──ここまでか。
体は傷だらけで足にも力が入らない。
込み上げてくるものを押し込めることもできず、血を吐いた。
赤い鮮血が兜の隙間から流れ落ちる。
こんな時だがたとえ人間ではなくなっても血は赤いのだということに、かつてと変わらないものがあることに安心する自分に笑えてくる。
ここは北の不死院。
不死となったものがこの世の終わりまで幽閉されるという牢獄。
周囲を山に囲まれ、崖の上に成り立つこの世の果てだ。
白銀の山々が光を反射する。
その光景は恐ろしいほどに美しい。
しかし、当然美しいだけの場所ではない。
耳をすませば亡者のうめき声が、さらに遠くには巨大な化け物の足音が聞こえてくる。
ただしく人外魔境という言葉がよく似合う場所だ。
幾たびの死を経験し、私は冒険を続けた。
〈不死になったものは不死院から古い王たちの地に至り目覚ましの鐘を鳴らし、不死の使命を知れ〉
全ては家に伝わる使命を果たすために。
そのためにここまできた。幾度も幾度も死んで、そのたびに蘇りここを目指した。そしてやっと最初の場所に立ったと思えば結果はこのとおりだ。
私は選ばれし者じゃあなかった。
きっとそれだけの話なのだろう。
運命なんて言葉は使いたくないがきっと最初からそう定められていたのだ。
自分に言い聞かせるように、私は同じことを何度も頭の中で繰り返す。
そこで私は彼に出会った。
牢獄の中で、蹲るその男は、亡者か生者かもわからない容貌だった。
なにもかも諦めてしまったかのように、壊れてしまった人形のような雰囲気の男に何を見たのか。
何かに導かれるように、そうすることが正しいように、私は鍵を投げ入れた。
その結果周辺にいた黒騎士達とも戦う羽目にもなった。
非合理だ。使命とは何も関係ないことにこのような労力をかけるなんてかつての私ではありえない。随分とらしくない。
こんな亡者になる間際にーーだからこそだろうか?ーー新しい自分を発見することになるとは思わなかった。私が私でいられる最後の時間の使い道が見ず知らずの不死人の救出だとは、旅に出た時は思いもよらなかった。
黒騎士から逃げるために飛び込んだ穴から落ちてこのザマだ。
鉄格子の扉は歪み、外に出ることは叶わない。
なんとも間抜けな最後だ。
ここで誰に知られることもなく私は私でなくなるのだろう。
使命も達成できず、何も残せないまま私は力つきる。
──そのはずだった。
突如、
私は驚いて声も出なかった。
それは突然現れた鉄球もそうだがなによりも、壊れた壁から姿を現した男に対しての驚き。
──そこには先程私が助けた不死人の姿があった。
彼は亡者ではないことはその佇まいなどから理解できた。
だがなによりもその肩に担いだ
それを私は知っていた。
武器と言うにはあまりにも巨大で荒々しいその見た目。
それはあの巨大な化け物のーー不死院を守護するデーモンの大槌そのものに違いなかった。
彼の服や体には先ほどまで戦っていたであろう痕跡がいくつも見て取れる。
傷もまだ癒えておらずもともと亡者のような見た目が一層酷いものになっている。
だが……それでも彼は勝利したのだろう。
あの数多くの侵入者や脱走者を捻り潰してきた不死院のデーモンに、ろくな武器ももたない身でありながら。
私なら早々に諦め他の道を探していただろう。
どこまでも愚直に戦い、打ち倒すことなど私にはきっとできないことだ。
そのボロボロの彼が、私には何より光り輝いて見えた。
──そうか。君なのか。
私はそのとき、抗いようのないとてつもなく大きな何かを感じた。いや、感じてしまった。
それはきっと……運命と呼ばれるものなのだろう。
私には使命を果たすことができなかった。
私は選ばれなかった。
だが、君は……。
「私の、願いを聞いてくれるか?」
気づけば口をついて言葉が出ていた。
死ぬ間際の願い。それは私の全て。果たせなかった悔恨と抱いてしまった希望だ。
それを見ず知らずの君に押し付けようとしている。
彼は頷いた。その人形のような虚ろな目でたしかに私を見て。
「ああ、これで希望を持って死ねるよ。」
ずるい言葉だと思う。これから彼を待つ運命はきっと優しいものではない。だがそれでも願ってしまった。
その先に訪れる結末を私は見ることはないだろう。
それでも希望を抱いてしまったのだ。
──たまには
何も成せなかった私の人生だが、最後にわたしのした行動には意味があったのかもしれない。
去っていく彼を見送り、私は短刀を取り出す。
ああ、これで満足して死ねる。
最期に思い浮かべるのは彼の表情。
初めて見たときの全てを諦めているかのような瞳。
今後、その空虚な瞳に火が灯ることはあるのだろうか。
彼はなにかを見つけられるだろうか。
「彼に炎の導きを……」
願わくば彼の旅路に光あらんことを。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
火が陰り、世界には不死が溢れた。
太陽の王は既に亡く、かつて絶対だった神秘も既に過去のものになって久しい。
そんな終わりに向かう世界で、その時代に生きた者たちがいた。
これはそんな者たちのお話。
神でも悪魔でもなく、何者でもない者達と、
そしてたった一人の名もなき不死人の、遠き旅路の物語。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
蜘蛛の従者
〈悪名高いダークレイス「トゲの騎士」。
びっしりと鋭いトゲが生えた禍々しい装備は、まさに、皆殺しのカークに相応しいものだ。 〉
本当にくそったれな世界だ。心からそう思う。
どいつもこいつも憎み合って殺しあって、そのくせ死ねないからタチが悪い。
理性をなくして暴れる亡者も、理性を持ちながら真偽すら定かじゃねえ使命なんぞに燃える不死人共も。
どいつも死にまくって亡者になって
亡者になった後も死にまくって最後は動かなくなる。
その全てが気に入らねえ。
ーーまあ自分の意思で他人を殺し続けてきた一番のくそったれは俺だ。
俺の“終わり”もたぶんくそったれなもんになるんだろう。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
人間ってのは生まれた場所で大体の生き方が決まる。
生まれた時からゴミ溜めのような場所で生きてきた。
場所がゴミ溜めなら住んでる人間もゴミだ。
そこでは欲しいものは全部奪うのが当たり前だった。
奪われる方が悪い、本気でそう信じていた。
──ある時から世界中に不死なんてものが蔓延し始めた。胡散臭い不死の使命の話もだ。
体に印──ダークリングが出たやつは死ねなくなる。
何度死んでも蘇るが、その度に精神が摩耗し
やがて理性をなくした亡者になる。
そして亡者になった上でも死に続けた奴はソウルを置いて動かなくなる。
狂った世界を元に戻すため
鐘を2つ鳴らし不死の使命を知れ
俺からすれば妄言のようなそんな話が平然と流れていた。
自分の体にダークリングが出るまでは正直興味も湧かなかった。
死にたいとは思わないが無限に生きたいとも思わない。
生き続けるだけの薄汚い亡者にも絶対なりたくねえ。
「人間性」、それがあれば俺は俺で居られる。
なら奪えばいい。
考えてみればなんとも簡単な話だった。
俺の得意なことだ。
そんで誰もがやっていることでもある。
自分のために他人から奪う。
どんなやつだって人様から奪ったもので生きてんだ。
それは都でもゴミ溜めでも変わりはしないだろう。
状況が少し変わっただけで俺自身は何も変わらない。
俺はそれでいい。俺はそれがいい。
♦︎
なんであの時あんな場所行ったんだったか。
ああそうだ 思い出した。
そん時すでに俺は何人も殺しまくっていて悪名が広渡りつつあった。
俺の見た目もバレちまってる。
俺の姿を見たら逃げ出すやつらばかりになった。
だがそこなら待ってりゃ不死の使命とか言って馬鹿どもが
鐘を鳴らしにノコノコ来てくれると思ったんだ。
そいつらを殺して人間性を奪えばいい。
そう思ってわざわざ最悪な臭いの下水道を通ってまでそこに行った。
なんというか.......そこは終わっていた。
俺の育った場所も大概クソだったが
そこはもっと地獄みてえな場所だった。
狂った亡者どもも、もはや人間の形じゃなくなってやがる。
なんかの病なんだろうか。
人間だけじゃねえ
その村全体が病気に飲み込まれていた。
そこでしばらく待ってたんだが不死人なんてそうそう来ねえ。
外に比べりゃ少なすぎた。
当てが外れて、心底後悔したものだ。
いくら人間性のためでもこんな場所にずっと居たくねえ。
なら他にもっといい場所を探した方がいいだろう。
ただなにも得ずに帰るのも腹立たしい。
なにか成果が欲しいと思ってしまった。
........そこで帰ってりゃよかったのかも知んねえなあ。
普段ならしないはずだった。
自ら危険に近づくなんてのは馬鹿のすることだ。
だが俺はその場所の最奥、蜘蛛の住居に足を踏み入れちまった。
♦︎
待っていたのは美しくも醜い化け物だった。
あんな化け物相手にしても何の得にもならねえ。そもそも勝てるようにも思えねえ。
だが、気になった。あの化け物の奥にあるものが。
あの化け物は奥にあるものを守っているようだった。
村の瘴気にでも当てられちまったのか我ながらあの時はイカれてたもんだ。
それから毎日隙をうかがいに蜘蛛の巣まで足を運んだ。
ただの興味だったのか、俺の直感がなにかを告げていたのか。
その奥にあるものが見たかった。
そしてついに時は訪れた。
目の前で俺以外の不死人達が蜘蛛の化け物と戦っている。
使命に燃える馬鹿共だろう。
今しかねえと思った。
その脇を気配を殺し足音を消し駆け抜ける。
不死人どもがどうなろうと知ったことじゃない。
あるかもわからねえその奥の財宝に俺は夢中になっていた。
──あのとき幻の壁の向こうにいたあいつを見つけられたのは本当に偶然だった
俺は
♦︎
そこにいたのはクソッタレな下層なんかじゃ絶対に見ることのできない美しさを持った女だった。
周囲を警戒するのも忘れ俺は思わず見とれていた。
さっきの化け物と少し似た容姿に
下半身の卵の全てがおぞましいと形容する以外にない化け物だ。
だがそれでも見惚れたんだ。
女は言葉がわからないのか喋りかけてみても首をかしげるだけだ。
その姿も綺麗だと思った。
欲しいと思った。
欲しいものは奪えばいい。
いつも通りやればいい。
そのはずなのに何故かそういう気分になれなかった。
俺は間抜けな面でたちぼうけているだけだった。
不意に後ろから声がかかる。
卵を背負った亡者だ。
こいつにはまだ理性があるらしい。
そいつはエンジーというらしいが
俺に向かって新しい蜘蛛姫様の従者か?とかなんとか言ってきた。
何を勘違いしているんだと思ったが面白そうだったので肯定してみた。
何やらエンジーが勝手に喋っているが
どうやら蜘蛛姫様というのは目の前の女のことらしい。
この女はあのイかれた病み村の病の苦しみを
一身に背負い今もなお地獄の苦しみを味わいながら
それでも村人のために祈りを捧げているのだとか。
そしてその苦しみは人間性によって和らぐらしい。
あの化け物──クラーグというらしい──があそこで不死人達を狩っているのもそれが理由だろう。
それを聞いて俺は呆れたものだ。
何ともくだらない話だ。
この女は本当の大馬鹿者だ。
別に村の人間がどうなろうと放っておけばいい。
この女は本来とびきり美しかったのだろう。
この醜い卵達も病を飲み込んだことが原因だという。
素知らぬ顔をして楽しく生きていけばいいではないか。
自ら他人のために永遠の苦しみを背負う理由がどこにある。
俺のように元から何も持っていなかったのではないのだろう。
何故全てを捨てることができる。
何故他人のために泣くことが出来る。
得もないのにただ他人のために身を捧げるこの女に興味が湧いた。
どうせ死なないんだ。
混沌の従者とやらになってみるのも悪くない暇つぶしだ。
飽きたらまたどこぞに移ればそれで終わりだ。
そう思った。
♦︎
従者になってもやることは同じだ。
他人を殺して人間性を奪う毎日。
ただ大きく違うのは集めた人間性を俺のものにするのではなく
あいつにくれてやるようになったこと。
トゲの騎士カークの一生は奪い続けた人生だ。これからもそうだと信じて疑わなかった。
少し前の俺が今の俺を見たらどんな顔をするだろうか。
驚愕するだろうか、侮蔑の表情を浮かべるだろうか。
ただ悪くないとは思った。
以前聖職者が偉そうに人の生きる意味について説いていたのを思い出す。
不死人に生きる目的なんて、馬鹿げた響きだ。
俺は今も生きる意味なんぞわからないが.........暇つぶしとはいえ
1日を過ごす理由が見つかったのは悪くない。
♦︎
蜘蛛姫はずっと祈りを捧げている。
飽きないんだろうか。飽きないんだろうな。
俺なら数分も持たない自信がある。
こいつは見ていて面白い。
毎日同じようなことしかしていないがこれが不思議と飽きることはない。
今のところこの従者生活は楽しい。それも以前までの生活より何倍もだ。
らしくないなんてのはわかっているがそれでもあと何年かは続けて見ようと思った。
♦︎
今日も不死人を狩った。
たいした実力も持っていないくせに大層な使命だかを持って偉そうに歩いてる奴らを殺すのは鼠どもの相手をするよりもよっぽど気が楽だ。
この瞬間だけは以前の暮らしを思い出す。
根無し草で、楽しいことに飛びついて好き勝手に生きていた時のことを。
常に拠点を移しながら暮らしてきた俺は、思えばこんなに同じ場所に居たことなんて今までなかった。
そんなことを考えながら蜘蛛の住居に戻ればあいつはいつものように苦しそうな顔で祈りを捧げていた。
頬を撫でてやるとあいつは最初だけ少し驚いてすぐにいつもの表情になる。
ああ、こいつの顔を見ていたら考えていたこともどうでもよくなってしまった。あともう少しだけだ。もう少し従者を続けるのも悪くない。
♦︎
来る日も来る日も人間性を持ってくる。
クラーグも俺は襲わない。
何を考えているのかは窺い知れないが、襲われないならそれでいい。
目も見えていないらしいこいつには俺がどういう風な存在に写るのだろう。
人間性を捧げる。やはり痛みが和らぐのだろう。
表情が柔らぎ嬉しそうな顔をする。
きっとこいつはクラーグや俺がどうやって人間性を持ってきているのか知ることなどないのだろう。
それでいいと思った。
その美しい顔に微笑と呼べる表情が戻る。
別に面白いものでもないがなんとなく眺めてしまう。
辛気臭い顔でいられるよりはこっちの方がマシだ。
♦︎
もうこの毎日を続けてからさらに結構な年数が経った。
今日もやることは同じだ。
人間性を奪って捧げる。
以前と同じような毎日だが以前のように
退屈だという感情はないのが不思議なものだ。
エンジーなんかは俺に礼を言ってくる。
こんなクズに礼をいうなんて冗談みたいな話だ。
だが悪い気もしないのも事実だった。
♦︎
あたりは毒だらけでまともな奴も歩いちゃいない。
隣人である亡者共も死体なんぞを手に持ち徘徊している。
人間が変形したのだろうか、悍ましい虫みたいなのもよく見かける。
こうしてみると俺も随分素晴らしい場所に住もうと思ったものだ。
俺が決まった場所に住み着くようになるとは、
しかもよりにもよってこんな場所を住居に定めるなんて思っても見なかった。
生まれた場所もそうだが俺はとことん普通の暮らしとは縁がないらしい。
高台に座り村を見渡す。
本当にくそったれな景色だと思う。
暗くて、しかも最悪な匂いだ。こんな場所を見ていても何も楽しくなんてない。
だが何でだろうか、悪くないと思えてしまうのは。
♦︎
さらに十年が経った。
やはり俺の持ってこれる人間性の数なんてたかが知れている。
俺のやっていることは気休めにもなっていないのかも知れない。
そう思ってあいつに喋りかけてもあいつは応えることができない。
無性に苛立ちが募る。
自分の思い通りに事が進まない。
不死人といえど有限の存在だ。
いつかは終わりが来る。
俺がいつまでもこいつの従者をやれるわけでもないのだ。
なのに光は見えてこない。終わらない暗闇をがむしゃらに走り続けているようだ。
♦︎♦︎
数えるのも面倒になるほどの年月が過ぎた。
その間俺は、人間性を手に入れる過程で何度も死んだ。
死ぬたびに何かが抜け落ちていく感覚がある。
俺のいつか来る“終わり”を嫌でも想像してしまう。
この先膨大な数の人間性を捧げた果てに
こんな辛気臭い場所で祈りを捧げるあいつが
自分の足で立てる日が来るのだろうか。
連れて行きたい場所がいくらでもある。
ガラじゃないが不死街のテラスなんかでもいい。
目が見えなくても風を感じることはできるだろう。
こいつは俺のように好き勝手してきた悪人でもなんでもない。
ただ負う必要のないものまで背負いこむ善人だ。
そして多くの人間を救った代わりに得たものが
多大な痛みと自由のない空間だけか。もう十分だろうが。
腹の底のさらに底から形容しがたい感情が顔を出す。
気に入らねえ。
♦︎
結局俺ができるのは奪って来ることだけだ。
昔っからそれだけだ。
それ以外には何もできないし知らない。
今日も人間性を奪うために外に出る。
もっと頭が良かったらほかの方法があったのだろうか。
俺は奪って奪って奪って奪って俺が死ぬまで奪い続けて
あいつに与えることしかできねえ。
少なくとも一瞬だけかも知れねえがあいつの笑顔が見れる。
もしかしたらその先にあいつが心から笑える未来があるかも知れない。
♦︎
──気に入らねえ。
この俺が負けた。
そこそこ強大なソウルと人間性を
持っていたようだったので襲ったら返り討ちにあった。
馬鹿でかい剣を持った男だった。
死ぬほどムカつくが
負けるのが初めてというわけじゃない。
また会って殺せそうなら殺すし
無理そうなら諦めればいい。
ただそれだけだ。
勝ち目がないのにに戦うのは馬鹿のやることだ。
♦︎
蜘蛛姫と会話する。
最も俺が一方的に喋ることを会話と呼ぶのであればだが。
もう相当人間性を捧げたがこいつの卵は一向に変化することがない。
いつの日か孵る日が来るのだろうか。
こいつは今日も苦しそうな顔をしている。
その苦しみを俺はわかってやれないのがはがゆい。
♦︎
クラーグが死んだ。
やったのはあの時の俺を殺した不死人だ。
例によって例の如く、鐘を鳴らす使命とやらにご執心のようだ。
幸いなことに蜘蛛姫には気づかなかったようだが。
別に仲良しこよしなんて間柄じゃなかった。それどころかあの女の声を聞いたことすらなかったが
俺はクラーグを認めていた。
姉の死を蜘蛛姫が知ったらどんな顔をするだろう。
俺の見たい顔ではないことだけは確かだ。
俺はやつに再び挑んだ。手負いのやつなら殺せるかも知れないと思ったからだ。
結果は惨敗だった。
間にある力の差は思っていたよりも絶望的だった。
俺の剣はあの野郎にかすることもなかった。
俺のことをはなから見ていないようなあの野郎の目にイラつく。
無性に腹がたつ。
ああちくしょう。
──気に入らねえ
♦︎
どれほどの時間が経っただろうか。
今でもやっていることは変わらない。
だが、俺は死に過ぎた。
近頃意識がおぼろげな瞬間がある。
俺は俺が今まで殺し続けてきたくそったれな亡者になるのだろうか。
そうなればもうあいつを守れない。あいつの隣にはもう立てない。
ああ、クソ 今になってやっとだ。
理解はしていても、形がわからなかった俺の“終わり”がこうして俺の目前までにじり寄ってきて初めて気がついた。なんとも間抜けな話だ。
俺は──
♦︎♦︎♦︎♦︎
──あの不死人が再びやってきた。
雰囲気が以前とは変わって見えるがそれ以上にその宿して力の変化は凄まじかった。
あの男は以前とは比べ物にならないほどの膨大なソウルと人間性を溜め込んでいるようだ。
見ただけで万に一つも勝ち目などないと理解する。
勝てそうなら殺すし
無理そうなら逃げればいい。
それができないやつはただの馬鹿だ。
──その通りだ。今でもその考えは変わらない。
しかし、今俺はやつの目の前に立っている。
................どうやら本格的に焼きが回ったらしい。
「これで会うのは3度目だったか...?懲りないな貴公も...」
もしかしたら初めてこいつの声を聞いたかも知れない。
というか返答するようなやつだとも思っていなかった。
そんなどうでもいいことを考えながらも相手からは目を離さない。
「まあなんだ、たぶんこれで最後だ。 付き合ってくれてもいいだろう?」
「...........随分勝手な言い分だな。」
「それはそうだ。お前の目の前にいんのはこの世で最も身勝手な皆殺しのカーク様だ。大人しく全てを置いてくなら見逃してやってもいいがな。」
無理やりにでも笑う。
勝てるなどとは思ってないが最初から負けを認めるなんてのもプライドが許さない。
下らない矜恃だ。
吹けば飛ぶようなハリボテの意地だ。
「貴公は何故それほどまでに私にこだわる」
言われてからふと考える。
俺は何故こいつと戦うのだろうか。
今までのリベンジ?
終わりが来る前に何か残したくなったか?
俺はそんなことにこだわる人間だったか?
惚れた女のためだ、なんて見栄を張れれば格好もついたんだが、そんな柄でもないことは俺自身が一番わかってる。
こいつのもつ膨大な人間性やソウルを奪ったところで、
あいつが本当の意味で救われることはきっとないんだろう。
せいぜいできるのは一時の苦痛を凌ぐことだけだ。
クラーグの仇を取ることが、あいつを幸せにすることもないだろう。
そもそもあいつは姉が死んだことも知らないのだから。
ーーじゃあ俺は一体何のために戦うんだろうな。
考えても答えは出ない。
きっと俺はもう正気ではないのだ。
大義名分もお為ごかしも存在しない。
俺のやっていることは、俺のやってきたことは
どこまでいってもきっと自己満足にすぎないんだろう。
「てめえのことが気に食わねえんだよ。.......心の底からな」
最初っから俺はこいつのことが大嫌いだ。戦う理由なんてそんなもんでいい。
兜の奥で少しそいつが笑った気がした。
もう言葉は要らない。
相手に向かって盾を構えながら駆ける。
全身全霊、俺の出せる最速での奇襲。
それでも相手には余裕で対処できるものだったらしい。
俺の放った突きはなんなく躱された。
だがそんなのは想定済みだ。ハナから格が違うなんてこと分かって挑んでんだ。
相手も俺の力量くらい分かってるだろう。
油断するようなタイプでもなさそうだがこちらをすこしでも侮ってくれりゃ御の字だ。
奴の大剣を持つ右手がしっかりと俺の動きに合わせてくる。
あのデカブツで切られたら確実に死ぬな。
だがここまでは予想通り。
やつの大剣が振られると同時に
急停止しすぐさま隠し持った火炎壺を投げつける。
大剣をそのまま振り下ろして火炎壺に当たるか
火炎壺を避けて隙を作るか
どちらを選んでも、選ばなくても、一瞬でも隙ができればいい。
針の穴を通すような僅かな勝機を掴もう。
相手の動きが一瞬停止し、回避の動きに入る。
そこしかなかった。そこだけが俺の唯一の活路だ。
大剣はリーチは長いが懐に潜られれば弱い。
所詮浅知恵だが効果は今までの経験のお墨付きだ。
俺の渾身の突きが相手の胸に吸い込まれる──
その直前、相手の体が
直後俺の体はやつのもつ大剣で切り裂かれていた。
思考が停止する。
理解が追いつかない。
あの瞬間やつのは火炎壺を避け明らかに体勢を崩した。
そして大剣は確実に外側に向いていたのだ。
あそこから懐まで入った盾を持った俺に剣を当てるなど、普通なら不可能だ。
そう
あの男がやったのは奇跡でも奇術でもなんでもない。
鎧も、盾も俺の浅知恵もまるで意味を成さなかった。思わず笑ってしまう。
全ては純粋な暴力の前に吹き飛ばされた。
それはまるで俺が今まで他人にやってきたことの焼き直しだ。
「フハッ........フハハハハハハ!」
やれるだけのことして持てる全部出し切って指先すら届かなかった。
笑えば笑うだけ体が悲鳴をあげる。血が流れ出ていく感覚は慣れ親しんだものだ。....これはもうダメだな。
ああ、最後はこんなあっさりかよ。
「なあ.........散々迷惑かけちまって悪かったな、もうあんたの前に現れねえからよ、迷惑ついでに教えてくれよ。なんでさっき手加減した? 体ごと切れたろ、あんたなら」
「.........どうせ貴公は直に亡者になるのだろう。人間性も限界と見える。わざわざその時間を早める必要もあるまい。」
「お優しいじゃねえか。俺は何度もあんたを殺そうとした男だぜ。
それに今まで好き勝手やってきた悪人だ。そんな情けをかける必要もないだろう」
「..........知っていたからだ。」
「あ?」
「私の呪術の師が色々とな。だから
そしてそれを知った上で使命のためと割り切りクラーグを殺した。
.........貴公は自分が悪人といったがそう私も差はない。」
それはなんとも滑稽な話だ。
初めから知ってたってんなら見逃してくれてたんだろう。
そんなことも知らず、俺は何をやっていたんだろうか。
惚れた女一人救うことも守ることもできない俺になんの意味があるんだろう。
これではただの道化だ。
こいつの目にはさぞ面白かったことだろう。
兜越しに奴と目があったような気がした。
「貴公はきっともっと他にも器用に生きる道があったのだろう。だがその不器用な生き方をこそ美しいと感じてしまった。眩しかったんだ。たぶん、それが理由だ」
──貴公に会えたことを嬉しく思うよ。
最後にそう小さく付けくわえ、あの名前も知れぬままの男はどこかに行ってしまった。
最後だけ饒舌になりやがって。
言いたいこといって消えてきやがった。
──やっぱりあの男は気に入らねえ。
♦︎
戻ってくるとエンジーが騒ぎ出した。
相変わらずうるさいやつだ。
あいにく俺にはあまり時間がない。手で制し黙らせる。
重い体を引きづって
もう感覚がほぼなくなっている。ちくしょう、目が霞む。
あのクソ野郎手加減するならもっとちゃんとしていきやがれ。
そんな悪態をつきながらもなんとかあいつの前に座る。
意識が朦朧としてきやがる。
「なあ......結局俺は何もできなかった。お前を救ってやることも、お前のために何か残すことも、姉貴の仇を討ってやることも、最後まで役立たずのくそだった。」
通じていないのはわかっている。
いつもの俺が喋るだけの、会話と呼ぶのもおこがましい独り言。
だがそれでも話しかける。
意識がおちそうになるが耐える。
これで眠ればもう帰っては来れない。
ああ、俺がいなくなったらこいつはどうなるんだろうか。
こいつが苦しんでいるのを見るのは嫌だ。
気づけば涙が出てくる。
泣いたのなんていつ以来だろうか。
意思とは無関係に涙は止まることなく流れ続ける。
「初めてお前を見たときは本当に馬鹿だと思ったよ。今でも馬鹿だと思ってる。
でも、だからこそ俺はお前に興味が湧いたんだ。
どんなに焦がれてもどんなに憧れても俺はお前のような生き方はできない。
........俺は外道で悪人だからよ、自分の好きなもんのためだったら他のもんなんていくらでも犠牲にできちまうし関係ないものがどうなろうとどうだっていい。
だからこそ眩しかったんだなあ.........」
これは気付くまで時間がかかった俺の本音だ。
最初のあの日から 俺の生き方と真逆のこいつに惹かれていた。
奪うだけが正義だった俺の世界で、
他人のために全てを捨てられるこいつが眩しかった
与えてばかりのこいつのあり方に憧れた。
こいつの生き方をしってから、くだらねえものしかねえと思っていた世界にも
綺麗なもんがあんだと思い直した。
こいつの笑顔を見てからくそったれだと思っていた真っ黒な世界に、少しだけ色がついた。
もう何も見えない。感覚もとっくに消え去っている
自分の声もえらく遠くに聞こえる。
最後に名を呼ぼうとして停止する。
笑ってしまうことに俺はこいつの名前すら知らないのだ。
これだけの時間をかけて俺はこいつの何も知らないんだ。
それがどうしようもなく辛くて、気づいたら口を開いていた。
「なあ....最期に.......名前教えちゃくれねえか。」
通じるわけがない。いつもの独り言だ。
そう、思っていた。
『──────』
今のは目の前のこいつが言ったのか?
聞こえた。混濁する意識の中でその声を俺は聞いたんだ。
幻聴かも知れない。
俺の都合のいい妄想かも知れない。
だが確かに聞こえた。
たとえ死に際に見た泡沫の夢でも.......
──俺には十分すぎる。
──ああ...........いい名前だなちくしょう。最高の贈り物だ....。
もう口も開かねえ。
最後に名前呼んでやりたかったなあ.....
本当に最後の最後までしまらねえ。
もっと格好つけたかったなあ。
──いや、でもまあ 俺にしちゃ上等な方か。
ずっと想像してた“終わり”てのも....
思ったより........わるくね.....え..な──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
彼の体が力を失い傾き、
まるで騎士が姫君に忠誠を誓うような、絵画のように美しい光景がそこにはあった。
愛を知らなかった彼の心を示すような棘の鎧。
肌から血が滴り落ちることも厭わず、彼女は鎧ごと彼を抱きとめる。
それはまるで恋人のようでもあり我が子を思う母のようでもあり。
何人にも穢せない神聖な光景がそこにはあった。
蜘蛛姫様がなにを思っていたのかは想像にお任せします。
こんかい細かい設定は結構無視した部分も多いです
カークの座ってた場所的に本来、ゲーム内だと蜘蛛姫様はカークを認識していなかったのかもしれないですね。
感想などいただけると死ぬほど嬉しいです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
不壊の黒鉄
〈大力で知られる騎士。特殊な黒鉄で作られた鎧を纏っている。〉
人はなんのために生きるのか。
誰しもが一度は考えるであろう青臭い疑問。
しかしそれは人類の抱く命題の一つであろう。
愛や誇りのために生きる者がいる。
金や物のために生きる者もいるだろう。
そもそも理由などなく、必要もないというものだっている。
答えなど用意もされていない問い。
答えなどそもそも必要もないのかもしれない:
少なくとも生きる理由なんてなくても人は死ぬまで生きていける。これは事実だ。
だがある日、不死というものが現れた。死という終着点が全ての終わりではなくなった。
本来人間が望んでも得られない奇跡のような出来事。
そしてそれはどこまでも残酷なことだった。
不死となった人間は不死院に閉じ込められこの世の終わりまで幽閉される。
だが今まで彼がしてきた国への貢献故か、彼の持つ力への恐怖からか、彼はそれを免れることができた。
故に彼は自由に生きられたはずだ。
世界の終わりまでただ享楽に溺れて暮らすこともできた。
しかしそれをただ甘受することが彼にはできなかった。
ただ嫌だったのだ。自分に突如与えられた膨大な時間を、なんの目的もなく過ごすことが。魂が尽きる最後の最後に自らの人生を誇れないということが。熱を持たない人生などまっぴらだった。
人間とは何にでも理由をつけたがる生き物だ。
彼以外の不死者も自分に課せられた呪いに意味を求めたのだろう。
彼以外の、大半の不死者は「使命」を生きる理由とした。
多くの不死者がそれを成せずに亡者となった。
きっと何もせず、ただ日々を過ごしていれば無限にも思える生を得られたのだろう。それがたとえ惰性の産物だとしても、人では決して得られないはずの膨大な時間を手に入れることができたはずだ。
しかしそれではダメなのだ。
それでは亡者となんら変わらない。
きっと誰もが願っているのだ。不死となり死ぬことが叶わなくなっても、明日を迎える意味があると。
きっと誰もが探しているのだ。ただ今日を生きるための、焼け付くような“熱”を。
──そして彼はそれを見つけた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
黒鉄のタルカス?
ああ、覚えているとも。アノールロンドまできた数少ない勇者だからな。
なぜそんなことを?
....なるほどな。
まあいいが、私は彼がここにくる以前のことは彼や彼を知る人間から聞いただけだ。
全てを知っているわけではないが...それでもいいのか?
......ああ、わかった、わかった。
.....まず彼は使命を帯びた巡礼者などではなかった。
何故かって?私も全ては知らんといったろう。
......少しは自分で考えたらどうだ?
.......ああまあおそらくその通りだ。騎士が戦う理由はいつの時代も姫君のためと相場が決まっているからな。
心当たりでも...?
.........なんだ、もうそのことまで知っているのか?
なら隠してもしょうがないな...。
あのお方こそが彼の戦った理由だろうよ。
彼がどこで知ったのかはわからんがあの絵画世界はあのお方を守るための場所でもあり同時に牢獄のような場所だ。
彼は.....タルカスは、あのお方を救いたかったのだろうか。
それともただ会いたかっただけなのか。
今となっては知るすべもないがな.......。
.......さて、では彼がここにくる前のことから話そうか。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
──センの古城。
安全な場所を探す方が困難なほどに配置された大量の罠と蛇人、悪魔など様々な障害が行く手を阻む試練の城。
そしてそれを越えた先には神々がかつて住まい、そして去った今もなお美しさを保つ伝説の都アノールロンドへと導かれるという。
あらゆる仕掛けが長い年月を経てなお動き続けるその機械仕掛けの城の中で、
不死の使命を負うものに紛れてひたすらに戦い続ける者がいた。
彼の名は黒鉄のタルカス。
その武力は国を超えて知れ渡る騎士の中の騎士。
しかし彼でさえもセンの古城を突破することは容易ではなく。
幾度も死に、そしてその死んだ数だけ蘇った。
そして死ぬたびにまた前に進むのだ。
かの高名な騎士王レンドルでさえセンの古城を突破することは叶わなかった。
タルカスが諦めたとしても誰も笑うものはいないだろう。
だがそんなことは彼にとってどうでもよかった。
彼を動かしたのはたった一つの夢。
否──妄執といってもいい。見たこともない、一度聞いた噂話でさえ真偽不明の全てがあやふやなものの上に成り立つ砂上の夢。
現実世界に居場所をなくした者が導かれるという最後の場所。
絵画の中の、雪に覆われた世界。
そんな場所がアノールロンドのどこかにある。
そしてそこには存在を秘匿された姫君が閉じ込められている。
そんなまゆつば物の話を彼は信じた。誰もが一笑に付したが彼だけは笑うことができなかった。
それは偶然だった。死んだ英雄の所持品の中にあった一枚の女の絵を見たのだ。
美しい絵だった。そしてそれこそが絵画の世界の姫君なのだと知った。
どうしてもその絵のことが忘れられなかった。
その世界を見てみたい。
全てを失った彼だったからこそだろうか。
その光景をみたい、そしてその姫君と会って話がしたい。
そこらの子供が思い描くような稚拙な夢。
間違っても分別のある大人が持つ夢ではなかった。
それでも思い描いてしまったのだ、その美しい情景を。
だがそれこそが、それだけが彼に残されたものだった。
たとえ不死でなくてもタルカスは古城に挑んだだろう。
命よりも、長生きするよりも、その夢を追った果てで死ぬことを望んだだろう。
彼はもう何度目になるかもわからない挑戦を続けた。
♢
100年間。それがタルカスがひたすらにセンの古城で戦い続けた時間だ。
その間、不死の使命のために挑んだ伝説の騎士王も、魔導の探求者たる偉大な魔術師ローガンも、最強と名高いバーニス騎士団も、その全てがアノールロンドに行くことはできなかった。
志半ばで亡者となった彼らの中にあって唯一己を持った者。
それがタルカスだった。
かつて描いた夢を彼は100年たっても忘れることはできなかった。
使命などなく、ただ自らの思い描いた光景が見たかった。
ただそれだけ、
──アイアンゴーレム
センの古城の主人でありアノールロンドを目指したものをことごとく踏み潰してきた伝説の巨人がそこにはいた。
見上げるほどの巨躯は見せかけではないことをタルカスは身をもって知っていた。
タルカスは両手でグレートソードを握る。
自らの鎧は、剣は、どんな化け物にも通用する。
自らを奮い立たせ、彼は一歩踏み出した。
♢
そこで始まったのは華々しい騎士の戦いなどではない。
あったのはただ、原初の戦闘。
ただ防御を捨て、お互いにひたすらに殴り合う。獣同士の戦いだった。
本来ありえないほどの体格差がある彼らでそれが成り立つという尋常ではない状況。一撃で岩をも砕くゴーレムの拳がタルカスに突き刺さり、
常人ならば彼方まで吹き飛ぶような衝撃にタルカスは耐える。
そしてそのままの状態で攻撃に転じる。
グレートソードをもつ両の腕が、人間の限界を超えた筋力によりビキビキと不快な音をたてながら膨張する。
──轟!
次の瞬間、衝撃と共にゴーレムの巨躯が飛んだ。
ただ全力を乗せた攻撃。そのあまりにも純粋な力による一撃を受けたゴーレムの体には大きな亀裂が刻まれていた。
しかしタルカス自身も無傷ではない。己の黒鉄の鎧を持ってしても体に与えられた衝撃は想像を絶する。彼は兜の中で大量の血を吐く。
流れ出た血を厭うこともなく次の攻撃に備える。
そんなことを幾度も繰り返しているのだ。
正気の沙汰ではなかった。
もはや正常なものなどどこにもいない。
一体どれだけ打ち合ったのだろうか。
両者の攻撃が火花を生み鉄と鉄の重なる音が響き渡る。
幾百の剣戟の末、膝をついたのはタルカスだった。
彼の自慢の鎧もすでに見る影もなくなり、壊れた場所から覗く体はまだ生きていることが不思議なほど傷つき直視に耐えない。
次に攻撃を食らえば確実にそれでおしまいだ。
ゴーレムが拳を振り上げる。
数秒後にはきっと潰される。
彼の全てはここで終わる。
戦い続けた100年も、抱いた夢すらも。
──諦めるのか?
その問いは誰のものだったか。自らの心のそこからの問いかけだったのかもしれない。
だがそれが誰のものかなどどうでもいい。
どこまでも単純な話だ。
答えなどとうに決まっている。
──死に体だった彼に熱が宿る。
魂を燃やせ。
紅く燃える鉄のように。
妥協を、弱さを噛み砕け。
今だけでいい。
たった一瞬でもいい。
──決して砕けぬ
力がみなぎる。
彼は迫り来る攻撃を
彼の10倍以上はあろう巨体の拳を真正面から受け切った。
タルカスの肉体が悲鳴をあげるが、それを無視して押し返す。
流れ出る血が地面を赤く染める。視界も赤い。
このままでは放っておいても死ぬだろう。
しかし確実に訪れる死も今はどうでもいい。
ひくことは知らない、ただ進むだけ。
それが彼の知る唯一の生き方だ。
今一度両者は正面から向き合い、タルカスはゴーレムの足に両手で持ったグレートソードを叩き込む。
アイアンゴーレムが今度こそ膝をついた。
タルカスの手で
「──────ッ!!!」
──空気を震わす雄叫びとともに彼の一撃が鋼鉄のゴーレムを粉砕した。
♦︎
ああ。 それでどうなったかって?ゴーレムを倒したんだ。当然アノールロンドに招かれたさ。デーモンに連れられて彼はここまできた。お前と同じようにな...。
.......だが彼はもうその時には手遅れだったよ。
100年の妄執の果てに、念願のアノールロンドまで来たのに、彼は半分亡者になり掛けていた。
篝火ももう意味を成さなかった。
私は彼といろんなことを話した。彼がどうやって生きてきたのかはそこで聞いた。
私は彼に問うたんだ。
──どうしてそこまで夢にこだわったんだ?もっと幸せにもなれただろう?と。
彼は笑っていたな。
自分でもわからなかったらしい。
だがこうも言っていた。きっと“意味”が欲しかったんだと。
生きる理由が、戦う意味が、明日を迎えるためには必要だったんだと。
彼はそれにすがっていた。“夢”は彼の最期の拠り所だったのかもしれない。
彼を弱いと思うか?
.......ふふ。そうか、お前はそう考えるのか。
面白いな。彼もそう言っていたよ。例え不死であろうと人が人でいるのには必要なのだと。
それが彼にとっては夢だった。それだけで良かったのだろうさ。
...まあいい。
その後の彼はお前も知っているだろう。
あそこで彼を見つけたのだろう.....?
自分が自分でなくなることがわかっていても、いや、だからこそ最後まで諦めることができなかったのか。
何にせよ不器用な男だよ。
...........私の話はこれで終わりだ。もう気が済んだだろ?
──ああ、いつかお前にも見つかるといいな....。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
タルカスが歩みを進める。彼の求めていた絵画が遠くに見える。
足が重く、歩調も遅い。
あそこに行くためには幾人もの絵画守りを突破しなくてはいけない。
今の調子では倒して進むなど不可能だろう。
だがそれでも歩みを止めることはない。
進む。
絵画守りに気づかれ、曲刀が体を切りつける。
それでも進む。
また切りつけられる。
意識が遠のくが進み続ける。
黒鉄のタルカスの名前の由来である強固な鎧はボロボロになった今でもその役目を果たしていた。
背中に、腹に、いくつもの刃を生やしながら彼はついにたどり着いた。
ずっと見たかった情景がそこにあった。
彼の人生そのものであった夢が叶った瞬間だ。
そうだ、ここに──
絵画守りの持つ曲刀がタルカスの首に突き立った。
もう立つこともできない。
それでも最後に手を伸ばす。
──絵を見たんだ。
──美しい女の絵だった
──見惚れたんだ
──ただ貴女に会いたかった。
──私は........................
──ああ................。やっと会えた
♦︎♦︎♦︎♦︎
男は孤独の中で夢を見た。
到底彼の手の届かないであろう夢を。
そしてそのために全てを賭けた。
届かないと知っていても、どれだけ困難でも手を伸ばさずにはいられなかった。
男が選んだのは誰にも理解されない道だったかもしれない。
だが彼は確かに答えを得た。
── 彼の亡骸は今でも絵画の下にひっそりと眠っている。
ゲーム本編ではアイアンゴーレム戦でしか呼び出せないマイナーNPCタルカスさんでした。
念願のアノロンにいき絵画の前で倒れていたのを見て
フロム脳が刺激されました。
語り部はアノールロンドの真鍮鎧の火防女です。
途中の赤い指輪は女神クァトの赤涙です。
IIIでプリシラの立ち位置がぼんやり書かれたのは嬉しかったです。
タルカスさんは絵画世界に行くための人形を持っていないためたとえ万全でたどり着いてもプリシラに会うことは本来不可能でした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
灰の火防女
〈火防女とは篝火の化身であり
捧げられた人間性の憑代である
その魂は、無数の人間性に食い荒らされ
不死の宝、エスト瓶の力を高めるという 〉
──かつてこの地には神がいた。
世界は火で照らされ全ての物に平等に生と死が与えられていた。
しかし今は火も陰り、世界の各地に残滓のように篝火が点在するだけ。
美しかった世界は形を変えた。
──かつて彼女は人だった。
誰よりも神を信じ、全てを捧げた。
そして神によって、あるいは自ら進んで暗い牢の虜囚となった。
美しかったその衣装は灰にまみれ、皮膚の下には悍ましい人間性が絶えず蠢く。聖女だった彼女は人ですらなくなっていた。
彼女が信じた神に与えられた任は永遠に篝火を守り続けること。
最初に彼女は足を切られた。
火防女に自由など必要ないのだから。
次に彼女は舌を抜かれた。
ただその神の名を口にしないように。
誰も彼女に関わろうとしなくても、彼女は祈りを続けた。
不死たちに救済を。ただ閉じられた暗い檻の中でそれだけを願った。
戦う力もなく、ここから動くこともできない己にはそれしか出来ないのだからと。
しかしいつ終わるとも知れぬ孤独な時間はゆっくりと、しかし確実に彼女を変えていった。
いたずらに過ぎ去る時の中で精神は摩耗し、いつからか見送った不死達が帰らなくなることにも慣れを覚えた。
それでも祈りをやめることはなかったが彼女の心は徐々に硬くなっていった。
あれこれ考えることにも疲れた。彼女の心も意思も使命には必要ないのだ。
ただ火を守るためにそこにあればいい。それこそが彼女に世界が求めた姿だったのだから。
──そのはずだった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
私がまだアストラにいた頃、見ていた世界は美しく優しかった。
信じるものがあって愛してくれる人達がいて、いつまでも太陽の導きが私たちにはあるのだと信じて疑わなかった。
だからだろう。私にも出来ることがあるならと巡礼に旅立った。
どこまでも幼く、愚かしい選択だった。
共について来てくれた者達は皆惨たらしく死んだ。
今でも彼らの最期に浮かべた表情が脳裏に焼き付いて離れない。
眠れば悪夢が待っている。
もう何日も寝ていない。これは私に与えられた罰だ。
誰かを救う力などないくせに聖女ともてはやされ良い気になって。
あまつさえ他者の犠牲の上に私だけが生き残った。
今となっては私の居場所はこの狭い檻の中だけ。
ここから見える景色だけが今の私の世界だ。
♦︎
この任に就いて随分と月日が流れた。
ここから見える景色は変わりはしないが、ここには多くの不死が来る。人間の世界に居場所がなくなり、その多くは暗い表情を浮かべながらここを最初に訪れる。信じていたものに裏切られたであろう彼らは死ぬ自由すら与えられず、この地に放り出される。その辛さはきっとその当人にしかわからないだろう。
不死たちに帰るべき故郷は既にない。彼らは永遠にあてもなくこの世界を彷徨い続ける。それはどこまでも残酷なことだと思う。
だからだろう。誰もかれもが寄る辺を探すのだ。
力尽きた時、彼らはこの炎から再び生まれる。
彼ら不死者の骨を糧に篝火は燃え続ける。
この場所が彼らの新たな故郷となれれば良い、火を守ることが少しでも彼らの救いになれば良い。そう願った。
♦︎
大半の不死は初めから思いつめた表情を浮かべている。
そしていつか心が折れるか亡者になる。
この消えかけた火のみが残る世界で希望を持ち続けるのはなによりも難しい。
しかし、例外もいた。彼ら、彼女らは何かが他の大半の不死とは異なっていた。不死者にとって未来とは希望ではない。時間とは無限の牢獄で、未来とはいつか訪れる絶望だ。
しかし、それでも稀に諦めを拒絶する者が現れる。
届かない光にそれでも手を伸ばした聖騎士がいた。
己の犯した罪に苛まれながらも、誰かを救う道を選んだ魔術師がいた。
夢を抱き、そのために愚直に進み続けた鉄の騎士がいた。
中には己のために他者を殺し続ける悪人だっていた。
それぞれ目指している場所はきっと皆違かった。それでも皆一様にその目に強烈な熱を灯していた。そしてそれはきっとかつての私が持っていて今の私にないものだ。
彼らは自らの目で前を見据え、自らの足で地面を踏みしめ、そして動かなくなるその日まで戦いを続けるのだ。
火防女の任は愚かな私に与えられた罰であると同時に私の使命だ。
私はこの役割に誇りを持っている。
しかし何故だろう。彼らを見ていると心がざわつくのは。
自らの力で道を切り開くその命の輝きに魅了された。
そして迷いなどないかのように進むそのあり方をみて、眩しいと感じてしまうのだ。
彼らはやがて各々の目的のためにここを発った。
また顔を見せると言って出て行った者もいた。
──しかし例外なく皆ここに帰ることはなかった。
目的を果たしたのか、それとも志半ばで倒れたのかはわからない。
私が羨んだその輝きは皆いずれ私の前から姿を消す。
何度も何度も繰り返されてきたことだ。
そしてその度に心が冷えていった。
♦︎
私と同郷の騎士が訪れた。
彼は本当に純粋なまでに火継ぎの使命を追っていた人だった。
彼も確かな熱を宿した人だった。
しかしその人間性はもうすでに限界が見えている。
かつて使命を果たせず散っていった不死と彼が重なる。
彼は旅立った。
彼に祈りを捧げよう。
私にできることは彼の帰る場所を守ることだけだ。
──しかし彼が帰ってくることはなかった。
♦︎
あれからしばらくしてある日一人の不死人がここにきた。
見たことのない風貌だった。
また新たにこの地を訪れた者だろうか。
彼は今まで訪れたどの不死とも違った雰囲気だった。
──まるで人形みたい
それが彼を見たときに抱いた印象だ。
瞳は伽藍堂のようで、どこを写しているのかも不明瞭だった。
それどころか放っておいったらそのまま消えてしまいそうで、
何故かそんな彼が気にかかった。
彼は私の居る檻の前まで来ると腰を下ろした。
彼は何も言わなかった。
ただそこにいて、私に何も求めることをしなかった。
それが今の私には心地よくて。
その日は久しぶりに眠ることができた。
♦︎
彼は不思議な人だった。存在が希薄で、熱も感じず、すぐ亡者になってしまいそうだった。 しかし彼は強かった。その体のどこにそんな力があるというのか、決して心折ることもなく戦い、最後には必ず帰ってきた。
彼は何度も何度もここを出て冒険をした。そしてその度にここに帰ってきて何事もなかったかのようにいつもと同じように私の元に来るのだ。
そんな暮らしが何年か続いたころだった。
上の鐘が数十年ぶりに鳴った。
それを成した者にきっと全ての火防女が希望を見出したはずだ。
しかし同時にそれを否定する気持ちも抱えている。
──もしかしたら
そんな淡い期待はいつも裏切られて来た。
見送った不死はいつだって帰って来なかった。
何度も何度も愚かしいまでに同じことを私は、私達は繰り返している。
それでは彼らは一体何のために戦っているのだろう。火防女として持ってはいけない疑問が顔を出す。
──ふと地面を踏みしめる音が聞こえる。そこにはいつもよりもボロボロになった彼がいた。
彼が鐘を鳴らしたのだ。そう直感的に理解した。
彼の雰囲気はいつもと少し違っていた。
面白い男とあったと彼は言う。
その男とともに塔のガーゴイルを倒したのだと。
その人が彼に影響を与えたのだろうか。
彼は火防女の魂を私に持ってきた。
不死教区で眠っていたと。
彼女は──この魂の持ち主だった火防女は最後まで信仰を捨てることはなかったのだろう。その魂はとても美しかった。
火防女は人間性の憑代だ。 その魂は肉体が死しても解放されることはなく、永久にとらわれ続ける。だからこそ火防女は魂になっても不死の使命のために使われることを望む。彼女もきっとそれを望んだだろう。
私たちが人として死ぬことができるようになるのは火継ぎが成された時だけなのだから。
私は火防女の魂を彼の不死の秘宝──エストに捧げた。
私は彼の戦う理由を知らない。彼に命の輝きを見たわけでもない。しかし彼の中で何かが変化している。私はどの不死とも違った彼の未来に、一縷の望みをかけてみたくなった。
♦︎
黄金の鎧を身につけた騎士が帰ってきた。
彼は上の鐘を鳴らしに行って捕らえられていたという。
彼にはどこか恐ろしさを感じる。普段は物腰も柔らかいがたまに危険な雰囲気を漂わせることがある。
私には彼が何を考えているのかがわからない。
そこには“彼”といる時のような安らぎはなかった。
しかし彼も篝火を使う不死の一人。
この篝火を寄る辺としてくれるのなら何より嬉しいことだと思う。
火は全てのものに等しく与えられるべきものなのだから。
それが善人でも悪人でも。
彼はふとしたときに何かを思い出すかのような、懐かしいものを見るかのような視線を私に向けることがある。
ここに来る人は皆何かを抱えているものだ。彼に何がありここに居るのかは私の考えることではない。しかしその視線を私は忘れることができなかった。
♦︎
”彼“が私に話しかけてきた。
彼の声を聞くことは滅多にない。私は返事もできないので彼が一言二言口にするだけで終わることが多いからだ。
普段の鉄面皮ではなく、どこか楽しげな表情だった。
彼は下の鐘を鳴らすために最下層を通り病み村に降りたそうだ。
そこで呪術の師を見つけたのだと言う。
普段感情を感じさせない彼のその楽しそうな顔を見て嬉しくて、どこか切なかった。
彼は確実に変わっていっている。それはきっといい方向に。
しかし素直にその変化が喜べなくなっている自分がいる。
私と同じように空虚だった彼に私は安心を得ていた。
でも空っぽなのは私だけだった。
私だけがいつまでも変わらないでいる。
誰かを羨望することしかできない浅ましさは何も変わっていない。
彼は立ち止まらないから、いつの日か置いて行かれてしまいそうで。
本来火防女に感傷など必要ない。
勝手に期待して勝手に傷付いて、そんなことを今まで何度経験してきたというのだろう。
それでも抑えることのできないこの感情はなんなのだろうか。
♦︎
もう一つの鐘が鳴った。鳴らしたのは彼だという確信があった。
本当に彼は世界を救ってしまうのかもしれない。
この呪われた世界を。
ふと、檻の中に影がさした。
見るとそこにはあの黄金の騎士──ロートレクが立っていた。
「あんたには本当に世話になった。」
彼が短く言葉を口にする。
その言葉の意味は彼の纏う空気が教えてくれる。
私がそれを感じ取ったことに気づいたのだろう。彼はまた口を開く。
「……落ち着いたものだな。」
たとえどれだけ泣き叫んでも結果は変わらない。
これが私に定められた運命なのだろう。
ずっと覚悟はあった。火防女とはそういうものだ。火防女同士は会ったことがなくても常に存在を感じている。そしてある日急にそれが消えることがある。
それが火防女の死だ。
あの不死教区の火防女のように私も魂だけの存在になるのだろう。
「すまないが、私のために死んでくれ。」
ショーテルが振りあげられ、確実な死が目の前まで迫る。
……ああ、一つだけ未練があった。
(──あなたの辿り着く先を見てみたかった)
──視界が赤く染まった。
感想本当にありがとうございます。すごく励みになっています!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
女神の騎士 前編
後編からロードラン
死が近づいてくるのがわかる。
しかし思っていたよりも恐怖というものはなかった。
不思議な感覚だ。周囲を赤く染める血が自分のものだったという実感がわかない。どこか他人事のようで、このまま微睡みの中に身を投じれば、何事もなかったかのように目を覚ませるのではないか、そんなくだらない考えまでしてしまう。
彼と二人で旅をして、お祈りをして、子供達や村の人達に物語を読み聞かせて。そんな日々がいつまでも続くと思っていた。
彼が私の顔を覗き込む。彼も左腕を失い残った右腕が私の手を握る。
でもその感触も今は感じることができない。
彼の体温も、彼の匂いも、今は何も感じない。
ああ、彼が泣いている。
「お....ねが....ぃ...。な....ぁないで...」
言葉をうまく紡げない。
お願い、泣かないで 、そう言ってあげたいのに、口から漏れる声は小さくて、掠れていて、きっと彼の耳には届かない。
彼はいつも自分より私を大切にして、何度言ってもそれだけは変わらなくて。
彼はとても優しいから、いつも自分の何かを犠牲にしてしまう。
初めてあった時貴方は全てに憎悪を向けていた。
彼はとても弱いから、私がいなくなればそのまま壊れてしまいそうで。
あの頃の貴方に戻ってしまいそうで。
気づけば私の目からも涙が溢れる。
貴方と巡りたい場所がまだたくさんあった。
まだ貴方に聞かせていない物語だっていくつもあった。
そして貴方にまだ伝えてないことがあった。
ずっと言いたいことがあった。
私はもう駄目だ。でも彼だけならきっと生きて帰れる。
きっと彼はそうしないだろう。彼は騎士として、最後まで私の側にいるのだろう。
彼は私のことを思って涙を流してくれた。それだけでもう十分過ぎるというのに。
でも、いつまでも泣いている彼なんて見たくない。
いっぱい泣いて、泣いて泣いて。
それで次の日には笑っていてほしい。
私のことは忘れてでも、自由に生きて欲しい。
だから──
「........泣...か.....ない..で.....」
──生きて。
貴方には笑っていて欲しいから。
♢
人の世界では、こと死を肯定する白教において不死とは悪だ。不死狩りを行うロイドの騎士が英雄ともてはやされる程度には忌み嫌われている存在、それが不死者というものだ。
それが世界の常識である。
しかし不死とは唐突に、なんの前触れもなく誰もがなり得る。
肉親が、親しい者が、ある日突然嫌悪していたその化け物になる可能性を孕んでいる。
不死者は捕らえられ、追放される。国によってはさらに酷い結末を辿るだろう。そして不死者と縁が深かった者にも待つのは暗い未来だ。
そして少年は残された者だった。
不死の化け物の子供。それが少年に与えられた烙印だ。
彼は独りだった。
生きるためには働こうにも雇ってくれる所などあるはずもない。
白教の聖職者達も不死の子供である少年を助けることはなかった。
だから生きるために盗みもした。
殺しこそしなかったが、強盗もした。
何の力もない子供が一人で生きていくにはなんでもやるしかない。
そしてそうなれば結末は決まっている。
ある日盗みを見咎められた。
必死に抵抗するもやせ細った子供の力で敵うはずもなく強引に腕を掴まれる。
「このガキ!手こずらせやがって!」
「ッ……!」
そのまま地面に引き倒され、少年の口から苦痛の声が漏れる。
次に拳が飛んできた。周りはそれを止めるどころか囃し立てる。暴行に加わろうというものまで現れた。
少年は丸まってただ耐えることしかできなかった。
窃盗は重罪だ。少年は何度も罪を犯している。突き出され罰せられるのもここで殴り殺されるのも大差はない。
暴行は止まらず、その最中も口汚く罵られ続ける。
──では一体どうすればよかったというのだろう。
生きるためには犯罪に手を染める必要があった。誰も助けてはくれなかった。
こうさせたのはお前らだろう。
そんな感情が少年を支配する。
あたりには大勢の野次馬が集まって来ていた。
その目に浮かぶのは興味、侮蔑、嘲笑。
少年が今まで嫌という程感じて来た視線だ。
(やめろ、その目で俺を見るな。)
その視線が嫌いだ。醜いものを見るようなその目が大嫌いだ。
誰かが言う。やはりあれは化け物の子だと。
生かしておいてもろくなことなどない、早く殺せと。
有象無象の声が耳障りだ。しかし憎悪を込めて睨んでも帰ってくるのは嘲笑だけだ。
ただ生きたかった。死にたく無いから足掻いたのだ。
だがその結果が今の現実だ。
もう少年に足掻く気力は残っていなかった。
この先生きていても何が得られるというのだろう。
生きる理由も、夢も、野望も、少年には何も無いのだ。
彼の最後に残った生きる意志すらも薄れていく。
──そんな時だった。少年が彼女に出逢ったのは。
殴られ、朦朧とする意識の中で確かに聞いた。
少年をかばう声を。
そして見た。聖職者のものによく似た、清貧を表す白を基調としたドレスを汚しながらも、ボロボロになった少年を必死に守ろうとする少女を。
──瞬間、全ての音が消えた。
騒音でしかなかった周囲の声はその全てが遠くに消え、少年を静寂が包んだ。
その少女の顔から目が離せなかった。
視線を釘付けにするのはその少女の瞳。見たことのない目だ。
そこに浮かぶのは少年が知らない感情。それは侮蔑でもなく、好奇でも嘲笑でもない。
空のように青いその瞳はどこまでも美しかった。
──その日、少年は生まれて初めて恋をした。
♢♢
まだ太陽も登り切らない早朝の薄暗い聖堂に二つの影があった。
影の正体の一つは聖女であることを示す白い衣装を纏う若い女だ。
薬指には聖職者のつける女神の指輪が光っている。
彼女は女神の像に祈りを捧げたまま微動だにしない。
そしてもう一つの影は騎士の鎧を纏った青年だ。
こちらも一切動かずに女の背後に控えている。まるで時が止まっているかのような光景がどれほど続いただろうか。日が昇りはじめ聖堂に光が差し込む。
女は祈りを止め、ゆっくりと立ち上がり背後の騎士に声を描ける。
「お待たせいたしました。……本当に毎朝付き添う必要はないのですよ?」
何度目かになるこの台詞を騎士も毎回言葉で返す。
「これが私の務めですので。」
繰り返されるそのやりとりを二人はどこか楽しんでいるようだった。
かつて命を拾われた。彼にとって彼女の存在が全てだった。彼女を守るために生きているといっても過言ではない。
それこそが彼の見つけた使命だった。
女神信仰の存在するカリムの聖女は、同時に聖書の物語の語り部の役割も持つ。謳歌の国カリムならではの風習と言えるだろう。
そしてカリムの騎士は生涯をかけて一人の聖女に忠誠を誓う。
彼は彼女のために騎士になり、彼女だけに剣を捧げた。
「ふふ……ではこのまま朝食にも付き合って頂けますか?」
「ええ、喜んで」
なんてことない、しかし掛け替えのない日常だ。
聖女が騎士に手を差しのべる。
「さあ、では行きましょうか!
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
──夢を見ていた。かつての記憶だ。
夢の中ではあの方が私に笑いかけてくれた。
だが夢から覚めてしまえばばどこを探してもあの方はいない。
もう二度とあの声で私の名を呼んでくれることはないのだ。
薬指に付けた指輪を撫でる。かつて彼女がつけていたものだ。
かつて自分の全てをかけて誓った。何があっても守り抜くのだと。
だが結果はどうだ。
腕の中で冷たくなる彼女の体温が、あの美しかった空色の瞳が曇っていく恐怖が、今でも鮮明に思い出せる。
あの日、あの時。私は彼女とともに死ぬはずだった。
あの方の手を握りながら、死ねるはずだった。
しかし、世界はそれすらも許さなかった。
不死の呪いが私を再び蘇らせ、望んでもいない生を押しつけられたのだ。
どれだけ慟哭しただろう。世界で一番生きていて欲しかった人が死に、自分だけが生き返った。生きる意味も失いながら、自ら死ぬことすらも許されない。それがどれほど罪深いことか。
彼女を殺したものには報いを受けさせた。その過程でたくさん殺したがもう何も感じなかった。
私はまた独りになった。涙は既に枯れ、残るのはは絶望だけだ。
この呪いは私に与えられた罰だ。彼女を守れなかった私への。
追ってくる不死狩り達も数えきれないほど殺した。
かつての知己は私に言う。
今のお前は騎士ではないと。もし彼女がいたらお前を止めるだろうと。
(お前達が知ったような口をきくな。お前達が彼女の言葉を語るな。)
ならば彼女を生き返らせてくれ。本当に彼女が蘇り私を咎めたのなら喜んでこの身を差し出そう。
──だが止めてくれる彼女はもうどこにもいない。
かつての私を本当の意味で見てくれたのは彼女だけだった。あの方以外の人間は最初から全てが敵だった。かつて私を救ったのは偉そうにしている騎士でも司祭でも王でもない。
私を救ったのはたった一人のか弱い少女だ。
今は彼女に会う前の私に戻っただけ。
結局のところ昔、あの有象無象の言っていたことは正しかった。
私はきっとどこまでいっても化け物なのだろう。
何の罪もない人間を殺しても罪悪感もない。彼女のように全てを慈しむ心など最初から持ち合わせていないのだ。
だがそれでも彼女の側にいる間だけは違った。
彼女と同じものを感じていられた。
彼女と同じ景色を見ることができた。
彼女の隣にいる間だけは人になれた。
──だがその彼女は死んだ。ここにいるのはただの化け物だ。
♢
痛みを忘れたくて、戦って戦って戦い続けた。でも忘れることなんてできなかった。
そして最後には燃え尽きたようにあの聖堂に帰ってきた。
追っ手がすぐ近くまで迫る。万に一つも逃れることは出来ないだろう。
捕らえられるその直前まで彼女との記憶が残る聖堂で、彼女の信じた女神の下で彼女の残滓に触れていたかった。
女神はあの頃と何も変わらず静かに微笑みをたたえていた。
──背後で聖堂の扉が開く。そこには両手では足りない数の不死狩りがいた。
(こんな枯れた不死相手に大層なことだ)
ショーテルを抜く。
勝ち目などなくても関係はない。
さあ、最後の戦いを始めよう。
──その時、左手の指輪が強烈な熱を放った。
♢♢♢
むせ返るような血の匂いのが聖堂に充満していた。
周りには数多の不死狩りの騎士の屍が散らばり、美しかった聖堂は地獄の様相を呈していた。
それを成した彼はただ一人立ち尽くす。
彼に与えられたのはまごうことなき女神の加護。
それは確かな寵愛の証。
そして彼にとって祝福と赦しの証左だ。
──ああ、そうか。やっと私が蘇った理由がわかった。
──この不死の印はあの方を守れなかった私に女神が与えた罰だと思っていた。
──だがそうではなかった。女神は私に言いたいのだ、戦いを止めるなと。
彼は女神の寵愛を盲信する。自らの使命を確信する。
絶望の中に光を見た。
それがまやかしでも思い込みでもなんでもいい、唯一垂らされた救いの糸に縋った。その心が完全に壊れてしまわないように。
「向こうであの方に伝えてくれ。必ずまた会いにいくと。」
最後の生き残りの騎士の首が落ちる。
それを一瞥もすることなく彼は歩き始めた。
全てをそこに起き彼は聖堂を後にする。
背後の女神の像から血の雫が落ちた。
それはまるで泣いているかのようだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
女神の騎士 後編
〈彼は孤独の中で女神の寵愛を信じ、そのために全てを捨てた〉
随分と彷徨ったものだ。
ここの奴らはみな既に狂っているかいずれ狂うかの差しかない。
正しさや正義なんて言葉はとうに忘れ去られた言葉だろう。
正気と狂気の間、。地獄の淵。そう表すのにふさわしい世界だ。
私も既にどこか狂っているのだろう。
だがそれでも人の世よりは幾分か居心地がいい。
死んでも蘇らないくせに正気のままで殺し合うあの世界はここよりもよっぽど狂気じみている。
ここは誰も彼もみなその瞳に宿すのは暗い闇だ。そうじゃないものも居るにはいるがそいつらは大概現実を見ることが出来ていない馬鹿か、蛇に唆された脳無しかだ。
だからこそあの男にあったときは少しだけ興味が湧いたものだ。
他の愚図共とは違う。
目に宿すのは闇ではなく、だが光でもなく。
空気のようにただそこにあるような存在。
面白いと思った。そのある種赤子のような無垢さは非常に希有だ。
それは人の世でもこちらでもお目にかかったことのない人種だった。
祭祀場に戻れば火防女とあの男が居た。
何を話すわけでもなく、ただ佇む様はある種異様でもあったが、互いにボロボロとは言え聖女と騎士の姿は絵にもなっていた。
片方が檻に入れられている状況に目を瞑ればだが。
その光景を見つめる私もその異様さの一部となっていたのであろう。
だがそこにある静寂はどこか心地よく。そしてどこか懐かしかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
地下墓地の攻略から戻る。
あの男が話しかけてきた。珍しいこともあるものだ。
情報をいくつか売ってやった。
地下墓地の聖女一行の情報に興味を示したようだ。
最初の印象とは違うがこの男は意外に甘いらしい。
この男は馬鹿ではない。渡した情報も良いように使うだろう
ふとあたりを見渡す。
祭祀場は何も変わらない。
火防女がただ静かに祈りを捧げるだけだ。
かつては美しかったであろう聖女の衣は薄汚れ見る影もない。
あの方とは似ても似つかない。
だが祈りを捧げている時、一瞬だけその姿があの方と重なることがある。
あの方とこの火防女は正反対だった。
彼女は眩いまでの笑顔を浮かべる人だった。
この火防女にようににただ陰鬱に下を向き己の状況を変えようともしない弱い人ではなかった。
だというのに重なって見えることがあるのはなぜだろうか。
磨耗していく記憶の中で、ほとんどの事象はもう朧げにしか思い出せない。
今なお鮮明に思い出せるのは彼女のことだけだ。
だがそれもいつまでだ?100年後そしてさらに100年経った時に私はあの方を正しく思い出すことができるのか。
あの方を忘れることは私の存在意義の消滅だ。
私は不死だが無限の時があるわけではない。
時間は決して味方ではない。
♦︎♦︎♦︎
あの男は強かった。その体に秘めた力には目を見張るものがある。
まだ粗はある。
きっと今戦えば私は負けないだろう。
だがそれを差し引いても余りあるほどただ純粋に男は強かった。そして伸び代をまだまだ残しているようにも思えた。
あの男は変化していっている。その瞳の中にあった静寂さは薄れ、感情が顔を覗かせている。
あの男は今以上に強くなるだろう。
このままいけば比類なき至上の力を手に入れるかもしれない。
──英雄の器
そんな言葉が頭をよぎる。自分が伝説に残るような英雄の物語の中にいるような、そんな錯覚すら覚える。
もしもこれが物語だとしたら私の役はなんだろうか──
その問いに答えるものは誰もいなかった。
♦︎
墓王ニトの力は私の望むものではないことがわかった。
やはり当初の予定どおりまだ戦うしかないようだ。
もうここに用はない。
鐘の音が響き渡る。
そうか、きっとやったのはあの男だ。見なくてもわかる。わかってしまう。
「……落ち着いたものだな。」
目の前の女を見やる。
この火防女には世話になった。
だが私には進むべき道がある。
拠点を移し、もうここには戻らない。
ならば私の使命のために有効利用してやろう。
「すまないが、私のために死んでくれ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
住人たちのほぼ全てが去ってなお美しさを留める神の都アノールロンド。
そこで一人の騎士と、女騎士が向き合って座っていた。
篝火が揺らぎ両者の兜を明るく照らす。
「なるほどな、それで不要になった火防女を殺した、か。」
「火防女の魂はいくらでも使い道があるからな。それで、どうする? あんたには知る権利があると判断したから話したが、同じ火防女として私に復讐するか?」
「いや……よしておこう。互いに直接会ったこともないしな。哀れには思うが、私にも役目がある。重要なのは不死の使命だ」
「ククク……そうか。それが賢明だ」
騎士は静かに笑い声をあげる。
「それでこれからどうするんだ?」
「もちろん王の器を手に入れるさ。まずは仲間集めからだがな」
「ほう、正直意外だな」
「勝率を少しでもあげられるなら当たり前のことだろう。利用できるものはなんだって利用してやるさ」
──さて、そろそろ行くとしよう。
騎士は立ち上がり小部屋から外に出る階段に足をかける。
「一つだけいいか?」
「なんだ」
「お前が火防女を殺した理由は本当にそれだけか?」
「……何が言いたい?」
「いや……何もないのなら別にいい。お前の目的は知らないが私の主に危害を加えないのならば好きにするといい」
「……」
騎士は振り返ることなく歩みを進める。女騎士はそれを見送り、首を小さく横に振った。
「やはりここに来る者はどうにも皆クセが強いな」
女騎士は一人ごちる。
アレは失った者の目だ。そしてそこから一歩も踏み出せていない者の。
かつてここを訪れた、全てを失ったからこそ前に突き進んだあの鋼鉄の騎士とはまた違う。
あの男が件の騎士と火防女に何を見たのか、気づかないフリをしているのか、それとも本当に無自覚か。
「……しかし鐘を2つ鳴らした不死か。ふふふ、会うのが楽しみだ」
女騎士はまだ見ぬ不死に思いを馳せる。
あの黄金の騎士とその不死、いずれ両者はここでぶつかるだろう。
その時世界が選ぶのは何方か。そんな未来について考える。
「いずれにせよ私は私の使命を全うするだけだ」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
聖堂を守る巨人の兵士を殺す。
巨体が泡沫となって消えた時、背後に気配を感じ振り返る。
そこには一人の騎士が立っていた。
「ほう、貴公か。多少は賢いと思ったがそうでもなかったようだ」
口ではそう言いながらも来ると予想はしていた。
合理的でなくても、だからこそ奴は来る気がしていた。
あの火防女が原因か。あの女はよほどこの男にとって重要だったようだ。
「哀れだよ、炎に向かう蛾のようだ。」
本当に哀れだ。
勝てないこともわかっているだろう。向かってくることに意味などないだろう。
そんなにもあの火防女の魂が取り返したいのか。
自分にない光に魅了されたのか。
それは空っぽの己の中に入る存在を探してのことか。
最初はきっと自分と似た部分があるから気に入った。
だが今は似ていると思うからこそ嫌悪感が大きくなる。
さあ、ここで引導を渡してやろう。
お前は火防女を救うことも出来ず、使命を達成することもなく果てるのだ。
──戦いの幕が上がった。
♦︎
味方の魔術師の放つソウルの矢が男に向かう。
それを盾で弾き直進してくる男に向かい右側面から槍使いの刺突が襲う。
なんとも愚直で、単純な奴の行動は読みやすい。
左側からは私が、右からは槍使いが、同時に男に向かって襲いかかる。
これを避けること、そして受けること、どちらも許さない。
身体能力、特に膂力では私でも奴には敵わないだろう。だが対人の戦闘に慣れていない。
多対一の、それも悪意と戦略を持って挑んでくるものとの戦いの経験が薄い。
だからこそこんな簡単なことでやられる。
才能など本来私では足元にも及ばないものがあるというのに本当に残念だ。
私の剣が男の首に到達する。
その刹那、何かが光った。そして何かがひしゃげるような音。
数瞬、状況を理解しようと距離を取った私の目に映ったのは地に倒れ伏す槍使いの男の姿。
目の前の男の首からも血が流れ出ている。
遅れて理解する。これがこの男のしたかったことだと。
「ククク.......そうか、貴公始めからこれが狙いか」
この男は賢くなどない。
「ハァ.......ハァ.....ッ」
目の前で荒い呼吸を溢すこの男はただの阿呆だ。
はなから一人数を減らすことを、それだけを考えてやがった。
攻撃を交わすことも、盾で受けることも何にも考えてなどいなかった。
ただカウンターをどちらかに決めることだけを考えて待っていたのだ。
今のも一歩間違えば初手で死んでいたのはやつの方だ。
首を晒し、運が良くても重傷、そんな分の悪い賭けをしてまで成したことはたった一人を倒しただけだ。
現に奴の首の傷は致命傷に近い。
「クク......クァハハハハハ!」
思わず笑ってしまう。こんな阿呆など今までどの世界でもお目にかかったことなどない。
そうだ、どちらも不死だ。これだけの年月を不死として過ごしても未だに私は人の戦い方が抜けていなかったようだ。私はまだ人であるつもりでいた。
これくらいイカレている方が面白い。
やってやろうとも。ここからは化け物同士の戦いだ。
♦︎
本当に恐ろしい男だ。
瀕死のはずだ。吹けば倒れてしまいそうな死に体のはずだ。
何故そんな速さで動けるのか。
何故そんなにも立ち上がることができるのか。
魔術師も既に倒れ、もはや数の有利はない。
だがやつは左腕を吹き飛ばされ盾を持つことも出来ない状態だ。
平衡感覚も失い立つことすら難しいはずだ。
だがそれでも奴の剣は私の首に届きうる。その一撃一撃全てに濃厚な殺意が込められている。
なんとも楽しい。楽しい戦いなど久方ぶりだ。
私の剣が奴の脇腹をかすめる。その瞬間奴の剣がさらに重い一撃となって私を襲うのだ。
ああ、これでは本当に物語の英雄ではないか。
彼女が私に語ってくれた英雄の話そのものだ。
英雄はいつもピンチになる。だがその度に立ち上がり悪を打ち倒すのだ。
それならば私は倒されるべき悪役か。
ああ、認めてなるものか。認めてやるものか。
囚われのお姫様を助け出して物語はハッピーエンドか。
ずるいじゃないか。
私には出来なかったんだ。
冷たくなる彼女の体温の記憶が呼び覚まされる。
口から血を流しながら笑った彼女の顔が浮かぶ。
ついで、あの日、不死狩りとの戦いが思い起こされる。
私はあの時女神に寵愛を受けた。使命を見つけた。
英雄たりうる存在は一人でいい。
「勝つのは.........私だ!」
奴の剣を受け流した。生まれたのは数瞬の、しかし致命的な隙。
──今しかないという好機。これで剣を刺せば終わる。
だができなかった。一つの異常に気付いてしまったからだ。
それ以外の全てがどうでも良くなるほどの、今までの全てが崩れ去るような感覚。
足元から地面が消失したような錯覚を覚えた。
その時、私の薬指に嵌められた指輪からは熱が消えていた。疲労と脱力感が一気に私を襲う。
意味するところは加護の、そして寵愛の消失。
「馬鹿な......何故....」
──その刹那、奴の剣が腹に突き立った。
♦︎♦︎
ああ、私は負けたのか。立とうと思っても下半身はピクリたりとも動かない。
負けたというのにその事実をやけにすんなりと受け入れてしまった。
あの男はまだ立っている。血を流しながらも自らの力で立っている。
「.......ハ..ァ....ハァ。彼女の魂を........」
「ククク.....そう急かすなよ。 ......ホラ、これだろう」
火防女の魂をくれてやる。もう私には何もかもが過ぎたことだ。
渋る必要もない。
「........貴公の目的は何だったんだ?」
本当にこの男は人間らしくなったものだ。
「さて.....なんでだったかなあ」
もうわからない。使命だと思っていた。私が生きるのを許されるのはそれだけが理由なのだと。だが加護も寵愛ももう私にはない。
そして同時に私の中の生きる意味も崩れてしまった。今まで成したことの理由すらも。
一つだけ確かなことがあるとするならば。もう一度逢いたい人がいた。もう一度見たい笑顔があった。
きっとそれが全てだ。
「........そうか」
男は短くそれだけを返した。
立ち去ろうとする男の背後から声をかけた。
「詫びだ。これも持っていけ」
「これは?」
私は男に残った人間性と彼女の指輪を渡した。
「私の大事な人のつけていた物だ」
どうやら私は愛想を尽かされてしまったらしいがな、と付け加える。
「いいのか....?」
ただ首肯することで返す。もう私はダメだ。意識があるうちに全てを終わらせたい。この男ならきっと使いこなせるだろう。
私には使命を成すことはもう不可能だろう。
「貴公は絶対に間違えるなよ」
男がフラフラと、しかし一歩一歩確実に地面を踏みしめ進む。
彼はもう振り返らなかった。
♦︎
静寂が痛い。
ただ一人広々とした聖堂の中に投げ出された私の体は側から見れば随分と間抜けな姿だろう。
最もそれを自分で見ることはできないのだが。
「ククク、なんとも寂しい最後だ」
そして随分と私らしい最期だ。
その時カツン、カツン、と硬質な足音が近づいてくるのに気付いた。
「また会ったな」
声をかけてきたのはあの鎧を着込んだ火防女だった。
「なんだ、火防の任はいいのか?」
「少しくらい離れても構わんよ。先程ある死にかけの男が来てな、きっとお前が負けたのだろうと思って見にきてやったわけだ」
「趣味の悪い女だ」
「褒め言葉ととっておくよ。」
静かな最期がなんともうるさいものに変わってしまった。
「........なあ、お前、本当はこうなることを望んでただろう」
「なんのことだ」
「もう気付いていないフリはよせ。今、お前随分と満足そうな顔をしているぞ?」
気づけば兜はどこかに飛ばされて素顔があらわになってしまっていた。
「ククク、そうか。そう見えたか」
自分ではわからないものだ。
「何だ、本当に気付いていなかったのか」
火防女は呆れたような声を出す。
なるほど、たしかにそうかもしれない。たしかに気分は今実に良い。
「お前が火防女の魂をとってすぐ私に言って使わなかったのも、わざわざここに長居したのも、あの男が魂を取り返しに来ることを期待していたからだろう。 お前は見たかったんだ、かつて自分が出来なかったんだことをあの男が成す光景を」
「あんたは随分妄想が好きなんだな」
「ずっと一人でここにいるのでな。ここにきたものの物語を考えるのは趣味のようなものだ。」
随分はた迷惑な趣味をお持ちのようだ。好き勝手に憶測でものを言いやがる。
だがあながち全てが的外れというわけでもないかもしれない。
どれだけ戦っても旅をしても成果は出ず、きっと心のどこかで私は願いが、使命が叶わないと思い始めていた。
そしてそれが決定的になってしまう前に終わらせてくれる存在を望んだ。
彼女のことを忘れてしまう前に、まだ彼女が私の内にある間に。
これでは女神にそっぽを向かれてしまうわけだ。
「炎に向かう蛾は私の方.......か」
あの男は絶望的な状況から本当に光を掴んで見せた。
私には出来なかったことだ。
あの男ならきっとーー
「.......もう眠るのか?」
まぶたが重くなってきた。
「ああ......そうだな。それもいいかもしれない」
ずっと一人だった。
だが彼女と出会って2人になった。
彼女の笑顔が愛おしかった。
何も知らなかったガキのころ、自分よりも年下の少女に助けられた。
あの背中が、あの時の瞳の美しさが忘れられなかった。
それ以来その儚さと強さに心を奪われた。
今度は自分が守るのだと誓った。何があっても守るのだと。
私の名前を呼ぶあの声が愛おしかった。
彼女の隣にはいつも私がいて、決まったやりとりをする毎日が楽しかった。
無邪気に笑い、怒った時は頬を膨らませる彼女が好きだった。
私は他人を思いやることなどできない化け物でも、彼女の心に触れている間は違った。
彼女との旅は心が躍った。隣に彼女がいるだけでこの世界だって愛することができた。
彼女が死んだ。
誓いは守れず、自分だけが蘇った。
彼女が居なくなってまた一人になった。子供の頃のように。
だが子供のころよりもずっと孤独だった。
そこから一人で歩き続けた。ずっとずっと歩いた。
でも出口は見えなくて、また歩いた。
終わりが見えない暗闇はずっと先まで続いていて、それでも歩き続けるしかなかった。
不死は死ねない。それは亡者になっても、動かなくなっても
──だがもしあの男が火を継ぎ、私が人として死ぬことが許されたなら、彼女にまた会えるだろうか。
死後の世界でも、生まれ変わりでも何だっていい。また巡り合って、また一緒に旅がしたい。
あの火防女がこちらを見つめている。
同郷の女性に見守られながら眠りにつくとは騎士冥利に尽きるという奴だろうか。
クク.....彼女に言ったらどんな反応をするだろうか。
少しばかり嫉妬でもしてくれるだろうか。
ああ、悪くない気分だ。
やっと、やっと一人きりでの旅を終えられる。
いつの日か、きっとまた彼女と──
♦︎♦︎♦︎
「眠ったか」
雰囲気は騎士然としていたが善人ではなく、かと言って外道にもなりきれない。散々周りに迷惑をかける困った男だった。
「ふふ。いい笑顔で眠るものだな。遊び疲れた子供みたいだ」
きっと彼もこの世界を生きるには少しばかり純粋すぎたのだ。
本当にここに来るものは皆クセが強い。そして皆本当に眩しいのだ。
「動かなくなるまで私が何度でも殺してやる。もう誰もお前の眠りを妨げないように静かな場所にも運んでやろう。.........だから」
きっと、いつの日かきっとあの名もなき不死人はきっとこの不死の呪いを断ち切るだろう。
それは火防女としての願望を多分に含んだ希望的観測だ。だが不思議と実現しそうな予感がした。
──だからその時まで
「おやすみ、ロートレク」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
赤衣の癒し手
〈かつての小ロンドの封印者の一人
彼女は、病み村で治癒術をふるうために
封印の任を捨てたのだろうか〉
魔術 治癒の文より
不死外から下層へと下り酷く荒れ果てた盗賊達の根城をぬけ、さらにそこから下へ下へと降りてゆく。
淀んだ空気と水に満たされた鼠達の楽園である最下層すらも抜け、そこにある深い深い穴の底にそこはあった。
今にも倒れそうな古い木で作られた足場がいくつも組まれ、集落のようなものを形成している。いや、正確にはかつて集落だったものが今もなお残っているというべきだろうか。暮らしていた住人達は皆病に飲み込まれ、今は怨嗟の声だけが響く。
そんな場所を一望できる場所、木組みの足場の頂に一人の魔術師が座っていた。
鳥の嘴のような特徴的な仮面を身につけているためその顔は窺い知ることができないが、その身体つきから辛うじて女であることがわかる。
血のような赤いローブを纏い、同じく赤い杖を携えた彼女は頂から辺りを睥睨する。
まるで太陽の光を嫌うかのような深い暗闇と、鼻が曲がりそうなほどの悪臭、そして当然のように闊歩する異形達。常人なら1秒でもはやく出たいと思うだろう地獄のような場所だ。
女の名前はユルヴァ。
かつて栄えた人間達の国、小ロンドにおいて赤衣のユルヴァとして知られた高名な魔術師である。
ユルヴァはずっとこの集落──病み村をみてきた。
何年もここから村を眺めてきた。
いつも同じ場所からみる景色は、いつもと何も変わらない。
そう、ユルヴァがここを訪れてから
ここに来たばかりの時はもっと違う未来を想像していた。そしてそれがただの思い上がりだと気づくのにそう時間は要らなかった。
絶えることのない村人達の苦悶の声をずっと聞いてきた。
訪れてから10年が経っても20年経っても何も変えることができなかった。
自らが癒した村人が自らの子供を食らう瞬間を見た。
狂った童が親の腕を玩具にして遊んでいる光景をみた。
傷を癒しても毒を取り除いても何をやっても新たな地獄が生まれた。
彼女の努力を嘲笑うようにどこまでも世界は残酷な光景を見せ続ける。
それでも治療をやめることはできなかった。
──背後から足音がした。
周りの松明の炎が揺れ、影とともに姿を現したのは奇怪な鎧を纏った男だ。
全身を棘で覆いその携えた盾や剣すらも棘だらけという奇妙さだ。
「毎日毎日あんたもよく飽きねえな」
「……なんだ小僧か」
ユルヴァの返答が気に入らなかったのか男は不機嫌さを隠そうともせず近づいてくる。
「小僧はねえだろ、これでも100年は生きてる」
「100年程度ならまだまだ小僧だよ」
男がユルヴァの隣に腰掛ける。
「おや、お前は私のことが嫌いだったはずだけど」
「ああ嫌いだよ。嫌いに決まってるだろ」
「じゃあなぜ隣に座るんだい」
「……こっから何が見えてんのか気になっただけだ」
「ふむ、それで。何がみえた?」
その問いに男は何も答えなかった。
何を考えているのか遠くを見つめる棘だらけの男を観察する。
この男ともそこそこ長い付き合いになったものだ、とユルヴァは考える。
(出会った頃はすぐに私を殺そうとしてくる困った奴だったが……)
その時はお互い痛み分けで終わった。
男はいつのまにか村に住み着いていたようでそれ以来も何度か見かけるようになった。
何度か戦ったがその度に勝負はつかず、
ある日殺すのを諦めたのか普通に接してくるようになった。なんとも面の皮の厚い男だと思ったものだ。
炎が揺れた。虫達の羽音がやけに大きく聞こえる。
ユルヴァも男も微動だにせず、ただ遠くを見つめている。
まるでそこだけ時が止まったかのような光景が数刻ほど続く。
長い長い沈黙を破ったのは押し黙っていた棘の男だ。
先ほどの軽口を叩いていたときとは雰囲気が変わっていた。
「なあ婆さん、聞こうと思ってたんだがあんたなんでずっとここにいるんだ?」
「……やるべきことが残っているからだよ」
「もうそんなもん残ってねえって言ってんだよ。あんたの癒しの魔術でももうどうにも出来ない段階になっちまってんだろうが。そんなこと俺にだってわかる」
男の発言は一から十まで本当のことだ。
ユルヴァの魔術は癒しの力だが村を襲う呪いの力は既にその魔術で癒せる領域を超えている。昔ならばいざ知らず、もはや彼女の力は気休めにもならないのが現状だ。ならばここにいる意味など既にないだろう、男はそう言いたいのだ。
「このままだといつかあんたも亡者になるぞ」
そうだ。その通りだ。だがそれをすんなりと受け入れられるかは別の問題だ。
やれることはもうないかもしれない。だがどこに行けばいいというのか。
既に一度故郷を捨てたのだ。
また捨てろというのか。
「……私はね、もう捨てたくないんだよ。」
「……そいつは前に言ってたあんたの故郷の話か? たしかあんたはこの村を助けるためにそこを出たんだろう?」
それは嘘ではないが本当のことでもない。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。私はあの時ただ逃げたんだよ。宿命からも友からも。……今でも思い出す。癒し手と呼ばれた私達が守るべき民を、支えるべき王を、騎士達を沈めたんだ」
かつて蛇によって故郷が深淵に飲まれてから、偉大な王達も、高潔だった騎士たちも皆闇へと堕ちた。神の都アノールロンドとも並び称された程の美しかった景観は損なわれ、小ロンドはソウルを持って生きる者達全ての敵となった。
深淵を食い止めるため、小ロンドの全てを水に沈め封印した。
中には当然見知った顔も多くあった。
癒し手として子供の頃から病気や怪我を治してきた者もいた。
みな優しくて、朗らかに笑う者達だった。
だがその最後に浮かべた表情を彼女が忘れることはないだろう。
苦悶、絶望、そして憎悪。その全てが封印者たる彼女等に向けられていた。
「あの者達は未だ水の底にいる。永劫続く苦しみの中にある。私は彼らから向けられる感情がただ怖くて逃げ出した臆病者だ」
今でもあの時、故郷を沈めたのは最善の選択だったと考えている。そうしなければ一体どれだけの犠牲者が出ていたか。いくつの国が滅んでいたか。
だからこそそれを成した者の義務として封印の任に永遠の時を捧げなくてはいけなかったのだ。だが彼女はそれを捨てた。
親しかった者たちが亡霊となったこと、今もなお苦しんでいること、そしてその憎悪が自分に向けられ続けていること。それに耐えきれなかったのだ。
誰かを救いたいとか、癒し手としての力を使いたいだとか、そんなのは後から無理やり付けたに過ぎない。あの時本当の彼女はただ罪の重さに潰されそうになり逃げ出しただけだ。
まだ完全に村が病に飲まれていなかったころ、毎日のように村人たちは彼女に感謝をした。彼らにはきっと救世主のように見えていたのだろう。
だが彼女は自分が救世主にも英雄にもなり得ないことを知っていた。本当の英雄とはたった一人故郷に残った友のような存在のことだと知っていた。
それでも村の人たちと触れ合い彼らを知ってしまった。故郷の者たちのように愛おしく思ってしまった。彼らを心のそこから救いたいと、共に生きたいと思ってしまった。
「私は何もできなかった。彼らを救うこともその痛みを代わってやることも。だからせめて一緒に滅んでやりたいと思ってしまったんだ。」
それは彼女の偽らざる本音だった。本当はあの時に選ぶべき選択だった。哀れむことなど誰にでもできる。封印の任からも逃げて一緒に朽ちていくことも選ばずあの時友に全てを押し付けたことを彼女はずっと後悔し続けていた。
隣から深いため息をつく音がする。その出所は当然棘の男だ。
「気にくわねえな」
「別に私がどこで何をしようが小僧には関係ないだろうに」
「関係はねえけど気に入らねえんだよ。言っとくが死んだ奴らがあれこれ考えるわけねえだろ。あんたのは全部独りよがりの自己満足だ」
「そうかもね」
「もう一度言うぞ。あんたにできることはもう残ってない。ここにいる意味なんて一つもねえ」
「.......それでも残るよ。もう決めたから」
男が表情を歪めたのが何となくわかった。きっと兜の下では苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。
「........ああ、やっとあんたが嫌いな理由がわかったよ。あんた俺の知ってる馬鹿に似てるんだ」
「それは光栄だね。その馬鹿によろしく頼むよ」
口角を上げてユルヴァは笑う。といっても仮面で隠れていてそれを見ることはできないのだが。
男は苛立ちを隠そうともせずに、舌打ちを一つすると立ち上がった。
「じゃあな婆さん。そろそろ行くぜ」
どこに行っているのかは知らないが男が姿を消すのはいつものことなのでユルヴァも行き先について尋ねることはない。
「ああ、またね。」
──お姫様によろしくな
心の中でそう付け加えた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
あの子の声が聞こえる。
「おや、いい面構えをしている。きっとこの子は大物になるよ」
「こら、──走るな、転んでもしらないよ」
「──じゃないか、母上は元気にしているかい?」
「魔術師になる?いいのかい?かっこいい騎士様じゃなくて」
あの子は随分と変わり者だった。
私なんかのようになりたいと言って本当に魔術師になってしまった。
「本当に魔術師なんかになってよかったのかい?ふふ、そうかい」
ああ、自慢の弟子だ。ほんの十数年前まで泣き虫だったくせに今では一丁前の顔をしている。
「もう教えることはないね。お前はもう立派な癒し手だよ」
童だった教え子は男になり、私以上の使い手になった。
歳を取らない私の背を彼はいつの間にやら追い越していた。
私と同じ服と仮面を挙げると彼は喜んでいたなあ。
「お前にも不死の印がでたのかい。……そうか。お前には背負わせたくなかったんだけどね。これからもよろしくね」
教え子だった男は一緒に永遠を生きる友となった。
それがどれだけの業か彼はきっとわかっていたのだろう。
それでも彼は静かに笑ってこれで私とずっと一緒に居られるとかなんとか言っていた。
呑気なんだが大物なんだかわかりゃいなしない。
「お前はすごいね。魔術の才は私以上だよ」
彼はどんどんと成長していった。それをこの目で見るのが好きだった。
彼の未来が楽しみで仕方なかった。
「ああ、なんてこと。なんでこんなことに」
故郷が闇に包まれた。彼は泣いていなかった。私は仮面を付けていてよかった。泣いているのが彼にバレないから。
「もう疲れたんだ。すまない。」
そうだ。あの時私は彼を置いていったのだ。
彼は何も言わないで私を見送った。
私がもっと強ければもっと違った未来もあったのだろうか。
ああ、なんで私はここにいるんだっけ。わからない。
ああ、あの子に会いたいな。
あの子の泣き声がする。本当にいくつになっても泣き虫で
しょうがないやつだ。
おや、この男は誰だったかなあ、棘棘していておかしな奴だ。
まあ、もうなんでもいいか
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
男の前には赤い衣の亡者──かつてユルヴァだったものが立っていた。
まだなってしまったばかりなのだろう。覚束ない足取りで男のソウルを求めてゆっくりと近づいてくる。
小さな舌打ちとともに男は持っていた剣で彼女の体を貫いた。
「……やっぱり気に入らねえな」
ユルヴァの体が崩れ落ちる。どうせ放っておいてもまた蘇生し誰かを襲うのだろう。嫌いな相手だったがそんな無様な姿を見たいわけではなかった。
男は何度も何度も彼女を殺す。
ここは彼女が毎日座っていた場所だ。
男にはユルヴァがここから何を見、何を思っていたのかがわからない。
きっと一生わかることはないだろう。
最悪な景色だ。お世辞にも良い趣味とは言えない。
だが嫌いではなかった。
ここからは
男は少しの間無言で遠くを見つめ、そして闇へと姿を消した。
今回と次の話は当初書く予定のなかったショートストーリー的なものになります。
純ダクソ小説ってあんまり見ないなと思い書き始めた小説ですが、読んでくださる方々には感謝しかありません。
感想すごく励みになっています。
皆さまのおかげでなんとか7話目書くことができました。
まだもう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
亡国の姫
どろりとして生あたたかい、優しい人間性の塊である
マヌスは、古くとも明らかに人であった
人間性を暴走させ、深淵の主となった後も
ずっと寄る辺、あの割れたペンダントを求めていた
彼の魔術に与えられる意志は人への羨望、あるいは愛である。
その最期が小さな悲劇でしかありえないとしても.......。〉
壊してしまおう。目に映るもの全部を。
君たちが生きていたことを僕だけが永遠に覚えていよう。
本当に大事な友達だったんだ。
彼らが死ななければならない理由なんてなかった。
人間は弱いから?闇の存在だから?
そんなことは全部僕らには関係ない。
きっとどんな未来だって彼らは選べたはずなんだ。
もう何も見たくないから目を瞑った。
認めたくないから現実を否定した。
でもダメだ。妄想の中にだってやっぱりもう彼らはいない。
目の前にコロコロと丸い何かが転がってくる。見間違えるはずがない。僕が君にあげたものだから。
ああ、今度はよく見えるよ。これがこの世界の真実だ。
見えすぎるほどによく見える。
君は言ったよね。
優しい僕が好きなんだって。
どんな相手とだってわかり合おうとする君が僕も好きだったよ。
ごめんね。
本当にごめんね。
──僕はもうこの世界を愛せない。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
──落ちてゆく。
ゆっくりと海の底のような暗がりに沈んでいく。
怖かった。
暗いのは怖い、だから光を探した。
遠くに光が見える。
それは消えかけの蝋燭に灯る火のように小さく、儚い。
光は不安定で、もっとよく見ようとすればぼやけて溶ける。
目の前に色んな映像が浮かんでは消える。
どの映像もぼやけていて、抽象的でよくわからない。
見たことのない景色、見たことのない人たち。
ここは暗くて、酷く寒い。
思わず自分の手で体を抱きしめようとして体が動かないことに気づく。
金縛りにあったような、
誰か別の人の意識の中に浮かんでいるような、不思議な感覚。
そこに来てやっと私は夢を見ているのだ、とすとんと理解出来た。
目の前のあやふやだった光は変化していき映像の輪郭は叙々に明確になっていく。
映し出されたのは2人の男女。
そして次はたくさんの人々。
年齢も性別もバラバラででもみんな楽しそうで。
その後も延々と映像は移り変わるが常にその中心にいるのは一人の女性だ。
綺麗な女性だった。
映像の中の彼らはとても幸せそうだった。
笑いあい、時に泣いて、そんな当たり前のような日常がそこにはあった。
この女性は誰なのだろうか。
この夢は何なのだろうか。
急に映像が消え、視界が暗転した。
消えかけの光も既に無い。取り残された私の周りにあるのは本当の暗闇だ。
体は依然として動かない。
(嫌だ、誰か助けて)
叫びだしたいけれど声も出すことができない。
先ほどまであった疑問も何もかもなくなって、あるのは恐怖だけだ。
孤独への根源的な恐怖。
一人でいることがどうしようもなく怖くておかしくなりそうだ。
結晶のゴーレムの中に囚われていた時のことが嫌でも頭の中に浮かぶ。
あの方に出会うまでの永い孤独を思い出す。
──ふと、白い何かが見えた気がした。
(あれは.....?)
それは人だった。白くて、朧げで形も不安定な、少年のようであり老人のようでもある。けれどそれは確かに人間だった。
顔はよく見えない。でも私はこの人を知っている。私はこの人にどこかで──
──その時、世界を光が覆い尽くした。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
既に滅んだ国、ウーラシールの外れには小さな霊廟が存在する。
作られてからかなりの年月を経ているであろうその霊廟は樹人達により手入れがなされ今もなお荘厳な見た目を留めている。
鳥達が歌い風に草木が揺れる。
柔らかな月光が漏れ、辺りを包む。大小様々な石像に囲まれたそこはある種神聖な空気を漂わせる。
しかしその平和な見た目とは裏腹に警備は厳重だ。国は滅び王も深淵に呑みこまれた。
それでもなお樹人や守護者と呼ばれるゴーレム、聖獣といった強力な存在が変わらずそこを守り続けている。
ここを訪れることが出来るのはそれこそ王家の人間か──もしくはそれら全てを問題としない程の人智を超えた力を持った者だけだろう。
その限られた王家の人間であるウーラシールの姫君は霊廟の中央で空を見つめ物思いにふける。
あの日──深淵の主 マヌスに連れ去られ、そして救出されてからずっと心の中にしこりのように残っているものがある。
それはマヌスの中に囚われている間に見た夢に関わることだ。
感じたのは巨大な感情の奔流。
それは郷愁の類だ。
もう二度と戻らない幸福と、戻らないと分かっていてもそれを追い求める思い。
──そして何よりも 恐ろしく強い恋慕の情。
あの時見た夢は誰かの記憶だ。
いや、ほぼ確実にあれはマヌスのものだろう。
彼はあの暗闇にずっといたのだろうか。
自分以外が存在しない世界。なんにもない空っぽの暗闇。
そんな場所に彼はどれだけの年月をいたのだろうか。
「.......や.......み様」
私だったら耐えられるだろうか。
あの孤独に。
きっと無理だろう。
あの世界は悲しすぎる。
彼は........
「......宵闇様」
自らを呼ぶ声に思考の海から掬い上げられる。
声をかけたのは霊廟の守人エリザベス。見た目はどう見ても巨大なキノコだが長い年月を生き、人の歴史を見守ってきた賢人でもある。
「あ......ごめんなさいエリザベス、何かしら?」
「いえ、私こそ宵闇様の考え事の邪魔をしてしまって.....」
エリザベスが頭を──頭と呼んでいいのかはわからないが──下げる。
「しかしもう宵闇様がここを訪れてから何時間も思い詰めた顔でいらっしゃいます。もう夜も遅いですわ。そろそろお休みになっては....」
「あら........もうそんなに........。ありがとうございますエリザベス」
彼女は立ち上がり伸びをする。本来なら王族としてやってはいけないはしたない行為だが既に治める国もなく目の前にいるのはエリザベスだけなので許されるだろう。
「何を考えていらしたのですか?」
エリザベスの問いかけにどう答えれば良いか一瞬だけ逡巡し、結局そのまま話すことにした。
「..........あの闇の中で夢を見たんです。」
宵闇はあの時見たことについて語りはじめた。
♦︎♦︎
闇とは忌避されるべきものだ。命ある者はみな暗闇を恐れる。それは本能的な恐怖だ。神話の時代に光を、火を手に入れるためにあった戦いを知るものは既にほとんどいないだろう。だがそれでも火を失ったときに何が起こるのか分かっているのだ。深淵とはその片鱗だと言える。それに触れたものはおぞましい姿と成り果てる。それを私はこの目で見てきて知っている。
その深淵の生み出した化け物に私は攫われた。異形にふさわしき湾曲した大角に肥大化した左腕。体の至る所に蜘蛛のような複眼が存在するおぞましい見た目。どれも化け物としか形容できない存在だった。
初めて見たとき抱いたのは純粋な恐怖だ。人にどうにか出来る存在ではない、あれはそう言った埒外の存在だと。
しかし囚われていた間に見た夢は最初抱いていた印象の疑問を持たせるのには十分だった。
「私はどうしてもあのような思いを持つ存在をただ化け物と断じて良いとは思えないのです」
あれだけの強い思いを私は知らない。心ない化け物ではあんな思いを抱くことはできないだろう。
「.........宵闇様、あれはウーラシールを滅ぼした元凶です。宵闇様が気にかける必要はないのですよ」
エリザベスの言うこともわかる。民達も、兵士達も皆深淵に触れこの国は滅んだ。それは事実だ。
「たしかにウーラシールは深淵に飲まれて滅びました。でも元凶というのならば最初に古き人の墓を暴いたのは私達です。それならば責任は私達王族にあるでしょう」
お父様もお兄様達も、ある時を境に人が変わられたように大きな力を求めるように成ってしまった。
少しいい加減だけど本当に優しくて人情に溢れていた民達も皆変わってしまった。
あんなに優しかった彼らが何故そうなってしまったのかはわからない。
神族や巨人族と比べ人間が弱いのはしょうがないことだ。
しかしこの国はそれらをも超える力を求めたのだ。
そして私はそれを止めることもできずただ見ていることしかできなかった。
遥か昔、太陽に近づきすぎた英雄はその身を焼かれたと言う。
同じように人の領分を越えようとした私達に待っていたのも滅びへの道だった。
──この国は絶対に手を出してはいけない領域に触れてしまったのだ。
「そんなことは.......」
「いいえ、そうなのです。私は罰を受けるべき者の一人です。だというのにこうして一人だけ助かってしまいましたが........」
「宵闇様........」
皮肉にもあの日クリスタルゴーレムに囚われたことで今こうして普通に話せているわけだけど。
(そもそもあの墓とは、あの深淵への穴は何なのでしょうか。古き人とは、マヌスの正体は....?)
疑問は止め処なく溢れる。頭の中がグチャグチャで仕方がない。
国を闇で覆い、自分を攫った者について知りたいと思うことはおかしなことだとわかっている。それでも疑問は尽きないのだけど。
しかしそれを聞いても答えは返ってこないだろう。
理由はわからないがいつも私に優しいエリザベスもマヌスや深淵については何も語ってはくれない。だからその質問はできない。
「夢の中で気になっていることがもう一つあります。私は夢の最後で誰かを見ました。顔も、何もわかりませんでしたがどこか懐かしくて。あれは誰だったのでしょうか......」
夢の世界が崩れる寸前に感じた気配。誰かの存在。あれはきっとマヌスではないもっと別の誰かだ。
「ねえエリザベス、私を救ってくださったのはアルトリウス様なのですよね」
「.............ええ、その通りです。かの英雄が深淵を討伐し宵闇様を救出してくださいました」
それではあれはアルトリウス様の気配なのだろうか。
普通に考えればそうなのだがどこか釈然としなかった。理屈ではない、何かが引っかかるのだ。
あの気配はまるで──ー
(いいえ、それはあり得ないことですね。あの方は遠い未来の方ですもの)
そうだありえない。これはきっと私の思い違いだ。
だからこの想いはただの間違いなのだろう。
私には愛がわからない。マヌスのように何かをあそこまで愛するということを知らない。あれを愛と呼ぶのならきっと私の想いは愛ではない。
──いずれにせよ私は残された時間をここで待つだけだ。
でも、もしもまた彼が呼んでくれたのならその時は──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
宵闇が眠りにつき霊廟には静寂が訪れる。
その静寂の中、今まで何も存在しなかった暗闇からゆっくりと姿を表す存在があった。一切の音を立てずに歩くその姿はまるで実体を持った影のようだ。
「彼女はもう寝たようだな」
穏やかな寝息を立てる宵闇を見ながら影は静かに語りかける。
「あら、これはキアラン様、全く気づきませんでしたわ。フフ、王の刃は健在ですね。」
「その呼び方はやめてくれ。今の私は剣を置いた身だ。」
エリザベスは突如現れた影──キアランに驚きながらもすぐに返答を返す。
「それで、彼女に本当のことを言わないで良いのか?」
「ええ.........これは
それに、とエリザベスは付け加える。
「今、英雄たるアルトリウス様の戦死が表沙汰になるのはあなた達にとって、そして世界の秩序のためにもいいことではないでしょう。」
力を求めた人間の国の引き起こした事件、そしてそこで太陽の王の配下で、最も高名な英雄が敗北し死んだとなれば最悪、世界が割れる。
それを防ぐために偽りの事実が要る。
エリザベスが言っているのはそういうことだった。
「ああ、本当に貴女には感謝しているよ。彼の墓をここに移す許可を貰った恩もある。しかし姫君の気持ちに貴女は気付いているのだろう? 彼女にだけは本当のことを言っても良いのではないか?」
「いいえ、宵闇様のことを思うからこそ言ってはならないのです。本来なら決して交わることのない
エリザベスはその顔を歪め辛そうな声で呟く。
「.....口を出してすまなかった」
「いいえ。いいのですよ。 しかし、貴女は優しいのですね。 人間は嫌いではなかったのですか?」
人間は弱い。弱いからこそ平気で嘘をつき、裏切りや汚い手も平然と使う。そんな生き汚なさがキアランは嫌いだった。
彼女の憧れた圧倒的な“強さ”とは真逆の人間のそのあり方を軽蔑していた。
しかしわからなくなった。
憧れ、愛した者を奪った者も人間ならば、その誇りを守った者もまた人間だった。
自分はあの時狂ってしまった彼を終わらせてあげることができなかった。
その勇気が、強さが自分には無かったのだ。
「.........わからないんだ。人間の本質は闇だと思っていた。だがこうして私たちと変わらず誰かを愛する姿はどうしてもそうは思えなくなった。あのマヌスでさえ愛を知っていたのだという。あの男や宵闇殿と深淵の主。何故元は同じ人間なのにこうも違うのだ。」
エリザベスは小さく笑う。
「物事の大半は陰と陽で成り立っています。それは正義と悪であったり光と闇です。でもそうでないものもあります。たとえば愛の対極は何になるのでしょう」
突然何の話だ、と思いながらもキアランは口を開く。
「憎悪や悪意だろうか?」
「そうですね。それもきっと正しいのでしょう。でも私は思うのです。愛の反対はまた別の形の愛なのだと。 愛の形はいくらでもあります。そして人間は弱いから一歩間違えばその愛は憎悪や悪意にも転じます。愛を抱くからこそ闇の存在になることもあるのです。かつて神々さえ恐れさせたあのマヌスもその類なのでしょう」
「別の形の愛......」
「ええ。こんなキノコが何を言っているのだと思うかもしれませんが.....」
エリザベスが朗らかに笑う。
「私は人の歩みをずっとここから見守ってきました。確かに人間の本質は闇なのかもしれません。確かに人は弱い生き物なのかもしれません。でも人は変われる生き物です。一度間違えても次は正しい道を歩める者もいます。弱くても強くあろうとすることはできます。」
「...........だからもしも人が闇から生まれたものだとしても、最後に人が選ぶものが闇であるとは限らないと思うのです。」
「……貴女は優しいな」
「フフフ。 老いぼれの長話に付き合わせてしまってごめんなさいね。ところでキアラン様はこの後どうなさるのですか?」
「そうだな.......もう帰る場所もないからな。すぐに、とはいかないが。墓守でもして余生を過ごそうか」
「ええ、それも良いと思います。宵闇様にもお会いになってくださいな。きっと気が合うでしょう」
夜は更けていく。霊廟から一つの影が闇に溶けて姿を消した。
後に残るのは静かに眠る宵闇とそれを見守るエリザベスだけであった。
マヌスを倒してから宵闇様と話すと聞ける話から妄想。
マヌスはありえたかもしれないロートレクの未来なのかもみたいな妄想をしていたら出来あがりました。
フロムほのぼの女子会()でした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
灯火の行方
〈呪術とは炎への情憬である〉
呪術王ザラマンの言葉より
「炎を畏れろ......ですか」
「ああ、そうだ」
「呪術とは炎を御するものではないのですか?」
「当然それもまた然りだ。しかし扱いを間違えれば死よりも悲惨なことになる。
あの時はわからなかったが、あの人はそれを身をもって知っていたんだろう....」
初老の男──ザラマンは遠くを見つめ過去に想いを馳せる。
「ザラマン様の師匠ですか....。その方はどう言った人だったのですか?」
「............とても綺麗な人だったよ。.....なんだ、聞きたいか?」
「はい!」
「ははは、そうか。 そうだな あれはここからずっと遠い場所での出来事だ。私はそこで出会ったんだ」
──炎、と聞いて何を思い浮かべるだろう
鍛冶屋に言わせればそれは仕事道具で、
宗教家からすれば闇を祓う光で、子供だったら暖炉や焚火の温もりを連想するかもしれない。
そしてきっと悪魔に言わせれば全てを灰にする破壊の象徴だ。
きっと人によって炎に何を見るかは違うのだろう。
私はあのとき、あの炎に狂った。
息も出来ないほどに激しく燃え盛る炎に魅了された。
その炎に少しでも近づきたいと思ったのだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
つまらない人生だと思う。
なんの指標もなく、息をして食べて寝ることだけを繰り返す。
なまじ裕福な家庭に生まれ不自由もないことで苦労する必要もない。
家も兄が継ぐので責任とも無縁の人生だ。
何をしていても感情が揺れ動くようなことがない。
私以外にもこういった人間は数多くいるのかもしれないが少なくとも周囲の人間は何か自分の生きる目的を定めているように思える。幸か不幸か同類とは出会えないまま生きてきた。
誰かが人生はあっという間だという。たかだか数十年しか生きられないのだから何かを成すにはあまりに短いと。
だが私のように何もない存在から言わせれば数十年という時間はあまりにも長い。死ぬまでの長い長い時間を食い潰すだけではなんの感慨も得られはしない。
そもそも何かを成すことに意味はあるのかもわからない
不死のように膨大な時間があれば何かを極めることが出来るのかもしれないが人の生の中でできることなんて限られる。
そしてどうせみんな最後は死んで今までやってきたことも全て死体と共に土に還る。
そんな悟ったようなことを考えながらも毎日死ぬことなく生きているのは何故なのか。
理由はわかっている。ただ怖いのだ。
死ぬことが怖いのではない。
本当に何もないまま自分という存在がいたことすら世界が忘れてしまうことが怖い。
プライドなどないと思っていたが自ら孤独に死ぬのは僅かに残った矜恃が許さなかった。死ねば何もかも意味を失くすというのに。自分のことながら聞き分けのない子供のような考え方だ。
かといって何か目標を据えて生きることもできないのだから我ながら呆れてしまう。
理由はわかっている。
本気で挑戦し失敗したとき、自らが凡人であることが決定づけられるのが怖いのだ。
自分が取るに足らない有象無象の一人であることが確定してしまう。
そうなれば私はきっと耐えられない。
初めから何もしなければ自らや他者に言い訳ができる。
本当に私は度し難い愚か者だ。
このまま私はただなんの意志もなく、唯一残った惰性で死ぬまで生き続けるのだろう。
そう信じて疑わなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
そんな私にある日転機が訪れた。
聖女の巡礼の旅の供回をすることになったのだ。
といっても私が進んで何かをしたわけではない。
家にとって益のない私を両親が有効活用しようとした結果だ。
三男坊とはいえ貴族の息子を聖女の巡礼に差し出したとなれば聞こえがいい。それが実際はなんの役にも立たない男でも、だ。
巡礼の旅は死の危険が当然付き纏う。
というよりも死ぬ危険の方が大きいだろう。
ソルロンドなどでは本来不死となった聖職者の役目であるそうだ。
私はきっとつまらない死に方をするだろうと思っていたがまさかわざわざ人の世を外れた場所へ死にに行くとは思わなかった。
信仰心の欠片もない私が巡礼の旅とは随分と大掛かりなお笑いだ。
聖女や他の護衛の者たちと連れ立ちいざ祖国を離れてみればそこは今まで培ってきた常識というものが何一つ通用しない世界だった。
まず当然のように生身の人間がいない。
出会うものは皆不死者ばかりだ。
今まで生きてきた世界で見ることなんてほぼなかった不死が当たり前のように闊歩しているのだ。
最初にあった火防女というのも人間ではないのだという。まるでたちの悪い冗談のような場所だ。
ほとんど伝説上の存在であった悪魔も見た。遥か上空を竜が飛んでいくのを見た。なんだというのだ。確かに危険な場所だというのは知っていたがいくらなんでも理から外れすぎている。今まで人の世界でのうのうと生きてきた私には刺激が少々強すぎる。
みれば聖女や護衛たちも口をぽかんと開けて間抜け面を晒しているではないか。
私もきっと同じような表情をしているのだろう。
これからこの世界を旅して回るとは、正直先が思いやられる。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「クソ!数が多すぎる!」
「円になれ!絶対に奴らを近寄らせるな!」
やっぱりだ。
ここは本当に人がどうこうできるような世界ではないようだ。
そこらを平然と闊歩するかつて人だったモノ達。
眼は落ち窪みその奥に暗い光を宿す魂食らいの化け物。
亡者と呼ばれるソレらはどこから湧くのか知らないが眼前を埋め尽くしている。
倒しても倒しても湧いてくる亡者共に囲まれ私達一行は追い詰められていた。
いわゆる絶体絶命というやつだ。
怒号が虚しく響く。
数が数だ。守りが崩れるのも時間の問題だろう。
こんな魔境に来たのだ。どうせ死ぬのならドラマチックな死を迎えたいと思っていたが.........。竜と戦って死んだならまだ聞こえがいいのだが相手が亡者というのは少々残念だ。
こんな状況でもつらつらと場違いな思考を巡らせる己に笑ってしまう。
さあ、せめてもの抵抗をしようではないか、そう考えた。
そんな時だった。
突如飛来した巨大な炎の球体が爆ぜた。
周りを囲っていた亡者達が焼かれ悶えだす。
肉の焦げる匂いが辺りに立ち込める。枯れ木のような体をくねらせ亡者達が呻き声とも悲鳴ともつかぬ声を上げた。
さらに間を置かずに豪炎が立ち昇る。
息をすれば喉が焼けてしまいそうなほどの熱を放ちながら火柱が荒れ狂う。
それは蹂躙だった。形を持たないはずの炎が生き物のように動き敵を屠っていく。
私の知る炎ではない。
それはどこまでも禍々しく、歪んでいて。
──それでいてどこまでも美しい炎だった。
既に虫の息だった亡者達が消炭となって崩れ落ちる。
後に残るのは亡者達だったもの、そして今もなお熱を放つ溶岩のような得体のしれない何か。
今までの苦戦が嘘だったかのように何もかも無くなってしまった。
あまりにも現実感のない光景だ。
しかし炭化した地面が今起きたことが夢でないことを教えてくれる。
煙の向こうに炎の主の姿が現れる。
黒いローブとフードを見に纏いその素性の一切をしる術がないがそんなことはどうだってよかった。
それをみた私はきっとここにきたばかりの時よりも間抜けな顔をしていたことだろう。
あんなものを見せられて興奮しないわけがない。
例え物語の英雄と対峙してもこんな感情は抱かないだろう。
こんな圧倒的な力が世界にあることなんて知らなかった。
かつて宮廷魔術師の魔術を見た。
司祭の起こす奇跡を見た。
そのどれもが遠く霞んで見えた。
比較することもおこがましいとすら言える。
自分の見ていた世界の狭さを痛感する。
初めて心に血が通ったように思えた。
ずっと、何を見ても何をしても何も感じなかった。
惰性で生きて、きっと退屈な死を迎えるだろうと思っていた。
ーー私は泣いていた。
まるで神に縋る敬虔な信徒のように、そうすることが正しいかのように、気がつけば跪いていた。
たとえこの身が焼かれようとも構わない。
ただあの炎に近づきたいと願ってしまった。
♦︎
「それで、私を探していたと?」
「随分とあちこち回りましたよ。あの後すぐに居なくなってしまうのですから」
あのあと聖女一行は一度故郷に帰ることになった。
はじめの一歩目でこの世界のイカレっぷりを痛感したのだ。
それもしょうがないだろう。
そして私はといえばここに一人で残ることにした。
あの炎のことがどうしても忘れられなかったのだ。
正直何度も死にそうになったがなんとか大沼というところにたどり着き彼女を見つけることができた。
「はあ......それで、私に何を求める?」
「私にあの炎の術を教えてください!!」
「.......まあ私が見えるようだし、才能もそこそこあるようだ。構わないよ」
彼女は了承してくれた。まさかこんなにすんなり話が進むとは思ってもいなかった。彼女の前でなければ小躍りでもしていたかもしれない。
「私も弟子を取るのは初めてだ。加減もわからん。それでもいいのか?」
「はい!」
「そうか。 それで.....あー、何と呼べばいい?」
「申し訳ありません。名乗るのが遅れました。私はザラマンと言います。これからよろしくお願いします!」
♦︎
「それがザラマン様の呪術のはじまりなのですね」
「ああ、まだ世間知らずの小僧だった時の話だ。」
いや、あの人に言わせればまだまだ今も小僧なのだろう。
それからの毎日は本当に楽しかった。
あの炎は呪術というらしく毎日修行に励んだ。
もしも時間に密度というものがあるのならここ最近は師匠に出会う前の何倍も濃い毎日が送れているだろう。楽しくてしょうがないのだ。
何かを学ぶことが楽しいと感じたのは初めてのことだった。
ゆっくりでも今日の自分は昨日の自分より進んでいる。
きっと明日の自分は今日の自分よりも。
そう思えることがただ嬉しかった。
呪術というものは奥が深い。
一つの火を一生をかけてただ大事に育てていく。
その火はもう一つの自分自身。だからその火を他者に分け与えることは血を分けることと同じなのだ。
秘めた荒れ狂うような力をただ静かに育てていく。
そしてそれが外に出た時、あの醜さと美しさが同居した炎が生まれる。
これが師匠の言う”炎の業“なのだろう、そう思った。
♦︎
「今日も成果なしか。お前は本当に出来が悪いな。」
師匠に怒られてしまったが、そう言いながらも彼女は私を見捨てないでいてくれる。
本当にこの人は優しい人である。
(こんなことを言えば師匠は怒るだろうから言わないが)
「火球はなんとか習得できたのですが.......やはりその上は難しいですね」
「忍耐も必要だと言うことだ。そもそも一朝一夕にできるわけがないだろう。特にお前はな」
師匠の言う通り、ずば抜けた才能というものがわたしにはないようで、結局のところ地道に一歩ずつ進んでいくしかない。
かつてアレだけ恐れていたというのに、自らが凡人である事実を突きつけられても大してショックを受けなかったのが意外だった。壁を破ってみれば何のことはない。昨日の自分よりも成長した自分がいるのだ。
嬉しくないわけがない。
呪術とは炎の探究だ。
ただひたすらに炎を見つめ続けるものだ。少なくとも私はそう考えている。
いつの日かあの日見た炎を私は使えるようになりたい。
しかし、あの日の炎について師匠はまだ教えてくれない。
いつか私の実力がともなえば教えてくれるはずだ、そう考えてただ目の前のことに集中する。
思い描くのは鮮烈な赤。記憶の中の最も美しい炎だ。
師匠はただ見ていてくれた。
♦︎
「師匠!ついに火の玉を習得できました!!」
「ああ。そうはしゃぐな馬鹿弟子。ちゃんと見ていたさ」
ああ、これはきっと呪術師として小さな進歩だ。
だが私にとっては大きな進歩だ。
だからだろう。つい嬉しくなって余計なことを口にしてしまったのは。
「これであの時の師匠の術に近づけたでしょうか?」
「.......それはお前と初めて会った時のことか?」
「はい。.........私の目標です。あの日見た炎は本当に綺麗でしたから。
その時師匠はどんな顔をしていたのだろう。
愚かな私は見ていなかった。
彼女は暗い声で私に言ったのだ。
「綺麗.......か。 いいかザラマン。炎に焦がれるのは構わない。しかし炎を畏れることだけは忘れるな。畏れを忘れれば────炎に飲まれるぞ」
私は呪術に出会う以前の自分が嫌いだった。
だから炎に魅入られ、炎と共にあれるならばに焼かれて死ぬことも良しと考えていたことがきっと師匠にはわかっていたのだろう。
──あの時師匠が抱えていたものがなんだったのか。知っていたなら私は力になれたのだろうか。
いや、きっと無理だろう。私にそんな力がないことは私が何よりも知っている。私は決して英雄などではない、どこにでもいるただの凡人なのだから。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
暖炉でパチパチと音を立てて薪が弾ける。
外に振る雨が窓を打つおとが響く。
そんな中一人の初老の男と青年が向かい合って座っていた。
「その後私は多くの呪術を習得し、私は呪術師として一人前になれたと思った。しかし師匠が私にあの日の術を教えてくれることはなかった。
だから私は死に物狂いで自分なりに探求を続けた。そしてその結果出来たのが大火球だ」
憧れた炎に近づきたくてただひたすらに研究した。
かつて見たものは身も心も焦がすほどに綺麗な炎だったから。
ただあの時の感動をまた味わいたかったのだ。
大火球はあの日見た術をひたすらに思い描き、私の持ちうる全てをつぎ込み辿り着いた業だ。あの日見た炎とは違うがその内包した力は本物だった。
きっと師匠も認めてくれる。そう考えたらいてもたってもいられなかった。
私は喜び勇み師に見せに行った。
師も本当にとても喜んでくれた。
あの時彼女はたぶん泣いていた。 フードを深く被り顔が見えなかったがきっと彼女は泣いていた。その涙に込められた意味は私にはわからなかった。
──そしてもう教えられることはない、そう言って私の前から姿を消したのだ。
「戸惑ったさ。私はあの日、あの人にあって狂わされたんだ。あの人の炎に心を焼かれたんだ。そんな私が師なしでどうやって生きていけばいいのだろうか、と」
今までのことが全て夢だったような錯覚に陥った。
どこを探しても師には会えなかった。
何故突然姿を消したのか。
その理由が知りたかった。
しかし彼女には二度と会うことはなかった。
途中風の噂で父の死を知ったこともあり、失意の中私は一度国に帰ることになった。
「そしてそこで出会ったのがカルミナ、お前だ。」
「僕.......ですか?」
絶望を抱えた私に希望を抱かせてくれた存在。それが彼らだ。
「ああ。お前達を弟子にとり呪術を教えた。お前は私に拾われて救われたというがあの時救われたのは私の方だ」
私はあの人の、クラーナ様の側にいることができなかった。
焦がれ、近づこうとした炎は突如として消えた。
しかしその先で見つけた小さな火が私を救ったのだ。
師のくれたものを、私の全てを彼らは吸収していった。
彼らの見せる炎を見て思うのだ。あの師との日々は私の中に今もあるのだと。
私は彼らに呪術とは炎への情憬であると説いた。
私がそうであったように。
そして彼らはそれを受け取りどんどんと成長していった。
私がかつて憧れたものは間違いではなかったのだと思えた。
あの日見た炎をまた見ることは叶わなかったがそれにも勝る美しい炎を見ることができた。
特にカルミナは私を遥かに超える天才だ。
彼はこれから見たこともない世界を私に見せてくれるだろう。
そう考えたら楽しみでしょうがないのだ。
かつて不死ならば何かを極めることができるのかと考えたことがあった。
そもそも何かを成す意味などないのではないかと考えたこともあった。
しかし人はこれでいいのだと今は思う。
短い人生で足掻いて何かを掴んで、次の者に託す。
自らの中の火をただ次の者に分け与えるのだ。そしてその受け継がれた火はさらに大きな人なって人々を照らすだろう。
「カルミナ、炎への畏れを忘れるな。だが決して炎への憧れも捨ててはならない」
ーー私が炎に魅了されたように。
ーーあの日、貴女に心を焼かれたように。
「炎への情景こそが呪術の根源だ。......少なくとも私はそう思う。さあ、手を出しなさい。これでこの炎はお前の物だ」
今までに私自身が成したことなんてたかが知れている。
だがカルミナ達やその次の託された者達ならばどうだろうか。
この世界のどこかにいるであろう師のことを思う。
師を救うことは私には出来なかった。だがいつか誰かに託された者が師を救ってくれるかも知れない。そんな気がしてならないのだ。
ああ、この世界は本当に──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「............」
「師よ。突然黙ってしまってどうしたのだ」
「........いや。 少し昔のことを思い出してな.。お前はあいつよりは物覚えがいいなと思ってな」
「あいつ....?」
「一人目の弟子.......つまりお前の兄弟子だ。人の世では呪術王なんて偉そうな名で呼ばれているらしいが本当に出来の悪い弟子だったよ。何を教えても時間がかかってな。」
かつて出会ったザラマンという男を思い出す。やつは誰よりも炎を愛していた。
母の生み出した混沌の炎に魅入られ、自らの破滅すらも考慮せずにただ進んでいくような男だった。
そんな危うい男だったから、混沌の炎から彼を遠ざけた。
そんな男が混沌の業から別の新たな業を生んだのだ。
あれは呪術というより失われた炎の魔術に近いものだ。
ずっと償いと称して炎の探究を続けてきた。しかし作られるのは皆醜い炎ばかりだった。
そんな中で出来の悪い弟子があれだけのものを作ったのだ。
あの男は混沌の炎を美しいと言った。
だが私からすればあいつが生み出した炎の方が何倍も何十倍も美しく見えた。
あの馬鹿な弟子はそれがどれだけ嬉しかったかわかってもいないのだろう。
私はあの日確かに救われたのだ。
あの後逃げ出したのは私の弱さ故だ。
あれ以上一緒にいたら助けを求めてしまいそうだった。
不死でもなく、たった一つの短い命しか持たない彼に頼ってしまいそうだった。
きっとあれで良かったのだと思う。彼には人の世で生きて欲しいと思ったから。
「本当に馬鹿な........弟子だったよ.......」
きっとあの男は人の世界を捨ててでもここに残っただろう。本当に仕方のない男なのだ。
そして2人目の弟子は、母と同じく最初の王である墓王を殺すに至った。
この男はイザリスの魔女を倒すと言った。
この男にはそれを成すだけの力が既にある。
千年前に私がやるべきだったことを、やれなかったことをこの弟子はやろうとしている。
弱い私の弟子達はどちらも私なんかよりよっぽど強い男になってしまった。
後悔ばかりの人生の中で胸を張って自慢できる数少ない存在だ。
「少々無駄話をし過ぎたな。さあ、もう行け。亡者になんてなるんじゃないぞ。」
話を無理やり切り上げる。
素直にも文句も言わず礼をして去っていく弟子の背中を見送る。
少し大きくなったように感じるその背には今何を背負っているのだろう。
その肩にはどれだけの重荷が乗っているのだろう。
それを背負わせたのは私達だというのに何もしてやれない自分が情けない。
彼はどんな未来を掴むのだろうか。
それがどんな物であっても、選ぶのがどんな道であっても祝福してやりたいと思った。
「お前達は本当に私の自慢の弟子だよ」
誰にも聞こえない声でそう呟いた。
純度100%の完全捏造
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
とある人間の物語
巨大なデーモンを殺し、武器を奪い、歩いていくうちに鍵をくれた騎士を見つけた。
彼は死を前に未だに絶望をしていない。
その騎士は私に使命の話をした。
私はその騎士の話を黙って聞いていた。
騎士は私に使命を託した。
彼が生涯をかけたものを、こんな私に託すと言った。
見知らぬ騎士に託された使命はそんな空っぽな私の中を埋めた。
自分の意志なんてそこにはなかった。ただ熱を持って語るあの騎士に感化されただけかもしれない。
自分に何もないからあの騎士に歩むべき道を見た。
かつて眩しいと感じたナニカ。
私が欲してやまなかったナニカがそこにはあった。
ただそれだけ。
それが私の旅のはじまりだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ずっと何かになりたかった。何者かになりたかった。
そしてそれは多分あの時から──
♦︎♦︎♦︎
人は本当に望まれて生まれてくるのだろうか。
もしそうなら何故不幸になって死んでいく人間がいるのだろう。
神様は全ての人間を見ているんじゃないのだろうか。
ならなんで母さんは毎日泣いているのだろう。何故言葉を喋ってくれないのだろう。何故俺を抱きしめてくれないのだろう。
生まれ方を選ぶことは誰であってもできない。
そして生き方だって決して自由なんかじゃない。
全てを持って生まれた子供と、何も持たず生まれた子供に与えられる選択肢の数は恐ろしいほどに違うのだろう。
俺は出来ることなら生まれたくなんかなかった。
希望という感情がわからなかった。夜寝て、朝起きたら昨日よりもっとひどい世界が待っていそうで寝ることが怖かった。
満面の笑みを浮かべる者の横では血を吐き呪詛を吐き死んでいく者がいる。
綺麗な靴を履いて、綺麗な服を着た子供の隣には鎖を付けられた奴隷がいた。
知識のある者は無知なものから搾取する。
力を持ったものは持たざるものを守らずただ暴力で支配する。
善意を、人の心を平気で踏みにじり表情一つ変えない者がいる。
そんな世界の歪さが、気持ち悪くしょうがなかった。
母さんが死んだ。最後まで涙の跡が顔にはあった。
可哀想な人だった。そこまで彼女のことを知っているわけではない。
でもなんとなくそう思った。
それからさらに時間が経ちもう食べるものも尽きた。
──こんな、こんなことのために生を受けたのか。
意味なんて何も見出せなかった生。その幕切れは驚く程に呆気なく訪れようとしていた。
無意識に助けを求めた。最後の力を振り絞ったその声は小さく、かすれたものだった。
誰でもいい。誰か
誰か誰か誰か
──ー助けてくれ
「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」
透き通る声が聞こえた。
♦︎
自分の醜さなんてものは自分が一番知っている。
私には家柄も血統も意志も力もなかった。
大半の人間が羨ましくて、妬ましかった。逆に自分より不幸だったり、弱い者を見る時に抱くのは同情、そしてその裏に抱くのは小さな優越感。そんな自分を俯瞰で見て、勝手に罪悪感に苛まれるのだ。
そんなどこまでも空虚な愚か者。それが私という人間だ。
そんな時に些細な出来事があった。
今でもそれが本当にあったことなのか疑問に思うことがある。
もしかしたら夢だったのではないのか。そんなことを考えてしまうのだ。
本当に小さなものだった。ただ初めて優しくされて、綺麗な水とパンを貰った。ただそれだけの話。でもそんな劇的でもなんでもない些細な出会いは私の心に一点の光を生んだ。
心根が大きく変わったわけじゃない。
でも初めて変わりたいとは思うようになった。
目指したいと思う場所ができた。
私は私が一番大嫌いだ。何もしようとせず、ただ拗ねて蹲っている餓鬼のような自分が死ぬほど嫌いだ。空っぽで何もない自分が嫌いだ。
だからナニカを求めた。自分を、自分の世界すら変えてしまうほどのナニカを。
見ず知らずの誰かすらも変えてしまうほどの、あの時もらった熱を。
そうしてきっと初めて私は私でいることを誇れるのだと思った。
しかし私にあったのは戦う力だけだった。
他にはなんの才能も能力もない。だから私は剣を取った。
大それた理想もなにもない。
それは理不尽な世界へのほんの些細な反抗だったのかもしれない。
ただあの人のように誰かを救いたいと思った。
かつて救われた私のように。
この世界を少しでも好きになりたいと思った。
だから戦った。血を流した。
血みどろになりながら化け物を、弱者を虐げる強者を殺した。
それは決して幼心に夢見た騎士や英雄なんてものではない、泥臭い戦い方だった。
だがそれこそが私に与えられた力だった。
そうしていくうちに私は初めて仲間を得た。
粗暴な見た目とは裏腹にみんな優しく、そこには笑顔があった。
かつて子供の頃に憧れていた騎士のようにはなれなかったが、私はそれ以上のものを得た。
私に家族ができた。
それは戦場で拾った小さな命。
少し触れただけで壊してしまいそうで、ビクビクしながら初めて抱いた体は羽根のように軽かった。私に全てを委ねてしまっているその存在は、どこまでも弱く、しかし脈打つ心臓は確かに今生きているのだと強く主張していた。
その姿から目が離せなかった。手を握れば弱々しい見た目とは裏腹に力強く握り返してくる。
全身で生きたいと言っているようだった。
なんだ、かつての私よりもずっとずっと強いじゃないか、そう思った。
その輝きがどこまでも眩しくて、私は泣いていた。
愛されたことなどなかった私は愛し方を知らず、ただあの時のように、あの人のように抱きしめた。それが私の知る唯一の温もりの伝え方だった。
泣き出してしまった子供を前にどうすれば良いのかわからず、あの時必死になって作った笑顔は、どうやらみんなには不格好に映ったらしくそれでその後も随分と馬鹿にされたものだ。
本当に楽しかった。
幸せだったのだ。自分以外の人間のことを大事だと思える自分が少し好きになれたんだ。
あの子の身長が伸びることが嬉しい。
後ろをついてくるあの子が愛おしい。
いつまでもボロボロの布切れじゃあまずいだろうと女の子らしいドレスタイプの服を買おうとしたら動きにくいと却下され、茶色い無骨な軽鎧を買うことになった。彼女はそのひどくシンプルな鎧を気に入ったようで、仲間達みんなに見せて回っていた。
「似合ってる?」
少し自信なさげに聞いてきたので、似合っているとだけ言った。
嬉しそうにあの子は微笑んだ。
「ねえ、聞いてよ!あいつらひどいんだから!」
どうやら仲間達からは不評だったようだ。
顔を真っ赤にして怒っていた顔もよく覚えている。
そうやってみんなと頻繁に喧嘩しては、いつもすぐに仲直りしてしまうのだ。
彼女は快活で、よく笑う子で。本当に太陽のような存在だった。
そんな私とは正反対の性格のあの子の姿が私の誇りだった。
全員が笑っていた。
こんな私には分不相応なほどの幸福だ。
この場所を守りたいと思った。
──しかし私は何もわかっていなかった。
人間の心は弱い。
弱いから強いものを恐れる。恐怖は激毒だ。
恐怖は人間を悪魔に落とし得る。
私はそれを誰よりも知っていたはずなのに止められなかった。何もできなかった。
私達は強くなりすぎた。それは諸国が到底看過できないほどに。
首輪の付いていない私達のような暴力装置を恐れるのは当然だろう。
今までは違かったが今後は敵になるかもしれない。
その恐れは今までその力を見て知っていた者達ほど顕著に現れた。
今まで救ってきた人々でさえ俺たちを恐れた。
そんな中、私に不死の呪いが現れた。
不死は忌むべき世界の敵だ。そんな存在が組織にいれば俺達を潰す材料になる。それだけは避けたかった。
だから私は仲間達の安全を条件に軍に自主的に降った。私が身を差し出すことで守れると思ったからだ。
これでよかったんだ。そう思った。あの子が泣いて私に手を伸ばす。
もう子供とは呼べなくなったその成長した姿で、初めて会った時のように泣きじゃくっている。
心苦しかったがそれでもいつの日か乗り越えてくれるはずだ。
今日のことも過去になり、笑える日が来るだろう。
そしていつの日か誰かを愛し、家族を得て幸せになって欲しいと思う。
もう2度と会うことは叶わないだろうがそれでも私は幸福を願った。
──しかし現実は常に無情である。
拘束された私の目の前にはいくつもの首が並んでいた。
私の知っている笑顔ではなく苦悶の表情を浮かべているそれらは、どれも私の知っている者たちの首だった。
そして────ああ、嫌だ、嘘だ
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
あの子の首もそこにはあった。
もう2度と会わないと覚悟を決めた。
その覚悟はこうして最悪な形で裏切られた。
酷く気持ち悪かった。急激に現実感が薄れてくる。悪い夢なら覚めて欲しいと幾度も願った。
こんなことがあっていいはずがない。
ぐるぐると思考が回り続け現実を否定する材料を探した。だがそんなものはどこにもない。
私は吐いていた。自分の胃の中のモノをぶちまけて、それでも気持ちの悪さは無くならず、吐瀉物には血が混じる。
心から悪夢であって欲しいと願った。
夢ならばいつか覚めるから。
頭が痛い。ただ頭が割れるように痛かった。
溶けるように熱かった。脳味噌が直接焼かれているようだった。
だがその痛みだけが私を正気でいさせてくれた。いや、いっそのこと狂ってしまえれば良かったのだ。だがそうはならなかった。
今もなおガンガンと鳴り響く痛みは今目の前にある地獄が正真正銘の現実であることを教えてくれた。
膝をつき空を見上げた。
大声で喚き散らせればどれほど良かったか。
抑えきれない感情が震えとなってあらわれた。
今までずっとこんな未来のために剣を振るってきたのか。
そう思った時、私の心の何処かが壊れた。
人間は美しいものだろう。そのはずだろう。
弱くても、その本質はきっと美しく優しいもののはずだろう。
あの日私ははじめてそう思えたんだ。
だから今まで戦ってこれた。
その結果がこれだというのか。
下衆の笑う声がする。ゴミ共が何かを囀る。
もうその言葉の意味も分からない。
違う。こいつらは彼らやあの人とは違う。
私は不死の化け物になったが、こいつらはそれ以下のただの畜生に成り果てた。
私の目に映るのはただ醜悪な化け物だった。
私は....俺はこいつらを──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
そこからは記憶がない。
私はそのあとどうしたんだったか。
わからない。思い出せない。
まあ今牢獄にいることがその答えだろう。
しかしそれももうどうでもいい。
私は何も出来なかったんだ。
救えなかった。顔の見えない誰かどころか、手の届く仲間も、こんな私を父と呼んでくれたあの子さえも。
最初はただあの人みたいに誰かを救いたかった。
あの日、戦場で、血の匂いが色濃く残った凄惨な場所であの子は俺の手を握った。俺の目をしっかりと見つめ返した。その輝きを俺はもう2度と見ることはないのだ。
全てを守ろうとして、全部失った。本当に私の人生は何だったのか。自嘲の笑みが溢れた。
はじまりからして借り物の意志だったのだ。
私自体は何も変わっていない。ただの自分にも力があると勘違いしたガキだ。
どんな言葉を尽しても謝ることなどできない。
彼らはきっと俺を恨んでいるだろう。
あれから何度も夢を見た。夢の中で首だけになった彼らは俺のことをただ見ていた。
罵って憎しみの言葉を吐いてくれることを俺は望んだ。だが彼らは何も喋らなかった。
結局俺はあの頃から何もできないガキのままで、余計なことをして悲劇を生んだだけだ。
もう──疲れてしまった。
♦︎
どれくらいの時間座っていたんだろう。
いつの間にか私の体は干からびてしまい、もうとても人間には見えない。
記憶は薄れ、摩耗した。
もう思い出したくないから、考えるのも嫌だから自ら忘れたんだ。
だがそれでもいくつか決して忘れることのできなかった記憶がある。
いっそ全部綺麗さっぱり忘れてしまえればよかったのに。
♦︎
数百年の時が過ぎた。
もうほとんどの記憶がない。
自分が何者だったのかすら思い出すことはできない。
それでも忘れられないこともある。それはもう一種の呪いだった。
壁に苔が生えてきた。それをただじっと見ていた。
苔むした壁にヒビが入った。それを私はただ見ていた。
やがてヒビは蜘蛛の巣のように広がり所々に穴すら空いていた。
体は完全に干からび亡者のようになっても私は死ぬこともできず、狂うことも出来なかった。
完全に忘れることも、死ぬことも、狂うことも許されないとは本当にどこまでも世界は残酷だ。
──どさりと、何かが落ちる音がした。
緩慢な動作で音の方向を見れば鍵を持った死体があった。
天井の穴からは見知らぬ騎士がこちらをのぞいていた。
後編に続く。
リアルが大変で更新が死ぬほど遅くなりました
今回オリキャラの名前とか色々考えて結局出すのやめたりと色々難産でした。
タイムリープ主人公とか並行世界の記憶とか最初は盛りだくさんの予定だったのですが全部ボツにして本当に良かったと思います。
なんにせよ更新できてよかったです。もうちょいよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
名もなき不死の物語
どさり、と音がする。
北の不死院が作られてから、彼がそこに閉じ込められてからの時間は彼の記憶を摩耗させるには十分なものだった。
自分が何者だったのかも朧げにしか思い出せない。
外部からの刺激のない生活は思考力さえも奪い去り、彼は壊れかけの木偶人形のような緩慢な動作でそちらを見た。
牢獄も長い年月の経過によって朽ち、天井は大きな穴が空いている。
音の出所はその穴から落ちてきた死体のようだ。
再びゆっくりと上を見れば鎧をきた騎士がこちらを覗き込んでいる。
見ず知らずの男だ。くたびれた自分を助ける理由がわからない。彼は回らない頭で考える。
落ちてきた死体には鍵がついている。
この牢獄の鍵だろう。
ここでただ朽ちて行くのだと思っていた。
しかし唐突に訪れた来訪者に何を見ただろう。
ゆっくりと手は鍵に向かう。
指先が触れ、冷たい金属の感触が彼に伝わる。
その鍵を彼は──しっかりと掴んだ。
──運命が動き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
巨大なデーモンが断末魔をあげて倒れる。
戦い方は体が知っていた。
枯れ木のような腕に力が溢れ、自分でも驚くほどに体が動いた。
武器を取り、進めば、先程の騎士が血を流し座り込んでいるのが見えた。
騎士は私に使命を託し倒れた。
こんな私に何を見たのか、やけに満足そうな最期だったように思う。
──それを見て私は羨ましいと思った。
私にはもうそれがないのに、この騎士はそれを持っていた。
満ち足りた最期など誰もが望み、そして何よりも得難いものだろう。
ただ朽ちていくだけのはずだった自分がどういうわけか今こうしてここにいる。
何故あの牢獄から出る気になったのかもわからない。
私には関係ないことだ。別に永遠に牢獄にいてもいいと思っていた。
だが託された。きっと彼の何よりも大事な物を。
借り物でもいい、それに縋ってみよう。そう思った。
♦︎
どこか安心できる場所。そんなことを最初に思った。
そこは祭祀場というらしく、一人のチェーンメイルの戦士と俯き、顔を見せない女が居るのみであった。
こちらを全く見ようともしない女。それが少しだけ気になった。
ふと戦士が話しかけてきた。
使命の話や、世界の話、そしてあの女の話を聞いた。
こちらはほとんど返事をしなかったが、戦士は随分と語るのが好きなようだった。
火継の使命というのはあの騎士の言っていたものだろう。
壊れた世界を治すために誰かがやらなくてはならない仕事だという。
世界が壊れる。それを聞いても私の中に揺らぎはなかった。
壊れるならそれが正しい形なのではないかとも思った。
しかし、託された以上はやるべきだろう。
どこまでも他人事のような、そんな心持ちでのはじまりだった。
街は亡者の巣窟であり、進めど進めど目の中に理性を宿したものはいなかった。唯一正気だと思った商人も半分ほど狂気を孕んだ目をこちらに向けていた。なるほど、世界の終焉というのはこうして訪れるものかと実感した。
そいつらはどれも眼窩は深く落ち窪み、眼球は今にも落ちそうなほどにギョロリとしている。瞳は赤く色づき彼らが不死でも人でもないモノだと教えてくれる。
正気と狂気はここでは紙一重だ。
むしろ狂っていることこそがこの場では相応しく、正気なんてものをここで求めることこそが愚かなのだろう。
彼らは人であった頃と同じように剣を握り、弓を構えソウルを持つものに襲いかかってくる。
そこには善も悪もなく、ただ魂食らいの業がある。
殺して、殺して殺して殺されて、そんなことを単調に繰り返しながら少しずつ進んだ。
死に続ければいつか私も彼らの仲間入りをするのだろう。
ただそれだけ。なんとも単純なものだ。
亡者達は皆幾度の死の先に狂気を得たのだ。
もう彼らは何も考えずにすむのだ。
それが不幸なことだと断ずることが私にはできなかった。
こちらとあちら、そこに明確な差など私には見つけられなかった。
しかし私の終わりはきっとここじゃない。
それは根拠の無い直感のようなものだったが、どこか確信にも似た何かがそこにあった。
♦︎♦︎♦︎
牛頭のデーモンを倒し、祭祀場に戻った。
短い期間に何度も死んだが幸運なことにまだ私も亡者にはならずにいる。
そう簡単には狂えないのだろう、私という人間は。それは牢獄にいる時から知っていた。狂気を望み続けても私は正常だった。
だからこんなものじゃまだ終わらない。
私というどうしようもない人間は戦って戦って見た目がいかに醜悪な化け物になろうとまだ戦うしかないのだ。
戦っている間は難しいことを何も考えないで済む。
だからこそ私は前を向いて歩くことができる。
篝火に還るたびに立ち上がることができるのだろう。
ふと火防女がこちらを見た気がしたが私が視線を送れば下を向きいつものように俯いている。
私はまた歩き出した。
♦︎♦︎♦︎
拠点となる祭祀場に私は戻る。
私は何も言わず、火防女の檻の側に座った。
理由なんてものはない。ただ何となくのことだった。
互いに何も音を発さない状態が延々と続く。
私が何百年と過ごした変わりばえのしない不死院の牢獄と似た静寂だ。
しかしそれとは決定的に違う何かがあった。
奇妙なものだと思う。
戦って、死線を超えた後に感じるここの静寂は不思議と悪いものではなく、私が明日も戦うために必要なものであるようにも思えた。
ここの篝火の火は何よりも暖かい。
他の場所とも少し違うのは守り手である火防女がいるからか。
なんにせよここが私の今の還る場所なのだ。
終わりどころ光明の一筋すらも見えない旅ではあるものの、還る場所があるのだという事実が少しだけ、ほんの少しだけ心地よかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
カランカランと音がする。
鐘の音は空気を震わせ地平線の彼方まで広がっていく。
それを綺麗だと思った。
ここまでで何年かかったかのか、もう数えることもやめてしまった。
あの日の騎士を思い出す。
託された使命のうちの最初の一つ。それが終わったのだ。
飛龍も、そしてガーゴイルも倒し、その先にあったのは伝えられた通りの、文字通り巨大な鐘だ。
私と共に戦ってくれた太陽の戦士はもうどこかに消えてしまった。
なんとも不思議な男だった。そして随分と喋るのが好きな男だった。
無言のこちらの反応も気にならないのか彼は自らの夢について語った。
それがあんまりにも楽しそうで、思わずこちらも笑ってしまいそうになった。
そんな自分に気づき驚く。
まだ私にも笑える心があったのか、そんな驚きだった。
不死人に「夢」なんてのもおかしな話だと思う。
私達不死人が未来なんてものをいくら見据えても待つのは闇だけだ。
そんなこと誰だってわかっている。わかっているからそんな言葉は絶対に出てこない。
信じたら信じた分だけ裏切られる。この世界は私達にそんなに優しく出来てはいない。
だから誰も夢を見ないのだ。夢を抱くことは苦痛を生むことだと知っているから。
たぶん、だからこそ魅せられたのだ。
彼の見る世界に。
こんな狂った世界で、こんなにも腐りきった世界で、自分の夢を楽しそうに語ることのできる男の特異性に。
ソラールがあまりにも無邪気に語るような夢を私もいつか見てみたいと思った。
帰る足取りはいつもよりも軽かった。
♦︎
帰った私は火防女に鐘を鳴らしたことを話した。
彼女からの応答は無いがそれでもどこか雰囲気はいつもと違っているような気がする。これは喜んでくれている.....のだろうか。
ソラールの話をするときどこか私の声は弾んでいた。
いつもの私らしくない、といえばそうなのだがどこか気分が良かった。
しばらくすれば道中助けた騎士、ロートレクも祭祀場を訪れた。
この男は少し苦手だ。まだあまり話したこともなく
別に何かされたわけでも無いのだが何故か好きになれそうにも無い。
彼は私を見ると先ほどの礼だといい笑いながらメダルを渡してきた。
その時、兜の奥から除く目と私の視線が交差した。
ゾクリとした。亡者達や悪魔と対峙した時とも違うおぞましい何か。
ソラールとは違う、酷く暗い色をした目だ。こいつはソラールのように未来を見ていない。いや、それどころかこの男は何も見ようとしていない。
酷く荒んだ目だ。
ああ、この男が苦手な理由がやっとわかった。
この男は私とよく似ている。
きっと同族嫌悪というやつだろう。
私はこの男を好きになれそうにない。
♦︎
最下層を攻略している最中、全身を刺で覆った男と出会した。鎧だけではない。驚くべきことに剣も盾も全てが刺で覆われている。
敵か、理性を持った不死か。
それすらもわからない状態のまま男は切りかかってきた。
敵ならば殺すだけだ。私の意識は瞬時に戦いのものへと切り替わる。
何十回と打合い、結果は私の勝利で終わった。悪態をつきながら男が消えていく。結局やつがなんだったのかわからないままだったが、お互い不死の身だ。また会うこともあるだろう。
地下に住み着いた竜の末裔を殺し、さらに探索を続ける。
そしてそこで病み村という村を見つけた。
まだ入っては無いがその瘴気は私でも躊躇するようなものだった。
一旦祭祀場へと戻り情報を集める。
チェインメイルの戦士も病み村についてはあまり知らないようだった。
あの男──ロートレクもそれは同じだった。
結局のところいつもの通り自ら先に進むしかない。
腐った肉の匂いと汚水の匂いが充満する地下水道を通りさらにそこから地下へと潜る。
一切の日の光すらも届かぬ、瘴気に覆われた魔境へと私は足を踏み入れた。
住民のすべてが病に侵され苦痛の声が響く。
どこもかしこも地獄だがここは特別醜悪な地獄と化している。
入るなりより一回り以上大きな体格の亡者に襲われた。
ここをこれから歩いて回ると思うと気が滅入る。
♦︎
病み村の探索はそう悪い事ばかりでもなかった。
私はそこで師を見つけた。
新たに術を覚えていくことは楽しかった。
場所は最悪だったが着々と力がついていくのがわかった。
何より師は私に色々なことを教えてくれる。
この世界の歴史、そしてそこにいた人たち、かつての村人、そして弟子。
中には下水で私が戦った棘の騎士の話もあった。
それらの話をする師の口元はわずかに緩み、いつもより柔らかな空気を纏っていた。師の話を聞くことは楽しい。私の知らない誰かの話をする師の優しい声がなんとなく好きだった。
祭祀場で火防女に話すエピソードが増えた。
そんなことを考えてしまう。彼女は何も言わないがそれでも私は良かった。
こういうのも悪くない。そう思えた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
カランカランと、前にも一度聞いた音が鳴り響く。
数十年ぶりに聞いても、鐘の音はやはり美しかった。
私は二つ目の鐘を鳴らした。
クラーグを殺し、やり遂げた。
失くしたはずの心が痛むのを感じた。
だがそれ以上に達成感が胸に広がった。
あの日騎士に託された使命の、ようやく半分だ。
もう今までに死んだ数も殺した数も覚えていない。
しかしこんな何もない私が成したのだ。抱いたのは初めての感情だった。
きっと彼女なら喜んでくれると思った。思えば祭祀場の面々ともそれなりに長い付き合いになったものだと思う。
私は祭祀場へと向かう足を早める。
祭祀場へと続く階段を降りてゆき、最初に感じたのは強烈な違和感。
火が消えている。どんなときもそこにあったあの火が。
ドクンと心臓が跳ねた。嫌な予感がする。汗が頬を伝い落ちていった。
その音すらも聞こえてしまいそうなほどの静寂がただ気味が悪かった。
彼女のいる檻に向かって走った。
──そして見たのだ。
彼女が檻の中で自らの血の海の中に沈んでいるのを。
先日会った時はまだ生きて動いていた。そうだ、つい先日までそれは火防女だった。私が暖かいと感じた火はもうそこにはなかった。
それが今はもう動かない。私のように蘇ることもない。
そこにあるのは魂の抜けたただの抜け殻だった。
それがわかった時私は言いようもない痛みを感じた。
頭が、胸が痛い。
割れるように、直接揺らされるように。
酷い気分だ。ああ、こんなことが前にもあった。
──これはきっと呪いだ
消したいとどれだけ願っても消えてはくれない地獄の記憶が頭を駆け巡る。
おおよそ全ての記憶が消耗し薄れていってもまだ残る
地獄のようだ。そうか、私はまた守れなかったのか.....
何が変わっただ。何がやり遂げただ。
浮かれていた。
結局のところ私という人間は何も変わっていない。
いつだって失ってから気づく。同じことを繰り返しているのだ私という人間は。借り物のナニカに縋って、自分の物など何もない。
人から貰った熱を自分の物だと勘違いして生きている。そして救えた者など誰一人いない。
滑稽だ。本当に、笑ってしまうほどに──
私は膝をついた。
──そしてそこで見つけた。
抜け殻になった彼女の中に、
血の海の中で、汚れることなく黒く輝く物体。
──黒き瞳は真っ直ぐにどこかを見つめていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
灰色の聖女
彼女たちは生きて篝火を守り
死してなお、その熱を守り続けるのだ
全てが白と黒の世界。気づけばそんな場所に私はいた。
魂だけの存在になるとはこういうことなのだとなんとなく理解できた。
その世界はなにもなかった。風も、熱も、音すらも。
居心地が悪い静寂。ただ気持ちの悪い世界がひたすら続いている。
光もない。なのに完全な闇でもない。奇妙な世界はずっと地平線の先まで続いているようだった。
何も変わらない世界。そこにどのくらい居たのだろうか。時間すらもあやふやでいっそ気が狂ってしまえれば楽なのにと何度も思った。
このまま私の魂は永遠にここにいるのだろうか。
全ての人に、世界に、そして彼に忘れ去られても永遠にここにいるのだろうか。
何もかもあやふやになって自分と世界のつながりすらも消え失せて、
その上誰も私を覚えていなくなったらそれは消滅と何が違うのだろう。
人は誰しも最後は誰かの記憶の一部になる。
世界のどこかに存在したという過去へと変わる。
火防女の魂に死はない。
永遠の片隅に追いやられ、最後は過去の一部にすらなることができなくなってまで存在し続ける。
何よりも彼に忘れられてしまうこと。
私はそれが恐ろしい。
本当は最初からわかっていた。私は愚かで浅はかで、そして誰よりも欲深い。
いつからか抱いてしまったその身に合わない望みを捨てることができずにいる。
彼に会いたい。
ただ会いたいのだ。
ああ、ここはひどく居心地が悪い。
──遠くから彼の声が聞こえた気がした。
♦︎
見慣れた光景が目の前にはあった。
鉄格子を隔てた先にもう二度と会えないと思っていた人がいた。
彼が私をここにまた呼んでくれたのだ。私はまたここに帰って来れたんだとわかった。
右手には綺麗な紋様の施された瓶が握られている。離れていてもわかるほどの神の気配。それは癒しの力だ。
何百年も前に失った足と舌が再生していた。
遅くなってすまない、彼が私に言った。
謝る必要などどこにもないというのに。
もしかしたらあくまで私の魂は旅のついでだったのかもしれない。
ただこの祭祀場にまだ利用価値があるからなのかもしれない。
火防女とはそういうモノだ。そこに不満などあるはずがない。
それでも少しだけ自惚れてしまいそうになる。
塞き止めていた気持ちはより大きくなっていた。
私には何も望む資格はないと分かっているのに。
多くを望んでしまう。
気づけば口を開いていた。長く使っていなかった喉が震え、かすれ声になって空気に溶ける。
穢れた声を彼に聞かせたくはなかった。でも感謝の言葉を伝えずにはいられなかった。
最後に声を聞かせてしまった謝罪をする。
彼は酷く驚いた顔をして、私を数秒ほどじっと見つめ腰を下ろした。
彼が小さく何かを呟いた気がしたがそれを聞き取ることはできなかった。
私も彼も何も言わない。以前と変わらず座る彼をみて、戻ってきたのだと思えた。ただその静寂が心地よかった。
彼の旅の、その行き着く先を見届けることがまだわたしにはできる。
その事実が今は何より嬉しかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
ある日、一人の火防女が死んだ。
そう珍しい話でもない。
彼女らが死ねばまた他の誰かが火防女になり任を続ける。そして使命の果たされるその日までそれは繰り返されるのだ。
惨たらしく人間性に食い荒らされた哀れな魂には消えて無くなることなど許されない。
生きていても死んでいても、火が世界を照らすまで彼女達は救われることはない。使命は巡る。彼女達はただそこにあればいい。そしてそれは誰でも良いのだ。
──だからこれはきっと本当に些細な出来事だ。
一人の火防女が一度死んで、一人の男によって蘇った。
ただそれだけのことだ。
しかし、それがどんな影響を世界に与えるのかは誰も知らない。
未来は神にさえわからないのだから。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
古来より世界は闇に恐怖した。闇こそが本来のあるべき姿だとしても。
多くの命を踏みにじった先に光があるのだと分かっていても。
かつてウーラシールという古い国があった。魔術の国、ヴィンハイムとは異なる体系の魔導が発達し栄えたその国はある日唐突に滅び去った。強大な力を持った化け物の手によって。
かつて起きた小さな悲劇。そこで生まれた怪物は世界の全てを憎み、羨み、壊そうとした。
神々は恐怖した。本来取るに足らない力しか持たぬ人間の持つ闇の深さに。
神の持つ火とは対極に位置する暗い炎に。
いずれは世界の全てを闇に染めていたかもしれないその怪物はとある英雄によって討伐され世界の平穏は保たれることとなる。
そして永い永い時が経ち、歴史は繰り返されることになる。
神の都にも並び称される美しさを誇った人の国は、闇に飲まれそこを統べる王と仕える騎士を深淵の化け物へと変えた。
かつて深淵の主を殺した英雄は既に亡く、力での討伐は不可能であった。
しかしその国はとある方法によって王達を封印することに成功する。
──国を、そこに生きる全ての者達ごと生きながらにして水の底に沈めたのだ。
世界中で最も怨嗟が集まるその地を守る三人の封印者の内二人は既に姿を消し、残る一人である紅衣の男──イングウァードは自らの故郷であるその国をただ見守っていた。
そこに一人の鎧と大剣を帯びた男が訪れた。
「ほう、お前さん王の器を手に入れたのか。 そうか、お前さんがなあ........。わかった。これが封印の鍵じゃ」
「感謝する」
「一つ、聞いてもよいかの?」
騎士風の男は首を縦に振り先を促す。
「かつて深淵に挑んだ者は少なくはあったが居たのだ。しかしその全てが敗北し亡者になった。それだけ過酷な戦いじゃ。挑む前に聞いておこう。お前さんはそれを乗り越えて世界を救う自信が、理由があるか?」
男はしばし虚空を見つめる。数秒が経ち、答えが出たのか口を開いた。
「 」
「......ふははははっ!それはなんとも自分勝手な理由じゃが......納得してしもうた。そうかそうか.......お前さんならもしかしたら──」
♦︎
小ロンドの宮殿の屋根の上、既に鎧の男はイングウァードの元を後にしている。残された彼はこみ上げる笑いを隠そうともせず声を上げて笑う。
(王のソウルを分け与えられた強大な敵に挑むというのに全く気負っていない。......あれが選ばれた不死とはなあ)
非常に面白い。そんな者は今まで居なかった。
(いや、一人だけいたか)
異端と呼ばれながらも、自らの力を信じ、世界ではなく自分のために戦った一人の魔女の姿が思い起こされる。彼女も深淵を討伐することは叶わなかったが。
あの魔女とももう少し話したかったものだ。
何にせよ面白い若者だと思う。
何の誤魔化しもなく、清々しいまでに自らの気持ちを言い切った彼の姿が頭から離れない。
その姿に、その魂のあり方に少しばかりの羨望を感じてしまう。
あの日、生まれ育った国を水底へと沈めた日。
終わらない責務を自らに課した日。
自身に彼のように力があったのなら、違った未来があったのだろうか?
いや、そうではない。
もしもあの日、
追いかけることができていたのなら。全てを放り投げてでもあの手を掴んでいたのなら。
「全ては過去のことか.......」
見えない未来にただ恐怖した。
いずれ訪れる絶望を知ることが嫌だった。
しかし、もう潮時なのかもしれない。
「そろそろ太陽が恋しいしなあ」
──彼の中で止まっていた時が動き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
以前、彼は変わったのだと思った。でもそうではなかった。
彼は変わり続けているのだ。
ずっと昔と比べてよく喋るようになったと思う。
玉ねぎ頭の騎士と訓練をしているところも見かけた。
彼が助けたという呪術師の方とも仲が良いようだ。
新たに学んだという魔術を見せてくれたこともあった。
変わらないでいる私は彼が羨ましいと思った。
でも今はそんな彼を見ていることが好きだ。
”彼“がこちらに歩いてくる。
いつもの光景だ。
しかしその身に抱えるソウルはいつもと違う。
ひと目見ただけでわかってしまうその強大さ。
〈王のソウル〉それは最初に火を見出した王達の魂。
それを持つ者とは神にも等しき力を振るう。
正しく原初の王の力だ。
ほとんどの者がまず挑むことすら叶わずに屈する。
そして挑んだ者は力の頂を知り、同時に絶望するのだ。
しかし彼は違った。
ずっとここから見てきたのだ。何度も何度も敗れ、そのたびにさらなる熱を持って蘇り、戦いに赴く彼を。
出会った時、伽藍堂のようだと思った目には確かな熱が灯っていた。
私がかつて眩しいと感じ、憧れたあの光がそこにはあった。
ずっと見てきたのだ。
強い彼を。無口で、不器用で、でも優しい彼を。
もう疑いようもない。
千年間、数多の火防女が、不死が、世界が待ち望んでいたのは彼だった。
そして私も彼にそれを望んだ筈だ。
なのに何でだろうか。
涙が溢れるのは。
違う。本当はわかっている。
私は──
♦︎♦︎
「王の魂を手に入れたのですね」
万感の思いがこもった言葉を彼女は発する。
「ああ、随分とかかってしまったがな」
この世界の頂点を。
誰も倒せなかった四人の王の一角を落としたのだ。
旅の終わりが見えるまで、本当に長い時間が流れた。
「火を......継ぐのですか」
それこそが不死者の使命だと説く火防女のする質問ではないだろうが、それでも聞かずにはいられなかった。
「......ああ。まあまだまだ道のりは長いが」
「.............」
彼女は俯き顔を上げようとせず、ただ無言で衣服を握りしめた。
「貴方は......それで良いのですか」
言ってしまった。
身勝手な言葉だ。散々自らもそれを期待していたではないか。
彼女は見てきた。
きっと彼は世界を救うのだろう。
世界は彼に救われるのだろう。
でも、それでは彼は?
誰が彼を救ってくれる?
その言葉は火防女の義務を、火継自体を、
今まで犠牲になった者を、道半ばで倒れた全ての者をも否定してしまう言葉だ。
絶対に言ってはいけない言葉だ。
しかし、思考とは裏腹に彼女は言葉を発していた。
今度の沈黙は長かった。
そしてそれを破るのは彼しかいない。
「......変わらないな」
彼は聞こえないほどの小さな声でそう呟く。
そして彼女にも聞こえる声で言った。
「私は火を継ぐよ。もう決めたんだ」
それは強い意志のこもった言葉だった。
「っ......!」
彼女はまた何かを言おうとしてやめる。
それはきっと彼が旅の果てに出した結論だ。わかってしまったのだ。彼がそれを覆すことはないと。
そして......彼の行く道が一つならば彼女の道もまた決まっている。
泣いている暇などないのだ。
「...............わかりました」
息を深く吸い、俯いていた顔を上げ、真っ直ぐと彼を見据えた。
きっと、本来なら幾万の声を持って彼を讃えなくてはならないのだろう。
偉大な勇者を、万来の拍手と共に美しいお姫様が送り出すのが物語の決まりごとだ。
しかしここにいるのは彼と、灰に汚れたかつての聖女だけだ。
──ならば今は、今だけはこの役目は彼女のものだ。
「まず火防女として、そしてこの世界に生きる者として貴方に感謝を」
たとえもう自分の力が彼に必要なくなっても、何もできなくても。
たとえこの身が朽ちても、魂がこの世界から離れることがあっても。
「私のすべては貴方のものです」
──どうか世界を、みんなを.......救ってください。
アナスタシアイベント終了。
彼女は主人公と大昔に一度会っているのですがそのことに気づいていません。
最後のアナスタシアのセリフは原作とは少し変えました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
遠き旅路
その声を美しいと思った。
あの時間の牢獄を経てもなお残った微かな記憶。
あの時あの人は私を見て微笑んでいたのだと思う。
もうあの人の顔も覚えていない。しかし私の中の大切な宝物のような記憶。
生まれて初めて優しい声をかけられた。
生まれて初めて「大丈夫」と言われた。
それが私のーー
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
数歩先ほども見えないような暗闇の中に巨大な蛇の顔が浮かんでいる。
蛇は自らの名をカアスと名乗った。
王の探索者フラムトと瓜二つの外見を持った異形の姿。
深淵に飲まれた王達を倒した先にその蛇はいた。
王殺し。
言葉にしてしまえば現実感があまりにない。しかし現実として、結果として私はここに立っている。
蛇の大きな双眼が私を見つめる。
老蛇は世界の成り立ちを語る。
それはきっと多くの不死が求めてやまない答えだろう。
ふと、旅の最中のことを思い出す。
道の途中で色んな人間に会い、色んなものを知った。道半ばで倒れていく多くの英雄たち見送った。
多くの闇を見た。人間の持つ暗い感情故に滅んだ国があった。闇に飲まれた英雄がいた。悲しき怪物となった者がいた。
そしてそのどれもが懸命に生きた結末だ。彼らはきっと私なんかよりもよっぽど必死に生きていた。
──かつて私には人間の正体がわからなかった。私はずっと人間の価値を知りたかった。
でももういい。私はいつからかそう思うようになっていた。
多分それは私が決めることでも目の前の蛇が決めることでもない。
”神”も“世界の真実”もどうだっていい。
いつだって物事はもっと単純だ。
私は蛇を
「愚かな.....神の奴隷となるか.....」
苦しそうに蛇が呪詛を吐いた。
「人は元々闇の存在だ。あるべき姿に世界を戻すだけのこと。何故それがわからん」
それは確かに間違いではないのだろう。
かつてあの子を殺したあいつらも、亡者も、今まで出会った彼らもウーラシールも小ロンドも全て人間の本質が生んだ産物なのかもしれない。そのどれもが醜悪な人の姿だった。
──しかしそうじゃないものもたくさん見た。
それだけではないと信じられる道を知った。
苦痛しかない世界でも光を目に宿し前を向く人間の輝きを確かに見たのだ。
たとえ人間の根幹が闇でも、それに抗う姿こそ美しいと感じてしまったのだ。
そして何より──
「──闇しかなくなった時代では人は笑えない」
頭に浮かんだのは俯き、自らの声を穢れていると言った女性。
その優しさ故に、誰かを送り出すことに苦痛を感じていたことを知っている。
魂が永遠の時間の中に囚われ、人間性に蹂躙され尽くした哀れな聖女のことを私は知っている。
私は彼女が笑える未来をこそ見てみたい。
「この愚か者が....!」
蛇は最後に呪詛を吐き闇に消えた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「火を、継ぐのですね」
かつて鐘を鳴らし祭祀場に戻った時、彼女が血の海に倒れているのを見て、心が折れかけるのを感じた。救えなかった命を、己の無力さを痛感したあの忌まわしい記憶が頭を駆け巡ったからだ。
しかし今こうして彼女は生きている。
声を出すことを嫌がる彼女が自ら声を発している。
「貴方は......それで良いのですか」
彼女が辛そうに顔を歪める。
ーーそんな顔をさせたかったわけではないのだがな.......
あの日と変わらない彼女を見て思わず頬が綻ぶ。
それこそが彼女達火防女の救われる道だと言うのに、それをただ笑って送り出せばいいだろうに。
そしてそれができないような人だから私はかつて救われたのだ。
しかしもう決めたことだ。
私は私のやりたいことを見つけた。
そう伝えれば苦虫を噛み潰したような顔をして彼女は俯きながら言葉を発した。今にも泣き出してしまいそうな声だった。
しばしの沈黙が流れる。それはいつものような心地のよい静寂とはまた違う。私も何も言わずただ彼女の言葉を待っていた。
暫くして、黙り込んでいた彼女がその沈黙を破った。
「..........わかりました」
顔を上げた彼女は既に先ほどまでの弱々しい姿ではなかった。
そこにあったのは凛々しくどこまでも美しい聖女の姿だ。
(ああ、そうだ。やっと思い出した。
その姿に私は見惚れた。
遠い過去、私の始まりの記憶が蘇る。
「どうか世界を、みんなを.......救ってください」
綺麗な声だ。世界が形を変えたとしても、変わらず彼女の声は美しい。
私は心が震えるのを自覚する。
これは歓喜だ。心が、体が、私の魂が熱を持つ。これで奮い立たない男はいないだろう。
こんな私がこんな大役を頼まれるとは人生とはわからないものである。
まるで童話の中に出てくる勇者ではないか。
そう考えて少し笑いそうになる。
私のような人間が主役を務めてしまっては些か華がなさすぎる。きっと誰も納得しないだろう。
──しかし、今ここにいるのは彼女だけだ。
なら今だけは、この瞬間はきっと許されるだろう。
「ああ、任せてくれ」
世界を救ってみようじゃないか。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
白い霧の中に男はいた。
眩しいくらいに光を反射するそれは階段の終わりまで続いている。
霧は形を変え、火の時代の始まりより太陽の王に仕えた騎士達の姿を形作りそれらは幽鬼のようにまた霧の中に消えていく。
それはどこか儚く、幻想的だった。
男は階段を降りて進む。
霧を抜けた先にあるのは黄金色に染まる空、そして地を覆い尽くすほどの灰が広がっていた。地面には柱のようなものがいくつも地面に倒れ、小ロンドのような廃都を思い起こさせる。
そんな退廃的な美しさを持つ、しかし恐ろしく色の少ないその地を男は睥睨する。
遠方には今もなお形を留める朽ちた神殿のような造りの巨大な建物が見えている。
そしてそこにいくまでの道中に、奥にあるものを守るように配置されているのは旅の途中で幾度となく対面した黒い騎士達であった。
彼らこそが自らを薪とした王に最後まで付き従った騎士達であり、その威容は衰えることなく今もなお健在だ。
(王を守る最後の砦か)
そして同時に火を継ぐに値するかどうかを見極める試練でもあるのだろう。
男は騎士に向かって歩を進める。
一歩進むごとに色んなことを考える。
あの牢獄から出てロードランに降り立った日からここに至るまでの長い旅のことを。
本当に様々な冒険があった。
その果てに、王のソウルを4つ捧げ、軋む大扉が開いた奥に待ち受けていたのは今まで旅したどの場所でもありえない、異界と呼ぶに相応しい空間。
男はここが
それは最古の神話。
全てのはじまり──“最初の火の炉”に名もなき英雄が足を踏み入れた瞬間だった。
♦︎
灰の舞い上がる地で神殿のような建物を見上げる。
夕焼けのような光が世界を染め上げるその様は実に神秘的だ。
ここを訪れる度に、ただ呆然とその景色を眺めてしまう。
こんなにも太陽は綺麗だったのかと、世界はこんなにも美しかったのだと、ここに来る度に思うのだ。
揺れ動くことが少なくなった感情が、確かに動く音がする。
この景色を見ていたいと思った。
それこそ永久にここにいたいと思うほどに。
しかしそれでも歩き出さなくてはならない。
拳を握る。
疲労はあまりない。体は万全と言えるだろう。
黒騎士達も既に問題にならないほどの力を得た。
そんな自らの体を見て思う。
もう人間性が限界を迎えかけている。
その干からびた姿は言うに及ばず、もともと回らなかった頭も今は部分的にモヤがかかったような不思議な感覚だ。
これが今まで何度も目にしてきた不死者の宿命、不死者の終わりなのだろう。
今まで訪れなかった終わりがようやく顔を覗かせた。
死んだ回数を思えば遅いくらいだろう。
いっそ狂いたくなった時もあったが、そうならなかったことに今ではむしろ感謝している。
あと少しだけ、もってくれればいい。
私はそれを言わなかったが、多分彼女は気付いていたんだろうと思う。
最後に見たのは泣きそうな、それでいて無理やり笑みを作ったような表情だった。
泣かせてばかりで、結局心から笑わせてあげることはできなかった。
それだけが私の心の中に、しこりのように残った。
今まで散々斬って捨ててきた亡者になることを今更恐れることはないが亡者になってまで使命を全うする自信は流石にない。
ここで決めなくてはならない。やらなくてはならないのだ。
私ではない未来の誰かに使命を託す、そんな不確かなものに期待なんて出来るはずもない。何より私自身がそれを許さない。
あの不死院を出た時とは比べようもないほどに力を付けた自負がある。
悪魔だろうが竜だろうが殺して奪ったソウルは人の枠をゆうに超える力を私に与えた。そしてその中には私が殺した不死者や亡者達のものもある。
だがそれでも頂には届かなかった。
朽ちてなお、燃え尽きてなおその威光をその身に宿す男に私は叩きのめされた。
初めて、不死であったことを心から感謝する。おかげで何度もやり直せた。
しかし正真正銘これが最後だ。
階段を登り建物に入る。
馬鹿げた熱量を体に宿す男と目があった。
何もかも、今まで私が見てきた全ての始まりがこの男だ。
そうだ、全てだ。
そんな男を目の前にして毎回思う。
その威圧感や力は燃え尽きたとしても確かに王の物だ。
それは正しく神と呼ばれるのに遜色のないものであり、だからこそ全てがしっくりきた。
不死の使命も、火防女の業もはじまりはこの男によるものだ。
ほんの少しだけ、なんともいえない感情が顔を覗かせた。
負けてばかりの人生だが、この戦いには勝たなくてはいけない。
勝たなくてはならない理由がある。
──剣が交差した。
♦︎
油断はなかった。しかしそれでも反応が遅れる。
その巨体に見合わぬ疾さで眼前に迫りくる大剣の一撃を受け流す。
馬鹿げた威力だ。
魂を喰らい続け人外の領域に足を踏み入れた。
その力を持ってしても受け流すことがやっとである。
さらにそれでいてなお手には強烈な痺れが残るときた。
人と神の存在としての差をあらためて痛感する。
一撃一撃が重い。神を率いてきた王の剣は矮小な人間の受け止められるものではないと言うのだろうか。
音すらも置き去りにして振るわれた大剣が下方から迫りくる。
ほとんど直感でそれを防ぐも反動で体勢が大きく崩れる。
間髪入れずに剣が力任せに振られた。
崩れた体勢で横なぎのその一撃に反応できたのはほとんど奇跡と言って良いだろう。自分の頭の上スレスレを炎を纏った剣が風切音を上げて通り過ぎていった。
躱したというのにその熱量は私の身を焦がす。
直撃でもしようものならその瞬間には終わりだ。
それを今までに何度も経験している。
燃え残りだと言うのにその力は間違いなく今まで戦ってきた敵の中でも最上位だ。次いで振るわれた第二撃にかろうじて盾を構えることに成功する。
瞬間、天地がひっくり返るような衝撃が私を襲った。
必死の抵抗を嘲笑うかのように、まるでそんなことは関係ないとばかりに剣は振り抜かれる。
私の体が何回も地面を転がり、壁に打ち付けられた。
呼吸すら出来なくなりながらもなんとか立ち上がり剣を構えることに成功した。今のでいくつか内蔵が潰れた。
エストを飲むことで回復する。
グウィンは様子を見ているのかすぐにまた近づいては来なかった。
幸運にもすぐに戦闘不能にはならないで済んだがその衝撃を正面から受けた盾はもはや原型をとどめていない。
施された美麗な紋章の装飾はその姿を歪め元の姿を推測することすら難しい。
剣の纏う炎の熱で溶けている部分もあった。
一撃まともに受けただけで今まで様々な場面で活躍してきた盾が破壊されるのだからたまったものではない。複雑な思いを押し込みまた別の盾をソウルから取り出す。
目の前の相手は文字通りの化け物だ。
それはとうに理解していた事実だが、剣を交えるたびにそれをあらためて実感する。
深呼吸を繰り返し、息を整えてこちらから仕掛ける。
下段を狙った急襲をグウィンは大きく跳躍することで躱した。
上空のグウィンに向けて呪術を放とうとするが、グウィン が投げつけた大剣によってそれは失敗に終わる。
転がりながら回避し、すぐに立ち上がり構える。
奴が剣を拾う前に、着地の瞬間を狙わなければならない。
一回の跳躍で距離を詰めた。
振るわれる拳をしゃがむことで避ける。
即座に立ち上がりグウィンの体を蹴り付け、その反動で距離を取り、同時に私は二度目の大火球を放った。
放たれた巨大な火球がグウィンの右側頭部を焼いた。
確かな手応えがあった。グウィンが身悶える。
訪れた完璧な好機に、私は渾身の力で斬り付けた。
ボトリ、とグウィンの左腕が落ちた。
初めての目に見える損傷。
そんな成果に一瞬心が沸き立った。
だからこそほんの少しの油断があったのだろう。
──そしてその油断はあまりにも致命的だった。
グウィンの残された右手が燃えるのを見た。
避けられない、盾で受けることも叶わない。
それをやけに冷静に頭の中で判断している自分がいた。
濃厚な死の気配を感じ、限界まで引き上げられた知覚によってゆっくりと近づいてくる腕を見た。尋常ではない腕力によって体が締め上げられる。
私を掴む手の炎が異常なまでに熱を持つ。
引き剥がせない。それだけの力の差があった。
そしてグウィンの手の中の炎が限界まで膨れ上がった瞬間、
──世界が爆ぜた。
♦︎
「この祭祀場もずいぶんと寂しくなりましたね」
たまねぎ頭の女騎士──ジークリンデが呟く。
返事はないが構わず続ける。
「戦士の方も呪術師の方ももう...。イングウァードさんも人探しに行くと言ってどこかに居なくなってしまいましたし.......」
今残っているのはもう火防女とジークリンデだけだ。
そしてその彼女も故郷に帰らなければならない。
ジークリンデの旅は終わったのだから。
帰る前にここに来たのは最後に彼に会いたかったからか。自分でもわからない。
どちらにせよ、それももう叶わないが。
祭祀場を、篝火をずっと見守ってきた火防女のことを見つめる。
彼女は口を噤んで自分の服を握りしめている。
「彼のことが気になりますか?」
彼女からの返事は帰ってこないが、火防女が自らの声を嫌っていることは知っていたので反応がないことについては何も思わない。だが安直にかけて良い言葉ではなかったかと反省する。
「.......すみません。不躾な質問でした」
初めて彼に会った時のことを思い出す。
父を、ジークマイヤーを探して不死でもない常人の身でロードランに訪れ、白竜の元で囚われた。それを救ってくれたのが彼だった。
彼のおかげで父に母の言葉を伝えることができた。
父は少し抜けた人だった。それでもとても誠実で、優しくて、誇り高い、自慢の父だった。
そんな父が最後の探索に行くといい、再び会えたときにはもう既に心を失っていた。
殺した感触が今でも手に残っている。
何度も何度も殺した。もう二度と起きて来ないように。
父はやがて動かなくなった。
その時感じたのは悲しみと、それ以上にもう父は苦しまなくていいのだという安堵だった。
娘の私が終わらせてあげることができて良かった。
今はそう思う。
だから彼には感謝している。
彼は動かなくなった父をじっと見ていた。
あの時彼は何を思っていたのだろう。
不死はいずれ亡者になる。でもそれは救いでもあると思うのだ。
何度も何度も死んで、苦しみ抜いた者に与えられる一つの救済がそれなのではないだろうか。
この世界は辛くて、苦しくて、でも死ぬことも出来なくて。亡者になってからも死んで、やっと安らかに眠れるのだ。
でも彼は違う。
普通なら諦めてしまうような敵を目の前にしても、普通の不死ならとっくに狂ってしまうような死を超えても、彼は
それがどれだけ辛いことなのかも私にはわからない。
彼は──
「──初めて見たとき、彼は空っぽで、まるで人形のようだと思いました」
その言葉は檻の中から聞こえた。それはジークリンデは初めて聞く火防女の声だった。
火防女は今も下を向いたまま続ける。
空っぽで、絶望を抱えていて、ほかの誰よりも熱をもたない人。
それが最初の印象だった。
いつからか必ず戻ってくる彼を待ち望んでいた英雄と重ねた。
彼が解放してくれる人なんだと。
でもさらに時間が経って彼の本質を見た。
彼はどこまでも弱い人間だった。過去の傷から逃げて、それでも完全には捨てられず足掻くそんな不完全な人間だった。
「..........それでも彼は諦めることをしませんでした。どんなに辛くても、どんなに恐ろしい敵が相手でもいつだって彼は越えてきました」
「そんな彼が、皆を救ってくれと言う私に、任せてくれと言いました」
彼女はその時初めて火防女の顔を見た。
その瞳には確かな熱が宿っていた。
声を出すことに慣れていないのに一度に喋ったからだろう。少し苦しそうになりながらも火防女は言葉を紡ぐ。
「だから............だから私は彼を信じます」
そう言って微笑んだ火防女の表情は、同性のジークリンデでさえ見惚れてしまう程に美しかった。
きっと本心からの言葉なのだろう。ずっと見てきた彼女だから言える言葉だった。
最後に声を聞かせてしまったと謝る彼女に慌てて頭を上げさせる。
(火のある世界とはどんな世界でしょう)
不思議とジークリンデはそんなことを考えていた。
彼女は火の照らす世界を知らない。不死も亡者も存在しない世界を生きたことがない。もしそんな世界があるのなら、見てみたいと思った。
「もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」
その問いかけに火防女はうなずくことで返した。
♦︎♦︎
幻覚を見ていた。
色んな記憶が何回も何回も現れては消えた。
どれも地獄のような光景だった。
もう立ち上がらなくていい。こんなにも自分は頑張った。どこかで自分自身がそう言っているようだった。
もとよりただの凡人だ。
最初から人が神に勝てるはずもなかった。
言い訳なら幾らでも浮かんでくる。
心地の良い眠気が襲う。そのまま身を任せればどれだけ気持ちが良いことだろう。
(..........まあ、そんなわけにもいかないよなあ)
しかし、彼は震える足で立ち上がった。
気絶していたのは1秒か、数秒か、それとももっと長くか。
暗闇に沈んでいた意識が再び戻ってくる。
負けられないんだ。この戦いだけは勝たなくてはいけないんだ。
そう思えばどこからか力が湧いてくる。
腰のエスト瓶を掴み、口元に持っていく──直前に彼は吹き飛ばされた。
「ガッ...ア......!!!」
瓶の中身が飛び散り地面を濡らす。
壁まで吹き飛ばされ、なんとか受け身を取るがダメージは甚大だった。
(ああ、クソ、これはまずいな)
血を失いすぎた。
体は思うようにいうことを聞かない。
頭がくらくらする。
もはや現実と夢の区別すらもつかないほどに朦朧としている。
だがそれでも立たなくてはならない。寝てしまっては全てが意味をなくしてしまう。
エストは正真正銘残り1つ。
震える手で最後のエストを飲みほす。
(彼女は私を信じていると言った)
意識が飛んでいたわずかな時間に見たもう一つの幻。
彼女は微笑んでいた。
それは都合のいい夢だったのかもしれないが、それでも彼女の笑顔を裏切るわけにはいかないだろう。
「惚れた女に格好悪いところは見せられない、か」
何百年越しの恋だ。思わず笑いがこみ上げる。
否、恋と呼んでいいのかもわからない稚拙なものだ。
だが幼い頃から抱いたこの思いの深さは本物だ。
ふと、脳裏に浮かんだのは随分前の記憶。
イザリスの廃都で、負けるとわかっていて挑んできた男もそう言って虚勢を張って見せた。
あの時の男の気持ちが今ならわかる。
諦められないのだ。たとえ自分の迎える結末がどんなものか分かっていても、そんなことはどうでも良くなってしまうのだ。
ああいった人間の浮かべる瞳に宿った熱の何と美しいことだろう。
それを狂おしいほどに求めたこともあった。
この旅はそんな熱を見たからはじまったのだ。
戦う理由が、意味がある。それの何と幸福なことか。
あの時と状況は全くの逆になってしまった、と苦笑する。
今度は私が挑戦する側だ。
自らを奮い立たせ、正面の敵を見据える。
彼我の力量差はは比べるべくもない。
100回戦えばきっと99回は負けるだろう。
そもそも勝ち目などないのかもしれない。
当たり前だ。ただの人間が神に挑もうとすることこそがおこがましいのだ。
だがそれでも。それでも諦め切れないのが人間なのだろう。
千に一つ、万に一つであろうとも、それが億が一であろうとも、全てをかけるのには十分に思えてしまう。
少なくとも私が見てきた彼らは、誰も彼も皆諦めの悪い者達ばかりだった。
だからこそ愛おしいのだ。彼らこそが人間なのだ。
あの時の、刺の鎧の男もこんな気持ちだったのだろうか。
(ああ、これはなんとも──いい気分だ)
ソウルから新たな盾を取り出し、同時に
歩いてくるグウィンも左腕を失い満身創痍だ。
決着は近い。
近づいてくるグウィンに向けて彼は剣を振る。
フェイントも駆け引きも何もない馬鹿正直な一撃だ。グウィンはそれを半身ずらすことでかわす。
躱しながら放たれた蹴りを彼は大盾で受ける。
ついで彼は不安定な姿勢のグウィンに向けて全力で剣を振り抜いた。
その一撃はグウィンの体に吸い込まれ、しかし深くまでは行かずに止まる。
剣を止めたのはグウィンの纏う装飾品だった。
千載一遇の好機は不発に終わる。
後に残るのは攻撃後の致命的な隙だけだ。
彼の剣はグウィンの体に縫い止められている。
──しかし、攻撃に転じようとするグウィンの目に映ったのは剣を投げ捨て、煌々と燃える炎を手に宿した男の姿だった。
人が最も隙を生むのは自らが攻撃をする瞬間、またはその直後だ。
そしてそれは神であっても同じことだ。
神代の炎にも似たそれは人間の呪術師が産んだ新たな業。
〈大火球〉。呪術王ザラマンの二つ名でもある至高の炎が熱を放ち──投げられた。
これ以上ないほどに虚をついた一撃。
常人ならばひとたまりもないだろう。
──そう、それが常人であるのならば。
満身創痍の身でありながら、それでもなお太陽は落ちなかった。
「ォオオオオオオオ!!」
声のような、呻くような、悲鳴のような音をグウィンが発する。
完全には躱し切れず身を焦がしているものの、既に剣は構えられている。
グウィンは残された右腕で、大剣を振り抜いた。
「ああ、本当にさすがだ。──
買い被りも侮りもあるはずがない。それができるのが目の前の男なのだから。
彼は黒いタワーシールドを構えた。
それは最初の攻防の焼き写しだ。
盾は一撃で破壊され吹き飛ばされたあの一撃。
今回もそうなる筈だった。
──しかし待っていた結果は全くの別物だった。
大盾はその重さから動きを阻害する。常時であるならば軽量である盾を使ってきた。
だが今の体力ではどちみち機敏に動くことなどできるはずもない。
霞む目では相手の動きをろくに追うことすらもできない。
であるのなら、いっそ
先程発動した呪術の名は〈鉄の体〉。
使い勝手は悪く、防御力は上がるが動くこともままならなくなる諸刃の剣。
だがそれも動けない状況ならばなんの問題もない。
大火球も何もかも全てはこの状況にするため。
グウィンはどんな攻撃でも反応し、反撃する。
それができてしまう。
だから待った。この瞬間を。
目で追うことも動くことができなくとも奴が片腕で、攻撃のくる方向が分かっているのならば反応できる。
最後の最後は小細工なしの真っ向勝負だ。
グウィンの一撃が大楯に突き刺さる。
空を割るような轟音が響き渡り、尋常ではない衝撃が彼を襲う。
だがそれでもこの盾は壊れない。
古都に倒れた英雄の盾は、炎の中にあっても溶けることはない。
彼は踏みとどまった。
内臓はその衝撃に揺らされ口からも耳からも血が吹き出す。
それでも彼は立っていた。
身体中の骨は折れ、目はもう本来の意味を成していない。
それでも彼は立っていた。
これ以上にない反撃の機会。
グウィンの剣は彼に縫い止められている、先ほどとは真逆の状況。
だが反撃の余力がない。
腕が上がらない。
──その時指にはめた黄金の指輪が焼けるような熱を持った。
体が軽くなる。失っていた視界が戻ってくる。
ほんの一瞬、指輪のかつての持ち主である、黄金の騎士を幻視した。
最後にかけられた言葉が再び呼び起こされる。
(ああ、わかっているとも。私は今度こそ──)
先程まであった炎と剣戟の轟音はなりを潜め、いっそ不気味なほどの静けさが場を支配した。
永遠を感じさせる一瞬の静寂。
長き戦いの中に生まれた刹那の空白。
──小さな脈動と共に、最後の呪術が発動した。
♦︎
呪術師は火を畏れる。
畏れを忘れたものはその力に飲み込まれ、闇の中に消えるだろう。
炎を畏れ、敬うことから術は生まれるのである。
そんな呪術の中にあって、その術は特に禁忌とされた。
人の身には過ぎた力とされたからだ。
クラーナも、ザラマンも、火を畏れた。
もちろんその弟子であるカルミナも。
しかし、彼は畏れの中に違うものを見出した。
師であるザラマンから受け継いだそれは彼の中で一際大きく育っていた。
そこにあったのは純粋なまでの炎への情憬。
飽くなき探求とその先に、カルミナが見つけた彼だけの炎。
故にそれは生まれた。
その術は人が生み出した業。
神でも魔女でもない。他ならぬ人が産んだ呪術。
炎への憧れから生まれ、畏れを内に宿しそれは完成した。
その呪術の名は〈内なる大力〉
炎をその身に取り込み一つとする呪術の究極。
──呪術師は火を畏れる。
──けれど、力の代償に畏れを受け容れたとき
──それは畏れではなくなるのだ
人が紡ぎ編み出した一つの到達点がそこに顕現する。
ドクン、と心臓の大きく跳ねる音がした。
♦︎♦︎♦︎
その時、世界がそれを感じた。
全ての人間が同時に知覚したのだ。一つの時代の終わる瞬間を。
ある者はかつて愛した者の眠る場所で、
愛した者が守ろうとした場所を見下ろしながら。
ある者は離れ離れだった妹と共に。
弟子との別れに涙した。
ある者は父王の最期を思い。
ある者は神に祈りを捧げながら自らの終わりを喜び。
またある者は自らの英雄のために涙を流した。
その日、世界を暖かな火が照らした。
♦︎
「これは.......」
ジークリンデは瞠目する。
世界が光っていた。
それは新たにくる時代の幕開けを教えているかのようだった。
母のような、どこか懐かしい温もりが自分を包む。
それらに生命の輝きを見た。
そうか、彼が──
疑う余地などない。理解してしまった。彼は誰もができなかったことをやったのだ。
これで呪いはなくなる。父も本当の意味で眠れるのだろう。
「ああ.....ああ...!」
涙が頬を伝うのを必死に拭う。
この光景をしっかりと目に焼き付けたかった。
生まれてから今に至るまで、こんなにも希望を胸に抱いたことは初めてのことだった。
ジークリンデは隣を見る。
彼女もきっと喜んでいるだろう、そう思って。
彼女は笑っていた。その笑顔はジークリンデが今まで見たことのないほどに綺麗で。
最も多くの不死を見送り、最も多くの絶望を見てきた女は世界を覆う光に手をかざした。
彼女は泣いていた。それが誰を思っての涙かは明らかだった。
しばし見惚れていたジークリンデは再び空を見上げた。
「いつかまたどこかで会えるでしょうか」
「.....会えますよ、きっと」
火防女からの問いにジークリンデはそう返す。誰に、とは聞かなかった。
火防女は静かに涙を拭う。
思えば本当に色んな不死を見送ってきた。
ここでどれだけの月日を送ったことだろう。
でもそれももうここで終わる。
この日、火防女 アナスタシアの役割は終わったのだ。
──何かが倒れた音がした。
ジークリンデはゆっくりとそちらに視線を送る。
そこには既に事切れた火防女がいた。
その表情はいい夢を見ているかのようで、今にも起きてきそうなほどに安らかな表情だった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
太陽の王が消えていく。
それをぼんやりと眺めていた。
かつてはあれほどに憎んだ神が。運命を呪った相手が。
あれだけ強大だった男が、あっけなく空気に溶けていく。
その最後は偉大な王の者ではなくただの寂しげな、どこにでもいる一人の老人のように見えた。
終わったのだと、そうおくれて理解した。
彼女は笑って逝けるだろうか。静かに眠れているのだろうか。
咽せるような、腹から押し出されるような何かが込み上げた。
自分でも抑えられない感情が渦を巻いて、泣いているように笑っていた。
残された時間は刻一刻と迫っている。
慣れ親しんだ篝火に手をかざす。
火が小さく爆ぜた。
剣から昇ってくる炎が私の体を這っていく。
火は徐々に燃え広がり私の体を覆い尽くし、大火となって立ち昇る。
炎が柱を作り天を仰いだ。
私の体が、魂が、世界が焼け落ちる。
そしてその火が他者の世界に光を当てる。
私の何もかもが燃えていく。
私だったものが、さっきまで世界だったものがどろりと溶け込んでいく。
不思議なものだ。
それがなんとも気持ちが良い。
思えば随分と無駄に長く生きた。
死んでいるのと変わらない毎日をただ過ごした。
そんな私が、上出来じゃないか。
はじまりはあの名も知らぬ騎士からの借り物の使命だったが、後悔などするはずもない。
何度も呪った運命とやらに感謝する日が来るとは思わなかった。
歩んで、歩んで、何度も転んだが立ち上がった。
だから私はここにいる。
なんとも心地が良い。
振り返れば長い長い道だった。
決して平坦ではなく、真っ直ぐでもない。曲がりくねった歪な道だ。
だがそれでも、それが私が歩んできた道だ。
考えて、考え抜いて、決断したから私はここにいる。
ーーもしも、いつの日かまた火が陰る時が来たら。
人はどんな選択をするだろう。
遠い未来に想いを馳せる。
それがどんなものでもきっと人は歩いていける。
何度つまづいても、失敗してもきっとまた歩き出せる。
今はそう思う。
──そっと私の頬を撫でる手があった。
「......なっ.....あ.......」
言葉を失った。
忘れることなんてできるはずがない。
そこにはあの日失った全てがあった。
あの子が、仲間たちが笑っている。
こんなことがあるはずがない。だって虫が良すぎるだろう。
私は彼らを守れなかった。何もできなかったのだ。
その笑みが向けられて言い訳がない。
ずっと謝りたかった。
あの日のことを。
するとあの子が困ったように笑って、首を横に振った。
縮こまりそうになる私に構わず、彼女は近づいてくる。
手が背中に添えられる。
気がつけば私は抱きしめられていた。
『ありがとう』
あの子が耳元でささやいた。それは何に対しての礼だったのか。
しかし私はその時、確かにその言葉で許されたのだ。
会いたかった人達がこんなにも近くにいる。
顔をよく見たいのに涙でどうにもよく見えない。
「..........話したいことがあるんだ。聞いて欲しいことがたくさんあるんだ」
色んなところを回って色んな人に会ったんだ。
冒険譚が好きだった彼女達に聞かせたいことはたくさんある。
話したいことはいくらだって出てくる。
そうだ。混沌の娘に仕えた男の話をしよう。
夢を追った男の話を、女神の騎士の話を、私の師匠の話を。
そして私の愛した人の話を。
♦︎
たくさん話して、それでもまだまだ話し足りなくて、皆はしょうがないな、なんて言って笑った。
少し話し疲れて、静かに眠気が訪れた。
頭が少しぼんやりしてきて、それでもまだ寝たくなくて。
聞き分けの悪い子供のような私の手をあの子が握った。
彼女の手のひらの熱が私の手を包んだ。
しばらくして、気がついたら私は一人だった。
何もかもが幻のようで、それでも心はこんなにも満たされている。
私は最後の最後で帰ることが出来たのだ。
それのなんと幸福なことか。
ああ............ああ。
本当に長い長い..............旅だ......った。
少しだけ休もうか。
いつの日か.......火が陰る時があれば
その時まで..........
♦︎
原初の火は陰り、太陽の王も既に亡く。僅かな残り火が世界を照らす。
そんな終わりに向かう世界に生きた者達がいた。
道半ばで倒れた者。
闇に魅入られた者。
そして救った者と救われた者。
これは一つの火を巡る物語。
後に幾度となく繰り返される火継ぎの旅のはじまりの物語。
──今、一人の名もなき英雄の旅が幕を閉じた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
暗い道を男が歩いていた。
光のあまり通らない聖堂のような場所を真っ直ぐに進む。
素足で地面を踏む音だけが小さく響く。
蝋燭が揺らめき男を照らした。
見すぼらしい男だった。
鎧すら身につけず、それでいて剣だけは立派なものを背負っている。
さらに目を引くのはその夥しい返り血だろう。
おおよそ顔すら判別できないほどにその全身は血に濡れていた。
その男には名がなかった
その上薪にもなることかなわず、そして火も持たない呪われた者。それが男の正体だった。
だからこそ、その男は自らの中に火を求めたのだろう。
男は寂れた聖堂の中央に立つ女に話しかけた。
女は男に向き合い、その小さな口を開いた。
──篝火にようこそ、火の無き灰の方
それは果てしのない旅のはじまりを告げる声だった。
火は燃え上がり、揺らめき、陰る。
そして火は巡り、誰かの心に再び灯る。
──これは神でも悪魔でもない、人が紡ぐ、遠き旅路の物語。
これにて完結です!
読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
目次 感想へのリンク しおりを挟む