あいりすペドフィリア (サッドライプ)
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アシュリー

ハーメルン小説検索「あいりすミスティリア」検索結果:2件

………よし、やるか(いつもの病気)


 

 大陸最大版図を誇るグラーゼル帝国領東部にひっそりと捨て置かれた、国境にすらなっていない辺境の荒野。

 朽ちた色の甲虫が水気を持たぬ枯草を食み、軋みを上げながらゴーレムが不自由そうな動きで徘徊する、モンスターですら適応に難儀しているような僻地である。

 農地に適さず資源も採れない不毛の土地に、その祠はひっそりと建てられていた。

 

 決して大きくはなく、豪奢でもない、しかし石造りのしっかりした社―――場所柄を考えれば建立した者達の熱意と労力は察することができるだろう。

 中を覗けば祭壇には磨かれた祭具と一輪の白い花が添えられており、旅人が迷い込むことも無いだろうこの果ての地に祈りを捧げる者が絶えていないことを示していた。

 

 本来であれば捨て置かれるであろう片隅の物語。

 だが、それこそ地の果てまでも飛散した種にその出会いは導かれた。

 

「む……、主。どうにもいつもと趣が違うようですね」

「はい。毎度毎度、冥王さまの祠は取り壊されてましたから。無事に建っているのを見るの、初めてじゃありません?」

 

 冷涼な気候で蜃気楼が立つものでもあるまいに、いつの間にやらといった体で四人組の男女が祠の前に佇んでいる。

 唐突さもだが、それにも況して奇妙だったのは彼女たちの出で立ちだった。

 

 怜悧な美貌を訝し気にして辺りを観察する、紫髪の女騎士の白銀に輝く鎧。

 嬉しそうに笑み崩れながらその後ろについて行く、尖ったエルフ耳の少女が纏う服にあしらわれた花や若草の瑞々しさ。

 そして彼女達を暖かく見守る黒髪の青年の、気品ある貴族風の衣装。

 

 どれもがこの灰色の砂が立ち上る荒野を抜けて来たとは思えない、まるで直前まで室内に居たかのような清潔具合。

 しかし彼女達にとっては何の不思議なこともないのだろう、初めて見る“無事”な冥界の王を祀る祠を検めつつ、和やかに話が続く。

 エルフ耳の少女―――世界樹の精霊ユーは、供えられた花を手に取り舞うようにステップを踏んで今の感情を表していた。

 

「なんだか無性に嬉しくなっちゃいましたよー!思い返すも会う人会う人、冥王さまの名前を出した途端に怒り出したり冷たくなったりするんですから。

 でもやっぱり冥王さまのこと信じてくれてる人もいるっていうのが判って、安心しました!」

「ふふ、転んだら危ないから、はしゃぐのもほどほどにするんだぞ、ユー。

……ところで主としては、その辺りいかがお考えでしょうか?」

 

 話を振られたこの女騎士の主なのだろう青年は、素直に嬉しい、と微笑んで返した。

 毒気のない笑顔に一瞬頬を赤らめた騎士の少女は、慌てて逸らした視線に少ししょげた同僚の姿を映す。

 

「はぅ……。ごめんなさい冥王様」

「あ……」

 

 その理由に心当たりがあった女騎士は、掛ける言葉に一瞬戸惑う。

 友人に慰めの言葉を発することに否やはないが、彼女の消沈の根本的な原因―――世界各地の冥王の祠はほぼ全てが破壊されてしまっているという事実とその経緯に対し、忸怩たるものを抱えていることは確かだったから。

 

 常に己を律するべく意志と理性を強く磨いている騎士の心の揺らぎを見計らったような、そんな瞬間だった。

 

 

「――――動くな」

 

 

「っ、子供?」

 

 荒野を吹き抜ける砂混じりの風に乗って姿を現したのは、四人組にもいっそ勝るほどの場違いな異装の幼女だった。

 

「す、すごい恰好ですねあの子…」

 

 黒衣に銀―――色調のみを語ればそうなるが、いささか傾奇に過ぎる。

 身に纏うあらゆる布が黒く染められている。十にも満たぬ幼さ相応の体躯を覆うのは簡素気味なゴシックドレスだが、特有の飾り布や裂けた十字模様に至るまで全て黒。

 さらに外から覆い被さるように黒の外套が幼女の右半身を覆い隠していた。

 一方で左肩から先は完全に露出して白い柔肌を覗かせる。

 

 そのコントラストを飾るように銀の装飾具がちゃらちゃらと間断なく音を立てている。

 ネックレス、チョーカー、ブローチ、ブレスレット、リング、ベルト、アンクル、ブーツ―――過多としか言い様のない銀の氾濫。例外は肩口まで伸びた銀色の髪には流石にそぐわないと判断したのか、左側のみサイドで括っている黒いリボンくらいだった。代わりにもっとと言わんばかりに右腕にシルバーチェーンが巻き付いている。

 

 あどけないながらもどこか妖しい色気を感じさせる柔らかな容貌、その瞳は左が鮮血を一滴垂らしたような紅玉、そして右が褪せて乾いた不完全な虹色。

 銀髪オッドアイの幼女は、主張の激しい奇矯な風体ながら不思議と魅力的にすら思わせる存在感で四人を睥睨していた。

 

 そして何よりその特異さを際立てる―――刃渡りだけで彼女の身の丈を超える大刀が二振り。光を集積して仄かに輝く水晶のような刀身の一振りを左の逆手で腰元に構え、右の暗黒の靄を放つ漆黒の刀身の切っ先を、青年の後ろに控えていた女性に真っ直ぐに向けている。

 虹の右眼に一瞬狂気的な光を瞬かせ、蒼の“聖樹教会の神官服を着用した”女に決然と言い放った。

 

「我に気取られずここまで侵入(はい)り込んだ手管だけには賞賛をくれてやってもいい―――が、何度手駒を磨り潰せば気が済むのやら。

 つくづく懲りるということを知らぬと見える」

 

「一体何を…?」

 

 切っ先と共に向けられたのは、その幼さにそぐわぬ濃密な殺意。

 戸惑う女性に構うことなく幼女は深く体幹を沈めて臨戦態勢に入る。

 

 そして―――。

 

「クリスさんッ!?」

「―――っ!!」

 

 相応の重量を誇る巨大武器を二振りも構えた幼女が、まるでそれを感じさせぬ猛烈な速度で襲い来る。

 ユーの悲鳴と獲物の息を呑む声、それに続いたのは肉も骨も構わず断ち斬られる不吉な音……ではなく、高速かつ重い鋼同士の衝突する刃鳴りの金声。

 

「問答無用か…!」

「問答が必要か?そこな破滅の光の使徒がいる以上は貴様らの目的など知れたもの。

 いつも通りだ、貴様らが届ける破壊を我が撃滅する――それだけの話よ」

 

 漆黒の大刀を弾き水晶の刀身を騎士剣で受けながら、幼女の襲撃の途上に割り込んだ女騎士はその碧眼を幼女の異色双眸に向かい合わせる。通いし視線から交わすは戦意。

 

「我は冥戒十三騎士が終の一騎、『黒き剣巫』ジェニファー=ドゥーエ。

 汝ら輪廻断たれし惨めな魂となり果て、この現世を永劫彷徨うがいい―――!!」

 

「やられる訳にも、やらせる訳にはいかない。

―――『白銀の疾風』アシュリー=アルヴァスティ、主の騎士として、いざ尋常に………受けて立つッ!!!」

 

 共に騎士を称する二人の名乗りの流儀。

 それは全力を懸けた果し合いの開始の合図を意味していた。

 

 少し下がろう、危ない!

「あわわっ!?地上に出てすぐの急展開!?」

 

 九閃と五度の戟音。黒髪の青年がユーの背中を引っ張って退避し始めるまでに幼女の双刀とアシュリーの剣が弧を描き、時にぶつかり合った回数だ。

 水晶と漆黒と白銀が、その一つ一つが一端の戦士が渾身を込めて振るう重量の刃が、冗談のような速度で空中に幾多の残像を表す剣撃の嵐。

 ほんの童女であるジェニファーに対し、女騎士アシュリーも少女と言って差し支えない年の頃だ。それが特有の俊敏さを持って互いの一閃を掻い潜りつつも、時に豪傑さながらに武器を叩きつけ合って眩い火花を荒野に散らす。

 

 あれよあれよと言う間もなく剣閃は十重二十重と連なり、軽く百を数え、ようやく交差した双刀と騎士剣が競り合う形で一瞬の膠着を見せた。

 

「アシュリーさん気を付けて!その子、《種子》(たね)を持ってます」

「でしょうね、くぅっ!?」

 

 ユーの遅すぎる警告―――アシュリーの受けている超常の恩恵を銀髪オッドアイの幼女も有しているというのは初めに剣を交わした時点で理解していた。

 何せ完全にとは行かずとも競り合いで圧されている、腕力で後れを取るという久しく無かった感覚を覚えているのだから。

 

 否。

 

「……タネ?あいにくこの体は女子(おなご)のものだ、棹も玉も無いぞ?」

「下品っ!!?」

 

 右手の漆黒の刀身から黒い靄が噴き上がると同時に、余裕で猥褻な冗句を挟みながら幼女が鎧を着た騎士を弾き飛ばす。

 咄嗟にバックステップで勢いに乗って後退するアシュリー、そこを追撃するジェニファー。

 だが着地ざまに鋭く放った二閃が牽制となり、勢いを削がれた黒銀の巫女はいささか遠めに間合いを取り直した。

 

(信じられないくらいの馬鹿力……だが、今のは)

 

 何かを確信したアシュリーが剣の柄を握り直す一方で、一足の間合いを計ってじりじりと詰めるジェニファー。膠着はさほどの時を待たずに打ち破られる。

 

 交錯―――アシュリーの肩の装甲が吹き飛び、深く切り刻まれた黒の外套が宙を舞った。

 刹那も構うことなく、二人の剣士は斬閃の嵐に飛び込み合う……!

 

 

「クリスさん、援護はできそうですか!?」

「だめ……あの斬り合いの中に下手に魔法を撃てば、却ってアシュリーさんの邪魔になりかねません!」

 

 振り回される三つの刃は激しくも虚しく空気だけを切り裂くものも多い、つまり回避の為に入れ替わり立ち代わり移動を繰り返す二人に、アシュリーの仲間達は手を出しあぐねていた。

 

 もどかしく焦る少女二人の横で、信じて見守るしかないと結論付けた青年がふと呟く。

 少し状況を整理したい、と。

 

「あの、どういうことですか?」

 

 金の刺繍が施された蒼の神官服――白いインナーが覗いているしへそが丸見えのやや露出が多い衣装だが――を着た女、先だって一番に銀髪オッドアイ幼女の標的にされた神官クリスが訝し気にその意図を問う。

 

「そう言えばあの子、『冥界十三騎士』?とか言ってましたねー」

 それは、いや……まさかそんな筈は…!

「ご存じなんですか?」

 欠片も聞き覚えは無いけども。

「ずこー!?」

 

 わざわざ効果音を口に出してずっこけるオーバーリアクションの世界樹の精霊を放置して、ボケを投げっぱなしにした青年は手短に得た情報をまとめる。

 

 たぶん、ここの冥王の祠を守って、祈りを捧げてくれていたのはあの子じゃないかな。

「え?」

 そして、神官服を着たクリスを“破滅の光の使徒”と呼んで、真っ先に斬りかかった。

 

 二年前、この世界を支え人々から深く信仰されている世界樹が炎上したのは冥王のせいだ―――クリスが出奔した古巣である最大主教・聖樹教会は、そんな誣告を発している。

 宗教というものが救済を謳いながら暴力に結び付くことなど、珍しくもなんともない。

 世界各地の冥王の祠が破壊されているのは、都合のいい怒りのはけ口を示された民衆の手によるものも多いだろうが、誣告を真実として動いた教会の私有兵によって直接為されたものもあるだろう。そして口ぶりからして、ジェニファーはそんな教会の戦力と交戦しこれを『撃滅』した経験もあるようだ。

 

 と、そこまで聴いたユーが引きつった顔でおそるおそる結論を口に出す。

 

「も、もしかして……あの子はクリスさんが教会の服を着てるのを見て、私たちを冥王様の祠を破壊しに来た悪い奴らだと思い込んで襲って来たってことですか?」

「はぅあ!!?」

 

 ざくっ、と胸を刺されたかのように仰け反るクリス。

 出奔したとは言え未だ敬虔な信徒である彼女には、教会=悪の手先という図式は堪えるらしい。あるいは、自分が原因で現在アシュリーが死闘を演じていることへの罪悪感か。

 

 ぴょこんと飛び出た短めのツインテールを心なししおれさせながらも、頑張ってすぐに持ち直したクリスは青年に訴えかける。

 

「あの、そのご推測が事実なら、彼女の《種子》を一方的に力づくで奪い取る、というのは……」

 大丈夫。アシュリーなら上手くやってくれる。

 

 青年の即答は、己の騎士たるアシュリーへの全幅の信頼の顕れだった。

 

 

―――そして、それを受ける女騎士は、直接剣を交わすことで幼女について仲間達よりももっと多くのことを理解していた。

 

 幼女……つまり体格もあまりに小さく腕も短い。

 まず前提として戦場に立つのを想定すること自体がナンセンスな童女の体躯は、しかし大刀を二振りも操る超人的な身体能力を加味すれば相応に厄介な話になってくる。

 

 低い上に的が小さい、軽さ故に挙動が速い、腕の短さ故に剣の振り戻しが途轍もなく早い。

 そして振るう動きに迷いがない―――やるせないことに、明らかに一人二人では済まない数の人間を斬った経験のある者の剣技だ。

 

 それがアシュリーを上回る腕力でもって攻め立ててくる。はっきり言って悪夢そのものである。だが。

 

「悪いが、獲らせてもらう!」

「何をッ!?」

 

「――――勝利を、主に!!」

 

「……ちぃっ!」

 

 経験という意味でならば、仮にも『白銀の疾風』の二つ名で周辺諸国に名を馳せているアシュリーがこんな子供に負けているなどあり得ない。

 野卑な盗賊も侵掠の尖兵も人語解さぬ魔物も、ジェニファーのそれとは斬り合った数も殺してきた数も違う。

 

 暴風のような剣技は確かに脅威だが、技巧に遥かに勝るアシュリーにとって隙を見出せない程のものではなかった。

 しかも、この幼女の守らなければならない一線に既に気づいているとあれば。

 

「悪いが、剣を下ろしてくれないか。私たちは誓ってこの祠を破壊しに来た者ではない」

「…………」

 

 言葉から推理するまでもなく、幼女の左眼の紅は何かを必死で護るために瞳に闘志を燃やす者のそれであったし、斬り合いの最中も祠から近づき過ぎず離れ過ぎずの位置を堅持しようとする立ち回りを見抜けば彼女が如何なる存在かは容易に知れる。

 主の為ならば万難を排しても一切の敵を切り捨てる覚悟だが、よりにもよって冥王の祠を護るために命を懸ける子どもを斬りたいとは欠片も思わない。

 

 真摯な意志を瞳に込めてアシュリーが頼むと、黒銀の幼女は力なく笑った。

 

「信じよう、―――だが、すまない」

「?どういう意味……、ッ!?」

 

 

「“我が半身(ジェーン・ドゥ)”が、止まらない」

 

 

 次の瞬間、暗黒の靄がジェニファー=ドゥーエの右半身を呑み込むように噴き荒れた。

 アシュリーが彼女を追い詰めたときに斬り裂かれた右腕の鎖が、まるで封印が解けることを暗示するかのように垂れ墜ちる。

 

「ジェーン・ドゥ…?一体、何が!?」

「我が闇、我が半身、『この体』の本来の繰り手。心が壊れ本当の名すら判らぬ、“どこにでもいる悲劇のヒロイン”。

―――冥王を崇めていたが故に異端審問に惨殺された一族の生き残りだ。普段は呼び掛けても何も答えてくれぬ癖に、聖樹教会が相手と見るやこの通り元気に暴れ出す復讐心の塊よ」

「な……!?」

 

 自嘲するような笑みのジェニファーの、虹の右眼が濁りを増して色彩を闇に染める。

 水晶の一振りは既に手放していたが、代わりと言わんばかりに漆黒の刀身は靄を吸収して鋭く禍々しく変化する。

 柄は幼女の右腕とぐずぐずに溶け合いながら一体化し、巫女の悲憤と憎悪が狂気によって凝縮して一個の生物と化したような、見るに堪えないおぞましい有様となっていた。

 

「ぐ……ぅっ、醜いだろう?見るからに異形、ならばいずれ汝のような英雄に討たれる定めであろう。だが経緯からして唯の悪妖として屠られるには忍びないし、一時(いっとき)体を借りた義理と縁がある。

 故に墓守の真似事をしてきたが―――まあ、ここらが潮時か」

 

 言動と裏腹に、靄に包まれた右手だけが勝手に動き、漆黒の凶剣を持ち上げる。

 その矛先は先ほどまで戦っていたアシュリーではなく―――その背後、ジェニファーの言葉に衝撃を受けて固まっている、“教会の神官服を纏った”クリス。

 もはや右目は虹とは呼べぬ。全ての色の絵具をぶちまけた結果のような濁った黒眼が、ぎょろりと視線をクリスに固定し悪意を駄々洩れにする。

 

 他人に向いている、ただ脇を通り過ぎただけの殺気。なのにアシュリーの全身が総毛立ち、嫌な汗が頬をだくだくと流れ落ちた。

 本能に従って反射的に後退ろうとした足を―――気合で押し止める。

 

(退くな……ここでだけは絶対に退くなよ、アシュリー=アルヴァスティ…!!)

 

 このままクリスを殺させるわけにもいかない、というのはある。

 だがそれ以上に彼女達を救わなければならないと思った。

 

 ジェニファーは墓守と言った。

 彼女が本当に守りたかったのは冥王の祠そのものではなく、きっと冥王信仰という『ジェーン』の僅かな残滓……最後の拠り所なのだ。

 

 “どこにでもある悲劇”、故にここまで育ってしまってはただ拒絶され討ち果たされるのを待つだけの憎悪(ジェーン)。それにたった一人だけでも寄り添ってあげようと思ってしまった優しい魂。

 問答無用で襲い掛かってきたジェニファーは、この世界の片隅で戦って散る時をただ待っていたのかもしれなかった。

 たとえ心が壊れていても、二人で死ぬなら寂しくないだろう、なんて。

 

「ふざけるな…!“どこにでもある悲劇”なんて、そんなものあるものか。

 このまま終わらせてたまるか。こんな寂しい荒野で、たったふたりぼっちで消えるだけなんて許せるか。

――――私が剣を執るのは、子どもを化け物扱いして斬り殺すためなんかじゃ断じてない……ッ!!」

 

 剣を携えて吼える女騎士を、歪な表情の左半分で眩しそうにして幼女は笑う。

 

「本物の騎士は……ああ、やっぱりカッコいいな……」

 

「あなたも騎士を名乗ったのだろう、ジェニファー!

 なら諦めるな。救われていいんだ、あなた達は!!」

 

「………ぁ、づっ、~~~ッッ!!悪いが、そろそろ……限界だ。

 お仲間が大事なら……。問答無用で“我ら”を殺せェッ!!」

 

 少なくとも右の半身は憎悪(ジェーン)に浸蝕されたのか、痛々しく腫れ上がった神経のようなどす黒い脈線を肌に走らせ、禍つ刀を振りかざしてぎこちなく前進してくるジェニファー。

 彼女とてあれだけジェーンの気持ちに寄り添っている以上聖樹教会が憎くない訳がないのに、それでも教会の神官であるクリスの心配をする姿に、アシュリーの覚悟は完全に固まった。

 

「主よ、私にどうか力をお貸しください」

 

 後ろを振り返る余裕はない、だが愛しい主君が騎士の意を汲んで頷いてくれたことを確信している。

 同時に暖かな生命力のようなものが流れ込むのを感じ、それを正面に構えた騎士剣の中で押し固めるようなイメージで集中する。

 

「世界樹の導きよ、暗雲を祓い我が剣に光明を示せ」

 

 滲み出るようにアシュリーの剣から仄かな光が輝く。

 見た目の光量と裏腹に、剣の中で生命を支える力が幾重にも凝縮され解放をじっと待っていた。

 憎悪に荒れ狂うあの闇の奔流のみを断ち切るその時を。

 

「萌技―――」

 

「あ、ああアアァaaaAAが牙ァ嗚呼アアアアアアアアア=====~~~~~~~~ッッッ!!!!」

 

 

 

「―――『シルバーダンデライオン』ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 



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ハデス


 ある意味勘違いもの。




 

 

 もう、終わってしまっているのだ―――。

 

 名も知らぬ幼女(ジェーン・ドゥ)の肉体に入った時点で“彼”はそう理解していた。

 

 心象にこびり付くのは信仰の大義の下に殺戮と略奪の限りを尽くされる、両親をはじめとする一族“だったもの”の姿。

 

 美しく愛情に溢れた母は、汚らわしい男達によってたかって犯された。

 少し頼りなくも優しい父は、母に精が吐き出される度に体の一部を切り取られる残虐な遊びの玩具になった。

 最近意地悪をしてくる兄は、逃げる背に矢を浴びせられた。心臓に当たれば十点、頭蓋に刺されば二十点、なんて余興の出汁にされながら。

 

 いつもにこにこして可愛がってくれた隣の老婆は、想像すらしたことがなかった苦悶と嗚咽に歪んだ表情で生首を曝し。

 ついひと月前に巫女として結婚を祝福し、幼心に憧れた新妻―――彼女が大事にしていた婚姻の首飾りを、血が付いたと愚痴りながら戦利品として懐に仕舞う盗人は下卑たにやけ面を曝す。

 

 宗教に『それは正しい行いだ』と言ってもらえるだけで、人間とはあそこまで醜くなれるものだと一目で分からせてくれる。

 その光景の断片だけでも彼女の境遇を推し量るに十分だったし、辺境に追いやられた少数宗派の巫女でしかなかった幼女の心が壊れ、肉体が生きているだけの怨霊になったことも納得がいった。

 

 微かな救いがあるとすれば、家族のせめて死後の安寧だけでも冥界の王に祈る哀悼の心、それが残っていたことぐらいか。

 故に“彼”は、彷徨の果てに見つけた冥王の祠を護る番人となることを己に課した。

 

 人気のない辺境の祠すらもわざわざ破壊しに来る異端審問の教会騎士、それを復讐心のままに嬉々として狩り尽くす宿主(ジェーン)をほどほどになだめつつ。

 いつか来る破綻までは彼女の死者への祈りだけは絶やすまい―――そして討ち果たされる時が来たならば、一緒に冥界への死出の旅に付き合おう、それなら寂しくはないだろ、と。

 

 世界の片隅でそのような “墓守”となることを“彼”に決めさせたのは、なんということはない、他にやることがなかったというだけだと本人は思っている。

 一度魂だけになったせいか、幼女の強烈過ぎる悪夢に圧し潰されたのか、“彼”が『ジェーン・ドゥ』の肉体に入るまでの生前の記憶はほぼ全てが損壊している。少なくとも、居た筈の家族のことも思い出せずそれを悲しく感じることすらないくらいには。

 一度死んだ身で、別人の体で生きられるからと言って特に何かしたいと思うこともなければ、ぽっと湧いて出た第二の生にしがみつきたいとも思わなかったのだ。

 

 ただ唯一、『ジェニファー・ドゥーエ』という女のことだけは詳細に至るまで完全な形で記憶していた。生前恋人かなにかでよっぽど未練だったのか、魂に刻み込まれたかのように、文量にすればA4ノート丸々一冊分ほど。

 胸の内に宿る何かにより肉体能力を超活性化させる光の力と、宿主の復讐心により深淵から湧き出でる闇の力がそれに符合していたこともあり、立ち居振る舞いや風体、名乗りや喋り方は折角なのでその女のものを借りることにしたのだった。

 

 

 うわああああああああぁぁぁぁやめろやめろやめろやめてくれええええぇぇぇぇ~~~~~~ッッッッッ!!!!

 

 

 不慮の交通事故に遭い、詰めに煮詰めたオリキャラ設定の黒歴史ノートを処分していなかったことを思い出して今際の心残りになってしまったとある男が知れば、文字通り魂の叫びを上げたその暴挙を止める者は、当然ながらいなかった。

 

 

 

 

………。

 

「ん……、?」

「あ、ジェニファーさんが目を覚ましましたよ!!」

 

 もはや二度とないと思っていた――いや、まさかの三度目という可能性もあったが――覚醒に左の紅眼だけを開いた幼女の視界に映ったのは、今の自分の肉体より一つか二つ年上くらいの、尖ったエルフ耳の幼女だった。

 透き通るような白く長い髪に、各所に花や蔦があしらわれた可憐なドレス姿のその幼女は、両目の紅眼を嬉しそうに輝かせると少し離れた場所で話していた三人を呼びに行く。

 

 その間に何故か突き刺すような胸の痛みに意識をはっきりさせながら、自分が見慣れた冥王の祠の祭壇に寝かせられていたのだと認識する。

 下に敷かれた布はアシュリーとの戦いで吹き飛ばされた外套であり、切り裂かれた箇所は結んで折りたたまれている。

 そこから女騎士との戦いを思い出し、ジェニファーはこみ上げてくる何かを抑えきれなかった。

 

「くっ、ふふふ、あはははははっ……ああ、くたばり損ねたのか、我は。まったくもって度し難い」

 

「そういうことを言わないで欲しいな」

「言いたくもなろう。勘違いで戦いを挑み、我が半身の手綱を離してあのような姿を見せた挙句、その相手に生きたまま沈められる醜態だぞ?

………ああ、騎士だったら『くっころせ』と言う場面か?」

「気持ちは分からなくもないが、どこの流儀だそれは……」

 

 優しい声音で心配そうにこちらの様子を観察するアシュリーに、顔を赤くしながらも冗談を飛ばす程度の余裕を示すジェニファー。

 

(あの子本当に子供なんですよね?それにしては、こう……)

(ユーさん、言いたいことは分かりますが、ご自身の外見を顧みましょう?)

 

 後ろで精霊と神官がこそこそとやり取りをしているのをスルーして、黒髪の青年が膝を突きながら上体を起こしたジェニファーの顔を覗き込んできた。

 調子はどう?と間近でこちらの反応を観察する視線に邪気はなく、真摯さと暖かみを感じる。

 

 不思議な男―――少なくとも記憶にあるどんな相手とも違う、というのが第一印象だった。

 

「我が半身も落ち着いている。少なくともこの場でまた暴れ出すようなことはないと誓約しよう」

 そういうことじゃないんだけど……まあ問題はなさそう、か。

 

 ジェニファー自身へと向けられた心配を意図的にはぐらかしながら、少しだけ気になったことを尋ねる。

 

「ところでだが、汝らはこんな所で何をしに来たのだ?」

 

 こんな辺境の外れにあるものなど、それこそ邪教の産物とされている冥王の祠しかない。

 勘違いした自分を正当化する訳ではないが、最寄の町まで歩いて丸一日程度は掛かるような場所、今まではそれこそ祠を破壊しに来た狂信者どもしか来なかったのだ。

 

 そんなジェニファーの問いに、青年はそれなりに女の子にきゃーきゃー言われているだろう――少なくとも連れの女三人は確定だ――切れ長の精悍な顔立ちを真剣に整え答えた。

 

 

――――君に逢いに来たんだ。

「笑うところか、それは?」

 

 

 幼児性愛者(ペドフィリア)か貴様、という罵声を口に出すのは辛うじて抑えたが、視線で雄弁に語ってしまう幼女。

 真正ならばむしろありがとうございますといった感じのその視線を青年はへらりと笑って躱して、唐突に世界の命運に関する重大な話をし始めた。

 

 二年前に炎上した世界樹。

 当然ながらその下手人ではない冥王はむしろ全力で消火にあたり燃え尽きるのを食い止めたのだが、世界樹の魂の輪廻と転生を司る力は現在ほぼ機能停止している有様なのだという。

 死んだ魂は永遠に現世を彷徨い、新たな命も誕生しなくなってしまった以上、やがてこの世界は滅びに向かう一方ということになる。

 

 だが、希望が残っていた。

 燃えゆく世界樹は自身の存在を数多の種子に託し、世界中に飛ばした。

 それを集めて世界樹に返せば、再生し世界は元の生命の循環を取り戻せるかもしれない。

 

 種子は流星のような形で各地に降り注ぎ、その場にいた人間に宿る。

 そして種子の宿った人間は生命の力、常人離れした才能や能力を得ているというのが今までのパターンだった。

 

「………つまり、我に逢いに来たのか」

 そういうこと。

 

 彼ら彼女らから種子を“譲ってもらう”――場合によっては力ずくでも――か、あるいは種子集めに協力してもらうか。

 青年一行はそんな旅をしていて、この時ジェニファーの前に現れたということだった。

 

 “常人離れした”馬鹿力で大刀二振りをぶん回す幼女は、話を咀嚼すると同時に深く嘆息する。

 

「………汝らに借りがあるというのを差し引いても、我に選択肢は無いな。種子を抜き取られ放り出されれば、幼いこの身は野垂れ死にが関の山だ」

 いや、流石にそんなことはしないけど……。

 

「ハッ。そうやって己の意志の及ばぬ事象に祈り縋っていれば、それで安寧の明日が約束されるのか?

 少なくとも此処は、そんな優しい世界でないように思うがな」

「………ッ!!」

 

「故に“契約”だ。先の醜態を挽回する為にも、そこらの傭兵よりは役に立ってくれよう。

―――我のこの光と闇の力、しばし預けるが……その対価は如何に?」

 

 瞑ったままの右目を掌で覆うようにしながら、尊大に見返りを要求する幼女。

 精霊も女騎士も、せめて弱みを見せまいとしながら幼子がこんな達観したことを言うことに、そうさせてしまった世界の在り様に、痛ましげな顔をする。

 何より己の古巣がこのような子を作り出してしまったことに、意識が遠のきそうなほどの衝撃を受けているのが神官クリスだった。

 

 

 なお、本人的にはなんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言っているだけである。

 肉体(ジェーン)の生い立ちがクッソ重い為に謎の説得力が発生しているが。

 

 そして、軽い気持ちで言ったが故のカウンターを厨二銀髪オッドアイ幼女は喰らう羽目になる。

 

 

――――なら、冥王ハデスの名において誓おうか。

 

 

「………今、何と言った?」

 ん?自己紹介。

 

 唖然とする幼女を、その信仰対象だと名乗った青年は楽しそうに見つめる。

 冗談にしては性質が悪すぎる。だが、先ほどの暴走時の力を見ておきながら、目の前の幼子を激怒させればどうなるか分かっていながらあまりに気負いのない姿は却って真実味を伴っていた。

 何より表情は微笑んでいながらも視線は真剣にジェニファーだけを見据えている。

 強く。強く。底が知れないほどの存在感が、彼女と正面から向き合っていることに、確信を持たざるを得なかった。

 

―――約束しよう。君の力を借りる対価として、君の同胞の魂は必ず在るべき輪廻に導くことを。

―――苦しみも未練も洗い流し、芽吹いた次の生を精一杯生き抜くことができるように。

 

 必ず、と。冥界の王は約定する。そして………。

 

 

―――だからもう救われていいんだ、“君たち”は。

 

 

「あ……」

 

 アシュリーの訴えに同期するような、主従揃っての優しい言葉。それに触発されたように『ジェーン』の、暴走の反動で閉ざされたままだった右目が開く。

 その虹色は輝きを取り戻し、そしてあふれ出した涙できらめく。

 

 一族を滅ぼした聖樹教会の者達を恨む程度に元気のある『ジェーン』が、それでも心が壊れていた理由。

 みんな辛い思いをしたのに、死んでも死にきれなかった筈なのに、自分だけが生きていてしまってごめんなさい―――理不尽なる生存者の罪悪感。

 それを解き放つことが出来る唯一の存在が目の前に立ち、そして必要な赦しの言葉を投げかけたこの現実は、どれほどの可能性の果ての出来事だったのだろうか。

 

【ありがとう、冥王さま】

「今…?まさか、ジェーンッ!!?」

 

 たった一言だけ幼女の口から感謝がこぼれたのは、果たして。

 その意味は今右の目から流れる涙が証明するものと考えてきっと間違いはない。

 

 そして遅れて左の紅眼からも涙が流れる。心の壊れた相棒に訪れた奇跡の欠片を寿いで。

 もらい泣きでもしそうになったのか、瞳を潤ませたアシュリーが預かっていた水晶の大刀をジェニファーに手渡しに来る。

 

 受け取ったそれを地面に突き立て、黒銀の巫女は冥王に跪いた。

 

「約定を此処に、確かに契約は成った。

 冥戒十三騎士が終の一騎、『黒の剣巫』ジェニファー=ドゥーエ。

 我が意志、我が憎悪、我が剣の全てを貴方様に預けよう―――いと尊き主上たる、冥界の王よ」

 

 零れる涙を拭わぬままに、ジェニファーは見上げる主に忠誠を誓う。

 肩書も振る舞いも、その名すら仮初に過ぎずとも、確かに騎士としての気概を以て。

 

 そんな幼子の想いを、冥王はただ静かに頷いて受け入れるのだった。

 

 

 

 これが、“彼女”が《種子》を宿し芽吹きを待つ者―――《アイリス》として冥王と共に世界を救う冒険の旅に出るまでの物語。

 混沌と調和が織り為す秘跡(ミスティリア)に紛れ込んだ愛らしくも哀らしい異物が踊る喜劇は、未だ語られぬ物語。

 

 もしその語り部がいるとすれば、それはきっと……。

 

 

 

 






 つまり作者は、あいりすペドフィリア。(タイトル回収)




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クリス


 仲間集め編ですが、流石にアイリス全員出すと回し切れる気がしないので好みと動かしやすさと早めにSSR着てくれた子を中心に。
 とりあえずあらすじ詐欺にならない為にイベント消化。




 

 聖地巡礼―――。

 

 己の信仰する宗教の総本山、聖人ゆかりの地、聖典に記された奇跡の舞台となった場所など。

 そうした聖地を訪れることは、信仰熱心な者にとっては時に至上命題にすらなりうる一大事だ。

 

 中東の方で飽きもせずにもう百年近くもドンパチやってるのを見ればよく分か――――げふんげふん、とにかく一大事なのだ。

 なおアキハバラとかオオアライとかそんなワードが浮かんだ者は邪念撲滅すること。

 

 そういう前提に立って、さて冥王ハデスを崇拝する巫女がまさにその彼に連れられて聖地と呼ぶに相応しい冥界に足を踏み入れた時、どういったリアクションを返すだろうか?

 正解は―――。

 

 

「くっ、右目が疼く………!鎮まれ我が半身よ!!」

 

 

 紫苑の魂の燐光と夕焼けのような茜空がグラデーションを為す冥界の幻想的な風景。それを目に焼き付けるなり、左手で右目を押さえながら苦しそうにする銀髪オッドアイ幼女である。

 なお、彼女の名誉のために述べておくと決して厨二病患者が痛々しい演技をしている訳ではない。

 いや、厨二病患者だし痛々しいのも確かだが、肉体の主(ジェーン)が感涙のあまり咽び泣いているというのが真実である。

 

「ちょ、ちょおっ、ジェニファーさん!?いきなりそういうことされても反応に困りますよ!?ノればいいんですか、ノればいいんですね!?」

 ユーのちょっといいとこ、見てみたい!

 

「主もユーも……ジェニファーは苦しんでいるようですから、あまり騒がしくしては」

「いえ、苦しむというか。そっとしておいてあげましょう?」

 

 ボケなのかツッコミなのか自分でも見失いかけている世界樹の精霊ユー、宴会の酔っぱらいみたいなテンションでふざける冥王ハデス。

 天然というかなんというか幼女の不調を心配する女騎士アシュリーに、過去の経験から聖地に足を踏み入れた信者の反応にはかなり覚えがある聖神官クリス。

 

 四人と新たに加わった一人(ふたり?)は外見中身ともにいずれも個性抜きん出た色々な意味で精鋭達である。

 世界を救う一行と考えればさもありなんというかむしろ方向性が迷走しているというか。

 

 そんなものだから、彼女らを黒髪ロングのエルフ耳巨乳メイドというまるで“どこかの誰かの欲望を詰め込んだような”ある意味狙いすぎの女性が出迎えても、まるで違和感のない光景だった。

 

「お帰りなさいませご主人様。本日の戦果は―――ふむ、なかなか趣味の良い服装の幼女ではないですか。どこから(かどわ)かしておいでで?」

「ベアさん人聞き悪い!?」

 むしゃむしゃしてやった。今は反芻している。

「否定しましょうよ冥王さま!?というか更に人聞き悪い!?」

 

 という冗談はさておき、と乗っかっておきながら軌道修正する邪神――世間的には――が一名、ただいまを告げながら己の創造物であるメイドの前に黒衣の幼女を立たせて話を進める。

 

 《アイリス》一名追加ね。ベア、部屋と歓迎会の手配よろしく。

「ジェニファー=ドゥーエ。崇め奉るは主上たる冥王陛下。取り立てて語るに及ばぬただの巫女だが、以後世話になる」

 

 ダウト、とツッコミが入りそうな自己紹介をするシルバーアクセ満載多重人格オッドアイ幼女。

 その身形と虹色の右目をじっと観察するように眺めたメイドは、不意に少しだけ口角を緩ませてスカートを持ち上げながら一礼する。

 

「―――エクセレント。

 冥王様のメイド、ベアトリーチェです。その信仰心と魂にかけてご主人様の御力になることを期待します」

 

「お、おお……?いつになくベアさんの当たりが柔らかいです。

 何か変なものでも食べた―――はっ、もしかして自分の作った料理で遂に!?」

「つる植物。後で天井から吊るします」

「“つる”だけに、ですねあはは………ごめんなさあぁいっっっ!!!」

 

「ま、まあ冥王様命のベアさんですから、冥王様を信仰するジェニファーさんとは通じるものがあるのでしょうね」

「……。ちなみにその理屈で行くと、聖樹教会の神官であるクリスのことは?」

「………」

「あの、沈黙が怖いですベアトリーチェさん」

「………?」

「『わざわざ言う必要がありますか?』って感じで首傾げるのやめてください!?」

 

 息のあったやり取りと言えばそうなのだが。

 始源の刻より世界を見守ってきた冥王と百年を共にしたベアトリーチェと裏腹に、ユーが精霊の形を取ったのもアシュリーが臣下の礼を取ったのもクリスが身一つで冥界まで付いてきたのも、ひと月も経っていないここ最近の出来事だ。

 

 戦力となる《アイリス》はジェニファーを含めて未だ三人。

 互いに打ち解けようとしながらも互いの個性がところどころで摩擦と衝突を起こす―――この時は、そんなぎこちなさを残したパーティーでもあった。

 

 そんな中で冥王を信仰する少数宗派の巫女にして唯一の生き残りであるジェニファーと、彼女の一族を異端認定し信仰の名において略奪と殺戮の名分を与えた聖樹教会――そのエリート神官であるクリス。

 明白な不穏の種を宿していることに、この場の誰もが感づいていながらも。

 

 冥王の旗のもと世界を救う為に共に旅をする同士、どのような障害も乗り越えられると信じていた―――。

 

 

 

………。

 

 ジェニファーが冥界に招かれて数日が経った。

 

 元々幼女の身で荒野に一人生きていたため、生活環境が変わったからと言って別段ストレスを感じたり特殊な準備が必要だったりということはない。

 単純に《アイリス》のための寮――現状空き部屋が大量に存在する――の一室を用意され、集団生活のルールを申し渡されそれに大人しく従うだけだ。

 

 ルールと言っても炊事洗濯や消灯の時間など最低限度のものでしかなく、全てを一人でしなければならない辺境の墓守生活を考えればむしろ格段に楽になっている。

 何より守っていた冥王の祠を破壊しに来る狂信者への備えが必要だった頃に比べると、完全に休まる寝床というのは記憶のないジェニファーにとって初めての経験だった。

 

 故にぽっかりと空いた時間というか暇に、ある習慣が付け足される。

 

 

「風が、哭いている―――」

 

 

 冥王の屋敷に併設された時計塔。馬鹿なのか煙なのかは知らないが、そのてっぺんから好んで冥界の景色を見下ろす黒衣の銀髪幼女。外套を吹き抜ける風にはためかせ、紅と虹の両眼は茜と紫のグラデーションに染まる妖しい街の風景を満足げに眺めていた。

 怨霊(ゴースト)や骸骨兵士(スケルトン)が現実にモンスターとして存在する世界なので、死後魂が向かう冥界というとどうしてもおどろおどろしいイメージを持つ人間も多いものだが、なかなかどうして世界樹とそれを囲む霊峰の稜線を背景に川沿いに整えられた街の景色は、写実に切り取って鑑賞に堪えるほどには絶景である。

 

 これでその光景に対して肉体年齢相応にきらきらした笑顔ではしゃいでいれば可愛いのだが、あいにく不敵な表情もへりに足を引っ掛けて気取ったポーズをしているのも、厨二病患者が悦に浸っているそれである。

 あと風がどうこう言っているが、冥界に四季や悪天候は基本的に存在せず、常に快適な温度の風が緩やかに吹くだけだ。

 

 

「――――哭いているのは、あなたの心ではないですか?」

 

 

 そして、厨二病という概念を知らないものだから、大真面目にズレた言葉を投げかける真面目ちゃんが一名。

 

「……クリスティン=ケトラ。こんなところまで来て何用か?

 話なら寮でいくらでも出来るだろう?」

「そんなこと言って、あなたはなかなか捕まらないし。何より二人きりで一度しっかり話をしておかなければいけないと思うんです」

「…………」

 

 わざわざジェニファーの酔狂に付き合って決して低くはない時計塔の最上階にまで付いて、真摯に話す少女。

 全体的に柔らかめの童顔だが意志の籠った瞳で異端の巫女を見つめる神官の顔に向き合うこともなく、無視するように幼女は街並みを見下ろし続ける。

 

 これまでの数日間―――極力クリスと会話や接触を避けてきたのと変わらずに。

 そんなジェニファーに、むしろ己が懺悔を吐き出すかのような苦み混じりの真剣さで神官の少女は距離を詰めにかかった。

 

 

「単刀直入に訊きます。あなたは、やはり私が憎いのですか?」

「え、なんで?」

 

「………はい?」

 

 

 そしてすかされた。

 

「え、え?だって聖樹教会を憎んでいるんですよね?

 だから教会の神官である私と関わらないようにしてて―――」

「ああ、そういうことか」

 

 何か合点が行ったかのようにうなずくと、懐を漁って中のものを顔に取り付ける。

 そして振り向いた彼女の右目は―――交差した剣の刺繍された黒い布に覆われていた。

 

「眼、帯……?」

「フッ。我が内なる半身を封印するために、特別にベアトリーチェ女史に作成を依頼していた逸品である」

 

 ドヤ顔で語るオッドアイ幼女改め眼帯幼女。

 なお、お分かりのこととは思うがただの布製である。デザイン?当然この厨二の趣味だ。

 

 

「―――一応言っておくが、ジェーン“は”確かに聖樹教会を憎んでいるぞ。

 それに属するものを視界に入れれば怒りに我を忘れる程度にはな」

 

 

 今幼女の肉体はジェニファーと名乗る男性が支配しているが――語弊があるがそれはさておき――取り分け右目と右腕は本来のジェーンの意思にも敏感に反応するようになっている。

 辺境の田舎巫女だった彼女の小さな世界を蹂躙し尽くした聖樹教会は魂に刻まれた憎悪の対象で、その神官であるクリスをうっかり右目の視界に入れれば顔面に右ストレートをぶち込みかねない状態なのだ。

 

 これまでは「右腕が勝手に…奴がここに居る所為かッ!」とか言いながらジェニファーが頑張って肉体の主導権を使って強引に抑えていたのだが、それは割とものすごく疲れる。

 なのでクリスを視界に入れそうな時は、右目を通したジェーンの視界を塞いでしまうことにしたのだった。

 

「それは……配慮が至らず申し訳ありません。

 余計な苦労をおかけしてしまっていたのにも気づかず……」

「ふん。ジェーンの境遇を生み出したのは確かに聖樹教会とやらの罪だろうが、学舎で念仏を教わっていただけの学生上がりに『この世から消えて』とも言えまい。

 今まで通り、我が半身の手綱を取り続ければ良いだけの話だ、こうしてな」

 

 身の丈以上の大刀を片手でぶん回し、本業の騎士を鍔迫り合いで吹っ飛ばす馬鹿力で殴られれば、顔面の陥没と変形は免れまい。

 気づかぬうちに乙女の尊厳の危機だったことに戦慄しながらも、クリスは律儀に謝罪と感謝を伝えた。

 

 それと同時に、疑問と戸惑いを覚える。

 上級神官として博学な知識を修めているクリスにとって、ジェニファーは『解離性同一性障害』―――辛い現実に堪え切れなかったジェーンが生み出したもう一人の人格、という勘違いをしていた。

 異世界の男の魂が何故かたまたまこの幼女のナカに入って体を自由にして――語弊があるがそれはさておき――いるというよりも、そちらの方が知識がある分納得がいった話ではある。

 なによりジェニファーの言動があまりにジェーンに寄り添い過ぎという見方もあった。

 

「でも私は――クリスティン=ケトラは、聖樹教会の上級神官としてその責を逃れる立場にはありません。

 あの憎悪と悪意が教会に対してのものであるならば、私も…いいえ私が向き合わねばならないのです」

「………」

「その上で問います。ジェーンさんの憎しみとその理由を理解しているあなたが。ジェーンさんの祈りを護る為に戦い続け、その最期を共にすることすら受け容れていたあなたが、本当に聖樹教会(わたくしたち)を憎んでいないのですか?」

 

 ジェニファーが始終ジェーンの為に動いていたのは行動が物語っている。

 ならばその憎しみに共感していて当然なのではないか、とクリスは思っていた。

 

 

「ふん、答えは――――『え、なんで?』といったところか」

「な――!?」

 

 そして、やはりすかされた。

 

「寄り添うことで悲しいことや辛いことは半分に、嬉しいことや楽しいことは二倍になる。

 そんな綺麗事が正しいとして――だが憎しみは、共に抱けば二倍になる類の感情だろう?

 だから我は断言する。我はジェーンの憎しみだけには寄り添わない。我個人としての感情で、聖樹教会も当然汝も、憎むことはしないと決めている」

 

 ジェーンの為だからこそ、彼女の憎悪を肯定はしても一緒になって暴走する気はないと。

 そう言ってのけた幼女は、悪戯気に紅の左眼を細めて嗤う。

 

「残念だったか、神官?ここで我が罵詈雑言を吐いていれば、そのお門違いな罪悪感も多少はましになったかもな?」

「、っ!?」

 

「………その反応、からかうだけのつもりが図星だったか」

 

 本人も気づいていない感情を見透かされた、そんな風に体を強張らせたクリスに逆に毒気を抜かれるジェニファー。

 

 聖樹教会の罪は自分の罪とでも思っているのだろうか、自滅の相が良く見える責任感の強さである。

 そんな彼女に対して、眼帯幼女は―――なんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言った。

 それが忠告になるか甘言になるか、それすらもふわっと考えることを放棄しながら。

 

「信じる者は救われる、だったか?信じない者を救わない、どこまでも能天気で残酷な聖句だな」

「……?」

「信じないやつは救われなくていい。財貨を盗み尊厳を踏みにじり屍を弄び伴侶を強姦しても、信じてない異端者相手だ。正しい行いだ」

「そんな筈―――、そんなのが正しいなんてっ」

「何があろうとも信じているから救われるんだ。素敵な言葉じゃないか、それが許されるものにとっては、な」

 

 悪意的な前提を並べ、そしてそこからわざと舌ったらずに、見た目は年上の女を見上げながら。

 全てを奪われる前の純真な少女の笑みを顔に貼り付け、戯言という凶器を突き刺す。

 

 

「だから、それが許されるクリスおねえちゃんは、さいごまで教会を信じるといいよ!

 それだけで便利に手軽に簡単に、救いは得られるよ!

 

………『信じる者は救われる(わたしはわるくない)』、ってね!!」

 

 

 そうら、手っ取り早い逃げ道がそこにあるぞ、ちょっと腐臭がするけど。

 

 潔癖症のクリスにとって決して選べない道を示すのは、もう一度確認するが厨二病の繰り言である。

 話し手の境遇と受け手の真面目ちゃん度がアレ過ぎて、悪魔の讒言みたくなっているが、黒歴史妄想が暴走したキャラが適当ほざいているだけなのだ。

 

 ただ、己の信仰心ごと深く重機でほじくり返されている最中のクリスにとって、ジェニファーの真意がどうだろうとそれこそ何の救いにもならない。

 そんなクリスの脇を通り抜け、ニヒルな笑みを浮かべながら幼女は時計塔の階段を下りていく。

 その小さな背中に、クリスは何事か言おうとして。

 

「それでも、私は……ッ!?」

 

 続けられる言葉を持ち合わせていないことに愕然とし、視線を下げた。

 冥界の美しい景色が一望できる時計塔の頂上に居ながら、その石造りの無機質な床をただじっと眺めているだけだった―――。

 

 





 捏造アンチしてるのは否定しない。が―――。

〈原作の聖樹教会のムーブ〉
① 世界樹炎上の犯人を冥王様だと発表。おかげで、
・ワープゲートになる各地の冥王の祠が破壊される
・信仰が減って冥王様が地上では弱体化
・冥王一行だとばれると教会の影響が強い地域では人々の信用度、好感度にマイナス補正がかかる
 →世界樹再生の旅の大きな障害になる
 →人類滅亡の片棒を担ぐ

② 今世界に存在する生命はなんか汚らしいから除去してしまえ、という思想の天上人や天使達を(そうとは知らないが)崇拝し、さらにそれに乗っ取られた帝国の周辺諸国への侵略戦争に加担する
 →人類滅亡の片棒を担ぐ

③ テロリストに各地の大聖堂の爆破を許し、その地下にあった世界樹の根を汚染される。
 →人々の信仰の象徴の世界樹が真っ黒に染まり、凶暴化したモンスターが大発生。あわや人類滅亡の危機。


 冥王一行(プレイヤー)視点の見方なのと③は相手がヤバかったというのを差し引いても、引き起こしかねない結果が酷過ぎて擁護の余地が……。


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ソフィ


 攻撃力が高く、素早く、防御力と回避が低い……つまり敵のヘイトを稼いですぐに乙るお姉さん。でもそーゆーの嫌いじゃない。
 ところで公式でアイリスは全員少女ってことになってるけど(脳天に戦斧が落ちる音)



 

 ある日、森の中。

 鉞担いだダークエルフさんに出会った。

 

 それでどうしたかって、冥王様がその女性ダークエルフの豊満なおっぱいをガン見しながら口説いた。

 「君が欲しいんだ」―――特に彼女の体内に宿った世界樹の種子を探知して云々の話もしていない段階だったが、その女はたおやかに微笑みながらなんと即答で了承。

 後で聞いた話によるとどうも運命を感じたとのことだった。

 

 そんな幼女の情操教育に大変悪そうな成り行きでアイリスがまた一人加わったのだが、その場にいたのは世界樹の精霊に厨二というエセ幼女だけだったので問題はない。

 アシュリーもクリスも眉をひそめてはいたが。

 

 ソフィアレーナ・ブロンセカ・クッカ・ヤトゥクー御年256歳、多分誰も覚えてないというか一応婚約者にしか告げない名前なのでソフィとだけ呼ぶが、彼女の加入で一つ劇的な変化があった。

 

 食事事情である。

 

 ベアトリーチェというメイドは誕生日クエストで『よく動くデザート』とかいう敵が出てくるレベルの厨房に立たせてはいけない女。

 アシュリー、剣の鍛錬に全てを捧げてきたため女の嗜みは苦手分野。

 ユー、人間の形を取って数か月も経ってない精霊に何を期待しろと?

 クリスはまあ菓子作りならむしろ得意分野で、料理だってできなくはないのだが――、

 

「冥王様、私の料理、よろこんでいただけるでしょうか……」

「『クリス、おいしいよ。どうしてこんなにクリスの料理はおいしいんだい?』」

「それはその、愛をたくさん込めましたから」

「『なんだって!?なんて健気なんだ、感動した!これからも毎日料理を作って欲しい』」

「それって……きゃーいけませんいけません。私は神官なのです冥王様!邪念撲滅、じゃねんぼくめーつっ☆」

 

 とかいう一人小芝居を鍋に火を掛けたままやり始め、ぼや騒ぎになった前科がある。

 それ以来彼女も彼女で一人で厨房に立つのは禁止されているのだった。

 

 ちなみに冥王様は冥界でならそれこそ無から料理を文字通り創造することもできるだろうが、流石に畏れ多いだろう。

 

 そんな訳でこれまで食事は出来合いのものを冥界の市場で買って済ませる惣菜生活だったのだ。

 これにジェニファーが加入したところで、幼女が増えただけのこと。

 

 まあ一応補足しておくと、ジェニファーも料理できると言えばできる。

 なんか適当な具材を適当に切って、ごった煮か炒め物か鍋。味付けは適当に調味料を放り込んでそれっぽくなってれば良し。肉や卵はとりあえず焼いとけ。

 中身を考えれば残念でもなく当然だが、完全なる野郎の一人暮らしの調理風景を料理と呼んでいいのであれば、料理はできる。

 

 しかしそんなものとは比較するのも失礼になる本格的な家庭料理が、この日冥王邸の食堂に並んだ。

 複雑な味付けが施された濃厚なシチュー、香辛料で下味を付けた上で香草とともに炙ったロース肉、彩り鮮やかな野菜のサラダ。

 

 惣菜や定食屋など量を作って多くの客に出す前提のものでは味わえない、どれも料理人の個性と工夫が前面に現れたまさに“家庭料理”だった。

 

 夕食に食べたその味を思い出しながら、深夜寮の大浴場を貸し切り状態で使っている銀髪幼女が一人呟く。

 

 

「そういえば、ああいう家庭料理を食べたのは“生まれて初めて”になるのか……?」

 

 

………冥王様とジェーンに関すること以外ではほぼノリと勢いで生きているくせに、バックボーンがやたら重いせいでやけに真に迫っているいつものアレを。

 

「荒野で“墓守”をやっていた頃は、固い保存食を遠く離れた町でまとめて買っては食いつなぎ。時々魔物を狩ってはその肉を食って何日も腹を下し―――今になって思えば命の危機だったな……」

 

 独りの時間が長かったため思考を口に出すのが癖になっているのはまあいいとしても、その幼女の外見で言われるとちょっと重すぎる。

 

 

「―――それ以前にお母様などに作っていただいたことはないのですか?」

「む……正直“ジェーン”の記憶でも男に群がられて何の反応も示さなくなった映像が焼き付いていて、母に関する他の記憶なんか……あ」

 

 

「―――。ご、ごめんなさい……っ!」

 

 そして思考の合間に紛れ込むように質問されたせいか、馬鹿正直に闇を漏らす辺りで役満だった。

 ジェニファーが過去を思い出している間に浴場に入ってきたのだろう、抜群のプロポーションを曝し空色の髪をまとめたソフィがまさに地雷を踏んだという慌て顔をしていた。

 

 湯気の中で水滴を弾く褐色の肌からふいと目を逸らしながら、一応厨二幼女はフォローを入れる。

 

「気にするな。不幸自慢がしたい訳ではないし、同情を買って悦に浸る趣味もない」

「………」

 

 そうは言っても、としょんぼりした雰囲気で雄弁に語っているソフィ。

 冥界に来たばかりでジェニファーの過去は当然知らない彼女だが、会って間もない幼女のことを気にする程度には情の深い性質らしい。

 

 ジェニファーもそれ以上気の利いたフォローは出来なくて、しばらく気まずい沈黙が二人の間に立ち込めた。

 十人以上入ってもまだまだ余裕がありそうな浴槽に裸の女二人。湯が循環し、時折零れて排水される水音が籠った部屋に響くのみ。

 そんな沈黙を破ったのは、ソフィの方からの話題転換だった。

 

「ジェニファー様は、こんな遅い時間にいつも入浴されているのですか?」

 

 常に明るい冥界に昼も夜もないが、一応寮則のようなもので地上と同じ一日のサイクルで皆活動することになっている。

 それによると日付がそろそろ変わろうかという時刻で、風呂の後の諸々のお手入れが必要な女性ならあまり利用しない、そんな時間帯にジェニファーは浴場を使っていた。

 ソフィは寮であてがわれた部屋の整理がひと段落してから、と思っていたらこんな時間になってしまっただけの話だ。

 

 そんな彼女の体から視線を外しながら、裸の幼女は質問に答えを返す。

 

「話を戻すようだが、言ってしまうと今の我はそういった経緯で廃人になった幼子に男の魂が入り込んでいる状態だ。付くものが付いていないしこんな年齢の体で、女体に性的興奮を覚えることなどないが―――要らぬ助平心を疑われても心外なのでな」

 

 寮の部屋には備え付けのシャワーもあるが、自分だけ大浴場を使えないのも釈然としないので、時間をずらして入浴という妥協してるんだかしてないんだかよく分からない結論だった。

 というか、風呂では眼帯を外さないといけないのでもしクリスと鉢合わせると顔面にグーパン叩き込みそうになるという理由の方が性欲云々よりむしろデカい。流石に風呂でまで「くっ、右腕が疼く……!」はやりたくないらしい。

 

「………別人の魂が肉体に、ですか。そんな事もあるのですね」

「逆に、それを聞いた汝は気にしないのか?」

「うーん……どうにも実感が湧かないせいですかね、特には何も」

 

 まじまじとジェニファーを見つめるソフィという女の容姿は、冥界の王が口説きに掛かる程度にはエキゾチックな魅力に溢れた垂涎の肉体だった。

 が、それが優れていることは知識として理解できても、だからどうしたい、という気持ちがいまいち抱けない。興味のない人間に優れた名画を見せても大した反応を得られないように。

 

「―――まあ、所詮余禄である」

「?どういう……?」

 

 少しの間思考に耽溺した後、呟いた厨二幼女に訝し気にするソフィ。

 彼女に対して皮肉気な笑みを横顔に見せると、いつも通りの適当をそれっぽく嘯く。

 

「放浪のダークエルフィン、主上のナンパに引っ掛かって冥界まで来てしまった新たなアイリス。

 汝と我は似ている気もしたが――そうでもないな、とふと思っただけだ」

 

 

「私には、貴女とは親近感を覚えるくらい近しく感じられるのですけどねえ」

 

「……っ?」

 

 

 その適当で、適当さ故に一面の真理を述べたと思っていた元墓守は、思わぬタイミングで否定を返され一瞬表情が止まる。

 その原因となったダークエルフは、己と共通点があると言う紅眼虹眼幼女をただその金色の瞳で暖かく見つめるのみだった。

 

 思わず見つめ合う形になり……先に視線を外したのは、ジェニファーの方。

 

「汝がそう言うのであれば、そういうことにしておくさ。

 年長者の話は聞くものだからな」

 

 

「はい?誰が256歳のババアですか?」

「うむ、我は数えで10歳の幼女である」

 

「………」

「………」

 

 唐突だが最初に地雷を踏まされた仕返しとしてぶっこんだソフィの自虐ネタが、まさかの煽りで返される。

 大抵の相手は何ともリアクションしづらい様子で固まるのだが、この幼女は一本取り返してやったと言わんばかりににやりと笑った。

 

 そしてひらひらと手を振りながら先に上がる、と言って浴場を後にするジェニファー。

 その小さな背中を見送りながら、放浪のダークエルフは小さく呟くのだった。

 

 

「『ここでなら、この方に付いていけば、何かが見つかるかもしれない』

―――私も、あなたも、そう期待しているのではないですか?」

 

 

 心の空虚に吹く隙間風。

 風の行くまま一人旅とは言えど、その風の正体がそんなものであるのなら、何も気楽なことなどない。

 

 ソフィは受け流し方を知っているだけ。ジェニファーはまだ自覚すらおそらく持っていない。

 

 見つかるといいですねえ――――256年、見つかる気配すらないが故に口に出すことも憚られる願望。

 それを共に抱くジェニファーは、ソフィにとって親近感どころか同志とすら想えていたのだった。

 

 

 



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セシル


 炎強化フィールドを張り、パトリシアと組んで場を火炎地獄に変えるエルフの王族。
 それでいいのか緑の民よ。



 

 人間界において、最も繁栄を謳歌している種族は人間である。

 文明を築き、糧を己自身で育てる術を編み出し、獣の爪や牙よりも鋭く硬い武具を振るうことで、魔物が野を闊歩するこの世界においてもその勢力圏を維持し続けている。

 

 とはいえ、油断などできよう筈もない。

 只人が不用意に人の手の及ばぬ自然の中を出歩けば、その慢心は命という代価を以て支払うこととなるだろう。

 

 そう、只人であるならば。

 

「―――アシュリー=アルヴァスティ参るッ!!」

「裂かせ、散らせ、枯れ朽ちろ……汚い花だがな」

「よっこいしょ、っと!!」

 

 地を飛び跳ねる軟体生物は人の胴体程の体積と重量があり、その全力の体当たりを喰らえば只人であれば運が悪ければ即死だ。

 だが、『白銀の疾風』の異名を負う女騎士が振るう剣はその名に恥じぬ速さで以て繰り出され、避けるべくもない空中に跳ねたところで無残に両断されるだけのこと。

 

 ならば空を己の意思で進むことのできる巨大な蟲はと言えば、その人間の腕ほどもある太さの針を飛ばす凶悪さも相まって只人では逃げることもできないだろう―――が。

 眼帯で右目を覆い隠した黒衣の巫女がその俊足で散々に追い立てた挙句、両手持ちにした水晶の大刀で金属質な翅を叩き切る。

 

 そんな幼き巫女の大刀を操る怪力は大したものだが、そもそもの重量という点で彼女を轢ね飛ばしてしまえそうな大猪の前では、只人は腰を抜かして祈るしかないだろう。

 その全力突進の鼻っ柱に真正面から戦斧を振り下ろし、頭部を圧壊させながら地に沈めるは剛力無双のダークエルフィン。

 

 その三人が三人とも、ただでさえ常人の枠を超えた戦士が世界樹の種子の力で強化されているために、襲い掛かった魔物が逆に一方的に狩られるのはむしろ当然の成り行きであった。

 

 そんな旅の一幕の話。

 

「皆さん、お疲れ様でした。お怪我はありませんか?」

「ふん、誰にものを言っている?」

「お前だジェニファー。必要なことだと分かっているし、実力も知ってはいるが……片目を隠してしかも二刀使いが一本を封印して戦う時点で危なっかしくて仕方ないんだぞ」

「ああはいはい、もう何回も聞いたよアシュリー」

「先輩を付けなさい」

「あしゅりーせんぱいっ(きゃるん☆)」

「っ!!?………そ、それでいいんだ。素直なのはいいことだぞ!」

「「「いい(の/んです)か……」」」

 

 戦闘終了後、緊張で張りつめたスイッチを切り替えるのを兼ねたやり取りの中で、明らかにふざけたジェニファーがわざとらしく愛嬌たっぷりに呼びかけると、まんざらでもない緩んだ顔でアシュリーが笑う。

 痛々しい厨二の精神が混入しているとはいえ、黙っていれば確かにジェニファーは人形のような整った愛らしさを秘めた顔の造りをしているし、銀髪紅眼、さらに眼帯の下は虹色の瞳という辺りで神秘性もそこはかとなく出ていなくもなくもない。

 

 ただ、外見がどうこうというより、体育会系気質のアシュリーにとって後輩が出来たというのが大きな要因なのだろうが。

 クリスは聖樹教会のエリート神官様だし、ソフィは年齢げふんげふん、純粋に舎弟というか舎妹というか、そんな扱いが出来るのは目下ジェニファーだけだ。

 ジェニファーも独特の振る舞いとは裏腹に付き合いが良い方で、朝夕はアシュリーと寮舎付近の敷地を走り回ったり剣を合わせる光景が良く見られている。となれば、初めて出来たアイリスの後輩として、それなり以上に可愛がられていた。

 

「でもアイリスもちょっとずつ人数が増えてきていい感じですね!」

 自分やユーが魔物に追っかけ回されることもなくなってきたからねえ……。

「それについては我が身の未熟を恥じるばかりです。しかしジェニファーにソフィが居て、これからはそうそう前衛を抜かせるようなことはありません!」

「む。主上の旗下として、相応の働きをするに吝かではないが……」

 

 しみじみと呟く冥王に、アシュリーが気負う一方、そんな先輩騎士やソフィ、クリスと順に視線を移しながらジェニファーが口籠った。

 

 以前冥王とユーとアシュリーだけで種子集めの旅をしていた頃は、アシュリーが出くわす魔物の群れを斬り伏せる間に、その内の一部の注意を惹きつけながら冥王とユーが必死に逃げ回っていたことも珍しくなかった。

 その頃に比べれば、前衛が三人に増えて王を危険に曝す賭けも減ってはいるのだが。

 

「前衛がナイト、ダークナイト、バーサーカーなのはいいとして―――、」

「ジェニファー様?自覚はあるのですがそう直球に形容されると些か傷付くものが……」

「後衛がクレリック、キング、観葉植物というのがな」

「せめてマスコットって言ってくれませんかジェニファーさん!?」

 

 ソフィとユーの抗議をスルーして、眼帯幼女はからっとした笑みで願望を吐き出す。

 

「次のアイリスはメイジかアーチャーか。援護射撃をもらえると非常にありがたいな」

「それは、確かに……だが無い物ねだりをしてもしょうがない」

「私も、得意ではないですが攻撃魔法の精度を上げられるか頑張ってみます」

 

 理に適った意見ではあるが、適当に放った戯言であるのはいつも通りのこと。

 アシュリーとクリスが現実的な意見を述べてその場は終わりだった。

 

 

 

 だった、のだが。

 

―――という訳で期待の後衛アイリスが来てくれました!

「セシル・ライ―――あわわ、セシルです!よろしくお願いしますっ!」

 

「あらあらまあまあ」

「来てくれたっていうか成り行きでくっついて来たというか」

 

 フルネームを告げれば結婚しなければならないという「お前美少女で良かったな」な掟を持つハイエルフィンが、冥王相手に一度やらかした事故紹介を繰り返しかけ、ダークエルフィンのソフィが形容しがたい感情をなんとか収めた感じの笑顔を浮かべる。

 その後ろで世界樹の精霊が渇ききったジト目を浴びせていた。

 

 今回の旅の目標は使役精霊の淡い光にエメラルドの髪を輝かせている、この小さな姫君に宿る世界樹の種子だったので、彼女がそういう経緯でアイリスに加入したことで余計な戦闘やトラブルにならないことはある意味で救いと言えば救いではあったが。

 

「冥王様と、こ、婚約…っ。私はどうすれば……!?」

「婚約指輪を渡す代わりに真名を教える、か。なかなか経済的だな」

「ジェニファー、その考え方が割と最低なのは私でも判るぞ………」

 

 冥王を慕う乙女達――約一名はなんか違うが――の心情を考慮に入れなければ、の話ではある。

 

 更に言えば、アイリスの至上命題は種子の回収。

 宿っている相手次第では力づくで奪うということも考えなければならず、また探索そのものにも魔物や盗賊との戦闘など危険が伴うことが多い。

 

 戦力にならない者を無理に迎え入れる余裕も、また興味半分の半端な覚悟で付いて来る戯け者を無理に引き立てる余裕も、実働四人という現状では存在しない。

 故に、彼女の力量を知る機会がまず設けられたのも当然であった。

 

 整然と丈を揃えて刈り込まれた芝の生えた広場。

 普段アシュリーが懸命に鍛錬に励む姿が見られ、またソフィの加入時にも激しい打ち合いを演じたこの場所で、その女騎士と褐色エルフが肩を並べる。

 対するは、眼帯巫女と少女神官という相性の悪い二人に加えて新入りの王族エルフ。

 

 これから模擬戦に入るのだが、少しは慣れたとは言えクリスは邪教の巫女の近くでやりにくそうな表情をしているし、セシルはぽややんとした顔を引き締め過ぎて全身ごとガチガチに固まっている。

 三対二という数の有利が生かせるかどうか、アシュリー達の方が心配になるくらいだった。

 

「よ、よよよろしくお願いしま!」

「はいよろしくお願いしま。―――クリス、場合によっては眼帯を外す。一応備えていろ」

「ッ……、はい」

 

「冥王様冥王様、やっぱり組み合わせ変えたほうがいいんじゃ……」

 いや、これでいい。

 

 ジェニファーも眼帯を付けていれば力が制限され、外せば味方のクリスに攻撃する可能性があるという問題を抱えている。

 不安そうに眉を顰めるユーをなだめながら、冥王は開始の合図を叫んだ。

 

「さあ――魅せてやろうか、我が刃の輝きを!」

「来い、ジェニファー!!」

 

 セシルの実力を測ることが目的とはいえ主上の御前試合―――水晶の大刀を構えたジェニファーが揚々と躍り出る。

 それを迎え撃つアシュリーも、騎士として主の見ている前で下手を曝す気は全くない。

 猛然と突き出された透き通る切っ先を弾き、すぐさま斬り返し、それを潜り抜けた幼女の繊手が鎧を掴もうとするのを全力で飛び退って回避した。

 

 何故―――その体躯に全く見合わぬ馬鹿力で以て、鎧を掴まれたが最後投げ飛ばされて地面に叩きつけられるからだ。

 重量のあるフルプレートの鎧を身に着けている分、その衝撃が生半可では済まないことは経験済み。鍛錬とはいえ一度それで苦い敗北を喫した経験により、わざわざ剣戟を示唆する童女の小賢しいブラフに引っ掛からずに反応しきった。

 

 とはいえ、人体の構造上後ろへの跳躍は大して距離を稼げる訳ではない。着地したその先も未だ大刀の間合いの内―――。

 

「せぇのっ!!」

「……ぐ、このっ…!」

 

 ソフィが眼帯の死角となっている右側から躍り出て、その戦斧を大上段から振り下ろす。

 咄嗟に得物で受けながら歯を食いしばる幼女の足元、芝生の地面が堪え切れずにへこむ。

 

 間髪いれずに体勢を立て直したアシュリーが攻めかかってくるのを、ジェニファーは戦斧を受け流しその幅広の刃を間に挟むことで牽制した。

 そのまま長柄を掴んでソフィの手から斧を抜き取ろうと手癖の悪さを発揮しようとするが、咄嗟に手元に引き寄せた彼女の反応に潔く諦めて二人から間合いを取る。

 

「油断も隙もありませんわね」

「えーくれてもいーじゃん。かわいいやしゃごのおねだりだよ?(超ロリ声)」

「だ・れ・が、ひいひいおばあちゃんですか………ッ!!」

 

「………す、すごい」

「すごい、じゃないです!援護をっ!!」

 

 豪快に重量武器を振り回す戦闘スタイルと裏腹に、ジェニファーの本領は守りの戦いだ。

 ぞろぞろと湧いて出る教会騎士達に冥王の祠を破壊されない為に戦い続けたジェニファーにとって、背水の陣で多対一の不利など常のこと。

 眼帯でジェーンの闇の力を封じていようと、アシュリーとソフィが二人掛かりで攻めれば容易く陥とせるなどという程甘くはない。

 

 クリスが神聖魔術を飛ばし、負荷の掛かった足首や手首の痛みを癒しながら幼女の身体を活性化させる。

 その感触に口元を笑みに変えたジェニファーが駆け出し、その背の小ささとすばしっこさでアシュリーとソフィの連携を乱しながら翻弄する。

 

 その様子を後ろから見て、ようやく為すべきことを思い出したセシルは深呼吸して精神を集中した。

 

「お願い、《イフリータ》……!!」

 

 ジェニファーの戦いぶりは確かに見事だが、今この場で示すべきは自身の力なのだ。

 自分はあんな風に剣で切り結ぶ身体能力はない、森の奥で他人に傅かれて育った世間知らずの箱入り娘だ。

 

 だが、王族たるハイエルフィンとして―――炎の上級精霊と契約した精霊魔術は生半可な威力ではない。

 セシルの背丈を優に倍する炎が象る巨人。それが繰り出す火炎放射は、全てを焼き尽くさんばかりの熱量と規模を以て前衛で立ち回る三人に降り注ぐ。

 

 そう、三人に。

 

「ちょ、これが正真正銘フレンドリファイア!?」

 あ、ユー上手い。

「止めてくださいセシルさん!ジェニファーさんが巻き添えになって―――」

 

「あ、ああ………っ!!」

 

 そうだった。せっかく契約した上級精霊も、その威力に振り回されまだちゃんと制御できている訳ではない。

 未熟なのは自覚していた筈なのに、無思慮に最大火力の魔法を発動させてしまったと気づいたのは取り返しのつかない段になってからだった。

 

 緊張していたことなど言い訳にもならない、灼熱の業火がまず味方である筈の幼い少女の背に襲い掛かり。

 

 

 

「――――灼焔装刃【エンチャント・ブレイズ】」

 

 

 

 後ろ手に振りかぶった水晶の刃にその魔力を行き渡らせ、刀身を染めて紅玉と為す。

 黒衣を翻し、銀の髪と装飾が舞い、暁の地平線を思わせる優しい赤が―――光と闇を分かつ絶対の時を暗示するかのように、真一文字に横薙ぎの軌跡を残した。

 

 

「“崩炎のインフェルノ”」

 

 

「……きゃっ!?」

「……くぅ!!?」

 

 アシュリーの剣が、ソフィの戦斧が、その一閃を迎え撃とうとして。

 稲妻よりも迅く伝導した炎熱が、その掌を焼いた。

 

 咄嗟に得物を手放した二人の反応は最適解。本来なら生半可な守りを一切合切溶かし斬り、瘡傷から敵の全身を沸騰させた後消し炭と化す技だ―――模擬戦で仲間を殺す気など毛頭ないジェニファーは、そうなりそうなら当然すぐに技を止めるつもりだったが。

 とはいえ、未だ紅の輝きを宿す刃を振るう幼女を武器を失った二人が徒手で止められるかと聞かれればその場の誰もが首を横に振るだろう。

 故に、立会人として冥王はジェニファー・クリス・セシル組の勝ちとして決着を宣言した。

 

「未熟……っ」

「私もまだまだですね」

 

 勝負が終わった後に悔しそうに呻く二人を煽る趣味もないジェニファーは、無言で振り返ってセシルの元まで歩いていく。

 自分の元に近づいてくる、盛大に誤射した相手である眼帯幼女にびくつきながらも、エルフの姫は泣きそうな声で謝罪の言葉を送ろうとした。

 

「あの、ご……ごめんなさ……」

「ちょっと掌をこっちに向けて、顔の高さまで上げてみろ」

「えっ?こ、こうですか?」

 

 素直に、というより反射的に従ったセシルの柔らかい掌を、豆が潰れ切って硬いジェニファーの平手が思い切り叩いて乾いた派手な音を鳴らす。

 

「痛っ~~~!!?」

 

「ハイタッチ。“仲間”と共に掴んだ栄光を喜び合う合図だ」

「~~~、――――え?なかま??」

 

 

「最初に負けるところから始めたくはなかっただろう?

 我が名はジェニファー=ドゥーエ。冥戒十三騎士が終の一騎にして、黒の剣巫。共に轡を並べる朋輩として、改めて以後よろしく頼むぞ“セシル”」

「あ―――、はいっ。よろしくお願いしますね、ジェニファー様!!」

 

 手に襲い掛かった痛みにこれが罰かと思いながら悶えていた緑髪の姫は、銀髪の巫女のひねくれた歓迎の言葉にぱっと顔を華やがせる。

 仲間と認められた―――対等の相手と話した経験も殆ど存在しないセシルにとって、ひどくこそばゆくも心が温かくなる感覚。

 それに満面の笑顔で喜ぶ彼女の後ろで、クリスの苦笑が覗いていた。

 

「もう、ジェニファーさんったら……」

「さりげなく不器用ですよねー」

「わっ、ユーさん!?」

「勝利おめでとうございますクリスさん」

「ありがとうございます。でも、その言葉はセシルさんと、ジェニファーさんに掛けるのが一番いいのではないでしょうか?」

 

 言ってはなんだが、たかだか模擬戦で何故ジェニファーが眼帯を外し、リスク覚悟で本気を出すことも視野に入れていたのか。

 多数の有利が機能しているとは全く言えない状態のチームで、何故彼女は達人級の前衛二人相手に一人で果敢に攻めたてたのか。

 

 『最初に負けるところから始めたくはなかっただろう?』―――ジェニファーなりに、歓迎の印としてセシルに花を持たせたかったということ。

 そんなさりげない不器用幼女はと言えば、ハイタッチがお気に召したのか何度もせがむセシルに律儀に付き合っていた。

 その様子をクリスと共に、冥王とユーが温かい目で見守っている。

 

「冥王様は、はじめからこうなると思ってチーム分けをしたんですか」

 計算したわけじゃない。でも、ジェニファーは優しい子だからもしかしたら、とは思ってた。

「優しい子……」

 

 幾千年の時を生きた冥王が、ジェニファーという人格の何を読めているのかはまだクリスにもユーにも分からない。

 今はっきりしていることは―――、

 

「ジェニファー様、手の感覚がなくなってきました!えへへ、もう一回お願いします」

「はしゃぎ過ぎだ全く。これで最後にしておけよ?」

「はーい!」

 

 ぱんっ、と二人で高く打ち鳴らす柏手は、無事セシルがアイリスの一員として加入できたその証明だということだった。

 

 





 他のアイリス同様、ジェニファーの使う武器にも名前は付いている。
 じゃあ何故使わないのか、って?

 背中が痒い――――のもあるけど、下手に地の文で人名以外の固有名詞増やすとファルシのルシがコクーンでパージすることになるから。



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パトリシア


 明けましておめでとうございます。
 本年も相も変わらず頭の悪いお話を展開しておりますがお付き合いくださいませ。

 さて今回一部で不安の声が上がっていた修道女回。
 この話を書いている時に再放送していたGガンの影響が出ていることは否定しない(展開ネタバレ)




 

 ジェニファーが《アイリス》として冥王一行に加わってから、幾月かの時間が流れた。

 世界樹の種子を求めて現世に降り立った回数は二桁を優に超え、同じ数だけの種子の宿主(シーダー)に出会ってきた。

 

 種子は宿主の能力を増幅し、才能を開花させる―――良くも悪くも。

 国や種族を問わず様々な形で信仰されている創世の世界樹が炎上し、人々に不安や恐怖が蔓延している世情で、身に余る力を暴走させる人間は残念ながら少なくなかった。

 

 盗賊を斬り、山賊を縛り上げ、海賊を沈める。

 圧制を敷く領主の首を晒し、街に蔓延るマフィアを叩き潰し、人を攫っては悍ましい実験の材料とする魔術師の息の根を止める。

 種子を抜き取る血生臭い旅路の中で救った人から感謝を浴びたり、そして冥王一行だとバレると罵声を浴びたりと毎度退屈とは無縁の冒険の日々であった。

 

 そして種子が人間や亜人種のみならずモンスターに宿ると発覚してからは、渓谷、火山、密林、氷雪地帯と景色に飽きる間もないほどに大自然な中を往く羽目にもなった。

 

 だが、それを嫌だ苦しいという感情は、少なくともジェニファーにはない。

 “冒険”が嫌いな性格ならそもそも厨二言動なんかしていないというのも多分にあるが、悪い出会いばかりでもなかったというのが理由の一つ。

 

 共に戦うアイリスは個性豊かながらも、全員が世界を救う旅などという酔狂に付き合う程度にはお人好しであり。

 そして似たようなお人好しもシーダーの中には何人か存在し、新たにアイリスとして加入する者もちらほらと現れる。

 

 被虐趣味が嵩じて傭兵に身を投げた令嬢。

 なんかノリの軽い家出吸血鬼(ヴァンピール)。

 ロリコンが祟って仕事をクビになった元宮廷画家の女。

 歌をフルコーラス聴いてあげると仲間になるチョロい人魚(セイレーナ)。

 日々三流雑誌の広告に載りそうなアレな薬を作ろうと奇行に走っていた貴族の娘。

 碌に文化交流も無いド田舎の離島出身なのに何故かアイドルなる概念を自称する兎耳亜人(ラビリナ)。

 

 みんな種族の垣根を超えて世界を救うという高潔な志を持って集った頼れる仲間達だ。

…………たぶん。

 

 そして今回の主題。

 

 人数が増えてくるにつれ、三番目のアイリスという最年少なのに古株なジェニファーの事情は、あまりぺらぺら口外する類のものではないという理由もあり、知らないまま彼女の奇矯な言動に接する者も増えてくる。

 その中に、クリスと同じ理由で幼女から逃げられているアイリスがいた。

 

「クリスせんぱ~い、ジェニファーさんが心を開いてくれません……」

「あぁ……、それはまあ、なんというか……」

 

 才能と才能は惹かれ合うと言うべきか、中にはアイリスとして合流する前から面識のある者達も居り、このパトリシア=シャンディという修道女も、修道院時代のクリスと先輩後輩の関係だった。

 そう、聖樹教会の修道女。なのでうっかりオッドアイ幼女の虹の右眼に映ろうものなら、また右腕が疼く案件となるのだが、そんなことはつゆ知らぬ彼女の相談にどう答えたものかとこの日クリスは悩まし気に目を伏せていた。

 

「ジェニファーさんだけ、ハグも笑顔も一度も交わせてないです。

 わたし何かやっちゃったんでしょうか………」

 

 人懐っこく、スキンシップが大好きで、『どんなときにも笑顔で』を信条としているこの快活な後輩に対して、力になってあげたいとは思う。

 アシュリーのものより幾分か色の濃い紫のポニーテールをしゅんとしおれさせ、自信なさげにしょんぼりしている有様を見ればなおさら。

 それに子供に避けられる、というのは思いの外心にクるものがあるのは身をもって知っている―――奴が純粋な幼女かどうかはさておくが。

 

 とはいえ聖樹教会への憎悪の塊である“ジェーン”を内に抱えたジェニファーと仲良くなる方法など、クリスの方が教えて欲しいくらいだった。

 彼女自身に悪意がなくとも、うっかり右眼の視界に入れば鉄拳が飛んで来かねない相手。

 あの馬鹿力で殴られれば次は左の頬をとか言ってられないレベルの惨事になるのが明白だし、そのことに気を遣っているのはむしろあの邪気眼幼女の側だ。

 

 危険な旅の中で自分の実力を制限してまで眼帯をしているのはもちろん、なるべくクリスとは別行動を心掛け、一緒に居る時も間合いの外に身を置いている。

 それは共にアイリスとして行動するにあたり、適切な判断でもって引いた一線と言えるだろう。

 

「………っ」

 

 逡巡するのは、果たしてこれらの事情をこの純粋な後輩に教えていいものだろうかということ。

 上級神官に叙任され、多少は権力闘争というものを間近で見る機会のあったクリスですら、ジェーンに降りかかった教会の血塗られた一面にはアイデンティティが揺らぐ程の衝撃を受けている。

 

 復讐鬼を腹の内に飼いながらも、表面上は当たり障りなく付き合ってくれている“彼女達”の事情をぶちまけて気遣いを台無しにして。

 結果得る物が教会を無邪気に信じるパトリシアに刻まれる心の傷と、アイリス全体にまで波及するかも知れない邪教巫女と聖樹教会組との関係の亀裂だとするなら、この相談には余計なことを言わずに当たり障りのないことだけ答えるのが適切な判断なのではないだろうか。

 

 

―――『残念だったか、神官?ここで我が罵詈雑言を吐いていれば、そのお門違いな罪悪感も多少はましになったかもな?』

―――『それが許されるクリスおねえちゃんは、さいごまで教会を信じるといいよ!それだけで便利に手軽に簡単に、救いは得られるよ!』

―――『“信じる者は救われる(わたしはわるくない)”、ってね!!』

 

 

「――――本当に?本当にそれは、適切な判断と言えるのでしょうか?」

「先輩………?」

「私はただ、殴られるのが怖いだけなのでは……」

 

 迷いの中で未だに刺さってしまっている厨二の戯言がクリスの脳裏に再生され、いぶかしむパトリシアにも気づかないで懊悩が口をついて出た。

 

 相性の悪い同僚として向けられる当たり障りのない態度。

 その裏には己の古巣が引き起こした惨劇と、それによって一人の子供が負った心の致命傷がある。

 なのにジェニファーの“大人の対応”に甘えて、このままなあなあにして“救われる”ことを、果たして由としていいだろうか。

 

 そんなある意味損な高潔さを持ったクリスこそ、ジェニファーと“仲良く”できる方法があるなら誰でもいいから教えて欲しかった。

 

 

「なるほど、つまり拳を交わす痛みを怖れなければ、ジェニファーさんと仲良くなれるんですね!?」

「……………、はい?」

 

 

 そして、パトリシアがどういうアクロバティック思考を辿ったのか、さも名案を閃いたとばかりの笑顔でクリスにその方法とやらを示す。

 こういう風になってしまえば一直線になる後輩は、止める間もなくその名案を実行に移した。

 

 すなわち。

 

 

「―――ジェニファーさん。あなたに決闘を申し込みます!」

「……いい度胸だ。受けて立ってやる」

 

 突如発生したイベントにノリノリで即答するバカと、脳筋100%な回答を出した武闘派シスターのマッチメイクが成立した瞬間だった。

 

 

………。

 

「ルールはお互いに素手。武器も魔術も使用不可」

「いいんですか、私は格闘家ですよ?」

「ふん。所詮は余興だ」

 

 種子集めの為には避けて通れない、戦闘集団としてのアイリスの質の向上の為に冥界に新たに建てられた鍛錬場において。

 立会人をクリスとして、挑発するようなジェニファーと、そんな幼女の言い草にプライドを刺激されたのか片眉を僅かに上げたパトリシアは火花を散らす。

 

 開始の合図は必要ない。武道を嗜む者なら、心得が無いなら猶更、決闘の場に立った時点で開始の合図の前に攻撃を仕掛けるのが卑怯などという戯言は吐かない。

 

 故に―――。

 

「ふッ!」

「はぁっ!!」

 

 どちらからともなく、突き、払い、打ち上げ、拳が風を引き裂く音を奏でながら交錯する。

 どちらも石壁程度なら軽く穿つその威力は剣呑ながらも、互いに様子見なのか拳だけの応酬が一息の間に二桁を数え……裏拳と肘が交錯して腕と腕で押し合う体勢になった時点で互いに飛び退いた。

 

 間合いを開き、互いに構えを取る―――半身を開き、重心を下げ、正面斜め下に腕を伸ばす姿勢は両者同じもの。

 

「教会式の格闘術……?」

「“余興”―――そう言ったろう?」

 

 コンセプトは一撃必倒の剛拳。

 炎や氷などの属性魔術をそこに上乗せし城砦すらも打ち崩すと云われる、聖樹教会に伝わる無手の闘法。

 だが、他人の魔術を吸奪し魔剣として繰り出す外法・装刃【エンチャント】の前には絶好のカモとして、かつてその担い手が幾人も斬り伏せられてきた。

 

 暴走するジェーンが斬殺した教会騎士達の一部が戦闘スタイルとしていたため、ある意味下手人のジェニファーにとって最も親しんだ格闘術でもある。

 何せ無人の荒野で冥王の祠の番人をしていたのだから時間は腐るほどあった―――倒した敵の闘技を己の戦法に組み込む鍛錬の時間は。

 

 とはいえ、見様見真似の技がそれ一本で修練に励んできたパトリシアに果たして通用するだろうか?――――答えは、是。

 

「……っ!!?」

「ダンスの練習でもしておくか?」

 

 純度、という意味であれば確かにパトリシアの方が上だろう。

 ジェニファーの馬鹿力でただ打ち込む拳より、パトリシアの最適化した体捌きで繰り出される突きの方が威力は高い。

 

 だが、実際に“格闘”をした場合どちらが有利か。

 人間相手には稽古か、あるいは種子で強化された身体能力で圧倒できる程度の敵に対する経験しか積んでいないパトリシアと。

 正式に騎士として戦場で格闘を嗜む者達がどのように屍を晒してきたか、実行犯の視点で目前に見てきたジェニファーと。

 

 お互いに更にもう一段身体のギアを上げる。

 入れ替わり立ち代わり、位置を二転三転しながら蹴りを織り交ぜ、時として跳躍からの空中戦すら行いながら無数の拳打を繰り出し合う。

 緩急までも混ざってまるで舞いのような様相を見せたと思いきや、突如としてパトリシアが動きを止めて一息の“溜め”を取る。

 

「―――ここでッ」

「ちぃっ!?」

 

 上段からの瀑布の如きワンツー、その出だしを挫くのに失敗しパリィに徹したジェニファーに三撃目の拳。

 ガードの上からでも響く衝撃に押され、鍛錬場の土の上を滑る幼女―――堪えていた顔を上げると、空中回し蹴り(ローリングソバット)が首狙いでギロチンの如く迫ってくる。

 身を屈めて体勢を低くすると、それを狙いすまして着地したパトリシアが回転の勢いのままに下段を刈ってくる。

 身を捻りながら跳んだジェニファーに打ち上げるような肘、流れるように膝、中段への破壊力を重視した掌底で締め。

 

 武闘家シスター渾身の七連撃――その結果は側宙にバク転とひらりひらりアクロバティックに間合いから逃れるジェニファーが、ガードに使った腕を痙攣させながらも痛打無しで凌ぎ切ってみせた。

 

 次はこちらの番とばかりにじりじりと摺り足で間合いを詰め、踏み込む――と見せかけたタイミングで小さな体を後ろに倒し、足捌きで遠近感を狂わされ、迎撃すべく繰り出したパトリシアの拳は僅かに届かず空を叩く。

 

――――実際に“格闘”をした場合どちらが有利か。

 

 泳いだ上体を無視して左のふくらはぎに連続蹴りを叩き込んだ幼女がこの瞬間の一つの答えであり。

 都合五度目の蹴りに対して軸足を組み替え、狙いを外させた隙に繰り出した手刀でジェニファーの眼帯を弾き飛ばしたのが、本職の格闘家であるパトリシアの意地だった。

 

 

 虹色の眼が、邪教の巫女の精神が、修道女の姿を捉える。

 

 

「貴様……!?」

 

 

 反射的に距離を空けるジェニファーだが、その右眼はパトリシアの運動用の胴着にもしっかり縫い付けられている聖樹教会の印を既に捕捉している。

 奪い、犯し、殺し、その残虐さを神聖と言う名の生皮で誇示する最低最悪の外道集団の一味―――少なくとも《ジェーン》はそう認識しており、故に仇を前に爆発する憤怒は決闘で昂った躰のせいでジェニファーには抑え込めそうにない。

 

「パトリシア!!」

「先輩はそこで見ててくださいっ!!」

「………ッ!!?」

 

 このまま下手を打てば血を見る事態になる―――焦るクリスをパトリシアは制止した。

 脚に喰らったダメージとは明らかに異なる要因によりあふれ出る脂汗を額に滲ませながらも、ぎらつく虹眼を真正面から見つめ返し、語りかける。

 

「教会の格闘技、その癖と隙を理解した動き、このひりつくような殺意。

―――あはは、なんとなく察しちゃいました……」

「だったらさっさと失せろ。決闘は貴様の勝ちでいい、加減が効かなくなる前に消えろ」

 

 空気が淀んで見える程の濃密な殺意がパトリシアへと収束する、間違いなく彼女にとって今までの人生で最も死を覚悟する時間がゆっくりと流れる。

 それでも……それでもパトリシアは、笑った。

 

 

「いやです。今日こそ、本気でぶつかってきてください」

 

 

 その言葉に、ジェニファーもクリスも目を見開いて驚愕する。………右眼も同時に見開かれたように見えたのは、錯覚だろうか。

 

「―――正気か?まさか自分は殺されないとでも、危機感が足りないのか?」

「正気です。命がけなのは分かってます。でもっ!!」

 

 深く息を吐き、―――あろうことかパトリシアは、前に踏み出した。

 両手の指でも足りぬ数の教会の聖騎士を惨殺した復讐鬼に、自分から近づいたのだ。

 

「パトリシア=シャンディ!!」

 

 当然に、その暴威は振るわれる。

 ジェニファーの操る二刀のうち、“水晶”はクリスの背後の壁に立て掛けてあるが、“黒”は魂から湧き上がる怨嗟が形を為したものだ。

 故に眼帯を付けている(ジェーンの感覚を封じている)間は使用できないが、逆に眼帯を外して念ずれば右手にいつでも現れる。

 ジェニファーがそれを抑制することにはなんとか成功したが、逆に言えば武装以上の抑制が全く利いていない状態でジェーンは襲い掛かる。

 

 身長差からかち上げるような拳が唸りを上げる。両腕を交差したパトリシアのガードがその一発のみで崩される。

 追撃の拳が迫る。払い気味に左手で回し受けを試み―――指から嫌な音が鳴った。“幸いにも”、それ以上の被害なくなんとか逸らすことが出来た。

 次は蹴りだ。上段の最も威力が乗った回し蹴り。だがパトリシアの腰程の高さにしか届かない幼女の体躯では、蹴り最大の利点であるリーチの長さが生かせない。とはいえ脚力を考えれば油断の許されない脅威を、なんとか最低限の後退でやり過ごす。

 

 すぐさま反転してパトリシアは鋭いジャブで銀髪幼女の側頭を小突く。鼓膜を破損し脳を揺らされて、ふらつきながらも、殺意に突き動かされるジェーンは猛然と掴みかかってきた。

 大の大人が両手でなんとか持ち上げる重さの大刀を片手で振り回せる握力――それを考えれば四肢を掴まれた段階でアウトだ。組み技以前に単純な力業で“捩じり折られる”。しかし小ささ故に俊敏なジェーンを躱し切るのも不可能に近い。

 

「で、ぇいッッ!!!」

 

 パトリシアは頭を使った。自らの額をジェーンの眉間に叩きつけたのだ。

 両者の視界に火花が散る。ダメージというよりは衝突時の純粋な体重差によりたたらを踏んだのは幼女。そして―――復帰が早かったのは、覚悟して人体で最も硬い額をぶつけたパトリシア“ではなく”、正中線の急所である眉間を砕かれたジェーン。

 

 鼻孔から血を垂れ流しながらも、憎悪に暴走した巫女は腰を捻り、地面を踏みしめ、明らかな技として―――放つは抉り込むスクリューブロー。

 

「かふっ………!!?」

 

 あばら骨が砕けた。

 内臓が無理な力で抉られた。

 呼吸の為の筋肉が衝撃に悲鳴を上げ、奇妙な掠れ声が空気を掻いた。

 

 そんな肉体のエマージェンシーを、パトリシアは勢いよく吹き飛ばされながら激痛という形で受け取っていた。

 堪えるとか、我慢するとか、そういう話ではない。

 それで立っていられたのは、単に壁に叩きつけられた後蹲ることも出来なかっただけ。

 

 鍛錬場の内壁に背中を預け、霧散する意識の中、ぼやけた視界の中で小さな銀色が飛び掛かってくる。それが何かも理解する間もなく――――。

 

 

―――真っ向から浴びせ蹴りで迎撃したのは、身に染みついた鍛錬によるものか。

 

 

 流石に全力で飛び掛かったところを蹴り返されればダウンはするらしい。

 追撃の手が止んだのを感じながら、精神を集中させて意識を保ったパトリシアは、左肩を危険な揺れ方でぶらつかせながら跪くジェーンを視界に捉える。

 

「か、げほっ、ごほ!?ぜぇ、はぁ……」

 

 内臓を損傷したのか、口からどす黒い血反吐が零れてまともに喋れない。

 それでも伝わると信じて、パトリシアは拙い笑顔を保って心の中でジェーンに語りかける。

 

(ねえ、ジェニファーさんの中のあなた)

(【殺す、殺す殺す殺す殺すッ!!おとうさんの怖かったのも、おかあさんの苦しかったのも!!おにいちゃんの血をながしたのも、おばあちゃんの泣いたのも!!ぜんぶぜんぶお前らに返してやる―――!!】)

 

(すっごいパンチだったよ!会心の一発ってやつだよね、ものすごく痛いや。

………………でも)

 

 会心の一発を決めた人間は、普通笑うものだ。

 それは誤魔化しようのない人間の暴力性という悲しさがあるのかもしれないが、とにかく決めた瞬間はどんな人間でもすかっとして笑顔になるものだ。

 

 

(でも、あなたは笑ってない。だってあなたの受けた痛みは、こんなものじゃ済まないくらいの傷だったんだから。分かるよ)

 

 

 拳を通して―――それは悲し過ぎる対話手段だ。

 でも時として、一番相手と心をぶつけ合い、相手の心を近くに感じる手段になる。

 

「だ、がら……さぁ、立って!!続けよう、けっどうを!!」

「【あ、ああ゛ああ゛あぁぁぁあぅっっっっ】~~~~!!!」

 

 馬鹿な事をしている、というのはパトリシアも分かっていた。

 優しい先輩は、涙を必死に堪えて、動きだしそうな体を押さえつけて見守ってくれている。

 一歩間違えれば死ぬ、そんなこと理解できてない訳はなく、怖くない訳でもない。

 

 でも同じくらい、こうでもしなければ自分はこの悲しい少女の本質と向き合えないことも直感していた。

 なのに痛みを怖れて、避けるようなことをすれば。

 

 

(“世界中のみんなを笑顔に”。口だけの人間になるのは、絶対に嫌だから!!)

 

 

 亡き弟の今際の願いを託された時に、心に決めた目標。

 それはきっと、目の前の相手と笑い合える世界じゃないといけないはずだから。

 

 

 打撃の応酬が再開されるが、片腕が使えないという、痛み云々以前に体のバランスが崩れるという要因で目に見えてジェーンの動きは鈍っている。

 ダメージを受けたパトリシアでも、なんとか捌けるほどに。嘘だ。ジェニファーに先ほど痛めつけられた左脚が急に重くなり、言うことを聞かない。

 この役立たずと苛立ちまぎれに相手に叩きつけたら、それがジェーンの蹴りと衝突して互いに完全に片足をダメにした。

 

 もはやここまで繰り出す土台である肉体がボロボロになれば、腕力も技巧も意味を為さない。

 駄々を捏ねる子供同士のような叩き合い。痛みすら生ぬるい極限の中で、どちらが意識を先に落とすかの我慢比べ。

 

 

「どうして、こんなの……っ」

 

 涙声でクリスが問う。

 

(だってこの痛みが、この子の痛みなんです)

 

 パトリシアが繰り出しているのは攻撃ではない。

 ジェーンの拳に籠った悲しみをちゃんと受け止めて、受け止めたことを相手に示すサインだ。

 

 

―――どうして、そこまで。

 

 “黒”が溢れ出さないよう踏ん張りながら、ジェニファーが問う。

 

(あなたとも、この子とも、分かり合えると思ったから。

 なのに逃げるなんて、できない)

 

 その愚直さ加減に、お前の勝ちだよとジェニファーは一足先に負けを認める。

 そしてほんの少しだけこの世界に希望を持てた。

 

 

 なあジェーン。お前に向き合ってくれる人がここにも居たよ。

 それも聖樹教会の修道女だ。笑えてこないか?

 

 

 そして決着も、すぐに追いついた。

 何十度目かの殴り殴り返されの後、頬を打ち抜かれたパトリシアが崩れ落ちそうになる。

 

「っ――――、まだだッ!!」

 

 執念で伸ばした腕がジェーンの砕けた肩を掴んで引きずり倒す。

 入れ替えた体勢はその勢いで拳に遠心力を与え、体重と共に振り下ろした拳がうつ伏せに地べたに叩きつけられた幼女のみぞおちに突き刺さる。

 

【……あ、ぁ】

 

 それきり動きを止める幼女。

 ジェニファーの経験上、まだ敵が生きているのに“こんな程度”の怪我で暴走が止まったことはなかった。

 いや、一度暴走を始めたなら、憎き聖樹教会の人間が目の前に居てそれを皆殺しにするまで止まったことなど一度もなかった。

 

 けれど、止まった―――認めたのだろう、憎しみに憎しみを連鎖することなく向き合い、痛みを理解しようとしてくれた修道女を。

 それが伝わったのか、パトリシアも安心して笑う。

 

 あざだらけで、でも最高の笑顔で。

 

「仲直りは、笑顔でハグ……ですよ!」

 

 それきり完全に気が抜けたのか、すとんと気を失ってジェニファーの横に倒れるパトリシア。

 もはや勝敗など誰も気にしていなかった決闘の終わりを見届けたクリスが神聖魔術の治療を始める中で。

 

 幼女のか細い右腕が―――修道女を抱き返すように胴に回されていたのだった。

 

 

 

 





 調子に乗った主人公が痛い目に遭う回(全身打撲、内臓破裂、鎖骨・左足骨折等々)

 今回なんかこうバトルシーン書き始めたら執筆のノリが止まらなかった。
 絵面想像したら普段から痛々しい幼女が別の意味で痛々しくなったという。

 とはいえこのTS幼女、暴走ジェーンが喰らった肉体の損傷の痛みを毎回ダイレクトに共有していた訳で、それでもなお厨二ムーブしてるんだからある意味鋼の精神である。
 もうちょっと別の方向性なら尊敬できたんだが……。



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ラウラ


 SR以上で4属性カバーしてる上にアイテム盗んで戦利品増やすのでパーティーには大抵入ってる子。
 出撃回数で言えば多分過労死レベルで断トツ一位なんじゃなかろうか。

 猫虐待は程々に。



 

「という訳で、今回はお留守番」

「いやどういう訳だ」

 

 この日の冥界は、相も変わらず快適な気候だが、どこか寂し気な雰囲気が漂っていた。

 主である冥王が地上に種子探しに向かっていて不在なのだ。

 当然騒がしいアイリス達も一部は同行している。

 

 一部は、と言ったのは、冥界に居残りとなるアイリスも居るため。

 

 危険な種子探しの旅とはいえ頭数ばかり揃えていても却って動きにくい事情がある。

 戦力という観点では数が多ければそれで有利かもしれないが、街中でも農村でも十人以上の美少女揃いの集団がうろついていれば変に目立って仕方ないし。人の手の入らぬ大自然を探索する時に、統制の利かない人数で行軍して、もし一人でもはぐれたら合流しないと冥界に帰還できなくなるというのも考え物だ。

 だから、冥王とレーダー役のユーと実働として五人ほど、計七人程度のパーティーで出撃するということが多かった。

 

 決して中の人(ギャラや収録の調整)とかライター(一つの場面に大人数が居ると捌くのがめんどくさい)とかゲームシステムとかの都合ではない。断じて。

 

 あとは、聖樹教会の影響力の強い地域で活動する時は、邪教の巫女であるジェニファーや教会の教えに興味がない亜人達はあまり連れ歩かない方がいいといったこともある。

 この日はそういう事情で出撃から外されていたジェニファーと猫亜人(ミューリナ)のラウラが、がらんとした食堂で出涸らしの茶をしばきながら駄弁っていた。

 

 一応ベアトリーチェから自主鍛錬のメニューは申し付かっているが、それさえ熟せばあとは自由な休みを満喫できるのが待機組のアイリスである。

 

「ラウラは今日も商売か?」

「まあね。………って言いたいけど、ちょっと仕入れがいまいち」

 

 ショートに切り揃えたブロンドの髪の間から生える猫耳を揺らしながら、くりくりした眼を気だるげに細めて頬杖を突く少女。

 対面のオッドアイ幼女は、なんとはなしに視線を上に向けてその猫耳の動きを観察していた。

 

 交易で栄える砂漠国家ハジャーズ出身のラウラは、隊商の一員としての経験もあり、個人商店の範疇で他のアイリスや冥界の住人と物の売買をよく行っている。

 散逸した世界樹の種子をかき集めるべく世界中を巡るアイリスとして、珍しいものや手に入りにくい物をよくついでに集めては他で色をつけて売り捌いていた。

 他のアイリスが要望する物を仕入れ提供する、ということもしばしば―――当然対価は要求するが。

 

 冥王の方針が自由放任のため黙認されていても、仲間内で金銭のやり取りはトラブルの元………なのだが、塩梅は心得ているらしくこれまでそういった諍いを発生させたことはない。

 

「そういえば、今日は眼帯付けてないね」

「右眼が疼く相手(クリス)が地上に往き不在だからな。パトリシアは問題なくなったし」

「?……よく分かんないけど、代わりに包帯がぐるぐる巻き」

 

 ラウラの指摘のとおり、いつもの黒衣の隙間から、幼女の柔肌の至る所に痛々しく包帯が巻かれているのが覗えた。

 これで仏頂面でなく、震えながら涙目で「ひっ……!」とか怯えている演技でもすればいい感じに闇を纏った子供になるだろう、もちろん違う意味で。

 

 勿論この厨二幼女は包帯を伊達や酔狂で巻いている―――という訳では、実はなかった。

 

「ジェーンがまた暴走してくれたからな。毎度のこととはいえ……」

 

 鼻骨陥没。左鎖骨粉砕骨折。右腹側筋断裂。鼓膜破損。左脚脛骨亀裂骨折。肋骨及び内臓損傷。その他打撲多数。

 如何に立会人のクリスが聖女の奇跡ですぐに処置したとはいえ、地球の医学では後遺症の嵐と地獄のリハビリを覚悟しなければならない怪我のオンパレード。パトリシアとの決闘で破壊された肉体は、向こう数日は日常生活を送るだけで激痛を訴えることだろう。

 今のジェニファーの仏頂面は、実はやせ我慢の賜物でもあった。

 

「寝てなくていいの?パトリシアは部屋から出てこなくてファムがご飯届けに行ってたけど」

「慣れているからな。この程度なら、まだ」

「………反応に困るようなことさらっと言わないで欲しい」

 

 ビジュアルからして激しい虐待を受け慣れた幼女の言葉に、げんなりした表情でラウラが呻く。

 ジェニファーの中身が幼気な子供ではないことは“身をもって”実感済みだが、生まれの孤児院で弟妹達がいる彼女にとってどうにもやりにくい。

 

「なんだ、心配してくれているのか?我には含むものがあると思っていたが」

「なくはないけど……今の私なら、冥王様の財布をスるような奴がいたら同じことやるだろうし、そんなに引き摺ってない」

「はいはいごちそうさま」

 

 実はラウラのアイリス加入時にちょっとばかり因縁があるジェニファー。

 ラウラが地上の雑踏を歩いていた冥王――貴族風の身形のいい衣装を着ているので、手持ちが多いと踏んだ――の財布をすれ違いざまに盗み、そこを取り押さえられたのが出会いなのだ。

 

 当時彼女は路銀が少し心許なくなっており、その時ちょうど財布を盗まれても路頭に迷うとは思わない相手がいて、しかもその連れが子供三人でカモに見えたものだから――――で、その子供三人とやらの内訳が世界樹の精霊と、銃を携行したドワリンの元義勇兵と、そして冥王崇拝の巫女だった。

 

 まず威嚇とはいえ足元にめり込んだ銃弾に背筋が凍り、地面を踏み砕きながら迫る幼女に戦慄した。

 慌てて逃げを打ち、猫亜人(ミューリナ)特有の俊敏さで街の路地や屋根を駆け抜けたが、背中を数瞬前にラウラも踏んでいた足場を全て破壊する音と共に幼女が猛追してくるのだ。

 

 ラウラの疾走をパルクールと呼ぶとすれば、ジェニファー(ジェーン)の機動はただの肉体性能の暴力で―――それ故に言い様のない戦慄と焦燥を覚えたものだった。

 決して突いてはいけない藪に手を出してしまったのだと。

 

「虹色の方の眼は禍々しくぎらついてたし、手ぶらの筈なのに地べたに取り押さえるなり頭の横に黒い剣ぶっ刺すし、あの時は本当死ぬかと思ったけどね」

「うむ、手綱を取る我が少しでも気を抜けばガチギレしたジェーンがついヤっちゃうところだった」

「「あははははは」」

「「………………」」

 

 お互い普段絶対しないような白々しい笑い方で話を切る二人。

 笑い話ということで流してしまおう、この話を引っ張ればお互い不毛なことにしかならないから。

 意気投合では断じてないが、意思統一は図れたという意味で笑顔を交わしたのだった。

 

 そんな空気を変える意味でも、ジェニファーがかなり巻き戻った話を切り出す。

 

「そういえば、仕入れがいまいちとか言っていたな」

「冥界の門のおかげで、世界中の色んなところに行ける。

 各地の特産品やお宝を集めやすいのはいいんだけど、それが高く売れる場所に持っていくのに、えーっと……」

「流通コストの話か?」

「そう、それ。“りゅうつうこすと”も少ないから、安く卸せて在庫が()けるのも予想以上で。ちょうどこのあいだ行った街で完全に空になっちゃった」

 

 経済と金の話をする幼女と猫耳。

 ならちょうどいいか、と呟いたオッドアイ幼女は、その小さな呟きも鋭く拾った猫耳に向かって指を立てながら提案を出した。

 

「ちょっと売り(さば)いて欲しいものがあるんだが」

「……?珍しい依頼」

 

 いつも皆から頼まれるのは“買いたいものがある”という話なのに、と首を傾げるラウラを置いて。

 反動をつけながらぴょん、と椅子から下り、テーブルの上のお茶セットを片付けながらジェニファーは虹の片目を瞑って皮肉気に嗤う。

 

「なに、宗教と金はとっても仲がいいオトモダチ、という話だ。ちょっと今から言う場所について来てくれ」

 

 

 

 

…………。

 

 そうして二人は、不毛の荒野に通じる冥界の門をくぐり、地上においてかつてジェニファーが守っていた冥王を祀る祠の裏手に来ていた。

 相も変わらず見渡す限りの殺風景。だが、かつてと違いその場を満たす厳かな空気がラウラを落ち着かなさげにさせている。

 

「ここ、なんか変……」

「主上が結界を張ってくださっているからな」

 

 聖樹教会が世界樹炎上の犯人に仕立てあげたせいで、人間の信仰が薄れ、その結果地上では弱体化する冥王だが、ジェーンが信仰を絶やさなかったこの場所でだけは例外だった。

 冥王やジェニファーに敵意を持つ人間は、この祠の存在を認識することすらできない―――堕ちたりとはいえ天上人の一角たる彼の張ったこの結界により、《黒の剣巫》は憂いなくアイリスとして冥界で暮らすことができている。

 

 祈りを捧げると共に祠の手入れをする目的で、本来ベアトリーチェの許可が必要な冥界の門をフリーパスでジェニファーは利用し、しばしばこの場所に来ている。

 だが、この日の目的は別にあった。

 

 裏手の蔵、というよりは納屋―――というよりは箱。その土埃避けの被せた麻布を巫女が取り外すと、覗いた金属の山にラウラは目を見開いた。

 

「これ……!?」

「正直処分に困っていた。それなりに上等な代物なのだろうし、ただ朽ちるに任せるのも惜しくてな」

 

 荒野の風が入り込んだのかやや色をくすませながらも、蒼や銀に輝く武具がそこには山と積まれていた。

 剣、槌杖、槍、斧槍と言った武器から、盾、鎧兜に具足まで。

 刃物や胴鎧に関しては“入手の経緯から”大きく破損しているものもあるが、籠手や足甲なら完全な品もあるし、傭兵の羽振りが良い街に持ち寄ればジェニファーの言うとおり一財産以上になるというのがラウラの見立てだ。

 “元の持ち主”が持ち主だけに良い鋼を使っているし、鍛ち直し用の素材としてでも良い値段が付くことだろう。

 

「うん、ファウスタ辺りなら出どころも気にされないだろうし、なんなら余計にお金出してでも買ってくれる人もいると思う。

………でも、一つだけ訊いていい?こんなの、こんなに、どうやって集めたの?」

 

 

「――――聞く必要があるのか?」

 

 

「……。ない、ね。ごめん」

 

 胸や腹にあたる部分が斬り裂かれているものが多い鎧。首の留め金が粉砕されている兜。関節部に残る、拭き去り切れなかったのだろう血痕。

 歪んだ聖印は元の持ち主が聖樹教会の騎士であること、そしてその末路を雄弁に語っていた。

 今の持ち主がこれらを“剥ぎ取った”経緯―――ジェニファーが正しく『邪教の巫女』であることも。

 

 あらゆる意味で答えるまでもなかった問いを引っ込めると、ラウラは今自分が行動を共にしている幼女の認識を新たにする。

 

 いわゆるストリートチルドレンの出であるラウラには、ジェニファーが行ったであろう所業自体に思うところはない。

 奪わなければ奪われるだけ、という環境はどこにでも存在する。それが金か、食料か、尊厳か、命か、あるいはちっぽけな自尊心かという違いはあるけれども。

 ラウラにとっての後ろ盾の無い子供を食い物にする腐った大人たちがそうだったように、ジェニファーにとっての決して相容れない対象が聖樹教会だったというだけの話。

 そも元より猫亜人(ミューリナ)のラウラは教会の教えなぞどうでもいい。その教えをありがたがっているだけの赤の他人が、こんな世界の果てで幼女に襲い掛かり返り討ちに遭ったところで同情する気にもならないくらいには。

 

 唯一確認すべきは、別のこと。

 

神官(クリス)修道女(パトリシア)は、あなたにとって敵?」

真逆(まさか)。共に種子を集める仲間だよ」

 

「………そう」

 

 不機嫌にも見える仏頂面で返した銀髪幼女の答えが嘘か真かは、ラウラには判断が付かなかった。ましてパトリシアとの常軌を逸した殴り合いの痕跡が真新しくいくつも残っている。

 だがそのパトリシアにしても満面の笑みで「もうジェニファーちゃんとはマブダチです!」と夕暮れの河原の殴り合い理論で友情を語っていたわけで。

 

 仲間は裏切らない、見捨てない、護り抜く―――結局ラウラは、彼女自身の信条でもってジェニファーが発した“仲間”という言葉を信じることにするのだった。

 

「分け前は五・五で」

「構わない。ラウラ商店初利用の印にという程ではないが、少しくらいそちらの分け前が多くても何も言う気はないよ」

「……こっち三、そっちが七ね。じゃあとっとと運ぼう」

 

 当然だが軽く十人分以上の金属武具なので運搬は馬鹿力のジェニファーが手伝っても相当な重労働になる。

 だが、“仲間”の命懸けの戦果の上前を()ねるつもりもないラウラは、結局宣言した通りの売却手数料のみを取り分に、見事に捌き切った売り上げを配分するのだった。

 その夜お疲れ様会と称して、ジェニファーの奢りでちょっと豪勢な夕食を料理店で一緒に食べることになり、苦笑しながらも交流を深めるミューリナの姿があったとか―――。

 

 

 





※幽霊船ストーリーにこの幼女を連れて行くとどうなってしまうか分かる一幕。

「そういえばぱっと見大丈夫そうだけど、前の持ち主に呪われたりはしてないよね?この剣とか」
「何を言っているか。我はこれでも巫女だぞ?」
「だよね。確認しただけ―――」

「いつまでも未練がましく武器にくっついてたので、ちゃんとひっぺがしておいた」
「え」
「無理にやったから来世では魂が傷ついていて脳味噌くるくるパーかも知れんが」
「…………にゃー」

 正しくジェニファーが『邪教の巫女』であることを再認識したラウラなのであった。



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フランチェスカ


 ちょっと場面転換多めで書いてみた。
 アイリス招集編最終回。



 

―――学校を作ろう。

 

 世界樹の導きか、冥王陛下がそういう手管に長けているためか、身も蓋もないメタ話をすると需要と供給の問題か………何故か(少なくとも見た目は)少女ばかりが集まるアイリス達。

 いやまあ冥王を慕う女性が4、5人集まったくらいの時点で、そのハーレムの輪の中にお邪魔したいと考えるような男性が現れ得るかという観点からすれば、以降の新規参加が女性ばかりになるのもそこまで不自然という程ではないか。

 

 それはさておき。

 もともとアイリスは戦闘集団として動くことを想定していたこともあり、訓練施設を寮に併設してはいたが、実際に揃った顔ぶれを見て学校を作ろうと考えたのは彼女達をただの戦闘集団で終わらせたくはないという冥王の想いだった。

 

 故郷や家族を失い他に行く当ての無い子達がいる。世界を見て回りたいと希望を持った子達がいる。そんな彼女達を単純な戦力として“使う”のではなく、様々なことを学び、経験し、血肉として成長していく中で共に戦う。

 そういう集団として在りたいという冥王の理念に、否を唱える者は居なかった。

 

 斯くして王立エディア・ローファ樹理学園、冥界の地に設立。

 自らも戦力となるため志願して種子を体内に移植したベアトリーチェを教師役とし、アイリス20名及び世界樹の精霊ユーが生徒として開校メンバーに名を連ねる。

 

 “芽吹きを待つ者”達に祝福を。

 知啓の土に強い根を張り、身に降る試練の水を糧として、願わくばやがて大輪の才の華を咲かせんことを。

 

 祝詞のような冥王の短い訓示で締められたささやかな入学式と、盛大な入学パーティーの大騒ぎにより、アイリス達の学生生活は始まったのだった。

 

 

 これはそんな学園風景の一場面。

 

「お願い!このとおり!」

 

 この日の組まれた講義が全て終了し、思い思いの時間を過ごすべくアイリス達が動き出す時間。

 息抜きと称してふらふらと学園の廊下を歩いていた冥王が出くわしたのは、ピンクブロンドのよく手入れされた髪を波打たせる美女が幼女に詰め寄る場面だった。

 

 すわ事案か、と一瞬身構えさせる構図の二人は共に制服姿。

 モノトーンと暗色の配色ながら地味な印象を与えない、意匠の凝らしたデザインも然ることながら、各々の体型に合わせて全員分を仕立ててみせたベアトリーチェの完璧な仕事が光る一品である。

 

 ただ、一方は扇情的で腰のくびれから脚のラインまで日夜磨き上げられた女性らしいシルエット、一方はつるぺったんで随所にシルバーアクセサリーを身に着けた厨二スタイル。

 同じ服でも着こなし次第で受ける印象が大きく変わってしまう好例がそこにあった。

 

 ジェニファーに何か頼み事をしているらしい女性の名はフランチェスカ。異国の貴族すら観賞に赴くほど人気の、ある劇団のスターだった踊り子だ。

 自らの踊りが世界樹の種子により魅了の効果を持っていたことを知り、また誰もが拍手喝采したにもかかわらず冥王だけは素気ない反応だったことにムキになり、主に後者の理由でアイリスに加入したかなりエキセントリックな性格の持ち主である。

 

 それで、フランチェスカはジェニファーに何を?

「冥王?そうだ冥王からもお願いして欲しいの、ジェニファーが知ってる舞を私に教えるのを」

 ジェニファーの舞……?あ、あー……。

 

 居合わせた冥王に気づくと、アイリスの中でも特にジェニファーは冥王に従順なのを勘定に入れて説得の協力を要請するフランチェスカ。

 だが冥王の反応があまり芳しくないことに気づくと、艶やかな唇を尖らせて不満そうにぼやく。

 

「何よー。私がダンスを教えて欲しいって頼むの、すっごいことなのよ?」

「光栄の至り、とでも言っておくさ。

 が、そも何故我から舞を教わりたいのだ?」

 

 《ジェーン》の記憶によるものだが巫女の倣(なら)いとして知っている舞はあるし、少しだけ皆の前で披露したこともある。

 だが所詮田舎巫女の舞を、トップスターの踊り子である彼女が知りたがる理由をジェニファーは訊ねた。

 

 するとフランチェスカは若干答えづらそうに間を詰まらせながら話す。

 

「………スランプよ。最近どうにもしっくりする踊りが出来なくて。

 脱出するために色々新しいことを試したいし、それがなくたってどんな踊りでも完璧にこなしてみせるようにならなくちゃ」

 

 向上心に満ちた回答であった。

 己の人気に胡坐を掻くことなく更なる高みを目指す姿勢は、素晴らしい物ではあるだろう。

 だが、ジェニファーの舞の意味するところを知っている冥王は、その熱意が明後日の方向に空回りすることを危惧する。

 

 それを警告として形にする前に、ジェニファーが承諾の意を伝えた。

 

「いいだろう、教えるのは得意ではないが、見て覚えるというなら好きにするといい」

「ほんと!?やったー、ありがとうジェニファー!それじゃあ後で着替えて鍛錬場ね!」

 

 喜色を浮かべ、約束を取り付けながらその場を歩き去る背中。

 

…………いいの?

「いいも何も。正統性という意味なら他人をとやかく言える身の上でなし。

 何よりフランチェスカの熱意は本物だ。継承されない文化など無価値に帰すのみなれば、多少歪んでいても繋いでくれる誰かに伝えることに意義はあるだろうよ」

 

 自嘲雑じりにそう笑うと、ジェニファーもまた運動着に着替えるべく歩き出す。

 冥王もまた、顛末を見守るべく小さな歩幅に合わせて付いていくのだった。

 

 

 

 

 ジェニファーの舞は、力強くも繊細なものだった。

 

 常に持ち歩く“水晶”の大刀―――一族に伝わる祭具でもあるその武具を振りかざしながら踊るため、非常に重心が不安定になる。

 それを勢いで誤魔化すことなく、常に流れるような動きを心掛けなくてはならないのだから、極限まで繊細な体幹制御を要求される。

 

 逆にそれさえ何とかなれば、祭具の重量により力強い舞として観客の印象に残るだろう。

 もともと動き自体はそう複雑なものではないので、一通りジェニファーが舞ってみせただけでフランチェスカは振り付けを覚えた。

 今はフランチェスカが覚えた動きをなぞり舞ってみせているところだが。

 

「………これじゃない」

 うーん。

「これで十分だろう。我が教えられる部分は全て教えた」

 

 上からフランチェスカ、冥王、ジェニファー。

 プロダンサーが踊ってみせた巫女舞に違和感をひしひしと感じる上二人に対し、巫女幼女は感慨もなくそう言った。

 

 実際、表現力や踊りのキレといったところでは当然ながら踊り娘に圧倒的な軍配が上がる。

 問題は言葉で説明できる範疇を超えた感性の部分の話で、そういう意味ではジェニファーが言った『教えられることはもう無い』というのも練習を切り上げる方便ではなくただの事実でしかない。

 少なくともフランチェスカのスランプ脱出という目的に資する結果は残らなかった、ということだ。

 

「あーもー、余計もやもやする……」

「悪いな。変にこちらの思惑を挟んだ所為で余計に汝を混乱させたかも知れない」

「一族の舞を失伝させないため、でしょ?それならむしろいいわよ、これでも芸術家の端くれだもの。文化の継承に文句を言うつもりなんてない」

「………我は外す。主上、弱った女性を口説くには好機と存じ上げる」

 よし来た!

「ぷふっ!?も、もう二人とも変な冗談挟まないでよ」

 

 気を遣ったつもりが逆にフォローされた幼女は、自分には出来ないと判断したケアを冥王に任せるため鍛錬場を立ち去り男女二人きりにさせる。

 任された冥王は徐に俯くフランチェスカを後ろから優しく抱きしめ、温かい励ましの言葉を贈ると、顔を赤くしたピンク髪ヒロイン(つまりいn―――、

 

 

※※※好感度イベのパターン的にここから《お楽しみシーン》が入りますが、R18タグ付けてないので残念ながらカットします※※※

 

 

 事後。

 

「よく考えたら9歳の子供に変な気を遣われたのよね……?」

 すごくいけない気分になるなあ。

「もう、バカっ……」

 

 練習の疲れと、子供の教育には大変悪そうなあれやこれやのせいで動かなくなった足腰を冥王に預けながら、フランチェスカは照れ隠しに重なった相手の肩を優しく叩く。

 可愛く拗ねてみせる美女の癇癪を受け止めながら、繊細な手つきで彼女の緩く波がかった桃髪を梳いていた冥王は、ふと何かを思いついた様子で腕の中の女に悪戯げに提案した。

 

 明日の早朝、シラズの泉でデートしないか。もしかしたら大事なものが見つかるかも知れない―――と。

 

 怪訝そうにしながらも、フランチェスカは承諾を返すのだった。

 

 

 ちなみに、お楽しみの最中に余人が近づかないよう鍛錬場の周囲で見張り番をしていた幼女が一名。

 ものすごく変な気を遣う9歳児なのであった。

 

 

 

 

………。

 

 シラズの泉。

 肉体の死した魂が転生まで漂う場所であると共に、魂の記憶を洗浄しまっさらな状態でやり直させるための儀式場でもある。

 

 世界樹の麓、七色に輝く泉であり、ほの白く明滅する魂達が尾を引きながら不規則に宙を遊泳する幽玄な情景は、文字通りこの世の景色ではない幻想的な美しさを醸し出していた。

 生者の身で踏み込むことが躊躇われる神聖さ―――なれど、一度死した“彼”にはいっそ相応しい場所なのか。

 

 水面(みなも)の上に素足で立ち、ジェニファーが舞う。

 常の黒衣は喪を示していたのかと思う程に神妙に引き締めた表情。

 巫女の美しい銀の髪と、魔を吸奪する水晶の刃が、泉の彩光を反射して妖しく煌く中、光を弾かぬ黒の外套が翻る。

 

 鮮血に塗られた紅の左眼と幽世に繋がる虹の右眼は、茫洋として何を思い何を映すのかも定かならぬ。

 死と転生を司る冥王ハデスを奉じる巫女が歩を刻む度、円に拡がる波紋が冥界の泉を揺らめかせ、揺蕩う生と死をその狭間に顕さんとする。

 

 つい昨日のこと、覚える為に見取りを行い目に焼き付けていたものと同じ筈の巫女舞を見守っていたフランチェスカ―――その瞳に、涙が溢れて止まらない。

 舞台の美しさの違いの所為では当然ない。これはもっと心の奥底の想いがこぼれた情動の涙だ。

 だが果たして。己の舞が種子の力で増幅され、観衆が刻みつけられた感動により流してきた涙はこんなにも冷たいものだったろうか。隣の冥王が肩を抱いてくれなければ、背筋に走る寒さに凍えてしまいそうになるほどに。

 

 今この時のジェニファーの舞を見て、彼女は理解した。ここ最近の己の不調の理由と、己が巫女舞を踊っても不自然にしかならなかった理由を。

 表現にすれば陳腐だが、舞に込められた想いの違い。………この場合においては、“祈り”か。

 

 この場の魂達が歩んできた生き様に想いを馳せ。善人も悪人もなく、等しく訪れた死を分け隔てなく悼む。苦痛と煩悩を祓い、輪廻の先に良き生を得られるよう祝りを添え。廻り巡る命の循環に畏敬を惜しまず。

 そうした“祈り”は――――しかし。

 

 

 所詮肉の檻に囚われ、限りある生にもがき続ける定めの命が抱くには、余りに度を越していた。

 

 

―――あの子の魂は、死に寄り添い過ぎている。もちろん、だからすぐ死ぬとかそういうことじゃないけれど。

「………分かる。私がジェニファーくらいの年の頃、人が死ぬっていうのがどういうことかも実感できなかったのに」

 

 冥王が語る言葉に、震える声で同意する。

 最初期からの参戦であるが故に、ジェニファーの経歴をよく知らないアイリスも多く、フランチェスカもその一人だ。

 だがそれは知る機会がないとか関心がないとかそういう訳ではなく、あんな幼子が親元を離れ剣を振ることになった経緯など、容易に踏み込むべからざるろくでもない事情でしかないと察しているからだ。

 天涯孤独という意味ではドワーフの少女がもう一人居るのだが、尚且(なおか)つ幼女の身で騎士や傭兵出身のアイリスと張り合う武技の使い手という時点でどうしても血生臭い想像になってしまう。

 

 踊り子として磨いてきた繊細な感性が、ジェニファーの舞から感じ取った祈りを受けて、想像は確信へと補強される。

 巫女幼女に降りかかったであろう悲劇に震えながらも……フランチェスカは涙を拭い、そして決めた。

 

「冥王。私、あの子にも色々な踊りを教えてあげたい。恋の踊り、お祭りの踊り、祝福の踊り。

 いつかアイリスの旅が終わって世界が救われた時、あの子と一緒に劇団の舞台で踊れるくらいに、ね!」

 

 “死”を正面から見つめて寄り添うなら、“生”に真剣に向き合い続けることだって出来る筈だから。

 生きている限り体は動き続ける―――それが原始の舞であり、踊ることとは即ち生きているということなのだ。

 

―――その時は、特等席で見させてもらうよ。

 

 楽しみにしている、と冥王。つくづく思うのは、縁とは不思議なもので、アイリスには他人の為に一生懸命になれる魅力的な女性ばかりが集まっているということ。

 時に誤り、時に道を見失うのはヒトの未熟さだけども、学び、支え合い、やり直すことができるのもまたヒトの強さ。

 

 いつか彼女達が全員笑顔で学園を卒業できる日まで。導き、その歩みを見守っていきたいと思う。

 アイリス全員が愛すべきヒロインであり、可愛い教え子であり。

 

 冥王にとってジェニファーもまた、その内の一人であった。

 

 

 

 

「………うぅむ」

 

 そして当然ながらこれだけ喋っている覗き見には気づいた厨二幼女。

 だが彼女視点では、たまに早朝目が覚めた時に軽い運動代わりにやってる巫女舞――ビジュアルと演出には無駄に気を遣っているが――を見て、何故かガチ泣きしたかと思うと何やら決心した様子のお姉さんとそれを頼もしそうに見る冥王陛下である。ちょっと意味が分からない。

 

 なんと声を掛けたものやら、あるいはさっさと自室に帰った方がいいのか。

 珍しく困惑させられる側に回って、次の行動に迷う暗黒幼女なのであった。

 

 





 無事学園が開校したので、次回からメインストーリー並びにイベント開始。
 未登場のアイリスもばんばん出していく予定です。


Q.前話で武器にしがみついた怨霊に容赦なかったけど?
A.転生の列に並ばずに生者に迷惑かけるような魂はただのモンスター扱い


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地上に生きるもの


 ふと思いついた場合ですがうちの幼女と各アイリスとの学園イベントを前書きか後書きに突っ込もうと思います。


~学園イベント・アシュリー~

「そういえば、ジェニファーは“冥戒十三騎士”と言っていたな。
 ちょっとその頃の話を聞かせてもらえないか?他にどんな騎士がいたんだ?」
「………あー、それは」
「私も世界樹の種子が宿った廻り合わせで、エリーゼ様の騎士団で唯一生き残った身の上だ。
 だから思い出すのも辛いというなら無理に話さなくてもいい」
「いや、そういうことではないのだが………」
「なら良かった。逝ってしまった戦友達は今でも心の中で共に戦ってくれていると、私は信じている。
 そんな彼女達の遺したものを、たまには思い出話として誰かに語ることで、再確認できれば明日の戦いの力になると思うんだ」
「それはいいことだと思う……ん、だが」
「分かってくれるか。おっと、ならまず私の方から話そうか。
 そうだな。私が正騎士に叙任された後、見習い騎士が馬飼いの従者に付くことになったんだが―――」


「…………(かっこいいから勝手に名乗ってるだけとは、言いづらい……)」


 以上、こんな感じで。
 じゃあ以下メインストーリー一章入りまーす↓




 

 

「それではアイリスの皆さん、魂に懸けて手ぶらで帰ってくることのないように」

 

 この日は学園が開校してから初の世界樹の種子探索の旅だった。

 

 面子は冥王とユーは当然として、ベアトリーチェ、クリス、パトリシア、ラウラ、そしてジェニファー。

 放浪の若き魔術師ラディス。

 孤高(決してぼっちと読んではいけない)の竜人シャロン。

 愛嬌を振舞ってもいまいちあざとくなれない自称系アイドルの兎亜人クルチャ。

 

 これまで触れなかった新顔の描写はおいおいとして、そんなアイリス達が冥界の扉を通って地上に出る時、決まってやることがある。

 

 打ち壊され、祈る者も絶えて寂れた冥王の祠を掃き清める。

 冥界に咲く花を一輪祭壇に供え、僅かな間黙祷(もくとう)を捧げる。

 

 この習慣を始めたのはジェニファーだ。

 外観は直してもまた壊されるから整えられるのはせいぜい内部だけだし、そもそも祈る対象である冥王は後ろに本人が居る。―――そんな無粋を言うアイリスは居なかった。

 

「…………待たせた。悪いな、いつも感傷に付き合わせて」

「いえいえ。それにジェニファーさんが不在の出撃の時は、他の人たちで同じことやってますし」

「ま、ある意味私らみんなめーおーを信仰してるからねえ。巫女なんでしょ?感傷なんて卑下しないで、神事だっつって堂々と仕切りなよ」

「……ありがとう」

 

 クリスが居る為に右眼に眼帯をしている黒衣の幼女の謝罪に、世界樹の精霊と魔術師が問題ない旨伝える。

 ユーとはアイリスの中でも最初期から居る者同士だし、魔術師のラディスとも関係はそれなりに良好だった。

 

 ラディスは子供が嫌いではない―――うるさくなければ、という前提が付くが。

 ドワリンド領魔術研究機関、通称『塔』の一門に弟子入りし、世界樹の種子を宿したことでその秘密を探る旅に出てアイリスと合流した経緯を持つアウトドア派な魔術師が彼女だ。

 マントにとんがり帽子と割とお約束な魔女衣装を着ているが、幼少期の環境のせいで発育が悪く、金髪のお人形のように形容される容姿のせいで子供扱いされることが多く、プライドの高いラディスは癇癪を起こすことになる。

 その点相手が子供なら舐めた口を聞かない限りは鷹揚に接することができるし、そもそも感覚と理論の両立が必要な魔術師という人種は基本ジェニファーと通じる気質を持っているものだ。―――オタク、または厨二の気質を。

 

 だから、それなりに息も合っていて。

 

「みんな大変!あっちで人が魔物に襲われてる!」

「ん、じゃあ皆を待たせてた分さっさと片付けて来てよ。ほれ、バチっと」

「心得た―――輝電装刃【エンチャント・サンダー】」

 

「“裂雷のエリュシオン”」

「スラ゛ーーーっ!!?」

 

「はやっ!!?」

「いつか研究してやりたいけどなアレ……」

 

 水晶の大刀が雷魔術を吸ってトパーズのように鮮やかに輝き、吹き飛ばされたような不自然な体勢で使い手ごと猛烈に加速。

 直後に魔物の断末魔らしい奇声が聞こえたあたり、あの速度と質量がそのまま斬撃に乗って敵に襲い掛かったのだろう。

 

 斥候に出ていて慌てて戻ってきたクルチャが愕然としているのを視界の隅に収めながら、便利は便利なのだがちょっと理不尽とも思う。

 

 撃たれた魔法を吸収し、超強化された状態で暴れ回る―――味方だからまだいいが、敵に回せばラディスのような攻撃手段をほぼ魔法に頼っている魔術師は何もできなくなる。

 敵への攻撃魔法のつもりが全て支援魔法に変わってしまうのだ。しかも制御はともかくスペックだけなら特上の素質を持つセシルの全力の炎魔法すら軽々と吸収してみせるため、キャパオーバーもあまり期待できない。

 

 何か対策を考えておかないと、学園ではアイリス同士の模擬戦もあるし、今後ジェニファーと同じ技能を持つ敵が現れないとも限らない。

 『塔』を抜け出しても、厄介な課題がラディスに降りかかっている。

 

「―――へへっ。今度ジェニファーを一日中実験に付き合わせてやろっと」

 

 困ったことに。そういう難題を解くのを、むしろ嬉々としてやりたがる性分なのだった。

 

 

 

…………。

 

 種子探しのいつものパターンとして、何故か人がモンスターに襲われているのを助ける機会が多い。

 まあ、恩を売れば情報収集にも協力してくれるし、種子持ち(シーダー)が引き起こした事件に繋がる場合も多いので都合がいいといえばいいのだが。

 

 今回もそういった流れで情報を仕入れようとしていたのだが―――従者の血が疼いたベアトリーチェが「頭が高い、控えおろぅ!」のノリでつい冥王一行であることをバラしてしまった。

 人々の信仰の象徴である世界樹を炎上させたと聖樹教会の教皇直々に声明が出されている冥王。その場で冤罪だと釈明しても聖樹教会の教徒からすれば信用度は天と地の差。

 見る間に態度が硬化し、逃げるように立ち去られてしまう。

 

「なんか助けたお礼にりんご貰ってたし、これが収穫……なんちて?あはは」

 

 引きつった笑顔で、なんとか落胆に包まれそうな空気を和らげようとするのはクルチャ。

 

 ベアトリーチェの言動は、全て冥王の忠実な従者としてのもので、あまり責めたものでもない。

 だが、信仰が激減したことで冥王の権能が地上で大幅に弱体化したことといい、聖樹教会は本当に余計なことをしてくれた―――ジェーンの一族の惨劇のことがなくても、特に教会の教えに価値を見出していない亜人組からすれば苛立ちを禁じ得ない。

 それ自体が動機の全てではなくても、アイリスは皆自分達が命の循環を取り戻し世界を救う旅をしていることに誇りを持っている。知らないとはいえその邪魔をするというのは、世界を滅ぼしたいのかお前らと思ってしまうのは避けられないだろう。その怒りは一方的な視点による増上慢と頭では分かっていても。

 

 あるいは単純な話をすれば、慕っている冥王が不名誉な中傷に曝されていて面白い筈もない。

 

―――どんまい。気を取り直していこうか。

 

 皆がその不満を口に出さないのは、他人の悪口を言って盛り上がるような感性の者が奇跡的に居ないため、口に出せば空気が悪くなるだけだからというのが一点。

 直接的に被害を受けている冥王がその器の大きさから飄々としているので、自分たちが口を出す筋合いではない、というのが一点。

 

 そして、敬虔な信徒であるクリスとパトリシアに配慮して、というのが一点。だが―――。

 

 

「当時聖樹教会があの声明を出したのは、誰かを犯人に祭り上げでもしなければ人々の不安と混乱が収まらなかったからです。

 それくらい、世界樹の炎上は誰にとってもショックだった」

「せ、せんぱい?」

 

 

「―――仕方なかったんです」

 

 

「………」

 

 クリスは動揺するパトリシアを無視して、何故か求められてもいない釈明を始める。

 瞬時に場の空気が冷え、緊張に包まれた―――その中心は、クリスとジェニファー。

 

「なあ上級神官様。ジェニファーの前でそのセリフを言うとかいい度胸してんじゃん」

「いい、ラディス。―――続けろクリス」

 

 事情を直接聞いた訳ではないが、ジェニファーの経歴におおよその察しを付けているラディスは青筋を立ててクリスに食ってかかろうとした。

 そのせいで家族を殺された人間に向かって“仕方なかった”なんて、間違っても言ってはいけないのに、そんなことも分からないのか、と。

 

 だが、ラディスを制止したのは当のジェニファーであり、彼女は感情の読めない紅眼でクリスをじっと見つめるだけだった。

 場の空気を一片に塗り替えた聖職者は、一度唾を飲み下し、復讐鬼を宿す童女に真っ直ぐ向き直って言った。

 

「教会の上層部は、それが解決策だと。そうするしかないと“信じて”いました」

「だろうな」

「その結果が今の冥王様の旅の障害であり、そして貴女の身に降りかかった悲劇です」

 

―――信じる者は救われる(わたしはわるくない)。

 かつて教会が引き起こしたジェーンへの仕打ちに惑い悩むクリスに、ジェニファーは戯言としてその道を示した。

 

 仕方なかったと。組織の維持の為に、異教の民の犠牲など些細な問題だと。

 そうやって自分を誤魔化せば(信じれば)、罪悪感も責任感も抱かなくて済む(救われる)、と。

 それが許されるのだろう?最大主教(おまえたち)は、と。

 

「起きてしまった結果を見て見ぬ振りをすることが。言い訳をして己を正当化することが。

 それを“救い”と呼ぶのであれば、私は許されなくてかまいません。いえ、許されてはならない」

「………つまり、何が言いたい?」

 

 問いつつも、ジェニファーは理解していた。

 かつて己が投げた戯言への回答を、真面目にもクリスはここでしようとしているのだと。

 

 

「聖樹教会は過ちを犯しました。過ちは正さなければなりません」

「戯言だな。………まあ、当然か」

 

 

 戯言への回答は、当然戯言でしかない。

 “だって、口だけ。何を成し遂げた訳でもない”。

 

「期待はしない。汝が何をしたとて、何かが戻ることはない」

「それでも!このことを認めずに、貴女と向き合うことはできません」

 

 たとえ口だけだとしても、敬虔な彼女が教会のしたことを否定するのは並々ならぬ決意を必要とした筈だ。

 それでも、選ぶべきと思った道をクリスは選んだ。

 

 いつまでもジェニファーに対し、迷いを以て接し続けるわけにはいかないから。

 

「向き合う必然性もあるまいに」

「必然性ならあります」

「………何?」

 

「同じアイリスとして、仲間ですから。対等に向き合えない仲間などと、誰に胸を張れるでしょう?」

 

 そう言い切ったクリスが微笑む。これまであった後ろめたさや躊躇いの、その先の境地が見えたと言わんばかりに。

 

「―――ふん。クソ真面目め」

 

 ジェニファーもまた、笑みを返した。これまでにクリスに見せたことのない、対等の相手として敬意を払った視線で。

 

 

 

「―――のう。我ら、そろそろ喋ってもよいか……?」

「皆の前だってこと、忘れてないよね……?」

 

 で、勝手に盛り上がってなんか勝手にいい感じで締めようとしている二人に対し、衝突は免れたと胸を撫でおろした周囲が空気を入れ替えるべく割り込む。

 ジェニファーの為に突っかかったのに、と釈然としない―――口には出さないが憮然としている―――ラディスにはジェニファーが手を合わせながら謝意を示し。

 

 ジェニファー加入以来の葛藤にとりあえずひと段落つけてほっと胸を撫でおろしたクリスの背を、冥王がそっと優しく撫でた。

 

 お疲れ様。

「いえ、ここからです。過ちを正すと言っても、それがどういうことなのか、その為にどうするべきなのか、まだ見えた訳ではないのですから。

 やり遂げられないなら、それこそ戯言になってしまいます」

 真面目だね。でも、応援してる。

「………はいっ。冥王様が見守っていただけるのでしたら、私はどこまでも頑張れます」

 

 ほんの数瞬、背中を冥王の胸に預け。

 感じた温もりを胸にしまい込んで、歩き出した。

 

 

「さあ、往きましょう冥王様。今回の冒険はまだ、始まったばかりです」

 

 





 実際何が解決したって訳でもなく、眼帯外してクリスを見たら相変わらず右腕が疼く案件なのですが。
 ただクリスが今後過度にジェニファーに対し後ろめたさで遠慮したりおどおどするようなことはなくなります、という話。

 つまり、クリスティン・ラブリーショコラが解禁されたということ……!


 っていうか10人もいたら会話捌けないわ。普通に考えたら数人ずつに分かれて会話するような人数だし。
 何とか全員一回は喋らせたけど、ちょいきつい……。



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地上に生きるもの2


 今作では基本的に原作をなぞる方針ではありますが。
 原作そのまんまじゃ書いててつまんないんだよなー……とかいう誘惑に勝てないのはもう諦めた。
 二次創作作家やってもうかなり長いのに、まともに原作沿い再構成を書けたためしがない。




 

 ヴァルムバッハ公国領ルクトラ。

 

 閑静な農村そのものと言ったその村落に辿り着いた冥王一行を待ち受けていたのは―――網だった。

 ネット、主に鳥害を避けたり小動物を捕獲する目的で使われるものだろうか。

 

 それに引っ掛かったのはラビリナのクルチャ。

 ソバージュにしたオレンジ色の赤毛から兎耳を生やした亜人である彼女は、アイドルを自称するだけあってスレンダーなボディラインをしているのだが、村人の眼にはおいしそうに映ったのだろう」

 

「ちょお、ジェニファーさんっ!?だめなモノローグが漏れてます!」

「クルちゃんはおいしくないですよぉ~っ!」

 

「これこれ。人間を喰らうのはドラゴンだけで十分じゃ。

 ほれ、がおー」

 

 殺気だつ村人たちに泣きを見ているクルチャを見かねて助けに入ったのは―――いや、他のアイリス達も実際にクルチャに危害が加わりそうになれば助けに入っただろうが―――シャロンだった。

 

 鱗の生えた翼と尾を備え、炎の如き深紅の髪を舞わせながら飛行する竜人(ドラゴニア)である彼女は、その種族の恐ろしさを示す伝承がいくつも広く伝播していることもあり、適当極まりない威嚇でもただの農民らの腰を抜かすには十分。

 そこに神官服を着たクリスが慈愛に満ちた笑顔で声を掛けてあげると、とりあえず鎮まった村人たちが事情を説明しだす。

 

 優しい警官と怖い警官……な効果があったのかは定かではないが、時系列と証言を添えてまともに語ってくれた内容によると、どうも村の近くの森に集落を構えるラビリナが悪さをしているらしい。

 農作物を荒らすだけならまだしも、教会の聖印を盗んでいったのだと。

 

「うっそだあ。ラビリナはそんなもの興味ないもん」

「わたしもそう思う。聖樹教会をありがたがるのは人間だけ」

「ありがたがらない人間も多いけどなー」

「呼んだか?」

 

 クルチャとラウラの亜人組がそんなことをする動機がラビリナにはないと主張し、ラディスが教会にありがたみを欠片も感じてない筆頭の幼女を見ながら茶々を入れる。

 だが、現れたばかりの余所者、それも隔意を抱いている亜人の言葉は当然ながら村人に響かない。

 聖樹教会を信仰する彼らの気持ちを汲むのは、修道女であるパトリシア。

 

「聖印は信徒の祈りの拠り所ですし、一刻も早く取り戻すって村人さんたちも焦っちゃってるかもですけど。でも盗むところを見たっていう証言もありますし……」

「う゛………じゃ、じゃあちょうど頼まれたことだし、私たちで聖印を取り返しに行きましょうよ!そしたら犯人もはっきりするだろうし」

「感心しませんね。私達の使命は種子の探索。余計な寄り道をしている時間は無い」

 

 クルチャは故郷を海賊に滅ぼされた過去があり、同族意識が人一倍強い。

 顔も知らぬラビリナ達のために動こうと主張するも、それを切り捨てるのはベアトリーチェだった。

 

 何もベアトリーチェとて意地悪で言っている訳ではないし、冷血な性格で事情を汲まないということでもない。

 ただ実際出生率が限りなくゼロとなり、異常気象・モンスターの大量発生も見られるようになった、破滅の足音迫る地上……これを回復する手段が世界樹の種子を集めて世界樹に返還する道しか見えていない現状、のんびり寄り道ばかりでいつまで経っても終わらない旅をしていていい訳はない。

 

 “これぐらいの寄り道なら構わない”―――それを許容すれば、あとはそのボーダーラインは際限なく下がっていく一方になるのが目に見えている。彼女は言うべきことを言っているだけなのだ。

 もともと冥界の住人として地上の出来事には極力介入しない、という冥王の方針でもある。

 

「ぅ……」

「……はあ。ユー、種子の反応がどちらの方角か分かるか」

「え?あ、はい。そのラビリナの集落があるっていう森の…奥の方、ですかね」

「ならどのみち森の探索にラビリナの集落を拠点に出来ないか確認する必要があるだろう。その時に聖印のことも訊く。その内容次第で改めてこの話に介入するか判断、この方針ならどうだ」

 

 答えに窮したクルチャに助け舟を出したのは、寄り道はしないし聖印のことを棚上げにもしないという折衷案を携えたジェニファーだった。

 他のアイリスも賛同したことで、彼女の提案が採用となる。

 

 ジェニファー、ありがと。

「……問題を先延ばしにしただけの話。主上に感謝をいただくことは何もなかろうよ」

 それでもね……。

 

 ベアトリーチェは冥王が白と言えば黒も白になる性格なので、一言クルチャに口添えすれば簡単に引き下がっただろう。

 だが彼女の言い分にも理があるのに上から押さえつける形になるのは好ましくないので、ジェニファーの提案は渡りに船だった。

 そういった意味の感謝を、冥王は己の巫女に贈るのであった。

 

 

 

…………。

 

 問題の先送りでしかない、とジェニファーは危惧していたが、幸いというべきか問題が再燃することはなかった。

 何故かさっきの村の長の娘とラビリナの青年――目撃証言は盗人を追いかけていた彼の後ろ姿だったとのこと――の種族を超えたラブロマンスを挟みながら、聖印を盗んだ魔物が種子も宿していて、その討伐により目的がぶれることなく両方達成されたからだ。

 

 だが、新たな問題が一点――村の住人とラビリナ達の確執。

 これまた魔物の仕業だった農作物荒らしの件も含め、無実の罪で批難されたラビリナ達も村人達にわだかまりを抱いている。

 かと言って、娘を取られた村長の典型的なバカ親父的心情も併せ、素直に村人達が謝るとも思えない。

 

 ここで、本来なら村人とラビリナが仲良くしないなら聖印持ち出して駆け落ちしてやるぞー的な村長娘の脅し作戦や、クルチャ渾身のマイクパf……もとい演説が村人達の心を打つ展開があったかもしれなかった。

 だが、そういう案が出る前に、素早く我に任せろと言い出すバカがこの場には居た。居てしまった。

 

 そして。

 

 

「ふん。聖印を盗んだのはラビリナじゃなく魔物?そんな見え透いた嘘誰が信じるか」

「庇い立てしやがって。どうせお前たちもラビリナの一味なんだろうが!」

 

 

「まー案の定こうなる気がしてたー」

「ご主人様。斬ってきます」

 どうどう。斬るのはだめ。

「ではキルってきます」

「もっとダメですよベア先生!?」

「はい?もっとダメージを、ですか?なるほど一息には殺さないと」

「悪化したー!?」

 

「ジェニファー。なんかベア先生が色々限界そうだから、さっさとやっちゃって」

「任せろ」

「しかし、具体的にどうするつもりだ?」

 

 引っ込みが付かないのもあるだろうが、事前の予想通りラビリナに謝罪することを拒んだ村人達。

 冥王を愚弄したと認識したのだろう、戦装束からなんか痛そうな暗器の大針を抜き始めたベアトリーチェが暴走を始める前に、厨二幼女が立つ。

 具体的にどうする?―――決まっている。

 

 

 なんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言うだけである。

 

 

「くくく。ふははははッ。あーーはっはっはっはっ!!!!

 無様!滑稽!!バカバカしいッ!!貴様ら揃って道化の真似事かよ!!!」

 

「な………っ!!?」

 

 ロリ声なのに見事な悪役三段笑いで場の視線と流れといい空気をいっぺんに持っていくのが第一段階。

 

「いい大人が素直にごめんなさいも言えずに幼稚な拗ね方して言い逃れか。

 あははーおじちゃんたちすっごくみっともなーい」

「このガキ……、ッ!?」

「ガキに馬鹿にされて手を上げようとするのが本当にみっともない」

「ぅ、ぁ……!?」

 

 煽り倒して逆上させ、殴りかかろうとした村人の眼前数センチを超重量の水晶の大刀が薙ぐことで一転この幼女はヤバいと恐慌状態に陥らせる。つまり冷静な判断を出来なくするのが第二段階。

 

「一つ当ててやろうか。

――――最近の話だ。亜人に敵意を持つ外部の人間が、この村に来なかったか?」

「……??それは…いや2か月前………」

 

 唐突な話題転換で冷静になる時間を与えないまま、よく考えれば実は解釈の幅がかなり広い当て推量をぶつけて「相手はこっちのことを知っている!?」と思わせ、さもこれから言う内容も自分に当てはまるかのように錯覚させる詐欺占い師の手法―――それを次に適当ほざくための足掛かりにする第三段階。

 ちなみに心当たりがない場合も問題はない。「気づいていないか。ますます滑稽だな」とか煽りながら勢いで流せばいいので。

 

「ところで戦争では“噂をばらまいたりして”不和を植え付けて、敵国の足を敵国民自身に引っ張らせるのは割と常套手段なんだが。

――――ああ、“関係ないかもしれないが”武力侵攻で領土拡張を狙っている国がすぐ北の方にあるんだったか?」

「それは……!!?」

 

 陰・謀・論。第四段階にして本題。

 

「そもそも何故気づかない?ラビリナに聖印を盗む動機がない。“魔物にも聖印を盗む動機はない”。

――――魔物が最終的に持っていたのは確かとしても、聖印が紛失した本当の理由はなんだ?」

「帝国の奴らがやったっていうのか?儂らを争わせるために!?」

「現に聖印(オモチャ)一つで面白いようにいがみ合っていただろうが貴様らは」

「ぐ…」

 

 結論は相手に言わせる。ちゃんと考えればありもしない説得力を、場の空気で無理やり補強。第五段階。

 

「だが、こんな辺境の村でそんなこと……」

「辺境?―――つまり侵略してくる軍隊の通り道だろうが。

 ちなみにお行儀の良くない軍が兵士の食欲と性欲をどうやって満たすか知っているか?」

「「「――――ッ!!?」」」

 

 略奪されるよ、やったね村人☆―――危機感を煽る第六段階。

 

 そして。

 

 

「ハッ。そうやって何も考えずに聖印(ただのオモチャ)をありがたがって、近所の住人と短絡的な喧嘩に明け暮れて。屠殺待ちとも知らずに柵の中でぶひぶひ押しくらしてる豚か貴様らは。

――――己の意志の及ばぬ事象に祈り縋っていれば、それで安寧の明日が約束されるのか?此処がそんな優しい世界なものかよ」

 

 

 それが忠告になるか甘言になるか、それすらもふわっと考えることを放棄しながら、ジェニファーは最終段階に移行した。

 

「まあ、逃げるか戦うか。決める覚悟も無いのなら、震えて祈っていればいいさ。

 ただ一つ言えるのは――――家畜に神はいない」

 

 ジェニファーが表情に浮かべているのは、どこまでも透き通るような微笑だった。

 ある意味でそれは願いであり、祈りであり、過去のジェーンの一族への皮肉であり、またはどれでもないのか。

 

「老いた父を潰して肉を食われることに抗議できる牛が居るのか?必死に産んだ子を明日の朝食の目玉焼きにされるのを止められる鶏が居るのか?

 柵の中で震えているだけなら、家畜のまま終わればいい」

 

 

 

…………。

 

 結局ジェニファーが好き放題言ったせいで、聖印盗難の件はうやむやのまま村人とラビリナは手を取りあうことになった。

 そもそもの諍いについても、帝国の侵略に対しラビリナが帝国側に付くという“噂が流れた”というせいもあった。だったら余計に村人側から喧嘩売ってどうすんだ、という話だがまあ群集心理なんてそんなものである。

 実際、そのような噂が村人達の内輪から自然発生するとは考えにくいため、ジェニファーの吹かしもあながち的外れではないのかもしれない。

 

「共通の敵が団結を産む。誰かを傷つけた手で今日誰かの手を取り、そしてまた明日誰かを傷つけるかもしれない」

 

「クルちゃん、それはなんか嫌だな……」

「私も、人の本質はそうではないと信じています」

 

 再度確認するが―――ジェニファーはなんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言っているだけだ。

 ジェーンの生い立ちが重過ぎて謎の説得力が発生しているだけで。

 

 だから全ては厨二病の繰り言。

 

「クリス、他人事で済むと思っているのか?

 拡張路線に舵を切った今の皇帝、確か信心深く聖樹教会の保護に熱心という話だったな?

 今回の揉め事の原因は盗まれた“聖印”―――さて、これは偶然か」

「………帝国の侵略戦争に、聖樹教会が加担していると?」

「さあな」

 

 全ては根拠のない陰謀論。その筈なのに。

 

 ジェニファー自身が、大陸を包む戦乱の嵐の予兆を肌でひしひしと感じていたのだった。

 

 

 





 はい、クルちゃんの見せ場をオリ主が奪って一章エピローグのベア先生お色気シーンもほっこりシーンもカットです。
 ひっどい作者が居たもんだ……。

 で、一応念のため重ね重ね確認しておくけど、状況が何故か符合してるだけで、うちの幼女がやってるのはキバヤシの「な、なんだってー!」と大差ないからね?
 少なくとも原作でそうだと明言されていない以上は、ただの邪推。 



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種子を追う者

~学園イベント・セシル~

「ジェニファー様、私もいつか精霊に頼るだけでなく、自ら剣を取って前線に立てるようになるでしょうか?」
「可能なんじゃないか?ソフィは見てのとおりだし、ティセも、弓はあれで筋力勝負だからな。実はエルフィンは筋肉万歳の超肉体派部族なのではと我は睨んでいる」
「そ、そうだったのですか……!?」
「(……いや、適当だけど)そこへ来てセシル、汝はハイエルフィンだ。つまりより高位のエルフィンな訳だ。
 それは、即ち無限の筋肉の可能性が汝には眠っているということ……!!」
「おおっ。なんだかやれる気がしてきましたっ!」
「よし。では我の得物を貸す。振ってみろ」

「ありがとうございま………にゃああっ!?」
――――ジェニファーが手を離した瞬間“水晶”を床に落とすセシル。
「す、すみませ、ふぬぬ。むー、むー!」
――――頑張って持ち上げようとするが、ぴくりとも動かせないセシル。
「うぅ…お願い、いふりーた」
――――涙声で炎の巨人に持ってもらおうとお願いするが、「ダメだこりゃ」と言わんばかりに頭を振られるセシル。

「……あれか。かーわー↑いーいー↓とか言う場面なのかこれは」


…………。

「そうだ、ちなみにさっきの会話の内容、ソフィとティセには話すなよ?」
「え、でも―――」
「いいから。エルフィンは肉を食べない代わりにプロテインで日々筋肉を鍛える部族だというのは、濫りに口にしてはならぬ掟らしいからな」


「そうなのですか?ソフィ様、ティセ」


「――――――、………(ゆっくり背後を振り返る)」
「「………うふふ(満面の笑顔)」」

「―――さらばだッッ!!」
「「待ちなさい―――ッッ!!!」」


「………三人とも楽しそうです。いいなあ……」


 以上。セシルは色々適当吹きこんでリアクション楽しみたいよね。
 というかうちの巨大武器二刀流幼女はどの口でほざいてるのか。
 あと一応その“水晶”の刀、一族に伝わる祭具でもあるんだから丁重に扱おうな。

 それはさておき、以下第2章入りまーす↓




 世界樹の種子の場所を感知できる、ある意味冥王以上にアイリスの活動の要である世界樹の精霊ユー。

 その感知精度は実はざっくりしたもの―――と本人は言っているが、冥界から地上の地図を広げてこの辺に種子があります、と言える程度にはとんでもないものであったりする。何せ世界を超えているのだから。

 

 さて、ではその世界中に散らばっている種子を、アイリス達は何処からどういう順番で回収して行っているのか。

 

 ある時は、ちょっと近くの街の名産品を食べたくなったから。

 ある時は、その辺りに生息するモンスターから素材を集めようとして。

 ある時は、祭りをやってるので景品をせしめるついでに。

 ある時は、地上は夏なのでせめて涼しい大陸北部で旅をしたいから。

 

 ある時は、地図にダーツを投げて刺さった場所だったから。

 

 前回の旅で寄り道を窘めたベアトリーチェであったが、むしろアイリスの旅自体が寄り道のついでに種子を回収しているようなケースも多々あるのである。

 ちなみに、最後の方法を提案した馬鹿が誰かは言うまでもない。

 

 今回の旅もそれ相応に軽い理由で、前回倒したスライム型種子持ちモンスターに懸賞金が懸かっていたのでそれを受け取るついでに種子を探そう、というある程度マシな部類に入る場所の決め方であった。

 という訳でやって来たのは、前回行ったルクトラ村にほど近いヴァルムバッハ公国国境の街、キーセン。

 

 世界樹炎上以来大量発生しているモンスターの駆除のため、皮肉にも景気が良くなった冒険者達で賑わう交通の要所である。

 賑わう、と言っても隣国が不穏な動きを見せている中いつ侵攻対象になってもおかしくない拠点のため、どこか剣呑さと物騒さを孕んだ賑やかさではあるが。

 

 とはいえ意識してかせざるか、ご機嫌な笑顔で懸賞金を受け取ったユーが、興味深そうにファンタジー世界の定番・冒険者ギルドの内装を見回していた。

 

「ふむふむ。こういう風になってるんですねー」

 

「おのぼりさん丸出し……」

「ラウラ、お疲れ様ー」

「牽制しただけ。本業じゃなくて、単にからかい半分悪意半分だったし」

「それは100%悪意と大差ないのでは?」

「柄の悪いところじゃそんなの悪意とも呼べないわよ」

 

 大金を持った能天気そうな少女という絶好のカモがふらふらしている訳だから、チンピラ紛いも多いこの場所では誰かが目を光らせていないと次の展開が手に取るように分かったことだろう。

 擦れた視点のラウラとフランチェスカ、どうでもよさそうなラディス、眉を顰めるクリス。

 

 自分が彼女らの話題の中心になっている自覚のない世界樹の精霊様は、ふと賞金首の手配書が張られた板に目を留めた。

 それを一緒に覗き込むのは、アイリスの中でも低身長の三人。

 厨二幼女ジェニファー、エルフィンの王族セシル、ドワリンの元義勇兵イリーナ。

 

 ドワリン―――主に北方の国ドワリンドに住む亜人部族で、鍛冶と工業を得意とする、要はドワーフ的なアレだ。

 例によって小柄で年齢の割に幼く見える容姿をしており、ダークブラウンの髪を腰下まで長く伸ばしているのがイリーナのせめてもの大人アピールなのだろうか。

 これでいて戦場では、世界観に合ってるのか分からない機関銃の掃射で敵を蹴散らしていく頼もしい仲間である。

 

「これなんか悪そうな顔してますねえ」

「“片耳のガズ”、およそ大抵の犯罪はやったぜ、という類か。

 主な罪状は組織だった人さらいと人身売買で、行方不明者の家族からの積み増しで懸賞金が跳ね上がっているな」

「………人さらいは許せないであります。私の故郷でも、戦争で身よりを無くした子供が何人も行方不明になっていました」

 

 おそらくろくな末路を迎えなかったであろう顔見知りの子供達を思い出してか、怒りに震えるイリーナ。

 その持ち前の正義感で、一行の中心である冥王に向き直り―――、

 

「冥王殿、我々でこいつを捕らえ、攫われた人々を助けませんか?」

「物覚えが悪い生徒ですね。我々の目的は種子の探索、何度言えば分かるのですか?」

 

 ベアトリーチェに切り捨てられる。

 しかし、と納得いかない様子で食い下がるイリーナに、正義の味方ごっこがしたいなら義勇兵に戻ってはどうですか、と痛烈な皮肉を添えて。

 見かねたフランチェスカが口添えするが、教師役の黒髪メイドの冷たい視線に折れたイリーナが発言を撤回する形でその場を収集するのだった。

 

 そんな空気の冷えるやり取りの裏側で。

 

「もっと金額の大きい紙が……でも似顔絵が書いてません。

 えーと、なになに……『銀髪鬼姫』?」

「―――っ!!?」

「異色双眸の銀髪の女。邪教を崇拝し、聖樹教会の上級神官1名、上級騎士5名、中級騎士18名、その他多数の僧兵及び神官を惨殺。その残虐性から、懸賞金は生死問わずとする。

………ふーん?」

「よっぽど教会の恨み買ってたんだなこいつ。一人だけ金額の桁が違うじゃん。ね、ジェニファー?」

「いまいちネーミングセンスが……いやこれはこれであり、か……?」

 

「こ、怖いです……一体どんな人なんでしょう?」

「―――ふっ。そうだな、邪教を崇拝するというからな、邪神の敵と一度みなした相手はその首を落とすか血飛沫で大地を染めるまで止まらぬ、そんな狂気の存在に違いない」

「えぅっ!?」

「身の丈よりも巨大な刃物を両方の手に構え、命乞いをする神官をばらばらに斬り刻むのだ。まさに鬼か悪魔が人の皮を被った化け物なのだろうな」

「ぴぃっ!!?」

 

「ひいいいっっ。世界にはそんな怖い人がいるなんて!旦那様、旦那様ぁ~~っ!!」

 よしよし。大丈夫、その人がセシルを襲うことは絶対ないから。

「ぐす。本当ですか……?」

 だよね、ジェニファー?

「うむ、主上の仰る通りである」

 

「突っ込まんぞー?」

 

 クリスが居るために眼帯をしている幼女が、ラディスの阿呆を見る目を浴びながら自分の手配書で箱入りお姫様をからかって遊んでいた。

 その騒ぎには参加せず、出奔した女神官は、穴が開きそうなほどに真剣な表情で何度も己の古巣が依頼を発出した手配書を読み返している。

 そんな彼女に、猫の亜人が平淡な声で問いかけた。

 

「改めてショック?」

「ラウラさん。……いいえ、ジェニファーさんとの最初の出会いは、冥王様の祠を破壊しに来た“いつもの”聖樹教会の手先だと剣を突き付けられたところからでした」

 

 クリスの脳裏に、初めて出会った時のジェニファーの姿が思い起こされる。

 その虹色の右眼には暗い復讐心のみが渦巻き、神官服を着ていたというだけでこれまでに感じたことのない殺意と敵意を向けられた。

 事実あの時アシュリーが少しでも調子が悪ければ、何かミスをすれば、クリスの息の根が止められていたのは間違いない。

 そんなジェニファーの手が教徒の血に濡れていないと考えるのはあまりに能天気が過ぎたし、彼女自身もそれを否定していない。

 

 勿論信仰に篤く、命令に忠実だっただけの同輩である聖騎士や神官達が屠られたことに何も感じていない訳ではないが。

 原因を作ったのは聖樹教会で、ジェーンの一族を滅ぼし復讐鬼へと変えたのも聖樹教会。これでジェニファーを批難し糾弾するには、羞恥心が邪魔をする。

 

「逆に、ラウラさんはどうなのですか?」

「私は、まあ知ってたし。

 セシルやファム、あとはエルミナかな?あの辺りに教えるのはちょっと刺激が強いかなって思うけど………人を殺したってだけなら、アシュリーやクレアの方が人数的には多いだろうし、私だって経験が無いわけじゃない」

 

 何日も同じ屋根の下で過ごした。

 何度も一緒に冒険の旅に出た。

 

 ジェニファーが何の理由もなく殺人に手を染めるような奴ではないと判断するには、それで十分だ。そして。

 

 騎士が賊を処断する、傭兵が戦場で敵兵を斃す。復讐者が家族や友の仇を討つ。

 理由があれば………殺人それ自体が絶対に間違っていると言えるほど、この世界の命の価値は高くない。

 勿論命は尊いものである、という普遍的な倫理観自体はある―――それはそれとして、人さらいなどという生業が成立する程度には、時と場合によって価値が果てしなくインフレするというだけで。

 

 

「あとその手配書の罪状、教会に都合のいい言い分しか書いてないから、単純に胡散臭い」

 

 

 話に割ってきたラディスが指摘するのは、手配書の“女”が教会の騎士や神官を殺したのは邪教を崇拝する気狂いだからみたいな書き方になっている点。

 たかが童女に騎士達がいいように殺されて、保たねばならぬ面子はあるだろう。異教徒を一方的に異端審問にかけ、略奪と虐殺を働いたのが原因とは流石に大っぴらには言えない外聞もあるだろう。だが。

 

 都合が悪い事実に対する嘘と誤魔化しは情報操作の基本だが、誇張表現や恣意的な記述を見透かされた場合、もはや主張の全てが顧みる価値なしと思われるリスクを孕んでいる。

 愚鈍な信徒さえ騙せれば、それでいいのかも知れないが。

 

「“信じるものは救われる”、ですか――」

「踊る阿呆に見る阿呆。お祭りはさぞ楽しいんだろうね。踊らせてる阿呆はもっと楽しそうだ」

 

 聖句にあてつけた皮肉、こんな場合にも使用できる厨二の戯言をクリスは呟く。

 

 それを受けて、教義のためというよりは組織の利益のために動いているようにしか見えない聖樹教会と、それを妄信する教徒の有様をお祭りに例えて改めて皮肉を継ぐ。

 疫病が蔓延した村で、親類総出で効きもしない迷信に縋っていた幼少期を過ごし、宗教というものを論理的な視点からしか見ないラディスの皮肉は切れ味鋭い。

 

「私、聖樹教会を出奔していた、んですよね……?」

 

 少なくともアイリスとして活動している今、クリスが上級神官の職責を放棄しているのは間違いない。

 だが、そうなってからの方がむしろ、聖樹教会という組織が抱える構造的矛盾を突き付けられる機会が増えた気がしてならないのであった。

 

 

 





Q.厨二幼女、流石に経歴が血生臭すぎるんだけど、ちょっとアイリスに受け入れられ過ぎじゃない?
A.だって世界観そのものが割と血生臭いし……。


 ある意味で言い訳回。
 話数を重ねるとノリと勢いだけで誤魔化すのが辛くなるので、ちょっと理論武装したくなる。
 藪蛇になることも多いけど。

 あとはタグ通り隙あらば巨大組織をディスっていくスタイル。


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種子を追う者2

 たまたま前回に引き続き今回も、と言うべきか。

 あるいは、力を得て増長したが故に、正道を往く者と必然的に衝突することになるのか。

 もしかしたら世界樹の種子そのものが、お互いを引き寄せる運命を宿しているのか。

 

 街を出て種子を捜索する冥王一行が辿り着いたのは、近々住民を騒がせている人さらい集団のねぐらとなっている洞窟。

 その頭領たる“片耳のガズ”が、今回アイリス達が探し求めていた種子持ち(シーダー)だった。

 

 自分達を討伐しにきたものと勘違い―――女子供が多数とはいえ、武装した騎士や見るからに魔術使いがいれば無理もないが―――した賊の集団はそのまま戦闘に突入することとなった。

 

「殺せオラぁ!!」

「成敗!」

「ここで逃げてもどのみちオカシラに………死んでたまるかああっっ!!」

「勝手なことを……言うなであります!」

 

 賊とはいえ、種子持ちのリーダーに恐怖で統制された荒くれ者達。

 敵味方入り乱れる乱戦となると、流石のアイリスも鎧袖一触で殲滅とはいかない。

 

―――さて、こういう集団戦において“突破力”が高いのは誰か?

 

 “疾風”の異名を取るアシュリーは、剣閃は優れども騎士鎧の重さで移動速度そのものは他の前衛アイリスとそこまで差はない。

 猫亜人(ミューリナ)のラウラ、暗殺者スタイルのベアトリーチェが俊敏さに優れるが、流石に敵のど真ん中を突っ切るような戦闘機動はあまりしない。

 

 俊敏。身軽。―――そして文字通り障害を“ぶっ飛ばし”ながら突き進めるジェニファーが、結果として奥で構えるガズと斬り結ぶことになっていたのだった。

 

「そそるぜ嬢ちゃん。おめえの耳も削いで、おいしくいただいてやるよ」

「あいにく片目の時点でずいぶん難儀している身の上でな。

 貴様の包茎マラでもしゃぶっていろ!」

「ジェニファー!?あとでお説教だからね!!」

 

 刃こぼれの多い蛮刀と水晶の大刀が打ち合う中、ガズが己の異名の原因となった習慣―――獲物の片耳を削ぐという残虐な嗜好を眼帯幼女に向ける。

 友好的にする理由も、まして性癖に付き合う義理もないジェニファーは下品なスラングで返した。……フランチェスカのお叱りの声は、剣戟や銃声に紛れて聞こえないことにしておく。

 

「そおら!」

「っと!?」

 

 というより、種子持ちのこの大男相手に、片目を封じた状態のジェニファーが注意を逸らす余裕はない。

 顔に走る傷が斬り合いの経験を物語るガズは、豪快そうな逞しい体躯と裏腹にいやらしいフェイントを何度も斬撃に織り交ぜてくる。遠近感が掴みにくい、というこちらの弱みも見越した上で。

 普段訓練しているアシュリーや、かつて斬殺してきた騎士達の剣は基本的に素直なため―――あれはあれで極まると厄介なのだが―――いまいち勝手が違って踏み込みにくい。

 

「ちょこまかと……」

「当たらん」

(とはいえ。他のアイリス達が雑兵を片付けるのまで耐え忍ぶ、というのも締まらない)

 

 防戦に徹すればそう容易く墜ちるジェニファーではないし、不確定要素のガズを抑えている限りはアイリスが種子を持たぬ盗賊たちに後れを取ることはあるまい。

 そのうち応援に駆けつけてくれるから協力して倒せばいい……というのは、当然ながらこの厨二の好みではない。

 

 それに模擬戦ならともかく“殺し合い”の場において、そういった他者の助力をあてにした考え方は足元を引っ繰り返される油断と隙に繋がる。

 仲間と協力できるならするべきだが、当然の前提とすべきではないというのは、暴走ジェーンが聖騎士の“部隊”を何度も殲滅してきた経験からくる持論。

 後衛が魔法を撃って援護してくれる―――その魔法を利用して繰り出す魔剣エンチャントに、咄嗟の反応が出来ていればもう数十秒は生きられたかもという騎士も多かった。

 

 故に、ジェニファーは仲間を待たずに勝負を決めにかかる。

 

「我は冥戒十三騎士が終の一騎、『黒の剣巫』ジェニファー=ドゥーエ。

……ああ、やはり『銀髪鬼姫』では少々ダサい」

「あん?」

「我が名を冥土の土産に覚えおけ、というやつだ」

 

 そう言ってジェニファーは“水晶”を両手持ちから左手に構え直し、空いた右手で眼帯に手をかけた。

 

 隙ではあるが、斬りかかっても間合いの外に逃げられて終わりだろう、だがわざわざ何故そんなことをするのか。

 意図を読めず、ガズは幼女が眼帯を外すのを見過ごした。

 

 それが彼の、致命たる失策。

 

「目覚めろジェーン!」

「はっ、バカが!」

 

 虹の瞳を晒しながら、左の“水晶”が上段から斬りかかる。

 半身になって躱したガズは、勝利を確信した高慢な笑みで蛮刀を斬り返そうとする。

 

「馬鹿は貴様だ!!」

 

 それよりも速く、虚空より顕れ巫女の右手に握られた“黒”が、大男の胴を深々と横薙ぎに切り裂いていた。

 奇術じみた小技、だが斬り合いの最中に突如相手が二刀流に変わる理不尽が、賞金首に敗北を運んでくるのだった。

 

「ぐはっ!!?……ふ、くく、なるほど『銀髪鬼姫』か。

 俺の最期がお前みたいな大物だなんてな。光栄だよ、殺人鬼―――」

 

 ガズは崩れ落ちながら、銀髪オッドアイの幼女を見て憎まれ口を叩く。

 その死に顔は、凶悪ながらも楽しそうな笑顔であった。

 

「ふん。本当に、ダサい呼び名だな」

 

 黒衣に散ったどす黒い血飛沫を払いながら、同じように憎まれ口を叩くジェニファーなのであった。

 

 

 

………。

 

 ジェーンがクリスに反応しないよう、眼帯を付け直し終わった頃には、頭領を討たれた盗賊達が武器を捨てて投降していた。

 その時点までに生き残れなかった者に対して、クリスとパトリシアが黙祷を捧げている。

 

 そしてちょうどそのタイミングで現れた一団があった。

 

「これは、お前達がやったのか?」

 

 問うたのは、先頭で馬上から見下ろす男だった。

 先ほどのガズ以上の筋骨逞しい大男だが、後ろに流した黒髪や馬に括りつけた戦斧には洗練された小奇麗さが覗え、後ろの武装した男達もその指示一つで整然と歩みを止める辺り、正規の訓練を受けた兵士達であることが察せられる。

 

 盗賊などとは明らかに異なる戦士達。

 戦闘終了直後ということもあり、武器こそ構えないもののアイリス達も警戒の滲んだ表情で彼らを観察している。

 

 まあね。まずかった?

「いや、手間が省けた。当然報奨金は保証しよう」

 

 リーダーの当然の責務として、相対したのは冥王。

 鉄火場の緊張感冷めやらぬこの場において何の気負いもない冥王の居住まいを観察しながら、馬上の男は明確に立場のある人間としての言葉を紡ぐ。

 その様子を窺っていたアシュリーが、はっとした様子で男の顔を見上げた。

 

「もしや、貴公はゼクト公……っ!?」

「む、そういう貴殿は『白銀の疾風』殿か。いかにも、俺がこの国の国主であるゼクト―――、」

 

「はぁい。お久しぶりー♪」

「―――フランチェスカ!?」

 

「………ゼクト=フランチェスカ様と言うのですか。フランチェスカ様と同じ名前だなんて偶然ですね!」

「んなわけないから。何、知り合い?」

「んー、これ言ってもいいのかなー?部下の兵士さん達も居るからなー?」

「黙っていてくれると非常にありがたい……!」

 超気になる。

「あ、あら?うふふ、やきもち焼いてくれた?ねえねえ?」

 

 威厳を持って自己紹介していたところに、ジェニファーのほっぺをうにうにして言葉遣いを説教していたフランチェスカが割り込んだことで一気に空気がぐだぐだになる。

 当の踊り子は嬉しそうに冥王に絡み始めるし、ゼクト公の部下の兵士達は主の慌てぶりとフランチェスカの煽情的な服装や美貌を見比べて察したような苦笑いになるし、一応盗賊の死体はその辺に散らばっているのだが緊張感は既に皆無だった。

 

 ここにいる人々が特別図太いのか、この世界がそれだけ殺伐としているのか―――まあ後者なのだろう。

 

「ユー。種子を回収した」

「あ、お疲れ様ですジェニファーさん。一人で敵の親玉やっつけちゃうなんて。

 お怪我はないですか?」

「今引っ張られた頬が痛い……」

「大丈夫ですか?……あれ?でも、どうしてフランチェスカ様はあんなに怒っていたのでしょう?

 ジェニファー様、ほーけーまらってなんですか?」

 

「…………。今ちょっと痛烈に反省した。反省したから、訊くなセシル。あとその単語は二度と口に出すな」

「はあ……?」

「ティセがお留守番で良かったね。矢が飛んできてたかも」

 

 ガズの遺体から回収した世界樹の種子をユーに投げて寄越すジェニファーの頬は赤く染まっている。

 普段から割と好き勝手な言動が目立つ彼女も、流石に純真そのもののセシルに卑語を言わせたことには罪悪感を抱くらしい。そんな残念幼女の頭をぽんとラウラが撫でるのだった。

 

 

「―――子供?子供に戦わせているのか!?」

 

「……ん?」

 

 

 露出した右腕に返り血の跡が残るジェニファーの姿を認め、ゼクトが驚愕の声を上げる。

 ユーやイリーナと違い耳の形から人間だと判る幼女は、外見と実年齢がほぼ一致すると考えていい。

 

 つまり彼の眼には、冥王やアイリスが九歳児を賞金首にぶつけて剣で斬り合いをさせた集団と映ってしまった。事実ではあるが。

 公や部下達の視線に非難の色が混ざり始める。

 まずい、と思い当人であるジェニファーが他の仲間や冥王にはできない弁解をまくし立てた。

 

「逆に珍しい反応だな。……公、賊討伐の陣頭指揮を自ら為されていることといい、為政者として立派な良識を持っておられることは大変ありがたいが、我は我の意思で主上に仕えている。

 その慈しみの心は己が領民に注ぐがよかろう」

「だが、君のような子が……」

「生憎純真無垢な愛嬌を振り撒いていれば蝶よ花よと愛でてもらえる生まれ………ではあったな、一応。

――――だがもう無くなった」

「「……っ」」

 

 ジェニファーがよしとしていても、周りの大人達が止めるべきではないのか―――そういった視線を誤魔化す為に闇を撒き散らす幼女。聖樹教会組に流れ弾が行っているのはいつものことなので気にしない。

 ただそのセリフ回しは完全にネタの使い方が間違っている。ここでヒュー!とか言える奴が居たらただの外道だ。

 

「何、商品価値が付くなら子供でも金貨に化ける。剣が振れるなら女子供老人拘らず戦士に化ける。哀しくとも、人の業だろう?」

 

 

「――――そんなの、違うであります!!」

 

 

 いい感じに回転し始めたいつものバックボーンのせいで謎の説得力を伴う厨二幼女の戯言、それを止めたのはイリーナの叫び声だった。

 突然の乱入に何事かと集う視線を意に介さず、彼女は冥王に頭を下げた。

 

「賊達の尋問を行ったところ、攫われた人々は国境を越えた先の帝国の街に引き渡された後とのこと。それも、子供ばかり………お願いです、助けに行かせてください!」

「……またその話ですか」

「我々の使命が重大であることは承知しています。兵士ならば、目先の損失に囚われて目標を疎かにするなど言語道断であることも。ですが、私は自分に嘘を吐いたまま後悔を背負って戦い続けることはできません―――!!」

 

 一度は折れたベアトリーチェの冷たい声に、今度は食い下がるイリーナ。

 帽子を脱いで下げたその茶髪頭は、肯定の返事を聞くまで決して上げぬとの決意が伝わってくる。

 

「恥ずかしながら、此方からもお願いしたい。我が国民を国外に拉致されたのを放置するのは論外だが、この緊張した情勢下で救出の兵を帝国に潜入させるのも難しいのだ」

 

 居合わせたアイリスの大部分はイリーナの子供救出に賛成の意見だが、ベアトリーチェの説得が叶わなければ禍根を残すだけ。冥王との付き合いがアイリスで最も長く、彼の思想を最も理解し最も優先させているのもベアトリーチェであるというのが共通認識だからだ。

 冥界の主として、地上の者達の営みに極力介入しない―――その意思を尊重している以上は、冥王に従うアイリスとして彼女の意見も決して蔑ろにしてはならないものである。

 

 その援護射撃を行ったのは、己の立場として国民の救出を通りすがりの旅人の手を借りてでも成し遂げたい領主ゼクトと。

 

 あと、幼女だった。

 

「ベア先生。我もイリーナに一票だ」

「ジェニファー?先ほどあなたは子供が金貨に化けるのは人の業だと言っていましたが」

「言った。そしてそれを是としないのが人の道でもあるだろう?」

「ジェニファー殿……!」

「アイリスは確かに主上の手足だが、同時に人だ。アイリスの行いもまた“人の営み”である以上、主上の御意思を曲げることにはならなかろうよ」

「……屁理屈ですが、成程認めましょう。しかし種子探しの旅で寄り道をする理由がない」

「この地の領主直々に依頼されたのだ。今後も地上で活動するにあたり、権力者に貸しを作っておけば後々得になるのでは?」

「あの、そのゼクト公の御前で言うことではないかと思います……」

 

 子供の戯言ながら顔を引きつらせるクリス達を置いて、ジェニファーの詭弁を受けたベアトリーチェはしばし目を閉じて沈黙する。

 暫しの間を置いて、曰く。

 

 

「―――ご主人様、アイリスとしてこの救出作戦、行うべきと判断しますが如何でしょうか」

 

 

 いいよ。後悔のないように、みんな頑張って。

「………っ、はいであります。びしっ!!」

「よかったね、イリーナ」

「フランチェスカ殿。ありがとうございます、ジェニファー殿も!」

「……ふっ」

 

 ニヒルに笑って返したジェニファーの内心が、『よし、これで少年兵云々は誤魔化せた…!』であることは喜ぶイリーナには言わぬが花だろう。何せ厨二幼女の発言を整理すると、子供を戦わせるのは人道に悖ると自分で認めてしまっているのだから、有耶無耶にできたのはある意味有難かった。

 

「イリーナ、帰ったら弁論術の補習講義です。

 九歳児に口の上手さで助けられてどうするのですか、まったく」

「うっ。………謹んで受けさせていただきます」

 

 屁理屈でもいいからちゃんと理論的な言葉で説得し、メリットを提示すればすぐに呑んでくれた辺り、ベアトリーチェも実際そこまで頭ごなしに救出を否定していたわけではなかったのかもしれない。

 まあ、何はともあれ。

 

 アイリス達は、攫われた子供達の救出のため、帝国領潜入を決定したのだった。

 

 

 




 以下、上から順に作者的に会話が回しやすい子達。

ジェニファー:適当になんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言うだけ。
ラディス:程々にスレていて、程々に人情家なのでやり取りに参加させやすい。頭が良くて皮肉な言い回しもできるし、あとボケには律儀に反応してくれる。
ラウラ:前半は同上。学とツッコミがやや不足だが、そこは亜人視点での発言で差別化。
セシル:いい感じに素直な反応を返し、イイ感じにボケてくれる。超可愛い。
クリス:厨二の戯言を全部真剣に受け止めちゃう真面目な子。可愛い。が、この作品自体ひたすらこの子の胃と良心をいぢめるコンセプトなので……。
冥王:我らが冥王様。普段お茶目な女たらし発言しつつ、締めるところは締めてくれる。
フランチェスカ:髪の毛がピンク色。

 あとはラディス・ラウラと同じ理由でコト、真面目ちゃん系でティセが使いやすそう。

 ってことでセリフ的には結構出番が偏る可能性が。嫁がこの中に居なかったらごめんなさい!



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種子を追う者3

 原作ストーリーだとソフィとかヴァレリアがちょっと活躍するシーンなんだけど、本筋に影響無いし正直二章開始からここまででセリフの一つも無いのに急に出て来ても違和感しかないんでお留守番だったことにします(外道
………まあ、ぶっちゃけちょい役で申し訳程度に活躍させるくらいなら個別に尺裂いて集中してがっつり描写した方がいいと第一章のシャロンで学んだ。



 

 国境というものは国土が広くなればなるほど曖昧になっていくものだ。

 精確な測量技術があってさえ樹海や山、砂漠と言った大自然の障害はそのまま太すぎる線となる。

 分かりやすい河川で境界を引こうにも、流域全体に石の堤防を作るなどという狂気の沙汰を敷かない限りは、少し雨が長引くだけで容易く流れる場所を変えてしまう。

 

 まして人の行き来をモンスターが妨害するような世界だ。

 帝国に潜入、と言っても街道と関所を使わなければ出入りは簡単なのである。

 

 当然にモンスターと出くわすが、正直人間の活動圏内に現れる程度の魔物に後れを取るアイリスではなかった。

 

 とはいえ。

 冒険者なんて稼業が成り立つくらいだから、モンスターの脅威は一般市民はおろか国の兵士達でも十分被害を及ぼし得る。

 大陸中央部に巨大な版図を築いた帝国が諸国の統一を成し遂げられていなかったのには、必然の理由があるわけで。

 

「周辺諸国全てに向けて侵略戦争に踏み切った女皇帝。正直我は気違いの脳足りんの薬中かと思っている」

「ジェニファー、口が汚い。反省したんじゃなかったのか?

…………とはいえ、エリーゼ様のことを思うと、弁護する気にはなれないがな」

 

 子供達が売られた先と聞き到着した帝国領側の街。

 立ち並ぶ家々に人の気配がなければゴーストタウンかと思うような静かな様相を眺めながら、ジェニファーは呆れた様子で呟いた。

 それを窘めながらも、内容自体の否定はしないアシュリー。

 

 かつて彼女を騎士に任じ、仕えた最初の主であるエリーゼはかつて帝国に和平の使者として赴き、帰って来なかった。

 そして和平の意思表示への回答は、何ら止むことのない侵攻と蹂躙で示されたのである。

 

 そういった経緯からアイリスの中で最も帝国に怒りを燃やしているのは間違いなくアシュリーで、感情的になることこそないが帝国領に潜入してからの口数と笑顔の少なさで内心を察することができる。

 四六時中ぴりぴりとしていて、話しかけるには最低でもジェニファークラスの図太さを必要とする雰囲気だった。つまり、他にいるとすれば冥王くらい。

 

「“それ”だ。道義的な問題を置いてすら、正気の沙汰じゃない。

 非武装で交渉に来た相手国の領主を一方的に殺害する?つまり講和も調略も一切必要ないとは随分血と力に酔っているようだが、抵抗か死かの二択を突き付けられた形の周辺諸国の戦意は跳ね上がるだけ。

 そして帝国もまた、敗北すれば今度は自分達が投降も譲歩も許されない立場に立たされる。

 どちらかが滅ぶまで終わらない、史上類を見ないレベルの陰惨な殺し合いになるぞ、いずれは」

「そんな……なんとか止められないんでしょうか……」

 

 帝国の狂気を語るジェニファーの言葉は、始終ロジカルなだけに普段の戯言ですらない事実の指摘だ。

 顔色を悪くしたパトリシアが願望を口に出すが、それが儚いものであることは言った当人が一番自覚していたことだろう。

 

 そして、より狂気染みているのは―――仮にもその国の最高権力者を往来で罵倒しているにも関わらず、問題にはなりそうにもない出歩く人の少なさ。

 

 この街に着いてすぐ、無垢な幼女の素振りをしたジェニファーが一人で住人から話を聞こうとして―――いい感じに人さらいのチンピラが釣れたので骨の数本をへし折って存分に鳴いてもらったところによると。

 今この国には一切の娯楽を制限し、水や薪など生活の糧となる物資の使用量も上限を決められていることで節制の美徳を積むなどという法が敷かれているらしい。

………切り詰められて余ったそれらの物資がどこで使われているかは、現在帝国が何をしているのかを考えれば知れた話だろう。

 

「欲しがりません勝つまでは、か?」

「勝つ気ないだろこれ。フラストレーション溜まりまくってるだろうから、ちょっとつついたら暴動起こるんじゃないの?」

「ていうかお店に商品が何も無い………買い物できない………なんだか落ち着かない………」

「ラウラ、そんな能天気な話ではないですよ。

 こんな一次産業が何も無い街で消費を極端に制限すれば、すぐに流通が死んで余剰な労働者が露頭に迷います。

 ラディスの言う暴動が起こるのが先か、乞食が道端に溢れ返るようになるのが先か。

 ジェニファーの言う通りの短絡極まりない侵略方法といい、皇帝は統治のド素人なのでしょうか」

「ベア先生、学園じゃないのにエグい授業始めないでください……」

「丁度いい教材があったので。学びは実地で体験してこそ分かることも多い」

 

 以上がまあ話を聞いて街を見て回ったアイリス達やユーの会話で、あとはフランチェスカの「つまんなーい」とかラディスの「ばっかみたい」あたりが端的な彼女らのスタンスを示していた。

 

「ところでジェニファー殿。いい加減あの情報収集の仕方はやめませんか?」

「いや、手っ取り早いし。悪人が減って街の子供達も安心できるだろう?」

「だったらせめて、次は私がその役目を果たす番です!」

「え、イリーナおねーちゃん、ぶりっ子のふりできるのぉ?きゃははっ、見たい見たーい!ねえやってみて!ねーねー(ロリ魂)」

「くっ……!」

「いや、なんで悔しそうなのよ」

 

「ふふっ。でもああしてるジェニファー様も、可愛くていいと思います」

「そーだなー。可愛過ぎてどっかの変態画伯が鼻血出してぶっ倒れたからなー」

 

 などと脱線しながら一行が目指しているのは、この街の酒場や娼館が並ぶ歓楽街。

 娯楽も制限され寂れる店が多い一方で、賄賂なりでうまく官吏に取り入った店は逆にこっそり繁盛を極めていた。

 

 お金というものは仲間を求めて集まっていくエントロピーと真逆の概念だ。

 特に今のこの街のように循環が為されない状態だと、淀みの底でどんどん一か所に集まっていく習性を持っている。

 

 その手の需要は古来より絶えないというのもあり、とある羽振りのいい娼館兼“人材紹介所”が一層の繁栄を謳歌している。

 そして、そこに最近“商品”が大量入荷したらしい、というのがチンピラから聞き出した情報だった。

 

「………ま、労働力にもならない子供に値段が付く理由なんて、そうそうないっての」

「絶対、助け出さなくては……!」

 

 何かに重ねたのか不快そうに呟くフランチェスカに、クリスが決意を口に出す。

 そして、号令を出して場を締めるのはやはりリーダーである冥王。

 

―――それじゃあ、下見を済ませたら決行は計画通り日没後。『ハーメルンの笛吹き娘』作戦開始!

「「「「――――応っっっ!!」」」」

 

 

 

…………。

 

「それじゃあジェニファー、よろしく」

「いつでもいい。…………せぇ、のッ!!」

 

 月夜の空に猫耳が跳ぶ。

 “労働者”が逃げ出さないように高く建てられた塀の上まで悠々と到達したラウラは、自分の踏み出した足裏を両の掌で受け止め、踏み切りに合わせて打ち上げたジェニファーをロープを垂らして回収する。

 

 シャロンともう一人、空を飛べるアイリスはあいにく冥界に留守番中。だがラウラとジェニファーの軽業コンビに掛かれば大抵の障害物は障害たりえないため、この二人で先行して娼館の罠や警報装置を解除する任に就いていた。

 ジェニファーの得物である水晶の大刀は重しになるためアシュリーに預け、代わりにいつでも“黒”を顕現できるように眼帯を外している。

 

「たぶん、こっち」

「信じるぞ」

「……この手の施設は、どこも似たような造りになってる、筈」

 

 “娼館に売られた子供の救出作戦”は初めてではないのか、微妙な慣れを感じるラウラの先導で子供達の居場所とそこまでの経路の把握に努める。

 後から突入する本隊では、セシルとラディスが水魔法で用心棒達を昏睡させている頃合いで、あまりもたついてはいられなかった。

 

 幽かに漏れる宴会の笑い声、それが盛り始めて下卑た声と“商品”の喘ぎ声に変わる前にと、二人は薄闇の中を駆けた。

 

「…………へ?」

「悪く思うな」

 

 角を曲がりざまに出くわした従業員に、有無を言わせる前に跳躍したジェニファーが首筋に手刀を叩き込む。

 実際にそれで人間が気絶するか?―――首の骨から鈍い破壊音が鳴る程度に強く叩きこめばそれは気絶するだろう。再び目覚めるかどうかは知らないが。

 

 そうやって物音静かに疾走する二人だが、あまりに速すぎたのだろう。

 本隊の到着前に、子供達が捕まっていると思しき建物の特定と、周辺のクリアまで二人で完了させてしまった。

 

「どうする?このまま本隊を待たずに、私たち二人で子供達も助けちゃう?」

「それ絶対後でピンチに陥るパターンだという知識が……。が、敢えて言おうか。

―――別に我ら二人で片付けてしまって構わんだろう?」

 

 なんかこう、場所が場所だけに頭対魔忍(DMM繋がり)の犠牲になりそうなセリフと行動を繰り出す二人。

 案の定二人を待っていたのは、“商品”の逃亡の気力を折る意図もあってか同じ場所で飼われていた獰猛な魔物――――が、ラウラの短刀の一突きで急所を刺されて即死する。

 その傍らで、ジェニファーが“黒”を振るい子供達を閉じ込めていた檻を破壊した。

 

 中の子供達は時間帯もあって眠っている子も多かったが、異変を感じて皆起き出す。

 それはいいが、これまでの経験から武器を持つジェニファーとラウラに怯え、警戒して檻から出ようともしない。

 

 ただ一人の例外を除いて。

 

「―――、―――ん!」

「人懐っこい、のか?そんなんだから攫われたんじゃないのか」

 

 金髪のくりくりした瞳が愛らしい、肉体年齢はジェニファーとそう変わらないくらいの幼女が、邪剣を携えた巫女の虹の右眼を見つめながら迷いなく至近距離に近づき、黒衣の外套をきゅっと握る。

 

 この時は、二人はこの幼女を変な子と思うだけだった。

 苦笑しながら金髪幼女の頭を撫でる銀髪幼女の姿を見て、他の子ども達が警戒を解いてくれたのでそこは助かった、と僅かな感謝を覚えた程度。

 

 後にリリィと名付けられるこの幼女が冥王一行の旅の重要な鍵となる存在であることを、若きアイリス二人は未だ知る由もないのだった――――。

 

 




 むっちゃダークな舞台事情を説明しながら、変なネタとノリが混入中。
 原作の雰囲気を再現!って言い張れればいいんだけど、なんかこう………なんだろう?


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種子を追う者4

 

 一度子供達を街の外まで連れ出してしまえば、アイリス達が散々引っ掻き回したこともあり娼館の者達が追ってくることもない。

 だからひと安心……かと言えばそんなことはなく、むしろここからが救出作戦の最も困難なところだ。

 

 正規の街道が使えないため、モンスターの出没する山道を、幼い子供達を連れて行軍するのである。

 

 ジェニファーを見ていると忘れがちだが、幼女とは本来、間違っても数十キロの大刀二振りを担いでフルマラソンを駆けられる存在ではない。

 男の子だって二次性徴に入る前では似たり寄ったりで、頻繁に休憩を挟まなければ完全にバテて余計に移動速度が鈍るのが目に見えていた。

 

 故郷に帰りたい、家族に逢いたい―――その一心で泣き言も言わずに頑張る子供達ではあるが、山道で足場が悪いのも相まって如何せん往きしの半分以下の速度でしか進めない。

 そんなのろくさ進む一団に、頻繁にモンスターが襲い掛かる。

 

「絶対阻止。一歩も通さない……!」

「……くぅっ、神経使うわね!」

「笑顔ですよ、フランチェスカさん!子供達が見てますっ」

「そう…ね。ふふっ、格好悪いところ見せらんない、か」

 

 モンスターが一体でも子供達に向かってしまえばアウトという状況に、普段以上の警戒を強いられアイリスにも疲労が滲んでいる。

 普段ならなんてことはない雑魚スライム相手でも、必要以上の体力と精神力を消耗させられる。

 

―――それでも、と。

 

「ああもう、こんなんキャラじゃないってのに!」

「アイリスに泣き言は要りません。ほらラディス、あちらのジェニファーに倣って決めポーズを」

「絶対やらん!!」

 

 やせ我慢で笑う根性では誰にも負けないパトリシアを筆頭に、せめて格好いい正義の味方を取り繕う彼女たち。

 

「おねえちゃんたち、すごい……!」

「かっこいい!!」

 

 その想いが通じたのか、あるいは子供達の眼にはちゃんとスーパーヒロインに映っていたのか。誘拐され異国の地に売られたことで濁っていた瞳に、希望の光が灯りつつあった。

 

「皆さん、本当にすごいです!」

「ぁぅ………!」

 

 一人だけどこか不思議な雰囲気を放つ、最初にジェニファーに縋り付いた金髪幼女。

 彼女を最初に見た時何故か表情がぎこちなくなったユーだが、すぐに仲良くなって二人でアイリス達の奮闘に目を輝かせていた。

 

 『全員無事に帰してみせる』という決意は、『全員無事に帰れる』という希望に。

 鈍いながらも歩みは着実に。山道はただの森に変わり、あと数刻歩けばそれすら抜けて国境の街が見えてくる―――そんな頃合いだった。

 

 

「主上、真っ直ぐこちらに向かってくる人間の一団がある。……帝国兵だ。数は指揮官らしい女を入れて十六人」

 

 

 斥候に出ていたジェニファーが携えて来たのは、一筋縄では行かぬと言わんばかりの凶報。

 こちらにも世界樹の種子を宿せしアイリスが十人居る………というのは、それ以上の非戦闘員を抱えて、しかも戦力的に盗賊の比ではないであろう正規兵を相手取るにあたっては不安要素の方が大きい。

 まして『指揮官らしい女』という言葉を口に出した時の、“あの”ジェニファーが警戒を見せていると伝えてくる緊迫した表情が楽観を許さない。

 

――――部隊を分けよう。ベア、アシュリー、ジェニファー、ラウラ、セシルで食い止める。残りは子供達と一緒に全力で離脱する。五人も、無理はしないように頃合いを見て退散して。

 

「「「……ハッ!」」」

「ご褒美、はずんでね?」「が、頑張ります!」

 

 冥王の決断は早かった。

 この場にいるアイリスのうち半数、対多数戦闘に実績を持つ騎士二人に俊足二人と森がホームグラウンドのハイエルフィンを殿(しんがり)として残すよう指示を飛ばす。

 そして残り半数のアイリスとユーと子供達にあと少しだけ全力で走って欲しい、と号令をかけた。

 

「冥王殿、しかしベア先生達は!?」

 みんなで早く森を脱出できれば、あの五人も長い時間戦う必要はない。大丈夫、彼女達ならそう簡単に負けない。

 

 負け―――即ち命を落とすという結末。

 ベアトリーチェは冥王の命令ならば這ってでも生還するだろうし、それぞれ帝国軍・教会騎士相手に抗い抜いてみせた経験があるアシュリーとジェニファーのしぶとさは折り紙つきだ。

 元ストリートチルドレンのラウラの強(したた)かさと逃げ足は言うに及ばず、セシルも森では精霊や野生動物のバックアップが十全に受けられるため四人の後衛補助をこなし切れる筈。

 

 己の部下を、可愛いアイリス達のことを信じている。心配していないということはありえないが―――『全員無事に帰れる』という希望を、『全員で無事に帰る』という覚悟に。

 その為の最善として、彼女達の命を預かる決断をするのが指揮官である冥王の仕事だ。

 

「―――――だめ……っ!」

「泣きそうな顔をするな、折角ここまで涙を堪えたのだから。

―――こういう場合は笑って“またね”だ、涙は再会の喜びまで取っておけ」

 

 何か琴線に触れるものがあったのか、あるいは最初に助けに来たアイリスだったので刷り込みのようなものがあったのか。

 金髪幼女は泣きそうな顔でジェニファーとの別れを渋るが、銀髪幼女は暖かい笑顔でそれを見送った。

 

「死ぬつもりはないようで何よりです。アイリスは肉の一片血の一滴までご主人様に尽くす運命、このようなところで勝手に死ぬなど許される筈がありません」

「……素直にみんなで生きて帰ろう、って言えばいいのに」

「何か言いましたか駄猫。無駄口は慎みなさい」

「えへへ……皆さんと一緒に戦うなら怖くありません。仲間、ですから!」

 

 思い思いに自分を奮い立たせながら、こんな時まで漫才染みたいつものやり取りを交わしつつ。

 

 いつもの銀装飾を散りばめた黒衣のジェニファーが、左右の手に大刀を担ぐ。

 鎖帷子を衣装に仕込んだ出で立ちのベアトリーチェが、小太刀二刀を鞘から抜く。

 旅装束の軽装のラウラが、短刀をくるくると弄び逆手持ちに収める。

 緑の民として自然に生きる祝福が施されたドレスを纏い、セシルが杖を握り直す。

 

 そして、異名の通り白銀の鎧を木漏れ日に煌かせ、アシュリーが騎士剣を正面に構える。

 

「皆……くるぞッ!」

 

 

「あーあ、どうせ逃げるんなら《種子》全員分置いていきなさいよ。

―――まあいいわ。ここに残ったお前たちは、私に種子を捧げてくれるってことでいいのよね?」

 

 

 傲慢、高圧的。

 引き締まったくびれが悩ましい肢体を蒼い鎧に収め、光り輝くような長いブロンドの髪を二房に分けた女が、地に着けた巨大な戦槌に凭れ掛かりながら品定めするかのようにアイリス達を睥睨する。

 

 帝国兵の顔全体を覆い、視界確保用のスリットのみが特徴的な兜が立ち並ぶ没個性の中、一人目立つ出で立ちで中心に佇む様はさながら女王蜂か。

 吊り目気味の顔立ちはよく見るとあどけないながら、高慢そうな嫌な笑みが嫌悪感を先行させてきた。

 

「種子、だと……?お前たちはそれが何なのか知っているのか?」

「世界樹の力の結晶でしょう?世界樹の恵みはこの地上を統べる帝国の頂点に立つ皇帝陛下にこそ相応しい。ほら、分かったらさっさとあんたたちの種子を差し出しなさい?」

 

 自分の要求が叶えられて当然とばかりの言い草に、カチンと来た表情をするアイリス達。

 どのみち戦闘が避けられないのを再確認しながら、ジェニファーが問うた。

 

「それで?世界樹の種子を献上してどうすると?」

「不老長寿の薬にするのよ。間もなく陛下は、愚かにも歯向かう国々を根絶やしにし、この地上に美しく完璧な秩序をもたらす。そんな偉大なお方には、永く美しいまま君臨していただかなければいけないでしょう?」

 

 大して情報が得られないのを見越して放った問いだったが、女はアイリス達を駆け引きする相手とすら見ていないのだろう、ぺらぺらと口上を垂れる。

 それに反応したのは、限界まで引き絞ったような声で女を睨みつけるアシュリー。

 

「美しく完璧な秩序…?奴隷商が幅を利かせ、民がまともに往来を歩けないあの陰気な街のどこを見てそう言える?

 そんなことのために、エリーゼ様を―――」

 

「エリーゼ……?ああ、いたわねそんな女」

「―――なに?」

 

「皇帝陛下に楯突いておいて、皇都に一人のこのこ現れたかと思えば戦いをやめろなんて指図してきて。頭がおかしいんじゃないの?

 ひっ捕らえて地下牢に叩きこんで、その後どうなったかは知らないけど………多少は見てくれもマシな女だったぶん、ロクな死に方できなかったんじゃないかしら」

 

「そんな、ひどいです!」

「最低……!」

 

 

「―――――ッッッッ!!!」

 

 

 音が聴こえない。

 

 セシルとラウラが非難する声も。

 自分の奥歯が軋る音も。

 

 仇と分かった帝国の女指揮官の嘲りを最後に、何も聴こえなくなった。

 アシュリーの脳裏に駆け巡るのは、旧主エリーゼとの記憶。

 

 騎士に任じ、剣を授けてくれた。

 傍仕えとして、領内視察のさなか民を笑顔で暮らせるようにと心を砕く姿を見せ、志を語ってくれた。

 魔物退治の報告をすれば嬉しそうに活躍を褒め、これからもあなたの力を貸して欲しいと言ってくれた。

 帝国に和平を訴えるため、旅立つ小さな背中を見送るしかなかった。

 彼女を守れずに燻っていたアシュリーが初めて冥界に降り立った時、魂だけの姿になっても心配と労いをくれた、背中を押してくれた。

 

 それら全ての映像が真っ赤に染まる。

 

 光届かぬ牢獄で、尊厳のない非業の死を遂げていい方ではなかった。

 あまつさえその最期を、それを承知で民の為に行動した覚悟を愚弄されていい筈がない―――。

 

 一度俯いた顔を再び上げた時、アシュリーは幽鬼のような表情で女指揮官だけを見据え剣を振りかざす。

 

「何よ、抵抗する気?手間かけさせないでよゴミども」

「………性根の腐った人間に悔い改めろと言う気はない。だが。

 種子を寄越せ?不老長寿の薬?美しく完璧な秩序?過ぎたオモチャに手を伸ばす糞餓鬼に、渡す飴など一つもない―――ッ!!」

 

 言葉を口にする余裕のないアシュリーに代わるジェニファーの啖呵を皮切りに、アイリスと帝国兵部隊の激突が始まった。

 





 ここから燦然と輝くリディアのクソ外道ムーブのお時間です(白目)
 そしてそんだけやらかしといて後々ヒロイン人気投票1位になる奇跡、というかライターと絵師と声優のプロのお仕事である。


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種子を追う者5

「セシルっ!」

「はい!」

 

 開戦の号砲は、セシルの上級精霊を介したフル出力の炎魔法。

 文字通り敵の戦力を溶かす業火が視界を埋め尽くし、帝国の部隊を全員まとめて舐める。

 魔導の心得がある帝国兵数人がかりで防壁を張るが、ハイエルフィンの秘術は半端な護りを悉く破壊し敵数の漸減と連携の撹乱を達成してみせた。

 

 森林で火炎を扱うのは―――と思いきや、周囲の樹木に延焼はおろか焦げ目一つない。

 精霊の加護により自然に害を及ぼさない大規模攻性魔術は、市街地や洞窟の中など閉所での戦闘や乱戦になった場合を除き、セシル参戦時の常套の開幕第一手となっていた。

 

「…ふう。あとはいつもどおり魔力を回復させながら皆さまの援護を―――、」

「このチビ、よくも仲間をっ!」

「どこを見ている?」

「ッ、速っ、ぐあああぁ!!?」

 

「陣形を立て直せ!待ってろ、今援護を―――」

「させない」

「……くっ!」

 

「熱い、あつい……っ!水を、誰か助け」

「―――さようなら」

 

 ジェニファーがセシルに向かう敵を引き受け、ラウラが周囲の木々まで足場にして三次元的かつ不規則に一撃離脱を繰り返し体勢を立て直させない。

 その傍らベアトリーチェが大火傷を負い行動不能になった敵兵を回復魔法で復帰しないようにトドメを刺して回る。

 

 一方的な展開――と言うのは上手くアイリスの連携が嵌まったからこそ。

 最初に流れを掴んで引き戻させない、という速攻戦術をどこまで息切れせずに持たせられるかに掛かっている。

 

 魔力を一気に使い切ったセシルはあとは牽制用の投射魔法か癒しの魔法を休み休み使えるだけ。そんなセシルの護衛に、一人は人数を割く必要があるためジェニファーは攻勢に出られない。

 機動力で敵を翻弄するラウラは、しかしその分敵の数倍のペースで体力を消耗する。ここまでの道のりでの疲労を合わせればあまり時間は掛けられない。

 

「そこまでだ、クソアマ!!」

「ええい、邪魔です―――チッ」

「軽いわ!」

 

 ベアトリーチェも、そもそも武器である小太刀の“切り裂く”性質上、フルプレートアーマーの敵兵を相手にするには相性が悪い。斬鉄をやってやれなくはないのだが、一端の剣技を修めているらしい相手の急所に刃を届かせるには中々に手間だと感じた。まして複数対一の状況では。

 

 そもそもそこらのチンピラ紛いなら最初のセシルの魔法で全員消し炭になっている筈で、帝国兵達は種子を持たぬとはいえ決して油断できる相手ではない。

 それどころか、体勢を立て直されれば人数で劣るこちらがジリ貧になる。

 もう少しこちらも頭数が欲しいところだったが、子供達を無事に街まで送り届けるため脱出組を手薄にする訳にもいかなかったし、今更言っても仕方がない。

 

 そもベアトリーチェは従僕、主たる冥王の判断に異論は挟まない。やるべきことは一つ、『全員で生きて帰る』というオーダーの達成。

 

「「………ッ」」

 

 一度親指と人差し指でLの字を作り、手首を捻って裏返しては戻す。

 未だ短い間なれど自ら戦訓を叩き込んだ教え子達には伝わると信じ―――戦装束のメイドは身を翻して逃走を始めた。

 

「逃がすか!」「追い込むぞッ」「……?慎重に行け」

「………(三人釣れた。あの勘の良さそうな一人は私が削りましょう)」

 

 やや左にカーブを描くように木々の合間を抜け、腐りかけの落ち葉を踏み散らしながら“わざと追いつかれる”程度の速度で走るベアトリーチェ。

 息を乱して体力が尽きかけの体を装う彼女の背中に、先頭の男が追いついて剣を振り上げる。

 

 

 その足元から、昼日中の森を真白に染める閃光が突然放たれる。

 

 

「眩し――くそっ!」「目がぁ……!!」

 

 張り出した大樹の根を跳び越した隙に落としていた閃光手榴弾が、追撃者の視界を奪う。

 あらかじめ目を閉じて爆発の瞬間をやり過ごしたベアトリーチェは、立ち往生する背後の三人の内狙いを定めていた一人の懐に潜り込み。

 

「かっ…は……?」

 

 神速の突きにて鎧ごと心臓を射貫く。

 

 倒れ伏す敵に突き立った得物を悠々と抜いて血糊を払い、同僚を殺された兵士達にベアトリーチェは指でちょいちょいと手招きした。

 ぷつり、と挑発された二人の血管が切れる音が聴こえた気がした。

 

 叫ぼうとしたのは、殺意に塗れた罵声。

 

「――――自分の居場所を見失っていないだろうか」

 

 聞こえてきたのは、嘲笑混じりの思春期ポエム。

 そして実際に鳴り響いたのは、片や“水晶”に袈裟にされた鎧、片や“黒”で唐竹二つにされた兜の断末魔。

 

 ハンドサインを受け取ってベアトリーチェと合流するように移動してきたセシルとジェニファー。

 そのまま二人を追ってきた者達の牽制を黒髪メイドが引き受け、銀髪オッドアイ幼女が攻勢に回る。

 

「存分に暴れなさい、ジェニファー」

「援護は任せて。最初の時みたいな失敗は絶対しません」

(お仕事完了……には、ちょっと早いよね)

 

「震えて祈れ。―――騎士を狩るのは、我はちょっと得意だぞ?」

 

 弱った敵の息の根を粗方止めたベアトリーチェが、精霊の光を臨戦態勢で周囲に滞空させたセシルの護衛に就く。

 生き残った相手にも十分なプレッシャーをかけ終えたラウラが、樹上で息を整えながらも機を窺う。

 

 残る敵兵はあと七人。しかも散々に主導権を握られた後で万全ではない。

 聖樹教会の精鋭騎士を一人で惨殺し続けた邪教の巫女、それが支援付きで突撃してくるのを止められる人数と質なのかを問わば―――解は明確に“否”だった。

 

 

 

―――兵士達の戦いは趨勢が決まった一方で。

 

「この……ッ」

「来なさい。遊んであげる」

 

 敵の将たる金髪の女指揮官と、紫髪の女騎士が一騎討ちを“演じる”。

 

 アシュリーの剣技はかつてないほど苛烈だ。

 内面の怒りを斬撃に乗せて、裂迫の気合が風を切る。

 

 それで“演じる”と表現したのは――敵手の高慢な表情が一度も崩れていないからだった。

 

「ほらほら、そんなもん?あんた確か“亡霊の騎士”だっけ、じゃあそのままお化けになっちゃえばいいじゃん」

「誰が……くぅっ!!?」

 

 斬撃は見切られ、反撃に唸りを上げる戦槌は掠るだけでも骨が砕ける威力を秘めているため容易に攻め込めない。

 ジェニファーのようにそれが超高速で振り回されるようなことこそないものの……大振りの合間を縫おうとしても、空中に突然発生する水塊がアシュリーを打ちのめす。

 

 所詮は水、鎧にぶつかっても飛び散るだけで威力こそ大したことはないが、視界を妨げ体勢を崩しテンポが狂わされるのは想像以上にきつい。

 鼻先三寸をハンマーが通り過ぎ、ひやりとする場面も多い。

 

 明らかなアシュリーの劣勢。それも、目の前の女は“遊んで”いる。

 詠唱している様子が無いためこの水が魔法によるものかは分からないが、その気になればもっと大量に生み出すことのできるものだと直感している。

 

 それがたまらなくアシュリーのプライドを傷つけていた。

 

 『亡霊の騎士』―――主を失ってなおエリーゼ公の領地を単身守り続けたアシュリーに帝国が付けた蔑称。

 それは一面の真理を突いている。

 

 滞在していた村の住人たちには感謝こそされていたが、墓守をやっていた時のジェニファーとやっていることに実質の差はない。

 主を守れなかった自責から死に場所を探していただけ。生きながらに亡霊だったのだ。

 

 事実、自身に宿る種子が世界樹の再生に必要と聞いた途端、未遂とはいえ自分で自分の体を切開しようとしたほどに。

 

 けれど冥王に必要とされて、救われた。エリーゼの魂に後押しされ、また騎士として歩き出した。

 

 なのに。

 

「あははははっ!弱い。よわーいっ!!」

「ぁ、ぅ………」

 

 水流に右から左から頭をはたかれ、脳が揺れる。

 一瞬霞んだ意識を気合で保った次の瞬間。

 

 横薙ぎの戦槌が、まともにアシュリーの左半身を叩く。

 

「~~~~あああああぁッッッ!!!?」

 

「うん。飛んだ飛んだ。おーい、生きてるー?」

 

 踏ん張らなかった分衝突のエネルギーはいくらか吹っ飛ばされる方向に逃げたものの、拉げた鎧が肩や脇を危険な強さで圧迫していた。

 左腕は当然のごとく曲がらない筈の箇所で折れ曲がり、その状態で勢いよく地面を転がったアシュリーに走った痛みは想像を絶するもの。

 

 悶え絶叫する女騎士の鎧は土に塗れ、その輝きは見る影もない。

 

「ま、こんなもんか。じゃあ―――種子ちょうだい?」

 

 痛々しいアシュリーの様子に僅かも感慨を抱いた様子もなく、女指揮官は戦槌を上段に振り被る。

 遠心力に重力の乗った一撃は、鎧ごと人一人をプレスして余りあるだろう。

 

 その寸前で。

 

「―――やらせないッ!!」

 

 クナイが首を反らした女指揮官の眼前を駆け抜け、ついで発生させた巨大な水塊がセシルの放った氷の矢を呑み込む。

 ラウラが短刀で斬りかかってきたのを殴り飛ばし、反対側から襲い掛かるジェニファーを戦槌で撥ね飛ばそうとして―――、

 

【よくも、せんぱいを】

 

―――吹き荒れた漆黒の靄が逆に戦槌を弾き、突き出された水晶の大刀によって女の頬に赤い筋が走る。

 

「この……っ」

 

 初めて女の表情が崩れ、怒りに染まる。

 飛び退いた女指揮官が左右を見渡すと、己が率いていた兵たちは全て斬り伏せられた後だった。

 

「~~~~。もう、本当に使えない駒ども」

 

 悩まし気に頭を振っていると、まだ息があったのか彼女の足元に倒れていた兵士の一人が血塗れの腕を上げる。

 

「指揮、官……。申し、わけ…ありま――――」

 

 

「触んないでよ。汚いじゃない」

 

 

 その手が女の足に縋り付く前に。彼女は瀕死の己の部下を道端の小石のように蹴飛ばした。

 それが止めとなったのか、その男は少し転がって完全に動かなくなる。

 脱げた兜から覗いていたのは、どこまでも無念に満ちた死に顔だった。

 

 敵とはいえ、あまりにあんまりな末路に、怒りを通り越した無表情で構えるアイリス四人。

 それに対し、なんてこともないかのように女は口を開いた。

 

「仕方ないか。今日のところは見逃してあげる」

「逃がすとでも?」

「あら、いいの?ここでもう一回暴れたら、そいつ本当に死ぬんじゃない?私はそれで構わないけど」

「………チッ」

 

 セシルが回復魔法を掛けているアシュリーを指して、女指揮官が戦いを切り上げる理由を作る。

 それと同時に、不自然に霧が辺りを包み込む。これも彼女の能力なのだろう。

 霧で視界が完全に閉ざされる前に女はジェニファーの紅と虹の瞳を睨み付けていた。

 

「ゴミの分際で私に傷をつけたこと、高くつくわよ」

「はっ。全身膾斬りにすれば大暴落するから問題ないな」

 

 アシュリーの仇の筈だが、何故か因縁が自分についたことに気づきながらも血生臭い挑発で返すジェニファー。

 そのまま、名も名乗らなかった女指揮官の姿は霧の向こうに消えていくのだった。

 

 やがて静けさが森を包み込む。

 

 

「……くやしい。悔しい………っ!!」

 

 

 そのせいで絞り出された涙声が聞こえてきてしまっても。

 誰も惨めさに心を折られたアシュリーを慰められる言葉を持ち得なかった。

 

 

 





 なんだかんだ中ボスを務めるだけあって素で強いリディア。
 後ろに冥王がいない状態で頭に血が上ったアシュリー一人で挑めばこうもなる。

―――でも最初くらい強キャラ感ばりばりにしてあげようと思ったのに、セリフの端々から滲む小物臭はもうどうしようもないのか……っ!?


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種子を追う者6

 

 兵士達の死体を埋葬しがてら、アシュリーがなんとか立ち上がれるようになるのを待って出発した足止め組五人。なんとか日没前にキーセンの街に戻った彼女らは、無事冥王達と合流することができた喜びもそこそこに宿で泥のように眠っていた。

 ベアトリーチェはことのあらましを冥王に報告するまでは気合で起きていたが、彼が休むように伝えるとふらつきながらベッドに向かい、そのまま倒れ込む。

 

「………ぅ?」

「しーっ。起こさないようにしてあげてください。

 みなさん大変お疲れでしょうから」

 

 子供達とその護衛、あとは冥王とユーの脱出組はあれからモンスターと戦闘になることもなく街に入り休息を取っていたため、ひと眠りして元気を取り戻していた者も何人かいた。

 うち一人、例の金髪幼女は部屋の壁際に水晶の大刀を放り出して静かな寝息を立てるジェニファーに近づいては首を傾げるが、ユーが制止すると大人しく今晩ユーと二人で使うことになるベッドの縁に戻ってくる。

 

 足をぷらぷらさせながら、隣のベッドで眠ってさえいれば非常に愛らしい銀髪幼女の寝顔を眺める金髪幼女。

 暫くそうしていると部屋に入ってきた冥王が、ジェニファーの毛布がはだけているのに気づいてそっと優しく直してあげる。

 

「………ん!」

「あ、もしかしてそれが言いたかったんですか?ふふ、優しい子ですね」

 

 十二人分という大所帯の荷物を整理していたユーが振り返って、微笑みながら声量を抑えた声で幼女を褒める。

 冥王もその頭を撫でると、次いでユーの白い髪をそっと撫でつけた。

 

 ユーもそろそろ寝よう。アイリス達はみんな休んでる。

「冥王さまこそ、もうお休みになってください。戻ってから一睡もしてないでしょう?」

 ユーが眠ったらね。

「………そう、ですね。今晩はそろそろ切り上げます」

 

 冥王とユー。世界樹の種子探索にあたり不可欠な二人だが、地上での戦闘力が皆無な二人でもある。

 そして、役割分担とはいえ戦えないことを開き直れる性格をしていない。だから。

 

 冥王はせめて皆の無事を一人一人確認しなければ休めないと。

 ユーは戦う以外のことでできることは自分が引き受けようと。

 

 仮に足止め組の帰還が一日二日遅れても、二人は彼女達の無事を確認するまで一睡もせずに待ち続けたことだろう。

 

「今回は大変でしたねー」

 帰るまでが種子探しだよ?

「もう、なんですかそれ。でも今日は本当に疲れました。おやすみなさい、冥王様」

 おやすみ、ユー。

 

「んー……」

「おいで。眠くないかもしれないけど、灯り消すから。ごめんね?」

 

 鈍い身体を動かして自分に割り当てられた宿の個室に戻っていく冥王を見送り、世界樹の精霊は二人の間でじっとしていた幼女に声を掛ける。

 その反応を待たずして、どっと睡魔が意識に染みたのかランプの灯りを落としたと同時に枕に突っ伏したユー。

 

 月の光だけが射しこむ暗い部屋の中で。

 

「………」

 

 ヒトの姿を取った“精霊”の寝顔を、感情の読めない視線で幼女はずっと見下ろしていた。

 

 

 

 

…………。

 

 翌日の午後。

 

 無事子供達が戻って来たと聞いて領主邸から飛んできたゼクトと、疲れの抜けきらない冥王一行が、街の中心に建てられた公の別邸で対談していた。

 解放された大広間にはゼクトと彼の部下、アイリス達の他に保護した子供達、そしてこの街に親がいた子はその家族も詰めていて、簡易的な謁見もできるような奥行で設計された広間もやや手狭の感があった。子供達が笑顔で走り回っているからなおのこと。

 

「いえー、われは『めいかいじゅうさんきし』ーっ!」

「ぼくいちばん!」

「あ、ずるーいっ」

「ふははは、競え競え。冥王様に最も篤き信仰を捧げし者が一の騎士を名乗るがいい!」

「いえー、めーおーさまばんざーい!!」

「旦那様ばんざーいっ!」

 

「お願いだから静かにしてっ!領主様や助けてくださった皆様の前なのに……」

「楽にしてよい。子供は遊ぶのが仕事だろう」

「そーそー。何故かうちの幼女とハイエルフィンが混ざって邪教を布教してるし。……いや、むしろこっちこそなんかゴメン」

「止めるべき……?いえしかし、今の私に冥王様を邪神と呼ぶ教えを説くことなど……」

「クリス先輩、細かいことは気にしなくておっけーです。子供達が笑顔なのが一番!」

「細かい、って。この修道女、ある意味最強?」

 

 攫われた子供と再会した当初は感涙しながら深々と頭を下げて何度も礼を言ってきた親達だが、子供たちがからっと気分を切り替えてはしゃぎだすと恐縮といたたまれなさに縮こまっていた。

 頃合いを見計らって彼らとその子供を退出させると、残ったのは身寄りがないかこの街の出身ではない子供達。

 彼らの顔を一人一人しっかりと確かめたゼクトは、冥王に視線を戻して言った。

 

「まずは改めて感謝を。あの子達は領主として全員責任を持って家族の下に送り届けるか、公国の孤児院でしっかりと育てるつもりだ」

 よろしくね。

「………しかし、お前があの冥王ハデスか。確かに只者ではないと一目見た時から感じてはいたが」

 

 太くかつ硬く締まった筋肉質の腕を組みつつ、ゼクトはあらましだけ伝えられた話を噛み砕く。

 

 世界樹の炎上によって新たな命が生まれなくなり、各地の異変を前兆として世界が滅亡に向かっていること。

 世界樹の再生には飛散し様々な場所で人やモンスターに宿った種子を集める必要があること。

 そのための旅を冥王とアイリス達が繰り広げていること。

 

「世界の危機と聞いては何かしない訳にも行くまいが、近く帝国との戦争を控えた状況ではな……」

 お気持ちだけで充分。

「ご主人様は世界を陰で支えるのみ。地上の住人はそれぞれの領分で全力で生を謳歌すればそれでよいのです」

 

 韜晦してゼクトの言葉の裏を躱す冥王に、ベアトリーチェがその真意を補足する。

 冥王が目指すのは世界の再生まで。人間の問題は人間で解決しなければならない、と。

 

「とはいえ帝国も種子を探している、とのことでしたし。いずれぶつかる可能性はありますが」

「いや、ベアトリーチェ殿の言うとおりだ。俺たちは俺たちでできることをやる」

 

 歯に衣着せぬベアトリーチェの言い方をなんとかフォローしようとするクリスにそう返しながら、ゼクトは領民の奪還と盗賊団壊滅の報酬目録を冥王に渡す。

 実物の受け渡しは別の場所で彼の部下が行うことになっているのだが、渡す報酬のリストに加え、もう一つ公国の紋章の封蝋が為された書簡を彼は差し出した。

 

 これは?

「パルヴィン王国の姫君が、世界樹炎上の後不思議な力に目覚めたという噂を聞いたことがある。その世界樹の種子絡みならば会う価値はあるだろう。

 ゼクトからの書簡を届けに来たと言えば謁見は叶う筈だ」

「なんと……!」

「成程。『今後も地上で活動するにあたり、権力者に貸しを作っておけば後々得になる』とはこのことですか」

「いや、だからそれ相手に聞こえるところで言っちゃだめでしょうに」

 

 一国の主からの手紙を託されるという流れに感嘆するイリーナ。一方でベアトリーチェに呆れ顔でツッコミを入れるフランチェスカ。

 一度目もそうだったが二度目も聞き流してくれた度量の広いゼクト公は、しかし大本の発言主であるジェニファーに向けて声を張り上げた。

 

「ジェニファー殿。君は言ったな。

―――『商品価値が付くなら子供でも金貨に化ける。剣が振れるなら女子供老人拘らず戦士に化ける』。

 哀しくともそれが人の業であり、そしてそれを是としないのが人の道だと」

「………ああ」

 

 先日子供であるジェニファーが戦っているのを咎めたゼクトに対し、彼女が返した言葉。

 真実の一端を突いているが故に客観的な彼女の境遇を思えば的を射てしまう戯言は、ヴァルムバッハ公国が主の心に何かを刻んでしまったらしかった。

 

「ならば俺は俺の民が道を踏み外すようなことは絶対に許さん。

 子供が金貨や戦士に化けるなど、俺の国でさせるつもりはない」

「重畳重畳。それで?」

 

 

「戦いに疲れたら、いつでも我が国を頼れ。公国は君を歓迎する」

 

 

 庇護され無邪気に遊ぶ子供で在りたいなら―――その勧誘は、冥王の巫女であるジェニファー=ドゥーエが頷くことはないと知ってのものだ。

 少なくとも己の領民が、子供でありながら野盗の返り血を浴びるような生き方をしないで済む国で在り続けるという誓いを形にするための、儀式のようなもの。

 

 案の定皮肉げに口元を歪めながら、気取った言葉遣いで眼帯幼女は返す。

 

「主上に愛想を尽かされる日が来たなら、世話になるやもな」

「………ふっ」

 

 ゼクトもまた、漢臭い笑みでジェニファーと視線を交わした。

 割とこういうノリが好きな厨二はいい気分でこの空気を堪能している。が、故に。

 

 

―――誰にも渡すつもりはない。この子“達”は、俺の騎士だ。

 

 

「――――。~~~~~ッッ!!?」

 

「わ、おねーちゃんかおまっかだー」

「本当。すっごい珍しいもの見た気がする」

「はぅ、私も冥王様に言われてみたい………いやいや、邪念撲滅、邪念撲滅!」

 

 いつの間にか背後に立っていた冥王に両肩を押さえられながらの一言は完全な不意打ちだった。

 子供達がはやし立て、アイリス達が物珍しそうな反応をする中で、ぷるぷると顔を震わせるジェニファー。

 

「……はっ。右眼が疼く、鎮まれ我が半身よぉッッ!!!」

「いやあんた今眼帯してんじゃん」

 

 いつもの厨二設定(ガチ)に逃げようとしたものの、至極冷淡なラディスのツッコミが入るのであった。

 

 

 

………。

 

 そんなこんなで、今回の種子探索も盛大に蛇足を挟みながらだが無事終了し。

 冥界の門をくぐって帰還した冥王達十三人。

 

「………なんか数が多いような」

「ぅー?」

「「「「あぁっ!!?」」」」

 

 誰もが無意識にスルーしていたが故に冥界まで着いてきてしまった金髪幼女が、公国に逆戻りして返しに行く訳にもいかず、学園に居付くことになる。

 

 その一方で。

 

 

「………“俺の騎士”、か。あるじ、私は――」

 

 

 帝国の女指揮官との戦闘以来言葉少なく、仲間達から一人でそっとしておくように気遣われていた敗北の女騎士は。

 誰にも聞き取られぬ呟きを冥界の風に溶かし、その瞳は幽玄の空に視線を彷徨わせていた―――。

 

 

 





 第二章完。
 次章お姫様姉妹参上………と行きたいですが、ちょっとアシュリーに地雷埋めたんで次回は幕間挟みまーす。



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コト


 高い連撃率と即死率で硬い敵をサクサク斬ってくれる首狩り侍。
 ボスにすら即死が効くことがあるんで、ストーリーとおどろおどろしいBGMで盛り上げながら出て来た奴相手にやってくれるともう変な笑いしか出なくなる。

 惜しむらくはお正月SSRが露骨にハンデ背負ってること。
 萌技撃ったら寝て(アビリティで睡眠耐性上げても寝る時は寝るし、枠が埋まる分火力が落ちる)敵の攻撃が必中&必ずクリティカルで数ターンボコボコにされても起きないのはちょっと酷過ぎる。
 萌技の付け替え実装されないかなぁ……。



 

 夢……夢を見ていた。

 

 コトが己が加入する前のアイリス達と初めて出会った時の夢。

 巨大な斧を振りかぶったダークエルフィンが「クビ……オイテケ……!」とか言いながら迫ってくるのがまさに夢に出て来たわけだが、それを怖く思えるような感性をしていないのがちょっとだけ残念に思えた。

 

(いやまー、戦場で「死ね」とか「殺す」とか「御首級頂戴」とかは確かに常套句なんだけどね)

 

 東の国から刀一本と着流しのみで流れ着き、用心棒稼業をしていたコト。

 当時の雇い主が領民から重税を搾り取る圧制を強いており、その館にシーダーであるコトが逗留していたのを勘違いされた結果、種子のついでとばかりに反乱軍に便乗してそれを打ち倒そうとしていたのが当時のアイリス達――――つまり出会いは敵同士だった。

 

 そんな訳で初対面のソフィの第一声が「その首いただきますよ?」だったのだが、特に気にすることもなく仲良くやっている。

 

 そんなことをつらつら考えながらも、夢の中のコトは水路を利用した要害の街に続く唯一の橋を通せんぼして大立ち回りしていた。

 最初に時間稼ぎのつもりで一騎打ちを申し出たのにアシュリーが応じたのは「しめた」と思ったのだが、冥王がアイリスに無慈悲な総員突撃を命じたのであのまま戦えば順当に磨り潰されていただろう。

 

 コトも旗色が悪いのは分かっていた。

 所詮あの時の雇い主は金銭だけの繋がりだったし、アイリスの前哨に反乱軍の先鋒は蹴散らしたので給料分くらいは働いたと判断し、戦いを切り上げバックれようとしたその矢先。

 

(もうちょっと早く行動するべきだったよ、ほんとね)

 

 

『凍汽装刃【エンチャント・フリズド】――――“睡氷のネバーランド”』

 

 

 わざわざ宣言された技名に振り返ったコトの眼に映ったのは、その数秒前に躱したハイエルフィンの氷魔法を吸収し蒼く輝く刃で斬りかかってくるジェニファー。

 空を飛んでいたなら後方からの弓矢の雨で撃ち落とされている筈で、あの幼女は他に侵入手段がなかった橋の反対側から挟み撃ちにしてきたのだ。………そう、“水の上を走り、数メートルの高さの堀を駆け上がる”なんて真似をしない限りたどり着けなかった筈の街の方向から。

 

 ご親切に声を上げながらの背後からの奇襲だったため、反応が間に合って青の斬撃を刀でいなした―――のは、それですらも致命的だった。

 

(うえ………)

 

 コトは何がなんでも、無様に転げ回っても、泳げない水中に落ちたとしても魔剣と刃を合わせること自体を避けるべきだったのだ。

 

 わずかな武器同士の接触、それだけで極低温の魔力が伝導し、まずは刀を握っていた掌が“眠って”言うことを聞かなくなる。

 それは例えるなら、細胞の一片一片に丹念に麻痺毒を塗りこまれたような猛烈な倦怠感と尋常ならざる悪寒。

 次は腕、肘、肩……掌の時点で吐き気がするほどの気持ち悪さだったのに、内臓、脊髄、脳と総毛立つような冷気に犯され。下半身から足先までもあの絶望的な“睡魔”が染み渡り、コトの体を蹂躙した。

 

 握っていられなくなった刀が地面に落ちる音を遠くに聞いて、その時間から逆算するに意識が落ちるまでわずか数秒。だがその数秒が何千倍にも感じられる程に『感覚が無いという苦痛』は引き延ばされていた。

 死が目前に迫った時や極限まで集中した時、加速した人の意識は思考や記憶を目まぐるしく回していくのは自分の経験からも知っていたが、その間中ずっと『寒い』という責め苦が精神を蝕むのである。残酷な夢の国が、魂の奥底にまで氷の爪痕を刻み込むかのように――――。

 

 

 

「…………悪夢だ」

 

 夢の中での眠りが、現実の覚醒のトリガーになったのか。

 シラズの泉のほとりで昼寝から目を覚ましたコトが、べたつく寝汗に張り付いた三つ編みを一度解いて上体を起こす。

 

 寝るのは好きだが、あの冷凍睡眠だけは金輪際御免だ。

 厨二幼女曰く非殺傷設定の“りりかる”な技で、手加減された敵は目を覚ますや否や感動に震えあがり、「もういっかいあれでおしおきするよ?」と言うだけでなんでも命令に従ってくれるようになる、とかほざいていた。………要するに“死んだ方がマシ”レベルの拷問技をかまされた、ということである。

 

 とはいえ当然ながらあの時のジェニファーとコトは敵同士だった訳で。殺し合いの場に立っていた以上何をされたって文句は言えないし、こうして命があっただけ儲けものと割り切っている。

 

 割り切っているが―――。

 

「にゃろぉ……」

 

 他人(ひと)が悪夢に魘されていたというのに、その元凶が泉の上で優雅に舞っているのを見てしまうと、八つ当たりと分かっていながらもふつふつと湧き上がる怒りを処理するのに酷く苦労した。

 戦いを生業とする身としてその怒りを表に出すのはみっともないとは思っているので、数秒の瞑想で無理やり落ち着かせていると、東方の女剣客が目覚めたことに気づいた諸悪の根源が舞を切り上げてこちらに向かってきていた。

 

 泉の水面の上を、素足でぺたぺた歩いて。

 

「おはよう」

「はよ。……あのさジェニファー、その水の上歩くの、どうやってんの?」

「……?巫女ならばできて当然だろう?」

「どこの常識だそれ。仙女かなんかと勘違いしてない?」

「言われてみれば、うぅむ。だが、なんかこう神楽舞は水の上で踊っているイメージが」

「あれは舞台に薄く水張ってるだけ」

「なん…だと……!?」

 

 巫女なら水の上に立てるというなら、生まれは神社の跡取り娘であったコトも水面の上に立てなくてはおかしいだろう。

 もしそれができたら、カナヅチで苦労するような思い出は大分なくなっただろうに、つくづく悪意なく神経を逆なでする幼女だと思った。

 

 性格的な相性はそこまで悪くないのだが、廻り合わせの悪さかあまり仲良くできないというパターンのコトとジェニファーの関係。

 わだかまりという程でもないので、こうして共にいれば雑談を交わす程度だが。

 

「……よく見れば寝汗が酷いな。悪い夢でも見たか?」

「うん。あんたが出て来た」

「フッ、成程。それはとびきりの悪夢だろうさ―――はぁーっはははは!」

「いま上機嫌に笑うとこだったっけ?」

 

………これはこれである意味仲が良いのかもしれない。

 

 手拭いを取り出して泉の水に浸し、軽く絞って顔に当てるとべたつく肌の気持ち悪さがなくなって幾らか気分が上向く。

 泉のへりに脱ぎっぱなしにしていたブーツを履き直しているジェニファーに視線を向けて、コトはふと気になった話題を投げた。

 

「そういやジェニファーがこの時間にこんなとこ居るのは珍しいねぇ。いつもならアシュリーと一緒に―――あ、あー」

「……説明の手間が省けて何よりだ」

 

 学園の授業が終わった後は、しばしばこの幻想的な泉のほとりで昼寝に耽っているコトだが、そのタイミングでジェニファーに出会ったことは今まで一度もなかった。

 その理由を問う前に、自分が持っている情報で自己完結する。

 

「アシュリー、ほんと荒れてるねー」

「話したのか?」

「今日、ここに来る前にちょいと」

 

 ヴァルムバッハ公国での種子探索から帰還して以来、アシュリーは仲間との交流も最低限にひたすら鍛錬に没頭している。

 その生真面目さから学園の授業を疎かにすることこそ無いが、今の彼女はどこか人を寄せ付けない頑なさを纏っていた。

 

「気持ちは分かんなくもないけど……」

 

 守れなかった主、その仇を見つけて戦いを挑んだ挙句に無様に敗北した―――人づてに聞いた事情だが、同じくかつて主を守れなかった過去を持つコトにとってはあまり他人事とは言いづらい。

 

「でも今のアシュリーに必要なのは、一旦冷静になることでしょ?

 聞く限り、眼帯外したあんたとベア先生、それにラウラとセシルが四人同時に掛かってかすり傷一つで済ますとか、かなりヤバい相手みたいだし」

「小手先で遊んでいたような印象だったしな。全力はまだまだあんなものではないだろう」

「………種子を探してまたそいつとかち合うかも、か。うわあ面倒くさそう」

 

 顔をしかめたコトは、一旦そのことを考えないようにして脱線しかけた話を元に戻す。

 

「最近あんたがアシュリーの鍛錬に付き合わないのも、そういうことだよね」

「今のアシュリー先輩は、いっそ体が限界になるまで暴走しきった方が発散にもなる。主上やベア先生もそういった理由であまり構わないようにしているのだろうさ」

「その暴走に他人を巻き込めば、後々気に病むだろうから………か」

 

 紛れもなくそれは優しさなのだろうが、幼女にここまで行動原理を把握されているアイリス最古参というのもどうなのだろう、とは思う。

 

「にーさんはともかく、九歳児にそんな気遣われちゃおしまいだよね。

 案外水でもぶっかければ頭に血が上ったのも収まるんじゃない?」

「それはそれでありかも知れないが。………うん?おい、まさか」

 

 普段から一見のんびりした口調に毒を混ぜるコトだが、それにしてもちょっと乱暴過ぎる論に違和感を覚えたジェニファー。

 乾いた笑い顔で詰め寄ると、琥珀の瞳を他所に彷徨わせながらその嫌な予感を肯定される。

 

 

「面と向かって言っちゃった。てへ」

「………とりあえず棒読みで『てへ』はやめろ」

 

 

「うん、まー悪いとは思ってる。次あいつに会ったら謝ろうと思ってるくらいには」

「一応、言い訳を聞こうか」

「それがさ、鍛錬の相手にジェニファーが捕まらないからって『コト、お前でいい』とか言ってくるからちょっとカチンときちゃって」

「……はぁ」

 

 ジェニファーをして戯言を言う気にもならなかった。

 飄々としているように見えて、己の強さに関してはかなりプライドが高く沸点が低いのだこのサムライ女は。

 それにしても今のアシュリーに余裕がないのも、悪気があってそんな言い方をしたのでもないことも分かっているのだから、そこは受け流すのが度量というものではないのかと幼女に呆れられる話ではあるが。つまり他人をどうこう言えた義理ではない。

 

「………あ~、思い出したらなんかむずむずする」

「そういうのを黒歴史というらしいぞ?」

「今無性にあんたが言うなって気分になったんだけど」

 

 反省はしているようなので、現在進行形で色々黒歴史な幼女は彼女を非難するようなことは差し控えた。

 

 

「――――わたしって、つくづくこうなんだよねえ」

 

 

「………?何か言ったか」

「ねえジェニファー。『死にぞこなっちゃったなー』、って思ったことってある?」

 

 ふと、コトの口調に沈んだものが混ざる。

 会話の流れにそぐわぬ問いかけもまた、不穏極まりないものだった。

 

「“記憶にある限りでは”、二回ほどな」

「………訊いといてなんだけど、あんたみたいな子供がなんで二回もそんな感想持つことがあんの?」

「それだけこの世界が優しくない、ということだろう」

「それは否定しない。私もあるし、多分アシュリーもそう」

 

 かつて命を懸けてでも守りたいもの、叶えたい願いがあった。

 それを失っているのに、まだ自分は生きている。

 

 何故自分は生きる?この命は何の為にある?

 かつて『主を守るため』と定まっていた筈の心の柱がへし折れた虚無感、それがずっと胸の内に燻り続ける。

 

 本当は、同じ痛みを抱える者同士アシュリーに励ましをしたかったのにうまくいかない。

 縁もゆかりもないどころか種族すら異なるアイリスの一人に亡き主の面影を重ね、上手く接することができない自分が何か言おうとすること自体おこがましいのではないか。

 

 器用でいられるのは武芸のことだけ。強くいられるのは斬り合いの最中だけ。

 所詮自分はその程度の生き方しかできない。

 どんどんネガティブに回り始めた思考の最中、コトの背後に背中合わせの形でジェニファーが座り直したのに気づいたのは子供の高い体温が伝わってからだった。

 

 ジェニファーは子供だ。“前世”を合わせていようが、大した記憶もないのに落ち込む仲間を励ます実のある言葉なんて言えない。そもそもコトの悩みをきちんと把握している訳でもないから尚更。

 だから言えるのは………なんとなくそれっぽいだけのただの戯言。

 

 

「真に“死にぞこない”なのは、きっと我一人だ」

 

 

「―――え?」

「欲望、信念、愛情、理想、信仰、正義、意地、希望、憎悪………人によって形はそれぞれにせよ、人は生きる理由を必要とする。理由とは意義、すなわち価値だ。誰だって自分の命が無価値だなんて思いたくはないだろう?」

「そう、だね」

 

 ジェニファーが果たして何を言おうとしているのか、本人も多分分かってないことを分かるわけがないコトはただ相槌を打つ。

 

「だが、我は分からない。命とて極論すればただの現象だ。

 如何に生きるかに価値が生まれることはあっても、生まれ生き続けることそれ自体の理由など主上ですら知り得まい。

 したり顔で語る存在が居ればそれはただの詐欺師だ。理由を欲する者に餌をぶら下げるだけのな」

「強いね、ジェニファーは」

「弱いさ。だから他人の体で、他人の名前で生きるなんて恥知らずな真似ができる」

 

 それでも宿主(ジェーン)のことがあったから、一度“死にぞこなった”命を彼女のために使うという決断をした。他にやることがなかったから、という理由がそもそも狂っているのを自覚した上で。

 いつかジェーンの復讐に限界が訪れた日に今度こそ死ぬのだろうな、と思っていたところを―――冥王とアシュリーに救われたのが二度目に“死にぞこなった”経験。

 

「人として健全なのは、コトやアシュリーだ。

 今は見失っているだけで、それでも懸命に探し続けている。本当はもう見つけているのかも知れない」

「………っ」

 

 

「――――貴様達が、“死にぞこない”などであるものか」

 

 

 中身がない戯言。だが中身がないからこそ、“中身のある生き方”というのがどういうものなのかは分かるつもりだ。

 怒りすら込めた唯一の断定がコトの心に届いたのか―――それだけが、戯言しか言えないジェニファーには分からない。

 

 そして、コトの答えは。

 

「………そっか」

 

 どうとも取れる声音で、どうとも取れる言葉だった。

 表情も背中越しのため窺い知れない。

 

 だが――。

 

 

「なら、あんたも“死にぞこない”なんかじゃない。

 ジェニファーにはジェニファーの生きる理由が、きっとある」

 

 

「――っ、どいつもこいつも……!!」

 

 

 コトが続けた言葉に、逆に励ましを受けてしまったような気がした。

 同時に、初めてシラズの泉を訪れ、初めてここで巫女舞を踊った時のことを思い出す。

 

 輪廻転生が滞り、ここに留まっている魂達の中に、聖樹教会に虐殺されたジェーンの一族のものも含まれていた。

 ジェーンの記憶では一族の誰からも愛されていて、だからこそ彼女の体を使う不届き者であるジェニファーは彼らからのどんな恨み言も受け止めるつもりだった。それなのに。

 

―――あの子を守ってくれてありがとう。

―――私たちはもうあの子と一緒に居られないから、これからもどうか頼む。

―――あの子と一緒に生きてあげておくれ。

―――我らの分まで。いつかあの子がもう一度笑える日が来るように。

―――冥王様と共に歩む君たちに、どうか幸せが訪れんことを。

 

 感謝され、信頼され、託された。

 自分たちの理不尽な死に思うことがない訳もなく、その恨みの矛先がジェニファーに向かってもおかしくないにも拘らず。

 

 その後ジェニファーは彼らの魂を鎮めるための心からの舞を捧げ、そして冥王があの日の約束を守り今の世界樹で行える分の細々とした転生を、全て彼らに優先的に割り当てて執り行ってくれた。

 

 ジェーンの一族だけではない。

 冥王が『俺の騎士だ』と言ってくれた。

 アシュリーが後輩として可愛がってくれた。

 クリスとパトリシアは、「自分は関係ない」と逃げることなく真正面から向き合ってくれた。

 復讐の返り血に塗れた手を、ソフィが、セシルが、ラウラが、フランチェスカが、そしてラディス達が受け入れてくれた。

 

 生きてやりたい事など何一つないのに、死ねない理由ばかりが増えていく。

 中身が無い自分が、《アイリス》として再構成されていく。

 

 ここは冥界。死者が新たな生へと踏み出す場所で、それはある意味必然なのかも知れない。

 

「「………」」

 

 コトとジェニファー、二人が互いに互いの言葉に何を感じたかは知りようが無かったけれど。

 しばらくの間、魂の燐光が舞う泉のほとりで、黙ってじっと背中合わせに座り込んでいた。

 

 





 厨二幼女が普段ふわっとした戯言しか言わないのは、「悟った事言っている俺カッコいい」的な悦楽嗜好とか愉快犯的思考もあるけど、そもそも発言に籠める“中身”が記憶ごと吹っ飛んでるから、という話。
 うん、これはこれで更に闇が深くなった気もする。


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愛と欲望のいただきへ!


 (第十章をプレイして)ネタバレ防止の為に詳細は伏せるけど、ライターはラディスにぬか喜びさせて笑顔を曇らせる趣味でもあるんだろうか……。

 それはさておき第三章―――に入ると長いんで、復刻も来たし。

 さあ出ませい……クリスティン・ラブリーショコラ!!




 

 夢……夢を見ていた。

 

【………】

 

 敢えて語弊を恐れずに言えば、夢の中で覚醒したというべきか。

 目を開いたジェニファーの視界に真っ先に映り込んだのは、胸焼けしそうな人工着色料っぽいピンク色の空。

 

 そして、銀髪幼女。

 

 冥界に来てから毎日のように鏡に見ている顔が、チョコレート色の地面に寝転んだジェニファーをじっと覗き込んでいた。

 

 ところで、普段自分が鏡で見ている顔と他人に見せている顔では存外認識が異なるというのはご存じだろうか。

 鏡の前では無意識に表情を作るし、何千何万と見た鏡の顔は勝手に脳が好意的な補正を掛けるという説もある。

 

 だが幸いというべきか、ジェニファーを覗き込む彼女の顔は、あどけないながらもどこか色気を感じる美幼女のものに違いない。異なる点を探すとすれば、………両眼が虹色になっていることだろうか。

 つまりは今、自分の両眼は紅色なのだろうとなんとなく認識する。

 

「お前はジェーン、だな?」

【………(こくこく)】

「ふっ。今更間違える訳もないが――しかし我も当然この姿になるわけか」

 

 上体を起こし、靡く長い銀の髪や細い腕を確かめて苦笑するジェニファー。

 期待した訳ではないのだが、夢の中でなら“前世”の姿に戻るということもないらしい。

 そもそもどんな姿形をしていたかも覚えていないので、知りたいかと問われれば否定し得なかったのが正直なところだが。

 

 すっとジェーンが顔を引いてくれるのに合わせて、黒の外套を払いながら立ち上がると即座に虹眼幼女がその裾をつまんでそのすぐ背後に付く。

 普段一つの肉体で同居している分、互いの望むことを言わずとも知っている。

 

「わわっ!?ジェニファーさんが分裂してる!!?」

 

 ちょうど近い場所で“目覚めた”のか、二人の幼女を見かけて驚愕の声を上げたユー。

 長い銀の髪も、装飾過多の黒衣も、瞳の色以外全く同じ幼女が二人いれば驚くのも無理はないだろう。

 

「え、え?ジェニファーさんって、双子でしたっけ?」

 

「……。ゆうたいりだつー」

【………(ふわふわ)】

 

「ぎゃー!出たーーーっっ!!?」

「何バカやってるの」

 

 目を白黒させて混乱するユーに何かが疼いたのか。

 二人の幼女が一度立ち位置を前後に重ねた後に、ジェニファーが気絶したかのように前に倒れ込み、その場に立ったままのジェーンが無表情で手を前にぶらぶらさせるネタを披露する。

 

 いいリアクションを返してくれた世界樹の精霊と裏腹に、普段使う氷魔法のように冷たい声を掛ける人魚(セイレーナ)が一名。

 ウィルヘルミーナ=シュヴィール―――通称ウィル。一部のアイリスは通称で呼ばれ過ぎてちょくちょく本名が分からなくなるが、例に漏れない子である。

 

 鱗に覆われた下半身が特徴的な海に棲まう種族だが、陸上では魔法で人間と同じ足に変化させるため、普段の冥界では学生服なのもあってあまりその真の姿は見られない。

 それでも聴く者を陶酔や眠りに誘う魔性の歌声は健在で、種族としての勝負服である淡い水色の羽衣や貝殻の髪飾りを身に着けた姿はまさに海辺の(あやかし)に相応しい美しさを誇っている。

 

 そんな彼女はまじまじと二人の幼女を見下ろすと、虹眼の方の幼女に視線を合わせて言う。

 

「あなたがジェーン?初めまして、になるのかしら」

【………っ】

「あっ!そっか、ジェーンさん!」

 

 ユーがポンと手を叩いて分裂幼女(?)の正体に思い当たるが、当のジェーンは視線から逃れるようにジェニファーの後ろで縮こまっていた。

 

「すまない。他人と会話できる状態じゃないんだ、我が半身は」

「………別に。気にしてない」

「ウィルさんウィルさん、すっごくぶすっとしながら言っても説得力ありません」

 

 分かりやすく不機嫌になった人魚はさておき、そうこうしている内に冥王と他のアイリス二名もその場に集まってくる。

 

「あ、あなたがジェーンさんですね?早速ハグを――、」

【~~~~ッッッ(ふるふる)】

「がーん!?」

 

 アイリスの二名のうち、一名は以前ジェーンと壮絶な殴り合いの決闘をした修道女パトリシア。

 夢の世界だからこそ出会うことができた、かつて拳を交わした強敵(とも)とにこにこ笑顔で抱擁を交わそうとするが、その相手はひしっとジェニファーにしがみつく強さを増しながら首を横に振る回答だった。

 

「パトリシア、落ち込むな。汝との抱擁を嫌がっている訳ではなく、主上の尊顔をなるべく視界に入れぬよう必死なのだ」

「え、でもジェーンさんは冥王様を信仰してるんじゃ……」

「“信仰しているから”だ。人間は太陽を直視などできないだろう?」

 そこまで……いや、うん。何百年か前にも覚えがあるよこういうの。

 

 当時のことを思い出しているのか、遠い目をしながら冥王が呟く。

 一方で、そもそもジェニファーとジェーンが分裂しているようなトンデモ空間の正体を、紅眼幼女がもう一人のアイリスに問いかけた。

 

 

「それでポリン。ここは『クリスの夢の中』で間違いないんだな?」

「ええ。見れば分かるでしょうけど」

 

 

 そう、夢は夢でもここは家出聖神官であるクリスティン=ケトラの夢の中。

 アイリス達はウィルとこのポリンという少女の合作魔術により、寝ているクリスが見ている夢に潜り込んだ状態なのであった。

 

 ポリン=フォン=ハイルブロン。

 溌剌としながらもどこか気品ある顔つきで、白とオレンジを基調とした学士のローブという出で立ちをしているが、胸の部分の膨らみがスッカスカ。身長は頭二つ分ほど高いにも拘わらずガチ幼女のジェニファー達とためを張る胸囲の高低差で、隣のスケベ水着並みの露出度なウィルと比較すると悲しくなるようなスットン共和国が胸板の大平原に築かれているが、紛れもなく性別は女性である。

………いやまあ、錬金術師というなんだかオサレげな職業の割に、豊胸薬の作成を至上命題にしているレベルのコンプレックスをその薄い胸に抱えているという個性にはちゃんと触れてあげないとと思ってこういう紹介の仕方をしているが、一応作者に悪意はない。愉快ではあるが。

 

 その辺をいじるのはまたの機会として、ポリンは周囲の風景を見渡しながら夢診断のようなものを始める。

 

「空のピンク色や匂ってくる甘い香りは言うまでもなく煩悩。地平線まで広がるチョコレートの地面は今回のバレンタインにキメるという情熱の及ぶ範囲を示していて、これも心が煩悩一色に支配されているということ。遠くにちょっとずつお菓子っぽいオブジェクトが配置されているのは、食べてもらう――つまり自分の溢れる煩悩を処理する望みが薄いというストレスの表れね」

 

 どこぞのフロイト先生なら上の文章の“煩悩”というワードを“性欲”というワードに置換するだろうが、ある程度は当たっているのだろう。

 わざわざ冥王やアイリス達がクリスの夢の中に侵入しているのも、女性が懸想する殿方にチョコを渡すというバレンタインの恋愛シチュにクリスが妄想力を爆発させた結果、誤作動を起こした世界樹がその煩悩をモンスターとして次々と実体化させてしまったという冗談のような且つはた迷惑な経緯なのだから。

 

 暗黒幼女が闇を振り撒いているせいで真面目モードでいる時間が多いが、本来クリスは一目惚れで聖樹教会のエリートという立場をぶん投げた上で、教会が邪神としている冥王と旅路を共にするような恋愛脳の少女である。

 そのレベルの恋情を真面目ちゃん故に無理に抑圧していて、バレンタインというイベントをきっかけとして爆発してしまったのだが。

 

 その結果―――『これ』が生まれてしまったわけだが。

 

「ふふふ、とうとうここまでやって来ましたね?」

「っ、皆さん!あそこにクリス先輩が!」

「クリス?いいえ、違います」

 

 

「人呼んで愛の聖神官、クリスティン・ラブリーショコラ参上!

―――私と冥王様の間を邪魔しようとする心意気やよし。

―――障害が多ければ多いほど盛り上がるラブ。

 さあ、私の心に燃え盛る恋の炎の薪になるのです!」

 

 

「………」

「「「………」」」

………えっと。その服可愛いと思うよ?

 

 リボンとフリルたっぷりの、甘ロリ風ドレスはバレンタインらしくチョコレート色のワンピースと一体化したデザイン。波打つピンクの超ミニスカートの下からは、純白のドロワーズがほっそりした白い太ももを可愛く飾っている。

 見るからに普段のクリスからかけ離れたきゃぴきゃぴした服装と、一瞬脳が理解を拒む頭の沸いた口上にアイリス達が絶句する中、すぐに褒め言葉で対応した冥王は流石というべきか。

 

「あぁん、冥王様うれしいです~っ!

 勿論貴方の為にこの衣装を纏いました。お気に召したなら、さあ存分に!可愛がってくださいね?うふっ」

 

「………頭が痛くなってきたんだけど」

「とはいえあれがクリスの煩悩の象徴。あの色んな意味で全身ピンクをなんとかしないと、今回の事件は解決しないわ!」

「そう、ですね。ならその役目はせめて私が。

―――クリス先輩、今楽にしてあげますっ!」

「できますか、パトリシア?貴女に今の私を止めることが」

 

 くねくねと身悶えた後、ウィンクを飛ばしてきたラブリーショコラにウィルが眩暈を覚えたような仕草をして、ポリンが変な汗を流しながらも皆を奮い立たせる。

 そして一歩前に出て、決然とクリスのようなナニカと対峙したパトリシアの戦闘装束が―――煙と共にエプロンとコック帽姿に変貌した。

 

 

「煩悩を憎んで人を憎まず。チョコの湯煎は55℃。

 食べた人みんなを笑顔にするショコラティエ、スマイリーパトリシア、見!参!」

 

 

「………」

「「「………」」」

「そういえばさっきパトリシア、ウィスキー入りのチョコ作って味見してたわね」

「いや酔っぱらいに酔っぱらいぶつけてどうするんですか。何も解決しませんよ!?」

 

 右の手には泡立て器を、左の手には生クリーム入りのボウルを。

 お前は何と戦うつもりなんだと問い詰めたくなる衣装に着替えたパトリシアに、ユーの哀に溢れたツッコミが夢の世界に響く。

 

 ところで。

 こういう時にノリで悪ふざけするバカが、この場に居る訳だが。

 

「ふむ。夢の世界だから服装も自由自在、という訳か」

「ジェニファーさん待って。これ以上場の空気をおかしくしないで」

「往くぞ我が半身ッ!」

【………(こくっ)】

「待ってって言ってるじゃないですかー!!」

 

 

「めたもるふぉーぜっ☆」

 

 

「恋の行方はビター?スウィート?愛情のゴールはオールオアナッシング!

 一服盛るなら用法用量を守ってね。媚薬入りのお菓子はナイフで白黒切り分ける。

――――乙女の想いの裁断者(ジャッジメンター)、ジェミニン・ノワール推参!!」

 

 

「………」

「「「………」」」

「ちなみに相方のジェミニン・ブラックは中の人の都合で喋れないけど察してね☆」

【………(しゅばばっ)】

 

 コンセプトはメイド喫茶の給仕だろうか。

 色合いは黒なのだが、ラブリーショコラと負けず劣らずのちょうちょ結びのリボンが随所にあしらわれたエプロンドレスに衣装チェンジする幼女二人。

 普段目に眩しいシルバーアクセサリーは太ももや二の腕、ケープとなった外套の下でベルトホルスターに代わっているが、そこに収められているのは蛍光色の怪し過ぎる“おくすり”だった。

 そんなジェニファーが持っているのは巨大な透明プラスチックっぽいフォーク、ジェーンが持っているのはセラミック製と言い張れなくもない巨大な黒いケーキ包丁。

 口上を終えた悪ノリ幼女は、やたら息の合った決めポーズを二人で取るのだった。

 

「とりあえず、ノワールとブラックは両方黒なんじゃないの?」

「我らに乙女の甘酸っぱい想いを“白に(成就)”することができるとでも?」

【………(ぶんぶん)】

「……あっそ」

 

 開き直る元男と幼女に、ふと気になった点をツッコんでしまったポリンは呆れたように首を振る。

 だが、他人事でいられたのはそこまでだった。

 

 

「それで、次はポリンの番じゃないのか」

「―――え゛?」

 

 

「「じーっ」」

【………(じーっ)】

 わくわく。

「あなたたち……冥王までっ!?」

 

 パトリシアとジェニファー達に、敵である筈のラブリーショコラまで加わって「空気読むよね?」という視線を浴びせられるポリン。

 それだけならまだしも、冥王に期待するように見られると流石に弱る。

 憎からず想っている男性に、自分が可愛い衣装に着替えるのを楽しみにしてもらえている、というのは乙女的にとても嬉しいものなのだから。

 

 あたふたしてなんとか拒否しようとする素振りを見せながらも、錬金術師の優秀な頭脳が頭の沸いた衣装と口上を考えるべくフル回転していたちょうどその矢先。

 

「も、もう。しょうがないわn―――、」

 

 

「―――ポリン? や ら な い わ よ ね ?」

「あ、はい」

 

 

 彼女が陥落すればなし崩し的に自分までやらされる羽目になると察したウィルの、威圧感に満ち溢れた笑みに屈服したポリンなのだった。

 

 





 ジェーンがラブリーショコラにグーパン入れに行かなかった理由は次回で。



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愛と欲望のいただきへ!2


 今回いつも以上に原作で描かれた場面の描写を省いてます。
 ギャグはそのままなぞるのがまじつらたん。

 なのでもし原作未プレイの人がいたら現在絶賛復刻中のバレンタインイベをやってみよう!




 

「糖分装刃【エンチャント・シュガー】――――“酔逸のパラダイス”!」

「デコレーションは、お任せですっ!」

 

「きゃぅ~~~~っ」

 

 ふざけた技名と共にジェミニン・ノワール…もといジェニファーがフォークで突くと、何故か上空から降ってきたスポンジケーキにラブリーショコラが圧し潰される。

 それを塗り固めるように、スマイリーパトリシアの泡立て器から放たれた生クリームがぺたぺたと飾り付けされ、仕上げに抱きかかえられるほどの巨大イチゴが円周状に乗せられる。

 

【………っ!!】

 

 トドメはケーキ入刀。

 僅かな助走と踏み切りだけでムーンサルトジャンプを決めながら、ジェミニン・ブラック(ジェーン)が完成したケーキに縦一文字に包丁を入れた。

 それによっていかなるエネルギー処理が為されたのか、虹色のリボンが派手に四散したかと思うと巨大ケーキは消え失せ、代わりに何か深刻なダメージを受けたっぽいラブリーショコラがその場でがくがくと膝を笑わせていた。

 

 

「ふふ、うふふ…流石ですスマイリーパトリシアにジェミニンズ。

 わ、たくしの……甘いハートをぎゅっと閉じ込める最高にスウィートなコンビネーションでした……」

 

 

 もう何言ってんのか書いてる作者にも分からない。

 

「冥王様冥王様、これ何のバトルでしたっけ?」

 んー……夢の対決?

「お上手ですぱちぱち……ってなんでやねん!?」

 

「ふー、ふー…~~ッ」

「り、理不尽よ……」

 

 その一方で、ラブリーショコラ以上に深刻なダメージを受けているっぽいウィルとポリン。

 ふらふら目を回しながらもきゃぴきゃぴした衣服に乱れのない夢の主と違い、まるで失敗した焼き菓子のように二人のあちこちに焦げ目がついていた。

 

 あのぐだぐだした空気から、無事(?)戦闘に突入したラブリーショコラとアイリス達。

 だが伊達にこの世界の主ではないラブリーショコラは、理不尽に強かった。

 

 ウィルの呪歌や氷魔術、ポリンの錬金術が炸裂してもピンク色のオーラに阻まれまるで通用しない。

 そしてそのピンク色のオーラは、ラブリーショコラが冥王にウィンクする度、ミニスカートを翻してお尻をふりふりする度、そしてどっちの味方をしているんだか分からない冥王がその可愛い仕草に声援を送る度、派手にドピンクの爆発となってアイリス達に襲い掛かった。

 

 身軽に爆発から逃れられるスマイリーパトリシアやジェミニンズと違い、通用しない魔術や錬金術で防御しようとするウィルとポリンは単なる的でしかなく。

 コスプレ組が謎の連携技で早々にラブリーショコラを抑え込まなければ、あえなくこのチョコレート色の大地に倒れ伏していたことだろう。

 

………真面目な話、かは知らないけど。この世界のルールを決めてるのはラブリーショコラで、どんな攻撃が戦いに有効なのかを決めてたのも彼女なんだよなぁ。

「えっと、つまりどういうことです?」

 似た系統のはっちゃけ方をしたパトリシアやジェニファー達が正解だったってこと。

「……あー、つまりノリの悪さがあのお二人の敗因だった、ってことですか?」

 

「ユー!!」

「だったらあなたが真っ先に恥を捨てなさいよ!」

「ひぃっ!?」

 

 冥王の分析―――即ちこの世界では『ノリの良い方が勝つ』という法則―――に乗っかれなかった負け組アイリス二人がユーに八つ当たりしていた頃。

 

「さあ、観念してくださいクリス先輩!」

「ふっ、ふふふ……あーはっはっはっは!!まだ戦いは始まったばかりですよ、パトリシア?」

 

「我の笑い方がクリスに伝染った?」

【………(ぽんぽん)】

 

 不敵に笑うラブリーショコラが天を指さすと、夢の世界に地響きが轟いた。

 突然の揺れにパトリシア達が飛び退いたその場のチョコレートが割れ、ラブリーショコラを乗せて天までぐんぐんと伸びる構造物が下から現れる。

 

 

『さあアイリス達、私を止めたければこの塔の最上階までたどり着くのです!』

 

 

 すぐに下から直角に見上げるような高さになった塔。

 おそらくその頂から発せられたラブリーショコラの号令が、夢の世界に反響しながら鳴り渡った。

 

「……帰りたくなってきた」

「どうかーん」

 

「いやいやいや。クリス先輩をなんとか正気に戻さないと、またモンスターが出て来て楽しいバレンタインが滅茶苦茶になっちゃいますよ!?」

「………色々インパクト強烈過ぎて頭から抜けそうでしたけど、そういえばそんな話でしたねえ」

 昇ろうか、折角クリスが用意してくれたんだし。

 

 やさぐれた目つきになった人魚と錬金術師が荒んだ声を出すが、パトリシアがなんとか宥めて目的を思い出させようとする。

 ユーが遠い目で呟く中、冥王の仕切りでまだまだクリスのとんちきな夢に付き合うことになったアイリス達。

 

 しぶしぶ歩き出す二人に、ジェニファーが半分にやけながら提案した。

 

「汝らもやらないのか?明るく楽しい魔法少女」

 

「こうなったら」

「意地でも絶対」

「「やらないわよッ!!」」

 

 この後の展開である意味おいしい立ち位置になることが決定した瞬間だった。

 

 

~煩悩の塔108階は流石に長すぎるので、以下しばらくダイジェストでお楽しみください~

 

「お父様、クリスは悪い子です。

―――お父様と一緒のお布団でなければ、夜も眠れません。

―――お父様と一緒のお風呂でなければ、心が温まりません。

 ハデスお父様、どうかこのわがままなクリスを叱ってください。…………ぱぱ?」

 

 娘よ……!

「はい冥王様危ないから下がってくださいねー」

「ラブリーショコラ(娘)か……」

「ねえ、さっきの(妹)といいもしかして一階上がる度にこの茶番を見せられるの?」

 

 

~~~~

 

 

「主上よ。ふと思ったのだが、塔の最上階ではラブリーショコラに普段のクリスが捕まっていて、奴の言動にクリスが『貴女なんか私ではありません!』とか言った瞬間ラブリーショコラが巨大モンスター化して襲い掛かってくるとかそういう展開は―――、」

 これそういう話じゃないから安心してね。

「そうか。………そうか」

【………(ふるふる)】

「あの、なんでジェニファーさんは残念そうなんですか?」

 

 

~~~~

 

 

「ダメですよハデスくん?えっちな視線で他の女の子を見ちゃいけません。

――――え、私だったらいいのか、ですか?

 そうですねー、……もう。そんなに私のこと見て、何を期待してるんですか?

 はあ。ちょっとだけなら……いい、ですよ?」

 

 ありがとう……ありがとう……!!

「出た―!ラブリーショコラ(えっちな先生)だー!!解説のジェニファーさん、これは今までと傾向が違うようにお見受けしますがいかがでしょう?」

「一見逆転した攻めの態度に見えるが、根底は同じだろう。教師と生徒、禁じられた関係に興味津々という、な」

「成程ブレない!まあ間違っても実際のクリスさんが冥王様の前でこんな余裕綽々で居られるわけがないんですけどね」

 

「何なのあのユーのテンションは」

「無理やりにでも盛り上がってないとやってられない、だそうです」

「………ああ」

 

 

~~~~

 

 

「うぐぐぐぐ………ッ!」

「まだ、まだ負けてない……!!」

 

「こげパン状態だな二人とも」

「おふたりだけ色々なラブリーショコラとの戦いの度に爆発喰らってましたからねぇ」

【………?】

「世の中にはどうでもいい場面で素直に負けを認められない残念な大人がいる、ということだ」

「そこ、うるさいっ!」

 

 

~~~~

 

 

「もうずっと昇り続けましたけど、まだまだ続くんでしょうか、この塔は……」

「いや、そろそろ頂上が近い筈だ」

「どうして分かるんですか?」

 

「か、勘違いしないでください。冥王様のことなんか、冥王さまのことなんか………ずっとずっと大好きなんですからね!たくさんいちゃいちゃしないとだめなんですからね!?」

 

「ラブリーショコラ(ツンデレになれないデレデレ)?」

「ほら、シチュエーションが直接的かつ雑になってきた。そろそろネタ切れなのだろう」

「たまに思うんだけど、ジェニファーって頭は良いのにそれを全力で無駄遣いしてない?」

 

 

~~~~。

 

 

 そして、辿り着いた屋上階。

 満を持してというか、これまでの道中で分霊によって107通りのいちゃラブシチュエーションを冥王一行に見せてきたラブリーショコラ本体が選んだのは、結婚式のシチュエーションだった。

 

 荘厳なステンドグラス越しの光が降り注ぐ中、新郎新婦神父役:ラブリーショコラの一人芝居、参列者:様々なポーズの冥王の艶姿が精巧にプリントされた抱き枕の数々、というもはや茶番を超えたナニカが展開される。

 ここまで延々と付き合わされたアイリス達からすれば律儀に見届ける義理もなく、もはやツッコミすら放棄して全員で即座に花嫁をぶちのめしに掛かったわけだが。

 

 何故か地上で戦った時ほどラブリーショコラが強くない―――かと思えば、急にシチュエーションが花嫁強奪に切り替わる。しかも崩壊していく塔からの脱出というおまけ付き。

 

 命からがら脱出し、精根尽き果てた様子でへたり込むアイリス達の中、ラブリーショコラからクリスに戻った夢の主は、きらきらした笑顔で御満悦といった様相だった。

 

「うふふ……これもバレンタインの御加護でしょうか。今日の夢はやりたかったことぜーんぶ叶えられた楽しい夢でした」

「それ、は…何より、ねっ!」

 

 通じないと分かっていながら恨みを込めた皮肉を吐き捨てるウィルだが、案の定色々な意味で頭ハッピーなクリスには届かない。

 そんな中、ラブリーショコラをお姫様抱っこして、崩壊する塔の瓦礫を砕きながら進んでいたことで一番疲れた筈のパトリシアが立ち上がって言う。

 

「………私とジェニファーさん、ジェーンさんの攻撃だけラブリーショコラに通じた本当の理由、分かった気がします」

「本当の理由?」

「ラブリーショコラは普段抑えつけられていたクリス先輩の煩悩が暴走した姿です。じゃあなんで抑えつけられていたのかって言ったら―――」

 

「―――聖女として憧憬を向けて来る後輩への見栄と、教会の非道を思い知らされた我等が居る前で色恋に現を抜かすことへの気後れ、か。成程、天敵と言える相性だったわけだ」

【~~~ッ、~~~~ッッ!!】

 

 話に参加するジェニファーは、何故かクリスに飛び掛かろうとするジェーンを後ろから羽交い絞めにしていた。

 

「あの、なんでジェーンさんはクリスさんに敵意丸出しなんですか?

 さっきまではなんともなかったですよね?」

「ああ、それはな―――」

 

 

「―――ラブリーショコラとなら仲良くなれそうだったのに、クリスに戻っちゃったから、だそうだ」

【………(がるるるるっっ)】

 

 

「……結論。パトリシアとジェニファーは、普段からもうちょっとクリスがこまめに煩悩を発散できるよう心を配ること」

「異議なーし」

「そうですね。少し寂しいけど、いつまでも先輩先輩って後を着いて回るだけじゃダメですよね」

「我は具体的にどうすればいいかは分からんが、心には留めよう。―――っ、我が半身よ、そろそろ落ち着け」

【………(むぅーーっ)】

 

 今回最も被害を受けたウィルとポリンの総括に、パトリシアとジェニファーも同意する。

 

 そろそろ帰ろうか。

「はい。今日はどっと疲れました。早く帰って寝たいです」

 ここ夢の中だけど?

「ごめんなさい冥王様。もうノる気力もツッコむ気力も無いんです……」

 

 一方で冥王とユーのやり取りを受けて、術者二人が夢見の魔法を解く準備を始める。

 別の話をしていたためにパトリシアが口を滑らせることもなく、自分達を夢の住人だと思ったままの上機嫌なクリスに見送られて無事このハッピーな夢から退出できたのは、果たして良かったのだろうか。

 その答えは――――、

 

「おはようございます、ラブリーショコラ殿!びしっ!」

「……ぷっ。おはよーラブリー、ショこりゃけほっけほっけほ!?ごめん無理……ぷくくっ」

「やあ、良い朝だねラブリーショコラ?」

「遅いですよラブリーショコラ。遅刻とはらしくもない。普段の態度に免じて言い訳だけは聞いてあげますよ、ラブリーショコラ」

「お?どったのラブリーショコラ」

「あ、クリス先輩!皆さん気に入っていただけたみたいですよ、ラブリーショコラ!!」

 

 

「わ、私の夢が、これは一体……っ!?」

 

 

 翌朝のバレンタイン当日、狭い学園内ネットワークでアイリス全員にしばらく弄られるネタを提供したことに気づいたクリスだけが知っている。

 

 

「うわ~~~~んっっ!!?邪念撲滅、邪念撲滅ぅ~~!!」

 

 

 





「ウィル、ポリン」
「?どうしたの、ジェニファー?」
「人の夢を覗き見る魔法があるなら、人の記憶を映像として映し出す魔法はあるか?」
「うーん……今回の応用で、やってやれなくはなさそうよね」
「でもそんな魔法作ってどうするのよ」


「いやなに――――ちょっとした悪戯を、な」



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豊穣の大地


~学園イベント・イリーナ~

「ジェニファー殿ジェニファー殿、銃と弓、戦場で脅威となるのはどちらだと思いますか?」
「……その出題者がどちらの答えを期待しているか丸分かりな問いは、心理テストでもしているのか?」
「あぅ。それがですね、ベア先生から受けた弁論術の補講(※『種子を追う者2』参照)の課題として、この質問に『銃』と答えるアイリスを12人以上確保しろ、と言われていまして……」
「プレゼン力を磨く課題、ということか。目標がアイリスの6割とはベア先生にしては優しい気もするが、これが課題だと相手に伝えるのは良いのか?」
「どうやらティセ殿にも同じ課題で『弓』と答えるアイリスを12人以上確保しろ、と指示が出ているらしく。つまりこれは票の争奪戦ということです!」
「成程、同情を引くのも利益をチラつかせるのも普段の付き合いを楯に迫るのも、全て含めた交渉能力を試されているのか」
「肯定であります」


「――――それはどうかな?」


「……えっ?」
「まあいいさ。ちなみに我としては、離れた場所の敵兵の頭を砕く程度なら、その辺に落ちている石でも投げれば事足りるが」
「それはジェニファー殿だけですよ……。とはいえ交渉での駆け引きはあまり好みではありませんし、それはティセ殿も同じ筈。なので正々堂々、銃の魅力をとくと語ることでジェニファー殿を同志に引き入れたいと思います!」

――――そうして銃の利点を次々と早口で語るイリーナに付き合いながら、ジェニファーは思う。


(一人一票と指定された訳でもあるまいし。イリーナが尋ねた場合は『銃』、ティセが尋ねた場合は『弓』と答えてくれるアイリスを12人確保すれば済む話だろう……)


「―――ということで、銃は弓と違い射手の体調が万全でなかったり怪我をしていたとしても、その威力は全く変わらないというのが最大の利点であり―――」
「イリーナ、とりあえずアドバイスだ。クリス、ラディス、エルミナあたりの頭が回りそうな面子は説得対象としては後回しにした方がいい。無駄に時間を喰う可能性があるからな」
「ふむ……確かにそうでありますね。ご指摘感謝です、びしっ!」

「くくく……気にするな、礼には及ばん。汝に問われれば、次は『銃』と答えることも約束しよう」
「本当ですか!?」


――――確かに礼には及ばないだろう。仕掛けに気づき、それをイリーナに教えてくれそうなメンバーを遠ざけているのだから。

 後日、二人はそれぞれ仲良く9人ずつしか賛同者を確保できず、課題非達成で罰ゲームの滑る一発芸をやらされるイリーナとティセを、にやにやしながら眺める外道幼女の姿があったとか。


 以上。じゃあメインストーリー第三章入りまーす↓




 

 

 ゼクトの情報により、パルヴィン王国の姫が種子を持っている可能性がある、ということで次の旅の目的地を決めたアイリス達。

 

「いい情報があります。パルヴィン王国は“まだ”帝国に滅ぼされてはいません」

「わーいやったー」

 

 早速最寄の冥王の祠からパルヴィンに入国し、一路王都を目指すアイリス達一行。

 温暖な気候と広大な平原に恵まれたこの国では、収穫期を迎えた麦が一面に頭を垂れていた。

 

 ベアトリーチェがドヤ顔で収集した情報を披露し、棒読みでラディスが受け流すところの会話によると。

 帝国の拡張政策は着々と進んでおり、以前の旅から既に小国二つが地図から消えたらしい。順調に領土を肥大化させる帝国は、穀倉地帯を抱えるこのパルヴィンを次の獲物に定めるのも間近だろう。

 

 先に帝国の部隊が世界樹の種子を集めているのが判明したこともあり、肥沃な土地の割に戦争に弱いというどこぞのフランスみたいなこの王国の滅亡時には種子は回収困難になると思われる―――というのは、タイムリミットがまだという意味ではある意味朗報と言えなくもなかった。

 

「帝国……」

 

「あの、冥王様。アシュリーさん相変わらずめっさぴりぴりしてるんですけど、連れてきて良かったんですか?」

 置いてくるのもそれはそれで、ねえ。

 

 前回の種子探索の旅で帝国の指揮官に敗北したアシュリーが、口数少なに、しかし激情を奥底に滾らせているのが丸わかりな様子で呟く。

 ユーのちょっとびびり入った懸念に、冥王はただただ肩をすくめるだけだった。

 

 そんな話をしているうちに、見えてきた農村で。

 

「しゅーかくまえの畑を荒らすモンスターは、ゆるせませんっ!!」

「スラッ!!?」

 

 割とよくあるパターンとして、出くわした魔物を撃退していた。

 藁や枯草の束を纏めるのに使う三叉の鋤を振り回して、大声でスライムを追い散らす金髪のドワリンの名はファム。

 冥界でも菜園を作り農業を営む彼女にすれば害獣に掛ける容赦などないのだろう。

 

 ちなみにドワリンの例に漏れず彼女の外見は幼女だし、喋り方も舌足らずな感はあるが、あくまで年齢不詳である。

 

 そのまま情報収集がてら村人に話を聞こうとしたのだが。

 

「あのモンスターは度々畑を荒らしにやってくるのです。このままでは今年の収穫は……ちらっ」

「………」

「ただでさえ世界樹炎上からの天候不順の折、今年の麦が獲れなければ儂らの生活が……ちらっ」

 

 なんかウザかった。

 それでも同じ農家の同胞意識か、パルヴィン出身という縁か、ファムは張り切って主張する。

 

「こまっている大地の同朋をみすてられません!悪いモンスターは、わたしたちで退治してあげます!」

「また寄り道ですか……」

「おお!本当で―――」

 

 

「――――勝手に話を進めるな、ファム。我は反対だ」

 

 

「あら珍しい。ついに反抗期ですか、ジェニファー?」

「そんな、どうしてですかっ!?」

 

 旅の趣旨を外れる道程に半ば諦め気味にぼやいたベアトリーチェだが、待ったをかけたのはジェニファーだった。

 過去の冒険では理屈を捻ってアイリス達のお人好しを擁護することもあっただけに、冥王の従者は目を丸くして驚いた。

 

 それに対して眼帯幼女は不機嫌そうに背中の剣帯に吊るした“水晶”を揺らしながらその意思を告げる。

 

「“助けてください”―――そこの爺は一言でもそんな事を言ったか?」

「あきらかにこまってます!収穫ができなければこのひとたちは生活できないんですよ!?」

「それでも頭一つ下げたくない程度の危機なんだろう?凡(おおよ)そそのお人好しに着け込んで報酬を出し渋りたいんだろうがな。『こちらから頼んだ覚えはない』、と」

「………っ」

 

 少々悪意的な見方をした戯言だったが、視線をさまよわせた農民の所作を見るに図星だったらしい。

 やや露悪的に口元を歪めながら、銀髪幼女は続ける。

 

「モンスター退治の依頼……つまり他人に“命を懸けさせる”のにお願いしますの一言もないその嘗めた根性が気に入らない」

「っ……失礼いたしました冒険者様がた。ですがどうか――」

「最初にそうやって礼を尽くさなかった時点で、心証は悪いぞ。分かっているな?」

「う………」

 

「はい、そこまで」

「この方も反省したでしょうし、あまり苛めないであげましょう?」

「………ふん」

 

 言い募るジェニファーにストップを掛けたのは、大盾を背負い眼鏡をかけた元傭兵のクレアと、神官のクリスだった。

 正論を言えばそれでいいという訳ではないのは分かっているジェニファーは、ぷいと視線を背けて『勝手にしろ』と言外に示す。

 

 結局寄り道をして村の畑を荒らすモンスターを退治してから王都に向かうことにしたアイリス一行。

 その道中で、ファムがおずおずと冥王に話し掛ける。

 

「めーおーさま。ファム、ジェニファーさんを怒らせちゃったでしょうか」

 大丈夫。ファムに怒ってるわけじゃない。

「でも、かってに話をすすめるな、って………。

 あのおじいさんを助けてあげたいって思ったのはダメなことだったんですか?」

 

 ちらちらと横目でジェニファーの様子を窺いながら、所在なさげに小声で話す。

 冥王からすれば、アシュリーのぴりぴりが影響してジェニファーも不機嫌になっていたというのが分かっているため、ジェニファーとファムの仲がどうこうというのは全く心配していない。

 だがそういった事情は伏せて、後半の問いにだけ答えを返すことにした。

 

 誰かを助けたいと思うこと自体は何も悪いことはない。―――でも、そういうファムの想いを誠意もなくただ都合よく利用しようとするのは、果たして“同朋”のやることかな?

「それは……」

 その辺りを履き違えて空回りした善意は、結局誰も救わない。

「むむむ…っ」

 

 諭すように話す冥王の言葉をなんとか噛み砕いているのか、眉間に皴を寄せてファムが唸る。

 やがて納得がいったのか、笑顔に戻ってドワーフ幼女は頷いてみせた。

 

「正直むずかしいです。でも、ちゃんと考えないといけないことだっていうのは、わかりました!」

 

 とりあえずはそれでいい、と冥王はファムの頭をぽんぽんと撫でる。

 くすぐったそうに笑う彼女は、この日また一つ何かを学び成長したのかもしれなかった。

 

 

 





 ランキングが一瞬5位まで上がってて、他にランキングで見たことない原作名が気になってちょっとポチってみた。

――――原作名「あいりすミスティリア」検索結果:3件

 な゛ん゛て゛増えてないんだよおおぉぉぉ~~~~っ!!!?

 というのはさておき応援感謝です。



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豊穣の大地2


 繚乱・力溜・連撃・防御無視で一ターンに六桁ダメージを叩き出す姫ゴリr―――けふんけふん、生身カチドキアームズの御姫様。
 妹姫が前に出ようとしないのも当然というか、間違ってもこの子の旗で殴られたくはないアイリス最強の一角の御登場です。




 

 さて、今回のパルヴィン王国での種子探索においては、王族との接触という今までの冒険ではなかった予定が組み込まれている。

 故に連れて行くアイリスは、その辺りの事情を考慮した人選となっていた。

 

 居ないと探索そのものが成り立たない冥王とユーは必須。

 引率役のベアトリーチェや、アイリスに加入した経緯が「世界中を見て回りたい」だったのと魔術に精通しており様々な知識を持つラディス、出奔しているとはいえ一応聖樹教会の上級神官で信仰心のある人間相手には確実に信用を担保できるクリスはほぼ常連のメンバー。

 パルヴィン出身ということでファム。

 上流階級の作法に聡いということで元令嬢のクレアとポリン。

 アシュリーも騎士として一通りの礼儀は期待できるだろう。

 

「問題は……ジェニファーよねぇ」

「置いてく訳には行かなかったの?」

「ゼクト公に妙に気に入られた節がありましたから。もし書簡にジェニファーさんのことが書いてあったら、居ないと不自然に思われるかも」

「勝手に書簡を開封する訳にも行かないからね」

 

 

「貴様ら……喧嘩なら買うぞ…っ?」

「ど、どうどうジェニファーさん!」

 

 

 普段の言動を考えれば残念でもなく当然だが、お姫様相手に失礼をやらかさないか不安がるポリン・ラディス・クリス・クレアの会話に、肩と手首の関節を解しつつ威嚇する紅眼幼女。

 別に粗野ということは無いのだが、振舞っているキャラがとりあえず権威には反抗するかケチを付けたいお年頃の考えたものであるため、王政が敷かれている国では少々危ないセリフを平然と口走る危険があるのを何人かは察していた。帝国潜入の時もゼクト公相手にもかなりアレな言い方をしていたし。

 

 そういう意味ではベアトリーチェも危ないのだが、彼女には言うだけ無駄という意見で暗黙のうちに一致している。突き抜けた問題児には指導すらされないという学園の腐敗の縮図がここにあった。それが教師であるという点も含めて。

 

「あと、これはしゃーないんだけど、また『子供に剣を持たせるなんて…!』みたいな話になっても厄介じゃない?」

「それについては、もういっそ耳の形誤魔化して『ドワリンです☆』と言い張るのが一番な気もしてきたがな」

「あ、ジェニファーさん、ファムとおそろいですか?わくわく」

「残念ながら幻術はウィルの得意分野で、彼女はお留守番中よ」

「……ざんねんです」

 

 ラディスがもう一つの懸念を打ち出し、このままジェニファーを連れて行っていいものかあれこれ考えるアイリス達。

 誤用の意味で議論が煮詰まった辺りで、冥王が話に収集をつけるべく口を開いた。

 

 

――――それじゃあ、今回は本当に子供になってもらおうかな?

 

 

 

 そして、無事謁見が叶ったパルヴィン王国のお姫様姉妹に対面して。

 

 

「はじめましてですの、ルージェニアひめさま、プリシラひめさま。

 わたくし、ジェニファー=ドゥーエと申しますの」

 

 

「………あらあら。よろしくお願いしますわ、可愛らしいお嬢さん」

「銀色の髪、綺麗。あとでちょっといじらせてもらっていい?」

「存分にどうぞですのー」

 

(…~~っ、ご、ごめんクレア、ちょっと隠れさせてっ)

(ラディス!ひ、卑怯だよ……~~~!)

 

 ジェミニン・ノワールの衣装―――銀のベルトや巨大フォークは装備していないが―――に着替えたジェニファーが、にっこにこな笑顔と甘ったるいロリ声で、王城謁見の間にてカーテシーを決める。

 例のバレンタインの夢事件の後、冥王がクリスにラブリーショコラ衣装を渡すのと同時に彼女にプレゼントされた黒い聖装は、これでもかという程あざとい仕草によく似合っていた。

 

 暗黒幼女の本性を良く知っているラディスがクレアの長身に隠れて必死に笑いを噛み殺し、クレアはつられて吹き出しそうになるのを堪えてその端整な顔つきを変顔に歪ませていたが、お姫様姉妹や控えている王城の兵士達の関心は演技している分には非常に愛らしい幼女であるジェニファーに向かっていたため、幸いにも見咎められることはなかった。

 

(冥王様。ジェニファーさんのあの聖装を見ていると私、非常にいたたまれなくなるといいますか……)

(あなたも着替えればいいじゃない。ねえラブリーショコラ?)

(私の正装はこの神官服ですっ。……というかポリンさん、まだ根に持ってます?)

(…………………。いいえー、ぜんぜん?)

 

(沈黙が何よりも雄弁な答えですねえ。でも冥王様、いいんですか?ジェニファーさんにあんな演技させて、お姫様を騙すことになりません?)

 可愛いからいいんじゃない?あれで俺が頼んだことだから、余程のことがない限りきっちり演じ切ってくれるだろうし。

 

 ユーの疑問にそう答えた冥王は、幼女の微笑ましさ(偽)に和んだ場にお邪魔して、玉座に腰掛ける赤髪の少女にゼクトの書簡を恭しく手渡した。

 ルージェニア・ハディク・ド・パルヴィン。『パルヴィンの太陽姫』の愛称で国民に親しまれるこの国の第一王女は、その通り名の通りの快活な笑顔で冥王の手から書簡を受け取る。

 

 手慣れた様子で封を開き、中の便箋を検めると、一瞬だけ憂いを含んだ表情になったが、すぐに笑みの下に押し隠して冥王に礼を述べた。

 

「まずはゼクト公からの手紙をお届けいただいてありがとう―――と言うべきかしら。冥王ハデス?」

「お、お姉様?何言ってるの!?」

 

 小柄で華奢な第二王女プリシラがその鋭い目つきを丸くして混乱し、よく躾けられた筈の兵士達からもざわめきが生まれる。

 

 冥王ハデスこそ世界樹炎上の首謀者―――と、聖樹教会の教皇の声明では少なくともそういうことになっており、民衆の信仰対象であるが故に王族といえどもその言葉を蔑ろにはできないのが教会の影響力というものだ。

 神聖な世界樹を燃やした極悪人を名指ししてにこやかに微笑むお姫様、というのはこの世界の感覚では非常に理解しがたい光景に映っただろう。

 

 流石に大物というべきか、そんな周囲の空気を意にも介さず、ルージェニアは話を続ける。

 

「それで、冥界の王ともあろう方が、この国に何の御用?」

 その前にゼクトからの手紙の内容を教えてもらっていいかな。大丈夫?悪口とか書かれてない?

「いいえ。時候の挨拶と、あなた達について信用は保証する、とだけ」

 

 それだけ、ということもないだろうが、踏み込むことでもないので冥王は本題を告げる。

 

 世界樹再生のための種子回収―――ルージェニアが宿していると思しきそれを預かりたい、と。

 もちろん分かりましたどうぞとすんなり答えてくれるとは思っていなかったが、案の定パルヴィン側は渋い顔をしていた。

 

「確かに世界樹の炎上以来、お姉様のカリスマとか統率力とか、そういったものがちょっと常人では考えられないことになってる。それが世界樹の種子とやらのおかげだって言われても、特に疑う理由はない。でも―――」

「現在パルヴィンは帝国の侵略の危機に曝されていますわ。そんな時期にこの力を手放す訳には参りません」

 そこをなんとか。

 

 

「だめ……ですの?(うるうる)」

 

 

(((~~~~ッっ!!)))

 

 冥王の腰辺りに斜め後ろから縋りながら、上目遣いであざとくおねだりポーズを決めるやりたい放題なジェニファー。もはやアイリス達全員、シリアス気取っていたアシュリーですら吹き出すのを全力で我慢していた。むしろポーカーフェイスを保つ冥王の方が流石である。

 とはいえ何度も言うが外見だけは可憐極まりない銀髪幼女。眼帯もエプロンドレス衣装に合わせて花をあしらったデザインにしており、痛々しさを極限まで削いでいる。

 

 そんなどこに出しても痛々しい幼女のおねだりが効いたのは、朗らかで人当り良さそうなルージェニアより、むしろクールぶった所作のプリシラの方だった。

 

「泣かないでよ…弱るなぁ、もう……。裏を返せば、帝国の脅威が退けられれば、その時の貴方達の立場次第で返せるかもね?」

 つまり、種子が欲しければ防衛戦に協力すればいい、と。

「なりふり構ってられないんだよ、正直ね。お姉様も、それでいい?」

「勿論。無事帝国の魔の手からこのパルヴィンを護り果せた暁には、私に差し出せるものであればなんでも差し出しましょう。

 世界樹を燃やしてみせた冥王ハデスの御力、期待してよろしいのでしょう?」

 

 主に世界樹炎上の犯人について誤解があるようだが、話は無事まとまり今回の冥王一行の方針も定まった。

 

「ほんとうですの!?わーい、わたくしもがんばりますのー!!」

「はいはい。ふふ、期待してるよ、小さなお姫様」

 

(………。ごめんクリス、なんか喋って)

(無理無理無理無理無理ですっ!今声を上げたら、絶対変な笑いが……!)

(~~~っ、~~~っ!!)

(ちょ、ベア先生が一番ヤバそうなんだけど!?)

(ツボに入っちゃったかー……)

 

 アイリス達の表情筋を犠牲にして。

 

 

 そして。

 

(――――――――主上の命令とあらば、是非もなし……ッ!!)

【………(ふぁいとっ)】

 ごめん。もうちょっと頑張って。

 

 全力で恥をぶん投げるスタイルを取ったジェニファーが、内側からジェーンの応援を受けつつなんとか天真爛漫の仮面を被るその内心を察する者は、演技を命じた当人である冥王だけなのであった。

 

 誰かをからかう為とか人をおちょくる為に一瞬だけロリ声を使うのはまだしも、仕事として恒常的に子供の振る舞いをするのはキツいらしい………まあ、それはそうか。

 

 

 

 

「さて、改めましてこの国の軍師を務めるプリシラ・マルツェル・ド・パルヴィンです。

 冥王さんたち一行にはボクの指揮下に入ってもらうことになるけど、まずはあなた達の戦力を見せて欲しい。うちの兵士相手の模擬戦でね」

「………(ぴくっ)」

「ジェニファー、貴女はこちらにいらっしゃい?」

「ぅ…、はいですの!」

 

 全員で王城の練兵場に移動し、“力を見せろ”“模擬戦”―――実に厨二が好きそうなワードが居住まいを正したプリシラから放たれる。

 とはいえ演じている幼女キャラ的に残念ながら参加することにはできそうもないのが、ジェニファーにとっては非常に惜しい話であった。

 観覧席で自分を膝の上に乗せたがるルージェニアに大人しく従うしかない彼女ができるのは、声援を送ることだけだった。

 

「みなさん、がんばれですのーーっっ!!」

 

(やめれ。力が抜ける……)

(~~~~~~―――――ッ!!?)

(まずい、ベア先生が本格的に喉を痙攣させてる!?クリスっ!)

(癒しにょ………あわわ、癒しの力よ……!)

(なんで戦う前からダメージ入ってるのよ、もう!)

 

 声援を送り、援護射撃をすることだけだった。

 

 どちらに対して?

………もちろん、アイリス達と戦うパルヴィンの兵士達に対して。

 

 





 ルージェニアメインで話を書くつもりだった筈が、プリシラも普通にセリフ多い件。
 やっぱ頭が良い子の方が喋らせやすいんだよなぁ。情報のインプットとアウトプットにラグが少ないから。



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豊穣の大地3

 

 模擬戦の結果無事実力が認められ、パルヴィン王国と協力して国土防衛戦に当たることとなったアイリス一行。

 戦争に参加するのであればもう少し人数を連れてくるのだった――という後悔はちょっとあるが、現状の人員でも問題なく遊撃部隊として機能していた。

 

 『白銀の疾風』アシュリーと『エルハイムの鋼壁』クレアという武名を馳せた二つ名持ちとその支援を行う神官・魔術師・錬金術師が、世界樹の種子を宿した状態で組めば帝国の一般兵をかなりの時間大勢食い止められるし、疲労や負傷の程度によってはベアトリーチェとファムが交代要員としてサブに控えている。

 第二王女プリシラも軍師を名乗るだけあって、アイリスの奮闘で歪みが生じた敵の陣形の脆い場所を鋭く自軍に突かせるのが上手い。第一王女ルージェニア共々姫君御自らが前線に出陣しているとあって兵達の士気も高く、帝国の先遣隊との緒戦はパルヴィン優勢で推移していた。

 

 現在領内に入り込んだ敵兵は粗方掃討し、帝国の本隊が来るまでのしばしの猶予の間、ルージェニア率いる王国軍及びアイリス一行は逗留する村にて収穫の手伝いをしているところである。

 

「みなさーん、タオル新しいの持ってきたですのー!

 汚れたのは洗うからこのかごに入れるですの」

 

「うふふ、お疲れ様、ジェニファー」

「ちょこまかしてて可愛い……」

「ジェニファーちゃんは働き者だべ」

「重くはないかえ?まったく、うちの悪ガキもこれくらい真面目に手伝ってくれりゃあ」

「そんなことないですの。まだまだがんばれますの!」

「いい子だな……」

 

(パルヴィンの皆さーん、騙されてますよー)

 

 王女や兵士、農民達に愛嬌を振り撒いて歓心を買う紅眼幼女を相変わらずアイリス達は何とも言えなさそうな目で見たり見て見ぬふりしたりしていた。

 その気になれば自分の身体より大きい水瓶なみなみだろうが平然と担げるジェニファーだから、本来なら大人以上の重労働をさせても問題ないと言えば問題ない―――幼女を酷使する絵面がヤバいというただ一点を除けば。

 

 まんまと厨二幼女に懐柔されたパルヴィンの皆様の不興を買わないためにも、前線にも参加することなくルージェニアの周りで小間使いをやっている―――小間使いしかやっていないジェニファーは暗黙の内にスルーされていた。

 

(ねージェニファー。ところで、その“ですの”って語尾なんなの?)

(便利ですの。ちょっと荒い言葉遣いしそうになっても誤魔化せますの)

(………いやまあ。そういうことなら止めはしないけど、さぁ……)

 

 ちなみに口調については興味本位でラディスがこっそり訊いてみたところ、こんな感じの理由らしい。

 ある意味合理的と言えば合理的だが、そのせいで素のジェニファーを知るアイリス達にとって変な笑いを誘う一因になっていたため、それを聞いた魔術師の表情がなんとも言えないことになっていたのは致し方ないだろう。

 

 それでもなんだかんだで、全員が一丸となって農村の収穫作業を、自分達の背後に在り守っているものを改めて実感する中で、ほぼ全員が自然な笑顔を共有していた。

 

 

 ただ一人を除いて。

 

 

(帝国の本隊――ルージェニア姫が世界樹の種子を有している以上、次はあの女が来る可能性は低くない……ッ)

 

 

 雪辱を晴らす時が近いのを感じ、一人鬼気迫る表情で農作業に参加せず剣の素振りをしていたアシュリー。

 汗に濡れて乱れた髪を払うこともせず、その下に埋もれた目つきは危ういほどに険しい。

 そんな彼女にぱたぱたとわざと重心の安定しない子供っぽい走り方で近づくと、ひょいっと素振りの斬閃を掻い潜りながら下から見上げるジェニファー。

 

「アシュリーせんぱいも、むっつりした顔ばっかりしてたらだめですの。

 ほら、剣ばっかりじゃなくて、たまには鋤とか鎌とか振ってみたら面白いですの」

「………放っておいてくれ」

「つれないですの。……むむ。

――――ですのですのでーすーのー。ですのーとデースのー」

「……ぶっ」

 

 ででーん。ベアトリーチェ、あうとー。

 素気のないアシュリーに対し、頬に人差し指を立てたあざとい仕草で一発ギャグに走ったのが、何故か流れ弾となって教師メイドが吹き出してしまう。

 

 その一方で、目前である意味ウザ絡みされた女騎士の反応は――――。

 

「――――煩い」

「……の?」

 

 

「邪魔だ!私はお前みたいに遊び半分でアイリスをやっているわけじゃない!!」

 

 

「………そう、ですの」

「~~~ッ、………ぁ」

 

「「「………」」」

 

 唐突に青空の下響いた罵声は、その場にいた全員に聞こえるほどに大きく。

 そして一瞬目を大きく開いたジェニファーが、笑みを愛嬌から自嘲に変えたところで、アシュリーは自分が何をしたかに気づく。心配して話しかけてきた子供相手に喚き散らしたことに対して周囲から批難の視線を向けられていることにも。

 

「違っ……そんな、つもりじゃ…」

「あはは…ちょっとふざけすぎましたの。いたずらしてごめんなさいですの」

 

 アシュリーを庇うように、自分の責任ということにして謝ってくるジェニファー。

 天真爛漫な子供の仮面は外れなくとも、アイリスで最も付き合いが長く深いアシュリーには分かった。分かってしまった。

 自分の言葉がジェニファーの痛い部分を悪戯に傷つけて、そして普段不敵とか皮肉とかそんな笑みで理不尽を受け流す彼女が―――“初めて”目に見えた悲しみの表情を浮かべたことが。

 

 だがそれに対して掛ける言葉が咄嗟に思い浮かばず、逡巡している間に。

 

 

――――斥候が、国境から進軍する大部隊の報を携えてきた。その数、パルヴィン側の十倍の兵数だと。

 

 援軍の見込みもなく、後退して砦で籠城戦をするより野戦で迎え撃つことをプリシラは選択。罠や戦術の仕込みで俄かに皆が慌(あわただ)しくなり、そのままアシュリーはジェニファーに話し掛ける機会を逸するのだった。

 

 

 

 

…………。

 

 これまでの前哨戦とはまるで規模の違う大一番の会戦。それが近いとはいえ、いやむしろ目前に迫っているからこそ、戦士達は身体を休めなければならない。

 そういう訳で、夜半過ぎ、国境近くの農村に築かれた野営地は一部の哨戒を除いて静まり返っていた。

 

 りんりん、とこれから迎える冬を越せぬ寂しい虫の声の方が、人いきれよりも遥かに遠く響く秋月の下。

 護衛の兵士の目を盗んで天幕を抜け出し、農具入れの納屋の傍、刈り取られたばかりの藁束に身を沈めて物思いに耽る少女がいた。

 

 優しい月の光にその美貌を浮かび上がらせたルージェニアは、昼間に快活な笑顔で周囲を鼓舞する姫君とはまた違う神秘的な様相を見せている。

 そして、それに物怖じしない子供が一人、彼女に静かに話しかけた。

 

「ルージェニアひめさま、眠れないですの?」

「見つかってしまいましたわ。でも、もう少しここにいさせてくださる?」

「なら、わたくしとお話するですの」

「……ええ、喜んで。こちらに来てくださいな」

 

 赤髪の姫君は、ナイトドレス姿のままジェニファーを手招き……というよりむしろ、腕を拡げて至近距離まで抱き込むようにして幼女との距離を近づけた。

 

 何かの琴線に触れたのか、初めて見えた時以来後ろからジェニファーを抱っこするのが彼女のお気に入りになったらしい。

 胸に張りのある美少女のスキンシップが嬉しいという男性的な意識はもはや失って久しいが、別に不快ということもないので拒むこともしない。

 お姫様の機嫌を取れるなら―――とここ数日はこの体勢で他愛のない話をする時間も多かった。

 

 けれど、この日のルージェニアの様子はいつもと違って。

 

「……~~~っ」

「!泣いて―――」

「見ないで!……振り向かないで、ください……」

 

 年端もいかない子供がぬいぐるみに縋るように、きつくジェニファーを抱えながらすすり泣く声が聴こえる。

 

(無理もない―――か)

 

 戦場にあってなお朗らかに笑い、周囲に希望をもたらす太陽姫――だがその評価は、本当なら恋に恋するような年頃の少女が、国が亡びるか否かの瀬戸際で全ての民の、兵の、そして誰より可愛い妹の期待を一身に背負っているという重責の裏返しでもある。

 冥王という邪神――世間的な意味では――に魂を差し出してでも勝たなければならない状況の中、誰に吐き出すこともできずに、今まで溜め込んでいたものが溢れてしまったのだろう。弱音を吐いていい相手なんて、それこそこんな本来縁も所縁もない異国の子供くらいしかいなかったのだから。

 

 背中に感じる震えが収まるまで、ジェニファーはただ黙って彼女に抱かれるがままになっていた。

 やがて落ち着いたルージェニアが、それでも腕の中の体温を手放すことなく声を上げた。

 

「みっともない所を、見せてしまったわ……」

「みっともなくなんてないですの。ルージェニアさまはがんばってますの。えらいえらい、ですの」

「……っ。ありがとう。あなたは不思議なひとね、ジェニファー。

―――こんなおてんば姫のお守りなんて、本当に大変でしょうに」

 

「――――。いつから?」

「最初から、ですわ」

 

 まだ涙ぐみながら、ジェニファーの慰めに返した声は暖かくも。

 省略した言葉に様々な意味を込めて、この幼女が見た目通りただ愛くるしいだけの存在ではないことに気づいていたことをルージェニアは明かした。

 

 これまでジェニファーが無邪気な子供の振りをしていたのは、別に冥王の悪ふざけという理由だけではない。

 ルージェニアは此度の防衛戦において王国軍の精神的支柱。彼女が死ねばほぼそれはイコールでパルヴィンの滅亡と同義である。ましてや種子持ち、心強い戦力であると同時に、以前の帝国の女指揮官のような種子を狙う者に襲われる危険もある。

 もしもの事態に備えた、隠匿性の高い戦力札が今回のジェニファーの役目だった。

 

 それを最初から気付いていて―――だからこそルージェニアは、アイリス達の手を借りることを決断したのだという。

 

「あなたの手。毎日毎日剣を振って、全部すり切れた硬い掌。

――――遊び半分なんかじゃ、こんな風にはならないもの」

「必要に駆られていただけだ。誇れるものでもない」

「あら?うふふ。それがあなたの素の話し方?」

「さあどうかな………ですの」

 

 優しくジェニファーの手を握り、穏やかな声で会話を交わす二人。

 後を追いかけてきた人影が納屋の死角から様子を窺っているのに気づくことなく、これまでと異なった隠しごと無しの話題を展開した。

 

「ジェニファー。あなたみたいな子供が、どうして戦っているの?危険な旅なのでしょう?」

「…………そうだな。切っ掛けは、確かに成り行きだった」

 

 姫君の問いに真摯な答えを返すべく、旅立ちの日の出来事を脳裏に浮かべるジェニファー。

 あの日、何かを決意した訳ではない。何かを覚悟した訳でもない。あの日彼女“達”は、ただ救われた側だったのだから。

 

「だが。ああ、そうだ。“救われた”んだ、我等は」

 

 今思い返せば、あの時救われたのはジェーンだけではなかったのだと思う。

 

 全ての記憶を失い、ジェニファー=ドゥーエという他人の名前と人格を借りるしかなかった魂。

 それが見てきたのは、ジェーンに降りかかった悲劇と、それを信仰の下に恥じるどころかこちらを断罪しようとしてくる傲慢な聖職者。幼子を手に掛けることを正義と信じる唾棄すべき聖騎士達に、復讐者と化してそれを物言わぬ屍に変えていく宿主。

 

 ジェニファーが生まれ変わったこの世界に、美しいものなど何一つ無かった。

 世界は優しくない。仁義も慈愛も何もかも、人の善性を期待できることなど何もない。

 そもそも何も期待し得ないが故に、絶望すら生まれない。

 

 一人の少女の心を染めた冷たい憎悪に寄り添ったまま、ただ惰性の果てに、いつか訪れる復讐の破綻の結果として死を待つだけだったのに。

 

 

「『私が剣を執るのは、子どもを化け物扱いして斬り殺すためなんかじゃ断じてない』

――――そう言ってくれた人が居たんだ」

 

(………ッ!?)

 

 

「もしかして、それがアシュリー?」

 

 ルージェニアの問いに曖昧に笑いながら、ジェニファーはなお語る。

 

「ただその一言だけで救われたんだ。人が人たる為に歩むべき道を、まっすぐ往ける人も居るのだと。

 ならばせめてこの血塗られた刃は、そういう人達のために振るいたい。

――――なんて、な。心の奥底で、人間という種を信じていない我が言ったところでただの戯言。遊び半分と言われても何も反論できん」

「そんなこと……っ」

「いい。―――所詮は余禄。我の様な半端者は、いずれ持て余した力に振り回されて自滅するのがお似合いだ」

 

 全ては戯言。語るべき芯も信も真もどこにもない。

 この想いがどこまで純粋なものか、自身ですら分からない。

 

「アシュリー先輩は、ちょっと心に雨が降っているだけだ。いつか傷付いた心が癒えたら、また真っ直ぐに歩き出せる人だ。

―――それでも、あの人を傷つけた帝国には言いたいことが我にはある。ぶつけたい想いが、我にはある」

 

 それでも、これは戦うに値する理由で然るべきなのだ。

 

 

「―――『誰の先輩に上等くれていやがる。落とし前は払ってもらうぞ木偶の坊』」

 

 

 そんな厨二病の戯言を―――パルヴィン王国第一王女ルージェニア・ハディク・ド・パルヴィンは頷いて肯定する。

 色々と理屈を捏ね回してはいるが、結局それは大切な人を傷つけられた怒り。人が人たる為に、決して捨ててはいけない大切な想いなのだから。

 

 

「例えあなた自身が否定しても、私はその想いが尊いものだと信じます。

―――今、私たちが戦うべき敵は同じもの。力を貸してくださいますか、ジェニファー=ドゥーエ。親愛なる小さな騎士よ」

 

 

 冷涼たる月光の下、平原を吹き抜ける風が草の匂いを流していく中で。

 『黒の剣巫』は、不敵に微笑んで姫の手を取った。

 

「ふっ。当然―――ですの!」

 

 





 二人は気付かない。

―――酷いことを言ったのに。
―――散々無様な姿を見せて、当たり散らしたのに。

―――それでもこんな自分に救われたと。そう言ってくれるのか。

「まだ私は、お前の先輩でいいのか?なあ、ジェニファー……っ」

 その問いは、本人に投げるにはあまりに卑怯だから。
 物陰に息を潜めていたアシュリーは土に涙を落としながらも、二人がその場を立ち去るまで、胸の奥に生まれた熱い何かをただじっと抑え込んでいるしかなかった。



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豊穣の大地4


注)詠唱に意味はありません。




 

 パルヴィンの大平原を、鉄の鎧が埋め尽くす。

 

 かたや飛ぶ鳥落とす勢いのグラーゼル帝国の圧倒的な兵数を誇る軍勢。

 かたや姫の号令の下士気軒昂のパルヴィン王国兵。

 

 残念ながら、というべきか―――むしろ士気だけでもなんとか張り合えていることを幸いと見るべきか。

 戦勝を重ね帝国兵達も士気は高いし、実戦経験を積んだ兵が多く練度もあちらが上。

 

「そこは軍師の腕の見せ所。事前の打ち合わせ通りによろしく!」

「ここが祖国の存亡を懸けた大一番ですわ。このルージェニア、皆様の奮戦を期待します!」

 

 王女姉妹が強張った表情をなんとか繕いながら、戦況を把握できるよう小高い丘の上に張られた本陣から号令を掛ける。

 内心で、事前に巡らせていた策略が上手くはまってくれることを必死で祈りながら。

 

 

 さて、軍と軍のぶつかり合いに知略が絡む要素があるとすれば、いかに敵に遊兵を作らせるかにかかっている。

 極論、兵隊達がぶつかり合ったとして、二人がかりで一人に襲い掛かれば一人の側が為す術なく殺される場合が殆ど……つまりいかに味方を二人の側に立ち回らせ、敵を一人の側へ誘い込むかが鍵である。

 一人で三人も四人も斬れるような精兵を優れた将が率いるならばまた話は別なのだが、パルヴィン側が練度に劣る以上なおさら軍師の知略が求められるところ。

 

 陣形、奇襲、騎馬による撹乱―――およそ兵道に語られる代表的なこれらの策は、結局のところ如何に多くの敵と戦わずに自軍戦力を有効な位置に投入できるかという視点で構築されているものだ。

 今回プリシラが採った策は、地の利を生かした火計。

 

(工兵は無事、動けているようだな……)

 

 アイリスとしては一人本陣に待機するジェニファーの眼下で、突撃してくる雲霞のごとき帝国兵の進路上で一斉に炎の壁が噴き上がる。

 燃料は収穫直後で大量に排出された藁。この時期この平原を一定の方向に吹き抜ける乾燥した風を利用し、風下の帝国兵達の多くを熱で炙って足止めする。

 

 一般的な火計と違い敵や敵の物資を焼失させることはできないが、兵が盛大に炎上している藁束を突破することもできないため、相手はこの文字通りのファイアウォールを避けて進軍しなくてはならない。

 他にも落とし穴などの罠や河川などの地形を生かして敵の進撃ルートを限定することで、用意された狭い道に現れた敵の最前衛を自軍で袋叩きにする。

 

 敵の兵数が十倍だろうが、二対一を二十回やれば勝てる。残り十九には徹底的に遊兵と化してもらう。

 これが軍師王女プリシラが立てたこの会戦の基本戦略だった。

 本来は籠城戦でやるべき策なのだが、逗留した農村を見捨てることになる兵の士気への影響を憂慮したことと、そもそも圧倒的兵数相手にそれが行えるような高度な防衛拠点が王都くらいしかない事情により野戦で実行するという博打を打っている。

 

 懸念点は二つ。

 

 一つは、火付け役として選ばれたのはこの地を知り尽くした現地徴用の農民兵であったこと。

 正規の訓練を受けていないだけに本番できちんと動けるかは不安だったが、ここで王国が敗北すれば蹂躙されるのは真っ先に自分の村という危機感、そしてクレア達アイリスがそれぞれフォローに入ったことで無事役目を達成することができたらしい。

 

 いつもの黒衣に着替え直し、“水晶”も持ち込んで予備の武具と一緒に箱に立て掛けている―――誰も気にしている余裕がなかったのか、武器にも格好にも、そもそも何で幼女がまだこんなところにいると指摘されることもなかった―――ジェニファーは、とりあえず第一関門は突破できたことに深く息を吐く。

 

 だが、もう一つの懸念点がある。

 それは、果たして戦局が決するまで火が燃え続けてくれるかということ。

 燃料となる藁や木材は冬の備えまで吐き出す勢いでパルヴィンの兵と民がありったけをかき集めたが、それが尽きるまでに帝国兵の数を十分に減らせなければ、遊兵は正面戦力へ姿を変えて多数の有利で磨り潰しに掛かってくるだろう。

 まして燃料だけの心配ではない。プリシラの策以上に有効な手立ては考えつかず、ノイズにしかならないと判断して伝えてはいない情報ではあるが、帝国には………。

 

 

「王女殿下!火の壁の一角が、急に消滅しました………!」

「嘘っ!?こんな戦場で、あれだけ燃えてた火を消せるだけの水を、この短時間に用意できる筈が………!

 くっ。伝令急いで!このままだと前線が横殴りを喰らって崩壊する!」

(やはり“居る”、か――)

 

 

 一瞬茫然としていたが、すぐに持ち直して矢継ぎ早に指示を出すプリシラ。

 だが順調に行っていた筈の当初の予定が崩れたのが影響してか、王国軍は混乱の中じわじわと浸蝕されるかのように分断されていく。

 

 なんとか陣形を組み替えて連携を保つプリシラだったが、相応に無理をした動きだったのを突いて、前線を無視して回り込みつつ本陣に攻め込もうとする敵兵の動きが生まれる。

 元々の兵数の違いのせいで、それは戦力分散というよりは王国軍全体を半包囲するような形になりかけていた。

 

 それでもまだまだぶつかっている兵の数としては同数。王国兵達も互角に善戦しているが―――“互角”ではまずいのだ。この戦場に、帝国の圧倒的な余剰戦力が在る限り。

 それを証明するように、時間が経過するにつれ疲弊し討たれていく王国兵と対照的に次々と増援が投入されていく帝国軍の勢いが止まらない。穴の空いた堤防が、ほどなく決壊に追い込まれるかのように。

 

 プリシラもなんとか食い止めようと頭脳を目まぐるしく回転させるが、そも一度正面決戦にもつれ込めば軍師の差配できる領域はそう多くない。

 そのことは早い段階で頭の良い彼女自身も認識していた。

 

 だからこそ―――。

 

「お姉様。もしもの時は、ボクが殿(しんがり)をするから、お姉様だけでも逃げ延びて」

「プリシラ、そのおねだりはさすがに聞けませんわ」

「おねだり……?ふざけてないで聞いてっ!お姉様さえ無事なら、希望は残るの。そうだ、その世界樹の種子があるのなら、《アイリス》の仲間にだって……!」

 

 

「聞けませんと言ってるでしょう、この分からんちん!」

 

「は、え……?」

 

 

 最悪を想定したプリシラの発言に、ルージェニアは全く聞く耳を持っていなかった。

 それが個人的な感傷によるものならば、王女の責務を説いて、仮にパルヴィンがこの戦争で滅びてもいつか再興ができるように生き延びる必要があるのだと梃子でも動くつもりはない妹姫だったが、尊敬する姉の表情はどう見てもそういう悲壮なものではなかった。

 

 それどころかその青い瞳には未だ希望を宿し、視線を向ける先は―――幼女。

 

 

「昨日の約束、お願いできるかしら?」

「――――是非もなし」

 

 

 眼帯と共にこれまで被っていた愛嬌たっぷりの仮面を外し、ルージェニアの依頼を受けたジェニファーは“水晶”を左手で振り上げて肩に担ぐ。

 

「え、ジェニファー…?力つよっ、っていうか何を!?」

「草刈り。……子供でも出来ることをしに行くだけですの」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 大刀を片手で軽々と扱う幼女に目を白黒させるプリシラを置いて、にこやかに手を振る太陽姫に背中越しで右手を上げ答えたオッドアイ幼女。

 そしてその右手に―――黒い靄が纏わりつき、もう一振りの大刀がその姿を現す。

 

(なあジェーン。そろそろいいんじゃないか?自分の為じゃない、誰かの為にこの力を使うのも)

【………】

(ここでパルヴィンが敗ければまたルージェニアが泣く。そして略奪される民衆たち―――またあの光景が繰り返される)

【―――、それは、だめッ!!】

(………ならば征くぞ、我が半身)

 

 ジェーンの心の傷を引き合いに出すことを申し訳なく思いながらも、己の半身の成長を信じて更なる力を引き出そうとするジェニファー。果たして正統なる冥王の巫女は、半身の信頼に応えてその憎悪を預け委ねた。

 

 故に、黒い靄は大刀を顕現させるのみに止(とど)まらない。

 

 

「【我、冥戒十三騎士が終の一騎、『黒の剣巫』が名の下に―――】」

 

 

 本陣を抜け、王女直衛の兵士達に呼び止められる暇もなく矢の様に駆け出した銀髪幼女の“黒”が、触れるだけで斬り刻まれそうな禍々しい形状にその刃を変形させる。

 

 

「【五臓六腑を穢れで充たし、冥府の闇を血に注ぐ者。

 而して千(アマタ)の死を以てして、万(ヨロズ)の命を砕く者】」

 

 

 変形は刃だけではない。柄が膨張しながらぐずぐずに溶けてジェニファーの右手と一体化する。

 そのまま彼女の神経を浸蝕し、どす黒い脈線が腕から肩、右頬にまで伸びてその白い肌に痛々しく走る。

 

 

「【朽ち錆びよ鉄鎖。駆ける一陣、怨讐の風】」

 

 

 大の男でも泣き叫び悶えるような激痛が浸蝕された箇所を襲うが、墓守時代に慣れたものだ。

 表情一つ変えることなく、むしろジェーンと共に正の方向へ向かって戦える喜悦に唇を歪ませながら、黒衣の幼女は王国兵達の間を縫って疾走する。

 

 

「深淵装血【ブラッディエンチャント・アビス】

―――“殲獄の”…、“黄泉比良坂”ァァァッッ!!!」

 

 

 それはアイリスがアシュリーとクリスしかいなかった頃に、冥王一行が相対した異形の姿。違いがあるとすれば、右眼が虹色のまま輝きを保っていること。

 そんな異様な童女が両軍ぶつかり合う戦場に舞い降りるが、殺し合いの狂気の中で彼女に注意を向ける者は居ない。―――居たとして、果たしてその動きを目で追えたかは大いに疑問であったが。

 

「“黒キ輝電【アビスサンダー】”――――“裂けろ【バースト】”」

 

 黒外套が翻り、黒い電光を帯びた幼女の矮躯が雷速に霞む。

 何の前触れもなく帝国兵の腕が、首が、胴が宙を舞うようにしか傍目には見えない。

 

 あまりに自然過ぎて、斬られた帝国兵と相対している王国兵が両者とも幾合かそのまま斬り合いを続けようとして、倒れ伏す帝国兵達の異様さにようやく異変に気付いた程。

 

「“黒キ凍汽【アビスフリズド】”――――“睡れ【バースト】”」

 

 王国兵達を助けたジェニファーは、加速が解けてもなおそのまま敵兵の間を駆け抜けながら、“水晶”の刀身に纏った黒い冷気を撒き散らかす。

 

 直接刃に触れた敵は勿論、その冷気を僅かに吸い込んだ者すらも傷の多寡に拘らずぱたぱたと斃れていく。非致死性の冷凍催眠で済ます理由もなく、その死に顔は最後まで寒気に凍り付いた苦悶の表情だった。

 

 

「“黒キ灼焔【アビスブレイズ】”――――“崩れよ【バースト】”!!」

 

 

 そのまま敵陣を深く、深く。消火された炎の壁の隙間を抜けてきた敵兵の流れを縦に裂くように、目の前の敵全てを斬り捨てながら走る。

 友軍が巻き込まれない場所で冷気を炎に切り替え、鎧や地面にすら燃え移る黒い火炎で意趣返しとばかりに焼き払いながら。

 

 バラバラ死体、凍死体、焼死体、失血死体。

 もはや魔剣(エンチャント)に頼る必要すらなく、黒い靄でその威力を十二分以上に再現して。

 幼女の通り道に折り連なるは屍達と、豊穣の大地をどす黒く染める血の川。

 

 その生産が一瞬でも止まったのは、跳躍したジェニファーの着地点にちょうど手頃な獲物がいない空白地帯だったから。

 

「ひぃ……なんなんだよ、何なんだよこのガキ!!?」

「銀髪、鬼姫……!!こいつが!?」

 

 訳も分からないまま同朋を虐殺された帝国兵達が戦慄と恐慌も露わに、それでも聖樹教会最悪の賞金首を取り囲んで武器を構える。

 己を取り巻く白刃達は、しかし両の手に構える黒炎を纏った“水晶”と“黒”に比べなんと脆く映ることか。

 

 凶悪な笑みを浮かべたまま、黒衣の幼女は猛る。

 

「刈らせてもらうぞ、雑草共。

―――汝ら輪廻断たれし惨めな魂となり果て、この殲獄(ウツシヨ)を永劫彷徨うがいい!!」

 

 

 

 ジェニファーが戦場に作り上げた“屍と血の川”。それを己の望んだ結果として真剣な顔で目に焼き付けるルージェニア。

 それと対照的に、プリシラは先程までただ愛くるしいマスコットのように思っていた幼女の凶行に、驚き嘆き怒り唖然としもはやどんな顔をしていいかも分からないと言わんばかりの表情でただ震えるだけ。

 

「ねえお姉様、“これ”、知ってたの?」

「ええ。ここまでとは、思っていませんでしたけれど」

 

 どういう感情を表に出せばいいのか分からないながらも―――明晰なプリシラの頭脳は、本陣を去り際のジェニファーの詠唱に、その可能性を思い当たってしまった。

 願わくばそんなことはないと言って欲しいと、無益な望みを姉に託しながらそれを口にする。

 

 

「ジェニファー、自分のこと『冥界十三騎士』って言ってたよね?

 冥界には、あんなのがあと十二人も居るの………ッ!!?」

 

 

 





注)居ません。



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豊穣の大地5


パトリシア新聖装超可愛い。
学園イベントも最高。

現実の雪まつりは、大分アレなことになっちゃってるけどね。




 

 幼女が止まらない。

 

 二振りの大刀が漆黒の軌跡を描く度、いとも容易く命が消えていく。

 生活の為に兵士の道に進むしかなかった者もいただろう、帝国に国を滅ぼされ無理やり徴兵された者もいただろう。故郷に結婚の約束を交わした恋人がいたかもしれない。

 帝国が悪を為したからと言って、その存在そのものを全否定することはできない。

 

―――だからどうした?

 

 事情なんか誰にだってある。戦争に善悪の概念を持ち込むなどナンセンス極まりないが、命のやり取りともなれば一層純粋にただ殺すか殺されるかの世界だ。

 そしてその世界を平和だったパルヴィンに持ち込んだのは帝国の側………ジェーンの一族を邪教と認定し殲滅した聖樹教会と同じように。

 

 だから事情の有無は同情を掛けることに繋がらないし、返り血と断末魔を幾百と浴びながらも、その夥しい量の血肉は昨日背中に感じた王女の涙とどちらが重いか比較する気にもならない。

 僅か数分で三桁を数える屍を量産したジェニファーがなおそのカウントを着々と増加させながらも、その数字に心が揺れることはなかった。

 

 一人二人殺せば殺人鬼だが戦場で百人殺せば英雄になると言ったのは誰だったか。容易く条件を満たしたらしい当人に今更感慨は無いが、対照的にそんな最終兵器幼女をぶつけられた帝国兵達の心情は如何ばかりか。

 

「生きてる、俺……生きてる!」

「うで…腕が、うで、うで……」

「僕はあいつらとは違う……違う……」

 

 目についた敵を全滅させるのではなく、不運にも丁度いい位置にいた兵士達を斬り飛ばしながら敵陣を崩して回る動きをしているため、取り溢しでその場は生き永らえた者も少なくない。

 唖、という暇もなく、完全武装の味方達が一筋の道の上でまとめて死体になって折り重なる光景を見て、戦意を保てる者は皆無に等しかったが。

 

 そして、ここは戦場。戦意なき者に未来などある筈もない。

 

「この機を逃すな、掛かれ、掛かれぇッ!!」

「ひっ!うわあああ~~~っ!?」

 

 勢いづいた王国軍が凄まじい勢いで幼女一人にぐずぐずにされた敵先陣を呑み込んでいく。

 結局は遅いか早いかの違いだけであり、無駄に恐怖が長引いた分ある意味こちらの方が不幸だったのかもしれない。

 

 そんな風に進撃する最先鋒のジェニファーを止めるべく、立ちふさがった影があった。

 

 

「調子に乗ってるんじゃ、ない―――っ」

「はははははははッッ……やはり居たか木偶の坊!!」

 

 

 血飛沫と共に戦場に舞う黒衣の幼女に、帝国の金髪の女指揮官が戦槌を以て殴り掛かってくる。

 それをジェニファーは二刀を交差させて真っ向から迎え撃つ―――巨大武器同士の激突に轟音が響き、そして競り勝ったのは幼女の側。

 

「この私が、圧された……!?なんなのよあんたっ!!」

「名乗ってもいいが―――まず貴様から正体を明かしてみろ。

 それともただの有象無象として散りたいか?」

「不愉快ね!それに気色悪い。人間(ゴミ)どもはどいつもこいつも見てて不快だけど、あんたは極め付きね」

「こんないたいけな幼女をつかまえてひどい言い草ですの……(ロリ声)」

「~~~っ!?いきなり変な声を出すな!」

 

「………いかんな、ここ数日ずっとアレだったせいか癖が抜け切らん」

 

 微妙に緊張感が抜けるやり取りが挟まったが、女の指摘した通りジェニファーの右手から顔の右半分にかけては黒い脈線が走った異形状態だし、ここまでの返り血で銀髪や白い肌も悲惨なことになっているため、甘ったるいロリ声を出されてもホラーでしかないのはここに明言しておく。

 

「まあいいわ。せっかくだし私の真の姿を見て死になさい?

 私はリディア。大天使マリエラ様の部下にして、水の天使」

「ふん、薄々そんな気がしていたがやはり人外か。

―――我は冥戒十三騎士が終の一騎、『黒の剣巫』ジェニファー=ドゥーエ」

 

 律儀に名乗りを返すジェニファーが渇いた視線を向ける先、リディアと名乗った女が神々しく輝く白翼を背から広げ、聖典に描かれる天上人の使者であると明かす。

 教会の教えに微塵も興味がない冥王の巫女はともかく、遠巻きに様子を窺っていた周囲の帝国兵にざわめきが走った。

 

 彼らの目に、陶酔したような色が映るのを見て嫌な予感を覚えるジェニファーだが、それに構う道理はリディアにはない。

 

 

「《水の聖槌【ウシュク=ベーテ】》よ。その清浄なる力を以て、罪深き者に裁きを与えん!」

 

 

 浮かび上がったリディアが槌をくるりと回すと、アシュリーとの戦いで見せた水鉄砲とは桁違いの量の水が周囲に踊る。

 それらは一斉に、彼女の合図でジェニファー目掛けて殺到するのだった。

 

 

「………ちっ」

 

 蛇のように分かれて曲線を描きながら向かってくる水。

 捕まればジェニファーの小さな体など容易く流される太さのそれを、黒い靄を纏った幼女は肉食獣を思わせる俊敏さで小刻みに跳躍を重ねて躱す。

 だが、躱した水流は空中で旋回し、分岐を繰り返して前後も上下左右も塞いで全周囲から迫る。

 

 いくらかは蛇口の水程度の細さの水流も混ざっているが、わずかにでも怯めばそのまま他の水と合流してその質量で圧し潰してくるだろう。

 突破口を拓くべく正面から迫る鉄砲水に、黒炎を纏った“水晶”を叩きつける。

 膨大な熱量に堪え切れなかったのだろう、巨大な水風船が割れるように、形を保つことのできなくなった水流が弾けて直下の地面を水浸しにするのだった。

 

(……奴の能力かあのハンマーの力かは知らんが、この水はただの魔術じゃなくて実体としての水流でもある。エンチャントは使えるが――使ったところで完全に無効化はできそうにもない、か)

 

 敵の能力の性質を見定めながらも、空に浮かぶ天使を叩き落とすべく跳躍しようとするジェニファーに、遥か天空から位置エネルギーを味方につけた水塊が覆いかぶさろうとしてくる。跳ねる方向を水平に切り替え落下点から退避するも、再度水流が襲い掛かる。

 

「そら、踊りなさい。あはははっ、あんたにはそれがお似合いよ!

―――あんた達も、なにぼやっとしてるのよ。天使の命令よ、あのチビを血祭りに上げなさい」

 

「おお、天使様が命令してくださった……」

「我らに、ご加護が……」

 

「―――ッ」

 

「死ね、悪魔めェーーー!!!」

 

 

 ジェニファーが感じていた嫌な予感は当然のごとく的中する。

 信仰心を擽る天使の降臨という奇跡に、崩れかけていた帝国兵達の士気が持ち直し、そして捨て身でリディアの水流に巻き込まれるのにも構わずに次々斬りかかってくるのだ。

 

 一人一人の能力が上がっている訳ではないため、斬り捨てるのに大して手間ということもない。だが天使という油断の許されない相手と戦っている中で横槍が入るのは厄介だった。

 

「ええい……これだから宗教は……ッ!」

 

 なんか巫女が言ってはいけないセリフを口にした瞬間、集中が乱れて躱し損ねた水流が左の額を掠める。

 怪我としては大したことのないものだったが、切れた部分が出血して視界が妨げられたのが不味かった。仕切り直す為に位置取ったのは、丁度先ほど水浸しになった地面。

 

 その足元の水がリディアの戦槌の振られるのに従い、巨大な水球の檻となってジェニファーを呑み込む。

 

「じゃあね。ゆっくり溺れながら、この私に楯突いたことを後悔して死んで行きなさい」

(嘗め、るな……ッ!)

 

 水に呼吸を封じられ、息苦しさに喘ぎながらも、その異色双眸は憎たらしい笑みを浮かべながら見下してくる天使を強く睨み返す。

 檻を形成しているのはただの水ではないのか、今のジェニファーですらまともに身体を動かせないほど粘性も水圧も桁違い。それでも、そんなことで“彼女達”の心は折れない。

 

 

――――だが。

 

 

「………え?」

 

 その水の檻は、全く別の乱入者によって断ち切られる。

 解放され、水を吐き出しつつ呼吸を取り戻す幼女は、それが誰かを視線を向ける必要すらなく理解していた。

 

 

「けぷ…けほっ、けほっ、………はあ。

――――ここは素直に礼を言おうか、アシュリー先輩?」

 

 

 何せ共にアイリス初期メンバーの一角。

 日々の鍛錬でも、重ねて来た戦闘でも、お互いの気配など十二分に知り尽くしている相手なのだから。

 たとえそれが普段の凛とした空気に混ざるようにして、躊躇いと気後れがそこに現れていたとしても、だ。

 

「………ジェニファー、私は……」

 

 だからこそ、戦場で多くを語る必要もない。

 

 

 

「―――――背中を預ける」

「っ……、ああ、任された!!」

 

 

 

 たった一言。それだけで、あった筈のすれ違いも、言葉にできない葛藤も、幻のように消えていく。

 

 

「………ふん。誰かと思えば、この前の死にぞこないじゃない。

 折角拾った命を無駄に捨てに来たのかしら?」

「囀るな。貴様の相手は、我だ」

 

 不快そうにアシュリーを見遣るリディアが挑発するが、相手をするのはジェニファーだけ。仇の嘲りに目もくれず、女騎士は帝国兵達をその剣気でただ縫い留めている。

 

「ジェニファーの邪魔はさせない」

 

 憎しみがなくなった訳ではない。旧主の仇だ、許せる筈もない。

 それでもアシュリーは知っている。戦場で背中を預けるという絶対の信頼がなければできない言葉をくれたこの後輩が、自分の為に怒ってくれていることを。

 

―――恵まれている、と思うのだ。

 

 何もかも王国軍不利のこの会戦において、一発逆転の僅かな望みにかけてアイリス一行は敵の本陣の壊滅を目指して斬り込んでいた。

 だがその戦場に黒い暴風が吹いた時、全員一致で『ジェニファーを助けに行ってくれ』とアシュリーを送り出してくれた。

 

 このところずっと冷たい態度ばかり取ったのに、仲間達は信じて託してくれた。

 心の痛いところを抉って傷つけたのに、後輩は自分を心配し慕い続けてくれた。

 忠誠も愛情も捧げる主は、いつか立ち直ると信じてそっと見守ってくれていた。

 

 こんなにも自分を信じてくれる人々がいる。

 守れなかったかつての主のことだって、彼女の笑顔も交わした誓いも思い出も、確かにこの胸に残っている。

 

「まだ私は何も失ってなんかいなかったんだ。

 過去に足を取られてなんて居られないんだ。

 なのに可愛い後輩に、これ以上カッコ悪い姿は見せたくないから―――」

 

 自分の怒りは、ジェニファーがきっと届けてくれる。

 今やるべきことは、彼女の戦いに水を差そうとしてくる雑兵達を一人たりとも近づけないこと。

 

 帝国兵を一人で押し止める、冥王に出会うまでも自暴自棄で同じことをしていたけれど。

 今は胸に宿る思いも、背負った重さも、何もかもが―――。

 

「そこを退け、亡霊の騎士ッ!」

「―――違うッ!!」

 

 清冽な閃きを見せる俊速の剣で迫り来る敵兵全てを斬り伏せながら、アシュリーは全ての迷いを振り切って叫ぶ。

 

 

「私は『白銀の疾風』アシュリー=アルヴァスティ。亡霊でいるのは、もうやめたんだ!!」

 

 





 ところでどーして原作のリディアはこの作品みたいに消火活動しなかったんですかね?
 直後にあっさり正体バラしてるあたり周囲に能力を秘密にしたい訳でもないでしょうし。

………頭弱いから咄嗟に考え付かなかった説()



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豊穣の大地6

 

 大地を覆う戦死者の血を洗い流すかのように、水飛沫が舞い散る。

 

 無尽蔵に襲い来る水流の魔の手から、異形の幼女がその俊足を以て逃れ続けていた。

 思い通りに行かずに焦れた表情になってきた天使と裏腹に、冷静沈着な光を宿した左の紅眼はその動きに思惑があることを示唆している。

 

「このッ、さっさと、呑まれろぉっ!!」

「……来たッ!」

 

 ジェニファーが狙っていたのは、幾重にも分岐した水流のうち最も太い筋が、空中に昇ったリディアとを結ぶ対角線上に在る瞬間。

 基本的に水が供給されるのは彼女の周囲からなのだから、回避に徹しながらでも狙うことの出来る状況なのは当然のこと。

 

「黒キ凍汽【アビスフリズド】―――ッ!」

 

 黒い靄で再現した魔の冷気によって水流を長い長い氷の道に変え、幼女がその上を疾走する。

 自重に耐え切れず氷の道は容易く崩壊するが、伝うジェニファーがリディアの下に辿り着くまでの方が早い。

 

 そして、水を操るのに戦槌の能力を割り振っているリディアと、そうでなくとも真っ向から圧倒できる今のジェニファーならば、たったの一合で狙った結果をもぎ取るのに不可解なことは何もない。

 

「このっ、近寄るな……!」

「安心しろ。一瞬だけ“遠ざけて”やる」

 

 時計回りにフルスイングされた戦槌をひらりと避け、飛翔する天使の更に上方を取った幼女がその金髪の脳天に―――踵落としを叩き込む。

 重い大刀を用いなかったのは体勢の都合と攻撃速度を優先しただけのこと。ただしその小さな足にどれ程の脚力が秘められているかは今更語ることでもないだろう。

 

 天使が、墜ちる。墜ちて自分の撒き散らしてきた水によって泥になった地面に突っ込み、その神々しさを茶褐色に塗れさせる。

 

「くくっ。頑丈頑丈」

「~~~許さないッ!!」

 

 頭蓋骨どころか城壁すら砕けるような威力の蹴りを受けて地に叩きつけられながらも、側頭部の出血でツインテールの片方がぐちゃぐちゃになっているくらいで、元気に起き上がって睨み付けてくる天使(ヒトナラザルバケモノ)。

 一拍遅れて舞い降りて来たジェニファーの二刀とかち上げた戦槌が再び激突し、単純な幼女の軽さ故に今度は二刀が弾き飛ばされる―――とは、ならなかった。

 

 黒衣の巫女が右半身に纏う黒い靄が収束し、その斬撃に生半可ではない加重を与える。

 水の天使もまた泥を弾き飛ばす勢いで白翼を輝かせ、それに真っ向から対抗する。

 

「無様だな天使サマ。あははははははははッッッ――――!!!」

「調子に乗るなああぁぁぁぁっっ―――――!!」

 

「うわっ!?」

「っ……神話の戦いを見てるのか、俺たちは……?」

 

「ジェニファー、行ッけえぇぇぇーーー!!」

 

 轟、と激突の余波で衝撃波が周囲に伝わり、アシュリーが押し止めていた帝国兵達が次々と腰を抜かす。

 戦場において集中力は切らさないながらも、足に力を込めて踏ん張る紫髪の女騎士は、声援を張り上げた。

 

 黒と白の競り合い。その中に均衡が生まれ、邪気と聖気が唸り乱れて戦場の空気すらも異界に塗り替える。

 

 その中で、オッドアイ幼女は一つだけ問うた。

 

「それで、天使が人間に紛れ込んで……種子を集め、帝国を操って何を企む!!?」

「ふん。ゴミに教えることなんて何一つない、わよッ!!」

 

 

「よく言う。―――人類絶滅だろ?ありきたり過ぎて欠伸が出る動機だな」

「なっ……!?」

 

 

 勝ち誇って慢心している状況ならぺらぺら話したかも知れない事情を、しかしぶち撒ける前から言い当てられて意識を乱したリディアが均衡を崩す。

 互いの衝突の中凝縮されていたエネルギーが全て彼女の体に逆流し、負荷に堪えられなかったのか全身至る所が裂けて鮮血を撒き散らしながら吹き飛ばされた。

 

「うあああぁぁぁ~~~~ッ!!??」

 

「……そういえば天使の流す血も赤いんだな」

「ジェニファー!どういうことだ?天使が、人類絶滅を企む……!?」

 

 すたっ、と今までが嘘のように軽い着地音を立てて地上に復帰したジェニファーに、アシュリーが驚きも露わに問う。

 ジェニファーはそれに対してつまらなさそうに―――それでも“周囲の帝国兵達に聞こえるように”答えた。

 

「どういうも何も。親切面した超常存在が人間の争いに介入してやることなんて大抵パターンだ。

 人間の根絶か、家畜化か、人の生き死にを餌にしてエネルギーを生み出し利用するか、あるいはただ単純に愉悦の為か」

 

 そこに血塗られた侵略主義に走った帝国の動き、リディアの人を見下しきった態度と『気色悪い、見てて不快』という言葉から推察すれば選択肢は相当絞られる、と。

 

 神の依怙贔屓と身勝手で人間の運命が玩弄される各種神話。

 孵卵器と書いてマスコットと読む宇宙生物。

 勇者と魔王の宿命を弄ぶ精霊神。

 ロウ属性のペ天使。

 

 記憶はなくともそうした創作物の鉄則に慣れ親しんだ転生幼女の感覚からすれば、この世界の天使の思惑など別に驚くようなことでもましてや考え付かないことでもない。

 あくまでジェニファーからすれば―――だが。

 

「そんな……!」

「嘘だッ!邪教徒に惑わされるな!!」

「畏れ多くも天使様に向かってなんてことをっ!?」

 

「………でも、おかしいだろ。人間を見守ってくれる筈の天使が何でこんな殺し合いさせるんだよ」

「何だとッ!?」

「仲間が大勢死んだ……あんな化物のガキに殺されて!でも元々はあの指揮官の、皇帝の命令のせいだろ!?」

「馬鹿かてめえ、その化物の言うことを信じるのか!?」

 

 純粋に衝撃を受けるアシュリー。

 信仰心に凝り固まり全く信用しない者―――はむしろ少数派。

 正体を偽って指揮官をやっていた天使に半信半疑になる者も多く、その疑念を実際に口に出す者も居た。

 

 俄かに騒然とし始める周囲。もはや敵である筈のジェニファーやアシュリーに襲い掛かることも忘れて混乱し始める帝国部隊。

 

 

 

 そして、こうなったらいいなー、と思いつつも本当に都合良く行くとは思わないままぺら回し、今更「戯言ですの☆」とは言い出せないいつも通りの厨二幼女。

 

 

 

 このまま場をかき乱して適当に離脱するのでもいいが、あわよくばこの会戦の大義を挫きパルヴィン王国の防衛を決定的な物にできないかと、行き着くところまで行くべくよろよろと戦槌を支えに立ち上がったリディアに水を向けた。

 

「それで、実際のところどうなのかな?おしえてほしいですのー、て・ん・し・さ・ま?」

 

「………許さない。許さない許さない許さない許さないッ!!

 穢れた地上を醜くはいずり回る人間が、天使に逆らって!?

 無節操で無軌道で、秩序ってものを全然理解しないゴミが!大人しく粛清されればいいのにっ!!」

「………くくっ、あはは」

「何が可笑しい―――!!」

 

「天使さ、ま……?」

「それが貴様らの本音か……!」

 

 いつものロリ声による煽りが効いたのか、単純に沸点が低いのか。

 面白いようにジェニファーに都合のいい本音を大声で喚いてくれた天使が滑稽過ぎて、むしろ愛おしいくらいになってしまった。

 笑いごとで済ませられるのは邪教の巫女くらいのもので、教典により天上人や天使を信仰している者からすれば茫然とするしかないが。

 

 だがアシュリーが怒っている以上、そして元々つまらないとは腐したが人類根絶なんて許すつもりもないジェニファーは、再び“黒”の切っ先をリディアに向けた。

 

「で。まだやるか?」

「……~~~~っ、覚えてなさい!?」

 

「………捨て台詞まで完璧とはな。困った、一発かました分怒りも恨みも湧きにくくなるだろうが」

 

 深手を負ったまま今のジェニファーとやり合うのは分が悪いことは流石に思い当たったのか、戦槌を振って霧を爆発的に発生させるリディア。

 それがジェニファーの一振りで断ち割られる僅かな間に、あの翼で飛んで逃げたのだろう。

 

「すまないアシュリー先輩。逃がした」

「いいさ。許せはしないが、お前の言う通りすかっとはしたからな。

 それより、これからどうする?」

 

 未だに周囲を敵兵で囲まれている状況ではあるアイリス二人。

 当然やることは決まっている、とばかりに笑うジェニファーに、アシュリーは呆れ混じりの溜息を吐いた。止めもしなかったが。

 

 そして、次々発覚した衝撃の事実に打ちのめされた帝国兵達向けて、悪魔の讒言が響き渡る。

 

 

「―――帝国兵諸君。教典によると優しく人を導き見守ってくれる天使サマは、その邪悪な本性を現した挙句諸君を見捨て逃げ帰った!!」

「「「………っ」」」

 

 

 容赦なく現実を突きつけ、逃避を許さない第一段階。

 

 

「信仰はただ虚しく裏切られるだけのものだった。天使に踊らされるまま始められた帝国の侵略もまた然り。

――――貴様らの為した所業になんら正義はなく、故に貴様らの存在もまた、無価値!!」

「ぅ、ぁ………あああああっ!!」

 

 

 煽り過ぎない程度に人格否定し、心を弱らせる第二段階。

 

 

「それでも報われぬ信仰に馬鹿の一つ覚えで殉じるのもいいだろう。あくまで帝国に忠誠を誓い戦い続けるならば、この剣を以てその無価値に終焉をくれてやってもいい。

 だが!!無価値な生故に、貴様らの死にも価値は無いと知れッ!!」

 

 

 人格否定を重ねつつ、一つの選択肢を提示しながらも選ぶことが馬鹿らしいと思わせて潰し、より消去法的思考で望む方向に誘導しやすくさせる第三段階。

 どう誘導するのか?そんなものは決まっていた。

 

 

「―――それでも、その無価値な命に縋っていたいなら、それもまた良し。

 諸君らの命は、天上人に利用されるために与えられたものではない。

 諸君らの生は、皇帝の財産として使い潰されるためのものではない。

 

 武器を捨てよ!無用な争いに、その命を投げ捨てる気がないのなら投降せよ!!

 この『黒の剣巫』ジェニファー=ドゥーエが、ルージェニア・ハディク・ド・パルヴィン王女殿下の名の下に、諸君らの命を保証する………!!」

 

 

 最終段階。黒い靄を解除しながら愛らしい幼女に戻り、今更聖女面。しかも王女の名前を勝手に利用。

 突き放してからの優しい言葉で絡め取る手口は、まるで離婚されないギリギリを見極めるDV夫のよう。

 

 

 だが、それでも今の帝国兵達には甘い蜜に映ったのか。

 あるいは、幼女の戯言を超えて戦い続ける気力が湧かなかったのか。

 

 誰かが剣を取り落し、それを皮切りに次々と兵士達が武装を投げ捨てて膝を突く。

 彼らの表情に覇気はなく、ただ虚しさのみが支配し、ジェニファーとリディアの声が聞こえないほど遠くにいた兵士達にまでそれが蔓延して戦闘が止まっていく。

 

「―――成った、か。正直賭けでもあったが……」

「お前がアイリスで良かったよ、本当に…。お疲れ様、ジェニファー」

 

 

 斯くして圧倒的兵数を誇った筈の帝国軍の侵略部隊は、まさかのパルヴィン王国への投降という形で幕を閉じる。

 滅びると思われていた下馬評を引っ繰り返した王国の奮闘は周辺諸国の反帝国の機運を一層高め。

 

 また、ただの賞金首の仇名に過ぎなかった『銀髪鬼姫』が、正体が幼女であるという実像と合わせて『黒の剣巫』として周辺諸国に名が知れる切っ掛けとなるのであった。

 

 

 

 





 第三章、とりあえず完。
 あ、プリシラはちゃんと種子宿してアイリス入りするのでその辺含めて次回幕間です。
 ジェニファーみたいなのがあと十二人も居る修羅の世界である(勘違い)冥界におっかなびっくり着いていくプリシラの見たものとは―――?


 ていうかこの幼女ほんとタチ悪いんですが。
 その気になれば全滅させるまで無双ゲーできるくせにぺら回しで状況を終わらせるあたりが。
…………でもナレーション抜けばそこそこ英雄ムーブだったりする?



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プリシラ


新アイリス解禁かー。

後衛アイリスは正直セシルとクリスで枠が埋まるんで、よほど深淵補正がないと控えメンバーになりそうで……。
聖錬実装で、メインで使うアイリスが更に限定された感があるし。




 

 パルヴィンの第二王女プリシラは寝ていなかった。

 

 四徹である。

 ただでさえ戦争の後というのはやることが多い。防衛戦故に補給や移動の心配こそ少ないが、それでも損耗した部隊の再編成、負傷者の救護の手配、糧食や武具の残数確認など、単純な事務的作業だけでも津波のような情報量が軍師である彼女の下に降りかかってくる。

 勿論それを一人でやる道理もなく、部下に振れるようにまとめ処理するのは彼女の得意分野で普段なら苦にもしない。それに最も難しい兵達の慰撫は姉であるルージェニアが役割分担してくれるため、真っ直ぐに凱旋して王都に着く頃には官僚達に全部引き継ぐ手筈を整え、戦の疲れを取るべくゆっくりと休む計画を姉含め立てられるくらいには彼女は有能だった。本来なら。

 

 そう、幼女が勝手に、四桁に上る王国兵よりも数の多い捕虜を抱えることにしなければ。

 

 いやまああの絶望的な戦況を圧倒的な暴力とそれのみに頼らない機転で以て引っ繰り返し、最低限の犠牲で終止符を打ったことには素直に感謝する。王女としても個人としてもジェニファーは救世主だったし、今後パルヴィン王国において彼女を最高級の賓客として遇することはプリシラの中では決定事項だ。

 ついでに言えば、他国人にも拘らず勝手にルージェニアの名前を使って敵を投降させたのも、あのまま泥沼の殲滅戦に入った場合を考えれば英断だったと評価している。よしんば勝てたとしても王国軍は年単位で麻痺するレベルの打撃を受けていただろうから。

 

 だが、理性では分かっていたとしても。

 

「ぅぅ……すっごく可愛かったのにぃ……」

「許せ。騙していた手前頼まれればあの口調で話すのも構わないが、流石に帝国兵達の耳に聞こえるとも分からんところで威厳を損ねる訳にもいかん」

「今度お願いするよ。絶対だからね?」

「……そんなに気に入ったのか?中身“コレ”だぞ?」

 

 やはりルージェニアの妹なのか、正体に気づいていなかったという差異こそあれ、ふりふりの衣装でですのですの言って愛嬌を振り撒く銀髪幼女のことは凄く気に入っていたらしい。

 いや、正体は文字通りの一騎当千の強者と知っていても、見た目は変わらない以上視界に入れて癒しになる程度には嫌いになれないのだ。

 

 そしてこれらの事情を差し引いても、気を抜けば彼女に恨み言が漏れそうな程度には―――プリシラはこのところずっと捕虜達の取り扱いに忙殺されていた。

 

 ルージェニアの名前で投降させた手前下手な扱いはできないし、そもそも向こうの方が数が多い以上武装解除させたとはいえ手荒な対応で刺激する訳にはいかない。

 だが侵略者として王国兵達と殺し合っていた者達が捕虜になったからと言ってすんなり話が収まる訳もなく、ひっきりなしに衝突も発生する。

 

 救いはその場にジェニファーを召喚すれば戦場のトラウマで大抵大人しくなるし、あの暴虐を直接見ておらず幼女と嘗めて掛かる荒くれも容赦なく沈めてくれるしで、四日も経てばある程度騒動の頻度も少なくなっていることか。

 今はある程度指針もまとめたことで、ようやく区切りがついてひと段落、と言ったところだった。

 

 捕虜となった帝国兵達の今後については現在ルージェニアが彼らを集めて示しており、それが無事終了する報告さえ聴ければ泥のように眠ることを決めているプリシラ。

 ジェニファーもその場に居合わせるには帝国兵達を殺し過ぎているため、『慈悲深き王女ルージェニア』との対比の意味で裏に引っ込んで、妹姫が寝落ちしないよう話し相手をしているところだった。

 

 捕虜の今後については、大まかに分けて四つ。

 

 一つ、最低限の食糧と野良モンスターから自衛できる程度の武器を持たせて、国境まで護衛を付けて帝国に送り返す。

 正直未来の敵戦力となってまた戻ってくるリスクを呑んででも、管理でパンクしそうな現状彼らには是非選んで欲しい提案だったが……戻っても冷酷非道な帝国においては敵前逃亡で始末されるだけの可能性が高いため、それでも故郷に帰りたい者は全体の一割にも満たないだろう。

 

 二つ、王国軍に所属を鞍替えする。

 今回の戦でパルヴィンも少なくない打撃を被っており、うまくすれば即戦力の補充になる為これも悪くはないのだが――敵対していた感情的なしこりと、そもそも戦争の意義が『人間をゴミとしか見ていない天使に煽動されていました』などという付き合ってられない理由だったことによる脱力感から、これを選ぶ者もさほど多くない。

 

 三つ、放り出す。

 賊に堕ちても困るのでモンスター退治の冒険者になれるよう一定のフォローはするが、あとは自分で頑張れ、と言ったところ。

 これまで規律に満ちた軍隊にいた分自由な生き方には尻込みする者も多いが、逆にこれを機に生き方を見直そう、という者も一定数居る。

 

 四つ、帰農させて王国民に組み込む。

 どこの農村でも男手は重宝されるし、外来の血という意味でも受け入れ先は農業立国であるパルヴィン国内の至る所が候補に上がる。

 この選択肢を選ぶ者がおそらく捕虜には最も多いだろうが、不穏分子になりかねないリスクもうまく分散させることで回避できるだろう。

 

「流石にその辺りはお兄様と官僚達が上手くやってくれると思う」

「それだけでもない、だろう?」

「頭の回転が速い人と話すのは嫌いじゃないよ。―――見た目が凄いギャップ、なんだけどなぁ」

 

 こんなに愛らしいのに、とジェニファーの顔をつぶさに観察するプリシラは、どの選択肢を選んだとしても元帝国兵の彼らに期待していることがあると明かした。

 

「帝国の侵略が天使によって煽動されたものであること。延いては天上人が聖樹教会が語るような良いモノじゃないことを広めて欲しいんだよね。特にパルヴィン国内で」

「最大主教に派手に手袋を投げつけることになるな」

「冥王さんの力を借りて、聖樹教会最凶の賞金首の貴女の力を預かって、喧嘩なら当の昔に売っているから、今更今更。それに……」

 

「――――邪教の巫女として、偏った見方と思われるのを承知で言わせてもらえば。

 天使なんてモノが出てきて『これは白だ』と言えば、黒も白になる。聖樹教会がそういう組織でないと考えるには楽観が過ぎる以上、天使が煽動している帝国の侵略に対しては聖樹教会も敵だと認識しておくのが賢明か」

「………そういうこと。少なくとも国内の教会の影響力は、出来る限り排除してしまわないと安心して戦うこともできないよ」

 

 プリシラとて信仰心が絶無という訳ではない以上、言い淀んだ部分を継ぐ形でジェニファーが告げた考察に神妙に頷く。

 幼少から染み込んだ価値観の奥底の部分で畏れ多い、という感情が囁きかけるが、国の為にも姉の為にもそんな囁きに目を曇らせてはいられない。目を曇らせる人間の方が多いのを知っている以上、慎重にことを進める必要性と併せて自分に言い聞かせつつ。

 

 一方でジェーンの一件を差し引いても聖樹教会に好意的になれない材料が揃ってしまったジェニファーは、今頃教義そのものを疑わねばならなくなりまたも葛藤の真っ最中であろう真面目神官の顔を思い浮かべて静かに溜息を吐く。

 

「ただの陰謀論の筈が、これは当たり、か……?」

 

 以前辺境の農村での種子探索において、クリスに適当に嘯いた戯言が案外的を射ているのかも知れないと。

 無意識に撫でた眼帯の奥で、虹の右眼がちりちりと熱を発した気がした。

 

 四日も前のことではあるが、憎悪を解放し、敵陣突破と天使との連戦で盛大に闇の力を放出したことにより、内面ではジェーンの意思も反応も一時的に弱っている。それでもなお“聖樹教会”に反応するあたり、宿主の恨みがなくなることは一生ないのだろう。

 

「因縁は消えることなし、か。ふっ、それもまた良し」

「…………?」

 

「――終わりましたわ!」

 

「ぁ………―――くぅ」

「おいっ!?」

 

 ジェーンが聖樹教会から受けた仕打ちを知る由もないプリシラが首を傾げるしかない独り言が漏れるが、その意味を問う前に捕虜達への演説を終えたらしいルージェニアが二人の控える幕舎を訪ねる。

 その笑顔を見て、無事に戦後処理に一段落着いたのを察したプリシラは―――そのまま隈がくっきりと着いた眼を閉じて、ジェニファーの膝にその酷使が続いた頭を突っ伏した。

 

「大丈夫かこれ、ほとんど気絶みたいだったが……」

「プリシラは寝つきが凄く良いのよ。でも本当に、おつかれさま」

 

 先ほどまで何千もの捕虜を相手に口上を述べて、彼女自身も非常に疲れているだろうに、ひたすら妹を労わる色だけが浮かんでいる表情でその寝姿を見守る姉姫。

 ジェニファーが少しだけ首を傾げたのを目ざとく見咎めたのか、穏やかな声で語る。

 

「いつもこうなの。私は思い付きで好きなように振舞ってるだけで、私の願いを叶える為の道筋を付けてくれるのはいつもプリシラ。

 こんな風にくたくたになるまで働いて、なのに喝采を浴びるのは私だけ――そんなの、おかしいわ」

「妹にも自分と同じだけの憧憬と称賛が集まって欲しい、と?」

「姉として間違っているかしら?」

「彼女がそう望まないなら、間違っているな」

「………むぅ。貴女なら、賛同してくれると思ってましたのに。

 このところずっとプリシラの頑張りを見てたなら、報われて欲しいと思うでしょう?」

 

 拗ねたようにそっぽを向くルージェニアに苦笑しながら、ジェニファーは諭すように言った。

 

「人はそれぞれ願いも、誇りの在処も、そして何を以て“報われた”とするのかも異なるものだ。

 プリシラ姫にとってのそれらが『姉の栄光を支えること』だというなら、無理に否定しても侮辱にしかならないからな。

 それに、誰もが表舞台で脚光を浴びることに快楽を見出すわけではあるまいよ」

「うぅー……」

 

 一般論で正論を述べる銀髪幼女と駄々を捏ねて唇を尖らせる赤髪の姫君。どっちが子供かよく分からない。膝枕で眠る青髪の姫をあやしながらなだけになおさら。

 それでも不満げな顔をやめないルージェニアを、ジェニファーは眩しそうに見遣る。

 

「――――家族、か」

 

 

 

…………。

 

 そんなこんなで。

 

 戦後処理も終わり、この戦での活躍の証として冥王が感状を、ジェニファーが王家の家紋入りの懐剣を王宮にて贈られた。

 平たく言えば『この者はパルヴィンに認められた者だ』―――特にジェニファーは王家のお墨付き―――という証明が得られた訳で、今後は流れの冒険者だったり邪神だったりと、胡散臭い身分でなくとも地上で活動できるようになった利点がある。

 

 勿論本来の目的であるところの世界樹の種子も忘れてはいない、が……。

 

「うふふ、さあ、いよいよ冥界ですわ。歴史あるパルヴィン王家でも、冥界の土を踏むのは私達が初めてではないかしら」

「お姉様、なんでそんなににこにこしていられるの。あわわわ……」

 

 冥王一行の帰還途上、パルヴィン王国に続く冥王の祠にて、髪色と同じように頬を紅潮させるルージェニアと顔を青ざめさせるプリシラがそこに居た。

 

 元々種子を宿していたルージェニアはアイリス加入を表明したとしてもおかしくない―――わけがない―――が、プリシラが加わっているのも、別に見送りに来たとかいうことでもなく、彼女も種子を宿したからである。

 

 経緯としては、ジェニファーが丁度帝国兵達の屍の山を築いていた頃、偶々ではあるがその不在を縫うようにして、リディアが放っていたシーダーの刺客が本陣を襲ったのだ。

 なんとかルージェニアが応戦し、その錫杖で刺客を地面の染みに変えたまでは良かったものの、咄嗟に姉を庇ったプリシラが深傷を負ってしまう。

 妹の命を救うため、藁にも縋る思いでルージェニアが採ったのは、刺客の種子をプリシラに移し替えること。

 後にラディスがきつい口調で語ったところによると、種子の力が暴走し、身体が爆散か崩壊して弔いもできないような死体になる可能性もあった危険な賭けだったのだが、なんとか勝ちをもぎ取り、こうして彼女は今もあわあわ言いながら冥界の門を腰が引けた状態で眺めている。

 

「そういえばプリシラが四徹で作業し続けられたのも、世界樹の種子の力なのか?」

「そんな栄養ドリンクみたいな世界樹の加護、ちょっと嫌過ぎるよ……」

 

 天運に恵まれた王女姉妹は、自らを呼び捨てでいいと言いながら、アイリスとして対等の立場で仲間に加わってきた。

 もともと防衛戦で活躍すればルージェニアの種子は渡す約束だったが、種子だけ渡してはいさようなら、というのは国を救われた手前出来ないというのが彼女の弁。そして何やら物凄く深刻そうな表情で、お姉様だけを逝かせられないとくっ付いてきたのがプリシラだった。

 結果としては、種子を宿す二人が冥界に来たことで種子集めも達成したと強弁できなくはないだろう。

 

 そんな彼女達が冥界の門を潜る。

 空間が歪み、混濁した視界が開ける頃には、常の幽玄な冥界の景色が広がっていた。

 

 空は紫紺と茜が混ざり不思議な色合いを魅せ、彼方の霊峰までの間には仄かに輝く魂の光が幾つも尾を引いている。

 文字通りこの世のものではない幻想的な光景に、元々のアイリス達は帰ってきたことへの安堵を覚え、ルージェニアは感心したように物珍し気な表情を浮かべ。

 

「………え?……ええっ!?」

 

 プリシラは、何故か愕然とした表情できょろきょろと何かを探すようにあちこち見回す。

 

 ようこそ、冥界へ。プリシラ、どうかした?

「え、だって冥王さん……なんでこんなに平和な光景なの?」

 なんでも何も、基本的に冥界は平和そのものだけど……?

「嘘……冥界の兵士達が日々地獄の訓練を繰り広げてるんじゃ……。

 『腕の一本や二本や三本がどうした、痛くなければ覚えないだろうが』とか『どうせ死んでもその辺の魂の仲間入りだヒャッハー』みたいなこと言いながら」

 

「ほほう……?」

「ベア先生ステイ。お願いだから今思いついた内容授業に持ち込まないでよ?」

「というか何ですかそのプリシラさんのイメージ?」

 

 一部にんまりと笑う教官を除きその反応を訝しむアイリス達だが、それに気付いた様子もなく、興奮状態のプリシラはジェニファーを指差しながら叫ぶ。

 

 

「だって、ジェニファーみたいな子供があんなに強い上に殺し合いに躊躇いが無いんだよ!?

 しかも冥界十三騎士ってあと十二人この子みたいなのが居るんでしょ!?

 絶対人間界じゃ考えられないような鬼と修羅と羅刹と不動明王の犇めく悪夢みたいな場所だって思うじゃない―――!!」

 

 

 だからそんな場所に大好きな姉を一人で行かせられなかったと。辛くて逃げ帰るならまだしも、よしんば馴染んで旗でゴーレムを一撃粉砕するような姫ゴリラになったらどうするのだと―――そんな熱弁は残念ながらその場の面々の心には響かない。

 

「プーリーシーラー?」

「ふふふ、ぷ、ぷぷ……も、もうダメ……許して………っ、っ」

「ひっ、ひっく、笑い過ぎて、しゃっくりが止まらな……っ!」

 

 何やら妙に現実感があるが不名誉な例えに青筋を立てるルージェニア、この旅でジェニファーに散々溜めさせられた分の笑いをここで解放させられるアイリス達。

 そんな中、色々通り越して悟ったような目でユーが今回の旅の総括を語る。

 

「冥王様冥王様」

 どうしたの?

「人間界には色んな国がありますけど、………パルヴィン王国は、腹筋と表情筋を試される国だったんですね」

 実は俺も結構ヤバい場面がいくつか……。

 

「人の国を芸人集団みたいに言うんじゃないーーー!!」

 

 

 早速遠慮なくわーきゃー言い合ってるあたり、とりあえず新顔のお姫様達が馴染めるかどうかの心配はしなくていいらしい。

 

「やれやれ……」

「何を他人事みたいに肩を竦めているんだ諸悪の根源」

 

 図々しくも騒ぎの元凶の幼女が我関せずとばかりに外野で観戦していると、アシュリーが呆れ顔で話し掛けてきた。

 

 とは言っても、彼女も彼女で生真面目だから、これから今までの態度をアイリス達一人一人に謝りに行こうと考えているのは予想できていた。

 故に同じく呆れ顔を返しながらも、手を軽く握ってエールを送る。

 それだけで十分、ジェニファーとアシュリーの間に多くの言葉は必要ない。

 

 だとしても、絶対に伝えなければいけない言葉はある。

 何よりも真っ先に、一番大きな想いを込めて伝えるべき言葉が。

 

「なあ、ジェニファー」

「どうした、アシュリー先輩」

 

 

「色々すまなかった、そしてありがとう。

――――これからも、よろしく頼む」

 

「………こちらこそ、な」

 

 

 握った手に力は籠めない。

 それでもその温もりは、暫くの間離れることはなかった―――。

 

 

 





 微妙にとっちらかった感はあるけど、諸々の処理はこんな感じ。

―――さて、次回はこの作品のメインテーマであるところの……クリスの胃をいぢめる話だ!



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ベアトリーチェ


 試練中止かー。
 まあ周回してたらお金とプレイヤー経験値がちょっとおかしいくらいに稼げるんで、プレイ時間の差がもろに出るシステムになってたからなあ。
 その辺の調整なんですかねえ。




 

「それでは、ホームルームを始めます。

 議題は、ご主人様が最近部屋の屋根裏の隠し通路を塞いだ件について」

「ベア先生、違うと思います」

「もとい、帝国の拡張政策に忌々しい腐れ《自主規制》の《自主規制》天上人の手先である《自主規制》天使が絡んでいた件について」

 

「………?」

「あっぶな―――ベア先生!リリィの耳塞ぐの遅れたらどうする気だったんですか!?」

 ユー、ナイスプレー。

 

「(うずうず)」

「セシル様?意味を訊きたいのでしょうが絶対に口に出さないでくださいね?」

「あらあら」

 

「あのー、今の、びちg………もごもご」

「いけませんファム!あなたの可愛らしいお口からそんな………可愛らしいお口……いま、私の掌に触れてて……うふふふふふふべっ!?」

「エルー、健全な青少年への有害具合はベア先生に負けてないから安心して教育的指導されようなー」

 

「あらあらはしたない。ジェニファー、貴女はあんな言葉遣ってはダメでしてよ?」

「………(目を逸らす)」

「色々手遅れだと思う」

 

「ぐー。―――はっ!?寝てない、寝てないよー?」

「誰に言ってるんだ……」

 

 新入りお姫様二人と、以前冥界に着いて来た金髪幼女リリィを含めた、制服姿のアイリス+αが全員揃った学園の教室にて。

 ベアトリーチェの怒りと私怨に塗れた修飾詞が大惨事を招きつつも、彼女らの今後を左右するミーティングがこの日開かれていた。

 

 この世界の神話では、原初の神にこの世界の管理を任された天庭に住まう天上人のうち、怠惰が過ぎたハデスが冥界に墜とされ死と転生を司る冥王となった、ということになっている。

 以前クリスがこの事について真否を訊ねた時は冥王は飄々として誤魔化していたが、長く連れ添ったベアトリーチェからすれば、その経緯は超マイルドに言って喧嘩別れであったことに察しが付いていた。

 その実態は怠惰が過ぎて~、なんて平和なものではないだろう。敬愛する主人が追放刑に処された……ということならば、ベアトリーチェが天上人に好意的な筈もない。

 

 その言動が教育者に相応しいか、というのはさておくとしても。

 

 そしてまずは情報を整理する為に、と教壇に上がったのはジェニファー。

 現状最も天使リディアと関わったアイリスであり、ある意味反則的な思考方法だがその企みを看破してみせたのも彼女。

 そんな彼女が、最初に帝国内から子供達を連れ帰る途上で遭遇戦となった時の言動と、パルヴィン王国での会戦時に交わした会話をその場の全員に伝える。

 

「「「………」」」

 

 皆事前にあらましは聞いていたが、予想を超える酷さに言葉も出ない。

 地上の人々とて差別的言動や見下した相手に罵声を上げるような者も多いが、大抵は命に係わるようなことには本能的にブレーキが掛かる。

 

 申し訳ありませんと死の間際に縋り付く部下を蹴飛ばしたり、異形化したジェニファー相手に使い捨てのように突撃を命じたり、そんなことができるのは余程命の重みを知らないか、宗教などで箍が外れているかのどちらかだ。

 

「―――まあ、こんなところか」

 

 普段皮肉屋で冷笑的なことを言うことも多いジェニファーが、淡々とした語り口で話すだけに、逆に真実味を持って聞こえる。

 しんと静まり返る教室に、やはりというべきか口火を切ったのは神官クリスだった。

 

「ジェニファーさんを疑うわけではないですが……それでも俄かには信じがたいというのが正直なところです」

「天使のふりをした別の何か、ってことはないんでしょうか……」

 

 修道女パトリシアもそれに続くが、声音からしてジェニファーの言を嘘と思っている様子は見受けられない。

 仲間のことは疑わないということもあるが、リディアの言動に接したアイリスは他にも居るし、何より帝国兵数千が数で劣る王国に投降したという時点で、それだけ彼らを無気力にさせるに足る何かがあったということは明白だった。一端はそこの暗黒幼女が握っているにしても。

 

「それはそれで考えたくもないっていうのが正直な話だよ。あの時のジェニファーとまともに張り合えるようなのを手駒にしてる、影も形もよく分からない勢力が居るってことになるんだから」

「まあ、あの木偶の坊に自身の所属を誤魔化す知性があるようにも見えなかったが。

 ああいや貶す意図は然程無い。単純に、“不自然なほど”立ち回りが拙いという違和感の話だ。どう見ても帝国の意思決定そのものを天使が左右しているのを鑑みるに、皇帝を操り人形にしているのか皇帝そのものに成り代わってるのかはどうでもいいが―――、」

「全然どうでもよくないと思うんだけど」

「――我にとってはどうでもいいが、どちらにせよそれが出来る程の権能を持つのであれば、正直人間を殺し合わせて全滅させるやりようなど他にいくらでもあるだろうに」

「恐ろしいことを平然と言うの……否定はせんが」

 

 プリシラがジェニファーが大暴れした当時の衝撃を思い返し震えながら言うのを受けて、やはり淡々と考察を重ねる。

 淡々とし過ぎている割にはとんでもないことを言う眼帯幼女に、フランチェスカやシャロンなどは冷や汗を掻きながらツッコミを入れていた。

 

 一方でその考察が変な議論になる前に回答を与えたのは、天上人と天使についてよく知る冥王。

 

 天使は言ってしまえば天上人の使い魔。知性自体は持ってるけど自意識―――魂を持たないゴーレムみたいなものだ、あれは。

「だから思考も自然と縛られたものにしかならない……か。なるほどね」

 

 納得がいったとばかりに、クレアが眼鏡キャラらしく無意味にフレームをくいっと直してレンズに光を反射させる。

 

「聖樹教会の上級神官様、今のを聞いて感想をどうぞ!」

「頭がくらくらしてきました……。私の学び信じてきた教典は一体…」

 

 そしてクルチャが和ませようとクリスにマイクを向ける仕草をするが、その努力も虚しく彼女の顔面は蒼白だった。

 

 冥王の今の話は、聖地の宗教学の場で持ち出そうものなら一発で異端審問モノの発言だが………元天上人の冥王と聖樹教会、どちらが天上人関係について正しい知識を持っているかなど考えるまでもない。

 諳んじられるほど慣れ親しんだ教典では、天上人も天使も暖かく優しく地上の人々を見守り時に手助けする善性の存在として描かれている訳だが、ここにきてイメージががらがらと崩れることにクリスは眩暈を覚えている。

 

 そこに悪意なく追い討ちをかけるのはいつも通りジェニファー。

 本当に悪意はないのかって?―――“悪意は”、ない。邪気はあるが。

 

「天使が人間に紛れ、権力を握れるとなると……その教典とやらが果たしてどの程度原典から改竄されているか分かったものではないがな」

「はぅぅ……っ!?」

「わあぁっ!?クリス先輩、しっかり!!」

「むしろパトリシアはなんで平気そうなん……?」

 

 聖樹教会の教典に描かれる天上人や天使の善性そのものがソレらの何百年にも渡るプロパガンダの産物ではないのか、と示唆する幼女の戯言に、ついにクリスが胸を押さえながら轟沈する。

 

「とことんえぐい発想するよねあんた。

 でも天使って変に思考が硬直してるって話だし、天上人も人間のことゴミって見下してるんでしょ?

 その人間に自分達のこと崇拝させようとか回りくどいこと考えるかね?」

「不自然でもないだろう。天上人の性質を考えれば」

「天上人の性質?」

 

 ラディスの問いに、何故か『冥王様』と書かれた三角プレートが置かれた教壇脇の机に座る冥王を一瞥して巫女幼女が答える。

 

「主上は現在人々の信仰を大きく失ったがために、地上で弱体化してしまうこととなっている。

 裏を返せば、人々に信仰されるほど地上で大きな力を揮うことが能うわけだが、さて。

――――この性質は、天上人の中で主上だけに当てはまるものだろうか?」

「……うっわぁ。つまりあんたはこう言いたいの?天上人が地上でも好き勝手できるように天使達を使って工作した結果が“今の”聖樹教会の教えだと」

「さあどうだろうか。ただもしそうなら、天庭の天上人サマとやらも案外せこくて嗤えるな、とは思うが」

 

 さりげなくまた誘導した結論を相手に言わせて、自分の理屈を補強するそれこそせこいテクニックを会話に仕込む転生幼女。

 彼女自身意識せずに自然とそういう話術に持ち込んでいたあたり、ほんとコイツの前世詐欺師だったんじゃなかろうか。

 

 そんなジェニファーのやり口を見透かしてか、あるいは単純にその戯言が的を射ているのか盛大に的外れなのかは不明だが、肯定も否定もせずに意味深に微笑む冥王もある意味性質が悪かったが。

 

 

「私の教わってきたこと…日夜勉学に励んでいたあの時間は一体……?

 ああ、上級神官になる為だったんですね―――所詮書物から得た知啓など俗に塗れたまやかし。唯一信じるべきはこの身を焦がす熱情、うふふ……」

「クリスっ!?その真理の扉は開いちゃダメなやつー!!」

「ふむ。これはもう少し誘導してやると、ついにラブリーショコラが現実に降臨―――、」

「しないわよ!させないわよ!?」

 

 

 最大の被害者は、光を失った瞳で虚空を見つめながら、妙に色気を感じる笑顔で一人歪な笑いを浮かべ始めていた。

 そんなクリスを正気に戻そうと必死に声を掛けるポリンとウィルはとても友情に篤いアイリスなのだ!―――たぶん。

 

 そんな茶番を終えて、学生側の席に戻るジェニファー。

 そして再度教壇に戻ったベアトリーチェが、いい感じに温まった教室に本題を投げかけるべく口を開く。

 

「ジェニファー、ご苦労でした。以上、邪教徒から見た楽しい宗教学のコーナーでしたが、物事を違う視点で見るというのはこのように新しい発見をもたらすとても重要な要素です」

「自分にはこれ以上ないほど悪い見本にしか思えないのですが……」

「シャラップです九歳児に口と頭の回転で負けるドワリン」

「はぅぁ!!?」

「いや、それ気にする必要欠片もないんじゃ……」

 

「それはともかく!

―――ジェニファーのおかげで、種子を狙ってかち合う天使の目的が明らかになったところで、ご主人様に今後の方針の確認をしたいと思います」

 

「「「――――っ」」」

 

 ベアトリーチェの流石の貫禄と言うべきか、声音一つで混沌とした場を一気に真剣な話をしている空間へと切り替える。

 

 世界樹の種子は高密度のエネルギー結晶体。それをいくつも集めてどう利用するかは不明だが、その行き着く果ては人類のいない世界だという事は、ジェニファーやアシュリー達の見聞きした天使の言動からして、結局その場の誰もが信じざるを得ない。

 世界樹の再生を待たずしてやはり全ての人類が滅ぶという話ならば、世界を救う旅をする為に集ったアイリスにとって決して看過できるものではなかった。

 

 そして、今まで地上の営みに介入しない意向を示していた冥王も、また裏方だけを気取る訳にもいかないのは当然認識している。

 ほんの僅かな間だけ目を閉じて、そして教室内のアイリス全員と視線を交わした彼は、彼女達の主として号令を掛けた。

 

―――人々が地上からいなくなるのは、寂しいからね。

「では……!」

 今まで通り種子の回収は続ける。それと一緒に、必ず天使達の企みは打ち破る!

 

「応ッ!!」「にゃっ!」「燃えてきたー!!」「ぞくぞくするね…っ!」「全力を尽くすであります!」

 

「アイリスの皆さん、これからはより一層過酷な旅になることが予想されます。

 訓練もよりハードにして行きますが、必ず着いてきなさい。そして―――、」

 

 各員思い思いに気合を入れる中、その熱を取りまとめるのはベアトリーチェ。

 王として道を示すのが冥王ならば、将としてアイリス達を指揮するのは最も忠実な彼の腹心たるメイド教師。

 

 

「―――魂にかけて、命を落としてしまうことのないように」

 

 

「ベア先生……!?」

「返事はどうしたッ!!」

「「「―――っ、はいッ!!」」」

 

 普段厳しいことと邪なことしか言わない彼女の、本心が不意に零れて言葉に出たのだろう。

 そんな教師として最も大切なものを持っていることを明かされた教え子達は、胸を震わせながら声を揃える。

 

 生まれも個性も生き方もばらばらのアイリス達。

 そんな彼女達が、全員で初めて心を一つにした瞬間だった――。

 

 

 





 頑張ってアイリス全員喋らせてみた!
 読んでてどれが誰のセリフかちゃんと伝わってるかは自信がない!!(待て)

 それはさておき考察回。色々考えてて楽しい作品ではあるよね。
 とはいえもっともらしいことを言ってはいるが、この幼女いつも通りふわっと適当ぶっこいてる発言ばっかなんであんまり真に受けちゃダメなんだけど、という。
 それっぽく繋がるというだけでちゃんとした根拠のある理屈は皆無に近いぞ!

 そして原作でまさかのラブリーショコラ再登場という追い討ちも喰らったクリスに合掌。



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ルージェニア


 サブタイはアレですが、エルミナ本格登場。この子はもう喋るだけでネタになるので逆になかなか出しづらかった。
 出オチは話引っ張るの大変なんだよ!




 

 授業のない休日は、各自思い思いにアイリス達は過ごしている。

 ある者は魔術の研究に没頭し、ある者は冥界や地上の街に繰り出して買い物したり、ある者は休日でも変わらぬ鍛錬に励んでいたり、ある者はうまく冥王を捕まえて人気のない場所でいちゃいちゃしていたり。

 

 最後に関しては、どれだけ人目を忍んでも二十人以上も恋バナ大好きな少女――一部アレだが基本少女――が居れば、誰が皆に慕われている冥王といい雰囲気になれたのかは一発でバレるのだが、そこは深く触れないのが暗黙の了解だった。

 

 嫉妬や独占欲といった感情は当然無い訳はない。だが冥王が様子を見計らって上手くコントロールしているのもあるが、集団の和を乱す程度にそれを暴走させる子がほぼいないという奇跡のような生徒揃いなのである、この女子校。

 

―――教師?うん、まあ。それはそれとして。

 

 冥界、学生寮の談話室。

 この日の休日も特に事件らしい事件もなく、ふと時間を持て余したアイリス達が共有スペースのソファや椅子に座っておしゃべりに花を咲かせていた。

 話題は本人達がその場にいることもあり、最近冥界に来たお姫様姉妹が学園に馴染めたかとか、王宮でどんな暮らしをしていたかの身の上話などがメインになっている。

 

「ほぇー。やっぱりお姫様ってやっぱり違うねえ。メイドさんに身の回りのこと全部やってもらえるんでしょ?」

「そうでしょうか。ほら、冥王にもベア先生という優秀なメイドさんがいるじゃない」

「ベア先生はほら、ベア先生ですから……」

 

 離島出身の兎亜人(ラビリナ)であるクルチャにはやはり全く別世界の話なのだろう、白い兎耳をぴこぴこ動かしながらルージェニアの普段の生活の話を興味深そうに聞いていた。

 貴族のお嬢様という意味では錬金術師のポリンや傭兵のクレアも傅かれる生活に覚えはあるのだが、彼女達は家を出て一人で身を立てていた為蝶よ花よと育てられたお姫様のイメージとはちょっと違ってくる。

 

 一方で三桁年くらい流浪の旅をしていたダークエルフィンのソフィも、流石に一国のお姫様の暮らしとなると関わる機会もあまりなかったのか会話に積極的に参加していたが、話題が例のメイド教師のことになると普段のたおやかな笑みを苦笑に変えた。

 

 ベアトリーチェも料理を除く家事や秘書としてのメイドの能力は申し分はないのだ。冥王が任せられると判断してアイリス達の教師役をやっている以上、そちらの職務にも手を抜くことなく勤め上げてはいる。伊達に冥王の片腕を百年やっている訳ではなく、その能力も知識量も並大抵ではない。

 それはそれとしてメイドの身でありながら主人に働く逆セクハラと、その言葉遣いが幼女の教育に悪いのと、冥王以外には冗談でも言ってはならないレベルの毒舌を吐くことも多いのとで、素直に尊敬しづらいだけで。というか、有り余る優秀さを有り余る短所で相殺している感があるのは逆に凄いのかも知れない。

 

「しかしそうなると、いきなりの環境の変化で色々と不便を感じることもありませんか?」

「確かに寮生活というのは新鮮ですが、今のところ困ったことはありませんわ」

「一軍を率いておきながら前線で贅沢三昧って馬鹿やる訳にもいかないし、節制や集団行動の心構えは王国軍の指揮官と軍師やってる内に自然とできてるからね。

 それにお姉様は子供の頃もお転婆だったから、それに付き合わされてボクも何度ベッドを恋しがりながら草むらで野宿したことか……」

「楽しかったですわねえ。魔物が活発化した今では出来ないのが少し物悲しいですけど」

「あはは……はぁ」

 

 同じ昔の思い出でも、にこにこと邪気の無い笑顔で懐かしむ姉と視線を遠くして溜息を吐く妹の対比が印象的。

 だが、部屋着としてシンプルながらも高級そうな質感のワンピース姿のルージェニアだけを、不機嫌そうにじっと見つめるアイリスが一名。

 

「むぅ~~」

「エルミナ?難しい顔をして、何か気に障ることがあったかしら?」

「ずるいです」

「はい?」

「ずるいです、ルージェニア!そこ、代わってください!!」

「嫌です♪」

「うわ、即答だ……」

 

 背の低いテーブルを挟んで対面のソファから身を乗り出さんばかりの勢いでルージェニアに突っかかったのは、こちらは単純にシンプルなだけのシャツとミニのスカートを部屋着にした薄紫色のショートヘアの女性。

 怒っていてもあまり迫力の出ないぼんやりした顔つきだが、癒し系の美人ではある、外見だけは。ラディスの従姉でありながら、シャツを押し上げる胸の膨らみはソフィに匹敵するほど発育が良く、当たりの柔らかさと緩そうな雰囲気から、街を歩けばひっきりなしにナンパの標的になりそうな美女だ、外見だけは。

 

 

「ジェニファーをおひざに乗せて、リリィを傍に置くなんて、なんという贅沢な幼女空間!

 それを独り占めなんて、一体何様ですか!?」

「お姫様ですわ!!」

 

 

 だがロリコンだ。

 一応宮廷画家になるほどの絵描きの実力を持ち、描いたものが実体化する特殊で希少な魔術の使い手でもある。だがロリコンだ。

 宮廷画家をクビになり、ふらふらしていたところを冥王に拾われたロリコンだ。

 

 

「あの、なんかゴメン……」

「いや、こちらこそお姉様が」

 

 申し訳なさそうに頭を下げ合うクルチャとプリシラ。

 一方でエルミナのほぼ言いがかりを楽しそうに受け流すルージェニアの膝の上で、抱きかかえられたままの銀髪幼女が無心にじゃれついてくる金髪幼女の相手をしていた。

 

「ですの、ですの~」

「気に入ったのか、それ?やめておけ、キャラ付け以外の何物でもない上に、賞味期限も短いぞ」

「わかったですの!」

「分かってない―――」

 

「分かってないのはジェニファーの方です!聞きましたよ、クリスの夢の中や、パルヴィンでそれはもう愛らしい振る舞いをしていたって。

 それを!何故!私が居るところでしてくれなかったんですか!?」

「エルミナ様が居なかったからしたのではないかと……」

「ソフィ。代弁感謝する」

 

 ヒートアップするエルミナを胡乱な眼で観察しながらも、どこかやりにくそうなジェニファーは、すぱっと自分の言いたいことを言ってくれたソフィへの好感度を上げた。

 前世からの感覚ではこういう類の変態にはセメント対応あるのみと分かっているのだが、そしてあの文字通りの天使の美貌を持つリディアに対して頭ごと潰す勢いで踵落としを決める程度には男女差別をしないジェニファーだが、エルミナ相手に罵声を浴びせるのは躊躇われていた。

 

 ゆるふわ系の外見ということもあるが、それ以上に邪気を感じないせいだ。

 これが性欲を向けて変態行動を働くなら容赦なく蹴り飛ばせるのだが、そういった邪念は感じない。

 要は近所のおばちゃんが赤ん坊を見て無条件に可愛がるのと似たような方向性なのだろう。それに対して悪態を吐ける程捻くれた性根はしていないという、変なところで純朴な感性を残しているジェニファーだった。

 

 幸いというべきかそもそもの原因も彼女なのだが、ルージェニアはジェニファーの小さな体を更にぎゅっと抱き締めてエルミナに絶対に渡さない姿勢で相手を買って出てくれていた。

 

「ジェニファーは渡しませんわ!我がパルヴィン王国の恩人であるこの子は、王女ルージェニアの名の下に保護します!私の膝の上で!」

「ここは冥界です!冥界の全ての幼女は、わたしが保護するんです!」

 

「冥界にそんなルールあったっけ?」

「さあ?」

 

 なんか聞いてるだけで頭が悪くなるやり取りだが、本人たちは真剣なのだろう。

 取り合いされている眼帯幼女はといえば、リリィに頬をぺたぺた弄ばれながらも左眼の紅眼を死んだような目つきにして流されるまま状態になっていたが。

 

 ふとクルチャはジェニファーの外見に似合わない身体能力に思い当たり、感じた疑問を口に出す。

 

「でもその気になればジェニファーならさっと逃げれるんじゃないの?実はまんざらでもなかったり?」

「不快感を感じないという意味では、まあ否定はしないが。

 それはそれとして、最初から見抜かれていたとはいえ嘘をついていたことに変わりはない。埋め合わせとして、飽きるまでは付き合おうと思ってはいたんだが」

「律儀ですねえ」

「とはいえ、流石に行き過ぎとは思うからな……プリシラ、汝から姉に少し言ってくれると助かる」

 

「あ、お姉様。たまにはボクにも抱っこさせてね」

 

「むー。プリシラなら、しょうがないですわね」

「なん…だと……!?」

 

 常識人寄りと思っていたプリシラのまさかの発言に愕然とするジェニファー、目を丸くするクルチャ、笑顔を保ちながらも額の汗がその困惑を物語るソフィ。

 当のプリシラはといえば、こちらは本格的に騙していたことになるためそのお願いをすげなくできない幼女を嬉しそうに見つめている。

 

「思い出すなあ、あのくまのぬいぐるみ。お姉様の九歳の誕生日にお父様からプレゼントされたんだけど、それ以来どこに行くにも抱きかかえていくようになって。

 それで野山を走り回ったりするから、侍従達が頑張って繕ったり洗ったりしても最終的に綿が飛び散って、黒ずみと縫い跡が筋者みたいになってたなぁ」

 

「……そんなほっこりする思い出みたいに語られても、我には末路を宣告されているようにしか聞こえないのだが。

―――ルージェニア?」

「………。うふふっ」

「否定しないの!?」

 

 見上げると至近距離に見える太陽のような笑顔に、不安しか感じなかった。

 流石にそろそろ見かねたのか、ふと立ち上がったかと思うとソフィが自然な所作であっさりとジェニファーをルージェニアの懐から抜き取って抱え上げる。

 

「はい、没収です。

……ふむふむ。確かに抱き心地はよろしゅうございますねえ」

「シルバーが当たって痛くないのか?」

「分かってないですわね。そのちくちくが痛気持ちいいのですわ」

「分かりたくもない……」

 

 ほつれたストールや裂け目の入ったジャケットなど、今は黒を基調としたゴシックパンク風の私服姿のジェニファーだが、相も変わらずちゃらちゃらというよりはじゃらじゃらという効果音が出る程度に銀装飾を身に着けている。

 本人的にはそれがカッコいいつもりで着用しているので、ツボ押しマッサージ機の突起扱いされるのは業腹である。

 

 というかそれを語るルージェニアの笑顔に変わった様子は見られない。

 あくまで冗談半分で抱きぐるみ扱いしていたのだろう。

 

 一方で、今までじゃれていた相手が遠ざけられ、泣きそうな顔でとてとて追いかけてくるもう一人の幼女。

 

「ぁぅ……ですの、ですの~」

「待てリリィ、その『ですの』はまさか我のあだ名なのか?」

「ですの!」

 

 それにジェニファーが構うとぺかっと笑顔になるあたり、同じ幼女としてなのか、初対面の刷り込みなのかは不明だがこちらは本格的に懐かれているらしい。

 

「ああ、尊い……」

「エルミナ、鼻血出てる」

 

 二人のやり取りに何を見出したのかは常人には分からないが、ご満悦に浸るエルミナをプリシラが介助していた。

 そして今度はクルチャが何やら難しい顔をし始める。

 

「ジェニファーがいつの間にか愛されキャラに……!?これはアイドルとして強力なライバル出現の予感!」

「なら代わってもらえるか?」

「あ、遠慮しときます」

「――――失望しました。クルちゃんのファンやめます」

「なんでえぇぇぇっっ!!?」

「いや、なんかこうふと心に湧いたフレーズというか、言わないといけない気がして」

「というかジェニファー、クルチャのファンだったの?」

 

「…………。微妙?」

 

「追い討ち!?しかも溜めを付けた上でとか心折れるよ!?」

「分かった分かった。じゃあクルちゃんのファンになってクルチャのファンやめます」

「もー、ジェニファーったら照れ屋さん☆………あれ?うーん?」

 

 ネタをうまく咀嚼できないままキメ顔をする残念アイドルをスルーして。

 会話にオチが着いたところでその場は誰からともなく解散となる。

 

 各自部屋に戻っていく中で、なんとなく談話室に最後まで留まっていたのはジェニファーとリリィの幼女コンビ。

 

「全員に、記憶が飛んでるとはいえ精神は男のものだというのは伝えている筈なんだが」

 

 外見が愛らしいのは認めているが、中身が中身なだけにここまで女性から好意を向けられるのはよく分からない、と首を傾げる。

 どう見てもマスコット扱いなあたり、恋愛によるものというのはあり得ないだろうし。

 

「ですのおにーちゃん?……うーん、ですのおねーちゃんの方がいいですの!」

「呼び方はもういいが……子供に『ですの』とか付ける親が居たら顔が見てみたいな」

 

 まあいいか、と疑問を放り投げてそのままリリィの遊び相手を続ける後ろ姿を目に焼き付けた後、ルージェニアは上機嫌に腕に残る感触を反芻しながら自室に向かった。

 

「―――自分のやったことの自覚がないのでしょうね」

 

 ジェニファーのやったこと――愛する祖国を滅亡から救ってくれた。

 本人としては立ちふさがる全てを二刀で斬り捨てるのも、悪魔そのものの讒言でもって帝国兵の戦意を挫いたのも、いつもと同じように好き勝手しただけに過ぎない。

 それはそれで哀しい業だが、故にこそ自覚などない。

 

 ルージェニアとプリシラが、どれだけ彼女に感謝し親愛を向けているのか、分かるまい。

 

 勿論他のパルヴィン防衛戦に参加したアイリス達にも感謝しているし、広く冥王一行というくくりなのだから冥王のことも認めているが、やはり戦場にて一騎当千のあの戦舞踏が鮮烈に記憶に刻まれている。

 

 そしてルージェニアにとってそれだけでなく、ただの個人として唯一弱みを曝け出せた相手でもあった。

 王女でもなく、姉でもなく、厳しい現実に挫けそうになる少女の涙を背中で受け止めて、「頑張ってる、偉い」と言ってくれたこと。

 

 誰にも弱音を吐けずに笑顔で軍を鼓舞し続けて行く中ですり切れかけていた心に、その言葉がどれ程の救いになったのか、分かるまい。

 

 ずっと抱き締めて、どこに行くにも連れ回したい。

 冗談半分に匂わせてはいたけれど―――逆に言えば半分本気だった。

 それとなく注意喚起していたあたり、流石に妹にはこの想いはばれていただろう。年の功というべきか、此方からはうまく内心を読めないが間違いなくジェニファーのことを気に入っているあのダークエルフィンにも。

 

 

「このルージェニア、一度火が着いたら止まらない性質でしてよ?」

 

 

 それでも、譲る気はない。

 あの信頼し合っている女騎士にも、なんだかんだ気に入られている女神官にも、そして幼女が主上と仰ぐ冥王にも。

 

 太陽姫の寵愛は、あの小さな英雄に惜しむことなく注がれているのであった。

 

 

 





 パルヴィン編でもいつもどおりふわふわ暴走してただけの厨二幼女ですが、結果的にはルージェニアからすればそれは好感度無茶苦茶高くなるわな、という話。



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白嶺の魔術塔


 あいりすミスティリア第四章攻略RTAはーじまーるよー。

 レギュレーションはストーリーイベントをスキップしてナジャの研究室に入ってからカウント開始、金庫を開けて《世界樹の種子》を入手したところでカウントストップです。

 この原作の投稿自体が未だに他に2件しかなく、ここまで話が進行しているものも無かったので当然これが最速になります(激おこ




 

 周辺諸国への侵略を加速するグラーゼル帝国、その背後で暗躍し人類絶滅を目論む天使達に先を越されぬために、より精力的に種子集めの旅に繰り出す冥王一行。

 今回の目的地は大陸北部に位置するドワリンド・エンデュラシア自治領。その名の通りドワリンが中心となって築かれた亜人主体の国家であり、聖樹教会の影響力は当然弱い。

 

 更に言えばこの通称『魔術塔』と呼ばれる区域に住むのは真理の探究に日々勤しむ魔術師ばかり。宗教なんて主観的で抽象的なものは当然のこと、例え世が戦乱に突入しようがどうでもいい、あるいは実験の絶好のチャンスと考えるような奇人変人の集まりである。

 そういう場所で高純度エネルギー結晶体である種子の反応をユーが感知したのは、ある意味当然のことなのかもしれなかった。

 

「あー、帰りたくねー」

「その割には着いて来るのだな」

 

 まさにその場所でとある魔術師の門下として魔術の研鑽に励んでいたラディスが、道中憂鬱そうに溜息を吐く。

 寒冷かつ山岳の多いこの国特有の傾斜の激しい道のりは、緑が視界に入ることもあまりなく、歩いていても疲れるだけであまり気分が上向くものではないが、彼女がその低い身長をさらに悪い姿勢で縮こまらせているのはそのせいばかりではなかった。

 

 道中もう回数を数えるのも飽きるほど聞かされた『帰りたくない』のセリフにうんざりした顔で、背中の翼をばさばさ羽ばたかせながら隣で滞空する竜人シャロンが混ぜっかえす。

 

 ラディスの事情自体は、冥界から地上の転送拠点である冥王の祠を出発してすぐのところで本人の口から聞かされた。

 要は種子を宿して魔力が桁違いに増大したラディスが、天狗になったまま師匠と喧嘩別れして飛び出してきたというのが魔術塔を離れた経緯。

 アイリスに加わり様々な冒険を繰り広げ、戦争まで経験したことで利発さと落ち着きを取り戻した彼女からすれば、去り際に師匠に向かって「こんな所に籠ってたって何も見つからない」「あんたも自分の研鑽に集中しないとすぐに周りの進歩に置いてきぼりになるんじゃないの」など散々捨て台詞を吐いたことが、完全な黒歴史になっているとのこと。

 

「しょうがないじゃん。一応まだ《塔》にはあたしの籍も残ってるかも知れないし。

 変人ばっかで危険地帯もいっぱいなあの場所で、あたしが案内しなくてどうすんのって感じだし」

「籍が残っていれば、な。破門されてなければいいのー」

「うぐ……そん時は別行動取らせて。一緒にいるめーおー達の印象まで悪くなったら色々やりづらいでしょ」

 印象なんて今更。今をときめく邪神ですがなにか?

「―――あんがと」

 

 シャロンの指摘に更に憂鬱そうに背を丸くするラディスの頭を撫で、冥王がおどける。

 それだけで気分が大分軽くなったのか、魔術師の少女は頬を少し赤らめつつ、背筋を伸ばして普通に歩き出した。

 

 一方。邪神、黒歴史と言えばな巫女幼女。

 遠目に見え始めた天高い構造物から、あるものを思い浮かべていた。

 

「『塔』、か。―――思い出すよな、やはり」

「そうですね―――忘れたくても、忘れられないんですよ。きっと」

 

 字面と表情だけ見ればすごくシリアスなやり取りをユーと交わす。

 二人の視線の向かう先を見れば、何を意図しているかは瞭然だったが。

 

 

「何のお話なのでしょうか。わたくしには全く心当たりがありませんー」

 

 

「まだ何も言ってないぞラブリーショコ………間違えた、クリス」

「言い間違いの割にはほぼ最後まで口に出してるじゃないですか!?」

「間違えた、ラブリーショコラ」

「間違ってません!?」

「間違ってないんですか?」

「そう。間違いなんかじゃなかったんだ、―――ラブリーショコラは!」

「そういう意味じゃなくて……もぉ、もお~~~っ!!」

「あ、壊れた」

 

 そして、二人して上級神官様をからかって遊んでいた。

 ちょっと前に聖樹教会について衝撃的な疑惑が発覚したばかりでショックを受けていたが、正直せっかくアシュリーが元気になったのに今度はクリスに暗い雰囲気を撒き散らされたら堪ったもんじゃないと、このところアイリス達総懸かりでクリスに対しこの調子だった。

 

 重度の恋愛脳のくせに禁欲を口にし、自分の恋心すら素直に認められない生真面目ちゃんなので彼女をからかう方法は結構無数に存在する。

 おかげで落ち込んでいる暇もない。それはいいし皆の暖かい気持ちは大変ありがたいのだが、どうにも面白半分なふしもあるため釈然としない。特にどこぞの幼女とかは。

 

 とはいえ、まだアイリスが三人しか居らず、アシュリーが微妙な距離感のジェニファーとクリスの間を頑張って取り持っていた当初のぎこちなさはどこへやら。大所帯になってすら全員が互いを気遣い合える関係になっている。

 《芽吹きを待つ者(アイリス)》達の間に、着実に絆は紡がれつつある証左ではあった。

 

 

………そして。

 

 辿り着いた魔術塔では、幸いラディスはまだ在籍扱いだった。

 パルヴィンで渡された感状により身分を保証された冥王達も入領をスムーズに許可され、さらには問題の世界樹の種子もラディスの師匠である魔術師ナジャの研究室にあると来て、とんとん拍子に話が進んだ感があった。

 

 気になった点はといえば、ナジャはここ数か月ふらっと出掛けたきりこの塔に帰って来ていないという話を聞いたことだったが、種子の回収に交渉の手間が省けると言えなくもない。

 泥棒行為に気は引けるが、そこは弟子のラディスが次に師匠と会った時にそのこともついでに謝るということで、彼女が種子の保管されていると思しき金庫に近づいたその時だった。

 

 部屋の中を眩い閃光が照らし、その場の全員の視界を塞いでおいて。

 棚に整頓された魔導具の影から何かが飛び出し、ラディスの首筋目掛けて迫り―――、

 

「―――ふっ!!」

 

 ジェニファーが目を瞑ったまま黒外套に仕込んだ刃を抜いて斬り落とす。

 ちりん、と涼やかな音を立てて、その環状の物体は二つに分かたれ床に転がった。

 

「あっちゃー……。ナジャが行方不明って聞いて動揺してた。警戒してもし足りない場所だってのに。悪いねジェニファー」

「魔術師の工房なら、罠くらいはあるだろう。………しかし流石は王家の下賜品。切れ味が凄まじい」

 

 割とびっくり人間の神業のようにも思えるが、アシュリーやコトなども見もせずに飛来した矢や銃弾を叩き落とすくらいはやってのける。逆に言えば彼女達レベルの直感や経験が必要という話だが、もともと視界を制限しての戦いが多いのもあって眼帯幼女にとっても然程難しいことではなかった。

 矢や銃弾よりは遅い飛来物を迎撃した“程度”の所業など誇ることもなく当然と流し、ジェニファーは左の紅眼で刃紋に沿って青白い光を放つ懐剣を感心したように改めていた。

 

 金属質な物体を見事に両断し、刃こぼれ一つ見当たらない。

 普段遣いの大刀とは取り回しが全く異なるが、戦功の報いとしてパルヴィンからジェニファー個人に贈られた王家の家紋入りの懐剣は、実用性もかなりのものであるらしい。

 

 助けられたラディスがばつが悪そうにそんな短刀使いにジョブチェンジした銀髪幼女と話していると、かちりと音を立てて金庫の扉が開く。

 入れ方がまずかったのか、開いた金庫の中から一冊のノートが滑り落ちる。魔術的な仕掛けが施されていたのか、落ちた拍子に開いたページから、空中に像が投影された。映っていたのは先端が二股に分かれたとんがり帽子を被った黒髪のドワリン。

 

「まな板!?」

(((まな板……)))

 

 その映像を見たラディスの第一声がそれであり、おかげでその場にいたアイリス達の視線が彼女の胸部に向かう。第一印象が固定された瞬間だった。

 映像故にそんな恥辱を受けたとはつゆ知らぬナジャは、優しく微笑みながらラディスへのメッセージを言葉に綴っていた。

 

 

『これを見ているということは、今のあなたは一人ではなく、協力し合える仲間を旅の中で見つけられたということなのでしょう。

 魔術師の使命は世界の真理を探究すること。研究に身を捧げる私たちの元には、時に真理らしきものが飛来することがあります。それは蜂蜜のように甘く、奇蹟のように光り輝いているかもしれません。

―――でもね、ラディス。ご注意なさい。

 孤独の中で見つけた真理は我執にすぎません。人々との関わりの中で己の道を究め、いつの日か本当の真理に到達してください。

 願わくば、あなたが孤独という病に冒されませんよう』

 

 

「「「…………。???」」」

「………、あ」

 

 その場の全員が頭の上にはてなを浮かべながら、映像の再生が終わっても何も喋れずにいた。

 

 何か良いことを言っているような気もするのだが、如何せん微妙に文脈が繋がらない。

 ミステリー小説を途中から読み始めたかのような、いまいち咀嚼しきれない違和感に襲われる一行の中で。

 

 一人だけ、『やらかした』という表情で額から汗を流し、ぷるぷる震えている馬鹿が居た。

 

 映像の再生中に見つけた周辺の地図と、飛来物の残骸―――というか証拠物品を懐剣というか凶器と一緒に外套の下にしまい、その馬鹿は金庫から種子を取り出すととても可愛らしい笑顔で振り返って仲間達に言った。

 

「無事種子も回収できたし、さーかえろー!ね?ねっ!!」

 ジェニファー、説明。

「……イエス、マイロード」

 

 誤魔化されてくれる冥王達ではなかったが。

 『ああ、こいつまたなんかやったんだ』という呆れの視線を受けながら幼女が地図と残骸を机に拡げ、脳に浮かんだ推測を語る。

 

「おそらく、だが。この環は首枷で、出ていったくせに種子に釣られてのこのこ戻ってきた弟子にお灸を据えるためのものだったんではないかと」

「………まな板ならやりそう。それで?」

「首輪を外す条件としてこの地図の赤い印で示されたこの三か所に向かい、そこで試練のようなものをクリアできれば晴れて首枷は外れ、金庫も開く。そういう手筈だったんではないかと」

「ふむふむ。厳しい中にも優しさを見せる、立派なお師匠様なのですね」

 

 

「首枷が外れることと金庫が開くことが連動していたせいで、我がラディスに嵌められる前のこれを破壊したことでも試練を突破した扱いになり、今の映像が流れたんではないかと」

「……。つまり、ラディスの師匠の目論見は台無しと、そういうことかの?」

「――――そうとも言える」

「いやいやいやいや!?流石に、これはちょっと……」

 

 

 手間が省けたと言うには、あの映像に映っていた弟子の成長を確信する師匠の愛情に満ちた笑顔が非常に心に痛い。

 ジェニファーは仲間を襲う攻撃を防いだだけで別に悪いことをした訳でもないのだが、それでもあえて彼女の行為を形容するとすれば、『やらかした』としか言い様がないのだろう。

 

―――とりあえず、なんか見落としてるかも知れないし、この地図の場所にも向かってみようか。

 

 いたたまれなさに沈黙する一同の中で、冥王が切り出したその提案に反対する者は一人もおらず。

 

 

 このあとめちゃくちゃドラゴン退治した。

 

 

 





 おそらくこれが一番早いと思います(敗因:まな板師匠のフラグ管理の雑さ)
 なお、ここでジェニファーを操作している場合、『ナジャの投影魔導機』を回収するのを忘れないようにしましょう。『冥き茨の簒奪者』ルート解放のキーアイテムです。


……ぶっちゃけ第四章っておつかいクエストでモンスター退治三連荘な流れなんで正直話膨らませても仕方ないというか。
 なんならラディスの身代わりになって厨二幼女に首枷が嵌まるという展開も考えたけど、ちょっと絵面がまず過ぎるので没。

 という訳で巻き進行でした。
 いや、ラディスの「あたしはめーおーと行かなきゃならないの!」のセリフは結構好きなんですけどね。


 そしてコトちゃんにやっとまともなイベSSRが来たぜひゃっはー!!
 撃ったら寝る萌技とか初代人気投票一位の御褒美が恒常SSRと属性被りのSRだったとか、ソシャゲ序盤の調整不足は常とはいえかなり扱い悪かったからなー……。



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緑の家族たち


~聖装イベント・黒玄の私服~

 冥界市場、服飾店での一幕。

「ジェニファーにはこっちのワンピースが似合うって!」
「いやいや、こっちのブラウスにあのスカート合わせるのが―――」
「あ、この帽子可愛い」
「眼帯付けること考えると、頭の布地が大きいのはちょっと。こっちのリボンの方がいいって」
「眼帯ももうちょっと可愛いバリエーション増やしたらどうかな。今度あたしが縫ったげよっと」

「プリシラ、フランチェスカ。我は別に――」

「んー、ジェニファーはちょっと黙っててねー」
「放っといたらあなたモノトーン系の服しか着ないじゃない。折角可愛いんだからもっと色々お洒落しないと」

「気持ちだけありがたく―――ってもう聞いてない。これがいわゆる女の買い物は長いというやつか」

「あ、見つけましたわジェニファー」
「ルージェニア?」
「私はこういうの可愛いと思うの!」
「……緑の恐竜の着ぐるみ風パジャマ?」

「はいお姉様没収」
「ああっ!?」
「確かにジェニファーが着たら可愛いかもしれないけど、外でお洒落する服を選んでるんだからね、今は」
「………お外で着ちゃいけないかしら?」
「今ジェニファーがパジャマって言ったでしょうが!」
「あ、あはは……」



 以上。冥界にガチャ〇ンが居るのかは知らない。
 着ぐるみパジャマ着せたら可愛いとは思うけど、この厨二幼女、寝間着はタンクトップ一枚とかなんだろーなー……。

 んじゃ皆お待ちかねセシルのおかーさん登場の第五章入りまーす↓




 

 木漏れ日が程良く射し込む森林。優しく木の葉に和らげられた日差しが暖かく、ピクニックには絶好の日和であろう。

 澄んだ空気が肺に心地良い。黒衣の幼女ジェニファーは上機嫌にそれを深く吸い込み、

 

「捌きがいがあるなぁ、おい?」

「ゲロォォォーーー!!?」

 

 人間よりも巨大な両生類型のモンスターを二振りの大刀で斬り刻む。

 腕代わりのヒレを両側切り落とし、でっぷりした腹に十字の斬痕を刻むと、痛みにのたうつそれの顔面を跳び上がって蹴っ飛ばした。

 

「セシルっ!」

「はい!!」

 

 粘った体液を撒き散らしながら地面を転がっていくそれに照準を合わせ、深緑の髪を仄かに輝かせるハイエルフィンのセシルが杖を振って精霊魔術を起動。

 稲光が木陰を消し去る中、よく通電しそうな粘液まみれの巨大蛙は全身に高圧電流を浴び、ぷすぷすと焦げ臭い煙を上げながら動きを止める。

 

 僅かに痙攣していたのは単純に筋肉が電気で収縮をしていただけで、生命活動自体は既に止まっていただろうが、念のため完全に動かなくなるのを待ってからオッドアイ幼女は右手の“黒”を虚空に散らしてセシルに振り返った。

 

「ジェニファー様、うまく連携決まりましたね!」

「ああ、汝が後衛だと随分やりやすい」

「えへへ……やった、褒められましたっ」

 

 ぱん、とハイタッチを交わして互いの健闘を称える三番目と五番目の古参組アイリス。

 

 かつて冥王とユーがアイリスを集め始めた頃、セシルが参加するくらいまでは、種子探しの旅においてアイリス全員が常にフルメンバーとして戦闘に参戦していたため、彼女達の連携の練度はかなり鍛えられている。

 魔術を吸収して強力な斬撃を発動する魔剣『エンチャント』の専ら発動起点として、いっそジェニファーとセシルの合体技と言っていいほど協力し合っていた時期もあり、前衛後衛としてはかなり安定した二人組だった。――――最初に思いっきり誤射したのが嘘のよう、というのは言わぬが花か。

 

「他もそろそろ片付く頃合いか」

 

 一足先に得物を仕留めたジェニファー組は、他の戦況を確認すべく戦闘音の続く方向に視線を凝らす。

 

 森での戦闘において、あまり大人数で動くと木々が邪魔になるため現在二人一組(ツーマンセル)で行動しているアイリス達。

 

 教師役としてアイリス全員の癖をほぼ把握しており技量も高いベアトリーチェと、正統派の魔術師として砲台をこなすラディス組も前衛後衛としては非常に安定している。

 戦闘能力の無い冥王とユーは、用心棒経験があり咄嗟の反応と機転も期待できる女剣客コトが護衛中。

 

 そしてもう一組―――。

 

「せえぇぇいっ!!」

「フィー、出過ぎ……ってああもう、やっぱり聞こえてない!!」

 

 超重量の斧をぶん回し、回避も防御もあまり考えずひたすら攻撃に特化した狂戦士スタイルのソフィ。

 斧という威力は高いが取り回しの悪い得物の性質、一人旅が長く対集団戦においてとにかく敵の頭数を減らさなければジリ貧になりやすいという経験、そして何より意識が戦闘用にスイッチが入ってしまうと暴走してしまうまさに狂戦士気質により、ハマれば強いがちょっとしたことで窮地に陥りやすい戦い方を彼女は身に付けている。

 

 そんな前衛のフォローとして適役なのは、ジェニファーやアシュリーのように突破力が高く、並び立って相乗効果を発揮し絡め手を行う余裕がないほどの爆発力で相手を攻める者か。

 あるいは、火力がなくとも広い視野で徹底的に彼女のサポートに回り、ソフィが思うまま暴れられるよう的確に相手の動きを牽制できる者。

 

 この時組んでいる金髪痩躯の弓使いは、後者だった。

 エルフィンの狩人ティセ。彼女が一息の間に片手のそれぞれの指に挟む四本の矢を打ち尽くすと、それら全てが飛行する蝙蝠型モンスターの両翼と猪型モンスターの両目に的確に突き刺さる。

 息の根を止めるに至らないが敵戦力は大幅に削がれ、そこをソフィの大振りの一撃が斬断していく。

 

「ふーっ、ふー……っ!」

「はいどーどー、戦闘終了ですよー」

 

 目につく範囲の魔物を掃討し終えても更なる獲物を求めて本能的に目や耳や鼻を小刻みに動かすソフィだが、本人や相棒も慣れたものですぐにクールダウンする。

 

「っ……、こほん。ティー、私はお馬さんではありませんよ?」

 

 互いに愛称で呼び合うエルフィンとダークエルフィンは、かつてこの森で共に暮らしていた昔馴染みでもあった。―――軽く百年は遡るくらいには昔の話だが。

 

 この森―――そう、エルフィンが住処とする大森林地帯。

 世界樹を囲む山脈を中心に広がるこの一帯は、地上に住まう全ての者にとっての聖域であり、長命種の彼女達が守る不可侵領域でもある。

 

「で、半日も経たずにこれで魔物との戦闘は五度目。

 エルフィンの国というのは、余程闘争に満ちた修羅の国なのか?」

「さあ?私はもうずっとここには立ち寄っていませんから。見ないうちに随分殺伐とした場所になったのですねえ」

 

「ジェニファー、フィー。………怒りますよ?」

 

 今回の種子探索は、アイリスの一人であるティセが地上に出た際、エルフィンの秘術によって届けられた便りによってこの国に呼び戻されたついでとしてこの森にある種子を回収することとなっている。

 だが、訪れた冥王一行を出迎えたのはエルフィンの使者達ではなく魔物の群れ。

 

 遭遇する頻度からするに、この森全体が魔物の巣窟と化しているようで、ティセが呼び戻された便りも少しでも戦力をかき集めようと送られたSOSだったのかもしれない。

 

「うえぇー、なんか面倒そうな予感ー」

「丁度いいではないですか。パルヴィンの時のように恩を売ってその対価として種子を供出させるのです。つる植物、種子の反応は複数が一点に集まっているのでしょう?」

「あ、はいですベア先生。きっとエルフィンの方々が森に散らばった種子を集めたんでしょうね。反応がビンビンです」

「地上で最も世界樹に近い国は、やっぱ伊達じゃないってことかー」

 

 二年前に世界樹が炎上した際、蓄えたエネルギーを世界中に種子の形で放出したが、距離的な理由でこの森に落ちたものも相当数あるらしい。

 当時住人であったセシルとティセが種子を宿すシーダーとなったのも、確率こそ低くとも起こるべくして起こった事象といえよう。

 

「そうなるとこの魔物の大発生も、世界樹炎上の影響をもろに受けたということなのでしょうか?」

「いえ、私がアイリスになる前、白鹿が殺められ仇討伐の為旅立った前夜はこのような兆候は全くありませんでした。他の要因があると考えるのが妥当かと」

 

 世界樹の炎上以来世界各地で起こっている魔物の凶暴化や異常気象も絡めてアイリス達が口々に浮かんだ考えを言っていくが、あまりしっくりした答えは出ない。

 雑談以上にはならないのを感じ取り、冥王はとりあえず種子の反応の元、エルフィンの集落の方へ向かうよう声を掛けたのだった。

 

 

 

…………。

 

 道中魔物に押されて窮地に陥っていたエルフィンの戦士を助けたのもあり、セシルやティセの存在もあって代表である女王との謁見が叶った冥王一行。

 だがパルヴィンの時のような明るく笑いに満ち(そうになるのを必死で我慢してい)た雰囲気とは異なり、コトやラディスなどは露骨に不機嫌そうに顔を歪めていた。

 

「………感じ悪ーい」

「仕方ありませんよ。エルフィンの中におけるダークエルフィンの扱いとはそういうものなのです」

「はん。忌子ってやつ?迷信の典型例じゃん、あたしそういう非合理的なの一番嫌い」

 

 集落の者達はおろか、命を助けられたエルフィンですら嫌悪の目でソフィをじろじろと見る。歓迎どころか即刻この場所から出て行って欲しいと言わんばかりに。

 仲間を軽んじられて不快になるのは勿論、その視線をエルフィン以外の人種全員に向ける者もちらほらいる為、差別されている当のソフィがなだめようと好意的になれる筈もなかった。

 

 エルフィンのティセは弁護しようにもフォロー出来る言葉が無いのと、謁見前で緊張しているのもあってただただ視線を伏せており。

 ハイエルフィンのセシルは、何故か周囲の空気や会話も意識に入らないほど焦燥に満ちた様子でぷるぷる震えている。

 

「どうしようどうしよう……このままだと」

「どうしたセシル。何か不都合でもあるのか?」

「いえいえ!焦ってなどいないジェニファー様が私は元気ですよ?」

「………??」

 

 何やら要領を得ない言葉が彼女の口から漏れるが、問いただすより先にハイエルフィンの女王が石段で僅かに高く築かれた祭壇の上に現れる。

 おっとりした顔立ちと雰囲気の中にも自然と周囲を従わせる威厳を秘め、まずは部下の命を救ったことに礼を述べる。

 アナスチガルと名乗ったハイエルフィンの淑やかな所作に、自然とアイリス達も神妙に姿勢を正した。女王の鮮やかな緑色の長髪を見て「ああ」と何やら納得した様子の幼女を除いて。

 

「お客人達は世界樹の恩恵を強くその身に宿しているご様子。となれば、ご用向きも自然と察せられます」

「話が早いですね」

 

 森の奥深く、澄んだ湖のほとりの祭壇にて、彼女は世界樹由来の力の存在を感知できることを明かす。冥王を見て意味深に微笑む辺り、その正体も一目で看破しているらしい。

 だがアナスチガルは話を進めようとするベアトリーチェを躱して話題を逸らした。

 エルフィンの集めた種子を渡すつもりはない、という言外の意思表示であると同時に―――、

 

「ですがその前に――――どこほっつき歩いてたのかしら、馬鹿娘?」

 

「な、ななな何のことでしょう、私は通りすがりのただのエルフィン、乙女の恋の執行者(エグゼクター)プリンセス・ヴァイスです。けっしてセシルなどという新妻ハイエルフィンでは……」

 

「うっわあ、雑な誤魔化し……」

「ツッコミどころ満載ですが、なんかジェニファーさんのアレな影響もろに受けてません?」

「そうでしょうか?えへへ」

「そこ嬉しそうに照れるところなの?」

 

「な、え……なぁっ!?」

「あらまあ」

 

 どこぞのジェミニン・ノワールからあやかったんだろうが、英語のプリンセスに倣うとヴァイスが割とひどい意味になるとか親の目の前で新妻言っちゃってるとかそもそも根本的にそれで誤魔化せるとでも思っているのかとか。

 色々とアレな爆弾発言だったが、とりあえずセシルがそれこそ自分達の種族の本物のお姫様と発覚して完全に硬直するティセが少し哀れだった。

 

 そして。

 

「どうやら じ っ く り と話を聞かせてもらう必要がありそうね?」

「あわわわ。だんn――これは言っちゃダメなんだった、なら……ジェニファー様!」

「………どうも、シールド一号です」

 

 旦那様と慕う冥王に縋ると話がややこしくなるというのは思い至ったのか、幼女の背中に隠れようとして当然隠れられないセシル。

 何で盾にされているんだろう、と場違い感ありありな幼女を挟んで、久方ぶりの親娘対面の時間と相成ったのであった。

 

 





 とりあえず第十章でユーに一番ひっどいイメージを持たれていることが発覚したセシルのおかーさん。
 友人の母親と自分の想い人が失楽園する妄想とかちょっと業が深すぎんぞ世界樹の精霊(笑)。………まあ、セシルの正気度を犠牲にした分可愛かったけどね。



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緑の家族たち2


 つい活動報告に愚痴ったら暖かい声が……ありがてぇ。

 ただガチで命の心配をされてるのがもう草も生えない。




 

 エルフィンの女王アナスチガルの下に集められた複数の世界樹の種子。

 これまでの旅では一回の冒険につき集められるのは大体一つというペースだったのが、今回何倍もの効率を見込めるとあって何としても譲って欲しいところというのが冥王一行の本音である。

 

 が、エルフィン側も苦労して集めた世界樹の恩恵をはいそうですかと渡せる筈もなく。

 

 そもそもエルフィンは地上で世界樹に最も近い森に国を構え、その守護者を自認する上に長命種特有のプライドの高さを持ち合わせた種族。

 独自の世界樹信仰により人間の聖樹教会の教えなど一顧だにしない以上、教皇が誣告したデマに流されることなく死と転生を司る冥王ハデスに一定の敬意は表しているが、彼が連れているアイリス達についても同様にする程かと言えばそうでもない。

 女王の娘であるセシル、同朋であるティセはまだしも、他の者達に対しては表面上客人として遇しているだけでお世辞にも好意的な視線とは言い難い。まして肌の色だけで穢れた種族とみなされるダークエルフィンのソフィに対しては何をか況や。

 

 女王の側近達からの冷たい視線の中で、生半可の交渉では要求を通すのが難しいと見た冥王一行は、とりあえずは森の魔物の発生原因を調査することを命じられたティセに仲間のよしみで付き合いながら対策を練り直すことにしたのだった。

 母親の説教から逃げて来たセシルも連れて。

 

「エルフィンって大体ああなの?トミクニも大概よそ者には冷たいけどさ、あれはそういうレベルじゃなかったね」

「仕方あるまい。自らの十分の一程度の寿命しか持たない相手に敬意を抱く、というのは中々難しい感覚なのだろうさ。

 その理屈を自分の十倍は生きている主上に対して適用しない時点でこちらとしても敬意を抱く理由は消え失せるが」

「あー、なんか覚えがあると思ったら、あれだわ。田舎の村で長老気取ってるボケジジイが、生きてきた年数分の知恵を蓄えてる訳でもないのに若者を見下すやつ」

「いつになく辛辣ですねラディス。何か嫌な思い出が?」

「………ま、生まれた村でちょっとね」

 

 森を探索しながら先程の会合までの印象を口々に語るアイリス達だが、つい口がすべったのかエルフィンという種族そのものをボケジジイ扱いしていると言われてもおかしくない危険発言をしたラディス。

 だが、それを言い過ぎと窘めるには彼女の纏った雰囲気は暗く、表面だけの言葉で突っつくには躊躇われた。

 

 会話が途切れたところでなんとかティセが自分の種族の良い所をアピールして挽回しようとする。

 

「確かに排他的ですが、仲間意識は高いんです。共に森に住む同族は緑の家族と呼んで、自分の兄弟同然に大事にしますから」

「仲間には優しい、と。それが“仲間”なら、な。―――大方飽きもせず森に何百年も引きこもって同じ顔ばかりと付き合うから、偏屈が濃縮しているだけだろうに」

「う……」

 

 次いでジェニファーからも危険を通り越してもはや罵倒のような発言が出る。

 ラディスが感傷だとすれば、こちらは静かな怒りを滲ませる幼女の視線の先に居たのは―――常の安心するような包容力に溢れた微笑みではなく、明らかな愛想笑いを張り付けたソフィだった。

 

「ジェニファー様、いいんです。今更ですし、もうこの森にまた住むこともない身です。私は気にしないことにしていますし、ですから」

「ああ、我が当事者を差し置いて勝手に不機嫌になっているだけだ。だからソフィも気にしないでいい」

「………ふふっ」

 

 仲間を馬鹿にされたから、怒る。

 ロジックはシンプルで、だからこそティセも反論に詰まる。同族で仲間であるエルフィンを馬鹿にされたからという理由で怒ろうにも、先に差別したのがエルフィン側である以上正当性が主張できる訳がないのだから。

 そして戯言で切り返されたソフィはと言えば、少しだけいつもの笑顔を取り戻して幼女の銀髪を優しく撫でた。

 

「「………」」

 

 それを見て複雑そうに憂いの顔を見せるのは、セシルとティセ。

 

 セシルの憂いの理由は単純で、今までこのような問題が生まれ育った森にあったことさえ知らなかったから。女王の娘として、不可触民であるダークエルフィンは存在自体が遠ざけられ、『仲間には優しい』エルフィン達に傅かれて大事に大事に育てられて来た故に、こんなにも身近にあった種族の悪意と業にも気付けなかったという後悔と悲しみ。

 

 そしてティセは―――。

 

「私がダークエルフィンの扱いに怒っても、フィーがあんな風に笑ったの、一度も見たことない……」

 

 嫉妬と呼ぶには重く冷たい感情が胸に燻る。

 冥王が静かな声で、どういうこと?と水を向けると、二人だけが聞こえる声量で、エルフィンの狩人はその胸の内を解きほぐすようにぎこちなく語る。

 

「私とソフィは、昔は仲の良かった幼馴染なんです。いえ、今でも仲が悪いということはないんですけど」

 

 つまりはティセも御年にひゃく―――いや、これは置いておこう。

 

「エルフィンとダークエルフィンの違いはあっても、ずっとこの森を一緒に守っていこうね、って約束したのに。なのに、ある日突然『飽きた』って言って森を出て行ってしまったんです。

 約束も、友達も、故郷も、彼女にとっては『飽きた』の一言で簡単に捨てられるものなのかな、って…そんな子じゃないって思いたくても、ふとした時にどうしてもその考えが頭を過るんです。

 今のアイリスとしての暮らしもそうなのかな、って」

………森を出て行ったのは、ソフィなりに悩んだ結果じゃないの?湿っぽいのも恨み言っぽいのも嫌だから、そういう言葉を残したっていうだけで。

「だとしても、私に何も気づかせないまま、風みたいに去って行ったんです。だからまた…」

 

 冥王はティセの一方的な視点の話からでもなんとなく問題点に気づいたが、敢えて彼女の背中を摩って優しくなだめるに留めた。

 ソフィの考えをちゃんと理解しないで口を出しても話がこじれるだけだと判断して。

 

 

 ところで、その長く尖った耳のおかげかは不明だが、エルフィンは聴力が飛び抜けて高い種族だ。獣の動きで木の葉が掠れる小さな音を逃さない優れた狩人の資質を持つ。

 ダークエルフィンのソフィもその能力は持っているようで、つまりティセの話は小声でも筒抜けだった。

 

 

 彼女も彼女で誰かに胸の内を打ち明けたいことがあったのだろうか。

 唐突に話を振ったのはジェニファーに対してだった。

 

「約束を忘れた訳じゃなかったんです、言い訳になりますけど」

「いや、寧ろ忘れられないだろうそんな約束。我がソフィの立場なら、友達だろうが話を持ってきた時点で取り敢えず一発ぶん殴っているぞ?」

 

 聞けばダークエルフィンは、普通のエルフィンから突然変異のように生まれてくるらしい。成長したソフィがあっさりと一人旅を決意できた時点で、親が彼女にどういう対応をしていたかは良い想像が欠片も湧かない。

 それに対して普通に親に愛され“仲間に優しい”エルフィンの先輩達に可愛がられ弓を教わったティセが、『ずっとこの森を一緒に守っていこうね☆』――――どこぞの死神高校生探偵の物語で犯人役を務めるのに十分なほどの殺意を呑み込んで、愛想笑いでなんとか乗り切ったであろうソフィの忍耐力と懐の深さを、ジェニファーは本気で尊敬した。

 

「森に嫌気が差した―――というのも否定はしません。私にまともに接してくれたエルフィンなんて、ティセを含めて数人でしたから。

 でも、森を出たことに本当に大した理由はなかったのです。ただ閉ざされた森で生涯を終えるのではなく、森の外の地平線――そのまた向こうを見てみたいと。風の向くまま、どこまでも歩いてみたいという欲求が抑えられなかったと、ただそれだけで」

 

「?それは―――大した理由になるのではないのか?」

「と、言いますと?」

 

 

「……あらゆる困難、あらゆる障害を認識した上で、それら全てをねじ伏せてでも叶えたい願い。善悪も是非も問わず人を世界すらをも突き動かす原動力。人はそれを、夢と呼んで尊ぶのではないのか?」

 

「――――夢」

 

 

 ジェニファー自身は持たぬが故に、どこか羨むようにして紡ぐ言葉。

 それをソフィは最初、何を言われたかも分からないといった体でぽかんと復唱する。

 

「夢。………そう、夢です」

 

 けれど、その言葉を消化するにつれ、どこか欠けていた部分にぴったりはまったかのように、心を動かし息を弾ませる熱となる。

 その金色の瞳に、生き生きとした光が宿ったようにすら見えた。

 

「ありがとうございます、ジェニファー様」

「………何が?」

「長年の問いの答えがようやく見つかった気がします。

 私のこれは性質とか欲求とかそんなつまらないものではなかった。

 私の旅は、“夢”だった―――!」

 

「むぅ。参考になったなら、何より……?」

 

「ソフィ、いきなりどったの?」

「さ、さあ?」

 

 いきなりはしゃぎ出したので困惑する周囲のことも気づかずに、ソフィはジェニファーの手を取って両手で握る。

 それを上機嫌に揺らしながら、彼女は転生幼女に問うた。

 

「ジェニファー様、あなたの夢は何ですか?」

「……。無い」

「そうですか、なら―――」

 

「お取込み中すみません、モンスターが出ました!」

 

「―――ッ、よろしければ、私と一緒に同じ夢を見てみませんか?きっと楽しゅうございます」

 

 ユーが警告の声を上げたのに反応して手を解き、代わりに戦斧を携えて。

 一直線に間合いを詰めての豪快な一斬で蝙蝠型の魔物を両断しながらも、にこやかな笑みで誘う。

 

 背景に魔物の屍と飛沫する血液、そして断末魔とくれば何かを誘うのに相応しい場ではなかったが―――不思議とソフィとジェニファーの間に限ってはそうでもないように見えた。

 オッドアイ幼女もまた二刀を振りかざして戦場に躍り出ながら、不敵な笑顔で応える。

 

「―――そうかもなッ!!」

 

 アイリスとして冒険の旅をしている今が“夢”の時間なのだと。

 これからも一緒に旅を続けていきたいと―――願いを込めて。

 

 だからきっと大丈夫。

 

 ティセの不安は当たらない。

 風の向くまま放浪していたダークエルフィン。もう、彼女が風のように去ってしまうことは、ない。

 

 





 ちなみにソフィは原作ではティセとの約束に対し、殺意どころか『友達が大切に思うものを自分はそう思えない、なんて自分は薄情なんだろう――』みたいな感じで悩んでいたと明かされます。

………聖女かっ!!?




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緑の家族たち3

この時期に雪っ!

まあ外出自粛もあるんである意味丁度いいっちゃいい感じでしたよね。


 

 魔物の巣窟と化したエルフィンの森。

 その調査を命じられたティセとついて行ったアイリス達だが、調査と言ったところでそんな漠然としたものどうすればいいのやら―――とは、ならなかった。

 ティセ一人なら闇雲に魔物と戦いながら森を散策するしかなかっただろうが、冥王・ベアトリーチェ・ラディス・ジェニファーと、頭を回すのが得意な面々もここには揃っている。

 

 次から次へと遭遇する魔物の群れはそれらが食う餌を考えれば生態系の破壊なんてレベルではなく、自然に繁殖したとは考えにくい。ならば可能性としてはどこからか持ち運ばれて来たか、あるいはこの森のどこかに魔物を発生させる何かがあるのか。

 どちらもあまり尋常な話ではないが、強いてあり得そうなのを選ぶとしたら後者だろう。人間を優に超える巨体も居る魔物達をエルフィン達に気取られずに大量に運ぶ方法があるとして、それをする意味も意図も考えにくい。

 

 ならばこの魔物達はその“何か”がある場所から来ると仮定したとして、あとは定期的に方向を変えながら直進しつつ魔物が現れる方向や頻度の変化をマッピングすればいい。有為な統計を取れる程度には魔物に出くわすため、日が落ち始める頃には目的の地点について大体の位置を掴めていた。

 

「にーさん、疲れたよー」

 ごめんね、もうちょっとだから。

「流石にアイリス達も消耗が激しくなっていますね。ご主人様、ここで一度切り上げましょう」

「賛成。もーあたしもセシルも魔術撃つのきつくなってきてるし、怪しい場所は分かったんでそこに行くのはまた明日ってことで」

 

 日中森を歩き詰めで、その上並の頻度では済まない戦闘を繰り返した彼女達も限界が近づいてきていることもあり、目途が立った時点でエルフィンの集落に戻ることにした一行。

 

「ティセ。ここって」

「ええ。大変なことです、これは……」

 

 その中で、森の地図に示された疑惑の場所の位置を見たセシルとティセの表情には、困憊の中にも真剣な緊張が現れていたのだった。

 

 

………。

 

「聖域?」

「はい、この地上で唯一世界樹の元までたどり着ける回廊、《聖扉》が封印されている一帯です。掟により、ここにエルフィン以外の者を立ち入らせる訳にはゆきません。

 情報には感謝しますが、調査の続きは我々に任せ、皆さまはまずは今晩その疲れを癒してください。寝床は用意させてあります」

 

 もうあなた達に頼むことはありません、というニュアンスを含ませながらも、落ち着いた声で昨夕そう話していた女王アナスチガル。

 用意された寝床はと言えば藁葺(わらぶき)の一軒家で冥王共々雑魚寝という待遇だったが、そこはまあ木の洞で寝起きする者も居るような文明レベルからすれば上等な歓待だったのかもしれない。

 

 そして翌朝に再度女王に謁見し、最後の交渉のつもりで冥王一行は望む。

 

 決裂となればエルフィンの混乱の隙を付いた強硬策になるかもしれない、というのはセシルとティセには事前に言い含めていた。

 今までの世界樹の種子の回収において、種子を宿したのが奪い取るのに何の遠慮も要らない悪人ばかりだったかと言えばそんな訳はない。身内にエルフィンが居るからと言ってここだけ例外にするのは筋が通らない話だ。

 

 それにどの道自分達が見逃しても、今度は正真正銘情けも容赦も無い帝国や天使が種子を奪いにやってくる。魔物“程度”に右往左往しているエルフィン達がそれを退けられるかはかなり怪しいこともあり、二人は逡巡しながらもその方針に納得していた。―――最悪ソフィ同様、二度と故郷のこの森の人々から同朋と見てもらえなくなることも覚悟の上で。

 

 だが、エルフィン達は翌日には更に混乱を極めていた。

 

「聖域に偵察に行った者達が戻らない?―――くっ、より精鋭の者達で救援隊を組みなさい」

(典型的な戦力の逐次投入。軍事としては愚策の極みだな。それで“より精鋭の者達”も含め、先に行った連中共々屍を曝したら、完全な無駄死にになる訳だが)

 

「森の外の人間達が、武器を集めてこちらに攻め入ろうとしています!森から漏れ出た魔物は、エルフィンが嗾けているのではないのかと」

「何ですって?我々にそんなことをする理由がどこにあると……ああもう、急ぎ使者を出しなさい」

「はッ!おい、お前のところの息子が確か成人したてだったな?」

「ああ、確かに奴ならば抜けても森の防衛にさして影響はない」

(専門の折衝役は居らず、戦争になるか否かの瀬戸際ですら使者は文字通り“子供の遣い”。外交もへったくれも無いな、疑われるのは日頃の信用が無いからじゃないのか?)

 

 ここに来て更に噴出する問題へのエルフィンの対応に、内心キレッキレの辛辣コメントを入れるジェニファー。

 一国の軍師を務めていたプリシラが居たらストレスで胃を痛めるかぶち切れて説教を始めてるな、とか他人事そのものの考え方をしつつも、いつもの悪い病気(おしゃべり)は控えている。

 

 見込みは低いし最早エルフィン側がそれどころではないのかも知れないが、まだ交渉が決裂した訳でもないため煽ってかき回していい場面ではないし、挑発が有効に働く場面でもないというのを弁えているからだ。

―――本当に自重するべき場面を見極められる辺り余計にタチが悪い、と言えなくもないが。

 

 とはいえジェニファー程辛辣ではないにしろ、この森とここに暮らすエルフィンに好感を覚えるようなことが何一つなかったアイリス達も半数以上がその醒めた内心を視線に乗せておたつく彼らを観察していた。

 

 しかし、どうしても他人事でいられない者も当然居る。

 ティセはまあ、思考が典型的なエルフィンから抜け切れないので、状況がまずいと分かっていてもそもそもの間違いに気づけない。だからこの場で何か言うこともなかった。

 

 けれどセシルは。女王の娘として、いずれこの森を背負うのだと教えられて育った彼女は、間違った方向に進む民を見捨てられない。

 どのみちアナスチガルが持つ種子を強奪すれば二度と故郷に戻れない覚悟を決めている―――冥王やアイリスの為だけでなく、この森を種子を狙う天使達から守る為にも―――彼女に、止まる意思は無いのだから尚更に。

 

 

「お母様!!お母様は外の人間の方達に、エルフィンに敵意が無いことを自ら説明しに行ってください。

 聖域の調査には私がアイリスと共に行きます。行って魔物の発生を止めてきます!!」

 

 

「セシル!?あなた何を言って……」

「そうです!易々と女王様が外に出向いて姿を現すなど、ありえない。まして殺気立った野蛮な人間達の前になどっ」

「お黙りなさい!森で起こった問題を収めきれずに人間の領域に被害を拡げたのはエルフィンの不手際です。

 誤解を解く為に責任を取れる者がちゃんと説明する、それが誠意というものでしょう!?誠意も示さずに、相手が武器を収めてくれるとでも思っているのですか!?」

 

「エルフィン以外を聖域になど――それもそこのダークエルフィンは以ての外です!これはハイエルフィンと言えども守らねばならぬ掟!」

「セシル、下がりなさい。私の娘といえど未熟なあなたが口を出すべきところではありません。今なら聞かなかったことにしてあげます」

 

 森の問題に完全に巻き込むことになるアイリス全員に頭を下げるのも厭わないセシルの想いは、残念ながら母親にすら聞き入れられない。否、今目の前に居るのはセシルの母親ではなくエルフィンの女王なのだろう。だが。

 

「いいえ、引きません」

「セシル……っ!」

「私は森を飛び出して、旦那様に拾われて、アイリスとして色々な場所を冒険してきました。

 この森だけじゃない、今世界中が大変なことになっています。作物は実らないし子供も生まれない、人々の心は荒んで、戦火と悪意が大陸を包み込もうとしてて―――この森だってずっと無関係で居られる筈はないのに」

 

 女王だとすれば。『あまり暴言が過ぎると庇い切れない』―――そう懇願するような母としての呼び掛けを聞く道理もない。

 

「何が穢れたダークエルフィン。何が野蛮な人間達。何が掟。自分達のことも自分達だけで解決できないのに、周囲と助け合って生きようともしない。未熟なのはどちらですかッ!?」

 

 ただ、もしかしたら母の顔を見るのはこれが最後になるかも知れないから。

 辛くても全てを言い切るつもりで、セシルはおっとりぽやぽやした顔つきを精一杯険しくして、まくし立てるのを止めなかった。

 

「………私の最初の友達になってくれた、優しくて強い子が言っていました。

 目を逸らしたくなるような残酷な悲劇も、人が起こすのは全て人の“業”だ、って。それでもッ、それでもそれを何とかしようって頑張るのが人の“道”だ、って」

「―――、それは」

「小さな子供が何人も両親から引き離されて、道具のように売られているのを見ました。アイリスの皆さんと頑張って、帰りを待ってる親のところまで連れ戻してあげて。その後一緒に遊んだあの子達の笑顔は、いつだって誇らしさと共に思い浮かべられます」

「セシルさん……」

 

「家出したこと怒られるの怖かったけど、それでも本当はこの森に帰ってくること、すごく楽しみにしてました。嫌な物も沢山見たけど、同じくらい綺麗なものを見て、素敵な人達に出会って、そんな皆さんとこんなにも誇らしい冒険をしているって、お母様に伝えたかったから。―――なのに、なのにっ」

 

 広がった視野で戻った故郷を見てみれば、そこにあったのは大切な仲間であるソフィを貶める悪意、自分達以外への狭量さと排斥。失望はしても嫌いにはなれない、見捨てられはしない、けれど。

 

「―――世界樹が燃えて、この大地に生きる誰もが大変なことになっている時に。貴女は、あなた達は、何か一つでも誇れることをしましたか?答えなさいッ、胸を張って何かを成し遂げたと言えるのか、そうでないのか!?」

 

 おそらくは自分の想像もつかないような残酷で悲惨なものを見て、辛い目に遭って、『それでも』と言える友達のことをセシルは尊敬している。

 彼女が言う“人が人たる為に歩むべき道”があることを、自分も信じたいと思っている。

 大好きな母親に、民に、それを踏み外して欲しくはないと、誰よりも強く思っている。

 

 だから言うのだ、零れた涙を拭うこともせずに。

 

 

「貴女こそ、どこをほっつき歩いているんですか、この馬鹿親ぁーっっ!!」

 

 

―――森の祭壇を、静寂が満たした。

 

 風に葉が掠れることさえ止み、響くのはセシルのすすり泣く嗚咽だけ。

 その中で誰も何も言えなかった。動くことさえできなかった。

 

 冥王やアイリス達は、言いたいことを全て言って我慢の限界が来たとばかりにしゃくり上げるセシルを、肩を抱くことも慰めの言葉をかけることもしない。

 たとえ泣きながらでも、覚悟を持って立ち上がった者に対してそれをするのは無礼どころか侮辱であると理解しているから。

 

 エルフィン達は、何も言い返せない。

 セシルの言葉は未熟な若者の感情論で、反論自体はいくらでもできる。

 けれど自分達のことを想って涙を流してまで投げかけた問いに、はぐらかした回答をしようものなら、それは誇れるものを何も持たない自分達の薄っぺらさを認めたも同然になる。

 

 プライドの高さ故にそんな真似は出来ない。だが、王族とはいえ小娘の言葉で翻意することもプライドが許さない。

 葛藤に膠着した静寂を割いたのは、女王の静かな声だった。

 

「私が出立し、外の人間達に経緯を説明し、武器を収めるよう説得してきます。

 誰か、セシル達を聖域まで案内しなさい」

「………よろしいのですか?」

「折れない意志と曲げない覚悟。そしてエルフィンの民を慈しむ心。

 いずれこの座を託すに相応しい王の器を、私は今のセシルに見ました。

 この場限りにおいては、彼女の言葉を女王のものと思うように」

「っ、お母様!」

「しかし、掟は―――」

「今この状況において、掟を守ることが誇らしい決断だと胸を張って言える者のみが、“女王”の道を阻みなさい」

「………っ」

 

 そう言い残して、動けないエルフィン達を尻目に女王は祭壇を立ち去ろうとする。

 だがその前に一度だけセシルに振り返り、温かい眼差しで微笑んだ。

 

「―――立派になりましたね、セシル」

「はい……、はいっっ!!」

 

 深緑の幼姫の涙が止まる。

 自身の真剣な訴えを、ちゃんと母は聞き届けてくれた。

 まだ何も問題は解決していないけれど、今はそれだけでも十分だ。

 

 良かったね、セシル。

「はい!……あ、ごめんなさい、勝手に決めちゃって」

「水臭いことを言うな。―――“友達”、なんだろう?」

「ジェニファー様っ。えへへ、ありがとうございます!」

 

「……いつも通りですから、もう諦めました。やるとなれば速攻で片を着けますよ」

「ベア先生めっちゃ嬉しそう~」

「お黙りなさいぐーたら侍」

 

 笑顔を取り戻したセシルを、冥王が、ジェニファーが、賞賛の眼差しと共に労う。

 ベアトリーチェも、言葉と裏腹に生徒の成長を喜び非常に上機嫌なのが声音に現れていた。

 

「―――誇らしい決断、か」

「今からそれを為しに行くんですよ、ティー?」

「そう、そうよね!私もセシル様に恥ずかしくない働きをしないと」

 

 こうして、アイリス達は魔物の発生源となったエルフィンの聖域に踏み入ることとなるのだった。

 

 

 





 今回の話は書いててむっちゃ感情入ったけど―――うん。

 セシルちゃんもろにジェニファーの影響受けてるよねやっぱり。
 おちょくるだけの戯言幼女とは動機に天と地の差があるけど。

 そして次回、師匠と弟子の超気まずい再会が―――。



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緑の家族たち4

 

「右眼が疼く―――」

 

 空気が不味い。生ごみを限界まで腐らせて化学薬品にぶち込んだような汚臭がオッドアイ幼女の肺腑を汚す。

 そこらの木の葉や草の緑が毒々しく視界を遮り、その右眼の虹色は呼応するようにして仄かに光り輝いていた。

 

 アイリス達がエルフィンの聖域を進む中、不快そのものといった風情で表情を歪めるジェニファーに同意するように、背負った斧をいつでも振るえるように手を柄に添わせたソフィが真剣な顔で呻く。

 

「おそらくジェニファー様ほどではありませんが、私も感じます。この先におそらく、途轍もなくおぞましい何かがある」

「………私も同意見です。皆さん、気を引き締めてください」

 

 世界樹の種子の探索にその感知能力が欠かせないユーが僅かな沈黙を挟んで同意したことで、アイリス達は軽口を叩くこともなく精神を切り替えて聖域の中心へと向かっていた。

 深部へ向かうに連れ、面々の誰もが実感できるほどに森に充満した黒い瘴気。その不吉な禍々しい黒は魔物の発生源と即断してしまって構わないであろうほどにおぞましく―――しかし、アイリス達にとってはある意味見慣れたものでもあった。

 

「これって、ジェニファーの……?」

「ジェニファー様、右手の黒い剣がっ!?」

 

 コトが代表して疑問を小さく呟くと同時に、セシルが驚きの声を上げる。

 それにつられて皆がジェニファーの方を振り向くと、彼女の握る“黒”がその形状を鋭く凶悪な刃へと変えているのが目に入った。

 

「っ、“共鳴”したか……!」

 大丈夫、ジェニファー?

「問題ない。流石にこの場に聖樹教会絡みの何かがあれば危うかったかも知れんがな」

 

 この場に『銀髪鬼姫』の異形化状態を間近で見たことがあるのは冥王とユーのみ。その瘴気が微かに漏れ出た雰囲気を感じて冥王が真剣な表情で気遣った。

 

 

「ごめんジェニファー、今まで敢えて避けてたんだけど、必要な情報かも知れないから訊くね。その黒いの――っていうかここらに蔓延してる嫌なモノ、一体なんなの?」

「……“力”だ。そして“嫌なモノ”でもある。我が半身が抱いた無力感、罪悪感、絶望。そして肉親と一族を凌辱と略奪の上惨殺した仇である聖樹教会への殺意、悪意、憎悪。

 それに呼応するようにして、この闇の力は湧き上がっている」

「「「………っ」」」

 

 ラディスの問いかけに、邪教の巫女は言葉に躊躇いながらも素直に答えた。

 それに対して薄々と最年少アイリスの悲惨な過去を察していた者もそうでない者も、皆一様に言葉が見つからずに顔を伏せる。

 

 だが、この場で必要なのは愁嘆場でも同情合戦でもない。そう言わんばかりに淡々と歩みを止めないまま分析した限りを話すジェニファー。

 

「この闇の力そのものには悪意は無い。だが、自己保存と自己増殖……生命の本能のような何かを感じる。先ほど言ったような強烈な負の感情、それに同調し、共鳴し―――浸蝕して仲間を増やす。否、“同化”する」

「そんな!?それだったらジェニファーさんは、いえ、ジェーンさんは……っ」

「我が半身は、我が護る。易々と闇に呑ませたりはしない。

 だが、そうだな。そこらの動物がこの濃度の闇の力に触れれば、魔物にでもなるかもな?」

 

 相変わらず仮定形で仮説を投げるだけ投げる悪癖を披露しながらも、この森での魔物の大量発生原因を言い当てつつ、確かに仲間を案じて忠告することには。

 

 

「冥王、世界樹の精霊、《種子を持つ者(シーダー)》。この闇の力にどこまで抗することが出来るかは未知数だが、言えることは一つ。

 己を見失うな。たとえ何を失くしたとしても、魂だけは己のものだ」

 

 

「――――くすくす。なるほど、結論は気に入りませんが、なかなか的確な分析です。

 それに関して一つ提案が。私はこの闇の力に《深淵》と名付けました。次からはどうぞそのように呼んでくださいね?」

 

 

 話しながらも聖域の中心――世界樹に続く道である聖扉に辿り着いた一行を待ち受けていたのは、一人のドワリンだった。

 意匠を凝らした上品なワンピースに、先端が二股に分かれたとんがり帽子、艶めいた長髪、病的に透けた肌、その全てが黒白のコントラスト。濃密な瘴気―――《深淵》の向こうに輝く金の瞳はどこか不吉な黒猫を思わせる。

 

 彼女の姿は、ここに居る面々の内三人は映像越しに覚えがあった。

 そして一人は、共に暮らし毎日―――。

 

「ナジャ……ナジャ!?あんたなんでこんなとこに居るの?あんたがいなくなったって魔術塔は大騒ぎ―――痛っ!!?」

「悪いが再会の喜びを分かち合う心境ではなさそうだな、向こうは」

「いえいえ、嬉しいですよ?久々にラディスのその間抜け顔を拝めたことは、素直にね?」

「………ナジャ?」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとした金髪の魔術師を、これまた咄嗟にジェニファーが肩を強く掴んで引き寄せる。

 一瞬後に、そのままであればラディスの頭部があったと思われる位置の空間が歪み空気が破裂する音が響いた。

 

 何が―――その聡明さを発揮することもできずに茫然と師匠の名前を呟くラディスを庇いつつ、《深淵》使いの幼女は同類と思しき外見幼女に問いかける。

 

「無駄と分かっているが一応聞こうか。……貴様、正気を保っているか?」

「正気。正気?ふふ、あはは!何を言っているのですか、私はこの上なく正気ですよ?」

 

「私でも判ります―――こいつは、正気じゃない」

「「「同感(です)」」」

 

 ティセの警戒心が滲み出るセリフに全員が同調する。

 それに心外と言わんばかりに、見下した表情で嘲笑を浮かべながらナジャは語る。

 

「愚かな者達。自分の理解は及ばないモノを異端と排斥し、見ないふりをする。

 《深淵》もそう。これは私達のすぐそばに、いつだってそこにあるというのに、誰も気付かない。見向きもしない。

 だから私は一人の真理の探究者として、矮小な人々に啓蒙を授けるという崇高な使命を帯びているのです!」

 

「………分かりやすく闇に呑まれているな。それを言わせているのが《深淵》なのか自分の意思なのかも理解できていないのだろうよ」

「ナジャ、あんた変わったよ。以前なら、あたしの村を救ってくれた時だって……どんな馬鹿相手にも見下すことなく、対等に向かい合って一緒に真理を探してた。自分がどれだけ優れた知識を持ってても、それを理由に誰かの上に立ったなんて思い上がり、絶対にしなかった。それが浸蝕されて同化された結果ってか。

 我執に呑まれるなとか言っといて、当のあんたはそのザマかッ!?」

 

 世界樹に続くとされる道、その扉に設置された歪んだ幾何学紋様。そこに濃縮され集められた《深淵》の密度は世界すらをも浸蝕するのではと危機感を覚える程度には濃い。

 既にエルフィンの森の魔物被害が深刻なことも含め、これをやっているのがナジャでないとも、その目的が善なる理由だとも、そう信じられる程の能天気はここにはいない。

 

 ようやく理解が追いついた結果、師匠への信頼がそのまま失望に転換され、激情のままに糾弾する弟子の声にも、邪悪に堕ちた魔導士は一切動じることはなかった。

 

「おや、その言葉が出るということは、私の部屋に残してきた試練は突破できたようですね?成長しましたね、ラディス」

「「………、……」」

「……ふっ。で、貴様の目的はなんだ?啓蒙とやらの為に、世界樹を深淵で汚染しようとでも?」

 

 幼女は不敵な笑みで誤魔化して話題を変えた。

 

 露骨な話題転換だったが、聞き逃していい内容ではないのは確か。

 わざわざ人間界で世界樹に最も近い場所での企みということで、容易く推測できる類の目的ではあったが―――。

 

「汚染だなんて人聞きの悪い。世界をあるべき姿に……全ての魂の輪廻に深淵を。もっと深く、もっと強く。この真理に気づかぬふりなどもはやできない程に、ね」

「それはそれは。さぞ不気味で醜悪な世界になりそうだ」

「私から言わせれば《深淵》から目を背けた今の世界の方が不気味で醜悪です。それに、あなたが言うのですか?殆ど深淵に浸かり切った無垢な魂を内に抱えているあなたが」

「………」

「他には、……そう」

 

 意味深な笑みと共に冥王、ユーと視線を移して行き、最後にソフィに目を止めるといやらしい口元をさらに歪めた。

 そしてナジャが指を差すと、ソフィ目掛けて闇の奔流が収束していく。

 

「――――、いやああああぁっっ!!?」

「ソフィ様!?」「フィーッ!!」

 

「ダークエルフィンの魂なんて、すっごく深淵に染まりやすい。

 ねえ、憎いでしょう?あなたを穢れたモノとして森を排斥し、放浪の旅に追いやった元同族が。この森が!深淵はあなたの苦しみを理解し、包み込んでくれる。

――――さあ、その魂を沈めましょう?深淵は至上の安寧を約束してくれます」

 

 森の不可触民を包み込む繭のように、絡みつく瘴気。

 その褐色の肌を舐めるように漆黒の闇が纏わり、彼女の肉体を、心を、魂を侵していく。

 

「うぁ、く……っ!!」

 ソフィ、聞くな。ジェニファーが言っていただろう、己を強く持てって!

「フィー。確かに私はあなたの苦しみをちゃんと理解してあげられなかったかも知れない。でも、それでも闇に負けないで欲しい。一緒に森を守ろうとか、いきなりどこかに旅立ったとか、もういいの。貴女が無事でいてくれるなら、元気でさえいてくれるなら、それだけでいい。どれだけふらふらしてても、心配かけさせても……だから負けないで!!」

「ソフィ様、がんばって」「負けるなー!!」

 

 冥王が、ティセが、そしてセシルやユーも必死にソフィに声を掛けていく。

 だが闇は執拗にソフィに迫り、そして暴走ジェーンと同じように肌にどす黒い脈線が走っていく。

 

「「―――っ」」

 

 万が一の時に穢れ役をする覚悟を、コトとベアトリーチェが決めてそっと刀に手を掛ける中。

 その光景に高みの見物を決め込むナジャが、嘲りの言葉を投げかける。

 

「感動的ですね。でも無意味です。誰かが誰かの苦しみを真に理解することなど出来はしない。

 所詮人は、他人を傷つけることしか知らない生き物なのですから!!」

 

 

「――――それが貴様の心の闇か?」

 

「何?」

 

 

「傷つけ傷つけられて、もういいと人を見限ったか?

 闇ばかりに目を奪われ、光から目を逸らす自分を誤魔化して。

 深淵がどこにでもあるというなら―――同じように希望もそこら中に転がっているだろうに」

「……戯言ですね。子供らしい綺麗言」

 

 アイリス達の意識がソフィに集中する中で、ジェニファーだけはナジャに言葉を投げる。

 いつも通り、なんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言っているだけの戯言を。

 

 ラディスと違い、ナジャにとって初対面の赤の他人の自分の言葉が届くなんて思ってはいない。彼女に刺さる言葉なのかそうでないのかもどうでもいい。

 ただ――信頼していた師匠の変貌に傷付いただろうラディスに代わり、何かを言わなければ気が済まなかったのと。

 

 

「ああ、戯言だ。でも綺麗事だからこそ、叶って欲しいと願えるし―――、」

 

 

「エンチャント……アビスーーッッ!!!」

 

 

「な…ッ!!?」

 

「――――叶った時は、最高に嬉しいんだ」

 

 

 アイリスになる前ならいざ知らず、今のソフィが深淵に負けることなどないと、信じていたから。

 

 大地裂く牙。木々を根こそぎ粉砕し走った闇の斬閃。

 それは確かにダークエルフィンを排斥した者達の聖域の森に、無残な破壊の爪痕を刻むが―――同時にナジャの設置した魔法陣を露とし、一帯に漂う瘴気ごと吹き散らした。

 その起点たる一角で、汗だくのソフィが黒い残滓を残す斧を振り下ろした体勢で膝を突き、荒い息を切らしている。

 

「―――ふ、っつ……ジェニファー様の真似っこしてみましたけど、やはりきつい、ですね…!」

「当然だ―――が、スカッとしただろう?」

「それはもう、うふふ」

「ソフィさんその爽やかな笑顔が怖いです」

「でも良かった。本当に焦った―――」

 

 アイリス達がそれぞれ安堵に相好を緩める中、唖然とした様子でナジャが呻く。

 

「馬鹿な……何故…」

「おあいにくですが、私の夢は、私と、私のかけがえのない仲間達とで見ると決めました。

 深淵だかなんだか知りませんが、差し上げる魂など一片たりとも存在しないのですよ」

 

 今の一撃で実は精魂使い切ったソフィが、それでもやせ我慢の笑顔で勝ち誇る。

 その前を通り過ぎながら、あとは任せろと言わんばかりにアイリス達が散開し、八方からナジャを囲んだ。

 

「さて、……次はあんただ、ナジャ。いっぺんぼこぼこにして、正気に戻す方法もきっと探してやる」

「お優しいラディス。ですが魔法陣が破壊された今、もう私があなた達に付き合う理由はありません。

 あーあ、あと少しだったのに」

「――、待てっ!!」

 

 さっと腕の一振りで《深淵》がナジャの体を包み、そして森の景色に霞んでいく。

 あまりに素早く発動した転移魔法で逃げに徹されて、それを妨害することすら能わなかった。

 

 ぎちりと歯を鳴らしながら、ラディスがナジャの消えた景色を睨み付ける。

 

「……弟子のよしみだ。絶対にあたしが、あんたを止める……!」

 

 その誓いは、静謐を取り戻した森の木々の奥へと消えていくのだった。

 

 

 





 はい、第5章完。

白狼「きゅーん……(出番……)」



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ラディス


 土日しか執筆時間が取れにゅ。




 

「あんたにこれ言うの、ほんとダメだってのは重々分かってるつもり。

―――そこを押してお願い、ジェニファー。その《深淵》の力、研究させて」

 

 エルフィンの森での冒険を終え、冥界に帰り着いたラディスは一言目にそう言ってジェニファーに頭を下げて来た。

 

 

 今回の冒険でもアイリスとしての種子集めという目標は無事に達成。下手人こそ取り逃がしたもののエルフィンのみでどうにもできなかった異変を解決したアイリス達の活躍を評価し、そして引き続き次期女王であるセシルの面倒を見て成長させてあげて欲しいと授業料代わりに森にあった種子を全て冥王に預けてくれた。

 

 また、その際に女王アナスチガルはダークエルフィンも等しく森の仲間として扱うことを宣言。表向きは異変解決に最も貢献したのは魔法陣を破壊したソフィであるという理由にしていたが、女王自身ダークエルフィンの扱いに納得していた訳ではなかったと直々にソフィに謝罪があった。

 ソフィは当然のように笑って許した―――が、いくら女王の声明とはいえエルフィンの差別意識もそれを受けてきたダークエルフィン達の蟠りも容易く姿を消しはしないだろう。“それでも”現在と次代の女王が揃ってダークエルフィン擁護の立場に立つことで、いつかは肌の色の垣根なく全ての森の住人が笑い合える日が来るかも知れないという希望を持てた。

 

 セシルとティセ、そしてソフィ―――あの森を故郷にするアイリス達も、どこか肩の荷が下りたような晴れやかな顔で学園に凱旋できている。

 

 

 そして、対照的なのが師匠の変貌を目の当たりにしたラディス。

 慕っていた師匠が魔物を大量発生させ、世界樹を《深淵》などという不吉な闇の力で染めようとしているなどと聞いて心穏やかで居られる筈もない。

 

 ナジャを見つけ出し、とっ捕まえて正気に戻す―――その為に邪教の巫女の凄惨な過去に触れると認識しながらも、その未知の力を解析するべくジェニファーに協力を依頼した。

 一歩も引かぬとばかりの真剣さで頭を下げるラディスにその本気を見て取った銀髪幼女はその要請を承諾。週末は魔術塔のナジャの部屋に手がかりを探しに行きつつ、授業がある日は放課後にジェニファーと学園に籠る日々が始まるのだった。

 

 

 学園のカリキュラムに魔術の授業が含まれているため、校舎の一角に設けられた工房。

 各種触媒や魔力結晶、魔法陣の描かれた羊皮紙などがベアトリーチェの管理で棚に整頓され、また壁に埋め込まれた結界が多少の魔力の暴走程度ならびくともしない程に補強している頑丈な設計の部屋だ。また、隣には同様の設計で試射を行える射撃場も備えられている。

 

 その中で簡易ベッドに腰掛けたオッドアイ幼女が《深淵》を纏った右手で色とりどりの鉱石を握っては置きを繰り返している。

 そしてジェニファーが握った後の鉱石を、ゆっくりと回転する魔法陣に乗せては、それらが仄かに輝いたりばらばらに崩れたりするのをメモを取りながら観察するラディス。

 

「これは何を目的とした実験だ?」

「ん?簡単に言えば、エテルナの指向性と形象崩壊までの臨界値について《深淵》っていう要素がどの程度噛んでくるか比較検証してるの」

「………全く簡単ではない気がするが、要は火や水などの属性魔術が深淵の影響下でどの程度機能するかという話か?」

「それは調べたいことの一つでしかないけど、おーむねそんな感じ?」

 

 いつもは要点を押さえた説明をする彼女らしからず理系がよくやるような専門用語混じりの言葉をなんとかジェニファーが解釈するが、思考に没頭しているのか返って来たのは生返事だった。

 手元で朱色の鉱石がくすみながらも光を発する様を検めつつ、独り言を繰り返しながら仮説と反証を繰り返すラディスの様は紛れもなく研究者そのもの。

 

「複合エレメントほど綻びが速いかっていうとそうでもなさそう。単属性の魔晶石がこんなにぼろぼろ崩れるとか……いや待て、“浸蝕”と“同化”ってそういうこと?そもそも指向性どうこうじゃなくて、エテルナそのものを変質させてんの?でも、ん~~~なんかしっくり来ないっ」

 

(――――、――暇)

【………(がんばっ)】

 

 授業があった日なので互いに制服姿なのは当然として、ラフにやりたいのかツインテールを解いた金髪をくしゃくしゃとかき回しながら思考も回すラディス。

 彼女が完全に熱中しているのは分かるし、邪魔をする気などさらさら無いが、その分手持無沙汰になるのはジェニファーだ。

 

 暇つぶしに脳内彼女、もとい脳内幼女と対話しようとしても未だ《ジェーン》はまともに受け答えできるほど回復できている訳ではない。

 小さな拳をぎゅっと握ってエールを送ってくれるイメージはありがたいし可愛らしいが、正直それだけでは眠くなってくる。

 

 口には出さないが―――精神的に疲れるのだ、《深淵》をあまり多用するのも。

 

 共に沈もう。懊悩から解放されよう。一緒に……救われよう。

 《深淵》の呼び声は甘く優しい。もう何も考えなくていいんだよ、と静かに包み込もうとしてくる。そこに悪意は感じられない。

 

(――――五月蠅いんだよ……)

 

 それでも、ジェニファーはもはや苛立ちすら起こらなくなった心でそれら全てをねじ伏せる。“彼”が幼女の肉体に宿って以来、幾度も幾度も繰り返した行為だ。

 

「深淵がエテルナの変導ベクトルをゼロに戻す作用があるとして、剥がれた術式と魔力は……っ、そっか、つまりそれがジェニファーのエンチャントの―――ジェニファー?」

 

 ちょうど意識が厨二幼女の技に焦点が向いたのもあってか、気だるげな雰囲気に気づいたラディスが不審そうに声を掛ける。

 茫洋とした意識の中を叩き起こし、一拍遅れてそれに応えた。

 

「………どうした、ラディス」

「ジェニファーは、さ。大丈夫だよね?あんたまでナジャみたいにならないよね?」

「そのつもりは無いな」

「信じて……いいんだよね?」

 

 半ば懇願のような問いかけには、押し隠せぬ不安が滲み出ている。

 

 喧嘩別れで飛び出したとはいえ、人格者という意味ではラディスはナジャ以上の相手を知らなかったのだ。

 出会いは疫病に蝕まれた寒村。そこに訪れたナジャは玄関ににんにくを吊るすなどの迷信に縋っていたラディス達村人に、井戸を浄化し、病人に接触した者は特に清潔を心掛け、といった正しい感染症への備えを教え施したのがきっかけだ。

 あの時のナジャはそれまでの風習にこだわる頑迷な老人達に粘り強く付き合い、心ない言葉を浴びせられても決して一方的に“正しさ”を押し付けようとしなかった。

 エルフィンの森の例を引き合いに出すまでもなく、それがどんなに面倒で手間のかかることか。そして結果として疫病が去っても見返りすら求めなかった彼女の在り方にこそ着いて行きたいと思って弟子入りを請うた。

 

 種子を宿したことで舞い上がって彼女の下を離れたが、それでも師匠が彼女でなければもっと傲慢で自分本位な嫌な魔術師になっていたことは間違いない。その場合、旅の最中《アイリス》の勧誘を拒みジェニファーに斬り伏せられる結末もあったのかも知れない。

 

 そんな風に思って感謝もしていた師匠が《深淵》に呑まれたのだ。

 

………無力感、罪悪感、絶望。殺意、悪意、憎悪。深淵の源がそういう負の感情であるとジェニファーは言った。

 聖樹教会が邪教の巫女に対して行った仕打ち。それを直接受けた人格ではないとしても、仲間への悪意には存外敏感なジェニファーが半身とまで呼ぶ相手の憎き仇。

 善なる道を信じたいと嘯きながら、人と世界の悪意を見切り冷笑する戯言使い故にこそ、ナジャが堪えられなかったものをジェニファーが堪えられるというのはラディスには確信できなかった。

 

 ナジャに対する美化も入っているのかもしれない、というのは多分に自覚していたが。

 

 そんなラディスに対して、当然ながら安心させる言葉を言えるジェニファーではない。

 『心の闇には絶対負けない!』なんて清らかさ全開のセリフが似つかわしくないことなど百も承知。

 

 ただ、自分なりの理由だけは持っていたのでそれを明かすことは出来る。

 

 

「―――意地だよ」

「意地?」

「汝の師匠は、あるいは優し過ぎたのかも知れないな。《深淵》そのものに悪意は無いんだよ、起こす結果が『浸蝕と同化(はた迷惑)』というだけで。

 こいつらはただ―――寂しいのは嫌だ、って彷徨っているだけだ。だから仲間を作ろうと目星を付けて群がる。“自分と同じモノ”が増えたところで、その孤独が解消されることはないと気づくこともなく、な」

「それじゃナジャは……《深淵》とも正直に向き合おうとしてしまったから?」

「それが全てとは言わんがな」

 

 精一杯好意的な解釈をしてみたが、これが当たっているかはやっぱり戯言(しらない)。

 だがラディスへの慰めにはなっただろうか。彼女の反応を待つことなく己の理由を曝け出す。

 

 

「記憶がない、過去もない。名と肉体ですら借り物。それが我だ。

 なのにこの魂すら明け渡せば―――一体何が残るという」

 

「………っ!」

 

 

 何を失っても、魂だけは己のモノ。それは何も持たずにこの残酷な世界に放り出されたジェニファーの、唯一残されたちっぽけなプライド。

 それを聞いたラディスの目から―――ふと、涙が一筋零れた。

 

「何故泣く?」

「分かんない。分かんないけど!」

 

 二人きりの静かな工房で、ラディスの震える声が反響する。

 魔術師の中に、焦燥とも衝動ともつかない急き立てる何かが生まれる。

 何か言わなければ―――探す言葉は吟味するより早く口を突き。

 

 

「ジェニファー、あんたはあたし達と、今を精一杯生きてるだろ……!?

 そうやって駆け抜けた今が過去になるんだ。想い出になるんだ。

 何も残らないなんて悲しいこと、言わないでよ……ッ!!」

 

「――――」

 

 

「もういい。あんたがいつか闇に呑まれても、ナジャ共々あたしが引き摺り上げてやる。

 あんたは勝手に一人で可哀相ぶってろ、ばーか、ばーかッ!!」

 

 そう吐き捨てて、ラディスは実験道具を全て床にぶちまけ工房を走って出て行く。

 取り残されたのは、ただ目を見開いてぶつけられた言葉と想いを受け止めるしかできなかったジェニファー。

 

 それがゆっくりと意味を飲み干し――簡易ベッドにごろんと背を倒した。

 おもむろに制服の袖で目元を隠しながら、口から零れたのは癇癪を起した仲間への苦言。

 

「……好き勝手、言ってくれる」

 

 けれど制服の袖は、ゆっくりと温かい何かで濡れていくのだった。

 

 

 





 ちょっとシリアス続きだからそろそろネタに走らないと死んじゃう病が……。

 まあ次回第六章でみんなのアイドル、スゴイ筋肉の人たち登場だしね。
 ふわふわ幼女には何事もなかったかのように一緒にはっちゃけてもらいましょう。



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放埓の王


~学園イベント・クリス~

「………むにゃむにゃ」
「『今日も綺麗だよ、クリス』」
「……そんにゃ、めいおーさま~……むにゃ」
「『思わず抱きしめたくなるくらい愛らしいな』」
「………だめ…です。こんなところで……うふふふふふ」
「『ああ、つい衝動が抑えられなかった。なんて罪な女の子なんだ、クリス』」
「……きゃあ、だいたんです冥王様………もう、もうっ。じゃねんぼくめつですぅ~~…むにゃ」

「クリス先輩、ジェニファーさん。何やってるんですか?」
「しっ。珍しくクリスが居眠りしていたんでな。ちょっとイケメン台詞吹きこんで遊んでいた」
「もー。あんまり悪戯しちゃ、めっ、ですよ?」
「やってみると楽しいぞ?主にクリスのふやけ顔が」
「………じゃあちょっとだけ」


「何がちょっとだけなのですか、パトリシア?それにジェニファーさんも?」


「……寝起きは良いんだな、クリス」
「ええ、おかげさまで夢が中途半端に盛り上がって目が覚めましたから。
 パトリシア、どうやら修道院時代の懲罰を思い出したいようですね?」
「わあああ、勘弁してくださいクリス先輩。私は未遂ですっ」
「未遂は正犯に準じるのが法です!この際です、ジェニファーさんも一緒に―――いないっ!?」
「ジェニファーさんならクリス先輩が目を離した途端にぴゅーって走ってっちゃいました」
「もうっ。悪ガキそのものじゃないですか!?」

「クリス先輩も、なんか修道院時代のマザーにどんどん似ていってるような……」
「誰のせいですかッ!?」
「私のせいですかっ!?」


 以上。ジェニファーって割とクリスへの好感度高いよね。気抜いたら顔面にグーパン入れようとするけど。

 じゃあ第六章入りまーす↓




 

「やって来ましたヴァンダルス同盟中心都市ファウスタ!」

「ここが、この世のあらゆる欲望が集まる街……」

「相変わらず賑やかですね~」

「海上交易の一大拠点でもあります。大抵の物であれば、有形無形問わずここで求めることができるでしょう。お金さえあれば、の話ですが」

「世界樹の種子もお金で買えるかねー?」

「お、おこづかいで足りるでしょうか……?」

「ラディスさーん、パトリシアさーん。世界樹の精霊である私の前でそういうやり取りはちょっとやめて欲しいかなーって」

 

「よし……呑むぞー」

「子供がお酒飲んじゃダメでしょ!?」

 

「打つぞー」

「幼女を入れてくれるような賭場ってあんの?」

 

「買うぞー」

「お買い物ですか?私もご一緒します!それで、何を買いに?」

「……いや、言ってみただけだ。だからセシル、そのきらきらした視線を向けないで」

 

 雑多な露店が並ぶ雑然とした通りに、美少女達のはしゃぐ声が響く。

 抜けるような青天の下、アイリス達はいつも通りに和気藹々とおしゃべりしているのだが、昼間の表通りとはいえ通りすがる住人達からは案の定奇異の視線を浴びていた。

 

 今回の探索場所は以前の森林地帯とはうって変わって商業自治都市同盟の本拠地という人も物も集まる都会のど真ん中。

 手分けして聞き込みを行う場面があるかも知れないし、美少女揃いのアイリス達はなるべく集団で居た方が絡まれるような面倒ごとも減るだろうということで、今回冥王は多めのメンバーを連れてきていた。

 

 冥王、ユー、ベアトリーチェはいつものこととして、この街の滞在経験があるソフィ、フランチェスカ。この街にナジャの隠れ家もあるらしいということでラディス、ジェニファー。

 母親にもっと色々なことを経験させてあげて欲しいと頼まれたこともあり、セシル。

 人との折衝において相手によっては信用の保証がやり易いということで、他国とはいえ王族のルージェニア、プリシラ。聖樹教会の所属であるクリスとパトリシア。

 さらに前衛のバランスを考えて、コトも着いてきている。総勢十三名、しかもうち十二名は女性となれば、姦しくなるのも当然の成り行きだった。

 

 その中で、戯言とはいえプリシラ、コト、セシルに己の提案を悉く却下され、ちょっとしょぼんとする眼帯幼女ジェニファー。

 それに後ろから抱き着いて、赤毛の姉姫ルージェニアがにこにこと提案する。

 

「どんまいですわ、ジェニファー。あとで私と一緒にこの街の隅から隅まで探検しましょ?」

 種子が回収できたら、ちょっとくらいなら遊んできてもいいよ。

「感謝しますわ、冥王!以前パルヴィンの姫としてここに来た時は、護衛達が放してくれなくて。全然見て回れませんでしたの」

「……お姉様、その時お姉様の身に何かあったら大変なことになってたの、ちゃんと自覚してる?」

「当然。ですから今回だって、頼りになるお供と一緒でしょ?」

「……なんでだろう、ジェニファーの実力を疑ってる訳じゃないのに、素直に安心できないボクが居る」

「まあ、その場のノリで行動する人が二人に増えて、暴走する危険は倍以上ですからねえ」

「大丈夫です!私もジェニファー様とルージェニア様と一緒に、この街の探索に行きたいので!」

「更に天然を追加で放り込んだところで、火薬庫に火種ぶん投げるようなもんだと思うけど」

 

 

「ほえ?天然って、わたしのことですか?私天然じゃありません~~!」

 

 

「「「………」」」

「ごめんセシル……そのギャグ、面白くない……」

「がーん!!?」

 

 

 素で言っているのは分かるのだが、それでも悪い意味でのあざとさに一瞬言葉を失ってしまうアイリスの面々。その総意を代表して、珍しくも沈鬱とした表情で真実を告げる女剣客コトに、今度はハイエルフィンの天然姫がショックを受けて硬直した。自分を天然じゃないと否定したことがギャグ扱いされたことと、この場の全員に天然と思われていることを自覚して。

 

「うえぇぇっ、旦那様ぁ~~っ」

 よしよし。

 

「で、ユー。種子の反応はどっちだ?」

「おおう、セシルさんの号泣は全力でスルーですか。いやまあ話題変えるしかないのはそうなんですけど。―――ええと、あっちに天井だけ見えてるおっきな建物の中にいくつかありそうです」

「あの建物は、王宮?」

「またお偉いさんとご対面、って?」

「予想できていたことではありますが……」

 

 パルヴィンの時もエルフィンの時もそうだったが、国に落ちた財宝はその国主のものということに一度なってしまえば、それをくれと言われたところで政治的な思惑も絡むため簡単には渡してくれないだろう。ねだられたものを言われるがままに差し出す王というイメージが付いてしまえば威厳が毀損される、という国を治めるには致命的な危険を孕む行為でもあるのだから。

 

 だから前者の時は帝国の侵略を退け、後者の時は魔物の氾濫を解決するという功績を打ち立てる必要があった。

 今回はさてどうなるのか、憂慮するクリス。

 

「この都市同盟の長は、放埓の王と呼ばれる女傑です。

 帝国の侵略を独力で跳ね返し、聖樹教会の政治的な干渉も一切跳ねのけているほどの」

「すっごくいいひとそうだね!………冗談だ。まあ考えていても始まらん。まずは会って話をするところからじゃないのか」

 

 聖樹教会の上級神官の後半の発言に黒い皮肉を混ぜつつの、黒衣の邪教巫女の発言に冥王もベアトリーチェも同意し、アイリス達は目的地を定め移動し始めるのだった。

 

 

 

…………。

 

 ところで、戦争を想定した都市というのは入り組んでいるのが常だ。

 防壁を突破すればあとは領主の元まで大通りを一直線―――なんて間抜けな造りは、海や砂漠などで阻まれ外敵を考える必要があまりないような場所でない限りはありえない。

 その分敵に一度都市に入り込まれれば市民への略奪なども平然と横行するため、そこに住む者にとっては良し悪しでもあるが。

 

 何が言いたいかというと、王宮までの道のりはそこそこ複雑であり、この街の住人ではない冥王一行は道すがら変な場所を通行してしまうこともあった。

 変な場所―――というか、はっきり言ってしまうとマフィアくずれのごろつきが縄張りにしているような場所を。

 

 こちらを殆ど女ばかりと嘗めて喧嘩を売ってきたチンピラ共を伸(の)すのに大した苦労は要らなかったが、問題はそこに更にやってきた筋骨隆々の巨漢三人組だった。

 

「おうおう、ギゼリック様のお膝元で余所者と乱闘騒ぎとはいい度胸してるじゃねーの」

「あ、あんた達は……違うんだ、あいつらから因縁つけて来てボコボコにされたんだっ!」

「ほう……?」

 

「なっ……冤罪です!ただでさえアレなのに、これ以上の冤罪には断固抗議します!!」

「つーか言ってて恥ずかしくないんか、あんたら」

 

「義是陸……いや、義競駆……?」

「ジェニファー、それ多分違う」

 

 表情筋すら鍛え過ぎているのか、見分けが付かないほどそっくりの見上げる巨漢三人の顔はチンピラ達には覚えがあるらしく、恐怖に震えながらも地に伏せられた状態でアイリス達に発端をなすり付けてくる。

 世界樹を燃やしたとかいう容疑を冥王に着せられているのを気にしているのもありユーが猛抗議するが、その全身の筋肉を誇示するかのように左胸と股間の防具以外を露出した筋肉男達は狂暴な笑顔で振り返ってくる。

 

 襲い掛かってくる気満々の顔が三つ並ぶのは子供が見たらトラウマモノのレベルの迫力だった。この場に居る幼女は何故か珍走団的なイメージを連想して気にも留めなかったが。とはいえ―――。

 

「悪いがお嬢ちゃん方。この時期に観光気分で来るのはいいが、ちょーっとこの街の流儀ってやつを教えてやるよ」

 

「――――ほう、是非教えてもらいたいな?」

 

「速っ、がああぁぁぁっ!!?」

「兄弟!?」

 

 指をぺきぺき鳴らしながら近づいてくる先頭の一人―――その指鳴らすの手伝ってやると言わんばかりに、一瞬で距離を詰めたジェニファーが中指を掴んで腕ごと捻る。

 倍ほどにも背に差がある童女が巨漢を捩じる構図。剣帯で背負った“水晶”がウェイトとなっているため重量差は倍以下には収まるが、それでも異様な光景には違いない。

 

 脂汗を流して苦悶を上げている様子からは男に手加減をしている様子は一切なく、不意をついて優位な体勢に持ち込んだとはいえ素の膂力が十分以上に張り合っているのが見て取れる。

 そんな怪力幼女は酷薄な笑みを浮かべ、煽る余裕すら見せた。

 

「どうしたの?はやくおしえてよ、おじさん。はやくしないと――――――腕、逝くぞ?」

 

「兄弟!今助けるぞぉ!」

「来るな!これしき、この俺の筋肉でええぇぇぇっ!!」

「っと!くく。そういうの嫌いじゃないんだが―――、」

 

 

「そこまでッッ!!!」

 

 

 意地を見せて押し返そうとしてくる男に楽しそうにして、だがそれはそれとして負けず嫌いなため容赦なく腕を折ろうとしたジェニファーを止めたのは、張りのある女性の大喝だった。

 

「「「ぎ、ギゼリック様………!」」」

 

 見事にハモる巨漢三人組の様子に闘争の気配が霧散したのを感じたジェニファーは、指を解いて声のした方を見る。

 飾緒付きの貴族服に海賊帽を被った銀髪の女性が、不敵な笑みを浮かべて同じ銀髪の幼女を観察していた。髪色としてはジェニファーの方が多少暗い銀で、張りのある胸や尻はすっとんぺたんな幼女と比べるまでもないという違いはあるが、その女の見ているのはそんな外形的な部分ではないのだろう。

 

「………っ?」

 

 何か、ちりっと胸を焦がすような熱さを感じた。

 

(冥王様、あの女性から種子の気配を感じます)

 

 ユーの囁く程度の声量でアイリス達に緊張が走り、そちらにも視線を遣ったが、すぐに女はジェニファーに視線を戻す。どうやら一番の注意は幼女に向けられているらしい。

 

 そして、均衡のなか口火を切ったのも彼女だった。

 

「おっと、悪かったね。あんたが“本物”か確認したくて、こいつらにちょっかいを掛けさせたのはあたしさ。ただこの時期に腕折られるのは勘弁して欲しいかな?」

「……。汝は?」

「ギゼリック=ファウスタ。この街の頭張っててね、放埓の王とはあたしのことさ!!」

 

 堂に入った名乗りには上に立つ者のカリスマを感じ、騙りということは無いのが見て取れる。

 それでも動じないジェニファーは、平然と話を続けた。

 そして女―――女王ギゼリックも、権威に頓着しない幼女に不快感を覚えた様子もなく応じる。

 

「で、その王様が何故こんな薄暗い路地にいる?」

「いやー、街の子分共から超大物が入国してくれたって話を聞いてね。居ても立っても居られなくなって直接見に来たのさ」

「何を?」

 

 

「たった一人幼子の身で聖樹教会を恐怖のどん底に陥れ、パルヴィン攻防戦において帝国兵七万を屈服させた『黒の剣巫』。

―――最新の英雄譚の主人公様のお姿をね」

 

「話盛られてるぞ、おい」

 

 

 ついツッコミを入れてしまうジェニファー。その視界の隅に―――ドヤ顔で嬉しそうにしているプリシラの姿を認め、顔が引きつるのを抑えることができなかった。

 

 





 ルージェニアの影に居るからアレなだけで、キミ実際はそんなに常識人じゃないよねプリシラぁ!!

 各章の出撃メンバーが原作とちょいちょい変わってますが、ストーリー上の役割と重要性と作者的な会話の回しやすさと動かしやすさで配置決めてます。主に後者二つが基準のメインで。
 ラディスは解説役としてもツッコミとしてもリアクション担当としても無茶苦茶使い勝手がいいからつい出しちゃうんだけど、それ以外毎回アシュリーとクリスも固定で居るのはちょっとやりづらいんだ…。特にクリスが居ると眼帯幼女が眼帯外せないし。
 あと誰とは言わないけど一度も名前出てない子とか、ほんとゴメンとは思ってる。



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放埓の王2


 唐突なセシルママの新アイリス追加予告に草。
 ご褒美シーンもあるんだろうなーと思うと娘のSAN値が心配なところ。




 

 世界樹が炎上して転生が止まり~云々、冥王一行が種子探索の旅に~云々。

 

「なるほどねえ。確かにそれっぽいものはあたしの中にあるし、しばき倒した帝国のスパイとか傭兵の死体から出て来たやつもいくつか持ってるよ。

 でも、ただでくれてやる訳にはいかないなあ?」

「「「知ってた」」」

「あははっ。なあに、このまま世界が荒れ続けるのはあたしも本意じゃないし、そう無理難題を吹っ掛けるつもりもないから安心しな!」

 

 突っ掛かった詫びと称してファウスタの王城に招かれ、会食の席を設けられたアイリス達は、事前に予想していた通りの答えがギゼリックから返ってきたことにもはや落胆すらしなかった。

 

「ふわ~。ほっぺた落っこちそうですー」

「これは……はむ。パイ生地で包んで蒸し焼きにしているのでしょうか」

 

「ジェニファー。骨の付いたお肉をナイフとフォークで食べる時は、こうして―――」

「む……器用なものだな」

「やっぱなんだかんだ言っても育ちはいいのよねー。プリシラも、だけど」

「あはは。これくらいなら、流石にね」

 

「それで、私達に何をしろと?」

 

 長い食卓の上に数々の豪勢な珍味が並び、目を輝かせて味を楽しむセシル、料理人の視点でどういった料理でどう作ればいいのか考えながら食べるソフィ。

 更にジェニファーにテーブルマナー講座を始めるルージェニアや、それを隣で暖かく見守るフランチェスカ、プリシラなど各々マイペースに食事を進めている。

 ベアトリーチェのように使命に忠実に、あくまで話を進めようとする者も居るが、そのいずれも楽しそうに観察しつつ、ホストである銀髪王女は片手で弄んでいたグラスワインを飲み干してにやりと笑った。

 

「ここファウスタでは、毎年武闘大会を開いていてね。世界中から猛者達が集まり、その実力を競うお祭りが丁度明日から始まるのさ」

「ああ、どうりで。如何にファウスタとはいえ、あまりにも人通りで賑わっていると思いました」

「そう、この機会に実力者と繋ぎを持ちたい商人や貴族。そいつら目当ての商売をしに出店してる奴らもいて、大盛り上がりって寸法さ―――が、今年は周辺国の情勢がちょっときな臭いのもあってか、どうも出場者の質が偏ってる。実力には不足はないんだけどね」

 つまり、その大会に華を添えて盛り上げたいと?

「話が早いね。ジェニファー以外にも腕に覚えのありそうなのが揃ってるし、何より野郎共ばっかじゃ暑苦しいだけだろう?」

「あたし達にも出場しろ、ってことね。ルールは?」

「五人一組のトーナメント戦。優勝者には賞金と、あたしが叶えられる範囲で何でも望みを一つ言うことができる。そう、例えば」

「アイリスの皆さんが優勝したら、世界樹の種子を渡してもらえる……!冥王様!」

 

(武闘大会…トーナメント…学園…更新停止……、うっ頭が)

(大丈夫ですか、ジェニファーさん。食べ過ぎちゃいました?)

 

 クリスやラディスも加わって話を受け、改めて冥王がアイリス達の面々を見回すが、不服がありそうな者は見当たらない。改めてギゼリックに出場する意思を伝えたところで、何故か額を押さえて俯いていたジェニファーが手を挙げた。

 

「今我等は二チーム分組める人数が揃っているが、それで出場しても構わないのか?」

「大いに結構―――と言いたいとこだけど、ちょっとそこのパルヴィンのお姫様二人と、あとユーだっけ?あんたらには別口で頼みたいことがあってね」

「ルージェニアさんとプリシラさんだけじゃなく、私も……ですか?」

「ああ。代わりに変則的にはなるが今から言う条件なら二チーム参戦も認めるし、予選も免除してやる」

「条件……?」

 

 デザートのメロンを小さい口ではむはむ頬張りながら、首を傾げる眼帯幼女。

 だがギゼリックの出した『条件』を聞くと、不敵な笑みを見せて頷いた。

 

「―――望むところ、と言わせてもらおう」

 

「ジェニファー、お口の周り果汁で汚れていてよ?」

 

 そして、絶妙なタイミングでルージェニアにナプキンで口元を拭われる。

 

「ぷっ、くく……っ!じゃあ本番楽しみにさせてもらうよ、小さな英雄さん?」

 

「…………」

「お姉様…」

「あ、あれ?ジェニファーにプリシラも、なんでそんな目で私を見るのかしら?」

 

 吹き出すギゼリックと憮然とするジェニファー。哀しそうに姉を見つめるプリシラ。

 目をぱちぱちして困惑するルージェニアを他所に、ほどなく会食は終了するのだった。

 

 

 

…………。

 

 大会当日。

 

「さあお日様もてっぺんを上り熱気も最高潮なファウスタ武闘大会ギゼリック杯一回戦Aブロック!初戦から見応えのある試合の連続に実況のわたくしユーも興奮のあまり声を出し過ぎて……喉が痛いです。助けてください解説の『ルージェニア殿下』」

「大丈夫よ、いざという時の為に聖神官が回復魔法スタンバってるから。ずっとその調子でお願いね」

 

「~~っ、鬼ですか!?」

「………?姫ですわ!!」

 

「はいはい。ほら、次の選手の入場始まってるよ?」

 

 ファウスタ王城の練兵場が解放され、アリーナと化した大会会場にユーとルージェニアの漫才が響く。

 がやがやとざわつく観客席は満員御礼。飲食物を籠に引っ提げる売り子や喧嘩などのイベントが台無しになる騒ぎを抑えるための警備兵も数に入れれば相当な密度で、彼らの興奮で噎せそうな熱気が一帯を覆っていた。

 

 魔道具により声は増幅され、その場の者どころか会場の外までも三人の少女の声は聞こえている。

 ギゼリックの頼みというのはこれだった。ユーのおしゃべりとノリツッコミ気質は場を盛り上げる実況にはもってこいだったし、“パルヴィンの姫姉妹(他国の王族)”が観覧しているというネタは生かさない手はないだろう。出会ってたった一日で段取りまで組んだあたり、放埓の王はそれだけ果断で有能なのかこの大会に熱心なのか或いはその両方なのか。

 

 そんな世界樹の精霊と王女二人という超豪華な実況チームが盛り上げる観客達は服装も人種も肌の色も多種多様。おそらくは出身も生業も様々だろう。

 それは、出場する選手達も同様。剣に限らず見たことのない様な奇形の武器を使う者も居れば、魔法使いも居るし、魔物を使役する者まで現れた。スライム四匹を使役してそれで勝てると思っていたのかはちょっと疑問だったが。

 

 そして、次の選手達もまた―――。

 

「東コーナー、遥々ドワリンドより全員ドワリンで構成されたチーム……『三銃士』?あの、五人居るんですけど」

「五人揃って三銃士、なんじゃないかしら?」

「三という数字にこだわりでもあったんでしょうか……?ドワリンだけあって体は小さいですが、全員銃を背負ってます。武闘大会なのにこれはアリなのかー?」

「ルール上は魔法もおっけーだし、問題ないみたいだね。ただどっちにしても、結界と防護柵があるとはいえ観客に一発でも流れ弾を当てると失格になるみたいだよ」

「観客命懸け!!?」

「最前列席はそれ込みでチケット売ってるみたいだし、出場者よりもある意味実力に自信があるんじゃない?」

「その勇気に、敬意を表しますわ!!」

 

 うえーいっ、と選手入場よりもルージェニアのよいしょに盛り上がって前の方に居る観客達が立ち上がって次々叫び出す。他人を鼓舞する才能は相変わらずのようである。

 だが、観客達が盛り上がるのは更にその後だった。

 

「続いて西コーナー……おおっとこれは今大会唯一!女性五人で構成されたチーム、それも美少女率100%!!『冥王スプラッシュガールズ』だーーー!!」

(白々しい……)

(言わないでくださいよっ!マイク入っちゃうじゃないですか!?)

(ちょっとぐらい入っても多分かき消されそうだけど。この分だとね)

 

 アリーナ上空に魔法による映像が投影されており、舞台の拡大図のほか選手の登録画像などがでかでかと表示されているため、観客達は彼女達の美貌をアップで見ることができる。

 

 東国の女剣客コトの白地に桜の着物姿。アサシンメイドのベアトリーチェの黒い忍装束姿。

 無表情で戦いに備える二人はその怜悧な姿勢も相まって背筋が震えるような美しさを醸し出している。

 

 一方それと対照的に、笑顔で観客達に手を振るソフィとパトリシアは、二人とも露出の高いセクシーな聖装なのもあって男達は湧きに湧いていた。

 大観衆の前で緊張でガチガチになりながら右手右足を同時に出すような歩き方をするエルフィンの姫君セシルも、愛らしさで言えば他四人と系統が違うこともあり支持を集めている。

 

………全員美“少女”?うん、まあ。見た目は掛け値なしに。確定で3桁年齢が二人は交じっていようとも、全員美少女だ。スプラッシュなガールズなのだ。

 

「会場の皆さんも今までとは違う興奮に沸き立っております」

「分っかりやすいねえ」

「ですが気になる実力の方は如何でしょうか。両者舞台に立って、試合開始の鐘が―――今、鳴り響きました!!早速ドワリンさん達銃を構えて撃ちまくる……が、これはぁぁっ!!?」

 

 こちらも会場中に響く試合開始の金声から一瞬の間を置いて、盛大に銃声の発砲音が絶えず鳴り続ける。それに対して前に出たのはコトとベアトリーチェ。

 静かに、風を切る音すらも凪いで―――刀と小太刀が軌跡だけを宙に描いて閃く。ぽとりぽとりと、分かたれた銃弾がその足元に落ちていく。

 肉を裂く鉛の雨を細い刀で全て捌き、達人二人は後ろの面々も含めてかすり傷一つ追わない戦いをしていた。

 

「斬ってます。なんと斬っています!!銃弾の雨を斬って斬って斬りまくってます!!」

「それだけでも凄いのだけど、後ろに被害が行かないように斬った弾をその場に落としてるのよね。どうやってるのかしら?」

「あの、解説が実況に質問しないでください」

 

 このまま弾切れまで銃弾を捌き続けるつもりか、と観客の誰もがその妙技に息を呑んで見守るが、アイリス達、もとい『冥王スプラッシュガールズ』はそんなぐだる試合運びをするつもりはない。エレガントに、というのが教師のモットーであるからして。

 短い詠唱を終え、セシルが炎の上級精霊を召喚する。

 

「なんとデカーーいっ!!緑髪のエルフィンさんが巨人さんを隣に生み出しました。全身燃えて熱そうです。それを、突撃させる!ドワリンさん達も狙いを変えて撃ちまくりますが、止まらない……ああ、爆発したーー!?」

 

 全身が炎で構成されているが故に銃弾など効くわけもない巨人が密集隊形を取ったドワリン達のチームに飛び込んでいき、そして爆炎と化して膨張する。

 火達磨と化して舞台を転がるドワリンは三人。大火傷は免れないだろうが、これは試合中に降参を宣言していない相手なら殺害しても失格にならない過激な大会だ。観客達も寧ろ盛り上がって歓声を上げている。

 

「そして咄嗟に脱出できたドワリンさんチームの二人のお腹に、斧の石突と鉄拳が突き刺さるー!これは痛い、そして起き上がれないっ。ダウン入りました、けっちゃ~~く!!」

「あの二人は炎の巨人を目くらましに、追撃を掛けられる位置まで近づいてたんだね。

 技量、連携、そして爆発力。これはいいチームだ、優勝も狙えそう」

(プリシラさんこそ、滅茶苦茶しれっと言ってるじゃないですかー)

(お仕事だからね)

 

 可愛い上に強い。そんな女の子が支持を集めるのはどこでも同じなのか、あっさりと初戦を突破した『冥王スプラッシュガールズ』に声援が鳴りやまない。

 このままでは次の試合が始まらない、とファウスタ兵からカンペを渡されたユーが、拡声されるのをいいことに無理やり進行の流れを作る。

 

「観客の皆さん、お静かにっ!反響がすごいので、特別に勝者のチームから一言いただきましょうか。それじゃあ……武闘家のシスターさんどうぞっ!」

 

「えっ、私ですか?それなら…うんっ。すぷらーーーーっっしゅ!!」

 

 すぷらーーーーっっしゅ!!!

 

「えへへ、ありがとうございます。でも次は、もっとたくさんの人に応えて欲しいので、よろしくお願いします!!」

 

 コト、そんなキャラじゃない。セシル、絶対噛む。ベアトリーチェ、論外。

 ソフィとの二択でユーに指名されたパトリシアは、何故かチーム名に入ってる謎の言葉を叫び出す。それに応えて叫んだのは、観客席にいた冥王のみ。

 常の朗らかな笑顔を上空の映像に大写しにされたパトリシアは、“次の機会”には多くの観客に同じように返して欲しい、と続けた。―――その意味するところは。

 

「このシスターさん、にこにこ笑顔でさらっと次も勝利する宣言です!自然というか堂々というか」

「気負いがないのはいいことですわ。私達も練習しておかないといけないわね。すぷらーーーっしゅ、って!」

「え、ボクもやるの……?」

「2回戦にも期待が高まりますね。それでは選手退場です、また明後日ー!」

 

 A~Dの4グループのうち、初戦と2回戦は1日2グループペースで消化する日程のため、『冥王スプラッシュガールズ』の次の試合は2日後。それを楽しみにする観客達の熱い声援を受けながら、5人は舞台を後にするのだった。

 

 

 

 そして、この日のハイライトは間違いなく彼女達だったが、『世界中から猛者達が集まる』というギゼリックの言葉に嘘はない。

 参加者達の激闘に観客達は満足げに短くも熱い一日を過ごしていたが―――トリを務めるBブロック1回戦最終試合で、揃って困惑のざわめきがアリーナを包み込んだ。

 

 対戦カードの内、片方の五人は冒険者界隈では名の知れた魔物討伐チーム。下馬評では優勝候補の一角に数えられ、優勝予想賭博の倍率でも10倍以下に抑えられている実力者達だ。そっちはいい。

 

 それに対するは――――幼女。

 場違いなほどに愛くるしい銀髪幼女が、闘技場の舞台に“一人で”上がっているのであった。

 

 

「まいごのまいごのこねこです。にゃー………なんてな」

 

 





 実況付きバトルはそういえばやったことなかったなーとお試し挑戦。
 それによりスポーツ漫画でよくある一秒あたり数十文字喋る超人アナウンサーとそれを聴き取れる超人観衆、みたいな現象が発生しますが、世界樹の精霊パねえということでここは一つ。



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放埓の王3


 セシルママ間もなくアイリス実装。
 今更どうこう言ってもあれだけど、どうしても疑問というか懸念が一つ。


 まさかとは思うけど、娘と同じ制服着ないよね……?




 

 強豪犇めくファウスタ武闘大会、そのステージに立ったあどけない幼子。

 上空の拡大映像を確認したところで、腰上まで伸ばした銀髪を黒いリボンで一房だけまとめた紅眼虹眼の幼女が映っているだけだ。

 

 柔らかくもどこか儚げな繊細さを思わせる目鼻立ちは非常に可憐で、だからこそあまりに場にそぐわない。それこそ本人が言った迷い出てしまっただけの子猫のような存在に観客がざわめき立ち、それが具体的な形を持つ前に―――試合開始のゴングが鳴る。

 

「今試合開始のゴングが鳴りましたっ。しかしこれはどうしたことかーごにんさんかのこのたいかいでこどもひとりがぶたいにたっているぞー」

(ユー、棒読み棒読み)

「チームとしての登録名は、『冥戒十三騎士』となっていますわね」

「また数字ネタですね。それでたった一人しかいないのが更によく分からないことになってますが」

「そうだね。一人しかいないね。どこからどう見ても一人しかいないね!!」

(プリシラさん……)

 

 気の抜けた実況と解説の声は当然舞台上の戦士達にも聴こえているが―――幼女と相対する冒険者チーム『流星の魁』の面々は、緊張に満ちた面持ちで得物を構えていた。

 彼らは人同士の争いを生業とする傭兵ではなく、魔物退治を主とする冒険者だ。その経験、あるいは実戦で培ってきた感覚が告げる―――目の前のガキは、これまで自分達が討ち果たしてきた竜や魔獣よりヤバい、と。

 

 そんな彼らを見て、黒衣の幼女は満足げに微笑む。

 

「それでいい。相手が子供だったから油断しました、なんて……後から言われても興褪めだからなッ!!」

 

 背の剣帯に収めていた“水晶”を左手に構え、《深淵》を収束して右手に“黒”を顕現させる。

 そして一瞬の弛緩の後、踏み込み。

 

「『冥界十三騎士』さんが仕掛けるーー!速い、前衛の重盾騎士(タンク)が反応すらできていない!?」

 

―――クレアならこんな簡単には抜けない。

 

 魔獣の牙すら止めてみせる大盾持ちの男は、しかしその特性としてどうしても視界が狭くなっている。それをカバーするだけの先読みや感覚は備えているのだろうが、ジェニファーの疾走はその上を行った。

 流石にその様子を背後から見ていた他の仲間は瞬速の機動を目で追えている。迫る幼女を牽制するため、猫亜人(ミューリナ)の女が短弓に番えた矢を放つ。

 

―――ティセなら精確に重心を狙ってくる。イリーナなら前に出ることすら難しい。

 

 体勢を半身にするだけで速度を一切殺すことなく矢をやり過ごした幼女は、走り込んできた剣士の振り下ろしを払い、懐に潜り込んでは脇腹に大刀の峰をえぐり込む。苦悶と共に反射的に身体を折る長剣使いのこめかみを、“水晶”の柄が撃ち抜いた。

 

―――アシュリーなら隙を突くのに手間なんてものじゃない。

 

「この幼女、目にも止まらぬ早業でもう一人ダウンさせました!?そこに冒険者チーム負けじと襲い掛かる!」

 

 刃の広い斧槍が袈裟懸けに迫る。それを両の大刀で挟み受け、真っ向から弾き返した。体勢の泳いだ相手に一閃、またも峰で。それでも肋骨の何本かをへし折った感触が掌に返る。

 

―――ソフィなら、もう少し重い。いや、かなり重い。

 

 その瞬間選手控室で映像観戦していたとあるダークエルフィンのこめかみが引きつったが、この時の幼女にはそれを知る由もない。

 そんなことより、いとも容易く仲間を落とされる屈辱に震えた魔術師の女が、指揮棒のような杖を振って風魔法を撃ち出してくる。

 

「こ、のォ……っ」

「烈気装刃【エンチャント・ウィンド】」

 

―――ラディスなら、セシルなら、もっと短い詠唱で魔法を撃ってくる。容易に利用されないよう工夫を凝らした上で。

 

 うっすらと空気が歪んでいることしか見えない魔術攻撃。文字通り疾風の如き射出速度も相まってその視認の困難さは対人戦で使うには正解の選択肢だが、ことジェニファー相手にはそもそも普通に魔法を使うこと自体が不正解。

 

 

「“飛風のセブンスヘブン”……ッッ!!」

 

 

「これはどういうことだーー!?魔法を撃たれたはずの幼女が剣を振った瞬間、弓主と魔術師のおねーさん達が観客席の柵まで吹っ飛ばされた!!」

「リングアウト……場外で失格だね。白兵戦力二人は延びてるし、これで残りは盾役の人だけ」

 

 本来大気のトンネルを生み出して離れた敵手をこちらに引き寄せながら、鬱陶しい後衛を拘束する魔剣だが、舞台から落ちた者は失格というルールがある為単純に遠くに飛ばすに留める。

 

「………」

「ふっ。降参、俺たちの敗けだ」

 

 振り返ったジェニファーが、風魔法を吸って未だ緑色に仄かに輝く“水晶”の切っ先を向けながらタンクの男を見遣ると、彼はあっさりと降参を宣言する。

 まあこの局面で盾役だけ残っても仕方ないし、たかが試合なのにわざわざ装備を壊すリスクを冒してイチかバチか戦いを続行するというのも不経済―――というのは、冒険者らしい割り切りなのか。

 

「決着、決着です!?早い、そして圧倒的!!五対一をものともせずに、速攻で勝ってみせましたよあの子!?」

 

 時間にすれば数分と経っていないため、怒涛の展開について行けない観客達を差し置いてユーが盛り上がる。

 

 とはいえ対戦相手の弁護をするなら、試合時間が短いのは当たり前だ。少数で多数を相手取ろうとすればさっさと敵の頭数を減らさないとジリ貧になるだけ。

 相手の実力にしたって似たポジションのアイリス達の動きと比べられていたが、そもそも彼女達とでは世界樹の種子という恩恵を身に宿しているか否かの大きな違いがある。

 

 その上で。

 

「………強くなっている、か」

 

 こうして実力者を相手に手加減する余裕まであったことに、厨二幼女は手応えを感じていた。

 

 一対多数は墓守時代に散々やったことだが、当時のジェニファーの戦闘技法は完全に我流。熟練の聖騎士達に隙を突かれるのも一度や二度ではなかったし、そこをごり押しできたのが《種子》と《深淵》の二重のブーストと暴走ジェーンの狂戦士ぶりによるものだが……それでも相手を全滅させる頃には瀕死の重傷だった、ということもままあった。

 

 ましてあの頃のように“殲獄”を、たかだか試合で発動させられる訳もない。

 冥界でアイリス達と励んだ鍛錬の日々がなければ、こうも容易く勝てはしなかっただろう。

 

 感慨深く自分をどアップで映している上空を見上げていると、何故かルージェニアの含み笑いが聞こえてきた。

 

「ふふ、うふふふ!見まして?ねえ皆さん見まして?あれがジェニファーですわ」

「ええーあのこがなにものかしってるんですかるーじぇにあでんかー」

 

「もちろん!彼女こそが死と転生の番人たる無双の冥戒十三騎士、そこに最年少で名を連ねた終の一騎『黒の剣巫』。

 我がパルヴィンを帝国の魔の手から救い、世界を我が物にせんと企むかの国と聖樹教会に終焉を運ぶ至高の英雄ですわ!」

 

 何故かジェニファーが名乗る時よりも修飾が多い紹介と、如何にこのファウスタが聖樹教会と折り合いが悪い国とはいえかなりの爆弾発言をぶっ放すお姫様。

 だがこの武闘大会に集った観客、つまり武勇伝が大好きな者達はこぞって今見た試合内容を証拠としてルージェニアの言葉を受け入れていく。もちろんジェニファーが『黒の剣巫』であるということだけ―――のつもりが、無意識に後半の聖樹教会sageも心にインプットしつつ。

 

 そしてざわめく観衆は案の定『黒の剣巫』の噂話について多かれ少なかれ知っている者が多数だった。なんだか『10万人以上の帝国兵~』とか、『帝国軍が全軍で命乞いしながら投降した~』とか聞こえてくるけども。ギゼリックの認識はまだ王だからマイルドな情報に留まっていたのがここに発覚してしまった。

 

(………噂に羽が生えて、話が更に盛られてるんだが)

(ふふん。気に入ってくれた?)

 

 絶妙にすれ違うジェニファーとプリシラのアイコンタクト。

 

 いや、まあプリシラのやっていることも酔狂ではないことは分かるのだ。

 パルヴィン国内の士気昂揚の為にも、外交カードとしても、“パルヴィンを救った英雄”の武名を高く轟かせて損することは何もない。平たく言えばプロパガンダというやつで、ちゃんとパルヴィンの軍師としても考えてやっている………筈だ。そこはかとなく不安があるが。

 

 そうこうしている間にも、観衆のざわめきが熱を持ち始める。最新の英雄譚の主人公が戦う様をこの目で見ることが出来た興奮、この後の試合に関してもその強さを発揮してくれることを期待するワクワク感。

 ただでさえ武闘大会を好んで見に来るような者達など血の気が多いと相場が決まっており、こうなると言葉で注意したところで収まることはないだろう。

 

 幸い、最終試合が終わって一日目の日程はもう全て消化されている。

 司会役のユーも収拾を諦め、衆目の中とてとて歩いて退場していくジェニファーや、『冥王スプラッシュガールズ』の五人に観客席の冥王達と合流すべく姫姉妹と実況席撤収の準備を始めるのだった。

 

 

―――そして。

 

 誰もが事前告知なしで現れた幼女英雄に様々な想いを乗せて目を奪われる中、一人だけ実況席にいた世界樹の精霊に視線を固定する者が居た。

 その“女”は、場のお祭り雰囲気に全く迎合することなく、陰気な白いフード付きローブを纏って最上段の立見席から静かに実況席の方向だけを見つめている。

 

 ずっとそうしているのかと思うくらいに、一人で完結した雰囲気を出していたその女だが、一言だけ静かに己の心情を漏らした。そこに込めたのは、決意、覚悟、―――そして焦燥。

 

 

「絶対にやらなくちゃ。もう、二度と失敗は許されないんだから」

 

 

 どこか助けを求めている風にすら聞こえる切羽詰まった声音は、しかし群集のざわめきの中に虚しく消えるだけであった。

 

 





 一体何ディアなんだ……。



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放埓の王4


~武闘大会登録時のやり取り~

「チーム名、本当に『冥王スプラッシュガールズ』でいいの?いや、あたしは参加しないから別になんでもいいんだけどさ」
「はい?今何がガールだよ歳考えろとか言いました?」
「いや言ってないし!?」

「ラディスさんはファウスタにあるナジャさんの隠れ家調査でしたっけ?」
「悪いね。家具全部引っ繰り返すつもりであいつの手がかり探してくるから」
「構いません。クリスは救護要員として控えてもらいますが、フランチェスカも道案内代わりに付けます。別行動になりますが、出場者組(私たち)と大会スタッフ(つる植物と姫姉妹)と、役割分担で動きなさい」
「そゆこと。よろしくね?ラディス」
「あんたと二人組はそういや珍しいね。ま、よろしく」

「で、にーさん?話戻すけどさ、何がスプラッシュなの?」
 さあ。なんとなく?
「それはもう、ご主人様を想うだけで私の下半身から透明な液体がスプラッシュ―――」
「下品ですよ、ベア先生」

「成程。つまりまだ幼女で下半身からスプラッシュしてないから我は一人ハブられたと」
「ジェニファーさん、後ろ後ろー」
「…こ・の・子・は~~ッ。女の子がはしたない言葉遣いしないって、何度言えばわかるのっ」
「いひゃいいひゃい、ほっへたひっはるなー」

「そうですよ、やめてあげてくださいっ。ジェニファー様がおねしょしなくなってるのなら、成長を喜ぶべきじゃないですか!」

「「「「………」」」」

 以上。なおユーと姫姉妹は別行動中に付き不在。さてどれが誰のセリフでしょうか?(ぉぃ




 

 ファウスタ武闘大会二日目。今日は出番のないアイリス達だったが、準決勝戦以降で当たる相手はこの日試合をしている中に居る。そう考えると、観客席から冥王と共に観戦している大会出場組の視線も自然と熱心なものになった。

 

「一日目の時も思ったんですけど、選手の皆様、目がぎらついてる方が多いです。少し怖い……」

「色々な国の有力者が集まりますし、この大会で活躍すればそういった方たちから声が掛かって、お抱え兵士になれる可能性もありますから。特にこの戦乱の時代では」

「駆り立てるのは野心と欲望、か。剣一本で成り上がりを夢見る者も、生活が懸かっている者も、その中で己こそが最強であると示したい者も……ここには掃いて捨てる程に居る。無論、そいつらの潰し合いを愉しむ大衆もな」

 

 満員御礼の客席の中、人込みに酔ったというだけではないだろう。少し表情の青いセシルのつぶやきに、ソフィとジェニファーはこの大会に渦巻くそれぞれの欲望に想いを馳せる。

 この武闘大会に出場者達が懸けているモノは千差万別。その熱量は会場の人いきれ以上に膨大かつ雑然としたものであった。

 

「正直を言えば、こういった雰囲気は好みません。誰もが日常の小さな幸せを噛みしめて、心穏やかに過ごすことが出来る方がずっと大事だと思います」

「とかなんとか、主上に一目惚れして上級神官という安泰の地位をぶん投げて冥界に来た邪念の塊が言っているが、その辺シスター的にはどうなんだ?」

「ジェニファーさんっ!!」

「あはは。私は腕試しがしたいクチですからなんとも。でも、やりたいことに全力で挑むのは、きっと人として正しい生き方だと思います!」

「パトリシア……」

「そうでございますね。パトリシア様は良い事をおっしゃいました」

 

 こういった混然とした在り方そのものを厭うクリスだったが、眼帯幼女に水を向けられた後輩の意見はまた別のものだった。それに対しては、彼女自身が“やりたいことに全力”を実践していることでもあり、反駁の言葉は出てこない。

 普段秩序を重視し欲望を抑えるよう努めているクリスと裏腹に、自由を愛するソフィは花が咲くような笑顔でパトリシアに同意していた。

 

「安心しなさい堕神官。どのみち私達アイリスが出場者全員をねじ伏せ、優勝して世界樹の種子という景品をいただかなくてはならない。踏み台になる有象無象の思惑など頓着する必要はありません」

「ベア先生、そんな身もふたもない……」

 

 一部、極端な割り切りを見せる冥王絶対主義者も居たが。ある意味一面の真理であるというのはジェニファーも内心で同意するが、同時にそこまでの割り切り方が出来る者ばかりでもないのだろうな、となんとなく思った。

 

 そんな会話を交わしながらも、眼下ではユー達三人の調子のいい実況をバックに選手達が入れ替わり立ち替わり激闘を繰り広げている。5対5のチーム戦であることもあり、各チームのメンバー構成や戦闘スタイルに戦術、そしてそれらがぶつかり合った結果の展開は一つとして同じものがない。こう言ってはなんだが、観客を飽きさせないという点では最高の娯楽だ。

 

「………」

 コト、どうかした?

「……うんにゃ、多分気のせい。なんでもないよ、にーさん」

 

 ふと、コトの口数が少なくなっているのに気づいて冥王が声を掛ける。

 気だるさの中に不自然な固さがあるその声は明らかに「なんでもない」ものではなかったが、それだけに簡単に話してくれそうにはない。

 

 アリーナの舞台では、剣士五人のチームが圧倒的な実力で対戦相手を瞬殺し、当然とばかりに黙々と退場していくところであった。

 

 

 

………。

 

「ひゃいっ!?」

 

 そしてその日のDブロック第3試合。一人少ない四人で参加したチームが舞台に上がった瞬間、観客が一斉に立ち上がって叫び出す。

 歓声……が多いが、そればかりでもない。罵声が混じる。狂信者特有の言語にもならない奇声が混じる。それら一つ一つが、女王でありながらいち出場者として参戦しているギゼリックに集中している。

 

 街ごとの思惑が複雑に絡み合う都市同盟にありながら、あらゆる規制を破壊し国に富と混沌をもたらした放埓の王。

 決して住み好い国とは言えないながらも、どん底からでも這い上がれる夢を持てる国ファウスタ、その全ては彼女の肩の上に負われている。

 そんなギゼリックの王としての評価は、毀誉褒貶の四字すら生ぬるい程に複雑怪奇なものだ。

 

 俗人であれば、自分の生活の不満の原因を他人に―――権力を持つ者に全て押し付けたがる小者は決して少なくない。まして規制の緩い貿易都市という人種も文化も混淆した地においては、王に邪悪な感情を抱く不届き者も多いだろう。

 

 だというのに、真剣を持ち出す武闘大会に自ら殴り込む女王とは一体どういう了見か。

 

 命が奪われる寸前の緊迫感を愉しむスリルジャンキーなのか?

―――是。

 

 試合形式とはいえ、斬るか斬られるかの物騒なやり取りの中の脳内麻薬による快楽に魅入られたバトルジャンキーなのか?

―――是。

 

 障害があろうとも自力で突破する在り方を信念とし、己なら為せると自身の実力を確信した戦士なのか?

―――是。

 

 

 『黒の剣巫』を名乗る同じ銀髪の記憶喪失者と同様、それでいずれ命尽きようとも、生それ自体には執着を持てない哀れな魂なのか?

―――……是。

 

 

 物理的な圧すら感じるほどの注目の中、ギゼリックはどこぞの厨二幼女を彷彿とさせる凶悪な笑みを浮かべ、ゴングと同時に叫ぶ。

 

「さあ、派手に行くよッ―――!!」

 

 電光石火の抜き撃ちは腰元のフリントロック銃。機構として明らかに単発式の凶器から吐き出された銃声は、都合五発。

 それはギゼリックにしてみれば攻撃以前のいわば“観測射”だった。これで沈むようなら自分と戦う資格はないと。

 

 果たして近接武器主体の傭兵で構成された相手チームは一人が太ももを撃ち抜かれ、戦力としては使い物にならなくなる。これで数の上では四対四の互角。

 逆に言えば咄嗟の銃撃を見事に躱し、あるいは捌いた猛者が四人いるということだ。

 ギゼリックは口元の笑みをより深めながら右手に蛮刀(カトラス)を握り、巨漢三兄弟を率いて斬りかかるべく距離を詰める―――。

 

 

 

「ギゼリック陛下、開幕の奇襲で早くも一人落としました!」

 

「……ジェニファー、ベア先生。今の見た?」

「ええ、しかと」

「我が見間違える筈もない」

 

 ユーの実況と、それをかき消さんばかりの歓声と怒号が支配する中、真剣そのものの目をしたコトの問いを聞き分けてジェニファーとベアトリーチェが頷く。

 

「そっかー、私の見間違いじゃないかー……」

「どうかしたんですか、コトさん」

「いや。パトリシアも見てれば分かるよ」

 

 客席から舞台まで数十メートルの距離で飛んでいた銃弾を見切る超人三人にしか分からないことではあったが、そんな彼女達を置いて試合は続いていく。

 長い間を置くことなく、他のアイリス達もすぐに気づいた。表向き平静に実況を続けているが、ユー達も内心驚愕していることだろう。

 

 ギゼリックがカトラスを振るう度、黒い靄が斬撃に乗って強烈な威力を相手選手に浴びせる。

 敵チームのリーダーも決して並みの力量ではないのだろう、必死に食い下がるが――両手持ちのバスタードソードで振り下ろす渾身の斬撃がギゼリックの片手持ちのカトラスに弾かれるというのは流石に何かの冗談のような光景だ。しかしアイリス達にとってはどこぞの幼女のせいで馴染んだワンシーンでもある。

 間合いの利を生かそうとしても、少し距離が開けば容赦なく左手の銃が牙を剥く。どう見ても単発式の銃なのに、何度も何度も尽きることなく銃弾が連射される。

 ただし空を切るのは鉛玉ではなく、闇を凝縮したような黒いナニカだ。

 

「そんな、まさか……これは偶然なのでしょうか?」

「どうかな。この街にあのナジャの隠れ家があるという話だし、繋がるかも知れん」

 

 アイリス達はギゼリックの戦闘に目が行ってしまっているが、配下の三兄弟もまた一筋縄ではいかない漢たちだった。

 鎖鉄球を、フレイルを、スパイクシールドを。それぞれ黒光りする鈍重な武器を只管叩きつける……鍛え抜かれた肉体から繰り出される圧倒的なパワーが、その単純な動きを最大の攻撃へと昇華させている。

 

「「「我等、スゴ肉三兄弟っ!!」」」

 

 斬りつけられても、魔法に肌を焼かれても、飛び道具が降ってきても、鍛えた筋肉が鎧となれば浅手にしかならないという信念の下、彼らはタフさを押し出して決して止まらない。痛みを無視しているだけの狂戦士とはまた違う厄介さを相手チームは感じていることだろう。

 肉を切らせて骨を砕け、と言わんばかりのストロングスタイル。前日ジェニファーがうち一人を捻っていたが、逆を言えば怪力のジェニファーですら関節の仕組みを利用して極めなければならなかった程の筋力であり、生半可な者が真似しようとしたところで容易く振り解かれて終わりだった。

 

 戦況は当然ギゼリックチームの有利。王女の剣威と三兄弟の筋力に押し込まれた傭兵チームは、舞台のコーナーに纏めて追い込まれる。

 

「そこそこ楽しかったけどね………仕舞いだッ!」

 

 闇色の靄―――それが一際ギゼリックの両手の武器に収束していき、まず発射される弾丸。威力を秘めた分、一般人にも視認できる程度の大きさと遅さで飛ぶ。

 そしてその後ろで空に振り下ろした刃が黒い三日月の弧を描き、弾丸と合流して加速を付けて相手チームの四人目掛けて襲いかかった。

 

「ば、爆発っ!?傭兵さんチーム、ぼろぼろの状態で全員リングアウトっ!!

 担架お願いしまーす!あ、あと『ギゼリック』チームの勝利です!!」

 

「「「ギゼリック様、万歳ーっ!!!」」」

 

 喝采とブーイングが反響し合うアリーナで、勝利を祝ってかスゴ肉三兄弟が花吹雪をギゼリックの周囲に舞わせ始める。筋肉を誇示するような露出度の高いパンツスタイルであることを考えると、その花吹雪をしまっていた場所はすごく嫌な予感がするのだが彼女は果たしてそこに思い至っているのだろうか。なんてことを考えたのはジェニファーだけだろう。

 他のアイリス達は、皆今の試合で見た者について緊張を新たにしている。

 

「ギゼリック=ファウスタ。我と同じ深淵使い、か」

 

 最初に邂逅した時に感じた違和感を確信に変え、ジェニファーもギゼリックの姿を目で追い―――振り返った彼女と、目が合った気がした。

 

 

 





 ギゼリック、原作で花吹雪が「口に入る」とか言ってたような気がするんですが……いやまあ、三兄弟もちゃんとギゼリック様万歳する時はそれ用の袋に花を入れて携帯してるはず。

――――してる、よね?

 してるということにして、それはさておきギゼリックは原作の武器は刺突剣ですが、正直それで巨大武器相手のチャンバラシーンを描ける気がしないので、キャプテンマーベラスを参考に持ち替えてもらいました。ゴーカイレッドですよゴーカイレッド(ブラック?)。
 どうでもいい話ですが、仮面ライダーファイズとかウルトラマンゼロとかのならず者スタイルで戦うヒーローめっちゃ好き。つまり作者の趣味。


 それとなんかあいミスでけよりなコラボ予告のムービーが一瞬流れたんですが、あれって確か十数年前の18禁ゲームだったような……。ノベライズ版はどっかで読んだけど全然話覚えてねえ。


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放埓の王5


 ジェーンという深淵使いの闇深な前例を知っているので、原作みたいにギゼリックの地雷に特攻しようとしないアイリス達。




 

 ギゼリックの計らいでファウスタ王城に逗留させてもらっている冥王一行。

 三食風呂付きの待遇であり、お抱えのシェフがこの国随一の美食を用意し、使用人が客室を整えた最高級のホテル以上の環境と考えれば至れり尽くせりと言ってもいい状態だった。

 

 一応これでいいのか問うた冥王に、ギゼリック自身はからから笑いながら当然のことと頷いた。

 人間界では聖樹教会を信仰している人間から極悪人扱いの冥王はともかく、一国の王女であるルージェニアとプリシラが居てしかも彼女達にイベントの来賓をやってくれるよう依頼した身である。これで宿は自分で取れとか言ったら王として器量が問われることだろう。

 

 ファウスタ武闘大会二日目の夜、ナジャの隠れ家の捜索を終えたラディスとフランチェスカも合流し、この日の晩餐はまずはギゼリックの勝利を祝う言葉から始まった。

 アイリス達から2チーム出場しておいて白々しいお世辞か皮肉と取られても致し方はないが、それでも客としては当然の儀礼。そのあたりは流石にパルヴィンの姫姉妹が完璧にこなす分野だった。

 

 だが、その後アイリス達のぎこちなさが迷走し始める。

 目的は単純だ。ギゼリックの《深淵》について、使えるようになったきっかけを探り、世界樹をあの暗黒に染めようと企むナジャの関わりがあるかどうかを聞き出したい。

 

 だが―――既に身内に居る暗黒幼女が深淵に目覚めたきっかけを考えると、とてもではないが気軽に教えてと言える話題ではない。

 地雷を踏まないように話題を振ろうとするとどうしても迂遠なものになるのだ。怪訝そうにするギゼリックだったが、一度切り替えて完全に話題を振るのを棚上げしたジェニファーが話し相手になる。

 結局料理の皿も殆ど空になった頃、酒が回って彼女の彫りの深い顔が赤くなったところで冥王が単刀直入に尋ねる形となった。

 

「ん?ああ、あんたら何か今日は変な言い方ばっかしてると思ったら、あたしが《深淵》に目覚めたきっかけが知りたいって?」

 言いたくないならそれで構わない。ナジャっていう魔術師がそのきっかけに関わってるかどうかだけでも教えて欲しい。

「それはノーだ。あいつはふらっと現れてこのチカラについて講釈垂れてまたふらっとどっか消えたくらいで、あたしがこの深淵とやらを使えるようになったのはそれ以前の話だし」

「っ―――ナジャと会ったの!!?」

「どうした、探し人かい?あいにく行先みたいなもんは聞いてないし、力になれそうにはないけど」

「いや、最近この国に来たってだけでも大きな情報になる。ありがと……ございます」

 

 手がかりを見つけて興奮するラディスだが、ここが誰の国で誰の城なのかを思い出してとってつけたような敬語が後ろにくっついた。

 それはともかく聞き方はなんとか悪手を免れたのか、概ね目的を達する回答は得られた。要はジェニファーと同じで深淵使いは珍しくはあるが居ないわけではない、くらいの頻度で自然発生するという感覚でいいのだろう。

 各々考え込むアイリス達を見回し、酩酊の中でも理性的な光を目に宿したまま大本の問いにも答える。

 

「きっかけだって別に隠すようなことでもないさ。この国の政治に関わってる奴なら概要は知ってる話だしね。

 要は政治屋共がそれぞれ自分達に都合のいい王族(神輿)を担いで一度国が割れかけたことがあった。で、身内同士で散々殺し合った挙句、一人生き残っちまった小娘がバカバカしくなって政治屋共も皆殺しにした。深淵は、その時小娘の身体の中から湧いて出た力だよ」

「「「………」」」

 

 無力感。憎悪。絶望。本人はバカバカしさと言っているが、ジェニファーが提示した深淵が共鳴する感情に符合していると見て間違いないだろう。

 案の定地雷だったギゼリックの過去を聞いて、クリスやセシルなど素直な子筆頭に沈鬱な表情をしている。

 

「あー官僚全滅でこの国も終わりかなー、なんて思いながらその小娘は無軌道執政やり始めたんだが……なんの冗談か今ではその小娘はあらゆる規制を破壊した『放埓の王』呼ばわり。規制を破壊も何も、運用してた人間が全員土の下ってだけだったんだがね。

 ま、そんなお先真っ暗の国で頭として民を纏め上げるのには役に立ったよ、この見るからに不吉な力はさ」

「力は力。制御さえ出来ていれば、な」

 

 よく考えずとも分裂しかけた国を立て直したという英傑の所業だが、本人には韜晦する程度の過去でしかないらしい。あるいは、国が勝手に立て直ったはただの結果論、というのが本人の認識なのかもしれないが。

 内なる人格が暴走するのを封じる為右眼に眼帯を付けている――主にクリスをぶん殴らないように――厨二幼女が皮肉気に相槌を打つと、ギゼリックも同じように冷笑的な表情で返す。

 

「そういうジェニファーも、確か冥王のことを『主上』って呼んでたね?

 教会騎士や神官をぶち殺しまくって賞金首…なんて経歴からして、異端狩りで身内を殺されたクチかい?」

「一族郎党集落ごと綺麗さっぱりな。いや、綺麗な死に顔で逝けた人間などあそこには一人も居なかったが。我が半身の復讐の刃に散った下手人共も含めて」

「「「――~~っ」」」

 

 愛らしい幼女から出る言葉に沈鬱度二倍増し。淡々とジェニファーが語るものだから却ってエグい印象を受け、一部の面々の目には涙すら浮かんでいる。特にセシルや姫姉妹など厨二幼女と仲の良い面々はそれだけにもろに感情移入してしまっていた。

 対照的にギゼリックは平静としたままだった。赤の他人のジェーンの悲運は自分には関係ない……ということではない。似たような不幸を経験した者同士のシンパシー、ということでもない。

 

「我が半身、ね。―――順当に行けばあたしとあんたがぶつかるのは準決勝だ。深淵使い同士の対決、その時を楽しみにしているよ、ジェニファー」

 

 ジェニファーがギゼリックの視線から感じ取り、そして己も確かに抱いたのは―――敵愾心。理由はと問われればうまく言葉にできないが、その感情もまた準決勝でぶつけ合うことになるだろう。

 

「―――ああ。悪いが手加減はしない」

 

 

 

………。

 

 武闘大会の日程は順当に消化されていき、『冥王スプラッシュガールズ』もジェニファーもギゼリックのチームも無事2回戦と3回戦を突破した。

 優勝の願いとしてギゼリックに嫁になれと命じファウスタの王になろうと企んだ商人が集めたチームに勝利したアイリス達が筋肉三兄弟に猛烈に感謝されたり、試合後の『すぷらーーーっしゅ!!』のかけ声がアイドルよろしくお約束になったり、パルヴィン会戦の『殲獄』を覚えていた元帝国の傭兵チームが『黒の剣巫』と対戦するのは絶対に御免だと試合会場にすら現れなかったりと合間合間にイベントもあったが、何はともあれ四強が出揃った状態で最終日に突入した。

 

「さて数々の激闘を繰り広げてきたファウスタ武闘大会も今日で大詰め、準決勝と決勝が予定されているこの日、泣いても笑っても決着です!!」

「プリシラ、この準決勝と決勝には特殊ルールがあると聞いたのだけど」

「そうだよお姉様。準決勝と決勝を同じ日にやるとなったら疲労や負傷の回復の関係で、先に準決勝を戦ったチームの方がどうしても有利になる。かと言って十分な冷却時間を置こうとしても、観客の皆まで冷却されちゃったら悲しいなんてものじゃないしね?」

『『『そうだそうだーーー!!』』』

 

 ユー、ルージェニア、プリシラも大過なく実況と解説役を務めあげ、一部の観客などはプリシラの軽口に合いの手を入れるほど馴染んでいた。

 

「この準決勝、ABブロックとCDブロックのチームで組み、最大10対10の合同戦になります!うん、何故か一人チームとか四人チームが居るので実際は6対9なんですけど」

 

(―――シックス、ナイン。ご主人様が相手であればこのベアトリーチェ、本懐であったのですが)

(……味方からはっ倒したくなる発言やめてくんない?)

 

「そして合同戦に決着がついた瞬間、その場に残っていたメンバーで決勝戦が開始されます」

「一層戦略性が求められるルールだね。

 組む相手は次の決勝の対戦相手だから、いかにそちらに消耗を負わせつつこの準決勝をやり過ごせるかの駆け引きが重要になる。

 かと言って、出し惜しんで合同戦にすら勝てないようなら本末転倒。優勝を狙うのはどのチームも同じだろうけど、もしトーナメント戦で準優勝者と準決敗退のどちらが評判がいいかと言えば、当然準優勝者に軍配が上がる」

「武名を上げたいならとにかく決勝に上がることを優先すべきともいえる……なかなか難しいですわね」

 

(むしろ私達にはうってつけのルールでございますね)

(そうなんですか?ソフィさん)

(決勝に進めたならその時点で、我が勝とうがそちらが勝とうが優勝の願いは変わらないからな。それに―――)

(この試合ではいつも通りジェニファー様と私達で連携ができる、ですね!ばっちりです、お任せください!)

(そういうことです、ふふ)

 

 開催者、つまりギゼリックが狙ったことではないのだろうが、あつらえたようにアイリス達に有利なルールになっている。

 だが彼女達の目に油断はなく、六人で円陣を組んでその中心で手を重ねる。

 

 音頭を取るのは当然彼女達の主である冥王だ。

 

 みんな。いつも通り、勝ってきて。

「「「承知!!」」」「「「はい!!」」」

 

 

 そして控室からゲートを潜り、陽の射す舞台に上がるアイリス達を群集の喝采が出迎える。

 

「さあ選手入場だーっ!まずはAブロック、『冥王スプラッシュガールズ』!全員が戦う美少女、その姿に魅了されたお客さんが多いのは三日目以降売店に並んだ似顔絵が即時完売したことで証明済!!」

「パーティとしてもパワー型1枚スピード型2枚の前衛三人と、遊撃役と火力役がそれをフォローする非常にバランスのいいチームだね。個々の技量も連携の練度も目を見張るものがある」

 

「はい、どーもでーすっ!!」

「てか似顔絵って何?いつの間にそんなもん描いてたの?」

「まあまあ。商魂逞しい方なら一日で絵心のある人間を捕まえて突貫で何枚も描かせるくらいなさいますよ」

 

 

「そしてBブロックはなんと総勢1名。にもかかわらず1回戦・3回戦ではフルメンバーの強豪チームを一蹴し、2回戦では恐れをなして対戦相手が会場に現れないという大会史上初の珍事。『黒の剣巫』ジェニファー=ドゥーエだー!!」

「その実力はうわようじょつよい、の一言ですわね。優勝者予想賭博、でしたか―――実は生まれて初めてああいったものに挑戦したのだけど、私はあの子にベットしていますわ」

 

「それ良いのか解説者……」

 

 

 修道女パトリシア、放浪者ソフィ、女剣客コト、森の妖精姫セシル、冥王の侍女ベアトリーチェ、そして邪教の巫女ジェニファー。

 どちらを向いても満員の観客達の下で舞台に上がるアイリス達六人。それに遅れるように反対側のゲートから姿を現したのは、ギゼリックを含む準決勝の対戦相手達だ。

 

………声援が露骨に減ったのは、まあ美少女率の差故致し方ないか。

 

 

「Cブロックからは東方の武芸者集団『天下五剣』が登場!ここまでの対戦相手を全て1分以内に斬り伏せてきた、底知れないサムライ五人衆です」

「トミクニからの人かしら?あそこは近年内乱の絶えない紛争地帯と聞きます。見るからに幾つも戦場を渡り歩いてきましたって風格が出ていますわねえ」

 

「―――コト=アユカワ。貴様とこうして再び戦える日が来るとはな」

「~~ッ、その甲冑、やっぱりあんたらあの時の……っ」

 

 

「そしてDブロック、説明不要。この国の女王様が何やってるの!?ギゼリック陛下と御付きのスゴ肉三兄弟ッッッ!!!」

「これまでの試合を見るに、ギゼリック女王の単体戦力は今大会随一。三兄弟のパワーとタフネスに任せたガチンコ殺法も決して侮れないよ」

 

 

 剣士集団のリーダーがコトの名前を呼んだことに、殺気を全開にして目が見開かれる。

 だがその緊迫感に関心もなく、ギゼリックは空に向けて一発銃声を撃ち鳴らした

 

 一瞬声を忘れる観客達一人一人に向け、女王は叫ぶ。

 

 

「さあここからはクライマックスまでノンストップだ。

――――野郎共、瞬きしないで目に焼き付けな。今年の最強チームが決まる瞬間を!!」

 

 一瞬の間。そして、この大会最高潮の、観客一人一人が叫び出す熱狂が聴覚を破壊する。

 女王のカリスマは、良くも悪くもその号令にて聞く者全てを狂奔の渦へ駆り立てるのだ。

 

 

 そして―――開戦のゴングが、鳴り響いた。

 

 





 サッドライプめ、姑息な巻き展開を……(サ灯墓送)

 でもうん、トーナメントやり出したネット小説がエタる理由はなんとなく分かった。
 1回戦、2回戦、とお行儀良く順序立ててバトルを勃発させる形式は、余程うまくやらないと展開がワンパターン化するだけなんだもん……それこそ全出場者の設定をちゃんと組み立ててそこからそれぞれのストーリーを群像劇的に展開するようなガチ構成しない限りは。
 あるいはトーナメントの裏で陰謀が進行して……とかいうそもそもトーナメントが主題じゃないパターン。でもそれトーナメントである必要性ありませんよね?



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放埓の王6


 戦闘シーンはやっぱ書いてて楽しいです。




 

 二チーム対二チームの計十五名が入り乱れるファウスタ武術大会準決勝。

 開始と同時に大きく動いたのは、人数の多いCDブロック側だった。

 

 五対五の時より確実に狭い舞台上で、アイリス達を半包囲するように散開する。

 数の利を生かすには当然のことだし、これまでの試合でセシルの火力が見られている以上はまとめてやられかねない密集の愚を犯す必然性も無い。

 

 だがそうやって互いの距離を置くということは、接近戦用の武器しか持たない者同士互いにカバーに入るのに一拍遅れるということでもある。一人一人の実力を考えれば、その一拍すら保たせられないという事態は通常考えにくいことではあったが―――。

 

「ジェニファー様っ」

「輝電装刃【エンチャント・サンダー】――――“裂雷のエリュシオン”」

 

 雷の速さで疾る幼女という情報はここまでの試合で出ていなかった。というより、味方に攻撃魔法を撃ってもらってそれによって強化した技を放つ、という戦術自体がここまで一人チームだったジェニファーの戦いぶりから想定の埒外だっただろう。

 それでも手練れの為せる技か、東方の剣客の一人は稲妻を纏う“水晶”の一閃をか細い刀で咄嗟に捌き………脇腹に突き刺さった蹴りが肋骨を砕きつつ舞台の下に吹き飛ばす。

 

 その戦果を確認することなくオッドアイ幼女は“黒”の刀身を楯にし、狙い精確に腹部を狙ってきた銃弾を弾いた。

 

「油断も隙もないねえ。けど言ったろう?あんたと戦えるの楽しみにしてたんだ。余所見してるんじゃないよ!!」

「……チッ。もう一人くらいは削って置きたかったがな。肩慣らしくらいさせてもらっても罰はあたらないだろうに」

 

「いつも通り幼女強いっ!早くも一名リングアウト脱落、それをギゼリック陛下が抑えに掛かるっ。ていうか、この幼女も銃弾を剣で弾いてるんですけど何なんですかね超反応!?」

「うーん、私もやってやれなくはないけれど……」

「お姉様、それができちゃう自分にまず疑問を持って?」

 

 嫌なタイミングで足止めされたことに舌打ちするジェニファーだが、おそらくこのままギゼリックとの一対一になる。他所に気を配る余裕はないであろうことは、《世界樹の種子》と《深淵》の両方を持つ者同士の戦いになることと、これまでに試合での女王の強さから考えてアイリス達は皆分かっていた。

 

 故に、スゴ肉三兄弟と『天下五剣』にそれぞれ対処するべく『冥王スプラッシュガールズ』も二手に分かれる。

 

 筋骨隆々の巨漢三人の前に立ったのは、斧使いのダークエルフィンと武道家シスター。

 

 

「せえいっ!」

「おっ、と……っ、姉ちゃん細身の割にいい筋力してるじゃないか。エルフィンってのは肉を食べない代わりにプロテインで日々筋肉を鍛える部族なのかい?」

「―――うふふ」

「~~~ッ!?やべえ悪寒がしやがる。兄弟、この姐さん一筋縄じゃいかねえぜ!」

「ああ、どこぞの悪い子みたいなこと言ってくれて。でもあの子なら可愛い悪戯で許せますのに………いい年して口は災いの元と、ご存じでない?」

 

 何やら据わった目つきになったソフィが鬼神の如く戦斧を回転させつつ叩きつける。その勢いは長身の彼女ですら見上げる巨体を一歩退かせ、カバーに入ったもう一人の巨漢も鍔迫り合いで押し返せないほど。

 その一方で拳を構えるパトリシアと、三兄弟の最後の一人が睨み合っている。

 

「喧嘩の腕に覚えはあるようだが、まさか俺達に通じると思ってないよな?」

「通じます。格闘技は、自分より力の強い相手でも倒せるようにたくさんの人たちが磨いて洗練させた技なんですから」

「ならやってみ―――「かみなり、パーーンチっ!!」がああああぁぁぁっっ!!?」

 

「「兄弟!?」」

 

 大抵の攻撃にはびくともしない筈の巨漢が、ガードした腕を押さえて振り絞るような絶叫を上げた。

 それを為したのは、細腕の修道女。彼女も拳に魔術で雷を纏わせているが、それでどうにかなるような鍛え方はしていない……筈なのに。

 

「おおっとぉ!?これまで剣で斬られても平気な顔して戦っていたスゴ肉さんが、痛みに悶絶している!これはどういうことだー!?」

 

「………ジェニファーさん、たまに変な事知ってるんですよね」

「なにぃ?」

「人体急所以外にも、人間の体にはどうしても鍛えられない部分があるんです。―――皮膚を剥がされる痛み、とか」

「……!?」

 

 改めて確認すると、パトリシアの軽い裏拳が“掠めた”男の左腕が、肘のあたりで大きく皮を削がれて赤々しい肉を覗かせている。空気に触れることすら激痛が走っているのは想像に難くなく、見ているだけでも想像の痛みに震えそうになることだろう。

 

「あまり使いたい技じゃないんですけど、こっちだって負けられない理由があるんです。だから……パトリシア=シャンディ、推し通るっっ!!」

 

 今のパトリシアは四肢をしならせまるで鞭のように相手に叩きつける動きを繰り出している。意図するところも同じ、相手の肉体を打ち壊すのではなく、激痛で動きを鈍らせながら少しずつ削るそれだ。

 

「嘗めんなよ嬢ちゃん。例えどんな痛みだろうと、大の男がそんなもんに怯んでギゼリック様の親衛隊が務まるか―――ッッ」

「こっちだって冥王様の親衛た「うわああああ~~~~っと、サムライさん達の方でも激しい戦いが繰り広げられております!!」ーーーッッ!!」

(ユー、ナイスプレー)

 

 チーム名の時点で怪しいことは怪しいが、親衛隊と書いてハーレムと読む方を想起しかねない爆弾発言――事実そうだとしても、この大観衆の前で言うのは危なすぎる――を、ユーがすんでのところでセーブする。

 と言っても、確かにそちらの方でも当然ながら激しい攻防が繰り広げられている。

 

 軽装の上この辺りでは軽量の部類に入る刀を使う東方の剣客四人に対し、同様のコトとアサシンメイドのベアトリーチェ、またセシルも風の精霊の力を借りて生来の鈍臭さの割に身動き自体は速い。

 その結果起きるのは、三対四の乱戦だった。

 

「ひゃああ~~っ、こないでくださーいっ!」

「ええいすばしっこい、妖術使いめ……!」

 

「くの一風情が、こいつっ!?」

「残念、残像です―――が、やりますね」

 

 足を止めた者から狩られると言わんばかりに、引き撃ちに徹するセシルとその精霊魔術による炎弾を捌きながら追う剣士。巧みな足捌きで相手に動きを見切らせないながらも、仕掛けようとした途端に間合いから逃げられる駆け引きを繰り広げるベアトリーチェ。

 

「ちょ、私だけ二人って、あーもー!」

「まずは貴様から落ちろ、細雪(ささめゆき)の凶刃!!」

 

 また相手のリーダーともう一人を引き受けるコトは、当然ながら駆けずり回ることで挟み撃ちを避け、逆に狩ろうとする側は間断なく二方向から攻め立てることで彼女の反撃を最小限に抑え込んでいる。

 計七振りの白刃が鋭い斬閃を空に描く中をセシルの魔術が明るく彩る光景は、剣呑ながらも酷く目を惹きつける剣乱武闘。

 

「私実況でありながら言葉もありません。美しい――その感想さえも無粋に感じられます」

「達人がこれだけ揃ってぶつかり合うと、こんな光景が生まれるんだね……」

 

 乱戦も乱戦、いつ血飛沫が舞ってもおかしくない凶悪な空間だが、それでも只人が生きていける筈もないのに吸い寄せられる魔的な完成度の芸術と呼んでいい場所だっただろう。

 

 

 そして、力と頑強さが、技と速さが競い合う二つの場を置いて。

 

 王威と暴威が激突する。

 

「かあぁぁぁぁっ!!!」

「おおおォォォっ!!!」

 

 “水晶”が閃く。“黒”が唸る。蛮刀が踊る。鉄砲が震わせる。

 力は今更言うに及ばず。頑強さは並大抵の威力では荒れ狂う《深淵》に呑まれるだけ。技は洗練させたものでなくとも実戦で幾人もの手練れを斬ってきた確かなもので。速さは―――。

 

「どうしたっ!『黒の剣巫』ってのはその程度かい!?」

「……安い挑発だっ」

「安売りさせられる身にもなっておくれよ!薄っぺらい布を目の前でひらひらされても、癪に障るだけなのさ」

 

 更に回転を上げ、常人の目には視認できない暴風雨のよう。

 時たま刃同士がぶつかり合う一瞬だけ、閃光と共に剣の残影が目に焼き付く。

 

 信仰に身を捧げ修練に明け暮れた歴戦の聖騎士を惨殺し続けた冥王の巫女ジェニファー。

 伏魔殿と化した王宮を血塗られた粛清でねじ伏せ、戦乱の世にあって陰謀渦巻く都市同盟の王に君臨するギゼリック。

 

 戦の経験というだけなら、長命種も多いこの世界で年若い彼女達を上回る者は大勢いるだろう。だが、襲い掛かった逆境と修羅場の質で言うならそうはいまい。そして、それを潜り抜けることを可能としたのが絶望を糧とする暗黒の力だ。

 そして持ち主の能力を飛躍的に高める魔力の結晶、《世界樹の種子》が双方の中に宿っている。

 

 それがこの場において、その二つの威力を遠慮なく叩きつけられる相手に出会えたことで最大限の力を見せていた。

 

 

――――本当に?

 

 

 六対九で始まったこの団体戦。

 脱落者は未だ一名。勝負の天秤は今のところ、釣り合っている。

 

 





 アナちゃん先生暴れ過ぎぃ……。

 いや、フラットな眼で見れれば多分可愛いんだ。
 問題はずっとセシルがお嫁さんとして可愛く甘えてくるのにほっこりし続けてきたせいで、その母親が娘の旦那様にあの言動をしてると考えると「うわキツ」以外の感想が出てこないことなんだ……。



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放埓の王7


※だから、詠唱に意味はないってば。




 

 天秤が崩れたのは、“まずは”コトだった。

 

「少々失望したぞ、トミクニのコト。カヅラガワの戦いでのあの鬼神の如き武はどこへやった」

「うっさい……!」

 

 敵のリーダーもまたアイリス達同様に種子持ち(シーダー)であり、前提が同じ以上戦いの場でモノを言うのは当人の技量だ。まして非シーダーとはいえ手練れの部下と二人がかりで攻められている。

 だがそれ以上に、自分が振るう剣技の方が鈍っていることをコトは自覚していた。

 

 敵のリーダーが言及した戦とは、コトが以前の主を亡くした戦いだ。

 本拠地防衛戦において極限の中戦い抜いて何百人斬ったかも覚えておらず、そして気づいたら自軍の城も落ちてその戦果はただただ無駄なだけに終わった戦い。

 

 その後は西に流れ漂い、縁あって冥界に身を寄せることにはなったが、アイリスとして戦うようになってからもあの無常観が彼女を縛り付けて離さない。

 くたばり損なった―――心のどこかで自分のことをそう思っている人間が、どうして生死の狭間を行き交う戦場で己の全力を振り絞れるだろうか。

 

 大切と思えば、また守れなくて失うのでは―――そう思うと、仲間達にも心を開けない。

 そんな信用ならない者を部下として迎え入れ、そっと見守ってくれている冥王に恋慕を抱けど素直に甘えることもできない。

 

 そういったずっと女剣客が抱き続けた懊悩が、故国での敗戦を思い起こさせる敵手の姿によって溢れ返り、どんどん彼女の動きを鈍らせる。

 二人掛かりで攻め立てられる内、次第に防戦一方になり刀傷をその身に増やしていく。白地の着物が紅に染められていく。

 

 

 そして………期を同じくして押され始めたのはジェニファーだった。

 

 ジェニファーの肉体は未成熟な幼女なのだ。それを種子と深淵の力で精一杯に駆動しても、成人のギゼリックが同じようにすると体力や膂力には差が出る。

 いや、もしかしなくとも“同じように”は出来ていない。

 

―――我はジェーンの憎しみだけには寄り添わない。我個人としての感情で、聖樹教会も当然汝も、憎むことはしないと決めている

 

 ジェニファーがかつてクリスに語った言葉。正論と屁理屈と陰謀論を混ぜてこき下ろすことはあっても、ジェニファーは聖樹教会をジェーンに与えた仕打ちを理由に非難したことは一度もない。

 それはジェーンが完全に深淵と同化しないため、ジェニファーが一緒になって暴走しないための心構えだったが、裏を返せばジェーンの深淵(憎悪)を表に出す際にフィルターが掛かっている状態とも言える。フィルターを全て外し、深淵(憎悪)に肉体を浸蝕される程の解放形態である“殲獄”を発動すれば話は別だが、そんな相手でも舞台でもない。

 

「ABブロックチーム、劣勢!!コト選手とジェニファー選手が苦しいか!?」

 

「まだだッ」

「甘い……っ!」

 

 交差して振り下ろした二刀が間合いを外して空振りに終わり、その隙を見逃さずギゼリックの黒の銃弾が襲い掛かる。咄嗟に身を捻るも、左の二の腕を撃ち抜かれた。

 

「ちぃっ」

 

 すぐさま“黒”を虚空に散らして“水晶”を右手に構え直す。痛みと片腕が使えない程度で戦闘ができなくなる幼女ではないが、戦力が低下したことに間違いはなかった。

 

「九歳児に銃弾ブチ込む女王陛下……」

 

 咄嗟に漏れてしまったプリシラの心底ドン引きしている声がつい会場に響いたが、ギゼリックは受け流していた―――その闘志に燃える瞳を隠さずに。

 

「絵面が悪いのは重々承知。あたしの半分も生きてないガキ相手に何をマジになってるのかってのも自覚はあるよ。これはただの八つ当たりだ」

 

 油断なく蛮刀と銃を握り直しながら、女王は幼女にだけ聞こえる声で溢す。

 

「でもね、敗けたくないんだ、あんただけには」

「何を……っ」

「一人きりであの暗い牢獄に堕とされた時、あたしの絶望に寄り添ってくれたやつなんかいなかった。だから一人で立ち上がって、一人で歩き始めるしかなかったんだ」

「――――」

 

 

「殻に閉じこもって甘えてばっかの奴と、甘やかしてるだけの奴に。

…………ずっと一人でやってきたあたしが、あんた達だけには、敗けられない!!」

 

 

 ジェニファー達の現状を見抜いたのは、同じ深淵使い故に見えるものがあったのか。ギゼリックは彼女“達”の境遇と事情を察した上で、真っ向からそれを否定しにかかった。

 その理由が子供じみた妬みと安いプライドであると、自覚して言い放った上で。

 

「一人で?それにしてはあの筋肉共に随分慕われているみたいだがな?構って欲しくて悲劇のヒロインでも気取りたいか」

「薄い。薄っぺらい。あんたの言葉に芯がない。空っぽだ、それじゃ挑発にもなりやしない」

「………!!」

 

 挙句にジェニファーの“戯言”まで看破して潰す。

 黒衣の幼女が仕掛けるが、振るう“水晶”を受け流して女王は位置を入れ替える。

 

「辛辣に世を捻ねたこと言って、それでも綺麗事を言う、そんなあんたの“熱”はどこにある?

 あんた自身は少しでも何かを信じてるかい?」

「ぐっ……」

 

「ふわふわと口先だけでさあ。そんな覚悟で英雄気取りか?やめときなよ、絶対どこかで道を踏み外す」

 

 別段ギゼリックも悪意だけという訳でもなかった。

 

 ジェニファーはジェーンを含む他人の為に命を懸けられても、己の為に戦う理由はない。むしろ己の生きていることに理由を見出せないから簡単に命を投げ捨てられる。肉体がジェーンのものだから粗末にしないというだけで、『所詮は余禄』と言うのが一度死んで記憶もほぼ失くしてしまった“彼”の歪みだ。

 そして、自分を信じていない人間に他の何かを心から信じられる道理もない。だから、吐く言葉全てが戯言になる。

 

 

「―――、だとしても」

 

 

 理由までは流石に分からずとも、ジェニファーが心の底から何かに本気になれない類の存在であることを察した上での忠告。だが、跳ねのける。

 

「綺麗事(これ)だけは、捨てられない。たとえ儚い夢でも、薄っぺらい戯言でも!本当はそんなものはないのだと、我自身が諦めていたとしてもだ!!」

「何故……?」

「世界は優しくない。我が半身は愛も夢も未来も、何もかもを咎もなく奪い去られた。

 たとえ復讐にその手を血に染め、いつか因果が巡る瞬間が来るとしても―――、」

 

 

「―――たった九歳の子供だぞ?

 そんな冷たい不条理が世界の全てだと絶望して消えて行くのは、悲し過ぎるだろうが……!!」

 

 

 薄っぺらな信念でも、少しでも綺麗なものを半身(ジェーン)に見せてあげられたらという願い。

 だから空虚な理念と知ってそれでも掲げる。希望を持つ心すら砕かれた彼女に代わって、『世界が優しくなりますように』と願いたいこの気持ちだけは、戯言なんかじゃない。

 

「ジェニファーさん……」

「―――ッ、私も未熟、ということですか」

「ジェニファー様…!!」

 

 外套が張り付く程に左腕から出血し、ふらつきながらもジェニファーは片手で大刀を構える。

 そんな幼女の叫びは、聞き届けたアイリス達の心に熱い何かを宿した。

 

 普段飄々として、不敵に笑うだけの厨二幼女が曝け出した真実の願い。

 これまでの付き合いでそれをちゃんと察してあげられなかった不甲斐なさと、それ以上に彼女の願いを叶えてあげたいという決意が胸を震わせる。

 

 何故?―――理由など、『仲間が真剣に願ったことだから』、それだけで十分だ。

 

 けれど、彼女らは各々の敵手との戦いの最中。蛮刀の一振りでジェニファーの“水晶”を弾き飛ばし、額に銃口を突きつけようとするギゼリックを止められない。

 だがそれでも彼女が『降参』を口にすることはないだろう。

 

 

 『黒の剣巫』は、二人で一人なのだから。

 ジェニファーの願いに最も心動かされる存在など、“彼女”を置いて他にいる筈もないのだから。

 

 

【ジェニファーのばか。そんなの、とっくに叶ってるもん】

「………ジェーン?」

 

【せかいでいちばんきれいな魂(もの)なら、ずっとわたしの肉体(そば)にいてくれてるんだから】

「――ッ!」

【だからわたしを信じて、ジェニファー。自分が信じられなくても、あなたのおかげで今ここにいる、半身(わたし)を信じて。

 わたしのねがいは―――生きていたい。あなたといっしょに、ずっと!!】

 

「………叶えるさ。我がここに在る意味は、きっとそれなのだから!!」

 

 

 同じ肉体に宿る二つの魂と心。それがこの瞬間、初めて完全に調和する。

 見つけたのだ、理由を。

 

 欠けた物は戻らない。ジェニファーがいくら自分の中に答えを探したところで見つかる筈はなかった。死んで一度亡霊になった者がまともになることなど最初から不可能だった。

 だが、それでいいのだ。甘やかす者と甘える者、それでも―――生きる理由を失った者と生きる希望を失った者、不完全な二人が補完しあって一つで居られるなら。

 

 前に進める。

 今この瞬間、『ジェニファー=ドゥーエ(名も無き二人)』は全となる。

 

 

「【我等、冥戒十三騎士が終の双騎、『黒の剣巫』が名の下に――――】」

 

 

「ッ、なんだい、これは……!?」

 

 引き金が重い、物理的に。急に“何かに抑えつけられているように”指の関節がまともに動かなくなった異常にギゼリックが呻く。

 その様子を見上げ、冷たく睨む幼女の瞳は―――両眼ともに朱がかった極彩色。

 

 

「【五臓六腑を穢れで充たし、冥府の闇を血に注ぐ者。

 而して万(ヨロズ)の命を階(キザハシ)に、創生の光を喰らう者】」

 

 

 二重に聞こえてくる詠唱はそれこそ深淵の底から這い出てくるような冷気を伴って。

 

 

「【哭き叫べ黎明。惑う勇往、永劫の帳。

―――深淵装魂(ソウルエンチャント・アビス)】」

 

 

 そして湧き出でる《深淵》は、その全てが巫女の体内で完全に統制され、暴走も無秩序も捻じ伏せられている。主の肉体を激痛と共に浸蝕するようなことは最早なく、銀髪をリボンで括った一房を除いて漆黒に染めるのみだった。

 

 

 

「【“潰獄のパラノイア”】」

 

 

 

 詠唱の完成と共に、黒髪銀メッシュ幼女の右手に再び“黒”が顕現し、そして先ほど弾き飛ばされた“水晶”もひとりでに飛んでくる。

 二つの刃が、歪む。黒よりもなお冥い光を宿す紫紺にその刀身を染めて稲妻のような形状へと変形し、互いに折り重なって交差を繰り返し一つの合体剣となる。

 

 “黒”―――哭鍵ミゼリア。

 “水晶”―――翔灯ロブゾーバー。

 それらの銘は意味を失い、新たに圧し付けられる定義(な)は―――“星焉塵コラプスター”。

 

 星の終焉に残る塵……その意味するところは、この世界では一人しか知り得ない。

 

「この潰獄に、我等を外に勝利の自由は無い」

【この潰獄に、我等を外に敗北の自由は無い】

「この潰獄に、我等を外に生還の自由は無い」

【この潰獄に、我等を外に死亡の自由は無い】

 

 そのたった一人の思うが儘に、望んだ相手を超重力の網でその場に縛り付けながら。

 女王を差し置いて絶対の裁定者へと成り代わった幼女は宣告する。

 

 

「【哀れな魂よ、この現世(パラノイア)に輪廻すらも忘却し――――ただ地に這いて朽ち果てろ】」

 

 

 





 ペラ回し不発!
 ただし中途半端にレスバで追い詰めると、これまでのとは別系統の第二形態を解放して襲い掛かってくる幼女の図。
 いやまあギゼリックが真正面から切り込んだおかげでジェニファーがちゃんと自分“達”の生きる理由に向き合う契機になったんですが。

 銀髪紅虹オッドアイ
 →黒髪銀メッシュに朱がかった極彩色の眼new!!



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放埓の王8


 ところで、なんで原作でリディアは「これ以上失敗したら後がない」って分かっているにも拘わらずアイリス+ギゼリックが揃っている場でユーを連れ去ろうとしたのか。もうちょっと折角武闘大会出場でアイリスが五人も不在になる隙を狙うとか……。

 頭弱くて考えつかなかった説その2?……単にナジャに強化アイテム貰って、調子こいてアイリス達の種子もついでにまとめて奪おうとか思っちゃっただけな気もするけども。そしてそれを失敗フラグと気付かない点でどのみちやっぱアホの子………。




 

 血でべたつく外套を舞台上に脱ぎ捨て、黒い布と銀装飾のゴシックドレス姿になった黒髪幼女は、大の大人ほどもある合体剣をふわりと横に撫ぜる。怪力がどうとか以前にどう考えても重心の位置が不自然にも拘わらず、相応の重さを誇る巨剣はふわりと主の腕の振りに従って空気を引き千切っていた。

 

「【一人でやってきたから我等には敗けられないと、そう言ったなギゼリック=ファウスタ】」

 

 至近距離でこだまが帰るような、二重に聞こえてくる幼い少女の声。

 甘く愛らしく耳に心地よく、そして脳髄が凍るほどに狂おしい不協和音。

 

 最高潮である武闘大会最終日に押しかけ先ほどまで熱狂の叫びを上げていた観客達も、誰一人として呻き声すら出てこない。

 呼吸する度に、身じろぎする度に、微かに漏れる闇の気配で大気が淀み歪む。そんな秘めたる力を解放してしまった幼女の姿に悟る。

 

―――これこそが万軍をものともしない暴威の化身。

 

 噂に尾ひれがついていることなんて誰もが多かれ少なかれ理解していた。事実これまでの試合でジェニファーが見せていた戦いぶりは確かに強者だったが、ギゼリックに押されていたように一人で戦場を制圧する程の理不尽とはとても呼べない。

 内心のどこかに落胆があって……そして彼らは今そんな自らの愚かさを心底悔いている。

 

 

 最新の英雄譚に語られる武威、その底が見たいなどと、どうしてそんな恐ろしいことを考えたのかと。

 

 

 噂が大袈裟か否かなど問題にならない。どれだけ大袈裟に膨らませようともそれを現実に出来てしまう存在が視界に居る―――それだけで弱者は毒の空気に曝されたかのように全身を倦怠感が包んでいく。

 細胞の一つ一つが震えてしまうのだ。無益と理解しながら、その気になれば視線一つで縊り殺されると分かっていながら、すぐさま逃げろと警告をがなり立てるのだ。著しい速度で無為に体力を消耗するだけの結果だというのに。

 

「言ったよ。撤回するつもりもない」

 

 故に、真っ向から減らず口を叩けるギゼリックは余程の豪傑か底抜けの命知らずなのか。

 幼女は朱に染まる極彩の眼を愉しげに歪め、向けられる銃口を意に介した様子もない。

 

「【違うな。間違っているぞギゼリック。

――――我等は二人。一人で向かってくる汝に、敗けられないのは此方だ】」

 

 重圧著しい空気の中で、さらにそれを張りつめさせる暴挙。舞台上で戦っていた他の選手達ですら手を止め固唾を呑んで見守る中、動いたのは……全くの第三者だった。

 

 

「ッ、待ちなさ……ぁぐっ!?」

「え…きゃあああぁっっ!!?」

「お姉様!?ユー!!?」

 

 

 観客と同様言葉を失っていた実況席、そこにいた世界樹の精霊を白いローブの怪人物が小脇に抱える。

 咄嗟に制止しようとしたルージェニアを撥ね飛ばし、そのまま“彼女”は純白の翼を広げた。

 

 

「―――マリエラ様の命令よ。帝都までご招待、ってね」

 

 

「リディア……!?」

「「ユーっ!!?」」

 

 帝国国境、パルヴィンと決着が付かないまま因縁だけが深まっている金髪碧眼の天使。その神聖さと裏腹に人間にとって邪悪極まりない存在がユーを攫う。

 

「はな、放してくださいッ!!」

「いいの?ここで私があんたを落としたらべちゃって地面の染みになるだけだけど」

「私は借りてきた猫です。にゃーん」

 

 白翼の羽ばたきは瞬く間に二人を空へと浮かべ、弾き飛ばしたローブだけを置き去りその姿を相対的に小さくしていく。

 遥かな高みへと連れ去られ、飛行可能な亜人のアイリスを連れてきていない冥王一行は歯噛みしてそれを見送るしかない―――訳ではなかった。

 

 確かに飛行可能な“亜人は”連れてきていない。

 

「ぐ、なぁ………っ!!?」

「「「うおおおおぉぉぉ!!?」」」

 

 黒髪幼女が一瞥すると、ギゼリックとスゴ肉三兄弟が不意に横に吹き飛んだ。

 否、『吹き飛ぶ』と言えば語弊があるか。飛距離が伸びれば伸びるほどに、勢いを失うどころかより加速していく様は『横に落ちている』と表現するのが正確だ。字面と実際に起こっている光景の異様さを気にしなければ、だが。

 

「【セシル、ソフィ達も。この場の片を嵌めるのは任せた】」

「でも、ユー様が……!」

「【そちらは我等が行く】」

「分かりました。時間が惜しい、速やかにつる植物を奪還して来なさい、ジェニファー」

 

 観客席との間の柵に“水平に”落下して叩きつけられたギゼリック達を見届ける暇も、瞬時にやるべき分担を弾き出したベアトリーチェの指示に返答する間もなく、『黒の剣巫』の姿が黒い靄に巻かれて霞のように消える。

 それが天使が消えた方角の空に向かって跳んだだけだと気付けたのは果たして何人いただろうか。

 

 この会場において数少ない該当者達は、舞台の上で怒涛の展開に酔いそうになっていた気分を切り替え、改めて準決勝の続きをするべく各々構える。

 『ギゼリック』チームは今しがた纏めてリングアウト失格、ジェニファーも姿を消した今、AブロックとCブロックの勝ち抜きチームが残って実質上の決勝ということになるが。

 

 観客達もまた、先ほどの悪夢の化身を記憶から振り払うため、多少の困惑に蓋をして無理にでも観戦に興ずる。

 

 ユーのことは心配だがこの戦いに勝ってギゼリックが所有する種子を回収もしなければならないアイリス達と、一人欠けているからといって決して油断ならぬ東方の剣客達。

 両者入り乱れ白刃の煌くアリーナは、ファウスタ武闘大会のクライマックスに相応しい熾烈な決戦に突入しようとしていた―――。

 

 

 

………。

 

 電光石火。

 慢心も油断も捨てたリディアは、腕自慢のアイリスが舞台に上がりすぐに手の届かない武闘大会準決勝というまさにこの瞬間に、上司より命令されたユーの拉致という凶行に及んだ。

 

 帝国の皇帝に成り代わった上位天使マリエラが、何故か近づいてきたあのナジャとかいう怪しい魔術師の言に乗り、この自称世界樹の精霊とやらに興味を示したが故に命じられた今回の作戦。

 『数万の兵士を失ったことはどうでもいい』が、無為に種子を奪われパルヴィンも陥とせなかった先の失態により、次に失敗すれば物理的に首が飛びかねないことを彼女は理解していた。

 

 だからこそアイリス達―――特にあのリディアに敗走の屈辱を味わせた忌まわしい幼女が離れる瞬間を、穢らわしいニンゲン達が密集している中での不快さを堪えてまで待ち続けた。欲を言えば決勝が終わってもう片方のチーム共々消耗した時点が望ましかったが、ジェニファーが本気を出した時点でこれ以上の“待ち”は無駄だと一目で分かったのだ。

 

「帰してください……このまま皆さんと、冥王様とお別れなんて嫌ですっ。

 誰か、助けて……っ」

「ふん。誰も助けになんて来ないわよ。来てたまるものですか」

 

 ファウスタの都は遠く、街道が敷かれた遥かな草原の上をユーを抱えてリディアが飛ぶ。

 ユーの涙声に苛立たしげに返した言葉に願望が混ざっていた、というのは本人は気付いていたのだろうか。

 

 そして、本当にユーに助けが来ないと自信満々に断言できないのは、不安の裏返しだと気付いていたのだろうか。

 

 飛行可能な“亜人は”、確かに今回の冥王一行に付いてきていない。だが。

 

 

 飛行可能な幼女が居た。

 

 

「【―――良くないなァ?】」

 

 

「………なッ、に!?」

「ようじょキターーーーッ!!」

 

 不意に眩暈と共に平衡感覚を失うリディア。

 それが普段とは逆向きに重力が働いているとは考えも及ばず、反射的に“下に向かって”羽ばたいた結果、今度は正常に下向きに、ただし身体が比喩抜きに鉛ほどの重さにされて墜落への一歩と化す。

 

 まして、重力を操るだけが今の融合幼女の能な訳はない。

 バランスを失い錐揉みしながら落ちて行く天使に跳び蹴りを浴びせ、反動と落下の向きを調整して投げ出されたユーをその左腕にキャッチする。

 

 そして嘲笑と煽りを、ユーを手放し無様に地上に墜ちる天使に追い討ちでプレゼントした。

 

「【良くない、本当良くないなあそういうの。確かに乱入と場外乱闘は武闘大会の華。だがしかし観客を置き去りにしたまま姿を消すなど、ファンサービスってものがまるで全然分かってない】」

「またしてもあんたか、このガキ――ッ!!」

「【だから教えてやるよ。ありがたく受け取れ、我等のファンサービスを!】」

 

 言うとユーを地面に下ろし、紫紺の合体剣を振りかざして突き付ける幼女。対する天使も閃光と共に大槌を手に握り、腰を低く構える。

 

「【どうした鳥人間。飛ばない鳥はただの焼き鳥なんじゃないかな】」

「~~~ッ、その口に泥水詰め込んでやるッ!!」

 

 天使に向かって鳥と人間の相の子扱いするという最大級の侮辱に激高しながらも、翼を広げたままリディアは地に足を付けて戦うことを選んだ。

 直感で悟っているのだ、今のジェニファー相手に無暗に飛ぶことは愚策と。

 

 それもその筈、前回の戦闘で自在に飛行し空から水流で甚振ってくるリディアに苦々しい感情を覚えたのはジェニファーも同じ。

 故にあれ以来、記憶の残滓(という名の黒歴史ノート)からそれに対抗できるイメージを引きずり出そうとしていた……その理想(?)に、今ジェーンと二人ならば手が届く。

 

 重力の強弱と方向を操る力―――それが“潰獄”。

 だがその特質性すらも、厨二(ジェニファー)に言わせれば飛ぶ鳥を振り回す為の小手先の手品でしかない。

 

 

【ヨリ深キ淵ヘ(アビスシンカー)】「黒ニ染マレ(バースト)ッ!!」

 

 

 常に都合の良い方向に働く重力により片手で軽々と振り回される、幼女よりも遥かに重い巨大剣は音すら追い抜いて天使を両断せんと疾る。

 黒い衝撃波を纏う斬撃は―――しかし同じく黒い濁流と激突し弾ける。

 

「【………素敵な首輪じゃないか。似合ってるぞ?狗(イヌ)って感じで】」

「うっさいわね!!」

 

 金髪に蒼い鎧を着た女天使の出で立ちには、以前戦った時には付いていなかった金色の首輪が嵌められていた。その煌びやかな意匠と裏腹に、濃縮された闇が漏れ出でるのは間違いようもなく《深淵》だ。

 誰のどういう作品かはなんとなく予想が付く。問題は、ただでさえ脅威の天使の力が《深淵》で増大しているということで。

 

「どっせええぇぇェェーーー!!」

「【あはははは!!軽い、軽いぞ!?】」

 

「うへぁ……」

 

 なまじ地上で戦っているせいか、弾かれた合体剣が、的を外した戦槌が、のどかな草原にクレーターや地割れを作っていく。その操り手達も超高速で移動しながら戦っている為、ユーの眼にはブレた姿があちらこちらで不規則に絡み合っているようにしか見えない。

 

 黒と金。巻き込まれたら塵も残らない恐るべき暴風が草原を蹂躙し、その場でのほほんと暮らしていたスライム達が間の抜けた顔を泣き顔にして必死に逃げ惑う。

 

 その惨状を見守りつつも、これまでの大会で鍛えた実況力ではそれを形容する言葉を見つけられず、ただ呻くだけのユー。だが、ふと服に妙なべたつきがあるのを覚えてそちら――先ほど空中でジェニファーに抱き留められた部分――に視線をやり、白い布地が赤黒く染まっているのを見て顔色を変えた。

 

(そうだ、ジェニファーさん左腕に大怪我して………!!)

 

「そんな腕で――――ッ」

 

 深淵を帯びた濁流を纏い、ジェニファーの左側からリディアの最大の一撃を叩きつけんとする。

 傷付いた腕を庇い迎撃が遅れる幼女はただ敵対する天使を見つめ―――嗤った。その両の瞳は、深紅。

 

 

「余所見してると危ないぞ」

 

 

「え、……なっ、ぐッ………!!?」

 

 振りかぶった戦槌を動かす前に、リディアの脇腹に灼熱感が生まれる。同時に、総毛立つ程の冷たさと嫌悪感が身体の内側に走り。

 

【………】

 

 茫然と傷口と、そこから飛び出た稲妻型の奇形の刃を見ることしかできない天使。

 その背後で、両眼が虹色であること以外ジェニファーと瓜二つの黒髪幼女が、二刀に分離させた《コラプスター》の片割れを突き立てていた。

 

 





 いやー。幼女、弄り甲斐のある敵を見つけひたすら煽る煽る。
 ちなみにジェーンと融合してる状態なので幼女力が2倍になると同時に悪ガキ度も2
倍になっております。そして物理的にも2倍になっております。

 というか草加とⅣ兄さんの言葉はホント煽り性能高いよねえ。



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放埓の王9


 相変わらずキャラ数捌けてない現象が発生しておりますがご勘弁を。




 

「な…に、これ……」

 

 腹部を深く抉った紫紺の刃。それが帯びているモノが、天上人が忌み嫌い穢れに満ちた地上の原因となっている闇の力だと、彼女は理解できていなかった。

 

 当然ながらそれどころではなかったからだ―――激痛と、流れる赤い血が己の命脈を深く冒されていることの実感となってリディアを襲っている。

 

 本来であれば魂を持たぬ使い魔に過ぎない天使に、死の恐怖は無縁である。正確にはそもそも自己保存という生命の本能すらプログラムされていない。

 だが、たった今己を貫く刃から流れ込む《深淵》は同化と浸蝕の性質を持っている。

 

 リディアという個体を定義づけている“核”とも呼べる部分を、深淵が侵す。

 彼女が汚らわしいと称した、この世界の全ての生命と同じように。

 

「……嫌」

 

 その結果、天使が“想った”のはただ一つ。

 

 

 “死にたくない”。

 

 

「嫌、嫌、嫌々々々、いや、いやいやいやあああああぁぁぁぁぁーーーッッッ!!!」

 

 

「っ!?ジェーン、下がれ!ユーも!!」

【………ッ】

「ひゃぃ~~っ!?」

 

 間欠泉のように黒く濁った水が噴き上がり、リディアの周囲で無秩序に荒れ狂う。

 天使に在る筈の無い情動に深淵が応え、ただ衝動のままに四方八方に放水して荒れ切った草原を泥地に変えていく。

 

 ジェニファーは咄嗟に半身を離脱させ、そしてユーが流れ弾を受けないようにその身で庇う。

 拒絶の心をそのまま反映したかのように水流は目に映る全てを押し流そうとするが、出鱈目に放水されるそれをジェニファーとジェーンは斬撃で相殺していく。

 僅かに数分と言うべきか、それとも数分間ものあいだと言うべきか、激流の乱舞をしのぎ切った頃にはそこに居るべき天使の姿が忽然と消えていたのであった。

 

「………またも取り逃がしたか。腹に風穴空いていながらよくやる」

「最後リディアさんも様子がおかしかったような―――てぇ、ジェニファーさんも腕の怪我!?それに、なんか夢の世界でもないのに分身してたような!?」

 

「ゆうたいりだつー」

【………(ふわふわ)】

「いやそのネタ前に見ましたから」

「かーらーのー。りんしたいけんー」

【………(すーっ)】

「吸い込まれたー!!?」

 

 帰り道を考えて“潰獄”は解除しないまでも、戦闘の熱を冷ましがてらユーをからかう黒髪銀メッシュ幼女達。

 ジェーンがジェニファーに吸い込まれるようにして一人に戻った朱彩眼の巫女は、多重になっているスカートの裾を切って左腕の処置を行い、身を屈めてユーにおぶさるよう促す。

 

「あ、その……ありがとうございました、ジェニファーさん、それにジェーンさんも?

 こんな怪我してるのに、私のこと助けに来てくれて」

「【昔に比べればこの程度怪我のうちにも入らん。いいからさっさと背中に乗れ、帰るぞ】」

「なんか触れちゃいけない幼女の闇が……わ、分かりましたから置いて帰ろうとしないでください!?」

 

 慌ててユーが背中にしがみつくと、ジェニファーは重力の向きを切り替え、ファウスタの方角目掛けて空へ“落ちる”。

 体験したことのない地面以外の方向に重力が働くという感覚に、世界樹の精霊は一発で酔った。

 

「…………ぇっぷ」

「【吐いたら落とすぞ】」

「やりませんやりません!?」

 

 ゲロイン回避の為に乙女の尊厳を懸けて耐え抜きながらも、ユーはせめてもと幼女の左腕に掌を当てた。

 その箇所から一瞬で出血が止まり、傷口が塞がったのを感じても、ジェニファーは敢えて何も言わない。

 

 それに甘えて、ユーは心の中だけで唱えるのだった。

 背中越しのため、表情すら確認されないのを良いことに、口に出すことすら許されない謝罪の言葉を。

 

 

(―――ごめんなさい、私なんかのために……)

 

 

 その意味するところは、アイリス達はおろか冥王ですら、今の時点では知り得ない。

 

 

 

………。

 

 場所は戻ってファウスタ武闘大会最終決戦。

 アイリス達と剣客衆の果し合いは、完全にアイリスの側に天秤が傾いていた。

 

 そもそもがコトが圧され気味だったとはいえ三対四で詰め切れていなかったのだ。それが五対四になり人数すら不利になった時点で、何かしらの賭けに出なければ逆に詰まされるのは自明。

 だがそれすらも許されなかった。

 

「くくくっ、先程までとは太刀筋が雲泥の差ではないか、『細雪の凶刃』」

「なんで嬉しそうなん……まー、ジェニファー見てたら悩んでたのが色々馬鹿らしくなって」

 

 コトの剣捌きが、鋭さも速さも変幻自在さも神がかっている。常人には視認できない域で閃く銀色は、相手の種子持ちリーダーを着実に追い込んでいた。

 

 懊悩が晴れてそれが太刀筋に現れている―――のかと言えば、実はそうでもない。

 護りたい者を護れなかったという後悔は、きっといつまでも彼女の心に残り続けるだろう。だが。

 

 今もまた大切な者を護れないのではと。

 だから大切な者を作るのも怖いのだと。

 

 

 阿呆か。そもそも前提が違うだろうに。護れなかったかつての主は箸より重い物を持てない箱入りお姫様だったが、そんなか弱い存在がコトの仲間に一体何人居るというのだ。

 

 

 冥王は曲がりなりにも本物の神であり、地上で弱体化すると言っても耐久力だけなら不死身。ベアトリーチェはそんな冥王を護る為にあらゆる手段を択ばない徹底した凶手だし、『黒の剣巫』を名乗る冥王の巫女の戦闘力は今更論ずるまでもない。

 他のアイリス達も、日夜冥界で鍛錬に励む彼女達にただ守られるだけのか弱い娘子なんて一人もいない。

 

 ユーやリリィは庇護対象だが、それだって今ジェニファーに信頼して任せているように、自分だけでどうこうしようと足掻く必然性は無いのだから。

 

「私がすべきは、何よりも速く、誰よりも多く斬って血路を開く先駆け。雑念は要らない、後ろのことを考える必要なんかない。それだけで―――他の皆が助かるし、私も強くなれる!」

「それが貴様の刃の答えか。他者を護ると嘯きながら、目の前の敵を斬るだけの修羅の剣とは!」

「護れなかったら、所詮私の剣速がその程度だったってこと。そん時はそん時で今度こそ自分の不至を恥じて腹掻っ捌いてお終い、ってだけ」

 

 声音はいつもどおりののんびり気味の軽いそれだが、生死観が悟りの領域に入っただけで本人は真剣だ。“当たり前のこと”を喋っているから軽く聴こえる、というだけで。

 

「唯斬唯我。是刻魂魄一片、此在御剣罷成――――諸余怨敵皆悉催滅」

 

 

「………ッ、見事」

 

 

「血飛沫(すぷらーっしゅ)、ってね」

 

 故に刃は軽く。決着は軽く。人斬りの業は羽根より軽く、葬送の言葉もまた軽く。

 鮮血が噴き上がるのは既にすれ違い様の一閃を振り抜いたコトが間合いの外に出た瞬間。

 

「く、はは……感謝するぞ、コト=アユカワ。これこそ、我が、追い…求めた、剣の―――」

「―――今際に悪いんだけど、お役目でさ。あんたの中の世界樹の種子、貰っていいよね?」

 

「是非に及ばず。曝す屍に未練無し。くくく、ふははは、っは――――、………」

 

 満足げな表情で事切れる剣客衆のリーダー。長が殺されて諦めたというよりは、彼の最期に余計な蛇足を入れない為に、他の面々も刀を収めて降参を宣言していく。

 

 そしてタイミング良く、ユーを連れ戻した幼女が空から降ってくる。

 

「ユー!ジェニファーっ!」

「良かった……無事に戻ってきた…っ」

 

「中座して大変失礼しました、実況のユーです……ってもう終わってる!?

………あ、はい。えー、今日の選手達の健闘を称えると共に、優勝チームに盛大な喝采を。

 優勝は、『冥王スプラッシュガールズ』ですッ!!」

 

「「「「ウオオオオオオォォォーーー!!スプラッーーーッッッシュ!!!」」」」

 

 今大会最大の歓声が響く中、五人とも立っているとはいえ切り傷だらけだが観客達に手を振って応えるアイリス達。

 敗退チームに死人が一人出ているが、当人も下手な湿っぽい扱いなど望まないだろうからこれでいいのだろう。

 

 これにて波乱を含んだファウスタ武闘大会も無事アイリスチームの優勝で幕を閉じ――――。

 

 

 

 

「いやー、場外退場ってのは締まらないんで改めて一戦申し込みたいところではあるんだが、優勝はあんた達だ。願いを言いな」

 

 後日、王城にて。優勝チームも試合直後は口も利けない状態のことがあるということで、王に願いを言うのは別席が設けられていた。

 そこで願いを口にするのはアイリス達の主である冥王で、願いの内容も当然一つ。

 

――――今この城にある全ての種子が欲しい。

 

「あいよ。ほら、持って行きな」

 

 王から下賜する、というには釣銭のやり取りでもするかのような手軽さでギゼリックは冥王に三つの種子を渡す。冥王は礼を言って下がろうとし―――。

 

 

「足りないなあ」「足りないです」「足りないですよね」「足りませんね」「足りてなくない?」

「な、なんだい?揃いも揃って」

 

 

 示し合わせたように、というか完全に示し合わせていたのだろう、アイリス達が口々にツッコミを入れる。

 そして主犯格なのだろう銀髪に戻った眼帯幼女がにやにやしながら言った。

 

「聞こえなかったのか?主上は、『今』『この城にある』『全ての』種子が欲しいと言ったんだぞ?」

「それがどうし………、ッッ!!?」

 

 その一言で察するギゼリックと冥王。

 察しはしても理解し咀嚼するのは時間が掛かるのかぷるぷる震えるだけの種子持ち女王に対し、アドリブでも対応してくれる気さくな冥王様である。

 

 

 ギゼリックごと一緒に来てくれたら大歓迎。

「――――。それ、って……」

 君が欲しい。

「~~~~~ッッ」

 

 

 そして、案外初心なのか直球に弱いのかそれとも流石冥王様というべきか。

 口説き文句に顔を真っ赤にするギゼリックは、誰がどう見ても脈ありだった。

 

「ギゼリック様に、春が……ッ」

「こんな瞬間に立ち会えるなんて」

「うおおおっ、ギゼリックさま、ばんざーーーいッ!!」

「「「ばんざーーーいッ!!!」」」

 

「うるっさいよアンタら!?」

「それで、返事は?」

「もしかして意趣返しのつもりかいジェニファー?

………はあ。ええと、その。ふつつかものですが、よろしく」

 よろしく。

 

 

「「「「「ばんざーーーーいっっ!!!!」」」」」

「だからうるさーーいっ!!」

 

 

「ぅぅ、冥王様の周りに綺麗な女性がまた一人、それもスタイル抜群の女王様……」

「如何な有象無象が来ようが、ご主人様の一番は私です。誰にも譲らない……!」

 

 

 ソフィやパトリシア、ルージェニアなどのノリの良いアイリス達も交えてスゴ肉三兄弟と万歳斉唱するジェニファーと、露骨に落ち込んだり嫉妬したりするアイリスも居たが。

 

 この旅でまた一人、アイリスに新しい女性が加わることが決まったのだった。

 

 





 以上、第六章完。

 よし、エタらずにトーナメント書き終わったぞ!!
………展開とか端折りまくったけども。それでも過去最長の9話って。



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リディア


 そろそろこのポンコツ天使の追い討ち……じゃなかったフォロー、もとい掘り下げもしないとなー的な閑話。




 

 ヴァンダルス同盟東部、国境付近の森。温暖な気候により葉の広い樹々が密生するそこは、昼間でも日光が遮られて薄暗く、後ろ暗い者が身を隠すにはうってつけの場所だった。

 其処に現在飛ぶ鳥を落とす勢いの帝国の方面指揮官を任される程の少女が居る、と聞いて果たして信じる者はいただろうか。

 

「……これから、どうすればいいの」

 

 苔むした大樹に背を預け、血に汚れた蒼い鎧と破損した金の首輪を傍らに放り捨てて、金髪も解いて流している天使は茫洋とした目で蹲る。

 

 腹部に手を当てるが、白のアンダーウェアはどす黒く染まっていてもジェーンに貫かれた傷自体は塞がっている。

 内臓を傷つけられ感染症を心配しなければならないような脆弱さがある訳もなく、リディアという個体の性能を発揮するのに何ら支障がない状態まで持ち直していた。

 

 だが持ち前の回復力で傷を癒しても、ターゲットである自称世界樹の精霊は冥王一行と共に既に冥界に帰還済。今回世界樹の種子を複数有するファウスタの武闘大会に網を張った結果が的中したからよかったものの、世界中を転々と探索するアイリス達の動きは本来そう容易に捕捉できない。………つまり世界樹の精霊を確保しろという上位天使マリエラの指令を、リディアはこなせなかったということになる。

 

 パルヴィン侵攻を合わせれば二度も与えられた使命をしくじり、しかも穢れた人間風情に敗北した無能天使―――そんな存在を慈悲の欠片も持たぬ天上人の傀儡であるマリエラがどう“処す”のか、当の彼女は容易に予想できた。

 それでも同様の傀儡に過ぎぬ身である以上、本来であればのこのこと帝国の皇帝に扮するマリエラの下に帰還する以外の道を選ぶ余地はない。

 

 だが。

 

「死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……死ぬのは嫌ぁっ」

 

 《深淵》を纏って腹部に刻まれた傷痕が疼く度、喉から吐き出しても吐き出しても治まらないのは本来天使には無縁である筈の死の恐怖。

 深淵によって齎されたバグはこの場にナジャがいたら嬉々として調べ始めるだろうが、それに苛まれる本人はこの数日間ただこの鬱蒼とした森の一角に震えて閉じこもっているだけだった。

 

 飲まず食わずでも生きていける天使であるリディアは、あるいはこのまま何か月でも何年でも何十年でも粛清から怯え潜む道へと進んでいたかもしれない。

 しかし奇妙な廻り合わせがそれを許さなかった。

 

「あん?本当に俺達以外にこの森に人が居るんだな」

「だから言ったじゃねえか。しかも……へへ、こいつはとんだ上玉だ」

「ってかこの女、帝国の将軍じゃねえか。遠目だが見たことがある…!」

「まじか。丁度いい、ウサ晴らさせてもらおうじゃねえか!!」

 

 後ろ暗い者が身を隠すにはうってつけの場所―――ここを隠れ家に選んだのは、リディアだけではなかった。

 ろくに手入れもされず垢や獣臭で薄汚れているが、帝国軍の鎧を着た男が四人、葉擦れの音と共に敗残の女指揮官の目の前に現れる。

 

 彼らは先般同盟に侵攻してはギゼリック率いる防衛隊に蹴散らされた帝国軍の脱走兵。部隊の指揮系統が違い過ぎる為リディアとの直接の面識は皆無だが、負け戦に駆り出された彼らが帝国の指揮官に対し良い印象を持っている筈もない。

 女を絶たれて久しい獣欲の昂ぶりも併せ、張りのある肢体をいやらしく視線で舐め回しながら剣を握って距離を近づけて来た。

 

「―――ちょーし乗んな、ゴミ共」

 

「がッッ!!!!?」

「「「なっ――!?」」」

 

 精神状態は最悪と言えども、天使相手にただの雑兵くずれが何人群れようと負ける要素がない。

 戦槌を顕現し、先頭の一人を横薙ぎの一振りでかっ飛ばすと、残りは一瞬唖然とし、次いで恐慌に顔を歪めて無様に命乞いをして来た。

 

 人間を見下すリディアにそれを斟酌する道理は欠片もなく、腰を抜かして怯える脱走兵の顔面に鉄槌を落とすべく振り被り―――、

 

 

「待ってくれ!俺達が悪かった、見逃してくれ!

………嫌だ、“死にたくない”ぃぃぃ~~~~~っっ!!」

 

 

「―――ぁ、ぇ?」

 

 

 この数日間彼女の精神を支配していた渇望に重なった声に、意識が真っ白になる。

 動きを止めたリディアにこれ幸いと男達は無我夢中で逃げ出すが、そんなことなど気にもならない。

 

 死にたくない―――自分は、死にたくない。

 死にたくない―――さっきのゴミ共も、死にたくない。

 

 死にたくない―――命ある者達はみんな、本当なら死にたくない。

 

 初めて思考の及ぶ理屈故に、処理が何度も止まりながらもゆっくりとリディアの中に浸透していく。そして。

 

 親に殴られたことのない子供が、自分より弱い者を虐げ、戯れに虫の翅や足を折るように。

 傷つけられる痛みを知らないからこそ行ってきた自身の所業。

 

 それらが脳裏に次々と蘇る。

 

―――あんた達も、なにぼやっとしてるのよ。天使の命令よ、あのチビを血祭りに上げなさい。

―――じゃあね。ゆっくり溺れながら、この私に楯突いたことを後悔して死んで行きなさい。

 

「何よ、これ…?」

 

―――穢れた地上を醜くはいずり回る人間が、天使に逆らって!?

―――無節操で無軌道で、秩序ってものを全然理解しないゴミが!大人しく粛清されればいいのにっ!!

 

「何だっていうのよ……?」

 

―――触んないでよ。汚いじゃない。

 

「何なのよ、これはぁぁーーーッッ!!?」

 

 

―――エリーゼ……?ああ、いたわねそんな女。

―――多少は見てくれもマシな女だったぶん、ロクな死に方できなかったんじゃないかしら。

 

 

 感情の名はまだ知らない。

 ただ、天使は涙を流す。胸の内をぐちゃぐちゃにかき回す、初めての情動の波に翻弄されるが儘に……。

 

 

 

 

………。

 

 一方その頃、冥界、シラズの泉にて。

 

 

「馬鹿な……。早過ぎる…」

 

 

 幽玄を移す湖面に裸足で波紋を拡げて立つ黒衣の幼女が、世界樹の幹に手を当てながら何やら戦慄したように声を震わせていた。

 色々な意味でぶち壊しになっていることに気づく由もなく、ぺたぺたと神樹の中の“何か”を探るように小さな掌の当て方を変えながらも、やがて力なく腕を下ろした。

 

「それが世界の選択―――否、世界樹の選択ということか。ならば彼の者が為さんとするのは、時計の針を早めるというだけだと」

 

 目を閉じ真剣な表情で考え込む巫女幼女。場の静謐さと神聖さも併せて犯しがたい程に神秘的に見える、気がする。

 やがて考えがまとまったのか、あるいは……最初から在るたった一つの結論を否定する道が見つからないと切り捨てたのか、常の不敵というにはどこか儚げな笑みで彼女は言う。

 

「大いなる運命の流れを止めることはできない。だが、流れる方向を変える程度なら、或いは」

 

 詩を紡ぐように、詠うように、静かに問いかけるは己が“理由”。

 

 

「汝は、どうしたい?我が半身よ」

【………♪】

 

 

 むにむに、さわさわ。ぺたぺた、すりすり、ぎゅぅっ。

 

 ちなみに、今のジェニファーは“潰獄”を発動させており黒髪銀メッシュ紅眼。

 そして、虹眼の幼女2号は、問答など知らんとばかりに半身に密着してスキンシップを堪能していた。

 

………半身として、ジェーンの気持ちは手に取るように分かると言えば分かるのだが。

 

 “潰獄”発動中のみの深淵で形取った仮初の肉体とはいえ、ジェーンにしてみれば久方ぶりの自分の自由になる身体だ。そんなまだまだ甘えたい盛りの幼女の前に、世界で一番信頼している相手が居るとくれば、ご満悦顔で夢中になって甘えてくるのも無理からぬこと。

 そしてジェニファーにとっても、それを嫌がる感情も拒絶する理由も欠片たりとて存在しない。

 

「いや、汝を理由にするのは卑怯だったな」

【………(ぷるぷる)】

 

 ましてジェーンにとっては意思表示すら無粋かつ無用だ―――己の復讐に寄り添い、信仰を共にし、そして精一杯の希望を示そうとしながらも地獄の底まで付き合う覚悟を決めてくれた唯一無二の半身の言うことなら、どんなことにも首を縦に振るのは当然だと。

 ジェニファーさえ一緒に居てくれるなら、たとえどうなろうと構わないと。

 

 純真な信頼を浴びて、ほんの少し照れて頬を朱に染めながら転生幼女が頭を撫でると、ジェーンは本当に嬉しそうに笑って半身の胸元に顔を埋め強く抱き着く。

 感じる温もりはきっと仮初じゃない。それを確認しながら、吹っ切れたようにジェニファーも笑った。

 

「決まりだな。ならせめて盛大に一つ、世界に悪戯していこうか」

【………(ぐっ!)】

 

 魂が洗い流され転生の旅に赴く儀式を行う湖の上で、数奇な道を辿ってきた異界の魂と、それにより消える筈の宿命を覆された魂が、道の終着点を定めた瞬間。

 見守るのは、揺蕩い流れる魂達だけ。

 

 

「そうと決まれば―――残り少ない学園生活、目一杯楽しむぞ」

【………(えいえいおーっ!!)】

 

 

 そして混沌と調和が織り為す秘跡(ミスティリア)に紛れ込んだ愛らしくも哀らしい異物が踊る喜劇は、ついに全力でその在るべき筋書きから逸れようとしていた―――。

 

 

 





・「愛と欲望のいただきへ!」シナリオをクリアしている
・「ナジャの投影魔導機」を回収している
・ジェニファーSSR聖装「二心相和す潰獄の支配者」を入手している
・ジェニファーSSR萌具「星焉塵コラプスター」を入手している

 以上の条件を満たしているため、『冥き茨の簒奪者』ルートが解放されました!



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無垢の光翼


~学園イベント・パトリシア~

「パトリシアは~、えらいっ!」
「わーいっ。もっともっとほめていいんですよ~」
「つおい。かわいい。さいきょうっ!!」
「えへへ~。ジェニファーさんこそ、あたまよくて、いろいろ知っててえらいっ!!そしてかわいいっ」
「ふふーん。つまりわれとパトリシアがいれば?」
「「ぱーふぇくとっ!!」」

「「あははははははっっ」」


「…………何、これ?」
「…………はぁ。転がってる酒瓶を見るに、答えは一つしかなかろう。
 散らかったのは我が片付けておくから、二人を見ているのだぞウィルよ」
「ちょっ――明らかに面倒な方を押し付けたわね!?シャロン、逃げるなシャロン!!」

「ウィルだ」「ウィルさんです」
「げ……」
「げ?」「げんきです?」
「にじり寄ってくるな酔っぱらい共!てかなんで下戸と幼女が酒盛りやってるのよ!?」
「「女王さまの命令でーすっ」」
「ギゼリックぅぅぅーーーーー!!!?」
「げんきです!」「げんきだな!」

「「えらい!!」」
「何がよ!?というか褒め上戸か二人とも!?」


※幼女に酒を飲ませるのは絶対にやめましょう。


 以上。ちなみにこの後延々ツッコミながらも二人が寝付くまで面倒見てあげるウィルさんまじツンデレ。
 それでは第七章、戦争編なので流血マシマシ、若干グロ注意です↓




 

 季節は廻った。

 

 パルヴィンでポリンが狐耳幼女と化して年末年始を過ごしたり、ハジャーズで悪徳魔術師を成敗したプリシラが報酬としてラウラの尻を揉み始めたり。

 花嫁衣裳を着て執り行うエルフィンの儀式でジェーンのトラウマ(※二話目参照)が炸裂して場を超重力に堕とした結果、セシルが絶対に幸せな結婚を見せてあげるんだと命を燃やす覚悟で生涯の愛―――ハイエルフィンの寿命を考えれば千年単位―――を誓い、世界樹の種子を宿した精霊がテンション爆上げではっちゃけてエルフィンの住まう大森林全域を花畑にしたりと、波乱に満ちた冒険に事欠かなかったアイリス達だが、いよいよ避け得ぬ大一番が近づいていた。

 

 

 ヴァルムバッハ公国公主ゼクト、グラーゼル帝国に挙兵。

 パルヴィン、ハジャーズ、ドワリンド、ヴァンダルス同盟ほか周辺諸国がこれに呼応し、強引な拡張政策により伸び切った戦線を各地で寸断していく。

 アイリス達も、この機に乗じて帝国の背後に暗躍する天使が蓄えた世界樹の種子を奪取すべくこれに参加するのだった。

 

 外交を全捨てして抵抗か死かの残虐非道な侵略を続けていた故に強固に敷かれた包囲網を足掛かりに、帝国版図への逆侵攻を企図する公国軍。

 この日に備えて工業大国ドワリンドより調達した最新の軍備と、アイリス達の活躍により次々と迎撃に現れた帝国軍の部隊を打ち破っていく。

 

 今回戦争への参加が想定されていたためアイリスは全員連れて来ている。

 リリィはペットの三つ首犬ベロスと一緒に冥界の市街地でお留守番だが、滅多にない総力戦の予感に少女達は各々気合を入れて戦場に臨んでいる。

 

 中でも目覚ましい活躍をするのは紫髪の女騎士アシュリーだった。

 

「『白銀の疾風』殿は燃えているな。頼もしい限りだ」

「……エリーゼ様の仇、ですものね」

「………うむ。あのような悲劇が二度と起きないよう、ここで帝国は徹底的に叩かねばならん」

 

 プリシラの采配で重装騎兵の突撃を的確に銃弾の雨で制され、そこをアシュリーを先頭とした斬り込み隊に白兵戦に持ち込まれて散り散りになる帝国軍。そんな前線を見守りながら後方でゼクトとユーがしんみりしたやり取りをする。

 ふと見知った面子が欠けているのに気づいた公主は、その行方を彼女に尋ねた。

 

「ジェニファー殿が見当たらないが、今回は付いてきていないのか?」

「ジェニファーさんなら、単独行動ですね。最近多いような……」

 

 特に人の多い市街地の探索などでは決まってふらっといなくなる最近の幼女の動向を思い返しながらも、不審げにするでもなくユーは流す。

 

 寄り道が多いのはアイリスの大半に見られる傾向だし、むしろ一行が寄り道している間に一人で情報収集をしていることも度々ある為だ。

 どこぞの縮んだ高校生探偵よろしく、子供だからこそできる聞き込みの方法があるということなのだろう。買い物中の噂好きのおばちゃんの話し相手になることから、人さらいのチンピラを釣って締め上げることまで。

 

 今回アイリス全員で合戦に赴くにあたり、クリスが近くに居ると幼女が迂闊に全力が出せないのもある。またパルヴィン攻防戦からこちら、帝国にとって『黒の剣巫』という名が持つ意味は大きい為、“札の切りどころ”は見極めたいとしてジェニファーのみ別行動の許可を冥王から取っていた。

 

 

 そうこうしている内に前線の趨勢は帝国軍の壊走でけりがつき、預かっていた指揮権を返しにプリシラがゼクトのところまで駆けてくる。

 

「ご苦労、プリシラ王女」

「いい兵達でした。指示通りに迅速に動いてくれて、この勝利は装備だけじゃなく兵士の皆さんの日頃の鍛錬の賜物です」

「その言葉は兵達に掛けてやってくれ。俺を通すよりお姫様から直接言われた方があいつらも喜ぶだろう」

「はい、そう思ってお姉様にもうお願いしてます」

「仕事が早いな。………もしかして引き抜こうとしている?」

「あははー。そんなまさか」

「まさかだよなー」

「「あはははは」」

 

「怖っ!プリシラさんもゼクトさんも目が笑ってないのやめて下さい!?」

 

 為政者同士のブラックジョークにユーが慄いているのを放置して、蒼髪の姫軍師はこの後の戦略について話題を変える。

 

「帝国軍の動きが鈍い。周辺諸国による包囲網が有効に機能している―――と考えるにはちょっと楽観が過ぎるかな」

「散発的な戦闘は様子見と考えるにはちょいと大判振舞だな。重装騎兵は金喰い虫だ、捨て駒に使うには優先度がおかしい。となると……」

「捨て駒ではなく文字通りの当て馬。公国軍の行路を限定して、具合のいい場所に誘導しようとしている?ここから皇都まで行軍するには……やっぱり、か。

 クリス、パトリシア。覚悟決めた方が良さそうだよ」

 

「―――覚悟なら、とうに決まっています」

「わたしは、聖樹教会と戦うことが正しいかはまだ分かりません。……でも、ジェーンさんに酷いことをしたことだけは、絶対に間違ってますから」

 

 地図を拡げたプリシラが眉を顰める。話の途中で近づいてきていた聖神官と修道女に極力感情を排した静かな声で語り掛けると、彼女達も真剣な顔で頷き返した。

 

 代々の皇帝が信心深く、熱心に援助をしていたこともありグラーゼル帝国と聖樹教会は蜜月の関係にある。反帝国同盟に参加するよう呼び掛けても黙殺されたこともあり、帝国との戦争において敵対は避けられないものというのは事前に予想はされていた。

 そして、散発的な帝国部隊との戦闘によりやや南東に膨らむ形となった公国軍の進路上にある盆地。そこは帝国に隣接する教皇領から街道の繋がる巡礼の道。

 

 そう。その道を通って、聖樹騎士団が帝国への反抗を挫きに現れるだろう。

 魔物が跋扈するこの世界において、聖地を護る聖樹教会は武装した一個の国としての側面を有し、その不利益となる異端を抹殺する武力は信心深い者達―――代々の帝国皇帝のような―――の寄進により最高級の軍備を揃えている。

 

 信仰に支えられた常軌を逸した鍛錬、聖別され銃や魔術を弾く加護が与えられた鎧。嘘か真か十倍の兵数で当たっても勝てないと噂される最強の部隊、それが聖樹騎士団。

 彼らは当たって欲しくはなかった予想通りに、公国軍とアイリスの前に立ちはだかる。

 

 

「我らが声は教皇様の御声であり、我らが剣は教皇様の剣である。

 うぬらの胸に信仰あらば、武器を捨てただちに自領に帰るべし。

―――さもなくば、教皇様の御名においてうぬらを聖樹教会より破門とする」

 

 

 聖印の刺繍された軍旗を天に掲げ、一糸乱れぬ隊列が規律の厳しさを物語る。

 煌びやかな装飾の施された武具も相まってそれだけで見る者を委縮させる雰囲気を纏っているのに加え、先頭で口上を述べる騎士団長の口から“破門”の二文字が出た瞬間に公国軍に動揺が拡がる。

 

 聖樹騎士団の恐ろしいのは単純な武力だけではない。

 最大主教の威光を背負い、人々の信仰を揺さぶることでそもそも敵対することに迷いを抱かせる。まして“破門”という伝家の宝刀は、その宗教を心の拠り所にする人間からすれば世界に居場所がなくなるかのような話なのだ。

 だからそれをちらつかせるだけでも、人間の兵士では彼らと“戦う”ことすら難しい。

 

 どれだけ勇猛な軍であっても、いやむしろそうであるからこそ信心深い者も居る。部隊の数人に一人が揺らいだだけでも作戦行動に支障が出て、しかもその動揺は軍団内で伝播して増幅するのだ。

 

 これが教会に然程興味が無い亜人達なら話は違うのだが―――あとは、邪教徒呼ばわりされても己の信仰を一切曲げる気がない者か、聖樹教会そのものに並々ならぬ憎悪を抱く者か、あるいはそのハイブリッドか。

 

(………冥王様、これはまさか)

 来るぞ……!!!

 

 

 いい加減これまでの付き合いでパターンを覚えた冥王とアイリス達が、全員揃って幼女の武力介入の気配を感じ取る。

 

 

「―――貴様らの声が教皇の声なら、貴様らの首も教皇の首でいいんだよな?」

 

【“ヨリ深キ淵ヘ(アビスシンカー)”―――“裂キ穿テ迅雷(ブリッツ)”!!】

 

 

 雲を突き抜け、音もなく―――重力と電磁力を纏い音速を超えているのだから当然である―――幼女が飛んで来る。

 口上を述べているところであったため敵味方合わせて数万人が環視していたが、その中で超音速幼女を視認できたのは指で数えられる程度の人数しかいなかったのに、視界外から迫る脅威に振り向きかけただけでも流石と称するべきか。

 

 だが、人間の範疇にある騎士団長には“その程度”が限界で―――紫紺の合体剣が深淵(憎悪)によって加護を薄布同然に斬り裂いて首を断つ。

 そして慣性すらも支配下に置き、不自然に軽い着地音で地に足を着けた黒衣の幼女の足元に、何が起こったのかも分からないまま生首となった騎士団長が転がってきた。

 

 一拍遅れて、首なしの煌びやかな鎧付きの胴体が崩れ落ちて、噴出した血が巡礼の大地に赤い水たまりを作る。

 

 敵味方共、突然の屠殺劇(スプラッタショー)に現状認識すら拒む愚図が大多数。

 武装した兵士達が所属問わず呆けた面を何万と曝すのは中々シュールな絵面だが、それをぐるりと一瞥した朱彩眼の幼女は口元を歪め―――生首をサッカーボールの要領で足裏で転がしてから爪先で浮かすと。

 

 

――――全力で明後日の方向に蹴り飛ばす。

 

 

 超人の脚力で天高く打ち上げられた生首は、皮肉にも加護が働いたままなのか原型を留めたまま青空に放物線を描いた。

 

 聖樹騎士団を、ひいては教会の権威を文字通り足蹴にするこの行いは、挑発であり宣戦布告であり、そして教会の権威など童女に足でオモチャにされる程度でしかないと示すパフォーマンスだ。それも、常人の考え得る範囲外で超高レベルでの。

 

 

「【破門宣告、ね………好きに喚けよ。冥界(あの世)でな】」

 

 

 漸く認識が追い付き憤激に染まる聖樹騎士団に対し、おちょくるようにぺろりと舌を出す黒髪銀メッシュの幼女。

 暴走した一部の教会騎士が矢や魔法を放ち―――聖樹騎士団側は十分な精神的プレッシャーを与えられないどころか長をいきなり処刑された状態で、なし崩し的に公国軍との戦闘に突入することとなるのだった。

 

 

 





 自分達は教皇の名分である!………と声高らかに宣言した次の瞬間幼女に頭を踏み踏み(意味深)される聖騎士団長。あっけなく斬首&首をオモチャにされる教皇(代理)の姿に数万の目撃者の聖樹教会への畏敬の念がどうなったかはお察し。

 えらく残酷な絵面ではありますが、思惑があってやってるのです(言い訳)。戦争に勝つ為に徹底してると言えば聞こえはいいのか。
 とはいえジェーンと融合している“潰獄”状態だとその憎悪はジェニファーの物でもあるし、あくまで完全に制御しているというだけで憎悪はしっかり燃え続けてるので、私怨が無いとは口が裂けても言えません。


…………「お前の頭サッカーボールにすんぞゴラァ!!」を実際にやったシーンとか初めて描いたわ(キ印)



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無垢の光翼2


 第7章はかなり長いんで、結構端折る予定です。
 具体的にはユーが誘拐されるくだりとクレアの奮闘。

 前者はユーとリディア関連の伏線イベントなんで別でフラグ立ててるから必要ないし、後者は原作と違う描写がしづらいんでカットしちゃういつも通りのアレ。




 

 砲声と雄叫びと、そして何万という大地を揺らす足音が谺(こだま)する中、公国軍と聖樹騎士団の激突は幕を開ける。

 敵大将の処刑という形で鮮烈にその初端を飾った幼女は、しかしそれ以降騎士団長の敵討ちに燃える部下達を嘲うように姿を消し、この激突には参加することはなかった。

 

 公国軍に花を持たせようとか、ましてや臆したなんて殊勝な考えは無論持ち合わせていない。

 

 聖樹騎士団の実力を最も熟知しているのは、幾度となく“部隊”と殺し合いを繰り広げたジェニファーなのだ。アイリス達や公国軍の力を借りてもここで相手の“軍団”を壊滅させようとすれば相応のリスクと代償を払う必要があり、先を見据えればそうしなければならない場面ではない。

 そういった計算と、更に悪辣な計算が働いた結果として彼女は戦場から身を隠し――――。

 

 

 その日の夜。

 

「ジェニファーさん怖いジェニファーさん怖いジェニファーさん怖い」

「幼女が……幼女がぁ……!」

「エルミナさんが魘されてます!?」

「ファム様、そっとしておいてあげましょう?」

 

「私、しばらくお肉ムリかも……」

「あたしもちょいキツいわ……」

 

 一人で喧嘩を売れるジェニファーがおかしいだけで、十倍の兵力差を覆すと言われる聖樹騎士団の実力は伊達ではなかった。加護により飛び道具が殆ど通じない騎馬という反則のような機動部隊と、神官達の神聖魔法により負傷がすぐさま癒やされる屈強な僧兵達がそれに続くのだ。

 破門云々による委縮効果は幼女の生首フリーキックというサイコな振る舞いにより大分薄れたが、それでも公国軍は劣勢に立たされていくこととなる。

 

 だがそこは反帝国同盟という連合の強み。友軍と合流するあてのあるゼクトはさほど時間を置かずに、強敵と無理に戦うことをせずに公国軍を離脱させることを決断した。

 とは言っても戦場において最も犠牲を出すのは撤退戦だ。しかも聖樹騎士団は勝ち戦に慣れているため、すぐさま騎馬部隊を分けてローテーションで間断なく追撃を掛けこちらに休む時間を与えない作戦を取る。取ってしまった。

 

 

 ジェニファーの見越していた通りに。

 

 

 そして、毎回追撃部隊の指揮官が首なし死体になって帰ってくる。

 

 

 騎士団長よりも劣る彼らが、どのタイミングで来るかも分からない数千メートル彼方からの超音速幼女の強襲を察知する術などある筈もなく、銃弾を弾く程度の加護は《星焉塵コラプスター》の斬撃から頸椎を守るにはあまりに頼りない。

 殿としてそれを友軍で最も近い位置で見ていたアイリス達の一部がドン引きする――エルミナに至ってはショックで気絶した――程度には、幼女ときゃっきゃうふふした相手が胴体とこの世からさよならばいばいする(精一杯穏当な表現)様は壮絶の一言だった。

 

「ジェニファー様、やっぱり……」

「ジェーンの聖樹教会への憎悪を考えれば、無理もないが……」

 

「わー……人の首ってあんなぽんぽん飛ぶものだったんですねー。クルちゃんお医者さんの勉強してますけど知りませんでしたー」

「一撃で苦痛なくって意味なら、見た目アレだけどある意味慈悲だけどねー。見た目アレだけど」

 

 軽いトラウマになる者、純粋に悲しそうな顔をする者、聖樹教会がジェーンに与えた仕打ちを考え理解を示す者、割と平常運転な者。反応は様々。

 ちなみに死体など見飽きているコトやぶれないベアトリーチェの他にも、ドワリンの農耕野生児ファムが意外と平静だった。家畜の屠殺ができる農民はやはり強いのか。

 

 追撃の方向を限定するため山間の溢路に敷いた野営地で、そんな感じで少女達が篝火の近くに集まって今日の振り返りをしている。

 薄暗い闇夜の中で、それまで不在だったアイリスが二人そこに合流した。

 

「ただいま戻りました」

 偵察お疲れ様、ティセ、シャロン。

「なんの。冥王の頼みじゃ」

 

 エルフィンの狩人ティセと赤毛の竜人少女シャロン。

 気配を断って潜伏することと聴力を生かして情報収集するのが得意な亜人と、細身の彼女を抱えて自由に空を往ける竜の翼を持つ亜人が教会騎士の追撃部隊の様子を窺って来たのだ。

 

「それで、敵さんの様子はどうだったのかな?」

「………精神病院って、ああいうのを言うのかの?」

「「はい???」」

 

 早速と尋ねたクレアへのシャロンの返しに、何人かのアイリスが揃って首を傾げる。

 だが、ティセが補足した説明に何とも言い難い悩ましげな表情になった。

 

「眠って休息していた筈のある兵士が跳び起きるんです。目が覚めて真っ先に確認するのは、自分の首がちゃんと胴体に繋がっていること。それも首を動かしたり手で触るだけじゃ実感できないのか、激痛が走るまで掻き毟ったり引っ張ったりしようとするんです。

 半狂乱になったのを周りが必死に取り押さえて、大人しくなったと思ったら今度はぱたりと気絶。気絶の間際に一言言い残すんです。

 

―――――『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』が来る、って」

 

 

「………いや、なんで怪談チックに語ってるのよ」

「というかジェニファー殿にまた新しい二つ名が……?」

 

 

 呆れたようにポリンがツッコミを入れるが、敵からすれば怪談と大差ないのかも知れない。明確に脅威である分、怪談なんかよりも性質の悪い現実なのだが。

 

 なにせ遠目である・味方であるジェニファーの仕業・首を落とされるのは自分達を襲う敵という要素が揃っているアイリス達ですら中々平静でいられないのだ。

 至近距離・正体不明の黒髪幼女――銀髪・大刀二刀流という要素が無い為『銀髪鬼姫』『黒の剣巫』と繋がらない――が下手人・前兆もなくついさっきまで自分に命令していた上官が兜ごと頭を落として『5キロも痩せました☆』な奇跡のダイエットに成功しているという三重苦がどれほど精神に負担を掛けることか。

 

 信仰に殉じ恐怖を捨てたと自負する教会騎士ではあるが、心の均衡を保つのに勇気とか信念とかは実はあまり関係ない。傷を治すのは栄養ドリンクではなく包帯巻いて休養を取ることであり、それは心の傷も同様なのだから。

 だが、この戦場において聖樹騎士団側は“勝ってしまって”いる。だから確実な死の予測が存在しながらも、“追撃しなければならない”。

 

 負けて逃げる側であればここまでならなかった。

 死を齎すものから逃げたがるのは心の弱さではなく本能であり、ある意味自然の行動であるからだ。なのにそれを克服ないし打倒するあてもないまま無為に本能に逆らうのは精神に著しい負担を掛ける。

 

 指揮官しか狙われない?……そんな保証がどこにある。次は皆殺しにしてくるかも知れないだろう。まあそれはそれとして、巻き込まれないように皆して指揮官とは物理的に距離を取るのだが。

 そしてどうぞやっちゃってくださいと言わんばかりに周囲に誰もいない指揮官が斬首され、そのまま幼女が離脱しても部下達に「助かって良かった」なんて真っ当な感情が発露する余地はない。ただただ「こんな状況から逃げたい」という心理だけに支配されている。

 

「えっぐい……聖樹騎士団に恨みでもあるのかって、そりゃあるだろうけど……うわぁ」

 

 直接叩くのではなく相手の心を攻める――それ自体は兵法で語られることではあるが、徹底し過ぎていてここまでやるのか幼女といった具合でプリシラが戦慄する。

 ちなみにジェニファーに記憶があれば何を言っているのかみたいな顔をするだろう。曰く、ベトナム戦争よりよっぽどマシでは?と。そんなものを引き合いに出す時点でおかしいと気付け。

 

「でも、そうだね。そういうことなら、時間は向こうさんの敵。部隊の動揺と混乱が拡がり切らない内に、おそらく明日総攻撃が来る。そこさえ凌げば一安心できる筈だ」

 

 ティセとシャロンが持ち帰った情報を元に、姫軍師が分析して予測を立てる。

 明日が山場であると伝えられたことで、明確な一区切りの時点を見据えて動くことが出来る。アイリス達は、皆顔を固く引き締め直して頷き合った。

 

 

 そこにジェニファーが含まれることは、なく。

 

 

 

 

 その幼女はと言えば。

 

「『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』か。ふむ、悪くない」

 

 ちょっと気に入ったらしい。

 

 というのはさておき、ジェニファーも同じように精神病院状態の教会騎士の野営の様子を窺いプリシラと同じ結論に至る。

 そこで疲弊した騎士達を確実に狩る目算を立てながらも、無理そうなら次を考える柔軟さを持ち合わせていた。

 

 今は通常の銀髪状態に戻って力を回復させているが、“潰獄”だって“殲獄”ほど燃費が悪くないとはいえ消耗はそこそこあるのだ。この戦争が長丁場となることを見据えるとあまり飛ばしてばかりもいられないし、だからこそのほんの一分間程度の解放で済ませられる斬首戦術である。

 

 これまでの復讐鬼ジェーンの行動からすれば考え難い行動指針。本当なら仇である聖樹騎士団など視界に入れた時点で皆殺しにするまでひたすら突撃していてもおかしくはなかった。

 だがジェニファーと完全に調和し“彼”が“彼女”の復讐心を己のモノとしても扱うことになったのと同様に、ジェーンも半身の意見を尊重するようになっている。

 

――――憎き聖樹教会に亀裂を刻む道筋をつけているのだから、それに繋がるのであれば尚の事。

 

 その為にも今日のところは休息をと二人で一人の二重人格幼女が適当な木の上で眠ろうとしていたところ、潜伏していた森の葉々がざわめき始める。

 

「………貴様か。ラディスが随分と会いたがっていたが」

 

「自分から出て行った弟子です。こちらの都合を曲げてまで気にかけてあげる道理はないでしょう?」

 

 木から下りて“水晶”に手を掛けながらオッドアイ幼女が振り向いた先、夜の闇より冥い濃密な《深淵》の気配を纏いドワリンの魔術師が姿を現す。

 エルフィンの聖域での邂逅以来結局一度も遭遇していなかったラディスの師匠だが、果たして何故このタイミングで現れたのかジェニファーには計りかねていた。奇襲を躊躇う性質ではないだろうし、荒事が目的ではないのだろうが。

 

「まずは派手に活躍しているようで。普段教会の威光を笠に着る騎士サマが情けないザマを晒しているのは中々愉快です」

「………おべんちゃらはいい。貴様の“都合”とやらはなんだ」

「本音ですのに。魔術塔の顔役をやっていた頃は彼らにも随分悩まされましたし、面と向かって罵倒されたことも少なくなかったですしね。

 ああ、前置きが長いのはご勘弁を。学者としての性なので。ただ、無関係ということもないのです」

「…………」

 

 邪悪な笑顔で掴みどころのない喋り方をするナジャは胡散臭いなんてレベルではないが、思うところがあるのかジェニファーは黙って続きを促した。

 

「結論から言いましょう。貴女、私と協力する気はありませんか?」

「………何?」

「その深淵の量と密度、今の貴女は完全に“こちら側”でしょう?

 たまに居るんですよね。学識を積み上げた訳でもなく、何かを極めた訳でもなく、それでも在るべき真理の頂に当然のように君臨する超越者(オーヴァード)。はぁ、まったく嫌になります」

「だったら何だ。まさか貴様と仲良しこよしをしろとでも?」

「そんなことは望みません。ただ私と貴女、現状やろうとしていることがお互いにとって都合がいいみたいなんですよね、奇遇なことに」

「………。だから協力、否、利用し合おうと、そういうことか」

 

 静かに口にするジェニファーに、我が意を得たりとばかりにナジャの笑みが一層深くなる。

 そして幼女が外套の下に隠し持つモノを指してダメ押しと言わんばかりにアピール。

 

「便利だと思いますよ。だって“ソレ”、もともと私が開発したものですからね。

 より劇的に、刺激的に、衝撃的に!あなたの舞台を演出することをお約束します。

――――さあ、手を取って?」

 

 月明かりなど届かぬ暗闇の中、黒髪の幼き見た目の魔術師はそう言って腕を上げて掌をこちらに向ける。

 それに対し、転生幼女の返した応えは――――。

 

 





【朗報】セシルにやっと通常攻撃を魔法攻撃にするアビリティが

……これで開幕ぶっぱしてあとは属性フィールド張ってるだけの置物なんて言わせない!(誰も言ってない)



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無垢の光翼3


 切りどころ見失ったー!
 そしてこの章開始から今回の前半部分までで人の首がどーこーという話を色々品を変えながら描写し続けたのは我ながらサイコさんだなと思いました(R小学生並の感想)




 

 公国軍とアイリスは無事教会騎士の追撃部隊を退けました、まる。

 

 

………流すようで申し訳ないが、残念でもなく当然という話でありちゃんと描写すると更に申し訳ない情景になってしまうので勘弁して欲しい。

 

 絶対に(首)ポロリがあるよ!のトラウマで騎士達の士気が底を突いていたのもある――それでも作戦行動が取れるあたり流石とフォローは出来る――が、そもそも昨日から優秀で勇敢で人望の厚い人材から順番に指揮官という部隊の頭脳になったと思ったら物理的に頭脳だけになっている状態なのだ。

 如何に練度が高い兵だろうと、特に即時の判断が機動力と命運を分ける騎馬部隊において的確な指示が出せる人間が居なければその実力は発揮し切れない。

 

 まして今日の戦闘でも『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』に指揮官が真っ先に首を落とされ、しかも今まで一撃離脱していた幼女が本格参戦して他の兵も斬殺し始めたのだからそれだけでもう大混乱だ。そしてそんな隙を見逃すプリシラではなく、戦況はどちらが撤退戦をやっているのか分からない有様にまでなっていた。

 

 そして進退窮まった騎士団の部隊が追い立てられながら完全に散り散りになるのを見送り。

 

「…驚いた。まさかあの教会騎士どもを返り討ちにできるなんてね」

 

 修羅場を潜り抜けた安堵と高揚の声が公国軍の至るところから上がる中、ギゼリックが誰にともなく呟く。

 

 あくまで結果として、だが。公国軍は大陸最強の聖樹騎士団を相手に一当てして引き、功を焦って突出した部隊を叩いて漸減させたという戦術的勝利を得た形になる。

 これは彼等の輝かしい戦歴にこれ以上ない泥を付けた形だ。

 

 サッカーボールに転職する前の騎士団長が言っていたように、彼らは教皇の代理として剣を振るう存在とされており本来“負けは許されない”。

 『銀髪鬼姫』の首に懸けられていた賞金も、教会の威信を貶められたからこそ。

 

 それまで聖樹騎士団は常勝の存在として諸国に恐れられていたし、教会の威光も相まって畏怖の対象であった―――そしてそれを笠に着て、異端審問に名を借りて他国の領土で好き勝手する高圧的な振舞が有形無形の恨みをばら撒いているし、ジェーンの一族に襲い掛かった惨劇もその一つでしかない。

 それでもそれが許された……否、不満を抑え込んでいたのは武力・信仰の両面で相手を威圧する事ができたからだ。

 

 

 だが、今の公国軍兵士にとって教会騎士団は確かに強敵ではあるが、戦闘開始と同時に指揮官が幼女に斬首される出オチ集団である。

 衝撃的なスプラッタシーンもこう何度も見せられれば最早様式というかシュールさが先に立つというか。

 

 

 教皇の代理を名乗りながら無様を曝し、威信を保つのに完全に失敗した教会騎士団と、そんなものに名代をさせた聖樹教会に過度な畏れを抱く者はもう兵士達の中にはいない。

 例え教皇直々に破門がどうだとか言い出したところで、大半の者の脳内では『……で?あの教皇の首はいつ飛ぶの?』という考えが多かれ少なかれ浮かぶことだろう。

 

………裏を返せばそんなことにならない為に、騎士団長の首を取られた聖樹騎士団は二次被害を覚悟で追撃を強行せざるを得なかったのだが、逆効果となるのが薄々事前に分かっていても突っ走るしかなかった組織の悲しさである。負けを取り戻すと息巻いて更に賭け金をぶち込む典型的ギャンブルをやってはいけない人達の思考とも呼べるが。

 

『―――貴様らの声が教皇の声なら、貴様らの首も教皇の首でいいんだよな?』

 

 ジェニファーの言葉は、つまりこういうことだった。

 この程度の嫌がらせ(注:人の首が物理的に飛んでます)では冷まし水にもならないが、聖樹教会を貶められるならとりあえずやってみようの精神である。

 

 とはいえ、これを戦果とカウントできる程度にはジェニファーの齎した結果は大きい。

 次に聖樹騎士団とぶつかることになっても、兵士達は臆せず戦えるだろうから。

 

「ジェニファー殿には、感謝しなければな」

 

 一時とはいえ勝利に酔う部下達に好きに騒がせながらも、ゼクトは複雑な面持ちで目を伏せた。

 年端も行かぬ幼女が残虐ファイトをすることに忸怩たる思いを抱く程度には良識的で、妻との間に子供に恵まれなかったこともあり一層その思いは強い。

 そんな王に揶揄うような女性の声が掛かった。

 

「こらこら。王様が勝ったのにそんな白けた顔してちゃだめでしょー?」

「―――フランチェスカか」

「ほれほれー、勝利の舞ッ!なんちゃって」

 

 おどけるように舞というより決めポーズみたいな見栄を切ってウインクするフランチェスカ。

 戦場にあって華として振る舞う彼女も、殺し合いの最中で思うところが無い訳はないのだが、それを表に出さないところは素直に強いと感じる。

 

「これジェニファーと一緒に考えたの。小さい子供には受けがいいのよね」

「……君は、彼女のことをどう思ってる?」

「ジェニファーのこと?……んー、分かんない!」

「はぁっ!?」

「あの子、私と同じで『いけそう、やっちゃえ!』で動いちゃう子だから。

 今回のこれも、どこまでちゃんと狙ってやってたかは本人にも分かってないんじゃない?」

 

 手段も言動も過激だし、目的を実現させる道筋を考える能力は高いが、本質的に走り方がふわふわしてるのがジェニファー。

 踊り子という明日の保証のない芸妓の世界に飛び込み、その道を突き進んだ結果冥界にまで行ってしまったフランチェスカにとって分からない思考ではないあたり、妙な親近感も湧くものだ。

 

………かつてシラズの泉で見た巫女舞の姿が未だに忘れられない、というのが一番大きくはあるけれども。

 

「そういうところ、放っとけないのよね。何度言ってもはしたない言葉遣いはやめないし、今回みたいにちょっと目を離せば変なところで好き勝手やってるし、滅茶苦茶手の掛かる子だけど……そういう子の方が可愛いっていうか構いがいがあるっていうか」

「そう、だな……」

「だから大丈夫よゼクト。貴方が心配しなくても、あの子には私達アイリスが居るから」

 

 ジェニファーも、フランチェスカがお洒落させようと買い物に連れ回したり下ネタを言うなとほっぺたを引っ張ったりしても、抵抗は口だけで逃げる様子もなく甘んじて受け入れるあたり懐いてはくれているのが分かってつい構ってしまう。

 他の仲間達もそれぞれの理由で厨二幼女のことを憎からず想っている。主である冥王も居る。もし道を間違えたり窮地に陥ることがあったら、皆で絶対に助けに行くことだろう。

 

 だから大丈夫と、桃髪の踊り子は優しく微笑んだ。

 それに目を細めて、ゼクトも納得したように相好を和らげる。

 

「フランチェスカ。君は、本当にいい女だな」

「あら、また口説く気?せめて冥王の三倍はいい男になって出直してきなさいな。その時は改めてフッてあげるから」

「それでもフラれんのかよ!?はいはい、ごちそうさま」

 

 盛大な惚気に砂糖を吐き出したい気分になりながら肩をすくめ、公主ゼクトは気持ちを切り替える。

 

 公国軍が帝国や教会の主力と戦っている間、反帝国同盟も着々と国境防衛線を突破して集結しつつある。発起人であり盟主でもある公国が後れを取る訳にもいかず、早めに軍を進める必要があった。

 目指すは帝都―――そこに、諸悪の根源である皇帝(天使)が居る。

 

 

 

 

 

…………。

 

 その頃、ジェニファーとは別口で冥王の許可を取り単独行動をしているアイリスが居た。

 

 クリスティン=ケトラ。聖樹教会を出奔して冥王の下に侍った上級神官であるが、この時ばかりは一度神官としての己に立ち戻っていた。

 帝国の裏に居る天使の思惑を考えれば、この戦争は人類の行く末を左右する戦いになる。そんな大舞台で、聖樹教会はよりによって帝国(人類を滅ぼす側)に加担するために騎士団を派遣してしまったのだ。

 

 人々の生活と信仰に根付いた聖樹教会の教えではあるが、アイリスとして世界を巡ることでそれが人々に心の安寧と救いを齎すばかりではないとクリスは知ってしまった。それどころか権威のみならず権力を肥大化させた組織としての構造的欠陥と、暴走した武力はジェーンの一族のような惨劇を生み出し、挙句に世界に殺戮を振り撒く帝国の凶行にすら手を貸す有様になっている。

 

 流石に最後の件は一線を越えてしまっている。知らなかった、で済まされる問題でもない。

 その真意を探るため、そしてせめて教会の参戦を止めるためという名目で、彼女は教皇の座する聖都へと帰還したのである。

 

「帝国の背後には天使が居て、人類抹殺を企んでいると?しかしその証拠は?

 貴女らしからぬ大した世迷言ですが、仮にそれが事実だったとしても、証拠もなしにそれを教会の指針に反映することなどどだい不可能」

 

(証拠、証拠と……ちょっと理屈を覚えた学生ですかッ!)

 

 出奔していても、そして邪教の輩と行動を共にしている疑いが掛けられていても(事実ではあるが)、かつての学び舎を共にした仲である教皇との謁見は叶った。だが、その感触は芳しくない。

 かつて先輩と慕った相手ではあるが、だからこそ弁舌を持って糾弾する。

 

「証拠ならば、冥王様が信頼するに値すると、天使の思惑を看破して見せたあの子の機知が信用に値すると、そう信じた私の心が証拠です。

………だいたいそうでなくとも、大義名分も民草への配慮も無い。非武装で和平交渉に赴いた国主を惨たらしく殺し、戦の作法すらも存在しない!

 それが今の帝国の行いであることは知っているでしょう。そんな帝国に援軍を送って支援する?百歩譲って諸国の争いに介入しないというならまだしも、一体どういう了見ですか!?」

「帝国あってこその今日の聖樹教会の繁栄です。私達は代々の皇帝の支援によりこの地に領を賜り、この聖都を守護する使命を全うできている。

 そう簡単に不義理を働いて、代々の深い友情を築きあげた歴代の教皇になんと申し開きができましょうか」

「隣人が過つなら此れを正すべしというのが教典の教えだと思っていましたが、どうやら解釈違いでしょうか。まさかお金をくれる相手に媚を売り、魂を売れというのが教皇様の解釈とは思いませんでしたが」

「教皇である私が、上級神官“風情”であるあなたと教典の解釈について論じるつもりはありませんよ。クリスティン=ケトラ」

 

 熱くなるクリスに醒めた目を向ける教皇。

 その眼光は鋭くも記憶にあった鮮やかさは失っており、褪せた色彩は立場が隔たれた年月に歩んだ道の違いを嫌でも思い起こさせた。

 

「その決定が戦禍を更に拡大させ、命を無為に散らせる幇助となるとしても、ですか」

「……背負う覚悟はできています」

 

「―――は?」

 

「く、クリス……?」

 

 思わず教皇が学生時代の振舞に戻ってしまうほどに、温厚なクリスとは思えないドスの利いた「は?」が漏れた。

 そして彼女の内面は、そんな一文字では到底表せない程に荒れ始める。

 

「背負う覚悟。そうですか、背負う覚悟ですか」

 

 アシュリーは先に挙げたように帝国に無念の中で旧主を殺され、ずっと苦しんでいた。

 ジェーンはそれこそ心が壊れる程に、聖樹教会が異端と認定したというそれだけの都合で己の全てを踏みにじられた。

 

 どちらもアイリス結成最初期からの付き合いで、その上ジェーンの憎悪の程は直接向けられたクリスこそが強く実感している。ジェニファーは無意味な責任感と言ってクリスを寧ろ慰めようとしてくれたが、上級神官であることと己の信仰に対してあれ程葛藤した日々はない。

 

 彼女達二人だけでない、帝国の侵略戦争と教会の歪みが世界中で生み出している悲劇を。

 

 

 “覚悟”なんて軽い言葉で背負えるというのか。

 

 

 ステンドグラスが煌びやかな大聖堂は、今は教皇とクリスの二人きりだが、結界により一年中過ごしやすい温度に保たれている。さぞぬくぬくと過ごすことが出来ているだろう。

 建物の中で過ごす日々で日焼けと無縁の教皇の肌は白く、その手は武具や農具を振るった血豆も爪の間に土が入り込んだ痕跡もない“きれいな”手だ。教会の最高権力者であることを示す厳壮なる法衣は、人を襲う魔物や侵略者の返り血どころか泥に塗れたことすら一度もないだろう。

 無論それが全てと言う気は更々ないが―――そんなお綺麗なお嬢様に何かが背負えるようには、クリスには到底思えない。

 

 そもそも、誰かが誰かを殺すということ自体、その根幹を一個人が背負うにはあまりに重すぎる業だというのに。

 

「踏み散らした道端の花にも命があったのだと、そんなことも考えずに歩む道の先に光がある筈もないでしょう。

―――聖樹教会が帝国を支援したことは、帝国の外にいる全ての教会を信仰する民への裏切りだと、どうして考えられなかったのですか」

 

「だって枢機卿達が―――、こほん。いい加減その綺麗事を引っ込めなさい、クリス。

 この聖樹教会という大きな組織を守る為に、必要な判断であることが分からない貴女ではないでしょう?」

 

 

「……そうやって、現実に屈したんですね、貴女は」

 

 

 漏れてしまった教皇の本音。如何に優秀で恵まれた血筋であっても、年若い彼女が教皇というだけで聖樹教会の全てを掌握している訳ではないのだろう。

 信仰という大義名分に酔って略奪を働く末端も居れば、己の利益の為に発言力を行使する政治屋も居る。人間に化けて破滅へ誘導しようと目論む天使すら紛れているかもしれない。

 

 そんな中で己を貫き通すというのは難しいだろう――だが、それが出来なかった“先輩”に、クリスは失望の眼差ししか向けられなかった。

 説得が困難であることは最初から分かっていた。それでも罪人扱いを承知でクリスが此処に出頭したのは、世界樹炎上で教会も大変だった時に職責を放棄した罪悪感と、“先輩”なら或いは応じてくれるのでは、という一縷の望みがあったからだ。

 

 勝手な期待だったのは分かっている。それでも、クリスが彼女に抱いていた憧れと温かい想いが、擦れてしまった色彩同様に褪せていくのを感じる。

 

「………仕方ないじゃない!世界樹が燃えるなんて教会の存在意義すら問われかねないこの時に、適当な誰かに罪を被せるのも。守ってくれる相手が勝てるように強い相手に付くのも、聖樹教会(わたしたち)が生きる為には仕方なかったことじゃない。現実を見なさいよ、クリス!!」

 

―――仕方なかったと。組織の維持の為に、切り捨てられる民の犠牲など些細な問題だと。

―――そうやって自分を誤魔化せば(信じれば)、罪悪感も責任感も抱かなくて済む(救われる)、と。

―――それが許されるじゃないか、最大主教(わたしたち)は、と。

 

 それはかつてジェニファーが皮肉気に口にした戯言そのものであり。

 クリスはそんなもの許されなくていい、過ちは過ちなのだと拒絶した理屈だ。

 

 なのによりによってその理屈を教皇が口にした瞬間、クリスは聖樹教会に未来を感じなくなってしまった。

 

 だからここからは、説得ではなくただクリスが己の激情をぶつけるだけの時間。

 

 

「……現実?そんなものは誰にだって見えてます!!」

「―――ッ」

 

 

「皆自分に見えている現実があって、その現実の中で誰もが頑張って生きているんです。

 だけどこの世界は優しくないから。現実だけじゃ辛すぎるから―――」

 

 続ける言葉は、ジェーンの悲劇を知って以来、信仰に迷い悩み続けたクリスの答え。

 それは、奇しくも異教の巫女が掲げた“綺麗事”だった。

 

 奇しくもというより――あるいは祈りの本質というものが、元来そうであるということなのか。

 

 

「―――“それでも”、って!!

 “しかし”でも“だって”でも、ましてや“仕方ない”なんかじゃなくて!!

 “それでも”、明日は今日より良い日になりますように、って。もっと世界が優しくなりますように、って。

 

 その為に人は祈るのでしょう?

 それが無意味なんかじゃないって、希望を持っていいんだって、そう示す為に教えが在って、聖職者(わたくしたち)が居るのでしょう!?」

 

 教義とか、祈る相手とか。そんな些細なことで人は争うけれど、本質的にはたったそれだけ。

 人間という弱い存在が、それでも明日に進み続けるために信仰があるのだ。

 

「現実に屈して賢しい振りをするのなんか簡単です。

 でも聖職者を名乗るなら、そんなこと許されていいわけがない―――!!」

 

「………言いたいことはそれだけですか?

 教皇たるこの私に向かって聖女面で説教など烏滸がましい。

 そうまで言うならば、お望み通り信仰に殉じさせてあげましょう。貴女の信じる邪神にね」

 

 クリスの言葉に何も感じない、ということはなかったのかも知れないが、冷たい教皇の仮面を張り付けて“元”上級神官の訴えを切り捨てる。

 分かっていた。もう目の前の相手は“先輩”ではなく、“教皇様”でしか居られない女なのだと。クリスに己の行動に対する後悔はない。

 

 けれど。

 

(ごめんなさい、冥王様―――)

 

 教皇の合図で聖堂に入ってきた騎士達に引っ立てられ、末路は目に見えている。

 戻ってくると、無茶はしないと約束した愛しい人にもう会えないことは、少女の心に深く傷を刻み続けるのだった。

 

 





 正直教皇とか騎士団長は原作8章以降

「冥王様に冤罪着せたのは本人が許してるからいいとして、人類滅亡の片棒担ぎかけたのと戦争の拡大に一役買ったのに何の報いも受けないのも百歩譲ってまだいいとしても、何でこいつら頼れる味方面してんの?
 あと『ナジャの処分を教皇様が決めるなら納得できます』とか何の冗談?アナスチガルも含め自分の責任とかちゃんとしようと苦悩してる中、こいつらはぬくぬくとふんぞり返ってるようにしか見えないんですが」

みたいな感想(※あくまで私見です)があるんで扱いめっちゃ悪くなります。

 騎士団長は一瞬で苦痛なく死ねて既に故人なのが有情説もありますが(パスみ



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無垢の光翼4


 人類抹殺が目的の天上人を崇める最大主教とかロックに詰んでんなあいミス世界の人類。

 そう考えた幼女が“ちょっとした悪戯”をします。




 

 帝都の地に、大陸中の戦力が集結する。

 

 様々に翻る旗。雲霞の如き兵士の列。

 

 侵略により流れ続ける血を止める為、あるいは蹂躙された国を再興する為、帝国を滅ぼさんと集った者達。

 対するは皇帝に従い城壁に立つ者達。そして帝国に滅びてもらっては都合が悪い聖樹教会の騎士達。

 

 様々な思惑と欲望、正義と悪意が渾然一体となって暖かな青天をひりつく焦天へと変えている。

 

 帝国・教会軍が構えるのは巨大な城壁。国の勃興以来一度も陥落したことのない白亜の難関―――まあ首都なので陥落=帝国滅亡なのだから当たり前なのだが―――は、かつて如何な亜人の侵攻や魔物の大量発生(スタンピード)にも堪えてきた実績もある帝国の象徴そのものだ。

 守るは戦力を集結し、単体でも数で連合軍に伍する帝国兵士達。更に教皇の命令とそれに従う自分達を絶対の正義と疑わぬ聖樹教会の尖兵達。

 

 そして。

 

「クリス先輩…っ、クリス先輩が!!?」

 

 下々を見下ろすように城壁の高みに列する教皇に捧げられるかのように、磔にされた神官が曝されている。

 

 曰く、この者上級神官にありながら邪教に染まりし哀れな狂人。否やがあるならばこの者が信じる神が奇蹟を起こし、その狂言が肯(がえん)ずるに足るを証明すべし。

 ただし刻限は夕刻まで。それまでに目覚ましき兆候なくば、この者異端の罪により火刑に処す。

 

 素直に死刑を言い渡さずに条件を付けたのはかつて可愛がっていた後輩に対する教皇の感傷故か。だがその条件も、たとえ実際に何かしらの奇蹟が起ころうともどうとでも言える魔女狩りじみたものだ。

 

「抑えて、パトリシア!逆に言えば、夕刻までまだ猶予があるの」

「でも……っ」

「冥王様、奇蹟とか起こせないんですか!?」

……。すまない。

「くっ―――」

 

 まして、教皇の誣告によって世界樹炎上の冤罪を着せられ、邪神として信仰が弱まった冥王に地上で起こせる奇蹟など無いに等しい。

 

 慕う先輩が衆目の中罪人として曝される姿を見たパトリシアは、居ても立ってもいられずその下へ駆けつけようとし、他のアイリス達に制止される。だが、彼女達の誰も帝国兵や教会騎士を突破してクリスを救い出す方法など思い描けなかった。

 教皇の周囲だけあって精鋭の騎士が厳戒態勢を強いているし、例えばシャロンなどが無暗に空から近づいても撃ち落とされるだけだろう。最終兵器幼女(ジェニファー)が強襲したとしても、そこからクリスを抱えて無事離脱するとなるとそう簡単にいくかどうか。その幼女も相変わらず単独行動中だ。

 

 だが、当のクリスは。

 

「目の前に迫った死に怯えた様子もなく、悟ったつもりですか」

「………いいえ、怖いですよ?死ぬのは」

 

 教皇に返した言葉と裏腹に両軍を磔になったまま眺める彼女の翠瞳は、奇妙なまでに凪いでいた。

 まるで何かを待っているかのように。または、何かが起こると確信しているかのように。

 

「『黒の剣巫』でしたか。素直だったクリスがああまで生意気に歯向かうようになったのは、あの邪教の忌子に誑かされたのでしょうが―――助けが来るとでも?よしんば助かるとでも?」

「まさか。あの子がそんな分かりやすい子なら、私はあんなに振り回されていません。

 でも、流石に付き合いが長くなると、予想がつくこともあるといいますか―――」

 

 アイリスとして過ごした日々からすれば嘘のような、時間だけは持て余した獄中の数日間。

 祈って過ごすにもあまりに長すぎて様々な思考が巡り、そして最近の日常で感じていた違和感に彼女は気付いてしまったのだ。

 

 仄かに苦笑を交えながら、今一度集結した各国の軍を俯瞰する。

 そして思う―――こういう時愉しそうに声を張り上げ、よく回る口先で多くを惑わす悪ガキがいるな、とか。

 

 ウィルやポリンとつるんで“人の記憶を映像として映し出す魔法”を開発していたな、とか。

 ラディスの《深淵》研究に協力する見返りとして、ナジャの部屋にあった“映像と音声を空中に投影する”魔道具を一緒に解析して量産していたな、とか。

 そういえば最近あちこちで旅の途中、特に市街地での活動時に頻繁に単独行動を取っていたな、とか。

 

 

 

「――――世界同時中継だ。さあ、“真実”を騙(かた)ろうか」

「舞台演出家の真似事は初めてですが……くすくす。心が踊ります」

 

 

 

 邪悪な魔女と手を組んだ銀髪巫女が両軍の中心に降り立ち、次の瞬間空を遮るように光の投影膜(スクリーン)が現出する。

 お立合いの皆様全て鮮明に視聴できるであろう超々大画面、映る演目の名は、“悪意”。

 

 血と狂気で彩られた惨劇は、一人の少女の心を壊したノンフィクション。

 

「―――美しく愛情に溢れた母は、汚らわしい男達によってたかって犯された。

――――少し頼りなくも優しい父は、母に精が吐き出される度に体の一部を切り取られる残虐な遊びの玩具になった。

――――最近意地悪をしてくる兄は、逃げる背に矢を浴びせられた。心臓に当たれば十点、頭蓋に刺されば二十点、なんて余興の出汁にされながら」

 

 最高峰の魔導士により、記憶を忠実に再現した悲鳴と狂笑を邪魔しない絶妙な塩梅で拡声された語り部の声は、即ち一人称視点。

 流石に母の裸体は意図的に映らないようになっているが、漏れ聞こえる嗄れた苦悶からは女として最大の屈辱を嫌悪感と共に容易に想起される。

 

 そしてそれ以外は―――幼女が語る通りの残虐な“聖樹教会の所業”が無編集で流れている。

 

「―――いつもにこにこして可愛がってくれた隣の老婆は、想像すらしたことがなかった苦悶と嗚咽に歪んだ表情で生首を曝し。

――――ついひと月前に巫女として結婚を祝福し、幼心に憧れた新妻。彼女が大事にしていた婚姻の首飾りを、血が付いたと愚痴りながら戦利品として懐に仕舞う盗人は下卑たにやけ面を曝す。

 

 ああ、宗教に『それは正しい行いだ』と言ってもらえるだけで、人間とはあそこまで醜くなれるものなのだ」

 

 衝撃と戦慄を以て突然の血塗れゲリラショーを見守る連合軍、帝国軍、聖樹教会、そしてジェニファーが旅してきた各都市の市民達。

 それら全てを―――そして一番の被害者(ジェーン)の許可を取っているとはいえ故人を辱める己自身の外道をも嘲笑しながら、小さな口先で全てを翻弄する。

 

 

「我は告発する。聖樹教会の残虐さを―――では、ない」

 

「「「「「―――――ッ!!?」」」」」

 

「どうした?何を驚く?聖樹教会の血塗られた一面など、衆目に曝さずとも知れていた話だろうが。

 我は告発する。―――とうに知れた陳腐な悪意などではない、この世界の歪みをな」

 

 

 情報スクープの基本は『小出しに、ただし一つ一つをセンセーショナルに』、だ。

 この衝撃映像でも人々の度肝を抜くのに十分だが、それだけでは大衆に都合よく動いてもらうには不足。

 多段構えでの告発は、「次は何が来る!?」と聴衆にこそ前のめりになってもらう為の当然の誘導。

 

 

 ところで。

 人が新たに知った情報を信じるには、聞き手の性質にもよるが様々な要因がある。

 

―――まず第一に、『誰がそれを話したか』。

 

 最も信頼度合いが高いのは“自分”だ。自分で考えて導き出した結論を次の瞬間嘘じゃないかと疑うのは狂人の思考回路である。

 逆に最低に近いのは“初対面の子供”だ。まともに物を考えてるかも分からない子供の戯言などちゃんと取り合う人間は少ない。

 

 だから普段厨二幼女は他人に何かを信じさせようとする時、仮定形や疑問形、挑発や煽りを織り交ぜつつ相手自身に考えさせ、結論を都合の良いように誘導することで話者を後者から前者にすり替えている。

 

 だが実のところ後者はある要素を付け加えると一気に発言の信頼度合いは跳ね上がる。それは、“可哀相な境遇”の“美少女”、だ。

 同情心を持つとレンズが曇るのか、あるいは可哀相な子供相手に疑いの視線を向けるという追い討ちのような行動を無意識に躊躇してしまうからか、その“可哀相な境遇”とやらや“美少女”であることが議論の本質と論理的な関係がなくても、そんな子が話す内容に動かされる人間は多い。

 

 そう。会場……じゃなかった戦場と市民の皆さんはこの映像で、ジェニファーを“可哀相な境遇の美少女”と認識してくれた。だから普段の回りくどい誘導を省いて言いたいことをある程度直接的に言うことができる。

 

―――そして第二に、『聞く気になる話し方か否か』。

 

 人はおざなりに聞いている話を真剣に信じる筈もなく、それを避けるためには注目を集めちゃんと耳を傾けてもらえるような話し方を心得なければならない。

 ジェニファーは、何故か心得ている。

 

「肥沃な教皇領。信仰に飽かせて搔き集めた寄進。信徒を動かすと嘯けば王侯貴族ですら無下にできない発言権。

………俗世での栄光を手中にした教皇ら聖樹教会の上層部はそれに溺れ、更なる権力を求めて欲を掻いた。

 そして彼女らは信心深いグライフ3世を唆し、臆病で優柔不断だった彼女を血に狂った征服帝に変えて己の傀儡に仕立て上げた!!もっと多くを、もっと広くを…果てには世界が欲しい、と!!」

「「「「………!!?」」」」

 

 繋がった―――と、突然の皇帝の人の変わりようを不審に感じていた人間はそう思っただろう。実際は人類抹殺を目論む天使が成り代わったというのが真実なのだが、こちらの方が話として自然と考える。思考を回している時点で、ジェニファーの話術に巻き込まれているとも知らずに。

 

―――さらに第三、『内容に感情を動かされたか否か』。

 

 

「上層部は悪戯に戦争の種を巻く程に腐敗し、末端の騎士はご覧の通り略奪の味を覚えた獣。故に悲しいかな、必然だったのだ。

 

――――そのような淀み濁った信仰を捧げられた世界樹が、自らを浄化する為に“炎で己の身を焼いた”のは!!!」

 

 

「「「「………!!??」」」」

 

「冥王ハデスが下手人と教皇は発表したが、己の罪を覆い隠す為の嘘でしかない。

 そして懲りもせずに、権力欲に支配されるがまま変わらず戦争を煽っている!!」

 

 な、なんだってー!?(AA略)

 と、俯瞰していれば冗談めかして言えるが聴衆はそれどころではない。

 先ほど前提として触れられた『聖樹教会が帝国の侵略戦争の黒幕』というストーリーと、未だライブ配信中の幼女のトラウマスナッフムービー内で残虐さを晒している教会騎士の絵面を見て、揺らがない者の方が少数派だ。

 

 もしジェニファーの話が真実と思うと、今まで自分達を騙し操っていた聖樹教会への怒りが沸き上がる。怒りが思考を単純化させ、更に騙されやすく……けふんけふん。

 

 しれっと冥王の名誉回復という別目的を挟んでいる巫女幼女でもある。

 

―――続いて第四、『分かりやすい話か否か』。

 

 

「世界樹が燃えてから、新たな子供が生まれなくなり、魔物は異常発生し、天候不順で作物は実らなくなった。これらが何の関係もないとは言わせない。

 拡大する戦火も何もかも、全ては聖樹教会が引き起こしたものだ!!」

 

 

 いわゆる諸悪の根源―――得てして大きな問題は複合的な要因で発生するものなのだが、人は処理しやすい単純な構図を好みそちらを信じようとする。

 これも聖樹教会ってやつのせいなんだ。おのれ聖樹教会。絶対に許さねえ。ゆ゛る゛さ゛ん゛。

 

 どんどん行こう。

 

―――第五『聞き手にとって身近な話か』……聖樹教会(クリア)。

―――第六『非難の矛先が向く対象があるか』……聖樹教会(クリア)!

―――第七『普段のイメージとの落差が発生するか』……聖樹教会(クリア)!!

 

―――最後に第八『視覚的イメージが伴っているか』。

 

 ある意味これが一番分かりやすい。映像を見る限り、一般市民に狼藉を働く教会騎士という『聖樹教会=悪』という図式がこれでもかというほど克明に表れており、これを見ながら『教会は悪ではない』という結論はなかなか出せない。各個人が映像端末を持っているなんてあり得ない、映像文化に慣れていない世界の住人達からすればなおのこと。

 

 

 洗の――もとい煽ど――もとい共感した両軍と世界各地の民衆に向け“可哀相な美少女”は高らかに宣言する。

 

 

「我は告発する。嘆きと悲劇を撒き散らし、この世界を歪ませる元凶を。

 果てなき涙と憎しみの連鎖で世界を満たし、争いを生むモノ―――それは、聖樹教会だ!!」

 

 

 

 後の世の歴史学において聖樹教会の凋落原因と政教分離原則の発生点として必ず触れられる『ジェニファーの告発』。

 映像資料としては最古の部類に入る、この陰惨な異端狩りの現場を背景に語られる演説は、しかし一部のマッド気味の政治学者がマスメディア論において重要資料としてゼミ生に見せたがるトラウマ映像としても扱われることとなる。

 

 大衆煽動、プロパガンダに用いられる手法の宝庫として。

 その先駆者にして天才的なアジテーターとしても、魔幼女ジェニファー=ドゥーエの名はこの世界の人類史に刻まれるのであった。

 

 

 それはともかく。

 

「まさか聖樹教会がそこまで酷いところだったなんて……!?」

「え、っていうか世界樹って聖樹教会のせいで燃えたの?」

「違うって、ジェニファーのことだからいつものアレでしょ?……だよね?」

 

 念のため、だが。読者は大丈夫だと思うが。

 厨二幼女の十八番を知っている筈のアイリス達すらノせられかけているので、ここで確認しておく。

 

 

 こいつは今、過去最大級にふわっと適当ぶっこいている―――!!!

 

 





 最初にこの小説を書き始めた時から、このシーンが書きたかった――!
 見よ、これが正真正銘、本物の『捏造アンチ・ヘイト』だ!!

 冤罪を晴らすには真犯人(笑)を突きだすしかないという話。
 撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだから、冥王様に冤罪を着せた教皇も自分が冤罪を着せられる覚悟もあったんだろうなー立派な教皇様だなー(棒)

 そして相変わらずナレーション抜いて差し替えれば世界の真実を知ってそれをぶちまける英雄ムーブ?

 そう、これが折角ファンタジー世界に転生したのでオリ主が披露する―――、


 現代知識チート(詐欺師の手口)
 現代知識チート(マスゴミの手口)
 現代知識チート(活動家の手口)


…………………ん、んんん?


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無垢の光翼5


 コラボキャラがメインで運用する場合露骨に課金前提の強化システムでちょっと笑った。
 アビリティとスキル四種類の解放にそれぞれSSR輝石が必要で、新属性の追加に2000蒼コイン粉末って………。

 や、まあそこまで気合入れなくても試練の出撃に入ってもらうくらいなら十分なんですけどね。




 

「神聖魔術士隊、何をやっているのです!」

 

 幼女がゲリラ映像を展開し、大多数に向けて適当ぶっこいている間、非難の矛先になっている教皇はと言えば加速度的に都合の悪い流れになっているのを打開しようと部下に命令しようとしていた。

 口うるさいのは物理的に黙らせればいいのだ。今更それを躊躇うくらいなら映像に流れているような異端狩りを容認したりはしない。

 

―――というのを、戯言幼女が考えていない筈はないのだが。

 

 遠距離で打ち込まれる矢や魔法ならある程度までなら演説中のジェニファーに代わってナジャが防いでくれる手筈だし、その間に“教会のやり方”をその場で実演してくれるというなら糾弾の論理を組み替えるだけでいい。

 

「―――やめた方がいいと思いますが」

「クリス。やっぱりあの子を庇うのかしら?」

「いえ、忠告です。これだけの衆人環視の中で言葉に対して暴力で返す姿勢を見せるおつもりですか?

 それを誤魔化しきれる場面と相手だとでも?」

「……っ、攻撃は、合図があるまで待機」

 

 ジェニファーのよく回る舌を身をもって知っているクリスが忠告したことにより、状況を更に悪化させる手を打つのは未遂に留まっていたが。

 

 その礼という訳では、ないのだろうが。

 

「見よ!城壁に磔にされているのは上級神官クリスティン=ケトラ。

 聖樹教会の在り方に疑問を覚え、為すべきを為すべく出奔するも、此度の聖樹教会の野心溢れる参戦を止めるべく教皇に直訴した。戦禍の犠牲になる信徒を、僅かでも救う為に。

 だが、聖樹教会がそんな彼女に返した応えはアレだ!!沈思の聖女だの花の聖神官だのと持て囃しておきながら、都合が悪くなった途端に邪教の疑いを着せて“処分”しようとしている!人間を!さながら老いた家畜のように!!」

 

 

 嘘は言ってない、嘘は。だが。

 

 

 かわいそうな びしょうじょが ふたりに ふえた!!

 

 

………と、同時に教会は迂闊にクリスを実際に焼き殺すことが難しくなる。

 ジェニファーの“処分”という言葉を肯定するイメージが付いてしまう為だ。

 

 邪教幼女だっていつも顔面にグーパン入れそうになる相手とはいえ、ここまで仲間としてやって来たクリスの命がどうでもいい訳がない。

 そういう思惑も混ざっているのを察したクリスは、内心で感謝を抱く。

 

 こうして実際にまざまざと見せつけられた異端認定されたというだけの幼子に刻み付けられたトラウマの光景―――それによりジェーンが復讐鬼と化し幾人もの敬虔な信徒を殺戮したとしても、ジェニファーがこの映像を聖樹教会そのものを陥れる手段とするとしても、この惨劇を実際に記憶に刻み付けられた彼女達の怒りと嘆きは否定されるものではない。

 

 恨むな、とも許しなさい、とも言えない。言えるわけがない。教典に赦しこそが救いになるとおためごかしが書いていたところで、実際にそんな台詞をあの幼女に言う奴がいるとしたらそれはただの人でなしだ。

 だからこそ、教会の教えを捨てられないクリスを、それなのに仲間と見てくれる彼女“達”はどうしても悪く思えない。

 

 一方で―――だからこそ、クリスはジェニファーを止めようとは思わなかった。

 

 今のクリスを形作るのは大部分が聖樹教会の教えなのだ。心情的にどこか教会の肩を持ちたい自分がいる。

 けれど、あまりに身勝手ではないか。

 

 ジェニファーの目的は、ジェーンの復讐というだけではない。

 

――――人類抹殺を目論む天上人と天使を崇める聖樹教会は、ただでさえ転生が滞った世界で血塗られた侵略戦争を繰り広げる帝国に加担する聖樹教会は、ヒトという種の存続に有害だ。

 

―――お前達は、人間の未来に邪魔な存在だ。

 

 だから、今度はお前達が切り捨てられるべき番だ、と。

 

 “異教徒(ジェーン)”を、“意に従わない部下(クリス)”を、都合が悪い存在を『聖樹教会という大きな組織を守るために』切り捨てて来たように。

 『人類というより大きな括りを守るために』聖樹教会を切り捨てると。

 

 出奔しても、いままさに火刑に処されようとしていても、クリスは神官である自分を捨てることはない。何なら、今でも自分は教会の聖神官だという認識まである。

 だったら、散々他人を切り捨ててきた“自分たちが”いざ切り捨てられる番になってから、嫌だ止めましょうと喚くことほど惨めでみっともないことはないだろう。

 

 そうした“覚悟”を彼女もまた持っている――背負う覚悟はあるとか言っていたのだから――教皇に問いかけたのは、残された“先輩”への感傷か。

 

「教皇様はあの光景を見ても、何も感じないのですか」

「………“必要なこと”なのよ。それ以上でも、以下でもないわ」

 

 感覚が麻痺したのか、教皇の名に置いて行われた聖騎士の所業――即ち自分の罪と向き合うのが恐ろしいのか、自身の感情を封じ教皇としての振舞に徹しているのか、それはもう離れていた月日のせいで察することはできない。

 そんな相手にぶつけたのは、精一杯の遠回しな罵声だった。

 

「あれ以下なんてありませんよ。少なくとも私は知りません」

 

―――最低、と。

 

 

 

 

…………。

 

「ふふふ、あはははははッ!!

 認めましょうジェニファー=ドゥーエ。こと人間の弱さと悪意と欺瞞を見透かし弄ぶことにかけて、貴女はこの私よりも遥か高みに居る!!」

 

 深淵に堕ちた大魔女ナジャが大規模に、より多くの愚民へと届ける幼女の声は更なる煽動を企図して鋭さを更に増していく。

 

 

「聖典は語る、『信じる者は救われる』と。信じない者は救われなくていいのだ。何をされようが文句は言えないのだ。

―――磔にされた神官。聖樹教会が世界を手にした時、あれは数年後に誰の姿になる?

 諸君らか。その母か?妻か!?愛し子か!!?

 上級神官サマですらあの様だ、“信じない者”は聖樹教会が幾らでも都合のいいように決められるぞ?さながら自分が屠殺される順番を選べない豚のように。

 

 家畜に、神はいないのだからッ!!」

 

 

 倒置法と極端なイメージを繰り返し挟み、もはや常習同然に危機感を煽り倒す幼女。

 特に流されやすい者達の中では、最早聖樹教会の実体がどうであれ、頭から根っこまで腐った許せる要素が一片も無い外道集団というレッテルが固着しようとしていることだろう。

 

 人はなんだかんだ“正義”を求めるものだ。この場合の正義とは、悪を非難して自分がそれより優れているという感覚を得ることによる満足感を指すが。

 その“悪(サンドバッグ)”として都合の良い矛先が示されれば跳びつく愚か者は存外多いというのは、知る人はそれなりに実例付きで知っているだろう。具体例については何を挙げても危険なので敢えて触れないが……“いつも説教垂れているような連中が”、なんてのは格好の標的の一つだ。

 

 その辺りの心理をただの一テクニックとして当然のように話術に組み込む転生幼女の戯言の真価を、この幻想世界において高レベルに把握できるナジャというのも彼女の並外れた知性を示す証左なのだが、そんな彼女だからこそジェニファーの自覚していない部分にも気づいた。

 

「まったく、不思議ですね。あの光景だけでは説明が付きません。

―――虚栄も虚飾も無い剥き出しの悪意をどれだけ見て来たら、ああまで人間の心の醜さを見透かし揺することができるのか。そしてそれだけの悪意を目にしながら、どうして発狂もせずに人間の思考の真似事が出来るのか」

 

 

【悲報】まな板師匠、厨二幼女ごとネット社会に生きる全ての現代人を闇深扱いしてディスる【あなた達ほんとに正気ですか?】

 

 

「しかしそれ故に……敢えて言いましょう。高度な悪意の応酬に慣れ過ぎてしまったのか、“普通の民衆”を少々買い被っているのが貴女の唯一の減点です」

 

 

―――ジェニファーの戯言に関する致命的な部分がある。

 

 それは、ルクトラやパルヴィンでやらかしていた時と同じように、本人は今回のぺら回しですらも劇的な成果を期待していない、ということだ。

 せいぜい炎上して民衆の聖樹教会に対する信頼度が減り、見向きもされなくなるところまでいけば上々、程度の認識でやっている。

 

 人々の生活にまで根付いた信仰はそうそう消えないし、これで実際に聖樹教会そのものを切り捨てられるところまで期待はできないだろうと。今やっているのはせいぜい一石を投じるだけの行為で、“ちょっとした悪戯”にしかならないだろうと。

 

 そこにはふわっと結果をぶん投げる彼女のいい加減さとか無責任さとかの部分も確かにあるだろう。だがそれ以上に―――“彼”は無意識に自分の戯言を聞く相手の《情報取捨選択(リテラシー)》能力を“現代日本人”レベルで想定している。

 

 マスメディアのマの字すらないファンタジー世界の住人達に対してそれは無茶ぶりが過ぎることに気付く日は、記憶喪失が解けない限り絶対に来ない。それがこいつの戯言の致命的な――誰に対してとは言ってない――部分。

 

 つまり今回は過去最大級に、やり過ぎという言葉が生温い程に人を狂乱の渦に叩き込む。

 

 

「我は告発する。……そして戦う、世界の歪みを破壊する。

 これは正義の為の戦いではない。何故なら民衆の信心の拠り所を毀損することになるからだ。

 これは名誉の為の戦いではない。何故なら正しき教えを語る聖樹教会への反逆であるからだ。

 

 だがこれはっ、人が家畜ではなく…っ、人たる尊厳を守る為の戦いだ!!たとえ異端の謗(そし)りを受けようと、たった一人で世界を敵に回すことになろうとも―――」

 

 

 

【――――二度と、私のような子どもが生まれない世界が欲しいから】

 

 

 

 さも同情と同調が得やすい耳障りのいい動機を並べながらも、最後の最後に、戯言ではない本物の“可哀相な美少女”の言葉を挟み。

 名残惜しいながらも戯言の時間は終わりを告げる。

 

 効果は果たして劇的だった。

 

 怒号が天を突く。義憤、怨嗟、喝、さまざまな叫びは全て戦意を示し、しかしそれが伝わるのは全て、教皇に“水晶”を向けた銀髪幼女の背中から。

 大気が軋むほどに揺らせる戦意と感情の爆発に、心地よく浴びる小さな背を震わせて。

 

 黒衣の幼女は詠う。

 

 

「【我等、冥戒十三騎士が終の双騎、『黒の剣巫』が名の下に】」

 

「五臓六腑を穢れで充たし、冥府の闇を血に注ぐ者」

【而して万(ヨロズ)の命を階(キザハシ)に、創生の光を喰らう者】

 

「【哭き叫べ黎明。惑う勇往、永劫の帳。

―――深淵装魂(ソウルエンチャント・アビス)、“潰獄のパラノイア”】」

 

 

 やや光沢の鈍い銀の髪は深淵を蓄えて漆黒に染まり、一房だけを残すのみ。

 透き通る“水晶”の刃の輝きは、対になるべく虚空より抜き放たれた“黒”の禍々しさと相乗して紫紺の巨大剣を織り成していく。

 

 二人の名も無き“どこにでもいる悲劇のヒロイン”が融合した姿は、語られるべき生きた英雄譚。

 騎士の首を狩る黒髪の死神幼女。

 

「ひっ……そんな、『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』ッ!!?」

「あっ、あっ、嫌だ、くび、くびが……!!」

 

 連合軍と対照的な、特に始まる前から怯えすら滲む教会騎士達。

 悪夢に見る程恐れた戦場の化け物が、復讐と大義名分という二重に『自分達が殺されるに相応しい理由』を用意して現れたのだからこの態度は決して大袈裟なものではない。

 

 まして今まで様々な恩恵に預かっていた彼等が慣れているのは、『自分達が絶対正義で』『躊躇いや怖れが滲む反逆の徒を』『優れた装備や実力で一方的に』叩き潰す戦い。

 数、そして防衛側の地の利という帝国・教会軍の強みが、攻城側の士気のみで圧倒されるほどの状態で開戦まで秒読みが迫る。

 

 口火を切ったのは、場の空気を掌握し自軍優位に持ち込んでみせた暗黒幼女の突撃だ。

 

 

 

 戯言の時間は終わり。ここからは―――、

 

「―――“正義の味方ごっこ”のお時間です。それでは、ご健闘を」

 

 

 天空の投影膜を消し、ナジャは自分の仕事は終わったとばかりにひらひらと手を振って姿を闇に霞ませるのだった。

 

 





 ああ、またはっちゃけ過ぎて煽動された被害者達の描写に行けなかった……。
 次こそは、幼女の闇深トラウマを映像で見せられたアイリス達の動きと、子供が酷い目に遭うことが許せない人格者のゼクト公のアツくなる(本人達が)描写を……。



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無垢の光翼6


※登場人物には前二話で幼女がぺら回している間のナレーションが見えていません。

 承知の上とは思いますが、そのことをしっかり頭に入れた上でこの話をお読みください。
 心を閉ざした少女の悲惨な過去と、人々の信仰心をいいように利用して世界を我が物にせんと企む悪の組織の陰謀が明らかになり、正義の心を燃やす者達が奮起するとても熱血なシーンです。たぶん。




 

「こんなのって、ないです……」

 

 黒衣の幼女が告発する演説は、半分も耳に入っていただろうか。

 涙ぐんだエルミナの小さな嘆きは仲間達全員の耳に届く。

 

 “潰獄”が使用可能になってから、現実世界でも実体化できるようになったジェーンとアイリス達は顔を合わせている。生憎ながらずっとジェニファーの後ろにくっついて言葉を発しない子のままだったが、その小動物然とした振舞は大層に愛らしくエルミナを筆頭に皆から好意的に受け入れられていた。

 

……身振り手振りでしか感情を表せない、半身(ジェニファー)に依存して離れない、幼き少女をそこまで追い詰めた原因を知らなかった訳ではない。だが、感情を乗せるでもなくましてや詳細を微に入り細を穿つ訳もないジェニファーの言葉越しに聴いていただけで、果たしてあの光景が想像できるかと問われればそんな筈もない。

 

 実際に映像として再現されたジェーンの記憶は、アイリス達の目に悪夢のように焼き付いていた。

 

 異端狩りの名目の下、大義名分を持って幼女にトラウマを刻み付けたあの情景は醜悪の一言。

 良心が僅かにでもあれば嫌悪感を覚える筈の行状をああも平然と行えたのは、それだけ宗教による正当化が教会騎士達の心の在り方を歪めたということなのだろうか。

 

「……あんなのが、聖樹教会の教えなの?」

「ち、が……ッ、いえ、なんでもないです……」

 

 誰ともなく漏れた言葉にパトリシアが反応し掛けるも、返す言葉を持たない。

 信じる事で人の心を救う為の宗教でも、―――嗚呼、そうなのだ。

 『信じる者は救われる』―――信じない者は、救われない。

 

 当たり前の事実ではあるのだが、こうやってその逆説的な一面を見せつけられるまで多くの人はそれに気付かない。

 しかし一度気付いてしまえば、もうそれが表向きにどんな綺麗な言葉を吐いてもこれまでのように無邪気に信じられることはない。

 

 教典に解かれる施しの美徳について『己の弱さを美化し他人にたかる惰弱な性根を正当化する』側面を看破した哲学者の中で、神は確かに死んでしまったように。

 どんなに偉大な概念も、現実と折り合わせる中で溜まった膿が直視されればその価値は崩壊する。

 

 現実に神秘が存在し、情報という概念が未発達であるこの世界ならあと数百年は起こらなかっただろう“宗教の自殺”は、しかしその暗黒面を真っ向から浴びてしまった幼女とそれと心を通わせた転生幼女によって突き付けられた。

 少なくともこの映像を直接見た者の中で、真っ直ぐな信仰を持ち続けられる者など片手の指にも足るまい。

 

 

 その僅かな例外が、今まさに異端として磔にされているというのは、一体どういう皮肉だろうか。

 

 

「―――ぐだぐだとアホ面揃えるのは、やる事をやってからにしなさい未熟者ども」

 

「「……あっ!!?」」

 

 

 教師メイドのベアトリーチェの冷たい一喝で、アイリス達の注意が囚われのクリスへと向く。

 自分達が今すべきは、過去の惨劇に心を痛めることでも、不信感のままに宗教論争をすることでもない。窮地に陥った仲間を助けることだ。

 

「全く、私は先に行っていますから勝手に付いてきなさい鈍間ども」

 

 軽く嘆息すると、両軍の激突が始まった戦場へと黒髪の従者が躍り出る。

 その俊足は忽ち最前線へとたどり着き、クリスへの道筋を開くべく教会騎士達に白刃を振るい―――。

 

「我としたことが……流石に冷静よの、ベア先生は」

………。ラウラ、ティセ、急いでベアを援護。

「う、うん。でも、冥王様?」

 

 

「―――――どけぇッッッ!!!!」

 

 

「~~~っ、え、今のベア先生ですか!!?」

「あわわっ、癒しの精霊よ!!」

 

 教官役として叱咤として声を張り上げることは儘あれど、感情の荒ぶるままに叫ぶのは初めて聞いたが故に、ユーが目を丸くする。

 その間にも、相手の死角を縫いながら冷静に仕留める常とは打って代わって、真正面からリスク込みで強引に敵を斬り捨てていくスタイルでベアトリーチェは戦場を進んでいた。

 

 敵兵の剣が掠めて頬が切れるのも、慌ててセシルが回復魔法をかけるのも、全て意識の外に置いて『アイリス達の先生』は敵軍を突破してクリスの元に辿り着くべく急ぐ。

 

「……もしかして、ベア先生も冷静じゃない?」

「判断を間違っている訳でも、技を鈍らせている訳でもないので、冷静ではあると思います。

――――冷静に、ものすごく怒っているみたいです」

 そういうこと。

 

 冷や汗を流すクルチャの疑問にティセが応え、その正しさを冥王が肯定する。

 

 『ベアトリーチェにとって、アイリスとは何か』?

 一癖も二癖もある連中だし、愛しの主様との二人きりの生活に入ってきた邪魔者というのも事実ではある。口では冥王様の為に働く下僕とか手足だとか散々なことを言っている。

 

 だが、全てを捧げる主人に、その教育を信頼して任された未熟者達は。

 実際に成長して、日に日に逞しく頼もしく育つのを見守ってきた生徒達は。

―――言ってしまえば、自分の子供のようなものなのかもしれない。

 

 そのことを指摘したところで、絶対に親愛を持って頷くようなことはないだろうけど。だからと言って。

 

 

 勝手な言い分で我が子(ジェーン)を泣かせた外道共を、愚にも付かぬ理由で我が子(クリス)を晒し者にする下郎共を、許せる母親が居るだろうか。

 

 

「素直じゃないなあ、もう」

「本当にな。―――だが、負けていられない。

 アシュリー=アルヴァスティ、参るッ!!」

 

 苦笑する踊り娘に同じような笑みを返し、……しかしすぐにそれを真剣な表情に変えて紫髪の女騎士も駆け出す。

 朋友を救う為……そして。

 

 

―――『誰の先輩に上等くれていやがる。落とし前は払ってもらうぞ木偶の坊』

 

「誰の後輩に上等くれたと思っている。借りは千倍にして叩き返すぞ外道共が!!!」

 

 

 改めて映像として巫女幼女の過去を見て沸き上がった想い。

 可愛がっている後輩を傷つけた相手なら、アシュリーにとっても仇敵で。その怒りはベアトリーチェに決して劣るようなものでは、ない。

 

 

 そして、種子を宿す少女達は次々と戦場に身を投じる。

 

 

「私は畜生働きをどうこう言えるほど、綺麗なお手々じゃないし。だからあれがあんたらを斬る理由にはならないんだけどさ」

 

 軽い口調と裏腹に、着物の剣士は容赦なく銀閃を振るい、血飛沫の華を次々咲かせていく。

 

「―――あんたらを斬らない理由には、もっとならないよね」

 

 その声と琥珀の瞳は、刃のように冷え切ったものだった。

 

 

「こんなにぶっ飛ばしがいのある的は初めてだよ。奇蹟なんぞ目じゃない魔術の真理を見せてやる」

「容赦はしない。あんた達に、私の歌を聴いて欲しくない」

 

 頑是ない幼顔を、優美な妖貌を、険しく歪めて魔術師と人魚が呼吸を合わせる。

 

「「―――“砕き震わせ霹靂霜嵐”ッッ!!!」」

 

 ラディスの得意とする雷、ウィルの得意とする氷、そして風の要素を加えた複合魔術が、騎士達の加護を散らしつつ木の葉のように重鎧ごと三三五五に吹き飛ばす。

 氷結を以て動きを鈍らせ耐える力も失わせる、そこを雷撃と暴風が痛めつける……そんな敵意に溢れた嵐が教会騎士の戦列を縦断して猛威を振るう。

 

 これをどうにかするには、術者を叩いて魔術を解除させるのが定石だがそれは彼女達も承知の上。

 

「軽い。軽いよ……こんなんじゃ私の盾は揺らがない」

 

 発動中の大型魔術に専念するラディスとウィルに襲い掛かる矢と魔法の雨、それを平然と大盾が遮る。

 対魔法用のコーティングと冥王の聖装による防護があってなお、身を挺するクレア自身にも衝撃が通るが、いつもなら痛みに身を悶える(違う意味で)彼女が眉一つ動かさない。

 

 無垢な幼女がある日突然暖かな家庭と幸せな暮らしを踏みにじられた心の痛みに比べれば、毛ほども反応する気になれない。

 

「ああもう、全然痛くない。痛くないんだよね、あんた達じゃあさ!!」

 

 

 遠距離攻撃が防がれるなら、白兵戦で。

 そう考えた一部隊が突撃の号令と共に迫る。

 

 その足を挫くのは幾重にもばら撒かれる鉛の雨。

 

「―――蹂躙される側の気持ち、知るべきであります!!」

 

 小柄ながら技術に優れるドワリンの義勇兵が己の技術の全てをつぎ込んで完成させた、秒間数十発の機銃掃射がたった一人で部隊を食い止める。

 とはいえ弾丸は無尽蔵ではない。騎士達は密集して加護を強め、機銃すら防ぐ強固な護りで体勢を立て直そうとした。

 

「ほれ、蒸し焼きじゃ。不味そうで食う気にもならんがの」

 

 そんな彼らを包み込んだ摂氏数百度の炎の渦。

 止まる銃声と引き換えに燃え盛る業火は、それを息吹として吐き出す恐るべき赤髪の竜人娘の目の前で数十秒燃え続け、空中で槍を振るうと同時に幻のように消える。

 

 残ったのは、動きを止めた騎士達。

 炎で焼け死んだのか、酸欠で窒息死したのか、体温の上昇のし過ぎで肉が固まったのか―――鎧の下がどうなっているかも分からないが、いずれにしても加護の範囲外だったらしい。

 そしてこれを引き起こしたシャロンにとっても、蚊ほどにも興味のない事柄だった。

 

 

 少女達は仲間を救うべく戦い抜く。親しい者の心の傷を、己のもの同然にして怒りを燃やしながら。

 敵にのみ作用する様々な毒をばら撒く錬金術師が、深淵で織り成す漆黒の斬撃と銃撃を叩きつける女王が、負わされた傷すら敵の血を飲んで回復してしまう吸血鬼が。

 

 幼女に散々ケチを付けられたとはいえ、まがりなりにも大陸最強を名乗って遜色のない教会騎士団相手に、一歩も退かぬ奮迅ぶりを見せていた。

 

 

 

 

―――地上の世界での主役は人間で、自分はあくまで裏方だ。

 

 アイリスを率いる冥王の信条であり、帝都にある世界樹の種子さえ絡まなければ本来こういった戦場に居ることの方が例外なのだ。

 

 故にこの舞台の主役の一人である公国軍―――彼らは今、ジェニファーの仲間であるアイリス達よりもひょっとすると熱く心を燃やしていた。

 

「お前らッ、この期に及んで聖樹教会にびびってる奴はいないだろうなぁ!?」

 

「当然ですぜゼクト様!!」

「あんな子に任せて芋を引く奴ぁ男じゃねえ!!」

「ジェニファーたんぶひぃぃいいぃっっ!!!」

 

 昂り過ぎて発言が要領を得なくなってしまっているのも一部居るようだが、その熱気が兵士一人一人に決して折れない勇気を宿す。

 

 小さな体で頑張る幼女。辛い過去にも負けないで立ち上がる幼女。自分と同じ思いをする子供がいなくなるようにと願い、それを戦う理由にする健気な幼女。

 そんな幼女が、示された巨大な悪の権化である聖樹教会にたった一人でも立ち向かうと言った。

 

 世界樹が炎上する程の腐敗の温床であり、血塗られた侵略戦争の首謀者である聖樹教会を許せない気持ちは確かにある。そんな聖樹教会が世界を支配した時、自分たちの愛する故郷が、家族が、あの映像のような悪夢に襲われることなど決して許せないという気持ちもある。

 

 けれど、男という生き物は基本的に単純明快だ。

 可愛い女の子の為なら、どこまでも戦える。それが一番の理由。

 

 そして幼女もそんな兵士達と共に剣を振るう。

 

 

「【―――冥王ハデスの、加護ぞある!!】」

 

 

 重力を味方につけた巨大合体剣が振るわれる度に複数人の敵兵がまとめて切り捨てられる。

 ここ数日で感覚が麻痺したせいか、公国兵達も頼もしさしか感じなくなったその馬力を存分に見せつけながら幼女は高らかに声を張り上げる。

 

 負けるなと。あなた達は正しいのだと。

 例え宗教を敵に回しても、怯む理由など欠片もないと。

 

「【死の後には如何な業も、魂の傷も疲れも、死と転生を司る御方が癒す。

 故に戦うのだ、生ある限りは。誇りも希望も尊厳も、生の価値はその生き様で勝ち取るものだ!!

 それが我が祈り。死を恐れるな、生き抜くのだと。冥王ハデスの、加護ぞある!】」

 

「冥王ハデスの、加護ぞある……」

 

 巫女幼女の声が、聖樹教会に幻滅した信仰心に染み入るように入ってきて、心を昂揚させる。

 

「【そして死に怯え、肉と欲に耽溺した聖樹教会の堕落者達よ。冥王を邪神呼ばわりする不心得者共よ。

 貴様達に死後の安寧は要らないのだろう。ならば輪廻断たれし惨めな魂となり果て、この現世を永劫彷徨うがいい―――!!】」

 

 紫紺の奇刃でその死を量産しながら、敵に脅しを掛ける言葉に公国兵達も認識を新たにする。教会に言われるままに冥王を邪神として蔑んだままで居れば、死後恐ろしいことになっていたかも知れないと戦慄を覚えながら。

 

 最初は、語呂のいい合言葉。自分達を奮い立たせるために仲間達と声を合わせ、そして次第に言葉に込められた祈りそのものが心を奮わせる力になる。

 

「【冥王ハデスの加護ぞある!!】」

 

「「「冥王ハデスの加護ぞある!!!」」」

 

 

 そして、芽吹くものがある。

 

 

………あ、なんかいけそうな気がする。

 

 指揮を取りつつもアイリス達の奮戦を見守りながらも、冥王は地上では衰え切る筈の力が息を吹き返そうとしているのを感じていた。

 

 





 祝え!!!



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無垢の光翼7


※詠唱に意味はある―――と思う。




 

 散々幼女に引っ掻き回され、混沌としてきた帝都決戦。

 もしその有様を俯瞰して見ることができたなら、奇妙な兵士達の動きに首を傾げることだろう。

 

 両軍の動員されている兵数が多すぎて、城壁の上や内側に収まり切らないで野戦が起こっているのはまだ分かる。

 城壁の上から高さを生かした弓や投石で以て押し寄せる諸国連合兵を牽制し、何より帝国軍側には硬い陣地が背後にあっていざとなればそこに逃げ込めるという意味では、折角の城壁の外側で兵を競うというのもあり得ないという程の軍略ではない。

 

 逃げ場所がある―――心の弛みとか甘えとか言えば聞こえは悪いが、特に徴兵されただけの末端の兵卒や傭兵などはそういった保証がない限りまともに戦ってくれはしない。背水の陣とは本来愚策なのだ。

 

 問題は、帝国のこれまでの所業とたった今映像で見たばかりの教会騎士の所業を知る諸国連合の兵達が『ここで負ければ自分と故郷の家族もああなる』と確信してしまっていること。

 精神的に背水の陣が成立している―――そうなれば躊躇・容赦の無さや暴力性・反応の速さでどちらの軍が優位に立てるかは、兵数や城壁の有無の差を十分埋める現状から見てとれる。

 

 そしてこの戦場の奇妙な点。それは、各部隊の多くが本来精強で恐れられる筈の教会騎士達めがけて殺到すること。

 

「この不信心者どもめがっ、破門……がはっ!!」

「ほざけ屑がッ」「首を落とせ!!」「殺せ!殺せぇ!」

 

 最早この戦場において教会の威光に欠片ほどの価値もない。

 幼女の煽動でひとたび正面から衝突し、そして早くも少なくない屍を大地に曝している教会騎士達。たとえ聖樹教会への畏敬を未だに残すような人間であっても、こうなってしまって今更刃を向けることに躊躇いが生まれよう筈もないのだ。

 

 群集心理。いわゆる「赤信号みんなで渡れば怖くない」。まして幼女が率先して先陣を切って首を狩っていく光景を見ておいて、自軍が熱狂してそれに続き、そんな中で嫌だ怖いなんて言っていたら「お前はあんな奴らを庇うのか!」なんて理屈で味方に殺されることすらあり得る。臆病さは裏返って狂暴性へと転化し、はけ口となる聖樹教会に襲い掛かる。

 

 もはや狂奔となった連合兵は、勢いは最高潮な一方で明らかに陣形が歪んでいて、戦争を仕掛けた当事者なのに『黒幕』の登場により半ばスルーされ始めている帝国軍が横腹を突けば手痛い打撃を喰らうだろう。だが、帝国軍はこの好機に積極的に動こうとしなかった。否、動けなかった。

 

 一つ、野獣と化した連合兵を下手に刺激してこちらにも矛先を向けられたら怖い。折角教会騎士様達が身を呈して犠牲になってくれているというのに。

 一つ、あの『可哀相な美少女』の告発によれば皇帝を誑かしてこの戦争を起こしたのは聖樹教会という話ではないか。そんなものに付き合って命を懸けるのは馬鹿馬鹿し過ぎるし、ここで連中を助けたくもない。滅ぶなら勝手に滅べ。

 

 《ジェニファーの告発》が始まるまではむしろ心強い味方として頼もしく思っていた教会への熱い掌返しである。煽動幼女の所業はこちらにも影響を及ぼしていた。

 

 無論この戦場で負ければ帝国は敗戦国となり、今までの蛮行のツケを払う羽目になる。それにここで教会を助けるのは、腐っても最大主教なのだから政治的に大きい意味がある。

 そう考えられる冷静な人間も多い。だが殺し合いを冷静な判断だけでやれる人間などほぼいない。まして自分達は邪魔さえしなければ標的じゃないからとボイコットし始めた兵卒達を鉄火場に駆り出すなど、ジェニファー以上のアジ能力が必要だろう――あんなのが二人も三人もいてたまるか。

 

 こうして時に目の前の帝国軍をスルーしてでも教会騎士達の首めがけて殺到する連合軍と、それをハンカチでも振るかのようにただ見送る帝国軍と、そして草刈り場の雑草と化した聖樹騎士団という、世にも奇妙な俯瞰図がここに完成したのだった。

 

 だがそれは帝国軍にとっても分かっていても避けられぬ破綻の始まりでもある。

 何せ幼女のアジとゲリラ上映が起こるまでは『頼もしい味方』だった大陸最強の聖樹騎士団だから、城壁の防備なども重要な箇所を任せている。そこに執拗なまでの集中攻撃が加わり、なのに援護がないという状況が続いたとしたら?

 

 どのみちこの時点でもう趨勢は見えていたのかも知れない―――。

 

 

 

 だから、という訳でもないが。

 

―――やるかー。

「この地上においても僅かながらその御力を取り戻したこと、祝着至極に存じます。どうか御主人様の御心のままに」

 

 この戦場に限らず、世界各都市の幼女のゲリラ映像を見た者達に少なからず発生した聖樹教会への幻滅。また完全とはいかないまでも真犯人を突きだしたことによる『世界樹を焼いたのは冥王ではない』という冤罪の解消。

 これらは直接冥王への信仰心に結び付く、という訳でもない。

 

 だが信仰なんて曖昧な概念だ。なんなら、『冥王の巫女の悲惨な境遇への同情心』だって、強弁すれば冥王に対する信仰と言い張れなくはない。

 そしてどさくさで前線の兵士達に布教し始めた巫女幼女。磔にされながら、教義は捨てないまでもその深い祈りを捧げる対象は愛する冥王である聖神官。

 

 彼女達の後押しを以てすれば、地上でも人々の信仰によって権能を振るうことが可能な冥王ハデスが奇蹟を起こすのに不足はない。

 地上の営みは地上の者達だけで、極力介入しないというのが冥王の信条ではあるが……。

 

 

―――クリスは返してもらう。

 

 

 ジェニファーの弁舌によって牽制されてはいるが、クリスの足元に藁束が積まれ火刑の準備が万端であることに変わりはない。そして追い詰められた聖樹教会が自棄を起こして彼女を殺す可能性だって十分あり得る。

 それが許せないくらいには、冥王ハデスの信条を曲げるに足るくらいには、――クリスティン=ケトラは冥界の愛し子である。

 

 

―――春の夜の夢よ、鏡像の永遠よ。冥王ハデスの名において、ここに現出せよ。

―――逆しまの輪廻は此処に新たな法を布き、大いなる理はここに蚕食せり。

 

―――《死生転遷・有為消還(リンカーネーション・バニッシャー)》

 

 

 騎士団の一翼を壊滅させたアイリス達が舞い戻って侍る中、その主である黒髪の美青年が大鎌を翳す。

 艶やかな黒で覆われた貴族服を纏った腕を前方に突き出し、掌を拡げるとそこにはひとひらの白い花びら。それが舞い上がって不意に塵となって空に消えたと思った次の瞬間。

 

 

 帝国が誇る巨大城壁が、一瞬の内にその欠片に至るまで全て花びらと化して爆ぜる。

 

 

 舞い散る花吹雪というより、あの大質量が全て変換された花弁の枚数を考えると最早瀑布と言い表した方が的を射ているだろう。

 教皇達や帝国兵で城壁の上に居た者達は、それらの花びらがクッションになったかのように怪我一つなく低くなった柔らかい足場でへたり込んでいて。

 

「ぁ、……冥王、様?」

 

 そして戒めを解かれたクリスは、空間転移した冥王の腕の中で姫抱きに受け止められていた。

 白の花びらが舞い狂う中、突然の神業に現状把握する間もなく……だが、美しい光景の中で愛する人が顔を触れ合わせるような距離に居るという事実だけで、乙女は条件反射的にきゅうとその身を摺り寄せた。

 

 戻って来るって約束。忘れた?

「~~~っ、ごめんなさい、ごめんなさい冥王様!!」

 

 冥王が信条を曲げてまで助けに来てくれた。危うく約束を破るところだった。なのに何かを成し遂げられた訳でもなかった。認識が追い付くにつれて泉のようにたくさんの感情が次から次へと湧き上がる。

 

 でも―――命を長らえたこと、まだこの人と一緒に歩めるのだという歓びが何よりもに優先されて。

 

 磔にされても毅然とした態度を崩さなかった神官少女が、その小さな顔を泣き笑いに歪めて冥王の懐の中で改めて希(こいねが)う。

 

「冥王様、どうかこれからも私を御傍に置いてください。ずっとずっと、貴方の近くで、貴方に祈りを捧げたいのです」

 もちろん。手放す気はないよ。

「ありがとうございます……っ!」

 

 そして冥王はクリスを抱えたまま、悠然と元いた場所に歩いて帰っていく。

 その歩みを阻もうとする者は居ないから。

 

 クリスの処刑の際、無理難題な難癖を付けた者達も、まさか本当に冥王ハデスが奇蹟を起すことなど考えてもいなかった。それも結界で補強された巨大城壁を、一切合切花と散らして。

 どういった魔術でなら同じことが出来るのかなど考えることすらバカバカしい、まさに奇蹟の御業。

 

 少女神官の熱が籠った言動を信じるなら、そのハデスが眼前に居るというのだ。自ら助けに来るほどクリスを可愛がっている元天上人が、そのクリスを処刑しようとした聖樹教会の者達の前に。世界樹を燃やしたなどという口にするのも憚られる侮辱的な冤罪を着せた聖樹教会の者達の前に。

 

 教皇など、露骨にガタガタと身を震わせていた。彼女の内心は、次の瞬間には自分の肉体も花びらに変えられ屍すら残せないかも知れないという恐怖一色だ。

 まあ彼女は知る由もないが、冥王にその意思はない。仮に真っ向から仕方なかったからだなどとほざこうが、別にいいよと許しただろう。

 

 甘いからとか優しいからとかではない。

 人の罪は人が裁くものだと、今回のように“余程の事情”がなければ冥王として口を出す気はないと、ただそれだけの話だからだ。

 

 だから。

 

「隙あり、王手詰み(チェックメイト)だ」

 

「ぐぎぃっ!!?」

「「教皇様!?」」

 

「………さようなら、先輩」

 

―――人の罪を人が裁くことにも、冥王として口を出す気はない。

 

 左肩の関節から嫌な音が鳴り、暴れ回る激痛。それを斟酌する理由もなく、絶えず引っ張られる左腕に吊られて教皇の身体が浮遊する。

 黒髪銀メッシュ幼女はいつぞやのユーにしていたように重力操作を教皇には掛けておらず、彼女は左腕一本を牽引綱にされている形だ。

 

 同じように動揺していた近衛の騎士達は反応することすら出来ず、護るべき至高の教皇様は脱臼した左肩を吊られる激痛に苛まれながら空を不自由に飛ばされている。

 あまりの苦痛に絶叫する様をまずクリスに見送られ、眼下の騎士達に聞かせながら、数分も経たない内に――彼女にとっては数分間ものあいだ、だろうが――放り出されたのは公国軍の本陣。

 

「ぁぁ、あああふべッッ!!?」

 

 飛行幼女が軽やかに着地する一方で、足をあらぬ方向に捻りながら着地に失敗した教皇は地面に頭から突っ込みその綺麗な顔の半分を擦過傷で血化粧していた。

 その辛うじてヴェールが引っ掛かっている後頭部を小さな足で踏みつけ、ぽかんと口を開けているゼクトにジェニファーは告げる。しれっと。

 

「公、悪の親玉はひっ捕らえた。連合の発起人として、帝国軍及び聖樹騎士団に降伏勧告を」

「あ、ああ……皆、この戦争を煽っていた教皇はこちらに捕らえた!!お前達も、これ以上無用な血を流すこともない!!」

 

 ゼクトがその鋼の肉体に似つかわしい大音声で叫ぶ内容は、城壁が一瞬で消し飛んだ今しがたの冥王の御業に心折れたのもあってか、敵兵達が元々低い士気を失って次々聞き入れられていく。

 

 帝都決戦が無事反帝国連合の勝利に終わり、ついでに教会騎士団が大打撃を受けたことを確認し、いつのまにか銀髪眼帯に戻っていた幼女が口元を歪めながらその場を立ち去ろうとした。そこをゼクトが呼び止める。

 

「ジェニファー殿、君はこの教皇が憎いのではないのか?」

 

 その問いの意味は、まあ深く詮索するまでもないだろうが。

 とはいえ、ジェーンの悲劇の一端は教皇が冥王に冤罪を着せた宣言が負っているし、あの外道騎士共は『教皇の名において』活動する存在である以上責任が帰結する。

 復讐鬼としては斬って当然の相手だけれども、ジェニファーは多少手荒に扱う程度で命まで奪うつもりはなかった。

 

「駄目だな、そこの女には生き恥を晒してもらった方が都合がいいだろう、お互い?

 迂闊に死なれたらこいつ一人に責任を擦り付けて聖樹教会が生き残ろうとする可能性がある。

 それよりはこいつがのうのうと教皇として生きている限り、聖樹教会の悪評が薄まらない時間が続いた方がいいだろう」

「…………」

 

 痛みのあまり気絶した教皇を地面に放置したまま、ゼクトが複雑そうな表情で眼帯幼女の言葉を咀嚼する。

 領地を治める為政者としては、治療院や孤児院、街によっては学校などの役割を果たしていることもある聖樹教会を全面的に否定することも難しい。だが他国ですら我が物顔で振る舞う騎士団の蛮行や、権益絡みで戦争に加担した――幼女の吹かしではなく、今回の参戦に対してだ――上層部の腐敗ぶりを考えると、このまま民衆が無条件に信仰する宗教団体として残しておくのは不安過ぎる。それに治めるべきは聖樹教会を信仰する者ばかりではない以上、『信じない者を救わない』聖樹教会の優遇をあまりすべきではないとも言える。

 

 思い悩むゼクトに、ジェニファーは何かの条文のようなものを喋り出した。

 

 教会の一定以上の役職に就任するためには、各国代表で構成される管理委員会の承認を得ること。特に教皇の任命は委員会の全会一致とし、否決された場合は空位とすること。

 免税特権の廃止。他国で活動する際において領主の定めた法に服すること。経理帳簿の公開。教会領の縮小及び遷都、――場所は極寒の地ドワリンド北方危険地帯・通称『エンデュラシアの絶望』。

 

「なんてな。色々と要調整だろうし、まだ終戦が確定していない今は取らぬ狸の皮算用だろうが、公におかれては戦後処理を考えても良い頃合いだろう?」

「………それを、俺に聖樹教会に対して突き付けろと?」

「任せるさ。選択肢を示しただけで、所詮子供の戯言だ」

 

 下手をしなくても後世の神学者や宗教家に指弾されるこれらの条文は、結局教会騎士団の定員上限・遷都後の聖都の各国共同統治を含めた『8か条の起誓文』としてほどなく教皇により署名が綴られることとなる。

 政教分離・中立原則を掲げ、特にそれができない時代には教皇空位という事態を頻繁に引き起こしたこの法は、しかし民衆の中で穏健な宗教勢力として聖樹教会が再生するにあたり一定の信用を保証し続けたとして評価する声もある。

 

 発案者は《樹炎戦役》を終戦に導いたゼクト一世とされている―――。

 

 

 





※ゼクト公と話している間の多重人格幼女の内心

【~~~!!~~、~~~?~~~~♪♪♪】
(右眼と右腕の疼きがもう、限界……!ああもう、主上の奇蹟の御業を見て盛り上がるのはいいが、今だけ落ち着いてくれ我が半身っ!!)

 言うだけ無駄です。あとテンション最高潮なので教皇は無事(?)生き延びました。
 冥王様が奇蹟起こしてなかったら彼女の首も普通にすっ飛んでました。



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無垢の光翼8


 駆け足気味にマリエラ戦終了。今回はちょっとネタに走りました。

………今回“も”だろ、って?




 

 順当。

 

 今の状況を表すのであれば、その一言に尽きるのではないだろうかとリディアは思う。

 

 そもそもが帝国と反帝国同盟の戦争にしたって、帝国兵を手駒にしていた経験からすると三対七程度の分で不利というのが見立てだ。帝国軍の長所は正面戦闘での打撃力であって、あちらこちらから同時多発的に攻められても柔軟に対応できるような機動性はそこまで大きくはない以上、周囲全てを敵に回した時点で戦後の国力を犠牲に全兵力を振り絞ろうとも限界はいずれ見える。

 聖樹教会はこちら側?―――それこそあの邪教幼女が本気を出すいい口実になってしまうし、事実援軍として参戦し壊滅した連中の戦績は無様の一言。

 

 まして冥王ハデスが信仰と地上での権能を取り戻し城壁を千々に解体してしまうなどと。

 あのダメ押しを目の前に有象無象の雑兵が戦意を保てる筈もなく、皇都はあえなく敵軍の侵攻を許すことになった。

 

 市街地で洗脳済の都民をぶつけても、大して足止めにもなるまい。相手を眠りに叩き落とす手段を持つ幼女と人魚、錬金術師が鎮圧役として戦線離脱したという意味では役には立ったと言えるが。

 そして残る冥王率いるアイリスは皇帝の座する城内の玉座の間へと踏み込み、この戦争の黒幕(真)として皇帝に扮していた大天使マリエラと戦闘に突入する。

 

 

 だがアイリスの全力は―――マリエラの展開する断界障壁を毫とも貫けない。

 

 

 そして天上人から賜りし処刑剣と光の奇跡による攻撃を捌くことも能わず、一人また一人と膝を折っていく。

 一方的な戦いだ。傷一つ負うことのない大天使と、まともに人間が戦えると思うのがどうかしている。

 冥王ハデスも回復の兆しを見せたばかりの信仰では城壁の解体で大部分を消耗したのか、マリエラに直接痛打を叩き込めるほどの力は残っていないらしい。出来ていよいよ無理となった場合に転移で撤退する程度だろう。

 

 順当な流れで、リディアにとって驚く部分は冥王の奇蹟くらいでしかない推移。

 

 けれど。

 

「……リディア?どこぞで無様に消滅したものと思っていましたが、今更この場に現れてどういうつもりですか?」

「さあ?私も訊きたいくらいなんです、マリエラ様」

 

「リディア……くッ!?」

 

 不要となった皇帝の皮を脱ぎ捨て、六翼の神々しくもどこか無機質な本性を剥き出しにした大天使の前に、金髪の敗残天使は歩み出る。

 絶体絶命の窮地にダメ押しのように登場した宿敵の姿にアシュリー達が顔を歪めるのを一瞥した後、彼女は“かつての”上司に視線を固定した。

 

「一度ならず二度失敗した使えない道具に用はありません。この場でハデスの手駒共々塵に還してあげましょう」

「そんな……味方を!?」

 

「ええ、まあ――そう言うと思ってました」

 

 平淡な声でリディアはマリエラに気の無い返事をする。

 流石に様子のおかしいことに細い眉を訝し気に顰める大天使だが、正直リディア自身もわざわざここに出て来た意味はあまり分かっていなかった。

 

 何故、死にたくなかった筈の自分が、一番の危険人物の前にのこのこ出てきたのだろうと。

 脳裏に浮かぶのは、この数か月引きこもる気にもなれなくて放浪してきた日々のこと。

 

 

―――嬢ちゃんも、戦争に巻き込まれたクチかい?

―――お姉ちゃん強いんだろ!?戦い方教えてくれよ、帝国の奴らに殺された父ちゃんの仇を討つんだ!!

 

―――息子は帰って来んかった。故郷を守る為に、なんて……親不孝者めが。

―――好きなだけ泊まってけ。なんも無い村だ、そう、もうなんも無い……。

 

―――弱っちくたって、戦わないと。じいちゃん達を魔物から守れるのは、この村でもうオレだけなんだ!

 

―――帝国に、帰るのかい?

―――知ってたのか、って?なんで、って?……そりゃ憎んだこともあるさ。けど、もうたくさんなんだ、誰かが死んだとか殺したとか、な。

 

―――気が向いたらまた来な。飯くらいは出してやる。

 

 

「マリエラ様、私、死ぬのが怖いんです」

「……?人間みたいなことを言うようになりましたね、無能なだけでなく故障もしているのですか?

 死ぬのが怖いというなら、そのまま世界の片隅で震えていれば長らえたでしょうに。世界樹の力で、今度こそ穢れた生物のいない世界を再構成するその時までは、ね」

 

 

「――――冗談じゃないのよ」

 

 

 マリエラの至極正論な指摘に、初めてリディアの蒼い瞳に熱が灯る。

 

 あれから色々な人間を見て来た。どうしようもなく無秩序で、汚くて―――けどそれだけじゃない人間も少しは居て。

 そんな奴らは例外なく………信念があった。

 

 そこに無様に這いつくばっているアイリス達と同じように、譲れない何かの為に『命を懸ける』覚悟があった。

 死ぬのが怖くても―――それでも、と立ち上がる勇気があった。

 

 

「この天使リディア様が、人間ごときに劣るなんて“死んでも”お断りよ!!」

 

 

 絆された?勘違いするな。

 感化された?勘違いするな。

 過去の所業を反省した?勘違いするな。

 

 これはプライドの問題だ。天使である自分が、人間に出来たことを出来ないで無様に震えているだけなんてあり得ないという。

 

 だから勘違いするな―――このまま地上を滅ぼして天上人の理想的な世界を作るのは嫌だと思った、なんてことはない。たぶん!!

 

 

「だからマリエラ様。あんたをぶっ飛ばしに来ました」

 

 

 天使として、上位の存在に明確に敵意を向けるという致命的なバグ。

 それに対しマリエラはその美貌を無表情に固定したまま、淡々と手づからの破棄処分を決めて剣を向け―――。

 

「先手必勝ーーッッ!!」

 

「無駄です。私の障壁は貫けない」

「同じ天使である、私ならっ!!」

「格が違うでしょうに……、…ッ!!?」

 

 背に翼を拡げ真正面からの突撃。一切の躊躇いを捨て、その分最速で切迫し振り下ろされた鉄槌をマリエラは自慢の障壁で受け止める。

 世界を隔てるその障壁は一切揺らぐことはない――筈が、軋みを上げて波打ち始めた。

 

 リディアの振るう戦槌が、輝きを増しながらも清浄な水のエレメントのみならず《深淵》を纏い、世界そのものを砕く一撃となろうとしている。

 

「《水の聖槌【ウシュク=ベーテ】》!私の勇気、全部持っていきなさい!!」

 

「そんな、まさか―――」

「穢れたものが見たくないっていうなら、その目から潰してあげる」

 

 生み出されてから今まで、如何なる攻撃も通したことがなかった障壁が破れかけているという事態にマリエラが目を見開く。

 初めて見る狼狽の表情と、これを引き出したのが自分だという事実に昂揚を感じながら、リディアは更なる力を込めて振り抜きにかかった。

 

 

「光になれぇぇーーーーーーっっっ!!!!」

 

 

 確かな手応えと共に、マリエラの顔面をぶち抜いた感触があった。

 そのまま吹っ飛び、玉座を巻き込んで大天使が背中から地に転げ落ちて翼を汚す。

 

「ぁ、ぇ……」

 

 そして……流石というべきなのか、障壁が破られてから打撃の僅かな間に反撃として胸に処刑剣を突き刺されたリディアも、数歩ふらついて後ろに倒れ込み。

 

 とす、と。蒼い鎧を付けたままの躰にしては軽い音を立てて受け止められた。

 少し顔を上げると、そこには冥王の自分を真剣な表情で覗き込む瞳があった。

 

「みんな、好機だ!!最後の力を振り絞れっ!」

「リディアの覚悟を、無駄にしない――!」

 

 ギゼリックの鼓舞、宿敵ということも忘れて決死行に心を打たれたアシュリーの気合、そして障壁を失ったマリエラに追撃を掛けるべく走るアイリス達の足音、全てがリディアの耳に遠い。

 さしもの天使といえど、大天使の得物に胸部を貫通されては致命的で……刻一刻と命が零れ落ちて行く。

 

 死ぬのが怖かったリディアは、自身の死が間近に迫るのを感じ―――、

 

 

「……なんで、だろ。死ぬの、あんなに怖かったのに、すっごく心が晴れてるの」

 

 よく頑張った。しばらく、ゆっくり休むんだ。

 

「……!あ――、」

 

 

 死ぬのは怖かった。だが死んでも後悔しない行いをしたと誇れる――そう自分の心境を把握できるほど、彼女の“心”は成熟していなかったけれど。

 

 冥王が死にゆく者にせめてもと贈ったねぎらいといたわりの言葉。

 今まで上司であったマリエラに掛けてもらったことは一度もなく、それで当然だと思っていたのに――何故か心がすごく暖かくなった。

 

 だからもっと欲しいと思って、霞む頭で思いついた戯言が血と共に吐き出される。

 

「もし、天使にも生まれ変わりがあるなら……つぎは冥王、あんたの部下に生まれて。

 それで…、いっぱいいっぱい活躍するの。そしたら、もっと褒めてくれる?」

 

………約束する。

 

 何故か悲しそうな揺らぎを瞳に宿した冥王は、リディアの願いに真剣に頷いてくれた。

 だから心がぽかぽかともっと暖かくなって――ふわりと、どこかに昇っていく。

 

「よか、ったぁ…!やくそく、やぶったら……次は冥王をぶっとばす、から―――、……………」

 

 

 

 安らかな顔で、リディアは覚めない眠りにつく。

 その骸はきらきらと光の粒になって、薄く世界に溶けだしていく。

 

「リディアさん……」

 

 帝国城内、マリエラと最後の戦いが続く中、戦力外の冥王とユーだけが彼女の死を看取っていた。

 

………天使に魂はない。生まれ変わりはない。だから、あれは果たされない約束だ。

 

 そう呟く冥王だが、やるせなさに満ちた表情だった。

 傍からみていたユーも、リディアには怖い目に遭わされたけれど、それでも何か救いを求めて………けれど言葉に出来ずに口を閉じた。

 そんな二人を覆い隠すように、無垢の光翼が最後の輝きを放ち――羽を撒き散らしては霞んでいくのだった。

 

 

 

 そして、戦いは“順当”に決着する。

 

 悪の皇帝に挑んだ勇者達の決戦、皇帝の絶対の盾を破るというお膳立てまでされて、しかも最強の武器を持ち出してエルフィンの女王までも加勢に駆けつけた。

 それで敗れる筈もなく――だが仕留め損ない、逃げられた。

 

「まだです、まだこの《世界樹の種子》さえあれば―――」

 

 世界樹の枝から作られた矢による一撃、そして深淵纏いしリディアの全存在を掛けた一撃、アイリス達の総攻撃による全身の傷。

 本性を現した時の神々しさは見る影もなく、特に文字通り天上の美貌の半分が大槌により陥没した有様は見るに堪えず、ゆらゆらと安定しない飛行で皇都から脱出していく姿に威厳はない。

 

 しかし彼女の思考に諦めるという選択肢は存在しない。

 ニンゲンの皇帝という皮も帝国の敗戦で使う価値をなくした程度に過ぎず、最重要のものはしっかりと持ち出した状態なのだから、いずれ傷を癒してまた目的に向かって再起を図れば―――、

 

 

 

「――――良くないなァ?」

 

 

 

「が、ぐ、ぎ…ッ!!?」

 

 聖なる衣も襤褸きれ同然で、傷だらけの大天使の殆ど裸身に―――両肩・両翼の付け根・下腹部・両膝・両踝を、虚空から現れた刃が突き抉る。

 神々しい天使の翼が、それこそ鳥人間を拷問に掛けたただ悪趣味なオブジェのようにしか見えない状態で宙に固定される。

 

 その背後から掛けられたのは、どこか艶を帯びた女の声だった。

 

「貴様が始めた“戦争(ゲーム)”だろう?負けたのに“命(賭け金)”をバックレようなんてどういう了見だ。セメントで固めて海に沈められても文句は言えないな?」

「なに、が……」

 

 ざくり、ざくりと。冥い輝きを秘めた紫紺の奇刃が威厳をなくした大天使を抉り、そして彼女が持っていた数十ものリディア達手駒が強引に“回収”した《世界樹の種子》の入った袋を、細くしなやかな腕が掠め取る。

 

「罰則、追加徴収だ。全財産没収、ってな」

「かえせ……!!」

「そのザマでまだ口が利けるとは。活きのいい焼き鳥だ」

「黙りなさい!それは、完全な世界を作り直すための………」

 

「――――、くっ」

 

 嘲りに塗れた女の声が、満身創痍のマリエラの言葉を受けて引きつる。

 堪えられないとばかりに息が喉に掠る音。………そして、哄笑。

 

「あはははははははは、はははははッ!!?ちょっと、その顔と体勢でギャグを吐くのはやめろ、あははは!!」

「何が可笑しい……!?」

 

 天使――否、天上人すら侮辱する意図を感じ取り、苛立たし気に詰問するマリエラ。

 それに対し女は馬鹿にした声で丁寧に切り返す。

 

「何が、って。天上人自体、冥王ハデスの離反を許し、今の自分達が納得しない世界を招いた不完全な存在だろうに。

 不完全な者が完全なモノを作れるかよ。土台が駄目なところに立派な箱物を作ろうが、すぐに崩れてダメになる。人間はそれを砂上の楼閣と言うんだがな―――ふむ、天上人サマは知能は人間以下、ということか。積み木で遊ぶ児童レベル?」

 

「――――」

 

「くくくっ、……ああ、おかげで貴様に贈る手向けの言葉は決まった」

「取り消せ。主に対する侮辱を、今すぐ取り消―――」

 

 

 

「無駄な努力、今までご苦労さま」

 

 

 

 嘲りの言葉と共に、マリエラに突き刺さっていた刃が全て爆ぜる。

 それに引き裂かれ、大天使はその肉体をいくつものパーツに分解され、ぽろぽろと地上に落下する―――ことすら許されず、受け止めるように軌道上に発生した闇の靄がそれを呑み込んで喰らった。

 

「あらあら、えげつない。何か恨みでもあったのかしら?」

 

 そこに、先ほどの女とは別の声が掛かる。やや甲高い幼げな声、だが今の凄惨な処刑を揶揄うような口ぶりは、純真な少女とは程遠い。

 事実、見た目と年齢が一致しないドワリンの魔術師―――ナジャは、邪気に溢れた嘲笑を浮かべて大天使の死に様を反芻している。

 

「アレのやったことを知れば、大抵の人間が恨みを抱くと思うがな。ほら」

 

 軽く躱しながら、女は袋から種子を半分取り出して、袋の方をナジャに放った。

 

「確かに。―――『アイリス達とマリエラの勝負、どちらが勝とうとその消耗の隙にマリエラの持つ種子をいただく、種子は山分け』。ここまでが私達の協力条件でしたが、ここからどうします?」

 

 そんな邪悪な魔導士に水を向けられた女は、黒のヴェールで目元を隠しつつもやはり艶やかな唇を邪悪に歪めて笑い、掌中の種子を弄ぶ。

 エテルナの煌びやかな輝きを放っていた種子は徐に漆黒に染まり、そして胸元が大胆に開いた漆黒のドレスに包まれた、女の低めな身長に似つかぬ豊満な乳房の中心へと吸い込まれる。

 

「ん、ぁは……っ」

 

 瞬間、漏れだす濃密な闇を纏い、ドレスの各部を禍々しい紅の装甲が覆った。

 隠し切れぬ冷や汗を流しながらも笑みを保つナジャに、くすんだ銀髪の女はその圧力を減ぜぬまま口を開く。

 

「貴様風に言うなら、現状やろうとしていることがお互いにとって都合がいいらしいな、奇遇なことに」

「そうですか。では」

 

 戦禍の残り火に未だ煙立つ皇都を背景に、強過ぎる《深淵》を宿す二人が意思を交わす。

 

 

「こんごともよろしく――――『ダークアイリス』さん?」

 

 

 





 唐突過ぎる新オリキャラ……一体何ファーだというんだ……!?



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無垢の光翼9


 更新遅れて申し訳ない。
 また活動報告で愚痴ってしまった……。




 

 ジェニファー、帰らず―――。

 

 皇帝に成り代わるのみならず、皇都そのものを蝕んでいた証左として市民一人一人に洗脳を施していた大天使マリエラ。

 元は武器の心得もない一般人とはいえ老人から子供に至るまで全てが暴徒と化した地獄絵図は、雪崩れこむ連合軍の足を止めるには十分で、マリエラと対決したのが少数精鋭のアイリス達のみとなってしまったのは致し方ないことだっただろう。

 

 そのアイリスも、殺さずに相手を無力化するのに向いたメンバーが何人か最終決戦に参加できずに欠けている。

 数がやたらと多いだけに混乱の中ばらばらになってしまっていたが、マリエラを追いやり洗脳が解けるまでの時間彼等を食い止めることは、容易とは言えずとも命を落とすような窮地というほどでもなかった筈だ。

 トラップや地形を生かして足止めに集中したティセやプリシラなど、彼女達の活躍を腐す訳ではないが、正気を失った群集とはいえあの武神幼女が素人相手に撤退すらできないとも思えない。

 

 だが、現実に暴徒鎮圧組が一人また一人と無事陥落した皇城で休息を取る冥王一行に合流する中、ジェニファーだけが帰還の兆候も見せない。

 おかしいと面々が騒ぎ始め、ユーが彼女の種子の反応を探ろうとするが―――結果は、『種子は今ここに居るアイリス達のもの以外、皇都には存在しない』というものだった。

 

 死んで種子を抜き取られた―――とは、誰も思わない。否、可能性として存在するとしても信じたくはない。

 だが、冥王の巫女であり騎士であるジェニファーが、『主上』に対して断りもなく行方をくらますというのもそれはそれで考えにくい。

 

 困惑と心配に苛まれる一同だったが、結局は皇都陥落戦での犠牲者たちの死体の中に銀髪幼女のものが混じっていないかを念のために確認するだけの期間を置き、冥王一行は学園への帰路につくのだった。

 

 

 

 

 戦勝に湧く連合軍の連日の宴を背にしたアイリス達の表情は、とてもではないが晴れやかとは言い難かった。

 ジェニファーの安否もそうだが、今回マリエラを仕留め損ない、帝国がかき集めた種子も全て持ち逃げされ、暗躍していたであろうナジャの問題も残っている。

 

 激しい戦争を戦い抜き、大天使相手に死闘を繰り広げた彼女達に戦果と呼べるものはあまりにも少なく、そして冥界に辿り着いても今回の戦死者の魂が大量に溢れている光景が彼女達の表情をより憂鬱にさせる。

 せめてシラズの泉で黙祷をと、そんな時だった。

 

「あれ、こっちに近づいてくる魂がありますよ?」

『………♪』

「随分人懐っこいというか」

「他の魂とどうも毛色が違うといいますか」

「~~~♪♪」

 

 パトリシアの言ったとおり、仄かに白く輝く球体状の霊魂がふよふよとお出迎えするように近付いてきては冥王の周りをぐるぐる回る。主人が帰ってきて歓びはしゃぐ子犬の姿が何故か連想された。

 ウィルやソフィのコメントに何故か得意そうに揺れるその球体は。

 

 

「はっ。まさか、ジェニファーさんなんですか……!?」

「なんて変わり果てた姿に……!」

『~~~~(怒)』

「あうちっ。いた、……くはないけど、でもなんでクルちゃんだけ!?」

 

 

 最悪の想像をしていたファムがぽろっとこぼした推理がとても機嫌を損ねたのか、クルチャにてしてしとタックルを繰り返す。

 見かねてということなのか、そこに冥王が泉のほとりに咲く白い花を近づけると、その魂は肉体を―――“生前の姿”を取り戻した。生まれ直した、というのが正確かもしれないが。

 

 それは確かにアイリス達にとって見覚えのある人物で―――。

 

「あれ、ジェニファー今度は金髪?」

「目も青くなってます」

「………胸、大きくなってる」

 

「ちっがーーう!!いい加減にしなさいよあんた達!?」

 

「そんな……声まで変わって!?」

 

 

「~~~~っ、どこを!どう見たら!このリディア様があの銀髪チビに見えるのよ!!?」

 

 

「「「いや、ついノリで……」」」

「ああああもう、アイリスはこんなんばっかりか!?」

 

 最期のあのしんみりした感じは何だったのかと言わんばかりに天使――魂を持たず生まれ変わる筈のなかった彼女は金髪を掻き回して怒りを表現するが、妙に迫力がない。

 奇跡と引き換えに威厳を喪失したのか、或いはそんなもの初めから持っていなかったのか、どうにもきゃんきゃん鳴く子犬のオーラが彼女の後ろに生えている。

 

 そんなリディアだったが、彼女をいの一番にからかってくるだろう性悪幼女の不在に気づき問いかけた。

 

「てかあの銀髪チビはどうしたのよ」

「「………」」

「ジェニファーなら、迷子」

「まったく、どこふらふらしてるんだか…っ」

 

 揃って落ち込むアイリス達。返答したラウラやラディスの声にも張りがない。

 それに少し眉を下げた転生天使は、少し閊え気味に申し出る。

 

 

「……そ。ならこの私が、代わりにあんた達の戦力になったげる」

 

 

 言葉面こそ上から目線だが、裏腹に不安でおどおどしているのが滲み出る声音。後ろの子犬のオーラは、何故か『拾ってください』と書かれたみかん箱に入っていた。

 

 

「―――どの面下げて、と言いたい気持ちはある」

 

 

「アシュリー……」

「ぅ………」

 

 これまで敵同士だった、それもアシュリーにとっては旧主の仇。

 そんな自分が仲間にしてくださいと言ったところではいそうですかと受け入れられないだろうという考えはあったのだろう。

 紫髪の女騎士が険しい顔で前に出ると、リディアはその勝気な顔を歪め―――腰を曲げて、頭を下げた。

 

 そこに、傲岸な天上人の尖兵だった頃の面影はなく。

 

「わかってる!でも、冥王と約束したの。この約束が果たせないなら、生まれ変わった意味なんて、無いの……っ!」

 

 彼女と直接の面識のある何人かは、その変貌ぶりにたじろいですらいる。

 表情を動かさないのは、冥王とアシュリー。

 

 冥王はリディアを受け入れたいと考えているが、アシュリーの気持ちを無視する訳にもいかないから仲裁に入らない。

 そして、アシュリーは。

 

「………落ち着いたらでいい。この数か月、何を見て、何を思ったのか。

 マリエラに反逆してまで何を望んだのか、ゆっくり聞かせてくれ。それで判断する」

 

 怒りなら後輩が伝えてくれた。マリエラに勝利する突破口を拓いたのはリディアの命懸けの覚悟だった。彼女の言った『約束』が何かも主から聞いている。

 ねぎらいの言葉一つ受けた覚えのない上司の命令に忠実だっただけの下っ端天使、それをずっと恨んでいられるほど、アシュリーは甘さを捨てられない。

 

「………いいの?」

「よくはない。……なんて言ったら、叱ってくれる人達が居るからな、今の私には。

 エリーゼ様も、ジェニファーも、そして主も、きっと―――」

 

 そういってかつて主君を殺された騎士は、柔らかい笑顔でリディアに手を差し出した。

 その手を取り、か細い声で天使は言う。

 

「―――あり、がとう」

 

 これも彼女にとって一度も言ったことのない言葉。けれど、あの死の恐怖から逃げる旅の中で何度か聞いた気のする言葉。

 人と交わり、人の心を知った天使は、無垢でいることを辞めて人と共に歩み始める。

 

 アシュリーがいいと言うなら、言うべきことは何もない。

 彼女の存在はアイリスに受け入れられ、新たな戦力を加えまた活動を始めるのだった。

 

 

 いなくなった幼女の席が、空席のままで、今までとは違う学園生活が―――。

 

 

 

 

………。

 

「無い、……無いッ!!?」

 

 これまでの旅の思い出、増えた小物。

 それらを傷つけぬよう脇によけながらも、部屋の全てを引っ繰り返す勢いでユーは自室の“何か”を探している。

 

 何度も何度も同じ場所を漁り、家具の上や裏を確認し―――そもそもこの部屋にそれは存在しない、という自身の感覚を必死に否定して《世界樹の精霊》は焦燥に染まった表情で捜索を続けていた。

 この部屋にずっと隠していたモノ。自身の嘘を白日に曝す決定的な証明。

 

「―――なんで、無いの……!?」

 

 今回の旅に出かける時は確かにあった。ジェニファーがいなくなったと騒いでいた辺りでもまだここに残っていた筈だ。けれど今この部屋に、ユーの最大の隠し事は忽然と消失している。

 

 正直言って、みっともなく床に這って棚の下を確認しているのも殆ど現実逃避のようなものだった。

 だって、このまま自身の手を離れた“それ”が最悪の形で発見されるようなことがあれば、あれだけ待ち望んでいた幸福な現在(イマ)が全て瓦解することになる。

 

 非難されるのはいい。辛いだろうが、ウソつきには当然の罰だ。けれど、愛する人にまで冷たい目で見られるような日が来た時、ユーは自身の自我を保てる自信が無かった。

 

「どうしよう、どうしようどうしよう!なんで……っ!!?」

 

 顔面を蒼白にし、目を虚ろにしながらやがて身を小さくして蹲る。

 終わりの日が近いのだという恐怖から、ただただ目を背けながら。

 

 

 

 そしてこの数日後、ジェニファーの私室を掃除に入ったベアトリーチェが、持ち主の小さな背に合わせた勉強机の上に一枚の手紙が置かれているのを怒り心頭で騒ぎ立てることになる。

 

 

 そこには、幼女らしい下手な字で『退学届』と記されていた―――。

 

 

 





 第七章完。ユーの私室から持ち出されたモノとは?そして持ち出した犯人は果たして!?


 ちなみに、冥王の祠の清掃・管理のため、冥界の門をフリーパスで使える幼女が居る(ラウラコミュ参照)のは関係ないと思います、たぶん。



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流星


~学園イベント・コト~

「珍しいな、今日はコトが食堂の料理当番か?」
「たまにはねー。そりゃいつもソフィに任せっきりってのも気が引けるし。
 料理できないなら仕方ないけど、できるのにずっとやらないのもね。めんどいけど」
「そう言われるとな。我も何か手伝おうか?」
「……料理できんの?」
「あれだ、料理のさしすせそなら知ってる」
「へー、それトミクニの言葉だと思ってたけどこっちにもあるんだ。言ってみ?」


「さしみじょうゆ、しょうゆ、すじょうゆ、せうゆ、そいそーす、だろう?」


「……はいジェニファー厨房立ち入り禁止ー。全てを黒に染める気か」
「いや、冗談―――」


 以上。記憶喪失のくせに変なネタばっかり覚えている転生幼女。

 もう、戻らない日々。それでは第八章スタートです↓



 

 新生ヴァルムバッハ・グラーゼル帝国樹立。皇帝はゼクト。

 

 グライフ3世が倒れ、大陸に名だたる大帝国、ついでにそれと同等の領土を有する教皇領が瓦解した先の反抗戦。

 一つ間違えればそれは、新たに湧いて出た新領土の切り取りを目指して諸国が競い合う更なる戦乱の発端にすらなりかけたことだろう。

 

 聖樹教会が力を保ったままなら、帝国側で参戦しておきながらちゃっかり調停役を名乗り出て、なんの罰も受けずにのうのうと戦後の体制に食い込むと同時にその安定性を担保する役割として変わらずに他国から手の出しにくい権力者のままで居る、なんて―――血管にヘドロでも流れてるんじゃないのかそのまま詰まらせてしまえ―――真似も出来ただろうが、そんな都合の良い話がそうそうある訳もなく。

 顔面ズタズタの状態から無事回復魔法で復活した教皇は順当に教会の権益を厳しく制限する起請文に署名し、各国の監視のもと大人しく飼われるだけの存在に成り下がっている。

 というか、帝国の暴虐の裏側にいた『黒幕』扱いされている中そんな図々しい振舞をしようものなら諸侯の殺意がいい感じに爆発するだけだ。

 

 そうすると調停者となり得る者が不在のように思える。

 

 けれど、煽動幼女によって散々こき下ろされた聖樹教会の悪行(?)の最たるものとして、『世界を手中に収めるべく皇帝を唆して戦禍を煽り、そのような汚い信仰を捧げられたため世界樹が炎上した』というものがあった。

 聖樹教会を信仰していたか否かに拘らず世界樹に畏敬の念を抱いている、というのはこの世界の人々に共通しているため、このタイミングで聖樹教会の二の轍を想起させかねないような野心を表すのは大義名分が立たな過ぎる。

 

 みんな、戦争に疲れていた―――そんな綺麗事で全てが片付くほど易い話ではないけれど、それでも反帝国同盟の参加者達は、話し合いで帝国領と教皇領の分け前を決められる程度には理性的でいられたのだった。

 

 反帝国同盟の盟主として皇都を預かったゼクトが上述のように新たな皇帝となり、世界は安定の兆しを見せかけていた。だが、未だに傷は根深く残る。

 特に、幼女が盛大にデマをばら撒いた聖樹教会の者にとっては、辛酸を舐める日々の始まりだった―――。

 

 

 

 

「ですからクリスティン=ケトラ上級神官、私共にどうか御力をお貸しください」

「私も重要な使命を帯びて旅をしている最中なのです。申し訳ありませんが、協力できるようなことは………」

「そんなことを言わずに!あなたが口添えしていただけるだけでも、反応はずっと違う筈なのです」

 

 大陸南部の砂漠に位置する、交易を主とする国家ハジャーズの太市。

 今は戦後復興景気で賑わうこの街だが、そのお祭り騒ぎとは裏腹に異様な風体を醸し出している一角があった。

 

 壁にはスラングだらけの落書き、建物の周囲にはゴミが散乱した小汚い施設。

 これが、『ジェニファーの告発』までは日々救いを求める人々が祈りを捧げる為に訪れていた聖樹教会の礼拝堂の姿だ。

 

 そこに半分情報収集、半分同輩の苦境を見かねてという形で話を聞きに行ったクリスが見事に捕まってしまっていた。

 ぺこぺこと自分の倍以上の年齢の神父達に頭を下げられる彼女だが、期待されているようなことは何も返せないのが正直な話。

 流れ的に『教会の過ちに一人立ち向かった勇敢な聖女』として一部で持ち上げられてはいるものの、外から見れば同じ聖樹教会の一味、という認識が多数だろう。

 

 この街にもジェニファーのゲリラ映像と演説は流れている。

 民衆からすれば野心に駆られて戦争を起こし――それも他人を唆すやり口で――残虐にも一つの村を略奪し滅ぼした危険な宗教団体という実態(?)が明らかになった(?)以上、彼等を見る目は嫌悪と不信に満ちていた。

 

 ここハジャーズでは交易都市の都合上様々な人種や価値観が流入し、教会の教えを信奉する者が比較的少ないのも影響している。いや、熱心な信者がデマに踊らされた場合これまでの信仰の分が裏返って教会を激しく憎むケースもある分まだましなのか。

 

「お布施の額もほぼ絶えてしまっております。未だに聖樹教会があのような行いをする筈がないと信じてくれている方々もおりますが、このままでは数か月と経たぬ内に……」

 

(いや、あの異端狩りは実際やってたでしょ……)

 

 魔術師ラディスが内心呆れたようにツッコミを入れていた。

 世界樹の炎上の原因云々はともかく、あのトラウマ映像の原理を知る者としては、あれがジェーンの確かな記憶だというのは明言できる訳で。

 

 一方で、その小さな頭を僅かに横にして疑問を口にしたドワリンの銃兵イリーナに、放埓の女王ギゼリックが気の抜けた声で答えていた。

 

「しかし、信者がまだ居るというなら、何故お布施が急に全てなくなることになるのですか?」

「そりゃ、一般の信者が払える金額なんてたかが知れてるしね。

 一方大抵の金持ちが払う教会へのお布施ってのは、別に熱心な信仰心の表れって訳じゃない。

『自分はこんなに篤志家なんだよーせこくてケチな金稼ぎじゃないんだよー』ってアピールさ。特に領主なんかは、教会を信仰する民衆に対して信仰心に溢れていることを示すのは手軽な慰撫策で、下手な減税なんかよりよっぽどコスパがいいことだってある。けど今は、ね」

 

「逆効果ですね。民衆に見放された聖樹教会を援助してもイメージダウンにしかならないなら、高い金を払う価値などどこにもない。

 むしろ嬉々として援助を引き上げて、騙しやがったな金返せ賠償しろとでも言っている頃合いなのでは?」

「………うう。教会の寄付金って、そんな生々しい話だったんですね」

「まあ、純粋に信仰心から私財を擲っていた有力者も居たのは否定しませんが」

「そ、そうですよね!みんなが損得勘定だけで動いてたわけじゃないですよね」

「しかしそういう者達も、ジェニファーのアレで果たしてどれほどが教会を信仰し続けていることやら」

 

「――――」

「パトリシア殿ー!!顔が虚ろな笑顔のまま固まっております、戻ってきてくださいパトリシア殿ー!!」

「フォローしたいのかトドメさしたいのかどっちなんだいベア先生……」

「講義しただけです」

 

 ギゼリックの後を継いで先生メイドが修道女を上げ下げして遊んでいた一方で、クリスに助力を求める神官もヒートアップしていた。

 

「何故私達がこんな目に遭わなければならないのです。上層部の野心など関係なく、誓って民衆の為に模範的な行いをしていたつもりです。

 世界樹が炎上するような醜悪な企てに与したことなど、一度も―――」

「それはっ」

 

 

「―――はい、ダウト」

 

 

 怒りにかられ、理不尽への愚痴になりかけていたところで女王は仲裁に入る。

 まあ真面目に働いていた末端からすると今のこの状況は理不尽極まりないだろうが、どれだけ的を射ていようが表に出してはならない不平というのはある。正確には、表に出せば更に炎上する類の発言が。

 そして咄嗟にクリスがそれを押し止めるべく何か言おうとするが、一方的とはいえ期待を掛けていた彼女に正論でやり込められると軋轢を生むと考えてギゼリックは割って入ったのだった。

 

「企てに与してようがいまいが外から見たら知ったこっちゃないさ。あんた達がその上層部の野心のおかげで得た聖樹教会の地位の恩恵を、一度も受けたことがないなんて言わせない。おいしいとこだけ吸って都合が悪くなったらボクちゃん無関係ですなんてのは、ちょい虫が良すぎないかねえ?」

 

 そう、正論は人を救う為のものではない。人を殴りつける為のものだ。

 

「なっ……急になんなんですか、貴女は!」

「んー、名乗ったらまためんどいから…この街に来るまでに、冥王の祠を通ってきた者って覚えといてくれたらいいよ。

―――いや、いつも通り壊され放題荒れ放題だったね。あれ、誰の所為だっけ?」

「それは!……教皇様が、世界樹を燃やした邪神を崇める邪教と言ったから」

「ふーん、世界樹を燃やした邪教なら神殿壊して族滅させて構わないんだ?

……で、今はあんたらがその邪教だけど、なんで壁に落書きされただの寄付金くれないだのそんな程度で騒いでんの?」

「違います!私達は邪教なんかでは!」

 

「それを決めるのは、あんたらでも教皇サマでもなかった。それだけのことだろ」

 

 むしろナイフで刺していた。キレッキレの正論で思いっきりざくざくやっていた。

 そして、結論もまた彼らの耳に痛い話で―――。

 

 

「諦めな、一発逆転の冴えた方法なんか無い。

………治癒の神聖魔術くらい使えるんだろ?グチグチとどうにもならないことでクダ巻いてないで、地道に治療院でもやって人の信頼をちょっとずつ勝ち取っていくしかないのさ」

 

 

「「………」」

 

 それだけ言うと黙り込む教会の神官達を置いて、クリスを促しギゼリックはその場を立ち去る。

 他のアイリス達と合流し、十分に距離を取ったところで上級神官は静かに礼を言った。

 

「ありがとうございました、ギゼリックさん。

 結局あなたが最後に言ったとおり、地道にやり直すしかないのです……」

「それでもあんたの口からそれを言っちゃ角が立つだろ。ま、憎まれ役は慣れっこだから気にしない」

「しかし―――いえ。それにしても…」

 

 そっと振り向いて、荒れた礼拝堂を寂しそうに目に焼き付けるクリス。

 そして、同じ気持ちを共有するパトリシア。

 

「聖樹教会の自業自得とはいえ、教会があんな酷いことになっているのはやはり辛いです」

「ジェニファーさんは、壊された冥王の祠を見るたびこんな気持ちだったんですよね……」

 

 ギゼリックは一発逆転の方法はないと言ったが、冥王に掛けられた世界樹炎上の冤罪を幼女が戯言フルバーストで擦り付け返したのが現状である。

 真犯人を突き出すことが出来るのなら、少しはましになる見込みがあるのだろうか。

 

 ユー?

「………っ。はい、なんでしょう冥王様?」

 

 クリス達に合わせてしんみりする一行の中で、心ここにあらずな精霊少女を冥王は気に掛けていた。

 あの帝都決戦から、ずっと様子がおかしいのだが、問いかけてもはぐらかされるだけだった。

 

 そして今回のここに訪れた目的を踏まえれば、彼女にかまってばかりもいられない。

 

「冥王様」

 おかえり、ラウラ。どうだった?

 

 勝手知ったる故郷ということで別行動――むしろこちらが本命の情報収集に出ていたミューリナの少女が、屋根伝いに移動していたところをしゅたっと降りて来る。

 そして、事前の情報とそれに対してラディスが訴えた“嫌な予感”が当たっていたのを告げた。

 

 

「この街の大聖堂、情報通り爆破されてた。―――犯人は、黒髪のドワリンの魔術師だって」

 

 

「やっぱり!まな板、動いてたのか……!」

「あと、なんか、こう……」

「ラウラ殿、何か言いにくいことですか?」

 

 

「たゆんたゆんしてたんだって。おっぱいが」

 

 

「まな板じゃ、……ない、だと…!!?」

 

 そういうことらしい。

 

 

 

 

 

 ニアミスと呼ぶべきか、そう遠くない場所に二人の少女は居た。

 方や成長が止まる種族、方や異界の転生者。

 

 外見相応に少女と呼んでいいのかは疑問だが、それ以上に砂漠で黒ずくめという怪しい二人にも拘らずすれ違う人々は注目することもない。

 特殊な術で気配を消しているのか、―――あるいは、本能的にその気配に関わってはならぬと視線を向けることすら拒絶しているのか。

 

「由緒あるこの街のシンボルである大聖堂が爆破されたというのに、民衆は慌てるどころかばちが当たったとでも言わんばかりに無責任な噂話に夢中。聖樹教会も嫌われたものですね」

「先日までなら大騒ぎして大混乱だったかもな」

「あなたのおかげで楽が出来ます。本来なら深淵で強化暴走させたモンスターを街にけしかけ、その混乱に乗じてというつもりだったのですが」

「これまで誇りと信念を持って精励していた仕事が、一転民衆の冷たい視線に曝される。

 大聖堂付きの騎士達も疲弊していたし、我と貴様が居れば無駄な労力を消費して小細工するまでもあるまい」

 

「ええ、全くもって論理的な結論です。―――そこに貴女の感情が差し挟まれていないかは、知りませんが」

「…………」

 

 魔導士の少女は値踏みするような視線を向けるが、その先の胸元を妖艶に開いたドレス姿の少女は黒いヴェールで隠した目元から何も読ませない。

 

「まあいいです。貴女が多少手温(てぬる)かろうが、私のやることに変わりはない。

 全ては真理という輝く星を掴み取るため。地上を深淵で満たすため、為すべきを為すだけなのですから」

 

 それで人が何人死のうと知ったことではない、と。

 悪と評する他ない意思を隠す事なく漏らしつつも、憚ることなく己の欲望だけをその濁った瞳に映している。

 

 そして次の目的地へと向かうべく、闇を媒介にした転移魔法を使うナジャ。

 傍目には忽然と消えたように見えるその光景を視界に収め、軽く嘆息するダークアイリス。

 

 

「輝く星、か。我に言わせれば、手温いのはそちらの方だ。

 ナジャ、所詮貴様は―――」

 

 

 続きを口にする前に、彼女も闇を纏って忽然と消える。

 そこには、ただ雑然とした市場の賑わいだけが残っていた。

 

 





 何やら邪悪なことをしてるっぽいが実は原作よりも被害が少なくなってるという。なんでだろーねー(棒)

 ちなみに今回もサブタイ回収するつもりです。

………特撮好きには謎の人物ダークアイリスが今後何やるかちょっとヒント。いや、精神崩壊エンドとかする気はないけども。



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流星2


 原作第八章はウィルがすっごくいいキャラしてて好き。
 パンチの利いた個性は持ってないけど、それでもあのラディスとのやり取りだけでストーリー上絶対いないといけない子になってた感がいい。

………ちなみにこの作品ではいつも通り原作そのまんまでしか書けない箇所は端折る予定なので、原作未プレイの人は是非原作の方も。




 

「……パルヴィンの大聖堂、風穴空いてたよ」

「旧帝国のは木っ端微塵だったね」

 

 冥界、エディア・ローファ樹理学園の教室にて。

 祖国の伝手を生かして、各地の冥王の祠を通じて情報収集に跳んでいたパルヴィンの蒼髪姫プリシラと元帝国貴族令嬢クレアの報告に、揃っていたアイリス達は困ったような苛立ったような、微妙な反応を返した。

 

 ハジャーズの大聖堂爆破から数日。大陸の中央と西部においても、聖樹教会の重要拠点が相次いで破壊されたことになる。

 最大主教として人々の信仰を集めていた教会に対するテロの発生は、民衆に大きな不安の種を植え付ける―――ということもなく、街の人々は案外と落ち着いた様子だったという。

 

 特にパルヴィンは直接帝国の侵略を受けあわや滅びの危機に瀕していた国であり、それを唆したのが聖樹教会という“真実”が知れ渡ってしまっているため、義憤や復讐の感情からむしろ正体不明の犯人に同調的なくらいであった。

 そのことについては、プリシラが聖樹教会の信用を落とすべく前々から国内で情報工作を行っていたことも関係しているだろう。

 

………《世界樹の種子》の探索を使命とするアイリス達にとって、大聖堂爆破というのは確かに一大事件ではあるが、それだけならあまり重要視して対処するべきことでもない。精々クリスやパトリシアが教会の一員として助けになれればと言って数人グループで動く程度だっただろう。

 

 けれど、そうもいかない事情がいくつかあった。

 

 一つ、ユーの種子の探知能力が働かなくなっていること。

 これまで世界の壁を超えてすら大雑把にでも種子の位置を追えていた彼女の感覚が、『何者かに妨害されている感じがする』らしく、元凶を排除しなければ使命に取り掛かることすら難しい状況であること。

 

 一つ、行方不明のジェニファーの捜索。

 大聖堂には当然そこらの兵卒とは比べ物にならない実力を持つ教会騎士が詰めていた訳で、そこを襲撃して結界の張ってある施設ごと破壊する、ということがやれる人間は限られてくる。

 その点あの巫女幼女は該当するし、復讐という動機だって十二分に存在する。今更ジェニファーがアイリスを脱退してまで聖樹教会へのテロに邁進している、というのもそれはそれで違和感があるが、まるきり無関係とも考えにくい。

 

 そして、最後の一つ。

 

「―――これではっきりした、のかな。ファウスタにあったナジャの隠れ家の地図、それに印が入ってた箇所と被害に遭ってる大聖堂の位置が三つとも重なってる」

 

 魔術師ラディスの師匠であり、《深淵》という闇の力に心を同化・浸蝕されたナジャ。

 かつてエルフィンの森で魔物を大発生させ、その原因である深淵を世界中に蔓延させようと語ったドワリンの大魔導士。彼女が残した手がかりと符合する状況は、否応にも彼女の暗躍を予感させた。

 

「世界樹の力……エテルナが特に多く噴出している場所、でしたか?」

「樹泉(じゅせん)って呼んでる。正直そこがなんで全部聖樹教会の大聖堂になってるのかはいまいち分かんないけど」

「………私も存じ上げません」

 

 予想は付くけど、とラディスはクリスと深刻げな顔を突き合わせる。

 教皇と同じ学び舎でエリート教育を受けた上級神官のクリスですら知らない聖樹教会の秘匿案件というだけで厄っぽい臭いがするが、蓋を開けない訳にもいかないだろう。

 

「地図に描いてある樹泉の位置は、あと三つ。その場所にある大聖堂も標的になるものとして考えれば、まな板に先回りできるかも知れない」

「となると、最も手こずると思われる大聖堂で網を張るのが確実でしょうか」

 

 制服姿のアイリス達の中で、一人メイド服の教師ベアトリーチェが呟くと、全員の目が教室の中央に投影された地図の一点に集中した。

 

 サン=ユーグバール。

 聖樹教会の聖地にして、もはやなき教皇領の中心に位置する総本山。

 

 ナジャの企みが具体的にどういうものかは分からないが、達成させたら世界が無茶苦茶になるものであるだろうことは想像できる。そうである以上、ラディスの因縁に関係なくアイリス全員の意思はそれを止めることで一致していた。

 

 

 

 

 

 そして、その聖地では。

 

「枢機卿、またも新生帝国軍の兵が!」

「―――虚仮おどしだ!どうせ奴らに結界は破れん!!」

「しかしこのままでは糧食が足りません。援軍のあてもなく……」

「分かっておるわ。だが、この地だけは俗人共に明け渡す訳にはいかんのだ!!」

 

 各国共同統治が決まっており、それに教皇も同意した聖都であるが、絢爛な白の法衣を纏った初老の男が残存する教会騎士団の戦力を糾合してこの地に立てこもっていた。

 枢機卿―――皇帝の選出にすら関与できる職位は、極北の小島送りが決定している教皇を除けば聖樹教会において最上位のものである。それも現在の民衆の支持を失った教会では、どれほどの権威になるのかは果てしなく微妙であるが。

 

 現に彼がやれているのは、聖都の強力な守護結界に閉じ籠り、明け渡しを求めて包囲しているゼクト旗下の新生帝国軍を精一杯城壁から威嚇するだけ。

 

「くそ、くそ、くそぉっ!!あの呪われた邪教の娘さえいなければっ、よしんば帝国が敗けようとも立ち回れたというのに。

 教皇も教皇だ!聖樹教会の使命も忘れ、何故あんな連中に諾々と屈した!?」

 

 包囲している敵軍を払いのける戦略的な見通しも立たず、他人に苦境の原因を求めて呪詛を吐きながら奇跡が起こるのでも待っているだけ。そんな聖人とは程遠い姿に、実際に奇跡が舞い降りてくれるとも考えがたかった。

 

 寧ろ地上において奇跡を起こす者がいるとすれば冥王ハデスで、その姿を間近で見てしまった教皇の心が完全に折れてしまったことや、そもそも巫女幼女の憎悪を生み出したのは彼らが手駒としていた異端審問であることを考えると、彼の憤激は理不尽ないし的外れとしか言いようのないものであったがそれを指摘する者は当然居ない。

 戦況を報告しにきた神官も下がらせ、祈祷で気持ちを落ち着ける―――というより現実逃避する為に祭礼の間へと向かう。

 

 外界の苦境が嘘のような、神秘的な演出が凝らされた大聖堂。

 先日教皇とクリスが対談した場所だが、地位の低い者が濫りに立ち入ることのできない領域であるため現在の聖都でここに来るものはいない。

 

 その筈だった。

 

 

「貧するが故祈る、か。まあある意味これ以上ない敬虔な祈りではあるな」

「っ、何者だ!?」

 

「―――ダークアイリス。《天庭》に爪を裁て、その頸木を引き裂く叛逆者」

 

 

 聖堂の中心、ステンドグラスが分光しつつも日差しを集める白い床に、その黒衣の女性は立っていた。

 鉱石から掘り出したままのようなくすんだ銀の長髪。顔はヴェールに隠されて唯一覗くは嘲う艶やかな唇。喪服を思わせる漆黒のドレスは、しかし妖艶に開いた胸元と肩や腕、胴を飾る紅の装甲が頽廃と悪意を滲み出させている。

 

「っく、くせも――!?」

「おっと。そこで大人しく見ていてもらおうか?その首が繋がっていることに、意味を見出しているならの話だが」

 

 咄嗟に叫ぼうとして枢機卿の皴首に突如虚空から紫紺の刃が突き付けられる。

 首だけでなく、一瞬の内に腕や背、膝裏など七か所に“持ち手のいない”稲妻型の奇刃が当たり、彼は自分の命が目の前の闖入者の意思一つで簡単に消されるものになっているのだと戦慄の元に確信していた。

 

 そんなつい先日まで最大主教の権力者の座を恣にしていた男を嗤いながら、女は笑み含んだ声で滔々と諭す。

 

「安心しろ、今日此処に来たのは我だ。あの魔女なら帝国の大聖堂のように凄惨に血を見るところだが、我ならもう少し綺麗に壊す。

 貴様等が無様に足掻くほど民衆の信仰が離れるなら、殺すなんて勿体ないしな。

 我はその姿を心より応援する者です……なんて」

 

「帝国……?っ、ハジャーズ、パルヴィン、ドワリンド、ヴァルムバッハ、そして此処………まさか、お前は――!」

 

 何一つ安心できない不穏な発言に、何かを悟ったのか男は狼狽する。

 そして突き付けられた刃にも拘らず神聖魔術を使おうとして―――“唇が重い”、まともに動かないという初めての感覚を経験する。

 

 

「装界・深淵征刃【ワールドエンチャント・アビスルーラー】」

 

 

 女が紡ぐその言霊と共に、清らかなる大聖堂の空気を腐食させるは氾濫する黒き靄。

 手に宿るは、観測世界を分割する事象の刃。

 

「―――九天ノ六(セット)、“圧潰巨獄(ヨツンヘイム)”」

 

 ダークアイリスの未だ幼さを残す手に従えられ、九振りの紫紺の奇刃が円形に整列する。

 枢機卿には見えなかったが、その刃一つ一つが黒に染まった《世界樹の種子》を宿し、そして円の中心に圧縮された歪みを生む。

 

 時間が捩じれる。空間が意味を亡くす。光すらも囚われるが故に、認識にはただ黒―――そんな極小の一点が―――、

 

「目に焼き付けろ。教会の発足以来先達が外道を働いて護って来たモノが、貴様の代で傷を負う瞬間だ」

「やめ……ッ」

 

 沈む。聖堂の床を難なく割り、地中を貫通し、その更に深く―――最下層に通っていた世界樹の根を、無残に斬り刻む。

 

「ああ、ぁぁぁぁぁ~~」

 

 枢機卿は、その瞬間全てが壊れる音を聞いた気がした。

 聖樹教会は、そも世界樹の根を悪意ある者が利用したり傷つけたりするのを防ぐ為に組織されたもので、彼とて援軍のない籠城を決行する程度にはその使命に殉じていたのだ。

 

 組織が肥大化し、機能不全を起こしていても、忘れることなく。

 けれど―――あまりに現世の利権に関わり過ぎた所為で現状の無様さを招いたのは自業自得、と評するのは酷だろうか。

 

 絶望に目を覆い、反応を失くした枢機卿から興味を外したダークアイリスは、その場を立ち去ろうとする、その時だった。

 

 

「まさかナジャよりあんたに先に会えるとは思ってなかったよ――――ジェニファー!!!」

 

 

 鋭く張りつめた甲高い声が天井の高い大聖堂によく響き、女は仲間の名を呼ぶ少女達の方を向いた。

 

「……ラディスか。それに、他の者達も」

 

 そしてあっさりと認めた。自身がかつてアイリスとして共に戦っていた『ジェニファー=ドゥーエ』であることを。

 顔をヴェールで覆っても、体が少しの年月分成長したものであっても、誤魔化せるほど薄い時間を共にした訳ではない人々だから。

 

 

 一方で、聖地に到着するや途方もない力の発現を感知して、それにより綻びた結界を破って強行突入した冥王とアイリス達。

 

 急に姿を消して、退学届なんてものを出して。戸惑って、嘆いて、心配して、呆れて、悲しんで、怒って―――でも、ここで突然出会えた。

 誰もが一瞬、どういう反応をすればいいのか、どういう反応をしたいのか、それすら咄嗟に出てこなかった。

 

 一人を除いて。

 

 

「ジェニファぁぁぁああ~~~~ッッッ!!!!」

 

 

 恨み。紛れもない怨嗟をふんだんに混ぜた叫び。その主は、貧乳錬金術師ポリン。

 彼女はきっとダークアイリスを睨み付け、叫んだ。

 

 

「裏切ったのね!裏切ったのよ!!貴女はアリンと同じで、私の気持ちを裏切ったのよ!!」

「アリンって誰……」

 

 

 ダークアイリスの、小さな身長に見合わぬメロンサイズのおっぱいを、憎悪の目つきで睨み付けていた。

 そしてその糾弾を浴びせられたダークアイリスは―――、

 

 

「………うっふん?」

 

 

 たゆん♪

 

 二の腕で両側からバストを挟み込み、右手をむにゅりと張り出た乳房の上に乗せる悩殺ポーズを取ってみる。

 ドレスに胸元の生地が乏しい分、随分と生々しく変形するおっぱいの視覚的暴力は、男性から見たら垂涎ものなのだろう。

 

 事実、冥王はすごくいい笑顔で彼女にサムズアップし。

 

「~~~~#$%&!!!」

 

 ポリンは発狂して声にならない叫びを上げ始めるのだった。

 

 

 





 三話しかもたなかった謎の新キャラダークアイリスの正体……。

 ロリ巨乳にしたのはこれがやりたかっただけです。一部読者にはあっさり指摘されまくりましたが。



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流星3


 まあ、負けイベントだし多少(の省略)はね?




 

 とりあえず場を混乱させるだけのポリンと、ついでにうわごとしか言えなくなった枢機卿に大聖堂からご退場いただき、ダークアイリス達と冥王一行は改めて向かい合う。

 

 

「さて―――まずは、元気そうだな焼き鳥」

「リディアだっつってんでしょうが!あんたいい加減にしなさいよっ!?」

 

 

 何よりも優先してアイリスの新顔をおちょくりに掛かる闇の女。

 いつも通り、というよりは……流石のこいつも黙って居なくなったことに申し訳なさと気まずさを感じて、付き合いの深い仲間には話しかけづらいのかもしれない。

 

 そういう悪ガキの心理など、表情を薄布一枚で覆っていたところでバレバレなくらいには理解されている。どこか気の抜けたような声でラディスが語りかけた。

 

「その様子じゃ、ナジャみたいに深淵のせいで正気を失った、とかじゃないみたいだね」

 

 

「………。いまのわれは《深淵》の使い。このせかいに深淵がみちる日のため、しめいにじゅんじるのだー」

 

「ジェニファー。怒るよ?ていうかもう怒ってる」

「本当にどうしようもない子なんだから……!」

 

 

 とはいえラウラやフランチェスカのみならず、皆多かれ少なかれ勝手な真似をした彼女に腹に据えかねるものを持っている。

 ノリで繰り出す戯言を受け流せるほど余裕のないアイリス達は、話を次に進めようとする。

 

「ジェニファーさん。あなたはどうしてこんなことを?なぜ私達に何も言わずに一人でっ」

「クリス。その辺りの詮索は後でもできます。まずはこの問題児を冥界に連行するのが一番でしょう」

 

「ほう?それで大人しく従うようなら初めからこんな真似をしていない、と分かりそうなものだがな、ベア先生?」

「………随分増長したようですね。その鼻っ柱、へし折ってあげます」

「「「……!!」」」

 

 目的は単純、悪ふざけが過ぎる幼女にお灸を据えるだけ。とはいえ剣呑な雰囲気と生半可ではない“英雄”の実力を一番知っているアイリス達が、緊迫した表情で得物に手を掛ける。

 

 俄かに漂うのは、触れれば着火しそうな一触即発の空気。

 だが、その根底にあるのは―――ずっと旅を共にした仲間への親愛と心配で。

 

 

 口元を心なしか寂しそうに歪めたダークアイリスが、その空気を散らす。

 

 

「我は一向に構わんが。

――――汝ら、ここで時間を浪費している暇はあるのか?」

 

「……どういうことですか?」

「どうもこうも。此処や各地の大聖堂があるのは、世界樹の根が表出している霊脈の要。

 我とナジャがハジャーズから手分けしてそれらを破壊していき、このサン=ユーグバールが最後の一か所だった」

「大聖堂にそんな秘密が……っ、!?それよりジェニファーさん、どういうことですか!?世界樹の再生が、私達アイリスの使命だった筈――、」

 

 志を共にする仲間と信じていた相手、その行動の意図への不信から狼狽するクリス。

 かつてこの場で教皇にしたように、険しい表情で詰め寄ろうとしたその時だった。

 

 

「―――ッ!クリス、問答は後!!エルフィンの森……《聖扉》だ!!」

 

 

 闇堕巫女のヒントから、何かに気付いた魔術師の張り詰めた叫びに被せるようにしてそれは起こる。

 

「何、これ」「気持ち悪い……!!」

「この感覚、あの森の時と同じ―――、っ!?」

 

 最初はただの違和感だった。居心地が悪い、息苦しい、気だるい、そういった気のせいで済ませられる程度の軽い不調が、しかし確かな前兆であり。

 そして、それとは別にこれ以上ない程の明確な異変が誰の目にも見えていた。

 

「冥王様、世界樹が!?」

 な――っ!!?

 

 世界樹の精霊ユーが悲鳴を上げて指差した先、『聖樹』教会故に建物内からも見えるようになっているこの世界の存在証明の巨大樹が。

 

 かつての世界樹を信仰する全ての者に衝撃を与えた炎上の光景、それを上書きするかのように、漆黒に染まっていた。

 冥王が火を消し止め、弱りながらも聳え立っていた筈の幹が、天上すら支える枝葉が、陽光の滲入すら拒む冷たい闇を湛えてさながら墓標のような有様と化している。

 

 それを見て平然としていたのは、実行犯の協力者である黒衣の女のみ。

 この世界の生きとし生ける者全て、世界樹による輪廻を通して命を授かった者として当たり前に持っている聖樹への畏敬―――それにより、冥王ですら心の奥底から戦慄を掻き起こしていた。

 

 その尻を蹴飛ばすように、背を突き飛ばすように、女は言葉を失う一行に語る。

 

「ラディスの答え合わせだ。

 この地上に深淵を蔓延させるべく、万物の中枢たる世界樹の浸蝕を試みている魔導士ナジャ。奴は今、地上で最もそれがやり易い場所に居る。

 根を斬り刻まれ、更なる瀕死に追い込まれた世界樹への干渉は『前』より余程容易かろうな」

 

「―――ッ、セシル様、森です!私たちの、エルフィンのふるさとが!」

「!!た、大変っ」

 

 最も敏感に反応したのは、当然ながら彼の聖域を守護する種族の者達。

 他の者達も、それに釣られて我に返って動き始める。

 

「急げよ。かつてあの女が実験をしていた時の聖域の有様。

 このまま放置すれば、あれがいずれ世界中に拡がる」

「~~~っ、ジェニファー、あんたほんと何がしたいの!?」

 

 吐き捨てた疑問が晴れることは当然ないが、今は構ってる余裕がないと、冥王の祠を通して現地に急行するべく踵を返す一行。

 それをその場に佇んで見送るダークアイリスに、一人後ろ髪を引かれるように振り返った少女が居た。

 

「……ジェニファー様。また、会えますよね?これが最後ってこと、ないんですよね?」

 

 渦中に居るであろう民と家族が誰よりも心配であるにも関わらず、同じくらい『初めての友達』のことについても心を痛めている緑髪の姫エルフィン。

 

「そう遠くないうちにな」

「約束ですからね!?」

 

 ひらひらと手を振る、その軽い仕草に納得した訳ではないけれど、それでも王族としての責務から故郷の窮地に赴かざるを得ない。

 

 

 

 

 二十名分以上の慌ただしい足音が遠くなり、静寂を取り戻した大聖堂。

 そこにまたぽつんと残ることになった黒いドレスの女。その侘しさを拭うように、彼女の足元に小さな命が駆け寄ってくる。

 

「お互い、難儀なものだ。なあ?」

『……にー』

 

 一匹の黒い毛並みの子猫だった。

 器用にドレスを伝いながら彼女の肩によじ登るが、懐いている訳ではないのか呼び掛けても顔を背けている。

 

 ダークアイリス自身も大して良好な関係を築きたい訳ではないのだろう、ヴェールで覆った視線はアイリス達が去った大聖堂の入り口に固定されている。

 暫しの沈黙、その間彼女の内心に走った感傷を推し量る術はなく、ただ軽い嘆息だけを吐き出す。

 

 そして薄く漂う闇の気配に紛れるようにして、いつの間にかその姿を消失させ、伽藍洞の教会だけがぽつんと取り残されるのだった。

 

 

 

 

 

 邪魔者に容赦しないと蹂躙され、多数の犠牲者が横たわるエルフィンの聖地の森にて。

 深淵に心を同化され闇に堕ちた師匠に、世界の命運を賭けて弟子とその仲間が挑む。

 

 禍々しい黒き木々の下で、狂気に囚われても真理の探究者を自認するナジャは語った。

 《深淵》はかつて創造神が世界を生み出した際のプロトタイプ、その成れの果てであり、世界樹の根の下更に深くに押し込められた存在なのだと。

 

 けれどそんな寂しいのは嫌だと、『生きていたい』と、その渇望はどんな命よりも強い。

 神聖なる世界樹の根をそれでも這いずり上がり、輪廻転生のシステムを通して少しずつ地上の生命に同化していき、それでもなお誰にも気付いてもらえない悲しい存在を世に見せ付けると。

 

 それだけ言えば聞こえはいいかも知れないが、その過程で出る犠牲―――現時点ですらナジャやダークアイリスの行いによって傷ついている人々が居る―――のことなど彼女はまるで考えていない、些細な犠牲だと言い切っていた。

 その意思はもはやナジャ本人のものからはかけ離れているのだろう、深淵の操り人形も同然なのをラディスは確信していた。

 

 無力感、罪悪感、絶望。殺意、悪意、憎悪。深淵が標的に選ぶ感情だと言っていた者が居た。

 そんな心の闇に染められてしまった、自身の才能に舞い上がってばかりで大切な師匠の内心の悲鳴に気づけなかった後悔をぶつけながら―――既に幾人も倒れ伏した仲間達と同様、底を突きた魔力を絞り出してはかき消されて膝を突く。

 

「孤独の中で掴んだあんたのそれは、我執だ。

―――あたしは、世界を憎み続けなくちゃ生きていけないほど弱くない……ッ!!」

「見苦しい。追い詰められた者ほど戯言を弄して精神論に走る。

 ああ、本当に不愉快。せめてもの手向けです、不肖の弟子には私から引導を渡してあげましょう」

 

 無尽蔵の深淵を引き出し、街一つ鼻歌混じりで消し飛ばせる大魔術を連発するナジャに、大天使マリエラを追い詰めたアイリス達ですら手も足も出ない。

 意識を残しているのは、非戦闘員の冥王とユーを除いて僅か数人だった。

 

 それも全て満身創痍。ぼやけはじめた視界の中で―――黒いドレスと紅の装甲が翻る。

 

 

「装界・深淵征刃【ワールドエンチャント・アビスルーラー】

―――九天ノ三(セット)、“魔装封陣(ヴァナヘイム)”」

 

 

(ああ――魔術師があんたを敵に回すのは、相性最悪だったっけ)

 

「ダークアイリスッッ!!?」

「戯けが。暴力に恃み、その戯言を己の信念でねじ伏せられない時点で、心の弱さが露呈したも同然だろうが。だから貴様に天の星は掴めない」

 

 属性が全て深淵に塗りつぶされただただ漆黒の魔力奔流がアイリス全員を呑み込もうとするのを容易く受け止める九振りの紫紺の刃。

 掠めるだけでも原子に分解される闇の破壊光線を虚無に散らしながら、悠然とナジャへと近づいていくダークアイリスに、邪悪な魔導士は知らず腰を引いた。

 

「今更裏切るのですか!?貴女も地上を深淵で満たす目的は同じだった筈!」

「同じ?ああ、本当に手温いな。正確には、貴様の行いが我に都合がいい、と言っただけなのだがな?

 安心しろ、殺しはしない。その視点の低さに相応しく、ただの人間として地べたを這いずり続けるがいいさ」

 

 突然乱入しておいて、上から目線でここまでの協力者を好き放題酷評する鈍髪巫女の声はどこか優しく―――そして、浮遊する無数の奇刃を引き連れて駆ける。

 うち一振りを手に握り、魔導士に肉薄するまでに要したのは刹那。その間に放たれた対生物の枠組みから逸脱したレベルの迎撃魔術は、悉く周囲の刃に吸い込まれて変換される。

 

 それら魔導は全て深淵に同化。そして濃縮されたチカラを蓄えた刃を遠ざけ、手に握った刃―――いつの間にか透き通った水晶のような色―――のみを小さなドワリンの腹部に突き刺した。

 

 

「………か、はぁっっ!?」

 

「ナジャ、所詮貴様は流れ星!いかに輝こうとも、墜ちる運命(サダメ)にあったのだ!!」

 

 

 





 サブタイ回収。というよりこのサブタイだった時点でこのセリフを使わなければという使命感に駆られた。
 元ネタを言った奴は超のつくクソ外道だが、セリフだけは最高にイカした厨二だと思ふ。



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流星4


「楽しかったぜアイリスぅ~。お前達との友ぅ↑情ぉ↓ごっこォ~!!」

 とかって憎まれ口代わりに巨乳ロリに言わせてみようかと思ったけど案外シリアスになっちゃったんでやめました。




 

 

 ナジャの幼気な少し膨らんだ腹を裂くように、斜めに突き立てられた“水晶”。

 その傷口から流れ出すのは夥しい鮮血の飛沫―――ではなかった。

 

「痛みは一瞬……でもないが、これも因果だ。堪えてみせろ」

「うううぅぅ、あああああぁぁぁっっっ!!?」

 

 詰まったガスが逃げ出すように、黒い靄が血の代わりに噴出する。長く闇に身を浸した結果、もはや彼女は見かけ面以外はヒトの体を保っていなかったということか。

 だが、その《深淵》が今ダークアイリスの握る刃を通して抜き取られていく。当然肉体を構成しているモノが無理やり剥ぎ取られている訳だからナジャの顔がこれ以上ないほど苦悶に歪むが、その絶叫にも頓着せずより深く刃を突き刺し、より激しく深淵の噴出を加速させる。

 

「ぐ、ひ……~~~~~っっ!!」

「そろそろか。ほら」

 

「ナジャっ!!?」

 

『―――にゃっ!!』

 

 喉が嗄れ、見るからに危険な痙攣を引き起こし始めた頃にようやく闇堕巫女は刃を引き抜き、僅かに自分より背の低いナジャの体をラディスの居る方へ投げ飛ばす。

 魔力欠乏で脱力した肉体を押して弟子が師匠を受け止める直前、飛び出してきた黒猫がナジャの体にぶつかっては幻のように消えた―――ように見えた。

 

「ナジャ!ナジャ!!?」

「……ぁ、らでぃ、す……?―――ッ、わ、わたしは、なんてことを……!?」

「ナジャ、あんた正気に……!?」

 

 心の闇に完全に浸蝕される前に、使い魔の子猫に託していたナジャの『情動』。それがダークアイリスに大部分の深淵を引き剥がされた隙に、心身の制御を取り戻させる。

 

「七割程度の賭けと見ていたが―――ふん、事故らずに勝ったらしいな」

 

 感情の乗らない平淡な声で結果を見切り、そしてダークアイリスは無造作に歩き出す。

 ナジャが深淵を地下深くから湧き上がらせた結果、未だ禍々しく浸蝕され続ける黒き神樹に向かって。

 

 

「待て、ジェニファー……っ!!」

 

 

 その背中を呼び止める声があった。

 ナジャの魔術で滅多打ちにされ、聖装の鎧を半壊させた紫髪の女騎士が、悲鳴を上げる体に鞭打って立ち上がり剣を構える。

 

「無理をするな、死ぬぞ?アシュリー=アルヴァスティ」

「先輩を付けろ、先輩を……!」

 

 他の昏倒しているアイリスと彼女が負っているダメージに大差はない。

 皆冥王の加護が宿った聖装を身に付けていなければとうに死んでいるレベルの負傷であり、気合で限界を超えているというだけの話なのだ。

 

「今度こそ聞かせろ、ジェニファー。お前は、何がしたいんだ?」

「……汝らの悪いようにはしないさ」

 

 

「そんなことの心配はしちゃいない!どれだけお前の先輩やってきたと思ってる!!」

「………!?」

 

「それでも、何も言わずに飛び出したってことは……言えば心配されて止められるって分かってたからだろ?

 言え!今度はどんな馬鹿をやろうとしてる!?」

 

 

 ラディスは、師匠であるナジャを止めたい一心で限界を超えていた。

 ではアシュリーは?

 

 その強い想いの対象であることを自覚している『ジェニファー』は足を止め、……しかし振り返ることなく一切の感傷をヴェールの下に隠して嘲った。

 

 

「手温いんだよ、ナジャのやろうとした事は」

「何……」

「地上に深淵を満ち渡らせる?そんなもの、時計の針を早めるだけの話に過ぎん。

 深淵の湧出は確定事項だった。その防波堤だった世界樹の炎上を皮切りに、奴が何もしなくともいずれ地上への浸蝕は起こっていた。

――――そうだろ、“世界樹の精霊”?」

「!!ジェニファーさん、まさか、あなたは……っ!?」

 

 当てつけるように強調したダークアイリスの問いかけに顔を蒼くして狼狽したユーを放置して、戯言は続く。

 

「だが気に食わないな。地上に深淵が満ちたとて―――それを雲の上からさも『自分達は綺麗です』なんて面で他人事ぶるいけ好かない奴らが居ることが」

「《天庭》……」

「大体分かった。天上人が今の世界を醜いと言うのは、深淵の存在故だというのは。

 なら、ゴミ掃除は自分の手でやれよ。全部焼き払うなんて雑な仕事せずに、その手を汚泥に塗れさせろ―――丁度よく、天まで届く世界樹(汲み上げポンプ)はある。

 届けてやるよ。貴様等の庭は、下水処理場だ」

 

「「「………っ!!」」」

 

 アイリスであった頃から、何も変わっていない戯言。

 世界は優しくないと規定しながら、それでも理不尽を嘲笑し糾弾する意思。

 

 アシュリーも、ラディスも、ユーも冥王も、この世界において最上位者である天上人にすらそれを向ける考えに言葉を失う。

 けれど“彼”にとってはある意味当たり前のことだ―――とりあえず権力にはケチを付けたいのが、厨二なのだから。

 

「無茶です……っ。世界中に行き渡るほどの量の《深淵》を制御し、弱り切ったとはいえ闇を払う神聖を保持する世界樹を伝って天庭まで、なんて……」

「貴様には不可能だ。だが、我には出来る」

「だとしても、何千年掛かると思って―――」

 

「――――地上に生きるものには好都合だろう?その何千年の間、深淵は世界樹の神性と拮抗し続ける。よしんばそれが終わって溢れ出したとて、その噴出先は地上の殲滅を目論む天上人の庭。何も心は痛まない」

 

「ダークアイリス…いえ、ジェニファー=ドゥーエ。まさか、まさか貴女―――」

 

 体内の深淵を一気に抜かれた上に正気に戻った反動で、アイリス達同様の重傷であるナジャがそれでも責任感から言い募り、そして整然と帰ってくる論法に戦慄く。

 そのただならぬ様子に、他の意識の有る面々も一拍遅れて感づいた。

 

 その“何千年もの間”、深淵を制御する彼女はどこで何をしていなければならないかを。

 

 それだけ語ればもう十分と、ダークアイリスは再び歩み始める。今度はもう止まらない。

 

「やめてくださいジェニファーさん!駄目です、私はそんなの!!そんな、つもりじゃ……」

「汝は女王の玉座を捨てたのだろうが。ならただの凡愚として、為すべきこともなく地上で日に焼かれ続けていろ」

 

 二人の間でしか通じないやり取りで、ユーの懇願を切り捨て。

 

「待ってよジェニファー!!なんか、なんか他の道はないの!?」

「他の道が確実なものだと何故言える。しかも一度失敗している存在が考えたものだ。

 ならば道を分かつしかない。我の方こそ失敗して間抜けを曝そうが、保険にはなるだろう」

 

 必死に違う道を模索しようとするラディスを諭すようにして。

 

「ジェニファー。お前は本当にそれでいいのか?」

「やれると思った。やるべきと思った。……やりたいと思った。それで十分だ」

 

 言葉が見つからなくて、結局決意を問うような回りくどいものしか出てこないアシュリーの不器用さに、不器用な言葉で返して。

 

 

――――ジェニファー行くな、戻って来い!!

 

「……主上。忘八の咎は、いずれ刻の果てにまた巡り合えたなら―――その時は、我のことを忘れていて欲しい。それが多分、何よりもの罰になるから」

 

 

 救われ、誓いを立て、慕った主君の命令に背き。

 記憶喪失の苦しみを背負った彼女にとって死よりも重い罰だけを願い。

 

 そして全てを振り切るように、彼女は宣言する。

 

 

「全ての人よ、大地よ、そして天よ聞け!!

 我が名はダークアイリス。天庭に爪を裁て、その頸木を引き裂く叛逆者。

 臓腑を穢し、創生を喰らい、流転輪廻を超越せし『冥き茨の簒奪者』!!

 

 心せよ神聖なる者共よ。今日この日より、黄昏よりも昏き底にて我が王国は君臨せり!!」

 

 

 闇に染まった世界樹を絶望と共に見上げる人々。

 既に漏れ出た深淵の影響により、大発生して狂暴化したモンスターに襲われそれどころではない人々。

 長き時に倦んだ竜種や吸血種などの強者。

 

 そして殺意を叩きつけられる先である天上人。

 

 その全てに世界樹を通して、たった一人の王国から宣戦布告は届く。

 

―――これでやる事は全て終わったとばかりに、世界樹の聖扉の向こうの闇へと、裏切り者のアイリスは堕ちていく。

 

 

 その小さな背中は、気付けば溶けるように見えなくなっていた。

 

 

「あ……ぁぁ…。うそ、だ。こんな結末の為に、私は―――」

 

 取り落された騎士剣が、聖域の地面に柔らかく受け止められる。

 それと同時に、潮を引くようにして地上に氾濫していた深淵が聖扉に全て吸い込まれ……独りでにその封印を閉じる。

 アイリス達と、ジェニファーの関係はもう終わったのだと暗示するかのように。

 

 その光景は、否が応にもあの生意気な幼女が二度と帰って来ないという喪失感に現実味を持たせる。

 こみ上げた涙で視界が滲む。

 

 

「ジェニファァァぁぁぁああーーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 痛みも何もかも忘れて発する慟哭の叫びが、森に響く。

 けれど、それが闇の底に届くことは、きっとないのだろう―――。

 

 

 

 

 

…………。

 

 ねじくれた曲線で構成された歪な町並み。

 暗闇の底で子供が手慰みに作ったような悪趣味な風景には、誰一人として生者はいない。

 

 ここは深淵の園。

 如何な英傑も思慮深き賢者も心を侵される同化の闇が支配する寂寥の檻。

 

 けれどその超越者は、闇をねじ伏せるなどこの世界に降り立った瞬間から一秒一瞬も絶えずやって来ていたことで、今更動じることは何もない。

 脆弱な人の身も、幾十も掠め取った世界樹の恩恵を繋ぎ合わせ最早生命ある者の限界を逸脱してしまっている。

 

 故に、本来の主を差し置いて、その中心部である茨の玉座は彼の者を歓迎した。

 長らく起こることのなかった空位という異常事態を解決するために。

 

 この冥界より深き底からか細い繋がりに恋い焦がれ、かつての女王はこの地を塞いでいた世界樹を焼き、深淵の園から逃げ出してしまった。慕い続けた男に『自分は世界樹の精霊だ』と嘘を吐いて、故郷に戻って来る意思はないのだろう。

 

「ならば精々お幸せに、な」

【……ジェニファーは、大丈夫?】

「覚悟ならとうにしている。

 だが時が流れ、いつかあの人たちの笑顔も思い出せなくなる日が“また”来ることだけは―――いや、泣き言を吐く資格はないか」

【大丈夫だよ。わたしはジェニファーとずっといっしょ。ふたりでなら、どこでだってさびしくない】

「……ありがとう」

【………♪】

 

 黒のヴェールを取り外した紅眼の女王。

 それと背格好まで瓜二つの虹眼の女と寄り添いながら、陽も星もない暗闇の天井を――その先に生き続けているだろう人々を想い、ただ見上げていた……。

 

 

 






 あいりすペドフィリア、完。


…………ってここでしちゃっても正直物語としては支障がないです。

 魂の転生システムも実は回復する見込みありますし、異常気象やモンスターの凶暴化の原因だった深淵は沈静化し、天上人関係はまあ地上の人々になんとか生き残ってもらうとしても、数千年後の未来には地上どころじゃねえ!ってなるっていう希望(?)は残ってますし。


 そもそもジェニファーなんて幼女、原作にいないですし(ぉぃ


 ただまあ、どうせならハッピーエンド、やりたいですよね?



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冥き茨の簒奪者


 この世界には、地上と天上の国、そして冥界と闇の国に根を張り枝を伸ばす二本の巨大な世界樹があります。

 一つは生命の世界樹。冥王ハデスさまの御力のもと、一生を終えた命たちがその傷を癒し、また次の一生を過ごせるよう旅立つ魂の宿り木です。

 そしてもう一つは、影の世界樹。

 かつてこの世界を作った神さまは、世界の管理を天上人に任せました。
 けれどその時の世界は、全ての命が人形のように置かれただけの箱庭のようなものでした。天上人の命令したとおりに動くオモチャがたくさん並んでいる、とてもきれいでとても退屈な世界でした。

 ある日天上人のハデスさまは、これはつまらないと全ての命に『たましい』をあげました。
 わたしたちは、喜びを知りました。悲しみを知りました。笑顔を知りました。涙を知りました。わたしたちが生きることの意味は、この時生まれました。

 けれど、よくも勝手なことをしたなと怒った仲間の天上人から、ハデスさまは冥界に追い出されました。それでもハデスさまは、冥王として今でもわたしたちの誕生と死を見守ってくれています。

 面白くないのは他の天上人です。せっかく神様からもらったオモチャが、言うことを聞かずに好き勝手に動くようになってしまったのです。彼らはかんしゃくを起こしました。
 もういい、そんなオモチャは全部壊して、新しいオモチャを並べなおしてやる!そう言って、天使に命じて人間をだましたり、戦争を起こしたりしてたくさんの人を殺し始めました。

 それが許せなかったある女の子がいました。その子は地下深く、魂の力の源である《深淵》の園にたった一人飛び込み、『闇の女王(ダークアイリス)』として天上人に反旗を翻します。

 彼女が戦う戦場が、影の世界樹です。

 戦いの激しさで真っ赤に燃えて、黒く染まった『旧き生命の世界樹』。
 あの場所で、今も彼女は天上人や天使達に抗い続けていることでしょう―――。





 回り回った未来、全てがただの歴史に変わった頃。
 『闇の女王』と友であったハイエルフィンの女王すら、その長命を以てしても再会叶わず輪廻の彼方に旅立ち、ただ言い伝えだけが残る世界で。

 ある日、突如として空が紫紺に染まる。黎明と似て非なる暖かくもどこか悲しいその暗い色は、ある双子の永い永い戦いの終局だったことを悟る者もあまりに少なかった。

 そんな中、大騒ぎになった地上で放浪を続けていた幼女の前に、一人の青年が迎えに来て。

―――おかえり、ジェニファー。

「あなたは……?すまない、思い出せない。誰も。笑ってくれた人も、手を繋いでくれた人も、頭を撫でてくれた人も」

―――それでもいい。帰ろう?俺達の学園に。すっかり寂しくなったけど、まだ何人かは居てくれているから。

「分からない。分からない。けれど……あなたに、言わなければいけないことがあったのは確かなんだ」

………。

「ごめんなさい……。ごめん、なさい……!!ぁぁ、ぁぁぁぁ~~~~ッッ!!!」

 幾千の時を経て、たった二人きりでは全てが擦り切れる程の孤独を超え、やっと涙を流した小さな女の子。それを優しく受け止めるかつての主。
 願った罰は時の移ろいの中で消え去って、それでも罪が許された瞬間だった―――。




…………っていう夢を見たんだけど。
「それはそれは―――随分性質の悪い悪夢ですね」

 魘されていた冥王を心配して揺り起こした従者にその原因を告げると、彼女もまた鉄面皮を主にしか分からない範囲で小さくしかめて吐き捨てる。
 現実にする気は無い。主従揃ってその意見は一致している。―――俺の騎士だと言った瞬間真っ赤になって照れながらも確かに嬉しそうに笑っていたあの幼女に対して、裏切ったなどと言って愛想を尽かした覚えもない。

 だから、文机に置いていた彼女の“退学届”を、冥王はびりびりに破いて捨てる。念入りに、舞い散る全ての紙片を白い炎で燃やし跡形もなくする。

―――悪いけどうちの学園、中途退学は認めてないから。
「おお、なんというブラック学園。ですが……ふふ。ご主人様の意思が絶対ですから。
 あの英雄気取りの幼女には、本懐は諦めてもらうしかないですね」

 支度を整え、ハデスとベアトリーチェは自室を後にする。


 今日の冥界の天気はいつも通り晴れ。絶好の旅立ち日和。
 今回の冥王一行の旅先は―――遥か地底、深淵の園。

 目的は勝手に人生の迷子になった幼女を連れ戻すのと、ついでにいつも通り奴が持って行った世界樹の種子の回収だ。



※フィクションの辞表なんて所詮破り捨てられるためのものですよね!
※一部感想でIFエンドのエピローグも見たいとか書いてたので夢オチ回収。
※冒頭のおとぎ話、原作設定知ってるとところどころ「ん?」ってなる箇所がありますが仕様です。戯言幼女の影響を受けたどこぞの妹姫様とかがなんかやらかした説。
※幼稚園児パトリシア可愛い。うん、でもあのイベントを見た後に闇深幼女の過去(注:原因は聖樹教会です)に触れた時のパトリシアの心境を想像すると、……。一面曇り空かな?

※それでは最終章。出発前夜のアイリス達の様子を描くので、時間は一日巻き戻ります↓




 

「ふっ!!せいっ!!」

 

 紫髪の女騎士アシュリーは一人鍛錬場で模造剣を素振りしていた。

 物心付いた頃からの習慣だ。回数は一日三桁を優に数え、最早剣腕の練達や維持といった域を飛び越え儀式に近いものとなっている。

 

 ただ、慣れているとはいえ両手で扱う重い騎士剣だ。“疾風”を冠する鋭い剣捌きは僅かにもぶれない精緻な制御力に支えられているもので、土台となる少女騎士の肉体にも相応の負荷が掛かる。

 過ごしやすい冥界の気候に拘らず、終わったすぐ後は汗だくになってベンチに腰を下ろすのがルーティーンだった。

 

『冷たっ!?』

『ほら、氷水。食堂からパシって来たぞアシュリー先輩、どうだこの溢れる後輩力』

『……私に悪戯しなきゃ満点だよジェニファー。まったく』

 

 鍛錬に付き合ってくれる幼女は、そんな休憩中のアシュリーの首筋に冷たい容器をあてて来るのがいつもだった。主の騎士として不意打ちに弱いのは全く良くないのだが、どうもあの幼女に警戒心が湧かないのでつい大きなリアクションを返してしまい、そのせいで一向に悪戯が止まらない悪循環。

 

「喉、乾いた……」

 

 だが、もうジェニファーは冥界にいない。少なくとも、本人に戻って来る気はないのだろう。いつもきびきびとした動きを心掛ける彼女に似合わず、気だるげな仕草でアシュリーは自分でカバンから水筒と手拭いを取り出した。

 

「ああ、やっぱりお前がいないと張り合いがない。私はダメな先輩なんだぞ、ジェニファー?」

 

 喉を潤し、滴る汗を拭き取りながらどこか吹っ切れたようにアシュリーは笑った。

 あの日闇に消える幼女の背中を直接見送ってしまった者として、心に少なくない傷を負った分あまり気分は上向くことがなかったが、―――数日間の時を置いて、自分なりに自分がどうしたいのかの整理は付けられた。

 

 分かっているのだ。自分よりよっぽど頭がいいあの子なりに考えて出した結論があれだったのだということは。

 ことが深淵の氾濫と天上人の悪意という人類の存亡にすら関わる問題なのだから、武一辺倒な自分が彼女より冴えた方法を提示できるあてなどない。

 そして、先輩の騎士として、道を決めた後輩の背を押しこそすれ、それを引き留めることは本来あってはならないこと。

 

 

「“それでも”。―――やりたいと思った。やるべきと思った。やれると思った。

 なら十分なんだろう?」

 

 

 そんな道理を押しのけて。始まりの《アイリス》アシュリー=アルヴァスティは、己の為さんとする道を見定めるのだった。

 

 

 

………。

 

 同じく去り往く幼女の背中を見送った師弟の魔術師二人、ラディスとナジャは、黒く染まった世界樹の麓であるシラズの泉で、その幹に複雑かつ巨大な魔法陣を描く作業に注力していた。

 

 ナジャが深淵に心を囚われた理由―――自分より魔導への理解に親和性があり、生まれ持った魔力も高く、果てには世界樹の種子の宿り主に選ばれたラディスへの嫉妬。遠くない未来に弟子に己の実力を抜かされることを確信した時に抱いた蟠りを、ぶつけることはおろか態度に出すことすら由としなかったせいで心に澱みを積もらせてしまっていた。

 ラディスもラディスで……甘えていたのだ、そんな彼女の高潔さに。そして調子に乗った挙句暴言を吐いてナジャの下を飛び出して冒険の旅に出た。おかげで今アイリスで居ることが出来るのだが、あの時ちゃんと等身大のナジャと向き合えていれば何かが違っていたかもしれない。

 

 その確執は、やっと解け始めたところ。この数日がかりの作業の間、話が尽きることはない。

 

「じゃああのジェニファーの演説のところから組んでたんだ。あんな大規模な映像と音声の制御、なんかおかしいと思ってたけど」

「まだまだですよラディス。いくらジェニファーとはいえ、彼女が突き抜けているのは大衆の煽動と深淵の統制に関することだけ。聖樹教会の悪行を拡散し帝国を無気力に貶めたのは、私の助けあってこそです」

「だけ、って。思い返すとあたしら、あんたら二人が歴史を変える瞬間を見てた気がしてきたんだけど」

「ご安心なさい。気がする、ではないです……事実歴史が変わったのですから」

「ちっとも安心できるか!?」

 

 金髪の少女と黒髪のドワリン、共に身長体形とも似たような師弟の話にぎこちなさはもうなく。離れていた間の四方山話―――にしては少々物騒だが、それに興じていた。

 

「……後の行動の布石として、あそこで聖樹教会が勢力を弱めてくれるのは非常に都合が良かった。正直言うと、民を煽動することであれだけ強大だった聖樹教会が存亡の危機に立たされるなど、私でも想像だにしていませんでしたが」

「あんなの予想してたのはジェニファーだけだから。本当なんなんだあいつ」

「あ、ラディス。そこ、γの三番、左右の対称間違ってますよ」

「うっそ、まじで!?てかあたしの手元まで注意できるとか、あんたもなんなん……」

 

 話の途中でもナジャは一切集中を切らしていない。ラディスが感心しているが―――“こんなことは、やって当然だ”。

 

「各地の大聖堂の襲撃―――その地下にあった根を傷つけて世界樹を弱らせ、決壊を促進する作戦。人心が離れてやりやすかったのもありますが、ジェニファーは極力犠牲を減らそうとしていたようにも思います。勿論全てが狙ってやったわけではないでしょうし、彼女も彼女で深淵の園への道筋を付けるため私の計画に相乗りした部分もありましたが」

「ジェニファーが襲撃した大聖堂は、けが人はともかく死者ゼロだったって後で聞いたよ。あんたは盛大に爆破したみたいだけど。……それですら、世間の目は襲撃犯側に同情的だ。どうせジェニファーと同じような恨みを、聖樹教会は他の人間にも買っていたんだろうからってさ」

 

 

「―――“それでも”。例え公に断罪されることはなくとも、私の所業で犠牲が出たのは事実。その償いは必ずします」

 

 

「……ジェニファーを連れ戻すのも、償い?」

「はい。私の軽率さであなた達が仲間を失うことなど、あってはならないのですから」

 

 ナジャは背負う。結果論ではあるが、自分の行動がなければジェニファーは《深淵の園》まで行くことも出来ず、今でもジェニファーはアイリスとして冥界に居た筈だ。その上で。

 

「冥界を出て行ったのはあいつ自身の意思でも?」

「彼女の意思を認めずに連れ戻そうとしているのは貴女でしょう、ラディス。

 散々迷惑掛けた分、師匠らしいことをさせてくださいな。ジェニファーとどちらを贔屓するか問われれば、私はラディスに付きます」

 

 そう背を押すように言われて、ラディスは決意を新たにする。

 

「―――約束だからさ。何よりあたしは認めない。暗闇だらけの世界を知識で切り拓くのが真理の探究者たる魔術師の仕事なんだ。それを生贄とか人柱とか、そんなんみたいな方法で解決するなんて、絶対に認めない」

 

 だから。今ナジャと協力して進めている作業―――冥界から深淵の園への道を開くための魔法陣。その最後の仕上げに、集中力を新たにして取り掛かる。

 

 

 

 

…………。

 

 玉座を追われた―――逃げ出した、というのが正しいが―――かつての深淵の女王であり、“自称”世界樹の精霊だったユー。そして、新たな世界樹の苗木であり本物の世界樹の精霊である正体を明かしたリリィ。

 

 最早隠す理由も意義も失った彼女達は、創世からの深淵の在り方と世界樹炎上の真実を語った。

 

 命一つ一つに宿る魂の輝きが《深淵》由来であること、世界樹炎上は、その深淵と完全に反発してしまう聖性を持つ己が世界に歪なバランスを生んでいることを嫌い世界樹自身がユーの手を借りて自殺を図ったのだということ、そして魂の転生機能の役目を深淵に対応した新たな苗木に託して《世界樹の種子》―――正確には深淵との親和性を持ち、その理解を深めるべく“感情”をリリィに送信する端末―――をばらまいたこと。つまり、《世界樹の種子》を用いて旧世界樹の再生などどだい無理な話だったこと、そしてそれを誤魔化してユーが隠していた種子はジェニファーにパチられたこと。

 

「あれ?世界樹炎上って聖樹教会のせいじゃなかったの?」

「違います!ついでに、もちろん冥王様のせいでもありません!!」

「んー、でもあの汚れた信仰を捧げられたから自分を浄化する為に身を焼いたってのは?」

「それでも、私が、やりましたっ!!」

 

………こんなやり取りが挟まった辺り、ただでさえややこしい話をジェニファーが更に掻き回している気がしないでもない。

 

 まあ、まとめると。

 

・深淵は命が現在世界中で息づく今の形である為に必要な要素であり、天上人はそれを穢れと呼んで忌み嫌い全生命ごと根絶やしにしようとしている。

・深淵は制御が難しい上に、微量の度合いを過ぎると魔物や異常気象を生む土壌になったり、人間が中てられると普通はナジャのように正気を失う。

 

 なので、それならば深淵の氾濫と天上人を直接ぶつけて対消滅させてやる、というジェニファーの行動にも一定の理はある。

 

 他の道はといえば、当初の予定通りリリィが輪廻転生機能の他に深淵のバランスの調整もできる新生世界樹として活動し始めることだが。

 ジェニファー曰く「一度失敗している存在が考えたもの」であり、冥王が世界樹の消火活動をしたことで存在の継承が中途半端に終わったせいとはいえ、当のリリィがただの幼女になって奴隷商人に捕まって売られるところだったのを思うと彼女の危惧も無理はない。ましてそれだと天上人の問題は1ミリも解決しないのだから。

 

 

 つまりは。ここでジェニファーを連れ戻す、ということは世界の安定を考えればマイナスと言えなくもない。

 しかも幼女が居るのは深淵の真っ只中、尋常の場所ではない上に、連れ戻そうとすればジェニファー自身が抵抗することも予想される。そうなった場合でも命を落とすなど滅多なことはしてこないだろうが、危険なのは間違いない。

 

 

 だから冥王は、ジェニファー奪還に行くか行かないかは命令ではなく自由意思で選ぶようアイリス達に告げていた。

 これは正義の為でも名誉の為でもなく、ただ感情の赴くままの戦いであるのだと。

 

 

 “それでも”。

 

 

「教皇様に、聖職者が現実に屈するなどあってはならないと偉そうに説いた身の上ですので。ここで賢しらにあの子に全て押し付けて安穏と生きることなんて、できません」

「ここで何もしないでいたら、ジェニファーさんは笑えません。私も笑えません。

 私が願う未来は、そんなのじゃない。だから、戦います!!」

 

 クリスも、パトリシアも。

 

 

「『そう遠くないうちに、また会える』。そう言ってたのに、ジェニファー様は嘘つきです。友達に嘘を吐かれて、悲しくて、一日中泣きました。

 でも、それなら私の方から会いに行って嘘を本当にしてあげるんです。

―――だって、私の初めての友達なんですから!!」

「私も、こんなに熱い心で旅をするのなんて初めてですから。

 ひとの心に火を点けておいて一抜けたなんて、絶対許しません。うふふ」

 

 セシルも、ソフィも。

 

 

「懐が寂しいですわ。しばらくあの子を抱っこできてなくて、体がむずむずして堪りませんの。

 これは、なんとかしなくてはなりませんわね。我がパルヴィンの為に!」

「あーあ、ジェニファー成分欠乏で禁断症状が……諦めてねジェニファー。

 うちのお姉様、こういう我儘で退いたことは一度もないし―――ボクがそれを叶えられなかったことも、一度もないんだよ?」

 

 ルージェニアも、プリシラも。

 

 

「場外なんて締まりの悪い決着、いっぺんどうにかしとかないとって思ってたんだ。

 いいリベンジのチャンスだ。あたしは乗るよ!」

「どーかん。私だって、勝ち逃げされたままお別れなんて許せないし。

 今度はこのリディア様があのチビをこてんぱんにして、引き摺ってきてやるんだから」

 

 ギゼリック、リディアでさえも。

 

 

 

 それぞれの事情、それぞれの信念、そしてそれぞれの絆を抱いて。

 

 決行の日、ナジャとラディスが開通を間に合わせたシラズの泉の“扉”に、全アイリスが集った。

 当然、目的は一つ。

 

 

 

「「「―――ジェニファーを、連れ戻す」」」

 

 

 





 もっと色んな子の描写したかったけど、決戦前夜が長すぎるのもあれなんで。
 次回、お楽しみの深淵ゆうえんち突入です。



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冥き茨の簒奪者2


 最近コラボ続きだったしイベントばっかりなのはいいんだけど、リリィが最後に喋ったのいつだっけ?ってなるのがちょっと。

………まじでいつだっけ?




 

 

 墜ちる、堕ちる―――。

 

 どこまでも深い闇の底、夜より暗き光届かぬ世界。

 完全なる闇が支配するが故に、“濃い闇”と“薄い闇”の区別により視覚が機能するというそれだけで狂気の景色。

 

 子供が好き勝手な書割をしたかのような、歪な無人の家が並ぶ様は“瑞々しく活気に溢れていて”、その場に留まるだけで不安に苛まれる悪趣味な前衛芸術。

 路傍に生え放題の草や芝から発する、濃過ぎる生命の気配に中てられて眩暈と吐き気がしそう。

 

 何よりも空気―――寧ろ空間そのものが、陽の当たる世界の住人を“歓迎している”。

 安らぎをあげる、苦しみを消してあげる。甘い囁きで『一緒になろう』と好意を示してくる、そんな無垢なる毒。

 

「~~~~っ、ひっ、ぁ…!!?」

「ティー、一度息を止めなさい!静かに、ちょっとずつ吸って吐いてを繰り返して慣らして!!」

 

 感覚の鋭敏なエルフィンの女狩人ティセが、それだけに強く影響を受けて過呼吸を引き起こす。

 多少は深淵に触れた経験のあるダークエルフィンのソフィが介助に入るが、彼女も苦しそうに顔を歪めていることには変わりなかった。

 

「なんて場所……」

「全力の冥王が私達を守っていて、これですものね……」

 おかげでいつも通りの村人A状態さっ。

 

 冥界から直接空間を繋げてこの《深淵の園》に来たため、地上と違い冥王は天候も四季も自在に操り海すらも一瞬で創造する天上人の権能をフルに発揮できる。だが、そのほぼ全てをアイリス達が深淵に呑まれないよう聖装の守護に注いで、それでも彼女達の肌から冷えた汗が止まらなかった。

 

「みなさん、がんばってください……ごめんなさい、こんなことしか言えなくて」

「リリィが気にすることないですよ。それに私なんて、リリィの姿を見ているだけで、元気が湧いて―――むっはーっ!!」

「沸いてんのはあんたの頭だよ、エル」

「あ、あはは……」

 

 平気なのは、深淵に適応した新たな世界樹の精霊であるリリィ。自らの使命を思い出した二歳児は、種子を通じて収集した情緒や知識を元に大人同然の振舞をすることができていて、今回の旅路にも付いてきている。

 それでもアイリス達はこれまで通り、無垢な子供を相手にする優しい姿勢を変えていないことに、金髪幼女は安堵していた。誰とは言わないが約一名についてはもうちょっと落ち着いて欲しいとも思っているが。

 

 そしてもう一人、元来ここの住人である為に悪影響など心配するまでもない者。

 

「ユー様は、ずっと長いことこんな場所に―――ぁっ、ごめんなさい!」

「いいですよ、セシルさん。私も“こんな場所”って思ってますから」

 

 かつての闇の女王。世界樹を燃やした真犯人。そして冥王やアイリスを騙して世界樹再生に繋がらない種子集めの旅をそそのかしていた“嘘つき”。

 旅の中でいつも空回りするほど元気にはしゃいでいた少女は、ずっと憂い顔で道案内を買って出ている。

 

「同情なんて要りません、そんな良いものをもらえる資格、無いんですから。」

「ユー、そんな言い方――」

「行きましょう。中心部はあっちです」

 

 アイリスの皆は優しいから、恨んで非難してくる人は一人も居ないというのはユーにも分かっている。

 けれど、自分自身が許せるかどうかなのだ。

 

 世界樹を焼いて、ユーはこの暗闇の国からの自由を得た。遥か昔に一方的に姿を見てずっと逢いたいと焦がれていた相手―――冥王の傍に居られて、一緒に思い出をたくさん作って、幸せをたくさん貰った。それは少しずつ集まってくれたアイリス達全員に対しても同じだ。

 

 けれど、そんな相手に自身が返したものはなんだ。

 冥王は世界樹の火を消し止める為に力を振り絞って二年間の昏睡に陥り、目覚めたと思えば世界樹を燃やしたというユーの罪をスケープゴートとして被せられ信仰を失っていた。冥王と一緒にいる理由を作るため、自分が深淵の匂いを感知できる種子を集める必要があるとでたらめを吐き、決して楽ではない旅と戦いにアイリス達を誘った。

 そして世界樹が燃えた、深淵が湧き出した―――そのせいで流れた涙も、失われた命も確かにある。『世界樹を燃やした邪神を崇める異端を狩る』名目で引き起こされたジェーンの悲劇なんてまさにそれで、下手人の聖樹教会と同じくらい、自分も復讐される理由はあると思っている。深淵に囚われたナジャやラディスの苦しみも、自身の欲望を優先して考えなしに深淵の封印を解いた自分に責任がないなんて口が裂けても言えない。

 

 冥王が目覚めてからの冒険の日々は確かに幸せだった。そしてその分だけ罪悪感は溜まっていった。たとえ世界樹の意思がどうであっても、それはユーの罪を否定する材料にはなり得ない。だから深淵が氾濫するなら、闇の女王である自分ごと今度は永遠に地の底に沈める―――そういう結末でも納得できた筈なのに。

 

 

『汝は女王の玉座を捨てたのだろうが。ならただの凡愚として、為すべきこともなく地上で日に焼かれ続けていろ』

 

 

 暖かい陽だまりの中に居ていいんだよ、って。

 代わりに冷たい暗闇には自分が行くから、って。

 

(そんなの間違ってる。ジェニファーさん、あなたは“こんな場所”に居ていい人じゃない―――)

 

 暗闇の中でずっと独りぼっちだった。辛くて、寂しくて、苦しくて、みんなが大切にしていた世界樹を燃やした。地上に深淵を振り撒いた。

 その報いだと言うなら、自分は短くても最高に幸せだった夢(おもいで)を抱いて永遠の眠りにつける。

 

 

 なのに、あの苦しみをジェニファーに押し付けて自分はのうのうと生きるなんて、絶対にあってはならないのだ。

 

 

 権能は既にダークアイリスのものだ。深淵を操り、その恩恵を受ける闇の女王としての力は最早ユーにはない。無理に奪い返すことも不可能だ。

 今彼女に出来るのは、深淵の影響を受けない原住民として、ジェニファーの居るであろう場所へと先導することだけ。

 

 罪悪感のあまりに擦り切れそうな今の自分の心がまともじゃないことも、それを察して心配してくれている人がいることも分かってはいたけれど。

 せめて罰なら私に与えてよ――そう願って、ユーは歩き続けることしか出来なかった。

 

 

 

 そうして息苦しさと気まずさの中、闇の国を歩き続ける一行の周りを、無機質なシルエットが近づいては飛んでいく。

 

「あのバケツに腕の生えた変なの、なんなんでしょう?」

「……天使よ」

「えっ!?リディアさん、バケツに腕が生えてる人だったんですか!?」

「ぶふっ!?」

「んな訳ないでしょ!?あれは雑に作られた量産品の下級天使!っていうか今吹いたの誰!?ベア先生!!?」

「~~っ、だ、だって、あなたも下っ端天使でしょう。なら、バケツに腕……っ、ぷぷ…」

 

 野生児ファムの無邪気なリアクションに水の天使がぶち切れ、意外とお笑いに弱いのかも知れない教師メイドが乗っかる。

 場の空気を入れ替える、という目的もあってオーバーにリアクションした節もあるが。ただしリディアは言うまでもなく素だが。

 

「あーもー、なんであんたらはいちいち私を怒らせるのよ!?」

(いちいち楽しいリアクションするからじゃないかな?)

「リディアさん……」

「クリスも何よその優しい目は!?」

 

 どこぞの戯言幼女のせいかは知らないがすっかりいじられキャラと化した元敵幹部についてフランチェスカが的確なコメントを内心に抱くもお口にチャック。一方でいじられ仲間を見つけたと言わんばかりにクリスがすごく好意的な視線をリディアに向けていた。神官が天使に向けて然るべき尊崇の念は全くのゼロであるが。

 

「それで、なんで天使がこんなとこうろちょろしてんのさ?」

「いいえ、ラディス。―――あれは天使の残骸に深淵を詰め込んで動かしている、ゴーレムのようなものでしょう」

「残骸……」

 おおかたこないだのジェニファーの宣戦布告にキレて、片っ端から討伐部隊送り込んだんじゃない?あいつら無駄にプライド高いから。

「片っ端から?―――ああ、言われてみれば。軽く千はいるようですね、今はジェニファーの手駒になった天使が」

「「せんっ――!?」」

 

 深淵に堕ちていた経験からか、この地上と勝手の違う世界でも難なく広範囲を探査できるらしいナジャがこともなげに呟いた言葉に、ラディス達が息を呑む。

 襲い掛かってこないとはいえ、いざ戦うとなった場合にあの“バケツに腕が生えたの”に対してどれだけ手こずるかはなんとなく感覚で分かる。

 

 同数で当たっても油断すれば痛手を被るだろう、という見立て。だがそれが物量で次から次へと湧いて出られたらどうしようもなくなる、という見立て。

 そしてそれを難なく殲滅し手駒にしてしまった今のジェニファーの戦力を推し量ることすら厳しいこと。

 

 天上人に宣戦布告した、というのが伊達や酔狂ではないのだと嫌でも分かってしまう。

 そして。

 

「こっちを見るだけで襲って来ない。あたしらがここに来ていることはバレバレだし―――その上で、来るなら来いってことか」

 

 ギゼリックの言うとおり、冥王一行が深淵の園に踏み込んだことはとうに知られていると見ていいだろう。かと言って手下を嗾けるような真似はしない。

 直接ダークアイリス自身が出迎えてくれるのか……あるいは、歓迎の用意はもっと趣向を凝らしたものになる、ということなのか。

 

 

「皆さん、ここが深淵の園の中心……だった筈の場所です」

 

 

 四半刻程度歩き続けて辿り着いたのは、鉄柵とそれに絡みつく茨で区切られた石畳の庭園だった。

 迂闊に匂いを嗅げばそれだけで正気を失うであろう漆黒の薔薇が狂い咲くその中心に、ぽっかりと空いた広場が設けられている。

 

 いかにも何かありますよと言わんばかりのその円型のスペースは、円周上に十二分割されてⅠとⅤとⅩで構成された記号――この世界の住人であるアイリス達には馴染みがないが、まあ数字を入れる時に字面をカッコよくしたい時に使うアレ――が描かれ、淡いシアンの光が中心から走って『Ⅰ』を指し示している。

 その向こうには石畳の道が続いていて、振り返ればいつの間にかそれ以外に続く道が茨と鉄柵で閉ざされていた。

 

 

「あっちに進め、ってことでいいんですよね?」

「ジェニファーのことだから、私達を閉じ込める罠っていうより、条件を満たせば次に進めるみたいな仕掛けだと思うけど」

「………ねえ。記号が“十二個”あることに、ボクすごく嫌な予感がするんだけど」

「プリシラ、どうかしたの?」

「成程ね。ああ、そういえばリディアはまだあの時居なかったわね」

 

 

 この空間の主のことをよく知っているアイリス達からすれば意図も察せられるわけで、自然と光の方角に従って進み始める一行。

 薔薇のアーチで象られた通路を行き、辿り着いた先に見えた別の広間で一人の人影が彼女達を出迎えた。

 

 

 

「みんなー、今日は来てくれてありがとー!!

 冥戒十三騎士が一の先駆け、『銀(シロガネ)の瞬士』アシュりん=アルヴァスっちだよー!!!」

 

 

 

「…………、は?」

 

「それじゃあいつものいってみよっか!はい、あっしゅりんりん☆」

 

「「「…?……???」」」

 

「ノリわるーい。やばーい。

 どれくらいやばいかっていうと、まじやばいね!」

 

 ダボついたクリーム色のブレザー、超ミニのフレアスカート。健康的な太ももの絶対領域の下にはニーソックスにパンプス。安っぽい輝きが妙に合っているビーズの装飾を散らし、金のエクステ付きの紫色の長髪には軽くパーマをかけてゆるふわっとさせている。―――そういう格好をしたアシュリーっぽいナニカが、唖然とする一同を置き去りにしてアシュリーっぽい声で何やらよく分からないことをしゃべっていた。

 分からないと言っても難しいとかではなく、脳が理解を拒むとかそういう意味で。

 

 ええっと、アシュりん?で、いいの?

「なぁに、どーしたの?だーりん」

「だ、だーりん……!?」

 

 

「えへへぇ。ねえ知ってる?アシュりんの『りん』はね、だーりんの『りん』なんだよぉ?」

 

 

「……うっっっっわぁぁ」

「ああ、ウィルさんがドン引きの見本みたいな表情と声しました!?」

 

 やばかった。どれくらいやばいかと言うとまじやばかった。―――失礼、ナレーションすら語彙が崩壊しそうになる頭の蕩けた甘ったるい女の譫言(うわごと)に、ウィルなどは鳥肌を立たせながら後退る。

 

 こういう時頼れるのは割とどんな相手でも会話に持ち込める冥王なのだが、下手にこのナマモノにぶつけるとさらに化学反応を起こしてピンクのよくない空気を撒き散らす危険性が想像できる。

 ハイテンションなツッコミで前進ではなくとも取り敢えず話を進められるユーはシリアスモードなので不参加を決め込んでいる。というか浸蝕されないように聞こえない振りをしている。

 

 となると三番手に上がってしまったのは、なんと二歳児リリィだった。関わりあいたくない相手に対するスルースキルが全くの未発達だったせいだが。

 健気にも金髪幼女は、混沌の坩堝に叩き落とされてしまった場の空気をどうにかしようと材料を探そうときょろきょろ首と視線を動かす。それとは連動しないで腕をわたわたさせている仕草が可愛らしいのだが、残念ながらその可愛さは事態解決に何の役にも立たない。

 

 それどころか、周囲を見回したせいで見てしまった。見つけてしまった。

 

「あ、アシュリーさん!!?白目剥いちゃだめです、起きてください!ただし現実を直視しないようにです!」

「――――」

 

 自分そっくりのナニカが繰り出す言動に許容量を逸脱し、精神を明後日の方向に飛ばした女騎士の容体を。

 

「だめだぞアシュリーちゃん、アシュりんと同じ顔なのにそんな酷い顔しちゃ。乙女として、“可愛い”するのはいつだって油断せずにいないとだーりんに嫌われちゃうよ?もー、ぷんすかぷんっ」

「お願いです、ちょっとだけでいいので黙ってください……」

 

 元凶が何かほざいたが、どう考えても永遠に黙っているべき存在にも容赦ない言葉が言えない優しいリリィなので、事態は全く改善する筈もなかった。

 

 

 





 はいこの章がずっとシリアスで進むと思ってた人手上げてー。

 深淵ゆうえんちキャスト第1号。アイリスのイロモノ枠がラブリーショコラだけなのは可哀相なので、もっと増やしてあげる厨二幼女の優しさ。


 ところでウィルさんや、きみドン引きしてるけど作詞する時のアレさは正直どっこいごぼごぼごぼ……(溺死)




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冥き茨の簒奪者3


 アイリスのイロモノ枠がラブリーショコラだけなのは可哀相なので、もっと増やしてあげる厨二幼女の優しさ(クリスに追撃が無いとは言ってない)



 

 

 深淵の園。一切の正気を呑み込む暗黒の空間の中で、冷たいシアンの光に浮かび上がる鉄柵と茨に閉ざされた広間にて。

 

「それでどうかなだーりん。アシュりん、『可愛い』ちゃんとできてる?」

 すべすべそうな太ももが最高だと思います。

「やぁんだーりんのえっち!………もう、えへへ。ひらっ」

 

 アシュリーっぽいナニカは片手を頬にあてていやんいやんと首を振りながらも、擬音をわざわざ口に出してミニスカートを軽くめくる動作をする。

 見えそうで見えないが故に逆に煽情的なチラリズムに冥王の瞳はきらっと光る。

 

 

 アイリス達はいらっとクる。

 

 

「それで、私達はあの脳みそドピンクの淫乱女騎士を細切れにすればいいのですかね?」

「はぅぁ!!?」

「あぁっ、アシュリーさん!?ベア先生、流れ弾が飛んでるのでちょっと毒舌抑えてください!」

 

 ベアトリーチェが吐いた罵声は、自分と瓜二つなだけの偽物だと分かっていてもアシュリーに刺さってしまう。………冥王とお楽しみしたことが無いと言うと嘘になるし、堅物な彼女にすれば完全に受け流すのが難しかったのもあるが。

 

 一方で直接罵倒されたアシュりんの方はと言えば、なぜかによによとしながら猫を思わせるいたずらげな笑みで黒髪メイドに意味深な流し目を送った。

 

「ベアちゃんひどいんだぁ。………うーん、まあ正解って言えば正解なんだけどー」

「その馴れ馴れしいあだ名をやめなさいパチモノナイト。それで、何が『けど』なのですか?」

 

 言いながら冥王の侍従は小太刀二刀に手を掛ける。

 家出幼女を連れ戻すのに、ここでぐだぐだよく分からないナマモノと問答している時間は惜しいからと、その為の臨戦態勢―――だけとは言いづらい。

 

 背筋に氷柱をぶち込まれたような、圧倒的な悪寒が身体に反応を促した。

 

 

「自己紹介ちゃんと聞いてた?アシュりん、ジェニファーちゃんと同じ『冥戒十三騎士』なんだよ?」

 

「………ッ!!?」

「「「ベア先生!?」

 

 

 超音速、とはいかないまでも。

 達人の知覚でも体の反応が追い付かない一瞬の間にベアトリーチェの眼前に駆け寄った偽物アシュリーが、いつの間にか握っていた両手剣を一閃する。

 

 真正面から来たことと、重力と電磁力によるインチキ加速ではなかったこともあり、どこぞの教会騎士のように何も出来ずに首を刈られるような醜態は曝さなかったベアトリーチェだが、咄嗟に二刀で受けるので精一杯だった。

 だがそれでも当然のように噴き出す深淵の闇を纏った斬閃は、それを受けた相手を猛然と弾き飛ばして十間は離れた鉄柵に叩きつける。

 

「この……っ」

「ラウラちゃんどっち見てるのー?コトちゃんも、ば・れ・ば・れ・だぞっ☆」

「……ちッ。あんたが“ジェニファーが作った”偽物だってよく分かるわ。その人をおちょくることに全力懸けた言動は、さぁ!」

 

 猫亜人のシーフが素早く反応して短剣片手に跳び掛かるが、獣の俊敏さを嘲笑うように跳躍した時点で対象はそこにいない。

 瞬間移動じみた疾さで立ち位置を入れ替えた偽物アシュリーの背後に息を殺した剣客が刃を振りかざしていたが、振り向きもしないままにその太刀を受け止めて弾き返す。

 

 黒地に『だーりんLOVE♡』とLED電飾で刀身がデコられた両手剣で。

 

「“アシュりん達みんな”、地上にいた時の黒髪ジェニファーちゃんと同じくらい強い深淵の騎士……突破できないと永劫この深淵を彷徨うことになるから気をつけてね!」

 

 口調は軽く、頭も明らかに軽く、見た目は論ずるまでもなく軽く。

 だがその武力は、ふざけているかと思う程に“本物”の気配を纏っていた。

 

「……待ってまって。でもそうなると、だーりんもずっとここに居てくれるってことで。

 うふふ。えへへ。よしアシュりんはりきっちゃうぞー!!」

 

「させませんっ!!」

「妄想で暴走する子はもう間に合ってるのよ!」

「あのポリンさん、今誰のこと思い浮かべました!?」

 

 武闘家修道女が懐に飛び込み、錬金術師と神官がそれをバックアップするのは合図すら必要なく互いの位置関係だけで繋いだ連携。

 だがそれをただ剣を振るだけで、魔力を圧縮させた拳も、降り掛かる毒も酸も、前衛のパトリシアに向けられた神聖の加護ですら斬り飛ばされて闇の空間の塵と消える。

 

「あふんっ」

「ああ、申し訳ありませんクレア殿!?」

 

 大盾ごと引っ掴まれてイリーナの援護はフレンドリーファイアとなり、そのまま使い捨てとばかりに放り投げられたクレアは興奮のあまり顔を真っ赤にする。

 

「ああもうプリシラがジェニファーみたいのがあと12人居るとか馬鹿なこと言うから、ほんとに生えてきたじゃんかー!!」

「ボクのせい!?」

「無駄口叩いてないで―――嘘っ!?」

 

 エルフィンの狩人と軍師王女が組んだ即席の罠を常人外れた瞬発力と反応速度でぶっちぎり、魔法や弓で狙う隙さえ与えない。

 

 止まらない。圧倒的多数のアイリス達が翻弄され、たった一人の偽アシュリーにまるで手も足も出ない、ように思えた次の瞬間に。

 

 

「一、二――――其処だッ!!」

 

 

「嘘……なんでアシュりんが、アシュリーちゃんに……?」

 

 悪戯な疾風そのものと化して縦横に動き回る超速の騎士。

 それが方向転換の為に軸足を移すたったコンマ数秒の瞬間に、狙いすました本物のアシュリーの一撃がその胴を切り裂いた。

 

 以前のナジャと同様、傷口から噴き出る深淵―――それに全く構わずに驚愕に染まる偽アシュリーの表情。

 それは彼女の動揺を雄弁に物語っていた。『自分はアシュリーにだけは負ける筈がなかったのに』、と。

 

「そう、お前は深淵によってあらゆる能力が増幅された状態の私(アシュリー)だった。

………まったく、本当にジェニファーに作られた存在なんだな、お前は。ずっと一緒に鍛錬してたあいつくらいしか考えられないくらい、私のを忠実に再現した動きだったよ。おかげでクセとタイミングを図るのにもこんなに楽なことはなかった」

「なにそれ。インチキだー」

 

 深淵を纏ったアシュりんという、アシュリー=アルヴァスティの完全上位互換個体。

 種明かし、という程でもないが、アシュリーがそんな彼女相手に勝利を掴み取った方法を語る。

 もし次があるのなら二度と通じない手だろう。だが、百回戦って九十九回負ける相手でも、たった一勝を最初に持ってくれば問題ないのだ。彼女を生み出したあの幼女ならきっとそう言う。

 

「―――うん、合格!!」

 

 だから偽アシュリーは口を尖らせながらも、すぐにそのアシュリーそっくりの顔を優しい笑顔に変えた。

 

 

「勝者のアシュリーちゃんには、なんとアシュりんとおそろいの聖装をプレゼントしちゃう!」

「……いらないんだが、ってああ、私の聖装が勝手に!?待って、やめて!?」

 

 

「あとジェニファーちゃんから伝言だよ!『真の闇への道を求めし者達よ、己自身との戦いに打ち克て』」

「己自身っていうには色々致命的なミスがあると思うんだが!じゃなくて、服!聖装を元に戻せ!!」

「『試練を突破した証として十二の呪』―――じゃなかった、『祝福された衣を纏いし者が揃った時、扉は開かれるだろう』」

「今呪われたって言いかけただろ!?」

 

 アシュリーの必死のツッコミ虚しく、傷に加えて彼女に聖装(ゆるふわJK風)を託したアシュりんは、それで自分の役目はおしまいと言わんばかりにその輪郭を闇に融けさせ始める。

 最期のその時まで、ずっと笑顔のまま、………たとえ偽物の存在でもそこにある確かな想いを叫んで。

 

 

「だぁーりぃぃーーーんっ、だいすきだよぉーーーっっっ!!!」

 アシュりん、大好きだーーーっっ!!

 

 

「……!えへへ。ありがとね、だー、り――――」

 

 乗っかった冥王に嬉しそうにしながら、アシュりんは完全に闇の中に消えた。

 その瞳に涙が溜まっているのが見えたのは、間近にいたアシュリーだけだった。

 

「………」

 アシュリーは、大丈夫?

「…平気ですっ。あの馬鹿の仕掛けはあと十一個あるみたいですし、まだまだ最初でへばってられません」

 

 思う所はあったかもしれない。だが、冥王の心配に女騎士は精一杯強がってみせる。

 そのまま元気にアイリスの先駆けとして、皆を引っ張るように声を上げた。

 

 

「さあ仕切り直しです。はりきって行きましょう、主(だーりん)。

――――あっしゅりんりん☆」

 

「「「「っ!!??」」」」

「……?」

 

 

 何やらおぞましい呪文を吐いた気がして全員の視線が集中するが、当の本人は『どうしたんだろうみんな変だなー』みたいな顔して首を傾げている。

 

(ねえあれ本当に呪われてるんじゃないの!?)

(まあ……ジェニファーさんですし……)

(どうするのアシュリーに自覚ないっぽいわよ!)

 そっとしておこう。あの子が飽きたら治るだろうし。

 

 アイコンタクト成立。アイリス達は触れないことにした。

 

 

 その報いというか。気づかないようにしていたというか。

 

 

 残る犠牲はあと十一人。実にアイリスの半数近くはアシュリーと似たような目に遭う計算であることに、言及を避けつつも自分が当たりませんようにと祈る者が多かったが。

 お約束的にというかこういうのも物欲センサーと言うのだろうかというか、その祈りが最も強い者に悲劇ないし喜劇が降り掛かる。

 

 最初の広間に戻り、今度は光が『Ⅱ』を指し示した先に道が開いているのを進んだ先で。

 そこに待ち構えていた短めのツインテールのシルエットを見て、クリスは百八十度体の向きをターンした。

 

「―――帰ります」

「わぁぁクリス先輩ストップ!ストップです!!」

「離してくださいパトリシア!!どうせこんなことだろうと思ってました!あの子がこんなイベント用意しておいて、私に被害が来ないわけないですよどうせー!?」

 

 信頼感……圧倒的信頼……共に最古参組アイリスとして堕神官いじりの恒常化は最早パターンとなり、そこには絶対あの幼女はこういう時こうするという確信がある……!!

 まあ、それだけに逃げられないことも分かってるクリスティン=ケトラである。

 

 パトリシアが宥めると意外にあっさりと落ち着き――既に諦めているともいう――意を決して近づくと、相手は騒いでいたアイリス達にもお構いなしに一人で何やら叫んでいた。

 

「ティセ、なんて言ってるか、聞こえる?」

「…………直接聞いた方が、多分いいと思います」

「ティセさん、その沈黙なんですか?なんでそんな優しい目を私に向けるんですか!?」

「あ、あらあら……」

 

 聴覚に優れたティセから悲しそうに首を振られ、同じくのソフィは困ったように笑顔を苦しそうにさせている。

 ますます嫌な予感に苛まれるクリスだが、さっさと地雷を踏んで楽になろうというある意味悟りの境地に入った状態で相手に近づき―――能面のような無表情になった。

 

 

「バレンタイン、中止!!クリスマス、終了!!デートスポット、崩壊!!リア充、爆殺!!」

 

 

 クリスっぽいナニカは、聖印を逆方向に切りながら理解したくもないがとりあえず物騒っぽい聖句(?)をしきりに叫んでいる。

 先ほどのアシュりんとは別ベクトルでお近づきになりたくない人物なのは分かったが、ある意味ではお人好しのアイリスにとって話しかけてしまう発言内容でもあったためパトリシアが注意を引く。

 

「あの、クリス先輩?でいいんでしょうか……?何か辛いことでも……?」

「あらパトリシア。それに他のアイリス達も。ごめんなさい、しっとの儀式の最中はそれに集中してしまうので、気づけませんでした」

 

 意外と穏やかな様子で応えてくれた偽クリス。その恰好は青と黒で全体的に暗めな色に染められた―――リボンとフリルたっぷりの、甘ロリ風ドレス。

 

 

「改めまして、私は『冥界十三騎士』が二の祈り手、『金の杖僧』クリスティン=ビターショコラと申します」

 

 

「ビター……はい?」

(ねえ、あのクリスのカッコ見てると、何故か“低予算”って単語が……)

(あたしは“手抜き”だったけど)(私は“納期遅れ”)(“コンパチ”ってなんですか?)

 

「私はあなたの影……恋破れたクリスティン。こんなに悲しいのなら、苦しいのなら恋など要らないのです」

 

 “何故か”クリスの黒歴史と色違いなだけの衣装を着た偽クリスは、先ほどまでの狂態と裏腹に憂鬱げな表情を崩すことなく立ち上がり言った。

 

「さあ戦いましょうアイリス。冥王様とのきゃっきゃうふふならぶらぶだいありーの日常に現を抜かすリア充根性許すまじ。恋愛弱者の怨念、今ここに晴らさせていただきます!!

…………とその前に」

「……何よ」

「いえ、一つ御忠告を。私達冥戒十三騎士団は一人一人、ジェニファーさん第三形態と同じくらいの実力を持っています。力づくで全員倒そうとするのは無謀というもの」

「アシュリーの時と同じように絡め手で倒せって訳ね。で、あんたにはどうすればいいかヒントとかくれたりするの?」

「まさか。自分の弱点を曝すことなどする筈もないでしょう?」

 

 早速戦闘に入ろう、というムーブをやっておきながら自分で梯子を外す偽クリスだが、何故か有用な情報をくれた。

 

 “何故か”。

 

 

「そもそも私は愛を捨てた戦士。敵に愛の為に戦う戦士が居ない限り、この力が弱まることはありません」

 

 

「「「……あー」」」

「みなさん、なぜそこでわたくしをみるのでしょう」

 

 

 何故か見覚えのあるものと色違いの衣装を着た偽クリスの発言に、何故かアイリス達は本物のクリスを見て納得した声を上げ、何故か当人は棒読みですっとぼける。

 

………クリス、これ。

「あ、口上も必要なので忘れずにお願いしますね」

 

 何故か冥王はバレンタインの時に見たようなピンクふりふりの聖装を取り出してクリスに渡す。

 どことなく優しげな声で偽クリスは補足した。追撃したとも言う。

 

「………めたもるふぉーぜ☆」

 

 聖装を受け取り何故かやけっぱちになったようにポーズを取って謎の単語を叫ぶクリスの目は死んでいた。

 

 世界の悪意が見えるようだった。

 深淵の園というこの世界の主は、今はどっかの幼女であることは関係ない。たぶん。

 

 

 





 クリスいぢめるのたのしい(ド外道

 ビターショコラは間違いなく理(黄色)属性。つまり……。

 ちなみにアシュリーも服装はまだマシだけどしばらくは『だーりんLOVE♡』とでかでか書かれたデコトラならぬデコ剣で戦うことになります。



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冥き茨の簒奪者4


 余剰EXPでEXポテンシャル解放!
………もう完全に使うアイリス固定しろって言ってるよね感。

 キャラは使い捨てにしてナンボのソシャゲにあって個人的には好感が持てるスタイルではあるけれども。




 

 「天に還る時が来たのです!」とか「退かぬ、(冥王様に)媚びる、顧みぬのです!」とか「我が生涯に一片の悔い――――彼氏が欲しかったぁぁぁっっっ」とか。

 なんとなく拳で殴り合ってそうに思えるが実際はピンクとブルーの謎オーラのぶつけ合い。余人には理解できない高尚か低俗かも不明な、恋愛脳ばーさすリア充抹殺し隊の会話のドッジボールを挟みつつ、ビターショコラを下して激闘を制したのはラブリーショコラだった。

 

 他のアイリス達も介入できない――介入したくなかったという本音はさておき――正々堂々一対一の戦いはお約束通り最後に愛が勝ったわけだが。負けたビターショコラが散り際にどことなくやり遂げた感満載の笑顔だったのと裏腹に、勝ってその衣装を受け継いだクリスの翠眼は、用水路のどぶ川のように濁り切っていた。

 

「わたくしは、この戦いで何を得て、何を失ったのでしょう……?」

「………愛?」

 

(冥王、流石にフォローしてあげて、ね?)

 クリス、よく頑張った!さすがは俺のクリス!!

 

「……うふふー、だまされてあげますー。あなたのクリスですよー」

 

 色違いラブリーショコラの衣装も、少なくとも残り十の試練を抜けるまでは脱げないのだとパターン的に予想できてしまう惨事。フランチェスカがけしかけた冥王の必死のフォローに対しても、頬を赤らめていやんいやんと左右に首を振りながら眼だけはどぶ川のままだった辺り、深刻な精神ダメージを負っていることが推察された。

 

 さしものアイリスも恐怖を覚えながら傷心のクリスへの対処を冥王に丸投げしてしまったのを、薄情と謗ることはできまい。

 裏切りのロリ巨乳幼女ダークアイリス。彼女の仕掛けた恐るべき罠は、残りの犠牲に選ばれたアイリス達にも等しく降り掛かる未来が待っているのだから。

 

 残りアイリス、22名。残り冥戒十三騎士、10名。

 戦慄のルーレットは、まだ回り始めたばかりである―――!!

 

 

 とはいうものの。

 

 

「あなた達はいいですよね…どうせ私なんか……。

 どうしました?笑えばいいじゃないですか。こんな私を馬鹿にすれば、世界中のみんなが笑顔になるんでしょ?」

「ええっと……あ、あはは……?」

 

「今、私を嗤ったな―――?」

 

「理不尽っ!?」

 

 擦り切れた黒革の装束で、時間の流れを捻じ曲げながらクルチャに超高速の連続蹴りを叩き込んでくる地獄パトリシアなんかは純粋に脅威度の高い部類ではあったが、その一方で。

 

 

「せしる・だーかー・でびる・べるぐるんどです!よっし、これで今日から私も冥王様のお嫁さんです!!」

「あわわわ、ダメです!ハイエルフィンの真名はそういう風に使うものじゃないです!!」

「今日一番のおまいう案件ですが、それはそれとして問題ないです。私は悪い子になったセシルなのですから!」

「そんな、悪い子になった私……!?」

 

「悪い子なので、お仕事中の旦那様に飛び掛かって抱きつきます!旦那様が仕事に集中できないようにいっぱいいっぱいぎゅってします!」

「そんな…なんてひどいことを!?」

「悪い子なので、夜は旦那様のベッドの中にもぐり込みます!旦那様は私の温もりがたくさんこもったおふとんの中で寝るしかなくなるのです!」

「お嫁さんにあるまじき身勝手……っ。その狼藉、この私が許しません!」

 

 セシルは可愛いなあ。

「ほっこりしてる場合か!?炎も氷も雷も半端ないんだけどあのぽけぽけ姫!?」

「大魔導士の名に懸けて、あんなのに遅れを取る訳には……!」

 

 中盤にライバルキャラとして出てきそうな黒い魔法少女風衣装の偽セシルは、元が元のせいか性格は殆ど人畜無害だった。ナジャやラディスが全力で焦る程度には、災害レベルの大自然の脅威がまとめて襲ってくる理不尽な戦闘力を有していたが。

 

 

 世界を揺るがす《深淵》の発生地、その最深部へ到達する為の試練といえど―――そもそもの仕掛人がジェニファーである。多分に愉快犯的思考が優先されるものの、笑い話では済まないレベルの悪戯はしてこない。逆に言えば全力でネタに走ってそのギリギリのラインを攻めてくるのではあるが、受け手の性格によっては案外楽しいイベントだったで済む場合もあった。

 

 聖装を受け継いだセシルが新しい可愛い服を着れたと単純にはしゃいでいたのが好例だし、通気性の良さそうな半袖長ズボン(Palvinsとロゴが入っている)と左耳だけガードされたヘルメットを被ったルージェニアが偽物と球技対決をした時は姉姫当人が完全にノリノリだった。ちなみに分裂する魔球を分裂するバットで全て打ち返すという意味不明な対決だった。

 

 

 デコ剣(だーりんLOVE♡)を振るおうとする度に強く葛藤と羞恥の表情を浮かべるアシュリーや、全く正気に戻る気配のないどぶ川クリスなど尊い犠牲を払いながらも、アイリス達は偽アイリスを倒し一つずつ試練を突破していく。

 回数をこなすにつれて、雑多なコスチュームが紛れ込んだイロモノ集団になっていくのはご愛敬か。

 

「しかし、こうして見るとジェニファー様と特に交流が深かった方々が冥戒十三騎士に選ばれているようですね。私も含めてですが、うふふ」

「それで私も選ばれたのはなんか納得いかないんだけど」

「コト様、不機嫌になりきれていませんよ?」

「……あぁもう。にーさん、違うからね?確かにぐーたらするのも居眠りするのも好きだけど、あんなの絶対私じゃないからね?」

 大丈夫、分かってる。

 

 『私は風になるのでございますー!!』とか言いつつ明らかに世界観を無視した自動二輪を乗り回して爆走していた偽ソフィをはたき落として、ぴっちりしたライダースーツを受け継いだ恵体のダークエルフィンが弾んだ声で話す。

 一方偽コトが相当クドい性格だったのだろう、『働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!!』とトミクニの文字それも毛筆調で書かれた白の文字Tとスパッツ姿の女剣客は冥王に絡みつつも、怒るに怒り切れない実に微妙な表情をしていた。

 

 自分そっくりの偽物が繰り出す大惨事な言動に直面するなど御免だが、あの悪戯幼女の気質を考えればある意味親愛表現であるのは、真っ先にアシュリーが出て来たことを鑑みても分かることで。自分がそこに入っていないというのもそれはそれでなんかシャク、という複雑な心境である。

 

 とは言え泣いても笑っても試練の数は決まっている。そして一人一人が、真面目にやり合えば大陸最強の聖樹騎士団に『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』として恐れられた黒髪ジェニファーと同等の実力を持つ冥戒十三騎士である。

 アイリス達は選ばれてしまった尊厳の犠牲者と被害を免れた代わりにネタにもなれない微妙なポジションに分かれつつ、油断のできないパチモノ共を相手に戦い続ける。

 

 そして、『Ⅻ』の試練を終えた。

 

「……まったく、偽物の私とは、ある程度覚悟していましたがやはり酷いものでした。

 ご主人様にああも下品な言動、主従関係をなんだと思っているのでしょうか。メイドの風上にもおけません」

 

((((ベア先生、鏡に悪口言って楽しいのかな…??))))

 ノーコメントで。

 

 冥王をご主人様と慕いつつも卑語と淫語をオープンにして迫る偽ベアトリーチェ夏服メイドという、最後まで性格の吹っ飛んだ相手が立ちはだかる試練だった。ある意味顔面剛速球レベルの皮肉だが、当の本人には通じていないのは果たして狙ってのことなのか。

 慣れてしまって『ベア先生だから』で最近は流していたアイリス達だが、改めて教師役メイドの問題素行を実感し直す契機となった。だからどうしたということもないが。

 

 ブーメランが凄い勢いで後頭部に刺さっているベアトリーチェをスルーしながら一行が中央の広間に戻ってくると、一人の幼女がそこに立っている。

 

 

 首から下は白黒パンダの着ぐるみを着て。

 

 

「ぷほっっっっ!!!??」

 

「ジェニファー!!」

「落ち着きな。あれはジェーンだ」

 

 鼻血を噴いて倒れた約一名を放置して、アイリス達は銀髪虹眼の幼女の様子を窺う。

 ここが深淵の園であるからなのか、黒髪でなくとも現実世界で分離できている巫女幼女は、紛れもなく探し人の片割れだ。

 

 ジェニファー以外とろくに喋れないのは継続中なのか、パンダ幼女は文字が書かれた看板をどこからともなく取り出してコミュニケーションを図ってくる。

 

『よくぞしれんをとっぱした、アイリスたち』

『めーかいじゅーさんきしがついのそーきがかたわれ、「くろのけんみ」ジェーン=ドゥ』

『わたしのジェニファーにあいたければ、ここでわたしもあいてしてもらう』

 

 何やら剣呑な文面だが、如何せん着ぐるみ幼女である。

 『銀髪鬼姫』時代の教会騎士殺戮の主犯なので戦闘力は折り紙付きではあるのだが、これまでで最も戦う気が削がれる相手になる。

 困ったように視線を交わし合うアイリス達を見かねてか、冥王が声を掛ける役目を買って出た。

 

 

―――お願いジェーン。ジェニファーの下に俺たちを案内して欲しい。

『いいですよー』

 

「「「「いいのか……」」」」

 

 

 流石は冥王の巫女というべきか、神からのお願いには即答でころっと態度を変えるジェーン。

 もともとそうするつもりだったのかもしれないが、いずれにせよこれでやっと目的地にたどり着ける、長く濃ゆい戦いだった、と各々が一息吐く。

 

 そんな中、ふと気になったことをアシュリーが闇の女王の半身に尋ねた。

 

「なあ、ジェニファーはなんでこんな試練なんてやったんだ?私達に来て欲しくないんなら、単純に道を閉ざせばいいだけの話だっただろう?」

【………(じゃん!)】

 

 もしかしたら、ジェニファーも冥界に帰りたい気持ちがあるんじゃないか、と。

 先輩騎士の問いに対して、ジェーンは今度は三枚の看板を一度に取り出し、さあどれでしょうと言わんばかりに首を傾げる。

 

 

『① しゅみ』

『② おわかれのおもいでづくり』

『③ これでまけてつれもどされるなら、それはそれでべつにいーかなって』

 

 

「………。①も②も③も全部」

【………(ぱちぱち)】『だいせーかいっ』

 

 ジェニファーの行動原理をきっちり把握しており、どれを選んでも酷い三択を完全正解するアシュリー。

 だが相も変わらずの厨二幼女のふわふわ具合に、これまで付き合わされた惨事を思い少女達―――特に被害が大きかったクリスなどがぷるぷる震え出す。

 

 

「「「―――ジェニファーを、絶対連れ戻すッ!!」」」

 

 

 ちょっとやんちゃし過ぎの幼女にお灸を据えるべく、旅立ち前の決意の時から怒り五割増しの荒っぽい誓いを繰り返し、アイリス達は深淵女王との対決への意気込みを新たにするのだった。

 

 





 いやまあ、実際は④とか⑤もあるし、②も③もそれなりに感傷的な注釈は付きますが。
 ただし試練がこんな形だったのは①の転生幼女の趣味が九割九分です。

 明かされなかった残りの冥戒十三騎士の犠牲者と被害内容は、ご想像にお任せ。ネタが思い浮かばなかったとかじゃないよ、ほんとだよ。
 テイルブルー衣装の巨乳ポリンが現れて貧乳ポリンを挑発した上に、戦闘終了後一抹の期待を持たせて聖装受け継ぎやったけど案の定巨乳は受け継がれず、しかもまな板なのに胸の谷間をスリットで強調する衣装だったとかいう往復ビンタ展開、とか考えたけど流石になー二度ネタにもなるしなーと思って没にしたとかそんなこともないよ、ほんとだよ。

 次回から最終決戦。ちゃんとシリアスになるよ、ほんとだよ。



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冥き茨の簒奪者5


 あいミスももう二周年かー。
 いえ、作者もラブリーショコライベントからやり始めたんで最初期からやってたわけじゃないんですけどね。

……初めてやったイベントがあれじゃなかったらあいミスにここまではまってなかったかも知れない。




 

 

『ちょっとめがまわるけど、がんばって』

 

「うわっ」「ひえっ!?」「おおぉ…??」

 

 パンダ幼女が何枚目か分からなくなってきた看板を取り出すと、一行が居た広間に一層濃厚な深淵の気配が纏わりつく。

 同時に感じる浮遊感は、更なる闇の底への誘い。その出入口を開いただけで叩きつけるような浸蝕の風が下から吹き付け、咄嗟に皆が目を瞑る。

 

 そして、再び目を開いた瞬間、周囲の景色は一変していた。

 

 魂の根源たる深淵の滞留地として、歪ながらも溢れていた生命の息吹がここには一切存在しない。

 見渡す限りの一面荒野。地平線など存在しない代わりに果てまで闇が拡がる大地は、気を抜けば己の存在すら霞んでしまいそうな程の寂寥感を掻き立てる。

 

 但し―――。

 

「どうやら、ここが終着点で間違いないようです」

「お腹がずっ、って下がってるみたい。体の底から冷えそう……」

 

 ナジャが険しい顔で語り、ラウラが獣人の本能が察知する危険を感覚的に訴える。

 

 一緒にいよう、同じになろう、安らぎをあげよう……闇の誘惑はもはや呪縛に等しく、生身で一呼吸でも吸い込んだ時点で二度と戻っては来られない同化の檻に囚われることだろう。

 それを防いでいるのは冥王の加護―――と言いたいところだが、より危険な環境にありながら寧ろアイリス達の顔色は良くなっていた。

 特に、偽物を作られふざけた衣装を着せられた面々が。

 

「この聖装、まさか深淵を防いでくれている?」

「防いでいるっていうより、慣れるのを手助けしてくれてるような感じです。

 ほら、この通り」

 

 ライダースーツ姿のソフィが大斧を振り回すと、それに釣られて斬閃の軌跡から闇の力が飛び散る。彼女がかつてエルフィンの森で全精力を費やして深淵に抵抗した時のような苦しさは感じられない。

 

 果たしてそれが何を意味するのか、ふざけた衣装は愉快犯幼女の趣味というだけではないのか―――それを思案しはじめる、そんなタイミングで。

 

 

「来たか」

 

 

「ジェニファー……っ!!」

 

 闇の女王『ダークアイリス』が一行の前に姿を現す。

 

「何用か。……と問うのも無粋であろうな」

「当たり前でしょ!?ほら、冥界に帰るわよ?」

「ジェニファーさん、罰なら私が受けるべきなんです。こんなの、おかしいですよ…」

 

 こんな極限の環境に居ながらその主に対し聞き分けのない子供相手同然の態度を取るアイリス達と、罪悪感に陰気そのものの表情で懇願する“元”深淵の女王ユー。

 前者には複雑そうに笑みを溢し、そして後者には紅の瞳から温度のない瞳を向けて簒奪者は拒絶を示す。

 

「無理だな。我には確かめたいことがある。試したいことがある」

「何ですか、それ……」

 

 

「そも、我がはい分かりましたと言うとは汝らも思っていなかっただろう?故に話は単純に行こうか。

――――刃で語れ。魔道を示せ。智慧を掲げよ。拳に籠めろ。闇を切り裂く真なる光が在ると、此処に証してみせろ」

 

 

 傲岸な要求は、いくら生意気放題とはいえ今までジェニファーが仲間に向けたことはない類の言葉。

 表面的に捉えれば力を得て増長したのかと思うような命令口調は、多少成長したとはいえ未だ幼女と少女の狭間ほどの子供にされれば如何に温厚な人物でも苛立ちを覚えるだろう。あるいは、まともに取り合わないか。

 

 だが、言葉を紡ぐ彼女の紅眼を真っ直ぐに見つめ返したアイリス達は……。

 

「仕方ないわね、もう」「世話の焼ける……」「お仕置きですよ、軽くで済むと思わないこと」

「な、な……みなさん、なんで戦う態勢に入ってるんですか!?」

 

 苦笑しながらも剣を、杖を、あるいは各々の得物を構え、すぐにでも戦いに入れるよう態勢を整える。

 困惑するのはユーとリリィだけだった。冥王ですらも軽く息を吐きつつ口を出す気配がない。

 

 そして望む応えが帰ってきたことに、闇に染まりし乙女は凄絶に笑う。

 

「――――ククク。ああ、それでこそだ。どのみち汝らとは一度全力でやり合ってみたかった!!」

【………♪】

 

 半身の上機嫌に自分も楽しそうにしながら駆け寄った虹眼幼女がその懐に飛び込んだかと思うと、姿を靄に溶かして共有する肉体に戻っていく。色を交じらせ、朱彩の瞳を闇に輝かせる女は詠う。

 

 

「【我等、冥戒十三騎士が祖にして番外、『零の極冠』が名を襲い―――、】」

 

 

「させないっ」「もらった!」「やっちゃえっ」「今であります!」

「せぇい!!」「やらせません!!」「止まれぇ!」

 

 アイリス達は総出で掛け声、あるいは無言の内に詠唱を潰しにかかる。

 厨二幼女のそれが完成した瞬間、戦闘能力が跳ね上がるのを見て来たのだから当然の判断だ。

 が、しかし―――。

 

 

「汝らには言ってなかったか?―――我等の詠唱に、意味はない」

【装界・深淵征刃(ワールドエンチャント・アビスルーラー)

―――九天の九(コネクト)、“空極のヘルヘイム”!!】

 

 

 本人的には最大の禁忌……ないしとっておきのブラフを明かした厨二に毛ほども届かない。

 寂寞の荒野にあってなお這い延びる茨を連想させるが如く、稲妻型の刃が地から虚空から無数に出現しては《種子を宿す者》の総攻撃を容易く止めてしまう。

 

 担い手の居ないにも拘らず宙を自在に飛び交う紫紺の奇刃。それも今此処に喚び出されたのは、ジェニファーのとっておきだった。

 

「―――っ!!この剣、一つ一つが《種子》を!?」

「大盤振る舞いじゃない!?」

「!?もしかして、私の部屋に隠してたのを――」

 

 シーダーならば分からぬ筈がない、世界樹の力を移植され纏う深淵の力を増幅し、一つ一つが伝説級の聖剣・魔剣に匹敵する戦術兵器。

 それが幾十もの群れを成して女王を守る騎士のように立ちはだかる。

 悪夢のような光景は、種子の出所を考えれば正しく悪夢そのものに他ならない。

 

 

「此れより汝らが挑むは汝ら自身の旅の足跡。成長、達成、努力、栄誉、これまで汝らが掴んできた全てが汝らの敵。

―――心せよアイリス。愛と勇気と熱血と、不屈と鉄壁と魂とその他諸々の残量は十分か?」

 

 

 闇に装甲が燃え上がるかのように力と光を放つ。

 黒いドレスが殆ど見えなくなるほどの緋の閃光は、深淵をねじ伏せて支配するというジェニファーの在り方そのものである。

 

 天庭・地上・冥界に続く第四の世界と言っても過言ではない《深淵の園》。そこにただ一人君臨する者として、今ここに示すのはただ一つ。

 

 絶対なる“力”だった。

 

 

 

 小細工無用。術理も不要。ただ大量の剣がひとりでに襲い掛かる―――それは、質を突き詰めた時、つけ入る隙のない性質の悪さをただただ相手に押し付ける。

 弾いても叩き落としても、くるりくるりと舞い戻ってはその回転を斬撃に載せてくる。死角を殺気もなく縫っては四方から攻め立て、間断なく切り刻む刃が息吐く暇すら与えない。

 

 せめて担い手が居るならまだましだった。剣と同じ数だけの達人が仕掛けてくるならば、持ち主の方を仕留めればいい話だし、仕掛けてくるにも呼吸を合わせて連携しなければ互いが互いの邪魔になる分制限が大きい。

 そうは言っても現実はただ切れ味鋭く重い大刀が乱雑にしかし大量に降り掛かるだけ。数の暴力にあってその乱雑さが、下手な意図を含むよりもよっぽど対処を難しいものにさせていた。

 

「ジェニファーが、遠い…ッ」

 

 対峙した時よりも、一行とダークアイリスの距離は開いている。

 遠隔攻撃のために向こうが間合いを開けたのではない―――猛攻に耐え切れずアイリス達が互いに互いをカバーしている内に、気づけば圧されて後退させられていたのだ。

 

「どうした?ただ距離を取って終わりか?」

「まずいってことくらい、分かってるよ……!」

 

 アシュリー達近接組のアイリスは、まず相手に近づけなければ話にならない。今のままではただ刃を弾いて後衛を護衛するだけの壁だ。

 

 理想論を言うのであれば刃の群れなど無視してジェニファーを叩いてしまえばそれで終わりであり、それしか方法がないとも言える。リディアが全力で戦槌を叩きつけても、ナジャが渾身の魔術で捉えても、刃はなお健在のまま舞い戻ってくるのだから。

 

 刃全ての原型はこれまでの旅路でジェニファーの酷使に耐えてきた名刀であり、耐久力――特に対魔術――は異常なほどに頑丈の一言。しかも攻撃を加えられてもあまり無理に対抗しようとせずに吹っ飛ぶものだから、上手く衝撃が伝えられないのも大きい。

 それを破壊しようとするより司令塔である女王を叩く方が現実的ではあるだろう――それが容易いか、という問題は依然として残るわけだが。

 

「ああもう、埒が明かない。私が道を切り開く!!アシュリー、ラディスっ、頼んだ」

「それしかないか……っ」

「あたし!?――っ、そういうこと!?」

 

 パラディンとしてこれまで幾度もアイリス達を敵の攻撃から守ってきた大盾使いのクレア。それが中央で合わせる形の盾を敢えて左右に振り分け、勘と見切りを頼りに刃の嵐の中を突き進む。

 その真後ろに付いて駆けるのは紫髪の女騎士アシュリー。前方から来る刃はタンク役の元傭兵に任せ、左右や後方から襲い掛かるものを最低限の動きで躱し、弾いていく。

 

 だが如何に《エルハイムの鋼壁》の二つ名を持つ彼女といえど、あまりに強引な突撃は道のりの半分を過ぎたところで限界が来る。護りが間に合わずに刃が左の太腿を抉り、バランスを崩した彼女の体勢が崩れる。

 そこに殺到する刃たち―――、

 

「爆・ぜ・ろぉぉぉっっ!!!」

 

 紫電を伴った爆発が、その圧で浮遊剣の軌道を逸らしていく。

 ともすれば仲間を巻き込みかねない威力を込めて撃ち放ったラディスの電撃は、しかし閃光による目眩ましを伴って役割を果たす。

 

 そう、アシュリーがダークアイリスを間合いに捉えるまでに駆け寄る一瞬の機の為に。

 そして疾風の刃で斬りかかり、………折り曲げた人差し指と中指で白刃取りされて呆気なく止められる。

 

「―――ちょっと痛いぞ」

「なっ……ぐう――っっっ!!?」

 

 そのまま逆の拳がアシュリーの腹部にぶち込まれ、その衝撃で吹き飛ばされた彼女はせっかく詰めた距離を転がりながら逆戻りすることになる。

 アシュリーの聖装は未だにあのふざけた格好だが、その防御力は深淵産ということもあって常の鎧に勝るとも劣らない。だがそれを容易く貫いて、胃の中身が臓器ごとせり上がって来そうな苦しさを味わわされた。

 

 

「アシュリーさん、クレアさんっ!!」

 

 

「「まだ、まだだ……っ!!」」

 

 即座にクリスが治癒の奇跡で傷を癒すも、苦痛の記憶まで容易く消えるものではない。乾坤一擲の強襲も一蹴された。

 だが彼女達は立ち上がり、まるで心折れた様子もなく寧ろ一層闘志を燃やしていた。

 

「なんで、そこまで―――こんなの、何の意味があるっていうんですか」

 

 次第に追い込まれるアイリス達。癒しが追い付かなくなるほどに繰り返される負傷。その痛みに屈することなく、絶望的な戦力差に抗い続けるアイリス達。

 本人達よりもよほど痛そうな顔をして、涙声でユーが嘆く。

 

 

「意味なら作るの、これからッ!!」

 

 

 答えたのは、仲間の力を上昇させる力を秘めた踊りを、その自慢の柔肌に傷が付こうとも絶やさず舞い続けるフランチェスカ。

 

「本当に世話の焼ける子。生意気だし、迷惑掛けるし、時々うざいし。

………そんな“子供”だからかな。子供にあんな眼で見られたら、ね」

 

 継いだのは、あまり長い時ではないにしろ氷結の魔術で刃の動きを一つずつ拘束するという攻防の要となっているセイレーナのウィル。

 

「ジェニファーちゃんが記憶なくす前どうだったのかは知らない。でも、あんな眼するのは子供なんだよ。……子供には、夢を見せないといけないの。特にクルチャは、アイドルだからね!!」

 

 癒し手としてある意味誰よりも戦場を駆け回りながら、兎亜人(ラビリナ)の少女は弾けるような笑顔を忘れない。

 

「夢…?夢ってなんですか!!こんな、こんなことしないと見られない夢なんてっ」

 

 

「あやつにとってはそうでもしないと、なのだろ。確かめるのも、試すのも―――それだけのものを背負うと決めてしまっておる。そうさせたのは我らじゃ」

 

 

 訳も分からず叫ぶ玉座から逃げた元女王に、背の竜翼で飛翔することで他よりも多くの刃を受け持つシャロンが槍を振るいながら自嘲気味に教示した。

 

 

 背負うものは、深淵の氾濫と、天上人の悪意。

 そして確かめ試したい“夢”は。

 

「だからその身に教えてあげましょう、アイリスの教師役として。

―――ジェニファーがその荷を下ろしても、人の世は理不尽に負けはしないのだと」

 

 全体を掌握し、危ういところにあるメンバーを順次サポートしながら決定的なパーティーの崩壊を食い止めている黒髪の従者メイドが解に繋がる道筋を示した。

 

 

 ジェニファーが見たいもの―――それは、希望。

 

 

 世界は優しくない。半身は咎もなく全てを理不尽に奪われた。

 震えて祈っても安息の明日は約束されてなどいない。

 

 それでも、もし―――未来に夢を描くことができるなら。物語の結末をハッピーエンドに導いてくれる“正義のヒーロー”が居るのなら。

 全てを戯言でしか評せない半端者が出しゃばる必要なんて、どこにもないのだから。

 

 

「『信じさせて欲しい』、子供にそんな眼で見られてさ。

―――それでケツまくって、向き合うことにビビる大人ほどカッコ悪いもんはないだろうさ」

 

 

 将来の夢を見て、いいんだよね?

 正義のヒーローが居るって、信じていいんだよね?

 

 どんなクソガキであっても、いやだからこそ。

 そう期待して見上げてくる子供に対してどう応えるべきなのか、ギゼリックの言葉とアイリス達の姿勢が物語っていた。

 

 

「―――ああ、そうだ。我慾勝手は承知の上。

 それでも、見せて欲しいんだ。人の可能性を、理不尽を踏み越えていく本当の強さというモノを!!」

 

 

 それこそ甘えたガキの理論でしかない。けれど真摯に求めるものだから、アイリス達もつい応えようとしてしまう。

 そんな彼女達に甘えて―――己の全力をぶつける“幼女”であった。

 

 





 Q.つまり?

 A.諦めなければ夢は必ず叶うと信じてないアマッカス。



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冥き茨の簒奪者6


あいミス二周年おめでとう!!




 

 

 何度傷ついても、倒れても立ち上がる。

 

 よく歌われるし、詠われるフレーズではある。それだけ汎用性に富み、人の心を惹きつける美しさを秘めている姿勢なのだろう。

 そして今この瞬間にもそれを真っ直ぐに体現できるアイリス達だからこそ、寄る辺のない戯言幼女が未練がましく“試練”などというものを作って後戻りの余地を残している。

 

 それは当然のようにか細い道で、臆すればすぐに進めなくなるような溢路だが、ジェニファーを取り戻すためという理由だけで彼女達はがむしゃらに突き進む。

 

「あと一つ……」

「あと一歩――」

 

 無数の浮遊剣の猛攻に耐えながらも、確かな手応えは感じていた。

 

 そもそもの話、天上人を敵に回すと豪語するだけあって、今のダークアイリスはマリエラやナジャすら歯牙にも掛けない能力を秘めていることは間違いない。

 それこそ防戦一方とはいえアイリス達が食い下がれていることが“不自然”と言える程で、そうである以上“何か”がある。

 

「―――めて、ください……」

 

 その“何か”が完全に埋まればという、形も不確かな光を掴むべく抗うことを止めない少女達。

 そのひたむきな姿勢を傍から見ていて……それでも彼女の心に湧いて出たのは、“悲嘆”だった。

 

 

「もう、やめてぇっっ!!」

 

 

「ユーさん……」

 

 傍から見て、というのは正確ではなかったか。傷を負い、ぼろぼろになっていくアイリス達を見るに見かねて、闇から逃げるように白い衣を纏った元女王はただ乾いた地面に視線を落としていたのだから。

 その紅の瞳も、涙がぼやかして焦点が定まらない。もう目の前の現実を見ていたくない、という想いからそれを拭おうともしていなかった。

 

「こんなの、違います。全部私が悪いんです。なのになんであなた達が傷つかなくちゃいけないんですか?

 戻ったっていいじゃないですか。陽だまりを歩いていいのは、どう考えたってジェニファーさんじゃないですか。

………嘘つきの私が、罪人の私が、こうやってのうのうと見ているだけなんて。そんなの、赦されていい訳ないじゃないですかっ!!」

 

 だから罰をください。全てを背負って闇に沈む役目を、取らないでください。

 それを取り上げられて、皆を騙していた報いは、深淵の封印を解いてたくさんの人を悲しませた罪は、どこへ行けばいいというのだろう。

 

 戦う力もなく、権能も失われ、無力でちっぽけなニンゲンもどき。なのにジェニファーが解放される数千年後まで、あてもなく答えを探し続けろとでも言うのだろうか。

 

 重く沈み続ける自罰、自暴自棄、自縄自縛な思考が、ただ深淵の大地に澱みのように吐き出されるだけ。今も戦い続ける者達には決して届きはしなかった。

 

 だから。代わりに隣でそれを聴いていた冥王は、慰めの言葉を探しておろおろするリリィを優しく遠ざけ……ユーの額を押して顔を上げさせる。その指には、有無を言わさぬ強さを込めて。

 

 

――――恨み言でも、愚痴でも、助けを求めるのでも、……手を差し伸べるのもだけどさ。

「めいおう、さま……?」

 

――――“それ”は違う。前を見ろ。相手を見ろ。言いたいことがあるなら、俯いてないでちゃんと話せ。そうでない奴の言うことを、誰が聞くと思うんだ?

 

 

「………っ」

 

 遥かな時を生きた偉大な冥王の言葉は、しかしどこまでも当たり前のものだった。当たり前だからこそ大切なことで―――言われたユーも、辛さを押し殺してジェニファーの方を見る。

 

 

 相変わらず涙で視界は濁っているけれど、つい先ほどと同じように自罰的な言葉を繰り返そうとして、……喉が動かない。

 顔を上げた、前を見た、たったそれだけなのに、どれだけ言っても足りないと思っていた自分を責める言葉がまるで声にならない。

 

 ああ、なんて最低なんだろう。

 代わって出て来るのは、勝手で、わがままで、図々しくて、願う資格がない言葉で、なのに。

 

 

 

「“みんな”と、もっと一緒にいたい」

 

 

 

「私は!!もっといろんな場所を冒険して、思い出を作って、笑い合って!

――――全然足りないんですっ!まだまだいっぱいやりたいことがあるのに、……そこに私が居ないのも、ジェニファーさんが居ないのも、嫌なんです!!

 

 だからッ!!“みんな”でいっしょに、冥界に、学園に、帰りたいんです!!」

 

 

 

 “何か”が繋がる。

 ユーが叫び切ると共に、ガラスの砕けるような音が幾つも鳴り響いた。

 

 世界樹の種子で強化されている筈の浮遊剣を、アイリス達が次々破砕する音だった。

 紫紺の結晶が煌々と散乱させるように、淡い光のラインが少女達の胸元から走っている。

 

「私たちの、《種子》が……!?」

 

 アイリスの仲間達―――“ジェニファーを含めた”―――の間を行き交うように光のラインは幾重にも走り、少女達に宿った種子が強く輝く。

 その光は、種子を持たないユーとリリィ、リディアにナジャ、そして冥王さえも結び付けていた。

 

「さっきのユーさんので、ちゃんと想いが繋がったんです!

 《世界樹の種子》を介して、皆さんの全ての感情は私に届いてます。そして《深淵》は、正しく制御できれば想いを増幅してどこまでも力に変えてくれる媒介。それが皆で一つになって、ジェニファーさんに届いたなら……!!」

「え…と、つまり、どういうことですか?」

 

 

「今のジェニファーさんと同じだけ、絆で繋がった皆さんも強くなれるんです!!」

 

 

 高揚して目を輝かせた金髪幼女が、世界樹の精霊として今起こっている現象を喜びと共に伝える。

 

 

 良くも悪くも人の感情の源泉であり、呼応して力を与える《深淵》の満ちたこの空間で。

 “想い”をリリィに届けるという世界樹の種子が幾十も同じ場所に密集していて。

 そして、全員の心が一つの目的に繋がっていて、その対象がジェニファーだというなら。

 

 

 ダークアイリスが深淵と共に力を無限に引き出しているのに呼応して、アイリス達も同じだけ自身を深淵で強化することができる。

 

 

「ふっ……だが、力を引き出すことが出来ようが、器たる肉体が力に適応できるかは別問題だぞ?」

 

 

 試すように上から目線の――しかし口元を上げたジェニファーが指摘する。

 許容量を超えて深淵を注いだところで振り回されて心身のバランスを狂わせるだけ。最悪肉体そのものが崩壊しかねない危険な状態だ。本来なら、だが。

 

「その為の試練で、この聖装なのでしょう?」

「ここで我に対して使われるのは想定してなかったがな」

 

 衣替えしていた面々の服がそれぞれの元の衣装に戻っていく。

 消えてしまったのではなく、本来の役割を果たして存在に融け込んでいったことで。

 

 自身にもしものことがあった時、あるいは天上人が深淵の園に居て動けない自分を放置して地上や冥界に侵攻した時のため、深淵を引き出して戦える力を仲間に預けようと考えた結果があれらの衣装だった。

 強い感情を込めて作成する必要があった為アイリスの中でも特に親しい人達の分しか用意できなかったのと、“多少”の遊び心は入ったが、着用者の肉体を深淵に適応させるという祝福さ(呪わ)れた機能は効果を発揮したらしい。

 

 その上で、それとは別に、それ以上に。

 

 

「アイリスの皆さん、深淵はリリィを通して私が制御します。

 だから―――信じてください。皆さんは絶対深淵には呑ませない」

 

 

「頼むよ、ユー。ここからはあんたの力が絶対に必要なんだ!」

「………はいっ!それじゃ皆さん、やっちゃってください!私は深淵に触れて来た年季が違うってとこ、あの幼女に見せ付けてやりますよ~!」

 

 

「くっ、ソフィの40倍は生きている相手となるとそこは認めざるを得ない……」

「ねえジェニファー様?なぜ今私を単位にしたのでしょう?」

 

 

 自分にも、自分にしかできないことがある。そう仲間に頼られたユーは涙を振り切り、いつもの調子を取り戻す。それは彼女のみならず、相対しているジェニファーまでも普段のノリにさせる辺り、冥王一行のムードメーカー役も健在ということだった。

 

 

「せぇ、やッ!!よし、これで十個め。ふふーん、リディア様にかかればこんなもんなんだからっ」

「あら、私はこれで十四本壊しましたけど」

「むっ……まだまだこれからよ!!あんたなんかに負けてなんかいられないわちび魔術師。冥王にいっぱい褒めてもらうのは、私なんだからね!?」

「……ふふ。マリエラの下に居た時とは本当に変わりましたね、あなたも」

 

 

 今までの苦戦が嘘のように、深淵を纏ったアイリス達は浮遊剣を撃ち落としていく。

 特に堕天使と元闇堕ち魔導士の、種子も無しに深淵でアイリス達と渡り合ってきたペアが、適応が早かったのかその戦槌と魔術を如何なく振るい戦果を挙げる。

 

 目まぐるしく視界を飛び交っていた紫紺の奇刃も、数を減らすにつれ加速度的に対応が容易くなり、ついにはその悉くが荒野に破片を曝すだけの状態になっていた。

 

 

「―――嗚呼、最高だよ汝らは!さあギアを上げて行こうかァ!!」

【九天ノ八(セット)、“崩灰炎幕(ムスペルヘイム)”】

 

 

 前哨戦、暴威の剣軍を突破したアイリス達を――――障壁込のマリエラの百や二百は容易に消し炭にできる、国を呑み込む規模の劫火の渦が唐突に覆った。

 漆黒の闇を赤々と染め上げる灼熱の波濤。ちっぽけな人が抗うと考えるのも馬鹿らしい、終末を想起させる天焦がす獄炎。

 

 三秒くらい経ってジェニファーが『あ、やばいテンション上がってやり過ぎた…?』みたいな顔をしたが、その中心に居た者達は、火傷一つ負ってはいなかった。

 

「くくっ、楽しそうだなセシルッッッ!!!」

 

「はいっ!多分今、わたしジェニファー様と同じくらいわくわくしてます。

――――だって友達とケンカするの、初めてですから!!」

 

 燃焼、炭化、蒸発、融解……そういった炎という現象に付随するだけの概念を取り去った、純然たる“火”のエレメント。そこにある全てを“炭(意味ノナイモノ)”に変換するジェニファーの炎と喰らい合いせめぎ合う純粋元素を操るのは、朗らかな笑顔に強い眼差しを秘めた緑髪の姫君。

 余人が立ち入れば塵も残らない物騒極まりない“燃やし合い”をやっていながら、明るい声で―――しかし決して退かぬ意志を彼女はぶつける。

 

 

「初めての仲直りもするんです、私と貴女が出会ったあの学園で。

 だから絶対、ぜったい負けません!!お願い、《イフリータ・ノヴァ》ぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

 

 彼女の操る精霊魔術は、内面での精霊との交信というプロセスを経るため意志の在り方が最も重要になる魔術だ。であるならば、世界を焼くこの炎を押し止め、逆に押し返さんとする彼女の内面は今どれほどのことになっているのか。

 

「もっと…もっとだ!!」

 

 友の想いの丈を認めてなお、ジェニファーは止まらない。やがては押し切られる炎の世界に見切りを付け、新たな世界を呼び出した。

 

 

「【九天ノ七(セット)、“睡夢氷塒(ニヴルヘイム)”】」

 

 

 深淵の闇が手招く、永久(とこしえ)なる眠りへの誘い。

 相手の視覚聴覚嗅覚味覚触覚、五感全てを封じた上で体感時間を数万倍に引き延ばす、拷問を通り越して相手を手軽に発狂させるのが目的でしかない精神攻撃。

 

 もののはずみのように繰り出す悪魔の所業。だがそれを乗り越えてしまうから、エスカレートが止まらない。

 

 

「例えどんな暗闇の中でも私達は一人じゃない。

 何も見えない聴こえない、手に触れる温もりすらなかったとしても―――私は、笑顔を忘れない!!」

 

 

 感覚がなくとも、身に沁み込んだ鍛錬は決して裏切らない。

 天を突き上げる拳に乗せた想いが、睡りの霧を打ち払う。

 

「やはり強いな、パトリシア。信じるモノに何度裏切られても、汝は笑顔でいることをやめなかった。

………我は、どうなのだろうな。誰かに笑いかけることなどきっと忘れるのだろう、積もりし時の流れに圧し潰されて」

「私はバカだからそれしか知らないだけです。だからこそ、笑顔を忘れるって聞いたらこのパトリシア、意地でも黙っていられません!!」

 

 己の属していた聖樹教会の闇を見せられ続けてなお、旅の中でにこにこ笑う努力を決してやめなかった武闘家シスター。彼女が仲間が笑顔を失うかどうかの瀬戸際で挫けることはあり得ない。

 

 

「その意地の果てに、どこまで行ける?」

【九天ノ六(セット)、“圧潰巨獄(ヨツンヘイム)”】

 

 

 ジェニファーがドレスに重ねた紅の籠手を合わせて、その膨らんだ胸の前で組んだ掌に“黒”が生まれる。

 闇の中に在ってすら黒色。その実態は、本来影も形もない力でありながら、光すら歪める域に達した為に可視化された重力球。聖樹教会渾身の結界を貫き遥か地底の世界樹の根を斬り刻んだ防御不能の“潰獄”がアイリス達目掛けて解き放たれる。

 

 

「軽い、ですわ。この身はパルヴィン王国が第一王女、ルージェニア・ハディク・ド・パルヴィン!!国を、民を、平和な世界を背負って立つこの姫が!たかが重力に屈するとお思いかしら!?」

 

 

 防御不能―――重力は対象の内在する質量に働きかける性質の力である以上、如何な小細工を弄しても質量を持つ存在に抗うことは不可能な筈なのに。

 王家の紋章が描かれた旗を掲げる赤毛の王女は、ただ仁王立ちするだけでその破滅の力を受け止めていた。

 

 何故?どうやって?―――本人に訊いても、おそらく『姫だからですわ!』とか意味不明な言葉が返るだけなのだろうが。

 

「ククク……これがパルヴィン王女か」

「いや、ボクはできないからね?」

「やはり面白いな、パルヴィンという国は!!」

「ですから貴女も我が国に必要な人でしてよ、ジェニファー!!」

 

「我が祖国がなんかとんでもない異次元になろうとしてる気がする!?」

 

 横で何やら騒いでいる妹姫プリシラはさておき、あろうことかルージェニアは握りしめた旗を振り抜き、その場に留めていた重力球をジェニファー目掛けて打ち返した。どういう原理かはやはり分からない。

 ともあれ闇の王女であっても姫ではないダークアイリスに、防御不能の必殺の一撃が跳ね返って来る―――、

 

 

 

「【九天ノ五(セット)、“戒令時観(ミドガルズ)”】」

 

 

 

 その“瞬間”、全てが静止した。

 

 

 






Q.厨二設定盛り過ぎじゃない?

A.どうせ敵キャラになったんだし、完全に自重のリミッター外した。結果ついテンションが上がって人間相手に核爆弾ぶっぱなすどこぞの大尉みたいなことやってるけど気にしない。


Q.さて、最強能力の代表格である時止めまでやり始めたんですが、これに対抗できるアイリスは誰でしょう?

A.次回更新にて。



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冥き茨の簒奪者7


 アイリスランドは正直ちょっとだけアシュりんの登場を期待した。
 でもまあルージェニア様が楽しそうだったので何よりです。

……そして今回は(も?)本当にごめんなさい。




 

 

 眼前に迫っていた超重力の凶弾。防御不能のそれを跳ね返されたジェニファーが次なる能力を発動した瞬間、術者である彼女自身の視界が完全な闇に閉ざされた。

 

 何も聴こえない、視えない―――自滅技という訳ではない。

 時速千二百キロメートルの音波はおろか、時速三十万キロメートルの光すら1ミリも進めない停止した世界において、外部刺激に反応する尋常の知覚手段など意味を為さないというだけの話だ。

 周囲の情報はそこら中に滞留する《深淵》を介して得ることができるし、悠々と彼女は歩いて“圧潰巨獄”の軌道から己の位置をずらす。

 

 そしてアイリスの居る方向を向いて、ここからどうすべきか一瞬思案した。

 

「―――考えるまでもない、か」

 

 時間停止というのは我ながら反則だとは思うが、これに対処できないのは“しょうがない”なんて、ジェニファーが求めたのはそんな言い訳ではない。

 ここまで食い下がってくれただけでも嬉しかった。この能力を使わせてくれただけでも、アイリス達の実力と本気の程は測れた。

 

 しかし、幕引きだ。

 

 時の流れが止まるのに合わせて停止してしまったアイリス達に再度浮遊剣を虚空より出現させ、至近距離で突き付けて降参させようと操る―――その“瞬間”だった。

 

 

「海は幅広く無限に広がって流れ出すもの、水底の輝きこそが永久不変。

 永劫たる星の速さと共に今こそ疾走して駆け抜けよう」

 

 

「………いやいや」

 

「どうか聞き届けてほしい。世界は穏やかに安らげる日々を願っている。

 自由な民と自由な世界でどうかこの瞬間に言わせてほしい」

 

 止まった時の中で、聞こえる筈のない音。

 間延びしがちながらもよく通る役者向きのその声が詠うのを聞き分け、ダークアイリスは顔を引きつらせて首を振った。

 

 別に時の止まった世界に入門してくること自体は構わないが……“それ”は色々な意味でマズいしダメだろう、と。

 

 そんな今までの所業を想えば人の事を決してどうこう言えない転生幼女の焦燥など何の意味もなく、『ヤツが動く』。

 

 

 

「時よ止まれ―――ロリは誰よりも美しいから」

 

 

 

「事前にオチが予想できていたわ畜生め」

 

「永遠のロリに願う、私を高みへと導いてくれ。

 流出―――“新世界へ語れ法律の物語”」

 

「流出したのは違法ポルノか?」

 

 投げ遣りなツッコミをした幼女に、気の抜けるような笑顔を浮かべたロリコン画家エルミナが手を振っていた。

 

「ふふふ……絵画魔術ここに極まれり。

 もともと絵とは静止した一瞬を描くもの。絵に描いたものを現実にする私の魔術の行き着くところとは、即ち時の止まった世界!!」

 

「理屈はそれでいいから、もうちょっと詠唱なんとかならなかったのか」

「え?なんかダメでした?いつものジェニファーのを参考にしてみたんですけど」

「訴訟も辞さない」

 

 ロリコンと厨二では音楽性が違ったらしい。

 そんなどうでもいい事実が明らかになったのはさておき、ジェニファーは召喚し直した浮遊剣の切っ先を全てエルミナに向ける。

 

「で、どうする?汝一人がこの止まった時の中で動けたところで、我に勝てるとでも?」

「怖い顔しないでくださいよー。パトリシアじゃないけど、幼女は笑ってるのが一番です」

 

 全く荒事に向かない華奢な細腕の絵画魔術師は、魔術師の天敵たる魔剣使いと対峙してもその陽気で敵愾心を削ぐ空気を決して崩さない。

 対抗手段があるからこその余裕という訳ではない―――もともと戦士でもない彼女にとって、目的は相手を倒すことでも打ち負かすことでもないというだけのこと。

 

 

「止まった時間も、光届かない暗闇も、描いててこんなにつまらないものはないです。

 こんなとこにじっとしてないで、思わず絵に描きたくなるようないいもの、いっぱい見に行きませんか?大丈夫、きっとなんとかなりますよ!!」

 

 

 アイリスとして示し続けていた“諦めない意思”とは異なる、どこまでも楽天的な言葉。

 それでも不思議と彼女の笑顔と雰囲気には、どこか否定しづらい“光”があった。

 

 そしてエルミナの握る絵筆が振られ―――世界を描くべく、“時が動き出す”。

 

 正常な時間の流れに戻って来た二人は、傍から見れば瞬間移動しただけに見えただろう。

 だが闇の女王の表情は頑なに、氷のように冷たくなっていた。

 

 

「ならば描き切ってみせろ。この狂った世界で、綺麗なものだけを描き出せるか汝はッ!?」

【九天ノ四(セット)、“飛風割空(ニダヴェリール)”!!】

 

 

 少女達の髪が暴れる空気に踊らされ乱れる。

 深淵の園で、荒れ狂うのは風ではなく、空間そのもの。

 

 歪んだ次元が周囲を巻き込んで全てを引き千切り、何処とも知れぬ果てに連れ去られる誘いの手。

 無形の猛威を阻むのは、薄紅色の煉瓦の城壁だった。

 

 

「悲劇の端緒を担う者として烏滸がましいと分かっています。それでも受け止めましょう。道に悩むなら、共に迷いましょう。

――――それはそれとして、いっぺん悔い改めましょう、ジェニファーさん?」

 

「「「ひっ……!!?」」」

 

 

 磔にされても揺るがぬ信仰心を抱く聖女の祈りは、現実に具象化し多次元の護りという奇跡を現出させる。

 それを為す稀代の神官少女クリスは、笑っていた。

 

 まさに聖女のようなといった風情の、慈悲に溢れたアルカイックスマイル。

 その完璧な微笑を見たアイリス達が―――何故か彼女からじりじりと距離を取り、そして相対するジェニファーも警戒したように摺り足で後退る。

 

「クリス、もしかしてキレてる?」

「いいえ、キレてないですよ。私をキレさせたら大したものですよ、うふふ」

 

 嘘なんてつきませんと言わんばかりの清廉さたっぷりの表情なのに何故か欠片も納得できない。そうですね、としか問うた仲間は返事できなかったが。

 

 一方怒りの原因に心当たりがあり過ぎる幼女の脳裏には、普段温厚な人間ほど怒ると手が付けられない、という当たり前の真理が過っていた。いや、キレてないらしいけど。

 

 

「貴女の苦悩は仕方ありません。そこまで追い詰めたのは私達の責任であることも否定できません。―――でも、それはあの悪ふざけとは全く、これっぽっちも関係ないですよね?」

「………いや、その」

 

 

 可哀想な美少女なら何をしても許される……そんな訳はない。

 “試練”で罰ゲーム同然のシチュエーションに直面させられたクリスの怒りに、ばつが悪そうにそっぽを向くジェニファー。当然それは彼女の怒りに油を注ぐ。いや、キレてないらしいけど。

 

 

「ジェニファー=ドゥーエ。懺悔の用意は出来ていますかっ!!

―――撲滅の 浄 冽 執 光 弾(エクソストリィィーーーーム)ッッッ!!!」

 

 

 次元の風を防ぎ切った奇跡の防壁、そこに残る神秘の力を破邪の光へと変換し、クリスは全ての邪念を絶つ神聖魔術による砲撃を放つ。

 さながら竜の吐息(ドラゴンブレス)のような光の瀑流は闇の女王を浄化すべく解き放たれた。

 

 

「……まあ、汝についてはつい興が乗り過ぎた節はあった。悪い」

【それはそれ、これはこれ。―――九天ノ三(セット)、“魔装封陣(ヴァナヘイム)”】

 

 

 そう、神聖“魔術”。残念ながら魔剣使いには届かない。再召喚した浮遊剣に全て吸い取られ、光の奔流は輝きを失って霧散する。

 

 

「―――いい加減、そのふざけた魔術殺しも破ってやろうと思ってたんだ」

 

「っ、!?」

 

 間髪を入れず撃ち込まれた雷の収束砲、それが魔術を吸収する紫水晶の刃を僅かな抵抗の後に砕き散らす。

 

 ジェニファーが相手の魔術をいいように利用する原理は、要は深淵による浸蝕によるものだ。

 自前の魂を持つ生物相手にするのと比較して、術理という無機質でシステマチックな方法論で魔力(エテルナ)を変換している《魔術》を掌握して乗っ取るのに、時間や手間は―――少なくとも《深淵》に桁違いの親和性を持つジェニファーがやる分には―――大して必要ない。

 裏を返せば、精神論ではなく純然たる意味で“魂のこもった”エテルナ変換に対しては、少なくとも攻撃に対して行うにはリスクが高すぎる程度には難易度が上がるということで。

 

 

「つまり――― 気 合 で 撃てば、吸収はされない!!」

 

 

※ただしそれを魔術と呼んでいいのかは不明。

 

 結論に目が行き過ぎて方向性を迷走している魔術師ラディス。

 だがまあ、この場に限って言えば、望む結果が得られることが何よりも重要という意味では細かいことはどうでもいいのかもしれない。

 

 その叡智の限りを尽くして、望む結果は、そう。

 

 

「どれだけのことができたって、所詮あんたも流星(にんげん)なんだよ。

 空に輝く星座なんかにならなくていいから――墜ちて(もどって)来い、ジェニファー!!」

 

―――約束したんだ。あんたがいつか闇に呑まれても、あたしが引き摺り上げてやる、って。

 

 

「………ッ!!」

 

 遂に護りを突破して、魔術に対しては無敵を誇っていたジェニファーに初めてまともに直撃した雷の奔流。

 これまで幼女に相対した魔術使いの誰もがなし得なかった快挙に、しかし矮躯の魔術師は少しも表情を緩めなかった。

 

 

「【九天ノ二(セット)、“妖雷裂華(アルヴヘイム)”】」

 

 

―――アレは普通の生物なら黒焦げの炭になる魔術が当たった程度で、沈んでくれるような可愛げのある幼女ではないのだから。

 

 果たして、ラディスの撃ち込んだ雷が爆発的に増殖する……と、そんな表現が正しいかは微妙だが、大気にバチバチと焦げ臭いイオン臭を撒き散らす稲妻がそこかしこに散らばり地表に網を作る。

 眩い稲光に包まれる荒野。そのどこにも幼女の姿はなくなっていた。

 

「ジェニファーは!?」

 

「たぶん、この雷そのものがジェニファーなんじゃない?……おっと、当たり?」

 

 一歩踏み出したコトが素早く横にステップすると同時、彼女のいた場所を電光の顎が喰らっていく。

 これまでの比喩ではない正真正銘の雷速、肉体を電子へと置き換えた不死身性と偏在性、今の幼女は伝説に謳われる雷神そのもの。

 

 だが鋼の刀を緩やかに持ち上げる着物の女侍に、気負いや臆する色は欠片もない。ただその琥珀の瞳に静かな光を讃えて佇んでいた。

 

 

「―――春陽翳つ歳星の霹靂、抜き合わせたるは千歳の儔(トモガラ)」

 

 

 不規則に稲妻の網を神速で伝いながらも八双に構えた桜色の剣士に狙い定め、落雷にも等しい熱量とそれを対象に余すことなく伝導する殺傷力が人間の反応速度を超えて襲い来る。

 

「千鳥や千鳥、斬り咲かせ。金気を以てここに剋す」

 

 絶死の領域に立ちながらも、剣聖の域に踏み込んだ天才女剣士の得物は果たして淀みなく閃いて。

 

 

 雷を、切る。

 

 

「サムライとしてはいっぺんやってみたかったんだよねー、雷切。

 で、ジェニファー。そんなに浅くは斬ってないけど、まだいけるんでしょ?」

 

 

「―――当、然ッ!!」

 

 

 コトの刀に袈裟に斬られた傷から深淵の靄を噴き出しながらも、戦意は欠片も衰えていない。

 もとより痛みなどとうに慣れた身。人間の分限を超越したジェニファーが止まるにはまだ足りない。

 

(でもさ、ジェニファー気付いてる?そうやって一生懸命何かを求める姿はさ、誰がどう見たって死に損ないなんかじゃないよ?)

 

「皆さん、あと一つです!!」

 

 小さくコトが呟いた言葉は、ユーが士気を上げる為に叫んだ声に被せられて誰にも聴こえない。

 一方でユーの叫びは、他ならぬジェニファーによって否定されるのだった。

 

 

「残念ながら、あと“二つ”だ」

【無天の法(イクステンド)、“屍修羅城(グラズヘイム)”】

 

 

 闇の女王が天に掲げた拳に呼応するように、黒い空に影が次々浮かび上がる。

 

 その無機質な存在は、深淵の園に入ってからここに辿り着くまでに見かけた天使達の残骸。深淵を詰め込まれジェニファーの操り人形となっている哀れな天庭の尖兵達は、今限界を超えてその深淵を増幅・暴走させられていた。

 

 後先など全く考えないブーストは、そう遠くない内に天使達を完膚なきまでスクラップに変容させるだろう。だが代わりに、“一度体当たりさせるくらいなら”、どんな砲弾よりも貫通力の高い凶悪な特攻兵器の出来上がりだ。

 

 その数、千。全天全方位を埋めるに余りある数が、今アイリス達の周囲に展開される。

 早くも崩壊の兆しを見せて鋼のボディが軋みを上げる音が断続的にあちこちから聞こえ、嫌でも不吉な予感を駆り立てる。

 

 本来、何かに使えるか程度の思惑で残していた天庭の侵攻軍の廃棄品。

 結局はついでのように再利用された挙句、アイリス達との“じゃれあい”に浪費される運命で。

 

 

「【星よ、降り注げ(メテオレイン)】」

 

 

「ちょっ―――」

 

 黒い流星群となって、全てがアイリス達目掛けて殺到するのだった。

 

 

 






天使「トランザムッ!!」×1000

 どこぞの自称イノベイターの真似までやってんのどうなの。


 割とネタまみれですが、最終決戦なんだからシリアスやり通せよと言われればまったくその通りなのでちょっとどうするか悩んではいました。前回いつものノリでプリシラがツッコミ入れただけでも「うーん…」ってなる読者さんが居たみたいですし。

 ただ、掲載開始から今までこの作品がやってきたノリと、あと原作の空気を考えても、この形が「らしい」のかなと思ってこの形に。
 何はともあれいよいよもって最終回近いかと思うと……うん。



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冥き茨の簒奪者8


 あいミスのメインヒロインはアシュリー。作者には浴衣も酒場娘も着てくれないし、サンタもコイン交換だったけど!!




 

 使い捨ての天使による数に物言わせた特攻。

 

 流星群というのは比喩の表現だが、しかしその一つ一つが隕石の直撃程度の威力はあっただろう。

 深淵の園の最奥部の闇すらも追いやるほどの土煙……というより遠目からはキノコ雲が上がっているのが観測できるほどの飽和攻撃。

 

 それを容赦なくアイリス達に叩き込んだダークアイリスは、彼女達が無傷でこれを捌き切れるとは思っていなかった。ただし……これで全滅するとも思っていなかった。

 

 

「ここに黎明と黄昏は交錯する」

【天に貪狼、地に大蛇(オロチ)】

 

「朽ち錆びし鉄鎖は砕かれた。駆ける怨讐、叛逆の颶風」

【凶兆告げし魔笛の号鳴を聴け。其は虚栄と傲岸の終焉】

 

「失墜せよ至尊の神威。我等『零の極冠』が名の下に、屍山血河を走破せん!」

【装界・深淵征刃・九天ノ一(ワールドエンチャント・アビスルーラー・ジエンド)!】

 

 

「【“決殲獄巫(イーダフェルト)”ォォッッッ!!!】」

 

 

 故に。ここからが正真正銘の、全力全開。

 

 

 万物を灰燼に帰す劫炎を、益荒男の魂狂わす睡霧を、質量全てを自壊させる重力を、微風も同然に揺るぎもせず。

 時の流れ、次元の壁、魔を禁ずる封縛、定まった形象からすらも解き放たれて。

 

 『力』、ただそれのみを凝縮した最終形態。

 

 完全に深淵を捻じ伏せ征服した闇の女王に、それらを呑む為の偽りの成長も最早不要。

 銀髪朱彩眼のあどけない幼子の肉体に戻りつつも、その全身の肌に禍々しい緋の紋様が刻まれた肢体は、黒と銀の拘束帯が巻き付いて妖しく闇に浮かび上がる。

 背には悪魔の翼のように紫紺の奇刃九振りが従う。そして周囲に纏う《深淵》の色は―――朱。

 

 生命を浸蝕し同化する闇を完全に己の色に染め上げ屈服させしその様は、紛うこと無き天を砕く覇王の姿。

 

 それに相対するは。

 

 

「アシュリー=アルヴァスティ、いざ尋常に、参るッ!!」

 

 

「アシュリーさん!!」「あと、お願いッ!!」「トチったら承知しないんだからね!?」「任せましたよ……全部託します!」「いっけぇぇ、アシュリぃぃーーーーっっっ!!」

 

 闇の荒野に燦然と輝く白銀。

 夥しい特攻の嵐に対して、アイリス達はただ一人を万全に送り出すべく死力を尽くして迎撃し、防ぎ、その身を盾にした。

 その信頼と期待と責任を一身に背負い、はじまりのアイリスが砂塵を突き抜けて覇王に挑む。

 

「趣味がいいな、アシュリー=アルヴァスティ!」

 

 想いと絆が力を生み出すこの戦場で、仲間全ての希望を託された女騎士の聖装に形となって表れている。

 一点の曇りもない白銀の剣と鎧は精緻な装飾が施され、その煌きを無二のものとして引き立てる。角飾りの宝石冠(サークレット)は紫色の長髪を乱れさせないよう引き締めて彼女の凛々しい美貌を戦場にあってなお損なわせない。純白の外套が翻る様は、勇敢な戦乙女が旗を振るがごとく見る者に鋭気を蘇らせる。

 

 『英雄』という概念が結晶化したような外装は、相対する覇王の鬼気にも見劣りしない。

 そして担い手がそれに相応しいか否かも、今更論ずるまでもない。

 

「断ち切るっ!」

 

 初手から最加速、疾風を超え閃光。

 すれ違い様に三度振り抜いた剣筋は、白い光条が鋭角に三本折り連なって突如現出したようにしか知覚できない。

 

「さあ、踊り狂おうかっ!!」

 

 なれど覇王幼女、閃光を砕く暗黒の具現。

 幻のように体勢を変えぬまま位置だけを剣の間合いの外へと転じ、右手に“水晶”と左手に“朱”の大刀を振りかぶり、交差して、

 

 叩きつける。

 

「―――ッ」

 

 轟くは世界の悲鳴。

 剛剣を受け切ったアシュリーはともかく、ついでとばかりに引き裂かれた時間と空間が遅れてその傷の痛みを“がなり立てる”。

 

 裂傷に喘ぎながら埋め戻そうとする世界の反動は、それだけで形ある者を破砕する振動の波となってあたり構わずばら撒かれた。

 

「ひゃぅぃ……冥王様、ありがとうございます……っ」

 まだ行ける―――だから遠慮なくやれ、アシュリー、“ジェニファー”!!

 

「感謝します、主!」

「……っ!主上……!」

 

 アイリス達が深淵からの浸蝕を受けぬよう防ぐ負担が軽減された分を、戦闘の余波からユーやリリィ、そして今は戦線離脱した者達をも護る力に充てる冥王が叫ぶ。

 ジェニファーが好きに全力をぶつけられるのは彼の存在あってこそ。

 

 裏切った分際で猶も甘える己の身勝手さに思う所がない訳もないが―――破滅の剣舞は止まるを知らぬ。

 

 二連、三連、五連、十一連、十六連、二十七連。二刀による止まらぬ斬閃を、しかしアシュリーは弾き、受け流し、躱し、時に合わせて反撃を見舞う武の極みを見せる。

 否―――無意味な仮定ではあるが、これがジェニファーでなければ彼女もここまでついて来れはしなかっただろう。

 

 剣圧も速度も比べることすら愚かしい、けれど。

 

「研鑽は、技に嘘を吐かない―――ッ!!」

 

 偽アシュリーに奇襲を成功させた時と同じ理屈だ。

 日々鍛錬と実戦を共にした後輩の太刀筋は百も承知。見切る以前に体が知っている。

 但し、それはジェニファーも同じこと。

 

「どこまでついて来れる!?」

 

 朱の深淵を振り撒きながら一撃一撃が万象に断裂を刻む斬撃。

 アシュリーもそれと同等以上の剣閃を返すが、見た目と周囲の被害の派手さとは裏腹に現状見知った技の応酬でしかない。

 

 隙を探り合う中で切り札を切るタイミングを計る、そういった神経張り詰めさせる持久戦の側面が発生しつつあるのだ。

 そうなれば、ユーの補助があるとはいえ深淵による強化に限界のあるアシュリーが不利―――、

 

「どこまで?……見くびるな」

 

 そんな訳はない。それだけは許せない。それは在ってはならない。

 

 

「お前の心が晴れるまでに決まってる」

 

 

「………っ!?」

「力と引き換えに深淵の浸蝕から自分を保ち続ける―――この辛さは、この苦しさは、お前がいつだって我慢し続けてきたものなんだから!!」

 

 だって、アシュリーはジェニファーの先輩を辞めたつもりはない。慕ってくれる後輩の期待を裏切る軟弱者になったつもりもない。

 いつもふわふわして、からかって来て、ある意味無邪気に振る舞って―――その裏で幼女がずっと耐え続けた苦痛から逃げ出すことなんて、出来る筈もない。

 

 この世に二つとない至高の領域での決戦を演じながらも、いつしかアシュリーの表情は涙を堪えて歪んでいた。戦いの辛さではない、悲しみが白銀の聖剣に載って交わす刃を通して伝わってくる。

 

「お前に、謝りたいことが一つだけあるんだ」

「何を……っ!?」

 

 

「なあ、ジェニファー。――――家族も、故郷も、自分の名前さえ思い出せないって、どんな気持ちなんだろうな」

 

 

「―――!?」

 

 ずっと抱え込み続けた、ジェニファーの心の一番やわらかい場所。

 そこにそっと手を伸ばした“先輩”の言葉に、太刀筋を乱した“幼子”は咄嗟に飛び退く。追撃の斬閃は飛んで来なかった。

 

「何も分からなくて、なのに知っているのはあんな惨劇の光景だけなんて。そんな子に、世界はどう見えたんだろうな」

「ぁ―――」

「憎しみに染まった子供と一緒に、教会騎士なんて恐ろしい奴らと、斬って斬られて殺意をぶつけ合って。それって、どんなに痛くて辛かったんだろうな」

 

 これまでの旅で、ジェニファーが傷の痛みに怯んだことなど一度もなかった。腕を銃弾に撃ち抜かれようが、深淵に神経を掻き回されようが、戦意を挫かれたことは一度もなかった。

 素直に凄いと思う反面―――どれだけの痛みを背負ってきたらああなれて“しまう”のかを考えるとぞっとする。何よりも、今までずっと傍にいながら思いも至らなかった自分の間抜けさに。

 

 

「お前は強くて優しい子で。ジェーンの為に、そんな理不尽の中で愚痴一つ弱音一つ言わなかった。それでも、って、世界に絶望しないでいてくれた。こうして今でも私達にチャンスをくれている。

 けど……あんなに一緒にいたのに、気付かないで良い訳、なかったよな……っ?」

 

 

 ジェーンの悲劇的な境遇にどうしても目が奪われるけれど、過酷という意味でならジェニファーとて気遣ってあげなければいけない相手だったろうに。

 どれだけ優れた戦士で、深淵の浸蝕に耐え続けるような規格外で、表面上の取り繕っただけの言葉で周囲を振り回すような食わせ者でも………人間だ。心が傷ついていない訳はなかったのに。

 

 

「お前は私が辛い時、支えてくれたのに、信じていてくれたのに……っ!

 駄目な先輩で、本当にごめんな……?」

 

 

 女騎士は剣を構えながらも、涙に震える声を振り絞るようにして吐き出す。

 遠目に見守る者達も、誰もが痛みに苛まれた顔に後悔を浮かべていた。

 

 そして、“幼女”は。

 

「やめてくれ……そんな貴女だから、あなた達だから―――」

「やめない。全部ぶつけて来い。全部受け止めてやる」

 

 

「っ―――ああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!!?」

 

 

 何も分からない。ただ意味もなく叫ぶ。そして刃を振り回す。

 駄々っ子のように、技も戦術もなく、ただし威力だけは籠ったそれらをアシュリーは全力で剣を振るって真正面からぶつけ合わせる。

 

 白銀の輝きと朱の残滓がその度に散っては闇に溶けていく。

 

「いまさら、今更!!優しくしないでよ!!縋りたくなるだろう、甘えたくなるだろう!?」

 

 戯言で張っていた虚勢。人が人たる為に歩むべき道があること。綺麗事。未来に希望を失った子供に見せてあげたいと願ったそれ。

 縋っていたのは、見つけることで救われると思っていたのは本当は自分で。

 

「折れるんだよ―――そんな弱さを抱えて進めるほど、本当は、強くないんだ……っ!!」

 

 世界は優しくない。ジェーンを都合よく救ってくれる正義の味方は居なかったし、ジェニファーの前にアシュリー達が現れたのも、幾度となく教会騎士達との殺し合いを乗り切った後の話だった。

 信じられるものなどなかったから、強がりだけを覚えてただ突き進んできた。“他にやることがなかったから”。

 

「いいやっ、……お前は強い子だ。だって、泣いてる女の子を、笑顔に出来たじゃないか。諦めなかったじゃないか!?」

「………っ!」

 

 無理に一振りの剣で二刀を迎え撃っているアシュリーは、受け損ねて傷を負い始める。

 拙い剣技で攻めかかるジェニファーも、少しずつ怪我を増やしていく。

 

 もはやどちらが勝つか負けるかの戦いではなかった。ただ刃に己の想いを乗せて、ぶつけ合うだけの。

 

 

「だけど、辛いなら頼ってもいいじゃないか。縋ってもいいじゃないか。私達は、仲間だろう?

 そんなことも許されない“強さ”なんて、そんなことが“甘え”や“弱さ”だなんて―――そんなの、悲し過ぎるだろうが!?」

 

 

 斬。振り切った剣は、ジェニファーを真芯に捉え吹き飛ばす。

 いつしか二人の外装はその威を失っていた。幼女のそれは銀装飾が散りばめられた黒衣に、女騎士のそれは旅立ちの前から愛用している旧主から賜った鎧に。

 

「はぁっ、はっ、…くっ……!」

 

 相対するは寂寞の荒野。冥王の祠はないけれど、深淵に満ちた闇の中ではあるけれど、それはまるで―――。

 

 ただ意地と気力をぶつけ合って消耗した果て、先に動けたのはアシュリーだった。

 

 

「最初から何一つ、変わってないんだ。いつだって。

 “どこにでもある悲劇”なんて、そんなものあるものか。このまま終わらせてたまるか。こんな寂しい荒野で、たったふたりぼっちで消えるだけなんて許せるか」

 

――――『私が剣を執るのは、子どもを化け物扱いして斬り殺すためなんかじゃ断じてない……ッ!!』

 

 

 

「私が剣を執るのは!目の前の子供が笑顔でいられる明日を掴むためなんだ……ッ!!」

 

 

 

 決然と言い放ち、女騎士は剣に光を纏わせて萌技を叩き込む。

 もはや深淵により肉体を変質させ切ったジェニファーには例え胴体を輪切りにされても致命とは程遠くとも、精神が限界だったのかあるいは緊張の糸がほどけたのか、幼女は気を失って崩れ落ちる。

 

 咄嗟に受け止めたアシュリーの懐の中、銀髪幼女は相応の無垢な寝顔で安らかに眠っていた。

 

 

【ありがとう、アシュリーせんぱい】

 

 

「ん……いいんだ。これは私がやりたいと思ったことで、やるべきと思ったことだから」

 

 結局ジェーンはどう思っていたのだろうか。どう転んでも半身と一緒に居る意思は変わらなかったけれど、もし救いのある結末であるのなら、と考えていたのだろうか。

 それは分からなかったけれど、幼女を抱き締めたまま、アシュリーは戦い終わって駆け寄ってくる仲間達に笑顔を見せる。

 

 文句も、お叱りも、腹を割って改めて話すことも山ほどあるけれど、今はただ二度とこのふわふわ幼女の手を離さないことだけ考えていればいいと思う。

 

 

「帰ろうか、冥界に。私達の学園に」

 

 

 そっと銀の髪をアシュリーが撫でる。幼女は身じろぎもせず、ただすやすやと寝顔を見せ続けているのだった――――。

 

 

 




 最終章完。次回で最終回かな?

………しかしこう、アシュリーにジェニファーの境遇並べさせて改めて見るとひっどいなこれ。本人の言動がアレだから誤魔化されるだけで、ジェーン並みの闇深ヒロインな気が。
 しかもバッドエンドだと、世界に失望したままそれでも世界を護る為に云千年孤立無援で戦い続けて擦り切れるという。

 サッドライプって奴はこの子が嫌いでしょうがないんだろうか………?(ぇ



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あいりすペドフィリア!


~最終章エピローグ~

「と、いうわけで」

「どうも皆さんごきげんよう。世界樹の精霊(光)のリリィです」
「ごきげんよう。世界樹の精霊(闇)のジェニファー……だそうだ」
「はいどうもごきげんよう。世界樹の精霊(笑)のユーです。………ってちょっと待てぃ!?」

「いきなりジェニファーさんが世界樹の精霊と言われても、という方もいらっしゃると思います。
 先日はゆっくり説明する時間もありませんでしたから」
「我にいたっては起きたら既にその扱いだったのだがな」

「あのー、リリィさん?そっちも重要ですけど、私の肩書は――」
「それでは順を追って振り返ってみましょう。まずは深淵の園でアシュリーさんが無事ジェニファーさんに勝ったところから」
「―――あ、スルーですかそうですか」

「あの後深淵の園の最深部から冥界に帰る必要があった訳ですが、脱出方法を知っているであろう主のジェニファーさんは気絶した状態でした。かと言って起こしたら起こしたで、やっぱり帰りたくないと駄々を捏ねないとも限らないので問答無用で一度冥界に拉致した方が確実です」
「意外に毒舌だな世界樹の精霊(光)。どこで覚えた?」
「元凶筆頭がなんか言ってますよー」
「??何かお気を悪くするところがありましたか…っ?」
「しかも天然か」

「そうなると脱出手段は一つ。世界樹の苗木だったわたしがあの場所に根を張り新たな世界樹として生長することで、わたしを通して冥界に帰還する路を作ることでした」
「そう言われると新たなる世界樹、なんか私的な理由で誕生したみたいに聞こえますねー」
「そこは脚色次第だろう。『悪の魔王を倒した冥王率いるアイリス達。一方通行の討伐路になることは覚悟していた一行だが、なんとその時魔王に封印されていた新たな世界樹の種が芽吹き成長し始めた!彼等は無事新世界樹を通って冥界に帰還したのである』。
 うむ、神話っぽいご都合主義な奇跡だな」
「自身を魔王って言っちゃってるのも大分アレですけど、脚色もどうなんですか?ジェニファーさん巫女さんじゃなかったんでしたっけ?」
「???神話なんて端からそんなものだろう?」
「ええー……」

「こほん。元々わたしが新たな世界樹になることは役目でしたし、数日もあればこうして意識を分離してリリィとして冥界の皆さんの下に帰って来れる話だったのでそれ自体は問題なかったのです。
 ですが、深淵に適応した世界樹というのも当然ながら初めての試み。しかも一度失敗した存在が考えたものというジェニファーさんの指摘と危惧はごもっともです」
「世界樹にそんな辛辣なダメ出ししようと思うの、ジェニファーさんくらいですけどねー」
「しかし深淵に関しては、旧世界樹による吸い上げと蓄積、そして『ダークアイリス』によるその制御というシステムが出来たばかりですがありました。なので、そのシステムも一緒に新世界樹にくっつけることにしたんです。これなら深淵の氾濫や暴走のリスクもより少なくなります!」
「えーと……ジェニファーさんがやろうとしていたことを、そのまま貯水池みたいなものとして利用した、ってことですか?」
「その理解でいいだろう。だが、それはつまり――」
「はい。外付けの機構なので、旧世界樹で深淵の量を調節する管理役となる存在が別に必要です。適任は、一人しかいないですよね?」
「それで世界樹の精霊(闇)―――あるいは旧世界樹の精霊、か」

「……勝手に決めてしまって、ごめんなさい。でも、『ですのお姉ちゃん』と一緒に世界樹の精霊をできるなら、ひとりでやるより不安じゃないって思ったら……ぁぅっ!?」
「そんな顔をするな。我にとっては当初の予定からやることがむしろ減ったに過ぎん」
「………(ぱああぁぁっっっ)!!!」
「リリィすっごい嬉しそうな顔ですね、ふふっ」


【………(むーっ)】
(いや、そこで拗ねるな半身)



「あ、ちなみに天上人さん達には、『わたしが支える世界にひどいことしようとするなら、ジェニファーさんと協力して何千年後と言わずに明日にでも天庭に深淵を垂れ流します』って伝えました。そうしたらなんと『これからは地上と冥界に手出しはしない。しないから』って言ってくれました!
 うふふ、脅(はな)せば下座(わか)るってこのことなんですねっ」

「おい、この世界樹の精霊(光)、無邪気に過激だぞ」
「誰の影響だと思ってんですか世界樹の精霊(闇)さん?」



※と、いうわけで。諸々の後始末について、可愛いマスコットと普通のマスコットと邪悪なマスコットが教室で語った感じ。
※ジェニファー(とジェーン)、正式に人間辞めました(実際は最終章の時点で既に、ですが)。厨二設定の更新と共に永遠の幼女に。
※気づいたらリリィがほんのり黒くなってた。何故だ……。

※以下は家出幼女の謝罪(?)行脚です。クエスチョンマークが付くのは、うん。ジェニファーだし……。



 

~冥王様にごめんなさい~

 

 お帰り、ジェニファー。

「主上。命令に背き勝手をしたことは申し開きの仕様もない。

 これより主上の騎士は名乗らない。ただの下僕として、好きに使い捨てて欲しい」

 それはちょっと困るなあ。

「これはけじめだ。主上の寛大さは承知しているが―――」

 

 

 でも、さ。ジェニファーは俺の“意思”を裏切ったことは一度もないだろう?

 

「―――!」

 

 

『人々が地上からいなくなるのは、寂しいからね』

『必ず天使達の企みは打ち破る』

 

 聖樹教会のこととか、深淵のこととか、天上人のこととか。

 色々と無茶してたよね。でも俺が不用意なこと言わなければ、もうちょっと違う道を選んでくれてたんじゃないかって責任は感じてる。

「っ……そんなことッ」

 

 君なりに自分ができることを精一杯やってただけだろ?だから誰がなんと言おうと変わらない。

―――ジェニファーは俺の騎士だ。いつまでも離すつもりなんてない。

 

「………。全ては我が我の意思で行ったことだ。主上の言葉に責任を擦り付けるつもりなどない。

 でもありがとう、冥王様――――」

 

 

 

~フランチェスカにごめんなさい~

 

「…………」

「……その」

「…………」

「……、フラン―――」

「―――ああもうっ!」

 

 ぎゅっ。

 

「え―――?」

 

「帰ってきてくれてよかった……っ!本当に、心配させないでよ。時々あなた、自分がいついなくなってもいいみたいな顔するから、自分は一人でも生きていけるって顔するから……二度と会えないかと思ったじゃないッ!!」

 

「そんな顔……?」

「してたのっ!ねえ、そんなに私達と一緒に居るのが怖かった?」

「――――」

 

 

「あなたは、ここに居ていいんだよ?幸せになっていいんだよ?」

 

「ぁ――――」

 

 

「………もう。私もだめねー。ほっぺぐにーじゃ済まさない、引っぱたいてやろうかって思ってたのに」

「いや。効いたさ……そんなのより、ずっとな」

 

 

 

~セシルにごめんなさい(副題:迫りつつあるアナちゃん先生の呪い)~

 

「ごめんなさい」

「はいっ、許します!」

 

「……いや、助かるがいいのか?それで」

「私、ジェニファー様よりお姉さんなので!お姉さんなので!!」

「二回言わなくても言いたいことは分かるが」

 

「そう言えば私ひとりっ子なので、弟か妹が欲しいって思ってたんです。

……最近これを口にすると、何故かひどい悪寒がするのですが」

「ぉぉう……何故か急に我もこう、非常にいたたまれないというか痛々しいというかそんな気持ちに………」

 

「それはともかく、ルージェニア様を見て時々うらやましいなあって思うことがありまして!だからジェニファー様、おねえちゃんにぎゅぅって抱き着いてもいいんですよ?」

「…………、ふむ」

 

 

「……あの、なんで頭をなでなでするんですか?それはお姉ちゃんの仕事じゃ―――ジェニファー様?ジェニファー様!?」

 

 

 

~ポリンにごめんなさい?(副題:ダークアイリスさんが転んだ)~

 

「うんうん、ちゃんと幼女に戻ってるわねジェニファー」

「汝だけ問題にしている箇所がおかしくないか?」

「どこが?世界樹の精霊になって、貴女はずっと幼女のままで居続けなくちゃいけない。

 大変よね?大変でしょ?それを考えると、私が寛大なのはどこか変かしら?」

「………まあ、汝がそれでいいのならいいんだが」

「私はいいから、早く次行きなさいな。じゃあね」

 

「………」たゆん♪

 

「―――ッ!!?」

「急に振り返って、どうしたんだ?」ぺったん♪

 

「何故だか急に背後から巨乳のオーラが……いいえっ、なんでもないわ。今度こそじゃあね」

 

「………」たゆんたゆん♪

 

「――――ッッッ!!?」

「だから何故急に振り返る」ぺったんこ♪

 

 

 

~クリスにごめんなさい??(副題:ここまでやるのはクリスにだけ、っていう意味では…)~

 

「ジェニファーさん、私の言いたいことは分かっていますね?」

「………むう」

「あなたが人をおちょくるのは親愛表現だというのは理解できているつもりです。

 ただし物には限度というものがあります。私は心配しているんですよ?あなたがいつかやり過ぎて、相手が許してくれるラインを超えてしまったら、あなたは大好きな人と仲違いしてしまうかも知れないんですよ?」

「それは、まあ」

「分かったら反省すること。さあ、まずは謝罪の気持ちを表して」

 

 

「―――つまり、償いとして我はラブリーショコラの聖装を着ればいいのか?」

「どーしてそうなるんですかっ!!?」

 

「や、そろそろクリスいこーるラブリーショコラというのもワンパターンかと思って」

「そんな等号はありませんっ!!」

 

 

 

~アシュリーにごめんなさい!!~

 

「アシュリー先輩、その―――」

「よしジェニファー、サボってた分鍛錬はびしばし行くぞ。まずは校庭百周だ!!」

「え、ええ?」

「ほらぼさっとしない!駆け足!!」

「おう、体育会系………」

 

 

「―――今更お前に謝られることなんて何もないさ。言いたいこともあの戦いで全部言ったよ、私はな」

 

 

「何かっ、言ったか!?あとこのタイヤ何処から持ってきたアシュリー先輩!?」

「まだまだ余裕ありそうだな!よしもう一個増やす。世界樹再生のためではないとはいえ、その力を悪用されないように種子回収の旅はまだまだ続くから、怠けてる暇はないぞ。

 昨日よりも強く、今日よりももっと強く。一に鍛錬二に鍛錬っ!!」

 

 

 

――――戯言は続く。

 

 混沌と調和が織り為す秘跡(ミスティリア)に紛れ込んだ愛らしくも哀らしい異物が踊った喜劇は、既に語られた物語。

 

 そして尚踊り続ける道を進んだ物語。

 終わらぬまま続いていく創話の中であるならば、その舞台に立つ者も、それを紡ぐ者も、またそれを見る者も例外はない。

 

 そう、誰しもがきっと―――。

 

 

 





―――あいりすペドフィリア!


 完!!ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!!


 作者はヴァレリアにごめんなさいしてきます!!!



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お徳用学園イベントセット


 学園イベント全員分書いて!とかいう無茶ぶりされたが頑張ってみた(全員分書けたとは言ってない)。

 クルチャは二回行動でスキル再チャージが早いから、全パーティーメンバー常時繚乱とかいう頭おかしいことができるんだよなぁ。
 鍵ボス百レベル突破はこの子居ないとかなり厳しいんでは。




 

 

~学園イベント・クルチャ~

 

「バンドメンバー確保ぉぉぉ~~っ!!」

「っ!!?」

「お願いジェニファー!何か楽器弾けたりしない?」

「いきなり何を言うかと思えば。記憶喪失と田舎巫女に何を期待しているんだ?」

「試しにやってみてくれるだけでもいいから。プリシラPからも、いくらクルチャが歌って踊れるアイドルでもそろそろ一人は限界があるって言われてるの!ソロだけに!」

「帰る」

「待って待ってぇ!このままだとウサミン星のキュートな17歳とかいう電波なキャラ付けしないといけなくなるの!厳しいアイドルギョウカイを生き残る為に!!」

「四十人以上に分身してグループ作れって言われないだけマシでは?分身なら教えてやれるけど」

「クルチャ、まだラビリナ辞めたくないなーって……」

「………はあ。まあ時間は空いてるし、やってみるだけなら」

「!!ありがとうジェニファー、お礼にクルちゃんファンクラブ名誉会員証を―――」

 

「あ、そういうのいいです」

「即答でお断りするのやめて!?」

 

 

 

 

~学園イベント・プリシラ~

 

「―――もう無理だよ。ジェニファーと一緒にバンドアイドルはできない」

「はやっ!?あの子誘ってまだ一時間経ってないでしょクルチャ!?」

「だって、だってぇ~~~」

「……もう。ボクは今来たばかりだから分からないけど、そんなに楽器ダメダメだった?」

「楽器はベースが弾けたみたい。ジェーンも、腕力凄いしリズム感もあるからいい感じにドラムがやれると思う」

「へえ。じゃあなんで一緒にできないなんて言うの?」

「……そこ。音楽室でまだ演奏中だから聴いてみてください」

 

 

 

「ヴォオオオオ!!♪SHUT THE F××K!!HOLY SH×TTER!!

 腐った脳に中指立てろッ♪GYAAAAAっっっ~~~~~~~!!!」

 

 

 

「ぉぉぅ、幼女がデスボイス……」

「しかもドスの効き方半端ないし。音楽性の違いにつきバンド解散します……」

「うん。とりあえずフランチェスカ呼んでこよっか」

 

 

 

 

~学園イベント・エルミナ~

 

「アイリス対抗腕相撲大会、ね。我の初戦の相手は……って、怪我しない内に棄権した方が良くないか、汝は」

「いえいえー。腕の骨の一本や二本、折れる時は折れますよ」

「それでいいのか画家。というか何故そこまで?」

 

「はーい審判のユーです。さあお二人とも右手を握ってー」

「――――ふっ」

「おい、まさか」

 

「机に肘を立ててー」

「…………」

「あの、エルミナさん?」

 

「ふおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!」

 

「気合入れてるところ申し訳ないんですが、それは試合始まってからに―――」

「いや、これは―――」

 

 

「うふ。うふふふふ。幼女のおてて。はぁ、はぁっ、はあはあ、はあはあはあはあはあはあはあはあはあ…………っ」

 

 

「はい、ではエルミナさん失格ということで」

 

 

 

 

~学園イベント・リディア~

 

「ぐぬぬぬ……っ!」

「ふににに……っ!」

 

「まあ、腕相撲ならこの二人が残りますよねー」

「クレアさんとソフィさんもいいとこまで行ったんですけどねえ」

 

「負けない。あんただけには、絶対―――!」

 

「おっとリディアさんが優勢……ってぇ!?深淵!リディアさん深淵漏れてます!?」

 

「くっ、汝がその気なら!」

【ここに黎明と黄昏は交錯する】

「装界・深淵征刃・九天ノ一(ワールドエンチャント・アビスルーラー・ジエンド)―――」

 

「ええええジェニファーさん教室でそれはホント止めて―――!!」

 

 

 ごん。

 

「「きゅう……」」

 

 

「まったく。はしゃぎ過ぎです馬鹿者共」

((ベア先生最強……))

 

 

 

 

~学園イベント・ティセ~

 

「ティセ、食堂に汝の忘れ物があったぞ」

「ジェニファー?わざわざ寮の部屋まで届けに―――」

 

 がちゃ。

 

「「…………あ」」

 

 

「…………。邪魔したな」

「い、いいえ(つい裸のままでドアを開けてしまいました……!)」

 

 

「悪かった。しかし寮部屋で一人で発散するほど溜まっているか。よければ主上にティセを誘ったらどうかと伝えておくが」

「……??っ、~~~!!?幼女が変な気を回さないでください!!

 それに違います、これはただ単に私が部屋の中では服を着ない主義だというだけで!」

 

「…………幼女の教育に悪いという意味では何一つ違わないと思うが」

「ぐぅ。あなたに正論を言われると無性に悲しくなります……」

 

 

 

 

~学園イベント・ラウラ~

 

「よ、せっ……と。これで全部か?」

「ごめん、向こうにもう一部屋ある。倉庫の搬入手伝ってくれてありがと。重い箱多いからほんとに助かる」

「それにしても今回は本が多いのか。どうりで重いと思ったが、どんな本―――」

 

「にゃっ!!――――子供は、見ちゃダメ」

 

「流石の素早さ……しかし、つまりそういうことか?ふーん??」

「あの、え?その優しい眼差しは何?」

「いや、大人しい顔して意外と汝もそうなのかと思って」

「~~~っ!!ち、違う。私の趣味じゃなくて、来週ファウスタでやる同人誌即売祭りの委託販売サービスやってるだけで……!!」

 

「でも検品で全部チェックしたんでしょ?マニアックなやつも多いんだよね?

 ねーどれがラウラおねーちゃんのお気に入りなのー?(ロリ声)」

 

「~~~!ふにゃあ、きゅぅ」

「っとと!?しまった、からかい過ぎた……」

 

※責任持って残りはジェニファー一人でやったら許してくれました。

 

 

 

 

~学園イベント・ソフィ~

 

「あらジェニファー様、得物が刃物だけに手際がいいのですね」

「材料切るくらいならな。三十人近い食事の用意、毎回大変だろう?」

「皆さん学園で鍛錬してますからよく食べますしねえ。でもお腹すかせた子達のこと考えたら、なんてことありません」

「お母さんか」

「そうですねえ。冥王様に会うまでは子供を作ろうなんて思ったこともありませんでしたが、子供がいたらこんな感じなんでしょうか。ジェニファー様が手伝ってくれて、私が調理して、それを冥王様と一緒にいただく―――なんて」

「…………」

 

「……私達に何も言わずにいなくなったこと、私だけは責めることはできません。

 私もこれまで旅して来た中で、そういう別れ方を選んだ人達がたくさん居ましたから」

「―――それは」

 

 

「だからもしまたこの場所にじっとして居られないなってことがあったなら―――その時は私もご一緒させてください。

 そしていつか帰った時に、一緒にごめんなさいしましょうね?」

 

 

「……いつか帰る、か」

「ここはそういう場所になりましたでしょう?私にとっても、貴女にとっても。

 だから旅の道連れです。きっとそれも楽しいと思いますよ」

 

「そう……だな。ありがとう、―――」

 『おかあさん』。

 

「ふふ。はい、どういたしまして」

 

 

 

 






 最後しんみりさせとけば下ネタ二連続やっても誤魔化せると思ってる作者が居るらしい。


 とりあえず幼女はフランチェスカお姉さんにほっぺぐにーされました。



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星辰瞬く夜


 思いついたので10.5章。

 今になって考えるとナジャせんせーは体を張ってお約束を守っていたんだなーって。



 

 ジェニファーの壮大な家出事件が一段落して間もなくのこと。

 

 謝罪と謝罪してんだかおちょくってんだかよく分からない挨拶回りに幼女がてってけ奔走していたのと同じ頃、後始末という意味ではもう一人触れなければならない人物がいる。

 

 ドワリンの大魔導士ナジャ。

 深淵に心を蝕まれ暴走、その意思に“同調”して地中深くから闇の力を世界中にばら撒く為に旧世界樹を傷つけ、その過程でエルフィンの森と各地の大聖堂を襲い甚大な被害を齎した。

 

 公的には旧世界樹が黒く染まったのもその後一瞬魔物が世界規模で活性化したのも、直後にダークアイリスなる人物の宣戦布告が世界中に響いたのでそいつが元凶ということになっている……が。

 いやダークアイリスって誰だよという当たり前の疑問から、人々は別なところに原因を求めようとしていた。

 

 

 これも聖樹教会のしわざか、と。

 

 

 世界樹を炎上させたのは聖樹教会だから、それから数年も経たない内に世界樹が黒くなってしまったのも関係がない訳がない、とかなんとか。

 かつてその場しのぎで冥王に濡れ衣を着せた結果どんな目に遭ったか身に沁みている教会が、今度の異常事態に対しお茶を濁すような声明しか出せなかったのも一層信者離れを起こす原因だったが―――まあジェニファーがやらかして聖樹教会が致命傷を負うのなんて今更の話なんで大したことでもないか。

 

 そんな人々の心が正式な宗門から離れ、そのうちあくどい誰かが新興宗教を始めて儲けようとしそうな今のこの世界の宗教事情はさておくとして。

 

 ナジャの主な罪状である大聖堂襲撃は人々の支持を失った聖樹教会に対するテロなのでそこまで非難する声が大きいという訳ではないし、エルフィンの聖地での狼藉は森があるピルヴゴーデンの国内問題なので他国でどうこうという話ではない。大聖堂襲撃の為に陽動で各都市を魔物の群れやゴーレムに襲わせるという計画は、ダークアイリスが共犯になったことで実行されなかったのだし。

 開き直ってしまえば実はそんなに生きにくくなってはいなかったりする。しかし生憎と、正気のナジャは責任感の非常に強い女性だった。

 

 贖罪の為に《アイリス》の種子回収と世界樹の精霊の守護という役目に協力したいと彼女は申し出て、冥王達との交渉の結果学園の非常勤講師として就任することとなった元闇堕ち魔導士。

 そんな彼女が、正気を失って暴走するまではエンデュラシアの《魔術塔》の顔役だったのに放り投げてしまっていたので一度残務を整理して正式に辞任して来たい、と申し出た時のことである。

 

「ラディス、汝はナジャに付いていた方がいいと思う」

「何でさジェニファー。まな板がまた変な気を起さないか心配?それに今の色々揺らいでるあいつを一人にするのが不安ってのも分からなくはないけど……」

「いや、それもなくはないが―――」

 

 らしくもなく煮え切らない様子で銀髪幼女が、ナジャの弟子の魔術師に曰く。

 

 

「―――なんか改心して仲間になった直後に単独行動し始めた元敵って、酷い目に遭う確率が高いという知識が……」

「はぁ?」

 

 

 言ってる本人も論拠として微妙だとは思っているのか歯切れも悪かったが、他に挙げた理由もあるため結局ラディスはナジャに付いて一時地上に行くことになる。

 言い出しっぺのジェニファーも同行するべきでは?という気がしないでもないが、あいにく幼女は出奔していた間サボった(扱いになった)授業の分ベアトリーチェが補習をみっちり詰めていた為、学園を離れられなかった。

 

 そしてその数日後―――。

 

 

「クリス居る!?誰か、早く呼んできて!!」

 

 

 頭から血を流して昏倒しているナジャを、ラディスが担いで冥界に戻ってきたことで、ジェニファーの予言は的中したことになったのだった。

 

 

 

…………。

 

「で?倉庫に物を取りに行ったら自分で設置した警備ゴーレムに殴られて重体になったって?」

「………いや、まあ。長期間《深淵》に浸蝕されたまま暴走してたんだから、認証が外れるくらい体質が変わってたのもおかしな話じゃないんだけどね。

 まったく、あたしの認証は生きてたから気付いてすぐに離脱できたからいいようなものをさぁ」

「しかしその事実に思い当たらなかったのは不可抗力としても、長期間メンテもしないで放置した警備システムの誤作動を一切警戒してなかった辺りはな。

 なんというかアレか、汝への試練が正規でない手順でクリアされた件といい、大事なところでポカをやらかすタイプなのか汝の師匠は?」

「どうしよう否定できない。頼もしい師匠、だとは今も思ってるんだけどなー…」

 

「うっかり体質か。同志と見込んだ人間に裏切られて後ろから刺されそうだな」

 

「素でボケてるのかツッコミ待ちなのか分からないから真顔で言うのやめてくんない?」

 

 

「………?我はちゃんと前から刺したぞ?」

「なるほど確かに。―――って、いやいやいやいや」

 

 

「あの、二人とも。怪我人の枕元で悪化させるようなやり取りするのやめてもらえませんか?」

 

 特に眠り続けたままということもなく無事意識を取り戻したナジャの見舞いに、保健室に来たジェニファーとラディスのやり取りがこれである。

 頭に包帯を巻いて横になったままのまな板ドワリンが布団の中で、かつて同志と見込んだ闇堕ちロリ巨乳に裏切られて前から刺されたお腹に気分悪そうに手を当てているのは関係ないだろう、多分。

 

 直前まで眠っていたが二人の入室で目を覚ましたばかりなのだろう、軽く目を擦ってからナジャはジェニファーと二人で話がしたい、と切り出した。

 憂鬱と真剣を足して割らないような表情に込み入った話になるのを察してラディスが退室し、去り際の任せたというアイコンタクトを受け取った幼女が簡易イスに座って病人と向かい合う。ちょっと足が届かなくて床から浮いていた。

 

「それで、あの時の恨み言か?」

「いえ。それなりに苦痛を伴いましたが、あれは私の体から《深淵》の大部分を抜き取って正気を戻させるのに必要な処置だったのでしょう?むしろ感謝しています」

「なんだ、張り合いがない」

「……偽悪的にされなくても結構ですよ。あなたに八つ当たりして気分を晴らすような性分でもありませんので」

「そのようだな」

 

 軽く挑発するようにして水を向けるが、逆に苦笑で返されて肩透かしを喰らう。

 そんなジェニファーを真っ直ぐに見据えて、ナジャは話を切り出した。

 

「夢を見ました。貴女と手を組まなかった夢。暴走するままに一人で世界を敵に回し、現実に私がやった以上の悲劇と惨劇を各地にばら撒いたもしもの夢を」

「………」

「夢の中での私は、犯した罪の重さに堪え切れずにそこでも夢に逃げ込むのです。眠ったまま、現実に向き合うこともできなくなって」

 

 静かに言葉を紡ぐかつての共犯者に対し、黙って続きを促す。そんなオッドアイ幼女に彼女は疑問を投げかけた。

 

「もしかしてなのですが……戦争の後も私と手を組み続けたのは、私がラディスの師匠だからですか?自分の不都合にならない範囲で、ラディスの為に私が少しでも罪を犯さないようにと?」

「……買い被り過ぎだ。あの時汝がしようとしていたこと、それが我にとっても都合が良かった、それ以上でも以下でもない」

「そうですか。そういうことにしておきます」

 

 

「ただ、まあ。あの時汝と我は共犯者だった。罪があったとするなら、それは汝一人で負うものでもないだろう。

 だから贖(あがな)いがしたいなら、手を貸しても構わん。我の不都合にならない範囲でな」

 

「――――」

 

 

 ジェニファーの答えに、自責に駆られる魔導士は何を思ったのか。

 ただ見開かれた菫色の瞳を見るに、聡明な彼女の意表を突いたのは間違いなさそうだった。

 そのことに達成感を覚えた様子もなく、「話は終わりか?」と淡々と無言のうちに問う幼女巫女。

 

 魔術塔の賢人は告解を終わらせ、しかし最後にもう一つだけ問いを投げかけた。

 

「参考までに問います、ジェニファー=ドゥーエ。あなたは自分が犯した罪に、どう向き合っているのですか?」

「別にどうとも。考えるだけ無駄だからな。いつか因果が巡るかも知れん、その程度の話だ」

 

 罪には罰が与えられるべきとか、殺した相手が全て殺すに足る相手であるべきとか、ジェーンの惨劇から荒野の冥王の祠における戦いの日々という陰惨な経歴を持つジェニファーにとっては幸せ者の贅沢でしかない。

 ただ、その幸せ者の贅沢こそが人として真っ当な姿だし、それが守られるのに越したことはないとも思うから。

 

「まだ正式に切ったと口にした覚えがないから―――汝にその気があるなら今も我は共犯者だ。重荷に飽いたら、罪悪感とは無縁の悪党に全て押し付けるのも手だぞ?」

 

 クリスの時と同様、決して選ばれないであろう選択を戯言に乗せて言い残し、邪剣の幼女は席を立つ。

 その小さな制服姿の背中に向けて、聞こえないようにナジャは呟く。

 

「私とあなたは今でも共犯者……ですか。

 なら、そう言ってくれるあなたに因果の刃が振り下ろされる時が来たら、私も共にそれを受けましょう」

 

 やり取りを終えて、不思議と正気に戻って以来かつてなかった程に胸が軽くなった気がする。

 深淵の園でのジェニファーを取り戻す戦いは、ナジャにとっては義務感とラディスの為を想って付き合った旅路だったが、自分も参加して良かったと今では思う。

 

 そして、己が罪を犯した現実に向き合い続ける気力も自然と湧いて出ていた。

 

「所詮私も流れ星。いつか墜ちる運命(サダメ)と知って、それでも燃え尽きるまでは―――」

 

 一人きりになった保健室。病衣と包帯姿の魔女は、今度こそ上を向いて生き続ける決意を固めるのだった。

 





 原作より罪状も罪悪感も幾分か軽めなので夢の世界はなし。
 もし夢に入った場合、「ですの☆」ないつかの衣装と口調が再登場して姉姫が滅茶苦茶いい笑顔でそれを愛でる展開とかあったかもしれない。


 それはさておき。

 ツイッター漁ってたら(ROM勢)この作品紹介してくれてた人がいて、ほっこりしながら紹介文読んで一瞬ツボった後真顔になった。

<地獄のような名前をしているが
<地獄のような名前をしているが
<地獄のような名前をしているが

 主人公を幼女にすると決めた時点で二秒でテキトーにつけたタイトルだったけどそこまでひどいかなぁ。

 ひどいか……。



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ユニコーンのいやらしい…


 ある意味ですごくアンチ・ヘイト回ですが、サブタイで分かるとおりこの話には前話のようなシリアス要素は一切ございません。あとユニコーンは出てきません。
 肩の力を抜いてゆるーくお楽しみください。




 

 セシルは激怒した。必ず、かの破廉恥淫虐の女王を除かなければならぬと決意した。セシルには女の駆け引きがわからぬ。セシルは、エルフィンの姫君である。侍従に傅かれ、花よ蝶よと愛でられ育って来た。けれども邪悪に対して人一倍に敏感でなくとも、実母が自分の旦那様に向ける雌の顔からは腹綿の奥底が見え透いてならぬ。「呆れた女王だ。生かして置けぬ」とまでは行かずとも、「ちから一ぱいに頬を殴れ」と思ってしまうのも無理からぬ。

 

 セシルには初めての友があった。ジェニファーである。今は此の冥界の学園で、世界樹の精霊をしている。セシルはかの幼女にひしと抱きつき、それからおいおい声を放って泣いて愚痴を矢継ぎ早に吐き出した。

 

 

 と、どこかで見たような文面はさておくとしても。

 

 鬱憤のはけ口にされた銀髪幼女は、流石に気の毒なのか嫌な顔一つせずセシルのまとまりのない愚痴に律儀に頷いて相槌を打っていた。

 

「それでお母様、私が予備の食器を取りにいってる間に私が居たところに座って、旦那様にあーんしてたんです!それもおっぱいが大きいのをアピールするみたいに腰をくねらせて!!あんな動作したの今まで見たこともなかったのに!!」

「ああ、きっついなソレは……」

 

 経緯はまあさして本筋に関係ないので触りだけ述べるが、要はセシルの母親であるハイエルフィンの女王アナスチガルが現在冥界のスクールカウンセラーとしてこの学園に居を構えているという話。

 

 以前ナジャに森の結界を破られ聖地を蹂躙されたが、それは即ちその程度の護りしかエルフィンの里は有していないということの証左な訳で、彼女は防犯対策のことは元空き巣に訊けとばかりにこの学園の非常勤講師をしているナジャに教えを乞いに来たのである。

 女王自らがとかフットワーク軽いなとか色々とツッコミどころがあるのと、齢千を数えながらティセに「アナちゃん先生って呼んで☆」などとパワハラをかます困った部分はあるが、一応フィジカル・メンタル両面における癒しのエキスパートとしてアイリスのサポートに回ってくれる頼れる存在ではある。

 

 

 実の娘の旦那様に、「バブみを感じてオギャらせたいです(はぁと」と言わんばかりにかぐや様の工房とか伊藤さんの人生的なサムシングで以てあまあまアピールするという、どこぞのアカギさんですら面白いと思わないだろう狂気の沙汰さえなければ。

 

 

 セシルは押しかけ女房である。初対面でハイエルフィンにとっての婚約の証である真名を告げるという大ポカを冥王にかまし、以来彼のことを旦那様と呼んでいる。

 しかし彼女は冥王のことを彼女なりに理解した上で将来を共に歩む伴侶と見定め、良き妻になろうと努力してきた。他のアイリス達とも盛大にイチャイチャしている冥王を見ても、夫となる相手の甲斐性だからと努めてにこにこしていた――初めての嫉妬という感情を覚えつつ、だが――し、その分二人きりの時は思いっきり甘えて尽くした。唇も貞操もとうに捧げたし、花嫁衣裳だって着た。それが一つの恋愛を描く物語であるとしてどこまで進んだかという話をするなら、ハーレムものとはいえスタッフロールが流れる直前くらいには行っているのだ。

 

 

 そんな旦那様に、しなを作って媚を売っている。娘の彼氏を試すとか揶揄うとかそんな話ではなく、ガチの色目を使っている。他でもない実のオカンが。男性向けの艶本では稀に良くある光景だったりするが、そんなものに触れたことも無い実際の娘からしてみたら悪寒しか感じない。

 確かに弟や妹に憧れみたいなものは持っていたが、それは母親に娘の婿の種で孕んでもらいたいなどというとち狂った性癖によるものでは断じてない。である以上、母の痴態でセシルが心にダメージを受け続けるのも当然であった。というか温厚でぽやぽやしている彼女でなければ、親子の絆に修復不可能な亀裂が入って今後アナスチガルには台所の隅の生ごみからカサカサ湧き出た黒い虫を見るような視線しか向けなくなっている頃だろう。

 

「ふええぇぇぇ……ぐすっ。ジェニファー様~~~!」

「ああほら、よしよし。まったく、我はこういうのガラではない筈なんだが……」

 

 とはいえかつて母親が目の前で嬲り殺しにされた幼女に対して母子関係の相談をするという、実はちょっと残酷なことをしているセシルなのだがそれを気にする余裕が無いぐらいヒドい状態なのでそれは置いといて。

 ぐずる緑髪姫の背中を摩ってあやしながらも、ジェニファーは思う。

 

(本来真っ先にセシルの気持ちを察して然るべき母親が娘に配慮する様子を欠片も見せない。それだけ老いらくの恋とやらで色ボケてる?それとも恋は戦争、娘と言えども容赦はしない的な?あるいは何かしら思惑がある―――いや、考えるだけ無駄か)

 

「なあ、セシル」

「えぐっ……?何ですか、ジェニファー様?」

 

「そういう時は、いっぺん 殴 れ ば 分 か る らしいぞ?」

 

「殴っ……ええぇ!?」

「先日も女王自ら示していたではないか。森を襲ったナジャと全力で殴り合うことで互いの確執を解消した姿を」

 

「―――!!」

 

 そして煽ってみる。言うまでもなく心情的には百パーセントこちらの味方である善き友人を励まし元気付ける、というのが半分。

 もう半分は…………言うまでもなく、話が愉快な方向に転がりそうな予感がしたから。

 

 面白半分ともいう。

 

「エルフィンとは拳をぶつけ合うことでしか分かり合えない悲しい生き物なのかもしれないな……」

「言葉は武器でしかない……そういうことなんですね、ジェニファー様!ならば!!」

「ああ!!(適当)」

 

 そして相も変わらず幼女のふわふわ発言に踊らされる天然お姫様。

 

 

「――――お母様に、決闘を申し入れます!!」

 

 

 かくして運命に翻弄され絆を裂かれた悲しい親子の対決が始まるのだった。

 ちなみにこの『運命』とは、「運命、感じちゃった♡きゅん♪(アナスチガルちゃんせんさい)」の略である。

 

 キツい。

 

 

 

………。

 

 とまあ、散々なことを書いてはみたが。

 

 アナスチガルについて語るなら、決して化粧を落とすとほーれーせんが気になるとか最近お腹の柔肉が弛んでるとかそんなことはない麗しの女王様である。

 セシルに似た―――この場合はセシルが彼女譲りと言うべきだが―――精緻な彫刻を思わせる整った美貌に、どこか触れがたくも男の獣欲をそそる妖艶な肢体。一人の女性としては周囲を委縮させることなくお茶目な側面もあるが、女王として長き時の中で同朋達を導いてきた思慮と決断の分、他者に対しては自然と深い包容力と知性を感じさせる振る舞いをしている。

 

 

 欠点と言えば、娘の前でその婚約者に対して抱擁をねだり痴性も同時に振り撒いていることくらいなのだ。

 それだけで致命的とも言うが。

 

 

「セシル。冥王様の下での貴女の成長ぶりには、確かに目を見張るものがあるのは認めましょう。ですが、それで私に挑むのはあまりに尚早というものでしょう」

 

 一撃火力による殲滅力を売りにするアイリスとその母親の対決というだけあって鍛錬場が壊れかねないと判断して、屋外の冥王による特設会場で緑髪の母子は対峙する。

 アナスチガルが無造作に杖を振るうだけで、色とりどりの淡く輝く光球がその周囲に顕現する。その一つ一つが力持つ古き精霊達。神秘的で惹きつけられるような光景と裏腹に、女王に仇名す存在は有形無形問わずそれらの前に散り果てるであろう強力な魔導の起点だ。

 

「やっぱり、こうして見ると凄い。この距離でもびりびりが伝わってくる」

「セシル、勝ち目あるの……?」

 

 野次馬のアイリス達も息を呑む。深淵浸けが抜けて多少弱体化したとは言え、まだまだ冥界学園の教師を名乗るに恥じない実力を持つナジャ相手にアナスチガルが互角の攻防を繰り広げていたのは記憶に新しい。

 それに対して魔術の素質はナジャからもお墨付きであるとはいえ、まだまだその制御は不安定で発展途上なセシルが挑むというのだ。

 

 誰と知れず、唾を飲む音が大きく聴こえた。

 

 そんな不安と心配を身に浴びるセシルは―――瞬時に装いを変えていた。

 

「確かに私ひとりの力ではお母様に立ち向かうには不足です。

 でも今の私には、大切な友達からもらった力があります。この力なら―――」

 

「―――勝機があるとでも?それ自体が思い上がりという、も、の……!?」

 

 金の線条がアクセントとなって彩る黒のケープとフレアスカート。ミニ丈から伸びる太腿には片方だけシュシュを巻き、スクールシューズとふわもこソックスまで健康的な白い脚線を顕示している。

 胸元にはエメラルドの宝珠。髪はジェニファーとお揃いの黒いリボンでサイドポニーにまとめ、手にした杖は霊木ではなく金の装飾杖(ステッキ)。

 そして女王の口上を途切れさせるに足る、煌々と存在感を放つ『火』の結晶体を従えていること。

 

 

「今は冥戒十三騎士が四の詠み人、『翠の霊嬢』セシル・DDB。

 悪い子になった私が、全てを炎の中に滅却します!!」

 

 

 かつて厨二幼女の悪ふざけで誕生したライバル魔法少女風聖装、その呪いが今解き放たれる。

 ちなみにDDBは『だーかー・でびる・べるぐるんど』の略であって、決して『だれが・どう見ても・ぶっ壊れ』の略ではないので注意。

 

「まず、ひとつっ!!」

「ッ、一撃で――!?」

 

 『火』の結晶体―――不純物が全て除かれたが故巨人の姿を取ることもなくなった、火の上級精霊改め《イフリータ・ノヴァ》。

 それが放つ一条の熱線は、アナスチガルの使役する古代精霊の一体を捉える。

 その気になれば存在ごと灼き尽くすことも可能だったが、そこはセシルも精霊を友とするハイエルフィンのため、この戦闘で復帰できない程度のダメージに留めておいた。

 

「純粋元素の精霊……ですがそんな段階、私とて五百年前には通り過ぎてますっ」

 

※ただし実戦で使用可能とは言ってない。

 

 深淵の園の決戦においてダークアイリスが九天の一つ、それも広域殲滅を前面に出した技である《崩灰炎幕(ムスペルヘイム)》相手に真っ向から押し切ってみせたのは伊達ではない。

 大量の世界樹の種子での接続による同調があったあの時ほどの超火力を望むことはできないが、その一割でもあれば障壁込の上級天使(マリエラ)の十や二十は灰にできるのが今のセシルだ。

 

「水の精霊―――っ、やはり無意味ですか」

「属性の有利なんて関係ないです。今の私の炎は、水の中でだって燃え続けるんですから!」

 

 《深淵》によるブースト分を全て文字通り火力に注ぎ込んだ結果ではあるが、戦闘という名の駆け引きにおいて一つでも突出した部分があるというのは非常に重要なことである。

 現に防ぐ手段がまるでないのか、風精霊による移動支援を受けながら地面を素早く駆け回りつつも回避に徹するアナスチガルを追い立てるように熱線を乱射する。

 

 火力こそパワー。火力こそデストロイ。火力こそヴィクトリー。

 使っているのが魔術であるというだけの脳筋戦法だが、単純にして非常に効果的なのは今のこの戦況が物語っている。下手な技巧や小手先の策を凝らすよりも威力を突き詰めた方が余程強いという、いい証左だった。

 

 光精霊による視覚的な幻惑―――関係ない。虚像も実像もまとめて焼き潰せばいい。

 遠隔起動による死角からの反撃―――出力が違い過ぎる。自身の周囲に火の粉を撒いておくだけで簡単に散らせる。

 接近戦で本体のセシルを狙う―――歓迎だ。的が大きくなって当てやすくなる。

 

 だが。

 

 あくまで“非常に効果的”どまり。千年を生きる女王としてその身に蓄えた技巧や策が、生半可なものである筈もない。

 勿論セシルはアナスチガルを侮るつもりは欠片もないし、力に酔って調子に乗っているということもない。圧倒している彼女こそが、相手の反撃を最も警戒した上で冷静に対処できるよう意識を研ぎ澄ましていた。

 

 その上で………森の女王は戦況を覆してのける。

 

 

「精霊魔術が、起動しない……どうしてっ!?」

「どれだけ強力なものでも、精霊魔術は精霊との交感が大前提です。

 『愚者』の結界―――その交感を断ち切れば発動は封じられる。私も精霊魔術が使えなくなるのが難点ですが」

 

 

 肉薄したアナスチガルが指で印を切ると同時に、《イフリータ・ノヴァ》が輝きをそのままにセシルの意思を受け付けなくなって沈黙する。

 徒手空拳の間合いから見下ろしてくる母の言葉を信じるのであれば、セシルは最大の武器を無力化されたも同然ということ。

 

 戦闘という名の駆け引きにおいて、相手より優位に立てる札は多いに越したことはないのだ。

 威力というその一点において完全にアナスチガルのそれを凌駕していたセシルの火魔術を封じた手段も、そしてその状態で肉弾戦を挑めば一端の戦士でも沈められる程度には武の理を齧ったことがあることも。

 

 ひたすら火力に特化したが故に、深淵による強化状態であるこの聖装着用時においても、セシルは全アイリスで最下位を争う腕力しか持っていない。

 

 万事休す―――そう傍から見ているアイリス達は考えた。

 

「降参しなさい、セシル。

………丁度いい機会だから言っておきましょう。確かにあなたは未熟ですが、森を出て一人旅立った時点で貴女を子供扱いするつもりはありません。

 母から手加減してもらえるという考えは捨ててください。それはこの闘いにおいても―――他のことにおいても、です」

 

 セシルの成長を見定め、対等に扱う。甘えは許さない。女王として、次の女王に対して厳しくとも正しい姿勢と言えばその通り。

 だが正しさが人を救うとは限らない―――先日聖域を襲撃したナジャの扱いに、女王として命懸けの決闘を挑むことでエルフィンの民もナジャも自身も納得させた裁定でもって娘に示したばかりのことではあるのだが。

 

 彼女とて個人として、常にそれを実践できるとは限らないのだ。

 

「――ぅぃぅ、―――ゃない……」

「何を……?」

 

 

「そういうことじゃない、って言ってるんですよ?お耳が遠くなってしまわれたのですか?

 もう、仕方のないおば……お母様ですね?」

 

 

 セシルは笑っていた。

 彼女らしからぬ皮肉と暴言はともかく、内心の荒れようが如実に伝わる程度には凄みのある笑顔だった。

 普段の愛らしいぽやぽやした表情が親しまれる彼女の顔の造りをしてそう感じさせる程に――――堪忍袋の緒がぶち切られたのだと嫌でも理解させる笑顔だった。

 

 

………別にセシルだって、心の底から完全に母と冥王がいちゃいちゃすることを嫌がっている、という訳ではなかったのだ。

 

 セシルの父――アナスチガルの夫が亡くなって直ぐという訳でもなし、母が新しい恋を見つけて新しい幸せを手に入れることは、複雑ではあるが娘として応援できないことではない。

 その相手が自分の旦那様であることは、もう抑えようもないほど釈然としないが、友人に愚痴を受け止めてもらえば消化できなくはない程度。もともとアイリス全員が冥王の事を好いている訳だし、それが一人増えるだけと考えれば、なんとか。

 

 それでも。

 

 ちょっとくらい悪びれろよてめえ―――一言で言えばそういう話。

 

 あの聡明な母が娘の内心を全く汲み取れない、ということはないだろう。

 その上で一言詫び……いや、僅かでもすまなそうな顔をしていればセシルは己の癇癪を呑み込むつもりはあったのだ。そこが温厚な彼女が引いた最低限の譲歩のラインだった。

 

 それを寛容と取るか母への甘えと取るか―――まあ大抵の人なら前者だと思うだろうが、たとえ後者だとしても。

 

 

 正しければ問題ない。勝った者が正義。

 そう言って最低限の仁義を通すのを疎かにする人間は、大抵見落としている―――『ルール無用』の同意書に、自分からサインを殴り書いたのだということを。

 

 

「イフリータを封じれば、私が無力になったと―――まさかそんなことを考えてますか?

 今私にはまだ、最凶の精霊魔術が残っていますよ?」

 

「……っ?精霊魔術は封じたと今言ったばかり――」

((((ああ、あの子が観客席にいないのって、つまりそういうこと……))))

 

 冥界に来て日が浅いアナスチガルは不審そうに戸惑うだけだったが、一方で散々アレがやらかして来たのを経験済の野次馬達はこの後の展開を正確に予測する。

 

 セシルは腹の底から溜まった怒りをぶちまけるように合言葉を叫び、高らかに指を鳴らす。

 

 

「出ろォォーー!!!ダイっ、リぃぃぃッッス!!!!」

 

「―――ッ!!?」

「改めまして。シールド一号、参上」

 

 

 背筋に走った凶悪な予感に、結界が効力を失くすのも構わず飛び退いたアナスチガルの立っていた地面。そこに小さなクレーターとひび割れを走らせて。

 天から降り立った黒ドレスのロリ巨乳が、膝を直角に、左腕は水平に、そして右拳で地を突くアメコミヒーロー着地を決める。

 

 

「ジェニファー様……!?セシル、これは一体どういうことです!?」

「「精霊魔術です」」

「え?」

 

「「精霊魔術です、いいね?」」

「あ、はい」

 

 

 既に九振りの浮遊剣は《深淵》を溢れさせて臨戦体勢。こんなんでも世界樹の“精霊”(闇)である為敬意を払っているハイエルフィンの女王相手に、その百分の一も生きていないダークアイリスは愉しそうに襲い掛かる体勢を取っている。

 

………面白半分でセシルを煽ったのは確かだが、まあ残り半分は友人として完全にセシルの肩を持つ身であるからして。

 

「あの、セシル。まさかとは思いますが―――」

「………うふ?」

 

 

 にっこり笑って、親指で首を掻き切る仕草のセシル。

 仕方ないなー、今の我は術者に忠実な精霊だからー、とか適当なこと言いながら《装界・深淵征刃》するジェニファー。

 

 そして今更脂汗を流しながら引きつった笑顔で焦るアナスチガル。

 

 

 彼女の身に降りかかった惨事は敢えて描写を省くが―――精霊魔術(物理)をぶつけられたアナちゃん先生は、その後一応セシルの前では自重するようになったとか。

 

 





 これが、絆の力だ!!

…………はい、最後の精霊魔術(物理)がやりたかっただけです。いつもどおり色々ごめんなさい。
 一応、《深淵の園》の外なので最終章時よりはスペックダウンしてるし結構な早さでガス欠しますよ?(アナちゃん先生に勝機があったとは言ってない)



 そしてただ今原作のあいりすミスティリアではルージェニア様姫ゴリラ化聖装ピックアップが絶賛復刻中。聖錬レベル2~3とかでも敵前列全員に99999のカンストダメージ×2連撃なんてバ火力出せるのは姉姫様だけ!みんなガチャろう!!



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まくあいっ!


 幕間とか言いつつ第二部連載するかはちょっと分かんないです。
 ただ今朝アップしたオリジナル短編と比べるとこっちのがすっごい書きやすかったあたり、サッドライプは二次小説書きなんだなーって。

 そして割烹で触れた原作ゲーム内で結成したギルド『冥戒十三騎士』のメンバーが二十人超えました。終の一騎もとい三十人目の人はそのうちTS幼女に転生すると思うので興味があれば狙ってみてください(ぇ



 

「精が出ますね、アシュリー」

「ベア先生」

 

 最近授業中から感じていることだが―――鬼教師とあだ名されることも少なくない毒舌無表情が、微妙に和らいでいるように見える。

 この日最後の授業を行っていた教室から玄関に続く廊下で、日課の鍛錬に行く前の少女騎士がメイド教師に呼び止められたのは、そんなある日のことだった。

 

 勿論ただ微妙に機嫌がいいと言っても、彼女はそれだけで世間話や雑談を振ってくるような人物ではない。軽く首を傾げながらアシュリーは話を促す。

 

「何か用事でしょうか?」

「用事ではないですが。ただ今日は貴女の舎妹を備品の片付けに行かせたついでに倉庫の整理をさせているので、鍛錬には遅れるかもというだけです」

「ジェニファーを、ですか。了解です、こき使ってやってください」

「冥界学園は女所帯ですし、貴重な力仕事要員としてあの幼女には馬車馬の如く働いてもらいましょう。ふふふ」

「絵面……」

 

 舎妹と言われて通じる程度には一緒に居る機会の多い銀髪幼女が、今日は来ないという話だった。

 本人が了承しているのならアシュリーとしては別に構わないのだが、無表情黒髪メイドの指揮の下幼女が重い物を持たされてちょこちょこ動き回っていると思うと大分アレな構図ではある。まあ使う側も使われる側も大して気にも留めない話だが。

 

 そうなると今日の鍛錬はアシュリー一人で行うことになるが、元々互いに自発的に学校の授業にプラスしてメニューを追加しているだけなので、どちらかに用事ができればこのようなことは珍しくない。用件としてはそれだけの話だったが、それではいさよならと会話を切り上げるいうのもなんだかということでアシュリーの方から話題を振ってみた。

 

「ベア先生、今日も夏服なんですね」

「御主人様が天候を操作しない限り冥界に夏も冬もないですが、動きやすいので。

 普段から《深淵》を扱う訓練にもなります」

 

 どことなく抑揚を抑えめにした早口で語るベアトリーチェが纏っているのは、薄手で紺の下地が二の腕の辺りで袖を切られている、スカート丈が少しだけ短いエプロンドレス。首元は涼しげに開いている中でフリルのチョーカーがアクセント。ほんのり素肌の色が透ける白レースの長手袋と腰の諸々を吊り下げたり収納するベルトポーチが特徴的なその聖装は、以前《深淵の園》で偽ベアトリーチェから受け継いだ夏服仕様。

 

「冥戒十三騎士、……うぇ」

 

 最近は見慣れて頻度を潜めていたが、自分で振った話題でというまるで自爆のトリガーで、厨二幼女の度を越した悪ノリが結晶化したような闇の試練の記憶が否応にも思い出される。自分そっくりの偽物から繰り出される、とても正視に堪えない頭綿菓子のような言動を記憶の底に沈めるべく首を振るアシュリー。

 

 それはある種条件反射のようになっていたが、教師メイドは諭すように言葉を投げかけた。

 

「子供のごっこ遊びに付き合う程暇ではなくとも、私は貰える物は容赦なく貰っていく主義です。深淵もリスクはありますが、有用な力には違いありません」

「それは――」

 

「封印したい気持ちも分からないではないですが、無力が罪であることは今更貴女に説くまでもないでしょう?」

 

 確かに恥ずかしいこと極まりない記憶を思い起こされる衣装ではあるが、アシュリーもベア同様に深淵の扱いを補助する聖装を貰ったことは確かだと。使える力があるのに、貴女はそれを封じるのか、と。

 

「……はい。ベア先生の言う通りです」

「よろしい。まったく、他のアイリス共もこれくらい聞き分けがいいなら楽なのですが……」

 

 先日の決闘で、セシルが自分の土俵でごり押ししたとはいえ千年女王アナスチガル相手に張り合えていたのは記憶に新しい。《天上人》勢力に対抗する為の力として渡された聖装は、経緯はどうあれそれだけの能力を秘めた代物であることに間違いはないのだ。

 同じく記憶から消去したがっているクリスなどに我慢して使えとは言わないが、戦士として仲間の命も懸かった戦いの最中に個人的な事情で全力を出さないのは少なくとも自分がやる分にはアウトというのがアシュリーの価値観だ。実力を隠しているが実はSランク?ちょっと意味が分からない。

 

「今日の鍛錬は、あの力を使いこなせるようになるのに充てるか……」

 

 ぶつぶつ言いながら去っていったベアトリーチェの背中を見送りつつ、気の進まないながらもそう自分に呟く。口にして言葉に出せばそれを有耶無耶にできないのは自覚している性分であったから。―――他者から見れば、それを律儀という名の美徳と呼ぶのだろう。

 

 一方で冥戒十三騎士聖装に関するアシュリーの事情は先に述べたので全てだが、ベアトリーチェに関しては別の事情もあるのだろうと確信していた。

 

…………かつてジェニファーの“退学届”を最初に発見した時、手の付けられないほどキレ散らかしていた―――心配していた―――ような『アイリス達のせんせい』。そんな彼女が普段は殆ど自分が繕ったものしか着ていないところに新しい仕事衣装をプレゼントされた。そんな生徒からの贈り物にどんな気持ちを抱いて、どれだけ大事にしているか。

 

「指摘するだけ野暮だな、やはり」

 

 敢えて誰も何も言わないが、ベアトリーチェの最近の上機嫌とここ暫くずっと夏服な本当の理由は冥王やアイリスの間で公然の秘密なのであったという。

 

 

 

 で。

 

「くっ、集中できない……」

 

 鍛錬場にて、ゆるふわJK風衣装を身に纏って『だーりんLOVE♡』のLEDデコ剣を振る女騎士だが、その表情は苦渋に満ちていた。

 この聖装を着ている間中ずっと、腹に気合を入れる度に或いは剣を握る手に渾身の力を込める度に……心の中で囁く声が聞こえるのだ。

 

 

――――あっしゅりんりん☆

 

 

「うるさいっ」

―――あっしゅりん☆

「静かにしてくれ!」

―――あっしゅ、りーんっ☆

 

「ああ、もうっ!邪念撲滅!!」

――――あっしゅりんりん!!☆

 

 妙に韻を踏んで変化する小技が更に憎たらしい内なる声が、アシュリーの羞恥心ごと精神状態をぐちゃぐちゃに掻き回す。剣筋は乱れに乱れていて、こんな状態で戦いに赴こうものなら幾らスペックが高かろうがそこらの雑魚イノッシにすら遅れを取るかも知れない。

 

「ぜえ、ぜえ……くぅ、恨むぞジェニファー……、っ要らん機能を付けないでくれ……!」

―――あっしゅ……り…ん…☆

「喧しいわ……」

 

 どれだけやっても内なる声を振り払うことはできず、しかもアシュリーの疲労困憊に合わせてなんか疲れてる風に変化するのがほんと小賢しかった。

 気にしなければいいというのは分かっているのだが、自分と同じ声で耳に響くとどうしても反応してしまう。

 

 しばらくその場で息を整えていたアシュリーだが、ふと据わった目つきになると静かに重く響くような声を出した。

 

「すぅー………いっそ、開き直るか」

―――あっしゅりん?

「アシュリーだ」

 

 疲れて思考が混濁していたのか、或いは何某かの呪いじみた影響か、女騎士は何やら焦点を失った瞳で剣を構えなおす。そして―――。

 

 

 

「あっしゅりん☆」

 

 再び一人剣舞に戻ったアシュリーの動きは、先ほどの無様さから目に見えて一線を画している。

 疲労さえ嘘のように消えている。全身の挙動は嘗てないほどに滑らかだ。

 

「あっしゅ、りーんっ☆」

 

 かつて相対したアシュりん=アルヴァスっちを彷彿とさせる剣速と踏み込みの苛烈さ。

 馴染む。彼女から受け継いだ能力は今この瞬間に馴染んだのだ。最高にHIGHってやつだ。

 

「あっしゅりんりん☆」

 

 ああ、先ほどまでの自分はどうしてあそこまでこの掛け声を恥ずかしがっていたのだろう。可愛いし、元気が出る。意表を突かれた敵が集中を乱してくれるかも知れない。いいことずくめだ。

 体が軽い。もう何も怖くない――――、

 

 

「アシュ、リー……?ええっと、私は今、見てはまずいものを見ているのかしら……」

「もーいっかい!あっしゅり――――、……。アナちゃん、せんせい?」

 

 

 アシュリーはしょうきにもどった!!

 

 気まぐれに足が向いたのか用事があったのか分からないが―――いつの間にか鍛錬場の入り口では、加入時期の関係から冥界学園で唯一あの偽アシュリーを知らないでいてくれた筈のエルフィンの女王が所在なげに立っていた。だが流石というべきか、スクールカウンセラーはすぐに表情を困惑から受容の微笑みに変える。そして気のせいでなければ野生動物を刺激しないようにするかのような歩幅で少しずつ近づきながら言った。

 

「何か辛いことでもあったのですか?私に相談してください、きっと力になってみせますから」

「~~~~、違うんです、それは誤解です!」

「………。それはつまり、もともとそういう趣向である、と?大丈夫です、誰かに言い触らしたりもしません!」

「そういう意味でもないですッ!断じて!!」

 

 女王の懐の深さが逆に話をややこしくする。何せ今の掛け声の理由を説明しようと思ったら、幼女が仕掛けた試練という名の黒歴史な偽物の話までしないといけないのだから。

 そして経緯がややこしい上に、ちゃんと説明したってある意味馬鹿馬鹿しくて真剣に受け取ってもらえるような話とは思えない。

 

 結論として、アシュリーは詰んでいて―――。

 

「気にすることありません。可愛かったですよ♪」

「違うんです~~~~っっ!!」

 

 真っ赤な顔で全力否定する女騎士だったが、アナスチガルの微笑ましげな表情と誤解が解ける気配はまるでないのであった。

 

 





 アシュリー強化イベント。
 素晴らしい呪……祝福された聖装の力ですね。

 今回幼女の出番なし。これは深刻なタイトル詐欺なのでは……?





※以下、本編と特に関係ない原作への私見なので、適当に読み飛ばしてください。

 第二部三章までの教皇関連について。

 冥王に謝罪するくだりは……まあ。
 ギゼリックに対して「お前ほんと邪魔」みたいな態度隠してないあたり第一部でのやらかしに対する反省ゼロ。冥王様と話すときもそのことについては一切触れなかったのを見ると、悪いことをしたとすら思ってない疑惑が。ギゼリックと政治家として好敵手に対する認め合ってる感を出したかったんだろうけど、これまでの前提を踏まえてみるとすごく何こいつ感。
 で、冥王様に頭は下げるけど、自分のせいで相手が被った被害に対して「冥王様に冤罪を着せた声明の撤回」「公式に過ちを認め名誉回復の為に積極的な措置」などの自分に負担が掛かる“誠意”は約束どころか一切話にも出さない(世界樹放火犯という生贄がなければ民が恐慌を来すという言い訳も、炎上は世界樹新生の為だったんだとか言い繕えるので説得力が消滅している)のは、頭下げるだけならタダだよねを地で行く謝罪で逆に煽ってるよーにしか見えなかった。
 もはやはいはいいつもの味方面教皇……ではあるんだけど、正直ライターはプレイヤーにどういう印象持ってもらいたくてこのシーンっていうか教皇を書いてるんだろうってのはちょっと気になる。

 で、問題の第三章。
 教典に描かれる神聖な天上人が人類に害意を持って襲い掛かるという、宗教組織としてアイデンティティに罅入るレベルの惨事だし、その辺の混乱とか周囲からの不信とかが普通なら予想されて然るべきと思うのです。特にかつて帝国側で参戦しておきながら帝都決戦の最後の最後で寝返るという(しかも冥王が起こした奇蹟にビビッて)、戦国武将なら寝返り先で即刻首すっ飛ばされるレベルのアレな行いをしているわけですし。………辺りの前提は多分無視されるんだろうなーくらいは事前に覚悟はしてましたが。覚悟はしてたつもりでしたが。


『教皇様が中心になって各国首脳をまとめ上げ、教会の導きによって迅速に民衆を統制できたおかげで天使様(教典だと人々を優しく見守るらしい)の襲撃に対しても混乱は最小限で被害を抑えられました!流石です教皇様!!』
『亜人の国など聖樹教会を信奉してない国には統制が働かないから被害が拡大するかも知れないけど、仕方ないよね!教会を信仰してないんだもの!!』


………?……???

 頭おハーブでもキメていらっしゃる?


 正直教皇も天使が皮被ってますとか、「天上人様が滅べと言っているのです。私たちは粛々と滅ぶべきでしょう?」みたいな狂人キャラでしたとか、そんなアレだったら見事なヘイト管理だと感心するんですが、多分違うんだろうし……。
 贔屓のキャラをヨイショしたいのはいいけどせめて話の流れや登場人物の思考回路を四次元ワープさせるのはやめたげてというか……。
 コードギアスとテイルズオブジアビスのアンチ・ヘイト作品が昔凄い量あったのと、それらのアンチ・ヘイトは叩かれる頻度が少なかった理由が魂で理解できたというか(腐に人気な作品っていう層の違いもあったんでしょうけど)。

 遊戯王アークファイブとけものフレンズ2の惨劇をふと思い出してしまったというか。

 以上、教皇好きな方とか不快にさせたかもなのでそこはごめんなさいなのですがどーしても吐き出さずにいられなかった私見というか愚痴でした。



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わたぬきっ!


 注)夢オチです。

 サブタイをどっかに打ち込んで漢字変換するか投稿日時を確認の上「ああ、こいつまたバカやってんな」という認識でお読みいただけると。




 

「馬鹿な―――!」

 

 神々しいまでの色香ただよう美丈夫、しかしながら人形めいた無表情が初めて崩れる。

 

 天上人ゼロノス。世界樹新生の折「ハデスに任せる」と言った筈の地上で、人間の考えた信義など無価値とばかりに突如己の前言を翻し、天使の軍勢と共に蹂躙の限りを尽くす上位者。

 曰く、「与えられた役割から外れる無秩序な存在は全て抹消されるべき」と。原初の神から地上の管理を任された天上人の筆頭として、《深淵》と冥王ハデスの介入で魂という穢れを持った地上の生命を全て滅ぼすと。

 

 そして彼は無慈悲であっても無思慮ではなかった。無節操であっても無鉄砲ではなかった。

 ひとつは空の上の《天庭》と違い天上人として真に全能を揮うには制約のある地上で、周辺の生命の思考能力を停止させる黒曜の柱と無尽蔵な数の下級天使による軍勢での進攻という手段を取ったこと。まさに神出鬼没といった体で世界各地に現れるソレらは、アイリス達が未回収の《世界樹の種子》を収奪しながらも各都市に暮らす民達へ熾烈な攻勢を仕掛け続けていた。

 聖樹教会の教典では崇められるべきとされる神聖な存在が無辜の民に牙を剥く。先の戦役の結果教会に対する信仰に民衆が失望していた結果、天使達が魔物と同じ―――否それ以下の『害獣』として襲い掛かってきてもなんとか冷静に組織的に対応できていたが、下手に教会を人々が信じたままでいたならパニックになり更に被害が拡大していたことだろう。

 

 そしてもうひとつ――――たった一人で天上人達に宣戦布告した闇の女王を、ゼロノスは軽視していなかった。創世のプロトタイプたる《深淵》、その無尽蔵な侵食の力を十全に揮うダークアイリスは己の目的の障害になり得ると認めていた。

 だから効率の為に罠にかけた。仲間であるアイリス達の肉体と精神を踏み躙り、かつて与えた古傷を再生させて冥王を散々に痛めつけ、誘き寄せる餌にし、抵抗を封じる人質とした。そしてゼロノス直々に、渾身の力を込めた雷霆の裁きで黒き童女は消し炭すら残さない程に焼き尽くされたのだ。

 

 最早邪魔なものは何もない。いずれ纏めて滅ぶからとその場は見逃した冥王の手駒達は怒りに燃えて再戦を挑んできたが―――よくもよくもと芸がない。敵わぬと分かっていながら不合理極まりない。やはりこんな種は滅ぼすべきだ―――煩わしいと思う程度でしかなかった。

 鎧袖一触に打ち払い、感慨もなく処理をしようとしていた間際に。

 

 

 

「【[―――赤光、叢雲を裂きて陰陽を分かつ。其は猛き覚醒を寿ぎ、安息の眠りを祝るモノ。

 我ら星の息吹に根差す葦、ここに創世を標めす篝となる]】」

 

 

 

 声が聞こえた。最早紡がれることのない筈の、生意気盛りの幼い女の声。

 確かに響いた。暗き澱みから漏れ出るような冷たい怨嗟と、どこか優しくも揺らぐことのない怒りを残響させた不揃いな三重奏が。

 

 

「【[吼え立てよ凱歌。重ねし相克、無窮の理。以て三千世界に最強を詠わん]】」

 

 

「貴様はこの手で滅ぼした筈だ……何故私の前に再びその姿を見せる!?」

 

「―――滑稽だな。自らの不滅は過信する癖に、人を幽霊でも見たかのように。たかが塵から再生する程度、そんなに物珍しいかよ」

 

 

 戦場と化したサン=ユーグバール……かつて天上人を人間にとって敬うべき神聖なものとして崇めていた道化達、その聖地であり総本山だった巡礼の大地から漏れ出たような碧光の中で、精霊は再誕する。

 黒衣を優しく包み隠すような純白の外套を纏った幼女に、仲間たちは歓喜の笑みを浮かべようとして……失敗した。

 

 復活幼女の髪が、今度は金色になっていたから。ラディスの鮮やかな白金ともティセの優しい飴色とも違う、リディアの煌く黄金とも似て非なるその金には見覚えがあったから。とても嫌な予感しかしなかったから。

 

 ユーが全員の思惑を代弁して曰く。

 

「ジェニファーさん、信じてましたけど……あれくらいで死ぬ筈ないってみんな言ってたし、実際無事な姿見れて嬉しいですけどっ!

―――ごめんなさい、一つだけ聞かせてください。あなた本当にジェニファーさんですか?というかジェニファーさんとジェーンさん“だけ”ですか?」

 

 

「ふっ、その魂に刻め。敢えて名乗ろう。

―――今宵我等は《ダークアイリス・リリィ》であると!!」

 

[ジェニファーさんが言ってました。平和を作るためには条件がある、その一つは戦う意志を取り除くことです。

 つまり理解(わか)らせること!!殴れば前歯がへし折れるまで殴り返されるって当たり前のことを、自分が一方的に相手を殴れるなんて勘違いしたお馬鹿さんにはわからせなきゃいけないんですっ]

 

 

「この悪ガキ、リリィに何吹き込んでくれてやがるんですか~~~~っっっ!!!」

 

 

 ジェニファーの中からほわほわした声、しかし発言内容は物騒というか過激な論が聴こえてくる。それは紛れもなく冥界の可愛いマスコットである世界樹の精霊(光)のものだった。可愛いマスコットがお留守番していた冥界から引っ張り出されていたかと思うと、厨二の極論に汚染されていた。

 素直に仲間の生還を喜べない一行を差し置いて、場の空気をいっぺんに持って行ったジェニファーが仕切り始める。

 

「主上、命令(オーダー)を。報いという言葉の意味を、高みから見下ろす裁定者気取りに叩き込む」

 おーけー、やっちゃえジェニファー。奥歯まで全部折っちゃっていいから。

 

 

「【[“三位合神・承認(トリニティルーラー・アサインド)”―――――“冥王計画(プロジェクトハーデス)”ッッッ!!!!]】」

 

 

 さすがの冥王もゼロノスの所業に対して頭には来ていたのか、即決で巫女の暴走にゴーサインを出す。それを受けて幼女“達”は祈り―――世界の根源と外法の終焉へと接続した。

 金髪朱彩眼の幼女へ世界に満ちる魔力(エテルナ)が収束していく。連結した次元の彼方から無尽蔵の闇の力が流れ込んでくる。

 

 光と闇を備えた幼女。可視化された対極のエネルギーの奔流を二重に宿した姿は、『最強』以外の何物にも見えない。

 

「……っ、認めよう。貴様こそが我らが管理する世界に在ってはならぬ害悪であると。

 天上人が筆頭ゼロノスの名の下に、全霊を以て討ち滅ぼす―――」

 

 相対する上位者もまた警戒を露わに、神の奇蹟を体現する裁きの雷を掲げた掌に集め始める。先だってジェニファーに食らわせたものと比しても更に桁違いの熱量を持つそれは、周辺の土が気化しながら巻き上げられる程に凶悪なもの。

 全力ならば一瞬で巨大城壁を花弁へと散らし、一夜にして海を作り四季を変える冥王と同等以上の存在と考えれば、その全霊にどのような凄まじさが込められているかは論ずることすら困難だ。

 

 その“破滅”を、たった一人の幼女目掛けて撃つ。解き放たれた権能は最早閃光としか認識できず、固唾を以て見守っていたアイリス達は目を瞑りながら背けるしかない。

 物理的な破壊力もさることながら、咎人に概念的な消滅をも与える神秘の込められた一撃。これを耐えうる存在など、ゼロノスは己自身を含めて想像すらしていなかった。

 

 

「――――それが貴様の限界だ。人間は、人間が想像することは全て実現する未来なんだよゼロノス。是非も善悪も問うところではなく、な」

 

 

「ありえない―――ッ!!???」

 

 閃光、威圧感、焼き焦げた大気の匂い、それらが一瞬の内に幻のように消え去った。今度こそ戦慄に目を見開くゼロノスの視線の先に、白の外套に煤汚れすら付いていない金髪幼女が堂々対峙している。

 

「我は知っている。地上全てを幾十焼き払おうとも足りない力を持つことも、幾千里離れた名も知らぬ他人と会話する手段を得ることも、そして日輪の輝きすら星屑の儚さに変える天海に漕ぎ出す舟を作り出すことも。何もかも忘れようと、人間がそういう生き物であることを“知って”いる」

 

 それは信頼と呼ぶには乾いた信条。人間の無限の可能性というものを確信しつつ、その上で見切りをつけているかのような斜に構えた見方。

 そしてその価値観に従い―――彼女は冥王を除いた天上人を見下していた。

 

 

「それに引き替え貴様らはなんだ。人間の価値を好き勝手計って断じられる程高尚か?

 原初の神から地上の管理を任された………他人に貰った玩具で、重力の井戸の底で粋がるだけの分際で!」

「何を……っ」

 

 

「息すら許されぬ暗黒の大海、真なる天こそ闇と知れ。

 その増上慢、贖ってもらうぞ羽根付き蛙―――ッッ!!!!」

 

 

 かつてリディアに下した『鳥人間』、それより更に劣化した蔑称を貼り付けた相手。前兆もなくその眼前に空間転移した幼女の拳は、これまた既に振り被って叩きつけられる直前の状態になっていて。

 

「ふがべっ!!?」

 

 鼻と唇の間、人体であれば急所に奇麗に吸い込まれた殴打は、事前の宣言通り上の前歯の四本を半ばでへし折る。―――たったそれだけしか折らなかった。まだ下の前歯も奥歯も残っている。

 

 

「天上人のなら折れた歯でも聖遺物になるのかね。いい値段が付くと嬉しいが。

………あと二十四本。全部折れる頃には、その奇麗な面を素敵に整形してやるよ」

 

 

 先の破滅の雷に伍する放出系の異能力は振るうことなく、本領である剣すら握らず、場末のチンピラが如く血の付いた拳をワザとらしくスナップして挑発する。

 万を超える時間を経ながら他人と殴り合うことを、他人を殴って殴り返されることを考えたこともなかった『お馬鹿さん(ゼロノス)』相手にはそれですら充分で。

 

 既に天上の美貌は血にまみれて歪んだ上顎で台無しだが、この後もはや見るに堪えない醜男に変えられるのはどう見ても決定事項だった。

 

 

 

 

 

「……ぉ、ぃあ……っ?」

 

 顔に限定されず体中のあらゆる部位をノーモーション空間転移神拳で滅多打ちにされ。飛ばしていたゼロノスの意識が戻ってきた時、彼は何も分からなかった。

 視界は闇、聞こえるのは一切の無音。血の味と匂いしか分からず、しかし体中に異物が這い回る感覚だけは鮮明。

 

『全国一千万の愛好家が居る幼女の触手プレイだ。そら、歓喜にむせび泣けよ』

 

 入念に変形させられた顔面は勿論、どこの部位を取っても真っ黒な木の根が皮膚の表に裏に根付いているその様は、人によっては見るだけで吐き気を催すような有様だった。

 

『世界樹の精霊が貴様に新しい役割をくれてやる。世界樹の養分だ。

 与えられた役割に忠実に生きるんだぞ?散々お前が他人に強要してきたことだろう?』

 

「ぁー、ぅ~~~~~っ」

 

 全ての歯が砕けているが故に、脳裏に直接響いてきた幼女の嘲りにまともな言葉を返すこともできない。そしてその声もすぐに聞こえなくなる。

 

 ゼロノスが拘束されているのは地底の旧き生命の世界樹の根。《深淵》の貯蔵庫として使われているそれから彼が侵食を受け、感情と魂を獲得するのに大した時間は掛からない。

 そして何も感じられない時間は、芽生えた感情が狂気に染まるのに余りある悠久さを持つ。

 

 千の時を数え、彼が世界樹の根から脱出した時、既にその精神は地上も天庭も関係なくただ破壊する衝動に動かされるだけの残骸だった。その果てに人型植物の異形と化したゼロノスを討ったのは、皮肉にも銀髪の天上人。

 

―――ごめんね、ゼロノス。

 

 銀髪もその謝罪の言葉にも何かの引っ掛かりを覚えた気がしたが、それを掘り起こすには摩耗しきった魂は輪廻の環へと流されていく。

 

 そんな千年を。

 

 

 

「ジャスト一分だ。|悪夢『ユメ》は見れたかよ?」

 

 

 

 もう何回繰り返しただろう。

 あと何回繰り返すのだろう。

 

 あるいは。

 

 

 

…………また変な夢見たなあ。

 

 もしもの可能性、それを垣間見ただけの話ということもあるのかも知れない。

 

 

 

 とりあえず、平常運転な気もするが夢の中で暴走していたジェニファーに対して冥王は。

 

「みゅ。ひゅひょー?」

 

 翌朝学園の廊下で見掛けた幼女のほっぺたをなんとなく引っ張ってみる。

 子供のほっぺはすべすべもちもちで案外触っていて気持ちよくて、フランチェスカのいつもの躾もそういうことなのかと納得したのであった。

 

 





 繰り返しますが夢オチです。
 第二部連載するとしたらこんな感じに……多分ならない。原作もゼロノス叩きのめしてめでたしめでたし、って流れじゃなさそうですし。

 そして光と闇が備わり最強に見える(タグ回収)ダークアイリス・リリィ。サーヴァントなんだかゼクスなんだか碇シンジなんだかメスガキなんだかゼオライマーなんだかブロントさんなんだか天魔宿儺なんだかたっくんなんだか奪還屋なんだか、これもう本当にわかんねぇな。



 というわけでエイプリルフールでした。

………さて、今日からサッドライプはコロナ下の強制労働省出向とかいう罰ゲーム二年目開始(ガチ)。半年くらい執筆活動がなかったらお察しの上冥福を祈ってくださいな。



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3月31日(前半)


~聖装イベント・二心相戯れる恋の裁断者~

「ですの!」
「ですわ?」
「ですのですの!!」
「!ですわですわ♪」
「でーすーのー?」
「―――ですわ」
「です、の―――!?」
「ですわーっ!」

「……!!ですのですのですのですの!!」
「ですわですわですわですわですわ~~!!!」


「………。お姉さまとジェニファー、何やってるの?いや、楽しそうで何よりなんだけど」


「ですの?」「ですわ?」
「いや、ボクは謎言語で通じ合うテレパシーとか持ってないからね?」

「ですのっ☆」
「一瞬で退路を断たれた――!?じゃなくて、なんで前後からにじり寄ってくるの?なんでボクの周りぐるぐる回るの!?」
「ですわっ☆」

「で・す・の!で・す・の!!」
「悪ノリが過ぎるよ二人ともっ。ボクを巻き込まないで~~!」
「で・す・わ!で・す・わ!!」



 以上。プリシラなら口で抵抗しつつ割とあっさりオチる気もする。

 もうこのネタもかなり前のやつだけど、ジェミニンも封印するにはアレだしもう一回出番あってもいいかなー、とふと。

 ラブリーショコラ常設化記念に何かやろうかと思ったけど特にネタがない。
 うーん……とりあえず聖樹教会ディスってゼロノスボコってクリスいぢめよう。そんな感じで。





 

 大義名分、というのは戦の後にこそ重要になるものである。

 

 為政者達の価値観にもよるが、なるほど戦争を起こす時に大義名分があるに越したことはない。それが誰の目にも立派であるほど猶のこと良し。―――だが、人を戦争に駆り立てるだけなら釣り合う利益さえ約束されればそれで充分とも言えるし、極論徴発した兵を敵前に整列させれば大義なぞ考える間もなく彼らは生きる為に戦う。

 

 先の反帝国同盟軍による逆侵略においては、報復・亡国の復興・侵略主義国家の脅威の撲滅という選り取り見取りな大義名分があり、そして領土拡大や祖国防衛という切実な利益と何より自分達が滅ぼされたくないという当然の生存本能があった。

 だが戦の後―――皇帝が討たれ崩壊した帝国領、教皇の起誓文により解体された教皇領、そこに住んでいた人間からしたら、同盟が掲げた大義名分は他人事のものでしかない。

 

 勿論敗者なのだから物を言う権利などありはしない。とはいえ新たにその敗者達を従えることになる支配者からすれば、彼らをも納得させるに足る大義名分があるならば大変助かるのも事実。

 

 

 あるではないか―――腐敗した聖樹教会が世界樹炎上とその後の異変、そして帝国の侵略戦争の黒幕だったのだ、だから世界のために奴らを打倒したのだ、という実にありがたい大義名分が。

 ついでに言えば、醜く反抗を続けていた聖地の行動とその失陥にタイミングを合わせるように、世界樹が黒く染まりそして新生した―――即ち、教会の悪の行動により状況が悪化し我々の正義の行動によって罪は雪がれたのだ、といういい感じのストーリーが。

 

 

 頭が信仰に蕩けてでもいない限り、真っ当に思考が回る為政者からすれば民衆のヘイトという泥を聖樹教会が被ってくれるのならこんなにおいしい話はないだろう。

 ましてや聖樹騎士団という自前の精強な武装組織を有していた―――モンスターが跋扈する世界においては致し方ない側面もあるとはいえ―――国際宗教団体など統治者にとっては目障りなケースが多い以上、それを弱体化させる絶好の機会をみすみす逃す手はない。

 ついでに元々自身が従えていた民の中に居る聖樹教会信者に対しても、教会と敵対した理由を納得させる大義名分はあればあるだけ良いわけだから。

 

 

 故に、ある幼女が敵勢力を陥れる為に適当ぶっこいた『聖樹教会こそ世界の歪み』という幻想(ウソ)は、戦争に勝った者達が自分達に都合のいいように喧伝する形で世界に拡散していく。

 

 

 それを受ける民衆達だが、実のところ……『ジェニファーの告発』という洗脳アジテーション映像を見ていなくても、教会の権威を失墜させるプロパガンダを頭ごなしに否定する者はそう多くない。

 人は優越感という名の『正義』を求めるものというのは以前述べたが、関連して常に『裁くべき悪』を求めたがる心理がある。戦火に見舞われる不安、あるいは実際に戦争の巻き添えになった怒り、情勢不安により当然税も重くなったし生活も苦しい、それらの不満に元凶があるとしたら?否、“元凶があって欲しい”。

 無意識に求めるそれは、形があってよく知っている相手である方が好ましい。不満をぶつける…“裁く”ことができるから。たとえばおとぎ話の元天上人なんてふわふわしたよく分からない存在よりも、自分達もよく知る相手が“元凶”だったのだ、と言われれば揺らいでしまうという具合に。その時信仰や信用や信頼が必ず歯止めになるとは限らず、むしろ裏返って理性の箍を外すことさえある。

 

 自分達が不幸なのはあいつのせいだ。裁きを。報復を。曝せ。

 魔女狩り、ギロチン、吊し上げ―――古今東西人間という群衆が抱く業は変わらない。高潔な創造神の息子が全人類に代わって磔になろうが、そんなもの腹の足しにもならなかったように。

 

 

 斯くして幻想は集団の共有認識として『事実』へと塗り替えられていくのであった。

 

 

………。

 

 そんな訳で。

 

 旧教皇領内ソルベンヌ、神官クリスと修道女パトリシアがかつて修行に励んだ修道院。

 聖地の各国共同統治の調整がようやく軌道に乗り、その合意締結に冥王やアイリス達も同席したついでに二人の要望で寄り道した時のことだった。

 

 二人が知る以前とは比べるまでもない程に、旧教皇領の人々の表情に活力がなくなっていた。無理もない、自分達は信仰篤い敬虔な信徒のつもりが一転、世界を混乱に陥れる首魁の一味にして畏れ多くも世界樹様を燃やし黒く染めた腐敗の一片として非難の対象になっているのだから。

 多感な時期を過ごした街でよく知る相手も多いだけに、つい気分を落ち込ませる聖樹教会組。だが、現状を理不尽と憤ることも難しい。

 

 戦争なのだ、負ければ失うものが大きいのは当然。まして帝国の側に立った聖樹教会は帝国が各地で働いた蛮行の責任を共に被る―――教会が帝国を支持したのは、教皇の名の下に帝国の所業を容認したということを意味するのだから―――以上、なんなら報復として同じことをされても文句は言えない。教皇にその“覚悟”があったのかは不明だが。

 都合がいいように事実と嘘をごちゃ混ぜにした悪評をばら撒かれてはいるが、あえて言ってしまうと『その程度で済ませてもらっている』というだけの話。

 

 民衆の処遇に関しても敗戦国にしてはそう悪くなく、他国より緩かった税制が見直された程度。駐屯兵も聖樹教会信者を侮蔑の籠った目で見ながらも、真面目に法に則った治安維持活動に終始している。

 

 激発するには名分の立たなさが先に来るが、その分だけ鬱屈する何かが降り積もる雪のように溜まっていく。そんな街でも精一杯気分を切り替えて旧交を温めたクリスとパトリシア。だが別れ際の修道院のマザーの言葉には考えさせられるものがあった。

 

「パトリシア、貴女はどう思いましたか?」

「『これからは教会関係者だと知られたらそれだけで生きにくい世界になる。今更私は教えを捨てられないけれど、若い貴女達は本当に大切なものを優先しなさい。

 教えの為に人があるのではなく、人がより善く生きる為に教えがあるのだから』。

………ふふ、二言目には戒律戒律って口癖だったマザーから出た言葉とは思えないです」

「そこは私にも意外でした。でも、あの方らしいといえばらしいのかも知れません」

 

 遠回しに『迫害される人生を送るくらいなら棄教してしまって構わない』と、シスター達に教会の規律を厳しく躾けてきた彼女がそう口にする日が来るなど予想だにしていなかった。

 だがその厳しさの裏には、様々な事情でシスターにならざるを得なかった少女達がせめてより善く生きれるようにと、そんな祈りが込められていたのだと分かる程度には大人になった二人。

 だからこそ育ての親とも言える女性の思いやりに即答で返した信念を、己で確かめるようにもう一度繰り返す。

 

 

「マザーのように聖樹教会の教えに救いと安らぎを得る人がこの地上に一人でも居る限りは、その方の祈りを肯定してあげられる聖職者でいたい。

 誰に望まれずとも、同じ教えを学んだ朋輩と道を違えようとも―――私は花の聖神官、クリスティン=ケトラです」

 

「そんなクリス先輩だから、一人で頑張らせるなんてできないです。

 大丈夫!どんな険しい道でも希望を捨てないで歩き続けること、私達はこれまでの旅でちゃんと学んできましたから!」

 

 

 己を曲げるつもりはない―――頑ななまでの信念を試すような、嘲笑うような、そんな時で場所だったのだ。

 

 雷雲すら焼き尽くす神聖な稲妻と共に『それ』が現れたのは。

 

 

 

 きぃん、と不愉快な耳鳴りが一瞬鼓膜を叩く。

 前兆らしい前兆はそれだけだった。

 

 天より招来する、光を吸い込む黒曜石の柱。大人数人の腕回りに等しい太さのそれは不気味なほどの静かさで接地し、無機質に大地へ標を穿つ。

 突き立った黒柱は不可視の波動を放ち、その悪意は周辺の市街を覆った。

 

 波動を浴びた者は思考や情動を打ち消され、生ける肉人形と化す……黒柱の正体は悍ましき精神兵器。

 躊躇いなくそんなものの投入を決断する勢力など二つとあるまい。

 

 深淵の影響の下に魂持つ生き物、その殲滅を志す天上人。手駒としていた聖樹教会の凋落により、新たなる侵略の手管は人間同士を潰し合わせる戦争の扇動からより直接的なものとなったらしい。

 侵略―――彼らに言わせれば『管理』なのだろうが。

 

 意識を奪われ瞳の光を失った者達が微動だにせず立ち尽くすさながら蝋人形の街。原初の神より地上の管理を任されたという彼らの理想が、冥王ハデスを除いてこんな光景だと言うのならば、たとえ正しいとされる摂理であっても魂持つ者はその尊厳を懸けて反逆するだろう。

 

 世界中に散らばった旧世界樹の力の残滓―――種子を持つ者(シーダー)であるアイリス達はその加護で精神干渉に耐えながら、黒柱を破壊すべくその周囲を防衛する下級天使達との交戦に入る。

 

「《深淵》も持たない下級天使なんて、今更どれだけ居たって!!」

「おいたが過ぎます―――沈みなさい!」

「まとめて薙ぎ払ってあげましょう」

 

 深淵に目覚め暗黒の力で強化された鉄槌を振るう転生天使に、魔導の使い手としては地上でも五指に入るハイエルフィンの女王と元魔術塔の首魁。非シーダーでありながら古参のアイリス達を凌ぐ実力者達の活躍もあり、危うげなく優勢を保っていた。

 

 その男が指を向ける程度の動作で放つたった一度の雷撃で、壊滅状態に陥るまでは。

 

 

「醜い抗いだ。まさに消去されるノイズに相応しい」

 

 ゼロノス―――!!

 

 

 直撃を食らったリディアが全身至る所を黒焦げに炭化させられた見るも悲惨な状態で倒れ伏し、巻き添えとなったアナスチガルが自身のダメージを押して治癒にあたっている。

 二人を庇うナジャも防御に全魔力を振り絞ったのかそれ以上の魔術行使に精彩を欠き、―――離れたところではショックで意識を手放した隙に黒柱の波動に屈したのか、クリスとパトリシアが意思の無い表情で立ち尽くしていた。

 

 それを冷たい視線で一瞥だけして、慮る価値もないとばかりにそれきり無関心に背を向ける赤銅髪の美丈夫。精緻な彫刻そのものの黄金の肉体に豪奢な装束を纏うは、聖樹教会が崇める天上人の序列最上位。

 愛する少女達を神話の奇蹟で蹂躙した旧知の相手を、冥王ハデスは睨みつけて声を荒げる。

 

―――天庭に《深淵》を噴出させない。その条件で地上から手を引くと言ったんじゃないのかお前達は。

「私のこの行動は、私を目覚めさせた世界樹の意思だ。世界樹の精霊が反抗的なのは貴様の元に居るからだろう。それにあの忌まわしい闇精霊か。

 いずれ我が手中にて相応しい在り方に帰ってもらうだけのこと」

―――約定破りに幼女誘拐に調教宣言か。くたばれロリコン野郎。

 

「冥王様、リリィが危ない―――!」

 大丈夫だ。リリィはジェニファーが付いて冥界に居る。

 

「他の心配をしている場合か?」

 

「――――冥王様ッッ!!?」

 

 ゼロノスが戯れに放つ裁きの雷が冥王の肉体を蝕む。

 妹分を心配してしがみ付いてきていたユーを咄嗟に突き飛ばしはしたが、元天上人の不死性を嘲るように激痛を継続的に送り込んでくる。その上で。

 

 

「私に従えとは言わない、むしろ徹底して抗え。万策尽き、絶望の淵に落ちたお前の前で全ての魂を消し去ろうではないか。

 簡単にお前を殺してやるほど、私は慈悲に溢れてはいないぞ?―――そうだな、まずは貴様が心を砕く手駒に貴様を痛めつけさせてみるか」

 

 

 雷の放出を止め、代わりにゼロノスが指を鳴らしたのを合図に……茫洋としていたパトリシアが顔を上げた。そしてゆっくりと歩み寄ってくる。その表情に、彼女生来の溌剌さも爛漫さも欠片も見当たらない。

 

「まさか――!やめて、そんなひどいこと……!!」

 

 今のパトリシアは人形も同然で、それを操り『痛めつけさせ』るなんてことをするならば。

 直接的な肉体の苦痛は勿論、二人の心にどれほどの悲しみを植え付けることになるだろう。愛する人を傷つけた心の痛みがどれほどになるか。

 

 思い当たって顔を青くしたユーが呻くが、当然ながらゼロノスに微塵の躊躇もない、呵責もない。

 そして膝を突いた冥王は、俯いたままの顔を上げることなく。

 

 ああ、本当に―――。

 

 

 

「私のオトコとツレを嗤ったのは、あなたですか?」

 

―――俺の騎士は頼りになる。

 

 

 

 夢遊病患者のような足取りだったパトリシアの姿が突如として消える。一瞬その聖装が武闘家シスターの戦闘服から“擦り切れた黒革”の装束へと変わっていたように見えたが、それも残像に霞むだけ。

 

 瞬きを一つ。辺り一面に劈く轟音。音のした方を見上げれば、黒柱の表面くまなく埋め尽くすように、鉄の砲弾でもぶち込んだような幾十の歪みと亀裂が錯綜し、そして止めに柱自体が半ばにて“へし折られて”いる。それが刹那の内に起こったのだから圧縮された音の波がどれほどかは推して知るべし。

 

 瞬きをもう一つ。今度は生き残っていた全ての下級天使の無機質なボディが一体一体全て同じ衝撃を喰らい、スクラップとなりながら各々明後日の方向に吹き飛ばされる。火花を散らしながらピンボールと化す残骸達の間を縫う黒い影を、誰もその目に留める事はできない。

 

 瞬きを更に一つ。ゼロノスの眼前に迫る上段蹴りの靴裏が天上人の障壁に突き刺さり、空間を波打たせて止まっていた。咄嗟に放たれた雷より素早く飛び退ったところで、“時”は動き出して破壊された黒柱や下級天使達の崩壊が折り重なって現出する。

 

 それを為した者は、明確に殺意という感情を瞳に宿しゼロノスと対峙していた。

 

「時の加速……?人間の分際で過ぎた力を。何だ貴様は?」

 

 それは天上人に対抗するというまさにこの時の為に託された力。試練に打ち克ったことで受け継がれ融け込んでいた祝福であり呪い。ここに“闇の蕾(ダークアイリス)”の祈りは鮮烈に芽吹く。

 

 その引き金を引いたのは他でもない、黒柱に表層の意識を封じられたことだ。

 主人格が機能を停止すれば、代わりに目覚めてしまう闇の住人達が居る。

 

 

「冥戒十三騎士が三の武侠、『藍の閃傑』パトリシア=ヘルシスター。

 私も嗤ってもらおうか―――地獄の底で!!」

 

 

 闇の住人“達”。そう、誰もが順当に強力で凶悪で狂暴なパトリシアの偽物に目が吸い寄せられるから。

 ゼロノスは当然としても、冥王達の誰も咄嗟に思い当たることはなかった。

 この場に呪いを受けた者はもう一人居ることに。よりによって厨二幼女の歪んだ親愛表現と悪ふざけの極致にある冒涜的なパチモノの存在に。

 

 

 

「幼馴染でBSS(ぼくが先に好きだったのに)した非モテ童貞の臭いがします……♪」

 

 

 

 ネズミを見つけた猫のような瞳で愉しそうに聖典の崇拝対象を見つめる聖神官に、誰も注意を払えていなかった―――。

 

 

 






 はいこの話が最後までシリアス続けられると思ってた人手を挙げてー。



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3月31日(後半)


※ちょっと後の学生寮談話室で

「人の意識を強制的に封印するのに対抗する形で冥戒十三騎士の人格が現れたんですよね。まさかジェニファーさん、ここまで見越してアイリス達にあの聖装を?」

「………。ふっ、当然だなこの程度」

「わぁっ!」
「さすがジェニファー様ですっ!」

【………(ふるふる)】
(リリィとセシルしかいないからツッコミ不在だった……)


注)ふわふわ幼女がそこまで考えてたわけないです。




 

 無数の下級天使達の遺骸が横たわる戦場に、乾いた打擲音が弾ける。

 

 僅かコンマ数秒の間に幾十もの拳打蹴撃が繰り出され、その全てがゼロノスの神通力による障壁に阻まれる。およそマリエラのものとは比較にならない強固さが想定されるそれも、こうまで短時間に集中して同じ個所にダメージを蓄積すれば揺らぐのか白い波紋が大きく広がり球形の輪郭を浮かばせていた。

 

「小煩い……」

 

 当然敵もされるがままという訳ではなく、すぐに雷槍を閃かせる。

 如何に感覚が何千倍に加速されていようと雷は見てから避けられるようなものではない。だが『すぐに』というのも今のパトリシアからすればあくびが出て収まるまで以上のタイムラグ。そして予備動作も蠅が止まるような鈍さで認識できる以上、如何に簡素な動作とはいえ放つ時点で効果範囲に留まっている訳もなかった。

 更に認識可能な間隙を置くことなく正反対の方向から無数の打撃が障壁を叩く。

 

「もう、何やってるのか分からないです……」

 

 ナジャ達の元に合流した冥王とユーの目にも、仲間が今どのような戦い方をしているのかさえ分からない。今のパトリシアの速さを言葉に表すのは真っ当な時間の流れの中で生きている者には不可能なレベルだからだ。―――そんな語彙があったとして使う機会など他にある筈がない、という意味で。

 

 だが如何に凄まじい速さを得ていようと、届かなければ意味がない。

 

「―――私に触れるな」

「ちっ……!」

 

 ただの人間が上位種を殺し得る……それをコンセプトにして設計された《冥戒十三騎士》聖装の能力は、ただ一つの例外を除いて特殊能力の一点特化だ。

 セシルの超火力にしろパトリシアの時間加速にしろ、深淵によるブーストにも限りがある為にその強化を一方向に集中させている。そのおかげで格上殺しを成立させる余地があるのだが、その反面凌がれた際に応用が利かない部分も当然ある。

 

 当然彼女とて馬鹿の一つ覚えでただ叩き続けている訳ではない。ゼロノスが動いて外を見て音を聞いている以上は彼の障壁は外的要因を一切シャットダウンする類のものではないと考え、素通しするものや発動条件を満たさないものを探りながら突破口を得んとしている。

 投げや関節技、発勁は真っ先に試したし、防壁に穴がある箇所がないかと全方向からあらゆる部位に打ち込みもした。それらが全て通じないとなると、今度は一瞬の内に連続する衝撃が同一箇所に集中することで破れないか、そこから間を置くことなく正反対の箇所に同じことをされたらどうか……などと傍から見れば一瞬の内に気の遠くなるような試行錯誤を繰り返している。

 

 もしセシルを連れて来ていれば障壁を無理矢理ぶち貫くのは可能だっただろう。ジェニファーの最終形態なら素手で紙切れ同然に突破したかもしれない。

 だがパトリシア=ヘルシスター単体の一撃の破壊力はそれを望むレベルではないのは紛れもない事実だった―――黒柱の倒壊と下級天使達の殲滅を片手間でやってのけるレベルの脅威であることも事実ではあるが。

 

「――――理解したようだな。人間が多少便利な手管を得たところで、天上人である私にその牙は届きえないのだと」

 

 “時”が戻り、肩で息をするパトリシアに言葉を投げかけるゼロノス。一方の闇堕ちシスターは小さく声を喉奥で掠らせた。

 

 

「これが天上人……………ああ大したものですね。くすっ、私を笑わせるなんて」

 

 

「何?」

「その台詞が出る時点であなたは状況を理解できていない、そう言っています」

 

 その挑発に込められていたのは、果たして虚勢か確信か。

 そして魂が不純なものだと主張するゼロノスにそれに乗る感情があるかは不明だが、彼は無表情を崩さないまま両手を拡げる。淡い雷雲が彼の周囲に展開し、稲光が幾重にも折り連なって集束していく。解放されるその時を待ち侘びて。

 

「ならば身の程を思い知らせてくれる。いくら蠅のごとく飛び回ろうが、周囲一帯ごと焼けば貴様に逃れる術はない」

 

「おお野蛮。ですが最適解。なるほど大正解。

―――あえて言おう。や っ て み ろ よ 三 下 」

 

「吠えたな―――!」

 

「………あれ、これこっちもまずくないですか?」

 

 そして文字通り人智を超えた莫大なエネルギーを自在に操る相手にドスの利いた声で挑発を重ねるのは豪胆の極みか狂気の沙汰か。

 けれど超広範囲殲滅攻撃などされれば冥王や戦闘不能状態のアイリス達、それに自分も危ういと焦るユーにパトリシアは振り返り、安心させるように小さく笑った。どこかおどけたようで、いつものスマイル全開の彼女の面影も確かにあって。

 

「虚無に還り、その無軌道を悔やむ間もなく散るがいい!!」

 

 その背中で、パトリシアの育ったこのソルベンヌの街ごと纏めて覆う戦術規模の裁きの雷が解き放たれる。

 半球状に拡散した稲妻が天蓋を形成し、無数の落雷が光の牢獄の中を蹂躙する。地表を舐め、空気を灼き、形あるもの全てを崩壊させようとする。

 

 

 中に閉じ込めた人も家々も、草木はおろか地を這う蟻ですら――――微塵も害することが出来なかった、見掛け倒し極まりない結果に終わった轟雷。

 

 

 

「あ、あれ?皆さん無事ですか?」

 

「……何故だ、一体何が……!?」

 

 狼狽するゼロノス。かつては長い付き合いをしていた冥王ですら見たこともない困惑顔に、命の危険を感じていた少女達も訳が分からないといった混乱顔になる。もはやそれら一切を意に介すことなく、冥王の前まで歩み寄ったパトリシアは……そのままふらりと倒れ込んだ。

 

「冥王、さま……ごめんなさい、電池切れたのでちょっと休ませて」

 あ、ああ。ナイスガッツ。

「……わらってくれた。あなただけでも笑ってくれるなら、それだけで―――」

 

 抱きとめた冥王の懐で、能力が強力な分消耗も早いのか疲労困憊の体で眠りにつく偽パトリシア。落ちる直前のぼやけた囁き声は冥王の耳にのみ届いたのだった。

 

 一方で疑問に何の解決も示されないまま置いてかれてしまった他の面々。ただ……無理な話ではあるが、置いてかれたままの方が幸せだったかも知れない。

 

 

 

「何故?何が?問わばこの私、冥戒十三騎士が二の祈り手、『金の杖僧』クリスティン=ビターショコラがお答えしましょう

 ここからが私のステージであると!!」

 

 

 

 ふりふりでありながらダークブルー。キュートでありながらダークブラウン。全体的に寒色で暗い色合いなのに、弾けているとしか言い様がない甘ロリファッション。

 重度の妄想癖と恋愛脳に目を瞑れば一応清楚で真面目な聖神官のクリスとは大違いの、はっちゃけたクレイジーガールが今まで真っ当に異能バトルをしていたパトリシアに交代する形で前に出て来てしまったのだから。

 

 ゼロノスの正面に踊り出た偽クリスは、そのまま両手の直角にした親指と人差し指で四角を作りその中から相手を覗く仕草をする。何らかの攻撃をするつもりかと思い警戒するゼロノス。

 

 

「恋愛力…たったの5…童貞ですね…」

 

「………」

 

 

 違った。なんか謎の数値を計測しているだけだった。

 

 決してツッコミのつもりではないのだろうが、ましてや童貞呼ばわりされてイラついた訳ではないのだろうが、ゼロノスは無言でビターショコラ目掛け雷撃を放つ。二度。三度。何度も何度も。

 人間など尽戮し滅殺し塵も残さない禍々しき奇蹟、それらの一つたりとも―――聖装の布地を汚すことすらできない。

 

 攻撃の手は止めないながらも、もはや黙り込むゼロノス。一方嫌な予感しかしないながらもこういう時の自分の役回りを受け入れているユーが問う。

 

「あのー、クリスさん?さっきから無敵モードみたいなんですけど一体どうなってるんです?」

「いえ、そんな難しい話ではありませんよ?《深淵の園》でも言ったでしょう、『敵に愛の為に戦う戦士が居ない限り、この力が弱まることはありません』と」

「いや分かんないです。それ本物のクリスさんをおちょくる口実だったんじゃ―――」

 

 

「だから、愛がなければ勝てないんです。愛が勝つんです。

 私が戦いの場に設定しているのは、そういう“ルール”というだけの話なんです」

 

 

「………え、え?」

「そういうことで実はお恥ずかしながら、私が冥戒十三騎士で最弱なんですよね。特にかつての私は“恋破れたクリスティン”。恋愛弱者のざこざこ非リアですから、実はアイリスの誰を相手にしてもあの時敗北は決定していたんです」

 

 それはつまりあの時クリスはラブリーショコラに変身しなくても実は勝てたということだが、些細な問題なのでそれはさておき。

 

 今の偽クリスの言葉に嘘はない。そしてそうでありながら、『冥戒十三騎士団は一人一人、ジェニファーさん第三形態と同じくらいの実力を持っています』という言葉にも嘘はない。

 最弱の冥戒十三騎士であると同時に、彼女は最も理不尽で反則の冥戒十三騎士でもある。

 

 ゼロノス相手に自分では相性が悪いと判断したパトリシア=ヘルシスターが、とりあえず悪あがきしてみながらも、他の障害の排除とついでに能力発動時の注意反らしに専念して後を託すに足る“一点特化の能力”をビターショコラは持っている。

 

………摂理の、書き換え?

「ぴんぽーん。明晰な冥王様も素敵です、うふふ」

 

 反則というか、そもそも“ルール”が違うと。

 こんなすごい攻撃ができるんだとか、こんなすごいバリアで防げるんだとか、こんなに速く動けるんだとか―――ビターショコラの戦場にそういった概念が通じる余地はない。夢の中でラブリーショコラと戦ったポリンやウィルの時のように、彼女の認めた土俵以外での戦いが全て無意味になる。記憶を失って以降恋を知らないという意味で相性最高のジェニファー相手ならば一方的に下すことすら可能にする力。

 

 

「そして今の私はクリスティン=ケトラの肉体と魂に融け込んでいます。それはつまり、愛しの冥王様とのいちゃいちゃらぶらぶちゅっちゅいやんばかんな経験と思い出を得た……いわば大人の味のビターショコラ!ぶっちゃけて言うと非・処・女!!ああなんて素晴らしい響きなんでしょう」

「クリスさんウェイト。それ後で本物のクリスさんが死ぬやつなのでお口いったん閉じて」

 

「それに引き換えなんて哀れなゼロノス。まるで天真爛漫な笑顔が可愛い幼馴染がいつまでも同じ距離感でいると根拠もなく思っててふとした瞬間にその女の子は別の男に自分に向けたことがないような雌の顔をするになっててでも何の努力も働きかけもしてこなかった自分を棚に上げて裏切られたとか奪われたとか傍から見ると滑稽なだけの怒りや悲壮感を抱いてるくせにそれを自覚すらしないで超然ぶってるみたいなもの凄い童貞臭がします!それだけお顔が整っていながらこの残念さはまさに奇蹟ですよ奇蹟。さすがは天上人!!」

「クリスさんだからウェイトですってば!というかなんでそんな具体的―――え、冥王様もどうして顔を反らしてるんです?まさか心当たりがあるんですか!?」

 

 ユーの静止が聞こえているのかいないのか、後でクリスが聞いたら悶絶するような罰当たり極まる妄言を立て板に水の如く吐き倒すビターショコラ。

 そしてなんとも言いがたい表情で古い因縁の相手を見る冥王と、昔の女の影という想定外の方向からのジャブを喰らって混乱するツッコミ役。

 

 あー。ゼロノス、お前フリッカのこと……。

「………ハデス、貴様がその顔で何を言いたいのか分からないが、何をおいても貴様を殺すべきだと今確信した。やはり私の判断に間違いはなかった」

 

「だぁめ、ですっ。かつて全てのリア充を呪っていた身としては貴方に同情しなくもないですが、冥王様に危害を加えるというならお話は別です。

――――童貞が彼氏持ち非処女に勝てるなんて思わないでくださいね?」

 

 おもむろにスカートを翻し人差し指でばっきゅーんな『可愛らしいポーズ』を決めるビターショコラ。

 そして例によって発生するブルーの謎オーラ、それがゼロノスの方に纏わりついていく。相殺も防御も手段は一つ、恋愛力を高めて己の誰かを愛する気持ちを堂々とぶつけること以外“許されていない”。

 

 それが出来るような精神構造ならそもそもこいつは今この場にいない。そういう意味ではまさに天上人特攻。

 故に為す術なく受けたゼロノスは最初は反応なしだった。そして一瞬の間を置いて。

 

 

「……?ぁ、ああ、ああああぁぁぁッ!!?が、ぐ、ああああァァァ~~~~!?あっあっあっあああああああぁぁっっ!!!!」

 

「ひぃっ――!?」

 

 

 すぐに異常が現れる。手足の関節をやたらめったら折り曲げ、体の至るところを掻き毟り、頭を不規則に振りたくり、鼻と耳から鮮血を垂れ流し、奇声も同然な絶叫を上げて悶え苦しむ天上人。

 あまりの奇態についユーは悲鳴を漏らす一方、偽クリスは慈愛の眼でそれを見つめていた。

 

「痛いでしょう?苦しいでしょう?じっくりことこと何万年も熟成させてきた童貞には、愛の尊さに身を切り刻まれそうなほどに切なさが溢れて止まらないでしょう?」

「く、クリスさん……?今度は一体何が」

 

「アンデッドに浄化の光を浴びせれば苦しみ悶えながら消滅していくように、童貞に愛の波動を浴びせれば七転八倒しながら堕ちていく。それだけのことです」

 

 ナジャ、分かる?

「お手上げです(白目)」

 

 ユーのツッコミ気質はこの意味不明な偽クリスの活躍をなんとか咀嚼するのに大いに助かっているが、大魔導士のナジャを以てしても理解の範疇外にあるらしかった。

 リディアの一命を取り留めたところで精魂尽きたアナスチガルも眠ってしまったこともあり、今正気と意識を保っているアイリスは彼女一人だけ――――ある意味で果てしなく貧乏くじである。他のアイリス達を護れるように気を張りながら、このカオス空間を観戦し続けなければならないのだから。

 

 この自分のらぶらぶ攻撃(?)で悶絶する天上人をどこまでも労りの生暖かい視線で寒色甘ロリ神官が観察し続ける狂気の空間を。

 そして吐く言葉はやはりろくでもない。

 

「彼には今、存在の奥底にまで染みついた童貞臭を洗い流す過程で様々な苦痛が降り掛かっていることでしょう。

 そう、頭痛眼痛歯痛神経痛圧痛胸痛胃痛腹痛腰痛関節痛筋肉痛そして生理痛」

 

「いや最後の……なんて?」

 

「ぐ……ぉぉ……!?」

「うーん。天上人ゼロノスはちょっと重い方なのでしょうか」

 

「聞き間違いじゃなかった……!?あの、それでいいんですか冥戒十三騎士さん」

「いいに決まってるじゃないですか。リーダーはジェニファーさんですよ?それに―――」

「いくらジェニファーさんでもここまでじゃないと思うんですが。え、『それに』……?」

 

「童貞が女性に抱く童貞臭い憧れ――その幻想をぶち殺す、私はそういう事に幸せを感じるんです」

「割と最低ですね!?」

 

「ちょっと身をもって性別的に未知の体験をしたせいで、彼のジェンダーが歪んで彼女になっちゃうかも知れませんが、まあコラテラルダメージということで」

………っ!けほっ、こほっ!

「オカマの天上人とか嫌過ぎる!?どうするんですか女装する敵とか出て来るようになったらどう頑張ってもシリアスになれませんよ!?」

「知りません!そんなことは私の管轄外です!!」

「あなた本っ当に最低ですね!?」

 

~~~~っ、ちょっ、面白過ぎるからやめて……。

 

 ゼロノスの艶姿を想像してしまった冥王を爆笑のあまりギブアップさせる快挙をも達成するビターショコラ。彼女の快進撃は止まらない、かに思えた。

 

 腐っても天上人筆頭、闇精霊の加護が付いた深淵の騎士といえどただ一人の人間に敗れることなどないということなのか。

 

「ぉ、おおおおお~~ッ、な゛め゛る゛な゛ぁーーーーッッっ!!!」

 

「っ!!?まさかっ」

 

 振り絞るような咆哮と共に、ゼロノスの体から青いオーラが排出されては空中で霧散する。それを見た偽クリスは素早く指で四角を作ってまた謎の計測を始めた。

 

 

「童貞力90000……100000、110000……!?ばかな、まさか、ま、まだ上昇している―――!?」

 

 

 また意味の分からない数値が出て来たが、そうこうしている間にも天上人は体内の毒を排出し終え全身を襲っていた苦痛から解放されていた。

 

「ふーっ、フ~~~っっ!!」

「童貞力、じゅ、180000……!!きゃっ!?」

 

 七孔から流した血をぬぐうことなくビターショコラを睨み付けるゼロノスに、当初の余裕とついでに威厳はない。あと立ち姿が心なしか内股になっているので、消えない傷跡はちょっと残ったらしい。

 

 そして至近距離で何かが割れたみたいに仰け反る偽クリスだが、例の幼女よろしくその場のノリで適当言ってるだけなので注意である。起こった事象としてはゼロノスが地上の管理者として『金の杖僧』の歪んだルールを強引に修復して通常の法則に戻した、というのが正しい。

 

 己の特有の能力を破られればセシル以上にどうしようもない最弱の冥戒十三騎士はそれを受けて―――。

 

 

「どうやら私にできるのはここまでのようですね。

 それでは皆様、さよ~なら~………」

 

 

 寝た。

 

「あ、あの人……掻き回すだけ掻き回してあっさり退場して行ったんですけど!?」

(まずい……クリスの距離が遠いっ!)

 

 残されたのは壊滅したアイリス達と、怒髪冠を衝く勢いにしか見えないゼロノス。

 こうなる可能性も見越していたナジャは隠れて練っていた集団転移の魔術の発動を試みるが、対象に含められる範囲から離れている位置関係のためクリスを見捨てることが出来ず動けない。

 

 急転直下冥王一行の全滅の危機は再発し―――。

 

 

「はい、そこまで」

 

「お前は―――!?」

 

 

 それを止めるべく、天から銀髪の少女が舞い降りたのだった……。

 

 

 





 以上。

 サブタイで分かるとおり、四月馬鹿の前日譚的なやつ…のつもりだったんだけど、絶対これ世界線違うよなぁ……。

 パトリシア・クリス(パチモノ人格)VSゼロノス。ある意味幼女以上にフルボッコしている模様。でもサンドバッグにしても何も心が痛まないキャラって逆に素敵だと思うんだ。

 最後の銀髪の少女、一体何ッカ……だったらいいなあ。このあと助けに来たのがあの子だとまだ軌道修正の余地がありますが、何ファーだと更に煽り倒してぶち壊しにした挙句夢オチエンドのアレに突っ込んでしまいます。いやまあ、ビターショコラに散々煽られた後によりによって幼馴染がゼロノスの邪魔しにくるのも、それはそれでなんだけど……。


 ビターショコラの能力は『強制恋愛力バトル』。
 恋愛感情だけで聖樹教会の上級神官という超エリートの立場を投げ捨てて冒涜された邪神に付き従い、そして今現在ちゃんと想い人と睦み合うことが出来ている幸せの最中にあるクリス相手に『愛情の大きさ』勝負をして勝てとかいう割と無理ゲー。
 どう見てもふざけているのに変に理屈が通っていて一周回って戦力としてはガチである(しかも仮想敵に特攻)あたり、我らが厨二幼女の作品である。創造主にも突き刺さる性能をしてるのが尚更。



Q.ところでビターショコラになってる時の記憶、本物のクリスに残ってるの?
A.当たり前でしょ?(悪魔)




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ジェニファーとセシルのアイリスお悩み相談室


~学園イベント・アナスチガル~

「ジェニファー様、貴女はエルフィンについて誤解があると思うのです」
「誤解?」

「セシルから聞きました。
―――なんですか『エルフィンとは拳をぶつけ合うことでしか分かり合えない悲しい生き物』って!?」

「あーそれか」
「違うのですか、お母様?」

「違いますっ!確かに私はナジャとの一件でそういう解決の仕方をしましたが、元来エルフィンは森と共存し平穏を愛する種族です。年越しの時に森にお招きした際、貴女もその目でご覧になった筈。なのにまるで蛮族のように思われるのは女王として見過ごせません」

「いや、その年越しの時の話なんだが」
「……むむ?なにかあったのですか?」

「―――森の女王が精霊の試練を受けたという。目の前に現れたのは『 愛 と 契 約 』の精霊ユーノ。
 さてセシル、この時女王は一分の躊躇いもなくある行動に出たのだがそれはなんでしょうか?」

「はい?えーとえーと、あの時お母様は、確か―――」
「………、あ」


「『 と り あ え ず ぶ ん 殴 っ て み た 』だったと思います!!」
「正解」
「やりましたっ」


「…………ち、違うんです(震え声」
「「何が(ですか)?」」
「あれは直前のユニコーンと戦いになっていたから、ユーノに対してもそういうパターンなのかなと」
「精霊の試練は立ちふさがる敵を全てなぎ倒して俺最強すればいい、と認識してたならそれはそれでどうかと思うが」
「はうあっ!?」

「で、バーバリアn――――じゃなかったエルフィンの誤解がなんだって?」

「大丈夫です、お母様!」
「セシル……?」

「女王としてどうしても力を示さなければいけない場面がある―――ちゃんとわたしは理解してますから」
「セシル……!」

「そんなお母様がきっちりシメているから、エルフィンは自制しておとなしく森で平穏な暮らしをしているのですよね?」
「セシル……!?」

「わたしが次の女王になった時は、きっと民達が本当の意味で平穏を愛する優しい種族になるよう頑張りたいです」
「セシル、違います!それは確かに、私はほんのちょっとだけ喧嘩早いところもあるのは認めなくもない部分は無きにしも非ずですが、エルフィン全体がそうだというのは考え直して!!」



「?えっと、それはつまり…お母様だけが『拳をぶつけ合うことでしか分かり合えない悲しい生き物』ということなのですか?」



「―――――ぐふっ」

……ちーん


※以上。

※ふわふわ幼女が適当なこと言うのもあるんだけど、親の背中という意味でもトップの人間を見て集団を評価するという意味でも、アナちゃん先生の言動でセシルは自分の種族に変てこなバイアスが掛かってる模様。

※つまりエルフィンは身内に旦那シーフするいやらしい種族(風評被害)………ん、いやソフィとティセの例を見ても親友の好きな人に言い寄ってる訳だし……?

※セシルがアナちゃん先生を撃沈した(悪意ゼロ)ので、今日のカウンセリングルームはセシルと幼女が相談相手になってくれます↓




 

~クリスのオナやみ相談~

 

「ということでまずはクリス様を呼んでみました!」

「困ったことがあればなんでも話してみるといい」

 

「とりあえずこういう風に機会があれば真っ先に私を弄りに掛かる幼女に困ってます」

 

「我以外にもそんな幼女が居たのか……見つけたらお菓子でもあげようかな」

「あなたのことに決まっているでしょう!?」

「言われてるぞセシル」

「私ですか!?ごめんなさい、クリス様に意地悪をした覚えはないのですが……」

 

「そうか?ちょくちょくやってると思うが。ほらクリスの邪念芸のものまね」

「はっ、言われてみれば!?」

 

「いや邪念芸ってなんですか!?」

「悪いなクリス、セシルが汝の持ちネタを勝手に」

「持ちネタとかないです!」

「でもその、抑えられないんです!ふと旦那様といちゃいちゃするのを想像したら、こう気持ちが『ほわわ~』ってなって周りのことが見えなくなってしまうので」

「ええ、それは分か……、…りませんけどね!!そういう邪念は退散させることにしていますので!!」

 

「そうだセシル、どうせなら次やる時はその後のシラズの泉の儀式までやってみるか?我も付き合うが」

「そうですね、ジェニファー様と一緒なら楽しそうです!こう、『邪念、撲滅!へあっ、へあっ!!』って。クリス様も合わせて三人で!」

 

「ごめんなさいそれは本当にやめてください勘弁してください」

 

 

「――――、ってぇっ!!ほらまた流れるように私のことからかうじゃないですか!しかもセシルさんまで一緒になって!!」

「うむ、セシルも腕を上げたな。先の宣言通りお菓子を進呈しよう」

「…わーい?なんだか褒められちゃいました。えへへ、ありがとうございます、このお饅頭もおいしいです!」

 

「~~~~、ふぅ。もう何も言いません。ただそのお饅頭どこから出したんですか?」

「賢明だな。あ、饅頭はそこの戸棚だ。クリスも要るか?」

「いただきます。はむ」

 

 

「――――食ったな?」

 

 

「……はい?あの、まさかこのお饅頭に何か仕込んで!?」

「いや、それ自体は地上のある街の名産品だ。それなりに評判がいいらしいな」

「そうですよね、いくらジェニファーさんでも食べ物を粗末にするようなことは―――」

 

 

 

「戸棚の奥の方に隠してあったし、アナちゃん先生も楽しみに取っておいてたんだろうなあ」

「――――」

 

 

 

「という訳で共犯者確保。―――うむ、うまい」

 

「アナちゃん先生、本当ごめんなさい……!」

「お母様のおやつ……!?あわわわわ」

 

 

 

※アナちゃん先生が意識を取り戻したタイミングでお見舞いと称して果物とか差し入れておくことで、後々発覚しても怒りにくくさせるテクニック。またの名を悪知恵。あるいは相手をキレさすラインを微妙に越えない範囲でおちょくってくる悪ガキの性質の悪さ。

 

 

 

~プリシラのお悩み相談~

 

「悩み事、ねえ。最近でいえば、またお姉様が一人で服を買ってきたんだけど」

 

「ああ、毎回奇矯なデザインのを買ってくるやつか」

「着るものとしてはともかく、すごい独特なデザインがあって見てて面白いです」

「本当どこで見つけたのあんなの、って感じのをよく見つけて来るのは色んな意味でお姉様らしいんだけどね」

 

「それで今回はどんなのだったんですか?」

「いや、今回はダサいっていうのじゃなかったよ。デザインは奇抜だけど斬新とも言えるし、強烈に目を惹くけど一定の人には大受けする魅力はあったというか」

 

「ふむ。察するに………えっちいやつか?」

「裸に直に太めのベルト巻いてく感じで、当然肩とか脇とか背中とか、ベルトの隙間の素肌が見えるだろうから。お姉様のスタイルで着たら――――それはもう、ものすごくえっちいだろうね」

「―――!!?る、ルージェニア様が大胆です!」

「うん。なんていうか例えるなら、夏という季節がおっぱいを刺激してたわわになる感じだった」

「冥王的には全部おっけー、と言いそうではあるが」

「流石にこう、男の人とそういう雰囲気になる為の衣装なのはお姉様も理解してたんだろうね。ちょっと恥ずかしそうだったけど」

「ふあぁ~~~!ちかいうちに、そんなえっちい服を着たルージェニアさまと、だんなさまが……大胆!大胆です~~!!」

 

「あはは……悩み事相談っていうより、女子会の恋バナみたいになっちゃったね。

 でもあの服かなり際どいやつだから、男の人によっては逆に引いちゃうこともありそうだけど」

「主上に限ってはそういうことはないだろうな。ちょうどイメージカラーである黒だし、ルージェニアの白い肌にも映える」

「男の心理は完全には把握できないけど、ジェニファーが言うんならそうなんだろうね。がんばれ、お姉様。

…………って、あれ?」

「プリシラ様、どうかしたんですか?」

 

 

「ねえジェニファー、ボクその服の色が黒だって言ったっけ?」

「…………」

 

 

「黒い露出の大きな衣装……ごくり」

「セシルの様子を見るに、言ってないみたいだね」

「ふっ」

 

 

「犯人は、お前だっ!!」

「ククク……よくぞ見抜いた名探偵」

 

 

「――――で、どーいうこと?あの衣装ジェニファーが作ったの?」

「冥戒十三騎士聖装の没ネタだな。まずポリンに着せようと思ったが流石にイジメにしかならないし、フランチェスカ辺りに着せようにもいまいち面白いキャラが浮かばなくて削った。ただ折角作ったし処分するのも惜しかったから冥界の市場に流したが――」

「それをお姉様が気に入って買ってしまった、と」

 

「うん。だからその、なんだ。一つ懸念事項が」

「ジェニファーがそうやって言い淀むの、すごい嫌な予感しかしないんだけど」

「あの没衣装。《深淵の園》でそれぞれに渡った聖装程ではないが、深淵の扱いを補助する程度の性能は保持している」

「…………つまり」

「あの服を着ていると戦闘能力が上がる。即ち、戦闘服として有効な衣装なのだアレは……!!」

 

「「………」」

 

「あ、あはは……まさか、まさかだよ。いくらお姉様でも、アレを着て戦闘したり、訓練したり、冒険に出たり………お姉様、でも。お姉様」

「―――奴は、ルージェニア。パルヴィンの第一王女だぞ?」

 

「だから人の国に風評被害をぶっかけるのやめてくれないかなあ!?」

「汝こそ姉の後頭部を握ったブーメランでフルスイングするのやめてやれ」

 

「「………」」

 

「大丈夫、だよね?」

「主上なら……主上ならきっとなんとかしてくれる……!」

「うわあ冥王さんに丸投げしたよこのふわふわ幼女」

 

 

 

「もし私が同じように迫ったら……きゃあきゃあ、旦那様大胆不敵冥王計画邪念撲滅です~~~!!へあっ、へあっ!!!」

 

 

 





 待望の青SSRセシルが来ていつも通り最高に可愛かったので書いた。それにふさわしい内容なのかは不明。とりあえずいつも通りクリスはいぢめたのでノルマは達成。
 アナちゃん先生?うん、年越しイベントの時に何すればいいのか分からないからって躊躇なく目の前の『愛と契約』の精霊ユーノに殴り掛かったのは当時爆笑した記憶がある。そんなんだから肉食わない代わりにプロテイン食って筋肉鍛えてる蛮族だとか(作者しか言ってない)

 西川の兄貴のアレ、色んなキャラが着てるけどなんとハローキティ様も着たことがあるという超どうでもいいトリビア。




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