RE.チートから始める異世界生活 RE.MAKE (灰鳥)
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序章 守る決意
第一話 今日できないことは多分明日も出来ない、こういうのって大人になると響くよな
飲まず食わずで早3日、歩き続けて、力尽きて、倒れ伏してこのまま死ぬ事に絶望した。
情けない、人は飲まず食わずで1週間は生きられるというのに日頃の生活習慣の悪さがここで仇になるとは。
誰かに助けを求めなければ…誰に?こんな山奥に誰が助けに来る?。
妄想だ、死に際の希望的観測に過ぎない。
…いや、もう考えるのはやめよう。せめて…星空でも見ながら死ねたら。
だが見上げた空は曇り、なんなら雨が降り始めた。
最悪だ…、とことんついてない。
まぁ、こんな事になった時点でろくな事にならない事くらい分かりきっていた事だが。
…そろそろこうして思考することが難しくなってきた、雨が体温を奪って、体はだんだん冷えて動かなくなってくる、もう下半身は動かせそうにない。辛い時は笑えと昔から笑うのが得意ではなかった俺に母親はそう言った。
「笑えねぇ…」
今だけはあの能天気で尊敬できた母親を恨む、笑えねぇ、全くその通りだ。
「…今になって死ぬのが怖いなんてな」
手が震えている、寒いのもあるがそれ以上に恐怖で震えている。
もう…助からないと分かっているのに、命が惜しい、男なら潔く目を閉じて受け入れればいいのに、受け入れようとしない。
…ダメだ、もう…限界だ。
「大丈夫ですか?」
ふと、その声が聞こえた。
声音はとても落ち着いていて、それでも心配しているなんて気は微塵も感じられない。よく言えば落ち着いていて、悪くいえば感情がない…。
薄れゆく視界と聴覚で姿と声を拾う。
「私が分かりますか?」
霞む視界でも、その服装は特徴的でハッキリと分かった。メイド服だ、この世界にはレイヤーでもいるのだろうか。
とにもかくにも俺は頷いた。
「とにかく今は眠ってください、楽にして…必ず助けます」
その言葉を信じて、俺は目を閉じた。
『いいかい…?あんたは、決して弱くない。強い子だ、でも…ね、弱い子をいじめる子にはなっちゃダメよ?…弱い子を助けれる子がヒーローになれるんだからね?』
「お客様…お客様?」
「ん…」
随分と、懐かしい夢を見ていたような気がする。目の前のピンク髪少女は俺を気遣うように、背中に手を添えて俺を支えてくれた。当たりを見渡すと随分と豪勢な建物の中のようだった。目の前のピンク髪の少女はメイド服を身に付け、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「死にかけてた…のか」
「確かにここに運び込まれた際、お客様は危険な状態でした。ですがお客様は今や、意識もはっきりして心拍も安定しています」
「そうか…良かった、ところで俺を見つけてくれたのは…君?」
「いえ、ラムではございません、ラムの妹…いえ、世界一可愛くて純粋で優秀な妹のレムがお客様を見つけ運び込んで来たのです」
「あ…その、レムさん?、お好きなんだ」
「はい、自慢の妹です」
「姉様、お客様、お食事をお持ちしました」
すると、扉をコンコンと叩く音がなり、扉が開けられた。
そこにはラムとは反対に右目を前髪で隠して、髪色は綺麗な水色のラムと瓜二つのそっくりさんがそこにいた。
「双子だったんだ…」
「はい、お客様、姉様とレムは双子です」
2人並ぶとほんとに似てるな、ラムの方は何となく厳しそうだな、レムの方は溢れ出る母性が優しさを象徴してる。あとでかい、何がとは言わないけどでかい。
「お客様、お食事です、これを食べたら色々とお話を伺いますね」
「あ、はい…うまい」
なんだろう、この美味さ…明らかに見たことない食べ物なのに滅茶美味いすげぇ…。それにしても、さっきから2人とも真顔だな。
「なんで二人共…さっきから真顔なの?」
「ご不満でしょうか?」
「いや…別にそういう訳じゃ」
「では、…ハッ!」
「違う、そうじゃない」
「にわかに信じ難いわね、ねぇレム」
「そうですね、信じるに値しません」
「うーん…事実をありのまま述べろと言われて述べたのにこの仕打ち」
双子の姉でピンク髪のラム、双子の妹で水色髪のレムも目の前でなんか悲しいものを見る目をしている、なんでや真実を述べたまでやんか。
「つまり、ツキはどこか遠い国から突然こんな所へ飛ばされてきた…という事かしら?」
「うん…まぁ、そうかな」
「由緒あるロズワール領のお屋敷をこんなところ呼ばわりなんて、無礼にも程があるわ、ツキ、死になさい」
「いや、ラム?初対面だよね君今日初めて会ったよね?」
「さんを付けなさい」
「お客様、あまり姉様に話しかけないでください、姉様は繊細な性格ですので」
「繊細ってもっと優しい人だと思うんですよ」
「何を言っているの、ラムは常に優しいわ」
なんだろう、この子達多分悪い人ではないんだろうけど…。なんと言うか雰囲気が…。ていうか、ツバキをツキって略し方特殊過ぎだろ、バはどこいっちゃったのバは。
「それで…ツキ、行くあてはあるの?」
「…ない」
「呆れた、どういった経緯であんな所で倒れたかは知らないけど…まぁ、ラムの仕事が減るならいいわ」
「うん…うん?さらっとなんか仕事してる人間としてあるまじき発言しなかったか?」
「気の所為よ、それでツキ、体はもう大丈夫なんでしょう?」
「大丈夫です、姉様」
「ねぇなんでレムさんが答えるの?聞かれたの俺だよ?」
「レムが言うなら間違いないわね」
「いやあるよ、いや…ないけど」
「どっちよ」
「その…あれですよね?この屋敷に置いてあげるから働けと…?」
「そうに決まってるじゃない、話の分からないツキね」
「具体的な事何も言われてないのに話分かるツキは何なんですか」
うーん…、なんか話が飛躍しすぎてアレだけど…とにもかくにも訳分からんけど生きていけるのかな?。
「それと…後でロズワール様にご挨拶に行くわよ」
「ロズ…誰?」
「このお屋敷の、いえこの領土の領長なのです」
「なんか村長とかそんなもん?」
「そんなものでは無いわ、ロズワール様を甘く見ないで、ツキ」
「皮肉言わなきゃ死ぬのかあんたは」
「やぁ…目覚めたようだーね」
「…」
「何を驚いているのだーね?」
「初見で驚かない人いないと思うぞ、その顔」
そう、目の前にはピエロメイクの変人がいた。ラムに連れられ、会わせられたのがこいつだ、未だに信じ難い。
「とりあえず、私も君に聞きたいことがある」
「なんだよ」
「これは君のかーな?」
といって投げられたものをキャッチする、それは赤い輝きを放っていた。緩い軌道で投げられたそれは俺の手に収まり、そしてそれは掌に消えていった。
次の瞬間、体の全身を何かが、激痛を伴って駆け巡った。何かが無理やり押し広げられていくような感覚と血流が早すぎて、体温が急上昇していく感覚、その結果体からは煙が出て地面に膝をついたまま何も身動きが取れなくなった。
「ぐ…なにを…したんだ…」
「何も、私はただ本当の君を目覚めさせただけだーよ」
「本当の…俺?」
「君の魔力回路はいわば閉じていたんだよ、詳しい事は後で説明するから今はとりあえず死なないように頑張ってーね」
「…このやろ覚えてやがれ」
頭がガンガンして思考もままならない、ふと腕を見ると赤く輝く無数の線が通っていた。腕が麻痺して全く動かせなくなった、だが体の暴走は止まらず未だに立つことすら出来ていない。
「これ、いつ終わるんだよ…」
「君次第だ、君がこの力を自分のものと受け入れた時がそれだ」
「…なる…ほどね」
くそ、いよいよやばいな、目がチカチカしてきた。
俺は、暴走している体にムチを打ち全身に力を込めて体中を駆け巡る何かを制御しようとする。するとまず腕の麻痺が切れた、そして立ち上がる事が出来た。
「ほう…、どうやら思ったより早かったようだーね」
「この…っ」
時間が経つと段々と落ち着いてきて、巡りが穏やかになり、やがて暴走していた何かは治まった。
「はぁーっ…ふぅー…」
「ほう、やはり君にはそっちの才があるようだーね」
「人を…実験台みたく扱いやがって…」
ピエロ男は俺に椅子に座るよう促し俺とピエロ男…ロズワールは向かい合って座る形になった。
「君は…どこから来たんだい?」
「あぁ、東…いや、遠い国だ、こことは全く違う」
「そうか、その国にマナや魔力の概念はあるのかい?」
「話ではあるが、空想でしかなかった、実際今驚いてる」
「そうか、私の見た限りでは君の魔術回路は異質だ」
「魔術回路ってのは…さっきの」
「あぁ、先程君に渡したものは瞬時に本来眠っている魔力を活発化させ、閉じている魔術回路を強引に開くものだ、普通ならば少し痛い程度だが君は違った、簡単に言うと君の魔術回路は人間のレベルではない」
「具体的に言うと?」
「身体の魔力の回転速度が異常…という事だ、回転速度が高すぎて君に渡したものの効果で魔力が全身に全開で送り込まれた事で回路の回転の速さに君の身体が驚いて、痛みを伴う数々の症状を招いた」
「なるほどね、でもそれだとこれからもし魔力を使う時も痛みが伴うってことじゃ…」
「いや、今回は元々閉じていた回路に全開で魔力を流した事が主な理由だ、次からはそこまで痛みは無いはずだーよ。少なくとも麻痺や頭痛、意識が飛ぶなんてことは無いはずだ、やりすぎれば、身体に負荷がかかるだけでね」
一応よく説明は聞いているが理解出来たか怪しい。とにかく魔力の扱い方とかは身体で覚えるしかないのかな、よし、ここは冷静に行こう、冷静に行けば何とかなるって異世界転生ものの主人公が言ってた!。
「君には2つの選択肢がある、1つは行く宛てもなくここから出て彷徨うか、もう1つはこの屋敷で従者として働くかだ」
「実質一択だろ、分かった、働かせてもらう」
「なるほど、ラム、あとは君とレムに任せるよ」
「かしこまりました、お任せ下さい、行くわよツキ」
「お、おお…ちょっ!引っ張んな!行く!行くから!」
とにかく、何とかやっていけそうでよかった。先行きは見えないし暗いし不安でしかないしラムさん怖いしロズワールは何考えてるかわからんけど。唯一救いはレムさんかな、優しそうだった。
「お客様、大丈夫ですか」
「うん、大丈夫なんだけど…よく持てるねそれ」
「ツキは軟弱なのよ、こんなものも持てないでどうするの、先が思いやられるわね」
目前で疲れ果てた俺を見下ろすレムさんとラムさん、手には袋いっぱいに詰め込まれた小麦粉、なんか物理無視してない?、その小麦粉。薄すぎる布にしては風船並みにパンパンに詰まってるんだけど。下手に触らないでおこう、止めておこう。
ていうか、レムさんの目が怖いやばい怖い、何が怖いってハイライト消えてるんだよ目の。何かもうこいつこんな事も出来ねぇのかみたいな雰囲気醸し出してるよ、ラムさんみたいに口に出すならいいけど、いや良くないけど!。けど出さない出さないでそれはそれで恐ろしい。
「一日目で先を思いやらないでいただけますか」
「今日出来ないことは明日も出来ないのよ、ツキ」
「流石姉様です」
「あー、はいはい…とりあえずできることやります」
「それで、次は料理だけれど…」
「あからさまにニヤッとしましたね、お客様」
「なんでそういう所は見てるんですかね…、まぁ任せろ、得意分野だ」
「んーむ…ふん!」
夕食も終え、一通りの業務を終えてこの屋敷での一日目が終了した。
俺が作った料理は多少見慣れないものでも大好評であった、ロズワールも含めあの…銀髪の…エミリア様も美味しい美味しいと言ってくれた。今日初めてまともに褒められたせいか涙腺が崩壊しかけた。
うん、やっぱりどんな人間も褒められて成長するもんなんですよ、偉い人にはそれがわからんのですよ!ほんとに!。
はてさて、そんな一日を終えて風呂に入ったし、あとはもう寝るだけ…なのだけれど。
昼にラムさんに言われたことがずっとあとを引いていた。今日出来ないことは明日も出来ない、そんなこと学校の先生とかに散々言われても何も響かなかったのに。どうして急に響いたのかは分からない。
そんな経緯があって、屋敷のほとんどの人間…と言ってもそんなに数はいないのだが屋敷の人間が寝静まったであろうタイミングを見計らって、少し離れた恐らく石が破裂しても音が響かないであろう庭の隅で俺一人では到底持ち上げようのない大きな石を何とかして持ち上げようとしていた。一応ロズワールに夕食の時に助言を貰った、ロズワール曰く「石を持ち上げようとするのではダメだーよ」という事だった。
うん、さっぱり分からん。
「石を持ち上げる…以外?」
「…こんな時間にこんな所で何をしているの?」
ふと、後ろから呆れるような声をかけられた。振り返るとそこにはネグリジェに着替えたラムがいた。ラムはこちらへ歩み寄り適当な芝生に腰を下ろす。
「重いものを持ち上げる練習、ていうかラムさんこそこんな時間にこんな所で何してんの?」
「自分の部屋から、庭の隅でコソコソ動いている盗っ人を見かけたから捕まえようとしたのよ、まぁ違ったけれど」
「まぁ、傍から見れば石をぺたぺた触っている変人か、それこそ盗っ人だろうな」
「自覚はあるのね」
「自覚はあっても事実は違うからな」
「どうかしらね」
「いやマジで盗みだけはしないからな?」
「それで、魔力は扱えるようになったのかしら?」
「いや、抑えるだけなら昼にも出来たんだが…いざ使うとなるとその感覚が分からん」
「そう…、まぁいいわ。少し教えてあげるから」
「悪い、助かる」
「まず、目を閉じなさい、そして集中しなさい」
「おう」
俺は言われた通りに目を閉じて石に左の掌を置き、集中した。体の奥で魔力が沸き立っているのを感じた、ここまではいけるのだがこの先が俺には分からない。
「魔力は感じ取れた?」
「あぁ、分かる」
「そう、なら左腕のあらゆる感覚を研ぎ澄ましなさい、爪の先まであらゆる感覚を」
「分かった…、ちょっと時間かかるかもだがやってみる」
まず、上腕…次に肘…下腕…手首…指の第一関節、第二…第三…爪先。
すると一気にに魔力が左腕に流れ込んできた、多少の痛みとしびれを伴ったがそれ以上の力が入り込んだ気がした。
「流れこんだ魔力を、痛みがなくなるまで抑えなさい」
「分かった…」
言われたとおり、痺れや痛みが取れるまで魔力を抑え込んだ。
「抑えたわね、なら石を持ち上げてみなさい」
「おう、…おぉ!?」
指先に力を入れた瞬間、石に指がバキッと音を立ててめり込んだ。
「石は上がるかしら?」
「上がる…すげぇ」
持ち上がるどころか、掌を横に向けても石は俺の手から落ちることは無かった。
「魔力の出し入れを繰り返しなさい、ここからはひたすらやって慣れるしかないわ」
「おう、ありがと」
「それじゃ、ラムはもう寝るわ、ツキも早く寝なさい」
「おう、ありがとな」
「別に、礼を言われる事もないわ」
そう言うとラムは屋敷へと戻って行った。
「もうちょいやるかな」
「……姉様…っ」
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第二話 辛辣姉様に甘えを求めては行けない
「…朝か」
はて、結局昨日はいつ頃寝たかな。
そんなに遅くには寝てない気もする、何故ならすこぶる今日は体調がいい。寝る直前ぐらいまではなんか体の節々が痺れてたり痛かったりしたこともあったけれどもうそんなこともない。
とにかくベッドから出よう、そんで着替えて…とりあえず厨房かな?厨房行ってみよう。朝食を食べる人と食べないとではテストの点数はだいぶ違うらしいからね!、ここテストに出ます。出ないけど。
「着替えるか…」
ベッドから起き上がり、時計を確認する…よし、寝坊はしてない。そしてレムさんとラムさんに採寸して用意してもらった服に着替え俺は部屋をあとにした。
「ツーバキ君、ちょっといいかな?」
「伸ばすな、ちゃんと言え、で?なに」
朝食を作り、朝食を出し、洗濯とか朝にやる事を基本的に終わらせてレムさんとラムさんは庭の整備に必要な道具やら何やらを取ってくるから玄関前で待ってろと言われ、適当な柱にもたれ掛かり、待っているとラムさんとレムさんの2人ではなく、ロズワールがでてきた。
「君にこれを渡しておきたくてね、一応」
「なんだよ…、いやこれ」
「見ての通り、剣だ」
そこには指先から肘ぐらいまでの長さの鞘に収められた剣があった、その剣を受け取り、剣を抜くと剣の刀身が一瞬赤く光った。
「もっと長くて頑丈なものも用意できたのだがね、急造ゆえに使い勝手と頑丈さを重視したものを作らせたーよ」
「まぁ、確かに下手に長いやつより最初はこういうやつの方がいいか」
「どうやら、ちょうど良かったようだーね」
「でもよ、なんでこれを俺に?」
「なーに、ちょっとした護身用だーよ」
「護身用…ね」
どこか含みのあるロズワールの口調と言い草に少し疑いの目を向けるが現状何も起きていない以上、ロズワールを疑うのは筋違いだ。それに、まだなにか起きると決まったわけではない。
「ま、有難く受け取っとく」
俺は剣の鞘に着いている金具を左側のベルトに着ける、試しに右手で抜いて見て、素早く抜けるかを確かめると思ったよりも素早く抜けた。
「ツキ、いるの?いるなら来なさい」
「分かった、今行く」
そうして俺はロズワールに一瞥し、その場をあとにする。俺が扉に差し掛かった時、ロズワールが小声で何かを呟いていたような声が聞こえた気がした。
「ツキ、園芸はできる?」
「植えて育てたりなら家庭菜園でちょくちょくだけど…、木の葉とかを整えるまではやってねぇな…」
そもそも自宅の庭に木が生えてるなんて、今生で1回もない上にあって欲しくない。
「そう、では質問を変えるわ、彫刻とかそういうのは得意?」
「人並みには」
「そう、なら、レムの手本をよく見ておきなさい」
「さっきの質問なんだよ」
すると、レムさんは庭に並び立つ木の枝の乱れた部分を切り始めた。しばらくそれを続けていると気づけば木は綺麗な形に整えられていた。
「はえー…すっごい」
「ツキ、やりなさい」
「あのすいません、ハサミが二つしかないんですけどラムさんは何をなさるんでしょうか?」
「ラムは監督よ」
「姉様は切りそろえるのが下手なので形を見て揃っているかを判断するんです」
「下手なのかよ…」
凄いなんでそういう事をさも当然のように言えるんだこの人、よく言えば堂々としてるけど、ただ恥ずかしいだけだと思うんすよ。
「ツキ、これはそう難しくはないわ、要は慣れよ」
「自分出来ないのに難しくないとか言っちゃうのかよ…」
この人自分を顧みるとかないのかなほんとに。
とか言われつつ、渋々やり始めていくとまぁ楽しいもんだ。楽しいし何より感覚とかそういうのが結構鍛えられてる気がする。気がするだけだけど。
元々こういう整えたりするのは好きだった分モチベとかに関しては何ら問題ない、むしろ高いまである。
「…」
「あの露骨に機嫌悪そうにするのやめて」
「ツキ、そこがズレてるわ、あとそこも、あとあそこも」
「いやどこだよ…」
理不尽極まりないが、まぁこういう人なんだと納得するしかないのかせざるを得ないのか。
「お客様、終わりましたか?」
「一応、こっちは」
「分かりました、では次は薪の補充に行きます、着いてきてください」
「りょーかい、あのラムさん?後ろから小突くのやめて」
「えー…あのさ、薪だよね?」
「はい、薪です」
「こんなぶっといの薪で使うの?」
「太く頑丈な木は長持ちするのと、よく燃えるので切るのには手間はかかりますが、この屋敷には姉様とレムしかいなかったので」
「なるほど、効率的には時間かかってもこっちの方がいいわけだ」
目前にはさぞ立派な大木から切り落としたであろう、ぶっとい丸太があった。俺は丸太に触れ、感覚だけ確かめる。指先からでもその硬さが存分に伝わってくる。
「これ、簡単には切れないな」
「ツキ、木に魔力を流してみなさい」
「木に…魔力を?」
「指先から丸太へ、流し込むイメージをしなさい」
「わ、分かった…」
「集中、忘れないこと」
「よし…」
俺は言われた通り、集中し右手に魔力を流し込み指先から木の幹へ魔力を流し込む。すると、丸太のの中のあらゆる気配が感じ取れた。うちに潜む寄生虫や微生物、年輪の数なんかも。それと…。
「ラムさん、レムさん、少し下がって…」
「何を…」
俺は腰の剣に手をかけ、剣を抜く。すると剣が一瞬赤く光り、刀身に赤い光の脈が走った。
その剣を構え、ゆっくりと大木に振り下ろす。すると少し遅れて大きな物音を立てて、木を乗せていた台から半分に切れた木の片方が転げ落ちた。
「あら、台ごと切って土下座するのを期待していたのに」
「そういう事言われるだろうから、慎重に切ったんです」
「今のどこで習ったんですか?」
ふとそちらを見ると、レムさんが不穏そうな視線をこちらへ向けて聞いてくる。
「6割くらいはラムさんとロズワールに教わった事で4割は自分」
「…そうですか」
「ツキ、これで終わりじゃないわよ、もっと細かく切りなさい」
「考えたらこの太い木を薪サイズに切るって面倒くさいっすね」
「つべこべ言わずにやりなさい」
「はいはい」
その後、切り終わる頃には俺は疲労困憊であった。
その後、普通に夜のご飯近くまでソファで熟睡だったそうな、ちなみに起きたらなんか顔に落書きされてた、犯人はヤス。
「ぐっ…いつっ…」
結局あの後、ラムさんに叩き起され顔を洗って落書きを消してこいと言われ、いや絶対あの人だろ。とにかくその後夕食を作ってその日にやる事色々終わらせてここにいる次第である。
「それにしても…」
『今の…どこで習ったんですか?』
あのレムさんの目、明らかに俺を警戒していた。いや多分何も今日からじゃない、昨日からずっと…。彼女が俺を警戒するのは当然だろう、屋敷に突如として居候している見ず知らずの他人、従者として警戒するのは至極当然当たり前だ。だが、そういう類の警戒ならラムさんだってしている、いやむしろ初日に関してはラムさんの方が警戒心が高かった。
おそらく昨日の夜で警戒心がだいぶ解かれたんだろうか、ラムに関しては警戒心をあまり見せなくなった。
だが、レムさんの警戒心はラムさんの警戒心とは根本的に違った。彼女のそれはラムさんの屋敷を守るを加えてそれ以上にラムさんを守るという警戒心を感じた。実際ラムさんと二人でいる事があったのは初日のロズワールに会いに行く時と、昨日の夜のみ。これだけ広い屋敷にもかかわらず分担せず、日中常に一緒に作業をしている。
どうにもレムはラムさんと俺が二人でいる状況を避けたがっているような気がする、理由は不明だが、時に異様なほど冷たい気配を感じることがあった。まだ気配というものに曖昧な部分もあるとは思うが、周囲に小範囲ではあるが微弱な魔力を放出することをこの二日でできるようになった、どうやらこれに気づいたのはロズワールとエミリア様の猫のみだった。ラムさんは多少の警戒はあったものの先程の夕食の時点ではほとんど皆無だった、ただレムさんに関して言えば俺に対する警戒心が減るどころか増えている。それこそ、ひとつでも怪しい動きを見せたら殺しにくるレベルで。
もし…もしだが、彼女が俺を殺そうとした時、俺は彼女を殺せるだろうか。
答えは否である。
「またこんなとこで、風邪引くわよ?」
「あいにくと馬鹿なもんで風邪は引かない主義だ」
ロズワール邸から少し歩いた川辺、そこには自分の身の丈の三分の一ほどある大きな岩が数多く点在していた。俺はその中の一つの岩に向かって剣を振っていた所、不意に後ろから声をかけられ振り返るとそこには昨日と同じくネグリジェのラムさんがいた。
「馬鹿は風邪引かない?笑わせないでツキはバカ以下なのだから風邪は引くわ」
「だったら余計引かないのでは…」
バカは風邪引かないのはルールに乗っ取ればバカ以下の人はバカ以下はインフルならないみたいな、語感悪っ…。
「ていうか、なんで昨日の今日とここに?」
「ラムはツキの監視役をロズワール様から仰せつかっているのだから、ツキが自分の部屋へ戻るのを確認するまでは寝れないのよ」
「なるほどね、勝手に監視されてたわけか」
「まぁそうね、それで、今日は何?」
「いや、剣に流す魔力を制御してもっと硬いものを切れるようにならないかなって…」
「それなら簡単よ、丸太に魔力を流す要領で剣にも魔力を流しなさい、ちゃんと制御してね」
言われた通り、丸太と同じ要領で剣に魔力を流す。すると剣の刀身に赤い光の脈が浮き出て、それが剣の隅々まで魔力を生き通らせる。
そして、両手でしっかりと握り、目前の岩へと振り下ろす。
すると太刀筋が光の帯を描き、目前の岩が真っ二つに割れた。
「はぇー…切れるもんだな」
「それじゃ、ラムはもう行くわ」
「早いな、例の如く監視だけか?」
「いえ、眠いからよ」
「おい従者…」
そう言ってラムさんはとっとと屋敷へともどっていった、フリーダムすぎるだろ、教えてくれる分には感謝してるけど。
「ほんとに…ったく」
自分は一体何を考えていたのだろう、前世…いや前の世界であんな人生歩んできて、この世界に来てまたひどい目に遭うなんて事あるわけない。ならば俺の前前世は余程の大悪党だったのだろう。
レムが、俺を殺す…いや、そんな事あるわけない。
けどもし…彼女が俺を殺すなら、俺は…。
「…姉様には、何もさせない、レムが…やらなきゃ」
足が痛てぇ
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第三話 ヴァンパイア・オーガ
という前書きを27日書きました。
「今日は随分晴れてるわね、昨日までは曇り続きだったのに」
「おー、まぁ確かに…」
あれから一週間経過した昼下がり、それまでの天気は曇っていたりどことなく不安定だったのが今日になって急に晴れ間がでてきた、今では雲ひとつない快晴である。こういう時って眠たくなるよね、特に隣にベッドでゴロゴロしてる人がいると。こっちは今真剣に勉強をしているのに、ほらあれだよ、勉強会開こうぜって言ったやつがそうそうに飽きてソシャゲし始めるやつ。まじそいつろくな奴じゃないからな。
「やっと安心して洗濯物を乾かせるわ、ツキ、乾かしてきなさい」
「ラムさんが行くんじゃないのね…」
「当たり前よ、ラムは今忙しいの」
「人の部屋のベッド占拠して悠々と本読んでるやつが言うセリフじゃないですねそれ」
「読み書きが分からないツキのためにこうして教えてあげているのだから、感謝して欲しいわね」
「さいですか、じゃ…行ってくるわ」
「どこに?」
「ラムさんが乾かして来いって言ったんでしょうが」
呆れながらも渋々、俺は部屋をあとにして洗濯カゴを持って洗濯物を干しに向かった。
そう言えば俺がここに運び込まれた時の服とかどこいったんだろ…、ここに来た時はなんかここの寝巻きみたいなやつ着せられてたし、ていうか俺誰に着替えさせられた?まさか…そうかロズワールだな、ロズワールだそうに決まってる間違いないそれ以外ありえないあって欲しくない。
ここに来た時の服は確か黒シャツと黒パーカーと黒目のジーンズだった気がする、ほんと黒好きだな○リトかよ。イ○リトでは無いぞ?決して、俺は謙虚に生きてる。出来ればあるなら手元に置いておきたい、ちょっとお気にだったし、ここの執事服も気に入ってはいるけどやはり寝る時は自分の服で寝たい、特にパーカー、あれがないと熟睡出来ない、爆睡は出来るけど熟睡が出来ない。いつも寝る時も出掛ける時も来てたオシャレなやつだから、朝起きてパーカーないと妙に違和感がある。
もしかしたらその辺に干してあったりするのかね、出来ればあってほしいなぁ…。
「…あれ?あれって…」
「…お客様」
洗濯物を干す物干し竿がかかった大きなベランダに持たれて風に当たっていたのはどうやらレムさんだったようだ。レムさんはこちらを見つけると少し怪訝そうにして、直ぐに外へと視線を戻して再び外を眺めていた。
「……」
「どうしたんですか?洗濯物を干しに来たんですよね?」
「…あ、うん」
今一瞬見とれてた…、そよ風に揺れたレムさんの髪は太陽の光に当てられてキラキラと輝いていて、洗濯物を干そうとそこに近づいて顔をちらりと伺うと天使がいた。いやそんなもんじゃない、女神です。
「っしょと…」
その後もチラと隣のレムさんの様子を伺いながら作業をしていた、互いに無言でレムさんはこちらを見向きもせずに外の景色を眺めている。
「……」
ただ、その目はどこか悲しげで寂しげだった。「何かあった?」と部外者が聞くわけにもいかず、俺はその場を黙って後にした。
「なにも…言わないんですね、お客様」
「あれ?エミリア様?それとパック」
「あ、ツバキだ」
「ツバキー、あれはどういうことかなぁ?」
「は?なに?」
「もうパック、ちゃんと説明しなきゃだめでしょ?」
俺がカゴを置いて自分の部屋へ戻ると扉がこちら側へ開いていて、そこから覗き込むような形でひょこっとしているエミリア様とパックがそこにはいた。
パックは「あなた、やってしまったねぇ…?」みたいな感じの顔をしている、なんだお前俺はお前の大好きな猫用の骨なんか食ってないぞ。ていうか骨は食わんぞ。
「えっと…俺の部屋になんかあんの?」
「えっとね…その、とりあえずそっとしてあげてね?」
「もう聞くだけじゃわかんないで見ますね」
そうやってエミリア様に少しどいてもらって自分の部屋へ入ると。
「スーッ…スーッ…」
「何やってんだこの人」
「その…怒らないであげて、ラムも疲れてたんだし…」
「それは知ってます、何もここで寝なくてもなぁ」
「起こして移動させるのかい?」
「起こしたら俺の上半身吹っ飛ぶくらい機嫌悪いラムさんが降臨するわ」
「随分毒々しい例えだね」
「まぁいいや、とにかく夕食まで時間があるから禁書庫にでも足を運んでみたらどうだ?」
「禁書庫…そうだ!パック、行くよ!」
「元気だなぁ、癒される」
「そうだ、ツバキ、今朝べティーが暇が出来たら禁書庫に来るようにツバキにって」
「…そうか、会えたら伝えてくれ、明日でいいからって」
「まだ…飢えはあるのかい?」
「少しな…、でもまだベアトリスの魔術が効いてる分マシだ」
「大丈夫?無理しちゃダメだからね?」
「ありがとう、ほらエミリア様早く行かなきゃ」
そうしてエミリア様とパックはテトテト歩いてどこかへ消えていった、いやほんとにどこいった禁書庫の扉を一発で当てたのかすげえなおい。
とにもかくにもとりあえず扉を閉めて、俺は椅子に座って隣で眠るラムにブランケットをかける。
本当に気持ちよさそうに寝てるな…。視線を外して机に向かおうとしたその時。
「飢えってなんのこと?」
「起きてたのか…、ていうか聞いてたのか…」
「ええ」
「具体的にはいつから?」
「パ、パック?起こさない方がいいのかしら?」
「ん?それいつ?」
「ツキが来る前よ、起こす起こさないの話し声が大きくて、目が覚めてしまっていたわ」
「やろうあの猫精霊知ってて話振りやがったなぁぁぁ!!!」
なるほど、「やってしまったねぇ…」という顔ではなく「来てしまったねぇ…」ということかなるほどなるほど、今日のあいつの夕食に砂糖大量に入れとこ。
「それで説明してもらえるのかしら」
「説明させる気しかないですよね、めっちゃ顔怖いんですけど…」
「別に無理ならいいわよ、無理して聞いたりはしないから」
「…そうか」
「話してくれるの?」
「あのさ…俺」
「吸血鬼…かも」
「は?」
「確かに、太陽は大丈夫だし十字架は平気だしニンニクも平気だけど…」
「ラムが知る限り吸血鬼というのは光に弱く正に弱いという話を聞くけど」
「俺はその…難しいんだけど、肉体だけ吸血鬼のような感じらしくて…」
「それで、気づいたのはいつ?」
「四日前ぐらい…かな」
そう、違和感に気づいたのはその日は朝昼晩と結構な量を食べたのだが、お腹は膨れている、つまり食べ物に飢えている訳ではないのだが
その夜に俺は謎の飢餓症状に襲われた。このことを知ってるのは対処に当たったロズワールと禁書庫の精霊ベアトリス、そしてパックとエミリア様のみである、そして今、ラムさんに話したことで知っていないのはレムさんのみだが言う必要があったら言うぐらいでいいか。
ともかく、魔力が枯渇している訳でもなく、栄養分が足りていない訳でもない。ロズワールがしばらく俺の胸に手を触れ、考えていると目を開いてこういった。
「君、吸血鬼だーね」
「は?え?は?」
「なるほど飢餓状態というのは、血液の飢餓状態であったということか
…」
「そんなことより、問題はこいつをどうするかなのよ」
「そうだーね…少し待ってくれ確かここに」
「なんだよ?ていうかベアトリス、お前今夜の夕食のピーマン残したろ」
「ギク…」
「いいか?いくら精霊で寿命が長いとはいえ、400年で身長一センチも伸びないはどうかと思うぞ?いや別にベアトリスの食生活を変えろって言うわけじゃないけど…」
「とどのつまり、何が言いたいのよ」
「牛乳飲めるようになろうぜ」
「嫌なのよ!無理なのよ!」
「なんでミルクコーヒーは良くて牛乳はダメなん?」
「それとこれとは違うかしら!」
「いや、コーヒー入ってるか入ってないかの違いはぶっちゃけ関係ないぞ」
「少なくとも牛の乳をそのまま飲むなんてことはしたくないかしら!」
「何その無駄な潔癖症」
「なっ…!」
「あ、あった、これだ」
「おう…って何これ?赤い錠剤?」
見るとそこには粉末状のものを固形化させた俺たちの世界で言う錠剤に近いものがあった。
「これは長旅などに使う鉄分を補う薬だ、私は貧血を良く起こす身でね、遠征時には必ず服用している」
「ちょっと飲んでみていいか?」
「まず一粒飲んでみてくれ、飢えが消えたらそれで明日の同じ時間まで飢えが消えていたか教えてくれ」
なんだこれ…口に入れた瞬間少し舌に触れただけでなんか血の味がした…。ただ、確かに先程まであった、謎の飢えは消えて随分と楽になった。
「ふーっ…よし、治った」
「君には一箱渡しておく、これは一応血液型の適性がある、これは君のA型よりだ、誰かから吸血する手もあるが私はA型では無い」
「待て、この屋敷にA型っている?」
「レムとラムの2人だが」
「ラムは嫌よ」
「いいよ、流石にまだ知り合って一週間の女の子に噛み付いて貰うのは俺もちょっと気が引ける」
「レムも嫌よ」
「だから大丈夫だって、しばらくはロズワールに貰ったやつで凌ぐから」
「そう…ならいいわ」
流石に女の子に貰うのはごめんこうむりたい、俺が嫌とかじゃなくて、多分相手が嫌だろうし。
「それで、ツキはどんなところが人とは違うのかしら?」
「えっと…魔力に加えて血というか鉄分が必要なのと、血さえあれば命に関わる傷は回復する、でも足の怪我とかは再生しずに痛みだけ消えるみたいな」
「なんだか随分めんどくさいわね」
「俺も最初聞いた時思ったよ、そんで…」
「レム?どうしたの?」
「エミリア様!?ち、違うんです!これは…その」
レムがツバキの部屋の扉に耳をつけて部屋の中のツバキとラムの会話を聞いていると、後ろからエミリアに声をかけられて思わず大きな声を出しそうになったが寸前でこらえる。
「話に入りたいんだったら入ればいいのに、でもラムとツバキってすっごく仲良しよね、いつも夜はツバキの特訓にラムは付き合ってあげてるもの」
「エミリア様…知ってたんですか?」
「だって、ほんとに毎日だもの、話し声で起きちゃう事もあるけど、窓の外で楽しそうにしてるの見てるといいなって」
そういって楽しげに笑うエミリアを見て、レムは少なからず自分に迷いが生じたのだろうか、少しくもった表情をした。
「レムはツバキの事…嫌い?」
「いえ…別にそういうわけでは」
「私は好きよ?料理は美味しいし、優しいし、たまにちょっと抜けてるけどね」
「それは…」
それは誰かさんにも言えることだと思うのですがという言葉をレムは押し留める。
「でもね、一人でいるあの子がたまにすごく不安で暗い表情をしてるの」
「え?」
「レムは…何か知らない?」
「いえ…特には」
「そっか…ありがとね」
そう言ってエミリアはその場をあとにした。
レムには悪い癖がある、一つは性格そのものがネガティブである事、次に自分にはラムしかいないと思っている事、そして最後に例えこの屋敷を追い出される結果になったとしてもラムだけは守るという事。
レムは、決めたのだ。
あの男を殺すと自分の迷いを押し殺して、感情を捨て去って。分かっている一度こんなことをしてしまえば自分はもうラムの隣に立つ資格なんて失うことは分かっている、ツノがある自分よりツノのないラムの方がずっと強い。だから自分のツノがなければ良かった、そう言っていつも自分を責め続けていた。
「…」
氷のような目をしたレムは部屋をあとにし、屋敷の外へと出る。
外へと向かう道中…。
「やぁレム、どこへ行くんだい?」
「少し…村の方まで」
「そうかい、気をつけてね」
すれ違う猫精霊はあえてその目に触れなかった、彼女は本気だ。どうあってもその決意は揺らぐことは無いだろう、百を救うために一を殺す、そういう人間は迷わない。
だから、自分がここで何を言っても意味が無いことを猫精霊は悟ったのだ。
結果は変えられない、変えられるとすればそれは彼女と当人だけだ。
ただ一つ、言えるとすればこれはどちらにとっても自分を殺すことになる、現に彼女は心を殺して決意を決めた。
「君に…彼女が救えるかな、ツバキ」
そう、猫精霊は呟いた。
「ツバキ君、新しい資料を見つけたのだが読むかい?」
「なんだ?また変な生態でもあんの?」
「そう、変な生態だ」
「変な生態なのかよ、またかよ」
そうしてロズワールの見せてくれた資料を見ていると、えーと…なになに、『一時的に自身の血液を摂取する事で治癒や戦闘力をあげることが出来る…。』何この身を切るというかなんかちょっと厨二くさいな。
ちょっと待ってなんか下に書いてあるな、『なお前述の補足として、自身ではなく他者でなおかつ異性である場合、魔術回路が一時的に活性化し、目覚しい変貌を遂げるであろう』何だこのハーレムバトル物にありそうな設定。
「めんどくせぇ…」
「確かに少しめんどくさいようだーね」
「それで、なんだったかな、用事というのは」
「あーそうそう、鉄分のあれある?なんか全部無くなっててだな…」
「…私の上げた箱には四十錠ほど入っていたはずだよ?」
「そうなんだよ…誰か持ってったのかなぁ、ラムとレムだったらあれだけどパックだったらなにこれ?って言って全部飲みそう」
「ふむ…今のところ明日には来るだろうが、今日はなしで凌いでくれ」
「まぁ、耐えるわ」
「ところで最後に飲んだのはいつだい?」
「昨日の今頃だったかな…」
「そうか、まぁ頑張りたまえ」
「頑張るわ、…ていうか雨降ってきた?なんかさっきから外がザーザー言ってんだけど?」
「そのようだね、今朝まで晴れ間が出ていたのだが」
「荒れそうだな、天気」
「レムさんがいない?」
「そう、先程大精霊様が見かけたらしくて村の方に行くと」
「困ったわね、傘を持っていないだろうしラムは雨が苦手だから迎えに行けないし」
「苦手っておま…まぁ確かにこの時間帯に屋敷に誰もいないってのは夕食とか色々遅れるからな、探してくるから準備して待っててくれ」
「…大丈夫?」
「大丈夫、それに雨の日は魔獣も活発じゃないんだろ?それにこの時間帯はまだ魔獣は動いてないだろうしな」
「そう…気をつけて」
「おう、なんか珍しく心配してくれてるのな」
「いえ、ラムひとりで夕食は作れないもの」
「そう言えばそうでしたね…出来るだけはよ戻ってきます!」
そう言って雨の中傘をさして歩いていくツバキの後ろ姿を見てラムは。
「哀愁が凄いわね、有り金でも溶かしたのかしら」
「聞こえてんぞ!」
「…どこここ?」
あるある、人を探しに行って自分が迷子になる、それあるー?それなー?。ってんなこと言ってる場合じゃねえだろアホかァァァ!!!!、あかん、不安を紛らわすためにナチュラルハイになってしもうてる、落ち着くんや工藤!まずは素数を数えて…素数ってなんだ?。
あーもう!俺のバカ!ていうか数回しか行ったことない村なんて分かるわけねぇだろアホか!そんなんわかってたやろ!、やばいエセ関西人が。それにしたって森森森、これほんとに道あってんのかね、あってねぇから迷子なんだろ!ほんまか工藤!。
…そろそろ本気でどうしよう、また拾われるのか俺は…嫌すぎる。
「…どうすんべ」
…あれ?あれって…。
森の木々の隙間からレムの姿が見えた気がした、いや、レムさんだ…あの青い髪は。
「レムさんー!レムさんー!」
だが距離がある上に雨音でかき消されたのか、レムさんはそのまま歩いて行ってしまう。急いで追いかける、だがやはり聞こえていないのか止まりはしない。
「くっそ…、レムさんー!」
レムを追いかけているとそのうち見失って、岩場の何やら開けた場所に出た。
「くっそ、どこに…!」
辺りを見渡してもレムの姿はない、魔力探知で探ってもレムさんの姿は確認できない。
…だが、
上空から飛来する殺意には否が応にも気づいた。
足に魔力を回して、後ろに飛んで回避する、すると着地を狙って地面から氷が伸びる。その氷を腰に据えた短剣で、思いっきり突き刺し砕く。その場に氷が砕け散り、その氷の破片が自分の頬を掠り血が出る。
痛い…、足も痛いがそれ以上に意外と頬が痛い。
だが…それ以上に顔を上げた先にいた俺に殺意を向けたであろう人に俺は驚いた。
予感はあった、だがまさかと思った、殺意なんて言う具現化できない曖昧なものを信じている自分を疑った。どれだけ目をこすっても瞬きしても自分の目前の光景は覆らない。
「なんですか、生きてるんですか」
「生きてるよ…なんとかね」
「そうですか」
間髪入れずに次の攻撃を仕掛ける彼女は、その華奢な体躯には有り余るはずの鉄球を振りまわし、なんの躊躇もなくそれをこちらへ飛ばした。
短剣と全身に魔力をまわし、飛来した鉄球を受け止める。
すると鉄球は止まった、だがその隙に左に迫った彼女の左拳が俺の横腹を打ち抜く。俺は盛大に吹っ飛び、木に打ち付けられた。
意識が飛びそうになるのを何とかこらえ、俺は言われたことを思い出した。自分で自分の手の甲に傷をつけ、流れた血を口に流し込む。すると痛みは消えた、だが激しい頭痛が俺を襲った。
だが…それは二の次だ、今は目前に迫った命の危機を何とかせねば。
「理由も言わずにか…随分と急いでるんだな、レムさん」
「理由?そんなもの言う必要なんてないじゃないですか」
彼女はレムは氷のような瞳で俺を見つめてそう言った。
間に合わない予定でした、なぜ間に合ったからって?
どこにも行かなかったんだよ察しろよ
あと誕生日を迎えました、またひとつ歳をとりました。
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第四話 傷つき、傷つけ
「話もさせてくれないのかな」
「話が必要なんですか?」
「せめてなんでこんなことするか教え…」
言う間も、もしかしたら言う気もないのかもしれない、レムさんは鉄球を振り下ろし氷を生やし、一方的にこちらを攻撃してくる。
こちらも攻撃とは今の状況ではいかない、というよりいけないの方が正しい。
先ほどまで、いや今もそうだがレムさんの攻撃は怒涛だ、何も出来ない、逃げる事と回避しか。だが限界が来ている、一つは単純な疲労、もう一つは飢えによる目眩や頭痛、さらにもうひとつはこれら二つが重なったせいでギリギリで躱せていた攻撃が躱せなくなってきている。
事実今、彼女が放った鉄球が俺の左大腿部を掠めて1部を持っていかれた。激痛が走って足に異常が出た、自己吸血するが…回復が遅い。
どうやらそろそろ肉体的に限界のようだ、精神的にもかなり限界が近い。
なんとか立ち上がり、目前を見据える。
彼女の氷の目が少し揺らいだ、まだ立つことができる俺に驚いているのかそれとも彼女の心に迷いがあるのか、分からない。
「もう諦めたらどうですか、立つのもやっとじゃないですか」
「そうかな…、まだ手も足も動く、目も見える」
「…っ、そうですか」
彼女が攻撃を仕掛ける、左大腿部の怪我が治りきっていないせいで躱すことは不可能、いやたとえ怪我がなくても躱すことなど出来なかったはずだ。だから…。俺は左手と両足に魔力を流す…だが左足に魔力が思ったほど流れなかった、俺はその分を右足にながす。
そして迫り来る鉄球を左手で受け止めた、鉄球にはトゲがついていて、そのトゲが俺の手の甲を貫いた。激痛が走ってそれは一瞬で止んだ。
左手の感覚が消えた、恐らく神経系をやられたのだろう、だが魔術回路は生きている、とても動かせるような手ではないが痛みがないので魔術回路を通して手を動かす。
血はおそらくもうほとんど残っていないだろう、ロズワールの資料に吸血鬼は血がないと魔力を動力源にすると書いてあった、ロズワールに言われた事だが俺は魔力が多い。
基本的に尽きることはないほど魔力があるらしいが、俺は先程からその魔力をごりごり消費している、というよりこの世界の吸血鬼自体がそういう魔力が多い人が多かったのかもしれない。
多分、出血量がこのまま増え続ければあと五分程だろう。
分かりきっている、俺は彼女に勝てない、左足は動かず、右足に左足分の魔力を回した影響でいくら回転が早いと言っても限度がある魔術回路が完全に魔力過多となって右足にも常に激痛が走っている。もはや傷は再生することはなく、勝ち目はゼロ。
「終わりです、大人しく死んでください」
「そうだなぁ、じゃあ最後に聞きたい、なんでこんなことしてる?」
「…姉様を守るためです」
「俺はラムさんに何か危害を加えた?」
「いえ、あなたといると姉様が辛いんです」
「…どういう意味だよ」
「もう失うわけにはいかないんです、悲しませる訳にはいかないんです」
「何をそんなに怖がってる…」
「あなたに何が分かるんですか!」
その一言が癪に障ったのか、怒りのままに鉄球を飛ばす、感覚のない左手でまたしても受け止める。その衝撃で左の二の腕と踏み込んだ右足が
ビキビキと音を立てて壊れる。おそらく中の骨がイカれたのだろう、とんでもない痛みだ。
「何も知らないあなたが…人の所に土足で踏み込んで…!」
「じゃあ、最初からどう関わればよかった!?どう接すればよかった!」
「決めたんです…、姉様とレムで二人で生きていくって…そしたら失う事もなければ悲しむ事もないから…って」
「…訳が分からん」
「あなたには…分からないんですよ、何も…」
「だったら言えよ!何も話してないだろ!」
「あなたからは…姉様とレムの嫌いな匂いがします、その匂いを感じる度に…姉様は、レムは!」
「匂い…何の話を…?」
「とぼけないでください!」
「ぐっ…左…っ!」
左手を出す、だがその腕に魔力は流れない。限界はとうに超えていた、当然だ。だから…俺は短剣を離し、右手で受け止めた。その腕はトゲを奇跡的に回避し、何とか切り傷のみですんだ。
「なんで…どうしてなんですか!」
するとこちらへ迫るレムは、俺を岩肌へと打ち付けた。
「が…」
「レムだってしたくてこんな事してる訳じゃないんです!」
「じゃあ…しなきゃいいだけの…話だろ」
「…あなたが言うことに説得力があるとでも?」
「だよな…、今から殺そうとしてるやつの言うことなんて耳貸すわけないか…」
そう言ってレムは俺の腹に拳を叩き込む、なんか色々飛び出そうになったがギリギリで堪える。視界もぼやけて遠くは見えない、でも目の前のレムの顔は見える先ほどまで俯いていたので顔を上げると、その顔は泣いていた。
「迷いがあるから…泣いてんじゃねえのかよ…」
「迷っても結末は変わりません、レムにはこれしかないんです」
「その結末に…納得出来るのかよ」
「……出来るわけ、ないじゃない…ですか」
「それは…俺が言いてぇんだよ、別に話せとは言わねぇよもう、俺はどの道助からねぇ、こんな状態になってレムさんがそのまま俺を放ってさればすぐ死ぬ…だから、あえて言う」
例え、ここで俺が死んだとしてもそれはこの子の責任じゃない、それはこの子の罪じゃない。そうか…多分きっと彼女も。これから話すことが彼女に響くかは分からない、でもおそらく多分俺はここで死ぬ。分かる、だからこれは俺の押しつけでしかない。きっと彼女には響かない。
「その結末にはラムさんはいない、レムさん一人だ」
「分かって…ますよ、そんなこと…」
「俺には…二つ離れた妹がいた」
「え…?」
レムがこちらを驚いたように見つめる。
「その子は、誰かが時計を見るといつも時間を聞いて笑ってた、でもそんなある日彼女は俺を庇って家に押し入った快楽殺人犯に刺された…」
「どう…なったんですか?」
「彼女は死んだ、殺人犯の刺したナイフは彼女を貫いてその後ろにいた俺の腹を半分まで貫通した」
「…」
「そのあと、家に駆けつけた親父もお袋も同じ殺人犯に殺された、病院のベッドで目が覚めると自分以外の家族は全員死んだと言われた、それから2年ずっと1人で生きてきた、二回も自殺して二回も失敗した、周りからは厄介払いされてどこにも頼りがなくなった」
俺は腹の布をめくってレムさんにみせた、そこには手術痕が残されていた。
「一生消えない傷だ、心と体にそれは残り続ける、傷をつけた相手を許すことは出来ない、言葉では言えても心では許せない。中には言葉でも言えない人もいる、たとえ傷をつけた相手がが死んでも許せない人もいる、傷は消えない、どんなに足掻いてもどんなに忘れようとしても何かの節に思い出して苦しんで結局は消えない」
「…どう…すればいいんですか」
「何も出来ない、周りを傷つけてもその痛みは紛らわせない、むしろその傷はどんどん広がってしまいには取り返しのつかないことになって居場所を失ってしまう、だから…向き合うしかない」
「でき…ません、レムは…強くありません、姉様のように強くないから…できないんです」
「…そっか」
俺が…彼女にどんな言葉をかけてやれるだろうか、今の今まで話してきたことも過程だけで結末は何も解決してない、ただ向き合い続けて逃げているだけ。だが、どんなに逃げてもそれから逃れられる事は出来ない、それは一生背中について回って背後で囁く、そしていつだってそれは枷となって心と身体を縛る。だから、本心はきっとそこには無いのだ、多分無意識の内に本心は行動に表れる、染み付いた本当の自分は傷をつけられても覆ることは無い、傷つかないように取り繕って、偽って、傷つけても。だから多分…彼女は。
「…それが本心?」
「…当たり前じゃないですか」
「当たり前じゃない」
「…え?」
「そんなのがお前の本心なわけが無い」
「何も知らないで…何を言ってるんですかあなたは…っ!」
「知らないよ、知ってもわからないと思う」
人は大して分かりもしないくせに、多くの事を知ろうとする、知らないというのは怖い事だ。事実今もそうだ、俺は大して分かりもしないくせに彼女を分かろうとしている。傷の痛みは傷をつけられた当人にしか分からない、傷の痛みが同じなんてことは絶対にありえない、その人にはその人の心があって、もろい人もいれば頑丈な人もいる。例えばいじめなんかもそうだ、やられた側の気持ちなんて分からない、または考えようともしない連中が好き勝手に相手を傷つけて、そう言った連中はたとえやられる側になったとしても傷をつけられた当人の気持ちなんてわかりっこない。
「たとえ知ったとして、俺にはレムさんの苦痛は一生分からない」
「だったら!」
「でも、矛先を別の誰かに向けるのは間違ってる」
「…そんなの、分かってますよ」
「だったら…」
「じゃあどうすればいいっていうんですか!…他にどうしろって言うんですか!」
「じゃあなんで…っ」
ダメだ、これを言ってしまうのはきっと卑怯だ、また逃げる事になってしまう、どうにか彼女を救おうとはしているものの、彼女の痛みは俺には分からない、分かってはいけないのだ。
でも…多分これしかない、もっと他に方法があるかもしれない。でも今の俺にはこれしか出来ない、
「なら…なんで俺を助けた?」
「…!」
「どうして、あの時…俺を助けた?」
あの雨の森の日、力尽きて倒れている俺を助けてくれたのはレムだ、その時のレムは本心なのか、または違うのか、それともただの親切心か。
「同じに…見えたんです」
「…同じ?」
「あの時…レムは、誰かに助けを求めたんです、助けて欲しくて、救って欲しくて、でも…誰も助けてくれなかった」
…ひどい話だ、古い鏡を見せられている。そうだ…俺もそうだったんだ、一人になって、誰かに助けを求めても、誰も助けてはくれなかった。
…やっぱりダメだ、俺には無理だ。彼女を救うことなんて出来るはずがない。
同じなんて、ない、同じに見えたんじゃなくてきっと自分と同じ様に助けを求めていたから、俺はあの時、レムさんと同じ様に助けを求めたから、レムさんは俺を助けたんだ。
だから、きっとこれは俺の責任だ、レムさんの責任ではない。
「レムさん…は、あれ…?」
「え…?」
言葉を続けようとした時、視界が横になった。どうやら倒れてしまったようだ、とうとう両足が言ってしまったようだ。うんともすんとも言わない、そんな俺を見てレムさんはどうしていいか分からないような表情をして俺の傍で膝をついて手を胸に置いている。
「レムは…どうしたらいいか、分かりません」
「そっか…、分からなくていいんじゃないか?」
「…え?」
「世の中に絶対正しい、絶対間違ってるなんてのはない、過程が正しくても結果が間違ってる事もある、過程が間違ってても結果が正しいこともある、正しいか、間違ってるかなんて他人の価値観で決めること、自分の行動が正しいか、間違ってるかじゃない、自分がどうしたいか…昔、俺の母さんがそう言ってた」
「…レムが…どうしたいか…?」
「これから先の人生で…多分レムは辛い思いをするし苦しい思いをすると思う、だからそれを踏まえた上で選択をして欲しい。その選択で後悔しないか」
「ツバキ…くん、レムは…」
「もう…目がよく見えない、レムさん」
「ダメ…です、レムは…っ、レムは…ツバキくんを傷つけたかったわけじゃない!」
やっと…本音を言ってくれた、結局…ずるい方法になっちゃったな、これじゃ多分レムさんはまた傷ついてしまう。でも多分彼女はそれを承知なのだろう。
「…そっか、それが聞けてよかった」
「ダメです!今、治癒を…!」
「…ダメだ、もう間に合わない、魔術じゃダメだ」
「でも…約束したんです!、レムが…こんな事を言うのは間違ってるかもしれない…でも、必ず助けるってレムはツバキくんと約束したんです、だから…!」
「レムさん…」
「…喋らないでください!」
「ごめん…」
「…っ、ダメです、ツバキく…」
降りしきる雨の中、目を閉じて動かなくなったツバキの胸にレムはすがりついた。
「ツバキ…くん、姉様、母様、父様、レムは…レムは…どうしたら…!」
「ツバキくん…」
手に触れる、暖かくなんてないはずなのに手を触れる。
「…あれ?」
心臓も止まっている、呼吸もしていない、にも関わらず、彼の体は未だに暖かいままだった。
「なんで…まだ…」
そこでレムの記憶がフラッシュバックした、その記憶は扉を挟んで盗み聞きした、ツバキが吸血鬼という事実、錯乱しきっていたため、先程まで忘れていたが、彼は吸血鬼なのだ。朧気な吸血鬼に関する記憶を探る…血だ、血を与えればツバキは助かる。
レムは彼が放り捨てた、短剣を手に取り手首を切って血を流す、その血を口に含んで、口移しでツバキの口に入れる。
レムはツバキを抱きしめて祈る、彼には生きてもらないと困るのだ、彼は大事な事を気づかせてくれた、身勝手な願いだ。でも生きて欲しい、彼をここで死なせてしまったら自分は一生後悔する。
自分より苦しい人なんて姉以外この世にいないと思っていた、でも違ったのだ、自分本位な考えで周りを見ていなかった。みんながみんな、苦しみを抱えて生きているのに、自分は苦しみから逃げて、それを人にぶつけた。
「お願い…戻って」
ツバキの胸にすがりついてそう呟く、すると彼の心臓が動いた。見るとボロボロになっていた四肢の傷が再生しはじめ、心臓から生み出された血液が全身へと回って、熱を取り戻していく。冷えきった自分の体には彼の体が随分暖かく感じた。
「温かい…ツバキくん」
彼は、生きていた、生きてくれていた。彼を担いで屋敷へと向かう。何を言われるかは分からない、出て行けと言われれば出ていく。でも彼だけは…彼だけは絶対助けなければならない。
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第五話 自己犠牲
「…ん」
「ツキ、分かる?生きてる?死ねばいいのに」
「おい…」
まじで死にかけてた人間に対して開口一番死ねばいいのにとか不謹慎極まりないな、ほんとに。俺じゃなかったらブチ切れてたぞ。
そうやって目を覚ますと、自室のベッドで寝ていた。一体どれくらい時間が経ったのだろう。
「あの…一応聞くけど、どれくらい経った?」
「二週間よ」
「二週間…二週間!?」
てっきり一桁ぐらいだと思ったらまさかの二桁、いやいや…あれ?まぁたしかにあんだけ重症だったらそんなにかかりもするか。
ていうか…そもそも、あれ?手が…。
「あれ…?手が」
「その手、ここに運び込まれた時は酷い状態だったけれど、翌朝には完治していたけれど、吸血鬼の特性かしら」
「だと思う…でも、一体」
「おそらくレムよ、レムがツキに血を与えたのだと思うわ」
「レムさんが…そっか」
「ツキ…何があったの?」
「ラムさんには…話してないの?」
「あれ以来、部屋で閉じこもってしまっているのよ」
「そっか…、ロズワールはなんて?」
「ロズワール様は今回の件に関しては当人達に任せる…と」
「そうか、まぁそっちの方が都合はいい」
ここでロズワールの権限でレムさんに出ていかれては本当に意味が無い、俺が助かった意味も、レムさんが俺を助けた意味も。
「レムさん、食事はとってる?」
「えぇ、一応変な気を起こさないように千里眼で常に監視はしているわ…でも」
「でも…?」
すると、ラムさんは口を噤んで肩を震わせた。俺はそんなラムさんの手に自分の手を重ねる、するとラムさんがこちらを向いた、俺は首を横に振る。
「いいよ、無理して話さなくて…大体の気持ちはわかる」
「…辛いのよ、毎日のように泣いているレムを見るのは…」
「…」
考えろ…神薙椿、俺が彼女たちにしてやれることはなんだ…、今までのことをどうするかは伝えた…あとは未来の事だ。
これから先、レムさんとラムさんがどう生きていくのか、俺が…どう生きていくべきなのか。
俺は…どう生きるべきだ?、彼女たちを見守るのか、それとも2人の間に入る資格はないと知らないフリをするのか、全てを投げ出してここから逃げるのか。
いいや、違う、どれも違う。
俺に出来る事なんて最初からこれしかない、バカ正直に無作法で確約もない、倫理的にも間違っている、無関係な俺が踏み込んでいい領域じゃない。
でも、それでも放っては置けない、何もしないなんて事はごめんだ、失うのは1度で充分、二度目も三度目もいらないのは俺もレムさんも同じだ。
「何があったか…か、よしラムさん、包み隠さず全部言うからよく聞いて」
「やぁ、目が覚めたかい?」
「どうにかな…」
傷は治ってはいるが未だに感覚の戻らない左足を松葉杖でカバーしながら、俺は部屋を出て、ロズワールの部屋へと向かった。
まるでくるのが分かっていたかのようにお茶が並べられていた。
「来るのがわかってたみたいな対応だな」
「起きて君がここへ来るのは分かっていたかーらね、恐らくそろそろ目覚めるだろうという予想さ」
「予想…ね、それにしても随分的確に当てれたもんだ」
「本当だ、私には千里眼のような力はないからね」
「そうか…」
「それで、話があって来たのだろう?」
「あぁ、レムさんとは話した?」
「少し、だけどね」
「少しか…」
「彼女が出ていきたいのであれば止めないと、そう言った」
「…ロズワールっ…!」
「君も分かっているはずだ、というより君が一番分かっている、ラムよりもだ」
「…んなわけあるか、ラムさんが1番…」
「本当に…そう思うかい?」
「…それでレムさんは?」
「少し考えると、そう言っていた」
「それで二週間…」
「君が直ぐに起きれば話は違ったのだがね」
「無茶言うなよ、死にかけてたんだよ」
誰よりも関係ないのに、誰よりも事態を把握して、こちらの心情まで読みとってくるロズワールに若干の恐怖心を抱いた。目の前の男は表情一つ変えずにこちらを見すえている、だが俺は冷や汗をかき、拳をにぎりしめる。
この男は敵ではないのに、猛烈な敵意を俺自身が感じていることに気づいた。
多分基本的に、ウマが合わないのだろう。おそらくそれの可能性が高い。
「それで…君はどうするつもりだい?」
ほら、こうやって他人の心をいとも簡単に読みとってここに来るまでずっと心の奥にしまい続けたものをこうやっていとも簡単に出してくる。本当に嫌いだ、心の底から思う。
「お前ほんと嫌い」
「あぁ、知っているとも」
俺はゆっくりと立ち上がり、松葉杖をついて扉の前に立つ。
「私は、君に彼女が救えるとは思えない」
「分かってるよ」
「ならなぜ、そこまでして君は彼女を救おうとする?」
「誰だって、苦しみからは逃れられない、それはラムさんもレムさんも俺も同じだ、でも…苦しみから、悲しみから守る事はできる」
そうやって俺はロズワールの部屋をあとにした。
「どうやら君を雇って正解だったようだ、ツバキくん」
「ふーっ…落ち着け、落ち着け…」
とまぁ、意気揚々とレムさんの部屋の前に来たは言いものの、扉の前で右往左往すること10分、そろそろ誰か来たら変人扱い、ラムさんが来たら変態扱いされる未来が見える。
「覚悟決めろよ…あんな醜態とかクサイ台詞吐いたの晒したらもう庇うもんなんてないだろ…」
そうやって自分に言い聞かせるも、やはり頭が回らない、うーん。
一言目はなんて言うべきか、こんにちは?時間的におはよう?いや朝じゃないからこんにちはでいいか、いやそもそも会ってくれなかったらどないするんやろ詰みやん詰みやん!。
あーもうダメだ、ポジティブ、ポジティブ思考だ神薙椿、大丈夫きっとレムさん元気になる。大丈夫、きっとレムさん、元気なる、五七五!。
いや知らねぇ!ていうかそんなこと考えてる場合じゃねえ!。
「さーて…どうしたもんか」
「あの…」
「あのごめん、一言目が思い浮かばないからちょっと待って、やっぱり苦肉の策で一発芸するべき…いや待てよ…ちょっと待てよ!?」
ハッとして後ろを振り返る、見るとそこにはメイド姿のレムさんが居た。扉を半分ほど開けて、そこからひょっこり顔を出している。あ、それとたとえ苦肉の策でも喧嘩した相手に一言目が一発芸はやめとけ。
「あの…お客様」
「レ、レレレレレムさん!?なんで!?ていうかいつから!?」
「…いえ、扉の外からお客様の声が聞こえたので」
「…そうですか」
「それで、何か用ですか?ないなら帰ってください」
「…レムさん」
拒むか…、まぁ当然だ。だが今回の件は俺にも非がある、もっと早く気づけたはずなのだ。
だからこれはその報いなのだろう、俺は一生かけて自分の罪を、業を償わなければならない。自己満足でしかないが、今の俺に出来ることはたとえ自己満足の指標だとしても、贖罪しかない。
「話は…中でいいですか?」
「うん、ありがと」
「レムさんはこれからどうするつもりなの?」
「レムは…」
彼女は少し躊躇って答えた。
「この屋敷を出ていくつもりです」
「それは…なんで?」
「レムは…姉様に迷惑をかけてしまう、これ以上姉様に迷惑はかけられない」
「絶対レムさんがいなくなる方がどんな迷惑よりもラムさんは嫌だと思う」
俺はベッドに腰かけ、正面に置かれた椅子に座っているレムさんを見据える。その瞳には迷いや悲しみや寂しさや、たくさんの不安、焦り、そう言った他人には理解できないような感情が彼女の心を押し潰していることを俺に悟らせた。
一瞬…躊躇った、この迷いや悲しみといった感情は当人しか理解しえない、同じ感情を持っていたとしても本人にしかその悲しみは測り得ない。
「ここを出て…、どうする?」
「…ロズワール様の紹介で、遠い南方の国の王宮召使いの招待が来ています」
「それ、行くの?」
「…レムは、出ていかなきゃ行けないんです、もう…」
「いや…いい、だったら俺が行く」
「…え?」
測り得ない、理解しえない、そう言って…こ これまで何度逃げた俺は。わからない、わかるはずがないと嘆き、諦め、これから何度逃げるんだ俺は。
俺に出来るのは、逃げ道とか言い訳とか建前とかそういう逃げ道を全部潰して、言いたいこと言うことだ。それが出来なくて、今こうなっている。後悔はゴメンだ、俺に出来る事は少ない、ならそれを全部やるしかない。
「レムさんが出ていく必要は無い、元々ここにいたのはレムさんだ、だから俺が出ていく…」
「ダメ…です、それじゃ…意味が無い…!」
「意味はある、俺が出ていく事によってこの屋敷は元に戻る、以前の平和な危険とは縁の遠い平和が戻る」
これは、紛れもない俺の本心だ。俺は自分が出ていくべきだと本気でそう思っている、ただ、本心に従って行動してもその後が良いかどうかその人間次第だ。
レムさんは上手くいっても俺は上手くいくかどうかの話だ。答えなんて明白だ。
「でも…おきゃ、…ツバキくんは!」
「俺は大丈夫だ、というより俺は屋敷とは関係ない人間になる、レムさん達が心配する事なんてない」
「…いや、です」
「…レムさん…?」
突然、レムさんが座っている俺に抱きついてきた。
「違うんです…それは違うんです、ツバキくん」
「違う…?」
「ツバキくんはわかってない、レムと…同じです」
「レムさん?」
「ツバキくんがいなくなって悲しむ人もいるんですよ、なんで…それに気づかないんですか?」
「…俺が死んでも誰も悲しまないだろ、それは知ってる」
「レムが…嫌なんです」
「…レムさん」
「助けるって約束したんです、ツバキくんを」
「でも…俺には」
「もう…誰かを犠牲にして生きるのは嫌なんです、だから…!」
「…っ!」
ふと、思った。人を助けるのに一番手っ取り早い方法はなんだろうか、答えは言うまでもなく、自分を犠牲にすることだ。俺は今までそれが正しいと思い行動してきた。
ただ、助けられる側からすればそれは…一生背負う苦しみに近い何かとなる。
目の前の少女は俺の犠牲で苦しみから逃れることを望んでいない、その方がずっと楽だとしてもそれを望まない。だから今、俺に彼女を救うことは出来ない、犠牲で救う事しか知らない今の俺には彼女を救うことは出来ないのだ。
俺に…神薙椿に出来ることはなんだ。
答えは決まっている、こんなのは先延ばしに過ぎない。彼女をレムさんを守ると…それだけを言えればいいはずなのだ。
でもそれを言おうとする度に、頭の中をあの光景が蘇る。守る、そうやって目が覚めると自分以外誰もいない。誰かを守る事は自分を犠牲にすることだ、それは間違いない。
彼女はきっと俺を許さないだろう、俺はこれから彼女を騙す。守るという風に都合よく言い換えて彼女のために自分を犠牲する。
俺はレムさんの左手を握る、その手はか細くひ弱だったけれど確かな温かみがあった。
「レムさん…聞いて」
「ツバキくん…」
「俺が…レムさんを、レムを守る」
「…っ!、ダメ…です、それじゃ…」
「これは俺が望むことだ、俺の自分の意思だ」
俺は両方知っている、誰かの犠牲で救われた方と自分の犠牲で救った方を。そしてそれは彼女も同じだ、騙すなんて甘かった、彼女はとうに気づいていた。
「レム、俺が君を守る、だから君は…生きてくれないか?」
「…ツバキくん」
情けない、これで合っているのだろうか。
相も変わらず言葉選びが下手というか、言いたいことを上手く伝えられないのは親の遺伝というやつなのか。
「…レムは、やっぱり分かりません…」
「分からなくていい、選択をした時は答えはまだ分からない、答え合わせはその後だ。それが例え何十年後でも、いつかきっと分かる、一歩踏み出して初めて答えに近づくんだ」
「ツバキくん…」
その後、レムは泣いた、溜まったものを吐き出すように、俺は彼女が泣き止むまでずっと傍に居続けた。
「レムは…大丈夫だ」
「そう…良かった」
全てが終わって夜になって、俺の部屋で紅茶を飲んだラムさんが今日はこのままここで寝ると言って先程からベッドの上を陣取っている。
結果として俺は横長ソファで寝ることとなり、今は話し相手としてラムさんが寝ているベッドの横の縦椅子に座り話し相手となっている。
「ツキはこれからどうするの?」
「屋敷にいるよ?他に行くとこないし」
「そうよね、あんなセリフ吐いていなくなる訳無いわよね」
「聞いてたなら最初からそう言ってくれませんか!?」
どうやらこの人、最初から最後までまるっきり聞いていたようだ。
「ツキの行先は分かったわ、ツキ自身はどうするの?」
「…強くなる、この世界で生きるために…」
「レムを…守るために?」
「…あんま掘り返さないでくれます?」
「ラムは寝るわ、おやすみ」
「自由か、おやすみ、ラムさん」
「ラムはラムでいいわ、ツキ」
「だったらそっちも普通に名前で呼んでくれません?、おやすみ、ラム」
誰かを助けるというのは、同時に自分を捨てるという事だ。
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第六話 いざ王都へ
「もういいんですか?」
「うん…ありがと、レム」
彼女は、レムはそう言って傷を負った指をハンカチで拭う。かくいう俺はバクバク鳴って止まらない胸を沈めようと深く深呼吸している所だ。
「それでは、レムは仕事に戻ります」
「うん、また」
「はい、では」
レムはそう言って笑顔で俺の部屋から去っていく。ああやって最近はラムや俺の前だと結構笑うようになった、初めて見たレムの笑顔はそれはそれは眼福でしたとも。
「とにかく良かった、元気になって」
あれから二週間、あの後ロズワールを説得し、何かあれば俺も一緒に出ていくという条件をレムには内緒で取り付け、何とかレムをこの屋敷に残すことが出来た。
レムとの関係は以前とは見違えるほど良くなった、頻繁に話をするようにもなったし、レムがわざわざ部屋に会いに来てくれたりもする。そのせいでラムにえらく冷たい目で見られることもあるけど、それも愛だろう。
とにかく、一時的にではあるが確実にこの屋敷に平和が戻った。あわよくばこの平和がずっと続けば…なんて幻想を抱いていたり、でも幻想で終わらせない、だから今は備える。この平和という幻想を続ける為に必要な代償は全て俺が払う。
「よし…行くかな」
俺は立ち上がり、かけて合ったジャケットの袖に腕を通す。
「そういや、足治ったな」
今朝辺りからか、消えかかっていた足の違和感が完全に消えて、長かった松葉杖生活から解放された。念の為、ストレッチをして入念に足を動かす。
「さて…と」
俺は部屋の扉を開けて、廊下へと出た。
「王都?…何それどこ?」
あの後、ロズワールの号令で食事卓に集められたロズワール邸御一行、というかベアトリスもいるのかなんでだ。そうして言われた話が王都へ行くという話だった。
「王都も知らないなんて、ツキは本当に無能ね、無能極まりないわ」
「ここ来てからこの近辺出たことない奴にそれはあんまりじゃないかな?」
「レムもそれほど行ったことがある訳ではありませんので名前と見た目だけ知っているだけのようなものですし、着いたら実際ツバキくんと変わらないと思います」
「私今まで何度も王都には足を運んでるかーらね、でも今回は随分久しぶりだーよ」
「ごめんなさい、私も王都について何か知ってるって言われたら何も言えない…」
「僕も」
「べティーはそもそも行かないかしら」
「大丈夫なのこれ…」
不安すぎる、詳しい奴も久しぶりとか言い出すし不安すぎる。王都に行くこと自体に異論はないけど全員の知識量に関しては異論ある。
「少なくとも、私がいる限りは大丈夫だとは思うがーね」
「はぁ…で、何人ぐらいで行くんだ?」
「私と、君たち三人だ」
「つまり、ロズワールと俺とラムとレム?」
「私は…行かなくていいの?」
「エミリア様は御屋敷にお残りください、まだ時期は早いです」
「そう…なら、いい子でお留守番してる」
「リアの面倒はしょうがないから僕が見るよ」
「ありがと、パック」
「大丈夫か…」
「確かに大精霊様さえいればエミリア様の安全は保証されますし問題ないかと」
「ならいいけど…それで、いつ発つ?」
「明日の朝、準備をしておいてくれ、それとツバキくんには渡しておかなければならないものがある」
「俺…?」
「で、なんだよ渡すものって」
「あぁ、これだよ」
レムとラムが各々の準備をする為別れたあと、俺はロズワールの部屋へと来ていた。
そうしてロズワールの要件の物を見せられた、見たところ黒い金属製の短い棒のような感じだ。どことなく、剣の柄のような感じがする。
「なんだこれ?」
「魔刃、と呼ばれる武器だ、動力源は魔力で、使用者の思うままに形状、強度、性質、全てを変えられる」
「へー…」
「試しに何かしてみたらどうだね」
「そうだな、よし」
俺は頭の中で柄から真っ直ぐ伸びる刀をイメージした。
すると、光の光刃がそこに出現した。
「便利なもんだな…」
「その短剣よりは随分とマシな武器だろう?」
「まぁ、だいぶマシになった」
俺はそこに加えて鞘を作り出し、腰に剣を据えた。
「その短剣はどうするつもりだい?預かるのであれば私が預かるが」
「いや、いいよ、持っとく」
「そうか、ではそれに加えてこれだ」
そう言ってロズワールが取り出したのは黒布のコートだった、そのコートには俺から見てもわかるように何か魔術的な細工が施してあった。
「なんだこれ?」
「流石に執事服のまま王都を出歩くのは目立つかーらね、それには人の視線を外す術式が入っている」
「なるほど…こいつはいいな、かっこいいし」
「そうかい?」
「いや俺がただ単に黒が好きなのもあるな…」
「そうかい、まぁ出発は明日の明朝だ、ゆっくりと準備するといい」
「つっても、俺はそんなに荷物がなぁ」
「王都には一週間ほどいるつもりだーからね、着替えや寝巻きを忘れず」
「修学旅行前の教師みたいなこと言うな…」
「またいるよこの人…ってなんか増えてる」
「何よそんなに面倒なものを見る目で見るなんて、ラムに恩義を感じていないのかしら」
「あのすいません、ラムも多少の恩義を俺に感じて貰えないでしょうか」
「却下よ、いえ拒否よ、やっぱりお断りよ」
「三回も言い換えるな」
「すいません、ツバキくん、お邪魔しています」
コートを持ち、何だか新品の鉛筆を買ってもらってウキウキな小学生のような気分で部屋に戻って扉を開けると、その気分は遠い彼方へ過ぎ去った。そこには怠惰な姉と、清純な妹がいた。怠惰なラムは例の如く朝整えたベットの上に寝転がっていた、レムは対照的に椅子に座ってこちらを見て微笑んでいる。レム可愛いマジ天使、お嫁さんにしたい。ていうか俺の部屋のプライバシーはどこ。
「ていうか2人とも準備がどうのは」
「明日の朝よ、今は昼よ、まだ時間はあるわ」
「レムは一通りやる事が終わってから準備したいと思います」
「レムのやることが終わってからってそれこそド深夜になるのでは…?」
「大丈夫です、姉様が手伝ってくれます」
「……そっか、なら安心」
「今の間は何かしら」
「そ、そんなことより何でここに?」
「昼下がりはやることないのよ」
「うん、それは知ってる」
「姉様がここへ行こうと言うので…すみません」
「なるほどラムが主犯か、答えの分かる推理ゲーほどつまんないもんは無いな」
「何を言っているのかしら」
「こっちの話、で、なんだってここに?」
「単純な話よ、王都での注意点よ」
「注意点?」
するとそこでラムの顔がおふざけ顔(無表情)から真面目顔(無表情)へと変わった。なお、体制はだらけたままなのであしからず。
真面目な話する時ぐらい起き上がってくれませんかね。
「ふたつあるわ、王都では目立ったことは起こさないようにすること」
「まぁ、それはなんとなくわかる」
「もうひとつは今回行く本当の目的になるのだけれど、ロズワール様からは聞いたかしら?」
「は?いや聞いてない」
「実は…今回、王選候補が一同に会す場で族が多数紛れ込んでいるとの情報がありまして」
「…なるほど、だからロズワールは…」
「エミリア様を行かせなかったのもそこにあるわ、あの方を危険に晒すわけには行かないから」
「それに…いえ、今回は王様からの勅命でレムたちは万が一の時のための対策として呼ばれています、本来ならば王選候補本人無しでの参加は出来ませんから」
「王からの勅命…ねぇ」
「それと、この件は他言無用でお願いします」
「それは分かる、て事は他の王選候補はこの事知ってたりする?」
「いえ、今回の件を知っているのはレム達だけです」
「なんで?」
「族の襲撃に見せかけて、自分以外の候補は殺す…そういう事があるかもしれないからでしょう」
「その場において信頼出来るやつ居ないじゃねぇか…」
「レム達との相談の時も周りに注意を払って下さい」
「ツキ、その低い頭脳で今の話が理解出来たかは定かではないけれど分かったかしら?」
「なんで罵倒したの」
「では、レムは仕事に戻ります」
「よし、手伝う」
「ラムも手伝うわ」
「…ちゃんと手伝うよな?」
「ラムとレムを寝不足にする訳にはいかないもの」
「自分入れなきゃかっこよかったなぁ…」
そして翌朝
「気をつけてね」
「あぁ、パックか」
出発前、馬車の点検をしていると後ろから声をかけられた。振り返るとそこには眠そうに目を擦るパックがいた。
「それと、作り方のレシピありがとツバキ」
「それレムだ、レムに言って」
「いやー、勢いよく任せてとは言ったけど僕とリアは料理はからっきしだからね」
「よく任せてって言えたな…」
「まぁそれはともかく、色々大変なんだって?」
「早速情報漏れてるがな…」
「まぁ僕が知ったところでどうなる事もないし」
「まぁ、なるようになるさ」
「君は君が守りたいものを守るんだよ?、そこに周りの状況とか与えられた役目とかは関係ないから」
「分かってる、いざとなったらあの二人だけは絶対に守る」
「ロズワールは含まないんだ…」
「守る必要ないだろ、あのバケモンは」
「随分と傷つくことを言ってくれるねーえ」
「黙ってろピエロ」
間延びしたイラつく声が後ろからしたので振り返るとそこにはロズワールがいた、早朝にも関わらずバッチリピエロなこだわりそこに痺れもしないし憧れもしない。強いて言えば別の意味で痺れる。
「なんだってこんな朝早くから」
「他の王選候補は皆、王都に拠点を置いているかーらね、我々は構想外という訳さ」
「何その田舎ポジ、あと言い方」
「我々が期待以上の働きをすれば王選のアピールにもなる、君には働いてもらうよ」
「俺はいざとなれば誰よりも優先してあの二人を守る」
「それで構わない、そうなれば君の判断に任せる」
「そうか…」
「よし、それではそろそろ行くとしよう」
「分かった、それじゃパック頼むぞ」
「任せてー」
「なんで前俺?」
「ラムは前が苦手だからよ」
「操舵できないよ俺?」
「レムがしますのでご安心ください」
次回、王都初陣
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第七話 王都
「そう言えば大丈夫ですか?」
「ん、なに?…あぶなっ!」
「あ、変わります」
「ごめん…」
王都へ向かう馬車の道中、何回かトライしてみたものの途中で集中力が切れてしまうのでレムに変わってもらう。ていうか馬が言うこと聞いてくれない、よって俺悪くない、QED証明完了!。
「いえ、それで…その」
「…あー」
きっとレムは吸血のことを言っているのだろう、たまに忘れそうになるが俺は吸血鬼だ、そう言えば昨日の吸血以来吸血してないな。
「…今じゃなくてもいいけど、王都にいる時のどっかで貰ってもいいか?」
「…はい、構いません」
隣を見るとほんのりと頬を赤らめ、正面を見ながらも恥ずかしそうにモジモジしているレム、可愛いマジ天使ホントに可愛い。
「ごめん、ほんとに苦労かけるけど」
「いえ…レムはその…嫌ではありませんので」
「え…?」
「…いえ、やっぱり嫌です、でもツバキくんの為に仕方なくです!」
「あ…うん」
どうしたらいいのこの子ほんとに可愛いマジ可愛い尊い、ツンデレが下手なのも俺からすればプラス採点だ。ツンデレは機嫌のいい時のラムの十八番だからね。
「あ、見えてきましたよ」
「あ…あれか」
目前を見ると遠く離れたここからでもよく見えるほど立派な王宮が立って…立って…いや待って。
「いや…デカすぎじゃね?」
「はい、初めて見た時はレムも驚きました」
マジで引くほどでかいんだけど、ていうかここからでもはっきり見える建物が結構ゴロゴロあるんだけど何これ東京の何倍よ。
「なんじゃこれ…」
「見えてきましたし、先を急ぎましょう、馬達も疲れています」
「そっか…、よし、掴まってます、中のふたりは大丈夫なん?」
「お2人は慣れていますので問題ありません」
「どうりで落ち着いてるわけだ」
俺はそっと後ろを除くとロズワールは優雅に座って、紅茶を嗜んで、ラムは布に寝転んで寝て…寝てんの!?。
結構揺れてるはずだし物音も結構すると思うのだけれど、ていうかロズワール、ウィンクすな。
「落ち着きすぎだ…」
「どうかされましたか?」
「いや、慣れって怖いなって…」
「…はぁ」
「着いたー…しんど」
「王都について早々、何言ってるのかしら?」
「いや腰がね」
「それはツキが貧弱軟弱ナメクジだからよ」
「まぁ確かにそうかも…いやないわナメクジはないわ」
王都に着いて、揺れてたせいか腰が超痛い、めっさ痛い。どれ位かと言うとタイキック並に痛い。いやあれとは違うか…。
「ていうかそういうラムもどっか痛めてねぇの?揺れてる地面に寝てたんだし多少痛かったりじゃねえの?」
「…何を言っているのかしら」
「…今の間は何?」
「…なんでもないわ」
「だから間よ、…ちょっと立ってもらっていいですか?」
今レムとロズワールは王都への往来の際に必要な手続きを済ませている、その際に大きな荷物は先に宿に運んでもらい、今はその辺の手近な木箱に腰掛け二人待っているところだ。そして先程から全く姿勢を変えずにこちらと話しているラムは、何かを必死で隠そうとしているようだ。
「嫌よ」
「立ってください」
「嫌よ」
「別に変に笑ったりはしないから、ほら」
「…っ、立てないのよ」
「具体的にはどこ?」
「…背中」
「あー…」
俺は度々動いてから問題なかったものの、ラムは永遠に寝てたからその分痛みも長引くか。気持ちはわかる。
「移動の時はしょうがないからレムにおぶってもらうわ」
「ホントにレムいないと生きていけないな」
「それはお互い様でしょ」
「違いない」
「すいません、少し手間取り…どうかしたんですか?」
「いや別に、それよりレム、ラム頼むわ」
「はい、わかりました、荷物お願いしてもいいですか?」
「任せろ」
「ツキ、落とさないこと」
「痛みで立てない人がよく言うわ…」
「それじゃ行こうかーね」
そうして俺たちは招待人専用の馬車に乗って、王宮へと進み始めた。
「そうだ、ツバキくんこれを」
「お…忘れてた、これ被んなきゃだった」
街を経由して王宮へ向かう馬車の道中。
そうして渡されたのは先日ロズワールによって手渡された黒いコート、季節外れではあるがそこも細工がしてあるのか暑くもないし、寒くもない。
「フードを被ると認識阻害がつきますので、わざわざコートを脱ぐ必要はありません、損傷が激しいと認識阻害がつかなくなりますので気をつけてください」
「へー…っどわぁ!?」
コートを羽織、感触を確かめていると突然馬車が急停止した、俺は目の前に座っていたレムさんにダイブした、いえそう言うあれではなくですね。
「いった…頭打ったぁ」
壁に頭、肘、そして座席に膝をぶつけた。めっちゃいてぇ事故ってこんなんか。
「あの…ツバキくん」
「ごめんレム、大丈…っ!」
顔を上げるとレムの顔がほぼゼロ距離にあった、あかん、これはあかん。ひょっとしていけるのでは…とか思ってしまう、レムは目を閉じてるし行けるのでは…。とかそんなことを思っていたら頭頂部に思いっきり誰かさんのチョップが炸裂した。
「何をしてるのかしら?」
「今回ばかりは悪くなくね…?」
「だ、大丈夫ですか、ツバキくん」
「大丈夫…だけど、なんで止まったんだ急に」
「ツーバキくん、ちょっと来たまえ、少し面倒だ」
「は?なんだよ…」
ロズワールに手招きされ、馬車の隙間から前方の事態を視認する。見ると馬車の渋滞の先に大きな手斧をもった大男と部下と思われるガタイのいい男六名が周りの商店から金を巻き上げていた。
「なんだあの山賊みたいな…」
「ご推察の通り山賊だ、あれは手斧のボルト」
「まんまじゃねえか」
「もうだいぶ長いこと降りてきては荒し回るを繰り返して最近は王宮周辺にも顔を出して荒らすようになったとか」
「で、どうする?」
「面倒だが、国民の悩みの種を解決すれば確実にアピールにはなるだろう、やってくれるかい?」
「…分かった」
「レムも行きます、見過ごせません」
「ラムも行くわ、ツキがヘマしないか見ものだもの」
「そこ素直に心配って言ってくれねぇかなぁ…」
「おらおら!金出せ!金出せ!」
「なんだあのテンプレゼリフ、いやあれしかないか、金欲しいんだもんな」
「お金が欲しいなら、王宮にでも行って堂々と盗めばいいのに、こんなとこで盗むなんてただの臆病者ね」
「やった瞬間に滅多刺しか、タコ殴りだろそれ」
「流石は姉様です!」
「こんなとこすごいと思わなくていい!」
「あ!?なんだてめぇら!」
どうやら、すみに隠れて機会を伺っていたら気づかれたようだ、子分の連中もこちらを睨んでいる。
「ちっ…気づかれたわね、背後から絞め殺そうと思ったのに」
「いや殺すな、殺したらダメだろ」
「なら、足の骨を折って動けなくして両手を縄で縛りましょう」
「レムってたまに出てくるそのS気質なんなの?」
「「どうするの?(ですか?)」」
「普通に両手両足縄で縛って連行します!」
「お?なんだ、いい女じゃねえか、おいあの双子連れてけ」
そう言って子分の2人がレムとラムに触れようと近づいた瞬間、全力の拳と蹴りがそれぞれの顔面に突き刺さった。子分達は、壁にたたきつけられ、こっくりと崩れ落ちた。
「て、てめぇ!」
子分の一人が槍を手にバカ正直にこちらへと突っ込んでくる、俺は飛び上がりその槍を正面から踏み砕き、片割れの棒を胴へと叩き込む。槍の棒が砕けるのと同時に、子分もその場に崩れ落ちた、俺はその子分をその辺に捨て、眼前の3人の子分と、大男を睨みつける。
「もっろ…」
「当然でしょ」
「いや槍の棒の方」
「そっちですか…」
「なんだ、てめぇらぁ!」
「言葉に気をつけなさい、レムとラムを連れていく?恐れ多いわよ」
「生憎と、手加減はするつもりだったけど、お前らの言動でその気が失せた」
「おい、行けェ!」
子分の3人がそれぞれ武器を持って、こちらへと向かってくる。俺は短剣に手をかけ、構える。
「お前らがレムとラムを連れていくつもりなら、その分覚悟はあるんだよな?」
「あぁ!?」
「…一生牢屋で暮らす覚悟だよ」
瞬間、俺とラムとレムの一瞬のアイコンタクトで三人同時に飛び出す。まともな術も使わず、力づくでしか動けない山賊は魔術を行使した俺たち3人の速さに追いつけず、防御すら間に合わない。レムは蹴りで、ラムは拳で、俺は短剣の柄の先を、それぞれ腹に叩き込む。
その攻撃直後の隙を狙って頭上から大男が手斧を振りかざす、俺はそれを短剣で受け止めると地面に俺の両足を中心にしてヒビが入る。
「魔術行使なしでこれだけ出せるとは大したもんだな…、でもそれだけだな」
「なっ!?」
俺は短剣で弾き、大男を怯ませる。瞬時に切り返し、俺は手斧を短剣でバラバラに切り刻む。
「くっ…まだだァ!」
大男はそれでも諦めず、持ち前の大きな拳を俺に向けて振り下ろす。
「いえ、終わりです」
「えぇ、終わりよ」
「しまっ…!」
「吹き飛べ、デカブツ」
その拳が俺に届くまでにラムとレムの一撃が大男を吹き飛ばす。大男は地面に転がり動かない。
「はぁ…」
「骨のない連中ね」
「どなたか、縄をお持ちの方いらっしゃいますか?、それと馬車を一台貸して頂きたいのですが」
「あ、私が貸します、それと縄も」
金を取られた商店の店主が縄と、族共を乗せる用の馬車を貸してくれた、俺はレムから縄を受け取り子分共、そして大男の両手両足に縄を縛り付ける。
「おっも…こいつ」
「図体がでかいだけね、ちっとも強くなかったわ」
「レムがこちらの馬車を運転します、ツバキくんは中の族の見張りをお願いしていいですか?」
「任せろ、でもこのまま王宮に向かっていいの?」
「王宮には騎士もいるわ、そこで身柄を引き渡しましょう」
「そっか、店の人もありがと!」
そう言うと店の店主は頭を下げてお礼を言ってくれた。
「あー…やっと着いた」
「騎士様、こちらです」
「あ、こいつらです、お願いします」
そう言って馬車から出された大男はどうやら目が覚めたようでかなり暴れていた、ちょっとまずいなあれ。
「仕方ないか…」
俺は大男の首根っこを掴み、打撃を入れて気絶させた。
「ありがとう、助かった」
「いえ、お願いします」
「君は…見たところ剣士のようだが、使用人かい?」
「そんなもんです、ではまた」
そう言って俺はその場をあとにした。
「レム、荷物ない?」
「あ、でしたらこれをお願いします」
「…なんぞこれ?」
「王様へと捧げる献上品です」
「なるほどね」
「盗るのはダメよ、ツキ」
「盗らんわ」
「では、客人室へ行こう、君たち3人は一緒だが私は別室のようだ」
「特別待遇って奴か」
「そう心のいいものでもないがね」
「なんでだよ」
「接待の人間は私の部屋に来るのを嫌がるのだよ、何故だろうね」
「…何故だろうな」
客人室にしては広すぎじゃないですかねこれ、なんか普通にお風呂場とかあるし、ダブルベッド付きの寝室が2つあるし、据え置きでなんかよくわからん茶葉とか大量にあるし。
ていうか俺らの荷物ここにあるんやが、まさかここが宿?。何?一週間、レムとラムと部屋同じ?。死にそう、なんか精神的に、肉体的に。
「おーう…」
「ツバキくん、どうしたんですか?ぼーっとして」
「ごめん…ちょっと、先を思いやってた」
「ツキ、レムに変な事をすれば心臓を抉りとるわよ」
「先が思いやられる…」
かくして、混沌渦巻く王都での1週間が始まりましたとさ。
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第八話 侵入者
「…結構時間あるな」
「そうですね、まだあと二時間ほどでしょうか」
「こういう時間がなにすればいいか分かんねぇんだよな…、ラムはどっか行っちまうし」
「姉様はロズワール様のお手伝いに向かわれたので当分は戻らないと思いますよ?」
「そっか…、暇だなー」
あれから、特に何かすることがある訳でもない。何か手伝うことはないかと聞いたが、客人を働かせる訳にはいかないらしい。どうも周りの人間が仕事をしているのに自分が仕事してないと気分がイマイチだ。
「寝るか…暇だし、朝早かったし」
「時間が来たら起こしますし、安心して寝てください」
「ごめん、レム、少し横になるわ」
そう言って俺は横長ソファで横になった、レムが自然な形で膝を貸してくれた。レムは少し微笑みながら俺の髪を撫でて、愛おしそうにこちらを見つめている。レムは多分気づいて居ないだろうけど、なんだかその表情はとても安らかで、俺はその顔を見て、とても安心した。慣れない王都に来て不安だった気持ちが一気に晴れた気がした。
「…レム?」
「なんですか?」
「少し…くすぐったいんだけど」
「すみません、でも今はツバキくんの髪を撫でていたいので」
「…お、おう」
「そう言えばツバキくん、吸血はまだ大丈夫ですか?」
「え、あ…そういや、いやまだ大丈夫」
「そうですか、あまり無理しないで下さいね」
「そっか…それじゃ俺は寝るわ」
「はい、ゆっくりお休みになってください」
「ありがと…レム」
「ツバキくん、起きてください、時間です」
「分かった…、よし」
目を開けると、そこには笑みを浮かべたレムの姿があった。どうやらご機嫌がかなりいいようだ。
「どうした?かなり機嫌いいようだけど?」
「いえ、ツバキくんの寝顔が思いの外可愛かったものでずっと眺めていました」
「あ…そう」
俺は起き上がり、ぐっと体を伸ばすとすこぶる体の調子がいい。どうやら寝たのは正解であったようだ。
「行きますかね」
「…ツバキくん」
「なんだ?」
「ロズワール様はおひとりで大丈夫でしょうか、少しこちらと離れすぎているように見えます」
現在、俺たち三人の眼前では王戦候補がエミリアともう一人は代理を立てたが、その他の2人は揃っていた。一人は女性でふわふわ系な毛布の服装が目立つ、でもさっき「やなぁ」とか「せやなぁ」とか言ってたのはなんだ。そしてもう1人いかにも凛々しい、風格とオーラが出まくっている女性、彼女がどうやら今回の王戦候補の本命らしい。
納得ではある、風格が違う。
「大丈夫よ、ロズワール様は一人でも、ラム達の役目はここにいる人間を誰一人死なせないことよ」
「見たところ、候補の人たちもそれなりに護衛は連れてるみたいだな…」
それも…恐らく腕利きの。
ふわふわな人が連れているのはこれまたふわふわな毛をお持ちの…ウルフ。いや人型ウルフだ、先程から狼顔でせやなとか言ってるからあの辺は全員関西弁なのだろうか。だが腕利きなのには違いない、背中にぶら下げている大剣を振りかざし暴れ回ることだろう。
そして凛々しい人が連れているのは二人、一人は見た目はおじいちゃんだが腰には六本の剣を携え、周囲に最大限の警戒を量っている。歴戦の勇士所ではない、見ているものに絶対的な畏怖を与える迫力。そしてもう一人は猫耳のついた可愛い子、うん、可愛い。
すると、こちらの視線に気づいたのかウルフの男がこちらへ歩みよる。いや気づくことがおかしい、ロズワールの魔術的な仕掛けが施してあるコートを身につけていて、ラムもレムもそれと同じ効果を持つローブを身につけているのだから。俺はラムとレムの前に立ち、フードをとり、ウルフ男を見上げる。
「よう兄ちゃん」
「…なんだよ」
「そう連れない顔すなって、ワイらは一応まだ敵やない、王戦が本格的には始まるまでは同じ国の戦士や、それに…目的は同じやろ?」
「…知ってんのか」
「おう、傭兵の情報網舐めたらあかんで」
「なるほど…じゃあ、あっちも当然知ってる訳か」
「ワイはリカードや、いざとなったら協力しようや」
「俺はツバキ、そうなったら頼む」
そして、リカードは主のところへ戻っていく。
恐らく雇われ傭兵の類いだろうが、その領域を逸脱した強さと貫禄をかんじた。
「信用していいのかしら、今の男」
「多分大丈夫だと思う、何となくだけど」
「ツバキくんがそう言うんでしたら…」
ビュッ!
「…っ、なんだ?」
「どうかされましたか?」
「なんか風切り音が聞こえた気が…」
「…っ!伏せなさい!」
「ぐぉ!?」
「姉様!?」
伏せた瞬間、突然大きな衝撃が襲った。俺は急いでレムとラムに覆い被さるようにして、落ちる瓦礫から守る盾となる。強烈な熱を持った何かが建物に直撃し、建物を崩壊させた、大半の者は混乱はしたものの、結界や自衛の手段を持ち合わせていた為、大半のものは無事だ。
凛々しい人もその近辺の2人も、リカードどその主もどうやら無事なようだ。
「どこから…!」
「これほど大きな威力なら次の一発までは時間があるわ、多分その間に」
すると、瓦礫の陰から明らかにここのものでは無い者の姿がでてきたそれも複数。
「リカード!、聞こえるか!」
「おう!聞こえとるで!」
「いざとなったら…今がその時だ!」
「おう!分かった、兄ちゃんもはよ出て来いや!」
「分かってる、ロズワール!」
「無事だーよ」
「ほかの連中の避難は任せていいか、あとラムも」
「任せたまえーよ」
「分かったわ」
「レムは俺と一緒に、あいつらを片付けるのを手伝ってくれ」
「分かりました」
俺とレムは瓦礫の山から飛び降り、戦ってる最中の場へと降り立つ。
「誰だテメェら!」
「こっちのセリフだわ」
敵は多分かなり多い、どうやってここまで侵入されたかは後で考えるとしてとりあえずは数を減らさないと。見たところ治癒術を使うやつはいないと見える。
一人の敵がこちらへと向かってくる。動きは乱雑でまださっきの賊の方が強かった。すると。
「ぐほぉっ!?」
「うげ…」
隣にいたレムが思いっきり腹を蹴っ飛ばした、敵は蹲って泡を吹いて倒れた。
ちょっと同情する。
「ツバキくんに触らないでください」
そう言ってレムは戦闘態勢に入る、辺りのマナがレムに集まって氷を形成していた。やがてその氷はひとつの巨大な氷柱となり、レムの頭上に定点する。レムが手をかざすとそれは敵集団の方へと向きを変えた。
「行きます!アル・ヒューマ!」
手を振り下ろすと氷柱は物凄いスピードで敵集団へと直撃した。
「さて…」
俺はレムにその場を任せ、奥でこの戦局を見据える一人の男にターゲットを絞る。何人かの兵士が立ち向かうが全て返り討ちにあっている。
短剣を抜いて、両足に魔力を込める。
走り出し、思いっきり跳躍をした。俺は戦局を飛び越え、敵の親玉の所へと辿り着いた。
「なに…!?」
「悪いな、計画通りにさせる訳にはいかねんだわ」
俺は短剣を握りしめ、その男を見すえる。全身に最大限の魔力を込める。頭痛がするがそれは今はいい。
「…行くぜ」
「くっ…」
男は腰からナイフを取り出しこちらへ飛び掛ってきた、左右へ激しく動きながらこちらへと向かってくるのはまるでピンボールのような動きだった。俺はこちらへ斬り掛かる隙に男の腕を掴み、壁になげとばす。
だが、瞬時に切り返し、もう一度今度は直線的に真っ直ぐ猛スピードで飛び掛ってきた。俺はそれを真正面から短剣で受け止める。
ビシッと短剣にヒビが入った、俺は何かを察して、体をねじって蹴りを入れて距離をとる。
短剣は刀身を半ば残して砕けた。
「終わりだァ!!」
「…てめぇ」
俺は腰に据えた柄を手に取り、イメージをする。目の前に飛び掛ってきた男をねじ伏せる形を。先を円の半分に変形させ、タイミングを図って相手の胴体に叩きつける。
「がっ!?…う、動けねぇ…!」
「うらぁ!」
「ごぁ!?」
俺は変形させた形、もといさすまたを押し付けて気絶させる。
「使えるもんだな…」
「て、てめぇ!よくも!」
「こっちのセリフだよ、お気にの短剣を…」
迫り来る子分のひとりを、回し蹴りで粉砕する。
「弁償しろ、…ったく」
「くっ…くそぉぉ!!」
「っ…!」
気がつくと3人ほどに囲まれていて、それぞれ3人が両腕と片足に鎖を巻き付ける。
「ぐっ…!」
「よし、引け!」
「行けるぞ!」
「…調子に乗るなよ」
俺は全範囲に魔力を放出し、3人を鎖ごと吹き飛ばす。のけぞった3人を手早く倒し、鎖を取る。
「おーう、兄ちゃん、片付いたでー!」
「こっちもだ」
「ツバキくん、こちらも完了しました」
「了解、…にしても、なんだったんだ今の」
「あちらの方も大丈夫そうですね」
レムの視線のほうへ向くとそこには、頬に浴びた返り血をハンカチで拭う老人の姿があった。どうやら相当の手練のようだ。
「…っぐ!?」
「おい兄ちゃん?」
「ツバキくん!」
猛烈な頭痛に襲われ、倒れそうになったところを、レムが何とか支えてくれた。まずい…血が足りない。
「すみません、レム達はこれで」
「お、おう…、兄ちゃんお大事にな」
「…あぁ」
俺はレムに肩を貸してもらいながらその場を後にした。
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第九話 不意
「うぉたぁ!?」
「ツバキくん!?」
「い、いや…大丈夫、ほんとに大丈夫」
「ラムは見たわよ、マヌケにも余所見して歩いてタンスの角に小指をぶつけたマヌケなツバキの姿を」
「マヌケって2回も言わんでいい」
「兄ちゃんってひょっとしてアホなん?」
「黙ってろリカード」
「あーそろそろ、話し合い始めてもいいかにゃー?」
あの後、レムさんに回復してもらったあと、ラムさんから失態をただ責める説教をみっちり受け、それを見ているリカードと獣耳の女の子に笑われ、達人風のおじさんには微笑ましい目で見られて、凄いいたたまれなくなっていた。
結果から言うと犠牲者はゼロ、怪我人は多少出たもののどちらも軽傷であり、防衛は無事成功。と言えたらいいのだが、どうもいい事ばかりではなく、少なからず逃げた者がいるようだ、だが長は捕まって現在厳重な警備の元、聴取という名の拷問を待っている。
それで今は、まぁ状況的に中止になってしまった催しは開催する訳にはいかないので、警備の為に呼ばれた俺たちははっきり言ってお役御免なのだが、そうもいかないらしい。
「えー、おっほん、それでは自己紹介から始めていいかにゃー?」
「にゃ?」
「ラム、触れるな」
「おう、ええで」
「レム達も構いません」
「何このホームルーム感」
「じゃあまずは私の名前はフェリス、クルシュ様に使えてまーす」
「ワイはリカード、お嬢に雇われとる傭兵や」
「ツバキ」
「ラム」
「レム達3人はロズワール様に仕えています」
「あれ?さっきのおじさんが居ない」
「あー、ヴィル爺?ヴィル爺はさっき戻ったよ」
「ヴィル爺か、ヴィルさんって呼ぼう」
「そう呼ぶ人初めて見た」
「さて、それじゃ自己紹介も済んだところで、まずはアイツらの概要を説明するよ」
「はい、どうぞ」
「分かんにゃい」
「可愛く言ってもダメだわ、…えほんとに?」
「うん、前科がある訳でも増してやこの国に住んでる人でもない、指名手配も何もされてない」
「なんだそりゃ…」
「それじゃ動機も分からへんな、まぁその辺は拷問でも何でもして吐かせりゃええんやが」
「でもみんなが倒した連中は目を覚ましたあと完全に黙秘してるらしいよ、聴取は全く意味ないって」
「この国に住んでいないなら他国の人間なのではないでしょうか?」
「名推理だけど、それはにゃいよ、他国の人間が王宮に入ったら例えお偉いさんでも結界でマークされて常に監視される、でも彼は監視されなかったから…」
「この国の人間、でも…」
「うん、一応調べたけど王宮の一室吹き飛ばすレベルの威力の魔法を持った賊なら必ず騎士達が張ってるはずだからかならずわかるはず」
「手詰まりじゃねえか」
「うん、だから何か拷問で吐いてくれるといいんだけど」
「じゃあもう解散で良くない?」
「そうだね、また何かあったら知らせるからとりあえず今はこれで、解散、またねー」
「おう、そや、兄ちゃん」
「なんだ?」
「今度、繁華街のいい姉ちゃんたちがいる…」
「その日知り合った奴を速攻誘うな」
「ダメです、レムが許しません」
「レム、行かないから、行かないから、その強すぎる手を離してくれ、いたたたたたたたたたたっ!!!???」
「レム、いいわよ、もっとやってやりなさい」
「鬼!鬼畜!」
「あら嬉しい、合ってるわね」
「くっそ…!レム!マジで!痛い!やめ…いたぁ!?」
「バイバーイツバキきゅん」
「きゅん!?」
「…っ!」
「レム!折れる!潰れる!」
「兄ちゃんも大変やなぁ」
「焚き付けた本人が何言って、うぉいたぁ!?」
「刃先…折れちまったなぁ」
あれから数時間後、色々あって部屋で一人になってしまったのでソファに寝転び、刀身半分折れた短剣を抜き、それをぼーっと眺めながらそんな事を呟いた。
色々は色々なので深く詮索はしないように。
その後短剣を元に戻し、目を閉じて眠ろうとした時。
「っ…」
何か気配を感じた、こちらへ向けられた明らかな殺意を。
「外に出るか…」
ここで戦っては変に騒ぎになって余計に混乱が起きるだろう、恐らく明らかに俺個人への敵意だった。
相手がどこにいるかは不明だが、俺が狙いなら外で孤立した段階で襲ってくるはずだ。この周りには非戦闘員も含めて人が多少はいる、巻き込むのは避けた方がいい。
ドアを開けて、廊下を歩き、外の庭へと出る。
どこだ…どこにいる。
周りに人影はゼロ、だが気配だけがする、嫌な感じだ。
「出てこい…どこにいる」
魔力探知で気配を探る、反応は…。
「後ろ…!」
猛スピードで振り返りながら下がった、だが…遅すぎた。放たれたものは、俺の右肩を掠めて奥の花壇を破壊した。
「ぎっ…!」
折れた短剣を引き抜き、飛んできた方向を見ると、突如、右手の力が抜けてピクリとも動かなくなった。
「神経毒だ、並の人間ならば死んでいるところだが、流石といったところか…」
「お前は…」
先程倒し、今頃牢屋で拷問なりなんなりを受けているはずのあの男だった。男は腕にクロスボウのようなものを付けて、こちらへ照準を向けたままだ。男の顔は見えない、黒い布で目元以外をおおっているからだ。
「なるほど…どうりで手応えがなかった訳だ」
あれだけの事ができる軍団の首領があんなにあっさり倒せる訳が無い、そう心のどこかで思っていたが、どうやら予感は的中したようだ。
「さて…どうする、貴様にできる事は何も無いぞ、貴様さえいなければ俺の計画は障害なしに進んだものを」
「それは残念だったな、俺がいる限りお前の計画は絶対に実行させない、内容は問わない」
「そうだな、だから今この場で殺してしまおうという訳だ」
「なるほど、だけどそう簡単に殺されてやるほど弱くはないぞ、俺は」
「平生のお前ならばそうであろう、だが、その神経毒を食らった状態で満足に抵抗ができるか?」
「…っち」
時間の経過とともに、神経毒は侵食しつつある、今も魔刃を地面に突き立て膝をついている状態だ。だが、手がない訳じゃない、確かに今の俺ならいとも簡単に殺されるだろう。だが、あいつがこの事態に気づいてないとは到底思わない。
「最後に言葉を残すとすれば何を言い残す」
「そうだな…」
だが、それではダメだ、奴は俺に注意を向けているように見えて、常に周りを警戒している、たとえ不意打ちを仕掛けたとしておそらく対応されるだろう。気づかれず、なおかつ、一撃で退かせるためにも、奴の気を逸らさなければ。だから…、
俺は突き刺した魔刃を地中から伸ばし、奴の下から突き出そうとした、しかし、不意はつけたものの、対応され躱される。
「遺言はそれでいいな…?」
「…今だ」
状況は完璧、奴は今俺以外を意識していない。いけるだろ、お前なら。
「ラム!」
「ウル・フーラ!」
風の刃が、俺の頭上を掠めて、奴に襲いかかった。凄まじい暴風と轟音の後、奴は姿を消した。
「全く、なんの警戒もせずに外へ出るなんて、気を抜くにも程々にしなさい」
「してたさ、その上で不意打ちを食らっただけだ」
「何の言い訳にもなっていないわよ、それにしても、随分あっさり引いたわね」
「狙いが分からん、狙いさえ分かればあとはどうにか…」
「ツキ、何か心当たりは?」
「その顔で言われるとまるで俺が狙われてるみたいな言い方ですね…」
「ラムに狙われるものなんて無いもの」
「言ってて悲しくなんねぇか」
あれから、牢屋は何故かもぬけの殻になっていて、誰一人としていなかった、看守が気絶させられていて、拷問中に幻術を使ったと見られている。つまるところ振り出しに戻ったというわけだ。拷問で何か話したという訳もなく、黙秘を続けたらしい。
だとしても妙に引っかかる、賊が入ることが分かっていた、にも関わらずその賊の正体は不明、狙いも不明。
ここには確かに、位が上の王族や、貴族、支配者層の人間がいるがそれらの命、誘拐が狙いなら、爆発を起こして派手にやるより、隠密に徹して秘密裏に、殺害、拉致が一番早い。
つまりアイツらが襲ってきたのは何か意味があったのだ、何かの陽動なのか、それとも何か確かめたい事があったのか。
ロズワールの言葉の真偽が気になる、あいつは賊の襲撃を事前に知っていたのだ、それはあの場にいた一部の、リカード、フェリス、ラム、レムなどの護衛の人間とその当人達。フェリス曰く、結界のマークを抜けるにはそれこそ内部に精通している人間でないと不可能らしい。
あれほどの大爆発を、大きな魔力反応無しに行える人間は限られている、にも関わらず、未だに絞りきれないのは、狙いが分からないからだ。
もしあの場にいた誰かの命が狙いならば、全員を襲う必要も無いし、護衛が無数にいるあの場で襲うのはデメリットの方が大きい。つまりあいつらには理由があったのだ、何か確認したいことがあった。それゆえのあの行動、あの場にいた人間の命が狙いではない、では身柄?。
それなら尚更、あの場で仕掛ける必要などない、ではなんだ、陽動?、いやこれも違う。あれほど大きな陽動が必要だというのなら、相応の大きな事が起きていてもおかしくない。そうならば、今の時点で起きていてそれに気づいていないのはおかしい。
つまり、あの瞬間にやった事は陽動目的ではないということだ、であれば、行動理由は大体絞れてくる。つまりあの場に置いて連中は何かを確かめたかったのだ、何かを確認するためにあの騒ぎを起こした。
もっともその何かが分からない以上はなんの進展も…。
ドゴォォン!!!!!!!
「っ!なんだ!?」
不意にとてつもない振動と爆発音がした。それと同時に魔力の波によって、視界が歪み、頭痛が走る。
「ぐっ…ぐぉっ…ぎっ!」
何とか波を乗り越え、荒れた息を整える。
「俺はまだしも…ラムは」
ラムには角がない、故に魔力の生成は不可能であり、これの影響をモロに受ける。
俺はとにかく爆心地の方へと走った。
嫌な予感がした、とてつもなく嫌な予感が。
「レム…!」
もし彼女が襲われるようなことがあればレムは迷いなく盾となり自分を投げ出すだろう。
「くそっ…!」
「おい、兄ちゃん!」
「リカード、無事か!」
「おうなんとか、お前さんも無事か!」
「レムとラムは?」
「いや見とらんが」
「くそ…、最悪だ」
「どないした、そんなに焦って」
それは考える前からずっと頭の中にあって、見なかったことにしてきた物、あるはずのないと思った可能性。だが、考えれば考えるほど、その可能性しか選択肢がないことに、嫌悪感を覚える。
「爆心地は!」
「いや、この先を行ったところ…」
「サンキュ!、リカード!ここは任せた!」
「お、おい!兄ちゃん!」
絶えたはずの鬼族の血、そして角を狙っている可能性、もしくは連中が…。
「魔女教徒…」
そう考えれば、全てに合点がいく、幻術に優れている点、あらゆる事に合点が行く。ならあるはずの最悪すらもように想像がつく。
「…っ!ラム!」
爆心地、そこは案の定レムやラムがいたとされる調理場、そしてそこにはレムの姿は無く、頭から血を流して倒れるラムの姿があった。
「おい…!ラム!」
起こして見ると出血は額からだった、無理やり鬼化して止めようとしたのか…。
「ツキ…、レムが…魔女に」
「分かってる、くそ…、っ!」
後ろから黒装束の男が現れ、ラムを連れ去ろうとするがラムを抱えて飛び上がり、屋敷の屋根へと登る。
「くそ…っ!、レムが…」
「ラムの…事は」
「んな事言ってられるか!」
現れたのは三人、屋根の上までも追ってくる。
「魔女教か…!」
何も話さず、ただこちらへ迫る魔女教徒。
「邪魔を…」
俺はラムを片手で抱える姿勢に変える、もう片方の手で刃を展開し、迫り来る3人を迎え撃つ。足に魔力をこめ、思いっきり飛び出す、刃をより大きく展開し三人まとめてぶった斬る。
ラムの千里眼があれば、レムの行方が分かるかもしれないが、今の状態では無理だ。
「フェリス…!」
彼女は回復術師だ、そんな彼女ならばラムをいち早く治せるだろう。
「ラム…すまん、少し急ぐから捕まってろ」
「フェリス!どこだー!フェリス!」
「おい兄ちゃん!無事か!」
しばらく屋根の上を飛び回っていると、下から声をかけられた、どうやら爆心地の大広間には多数のマナ酔いの被害者がおり、場は混沌としていた。
「リカード!?あっちは?」
「おう、全員ぶった切ってやったわ」
「そうか、ところでフェリスは?」
「ここだよー、今マナ酔いしてる人の処置中」
「すまんフェリス、大至急ラムを頼む!」
「え…この子…、うん、分かった」
「…っ!おい兄ちゃん、上!」
「っ!あれは…」
見るとそこには先程の黒装束の男が何か大きな術式を、展開していた。まさか…!。
「まずいよ、今さっきのがもう一発来たら最悪死人が出る…」
「リカード!俺を飛ばせ!」
「はぁ!?何を言うとるんや、死んでまうぞ!」
「ここで全滅するよかマシだ!、いいから早く!」
「…分かった!」
「ふたつに分断する、あとは任せた!」
オレはリカードの持つ大剣に足を乗せて、思いっきり勢いをつけて飛ぶ。黒装束の男が撃った術式はすぐに大きな透明な不気味な玉へとなった。俺は刃を展開し、今一度腕に指先に魔力を流し込み力を込める。
「…っ!おおぉぉぉぉぁぁぁぁぁ!!!!!!」
左上から右下へ、袈裟斬りにし、透明な玉が真っ二つに割れる。そしてその先にいた、黒装束に掴みかかり、そのまま地面へと落とす。
「リカード!ボーッとしない!」
「あ、あぁ!」
「ヴィル爺!お願い!」
「承知」
フェリスの号令とともに左右脇から獣人と老兵が飛び出す、獣人は豪快に、老兵はしなやかに、魔力のエネルギーの塊を切った。
「…うらァァァァァァ!!!!!」
空中で首根っこを掴み、そのまま地面に叩き付ける。地面は円形にひび割れ、黒装束は息絶えた。だが…恐らくこいつは。
「偽物、本物は違うか」
こいつは俺に対してクロスボウで攻撃を仕掛けた奴ではない。
「時間稼ぎ…!」
俺は左足で思いっきり地面を踏み砕いた。
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