら、私達は気を失っただけではなかったのかもしれない。身体を見ても大きな怪我はないし、気絶だけなら三日も目覚めないなんてことはありえないからだ。

 

 何が起こったのか、状況が理解できない。

 

 ともかく、私が思っている以上の深刻な事態が起こった結果、マム達が動かざるを得なかったということだ。

 

「ふぅー……とにかく、状況を理解しないことには始まりそうにないわね」

「だろうな。まぁなんにせよ、お前が目覚めたなら後の二人も今日明日には目覚めるだろ……そしたら二課と『F.I.S.』で顔を突き合わせて諸々詳しい話をするって話だ。だから、今は大人しく休んでろ」

「ええ……わかったわ」

 

 クリスの言葉に頷くと、クリスは伝えることは伝えたという感じで歩き去っていく。

 ダメージがあると言っていたけれど、足取りは乱れていない。両手足に傷はなさそうだし、どっちかというとあの漆黒のギアを使ったことによる反動があったのかもしれないわね。

 感じた通り、私達の背負っているものとクリスの背負っているものとじゃ重みが違う気がする。

 

 聞いた限りじゃ、風鳴翼も二課の装者として所属しているらしいけれど、あの戦いには姿を見せなかった……そのあたりも後々聞けるかしらね。

 医療室へと戻り、自分が寝ていたベッドに腰掛ける。

 考えても分からないことを考えても仕方がない。ならば今は自分の身体を万全にすることを考えましょう。

 

 二課の面々と会うということは、近々フィーネと対面するということだしね。

 

 私は気持ちを切り替えて、一先ずベッドに身を沈めたのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 二課と『F.I.S.』がそうして錬金術師の出現に接触を取っている中で、此処まで鳴りを潜めていた安心院なじみは優雅に喫茶店でティータイムを楽しんでいた。

 リディアンの地にあるありふれた喫茶店のテラスにあるソファ席。テラスにソファを向かい合わせに設置し、間にガラス製のテーブルが置かれた洒落た席である。

 

 安心院なじみが座っているそのテーブルに着いている人物は、他に三人いた。

 『F.I.S.』のメンバーと共に来日した黒瀬徹、錬金術師キャロルの協力者である球磨川禊、そしてパヴァリア光明結社に居た逆廻十六夜である。

 それぞれ人知を超えた力を扱う強者であり、全く方向性の違う面々だ。そんな三人を前に悠々とお茶を飲む安心院なじみは、テーブルの上にティーカップを置くと居住まいを正す。

 

「さて、君達も色々と動いてもらった結果、想定通りに事態は進んでるよ」

「つってもあまり気は乗らないけどな……まだ小さい奴らを戦場に立たせるなんてよ」

「『と言っても』『僕の方は』『およそ数百歳だけど』『見た目ロリだからなぁ』」

「こっちは男だか女だかわかんねぇ奴もいるし、年齢においてはコイツ以上の桁外れはいねぇだろ」

「確かに」

 

 安心院なじみの言葉に反応する黒瀬だったが、球磨川と十六夜の言葉で今更かと溜息をつく。小さかろうが、年齢が数百歳だろうが、安心院なじみという例がいる以上それは容赦する要因にはならない。

 本来チームとして機能するようなメンバーではないこのメンツを前に、安心院なじみはそれでも不敵に笑う。かつて無敵を誇った娯楽主義者、泉ヶ仙珱嗄に宇宙創成から終末まで寄り添った人外だ。

 そんな彼女であれば、彼らをチームとして機能させることも造作もない。

 

 といっても、黒瀬達はチームとして機能しているわけではなく、それぞれが安心院なじみの指示に従って仕事をしているだけだ。安心院なじみがどのような計画を立てていて、どのような展開を作ろうとしているのかは、彼らも知らない。

 つまり、彼らはそれぞれの組織に自分なりに協力しているだけなのだ。これと言って特別なことはしておらず、ただそれぞれの組織の目的に沿って力を貸しているだけ。

 

 かつて過負荷(マイナス)を纏めてリーダーを務めた球磨川禊であっても、

 かつて珱嗄の弟子として、親友として共に戦った黒瀬徹であっても、

 かつて全知と言わんばかりの知識と計略で修羅神仏に喧嘩を売ってきた十六夜であっても、

 

 安心院なじみという人外の思惑を見抜くことが出来ない。

 ただ一つ、分かっていることがあるとすれば、これは今記憶を失っている泉ヶ仙珱嗄の記憶を取り戻すための計画であるということだけだ。

 それに賛同しているからこそ、この三人は力を貸している。

 

「つっても、アンタの言うこの世界の主人公は戦える状態じゃないんだろ? それに伴って二課の戦力は激減してる。球磨川も装者を精神崩壊に追い込んだっていうし」

「『やっちゃったよねー』」

「これもお前の想定内なのか?」

「そうだよ。この状況で特に問題になるようなことは何もない……寧ろ、球磨川君の行動すらナイスだと言わざるを得ないね」

 

 安心院なじみの言葉に三人は怪訝そうな顔をする。

 球磨川すら、自分が風鳴翼を精神崩壊に追い込んだことは失敗だったかもしれないと思っていたのだ。それがファインプレーだったというのなら、ますます安心院なじみの思惑が分からなくなる。

 それもそうだろう。自分たちは自分たちが生きてきた世界がフィクションの世界だなんて思っていないのだから、そういう視点で世界を見てきた安心院なじみの考えなんてわからない。

 

 いい加減焦れったくなっている三人を見て、安心院なじみは続ける。

 

「この世界にも、君たちの世界にも、いわゆる主人公と呼ばれる人物は必ずいる。その世界が日常系であれ、熱血バトル系であれ、ファンタジー系であれ、ドシリアスな鬱系であれ、そこには主人公と呼ばれる人物が存在し、世界はその人物を中心に動いていく」

「……」

「例えば、RPGってあるだろ?」

「ああ」

「勇者に選ばれた君は、いろんな敵を順に倒して、クエストをクリアしていって、レベルを上げて成長し、最終的に魔王を倒してハッピーエンド……主人公が必ず勝てるように世界は進んでいくようになってるよね?」

 

 安心院なじみが何を言いたいのか、三人はますますわからない。

 主人公と呼ばれる人間がいるとして、この世界の主人公は立花響だろう。その主人公を中心に世界が回るとするのなら、安心院なじみが今やろうとしていることはそのルールに則った行動なのか? この状況は、ストーリーを崩壊させかねない展開ではないのか?

 

 安心院なじみはなにをしようとしているのだ?

 

「じゃあ問題、RPGにおいて主人公は絶対にクリアできない展開って何だと思う?」

「……あー、なんだ?」

「決まってんだろ」

「『はじまりのまちにいるレベル1の勇者に』『魔王が襲撃を掛けてくることでしょ』」

 

 RPGというより、ゲームに馴染みのない黒瀬が首を傾げる中、球磨川と十六夜はシンプルな回答を出す。主人公がレベル1の状態でラスボスが襲い掛かってくれば、当然勝ち目など一切ないだろう。物語的に破綻している。

 

「そういうことだよ。この世界において、僕という人外は主人公になりえない……かといって、既にあるストーリー通りに進めれば僕という登場人物は主要人物になりえない……なら、ストーリーを破綻させるしかない」

「つまり……お前がラスボスになって、主人公を成長させずにストーリーを進めようってか?」

「さぁね、なにはともあれ……ここまで来たらあと一息だよ。既に物語は始まっている……どういう結末であれ、エンドクレジットが流れるまでは止まらないよ」

 

 十六夜の言葉に安心院なじみはハッキリとは答えない。

 ティーカップを手に取り、優雅にお茶を飲みながら淡々と答えるだけだった。

 

 その言葉を聞いて、三人が思うことはなにか。

 

 この場には泉ヶ仙珱嗄はいない。それでも、彼女たちは泉ヶ仙珱嗄によって紡がれた縁だ。かつて様々な世界を渡って生きてきた彼の人生の終着点が、少しずつ近づいていた。

 

 




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第三十七話 命を懸けて

 マリアが一度目を覚ましてから数時間後、ようやく切歌と調の二人も目を覚まし、二課のミーティングルームにて一同が会する時がやってきた。広めのミーティングルームにいるのは、二課から弦十郎、フィーネ、藤尭、友里、クリス、『F.I.S.』からはマリア、切歌、調、そしてナスターシャ、ウェル博士、セレナである。

 この場にも、風鳴翼は姿を見せていない。

 

 既に眠っていたマリア達以外はお互いに顔合わせを済ませ、自己紹介も済ませた状態であるが、念のために改めてお互いに自己紹介を交わす。

 

「改めて、特異災害対策機動本部二課の司令をしている。風鳴弦十郎だ……そして、俺の隣にいるのが君達の要求したフィーネこと、櫻井了子君だ」

「体裁的に今は櫻井了子だから、そっちの名前で呼んでねん♪」

「その隣が二課のオペレーターである藤尭君と友里君。そして現状我々の唯一の戦力であるシンフォギア装者の雪音クリス君だ」

 

 弦十郎の紹介に対して声を出したのは櫻井了子だけであり、オペレーターの二人は頭を下げるだけで、クリスに至っては無反応で頬杖をついていた。

 それを見るだけでも、二課のチームワークはそれほど上手くいっていないことが見て取れる。主に二課の面々と装者の協調性が、だが。

 

 するとそれに対して車椅子に座っている初老の女性、ナスターシャが口を開いた。

 

「私は我々『F.I.S.』の中で指揮を執っています。本名ですと長いですし、ナスターシャと呼んでください。そしてこちらが私と共に『F.I.S.』にいた生物学者のウェル博士」

「ドクターウェルといいます。主に『F.I.S.』での装者のケアやギアのメンテナンスを行っています。お見知りおきを」

「そしてこちらが我々の保有する装者の四人です」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴよ」

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴです」

「月読調」

「暁切歌デス」

 

 四人の装者が順々に自分の名前を言うと、弦十郎たちは頷きを返す。

 ようやく此処に二課と『F.I.S.』の面々、それに装者が五人揃った。本来であれば此処に立花響や風鳴翼もいるはずだったのだが、それが叶わない状況であることは悔やんでも仕方がない。

 そうして自己紹介が済んだところで、早速話は本題へと入っていく。

 本題はやはり例のオートスコアラーと球磨川禊の話だろう。『F.I.S.』からしてみれば、球磨川と錬金術師の登場は未だに未知な部分が多い。なんにせよ球磨川一人に自分たちの保有している装者が全員やられたのだ、早急に情報を集めて対応策を練らないといけないと思うのは当然のことだろう。

 

「まず初めに、負傷した装者三名を治療してくださって感謝します」

「気にしないでほしい、こちらとしてもクリス君の援護に力を貸してくれたことを感謝している。困ったときはお互い様だ」

「そうですか……では本題に入りましょう。詳細はこれから伺いますが、まずは我々の意思として、今後二課と『F.I.S.』の同盟を結びたいと考えています」

「!」

「先日の戦いで現れたオートスコアラー、そして球磨川禊の存在は脅威です。そしてマリア達が昏睡状態の中で様々な事情を伺いましたが、その上錬金術師や神域の人外までが登場してくるとなると、正直我々にも無関係ではなくなってきます」

「だからこそ、装者同士で協力して戦う必要があると考えています」

 

 ナスターシャとウェル博士の二人が出した結論に、弦十郎も概ね同意だった。

 二課からすれば喉から手が出るほどに欲しい戦力が、向こうからやってきたのだ。これを受け入れない手はない。またシンフォギアをメンテナンスできる研究者がさらに一人、フィーネとこの場にはいないエルフナインと協力すれば、また新たな一手が生まれる可能性だってあり得る。

 そうでなくともクリス以外の四人の装者に『イグナイト』を搭載することが出来れば、一気に戦力は何倍にも膨れ上がるのだ。

 

 これ以上ない展開である。

 

「我々としても願ってもない話だ。そちらとの同盟は、心から歓迎したい」

「但し、こちらの目的はあくまでそちらに居るフィーネとの交渉です。先にこの件だけでも解消させていただきたい。交渉が決裂したとしても現段階で危害を加える気はありませんが、今回の錬金術師との一件が収束した後のことはしっかり決めておきたいと考えています」

「そうか……了解した。ただ一つ伝えておくと、現在フィーネである了子君が二課に協力しているのは、そちらと同様敵が強大であり、彼女一人では手に負えないと判断したからだ。安心院なじみや錬金術師との一件が無事に収束した後は、二課から離れると明言している……その際交渉の余地がないのであれば、こちらも全力で逮捕するつもりであるが」

「なるほど……事態の収束後、二課の庇護下からフィーネは外れるということですね。ではそうなった場合、我々も自由に動かせていただくということで」

 

 弦十郎の話を聞いて、ナスターシャは現在二課の状況がどういうものなのかを大方理解し、収束後の対応を決める。フィーネを二課が捕らえるのが先か、『F.I.S.』がフィーネを確保するのが先か、はたまたフィーネが両者を出し抜くのか、それはわからない。

 けれど、今はなさなければならないことがある。まずはそれに全力を尽くすのが先だろう。

 

 一先ずは後程フィーネとの交渉の場を設けるということで、弦十郎は話を進める。

 

「目下、我々二課が追っているのは、キャロル・マールス・ディーンハイムと名乗る稀代の錬金術師とその協力者である球磨川禊。そしてもう一人、宇宙創成から生きる神代の人外、安心院なじみだ。キャロル陣営が今は動きを活発化させているが、この安心院なじみは一手で状況を変えることが出来るだけの危険性を持っている。放置はできない」

「なるほど……では安心院なじみは一先ず置いておくとして、キャロル陣営について詳しい情報をいただけますか?」

「ああ……キャロル陣営から逃げてきたエルフナイン君の情報によると、キャロルは数百年の時を生きる錬金術師であり、チフォージュ・シャトーなる建造物を完成させ、この世界を錬金術に則って分解することが目的であるらしい。そして錬金術とは、聖遺物を介した異端技術とは別に、人類が知恵と叡智によって生み出した別の異端技術だということだ」

 

 ナスターシャの問いかけに、弦十郎が説明する。

 錬金術師という存在と、今回の敵であるキャロルの目的について。

 

「現時点で彼女らが見せているのは、シンフォギアすら分解する力を持つ新種のノイズ。こちらでは『アルカ・ノイズ』と呼んでいる存在を使役できる力。そしてそのノイズの力対抗する機能としてクリス君が実装している『イグナイトモード』を作ったのだが、その出力に対抗できるオートスコアラーを保有していること。最後に、球磨川禊という異質な存在が協力者でいることの三つだ」

「『イグナイト』に関してはこちらでも確認しましたし、事前に情報も開示していただきましたから把握しています。これをマリア達のギアにも実装していただけるということで、重ねて感謝します」

「ああ、これで『アルカ・ノイズ』とオートスコアラーに関しては対抗することが出来るだろう……だが、問題は球磨川禊とキャロル自身の力だな」

 

 弦十郎がキャロル陣営の力を説明していく中でやはり問題視されるのは、キャロル本人の実力と、球磨川禊という男のことだろう。

 キャロルがあのオートスコアラーを作ったというのであれば、キャロル自身にはその人形以上の実力があると見るのが当然の思考であるし、数百年を生きるというのであればそれ相応の錬金術の腕を持っている証明でもある。

 更に球磨川禊は現状キャロル陣営で最も脅威的な人物だ。

 武器は無骨な螺子であるが、なにせシンフォギアを纏っている状態の装者をただの螺子で殺すことが出来る実力を持っているのだ。

 シンフォギアには起動時装者を護る防御機能もしっかり備わっている。生身でただの銃弾を受けたところで、彼女たちは傷を負わないくらいには固いのだ。にも拘らず、あの無骨な螺子で一瞬で三人の装者を刺し殺すなど、普通ではない。

 

 しかも、死んだ人間を生き返らせるなどという明らかに埒外の力を扱うのだ。もっと言えば、聖遺物の反応がない以上、その生身でその奇跡を振るっているということになる。

 この時点で、球磨川禊はキャロル以上に脅威になりうる存在だ。

 

「現時点で球磨川の使う力の正体は分かっていない。聖遺物を介した力でもないのであれば錬金術かと思ったが、エルフナイン君の言では錬金術でも説明できない力らしい」

「第三の異端技術、ということですか……人の生死すらも自在に操ることのできる相手に、錬金術師……どうしてもこちらが後手に回ってしまうということですね」

 

 球磨川禊の脅威と、キャロル自身の脅威、組み合わさるとこれ以上ない恐怖を感じさせる。ナスターシャだけでなく、ウェル博士や装者の面々も、この事態を前に何をどうすれば勝つことが出来るのかと顔をしかめてしまう。

 結局頼りはシンフォギアであり、こちらが出来ることを最大限考えて体勢を整えることしかできないのだ。

 

 仮にこの場に立花響がいたとすれば、具体的な案よりも先に何をどうしたいのかを明言し、それに向かって士気を高めたのかもしれない。

 仮にこの場に風鳴翼がいたとすれば、装者の中で冷静に指揮を執り、方法は別として、何を順に為すべきかを明確にしたかもしれない。

 

 けれど、今この場に二人はいない。

 弦十郎も、ナスターシャも、ウェル博士も、櫻井了子も、装者の全員も、まずは何をすべきなのかは分かっている。けれど具体的な方法が思い浮かばないことで、絶望してしまいそうな自分を保つことで精一杯だった。

 『F.I.S.』はさておいても、二課は響が装者に目覚めた日からずっと、何もできずに色々なものを失って今に至っているのだ。無力感という意味であれば、これ以上なく打ちひしがれている。

 

「悩んでても仕方ねぇだろ、やるこた決まってんだ」

「クリス君……」

 

 だがそこで、クリスが初めて声を上げた。

 皆の心が折れそうな事態を前に、クリスだけは強い意思をもっている。彼女はもう決めているのだ、たった一人で戦わなければならない状況になった時に。

 

 戦わなければ、勝てないのだ。

 

 球磨川の力に対抗する手段を考える。

 キャロルの目的とその手段を考える。 

 アルカ・ノイズは片っ端から潰す。

 オートスコアラーも全部叩き壊す。

 安心院なじみの目的も阻止する。

 

 これだけのことをどうにかする方法がこの場で考えつくのならわけない話だ。考えつかないほどの脅威なのだから、とことんまで考え抜くしかないのだ。

 そして装者である自分には戦ってその時間を作ることしかできない。それぞれがベストを尽くすしかないのだ。

 

「戦って、勝つ……その為に考えつくことをやれるだけやるしかねぇんだ。降って湧いたような奇跡じゃなくて、アタシたちの手で、掴み取るしかねぇ」

「……私たちの手で……」

「へばんのは早すぎるだろ……アタシはお前ら全員が使い物にならなくたって、一人でも最後まで戦い抜く。そんで……」

 

 その先の言葉を、クリスは言わなかった。

 けれど、弦十郎はその先の言葉をなんとなく理解できた。クリスは未だ失ったものを諦めていないのだ。

 攫われた立花響も、小日向未来も、平和な世界に生きる優しい人を日常に帰す。その為にクリスは此処にいる。ここで戦っている。

 

 その果てに自分が地獄に落ちようとも。

 

「そうだな、その通りだ。俺達に出来る最善を尽くすしかない。ナスターシャ教授、ウェル博士は了子君とエルフナイン君と協力し、ギアの強化や錬金術に対する対抗策を出来る限り探してほしい。俺や二課の職員は過去の映像や資料を洗って、キャロルの次の行動と目的を探るぞ。装者の全員は、緊急時に備え各々力を磨いてほしい。二課の訓練室は自由に使ってくれて構わない、負傷やギアの不調があれば適宜報告するように」

 

 そんなクリスの言葉に、弦十郎たちは気を取り直す。

 まだ全てをやり尽くしたわけではない、ならば諦めている場合ではない。クリスの言葉にその通りだと自分に対して発破をかけた。

 弦十郎の指示に対し、ナスターシャやウェル博士も頷きを返し、装者の面々も気合い十分に了解の返事を返す。

 

 まだやれることがある。

 

「文字通り世界の危機だ……気を引き締めていくぞ!」

 

 世界の危機を救う、そんな大それたことが出来るのか? ……否。

 

 

 やるのだ――命を懸けて。

 

 




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第三十八話 裏切り

 そして二課と『F.I.S.』とが同盟を結んだ一週間後、二課本部内に鳴り響いたアラートが、次なる襲撃を知らせた。

 

 今までの襲撃は全て牽制であったかのように、今度は人通りのある場所でのアルカ・ノイズ召喚。そこには先日クリスが撃破したとされたオートスコアラーのガリィに加え、もう一体、緑色のオートスコアラーがいた。新たな戦力の登場に、本部内でも緊張が走る。

 『イグナイト』を起動したクリスでさえギリギリの勝利だったのだ。今回もそう上手くいくとは限らない。

 けれど、それでも弦十郎の表情に欠片ほどの暗さはなかった。

 寧ろ、二課指令室で現場の映像を見つめる全ての人間の顔には、かつてないほどの覚悟と決意があった。

 今回の襲撃に対するキャロルの目的はわからない。もしかしたら大した理由ではないのかもしれない。けれど襲撃するからには何らかの目的があるのは確か。

 

 そして、同盟を組んでから万全のコンディションを整えた初の戦闘で勝利を手に出来なければ、『次』はない。

 

 だからこそ、装者だけでなくこの事態にあたる全員が全神経を以って、この戦闘に全力を尽くしている。

 

 ノイズ出現から即座に全装者が出撃し、クリスを筆頭に五人の装者が既に現場に到着していた。フィーネ、エルフナイン、ウェル博士の三名の活躍により、全員のギアに『イグナイト』は搭載済み――アルカ・ノイズが相手でもギアが破壊されることはない。

 あとはオートスコアラー二体と同時に無数のアルカ・ノイズを掃討出来るかどうか、そこに掛かっている。

 

「頼んだぞ……!」

 

 弦十郎達は装者達に全てを託し、あらゆる可能性を探る。

 この襲撃が囮である可能性、他の場所で異変が起こっていないか、この襲撃の意味、前回までの襲撃の意図、ありとあらゆる可能性を探って、一刻も早い事件解決を目指す。

 

 だからこそ命を懸けて戦うと決めたのだ――ここにいる全員が。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 クリス達とアルカ・ノイズとの戦闘が始まった時、キャロルが拠点としている地、チフォージュ・シャトーでは別の出来事が進行していた。

 否、寧ろキャロルの本題はこちらである。

 数百年という時を生きてきた錬金術師であるキャロルは、その錬金術の腕とは別に、権謀術数に長ける頭脳を持っている。今までの襲撃にもそれぞれにちゃんとした意図があるのだ。

 

 そして今回の襲撃には、目的が二つある。

 

 一つは、『魔剣ダインスレイフの欠片』によって強化されシンフォギアの持つ呪いの旋律を蒐集すること。

 もう一つは、そのための襲撃によってシャトーにある人物達を招き入れるためのカモフラージュを行うこと。

 

「『彼女たち来たよ』『キャロルちゃん』」

「ん……そうか、通せ」

 

 玉座に座し、目を閉じてその時を待っていたキャロル。

 球磨川の声でその時が来たことを知り、ゆっくりとその瞼の奥の瞳を空気へと晒す。いつになく真剣な表情で立ち上がったキャロルの両脇には、赤と黄色のオートスコアラーが控えていた。

 

 そして球磨川が手招きしたのを見て、玉座の対面の暗闇より数名の足音が近づいてくる。陰から姿を現したのは四人の人影だった。

 

「よう、来たぜ球磨川」

「『やぁ十六夜君』『待っていたよ』」

 

 現れた四人の先頭に立っていたのは、球磨川と同じく学ランを着た金髪の少年。彼は球磨川と気軽に挨拶を交わすと、ポケットに両手を突っ込んでキャロルの方へと視線を向けた。

 錬金術師と男子高校生の対峙は、どうにもミスマッチなように見えるが、傍から見ればどちらの方が優位に立っているのかは明確だった。その証拠に、キャロルの表情は何処か気圧されているような色すら感じられる。

 

 少年―――逆廻十六夜は、数々の神話を相手に戦ってきた人間なのだ。

 

 キャロルの反応は当然のものである。

 だが両者は別に敵対しているわけではない。寧ろ目的の上では仲間と言っていい関係だ。その為か、十六夜の後ろに居た三名が不意に前に出る。

 

「お初にお目に掛かる、キャロル・マールス・ディーンハイム殿。既に話は通っているだろうが、改めて挨拶を……私はパヴァリア光明結社幹部、サンジェルマン」

「同じくカリオストロよ」

「プレラーティだ」

 

 其処に居たのは錬金術師で構成された秘密組織、かつて数々の歴史の裏で暗躍してきたパヴァリア光明結社が幹部三名だった。

 同じ錬金術師として、キャロルもこの組織とは無関係ではない。今回キャロルが引き起こしている一連の事件、そして目的であるチフォージュ・シャトーの完成の為、この組織からの支援を受けているからだ。

 

 考えてみれば当然だろう。個人で持ち得る資産を活用した所で、世界を分解する建造物を作りあげることはほぼ不可能だ。それこそ、組織レベルの支援が必要になる。

 

「キャロル・マールス・ディーンハイムだ。無事に此方に来られたみたいだな」

「まぁ、アレだけの目晦ましがあれば、我々の存在を隠すことも容易い。最初のアルカ・ノイズの出現でも我々の入国から厄介な目を逸らせたからな」

「状況的にはどうなってんだ?」

 

 キャロルの言葉に頷きを返すサンジェルマンと、本題に入ろうとする十六夜。

 キャロルはフン、と鼻を鳴らして口を開いた。

 

「準備は整っている。後は呪われた旋律を蒐集し、シャトー完成に努めるだけだ」

「だがこのチフォージュ・シャトーを起動させるための聖遺物はまだ手に入っていないのだろう?」

「ああ、シャトーの起動に必要な聖遺物『ヤントラ・サルヴァスパ』は、二課の管理する聖遺物管理特区『深淵の竜宮』にあるらしいからな。こちらも同時に回収する必要がある」

 

 チフォージュ・シャトー、エルフナインの言葉が正しいのであれば、世界を分解するための装置であり、ワールドデストラクター。完成すればこの世界を文字通り分解し尽くすことが出来る。その完成がもう間近に迫っているというのだ。

 あとは必要なものを集めるだけでいい。

 

「ならそちらは我々がやろう」

 

 するとサンジェルマンがその一つの回収を自分達がやると提案した。

 少々意外な表情を浮かべたキャロルだったが、その提案に対してやってくれるのなら是非もないという思惑で頷く。

 キャロル同様、目の前の錬金術師達も数百年の時を生きる錬金術師なのだ。パヴァリア光明結社という巨大な秘密組織の幹部というだけで、十分実力の証明足りうる。

 

「何事も効率的に進めるに越したことはないだろう? まして我々は錬金術師だ、理を追求してきた者ならば、最後まで突き通す」

「今の二課はそれこそ崩れかかったお城、あーし達の敵じゃないわ」

「それに、そもそも我々は二課を敵としてみなしてすらいないワケだ」

 

 二課も、シンフォギアも、自分たちの敵としてはあまりに役不足、そう言い切る三人の錬金術師に、キャロルはなるほどと思いながら、ならばとその役目を任せることにする。

 

「では頼んだぞ、オレは残りの装者から呪われた旋律をさっさと回収することに努める」

「了解した」

 

 それを最後に、キャロルは再度玉座に座り、サンジェルマン達は再度暗闇の中へと姿を消していく。残されたのはキャロルとオートスコアラー二体のみ。

 ふと見れば、球磨川と十六夜の姿が消えていた。いつの間に姿を消したのかは分からなかったが、キャロルは動揺することなく先ほどの様に目を閉じた。

 

 まるで眠りにつくように瞳を閉じた主人に対し、両隣のオートスコアラーは静かに、ただ静かに傍についているのだった。

 

 

 ◇

 

 

 シャトーの内部、球磨川に与えられた一室で球磨川と十六夜は向かい合って座っていた。キャロルのいるこの場所へ、パヴァリア光明結社の幹部であるサンジェルマン達を連れてくるのが一つの目的でもあったが、十六夜の目的もまた別に存在していたのだ。

 それが球磨川と二人で話をすることである。

 不自然に球磨川に接触を持とうとすれば、その行動は即座にバレてしまう。ならば如何に自然な形で球磨川と接触を持つかが重要だった。

 

 そしてそれは今が絶好の機会である。

 

「随分と汚い部屋を与えられたもんだな、虐められてんのかお前」

「『そう?』『僕は結構気に入ってるけどね』『適度に狭くて天井も低め』『何もないけど、ミニマリストの僕からすれば快適そのものだよ』」

「ああ、お前はそういう奴だったな」

「『それで?』『話したいことはやっぱり?』」

 

 球磨川に与えられた部屋を軽く見回して出た十六夜の感想に、球磨川はヘラヘラと笑って見せる。十六夜はそんな彼の態度に、そういえばこういう奴だったと思い直す。

 そして球磨川が本題に入ると、十六夜はいつになく真剣な表情を浮かべる。球磨川も、今だけはヘラヘラした表情を引っ込めて真剣に向き合っていた。

 

 それだけこの二人にとって、これから話す内容が重要だということを示している。

 

 いつだって快楽主義に生き、自身の我儘と傲慢を拳で貫いてきた十六夜と、いつだって負け組(マイナス)として生き、自身の不幸(マイナス)理不尽(マイナス)も笑い飛ばして生きてきた球磨川。

 そんな二人が、自分自身の生き方に背いてまで見せる真剣さだった。

 

「お前はどう思うんだ、この状況を」

「『勿論気に入らないね』『これじゃまるで弱いものイジメだ』」

「同感だな、珱嗄の記憶を戻すってことで協力してたが、やり方が気に入らねぇ」

「『十六夜君は』『人の命令聞くのも嫌なタイプだもんね』」

 

 話の内容は、現状自分たちが置かれている状況への不満だった。

 安心院なじみという人外の先導の元、泉ヶ仙珱嗄の記憶を元に戻す手伝いをしていた二人であったが、どうやら今の彼女のやり方では賛同出来ないらしい。

 

 元々十六夜は自分の快楽を優先するタイプであり、人の指図を素直に受ける人物ではない。それでも安心院なじみの言うことを聞いていたのは、自分よりも力のある存在と認めていたこともあるが、珱嗄と再度戦うことが出来るかもしれないと思ったからだ。また、彼は認めようとはしないだろうが、珱嗄という大事な仲間のためでもある。

 

 対して球磨川も、元来敗北の星の元に生まれてきたと言っても過言ではないほどの運命を背負いながら、人生の中で全霊を懸けて勝ちたいと思った勝負に勝利を齎してくれた珱嗄と安心院なじみに恩がある。だからこそ、そんな二人のためならばと力を貸していた。

 しかしだからこそ、彼はいつだって弱いものの味方だった。恵まれた奴に恵まれないまま勝ちたいと、幸せな奴に不幸なままで勝ちたいと、そう思って戦ってきたからこそ、今回の安心院なじみのやり方にはどうしても賛同出来なかった。

 

「そもそも、珱嗄の記憶を戻すためにどうしてこの世界の人間を巻き込む必要がある? なんでアイツは珱嗄の記憶を戻す方法を知っている? 謎なことが多すぎる」

「『確かにね』『安心院さんは長い付き合いの僕でも未だ底知れないから』『正直彼女が負けた回数なんて』『宇宙創成から終末までの間で考えても片手で足りるんじゃないかな?』」

「けどゼロじゃねぇ、アイツは絶対勝てない存在ってわけじゃない」

「『……何が言いたいのかな?』」

「俺は安心院なじみを裏切る、お前はどうだ?」

 

 十六夜は堂々と言い切る。安心院なじみを裏切り、今後は自分のやり方で珱嗄の記憶を戻すつもりなのだ。方法は今のところ思いついているわけではなさそうだが、それでもこのまま安心院なじみのやり方に協力する気はないと、腹が決まっている。

 球磨川はその言葉に対して、数秒の間沈黙を返した。

 

 球磨川にとって、安心院なじみはいつだって、珱嗄を除いて無敵の存在だった。初恋の人でもあったし、珱嗄と共に自分に初めての勝利を齎してくれた恩人だ。

 そしてそんな彼女が珱嗄のことをどれほど想っているのかも知っているし、そんな彼女のただ愛しい人に会いたいという願いを叶えてあげたいとも思う。

 しかし自分はいつだって弱者の味方だった。

 人の生き死にも掛かっているこの戦いで、この世界の罪なき弱い人々が無意味に死んでいくのは、力を持っている強者(プラス)の身勝手な都合でしかない。

 

 葛藤。

 

 それでも球磨川禊は、しばらく悩んだ末、十六夜に手を差し出した。

 かつて珱嗄や安心院なじみに教えられたように、こういう時だけは括弧付けずに、自分が決めたことを。

 

 

「いいよ。但し――安心院さんも必ず幸せにする」

 

 

 十六夜は球磨川の本心を始めて受けて、思わず笑みを浮かべる。

 

「それもお前のやり方(マイナス)か?」

 

 問いかけられたその言葉に、球磨川禊もいつも通りの薄ら笑いで返す。

 今度は括弧つけて。

 

 

「『そうだよ』『こんな物語(マイナス)』『全部まとめて僕が台無し(ハッピーエンド)にしてあげるよ』」

 

 

 不幸な奴でも、幸せになれる。

 それが、彼がかつての世界で思い知らされた真実なのだから。

 

 




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第三十九話 動く戦況

 クリス達とオートスコアラー達の戦闘が始まってから、状況は切迫していた。

 アルカ・ノイズとの闘いは比較的優位に進めることが出来、五人もの装者が力を振るえば容易く掃討することが出来た。解剖器官による分解も強化されたギアの防御フィールドによって防ぐことに成功しており、最早よほどのことがない限り、装者達がアルカ・ノイズに敗北することはないと言っても過言ではない。

 今回も戦い方の基本は先日の戦いと同じく、『F.I.S.』所属の装者の連携に対してクリスが援護する形を取っている。前回はいなかったセレナ・カデンツァヴナ・イヴも、『アガートラーム』という聖遺物を用いたシンフォギアを纏っているが、その攻撃手段は大体近距離、もしくは中距離での戦闘向き。

 クリスのポジションに影響はない。

 

 そうして掃討されたノイズの赤塵が吹き荒れる中で、ガリィともう一体の人形と対峙する装者達。

 

 緑色のオートスコアラーは、優雅な美人といった風貌の人形で、ドレスの裾を広げながら大剣を構えている。不敵な笑みには自分の実力に対する自負が伺えた。

 

「お初にお目に掛かります、偉大なるマスター、キャロル・マールス・ディーンハイムが作りしオートスコアラーが一体、ファラ・スユーフです」

「……一体あと何体いるのかしら、オートスコアラーっていうのは」

「ご安心を、我々オートスコアラーは私達を含めてたったの四体。アルカ・ノイズほどの脅威ではありませんわ」

「謙遜にしては行き過ぎね……」

 

 ファラの言葉に対して嫌な顔をするマリア。

 互いに剣と槍を構えてお互いの様子を伺いながら、隙を探る。両者で違うことがあるとすれば、それはマリアの左右に切歌と調が構えていることだろう。三対一、ガリィよりも未だに未知数な方に人員を割いたのは、マリアの判断だろう。ガリィをクリス一人で撃退したという事実を鑑みた結果でもあった。

 

 逆にガリィに対して向かい合うのはセレナ一人。クリスは二つの戦いを同時に援護する形になる。ガリィの手札が幾らか知れていること、そしてある程度の予測を立ててきたことを考えてのこの陣形。

 欠点あるとすれば、クリスに負担が大きいことと、未だに実践で『イグナイト』を起動したことがないメンバーばかりなことだろう。確実ではない力をぶっつけ本番で試すことほど、自滅に繋がる可能性の高い選択はない。

 

 しかし、今はこれがベストである。

 

「何アンタ? 前はいなかったけど」

「切り札、と言えたら良いんですけど……まぁ、隠れ装者です」

「出てくるのがお早い隠れキャラだこと……というか、私は後ろの赤いのに用があるんだけど?」

「でしたらお通りください、私は退きませんけど」

「ナマイキ……ねっ☆」

 

 戦闘が始まる。

 

 最初に動いたのはガリィだった。

 錬金術によって生み出された水の弾丸がセレナを襲う。セレナはアームドギアである短剣を結び合わせた盾を作り上げると、水の弾丸を防いですぐにガリィに肉薄した。短剣を使い捨てるように攻撃しては手放して、また新たな短剣で攻撃する。所謂ヒット&アウェイ。

 ガリィの近接戦闘能力は全装者と比較しても高い。氷の剣を生み出してセレナの短剣を防ぎ、時に人形独特の動きでぬるりと懐に入ってくる。

 二度、三度と剣戟を交えれば、明らかにセレナが競り負けているのが見てとれた。しかしそれでもガリィは一手セレナに攻めきれない。

 

 クリスの援護がそれを邪魔していた。

 

「チッ……!」

 

 両手に持った短剣をクロスし、両手を広げるようにして斬りかかるセレナ。ガリィはそれをしゃがむことで回避し至近距離から水の弾丸を放つが、セレナは身を捻ることでそれを躱し、上段から斬りかかる。

 だが無理な姿勢からの斬り下ろしには威力はなく、ガリィが氷の剣で払えば簡単にセレナの姿勢が崩れる。立て直そうとするセレナではあるが、どうしても隙が生まれてしまう。

 

「―――ッ!」

 

 そこを突くべく氷の剣で斬りかかるも、その動線には予想していたようにクリスの弾丸が飛んでくる。この正確な援護射撃がガリィがセレナを打ち取れない原因。

 その憎たらしい射撃にガリィは舌打ちをする。

 チラリと視線を送れば、鋭い眼光でこちらを見ているクリスがいた。両手に持ったハンドガンの片方が、常にガリィに銃口を向けている。しかもファラの方にも同時に弾丸が飛んでいるのが見えた。

 

 二つの戦いを同時に援護し切っている――まさしく、理想の後衛の姿だ。

 

「厄介ね……」

 

 ガリィもファラも、目の前にいる装者は大して問題視していない。

 彼女たちが最も難敵と認識しているのは、後衛にいるクリスだ。彼女だけが、今この状況で自分たちに迫る力を持っていると。

 

 故に、ガリィとファラは一瞬のアイコンタクトで次の一手を決めた。

 

「邪魔よ、退きなさいッ」

「まだまだ、攻撃の手が甘いですわ」

 

 そのアイコンタクトにより彼女たちが作った意図的な隙(・・・・・)に、マリア達は攻撃を仕掛けてしまう。

 セレナの振りかぶった腕を掴み、ガリィは彼女をマリア達の方へと投げ飛ばす。同時にファラは目の前にいた切歌の大鎌の柄を掴み、人形の膂力を以って、切歌を飛んでくるセレナへと投げ飛ばした。

 すると調がその衝突を防ぐべく持ち場を離れ、その結果一人になり動揺したマリアをファラは一息に蹴り飛ばす。

 

 瞬間、二体のオートスコアラーの前にクリスまでの道が開けた。

 

「厄介な方から片付けるのが定石、でしょう?」

「前回の借りは倍にして返してあげる☆」

 

 こうなればクリスは無防備。ガリィだけでも苦戦したというのに、二体同時の攻撃に対処できるとは思えない。散らされたマリア達はしまった、と思ったが、既に間に合う距離ではなかった。

 

 しかし、クリスの表情は欠片も動かない。

 

「クリスッ―――ッ!?」

 

 マリアが大きな声でクリスの声を呼んだ時、クリスと一瞬だけ目が合った。

 そして驚愕する。

 クリスはその一瞬の合間に、マリアに笑みを見せていた。

 

 

抜剣(バッケン)

 

 

 ガチン、という音と共に漆黒のオーラが吹き荒れる。

 そしてそのオーラの中から二つの弾丸が射出され、迫りくるガリィとファラを正確に襲った。至近距離故に躱すことが出来ず、それぞれ氷の剣と大剣で受け止めざるを得ない。

 結果、その反動でガリィとファラは若干後方へと吹き飛ばされた。一瞬の奇襲が失敗に終わり、ガリィは不機嫌に漆黒のオーラに包まれたクリスを睨む。

 

 そしてオーラが霧散した時、中からは漆黒のギアを纏ったクリスが出てきた。

 

「そう簡単にアタシを散らせると思うなよ……アタシ一人でも、お前ら程度なら簡単に撃ち抜ける」

「随分な自信だこと……お仲間は頼りないみたいね」

「どうかな? 後ろの奴らも、まだまだてっぺんには程遠かったみたいだけどな」

 

 クリスの言葉と同時、蹴散らしたマリア達の方からもガチンという音と、ギアからの起動音声が聴こえてきた。

 

 なんの起動音声か―――当然、『イグナイトモード』である。

 

 一気に上昇するフォニックゲイン。

 そして漆黒のオーラが晴れた瞬間、そこにはクリス以外の装者全員が漆黒のギアを纏って立っていた。明らかに先ほどまでとは違う出力に、ガリィ達も余裕の笑みを引っ込める。

 こうなると少々状況も変わる。流石に高性能なオートスコアラーと言えど、先ほどまでの優位性は保てない。逆に、劣勢であるとも言えた。

 

 だが、二体の表情に決して焦りはなかった。

 敗北する可能性を感じられていないのか、はたまたこの戦いにおける目的の達成には何の障害もないのか、それは分からない。それでも、二体は優雅にポーズをとって構えた。

 

「まぁこちらにとっては好都合ですし、良しとしましょう」

「と言っても、やられた分くらいはやり返すけどね☆」

 

 カランコロン、とカカンッ、という小気味良い音が鳴った時、ガリィとファラは一気に敗色の濃くなった戦いに身を投じる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 久しぶりにリディアンの地を踏んだ時、懐かしさと共に何処か不穏な気配を感じた。

 平穏に見えるけれど、どこかピリついているような――そんな感覚。

 俺がこの地を去ってからしばらく、未来との電話からも事態が急変していることは分かっていたけれど、此処まで空気が変わっているとは思わなかったな。

 

 ああ、だめだな。やっぱり、こんな状況で尚……面白そうだと感じている。

 

 やはりこの感覚が鍵なんだろう。

 おそらく俺が俺であった時、最も自身の根幹となっていた感情がコレだ。そしてコレがあったから、今の自分をおかしいと感じている。

 さて、この予感が正しいのなら……この地に俺の記憶の種が集まってきているのかもしれないな。

 

「『やぁ』『元気かな?』『泉ヶ仙珱嗄さん』」

「お前は……」

 

 すると、不意に後ろから声を掛けられた。

 振り向いてみれば、そこには学ラン姿の少年がいる。今の俺とおそらくは同年代なんだろうが、見たことのない少年。だがどこか、懐かしいような感覚があった。

 

「『僕の名前は球磨川禊』『ただの高校生さ』」

「高校生ね……にしては、大分異質な空気の持ち主だな」

「『よく言われるよ』『けど、これが僕だからね』」

「そう、それで? 何の用だ球磨川君? なじみに何か言われたか?」

「! 珱嗄さん、記憶が……っ!」

「ああ、やっぱりか……お前、過去の俺を知ってるな?」

 

 しまった、球磨川はそんな顔をした。

 ちょっとカマを掛けてみたら、括弧付けたような話し方を止めるほどに動揺している。これはどうやら予想は当たっていたようだ。俺の過去に一番近い存在は、きっと俺の母親――なじみという名の女性なのだろう。

 思えば俺は彼女を母親と認識していたけれど、彼女の名前を正確に認識出来ていなかったようにも思える。なじみ、という名前なのは漠然と知っていたけれど、その苗字は俺と同じだったか? 否、違った気がする。どうにもしっくりこない。

 

 そして、目の前のこの少年が俺の母親のことを知っていて、俺の記憶がないことをたった今証明してくれた。どうやら俺の記憶喪失は確定事項のようだ。

 

「『……やられたなぁ』『珱嗄さんならそういうこともありえそうだから』『つい

引っ掛かっちゃったよ』」

「まぁ、俺の中の違和感と今あるだけの情報を鑑みて、俺の過去に辻褄が合わないってだけの考えだったが……記憶喪失は間違いないってことが分かれば十分だな」

「『あはは』『記憶を失っても』『底知れなさは流石だね』」

「それで? 君は何をしに俺に会いに来たのかな?」

 

 問いかける。

 球磨川禊という人物が過去の俺にどう関係していて、どういう関係だったのかは分からないが、今のこの俺に接触してきたということには意味があるんだろう。だとしたら、そこから過去の記憶を取り戻す糸口が見つかるかもしれない。

 

 感情に従って口端が弧を描く。

 

 長年染みついた癖の様に、ゆらりと首が傾いて。

 

 面白くなりそうだという期待を込めた視線を送る。

 

 すると、球磨川禊は一瞬ブルッと肩を震わせながら、嬉しそうに笑みを浮かべて一歩、俺の方へと近づいてきた。両手を軽く広げて、少々の興奮を抑えながら口を開く。

 

「『恩返しだよ』『珱嗄さん』『僕は貴方の力になりにきたんだ』」

 

 おかしな話だろう。

 だが、球磨川禊のその言葉に嘘はないと、何故か俺は知っていた。その言葉に込められた意図を感覚で理解していた。それが俺の知らない出来事であっても、確かにあったのだと。

 

 だから自然と言葉が出た。

 

 

「期待以上だ―――球磨川君」

 

 

 




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第四十話 強くなるために必要な思いは

 キャロルと二課が戦っている最中、またそこに手を貸しているパヴァリア光明結社の存在。その更に裏で、パヴァリア光明結社のトップである統制局長がリディアンの地に足を踏み入れていた。

 これだけ水面下で複雑に絡み合っている組織と組織が出てきているのだ。表だけではなく裏でも複雑な鬩ぎ合いを行っている。二課という一組織だけで対処できる範疇を大きく逸脱していることは間違いない。

 

 キャロル・マールス・ディーンハイム、二課のシンフォギア、フィーネ、安心院なじみ、そしてパヴァリア光明結社。これだけの超常の存在たちが、同時期に同じ場所に集まるなんてことがありえるだろうか。いや、確実になんらかの手が加わっている。

 

「ねぇアダム? これから何をするの? 私久々に目覚めたんだし、アダムとデートしたいなぁ~!」

「いけないよ、今は。僕らにはあるからね、やらなければならないことが」

「ぶぅ~、アダムのいけずぅ! でもそんなところも好き!」

 

 パヴァリア光明結社の統制局長、アダム・ヴァイスハウプト。

 完成されたような美形を持ち、白い衣装に身を包んだ男だった。珱嗄も感じていたリディアンの緊張感をひしひしを受け止め、心地良さそうに笑みを浮かべている。

 そしてそんな彼の隣にいるのは、ガリィやファラ同様に自我を持った人形だった。オートスコアラーなのだろうが、ガリィ達よりも幾分人形らしい見た目をしており、間接が動く度にカシュンと音が鳴っている。アダムに対して非常に強い好意を抱いているのか、人形であるにも関わらず乙女チックな言動が目立っていた。

 

「もうすぐ訪れる、忌まわしきカストディアンに復讐する時が」

 

 空を見上げ、薄らと見える昼の月を睨みつけながらアダムは呟く。

 かつての先史文明時代、フィーネが本当の意味で生きていたその時代に、人類に統一言語や聖遺物という技術を与えたにも拘らず、最後は『バラルの呪詛』を施すことで人類を引き裂いた存在。

 人が神と崇め、そして恐れた存在である。

 

 アダム・ヴァイスハウプトはその身に積年の憎悪を滾らせながら、月から視線を切る。

 

「まもなくだよ、ティキ……出番は。必ず手に入れる、"神の力"」

 

 この物語における最後のピースが、リディアンに集まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ガリィとファラ、二体のオートスコアラーを撃破するのであれば、クリス達の優位は盤石だった。

 『イグナイト』を纏った五人の装者がいる以上、二体にとって彼女たちの戦闘スキルが多少劣っていようと、その出力でゴリ押しされればひとたまりもないからだ。現にガリィもファラも徐々に追い詰められており、あとがない状況にいる。

 

 だがこの優位を形作っているのは間違いなく、雪音クリスだ。

 

 ガリィもファラも、クリスによる後方射撃に思うように動き回ることが出来ないでいる。行きたい場所に行かせない。不利な場所へ誘導する。少しの隙も的確に撃ち抜きにくる。そうしてあらゆる行動がクリス一人に制限させられていた。

 少し前であれば此処までの難敵だと思わなかったというのに、なにが彼女を変えたのかとすら思う。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 ――――"HORIZON†SPEAR"

 

 マリアのアームドギアから放たれるエネルギー砲がガリィとファラの間に放たれ、溜まらず別々の方向へと飛び退く二体。

 だがその飛び退いた先には、それぞれ切歌と調が待ち構えている。大鎌に狙われるガリィと、丸鋸に囲まれるファラ。どちらも氷の盾と大剣でソレを防ぐが、そうして動きが止まったところにセレナが攻撃を仕掛ける。

 

 ――――"FAIRIAL†TRICK"

 

 二振りの短剣がファンネルの様に動き、それぞれ動きの止まった二体を狙い撃つ。

 ガリィは盾を展開しながら、片手で氷の剣を生み出し弾き返そうとするも――それに気を取られた瞬間、クリスの弾丸が氷の剣を持った腕を肘から撃ち抜いた。

 

「ッ!? アグッ……!!」

 

 驚愕する間もなく、セレナの短剣がガリィの胸に突き刺さる。

 

 またファラもその短剣を防ぐべく調の丸鋸を逸らし、短剣の方へと調を放り投げる。だが結果投げられた調の身体でクリスが隠れ、短剣を大剣で弾いた時、調の影に隠れて移動したクリスが背後からファラを撃ち抜いた。

 互いに致命的なパーツを打ち抜かれたのか、動きが緩慢になる。

 

 そしてその隙を見逃すほどクリス達も愚かではない。

 

 ギギギ、と錆び付いた様に動きが悪くなった二体。そこへ迫るのは切歌と調の二人。

 ファラとガリィは最後の足掻きなのか、一瞬のアイコンタクトを交わしたのち、迫りくる切歌と調に対し、別々に踏み込んだ。ファラは調の前に、ガリィは切歌の前に。

 何をしようとしているのか分からなかったが、それでも好機と見た二人は止まらない。

 

「はぁぁぁああ!!」

「デェェェス!!」

 

 そして同時に振り下ろされた大鎌と丸鋸により、ガリィとファラは同時に両断された。

 

「――――まぁ、任務は達成ですし、良しとしましょう」

「アハッ☆」

 

 ファラとガリィが最後に笑みを浮かべ、機体が限界を迎えて爆発する。

 何かを成し遂げたような表情、そして不穏な言葉を残した二体に、クリス達は怪訝な顔をするが、それでもオートスコアラーを打倒したのには変わりない。今度は完全に破壊したのだから、ガリィの様に再度出てくることもないだろう。

 

 で、あれば。

 

「ふー……袋叩きみたいなもんだったが、一先ず勝利だな」

「そうね……彼女たちの言葉を信じるのなら、まだ二体のオートスコアラーがいるわけだし、敵の首魁も健在。まだまだ油断できないわ」

 

 クリスは大きく息を吐き出してギアを解除する。マリアたちも同様にギアを解除したが、今回はなんとか数の差で勝利出来ただけだ。仮に此処にクリスが居なければそれだけで戦況が崩れていた可能性は十分にあった。

 ともかく、二課と『F.I.S.』が同盟を組んで初の戦闘では勝利を収めることが出来たということが大事である。

 

 何故なら今回の戦いに勝利できたことは、突然に表れた世界を破壊しようとしている錬金術師に対し、自分たちの力は通用することの証明に他ならないからだ。

 装者の持つ素の出力は未だに未熟なままであるが、現時点でギアが引き出せる暴走出力を使いこなす『イグナイト』であれば、戦える。

 

「こちら現場、戦闘終了……帰還する」

『こちらでも確認した、全員怪我はないか?』

「とりあえずはな、早めに『イグナイト』で押し切ったのが効いたみたいだな」

『了解した。体内洗浄の準備は整っている、帰還次第医療ルームへ向かってくれ』

 

 通信を用いて弦十郎と連絡を取ったクリスは、二三言言葉を交わすと、マリア達に視線を送り、帰還を促す。マリア達も初の『イグナイト』起動により負荷は感じているのだろう、やや重たい身体を動かして帰路に着く。

 今回は勝った、だが次はどうなるか分からない。

 クリスは疲れを感じながら空に浮かぶ昼の月を見上げる。

 そして数秒掛けて息を吸い、大きく吐き出して歩き出した。

 

 戦いはまだ、始まったばかりである。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 クリス達が帰還し、体内洗浄を終えてから。

 既に馴染みとなった二課のミーティングルームにて今後の方針が会議されていた。前回のメンバーに加えて、エルフナインも会議に参加しており、今後のキャロルの動向に対する対策を練ることが本題である。

 

 このメンバーの中で唯一エルフナインだけが、キャロルに通ずる情報を持っている。なにせ元々は彼女の元からやってきたのだから、当然のことだ。

 

「まずは改めてキャロルの目的をお話しますね」

 

 故に、この会議で最初に口を開いたのはエルフナインだった。

 

「キャロルの目的は、この世界を分解し、その全てを識ること。その為にワールドデストラクターであるチフォージュ・シャトーを完成させようとしています」

「敵の戦力は?」

「キャロル自身の戦力はおそらく、現状の装者の皆さんが立ち向かっても太刀打ち出来るかどうかわからないほど高いです……あとは、ガリィとファラを撃破したことで残り二体のオートスコアラーがいます。どちらも戦闘においてはガリィやファラ以上の性能を備えているので、今回の様にはいかないと思います」

 

 エルフナインの説明に対してクリスが敵の戦力を問いかけると、エルフナインから出てきたのはあまり良くない情報だった。待ち構えている敵の強大さに、正直二課のピンチは未だに継続している。

 クリスと『F.I.S.』の装者の連携は未だ調整中であり、シンフォギアの機能やフォニックゲインの知識から出来そうなことは全てフィーネたちから上がってきているが、それもすぐさま出来るかと言えばそう簡単にはいかない。

 

 シンフォギアの機能の核は、やはり装者自身の歌から生み出されるフォニックゲインだ。その出力が低ければ、シンフォギアの真価は発揮できない。逆を言えば、フォニックゲインさえ高めることが出来れば出来ることは多いということだ。

 ならば、『歌』という観点からアプローチするのは当然のことである。

 

「装者同士のユニゾンであればフォニックゲインは飛躍的に高めることが出来ることは、切歌君と調君の例から確認出来ている。であれば、いかなる状況、どの組み合わせでもユニゾンして戦うことが出来るようにする必要があるな」

「加えてシンフォギアには約三億個にも上る機能制限が掛かっていて、これは装者の技量や戦闘スタイルによって段階的に解除されていくようになっているの。つまり貴女達の実力を底上げすることは最優先ね」

 

 この場にフィーネというシンフォギアを作り上げた専門家がいることは、二課にとって本当に幸いだっただろう。シンフォギアを纏って戦うにあたって、どのように何を伸ばすべきなのかを的確に指示できる人間なのだから。

 装者達は真剣にその話を受けて、深く頷く。

 すると今度はウェル博士が口を開いた。

 

「僕は今回『イグナイト』が着想を得たというギアの暴走状態について考えてみました。これを見てもらいましょうか」

 

 ウェル博士がそう言うと、モニターに立花響の暴走時の画像が映し出される。漆黒のオーラを身に纏い、まるで獣の様な姿へと変貌した状態だ。

 

「この暴走状態は装者自身が何らかの要因で負の感情が限界を迎えて増大し、制御不能になった場合に起こるものです。言い換えれば装者の歌がマイナスエネルギーとなるフォニックゲインを生み出した結果と言えます」

「まぁ、確かにそうだな」

「であれば、高レベルのフォニックゲインを生み出すことが出来れば、ギアは暴走状態とは真逆の高出力状態へと移行する可能性もありえます。それこそ、シンフォギアにはいくつもの機能制限が付いているわけですからね」

「!」

 

 ウェル博士は生物学に富んでおり、フィーネとは別で『LiNKER』をつくりあげ、ギアとの適合率を引き上げることに成功している。ならばギアとの適合率を引き上げ、その先にどのような変化が起こるのかを予想することは、彼にとって専門分野とも言えた。

 暴走状態があるのなら、暴走せずにその出力を引き出した状態だってあるはずだと考えたのだ。

 それは意図的に暴走状態を引き起こして制御する『イグナイト』とは全く逆。

 マイナスのエネルギーではなく、プラスのエネルギーでもってギアを進化させる考えた方である。

 

「なるほどな……どうなんだ、了子君」

「……確かに、ありえない話ではないわね。そもそも暴走状態ですら響ちゃんが居なければ発覚しなかったもの、その逆があってもおかしくない」

「……ウェル博士、その状態に移行するために必要なフォニックゲインを生み出すことは、現時点で可能だろうか?」

「無理、でしょうね。そもそもシンフォギアはあくまで聖遺物の力を引き出す手段であって、装者の意思が伴わなければ幾ら適合率が高かろうと、生み出されるフォニックゲインは底が知れます。大事なのは――」

 

 ウェル博士は装者達の方へと視線を向けて、

 

「――彼女たちが強い意思と、覚悟を持って戦うことです」

「強い意思と、覚悟……?」

「そちらにいる雪音クリスさんとの戦闘記録を見させていただきました。明らかに二課と敵対していた時と今では、戦闘時のポテンシャルに圧倒的な差があります。それほど時間が経っているわけでもないのに、何故此処までのパワーアップを果たしているのか、疑問に思いませんか?」

 

 確かに。弦十郎達もそれは疑問に思っていたことではあった。

 最初にガリィがアルカ・ノイズを率いて現れた時も、弦十郎はクリスの実力を鑑みて、『イグナイト』無しにノイズの掃討は難しいかと思っていた。にも拘らず、クリスは素の状態でアルカ・ノイズを掃討し、ガリィですら終盤まで『イグナイト』を使わずに戦ってみせた。これは予想外のことである。

 ウェル博士はこれに自分なりの結論を出していた。

 

「つまり、シンフォギアは装者自身の覚悟や意思の強さによって、強くも弱くもなるということです。雪音クリスさんには今、明確な覚悟がある……だから今回も二体のオートスコアラーに対して終始優位に立ちまわるだけの力を発揮出来た」

「ウェル博士に言われて僕も戦闘記録を確認しましたが、確かにクリスさんの通常戦闘時のフォニックゲイン値は、以前とは桁外れに上昇していました」

 

 ウェル博士の話に補足するようにエルフナインがモニターにデータを出す。そこにはクリスの生み出すフォニックゲイン値の比較があった。二課と敵対していた時と、今回の戦闘時、その値には明らかな差があり、これを偶然と片付けるにはあまりに高い上昇率であることが見て取れる。

 ウェル博士の論が間違っているとしても、装者の精神状態が生み出されるフォニックゲイン値に大きな影響を与えていることは疑いようもない。

 

「で、あれば、装者それぞれが高いフォニックゲインを生み出す方法はたった一つ」

「それは……?」

 

 ウェル博士も気分が乗ってきたのか、勿体ぶるように指を一本立てた。

 それに対して全員が興味を示しているのを確認してから、一瞬の間を置いてから高らかに言い放つ。

 

「―――つまり、"愛"ですよ!!!」

「何故そこで愛!!?」

 

 ウェル博士の出した答えに、マリアが勢いよく立ち上がりながらツッコミを入れた。

 

 

 




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第四十一話 世界の中心

 ウェル博士が結論を急ぎすぎたせいでよく理解できていない全員に、改めてウェル博士は掻い摘んで説明をする。シンフォギアの適合率と、生み出されるフォニックゲインについての見解を。

 ウェル博士曰く、シンフォギアとの適合性に奇跡なんてものはないという。そこには適合するだけのメカニズムがあり、それをクリアしてやればシンフォギアを身に纏わせることは可能なのだと。

 

 そのメカニズムとは。

 

「僕の専門は、聖遺物と生物とを繋げる生化学。そして櫻井了子の作り上げた『LiNKER』を改良し、負担の少ない『改良型LiNKER』を作り上げました。その中で、何がシンフォギアと装者とを繋ぎ、その力となっているのか……それを突き留めたんです」

「それが愛だと?」

「その通り! 正確には人間の脳の一部分の働きがギアに対して大きく影響を及ぼしている。その一部分こそが、人が愛を感じる時に働く場所なのです……つまり、聖遺物と人を繋ぐ鍵は、人の抱く強い愛情なのです」

 

 ウェル博士の言葉に驚いたのは、弦十郎達だけでなく、シンフォギアや旧型の『LiNKER』を作ったフィーネも同様だった。愛、それこそがシンフォギアを纏う装者の強さであり、生み出されるフォニックゲインの強さであるなど、フィーネは思いもしなかったのである。

 だが、だとすれば説明のいくことも多い。

 

 立花響は大切な幼馴染を傷つけられたからこそ、憎悪を抱いた。

 憎悪とは、愛情とは正反対の感情―――だから彼女のギアはそれに応え、暴走した。

 

 雪音クリスは残酷な運命を生きてきたからこそ、優しい人が平和に暮らせる世界を願った。

 それはいわば、人の幸福を願う慈愛の心だ。そして今のクリスはそれを成し遂げるために命を懸ける覚悟を持っている。だからこそ、それに応えたギアは強いフォニックゲインを生み出し、彼女の力となった。

 

 これだけの事例があれば、それを説明出来るウェル博士の論理は間違っているとは言い切れない。

 

「事実、その理論で作られた改良型の『LiNKER』を使うことで、マリア君達がギアを纏うことが出来ているのは間違いない。奏君の使っていた旧型とは比べ物にならない性能だ」

「確かにね、私の作ったものを遥かに凌駕することは間違いないわ。けれど、だからといって今の皆が『イグナイト』に匹敵するフォニックゲインを生み出せるかと言ったら難しいのも事実……そこをクリアする方法が愛と言われても、すぐに解決できるものでもないでしょう?」

「その通り、ですがこれを踏まえて戦うのとそうでないのとでは、こちらの取れる選択肢の数が変わります。シンフォギアを纏って戦う以上、戦いに迷いやマイナスな感情は返って装者を危険に晒します。だからこそ、何が装者のケアになるのかが理解出来ていることがどれほどの価値を生むのか、分からないわけではないでしょう?」

 

 ウェル博士の言葉に、弦十郎達はグッと言葉を飲む。

 確かにそうだと思ったからだ。

 装者の迷いや恐怖心、苦しみを自分たちが理解し、大人として支えてあげられていたのなら、立花響はまだ此処にいたかもしれない。風鳴翼も球磨川によって心を折られることはなかったかもしれない。雪音クリスがたった一人、自分の身を犠牲にしてまで戦おうとする覚悟を決めなければならない状況を、作らずにいられたかもしれない。

 

 子供たちが戦う以上、それが出来なければならないと、分かっていたというのに。

 

 けれど、ウェル博士の理論を踏まえれば、最大限のフォローが出来る。恐怖があると判断したのなら、戦場には意地でも出さない。迷いがあるのならとことんまで共に向き合って、最後まで装者達と共に戦う。

 それが大人としての責任である。

 

「僕から言わせてみれば、適合係数がどれほど高かろうと、装者の意思が弱ければ意味がないんですよ。それはシンフォギアに限った話ではありません。戦いにおいて全てを決定するのは人の意思です……覚悟のない人間は、戦場に立つべきではない」

「……確かに、その通りだな」

 

 自分の話は以上だと、ウェル博士が席に座る。

 具体的に装者の強化に対して何か方法があるわけではなかったが、それでも彼が齎した新事実は弦十郎達に与える影響が大きかった。少なくとも、より一層気は引き締まった。

 

「では、次の議題に入ろう。エルフナイン君。今後キャロルの行動で予想されることはあるか?」

 

 続いて、弦十郎はエルフナインにキャロルの次なる目的について問いかける。

 すると、エルフナインはそれに対して頷きながら話し始めた。

 

「チフォージュ・シャトーを動かすためには、どうしても必要になってくる聖遺物があります。それは『ヤントラ・サルヴァスパ』という聖遺物で、調べたところ今は二課の聖遺物管理区域である『深淵の竜宮』に保管されています」

「ではキャロルはその聖遺物を狙うと?」

「確実に狙ってくると思います。であれば、『ヤントラ・サルヴァスパ』を他の場所へと移動させ、厳重に保管するべきではないでしょうか」

「うむ……では次の襲撃が起こる前に装者諸君の警護の下、該当聖遺物を移動させよう」

 

 エルフナインの齎した情報から、次のキャロルの目的を先回りして潰すことにした弦十郎。ようやく、敵に対して先手が取れる時がやってきたのだ。

 それでも戦力的には未だに敵の方が強大。

 装者全員で掛かってようやくオートスコアラー二体を倒せたくらいだ、油断はできない。二課はようやく戦えるラインに立っただけに過ぎないのだ。

 

 此処からは頭脳戦だ。

 どれだけ相手の情報を掴み、先に手を打つかどうかの勝負。そしてあらゆる不足の事態に対し、対応する手を多く用意出来るかで戦いの優位性が変わってくる。

 更に言えば、二課にとって敵となりうる相手はキャロルだけではないのだ。

 安心院なじみも、球磨川禊も、無視することのできない強大な存在である。キャロルと同時に何かしでかす可能性だってゼロではない。

 

 それを理解した上で、全員が今後二課がとる行動に了承を返す。

 

 そして具体的な作戦を話し合おうとした時、その場に今までいなかった人物の声が響いた。

 

「―――まだまだ甘いな、そんなんじゃ勝てねぇぞ」

「!?」

 

 その声がしたのは、弦十郎の真後ろからだった。全員の正面に立っていた弦十郎の真後ろに、先ほどまでいなかったはずの人物がいる。これは、弦十郎一人の意識の問題ではない。この場にいる全員の目を掻い潜って、弦十郎の背後を取ったということだ。

 振り返れば、そこには金髪にヘッドホンを付けた少年がいた。

 

 逆廻十六夜である。

 

「確かに数はいる、良い目をしてる奴もまぁいるようだし、頭も回る奴も揃ってるようだが……それじゃ足りねぇ、お前らはもっと徹底した危機感を持つべきだぜ。でなきゃ、安心院なじみはおろか、錬金術師にだって負ける」

「……何者だ?」

「見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜様だ。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれ」

 

 十六夜はどこかのお嬢様に対して名乗った様に、そう名乗った。

 だが弦十郎達が知りたいのはそういうことではない。十六夜もそれは理解しているのだろう、弦十郎の影からスッと出てきて、全員の視線を受けられる場所へと移動する。

 

「そんなに警戒せずとも、何者なのかくらいちゃんと教えてやるよ。さっきも言ったが、俺の名前は逆廻十六夜……安心院なじみの協力者だった者だ」

「!?」

「安心院なじみの協力者……だった? 今は違うみたいな言い方ね」

「その通りだよ、俺は奴を裏切って敵に回ることにしたのさ。奴のやり方が気に食わなかったんでね」

「……詳しい話を聞きたいところだが……まずこれだけは訊かせてほしい。君は我々の味方か? それとも、敵か?」

 

 弦十郎達は突然現れた未知の相手に対し、警戒心を抱かずにはいられない。

 クリス達はいつでもギアを纏えるように構えているし、弦十郎も戦闘態勢、オペレーターの二人も拳銃を構えて十六夜を狙っていた。

 だが十六夜はそんな状況で尚余裕の表情を崩すことなくポケットに手を突っ込んで立っており、弦十郎の問いかけに対しても淡々と答える。

 

「敵ではないってのが正しいか? 良く言うだろ、敵の敵は味方ってよ……俺にも俺なりの目的がある。別にその為に安心院なじみを倒さなきゃならないわけじゃねぇが、奴に先をこされんのは少々癪に障るんでね。それに、安心院なじみを負かすのも面白いと思った……だからこの際だし、お前らに協力してやろうと思ってな」

「協力……つまり」

「そう、安心院なじみを打倒するに当たって、お前らに力を貸してやるってことだ」

 

 あくまで傲慢、自分が力を貸してやるのだというスタンスで話を進める十六夜に対し、弦十郎達はその傲慢さに苛立ちを覚えることはなかった。なにせたった今、自分たちの目を掻い潜って弦十郎の背後を取ったのだ。

 それはつまり、その気になれば、この場にいる全員を気付かれることなく殺すことも可能だったということである。

 

 どんな力を持っているかは定かではないものの、その傲慢さに見合うだけの力を持っていることは、この一瞬で証明されたも同然だった。

 

「君の目的はなんだ……そして安心院なじみは何をしようとしている?」

 

 弦十郎は慎重に問いかける。

 前回、球磨川禊も同じように突然現れ、二人の命を奪って姿を消した。結果的には全て何も無かったかのように死んだ人間も生きており、ありとあらゆる痕跡が消えていたが、その凶悪な所業は全て覚えている。

 だからこそ、今回は何の油断もなく、あくまで慎重に話を進める。一挙手一投足に気を配り、張り詰めた緊張感と集中を途切れさせないようにしていた。

 

 それでも、十六夜はなんのことはないとばかりに答える。

 

「俺もアイツも、目的は一緒だ」

 

 安心院なじみと逆廻十六夜、その両者の目的は一緒。それはそうだ、元々は協力していたのだから、その目的が同じなことはわかりきっている。問題はその方法が合わなかっただけの話。

 だが十六夜は此処でこの状況における重大な真実を告げた。

 

「安心院なじみと俺だけじゃない。球磨川禊もそう……俺達と同じ目的をもって動いている人間は、もっといる……そしてその全員が今、このリディアンの地に集まってる」

「なっ……!?」

「安心しろよ、全員もれなくバケモンだ。お前らが相手してるノイズや錬金術師なんかより、ずっとデカい力を持った奴らが何人も潜んでる」

 

 その真実は、二課にとって衝撃以上に戦慄を与えた。

 安心院なじみも、球磨川禊も、そして目の前の逆廻十六夜も、繋がっている。今体感しただけで一人だけでも敵わないと思ってしまう怪物が三人。それもこの話が確かなら、この三人以外にも何人も怪物が潜んでいるなどという。

 

 絶望してしまうほどの真実に、弦十郎は思わずふらついてしまい、テーブルに手を着いて身体を支えた。

 

「司令っ……!」

「っ……大丈夫だ……ふー……それで、その目的とはなんだ?」

「へぇ……これを聞いても諦める気配は無しか、それも全員ときた……いいな、お前ら」

 

 十六夜は今の真実を聞いて尚、この場にいる全員の心が折れていないことに笑みを浮かべた。あまりのスケールの大きさについてこられていないだけかもしれないが、それでも戦うことを諦めていない全員に、気分を良くする。

 

 これならば、まだ使い物になるだろうと。

 

「俺たちの目的はただ一つ」

 

 逆廻十六夜は告げる。

 今世界で起こっている全ての事件、全ての登場人物が誰を中心に、動かされているのか。当然だろう、弦十郎達は知らない。知る由もない。

 この世界は物語であり、主人公と呼ばれる存在がおり、そしてそこに干渉している枠外の存在がいるなど、誰も思わない。誰もが現実を生きているのだから。

 

 

「かつての泉ヶ仙珱嗄を取り戻すことだ」

 

 

 誰も分かっていない。

 全ては、泉ヶ仙珱嗄という人物が始めたことなのだと。

 

 

 




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第四十二話 横槍

書籍化作品の第二巻発売に際し、更新がストップしていました汗
再開致します。今後ともよろしくお願いいたします!


 逆廻十六夜が二課に合流し、改めて対策会議が進められる。

 話の中心はやはり十六夜という新たなメンバーから齎される情報についてだろう。彼の持つ安心院なじみや泉ヶ仙珱嗄に関する情報は、まさに現状を打破する一石足りうるのだ。

 全員が十六夜の言葉に集中して、新たな情報への理解に努めていた。

 

「さっきも言ったが、安心院なじみや俺らの目的はあくまでかつての泉ヶ仙珱嗄を取り戻すこと。それ以外のことは正直どうだっていいんだ」

「かつての、ということは泉ヶ仙珱嗄には普通の人間以上の何かがあるということか? 我々も彼については血縁まで遡って調べたが、おかしな点は一つもなかったぞ」

「ああ、ある。調べたって出てこねぇよ、なんせアイツの過去はこの世界とは別の世界での話だからな」

 

 十六夜の言葉に反応したのは弦十郎。

 安心院なじみや十六夜ほどの桁外れの強者が、それほどまでに執着を見せる泉ヶ仙珱嗄とはなんなのか、それが目下最大の謎である。彼の出生、出自、過去遡れるだけの先祖まで調べ上げたとしても、そこに何かしら得体の知れないものを見つけられない一般人。二課としてはそれ以上のことを泉ヶ仙珱嗄に見いだせないのだ。

 だが十六夜の口から飛び出してきたのは、自分たちの想像を遥かに超えた超次元の話だった。

 

 自分たちのいるこの世界とは全く別の世界での話――つまり異世界である。

 

「まぁ俺も安心院なじみも、珱嗄について全てを知っているわけじゃない。何処から来たのか、何処で生まれたのか、そのあたりのことは誰も知らねぇ……けど、アイツはかつて様々な世界を渡ってきた。聞いた限りじゃ人類と別種族との戦争を終わらせたり、魔法の存在する世界で数々の次元世界を渡ったり、安心院なじみの存在する世界で無敵を誇ったりしたらしい。その後に幾つ世界を渡ったのかは知らねぇけど、俺と出会った世界でも、数々の修羅神仏を相手に負けなしの存在だった……つまり、この世界で一般人として過ごしている珱嗄って奴は、昔神や人外をも超えた最強の男だったってことだ」

「神様よりも強いなんて、規格外すぎるのデスよ……」

「でも、安心院なじみなんていう人外が関わってくるなら、それくらいの相手でもおかしくない……」

 

 泉ヶ仙珱嗄の正体を知って、その場にいる全員に衝撃が走る。

 かつて神すらもが恐れた無敵の人外――泉ヶ仙珱嗄。

 弦十郎はそれを聞いて数秒考えると、再度十六夜に問いかける。

 

「安心院なじみと泉ヶ仙珱嗄の関係は? 彼がかつてそれほどの存在だったとして、安心院なじみが彼に執着する理由はなんだ?」

 

 当然、疑問として浮かぶのはそれだろう。

 安心院なじみは宇宙創成から生きる究極の人外だ。そんな彼女が同格以上の存在である泉ヶ仙珱嗄とどういう関係だったのか、仲間だったのか、敵だったのか、友人だったのか、それによって彼女への対策方法も変わってくる。

 

「ま、所謂恋人だよ。かつて珱嗄と安心院なじみは互いに愛し合う恋人として、宇宙の終末まで添い遂げた、添い遂げ抜いた二人だ……俺の知る限り、アイツらが離れたことは一度も無かったくらいだしな」

「恋人……」

 

 十六夜の答えに、フィーネがぽつりと呟く。

 

「安心院なじみは珱嗄がこの世界に生まれるずっと前、かつての自身の出生と同じく宇宙の創生以前よりこの世界に誕生していた。奴に比べりゃ俺達が生まれたのはつい最近のことだが、俺たちは生まれた時から過去の記憶があった……珱嗄のことも、自分がやってきたことも、全て知っていた」

「つまり、安心院なじみは宇宙創成よりも前から動いていたということか? 泉ヶ仙珱嗄がこの世界に誕生すると知っていたと」

「その辺は定かじゃねぇが、奴ならあり得る話だ」

 

 その返答に、弦十郎達の心中に浮かんだのは恐怖だった。

 安心院なじみという存在が泉ヶ仙珱嗄の奪還を目的としており、それを誕生した瞬間から計画していたのだとすれば。

 

 現在自分達が相手にしているのは、およそ数百億年以上の年月を掛けてお膳立てされてきた計画だ。

 

 かつて孫氏と呼ばれた人物は、戦わずして勝つという結果を最善のものとして後世に伝えた。そして、戦いは始まる前から勝敗が決まっているという言葉も。

 相手を知り、状況を知り、己を知り、あらゆる情報を手中に収め、その対策を練り、万全の準備を欠かさなければ戦に勝てる。

 

 ならば安心院なじみのこの計画は――破ることなど出来ないのではないか?

 

 そう思わされてしまう。

 泉ヶ仙珱嗄を取り戻すために、彼女はおそらく無数の策を張り巡らせてきたはずだ。数百億年以上の年月を費やしてきたはずだ。ならばノイズという存在も、聖遺物という存在も、この地球上での今も、自分達の組織の成り立ちすらも、彼女の手の内で操作されている可能性すらある。

 

「愛する者の為に、此処までのことをするか……」

「おそらく並び立つ者のいない安心院なじみにとって、永遠にも等しい孤独を埋めた唯一の存在だからな……それくらいのことをするくらい、好きなんだろうよ」

「……そんな想いに、私たちは勝てるのデスか……?」

「そもそも、阻止しなければいけないモノなの……?」

 

 安心院なじみのやろうとしていること、その過去を知って、切歌と調がそんな疑問を抱く。安心院なじみのやろうとしていることは、泉ヶ仙珱嗄を取り戻すこと。であれば他人を殺そうというわけではないし、人類を脅かすようなことをしているわけでもない。

 

 安心院なじみを止めなければならない理由は、正義は、自分達にあるのかと。

 

 それに対する答えを、弦十郎達は出せない。

 安心院なじみも、球磨川禊も、目の前にいる十六夜も、結果だけ見れば何もしていない。誰も殺していない。

 

「……それでも、アタシたちが戦わないといけねぇ奴らがいて、そこにそいつらが関わってんなら進むしかねぇよ。戦う理由があるのかどうかは、その先でわかる」

「……そうだな、その通りだ。まずは錬金術師キャロルの目的を阻止することが先決だ。十六夜君だったか、君はどの程度我々に協力してくれる気がある?」

「キャロルとおたくらの喧嘩に手を出す気はねぇ。ただ、安心院なじみの関与する件に関してであれば、俺も手を貸すさ」

「了解した……では、一先ずキャロルの目的とされる聖遺物の保管区画、『竜宮の深淵』の警護を行う。装者の諸君は再度身体検査の後、二チームに分ける。アルカ・ノイズによる攪乱がないとも限らない、有事の際に動ける戦力を残しておく」

『了解!』

 

 弦十郎の指示に、装者全員が了承を返す。

 十六夜からの情報はさておき、止めなくてはならない相手がいることは確か。そして今まで散々後手に回されてきた二課が、ようやく先手を取る時がやってきたのだ。

 

 ここで敵の目的を阻止し、首魁であるキャロルを引きずりだす。

 

「尚、十六夜君や球磨川禊が安心院なじみの関係者である以上、その動きを悟って彼女が動く可能性も十分にある。現場での状況が目まぐるしく変化するかもしれないことを念頭に置き、あくまで冷静に判断することを心掛けてくれ……優先すべきは敵目標聖遺物の守護だ」

「目標聖遺物は、いざとなれば破壊してもいいのか?」

「最悪の場合は、それもやむなしと考えていい。世界の分解と天秤に掛ければ、些細な損害だ」

「了解した」

 

 クリスの問いかけに、弦十郎は頷きを返す。

 

「では、諸々の準備を整え、一時間後に『竜宮の深淵』に向かう。行動開始!」

 

 そして質問がないことを確認してから、弦十郎のその言葉で全員が行動を開始した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 二課とキャロル陣営がそうして動きだしている最中、珱嗄もまた、動きだしていた。

 リディアンの地に戻ってきてから、珱嗄は球磨川禊を連れて身を隠しながら情報を集めていた。球磨川禊から齎された情報を元に、ひっそりと。

 

 やってきたのは、墓地だった。

 人の姿はなく、珱嗄は球磨川を連れて数々の人が眠る墓石の中を歩いていく。球磨川自身は何も聞かされていないのか、周りをキョロキョロと見回しながらも珱嗄の一歩後ろを付いてきていた。

 

「確認だけど、俺の母親……安心院なじみと球磨川君はかつて、俺と関わりのあった人物だってことだよな? で、多分だけど、そういう奴がまだ数人いる」

「『うん』」

「ま、面白くないから詳しくは訊かないけど……君達の目的は多分俺だろ? それも今の俺じゃなく、かつて君達といた『俺』だ」

「『まぁ、そうだね』『その為に安心院さんも僕も動いている』」

 

 歩きながら球磨川と話す珱嗄。

 笑みを浮かべながら、目まぐるしく変わる事態に気分を良くしているようで、珱嗄の足取りも軽くなっていた。

 

 珱嗄が球磨川から聞いたことは、大体が登場人物を聞いた程度のことだった。現在二課とキャロルという錬金術師が戦っていること、シンフォギアと呼ばれる武装のこと、安心院なじみという人外がいること、などである。特にこれといった詳細は訊いていないが、それでも何が起こっているのかくらいは知っているといったところだ。

 

「『それで』『これは何処に向かってるの?』」

「これから人と合流する、ほら……あそこに居る奴だよ」

「『?』」

 

 珱嗄が顎で示した先、並ぶ墓石を抜けた先にある木の下に、フードを被った人影が立っていた。シルエットから女性だろうが、その顔は陰になっていて見えない。

 珱嗄が近付いていくのを見て、球磨川も遅れて付いていく。

 

「リディアンに帰る最中に出会ったんだ、それで今回俺の協力者として付いてきてもらった」

「『一体……?』」

 

 人影の前までやってくると、珱嗄はその人物に対して片手をあげて挨拶する。

 すると、その人物はフードに手を掛けその顔を露わにした。

 

「そいつは仲間か? 珱嗄」

「うん、まぁそんなところ」

「『!?』『まさか、その人って』」

 

 そしてその顔を見て、球磨川禊は驚愕に目を見開く。

 そこにいたのは、本来いるはずがない人物だったからだ。フードを取り、服の中に入っていた髪の毛を出す彼女は、シニカルに笑って球磨川を見る。

 

 赤い髪と強気な瞳は炎のようで、そのシニカルな笑みからは彼女自身の人柄が伺えた。

 

「俺も驚いたけどね、どうやら生きていたらしいよ」

「どーも、知ってるかもしれないけど、アタシは天羽奏(・・・)だ」

 

 その名前は、二年前に立花響がノイズ襲撃を生き残った代償に支払われた命の名前。かつて風鳴翼と共にツヴァイウィングとして日本中に名前を轟かせた歌姫。

 熱烈で、苛烈で、熾烈だった少女。

 

 天羽奏。

 

 死んだはずの人物の登場に、不死身の球磨川が呆気に取られる。

 

「てことで球磨川君、これから横槍を入れに行くよ」

「撃槍だけにな」

「『横槍って……』『一体何をする気?』」

 

 球磨川の問い掛けに、珱嗄と奏は一層の笑みを深めた。

 

「決まってるじゃん、俺をハブって勝手に遊んでる奴らの頭をひっぱたく」

「アタシも会いたい奴がいるしな」

 

 そして一拍置いてから、

 

 

『手伝ってもらうぞ、球磨川君?』

 

 

 二人の言葉が、ユニゾンして球磨川禊の耳に響いた。

 

 

 




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第四十三話 ヤントラ・サルヴァスパ

 『深淵の竜宮』

 

 それは、海底に建造された異端技術に関連する危険物や未解析品を収める管理特区の通称。その名の通り、「玉手箱」になぞらえていつしかこう呼ばれるようになった場所であるが、竜宮城のお宝といった貴重品が管理されているわけではなく、どちらかといえば扱いに困る危険物などの保管庫である。

 

 海底ということで、当然ながら潜水艇を使って入らなければならない場所である。

 二課から送り込まれた人員は、キャロルたちの襲撃よりも早くこの場所へやってきていた。メンバーとしては、クリスを筆頭に、相性の良い切歌と調、そして弦十郎の四人である。弦十郎に関しては、念のため『ネフシュタンの鎧』を持ってきていた。

 

 現場指揮に支障が出るということで弦十郎が出動することはなかった今まで。しかし『F.I.S.』と同盟を組んだことにより、今はナスターシャやウェル博士といった指揮代行が出来る人材やフィーネという頭脳がいるのだ。

 『ネフシュタンの鎧』というノイズにも対抗出来る武装を入手した今、弦十郎に現場へ出撃しない手はなかった。

 

「わかっていると思うが、敵の首魁であるキャロルは非常に頭が切れる。おそらくこの場所を狙うに当たり、俺達が出張ってくることは予測出来ているはずだ。そして、こちらの戦力に関しても奴らは既に把握した上で手を打ってくる」

「だからこそチームを二つに分けたんだろ? アタシらの戦力を分断するために、こっちとは別口でノイズの襲撃が起こる可能性を考慮して」

「そうだ。敵は先のオートスコアラー二体との戦闘で、こちらの装者全員の戦力を確認している……イグナイトが如何に高出力の戦闘力を誇るからといって、搦め手まで力技で捻じ伏せられるわけではないからな」

 

 無線から届く指令室からのオペレーションに従い、弦十郎を先頭にクリス達は目標聖遺物のある区画へと歩く。

 その途中、弦十郎から掛けられる言葉をクリス達は頷きながら聞いていた。

 

 キャロルという人物は数百年という時間を生きているからか、とても経験に長けており、その頭脳も非常に優秀だ。実際、アルカ・ノイズを操って自分達を翻弄してみせている。まして、その襲撃がどういう目的で行われたものなのかを一切悟らせていないのだ。

 オートスコアラーを二体撃破することに成功したとはいえ、その結果すら予定調和であるようにも思えるほどに。

 

 だからこそ、弦十郎は今回の作戦には敵の想像を超える必要があると考えていた。

 

「つまり、奴らの想定を超える予想外を引き起こさなければ、こちらに勝ちの目はないということだ」

「だからアンタが出張ってきたのか? わざわざネフシュタンまで持ってきて」

「いや、俺がいることは誤差の範囲だ。それに、こう言ったが奴らの想定を超えるのはおおよそ不可能だ……なにせ、俺たちは向こうの戦力や計画の全容を知らないのだからな」

「じゃあどうするんデス?」

「全力を尽くすしかないな。そして、戦いの中で進化する以外に道はない!」

「滅茶苦茶なのデスよ!?」

 

 最後は空気を変えるためか明るく言った弦十郎に、ズッコケる勢いで突っこんだ切歌。

 とどのつまりはそれくらいの気概で臨むべき戦いであるということだ。相手の度肝を抜く策も、未知の力も、あればいいのだろうが無いのだ。

 であれば、この手にあるもので全力を尽くすしかない。

 

 そうしている内に敵の目標聖遺物である『ヤントラ・サルヴァスパ』の保管されている区画へと足を踏み入れる。

 

 すると、弦十郎が何かに気付いたのかハンドサインでクリス達を静止した。一気に緊張感が走り、鋭い眼光で弦十郎が視線を彷徨わせる。何らかの気配に気が付いたのか、もしくは敵の攻撃が始まっているのか。

 切歌と調は自身のアームドギアである大鎌と丸鋸を構え、クリスはフーーと息を吐き出して集中力を高めた。

 

 そして、数秒の沈黙の後―――クリスのハンドガンが二度、火を噴いた。

 

「ッ―――っと、まさかバレるとは思わなかったワケだ」

「少しは楽しめそうねん♪」

 

 弾丸から弾かれるように姿を見せたのは、二人の女性だった。

 一人は黒髪をおさげに結び、大きめの眼鏡を掛けた少女。そしてもう一人は青い髪を二つ結びにし、やや煽情的な服装に身を包んだ女性。

 

 オートスコアラーではない、れっきとした生きた人間である。しかし、得体の知れない二人の空気に、弦十郎達は警戒心をグッと高めていた。

 

「お前たち、一体何者だ……キャロルの手下か?」

「手下だなんて、随分甘く見てくれるワケだ」

「ま、協力者ってとこね。その証拠に、あーし達はキャロルの目当ての物を取りに来たわけだし」

「『ヤントラ・サルヴァスパ』か……!」

 

 不敵に笑う二人の敵に、弦十郎は歯噛みする。 

 察したのだ、この二人は既に『ヤントラ・サルヴァスパ』を手にしてしまっていると。現にその聖遺物が目当てであれば、自分たちの前に姿を現す必要はなかった。身を隠したまま、さっさと去ってしまえばよかったのだ。

 それでも尚自分たちの前に姿を現したということは、相応の目的があるということ。目的である聖遺物を手に入れたというのに、この場で果たさなければならない目的があるとすれば―――

 

「まんまと罠に掛かったってわけか」

「ああ、そのようだな……足止めだ」

「殲滅かもな」

 

 ―――此処に投入される戦力の足止めだ。

 

 つまり、この場で目的を達成した彼女たちの別なる目的は、この場でのことではなく、また別の場所でのこと。そしてそれを達成するために分断された戦力をこの場に押し留めることが、彼女達が此処にいる理由である。

 

 弦十郎とクリスの言葉に、切歌と調も息を飲んだ。

 間違いなく、この場において一つ格上の二人が警戒しているのだ。切歌と調の胸中には不安と勇気が鬩ぎ合っている。

 

「さて、しばらく付き合ってもらうワケだ」

「しっぽりと、ね♪」

 

 そして、罠に嵌めた二人がそう言ってばら撒いた結晶から召喚されるアルカ・ノイズ。

 無数の怪物を前に、もう一方のチームへの心配と焦燥感に駆られながら、クリス達の戦いが始まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 リディアン音楽院に隣接している二課の医療施設内、その一室で、風鳴翼は横になっていた。意識はなく、目を覚ましても動くことはない。

 心が砕かれ、日常生活を送る気すら起きないほどの虚脱感に満たされているのだ。念のため監視と警護の為、ドアの前に職員は配置されているが、刺激しないように部屋の中に人はいない。バイタルチェックのための機材の機械音と翼の呼吸音だけが、部屋に存在していた。

 

 けれど、そこへ新たな人影が現れる。

 そこに現れたのは、安心院なじみだった。ずっと前から其処に居たかのようにそこに現れた安心院なじみは、眠り続ける風鳴翼の傍に立ち、彼女を見下ろしている。特に何をするわけでもなく、ただ何かを待つようにそこに立っていた。

 

「……やれやれ、球磨川君の行動はある意味ナイスだけど、行動不能が続くと少々面倒なんだよね。かといって僕が手を貸すのもなんだし、自分で立ち直ってくれるのが一番いいんだけど」

 

 呟き、小さく溜息をつく安心院なじみ。

 球磨川禊が風鳴翼の心を破壊し、戦闘不能に陥らせたことで、二課の戦力は大幅に激減した。立花響と決定的に決別した直後のことだったこともあり、立花響も二課に戻ることはできず、それにより団結した二課とフィーネの下に戻った雪音クリスのみが残った形になった。

 安心院なじみとしては、これも想定内の展開である。

 結果的に立花響と雪音クリスは戦う意思が強くなり、またそれに応じて限界を超えた強さを手に入れた。そして安心院なじみとしては、その二人の領域に、風鳴翼も至ってくれれば尚良いと思っている。

 

 敵対している彼女達が強くなることは損でしかない筈なのに、何故そうするのか、それは安心院なじみ本人にしか分からない。

 

「ああ、やっぱり……此処にいたんだな」

「!」

 

 すると、不意に扉が開き、安心院なじみに声が掛けられた。

 現れた人影は一つ。聞きなじみのある声に、安心院なじみの表情が変わる。嬉しいのか、悲しいのか、複雑そうに歪む顔だった。

 

「珱嗄」

「久しぶりだな、母さん」

「……帰ってきたんだね」

 

 其処に居たのは、珱嗄だった。

 母さん、と呼ばれたことに少し言葉に詰まった様子の安心院なじみだったが、努めて平静に返す。何日ぶりか、何ヵ月ぶりか、それとも何年振りか、そんな気すらする再会に、両者の間で奇妙な空気が流れていた。

 

 なじみは察する。

 珱嗄は現状を正しく認識していると。

 珱嗄も察する。

 なじみはもう母親としての役割を演じる気はないのだと。

 

 であれば、此処にいるのは一人の女と、一人の男だ。

 対等な目線で、不平等な能力で、全てを知っている側と忘れている側で、それでも互いにどうあるべきなのかを探っている。

 

「球磨川君に聞いたよ、俺の母親じゃなかったんだってね。それに、俺はかつての自分を忘れているってことも気付いた」

「……そうかい。それで、どう思ったのかな?」

「知っているんじゃないのか? こういう時に、俺がどう思うのかなんて」

「……」

「――面白いと思ったよ、日常はつまらないと思っていたけれど……こんなファンタジーが待ってるなんて、嬉しい限りだ」

 

 ゆらり、と笑う珱嗄に、安心院なじみは切なそうに笑みを浮かべる。

 

「変わらないね、君は……君じゃなくなっても変わらない……その在り方」

「何をしようとしているのかは知らない……けど、それはきっとかつての俺を取り戻すことに繋がっているんだと俺は見てる」

「……」

「俺は気付いてるぞ。球磨川君の他にも俺を知ってる奴が何人かいることも、この世界の他にも違う世界があっただろうことも、お前が響ちゃんたちを使って何かをしようとしていることも―――」

「そのくらいなら、別に気付かれたところで――」

「―――お前がきっと、俺の恋人だったってことも」

 

 息が止まった。

 珱嗄の言葉に、心が激しく動揺したのを理解する。別段、何に気付かれたところでどうとも思うはずがないと思っていた。珱嗄なら気付くだろうし、珱嗄ならどんな真実に辿り着いたっておかしくないと思っていたから。

 

 けれど、自分との関係性に気付かれることが、こんなにも怖いとは思わなかった。

 

 怖かった。

 今の珱嗄が自分の気持ちを知って、それを拒絶するかもしれないということが。かつての珱嗄のように受け入れてくれると信じられるほど、安心院なじみは気軽に考えていなかった。

 

 今の珱嗄は普通なのだ、普通の無力な一般人だ。人外としての力を持つ自分を、受け入れられるなんて到底思えない。

 

 仕方がないことだ。かつての珱嗄を取り戻せば、きっとかつてのように通じ合えると信じているけれど、今の珱嗄に受け入れられないかもしれないなんてことは、仕方のないことなのだ。

 なじみとてそんなことはわかっている。

 

 それでも、自分の最愛の人に、仕方がないことでも拒絶されたくはないのだ。否定されたくはないのだ。だから言わなかった、ずっと黙っていた、母親として過ごしてきた。

 

 全ては、いつかかつての珱嗄を取り戻した時を待って。

 

「…………」

「当たりだろう? まぁ、俺に対する愛情は母親としても行き過ぎていたから、すぐにわかった」

「……だとしたら、どうだっていうのかな?」

「別に? 好きにすれば? なんにせよ、俺にはお前の記憶がない。好意も嫌悪もない、母親でなくなった以上、他人でしかないからな」

「っ……そうかい」

 

 珱嗄の言葉は、当たり前のことだった。

 拒絶でもなければ、許容でもない。ただありのままの事実を受け入れ、その上で他人であると称しただけのことだった。家族ではなく、敵ではなく、味方でもなく、友人でもなく、恋人でもない―――顔見知りなだけの、他人。

 

 けれどなじみとっては、やはり心にきた。

 

「それじゃあ、僕はいくよ……やることがいっぱいあるからね」

「そう、じゃあね」

「……」

 

 ふ、となじみの姿が消えた。

 珱嗄に顔を見せないようにして。

 

「……さて」

「もういいか?」

「ああ、話したいことも話せたしな」

「じゃあ、アタシたちの目的に取り掛かるか」

 

 余韻に浸るように数秒の後、扉の外から奏が入ってくる。球磨川禊の姿はなかった。珱嗄の指示でどこかに行っているのか、単に解散しただけなのか、ともかくこの場にいるのは珱嗄と奏、そして眠っている翼のみ。

 

 安心院なじみが居なくなった今、風鳴翼の病室へやってきた彼らの目的とはなんなのか。

 

「じゃあ早速、翼ちゃんをいただいていこうか」

「おう」

 

 珱嗄の言葉と共に、二人は翼に設置されていた点滴の針を取り外し始めた。

 

 

 




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第四十四話 復活のG

 クリス達が『深淵の竜宮』にて敵勢力との戦闘を開始した時、二課の司令室では新たな存在の登場に動揺が走っていた。

 登場したのはキャロルとは違う二人の錬金術師。オートスコアラーしかり、アルカ・ノイズしかり、キャロルの用いる戦力にはキャロル以外の人間がいないことから、錬金術師はキャロル一人だと考えられていた。

 しかし、その予想は此処で大きく覆される。登場した二人の錬金術師の存在は、キャロル陣営の戦力がより強大なものであることを証明するからだ。

 

 クリスと弦十郎、そして切歌と調もいるとはいえ、シンフォギアと錬金術は全く異なる異端技術だ。そこには互いに知りえない未知の領分があり、どのような手を打ってくるのか予想が付かない。

 もっと言えば、こちらの手札は知られているのだ。仮にイグナイトを使った所で、対処されてしまう可能性は十分にある。

 

「想像以上に大きな組織が裏に付いているみたいですね」

「確かに、錬金術師という存在について詳しくはありませんが……これほどの実力者が個人で続々と登場するとなると組織だった動きを感じざるを得ません」

 

 映像でソレを確認するナスターシャとウェル博士は、同じような見解で錬金術師の組織がより巨大なものであることを悟る。

 そしてそれはフィーネも同じだった。

 違うのは、その組織に心当たりがあったことである。

 

「チフォージュ・シャトーなんて大層な建造物を作る計画、複数の錬金術師、オートスコアラー……ここまで錬金術の粋を集めたような行動、どう考えても国組織ではない。となれば、やはりパヴァリア光明結社か」

「パヴァリア光明結社? なんなのそれは」

 

 フィーネの零した言葉にマリアが反応する。

 パヴァリア光明結社、マリアからすれば見たことも聞いたこともない正体不明の組織だ。けれど、フィーネは知っている。かつて聖遺物を取り合い争った相手だからだ。

 

「先史文明時代、私は今と変わらず聖遺物の研究を進めながら目的の為に行動していた。その際、私と聖遺物を取り合い争った組織がいたのだ。それがパヴァリア光明結社……錬金術師によって構成された組織。創始者であるアダム・ヴァイスハウプトを筆頭に、遥か昔より歴史の裏で暗躍してきた正真正銘の秘密組織だ」

「そんな組織が……組織の目的はなんなの?」

「さぁな……私も詳しくは知らないが、これほどの組織を作り上げるくらいだ……生半可な目的ではないだろうな」

 

 フィーネから出る情報に対して、マリアたちは新たな勢力の登場に眉を顰める。

 

「無論、今起こっている計画がキャロル主導で行われている以上、パヴァリア光明結社が黒幕としている可能性は低いだろうが、協力しているのは間違いない。それも、結社の錬金術師が直接援護に来るくらいだ……かなり密接な関わりがある」

「フィーネ……貴女はその結社と争ってきたと言いましたね……危険度でいえばどの程度の勢力なのですか? 現状、その統制局長が前線に出てきた場合の勝算は?」

「危険度か……かつてのパヴァリア光明結社はまだ出来てそれほど時間も経っていなかった。今となっては、私と争っていた時よりもずっと大きな組織になっている以上、真っ向勝負になった場合の勝算は正直低いと思わざるを得ない……それに、統制局長アダム・ヴァイスハウプトの力は未知数だ。彼一人でもシンフォギア装者全員を蹴散らせる可能性は十分ある」

「勝算はほぼない、と……キャロルだけでも現状厳しい戦いですが、厄介な存在が出てきましたね……」

 

 ナスターシャの問いに答えるフィーネに、指令室にピリッとした緊張感が走る。

 とはいえ、そもそも安心院なじみという怪物を筆頭に、化け物染みた敵はもう散々出てきているのだ。緊張感は走るものの、それで臆するような者はいなかった。寧ろ、まだ出てくるのかと溜息が出るくらいには余裕がある。

 諦めなければ何ごとも何とかなるとは言わないが、それでもクリスのやるしかないという言葉が根深く心に刻まれているらしい。

 

 動揺するよりも、対策を練ることに一秒でも時間を割く。それが今の二課に出来ることだ。ゲームオーバーにはまだ早い。

 

「風鳴司令、地上では現状なにも起きていません……焦らず、目の前のことに対応してください」

『了解した……そちらで何かあった場合は、すまないが頼む』

「ええ、問題はありません」

 

 ナスターシャは通信で風鳴弦十郎に短くそう伝えると、一度通信を切る。

 そしてモニターを切り替えて、リディアンの街外れにある道路の映像を出した。そこには一匹のアルカ・ノイズと一人の女性が立っている。街頭カメラからこちらが見ているのを知っているのか、冷たくキリッとした目でカメラ越しにこちらを見ていた。

 

「明らかに挑発、ですね」

「ウェル博士、どう見ますか?」

「アルカ・ノイズの反応を出して我々に気付かせ、それ以上の行動はしない……余計な犠牲を出すつもりはないということでしょう。街外れを選んでいることも、人気のない場所を選んだとみて間違いないでしょうね」

「なら放置していてもいいと?」

「いえ、あの女性の目は本気です。あの一体のノイズは、こちらが何もしなければアルカ・ノイズを街中で暴れさせる準備があるという意思表示でしょうね」

「やはり……」

 

 弦十郎にはああいったが、実際のところこれから何か起きるという意味では嘘でもある。あくまで戦闘状況を見て、懸念事項を減らす意図でああ伝えたのだ。

 そして、そう言ったからにはこちらはこちらでやるべきことをやる必要がある。

 

 ナスターシャとウェル博士はお互いの見解を確認し、これからすべきことを的確に撃ちだしていく。

 

「誘いを掛けている以上交渉の余地がある可能性は捨てずにいきましょう。マリア、セレナ、二人で現場に向かってください……到着後、所属と目的を問いましょう。必要であれば、その場で交戦です。『LiNKER』を忘れずに」

「了解」

「わかりました」

「敵は未知数の錬金術師です。どんな手を使ってくるか分からない以上、油断はしないように」

 

 ナスターシャの指示に頷き、マリアとセレナが現場へと急行する。

 相手は錬金術師だ。イグナイト搭載のシンフォギア装者が二人いたとしても、オートスコアラーと同様にはいかないだろう。

 マリア達のいなくなった後で、指令室内での緊張感がより強くなるのを感じたフィーネ。

 

「オートスコアラーが出てこないとも限らない。二ヵ所同時襲撃とはいえ、さらに別の場所での襲撃がないともいえないのだ……気は抜けないぞ」

「そうですね……オートスコアラーはノイズと違って反応を捉えられません。職員の役割を分けます、現場指揮とその支援を少数で行い、残った職員で街全体の監視を。何か怪しいものを見つけた場合は即時ウェル博士に報告を……『竜宮の深淵』の方は私が対応します。フィーネ、マリア達の現場指揮をお願いできますか?」

「良いだろう、シンフォギアや決戦機能についても最も詳しいのは私だからな。エルフナイン、協力しろ」

「僕に出来ることがあるなら!」

 

 二課の強みは、現状指揮を取れる人材が豊富な所にある。弦十郎、フィーネ、ナスターシャ、ウェル博士の四人と、そのサポートにエルフナインという錬金術に精通する優秀な人材もいる。現場での戦闘では一歩劣るかもしれないが、サポート体制は十全に整っているのだ。

 

 それぞれがそれぞれの担当に集中し、的確かつ迅速に指示を出していく。

 今日まで、これから起こりうる全ての可能性を考え、そのサポートの準備を整えてきた。キャロルや安心院なじみ、アダム・ヴァイスハウプトという首魁級の存在達が出てきていない以上は決戦というわけではないけれど、それでも一度の敗北が後にどう響く変わらない以上、気を抜くことは出来ない。

 

「(さて……こうなってくると泉ヶ仙珱嗄の動向が気になる……記憶喪失の状態でここまで予想外の行動を取る人物だ、安心院なじみや球磨川の動機が彼に依存する以上……出来る限り彼の動向を把握しておきたいのだが……)」

 

 そうして動く中、フィーネは泉ヶ仙珱嗄という不安要素を考えて、密かに一筋の冷や汗を流した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そうして二課とキャロルたちが動く中で、異世界よりやってきた者たちが呼ぶところの主人公――立花響は廃ビルの屋上からリディアンの地を見下ろしていた。

 その手にはクリスや翼の持っているものと同様の赤い結晶があり、響はそれを見て密かに溜息をつく。

 

 立花響と小日向未来を連れ去った少女―――ヴィヴィオ。

 

 魔法使いだと名乗った彼女は、まず最初に響の体内に埋め込まれていたガングニールの欠片を取り出して見せた。話によれば響の体内にあったガングニールはシンフォギアとして展開する度に響の身体を侵食していたらしく、取り除かなければいずれは響の命を脅かしていたのだそうだ。

 フィーネによって融合症例と呼称されてはいたが、その融合には相応のリスクがあったということだろう。

 

 ヴィヴィオは体内のガングニールのことを、聖遺物ではなく『ロストロギア』と呼んだ。そして魔法により封印処理をすることで取り除くことが可能だとも。

 

 つまり響の手にある結晶は、ヴィヴィオが封印魔法で封印処理をして響の体内から取り除いたガングニールなのである。

 

「私の中にあった、ガングニール……」

 

 だが、それはつまり響はもう融合症例ではないということだ。

 ガングニールと融合していたからこその適合係数を捨てた今、ガングニールと適合してシンフォギアを纏うことは出来ない――けれど、響の胸には未だ聖詠が浮かんでいた。

 

 未来を仲直りし、憎悪の対象だったクリスの印象が変化し、未来から珱嗄の無事を知った今―――響には戦う理由があった。

 

「私には守りたいものがある……失ったと思ってたけど、全部まだ生きててくれた」

 

 ガングニールを握りしめ、ガングニールに語り掛けるように響は一つ一つ思い出すように言葉にする。

 未来も、珱嗄も、まだ生きている。そして生きているのなら、まだ幾らでも繋がれる。響は珱嗄の教えを思い出していた。

 

 ―――いいか響ちゃん……人は簡単に殺せる。だからこそ力はきちんと制御できないといけない。力を持つということには、ソレを振るうだけの責任を持つってことだ。

 

「うん、今ならわかるよ……珱嗄」

 

 ―――響ちゃんが何のために何と戦うのかは訊かない……けれどもしも手に入れた力を人に向ける時が来ないとも限らない。

 

「うん……それがとても恐ろしいことだってことも、身をもって知った」

 

 響は思い出す。

 雪音クリスの命を一度は奪ってしまった、あの日の罪を。珱嗄に前以って教えられていたのに、それを理解できないまま、覚悟もないままに闇雲に暴力を振るった自分の弱さを。

 

 ―――この拳で何をしたいのか、そしてそれを貫く強い意志を持つこと……それが"覚悟"を持つってことだ。

 

 ―――覚悟……私が何をしたいのか。

 

 ―――そう、響ちゃんは自分が戦うことで……どうなって欲しいんだ?

 

 

「……分かったよ珱嗄」

 

 立花響は一度、全てを失った。

 小日向未来に拒絶され、泉ヶ仙珱嗄を失い、風鳴翼にも見放され、挙句の果てには雪音クリスに拾われた。

 二課にも、リディアンにも、家にも、自分の居場所などないと思うくらいに絶望し、死んでもいいとすら思った。一度は全てを投げ出したのだ、響きは。

 

 それでも手遅れではなかった。

 

 小日向未来が手を取ってくれて、珱嗄の無事を知ることができて、まだこの拳を握ることができる。まだ胸に聖詠が浮かんでいる。

 

「私は諦めない、未来が取ってくれたこの手……握れば固い拳になるこの手を、誰かと繋ぐことを恐れない……!!」

 

 ―――Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……♪

 

 胸の聖詠を歌う。

 応えてくれると信じている。このガングニールが、立花響の想いに応えてくれると。

 

 輝き、響の身体を見慣れたシンフォギアが纏う。

 

「最短最速で、まっすぐに、一直線に!!」

 

 ガシュン、という機械音を唸らせ、響は飛び上がる。

 自分が出来ることを、繋ぐべき手を引くために、己の全身全霊を込めて、戦うべき場所へと向かう。戦場から取り残された彼女が、再度戦場へと、今度こそ覚悟を持って。

 

 

「ガングニィィィィル!!!!」

 

 

 響の雄叫びに、ガングニールが応えるように煌めいた。

 




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第四十五話 ヨナルデ・パズトーリ

 『深淵の竜宮』にて弦十郎達と邂逅した二人の錬金術師は、その名をカリオストロとプレラーティといった。アルカ・ノイズを召喚し、また二人ともが錬金術を駆使して襲い掛かってくる。

 錬金術の基礎は、理解、分解、再構成の三工程。けれど、錬金術を行う上で用意しなければならないエネルギーはやはり必要である。

 キャロルやそのオートスコアラー達はそれを自身らの想い出や他人の想い出―――つまり記憶を焼却することで捻出しているわけであるが、カリオストロとプレラーティはそれを生命力を用いることで捻出していた。

 

 想い出や生命力、どちらも人が生きる上では欠かせない構成要素ではあるが、恐ろしいのはそれを他者から奪い取って利用することが可能であるということ。

 

 現に、オートスコアラーであるガリィには他者から口内接触にて想い出を蒐集する機能が付いており、カリオストロ達もまたその生命力に相当するだけの命を奪ってきている。

 歌から捻出されるフォニックゲインをエネルギーとして利用する聖遺物と違い、本当の意味で人類の到達した異端技術。それが錬金術。

 

「はぁあああ!!!」

「ちょ、こいつシンフォギア装者でもないのに超厄介!」

「なワケだ!!」

 

 聖遺物という異端技術に対抗する、錬金術という人類の異端技術。

 それは確かに相当な力を秘めており、シンフォギアですら打倒できる可能性を秘めている。どちらも使い手次第ではこの世界の常識をひっくり返すことの出来る力だ。

 

 けれど、人間が本来秘めている可能性とて、捨てたものではない。

 

 カリオストロ達は、クリスや切歌、調というシンフォギア装者だけであれば、イグナイトを持っていたとしても抑え込める自身があった。誤算があったとすれば、それは『ネフシュタンの鎧』という完全聖遺物を身に纏った風鳴弦十郎がいたこと。

 彼はフィーネがノイズを用いてリディアンの地で暴れだした時から、様々な指示を出してそれに対応してきていたが―――現場にその姿を現したのは、アルカ・ノイズが初登場した時の一度だけ。それも数秒の間ネフシュタンの鞭を振るっただけだ。

 

 つまり、彼の実力自体はフィーネを除き、敵勢力には正確に知られていなかったということ。

 風鳴弦十郎――彼は強い、単純に。

 己の拳、肉体、それを駆使して振るう武術、気力。その強力な一つだけで、彼は軍隊すら相手に出来る男だ。ノイズという究極の対人間兵器すら出てこなければ、彼はシンフォギアに頼らずとも現場で戦える人間なのだ。

 まさしく人類最強と呼ぶに相応しい強さ。

 そんな彼が、聖遺物として最高位の完全聖遺物を身に纏っているのだ。その力は、クリスや響という超感覚や超集中を備えた装者であっても圧倒的。

 

「やんなっちゃうわ、ねっ!!」

「甘い!!」

 

 鞭という中遠距離の武装に対し、生命エネルギーを拳に纏わせてインファイトを仕掛けるカリオストロだが、弦十郎はその拳を軽々と躱し、超至近距離の位置からカリオストロの腹に掌底を添える。

 腕を引き、突き出す距離がないほどの至近距離が災いして添えるだけになってしまった掌底。カリオストロはそれを脅威ではないと判断して続く攻撃を加えようとするが、弦十郎は彼女の予想を遥かに超える。

 

 ―――"発頸"

 

「フッ!!!!!」

 

 ズドン!! という強打音と共に、添えられた掌底から腹部を貫く衝撃を諸に食らうカリオストロ。拳を振るうのには振りかぶりというものが必要になる筈なのに、添えられて運動エネルギーはゼロの状態だった掌底から、まるでハンマーを叩きこまれたような衝撃が生まれるなど、誰が想像できようか。

 

「ガッ、ハッ……!?!?」

「カリオストロ!」

 

 くの字になって吹き飛び、転がるカリオストロ。

 体内の空気が一気に吐き出され、転がる最中に全身を走る激痛を理解した。筋肉から生み出される物理的な打撃ではなく、体内の気功エネルギーを練り上げ、足元から筋肉を連動させて最小限の動作で放った掌底に、その全エネルギーを乗せたのだ。

 常識外れもいいところ。どういう理屈なのかも理解出来ず、理解出来たとしてもそれが実現出来る意味が分からなかった。

 

 転がるカリオストロにクリス達の相手をしていたプレラーティが駆け寄る。

 意識はあるようだが、全身を走る衝撃に肉体が悲鳴を上げているのをカリオストロは理解していた。なんとか立ち上がるも、弦十郎という人間がいる以上敗色は濃い。

 

「はぁ……はぁ……! これは予想外」

「二課にこれほどの怪物がいるとは、思わなかったワケだ……」

「本来なら、此処で君達に交渉し投降してもらうのが俺のやり方だが……すまないな、現状我々には余裕がない。君達には悪いが、死なない程度に痛めつけて強制連行させてもらう」

 

 弦十郎は容赦をしなかった。出来るはずもなかった。

 彼は現在、世界規模で脅威となりうる敵が複数いて、それらと戦う組織の長なのだ。人情と仁徳に厚い彼のやり方を貫くには、既に危機的過ぎる状況であることを、彼はしっかりと理解していた。

 クリスの覚悟も、響の絶望も、翼の弱さも、弦十郎は自分の甘さが原因だったと思っている。大人として、だなんて言葉を使ってきた自分が、大人として子供を導けず、挙句の果てに心に傷を負わせてしまった。これは誰が許そうと、己自身を罰さずにはいられない無様だ。

 

 故に弦十郎は、もう二度と後悔しない。

 

 一つの組織の長として、その拳で、その背中で、その在り方で示す。

 己の信念に厳しく、己の道理に熱く、己の正義に全霊を懸けるのだ。

 だからこそ、彼はもう過度な甘さを許さない。敵に情けを掛けるのも良いだろう、理不尽な力を振るうこともしたくはないし、相手の正義への理解も示そう。

 

 しかし、それは戦いで勝利してからだ。

 戦いの中でソレが出来るほど自分が強くないことを思い知ったからこそ、もう彼は順番を間違えない。

 

「まずは『ヤントラ・サルヴァスパ』を渡してもらおうか」

 

 最早―――風鳴弦十郎に付け入る隙はない。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 マリアとセレナが現場に到着した時、そこにいたのは映像で見た通り男装の麗人と言わんばかりの美しい女性だった。二人の到着と同時にアルカ・ノイズを消し、特殊な装飾のされた銃身の長い拳銃を胸の前にもってくる。

 即戦闘に入る気はないのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもないようだった。身構えるマリア達は、両者ともアームドギアを強く握りしめ、相手の出方を伺っている。ナスターシャの言った通り、錬金術は未知の領域だ――初見殺しの可能性も十分にあり得た。

 

「来たな、シンフォギア……二人か……期待より少ないが、まぁいい。我々の目的のためにも、此処で沈んでもらう」

「貴方達の目的はなに? キャロルの協力者の割には、少し行動の毛色が違うようだけど」

「キャロル・マールス・ディーンハイムの計画は彼女のものだ、協力はしているが……我々には我々の目的がある。利害の一致という奴だ」

 

 相手の言葉に対し、ゴクリと唾を飲みながら静かに問いかけるマリア。相手の対応は、無駄に情報を開示する気はないというような、端的なものだった。

 キャロルとの協力は認めるが、それとは別の目的があるという事実が分かったのは良いことなのだろうが、それはそれで厄介な問題が増えたことの証拠でもある。

 

 錬金術師という存在の厄介な点は、その魔法とも呼べる異端技術によって、条件さえ揃えばどんなことでも実現出来る汎用性と、総じて頭の切れる人間ばかりであるということ。

 人間の到達点の異端技術―――そしてそれを扱う人間は、歴史に学んで弱者の知恵を培ってきた存在。

 その知恵によって生存競争の頂点に立った以上、更に錬金術なんて異端技術を持てば鬼に金棒どころの話ではない。

 

「その目的は?」

「それを教える理由はない」

「……でしょうね!」

 

 バン、と錬金術の銃口が火を噴いた。

 物理的な弾丸ではなく、錬金術により構成されたエネルギー弾。シンフォギアの防御フィールドであっても、コレを防ぎ切るのは厳しい。

 マリアとセレナは左右へと飛び退き、その弾丸を躱した。

 するとその隙に女性はアルカ・ノイズを大量召喚して、戦力を増やす。

 

「今更ノイズ!!」

「はぁっ!」

 

 歌いながら、マリアとセレナは姉妹での連携でアルカ・ノイズを掃討していく。イグナイトの搭載されたギアである以上、アルカ・ノイズであろうとただのノイズと変わらない。シンフォギアであれば、さほど倒すのに苦労はしない。

 だが、マリアとセレナがノイズとの交戦を開始して数秒後、女性は弾丸を放つ。ノイズという壁を用意することで見えない位置から放たれたその弾丸は、時にアルカ・ノイズを数体撃ち抜きながら、マリア達に迫る。

 

 そして、その弾丸は正確にマリアの太ももを貫いた。

 

「あああッ!?」

「姉さん!」

 

 シンフォギアの防御フィールドを貫通して肉体を穿つ弾丸。錬金術によって防御フィールドを分解したのだろう。マリアは片足に力が入らず、その場で転倒してしまう。そこへアルカ・ノイズが襲い掛かってくるが、それをセレナが蹴散らしてマリアへと駆け寄った。

 太ももから多少血が流れているが、シンフォギアの身体強化のおかげか見た目ほど酷い怪我ではない。とはいえ、立つことは出来てもガングニールの敏捷性は喪失しているだろう。

 

 この状況では致命的なダメージを受けていた。

 

「くっ……!」

「時間を掛けてもいられないのだ……だから、早々に消えてもらうぞ」

 

 そう言って女性が取り出したのは、何らかの像。

 彼女はそこになにやら光り輝く小さな塊を触れさせると、錬金術特有の魔法陣が浮かびあがった。錬金術によってなんらかの錬成をしようとしていることは分かるが、その知識がないマリアとセレナはそれに対する理解が及ばない。

 またそれを邪魔しようとしても、マリアは負傷、セレナも周りのアルカ・ノイズに邪魔されて動くことが出来なかった。

 

 そして、

 

「これが錬金術……ヨナルデ・パズトーリの力だ」

 

 生み出されたのは、元の像とは似ても似つかない巨大な竜の様な生物だった。ノイズよりも強大な威圧感を持っており、同じ世界の生物とは思えないオーラを纏っている。

 その竜に対してマリア達が抱いたのは、純粋に恐怖だった。圧倒的に不利な状況、逃げようにもマリアは動けず、どう頑張っても追いつかれる。

 

 まして、錬金術師の彼女が逃亡を許してくれるとは思えなかった。

 

 絶体絶命、しかしセレナは動けないマリアを庇うように立ち塞がると、両手の小剣を構える。どうすれば勝てるのかは分からないけれど、それでも諦めるわけにはいかないという気合いがあった。

 

「……イグナイトモード……抜剣!!!!」

 

 そして自分の出来る限りを、とギアを抜剣――漆黒のギアへと変化した彼女のシンフォギアは、先程よりも桁外れの出力を弾き出し、その能力を大幅に上昇させる。フィーネたちの作り上げた『Elixir』のおかげもあって、更に適合係数やギアの能力を向上させていた。

 すると、そんな彼女の変化に気付いたのか、錬金術師がヨナルデ・パズトーリと呼んだその竜がセレナに襲い掛かる。勢いよく突進してくる竜に迎え撃つように、セレナは浮遊する小剣で三角形のエネルギーシールドを生成、それを受け止める。

 

 ドガァァァ! という轟音と共に衝突した竜とセレナ。

 

「うっ……ぐ……ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

『ガァァァァァァ!!!』

 

 だがその力は歴然――イグナイトの出力を以てしても、竜の突進を止められたのは数秒だった。

 

「セレナぁ!!」

「きゃああああああッッ!!!」

 

 マリアの叫びと同時、粉々に砕け散ったシールドを貫き、竜はセレナの身体を大きく吹き飛ばす。シンフォギアを纏っているとはいえ、その身体に走る衝撃はかなりのもので、セレナは宙に浮かびながら意識を失っているようだった。

 そのまま地面に墜落し、跳ねるように転がっていく。そして三度、地面をバウンドした彼女の身体―――シンフォギアも解除され、生身のままコンクリートの壁に衝突してしまいそうになったその瞬間、マリアはセレナの死を予期した。

 

 動かない身体に鞭を打つが、それでも間に合わない。

 

「いやぁぁああああ!!」

 

 目を見開き、涙すら浮かんで吹き飛ぶセレナに手を伸ばす。

 

 そしてセレナが壁に衝突するその瞬間―――橙色の輝きが視界をよぎった。

 

「ッ!!」

 

 衝突音はなかった。

 

「……何者だ?」

 

 セレナの姿が消え、マリアは動揺に視線を動かして彼女を探す。

 すると、自分のすぐ後ろに、一人の人影が立っていた。その人物の両腕の中にセレナが抱えられており、その人物がセレナを助けたことを理解する。

 

 其処に居たのは、マリアも初めて会う少女だった。

 

 話には聞いていた、けれど会うことはないと思っていた少女。

 橙色のギアを身に纏い、拳には大きなナックルギア、癖のあるベージュ色の髪、強い意思の感じられる瞳は話に聞いていたのとまったく違った。

 

「間に合って良かった……」

 

 少女はそう呟き、マリアに気を失ったセレナの身体を引き渡す。

 拳を掌にパンと叩きつけ、大きく息を吸い込みながらズン、と踏み込んで構える少女。

 

「……立花、響」

 

 自分と同じ、ガングニールを身に纏う少女。

 

「私の名前は立花響―――貴女の所属と名前、目的を教えてください」

「立花響……そうか、だが教える義理はない。お前もシンフォギア装者ならば、ここで消えて貰う」

「どうしても話を聞いては貰えませんか?」

「この状況でそれが叶うとでも? そのギアで、ヨナルデ・パズトーリを倒せると思っているのか?」

 

 立花響が、そこにいた。

 彼女は錬金術師と言葉を交わし、交渉を持ちかけるが、それを錬金術師は一蹴する。話をしたい響であるが、錬金術師はあくまで冷徹だった。

 

 まして響のギアにはイグナイトモジュールは搭載されていない。

 アルカ・ノイズの相手ですら、彼女のギアではリスクが大きすぎる。

 マリアは危機的状況が変わっていないことを理解し、どうすればいいのかと歯噛みした。

 

 しかし、立花響はもう迷っていない。

 

 ヨナルデ・パズトーリが脅威であろうと、自分のギアが圧倒的に不利であろうと、錬金術師が自分の言葉を拒絶しようと、立花響にはもう確固たる覚悟があった。

 

 

「だとしても―――私は貴女と話がしたい!」

 

 

 その拳は、もう誰かを傷つけるためのものではないのだから。

 

 




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第四十六話 撃槍と撃槍

 動き出しの速かったのは、響の方だった。

 ヨナルデ・パズトーリ、そして銃口を向けている錬金術師、大量のアルカ・ノイズ、後方に動けないマリアと気絶中のセレナ―――戦力差は歴然だ。これを一人で捌かなければならないというのであれば、僅かなミスが命取り。

 というより、先のマリアの喰らった弾丸を見ていれば、一撃貰うだけでもアウトだ。

 

 だからこそ、響の集中力、直感は極限まで高められていた。

 

 脳裏に浮かぶのは、風鳴弦十郎から教わった武の記憶と、泉ヶ仙珱嗄から教わった覚悟の記憶。

 大きく呼吸を一つ入れて、静かに歌い出した響の瞳はまるで波の立たない水面の様。錬金術師は思わず背筋に走る悪寒を堪えられなかった。

 

 ―――♪限界突破G-beat

 

 歌うのは、もう迷いはない自分の心。まっすぐ、最短最速で、一直線に、守りたいものを守るための拳を歌う。

 

 想像以上に高められていくフォニックゲインに警戒した錬金術師はアルカ・ノイズを動かし、ヨナルデ・パズトーリにも指示を出す。

 しかし、最初に述べた通り――最初に動いたのは響の方だ。

 

「はぁぁぁああああああ!!!!」

 

 アルカ・ノイズの動き出しより早く、アルカ・ノイズの懐に体勢を低くして潜り込み、斜め上へと突き出した拳で一体を破壊する。以前のノイズと違って炭化せずに赤い塵となることを確認した響は、その塵を通り抜けるようにもう一歩―――両の掌底で更に二体のノイズを破壊する。

 そこへヨナルデ・パズトーリの顎が迫るが、その時響は既に跳躍し、地面を抉るヨナルデ・パズトーリの頭の上へと身体を移動させていた。そしてその巨体の上へと着地すると、頭とは逆の方へと一直線に駆ける。腰のブースターが火を噴き、ナックルギアが超回転――歌のリズムに乗せて爆発音を響かせながら、響は一瞬で錬金術師へと迫った。

 

「くっ……ちょこまかと!」

 

 だが一直線にくるということは、狙いがつけやすいということ。

 錬金術師は真正面から迫る響に対して銃口を向け、即座に連射。ガン、ガン、という連続音と共に放たれた複数の弾丸が、響を襲う。

 

 しかし、

 

「なに!?」

 

 響の超感覚は、まるで来る場所が分かっているかのようにその弾丸を全て躱してみせる。左右へ、上下へと身体を移動させ、速度を落とさぬままに最低限の動きで躱す響に、錬金術師は驚愕した。それもそうだ、弾丸の速度を超えて動く人間など普通はいない。

 だがシンフォギアの身体強化と、獣のごとき危機感知を備えた立花響であれば可能。極限の集中状態、単体である以上の視野の広さ、そして珱嗄の教え、弦十郎の教えがそれを支えていた。

 

 そして目の前まで踏み込んできた響の拳。顔面を的確に抉ろうというその拳を、錬金術師は紙一重で首を傾けることで躱す。あまりの鋭さに掠った頬がスパッと切れた。

 

「離れろ!!」

「ッ!」

 

 苦し紛れに放たれた蹴りを躱すように、大きく飛び退く響。

 着地と同時に周囲をアルカ・ノイズに囲まれる。背後にはヨナルデ・パズトーリも体勢を整えていた。

 

「すぅーーー……」

 

 だが息を大きく吸った響は、更に旋律を重ねる。

 

「なっ……このフォニックゲイン……まだ上昇するというのか!?」

 

 鋭く、速く、風を斬るように――それは、響が憧れた戦場の歌姫の戦い方。

 自分は剣ではない、あるのは拳一つ。アームドギアすら碌に具現化出来ない自分が、戦場に立つ価値はあるのかと迷ったこともあった。

 

 けれど、勘違いしていた。

 

 よく考えてみれば、己は甘い。クリスや翼からすれば、戦場には相応しくない甘さの持ち主であり、抱く理想は理想に過ぎないと切り捨てられて当然の一般人。力はあっても、それを他人に向けることの恐怖に耐えられないような、そんな甘ちゃんだ。

 仮に天羽奏のように撃槍を手にしていたとして、それを満足に扱えただろうか?

 答えは否だ。

 そうではない、珱嗄も言っていた――自分はこの拳で何をしたいのかと。その問いの答えは、けして槍にはないのだ。

 だから、

 

 

 

「―――高鳴れ!!!」

 

 

 

 歌に乗せろ、ハートの全部を響かせて、拳を握るしかない。

 誰もが誰かを傷つけなくてもいい結末はあるはずだ。そんな理想を抱くことは間違いだろうか? 手を取り合うことが出来ると信じることは甘いだろうか?

 

 そんなことはない!!

 

「この両手で! この歌で!! 守り切ってやる!!」

「そんなことが出来るのなら―――この世に悲劇などありはしない!!」

 

 響の歌を聞いて、錬金術師は響の心を感じ取らされた。

 彼女が何を為そうとしているのか、自分に何を訴えかけてきているのかを、理解させられた。甘い理想と優しさと歌で何かを変えようとしているのだと。

 だからこそ、彼女は激昂する。

 そんな理想が罷り通るのなら、この世に悲劇などなかったのだと。バラルの呪詛なんてイカれた呪いが人類を引き裂くことだってなかった。

 戦いの中で平和を叫ぶなど、矛盾している。

 

 響が一層大きく踏み込み、駆ける。

 

「貫け―――♪」

 

 歌え、歌え。

 正面のアルカ・ノイズを拳で砕き、背後に迫るアルカ・ノイズを後ろ蹴りで薙ぎ払い、飛び掛かる複数のアルカ・ノイズをナックルギアの回転で生んだ破壊力で一気に打ち抜いていく。

 そこへ隙を突くように迫りくるヨナルデ・パズトーリの突進。

 

「危ない!!」

 

 マリアが思わず叫ぶも、響にはそれが見えている。

 

「限界なんて―――いらない! 知らない!!」

 

 ズン!! 地面が砕けるほどの踏み込み、あまりの勢いに一瞬地面が揺れたのではないかとすら感じた。

 ガシュンガシュンとまるでカートリッジをリロードするようにナックルギアが唸りを上げる。そして響の歌に呼応して拳にエネルギーが送られ、超回転と共に橙色の火花をバチバチと生み出した。

 

 ―――バチチチチチチチヂヂヂヂヂィ!!!!

 

 あまりの摩擦に炎が生まれたのではないかとすら思うほどの勢い。その火花を身に纏うように仰け反った響は、その両手を全力で前へと突き出した。

 

「絶対ッ!!!」

 

 衝突―――!

 ヨナルデ・パズトーリと響の両の掌底がぶつかり、衝撃波を生んだ。錬金術の輝きから生まれた光と響の雷の如き火花が、一際大きくフラッシュして辺りを照らす。

 先ほどイグナイト状態のセレナが受け止めきれなかったヨナルデ・パズトーリの突進を、響はその両手で受け止めていた。

 

 そして、

 

 

「繋ぎィ、は、なさな、ぁぁぁぁあああああああああああい!!!!!」

 

 

 雄叫びと共にソレを押し返した。

 ヨナルデ・パズトーリの身体が大きく後方へと押し飛ばされ、響の掌底は果たして降り抜かれる。悲鳴のように声を上げて仰け反るヨナルデ・パズトーリを見て、錬金術師は信じられないといった顔で目を見開く。

 

「なんだそれは……ただのシンフォギアで、一体何を束ねた力だ……! お前は一体何なのだ!!」

「はぁ……はぁ……! フッ……!!」

 

 ガシュン、火花を散らしていたナックルギアが開き、排熱の煙が噴き出される。

 流石に消耗しているようだが、響の瞳の奥に燃える熱は戦闘開始直後よりもずっと熱い。まるで燃え盛る太陽の様な威圧感すら覚える。

 

「私は、貴女の受けてきた悲劇なんて知りません。どれほどの何を抱えて、今戦っているのかも、何も知らない……」

「っ……」

「だから知りたいんです。貴女がどんな悲しみを消し去りたくて、何を為そうとしているのかを……知ることができたなら、それを手伝えるかもしれない。もしかしたら、誰も傷つけなくても成しえることかもしれない」

「戯言を……! お前一人に何ができるものか」

「だとしても―――私はもう誰かと手を繋ぐことを恐れない」

 

 覚悟としては、あまりに理想に溺れた甘さ。

 だがそれでも、本気で言っていることを疑えない。響の瞳は何の嘘も言っていなかった。

 当然、錬金術師とてそれが可能であればどれほどいいだろうかと思う。その理想が実現出来るのであれば、どれほどの幸福が生まれるのだろうかと夢見ない日などない。

 

 それでも、世界は残酷なのだ。

 

「……アルカ・ノイズは今の衝撃で消し飛んだか……立花響、といったな」

「……はい」

「私の名はサンジェルマン……お前が理想を実現出来るとのたまうのであれば―――私もまたお前に試練を与えよう。その理想は結局、理想でしかないのだと!」

 

 銃を掲げる錬金術師――サンジェルマンの言葉と同時、ヨナルデ・パズトーリが同様に唸り声をあげた。

 

「見るがいい、人類の辿り着いた極地は――神の力へと至るのだ!」

 

 ズガン、と放たれたサンジェルマンの弾丸はヨナルデ・パズトーリの身体を穿つ。

 何をしている、と思った響だったが、その意図はすぐに事象として現れた。サンジェルマンの弾丸で抉られた傷が、ヨナルデ・パズトーリから生み出された多数のフィルターを通すことで完治したのだ。

 まるで傷を受けたことなど無かったかのように。

 

「どんな傷であろうと、ヨナルデ・パズトーリは無数の並行世界に存在する同一別個体に肩代わりさせることで即座にダメージをなかったことに出来る……お前にコレを打ち破ることが出来るのか?」

「……だとしても、私が戦いを諦める理由にはなりません!」

「愚かな、シンフォギア!!!」

 

 互いに互いの信念を握りしめ、構える。

 覚悟を決め、譲れない思いがある者同士が向かい合えば、あとはぶつけるしかない。お互いが納得出来るまで、その思いを押し通し続けるしかない。

 

 そして再度ぶつかろうとしたその時、新たな存在が登場した。

 響とサンジェルマンの間に飛び込んできたその人影は、地面に穂先の大きな槍を突き刺し長く烈火の如き赤い髪を靡かせる。

 響はその人物を見て驚愕に目を見開いた。

 何故ならその人物は、死んだはずだったから。自分の命を救い、絶唱を歌い、死んだはずの人物だったから。あり得ない光景に言葉が出ない。

 

「なんだ……お前は」

「ハハ、そう邪険にすんなよ……派手な喧嘩してるから、つい割り込みたくなっただけさ」

 

 対照的にサンジェルマンは、戦いの出鼻をくじかれたことに不満げな顔をしながら飛び込んできた人物を睨みつけている。

 自分がアウェイな空間であることを察しながらも、その人物はカラカラと笑い、ズッと槍を引き抜き肩に担いだ。

 

「奏、さん……?」

「おう、奏さんだぞ。二年ぶりか……生きててくれて嬉しいよ、立花響」

「! ……はい!」

 

 天羽奏、その人だ。

 ニカッと笑いかけてくる奏に、響は自分を覚えてくれていたことを理解し、喜びに破顔した。何故生きているのか、今まで何をしていたのか、聞きたいことはいっぱいあれど、一先ずは彼女が生きていることが嬉しかった。

 

 それに、此処はまだ戦場である。敵を前に隙を見せることはできない。

 

「ふーん……同じガングニールが、三人とは、こりゃまた変な感じだな」

「私と立花響の戦いを止めにきたということは、立花響の応援か?」

「ま、そういうことだ。後輩が頑張ってる以上、先輩も気合い入れないとだろ?」

「良いだろう……どちらにせよシンフォギア―――いずれは戦うのだ」

 

 構えるサンジェルマンとヨナルデ・パズトーリ、そして響と奏。二対二の構図だが、後方にいるマリアとセレナが危険だ。このままでは戦いに巻き込まれて更に怪我を負う可能性もある。

 

 であれば、と奏は全体を見て判断した。

 

「響―――と、そう呼ばせてもらうぞ? まずは後ろの二人を安全な場所へ移動させてくれ。その間、こいつらはアタシが食い止める」

「!? そんな、でも!」

「大丈夫だ……アタシを信じろ」

「!」

 

 奏の指示に反発する響だったが、奏が自信たっぷりに笑みを浮かべてそう言い切る。響は奏にどんな策があるのかは分からなかったが、それでも簡単にやられるつもりはないという強い意思を感じた。

 

「わかりました……すぐに戻ります!」

「おう、任せたぞ」

 

 結果、何も言わずに首を縦に振った。

 即座にマリアとセレナの下へと駆け寄り、二人を抱えて走り去っていく響。跳躍し、木や建物の屋根を使って遠くへと二人を運んでいく。マリアは負傷、セレナも意識不明の重体だ、すぐにでも治療がいる。

 響はシンフォギアの通信機能を使い、本部へと連絡を取るのだった。

 

「さて……じゃあ、やろうか」

「ふん、望むところだ。立花響よりは、幾分やりやすそうだからな」

 

 そして、天羽奏とサンジェルマンは響の後ろ姿を見送りながら、互いに笑みを浮かべた。

 

 

 




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第四十七話 懐かしのとっきぶつ

 天羽奏―――二年前に戦場にて絶唱を歌い、死亡した筈の歌姫。

 

 非適合者でありながら、過酷な人体実験とLiNKERの過剰投与を繰り返し、血反吐を吐きながら遂にはガングニールを身に纏い、シンフォギアを纏う奇跡を体現した少女。

 風鳴翼と共に、ツヴァイウィングという名で日本中を轟かせたアーティスト。翼にとっての相棒であり、親友であり、自身の一部であった人。

 

 そんな彼女が何故生きているのか、正直それは誰にも分からなかった。

 

 あの二年前の事件の時に現場の対応をしていた二課の面々ですら、あの時天羽奏の死亡する瞬間を確認している。遠距離からのバイタルチェックでも生命反応は消失していたし、なんなら彼女は風鳴翼の腕の中で炭素に変わり、風の中に散っていったのだ。肉体すら残さず、魂に準じて死んだはずなのだ。間違いなく。

 生は死へと転換する―――そこに不可逆性はない。

 けれど天羽奏は生きている。

 二課の面々が見ている目の前で、かつてのようにガングニールを身に纏って。

 

「奏ちゃん……!」

「生きて……」

 

 藤尭と友里がそれを見て思わず泣きそうになる。

 何故生きているのかは分からない、けれど生きていることが素直に嬉しかった。信じられない光景であるからこそ、もう一度天羽奏の元気な姿を見られたことが胸を打った。

 

 だが、フィーネは映像を確認して更に驚愕していた。

 

 奏の纏っているガングニールのシンフォギア、それが以前のものと少し見た目の変化を遂げていたからだ。三億個以上の制限を持つシンフォギアは、装者の能力やバトルスタイル、性質によってその制限を少しずつ外し、それに適した形へとリビルドされていく。

 天羽奏のシンフォギアには、その現象が起こっていた。

 

「(彼女の適合係数ではLiNKER無しになんども起動出来るはずがない……なのに何故シンフォギアを纏えている? ウェル博士の言う愛とやらか? くそ、最近はなんだ? 奇跡のオンパレードか?)」

 

 奏が生きていることも謎だが、その彼女が纏うシンフォギアも謎だった。

 何故適合係数の低かった彼女が、LiNKERも無しにガングニールを身に纏っているのか。そしてそのガングニールが何故進化を遂げているのか。何故今まで姿を現さなかったのか。たった二年姿を隠していただけで、謎だらけの存在になって帰ってくるとは予想外すぎた。

 それでも奏が今生きていて、こちら側で戦っていることには変わりない。

 

 であれば、こちらも出来る限りのサポートをすべきだろう。

 

「ウェル博士、撤退したマリアとセレナの回収を頼む。二人とも重傷だ、早めの治療が必須だ」

「そのようですね……立花響の力には驚かされましたが、天羽奏……此処で彼女が出てくるとは想定外でした」

 

 フィーネは周辺探査を行っていたウェル博士に、響によって撤退させられているセレナとマリアの回収を頼む。ウェル博士は即座に回収へと人員を回した。

 そしてフィーネはガングニールのヘッドセットを通じ、奏に通信を試みる。元は自分が作ったシンフォギアに変わりはない――であれば、繋がるのも道理だ。

 

「……奏ちゃん、聞こえるかしら?」

『―――おう、久々だな。了子さん』

「生きていたのね……どうやって、とか色々聞きたいことはあるけれど、今は貴女が生きていて嬉しく思うわ。それで、また私達と戦ってくれるかしら?」

『ま、積もる話はあとでな。サポート頼むぜ、皆』

 

 フィーネとしてではなく、了子として奏に連絡を取ると、奏は以前よりもどこか吹っ切れたような身軽さを感じさせる口調で、そう返してきた。

 以前と同じ、奏が戦い――二課でサポートする。

 一度死なせてしまった自分たちに、奏はまた背中を預けてくれている。それがどれほど藤尭達の胸を打ったか、彼女は知らない。

 

 全力で、奏のサポートをするに決まっていた。

 

 もう死なせない、二度と。そんな強い思いを抱き、一同改めて気合いを入れる。

 

『つってもまぁ、すぐに終わると思うけどな』

 

 軽く笑いながらそう言う奏の言葉に、変わらぬ彼女の自信を感じて。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 奏とサンジェルマンの戦いは、響の時と違ってかなり静かだった。

 奏が歌い、サンジェルマンが銃を放ち、時にヨナルデ・パズトーリが襲い掛かる。故に様々な音が重なりあう戦場ではあったけれど――その戦いの中で激しさを感じさせるような衝突は少なかったのだ。

 

 奏のアームドギア、撃槍が振るわれる。

 サンジェルマンのエネルギー弾が奏に向かって放たれる。

 時に距離を離して、時に超至近距離で、目まぐるしく状況が変化し、それでも尚互いに決定打が入らない。槍を躱され、弾丸を躱され、竜の突進も掻い潜り、槍に溜まったエネルギーの斬撃が飛び、至近距離で拳に蹴りにとせわしなく攻撃が交わされる。

 

 奏とサンジェルマンの戦いは、超感覚や超集中を用いて爆発的な力を発揮する響やクリスとは全く逆だった。

 経験と修練によって培った高い戦闘技術と予測からなる、互いの手の読み合い。相手の目線、手元、足捌き、呼吸、表情から、相手の動きを読み、手を読み、そのスタイルから汲み取れる攻撃手段を想定し、それに対処する攻防戦だ。

 

「フッ―――!」

「ハァッ……!」

 

 無呼吸運動の中で、一瞬の呼吸音が重ねられる。その隙を互いに見逃さず、撃ち込まれる攻撃に対して互いに的確な対処をする。

 読み違えた方が負ける――そういう高いレベルにいる者同士だからこそ成り立つ戦い。

 

 奏が片足を軸に回転し、その勢いのまま横薙ぎに槍を振るう。

 サンジェルマンはそれを体勢を低くすることで躱し、低い姿勢のまま斜め上に銃口を向けて二発発砲。それに対し奏は横薙ぎの回転のまま横へと身体を移動させることで射線から外れ、弾丸をやり過ごす。

 そしてその勢いのまま今度は斜め上段から振り下ろし。しゃがんだままのサンジェルマンの首を狙うが、サンジェルマンは冷静に、回転したことで体幹がぶれた奏の足を払う。

 

「ッ!」

「フッ!!」

 

 足を払われたことで一瞬宙に浮く奏。振り下ろしの軌道もサンジェルマンから逸れ、空振りの勢いで更に体勢を崩す。

 そこへサンジェルマンが更に弾丸を撃ち込むが、撃槍の隙間からエネルギーが噴射し、奏の身体を上空へと打ち上げることでその弾丸を躱す。

 

 サンジェルマンが地に、奏が空に。

 

 空中なら避けられない、その考えを打ち崩す撃槍のエネルギー噴射による空間移動。それでもサンジェルマンは、その噴射移動によって動く軌道を予測して弾丸を連射。

 

 ガン、ガン、ガン、ガン、と何発も空中の奏に向かって弾丸が放たれるが―――

 

「ちッ……!」

「ハッ……!」

 

 奏は上空で刃の広い撃槍の刃上に足を乗せた。まるでスケートボードの様に撃槍の上に乗ったかと思えば、奏はそのままジェット噴射の要領で空を翔けてみせた。

 自由自在に空を滑り、空中での高速機動を可能にしている。

 これでは地上で戦っているときの方が弾丸を当てやすいと思わされてしまう。

 

「だが―――!」

「!」

 

 しかし上空を翔けるのなら、更にその上から攻撃を仕掛ければいい。

 移動する奏の下へと、巨大なヨナルデ・パズトーリが牙を剥く。その巨体に似合わぬ速度で噛みついてくるヨナルデ・パズトーリの攻撃を、奏はエネルギー噴射を強くして躱した。

 空を翔けるのは機動力が上昇するが、ヨナルデ・パズトーリが上昇移動を許さない以上サンジェルマンへの攻撃に思考を割く余裕が削られる。

 

 どうにかしてサンジェルマンかヨナルデ・パズトーリかどちらかの突破口を見つけなければならない。しかしヨナルデ・パズトーリは神の力の擬似再現――いくらダメージを与えても即時再生されてしまうのであれば、現状対策の立てようがなかった。

 であれば、奏がどうにかすべきはサンジェルマンの方。

 

 しかし、

 

「ったく隙がねぇな……! ならッ!」

 

 撃槍のジェット噴射でサンジェルマンへと突っ込む奏。迫りくる弾丸を躱しながら、懐に入り込むと、撃槍から飛び退き、ジェット噴射して直進する撃槍だけをサンジェルマンへと放つ。

 サンジェルマンは予想外の攻撃にその撃槍を銃身で受け止め、火花を散らす。数秒の拮抗の後、サンジェルマンは後方へと撃槍を弾き飛ばした。奏が槍を持って押し込んでいたなら分からなかったが、エネルギーの噴射で直進するだけの槍であればそれが可能。

 

「!」

 

 だが、サンジェルマンは無事でも、その銃はそうもいかなかった。

 

「へっ、使いもんにならなくなったな」

「……狙いは私の武装破壊か」

 

 サンジェルマンの持っていた銃は、そもそも普通の銃だ。錬金術によって多少の改造がされてはいるものの、その強度はいわば使い捨て。攻撃においてシンフォギアに匹敵していたのは、錬金術によって製造された弾丸の方だったのだ。

 しかし弾丸も銃が破壊されては意味をなさない。サンジェルマンは己自身での攻撃手段を失ってしまった。

 

 だが、それでもまだ負けたわけではない。

 

「まだヨナルデ・パズトーリを超えたわけではないぞ!」

「やっぱ、退いちゃあくれないか!!」

 

 奏との戦いで思考のリソースを自身とヨナルデ・パズトーリの指示に割いていたサンジェルマン。だが己の攻撃手段がなくなった以上、ヨナルデ・パズトーリへの指示に思考リソースを全て注ぎ込むことが出来る。

 奏の体感では、ヨナルデ・パズトーリの速度が今までの倍になったような気さえした。

 

「くっ……!」

「たかがシンフォギア……その程度で無辜の民は救えない!!」

「ガァァァァアアアアア!!!」

 

 あまりの速さに撃槍でのジェット噴射で上空に逃げる奏。

 空中を翔けるように逃げても、追随する速度で追いかけられていた。この状態ではサンジェルマンに攻撃することはおろか、近づくことすら容易ではない。

 舌打ちを入れながら滑空するが、今の奏であっても突破口は見えなかった。このままでは均衡状態――否、先にシンフォギアの限界がくる。奏でなくとも、無限に歌い続けられるわけではない。スタミナには限界が来るし、高出力を続けていれば身体への負荷だって無視できなくなる。

 

 そうなった時、やられるのは奏だ。

 

 しかし、そこへ通信が入る。

 

『奏ちゃん!! 二メートル進んだら真上へ逃げて!!』

「!!」

 

 了子からの指示―――奏の身体は反射的にその指示に従って動いた。

 背後から迫るヨナルデ・パズトーリの牙を躱し、上空へとジェット噴射。その身を天高くへと運んでみせた。

 そして了子の指示の意図は、と視線を下へ向けた瞬間、その意図を奏は察する。不意に笑みが浮かび、ならばとその穂先を真下へと向けた。

 

「そりゃそうだよな……回復されるっつっても、やらなきゃジリ貧だもんな」

 

 そこには、腰のギア装備からエネルギー噴射でヨナルデ・パズトーリに迫る―――

 

「ガングニィィィィィィィイイイイル!!!」

 

 ―――立花響の姿があった。

 

「オラァァァァアアアア!!」

 

 ズガン、と大きな音と共にヨナルデ・パズトーリの顎をかちあげる響の拳。

 更に、それによって真上を向かされたヨナルデ・パズトーリの大口の中へ、奏は撃槍で突っこんだ。ガシャンガシャンガシャンと機械音を立てて巨大になっていく撃槍の刃は、ヨナルデ・パズトーリの体内を切り裂き、奏の雄叫びと共に破壊していく。

 

 そしてアッパーの勢いのまま、奏と入れ替わるようにヨナルデ・パズトーリの上を取った響は、上空でクルリと一回転し、その引き締まった右足を高く掲げた。

 

「ハァァァアアアア!! 撃槍―――」

 

 拳のギアナックルが回転する。

 まるで竜巻すら起こすのではないかと思うほどの回転は、響の身体をまるでハンマーの様に真下へと落とした。

 それにより響の足はまるでギロチンのように降り抜かれ、ヨナルデ・パズトーリの顔面へと叩きこまれる。

 

「―――蹴打!!!!」

 

 まるで隕石の如き橙の光が落ち、中身を奏に破壊されつくしたヨナルデ・パズトーリの顔面がぐしゃぐしゃに潰されながら地面に沈んだ。

 ズガァン!! と地面に余剰なエネルギーが罅割れを起こし、クレーターを作る。あまりの衝撃にサンジェルマンの足元がぐらつくほどだ。

 

 そしてヨナルデパズトーリの背中を切り裂いて飛び出してきた奏と、地面に着地した響が姿を見せる。奏が響の隣へと着地すると、二つのガングニールがサンジェルマンを見た。

 

「フン、だがヨナルデパズトーリはすぐに―――なに?」

 

 それでも余裕を崩さなかったサンジェルマンの表情が、此処で初めて歪む。

 即座に回復するはずのヨナルデ・パズトーリが、ダメージの無効化で多数のフィルターが通りぬけた後、変わらぬ無残な姿でそこにいたからだ。回復しない、そのまま光となって消えていくヨナルデ・パズトーリ。

 神の力の再現は完璧だった。事実再生機能は十全であったし、どれだけ破壊されようと意味をなさないはずだった。にも拘らず、響と奏の与えたダメージが一切再生しない。

 

 どういうことだ―――?

 

「……今日は此処までか……」

「! 待て!」

「さらばだ、今日のところは……お前たちの勝ちだ」

 

 だがそれを考えるより先に、サンジェルマンは撤退を選んだ。

 転移結晶を叩きつけ、奏の呼びかけも無視してその姿を消す。この戦いでの敗北を悔やむように奏たちを睨みつけながら。

 

 残された奏と響は、消え去ったサンジェルマンと戦いが終わったことを感じ、ふと一息、吐き出す。

 

「……はぁ……ま、勝ったからいいとするか」

「はい……あの、奏さん……生きていたんですね」

「ま、色々あってな……事情があって身を隠してたんだ。翼にはしんどい思いさせちゃったけどな……なんにせよ、此処からはアタシも一緒に戦う。よろしくな、響」

「は、はい!!」

 

 とはいえ勝利には違いない。

 奏の言葉に響は心が高まるのを抑えきれなかった。ずっと憧れだったツヴァイウィングの片翼にして命の恩人である天羽奏が目の前にいて、これから共に戦おうと言ってくれているのだ。高揚しないわけがない。

 そしてなにより、翼が喜ぶ顔が見られるのだと思うと、これ以上なく嬉しかったのだ。

 

「あー、じゃ、久々に帰るか……懐かしの二課に」

「はい!」

 

 響も奏も、互いに二課から離れていた身だ。

 少し帰りづらい気もするけれど、二人でならそれも幾分マシに感じる。

 

 同じガングニール装者、同じ二年前の事件で人生を変えた者同士、同じはぐれ者。

 似た部分の多い二人は、それこそ先輩後輩以上に、前を行く姉と必死に追いかける妹のように、仲良く懐かしの二課へと向かうのだった。

 

 

 

 




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第四十八話 魔法使い

 結局、あの後弦十郎達もカリオストロとプレラーティの二人を取り逃がしてしまっていた。聖遺物『ヤントラ・サルヴァスパ』もみすみす持っていかれ、大ダメージを与えたは良いものの、転移結晶による逃亡を阻止するのは難しかったようだ。

 時間稼ぎの戦いであることは間違いなかったのだろう。おそらくサンジェルマンが撤退したことによって戦う必要がなくなり、隙を見て撤退したのだ。

 

 弦十郎たちとしてはどうにか聖遺物だけでも奪取出来なかったものかと悔やんだものの、それ以上に立花響と天羽奏の帰還は大きな収穫と言えた。

 

「お前っ、一体……っ……!」

「クリスちゃん……」

 

 二課に戻ってきた弦十郎達が響と奏の二人に対面すると、クリスは突然消えた響が目の前に現れたことで上手く言葉が出てこなかった。一体何処に行っていたのか、怪我はないのか、精神的にもう大丈夫なのか、問いたいことは多くあったが、それらが一気に出そうになって言葉が喉でつっかえてしまっている。

 そんなクリスに響は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、わたわたするクリスを何も言わずに抱きしめた。

 

 人と触れ合うことに慣れていないクリスは、突然の抱擁にビクッ、と身体を震わせる。だが、響の体温や心臓の鼓動を感じる内にテンパっていた精神が段々と落ち着くのを感じた。

 

「心配掛けちゃってごめんね、クリスちゃん……もう大丈夫、いっぱい、ありがとう」

「っ……そうか……良かった」

 

 響の言葉を受けて、そこに嘘がないことを感じたクリスは、心の底から安堵するように小さくそう言った。本当に、無事で良かったと。

 そうして安心すると、周囲から微笑ましい目線で見られていることに気付き、クリスは一気に羞恥で顔を赤くする。

 

「だぁあああ!? もっ、離れろ! いつまで抱き着いてんだバカ!」

「でぇえぇ!? 急にどうしたのクリスちゃん!?」

「うっさい! 聞くなバカ!」

 

 ドン、と突き飛ばすように響から離れるクリスに、突き飛ばされた響は後ろにたたらを踏んで戸惑った声を上げた。感動の再会っぽい空気だったのに、急にクリスが態度を変えたのだからそれもそうだろう。

 周囲の目線を気にしない響と、周囲の目線に敏感なクリスの差がここにあった。

 

 そんな二人のやりとりを見て、空気が軽くなったのを感じたからだろう。

 弦十郎が口を開いた。

 

「ともかく……錬金術師キャロルの陣営には、少なくとも三人の錬金術師がいることが分かった。さらにエルフナイン君によれば、オートスコアラーもあと二体おり、キャロル自身の力もまた無視出来ない……それに、イグナイトモードのシンフォギアを容易く撃破したヨナルデ・パズトーリなる力も気になる」

「まぁ、それを撃破した響ちゃんと奏ちゃんの力にも疑問が残るけどね」

「なんにせよ、錬金術師に対しイグナイトモードを搭載しているだけでは到底優位には立てないことは明白だ。装者諸君らの戦闘技術の向上、高いフォニックゲインを生み出す方法、適合係数の上昇といったあらゆる強化を目指す必要がある」

 

 指令室のスクリーンに先の戦いの映像が複数映し出され、そこから得られる情報が開示される。現在マリアとセレナは医療室に入っているので、この場にはいない。

 装者各位の最大フォニックゲイン値、戦闘時の動き、連携の質、精神状況、ありとあらゆる面でモニタリングされたデータ。そこにはやはり、装者によってムラがあった。

 

 クリスや響の戦闘時のフォニックゲイン値はやはり装者の中では飛び抜けており、バイタルから汲み取れる精神状況も至ってフラット。対してマリアやセレナ、切歌や調のフォニックゲイン値はクリス達に比べれば低い。正当に適合できるセレナが多少高いフォニックゲイン値を見せているが、それでもパフォーマンスにその差が出ていない。

 原因はやはりメンタル面での影響だろう。

 マリアやセレナはヨナルデ・パズトーリに対し恐怖を覚えていたし、切歌や調も弦十郎とクリスの様子からかなりの不安を抱いていた。

 恐怖は身体を竦ませ、不安は緊張を呼ぶ。

 それは明確に歌にも影響を及ぼし、歌の質はフォニックゲインを左右する。戦おうにも上昇しないフォニックゲインにパフォーマンスは低下し、それによって更に不安や恐怖は高まる。これ以上ない悪循環だ。

 

「イグナイトを搭載していない響君に対し、イグナイトモードを発動したセレナ君のフォニックゲインが劣っている―――これはつまり、意図的に暴走状態の出力を引き出しても、まだ本来の力を発揮できていないということだ」

「シンフォギアの……本来の力」

「恐怖や不安は力を鈍らせる。戦場に立つことで感じる恐怖は確かに覚悟を塗りつぶすこともある……故に、戦場に立つ以上はそれに立ち向かう強い意思が必要だ」

 

 弦十郎の言葉に、響はぎゅっと拳を握る。

 覚悟はある―――この場にいる全員が、強い意思を持っている。しかし、戦場に立つことで感じられる恐怖はある。傷を負う痛み、相手を傷つける罪悪感、死ぬかもしれない恐怖、死なせるかもしれない不安、それは時に覚悟を揺らがせることにも繋がるのだ。

 

 だからセレナとマリアは重傷を負った。

 

 響と奏が現れなければ、あのまま二人は死んでいただろう。

 

「とはいえ、響君と奏君が戻ってきてくれたのは本当に良かった。特に奏君は殉職したとされていたからな……色々話を聞きたいところだが」

「ま、だろうな」

「だが、まずは諸々状況を整理したい。新たに分かったことや気付いたことがあれば、この場で報告してくれ」

 

 天羽奏の復活は喜ばしいことだ。

 だが、それも含めて今回の戦いでは新たな情報が多い。先にそれらを整理してから、奏の話を聞くべきと弦十郎は判断する。戦力は増えても、向こうの目的は達成されているのだ。時間は少しも無駄には出来ない。

 

 すると、弦十郎の言葉を受けて、フィーネが一つ一つ新情報が述べていく。

 

「まず、今回現れた錬金術師三名とキャロルは別勢力……協力体制を敷いているだけの関係ね。響ちゃん達が撃退したサンジェルマンなる錬金術師の言葉によれば、彼女達には彼女たちの目的が別にあり、利害の一致でキャロルに協力していることが読み取れるわ」

「世界を分解するキャロルに協力する以上、その延長線上の目的なのか、もしくは全く別の何かなのか……それは未だに不明だな」

「ええ、でも彼女達の所属する組織から少しは予測もつけられる。今回現れたサンジェルマン達の所属する組織は、おそらく『パヴァリア光明結社』。かつてフィーネとも聖遺物の奪い合いで争い、歴史の裏で暗躍してきた本物の秘密組織よ」

 

 パヴァリア光明結社―――この組織をフィーネが知っていたことが、今回の戦いに新たな光を生む結果に繋がっていた。

 

「この組織は統制局長アダム・ヴァイスハウプトをトップに、数々の錬金術師によって構成されている組織よ。明確な目的は不明だけれど、それでも異端技術を扱う以上はキャロルにも劣らない壮大な計画を立てているはず」

「なるほど……それで、君の推測ではサンジェルマン達の目的は?」

「錬金術師である以上は、錬金術の道理がある。つまり、『完全』を目指し『完成』に至ること――あのヨナルデ・パズトーリが神の力の再現だというのであれば、彼女達の目的には少なくとも、神の領域に人の身で到達する意図があるはず」

 

 神の領域――それはつまり、フィーネがかつての先史文明時代で存在したカストディアン、アヌンナキの領域に足を踏み入れるということだ。人の身でありながら、その大罪とも、偉業ともいえることを成し遂げようと。

 

「なるほど……世界を分解しようとするキャロルも同様だが、そんな力を一組織、もしくは一個人が有するとなれば、それはそれで一大事だな」

「そしてその力を得て何をしようとしているのか、それが重要になってくる。ま、ここは調査を重ねるしかないわ」

「そうだな……他には?」

 

 装者の能力アップの件、そして新たに出現したパヴァリア光明結社という組織とその目的の件、これだけでもやらなければならないことが多いが、まだ新情報はある。

 フィーネは櫻井了子の口調を崩し、過去を思い出すように語り出す。

 

「先の錬金術師の神の再現――擬似神であるヨナルデ・パズトーリの力は確かに本物だった。並行世界の同一別個体にダメージを肩代わりさせることで、一切の負傷を無効化する力はその一端だ」

「確かに、あの力は脅威的だ。だがそれも響君と奏君の攻撃で打倒出来たということは、不完全なのではないか?」

「そこが肝……おそらくあの神の力の擬似再現はほぼ完全に再現されている。それでも今回それを打倒出来たのは、アレが不完全だったからではない」

「というと……?」

「今回アレに有効打撃を与えたのは立花響と天羽奏の二名、そのどちらもが同じガングニールを身に纏っていた……ならばガングニールにこそ、何か神を打倒しうる何か内包されている可能性があるだろう」

「ガングニールに……?」

 

 フィーネは考えていた。

 あの戦いの最中で、立花響と天羽奏の攻撃がなぜヨナルデ・パズトーリを打倒せしめたのか。立花響は聖遺物との融合症例だった、その特異性が神を打倒する要因になったのかと思えば、資質的には正反対の装者である天羽奏の攻撃が通っている。

 資質的にも、戦闘経験的にも、戦闘スタイル的にも全くの正反対の二人。けれど同じようにヨナルデ・パズトーリへダメージを与え、どちらの攻撃も無効化されなかった。

 

 であれば、それは資質ではない。

 そこで、ガングニールという共通したシンフォギアだからこそのダメージだと考えた。

 

 現に、イグナイトモードを使用したセレナのアガートラームでは、一矢報いることすらできていなかった。装者の実力もあるのだろうが、結果にあまりの差が出ている。

 フォニックゲイン値の差を鑑みても、セレナの盾を数秒で突破するヨナルデ・パズトーリを打倒出来たという事実は、装者ではなくギアに原因があると考えた方がよほど現実的だ。

 

「ガングニールに関する調査を行うべきだと私は思う」

「ふむ……それが本当ならば、こちらの有するガングニール装者は三人。仮にパヴァリア光明結社が神の力を手に入れたとしても、対抗策になりうる。急ぎ調査を始めてくれ」

「了解した」

「他に、何かある者は?」

 

 フィーネが頷き、続いて何か語ろうとしないことから、今回の戦いで出現した新情報は出尽くしたと見た弦十郎は、念のために他の面々にも同様の問いを投げかける。何もなければこのまま奏の話へと移行するつもりだった。

 

 すると今度はそこで響が手を挙げる。

 

「響君か、どうした?」

「あの、実は私が姿を消していた時のことなんですけど……」

「! そうだな……その間のことも気になっていた。一体君に何があった?」

「えと、実は私もよくわかってなくて……師匠さえ良かったら、此処に私を攫った人を呼んでもいいですか?」

「なに……? それはその……敵である可能性はない、のか?」

「あ、そこは大丈夫だと思います。話を聞いた限りでは危険な人じゃなかったですし、私や未来……あ、未来も一緒だったんですけど、丁寧に対応してくれましたし」

 

 響の言葉に弦十郎は訝し気な表情をするが、どうやら響自身はその人物に対して敵意を持っていない。ある程度の信頼もあるようにも見えた。

 さらに言えば、小日向未来も共に攫われており、響がこうしてその人物と小日向未来から離れて戦場に赴いている段階で、小日向未来の安全が保障されていることも証明している。

 

 また、自分たちプロを欺いて二人の少女を誘拐せしめるような相手だ。有力な情報を持っている可能性も高い。

 

「……良いだろう、だが念のため警戒はさせてもらう。それで、その人物は――」

「あ、ここにいますー!」

「ッ!?」

 

 弦十郎が警戒心を高め、その人物を呼び出すように言おうとした瞬間、その言葉を遮るように幼い少女の声が部屋に響いた。

 驚きに目を見開き、声のする方へと視線を向ける弦十郎達。それは響の真後ろから聞こえてきていた。そしてひょっこり顔を出したのは、金髪で両目の色が違う少女。

 

 たはは、と少し居心地悪そうに笑みを浮かべながら姿を現したのは、この中で誰よりも幼い小学生くらいの少女だった。

 

「君、が……?」

「あ、はい、私が響さんと未来さんを攫いました。初めまして、ヴィヴィオといいます!」

「ヴィヴィオ……君か、よろしく頼む」

 

 驚愕する弦十郎達だったが、礼儀正しいヴィヴィオの挨拶に毒気を抜かれたのか、呆気に取られたように挨拶を返した。

 

「だが……いつからここに?」

「たった今ですよ―――私、魔法使いなのでっ」

 

 弦十郎の問いにそう答えたヴィヴィオの笑顔は、どこまでも幼気で、純粋だった。

 

 




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第四十九話 メタフィクション

 突如姿を現したヴィヴィオに呆気に取られた弦十郎達だったが、ここ最近球磨川といい、十六夜といい、見た目以上に化け物染みている者たちを散々見てきた。ヴィヴィオが小学生並の見た目をしていたとしても、そこで油断するほど間抜けではなかった。

 ヴィヴィオもそれを理解したのか、満足そうに頷いて笑みを浮かべる。

 

 響はヴィヴィオがどのようにして登場するのか知っていたのか驚いてはいないが、それでもヴィヴィオが得体の知れない力を持っていることにはやはり、相応の驚きがあるらしい。錬金術師達が転移結晶なんてものを使っている時点で、今更瞬間移動に驚きはしないが、そもそもが別系統の力だというのだから驚きだ。

 

 そして彼女が自身を形容した言葉――魔法使い。

 

 シンフォギア装者、錬金術師、埒外の人外に加え、魔法使いまで出てきた。最早何が出てこようと弦十郎達は驚かない自信があった。

 

「魔法使い、か……それで、ヴィヴィオ君。君の目的はなんだ? 何故響君達を誘拐した?」

「そんなに警戒しなくても、私別に皆さんと戦う気はないですよ? 寧ろ全面的に協力したいと考えています」

「……悪いが、それを信用するにはまだ君を知らない」

「ええ、なので信用していただくために此処に来たんです」

 

 そう言うと、ヴィヴィオの髪に隠れていたのか、襟元から小さな兎のぬいぐるみが出てきた。どういう理屈かは分からないが、浮遊し意思を持っているように動いている。

 

「クリス、お願い」

「? アタシか?」

「あ、違います。この子の名前、セイクリッドハートっていうんです。愛称がクリスっていって……貴女のことはクリスさんって呼ばせてもらいますね」

「んだ、紛らわしいな……」

 

 クリスと呼ばれてクリスが反応したが、そういえばとヴィヴィオは慌てて訂正する。紛らわしいなと唇を尖らせるクリスだったが、セイクリッドハートの方はヴィヴィオの指示に応えて空中ディスプレイを幾つも展開する。

 それを見て、二課の中でどよめきが生まれた。

 そこにはリディアンではない見知らぬ場所での映像が映っていた。内いくつかは戦闘の映像なのか、激しい攻防を繰り広げている。しかも、弦十郎達の見知らぬ力を用いて。

 

「コレらはこの世界の映像ではありません。私達がそれぞれ元居た世界での映像です」

「安心院なじみ……こっちは泉ヶ仙珱嗄も映っているな……これは球磨川禊……」

「見ての通り、私は安心院なじみを含め、この世界にいる異世界人についての知識を持ってます。皆さんには信頼の証として、これらの情報を提供します。もちろん私のことも」

「……破格の申し出だが、それで君は我々に何を求める?」

「私の目的は安心院なじみを止めることです。それを協力していただきたいです」

「……なるほど」

 

 降って湧いたような好都合な展開。

 立花響が戻り、天羽奏が戻り、ガングニールが神殺しになりうる可能性が生まれ、そこに安心院なじみたちの手の内を教えるという少女が現れる。都合が良すぎる、そう考えてしまうのも仕方がないことだろう。

 それに、この場には逆廻十六夜もいる。ヴィヴィオのことは知っているのか、静観を決め込んでいるが、表情を見るに予想していた展開ではないのだろう。考え込むような表情で壁に寄りかかっている。

 

 現状、この世界で何が起こっているのかを理解しなければならない。弦十郎はそう考えていた。

 

「……まず、それらの情報を提供してくれるというのなら願ってもないことだ。しかし、その前に教えて欲しい……其処に居る十六夜君も含め、安心院なじみや君達がどのような立ち位置で行動しているのか」

「……そうですね、確かにこちら側の状況が把握出来ない以上、判断がつけにくいですよね。わかりました」

 

 ヴィヴィオはクリスに目配せすると、まずはと前置く。

 

「私達のことを知るためには、泉ヶ仙珱嗄という人物を知る必要があります。元々は彼を通じて私たちは繋がっていますから」

「ああ」

 

 空間ディスプレイが一旦全て閉じ、改めて大きく珱嗄の画像が映し出される。

 

「……安心院なじみ、私、そこにいる十六夜さん、私たちも、元はそれぞれ別の世界の住人であり、そこが交わることなんてありえませんでした。けれど、それぞれの世界に何故か、同一人物が登場したんです……本来交わることのない世界を唯一渡ることが出来る存在が、私達に関わる歴史に登場した。それが―――泉ヶ仙珱嗄という人物」

「別々の世界を渡る、か……」

「彼はそれぞれの世界の未来を知っていました。いえ、正確には私達に関係する歴史の行く末がどうなるのかを知っていました。彼は意図して私達に干渉していたんです」

「未来を知っていた……それは未来予知とかそういう類の力をもっている、ということか?」

 

 ヴィヴィオの説明に弦十郎は問いかけるが、ヴィヴィオは首を横に振った。

 そうではない、珱嗄という人物がその歴史の先を知っていたのは、そういう力があったからではなく、そもそも知っていたからだ。

 

「彼は別々の世界を渡く―――では、彼が本来生まれた世界は何処か分かりますか?」

「!」

「少し複雑ですが、とりあえず最後まで聞いてください」

 

 空間ディスプレイがいくつかの図形が描かれた画像を映し出す。そこには横並びに配置された四角形が並んでおり、その配列の上に三角形が一つ置かれている。

 

「私達の世界がそれぞれが干渉できない、横並びに存在している複数の世界です。彼が生まれたのはそれらの世界とは階層が違う世界……分かりやすく言うのなら、建物の一階と二階のように、存在している階層が違う世界です」

「つまり、我々が存在している世界よりも、より上位に位置する世界の住人ということか?」

「そうです。そして、その世界では私達の世界はそれぞれ物語として扱われています。私の世界も、安心院なじみの世界も、十六夜さんの世界も、この世界も、泉ヶ仙珱嗄の元居た世界ではフィクションの物語として描かれている……私達をキャラクターデザインした何者かがいて、登場するお話を書いた何者かがいて、そのお話は気軽に読まれているんです」

「なっ……そんな、馬鹿げた話が……!?」

「つまり、泉ヶ仙珱嗄は私達の物語を読んだ読者の一人だった。当然、私達の物語の行く末を知っている……逆を言えば、読んだことのない物語の未来は知らないということですけど」

「それは安心院なじみも、知っているのか?」

 

 この話を安心院なじみが知っているのであれば、それは話の根底を覆す。

 泉ヶ仙珱嗄の記憶を取り戻すということは、つまり自分達よりも上位の世界に干渉するということだ。それは神の力を手に入れるとか、世界を分解するとか、錬金術師たちのやろうとしていることのスケールを大きく超えている。

 

 弦十郎達の世界がフィクションだというのなら、シンフォギアも聖遺物も錬金術師も神の力も、全ては誰かが考えたお話の設定であり、必然性もなにもないデザインされた世界の一構成要素でしかない。

 物語は勝手に完結に向かうし、その結末は既に決定されているのだから。

 

「いいえ、この事実を知っているのは私だけのはずです」

「何故? 君が知っているのなら、彼女が知っていてもおかしくないだろう? 何故君は安心院なじみが知らないことを知っているんだ?」

「それが私の世界だけに起こったイレギュラーだったからです」

 

 そう、ヴィヴィオの世界『魔法少女リリカルなのは』の物語の中に本来泉ヶ仙珱嗄は登場しない。彼が登場したことは、安心院なじみや十六夜たちと同じだった。

 だが、彼女の世界にはもう一人本来登場しない人物がいた―――転生者である。

 

 神崎零と名乗る、珱嗄と同じく上位の世界からやってきた転生者がいたのだ。

 

 彼は珱嗄と戦い、敗北し、その原作知識を珱嗄に譲り渡した。それでもチートと呼ばれる特典能力を保有し、ヴィヴィオの世界では珱嗄を除き最強の魔導士としてその名を轟かせた人物だった。

 だからこそ、ヴィヴィオは知ることが出来た。

 神崎零という人物から聞いたのだ、珱嗄達の元居た世界のことを。自分たちが物語の中の登場人物でしかないという真実を。

 

 ヴィヴィオ曰く、これは安心院なじみが知ることの出来なかった真実。

 安心院なじみの世界に渡るより前に珱嗄が存在していた世界であり、珱嗄と同じ転生者が複数登場し、ヴィヴィオが珱嗄と誰よりも親しい関係を築けていたからこそ知ることが出来た真実だ。

 

「私の世界は泉ヶ仙珱嗄以外の転生者がいた世界でした。だから私は知ることができたんです……まぁ、当時はショックでしたけど」

「だろうな……我々も正直事態を飲み込めていないくらいだ」

「でもだからこそ、泉ヶ仙珱嗄は……パパは、私たちを物語のキャラクターではなく、その世界で現実に生きる存在として認識していることも理解できたんです」

 

 当然だ、自分たちがフィクションの世界のキャラクターであると言われたら、その生になんの意味も感じられなくなってしまう。自分達は意思を持って生きているのではなく、創造主の考えた通りに動かされているだけの人形。自分の人生も、性格も、能力も、思考も、全てが誰かの考えた虚構であるのなら、絶望すら覚えてしまう。

 

 しかしヴィヴィオは、それでも泉ヶ仙珱嗄を愛した。

 

 泉ヶ仙珱嗄が父として己を愛したことは、けして嘘ではないと信じていたから。

 彼は物語が終わっても尚、ヴィヴィオたちが死ぬまでその世界に居続けた。世界を渡ることが出来るのなら、そんなことをする必要はない。どんなフィクションだろうと、登場人物全てが死ぬまで描かれるストーリーなど無い。

 泉ヶ仙珱嗄は、その全ての世界をしっかり生き抜いている。物語のキャラクターの人生を全て見届けるまで、捨てることなく生き抜いてから別の世界へと渡っている。

 

 あれほど娯楽に飢えている男が、精々数十年程度の物語が終わった後、退屈だったであろう世界を何百、何千年と生き続けることの意味を、ヴィヴィオは理解していた。

 

「彼は私を娘として育て、共に生き、私がその人生を全うし、死ぬまで傍に居てくれました。そして全ての登場人物の死を見届けた後、誰の記憶からも忘れ去られるまでその世界を生き、ひっそりと次の世界に移っていった」

「……信じられない精神力だな」

「彼は上位の世界から来た転生者――けれど、物語以上にその世界に生きる私達を愛していました。物語としてではなく、その世界の現実として生きたんです」

 

 そして、ここからが本題です。とヴィヴィオは指を振り、空間ディスプレイに安心院なじみを映し出す。

 

「そして世界を渡った彼の前に現れたのが、彼女――安心院なじみです」

「!」

 

 映し出された安心院なじみの姿を見て、全員が息を飲む。

 画像の中の安心院なじみの表情は、何処までも冷たく、全てを路傍の石のように見ているような目をしていたからだ。

 

「彼女は全知全能でした。何でも知っていて、何でもできる存在……そして、出来ないことがないという事実から、自分の生きる世界が漫画の中のフィクションであると気づいていました」

「なっ……」

「まぁ、それすらもが物語の設定だったんですけどね……そんな彼女が、泉ヶ仙珱嗄と出会えば、恋に落ちるのは必然だったでしょう……二人は恋人になりました。ここが全ての始まり……安心院なじみという埒外のキャラクターは、物語が終わった後、フィクションという枠組みを超えて、世界を渡った泉ヶ仙珱嗄を追いかけた……結果、十六夜さんの世界に移動した彼を追いかけて、彼女も世界を渡りました」

「本来干渉できない筈の世界の登場人物が、別の世界に干渉したということか」

「いわゆるクロスオーバーって奴です。でもその際、安心院なじみの行動によって世界の仕組みにちょっとした歪みが発生しました。彼女はいくつかの世界を破壊し、強引に彼のいる世界へと渡ったんです……それが、不干渉だった世界の在り方を変えてしまった」

 

 安心院なじみの力は、フィクションの中に収めておくにはあまりに強力すぎたのだ。安心院なじみのいた世界『めだかボックス』の中で彼女を殺すことが出来たキャラクターも、物語上の設定において勝利を約束された主人公属性を持っているという理由で、彼女を殺すことができていた。

 

 つまり、彼女は設定上のメタ表現によってしか殺せないキャラクターだったのだ。

 

 それはイコール、フィクション世界のキャラクターであるにも関わらず、彼女はその在り方にメタフィクション性を組み込まれたキャラクターであるということ。

 メタ発言をするキャラクターどころではない、物語の枠組みの外へと干渉することが出来るという設定のキャラクターなのだ。

 

 だからこそ、彼女は強引にでも珱嗄を追いかけて世界を渡ることが出来た。

 

「彼女は泉ヶ仙珱嗄と永遠に生きたいと考えています」

「えと、それはいけないことなんデスか?」

「いけないことです。私達は既に物語を終えています……泉ヶ仙珱嗄と共に生き、そして死にました。他の世界で永遠の続きを求めてはいけないんです」

「……」

「私の世界は、次元世界と呼ばれる複数の世界が存在する設定の世界でした。その次元世界の中には、ロストロギア―――皆さんでいうなら聖遺物、がいくつも存在し、それが悪用されることで時に次元世界同士の接触や、いくつもの次元世界の崩壊させる『次元断層』と呼ばれる災害が引き起こることがあります。世界が別々に存在する理由は、別々でなければ存在出来ないからです……私達フィクションの世界も、それは同じです」

 

 ヴィヴィオとて、安心院なじみの願いが叶えば素敵だと思う。

 好きな人と、そうまでして一緒にいたいと願うことの何が悪いのだと、そう言いたくなる。

 それでも、フィクションの世界のキャラクターが別のフィクションの世界に移ることは出来ない。それを描こうとする作者がいない限り、キャラクターが現実を超えて別のフィクションに登場することはあり得ないのだ。

 それこそ、物語が破綻してしまう。

 

「だからこそ、私は安心院なじみという人をちゃんと終わらせてあげたい」

「……君の意思は分かった……だが、十六夜君や球磨川禊とは目的が違う、その辺はどうするつもりだ?」

「どうもしませんよ。十六夜さんも球磨川さんも、パパの記憶を取り戻したいだけなら問題はありません。私としても、安心院なじみを止めるためにはパパの記憶を取り戻すことが必要だと思いますし」

 

 弦十郎はヴィヴィオの考えを聞いて、正直どうしたものかと思っている。

 言っていることは分かったし、正直安心院なじみなんていう埒外の存在がいる以上真実だと理解も出来る。しかしこの世界がフィクションであると言われ、それをはいそうですかと受け入れるには、あまりに残酷な真実だ。

 見渡せば、この場にいる全員がショックを受けている。

 装者の面々も、ウェル博士も、ナスターシャ教授も、フィーネも、十六夜でさえも顔を青くしていた。

 

 それもそうだ――自分のすべてが唯の設定と言われて、ショックを受けない筈がない。

 

「…………はぁ……」

 

 弦十郎は溜息を吐いた。

 何も言葉が出ず、何をするべきかもわからず、ただ息を吐くことしか、出来なかった。

 

「……全員、聞いてくれ」

 

 それでも、弦十郎は涙を流したくなるほどの衝撃を堪えながら、ぽつぽつと口を開く。

 

「ここまでの話を聞いて、正直俺は絶望している。お手上げも良い所だろう」

「……」

「俺も、君達も、フィクションの設定で作られたキャラクターだっていうんだから、当然だ……それでも、俺は最後まで戦おうと思う」

 

 弦十郎の言葉に、全員が顔を上げた。

 

「フィクションであっても、この言葉や意思が紛い物だとしても、俺はこの生き方が好きだ。この仕事が好きだ。この人生に誇りを持っている……この世界が仮初の物語だとしても、全てがフィクションならやはりこの世界が俺たちの現実だ」

 

 フィクションである―――だが、現実である。

 この世界がフィクションであるのは、それこそ上位の世界の中の話だと、弦十郎は思った。結局のところ、此処が自分たちの現実であり、誰かの想像通りの物語を歩むのだとしてもそれが自分たちの決めた未来なら不満はない。

 

 

「だから、俺と一緒に、最後まで戦ってほしい……どうせこの世界が物語だというのなら、やっぱりハッピーエンドじゃなきゃあな!」

 

 

 弦十郎のその言葉を受けて、立ち上がることの出来る者は果たして――

 

 

 




超壮大な伏線回収でした!!(こじつけました)



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第五十話 娯楽主義者が笑う

 珱嗄の過去、ヴィヴィオ達の過去、そして現在安心院なじみが何をしようとしているのか、それが明らかになった二課を置いて、それでも時間は流れていく。

 キャロルの陣営はそんなことはさておいて、自分たちの目的を達成するための行動を進めていた。

 弦十郎達が取り逃がしたカリオストロ達によって、キャロルの目的である聖遺物『ヤントラ・サルヴァスパ』は無事にキャロルの手に渡っている。世界を分解するためのワールドデストラクター、チフォージュ・シャトーの完成は目前だった。

 

 とはいえ、サンジェルマン達も先の戦いで消耗したのは事実。

 頼みのヨナルデ・パズトーリも何故か立花響と天羽奏によって破壊され、その原因を彼女達も探っていた。

 

「今更どこから湧いて出たのか、装者が増えたようだな」

 

 キャロルの言葉に、サンジェルマン達は頷きを返す。

 元々いた筈のクリスとマリア達四人に加え、立花響と天羽奏が加わり、戦闘不能の風鳴翼を除けば装者の数は七人になった。戦隊物でも二人余る。

 とはいえキャロルにとっては、それでも好都合と言えた。

 確かにデータを見る限りでは、装者の数はそのまま力だが、それでも自分たちの脅威になりそうな装者は限られる。特にマリア達『F.I.S.』組の力は、クリスや響に遠く及ばない。ギアを纏うことが出来ているだけで、その本領を発揮していない。

 

 ならばキャロル本人が前線に出れば、容易く蹴散らすことが出来ると考えていた。

 

「シャトーの完成は近いワケだ……次はどうするつもりだ?」

「決まっている、残るは呪われた旋律を蒐集するのみ。ミカ、レイア、出番だ」

「待ちくたびれたゾ!」

「派手に出番だな」

 

 プレラーティの問いに、キャロルは遂に残るオートスコアラーの投入を指示する。既にガリィとファラの撃破によって、二つの呪われた旋律が回収され、『ヤントラ・サルヴァスパ』も手に入った今、あとはもう二つの呪われた旋律を手に入れるだけ。

 それだけでチフォージュ・シャトーは起動し、ワールドデストラクターの役割を果たすだろう。

 

 キャロルの目的が達成されるまで―――

 

「レイア、ミカ、それぞれレイラインの解放を行え。アルカ・ノイズは幾ら投入しても構わない……レイアは最初から妹を使っても構わん、最大戦力で目的を達成しろ」

「了解した」

「合点ダゾ!」

 

 ―――あと少し。

 

「レイライン解放に必要な情報を持っているのか? 地球上を流れるエネルギーの軌跡をどうやって?」

「それを話す意味はない……オレはただ目的が達成されるのなら、それでいい」

「……そう」

 

 レイライン―――それは地球上を流れるエネルギーの流れ。人によっては龍脈と呼ぶその流れは、地球を覆うように流れる巨大なエネルギーの流れである以上、人一人で把握することは出来ない。それこそ宇宙から地球を観測し、長い年月をかけてエネルギーの流れを確認しない限りは不可能だ。

 その正確なマップをキャロルは持っているという。

 サンジェルマンはその出所が気になったが、キャロルはそれを口にしなかった。少々疲れたように頬杖を突く彼女は、何処かようやく仕事が終わる、と言いたげな印象をサンジェルマンに与えた。

 

 世界の分解――それは、キャロル自身の悲願だ。

 

「……それでは我々は此処から別行動をとるが、いいな?」

「ああ、協力感謝する」

 

 サンジェルマンは、何か妙な違和感を感じながら、そう言ってシャトーから去る。背後から投げかけられたキャロルの言葉に、また違和感を感じながら。

 そうして消えていったサンジェルマン達を見送った後、ミカとレイアも黙って命令を実行するべく姿を消す。

 

 残されたのはキャロル一人。

 天井から差す光の中で、キャロルは天を仰ぐ。

 

「……ワールドデストラクター、チフォージュ・シャトー……世界を識ることを望んだパパの……オレの……私の願いの行きつく果て」

 

 キャロルは呟き、目を閉じる。

 そしてふと口元が笑みを作り、何処か憑き物が落ちたような清々しさを感じながら、閉じられたキャロルの目尻から一筋の涙が零れる。

 

「もう少しだよ……あとちょっとで――」

 

 キャロルの願いが叶う時が、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 巨大な爆炎を上げて、オートスコアラーが暴れ回っていた。

 何の制限もなくなったとばかりに、オートスコアラーレイアとミカは、リディアンの街中にアルカ・ノイズを召喚し、そして混乱を引き起こす。

 

 そしてその勢いのまま、ミカは風鳴の本邸にある、龍脈の抑制装置でもある要石を破壊。レイアはリディアン音楽院にある二課本部を急襲すべく動いていた。

 何をすべきなのか、それを明確に捉えて動き回る。海の中からはレイアの妹である、巨大なオートスコアラーも登場し、最早一ヵ所どころか数ヵ所で爆発と人死が起こっている。

 

 驚天動地―――人々は逃げまどい、建物は破壊され、アルカ・ノイズによる恐怖が街を支配していく。

 

 しかし、

 

「出てこない……どうしたシンフォギア、このままなら全てが赤き塵と化すぞ」

 

 そこまでやって尚、シンフォギアが姿を見せなかった。

 これは予想外、あまりにも動きがなさすぎる。今までの彼女たちを鑑みれば、それがどれほど愚かな選択なのかは理解していると思っていたのに。

 

 レイアが堂々、正面からリディアン音楽院に踏み込んで尚、誰も出てこない。

 

「諦めたか?」

 

 彼女らに何があったのか、レイアには分からない。

 しかし、それでもやるべきことは変わらない。呪われた旋律の回収は絶対の命令である。戦う意思を持ってもらわなくては困るのだ。

 

 すると、本部からぞろぞろと装者が姿を見せた。

 ギアを纏ってはいるが、それでもその表情に覇気はない。フォニックゲインすら微弱に感じる程度にしか生まれていない。

 

「……なんだ? その地味な顔は……覇気もない、戦う意思すらない、そんな体たらくでよくもまぁ出てこられたものだ」

「っ……」

 

 この世界の真理―――奇しくも錬金術師の追い求めたもの以上の真実を知った響たちの絶望は、彼女達からありとあらゆる覚悟と戦意を根こそぎ削り取った。

 弦十郎の言葉でなんとか戦いに赴く程度の再起は可能だったが、それでもそこにかつての強い意思は感じられない。

 

 意思の強さ――愛がギアの力であるのならば、それは今失われたも同然だった。

 

「さて……どうするか。一人ずつ殺せば戦う気になるか? 此方としては、装者二人程度がいればいいのだから」

 

 砕かれた覚悟に意味はない。

 奇跡も、強さも、力も、そこには存在しない。

 何もしない者に、何かが起こることはない。

 

 レイアの言葉に反応した響たちだが、それに阻むだけの意思がない。

 

 しかし、

 

「はぁ……アタシがやる、アンタらは街のアルカ・ノイズを掃除してきな」

「奏さん……」

 

 そこで前に出たのは、天羽奏だった。

 彼女だけは絶望したような顔も見せず、いつも通りの強気な態度で佇んでいる。アームドギアをその手に、レイアの前へと立ち塞がった。響も奏も、そのギアには既にイグナイトが搭載され、錬金術に対抗するだけの力を備えている。

 

 奏はクルリと槍を振るって、構えた。

 

「……確かに、真実ってのはいつも残酷さ。でもな、お前らにとって大切なものはこの世界の在り方なのか? この世界で生きてきた今まで、世界にとってはフィクションかもしれないが、お前らにとっては偽物なのか? 偽物のためには、戦えないか?」

「!」

「戦え! この瞬間にも、お前らの守りたいものが殺される前に!」

「っ……!!」

 

 咆哮の様な奏の言葉に突き動かされるように、響たちは駆けた。

 街の人々を救うために、戦うために。

 奏とレイアを残し、装者が一斉に動きだす。まるで手遅れなタイミング、動き出しが圧倒的に遅すぎるけれど、それでもやるべきことをやるために動き出す。

 

 絶望を払拭出来ない今、イグナイトモードを起動するのは『Elixir』を以てしても危険かもしれないが、それでも戦わなければ全てを失うのだ。

 

 残された奏は、去っていく装者を見逃すレイアに槍の穂先を向ける。

 

「お前一人で、私を止められるとでも?」

「なんとかするさ、アタシはアイツら全員の先輩だからな」

「……そのギア、イグナイトも積んでいるようだな。だが、敵は私だけではない」

「ゥォォォオオオオオオオオオ!!!!」

「んなっ……!」

 

 リディアンから見える海から、分厚い水の膜を打ち破るように浮上した、超巨大なオートスコアラーが姿を見せた。レイアの妹であり、その巨大さから甚大なパワーを秘めた超火力型オートスコアラー。

 流石に奏も一人じゃこの状況を打破できるとは言い切れなかった。

 

「さぁ、どうするシンフォギア」

「……すー……ふぅー……全く、ベッドが過ぎるぜ。じゃあ見せてやるよ、アタシも本来は一人じゃないんだ」

「何?」

 

 それでも、奏は不敵に笑う。

 この状況を奏一人では打破できない―――しかし、奏は知っている。彼女はいつだって一人ではない。いつだって信じた絆で繋がっている。

 

「知っているか? かつてツヴァイウィングと呼ばれ、双翼でどこまでも羽ばたこうとしていた歌姫がいたことを」

 

 奏のギアが、奏の意思に応じてか、赤い光と共に出力を上げる。

 

「知っているか? こっちには、かつてたった一人で国を防る剣がいたことを!」

 

 そして、それに呼応するように曇り空を割いて降り立つ青い輝きが、奏の隣に降り立った。

 

「そいつはアタシの一部で、アタシはそいつの一部だった」

「……奏っ」

 

 赤と青、その二つのシンフォギアの煌めきが並び立つとき、彼女達はどこまでも高く、遠くへと飛ぶことが出来る。両翼揃ったツヴァイウィングに、行けない場所などどこにもない。

 信頼と、確信。

 

 

 風鳴翼が、そこにいた。

 

 

 天羽奏と風鳴翼、かつて二人で戦い抜いた歌姫。

 その二人が二年の歳月を超えて、再び並び立つ。

 

「いくぞ翼……アタシの熱に、お前の熱を乗せな!」

「無論―――この剣は、奏と羽ばたくための翼なのだから!」

 

 レイアと妹、そして翼と奏、互いに二対二の戦いが始まった。

 

 

 ◇

 

 

 そしてその様子を見守る三つの人影が、リディアン音楽院の屋上にいた。

 件の泉ヶ仙珱嗄と球磨川禊――そして、黒瀬徹の三人である。

 

「『翼ちゃんを攫って何をするのかと思ったら』『まさかこんな展開にするなんて』」

「まぁ、心の折れた翼ちゃんを復活させるなら、天羽奏の力は必須だったからね。一旦攫って復活させるのはわけなかったよ」

「それで球磨川に俺を連れてこさせたのはなんでだ?」

「俺も戦力が欲しいんだよ、この先の展開を予想するなら、こっちにはあまりに戦力が少なすぎるからね。だから球磨川君に頼んで、俺に力を貸してくれそうな人材を連れてきてもらった……安心院なじみより、俺に付いてくれそうな人をな」

 

 黒瀬の問いに対する珱嗄の答えは、単純だった。

 球磨川によって折られた翼を元に戻すことも、天羽奏が生きている事実があれば容易い。そうして二課の強化をすると同時に、珱嗄は自身の戦力を整えることを優先していたのだ。

 そして天羽奏を二課に潜入させ、二課の中に居るであろう異世界人の情報を探ろうとした。

 

 その結果、珱嗄もまたヴィヴィオの話を盗み聞きしていた。

 

 この世界の真理を知り、珱嗄がかつてどのように生きていたのかも知ることが出来た。記憶は戻っていないが、それでも納得出来る部分が多い。

 

「さてさて、面白くなってきたぞ……全く俺に内緒でこんなことになっていたなんてなぁ」

「『珱嗄さん……?』」

「うわ、超楽しそう……こんな珱嗄初めて見るぞ」

 

 泉ヶ仙珱嗄は娯楽主義者である。

 記憶を失って尚その生き方の片鱗は現れていた。そして今の珱嗄は記憶も無しに娯楽主義者としての狂おしい在り方を歩き出している。

 

 笑っていた。

 不敵にでもなく、余裕そうにでもなく。

 

「ハハッ……! 楽しいに決まってるじゃん、こんなフィクションとノンフィクションの枠を打ち破って現実に喧嘩を売るような祭だぞ、しかもその中心が俺ときてる」

 

 楽しい、面白い、そして幸せだ。

 

「こんなに面白いこと、隅々まで楽しみ尽くさなければ意味がないだろ!」

 

 笑う、非常に楽しそうに。

 

 ――娯楽に飢えた、退屈に枯れていた無敵に人外が、笑う。

 

 この物語、最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 




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第五十一話 安心院なじみの策略

 かつて、私は数十年の時をパパと共に過ごした。

 魔法があって、ストライクアーツがあって、聖王の血統だとか、そういったいざこざも色々あって、多くの人と繋がって、辛いことも悲しいこともいっぱいあったけれど、それでも幸せな人生だったと思う。

 友達もいっぱい出来たし、成長して、素敵な人と出会って、お付き合いして、素敵な職場で働くことが出来て、結婚して、子供を作って、年老いて、友達の死を見送って泣いて、最後は子供たちに見守られながら、私が見送られて―――ありふれた、でも誰もが手に入れられるわけではない幸福な人生を終えた。

 

 そしてその人生の中で唯一、私が経験しなかったのは、親の死に目に会うということだ。

 

 パパは死ななかった。

 いつまで経っても年老いることはなく、私が出会った頃の姿のまま、私の人生が終わるその時までずっと一緒にいてくれた。周りからは不気味に思われることもあったけれど、パパはどこまでも自由で、何も囚われることなく自分らしく生きていた。

 強く、どこまでも強く、年老いて弱る姿なんて見せることなく、ただの一度だって敗北のない存在として、私の親で居続けてくれた。

 

 ―――ねぇパパ、私のこと、愛してる?

 ―――ああ、当然だろう

 

 ある日、私がパパに聞いた質問に、パパは即答でそう返した。

 反抗期だったと思う。高等部に入学して少し経った頃、私は遅めの反抗期を迎えた。といっても、キレ散らかしたり、物に当たったりという感じではなかったけど。

 なんとなくパパと一緒にいるところを見られるのが恥ずかしくなったり、洗濯物をパパと分けたくなったり、パパにそっけない態度を取ったり、そんな程度だった。

 

 酷いことを言ったことはなかったし、喧嘩をしたこともなかった。

 パパはいつだって、私のありのままを受け入れてくれていたから。そんな態度を取っていても私はパパが大好きだったし、友達のコロナやリオにはお父さん大好きな子として扱われていたしね。

 そんな時、あまりにそっけない態度を取る自分をどう思っているのかが気になって、不意に出た質問だった。

 

 パパは私のことを娘としてとても大切にしてくれていた。

 私はそれが嬉しくて、その日から私の反抗期は終わった。翌日からはそっけなかった距離を埋めるように、私はパパに甘えたのを覚えている。

 

 ―――卒業おめでとー、もうすっかり大人モードの見た目になってきたな

 

 ―――内定決まった? やったじゃん、寿司でも取る?

 

 ―――え、彼氏できたの? うわー、なんかショックー

 

 ―――……良い人を見つけたなぁ。うん、良いよ……幸せになりな

 

 ―――おお、久しぶりー……え、そのお腹、子供出来たの? 早くない?

 

 ―――無事生まれたか……頑張ったな、もう立派なお母さんだ

 

 ―――しわ増えたんじゃないか? わはは、おばちゃんになったね

 

 人生の節目節目で、パパはいつも私の傍にいた。

 子供もパパに懐いていたし、優秀で正義感の強かった夫も、パパの前じゃ頭が上がらないようだったし、パパもそんな私達を最後まで愛してくれて、大切にしてくれて。

 

 

 ―――もうお別れか……どうだった? 今までの人生?

 

 

 最後に子供や孫たちに見守られている中で、パパはそう聞いた。わかり切った質問をして、優しく笑みを浮かべて、鮮やかな金色もすっかり白んだ私の髪を、子供の時と同じ様に撫でて、少しだけ悲しそうな声だった。

 私はその言葉に対して、たった一言だけ。

 

 

 ―――愛おしかったよ、とっても

 

 

 そう返して、その数秒後に安らかに眠った。

 その後のことは、死んだあとに見ていた。どうやら人は死んだら幽霊になるらしく、私はパパのその後の人生を見守った。私の子供、孫、その子供、そのまた子供―――私の血で繋がった子孫が途絶えるその時まで、パパはずっと生き続けた。

 孫が死ぬときも、その子供が死ぬときも、パパは私と同じ質問をした。その全ての答えに、不幸な回答はなかった。

 

 パパは私の残した全てを幸せにした。

 

 そして、生涯独身で過ごした最後の子孫が死んだ後―――パパはようやく私という枷から解放された。退屈だっただろうに、私は自由だったパパの人生に唯一の枷を嵌めたのだ。パパがそうしたかったから、きっとそうしてくれたんだと思うけれど……これでようやくパパは自分の人生を送ることが出来ると内心では喜んだ。

 私はパパがこの世界の住人じゃないことを知っていた。

 生前、神崎零さんからソレを聞いていたから。元の世界で死んで、パパは異世界を渡る存在になったこと、転生者の存在を。

 

 だから自由になったパパが、違う世界に渡った時、私は幽霊らしくパパに取り憑いて一緒に世界を渡った。

 いろんな世界を見た、パパに恋人が出来た時も、パパがアイドルグループを作った時も、パパが修羅神仏と戦っていた時も、パパが超能力者の学園で無茶苦茶している時も、私はずっと傍で見ていた。

 何故か、私の存在はどの世界のどの存在にも認識されなかった。神様にも、魔神にも、幽霊を使役する存在にも、誰にも。

 

 そこで私は気が付いた。

 別々の世界のキャラクターは、どんなに高位な存在であっても干渉し合うことは出来ない。私は既に死んでいて、意識だけがパパにくっついている状態だったからそもそも干渉できないし、向こうもそれを認識出来なかったのだと。

 

 だから驚いた、安心院なじみが生きたまま世界を渡ったことに。

 

 それは絶対に出来ない筈なのに。

 そして、パパが最後の世界に渡った時―――私は何故かその世界に生まれていた。ヴィヴィオとして、また。転生した、とすぐに理解出来た。かつて研鑽した魔法も、知識も、ストライクアーツも、そのまま全盛期の力が宿った身体で、私は転生していた。

 

 ―――パパが、この世界にいる

 

 目覚めた瞬間確信していた。

 何故なら、私の母親は安心院なじみだったからだ。彼女の腹から生まれたわけじゃない、私は彼女が作った仮初の家庭に、最初からそうだったように生まれたのだ。

 それでも、安心院なじみはパパや私をその身で産んだと思っているし、私は彼女の腹から産まれたということになっている。

 

 そういう"設定"で、私は生まれているからだ。

 

 安心院なじみにはかつての記憶があった。私にあるように、彼女にもパパの記憶があった。そして私は、パパの娘だったと彼女に伝えた。結果、彼女はすぐに違和感に気が付いた。

 パパだけを愛していた彼女が、何故違う男を夫にし、あまつさえ子供を産んでいるのか。その狂気じみた違和感に、彼女は気が付いた。何か自分よりも上位の存在の干渉を受けていることに気が付いた。

 

 そう、彼女はこの世界には文字通り神がいると思っている。

 かつて彼女自身が気が付いていた筈の、この世界がフィクションの世界であるという可能性を考えずに。そしてその存在がパパの記憶を消したと、そう思っている。

 だから彼女は行動を起こした。

 パパの記憶を取り戻すための行動を。私もそれに協力し、魔法を使って色々な手助けをした。そして今こんな状況になっている。

 

 予想外だったのは、彼女が生まれたのは宇宙創成よりずっと以前で、彼女はこの世界にパパがやってくることを確信していたこと。つまり、彼女は地球が生まれるよりずっと以前から、パパの為に様々な計画を練っていた。パパの人生に面白いことが起こるように、色々な手を巡らせていたのだ。

 神がいると確信した彼女の行動は、それらの手を綿密に組み合わせた計画となっていた。

 そしてそれを知った私は、彼女の計画では多くの人が犠牲になることを度外視していることに気付き、それを阻止するために動きだした。

 

 なのに、

 

「なにやら皆色々と勝手に動き出したと思ったら、どうするつもりなのかな」

「パパの記憶を取り戻すのは、皆一緒ですよ……でも、その過程に求めるものが貴女と違うだけです」

「ふーん……君は珱嗄の娘だから、きっと珱嗄のことを考えて色々やってるんだろうけど……それでも僕は僕のやりたいようにやるよ」

 

 アルカ・ノイズとオートスコアラー達の襲撃を受けて、私が転移魔法で拠点に戻ると、拠点にあったテーブルに安心院なじみが座ってお茶を飲んでいた。

 私や十六夜さんたちの動きもしっかり把握しているらしい。流石は一京を超えた超常のスキル保持者――この人を出し抜くことは出来ない。

 

 けれど、彼女はあくまで悪平等(ノットイコール)。人間を含め、世界の全てを平等に見ている。彼女はけして反則(チート)はしない。

 私の記憶を覗き見ることや他人の思考を読みとるようなスキルを使うことはせず、あくまで平等な条件で動く。かつて彼女が自身を定義した際の絶対的価値観だ。

 彼女の中で平等でない対等なものなんて、パパ以外には存在しないのだから。

 

「貴女のやり方じゃ、パパはきっと戻ってきませんよ」

「それはやってみなければわからない。君が彼の娘であるように、僕は彼の恋人だ……どちらか彼のことを理解しているのか、結果が示してくれるよ……どちらにせよ、珱嗄が戻ってきてくれるならどちらでも良い」

「……」

 

 安心院なじみのやり方は、パパと会う前の彼女に戻っている。

 この世界を現実のものとして見ていない。どこまでも平等で、人物と背景の区別すらついていないほどの『悪平等』―――だからこそ、こだわっていない。

 パパが戻ってくるのであれば、どんな方法でもいいのだ。

 私のやり方でパパが戻ってきて、私の方がパパを理解していたという結果になっても、別にいいと考えている。結果、パパは戻ってくるのだから、彼女はその過程にこだわらない。

 

 ただ、自分のやり方が一番パパを呼び戻す可能性が高いと考えているから、実行しているだけだ。

 

 だからこそ、この人は危険なのだ。

 

「これから何をする気ですか?」

「わはは、僕はもうやるべきことはやったよ……あとは、ミジンコ共が勝手に騒ぐだけさ」

「……」

「それに、君こそ大丈夫なのかな? このままなら、何も出来ないまま終わるよ?」

「!」

 

 彼女が指差した窓の外、傍に行って外を見てみると、そこには空を砕くように大穴が開いていた。まるでガラスを砕くように空が割れ、その奥から天空の城のような巨大な建造物が現れている。

 かつての世界でも似たような感覚を抱いたことがある――あれは『聖王のゆりかご』に匹敵するロストロギアの塊だ。

 

 チフォージュ・シャトー。

 

 けど、現在アレを起動させるためにオートスコアラーが行動を起こしていた筈。どうしてこんなに早くに姿を現して、しかも起動しているなんて、どういうこと!?

 

「どうしたんだい、そんな青い顔をして……まさか、錬金術師に僕が干渉していなかったとでも思っていたのかな?」

「っ……!?」

 

 いや、違う。球磨川さんや十六夜さんをそれぞれ送り込んでいるからこそ、そこへの干渉があったことは知っている。けれど、キャロル・マールス・ディーンハイムもパヴァリア光明結社も、それぞれきちんと目的があって動いていて、あくまでその手伝いをしていただけだ。

 であれば、こんなに早くチフォージュ・シャトーを起動出来るのはやはりおかしい。球磨川さんも十六夜さんも、今はもうそれぞれの組織に協力していない。であれば、これを引き起こしたのはキャロルさんだけで実行された策ということになる。

 

 どうして―――?

 

「わはは、珱嗄の娘と言っても……権謀術数には疎いみたいだね、よほど恵まれた温かい環境で育ったと見える」

「くっ……一体何を……!?」

「考えるより先に行動した方が良いんじゃないかな? チフォージュ・シャトーは起動している―――ワールドデストラクター、世界を分解する城が」

 

 安心院なじみの言葉を受けて、私は歯噛みしながら外へと飛び出していく。

 このままでは世界が分解され、地球そのものが消滅してしまう。

 

 一体、どこまで彼女の手のひらの上なのか……!

 

「クリス! セットアップ!!」

 

 阻止しなければならない。

 この世界に泉ヶ仙珱嗄が――パパがいる限り、別世界のキャラクターに過ぎない私でも、この世界を守る。

 

 

 




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第五十二話 ミカ・ジャウカーン

 オートスコアラー四体による呪われた旋律の蒐集。

 それは、キャロルがエルフナインを利用して二課に持ち込ませたドヴェルグ=ダインの遺産、『魔剣ダインスレイフの欠片』をシンフォギアに組み込んだ決戦機能『イグナイトモード』の攻撃を、オートスコアラー達がその身に受けることで譜面を記録するというものである。

 必要な譜面の数は、オートスコアラーと同数の四人分。

 だからキャロルは最初クリスしか二課に装者がいない状況を危惧したし、イグナイトモードが搭載されているのを確認するまでは、下手に人気の多い場所にアルカ・ノイズを投入しなかった。

 

 そして今、使用すればあらゆる機械装置を思いのままに操ることの出来る聖遺物『ヤントラ・サルヴァスパ』を手に入れたキャロルたちは、最早余計な手間を踏む必要がない。

 

 適度に装者を追い詰め、イグナイトを発動させた後、その身に攻撃を受けて退場すれば役目は終わる。

 故に、リディアン本部前にてツヴァイウィングと戦っていたレイアとその妹は、天羽奏と風鳴翼にイグナイトを発動させ、早々にその身に攻撃を受けることで役目を果たしたのだ。

 戦いの終わりはとても早かった。

 レイアと妹のパワーによるごり押しにジリ貧になった奏と翼は早々にイグナイトを発動、反撃開始とばかりに攻撃を仕掛けた結果、突如無抵抗になったレイアと妹をその出力によって撃破―――あっけない終わりであった。

 

「どういうことだ……?」

「奏……これは明らかにおかしい」

「ああ、まるで自分から死のうとする動きだった……もしかして、コイツらの目的は敗北することにある……?」

 

 そしてオートスコアラーは残り一体、全オートスコアラー中最強―――戦闘特化のミカ・ジャウカーンのみ。

 

 しかしそれでもレイアとその妹がやられた瞬間、困惑する奏達の視界の中、空が割れた。現れたのは罅割れた空の大穴から出てきた巨大な機械の城、圧倒的な威圧感と迫力を放つキャロルの城であった。

 

「んなっ……!?」

「なんていう出鱈目……!」

 

 オートスコアラー達の目的を知っていたのなら、ここで更に困惑したことだろう。

 何故なら、オートスコアラーのミカがまだ残っているにも拘らずのシャトーの起動なのだ。足りないパーツがある中で、どうしてシャトーが起動したのか、その矛盾を無視することは出来ない。

 

 だが、全員忘れているのだ。

 

 オートスコアラーガリィは、二度(・・)、別の装者のイグナイトによって破壊されていることを。

 

 最初はクリスの強力な一撃を貰って、そして二度目は切歌と調のトドメの一撃を貰って。どちらも全壊に相当する攻撃を受けている。

 ガリィはその二度の戦闘で、呪いの旋律を二つ蒐集することに成功していた。

 

 二課の面々は、破壊されたガリィがすぐに復活して戻ってきたのを、球磨川禊の力によるものだと思っていた。破壊されたガリィが機能停止寸前で球磨川に連れ帰られたからだ。しかしそれは誤りである。

 彼の現実を虚構にするスキル―――『大嘘憑き(オールフィクション)

 この力によって、ガリィが破壊されたということをなかったことにしたのならば、その回収された譜面もなかったことになる。であればこの現状に対する説明はつかない。

 

「とにかく向かうぞ翼、今の響たちじゃ全滅もありえる!」

「分かった!」

 

 駆け出すツヴァイウィング。

 アルカ・ノイズの掃討だけなら問題はない。イグナイトを積んだギアであれば、イグナイトモードの起動無しでも早々やられることはないからだ。

 だがあちらにはオートスコアラーのミカがおり、その上敵の親玉であるキャロルまでもが動き出している。状況は最悪と言えた。

 

 何故、どうして――そんな思考を巡らせる奏、歯噛みしながらイグナイトの全速力で駆ける。

 

 二課の面々は理解していなかった。

 本当に恐ろしいのは、目に見えない所で動いている影であることを。球磨川禊を送り込んだ安心院なじみが、それ以上の干渉をキャロルにしていた可能性に気付かなかったことを。

 安心院なじみはキャロルに手を貸していた。

 一つ、全壊したガリィの身体を、呪いの旋律を消さないままに修復したのは彼女である。

 一つ、球磨川禊は彼女が裏で動くための囮であり、目晦ましである。

 一つ、安心院なじみは誰も信用しておらず、全ては駒である。

 

 球磨川禊、逆廻十六夜という二人の規格外キャラを目に見える場所に配置したのは、彼らに何かをしてほしいという意図があったわけではなかった。

 単に、安心院なじみが動きやすくなるように、注目を集めるインパクトを持つ彼らがそこにいることが重要だっただけだ。

 

 ツヴァイウィングの二人が去っていった後、先ほどまで戦場だったその場に安心院なじみが現れる。

 

 彼女はどの時間、どの場所にだって存在出来る。あらゆる時代の刹那に存在するフィーネの様に、ありとあらゆる時代、ありとあらゆる瞬間に、ありとあらゆる場所で存在することが出来るのだ。

 

「さて、始まったよ珱嗄」

 

 なじみはそう言って笑みを浮かべながらリディアンの屋上を見上げる。

 そこには戦闘を観戦していた珱嗄と球磨川、黒瀬の姿があった。

 なじみの笑みに対し、珱嗄もまた笑みを浮かべる。距離が離れている以上、互いに何を言っているのかは聞こえていないが……それでも言いたいことは理解していた。

 

「僕の手を読み切って、ハッピーエンドを迎えてごらんよ――今までのように」

 

 彼女は敵だった。彼女は泉ヶ仙珱嗄の敵であろうとしていた。

 泉ヶ仙珱嗄はかつて存在した全ての世界で、あらゆる物語の中で、ハッピーエンドをその手にしてきた。原作キャラクターと親しくなり、敵味方問わずに考えうる限り最高の結末を掴み取ってきたのだ。

 泉ヶ仙珱嗄はハッピーエンドが好きだ。

 バッドエンドも良いだろう、ビターなエンドも時には趣深い、けれどやはりハッピーエンドでなければ最高ではない。彼は無敵の存在であったけれど、やはり自分のいる環境は幸せなものであってほしいと行動する人間でもあった。

 安心院なじみはそれを理解している。

 だからこそ、彼が全ての記憶と力を失っている今。

 

 泉ヶ仙珱嗄という人外にではなく、珱嗄という人間に問いかけている。

 

 このまま記憶を取り戻さないままならば、全員死んでお終いだぞ――と。

 

「いつまでも平穏な村で安穏としていられる勇者はいない……そういうことだよ」

 

 かつて球磨川達に提示した問いの答え。

 ――RPGの勇者は、初めから世界に定められた戦いから逃げられない。

 ゲームがスタートされた瞬間から、エンドロールを迎えるまで走り続けなければならない。珱嗄もそうであると、安心院なじみは言っているのだ。

 

 珱嗄もそれを理解したのだろう。

 数秒安心院なじみと見合った後、屋上から去るべく姿を消した。

 

「今度こそ期待しているよ―――珱嗄」

 

 悲しげに呟く安心院なじみの目は、酷く淀んでいた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 街中で蔓延るアルカ・ノイズを掃討して回っていた響達は、奏の想像していた以上によく戦っていた。奏の発破が効いたのかもしれないが、人々が殺されている様を見て彼女たちのスイッチが入ったのは確か。

 元々無辜の民が死ぬことを良しとしない善性を持っている少女たちだ。この世界がフィクションの世界だとしても、目の前で殺されそうになっている人を見逃すことは出来なかった。

 イグナイトを発動するまでもないアルカ・ノイズを殴り、斬り、撃ち抜いて、どうにか数を減らしていく。中でもクリスの力が大きいだろう。遠距離から制圧射撃ができる彼女のギアがあることで、アルカ・ノイズの数が減る速度も段違いに変わってくる。

 

 だが大量のアルカ・ノイズを半分ほどまで減らした時、ついにオートスコアラーミカが現れる。

 

「見つけたゾー!! 此処までずーっと退屈してたから、最後くらい派手に楽しませて欲しいんだゾ!! アハハッ!」

 

 そして身構えた瞬間、ミカの背後の空が割れる。

 現れるチフォージュ・シャトーに、響達は更に警戒心を強めた。巨大な聖遺物の機械城、空中に現れたその圧倒的存在感を受けて、これがエルフナインの言っていたチフォージュ・シャトーであることを瞬時に悟る。

 

 奏と同様に、この城の起動の為にオートスコアラー達が動いているのだと思っていたので、目の前のミカが暴れていたというのに城が起動していることが疑問だった。

 

「……仕方ねぇ、おいチビ二人……アルカ・ノイズは任せるぞ。アタシとコイツであの赤いのを片付けて、早いとこあのデカい城をどうにかしないと不味いことになる」

「……分かったデス」

「気を付けて……」

 

 クリスは即座に指示を出す。

 目の前の敵は一体――だがクリスは、今までのオートスコアラーとは一線を画す力を感じとっていた。そして響も、クリスのその指示に賛成しているのか何も言わない。彼女もまた、その優れた直感で戦況を正しく認識しているのだ。

 

 別段、切歌と調を足手まといだと言いたいわけではない。

 単純に二手に分かれるのであれば、連携の取りやすいペアで別れた方が良いという判断だ。切歌も調も、自分達が『LiNKER』による時限式の装者であることのデメリットは、イグナイトを発動すれば『Elixir』によって消える以上、その意図を正しく受け取っている。

 対等な条件で比較してなお、クリスと響の実力は装者全員の中で頭一つ抜きんでているのだ。

 

「んん? お前達二人が相手か? 歯ごたえのありそうなのが残って嬉しいゾー!」

「悪いがお前に構ってる暇はねぇんだ……ササッと終わらせてもらうぞ」

 

 手から赤い結晶体を生み出し妙な構えをするミカに、響とクリスはアイコンタクトだけで互いの役割を理解する。

 響は元々単純であり、余計な策を張り巡らせることに向いていない。だが融合症例となり、二度も暴走したこともあってか、彼女には獣の如き直感が宿っている。クリスの超集中状態と組み合わせれば、これ以上ないコンビとなるだろう。

 

 故に、響は複雑なことは全てクリスに任せて、とにかく突貫した。

 

 響が前衛、クリスが援護――それが最良の形である。

 

「はぁぁぁ!!」

「盛り上がってきたゾ!!」

 

 響の拳とミカの赤い結晶が衝突し、固い音を響かせる。

 そしてそこから連続した打撃音と共に、赤い結晶と響の連打が衝突を繰り返し、その全てが互いの身体を傷つけない。

 

 たった一合で分かった―――このオートスコアラーが一番強いと。

 イグナイトを起動したとしても、響は自分が勝てるかどうかわからない。かなり本気で撃ち込んだというのに、その全てを対処されてしまったのだ。しかもミカにはまだ余裕があるように思える。

 底知れない力を感じて、響は冷や汗を流す。

 

「それが全力か? 早く本気出して欲しいんだゾ」

「っ……ふー……」

 

 結果、響は早々に全開で挑むことにした。

 大きく息を吐き出し、己の心を深く冷たい水の底に落としていく。感覚が鋭くなっていき、視野がぐっと広がっていく。

 

 かつて響が憎しみに囚われて会得した、いわば戦闘スイッチを入れる。

 

 剣の様に鋭く、弾丸のように速く、雷の様に強い拳へと、自身を変化させて、そのイメージを正しく再現できるように。

 

「いくよ……!」

「アハッ!」

 

 二合目――ミカの接近、響は冷静に前蹴りを繰り出す。

 だがミカはその足に巨大な手を乗せて飛び上がることでソレを開始、逆に目の鼻の先まで接近したことで、その結晶を響に叩きつけようとするが―――響は軸足飛び上がり、空中で回転、ミカの横っ面を空中二段蹴りの要領で蹴り飛ばした。

 接近していたからこそ、死角からの蹴りに反応できなかったミカ。ガシャンと転がりながら体勢を立て直すが、距離が離れたことで容赦なく放たれるクリスの弾丸が、ミカの手にあった結晶体を打ち砕いた。

 

 反射的にクリスを見るが、クリスの目が鋭く自身を射抜いているのを見て、ミカは響から距離を取るのは危険だと瞬時に理解した。

 クリスも既に超集中状態に入っている。切歌たちと違い、接近戦での響の動きが読めず、またその戦闘速度の速さで援護射撃が出来なかったが、響から少しでも離れようものなら即座に撃ち抜ける腕がクリスにはあった。

 

 再び接近、ミカは少々本気で響とクロスレンジでの戦闘を繰り広げる。

 

「これならどうだー!?」

 

 響の目の前で地面に両手を付き、逆立ちの要領で前転。響の両肩に腿を乗せるようにして逆肩車の状態へと移行する。そのまま足で響の頭を締め上げながら、前転の勢いで響の後方へと押し倒し、回転の勢いのまま響を地面へと叩きつけた。

 人形故のトリッキーな動きに響も対応が遅れる。

 だが、叩きつけながらも響はミカの足首を掴んでいた。

 

「はぁぁぁああ!!!」

「ぬぉっ!?」

 

 片手でミカを持ち上げ、お返しとばかりにミカを投げ飛ばす。ギアを纏っているからこその怪力が、人形であるミカを軽々と投げることを可能にしていた。

 まさかそこからの反撃があるとは思わなかったミカは、目を白黒させながら地面を転がる。だが同時にしまったと思う―――クリスの援護射撃がくると。

 

 その考えを正解だと言わんばかりにクリスから正確な援護射撃が来る。どうにか躱すものの、確実に急所となりうる場所を掠っていくのを感じ、ミカは人形でありながらゾッとする。

 本来であれば呪われた旋律を回収するのが役目ではあったが、レイアに先を越され、チフォージュ・シャトーが起動した以上、呪われた旋律を蒐集する意味はもうない。ミカは今単純に、敵戦力を潰すために戦っているのだ。

 だが、イグナイトを起動していない出力で此処までやる響とクリスに、ミカは正直驚いていた。

 

 そして同時に、

 

「おっもしろいゾーーー!!」

 

 楽しくなってきた。

 戦闘特化であるミカという人形は、その性質上戦闘を好んでいる。最強が自分であるという自負と共に、強敵との戦いを求めている。

 

 そして此処までずっとお留守番であった自分がようやく派手に戦う機会に恵まれ、現れた敵が装者内でも飛び抜けた実力を持つコンビ。

 人形であるけれど、人間の様に―――心躍らないわけがない。

 

「最初っから全開で! ちゃぶ台をひっくり返すのは、いつだって、最強のアタシなんだゾ!!」

 

 響とクリスという強敵を相手に、オートスコアラー最強のミカ・ジャウカーンに火が付いた。

 

 




自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
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第五十三話 繋ぐ手が力となる

 今までの戦いの中で、オートスコアラーという存在は全員強敵であった。それこそ、イグナイトモードでの戦闘および一体につき複数人での戦闘でないと倒せないほどに。

 そのオートスコアラー達の中で戦闘機能に特化した躯体ともなれば、その強さは押して図るべきである。

 

 ミカ・ジャウカーン

 

 赤い髪をツインロールにし、両手が無骨で巨大な爪になっている人形。錬金術師キャロルによって作られた、カーボンロッドの戦闘特化型オートスコアラー。

 やはりと言うか、彼女の強さは他の追随を許さなかった。

 超感覚を引き出している響の反応速度を上回る速度で動き、超集中によって未来予知にも等しい予測で弾丸を放つクリスの攻撃を予測し躱す。序盤こそ対等にやりあえているようだったが、段々とミカに攻撃が当たらなくなり、またミカの攻撃が響を苦しめるようになっていく。

 

「くっ……ぐぁっ!?」

「ほらほら、もっと頑張って欲しいんだ―――ゾッ!!!」

「ぁああッ!?」

 

 拳の連打を全て受け流され、新たに生み出された赤い結晶で殴り飛ばされる。響が転がるように離れたことでクリスが援護射撃をするも、ミカはそれを最小限の動きで躱しながらクリスにも小さな結晶を撃ち放つことで攻撃。

 これがガリィであれば、クリスへの対応は難しかっただろうが――ミカにとってはこの二対一でも十分に余裕をもって対応できる。

 

 もっと言えば、奏の様にリビルドしていない響達のギアは、フォニックゲインこそ全装者中トップの数値を叩き出しているものの、その戦闘スタイルに適応した形になっていない。いわば全てが初期設定のギアのまま、フォニックゲインによる高出力のみで戦っているようなものだ。

 寧ろこのミカに対し、ほぼ響やクリス本人の戦闘技術のみでよく食いついているとさえ言える。

 

「くっ……はぁ……はぁ……!」

「規格外すぎんだろ、コイツ……!」

 

 距離を取り、呼吸を整える響とクリス。

 呪われた旋律を蒐集する目的がなくなったミカは、最早自身が敗北する必要がない。つまりは手加減の必要がない。全力全開、何の制限もなく、自分のやりたいように戦うことを許されているのだ。

 

 正真正銘、これがミカというオートスコアラーの実力。

 

 響もクリスも、正直これには早々にイグナイトモードの使用が必要だと判断する。

 だが不安もあった。イグナイトモードを使うことで確かに出力は桁違いに跳ね上がる……だが、今の段階で出力の高さのみで戦ってこの様なのだ。更に出力を高めたところで、ミカに勝てるかと言われれば、正直確信がない。

 それに、此処でイグナイトモードを使った場合、この後キャロルとの戦闘でのイグナイトには身体への負荷が掛かる。体内洗浄を行わずに二度、三度とイグナイトを使えば、『Elixir』は確実に身体を蝕んでしまう。

 

 それでも、やるしかなかった。

 

「イグナイトモード……!」

「やるしかねぇか……!」

 

 二人とも、胸にある己のギア結晶に手を掛ける。

 

「「抜剣!!!!」」

 

 そして、ガチンという音と共にイグナイトモードを発動させた。

 首の裏から同時に注入される『Elixir』により、身体を支配する全能感とイグナイトの漆黒のギアが響とクリスの身を包んだ。獣の如き漆黒のギアは、響とクリスのフォニックゲインを急上昇――シンフォギアとしての全出力を引き出す。

 

「お? ようやく本気を出すのかー? 嬉しいゾー!!」

 

 その二人を前にして、それでもミカはケラケラと無邪気に笑っていた。

 高出力のフォニックゲインを感じ取れないわけではないのだろうが、それでも自身が最強であるという自負が、二人が相手でも負けないという自信に変わっている。

 そして両手に生み出された結晶をガキンガキンと打ち鳴らし、キャハハと笑いながら飛び込んできた。

 

 響は振り下ろされる結晶を両手をクロスして受け止め、足元から地面に若干の罅割れを生みながら、クロスした腕を広げることで結晶を押し返す。

 

「お?」

「はぁあああ!!」

 

 そして体勢を崩したミカの顔面へと拳を繰り出すが、ミカはギザギザの歯を見せて笑うと、ガシャンと人形の身体を活かして上半身を九十度回転――その拳を躱す。そしてそれを元に戻し、その勢いに任せて巨大な手で響の頭を掴み、地面に叩きつけた。

 

「ぐぁあっ!!」

「まだまだアタシには届かないゾ!!」

「くそっ離れろ!!」

「♪」

 

 地面に叩きつけた響の頭を、更に上から押し潰そうと力を籠めるミカに、クリスが弾丸を放つことで後退させる。痛みを堪えながら立ち上がる響だが、そこで確信していた。響が弦十郎と共に身に付けた対人戦闘技術が、ミカには通用しないことを。

 そもそも人体と同じ形をしながら、人体にはない動きをする人形だ。おそらくあの球体関節は三六〇度動かせるだろうし、人体の出せる柔軟性を遥かに超えた動きを可能にしている。

 

 人体を想定すればその体勢が隙になると思えば、それが彼女にとっては反撃可能の罠となることも十分にありえる。

 またその可動領域の広さは回避能力の高さにも直結する。しかも、人形の身体と錬金術のエネルギーによって動く彼女は、脊髄反射レベルの反応速度を可能にしている。1秒の反応の差は、戦闘において大きなアドバンテージになるのだ。

 

「ふー……」

 

 つまり、ギアの出力が上がったことでその身体能力は大きく向上するけれど、人体における脳の反応速度は変わらない以上、筋肉によって生み出される力や速度も、動き出しのタイミングでミカには捉えることが出来る。

 まして、シンフォギアがリビルドされてそれぞれに適応した形になっていない以上、脳から身体へ、身体からギアへの伝達速度は更に動き出しの速度を鈍らせるのだ。

 

「イグナイトでも、押し切れない……」

 

 響はそれをたった一度の攻防で理解させられた。

 超直感が告げている、今のままではミカには勝てないと。

 

 そしてただでさえ危機的状況であるにも関わらず、状況は更に悪くなる。

 

 ズズズ、と何か大きなものが動く音が聴こえたのだ。

 見れば、空中に現れたチフォージュ・シャトーが動き出している。ワールドデストラクターであるあの城が起動したということは、とどのつまり世界の分解が始まるということだ。

 ミカを突破出来ない今、それを止めることが出来る者がいない。

 

「そんなっ……!」

「……ちっ……」

 

 響もクリスも、それを理解した今――何をすべきなのかを直感的に判断した。

 クリスは考えていた。暴走状態の出力を制御するシンフォギアの決戦機能……それだけでは足りないというのなら、もう一つの決戦機能の使用を考慮すべきだと。

 

 すなわち"絶唱"。

 

 かつて風鳴翼を戦闘不能に追い込み、天羽奏を死に追いやった装者殺しの自滅技。だが今ならば、イグナイトモードでの絶唱は確かに負荷が大きい――しかし、今の彼女たちは『Elixir』によって簡易的に融合症例となっている。

 体内洗浄をせずに二度目のイグナイトを起動させた状態であれば、その負荷に耐えきれなかっただろうが、一度目である今ならば、その負荷にも耐えられるのではないか。そう考えたのだ。

 

 しかし、響は別のことを考えていた。

 

 彼女は自分の拳を握りしめ、そして開く。見つめるのは、己の手のひら。拳にも、繋ぐ手のひらにもなる、その小さな手のひらである。

 

「おい……此処はアタシがやる……お前はあの城に――」

「ううん」

 

 クリスが指示を出そうと声を掛けてきたが、響はそれを遮るように首を横に振る。

 

「クリスちゃん……やるなら二人で、だよ。私とクリスちゃんの、二人で」

「お前……でも、この状況じゃ」

「大丈夫……やったことはないけど、きっとできる。私を信じてくれる?」

 

 響はその手のひらをクリスに差し出す。

 その言葉から、おそらく確実な作戦ではない。かなり博打になるような手をやろうとしていることを、クリスは察した。その上で、己と共にその賭けに乗ってくれるかと。

 

「……ハンッ……こっちはハナから死ぬ覚悟でやってんだ……良いよ、お前に全部賭けてやる」

「! ……ありがとうっ、クリスちゃん」

「うっせぇ……行くぞ……響」

 

 初めて、クリスが響の名前を呼んだ。

 それが響への信頼の証であるように―――響はそれだけで、なんだってできるような気がしていた。差し出された手にクリスの手が繋がれ、互いの体温を感じる。

 響のやるべきことは変わらない。

 

 最短で、最速で、まっすぐに、一直線に。

 

 一人では不可能なことも、二人でならできる。

 繋がる手のひらから勇気が溢れてくる。

 そして、息を合わせたわけでもなく、二人は目を閉じ、同時に歌い出した。イグナイトの出力が更に高まり、急激なエネルギーのうねりとなって二人を包み込む。その二つのうねりが繋がった手のひらから一つに束ねられていくのを感じていた。

 

 ―――Gatrandis babel ziggurat edenal……♪

 

 響は思い出す。

 何故自分にアームドギアがないのか――それは響の"人と繋がる意思"が武器を必要としなかったから。繋ぎ束ねるその手のひらこそが、立花響のアームドギアであるから。

 

 そしてをそれを教えてくれた親友と、思い出させてくれた師のことを……。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ヴィヴィオに攫われ、未来と再会した響。

 ヴィヴィオの目的と安心院なじみについてのことを聞いた後、近いうちに二課へと戻れることもあって大分余裕を取り戻していた。未来とも仲直りすることが出来たし、珱嗄が生きていることもあって、響の精神状況はかつてないほどに絶好調だったと言えるだろう。

 その上で、響は今後のことを考えていた。

 メンタル面においては万全以上に復活した響であったが、それでも戦闘においてまだまだ未熟であることは変わりない。アームドギアですら生み出せない自分が、今後安心院なじみや錬金術師と戦うにあたって、どれだけ力になれるか分からなかったのだ。

 強くなりたいと思う反面、現状をどう打破すればいいのか分からない自分にもどかしさすら感じる。

 

 そこで彼女の力になったのが、ヴィヴィオである。

 

 彼女のデバイスであるセイクリッドハートは、元々珱嗄が『聖王のゆりかご』をデバイスとして作り替えた超ロストロギア級のデバイスである。そこにはゆりかごの機能が全て詰まっており、内臓された魔力炉から無尽蔵ともいえる魔力を引き出すことが出来る化け物デバイスだ。

 ヴィヴィオはその魔力を活用し、魔法による仮想空間を作り上げ、その中で響への戦闘指導を施した。響が誘拐されてから二課に戻るまでの短い期間であったが、元々集中状態へ入れば、スポンジのごとくとんでもない吸収力を見せる響。短い期間でも十分な技術向上が可能だった。

 

 ヴィヴィオは生涯において、幼い頃よりストライクアーツを続け、かの泉ヶ仙珱嗄から指導を受けていたスーパーエリートだ。磨き抜かれたその技術は、響の比ではない。

 

「あぅっ!?」

「足がバタついてますよ、踏み込むのであれば、一歩一歩にしっかり意図を持ってください」

 

 最初こそ驚いたが、大人モードになったヴィヴィオは強かった。魔法抜きであれば弦十郎の様な剛力こそないが、磨き抜かれた技と響の動きに正確に対応する観察力の高さは弦十郎以上。弦十郎と戦えばどうなるのかは定かではないが、弦十郎が男性に適した強さであるとすれば、ヴィヴィオは女性に適した強さと言えた。

 耐久力であればどうしても男性に劣る女性であるヴィヴィオは、生前その目の良さを活かしたカウンターヒッターだった。

 

 響の攻撃が、まるでヴィヴィオを避けるように当たらない。

 

「響さんの強みはギアによって向上した身体能力によって、男性にも負けない耐久力や怪力に加え、女性の肉体が本来持っている柔軟性を併せ持っていることです」

「私の強み……」

「当たっても問題ない攻撃であっても、躱せる上で当たるのと躱せないで当たるのとでは大きな違いです。初見殺しなんて世の中にはいくらでもあります、響さんの武器が身一つである以上、全ての攻撃に対処できるようになる必要があります」

 

 そう言いながら、ヴィヴィオは繰り出される響の蹴りを空かし、膝が伸び切ったタイミングで受け止め、上に持ち上げる。関節の可動範囲を超えた場所へと足を持っていかれたことで、響は素っ頓狂な声を上げて尻餅を付かされた。

 攻撃への対応が的確な上に、相手の攻撃をそのまま隙へと変化させている。素直に溜息が出るような鮮やかな手並みだった。

 

「幸い、響さんには良い師匠がいたみたいですね。攻撃において私が教えることはありません……エネルギーの活用がスムーズですし、その威力が全て決定打になりうるものへと昇華できています。おそらくは男性の方ですね……またその教え方はかなり感覚的なものだったのでは?」

「え、す、すごい……当たってる」

「響さんに教えられたものを考慮すれば、攻防優れたかなりの使い手ですよ。但し、響さんとその方の体格の違いを考慮すると、防御に関してはその方のやり方だと響さんの体格に向いていないです……本人の耐久力と体内エネルギー量がそもそも違いますから」

 

 ヴィヴィオは弦十郎とは違い、その教え方がとても分かりやすかった。

 感覚ではなく、しっかりと頭で理解させる。更にその観察力から弦十郎の教えを正確に汲み取り、今の響に合った補足をしているようだった。

 弦十郎の教えを感覚ではなくしっかり頭で理解していけば、その先に何が出来るようになるのかが分かる。その上でヴィヴィオが教えてくれる技術が今の自分に足りなかったものを教えてくれる。

 

 響は真剣にならなければならないと思いながら、どんどん新しいことが分かっていく感覚が楽しかった。

 

 無論、集中はしているし、ヴィヴィオから教わったこともどんどん吸収していくが、弦十郎からの教えよりもずっと飲み込みが早いのを感じる。

 

「楽しいでしょう?」

「!」

「確かにこれは戦うための技術ですが……拳を交えれば、相手と分かりあえることもあります。その人がどういう人なのか、どれほど強い思いで戦っているのか、何のために戦っているのか……そして、それは相手も同じ」

「相手と分かりあえる……」

「そう、響さんの拳はとても気持ちがいいです。素直で、まっすぐで、温かい……響さんが戦いに求めているのは、きっと皆の幸せ……出来ることなら、敵味方関係なく繋がることが出来ないか……そんな願い」

 

 ヴィヴィオはそんな響の気持ちを見抜いて、ふとそう教えてくれた。

 響はその言葉を聞いて、不思議と心にすとんと落ちる気持ちを感じていた。誰かと繋がりたい、そう願う気持ちが、自分の中に確かにあったからだ。

 

 それはいつか、親友である未来が教えてくれたことである。

 

 それを戦いの中で求めるのは甘さであると、そう思っていた。敵を倒さなければならない、けれど響は敵の事情も知らずに一方的に倒すことが幸福とは思えない。矛盾するその想いの答えが響を迷わせていた。

 けれど、それが間違いでないのなら――戦いの中に敵味方全ての幸福を求めてもいいのなら。

 

「響さんにアームドギアが出ないのは、それが必要ないからです」

「え……必要ない?」

「響さんの力は、この拳でも、アームドギアでもない……"他人と繋がろうとする強い心"です」

「!」

「だから迷う必要はありません。響さんは響さんの求める結果を目指していいんです」

 

 その言葉が、響の心を軽くした。

 

 

「―――繋ぎ合うその手が、響さんのアームドギアですよ」

 

 

 響の心と体が、一致した瞬間だった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 故にこそ、響はもう誰かと手を繋ぐことを恐れない。

 

 ―――Emustolronzen fine el zizzl……♪

 

 最後の歌詞を歌い上げる。

 一人ではない、二人で。響とクリスはそうして目を開き、見つめ合ってクスリと笑った。

 

 『絶唱』を歌うことは、装者に酷いバックファイアを齎す。

 しかし生み出されたエネルギーを、響は繋いだその手で束ね上げた。他者と手を繋ぐ意思、それそのものが響のアームドギアであるのなら、人と繋がる力が響の力であるのなら、出来るはずだ。

 

 響とクリス、二人分の絶唱で生み出されたエネルギーのうねりが束ねられ、そして虹色に輝く巨大なエネルギーの弓矢へと変貌した。

 

「クリスちゃん!」

「ああ……行くぞ!」

 

 そして繋いだ手、二人で弓を引き、ミカを狙って同時に撃ち放つ。

 

 

 ―――"S2CA・ツインブレイク type-A"

 

 

 ミカの反応速度すら超越して放たれたその巨大な矢が、空気を引き裂いてミカの身体を貫いた。

 

「っ―――!?!?」

 

 吹き荒れるエネルギーに、猛風が吹き荒れる。

 そしてその風が収まり虹色のエネルギーが消えると、響とクリスのイグナイトも解除された。響がエネルギーを束ねたことでバックファイアは全て響に降りかかったが、『Elixir』のおかげもあって、かなり抑えられたらしい。消耗こそ激しいものの、二人の身体は未だ無事だった。

 

 そして矢に貫かれたミカはと言えば、胴体に大穴を開けてギギギ、と動きづらそうに立っていた。最早戦闘不能の状態であることは明らかだが、それでもまだわずかに生きている。

 

「ぎ……ま、……だ、最後まで、頑張るんだ、ゾ……!!!!!」

 

 瞬間、ミカの身体が燃えた。

 ツインロールの赤い髪が解かれ、服も熱によって焼失する。大穴が空いている胴体に大きな罅が入っていくが、それでも強引にミカは身体を動かしていた。正真正銘、最後の足掻きであること理解できる。

 それでも、絶唱並のエネルギーを炎と変えて一矢報いようとするミカに、イグナイトが解かれ、消耗も激しい二人は歯噛みした。

 

 追い詰められた者ほど、何をするか分からないとはよく言ったものだ。

 

「"バーニングハート・メカニクス"―――!!!!」

 

 飛び上がり、炎を纏ったミカがへたり込む響達に迫る。

 轟轟とミカの身体が燃え盛り、まるで超高火力の弾頭のようだった。今の響達が直撃を貰えばただでは済まない。装者の中でも実力の高い二人を此処で消せるのなら、そんな強い意思を感じた。

 

 しかし、両者の間に入り込む二つの影。

 

「やらせない……!!」

「誰も死なせるわけには、いかないのデスよ!!!」

 

 それはアルカ・ノイズを掃討していた切歌と調。

 イグナイトモードを起動させ、漆黒のギアを纏った二人がユニゾンでミカの最後の一撃へと迎え撃つ。丸鋸と大鎌を合体させ、ユニゾンによって束ねられた一撃を叩きつけた。

 

 

「あああああああああッッ!!!!!」

「「はぁぁあああああッ!!!!!」」

 

 

 衝突、拮抗、そして―――。

 

 ガシャン……!

 

 二人の一撃に耐えきれなかったミカの身体が、全エネルギーを焼失して地へ落ちた。

 正真正銘、死の間際の自爆技だったソレは、目的を果たすことなく終わりを迎えたのだった。

 

 

 




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第五十四話 再起

本日二度目の更新です。
前回を読んでない方は、そちらからどうぞ。


 オートスコアラーであるレイアとその妹、そして戦闘特化のミカを下し、アルカ・ノイズを掃討し切った今、二課側の戦力はかなり消耗させられていた。

 マリアとセレナは未だ重傷故に動けない。残った装者も全員イグナイトを一度使用しており、二度目の使用は負荷が大きすぎる状態。

 残された手段としえ、『Elixir』を使用した場合のイグナイト起動はある。通常状態でのイグナイト起動であれば『Elixir』による負荷はない。ただ、暴走状態の衝動を耐える必要があるが。

 故に響とクリスであれば、まだイグナイトを起動出来る可能性はある。

 

 ただ、切歌と調に関しては別だ。

 ミカの絶唱級決戦兵器をイグナイトで迎え撃った結果、彼女達のイグナイトも解除されてしまっている。LiNKER頼りの適合係数である彼女達は、最早通常起動でのイグナイトも危うい。『LiNKER』と『Elixir』の同時注射を既にやっているのだ――これ以上は過剰投与によって身体を壊す。シンフォギアがどうこうではなく、薬の多量投与はそもそも危険だからだ。

 

 既にチフォージュ・シャトーが動き出している今、そこへ乗り込んでキャロルの相手をするのなら、イグナイトを使える者であることが必須だ。

 

「立花!」

「つ、翼さん……良かった、復帰したんですね」

「ああ……心配を掛けたな……けどもう大丈夫だ。奏も戻ってきたし、もうあんな無様は晒さない」

「なんだ翼、後輩の前だからってまたそんなおかしな口調続けてんのか?」

「ちょっ、奏!? そういうことは言わないでよ!」

「ハハハッ! 空気を和ませただけだ……さて」

 

 あとから追いついてきたツヴァイウィングの二人も合流し、今後の作戦を練る。

 現状とりあえず通常状態のシンフォギアであれば全員動くことが出来ているが、イグナイトを起動出来るのは正規の適合者である響、クリス、翼の三名くらい。奏、切歌、調の三人はLiNKER頼りである以上、イグナイトの起動は危険だ。

 

 となれば、役割分担は簡単である。

 

「全員であの城に乗り込んで、響、クリス、翼はキャロルを……アタシとチビッ子二人はそのサポートだ。中にはおそらくアルカ・ノイズもまたいるだろうし、翼たちの邪魔になるものの排除をする必要がある……それに、例の錬金術師たちがいないとも限らないしな」

「了解です……でも、あのチフォージュ・シャトー、もう動き出してて……いつ世界の分解が始まってもおかしくないです」

「じゃあ急がねぇとな」

 

 全員でシャトーを睨み、行動を開始しようとする。

 だが、そこへ不意に声が掛かった。

 

「待て、無茶な行動は禁止だ」

「! おっさん?」

 

 現れたのは弦十郎だった。しかも完全聖遺物である『ネフシュタンの鎧』を身に纏った完全戦闘形態である。これ以上ない味方であるが、指揮を執っていた彼が此処に来たということは、別に作戦が練られたということだろうか。

 奏達は未だ小さく息切れの絶えない重い身体を動かしながら、弦十郎に向かい合う。司令室からの指揮ではなく、前線に出ての現場指揮を執るとなれば、やはり今は瀬戸際なのだろう。

 

「まずあのチフォージュ・シャトーだが、既に起動している以上今乗り込んでキャロルと交戦した所で、まず間違いなく世界の分解が始まる方が早いと推測される」

「それは……まぁ、そうだろうな」

「故に、了子君が切り札を切ることにした。本人は渋々といった様子だったがな」

「切り札?」

 

 翼が首を傾げた瞬間、リディアン音楽院の方から地面を揺らすような音が聴こえてきた。驚いて全員がそちらを向くと、そこには学院の正面から地面を押し上げるようにして現れた巨大な塔が姿を見せている。

 リディアンの地下から現れたそれは、天空に浮かぶチフォージュ・シャトーに匹敵する威圧感を放っていた。

 

「なんだありゃあ!?」

「俺も先ほど聞いただけだが、以前俺達と敵対していた時に密かに制作していた計画の要……曰くバラルの呪詛から人類を解放するための最終兵器……名前を『カ・ディンギル』というそうだ」

「あんなの作ってたのかよ、フィーネの奴……!?」

 

 天を仰げばチフォージュ・シャトーが、地を見ればカ・ディンギルが、二つの巨大な異端技術の塊が頂上決戦の様に対峙している。

 まさに最終決戦と言わんばかりの光景だ。

 

「とにかく、カ・ディンギルを用いてチフォージュ・シャトーの世界を分解する一撃を相殺する。何度も出来ることではないらしい故、了子君が時間を稼いでいる間にキャロルを叩き、チフォージュ・シャトーを破壊しなければならない」

「なるほど……アレでシャトーの一撃を相殺出来る保証はあるのか?」

「カ・ディンギルのエネルギー源は完全聖遺物であり、無尽蔵のエネルギーを持つ『デュランダル』だ。制御できるエネルギーには限りがあるだろうが、力負けすることはないだろう」

「なんとも頼もしい限りなのデス……」

 

 ともかくチフォージュ・シャトーに対抗できるだけの手が味方してくれている今、自分たちのやるべきことをやるべきだろう。

 

「くれぐれも無茶はするな……行くぞ!」

 

 弦十郎を先頭に、装者全員がシャトーへと急いだ。

 

 

 ◇

 

 

 弦十郎達がシャトーへと向かった後、先ほどまで弦十郎達がいた場所へと珱嗄はやってきていた。後ろには球磨川禊、黒瀬徹、逆廻十六夜、そしてヴィヴィオの四人がいる。

 珱嗄が動いたことで、ついに彼の下へ安心院なじみ以外の異世界人が集結していた。

 全員が珱嗄のことを見て、少し複雑そうな顔をしている。

 それもそうだろう、既にヴィヴィオの話したこの世界の真実を全員が知っている。自分たちが物語の登場人物に過ぎなかったと聞かされれば、今までの自分の人生全てに意味がなかったのかと思えてしまう。

 

 球磨川禊の勝利も、逆廻十六夜の修羅神仏との戦いも、黒瀬と珱嗄の友情も、全てが物語の設定に沿って決められていたストーリーだったなんて、どんな不幸より不幸だ。

 

 けれど珱嗄もそんな球磨川達の顔を見て、少しだけ気まずさを感じていた。

 珱嗄には記憶がない。彼らと過ごした記憶が。

 それでも彼らにとって自分と共に過ごした時間こそ価値があったのだということは、わざわざ異世界にまで来ていることを考えれば理解できる。

 

 真実を知ってなお、珱嗄の記憶を取り戻そうとしているのは、その真実を覆して欲しいからだろうか。それとも、単純に引っ込みがつかなくなったからだろうか。

 それとも――――……否、それを考えるだけ無駄なことだろう。

 

「……記憶はないけれど、それでも俺はお前らに会えて嬉しいと感じている」

「『珱嗄さん?』」

「多分、俺は今までお前らの世界で色々なことをしてきたんだと思う。けどあくまでそれはお前たちの物語で、そこに俺という異物が添えられただけに過ぎない……安心院なじみは俺を主人公だと思っているみたいだけど、俺が物語の中心になることは多分、どの世界でも無かったと思う」

 

 珱嗄は記憶がなくとも、自分がどんな風にどんな世界を生きてきたのかを想像して、それでも尚、その原作において自分が主人公だったことはなかったと思った。

 その世界のその物語において、やはり主人公はその世界に生きる者たちだ。異物である自分はどうやってもオリジナルの中には入れない。

 

「だから、この世界での主人公は間違いなく響ちゃん達だ……それでも今、この世界の物語の中心は俺になっている。安心院なじみがそう仕組んだから」

「お前は、それをどう思うんだ……珱嗄」

 

 黒瀬の声に、珱嗄はふと苦笑を浮かべた。

 

「面白いと思ったよ……でも、お前らの顔を見る限り……これは間違ってるんだろうな」

「パパ……」

「俺が記憶を失っている理由が、なんとなくわかった気がする。俺はどこかできっと飽きたんだ、強い力を持って物語に干渉し、あたかも登場人物の様に生きることに」

 

 珱嗄はかつて、強すぎる力を持って異世界を渡り歩き、行き着いた世界で己の力を捨てた。それは強すぎる力を持つことが、様々なスリルを失わせていると思ったから。弱さを手に入れて新しい世界を楽しもうと思った。

 

 だがそこに矛盾が生じている。

 

 珱嗄の娯楽主義という在り方は、あらゆるものを娯楽として楽しむ狂気的思考だ。

 強過ぎてスリルがない―――その現実すら楽しめるように生きるのが彼の掲げる娯楽主義の神髄だったはず。

 なのに、彼はそれを楽しめないと放棄したのだ。矛盾している。

 しかも、強さを放棄して弱さを手に入れたのなら、この世界を最後にする意味がない。これからはその弱さと共にずっと楽しんでいけばいい。なのに次を最後にする意味は?

 

 その意味は簡単……珱嗄は最初から理解していたのだ、自分が主人公になることはできないと。

 

 ハンター×ハンターの世界を終えた時から、今までずっと。彼はその世界にとって確実に異物であり、本来いなくても世界は回る程度の存在でしかない。誰よりも強さを持っていたとしても、誰より自由であっても、誰より個性的なキャラクターだったとしても、彼はその物語の一部にはなれない。

 つまり彼の居場所は、どの世界にもありはしなかったということ。

 だから彼は彼の個性全てを捨て去って、この世界の平凡な人間として生き、物語の中で命を終わらせようとした。

 

「俺に恋人がいたことも、娘がいたことも、親友がいたことも、そう考えれば説明が付く。俺は無意識に繋がりを求めたんだ……構ってちゃんみたいに、その世界で輝いて生きるキャラクターに羨望を抱いたんだ。そしてそれを愛した」

 

 珱嗄はそう言って自分の胸に手を当てた。心臓の鼓動を感じ、そしてそこに全く別の何かがあることを感じ取る。

 

「確かなことは言えない……俺は記憶を失っているからな。けれど、きっとそうだ」

「珱嗄……」

「つまり、俺の掲げた"娯楽主義"は―――最初から砕かれていたんだよ」

 

 それを正解だと言わんばかりに、パキン、という音と共に珱嗄の胸から光の針がずるりと出てきた。そしてそれを手にした瞬間、珱嗄の身体に変化が起こる。

 

 青黒かった髪が黒くなり、瞳も黒くなった。

 そして薄青い光と共に彼の服装が変わる。

 

「!?」

「『何が……!』」

「パパっ!?」

 

 急な変化に驚く黒瀬達だったが、カメラのフラッシュの様に一瞬視界を白く染め上げる光と共に、珱嗄はその姿を見せた。

 それは、かつて球磨川達が見てきた彼の背中だった。

 

 

 ―――青黒い着物に、黒いインナー。

 

 ―――腰を薄緑の腰布で締めて、

 

 ―――黒い袴が風に揺れる。

 

 ―――口の端が緩やかに笑みを浮かべて、

 

 ―――その瞳は悪戯に世界を見据えている。

 

 

 数々の世界で無敵を誇り、多くの存在と絆を繋ぎ、そしてその世界の最後を見届けてきた唯一の男。彼らが世界を渡って尚追い求めた男の背中が、そこにあった。

 

「……はぁ、全く予想外だ」

 

 泉ヶ仙珱嗄の姿が、そこにあった。

 

「まさか最後の世界でこんなことになるとは思わなかったよ」

 

 球磨川達は唖然としながら、懐かしい雰囲気を纏う珱嗄の姿を見る。

 

「『珱嗄さん……なの?』」

「そうだよ……してやられたけどな」

「パパ……記憶が戻ったってこと?」

「おうヴィヴィオ……懐かしい姿だな」

「……全く、手のかかる奴だなお前は」

「お前に世話をされたことはないぞ、クロゼ」

「ヤハハッ!」

「誰だお前」

「逆廻十六夜ですが!?」

 

 それぞれと一言ずつ言葉を交わして、最後に十六夜を弄って、珱嗄は楽し気に笑う。

 そして手にある光の針を見つめて、この転生人生を始める前、神との最初の会話を思い出した。これは珱嗄が普通の人間として生きていた頃、彼を転生人生へと導いた原因。

 

 ―――神様の世界には人間界に干渉できる物質がまぁ色々有るんだ。それが君の胸を刺し貫いたあの針だ。

 

 ―――ふむ

 

 ―――で、あの針は別に誰が投げたとか、使ったとかそういう訳で君の世界に行った訳じゃない。本当に偶然、針を取り巻く環境が針の効果を発動させたんだ。結果、君は死ぬことになった訳だ。

 

 彼が死んだ原因となった針だ。

 つまり、珱嗄の今の肉体はかつて彼が人間として生きていた、元々の肉体であるということ。泉ヶ仙珱嗄であり、仙道桜であった肉体ということだ。

 

「……十六夜ちゃん、針に関する神話と言えば?」

 

 その針を抜いたということは、珱嗄は転生人生を始める原因を抜いたということ。正真正銘、神の齎した最後の恩恵であり、もう転生をすることは出来なくなる最後のトリガーでもある針だった。

 そして神の世界に存在する針の伝承は何があっただろうかと考えた時、珱嗄は専門家がいるじゃんとばかりに十六夜に話を振った。現在恩恵を全て返した珱嗄は『人類の会得し得る全技術』の副次能力である全知を失っているからだ。

 

「なんでそんな…………まさか、その針……"トルニチェライカの針"だとでも言いてぇのか?」

「『トルニチェライカの針?』『って何?』」

 

 十六夜は説明する。

 

 トルニチェライカの針―――それは、古の死を禁じられた神キュトスが死んだときに生まれた、71人の姉妹の中核を担う36番目の姉妹トルニチェライカの髪の毛から作られたとされる針。

 水に浮かべれば、コンパスの様に世界の中心に存在するとされる『紀元槍』を指し示すとされる、世界の中心を指し示す神話の針である。

 

 そしてその説明を聞いた珱嗄は、なるほどと頷いた。

 

「『紀元槍』――世界の中心にして全ての存在をその上に支える根元的概念だったか? それを指し示す針が俺を殺し、転生させたわけか」

 

 神はそれを偶然といった。世界の中心を示す針が、偶然珱嗄の世界に落ち、偶然珱嗄の心臓を刺し貫いたのだと。

 だが、神の世界に偶然があるだろうか――否、そんなものはない。

 

 であれば珱嗄の心臓を刺したこの針は必然だった。

 

 

「つまりそうか―――そういうことだったのか」

 

 

 珱嗄は今まで感じたあらゆる全ての現実より、今この瞬間の真実に感謝した。

 

「サンキュー神様……あんたやっぱ俺のことよく分かってるわ」

 

 かの神は珱嗄の理解者であった。

 それは珱嗄が強さを捨てた理由も理解していたということであり、いずれそうなると言うことを最初から理解していたということであった。

 

 珱嗄は針をその手で弄ぶ。

 そしてこの全ての人生の中で一番と言っていいほどに楽しそうに、ゆらゆらと笑う。その背中を見つめる球磨川達は、かつて散々見てきた珱嗄の姿の中で、一番今が恐ろしいと感じた。

 何のしがらみもなく、何の迷いもなく、何の憂いもない、正真正銘最初で最後。

 

 心の底から嬉しそうな、泉ヶ仙珱嗄の姿を。

 

「いくか、ハッピーエンドまで散歩しよう」

 

 そんな言葉が、どこまでも楽しげに。

 

 

 




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第五十五話 ラピス・フィロソフィカス

 天空に浮かぶチフォージュ・シャトーに座する、錬金術師の女王。

 キャロル・マールス・ディーンハイム。

 このシャトーを完成させるにあたり、今まで一度たりともシンフォギアの前に姿を現さず、己が動くことなく目的を完遂させた稀代の天才錬金術師だ。

 

 レイアの敗北によって全てのパーツが揃い、起動したチフォージュ・シャトーを動かし、ついに世界の分解という最終目的を達成すべく立ち上がった彼女は、何かを待つようにシャトーの操作空間にて佇んでいた。

 手のひらは既に操作水晶に添えられており、エネルギーのチャージも完了。後は引き金を引くだけでこのワールドデストラクターは世界を分解する一撃を解き放つだろう。

 

「―――……来たか、シンフォギア」

「貴女が……キャロルちゃん、だね」

 

 そこへ現れたのは、弦十郎を含む装者六名、響、クリス、翼、奏、切歌、調だった。

 本来であればシャトー内部にいるアルカ・ノイズを奏達時限式の装者で掃討している間に、響達がキャロルを叩く作戦だったのだが、何故かシャトー内部には一切の敵がおらず、全員でまっすぐにキャロルのいるこの場所まで辿り着くことが出来たのだ。

 此処まであれほど用意周到に計画を進めてきたキャロルが、最後の最後で詰めのあまいことをするとは思えない。弦十郎達の警戒心はより強くなっていた。

 

 響が前に出て、キャロルと向き合う。

 

「警戒せずともいい……此処にはオレ以外の戦力など元よりいないのだからな」

「ねぇキャロルちゃん……本当に世界を分解するつもりなの? どうしてそんなことを……理由を教えて欲しい」

 

 キャロルの言葉に更に怪訝な表情をする装者達だが、その中で響は変わらずキャロルに語り掛ける。今回の行動の理由を問いかけていた。

 するとキャロルはそんな響が滑稽に思えたのは、鼻で笑う。まるで哀れな者を見るように響達を見下ろすと、悠々と語り出した。

 

 まるで追い詰めた気になっているような、そんな彼女たちに。

 

「お前たちは本当に哀れだな……まるでオレを倒せば全てが丸く収まるとでもいいだけな顔でこんなところまでやってきて―――全て奴の手のひらの上で転がされていることにも気づかない」

「……どういう、こと?」

「どうしてオレがレイラインの詳細なマップデータを持っていると思う? どうしてガリィがすぐに復活したと思う? どうしてサンジェルマン達という別の組織の錬金術師がオレに協力していたと思う? お前達がエルフナインを欠片も疑わなかったのは何故だ? 球磨川禊が姿を消したのは何故だと思う?」

 

 響の問いかけに、何倍もの問いが返ってくる。

 キャロルはこの城を一度たりとも動いていない。オートスコアラーの行動は逐次二課でも追っていた。なのにレイラインマップを手に入れていたり、強力な錬金術師達が協力していたり、彼女にとって都合のいいことが起こっている。確かに、おかしいと思わなかったわけではない。

 それでも、キャロルという存在がそれほどの強大な錬金術師であるから、という理由で無理やり納得していた。そこには確実に理由があったというのに。

 

 キャロルには安心院なじみが干渉していることは、球磨川禊が協力していたことで分かっていることだったのに。

 

「オレは別に世界を分解したいなどとは思っていない」

「なっ……!?」

「オレの目的の為に、このチフォージュ・シャトーで世界を分解する必要があっただけだ。いわばこれは通過点に過ぎん……とどのつまり、目的を達成出来るのならこんなことをする必要すらない」

「ならば君の目的とはなんだ!? 世界を分解することがついでだというのなら、その先に君が求めているものとは、一体何なんだ!?」

 

 キャロルの述べる驚愕の事実に、弦十郎達の動揺は計り知れない。

 世界を分解しなくてもいい、けれど必要だからやる。

 そんな曖昧な理由でこれほどのことを起こしたというのだ。その果てに求めるものとは一体何なのか、想像もつかない。響もまた、キャロルの瞳に映る悲しみの色を理解して、その理由が気になった。

 

 どうして、そんなにも悲しい瞳をしているのか。

 

「……ある視点で見るのなら、オレもお前達も変わらない。結局は物語の上で弄ばれているだけの石ころに過ぎない」

「……キャロルちゃん、貴女は何に突き動かされているの?」

「さぁな……そんなもの、何百年と昔に忘れてしまったよ。パパと再会するために、この身を錬金術にくべた時に。オレの願いはたった一つ、パパともう一度会いたい……それだけだ」

 

 父との再会、それがキャロルの願いだった。

 だが余計に意味が分からない。父との再会の為に世界を分解する、そこが一切結びつかなかったからだ。そもそも彼女の父親は生きているのか、世界を分解したとしてどうやって再会するつもりなのか、錬金術に疎いかどうかなど関係なく、響達には一切理解出来ない理由がキャロルの中にはある。

 

 そして響達が絶句している中で、キャロルはもういいだろうとばかりに水晶に翳していた手で指示を出した。

 

「!? ……これは!」

「世界を分解する一撃を放つ―――そのトリガーを引いた」

「キャロルちゃん!」

「最後に教えてやる……此処まで全て、安心院なじみの計画通りだと」

 

 キャロルがそう言った瞬間、大きな揺れと共に緑色の閃光が地球に向かって放たれた。ズガンッ!!! という巨大な音と共にそのエネルギーが地上のレイラインに沿って、地球を覆っていく。

 

 世界の分解が始まろうとしていた。

 

 しかし、

 

「了子君!!!」

『やってるわよ―――止めるッッ!!』

 

 そこへ地上に現れた破滅の塔――カ・ディンギルからの砲撃が放たれた。

 地上を分解するエネルギーを断つべく、チフォージュ・シャトーに向かって放たれてその膨大なエネルギーレーザーは、正確に放たれる緑色の閃光を射出している場所に衝突する。

 錬金術によって生み出された膨大なエネルギーと、完全聖遺物『デュランダル』によって生み出された膨大なエネルギーの衝突により、混ざり合ったエネルギー同士が膨れ上がっていた。

 

 このままではいずれ、シャトーを巻き込んで超巨大な大爆発を引き起こす。

 

 そう判断してキャロルを見た弦十郎は――そこで笑みを浮かべているキャロルを見た。

 

「だから言っただろう……此処まで全部、安心院なじみの計画通りだと」

「どこまで……だ……一体何処から!?」

「全てだよ……フィーネがお前たちの組織に協力するように仕向けたのも、オレたちの計画が進めばいずれかのカ・ディンギルを切るしかないことも、そして世界を分解する一撃を放てば、カ・ディンギルを使用し、膨大なエネルギーを放たせられることも、全ては何百何千年も前から決められていたシナリオだ」

 

 キャロルは遂に目的を達成したとばかりに、清々しい表情で笑っていた。

 全て決められていたこと――誰によってだ? 無論、安心院なじみしかない。

 であれば、キャロルの行動は全て安心院なじみによって指示されたことだということになる。オートスコアラーを動かしたのも、エルフナインを二課に逃がしたのも、シャトーを作ったのも、世界を分解するという目的でさえも、安心院なじみによって用意されたものだったということに。

 

 つまり、キャロルは安心院なじみに父親を人質に取られている?

 

「気付いたようだな……そうだ、俺は数百年前、偉大な錬金術師である父と共に暮らす平凡な子供だった。けれど父は疫病に悩まされていた村を、その研鑽によって齎される叡智で救った時――それを理解出来ぬ愚物共によって、不当な奇跡の行使者として処刑された」

「そこで絶望した君の前に現れたのが……安心院なじみだというのか?」

「そうだ。奴は俺の父を蘇らせた……だが、父の身体は眠ったまま目覚めない状態で奴の手にある……そこで奴はこう言った、自分の目的に協力してくれたら、父を返し、平穏に一生を過ごすことの出来る環境を与えようと」

「そんな……きゃあっ!?」

 

 キャロルの告げた悲劇に、響達は更に動揺した。同時にシャトーが少しずつ起爆していき、その振動で足元がぐらつく。

 

 安心院なじみによって仕組まれた運命を受け止め、いつの日かまた父と出会う日を夢に見て、キャロルは今日まで生きてきた。世界を分解するという目的を達成出来たのなら、今度こそそれが叶う。

 やりたくもないことを強いられ、無理やり生き永らえてきた数百年という人生は、今この時の為に。

 

「そしてお前達は大きな失敗をした……本当に警戒するのであれば、全員で来るべきではなかったな」

 

 キャロルが更に不敵に笑みを浮かべると、空中にいくつかのディスプレイが現れる。

 そこに映っていたのはシャトーの真下の映像――サンジェルマン達が立っていた。三人の錬金術師の隣には何やら新たなオートスコアラーがおり、サンジェルマン達が何か歌を歌っているのが見える。

 

 明らかに、何かをしようとしていた。

 

 響はその優れた直感で、それがチフォージュ・シャトーによる一撃よりも恐ろしいことであることを瞬時に悟る。あれは、このままにしておくのはマズイと。

 

「師匠!!」

「ああ、装者諸君で彼女達を止めに行け!!」

『了解!!!』

 

 響の切羽詰まった声に、弦十郎はすぐさま指示を出す。装者達は即座に反転、シャトーを飛び出すべく走り出した。起爆してどうせ壊れるシャトーだ、壁を攻撃して大穴を開けることで外へと飛び出していった。

 残った弦十郎がキャロルに向き合う。

 

「一体何を始めるつもりだ……!?」

「さぁな、オレが知らされているのは此処までだ。奴らが何をしようとしているのかなど、皆目知りもしない……だが、此処には今チフォージュ・シャトーから放たれたエネルギーが走ることで浮かび上がったレイラインと、カ・ディンギルから放たれた無尽蔵のエネルギーが集中している」

「まさか、彼女らもレイラインを利用しようとしているというのか?」

「どちらも惑星を破壊出来る極大エネルギーだ……それを利用しようというのだから、錬金術の最奥が見られるのかもしれないな?」

「くっ……!」

 

 錬金術師キャロルの目的は果たされた。

 あとはこの世界の成り行きを見守り、父との再会を待つのみ。一時でも父と言葉を交わせるのならば、最早この世界が滅びようとどうでもいい。そんな絶望と希望の入り混じった感情の中で、キャロルは笑っていた。

 

 涙は流さない―――やりきったのだから。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ―――解放の歌が、命を燃やす……♪

 

 歌う錬金術師、サンジェルマン、プレラーティ、カリオストロの三人。

 錬金術もシンフォギアも、起源を辿れば元は同じもの。

 七つの惑星、七つの音階、先史文明気バラルの呪詛によって統一言語を失った人類が、失われた意思疎通の術を取り戻すべく作り上げたもの。万象を知ることで世界を識ることを目的としたのが錬金術ならば、言葉を超えて世界と繋がろうとしたのが歌。

 

 起源を辿れば、全く同じ目的をもって生まれたもの。

 

 であれば、錬金術師が歌を歌うのはなんらおかしなことではない。

 そして彼女らの歌をチフォージュ・シャトーに共振させ、更に膨大なエネルギーを生み出している。更にそこへ惑星規模のエネルギーが二つ……そのエネルギーを利用することでどれほどのことを出来るか、想像すらできないだろう。

 

 ―――漆黒の闇に、炎穿つために……♪

 

 彼女たちの傍にいたオートスコアラー、アン・ティキ・ティラが歌に反応してエネルギーの中央へとその身を投じ始めた。

 

「私の役目は――記録された星図情報から、儀式に定められた座相で天地のオリオン座が照応するタイミングを図ること―――そして」

 

 ―――解放の鐘が、終焉を奏でる、自由に勝ち鬨を上げよ……♪

 

 そして最後の歌が調を奏でる。

 サンジェルマン達の歌が地上を走るレイラインに沿うエネルギーを束ね、カ・ディンギルから照射されるエネルギーすら上乗せしてアン・ティキ・ティラへと注ぎ込む。

 

 ―――曠劫たる未来を、死で灯せ……♪

 

「そして……星を砕くエネルギーにティキの持つ従順なる恋乙女の概念を付与することで……!」

 

 収束されたエネルギーが七つに分かれて別々の方向へと飛翔していく。

 ズン、と各地に降り立ったエネルギーがオリオン座に照応して地上に門を描いた。空は未だに青いが、それでも星は空に存在している。ティキはその場所とタイミングを正確に観測することが出来るオートスコアラーなのだ。

 

 そして、アダム・ヴァイスハウプトに従順に盲目な恋をしているティキの概念を、神出ずる門の力に付与することで―――――錬金術は神の力を手中へと収める。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

「来たかシンフォギア!! 立花響!!!」

 

 だがそれを邪魔する者だって、当然いる。

 誰かを犠牲するやり方であれば、それを許すわけにはいかないと拳を握る者が。立花響を筆頭に、シンフォギア装者が全員やってきた。

 

 響の拳とサンジェルマンの拳銃が衝突し、火花を散らす。

 

 分かりあうことなど出来ない――犠牲を許さない響と、犠牲を生んで今ここに立つサンジェルマンは、最早決定された現実の上で敵である道しか残されていない。

 しかも此処までが全て安心院なじみの手の上だと言うのなら、猶更これ以上の横行を許すわけにはいかない。響達は焦っていた。

 

「以前の私達と思うなよ……!! 既にシンフォギアでは、この身は止められない!!!」

「うぐあぁッ!?!」

 

 弾き飛ばされた響を、クリス達がキャッチして救う。

 だがサンジェルマン達の様子が今までと全く違うことに気付く。以前は小手先の錬金術を使用するだけの戦い方だったのに、今回は何か別のものを用意してきたような万全さすら感じさせる。

 

 そうして彼女達が出してきたのは、以前ヨナルデ・パズトーリを生み出した際に使用していた赤い結晶だった。

 それは膨大な生命エネルギーを使って作り上げた錬金術の最奥。

 

 ―――完全なる物質『賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)

 

 更にその結晶を錬金術によって再構成、その形はシンフォギアにも似た姿へと変化していく。サンジェルマン達の身に纏う衣装が変化していき、そしてその形を決定した時に現れたのは、黄金を身に纏ったバトルローブだった。

 

 

「……来い、シンフォギア……これがラピス・フィロソフィカスのファウストローブ。錬金術の最奥――打ち破れるものなら、やってみせろ!!」

 

 

 ファウストローブ……錬金術師の全てが込められた力が、イグナイトの使えない響達の前に牙を剥いた。

 

 

 

 




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第五十六話 弾丸

 ―――この世界で僕が始まった時、僕は何故生きているのか不思議だった。

 

 かつて僕は、珱嗄に恋をした。

 初めて出会った、僕と同種の人外。初めて僕と同じ目線で、僕と同じ力で、僕と共に生きてくれた唯一の人。何十どころじゃない、何億、何兆年という時を共に過ごし、そして不老不死の人外であった僕の最期を看取った最愛の人。

 僕は彼が好きだった。

 球磨川君じゃないけれど、彼がきっとどんなに醜悪な見た目をしていたとしても、僕は彼を、彼だけを愛したと思う。例え彼と出会うのが世界が終わる直前だったとしても、僕は彼に初めて恋をしたと確信している。

 

 それくらいに、僕は彼に首ったけだった。

 手を繋いだ時は、心が躍った。

 頭を撫でられた時は、自然と笑みを浮かべた。

 抱きしめられた時は、永遠に離れたくないと思った。

 キスをした時は、この時の為に生まれてきたと思えた。

 そして、彼の腕の中で死を迎えた時は―――まだまだ一緒に居たいと思った。

 

 何十年、何百年、何億年、何兆年……どれだけの時を一緒に過ごしたとしても、まるで足りなかった。僕は本当に、永遠の時を彼と共にいたかったんだ。

 それでも終わりがあることは幸せなことだと思う。

 始まったことには必ず終わりがある。限りある人生だからこそ意味がある。寧ろ何兆年……宇宙が終わるその時まで生き続けた僕の人生に、彼という意味がそばに居てくれたことは、本当に幸せなことだったんだ。

 

『好き、好きだ、好きだよ……』

 

 いろんな言葉で、好きと言った。

 いろんな言葉で、愛していると伝えてくれた。

 だから僕は最期の時に気付いてしまったんだ。

 

 ―――珱嗄はこれから、ずっと孤独になるんだろうって。

 

 宇宙が終わって、僕が死んだ後も彼は生き続ける。長い長い人生の中で出会った全ての人の死を見届けて、誰もいなくなった世界で彼はそれでも生きる。珱嗄がいなかったのならば、確実に僕がそうなっていただろう人生を、それでも彼は笑って生きる。

 

『嫌だ――嫌だ―――嫌だ――――!!!』

 

 死んでしまうその時、珱嗄の優しい笑みを見て、心の中でそう叫んだ。

 嫌だった、珱嗄が、最愛の人が、そんな地獄の苦しみの中で生き続けることが、どうしても受け入れられなかった。僕の永遠の人生に意味を持たせてくれた彼に、どうか意味のある人生を与えたかった。

 神様でもなんでもいい、人外である僕にすら出来ないその願いを、たった一つ叶えてくれたっていいじゃないか。

 

 特別なことなんて何もいらない、だから彼の生にせめて人並みの幸福を与えてくれてもいいじゃないか。彼の永遠の居場所がどこかにあったっていいじゃないか。

 

 …………お休み、なじみ。愛してるぜ、これからもずっと

 

 そんなことを言わないでほしかった。

 彼から地獄の『これから』を奪い取らせてくれ、僕の死と共に彼の人生に終着点を生み出してくれ。

 

 そう願って、願ってやまなくて。

 目を覚ました時、周りには無の世界が広がっていた。

 

 ―――なにが、どうなってる?

 

 見覚えのある世界だった。

 かつて僕が三兆年という時を待って過ごした、宇宙創成以前の何もない世界。死んだ記憶も、今までの人生の記憶も、スキルも、全てこの手の中にある。

 最初は僕の死後、消滅した宇宙の後に残った無の世界なのかもしれないと思った。

 

 けれど、僕は珱嗄を追いかけて一度世界を渡った経験がある。この世界が僕の知っている世界とは別の世界である可能性もあった。

 だからスキルで確認したんだ、此処が一体何処で、僕に何が起こったのかを。

 

 それが、僕の心に罅を入れた。

 

 なまじ全知である僕は全てを理解してしまった。

 この世界が別の世界であり、これから同じく三兆年という時の後で同じように地球と人類が生まれること、そしていつかの時代に珱嗄が現れること、そしてこの世界が……フィクションの世界であることを。

 

 ―――ふざけるな

 

 何もかもがフィクションの世界だった。

 僕たちがいた世界も、僕が珱嗄を追いかけて渡った世界も、僕達自身も、何もかもがフィクションだった。僕がかつての世界で考えていたことは正解だったのだ……この世界はフィクションの世界で、読者のいる漫画の世界に過ぎないのだという考えは。

 珱嗄だけが、リアルだったのだ。

 けれど僕が怒りを覚えたのは、この世界がフィクションだったからではない。

 全てがフィクションの世界だというのなら、唯一リアルである珱嗄が最強無敵の存在だったのも納得出来るし、そんな彼に僕たちが惹かれたのも理解できる。非実在である僕たちが、実在している珱嗄に惹かれるのは当然のことだ。

 それに、彼が僕を愛してくれていたのは真実であるし、彼がリアルの存在である以上その愛情だけはノンフィクションなのだから、僕にとってはそれだけで十分だ。

 

 けれど、それなら彼が受け取るものは全てフィクションであることの証明でしかない。

 

 僕が彼に捧げた愛も、彼が今まで紡いできた絆も、フィクションの世界で得た全ての記憶、傷、経験、人、会話、その全てが彼にとってはフィクションであるということだ。

 彼に居場所を与えてくれという僕の願いの、なんと的外れなことか。

 唯一のリアルである彼に、フィクションの世界で居場所があるはずがない。どれだけ精巧なVRゲームの中で過ごしたとしても、周りにある景色も、人も、生き物も、全てがデータとAIで作られたNPCであるのなら、そこに混じることは出来ない。

 

 ―――なら、僕が彼に与えよう。

 

 そう、だから僕は決めたのだ。

 彼に、紛れもない現実を与えようと。このフィクションの世界にいるキャラクターが死のうが生きようが、どれだけ不幸な目に遭っていようが関係ない。彼らの人生は全て偽物で、漫画の中に描かれた線でしかない。僕を含めて、この世は全て偽物だ。

 

 それでも彼が感じることだけは全て現実。

 だから偽物の僕が、現実の彼に人生の全てを感じさせてあげよう。

 

 幸せも、痛みも、悲しみも、喜びも、愛も、友情も、親愛も、決別も、再会も、戦いも、仲直りも、忘却も、覚醒も、変化も、苦しみも、焦燥も、辛さも、苦労も、感動も、達成感も、悩みも、慣れも、発見も、興味も、裏切りも、大切さも、初めても、飽きも、思い出も、郷愁も、尊敬も、嘲りも、笑顔も、涙も、贅沢も、無力さも、無垢も、汚泥も、快楽も、疑問も、理解も、拒絶も、許容も、幸運も、不運も、好きも、嫌いも、無関心も、退屈も、憂鬱も、不理解も、恐怖も、憎悪も、憤怒も、嫉妬も、虚脱感も、反抗も、羨望も、欲求も、背徳感も、罪悪感も、満足感も、不満も、空虚さも、夢も、劣等感も、争いも、喧嘩も、微笑ましさも、温もりも、恋愛も、敵対も、孤独も、悲劇も、喜劇も、謎も、信頼も、不信感も、信仰も、崇拝も、堅苦しさも、窮屈さも、困難も、絶望も、仲間も、希望も、正しさも、誤りも、歪さも、勝利も、敗北も、接戦も、競い合いも、意地も、弱さも、不条理も、理不尽も、日常の尊さも、その全てを―――

 

 

 そして、最後の最期……君が終わりを迎えるその時に、今度は僕が教えてあげる。

 

 

 愛を。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 チフォージュ・シャトーとカ・ディンギルから得た惑星衝突級のエネルギーと、シャトーの一撃で浮かび上がったレイラインから吸い上げた地球のエネルギーを利用した錬金術により、サンジェルマン達が開いた神出ずる門。

 そこから抽出されたのは、神の力。

 それにオートスコアラーであるアン・ティキ・ティラの持つ、従順なる恋乙女の概念を付与することで、彼女達は神の力を手中に収めた。

 

 その計画を阻止するためにやってきたシンフォギア装者達。彼女達こそ唯一の障害であり、彼女達の打倒こそ、最大の問題だった。

 しかし、サンジェルマン達はそれをキャロルを利用することで解決する。

 

「―――結局、お前の歌では何も救えない」

「ぐっ……ぅ……!」

 

 長い時間を掛けて蓄えてきた、多くの犠牲の上に成り立つ生命エネルギーを使うことで作り上げた錬金術の最奥、『賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)』。

 その性質は『完全な物質』であり、あらゆる不浄を焼き尽くすとされる力を持つ。

 そのラピス・フィロソフィカスを用いて作り上げた、錬金術によるファウストローブを身に纏った彼女達と、イグナイトを使用出来ない響達との戦い。

 

 それは、当たり前のように、響達の敗北を現実のものとした。

 壮絶な戦いであったのには変わりない。

 イグナイトを使えずとも、連携とユニゾンによる高いフォニックゲイン、研鑽してきた戦闘技術、その全てを使って響達は戦った。それでもファウストローブ無しで響達と同等に戦った実績のあるサンジェルマン達だ―――響達は最初から劣勢を強いられた。

 そして最後の最後、追い詰められた挙句彼女たちは負荷を無視して二度目の『イグナイト』を起動。『Elixir』無しで呪いの衝動に打ち勝ち、どうにかギアの強化に成功した。

 

 が、それが命取りだった。

 

 先に述べた通り、ラピス・フィロソフィカスは完全な物質であり、あらゆる不浄を焼き尽くす力を持つ。それをファウストローブとして再形成した武装には、当然のごとくその力が宿っていた。

 その力はイグナイトの核である聖遺物、『魔剣ダインスレイフの欠片』の持つ呪いの力の天敵だったのだ。

 

「もはや頼みの綱であるイグナイトも破壊され、通常状態のシンフォギア……ましてや消耗し切ったお前達に勝ち目はない」

 

 たった一度、打ち合っただけでイグナイトの機能は破壊され、そのバックファイアによって戦闘不能に追い込まれた響達。

 倒れ伏す響達の姿が、絶体絶命であることを証明していた。絶唱の消耗のせいかクリスは気を失っており、切歌と調は意識はあっても指一本動かすことが出来ずにいる。響、奏、翼は、多少動く力はあるようだが、立ち上がることは出来ていない。

 

「だ、としても……私は……!」

「その諦めの悪さは認めよう……だが、最早遅い――神の力が今、完成した」

 

 それでも這いずるように足掻く響だったが、サンジェルマンはトドメとばかりに背後でエネルギーの柱の中に浮かぶアン・ティキ・ティラを見てそう言った。 

 瞬間、アン・ティキ・ティラの身体が赤い結晶に包まれていき、その結晶を核にするように巨大な女性を模した異形の存在が現れる。叫ぶような声を上げて、圧倒的な力の奔流を感じさせながら、既に死に体の響達の前に立ち塞がっていた。

 

 ヨナルデ・パズトーリと似ているが、ヨナルデ・パズトーリよりもずっと強大な力を感じさせる。

 

「そんな……!」

「どうやら、神の力の負荷に耐えられなかったようだな……チフォージュ・シャトーも限界か」

 

 その存在に恐れ慄く響の背後で、立て続けるようにチフォージュ・シャトーが大爆発を引き起こし、天空の城が瓦礫となって地に落ちていった。キャロルと弦十郎を残してきたが、弦十郎はネフシュタンを纏っているので、どちらも無事だろう。

 だが、あれほどの巨大な建造物が崩壊していく様は、まるでその力の根幹を全て奪い取られたような無残さを感じさせ、より現状の絶望を示しているようでもあった。

 

 響はこの状況をどうすればいいのか、必死に考えるが――……答えは出ない。

 

「(どうすれば……どうすれば……皆も動けない……ギアも……身体が動かない……どうしたら、どうすれば……今を打破できるの……!?)」

「さようならだ、立花響……願うのなら、私もお前の理想が叶う世界を夢見ていたかったよ」

「どう、すれば……!!」

 

 焦る響、考えはいくら考えても答えは出てこなくて、そんな彼女に終止符を打つように、今まで積み重ねてきた犠牲の中に数えるように、サンジェルマンの持つ銃口が響の顔を向く。

 死ぬ―――その事実だけが、はっきりと響の目の前に立ち塞がっていた。

 

「(これで…………終わり……? そんな……)」

 

 そして放たれる弾丸。

 既に消耗し、ギアの出力もほぼ失われていた響の防御力――そんな心もとない防御フィールドを、サンジェルマンの弾丸は容易く突破する。

 

 そして、

 

 

「(―――未来、珱嗄……!)」

 

 

 絶望を前にした立花響の頭蓋を、一直線に貫いた。

 

 

 

 




本作はハッピーエンドです。





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第五十七話 繋いだ手だけが紡ぐもの

クリス回


 アタシがかつて、両親と共に紛争地帯を巡り、歌と音楽で平和を齎せると信じていた頃。

 小さなアタシのいた環境には、音楽と、その地で暮らす人々の笑顔の裏に、きちんと悲劇と、銃声と、何かが壊れる音が存在していた。当然だ、そこには戦争があったんだから、誰かが傷を負い、誰かが何かを失い、誰かの心が砕かれる現実がある。

 

 両親が、持ち込まれた爆弾の誤爆によって亡くなった時、アタシは当時いた国……南米の小国で、軍事政権国家だったバルベルデ共和国で捕虜になった。当時バルベルデ政府軍のモラルはそれほど高くなく、子供の残虐性をそのままに大人になったような奴らばかり。

 人を撃ち殺すことに躊躇いなどなく、時にはそこに快楽を見出す奴もいた。

 幼い私は、何も知らない心で『戦争の火種を失くしたい』と強く願った。生活の中には悲劇と、涙と、死があって、銃声の音で目覚めることなんてザラだった。

 

 けれどいつしか、銃弾の音よりも……銃弾の音に必ず、肉を抉る音が続くことが、アタシの中で当たり前になっていたことが怖かった。

 

 だからだろう、その音が耳に届いた時、アタシの意識は反射的に覚醒する。

 目を開いた時に視界に入ってきたのは、赤くなった空。何故か昼間よりもずっとまぶしいと感じる夕日が目を焼き、身体を撫でる風が心地良い。寝惚け眼の中で、アタシは体を起こす。手のひらに伝わる地面の感触で、アタシは段々と思い出していく……何があったのかを。

 そしてハッとなる。

 アタシが聞いた銃声が、一体何を撃ったものなのかを。そして、その後に聞こえた肉を抉る音が、夢であってほしいと願って見た先に――……。

 

「なんで、だよ……」

 

 温かい夕日に晒されて尚、身体が冷たくなるのを感じた。

 スローモーションに見える景色の中に、ゆっくりと後ろへ倒れていくアイツの姿。ギアが砕けるように解除されて、制服に戻ったアイツが、頭から血を流していて……そこを何が通ったのか、アタシの経験は残酷なほどにすぐ教えてくれた。

 あの小さな頭を、額から後頭部へまっすぐに、弾丸が貫いたのだと。

 頭を撃ち抜かれた人間がどうなるのかなんて、子供でも分かる。治療の施しようもないほど、一瞬で、確実で、即死の致命傷。免れない死の烙印。

 

 つまり、それは、どうしようもなく、あれは、そんな、どうして、なにが―――

 

「―――さようなら、お前の犠牲をもって……我が悲願を果たす」

 

 ドサリと、倒れたアイツの身体は動かない。

 あれほどまでに元気で、殺されても死なないようなまっすぐさを持ったアイツが、それでも弾丸一つで動かなくなる。

 立花響が、死んだ……?

 

「ぅ、あ、あ、や、ああああああああああああああ!!!!!」

 

 気が付けば、私は錬金術師に向かって弾丸を放っていた。

 体の奥底から湧き上がる感情がなんなのかを理解するまでもなく、沸々と湧き上がる熱と共に、視界が涙で歪むのも構わずに、ただこの感情を晴らすためだけに弾丸を放った。

 錬金術師は当然、そんな我武者羅な弾丸にやられるわけがない。後方へと退くことで弾丸を躱し、アタシは無我夢中でアイツの傍に駆け寄った。

 

「ぅあ……おい、おい!! しっかりしろよ……! こんなっ、こんなことッ……おかしいだろ……おかしいだろぉぉぉおおおおお!!!」

 

 こんなことは嘘だ。こんなことがあっていいはずがない。こんなことが無くなるように、アタシは戦ってきたのに。

 優しい奴が悲劇に巻き込まれるなんて、あっちゃいけない。平和に生きていた何の罪もない奴が戦いで死ぬなんて、あっちゃいけない。戦いが平和を壊すことを正当化される世界なんて、間違っている。

 

 響が死ぬことが世界の平和のためだというのなら、そんな平和に何の意味がある。

 

「うわああああああ!!!」

 

 何度呼び掛けても、力を失った身体からどんどん熱が失われていく。貫かれた頭蓋から溢れる血が止まらない。コイツの命の喪失が、止められない。

 

「悲しみも、憎悪も、その涙も、この戦いで最後になる……この神の力で、人類の相互理解は達成され、この世から争いは消える」

「ああっ……! うあぁ、あああッ……あああああ!!!」

「立花響の犠牲、私がその罪を背負おう……これまでと同じように」

 

 悲しんでいるのか、怒りを覚えているのか、憎しみを感じているのか、分からないままとにかく――目の前で不快な言葉を放つコイツを黙らせてやりたかった。

 

「うるさいッッ!!!」

「なっ……くっ!」

 

 ノーモーションで放った弾丸は錬金術師の意表を突き、奴の方にヒットする。けれどファウストローブとかいう未知の衣装によって、ダメージはゼロ。どれだけ気合いで身体を動かしても、アタシのギアの出力はもうたかが知れている。消耗が激しく、私の弾丸に力はない。

 それでもアタシは、諦めない。諦めてたまるものか。

 

「くっ……ふー……! ふー……!!」

『クリス、やめなさいっ……それ以上は無駄に命を散らすだけだ』

「うるせぇ!! どいつもっこいつもっ、クズばかりだッッ!! この戦いで! 一番死なせちゃいけねぇのが、アイツだっただろうがぁッ!!!」

 

 通信でフィーネが止まるように言ってくる。おそらく二課の司令室でも、最早敗北を受け入れちまっているんだろう。無駄に命を散らすな、なんて今言うことじゃない。もう無駄に命を散らされてんだ――戦いの中で生きてきたアタシでも、元々二課で戦ってきた風鳴翼や天羽奏でも、戦う覚悟を持って組織にいた『F.I.S.』の奴らでもなく、平和な世界で生きていて、たまたま戦う力を持っちまっただけの響が死んだんだ。

 

 なにより守らなきゃいけなかった命を奪われておいて、なにを諦めてやがる。消耗が激しい? もう動けない? 対抗できる力がない? そんなことで諦めることが許されるものか。

 消耗が激しいなら絞り出せ、動けなくても動け、力が無ければ作り出せ、たとえ殺されたしても、死んだとしても、魂で戦えばいい。

 

 勝てない戦いだから、諦めることが許されるとでも思ってんのか。

 

 だから大人って奴はクソなんだ。

 

『クリス……』

「もう諦めたってんなら黙ってろこの腰抜け共!! だから大人は嫌いなんだ!! 戦いを引き起こしたのはてめぇらだろうが!! 真っ先に戦いから逃げるくせに、臆病者が高尚なことをほざいた結果がコレだろうが!!」

「雪音、クリスだったな……まだ私達と戦う気か?」

「当然だ……誰もが諦めて、たった一人になっても戦うと、アタシは決めたんだ……! アイツが夢見たこと、アタシも最後まで諦めねぇぞ……!!」

 

 そうだ、諦めてなるものか。

 

「ならばお前も犠牲の一つとしてやろう」

「上等だ……アタシの命を懸けて、もう誰も死なせない!」

 

 瞬間、力が湧いてくる。

 消耗なんて言い訳にしない、私の心に反応したギアが見せている力なのかもしれない。何でもいい、これがお前の意思だってんならアタシの心に応えてくれ。

 

「根性見せろよ―――イチイバル!!!!!」

 

 溢れ出てくる胸の歌が止まらない。

 リズムも、ビートも、メロディも、アタシの中にある心を映し出せ。最後の最後まで、アタシの覚悟を歌に乗せて、この戦いに勝つ力をよこしやがれ。

 

 ―――繋いだ手だけが紡ぐもの……♪

 

 叫ぶように歌って、叫ぶように泣いて、叫ぶように戦おう。

 

「いくぞ!!!」

「はぁぁあ!!」

 

 動きだす。

 一歩動くごとに、身体に湧き上がる力がどんどん強くなる。アイツの夢がアタシを突き動かしているようだった。

 ガシャ、ガシャ、ガシャン―――

 音が響く、アタシのギアから、何かが変わるような音が。

 

「ッ――!!」

 

 弾丸を放ちながら正面にいる錬金術師に向かって走り出す。

 遠距離ではなく、近距離へと近づいて、懐へと入り込んだ。今度放たれたアタシの弾丸は、傷こそ負わせられなかったが、奴の腕に当たった瞬間その腕を大きく弾いた。衝撃で胴体が空く。

 アタシはそこへ全力で拳を叩きこんだ。

 

「がっ……!」

「まだ、まだぁ!!」

 

 殴り抜いた拳の勢いに任せて回転、背を向けながら、背後に銃口を向けてブラインドショット。そのまま走ってきた方向へと地面を蹴って前転、逆立ちの体勢から更にもう一発放つ。

 放った弾丸は全て錬金術師の身体に命中し、今度はファウストローブに罅を入れた。

 

 瞬間、前転を終えたアタシの真横から迫る巨大な黄金の球体。もう一人、プレラーティとか呼ばれていた奴の武器か――そう認識した瞬間、アタシは地面を蹴って跳躍。その球体が足元を通過していくのを見ながら、空中でプレラーティに向かってミサイルを放った。

 当然のように躱されるが、それでも牽制にはなった。

 

 ―――ガシャ、ガシャ、ガシャガシャガシャガシャ!!!

 

 もっと、もっと、もっとだイチイバル、限界まで限界まで!!

 

「ぶっ放せぇぇぇぇ!!! 激唱、制裁、鼓動! 全部!!!」

 

 ギアの姿が変わっていく、アタシの心に応えるように。

 赤と紫紅で構成されていたギアは、赤と白へとその色を変えて、すっきりしていた腕にもプロテクターが付き、腰に付いていた武装もシャープな形へと変化していく。無駄を削ぎ落すように、力を加えるように、アタシの戦い方に沿った形へと変わっていく。

 

「いい加減大人しくしな、さいッ!!」

「フッ―――!!!」

「んなっ、さっきまでと動きが違―――ぇぅッ!?」

 

 背後から迫る青い髪の錬金術師の連打、近距離戦を得意としているらしく、一撃一撃の鋭さは技術の高さを伺える。けれど、ギアのせいか分からないが身体が動く、視野が今までの倍は広く感じた。

 その全てを躱して、アタシは背面蹴りでそいつの腹を蹴り飛ばす。

 

 身体が熱い、ギアも燃えているようだった。

 

「嗚呼ッ、二度と、二度と迷わない! 叶えるべき夢を、轟け全霊の想い……!!」

 

 歌え、歌え、そうだ――アタシが叶えたかった戦争の火種を消すという夢は、戦いではなくせないと気づかせてくれた。そして、誰も悲しまない方法はたった一つしかないのだと、アイツが示してくれたんだ。

 

 人と人は、きっと手を繋ぎ合えるという可能性を信じて。

 

 なぁおい、聴いてんだろ。聴こえてんだろ! 黙ったままか? そこで何もせず立ち止まったままなのか!? アイツの信じたことをさ、なんで誰も信じてやれねぇんだ。確かに戦場で語るべきことじゃないのかもしれないよ……甘いと罵られることかもしれないよ……事実アタシだってそう思ってた。

 けどさ―――最初からそれが出来ないなんて、悲しすぎるじゃねぇかよ。

 

 戦って戦って戦って、仮に戦いが終わった後で、手を繋ぎ合えないならそれは平和じゃないじゃないか。幸せなんてどこにもないじゃないか。戦うより前に、人と人が手を繋いで笑い合えるって証明することが、どうして出来ないなんて思っちまうんだ。

 

「やっと見えたと――気付けたんだ……きっと、届くさ――きっと……!!!」

 

 聴こえてんだろ……なぁ、聴こえているんだろ?

 耳を塞いでいたか? 聴こえないふりをしていたか? じゃあ今聴かせてやる、その耳じゃなくて、心に訴えかけてやる。

 

 今、お前達に問いかけてやる。

 

 

 

「―――アタシの手を、取ってくれよ」

 

 

 

 人は人を一方的に助けることは出来ない。アタシがそうだったから。

 人は助けようとする人と、助かろうとする人がいなきゃ救えない。助けられる側も精一杯頑張らなきゃいけねぇんだ。アイツが伸ばした手を、誰かが繋ぐ努力をしなきゃいけねぇんだ。

 だから、アタシもこの手を伸ばすから……お前らも手を伸ばせよ。出来るだろ……それくらいのことなら!!

 

 ぎゅっと、アタシの手を握る手があった。

 

「……悪いな、雪音……私は愚かだった。立花を殺されて、また折れるところだった」

 

 その上から、もう一つ。

 

「悪い……ちょっと、立ち上がるのに時間が掛かっちまってな」

 

 さらに、もう二つ。

 

「私達も、頑張るのデスよ……」

「伝わってきた……貴女の歌から」

 

 立ち上がっていた、装者である全員が。

 アタシの伸ばした手を取って、まだ戦う意思を見せていた。

 

「……おせぇよ、ポンコツ共……」

 

 今、アタシはどんな顔をしてるんだろうな。

 笑ってんのか? 人と手を繋ぐことを拒んできたアタシが、自分から手を繋いだことに、たまらなく可笑しさを感じる。

 

 仕切り直しだ。

 

 イグナイトは破壊された、アタシのギアは姿を変えて強力になったが、それでも不利なことに変わりはない。あのファウストローブを突破することは未だに出来ていない。

 それに、奴らの背後にいるあの巨大な異形のデカブツがいつ襲ってくるかも分からない。それでも大丈夫だ、アタシはそれでも諦めない。

 

「形勢逆転には程遠いぞ、シンフォギア」

「だとしても、諦めねぇぞ」

 

 構える。

 アタシの背負った罪も、お前らが背負った罪も、等しく大罪だ。等しく人を死なせてきた。いずれ報いを受ける日が来るだろう――それでも、アタシは今この時、正しいやり方で正しいと思ったことをする。

 

 アイツの死に、これ以上ない意味を与えてやる。

 復讐なんてしない、憎悪なんて抱かない、怒りになんて飲まれない。

 

「――そう……だとしても、だよクリスちゃん」

 

 瞬間、背後からそんな声が聞こえてきた。

 

「ッ……!? ひ、びき」

「……うん、私だよ……クリスちゃん」

 

 振り返った見たら……生きていた、アイツは生きていた。

 それこそ、嘘だと思った。頭を貫いた傷は確かにあった、それで死なない筈がない。一体何故―――そう思った時、振り向いたアタシのまた背後に足音がした。

 誰が、そう思ったアタシの疑問の答えは、再度振り向いたそこにあった。

 

 そこには複数の人物がいた。その中心、先頭に立っていたのは、癖のある黒髪を靡かせ、青黒い着物を揺らした男。

 

「やぁ響ちゃん……久しぶりだね」

「珱嗄……!」

 

 ゆらりと笑うそいつは、この戦いの中心人物……泉ヶ仙珱嗄だった。

 かつて感じた貫禄を超えて、今や格の違いが圧倒的に違うような存在感を放っている。何故行方不明だったコイツが今ここにいるんだ。そう思いながら他に視線を向けると、そこには錚々たるメンツが立っている。

 

 不気味に笑みを浮かべる球磨川禊。

 

 拳を掌に合わせて笑う逆廻十六夜。

 

 何故か成長した姿で拳を構える泉ヶ仙ヴィヴィオ。

 

 そしてアタシも知らない大柄の男。

 

 泉ヶ仙珱嗄がかつていたとされる異世界の怪物たちが、勢揃いしていた。

 球磨川禊がいるということは、つまり響が生き返ったのは……!

 

「『いやぁ』『到着したと思ったら響ちゃん死んでるし』『皆満身創痍なのにまだ出ていくなっていうから』『何があるのかと思ったら』」

「大丈夫だって言っただろ? きっと立ち上がると思ってたよ」

「『ま、いいけど』『あ、珱嗄さん』『ついでだから皆の消耗もなかったことにしといたよ』」

「気が利くじゃん、お前そんな空気読める奴だったっけ?」

「『え、酷くない?』」

 

 その会話を聞いて、アタシは不意に先ほどまであった疲労感が消えていることに気が付く。どころか『Elixir』やイグナイトを破壊されたことによる負荷すら消えている。正真正銘、万全の状態だった。

 やはり予想通り、球磨川禊の未知の力で響の死は打ち消されたということなのだろう。喜ばしい反面、こいつらに何のメリットがあるのかと考えてしまう。

 

「さて……それじゃあ一つずつ、なじみの思惑を潰していこうか」

 

 けれど、そう言って笑う泉ヶ仙珱嗄を見て不思議と―――どうにかなってしまうのではないか、とそう思ってしまった。

 

 




珱嗄シリーズ最終作、スタートです。



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第五十八話 勝てるか分からない戦い()

タグ『非最強』→『非最強(途中まで)』に修正しました。
タグ『クロスオーバー(キャラのみ)』→『クロスオーバー』に修正しました。


 時は少し戻って、崩れ行くチフォージュ・シャトーの中、弦十郎はキャロルと共に城の中から脱出していた。通信で装者達の戦闘の様子を伺っていたが、劣勢であることを知り歯噛みする。

 キャロルは今回の一件で安心院なじみがどこまで何を企てていたかの詳細を知る人物だ。このまま逃がすわけにはいかない。彼女を確保した状態で、響達の応援へと向かいたいところだが、途中で逃げられても後々不味いことになる可能性だってある。

 

 だが話を聞く限りでは、既にキャロルの目的は達成されており、本来なら世界に対して脅威となるようなことをする必要も理由もないらしい。であれば、そこを交渉材料にすることは出来ないだろうか、弦十郎はそう考えた。

 地面へと着地し、シャトーの崩壊に巻き込まれない場所へとキャロルを運びながら、弦十郎は最早何かをするつもりもないらしいキャロルに声を掛ける。

 

「キャロル君、君の力がどれほどのものかは知らないが……もしも安心院なじみが君の御父上を返さなかったらどうするつもりだ?」

「……その程度のこと、考えなかったわけがない。それでもオレはこの時に賭けたんだ、これでパパと再会出来ないのであれば、オレに生きる意味など最早存在しない」

「……御父上は、間違いなく蘇えらせられたのか?」

「間違いない、俺の目の前で死は覆され……俺もこの手でソレを確認した。俺が唯一信じた奇跡だからな」

「であれば、御父上と再会出来た暁には、俺達が確実に君達に平穏な環境を提供しよう。例え再会できたとしても、安心院なじみが約束を反故にした場合の保険程度にはなると思うが? どうだ?」

 

 弦十郎の言葉に、キャロルは訝し気な顔をする。

 

「ハッ、それでお前はオレになんの見返りを求めるつもりだ? 確かに保険を掛けておくに越したことはないが、その気になれば俺は自力で環境を整えることだってできるんだぞ」

「安心院なじみの計画を止める……それに協力して欲しい。現在我々と敵対しているのはパヴァリア光明結社の錬金術師達だ……優れた錬金術師の頭脳を頼りたい」

「フン、そんなことだろうと思ったよ……割に合わないな、オレにメリットが少なすぎる」

 

 キャロルは弦十郎の意図を知り、嘲るように笑いながらそれを拒否した。

 既に目的を達成し、父親との再会さえ果たせれば最早その他との繋がり全てを切り捨ててもいいキャロルからすれば、これ以上二課の戦いに干渉することは無意味以上に損でしかない。唯一エルフナインが二課にいることくらいがキャロルの関わっている部分といえるが、それも元々廃棄躯体の出来損ないだ。キャロルからすれば大した価値もない。

 

「……そうか、ならば抵抗も逃亡もせずに付いてきてもらうことは出来るか? 一応、それが俺達の仕事なのでな」

「まさかお前達、あの奇跡の体現者に勝てるとでも? 安心院なじみは錬金術もシンフォギアも超越した次元の存在だぞ……そんな存在に勝つだなんて、それこそ奇跡だ」

「ならばその奇跡を味方に付けて勝つさ―――それが大人の役目だ」

「……は、ハハハハ! 良いだろう、見届けてやる。奇跡を打ち破れるというのなら、これ以上ない傑作だ」

 

 キャロルは父を不当な奇跡の行使者として処刑されたことを未だに許していない。奇跡は研鑽の積み重ねであり、そこには確かな努力と血の滲む様な試行錯誤があった。だからキャロルは奇跡を忌み嫌う。憎むほどに、奇跡という単なるラッキーを許さない。

 必然を引き寄せるのが錬金術であり、理を行使するということ。

 そんなキャロルをして奇跡と言わしめる安心院なじみを、ただの凡庸な人間が打ち破れるというのなら、こんなに爽快な話はない。

 

 良いだろう、破ってみせよ―――奇跡という存在を。

 

 キャロルは弦十郎の呼んだ回収班を待つように言われ、その場に転がる瓦礫に腰掛けてそれを待つことにした。そして逃げる気はないと言うキャロルを信用し、弦十郎は現場へと急ぐ。

 その最中で響が撃ち殺されたという報告を聞いて、絶句したものの、その足を止めることはない。

 

「はっ―――はっ―――はっ―――!!」

 

 そして急ぎ現場へと辿り着いた時、そこには弦十郎の想像していた光景とは全く別の光景が広がっていた。

 ラピス・フィロソフィカスのファウストローブを纏った錬金術師達が三人と聞いていたのに、その三名が地に伏せている。響達は何故か無傷であり、死んだとされた響も無事に立ち尽くしていた。

 

 一体何が、そう思った弦十郎が視線を送った先、そこには一人の男が立っている。

 

 泉ヶ仙珱嗄が、立っていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「コレは一体、どういうことだ……?」

「師匠……実は、珱嗄がやってきて、サンジェルマンさんたちを一気に倒してしまって……」

 

 到着した弦十郎に気付いた響が、掻い摘んで状況を説明する。

 だがその説明で理解できるほど弦十郎は聡くない。

 しかも道中、フィーネたちからの説明を受けていた故に知っているが、彼女達はラピス・フィロソフィカスのファウストローブというシンフォギア以上の異端技術を身に纏い、イグナイトすら一撃で退けたというではないか。そして響にとどめを刺し、一度は殺したということも。

 

 響達が無傷の状態に戻っていることもそうだが、そんな彼女達を泉ヶ仙珱嗄はたった一人で倒したというのか?

 

 錬金術も、シンフォギアも、聖遺物を持たない彼がどうやってファウストローブの防御フィールドを突破したというのか。そもそもシンフォギアの防御フィールドだって、弾丸やミサイル程度では突破できないだけの防御力を誇っており、同じ異端技術でなければ傷つけることは出来ないほどだった。

 そのシンフォギアに勝ったファウストローブを素手だけで打倒するなど不可能だ。

 

「ああ、やっと来たのか弦十郎さん……遅かったね」

 

 そうして慄いている弦十郎に気付いた珱嗄が、ゆらりと振り返って気さくにそんな声を掛けてくる。足元に転がっているサンジェルマン達などまるで敵ではないといったように、珱嗄は笑っていた。

 

「泉ヶ仙珱嗄君……久しぶりだな…………君のことはヴィヴィオ君や十六夜君から多少聞いている……過去の記憶が戻った、とみていいのか?」

「うん、まぁ、そういうことだね。記憶喪失は正直予想していなかったけど、それならそれで丁度良かったんだけどな。どうやらそうも言ってられない状況らしいから、思い出すことにしたよ」

 

 対峙して改めて分かる――泉ヶ仙珱嗄の圧倒的な格の違い。

 こうして前にするだけで、彼には永遠に勝つことは出来ないとはっきり理解させられてしまった。それは一対一だけに限った話ではない。どんなに卑怯な手を取っても、どんなに策を練っても、どんなに意表をついても、どんな勝負を仕掛けても、彼に勝つことが出来ないという意味だ。

 彼は必ず勝つように仕組まれているような、そんな運命すら納得できる。

 

「とりあえず錬金術師云々は片付けたけど、そもそもパヴァリア光明結社なんて組織自体がなじみの駒に過ぎないだろうな。そこにある神の力ってやつも今は黙らせているけど、正直この程度の存在で俺をどうこうできるなんて、なじみも思ってないだろ」

「な……」

 

 確かにこの場に来てから、珱嗄よりも奥に聳え立っていた異形の怪物が動かないことに疑問を抱いていたが、まさかそれすらも珱嗄が抑圧しているという事実に驚愕を隠し切れない。

 装者の全員が一斉に掛かっても打倒出来ない存在達を、たった一人で、かつこれほど短い時間で容易く制圧してしまうなど、想像出来るはずがない。

 

 しかも安心院なじみはこの程度では終わらないと言う。

 分かってはいたが、まるで次元が違いすぎる。世界が違うだけで、これほどまでに実力に差が生まれるものなのか。

 

「クロゼ、ヴィヴィオ、あっちの準備は出来てるか?」

「ああ、俺の方は既にお前の娘に渡してる」

「私の方でも準備は終わってるよ、あとはあの子次第」

「りょーかい……ま、あっちにはアイツ(・・・)も付いてるし、大丈夫だろ」

 

 珱嗄がそう言って何かの準備が整ったことを確認すると、今度は珱嗄が弦十郎達二課組の方へと歩み寄ってくる。

 以前よりもずっと大きく見える彼が近付いてくることでごくりと息を飲んでしまうが、それでもこの戦いにおいて彼が参戦したことは、一種の希望にもなりうるのかもしれない、そう思ってしまう弦十郎。

 

 近づいてきた珱嗄は、弦十郎達に向かって口を開く。

 

「さて、俺のせいで色々迷惑掛けたみたいで悪いね。正直悪かったとは思ってるんだ、俺が意図して迷惑掛ける分には全然罪悪感とはないんだけど、今回は俺の身内が俺の為に色々やらかしたっぽいからな」

「『迷惑掛けた自覚はあったんだね』『なんか逆に安心した』」

「俺らより珱嗄の方が絶対無茶苦茶やってきたよな」

「いや自覚ある方が性質悪くないか?」

「あ、あはは……でもパパも悪気があったわけじゃないので」

「「「『お前本当に珱嗄(さん)の娘?』」」」

「お前らあとで首から上だけ生き埋めな」

「俺らはつくしか?」

 

 何を言い出すのかと思って緊張していた弦十郎達に、やや気まずそうに謝ってきた珱嗄。そんな彼はとても珍しいからか、球磨川達がここぞとばかりに珱嗄を弄り出したが、珱嗄の制裁が確定したことで強制的に口を閉ざす。

 

「いや、まぁ……なんと言うべきか分からないが……ともかく、君たちは我々の味方、ということでいいのか?」

「まぁ、元々俺達はこの世界の異分子だ。ましてや俺の身内の暴走で滅茶苦茶になってるからな、身内の後始末くらいはするさ」

「そうか……いや、君達が協力してくれるというのなら非常に心強い」

 

 弦十郎と珱嗄が握手を交わしたことで、現場の緊張感が若干緩むのが全員に伝わった。これ以上ない味方を得られたのだから、当然の安堵だろう。

 なにせ話の通りならかつて無敵を誇った頂上の世界の住人だ。安心院なじみが相手でも彼さえいればどうにかなると思ってしまっても仕方のないことだろう。

 

「それで、これからどうするの? 珱嗄」

「ん、まぁなじみのことだから今の混戦状態を利用しない手はないだろう。多分アイツの手札は全部切られたわけじゃない……俺の知らない情報もきっとまだあると思うぜ響ちゃん」

「例えば……どんな?」

「まあ異世界の奴らがまだいる可能性は捨てきれないが、この世界の中だけで言うのならパヴァリア光明結社のトップがまだ出てきていないだろ? こいつらが幹部っていうなら、神の力の完成にトップが出てこない筈がない……それに、今のこの状況だってなじみが企てた計画で作られた状況だからな。仮に俺が記憶を取り戻した時、俺対策だって当然用意してきてるはずだ」

 

 珱嗄の言う通り、神の力が顕現したというのに、パヴァリア光明結社のトップである統制局長アダム・ヴァイスハウプトが現れていない。幹部三人もやられてしまった今、神の力を放置して様子見に徹している現状は違和感を覚える。

 また安心院なじみが敵として未だにこの場に現れていないということは、まだ全ての手札が切られたわけではないことを示している。もっと言えば、珱嗄が二課側に付くことを想像していたのなら、彼への対抗策とて用意しているはずというのは、尤もな考えだった。

 

 珱嗄は考える。

 

 敵は今までで最大最強の相手だろう。珱嗄相手であれば、その公平性という制限すら取り払って、その膨大な量のスキルを惜しげ無く使用するチート使い放題の安心院なじみが相手になる。

 かつて恋人であった彼女こそ、泉ヶ仙珱嗄が最も苦戦するであろう最強設定キャラだ。

 恋人として宇宙の終わりまで添い遂げた二人だからこそ、お互いの手の内は知り尽くしている。

 

 否、この世界で珱嗄が出現するまでの三兆年以上を安心院なじみは一人過ごしているのだから、その間に珱嗄の知らないスキルを覚えていたとしても不思議ではない。

 そして安心院なじみが死んでから珱嗄と再会するまでの間、珱嗄が渡った世界のことを知らない以上、そこに安心院なじみの知らない珱嗄の力があっても不思議ではない。

 

 つまりお互いのことを知り尽くしてはいるが、お互いの新たな力があるという可能性を捨てきれないことは確か。

 

「ひょっとして、珱嗄が居ても勝てないの……?」

 

 思案する珱嗄を見て不安に思ったのか、響がそう問いかけてくる。

 珱嗄はそんな響を見て苦笑し、その頭をポンと撫でた。慣れた手つきで慣れるその手の温もりは、響が共に過ごしてきた珱嗄と何も変わらない。

 

 珱嗄はそれでも面白そうに笑みを浮かべながら答える。

 

「さぁ? でも勝てないかもしれないっていうのも、面白いだろ?」

「……なにそれ、ふふ」

 

 勝てないかもしれない。でもそんな状況で勝とうと一生懸命になるから面白い。

 珱嗄はゆらりと笑い、さて、と一つ前置きながら腕をぐいっと伸ばす。今まで記憶を失っていた時期にそれほど動き回らなかったからか、はたまた普通の肉体になったからか、パキパキと凝りを解す様な音が鳴る。

 手をふらふらと揺らして、軽く足首を回しながら珱嗄は考えをまとめた。

 

「俺がなじみなら、この状況で神の力を放置する理由はたった一つ……コイツを放置することで俺達を此処に釘付けにして、他の目的を達成しようとしているってところか」

「!? 他の目的……とは?」

「さぁな? 俺もこの世界に詳しいわけじゃない、ただパヴァリア光明結社のトップもそっちに協力してると見た方が良い。安心院なじみとパヴァリア光明結社のトップはグルってことだな……まぁ、どうにかなるだろ。ともかくこっちの手札が知りたい、戦力を教えてもらえるか?」

 

 珱嗄の説明に弦十郎達もなるほどと頷きつつ、二課内の戦力を説明する。

 マリアとセレナが現在負傷中であること、それを除けば装者はこの場にいる者で全員であること、イグナイトモードとそのデメリット、二課内にある完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』『ソロモンの杖』『デュランダル』のこと、そして現状その中の一つ『デュランダル』をエネルギー源として使用したカ・ディンギル、LiNKERとElixirについて、隠すことなく全てを伝えた。

 そしてそれを受けて珱嗄はまた何かを考えるようにんーと唸る。

 

 すると、今度は十六夜が珱嗄に問いかけた。

 

「というか、珱嗄は今何が出来んだよ。身体能力は以前のそれじゃねぇんだろ?」

「ん、今までの世界で得た力の全て」

 

 今度は珱嗄以外の全員が、んーと唸った。

 

 

 

 




これが珱嗄さん。




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第五十九話 開戦

 そうして、珱嗄達の協力を得た二課と、安心院なじみとの最後の戦いが始まった。

 

 神の力が顕現し、そして珱嗄がそれを抑制した後、結局のところ安心院なじみは姿を現さなかった。パヴァリア光明結社の統制局長であるアダム・ヴァイスハウプトも同様であり、珱嗄は此処までの全てが全く別の目的のための目晦ましだと言う。

 その目的がなんなのか、また安心院なじみが未だに残している策とその手札が如何なるものか、それはだれにも分からない。

 

 それでも珱嗄はどうにかなるだろ、だなんて言い切った。

 とはいえ、珱嗄の保有している力は今までの世界で得た全ての力だという事実が発覚したことにより、この不利な状況が一気に覆る。今まで世界を渡る度にその力は全て神によって回収されたというのに、何故珱嗄に再びそれらの力が宿ったのか、その真実は珱嗄にしか分からない。

 

 だが最早断言できることがあるとすれば、これから先の戦い、二課は珱嗄の指揮で動くことになったということだろう。

 

「さて、一先ず錬金術師キャロルにまつわる全ての事件が解決したということで、残る敵がなじみだけになったわけだが」

 

 そして現在―――珱嗄達は二課の司令室に集まり、今後の対策会議を行っていた。

 すっかり人数が増えた今日、見慣れたミーティングルームではなく、専ら現場への指示を出す指令室でなければ手狭になってしまった。

 

 結局神の力の前に現れなかった安心院なじみとアダム・ヴァイスハウプトを待つことなく、珱嗄達は一度リディアンに戻った。神の力を放置するわけにもいかないので、アン・ティキ・ティラの変化した巨大な異形はヴィヴィオがロストロギアとして封印処理をすることで、アン・ティキ・ティラの姿へと戻すことに成功している。

 現在は神の力を封印された状態で二課の監視下に置かれていた。

 シャトーから放たれた世界を分解する一撃は、そのエネルギーの全てを神の力の召喚に使われたが、それでもレイライン上に這ったエネルギーは正確にその大部分を分解している。そこに巻き込まれた人や建造物、生き物は確実に消滅した。

 

 まぁ、その消滅も球磨川禊の『大嘘憑き(オールフィクション)』で元に戻っているのだが。

 

「なじみの目的は俺の記憶を元に戻すこと……らしいが、それが叶っている今、アイツが未だに敵として立ち塞がっている状況がそれを否定している。俺の記憶を取り戻すという目的は、アイツにとって通過点に過ぎなかったってことだ」

「通過点……じゃあ一体何をしようってんだ」

「それは今のところアイツにしか分からないよ十六夜君。永遠の命を知っている者にしか分からない感情から生まれている目的……とどのつまり、アイツは俺に焦がれすぎたんだろう」

 

 珱嗄の見せた一瞬の切なげな顔に、十六夜も何も言えなくなる。

 誰もが理解した、誰よりも強大な敵である安心院なじみの目的は、本当にちっぽけなものだということを。たった一人の男の為に、何かをしようとしているということだけを、理解した。

 珱嗄は気を取り直して、話を進める。

 

「おそらく、だ。今更だから遠慮なく話すが、まず俺はこの世界の物語について何も知らない……フィクションの世界だとしても、かつて色々な世界を渡ったからといって、その先々の世界の全ての物語を知っているわけではなかったしな」

「そうなのか」

「それ踏まえて考えて、だ。其処に居るフィーネちゃん然り、ノイズ然り、突如現れた『F.I.S.』然り、拘束中のキャロルちゃん然り、パヴァリア光明結社然り、神の力然り……こんな個性的なキャラクター達が居て、それが全部なじみの作り上げた存在だとは思えない……この世界に元々設定されていた敵キャラだと俺は推測する」

 

 此処まで響達が対面してきた全ての敵、全ての戦いがきちんとこの世界の設定上用意されているものであり、安心院なじみがそれを利用した、という方がまだ納得できる。珱嗄はそう推測していた。

 安心院なじみはどこまでも平等で、自分が全知全能であっても神ではないことを知っている。つまり、己の程をわきまえている。自分の存在しない筈の世界で、新たな生き物を生み出すなんて愚行を、彼女がする筈がないと。

 

「……この際、モラルや倫理観については度外視するが、つまり奴は私達の過去に干渉することで物語を歪め、我々の戦いや生活を操っていた……この状況を作り出すために」

「そういうことだね」

「じゃあアタシが生きていたのはどういうことだ? 元々の物語でも生きてたのかもしれないけどさ」

「奏ちゃんが生きてたのは、十中八九なじみの保険だろうな。此処までの展開を考えて、途中でメンタル的に二課が潰れていてもおかしくない。死んだと思っていた人間が生きていた、なんて折れた心を癒すのにもってこいのだろ」

「あ、じゃあやっぱアタシ死んでたのか本当は」

「主人公が響ちゃんだとしたら精々一話で出番消えてただろうな」

「死んだことより若干ショックな事実止めてくれね?」

「それに関しては俺全然悪くないから、謝らないぞ」

「クソが」

 

 そんなどうでもいいことはさておき、と言う珱嗄に奏がギャイギャイと噛みつくが、無視して珱嗄は進める。

 

「そうだと仮定した時、此処まで一方的かつ立て続けに敵に攻めさせた理由はなんだ? そもそも俺が目的なら直接俺に干渉しなかったのはなんでだ?」

「……確かに、キャロルに干渉している以上少なくとも珱嗄が生まれる数百年以上前から準備していたってことだしな」

「そう、つまりはなじみにとってそれが必要なことだったってことだ」

「必要なこと?」

 

 珱嗄は指令室のコンソールを片手でカタカタと動かした。

 すると今度は今までの戦いの映像が出る。フィーネの暗躍していたノイズ騒動から、クリスとの戦い、錬金術師キャロルとの戦い、アルカ・ノイズの出現、パヴァリア光明結社との戦い、神の力の顕現―――これだけのことを裏から手を回して実行するのなら、それは気の遠くなるほどの下準備がいる。例え永遠の命を持ち、無限の時間を行き来できる安心院なじみとて、珱嗄という本命を放っておいてそんなことをする暇も興味もない。

 

 ならばこれらは全て珱嗄の為に行われていたことだ。記憶を取り戻すこと以上の、珱嗄の為に行われていたことだ。

 

「今までのことを見返すと、アイツが起こしたことは巡り巡って全て響ちゃんに干渉している」

「私に……?」

「というより、俺の幼馴染になった人に、だ。つまりは誰でも良かったんだ、俺がこの世界で過ごした十六年と少しの間で最も親しくなった人間であれば、それを利用するための準備をアイツは俺達が生まれるよりずっと以前から整えていたんだから」

「『どういうこと?』」

 

 響に、という言葉に対して全員の視線が響に集まるが、響自身もピンと来ていなかったらしく、球磨川がその意味について問いかける。

 珱嗄は今まで周りの進める展開にちょっかいを掛けるスタンスだったからか、今回の話の中心になっている自分に少しばかりむず痒いものを感じているらしい。

 

 咳払いをしながら説明する。

 

「アイツは世界の脅威になりうる存在を確認して、その目的や詳細を調べ上げた。そしてそれを裏から操ることが出来るように、巧みに動き回ってきた。おそらくは俺にそいつらを当てがって楽しませようとしたって所だろ……そして俺が出現するその時を待った――――けど、俺が生まれた時……アイツはこの世界にヴィヴィオや球磨川君達、別世界の人間がいることを知り、この世界の違和感に気が付いた」

「この世界に神様が居て、私達に干渉しているかもってこと?」

「そう、そして俺に記憶がないことを知って、方針を変えた」

 

 珱嗄の言葉に、全員が真剣な表情で聞いている。

 安心院なじみ――あまりに強大に思えたその存在の、あまりに途方もなく、あまりに途轍もない計画の、あまりに我儘な、あまりに自分勝手な、そしてあまりに切ない最初の決意。

 

「アイツはこれまで下準備してきた全ての存在を、俺が最も親しくなった幼馴染にぶつけることにした。白羽の矢が立ったのが響ちゃんだ……アイツはフィーネが二年前の事件でやろうとしていることを知り、響ちゃんをそこへ行くよう仕向けることで、物語を始めた。響ちゃんの傍には俺がいたからな、響ちゃんに降りかかる脅威があれば、記憶がなくとも確実に俺は干渉する―――そう確信して」

「それで、私がガングニールの装者になったのを機に、色々なことが起こり出したんだ……」

「そして俺の記憶が戻るように、本来ならば時期を違えてやってきていただろう敵を立て続けに送り込んだ。必要な下準備に全て協力して。だからキャロルちゃんの持っていたレイラインマップも、オートスコアラーを動かすために必要な想い出も、サンジェルマンちゃん達が持っていたヨナルデ・パズトーリの像や、アン・ティキ・ティラというオートスコアラーも、おそらくは全てアイツが用意して与えたものだ。だから彼女達はフィーネと同じ時期にやってきて、響ちゃんと二課に振りかかるより大きな脅威として用意された」

「どこまで仕組まれているんだ……これほどの計画……」

 

 弦十郎の言葉に含まれていたのは、あまりに緻密に仕組まれていた安心院なじみの計画に対する、深い感嘆。敵ながらあっぱれ、という言葉が真に当てはまるような、そんな感動すら覚える感情だった。

 響達も、当事者として様々な辛い思いをしながら、安心院なじみの凄まじい計画に圧倒されている。驚愕の事実は多く、未だ全てを許容できないでいる中で、ただこんな凄まじい存在に立ち向かわなければならない現実に少しだけ、心が震えている。

 

 だが珱嗄はそんな全員を無視して、更に続けた。

 

「ヴィヴィオ達に協力を求め、その後離反するであろうことも考慮した上で放置したのもそうだ。これだけ絶体絶命のピンチが立ちふさがった上に、異世界の化け物達がうじゃうじゃ出てくるんだ、流石の俺もどこかで記憶を取り戻すと睨んだ。結果、そうなったしな……で、此処からが本番」

「今の今まで、此処までが……ただの準備だったと?」

「その通りだよウェル博士、神の力ですら、アイツにとってはただの囮で、この状況を作り上げるためだけの単なる傀儡だった」

 

 珱嗄はそう言ってから、コンソールを操作して浮かんでいた映像を切る。

 そして消えたスクリーンを見つめながら、ゆらりと笑う。

 

 まるで何かを確信しているかのように、何も映らないスクリーンを見つめて。

 

「そうだろう、なじみ―――ほら、さっさと最後の戦いを始めようぜ」

 

 そして誰ともなくそう呟いた珱嗄の言葉に応えるように、

 

 

 

『ハ、違わず―――想定以上の怪物共、では始めてやろう』

 

 

 

 そんな声と共に、スクリーンに見知らぬ女が映った。

 白い髪と赤い光の映る瞳、まるで人間とは思えない風格を持つ存在。それは、スクリーンを通してどこかにいるわけではなく、まさしくスクリーンの中に存在している電子上の存在であるかのような、そんな存在感すらある。

 

 珱嗄達はスクリーンに映ったその人物と睨み合い、珱嗄が口を開いた。

 

「お前は?」

 

 安心院なじみではない、錬金術師でもない、今まで欠片も存在を感じさせなかった未知の存在。にも拘らず、全ての事情を知っているような様子で珱嗄の望む戦いを始めてやろう、と、そう言った。

 そして、珱嗄の問いに彼女はこう答える。当然の様に。

 

 

「遺憾だな―――我が名はシェム・ハ、人が仰ぎ見るこの星の神が、我と覚えよ」

 

 

 シンフォギアも、錬金術師も、人も超越したこの星の、神なのだと。

 

 

 




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第六十話 ユグドラシルシステム

 スクリーンに現れたその存在を、私は知っていた。

 シェム・ハ――かつての先史文明時代、人類がバラルの呪詛によって割かれるより以前に存在していたカストディアン。人類を作った神たるアヌンナキの一柱であった者。

 アヌンナキの中でも優秀な改造執刀医として名を馳せた天才だった彼女は、人類の創造にも深く関わっていたと聞いている。だが、バラルの呪詛によって人類が割かれた後、カストディアンの全てはこの地球を捨てて去った筈……なのに何故。

 どうして、どうしてこいつが今ここに登場する!?

 

『貴様ら人類の行動で覆るものなどない……だが、我々アヌンナキよりもずっと以前より誕生していた埒外以上の人外が相手ではそうもいかぬ』

「アヌンナキ……へぇ、想像するに、なじみに呼び出されでもしたか? もしくは復活した、か?」

『然り。奴は封印を解き、我の復活を幇助した……先の錬金術師との戦いで発生した惑星級のエネルギー、それを活用したのは何も錬金術師だけではなかったということだ』

「隠れてこそこそ何してんのかと思ったら、神様の復活とは恐れ入ったぜ」

 

 泉ヶ仙珱嗄とシェム・ハが話しているのを聞きながら、私は己の心の中で燻る感情に気付く。私自身がどうしても知りたかった真実を、この存在はきっと知っている。

 何故、かつて先史文明期―――アヌンナキの一柱にして私の最愛の存在であったエンキは、私を置いていなくなったのか、そして何故バラルの呪詛で人類を引き裂いたのか、その真実を。

 

 私が一歩前に出ると、シェム・ハは私に気付いたのか少し驚いたような顔を浮かべた。

 

『ほう……お前、見覚えのある顔だな…………ああ、奴が大層ご執心だった人間か。我々で創造した人類の一個体に過ぎないというのに、特異な奴だと思ってはいたが……ハハハッ! なるほど、中々どうして、お前も特異な人類だったらしい―――まさか、こんな時代まで生き永らえているとはな』

「一つ、訊きたいことがある」

『構わぬ、この愉快さに免じて答えてやろう――と、言っても、精々奴のことだろう? 我の反逆に最後まで抗い障害となったアヌンナキ、エンキ』

「!!! あの人は、何故バラルの呪詛で人類を引き裂いたのだ!! あの時、一体何があった!!?」

 

 奴の口から、あの人の名前が出てきた時、私の感情は一気に爆発した。

 心臓が激しく鼓動し、ついにあの日の真実が目の前に現れたという現実に、私の心は最早何を置いてもこの真実を渇望する意思に支配される。

 一体、あの日に何があったのか――あの人はどうして、どうして私に何も言わずに消えたのか、その真実が今!

 

 シェム・ハが愉快に笑みを浮かべながら答える。

 

『哀れだな……バラルの呪詛―――それほどまでに長き時を生きて尚、それを正しく認識していない。だが一つ、確かな事実を述べるとするならば……あの日、エンキはこの我の手で屠られた、それだけだ』

「!? ……そんな……何故……?」

 

 あの人は私を捨てて消えたのではなく、あの日こおシェム・ハの手によって殺されていた? ではバラルの呪詛には何の意味が? 正しく認識していない、ということは、バラルの呪詛は人類に罪深さを感じたアヌンナキによる呪いではない? もっと、もっと他の目的があって施されたものだったというのか?

 

「!」

 

 待て、シェム・ハは最初に言っていた。安心院なじみによって封印を解かれ、復活したと。何故封印されていた? 彼女は反逆したと言っていた。あの人と彼女が敵対し、殺される羽目になったのは、彼女がアヌンナキに反逆した結果、それをあの人が阻止しようとしたからだろう。

 アヌンナキであるシェム・ハを封印する―――ならばそれをやったのは同じアヌンナキの柱達だったはず。ならば彼女の封印と同時に施されたバラルの呪詛には、彼女の目的を阻止するための意図があった?

 

 であればそれはどんな目的だ?

 

「まさか……!」

 

 彼女は優秀な改造執刀医であり、人類の創造――特に生物的進化と滅亡というシステムに深く辣腕を振るったアヌンナキである。

 そしてバラルの呪詛は、統一言語によって感情も意思も繋がることが出来た人類を切り離すシステムである。

 

 ならばシェム・ハのやろうとしたこととは。

 

「人類を使って、何かをしようとしたのか……!?」

『ほう、たったこれだけの情報でその結論に至るとは、馬鹿ではないらしいな』

「……お前はアヌンナキの中でも随一の改造執刀医だった。バラルの呪詛以前、いわば意思によるネットワークで繋がっていた全人類。その進化の過程で何か細工することも容易かった筈……そしてその細工を使って何か恐ろしい目的を実行した際、あの人達によってそれを阻止された。つまり彼らがバラルの呪詛で私達人類を引き裂いたのは、人類が統一言語によって繋がっていることそのものが、お前の目的に必須のことだったからだ!」

『さてな、例えそれが真実だったとしても……エンキが死んだことも、我以外のアヌンナキがこの星を去ったことも、何一つ変わりはしない。そして我が復活した事実もな』

「許さない……絶対に許さないぞ、シェム・ハ!!」

『それを決めるのはお前ではない、神たるこの身である』

 

 何を言っても所詮は人類の戯言として聞き入れない。先程の言葉からして、彼女は人類そのものに神を超越する力などありはしないと、そう思っているのが汲み取れる。

 だがそれでも彼女はこうして私達の前に姿を現し、言葉を交わす行動に出ている。安心院なじみと泉ヶ仙珱嗄―――そのアヌンナキを超越する埒外以上の人外を、彼女自身が認めているからだ。

 

 安心院なじみはシェム・ハのやろうとした人類規模の計画すらも超越して動く人外。ならば当然のことだろう。

 彼女がシェム・ハに何を言い、どのようにしてこのような行動を取らせているのか、それが見えてこない。此処まで多くの情報を得て、泉ヶ仙珱嗄の為にやっていることだということまで知っているというのに、その手や策を読み切れない。

 計り知れない底の深さ、これこそが人外だというように。

 

「で、なじみに復活させて貰ったお前は何をしようって?」

『ハ、奴曰く――ゲームをしよう。我はこれから、バラルの呪詛を解除した末に本来の目的を果たすために行動を開始する……それを阻止出来たのなら、最早安心院なじみはこれ以上人類への干渉の一切をしないと宣言した』

「ゲーム……ね」

「でもこのゲームに勝てば、正真正銘我々の勝利になる」

「やらない手はないのデス!」

 

 ゲーム、人類の―――いや、この星、果ては宇宙規模の運命をゲームで決めようと言うその思想。心の底から恐ろしさを感じさせる。シェム・ハではなく、安心院なじみのその鮮やかな手腕にだ。

 此処までシンフォギア装者を放浪し、我々を掌の上で転がし、自分の行動の一切を阻害させることなくこの状況を作り上げている。考えてみれば、キャロルやパヴァリア光明結社という敵と戦ってきたものの、私達は安心院なじみと一度だって対面していない。

 要所要所で姿を見せはしたものの、負傷した泉ヶ仙珱嗄を回収された時も、立花響と小日向未来の間に亀裂を入れ、クリスの心にも亀裂を入れた時も、奴は悠々とやってきて、悠々と帰っていった。

 

 まるで整地され、砂利をどかされた道を歩くように、彼女は一切コケることなく、止まることなく、邪魔されることなく、ただ考えた通りに歩いて行っただけ。

 

『ゲームというからにはルールが必要だろう』

「確かにな。教えてもらおうか、そっちが考えたゲームの内容を」

『勝利条件は先程述べた通り。そして我はこれからやることを全て話し、その通りに実行する……お前たちはそれを止める……それだけだ』

「なっ!? 話した通りに実行する、だとぉ!?」

「それって……こっちに動きが筒抜けの状態で目的を達成するってこと?」

 

 それはつまり、作戦内容も、目的も、その手順も、全てを晒した上で、尚もそれを達成できるということに他ならない。

 あまりにもこちらに有利すぎる。舐めているとしか思えない。ふざけている。

 

『手始めに――外を見よ』

「司令!! リディアン音楽院の正面に浮遊した人影が!」

「複数モニターにして映せ!」

 

 シェム・ハの言葉に外を確認した藤尭がスクリーンにリディアンの正面を映し出す。既に空は暗くなっており、月や星も見える景色へと変わっていた。

 そしてその月を背に背負う様に現れたのは、先ほどまでスクリーンに映っていたシェム・ハの姿。電子上の存在ではなく、確かに肉体を持って生きていることの証明がそこにいた。

 

 生きている―――あの人を殺した奴が!

 

『さぁ、ゲームを始めるとしよう。これから我が何をするのか』

「その必要などない!!」

 

 私は感情に駆られてコンソールを操作、既に地上へと出ているカ・ディンギルを最大稼働させてシェム・ハを狙い撃つ。此処で奴を殺せばそれでいい、あの人の命を奪った怨敵を、人類を引き裂く原因となった存在を、此処で消し去ることが出来れば全て解決だ。

 

 ―――私は冷静ではなかった。

 

 『デュランダル』からのエネルギーチャージは既に完了している。

 あとは撃ち放つだけ。

 

「死んでしまえッッ! シェム・ハぁぁぁ!!」

 

 そして私はトリガーを引いた。

 チャージされたエネルギーは、世界を分解する一撃を止めた時以上の威力となって極太のレーザーとなる。最早避けることなど出来ないほどの巨大な光、それは正確にシェム・ハを飲み込んで、空高くへと延びていく。まるで夜空に定規で引かれた線のようだった。

 

 やってやった、そう思った。安心院なじみが何を計画しようと、ゲームを提示しようと、それに乗ってやる必要はこちらにはない。

 

 ―――少し考えれば、分かることだったのに。

 

 思わず笑いが込みあげてくるが、レーザーの光が消えた瞬間、空に幾つもの歪んだフィルターが現れた。それを見てハッとなる。

 それはかつてヨナルデ・パズトーリが見せた、埒外物理、神の力の一端。

 幾つものフィルターが中心を通り抜けた時、そこには先程と変わらないシェム・ハの姿がある。そしてその表情は何処までも、こちらを見下したような笑みだった。

 

『愚かだな、先史文明期の巫女……我の言葉に飲まれ、その先の未来を鑑みなかった―――それがエンキの死を無駄にするとも知らずに……見ろ』

「あ……ッ!」

 

 シェム・ハが笑いながらその背後を顎で示す。

 その先には、私の浅慮が引き起こした現実があった。

 

 ―――もっと考えるべきだったのに。

 

 カ・ディンギルを作った理由を思い出す。これはそもそも、バラルの呪詛を砕くための塔だった……そう、月にある遺跡に残されたアヌンナキのシステム、それが地球上を覆うバラルの呪詛の正体。故に月さえ破壊すれば再び―――そう思って作り上げた、月を破壊するための塔。

 それがカ・ディンギル。

 そして今、そのカ・ディンギルの限界を超えた最大稼働で放たれた一撃はシェム・ハを捉え――月に向かって伸びていった。

 

 つまり、

 

『改めて始めるとしようか……都合良くバラルの呪詛も破壊されたことだしな。さて、これから我はこの星の改造を行う……全ての生命を怪物へと変えてくれよう!』

 

 ―――私はまた、間違えたのか。

 

『さて、ゲームには障害が付き物だ――さて、我の下に辿り着くためには、これらの障害を乗り越えて見せよ』

 

 そう言ったシェム・ハの言葉に呼応するように、スクリーンに複数のモニターが更に映し出される。

 そこには別々の場所に佇む、別々の人物。

 

『出番か、僕らの……全く、こんなことになるとはね』

『さぁ、とうとう最終決戦だよ……珱嗄』

 

 其処に居たのは、パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイスハウプトと、安心院なじみ。まさかこの状況でこの二人が邪魔をしてくるとは、絶望的以上に致命的だ。

 シェム・ハは笑う。

 止められるものなら、止めて見せよと。人外によって止められることが分かっている計画を、人外の手を借りることで為そうとするなど、反則過ぎる。

 

『制限時間は少ない。急げよ? 人類……そして仰ぎ見よ。これが、ユグドラシルだ!』

 

 そして、地球に無数の巨大な木の様な構造物が屹立し始めた―――。

 

 




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第六十一話 泉ヶ仙珱嗄に、安心院なじみは勝てない

 ―――ユグドラシルシステム、シェム・ハがそう呼び、地球上に幾つも屹立し始めた巨大建造物は、地球を巨大な実験施設と見立てて星を改造するための惑星環境改造装置だった。

 シェム・ハはその後、これから自分がどのように動くかの説明をした。

 ユグドラシルシステムの概要、自分がそれを使ってこの星を改造し、全ての生命を怪物へと改造し、地球そのものを遊星神殿として作り替えようとしているということ、後に去ったアヌンナキ達を侵略し、神も人も区別なく全ての知性体を一つにし、この宇宙に唯一神を生み出そうとしていること。

 

 バラルの呪詛によって、分かり合えない痛みを知った人類もいずれ分かる。一つになることだけが、その痛みを克服することが出来ると。彼女はそう断言して、その姿を消した。

 

 ユグドラシルシステムがどのようなものかを知ったところで、それを今すぐにどうこうすることは出来ない。どのようにしてこのシステムを起動したのか分からないからだ。

 しかし、ヒントはあった。

 

「なじみとアダム・ヴァイスハウプトがそれぞれ現れた場所……奴らは此処から一歩も動いていない。つまりこの場所がそもそもゲームの鍵になっているってことだ」

「だがここは……風鳴本邸とユグドラシルシステムの一つだぞ。後者はともかく、何故風鳴本邸に……?」

「さてね、風鳴機関ってのはこの二課の前身でもあるんだろ? であれば、それなりの設備だって持ってるんじゃない?」

「確かに、本邸の地下には風鳴家の保有する機関電算室があるが……だがあくまで電算室であって、そこには別段異端技術などは……」

「だったら、それがつまり必要なことだってことだろう。ユグドラシルシステムも、システムと付くからには奴らなりの理論があって、それに基づいて製造されている。てことは、人類の作ったインターネットや電算機器を利用している可能性だって十分考えられるだろ」

 

 珱嗄はあくまで冷静に、シェム・ハの述べた事実を分析していた。

 安心院なじみが待っている風鳴本邸、アダム・ヴァイスハウプトが待っているユグドラシルの一本、そこにはきっとゲームクリアのための鍵があるのだと。あくまでこれはゲームと称された戦いであり、あの平等性の怪物である安心院なじみが仕掛けたゲームである以上、そこには必ずクリアできるだけのヒントも方法も用意されている筈だと。

 故に、そのヒントを元にシェム・ハの手の内を読み取っていく。

 

「なるほど……じゃあアダムがいるあの場所は」

「あそこにシェム・ハがいるってことだろうな。これからユグドラシルシステムがどのようにしてこの星を改造するかは分からないが、制限時間があるってことは逆にそれなりの時間が掛かるってことだ……その間、あの場所を守るのがアダム・ヴァイスハウプトの役割なんだろう……ま、奴が何故協力しているのかは分からないけどな」

 

 一先ずの指針を手に入れ、珱嗄の言葉に全員がやるべきことを理解する。

 安心院なじみの守っている風鳴本邸を制圧し、ユグドラシルシステムを稼働させている可能性のある電算室を奪還すること。そしてアダム・ヴァイスハウプトを打倒し、シェム・ハ本人を止めること。その二つ。

 

 だがそれは、どちらにしてもかなりの難関だ。

 あの安心院なじみを倒すことは、おそらく不可能だ。その上アダム・ヴァイスハウプトもパヴァリア光明結社の統制局長――サンジェルマン達相手に徹底的に敗北した響達に、勝ち目があるかどうかは分からなかった。

 

「まぁ、なじみの方は俺が行こう。アイツを相手にするなら、それが妥当な選択だろうしな」

「ではアダム・ヴァイスハウプトの方は装者全員、あと俺も出よう」

「で、異世界組についてだが……お前らは、アレをどうにかしてくれ」

『!?』

 

 珱嗄が指差したモニターに、映像が出る。

 そこにはリディアン音楽院前に姿を現した人物がいた。おそらくはゲームにおけるこちら側に対する侵略者。二課の本部が壊滅したとなれば結局のところそれは敗北に他ならない。仮に此処でシェム・ハを止めたとしても、その後の復興や手続きに尽力する術が無くなり、異端技術についての全てが世界中に明らかになるだろう。

 そうなれば、バラルの呪詛が解除された今であっても、人類はより一層の争いを始める可能性は高い。とどのつまり――異端技術の奪い合いによる戦争が起こる。

 

 このゲームの趣旨はつまり、自分達の本陣を守りながら、敵の目論見を阻止すること。

 

「全く、よりにもよって面倒くさいのを呼んだもんだ……」

 

 珱嗄だけでなく、この場にいる全員がその人物に驚愕した。

 何故なら、その人物はいるはずのない人物だったからだ。安心院なじみよりも強く、かつて珱嗄が生きてきた全ての世界にいた存在。この珱嗄をして、ひきつった笑みを浮かべてしまうような、厄介者。

 

 おそらくは、安心院なじみが犯したたった一つの反則技。

 

 

『さぁ、始めようか―――手加減だけはしてやるよ』

 

 

 青黒い髪を揺らし、ゆらりと笑ったその男は、両手をプラプラと揺らしながらそう言う。圧倒的な威圧感を放ちながら、今と違い無数の針でチクチクと刺す様な空気感――人間的ではなく、人外的な雰囲気が強い。

 

「おいおい嘘だろ……"あの"珱嗄が相手かよ」

 

 其処に居たのは泉ヶ仙珱嗄だった。

 十六夜が冷や汗を流す。

 理解したのだ、見ただけでソレを理解した。現れた珱嗄は、おそらく安心院なじみの知っている珱嗄だ。それはつまり、かつて全盛期とも呼べる強さを持ったままの珱嗄である。

 神の特典を全て保有し、身体能力も全世界で最高、人外として目覚め、人外として生きていた頃の泉ヶ仙珱嗄。今までの能力全てを使える今の珱嗄と比較しても、おそらくより強い。

 

 これこそ安心院なじみのスキルの一つ。

 記憶を取り出すスキル―――『開頭取術(クローズドメモリー)

 

「多分、なじみの記憶を元にスキルで生み出された俺の分身だろうな。時系列的にスキルの類やスタイル、あとはギフトも使えると思う。魔法や念に関してはなじみの記憶にないから、そこは再現されてないだろ」

「『いや、それだけでも』『十分脅威なんですけど』」

「これ珱嗄が行くべきなんじゃ?」

「じゃあお前らはなじみを止められると?」

「……」

 

 珱嗄は泉ヶ仙珱嗄と安心院なじみの両方を一度に相手にすることは出来ない。戦場が全く違うからだ。スキルで分身を作って置いていったとしても、泉ヶ仙珱嗄もまたスキルを使える以上、スキルで生み出されただけの分身程度、簡単に対処される。

 であれば安心院なじみの下へ行く珱嗄の手は借りられない。

 

「ま、いざとなったら奥の手もある。勝てなくとも、この本部を守ることが出来ればいい」

「ハッ! 上等じゃねぇか、俺としちゃ願ったり叶ったりだ。元々、珱嗄とサシでやりあって勝ちてぇってのが俺の願いだったわけだしな」

「ま、勝てるならそれが一番だ」

 

 そうして話がまとまったところで、行動を開始する。

 珱嗄は安心院なじみの所へ。装者と弦十郎はシェム・ハを止めに。残った十六夜達は泉ヶ仙珱嗄を食い止め、本部の防衛。残ったものは現場指揮と伝達事項の共有に努める。

 

 鍵はやはり、安心院なじみだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 動きだした二課の面々と共に、珱嗄はすぐさま安心院なじみの下へと向かった。

 空間転移のスキルなど、珱嗄にとっても朝飯前。時間短縮の為にそれぞれをそれぞれの担当場所へと送り届けた後、珱嗄もまた、安心院なじみの下へとやってきている。

 

 風鳴本邸前にて、珱嗄を待っていた安心院なじみ。 

 どこか気持ちを抑え込んでいるような様子で珱嗄と見つめ合う彼女に、珱嗄はただふと笑みを浮かべた。珱嗄は悟っているのだ、安心院なじみが何をしようとしてこんなことをしているのかを。

 

 こんな戦いはいわば茶番だ。

 安心院なじみにとって、今までの世界が全てフィクションだとしても、自分が生きた人生には意味があり、本物であった。であれば、この世界の人間が全てキャラクターだと知っていても、その物語を破綻させるなんてことは絶対にしない。

 つまりシェム・ハもアダム・ヴァイスハウプトも、この世界の物語には必要な敵であった。利用してはいるが、この世界で起こりうる全ての事件を、安心院なじみはきちんと起こしている。

 

「久々だな、なじみ」

「……うん、久しぶりだね。珱嗄」

「色々、俺のことを考えてくれたみたいだな……お前が死んだとき、お前が考えそうなことだった」

「うん……僕は珱嗄のことしか考えてないよ」

「そんなに嫌だったか? 俺が物語の中でただ生きることが」

「嫌だったよ、君の生が偽物になることが」

 

 記憶を取り戻した珱嗄と、それを待ち望んでいたなじみ。遂に再会を果たすことが出来た二人には、最早戦う理由はない。安心院なじみが珱嗄に与えたかったのは、困難を乗り越え、記憶を取り戻し、この世界で現実を生きること。その過程で様々なリアルを感じさせることだ。

 珱嗄はこの世界で十分なほど、懐かしい経験、新しい経験をした。

 普通の家庭に生まれ、幼馴染が二人、片方と恋人となって、高校に入学して、非日常の中で戦いに巻き込まれ、怪我をし、戦い、己の正体を探し、悩み、仲間に触れ、そして記憶を取り戻し、最後の戦いに挑む―――なんてよく出来た主人公の物語だろうか。

 

 珱嗄は、安心院なじみがそういう人生を自分に与えようとしていたことを、察していた。

 

「だからこそ……最後まで僕は君の敵だよ」

「大したエンターテイナーだな―――最高だぜ、なじみ」

 

 互いに戦闘準備は終わっている。

 珱嗄もなじみも、自然体のままに戦闘に入ることが可能。行き過ぎた実力の持ち主は、最早日常と戦いの境目すら無くなっていくのだ。

 

 次の瞬間には既にスキルが発動する。

 次の瞬間には相手の身体に手が届く。

 次の瞬間には――――そんな領域の戦いである。

 

「なじみ」

「何かな? 戦いはもう始まって……」

「悪いが勝負は一瞬だぞ」

「え?」

 

 珱嗄が笑みを浮かべながらそう言ったことに、なじみは僅かに動揺した。珱嗄以上のスキル量、そして珱嗄が魔法を使おうが、ギフトを使おうが、あらゆる対策を用意してきたなじみ。なんなら、現在珱嗄の身体能力は以前とは比べ物にならないほどに下がっており、何処まで行っても人間の域だ。

 安心院なじみの人外としての肉体であれば、それは決定的な弱点となる。

 

 そんな珱嗄が、一瞬で勝負を終わらせることが出来るなど、安心院なじみにはその方法が全く想像出来なかった。

 一体何を、そう思って身構える安心院なじみに、珱嗄はただ悠々と歩み寄ってくる。

 一歩一歩、近づいてくるのに何の予兆もない。スキルの発動も、スタイルの発動も、魔法も、ギフトの発動もない。正真正銘無防備の状態で近づいてくる。

 

「い、一体どういうつもりだい? こんな無造作に近付いてきて……わざわざやられに来るような真似」

「なじみ」

「!」

 

 そして遂に目の前までやってきた珱嗄の、有無を言わさない空気感に安心院なじみは半歩後退った。内心では、何をするつもりなのかと警戒しまくっているが、珱嗄はこの距離に入ってなお攻撃をする様子がない。

 痺れを切らしたなじみが動こうとしたその瞬間、スタイルの応用で行動の起こりを読み取った珱嗄が振り上げたなじみの右手首を掴み、彼女の腰を引き寄せた。

 

 そして、

 

 ――――ちゅ。

 

 唇を奪う。

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 たっぷり時間を掛けて、一秒、十秒、一分、一分半……安心院なじみが、あの人外安心院なじみが動揺と歓喜と驚愕と羞恥とで目を回すまで、珱嗄は安心院なじみの弱点を容赦なく攻めていく。

 

「……っは……」

「はぁっ……はぁ……な……なっ……な……」

「なじみ」

「ひゃい!」

「俺の勝ちでいいな?」

 

 にこり、優し気に笑う珱嗄に頬を撫でられた安心院なじみの心は、一気に限界を迎えた。

 

「は、ひゃい」

「サンキュー、超愛してるぜ」

 

 そして、しっかりとしたトドメにノックアウトされた。

 

 




ここが書きたかった。



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第六十二話 ラブコメの裏

 私は、かつて人として作られながら、その完全さ故に人ではないとされた。

 全ての能力値において完全で、全ての才能におうて完璧、その容姿は美しく、あらゆる分野において結果を残してきた。完璧なまでの最高傑作、私こそが人類の頂点であることは疑いようもなく、私こそが完成品だと自信を持って言える。

 にも拘らず、奴らアヌンナキは私を捨てた。

 完璧な個体故の停滞、それ以上の進化がないことが奴らにとっては完璧ではなかったらしい。完全故に不完全さが欠けていることが、奴らにはたまらなく失敗作だったということ。

 

 だがそんなものが認められてたまるものか。

 

 だとしたら私は何のために生まれてきたというのだ。そんな勝手な事情で私という存在は否定されるのか? 私にだって意思があり、私にだって命がある。進化のないことがそんなにも罪深いのか? 私が人類でなく、全く別の命だったとしても、進化がないということは私こそが私という命の終着点だ。

 決して失敗作なんかじゃあない筈だ。

 捨てないでくれ、私という可能性を。私を孤独の闇へと突き落とさないくれ。

 

 それでも、私は捨てられた―――奴らに。

 

「―――へぇ、こんなところで思わぬ拾い物だね」

 

 そんな時、私の前に現れたのだ、彼女が。

 アヌンナキに捨てられ、バラルの呪詛によって人類が引き裂かれ、そしてアヌンナキがこの地球を去った後、死ぬこともなく星を彷徨うだけだった私の前に、唐突に現れた。人類は未だ非文明的な生活をしていた時代に、およそ千年以上も先の技術を使って作られた衣装を着ていた彼女。

 彼女は己をこう名乗った、安心院なじみと。

 親しみを込めて安心院さんと呼びなさいと言われたが、正直私は救われた気がしていた。私以上の孤独な存在を見つけたからだ。目の前にいるこの女は、私が逆立ちしても敵わない絶対的な存在であると、一目見た瞬間に理解した。

 

 完璧な私をもってしても敵わない、人外。

 私よりも決定的に人類から外れた生物。

 

 私という完璧程度では、孤独にはなれないことを知った。

 

「君、名前は?」

「……」

 

 名前など無かった。

 アヌンナキは私のことをAdamと呼んでいたが、それはただの識別番号のようなものだ。人類系譜の原点、私という失敗を経て今の人類が生まれている。だが私と人類の間に生物的な繋がりなど一切ない。

 そう伝えると、彼女はなるほどねと言いながら、ならばと私を指差してこう言った。

 

「じゃあ僕が名前を付けてあげよう。君の名前はアダム・ヴァイスハウプトだ、名付け親になる経験は初めてかもしれないな……大切にするといい」

「アダム・ヴァイスハウプト……私の名前、か」

 

 私は孤独ではなくなった。

 名前を付けてくれた人がいるのだから、私の人生は少なくとも一人と繋がっている。この名前は、誰かが与えてくれたものなのだ。

 

「それで、君はこれからどうしたい?」

「……分からない、私は人類として作られた……完全さ故に失敗作だったらしいが、今は捨てられた命だ」

「そうかい、じゃあ君の命は僕が拾おう。君の創造主のことはどう思ってる?」

「憎いさ、なにもかも……私を捨てたことを後悔させてやりたいくらいに」

「復讐したいかい?」

 

 その問いに対して、私は即座に頷くことが出来なかった。

 私の心は満たされていたのだ、彼女に出会ったことで。どうしても復讐したい、というほどではなくなっていた。心の底から憎いと思っているけれど、それでもそんなことに時間を使うくらいならば、彼女に付いていきたいと思うくらいには、私の心は穏やかだった。

 そんな私の躊躇を見抜いたのだろう、彼女はならばと私に手を差し伸べる。

 

「することがないなら、僕に協力してくれないかい? 色々時間が掛かることが多いんだ。君も短い命じゃないんだし―――その内機会があればアヌンナキに復讐することも出来ると思うよ。そのついででいいからさ」

「……ああ、いいだろう。私を連れていってくれ、貴女の行き着く未来まで」

「良いお返事だ」

 

 思えば私は、この時既に彼女に惹かれていたのだろう。

 完成された個である以上生殖の必要もないので、これが恋愛感情なのかどうかは分からない。けれど私は彼女に並々ならぬ愛情を抱いていた。名付け親であっても、親である存在を得たからなのか、それとも私を孤独という地獄からその存在を以って救い上げてくれた人だからか、分からない。

 けれどこの思いを愛情と呼び、この思いを繋げているのが人類だと理解した時、私は確かに感動したのだ。統一言語を失い、バラバラに引き裂かれて尚言葉と行動で、不確かでも愛を紡ごうとする人類……なんと愚かだと思っていたのに。

 

 ああ、確かにこんな思いならば、繋ごうとする価値があると理解してしまった。

 

 ―――なんだ、私も完璧ではないじゃないか……アヌンナキよ。

 

 愛を知らなかった、家族を知らなかった、その価値を知らなかった。私の知らないことがまだまだある。成長ではないか、それを知ることは。私という完璧にも、学ぶべきことがある。

 これから彼女に学ぼう。この命に付け加えられる多くのことを。

 

「何をするつもりなんだ、貴女は」

「うん。僕の愛する人に、最高の人生をあげたいんだ」

「……そうか」

 

 ほら、また一つ学んだ。

 この痛みはきっと―――嫉妬だ。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ティキ、サンジェルマン、プレラーティ、カリオストロ、そして今まで僕に力を貸してくれたパヴァリア光明結社に所属する全ての命。僕はしているよ、感謝を。

 人でなしと成り果てようとしていた僕を人にした安心院なじみに付いてきて、君達と出会った。最初はたかが人類、その能力など知れていると思っていたけれど、そうではないことを君達はその人生で証明してきた。

 

 人類の叡智、錬金術。素晴らしいと思った。

 

 人は愛があれば、どこまでも成長出来る。守るものがあることがどれほど人を強くするのか。その果てに生まれた錬金術という結晶が、どれほどの価値を持つものなのか。今の僕ならば理解できる。

 

「そうなんだろうな……君達も」

「アダム・ヴァイスハウプト……!」

「そこを通してもらうぞ……」

 

 来たか、シンフォギア。

 僕の後ろにあるユグドラシルには、君たちの読み通りシェム・ハがいる。僕が憎むべきアヌンナキの一人だ。本来ならば彼女に力を貸す理由はどこにもない。なんならこの手で縊り殺してやりたいくらいだ。

 だがティキに封印された神の力は今この手にはない。あえて、あえて二課の連中に預けておいたんだ。その力は今必要ないからね。ティキには悪いが、もう少し大人しくして貰いたい。

 

「悪いが出来ないね、通すことは……ここを通りたければ、僕を倒していくといい」

「何故パヴァリア光明結社の統制局長である貴様が、安心院なじみに手を貸している!」

「そもそも履き違えているんだよ、君は。パヴァリア光明結社は確かに、錬金術師で構成され、錬金術によって完全を目指す組織だ。その果てに神の領域に至り、その起源たる統一言語を取り戻すという目的も嘘じゃない……だが、そもそもこの組織の創立以前から僕は彼女の協力者だった……違うんだよ、順番が。僕が安心院なじみの目的に協力するために作ったのが、パヴァリア光明結社だ」

「なん……だと……!?」

 

 驚愕したのはシンフォギアを身に纏っているわけではない男。風鳴弦十郎か、装者全員に加えて彼が加わるとなると、いささか厄介かな。

 完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』も、彼が扱うのならシンフォギア以上の脅威になりうる。

 まぁ、僕の役目はあくまで時間稼ぎ―――彼女と泉ヶ仙珱嗄の再会のための。

 この状況を作れば彼女は自分の下に泉ヶ仙珱嗄が来ることを予測していた。自分に対抗出来るのは、泉ヶ仙珱嗄だけだと知っていたからだ。他の異世界人が同行しないように、泉ヶ仙珱嗄の分身まで作って、この状況を作り出した。

 全ては二人っきりで最愛の人と会うために。

 全く妬けてしまうね、流石に。僕の名付け親、救世主、長い時を共に過ごした人、僕に愛情を教えてくれた人、僕が最も愛した人外……語ろうと思えば幾らでも語ることが出来る。それでも彼女の最愛は僕じゃない、本当に嫉妬というのは一々痛い。

 

 けれど同時に嬉しくもある。

 この数千年の間、本当の意味で笑ったところなんて見たことがなかったから。今彼女は何億、何兆年という時間を超えてようやく、心から笑える瞬間を手にしたんだ。

 ならば子として、救われた者として、長い時を共に過ごさせて貰った者として、愛情を与えられた者として、僕に最も愛させてくれた人外の為に、少しでも長く。

 

「掛かってこい! シンフォギア!!」

 

 戦おう、全てを掛けて。

 

 

 ◇

 

 

 一方、二課本部前では、早々に戦いが始まっていた。

 泉ヶ仙珱嗄と異世界組の戦いは、この世界においてやはり最大規模。拳の一発で地面が抉れて、それぞれの動きがやはり目視で捉えがたい。ヴィヴィオが魔法で封時結界を張ることで周囲への影響は出ていないが、それでも度々結界が揺らぐほどの激しい攻防が続いている。

 この泉ヶ仙珱嗄は安心院なじみの記憶から再現された分身なのだ。

 単位にして2000京に上る数のスキルを保有しており、ギフトとして手に入れていた事象反転のギフト『嘘吐天邪鬼(オーバーリヴァー)』も所持、その上今の珱嗄が失った身体能力を持っている。

 

 如何に十六夜達でもそんな相手と戦えばただでは済まない。寧ろ本当なら瞬殺も当然の戦いだった。

 

 しかし、何故だか珱嗄と十六夜達は戦うことが出来ている。

 確かに珱嗄の動きは速く、その戦闘技術は達人以上に化け物染みている。時折使用されるスキルにダメージを貰うこともある。

 けれどそれでも敗北までは至らない。

 

「どういうことだ……!!?」

「わはは、どうしたそんなもんか?」

 

 十六夜だけじゃなく、この場にいる全員が違和感を感じていた。

 目の前の珱嗄は確かにかつての珱嗄と同じ強さを持っている―――だが、それでもあの泉ヶ仙珱嗄だとは思えなかった。彼らの中で、この珱嗄があの泉ヶ仙珱嗄に勝るとは到底思えなかったのだ。

 つまり、彼らの中の珱嗄よりも、この珱嗄は弱いと思ってしまった。

 

「チェーンバインド!!」

「おっと、小憎らしい手を使う様になったなヴィヴィオ」

「はぁぁぁあ!!」

 

 設置していたバインド魔法で珱嗄の動きを一瞬止めたヴィヴィオ、その一瞬の隙を逃さず衝撃徹しの拳を叩きこむクロゼ。かつての肉体を持っていると言っても、身体の内部を攻撃されれば珱嗄とて多少のダメージを負う。

 

「っ……! 思ったより効くなぁコレ……よっと」

「そんな簡単にバインド解かれるとちょっと凹むなぁ」

「俺の拳も大して効いてるように見えねぇしな」

 

 軽く息を吐きだした程度の珱嗄が、両腕をグイッと動かしてバインドを引きちぎる。やはりそれでも大してダメージを負わせられたように思えない。やはり違和感があっても、珱嗄は珱嗄ということなのか。

 だが十六夜はその姿を見て気付いた、対珱嗄を想定して鍛えてきたこと、そして安心院なじみのことを知っていること、様々な能力を見てきたこと、それが幸いして彼に気付かせた。

 

 この珱嗄の違和感の正体に。

 

「なるほどな……つくづく底知れねぇ奴だぜ、珱嗄の奴」

「何かわかったのか、十六夜」

「球磨川さん、大丈夫ですか?」

「『初手でノックアウトさせられた僕』『置き去りだったけど』『君達と違って平凡な学生だからね僕』」

 

 珱嗄がバインドを解いて一旦動きを止めたことで、全員が一度睨み合いの状態に落ちいる。珱嗄は余裕をもって佇んでいるが、十六夜達は全力で警戒していた。

 そんな中で初手で珱嗄に気絶させられた絶対敗者球磨川も目を覚まして合流する。空を飛べるヴィヴィオはまだしも、この化け物染みた速度の戦いに彼はついていけなかったらしい。

 

 すると十六夜は自身が気付いた事実を述べる。

 

「おそらくだが、あの珱嗄は安心院なじみのスキルによって生み出された分身だ。つっても、安心院なじみの記憶の中の珱嗄を再現したって感じだろうな」

「……だが、だとすれば正真正銘あの珱嗄は完璧にかつての珱嗄なんじゃないか?」

「いや違う、正直憎たらしいがアイツ、安心院なじみにすら"全力"を見せたことがなかったんだ」

「!」

 

 泉ヶ仙珱嗄の全力―――それを見たことがある者がいるだろうか。

 かつてハンターハンターの世界で、未だ人の領域にいた頃の珱嗄は、蟻の王メルエムとの戦いで死闘を繰り広げた。その時はおそらく全力だっただろう、必殺技である不知火を繰り出すために身体への負荷を無視して戦ったくらいなのだから。

 だが、それ以降は?

 ヴィヴィオが聖王のゆりかごを巡る戦いで誘拐された時、彼は本気で怒りの感情を見せたこともあった。けれどその時は既に本気を出すまでもなく事件を終息へと導いていたし、それ次の世界に行くまでにはヴィヴィオの血筋が絶えるまでかなり長い時間を掛けた。そして安心院なじみと出会い、人外としての人生を歩み出したのである。

 

 珱嗄の強さは最初の世界を超えた段階で、既に最強の領域へと到達していたのだ。

 

「安心院なじみでさえ、珱嗄の本気を見たことがない。つまりアイツの記憶から取り出されたこの珱嗄の実力は、安心院なじみが把握している部分までしか発揮されないってことだ」

「つまり……この珱嗄はけして本物の隠していた全力を発揮することは出来ないってことか?」

「その証拠に、さっき拘束されてからアンタの攻撃が入った。アイツが理由もなく攻撃を食らってる所なんて俺は見たことがねぇ……本当のアイツなら拘束されていても対処出来た筈だ」

 

 なるほど、と全員がその説を理解し、納得した。

 ならばこの泉ヶ仙珱嗄は、決して勝てない無敵の存在ではない。自分達が力を合わせて戦えば、どうにか出来る可能性は低くない。

 

 とはいえ十六夜は、この事実すら安心院なじみからすれば承知の上でのことなのだろうと思い、苦々し気に笑みを浮かべる。何処まで計算通りだ、あの人外は、なんて心の中で不満を漏らした。

 

「『なるほどね』『じゃあ、僕が珱嗄さんを食い止めよう』」

「……出来んのか?」

「『うん』『まぁ任せてよ』『一秒でいいから隙を作ってくれるかな』」

「……了解だ、じゃあトドメは俺が決める。幾分落ちると言っても珱嗄相手だ、全力の一撃でいく」

 

 すると今度は球磨川禊が不敵に笑って螺子を構えて自分がどうにかすると言い放つ。先程までの様子からジト目でソレを疑った十六夜だが、球磨川にも手があると思ってそれを受け入れる。

 ともかく珱嗄をどうにかしない限りはどうにもならないのだ。封時結界のおかげで異世界の力を観測されることもないし、周囲に被害も出ない今、遠慮はいらない。

 

 作戦会議を悠々と待ってくれる珱嗄が、あくびをし出したところで、十六夜達の準備が整う。それを理解したのだろう、珱嗄もゆらりと笑って手首を揺らした。

 

「作戦会議は終わったか?」

「ああ、待たせて悪かったな」

「良いよ、よく知らんが中々ない状況だしな。楽しませてくれ」

 

 そして再度戦いが始まる。

 十六夜と珱嗄が肉薄して衝突する。ヴィヴィオが魔力弾を放つことで援護射撃をし、その合間を縫って黒瀬が珱嗄の死角から攻撃を仕掛ける。

 その全てに対応する珱嗄はやはり強敵だが、それでも戦いにはなっている。本気を出せない珱嗄を相手に、十六夜達は善戦していた。

 

「『さて……』『それじゃあ僕も頑張るとしよう』」

 

 そんな戦いを見ながら、"マイナス螺子"を構える球磨川禊を置いて。

 

 

 




この裏で珱嗄となじみがキスしてます。





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第六十三話 お布団

本日二度目の更新です。
まだの方は前話より読んでください!


 珱嗄との戦いは激化していく。

 唯一身体能力で肉薄出来る十六夜を中心として、ヴィヴィオとクロゼがそれを援護する形での戦い。流石に全力が存在しない劣化珱嗄からしても、かつての世界で共に戦った者達―――しかもその身には自分が命を落とすまでに培った経験と力が全て宿っている者達とやりあうのは、少々厄介だったらしい。

 十六夜の拳を受け流す最中にクロゼの攻撃が介入し、それに対応しようとすればヴィヴィオの正確な援護射撃が襲い掛かってくる。

 

 響達の連携とはレベルが違う。本当の意味で呼吸一つ置かない攻撃が連続して続くのだ。全員がその未知の達人レベルに達した実力者だからこそ、お互いの動きを読み合い、お互いの攻撃を活かし、正確なタイミングで己の攻撃を入れてくる。

 一人一人の実力が珱嗄に勝らずとも、数人で連携して攻撃し続ければ、いずれは隙を作れる――十六夜達は己が人生で培った全てを費やして動いていた。

 

「―――ッ……! ふっ……!」

「ハァッ! オオオ!!」

「こいつは―――中々―――!」

 

 それでも珱嗄はそれらの攻撃を一人で捌き切っている。時折身体を掠ることもあるが、それでも数分間の攻撃の嵐を超えて無傷。十六夜達が達人というのなら、珱嗄はその上を行く人外だ。史上最高の連携攻撃だとしても、珱嗄はまだ攻撃に対処するだけの実力があった。

 

 だがそれでもかなり集中しているのか、軽口を叩く余裕はないのが分かる。

 十六夜からすれば、それで十分。もう少しで届く距離に、珱嗄の背中がある。それだけで十分燃えていた。

 

「アクセルシュート!!」

「チッ……おらっ!!」

「っと……」

 

 ヴィヴィオの追尾型魔力弾が無数に飛んでくる。躱しても無駄だと悟った珱嗄は反撃に出る。十六夜に回し蹴りを繰り出し、追尾してくる魔力弾を全てスキルで対処した。十六夜はその蹴りを後退することで躱し、体勢を整える。

 

「やっぱり厄介だな、十六夜ちゃんのギフトは」

「ハッ、だろうよ」

 

 珱嗄のスキルはおよそ2000京個もあり、その全てを使えば世界を滅ぼす以上のことが容易くできる。神にだってなれる最強の要因がこのスキルだ。

 だが十六夜のギフト『正体不明(コードアンノウン)』はそういう恩恵を全て破壊する力を持っている。これは上澄みの能力に過ぎない力であるが、その恩恵により十六夜は珱嗄が如何なるスキルで干渉してこようが、その全てを無効化することが出来るのだ。

 

 つまり、珱嗄は十六夜をスキルや恩恵では傷つけることは出来ない。おそらくはスタイルでも倒すことは出来ないだろう。故に身体能力全振りの近接格闘戦を繰り広げるしかなくなっているわけだが。念能力はそもそも体内エネルギーであるオーラを活用した力なので、これは無効化されていないようだが、これも例えば何かを具現化したり、相手に干渉する発を発動した場合は破壊されてしまうだろう。

 

「それに、十六夜ちゃんにはもっと上もあるしな」

「ああ、見たければ見せてやるよ」

「遠慮したいところだけどね」

 

 再度衝突が始まる。

 十六夜にはまだ切り札があった。

 それは『擬似創星図』と呼ばれる概念攻撃である。あらゆる宇宙観、世界には、空間があり、星があり、時間が流れているというテンプレートそのものに力と形を持たせたもの―――あらゆる物語にはこのテンプレートが必要不可欠であり、それがある以上概念的な攻撃では傷一つ付けることの出来ない無効化能力まで備えた必殺の一撃だ。

 

 正真正銘、星を砕く一撃。

 相手の宇宙観すら全てを無視して、消滅させることの出来る力である。

 

 そしてもう一つ。

 

「行くぞ―――珱嗄!!」

 

 十六夜の身体が一瞬発光した、その瞬間珱嗄の身体が大きく後ろへと吹き飛んでいた。

 

「……ッ!」

 

 十六夜の真の奥の手、それは己の体内の第三種星辰粒子体を加速させる事で取得した人体疑似粒子化能力。

 ―――『Override with Another crown』

 簡単に言えば、光速で動き回ることが出来る能力である。詳しくは省くが、かつての箱庭の世界で十六夜が修羅神仏達と戦う中で開花させた恩恵だ。

 

 今の十六夜は、最早武の原点であり頂点でもあった神の化身ですら圧倒する。

 

「全く、本当に厄介な奴だ」

「うぐぁッ!!」

 

 だが珱嗄はその十六夜相手であっても、一度の敗北も許さなかった男である。二度目の十六夜の拳をその手で受け止め、その勢いのまま地面へと叩きつけた。

 光速で動き回る、確かに凄まじい力だ。十六夜の他の能力も合わされば、最早最強無敵の存在となるだろう。

 

 だが珱嗄はその限界知らずの身体能力を以って光速を超えた動きを可能としている。地球が太陽に飲まれ、なじみと共に宇宙で生きるようになってから、珱嗄は宇宙を自由自在に動き回っていたのだ。光速など、当の昔に超えている。

 

「掛かってきなよ、その程度じゃまだまだだ」

「ハッ、上等……!」

 

 かつての若き十六夜はこの力を使いこなすことが難しかった。使えば三日間は貧血状態になったし、正真正銘最後の切り札だったのだ。

 だが大人になり、老いていくなかで、十六夜は強くなっていった。この力を自在に使いこなし、三日間のクールタイムも段々と短くなり、応じてその肉体は強く成長していった。

 

 そして今の十六夜は、全盛期の肉体でその力を振るっているのだ。

 

「ッ!?」

「ラァッ!!!」

 

 切り替えるように、一瞬だけ全力で加速することで珱嗄の速度を超えた十六夜は、驚愕した珱嗄の顔に拳を当てる。鈍い音と共に珱嗄は殴り飛ばされ、地面へと背を付けた。

 恐るべきは十六夜の強さだろう。一瞬とはいえ、珱嗄の身体能力を超えたのだから。

 

 珱嗄はすぐさま体勢を立て直すが、十六夜はすぐ目の前に迫っている。

 

「くっ……!?」

「ハ―――ァァァ!!!」

「がふっ……!」

 

 立て続けに放たれる十六夜の拳を躱すも、躱しきれない拳が珱嗄の腹へと叩きこまれた。今度は直撃、珱嗄の身体にもかなり重いダメージが入るのが分かる。

 反撃に珱嗄も十六夜の胸倉を掴んで投げ飛ばすが、空中で体勢を立て直して着地された。全力を出せない珱嗄からすれば、なじみが知っている限りの珱嗄の実力では、十六夜のこの強さを超えた強さにはなれない。

 

 だが、それでも対等に戦えるだけの力を備えているあたり珱嗄の強さも桁外れには違いない。

 

「やるじゃないか十六夜ちゃん……知らない間に強くなったね」

「ハッ……てめぇが弱いだけだ……胸糞悪ィな」

 

 珱嗄の言葉に、真の意味で珱嗄を超えたわけではないことを知っている十六夜は、つまらなそうにそう言い放つ。

 だが珱嗄は楽しくなってきたのか、今度は本腰を入れて立った。ヴィヴィオもクロゼもしっかり警戒した上で、それでも珱嗄は十六夜に向き合う。

 

 そして再度衝突しようとしたその瞬間――珱嗄の身体をマイナス螺子が貫いた。

 

「ッ!?」

「……僕の始まりの過負荷(マイナス)……『却本作り(ブックメーカー)』だよ」

 

 括弧付けた話し方ではなく、自分の本音で言葉を放つ球磨川禊が背後にいた。

 珱嗄の髪色が白くなっていく。

 球磨川禊が本来持っていた最悪の過負荷(マイナス)、『却本作り(ブックメーカー)』。それは最弱であり絶対敗者である球磨川禊と、螺子で貫いた相手を全く同じにする力。

 

 誰よりも敗者(マイナス)で、誰より可哀想(マイナス)で、誰より不幸(マイナス)で、誰より負完全(マイナス)な球磨川禊と何もかもが同じなる。

 

 そんなスキル。かつて安心院なじみですらこのスキルによって封印され、自由に動くことが出来なくなっていたほどの、そんな最凶のスキルだった。

 

「この場にいる全員が、珱嗄さんと同じように強く、主役を張れる英傑ばかり」

「……球磨川君」

「だから十六夜君達の輝きで僕の存在を見失った……けど、僕は知っている」

 

 球磨川禊と同じステータスへと落ちた珱嗄、その心の在り方まで球磨川禊と同じになることで相手の心を折ることが本質のスキルだが、今の球磨川の心ではその効果は期待できないだろう。

 だがそれでも、珱嗄に唯一残されていた身体能力という強大な力を奪うことには成功していた。

 

 球磨川禊は言う。

 

「珱嗄さんと安心院さんが証明してくれたんだ。嫌われ者でも、憎まれっ子でも、やられ役でも、主役を張れるって」

 

 かつて珱嗄となじみによって人生唯一の勝利を手にした球磨川禊は知っている。どんなに弱くてちっぽけな存在でも、活躍していい。主役を食っても良い。それが己の本懐であるのなら、貫いていいということを。

 

 珱嗄が前を向けば、十六夜がその手に光の柱を生み出していた。

 

「……なるほどね」

「僕達の勝ちだよ、珱嗄さん」

 

 球磨川禊はもう勝利することはない。

 だが、皆と一緒なら勝てる。一人じゃできないことも、皆と一緒ならやり遂げられる。足を引っ張るかもしれない、一人じゃ負けるかもしれない、それでも精一杯を尽くせば何かを変えられるかもしれない。

 

 頑張ったら、あの誰からも愛される生徒会長に勝つことが出来たのだから。

 

 十六夜が光の柱を掲げて珱嗄へと迫る。

 最早球磨川と同じステータスになった珱嗄にそれを避ける方法はない。

 

「これもまた――面白い、だ」

 

 そんな珱嗄の言葉と共に、珱嗄は光の柱に貫かれた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方その頃風鳴本邸では、珱嗄にノックアウトさせられた安心院なじみと原因である珱嗄が久々の再会に、親睦を深めていた。

 

 主に、安心院なじみの欲求不満が爆発していた。

 

「あー、あー、珱嗄ぁー……あー、やばい、あー、ちょっとやばいかも、あー……」

「そこでもぞもぞしないでくれる?」

 

 本邸のある場所へ続く階段の最上段に腰掛けた珱嗄の膝枕にうつぶせで横たわり、あまつさえその両手で珱嗄の腰に抱き着いている安心院なじみ。あーあー、と何やら限界化した声を上げながらクンカクンカと珱嗄のニオイを嗅いでは、やばいやばいとぶつぶつ言っている。

 完全に甘えたモードに入った安心院なじみが、そこにいた。

 これが三兆年を二度過ごした人外の姿である。

 

 珱嗄も流石に此処まで自分の為に色々手を尽くしてきたなじみを振りほどくことは出来ず、多少の甘えたい欲求も仕方ないと思っているのか、そのまま好きなようにさせていた。

 だが安心院なじみが顔を埋めている場所が股間なので、少々問題のある絵面になっているのが気になった。

 

「あー……珱嗄ぁ、丁度そこに休憩できる場所あるし、ちょっと寄ってかない?」

「風鳴本邸のことか? 国家防衛のための重要拠点をラブホテルみたいに扱うとは、お前も大分ぶっとんだな」

「失礼な、僕だってムラムラすることはある」

「少なくとも今じゃない筈だ、見ろこの光景、人類崩壊の危機だ」

「そうだよね……僕が珱嗄としたいことと、人類の危機、優先すべきがどちらかなんて決まり切っているよね」

「そうだよな、お前は俺と違ってクールな思考をしていたはずだ」

「うん、じゃあお布団いこっか」

「お前シュールギャグ出身だからって何やってもいいと思ってない?」

「はぁ……全く、好きな女一人抱けないの? 無敵の男も夜はチェリー君かい?」

「よく言うよ、そのチェリー君にひんひん言わされてる奴が。ちなみにこの状況二課にモニタリングされてっからな」

「……」

 

 欲求不満大爆発でいろいろ醜態を晒していたなじみは、珱嗄のその言葉で大きく溜息を吐くと、ゆっくり起き上がって座り直す。

 そしてもう一度はぁーと大きく溜息を吐くと、そのままゆっくり頭を抱えるように肩を落とした。

 

「はぁー…………尊い犠牲が増えちゃったね」

「殺す気だよコイツ、俺も共犯のように言ってやがる」

 

 最早安心院なじみのテンションがMAXから降りてこない。

 珱嗄のキスからの愛してる宣言で、大分舞い上がっているらしい。此処までの計画全てを投げ出してイチャイチャしたいですと行動全てから伝わってくるほどに。

 

「で、其処に居るのはなじみの協力者か?」

「……」

 

 そんななじみを放置して珱嗄が声を掛けたのは、本邸の方から出てきた一人の人物。白い髪を長くして、年老いた風貌ながら佇まいからかなりの強者であることが分かる老人。

 

「ああ、忘れてた……彼は風鳴訃堂、風鳴機関総帥だよ。この国の国防の為なら諸々汚い手も取るような老害だけど、僕がちょっとお話したら協力してくれたんだ」

「ふん…………あんなもの、話とは言わぬわ……貴様に協力しなければ日本どころか地球が滅ぶと脅迫されれば手の打ちようがない」

「なるほどね……それであのシェム・ハのユグドラシルシステムを起動させるために風鳴本邸地下の電算室を明け渡したと」

「そういうことだよ」

 

 風鳴訃堂は最初から安心院なじみの傀儡であった。

 本来であればあそこまで遅れを取った二課の状況に、一言二言小言を挟んできてもおかしくはなかった男なのに、それがなかったのは安心院なじみに脅迫されて動けなかったからである。

 そして風鳴機関の力を利用して、安心院なじみの指示に従いアン・ティキ・ティラの歯車やヨナルデ・パズトーリの偶像を蒐集したり、シェムハの封印の解除に尽力したりと、様々な暗躍をしていたのだ。

 

 このユグドラシルシステムが稼働した状況下で行われるゲームに勝つ、そのたった一つの国防手段に賭けて。

 

「なじみ、お前めっちゃ計画立ててたんだな」

「当然だよ、珱嗄の為に頑張ったんだ。褒めてくれていいよ」

「わはは、偉い偉い」

「あは~ん」

 

 珱嗄の言葉を受けて、肩におでこを擦り付けるようにして甘える安心院なじみ。それをはいはいと撫でてやれば、幸せそうに笑っている。

 

「……化け物め」

 

 風鳴訃堂は好きな男の為にプレゼントを用意しました、みたいな感覚で世界を滅ぼす計画を実行する安心院なじみに、心の底から恐怖を感じていた。

 どうしようもなく狂っていると。

 そしてそんな重たすぎる愛を受け入れて笑う珱嗄も、また常識の範疇を超えたところにいる生き物であると。

 

「あー、あー、やばいやばい……やっぱりお布団行く?」

「限界化すな」

 

 それはそうとして、家の前でいちゃつき続ける二人を蹴飛ばしたくなったのは、必死に押し殺した。

 

 




《悲報》 黒幕の安心院なじみさん、シュールギャグに走り出しました。




自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
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また、珱嗄シリーズの更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。

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第六十四話 黙示録の赤き竜

本日三度目の更新です。
まだ読んでいない方は二話前からお読みください!


 シンフォギアとは何なのか、何故愛という不確かな思いに反応するのか、その原因は多分最初から決まっていたのだと思う。きっとこれは願いだ、愛しい人に会いたいという、了子さんの願いの結晶だったんだ。

 だからこそ、シンフォギアを纏う者の想いでギアは強くも弱くもなった。

 私達は弱い、皆が皆何かを抱えてる。私も、色々なことがあって、色々なものがこの手のひらから零れ落ちていった。珱嗄や未来が居なければきっと、何もできなかったくらいに傷ついてきた。

 

 クリスちゃんも、翼さんも、奏さんも、マリアさんたちも、きっとそう。何かに傷ついて、悲しみにもがき苦しみながら戦ってきた。

 

 この世界は物語だという。

 全てはフィクションで、私達は全て物語の中に作られたキャラクターだった。あらゆる設定でしかなくて、あらゆる出来事が物語の起承転結に過ぎない。そんな事実を知った時、私達はきっと皆絶望した。辛い出来事に苦しんできた全部が、ただの設定に過ぎないとされたら、当然の想いだ。

 だとしても―――そう、だとしても、私達の現実はこの世界。

 生きとし生ける全ての命を見放して、戦うことを放棄することには繋がらない。手と手を繋ぐことが出来ると信じた私の心は、設定であっても間違ってないと思うから。

 

「お前達のギアで一体何が出来るというのかな! 脆過ぎるぞ、シンフォギア!」

「くっ―――それでも、諦めなぁい!!!」

 

 パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイスハウプト。

 強い、今まで戦ってきた全ての人よりずっと強い。拳を合わせれば分かる、彼の中にある憎しみと、それ以上に深い愛情が。きっと多くの人に対する慈しみがある、彼の中で確固たる決意がある。

 それが何なのか、私は知りたい。

 

「はぁぁああああ!!!」

「行け響!! まっすぐにだ!!」

 

 駆ける、ギアが私の意思に応えてくれている。

 腰のブースターで加速し、アダムさんに肉薄する。後方からクリスちゃんが援護射撃をしてくれていることが、背中に深い安心感を齎してくれた。

 一直線に拳を振るう、アダムさんは私の拳を半身になるようにして躱し、そのまま一回転して蹴りを繰り出してくる。けれどその蹴りを私の一歩後ろからやってきていた師匠が蹴り上げ、体勢を崩したアダムさんに拳を叩きこんだ。

 

「チィッ!! ならばこれならどうだ!」

「なっ……!」

 

 アダムさんのハットが投擲される。

 そのハットのつばが鋭い刃物の様な切れ味を持って私と師匠の間へと迫った。師匠とアイコンタクトで互いに拳をぶつけ、反動で身体を離す。ハットが私達の間を通り抜けて、ブーメランのようにアダムさんの手に戻った。

 

「隙ありだ!!」

「食らえ!!」

「甘すぎる、そんな攻撃ではね!!」

 

 距離の離れたアダムさんの後ろから翼さんと奏さんが迫る。撃槍と剣が同時に別方向からアダムさんを挟撃するけれど、アダムさんは上半身を仰け反らせると、倒れた上体の上を通る両方の穂先を掴んで、そのまま更に後方へと投げ飛ばす。

 倒れた上体をそのまま倒し、バク転の要領で着地。

 その瞬間を見逃すことなく私は再度アダムさんに肉薄し、一撃を入れた。その拳はアダムさんの手のひらで受け止められるが、この瞬間を作ることが私の目的。

 

「私達だって!」

「覚悟を以って来てるのデス!!」

 

 拳の衝撃でやや後ろへと後退ったアダムさんの直上から、切歌ちゃんと調ちゃんがユニゾンでの合体攻撃を叩きこむ。おそらく直撃すれば最も殺傷力の高い一撃、これならば―――そう思った瞬間だった。

 

「ガッ!?」

「がふっ……!!」

「デッ……!?」

 

 彼は私の拳を引き寄せて鳩尾に肘鉄を入れてきた。

 そのまま私を上空へと投げ飛ばし、二人の身体にぶつけることで攻撃をキャンセルさせる。重たい攻撃に私の呼吸が一瞬止まり、ノッキングを引き起こした。

 切歌ちゃんと調ちゃんは私の身体を支えながら体勢を立て直し、地面へと着地してくれたけれど、地面に足を付けた瞬間少しふらついた。

 

 強い、迷いも焦りもない、単純な自力の差を思い知らされる。

 

 ならば無理を通すしかない。

 私の意思を汲み取ったからだろう、翼さん達もアイコンタクトで意思疎通を完了させた。

 

「そんなものか、シンフォギア……勝ることなど出来ないぞ、そんな程度では!! 全力を振り絞ってこい!!」

「言われなくとも―――抜剣!!」

 

 球磨川さんの力で元に戻ったイグナイトモードを起動、全員がそのギアを漆黒の物へと変化させた。暴走出力、けれどこれでもおそらくは勝てない。

 故にやるべきことは一つ、更に力を束ねるしかない。クリスちゃんとやったアレの応用を、今度は全員で――!!

 

 これは此処に来る前に了子さんとウェル博士によって提示された賭けの一つだ。

 私の束ねる力を利用してギアを強化リビルドする!!

 

「師匠!!!」

「任せろ―――ここで俺がきっちり時間を稼いでやる!!」

 

 失敗すれば全員戦闘不能、けれどこの賭けに乗るしかないことはもう誰もが理解している。元々無茶苦茶な人が相手なんだ、こちらも無茶苦茶するしかない。奇跡でもなんでも、道理をひっくり返してでも、私達は全ての奇跡を掴み取って貫き通すしかない。

 

 イグナイトモードでの、絶唱を束ねてみせる!!

 

「全員のフォニックゲインを私が束ねて――」

「私のアガートラームでエネルギーを調整、全員に再配置します!!」

 

 セレナさんのアガートラームと私のガングニールで行う高密度のフォニックゲインを使ったギア強化。しかもイグナイトモードでのそれは正真正銘大博打だ。

 けれど、バラルの呪詛が消えた今、私達は自由に繋がることが出来る筈だと了子さんは言った。

 

 ならば信じて成功させる―――シンフォギアのエクスドライブ!!

 

 ―――♪……Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 ―――Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 ―――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 ―――Emustolronzen fine el zizzl……♪

 

 全員での絶唱、更にそれをユニゾン、イグナイトの暴走出力で最大級のエネルギーを生み出し、更にそれを私の力で束ね、アガートラームの力で再配置する。

 ウェル博士が以前言っていたらしい。

 イグナイトモードの正反対。暴走ではなく、純粋な高密度のフォニックゲインを生み出すことで、シンフォギアはイグナイトとは別の進化が可能であるはずだと。

 

 それがエクスドライブ。

 

 私の束ねる力を見て了子さん達が考えた、シンフォギアの新たな決戦機能。

 

「ぐ……ぐぐ………ぅぅぅぅ!!!!」

 

 八人分の絶唱負荷が私に一挙に押し寄せる。けれど、負けられない。私の想いは、私が夢見たことの輝きは、こんな逆境になんて負けやしない。束ねろ、バラルの呪詛が無くなった今、私達は正しく手を取りあえるはずなのだから。

 

「頑張れ、響!! アタシが付いてる!」

「そうだ、一人じゃないぞ!」

 

 クリスちゃんが私の肩を支え、奏さんも、私に声を掛けてくれる。

 

「立花ッ……私もだ、己の心の弱さでお前を受け入れることが出来なかった……本当にすまなかった! だが、許してもらえるのなら―――今度こそ共に!!」

「翼、さん……!!」

 

 そして、翼さんも。

 けして分かり合えず、手を取り合うことが出来ず、ずっと心の壁があったけれど、ようやく今、同じ方向を向くことが出来ている。認めてくれるんですか、私を。

 

 力が湧いてくる。

 

「何を――絆であれば、私達とて負けていない!!」

「そうデス!! そっちに負けないくらいの私達家族の力!!」

「強い絆と絆を合わせればもっと強く出来ると、私達も信じてる!」

「響さん、私達も貴女の手を取らせてください!」

 

 マリアさん達も、私の夢を信じて、その力を預けてくれようとしている。

 絆で繋がった家族――なんて温かい、本当に頼もしい。

 

 お互いのことなんて殆ど知らない。でもその繋がりがきっととても強い力に変わると信じている。本当に、本当に、私はもう一人じゃないらしい。

 

「はあああああああああああ!!!!!」

 

 もうなんだって出来る気がした。

 そして、高密度のフォニックゲインが光となり私達を包み込む。身体に押し寄せていた負荷が全て消えていき、代わりに身体の奥底から溢れてくる力の奔流が私達の身体を包み込んでいくのが分かった。

 

「ハッ……それがお前達の力か!!!」

 

 アダムさんの言葉に応えるように、私達は光の中から飛び出していく。

 

 

「エクスドライブ――――シンフォギアぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 飛ぶ、私達のギアは飛行能力を備えていた。光を纏い、形状の変わったシンフォギアは私達の意思をそのまま形に変えて動いてくれる。

 師匠の攻撃をいなすアダムさんが、私達を見上げて笑っていた。

 

「ハハハッ!! ……だが、時間切れだ!」

「!?」

 

 瞬間、ユグドラシルの建造物が地面に向かって大きな音を立てて下がっていく。

 赤い静脈のような模様が光り、何かが始まったことを理解した。

 

「まさか! シェム・ハさんが!?」

「その通りだ、星の改造が始まるぞ――さぁどうする!!」

 

 アダムさんの目は私達を試しているようだった。

 この人を突破していくには時間が掛かる――どうする!? どうすれば!!

 

「くっ!」

「立ち止まるな立花!! やるべきことは変わらない、時間がないというのなら――最速でこの苦境を突破するのみ!!」

「そうだ! エクスドライブを成功させたんだ、今更怯んでどうする!!」

 

 一瞬逡巡した私に喝を入れるように翼さんと奏さんがアダムさんへと向かっていく。クリスちゃんも上空からミサイルを構えて、マリアさん達も私に視線を送りながらそれに続いた。

 そうだ、やるべきことは変わらない。戦うしかないんだ、手遅れになる前に走るしかない。

 

「ならば僕も見せよう、真の姿をね!! 見せたくはなかったけどね、出来ることなら!!」

「うわぁぁあ!!?」

「くぅぅぅ!!?」

 

 けれどそんな私達の意思を覆すように、アダムさんの姿が変わる。巨大な異形の姿へと変わっていき、その威圧感が増す。エクスドライブ状態の今ですら簡単には突破できない壁として立ち塞がってきた。

 まさかまだ上があるだなんて、これ以上どうしたら。

 

 そう考えた瞬間、この場にいなかった別の人物の声が響いた。

 

 

「―――ここは私に任せて、先にいきなさい」

 

 

 それは金色の髪を靡かせて、金色の瞳を鋭く細めた女性だった。

 その手には完全聖遺物『ソロモンの杖』を持っており、もう片手には見覚えのあるトランクケースを持っている。

 

「了子さん!?」

「了子君!?」

「弦十郎君、私にネフシュタンを!」

「!」

 

 その正体は、フィーネの姿をした了子さんだった。

 了子さんは師匠の身に纏っていたネフシュタンを受け取ると、それを纏って戦闘態勢を整える。異形と化したアダムさんを打倒する手があるというのだろうか。

 

 迷っている私を見かねて、了子さんは強い声で言った。

 

「早く行きなさい! 大丈夫、私の作ったシンフォギアと―――胸の歌を信じなさい!」

 

 その言葉には強い意思が込められたいた。

 バラルの呪詛が解かれたからだろう、私達は今まで以上に自分の心で通じ合うことが出来ている。だから分かる了子さんの心の中には、決意と覚悟があることが。

 

 皆もそれが分かったのだろう、苦々しい顔を浮かべてから、一斉にユグドラシルにいるはずのシェム・ハさんの下へと飛んでいく。

 私はそんな皆に少し遅れて、その背を追いかけた。最後に見た了子さんの顔は、とても優しい愛に満ちた笑顔だった。

 

 涙が出そうなほどに。

 

 

 ◇

 

 

「……久しいな、フィーネ」

「そうだな、アダム・ヴァイスハウプト……まさか最後の最後でお前とまた戦う羽目になるとは、私も思っていなかったよ」

「フフフ……ハハハハハハハ!! そうだな、数奇な運命もあったものだ」

 

 バラルの呪詛が無くなった今、フィーネもアダムも、此処で戦う理由はない。

 お互いにお互いが憎しみで動いていないことを理解しているからだ。統一言語ではない、お互いの気持ちを汲み取ろうという意思が二人の間を繋いでいる。

 アダムもフィーネも、互いにアヌンナキに対して深い悲しみと怒りを覚え、長きこの時を生きてきた。奇しくも、互いに愛を知って、愛の為に生きてきた二人だ。

 

 だがだからこそ、その愛の為には貫き通さなければならないことがあると理解している。

 

 アダムの持つ異形の真の姿は、完全な人類として生み出されただけあって、膨大なエネルギーを秘めている。そこに対抗するためには、フィーネも同じだけの力でもって対抗するしかない。

 しかしカ・ディンギルは限界稼働のせいで最早使い物にならない。

 

「問おうフィーネ、何のために戦うのかと」

「……愛しいあの人が私を捨てたのではないことが分かった。寧ろ、私達を守るために戦っていたことを知ることが出来た……私の心に燻っていたどす黒い怨念も憎悪も、今はもうどうでもいい」

「ならば何故?」

「あの人が守ろうとした人類を―――私が見捨てられるものか」

 

 月を感情のままに破壊し、バラルの呪詛を解除してしまった。

 かの愛しい人、アヌンナキのエンキが命をとして人類を守るシステムを起動させたのに、それを自分が破壊してしまった。フィーネはその罪を重く受け止めていたのだ。

 

 愛する人が守ろうとした人類、それを自身が守ることに、何の躊躇いがあるのか。

 

 長い間、痛みだけが人を繋げる唯一のものだと思って生きてきた。それは自分が愛しい人から唯一与えられたものだと思っていたから。けれど違った、その痛みは愛ゆえの希望だったのだ。

 ならばこそ、フィーネもまた愛こそが人を繋ぐ希望だと信じられる。

 

「いくぞアダム・ヴァイスハウプト―――長きにわたる私達の戦いを終わらせよう」

 

 ソロモンの杖が輝き、大量のノイズが生まれる。

 トランクケースから光り輝くデュランダルが姿を見せる。

 そして、身に纏ったネフシュタンの鎧がフィーネの身体に融合していく。

 

「っはぁ……私も全力を尽くそう」

 

 最後に自身が開発した『Elixir』を飲み干すと、己自身に大量のノイズを殺到させた。聖遺物との融合速度を『Elixir』によって促進させ、ネフシュタンと融合したフィーネの無限の再生能力で更にソロモンの杖と融合――そのコマンドワードによってノイズの身体を掛け合わせて生み出された巨大な形。

 

 まさに黙示録の赤き竜が、そこに生み出されていた。

 

「これほどとは―――フィーネ貴様、死ぬ気か? 此処で!」

「私もお前も、先史文明期に生まれた過去の遺物……私はこの先の未来を、あの子たちが紡ぐ希望に託す……!! 此処で私と共に消えて貰うぞ、アダム・ヴァイスハウプト!!」

 

 アヌンナキによって生み出された完全なる人類と、アヌンナキによって生み出された弱い人類の巫女―――どちらが人類として正しいのか、そんなことはどうでもいい。

 

 互いに愛を知って数千年を生きてきた二人の終着点が、此処にある。

 

 

 




最終決戦も終盤ですね……。



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第六十五話 一匹の蟻

 アダムとフィーネとの戦いが始まった後、響達装者は全員でシェム・ハの下へと赴いてきていた。無数のユグドラシルの樹がゆっくりと地球隔壁の奥へと向かう中で、星の改造へと着々と準備を進めていたシェム・ハ。

 やってきた響達を見て、ハ、と短く笑い声をあげる。

 アダム・ヴァイスハウプトの障害を乗り越えてやってくるかどうか、それは装者についてよく知りもしないシェム・ハにとっては定かではなかったが、それでも超えてきたこと自体は称賛に値すると感じていた。

 

 アダムはそもそも彼女達が改造の末に作り上げた原初の人類だ。その性能と能力は全て把握している。シンフォギアがいかなる武装であろうとも、アヌンナキをして完璧とされたアダムを超えてくるというのは、中々どうして偉業といえた。

 

「誉めてやろう、我が袂まで辿り着くとはな」

「貴女を止めます」

「ハ、そうは言っても既に惑星改造の準備は最終段階まで進んでいる。バラルの呪詛が破壊され、人類が再び繋がれるようになった今……そのネットワークは我が手によって支配できる……シンフォギアが如何なる代物であろうと、我が支配から逃れることは不可能だ」

 

 シェム・ハが不敵な笑みを浮かべながら説明する。

 

 そもそもこの惑星改造のためのユグドラシルという装置を動かすために、人類は脳の進化に重きを置いた改造を施され、その過程でシェム・ハの因子を組み込まれた生き物だ。統一言語によって世界と繋がることが出来る人類は、いわば生体ネットワークで繋がった一つの巨大な脳。

 シェム・ハはその生体ネットワークでの演算能力を利用することで、ユグドラシルシステムを稼働、操作することを可能にしたのだ。

 

 かつてアヌンナキであるエンキがバラルの呪詛で人を引き裂いた理由は、その生体ネットワークの機能を封印する必要があったからなのだと。

 

「お前達がシンフォギアを纏っていようと、我が改造によって施されたネットワークから逃れることは不可能だ」

「なっ……!」

「それでも戦えるというのであれば―――やってみせよ」

 

 シェム・ハの言葉に応じるように、改造を施された大量の異形が姿を見せる。多勢に無勢と言わんばかりのその数に、響達はそれでも己が拳を握りしめた。

 8人もの絶唱エネルギーを万全の状態で束ねたエクスドライブ、その力は既にシンフォギアの機能を全て引き出している。今更その程度の雑兵であれば、大した障害にはなりえない。

 

 戦いが始まる。

 

 クリスの面による制圧攻撃によって大多数を減らした異形を突破して、響と奏と翼がシェム・ハへと接近。マリア達が数を減らした異形を殲滅しながら、その道を開いた。

 

「だとしても、だとしてもぉぉぉ!!! 何一つ手が無くたって、私達が戦うことを止めると思うなぁ!!!」

「ハッ! それは自暴自棄というものだ――お前達が束になって掛かってきたとしても、神の力を超えられるとは、思い上がってくれるな!!」

 

 響の拳を受け流し、奏の横薙ぎを躱し、翼の手元を抑えることで剣を止める。シェム・ハはかつてエンキを殺したが、同時に自身も相打ちによって死を迎えた。その肉体は滅び、封印された時点で現在はミイラとなっていた。

 だが安心院なじみはその不可逆を覆して、彼女本来の肉体にて彼女を蘇らせることに成功している。つまり彼女は、かつてのシェム・ハそのままの肉体と力を行使することが出来るのだ。

 

 その肉体性能はアダムの肉体性能を超え、秘められたエネルギーも能力も桁外れ。ましてやヨナルデ・パズトーリと同様、埒外の能力により不死身の力も保有しているのだ。シンフォギアのエクスドライブを以っても、肉薄するのが精一杯なのが現状である。

 

「この時代、この世界の痛みを消し去り、我が見るのはこの先の未来!! 一つに繋がることで手に入れる誰も痛みを感じることのない世界だ!!」

「そんなことしなくたって、人と人は手を取り合うことが出来る筈! 私は今まで全部取り零してきたけれど、今からだって! それを拾い直すことが出来ると信じてる!!」

 

 家族も、友達も、仲間も、先輩も、師匠も、幼馴染も、一度はその期待に応えることが出来ずにがっかりさせた。中にはバラバラになって離れてしまったものもある。

 けれど立花響は、それでももう一度その絆を繋ぎ直してきた。きっと本来の史実であれば一つ一つ乗り越えていったであろう絶望を一挙に受けて、それでも尚立ち上がることが出来たのだ。

 

 それは立花響の心の強さ。

 

 諦めない、未来への希望を紡いだ輝き。

 今更どんな絶望を前にしたところで、響は取り零すことを恐れない。取り零して尚、その全てを拾い上げて進むと決めている。

 

 歌を響かせて、シェム・ハに肉薄する。

 連撃にてシェム・ハを攻撃するが、その全てをシェム・ハは紙一重で躱しきり、逆にシェム・ハの攻撃も響はギリギリのラインで対処する。彼女の師匠は三人、珱嗄と弦十郎とヴィヴィオ、その全ての教えで培われた経験が今生きていた。

 ノイズでもない、巨大な敵でもない、人の形をした個人が相手。

 それは立花響が修行の中で最も想定していた敵の形である。

 

「はぁぁああああ!!」

「くっ……!」

 

 そんな彼女の攻撃には無駄がない。

 回し蹴りをしゃがんで躱せば、腰のブースターで空中姿勢制御をしながら軸足で前蹴りを繰り出してくる響に、シェム・ハは躱しはするものの冷や汗をかく。恐ろしく鋭い連続攻撃、どんな姿勢からでも攻撃を繰り出してくる自由自在な姿勢制御能力、そしてなによりガングニールというヨナルデ・パズトーリを打倒した神殺しの力。最も相性の悪い相手が最も手ごわい戦い方をしてくる。

 しかも、敵は響一人だけではない。

 左右から、背後から、後方から、響の攻撃を中心として援護する者達もいるのだ。ツヴァイウィングの連携は久々であるにも関わらず巧みで、響の作った隙を見逃さずに突いてくる。剣も槍も、形を様々に変えて迫るもの故に、同じ対処でどうにかなるわけでもない。

 

 もっと言えば、奏の纏うそれもガングニールなのだ。拳ならまだ対処のしようもあるが、槍という分かりやすい武器が相手となると、神殺しの性能は格段に危険度を増す。

 

「小賢しい!!!」

「うぐぁあッ!?」

「あぐっ!!」

「うぁあああ!!」

 

 付かず離れず攻撃を仕掛けてくる三人に痺れを切らしたシェム・ハは、そのエネルギーを放射することで三人を吹き飛ばす。アヌンナキとしての肉体にはほぼ無尽蔵のエネルギーが秘められている。ただのエネルギー放射だけでも、相当な威力を持っていた。

 エクスドライブ状態でなければかなり重いダメージだっただろうと思い、シェム・ハの底知れない力に息を飲む。

 

 それでも拳を握りしめて再度近づこうとした瞬間―――変化は起こった。

 

「戯れは此処までだ……バラルの呪詛が消えた今、人類に仕組んだ命と力を全て束ね、一にして全のシェム・ハによって凌辱してくれる」

 

 響と奏以外の全員がその動きを止めたのだ。

 シェム・ハの言葉を信じるのなら、神殺しの性質を持つガングニールを纏っているからかと思ったが、同じガングニールを纏うマリアまでが動きを止めている。ガングニールには等しく神殺しが宿っているわけではないのか、マリアがLiNKERによる装者故にその力を引き出せていないのか、分からない。

 けれど戦況が崩れたのは確か。

 響と奏の二人だけでアヌンナキとしての力を十全に発揮できるシェム・ハを崩すことは難しかった。

 

 全世界の人類がバラルの呪詛が破壊されて繋がっている今、シェム・ハはそのネットワークに干渉して改造を開始する。

 

「このままじゃ……!!」

「クッ……!!」

 

 焦りを募らせる響と、歯噛みする奏。

 

「ゲームオーバーだな、シンフォギア―――ガッ!?」

 

 残酷にもゲームオーバーを告げるシェム・ハ。

 だがその次の瞬間、そのシェム・ハの背後から紫色の閃光がその身を焼いた。その腕に身に付けていたアーマーの様な腕輪を破壊し、シェム・ハの身に集まろうとしていた人類の力が霧散する。

 突然のダメージになにが、と思ったシェム・ハが視線を向けた先――そこには、紫色のシンフォギアを身に纏った少女がいた。

 

 鏡をアームドギアに、周囲に紫色の光を携えて。

 

「その魔を払う光……『神獣鏡(シェンショウジン)』か……!」

 

 響はその姿を見て驚愕に目を見開く。

 彼女が此処にいることそのものが、響にとっては信じられない事実だったからだ。身に纏っているギアは何処で手に入れたものなのか、一体どうしてここに来たのか、その理由が一切理解出来ていない。

 

 だが確かに彼女は――小日向未来は、ここにいた。

 

「未来!!」

「響―――もう私も逃げないよ、私も響と一緒に戦わせて!」

「……! ……うん!!」

 

 バラルの呪詛が消えたことは残酷だ。

 危険だから逃げて欲しいという響の想いも、何があっても響と共にいるという未来の決意も、言葉を交わすだけで伝わってくる。響は、最早何を言っても未来の意思を曲げることが出来ないことを理解した。

 そして己をそこまで思ってくれる未来の心に、歓喜している自分を理解した。

 

 だがシェム・ハは疑問だった。

 

 確かに魔を払う輝きを持つ神獣鏡のギアを纏っているとはいえ、先のネットワーク干渉からは逃れられない筈。

 その干渉から逃れて自身に一撃を入れることが出来たその原因とはなんだ? それに、この場所へ辿り着くためにはアダムとフィーネの戦いを超え、配置しておいた異形の障害を越えてくる必要がある。

 エクスドライブでもない状態で、たった一人の力で此処まで来たにしてはあまりに早すぎる。

 

「貴様……どうやって此処に……!?」

 

 だが、それこそが珱嗄の仕組んだ策の一つだった。

 安心院なじみの策は緻密で、何千年以上も前から仕組まれていた打ち崩すことの出来ない策である。それを打ち崩すためには、珱嗄もまた密かに策を張り巡らせる必要があった。

 故に球磨川禊からの干渉を元手に、異世界人を仲間に引き込んだ。

 そしてヴィヴィオから響と未来を保護していること、クロゼからF.I.S.で管理している聖遺物の中に『神獣鏡』があること、十六夜から『神獣鏡』の詳細を、それぞれ教えてもらった段階でソレを活用することを考えていた。

 

 そして、ヴィヴィオが匿っていた未来に『神獣鏡』を与えたのだ。珱嗄のスキルでシンフォギアのペンダントへと形を変え、未来の『神獣鏡』に対する適合係数を引き上げるためにその身体にスキルで多少の細工を施していたのである。

 故に今の未来は一時的に――人類の中で最も『神獣鏡』の適正を持つ人間となっていた。

 この戦いが終われば、その適正は元に戻るだろうが、元々装者ではない未来にとってはそれで十分。

 

「でも未来、どうして……」

「うん……これは、珱嗄のおかげ」

 

 響達の傍に降り立った未来に、響がシェム・ハと同様の疑問を投げかけるが、未来は思い出すように珱嗄のおかげだと述べる。

 先のネットワーク干渉に未来が囚われなかったのは、先に珱嗄による肉体干渉を受けていたからだ。シェム・ハの干渉で肉体の支配を得られないほど、珱嗄の力が強かったということである。

 

「だがその力はあくまでシンフォギア! 此処へ辿り着けるはずが……!」

「―――そこはまぁ、ボクの協力があれば問題なかったよ」

 

 動揺するシェム・ハの言葉を遮るように、未来がやってきた方向からまた別の声が聞こえてきた。呑気な声で話しながら、その手に持っていた異形の生物を千切って捨てる。

 

「珱嗄はこういう状況を読んで、ボクをその子の護衛に付けたんだ。元護衛軍としては、こういう役割はお手の物だけどね」

 

 そう言って姿を現したのは、癖のある白髪に猫耳を生やした人間とは言えない見た目の女? だった。足の関節やその見た目から一瞬オートスコアラーかと思ったが、確実に生物としての命がある。

 人類ではない、けれど人類と同じ知能を持っている別種の生物。

 

「昔珱嗄と一緒に旅していた時、正体を隠さないといけなかったからね。こっちで目を覚ましてからはずっと念の応用で猫の姿になって存在を隠してたけど……ようやく自由に動けるようになったよ」

「猫……だと?」

「偶然だったけど……おかげで安心院なじみにも知られない異世界人として、珱嗄と接触出来た。まぁ、ボクは人じゃなくて蟻だけどね」

 

 そう、彼女はかの安心院なじみもその存在を知ることがなかった異世界の存在。かつて珱嗄が最強ではなかった頃、珱嗄と共に長い時を旅した蟻の一匹。珱嗄が最強になっていく過程で、その傍にいたパートナー。

 

 彼女が小日向未来を守り、この場へと連れてきたのだ。

 

 それが珱嗄が仕組んだ策の一つ。

 

 

「自己紹介しておくね―――ボクの名前はネフェルピトー……よろしくニャン♪」

 

 

 彼女こそ偶然を産物を味方に付けた珱嗄の、逆転の一手である。

 

 




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第六十六話 決着

 突如現れたネフェルピトーを名乗る猫耳の知的生命体。

 彼女は聖遺物や錬金術といった異端技術を持っているわけではない、にも拘らず、彼女はシェム・ハによって生み出された異形の怪物たちをまるで紙切れを破るかのように千切って捨てる。念能力というこの世界には発現していない、生物の持ちうるエネルギーを活用した力があるからだ。

 しかも彼女自身の肉体性能も人類のそれとは比べ物にならない。爪や牙もあれば、筋肉の構造やその発達した五感すら、全てにおいて人類より格上。シェム・ハも知らぬ地球上唯一の突然変異体―――キメラアントである。

 

 珱嗄は記憶を取り戻した時、オーラの流れから猫に扮した彼女の正体を見抜いた。そしてその正体がなじみにバレていないのならばと、それを利用することを考えたのだ。ネフェルピトーはそもそも人類ではなく、その頭脳が人類のそれを超えて発達した別種の生物。

 故にシェム・ハのネットワーク干渉の対象外だ。

 

「異世界人という存在はどこまでも埒外な……!」

「まぁ、神様だかなんだか知らないけど、ボクに神様がいるとしたら王だけだよ」

「……それで、お前も我の邪魔をすると?」

「それでもいいんだけどー……それじゃオモシロくないよねぇ?」

「何……?」

 

 シェム・ハはネットワークに干渉し、人類の肉体を支配した状態でありながら、その力を収束できずにいる。それをしようとすれば、即座にピトーがシェム・ハの首を掻き切るビジョンが見えていたからだ。一瞬でも隙を見せれば、己の命を奪われる。それが分かっている状態でソレをしようとは思わない。

 だが、ピトー自身は己がシェム・ハをどうにかするのは簡単だと言外に言いながら、それでは面白くないと言う。その口振りはまるで珱嗄のようでもあった。

 

 当然だろう、生まれて間もない時から珱嗄と出会い、その人生の全てを珱嗄と過ごしたのだから。彼女の人生は珱嗄との人生―――その在り方が珱嗄の色に染まるのは極自然のことである。

 

「ではお前は何のために此処にきた?」

「決まってるよ、面白いことをするために来たんだよ」

「どういう意味だ」

「この世界では色々あったね……フィーネ、錬金術師キャロル、パヴァリア光明結社、そしてキミ。珱嗄が記憶を取り戻すタイミングはギリギリだったけど、それでも珱嗄が安心院なじみの策略に対して成し得ようとする結果は、ボクにも容易く想像出来る」

 

 ピトーはとても頭が良い。人類よりも優れた肉体を以った進化を遂げ、念能力を得る時にも見せた高い学習能力を持つ彼女は、その長い人生を終えるまで様々なことを学習し続けた。今や安心院なじみにも勝るほどに、彼女の知能は高いものになっている。

 故に安心院なじみは数千億年にも上る時間で珱嗄を理解したのと同じように、彼女は数百年という短い時間で珱嗄という人間を深く理解したのだ。

 

 その人生において、生き方や価値観、物の見方まで、珱嗄という人間から学び続けることで、彼女は珱嗄を知っている。

 

「ペットは飼い主のどんな姿も見てる、なんて言うよね……まぁ珱嗄が特に秘密もなく明け透けに過ごしてたのもあるけど……ていうかボクペットじゃないし」

「何を言っている?」

「ともかく! ボクが君を殺すのは簡単だよ、でもそれじゃオモシロくないってこと。多分珱嗄が今回求めているのは完全勝利、ハッピーエンド以上の大団円を迎えることだよ」

「大団円……だと……!? 全てが一つになること以上の結末が、どこにあるというのだ!」

「今を打ち砕く革命はいつだって起こるさ。けれど積み重ねてきた今を成長させる革新も選択の一つだってことだよ……現にそれはもう起こってる」

 

 ピトーの言葉に、シェム・ハも、響や奏も、同じように疑問を抱く。

 今この瞬間、シェム・ハがこの場を脱することが出来ればすぐにでも星の改造は始まる。人類の歴史の終わりが目の前にあるというのに、何が大団円に進んでいるというのか理解出来ないのだ。

 けれどピトーの確信めいた言葉には確かな根拠があるようにも思える。

 

「キミたちは気付けないんだね……でもよーく考えれば簡単なことだよ」

「くっ……だがお前が我の邪魔をしないというのならば、結末は既に確定している。神殺しとはいえ、たった三人では我の障害足りえない!」

「ッ!! させない!!」

「くっ、破魔の光か……猪口才な……!!」

 

 ピトーの言っていることは理解できないまま、彼女が邪魔をしないということを理解し、再度改造を始めようとするシェム・ハ。だがそれをさせまいと未来が閃光による攻撃を仕掛けた。

 シェム・ハの身体は聖遺物ではない。だが振るわれるその力は異端技術に相当するものだ。故にシェム・ハの攻撃や防御フィールドを打ち消すことは出来る。その身を傷つけるまでには至らないが、それでもその行動を阻害することには成功していた。

 

 そして響と奏がその隙をついて攻撃を仕掛けるが、シェム・ハはそもそも自身の肉体でこの場にいる。これがもしも他者の肉体を乗っ取って顕現していたのなら、これらの攻撃によって集中力を断たれ、人類のネットワークへの干渉を中断していただろう。

 だが今の彼女にはたった三人の単純な攻撃程度、ネットワークを手中に収めたままに捌くことなど容易い。

 

 響はそんな中、頭の片隅で考えていた。

 

「(――珱嗄の目指す大団円……! そんなものがあるとするのなら、一体それはなに? 既にその結末に向かっているってどういうこと……!)」

 

 響の拳を躱し、奏の槍を逸らし、未来の閃光を自身のエネルギーで相殺する。

 シェム・ハは改造執刀医でありながら、その身体能力で三人の攻撃を捌き切っている。その原因はおそらく未来の『神獣鏡』の輝きが、響と奏にとっても致命的な性質だからだろう。

 魔を払う輝きを持つ鏡。それはつまり聖遺物も殺せる力だということだ。それが彼女たち三人の連携を阻害する要因となっているのだ。

 響と奏が攻撃する時は未来は攻撃できず、未来が攻撃する時は響と奏はシェム・ハに近づけない。故にシェム・ハは一度に捌かなければならない攻撃が少なく済んでいるのだ。

 

 そんな中、未来も考えていた。 

 

「(考えてみれば……今までの戦いの中で、死んだ人が一人もいない……一般人がノイズに殺されることはあっても、二課の人達や響達装者の皆、それに敵だった人たちも全員……! どうして―――……全部、全部珱嗄が"そうなる"ように行動したからだ!)」

 

 フィーネが安心院なじみについて考えだし、二課に協力を願ったのも、珱嗄という存在が明るみになったのが原因だった。

 『F.I.S』は元々敵ではなく、フィーネが二課に協力していることと錬金術師の出現で味方になった。

 キャロルも安心院なじみによって操られていたが、その計画の中で彼女が死ぬことはない。珱嗄が記憶を取り戻しても彼女をどうこうしなかったのは、おそらく手を貸す必要が無かったからだ。

 逆にサンジェルマン達と響達の戦いでは、神の力の暴走も止め、どちらかが命尽き果てる前にその戦いを終わらせた。そしてこの世界に走った惑星級のエネルギーによる被害も死者も、珱嗄の指示を受けた球磨川のスキルによってなかったことにされている。

 

「(まさかその時に今までの被害者も……? ならそれは何のために……まさか!?)」

「考え事とは余裕だな―――『神獣鏡』!」

「ッ! きゃあぁッ!?」

「未来!!」

 

 何かに気が付いた未来に一瞬隙が生まれ、その隙を突いたシェム・ハの攻撃に未来は吹き飛ばされる。響が未来に駆け寄るが、未来はさほどダメージを受けていなかった。

 痛みに耐えながらも身体を起こし、響の手を取って立ち上がる。

 

「響……私分かったの……珱嗄はきっと、この時の為に皆を助けたんだ……」

「皆……?」

「二年前から始まった、ノイズ事件から続く今日までの全ての被害者……この戦いの中で亡くなった全ての人が、きっと今蘇ってる」

「!! それって……!」

「きっと珱嗄は、珱嗄のお母さんが気が付かないようにそれをやった。悲劇を悲劇のまま人々の記憶に残したままに、多くの人の死だけを無かったことにしたんだよ……そしてそれはきっと、この時のため」

 

 未来がシェム・ハに無数の閃光を撃ち放つ。連続して放たれる攻撃をシェム・ハが躱し続ける中で、未来は響に伝える。

 珱嗄がこの時の為に用意した状況の意味を。

 バラルの呪詛が消え、多くの人々が蘇り、そして今この場に人類の意思と力がシェム・ハによって収束しつつある―――この瞬間を、響達が乗り越えるべき現実だと信じて。

 

 これが安心院なじみを欺いたもう一つの珱嗄の策。

 

「響なら、出来るよ」

「未来……」

「響の手は、誰かと繋がるための手……私の太陽であるように、誰かに優しさを差し伸べる勇気を持った、温かい手だから」

「……うん!」

 

 ぎゅっと握られた手のひらを、拳に変えて――立花響はシェム・ハに対峙する。未来の連撃が静止した時、シェム・ハは次なる攻撃が来ないことを疑問に思いながらもネットワークを通じてこの場に全ての意思の力を収束する。

 だが、その瞬間こそが反撃のチャンス。

 

 ―――バラルの呪詛が消えた今、人類と繋がれるのはシェム・ハだけではない。

 

 響の誰かと繋がるという性質から、全人類の生み出すフォニックゲインが響の元へと収束されようとしていた。シェム・ハもそれに気が付き、まさかと驚愕する。

 当然だ。自身が人類と繋がるためのネットワークが利用され、神殺しの拳を持つ響の元にこの星の全てのフォニックゲインが収束されているのだ。

 

 脅威に思わない筈がない。

 

「まさか―――そのようなことが!!」

「―――出来る!! 自信なんてない。だけど私の大事な二人が信じてくれるのなら……やってやれないことはない!!!」

 

 即座に響を消すべく銀色に輝く光を発射するシェム・ハ。我武者羅に放たれたからか、その威力は今までの比ではない。

 けれど響は自身に迫る一撃に対し、臆することなくその拳を構えた。逃げることも、意味もない。今この瞬間の為に、多くの人が戦ってきたのだから。

 

 そっと、響の背を未来が支えた。

 

「断じて消えろ!! シンフォギアァァァァァァ!!!!」

「貫けぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 ガシュン、という音と共に響の腰のブースターが火を噴く。地面を蹴り、拳を振り抜きながら前へと一気に突進した。

 銀の光線と拳がぶつかった瞬間、その光線が響の拳によって砕かれる。

 

 前へ、前へ、前へ―――前へ!!!

 

「ガングニィィィィィィィィル!!!!!」

「こんな馬鹿なことが―――!!!?」

 

 そして、響の橙色の輝く拳がシェム・ハに届き、その肉体を打ち砕く。

 

「な、こんな、ことが……!?」

「はぁ……はぁっ……このゲーム……私達の、勝ちです」

「……ハ、そうだったな……これはゲーム……我が倒されたのなら、確かに、ゲームクリア、というわけか……」

「一つにならなくたって、人は歩み寄って……ちゃんと言葉で繋がれる……」

「それを信じられるとでも……? 現に、この世界には争いが絶えず、悲劇はこの瞬間にも起こっている……」

 

 響の拳に砕かれたシェム・ハの身体は、少しずつ罅が入り、崩れ去ろうしている。

 そこでようやく他の皆の支配が解かれたのか、全員が我を取り戻していた。気付いたら決着がついているという状況に困惑するが、それでも戦いに勝ったということだけは分かる。

 バラルの呪詛がなくなり、今の攻防で響と繋がったことでその意志だけはきちんと胸に残っていた。人と人とが繋がれるということを、今響自身の一撃が証明したのだ。

 

 けれどそれは、バラルの呪詛が無くなっても人類が統一言語を失った状態で歩み寄り、悲劇を失くしていけることの証明にはならない。

 

「なら―――それはお前自身の目で確認することだな」

「!?」

 

 するとその時、シェム・ハと響の目の前に珱嗄が現れた。

 瞬間、シェム・ハの身体が崩れ落ちる前の状態に戻っていく。迫りくる死が覆され、シェム・ハはその事実に驚愕する。

 

「何故、我を……」

「決まってんだろ。信じられないならお前がその目で確かめればいい」

「我の目で……だと?」

「お前を倒した時点で、この世界のストーリーは完結だ。だから、ここからは俺の好きにやらせてもらう」

 

 珱嗄がそう言った瞬間、ユグドラシルが消える。

 

「え」

「はい、じゃあこっからシリアス禁止な」

 

 シェム・ハの動揺の声を無視して周囲の崩壊した景色も全て元に戻り、ユグドラシルシステムの起動によって起こった全ての被害がまるで無かったかのように消え去っていく。

 

「え」

「じゃ、撤収~」

 

 今度はユグドラシルの外で戦っていたアダムとフィーネの困惑の声を無視して、珱嗄が撤収を宣言する。

 

「えええええ!? ちょ、我は」

「あ、お前の言葉によって構造式を書き変える能力はもう使えないから」

 

 我を取り戻して動揺に声を荒げるが背中をぐいぐい押してくる珱嗄から、更に驚愕の事実を伝えられて目を見開くシェム・ハ。確認するとネットワークは存在するのに、そこに干渉出来ないことを理解し、更に動揺する。

 

「わはは、この時の為に色々似合わない裏工作してきたんだ。そろそろフラストレーション溜まってんだわ」

「は、何を言って」

「うるせぇ殺すぞ、歩けムハムハ」

「は、ハイ……あの、ムハムハって呼び方……」

「江公が良いか? 読みもエコーで歌繋がりだし」

「凄い。絶妙に『シェム・ハ』の全パーツ使って漢字にしてる」

「いや未来、今注目すべきはそこじゃないんじゃないかなぁ!?」

 

 結局、珱嗄の有無を言わさない言葉に、かのアヌンナキ、シェム・ハは小動物の様に縮こまって頷くしかなかったのだった。響も未来も、他の装者も、フィーネもアダムも、このやるせない結末に納得がいかない様子だが、それでも珱嗄の圧力には屈することにした。

 あのシェム・ハが赤子のように捻られているのだ。アヌンナキだけに、まさしく触らぬ神に祟りなしである。

 

 ともかく、散々珱嗄を我慢させ、勝手にシリアス展開で進み続けた戦いは、終わった。

 

 そして、この戦いが終わったということがどういうことを意味するのか、響達は想像もしていなかった。泉ヶ仙珱嗄が起こすこの先の展開が、どれほど常識外れなのか。

 話に聞く無敵の男がかつての世界でどんな無茶苦茶をやってきたのか、これから彼女達は知ることになる。

 

 

 

 

 

 




ネコー「なんだボクのあだ名に被ってない?」
エコー「我このあだ名確定なの?」
ネコー「諦めなよ」




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第六十七話 救済と、聞こえてくる終焉の鐘

本日二度目の更新です。
読んでない方は、前話からどうぞ!


「さて、大分大所帯になったところで……状況をきちんと整理しようか」

「……既にこの状況がカオスなんだがな」

 

 戦いが終わり、珱嗄がシェム・ハや他の面々を連れて二課へと戻った時、最早その光景は何処かの映画撮影が終わって全役者が集まり、打ち上げでもしているのかと思うような光景だった。

 なにせ、この場には弦十郎含め二課の面々、小日向未来を含む全装者、先史文明期の巫女であるフィーネ、同時代に作られた最初の人類アダム・ヴァイスハウプト、ナスターシャを始めとする『F.I.S.』、錬金術師キャロルとエルフナイン、何故か破壊されたはずのガリィ達オートスコアラー四体、パヴァリア光明結社の幹部であるサンジェルマン、プレラーティ、カリオストロ、復活したアヌンナキのシェム・ハ、そして安心院なじみと愉快な異世界人たちが一堂に会しているのである。なんならモニター画面にはリモート通話さながら風鳴訃堂まで映っていた。

 

 最早何の集まりだと言わんばかりのカオス空間が出来上がっている。

 

 そんな中、それら全員の前で所謂ゲンドウポーズを取って語り出した珱嗄に、全員が視線を向けて説明を求めていた。

 

「まず、今回の戦いの全ての元凶、そこにいるなじみが原因で此処にいる全員に色々迷惑を掛けて悪かった。俺の為にうん千億年前から暗躍して計画を立てるっていうアホみたいなドメンヘラだから、どうか俺に免じて許してやって欲しい」

「珱嗄、あの、僕メンヘラじゃないんだけど」

「惚れた男の為に惑星滅ぼす計画立てて実行して達成直前までやってのける女はメンヘラだろ。いや、寧ろメンヘラに失礼なレベルだから」

「酷い! 僕珱嗄の為に頑張ったのに!」

「はい、安心院なじみさんにはあとでお仕置きするとして……そんなわけで今回なじみによって諸々大変な思いをした皆には、相応の謝礼をしたいと思う」

 

 珱嗄ぁぁぁ! とうるさいなじみの口に、珱嗄はどこから取り出したかガムテープを貼り付け、打ち合わせでもしていたのか、とても迅速かつスムーズな流れでヴィヴィオが厳重なバインドで縛り、球磨川禊が『却本作り(ブックメーカー)』を手足に刺すという厳重過ぎる拘束をする。

 見ていた全員がうわぁ、と思うほどの拘束っぷりにドン引きしていた。

 安心院なじみはその拘束を受けて不服そうな目をしているが、芋虫状態ではどうしようもない。鼻で大きく溜息を吐いた後、むーむーと唸りながら床を転がっていた。

 

「ん、んん゛っ!! で、謝礼というのは?」

 

 話が進まないと思ったのか、弦十郎が続きを促す。

 すると珱嗄はああ、と頷きながら説明を始めた。

 

「今回の戦いの為に各々辛い思いをさせたみたいだし、その謝罪というわけではないけれど……なじみが関与して失われたものに関しては全て返還させてもらいたい」

「全てだと?」

「その通りだよキャロルちゃん―――全てだ」

 

 珱嗄の言う全て、というのは、何も物に限った話ではない。物理的なものではなく、取り返しのつかないものまで返還するという意味で、全てであった。

 キャロルは今回の戦いにおいて、安心院なじみから父親との平穏な生活を報酬として与えると言われていた。だからこそこの言葉に強く反応したのだろう。

 

 珱嗄はふと立ち上がると、まずはとその指でついーっと空間をなぞった。

 

「キャロルちゃんの身体――それは今まで君が作ってきたホムンクルスの躯体に記憶を転写したものだ。故に長い時間その身体で生きるのは厳しい。だから、君の本来の肉体を返そう」

「なっ……!?」

「そして、コレはなじみが原因で失われたものではないけれど……なじみが報酬として約束した父親との再会と今度平穏に暮らせる環境もきちんと支払わせてもらう。ま、こっちは話が終わったらな」

「……分かった。感謝する……ありがとう」

「ああ、オートスコアラー達を直したのはついでだ。あとなじみに恨みがあればあとで殴ってもいいぞ」

「むーー!?」

「ありがとう!!」

「マスターがあんなにも晴れ晴れとした顔でお礼を言うなんて……」

「地味に恨みが溜まっていたのだろうな」

 

 珱嗄の言葉と同時に、キャロルの肉体が元々のオリジナルの物へと変わったかと思えば、父親の復活と今後の生活環境の保証、更には安心院なじみへの憂さ晴らしまで付いてきた。キャロルはとてもいい笑顔で礼を言い、オートスコアラー達はそんなマスターを見て微笑みを浮かべる。

 たった一人でもこれだけの謝礼を与える姿に、この場にいる全員が正直畏怖の感情を抱く。失われた命すら取り戻す目の前の奇跡に、最早自分たちのやってきたことのちっぽけさを感じていた。

 

 珱嗄は更に謝礼を続ける。

 

「『F.I.S.』の目的はクロゼに聞いた。てことで全人類の中に仕組まれたフィーネの遺伝子を除去しよう。フィーネ自身も、もう今後転生する意味はないだろう?」

「え、ええ……そもそもこの身が死んだとして、次に転生するつもりももうないしね」

「だそうだ……あとはまぁ、ナスターシャ教授の病気も直しておくか。なじみが『F.I.S.』の実権を奪い取って諸々やっていたことのストレスもあっただろうし、レセプターチルドレンの安定した住居や戸籍諸々用意しよう」

「か、感謝するわ……え、と……どうしましょう、私達の目的が全て一瞬で解決してしまったわ」

「え、解決デスか!? あまりに一瞬過ぎて理解が追い付かないのデス!!」

「切ちゃん、つまり残してきた皆も私達もフィーネの転生で身体を乗っ取られることもなくなって、今後も無事に暮らしていける権利を正式な形で得られるってことだよ」

「詐欺じゃないデスか? ウマウマ過ぎるのデスよ……」

 

 アルカ・ノイズ出現からずっと二課に協力して戦ってきた『F.I.S.』の目的を、全てこの場で解決する珱嗄。最早スキルとは何でもありかと思う全員だが、珱嗄がその手で何やらうっすらと光る針を弄んでいるのを見ると、これがかつて異世界で無敵を誇った全知全能の男かと再認識させられる。

 安心院なじみという人外がちっぽけに見えるほどに、目の前の泉ヶ仙珱嗄という男の異常さがよく分かった。

 

 そして更に珱嗄は続けていく。

 

「パヴァリア光明結社の子達はどうしたものかな……まぁ、これといって失われたものもはそれほどなさそうだけど……そうだね、罪悪感も感じているようだし今回の神の力召喚に当たって奪ってきた命を返還しようか。命を奪ったことに変わりはないけれど」

「なっ……それは、どういうことだ……?」

「歴史を改竄し、君達が今回の為に奪ってきた全ての人達を、死ななかったことにする。無論矛盾が発生するから、その人が生きるのはこの現実とは違う歴史になるけどね。ようはその人たちは蘇り、その時点から分岐した別の歴史で生きていくことになるってことだ。今俺達がいるこの世界では君達が命を奪ったという事実こそ残るが、その人たちは全員自分の人生を歩み、然るべき時に死ぬ」

「……つまり、我々が命を奪った事実は変わらないが、その人々は別の世界線で死ななかった世界を生きられるということか?」

「その通り。まぁ、罪そのものを消すことも出来るけれど、それは望む所ではないだろ?」

 

 珱嗄から与えられたその謝礼に、サンジェルマン達はどういう顔をしたらいいのか分からなかった。多くの人を殺してきたことに変わりはない。その事実は残るし、自分の経験も罪もなかったことにはならない。けれど世界こそ分岐するが、自分が確かに殺した人物達が自分の人生を歩むことが出来るという事実は、サンジェルマンの張り詰めた心を少しだけ軽くしてくれた。

 カリオストロもプレラーティも、サンジェルマンのその心情を悟ってだろう、何も言わずサンジェルマンの細い背中にそっと手を置いた。

 

 生きられなかった人が生きた歴史が生まれた、それが嬉しかった。

 

「ありがとう……それだけで十分、救われた」

「はーい、じゃ次」

「あれ……結構気持ち込めて感謝したのにな……」

 

 涙すら流しそうだったサンジェルマンの気持ちを一気に冷めさせながら、珱嗄は続いてアダムとフィーネの方へと視線を向ける。先史文明期から生き永らえてきた二人は、正直なところなじみによる干渉で奪われたものはそんなにない。

 なんなら今回のことでフィーネは最愛の人の真実を知ることが出来たし、アダム自身も自分を不完全だと受け入れて他者を愛することを覚えることが出来た。今回の戦いで諸々動いたものの、彼女達が失ったものは特にないのだ。

 

 ということで、珱嗄はフィーネがノイズ事件で犠牲にした人々の死を『噓吐天邪鬼(オーバーリヴァー)』で反転。ノイズ事件で死んだという現実を、生き残ったという現実へと反転させた。

 そしてアダムには、神の力の入れ物と化していたアン・ティキ・ティラを返却することにする。神の力自体は珱嗄が回収して保存しているので、返却されたのはオートスコアラーとしてのティキだが。

 

「アダムアダム! 会えなくて寂しかったんだからぁ!」

「全く……恋愛脳だな、相変わらず……」

「先程のサンジェルマンの犠牲者とは手法が違うようだが?」

「ま、サンジェルマンちゃんと違って生き返っても寿命で死ぬような時間が経っているわけでもないし、コレは後の人にも響くやり方だからそうしただけだ。気にするな」

「そう……まぁ、感謝するわ」

 

 そして二課の面々に向き直る珱嗄。

 今回の事件において最も理不尽を被ったのは彼らだろう。多くの人をノイズ事件から死なせてしまい、自分たちの心を傷つけながら進んできたのだ。今や奏を含め、二年前から今日に至るまでに犠牲になった人々は蘇らせられたので、多少は心を軽くしているだろうが。

 

「響君たちはともかく、俺達は今まで犠牲になった人々が戻ってきただけで十分だ。無論、今回は運が良かっただけで……本来は失われていた命であることは心に留めていくつもりだが……本当に感謝する」

「そうか……じゃあ響ちゃん達だな」

「!」

「まぁ奏ちゃんが生き返り、これまでの犠牲者が生き返った時点でもうそんなに失ったものはないだろうけれど……響ちゃん、気づいてるか?」

「え? な、なにが?」

「二年前の事件の被害者は、"全員生き残った"ことになったんだぞ?」

 

 珱嗄の言葉を頭の中で反芻した響は、ハッとなって未来に視線を送る。未来も気が付いたのか、目を見開いてその事実に驚愕した。

 かつて響は二年前の事件のことで酷くバッシングを受け、罪深き生き残りとして虐めを受け、家族の崩壊を招いた過去がある。その原因である死者が一人もいなかったという現実になった今、その歴史はどうなるのか?

 

 響と同じようにイジメやバッシングを受けた人はいなくなり、それによって自殺や家庭崩壊、憎悪によって殺された人も戻ってくるということだ。

 響はこの場にいる故に過去の記憶はあれど、それでもかつての悲劇が招いた多くの悲劇が無くなったということ。つまり―――バッシングによって引き裂かれた響の家族も、戻ってくるということではないか?

 

「悲劇を乗り越えて人は強くなる……とはいうけれど、アレは無くてもいい悲劇だった。ましてなじみがそうなるようにお膳立てした悲劇だからな。本来あったかもしれない出来事かもしれないが、此処ではそれが事実……だから、きちんと失われたものを返すよ」

「珱嗄……」

「ごめんな響ちゃん。多分今回、お前に一番辛い思いをさせた」

「……ううん、やっぱり珱嗄は私を守ってくれた……昔から珱嗄は私の傍にいてくれて、守ってくれて……私も強くなろうと頑張ってきたけど、それでも一人じゃ潰れてた。珱嗄や未来が居てくれたからこうして立っていられる……その上こんな誰も傷つかない結末をくれるなんて、本当に凄い……最高にカッコいい、私の幼馴染だよ。本当に、ありがとう」

「そう言ってくれるとありがたいな」

 

 珱嗄は苦笑し、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべる響のお礼にそう返した。

 未来も響がずっと心の奥底に抱えていた闇が振り払われたことを、素直に喜ぶ。響が辛い時に一緒にいてあげられなかったことを悔やんでいた彼女は、響のその笑顔に救われたような気分だった。

 

 すると、珱嗄がクリスの方へと視線を向けると、クリスはビクッと肩を揺らして緊張する。

 クリスはこの戦いを終わらせて、響を元の生活に戻してやりたいがために張り詰めてきた。張り詰めて張り詰めて、自分の心を押し殺してここまできたのである。その戦いが終わり、失われたものすら戻ってきた今、彼女の張り詰めていた緊張感は消えてなくなっていた。

 元来人見知りであり、人外とはいえ一つ二つ年上にしか見えない見た目の珱嗄という異性に見つめられれば、どうすればいいのか分からなかったのである。

 

「な、なんだよ」

「いや、クリスちゃんは判断に困るんだよな。なじみの干渉があったわけではないし、どうしたものかと思ってな」

「……別に、アタシはなんもいらねーよ。色々犠牲になった人が戻ってきたなら、それで十分だ」

「そっか……じゃあせめてもの謝礼に両親を生き返らせておくくらいでいい?」

「ああ、悪いな……ん?」

「了解、じゃあ最後江公な」

「シェム・ハだ」

「じゃあハな」

「確かに『・』はついているが、そこで苗字と名前分けてるわけじゃないんだが?」

「その前にサラッとアタシの両親が生き返った点について」

「お前の点より我の『・』の扱いの方が先であろうが」

「上手いこと言ったつもりか、その『・』的にして撃ち抜いてやろうか」

 

 クリスとの話が終わり、珱嗄がシェム・ハに視線を移すと、名前の呼び方に不満を呈すシェム・ハと、サラリと重大事項を流した珱嗄に文句を言うクリスが喧嘩を始める。先程までは敵同士だったが、今や珱嗄という巨大な存在を前にして両者の立場は対等だった。

 此処で戦闘を始めようものなら珱嗄によって叩きのめされることが分かっているのである。ましてこの場にいるメンバーを見れば、珱嗄が動かずとも戦いを始めた瞬間取り押さえられるに違いない。

 

 珱嗄は言ったのだ、此処からはシリアス禁止だと。

 

「江公に関しては、なじみの方でも後始末に考えがあったらしくてな。復活させる際、その肉体には少しばかり細工をしてあったんだと。結論を言えば、お前にはアヌンナキでありながら人間としてこの世界を生きてもらうことにした」

「……何故だ? 此処で消しておく方が、この星にとって有益なことだと思うが?」

「人間が手を取り合えるっていう響ちゃんの言葉、確かめもせずに消えるのは損だろう。なじみはこの時の為にコイツを使わずに取っておいたんだぞ」

「!? それは……」

 

 珱嗄が取り出したのは、ティキから取り出した神の力そのものであった。凝縮され、黄金色に輝くその結晶はまさしく神の如きエネルギーの塊である。

 サンジェルマン達が召喚したこの力は、本来彼女達がバラルの呪詛を破壊するために用いるつもりだったものだ。だが既にバラルの呪詛は破壊され、この力は目的を失ったまま顕現したままでいる。

 

 なじみは全ての戦いが終わった後、珱嗄が全登場人物を救うであろうことを見越して、この力を用いてシェム・ハをこの世界に人間として生きられるようにする手段を用意していたのだ。

 

「錬金術師ではないけれど、キャロルちゃんの延命手段を倣う。お前の肉体をベースに人間の器を作って、そこにお前の存在を移す。だが力を封じ込めたとはいえアヌンナキのお前を憑依させるには人間の肉体では器に限界がある……だから逆にこの神の力に肉体を取り込ませることで神の存在に耐えうる器を作るってわけだ」

「……それで我に人として生きよと?」

「ゲームに負けたんだから、敗者に拒否権はないと思うが?」

「ぐ……いいだろう、ならば見届けてやる。現世まで続く人類の在り方、そして神殺しの言う通り手と手を取りあえるという言葉の行く末をな」

「決まりだ。じゃあ後程俺となじみでこの改造執刀医を改造するとして」

「あ、言葉にして聞いたら怖くなってきた。お前達、この人外達を止めよ」

「あはは、頑張って……」

「神殺しィ!!」

 

 珱嗄となじみに改造される、という字面に途端に恐怖を覚えたシェム・ハが助けを求めるが、響は苦笑してその背中を地獄へと突き落とした。恨んでやる、とばかりに涙目で響を睨むシェム・ハ。響はそんな光景を見て、珱嗄の言う手と手を取りあえる未来はまさに今実現いるのだと思う。

 今回は珱嗄という規格外の存在がいたからこそ、誰もが悲劇に苦しまずに済む結末を迎えることが出来ただけで、本来ならばこうはいかないことも分かっている。けれど、響達が必死に手を伸ばし続けた結果が今なのだ。

 

 自分たちのやってきたことは、少なくとも間違っていなかったのだと思える。

 

「で、だ……それぞれに対する謝礼が終わったところで、今後のことを話そうか」

 

 だが、そんな幸せな空気の中で、珱嗄が次の話題へと話を移す。

 その声を聴いて、全員がまた居住まいを正した。謝礼はあくまで過去の清算であり、これからのことはこれからのことで考えなければならない。

 

「話すのは俺のことだ」

 

 そして珱嗄が次に告げたその一言は、此処までの全てを覆す一言。

 

 

 

「俺はおそらくあと一週間くらいで――――"死ぬ"」

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべながら放たれた泉ヶ仙珱嗄の死という強烈過ぎる事実。

 安心院なじみ達異世界組を含め、この場にいる全員が言葉を失った。

 

 

 

 




シリアス禁止(自分は含めない)



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また、珱嗄シリーズの更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。

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第六十八話 珱嗄の正体

本日三度目の更新です。
読んでない方は前々話からどうぞ。


「……どうしても、一緒にはいられないんだね」

「ああ、どうしてもやらなきゃいけないことがある。悪いな未来ちゃん―――俺と別れてくれ」

 

 珱嗄は最後の戦いの直前、私にだけ――全てを明かしてくれた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 全ての戦いが終わり、珱嗄が今まで失われていた全てを取り戻してから、世界には正真正銘の平穏が訪れていた。

 長い歴史の中で起こっていたノイズの出現も、『ソロモンの杖』が二課の手の内にある以上起こることは無くなり、その杖自体も今はフィーネと融合して誰にも奪えない状態にある。錬金術師によって生み出されていたアルカ・ノイズも、アダム・ヴァイスハウプトの指揮の下、パヴァリア光明結社の中で秘密裏にレシピも召喚結晶も全て廃棄された。

 元々善人として生きてきたアダムの作った組織故に、執着を見せるものはおらず、これから時間を掛けて緩やかに解体されていくことが決まったらしい。

 

 またキャロルも、安心院なじみによって蘇った父親と無事に再会。オートスコアラー達やエルフナインと共にリディアンの地で平穏に生活を始めている。とはいえ生活費は稼がなければならないので、エルフナインと共に二課に協力しているようだ。オートスコアラーという人命救助において多少危険な場所にも赴ける戦力を得たことは、二課に取っても僥倖である。

 キャロルの父イザークは、この時代に慣れるために、目下勉強中とのこと。

 

 『F.I.S.』の面々は目的を達成した以上不必要として既に組織を解体し、装者は二課の戦力として所属、ナスターシャやウェル博士はそのまま二課の聖遺物研究員としてフィーネと共にその辣腕を振るっている。

 マリア、セレナ、切歌、調の四人は、珱嗄の用意したレセプターチルドレンの引き取り先に、一人一人残されたレセプターチルドレンを預けるという手続きをしつつ、二課の仕事に励んでいる。最近では響、クリス、翼、奏とも打ち解け、装者だけで遊びに行くこともあるようだ。

 

 サンジェルマン達は、バラルの呪詛が消えたことで、あとは響の言葉を信じて人類の行く末を見守ることにしたらしい。今はアダムの下でパヴァリア光明結社解体の手伝いをしている。キャロルとの関係もあり、二課とは未だに交流を取っているらしく、緊急時は力を貸す協力体制を組んでいた。

 

 シェム・ハに関しては、人間の身体を与えられ、二課の聖遺物研究に力を貸しているようだ。元々異端技術の根元たるアヌンナキである彼女の知識は、研究者達からすれば宝の山だろう。今は聖遺物を科学の力で、人類平和の為に役立てる方向で研究を進めている。

 今のところ、人類の可能性に関しては目下観察を続けるようだ。

 

 そして二課は、全ての戦いを終えた後、様々な手続きを経て要災害救助に出動する機関としてその組織の役割が変更された。結果特異災害特別対策本部ではなく、呼称名を超常災害対策機動部タスクフォースとして『Squad of Nexus Guardians』と変更する。

 

 略称を『S.O.N.G.』

 

 リディアンだけでなく、国外も含めた幅広い範囲で活動を許され、災害が起こった場所での救助活動をメインとして動いている。シンフォギアや錬金術師を要するこの組織をもってすれば、大抵の悲劇は回避できるであろうという目算もあった。

 その際風鳴訃堂が苦言を呈したものの、日本という国の一組織がシンフォギアや錬金術の最高峰の人材をこれだけ抱えて動ける、その事実の有益さを提示すれば、黙らざるを得なかったようだ。これも珱嗄の考えた通りの顛末である。

 

 色々なことがあったものの、今では戦ったもの同士が手を取り合って人類の為に一丸となって尽力している。

 敵同士だった者達が、共に食事を取ることもある。世間話に花を咲かせることもある。共に歌うこともあれば、共に遊ぶこともある。こんな光景を作るために、どれだけの力が必要なのかを、彼女達は知っている。この今が、どれほど尊い日常なのかもわかっている。

 噛み締めなければならない。

 

 かつてあの泉ヶ仙珱嗄が告げた事実を、乗り越えなければならない。残されたものとして、それがあの人外の望んだことなのだから―――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 全ての戦いが終わったあの後、珱嗄の口から告げられた衝撃の事実を飲み込むことは、誰一人として出来なかった。言葉にならない衝撃に口をパクパクさせる全員の中で、なんとか言葉を発したのは、響だった。

 

「どういう……こと? 珱嗄が死ぬって……!?」

 

 そう、全員それが知りたかった。

 別に珱嗄と仲がいいわけではない、珱嗄が死ぬことに絶望するほどの縁もない、けれどこれほどの奇跡を起こし、全てを救い、そしてその存在の凄まじさを見せつけた男が死ぬ。そんな事実が信じられないのも確かだった。

 それは異世界人の面々も同じようで、珱嗄の言葉に驚愕している。特に拘束されていた安心院なじみは、バインドも突き刺さっていたマイナス螺子も破壊して、珱嗄に詰め寄るほどだった。

 

「珱嗄!! どういうこと!? なんで……!!」

「……落ち着けなじみ、そもそもこれは決まっていたことだ」

「意味が分からないよ!!」

 

 詰め寄るなじみに珱嗄が言ったのは、コレは確定していたことだという事実のみ。それに対して髪を振り乱して声を荒げる安心院なじみに、珱嗄は苦笑した。

 そしてスッと立ち上がると、その手で弄んでいた光の針を見せるように差し出して見せた。全員の視線がその針に向かい、それはなんだと言わんばかりに珱嗄へと視線が戻る。

 

「……俺は、元々はただの高校生だった。神様の世界の偶然で、この針が俺の心臓を突き刺し、俺は一度死んだ」

「……死んだ……それで、他の世界に転生したということか?」

「その通り、俺は死後神様に会った。そこで誤って死なせてしまったことを謝罪され、その代償に別世界への転生という道を提示されたんだ。そこで俺は転生するに当たって、強靭な肉体や能力を貰って様々な世界へと転生する人生を始めた」

「あの馬鹿げた身体能力はそういうことか……ま、使いこなすための努力や経験は珱嗄自身の研鑽なんだろうが」

 

 珱嗄の語るそれは、誰も知らない珱嗄の原点。

 転生を始める切っ掛けになった時、時間にして数兆年以上も昔の出来事である。珱嗄はそこからさまざまな世界へと転生し、そこで多くの人と出会い、多くの戦いをし、多くの経験を積み、多くの娯楽に触れ、多くの人生を送ってきた。

 そして最後にやってきたのがこの世界。

 

「俺はこの世界を最後にすると決めて、全ての力を手放してこの世界に転生した。記憶を失ったのはおそらく、この身体が普通の人間と同じものであるせいだ。常人に何兆年もの時間を過ごした記憶なんて記憶していられるはずがないからな。まぁこうして記憶を取り戻したわけだが……おかしいよな? 記憶を取り戻せたこともそうだが、全ての力を手放したはずなのに、記憶を取り戻したからといって今までの全ての力が使えるっていうのもおかしくないか?」

「確かに……どうして」

「答えはこの針にある」

 

 珱嗄は問いかける。己の境遇を語った上で、何故自分に今までの世界の力が使えたのかという疑問。記憶を取り戻す、それはまだわかる。常人には耐えがたい量の記憶を取り戻して尚正気でいられるのも、まぁ珱嗄の精神力ならばまだあり得るのかも、と思えてしまうから。

 だが能力に関しては別だ。

 各世界の能力は全て神によって回収されているのだ。この世界には存在せず、珱嗄の中にも存在していないものの筈。なのにどうして珱嗄がそれを行使できたのか。

 

 それは、珱嗄の持つ針に秘密があった。

 

「これは『トルニチェライカの針』って言ってな……俺の世界の神話で、古き神の欠片として生まれた71の姉妹の中心、トルニチェライカって存在の髪で作られたとされる針だ。その性質は、あらゆる世界の中心を指し示すというもの」

「古き神……キュトスのことだな」

「『何それ、十六夜君』」

「人類が生まれる前にいたとされる、死を禁じられた神だ。そいつの死後にキュトスの欠片として生まれたのが、トルニチェライカを含めた71人のキュトスの姉妹だ。トルニチェライカはその姉妹の丁度真ん中、36番目の姉妹であり、中核を担う者とされてる」

「でも、それがどうして珱嗄に……?」

 

 珱嗄の語ったことを、十六夜が補足すると、響が何故そんなものが珱嗄の心臓に刺さったのかという疑問を提示する。

 それもそうだろう、どんなに特異な針だとしても、針は針だ。誰かが動かさなければ動くことはないし、まして人間を貫くなんてことがあるだろうか。

 その場にいる全員がその疑問に答えを出せない中、珱嗄はその答えに気が付いていた。

 

 

「それはな響ちゃん―――"俺"が、この全ての世界の中心だったからだよ」

 

 

 コレから珱嗄が語るのは、珱嗄が転生した全ての世界がフィクションであったこと、そして珱嗄がそれらの世界をフィクションとしていた世界から来た存在である、ということそのものを覆す事実だった。

 珱嗄は自分自身の、全ての世界の中心だと言った。

 

「この針は、あらゆる世界の中心を指し示す。そしてその世界の中心には、『紀元槍』というありとあらゆる世界とそこの存在する全ての存在を支える、神話上の強力な根元的概念があるとされているんだ」

「それって……」

「そう、この『トルニチェライカの針』は、その性質に則って俺を刺しただけに過ぎなかったってことだ。偶然でもなんでもなく、必然としてコイツは俺を指し示したんだ」

 

 それはつまり、珱嗄という存在そのものが―――『紀元槍』であるということだ。

 

「俺は今まで、現実の世界からフィクションの世界に転生し、フィクションとノンフィクションの間を行き来できる曖昧な存在として、生きているんだと思っていた。けれど違ったんだ。俺が元居た世界を含めて……この世界は設定で構成されていたんだよ」

「珱嗄の世界を、含めて……!?」

「そう、つまり俺も―――"あらゆる漫画の世界へ介入する転生者"……っていう『設定』の下生み出されたキャラクターだったってことだ」

 

 それは、珱嗄という存在の認識を根本から覆す。

 珱嗄という存在そのものが、更にフィクションの設定によって生み出されたキャラクターである。それは果たして、現実という世界が存在するかどうかすらも怪しくなる事実だ。

 しかし珱嗄の語ることが真実であるのならば、確かに色々な説明が付けられる。

 珱嗄が特典ではなく、本来持っていた肉体がもしも『紀元槍』であるのなら、つまり珱嗄自身がそもそも人間でありながら、高次元の聖遺物だ。ノイズが珱嗄を無視したのも、珱嗄がノイズに触れることが出来たのも、そういうことなら納得がいく。

 もっと言えば、珱嗄が様々な世界に転生出来るのもそうだ。

 ヴィヴィオが他の世界に干渉できなかったのに、珱嗄が出来た理由。安心院なじみの様にメタフィクションを超越出来る設定を持っているわけではないとするのならば、それは珱嗄が全ての世界の中心であるから、つまりはありとあらゆる世界に対して中立の存在であるということだ。

 

 どんな世界に対しても干渉することの出来る中立性がある珱嗄は、どんな世界にも存在出来たのだ。

 

 そして今回珱嗄が今までの世界で得た能力を使えたのも、珱嗄が全ての世界を支える中核であるなら理解できる。全ての世界の中心であるならば、珱嗄という存在は常に全ての世界に触れているということだ。そこから力を引き出すことが出来てもおかしくはない。

 

「けど、あくまで俺の身体は性質こそ異質であっても、その強度や能力は人間と大差ない。以前の肉体ならまだしも、この身体で人外の力を行使すれば、その負荷に耐えられるはずもない……既に、俺の肉体は緩やかな崩壊を始めている」

「そん、な……じゃあどうして力を使ったのさ! それを話してくれれば、珱嗄がやったことくらい、僕にだって出来たのに!!」

 

 珱嗄の言葉に最も感情を露わにしたのは、他ならぬ安心院なじみだった。

 珱嗄が記憶を取り戻してからやったことは、別に珱嗄がやらなくても誰かが変わることが出来た。サンジェルマン達を倒すことも十六夜なら容易に出来たし、神の力を封じることもヴィヴィオが封印魔法を行使すればできたかもしれない。ユグドラシルシステムを消し去り、全てを無かったことにすることも球磨川なら出来た。

 そしてこの場で謝礼として返還すると言ったその全ても、安心院なじみならば同様のことが出来た。

 

 なにもかも、珱嗄がやらなくても良かったことだったはずなのに。

 

「なじみ、俺は嬉しかったんだよ……今まで頭のどっかでお前らと俺は世界を異なる存在と思って生きてきた。そこには絶対に触れ合えない領域があって、飛び越えられない境界線があるように思っていたんだ」

「っ……」

「けど違った。俺もお前らと同じ『設定』を持ったキャラクターだった。それはつまり、お前らと同じ現実を生きる存在だったってことだ」

 

 珱嗄は言う。己が記憶を取り戻した時に、それに気づいたこと。そしてその事実を知って、自分の心が現実を感じられたこと。この現実を全力で楽しみたいと思ったことを。

 

 ―――俺がクロゼと親友になったのは、嘘じゃなかった。

 

 ―――俺がピトーとの旅を楽しいと思ったのは、嘘じゃなかった。

 

 ―――俺がヴィヴィオを娘として愛したのは、嘘じゃなかった。

 

 ―――俺が安心院なじみを恋人として愛したのは、嘘じゃなかった。

 

 ―――俺が十六夜達と箱庭を駆け抜けた喜びは、嘘じゃなかった。

 

 ―――俺が、俺が、俺が………俺が今まで生きてきた全部が、嘘じゃなかった。

 

 その全てが嬉しかったということを。

 娯楽主義者として生き、娯楽主義者として存在してきた全て、砕かれていたと思ったその生き方は嘘じゃなかった。珱嗄の人外性も、精神性も、生き方も、思想も、全てはフィクション上の設定で、キャラクターとしての個性だった。

 

 だが、それがとても嬉しかったのだ。

 

「俺はお前らと同じ世界を生きた、世界一幸せな人外だった」

 

 だから珱嗄はこの世界で、完膚なきまでの大団円を迎えたいと思った。敵も、味方も、モブの全てですら救い上げて、自分自身が消えたとしても、その先を生きるフィクションの行く末を少しでも良いものになるように力を尽くしたのだ。

 

「これは俺の感謝だよ、なじみ。俺がやりたいと思ったから、そうしたんだ」

「珱、嗄ぁ……!! どうして……!」

 

 泉ヶ仙珱嗄は消えていく。

 その事実だけは、決して変えられないのだということを、この場にいる全員が理解した。安心院なじみのスキルであっても、どんな聖遺物であっても、珱嗄の肉体の崩壊を止める術はないのだろう。それは、安心院なじみの涙が証明している。

 

 残り一週間もしない内に―――この物語の『設定』に準じて、珱嗄が消えるのだ。

 

 だがこの場にいる全員が、それを不幸だと思わなかった。

 寧ろ、珱嗄に対して感謝すら覚えていた。フィクションの中のキャラクターであること、この人生が全て偽物であることに、誰もが絶望したというのに、

 

「君は……フィクションだからこそ、幸福だと言うのだな」

 

 偽物であることを幸福だと言い切った珱嗄の言葉を聞けば、そんな絶望は吹き飛んでいた。偽物でもいい……誰かの物語の中で、自分たちは必死に戦い、この結末を迎えているのだ。ならば偽物だっていい……それを幸福と、自分達が思うのならば。

 泉ヶ仙珱嗄の人生は、偽物でありながら真実だったのだから。

 

「珱嗄……っ……う、ぁああ……!!」

「……」

 

 そしてその中で、響と未来だけが涙を流していた。

 声を上げ、嗚咽と共に泣く響と、全てを覚悟の上で何かを我慢するように唇を噛み、静かに涙を流す未来。この世界で唯一、珱嗄が親しくしていた幼馴染と恋人。他の面々と違って、珱嗄がどんな存在であっても、別れが辛いと思うのは当然だった。

 

 珱嗄はそんな二人を見て、苦笑する。

 そしてその上で、本題に入るようにそこでだ、と空気を切るように告げた。

 

 

「やはり最後は、面白いことがしたい」

 

 

 ―――付き合ってくれるか? 

 

 泉ヶ仙珱嗄はとても楽しそうに、それはそれは幸せそうに……ゆらりと笑った。

 

 

 




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第六十九話 ずっと続けばいいのに

 最後の戦いの直前、私に響と戦うためのシンフォギア『神獣鏡』を渡した珱嗄は、自分の正体を含めて全てを教えてくれた。

 この世界に来る前のこと、今までどんな人生を送ってきたか、そしてこれから珱嗄がどうなるのかも、包み隠さずに全て教えてくれた。それは多分、私がこの世界で記憶を失った珱嗄と恋人だったからだろう。珱嗄には安心院なじみさんという恋人が既にいて、私と付き合っていた時にどこか違和感を感じていたのも、そのせいだった。

 だからといって、珱嗄が私のことを愛していなかったわけじゃない。珱嗄は私のことをちゃんと好いてくれていたらしい。私の中に安心院なじみさんと似た部分を見ていたのかもしれないけれど、珱嗄はそれでも、もしも普通の人間としてこの世界に生まれていたなら、きっと私を恋人に選んだだろうと、そう言ってくれた。

 

 珱嗄は記憶を失っていたけれど、記憶を取り戻した今も私のことを好きだと言ってくれた。

 

 二股、というわけではない。私はきっと、その言葉で振られたのだ。

 記憶を取り戻した時、珱嗄が抱きしめてあげたい人がいただけ。その人が苦しんでいて、珱嗄自身がその人を愛していただけ。私ではなく、ずっと自分を思ってくれた女性を選んだだけ。

 私を愛したことは嘘じゃない。それでもたった一人を選ぶことを選んだのだ。

 珱嗄程の人間なら、複数人を同時に愛することだって出来ただろうに、それでもたった一人を選ぶことを選択したんだ。

 そしてそれはきっと、私のことを思ってのことでもあった。

 これから消えてしまうことになる自分に、未だ幼い私を縛るわけにはいかないという優しさだった。

 

 ―――悔しいな

 

 私はその愛情が嬉しかったし、同時に悔しかった。

 安心院なじみさんは既に一度死んだ存在だからかもしれないけれど、自分が消えるという現実を受け入れて尚、安心院なじみさんだけは別れないということだもの。

 これが私と安心院なじみさんの差なんだと思うと、どうしようもなく悔しかった。

 

 だから全てが終わった後、珱嗄が皆の前でソレを打ち明けた時に、私は悲しみではなく、悔しさで涙を流していた。もちろん珱嗄が居なくなることは悲しい。胸が張り裂けそうなほどに辛い。

 けれどそれ以上に、この先私に珱嗄を想わせてはくれない珱嗄の残酷さに、私はどうしようもなく悔しかったのだ。そんな深い深い優しさを受けて、どうしようもなく好きだと訴える私を否定されることが、たまらなく苦しかったのだ。

 

 珱嗄、やっぱり私は珱嗄が好きだよ。

 

 キスもしてくれなかったのは、記憶がなくてもこうなることを悟っていたからでしょう? 私の初めてを奪わないように、自分の心に従って、私を愛してはいけないと何処かで思っていたから、そうすることで愛してくれたんでしょう?

 そんなの、好きにならないわけがない。

 こんなに自分のことを思ってくれる人、世界中探しても何処にもいやしない。あんな人、あの人しかいない。

 

 ―――だからせめて、消えゆく珱嗄に私というちっぽけな女の子がいたことを、刻み付けてやる。

 

 ―――私の心は永遠に、珱嗄という人を愛し続けると、貴方の優しさを否定してやる。

 

 ―――たった数兆年一緒に過ごした人の想いに、私のほんの十数年の想いが負けるなんて誰が決めたんだ。

 

 ―――思い知らせてあげる……恋する乙女は強いんだって。

 

「でも……これは正直想像してなかったなぁ」

 

 自分の想いをそうやって再確認して、目の前に広がる光景を見る。

 そこには安心院なじみさんのスキルで生み出された、何処までも広がる大空と、鏡の様に綺麗な水の地面だけがある、水平線と地平線が同時に存在する神秘的な超空間。足踏みすれば、水の地面に波紋が立つ。濡れるわけじゃないから、きっと水鏡に質量を持たせたようなものなのだろう。

 

 そして、なによりその空間には大勢の人がいた。

 今は私もシンフォギアを纏っているけれど、私達の世界で戦ってきた装者全員と、二課の人達、錬金術師キャロルちゃんやパヴァリア光明結社の人達、シェム・ハさんまでいる。異世界組の人達も勿論いた―――そこまではまぁ、わかる。

 

 けれど、この場にいる人の数はそれだけに留まらない。

 

 見渡せば大勢の人がいる。

 ツンツン髪に緑色の服を着た男の子や、癖のある白髪の男の子、緑色の虫の装甲を思わせる人間とは思えない身体をした生き物や、蝶の羽を持ったような男性もいるし、空を見れば何やら魔法の杖の様なものを持った栗色の髪をツインテールにした女の人や、同じように魔法の杖を持った金髪に白いマントを靡かせた人達もいるし、どこかの学園の制服を着た凛ッとした女の子とその子の仲間なのか、同じ制服を着た男の子達もいるし、上半身裸の筋骨隆々のゲゲゲとか笑う怪物みたいな人もいるし、短髪に白い衣装を着て、猫を抱いている女の子や赤いドレスに巨人を付き従わせている女の子、ウサ耳の生えた少し煽情的な格好をした女の人達もいるし、バラバラな制服だけど、ウニ頭の男の子や安全ピンだらけの修道服を着た女の子や、白髪に杖を付いた赤い目の男の子、同じ顔をしたこめかみにパチッと電気を生み出している双子? の女の子たちや、金髪にリモコンを持った女の子もいるし、とにかく――なんか紹介するだけで原稿用紙百枚くらい使いそうな数の人達がいた。

 

 

 これが全員、珱嗄が今まで生きてきた世界で出会ってきた人達なのだという。

 

 

 珱嗄が最後にやろうとした"面白いこと"。

 それがコレ―――世界の中心である自分を通し、今までの世界から今まで付き合ってきた全ての人を呼び出したのだ。そのせいで珱嗄の身体の崩壊はその猶予をぐっと縮めたみたいだけれど、何故そんなことをするのかと問えば、それは単純なことだった。

 

 今まで出会った全ての人に見送られていきたいという我儘を通したかっただけ。

 だから呼んだ、全員を。

 そしてこれから始まるのは、珱嗄の我儘を聞くか聞かないかの大勝負。

 かつて此処にいる人全員と共に戦い、時に敵対し、無茶苦茶な出鱈目をやってきた最強無敵の珱嗄が、全員に頼んでどうしても実現したいというこの我儘―――叶えたければ全員を説得するのが道理。それが珱嗄の意思。

 故に、珱嗄対今までの関わった物語の人物全員という戦い。

 

 それに勝てば、この我儘を聞けという―――泉ヶ仙珱嗄最後の出鱈目だった。

 

「……壮観だな。これが今まで珱嗄君が紡いできた絆の数か」

「はい……やっぱり、珱嗄は凄いです」

 

 弦十郎さんの呟きに、ガングニールを纏った響が涙を滲ませながら、感動を吐き出した。それもそうだろう。これだけの数の人と珱嗄は手を取りあい、一緒に笑って生きてきたのだ。それは響が成し得たいと思って戦ってきた夢の、実現に近い光景だ。

 

 全ての人が珱嗄を中心にして、取り囲むように此処にいる。

 

「悪いな皆―――既に俺の正体や秘密に関しては事前に伝えた通りだが……」

 

 そして遂に珱嗄が口を開いて話し出した。

 全員が珱嗄の言葉を黙って聞いている。一見しただけで、私達の戦いなんかちっぽけに思わせるような力を秘めた人たちが、ただ静かに珱嗄の言葉を聞いてくれている。

 それだけでわかる。此処にいる全員が、珱嗄のことを好きなんだ。信頼していて、憧れていて、愛していて、感謝していて、恨んでいて、憎んでいて……それでも彼という輝きに惹かれずにはいられないんだ。

 

「俺という人間の最期が、今らしい」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲む音が聴こえる。

 

「こうなった時、俺は皆に最期を見送って欲しいと思った。俺の人生を彩ってくれた全ての人に心から感謝している―――だからこそ」

 

 珱嗄はゆらり、と笑って、手でくいっと招くようにしながら私達を挑発する。それはおそらく今までの世界でそうだったように、今日までの彼がそうであったように、最強無敵、誰かの馬鹿みたいな妄想の権化のような彼という人物の生き様。

 

 『娯楽主義者』泉ヶ仙珱嗄の姿。

 

 

「最後まで俺を楽しませてくれ―――面白いと感じさせてみせろ」

 

 

 我儘を通す、という我儘に付き合わせる強引さ。

 それをこの場にいる誰もが嬉しいと感じていた。バラルの呪詛が破壊されたことなんて関係なく、私達の想いはきっと一つだった。

 

 ―――泉ヶ仙珱嗄に、最高の最期を。

 

 おそらくどんな世界よりも壮絶で、壮大で、お祭りの様な戦いが始まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 笑ってしまうな、こんな状況じゃどうしても笑ってしまう。

 楽しくない筈がない、こんな祭は何処の世界を探してもない。正真正銘、俺のためだけにセッティングされた、俺のための戦い。

 

 桃色の閃光(ブレイカー)を潜り抜け、メルエムの攻撃を受け流しながら投げ飛ばし、亜光速で飛び込んでくるめだかちゃんを躱し、そこへ迫ってくる超電磁砲(レールガン)を叩き落とし、水鏡の地面を突き破るように生えてくる無数の螺子を跳躍して躱し、上空から振り下ろされる鉄槌(アイゼン)をヴィータちゃんの手元を掴み投げることで対処し、そこへ同時に襲い掛かる鉄の巨人(ディーン)の拳と、オートスコアラーレイアの妹の巨大な拳と、ネテロの爺の百式観音の掌打の三つを両の拳と蹴りで迎え撃ち、押し返す。

 息つく間もなく迫りくる攻撃を全て対処して、着地しつつ地面を駆け抜けた。

 

 俺は今、かつての身体能力を取り戻している。

 スキルや念能力を使って再現しているだけに過ぎないが、それでも全ての能力とかつての身体能力を併せ持った、正真正銘最高の状態。

 そんな俺をして、これほどの逆境。

 ああ、本当に楽しい。

 

「珱嗄ぁぁぁぁ!!!」

「十六夜ちゃんか―――初手必殺技とは大胆だなぁおい」

 

 全ての攻撃を潜り抜けた先で待っていたのは、その手に光の柱を生み出して飛び掛かってくる十六夜ちゃんだった。それはまさしく星を砕く一撃。本来ならばこれだけの味方がいる中で放つような技ではないけれど、此処にいる奴らなら大体どうにか自分の身を守るだろう。

 こんなバカげた一撃が通常攻撃になり得る戦い――本当にイカれている。

 

 面白い、ああ面白いぞ。

 

「だがまだまだだな!」

「んなっ……あぐっ!?」

 

 十六夜ちゃんの光の柱は超常の力では破壊出来ない概念攻撃だ。だが十六夜ちゃん自身はそうではない。小石ほどの魔力弾を生み出して十六夜自身に放つ。それに気を取られた瞬間、一瞬照準のずれた光の柱を持つ手を掴み、地面へと叩きつけた。

 同時に俺に迫るキルアの"落雷(ナルカミ)"を横に避けることで躱し、更に駆ける。

 

「ああくそっ! マジで強ぇな珱嗄!! ヤハハッ!!」

 

 起き上がりながらそう言って笑う十六夜ちゃんは、とても楽しそうだった。

 いやいや、そうだろう。楽しいだろうな、楽しんでくれ、俺も楽しい。お前達と一緒に過ごしてきた全ての時間が楽しかったんだ。

 全員が集まれば、そりゃあ楽しいに決まってるだろ。

 

「珱嗄さん全然当たらないんだけど! 皆で収束砲(ブレイカー)ニ十個同時撃ちしたのにどっかから出てくるよフェイトちゃん!! ゴキブリかあの人――――ぎゃあっ!?」

「はやて! なのはが簀巻きにされた!!」

「デジャヴやねんけど!? 何年経っても変わらんな兄ちゃんは!!」

 

 なのはちゃんたちも立派に育ったよな。あんなに小さかった魔法少女たちが、よくもまぁ大きくなったもんだ。ヴィヴィオを育てて分かったけど、親が本当に良い人だったんだろうな。尊敬するわマジで。

 それでも、やっぱり楽しかった。原作、という意味では多分一番長い物語だったんじゃないか? なにせ少女が大人になるまで続いたんだからな。

 

「まさかオメェさんと共闘することになるとはな、メルエム」

「フン、余とて想像だにしていなかった――こんな心躍る戦いは」

「同じ穴のムジナってことか……じゃあ即興で合わせな……百式に乗りなぁ!!」

「望むところだ―――ガフッ!?」

「搭乗前に墜落させられる奴おる!?」

 

 メルエムとネテロが共闘する姿も新鮮で面白い。どころかメルエムは俺が殺したんだしな、本当に強い奴だった。

 ゴンやキルアも最後には本当に強くなって、メルエムと同じくらい強くなっていたっけ。まぁその頃には俺も成長してたから負けなかったけど。護衛軍も全員いるし、結構

ハンターハンターの世界から来てるな。

 

 まぁ変態は連れてこなかったけど。

 

「僕もいるんだけど!?」

「消えろペロリシャス」

「ぐふぁああああ!?!?」

 

 最後までこんな扱いなのか、と嘆きながら吹き飛んでいくヒソカを無視して駆ける。

 まだ戦えそうだが、スキルや能力を使う度に身体の崩壊が進んでいく――長期戦は不利だろうと判断する。

 魔法の飛び交う戦場を掛け抜けて、今の俺にとって最も厄介な奴から片付けることにした。今の俺の身体能力はスキルや念能力によって再現されているに過ぎない……それを封じられてしまえば一気に致命的な隙になる。

 

 故に、最初に狙うはアイツだ。

 

「――ッ!!」

「行くぞ、上条ちゃん」

 

 全ての奇跡を打ち消す右手『幻想殺し(イマジンブレイカー)』だ。

 というか、神様に頼んで俺がいなかったことにしてもらった世界なんだけど、何故か皆俺の記憶あるっぽいんだよな。でも杖を付いているアセロラとか見る限り原作通りに進んだ世界には変わりないっぽいし……まさか記憶残したまま世界変えたのか神様。

 

 ほんと、つくづく悪戯好きだな。

 

「ッハァ!! そいつを狙うってことは、やっぱりその右手は厄介なンだなァ? 珱嗄ァ!!」

「なら、意地でも触れさせないわよ!!」

 

 ジャラジャラと何十枚ものコインを取り出したみこっちゃんとアセロラが立ち塞がってくる。そしてバチバチと電気が弾けたかと思えば、みこっちゃんはその全てを超電磁砲(レールガン)にしてアセロラに発射―――『ベクトル操作』によってその向きを操られた二十以上の弾丸は、様々な方向から俺に迫る。

 さすがは学園都市第一位の頭脳というべきか、俺がどの方向に逃げてもいいように計算された軌道に配置してやがる。

 

 笑いが漏れた。

 

「流石、だが遠距離攻撃は俺に通用しないと知ってたはずだぞ」

 

 俺が学園都市で手に入れた能力は単純、全てを逸らす能力だ。

 俺は避けることなく直進、迫りくる超電磁砲(レールガン)は全て俺から逸れていき、後方へと着弾する。そしてアセロラとみこっちゃんの目の前に踏み込んだ瞬間――

 

「そこ!!」

「ッ!」

 

 ―――離れた位置にいたフレンダちゃんが何かのスイッチを押していた。ハッとなって飛び退けば、そこが大きく爆発する。爆弾を仕掛けていたらしい。アセロラがいれば爆弾のダメージは全て俺に向けられるから、あの二人の足元に仕掛けていても問題ないってことか。

 

「ハハハッ! 案外連携取れるじゃないか、レベル5もレベル0も! 面白いなぁおい!」

 

 学園都市の闇とか言ってイキってた奴らがこうも手を取りあえるとは、響ちゃんの言ってたこともあながち間違いじゃないかもな。

 笑いながら背後から迫る言彦の拳を受け止め、その巨体の後ろに隠れていためだかちゃんを蹴り飛ばす。更に左右から迫っていた善吉ちゃんと阿久根君の襟を掴んで、遠くへと投げ飛ばした。

 

「げっげっげっげっげ!! 新しいなぁ珱嗄!! 貴様、一体どこまで生きた!」

「どこまでも生きたぜ言彦―――ここじゃお前の主人公補正は無意味だぞ」

 

 なにせ全員主役級だ。

 

「くっ……はは……良い、実に劇的な世界だ。珱嗄さん、私は今心の底から嬉しいぞ!! 今回の我儘、貴方から生徒会への投書と受け取った! 私は、貴方の力になれることがこんなにも喜ばしい!!」

「わははッ、インフレ漫画の主人公はいつから戦闘狂になったんだ!?」

「さながら私は箱庭学園のカカロットだ!!」

 

 めだかちゃんの黒神ファントムは音速を超えて動くことの出来る荒業。最終的には音速以上に亜光速で動くことを可能とした彼女は、まさしく学園バトル漫画じゃ圧倒的インフレキャラだろう。

 なじみといい、この子といい、本当に退屈しない世界だった。

 

「ガッ!?」

「ングゥッ!?」

 

 めだかちゃんと言彦の連撃を躱し、逸らし、受け流しながら、横から迫るチェーンバインドを掴み取り、逆にそれで二人を縛り上げる。一瞬動けなくなった二人の顎を蹴り上げて、その場を脱する。

 駆ける――この祭の終わりまで、最後まで駆け抜ける。

 

「ああ―――楽しいなぁ、ずっと続けばいいのに」

 

 そう言わずにはいられないほどに、今が楽しかった。

 

 




異世界組オールログイン!

次回か次々回で最終話、と考えてます。
内容によっては延びるかもしれませんが汗

どうぞ最後までよろしくお願いいたします!





自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
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また、珱嗄シリーズの更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。

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第七十話 泉ヶ仙珱嗄

 戦いが始まって、誰もが笑顔を浮かべながら戦って、そして一人ずつ倒れていく。

 珱嗄は最強無敵の男。今までの世界で出会った全ての者が集まったとしても、倒しきることは出来ない―――それほどに彼は強かった。

 

 既に集まった異世界人も半分以下へと数を減らし、残っている者も少しずつ倒されていく。

 珱嗄は駆け続けた。未だ激しく迫る攻撃を潜り抜けながら、それでも心の底から楽しそうに笑って走り続けていた。だが全身から汗を流し、息も切れている。更には能力の使い過ぎか、身体の至る所に罅割れのような亀裂が走っている。

 珱嗄自身の肉体も、限界が近いようだった。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「はぁ……はぁ……」

 

 この場において最も疲弊しているのは珱嗄だ。けれどこの場にいる異世界人たちもまた、疲弊している。魔導士であるなのはたちは既に魔力切れを起こし、今や直接的な攻撃手段を失ってバインドなどのサポートに回っているし、珱嗄が早々に退場させた故にメルエムやネテロ、ヒソカ、ゴンにキルアも倒れ伏している。学園都市から来た能力者達も流れ弾にやられたり、珱嗄によって気絶させられたりで既にほぼ全滅しているし、めだか達も不死性を持つもの以外は倒れていた。

 今残っているのは、中でも無類の耐久力や防御能力を持つ者や、不死性を持つ能力保持者たちが殆どである。

 

 ここまで集まって尚、珱嗄という存在は立ち続けていたのだ。

 

「そろそろ……はぁ……限界なんじゃないのか珱嗄?」

「わはは……いやいや、こんなにギリギリなのは初めてだ……はぁ……はぁ……良いな、こういうの……身体が燃えるように熱いし、今にも崩れそうで痛いし、足が重いよ……本当、絶好調だぜ」

「そうかよ……だが、ここまでだ」

 

 全員が息を切らして此処に立っている。

 珱嗄がそれでも笑って見せるが、十六夜が追い詰めたとばかりに宣言した。瞬間、そこに集まってきたのは、現在生き残っている者達。

 

「やっぱ、お前らは残るよなぁ……はぁ……こうなる前に潰しときたかったんだが、流石にきつかったか」

「……」

 

 珱嗄の目の前にいるのは、十六夜を始め、安心院なじみ、球磨川禊、黒神めだか、高町なのは、ヴィヴィオ、一方通行(アクセラレータ)、上条当麻、立花響、小日向未来、食蜂操祈、ネフェルピトーである。

 珱嗄にとって、どれも厄介な能力を持った人物達だった。

 スキルによる防御や身体能力がなければ、どれも珱嗄に致命的な隙やダメージを与えうる者達である。だからこそ珱嗄は、先に脅威となり得る者達を倒して回っていたのだ。

 

 彼らが生き残ったのは単に、その意図を見破って終盤に残すべくその者を守った者がいたこと、純粋にやられることなく立ち回った者であること、そしてそもそも集まった人数が多かったことが原因。

 流石の珱嗄とて、身体が崩壊しないよう力をセーブしながら戦うのでは、あれだけの数を相手に上手く立ち回るのは厳しかったらしい。

 

 絶体絶命のピンチ、というべきだろう。

 

「はぁ……すぅ……ふー……さて、あと一踏ん張りか……」

 

 崩れ落ちそうな膝を抑えて、珱嗄は大きく呼吸を整える。

 此処からはなのは達魔導士のバインドに捕まってもダメ、上条当麻や未来や球磨川の攻撃に触れるのもダメ、ピトーや十六夜、めだか、響の高威力の攻撃を食らうのもダメ、なじみや食蜂のスキルや能力にも警戒しなければならないし、その上でこちらの攻撃は一方通行(アクセラレータ)の反射を超えていかねばならない。

 

 一瞬の隙を見せただけで、集中力を切らしただけで、珱嗄は敗北するだろう。

 

 本当に厳しい状況だというのに、それでも珱嗄は心から楽しそうに笑っていた。こんな高揚感はいつぶりだろうか、なんて思いながら、拳を握る。

 

「今の内に言っておくぞ……サンキューな、お前ら。本当に、楽しい人生だった」

「珱嗄……本当に最後なんだね」

「ああ、なじみ……最後の最後にお前がいてくれて、本当に嬉しい。愛してんぜ、ずっとな」

「『珱嗄さん』『最後に貴方に見せてみせるよ』『もう一度、僕は勝つ』」

「おう、理不尽を覆してこそ――球磨川(マイナス)だ」

「パパ、お疲れ様……本当に最高のパパだよ」

「ありがとなヴィヴィオ、俺もお前が娘で本当に良かった」

「私からは何もない――珱嗄さん、貴方のいた人生が私の財産だ」

「お前の言葉は本当だったなめだかちゃん……本当に、生きることは劇的だった」

「珱嗄のいない世界で頑張ったけれど、それでも同じようにはいかなかった。憧れたよ、アンタに」

「それでもお前達が掴み取った未来だ……大事にしなよ、上条ちゃん」

「珱嗄さん、私この戦いで十二回簀巻きにされたんだけど」

「十二回で終わると良いな、なのはちゃん」

「楽しかったよ、珱嗄……あとピトーな」

「俺もだネコー……ついに先読みし始めたかよ」

「……チッ」

「ここでなんも言えないヘタレだから打ち止め(ラストオーダー)に勝てないんだぞ、アセロラ」

「珱嗄さんが消えた世界で辛かったけど、また貴方に会えて良かったわぁ……私貴方が好きよ」

「サンキュー操祈ちゃん、でも俺好きな奴いるんだ。来てくれてありがとな」

 

 本当なら、此処に来た全員にありがとうと言いたかった。珱嗄は生き残った者達一人一人と一言ずつ言葉を交わし、その一言の中に気持ちを全て込めて贈る。バラルの呪詛が消えたこの世界でなら、言葉の裏にある感情は全て伝わる。

 倒れ伏す者達にも、珱嗄の感謝の気持ちは伝わっていた。

 

 涙を流す者はいない―――彼らは精一杯生きたから。

 

 全ての命の辿り着く先を見届けてきた珱嗄の人生に、ようやく終着点がやってきたのだ。それは祝福されるべきなのだ。

 ずっと続いていってほしいとすら思える珱嗄の人生の終わりを見届けられる機会に恵まれたのだ。これ以上の喜びはない。

 

「珱嗄……」

「珱嗄」

「や、未来ちゃんに響ちゃん……」

 

 そして最後に珱嗄に声を掛けたのは、この世界で幼馴染として過ごした未来と響。恋人にもなった未来は、既に珱嗄が消えることを覚悟している。響もまた、珱嗄が喜んでいるのならそれは幸せなのだろうと理解している。 

 それでもやはり、別れは寂しかった。

 彼女達は他の異世界人たちと違い、珱嗄と過ごした年月が少ない。本当なら他の皆と同じように、最後まで見届けて欲しい、ずっと見守っていて欲しいと、そう思わずにはいられない。

 

 珱嗄は二人に笑いかけた。

 

「響ちゃん、お前の抱いた夢は間違ってない……自分の心を信じて進めばきっと大丈夫だ」

「うん゛……珱嗄もっ……ありがとう」

 

 珱嗄の言葉に泣きそうになった響は、グッと涙をこらえて笑う。

 泣いてはいけない、珱嗄を笑顔で送り出すことが、今の自分に出来る最後の恩返しなのだから。

 

「未来ちゃん……辛い思いをさせて悪かったな」

「良いよ……これで最後―――あとは私の想いを全部歌に乗せて、珱嗄に伝えるよ。しっかり受け止めてね」

「……ああ、しかとな」

 

 そして未来の言葉を受けて、珱嗄は少し驚いたような顔を浮かべたが――面白そうにまた笑った。最後の最後で、小日向未来という少女の強さを垣間見たような気がして、嬉しく思ったのだ。

 

 言葉を交わすのはもう終わり―――あとは戦いの中で、語るとしよう。

 

「行くぞ……これで終わりだ!」

 

 珱嗄が地面を蹴った。

 

 

 ◇

 

 

「はぁあああああ!!!」

「チェーンバインド!!」

「黒神ファントム……!!」

黒子舞想(テレプシコーラ)!!」

 

 十六夜ちゃんの拳を躱し、ヴィヴィオとなのはちゃんのバインドを潜り抜け、亜光速で迫るめだかちゃんの拳を受け流し、僅かに生まれた姿勢制御のタイミングにピトーが全力で突っこんでくる。

 

 なんというか、本当――凄い奴らだよな。

 フィクションの世界、漫画の中のキャラクターだとしても、こいつら全員が普通ではない現実を乗り越えて生きていたんだ。その力を必死に鍛えて、理不尽な現実に対しても諦めずに進んできたんだ。

 本当に凄い奴らだ。神様に力を貰って、苦悩なんて無かった俺とは全然違う。

 

「行けェ!! ヒーロー!!」

「あああああああ!!!!」

 

 一方通行(アクセラレーター)の操った風に乗って、上条ちゃんが高速で突っこんでくる。右手を握りしめ、俺に殴りかかってきていた。

 

「珱嗄!!」

「! ――甘い!」

「んなっ!?」

「きゃああっ!?」

 

 正面から上条ちゃんが、背後から響ちゃんが迫る。

 どちらの拳も受けるわけにはいかない。響ちゃんの手首を掴み、迫る上条ちゃんの盾にする。上条ちゃんの右手が響ちゃんに触れると――シンフォギアが『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって破壊された。

 ギアが破壊されたからか、響ちゃんの元々来ていた服を復元する機能も働いていない。全裸になった響ちゃんに、上条ちゃんがぶつかって二人して転がっていく。ここでもラッキースケベを行うのか、上条ちゃん。

 

「何してンだお前!?」

「ち、ちがっ! これは事故で!!」

「響から離れろこの変態!!」

「ぎゃあああああああ!?」

 

 一方通行に突っ込まれた上条ちゃんが、胸を隠す響ちゃんを押し倒しながら弁明するが、未来ちゃんの閃光に飲まれて丸焦げになった。右手で防ぐ暇もなかったらしい。アホだ。

 だがそんなことをしている彼らを気にする間もなく、俺はピトーの攻撃を受け流してその腹へと蹴りを叩きこむ。げひゅっという声を漏らしながら後方へと転がっていくピトーを無視して、正念場だと崩れ落ちそうな自分の身体に鞭を打った。

 

 ―――ピシッ、ビキ、ビキ……

 

 体中に走る罅が、少しずつ、少しずつ広がっていくのが分かる。

 

「―――了解!!」

「!?」

 

 すると、誰も何も言っていないのに全員の連携が良くなるのが分かった。今までは少数での連携がいくつもあるような形だったのに、今度は残っている全員が全員の意図を理解したように動きだした。

 十六夜ちゃんが粒子化を使ったのか光速で接近してくる。攻撃を加えるかと思いきや俺の前で方向転換し、いくつものフェイントを入れて惑わせてきた。そこへめだかちゃんも亜光速で近づいてきて、幾つもの分身を幻視させて視界を塞いでくる。

 

 まるで何かを隠す様な動き――気配を察知して、俺は背後から迫る球磨川君の『却本作り(ブックメーカー)』を叩き落とした。これが狙いか、攻撃ではなく俺に致命的な隙や弱体化を狙った戦術。

 

 だがどうやってこんな連携を……操祈ちゃんか!!

 

「心を読んで他の人達の力の詳細を知るまでは出来なかったし、あまりに人が多いと厳しかったけど……この人数くらいなら、タイムラグなしに私の意思や指示を伝達出来る!」

「くっ……!」

 

 操祈ちゃんがこの場に生き残った理由はこれか―――戦いには参加せず、この場に集まった全員の能力の詳細を集めていたんだ。そして数が減った今、その詳細を理解した操祈ちゃんが作戦を練って、能力を使って全員に伝達している。

 指揮官が生まれるだけで、連携の取りやすさは大きく変わってくるわけか。

 しかもその操祈ちゃんを守る壁役としてなじみを置いている。この連携の中、要である操祈ちゃんを崩すのは今の俺では不可能。

 

 流石―――面白いじゃないか。

 

「は、ハハハハッ!!」

 

 思わず笑ってしまう。

 ならばここからはセーブ無しで行こう。力も身体能力も、全てを懸けて戦おう。どうせ消える寸前の命、最後くらいは華々しく、全力で今を生きよう。

 

 

 念能力でオーラを全開放。

 加速して十六夜ちゃんとめだかちゃんの二人を捕まえ、全力で地面へと叩きつける。

 

 

「んなっ……まだ速くなんのかよ――ぐはぁっ!?」

「流石は……珱嗄さんか――がふっ!!」

 

 

 魔力を全開――魔法を発動、『魔力殺しの鎖(マジックオブキリングチェイン)』。

 バインドでなのはちゃんとヴィヴィオを縛り上げ、魔力を分解する性質を持った鎖で行動不能へと追い込む。ゆりかごの魔力炉であっても、魔力を練り上げられなければ意味がない。

 

 

「きゃああっ!? ち、力が……!!」

「この鎖っ……くっ……!?」

 

 

 スキル全開放、一瞬の内に発動させた数千のスキルによってピトーと一方通行の力を封じ込め、即座に気絶させる。

 

 

「身体が……うっ!?」

「反射が効かねェ―――あぐっ!?」

 

 

 ギフト解放、『噓吐天邪鬼(オーバーリヴァー)』によって球磨川君の性質を反転、過負荷(マイナス)性を一時的に正常(プラス)にすることで無力化する。

 

 

「『―――ッ……!』 僕の過負荷(マイナス)が……!?」

 

 

 能力解放、未来ちゃんから放たれる閃光を全て逸らし、触れる能力を使って迫りくるなじみのスキルを全て引き剥がし、なじみを投げ飛ばす。

 体の崩壊が始まっている――けれどこれで操祈ちゃんを守るものは何もなくなった。目の前に踏み込んだ俺の見上げて目を見開いた操祈ちゃんの首を叩き、一瞬の内に意識を奪う。

 

「はぁ……はぁっ……はぁっ……!!!」

 

 息が切れる。最早呼吸をするだけで身体に激痛が走っていた。

 残っているのは、なじみと未来ちゃん、かろうじて意識があるのは球磨川君とバインドで捉えたヴィヴィオ達くらいか。これでもやはり厄介な状況だ。

 

「くっ……」

 

 既に限界ギリギリだったからか、全能力を解放したことで身体能力の再現は不可能になっている。今の俺の身体は、もう通常の人間とさほど変わらない。

 力も使えてあと二、三回が限度ってところだろう。未来ちゃんは倒せるかもしれないが、これでは万全のなじみを倒すのは不可能かもしれない。

 

 だが、だからこそ面白い―――響ちゃんたちが逆境で諦めなかったように、俺も最後まで戦い抜くとしよう。

 

 

「これが最後―――だ……!?」

 

 

 パキン、という音と共に俺の右足が割れた。

 能力の負荷に耐えられず、膝下の足が割れて倒れてしまっている。とっさに片足で立つが、この決定的な隙を、彼女達が見逃すはずがなかった。

 反射的に正面を見ると、目の前までなじみが踏み込んできていた。

 

「珱嗄……僕も、君を愛してるよ」

「―――は、やっぱこの状態じゃきつかったか」

 

 笑みを浮かべる。

 なじみの手が掌底となって俺の身体の中心を撃ち抜いた。とっさに後ろに跳躍することで衝撃を逃がしたが、それでも人外の威力だ。その一撃は俺の身体に大きく罅を入れていき、右手と脇腹が砕けるのを止められない。

 

 そして着地と同時に左足がビキリ、と軋んだ。そこから次の動作に繋げることが出来ず、敗北を悟る。

 

 

「ッ……く……『閃光』!!!!」

 

 

 トドメとなったのは、未来ちゃんの放つ『神獣鏡』の光。

 涙を堪え切れずに放たれた彼女の一撃は、正確に俺の腹を撃ち抜いて――聖遺物であるこの身体を打ち砕いた。

 上半身と下半身が分かれ、ゆっくりと背中が地面へと落ちていく。

 その途中で見たなじみと未来ちゃんの顔には、溢れるほどの涙が浮かんでいた。別れは辛い……そうだな、俺もそう思うよ。

 

 なにせ今まで此処にいる全員の死を見届けてきたんだ……俺は。

 

 一人、また一人と死んでいく。俺の前で、俺の腕の中で、俺の知らないところで、その全てを俺は受け止めて進んできた。悲しくない筈がない、いつだって笑って歩いてきたけれど、辛くなかったわけじゃない。

 

「珱嗄!!」

「珱嗄ぁ!!」

 

 俺に手を伸ばして駆け寄ってくる二人の声。

 

「(ああ、分かるよ二人とも……別れって辛いよな、よく分かる)」

 

 でも、なんでだろうな。

 今俺はとても満足している。皆を見送ってきたその全てで、とても辛かったのを知っているのに、いざ見送られる側になると全く別の感情が湧いてくるんだ。

 こんな幸せな気持ちは、きっとないだろう。

 なぁ、お前達もそうだったか? 俺が見送った時、こんな気持ちだったのか? 人生に満足した顔して死にやがって、こんな気持ちで死んでたならそう言えよ。

 

 こんな経験、きっと誰もが味わえるものじゃないんだぞ。

 

 数秒経ったか、数分経ったか、時間感覚が鈍くなった頭でいつのまにか閉じていた目を開く。すると、俺の身体はなじみの膝枕で寝かせられていた。なじみの涙を流す顔が視界に入ってくる。

 そして視線を動かすと、

 

「―――」

 

 そこには、此処にいた全員がボロボロになりながら集まっていた。最初と同じように俺を取り囲むようにそこにいて、全員が俺の顔を覗き込んで笑顔を浮かべている。

 

「珱嗄……君の我儘だ」

「……ハ……負けたのにか?」

「勝敗なんて関係ないよ……君の我儘が、偶々僕たちの我儘だっただけさ」

 

 なじみがそう言う。

 俺の我儘が、なじみ達の我儘か。

 

「僕たちは君に勝った……だからっ……僕達全員で、君を、見送る……拒否権なんて、許さないからね……っ……!」

 

 そんなもの、拒否する必要もない。

 そうか、俺を見送ってくれるのか。他でもないこれまで出会った全員で。

 

 

 ―――珱嗄、珱嗄、オウカ、珱嗄さん、珱嗄、パパ、珱嗄、珱嗄さん、珱嗄、珱嗄さん、珱嗄、珱嗄、珱嗄さん、珱嗄、珱嗄さん、珱嗄、珱嗄さん、珱嗄さん……

 

 

 目を閉じると、みんなが俺の名前を呼んでくれる。一人ずつ、見送るように呼んでくれていた。そうだ、俺の本当の名前は泉ヶ仙珱嗄ではなかったけれど、皆と過ごしたのは俺で、俺は泉ヶ仙珱嗄だ。

 

 俺は泉ヶ仙珱嗄として、生きたのだ。

 

 

「あぁ―――……面白かった」

 

 

 だから身体が砕け、意識が白い光に溶けていく寸前……俺はいつも通りに、いつも以上に、万感の思いを込めて、そう言うことが出来た。

 

 

 




次回、最終回!!





自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
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また、珱嗄シリーズの更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。

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エピローグ

最終話。


 珱嗄が消えたあの日から―――この世界では数年が経った。

 

 私、小日向未来と響は無事にリディアン音楽院を卒業して、今では正式に『S.O.N.G.』の装者として所属している。クリスや切歌ちゃん達もあの一件以降、身元はS.O.N.G.の方で引き取られて、私達と同じくリディアン音楽院に編入、無事に卒業して今では私達の同僚だ。

 響がガングニールの装者になってから、半年にも満たない間の戦いは、未だに忘れられない。それくらい濃くて、それくらい大事な想い出だからだ。

 

 この世界に異世界人である安心院なじみさんたちが存在出来た理由は、珱嗄が全ての世界の中心として機能していたかららしく、あの戦いの後、彼女達はあの空間が消えると同時にその存在を消失させた。今では存在していた痕跡すら消えてしまっている。

 

「未来? どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

「そっか……じゃあ、戻ろっか。今日はこれといって任務はないけど……色々報告書とか書類仕事が待ってるんだよ~……」

「あはは、響はそういうのめっきり苦手だもんね」

 

 数年も経てば響も私もすっかり成長した。

 私は背が伸びて顔立ちが少し大人びたくらいで、それほど見た目に変化はない。けれど響は何か気持ちの変化でもあったのか、髪を伸ばしている。今では肩甲骨辺りまで伸びた癖のある髪を靡かせ、元気いっぱいだった振舞いも女性らしさが加わって魅力的になった。

 S.O.N.G.の職員の中でも、響は結構人気があるみたい。そう遠くない内に恋人でも出来るのかもしれないと思うと、少し寂しい気もするけど。

 

 響に手を引かれて歩き出す。

 背後に目を向けると、そこには大きな木がある。ここはリディアン音楽院の近くにある丘の上―――そこには、街を見渡すように一本の大木が聳え立っていた。私と響は、珱嗄が消えた日に毎年此処へ来る。

 珱嗄は死んだわけではなく、存在を全うして消えたのだ。

 だから皆で話し合って、彼のお墓なんて無粋な物は作らなかった。お墓を作っても彼はそこに眠っているわけではない。それこそ、私達の見えない所で飄々と歩いていてもおかしくない人なのだ。こうして街を見渡せる場所で、笑みを浮かべている方がよく似合う。

 

「……ねぇ響、珱嗄は今頃何をしてるかな?」

「あははっ! そんなの決まってるじゃん。今もどこかの物語の中で、いつも通り笑ってるよ」

「ふふっ、そうだね」

 

 ねぇ、珱嗄。私達の世界に、幸福という奇跡を起こした貴方のことを、私達以外の人は誰も知らない。誰が自分の命を救ったのかも知らず、いつも通りの日々を生きてる。私は少しだけそれがやるせない気持ちもあるけれど―――でも、それでいいんだよね。

 珱嗄は誰かに賞賛されたいわけじゃなくて、自分がやりたいことを、やりたいようにやっただけ。それで誰かが得をしたのなら、良かったじゃん、なんて言いながら恩を着せたりしない。

 

 私、今でも珱嗄のこと好きだよ。

 

 あの日、私の全霊を込めた一撃で貴方は倒れた。伝わったのかな、あの時込めた気持ち。私は多分、ずっと貴方のことを好きで居続けるよ。珱嗄は私の人生を縛らないようにしたけれど、私は貴方に縛られる人生を選んだ。

 そう、これは私の我儘だよ。私達は貴方に勝った、だから私の我儘は通させてもらうからね。

 

「平和だね、響」

「うん! 珱嗄が守って、私達が繋いできた平和だよ」

 

 バラルの呪詛が消えてから、人類は少しだけ人に優しくなれたと思う。

 今、この世界では、国と国同士が歩み寄る姿勢を見せ始めている。少しずつ手を取り合って、争わなくてもいい道を探している。国が国を信じ、受け入れ、それに応えるという行動を取り始めたのだ。

 

 未だ戦争や悲劇はある―――けれど、いつの日かそれを失くせる日が来ると、私達は信じている。

 

 私の手を引く響の手を見る。

 そう、この小さな手から始まったのだ。人類は、手を取りあえるという夢が。そしてそれは少しずつ、少しずつ多くの人の夢になって――これから世界中を覆っていく。

 

「ねぇ響、私あの戦いの時……自分の言葉で言えなかったことがあるの」

「……うん、私も」

「え?」

 

 あの日、私と響の関係はずっと強い絆で結ばれた。

 お互いに嘘を吐いて、依存して、拒絶して、離れて、それでも一緒にいたくて、謝って、また手を取り合うことが出来た。バラルの呪詛が消えて、私達はお互いにお互いをどう思っているのか、どれほど信頼しているのかを知っている。

 

 けれど、私達には"言葉"がある―――言葉でこそ、繋がってきたのだから。

 

「私の伝えたいこと……未来と同じだったら、嬉しいな」

「……うん」

 

 私も響も、そして――珱嗄も、私たち三人はずっと一緒。

 大好きで、大好きな、私達の光。

 だから言葉で伝えたい、"大好きだよ"、と。

 

 私と響はくすくすと笑って、そしてどちらからともなくせーので、お互いの伝えたい言葉を言った。

 

 そして二人して笑いだす。

 堪えることなく、大きな声で、晴れ晴れと。

 

 どこかで笑っているであろう珱嗄にも、聴こえるように―――……

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さて、これにて戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生完結―――とか、そうやって締められるんだろうな、きっと」

 

 白い背景に、音もなくそんな"台詞"が浮かび上がっていた。

 誰の台詞なのか、どういうシチュエーションなのか、そういう描写も何もない平面上の白い背景に、ただただ存在するその台詞。

 

 これは一体何だ?

 そう疑問に思う人物もいない。

 淡々と、その台詞はそこに浮かんでいた。

 

「泉ヶ仙珱嗄なんていうキャラクターがさ、ある時とある中学一年生の頭の中にぽっと空想されて、拙い文章で漫画の世界へと転生する物語の主人公になった」

 

 また台詞が浮かんでくる。

 

「空想は形になって、インターネットの海の中で色んな人の目に晒されながら漂っていった。一作書き切って、読者の声に調子を良くして二作目を書いて、いつのまにか珱嗄シリーズなんて自分で言いだして……気付いたら十一年も書く手を止めなかったんだぜ?」

 

 この台詞は一体誰が、誰に向けて語っている台詞なのかも分からない。それを疑問に思う者がいない以上、これは今誰にも認識されない事象として、ただこの空間に起こっているだけの出来事だ。

 いつかこれが誰かの目に止まり、何かしらの意味を持ったものとして認識されるのかもしれないが、今この時においては唯の文字の羅列でしかない。

 

「罵詈雑言言う奴もいたし、感動したって言う奴もいたし、歳を取れば本人も賛否両論ある作品を書いてるなって気付いていたし、なんなら中学生の考える最強のキャラクターっていう黒歴史ドストレートな作品だな、なんて思ったこともあったのにな。なのに書く手を止めず、今やシリーズ完結まで書き切ろうとしている」

 

 浮かんでくる台詞は、次々と出てきて、一つ前の台詞の下に並ぶ。

 

「なんでかって言われれば、本人は読者のおかげだって言う。そりゃそうだ! 面白いって言ってくれる奴らがいて、優しく応援の言葉をくれるんだから、頑張ろうってなるのも当然だよな。まぁそれが一番の理由だろうが、なにより、本人は物語を書くのが好きだったんだよ。作家になるわけでもなく、仕事を始めても合間を縫って書き続けてたくらいだからな」

 

 この台詞はどうやら、誰かについて語っているようだった。

 何もないまっさらな白い背景に浮かぶ黒い文字の羅列で、誰かのことを何かが語っている。これは一人の人物の話らしい。

 物語を書いている人物について、何らかの作品を通して語っている。

 

 一体誰に向けて語っているのかも分からないが、コレにはきっと何かの意味があるのだろう。

 

「そんで何より、泉ヶ仙珱嗄って存在に本人が一番憧れていたんだ」

 

 それが一体どういう意味なのか、それはきっと、誰かがこの台詞を読んだ時に伝わるのだろう。

 

「やりたいことをやり通す意思があって、誰よりも強い力があって、いつだって人生を楽しんでいて、色んな人に愛されて、誰かに嫌われても、傷付けられても笑い飛ばす心の強さがあって、何より人生を自由に生きている――そんな泉ヶ仙珱嗄に憧れていたんだ」

 

 語られるその人物。

 物語にのめり込み、十一年もの時間を物語に費やしたらしい人物の話。それは己の作り出したキャラクターが、そもそも本人が一番憧れた理想の姿だったという話だった。

 中学生の妄想が生み出したキャラクターが、物語の裏で、歳を取る本人の理想とする姿に成長していく話だった。

 

「命を懸けても良いと思えるような親友に恵まれたかったんだ。子供を立派に育てる親になりたいと思ったんだ。素敵な恋人と一途に添い遂げたいと願ったんだ。一緒に馬鹿をやれる仲間が欲しかったんだ。悲劇を覆して、誰かに手を差し伸べられる大人になりたかったんだ。そして、大勢の人に見送られて死ぬような人生に憧れたんだ」

 

 キャラクターに一番憧れたのは、そのキャラクターを生み出した本人だったという話。

 当然だろう――好きなものを生み出したのだから、それに一番焦がれるのは。

 

「そしたらさ、同じようにソイツに憧れた奴がいっぱいいたんだよ。本人と同じように、人生の中の十一年間、泉ヶ仙珱嗄ってキャラクターに憧れて、その物語を追いかけた奴らがさ。自由に生きて、好きなことをして、格好よく生きたいって思う奴らが、いっぱいな」

 

 台詞は続いていく。

 誰かに何かを語るように、台詞が続くにつれて、それが一つのお話へと変わっていく。白い背景に、台詞という模様が形作られていく。それはまさに、物語を生み出す光景に他ならなかった。

 

 作者が己の作った理想のキャラクターに憧れ、人生の半分をその物語と共に生きて、そして同じ憧れを抱いた者達にその終わりを描こうとしているのだと。

 

「そりゃあ嬉しかっただろう。このままずっと、皆と憧れを追いかけ続けたいって本人が一番思っただろうさ……それでも終わらせなきゃいけない。この物語を終わらせられるのは本人だけだからだ……始めた奴でなきゃ、終わらせられないからだ」

 

 台詞が流れていき、最初の台詞が見えなくなっていく。

 そしてなんとなく、この台詞の終わりも近くなっているのが内容から理解できる。これをいつか誰かが読んだ時、この台詞から何かを感じ取るのだろうか。

 この台詞の言いたいことを受け取るのだろうか。

 

「けれど、安心すると良い。泉ヶ仙珱嗄は多くの人が憧れた一つの理想だ……だから、物語が終わっても誰かが彼から感じた何かで成長するかもしれない。その成長が沢山あれば、いつしかそれらが集まって、"皆"で、泉ヶ仙珱嗄の様な何かを為すのかもしれない。まぁ、何かを為さずとも、人知れず、何処かの誰かの何かになってくれたなら、それが一番嬉しいことだと、こうして終わりを描いている本人も思っている」

 

 台詞がそうして語り終えた時、今までの台詞が全て消えていく。

 そして次に現れたのは、台詞ではない。鍵括弧で括られていない、まるで地の文のような一文だった。

 

 

 "◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生―――完結"

 

 

 それは、一つの物語が完結したという表示だった。

 だが今まで此処に浮かんでいたのは、泉ヶ仙珱嗄というキャラクターの物語ではなく、ただ誰かが何かを語っているだけの台詞の羅列。なのにこの物語が完結したというのはどういうことだろうかと、疑問に思う者もいない空間に発生した矛盾点。

 此処までの台詞達が泉ヶ仙珱嗄の物語だったとするのなら、その正体は一体なんだったのか。

 

 だがそれは、思い出したかのように浮かび出した文字が語っていた。

 

 

「そんなの決まってるだろ―――物語には、"あとがき"ってのが付き物なんだぜ?」

 

 

 そしてそれ以降、白い背景に文字は浮かんでこなかった。

 全ての物語が綴られた以上、ここにはもう、語り部は存在しない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………十一年間、本当に、ありがとうございました。

 

 

 




珱嗄シリーズ 全六作 完結
最後の感想、お待ちしております。


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