ストライク・ザ・ブラッド~神代の剣~ (Mk-Ⅳ)
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聖者の右腕
プロローグ


どうも、Mk-Ⅳといいます。
別の作品を書いているのですが、息抜きも兼ねて初めてみました。



絃神島(いとがみじま)

太平洋上に浮かぶ小さな島はそう呼ばれていた。

魔族特区とも呼ばれ、絶滅の危機に瀕した魔族の保護とともに彼らの肉体組織や特殊能力に関する研究が行われている。

そのため魔族も多く暮らしており、彼らによる犯罪も多発していた。

 

「ハァ、ハァ」

 

時刻は深夜で、月が照らす路地裏をある一人の男が、息を切らしながら走り回っていた。

その男は絃神島のあり方に異をを唱える過激派グループの一員で、俗に言うテロリストである。

今回、組織が計画している”あることの”準備のために潜伏していたが、絃神島を警備している”アイランドガード”に、潜伏地が発覚し検挙に乗り出してきたのである。

多くの仲間が捕まっていく中、命からがら逃げ出し、“空隙の魔女(くうげきのまじょ)”と呼ばれる国家攻魔官の追撃を受けながら、この路地裏まで逃げて来たのである。

 

「くそっ!なんで!」

 

どうしてこうなったのか、何故こんな目に合わなければならないのか?

我々は人間に虐げられている同胞のために立ち上がっているのに。

自分の正当性を心の中で訴えながら逃げる男。

もっとも自分本位の主張であるが…。

 

「ハァ、ハァ」

 

どれくらい逃げただろうか、もはや時間の感覚すら無くなった男だが、ふと後ろを振り返ると追いかけて来る者はおらず、視線の先には雲によって月の光が遮られたため暗闇が広がっていた。

 

「に、逃げ切ったのか?」

 

今まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、壁にもたれ掛かる男。

 

「は、ハハ。何が空隙の魔女の魔女だ大したこと無かったな」

 

高位の魔術師として、欧州で恐れられていたと言われているが、存外噂とは当てにならないもんだと安堵する男。

 

 

 

 

 

コツン

 

 

 

 

「!?」

 

静寂だった空間を打ち破るように、何者かの足音が響き渡る。

咄嗟に壁から離れ、何時でも逃げだせるように身構える男。

そうしている間にも足音は近づいて来る。

男の体が震えだし、冷や汗が溢れ出す。

やがて月を覆っていた雲が晴れ、路地裏に光が差し込むと一人の人間が暗闇から映し出される。

 

「空隙の魔女じゃ、無い?」

 

てっきり空隙の魔女が追いかけて来たと思っていた男は、安堵の溜め息を吐く。

何故なら目の前にいる人間は、空隙の魔女よりは背が高いが同年代の人間より低く華奢な体つきをしており、はっきり言って脅威を感じないからである。

良く見ると整った顔立ちをし、腰まで伸びている艶やかな黒髪を根元でまとめており、美少女と言ってもいいだろう。

左肩に竹刀袋を掛けており、着ている服は黒のジャージという色気も無い格好であるが。

 

「おーいたいた。やっと見つけたよ」

「何?」

 

目の前の少女が発した言葉に耳を疑う男。

まさか自分を追って来た等と言うつもりだろうか?

 

「いやー那月ちゃんに「面倒だからお前に任せる」って丸投げされちゃって、まいっちゃうよねー」

 

頭を掻きながら困ったような表情を浮かべる少女。

どうやら聞き間違いではないようである。

 

「まさか一人で俺を捕まえるつもりかい、お嬢ちゃん」

「ん?そだけど」

「ふ、ハハ。あははははは!」

 

思わず腹を抱えて笑い出す男。

常識で考えれば、人間より遥かに強靭な肉体を持つ獣人をたった一人で、しかもこんな幼い女の子に出来る訳が無いと思うだろう。

 

「ふーいるよねぇ、そうやって見た目だけで判断する奴ってさぁ」

「ああ!?」

 

少女が呆れたように放った一言が癪に触ったようで、笑うのを止め睨みつける男。

 

「何て言ったガキィ!」

「だから雑魚だって言ってんだよ。言ってる意味解る?OK?]

 

おちょくるように左手を腰にあて、右手を耳にあてる少女。

その仕草に男の額の血管が浮き彫りになっていく。

 

「殺すぞガキィ!」

 

そう叫ぶと男の体が膨れ上がり、上半身の服を破りさりながら全身が毛で覆われ爪が鋭くなり、熊のような顔つきになる。

 

「おーおー凄い凄い」

 

常人なら腰を抜かして逃げ出す状況でも、少女は楽しそうに拍手している。

それが益々男の神経を逆撫でする。

 

「グゥォォォォォォォォォオオオ!!」

 

咆哮を上げながら少女を爪で切り裂こうと、右腕を振り上げながら迫る男。

対する少女は恐れた様子も無く微動だにしていない。

少女の目の前まで迫った男の右腕が振り下ろされる。

殺ったと確信した男の思惑は裏切られることとなる。

何故なら男の腕が少女の手前で止まっているからである。

いや、少女によって右手のみで受け止められているのである。

 

「なぁんだこんなもんかぁ」

 

期待外れといったように溜め息を吐く少女。

だが、男にはそれを気にしてられる余裕は無かった。

このまま押しつぶそうと力を入れても右腕が掴まれたまま動かないからである。

 

「ば、馬鹿なこんなことが!?」

「ホレホレ頑張れー」

 

必死に力を入れて押そうとも引こうとも、微動だにしない少女に男は困惑していく。

 

「お、お前は何者だ!?人間なのか!?」

「あ?どっからどう見ても人間だろうが」

「お前のような人間が…」

「あーもう、うるせえなぁ」

 

いい加減飽きたのか少女が、左腕を弓を引くように引き絞っていく。

 

「ま、待て!」

「やだね」

 

少女が右腕を振り払った反動で、体制を崩した男の腹部へ左腕を打ち込む。

まるで、鉄を叩き付けられたかのような打撃音と共に、男の体がくの字に曲がり胃の内容物が吐き出される。

白目を剥いた男が、力無く少女に圧し掛かって来るが、右手で軽々と持ち上げる少女。

意識を失ったため人間の姿へと戻る男。

 

「つーか俺、男なんだけどなぁ」

 

がっくりとうな垂れながら溜め息を吐く少女、ではなく少年は男を地面に降ろすと、スマフォをズボンのポケットから取り出すと、ある人物へと通話する。

数コールすると女性の声が通話口から聞こえてくる。

 

「私だ」

「あ、那月ちゃん。終わったよー」

「…ちゃんは止めろと言っているだろうに」

「えーいいじゃん。いまさらだしさぁ」

「…もういい、さっさと戻って来い”勇”」

 

改める気が皆無の少年に、諦めたように溜め息を吐くと通話が切られる。

 

「ふぁーぁ、眠いなぁもう」

 

欠伸を掻きながら、男の襟を掴んで引きずっていく少年、”神代(かみしろ)勇(いさむ)”は暗闇へと消えていくのであった。

 

 

 




一人でも多くの人に楽しんでもらえるように頑張りますので、ご意見、ご指導あればよろしくお願い致します。


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第一話

お待たせしました。楽しんで頂けると嬉しいです。

※基本勇視点で進めていきます。


「スースー」

 

朝日が昇りだし、鳥のさえずりが聞こえてくる絃神島のとあるマンションの一室にて、俺はベッドに潜り込んで夢の中にいた。

とても獣人を素手で圧倒した人物とは思えない光景だと自分でも思う。

 

「ふぁ~あぅ」

 

時刻が四時ピッタリになると意識が覚醒し、上半身を起こし欠伸を掻く俺。

あ~眠い、那月ちゃんに呼び出されたから寝不足だわい。

ちなみに俺には時計は必要無い、体内時計で時間を正確に把握しているからである。

ベッドから降り、タンスから愛用の黒のジャージを取り出し着替え、壁に立て掛けている竹刀を持ち、部屋を出て洗面台へ向かい顔を洗い、歯を磨く。

そして、後髪の根元を結びポニーテールにし、玄関で靴を履き外へ出る。

その後恒例のランニング(途中で宿敵と言える野良犬と遭遇し、バトルとなり辛くも勝利する)をし、近くの公園で素振りに、腕立て、腹筋etc.を行う。

六時には帰宅し、着ていたジャージを他の洗濯物と一緒に洗濯機に放り込み回し、一旦シャワーで汗を流し学校の制服に着替え、キッチンへ向かいエプロンを身に着ける。

冷蔵庫を覗き、今日の献立を決めると必要な食材を取り出していく。

慣れた手つきで調理していくとリビングのドアが開き、フリルまみれのドレスを着た幼女が入って来る。

 

「おはよう。勇」

「おっはよー那月ちゃん」

「だからちゃんは、いやもういい…」

 

俺がちゃんづけで呼ぶと軽く睨まれるが、俺が一向に改める気が無いので、もはや諦めているのか溜め息を吐いて、イスに座り新聞を開く那月ちゃん。

彼女の名前は南宮 那月(みなみや なつき)、俺より年上で自称26歳だが、見た目は幼女と見紛うほど小柄なので、俺を含め周りからは良くちゃん付けで呼ばれているのである。

俺と彼女の関係を一言で言うならば、俺が居候で彼女が宿主である。

俺の母は幼い頃に亡くなっており、父”神代 勇太郎(かみしろ ゆうたろう)”が仕事でなかなか家に帰れないので、旧知の仲の那月ちゃんの家に俺を預けているのである。

ちなみに彼女は俺が通う”彩海学園”の教師であり、俺の所属する高等部1年B組の担任でもあるが、国家攻魔官の資格も持ち絃神島の治安維持にも協力しており、俺も手伝わされている。

まあ、そんなわけで家事全般は俺が担当と言うか、丸投げしてきたために那月ちゃんはまったく出来なくなって…。

 

「ぎゃん!?」

 

那月ちゃんが俺に向かって、手をかざすと何も無い空間から魔方陣が出現し鎖が一本が飛び出してきて、俺の額に直撃する。

 

「今、余計なことを考えただろう」

「そ、ソンナコトナイヨー」

 

何故ばれたし、言い忘れたが彼女は高位の空間制御魔術の使い手であり、あのように鎖を召喚したり、離れた場所にも瞬時に移動出来るのである。便利だよね。

 

「はい、お待たせー」

「ああ」

 

俺が朝食を机に並べ那月ちゃんの対面に座ると、那月ちゃんは新聞を畳む。

 

「「いただきます」」

 

二人一緒に手を合わせ食事前の挨拶をし、食べ始める。これが我が家の恒例である。

 

「そういや、昨日捕まえた連中はどうなの?」

「ああ、奴らは末端ばかりでな、大した情報は持っていなかったよ」

 

骨折り損だと溜め息を吐く那月ちゃん。最近大規模のテログループがこの島に潜入したとの情報が入り、やっとその潜伏地が分かり検挙に乗り出したのだが、外れらしい。俺も頑張ったのに残念である。

 

『続いてのニュースです。最近魔族を狙った襲撃事件が多発しており…』

 

そこで点けていたテレビから、最近起こっている吸血鬼が襲撃されると言う事件が流される。被害者は半死半生。不老不死である吸血鬼をそこまで追い詰める輩がいるのは穏やかじゃないな。大規模な捜査は行われているが、手がかりはまったく無く、正直手詰まり状態である。

 

「こっちも進展無いよねぇ」

「そうだな、まったく次から次へと…」

 

こめかみを抑えて疲れたような表情をする那月ちゃん。確かに最近厄介ごとが増えてきている気がするな。

 

「ご馳走様と、食器は俺が洗っておくから準備してきなよ」

「すまない。そうさせてもらうよ」

 

そう言って席を立ちドアを開ける那月ちゃん。ちなみに彼女は夏だろうが、冬だろうがあの格好である。正直あの体型では俺は萌えんな、もっとスタイルが…。

 

「……」

「あたたたたた!無言で鎖を打ち付けないで下さい!ごめんなさい!」

「フン!」

 

拗ねた様子で乱暴にドアを閉め、退出していく那月ちゃん。何故ばれたし…。

 

 

 

 

 

教師としての準備があるので先に家を出た那月ちゃんの後に、俺が家を出て通学路であるモノレールの駅へと向かう。そこである人物と待ち合わせしているのである。

 

「おっはよう古城!」

「おはよう勇」

 

水色の髪にパーカーを被った同年代の男子に、挨拶すると同じように返してきてくれる彼は、”暁 古城(あかつき こじょう)”俺がこの島に来て初めて友達となった親友である。

 

「相変わらず朝は辛そうだねぇ」

「ああ、今日も凪沙(なぎさ)に叩き起こされたよ」

 

気だるそうに溜め息を吐く古城。ちなみに凪沙とは彼の妹である。彼は三ヶ月程前のある出来事によって、吸血鬼それも伝説とされる”第四真祖”となってしまったのである。その体質のため朝に滅法弱くなり、学校を休みがちで進級が危うくなってきているのが最近の悩みだそうだ。まあ、どう変わろうが俺達は親友だけどね。

 

「うっし、じゃあ今日も張り切って行こうか!」

「ホント元気だよなぁお前」

 

羨ましいよと呟きながら俺の後に着いて来る古城。まあ、ぶっちゃけ徹夜しているから眠いけどね!

 

 

 

 

 

キングクリムゾン!!

というわけで、放課後である。え、学校?俺と古城が授業中に寝てて、那月ちゃんにしばかれたぐらいしかなかったね。

 

「熱い…焼ける。焦げる。灰になる…」

 

今俺達がいるのは学校からそう遠くない○クドナルドである。

茜色に染まりかけている空から、強烈な陽射しが降り注ぐ、窓際の席で古城がぐったりと突っ伏していた。

 

「ニャハハハ!諦めな古城ここしか席が空いて無かったんだから!」

 

豪快に笑い飛ばす俺、太陽光が苦手な吸血鬼には地獄なんだろうね。

 

「くそ~何でこんなに追試があるんだよ…」

「そりゃお前がサボってばっかりだからだろ」

 

古城の呟きに短髪をツンツンに逆立てて、ヘッドフォンを首にかけた矢瀬 基樹(やぜ もとき)という男子が答える。

 

「あんだけ毎日毎日、平然と授業をサボられたらねェ。舐められてるって思うわよね、フツー…おまけに夏休み前のテストも無断欠席だしィ?」

 

優雅に爪の手入れ等をしながら、藍羽 浅葱(あいば あさぎ)という女子が笑顔で基樹に便乗する。二人とも俺と古城の友人である。

ちなみに浅葱は古城に好意を抱いているが素直になれないので一向に気づいてもらえて…。

 

「あたぁ!?」

「ど、どうした勇?」

「だ、大丈夫だよん…」

「そ、そうか」

 

突然変な声を上げた俺を心配してくれる古城。だが、まともに返事をしている余裕が無い。何故なら足に激痛が走っているからである。良く見てみると浅葱が『今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞ』的な顔で俺を睨みつけていた。おそらく彼女が俺の足を踏んでいるのだろう。ギブギブと目で訴えるとフン、と浅葱がそっぽを向き痛みが引く、どうやら許してくれたようだ。にしても何故ばれたし。

 

「くくく」

 

基樹が声を殺して笑っていたので、「後で覚えてろよ」とドスの効いた誰にも聞こえない声量で呟くと、基樹がビクッと体を震わせ顔色が青白くなっていく。彼は特殊な能力で常人より耳が良いのだ。

 

「つーか無断欠席したのは不可抗力なんだって。色々事情があったんだよ。だいたい今の俺の体質に朝イチのテストはつらいって、あれほど言ってんのにあの担任は…」

 

苛ついた口調で古城が言い訳を始める。その目がかすかに血走っているのは、怒りではなく、単に寝不足だからである。

 

「体質って何よ?古城って花粉症かなんかだっけ?」

 

余計なことをいった古城の発言に浅葱が疑問を感じたので、慌てて誤魔化している古城を尻目に、ハンバーガーを次々と口に頬張っていく俺。

ちなみに古城が第四真祖であることを知っているのは、俺や那月ちゃんといった極少数である。そうそう基樹はある理由により知っている。

 

「にしても相変わらず、良く食うよなお前…」

 

基樹が俺の食いっぷりに、感心しているのか呆れているのか解らない表情で話し掛けてくる。

 

「んぐんぐ、ゴクン。えーそうかな?」

「少なくとも、ハンバーガーを一度に50個食う奴はお前しか見たことねぇよ」

 

俺の手元には残り半分となったハンバーガーの山が詰まれていた。

 

「そんだけ食べてそのスタイルなんだから、女として嫌になっちゃうわよねぇ」

「いや、羨ましがられても…」

 

浅葱が渇望の眼差しで俺を見てくるが、別に嬉しくともなんともない。

 

「浅葱も美人なんだしいいじゃん」

「え、誰が?」

「……」

「いぎゃぁ!?足がぁ!?」

 

アホなことをぬかした古城を浅葱が睨みつけ足を踏みつけるが、無視する俺と基樹。

 

「さすがは”麗姫(れいひめ)”余裕だねぇ」

「その名で俺を呼ぶなよ、明日の朝日を拝みたかったらな」

 

俺が基樹を殺気を放ちながら睨みつけ、イスに立て掛けていた竹刀袋を掴む。

 

「ハハハ、悪かって。だから”それ”を離せって」

「フン」

 

基樹が冷や汗をかきながら諸手を挙げて降参の意を示すと、鼻を鳴らしながら竹刀袋を離す俺。

麗姫というのは俺の見た目を敬う連中が勝手につけた名で、俺にとっては不名誉である。

 

「でも実際校内じゃ先輩、後輩問わずにファンが多いぜ?ファンクラブもあるしな」

「まあ、迷惑になんなきゃ何をしても構わないけどさ」

 

一度だけの人生、後悔の無い生き方をすればいいってのが俺の信条である。だからファンになろうが、ファンクラブを作ろうが一向に構わないけどさ。

 

「あの…浅葱さん…そろそろ…足を退けて…もらえませんかね…?」

「フン!」

 

さて、そろそろ古城を助けてやろうか。

 

 

 

 

 

その後、浅葱がアルバイトがあるので帰るとその流れでお開きとなり○ックを出る俺達。そこで気になることがあったので、基樹に頭を下げるように指でジェスチャーすると、俺の頭の位置まで頭を下げてくれる基樹。身長差が結構あるのでこうするしかないのだが、虚しくなってくる…。

 

「どうした勇?」

「とぼけんな。さっきからずっと尾けられてんだろ」

 

基樹と肩を組んでいるように見せかけながら確認する俺。そう気になることとは、学校を出てからずっと何者かの視線を感じるのである。だが、隠す気が無いのかと疑いたくなるほど気配を消せていないのである。基樹は感知能力が異様に高いので気が付かない筈が無い、ということは意図的に気づいていない振りをしていることになる。

 

「何か知ってんだろ。ん?」

「あーやっぱお前にはバレちまうか…」

 

予想通りといった表情をする基樹。当たり前だ、こんなお粗末に気がつかなきゃ今頃とっくに死んでいる。

 

「どこの者だ?」

「詳しくは言えないが、”獅子王機関”の”剣巫(けんなぎ)”だ」

「獅子王機関だと?」

 

獅子王機関とは政府の国家公安委員会に設置された特務機関で、魔導災害や魔導テロを阻止するための情報収集、工作を行う機関で、剣巫は剣士と巫女の両方の能力を持ち、魔族をも凌駕する戦闘能力を持つ簡単に言えば荒事担当である。

 

「狙いは古城か?」

「ああ、監視するために派遣されてきた」

 

なるほど、世界を滅ぼすと言われている第四真祖を世界が放っておくとは思えなかったが…。

 

「こんなバレバレの尾行をする奴で大丈夫なのか?」

「あちらさんにも事情があるんだろう」

 

どうやらこれ以上は話せないようで口を噤んでしまう基樹。まあ、とりあえずはいいか。

 

「どうかしたか二人とも?」

「いや何でも無いよ」

「ああ、それじゃ俺はこれで。また明日な」

 

古城が俺達の様子を気になったようで声を掛けてくるが、誤魔化しながら帰って行く基樹。

 

「んじゃ、俺達も帰りますか」

「ん、ああ」

 

納得していない様子の古城の気を逸らすために帰ろうと声を掛ける俺であった。

 

 

 

 

 

俺達に奢らされた古城はモノレールで帰るのを諦め、徒歩で帰るとのことで一緒に並んで歩いている俺。え、お金貸せばって?尾行者のこともあるんで歩く方が都合が良いんだよね。おかげで古城が日光で弱ってるけど…。

 

「なあ、勇」

「何、古城?」

 

ふと歩いたまま、口を開いた古城に返事をする俺。

 

「俺達、尾けられてねぇか?」

「気づいてたのか?」

 

なんだ気がついていたのか。

 

「やっぱり気がついていたのかよ。だったら言ってくれりゃあ良かったのに」

「君を面倒ごとに巻き込みたくなかったんだよ。それとも巻き込まれたかった?」

「いや、それは…」

 

何も言い返せなくなってしまった様子の古城。巻き込みたくないと言うのは本音である。まだ真祖の力を使いこなせていないっていうのもあるが、古城には危ないことには関わって欲しくないのである。彼は優しすぎるから…。

 

「どうする走って撒く?」

「いや、 凪沙の知り合いかもしれないしな」

 

俺の提案に躊躇う古城。それは尾行者が、凪沙ちゃんの通っている中等部の服装をしているギターケースを背負った少女だからである。さすがに気配に気づけても相手が何者かまでは判別出来ないか。

 

「んじゃ、あそこで様子を見る?」

「ゲーセンか、そうだな」

 

目に付いたゲームセンターに入って筐体ごしに入り口を覗く俺達。尾行少女が慌てて入り口まで駆け寄って途方に暮れたように立ち止まっている。

 

「入ってこないね」

「ああ、何か警戒してねぇか?」

 

まるで得体の知れない物の見るよう警戒している尾行少女。

 

「「……」」

 

数分その状態が続き。やがて罪悪感に襲われた様子の古城がはあ、と長い溜め息をついて入り口へ歩き出す。すると尾行少女が意を決したような表情で店内に入り、ばったりと鉢合わせする。

 

「「……」」

 

無言で見つめ合う両者。実にシュールである。どうにか先に反応したのは尾行少女の方であった。

 

「だ、第四真祖!」

 

彼女は上擦った声でそう呼ぶと、重心を落として身構えた。そろそろ俺の出番かと介入しようとすると古城が、

 

「オゥ、ミディスピアーチェ!アウグーリ!」

 

と大げさなアクションで両腕を広げだしたので思いっきりずっこけてしまう俺。は、鼻を地面にぶつけた…!

 

「は?」

 

予想外の事態に呆然と見上げてしまう尾行少女。

 

「ワタシ、通りすがりのイタリア人です。日本語、よく解りません。アリヴェデルチ!グラッチェ「お前みたいなイタリア人がいるか!!」あがぁ!?」

 

いまだにエセイタリア人を演じている馬鹿の後頭部を、竹刀袋を解かないまま殴り付ける俺。鉄が叩きつけられる音と共に後背位で倒れ伏す馬鹿。やりすぎだって?吸血鬼はこの程度じゃ死なんよ、ましてや真祖だしコイツ。

 

「え?え?え?」

 

予想外過ぎる事態に混乱状態の尾行少女。

 

「ごめんね君!多分人違いだから!それじゃ!」

 

捲くし立てて馬鹿の襟を掴んで、背負いながら逃げ出す俺。

 

「あ!?ま、待って下さい!」

 

正気に戻った尾行少女が追いかけようとすると、見知らぬ男二人が行く手を遮る。ホスト風の軽薄そうな奴らである。

 

「ふーむ、どうするか…」

 

少し離れた位置で揉めている様子を観察している俺。出来れば彼女が自分で何とかして貰いたいが、あの様子だと無理そうだな…。

 

「おい勇、降ろしてくれ」

「うん?再生したか古城」

 

復活した古城を降ろす俺。

 

「ああ、たく全力で殴りやがって…」

「いやいや、全力だったらミンチより酷いことになってたよ君の頭」

「……」

 

その瞬間を想像したのか、顔色が悪くなっていく古城。

 

「じゃなくて!あの娘は…!」

 

古城が思い出したように尾行少女の方を向くと、ナンパ男の一人が少女のスカートをめくり上げたのである。俺は身の危険を感じ咄嗟に空を仰ぎ見たので、中身を拝見出来なかったが、古城はガン見していた。

 

「若雷っ!」

 

尾行少女が逆鱗に触れた龍のように呪文を叫び、次の瞬間彼女のスカートに手をかけていた男の体が、トラックに撥ねられたような勢いで吹っ飛んだ。

 

「ほう」

 

思わず感心してしまう俺。あれは自身に流れる気を制御し身体を強化し、手の平に集めた気を掌底を放つのと同時に相手に流したのである。余程の修練を積まないとああはいかないだろう。尾行術はともかく、戦闘技能はかなりのものらしい。吹き飛ばされた男は壁にめり込んで動かない、意識が飛んでるな。あれ?見間違いかな喜んでいるような気がするが。

 

「このガキ、攻魔師か!?」

 

呆気にとられていたナンパ男の片割れが、ようやく我に返って怒鳴った。攻魔師とは長くなるので簡単に言うと、魔族に対抗する術を持った人間の総称である。恐怖と怒りに表情を歪ませた男の瞳が真紅に変わり、牙が生えてくる。

 

「D種!」

 

尾行少女が表情を険しくしてうめいた。D種とはうん、ぐぐって下さい。

 

「灼蹄(シャクテイ)!その女をやっちまえ!」

 

ナンパ吸血野郎が絶叫すると、左脚から血のように見えるどす黒い炎が吹き出てくる。やがて炎は、歪な馬となる。

 

「眷獣か…」

 

自らの命を糧に従える魔獣。吸血鬼が面倒な理由の一つである。

 

「つーか、制御しきれてないなぁ」

 

周囲の物を融解させながら暴れ回っている馬、おそらく実験以外で呼び出したことが無いんだろう。

 

「な、なぁ。あれやばくねえか?」

「まあ、見てなって」

 

古城がうろたえているが、獅子王機関の剣巫ならこの程度、問題なかろう。

 

「雪霞狼(せっかろう)!」

 

対する尾行少女は臆した様子も無く、背負っていたギターケースから、一本の槍を取り出し構える。すると敵意を感じたのか馬が、尾行少女に視線を向けると突進を始める。

 

「危な…!?」

 

古城が慌てて助けに向かおうとするが、その足が止まってしまう。

 

「ば、馬鹿な…」

 

ナンパ吸血野郎が信じられない物を見るかのような表情になる。迫り来る馬に対して尾行少女が取った行動はただ槍を突き出す、それだけで槍は容易く馬を貫きその動きを止める。そして少女は槍を一閃し馬を切り裂く。

 

「お、俺の眷獣が…」

 

戦意を失ったナンパ吸血野郎が怯えたように後ずさる。だが、尾行少女の怒りは収まらないようで、ナンパ吸血野郎へ迫り槍で突き刺そうとってオイ!?

 

「危ね!?」

 

咄嗟にナンパ吸血野郎の前に移動し槍の柄を掴んで止める。

 

「え!?」

 

突然の乱入に驚いた様子の尾行少女の頭に、チョップを放つ俺。

 

「~~~~!!」

 

余程堪えたのか、槍を放して涙目でうずくまる尾行少女。

 

「す、すまねぇ。助かったよ」

「たくっ、これに懲りたら軽々しくナンパすんなよ。後、保安課に連行するから大人しくしてろよ」

「あ、ああ」

 

ナンパ吸血男がコクコクと頷くのを確認し、尾行少女に向き直すと、ダメージから回復したようで槍を拾って立ち上がり俺を睨みつけていた。

 

「どうして邪魔をしたんです?」

「どうしても何も、過剰防衛だろうに」

「…公共の場での魔族か、しかも市街地で眷獣を使うなんて明白な聖域条約違反です。殺されても文句を言えなかったはずですが」

 

あくまで自分には非は無いとおっしゃるかこの娘は。

 

「それを言うなら、あいつらに手を先に出したのはお前の方だろう?」

 

俺の隣に歩み寄って来た古城にセリフを取られたでござる。別にいいけど。

 

「それは…」

 

さて、尾行少女の対応は任せて壁に埋まった奴でも引き摺り出すか。

 

「……」

 

壁に埋まった男に近づいて顔を見ると、『我が生涯に一片の悔いなし』と言ってそうな表情をしていた。

 

「こいつは痛みが快感になる側なのか?」

「あ、ハイこいつ獣人なんですけどそのタフさを生かして結構ハードなのが好きなんです」

「ああ、そう」

 

着いて来たナンパ吸血男が説明してくれる。とりあえず襟を掴んで引っ張り出し背に担ぎ古城の下に戻る。

 

「いやらしい」

 

何をしたのか知らないが、古城を冷めた目で一瞥し背を向けて走り去って行った尾行少女。

 

「何してんねん」

「い、いやぁその」

 

俺が問い掛けると、ばつの悪そうな表情をする古城。さしずめデリカシーの無いことでも言ったか。

 

「まあいいや。じゃあ俺、こいつらを連行するからまた明日ね」

「ああ、また明日な」

「うし、行くぞ」

「うっす!」

 

古城と別れ、何故か尊敬するような眼差しを向けてくる、ナンパ吸血男と一緒に歩き出す俺であった。




長くなってしまったんで、分割すれば良かったでしょうかね?


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第二話

前回のあらすじ

美少女に尾行されたよやったね古城君!

 

「獅子王機関の剣巫、か」

「うん、古城の監視らしいよ」

 

ナンパ男達を保安課に引き渡した後、帰宅し夕食を終えたところである。俺はソファーに座り、那月ちゃんは専用の安楽椅子で寛いでいる。

 

「確かに獅子王機関の”秘奥武装”なら真祖に対しても有功ではあるが…。それにお前に手傷を負わせるとはな」

「う~ん何時もならすぐ治るんだけどなぁ」

 

皿を洗っていた手を止め手のひらの切り傷を見る俺。実は先程槍を掴んだ際、刃が手の平を掠っていたんだよね。もう塞がり始めてるけど。俺は他の人間より傷の治りが早く、掠り傷ぐらいならパパッと治るんだよけど今回は遅いな、さすがは秘奥武装ってところかな。

七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)”尾行少女が使用した武器の総称で、“神格振動波駆動術式”と呼ばれる魔力無効化術式を組み込まれた武装である。人間が魔族に対抗するために生み出したが、高度な金属精練技術と秘術が必要なので数は少ないけど。

 

「全く。下着を見られたくらいで殺人いや殺魔未遂を起こすとはな」

「まあまあ。何だかんだで女の子なんでしょ」

 

何時もより辛辣だねぇ、商売敵だからって。

 

「そういやあの二人はどうなったの?」

「罰金払わせて釈放だよ。セクハラで起訴しました、なんてことになったら面倒なことになるからな」

「しかも相手は獅子王機関の剣巫じゃ尚更か」

 

確かにそれだと条約締結に貢献した第一真祖”忘却の戦王(ロストウォーロード)”に対する冒涜になるし、安易に実力行使に走ったってことで獅子王機関の組織としての倫理観も関るから穏便に済ませたのだろう。

 

「とにかく。また余計なことをしないように見張っておけよ」

「監視者を監視ねぇ。柄じゃ無いんだけどなぁ」

 

どっちかって言うと暴れ回る方が得意なんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

翌日、古城は補修がありこれといった仕事が無く暇なので、ある場所へ向かっている。尾行少女の監視?そうそう問題も起こさんだろう。しばらく歩くと天井や壁が崩れてしまっている修道院が見えてくる。もう何度も訪れているので驚くこともなく中へ入ると、無数の猫に囲まれた中等部の制服を着ている一人の少女がいた。

 

「おーい夏音」

「あ、お兄ちゃん!」

 

少女の名前を呼ぶと俺に気がついたようで、猫達が道を開けそこを笑顔で走り寄って来てくれる。俺を兄と呼ぶこの子は叶瀬 夏音(かなせ かのん)。中等部に在籍しており、二ヶ月程前に散歩していたら偶然ここで出会い一緒に猫の世話や里親探しを手伝っていたら、お兄ちゃんと慕ってくれるようになったのである。俺は夏音と”彼女”を重ね合わせてしまっているのだろう。そして夏音を助けることで、”彼女”から逃げ出してしまった罪滅ぼしをしているつもりになっているだけなんだ。

 

「久しぶり、最近来れなくてごめんね」

「いいえ。忙しいから仕方がないです」

 

テロ対策やら魔族狩りの捜査でしばらく来れなかったことを謝ると、気にしていないと言うがその表情には少し寂しさが見られた。謝罪も込めて頭を撫でると嬉しそうにはにかむ夏音。うん、癒されるね疲れが吹き飛ぶよ。

 

『ニャーニャー』

「おお、お前達も元気か」

 

猫達が寄って来たので屈んでそれぞれ撫でてあげると、次々と頭や肩に飛び乗ったりしてじゃれてくる。

 

「わっこら!くすぐったいよぉ!」

「ふふ」

 

猫達と戯れている俺を見て楽しそうに笑う夏音。

 

「と、そろそろ古城の補修が終わるかな」

 

スマフォをズボンのポケットから取り出し時間を確認すると、ちょうどいい時間になっていた。

 

「もう、行ってしまいますか?」

 

しょんぼりとしてしまう夏音。あかん!罪悪感がぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!

 

「うん、慌しくてごめんね」

「いえ、お気をつけて下さい」

 

しかし、しかし人間時には非情にならねばならんのだ!許せ夏音!泣く泣く修道院を出て行く俺であった。

だが、彼女に負い目があったこともあり、今夏音の身に起きていることに気がついてあげられなかった

 

 

 

 

 

学校に向かう途中で古城からメールが届き、昨日と同じ○ックで件の尾行少女と一緒に飯を食っているらしい。監視対象とモロに接触してええんかね少女よ?

 

「お、いたいた」

 

○ックに到着し辺りを見回すと、席に座って何やら話し合っている二人を見つける。

 

「おいっすお二人さん」

「おお、来たか勇」

「!ど、どうも」

 

俺が話しかけると、待ち焦がれていたかのような表情をする古城と、慌て席を立ち挨拶してくれる尾行少女。

 

「あの、先日はご迷惑をおかけしました」

「ああ、間違いなんて誰でもするさ。だから気にしなさんな」

 

深々と頭を下げて謝ってくる少女。真面目だねぇ。いいことだけどさ。

 

「っと自己紹介してなかったね。俺は神代勇よろしくね」

「私は姫柊 雪菜(ひめらぎ ゆきな)といいます。よろしくお願いします」

 

礼儀正しく頭を下げる姫柊。獅子王機関の教育の賜物なのか本人の性格なのか、たぶん後者だな。

 

「で、確認なんだけど君が獅子王機関から言われたのは古城の監視と、場合によっては抹殺ってことでOK?」

「は、はいその通りです」

 

何でわかったんですか?と言いたそうな表情の姫柊。

 

「秘奥武装を持って来る辺りで推測できるさ」

「いや、二人して物騒なこと言わないでくれよ…」

 

古城がげんなりしながら言ってくる。っていうか本人に言ったのね姫柊はん。

 

「安心しなって”今”のところは大丈夫だから」

「今のところはって…」

「はい!今のところは大丈夫です!」

 

とてもいい笑顔で言う姫柊。胸を張って言うことじゃ無いんだけどね。

 

「あの、それで私からも確認したいことがあるのですが」

「ん?いいけど」

「神代先輩は『神に代わって剣を振るう』と言われている”神代家”の血筋なのですよね?」

「うん、そうだよぉ」

 

俺の実家は代々、神に代わって悪しき魔より人々を守るために戦うことを生業とする一族で、その筋では有名らしい。

 

「それに”アルディギアの英雄”で…」

「あ~そっちはノーコメントでお願い」

「あ、はいわかりました。すいません」

 

アルディギアの英雄。3ヶ月程前に起きた事件を解決したことで俺をそう呼ぶ者たちもいる。だが、申し訳無いがそのことには触れないでもらいたい。いやなことまで思い出してしまうから…。

 

「いや、こっちもごめん」

 

いかん雰囲気悪くなってしまった。どうにかせんと…。

 

「あ~その勇、悪いんだが頼みがあるんだ」

「頼み?何さね」

「那月ちゃんに、俺の補修について便宜を図ってくれね?」

「俺に死ねと申すか」

 

そんなこと言ったら鎖で笹巻きにされてベランダに干されるがな。

 

「先輩…」

 

気を使ってくれるのはありがたいが、姫柊に冷たい目で見られてるよ君…。

 

 

 

 

 

それから数日俺は那月ちゃんと夜の繁華街を歩いていた。

 

「ね~俺もう帰ってよくない?」

「だめだ。最近は物騒だからな、何かあればお前に働いてもらわんといかんからな」

「それくらい自分でやりなよ。パパッと終わるでしょうに…」

「第一年上の私が働いているのに、お前が寛いでいると思うと何か腹が立つ」

「そんな理由!?」

 

確かにそんななりで三十路目前しかも恋人もいないけど…。と考えていたら傘の先端が目前まで迫っていたので、体を後ろに逸らして避ける俺。

 

「あぶな!いきなり傘で人の顔面突かないでよ!?」

「お前が余計なことを考えるからだ!」

「事実じゃん!いいかげん婚活でもしなよ!」

「…”こんな”私を愛してくれる人なんていないさ」

 

自嘲気味に笑いながら顔を伏せてしまう那月ちゃん。彼女は”監獄結界”と呼ばれる、自身の夢の中に凶悪な魔導犯罪者を収容するために眠り続けている。今、目も前にいるのは彼女が、生み出した幻なのである。だから、偽りの姿である自分を愛してくれる者はいないと思っているのだろう。

 

「よっと」

「わ!こら何をする!?」

「そーれ高い高いー」

 

那月ちゃんの脇を抱えて回りながら持ち上げる俺。すると見る見る顔が真っ赤に染まっていく那月ちゃん。

 

「この馬鹿者が!!」

「ぶべら!?」

 

那月ちゃんの足が顔面にめり込み、仰向けに倒れる俺。華麗に着地すると睨みつけてくるが顔が真っ赤なこともあって、怖くないというより可愛らしい。

 

「いきなり何をするか!」

「いや元気づけようと思って」

「他に方法があるだろうが!?」

「無い!」

 

立ち上がって堂々と言い放つと、呆れ果てたような表情になる那月ちゃん。

 

「まあ、そんな卑下しないでさ、思い切りぶつかってみなよ。案外うまくいくかもよ?」

「ふん!余計なお世話だ!」

 

そう言って那月ちゃんが歩き出したので、慌てて追いかける俺。

 

「まあ、何だ礼は言っておく…」

「どういたしまして~」

 

頬を赤く染めながらお礼を言う那月ちゃんに、軽く手を振りながら答える俺であった。

 

 

 

 

 

その後、ゲームセンターのクレーンゲームで遊んでいた古城と姫柊の後ろ姿をを見つけたでござる。

 

「そこの男。どっかで見たような後ろ姿だが、フードを脱いでこっちを向いてもらおうか」

 

楽しそうですね那月ちゃん。にしても眠い。クレーンゲームのガラスに映りこんでいる古城の顔が助けを求めているが、余程のことが無い限り俺は那月ちゃんには逆らわん。干されたくないし。その旨欠伸で返すと役立たずが!的な顔をされるが死にたくないんだもん。

 

「どうしたんだ?意地でも振り向かないというのなら、私にも考えがあるぞ…」

 

那月ちゃんが獲物を嬲るような口調で、言いかけた直後だった。ズン、と鈍い振動が起き、地面が激しく揺れ爆発音が響いた。

 

「何だ!?」

「この感じテロかな?」

 

アイランド・イーストから膨大な魔力の波動を感じる。恐らく人為的に引き起こされたんだろう。ちなみに古城たちはこの隙に逃げ出しており、那月ちゃんが捨て台詞を残していた。

 

「ええい、いいところだったものを!勇先に行け!アイランド・ガードに連絡を入れたら私も向かう!」

「あいよ!」

 

那月ちゃんの指示も受けて、先程感知した魔力の源へ向かって駆け出す俺であった。

 

 

 

 

 

アイランド・イーストにある倉庫街にて、二つの影がぶつかり合い火花を散らしていた。

 

「ふっ!」

 

一人は雪霞狼を持った姫柊であり、もう一つの影に向かって鋭い突きを放つ。

 

「ぬぅん!」

 

もう一つの影、西洋式の鎧を身にまとったロンタギアの宣教師ルードルフ・オイスタッハが獲物である戦斧で受け止める。

 

「せぇい!」

 

雪霞狼を押し返すとお返しと言わんばかりの勢いで戦斧を降り下ろすが、体を横に僅かに逸らして避けると雪霞狼を横薙ぎに振るう姫柊。

だが、オイスタッハは巨体からは想像もできない程の敏捷さで後方に飛び退き回避する。

 

「素晴らしい!これが七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)ですか!神格振動波駆動術式(DOE)を刻印した、獅子王機関の秘奥兵器!よもやこのような場で目にする機会があろうとは!」

 

姫柊の雪霞狼に大層興味がある様子のオイスタッハが、歓喜の笑みを浮かべながら姫柊に猛然と迫り戦斧を振り下ろす。

しかし姫柊は、それを完全に見切っており紙一重ですり抜けると、旋回させた勢いで雪霞狼を突き出す。

回避しきれないオイスタッハは鎧に覆われた左腕で受け止める。

 

「ぬぅぅん!?」

 

左腕の装甲が砕け散る。その隙に雪菜はオイスタッハから距離を取る。

 

「我が聖別装甲の防護結界を一撃で打ち破りますか!流石は七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)、実に興味深い!」

 

追い込まれているにも関わらず、喜んでいるオイスタッハを危険と判断した様子の姫柊。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

厳かな祝詞が唱えられると、姫柊の体内で練り上げれた呪力を七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)が増幅する。

槍から放たれる強大な呪力の波動にオイスタッハが表情を歪める。

その直後、姫柊はオイスタッハに猛然と攻撃を仕掛けた。

 

「ぬぉ……!?」

 

嵐の如き連撃に晒されるオイスタッハ。戦斧で受けとめ、時に流す。だが、次第に獣人の一撃にも堪えうる強化装甲が悲鳴を上げ、過負荷によって各間接部位から火花を散らし始める。

姫柊がここまで戦えるのは霊視により一瞬先の未来を視ることができ、幼い頃から磨き上げられた武技と組み合わせる剣巫特有のスキルによるものである。

 

「ふむ、なんというパワー‥‥‥それにこの速度! 成る程、これが獅子王機関の剣巫ですか! 」

 

雪霞狼の一撃に遂に戦斧が耐えきれなくなり、ボロボロに砕け散る。その瞬間、姫柊の雪霞狼を振るう腕が僅かに止まってしまう。

いかに肉体を鍛え上げようともまだ姫柊は年端も行かない女の子。人間であるオイスタッハを傷付けるのに躊躇いが生じてしまったのだ。

それをオイスタッハは見逃さなかった。

 

「いいでしょう、獅子王機関の秘呪。確かに見させて頂きました。やりなさい、アスタルテ!」

 

強化装甲服のアシストによって強化された脚力で、後方へ飛び退いたオイスタッハ代わりに藍色髪の少女が飛び出してきた。

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

少女の纏うケープコートを突き破り、現れたのは巨大な腕。

虹色の輝きを放ちながら姫柊へと襲いかかる。

姫柊は雪霞狼で迎撃で迎撃し、腕の巨大な魔力と雪霞狼の研ぎ澄まされた霊力が衝突しあい大気を震わせる。

 

「ぐっ‥‥‥!」

「ああ‥‥‥!」

 

激しくぶつかり合うが、徐々に薔薇の指先(ロドダクテュロス)と呼ばれた眷獣の腕を銀の槍が少しずつ切り裂いていく。

眷属の受けているダメージが逆流しているのか、アスタルテと呼ばれた少女が苦悶の表情で呻き出す。

 

「あああああああ‥‥‥っ!!」

 

アスタルテが絶叫すると、彼女の背後にもう一本、虹色の腕が現れ、独立した別の生き物のように姫柊へと襲いかかる。

 

姫柊の表情が凍り付く。

雪霞狼は右腕に突き刺さっている。今、振るわれてきている左腕を迎撃することは不可能。旧き世代の眷獣すら打ち倒す一撃を脆弱な人間の肉体しか持たない姫柊が耐えられはずもない。

彼女自身、霊視によって見えてしまった光景は明らかなる死。

迫り来る腕がスローモーションで見えてしまう中、一瞬だけ、見知った少年の姿が脳裏をよぎる。ほんの数日前に出会ったばかりの、何時も気怠そうな顔をした少年の面影が。

死にたくないと思った瞬間、何かか聞こえてきた。

 

「姫柊ィィィィィィィィィイイイッ!!」

 

第四真祖、暁 古城の声が。

古城が姫柊に迫る腕を自分の拳で殴り飛ばすと、ダンプカーと激突したかのような勢いで吹き飛び、主たるアスタルテ共に吹き飛ぶ。

すると雪霞狼と拮抗していた右腕も消失する。

姫柊が唖然としているが、当の古城は他に吸血鬼の力の使い方を知らないので、がむしゃらにやっただけなのである。

 

「何をやってるんですか、先輩!? こんな所で…」

「それはこっちの台詞だ、姫柊! このバカ!」

「バ、バカ!?」

「様子を見に行くだけじゃなかったのかよ。何でお前が戦っているんだ!」

「そ、それは…」

 

物言いたげに口ごもる姫柊。『細かいことなんざ、終わってからでもわかるんだからまずは敵を何とかすんだよ』と言う俺の口癖を思い出した古城は、オイスタッハの方へと向き直る。

 

「で‥‥‥結局、こいつら何なんだ?」

「分かりません。ロタリンギアの殲教師らしいのですが‥‥‥」

 

そう姫柊が説明するが、ロタリンギアの殲教師が何故、絃神島にいるのかわからないので混乱してしまう。

 

「先程の魔力‥‥‥只の吸血鬼ではありませんね。貴族と同等かそれ以上‥‥‥。まさか、第四真祖の噂は事実ですかな?」

 

破壊された戦斧を投げ捨てオイスタッハが尋ねてくる。そして起き上がったアスタルテはオイスタッハを庇うように前へと出る。

 

再起動(リスタート)‥‥‥完了(レディ)命令を続行せよ(リエクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

アスタルテが古城に攻撃しようとした瞬間…。

 

「待ていっ!!」

 

何者かの声が響き渡った。

 

「!?」

 

突然の声に動きを止め辺りを見回すアスタルテ。

 

「どこです?どこから?姿を現しなさい!」

 

同じようにオイスタッハが辺りを見回すが、声の主の姿を見つけられないので困惑してしまう。

 

「ハハッハハハッハハハハ!!」

 

悪役がやりそうな笑い声と共に何やらBGMまで聞こえてくる。

 

「な、何です!?この馬鹿丸出しの笑い声と男心くすぐる音楽は!?」

 

予想外過ぎる事態に、さらに困惑しながらも声の主を探そうと、辺りを見回すオイスタッハ。

同じように古城達も辺りを見回している。

 

「あ、あそこに!」

 

ふと、倉庫街にある鉄塔に頂上に視線を向けると何かを発見し、指を指す姫柊。つられてその場の全員の視線が鉄塔の頂上に集まる。

 

「フハハッハハハハ!!」

「そんな所に!何者ですかあなたは!」

「ふっ貴様に名乗る名は…!」

「勇!何やってんだお前!?」

「ズコー!!」

 

オイスタッハの問い掛けにかっこよく答えようとしたら、古城があっさりと正体をばらしてしまったので鉄塔からずり落ちそうになる俺。

 

「ば、馬鹿野郎ー!もっと空気を読めよ!」

「えーっ!?」

 

俺が古城を一喝すると解せんといった表情になる。畜生!久々にやりたかったのに!

 

「……」

「そんな馬鹿を見る目は止めてくれません!?姫柊さん!!」

「いえ、人違いです」

「他人のふりしないでぇぇぇぇぇぇぇえええ!!」

 

冷ややかな姫柊の態度の心のHPがごりごり削れる俺。

 

「ええい、仕方が無い!とおぅ!」

 

気を取り直して、BGMを流していたスマフォを止めてジャンプする俺。着地前に前転し華麗に着地を決めると目の前に虹色の腕が…。

 

「ひでぶぅ!?」

 

アスタルテが振るった眷獣の腕が直撃し、盛大な轟音と共に倉庫に突っ込む俺。

 

「排除しました」

「ご、ごくろうさまです」

 

何事も無かったかのように淡々と告げるアスタルテ。余りに呆気なく終わってしまったので拍子抜けしてしまうオイスタッハ。

 

「あー何やってんだかあいつは…」

「いやいや先輩!大丈夫なんですか神代先輩!?すごい音しましたけど!『バキィッ!!!』って!?」

 

額に手を当てて溜め息を吐くだけの古城に慌ててツッコム姫柊。

 

「ああ、大丈夫だよ姫柊。あいつはこの程度じゃ死なないよ」

「え?それって…」

 

姫柊がどう言うことかと問いかけようとすると、俺が突っ込んだ倉庫の瓦礫が吹き飛び舞い上がる砂塵の中、俺が歩き出てくる。

 

「あ~お気に入りのジャージが台無しだよコノヤロー」

「ば、馬鹿な!?アスタルテの一撃を受けて立ち上がるなど!」

「に、人間じゃない…」

 

信じられないといった表情を浮かべるオイスタッハと姫柊。て言うか酷くありません姫柊さん?

心に傷を負いながらも、気にしていない様に見せながらに首を鳴らして背伸びをする俺。

 

「ん~で何よこいつら?」

 

オイスタッハ達を指差しながら、おそらく事態を最も把握しているだろう姫柊に問い掛ける俺。

 

「えっとロタリンギアの殲教師みたいです」

「ロタリンギア?わざわざ極東のくんだりまで観光ですか?」

「いやいや違うだろう」

 

手を顔の前で振りながらツッコンでくる古城。ですよねー。

 

「その強靭さと、女性と見間違う美貌に勇と言う名…。もしや御身はかの有名な神代の末裔であり、”アルディギアの英雄”で相違ありませんか?」

「ん?そうだけど英雄はやめてくんない?恥ずかしいし」

「ご謙遜を、あなたのご活躍は西欧中に轟いておりますよ。私の名はルードルフ・オイスタッハ、お会いできて光栄です」

 

冷静を装っているようだが、顔から冷や汗が流れ出てるぞ。そんなに怖いかね俺って?

 

「で、目的は?こんなに派手に暴れてただで済むと思っているのか?」

「…こちらとしても、この場であなたとことを構える気はありません。ここは退かせて頂きます…。アスタルテ!」

命令受諾(アクセプト)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

オイスタッハが叫ぶと、アスタルテと呼ばれた少女の背中から虹色の腕が生え、地面を砕くと地下通路から逃走して行く。

 

「ふむ、いい引き際だ」

 

地面にできた大穴を覗き込みながら感心する俺。逃亡したのを確認すると、古城達の元へと向かう。

 

「おーい大丈夫だった二人とも?」

「いや、どっちかって言うとお前の方が大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

『ぐああっ!ク、クライン・・・アッー!』

 

「な、何です今の!?」

「あ、ごめん俺の着信音だ」

「着信音!?」

 

突然の着信に驚いている様子の姫柊に断りを入れて電話に出る俺。

 

「あ、那月ちゃん?古城?うんいるよ。うん、うんわかった~」

「那月ちゃんからか?」

「うん、そう。って訳でちょっと来てもらうよ古城」

 

そう言って古城の襟を掴んで引き摺って行く俺。

 

「ちょっ!待てよどこに連れて行く気だ勇!?」

「何、那月ちゃんが君にじっくりと話が聞きたいそうだよ。あ、姫柊は帰ってていいからね」

「え?でも…」

 

責任を感じている様子の姫柊。まあ、無理も無いかもしれんけどね。

 

「女の子が夜更かしはいけないからねぇ。とりあえず古城がいれば那月ちゃんも納得するだろうし」

「わ、わかりました」

 

姫柊が頷くのを確認すると、古城を連行して行く俺。

 

「い、嫌だぁ!助けてくれ!姫柊ぃ!!」

「ごめんなさい、先輩。あなたのことは忘れません…」

「姫柊ィィィィィィィイイイ!!!」

 

最後の抵抗にと姫柊に手を伸ばして助けを求めるが、黙祷を捧げられる古城の叫び声が倉庫街に響き渡った。

ちなみにかっこつけようとして失敗し倉庫を一つ損壊させたことを、古城が那月ちゃんにちくり朝まで一緒に説教される俺であった。




何か読みにくいですかね?もしかしたら書き直すかもしれません。


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第三話

※第二話の夏音と出会った時期等を変更しました。


前回のあらすじ

ひでぶぅ!?

 

オイスタッハらと遭遇した翌日、登校するとクラスの男子が何か騒がしかった。中等部に新しく入ってきた美少女転入生、つまり姫柊についてだが…。

そのせいか昨日の事件についてはほとんど触れられていなかった。まあ、そのほうが俺らにはありがたいけど。

 

「あ~う~」

「真昼間から情けない声を出すな。こっちまで気だるくなる」

 

昼休みになり、生徒指導室で古城と姫柊を待ちながら紅茶をいれている俺と愛用の椅子に腰掛けている那月ちゃん。

最近起こっている魔族狩りについて二人に説明するためである。オイスタッハに遭遇してしまった以上無関係じゃないからね。

 

「最近色々あって碌に眠れてないんだもん」

「先日の件は自業自得だろうが」

「うっ…」

 

紅茶を飲みながら指摘してくる那月ちゃん。その通りなので何も言い返せない…。いいじゃん憧れるじゃん。

 

「知らん」

「心を読まないでよ…」

「だいたい、お前は余計なことをしなければもっと迅速に片付けられるだろう。毎度後片付けをする身にもなれ」

「それでも捨てられないのが男の夢さ!」

「胸を張って言うな」

 

那月ちゃんが投げた扇子が顔面にめり込み、仰向けに倒れる俺。投げられた扇子は空間魔術で那月ちゃんの手元に戻る。

そうこうしている内に古城と姫柊が入室してくる。

 

「入るぞ那月ちゃってどうした勇!?」

「気にするなさっさっと入れ」

 

倒れている俺を見て驚いている古城達に席に着くように促す那月ちゃん。

そして話が進んでいき…。

 

「って放置かい!?」

「うるさい。いちいちお前のボケに付き合っていたら話が進まんだろうが」

 

勢いよく立ち上がって抗議すると、冷たくあしらわれたでござる。

部屋の隅に座り込んで床にのの字を書いている俺を置いて、話を進める那月ちゃん。

 

「とにかく。何が目的かは知らんが、この無差別に魔族を狩っている輩はまだ捕まっていない。つまり、暁古城、お前が狙われる可能性がある。暫くは夜遊びは控えるんだな」

「い、いや、夜遊びとか言われても、何のことだが」

「……ふん、まあいい。とにかく警告はしたからな」

 

那月ちゃんがつまらなさそうに言いながら、出て行け、と古城達を追い払うように手を振った。

言われた通りに生徒指導室から立ち去ろうとする。

 

「ああ、そうだ。ちょっと待て、そこの中学生」

 

姫柊を呼び止めると掌に収まるサイズのマスコット人形を、投げ渡す那月ちゃん。

 

「……ネコマたん……」

 

姫柊がハッと口元を押さえると、ニヤリと不敵に笑う。

 

「忘れ物だ。そいつはお前のだろう?」

 

暫く睨み合う二人だがやがて姫柊が静かに会釈すると、そのまま部屋を出て行く。

 

「で、お前は何時までいじけているんだ?」

 

いまだにのの字を書いている俺に、呆れが混ざったため息を吐く那月ちゃん。

 

「どーせ俺なんてさぁ…」

「…悪かった。後で何か奢ってやる」

「本当?」

「ああ」

「んじゃあラーメン特盛り五人前ね!」

「(こいつ…)」

「ニヤリ(計画通り)」

 

ミシリッと音が出るくらい扇子を握り締める那月ちゃん。ふふ、はめられたことに気がついたようだな。だが、もう遅い!すでに君は我がじゅっ…。

 

「いいから犯人について話せ」

「ありゃぁ~」

 

那月ちゃんが指を鳴らすと、俺の周囲に魔方陣が展開され飛び出してきた鎖でぐるぐる巻きにされ、逆さに吊るし上げられる。

 

「犯人はロタリンギアの殲教師で名前はルーデルフ・オイスターソースだったかな?」

「名前がおかしいんだが」

「まあ、いいじゃん。で、アスタルテって名前の少女もいたね。眷獣持ちのたぶんホムンクルスかな?」

「眷獣を宿したホムンクルス、だと?」

 

ミノムシのように揺れながら話した内容に怪訝そうな顔をする那月ちゃん。魔族皆死すべし慈悲は無いが基本の西欧教会の人間が眷獣使ってるんだからねぇ。

 

「そんなことをしてまでこの島にきた目的は?」

「そこまではわかんない。けど、これ以上放っておくと面倒くさそうだからさっさと片付けるよ」

「奴らの居場所はわかるのか?」

「”知ってそうな人”なら知ってるよ」

「”あの人”か…」

 

俺がある人物を示唆すると、何とも言えない顔で溜め息を吐く那月ちゃん。まあ、気持ちはわかるけど。

 

「最近会って無いしいい機会だから顔を見せにも行けるしね」

「そうだな。会ったらよろしく言っておいてくれ」

「うん。じゃあ行ってくるねぇ」

「待てまだ午後の授業があるだろうが」

「チッ」

「……」

「ぬわぁぁぁぁぶん回さないでー!ごめんなさーい!」

 

那月ちゃんが再び指を鳴らすと、鎖が動き出しジャイアントスイングの要領で激しく回される俺であった。

 

 

 

 

 

午後の授業を終えて校門を出ると俺はある場所にに電話をかける。

 

「どうも。本部長の息子の勇ですけど」

「あら、勇君。本部長に用事?」

「ええ、今時間空いてますかね?」

「確認するからちょっと待っててね」

 

見知りの受付嬢さんに用件を伝えると保留音が聞こえてくる。俺が電話をかけているのはアイランドガード本部、俺の父の勤務先である。

 

『遅かったじゃないか…』

 

保留音が止むと男性の声が聞こえてくる。この声の主こそ俺の父神代 勇太郎である。

 

「その言い方だと、俺の言いたいことはわかってるみたいだね父さん」

『ああ、俺に会いたくて仕方がないのだろう。寂しかったのだろう、いいだろう!さあ、会いに来るがいい!』

 

やけに興奮しながら大声を上げる父さん。俺に対する愛情表現がいつも過剰で俗に言う親馬鹿である。

 

「いや、別に」

『嘘だッ!!!』

「うるさ!?耳がキーンとなったわ!」

 

バッサリと切り捨てると、この世の終わりのように絶叫する父さん。余りの大音量に思わずスマフォを耳から離して抑える。びっくりしたなもう!

 

「今、起こってる魔族狩りについてだよ!」

『ああ、うんそれね。はいはいわかってますよー』

「拗ねないでよ、今からそっち行っていい?」

『ああ、そろそろ来るだろうと思って時間は空けてあるよ』

「わかった。じゃあまた後でね」

 

電話を切りスマフォをズボンのポケットにしまうと本部へ向かって歩き出す。

本部に着き受付を済ませると受付嬢さんに所長室へと案内される。

 

「署長、勇君をお連れしました」

「うむ。入りたまえ」

 

受付嬢さんがノックしながら確認すると、入るよう促す父さんの声がした。

 

「よく来た。歓迎しよう、盛大にな!」

「それでは私はこれで」

「ありがとうございました」

 

安楽椅子に座り両肘を机につけ指を顎の位置くらいで組みながら、かっこつけているウニのようなツンツンした髪型で大柄の男性。俺の父何だけど…、を無視して退室していく受付嬢さん。いつものことなので気にすることなくお礼を言う俺。

 

「で、魔族狩りについてなんだけどさ。犯人の目的と居所知ってる?」

「…うん、知ってますよ。ええ、知ってますとも」

 

涙目になりながら不貞腐れる父さん。こんな扱いでも慕われてはいるんだけどねぇ。

 

「犯人はロタンギリアの殲教師なのは知ってるな」

「うん、何か探しているみたいだったけど」

 

机の引き出しから紙の束を取り出し安楽椅子から立ち上がる父さん。応対用のソファーに向かいながら手で俺に座るように示すので座ると父さんも座って向き合う形になる。

 

「奴が探しているのは()()()

 

そう言って持っていた紙の束を渡してくる。これは資料みたいだな。

 

「絃神島の図?連結部の要蹄となる要石に()()()()()!?」

「そう、設計者の絃神(いとがみ) 千羅(せんら)は、当時の技術では十分な強度の要石を造りだせないので聖人の遺体の一部を埋め込むことを考えたのさ、聖人の持つ奇跡によって島を支えようとな」

 

聖人、神に生涯を捧げ多くの信仰を集め崇められし者には奇跡を起こすと言われているけど…。

 

「そんな物をどうやって手に入れたのさ?」

「盗んだのさ。当時の西欧教会の幹部を抱き込んでな」

 

なるほど、それならオイスターソースの奴が躍起になるわけだ。崇拝している偉人が魔族も住む地の生贄にされてるんだからね。

 

「ま、そこらへんは置いといて奴がどこにいるか教えてもらえる?」

「このことを知ってもなお、彼を止めるのか?」

 

父さんが試すように聞いてくるが、迷う必要は無い。

 

「当然、死んでいる人のために死ぬなんてまっぴらごめんだね。生きるなら過去じゃなくて未来のためが一番だね」

「はは、いいだろう。スヘルデ製薬会社、そこをオイスタッハは根城にしている。ロタリンギアに本社を持つホムンクルスで新薬の実験をしている会社でな、近年の円高で撤退し施設はそのままで無人になっている」

 

俺の答えに満足そうに頷くとオイスターソースの居場所を教えてくれる父さん。

 

「成程そこがあの子の生まれた場所か」

「眷獣を植えつけられ、死ぬことを定められたホムンクルスの少女か。はてさてお前ならどうする?」

「そこは彼女と話してから考えるさね」

 

討つかそれとも救うか?と目で問い掛けてくる父さんに、席を立ち上がりながら答える。

 

「命令を聞くことしか知らない、人形同然のホムンクルスを説得するつもりか?」

「ちょっと気になることがあってね」

 

俺の仮説が正しければあの子は人形ではないはずだ。俺としても無益な戦いはしたくないし()()()のようなことはごめんだ。

 

「ああ、そうだ()()()整備終わってるから持っていけ」

「うん、わかったありがとう」

 

そう言って俺が扉を開けて出て行くのを見送ると、ソファーの背もたれに寄り掛かる父さん。

 

「再び試練が始まる。あの子を見守ってやってくれ”志乃”」

 

目を覆い天井を仰ぎ見ながら母さんの名を口にする父さんであった。

 

 

 

 

「さてと」

 

本部入り口前の道路でスマフォを取り出しある番号を入力する。するとアイランドガードの車両格納庫から、一台の無人バイクがこちらへ向かって来ると俺の前で停車する。

”トルネイダー”通常の車両が向かえない現場にも、迅速に人員を輸送するために開発されたバイクである。まだ試作型で俺がテスターとして選ばれたので使わせてもらっている。

呼び出せば自動で俺の元まで来てくれるので便利なんだよね。一週間前に整備に出してたから久しぶりに乗るな。

 

「さて、行きますか」

 

トルネイダーに跨り、エンジンを吹かしスヘルデ製薬会社へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

トルネイダーに乗り、発進していく俺を本部の屋上に備えられているフェンス越しに、観察している少女がいた。

彩海学園の制服に身を包み三つ編みの髪型に眼鏡をかけており、一冊の本を胸の前に抱えており、肩には一羽のカラスが乗っている。

 

「アルディギアの英雄も動き出したか。第四真祖の眷獣が覚醒するまで、手を出さぬよう釘を刺したほうが良いのではないか?」

「無駄でしょう。何者にも彼を縛ることなど出来ません、歴代の神代のように。下手に手を出して彼とことを構えるのは得策ではありません」

 

肩に乗っているカラスが老人のような声で少女に問い掛ける。

それに、首を横に振りながら答える少女。

 

「それに彼にはこちらの思惑は読まれているでしょうし、今後のことを考えて第四真祖が力を得る必要があることは理解しています」

「かつて”天部”が”あの御方を”討つために生み出し、第四真祖の安全装置(ストッパー )としての役割を持つ者の末裔か。だが、役目を忘れて()()()のように勝手なことをせねば良いが…」

「仕方が無いでしょう。”初代”が彼に役目を彼に引き継がせた以上、どうするかは彼次第です。私達が口を挟むことではありません」

 

何かを思い出し危惧するかのようなカラスに、同じように思い出しながら忠告する少女。

 

「あやつの存在が()()にとって、益となるか否か見極めさせてもらおう」

 

そう言ってカラスは飛び立ち、屋上には少女のみとなった。

 

「見せてもらいましょう神代勇、あなたが選んだ道を」

 

僅かに期待を込めたように呟くと、少女の姿が景色に溶け込むかのように消えていった。



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第四話

区切りよく切ったら短くなってしまいました。


前回のあらすじ

遅かったじゃないか…

 

アイランド・ノース。企業の研究所が立ち並ぶ、絃神島北区の研究所街。島内でももっとも人工島らしさを感じる未来的な街である。

そこにあるスヘルデ製薬会社の研究所前でトルネイダーを停車させ降りると建物の入り口まで歩く俺。

 

「ふーん、幻術か」

 

入り口の扉に手を触れると違和感を感じる。たぶん人を近づけないように細工してあるんだろう。

 

「ま、俺には効かないけどね」

 

神代の人間には肉体に霊力や魔力の影響を軽減する術式が組み込まれているので、この程度の幻覚は受け付けないのだ。

迷うことなく扉を明け、中へ入ると明かりは当然点いてなく真っ暗である。

 

「…こっちかな」

 

暗闇での訓練も受けているので直ぐに慣れると、感に任せ進んで行く。

奥まで進むと、教会の聖堂のような部屋へと出る。ホムンクルスの調整槽である円形状の水槽が規則正しく並べられていた。

 

「これはまぁ。よくやるねぇ」

 

水槽の濁った琥珀色の溶液が満たされており、その中には子犬ほどの大きさの自然界には存在しえない生物が入っていた。

 

「予想通りだねぇ」

 

予想が確信に変わった瞬間、背後に気配を感じ振り再び前を向いた。

 

「やあ、久しぶり」

 

水槽の隙間から現れたのはアスタルテと呼ばれていた少女である。

足調整を終えて水槽から出てきたばかりのようで、身に着けている手術着は濡れており、肌に張り付いて肌か同然である。

だが、彼女の肌から虹色の影が揺らいでおり、倉庫街で遭遇した時より異様さを放っていた。

 

「……警告します(ウォーニング)、ただちにここから退去してください」

 

返ってきたのは警告だった。無防備な姿のまま彼女は俺に逃げろと告げてくる。

 

「この島は、間もなく沈みます。その前に逃げてください。なるべく、遠くへ……」

「連結部の要石から聖人の右腕を抜き取れば、この島は崩壊する。その前に逃げろってことかい?」

「……肯定」

 

僅かに間を空けて頷くアスタルテ。多分何故知っているのかと思ったのかな?

 

「心配しなくていい。俺があの腐れ宣教師をしばいてそれで終わりさ」

「……それならば、何故この前の戦闘で実行しなかったのですか?あのような茶番をしなければ容易く私達を排除できたはずです」

 

真っ直ぐに俺を見据えながら問い掛けてくるアスタルテ。その姿はまるで暗闇の中で必死に手を伸ばしているようだった。

 

「君のような、自分の戦う理由をもたない相手と戦うのが嫌なのさ」

(マスター)の指示に従い戦うのが私の存在意義です」

「そうじゃない。そんなのは他人に与えられたものだ。君の理由じゃない」

 

首を振りながら否定すると、首を僅かに傾げるアスタルテ。さすがに直ぐにはわかってもらえないか。

 

「戦いってのは信念と信念のぶつかり合いだ。それを持たない者とは戦いたくない」

理解不能(インカァンプリィヘェンサァブル)

「ま、今は難しいかな。後は借りを返すためさ」

「……借り?」

「そ、俺を殴った時、手加減してくれたでしょ?」

「!?」

 

アスタルテの目が見開かれる。図星のようだな。あの時容赦なく殴ったように見せかけて、俺を逃がしたかったのだろう。先程の警告もそうだ、無関係な者を巻き込まないようにという彼女の優しさだ。

 

「俺だけじゃない。今まで君が襲ってきた魔族達も、半死だけど急所は外れていたから直に回復するだろうさ」

「……」

 

無言で俺を見据えてくるがその瞳には動揺が伺える。

 

「本来君は方法はどうであれ、だれかを救うために生み出された。それが、相手を傷つけるためだけの存在に変えられてしまったのが嫌なんだろ?」

「……」

 

無言を貫くアスタルテ。それを肯定と受け取り歩み寄る。アスタルテの前まで移動すると右手を差し出す。

どうしたらいいのかわからない、といったように戸惑っているアスタルテ。

 

「来い、お前の居場所はここじゃない」

「…私、は」

 

おずおずと手を伸ばすアスタルテ。互いの手が触れ合おうとする瞬間。

 

「ッ!?」

 

身の危険を感じ後ろへ飛ぶと、俺がいた場所に飛来してきた半月斧が突き刺さる。

 

「困りますね。私の道具に余計なことを吹き込むのは、アルディギアの英雄よ」

「オイスターソース!」

「オイスタッハです」

 

暗闇から現れたのは、装甲強化服を纏ったオイスターソースだった。

 

「邪魔すんなよ。今、彼女と話してるんだからよ」

「人形と会話とは、酔狂なご趣味をしていらっしゃる」

 

嘲笑うような目をするオイスターソース。腹しか立たねぇ…。

 

「うるせぇ、これ以上その子に罪を重ねさせないために、テメェはここでしばき倒す!」

 

肩に下げていた竹刀袋から日本刀を取り出し抜刀する。

 

「いいでしょう。こちらも準備が整ったどころです。あなたにはここで消えて頂きましょうアスタルテ!」

「……」

 

オイスターソースがアスタルテに命令するも俯いたまま動かない。

 

「たぶらかされるとは…。ならばこうするまで!」

「っ!?あっぐぅ!!あああアアァァァァァァッ!!」

 

オイスターソースが何やら術式を唱えると、膝を着き両手で頭を抱え苦しみだすアスタルテ。

 

「アスタルテ!!」

「たす…け…て…」

 

助けを求めるように俺へと手を伸ばすアスタルテだが、彼女の宿す眷獣が陽炎のように現れ飲み込まれてしまう。

顔が無く体長六、七メートルのゴーレム型で腕が四本となっている。

 

「貴様、彼女の自意識を封じたのか!しかも眷獣を無理矢理改造したな!」

「ええ、あなたに対抗するためにね」

「そんなことをしたらあの子の体がもたないぞ!」

「問題ありません。私の目的を達成するまでは保ちますので」

 

悪びれる様子もなく、まるで使い捨ての道具であるかのようにアスタルテを見るオイスターソースいや…。

 

「オイスタッハァァァァァァアアア!!!」

 

もはや奴にかける情けは無くなった。オイスタッハ目掛けて駆け出すが、それを阻むようにアスタルテが拳を振り下ろしてくる。

それを後ろに飛んで避けるも、振り下ろされた地面が粉々に砕け散りクレーターを作りだす。

 

「やめろアスタルテ!自分を見失うな!」

「……」

 

なんの感情も宿さなくなった目で、次々と拳を振るって来るアスタルテ。避けられているが次第に壁際へと追い詰められてるな。

 

「私もお忘れなきよう」

「ぐっ!?」

 

アスタルテの放った拳を横っ飛びで回避する。

そこにオイスタッハが戦斧を振り下ろしてきたので、素早く体勢を立て直し日本刀で防ぐが重い!?

 

「てめぇ!呪的身体強化(フィジカルエンチャント)か!そんなに強化したら死ぬぞ!?」

 

明らかに人間が耐えられない程の強化率、正気じゃねえな!

 

「結構!我が悲願成就のためならいかなる犠牲でも払いましょう!」

 

そう言いながら戦斧を押し込んでくるオイスタッハ。

 

「死んだ人間のために死ぬ気か、馬鹿野朗!!」

「我が目的に気づいていましたか!ならば何故邪魔をするのです!神に仕えるべき身分でありながら!」

「生まれなんて関係ねぇ!どう生きるかは自分で決めるもんだろうがぁ!」

 

戦斧を弾き返し、オイスタッハに切り返そうとするが、横からきた衝撃に弾き飛ばされ地面を跳ねながら転がる俺。

 

「ぐっ、アス…タルテ…」

 

視線の先には腕を振りぬいた体勢のアスタルテがいた。どうやら彼女に殴り飛ばされたようだ。

 

「残念です。あなたなら理解して頂けるかもと思っていたのですが…。アスタルテ止めを」

命令受諾(アクセプト)…」

 

落胆の篭った声でアスタルテに命令するオイスタッハ。

抑制が全く感じられない声で答えると、こちらへとゆっくりと歩み寄って来るアスタルテ。

起き上がろうとするが、思っていた以上にダメージが大きくて体が動かねぇ…!

 

「さっきの感覚…まさか!?」

「気がつきましたか?アスタルテの眷獣に神格振動波駆動術式(DOE)を組み込んだのですよ!」

神格振動波駆動術式(DOE)を、だと!?」

 

得意げに自慢するオイスタッハ。だが、あれは獅子王機関のみしか実用化していないはずだぞ!?

 

「独自に研究するのは困難でしたが、先日運よくオリジナルのデータを得ることができました!これぞ神の導き!」

 

チイッ!姫柊がこいつを止めようと戦ったことが裏目に出ちまったか…!

 

「いかに天部によって強化されている一族のあなたでも、術式である以上今のアスタルテの攻撃を防ぐことは不可能なのですよ!」

 

狂ったように笑い出すオイスタッハ。

そしてアスタルテが俺の元へ辿り着くと、鷲掴みにして壁へと投げつける。

 

「が、はぁ…!」

 

轟音と共に壁へとめり込む俺に追撃の拳が振るわれる。四本の腕が交互に振るわれさらに壁にめり込んでいく俺。

そして止めと言わんばかりに振るわれた拳によって、壁が崩壊し瓦礫へと飲み込まれる俺であった。

 

「ハハハッハハハハ!これで最大の障害は排除しました!残る不完全な第四真祖と未熟な剣巫など恐るるに足らず!我が悲願達成したも同然です!」

 

聖堂のような部屋にオイスタッハの狂ったような笑い声が響き渡る。そんな中崩壊した壁を見つめるアスタルテの目から一筋の涙が流れていた。




オリジナル感を出そうとしたら、オイスタッハさんが完全に狂人になってしまったでござる。


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第五話

気がついたらお気に入りが、50突破していました。ありがとうございます。


前回のあらすじ

年下の女の子にぼこられると予想以上に凹む

 

 

「いっ、てぇ」

 

ふと目を開けると真っ暗闇だった。どれくらい気を失っていたのだろうか。

 

「ぬおらぁ!」

 

とりあえずここから出るために、全身に力を入れて覆い被さっている瓦礫を押しのける。

 

「ぐっ、うぅ」

 

全身に激痛が走る。あっちこっちボロボロだな。声を出すのも辛い。

 

「うん?血の、臭いか?」

 

ふと鉄臭い臭いが鼻を掠めたので、周りを見回すと部屋の中心部の床に赤い池ができていた。その中で姫柊がうずくまっており、その周りには人間と思われる引き裂かれた頭の無い上半身と下半身に磨り潰された臓器が飛び散っていた。

足を引き摺りながら姫柊の元まで向かうと、彼女が何かを大事そうに抱えていた。

 

「無事か、姫柊」

「ッ!?神代、先輩」

 

声を掛けるとハッとしたようにこちらを向く姫柊。よほど泣いていたのか目は真っ赤になっており、声もしゃがれていた。

 

「暁先輩が!暁先輩が、私を庇って…!」

 

必死になにがあったのか伝えようとする姫柊。よく見てみると抱えていたのは古城の頭であった。

 

「わかっているから、落ち着け」

「でも!」

「そいつはそれくらいじゃ、死なんよ」

「え?」

 

俺の言っていることがわからない、といったような表情で古城の顔を見る姫柊。

すると千切れていた古城の体が吸い込まれるように動き出し、元の形へと戻り始め流れ出ていた血液が染み込むように取り込まれていく。

 

「こ、これは!?」

 

予想外の事態に驚愕する姫柊、無理もないけどね。

 

「真祖を殺したきゃあ、文字通り命がけでないといかんのさ」

 

普通の方法じゃ心臓だろうが、脳だろうが潰しても死なないのが真祖だ。常識外れ過ぎるんだよなぁホントに。

 

「とりあえず、ここを出よう。警報がやかましくて、しょうがない」

 

壁にオイスタッハとアスタルテが出て行ったのであろう穴が空いており、そのせいで警報装置がさっきから鳴りっぱなしなのである。

 

「あらよっと」

「あ!神代先輩も怪我をしているんですから、無理をしないで下さい!

 

倒れている古城を肩に担ぎ穴へと歩き出す俺に、心配そうに声を掛けてくれる姫柊。

 

「問題ない、ある程度は回復している」

「ですが…」

「女の子だけに働かせるわけにはいかんだろう」

 

そう言いながら研究所を出ると手頃な広さの公園があったので、そこで古城を降ろすとその近くに腰を降ろし膝枕をする姫柊。

 

「さてと」

 

古城が目覚めるまで暫く掛かるだろう。それまで体を休めるために、近くにある木に腰掛けるのであった。

 

 

 

 

 

『勇、あなたの夢は何ですか?』

『夢か…。俺には夢が無い』

『夢が無い?それでは何のために戦っているのですか?」』

『たとえ俺に夢がなくても、誰かの夢は守れるからだ』

『では、あなたの幸せはどこにあるのですか?』

『…あいつから彼女(・・ )を奪ってしまった俺に幸せになる資格なんか無い』

『だからです。だからこそ、その方の分まであなたは幸せに生きなければなりません』

『…だが、どうすればいいのか俺にはわからない』

『でしたら、わたくしと一緒に探してみませんか?』

 

そう言って彼女は手を差し伸べてくれた。

 

 

 

 

 

「む?」

 

いかん寝てしまったのか。にしても彼女の夢を見るとは古城と姫柊に影響されたのか?

 

「…逃げておいていまさらか」

 

さて、古城も起きたみたいで姫柊と何か話してるな。あ、姫柊を押し倒した。あんまし邪魔したくは無いがそうも言ってられんので、立ち上がり二人に近づく。

 

「おはようさん古城」

「勇!無事だったのか!」

「頑丈さが取り柄なんでな」

 

まあ、今回は結構やばかったが…。つーかそんな不満そうに睨まんで下さい姫柊さん。

 

「で、一応聞いておくが浅葱にここを調べてもらったのか?」

「あ、ああ」

 

申し訳なさそうに俯く古城に姫柊。別に怒っちゃあいないが。

 

「余り何も知らない者を巻き込むなよ。でなきゃ説明しておけよ」

「わかってるけど…」

 

怯えるように目を背ける古城。大方今の関係を壊したくないんだろう。浅葱ならそれくらいで態度を変えたりはしないだろうけど。

 

「とりあえずはその話は置いておくか。とにかくオイスタッハの野郎を追うぞ」

「オッサンがどこに行ったのかわかるのか?」

「ああ、キーンストーンゲートの最下層に向かってるだろう」

「キーンストーンゲートに何故?」

 

姫柊が疑問の声を上げる。そう言えばまだこの二人は知らなかったな。

 

 

『ぐああっ!ク、クライン・・・アッー!』

 

と思っていると不意に俺のスマフォの着信音が鳴り出す。む、浅葱からだ。

 

「っとちょいと失礼」

「…その着信音どうにかなりませんか?」

「え?おもしろくない?」

「いや、そういうことじゃ」

「やめておけ姫柊。こいつのネタに付き合ってたらキリが無いぞ」

 

何か古城の哀れむ目が気になるが、取りあえず電話に出よう。

 

「浅葱かどうした?」

『どうしたもこうしたもないわよ!今キーンストーンゲートにいるんだけどテロリストに襲撃されてるのよ!』

「む?今お前キーンストーンゲートにいるのか?」

『ええ、アルバイトで来てたんだけど…』

 

そういえば浅葱は人工島管理公社でプログラマーのバイトをしているんだったな。

 

「おい勇!浅葱は無事なのか!」

 

浅葱と聞いて古城が切羽詰ったように肩を掴んで揺らしてくる。

 

「落ち着け!今確認するから!」

 

古城達にも聞こえるように設定して通話を続ける。

 

『え?古城もいるの?』

「ああ、後姫柊もな。それで怪我は無いか?」

『うん。アイランド・ガードの人に誘導してもらったおかげでなんとか』

「よかった。そっちの状況はわかるか?」

『アイランド・ガードが迎撃してるけど、防衛線が次々と破られてる。でも、通信で勇が来るまで無理せず時間を稼ぐようにって言ってるけど』

 

父さんの指示か、なるほどこうなることも予想済みって訳ね。

 

「なら暫くは持つだろう。すまんがやってもらいたいことがあるんだが」

『やってもらいたいことって何よ?』

「人工島の連結部に関する情報にアクセスしてもらいたい」

『連結部の何で?』

「少しばかり確認したいことがあってな」

『わかった。ちょっと待ってね』

 

浅葱がそう言うと電話越しのキーボード高速で叩く音が聞こえてきた。相変わらずのタイピングだな。

 

「なあ、勇もしかしてオッサンのいってた”至宝”ってのと関係あるのか」

 

ん?そこまでは聞いていたのか、抽象的ではあるが。

 

『至宝? 何よそれ?』

「知らん。だけど、あのオッサンはそいつを取り返す為にこの島に来たらしい」

「至宝ねぇ。あいつにはそうなのだろうが…」

「神代先輩は知っているんですか?至宝の正体を」

「ああ、それをお前達にも見てもらおうと思ってな」

「ちょっと勇!何よこれ軍事機密並みのプロテクトじゃない!」

 

浅葱が驚き呆れる。だが、その声は愉しさも混じっていた。

 

「破れるか?」

『当然!モグワイ!』

 

どうやらサポート人工知能(AI )を呼び出してプロテクトを破ったようだ。

 

『え? これって‥‥‥そんな、嘘でしょ‥‥‥』

 

パソコンに表示された情報の見て、呆然と呟く浅葱の声が聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

「そういう事かよ‥‥‥」

 

浅葱との通話を終えると、納得がいったと言ったというように古城が呟いた。

 

「勇はこのことを知っていたのか?」

「知ったのはここに来る前だがね。さてと真実を知ったお前達はどうする?」

「……」

 

意地悪く聞くと、どうしたらいいのかわからないと言った風に俯く古城。

 

「お前は止めに行くのか?」

「ああ、過去のために未来を犠牲にしてたまるか」

 

確かにこの島を造りだした連中のやり方は間違っていたのだろうし、オイスタッハのやっていることは間違いでは無いのかもしれん。

 

「たとえ俺の方が悪だと世界中から言われようが、自分の信じた道を突き進むだけだ。だからお前も後悔しない道を選べ」

 

そう言って背を向けてトルネイダーを呼ぶ出しながら公園を出ようとすると、姫柊と目が合う。

 

「…すまんが、後は頼む」

「はい」

 

押し付ける形になってしまうが、俺の意図を読み取ってくれたようで頷いてくれる姫柊。

 

「さて、行きますか」

 

トルネイダーに跨りキーンストーンゲートへ向かうのであった。

 

 

 

 

 

キーンストーンゲートに到着すると入り口部は見る影も無く破壊されており、降ろされた隔壁はこじ開けられていた。

 

『ぐああっ!ク、クライン・・・アッー!』

 

っと着信だ。

 

「父さんか、状況は?」

『目標は間もなく最下層に到達する。これ以上の足止めは無理だな』

「わかった後は俺が引き受けるから、部隊を下がらせてくれ」

『すまんな頼むぞ』

 

通話を切りこじ開けられた隔壁を走り抜けて行く。所々にアイランド・ガードの負傷者が見られるがそれ程の被害が出ていないようだ。

 

「む!見つけた!」

 

暫く走っていると最下層へ到る最後の隔壁の前に居るオイスタッハとアスタルテを発見する。

 

「む?」

「うおらぁ!!」

「バブラー!!!」

 

俺の接近に気づき振り向いたオイスタッハ。

その顔面に、勢いのままにライ○ーキックを叩き込み、隔壁をぶち破りながら最下層に突入するのであった。



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第六話

前回のあらすじ

ライ○ーキックは男のロマン

 

「俺、参上!っと」

 

オイスタッハを隔壁ごと蹴り飛ばすと人工島から伸びる4本のワイヤーケーブルの終端である最下層に到着する。

全てマシンヘッドを固定するアンカー、小さな逆ピラミッドの形をした金属製の土台。そのアンカーの中央を一本の柱が杭のように刺し貫いて固定しているのが見える。

 

「ぐっうぅ」

 

呻き声のした方を向くと、蹴り飛ばしたオイスタッハが顔面を抑えながらよろよろと立ち上がってきていた。

 

「よお、オイスタッハ。また会ったな」

「あ、アルディギアの英雄!何故生きているのです!?」

「ハッ!あの程度で仕留めたと思ってたのか?おめでたい奴だなぁオイ!」

「ならば、アスタルテ!」

 

オイスタッハが叫ぶと背後から殺気を感じたので横へ飛ぶと、俺のいた場所にアスタルテが眷獣の腕を振り下ろしていた。

 

「アスタルテ!」

「……」

 

虚ろな瞳で俺に攻撃してくるアスタルテ。これ以上眷獣の力を使えば彼女の寿命が尽きてしまう。

 

「やむを得んか。少し痛いが我慢してくれよ!」

 

正面から迫り来る虹色の拳を殴りつけて打ち返すと、アスタルテの体が吹き飛び壁に叩きつけられる。

 

「な!?」

 

その光景が信じられないと言った感じに驚愕しているオイスタッハ。

 

「馬鹿な!何故、神格振動波駆動術式(DOE)の影響であなたの力は無力化されているはず!」

「あ?あんな不完全なモンで俺とこいつ(・・)を止められるかよ」

 

そう言って腰に挿していた鞘から神代家の宝刀斬環刀(ざんかんとう)《獅子王》を抜き放つ。

 

「それが神や悪魔をも討ち滅ぼすと言われる聖剣の力だと言うのですか!?」

「ま、今は完全には使えないんだがな。ちんけな術式程度ならある程度打ち消せるんだよ」

 

不敵な笑みを浮かべながらオイスタッハへと歩み寄って行く。

 

「さあ、貴様の罪を数えな!」

「まだです!すべての信徒のためにも、この聖戦に敗れる訳にはいかないのです!」

「聖戦?クックハハハハハ!アッハッハッハッァ!!」

「何がおかしいのです!」

 

笑い出した俺に怪訝そうな表情をするオイスタッハ。何が?そんなこともわからんかこのボケは!笑いが止まらんね!

 

「聖戦?これのどこがだ?ただのテメェのわがままなだけじゃねえか!」

「我らが信徒の至宝を取り返そうという、この崇高な戦いを侮辱するのですか!?」

「信徒、信徒って言ってるがよぉ、ロタリンギアや西欧教会の人間がお前に頼んだのかよ?聖遺物を取り戻してくれってよぉなぁ!」

「ッ!?」

 

俺の問い掛けに答えることができず黙り込むオイスタッハ。

当然だロタリンギアも西欧教会も今回の件には何のアクションも出していない、つまり知らん振りしてんだからな。

 

「わかるか?お前がやってんのはただ、子供がおもちゃを取られて癇癪を起こしているのと同じなんだよぉ!なあ、古城ぉ!」

「ああ、そうだな勇」

 

俺が叫ぶと、要石によって固定されたアンカーの上から二人の影が俺の隣へと降りて来る。

 

「第四真祖!」

「気持ちは解るぜ。オッサン。絃神 千羅って男がやったことは確かに最低だ。だからって、なにも知らずにこの島に暮らす五十六万人がその復讐の為に殺されて良いのかよ? 無関係な人間を巻き込むんじゃねぇよ!」

「この街が購うべき罪の対価を思えば、その程度の犠牲、一顧だにする価値もなし」

 

古城の言葉にオイスタッハが冷酷に返答する。そこに姫柊が前に出て、オイスタッハの動きを牽制するように銀の槍を向け叫ぶ。

 

供儀(くぎ)建材の使用は、国際条約で禁止されています。ましてやそれが簒奪された聖人の遺体を使ったものであれば尚更…!」

「だから、何だと言うのです、剣巫よ?この国の裁判所にでも訴えろと?」

「現在の技術なら、人柱なんか使わなくても、人工島の連結に必要な強度の要石が作れるはずです。要石を交換して、聖遺物を返却することも…」

「貴方は、己の肉親が人々に踏みつけにされて苦しんでいる時にも、同じことが言えるのですか?」

 

オイスタッハの声から、隠しきれない怒りが滲み出る。

親の顔を知らない姫柊を挑発しているんだろう。

 

「オッサン…あんたは…!」

 

激昂した古城が、オイスタッハに詰め寄ろうとする。

だが、姫柊が左腕を伸ばして制止した。大丈夫、と言うふうに強気に微笑んでいる。

 

「最早、言葉は不要だ。こっからは一気にクライマックスだぜ!」

 

右手に持っている獅子王を肩に担ぎながら、左指でオイスタッハを指差す俺。

 

「行くぜ、オッサン。あんたに胴体をぶった斬られた借りがあるんだ。まずはそいつを返させてもらうぜ!ここから先は第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

雷光を纏った右腕を掲げて、吼える古城。

 

「いいえ、先輩。私達の聖戦(ケンカ)です!」

 

その傍らで寄り添うように銀の槍を構えて、姫柊が悪戯っぽく微笑む。

 

「いいでしょう!アスタルテ!」

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテユロス)

 

オイスタッハが叫ぶと、アスタルテが飛び出し拳を振り上げる。

 

「行くぜ!行くぜ!行くぜ!」

 

それを迎え撃つために俺が飛び出し、獅子王で拳を斬りつけると互いの魔力無効化術式がぶつかり合う。

 

「うらぁぁぁぁぁぁあああ!」

「っ!?ああ!」

 

踏み込みながら獅子王を振り抜き拳を斬り裂くと、アスタルテの表情が苦悶に歪む。

 

「悪いが、押し切らせてもらう!」

 

怯んでいる隙に連続で斬りつけ蹴り飛ばすも、直ぐに再生されてしまう。

 

「チマチマやってちゃ埒が明かんなっとぉ!」

 

四本の腕が交互に迫り来るのを掻い潜りながら接近していく。拳が横切る度に強烈な風圧が肌に叩きつけられる。まともに喰らったらアウトだな。

 

「っ!」

 

研究所で負った傷の痛みで動きを止めてしまったところに、拳を叩きつけられる。ぬかった!

 

「ぐ、おぅ…」

 

獅子王の腹で受け止めるが、押しつぶそうと力が加えられていく。堪えようと踏ん張る度に傷口が開いていく。

 

「ぬおうらぁ!」

 

咆哮と共に拳を押し返すが、その反動で傷口が完全に開いてしまう。止まるな前に出ろ!

 

「せいっ!」

 

大振りに振るわれた拳を屈んで回避すると、足払いで浮き上がらせる。

 

「どっせいやぁ!」

 

足を掴み回転しながら投げ飛ばすと、受身を取れず地面に叩きつけられるアスタルテ。追撃のため駆け出そうとすると、古城達を振り切ったオイスタッハが立ちはだかり、戦斧を振り下ろしてきたので獅子王で弾く。

 

「邪魔はさせん。させんぞぉ!」

「しつけぇな!いい加減にしろよ!」

 

数合打ち合い鍔迫り合いとなる。

 

「神代先輩伏せて下さい!」

「おう!」

 

姫柊の言う通りに伏せると、雪霞狼が頭上を通り過ぎる。

 

「ぬぅ!?」

 

咄嗟に戦斧の腹で受け止めるオイスタッハだが、勢いを殺しきれずに後ずさる。

 

「うおらぁ!」

「がぁっ!?」

 

その隙に懐に飛び込んだ古城が放った拳が、オイスタッハの頬を捉え殴り飛ばす。

 

「ぐっ!ここまで来て、終わるわけには…!」

 

戦斧を杖代わりに、ふらつきながらも立ち上がるオイスタッハ。

 

「悪いが俺も限界なんでな。そろそろ終わらすぜ」

「貴様らのような、大義も無い者共に負けるわけにはぁ!アスタルテェ!!」

 

オイスタッハの命令を受けたアスタルテが俺に向かって迫って来る。

 

「行くぜぇ!神に逢うては神を斬り!悪魔に逢うてはその悪魔をも討つ!戦いたいから戦い!潰したいから潰す!俺に大義名分などないのさ!」

 

八相の構えを取るり獅子王に霊力を流し込む。

すると柄が伸び、鍔が展開して刀身を霊力で形成された刃が包み込み、三メートル程の長さの両刃となる。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

獅子王を肩に担ぎながらアスタルテ目掛けて駆け出し、拳が振るわれるより早く斬環刀を振り下ろす。

 

「チェストォォォォォォォォォオオオ!!!」

 

眷獣のみを斬り裂くと、薔薇の指先(ロドダクテユロス)が霧状に分解され消滅していき、眷獣の鎧を失ったアスタルテがその場に倒れそうになったので受け止める。

 

「私…は…」

「もういい。休め」

 

そう声を掛けると糸が切れた人形のように意識を手放すアスタルテ。

 

「アスタルテ…ッ!?」

 

オイスタッハが、呆然としながらうめく。

あらゆる結界を破壊するアスタルテの眷獣の消滅は、要石から聖遺物を解放するというオイスタッハの野望が潰えたことを意味するのだ。

 

「終わりだオッサン…」

「降伏して下さい。これ以上の戦闘は無意味です」

 

古城と姫柊がオイスタッハへ呼びかける。

 

「ふっふふふ、ハァッーハッハッハッハァッ!!」

 

突然狂ように笑い出すオイスタッハに、困惑する古城と警戒して武器を構える姫柊。

 

「まだです!まだ終わりではありません!!」

 

そう叫ぶと呪的身体強化(フィジカルエンチャント)の効果をさらに高めていく。

 

「こうなれば我が命を引き換えとして、聖遺物を忌まわしき鎖より解き放たん!」

 

野郎ッ!特攻覚悟で要石ごと聖遺物を壊すきかよ!?

 

「まだ諦めねぇのか…。いいぜ、こっちもとことん付き合ってやるよ!」

「第四真祖ッ!呪われし化け物めがぁ!」

「化け物か。あんたみたいな奴を止められるなら、それでもいいかもな」

 

古城が覚悟を決めたように、オイスタッハ目掛けて突き出した右腕から、鮮血が吹き出る。

 

“焔光の夜伯”(カレイドブラッド)の血脈を継ぎ者、暁古城が、汝の枷を解き放つ!」

 

吹き出た鮮血が、輝く雷光へと変わり巨大な獣を形作っていく。かつて見た雷光の獅子へと。

 

“疾く在れ”(きやがれ)、五番目の眷獣、“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)!!」

 

古城の呼びかけに応えるように、“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)が雷鳴のような咆哮を上げる。

 

「こっこれが、第四真祖の眷獣だと言うのですか!?」

 

余りにも膨大な魔力の波動に、怯えたように後ずさるオイスタッハ。

 

「さあ、覚悟しなオッサン!“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)!」

 

古城が命令するより前に、“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)が前足でオイスタッハを殴りつけると、鼓膜が破れかねない程の雷鳴が響き渡った。

 

「グッグォォォォッァァァァァァァアアア!!!」

 

暴力的なまでの魔力を体に浴びて絶叫するオイスタッハ。その姿はまるで天からの罰を受ける咎人のようだった。

雷鳴が止むと“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)が霧のように消え去り、全身が黒こげとなり白目を剥いたオイスタッハが仰向けに倒れていた。

 

「やべ、やりすぎちまったか?」

 

さすがに命までは取りたくはなかったのか、冷や汗を掻く古城。

そこに姫柊がオイスタッハに近づき色々と調べている。

 

「いえ、大丈夫です先輩。気絶しているだけですから」

 

姫柊の報告を聞き、安堵の溜め息をつく古城。

 

「やれやれ。やっと終わったねぇ」

 

いかん安心したせいで眠くなってきちゃった。

 

「それで勇。その子は大丈夫なのか?」

「ああ、今は眠ってるだけだよ」

 

古城が心配そうに俺の腕の中で、憑き物が落ちたような表情で寝息を立てているアスタルテを見る。

 

「これから、どうなるんだその子は?」

「利用されていただけとは言え、無罪放免って訳にはいかんでしょうな。多分、保護観察処分って所かな?眷獣についてはまあ、心当たりがある」

「心当たり?誰だ?」

「お前も良く知ってるよ…」

「え?」

 

正直あの人とは関わり合いになりたくないんだよなぁ。マジで…。

 

「あの、先輩」

「ん?どうした姫柊?」

 

哀愁漂わせている俺に怪訝な表情をしている古城に、姫柊が遠慮がちに声を掛ける。

 

「先程、宣教師が言ったことなんですが…」

「オッサンが言ったこと?」

「お前が化け物云々のでしょ」

 

何のことだかわからない様子の古城に教えて上げる。

 

「ああ、それか実際そうだろう?死んでも生き返るし、こんな力を持ってたらよ。姫柊が監視を任されたのも頷けるよ」

「そんなことありません!」

 

声を荒げて古城の発言を否定しながら詰め寄る姫柊。

 

「ひ、姫柊さん?」

「先輩が化け物なら、倉庫街や研究所で私のことを命がけで助けたりなんかしません!どんな力を持っていても先輩は先輩です!化け物なんかじゃありません!」

「姫柊…。ありがとうな」

 

捲くし立てる姫柊に一瞬呆気に取られていたが、微笑みながら姫柊の頭を撫で始める古城。

 

「あ…」

「ってすまん!凪沙にやってた時の癖でつい!」

「い、いえ嫌じゃないです」

 

顔を赤くしながらもじもじとする姫柊に、照れた様子で頭を掻きながら目を泳がす古城。

完全に二人だけの世界に入ってるね。うん、俺完全に忘れられてるね。つーか邪魔者だよね俺。

 

「…おーい、そろそろアイランド・ガードも来るから帰った方がいいよ」

「そ、そうだな!何時までもここに居るわけにはいかないしな!」

「そ、そうですね!か、帰りましょうか!」

 

俺の存在を思い出した二人がそそくさと出口に向かって歩き出す。

だが、疲労が溜まっていたのか瓦礫に躓いた古城が、前を歩いていた姫柊に向かって倒れこむ。

 

「おわっ!」

「え?きゃぁ!?」

 

もつれるようにして倒れる二人。何やってんねん…。

 

「いてて、すまん姫柊…」

「いえ、大丈夫です…」

 

互いに無事か確認し合うと固まってしまう二人。

何故なら古城が姫柊のスカートの中に頭を突っ込んでいるからである。

 

「……」

「ちっ違う!これは事故であってだな!」

「……」

 

無言で立ち上がり雪霞狼を握り締める姫柊は、光を宿さぬ瞳で古城を見下ろしている。

 

「まッ待て!落ち着け!冷静になるんだ!」

「……」

 

尻餅をつきながら後ずさる古城に、じりじりと迫っていく姫柊の体からは殺意の波動が溢れていた。

 

「い、勇!助けてくれぇ!」

「あー傷のせいで体が動かないわぁ。助けに行きたいけど、どうしようもないなぁ」

「勇ぅぅぅぅぅぅううう!!!」

 

こっちを向いて手を伸ばしてくる古城。うらやまゲフン、ラッキースケベ野郎はもう一回死ねばいいと思うんだ。

 

「先輩」

「はっはい!」

 

絶対零度の声で姫柊に呼ばれると、正座して向き直る古城。

 

「覚悟はいいですか?」

「じ、慈悲を…」

 

絶望に染まった表情で命乞いをする古城。

それに対して姫柊は雪霞狼を振り上げながら氷のような無表情を崩して、キッと眉を吊り上げた。今にも泣き出しそうな、そのくせ怒り狂っているような顔である。

 

「先輩なんて、このまま海の底に沈んでしまえばいいんです!バカっ!!!」

 

そう叫びながら、姫柊が雪霞狼を振り下ろす。

絃神島の最深部。海面下二百二十メートルの最下層に、親友の悲鳴が響き渡ったのであった。

 

「あ、雪霞狼が折れた」

 

今までの戦闘でガタがきてたんだろう。よもやこんなことで折れるとは獅子王機関も想定外だろうなぁ。

ああ、母さん今日も世界は平和です。




次回で聖者の右腕編は終わりの予定です。


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エピローグ

前回のあらすじ

ラッキースケベ死すべし、慈悲は無い!

 

キーストーン・ゲート最下層での戦闘後、アスタルテをマグア・アタラクシア・リサーチ(MAR)と呼ばれる会社の研究所へと運んでいた。

東アジア地区を代表する巨大企業であり、世界有数の魔道産業複合体だ。ここならホムンクルス用の医療設備も整っているし、腕の立つ一応信用できる医者も居るからである。

今、俺は研究所のゲストハウスで一人の童顔で白衣を着た女性と互いに、ソファに座って対面していた。

 

 

「お久しぶりです深森さん。相変わらず自堕落な生活してますね」

「いきなりひどくなぁい?勇君…」

 

目の前で涙目になっている女性は、暁 深森(あかつき みもり)古城の母親でMAR医療部門の主任研究員である。

衣類に資料やピザの空箱が散らかっている部屋を見ればそうも言いたくなる。

 

「それよりアスタルテは?」

「それよりって…。まあ、大分無茶な調整をされていたけど体のほうはなんとかなるわ。でも、このままだと眷獣に寿命を吸い尽くされちゃうわねぇ」

「…どうにかできませんか?」

 

この人のペースに巻き込まれると面倒なので、話を推し進めていってしまおう。

 

「ん~できないことはないけど…」

「本当ですか?」

 

口元に指を当てて考え込む仕草をする深森さんに、急かすように問い掛ける俺。

 

「ようは、あの子の眷獣のエネルギー供給源を別のにしちゃえばいいのよ」

「具体的には?」

「眷獣の支配権だけを他のだれかに移しちゃうのよ、レンタルみたいなものね」

 

ゴミの山からホワイトボードを引っ張り出して、説明してくれる深森さん。

 

「なるほど。なら、その支配権を俺に移せますか?」

「本気?眷獣が何で吸血鬼にしか扱えないか知ってるでしょ?」

「確かMARでは、吸血鬼以外でも眷獣を扱えるようにする研究がされていたはずだ。最近では寿命ではなく霊力でも代用できるようになったと聞きますが?」

 

やめといた方がいいと目で訴えてくる深森さん。だからこそ、ここにアスタルテを連れてきたのだ。

 

「確かに、寿命ではなく霊力をエネルギー源にできないことは無いし、あなたの霊力の量なら十分だけど。安全は保障しないわよ?」

「かまいません。あなたたちにとっても悪い話じゃないでしょう?成功しようが失敗しようが、大した損害無くデータを得られるのだから」

「…わかったわ。君には眠り姫(・・)を黙認してもらってるしね。でも、アスタルテって子の体力が回復するまで少し待ってね」

「…わかりました」

 

眠り姫とは、現在深森さんが彼女(・・)を使って行われている計画の名である。少し前にそれで色々と揉めたが、人類の益になると言う言葉を信じて今は黙認している。

 

「じゃあこれに着替えて…」

「断る」

 

今までの研究者としての顔ではなく、無邪気な子供のような表情になる深森さん。いや本性と言っていいだろう。

何をしてくるかわかりきっているので、容赦なく切り捨てる。

 

「えー」

「『えー』じゃない、その手に持っているナース服は何ですか?」

 

彼女が持っている、看護師風のミニスカートとワンピースを睨みつける。

会うたびに俺を女装させようとしてくるから、苦手なんだよこの人。

 

「だって、そんなボロボロの服じゃ衛生面でよくないし」

「だからって女物じゃなくてもいいでしょう」

「だめ?」

「だめ」

 

何でそんな不思議そうな顔するんだよ。

 

「ちょっとぐらい着てくれてもいいじゃない。減るもんじゃないし」

「減るわ!俺の精神がゴリゴリと!」

「せっかくの素材が勿体無いだもん!それに最近、研究室に篭りっきりだから刺激が欲しいのよぉ!」

「知るかぁ!完全な自己満足じゃねぇかぁ!」

 

おもちゃをねだる様な目で見詰めてくる深森さん。だが、もうそんな手には乗らんぞ!

 

「これ以上、付き合っていられん!一時撤退する!」

 

素早く出口に向かいドアノブに手を掛けるが、何度回してもドアが開かない。

 

「電子ロックか!何時の間に!?」

「ふふふ、せっかくのチャンス逃してなるものですか!」

 

妖しく笑う深森さんの手には、リモコンのような物が握られていた。

 

「遠隔操作だと!?そうまでして俺に女装させたいか、この変態めぇ!!」

「変態?いいえ美の探求者よ!」

「意味わかんねぇよ!?」

「あなたはもっと、自分の価値を認識すべきなのよ!透き通るように白い肌!艶やかな髪!そして、すべての者を魅了するその可愛らしい顔立ち!まさに人類の至宝なのよ!!」

「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァアアア!!!」

 

まるで、布教する宣教師のように語る変態(深森さん)に背筋が凍るような感覚に襲われる。このままでは不味い!

こうなればドアをぶち破るまでよと、ドアを殴ろうとする。

 

「ッ!?」

 

力むと傷が開きそうになり、全身に激痛が走ってしまう。

 

「ついでに怪我も見てあげるから観念なさい……ぐへへ」

 

口元の涎を拭って、手をワキワキさせながら迫って来る変態(深森さん)から逃げようと後ずさるが、後ろはドアなので逃げ場が無い。

 

「や、やめろぉぉぉぉぉォォォォオオオ!!!」

 

こうして俺の黒歴史が増えるのであった…。

 

 

 

 

 

「そうか、わかった。では、手はず通りにしろ」

 

アイランド・ガード本部の本部長室に設置されている安楽椅子に腰掛けながら、部下からの報告を聞き終えた父さんが受話器を置く。

 

「終わったようだ。すべては君達のシナリオ通りかな?“静寂破り”(ペーパーノイズ)いや、 閑(しずか)君」

 

そう言いながら、視線を目の前の来客用ソファーに腰掛けている本を抱えた少女に向ける父さん。

 

「ええ、第四真祖は眷獣を一体従えることができました。ご協力を感謝します」

「何、獅子王機関の設立には(神代)の先祖も関わっていたしね。それに、こっちとしても息子のいい経験となったんでね」

 

抑制の無い声で話す少女にハッハッハッと笑いながら話す父さん。

 

「そう言えば、姫柊雪菜といったかな?古城君の監視をしている剣巫は」

「…そうですが何か?」

「いや何、その子を古城君の鈴にしたいようだが…。生真面目な者ほど、大切な人のためなら手段選ばんもんよ。俺のカミさんみたいに」

 

昔を思い出したのか、遠い目をして乾いた笑い声を出す父さん。

 

「あなたの奥方は、”破魔の力”を扱う藤原の一族の巫女でしたね」

「ああ、若い頃旅してた時に偶然出会ってね。ことあるごとに罵られたり射殺されそうになったり興奮したものだよ」

 

その時のことを思い出し、一人悦に入っている父さん。

 

「気持ち悪いですね」

「ありがとう」

 

罵られて喜んでいる父さんを、ゴミを見るような目で見ている少女。

 

「まあ、君達が思っている様にはいかないと俺は思う訳よ」

「それでも、この国を滅ぼさぬために手は尽くさねばなりません。この国に、夜の帝国(ドミニオン)の領主たる真祖が生まれることなど有史以来かつてなかったのですから」

 

淡々と告げているが、その言葉には拭いきれない重苦しさが含まれていた。

 

「ああ、そう言えば君、最近彼氏ができたそうじゃないか。確か勇と古城君の親友の基樹君だったかな?」

「…それは今、関係ありません」

 

父さんが思い出したように言うと、少女体がピクッと僅かに身じろいだ。

 

「いやいや、君も獅子王機関“三聖”の長と言っても若いんだ。恋に花咲かせるべきさ。それに若者の背中を押すのも大人の役目なんでね。困ったことがあれば、遠慮なく相談しなさい」

「あなたの体験は役に立ちそうにないんですが…」

「失敬だね、これでも一児の父になってるんだよ。とりあえず基樹君も奥手だからね、時には自分からアプローチしてみても…。ってあれ?」

 

父さんが長々と語ろうとしていたが、すでに少女の姿は部屋から消えていた。

 

「ふふ、青春だねぇ。さて、我が子もどうなるかね”志乃”」

 

微笑みながら安楽椅子の背に体を預けながら、呟く父さんであった。

 

 

 

 

 

キーストーンゲートでの戦いから数日後、MARの研究所の一室にて、一人の少女が目を覚ます。

少女の名はアスタルテ。彼女は上半身を起こし、現状を確認しようと辺りを見回すと、ここが病室であることに気がつく。

自分の身に何があったのか考えていると、不意にドアが開き入室してきた俺と目が合う。

 

「あ、目が覚めたんだねよかった」

「あなたは、アルディギアの英雄」

 

来客用のパイプ椅子に腰掛けると、俺を二つ名(不本意だが)で呼ぶアスタルテ。って名乗ってなかったな。

 

「そう言えば名乗ってなかったね。俺は神代勇って言うんだ。気軽に勇でもいいよ」

「…では、神代さん質問があるのですが」

「うん、いいよ」

 

さすがに名で呼ぶのは躊躇ったようだ。特に気にする必要もないので彼女の質問に答えることにする。

 

「ここはどこでしょう?私はどうなったのですか?」

「ここはMARの研究所で、キーストーンゲートで気を失った君を俺が運び込んだんだ。やりたいことがあってね」

「やりたいこと?」

 

俺の発言の意図がわからず、首を傾げるアスタルテ。

 

「うん、すまないけど勝手に君の眷獣の支配権を俺に移させてもらった」

「!?」

 

予想外の答えに驚愕しているようである。あんまり表情変わってないけど…。

 

「何故…」

「ん?」

「何故そこまでして、私を助けるんですか?」

 

俯きながら絞り出された声は震えていた。まるで自分を責めるように…。

 

「懺悔さ」

「懺悔?」

「そ、昔に君のように誰かの都合で生み出されて、生き方を決めつけられていた女の子がね」

「……」

 

俺の告白をアスタルテは何も言わずに聞いてくれていた。

 

「助け出すって約束したのに結局守れなかった。それどころか俺が殺したこの手でね…。だから君を助けたのは単なる自己満足さ、感謝なんかする必要はないよ」

 

自嘲するように笑っていると、不意にアスタルテが口を開いた。

 

「ありがとうございます」

「え?」

「私を救って下さりありがとうございます」

 

感謝の言葉を述べるアスタルテに困惑してしまう。何でお礼なんて言うんだよ?

 

「感謝しなくていいよ。俺は自分の…」

「それでも、あなたが私を助け出してくれたのは事実です。だから私は、あなたに感謝します」

 

頑として譲らないといったように、俺を見つめてくるアスタルテ。

 

「…変わってるね君」

「あなた程ではありません」

 

若干皮肉を込めて呆れたように言うと、すかさず言い返してくるアスタルテ。何か、お前にだけには言われたくない的な感じがするんだけど。

 

「ふふ、そうかもね」

「そうです」

 

心なしか楽しそうな様子のアスタルテ。つられるように自然と笑っていた。彼女なりに気を使ってくれたのかな?

 

「いい感じのところ、邪魔するぞ」

「うお!?」

 

背後からいきなり声を掛けられたので、思わず椅子から飛び上がってしまう。

 

「と、父さん!?何で気配消してるのさ!」

「いい雰囲気だったんでついな」

 

悪びれた様子も無くハッハッハッと豪快に笑う父さん。

 

「…で、何しに来たのさ?」

 

これ以上付き合うと疲れるので、さっさと用件を聞いてしまおう。

 

「ああ、その子那月ちゃん家で保護観察処分になってな。それを伝えにきたんだ」

「保護観察処分?」

 

父さんの言ったことがわからないようで首を傾げるアスタルテ。元々が薬物実験用に生み出されたから、刑罰については知らないんだろう。

 

「詳しいことはまた後で説明するけど、用は勇と暮らしながら世の中のことを学びなさいってことね」

「何で俺のところを強調したのさ…」

「いや何、年上の王女だけじゃなくて、年下の子にも手を出すとはやるなと思って」

「はぁ!?そんなんじゃねぇよ!ただ、放っておけなかっただけだ!」

 

実にいい笑顔で、肩に手を置いてくる父さんの手を払いながら怒鳴る。

 

「つーか、アスタルテはいいのかよそれで?」

「はい、かまいません」

 

何か考え込んでいる様子のアスタルテに聞くと即答する。いいんですか…。

 

「ご迷惑ですか?」

「いや、迷惑と言うか、これから俺色々と厄介ごとに首突っ込むから巻き込まれるかも知れないよ?」

 

第四真祖として目覚めだした古城を中心に、これから様々なことが起きるだろう。

そして、俺はそれらを見逃せないだろう。だから彼女を巻き込みたくはないんだ。

 

「でしたら、なおのこと側に置いて下さい。私の力はきっと役に立つはずですから」

「でも、やっと自由になれたんだよ?それなのに…」

「だからこそです。私を自由にしてくれたあなたに恩を返したいのです。自分の意思で」

 

そう言って俺を見上げてくるアスタルテ。相変わらず無表情だが、その目は真剣だった。

 

「…わかったよ。これからよろしくねアスタルテ」

「こちらこそ、よろしくお願いします我が主(マイ・マスター)

「あの、その呼び方はやめて頂けませんかね?」

 

他の人に聞かれた日には、確実にあらぬ誤解をされてしまう。下手すれば通報されかねん、それだけは避けなければならない。

 

「では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「いや、普通に勇でいいよ。もう、家族なんだからさ」

「家族…」

 

家族と言う言葉を噛み締めるようにして呟くアスタルテ。自分の気持ちをどう表現したらいいのかわからないといった感じだ。

 

「うん、同じ屋根の下で暮らすんだからさ、これからは家族さ」

「わかりました。よろしくお願いします勇さん」

 

そう言ってほんの少しだけど彼女は笑っていた。

今回俺がしたことは正しかったのかわからない。けど、それでもこの笑みをみることができたのだから、無駄ではなかったのだろう。

 

「そう言えばお前、後輩にも手を出してるって噂があるんだがどうなん?」

「うるせぇ!帰れよもう!」

 

余計なことを言う父さんに殴り掛かるが、あっさりといなされてしまう。

 

「チッ!避けんな!」

「フハハハハハ!まだまだ甘いなぁ息子よ!」

 

何度も殴ろうとするが、すべて避けられてしまう。

その後、暴れていたら深森さんに親子揃って締め出されるのであった…。

 

 

 

 

 

勇が親子喧嘩している頃、絃神島に近づきつつある1隻の豪華客船があった。

その豪華客船の甲板から、絃神島を眺めている金髪碧眼の青年がいた。

 

「ようやく着いたか。ああ、君との再会が待ち遠しいよ”僕の愛しの勇”」

 

まるで離れ離れとなっていた恋人に会えるかのように、両手を広げ歓喜の笑みを浮かべる青年だった。

 

「!?」

「どした、勇?」

 

急に青ざめた息子に、心配そうに声を掛ける勇太郎。

 

「な、何かものすげー悪寒が…」

「風邪か?早く帰って休みなさい」

「生まれてこのかた、風邪なんかひいたことないけどそうするよ…」

 

既に新たな騒動の種は迫っていたのだった。



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戦王の使者
プロローグ


UA10000突破本当にありがとうございます!これからも頑張っていきます!


前回のあらすじ

やめろシ○ッカーァァァァァァァアアア!!!

 

「はぁ…。だりぃ~」

 

良い子は眠る頃合となる夜間に俺は、港湾近くにある古い倉庫街にいた。

何でも、黒死皇派と呼ばれる獣人のテログループがここで武器の取引をするとのことで、那月ちゃんに連れてこられたのだ。

それで、アイランド・ガードが取引現場である倉庫を強襲したが、幹部クラスの一人を逃がしてしまったので俺の出番となった訳である。

 

「別に、俺がいなくてもいいと思うんだがどうかね?」

「いや、どうって言われても…」

 

目の前の猫型獣人の男に問い掛けると困惑しているようだ。

 

「たっくさ、この前の件で俺頑張ったんだよ。割とマジで死に掛けたんだよ。少しくらい学校休んでもいい?って聞いたら鎖で縛られてベランダに一晩吊るされたよ。それで遊びに来た父さんが羨ましいって言ってたんだよ、気持ち悪いね仕方ないね。つーか眠い帰っていい?」

「うるせぇ!?いきなり現れて、何長々と愚痴ってるんだよ!何なんだよお前は、何しに来たんだよ!?」

「えーと、何だっけ?」

「知るかぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

額に血管を浮かび上がらせながら力の限り叫んで、ぜぇぜぇっと肩で息している男。

 

「いいツッコミだな、気に入った」

「貴様ッ!ふざけているのか!」

 

真面目に言ったら、威嚇するように唸る男。ぶっちゃけ怖くはないが。

 

「いやだって、こんな小物相手じゃやる気起きんよ」

「このガキが!俺を舐めるんじゃねぇ!」

 

殺気を漲らせながら、鋭く尖った爪で切り裂こうと襲い掛かって来た。

 

「うらぁ!」

 

振り下ろされた腕を弾き、腹部に蹴りを放つと、軽々と吹き飛んでボールのように転がっていった。

 

「ぐっがぁ…」

「ほう、思ったより根性があるじゃねえか」

 

加減無く打ち込んだのだが、よろよろと立ち上がる男。少し見誤ったようだ。

 

「俺もまだまだだなぁ」

「この糞ガキが!これを見ろ!」

 

頭を掻きながら止めを刺そうと歩み寄っていくと、懐からリモコンらしき物を取り出し、見せつけてきた。

 

「それ以上近づいたら、アイランド・ガードの連中が居る倉庫を吹きぶべらぁ!?」

「ならその前に潰すだけだ」

 

竹刀袋に包まれたままの獅子王を男に投げつけると、狙い通り顔面に突き刺さり、その衝撃でリモコンを手放し仰向けに倒れる男。

 

「よっと」

 

空中を舞うリモコンを掴み、男へ歩み寄り獅子王を拾い上げる。

 

「終わったか」

 

今まで誰もいなはずの背後から声を掛けられるも、舌足らずな口調が誰なのか知っているので驚く必要は無い。

 

「ああ、そっちは那月ちゃん?」

「ちゃんはやめろ。こっちは既に終わっているよ、後はその男をアイランド・ガードに引き渡すだけだ」

 

何時もの決まり文句を言いながら、俺の足元でのびている男を見下ろす那月ちゃん。

 

「にしても”戦王領域”のテロリストがこんな極東の島に何しにきたのかねぇ」

「さぁな。そこらへんの尋問はアイランド・ガードの連中に任せるさ」

「何ぁんかやな予感がすんだよねぇ。オイスタッハの時みたいにさ」

 

そう言や、あいつ捕まって直ぐにロタンギアにリリースされたんだっけか。まあ、口封じなんだろうけど。

 

「確か聖遺物って返還されるんだっけ?」

「ああ、とは言っても変わりの物に代えるには、島に居る者を退避させないとならんから、数年はかかるだろうがな」

 

事件が終わって直ぐに聖遺物関連を公表し、対応策を提示したのもあってか思ったよりは、波風は立たなかったらしい。

 

「ま、そこらへんは父さんらに任せるさ」

 

この前遊びに来た時に「いやー、聖遺物を返すいい機会になったわ。人工島管理公社も重い腰を上げたしねぇ」とか言ってたし。

 

「そうだな。さて、そろそろ帰るぞ。明日の授業の準備をせねばならんからな」

「あーい」

 

那月ちゃんが扇子を横に軽く振るうと、空間制御の魔術が発動し、俺達の姿がかき消えるのだった。

 



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第一話

お気に入りが100件突破しました!
こんな拙い小説を本当にありがとうございます!


前回のあらすじ

いいツッコミだな、気に入った。

 

黒死皇派のテロリストをしばいた翌日。

俺は現在、学校に通うために古城達と合流するため、モノレールに乗っているけど…。

 

「プッククックククッ」

「いいかげんにニヤけるのをやめろよお前は…」

 

俺の目の前で古城がうんざりしたように溜め息を吐いていた。

 

「いや…だって…妹の部屋に…ノックせずに…入ったら…姫柊の着替えを…覗くって…お前ラッキースケベにも程が…ギャハハハハハハハァ!!」

 

もう、無理堪えらんねぇ!腹痛ぇ!

 

「そんなマンガみたいな展開、あるのかよ!プクククク!!」

「笑い過ぎだろ!いくらなんでも!」

 

モノレール内で腹を抱えているのに、さすがに機嫌を悪くしたようである。

 

「そうです笑いごとじゃありません。神代先輩」

 

被害に会った姫柊としても、堪ったものではないのだろう。冷ややかな視線を向けてくる。

 

「ごめん、ごめん。悪かったよ」

 

必死に笑いを堪えながら謝ると、呆れが混ざった溜め息を吐かれたでござる。

 

「姫柊その、悪かったな。覗くつもりはなかったんだ」

「いえ……その事は、もう怒っていませんから」

 

ちなみに、古城が覗いた際に顔面に思いきり蹴りを入れられ鼻を折られたそうだ。

姫柊もやり過ぎたと自覚してるらしく、羞恥と諦めがない交ぜの口調で許すようだ。

 

「駄目だよ、雪菜ちゃん。この変態君をそう簡単に許したら!」

 

そんな和解ムードをぶち壊したのは、古城の妹の凪沙である。

姫柊を庇うように割り込み怒りを露な様子で古城を見上げていらっしゃる。

 

「もう信じられない。ホントあり得ない。だいたいあれのどこが事故なのよ、ノックもしないで女の子の部屋に入ってくるなんて。そうでしょいさむん」

「んーまぁそうだねぇ。家族であっても部屋に入る時にはノックはすべきだねぇ」

 

猛烈な勢いで捲くし立てる凪沙。確かに異性である以上それくらいの配慮はすべきだな。

 

「つーか、なんで朝っぱらから姫柊が凪沙の部屋にいたん?」

「球技大会で使うチア衣装の採寸と仮縫いをしてたんだ」

「ん?何で姫柊がチア衣装を着んねん?」

 

チア部の凪沙ならともかく、姫柊が着る必要はないのでは?

 

「その、どうしても断り切れなくて…」

「クラスの男子全員が、土下座して雪菜ちゃんに頼んだの。姫がチアの衣装で応援してくれるなら家臣一同なんでもする、死に物狂いで優勝目指して頑張るって」

 

重苦しげに深々と溜め息を吐く姫柊と、対象的に明るい声で笑う凪沙。

 

「男子全員、土下座?」

 

古城は、凪沙の説明に唖然とし、姫柊はますます困ったような顔で目を伏せる。

姫と言うのは姫柊のあだ名か。上手いことを言ったもんだ。

 

「普通ならそんなのドン引きなんだけど、何しろほら、相手が雪菜ちゃんだし、男子がそう言いたくなる気持ちもわかるから、女子(あたし達)も協力しようって話になったんだ」

 

何故か偉そうに胸を張る凪沙。古城も大体の事情は把握したようだ。

 

「そう言えば、いさむんは今年も実況をするの?」

「ああ、そうだよ」

「実況?競技には参加しないんですか?」

 

姫柊が不思議そうに首を傾げている。そういや彼女は知らないっけか。

 

「獣人を殴り飛ばす奴がいたら、おもしろくないでしょうよ。バランスブレイカーもいいところだからね。だから実況で盛り上げ役に徹するのよ」

「な、なるほど」

 

どうやら納得してくれたようだ。哀れみの目で俺を見ているが…。

 

「ん?あれは」

 

ふとモノレールの社窓から見えた絃神港に、無駄に豪華な船が停泊しているのが見えた。

 

「どうした勇?」

「いや今、港に見慣れない船があったんでな」

「えー何?あ、あれ?うわーすごいね!」

 

俺の言葉に古城達も港の方に視線を向け、凪沙が車窓に張り付きながらはしゃいでいる。

 

「どっかのお偉いさんが来てんじゃねえか?絃神島(ここ)は”魔族特区”だしな」

「そうだろうが、姫柊は何か聞いているか?」

「いいえ、獅子王機関からは何も。何か気になることでも?」

「んー何か最近、身の危険を感じるんだよね…」

 

何か、纏わりつくような気持ち悪さを感じてるんだよね。よく寝付けないしさ。

 

「命を狙われているのかお前?」

「そうとも言うような、言わないような」

「どっちなんですか?」

「俺もよくわかんないんだよねぇ。いや、まさかね」

 

あいつ(・・)がいるわけが無い。うん、そうだ。そうだよね。

 

「大丈夫か?顔色が悪いぞお前」

「大丈夫だ。問題ない」

「何故かそう聞くと不安になるんですが…」

 

姫柊が物凄い不安そうな顔をしているが、心配症だねぇ。っとちょうど目的の駅に着いたようだ。

 

「ほら、駅に着いたし行こう」

「凪沙!置いて行くぞ!」

「わわ!皆まってよぉ!」

 

今だに車窓に張り付いている凪沙を古城が呼びかけると、ハッとしたように慌てて追いかけて来るのであった。

 

 

 

 

 

校門で姫柊と凪沙と別れ教室へ向かうと、異様な光景が俺を出迎えてくれた。

 

「何やってんの、君達?」

 

何故か古城と基樹を除くクラスメートの男子が土下座をしていたのだから…。

 

「お願いします!勇様!どうか今度の球技大会にこのチア衣装をげぁ!?」

 

先頭にいた松田という名の男子がチア衣装を掲げながら、下らないことをほざいたので頭を踏みつけてやった。

 

「ん?今何て言ったのかな?よく聞こえなかったんだけど」

「ああ!もっと強くお願いします!」

 

ぐりぐりと頭を踏みつけていると、歓喜の声を上げる松田。

 

「くっ松田の奴、何て羨ましい!」

「どうか俺もお願いします!」

「やらねーよ」

 

何人かの男子が頭を差し出してくるが、それを冷めた目で見下す。

 

「あら、おはよう勇君」

「おはよう委員長。この状況の説明を求める」

 

混沌としているクラスの中、何時も通り挨拶してきてくれたのは築島 倫(つきしま りん)俺のクラスの学級委員である。

 

「ほら、最近中等部に転校生が来たじゃない」

「ああ、そうだな」

 

姫柊のことかってまさか…。

 

「姫柊がチア服着るから、俺にも着せようって腐った考えに到った訳かこいつらは」

「話が早いわね。その通りよ」

 

俺の推測を肯定してくれる委員長。その表情には若干の呆れが混じっていた。

 

「そう言うわけなんで、よろしくお願いしまふぶぅ!?」

「何がよろしくだボケ。着るわけねえだろうが」

 

再び松田がほざいたので踏みつけて黙らせる。

 

「たっく、どいつもこいつもことある毎に女装させようとしてくるんだよ!」

「そりゃ、中等部じゃ女子人気ランキング三年連続1位だし、高等部でも独占間違い無しって言われてるしね。女子でも期待している人が多くいるしね」

 

委員長の言葉にクラスの女子が頷いている。

 

「そこがおかしいだろ!何で男子の俺が入ってるんだよ!?」

「全校生徒からの要望があったからね」

 

俺の必死の問い掛けに冷静に返してくる委員長。相変わらずのクールビューティぶりだな。

 

「くっなぁ暁に矢瀬、お前達からも頼んでくれよ親友なんだろ!」

「えっやだよめんどくせぇ」

「俺も死にたくねえし」

 

男子達が我関せずを決めていた古城と基樹に助けを求めるが、冷たくあしらっていた。

 

「コーホー、いい判断だ、コーホー」

「ほら、何か暗黒面に落ちかけてるし」

「この前、女装させられてからそのネタでからかえねえし」

『何、だと…!!』

 

基樹の言葉に衝撃を受けている男子共。つーか待て。

 

「何で知ってるんだ基樹?」

「え、いや風の噂で…」

「そうかそうか、盗聴していた訳か」

「いだだだだだ!肩!肩が砕ける!」

 

基樹の肩を掴み上げると悲鳴を上げて逃げようとするが、逃がす訳がない。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」

「ギャァァァァァァァァァァアアア!!!」

「や、矢瀬ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」

「勇×基樹キタ!ネタがキタァァァァァァァァァアアア!!」

「ちょ、お倫!何であたしと古城が、ダブルスでバトミントンに出なきゃなんないのよ!?」

「いいじゃない浅葱。折角の機会なんだから活用しなきゃ」

「な、何をよーーー!!」

「直ぐに女装させた人物を特定しろ!そして写真に収めていたら、いくらはたいても構わん入手しろ!」

『サァー!イエッサァー!!』

 

「何をしているんだ。お前達は…」

 

余りのクラスのカオスぶりに、担任の那月ちゃんは激しい頭痛と眩暈に襲われたそうである。



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第二話

前回のあらすじ

コーホー

 

騒々しい朝が過ぎ去り日が落ち始めた頃、俺は那月ちゃんに連れられてある研究施設の前にいた。

 

「ここに黒死皇派の賛同者(シンパ)がいる訳?」

「ああ、そうだ」

 

俺の問い掛けに、何時もの日傘を差しドレスをなびかせながら答える那月ちゃん。

 

「南宮教官準備はよろしいですか?」

 

一緒にいた黒い背広を着た二人組みの男の一人が、こちらに確認を取ってくる。

彼らは特区警察局攻魔部。国際魔導犯罪を担当する国家攻魔官である。

 

「こちらは何時でも構わんぞ」

「わかりました。勇君にアスタルテ君もよろしく頼む」

「了解。いいねアスタルテ」

「はい」

 

俺の後ろに控えているアスタルテに確認すると、簡潔に答えてくる。

彼女が我が家にやって来てそれなりに経つが、今だ眷獣の影響もあり感情の起伏は薄いが、初めて会った時よりは変わってきていると俺は思う。

 

「勇さんは後ろにいて下さい。あなたが暴れると余計な被害が出ますので」

「…了解」

 

うん、元気になってくれて俺は嬉しいよ…。

俺の前に出て歩き出すアスタルテに続いてトボトボと着いて行く。

 

「にしてもこうゆう時にも、その服はどうなのよ」

「?何か問題でも」

 

現在彼女が着ているのは、露出度が高いエプロンドレスのメイド服である。

那月ちゃんが「家に住むならこれを着ろ」と着せているのである。

 

「選んだのはあなたですが?」

「選んだつーか、選ばされたんだけど…」

 

複数ある種類から好きなのを選んで欲しいと頼まれたので、仕方なく今着ているのを選んだんだ。どれも露出度が高かったので仕方なくである。

 

「任務の遂行には支障ありません」

「まあ、ならいいけど」

 

本人がいいなら、構わんが。いままでも問題無かったし。

 

「お前達、そっちに行ったぞ」

「ん?」

 

先行していた那月ちゃんに呼びかけられたので、前を向くと一人の人狼がこちらへ向かって来ていた。

 

「どけぇ!ガキ共!」

 

人狼が進路を塞いでいる俺達を排除しようと、襲い掛かって来たので迎え撃とうとすると、アスタルテが手で俺を制しながら前へ出た。

 

薔薇の指先(ロドダクテユロス)

 

アスタルテが呟くと背中から虹色の翼が生え出す。撒き散らされた衝撃が、研究室内の大気を歪め人狼の動きを止める。

 

「ぐぁっ!?

 

そして、翼が巨大な腕へと変わり人狼を押さえつけた。何とか抜け出そうともがくが、眷獣の力には叶わず完全に押さえつけられている。

 

「け…眷獣だと!?馬鹿な…どうしてホムンクルスが眷獣を…!?」

 

驚愕しながら、人狼がうわごとのように弱々しくうめく。

無理も無い本来眷獣は、吸血鬼以外には扱えないのが常識だからな。

 

「お前が、槙村 洋介(まきむら ようすけ)だな観念しな。ネタは上がってんだからよ」

「糞っ!人間がこんな化け物まで作り出していたか!」

「失敬だな。人様の迷惑を考えないお前らより、遥かに人間だよ彼女は」

 

下手に暴れられても面倒なので、顔面に軽く蹴りを入れて意識を刈り取る。

 

「済まない勇君にアスタルテ君、助かった」

 

攻魔部の男性が、槙村の首に獣人化を阻止する対魔族用の拘束具を嵌める。

 

「いえいえ、アスタルテもお疲れ様」

「いえ、それにありがとうございます」

「ん?何が?」

 

不意に何故かお礼を言われたでござる。

 

「私のことを人間と言ってくれたことです」

「え、当たり前のことを言っただけなんですが?」

「躊躇い無くそう言える人は限られています」

「そうかねぇ」

 

まあ、アスタルテが喜んでるからいいか。

 

「お前達、イチャつくのはそれくらいにしておけ。浮気していると、アルディギア王国の王女に呪い殺されるぞ」

「さらっと怖いことをいわないでよ。それにイチャついて無いし、彼女とはその、そう言う関係じゃ…」

「ああ、そうだな。相手の気持ちに応えるのが怖くて逃げ出したヘタレだからなお前は」

「グフッ…!」

 

女の敵を見るような目で吐き捨てられた言葉に、崩れ落ち両手を地につく俺。

 

「いや、あれはですね。一度ゆっくりお互いに考える時間が必要だと考えましてね。若さゆえの過ちを犯さぬためにもね」

「ようは、お前の心の準備が出来たいなかったんだろうヘタレ」

 

轟沈したお。

 

「そうですか、私は遊びなんですね。都合がいい女なんですね」

「どこでそんな言葉を覚えた!?いや、違うつーかなんて言うかねごめんなさい!!」

 

無表情で俺を見下ろしながら、昼ドラに出てくる女優のようなことを言ってくるアスタルテ。そういえば熱心に見てたっけね、休みの日とか。

 

「冗談です。手に入らぬなら奪い取るまでです」

「どこからどこまでが冗談ですか!?」

 

淡々と告げている筈なのに、楽しそうに聞こえてくる不思議!

 

「で、那月ちゃんは何を見てるのさ」

 

強引話題を変えねば俺が死ぬ!精神的に!

 

「逃げたな」

「逃げましたね」

「わー写真がいっぱいだぁ」

 

二人の言葉を受け流しながら。槙村が使用していたたデスクを見ると、そこには複数の写真が散らばっており、何やら古い石板が写っていた。

 

「こいつが黒死皇派の連中が西域から持ち込んだもんか、現物(オリジナル)は?」

「対象確認不能。既に持ち出されたものと思われます」

 

アスタルテが部屋の隅に置かれた空っぽの金属製の輸送ケースを指さす。

呪術的処理が重ねられた特殊な物だが、その封じは破られており。もう、持ち出された後らしい。

 

「出遅れた、と言う訳か」

 

不機嫌な声で自問しながら、那月ちゃんが部屋に設置されているモニタに映し出された映像を見上げた。

 

「にしても”ナラクヴェーラ”ねぇ。大層な物を持ってきてくれたもんだよ」

「!?勇、お前その字が読めるのか?」

 

写真に写し出されている文字を口に出してみると、那月ちゃんが驚愕したような表情をしていた。

 

「全部じゃないけど。那月ちゃんは読めないの?」

「ああ、アスタルテお前はどうだ?」

解読不能(ノットレヂャブル)

 

那月ちゃんがアスタルテに問い掛けると、首を横に振る。

 

「俺にしか読めないってことは、もしかして”天部”関係か?」

 

”天部”俺の先祖や第四真祖を生み出した太古の昔の文明。現代より高度な科学力を持っていたと言われる亜神種族だ。

 

「こりゃ、楽に済みそうにないねぇ」

 

どちらにせよ立ち塞がるなら潰すだけだ。

 

『ぐああっ!ク、クライン・・・アッー!』

 

「ん?電話か」

「相変わらずその着信か…」

 

俺のスマフォの着信音を聞いて、呆れたような表情をする那月ちゃんを尻目に、ディスプレイを確認すると父さんからだった。

 

「どしたの父さん」

『ああ、お前に会ってもらいたい人物がいるんだ」

「えらく急だね。誰なの?」

 

父さんにしてはえらく躊躇っているな。そして無性に嫌な予感がするんだけど。

 

「ディミトリエ・ヴァトラーだ」

 

バギンッ

 

その名を聞いた瞬間、持っていたスマフォを握り潰してしまったよ。

 

「ごめん、那月ちゃんスマフォ貸して」

「あ、ああ。潰すなよ」

「大丈夫、大丈夫。気をつけるから」

 

仕方ないので、那月ちゃんのを使わせてもらおうとすると、怯えたようにスマフォを差し出してくる。

 

「どうしたのさ?そんなに怯えて」

「い、いや何でも無い。スマフォは家のテーブルにでも置いておいてくれ」

 

まるで逃げるように空間魔術で姿を消してしまう那月ちゃん。どうしたんだろうね?

 

「?アスタルテ顔色悪いよ大丈夫?」

「も、問題ありません」

 

アスタルテも怯えたように、俺から離れた壁に背を張り付くように立っていた。

 

「そう?なら、いいんだけど」

 

スマフォを操作して父さんに電話しなおすと、ワンコールもせずに出てくれた。

 

『い、勇か?突然通話が切れたからビックリしたぞ』

「ごめんごめん。スマフォを握り潰しちゃってさ」

『あ、あれゾウに踏まれても平気なはずなんだけどな…』

「おかしいね、何でだろう?」

『(こえー!マジこえー!声が冷えきってるよ!!)』

 

父さんの声が震えてるけど、皆してどうしたのかな?

 

「で、さっきの話だけど、それはアイツをぶっ殺してもいいってことだよね?」

『違う!そうじゃない、落ち着け!』

「え、違うの?じゃあどうしてアイツに会わなきゃいけないのかな?」

 

それ以外の用事なんて無いはずだよねぇ。

 

『え、えっとだな、ディミトリエ・ヴァトラーがここ(絃神島)に来ていてだな…』

「そっかぁ。じゃあ三枚に卸しに行かなきゃねぇ」

『待て待て待て!早まるな!話をちゃんと聞きなさい!つーか声が怖い!マジ怖い!ドスが効き過ぎだから!!』

 

必死の声音で止めてくる父さん。何時も通りに話してる筈なんだけどおかしいね。

 

『いいか!奴が黒死皇派に関する有力な情報を持っているらしい!それで、今夜奴が開くパーティで聞き出してくれ、いや下さい!お願いします!』

 

泣き叫ぶように早口で捲し上げる父さん。そんなに怖がらないでよ傷つくなぁ。

 

「チッ!仕方がない。情報を聞き出したら、さっさと帰っていいよね?」

『あ、ああ。もちろんだ』

「つーか、俺パーティ用の衣装なんて持ってないんだけど。ジャージでいい?」

『昔の俺じゃないんだから駄目だ。衣装は那月ちゃん家に送ってあるから、それを着なさい』

 

正装とか固っ苦しいのは苦手なんだけどなぁ。そういえば父さん昔、ジャージでパーティに出ようとして母さんにしばかれたんだっけ?

 

『ああ、それと異性のパートナーを連れていけよ』

「そう言われてもねぇ」

 

独り身なんですけど俺。

 

『那月ちゃんか、アスタルテちゃんに頼みなさい。駄目ならこっちで用意するから』

「うーん、那月ちゃんは仕事があるだろうし。ねぇアスタルテ」

「は、はい!」

 

アスタルテを呼ぶと、ビシッ!と姿勢を正す。怯えすぎだって…。

 

「俺、今夜パーティーに出るんだけどさ、一緒に来てくれない?」

「パーティーですか?」

 

俺の問い掛けに少し迷った様子のアスタルテ。

 

「無理には言わないけど、嫌なら断っていいから」

「いえ、嫌ではありません。ですが私が行ってもよろしいのでしょうか?」

 

どうやら自分がホムンクルスであることを気にしているようだ。

 

「大丈夫だよ傍から見ればわからないし、気にしない気にしない」

「では、命令受諾(アクセプト)

 

嬉しそうに頷くアスタルテ。彼女にもいい経験になるだろうしね。

 

『決まったな。では、彼女の衣装も送っておこう。後、時間がきたら迎えがくるそうだから、よろしく頼むぞ。くれぐれも暴れんでくれよ』

「了解。一応頑張ってみるよ」

 

そう言って通話を切る。あー面倒なことになったな…。

 

「じゃ、一旦家に帰るよアスタルテ」

「はい」

 

これから起こる面倒ごと(パーティー)の準備のために、アスタルテを連れて帰宅するのであった。



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第三話

アニメ終わってしまいましたね。
戦闘シーンが物足りなったですが、楽しめました。
二期やらないかなぁ。


前回のあらすじ

メイド服って萌えるよね

 

「んーと、ここをこうして…こうか」

 

自宅に帰ると、衣装が届いていたのだがスーツなんて着たことないので悪戦苦闘である。

なんか衣装と一緒に、『(お前)でもわかるスーツの着方』なんて書物が入っていた。父さんの字で…。

 

「そういうことやってるから仕事が片づかないんだよ…。うし、こんなもんかな?」

 

鏡で確認してみるが、正直よくわかんらんでござる。

 

コン、コン

 

「勇さん、入ってもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ」

 

鏡と睨めっこしていると、別室で着替えていたアスタルテの準備も終わったようだ。

 

「お待たせしました」

「いや、俺も今終わったところだよ。にしても…」

 

入室してきた彼女のドレスを見てみる。

色は髪と同じ藍色で、普段着ているメイド服と同じように肩と背中が露出しているワンピースだった。

 

「へ、変でしょうか?」

「ん?よく似合ってるし、可愛いよ」

「あ、ありがとうございます」

 

不安そうに尋ねてきたので、思った通りの感想を述べると、頬を少し赤く染め俯きながらお礼を言うアスタルテ。

 

「んじゃまぁ、行きますかねぇ」

「あ、勇さんお待ち下さい」

 

準備も出来たので玄関に向かおうとすると、アスタルテが何かに気がついたようで呼び止めてきた。

 

「どしたの?」

「すいません。ネクタイが曲がっていたので」

 

そう言うと俺の目の前まで移動して、ネクタイのズレを直してくれる。

 

「ありがとうね」

「いえ、お役に立てて嬉しいです」

 

本当に嬉しそうにだなぁ。って言ってもそれに甘えてもいかんが。

 

「っともう時間がないや、行こうアスタルテ」

「はい」

 

時計を見ると、迎えが来ると言う時間になろうとしていたので、少し急いで家を出るのであった。

 

 

 

 

 

マンションを出ると、玄関前に黒塗りのベンツが停まっており、チャイナドレス風の衣装を着た俺と同年代と見られる小女が出迎えてくれた。

 

「神代 勇様ですね。獅子王機関、”舞威媛(まいひめ)”煌坂 紗矢華と申します」

「神代 勇です。よろしくお願いします」

 

煌坂と名乗った少女が、丁寧にお辞儀してながら名乗りを上げたので、同じようにお辞儀しながら名乗った。

 

「そう畏まらないで下さい。あなたは主賓なんですから」

「い、いやぁこういうの慣れてなくてあはは…」

 

一応習ってはいるんだけど、実践したことが殆どないんだよね。

 

「そちらにいる方が、ご同伴される方ですね?」

「はい、アスタルテです」

 

煌坂さんが、俺の隣にいるアスタルテの方視線を移しながら確認すると、軽く会釈しながら答えるアスタルテ。

 

「承知しました。では、参りましょうか」

 

そう言うと、煌坂さんがベンツの後部ドアを開けてくれる。

俺とアスタルテが乗り込むと最後には彼女も乗り、ドアが閉められゆっくりと車が走り出す。

 

「にしてもベンツとは、蛇がいらん気を使いおって」

「アルデアル公は、貴方にお会いになるのを、とても楽しみにされておりましたから」

「さいですか…」

 

思わずしかめっ面になってしまう。蛇めこっちは微塵も会いたくねぇつーの。

 

「あの、一つお聞きしたいことがあるのですが」

「ええ、いいですよ」

「アルデアル公とは、どのようにしてお知り合いになられたので?」

 

煌坂さんが、気になってしょうがないといった口調で尋ねてきた。

ただの攻魔官が、夜の帝国 (ドミニオン)の貴族と知り合うことなんてまず無いしな。

 

「ああ、今年の春にここ(絃神島)で起きた事件で知りあったんですよ」

「今年の春にですか?」

 

考え込むような仕草をする煌坂さん、思い当たる事件が無いか考えているのだろう。

 

「公にはなってないですし、獅子王機関でも知ってるのは”三聖”位のもんでしょうね」

「そんな事件が…」

 

煌坂さんが息を呑む。自分の所属する組織のトップの名前も出てくれば無理もないな。

 

「で、その事件で殺し合ったんですよ。経緯は省かせてもらいますけど」

「え?」

 

俺の回答に目を丸くする煌坂さん。自分でもどうしてそうなったんだよと思うよ。

 

「それで、何か気に入られたみたいで暫く付き纏われましてね…。ははっ」

「それは、大変でしたね…」

 

乾いた笑いを出す俺に、同情の眼差しを向けてくる煌坂さん。彼女もアイツの監視に苦労しているようだ。

 

「まあ、この話はもういいでしょう。獅子王機関って言えば最近、学校の後輩に剣巫の子がいるんですけど」

「!それって、もしかして姫柊 雪菜って言いませんか!?」

 

身を乗り出すように尋ねてくる煌坂さん。

 

「あ、ああ。知り合いなの姫柊とは」

「ええ!高神の杜(たかがみのもり)ではルームメイトでね!それはもう天使のような可愛さで…!」

「すげぇ嬉しそうだなぁ。つーか素が出てるがな…」

「おもしろい人ですね」

 

とても幸せそうに姫柊の自慢話をする煌坂さんを、暖かい目で見守る俺とアスタルテ。

その後、目的地まで延々と姫柊との思い出を語り続ける煌坂さんであった。

 

 

 

 

 

車が停車し降りると、眼前に海と馬鹿でかい船が目についた。ここは絃神港か。

 

「この船、朝モノレールから見えてたのだな」

「”洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)”。アルデアル公が所有する船よ」

「趣味悪い名前だなぁ。アイツと一緒に沈んじまえばいいのに」

「不吉なこといわないでよ…。色々と外交問題とかになるから」

 

目の前の船を眺めながら本音を呟くと、隣に立っていた煌坂が半目で睨みつけられたでござる。

え、タメ口になってるって?姫柊について話していたら仲良くなったんだな。

 

「何度も言うけど絶対に問題は起こさないでよね。あなたには特に注意するようにって言われてるんだから」

「失敬な。俺は獅子王機関に目をつけられるようなことはしてないぞ。ちょっと三聖の長に喧嘩吹っかけたことならあるけど」

「滅茶苦茶あるじゃない!そんなことしたのあんた!?よく生きてたわね!?」

 

信じられない物を見るような目で俺を見てくる煌坂。うん、確かに死に掛けたね。

 

「俺は気に入らないことがあれば容赦なく潰すし、それを邪魔する奴には噛み付くだけだ」

「獅子王機関が何であんたを警戒しているか、わかった気がするわ…」

 

呆れたような顔をしながら納得した様子の煌坂。俺をそんな哀れんだ目で見るんじゃない。

 

「今回は情報を聞き出すだけだから大丈夫さ。ついでに美味いもんでも食ってくけど」

「本当かしら」

「そんな怪しまないでよ。傷つくから」

 

物凄く疑わしい者を見るような目つきをしないで頂きたい。俺のハートはガラスなんだから。

 

「つーか、そろそろパーティ始まらない?」

「そうね。行きましょう」

 

煌坂の先導に着いて行こうとするが、アスタルテが立ち尽くしたままであった。

 

「どうしたのアスタルテ?」

「この胸に燻る(くすぶ)どす黒い感情。これが”嫉妬”ですか」

「まさかのジェラシー!?」

 

ふふふっと背後からどす黒いオーラを放って、無表情で笑うアスタルテ。怖っ!?

 

「他の女の人と話すくらいいいじゃん!」

「わかってはいても抑えられないんです。ふふ」

「笑い方が可笑しいよアスタルテ!」

 

あかん!この子ヤンデレか!?刺されるの?あなたを殺して私も的なことになっちゃうの!?

 

「いかんぞアスタルテ!この作品のヤンデレ枠は原作メインヒロインだぞ!」

「メタはアウトです。勇さん」

「何してるの!早く来なさい!」

 

もたもたしてたら怒られたでござる。

 

 

 

 

受付を済ませ船内に入ると、テレビなんかで見たことがある顔ぶれが見えた。

 

「さすが、大物さんがわんさかだねぇ」

「そりゃぁ夜の帝国 (ドミニオン)の貴族が堂々と乗り込んできたからね。日本政府も大慌てよ」

 

吸血鬼それも”古き世代”ともなると、一人で小国並みの軍事力を持ってるも同然だからな。ましてや真祖に最も近いと言われる蛇だ、政治家さんのストレスもマッハだろうな。

 

「つーか、浮いてるよね俺達?」

 

明らかに場違いですよ的な空気を感じるんですけど。

 

「正式な招待を受けてるんだから、堂々としていればいいのよ。ほら、アルデアル公の部屋はこっちよ」

 

もう帰りたい気持ちを何とか抑えて煌坂の後を着いて行くと、ひときは豪勢な扉が見えてくる。

 

「ここがアルデアル公の部屋よ。絶対に失礼のないようにしなさいよ。何があっても我慢するようにね」

「わかってますって」

「じゃあ、いくわよ」

 

神妙な面持ちで念を押す煌坂に頷くと、ドアをノックする煌坂。

 

「アルデアル公。神代 勇様をお連れしました」

「ああ、入りなよ」

 

ドア越しのやり取りを終えると、ドアを開け入室する煌坂に続く俺とアスタルテ。

 

「やあ!会いたかったよ、僕の勇!」

 

部屋に入ると、純白のスーツを着込んだ金髪碧眼の男。ディミトリエ・ヴァトラーが腕を広げて、不吉なことをほざきながら出迎えて来た。

 

「死ねやボケェェェェェェェェエエエッ!!!」

 

一瞬で我慢の限界を超えてしまい。ヴァトラーの腹部に、助走をつけてとび蹴りを叩き込んでやると、盛大な轟音と共に壁をぶち抜いていった。

 

「え、えええぇぇぇぇぇぇえええ!!??」

 

その一部始終を見ていた煌坂の絶叫が船内に響き渡ったのだった。



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第四話

前回のあらすじ

レッツパーリィィィィィィィィィィィ!!!

 

「うっしゃぁ!」

 

ヴァトラーが突き抜けて空いた壁の穴を見ながら、思いっ切りガッツポーズを取ると煌坂に殴られた。

 

「あだっ!?」

「何が「うっしゃぁ!」よ!あんた人の話を聞いてた!?我慢しろって言ったでしょ!」

「我慢したよ。三秒くらい」

「短かい!我慢短かいから!どうすんのよこれ!?アルデアル公吹っ飛んでちゃったんだけど!」

 

物凄い形相で捲くし立てて、俺の襟を両手で掴み上げて揺すってくる煌坂。正直見ていて面白い。

 

「まあまあ。紅茶でも飲んで落ち着きなよ」

「ありがとう。あ、おいしい…って違う!!」

 

取り合えず、部屋のテーブルの上に置いてあったティーポットからカップに注いで煌坂に渡す。

素直に受け取り一口飲むとホッとしたようだが、直ぐにハッとしたようにツッコミながらカップを地面に叩き付ける。

 

「あ!ああ…」

 

粉々に砕け散ったカップを見てやっちまった!的な顔でうろたえる煌坂。

 

「お、カステラ発見!アスタルテも食べる?」

「頂きます」

 

部屋の棚を探っていると、高級そうなカステラを見つけたのでアスタルテと一緒に食べる。うん、美味い。

 

「って何勝手に部屋を物色してんのよ!?」

「ん?君も食べる?」

「ありがとう。ホント美味しいわね…ってああ!もう!そうじゃないってば!!」

 

先程と同じようなやり取りをして髪をかき乱す煌坂。からかいがいがあるなぁ。

 

「ひどいじゃないかぁ勇。せっかくの再開が台無しだヨ。後、そのカステラはボクの隠しておいたとっておきなんだ全部は食べないでくれよ?」

 

自身で空けた穴からヴァトラーがスーツに付いた(すす)を払いながら出て来た。

 

「チッ生きてやがったか。カステラは全部頂いたぞ、美味かった」

「ふふ。その容赦の無さ、それでこその君だ」

 

見せ付けるように空箱を掲げると、気にしていないように優雅に振舞うヴァトラーだが、その目尻はうっすらと濡れていた。

 

「おら、さっさっと黒死皇派の情報を寄越して美味いもん食わせろ」

「そう慌てずともちゃんと話すさ。第四真祖も来たらね」

「古城も?あいつも呼んだのか?」

「ああ、この島の支配者である彼にも挨拶しないとね。個人的に興味はあるからね。別に浮気とかではないよ?誤解しないでくれヨ」

「そんな心配はいらん」

 

俺の問い掛けにおどけたように答えるヴァトラー。別にあいつは支配者じゃないんだが、世間じゃそう認知されてるのかね?つーか最後の一言はいらんわ。

 

「そうなの煌坂?」

「ええ、まあ…」

 

念のため煌坂にも聞くとしかめっ面で答える。そういや車の中でも古城の話をすると苦い顔してたな。

 

「なら、それまで待たせてもらおう」

「だったらあそこで寛ぐといいヨ」

 

そう言ってヴァトラーが指差した先には、豪華なツインベットがあった…。

 

「三枚に卸すぞテメェ…」

「そう睨まないでくれヨ、興奮するじゃないか」

 

殺気を込めて睨みつけると、恥ずかしそうに前髪を掻き揚げるヴァトラー。もうやだコイツ…。

 

「ホント帰るぞオイ」

「仕方ないなぁ紗矢華嬢、部屋に案内してくれるかい?」

「承知しました」

 

ヤレヤレと肩を竦めて首を振るヴァトラー。何で俺が悪いみたいになってんだよ…。

一礼して部屋を立ち去ろうとする煌坂についていこうとするが、アスタルテがヴァトラーを睨みつけたまま動かない。

 

「ふぅん…。成程、君も恋敵って訳か。いいねぇ障害があるほどに恋は燃え上がるって言うしね」

「いいでしょう。受けて立ちましょう」

「いや、俺をほったらかして勝手に盛り上がらないでくれません?」

 

ゴゴゴッと聞こえてきそうな雰囲気で睨み合う両者。正直勘弁して下さい。

 

 

 

 

 

その後、一触即発だったアスタルテをなんとか(なだ)めて、煌坂に案内された部屋でパーティーが始まるまで暇を潰し、開始されると煌坂に連れられてホールへとやって来た。

すれ違う人間が奇異の視線で俺やアスタルテを見つめているが、気にすることなく歩いていると急に煌坂が立ち止まった。

 

「煌坂?」

 

不審に思い呼びかけるが反応すること無く、殺気を漲らせながら前方を注視している。

 

「あれは…」

 

煌坂が向いている方向を見てみると、スーツを着ている古城とドレスを身に纏っている姫柊がいた。

仲睦まじそうに歩いている二人、ふと姫柊が古城に手を差し伸べる。

それを古城が握ろうとした瞬間、いつの間にかフォークを握り接近していた煌坂が古城の腕目掛けて振り下ろした。

 

「おいおい…」

 

多分姫柊を大切に想うが故の行動だろうが、やり過ぎである。

 

「あれが、猟奇的なまでの愛ですか…」

 

アスタルテがなんか感心するように呟いているが、無視して古城と言い争っている煌坂の背後に回り、後頭部を引っぱ叩く。

 

「あうっ!?何するのよ神代!」

「こっちのセリフだ主賓を刺そうとする奴がいるか」

「だって!コイツが私の雪菜に汚らわしい手で触れようとするから!」

「おい待てよ!汚らわしいって何だよ!?」

 

まったく悪びれずに古城を指差して罵倒する煌坂に、古城が食いついて再び言い争いとなる。

 

「紗矢華さん?」

 

今まで唖然としていた姫柊が煌坂の名を呼ぶと、満面の笑みを浮かべ勢いよく姫柊へと抱き付いていった。

傍から見れば、仲の良い姉妹が久しぶりの再会を果たしたように見える光景だろう。

 

「たくっ。大丈夫か古城?」

「あ、ああ。お前も招待されてたのか勇」

「まあ、ヴァトラーの奴とは殺し合った仲なんだよ」

「え?それどんな仲だよ…」

 

俺の言葉にどう反応したらいいのか困っている古城に、取り合えず姫柊を助けた方がいいぞと指差す。

今だに姫柊にむしゃぶりつくように頬擦りをしている煌坂の後頭部に手刀を振り下ろす古城。

きゃっ! と悲痛な悲鳴を上げると、煌坂が怯えたように跳びずさった。

その隙に姫柊は古城の背後に回り込み、古城と煌坂が睨み合う。…頭痛くなってきたんだけど。

 

「ふふ、面白いことになっているね」

「さりげなく隣に立ってるんじゃねえよ蛇」

 

気配も無く現れたヴァトラーを睨みつけるが、何処吹く風といった感じ受け流される。

 

「あ、アルデアル公!?」

「「え?」」

 

ヴァトラーの存在に気が付いた煌坂が素っ頓狂な声を上げ、古城と姫柊が声を揃えて驚いている。アスタルテは仇と言わんばかりに睨みつけていた。

 

「今まで何やってたんだお前?」

「君の父上と話していたのさ。今後何かとお世話になるだろうしね」

 

ああ、父さんも来てたのか。一応アイランド・ガードの本部長だし当然か。

 

「つーかここじゃ話ずらいな。おい、甲板にでるぞ」

「ああ、いいヨ」

 

ヴァトラーと気兼ね無く話している俺に周囲の視線が集まっているので、鬱陶しくてかなわん。

固まっていた古城達を連れて上甲板に出ることにした。

 

 

 

 

 

上甲板にでると、俺の隣にアスタルテとヴァトラーが立ちその対面に古城達が立つ形となった。

 

「んで、コイツがヴァトラーだ」

 

俺が紹介すると古城に近づき肩膝を突き、恭しい貴族の礼を取るヴァトラー。

 

「始めまして第四真祖。我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖”忘却の戦王(ロストウォーロード)”よりアルデアル公位を賜りし者。今宵は御身の尊来を頂き恐悦の極み」

 

余りにも見事な口上に、うろたえる古城。

姫柊と煌坂も唖然とその場に立ち尽くしている。

 

「似合わんから止めろ。気色悪い」

「うちの爺様の同胞なんだから相応しい礼は取るべきだろう?」

 

俺が不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ヴァトラーが悪戯っ子のような微笑みを浮かべ顔を上げる。

 

「で?テメェはここ(絃神島)に何しに来たんだよ」

 

役者が揃ったので本題に入るべくヴァトラーに問い掛けると、絃神島が背景となるよう移動するヴァトラー。

 

「それは勿論、君と式を挙げるためさ勇!!」

 

満面の笑みで俺を迎え入れんとするように、両腕を広げて宣言した瞬間、その場の空気が凍った。

 

「クソッたれなこと…」

 

一瞬でヴァトラーの背後に回り抱きかかえる。

 

「言ってんじゃねェェェェェェェェエエエッ!!!」

 

そのまま頭部が甲板にめり込む程のバックドロップをお見舞いするのであった。



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第五話

気が付いたらUA20000超えていました。ありがとうございます!


前回のあらすじ

ヴァトラーめ、死ねぇ!

 

バックドロップを決めると、地面に叩きつけられたまま動かなくなるヴァトラー。

 

「終わった…。何もかもアハハッ」

「紗矢華さん!?しっかりして下さい!紗矢華さん!」

 

放心状態で笑っている煌坂の肩を掴んで、揺すりながら呼びかけている姫柊。

 

「殺しちゃいないから安心しなって煌坂」

「これの何処を見れば安心できるってのよアンタは!!」

 

沈黙しているヴァトラーを指差しながら、物凄い形相で俺の襟を掴んで揺すってくる煌坂。

 

「最悪死んでも皆「あ、ついに死んだか」って言うよコイツの場合」

 

強ければ誰でも喧嘩売る奴だからなこの蛇。

 

「それでも日本国内で死なれると大変なのよ色々と!」

「暗に他所の国で死ねよって言ってるよね君」

 

相当振り回されたんだろうなぁ。気持ちはわかるけど。

 

「勇さんさっさと情報を聞き出して帰りましょう」

「そうしたいんだがねぇ…」

 

アスタルテの言うことも最もなんだが、このホモラーが簡単に帰してくれそうもないんだよなぁ。

 

「つーか何でアスタルテがここにいるんだ?」

「あれ?言ってなかったっけ?保護観察処分ってことで(南宮家)で預かってるんだよ」

 

古城がアスタルテを見ながら聞いてくる。そういや黒死皇派の連中を追いかけるのが忙しくて言い忘れてたな。

 

「そうだったんですか。よかった」

 

ホッとしたような表情の姫柊。似たような境遇だったから心配していたのだろう。

 

「その節はお二人にも大変お世話になりました」

「いや、俺達はそんな礼を言われるようなことはしてないって」

「鼻の下が伸びてますよ先輩…」

「伸びてねぇって!」

 

丁寧にお辞儀しながら礼を言うアスタルテに、照れている古城を呆れたように睨んでいる姫柊。反論が必死過ぎるぞ古城…。

 

「さてと。おら、さっさと起きろ糞蛇」

 

今だに動かないヴァトラーを起こすために蹴りを入れる。

 

「さ、さすがだね勇。いい一撃だったヨ…」

 

ふらふらと立ち上がり、前屈している首をグキリッと戻すヴァトラー。ちなみに顔面は流血で真っ赤である。

 

「で、てめぇの知っている情報をいい加減に教えな」

「ああ、クリストフ・ガルドシュと言う名前を知っているかい、勇」

 

そう言いながらヴァトラーが優雅に指を鳴らすと、船内からぞろぞろと大勢の使用人が現れる。彼らが運んできたワゴンには、パーティに出されている料理よりも豪華な料理が満載されていた。

 

「確か戦王領域出身の元軍人だったな。十年前のプラハ国立劇場占拠事件で四百人の死傷者を出した」

「そう、黒死皇派の残党が彼を新たな指導者として雇い入れたのさ。テロリストとして圧倒的な実績を持つ彼をね」

「黒死皇派って名前は聞いたことがあるな。だけど何年も前に壊滅したんじゃなかったか?確か指導者を暗殺されて…」

 

古城が思い出すように呟く。当時ではかなりの大事件として報道されていたな。このチキンうめぇ。

 

「そう。彼はボクが殺した。少々厄介な特技をも持った獣人の爺さんだったけどね」

 

執事と見られる男性から受け取ったワイングラスを傾けながら、悠然と笑うヴァトラー。つーか執事って顔じゃねーぞ、顔にデカイ傷あるし…。フカヒレうめぇ。

 

 

「そのガルドシュがこの島に来ていると?魔族特区で暴れたいなら戦王領域にもあるだろうが」

「どういうことだ?」

「黒死皇派の目的は、聖域条約の完全破棄と戦王領域の支配権を第一真祖から奪い取ることだ。わざわざリスクを犯してまで、欧州より遠くの魔族特区を狙うのは不自然だ」

 

よくわかっていない古城に説明すると、なるほどと納得したようである。煌坂がそんなことも知らないのかって顔をしていたが…。スープうめぇ。

 

 

「さあ、真祖を倒す手段でも見つけたんじゃないかなァ?何しろ彼らの最終目的は第一真祖を殺すことだからねェ」

 

とても楽しそうに笑うヴァトラー。ああ、そう言うことか…。

 

「なるほど、”ナラクヴェーラ”か…」

「ナラクヴェーラ?」

 

俺の呟きに古城達は首を傾げ、ヴァトラーはおや?と少し驚いたようだ。

 

「何だ知っていたのかい勇?」

「ここに来る前に黒死皇派のシンパを捕らえた時にな」

 

残念そうな顔のヴァトラー、やっぱり知ってやがったなコイツ…。パスタうめぇ。

 

「ナラクヴェーラって何だ勇?」

「南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された"神々の兵器"と云われるものだ」

「神々の兵器って…。まさか、それが絃神島にあるなんて言い出すんじゃないだろうな」

「表向きは、な。だが、カノウ・アルケミカルという会社が遺跡から出土したサンプル品を一体非合法に輸入していたみたいだ。最も奴等に強奪されていたがな」

「あんのかよ! しかも、盗まれた後かよ!?」

 

俺の説明を聞き、慌てふためく古城tと、神妙な顔つきになる姫柊と煌坂。ヴァトラーは愉快そうに笑ってやがる。

 

「って言っても、九千年も前の代物だから動くかわからんし、制御方法も不明だがな」

「…その動かす方法に心当たりがあったから、黒死皇派は、その古代兵器に目をつけたのはではないですか?」

 

姫柊が重要な部分を指摘してくる。さすが鋭いな。

 

「確かにナラクヴェーラの制御に関する石板が最近になって発掘はされた。が、各国の言語学者や魔術機関を持ってしても、解読は難航中だ。テロリスト如きがどうこう出来るとも思えんが…」

 

いや、一人出来そうな同級生がいるが。まさかな…。

 

「ま、ともかく奴らがボクを殺そうと仕掛けてきたら、応戦しない訳にはいかないよねェ。自衛権の行使って奴だよ。そうだろ?そうなったらこの島を沈めちゃうかもしれないけどサ」

 

ヴァトラーのとんでも発言に息を呑む古城達。

 

「やっぱりそれが狙いか糞蛇が…。こんなクソ目立つ船で来たのもテロリスト共を誘き出すためか」

「いや、君と式を挙げるためだけど?」

 

到って真面目に告げて来るホモラー。…本気で殺したい。

 

「やっぱ、ここで三枚に卸しておくか…」

「いいねぇ。黒死皇派の代わりに君が相手をしてくれるのかい?」

 

互いに殺気を隠すことなく睨み合うと、ヴァトラーが持っていたワイングラスや料理の皿が割れ、船が軋み始め周りの海が荒れだす。

 

「止めて下さい、神代先輩!ここでお二人が戦っている場合じゃないですよ!」

「アルデアル公も気を静めて下さい!私にはあなたを討つ権限を与えられているんですよ!

「止めるな姫柊。コイツはここで消しておかないと、安心して寝られん」

「ハハッ!せっかく再会したんだから楽しもうじゃないか、勇!」

 

姫柊と煌坂の制止を無視し、拳を握り締めて構える俺と、瞳が真紅に輝き体から膨大な魔力を放つヴァトラー。

互いに仕掛けようとした瞬間、雷鳴と共に雷が俺達の間に打ち込まれた。

 

「うおっと!?」

「これは…」

 

互いに雷が飛来して来た方向を向くと、右腕を突き出し古城が真紅に染まった瞳で俺達を睨みつけていた。

 

「そこまでにしておけ勇。ここにはそいつと戦争(ケンカ)しにきた訳じゃねぇだろう?」

 

体からヴァトラーと同等の魔力を放ちながら告げてくる古城。今にも“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)が飛び出て来そうである。

 

「わかった。悪かったよ古城」

 

流石に“獅子の黄金”(レグルス・アウルム)の攻撃は受けたくないので、両手を上げて降参の意を示す。

 

「アンタもいいな?貴族様」

「ふむ、興が削がれたし今回は我慢しよう。まだ(・・)君と戦う時じゃないしね」

 

つまらなさそうに肩をすくめるヴァトラー。何時かは古城とも戦う(ヤる)気かよ…。

俺達が殺気を鎮めると安心したように脱力する姫柊と煌坂。

 

「もう、聞くこともないし帰ろうアスタルテ」

「はい」

「ふふ、今日は楽しかったよ勇」

 

もう用も無いのでアスタルテを連れて立ち去ろうとすると、デート後の恋人のようなことをほざくホモラー。鳥肌が立ったは…。

気色悪すぎて反応する気も起きなかったので、そのまま甲板から去るのであった。



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第六話

最近忙しくてやっと書き上げれました。お待たせして申し訳ありません。


前回のあらすじ

ホモラー

 

ヴァトラーとの会合を終えて、船を降りた俺達。ちなみに煌坂も着いて来ている。

 

「悪かったな古城、手間をかけた」

「礼なんかいいけど、あの間に割って入るのは心臓に悪かったぜ…」

 

疲れきったように脱力する古城。あのまま止めてくれなかったら、ここら一帯焦土にするところだったよ。

 

「さてと、テロリスト共が蛇にちょっかいを出す前に片付けないとな」

 

アイツが暴れだしたらマジで洒落にならん被害が出るからな。

 

「って言っても、居場所がわからなきゃどうどうしようもないだろ?」

「何古城。そこらへんは専門の人達に任せるよ」

「専門の人ですか?」

 

スマフォを取り出しながら告げると、首を傾げる姫柊。

 

俺達(アイランド・ガード)のことか?」

「「「「うわぁ!?」」」」

 

突然俺達の背後に現れた父さんに、揃って間抜けな声を上げてしまう。

 

「だぁからいきなり現れないでよ!」

「面白いからやだ」

 

声を荒げて抗議すると、子供のような反論をする五十路目前。つーか、まだ呼んでないのに来たよこの人。

 

「ビックリした…」

「全然気が付かなかった…」

「はっはっはっ、驚かせてすまんね。少し試させてもらったよ」

 

完全に背後を取られたことに驚愕している姫柊と煌坂に、豪快に笑いながら謝る五十路目前。

 

「俺は神代 勇太郎、勇の父親だ。以後よろしく」

「神代先輩の?」

 

姫柊が俺と父さんを見比べるように交互に視線を向ける。

 

「ああ、俺は母さんに似たからちょっと違和感あるかな?俺も時々疑問に思うし」

「そうなの!?マジで傷ついたよ!今度の家族関係に大きく響くこといったよお前!」

 

かなり狼狽える父さん。だって似ている要素が少ないし。

 

「そんなことより、伝えたいことがあるんだけど」

「そんなこと!?かなり大事なことだと思うんだけど!今後俺が生きていく上で!」

「うるさいなぁ。そんなんだから母さんに「よく鳴く豚野郎ですねぇ」って言われるんだよ」

「確かによく言われたけど!いや、気持ちよかったからいいけどね!つーか、お前性格も母さんに似てきたな!?」

 

今にも泣きそうになる父さん。ホントいい声で鳴きやがる。

 

「そうだね。父さんみたいなのを見ていると無性に苛めたくなるね」

「どこで教育を間違えたし。いや、しかし息子に罵られるのもイイ…」

「おい、話が脱線してるぞ変態オッサン」

「礼を言う」

「喜ぶなよ!?罵倒されれば何でもいいのかアンタは!」

 

呆れている古城にツッコまれて、喜んでいる父さん。ホント見境が無いなこの駄目親父。

 

「悪いか!!」

「悪いわ!!」

 

恥じることは何も無い!と言わんばかりに胸を張る豚野郎(父さん)の尻に蹴りを入れる。

 

「おおふぅ。どうせ蹴るならもう少し強めに頼む!」

「古城…」

「おう」

 

とても嬉しそうに四つん這いで尻を突き出してくる豚野郎(父さん)

イラッとしたので古城に目配せすると、察してくれたようで、豚野郎(父さん)の肩に手を置くと放電する。

 

「アビャビャビャビャビャビャビャビャバラァ!!!」

 

放電が止むと全身黒焦げでアフロヘアーとなり、地面に突っ伏す豚野郎(父さん)

 

「この俺をイカせるとはさすがは第四真祖の眷獣よ」

「加減しすぎたんじゃねえか古城。もういっちょだ」

「いや、これ以上やっても喜ばすだけだと思うんだが…」

「チッ!このどMめ…」

「そうだ私はどMだ。それ以上でも以下でもない」

 

何か迷言をほざいている豚野郎(父さん)。本気で頭が痛くなってきた…。

ふと、肩を叩かれたので、振り向くとアスタルテがいた。

 

「どうしたアスタルテ?」

「そろそろ本題に入った方がよろしいかと。ミス姫柊達が引いてますので」

 

そう言えばこの豚野郎(父さん)への用件を忘れていたな。つーか姫柊達がゴミを見るような目で父さんを見ている。

 

「くやしい…!でも…感じちゃう!」

「もう、黙ってろ」

 

ビクン!ビクン!と反応している豚野郎(父さん)の頭を踏みつけながら、ヴァトラーとの会談の内容を伝える。

 

「なるほどナラクヴェーラか。確かにそれだけの物を隠せる場所は限られて来るな。わかった後は俺達に任せなさい」

「俺は出なくていいの?」

「今回は俺も出る。お前は休んでいなさい」

「父さんが?歳だし止めといたら?」

「バーローまだ若いもんには負けんわい」

 

確かに俺に獅子王を託して現役を退いても、その実力は今だに衰えてないしな。十分真祖とも張り合えるだろう。

 

「それなら任せるけど、必要なら呼んでね」

「ああ、と言うかそろそろ足をどけてくれないか?」

「はいよ」

 

父さんに言われて乗せていた足をどける。

 

「さて、さっきの放電で体が痺れて動かないんだが、だれか助けてかれないかな?」

「じゃあ帰ろうかね皆」

「あれ?放置?放置プレイなの?くそっさすがは我が息子わかってるじゃないか。でも後で助けに来てくれるんだよね?そうだよね?ねえ!」

 

 

 

 

「…ホントに帰っちゃったの?おーい勇ー、古城くーん、誰かー助けてー」

 

 

 

 

「…悔しいです!!!」

 

 

 

 

 

「何と言うか強烈な人でしたね。神代先輩のお父さん」

「そうね男なんて皆死ねばいいのにって本気で思ったわ」

「待てコラ煌坂、男が皆あんなのだなんて勘違いするんじゃない」

「どうせ男なんて変態なんでしょ!獣なんでしょ!」

「何その間違った男像!?」

 

そんなに男が嫌なのかこの娘は。過去に何があったし。

 

「にしては俺とは普通に話してるよね?」

「うーん、アンタは男って感じがしにくいのよね見た目的に。今だに男だって信じられないし」

「……」

「泣くなよ、今に始まったことじゃないだろう」

「ちくしょう…」

 

小学生の頃からことある毎に女装させられるし、男に告白されたり、この容姿のせいで碌な目にしか遇わねぇし散々だよ神様のバカヤロー。

 

「泣いている勇さんも素敵です」

「……」

 

興奮気味に俺の泣き顔をスマフォのカメラで撮っているアスタルテ。何か最近この子のキャラがおかしくなってきてね?

 

「つーか、お前は何時まで着いて来る気だよ煌坂」

「軽々しく呼ばないでよ変態真祖!だって雪菜が私の雪菜がぁ」

「いや、そんな捨てられそうな子犬みたいな目で見られても…」

 

今にも捨てられそうなペットのような瞳で姫柊に抱きつく煌坂に、困り果てる姫柊。

 

「ヴァトラー見張る役目があるんだから我慢しなさいよ」

「だって!この変態真祖が私の雪菜に何しでかすか心配で心配で夜も寝られないのよぉ!」

「何もしねぇよ!俺を何だと思ってるんだお前は!」

「鼻血噴出し真祖」

「そこで何でお前が答えるんだよ勇!つーか何だよそれ!?」

「だって、ことあるごとに鼻血噴出すじゃん君」

 

グラビア本読んだだけで鼻血噴出してぶっ倒れるし。

 

「ぶっちゃけ君影で”ブラッディノーズ野郎”って呼ばれてるよ」

「マジで!?俺そんな風に言われてるの!?」

「ちなみに流行らしたのは俺と基樹ね」

「元凶はお前らかァァァァァァァァァァアアア!!」

 

物凄い形相で襟を掴んで持ち上げて揺すってくる古城。いやぁホントからかいがいがあるなぁ。

 

「あの、紗矢華さんそろそろ離れた下さい」

「う~雪菜ぁ!!」

「やっ紗矢華さんどこ触って!?だ、だめですそんな所、ひゃん!」

 

ついに我慢出来なくなったのか、姫柊にむしゃぶりつく煌坂。

 

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇ勇!今度と言う今度は許さねえぞ!!」

「ふははははははは!待てと言われて待つ馬鹿はいないわぁ!」

 

体中に電撃を纏った古城から逃げ回る俺。

そんな俺達を何処か楽しそうに見つけているアステルテ。

こうして夜が明けていくのであった。




話が進まない…。ネタに走りすぎかなぁ。


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第七話

前回のあらすじ

そうだ私はどMだ。それ以上でも以下でもない

 

ヴァトラーとの会談の翌日。朝から古城が浅葱と爆ぜろ的なことが起こったようだが、面倒なので割合させてもらう。

そして昼休になったので、中庭のベンチでアスタルテと委員長こと築島 倫の三人でお昼ご飯を食べている。

何故、委員長がいるのかと言うと、中学から俺が何か事件で授業を抜けていることが多く、その度にノートをとってくれたりと助けてくれるのだ。

そのお礼に彼女の分のお弁当を作ってあげて、一緒に食べたりしている訳である。後、那月ちゃんのも作るのも俺の役目である。

んで、委員長がアスタルテと話してみたいとのことなので、一緒に食べている訳である。

 

「ホント、勇君って料理上手よねぇ」

 

委員長が卵焼きを食べながら褒めてくれる。

 

「家の家主が家事出来ないからねぇ。自分でやっている内に覚えちゃったのよ」

「南宮先生って、何でも出来るってイメージだけどね」

「まっあの人も人の子ってことだねぇ」

 

母さんが生きている頃は家事を教わってたけど、攻魔官として活動しだしてからは忙しくて俺任せにしてたからなぁ。最近そのことを後悔してるようだけど。

 

「アスタルテも美味しい?」

「はい、美味しいです」

 

隣でもくもくと食べているアスタルテに問い掛けると、コクコクと頷いてくれる。

ちなみに、アスタルテは本来医療メーカーに設計された臨床試験用のホムンクルスである。そのため医療活動に必要な知識が遠隔記憶(フラッシュロム)によって備わっている。

簡単に言えば新米医師レベルの知識を有しており、現在出張中の養護教諭の代わりに保健室に勤務しているのである。

 

「それにしても、アスタルテさんの服装って勇君が選んだの?」

 

委員長が珍しそうにアスタルテのメイド服を見ながら問い掛けてくる。

 

「そうです。家に住むならこれを着ろと勇さんに言われました」

「言ったのは那月ちゃんだからね!?捏造しないでくれる!?」

「ですが、この服を選んだのは勇さんです」

「どれも似たようなのしかなかったんだから仕方ないでしょう!」

 

あられもない罪を被せられそうになったので、慌てて反論する。俺だって好きでそんな露出度の高いのを選んだ訳じゃない。訳じゃないんだ。

 

「でも、メイド服かぁ。私も着てみたいかも」

「委員長って確かお嬢様じゃなかったけ?」

 

するよりされる方ではなかろうか?そう言えば浅葱もだったけか。

 

「そうだけど女の子なら着てみたいって思うのよね」

「ふーん。まっ委員長なら似合うんじゃない?」

 

委員長がメイド服か…。清純な委員長なら良く合いそうだなうん。

 

「ふふ、ありがとう。でも、勇君ならもっと似合いそうよねぇ」

「激しく同意します。ミス倫」

「せんでいい!女物なんか着たくないわぁ!」

 

いたずらっぽく微笑みながら告げる委員長に、頷くアスタルテ。

思わず頭を抱えて空を仰ぎ見ながら叫んでしまう。

 

「そう?いざ着るとノリノリになるけど」

「それは止むを得ない時だけであって、決して好きでやってるんじゃない!」

 

女装すると性格変わっちゃうから、やりたくないんだよぉ!

 

「南宮教官から話は伺っていますが、そんなに変わるのですか?ミス倫」

「ええ、ホントに女の子みたいになるのよ」

「わぁぁぁぁぁぁ!!その話はやめれぇぇぇぇぇぇえええ!!」

 

いらんことをアスタルテに話そうとする委員長を、慌てて止めようとすると学園の屋上から膨大な魔力が溢れ出した。

 

「っ!?」

「勇君?」

 

突然立ち上がって屋上を睨みつける俺に、いぶかしむ委員長。

それと同時に地面が激しく揺れだした。

 

「え、何これ!?地震!?」

「これは!?」

 

突然の揺れに困惑する委員長。だが、これは地震じゃなく古城の眷獣が暴走してやがる!?

 

「アスタルテ委員長を頼む!」

「わかりました。お気をつけて」

 

アスタルテに委員長を任せると、ベンチに立て掛けていた獅子王を掴むと壁へと駆け出す。

壁にある窓や配水管のくぼみを足場にして、飛び上がりながら屋上へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア・ホ・かぁ!!!」

 

彩海学園高等部の屋上に俺の怒鳴り声が鳴り響く。

今俺の目の前には古城と、ヴァトラーの監視役として獅子王機関から派遣されている舞威媛の煌坂 紗矢華が正座している。

俺が屋上に着くと、既に眷獣暴走は姫柊と雪霞狼によって抑えられていた。

事情聴取の結果。古城の眷獣が暴走したのは、煌坂が古城を抹殺しようと襲いかかり、古城の防衛本能に未掌握の眷獣が反応したためらしい。

さらに最悪なのはその暴走に浅葱を巻き込み負傷させてしまったことである。

現在浅葱は姫柊とあとから来た凪沙よって保健室へ運び込まれ、俺が連絡したアスタルテによる診察の結果大事は無いそうだ。

そして目の前の二人は姫柊の命により正座させられているのである。

 

「周囲に一般人のいる所で戦闘行為を行った挙句、真祖の眷獣を暴走させかけ民間人に負傷者を出すたぁ馬鹿だろ!!何を学んできたんじゃおのれはぁ!!」

「ご、ごめんなさい」

 

今回の騒動の原因である煌坂にありったけの声音で怒鳴りつけると、思いっきりうな垂れる。

 

「だって、この変態真祖が雪菜以外と(やま)しいことしてたんだもん」

「古城が姫柊以外とイチャついてたからって殺しにかかるなよ!!それでどうなるかわかんなかったんかぁ!!」

 

眷獣は宿主が命の危険に晒されると、それから守ろうと勝手に能力を使う性質がある。

制御出来ていればすぐに抑えられるが、古城はまだ不完全な状態だ。掌握しきれていない眷獣なら見境無く暴れてしまう危険が大きい。

 

「お、落ち着けよ勇、コイツも姫柊を思ってやった訳だしさ」

「そこで、理不尽に殺されかけたお前が庇うかなぁもう!!」

 

見かねたのか助け舟を出す古城に呆れて脱力してしまう。しょうも無い理由で命を狙われたのに優し過ぎんだろう…。

 

「あ~まあ、俺にも原因があるわけだしな」

「はぁ…。もういいそのまま正座していろ。俺は浅葱の様子見てくっから」

 

苦笑しながら頬を掻く古城。

本来怒るべき者がこん様子なので怒る気力が失せてしまった。

 

「つーか、何で被害者の俺まで正座させられているんだ?」

「…ま、嫉妬だろうねぇ」

「???」

 

浅葱と二人っきりで弁当食べてたことに怒ってるんでしょうねきっと。言った本人も良くわかってないんだろうけど。

?マークを浮かべている古城と、うな垂れている煌坂を置いて保健室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

保健室に繋がる通路を歩いていると、保健室から那月ちゃんが出てくる。

 

「お、那月ちゃんも浅葱の様子を見に来たの?」

「ああ、それとちゃんは止めろ。で、暁の眷獣が暴れだしたそうだな。やれやれお前といい面倒ごとをよく起こしてくれる」

「…すいません」

 

はぁっと盛大に溜め息をつく那月ちゃん。そう言われると頭が上がらんでござる。

 

「まあいい。それより勇太郎さんから連絡があった。テロリスト共のアジトが判明したそうだ」

「そっか、なら那月ちゃんは行くの?」

「ああ、お前とアスタルテは置いて行く。留守は任せるぞ」

「うん、気をつけてね」

「ふん、私を誰だと思っている」

 

いらん心配をするなと言わんばかりにふてぶてしく微笑むと、姿を消す那月ちゃん。

 

「さてと」

 

保健室へ入ろうとすると、向かいの通路から走りこんで来る人影…ではなく体格と速度から獣人か!

迫り来る獣人が殴りかかってきたので、いなしながらカウンターで蹴りをおみまいすると吹き飛んでいく。

 

「ッガァ!?」

 

蹴り飛ばした獣人が仰向けに倒れるのを確認すると、一息つく。

 

「神代先輩大丈夫ですか!?」

 

そこに血相を変えながら姫柊が保健室から飛び出して来る。

 

「ああ、問題無い。アスタルテは?」

「凪沙ちゃん達の側にいてもらっています。それでいったい何が?」

「どうやら招かれざる客が来たようだ」

「え?」

 

俺の言葉に姫柊が疑問を浮かべていると、人間態の獣人と見られる初老の男が、拍手しながら向かいの通路から歩み寄って来る。

軍服を纏い強烈な威圧感を放ってやがる。

 

「素晴らしい。その若さで今の奇襲に対処するか、見事だよアルディギアの英雄」

「その呼び方は止めろ。何者だ貴様ら」

「これは失礼、私はクリストフ・ガルドシュ。黒死皇派を率いる革命運動家だ。君のような攻魔管からはテロリストと呼ばれているがね」

 

紳士的な物腰でそう言うと帽子を脱ぐガルドシュ。

 

「…今、アイランド・ガードがテメェらのアジトに攻め込んでいるのに、俺を狙うとは余裕だなオイ」

 

そう、現在父さん率いるアイランド・ガードや那月ちゃんがコイツらのアジトに向かっているのに、何故俺を狙ってくるんだ?

 

「ああ、勘違いさせてしまったようだが。ここに来たのは君が目的では無いのだよ」

「何?俺が目的じゃ無いなら、何故ここに来た?」

 

なら、他に狙いがあるってことか、まさか古城のことがコイツらにばれたのか?

 

「まさか、第四真祖を狙って!?」

 

姫柊もその可能性に到ったようで、息を呑むようにガルドシュに問い掛ける。

 

「いや、それも違う。第四真祖がこの島にいるとの情報は得ていたが。先程の魔力で気づいたがまさか、こんな所にいるとは思わなかったよ」

 

心底驚いたように言うガルドシュ。演技ではないようだ。

 

「狙いが第四真祖でも無いなら何をしにきたんだお前らは?」

 

他にコイツらが興味を示すのなんかこの学園には無いぞ?

 

「我々の狙いはアイバ・アサギという少女だよ」

「「は?」」

 

ガルドシュの告げた名前に、思わず間抜けな声を出してしまう俺と姫柊。

 

「浅葱、だと?なんでテメェらが彼女を狙う?」

 

ますます混乱してきた。この状況下で何で浅葱を狙う?人質が欲しいならこんな危険を冒す必要は無いはずだぞ。

 

「鍵だよ」

「鍵?」

「そう、アイバ・アサギは我々が持つ切り札をを目覚めさせる鍵を持っているのだよ」

「まさか、ナラクヴェーラか!?あいつ本当にやりおった!?」

 

万が一の可能性が現実となってしまったことに愕然としてしまう。

 

「ど、どう言うことですか神代先輩!?」

 

事態が良飲み込めていない姫柊が説明を求めてくるが、呑気に答えている場合じゃない。

 

「説明は後だ!とにかくこいつらを浅葱に近づけるな!」

「は、はい!」

 

とりあえず納得してくれたようで戦闘態勢に入る姫柊。俺も獅子王を抜刀して構える。

 

「なるほどそちらの少女も戦士か。だが、馬鹿正直に君達と戦う気は無いのだよ」

 

ガルドシュが姫柊を見ながら驚嘆すると、上着を捲り上げる。

 

「オイオイマジかよ…」

「ば、爆弾!?」

 

捲り上げられて晒されたガルドシュの腹部には、コードに繋がれた筒状の物体。おそら爆発物と見られる物が巻かれていた。

 

「お察しの通り爆弾だ。この建物を吹き飛ばせる位の威力がある」

「んなもん自分にくっつけるとか正気じゃねぇぞ…」

「我々も後が無いのでね。手段を余り選んでいられないのだよ。卑怯者と罵ってくれて構わんよ」

 

自嘲気味に笑うガルドシュだが、あの目は本気で自分ごと吹き飛んでも構わんと思ってやがる…。

 

「ちなみに遠くに待機している部下が起爆スイッチを持っている。君達が少しでもおかしな行動をすれば躊躇うことなく押すぞ」

「クソッたれが…!これじゃ保健室にいる浅葱達が人質ってことかよ!」

 

手も足も出せない状況に、思わず両手を強く握り締めて歯噛みする。

 

「そう言うことだ。そして君には消えてもらおう、アルディギアの英雄」

 

そう言って懐から拳銃を取り出し、俺へと向けるガルドシュ。

 

「ッ卑怯な!」

「動くな姫柊!」

 

咄嗟に動こうとした姫柊を制すと、ガルドシュを睨みつける。

 

「君は我々の計画の大きな障害となるだろう。さっきも言ったようにもう後がないのだよ。許しは請わない恨んでくれ」

「撃ちたきゃ撃てよ。ただし、姫柊達は傷つけるな」

「…自身の身が危険だというのに他者を気に掛けるとは、見事だよアルディギアの英雄。約束しよう無論抵抗しなければ、だがね」

 

俺の姿勢に感嘆したように告げるガルドシュ。

 

「最後に一ついいか?」

「何だね?」

「あんたは、今の生き方に満足か?」

「…ああ」

 

そう言ってガルドシュトリガーを引くと、発射された数発の弾丸が俺へと撃ち込まれる。

その衝撃で体が吹き飛び仰向けに倒れると、痛みを感じる間もなく意識が暗闇へと落ちていくのであった。




最初の部分は倫の出番を増やしたかったので書いてみました。
結構好きなキャラなんです倫。


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第八話

お気に入りが200件を超え、多くの方に高評価を頂き感謝感激です。
これからも多くの方に楽しんで頂けるよう頑張っていきます。


前回のあらすじ

女物なんか着たくないわぁ!

 

「ぐむぅ」

 

重たい瞼を開けると、ぼやけた視界に広がる見慣れた天井。

 

「知ってる天井だ」

「彩海学園の保健室ですからね」

 

思わず零れた呟きに返答があったので声のした方を向くと、アスタルテが丸椅子に腰掛ていた。

 

「俺は生きてる?あんなに撃たれたのに?」

 

至近距離で対魔族用弾を5~6発は喰らったのにか?

 

「奇跡的に急所から外れていました。ですが相当な深手ですので安静にしていて下さい」

 

急所から外れていた?ガルドシュ程の奴が外すとは思えないが…。

 

「俺はどれくらい寝ていた?」

「三時間十五分四十二秒です。その間にクリストフ・ガルドシュによって藍羽浅葱、暁凪沙、姫柊雪菜の三名が連れ去られました」

「君は連れて行かれなかったのか?」

「ミス・相羽が私をここに残すことを条件にし、ガルドシュがそれを了承したためです」

 

なるほど、俺の治療のためにアスタルテを残したのか。

にしても一般人なのにテロリストと交渉するとは度胸があるよね。それが彼女の長所なんだけどさ。

 

「古城と煌坂は?」

「お二人はあなたの治療を終えた後、ガルドシュを追ってサブフロートへ向かいました」

「オッケー、状況は掴めた。んじゃぁ俺も行きますか」

 

必要な情報は得られたし俺もガルドシュを追うとしますか。

と思って体を起こそうとしたらアスタルテに頭を引っ叩かれた。地味に痛い…。

 

「あなたは人の話を聞いていましたか?安静にしていて下さいと言ったはずです」

「この状況で呑気に寝てられるかよ。君が何と言おうが俺は行くぞ」

 

そう言いながら起き上がりアスタルテを見据える。

 

「それで死ぬとしてもですか?」

「死なないさ。何があっても生き抜いてみせる。もう後悔しないために」

 

あの日そう彼女に誓ったんだ俺は。

一瞬の間を置いて、ハァと溜め息を吐くと呆れたように俺を見るアスタルテ。

 

「本当にどうしようもない馬鹿ですねあなたは」

「ほっとけ。馬鹿でケッコー俺はやりたいようにやるだけだ。それにやられっぱなしで終われるかよ」

 

やられたら倍返しが神代家の家訓よ。ガルドシュ共に生まれてきたことを後悔させてくれるわ。

 

「そんな悪人面してないで行くなら早く行きましょう」

「ん?思ったより簡単に引いたね」

 

ドアを開けながら呆れた様子で告げてくるアスタルテ。普通ならもっと引き止めるんじゃないかね?

 

「やはり止めても無駄だと再認識しました。なら早くこの件を片付け、ベットに縛り付けて休養してもらいます」

「なんか物騒なことが聞こえたけど、冗談だよね本気じゃないよね」

「ふふ」

「何で笑った!?」

 

何時もの無表情なはずなのに目が物凄く怖かったです。

 

 

 

 

 

保健室から校門前へと移動すると、呼び出しておいたトルネイダーがやって来て俺達の前で停車する。

 

「トルネイダーですか。二人乗りしても大丈夫なんですか?交通法違反で補導なんて笑えませんよ」

「元々人員輸送用だからね緊急時ならいいんだよ。ほらここを押すとシートが二つになるんだよ」

 

メータの下についている複数のボタンの一つを押すと、シートの後ろ部分がスライドしてシートが二人分になった。

そしてアスタルテの分のヘルメットを取り出して渡し、自分用のを被る。

 

「んじゃ行きますか。しっかり掴まってろよ」

「はい」

 

トルネイダーに跨ると、後ろに乗ったアスタルテが腰に手を回して抱きついてくる。あ、やっぱり胸薄い…。

 

「今、失礼なことを考えませんでしたか?」

「グフォ…!そ、そんなこと、ないですよ…」

 

氷のように冷えきった声で、腰に回していた腕で締め付けてくるアスタルテ。この華奢な体のどこからこんな力が…と、飛び出る!内臓が飛び出ちゃうよぉぉぉぉ!!

 

「…次はないですからね」

「い、イエッサー」

 

許してくれたようで腕の力が弱まる。た、助かった。河の向こうで母さんが手を振っている幻覚が見えたよ…。

出発前から再び死に掛ける俺であった。

 

 

 

 

 

彩海学園からサブフロートまでの道路が渋滞していたが、車の間をすり抜けながらトルネイダーを走らせていると、島の拡張ユニットの一つであるサブフロートが見えてくる。

それと同時に激しい爆音と共に地面が激しく揺れだした。

転倒しないうように車体を安定させながらサブフロートを見据えると、巨大で禍々しくそして、人工的な魔力を感じ取った。

急ぎたいのだがサブフロートへと繋がる連絡橋は、アイランドガードが封鎖しているため通過するのに時間がかかってしまう。

だが、島とフロートの距離は、普通の人間でも飛び越えられる程だ。なのでこのまま進むとしよう。

 

「このまま飛び越えるぞ!」

「わかりました」

 

アスタルテが強く抱きつくのを確認すると、スピードを落とさずにサブフロートへと飛び越える。

だが、勢いをつけ過ぎたため着地しても直ぐには止まれず進路上にいた人影を跳ね飛ばしてしまう。

跳ね飛ばされた人影は、きりもみしながら空高く舞い上がり受身も取れずに地面に激突した。

 

「ん?今のヴァトラーか」

「そのようですね」

 

ブレーキをかけて滑りながら停車し、跳ね飛ばし人物を確認すると、金髪に白いスーツを着た男―ヴァトラーが仰向けに倒れていた。

ああ、だから無性に轢きたくなったのか。まあ、あいつなら直ぐに起き上がるだろう。

 

「勇か、やはり来たなこの大馬鹿者め…」

 

停車位置の側に呆れはてている那月ちゃん。それと古城に煌坂、それと傷だらけで倒れている基樹がいた。

 

「オッス那月ちゃん。それで、あれがナラクヴェーラか」

 

トルネイダーから降りて視線を真紅の閃光を放ちながら、アイランドガードの装甲車を焼き払っているデカ物に向ける。

 

チュドオオオオオオオオォォォンンン!!!

 

『アッー!』

『本部長ォォォォォォォォ!!!』

 

ナラクヴェーラが放った閃光の爆発と共に、父さんと見られる人影が空高く舞い上がった。

多分部下を庇って攻撃を喰らったんだろう…。ま、あの程度じゃ死なないから心配しないけど。

ひときしり破壊活動を終えるとナラクヴェーラの動きが止まる。どうやら当面の脅威を排除したと判断したようだ。

だが、頭部に目玉のようなのが、次の獲物を探すように絶え間なく動いている。

 

「アイランドガードは撤退できたか」

「そのようだね。君の父君も無事のようだ」

 

那月ちゃんにした質問に答えたのは、復活していたヴァトラーだった。

全身血だらけだが、その優雅さは健在なのが余計に腹が立つ。

 

「お前が答えんな!どうせ暴れる機会を伺ってたんだろうテメェ!」

「さすが勇。ボクのことをよく知っているじゃないか」

「いや、テメェのことを知ってる奴なら直ぐにわかるんだよ!」

 

だから熱い視線を向けるんじゃねぇ!鳥肌がマジで止まんねぇんだよ!

 

「つーか、浅葱達は無事なのか?」

「ああ、彼女達なら"オシアナス・グレイブ"に監禁されているようだよ」

 

またしても俺の質問に答えたのはヴァトラーだった。って待て待て。

 

「はぁ?お前の船にってどう言うことだよ?」

「恥ずかしながら、船を乗っ取られてしまったんだヨ」

 

飄々とした口調で告げるヴァトラー。嘘だ、コイツ思いっきり嘘ついてやがる…!そんな状況になったら船ごとテロリスト共を焼き払う筈だ。

この野郎自分から船を明け渡しやがったな…。つまりガルドシュの奴らを絃神島に連れてきたのはコイツか…。

 

「チッ後で覚えてろこの蛇が。そんじゃ浅葱達は頼むわ、那月ちゃん」

「無駄だとわかっているから止めはせんが。やるからには勝て、負けることは許さんぞ」

「当然!あんな鉄クズに負けるかよ!」

 

今まで優雅に日傘を回していた那月ちゃんが、真剣な表情で激励してくれる。

それに親指を立てて答えると満足そうな顔をする那月ちゃん。

 

「アスタルテこの馬鹿を頼むぞ」

「はい、教官」

 

アスタルテにそう告げると姿を消す那月ちゃん。あんまり馬鹿馬鹿言わないでもらいたい。結構傷つくから。

 

「他人の獲物を横取りするのは、礼儀としてどうかと思うな、勇」

 

そう言ってやんわりと抗議してくるヴァトラー。そこに古城が割って入る。

 

「それを言うなら、他人の縄張りに入り込んで好き勝手してるあんたのほうが礼儀知らずだろ。俺達がくたばるまでは引っ込んでろ、ディミトリエ・ヴァトラー」

「ふゥむ、そう言われると返す言葉もないな」

 

以外にもあっさりと引き下がったヴァトラー。だが、その瞳が真紅に染まっていた。

 

「それでは親愛なる勇と、領主たる君に敬意を表して、手土産をひとつ献上しよう。君達が気兼ねなく戦えるようにね―"摩那期"(マナシ)"優鉢羅"(ウハツラ)!」

 

ヴァトラーが解き放った膨大な魔力が二匹の蛇となって出現する。全長数十メートルにも達する荒ぶる海のような黒蛇と、凍りついた水面のような青い蛇である。

そして二匹の蛇が空中で絡み合い、一体の巨大な龍の姿へと変わる。

 

「二体の眷獣を合体させた!?これがヴァトラーの特殊能力か―!」

「そうだこの能力があるから、奴が真祖に最も近いと言われている」

 

複数の眷獣を合成し、強化する。この世にヴァトラーのみしか持ち得ない力である。

 

「まあこんなものかな」

 

ヴァトラーが満足そうに呟いて、荒れ狂う群青色(ぐんしょう)の龍を降下させた。

そしてサブフロートと、絃神島本体を連結するアンカーを一つ残らず破壊していく。コンクリートブロックと金属ワイヤーで頑強に造られたアンカーが、ガラス細工のように粉々に砕け散り、その爆発の余波でサブフロートは、ゆっくりと洋上を漂い始めた。

そして絃神島の本体にもかなりの被害が出ていた。

 

「うおらぁ!」

「オッフゥ!」

 

ヴァトラーの腹部を蹴りを入れると、奇妙な呻き声と共に吹き飛ぶ。

 

「な、ナニをするんだい勇」

「やかましい!テメェただ暴れたかっただけだろ!そして何をカタカナにするんじゃねぇし、嬉しそうにするな!」

「ふふ、君からご褒美が貰えて嬉しくてネ」

 

だめだコイツ完全にMに目覚めてやがる。どうしてこうなった。

 

「って言うかナラクヴェーラが動きだしたんだけど!?」

 

煌坂の声に振り返ると、周囲の瓦礫や鉄骨を蹴散らして、ナラクヴェーラが地表に這い出してきていた。

全体的に六本の脚を持ち戦車とアリを合わせたような姿をしている。

楕円形の胴体に、半球型の頭部が埋もれるような形でついており、その先端に触覚のような副腕が二本生えている。

装甲は土偶や銅鐸みたいな質感で「私は古代兵器です」的な感じを主張していた。

 

「ふゥむ。ボクの眷獣を脅威と判断して、活性化したようだな。なるほど、やはり自己防衛プログラムだけで動いているのか―」

「って、あいつが動きだしたのは、お前のせいかよ!?」

 

他人事のように呟くヴァトラーを睨んで、古城が絶叫した。

その間にもナラクヴェーラが迫って来る。

 

「暁古城!」

「ああ、くそっ!結局こうなるのかよ!」

 

剣を構えながらの煌坂の叫びに、やけくそ気味に叫びながら走り出す古城。

 

「俺達も行くぜぇアスタルテ!」

「はい、薔薇の指先(ロドダクテユロス)

 

俺は獅子王を抜刀し構え、アスタルテは自身の眷獣を身に纏い古城達の後に続いた。



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第九話

前回のあらすじ

内臓が飛び出ちゃうよぉぉぉぉ!!

 

分厚い装甲に覆われた六本の脚で装甲車の残骸を踏み潰し、周囲に立ち並ぶクレーンをなぎ倒すナラクヴェーラ。

頭部から放たれる真紅の閃光は、鋼鉄で覆われたサブフロートを易々と切り裂き、凄まじい爆発を引き起こしている。

俺が到着する前に姫柊が古城に電話で伝えた内容によると、現在のナラクヴェーラは危険と判断した物を無差別に攻撃する状態らしく、浅葱が制御コマンドを解析するまで時間を稼いで欲しいそうだ。

 

「足止めって言われてもなぁ。別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「何か嫌な感じがするからやめろ!」

 

冗談を言っている間にもナラクヴェーラが俺達を焼き払おうと閃光を放ってきた。

そしてそれを防いだのは何故か一緒に着いて来た煌坂だった。

姫柊と同じ未来視によって先読みしていた彼女は、手に持っていた剣で閃光を切り払った。

すると、閃光は見えない壁にぶつかったように遮られて消滅した。

 

「私の"煌華鱗"(こうかりん)の能力はふたつ―そのうちのひとつは物理攻撃の無効化よ。感謝しなさい、あんた達私がいなければあなたは今頃消し炭だからね!」

「つーか、何でお前が着いて来るんだよ!?」

「雪菜が時間を稼いで欲しいって言ってるんだから、私が協力するのは当然なんだけど!」

「いや、その理屈はおかしい」

 

彼女の任務はヴァトラーの監視なんだから、本来は奴の側にいるのが普通なんだが…。

そんなことお構い無しにナラクヴェーラへ肉迫し、彼女が持つには巨大過ぎる両手剣を脚へと叩きつけていく。

一撃とはいかないが、連続で切りつけていくうちに脚の一本がちぎれそうになると、同じ側にある脚を攻撃していく。

レーザー砲の死角に回り込まれたナラクヴェーラは、反撃できずに一方的に攻撃されている。

 

「んじゃ、俺もやりますか!」

 

獅子王を大剣にするとナラクヴェーラへと駆け出す。

接近する俺に反応したナラクヴェーラが閃光を放ってきたが、獅子王を横薙ぎに振るい打ち払う。

 

「今のこいつ(獅子王)に断てないものはあんまり無い!」

「あんまりかよ!?」

 

古城がツッコンでくるが、完全な状態じゃないから仕方ないんだよ。

攻撃後の隙を突いて肉迫すると、煌坂が攻撃している脚の反対側を三本纏めてすれ違い様に両断する。

するとナラクヴェーラがだるま落としのように地面に這いつくばった。

 

「トドメだ!」

 

胴体を両断しようと獅子王を振り下ろした瞬間、手に違和感を感じると獅子王が装甲に達する前に弾き返された。

 

「何!?」

 

ナラクヴェーラの装甲に奇怪な文様が浮かび上がり、淡い魔力の輝きが機体を覆った。

 

「斥力場の結界!?」

 

俺と同じように攻撃を弾かれていた煌坂の呻き声が聞こえてきた。

斥力場ってことは、俺達の刃が届く前に弾き返すように進化したってことかよ!?

 

「自己学習機能だと!?チィッ!やっかいな!」

 

そうしている間にもナラクヴェーラが、自身の周囲を焼き払うようにレーザーを照射してきた。

俺はバク転しながら避けたが、動揺していた煌坂は逃げ遅れてしまっていた。

思わず逃げろ!と叫ぶが、恐怖で固まってしまった煌坂は煌華鱗で防ぐことも出来ずに焼き払われる寸前に、古城が煌坂を突き飛ばした。

煌坂を庇った古城は左の太ももを抉り取られてしまっていた。そんな古城を煌坂が心配しているが、その間にもナラクヴェーラあの背中の装甲がゆっくりと開いていく。

どことなくカブトムシが飛び出そうとする姿を連想させる。

 

「野郎、飛ぶ気か!アスタルテ抑えろ!」

「はい」

 

装甲内部のスラスターが火を噴き、徐々に上昇していくナラクヴェーラ。ここから市街地まではほんの数キロ。一度飛び立てば一瞬で到達されてしまう。

ここで食い止めねばならないので、アスタルテに押さえ込むように指示すると、薔薇の指先(ロドダクテユロス)でナラクヴェーラを掴み引き摺り降ろそうとする。

対するナラクヴェーラはアスタルテを排除しようと触覚からレーザーを放とうとする。

 

「させるかよ!」

 

大剣形態の獅子王をブーメランのように投げつけ触覚を切断し、戻ってきた獅子王を掴む。

そして古城が右腕を頭上に掲げると、その右腕が鮮血を噴出した。

 

「―叩き落とせ、"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)!」

 

古城の呼びかけに応えた雷光の獅子が宙を駆け、獲物であるナラクヴェーラの頭上から襲い掛かる。

アスタルテがナラクヴェーラを離して離脱し、天災にも匹敵する一撃が炸裂した。

だが、ナラクヴェーラの機体はその一撃に耐えていた。左右の翅は砕け散り、脚は完全にちぎれ、装甲の大半は吹き飛ばされても、爆発せずにどうにか原型を保っていた。

一撃で粉砕出来なかったのが不満だったのか、咆哮を上げながら"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)が、急降下した勢いのままにナラクヴェーラを地面に叩きつけた。

中空構造のサブフロートが耐え切れない程の衝撃と共に、ナラクヴェーラが砲弾のように地下深くめり込んでいった。

無論そんなことになれば俺達もただで済む訳がなく―

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

俺達の立っている地面が陥没し始めたので、アスタルテを抱えると全速力で安全圏まで離脱する。

 

「うおおおっ!?」

「バカーっ!?」

 

崩落していく地面と共に落下していく、古城と煌坂の絶叫がやけに鮮明に聞こえた。

まあ、あの二人なら大丈夫だろうけど。

 

「こらぁ!やりすぎだろお前!たまには加減しろよな!ん?「そんなの関係ねぇ!」ってお前ねぇ!あ、こら!逃げんなぁ!」

 

事態の元凶である"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)に抗議するとそっぽを向いて消えおった。あんにゃろう…。

 

「と言うかナチュラルに眷獣と会話出来るんですね」

「古城のとはね。ちょいと前に色々とあってね。とにかく、これでナラクヴェーラも大人しくなるだろうさ」

 

そんな話をしていると、サブフロート内で轟音が鳴り響いた。

 

「ぬお!何だ!?」

「勇さん、あれを」

 

アスタルテが海面を指差した方を見ると、徐々に盛り上がっていっており、やがてナラクヴェーラが盛大な水しぶきを上げながら姿を現した。

 

「うげっ!?何であいつが海から現れるんだよ!」

「恐らく、サブフロート内の壁を破壊して脱出したのだと思われます」

「泳げんのかよあれ…。ホント面倒臭いなぁ」

 

余りの万能さに嫌気が差している間にも、ナラクヴェーラが迫って来る。

迎え撃とうと構えた瞬間、絶叫にも似た獣の遠吠えと共に地面が吹き飛び体が宙へと舞い上がった―

 

「ぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

吹き飛ぶ直前に抱きしめたアスタルテと共に空中に投げ出されると、暫く慣性によって上昇し、重力に引き寄せられ落下していく。いやいやいや!死ぬっ死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 

「ぬどらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

自身の周りに舞っている瓦礫や鉄骨を足場にして、減速しながら着地する。あっ生きてるって素晴らしいね。

 

「あ、あの勇さん」

「む?どしたアスタルテ?」

 

生を実感していると、頬を赤らめながら恥ずかしそうに声を掛けてきた。

 

「その、そろそろ降ろして下さい」

「ああ、悪い悪い。よっと」

 

お姫様抱っこしていたアスタルテを降ろすと、状況を確認するために周りを見渡す。

まず目に付くのは緋色の(たてがみ)を持つ双角獣(バイコーン)である。

 

「やっぱりお前か!双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

第四真祖9番目の眷獣であり、身体そのものが振動であるため、常に高周波振動を撒き散らす能力を持っているのだ。

この惨状は、コイツがサブフロート内の壁を破壊まくった結果であろう。

 

「久しぶりに出てきたと思ったらこれだよ!ほんっとお前らは周りの迷惑を考えないな!あ?「いちいち騒ぐな。だから小さいんだ」だと!?身長のことは言うなよ!すげー傷つくから!」

 

こっこの野郎!人が気にしていることを言いやがって!俺にも我慢の限界があるぞ!

 

「待て待て!お前らが喧嘩してもしょうがないだろう!落ち着けって!」

「離せ古城!人にはやらねばならんことがあるのだ!」

 

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)に飛び掛ろうとすると、古城に羽交い絞めにされて持ち上げられてしまう。

くっ!こうも軽々と持ち上げられてしまうとは屈辱なり!

 

「身長くらいで怒るなよ!きっと直ぐに伸びるって!」

「気休めを言うくらいなら牛乳を寄越せぇ!」

 

こちらとら、身長が伸びなくなってから毎日1パックは飲んでんだよ!那月ちゃんに「勇、いい加減に現実を見ろ。もういいんだ」って優しく諭されても諦めねえぞ俺は!

 

「そんなことどうでもいいから、早く戦いなさいよあんた達!」

「いいかげんにしないと海に投げ捨てますよ?」

 

と言い争っている間、ナラクヴェーラのレーザーを防いでいた煌坂とアスタルテから、お怒りの言葉が飛んできた。

 

「畜生ォ!俺にとっては大事なこと何だよキィィィィィィィィック!!」

 

跳躍してナラクヴェーラを蹴り飛ばすと、直ぐに追いかけて脚を掴むと回転しながら勢いをつけると、空中へと放り投げる。

 

「古城!」

「ああ!双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

古城が双角の深緋(アルナスル・ミニウム)に命令すると、緋色の双角獣(バイコーン)が咆哮し衝撃の弾丸を放った。

宙を舞っていて身動きの出来ないナラクヴェーラに弾丸が命中する。装甲が砕け散り、骨格がへし折れ、急激に圧縮された周囲の空気が、数千度の高温となって機体を焼き尽くした。

そのまま空高くはじき出され、地面に叩きつけられたナラクヴェーラは見るも無残な姿になっていた。

 

「やば…中の操縦者は…死んだ、か?」

 

叩き潰したナラクヴェーラを見て慌てている古城。

そう言えばあれって人が乗り込めるんだっけね。海から出てきてから動きが人間臭くなってたし。

 

「獣人の生命力なら、あの程度で死にはしないわ。当分は身動き出来ないけどと思うけど」

 

動揺している古城に煌坂が叫ぶ。

 

「それよりも、あっちの五機を!操縦者が乗り込む前に潰して!」

「お、おう」

 

煌坂が指した先に俺達が戦っている間に、接舷していた"オシアナス・グレイブ"から五機のナラクヴェーラが運び出されていた。

まだ、誰も乗り込んでいない状態なので、今なら容易く破壊できるだろう。

と思って双角の深緋(アルナスル・ミニウム)が突っ込んでいくのを見守っていると、"オシアナス・グレイブ"の後部甲板から円盤状の物体が、双角獣(バイコーン)へと飛来し爆発した。

どうやら戦輪(チャクラム)と呼ばれる投擲武器に似たミサイルらしい。

 

「あれは―」

 

後部甲板を突き破って現れたのはナラクヴェーラに似ているが、脚が八本と、三つの頭。そして女王アリのように膨らんだ胴体を持ったデカ物だった。

突進を邪魔されて怒り心頭の双角獣(バイコーン)が威嚇するように吼えると、デカ物だったの胴体を覆う胴体が割れて先程の戦輪(チャクラム)が迫り出し、一斉に打ち出された。

それに対抗して双角獣(バイコーン)が衝撃波を放出し迎撃すると、周囲一帯で激しい爆発が巻き起こった。

さらに爆炎で目標を見失った戦輪(チャクラム)が市街地へと降り注ぐ。

 

「野郎無茶苦茶しやがるな!」

「なんて…ことを…」

 

ここら周囲の避難は完了しているはずだが、気分のいいものではないな。隣にいた古城も怒りに任せて地面を殴っていた。

そして、動き出した女王ナラクヴェーラがサブフロートに上陸すると、残るナラクヴェーラも動き出し俺達を包囲しだす。

 

「ふぅ。さすがに疲れたし、そろそろ終わりにするか古城?」

「ああ、どいつもこいつも好き勝手にしやがって、いい加減こっちも頭にきてるんだよ!」

 

煮えたぎるような本気怒りが古城の体を包み込んでいた。それが古城の闘争心に火をつけ、真祖の"血"を滾らせている。

 

「相手がテロリストだろうが、古代兵器だろうが関係ねぇ。ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

禍々しい覇気を纏った古城の左隣に煌坂が立つ。

そして右隣には、当然そこにいるべきというような自然さで小柄な影が歩み出る。

 

「―いいえ、先輩。私達の(・・・)、です」

 

雪霞狼を構えた姫柊が拗ねたように古城を見上げていた。

 

 



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第十話

書いてたら無駄に長くなってしまったでござる。


前回のあらすじ

小さいと言うな

 

「ひ…姫柊?」

 

古城が突然現れた姫柊の名前を呼ぶと、無感情な冷たい瞳で小首を傾げる姫柊。怖いです、はい。

 

「はい。何ですか?」

「え、と…どうしてここに?」

「監視役ですから。私が、先輩の」

 

倒置法で強調しながら、槍の穂先を古城に向ける姫柊。無表情で古城と煌坂と緋色の双角獣(バイコーン)を見比べている。

 

「新しい眷獣を掌握したんですね、先輩」

 

抑制のない冷たい声で姫柊が訊くと、古城と煌坂が目を合わせる。

 

「あ、ああ。何故か、色々とあってこんなことに」

「そ、そう。不慮の事故と言うか、不可抗力的な何かがあって」

 

互いにそう言い訳すると、助けを求めるようにこちらを見てくる。こっち見んな。

 

「だそうですが、神代先輩」

 

何で止めなかったんですか?と目で訴えながら俺に槍を向けてくる姫柊さん。オラは悪くねぇだ。

 

「当方の感知しない場所で行われたことなので、責任は負いかねます」

 

両手を挙げながら無実を訴えると、判って下さったようで槍を古城へ向け直す姫柊さん。た、助かった…。

 

「浮気が発覚した夫婦と浮気相手の言い訳に巻き込まれた友人、ですか。興味深いです」

 

俺の背に隠れていたアスタルテがじーっと、古城達のやり取りを観察していた。

 

「楽しそうに見なくてよろしい。何を期待しているんだ」

「略奪愛と言う言葉を知っていますか?」

「…お前は昼ドラの見過ぎだ。つーかそんなドロドロしたものだったか昼ドラって?」

 

そういうことは学習しなくていいんだが。てか無表情の筈なのに、獲物を定めた野獣のような目で見られたような錯覚を覚えたぞ。

とか話している内に姫柊が溜め息を吐くと、ナラクヴェーラに雪霞狼を構え直していた。

 

「では、その話はまた後で。まずは彼らを片付けましょう」

「あ、ああ」

 

そうしようそうしよう、と頷く古城。妻の追及を一先ず逃れて安堵している夫の図である。

 

「んじゃま。こっからはクライマックスといきますか、アスタルテ!」

 

アスタルテに合図すると、薔薇の指先(ロドダクテユロス)の手の平に飛び乗る。

そして宙高く放り投げられると、女王型目掛けて落下していく。

それを阻もうと小型がレーザーを放ってくるが、大剣形態の獅子王を盾にして受け流す。

そのまま落下し、女王型を間合いに捉え獅子王を振り下ろすが、後方に飛び退かれて避けられてしまう。

 

「チッ!思ったより素早いな」

 

思わず舌打ちしていると、女王型から戦輪(チャクラム)が飛んできたので、獅子王を横薙ぎに振るい風圧で吹き飛ばす。

 

「さすがにやるではないか、アルディギアの英雄!」

 

薙ぎ払った戦輪(チャクラム)の爆発音が響く中、女王型からガルドシュの感心したような声が聞こえてきた。

やはり女王型には奴が乗り込んでいるようだが―

 

「感心するのは結構だが、俺ばかり気にしてると怪我するぜ」

「何?」

 

ガルドシュが疑問の声を挙げていると、俺の頭上を雷光の獅子が飛び越えて来る。

小型を薙ぎ払いながら、"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)が女王型に突進し、一緒に海へとダイブする。ってそんなことしたら―

 

「うおっと!?」

 

"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)を電流が水蒸気爆発を起こし、巨大な水柱が巻き起こり、豪雨となって降り注いだ。

 

「冷て!?おい古城何やってんだ!気をつけやがれ!」

「わ、悪りぃ!でも、こいつら加減ってのを知らねぇんだよ!」

「泣き言いうな!男ならやってみせい!」

「無茶苦茶だ!」

 

古城と言い合ってると女王型が海面から起き上がり始めた。

 

「寝てろボケェ!」

 

女王型目掛けて飛び上がり、踵落としで再び海に沈める。

 

「古城!」

「行け!"双角の深緋"(アルナスル・ミニウム)!」

 

古城が双角獣(バイコーン)へ命ずると、衝撃波で海を割っていく。

続いてあらわになった女王型へと衝撃波の弾丸を叩き込んだ。

直撃した女王型は海底に押し込まれて巨体の半分が埋もれ、割っていた海が元に戻りその姿を覆い隠していった。

 

「やったか…」

 

古城が脱力しながら呟く。さすがに二体の同時制御に疲れたようである。

 

「残念だが、まだ終わりじゃないぞ」

「え?」

 

古城が間抜けな声を挙げていると、真紅の閃光が飛来して来た。

 

「ボサッとしてんじゃないわよ、暁古城!」

 

油断していた古城の前に煌坂が立ち、持っている剣で閃光を防ぐ。

"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)に破壊されたはずの小型が、再び動き出していたのである。

さらに最初に"双角の深緋"(アルナスル・ミニウム)が破壊した一機も立ち上がっていた。

 

「自己修復…!?あんな状態でも復活出来るのか!?」

「それだけじゃないわ。破損した装甲の材質を変化させて、振動と衝撃への抵抗を増してる。あなたの攻撃を解析して対策してるのよ」

「さすが"天部"が造っただけのことはあるねぇ。面倒くさいことこの上ねぇな」

 

しかも他の機体同士で情報をやり取りして共有してるみたいだ。たとえ一機壊しても他の機体がその情報を元に進化し、自己修復によってやがて自身も進化するか、マジ面度くせぇな。

 

"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)の攻撃に耐えたのも、すでに学習を終えてたせいか。攻撃を受けるたびに強くなる…って、そんなものどうやって倒せばいい!?」

「いや、対策はある。そうだろう姫柊?」

 

そういって視線をう姫柊へと移す。

先程から落ち着いている様子から、何かしらの対応策を知っているのだろう。

 

「はい、あります」

「本当か姫柊!?」

「さっすが私の雪菜!」

 

力強く頷く姫柊に歓喜の声を挙げる古城と煌坂。つーか「私の」は関係無いだろう煌坂よ…面倒だからツッコまんが。

 

 

「―そうですよね、モグワイさん」

 

姫柊が取り出した薄桃色のスマートフォンに呼びかけると、機械的な声で返事があった。

 

『おう。浅葱嬢ちゃんが、逆襲の段取りをきっちり済ませておいてくれたからな』

「浅葱が…?」

 

告げられた名前に唖然としている古城に構わず、姫柊が説明を続ける。

 

「藍羽先輩は、ナラクヴェーラの制御コマンドを解読しながら、こっそり新しいコマンド(・・・・・・)を作ってたんです」

『ナラクヴェーラの自己修復機能を悪用して、連中を自滅させる―一種のコンピューター・ウィルスだな。名付けて『おわりの言葉』ってところか』

「ウィルスって…そんな簡単に作れるものなのか?」

「普通なら無理だが…」

 

人が造った物ですらないのだから、そもそも石版の解読すら出来る筈が無いのだが…。

 

『それを作っちまうのが、あの嬢ちゃんのおっかねえところでな…"電子の女帝"を本気で怒らせたのが、テロリスト共の運の尽きってやつだ。お前さんもせいぜい嬢ちゃんの機嫌をそこねないように気をつけるんだな。ククク…』

 

モグワイがからかうような口調で言うと、古城は黙って肩をすくめ。

 

「それで、俺達は何をすればいいんだ、姫柊?」

「ナラクヴェーラは音声コントロールです。女王ナラクヴェーラの中に入って、藍羽先輩が作った音声ファイルを流せば、すべての機体が停止するはずです」

 

そう言って姫柊が海へと視線を向けると、海底に沈んでいた女王型が自己修復を終えて這い上がってきていた。

 

「あのでかい奴の中に入る…って、どうやって?集中砲火の餌食だぞ。せめてあいつらの動きを止めないと…」

「ちっこい方は俺が引き受けるから、その間にデカ物を止めな古城」

「それじゃお前が危険過ぎるだろう。それなら俺がやるよ」

「いらん心配すんなっつうの。陽動なら小回りのきく俺が適任だろうよ」

 

回復力なら古城が上だが、陽動なんて細かい作業は俺の方が向いてるから、現状それが最善なんだよ。

 

「いいえ、ナラクヴェーラの動きは私が止めるわ」

 

そう言って煌坂が前へ歩み出る。

 

「出来るのか煌坂?」

「ええ。"煌華鱗"のもう一つの能力見せて上げるわ」

 

俺が問い掛けると自身満々に答えた煌坂が剣を前に突き出すと、刀身が前後に割れた。さらに、鍔に当たる部分を支点ににして、割れた刀身の半分が百八十度回転し、銀色の強靭な弦が張られた。西洋式の弓へとその姿を変える。

そして自らの太腿に巻いていた革製のホルスターから、金属製のダーツを取り出した。それを右手で一閃すると、銀色の矢へと伸び変わる。

 

六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)。これが"煌華鱗"の本当の姿よ―」

 

新しい玩具を自慢する子供のような表情で、煌坂が笑う。

それを見た古城がドキッとしたような顔をし、姫柊に冷めた目で睨まれていたが…。

そんな二人を置いて、流れるような美しい仕草でやをつがえ、力強く弓を引き絞っていく煌坂。

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

姫柊とは違った祝詞を紡いでいくと、"煌華鱗"が彼女の呪力を増幅し矢へと装填している。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり―!」

 

祝詞を紡ぎ終わると、矢を空へと撃ち出す。

大気を引き裂く甲高い飛翔音が、慟哭の声にも似た忌まわしい遠鳴りへと変わった。音を武器とする能力、つまり―。

 

「鏑矢、か。あの音は詠唱だな」

「そう、人体では唱えられない喪われた秘呪を詠唱するために開発されたのが"煌華鱗"よ」

 

鏑矢が唱えた呪文がサブフロートを覆う魔法陣を形成し、そこから膨大な"瘴気"がナラクヴェーラへ降り注ぐ。

すると機能を阻害された古代兵器が地面に伏せていく。

 

「先輩!」

「勇さん」

 

姫柊が銀の槍を閃かせ、アスタルテが眷獣を身に纏い駆け出し、俺と古城がその後に続く。

俺や古城の体でも耐え切れるか判らない瘴気を、雪霞狼とその能力をコピーしている薔薇の指先(ロドダクテユロス)で無効化しながら女王型目掛けて突き進んで行く。

ちなみに獅子王は持ち主が断てると思ったものを切断する能力なので、獅子王で瘴気を薙ぎ払っても分断するだけで無力化出来ないのである。

 

疾や在れ(きやがれ)"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

古城が呼び出した雷光の獅子と緋色の双角獣(バイコーン)が左右から女王型へと襲い掛かる。

雷撃でも無い。衝撃波でも無い、左右からの同時攻撃が生み出した膨大な爆圧が女王型を粉砕した。

女王型が機能停止したので、小型の方も動かなくなった。

 

「眷獣二体による同時攻撃かやるじゃないの」

「ああ、ヴァトラーの奴の真似をしてみたんだが、上手くいったぜ」

 

なるほど、あの蛇の合成眷獣を見て思いついた訳ね。単体での攻撃は学習されたけど、二体の力を合わせれば通用するって踏んだのか。

 

「んじゃ。後は俺に任せて貰いますか!」

 

そう言って女王型のコックピットに視線を向けると、獣人化したガルドシュが姿を現す。

体が血まみれで右腕に切断された後があるが、おそらく姫柊が合流前につけた傷だろう。

 

「やられた借りは返させてもらうぜ、オッサン!」

「来い!アルディギアの英雄よ!」

 

ガルドシュ目掛けて駆け出すと、呼応するように女王型から飛び降り左手でナイフを引き抜いてきた。

 

「ふん!」

 

加速した勢いのまま日本刀形態の獅子王を振り下ろすが、体を軽く捻っただけで避けられてしまう。

そして左手のナイフが喉元を裂こうと振るわれるが、刀を振り下ろした勢いを殺さずに前転して回避する。

 

「―はははっ!戦争は楽しいな、アルディギアの英雄よ!」

 

狂ったように笑いながらナイフを突き出してくるガルドシュ。

暴風のような猛攻を慌てることなく見切りながら、ナイフを切り落とそうとするが、読まれているようで簡単に切り結ばせてくれない。

さすがに数多くの戦場を渡り歩いてはいないようだな。だが―。

 

「負ける気は無いんだよ!!」

 

負けじと獅子王を繰り出していく。互いの闘志がぶつかり混じり合っていった―。

 

 

 

 

 

「ねえ、暁古城」

「何だよ煌坂?」

 

目の前で繰り広げられている激闘を見ながら、紗矢華が古城へ問い掛ける。

 

「いや、あれって加勢しなくていいの?」

 

そう言って勇とガルドシュの方を指差す紗矢華。

 

「あー、アイツが『任せろ』って言ってたし、大丈夫だろう」

 

頭を掻きながら答える古城にふぅんと納得した様子の紗矢華。

実際に割って入れと言われても、遠慮願いたいので別にいいのだろう。

 

「先輩こちらは終わりました」

「ああ、お疲れ姫柊」

 

こちらに駆け寄って来る後輩に労いの言葉を掛ける古城。

勇が戦っている間に、女王型のコックピットに乗り込み『おわりの言葉』を流していたのである。

弱弱しい泣き声が流れ出すと、すべての古代兵器が朽ちた木のように地面に転がっていった。

自己修復機能の暴走によって、自分自身を砂へと変換していくナラクヴェーラ。

だが、ガルドシュにとっては最早どうでもいいことなのだろう。ひたすらに勇との戦いに没頭していた。

 

「あの、本当に私達見ているだけでいいんでしょうか?万が一と言うこともありますし…」

 

勇が心配なのだろう。先程紗矢華が質問したことを古城する姫柊。

そしてそれに答えたのは古城ではなくメイド服を着た少女だった。

 

「問題ありませんミス・姫柊。あの人は必ず勝ちます」

 

勇の従者アスタルテは主の勝利を確信した目で見守っていたのだった。

 

 

 

 

 

「ぬおらぁ!」

 

何回目になるか判らない斬撃を避けられる。

お返しと言わんばかりに突き出されるナイフを紙一重で避けると、どちらともなく距離を置いた。

互いの体には無数の切り傷が出来ており、そこから流れ出る血でその身を赤く染めていた。

 

「おい、ナラクヴェーラが壊されたがいいのか?」

 

チラッと視線を横に逸らすとナラクヴェーラが砂となって風に流されていく。古城達がやってくれたようだ。

 

「ふはは!もう、そんなことはどうでもいい!今、この瞬間を楽しめればなぁ!」

 

そう言って狂ったように笑うガルドシュ。最早奴にとって第一真祖打倒やら何やらはどうでもいいらしい。随分楽しそうである。

 

「そう言えばさっき、戦争は楽しいっていってたなあんた」

「ああ、そうだ!命のやり取り以上に心躍ることがあるか!そうだろうアルディギアの英雄!戦っている時のお前の顔は実に楽しそうだぞ!」

「ま、否定はしねぇな」

 

実際に戦っている時は言いようの無い高揚感に包まれるし、強敵に会えれば心躍るさ。

 

「けどよ。そんな人生つまんねえし、戦わずに済むならそれが一番だって俺は思う」

 

戦いで得られる幸せ何て一瞬だ。次の快楽を得るために戦たって自分を傷つけてやがて壊れちまう。そんな生き方俺は嫌だね。

 

「ならば、何故お前は戦う!何のために命を掛ける!」

「戦い以外だって、楽しいことはいっぱいある。家族や友達、好きな人と笑っていたい人がいるんだ。でも、世界はそんな当たり前の幸せを理不尽に奪おうとする奴らがいる。そんな理不尽に抗いたくても抗えない人達がいる。だから、そんな人達のために俺は戦う!」

 

そう言って上段の構えを取る。正直体力の限界なので、次の一撃で終わらせる。

 

「ハッハッハァッ!面白いことを言う!ならば見せてみろお前の覚悟をッ!」

 

受けて立つと言わんばかりにナイフを構えるガルドシュ。どうやら向こうも限界らしい。

静寂が場を包む、どちらも仕掛けるタイミングを伺っているのだ。

そして砂となったナラクヴェーラが、俺たちの間を通り過ぎると同時に互いに地を蹴った。

 

「チェストォォォォォォォォオオオ!!!」

「ヌオォォォォォォォォォォオオオ!!!」

 

互いの刃が交差し、駆け抜けたまま時が止まったように動かなくなる。

少しの間の後、ガルドシュの体が崩れ落ちた。

 

「ふぅ…」

 

残心を解き刀を鞘に納めると、ガルドシュへと歩み寄る。

ちなみに殺してはいない。獅子王は持ち主が断つと思ったものだけを切断する刀、逆に断たないと思えば切断することは無い、つまり峰打ちが簡単に出来るのだ。便利だね。

 

「敗れ、たか…」

 

仰向けに倒れているガルドシュが掠れた声で語りかけてきた。つーかまだ意識があったのか、タフだねぇ。

 

「よっと。どうだい満足したかい?」

 

ガルドシュの隣に座り込んで問い掛けると、はははっと笑うが先程までの狂気じみたものではなく、憑き物が落ちたような晴れやかさだった。

 

「ああ、十分だ。最早思い残すことは無い」

「そうかい。で、一つ聞いておきたいんだが」

「何だ?」

「学校で俺を撃った時、何で俺を生かしたんだ?」

 

そう、あの時俺を殺すことが出来たのにしなかった。その理由を知っておきたかった。

 

「…お前を見ていると、昔を思いだして、な」

「昔?」

 

よっと体を起こして胡坐をかいて、懐かしむように告げてくるガルドシュ。

え、もう起き上がれるの?マジでタフ過ぎね?

 

「ああ、私も昔は多くの人の幸せを守りたくて軍人となったのだ…」

「そう言えば元は軍人だったけか、あんた」

「そうだ。だが、聖域条約が締結されてからは同族が虐げられていくのが許せなかった」

「だからテロリストになったのか?」

「少しでもこの世界を変えたくてな…。だが、戦っていく内に何のために、だれのために戦っているのか判らなくなってな。やがて戦いの快楽に溺れて、自分がどこに向かっているのかすらも判らなくなってしまった」

 

自嘲気味に笑うガルドシュ。その姿は許しを請うているようだった。

 

「自分で自分を止められなくなっていく、そんな中お前と出会った。その真っ直ぐな目を見て、お前なら私を止めてくれるかもしれんと思ってな」

「迷惑極まりないなオイ」

 

おかげで死に掛けたんだぞこっちは。

 

「自覚している。許せとは言わん、私の我がままにつきあわせてすまなかったな」

「ま、もう終わったことだし、別にいいけどさ」

 

肩を竦めてそう告げるとはははと、どちらともなく笑っていた。

 

「楽しそうに話している所悪いけど、お邪魔させてもらうヨ」

「ん、ヴァトラーか、てか今まで何してたんだよお前」

 

背後から声がしたので振り返ると、いつの間にか近づいてきていたヴァトラーがいた。戦い始めてから姿を見ていなかったなそういや。

 

「何、君の戦う姿に見取れていただけさ」

 

うっとりとした表情で優雅に前髪を掻き上げるヴァトラー。キモイとしか言いようがなかった。

 

「…何か用か?」

 

コイツとは関わりたくないので、さっさと消えてもらいたい。

 

「黒死皇派の身柄は、ボクが引き取らせてもらうけどいいよね。彼らは戦王領域の法で裁く。船も沈められてしまったし、せめてそのくらいの働きはしないとボクの沽券に関わるからね」

「お前の沽券が今更どうなろうが知ったこっちゃ無いが…。どうせ断っても無駄だろうけどよ」

 

そう言って視線をガルドシュに移す。とりあえず本人の意見も聞いておきたい。

 

「構わんさ。この男が日本政府に引渡しを要求することも出来るのだからな」

 

肩を竦めて自力で立ち上がりるガルドシュ。最初からこうなるって判ってた訳か。

 

「そうそう。彼らを処刑したりはしないから、安心してくれ。ボクの命を狙ってくれる貴重な強敵(とも)を、殺したらつまらないからね」

「言っておくが、私はもうそんなつもりはないぞ」

「それは残念。ま、いいさ勇が悲しむことはしたくないからね」

 

ガルドシュがそう告げると、残念そうに肩を竦めるヴァトラー。

 

「だったら、早くこの島から出ていけや」

「それは出来ないな。君と式を挙げて連れ帰るまではね。いや、ボクがこの島に住むのもありか…」

「もういいから、さっさと逝けやボケェ!」

 

不吉過ぎることを言っているヴァトラーを殴り飛ばすと、海面に着水し沈んでいった。

 

「もう二度と上がってくるんじゃねえぞ」

「勇」

「ん?どしたオッサン」

「友を大切にしろよ。そうすればお前が道を外すことはあるまい」

 

古城達を見ながら告げてくるガルドシュ。ちなみに姫柊さんの事情聴取が再会され、必死に言い訳している古城と煌坂だった…。

 

「ああ、しっかりと罪を償ってこいよオッサン」

「うむ。さらばだ"友"よ」

 

そう言って、やって来たアイランド・ガードに連行されていくガルドシュ。

一先ず日本側で確保して戦王領域に送られるのだろう。

 

「勇さん」

「アスタルテ、君もお疲れ様」

「はい、では行きましょうか」

 

隣にやって来ていたアスタルテに労いの言葉を掛けると、何故か襟を掴まれて引き摺られていく。

 

「え?行くってどこにですかアスタルテさん?」

「無論、病院です。しっかりと療養してもらいます」

「いや、大丈夫だって家一晩寝れば「ならMARの研究所にお連れしますが?」判りました!行きます!病院に行きますから、あそこはやめてぇぇぇぇ!!」

 

深森さんの所に行ったら確実に女装させられちゃうから!それだけは嫌じゃぁぁぁぁぁ!

 




何か最後ら辺ガルドシュさんのキャラ変わり過ぎたかも…。
とにかく次回で戦王の使者編終了予定です。


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エピローグ

これで戦王の使者編は終了です。


前回のあらすじ

さっさと逝けやボケェ!

 

「まさか、本当にベットに括りつけられるとは思わなんだ」

 

ガルドシュが逮捕され、病院に連行され後、待ち構えていた那月ちゃんの鎖でベットに括りつけられたでござる。

 

「自業自得だ。安静にしろと言われても、言うことを聞かんだろうお前は」

「だって、じっとしてるの嫌なんだもん」

 

丸椅子に腰掛けて呆れたように告げてくる那月ちゃんに反論すると、思いっきり溜め息を吐かれたでござる。

 

「お前はもっと自分の身を心配しろ。暁古城のように不死身と言う訳じゃないんだ。今回だって死んでいてもおかしくないんだぞ?」

 

俺の頭を撫でながら不安を滲ませた表情で話す那月ちゃん。普段の尊大な態度とは違い、本当に心配してくれているようだ。

 

「うーごめん。でも、今更生き方を変える気は無いよ?」

「わかっている。必ず帰るって約束さえ守ってくれればな」

 

そう言って今度は強めに頭を撫でる那月ちゃん。くすぐったいけど、心地いい感触に自然と笑顔になる。

暫くそうしているとドアがノックされる。

 

「は~い。どうぞ~」

「失礼します。お二人をお連れしました」

「お邪魔するわよ勇君」

「お邪魔しますでした」

 

 

ドアが開かれるとアスタルテと、彼女に案内されて来た委員長と夏音が入って来た。

 

「わざわざ見舞いに来てくれてありがとうね~」

「勇君の怪我に比べたら、これくらい大したことないわよ」

「怪我は大丈夫でしたかお兄ちゃん?」

 

包帯だらけの体を見て心配そう表情をする二人。何時ものことながら申し訳ない。

 

「二人共大丈夫だって、これくらい一晩寝れば大体治ってるから」

 

あははと笑っているときゅるるるる~と腹の虫が鳴った。そう言えばお昼ちょっとしか食べてなかった…。

 

「あう~」

「お昼途中だったもんね。ちょうどよかった果物食べる?」

「食べる~」

 

委員長が持っていたカゴから果物を取り出してくれる。わーい美味しそう!

喜んでいると、再びドアがノックされた。古城達かな?

 

「は~い。どうぞ~」

「お邪魔するよいさ「帰れ」いきなり酷いじゃないカ」

 

ホモラーが現れた!勇は帰れの呪文を唱えた!しかし効果は無いようだ…。

堂々と入室し持っていたバラを差し出してくる。

それをしょうがねえなといった感じで受け取るアスタルテ。

 

「蛇使い、取り調べはどうした?」

「ああ、外交特権ってやつだよ」

「「「チッ」」」」

鬱陶しそうに問いかける那月ちゃんにおどけた様に答えるホモラー。

わかりきっていたことだが、思わず舌打ちしてしまう俺と那月ちゃんにアスタルテ。

 

「あの、すいませんがあなたは?」

 

ヴァトラーと初めて会う委員長が尋ねる。夏音も興味深そうに見上げていた。

 

「ボクの名はディミトリエ・ヴァトラー。勇の存在に心奪われた男さ!」

 

何の恥ずかしさも感じさせない態度で言い放つクソッタレに、どう反応していいかわからない二人。

 

「こいつは無視してればいいから二人共」

「そう邪険にしないでくれよ。あんなに深く愛し合った仲じゃないか」

「殺し合ったの間違いだろうが…」

 

どうしてあれからこうなったのか。訳がわからないよ。

 

「初めて君と戦った時感じたのさ。君ならボクの全てを満たしてくれるとね!」

「はい、勇さんりんご切り分けましたよ」

「わーい。うさぎさんだ」

 

ヴァトラーが何か言っている間に、アスタルテがりんごをうさぎさんの形に切り分けてくれた。

 

「相変わらずツンデレだね。だが、それがいい!それでこそ落としがいがあるよ!」

「うるせーよ!ホント何しに来たんだよお前は!」

 

さっきから喧しすぎてうさぎさんを味わえねぇんだよ!

 

「ああ、君と話せるのが嬉しくて忘れてたよ。君に伝えたいことがあってね」

「どんだけだよ…」

 

こいつにそんなに好かれても毛ほども嬉しくないんだが…。

 

「まあ、いいや。で何だよ?下らないことだったミンチにするぞ」

「実はここ(絃神島)に戦王領域の大使館を開設することになってね」

「ふーん。まっおかしなことじゃないな」

 

第四真祖(古城)がいる以上これからも騒動は起き続けるし、監視のために設置するだろうね。

そしてその瞬間、途轍もない悪寒がしたので、恐る恐るヴァトラーに問い掛ける。

 

「ちなみに大使は?」

「ボクだよ。あ、これその書類ね」」

 

懐から取り出した封筒の中の書類を見せてくる。色々と細かいことが書いてあり、最後ら辺にこう書いてあった。

 

―特命全権大使 アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー―

 

読み終わった瞬間、意識が遠のいていった。

 

「あは、あはは。綺麗な蝶蝶が飛んでるよ~」

「しっかりしろ勇!気をしっかりと持つんだ!現実から目を逸らすな!」

 

那月ちゃんの猛烈な往復ビンタによって意識を引き戻される。てか痛い!もう十分だから!

 

「いたたたた」

「す、すまんやり過ぎた」

「いや、大丈夫。おかげで助かったから…」

 

腫れ上がった頬を見て、やり過ぎたって顔をする那月ちゃん。

でも、そうでもしなければ今頃精神が崩壊していただろう。マジで危なかった…。

 

「ふふ、そんなに喜んでくれるなんて、直接伝えに来た甲斐があったよ」

「違ぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉっ!ふっざけんな!テメェと同じ土地で暮らすなんて死刑と同じなんだよ!クソッ!那月ちゃんこの鎖解け!コイツこの世から消すから!」

「気持ちは解るが、今こいつと戦うのは無謀だ。時期を待て、何時かこいつを殺れる時が来る。それまで耐えるんだ」

 

鎖を引きちぎろうとする俺を宥める那月ちゃん。くっ!今はそうするしかないのか…!」

 

「空気を読まず俺、参上!」

 

突然ドアが勢いよく開かれ、アフロヘアーのオッサンもとい父さんが入ってきた。

 

「父さん!どう言うことだよこれ!」

「どうって言われても、上がそうしろって言うしねぇ。それに―」

 

間を開ける父さん。やっぱり、そうせざるを得ない深い意味があるのか!仕方無くなんだよね!苦渋の決断なんだよね!

 

「その方が面白そうだし」

「やっぱ、この鎖解け那月ちゃん!コイツらぶっ飛ばす!!」

「だから落ち着け!傷口が開くから!」

 

ふざけんな!そんな理由で俺の平穏をぶち壊されてたまるかぁ!!

ぎゃあぎゃあ喚いている俺を、必死に抑えている那月ちゃん達。

それをはっはっはっと豪快に笑いながら見ているクソ親父と、愉快そうに見ているホモラー。

ムカつく!マジでムカつく!今すぐ顔面を殴りたい!

 

「とりあえずその話は置いといて。お前に伝えねばならない超重要なことがあるんだ」

「超重要なこと?」

 

大抵そういうのって碌なことがないんですが…。

 

「近々、アルディギア王国の第一王女がこの島に来るから、お前護衛よろしくね」

 

その言葉を聞いた瞬間、今までの怒りを忘れて思考が停止する。

は?アルディギア王国の第一王女?リアが来る?それを俺が護衛する?

 

「ファァァァァァァァァッァァァァァァァァァァアアアッ!!!!!?????」

 

俺の絶叫が病院を揺るがしたのだった…。




次回からいよいよメインヒロインの登場だよ!
コラッ!え、誰だっけ?とか言わないの!


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天使炎上
プロローグ


ついに始まった天使炎上編!張り切っていくぜぇ!


前回のあらすじ

あは、あはは。綺麗な蝶蝶が飛んでるよ~

 

絃神島近海の空を、一隻の飛行船が航行していた。

全長は百七十メートルを超。特殊合金の硬殻に覆われ、ターボブロップエンジン四発と十二門の機関砲を装備する、空中城塞と呼ぶに相応しい外観である。

その飛行船に一機のヘリが近づいていく。アイランドガード所有の人員輸送用のヘリである。

ヘリの窓から見える飛行船の見つめながら、黒のジャージを着た勇は大きくため息を吐いていたのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ~」

 

今日で何度目になるかわからない溜息が出る。原因は目の前の窓から見える飛行船である。

安定翼には所属を示す、大剣を持つ戦乙女―北欧アルディギア王家の紋章が描かれている。

 

―アルディギア王国

北欧に存在する国で領土は大きくは無いが、世界で指折りの観光と魔導産業で発展してきた国である。

数ヶ月前にそこの王女と隣国の王子が政略結婚することになった。その王女が略結婚するまでの間の護衛役が必要となり、アルディギア王とかなり親しかった父さんの勧めで何故か俺が選ばれた。

当時の俺はその少し前に起きた事件によって、死人同然の無気力状態となっていたが、父さんに強制連行され護衛をやらされた。

そして、政略結婚の裏に潜んでいた隣国の謀略やら王女暗殺やらを阻止して、黒幕であった隣国の王子をボコした訳である。

そしたら英雄やら呼ばれ、感涙したアルディギア王が俺を王女の婚約者にするとか言い出したのである。しかも王女もかなりノリノリだったし…。

まあ、結局それらの重圧に耐えきれなくなったんで日本に逃げ帰ったのだが…。そこ、チキン野郎とか言うなよ?王宮全体がハッスルしすぎて色々ヤバかったんだよ。

その後、父さんから「ルーカス(王の名前)の奴が「彼は何故、娘を貰わないんだ?」ってしつこく愚痴ってくるんだけど。耳にタコが出来そうだから早く籍入れちまえよ」とか言ってるがどうしようもないね、うん。

とか思っていたら、ヘリが飛行船に着陸しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

ヘリから飛行船の甲板に降り立つと、黄金で縁取られた装甲戦闘服に身を包んだ騎士団が道を造るように整列して出迎えて下さった。そこまでしなくてよくね?

騎士の最前列列に立っていた女性がこちらへと歩み寄って来た。

夏音と同じ銀髪のショートヘアで、アルディギア王国で一般的な軍服を纏っており、有能軍人と言った印象である。

そして、目の前で片膝をつき恭しく頭を下げてくる女性。

 

「お久しぶりです勇様。再びお会い出来て光栄です」

「久しぶりですティナさん。てか様はやめて下さいよ、柄じゃ無いんで」

 

目の前の女性はユスティナ・カタヤ。呼びにくいので、ティナさんと呼ばせてもらっている。騎士団所属の要撃騎士でアルディギアにいた際にお世話になった人の一人である。

 

「いえ、次期国王であらせられますので。ルーカス様より、日本に滞在する間はあなた様の指揮下に入るよう仰せ使っております。なんなりとお申し付け下さいませ」

「え~」

 

あのオッサン、会った時の突っぱねた態度はどうしたし。男のツンデレなぞ誰も期待しとらんぞ…。

 

「あーとりあえず、畏まるのは止めてもらえませんかね?調子狂うんですよね。いや、ホント勘弁して下さいお願いします!」

 

土下座しながら懇願する俺。プライド?そんなの関係ねぇ!固っ苦しいのホント苦手なんだよマジで!息苦しくて窒息しそうなのよ!

 

「そうはいきません勇様。わたくしめはアルディギア王家に忠誠を誓った身です。姫様の婚約者であらせられます勇様は王家の一員、つまりわたくしめの主でございますので」

 

そう言って再び恭しく頭を下げるティナさん。良くも悪くも頑固なんだよなぁ。一度決めたらまず曲げることはない。ま、そこが好感持てるんだけどね。

 

「何より…」

「?」

「あなた様のことは、個人としても敬愛しておりますので」

 

そう言って微笑むティナさん。…うん、眩しい!すっげーいい笑顔してらっしゃる!ホント何で俺なんかをそこまで慕ってくれるんだろうね!勿体無いね!って言ったら話が長くなりそうなので本題に入ろう。

 

「あーそろそろリアの所に行きましょうか?彼女も待ってるでしょうし」

「そうですね。姫様も勇様にお会い出来ると知ってからどうやって女装…もとい、お話しようかと寝ずに考えておりましたから」

「やっぱ帰ります」

 

とてつもなく不穏な単語が聞こえてきたので、逃げようとしたらティナさんに襟を掴まれたでござる。

 

「なりません。わたくしめも楽しみゲフン、姫様が悲しみますので」

「欲望が漏れちゃってるよティナさん!」

「さあ、参りましょう」

 

俺のツッコミを誤魔化すように、引きずって行くティナさんであった。

 

 

 

 

 

それから暫く引きずられていると、"オシアナス・グレイブ"のヴァトラーの寝室に劣らぬ装飾が施された扉の前までやって来た。

 

「到着しました。準備はよろしいですか勇様?」

「準備も何も引きずられたまんまなんですけど…」

 

そう言うとハッとしたように手を離すティナさん。

 

「も、申し訳ありません!勇様を引きずっていると、何故だか楽しくなってしまって…!」

「…いや、別にいいんですけどね」

 

必死に頭を下げているティナさんに気にしないように言うが、一向に頭を上げてくれません。

そういやアスタルテも「あなたを引きずっていると、無性に楽しくなるんですよね。何故でしょう?」とか言ってたな。後、那月ちゃんも。

何なの?引きずられるのが俺の宿命だとでも言うの神様?

さて、未だに頭を下げているティナさんをどうにかしたいんだが…。

 

「…何をしているのですか?あなた達は…」

 

不意に声を掛けられそちらを向くと扉が開いており、部屋から一人の女性が出て来ていた。

夏音と後ろ髪が腰まで伸びている以外、瓜二つの容姿で軍隊の儀礼服を思わせるブレザーと、編上げのブーツを身につけている。

 

「うお!リア!?」

「姫様!?」

 

突然の女性の出現に素っ頓狂な声を上げる俺とティナさん。

突然現れた女性―ラ・フォリア・リハヴァイン。

俺に再び生きる意味を与えてくれた女性(ひと)。そして、一番向き合わないといけない女性(ひと)

 

「相変わらず騒々しい人ですね、あなたは。せっかくの感動の再会が台無しです」

 

彼女は呆れの混ざった溜息を吐きながら、拗ねたように俺を見ていた。




やっと、やっとラ・フォリアを登場させられたよ!(最後だけ
後、ユスティナさんも出してみたよ!


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第一話

大分、原作と流れが変わるかもしれません。


前回のあらすじ

アルディギア王国の第一王女、ラ・フォリア・リハヴァインが絃神島に極秘に来訪し、その護衛をやらされることとなった勇。

王家が所有する飛行船゛ランヴァルド゛へ赴き、そこでかつて知り合った騎士ユスティナ・カタヤと再会する。

自身のアルディギアでの立ち位置を再認識し辟易する中、ついにラ・フォリアと対面するのであった。

 

「いや、何で今回は真面目にあらすじしてるんだよ」

「?どうしましたか勇」

「いや、何でもないよ。気にしないで」

 

何時もは一言しか書かねぇ癖に、長々と書きやがって糞作者が…。

まあ、いい。あの後、ティナさんを下がらせたリアは俺を部屋へと招き入れ、現在ソファーに対面するように互いに腰掛けている状態だ。

 

「とりあえず、久しぶりだね。元気そうでよかったよ」

「ええ、あなたがいなくなってから暫く、食事も喉を通らなかったですが」

「……」

 

いい笑顔でグサッとくること言いますねぇ。自業自得だけどさ…。

 

「それは悪かったと思ってるよ。でも…」

「ええ、お父様達が性急だったのは認めます。あれは逃げ出したくなるのもわかります」

「君もノリノリだったよね」

「…ですので、いなくなったことは気にしないで下さい。喉を通らなかったのは嘘ですから」

「おい、コラ」

 

からかったな。おれをの反応を見て楽しんでたろ。目線をそらすんじゃない。

誤魔化すようにテーブルに用意されていた紅茶に口をつけるリア。

 

「それで、わたくしが来訪した理由ですが…」

「夏音のことだろう?」

「やはり、気づいていましたか」

「そりゃ、あれだけ君に(・・)に似ていたらね」

 

理由を言い当てられてもさして驚いていないリア。俺に勘付かれているのは想定内のようだ。

そう、リアと夏音は髪の長さや身長以外、双子のように似過ぎているのだ。関連が無いとは到底思えない。

 

「夏音はアルディギア王家の血筋なのか?」

 

俺の問いかけにリアは思案するように目を閉じた。

夏音の話では物心ついた頃には修道院で暮らしており、親の顔は愚かどんな人だったのかさえもわからないそうだ。

夏音がアルディギア王家の人間なら、どうして日本の修道院に預けられたのか、そして両親はどうしているのかだろうか?

出来ることなら夏音に教えてあげたいし、力にもなりたいと俺は思う。

暫くの沈黙の後、ゆっくりとリアが言葉を紡ぎ出した。

 

「叔母なのです」

「叔母?」

 

彼女の告げた言葉が理解できずに、思わずオウム返しで聞き返してしまった。

普段は言いたいことはハッキリと言う彼女がここまで言い淀むとは、どう告げたらいいのか相当迷っているらしい。

 

「叶瀬夏音はわたくしの叔母なのです」

「は?」

 

え?え?待って叔母ってあれでしょ啜って食べるやつ「それは蕎麦です」あ、あれねエジプトにいる動物の「ロバではありません」

 

「いやいや待てよ!夏音が君の叔母ってことは父親って…」

「はい、わたくしの祖父です」

「何やってんだ、あのジジイ…」

 

あんなに偉そうにしてやがったくせに…。

 

「十五年前、祖父がアルディギアに住んでいた日本人女性との間に作った娘が、叶瀬夏音です」

「で、迷惑をかけたくないと日本に帰国したと?」

「そうです。それを後で知った祖父が、彼女のために建てたのが―」

「夏音が育った修道院……か」

 

公園の片隅にひっそりと立つ修道院。あれが夏音の母親のために建てられたものだとリアは言った。

なら、母親も一緒に暮らしていたのかもしれない。本人が名乗らなかっただけで。

だが、五年前に起きた事故で夏音を除く当時住んでいた者は皆死んでいる。

原因は不明。色々探ってみたが、それらに関する記録がすべて抹消されていた。父さんも「いずれ、わかる」の一点張りだし…。

つまり、夏音は実の母親と知らずに目の前で死に別れてしまった可能性が高い。そんなの残酷過ぎるじゃねぇか…!

 

「この場合、夏音はどうなるんだ?」

「王位継承権はありませんが、王族の一員であることに違いありません」

「王族…か」

 

普段の彼女を知っている分、イマイチ実感が湧かないな。まあ、本人もそのことを知らないからだろうかね。

 

「先日、祖父の腹心だった重臣が他界しまして、彼の遺言で叶瀬夏音の存在が発覚しました。そして祖父が逃亡してしまったのです」

「ホント何やってんの?あのジジイ…」

 

責任もって何とかしようとしろよ…。つーか、そんなんなら浮気すんなよ…。

 

「そのせいで祖母は怒り狂ってしまい、王宮内は大混乱しています。ですが、このまま彼女を放っておく訳にもいきません」

 

リアにしては珍しく弱気な溜息をつく。余程大変だったのが想像に固くないな。

 

「だから、君が迎えに来たって訳か」

「はい、彼女を利用しようとする輩が現れる可能性が高いですから」

 

確かに継承権は無いが王家の血を受け継いでいるし、何より夏音の優れた霊的素質もあるだろう。

アルディギア王家の血を受け継ぐ女性は、大体が優れた霊媒―つまり巫女としての素養を持つ。

リアもそこらの攻魔官が霞む程の霊力を持つが、特に夏音は今まで感じたこともない程の力を秘めてと俺は見ている。

それを悪用しようとする者が現れても可笑しくはないな。

 

「だが、夏音が絃神島に残りたいって言ったらどうするんだい?」

「無論、彼女の意思を尊重し、その場合は護衛の騎士を秘密裏に常駐させます」

「なるほどね。うっし、そん時は俺も全力で守るから安心しなって」

 

可愛い妹分のためだ、体の一つや二つ張ってみせるぜよ!

 

「あら、あなたにそんな風に言ってもらえるなんて、妬けちゃいますね」

「そういう性分なんだ。諦めなよ」

 

守りたいと思ったものは何だろうと守る、それが俺の信念なんでね。

 

「ええ、わかってます。それでこそわたくしが愛する勇です」

 

眩しいくらいの笑顔で告げてくるリアさん。あかん、あかん恥ずかしさで死んでまうからマジで。

 

 

 

 

 

ドォォォォォォォォンンッ!!!

 

 

 

 

「む!?」

「これは!?」

 

突然轟音と共に船体が激しく揺れ出す。暫くすると揺れは収まるが、断続的に爆発音が響き渡る。

 

「姫様!」

「ユスティナ。何事ですか」

 

慌てた様子で部屋に入って来るティナさんに、冷静に状況を報告させるリア。流石に場数を踏んでいるな、十七歳とは思えない落ち着きぶりだ。

 

「は!現在、当船は何者かの襲撃を受けております」

「人数は?」

「確認出来るだけで三名ですが、詳しい人数は不明です。突然、空から飛来してきた者から攻撃を受け混乱している隙に、獣人と見られる二人組が乗り込んできました」

「飛来?一人は自力で飛んで来たってのかティナさん」

「はい、レーダにも探知されずに接近してきた模様です」

 

ふむ、この船の性能と船員の練度は世界でも指折りだ。それを容易く突破するとは只者ではないな。

 

「俺も出よう。ティナさんはリアを脱出ポッドまで連れて行ってくれ」

「!わたくしだけ逃げろと言うのですか!?」

「万が一の場合だ。どうにも嫌な予感がする」

 

この異様な気配、かなりヤバイ相手だ。今の俺では勝てないかもしれない。

 

「何があっても君は生きなければならない。国や君を信じている民と騎士のためにも。そして俺のためにもな」

「勇…」

 

今にも泣きそうなリアの頭を優しく撫でると、彼女に抱きしめられた。

 

「必ず、必ず帰ってきて下さい」

「ああ、約束だ」

 

そう言って抱きしめ返すと互の温もりを感じ合う。

やがて、どちらともなく離れて向き合う。

 

「んじゃ、行って来る!」

 

リアに背を向けて、甲板目指して全速力で駆け出すのだった。

 

 

 

 

「どうか、ご無事で」

 

走り去る勇の背を見つめながら、祈るように手を組むラ・フォリア。

報告によれば彼はアルディギアを去ってからも、数々の事件を瀕死になりながらも解決してきたと言う。

力無き者のために戦う。それは素晴らしいことだが、彼に傷ついてほしくないのも本心だ。

先程も行かないでほしいと本当は言いたかった。でも、それでは彼を困らせるだけだろう。

出来れば自分も一緒に戦いたいが、王女と言う立場がそれを許してはくれない。

ならば、彼の背中を押して送り出し、そして無事を祈ろう。それしか自分には出来ないから。

 

「姫様こちらへ」

「ええ、参りましょうユスティナ」

 

自身の責務を果たすために、ユスティナに連れられて歩き出すラ・フォリアであった。

 

 

 

 

 

「これは…!」

 

甲板に到着すると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

壮麗だった外装は無残に抉り取られ、所々から炎が舞い上がり、更に迎撃に出ていた騎士たちが傷だらけで倒れ伏していた。

そんな中、この船の護衛団長と見られる男性が三つの影と対峙している。

満身創痍の団長に向かって、影の一人が歩みだすと眩く輝き出した。

まずいッ!と思った瞬間には全力で駆け出して、獅子王を抜刀し刀身をククリ刀に変形させると、影へ向かって投げつける。

だが、獅子王が影に当たる前に壁にぶつかったように弾かれてしまった。だが、攻撃を止めることは出来たようだな。

 

「勇様!?」

「大丈夫か?後は俺に任せて下がっていろ」

「いえ、私もまだ戦えます!」

「いいから下がれ。あれは(・・)あんたの手には負えない。負傷者を連れて下がるんだ」

 

「申し訳ない」と止むを得ないといった風にだが、後退してくれる団長。

まずは相手の観察だが、三人組の先頭に立っている奴は剥き出しの四肢に浮かび上がる不気味な紋様。吐き気を催すような醜悪な翼。頭部を覆う奇怪な仮面をしていた。

分析している内に後ろにいた影の一人が前に出て来た。

大柄な女性で、真紅のボディスーツで全身を覆っており、右手には長槍が握られていた。

 

「はぁい。あなたがアルディギアの英雄君?」

「その呼び方は好きじゃないな」

 

随分ラフに話かせてくるが、無論警戒は怠らない。何時でも応戦できるように獅子王を肩に担ぎながら構える。

 

 

「何者だテメェら?この船がどこの所属かわかってるんだろうな?」

「ええ、アルディギアの腐れビッチな王女様が乗っている船でしょ」

「殺すぞアマ」

 

こいつリアのこと何つった?ひき肉にすんぞボケ。

 

「あら、ごめんなさい思ってたことをそのまま言っちゃったわ」

 

全く悪びれた様子もないアマ。もういい潰す!

アマ目掛けて駆け出すと、その間に仮面被りが割って入って来た。

 

「邪魔だァ!」

 

仮面被りに獅子王を振り下ろすが、片手を掲げるだけで先程の様に弾かれてしまった。

 

「チッ!」

 

一旦距離を取り、仮面被りを見据える。

障壁のようだが、霊力も魔力も感じない。となると神力、確か神々が使う力的なもんだったけかな?あれが神様な訳ないから…。

 

「天使、か」

 

俺がそう呟くとアマが少し驚いたような表情になった。

 

「あら、正解。こんな短時間でわかるなんて流石ね」

 

天使―

神の御使いであり、この地上の全ての生物よりも高位の存在として崇められているが…。

 

「テメェらみたいのが天使を使役できる訳がねぇ。どんな手品を使った?」

 

天使を降臨させる方法はあるらしいが、それにはとてつもない手間暇がかかる。まして使役するなんてこんな低級魔族に出来る筈がない。

 

「ふふ、タネを明かしたら面白くないじゃない」

 

そう言ってアマが携帯電話のような装置を操作すると、天使の翼が輝きだし、翼面の眼球から無数の光の剣が打ち出された。

それを回避しながら、避けれないのは獅子王で払い落とす。

 

「正体がわかればこっちのもんよぉ!」

 

天使といえどこの獅子王なら問題無く断てる!それに低級なのか大した天使じゃないようだしな!

攻撃も光の剣を打ち出すだけと単調なため見切りやすく、弾幕を姿勢を低くして避けながら、一気に懐へ潜り込む。

 

「もらう!」

 

刀を振り上げて切り裂こうとしたが、後ろへ跳躍されて仮面を両断しただけだった。

直ぐに追撃しようとしたが、天使の顔を見た瞬間動きが止めてしまう。

何故ならその天使は雪原を思わせる銀色の髪に、氷河の輝きにも似た淡い碧眼をした―

 

「夏音?」

 

そう、目の前で対峙している天使は夏音の顔をしていたからである。

だが、その瞳の輝きは失われておりまるで人形のようであった。

 

「おい、何してるんだよ。夏音!!」

 

思わす名前を叫ぶとビクッと震える天使。間違い無い目の前にいるのは夏音なんだ。

確信した瞬間、周りの状況等忘れて獅子王を手放し、夏音へと駆け寄る。

 

「夏音!しっかりしろ!俺だ勇だ!」

 

夏音の肩を掴んで必死に呼びかけると、瞳に輝きが戻ってくる。

 

「お兄ちゃん?」

「そうだ!お前のお兄ちゃんだ!」

「私…何を…?」

 

記憶が無いようで、辺りをキョロキョロと見回す夏音。やはり奴らに洗脳されていたようだ。

 

「後でゆっくりと話すから。まずはここを『ドスッ!』あ?」

 

胸に変な感触がし、夏音の顔に赤い液体が飛び散ったので視線を下げると、刃物の先端が胸を貫いていた。

 

「アハハッハハハ!!ここまで取り乱すなんて、面白いものを見せてもらったよ坊や!」

「てめぇあ、まぁ…」

 

後ろを振り向くと、背後に回っていたアマが持っていた槍を俺へと突き刺していた。

そして勢いよく槍を引き抜くかれると、鮮血が傷口から吹き出して、目の前にいた夏音をさらに赤く染めた。

 

「お兄、ちゃん…?」

 

力なく崩れ落ちる俺を見て、力無く座り込む夏音。自体が飲み込めずに困惑しているのだろう。

 

「っ…ぁぁ…」

 

心配させないように声を掛けようとするが、空気を吐く音しか出やがらねぇ…。

 

「さぁて、仕上げよ夏音ちゃん」

「え?」

 

膝を着いて後ろから肩に手を置いて夏音に囁くアマに、訳が分からず聞き返す夏音。

 

「あなたの手で、大好きなお兄ちゃんに止めを刺すのよ」

「!?そんなの出来ません!!」

 

驚愕した表情で反論する夏音に、溜息を吐きながら立ち上がるアマ。

 

「そう言われても、あなたがアルディギアの英雄を倒したって証拠が無いと、宣伝になんないのよねぇ」

「知り…ません。何でわた…しが?」

「あなたは大事な商品だもの。それにその方が面白いじゃない」

 

ついに泣きじゃくり出した夏音に、意地悪い笑顔を浮かべながら告げるアマ。

 

「おもし、ろい?」

「そう、大好きな兄を妹が殺すなんて最高のショーじゃない。じゃ始めましょうキリシマ」

「ああ」

 

アハハッと笑うとアマが、今まで後ろで控えていた獣人の男を呼び出すと、俺に近づき蹴りを入れ仰向けにする。

よく見ると男の手には、ニュース何かで使われるカメラを持っていた。

どうやら今まで撮影に専念していたから、大人しくしていたようだ。

そしてアマが携帯電話のような装置を操作すると、夏音の体が輝きだし、手に光の剣が握られた。

それを両手で逆手に持ち俺目掛けて振り上げられる。

 

「!?なんで…勝手に体が…!」

 

必死に抵抗しているのか体が震えている夏音。それを見て忌々しそうに舌打ちするアマ。

 

「ああ、もう!じれったいわねぇ!さっさと殺りなさいよ!」

 

さらにアマが装置を操作すると、夏音の手が徐々に手が俺へと下げられていく。

 

「だめ!やめて!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ついに振り下ろされた剣が、俺の左胸へと突き刺さったのだった。

 

 

 

 

 

「どう、バッチリ撮れたキリシマ?」

 

吸血鬼の女性―ベアトリス・バスラーが、獣人の男性ロウ・キリシマに問い掛ける。

視線の先には、左胸に輝く剣を突き刺されて完全に動かなくなったアルディギアの英雄と、刺した本人である叶瀬夏音が唖然とした表情で座り込んでいた。

 

「ああ、バッチリだ。しかし、これで宣伝になんのか?」

 

ふと、疑問をベアトリスに漏らすキリシマ。

実際にアルディギアの英雄に致命傷を負わせたのは彼女であり、商品である゛模造天使゛(エンジェル・フォウ)が行ったのは止めのみで、その前の戦闘では押されていたので宣伝効果があるのか不安なのだろう。

 

「そこは編集でどうにかするわよ。要は結果があればいいのよ」

「そんなもんかね」

 

そういうのはベアトリスの専門なので任せればいいかと、納得するキリシマ。

 

「さてと、後は腐れビッチな王女様を捕らえれば完了ね。って言っても、もう逃げられてるでしょうけど」

 

襲撃してから大分時間が経っているので、とっくに脱出していだろうと対して期待していないベアトリス。

さらに船のあちこちで火の手が上がり、そろそろ脱出した方がよさそうである。

 

「取り敢えず探してみるか」

 

同じく期待していない様子のキリシマだが、念のためにと船内へ足を運ぼうとした瞬間―。

 

「あ…」

「ん?」

Aaaaaaaaaaaaaaaa(アアアアアアアアアアアアアアアアア)!!!」

 

今まで沈黙していた叶瀬夏音が何か呟き出したので、そちらを向くと突然、人間のものとは思えない絶叫と共にその体が発光しだした。

 

「な、なんだよこれ!?BB!」

「知らないわよ!でも、結構不味そうねこれ!」

 

額に冷や汗を浮かべるベアトリス。そうこうしている内に叶瀬夏音を中心とした暴風が巻き起こっていく。

 

「逃げるわよキリシマ!」

「あれ、放っておいていいのか!?」

 

撤退を指示するベアトリスに、叶瀬夏音を指さしながら抗議するキリシマ。

その間にも暴風は猛烈な勢いで拡大しており、魔族の自分達でも立っいるのが困難になっていた。

 

「もう、私達の手に負えないわよ!一旦、叶瀬賢生と合流して対策を考えるわよ!

「わ、わかった!」

 

追いすがってくるキリシマを見返して、ベアトリスが気怠く溜息を吐く。

 

「計算を間違えたかしらね」

 

その日、絃神島の西側の海域で、アルディギア王国所有の飛行船"ランヴァルド"が乗員諸共消息不明となり、突如として空高くそびえ立つ氷の柱が出現するのであった。



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第二話

今回は、勇と夏音の出会い話です。
※お気に入りが300突破!本当にありがとうございます!


前回のあらすじ

約束は儚く散る

 

太陽の日差しがさんさんと降り注ぐ絃神島。その島に存在する彩海学園高等部の教室に二人の男女がいた。

向かい合うように並んだ机の上に、広げられたノートと睨めっこしている少女にしか見えないが、実は男の神代勇。

 

「誰が女じゃい」

「?どうしたの勇君?」

 

突然ツッコミを入れる勇に、対面にいる築島倫が不思議そうな顔をしている。

 

「いや、誰かに女って言われた気がするけど。まあ、いいか」

 

そう言って、再びノートと睨めっこしながらノートにペンを走らせる勇。

 

「えーと、ここはこう?」

「ここはね、この応用だよ」

「こう?」

「うん、そう」

「おー」

 

わーい!と両手を挙げて問題が解けたことを喜んでいる勇。それを微笑ましく見ている倫。

 

「ごめんね。今回は長く授業出れなかったから、何時もより付き合せちゃって…」

「気にしないで、最近勇君元気なかったから、アルディギアに行ってよかったと思うよ」

 

申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる勇に、気にして無いという風に軽く首を振りながら微笑む倫。

現在、勇がアルディギア王国に出かけていた間の授業分を教えて貰っているのである。

 

「心配掛けてごめんね。もう大丈夫だから」

「そっか見つけられたんだね゛戦う理由を゛」

「うん、今度こそ手放さなように、もっと強くなるよ」

 

安心したような表情で語り掛ける倫に、決意を込めた目で右手を握り締めながら答える勇。

 

『ぐああっ! ク、クライン・・・アッー!』

 

「あ、ちょっとごめん」

 

不意に勇のスマフォの着信音が鳴り出し、ディスプレイを見ると゛那月ちゃん゛と表示されていた。

倫に断りを入れてから電話に出る勇。

 

「どしたの那月ちゃんちゃん?え、直ぐに来い?うん、うん、わかったぁ」

「南宮先生から?」

「うん、何か頼みたいことがあるんだってさ、だらか行かなきゃ。今日はありがとう。また教えてね」

「いいよ。また声掛けてね」

 

那月との通話を終えると、倫と別れて那月の元へ向かう勇であった。

 

 

 

 

 

「教会を見て来い?」

「そうだ。学校の裏手にある丘に公園があるだろう。そこの廃墟となった教会で、彩海学園(ウチ)の中等部の生徒が何かしているとの話があってな、ちょっくら行って来て確認してこい」

 

学園の職員室棟校舎の那月の執務室へ向かった勇は、そこで那月から告げられた内容に首を傾げていた。

 

「確か、公園の奥は何年か前に事故があって立ち入り禁止なんだっけ?でも、何で俺なのさ、事件性が無いなら教員がするべきじゃないの?」

 

凶悪犯が潜んでいるならともかく、ただの生徒の素行調査程度なら自分が動く必要性が無いだろうと、面倒臭そうに反論する勇。

 

「教師全員が、お前にやらせればいいだろうとの結論が出たからだ」

「え~」

 

何その理不尽?と肩をがっくりと降ろして項垂れる勇。

そんな勇を見ながら、革製の年代物の椅子腰掛け、ふんぞり返っている那月。

 

「そうボヤくな、お前がそれだけ信頼されている証拠だぞ、もっと喜んでも罰は当たらんさ」

「本音は?」

 

自分のことの様に誇らしげに語る那月を、疑わしそうに半目で軽く睨む勇。

 

「私が汗水流して働いているのに、お前が暇そうに寛いでいると何か腹が立つ」

「やっぱりか!あんたの仕業か!こうなるように仕向けたのか!つーか、汗水流すほどの肉体労働は全部俺に押し付けてるじゃん!」

 

うがー!と吠えながら地団駄踏む勇。

それにフンッと、鼻を鳴らしながらボソッと呟く那月。

 

「でないと築島とイチャつくだろうに…」

「別に委員長と一緒にいたっていいじゃん、何か不都合があるの?」

 

不思議そうな顔をして、首を傾げている勇。

 

「ええい、何でも無い!さっさと行けぃ!」

 

顔を赤くしながら、手に持っていた扇子を横に振る那月。

 

「え、ちょありゃー!?」

 

すると、勇の足元に魔法陣が現れボッシュートされる勇。

 

「まったく、あいつは…。とは言え、何であんなことを言ってしまったんだ。あいつはあくまで弟分であって、別に男としてとかでは無くてってああ、もう!誰に言っているんだ私は!?」

 

一人で頭を抱えて、誰ともなく言い訳しながら悶絶する那月であった。

 

 

 

 

 

彩海学園校舎裏に魔法陣が浮かび上がり、勇が放り出される。

 

「いったい!もう、どうせ転移するなら公園まで連れてってよぉ!」

 

服についた汚れを払い、ぶつくさ文句を言いながらも丘の上の公園目指して歩き出す勇。

暫く公園に続く道を歩いていると、木々に覆われた小さな公園が見えてくる。授業なんかで時折訪れることがあるので、迷わず進んでいく。

公園の奥の方まで歩くと、廃墟となった建物が姿を現した。

中庭と見られる場所には雑草に埋もれた花壇と、錆びた三輪車が放置されていた。

 

「さてと、問題の子はいるかねぇ」

 

取り敢えず入ってみようと、木製の扉に手を掛ける。扉も傷んでいるようで、ぎしぎしと音を立てながら開いていく。

教会の中に足を踏み入れる勇。すると、日の光が余り入らず薄暗い建物内に金色に輝く無数の瞳が浮かび上がる。

何だ?と目を凝らして見てみると、勇の表情が驚愕に染まる。

 

「猫、だと!?」

 

暗闇の中から子猫が十数匹程、勇の足元に群がって来た。

 

「ここが、俺の探し求めていた理想郷か…」

 

感涙の涙を流しながら、足元の子猫の一匹を抱き上げて頭を優しく撫でる。

すると、『ふにゃぁ』と嬉しそうに目を細めて可愛らしく鳴く子猫。それにつられたように他の子猫が構って欲しそうにじゃれてくる。

 

「素晴らしい、これが極楽浄土か…」

 

今にも魂が抜け出そうな程幸せそうに子猫と戯れる勇。

ふと、教会の奥の方に人の気配を感じ取る。

 

「誰かいるの?」

 

思わず声を掛けると足音が聞こえてきて、暗闇から人の輪郭が見えてくる。

恐る恐るといった感じで歩み寄って来た人影が、窓から差し込む光によって照らし出された。

 

「っ!?」

 

その人物の顔を見た瞬間、まるで狐に化かされたような表情で、勇の体が石になったように停止した。

暗闇から現れたのは、中等部の制服に身を包んだ少女で、雪原を思わせる銀色の髪に、氷河の輝きにも似た淡い碧眼をしていた。

 

「リア?」

 

その少女は、自分を救ってくれた女性と瓜二つの姿をしていたのであった。



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第三話

二話で終わらせる予定が続いてしまったでござる。
最近ゲームにハマってきたせいで、書く時間ががががががががが。


前回のあらすじ

ボッシュート

 

「(リアじゃない?)」

 

目の前の少女を注意深く観察している勇。

自分の知っている少女に瓜二つだが、彼女の気品溢れる雰囲気と違って、聖母のような暖かさが感じられる。

少女は少し戸惑った様子で勇を見ている。まあ、見ず知らずの人間が現れれば当然と言えるが。

まずは、こちらから話しかけるべきだろうと判断した勇が口を開く。

 

「驚かせてごめんね。俺は高等部一年の神代勇だよ」

「私は中等部三年の叶瀬夏音でした」

 

取り敢えず自己紹介から始めた勇に、礼儀正しく頭を下げながら名乗りかえしてくれる夏音。

 

「君はここで何をしてるんだい?ここは立ち入り禁止になってるんだけど」

「この子達の世話をしてました。ごめんなさいです」

「いや、怒ってる訳じゃないんだ。ただ、この建物が何時崩れてもおかしくないから心配でさ」

 

勇の周りにいる子猫を見ながら、申し訳なさそうに頭を下げる夏音。

別に怒りたかった訳ではないので、慌てて弁明する勇。

 

「ここは私が幼い頃にお世話になっていました…」

「そっか、思い出の場所なんだね」

 

少し懐かしそうに修道院を見つめる夏音を見て、無意識にここに来てしまうのだろうと納得する勇。

すると勇が抱えていた子猫が『にゃー』とねだる様に鳴いた。

 

「むむ、お腹が空いたのかな?おーよしよし、うーんと何か食べ物は…」

「あの、キャットフードならありました」

 

勇があやすように子猫を撫でながら、どうしようか悩んでいると、夏音が慣れた手つきでキャットフードを用意しだす。

 

「この子達、皆君が育ててるの?」

 

自身の周りでくつろいでいる子猫の群れを見ながら、疑問を口にする勇。というか、子猫が肩やら頭やら体中に張り付いて色々と凄いことになっている。

 

「皆…捨てられた子達、でした。引き取り手が見つかるまで、預かっているだけのつもりだったんですけど」

「なる程ね。でも、君一人だけ?他に協力してくれる人はいないの?」

 

修道院の中は、動物が住んでいるとは思えない程に清潔が保たれていた。どうやら彼女一人で毎日猫達の世話と掃除をしているようだ。

 

「はい。私他の人から避けられているみたいで、頼れる人が殆どいないんです」

 

そう言って、悲しそうに顔を伏せてしまう夏音。

 

「避けられてる?何で?」

 

彼女程の美少女なら、クラスでも人気者だろうにと首を傾げる勇。

 

「わからないですけど、私が近づくと皆離れていってしまうんです」

「それは、いじめと言うのでは?」

 

なぜ彼女がそんな目に会っているのか、後で調べてみようと決める勇。

 

「よし、わかった。ならば、俺が手伝おう!いや、手伝わせてくれ!」

「え?」

 

突然立ち上がり(張り付いている猫が落ちないように配慮しながら)協力を申し出た勇に、きょとんとした表情で勇を見上げる夏音。

 

「この子達の世話と引き取り手探しさ!一人より二人のほうがすぐ終わるって!」

「でも、ご迷惑じゃ…」

「何を!猫のためにこの身を捧げられるなら本望じゃぁぁぁぁぁぁい!!」

 

体から炎を出しかねない程に叫ぶ勇。心なしか周りの子猫が暑苦しそうである。

 

「どうして、そこまで私のために?」

 

夏音の疑問も当然だろう。出会ったばかりの人間に、ここまで積極的に協力しようと思う人間はそうそういないだろう。

 

「理由は二つある。一つは君のその優しさに感銘を受けたこと、そしてもう一つは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニャンコが大好きだからじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うるさい」

「ジェガン!?」

 

所変わって学園の那月の執務室。

無駄にデカイ声で叫ぶ勇の顔面に、那月の投げた扇子が突き刺さり仰向けに倒れる勇。

このやり取りを初めて見る夏音は、思わずビクッと体を震わせてしまう。

 

「で、そこいるのが件の中等部の生徒か」

「は、はい。叶瀬夏音でした」

 

倒れた勇に目もくれずに、夏音を見据える那月。

那月の威圧的な態度のせいか、緊張した表情で勇と会った時同様、礼儀正しく頭を下げる夏音。

 

「事情はわかったが、あの修道院周辺は立ち入り禁止区域に指定されている。事故でも起こされたかなわん。猫の面倒を見るなら他の場所でやれ」

「そうは言っても、あそこは叶瀬さんにとって大切な場所なんだよ。思ってたより建物も傷んで無いし大丈夫だよ。動物保護のボランティアってことでさお願い那月ちゃん!」

「お、お願いします南宮先生」

 

両手を合わせながら、頭を下げて懇願する勇に合わせて、夏音も頭を下げる。

 

「ふぅ。仕方無い、そういうことで明日会議で再検討してやる」

「ホント!?ありがとう那月ちゃん!」

「ありがとうございます、南宮先生」

 

那月の言葉にわーい!と喜ぶ勇につられて少し笑顔になる夏音。

 

「いいと言った訳じゃないぞ。他の教員の意見次第でどうなるかわからんからな」

「わかってるって、可能性があるだけ十分だよ。んじゃ、よろしくね那月ちゃん。行こう叶瀬さん」

「はい、失礼します南宮先生」

 

そう言って退室していく勇と夏音。それを見送って軽く溜息を吐く那月。

 

「相変わらず忙しない奴だ。それにしてもあの叶瀬夏音と言う小娘あの女に似ていたが、まさかな…」

 

何か気になることがあるのか、暫く考えにふける那月であった。

 

 

 

 

 

『ぬこだと?』

「そう。今から写真送るからさ協力してくれない父さん?」

 

那月の執務室を後にし、学園の中庭で、自身の父親である勇太郎に電話している勇。

 

ウチ(アイランド・ガード)の職員に、引き取りたいのがいるか聞けばいいんだな。任せんしゃい』

「うん、お願いね父さん」

『にしてもクラスメイトに王女ときて今度は後輩か、着実にハーレム拡だ』ピッ

 

要件も終わったので通話を切る勇。別に余計なことを言い出したとかじゃないよ?と誰ともなく言い訳している。

 

「だいたい、あんたも人のこと言えんだろうが」

 

母が昔「あの人、しょっちゅうフラグ立てるから手綱握ってるのが大変でしたよ」と実にいい笑顔で言っていたのを思い出す勇。

ちなみに、その場にいた父は実に具合が悪そうな顔をしていた。

 

「どうかしましたか先輩?」

「ああ、何でもないよ、ちょっとどうでもいいこと思い出しちゃったよ」

 

遠くを見ていると夏音が心配そうに見ていたので、慌ててごまかす勇。

 

「さて、暗くなってきたしそろそろ帰らないとね。よければ送っていくよ」

「いえ、大丈夫でした。それほど遠くないので」

 

日が沈み始めた空を見ながら夏音に告げる勇。

それに対し、遠慮がちに首を振る夏音。

 

「あ、そうだ連絡先交換しとこうよ。そのほうが何かあったら相談しやすいしさ」

 

思い出したようにスマフォを取り出しながら告げる勇。

 

「は、はいです」

 

こういった経験が少ないのか緊張気味の夏音。

 

「じゃあ、また明日ね!」

「ま、また明日でした」

 

連絡先を交換すると校門前で別れる勇と夏音。

校門から少し歩いた所で自身のスマフォを取り出す夏音。

 

「神代勇先輩…」

 

画面に映った名前を呟く。

修道院が無くなり、今の父に引き取られてから、人と特に異性とこれだけ触れ合ったのは初めてだった。

他の人は何故か自分を避けてしまうのに、彼はそんなことなく自分に接してくれた。それがとても嬉しかった。

彼の側にいると不思議と心が温かくなり、離れるのが寂しく感じられた。

 

「また、明日」

 

先程交わした言葉を思い出す。また彼に会えると思うと、今すぐ明日になって欲しいと思う自分がいた。

家に帰って、このことを父に話したらとても驚かれたのだった。




今更だけど夏音の話し方って難しい…。


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第四話

前回のあらすじ

ニャンコが大好きだからじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

夏音と出会った翌日、授業が終わり帰り支度を始める者やクラスに残り友人と談話したりとそれぞれ過ごしている中、勇は教壇前で那月と話し合っていた。

 

「昨日の件だが、お前が責任を持つなら構わないとのことで許可が降りたぞ」

「オッケィ任せんしゃいな!」

 

大船に乗ったつもりでいなさいと言わんばかりに、サムズアップしながら元気よく答える勇。

 

「今回は大丈夫だろうが、無茶だけはするなよ」

「はーい」

 

念を押すように告げると教室を去っていく那月。事件が起こる度に、病院送りになることが日常茶飯事レベルなのである。猫の世話程度ならそんなことはないだろうが、どうしても言いたくなってしまうのだ。

 

「許可降りたのか勇?」

「うん、降りたよー」

 

振り向くと古城と浅葱、基樹、倫が立っていた。

 

「手伝ってくれてありがとうね。持つべき者は友だねぇ」

「まあ、お前には色々と助けて貰ってるしな」

 

勇は古城が第四真祖であることを知っている数少ない人間なので、色々とフォローしていることが多いのである。

 

「にしても、お前いつ”中等部の聖女”と知り合たんだよ?」

「”中等部の聖女”?なんぞやそれ?」

 

基樹の言っていることが理解出来ずに?を浮かべている勇。

 

「知らないのかよ。中等部の叶瀬夏音って言えば、去年までは中等部女子ランキングでお前に次いで連続二位で今年は堂々の一位を獲得したんだぞ。ついでに高等部はお前がぶっちぎりの一位だ」

「そうなんだ。てか最後の情報はいらん」

 

最後の部分は心底どうでも良さそうに、手を顔の前で横に振る勇。

 

「勇とその叶瀬って子目当てで、この学校を選ぶ人もいるらしいわよ。ファンクラブなんか、この学園以外の人も加入してるみたいだし」

「知りたく無い情報をありがとう浅葱さん…。たくっ何でそんなに人気なんですかねぇ」

「そりゃその容姿に、学生で国家攻魔官の資格持ってるし、数々の事件を解決してれば人気もでるわね」

「そんなことのためにやってる訳じゃ無いんですけどねぇ」

 

倫の説明に肩を落としながら項垂れる勇。

 

「つーか、そろそろ行かないと時間無くなっちまうぞ」

「そうだね。待たせちゃ悪いし」

 

古城が時計を見ながら言うと、気を取り直して夏音と待ち合わせている校舎裏へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

校舎裏に向かって歩いていると、夏音以外にもう一人いるようである。

 

「ありゃ凪沙じゃねーか。なんであいつがいるんだ?」

 

近づくにつれてその輪郭がはっきりとしてくる。勇と同じ小柄な体格でうしろ髪をポニーテールにしている少女。古城の妹の暁凪沙であった。

凪沙が勇達に気が付くと、おーいと両手を挙げて元気よく振り回しながら、その場にピョンピョンと跳ね始める。その横で夏音が礼儀正しく頭を下げていた。

 

「ごめんね。待たせちゃったかな?」

「いえ、ちょうど私達も来たところでした」

 

軽く挨拶を交わす勇と夏音。そこに凪沙が話し掛けてくる。

 

「久しぶり、いっ君!それにしてもいっ君や古城君達が手伝ってくれて助かるよ。正直私達だけじゃ限界があったからね、皆で協力すればあの子達の引き取り手もすぐ見つかるよね。うん。」

「久しぶり凪沙。及ばずながら協力させてもらうよ。それにしても叶瀬さんと知り合いだったんだね」

「うん、去年一緒のクラスでね、その時から手伝ってるんだ」

「ああ、だから時々帰りが遅かったんだな」

 

渚の話を聞いて、何か納得した様子の古城。

 

「そう言や彼氏が出来たんじゃないかって、ストーキングしようとしてたよね君。物理的に止めたけど」

「ちげぇよ!ただ、様子を見ようとしただけだ!」

「それをストーキングっていうのよ、このドシスコン」

 

必死に言い訳している古城を、冷めた目で見ながら呆れている浅葱。

そして凪沙が物凄い形相で古城を睨みつけていた。

 

「もう信じられない。あり得ない。何やってるの古城君!いっ君にも迷惑かけて、バカ!」

「バカって何だよ!俺はお前を心配してだな…!」

「心配の仕方がおかしいんだよ!だいたこの前だって…!」

 

ぎゃあぎゃあ口喧嘩を始める古城と凪沙。ハラハラしながら見ている夏音と見慣れているので、放って置いている勇達。

 

「え、えっと。大丈夫でしょうか?」

「ああ、いつものことだからすぐ終わるよ。古城の負けでね」

「なんだかんだで、妹には激甘だからな古城は」

「超が付くくらいのシスコンだからね、あいつ」

「喧嘩する程仲がいいって言うしね」

「そう、なんですか…」

 

勇達の説明を聞きながら、暁兄妹の喧嘩を、どこか羨ましそうに見つめている夏音。

 

「どうしたの?」

「いえ、ああいうのいいなと。修道院にいた頃は兄と呼べる人がいなかったので」

「そっか、俺一人っ子だから羨ましいって思う時あるねぇ」

 

結局、古城がるる家のアイスを奢ることで講和がなされ、兄妹喧嘩は終結するのであった。

 

 

 

 

 

その後、修道院へ向かった勇達は猫の世話をしていた。

 

「わぁ可愛い!ほら見てよ古城!」

「お、おう」

 

子猫を抱き抱えて古城に見せつけている浅葱。そのテンションの高さにたじろいでいる古城。

 

「にしても、よくこれだけの数を拾ってきたな」

「街を歩いてると、自然と寄って来てくれるんです」

 

数十匹いる子猫を見ながら感心したように呟く基樹。

 

「動物に好かれるんじゃない?」

「勇君もそうだと思うけど」

 

勇の体に張り付いている子猫達を見ながら倫が呟いた。

 

「それで、こいつらの引き取り手を探せばいいんだよな?」

「そうだよ古城。取り敢えず、知り合いに片っ端から声を掛けていこう」

「あたしはホームぺージを作ればいいのね」

「うん、そっちはよろしくね浅葱。」

 

こうして”ニャンコを愛でてハッピー大作戦”(命名者勇)が始まるのだった。

 

 

 

 

「とか言ってたら、一週間程で作戦終了したでござる」

 

父の職場や浅葱が作ったホームページの効果で、島中から引き取り手が見つかったのである。

成功を祝い、参加メンバーで打ち上げを行った後、公園に立ち寄っているのだった。

互いにブランコに腰掛けたおり、日が沈み始めた空を眺めていた。

 

「にしても、無事に引き取り手が見つかってよかったね」

「はい、皆さんのおかげでした。私だけだったら、どうしようもなかったです」

「いんや、そんなことないって。単に人気過ぎて皆遠慮してただけだったし」

 

主に男子に避けられている件を凪沙に聞いたところ。自分から夏音に話しかけると罰金刑で、設定された時間以上に会話すると厳罰に処されるそうである。

なんじゃそりゃとも思ったが、夏音の性格からしたら、それくらいの方が安全なのかもしれないなと思う勇。実際一緒にいると危なっかしい場面もいくらかあった。

 

「それでも本当に助かりました。いつまであの子達の面倒を見られるか、分かりませんでしたから」

 

空を見上げながら笑う夏音は、どこか儚げで今にも消えてしまいそうだった。

勇はブランコから降りて、夏音に近づき頭を無意識に撫でていた。

 

「先輩?」

「あ、ごめん嫌だった?」

 

突然のことに少し驚いてしまう夏音。自分のしていることに気がつき、慌てて手を離す勇。

 

「いえ、もっとして欲しいです…」

 

恥ずかしそうに俯きながらも、懇願する夏音を優しく撫でる勇。

くすぐったくも、不思議と心が落ち着く心地よさに目を細める夏音。

暫くそうしていると、不意に夏音が顔を上げて口を開いた。

 

「あの、一つお願いをしてもいいですか?」

「ん?なんだい?」

「その、『お兄ちゃん』って呼んでもいいですか」

 

頬を染めながら、上目遣いで言った夏音の言葉に、感電したような衝撃を受ける勇。

 

「いい!その響きぐっときた!じゃあ俺も夏音って呼ぶね!」

「はい、お兄ちゃん」

 

やたらハイテンションな勇を見ながら、微笑む夏音であった。




やっと終わったぜよ。次回から本編に戻ります。


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第五話

前回のあらすじ

ニャンコを愛でてハッピー大作戦

 

暗い――

 

でも、照らしてくれる人はもういない。

 

寒い――

 

でも、暖めてくれる人はもういない。

 

怖い――

 

でも、守ってくれる人はもういない。

 

そう、私が殺した彼を。

私が彼の笑顔の奪った。あの温もりを消した。

 

あの人のいない世界なんて嫌だ。

 

嫌だ。

 

 

嫌だ。嫌だ。

 

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!!!!!!!!

 

 

そんな世界なんて、壊れてしまえ―――

 

 

 

 

 

絃神島西側の海域を航行する数隻の船団。湾岸警備隊所有の警備艇である。

その内の1隻から暁古城は大海原を眺めていた。ちなみに隣には姫柊雪菜もいる。

自宅で妹の凪沙と遊びに来ていた雪奈とくつろいでいたら、突然自宅に担任の南宮那月が現れ、有無を言わさず雪菜と共に空間転移で港区まで連行されたのである。

そこで、親友である勇の父親の勇太郎がおり、現在勇が危険な状況に置かれていることを説明され、協力してほしいと頼まれたのである。

無論親友の危機を放って置けないので協力することとなり、自身の監視者である雪菜もそれを承諾した。

現在船団は、突如出現した氷の柱とその周りの海面が凍結して出来た島へと向かっていた。

 

「大丈夫でしょうか、神代先輩…。」

 

ふと隣にいた雪菜が古城に問いかけた。彼女としても何かと面倒を見てくれる勇を案じているのだろう。

 

「大丈夫だって、あいつのしぶとさは折り紙つきだからな」

 

勇と付き合いの長い古城は、その人並み外れたタフネスさを間近で見てきており、全身包帯だらけになっても、次の日には何事もなかったかのように登校してきた時には呆れてしまうのが日常茶飯事であった。

ゆえに今回も無事だろうと思えるのである。

 

「でも、嫌な予感がするんです。とても嫌な…。」

 

手すりを握り締めながら不安そうに呟く雪菜。

剣巫である彼女は霊視と呼ばれる予知能力を備えており、言い知れぬ不安を感じ取っているようである。

 

「姫柊…。」

 

沈んだ雰囲気の雪菜を見ていられなくなり、そっと彼女の手に自分を手を重ねる古城。

 

「先輩?」

「心配すんなって、何が起きても俺が何とかしてやるからよ」

 

雪菜を安心させたくて、らしくないことを言ったなと今更ながら恥ずかしくなる古城。

だが、不完全な第四真祖(存在)でしかないが、彼女を怯えさせる存在を打ち倒せるなら躊躇うこと無くこの力を使いたいと、自然と思える自分もいた。

そして自分がされていることに気がつき、顔を赤くしながら上目遣いで古城を見上げる雪菜。

そんな雪菜の仕草に、思わず鼻血を噴き出しそうになるのをこらえる古城。目を逸らしたくても逸らせない程に、今の雪菜は普段以上に可愛らしかった。

完全に二人だけの世界に包まれている二人。見る人が見れば砂糖を吐いたり、リア充爆発しろ!と叫んでいる光景だろう。

 

「どっせぃ!」

「ぐおおぅ!?」

「先輩!?」

 

そんな世界に突如侵入者が現れて古城に突進をかます。

海に投げ出されそうになるのを、ギリギリのところで踏みとどまる古城。彼が吸血鬼でなければ海へダイブしていたであろう衝撃であった。

 

「あ、ぶねぇな!何すんだよ煌坂!」

「あ、あんたが雪菜にハレンチなことしてるからでしょう!雪菜が妊娠したらどうするのよ!」

「しねーよ!いい加減その間違った知識をなんとかしろよ!」

 

突如乱入してきた侵入者の少女を睨みつける古城。対する少女は、恨みったらしいやら羨ましいやらが混じった目で古城を指差していた。

彼女の名は煌坂紗矢華。少し前に、黒死皇派と呼ばれるテロリストが起こした事件を、共に解決したことがある。

ちなみにそれ以来、夜中だろうと何かと理由をつけて電話してくるために、寝不足なのが最近の古城の悩みだそうだ。

本来彼女の役目は、現在絃神島に滞在している戦王領域の貴族であり、勇の天敵たるディミトリエ・ヴァトラーの監視役なのだが、獅子王機関の命令により今回古城達に同行しているのである。

 

「つーか、ヴァトラーの奴は放っておいていいのかよ?あいつ勇のことをかなり気に入ってるみたいだけどよ」

 

ディミトリエ・ヴァトラーは自他共に認める戦闘狂であり、勇に恋する(・・)である。

絃神島にやってきたのも勇と式を挙げるためと公言しており、彼が引き金と言える黒死皇派の事件も彼にとっては、ついででしかないのである。

そんな彼が勇を倒したと言う相手を前にして、動き出さないのは不気味に思えてしょうがないのである。

 

「『今回、ボクは何もしないから安心して行ってくるといいヨ』って言ってたわね。えらく落ち着いてたし正直不気味だったわ」

 

その時のことを思い出しながら、腕を組んで考え込む紗矢華。

そのため、彼女の豊満な胸が強調されおお、と凝視してしまう古城。

不意に背後からとてつもない殺気を感じ、恐る恐る振り返ると光が点っていない瞳で古城を見つめながら、ギターケースから雪霞狼を取り出そうとしている雪菜がいた。

 

「どこを見ているんですか先輩?」

「ちょ、待て姫柊!話し合えば分かる!それをしまえって、な!」

「紗矢華さんの胸を凝視していた人と、話し合うことはありません」

 

絶対零度のように冷え切った目で、吐き捨てるように言い放つ雪菜。生命の危機を感じ取り、全身から汗が吹き出る古城。

 

「いや、あれは男の性といいますかですね」

「あ~か~つ~き~こ~じょ~う~」

 

再び背後から殺気を感じ、慌てて振り向くと、今度は紗矢華が憤怒の表情で、大型の楽器ケースから煌華麟を取り出していた。

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!落ち着け!俺達がこんなことをしている場合じゃないだろう!」

「うるさい!やっぱり、あんたは変態真祖ね!ここで滅するのが世のためよ!」

 

完全にこちらの話を聞く気が無い二人に、説得は不可能であった。

ちなみに、二人が持っている武器は対魔族用として最高位に位置するものである。そんな物で同時に攻撃されたら、いくら不死身である吸血鬼であっても最悪死ぬだろう。

まさに今の状況は前門の虎後門の狼、進むも地獄退くも地獄である。

この状況を助けてくれる友はいない。いや、いてもこの猛火に嬉々として油をぶち込みそうだが…。

ジリジリと距離を詰めて来る二匹の鬼に、古城ができることと言えば、最早運命を受け入れることしかなかった。

 

 

 

 

ああ、すまん凪沙…。

 

 

 

 

ガチで走馬灯が頭を駆け抜ける中、最後に思い浮かべるのは妹らしいこのシスコンは。

ふと、鬼以外の気配がしたのでそちらを向くと、ウニ頭のおっさんが遠巻きにこちらを眺めていた。

 

「た、助けてくれぇ!勇太郎さあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

ウニ頭のおっさんこと勇太郎に助けを求める古城。

それに対して勇太郎は―――

 

「え、何で?」

 

心底不思議そうに首を傾げたのだった…。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!どこからどうみても助けに入る場面だろう!何で不思議そうな顔してんだよ!」

「ご褒美タイムじゃないの?邪魔しちゃ悪いと思って、終わるまで待ったんだけど…」

「ちっがぁうぅ!!俺はマゾじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

見当違いなことをほざくおっさんに、本気で頭を抱える古城。

 

「え、君サドなの?自分から受けにいってたからつい…」

「そうじゃねぇ!このままじゃ死んじまうぞ俺ぇ!殺人現場を見逃していいのか!?治安維持組織の責任者だろうアンタぁ!!」

「そう、死ぬ程気持ちがいいだろうねぇ…」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

誰も味方がいない状況で絶望した古城。

その悲哀に満ちた姿は、世界最強の吸血鬼と言われる第四真祖とは誰も思えまい。

そして二人の鬼が古城へと襲いかかる。

 

 

 

 

太陽が差し込まない曇り空の中、一人の少年の絶叫が響き渡るのだった…。



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第六話

前回のあらすじ

そう、死ぬ程気持ちがいいだろうねぇ…

 

古城の処刑が行われる中、船団の進路上に浮かぶ複数の物体を発見する勇太郎。

回収してみるとアルディギア王家所有の救命ポッドであった。

その内の一つが王族専用で、外装が純金張りなのだ。錆びず、腐食せず、帯電性に優れ落雷もへっちゃらというのが主な理由である。

おまけに簡易ながらベットも備え、飲料水や食料は当然ながら、便所まで備えている一品である。

その中にいたアルディギア王国第一王女ラ・フォリア・リハヴァインと、騎士団所属のユスティナ・カタヤを保護するのだった。

 

「何はともあれラ・フォリアちゃん達が無事でよかったぁねぇ」

「ご心配をおかけしましたお義父様」

 

船内の一室でラ・フォリアが無事だったことに安堵する勇太郎に、申し訳なさそうに頭を下げるラ・フォリア。

ユスティナは、他の救助者の確認のためこの場にはいない。

 

「いやいや君になにかあったら、俺がルーカスに殺されるからねぇ」

 

その時のことを思い浮かべたのか、冷や汗をかいている勇太郎。

 

「あの、勇太郎さん先程王女がお義父様と呼んでいましたが…」

 

雪菜がラ・フォリアの発言で、気になった部分を問い掛ける。

 

「ああ、彼女は勇の許嫁だよ」

「い、許嫁!?」

 

予想外の返答に素っ頓狂な声を上げる雪菜。隣にいた紗矢華も驚いたまま固まっていた。

 

「はっはっはっ驚くのも無理はないわな、世間じゃ公表されてないからねぇ」

 

豪快に笑っている勇太郎の傍らで、ラ・フォリアが部屋の隅の視線を向ける。

 

「あの、お義父様。あそこにいる彼は大丈夫なのでしょうか?」

 

部屋の片隅に、ボロ雑巾のように打ち捨てられているのは暁古城。原作主人公である。

 

「ん、ああ。何、ちょいと青春を謳歌しただけさその内起きるよ、吸血鬼だし」

「吸血鬼?もしや彼が噂の第四真祖なのですか?」

 

興味深そうに古城を眺めるラ・フォリア。もっとも古城はピクリとも動かないが。

流石にやり過ぎたかと、反省気味の雪菜と紗矢華であった。

 

「そ、今回勇を助けるために手伝いに来てもらったのよ。んで、そっちにいるお嬢ちゃん達は、姫柊雪菜ちゃんと煌坂紗矢華ちゃん、獅子王機関所属の攻魔師ね」

「よ、よろしくお願いします王女」

 

相手は一国の王女であり、まだ見習い途中で、生来の生真面目さもあり緊張している様子の雪菜。

対するラ・フォリア王女と呼ばれたことに不満があるようである。

 

「ラ・フォリアです、雪菜。殿下も姫様も王女も聞き飽きました。せめて異国の友人には、そのような堅苦しい言葉で呼んで欲しくありません。あなたもですよ、紗矢華」

「え?そ、そう言う訳には…」

 

雪菜も紗矢華もびっくりしたように首を振る。政府機関の所属する彼女達にはそのような馴れ馴れしい距離感にはやはり抵抗があるのだろう。

 

「大丈夫だよ、勇の奴なんて会って直ぐに『ラ・フォリア?何か言いにくいな、リアって呼んでいいか?』つってたし」

「な、何と言うか神代先輩らしいですね…」

「あいつ遠慮ってのがないもんねぇ…」

 

その時のことを思い出して苦笑する勇太郎。普通ならまずしないことを、平然とやってのける勇に、感心と呆れが混ざった表情をしている雪菜と紗矢華。

 

「でも、とても嬉しかったです。彼は私を王女としてではなく、一人の女の子として見てくれましたから」

 

とても嬉しそうに話すラ・フォリア、その顔は完全に恋する乙女であった。

 

「つーか、起きるの遅いな坊主。しゃあねぇなっと」

 

いっこうに起きる気配の無い古城に歩み寄り、心臓部を某暗殺拳使いの様に突く勇太郎。

 

「あべし!?ってここはどこだ?俺は確か姫柊達に襲われて…」

「おはようさん坊主。あの後、そこにいるラ・フォリアちゃん達を救助したところだよ」

「ラ・フォリアちゃん?」

「始めまして古城。アルディギア王国第一王女ラ・フォリア・リハヴァインです」

「は、はぁどうも」

 

事態が飲み込めずに困惑しているため、丁寧にお辞儀するラ・フォリアに、曖昧に返すことしか出来ない古城であった。

 

 

 

 

 

「つまり、そこにいるのは一国の王女様で、勇の許嫁だと」

「そうですが、王女と言うのはやめて下さい。ラ・フォリアかフォリりんでもいいですよ?勇のために日本文化を勉強しましたから」

「…いや、ラ・フォリアと呼ばせてもらう。後、絶対勇に『違う!違うから!ガ○ダムの中○のパチモンくらい違うから!』ってツッコまれるぞ…」

 

古城が諦めたような口調で言った。このままでは本当にふざけたあだ名で呼ばされかねない、と危機感を覚えたようである。確かに王女の日本語は流暢だったが、そのあだ名は少なくとも和風ではない。

 

「そういや古城君さ、体に違和感とか無い?」

「え?無いですけど、なんすか急に」

 

突然、勇太郎が古城を心配しだしたので、思わず身構えてしまう古城。こういう場合は大抵碌なことを言わないのだ。このおっさんは。

 

「いやさぶっちゃけ、適当に秘孔突いたから何かあったらどうしようってさ」

「はぁ!?確信があったからやったんじゃねーのかよ!?」

 

とんでもないこと言い始めたおっさんに、思いっきり怒鳴る古城。当然と言えば当然である。

 

「はは、この前北○読んだから、俺もできるかなって思ってね」

「教科書呼んで、勉強した気分になってる学生かよ!?てか、何かってなんだよ!」

「そりゃぁ『あべし!?』って感じで破裂するとか?」

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

胸ぐらを掴んで、力の限りに揺する古城。対する勇太郎はめんごめんごと、全く反省していない様子。

 

「あの、先輩。そんなことより、そろそろ話を進めてもいいですか?」

「そんなこと!?危うく肉塊になるところだったんだぞ俺!」

「そんなことになっても、どうせ死なないじゃないあんた」

「俺の扱いひでぇ!!」

 

雪菜達の理不尽な対応に、本気で泣きたくなった古城。

勇太郎が大丈夫、きっといいことあるよ的な顔で、肩に手を置いてくるのが無性に腹が立った。

 

「それで、いったい何があったのですかラ・フォリア?」

 

そんな古城を無視して、ラ・フォリアに問い掛ける雪菜。大分古城の扱いに慣れてきているご様子である。

犠牲になった部下を哀悼するように、ラ・フォリアはかすかに目を伏せて頷き、語りだした。

自分がなぜ絃神島を訪れようとしたのか、叶瀬夏音と自分の関係、そして襲撃された時のことを。

 

「…メイガスクラフトの連中、身代金でも要求するきだったのか?」

 

古城が素朴な疑問を抱く。メイガスクラフトとは産業用の機械人形(オートマタ)の製造で知られる企業である。

今回の事件の黒幕であることを、出発前に聞かされていたのである。

だが、民間企業でしかないメイガスクラフトが、一国の王女の船を襲撃する理由が思いつかないのだ。

 

「彼らの狙いはわたくしの身体――アルディギア王家の血筋です」

「…血筋?」

「はい。アルディギア王家に生まれた女子は、ほぼ例外なく全員が強力な霊媒ですから」

「霊媒…巫女ってことか」

 

そう言って、雪菜と紗矢華をちらっと見る古城。

獅子王機関によって見出された彼女達は、優れた素質を持つ巫女である。特に雪菜の霊視力や神憑りの強力さを、間近で見ていてよく知っている。

しかし自分が知る限り、雪菜が誰かに狙われることはなかった。

だとすれば、ラ・フォリアの霊媒としての能力はそれ程協力なのだろうか?

 

「――メイガスクラフトに雇われている叶瀬賢生(かなせ けんせい)についてはご存知ですか?」

「叶瀬賢生って、確か叶瀬を引き取った人だよな?」

「そうだ。修道院での事故後、引き取り手のいなかった夏音ちゃんを養子に迎えたのだ」

 

古城の疑問に答える勇太郎。シリアスモードだが、先程危うく殺されかけたことは決して忘れていない古城。彼を見る目は冷たかった。

叶瀬夏音とは勇を通して知り合い、時々父親のこと話してくれたが、行く宛の無い自分を引き取ってくれたことに、本当に感謝しているようだったのを思い出す古城。

 

「彼は、かつてアルディギア王家に仕えていた宮廷魔道技師でした。彼が知っている魔術奥義の多くは、霊媒としての王家の力を必要とします。だから危険を冒して、わたくしを攫おうとしたのでしょう。そして、模造天使(エンジェル・フォウ)の素体にするために、叶瀬夏音を引き取ったのだと思います」

「…模造天使(エンジェル・フォウ)?」

 

ラ・フォリアの話の中で出てきた聞きなれない単語に、思わず聞き返してしまう古城。

 

「賢生が研究していた魔術儀式です。人為的な霊的進化を引き起こすことで、人間をより高次の存在へと生まれ変わらせるのです」

「天使に?そうなったらどうなるんだ?」

「この世に存在するあらゆる生物と隔絶した存在となる。そうなれば叶瀬夏音という人格は消え去り、存在が消滅することを意味する」

「なっ!?」

 

勇太郎から告げられた内容に絶句する古城。それはその場にいた雪菜や紗矢華も同様だった。

特に雪菜は勇の紹介で知り合ってから、同じ学年ということもあるので、共にいることが多くよく子猫の世話を手伝ったりしており、凪沙を含めて数少ない友人なのだ。

 

「何でそんなことを…!」

「それは本人に聞くしかあるまい」

 

重苦しい空気に中、ドアをノックする音が響く。

勇太郎が入れと言うとドアが開き、メイド服の上に白衣を着込んだ少女と、アルディギア王国の軍服を着た女性が入ってきた。

 

「勇太郎さん、負傷者の応急処置が終わりました」

「わかった。ありがとうねアスタルテちゃん」

 

メイド服の上に白衣を着込んだ少女アスタルテ。以前起きた事件で勇に助けられ、現在は南宮家に引き取られて以来、自称勇の従順な下僕(メイド)として暮らしているのである(勇曰く、あくまで家族です。誤解を招く言い方はやめて下さいとのこと)

最近の趣味は、昼ドラ鑑賞とライトノベル漁りとのこと。好きな言葉は略奪愛。

軍服の女性はユスティナ・カタヤ。騎士団所属で勇がアルディギアを訪れていた際に、その強さと生き様に心惹かれ永遠の忠誠を誓った女性である(勇曰く、何で俺なんでしょうねぇ、他にいい男がいると思うんですがとのこと)

最近の趣味は、日本の忍者アニメ鑑賞や漫画を読むこと。語尾にニンをつけようかと考えている模様。

 

「つーか、何でメイド服の上に白衣なんだ?」

 

アスタルテの服装を見て首を傾げる古城。随分と倒錯的な格好なので無理もない。

 

「診察といったら白衣でしょう?第四真祖」

「いや、だったらメイド服じゃなくても…」

「勇さんの従順な下僕(メイド)の証であるこれを脱ぐわけにはいきません」

 

何言ってるんだこいつ的な目で見られる古城。あれこの子こんなキャラだったけ?と思わず出会った頃の記憶を漁ってしまうのだった。

 

「では、負傷者を乗せた船は島に戻して、何隻かは他の脱出者の搜索に回そう」

「しかし、これ以上戦力を分散させては勇様の救出が…」

「助けられる命を見捨てまで助かろうとは思わんよあの子は。それに、こうゆう時のために俺がいるんだ任せなさい」

 

自分達のために勇が助けられなくなるのではと、危惧するユスティナに笑顔で語り掛ける勇太郎。

普段エロ本読んでいたり、仕事をサボっていたり、ふざけているだけのおっさんとは違う頼もしさを感じられた。

ちなみに妻からは、やるときしかやらないダメ人間と言われていた。

 

「あれ、なんか酷いことを言われた気がする」

 

勇太郎が一人で何か言っている間に、再びドアがノックされ部下の一人が入ってきた。

 

「豚やろ、失礼本部長「言い直す必要はないぞ」ハッ、この豚野郎!目的の島が見えてきました」

「礼を言う…。では、上陸用意だ!」

「了解しました」

「あんたそれでいいのか…?」

 

勇太郎のぶれることの無い生き方に(ドM)、呆れるしかない古城であった。



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第七話

お久しぶりです。
構想に行き詰ってしまったので、息抜きに別の小説を書いていました。
また、ボチボチ書き始めていこうと思います。


前回のあらすじ

北○百烈拳

 

遂に目的の島へと近づいた古城達は、上陸のため甲板で準備を行っていた。

 

「そう言やさ勇太郎さん」

「ん?何だい古城君?」

「ダミ声やめろ。俺と姫柊を拉致ってから、那月ちゃんの姿が見えないんだけど…」

「ああ、あの子は上(管理公社)の命令で留守番だよ。あの子に何かあったら色々と大変だからねぇ。説得するのに苦労したよぉ」

 

腕を組みながら肩を竦める勇太郎。絶妙なダミ声が無性に腹立たしい。

 

「本部長!メイガスクラフト社所有と思しき船が見えます!」

 

双眼鏡で島を監視していた部下の声に一同島の方を見ると、1隻のエアクッション型の揚陸艇が上陸していた。

 

「ふむ、やはり先回りしていたか」

「でも、1隻だけだな」

 

もっと、大人数で押しかけていると思っていた勇太郎達は、注意深く島を見てみる。

 

「む?」

「どうした勇太郎さん?」

 

島を見渡していた勇太郎が何かに気がついたのか、目を凝らしていた。

 

「あれを見てみろ」

「あれ?」

 

勇太郎が指さした方凝視してみると、男性と見られる人影が、何かを振り回していた。

「白旗?」

「だな」

 

それは停戦の意思を示す、白い布を括りつけられた棒だった。

 

 

 

 

 

氷の大地に、二つに別れた複数の人影が並び立っていた。

 

片方はメイガスクラフト所属の二人の男女が立っていた。

もう片方は勇太郎達である。アスタルテやユスティナに部下達は念のため船に待機させている。

そして勇太郎が代表として前へ踏む出す。

 

「アイランド・ガード本部長の神代勇太郎だ。そちらの代表は?」

「私よ」

 

勇太郎の問いかけに、先頭にいた女性が歩み出る。

 

「メイガスクラフトに雇われたベアトリス・バスラーよ。よろしく本部長さん」

 

ベアトリスが妖艶な笑みで話しかけるが、鋭い視線で睨みつける勇太郎。

 

「そんな怖い顔しないでよ。私達はあなた達と敵対したくないのよ?」

「ふん、アルディギア王国所有の船を襲撃しておいてよく言う。他にも違法である軍用機械人形(オートマタ)の製造や、献金諸々調べはついている。もうお前達に逃げ場はないぞ」

「ええ、もうメイガスクラフトはおしまいでしょうね。だから、どうでもよくなっちゃったのよ」

 

観念したように両手を上げながら話すベアトリスに、訝しむ勇太郎。

 

「どうでもよくなっただと?」

「ええ、ここには命令で模造天使(エンジェル・フォウ)の回収に来たのよ。でも、どうにもできないからお手上げなの」

「それはどういうことだ?夏音ちゃんはどういう状態なのだ?」

「今、あの子は心情風景の投影による表層人格の破棄と再構築を行っているのだ」

 

不意にベアトリス達の背後から一人の男性が姿を現した。

年齢は勇太郎と同じくらいだろう。もっとも、神代の血を継ぐ勇太郎の場合20代のまま肉体が衰えていないが、現れた男性は白髪混じりで、峻厳な顔つきなので傍から見れば同年代とは思えないだろう。

 

「賢生…」

 

男の顔を見た瞬間、勇太郎が悲しそうに男の名を呼んだ。

 

「知り合いなのか勇太郎さん?」

「ああ古城、あることで知り合ってな。こんな形で合うとは予想外だった。」

「私もだよ勇太郎。いや、ある意味必然だったのかもしれんな」

 

表情には見せないが、悲しさを滲ませる声で話す賢生。

 

「久しぶりですね、叶瀬賢生」

 

今度はラ・フォリアが前に出て、賢生を見つめる。

自分の胸に手を当てて、賢生は恭しく礼をする。

 

「殿下におかれましてはご機嫌麗しく…七年ぶりでしょうか。お美しくなられましたね」

「わたくしの血族をおのが儀式の供物にしておいて、よくもぬけぬけと言えたものですね」

 

冷ややかな口調でラ・フォリアが答えるも、賢生は表情を変えなかった。

 

「お言葉ですが殿下。神に誓って、私は夏音を蔑ろに扱ったことはありません。私があれを、実の娘同然に扱わねばならない理由――今のあなたにはお分かりの筈」

「実の娘同然の者を、人外の者に仕立て上げようというのですか」

 

非難めいた口調で、ラ・フォリアが声を響かせる。

後ろで控えていた雪菜や煌坂も非難の眼差しを向けていた。幼い頃に親に捨てられた彼女達には、到底許せられることではないのだろう。

 

「いえ、むしろ実の娘同然なればこそ、と申し上げましょう」

「何だよそれ、意味わかんねぇよ!だったらどうして、叶瀬に人間を捨てさせるようなことをすんだよ!ただ、てめぇの研究を完成させたいだけじゃねぇのか!?」

 

悪びれない賢生にの言葉に堪らず叫ぶ古城。怒りの余りに目が真紅に輝いていた。

そんな古城を落ち着ける様に、肩に手を置く勇太郎。

 

「そうではない古城。賢生が夏音ちゃんを愛しているのは本当だ。あの子の母親があいつの妹であることもそうだし、なにより勇と二人でデートしている時、俺と一緒に尾行する程にな」

「え?」

 

勇太郎が発した言葉に古城達の目が点になる。

 

「そのことは誰にも言うなといっただろう勇太郎」

 

そう言ってズレた眼鏡を直す賢生。眼鏡が反射していて表情は見えないが、恥ずかしいのか頬が僅かに赤く染まっていた。

 

「いいじゃないか、子が心配で尾行する。親として当たり前のことじゃないか」

「いや、その理屈はおかしいです勇太郎さん」

 

至極当然と胸を張って言い放つ勇太郎にツッコム雪菜。

 

「…確かに」

「言えてるわね…」

「何で納得してるんですか、先輩と紗矢華さん!?」

 

どこか感心した様子の古城と紗矢華。生粋のシスコンである二人には共鳴できる様である…。

 

「賢生あんた…」

「そういや、突然休むとか言って、どこかに出かけてたことあったな」

「…とにかく。天使になることは夏音のためでもあるのだ。決して自分の欲望のためでは無い」

 

暖かい目を向けてくるベアトリスとロウ・キリシマに、背を向けながら強引に話題を変えた賢生。

 

「本当にそう思うか?それがあの子の幸せになると?」

「ああ、夏音は人間以上の存在へと進化する。あれを傷つけられる者はもうどこにもいない。やがてあの子は神の御許へ召されて、真の天使となる――それを幸福と呼ばずなんと呼ぶ?」

 

勇太郎の問いかけに、何の迷いも後悔も感じさせない口調で答える賢生。

 

「…叶瀬がそう言ったのか?人間を超えた存在になるのが、自分の望む幸せだって」

「何?」

 

古城の言葉に揺らぐことのなかった賢生の表情に、初めて動揺の色が見えた。

古城は憐れむような瞳で彼を見下ろす。これではっきりと確信できた。この男はなにも分かってなどいなかった――!

 

「そんなものが、本当にあいつの望んでいた幸福なのかよ。あんたが勝手にそう思い込んで、勝手に押し付けてるだけじゃねーのか。世間じゃ、そういうのを道具扱いって言うんだよ!」

「…黙れ、第四真祖…」

 

賢生が声を震わせた。信念の揺らいだ彼の表情には、憎々しげな苦悩と混乱が浮かんでいた。

 

「貴様にそれを口にする資格など、ありはしない。アルディギアの英雄同様、自分自身のことすら何も分かっていない貴様には!」

 

思いがけない賢生の言葉に、どういう意味だ、と古城が戸惑う。と、そのとき――

 

ドゴォォォォォォォォォォォォンン!!!

 

氷の塔の頂上部で激しい爆発が起こった。

 

「な、何だ」

 

降り注ぐ氷解から身を守りながら、古城が呻いた。

 

「先輩あれを!」

「あれは叶瀬、なのか!?」

 

雪菜が指さした先を見ると、吹き飛んだ頂上に夏音と見られる少女が座り込んでいた。何かを愛しそうに抱えながら。

 

「勇!?」

 

夏音が抱えていたものをみてラ・フォリアが声を張り上げる。彼女が抱えていたのは行方不明となっていた勇であった。

夏音がゆっくりと勇を地面に降ろすと、立ち上がる。

同時に曇っていた空から雨が降り出し、やがて嵐の様な豪雨と暴風が吹き荒れだした。

 

「何よあれ…。あれが天使だっていうの!?」

 

夏音の姿を見た紗矢華が息を飲んだ。

その全身は黒く淀み、瞳と翼に浮かぶ眼球は血のように真っ赤に染まり、血涙が流れ出ているような模様が浮かんでいた。爪はナイフのように鋭く尖っていた。その姿はまるで――

 

「堕天したというのか…!?」

「堕天?何だよそれ?」

 

驚愕の面持ちで、勇太郎が漏らした呟きに古城が聞き返す。

 

「天使が魔の存在へと堕ちる現象のことだ。俺も見るのは初めてだがな」

「叶瀬を元に戻す方法は無いのかよ!」

「あの子の人格が残っていればあるいは…。む!いかん、散れ!!」

「え?」

 

Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!

 

一瞬、勇太郎の言葉の意味が分からなかったが、鼓膜を激しく揺する絶叫に思考がかき消される。

音がした方を見ると、夏音の体がドス黒く輝き、翼面の眼球から漆黒の光が古城達に無数に打ち出された。

 

「ぐぅおぉぉう!?」

 

全員咄嗟にその場から飛び退くと、古城達が立っていた場所にビームと言える漆黒の光が降り注ぎ、氷の地面を粉々に砕いた。

 

「やめろ叶瀬!俺達が分からないのか!?」

「どうやら俺やお前の力に、本能的に反応しているようだな」

「それじゃどうすんだよ!?」

「戦うしかあるまい」

 

勇太郎の言葉に奥歯を噛み締める古城。あの聖女のような優しさを持つ夏音と、戦うことに抵抗を感じてしまうのだ。

 

「先輩!」

 

雪菜の声にハッとなって空を見ると、夏音が自分へと漆黒の光を放とうとしていた。

 

「ッ――!!疾く在れ(きやがれ)"獅子の黄金"(レグルス・アウルム)"双角の深緋"(アルナスル・ミニウム)!」

 

古城に最早選択の余地はなかった。このまま夏音の攻撃が続けば、遠からずこの島そのものが消滅することになるだろう。まずは眷獣を使ってでも夏音を止める。でなければこの島にいる皆が巻き込まれて命を落とすことになる。

 

「叶瀬っ!」

 

雷光を纏った黄金の獅子が、そして振動の塊である緋色の双角獣が、宙を舞う堕天使へと突撃した。それぞれが天災にも等しい力を持つ”真祖”の眷獣の攻撃である。

膨大な魔力を帯びたその攻撃は、しかし夏音の体を傷つけることはなかった。

蜃気楼の様に肉体を揺らめかせただけで、すべての攻撃は堕天使をすり抜けていく。

引き裂かれた大気が軋み、稲妻が悪天を貫くが、夏音は無傷のまま悠然と飛び続けていた。

 

「無駄だ、第四真祖…」

 

賢生が古城に呼びかける。

彼は絶望に染まった表情で、地に膝を着いて俯いていた。

本来望んだ姿からかけ離れた娘の姿に、心が折れてしまったのだろう。

 

「今の夏音は、既に我らとは異なる次元の高みに至りつつある。君の眷獣がどれほど強大な魔力を誇ろうとも、この世界に存在しないものを破壊することはできまい――」

「何諦めてるんだよ!あんたが諦めたら誰が叶瀬を助けるんだよ!」

「もう、手遅れだ。ああなっては夏音は神の御許へ召されることも許されず、ただ破壊と殺戮を繰り返すだろう。そして最後は自身をも…」

 

全てを諦めてしまった賢生に、古城は言い返したかったが、そんま余裕はなかった。

夏音の翼が再び古城に巨大な眼球を向けたからだ。

日食のような暗がりが、一片の影すら残さず古城を飲み込んでいき、眼球から放たれた閃光が古城の心臓を貫いた。

全ての音が消滅した。

古城の心臓に突き立った光は、苛烈な衝撃と炎を伴って、人々の視界を真っ黒に染める。

その漆黒の世界の中で、古城の身体がゆっくりと倒れていく――

 

「先輩!?」

「暁古城!」

 

雪菜と紗矢華が、吹き荒れる暴風に逆らいながら、倒れた古城に駆け寄ろうとする。

夏音の攻撃の爆心地は半球状にえぐれ、高温で蒸発した氷が蒸気を吹き上げていた。

古城の肉体はズタズタに引き裂かれ、原型を留めているのが不思議なくらいだ。

 

「先輩!暁先輩――!」

「ちょっと返事しなさいよ!あんた不死身なんでしょう、暁古城――!」

 

二人の少女が、倒れた第四真祖に取りすがって彼を呼び続けていた。

 

「OAaaaaaaaaa――!」

「叶瀬夏音…あなたはそこまで勇を…」

 

異国の銀髪の王女は、頭上で血の涙を流しながら慟哭する堕天使を眺めている。

そして氷の塔の頂上で、若き獅子は今だに眠り続けていた。



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第八話

前回のあらすじ

子が心配で尾行する。親として当たり前のことじゃないか

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!

 

頭を抱えて悲鳴を上げる夏音。それに呼応するかの様に全身から放たれる禍々しさが増大していった。

 

「ぬおおぅ!」

 

勇太郎が夏音目掛けて目にも止まれぬ速さで駆け出し、その勢いを乗せて跳躍すると、鉄甲を纏った拳を叩きつける。

拳が夏音の肌に触れる直前に、障壁に阻まれて弾き返される。

 

「と、やっぱ簡単にはいかんわな」

 

体制を立て直して着地する勇太郎。攻撃が届きはしないもその表情には余裕が感じられた。

 

「姫柊に煌坂!古城を船まで連れて行け、こっちは俺が抑えるから!」

「は、はい!」

 

傷ついた古城の元に駆け寄っていた雪菜と紗矢華が、肩を貸しながら非難する。

 

「ラ・フォリアも危ないから避難しな!」

 

ラ・フォリアにも逃げるように促すが、ラ・フォリアは静かに首を横に振った。

 

「いいえ、わたくしも戦います。家族として彼女を救い出します!」

 

決意を込めた瞳で、腰に吊るしていたホルスターから銃を抜き取る。

金管楽器にも似た美しさを感じられる装飾が施されている。

傍から見れば、貴族が娯楽のために飾っている観賞用と思えるが、呪力を込めた特殊な弾丸を打ち出せる、対魔族戦闘も視野にいれて設計された立派な戦闘銃である。

 

「…分かった。だが、次に俺が逃げろと言ったら、なりふり構わず逃げろよ」

「分かりました」

 

ラ・フォリアが頷くのを確認すると、再び夏音へと駆け出す勇太郎。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

 

それに対して夏音は、周囲無関係に翼の眼球から光線を放ってきた。

 

「って無差別かよオイ!?」

 

ラ・フォリアの前に立ち、飛んできた光線を手刀で叩き落とす勇太郎。

だが、避難していた雪菜達にも光線が降りかかる。

霊視にて予知していた雪菜が古城を紗矢華に預け、雪霞狼で結界を張り防ぐ。

しかし、余りの威力に徐々に結界がひび割れていく。

 

「紗矢華さん今の内に先輩を!」

「でも、雪菜が!」

「私のことはいいですから早く!」

 

せめて古城と紗矢華だけでも守ろうと、雪霞狼へありったけの霊力を流し込む。それでも虚しく結界が壊れ始めていく。

これまでかと思わず目を覆ってしまった雪菜の耳に、凛とした声が響いた。

 

「薔薇の指先」

 

雪菜を包み込むように現れた虹色の腕が、光線を打ち消した。

 

「アスタルテさん!」

「お怪我はありませんかミス・姫柊」

 

虹色に輝く腕を背から生やしたアスタルテが雪菜を守ったのだ。

勇からの供給が不安定のため本来の力を出せないも、頼もしい援軍であることに変わりない。

そしてアスタルテ共に駆けつけたユスティナが剣を構えて、雪菜達の前へと出る。

 

「ここは私たちにお任せを!」

「早く第四真祖を船へ」

「すみません、お願いします!」

 

二人へお礼を言うと、再び古城へ肩を貸して避難していく雪菜と紗矢華。

 

「うっし、行くぜぇ!」

 

勇太郎のかけ声と共に、四人は堕天使へと駆け出した。

 

 

 

 

 

「うむぅ…」

 

目を開けると真っ暗な空間が写り込んできた。映るもの全てが真っ黒だった。

 

「ここは?」

「あ、起きましたか?」

「にゃあ!?」

 

突然視界に入った俺と瓜二つの顔に飛び起きる。自分と同じ顔ってのもあるけど何より――

 

「か、母さん!?」

「久しぶりですね勇」

 

慈母の様な微笑みを向けている女性は神代志乃。何年も前に病で亡くなった俺の母親であった。

顔立ちや身長に髪型は全く同じで、違いは胸が大きく張り出ているくらいだろう。

母さんの姿勢的にどうやら膝枕されていたようだ。

 

「母さんがいるってことはここは…」

「はい、精神と時の…」

「訴えられるからダメェーーーーー!!」

 

とても危険なワードを言おうとしたので慌てて止めると、愉快そうに笑う母さん。こんな時にからかわないでもらいたい。

今いる空間は簡単に言えば俺の精神世界である。

 

「ってそうだよ夏音は!?あれからどうなったんだよ!?」

「気になります?はい」

 

母さんがポンッと両手を合わせると、何もなかった空間にスクリーンの様に映像が投影される。

そこには夏音と見られる少女が、まるで泣いているかのように悲鳴を上げていた。

その姿は初めて見た時とは違い、全身が漆黒にに染まり天使とは程遠く見えた。

 

「な、なんだよあれ…」

「堕天。あなたを自分の手で殺めてしまったと思い込んでいる彼女は、自身の心を閉ざしてしまったんです」

「だったら、俺をここから出してくれ!俺が無事だって教えればいいんだろう!」

 

俺が声を張り上げて詰め寄ると、母さんは静かに首を横に振った。

 

「もう、あの子の心は奥底まで沈み込んでしまっています。今のままでは、あなたの声も届かないでしょう」

「だからって、このままじっとしてろっていうの!?それじゃ誰が夏音を助けるんだよ!」

「なら、あなたにはできるにですか?彼女を止めることが」

「それは…」

 

そうだと言い返せない。今の俺では夏音と止められると言い切れなかった。

 

「今のあなたのことを蛮勇と言うんです。少しは頭を冷やしなさい」

「でも、他にどうしろって言うのさ?」

「あるでしょう。彼女を助けられる力があなたには」

「あれは、あの力はそんな物じゃない!結局アヴローラを救えなかった!」

 

母さんの言葉を遮り否定してしまう。それじゃダメだって分かってても無意識に拒絶するんだ。

 

アヴローラ――

“焔光の夜伯”(カレイドブラッド)と呼ばれた先代の第四真祖で、古城に力を託して自ら死を望んだ少女。彼女を助けようと力を振るって、最後は俺の手で殺めてしまった大切な人。

 

「いや、彼女は救われたよ」

 

俺と母さんしかいなかった世界に別の男性の声が響くと、暗闇の奥から一つの影が歩み出て来た。

ぱっと見はどこにでもいそうな好青年だが、神々しさを感じさせる神秘さを秘めていた。

 

「あ、ご先祖様。成仏してなかったんだ」

「眠りについていただけだからね?そう言ったよね?勝手に成仏させないでよね勇」

 

今にも泣き出しそうな青年はカミシロ・イサム。一言で言えば俺の祖先に当たる人である。俺に名前はこの人にあやかったそうだ。

死後、獅子王の中に魂を封じ子孫を見守っているそうだ。本来は第四真祖が世界に仇名した時、その体を借り受けて滅するためらしい。

ぶっちゃけ本人的にはそこらへんはどうでもいいらしく、数ヶ月前に起きた事件でその役目を俺に丸投げ(託して)して下さったのだ。

ちなみに母さんも同じように魂を獅子王に宿していたそうだ。これやるの物凄く大変みたいで、下手するとなんか色々と大変なことになるらしく、普通はやらない芸当なんだそうな。さすが母さんそこにシビれる!あこがれるゥ!

 

「それより救われたってどう言うことさ?」

「それよりって…まあ、いいや。そのままの意味だよ、君と古城のおかげでアヴローラは長き輪廻の鎖から解き放たれた。自由になれたんだよあの子は」

「でも、死んじゃったら意味ないじゃないか!もっと、一緒にいたかったんだ!笑っていて欲しかったんだよ」

 

ほんの短い間だったけど彼女といる時間は楽しかった!あの笑顔をずっと見ていたかったんだ!それを奪ったのは俺なんだ!

 

「彼女は、最後に笑っていただろう?」

「!」

 

イサムの言葉にハッとなる。確かにアヴローラは最後に笑って死んでいった。ありがとうって。

 

「君達に会わなければ、あんな風に笑えないで悠久の時の中を生きていただろうね。その方がよかったのかな?ただ生きているだけが幸せなのかい?」

「…俺がしたことって間違ってなかったのかな?」

「ラ・フォリアって子も言っていただろう?ありがとうって言葉は救われた者しか言わないよ。君は確かにアヴローラを救ったんだ」

 

そう確かにアヴローラは笑っていた。ありがとうって言ってくれたんだ。

自分の手で殺めてしまったことばかり考えていて、彼女の思いに気づかないなんて、とんだ大馬鹿野郎だな俺って。

でも、今なら聞こえる。アヴローラが夏音を助けてあげって、その力で笑顔を取り戻してって。

ずっと逃げていてごめん。もう、大丈夫だから、見ていてね。

 

「本当は自分で気づけるまで黙っていようと思ったけど、そうも言ってられなくなっちゃったからね」

「ありがとう。迷惑かけてごめんね」

「いいさ、もう僕にはこれくらいしかできないからね」

 

そう言って笑いながら肩を竦めるイサムに、釣られて俺も笑っていた。

 

「あのぉ、そろそろ時間が押してますよ~」

「おっとそうだね。はい、勇」

 

母さんに呼びかけられて思い出した様に、イサムがいつの間にか持っていた獅子王を差し出してきたので受け取る。

 

「じゃ、頑張ってね」

「私達側で応援していますからね」

「うん、ありがとう!行ってきます!」

 

二人の声援に応えると獅子王を抜刀し、八相に構える。

 

「武神装甲!!!」

 

力の限りに叫ぶと、意識が光に包まれていった―――



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第九話

お待たせしました。多分次回で天使炎上編は終わると思います。


前回のあらすじ

精神と時の部屋

 

太平洋に生まれた氷の島で連鎖的に爆発が起こっていた。

空に浮かぶ漆黒の天使が、羽に生えている眼球から黒き閃光を放つたびに氷の大地が割れ軋んでいく。

 

「うおっと!?」

 

足元に飛んできた閃光を避けると、爆発で生まれた塹壕に滑り込む勇太郎。

それに続いてラ・フォリアら三人も滑り込んで身を隠す。

 

「ええい、とことん無差別だな!」

 

見境なく暴れる堕天使に悪態つく勇太郎。

先程から無作為な攻撃しかしていないが、一撃で致命傷になりかねないので迂闊に近づけないのだ。

 

「不味いな、このままだと手遅れになっちまうぞ」

「何か手はありませんかお義父様?」

 

膠着している状況を打開する手段がないか、問いかけるラ・フォリア。

 

「力づくで止められんこともないが、加減できる相手じゃないから、命の保証はできんな」

「そんな…」

 

自分では夏音を殺すことでしか止められないと答える勇太郎。絶望的な未来に唇を噛み締めるラ・フォリア。

 

「諦めるな、まだ希望(・・)はあるだろう」

 

ラ・フォリアを励ますように肩に手を置きながら、氷の塔の頂上に視線を向ける勇太郎。

 

「勇…」

 

暗闇で泣いているしかできなかった自分を救ってくれた人。暗闇しかなかった未来に光を照らしてくれた人。誰よりも信じられる人。彼ならこの絶望という名の鎖を断ち切ってくれる。

 

「あいつが帰ってくるまで踏ん張ろうや。君は援護頼む」

「はい!」

 

力強く頷くラ・フォリアを見て満足そうに微笑むと、アスタルテとユスティナへと向き直す。

 

「とにかく時間を稼ぐぞ。今まで通り俺が注意を引きつける、その間に二人は攻撃してくれ」

「分かりました」

「承知!」

 

打ち合わせを終えると、勇太郎が塹壕から飛び出し夏音へと駆け出す。

それに合わせてラ・フォリアが上半身のみ塹壕からだし、呪式銃を構えると発砲する。

銃口から放たれた閃光が夏音へと迫るが、障壁に阻まれて四散してしまう。

 

「ぬおらぁ!」

 

それでも僅かに動きが止まったので、その間に接近した勇太郎が振り上げた足を叩きつけ、障壁ごと夏音を地面に激突させる。

そして夏音が起き上がる前に、アスタルテが背中から生やした薔薇の指先の腕で押さえ込む。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

 

だが、咆哮と共に強引に薔薇の指先の腕を引きちぎって拘束から逃れる夏音。

そのまま鋭利な爪でアスタルテを切り裂こうと襲いかかるが、背後に回っていたユスティナが斬りかかる。

 

「御免!」

 

上段から振り下ろされた剣が、甲高い音と共に障壁に弾かれてしまう。

やはり古城の眷獣ですら傷つけられない夏音に、並大抵の攻撃では効果が無かった。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

 

全てを薙ぎ払うかの様に夏音が放った閃光が、あちこちで爆発を起こし、四人が吹き飛ばされる。

 

「ぐぬぅ!?」

 

唯一勇太郎のみ軽傷のため、素早く体勢を立て直せたが、他の三人は立ち上がれない程のダメージを受けてしまった。

そして、夏音が頭を抱えて苦しみだした。

 

「G,guuuuu…ッ!」

 

その姿はより禍々しくなり、最早天使の面影すらなくなりだしていた。

 

「夏音!?」

 

ラ・フォリアが呼びかけるも、夏音の変貌は止まることは無かった。

 

「堕天化が予想以上に進行しているだと!?ええい、これ以上は限界か!」

 

これ以上の時間稼ぎは危険と判断しようとした時、轟音と共に氷の塔の頂上から膨大な霊力が溢れ出し、島全体が揺れだした。

 

「これは…」

 

ラ・フォリアが塔の頂上へ視線を向けると、一つの人影が見える。

その影は黒き甲冑を身に纏い、獅子を思わせる兜を被り右手には日本刀が握られていた。

それは自分達が待ち望んだ人だった。

 

「勇?」

 

ラ・フォリアが名を呼ぶと、勇はそれに答えるように八相に構えを取り叫んだ。

 

「武神装甲見参!!」

 

叫び声と共に、今まで立ち込めていた暗雲が晴れていき太陽の輝きが降り注いだ。

 

 

 

 

 

勇が目覚めた頃、氷の島の海域に一隻の船が停泊していた。

「オシアナス・グレイヴII」戦王領域の貴族である、ディミトリエ・ヴァトラーが保有する豪華客船で、黒死皇派との件で破損していたが完全に修復されていた。

その甲板から島を眺めていたヴァトラーが歓喜の声を上げた。

 

「ふふ、やっと目覚めたんだね勇」

 

島から溢れ出す膨大な霊力を肌で感じ、恍惚な微笑みを浮かべるヴァトラー。

かつて自分に死への恐怖を味あわせてくれたその力に。そして最愛の者の復活に喜びを隠せなかった。

 

「君に乾杯」

 

そう言って持っていたグラスを掲げるのであった。

 

 

 

 

 

…何かとてつもない悪寒がしたが、気にしないでおこう。

状況を確認すると、傷だらけのラ・フォリア達に、苦しんでいる夏音。

一先ずリア達と合流するために空を駆けるよう(・・・・)に降りた。

 

「大丈夫か皆!」

「ええ、勇こそ大丈夫なのですか?」

 

皆と合流すると、リアが心配そうな顔をしていた。

 

「おう!見ての通り元気一杯よ!」

 

不安を吹き飛ばせるようにサムズアップしながら答えると、一人で黄昏ていた賢生のおっさんの方を向く。

 

「おい賢生さんよ!夏音を助ける文句はないよな!」

 

そう呼びかけるとゆっくりとだが、こっちを向いてくれた。

 

「最早私に父を名乗る資格は無い。好きにすればいい…」

「おいおい、馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ!あんたの周りをよく見てみろ!」

「?」

 

何を言っているのか分からないって顔をしていたが、自分の周りを見てみると理解したようだ。

 

「これは!?」

「夏音は今まで一度たりとも、あんたの周りには攻撃しちゃいない。それだけあんたが大切だってことだよ!」

 

そう周りはクレータだらけなのに、賢生のおっさんの周りには攻撃の跡が一つも無い。夏音が無意識にでもおっさんを守ろうとしていたんだ。

 

「確かにあんたは間違ったことをしちまった。でも、あんたが夏音を守ろうとしてたって気持ちは伝わってたんだよ!夏音にとってはかけがえの無い家族なんだ!それでも、あんたはどうでもいいっていうのかよ!?」

「…ならば、できるのかお前に?今もこれからも夏音を守れるのか?」

「おうよ!妹を守るのが兄の役目ってもんよ!」

 

夏音は俺にとっても大切な家族だ。だったら命をかけて守ってみせらぁ!

 

「なら、頼む夏音を娘を救ってやってくれ」

「おう!」

 

力強く応えると夏音へと向き直る。

 

「夏音。お前を縛る鎖、俺が断ち切る!」

 

夏音に呼びかけると、俺の存在を本能的に危険と判断してしまったのか、猛烈な勢いで襲いかかってきた。

天使とは意思を持つ存在ではなく、熱や光と同じただの現象である。

人が天使になるということは、生命を単なる現象にまで貶めるということと同義なのだ。堕天してもそれは変わらない。

獅子王を通じて、イサムが教えてくれたことだ。

それを救いと言う者もいるのだろう。苦しみからの開放だと。

確かにそうとも言えるのかもしれない、俺が間違えているのかは分からない。

それでも、夏音は泣いているんだ!そんなのを幸せとは思わないし、誰にも認めさせない!

 

「やっぱ、今のままじゃ声も届かないか!」

 

鋭利な爪が振り下ろされてきたので、右手に持っている獅子王で受け止めると、もう片方の爪を振り下ろしてきた。

それを篭手に包まれた左手で受け止めると、力任せに押し返す。

 

「ちっとばかし痛いけど我慢してくれよ!」

 

夏音が体勢を整える前に廻し蹴りを放つと、羽で自身の体を包んで防がれるも、これまた力任せに蹴り飛ばすと氷塊に激突した。障壁?んなもん関係ねぇ!

追撃しようとしたら氷塊が砕け散り、夏音が空へと飛んだ。近づくのは危険と判断したのだろう。

追いかけるために空を蹴った(・・・)

 

 

 

 

 

「勇が空に浮いている?」

 

空中で激突している勇を見てラ・フォリアが疑問の声を上げた。

そう、現在勇は空を飛んでいる夏音と同じ土俵で戦っているのである。

 

「ああ、あの鎧の力だよ」

「鎧ですか?お義父様」

「そ、今あいつが纏っているのは獅子の鬣って言ってな、あらゆるものを受け止めて装着者を守るのさ。簡単に言えば、この世に存在するもんならなんでも触れられるのさ、神だろうが悪魔だろうがな」

「なら、今勇は…」

「空気を足場にして走ってるんだ。別に飛んでる訳じゃ無い」

 

それでも十分とんでもない能力だが、勇ならと納得している自分がいた。

 

「どこまでも常識外れの人ですね。あの人らしいですが」

「さすが勇殿です!」

 

アスタルテは呆れ気味だがどこか誇らしげで、ユスティナは目を輝かせていた。

 

「ま、俺から言わせれば、まだまだ荒削りだがねぇ」

 

あれでまだまだなら、一体どれほどの力を秘めているのだろうか?

とにかく、今は彼を信じることしかできないだろう。

 

「負けないで勇」

 

彼が笑顔で帰ってきてくれるのを。

 

 

 

 

 

ええい、埒が明かん!

接近戦が不利と悟や遠距離攻撃に徹してきおった!余程俺が怖いのだろうか、無意識とはいえ傷つくなぁ…。

 

「こうなりゃ、強引に行くっきゃない!」

 

獅子王を大剣形態に変え、盾の様に構えながら夏音へと突進していく。

防ぎきれなかった閃光によって、鎧の一部が削り取られ血が噴き出していくが、構わず突き進んでいく。

 

「斬環刀――」

 

射程圏に入ると同時に、駒の様に体を回転させた勢いで刀を下から振り上げ、片側の羽を切り落とす。

 

「雷光切り!」

 

そのまま勢いを殺すことなく、逆Vの字にもう片方の羽を切り落とした。

だが、それでは夏音を救えない。

今のは高次空間にいる夏音を同じ次元に引きずり下ろしただけだ。夏音を救うには高次空間からの神気の流入は続いていた。その証拠に、切り落とした羽がもう再生を始めていた。

断ち切るには、体内にある霊的中枢を破壊する必要がある。

それには夏音を傷つけねばならないが、そんなのは論外だ。

ならばどうするか?そんなの簡単だ、夏音に浮かんでいおる魔術文様はおっさんが、霊的進化を促すために施したものだ。用はそれだけ壊せばいい。

持ち主が断ちたいと願った物だけを斬るこの獅子王ならできる!後は俺次第だ!

意識を集中させ感覚を研ぎ澄まし、獅子王を振り上げる。俺が断つのは夏音を縛る鎖のみ!

 

「チェストォォォォォォォォォォォオオオ!!!」

 

夏音へと振り下ろされた刃は、その体を傷つけることなく、刻まれていた術式のみを断ち切った。

魔術の呪縛から解き放たれた夏音が、本来の人間の姿を取り戻していく。

意識を無くして、落下しそうになった夏音の体をそっと抱き止めるのだった。



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第十話

今回で終わるといったな、あれは嘘だ(オイ
すんません。あの二人の始末を忘れていました。
勇が何でもしますんで許して下さい!

勇「え?」


前回のあらすじ

俺が断つのは夏音を縛る鎖のみ!

 

抜刀していた獅子王を収めると、元の人間へと戻った夏音を所謂お姫様抱っこしながら、ラ・フォリア達と合流した。

 

「ただいまー」

「勇!」

 

装甲を解除して皆に歩みよると、揃って駆け寄って来てくれた。

 

「夏音は無事ですか?」

「うん、眠ってるだけだよ」

 

膝の上に寝かせた夏音は、子猫の様に背中を丸めて眠っていた。

その寝顔を見て皆安心した様である。

 

「ベアトリス・バスラーとロウ・キリシマは逃げたか。まあ、いい後で引っ捕えるとしよう」

 

そう言って無線機を取り出し、待機させていた部下と連絡を取り始めた。

後は帰るだけと思っていた時、無数の足音が聞こえたきた。

音のした方角を見ると、全身をアーマーで包み重火器で武装した集団が迫ってきていた。

集団は、機械の様に統率された動作で整列すると、火器をこちらへと向けてきた。

 

「何だこいつら?」

「メイガスクラフトが作っていた、違法な軍事用機械人形(オートマタ)だな」

 

特に動揺することなく身構えると、父さんが丁寧に説明して下さった。

 

「ええ、そうよ」

 

オートマタが道を開けると、逃げたと思っていた糞女が現れた。

 

「逃げてりゃよかったのに、なぜ戻ってきたし。」

「あんた達を始末したら逃げるわよ、エンジェル・フォウのデータが欲しいって国は多いからね」

 

あ、そう。まあ、いいや、ぶちのめす手間が省けたし。

 

「で、そんな人形でどうする気だ?見たところ死霊魔術(ネクロマンサー)第一非殺傷原則(ひとをきずつけてはならない)を誤魔化しているようだが、そんなんじゃ性能はたかが知れているな」

 

ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らす父さん。確かに言う通り、あんなんじゃ驚異にはならないな。なのに糞女には余裕が感じられた。

 

「だったらこれはどう?ロウ!」

「あいよ」

 

糞女が叫ぶと、獣人化したロウ・キリシマが、鎖で繋がれた無数の棺桶のようなコンテナを引きずって来ていた。

そして醜悪な笑を浮かべた糞女が、夏音を操っていたのと同じリモコンを操作すると、金属製の蓋が、内側から弾け飛んだ。

キィィ―――と耳障りな咆哮を上げて、その中から小柄な影が現れた。

 

「あれは、儀式用の素体か」

「そうよ賢生。本当は叶瀬夏音と戦わせる筈だったんだけど、こんなことになっちゃったから余っちゃったのよ。だから有効にリサイクルさせてもらうわ」

「だが、私が用意したのは夏音を入れて七体までだ」

 

それが本当なら、どう見ても七体以上いるんですが…。

 

「悪いんだけど、それじゃ売り物にならないからね。こっちで勝手に増やさせてもらったわ」

 

クサレ女が蔑む様に説明してきた。ウゼェ。

翼を展開したエンジェル・フォウ達が空へと舞い上がる。彼女達の姿はどことなく似ていた。

 

「…クローンか」

「そういうこと。素体が粗悪だとデキも悪くて、性能では叶瀬夏音には遠く及ばないんだけど。まあ、こっちの命令忠実に従うぶん、使い勝手はマシってところかしらね」

 

得意げにリモコンを掲げて、糞女が笑った。ウゼェ。

 

「なるほど」

 

リアが冷然と呟いて、糞女を睨み上げた。あ、ブチギレてるなこれは。くわばらくわばら。

 

「お前達がわたくしを拉致しようとしていたのは、やはりアルディギア王族のクローンを造るのが目的でしたか」

「あはン、ようやく分かったの、お姫様?改造済みの叶瀬夏音からは細胞が摘出できないし、どうしたもんかと困っていたら、ちょうどあんたがのこのこやってきてくれた、って訳」

 

助かったわ、と荒々しく牙を剥き、糞女が自らの眷獣である深紅の槍を呼び出し、リアへと歩き出す。

 

「全身バラバラに切り刻んで、増やせるだけ増やしてあげるわ、雌豚。あんたのクローンなら、兵器になんか改造しなくたって、高く買う奴がいるだろうし「黙れ」っ!?」

 

糞女を黙らして、アスタルテに夏音を預けて立ち上がる。

好き勝手言いやがって!どいつもこいつもリアをそんな目でしか見れねぇのかよ!

 

「おい、クサレ女。いいか、リアはな結構腹黒くて、ことある毎に俺を女装させようとして、からかってきたりするんだよ。でも、すっごい寂しがり屋で、ちょっと仕返しでそっけなくすると、しょんぼりして可愛らしいんだぞ!笑ったり怒ったり泣いたりして、どこにでもいる女の子なんだよ!それに王女として、何時も民や騎士団のために、どうしたら皆が笑顔でいられるか必死に考えているんだよ!すっごく優しいんだよ!夏音だって、困っている人は誰だって助けようとして、そのせいで危ない目にあってもめげないんだ!嵐の日なんか、子猫達のためにボロボロになった教会で側にいてあげるんだぞ!それを天使にするだの、クローンで増やすだの、好き勝手なことばっかり言いやがって――!」

「勇…」

「すげーな、怒気だけで島全体が揺れてるぞ。これ、崩れるんちゃうんか?」

 

皆には悪いけど、あの女だけは許せない、俺の手でぶちのめす!

 

「くっ!威勢はいいけど、そんなボロボロな状態で勝てると思ってるのかよガキィ!」

 

取り繕う余裕も無くなったのか、苛立しげに叫ぶクサレ女。

確かに、俺達は先程の戦いで傷だらけで、俺も立っているのがやっとだ。でも、――

 

「まだ、頼りになる仲間はいるんだぜ?」

 

そう言った瞬間、澄んだ声が辺りに響いてきた。

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が願い奉る。極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり―!」

 

煌坂の祝詞と共に空へと打ち出され鏑矢が、広大な魔法陣を形成し、オートマタに呪詛を降り注がせる。

すると、人形の集団が糸が切れたように倒れていった。どうやら煌坂が使ったのは、解呪(ディスペル)の呪矢で、死霊魔術を無効化させたようだ。

 

「ちょっと、遅かったんじゃないの古城?」

「悪ぃ勇。その、色々とあったんだよ」

 

煌坂と共に現れた古城に軽く文句を言ってみると、気まずそうに頬を掻いていた。

 

「分かってますよー。どーせ、お楽しみだったんでしょー?」

「ち、違うわよ!あくまで人命救助よ!いかがわしいことなんてしてないんだからね!」

 

煌坂が必死に言い訳しているが、せめてシャツのボタンをちゃんと止めてからにして頂きたい。

 

「第四真祖ッ!」

「よお、あんた。悪いがこの戦争(ケンカ)俺達も混ぜてもらうぜ!」

 

そう言って古城の目が真紅に染まっていく。この感じ、あいつが目覚めたか。

 

「ざっけんな!テメェら纏めて皆殺しにしてやるよ!」

 

クサレ女がリモコンを操作すると、エンジェル・フォウ達が光の剣を打ち出してきた。

それら目掛け、古城は左腕を突き出し、その腕から鮮血が吹き出した。

 

“焔光の夜伯”(カレイドブラッド)の血脈を継ぎ者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――!」

 

鮮血は膨大な魔力の波動へと変わり、凝縮されたその波動が、実体を持った召喚獣へと変わる。艶やかな銀色の鱗に覆われた、吸血鬼の眷獣へと。

 

「――“疾く在れ”(きやがれ)、三番目の眷獣”龍蛇の水銀”(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

現れたのは龍である。緩やかに流動してうねる蛇身(だしん)と、鉤爪を持つ四肢。そして、禍々しい巨大な翼。水銀の鱗に覆われた蛟龍(こうりゅう)だ。

それが二体――

同時に出現した二体の龍は、螺旋状に絡まり合って、前後に頭を持つ一体の巨龍の姿を形作っている。すなわち双頭の龍の姿を。

双頭龍は巨大な顎を開くと、飛来して来た光剣を喰らう。

そして、そのままエンジェル・フォウ達の翼を喰いちぎっていく。

 

「そんな、何なのよあれは!?」

 

切り札であるエンジェル・フォウが、容易く蹴散らされてうろたえているクサレ女。

その光景を見ていた賢生のおっさんが、そうか!と声を張り上げた。

 

「あの眷獣――次元喰い(ディメンジョン・イーター)か!すべての次元ごと、空間を喰ったのか!?」

「そ、見た目は地味だけども、凶悪さなら飛び抜けているのさ」

 

あいつに防御なんて無意味さ、食われた物はこの世界から消えてなくなる。それが神だろうが悪魔だろうがね。

そして、唖然としているクサレ女に一つの影が襲い掛かる。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

姫柊の祝詞と共に、振り下ろされた雪霞狼が深紅の槍を両断した。

 

「なっ!?」

「――若雷!」

 

何が起きたのか理解できていないクサレ女も脇腹に、強烈な肘打ちが叩き込まれ吹き飛んだ。

その拍子に手放したリモコンを姫柊が掴み操作していると、エンジェル・フォウ達が眠った様に動きを止めた。

どうやら姫柊は、リモコンを奪うために今まで姿を隠していた様だ。

 

「やったな、姫柊」

「はい、先輩」

「ちょっと!私も頑張ったわよ!」

「分かってるから怒鳴るなよ煌坂!」

 

仲睦まじいですねー。尻が痒くなるですたい。

 

「じょ、冗談じゃ・・・」

 

ロウ・キリシマが逃げ出そうとしたが、その前に父さんが立ちはだかった。

 

「どこへ行こうというのかね?」

「う、うぉぉぉぉぉおおお!!」

 

意を決して父さんへ襲い掛かるが、顔面を掴まれて片手で軽々と持ち上げられる。ミシミシと骨が軋む音が聞こえてきます。

手足をバタつかせて必死に抵抗しているが、徐々に力を込めて行く父さん。

 

「あ、あがぁぁぁぁぁ!!」

「ヒィィィィィィトエンドォ!」

 

ゴキャッ!と鳴ってはいけない音と共に、手がブラリと下がり動かなくなったロウ・キリシマ。死んでないよね?

ま、いいや。仕上げといこうか。

 

「さあ、お前の罪を数えろクサレ女」

「ヒッ!?」

 

仲間を惨殺(多分、死んではいない)され、怯えた表情をしているクサレ女に歩み寄る。

 

「た、助け「断る」」

 

ここまでやっておいて、ただで済むなんて思っているのか?

獅子王を抜き、空へと掲げるとリアが手を添える。

リアの顔を見ると、微笑みながら力強く頷き、祈りの詩を紡ぐ。

 

「――我が身に宿れ神々の娘。軍勢の守り手。剣の時代。勝利をもたらし、死を運ぶ者よ!」

 

その詠唱が終わる前に、獅子王が閃光に包まれる。青白い輝きが太陽の様に周囲を照らし出し、数十メートルもの巨大な刃を形成した。

 

「…まさか…精霊を召喚したのか…自分の中に!?」

 

クサレ女が、リアから流れ出る膨大な霊力の正体を知って、驚愕している。

 

「ええ。今は、わたくしが精霊炉です(・・・・・・・・・・・・・・)。ベアトリス・バスラー――」

 

リアが瞳を細めて笑う。青白く輝く碧眼を――

 

「騎士達を手にかけ、勇を傷つけたあなたの所業――ラ・フォリア・リハヴァインの名において断罪します。我が部下達の無念、その身で思い知りなさい」

「後、夏音を泣かせた分もなぁ!」

 

二人の怒りを乗せた獅子王の閃光が、クサレ女を飲み込んでいった。




勇とラ・フォリアの初めての共同作業。
次回こそ終わる筈!


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エピローグ

お待たせしました!
ネタに詰まったりパソコンの調子が悪かったりと、手間取ってしまいました申し訳ありません!
こんなクオリティですいません!勇が女装しますので許してください!

勇「やめろオオオオォォォォ!!!」


前回のあらすじ

初めての共同作業

 

クサレ女をしばいた後、アイランドガード総出で、機能停止したオートマタの片付けが行われていた。

エンジェル・フォウの素体にされていた子達とクローンは、父さんの知り合いの施設に預けるそうだ。

 

「にしても生きてるのか、こいつ?」

 

古城が足元に転がっている、真っ黒焦げのクサレ女を見て不安そうな顔をしていた。

 

「手加減はしました。ただ、精霊の加護を受けた傷です。魔族と言えども、適切な処置をしなければなおることはありません」

 

担架の上に寝かされている夏音に付き添っているリアが、涼しい顔をして答えた。ストレス発散したからか上機嫌だなぁ。

 

「にしても獅子王にあんな力があったなんて、よく知ってたねリア」

 

他人の力を合わせられるなんてイサム言ってなかったんだけどなぁ。単純に伝え忘れたのかもしれんけど。

 

「勇の力になりたいって思ったとき、声が聞こえてきたんです。頭に流れるように」

「声が?」

「ええ、女性の声で教えてくれたのです。後、勇をよろしくお願いしますと」

 

それってもしかして母さん?さり気なく恥ずかしいことを言わないでもらいたい。

 

「あー多分それ、俺の母さんだわ」

「勇のお母様ですか?」

「うん、リアの思いに応えてくれたんじゃないかな?」

「なら、お義母様はわたくしのことを認めて下さったのでしょうか?」

「んーそうだと思うよ、うん」

 

凄いうれしそうだねリア。まあ好きな相手の親に認められりゃそうなるか。そう考えると物っ凄い恥かしくなってきた…。

にしても、あるならあるで、もっと早く教えてくれてもよかったじゃん。

 

「使いこなせんもん教えてもしょうがないだろうよ」

「あ、父さん」

 

心の中でボヤいていると、大量のオートマタを抱えた父さんがやって来た。こともなげに心を読まないでよ。

まあ、父さんの言うことも最もか、今までも俺だったら宝の持ち腐れだったしね。

 

「忘れるなよ勇。獅子王は想いを力に替える、正しき心で強く願えば必ず応えてくれるってことをな」

「うん、分かったよ父さん」

 

じゃあな。と言うと父さんは去っていった。正しき心か、何が正しいか何て人それぞれだけど、自分が決めた道を突き進むのが一番だよね。

 

「う…ん…」

「夏音!」

 

夏音が意識を取り戻したので、慌てて駆け寄った。思いっきり攻撃しちゃったから、どこか怪我とかしてなければいいけど…。

 

「お兄ちゃん?」

「うん、俺のこと分かる?」

「お兄ちゃん!」

 

意識がはっきりとして俺のことに気が付くと、飛び起きるように俺に抱きついてきた。

 

「ごめんなさい!私お兄ちゃんに酷いことしちゃいました!他の人にも…!」

「大丈夫だよ、こんな傷大したことないから。それに皆も気にしてないから、ね」

 

俺の胸で泣きじゃくる夏音の頭を優しく撫でながら、集まっている皆に視線を向けると頷いてくれた。

 

「大丈夫です夏音。もう、あなたが苦しむ必要は無いのです」

 

リアが夏音の手を握りながら話しかけた。

夏音はそんなリアを不思議そうに見返した。まあ、いきなり自分そっくり人が現れればそうなるわなぁ。

 

「あなた…は…?」

「わたくしは、あなたの…そうですね、家族です」

 

少し思案する様な沈黙を挟みリアが言った。

その言葉が、何かとても大切なものであるかの様に、夏音は自分の口で繰り返した。

 

「家族…」

 

正確に言えば叔母と姪なのだが、後が怖いので黙っておきます。

 

 

 

 

 

「いいのか声をかけなくて?」

 

夏音と勇達のやり取りを、離れた位置から見守っていた賢生に背後から声がかけられる。振り向くと友人である勇太郎が立っていた。

 

「必要無い。もう、私がいなくてもあの子は大丈夫だろう」

「そうかね?あの子はそうは思ってないと思うがねぇ」

 

もう自分は必要ないと考えている賢生の背中を、豪快に笑いながら叩く勇太郎。加減していないためか痛いのだろう、さすがの賢生顔をしかめていた。

 

「夏音はこれからどうなる?」

 

今の賢生にとって唯一気がかりなのは、それは夏音の処遇だけだった。

エンジェル・フォウの儀式のために、夏音は絃神市の上空で戦闘を行っているし、アルディギア王家の飛行船を襲撃して多数の負傷者が出ている。そのことで彼女が何らかの罪に問われる可能性は高かった。

 

「それなら心配いらんよ。未成年だし、自分の意思でやっていた訳じゃないんだ。むしろ被害者ってことでお咎め無しだろうよ。それに、何と言っても彼女にはアルディギア王家の後ろ盾もあるんだからな。あの子がアルディギアに行くって言うならそれでいいし、この島に残るなら俺の教え子の所に預けようと思ってる。そこなら勇もいるし、一番安全だろうよ」

 

エンジェル・フォウの力は失ったが、夏音がアルディギア王家の血を継いでいることに変わりはなく、彼女自身優れた霊媒のため今後も身を狙われる可能性は十分あるのだ。

 

「…そうか。なあ勇太郎、彼はこの先勝ち抜いていけるだろうか?」

 

賢生は無茶なことをしたことについて、アスタルテにお説教されている勇を見ながら呟いた。

 

「さあ?」

 

肩を竦めていい加減に答える勇太郎を睨みつける賢生。

 

「そんな怖い顔するなよ。俺は預言者じゃないんだぞ?未来のことなんて分からんさ」

「それは、そうだが…」

「でも、あいつが諦めない限り、道は切り開ける俺はそう信じているぞ」

 

一切の迷いなく言い切る勇太郎に、そうかと苦笑する賢生。

 

「ならば、私も信じてみよう彼を」

「うっし、そろそろ行くか。何かお上(管理公社)がお前さんに話があるそうだ」

「ああ」

 

船へと歩き出す勇太郎に続いて、歩き出そうとする賢生だが、一度だけ夏音へと振り向き、彼女の勇達に囲まれて幸せそうな顔を見ると、満足そうに歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

結局絃神市に帰ってきたのは日曜の夕方だった。休日が潰れたでござる。妹のためだから別にいいけどね。

事件の後始末は父さんがしてくれるとのことで、早く帰るよう言われたのだ。今回も俺は病院送りだけど。

下船の際、俺と古城の服がボロボロになっていたので、着替えることとなった。俺の分はアスタルテが持ってきてくれていた。お礼に頭を撫でてあげたら凄く嬉しそうだった。

古城のは船長が譲ってくれた、ド派手なアロハシャツとピチピチのバミューダパンツと呼ばれる物だった。

 

「――もう少しどうにかならなかったのか、この服は」

 

チンピラと言う言葉がよく似合う自分の姿を見て、古城が溜息を吐いていた。いや、よく似合ってるよプククッ。

 

「似合ってますよ、先輩」

「そ、そうよ…あんたにピッタリよ…くくっ」

「褒められても微妙に嬉しくないんだが…つーか、煌坂は完全に笑ってるだろッ!」

「だ、だって…完全にチンピラ…もう、無理…アハハハハッ!!」

「笑うなーー!好きでこんな格好したんじゃねーー!」

 

我慢の限界を迎えた煌坂が腹を抱えて笑い出し、それに釣られて姫柊も笑いだした。

 

「さ、紗矢華…さん…笑ったら先輩が…可愛そうですよふふっ」

「チクショーー!!」

 

姫柊にも笑われた古城がその場に崩れ落ちた。諦めな今の君は笑いしか生み出さないから。

俺も笑いたいが、再び眠ってしまった夏音を背負っているので、必死に堪えているのだ。

やはり天使化の負担が大きいのだろう、暫くは入院しないといけないそうだ。

 

「おーい皆ー!」

 

慌ただしい足音と共に古城の妹である凪沙が駆け寄って来ていた。その後ろには浅葱と那月ちゃんと委員長もいた。

 

「あれあれ?どうしたの古城くんその格好?チンピラみたいだね!あ、もしかして今になって反抗期になっちゃったの!?」

「違うわああああああ!!」

「ちょ、古城…その格好、マジでツボった!お腹痛い!アハハハハッ!!」

 

妹に止めを刺された古城が撃沈した。その姿を爆笑にしながらスマフォで激写している浅葱。南無三。

 

「やっと帰ってきたか勇」

「たっだいまー那月ちゃんに委員長ー」

「お帰りなさい勇君」

 

いやー、二人にも会うと帰ってきたって感じがするよー。

 

「叶瀬さんは大丈夫なの?」

「うん、少し入院するけど、すぐに元気になるって」

 

背中で気持ちよさそうに寝ている夏音を見せてあげたら、安心した様子の委員長。

俺が綺麗に魔術回路を消したから、それ程の負担にはならなかったそうだ。でなければ、死んでいてもおかしくなかって父さんが言ってた。

 

「勇ここにいましたか」

「あ、リア用事終わったの?」

 

リアの声がしたので振り向くと、船からリアがティナさんを連れて降りてきていた。

下船前にリア宛に連絡があったみたいだけど、なんだろう?

 

「これから病院に向かいます。墜落した飛行船の生存者が収容されているようなので」

「そっかーじゃあ一緒に行こっか」

「はい」

 

俺も夏音を送ったら検査しないといけないしねー。

 

「ほう、お前がアルディギアの王女か。勇の姉である南宮那月だよろしくな」

「初めまして。勇の婚約者のラ・フォリア・リハヴァインですお義姉様」

 

互いに笑っる筈なのに目が笑ってないよー。滅茶苦茶怖いよー。

あっれー?何でか二人の間で火花が散ってるぞー?疲れてるのかなー?

 

「勇君あの人が?」

「あーうん、一応婚約者ってことになるかなー」

「そう、何だ」

 

リアを見ながら複雑な顔をしている委員長。好きな相手に婚約者がいればねぇ。委員長の気持ち?気づいてますよ、古城じゃあるまいし。これでも日々どうしようか悩んでるんですよ俺っち。

そんなこんな考えていたら、リアが委員長に気がついた様で歩み寄り右手を差し出していた。

 

「初めまして、アルディギア王国第一王女のラ・フォリア・リハヴァインです。気軽にラ・フォリアと呼んで下さい」

「築島倫です。勇君のクラスの学級委員をしています」

 

差し出された手を握りながら、落ち着いた様子で挨拶している委員長。流石委員長こういうことに慣れているのかな?

 

「あの」

「はい、何でしょう?」

「勇君少し前まで凄く元気がなかったんですけど、アルディギア王国に行ってからまた元気になりました。きっと、あなたに会えたからだと思うんです。だから、お礼を言いたくて…」

 

委員長にしては、珍しく言葉に詰まりながらも、自分の想いを口にしていた。本当は、自分がしたかったことをしてくれたリアに感謝しているけど、複雑な気分なんだろうな。

 

「そうですか。あなたも勇のことが…」

 

委員長の想いに気づいたリアが、委員長の手を取ってしっかりと見据えた。

 

「でしたら遠慮することはありません。婚約と言っても、わたくしの父が勝手に決めたことです。勇の気持ちが決まっていない以上、あなたも諦める必要はないのです」

「ですが…」

「わたくしも勇と結ばれるなら、後腐れなくしたいのです。ですから、あなたの想いを存分に勇にぶつけて下さい」

「ラ・フォリア…。はい!分かりました!」

 

ここに女同士の友情が生まれた!イイハナシダナー俺の胃は痛むけどねぇ!

 

「そして那月ちゃんにアスタルテ!俺の両足を踵でグリグリしないで!マジで痛いから!」

「モテモテだなぁ勇。よかったじゃないか、ん?」

「嫉妬、せずには、いられない」

 

あたたたたたた!砕ける骨が砕ける!

 

「それからユスティナ。あなたもです」

「ひゃい!?わ、私めはそのようなことはごぜいません王女!」

 

リアが後ろで控えていたティナさんに声をかけると、顔を真っ赤にして両手をブンブンと横に振っていた。

 

「違うと言うのですか?」

「わ、私はあくまで同じ武人としてお慕いしているだけでして!決して思慕の念など…!」

 

ティナさんが弁明していると、リアが詰め寄っていく。

 

「本当に無いと?」

「うっ…!」

「男性として、勇を恋焦がれていないと言い切れますか?」

「それは…」

「今は主従の関係は忘れなさい。おなたの本当の気持ちを聞きたいのです」

「うぅ。す、好きです!勇殿のことを殿方として愛しております!」

 

ティナさんが意を決して叫ぶと、リアは満足した様に頷いた。あの、こっちも死ぬ程恥かしいのですが…。

 

「ならば、隙あらば勇の貞操を狙うくらいの気構えで行きなさい。わたくしが敗れれば、それまでの女だったまでのことです」

「はっ!承知しました王女!」

 

吹っ切れた様子のティナさん。いやーイイハナシダナー胃も足も痛いけどね!そろそろ足が限界なんですけど!那月ちゃんにアスタルテさん!

 

「フフ、これで役者が揃ったようだネ勇」

「あぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

突然背後に現れたヴァトラーから飛び退いて距離を取る。ビビったマジでビビったぁ!!

 

「これはアルデアル公。お久しぶりですね」

「久しぶりだねラ・フォリア王女。ご機嫌麗しく何よりだ」

 

見知った愛柄の様に挨拶しているリアとヴァトラー。そう言や、アルディギア王国とアルデアル領って隣接してるんだったな。なら顔見知りなのも当然か。

 

「勇が怯えているので、お帰り願えると助かるのですが」

 

口調こそ優しいが、さっさと帰れやホモ野郎ってオーラを溢れさせている。

それを真正面から受け止めつつ、にこやかな笑を絶やさないヴァトラー。

 

「そうはいかないね。ボクも勇に恋焦がれる者として引く訳にはいかないヨ」

「うるせー!帰れボケェ!」

 

お前なんて読者もお呼びじゃねーんだよ!

 

「おー盛り上がってるねー」

 

騒ぎを聞きつけてきたのか父さんがやって来た。このホモどうにかしてもらえませんかねぇ!

 

「俺的には来るもの拒まずだから、お前がよければそれでいいよ」

「よくないだろう!神代に血を絶す気かあんたー!!!」

 

ご先祖様に怒られるぞ!

 

『え?別にいいけど?』

 

祖先様ああああぁぁぁぁ!?!?!?

 

「大丈夫だよ勇。男同士でも交配できりようになる研究が、後数年で完成するからサ」

「何げにスッゲーな!?どんだけ優秀なんだよお前の部下は!?」

 

これで世界の少子化も解決だね!ってか馬鹿野郎!

 

「それはそうと。その子も忘れるなよ勇」

「ほえ?」

 

父さんが俺の背中に視線を向けたので追ってみると、いつの間にか目を覚ましていた夏音かムスっとした顔をしていた。

 

「か、夏音?どったの?」

「うーお兄ちゃんは渡しません」

 

そう宣誓すると思いっきり俺に抱きついてきた。え?どゆことですか?

 

「ちょ夏音夏音。え?何どゆこと?」

「夏音もお兄ちゃんのことが大好きでした」

「それって、兄妹としてってことだよね?」

「むー違います」

 

俺の考えが違ったのか、頬を思いっきり抓られたでござる。え?じゃあ異性として?いやーそれは予想だにしてませんでしたなー。

 

「ハッハァ!頑張れよ勇!」

 

愉快そうに俺の肩を叩く父さん。本当に楽しそうですね。うん、取り敢えず。

 

「うえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

 

夕日が沈んでいく港に俺の悲鳴が響いたのだった…。

ちなみに古城の方は、凪沙と浅葱が煌坂のことを問い詰めていたりと愉快な状況になっていた。




勇争奪戦!レディ・ゴォォォォォォォォォ!!!

オマケ

何もない真っ暗な空間で、イサムと志乃は座布団に座りながら、スクリーンの様に映し出された思いっきり動揺している勇を眺めていた。

「いやー僕の時もそうだったけど、あの子もモテるねー」

目の前のちゃぶ台に置かれているお茶を啜りながら、愉快そうに笑うイサム。

「そうですねーあの豚野郎もモテましたからねー」

勇の隣で爆笑している夫を罵りながら、せんべいをかじる志乃。

「遺伝なのかねー?」
「遺伝じゃないですかねー。おかげで手綱を握るのが大変でしたよー。すぐにあっちこっちの女に尻尾を振るんですよー」

どことなく刺のある言い方に冷や汗が出始めたイサム。

「い、いやー彼も狙ってやってた訳じゃないんだしさ。僕も遺伝させた訳じゃ無いと思うんだよねー」
「あら、別に責めている訳じゃありませんよー。ただ、苦労したなーって話をしただけですよー」

言い知れぬ圧力を全身に浴びせられ、息苦しさを感じ始めたイサム。
取り敢えず頭を下げて謝ることにした。

「えと、その、すいませんでした」
「あらあら、頭を上げて下さいよイサムさん。あなたが謝っても私の苦労が還ってくる訳じゃないんですからぁ」
「ホントごめんなさい!」

遂に土下座をするイサムであった。
                                    終わり


これにて天使炎上編は終了です。
次巻前に、日頃応援して下さっている皆様への感謝を込めて、短編で勇の女装ネタを解禁しようかと思っています。
いつになるか不明ですがお楽しみに!それでは次回お会いしましょう!


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短編その1

勢いでやった。反省はしていない。


日が傾きかけた時間帯にオフィス街に立ち並ぶビル群の上を、二つの影が鬼ごっこをしているかの様に走っていた。

追いかけているのは神代勇である。

黒死皇派との件から数日、束の間の平穏を楽しもうとしていたが、捕まえ損ねた奴らがいるとのことで、その捕縛を行っている姉の南宮那月の手伝いをさせられているのだ。

そして現在、対象の一人の男をとっ捕まえようとしているのいだが、相手はチータータイプの獣人のため予想以上に足が速く、思っていた以上に時間がかかってしまっていた。

 

「だー!はええ!いい加減諦めるか戦うかしやがれー!」

「嫌だー!捕まりたくないし、勝ち目の無い戦いなんてしてたまるかー!」

「テロリストの癖にダダこねてるんじゃねー!」

 

くっそ、マジで面倒臭えなおい!だが、貴様の頑張りもここまでだ!

 

「アスタルテ!」

「イエス・マイロード」

 

相手の逃走経路を先読みして配置していたアスタルテが、背中から薔薇の指先の腕を生やして進路を塞いだ。

 

「くっしまった!?」

「往生せいやぁ!」

 

追い詰めようと男がいるビルに飛び移るも、なぜか着地点にバナナの皮が落ちていた。

 

「何でええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

 

回避することなどできず、思っいきり踏んづけてしまった。いやいやいや!やばい!これマジでやばいって!

 

「チャンスきたあああああ!!!」

 

千載一遇の好機を逃すまいと男が襲いかかって来る。シャレになんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

「ひゃあああ!?」

 

鋭く伸びた爪が振り下ろされるも、咄嗟に横に転がって避けるが、着ていた制服の上着に掠れ胸元がはだけてしまい、思わず両手で隠してしまう。よく考えれば隠す必要無かったよね。

 

「おお!」

 

何簡単の声漏らしてんだテメェ!どいつもこいつも俺で興奮すんじゃねえよ!

 

「ふん」

「ぐあぁ!?」

 

完全に俺に気を取られていた男の後ろから、アスタルテが薔薇の指先の腕で握り締めた。

 

「あなたはいい仕事をしました。安心して眠りなさい」

「ぐ、ぐぅ…。もっと見ていたかった…。ぐふっ」

 

何をだ?俺か?俺をか?お前もホモなのか?えっ男なら誰でもそう思う?やかましいわ!

後、アスタルテ。何でそいつを褒めたし。

 

「大丈夫ですか勇さん?」

「ああ、大丈夫だ。服が破れただけだから」

 

気絶させた男を地面に放り投げたアスタルテが、心配しながら歩み寄って来てくれたので、無事なことを伝える。

安心したかと思ったら自分のスマフォを取り出して、俺を激写し始めましたよこの子!

 

「ちょ!何してんの!?」

「いえ、せっかくなので記念に」

「何の!?ええい、消しなさい!」

 

スマフォを取り上げようとするも、普段の彼女からは想像つかない速度で逃げるアスタルテ。そんなに必死になることかよ!?

 

「何を遊んでいるお前達?」

 

聴き慣れた舌足らずな口調に振り向くと、いつもの様に忽然と現れた那月ちゃんが、追いかけっこをしている俺達を呆れが混ざった目で見下ろしていた。正確に言えば身長差ゆえに見上げているのだが。

 

「ふん!」

「痛っい!?」

 

脛!脛を思っいきり蹴られたでござる!

 

「下らんことを考えているからだ」

「心を読まんでちょーよ」

 

顔に出やすいのかねぇ。もっと精進せんとな。

 

「あー、そう言や制服の替えってあったけなぁ?」

 

ここ最近立て続けに事件が起こったから、制服の消費が半端ないんだよなぁ。新しいの発注すんのも忘れてたし。

明日学校あるし、どうしよ?

 

「那月ちゃん新しい制服もってない?」

 

教師である那月ちゃんなら持ってるかもと思い、聞いてみた。

 

「ああ、持っているぞ」

 

そう言って出現させた魔法陣に手を突っ込み漁り始めた那月ちゃん。流石頼りになるねぇ。

 

「ほら、これを使え」

「………女子のなんですが、それは?」

 

魔法陣から引っ張り出されたのは彩海学園高等部の制服である。ただし女子用のだがな!

 

「お前なら問題ないだろう?一日くらい我慢しろ」

「嫌だよ!それなら休むわ!」

「ほう。そんな理由で休ませるとでも思ったか?」

 

那月ちゃんが邪悪な笑みを浮かべて、俺の周囲に無数の魔法陣を出現させた。あかん!あかん!ガチで殺る気やこの人!

 

「監獄結界に放り込まれるか、学校に行くか好きな方を選ばせてやろう」

「分かったよ行けばいいんでしょう!チクショウ!」

 

あそこに放り込まれるなんてシャレにならん!何をされるか分かったもんじゃない!

 

「よし、帰るぞ。アスタルテさっき撮ったのは私に送っておいてくれ」

「無論です教官」

「何?そんなに俺の恥ずかしい姿を拡散させたい訳?」

 

俺を社会的に抹殺したいんですかね?とか思いながら、明日のことを考え憂鬱な気分で帰宅するのだった。

 

 

 

 

翌日の南宮家、朝食を終えた勇達は学校へ向かう準備をしていた。

 

「はぁ~」

「朝っぱらから溜息なんぞ吐くな、こっちまで幸せが逃げる」

「今吐かずしていつ吐けと言うのか?」

 

今から処刑される死刑囚の様な悲壮感を漂わせている勇。今にも泣き出しそうである。

 

「速く着替えろ。遅刻するぞ?」

「う~~い」

 

物凄く気の抜けた返事をしながら自分の部屋へと入っていった勇。数分してドアが僅かに開き、顔だけ出してきた。

 

「やっぱ、着なきゃ駄目?」

「駄目だ」

 

勇が懇願するもバッサリと那月に切り捨られ、しょぼくれながら部屋に戻るのだった。

さらに十数分後、再びドアが開きひょっこりと顔だけ出してきた。

 

「どうした?速く出て来い」

「う~やっぱり恥ずかしいよぉ」

 

もじもじしながらう~と唸っている勇。普段とは違う愛らしさを感じられる。

 

「いいから出て来い。引っ張り出されたいのか?」

 

うじうじしている勇に、自身の背後に魔法陣を出現させて威嚇する那月。

 

「ひぅ!?出るからやめてよ~!」

 

女子制服を纏った勇が、子犬の様に涙目になりながら部屋から飛び出してきた。

 

「あう~スパッツ履いてるけど、何か股がスースーする感じがする~」

「そんなことはどうでもいい。なんで胸が盛り上がっているんだ?」

 

勇の豊かなに膨らんでいる胸を、苛らただしげに睨みつける那月。まるで親の仇を見ているかの様だ。

 

「だって、深森さんにもらったパットつけてないと落ち着かないんだもん」

 

ちなみにこのパット、深森が勇のためだけに予算無視して特注し、感触を極限まで本物に似せた物である。そのことを聞いた息子が、悲痛な叫びを上げたのは言うまでもない。

 

「そのパッド余ってないのか?あるなら寄越せ」

「ないよ。って言うか那月ちゃん、姿自由に変えられるんだから必要ないよね?」

 

自分で幼児体型にしておいて、そんなにひがまれても困ると思う勇。

 

「後、アスタルテ。そんなに様々な角度から激写しないでくれる?そもそもそのカメラどうしたのさ?」

 

どこからか取り出したカメラで勇を撮影しているアスタルテ。普段は見せない機敏なその動きは、プロとして食っていけるのでは?と思える程であった。ちなみに使用しているカメラは、ひと目で高級品だと分かる代物である。そんな物をいつの間に買ったのやら。

 

「ミセス深森にこんな時のためにと渡されました」

「あの人は…」

 

ドヤ顔でサムズアップしている親友の母親を思い浮かべて、額に手を置く勇。恐らく始めてアスタルテを深森に会わせた時に渡し、その後時間をかけ自身の技を授けたのだろう。よく見ると、アスタルテの動きが彼女と重なって見えてきた。

 

「さて、私達は先に行っているぞ。くれぐれも遅刻するなよ」

「は~い、行ってらっしゃい~」

 

アスタルテを連れて家を出ていく那月を見送ると、脱衣場に向かい鏡の前に立つ勇。

暫く鏡に映る自身を見つめていると、可愛らしくウィンクしてみた。途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染め自分の部屋へと逃げるのであった。

 

 

 

 

「ああ、眠ぃ…」

「情けない声を出さないで下さい先輩」

「そうだよ古城君!ほらほらシャキっとしなきゃ、人生損しちゃうよ!」

 

欠伸をかいて歩いている古城に、左右に並んでいた姫柊と渚が注意する。

吸血鬼となってから朝にめっぽう弱くなってしまった古城だが、最近では黒死皇派が起こした事件で親しくなった紗矢華が、毎晩の様に長電話してくるので慢性的な睡眠不足となっているのだ。

 

「はいはい」

「もう、先輩!」

 

気怠げに答える古城に姫柊が小言を言おうとするも、不意に古城が足を止めてしまった。

 

「古城くん?」

「どうしたんですか先輩?」

「いや、何かいつもより人が多くないか?」

 

辺りを見回している古城に合わせて見てみると、モノレール駅の入口に多くの人がおり、何かを見れている様であった。中には熱心に写真を撮っている者までいた。

 

「なあ、凪沙この光景に見覚えがあるんだが」

「奇遇だね古城君。私もだよ」

 

どうやら古城と凪沙にはこころあたりがある様である。

 

「二人共知っているんですか?」

「ああ、多分あいつだ」

「あいつ?」

 

歩き出した古城と凪沙に着いて行くと、いつもの待ち合わせている場所には勇がいた。女子用の制服を纏って…。

 

「やっぱりか。何で女装してるんだよ勇…」

「僕だって好きでしてるんじゃないよぉ古城」

 

呆れが混じった口調で古城が言うと、ふくれっ面で抗議する勇。

 

「か、神代先輩?その格好は…」

「学校に行きながら話すよ姫柊。ここで話すと遅刻しちゃうしさ」

「そうだな。つーか物凄い殺気を感じるんだが…」

「そりゃ雪菜ちゃんと今のいっくんと一緒にいればねぇ」

 

凪沙も入れれば、今の古城は美少女三人と一緒にいる状態なのである。周りの男から嫉妬の眼差しを向けられるのは、当然の理と言えよう。

ちなみに雪菜は凪沙の言っていることが分かっていないようで、可愛らしく首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

その後、事情を説明したりしている内に学校に到着し、雪菜と凪沙と別れ教室に向かう勇と古城。

教室に向かう廊下を歩いていると、たむろっていたりすれ違う者は皆一様に勇を見ると、まるでアイドルが突然学校にやって来たかの様に、目の前の現実が信じられないと言った表情で固まっていた。

そんな異様な光景の中を進み1年B組の教室に入ると、既に基樹や浅葱に倫が楽しそうに談笑していた。

 

「皆おっはよー」

「おう、勇に古城おはよう…」

 

勇が元気よく挨拶すると、いつもの様に挨拶しようとした基樹達が勇を見て、三人共固まってしまった。

 

「勇お前その格好…」

「えっとね、昨日制服ダメにしちゃったんだ。それで、男用のが無いから今日だけこれ着とけって那月ちゃんが貸してくれたの」

「ちょ今松田が来たら…」

 

浅葱の言葉を遮るように、ドサッと鞄が床に落ちる音がした。

音がした方を見ると、太り気味な体型でメガネをかけている男子が勇を見て固まっていた。

 

「あ、松田おっはよー」

「き…」

 

勇がにこやかに挨拶すると、顔を俯かせ徐々に身体を震わせ始める松田。

 

「やべ、耳塞げ!」

 

基樹がこれから起こることに備え慌てて耳を塞ぐと、古城達もそれに続く。

 

「キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!」

 

突如両拳を握り締め顔を上げると、校舎が揺れんばかりの叫び声を上げた松田。

余りの声音に耳を塞いでいたにも関わらず、気絶しかける古城達。

彼は中学一年の時の球技大会で、チア部の人数が足りないからと、那月に無理矢理チア衣装を着せられた勇を見て以来、女装した勇を”麗姫”と呼びファンクラブを作り会長となった男である。

ちなみに中学からずっと、勇と同じクラスであると言う強運を発揮し続けているのだ。

 

「我が姫!是非踏んでください、お願いします!!」

 

続いて松田は勇の前で土下座をし、懇願しだした。

 

「ひぅ!?」

 

その行動に怯えた勇は、古城の背中に隠れ子犬の様に震えてしまう。

 

「おのれ暁!そうやって姫を独占するかぁ!うらやまいや、けしからん!代わって下さいお願いします!」

「そう言われてもなぁ。ほら勇、離れろって」

「う~やだ~」

 

そう言って古城に密着する勇。胸が押し付けられ、本物としか思えない柔らかい感触に、顔を真っ赤にして鼻血が吹き出そうになる古城。

そんなこんなの間に、クラス中の男女が集まり勇を撮影し始めた。

 

「古城~!」

「ちょ待て!それ以上引っ付くなぁ!」

 

すっかり怯えきっている勇が抱きついて密着度合いを高めると、遂に鼻血を吹き出した古城。

 

「古城あんた…」

「ち、違う浅葱!俺にそんな趣味は、って勇頼むから離れてくれぇ!」

「やー!」

 

古城を冷め切った目で見つめる浅葱に、勇を引き剥がして必死に弁解しようとするが、女らしい正確になっていても、力は変わらないのでとても引き剥せなかった。

強引に引き剥がそうとした瞬間、バランスを崩してもつれ込む様にして倒れてしまう勇と古城。

 

「いてて。――おい、大丈夫か勇?」

 

押し倒してしまった勇を心配して起き上がろうとすると、右手に柔らかい感触がした。

 

「ひゃん!?こ、古城そんなに強く握っちゃひゃぁ!?」

「うええ!?!?」

 

よく見てみると勇の胸を思いっきり掴んでしまっていたのであった。

何でそんなにパッドで反応してるんだよ!?と思ったが、以前母である深森が、感度もダイレクトに伝わる様に設計してあると話していたことを思い出した。

そんな母の所業に本気で泣きたくなったが、不意に鳴ったシャッター音で思考を中断された。

音のした方を向くと、浅葱が能面の様な顔でスマフォで写メを撮っていた。

 

『ケケケ。証拠写真はバッチリだな、これを突きつければ有罪確実だな』

 

浅葱の相棒であるモグワイが実に愉しそうに笑っている。

今の状況を第三者が見れば、古城が勇に襲いかかっているとしか思えないだろう。

これで警察沙汰にでもなれば確実に人生を詰むこととなる。最悪の事態に血の気が失せていく古城。

しかし、災厄はこれで終わらなかった。

 

「暁ぃ。貴様、我らの姫に何をしているかああああああ!!!」

 

松田を始めとしたクラスメートが、手の骨を鳴らしたり、釘バットや彫刻刀。更には鎖鎌何かまで取り出して古城へと詰め寄っていた。

一部の女子は、周りに花を咲かせて何かをノートに熱心に書き込んでいた。気のせいか花が腐っている様にも見えたが…。

 

「ま、待てお前ら!これは事故だ、話せば分かる!」

「じゃあ、いつまで胸揉んでるのよこの変態!」

 

浅葱に言われてハッとなり右手を見ると、余りの感触に無意識に揉みしだいてしまっていた様だ。

やり過ぎたせいか、勇は火照った顔で色っぽい呼吸をしながらぐったりとしてしまっていた。

自信が犯した過ちに気がつき、勇から飛び退き後ずさる古城だが、何かにぶつかってしまう。

 

「暁君」

「つ、築島?」

 

背後を向くと先程の浅葱と同じく、能面の様な顔で古城を見下ろしている倫がいた。

 

「麻酔無しで歯を抜くと、とっても痛いんだって」

「ひっ!?」

 

どこからか取り出したペンチを握り締めながら、冷え切った声で告げてくる倫に命の危機を覚える古城。

 

「ほう、随分お楽しみだった様だな暁」

「な、那月ちゃん!?」

 

いつの間にやら教室にいた那月がゴミを見るかの様に古城を見下ろしていた。その後ろではアスタルテがシャドーボクシングをしている。

 

「お前達、殺れ」

 

那月が右手の親指を首の前に持っていき、掻っ切る様に横へ動かすと、皆一斉に古城へと襲いかかった。

快晴な青空に一人の少年の絶叫が響き渡った。

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

基樹は親友のために線香を上げて念仏を唱えるのだった。

 

 

 

 

 

「あーヒデェ目に会った」

「自業自得だね。反省しなよ」

 

疲れ果てた顔で学園裏の修道院へ続く道を歩いている古城と、ふくれっ面でそっぽを向いている勇。

あの後クラス中で白い目で見られながら授業を受けるハメになり、放課後にんると話を聞いた凪沙に引っぱたかれるは、雪菜にアッパーカットをかまされるはで散々な目にあった古城であった。

そのまま二人はどこかへ行ってしまい、浅葱には口を聞いてもらえず、基樹や倫も用事があるとのことで、やることも無かった古城は、後輩である夏音が拾ってきている子猫の世話をする勇を手伝うことにしたのだ。

丘の上の公園そのさらに奥に足を運ぶと、寂れてしまっている修道院が見えてくる。

歪んでいる扉をゆっくりと開け中に入ると、いたるところで子猫が寛いでおり、その中心に夏音がいた。

 

「おーい、かーのーんー」

「あ、お姉ちゃん!」

 

勇が声をかけると夏音が嬉しそうに駆け寄り、その後を子猫たちが続いた。

 

「お姉ちゃんって…」

「?」

「いや、もういいや」

 

姉と言われたことにツッコミを入れようとしたが、可愛らしく首を傾げる夏音を見て、別にいいかなと考え出す勇。

 

『ニャーニャー』

「おーよしよし、皆いい子にしてたかい?」

 

足元にたむろっていたこの子達とじゃれつく勇。その姿はとても愛らしさを感じさせられた。

 

「素晴らしい。楽園とはこのことを言うと思えわないかい第四真祖?」

「ああ、そうだなってヴァトラー!?」

 

勇に見とれていた古城の隣に、いつの間にか立っていたヴァトラーに驚愕する。

 

「ギャァァァァァァァァァァァ!?!?変態が出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヴァトラーの出現に、悲鳴を上げて古城の背後に隠れ、子犬のように怯える勇。

 

「いいねぇ。普段の勇ましい君も素敵だが、子犬の様に怯える君もそそるヨ」

「いやー!来るなぁ!!!古城、レグルス!レグルス呼んで!アルナスルでもいいから!こいつ消してぇ!!!」

 

舌なめずりしながら歩み寄って来る変態(ヴァトラー)に、今にも泣き出しそうになりながら、古城に助けを求める勇。

 

「いいたろう第四真祖!ボクの前に立ちはだかるのなら受けて立とう!」

「え!?いやいやいや!こんなところで戦ったら不味いって!落ち着けって、な!」

 

瞳を真紅に輝かし、魔力を放出し始めるヴァトラー。今にも眷獣を召喚しかねない勢いである。

そんなヴァトラーに両手を前に突き出しながらなだめ様とする古城。こんなところで眷獣なんかを出されたら、修道院が確実に吹き飛ぶだろう。

 

「だいたい、何でお前がここにいるんだよ!?」

「勇がいるからだけど?」

「あ、さいですか…」

 

答えになっているのかよく分からないことを真顔で言うヴァトラーに、疲労度が加速していく古城。

 

「えーその、あれだ。お前女の勇もいいってことは、男が好きってわけじゃねえのか?」

「ボクが愛した人がたまたま男だったってだけさ。別に性別はどちらでも構わないヨ」

「じゃあ男色家じゃないのか?」

「……」

「何か言えよ!?」

 

急に黙ってしまったヴァトラー。否定しないということは、そういうことなのだろうか?もうさっきから、古城の体中から冷や汗が溢れ出ていた。こいつの側にいてはいけないと、本能がけたたましく警鐘をならしているのだ。

 

「さあ、勇ボクの船でゆっくり愛を「うおりゃぁ!!!」おぅふ!?」

 

両手を広げてさらに迫るヴァトラーに、渾身の飛び蹴りをかました勇。そして、吹っ飛んだヴァトラーが扉に叩きつけられる前に追い越すと、頭を掴み扉を開けて外へと引き摺って行った。修道院を壊さないための配慮だろう。先程古城に眷獣を召喚させようとしていたが…。

扉が閉まり暫くすると、激しい打撃音が連続して響き始めた。時折「オラオラオラ!!!」と勇掛け声が聞までこえてくる。

間違いなく夏音には見せられないことが起こっているので、その場で待っている様に伝えると、扉を開けて外を除き見る古城。

 

「うわぁ…」

 

目の前で繰り広げられている光景に、全力で後悔した。

地べたに仰向けに倒れているヴァトラーに、マウントポジションを取った勇がひたすらに顔面を殴り続けているのである。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

もはや原型を留めていないヴァトラーの顔面を、一心不乱に殴り続ける勇。完全に18Gと描かれたシールが貼られるであろう光景が、目の前に広がっていた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

「もうやめろ!勇!」

「HA☆NA☆SE!!」

「そいつのライフはゼロだ!これ以上はR-18タグがついちまうから!」

 

全力で逃げ出したかったかったが、止めない訳にもいかないので勇を羽交い絞めにして抑える古城。しかし、物凄い力で暴れるので、吸血鬼の力を持ってしても弾き飛ばされそうである。

 

「アルデアル公!出歩くなら私に一声かけてからにって、うわっ何これ!?」

 

監視対象であるヴァトラーを探しに来た紗矢華が、余りに凄惨な光景に驚愕する。

 

「おお、煌坂!いいところに!一緒に勇抑えるの手伝ってくれっ!」

「うがあああああああああああ!!!」

「え?あ、うん」

 

数分後――

 

「いやーごめんごめん。つい、カッとなっちゃったよぉ」

「たくっ勘弁してくれよ。こっちは唯でさえ疲れてんだからよぉ」

 

てへへと可愛らしく笑いながら古城と紗矢華に謝る勇。絶対反省してないだろと軽く睨む古城に、口笛を吹いて誤魔化す勇。

 

「てか、何であんた女物の服きてるのよ?」

「かくかくしかじかまーるまる」

「成程ね。にしてもほんっと違和感無いわねぇ」

「(何で今ので通じたんだよ…)」

 

余りに簡潔なやり取りにツッコミたかったが、面倒臭くなったので止めた古城であった。

 

「え~そう?変じゃない?」

「寧ろ男物着てる方が違和感感じるわよ」

「(泣)」

「あーもう、泣かないの!ほら、飴玉あげるから!」

「(幼稚園児じゃねえんだから)」

 

涙を流し始めた勇に、なぜか持っていた目玉を差し出す紗矢華。完全に子供扱いしていた。

 

「わーい!ありがとう煌坂!」

「(そういや女装するとやたら子供ぽくなるんだった…)」

 

子供の様にはしゃぎながら、飴玉を口に含み喜んでいる勇。

どうしてか女装すると性格が幼くなり、その間の記憶も一部曖昧になってしまうのだと話していたのを思い出す古城であった。

 

「じゃあ、私アルデアル公を連れて帰るから」

「ああ、じゃあな」

「まったねー!」

 

ヴァトラーの足を掴んで引きずっていく紗矢華。仮にも戦王領域の貴族なのだが、それを咎める者はこの場にはいなかった。

 

「大変ですお姉ちゃん!」

「ん?どったの夏音?」

 

修道院から夏音が慌てた様子で出て来た。普段滅多なことでは動じない彼女が慌てているとは、ただごとではない様である。

 

「ミー君がいなくなってしまいました!」

「な、何だってー!?」

「ミー君?ああ、子猫のことか。そんなに慌てなくても、すぐ戻ってくるんじゃねえか?」

「馬鹿野朗!!!」

「ぐぇ!?」

 

容赦なく古城の顔をを殴り飛ばした勇。首が千切れんばかりの衝撃に、悶絶する古城。

 

「いいか、ミー君はとっても好奇心旺盛なんだよ!下手したら迷子になって帰ってこれなくなるかもしれないんだぞ!夏音は他の子達を見てて、探してくるから!行くよ古城!」

 

古城の首根っこを掴んで森へと駆け出す勇。ちなみに古城は首を絞められて窒息しかけていた。

 

 

 

 

「なあ、ホントにこっちであってるのか?」

 

勇を先頭に森の中を歩く古城。迷い無く進み過ぎているので、逆に心配になってくる。

 

「うん、こっちからミー君の匂いがする」

「お前は犬か」

 

実は警察犬に勝ったことがある勇である。

 

「ねえ古城」

「ん?どうした勇?」

「えっと、ごめんね。こういう時、迷惑ばっかりかけちゃって」

 

古城の方を向いて、上目遣いで見上げてくる勇。

勇が女装すると何かとトラブルが起きてしまい、その度に古城にを頼ってしまっていることを申し訳なく思っているのだろう。

普段見せない仕草に、思わず胸が高鳴る古城。開けてはならない扉が開きかけた気がした。

 

「い、いや気にすんなよ。お前にはいつも助けてもらってばっかりだしさ、これくらいどうってことねえよ」

「ふふ、やっぱり優しいよね古城って」

「何だよいきなり?」

 

頬を掻きながらぶっきらぼうに答える古城を見て、楽しそうに笑う勇。

 

「覚えてる?僕が中学に入るまで一人ぼっちだったって話したの」

「ああ、自分が他の奴と違う力を持ってるからって、距離を置いてたってやつか」

「うん、正直自分の力が怖かったんだ。自分が化け物みたいで、いつか誰かを傷つけちゃうんじゃないかって、一人で怯えてたんだ。そんな時、君に出会って「そんなの関係ねえよ。お前はおまえだ、俺と同じ人間だろ?だから友達になろうぜ!」って言ってくれて本当に嬉しかったんだ」

「あーそんなこと言ったけか?」

「そうだね。今の(・・)君は覚えてないんだよね」

 

そう呟いて悲しそうな顔をする勇。その姿を見て、なぜだか分からないが、思い出さなければならないことがある様な気がしてならなくなった古城。

 

「ごめん、何でもないよ。とにかく、初めて家族以外で守りたいって思える人ができたんだ。僕の力でも守ることができるんだって、教えてくれたのは君なんだ。だから、ありがとう古城!」

 

満面の笑みを浮かべる勇に、禁断の扉がさらに開いてしまった気がする古城。

 

「(落ち着け俺!あいつは男だ!そう、男なんだ!うん、そうだ!)」

 

勇に背を向けて、大きく深呼吸する古城。このまま二人きりでいると、どこからか戻れなくなりそうな錯覚に襲われる。

 

「どうしたの古城?具合悪いの?」

「な、何でもない!大丈夫だ!」

 

回り込んで心配そうに覗き込んでくる勇から目を逸らして、誤魔化す古城。早急にミー君を見つけて戻らないと、とんでもない過ちを犯しかねないと危機感を募らせる。

 

ガサッ――

 

不意に近くの茂みが揺れる。

 

「あ、ミー君かな?」

 

探している子猫かと思った勇が近づくと、茂みから何かが飛び出してきた。

 

『ゲコッ』

 

それは蛙だった。なぜ森に蛙が?と思ったが、それ以上に忘れてはならないことがあった。

 

「い、いやああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

 

耳をつんざく様な悲鳴を上げると勇が古城へと突進して抱きついてきた。

腹部に受けた強烈な衝撃からくる吐き気を堪えて、何とか勇をなだめようとする。

 

「お、おい。落ち着けって勇!」

「やー!蛙やー!怖いよーー!」

 

怖い者知らずの勇だが、唯一蛙だけは苦手としているのである。

完全にパニック状態となった勇が、古城を思いっきり抱きしめると、女子としか思えない柔らかな感触に包まれる古城。

 

「(ヤバイ!何かもう色々とヤバイ!)」

 

徐々に禁断の扉が開いていく感覚に、本能が必死に警鐘を鳴らしていた。

 

「やー!やー!やー!」

「こら、暴れるなって!うおぉぅ!?」

 

暴れまわる勇にバランスを崩して、もつれながらに倒れる古城。

 

「いてて――って、またかよ!?」

 

再び勇を押し倒す体勢になっていることに驚愕する古城。こうなってくると、さすがに神様を呪いたくなる。

しかも勇は気を失っている様で、その姿はまさしく眠れる森の美女であった。

さらに、暴れたせいか上着のボタンがいくつか外れ、はだけた制服から豊満な胸の谷間が顔を覗かせていた。

誰もいない森の中で、完全に無防備な姿を晒す勇。今なら何をしようが咎める者は誰もいない。

 

ドクンッ――!!

 

不意に激しい心臓の高鳴りと喉の渇きが古城を襲った。

吸血症状。吸血鬼が起こす性的興奮である。――いやいやいや待て待て待て!!!こいつは男だぞ!それは不味いなんてもんじゃない!完全に(吸血鬼)として終わるぞ俺!?

必死に自身と戦う古城。ここで過ちを犯せば、確実に豚箱行きは免れない。最早今での日常は帰ってこないだろう。と言うか自殺する。

 

「んぅ…古城ぉ…」

 

古城の耳元で勇が甘く切ない声で求める様に囁いた。

理性と言う名のダムが決壊した。後は身を任せ流され、そして開かれた禁断の扉をくぐるのみ!

勇の首元へと顔を近づけ、鋭く尖った牙を突き立てようとする古城。いざ、新たな世界へ――!

 

「先輩?」

 

背後からかけられた絶対零度の声にダムは凍り、扉は何事もなかったかの様に閉まった。

錆び付いた機械の様な音を立てながら後ろを向くと、表現するのも恐ろしい表情をしている雪菜が仁王立ちしていた。

 

「ひ、姫柊!?」

「何をしているんですか先輩?」

 

ゴミ以下の物を見るかの様な目で古城を見下ろす雪菜に、身体の震えが止まらなくなる。

 

「ま、待て!話を――」

「まさか、神代先輩にやらしいことはしないだろうと信じていたんですよ?」

 

抑制の無い冷え切った声で話す雪菜の手には、既に雪霞狼が握られていた。取り出す動作なんて全く見えなかったのにだ。

 

「まさか、男の人に興奮するなんて見損ないました」

 

侮蔑のたっぷり篭った目で槍を振り上げる雪菜。裁判無しの有罪判決である。

 

「覚悟はいいですね?」

「お、お命だけは――」

 

古城が言い終える前にギロチンは降ろされた。

森の中、少年の今までで一番の悲鳴が響き渡るのであった。

ちなみにミー君は自力で戻ってきたそうな。

 

 

 

 

翌日――

 

「あー昨日は大変だったねぇ古城」

 

教室で男性用の制服を着た勇が古城に話しかける。

 

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」

 

真っ白に燃え尽きて、うわ言の様に呟いて何かに怯えている古城。暫くそんな状態が続いたそうな。



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蒼き魔女の迷宮
プロローグ


今更ですけど新年あけましておめでとうございます。
ネタが浮かばなかったのと、新しく買ったゲームにハマっていて、こっちの方を一ヶ月も放置ぢしてしまいまいた。申し訳ございません。
また再開していきますので、今年も応援して下さると嬉しいです。
今回から四巻に突入します。


前回のあらすじ

うえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?

 

絃神島にある病院の分娩室の前を黒いジャージを着た一人の男がうろついていた。

ウニ頭に大柄な男の名は神代勇太郎。勇の父親である。

時折勇太郎が分娩室のドアの前で立ち止まると、部屋の方を心配そうに見てはまたうろつくを繰り返していた。

 

「少しは落ち着いたらどうです勇太郎さん?慌てたってどうにもならないんですから」

 

そんな勇太郎に分娩室の側に備え付けられたベンチに腰掛けている、ゴスロリチックな衣装を纏った南宮那月が、呆れが混じったため息を吐きながら話しかける。

 

「そ、そうは言ってもナツッキー、いざ我が子が生まれるとなると緊張しちまうべー」

「その呼び方はやめて下さい。さっきまで「早く生まれないかなー?まだ生まれないかなー?もう生まれるかなー?」って騒いで志乃さんに「うるさい」ってしばかれてたじゃないですか」

「まさかその直後に陣痛が始まるとは思わなんだ。予定よりも早かったけど大丈夫だよね?俺のせいで大変なことになってないよね!?」

 

大量の冷や汗をかきながらオロオロしだす勇太郎に再び溜息を吐く那月。

 

「医者の先生が大丈夫だって言ってましたから大丈夫ですよ」

「もしかしたら本当は危険な状態だけど、俺を安心させるために嘘ついたのかもしれないじゃん!」

「大声を出さないで下さい。あなたがしつこく「ねえ、大丈夫だよね?大丈夫だよね、ねえ!」って確認したから大丈夫ですって」

 

ついでにその時妻の志乃が、容赦なく夫の勇太郎に「やかましい」とボディブローを放っていた。

 

「でもーでもー」

 

それでもワタワタと円を描く様に歩き回る勇太郎に、本気で鬱陶しくなりかけた時、分娩室から赤子の産声が響いた。

 

「お、おお!?」

 

待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる勇太郎に。表に出さないも、内心待ちわびていた那月もベンチから立ち上がり、ドアの前まで歩く。

少しして分娩室から看護師が出てきた。

 

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

「お、おおう!?おふふ!」

 

看護師が告げると、興奮しすぎてついに呂律が回らなくなった勇太郎。

 

「何語ですか?ほら深呼吸して下さい」

「ヒッヒッフー!ヒッヒッフー!」

「こんな時にお約束のネタしなくていいですから」

 

素でボケをかます勇太郎に、ジト目で本日何度目になるか分からない溜息を吐く那月。

そんなやり取りに苦笑している看護師に連れられて、室内に入ると分娩台に横たわっている志乃がおり、その腕の中にはタオルに包まれた赤子がいた。

 

「&$#%$&**+&!?」

「私は大丈夫ですから騒がないで下さい。この子がビックリしちゃいますから」

 

謎の言語を発しながら駆け寄る勇太郎に。静かにするように促す志乃。しっかりと解読できているのは長年の付き合いのおかげだろう。

 

「ほら、あなたの子ですよ」

「か、可愛いぜよ!」

 

腕に抱いていた赤子を勇太郎に抱かせると、感嘆の声を上げて顔を覗き込んだ。

 

「まさにこの世に舞い降りた天使やで~!」

 

ハイテンションできゃっきゃっとはしゃぎながら、赤子を高い高いしながら回転しだす勇太郎。

 

「危ないからやめなさい!」

「あびゅん!?」

 

勇太郎の脇腹に志乃の鋭いストレートが突き刺さった。

 

「し、志乃さん、お産を終えたばかりなんですから無理しないで下さい!」

「大丈夫です那月。この人をしばくくらいの余力はありますから」

「あなたにとって、勇太郎さんをしばくのはそこまで大切なんですか…」

「人生ですから」

「…相変わらず仲がよろしいですね」

 

拳を握り締めて語る志乃。壮大過ぎてツッコム気が起きない那月であった。

 

「ようし!この子の名前は勇だぁ!」

 

腹を殴られて悶えていた勇太郎が、突然と声高らかに宣言しだした。

 

「勇ですか。確か祖先の名前からあやかったんですよね」

「おう!祖先を超えて世界の誰よりも強くなれって意味も込めて考えたぜ!」

 

余程嬉しいのか再び高い高いしながら回転しだし、志乃に殴られる勇太郎。

 

「ほら、馬鹿やってないで那月にも勇を抱かせてあげて下さい」

「おおう、そうだったわ。はい、ナツッキー」

 

勇太郎から勇と名付けられた赤子を渡されると、恐る恐る抱える那月。

すやすやと寝息をたてている赤子からは、ガラスの様な繊細さの中に確かな命の重みが感じられた。

顔つきが志乃によく似ている気がすると言うか、勇太郎の面影が殆ど感じられないのだが、言うと面倒なことになりそうだったので、黙っておくことにした。

 

「那月」

「はい、何でしょう志乃さん?」

 

赤子に見とれていると、不意に志乃から声をかけられた。

 

「今日からあなたがその子のお姉ちゃんになりますから、どうか見守ってあげてくださいね」

 

そう言って微笑む志乃の姿はどこか儚げに見えた――

 

 

 

 

 

「夢か」

 

そう言って目を開け身体を起こすと、見慣れた自分の寝室が視界に広がった。

今の自分は魔術で生み出した質量を持った幻でしかないが、生身の人間と同じ様に食事や睡眠を必要としたりと、無制限に動き続けられる訳ではないのだ。

本来の自分は自身の夢の中に生み出した監獄結界と呼ばれる、普通の刑務所では収容できない犯罪者を閉じ込めるための空間を維持するために、10年前から眠り続けているのだ。

 

「あれから15年か…」

 

あんなに小さかった赤子も今や自分より背が伸び、高校生となっていた。その成長を見続けた者としては感慨深いものがあった。

そんなことを考えていると、ドアがノックされた。

 

「那月ちゃーん。朝だよー入っちゃうよー」

 

聴き慣れた声と共に今しがた思い浮かべていた少年がエプロン姿で部屋に入ってきた。男なのに違和感が無いほどによく似合っていた。怒るので言わないが。

いつも起きてくる時間になっても、部屋から出てこないので心配して様子を見に来たのだろう。

 

「大丈夫?どこか具合悪いの?」

「少し考え事をしていただけだ。心配させてすまんな」

 

ベットから出て何事も無いことを伝えると、「よかった~」と安心する勇。

 

「最近難しそうに考え事してることがあるからさ、何かあったのかなぁ~てさ」

「大したことじゃない気にするな」

「そう?じゃあ朝ごはんできてるからね~」

「ああ、すぐに行く」

 

そう言うと部屋を出ていく勇を見送るとふう、と軽く溜息を吐く。

 

確かにここ最近悩んでしまうことが増えてきてしまっていた。主に勇のことで。

5年前から父である勇太郎の後を継ぎ攻魔官として活動し始めてから、目覚しい程に成長していっている勇。

元々持っていた優しさに、いかなる時にも諦めない強さを兼ね備え、命懸けで戦う姿に惹かれていく者が出てくるのは必然と言えた。

特に今年になってから起きた事件の中で、知り合った女性達から好意を抱かれることが多くなっていた。一人男もいるが…。

かく言う自分もその一人である。共に事件を解決する中で自分を庇って傷つくことが少なく無かった。幻の肉体がいくら傷つこうが、決して死ぬことはないのに、なぜそんな真似をするのか聞くと勇はこう答えた。「それでも痛みは感じるでしょう?それに目の前で大切な人が傷つくのは見たくないから」と。

確かに痛みは感じるし、新しく幻を生み出すのが負担ともなるが、別段命に関わることは殆ど無い。それでもこの子は少しでも大切な人が傷つくのを嫌がるのだ。母を幼い日に失ってから、大切な人が側からいなくなる痛みを知った勇は、他の人にその痛みを味わって欲しくないと考える様になっていた。そのために自身がいくら戦って傷ついても構わないと思う程に。

そんな姿にいつの間にか弟としてではなく、一人の男性として見る様になってしまっていたのだ。

姉として決して許されざる想いを抱いていることを恥、心の奥底に封じてきたが、他の女性に好かれているのを見ると、嫉妬してしまっている自分がいることに苦悩する様になっていた。

 

「私はどうしたらいいのでしょうか志乃さん?」

 

部屋のカーテンを開け空を見ると、よく晴れた青空が広がっていたが、那月の心は晴れることはなかった。



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第一話

気が付けばお気に入りが450を突破していただと!?
この作品を書き始めた時は、まさかここまでいくとは思いませんでした。これからも皆様の期待に応えられる様に頑張ってまいります!


日が明けたばかりの早朝の公園に、小鳥が一日の始まりを告げるようにさえずるが、その音に紛れて木と木が打ち合う音が響き渡る。

公園の中央で木刀と槍と同じ長さの棍棒を持った少年と少女がいた。

木刀を持った少年、神代勇は絹のような黒髪を一つに纏めており、少女と言ったほうが妥当ではないかと思える程の美しい顔立ちをしていた。

しかし、その動きは獲物を仕留めんとする獣の様に荒々しく、風を切る音が遅れて鳴る程の速度で相対している少女、姫柊雪菜に打ち込んでいく。

対する雪菜はそれを棍棒で受け止めるのではなく、身体を回転させながら棍棒で木刀を滑らせる様にして受け流していく。その動きはまるで舞を踊っているかのように優雅であった。

そして怒涛の打ち込みの僅かな隙を突いて、槍のリーチを活かし間合いを取ろうと反撃を試みるも、軽々と避けられて逆に攻撃後の隙を攻め込まれてしまう。

 

「うおらぁ!」

 

勇が剣戟だけでなく手足の打撃も加わえると、完全に防戦一方となる雪菜。

やがて捌ききることができなくなり、振り上げられた蹴りを受け流せず受け止めると、ミシッと棍棒が軋む音と共に両腕から全身へと走った衝撃で感覚が麻痺してしまう。

 

「ッ!」

 

雪菜の力が緩んだ隙に受け止められた脚で棍棒を弾くと、無防備になった首筋に木刀を添える勇。

 

「…参りました」

「うっし、今日はここまでにしますか」

 

右手に持った木刀を肩に担ぎながら一息つく勇。

その間に弾かれた棍棒を拾いに行った姫柊が戻ってくる。

 

「まだ霊視に頼ってはいるけど、知り合った頃よりはましになってきてるねぇ」

「はい、神代先輩の指導のおかげです。本当にありがとうございます」

 

そう言って礼儀正しく頭を下げる雪菜。

雪菜が絃神島に来て初めて解決した聖遺物を巡る一件の後、彼女にお願いされた勇はこうして早朝に鍛錬に付き合っているのだ。

雪菜を始め剣巫は霊視と呼ばれる一瞬先の未来を予知し、先手を取る戦法を基本としているが、それに頼り過ぎると相手に動きを制限されてしまうことがある。

勇も先程の模擬戦でわざと隙を作り、姫柊に攻撃の隙ができたように予知させ逆に誘い込んだのだ。

ただ予知された通りの行動をするのではなく、時にはそれ以外の選択をすべきか判断できる様になる、と言うのが今の姫柊の課題として挙げられる。

 

「ん~指導って言える様なことはなんもしてないけどねぇ」

「いえ、先輩と手合わせして頂くだけでも学ぶことが多いです」

 

雪菜は基礎はしっかりとしているので、必要なのは経験を積んでいくことである。なので、鍛錬もひたすら模擬戦しかしていない。

人間がいくら身体を鍛えても魔族には到底かなわないので、感覚と動作を徹底的に鍛えるのが基本である。勇と言うより神代の血筋の場合、そこら辺は人を辞めているので当てはまらないが。

 

「酷いことを言われた気がするでござる」

「はい?」

「いや、何でもないや。そろそろ帰んないと那月ちゃん達が起きるから、またねー」

 

そろそろ帰宅して朝食を作らないと、同居人達が起きるまでに間に合わなくなってしまう。そうなったら機嫌を損ねてしまい面倒なことになるのだ。

 

「はい、それではまた後で」

 

姫柊と別れ、今日の朝食のメニューを考えながら帰路に着く勇であった。

 

 

 

 

西区の住宅街にそびえる高級マンション。ここが俺が住んでいる家である。

父さんと母さんがこの島に住み始めた時、本当は一軒家を買いたかったが、仕事柄命を狙われことがあるので、無関係な人を巻き込まない様にとこのマンションをまるまる買い取ったそうだ。なので今は父さんは忙しくて余り帰ってこないが、名義は父さんで代わりに那月ちゃんが管理している。

最上階までエレベーターで移動し、エレベーターを降りて少し歩いた所に我が家の玄関に繋がるドアがある。最上階全てが一つの家となっており広い無駄に広いとにかく広い、父さん母さん含め四人で暮らしていた時でも広く感じていたから、こないだまで那月ちゃんと二人で暮らしていた時は少し寂しさすら感じられる程だった。そう、こないだまではね。

 

「ただいま~」

「おかえりなさいませ勇さん」

 

ドアを開け帰宅した俺を、しばし前に家族となったアスタルテが出迎えてくれた。

彼女が来てくれてから家事を始め、何かと手伝ってくれるのでとても助かっている。最初こそ危なっかしかったけど、教えればあっという間に覚えていき、今では一流のホテルマン顔負けの働きをしてくれている。

 

「お風呂にしますか?それとも私にしますか?または私にしますか?」

「うん、シャワーで」

 

家に来てから彼女のキャラがとんでもない方向に進んでいるけど、個性があっていいと思うんだ。決して現実逃避している訳ではない。

残念そうな感じのアスタルテを置いて浴室へ向かおうとしたが、俺の部屋に何者かの気配を感じた。いや、誰か分かったわ。

部屋の前まで移動しドアを開けて中へ入ると、いつも通りの我が部屋が視界に入る。そのまま気配のある場所、ベットまで歩くと下を覗き込む。

 

「あ」

 

するとベットの下に潜り込んでいた不審人物と目があった。

 

「お、おはようございます勇」

「おはようリア」

 

ラ・フォリア・リハヴァイン。北欧にあるアルディギア王国の第一王女で俺の婚約者、ということに一応はなっている。

ちなみに彼女が今着ているパジャマは母さんが使っていたものである。この島にやって来た時に乗っていた飛行船が墜落してしまい、着替える物すら失くなってしまったので、念のためにと残し置いたのを貸してあげたのだ。

何で彼女がここにいるのかと言えば、この前の事件の後、彼女の帰国準備が整うまでの間家に身を寄せることになったのだ。

普通は政府が用意したホテルなんかに泊めるべきなんだろうけど、アルディギア側から是非家にして欲しいとの要望があったそうだ。

まあ、俺としてもリアといられる時間が増えるのは嬉しいからいいんだけど、そのことを伝えてた父さんが何やら企んでた様な気がしてたのが怪しいが…。

 

「で、何してるのこんなところで?」

「えーと、気がついたらここに…」

「ふ~ん。寝ぼけていたと?」

 

目を泳がせながら言っても説得力無いけどね。

 

「どうせ俺がエロ本持ってないか調べてたんだろう?で、俺が帰ってきたから慌てて隠れたと」

「やはり婚約者としてあなたの趣向を把握しておくべきだと思ったのです」

 

凛とした声で言ってるけど、そんなベットの下に潜り込んだままじゃカッコつかないよ。

 

「悪いけど俺はそういうの持ってないよ。姉が厳しくてね」

 

持ってるのが見つかったら干されるからね。

 

「そうですか。てっきりそういうのに興味がないのかと危惧しましたよ」

「俺もそこら辺は普通の人と同じってこったね。つーか、いい加減に出てきなさい」

 

覗き込んだまま話すの疲れるんだけど。

 

「もう少し勇の匂いを堪能したいのでこのままキャー」

 

色々と危ないことを言っているので、足を掴んで引きずり出した。てか、何をしてたんねんおのれは。

 

「勇様!姫様がいずこにおられるかご存知…」

 

そんなこんなしていたら、リアの護衛として一緒に泊まっていたティナさんが入ってきた。リアが部屋にいないことに慌てたのか、ノックし忘れてますぞ。

そしてなぜか、俺達を見て固まっていらっしゃる。

 

「し、失礼致しました!どうぞ、ごゆっくり!」

「待てや」

 

顔を真っ赤にして出ていこうとするティナさんを呼び止める。絶対なんか勘違いしてるよこの人。

 

「今、俺達を見て何を考えた?」

「いえ、これから夫婦の営みをなされるのかと」

「まあ」

「まあ、じゃねえよ!赤らめた両頬に手を当てて照れんなリア!」

 

余計にティナさんが勘違いするだろうが!てか、この状況を楽しんでんじゃない!

 

「そうとは知らずとんだ無礼を!許せないとおっしゃるなら、腹を切ってお詫びを!」

「せんでいい!違うからね!朝っぱらからんなことするか!」

 

ホントこの人なら切腹しかねないから怖い。真面目過ぎるのも考えものである。

 

「なら夜なら構わないと?」

「うん、少し黙ろうかリア?」

 

目を輝かせるな目を。ただでさえ姫柊との鍛錬で疲れてるんだから、これ以上体力を消費したくないんだよ。

 

「だいたい、式も挙げてないのにそんなことしちゃ不味いんじゃないの?」

 

王族ってそこら辺のしきたりにうるさい筈だけど。

 

「いえルーカス様が、隙あらばどんどん狙っていけと姫様におっしゃっていましたので、問題ありません!」

「あのオッサン…」

 

目眩がした顔に手を置く、なぜかドヤ顔でサムズアップしている姿が思い浮かんじまったよ…。

 

「何やら聞き捨てならない話が聞こえてきましたが」

「来なくていいから、朝食の準備をしてなさい」

 

騒ぎを聞きつけたアスタルテが乱入してきた。お呼びじゃないからキッチンに戻りなさい。

 

「こうなったら四人でまぐわいたたたたた!痛いです勇!」

 

余計にややこしくなさろうとする王女に、軽く四の地固めを決めてさしあげる。流石の俺も我慢の限界があるよ?

 

「まぐわい?」

 

リアの言おうとしたことが分かっていないティナさんが首を傾げていると、アスタルテがティナさんの袖を引っ張る。

 

「む?どうされましたアスタルテ殿?」

「ちょっとお耳を」

 

ティナさんがに言われた通りに顔を近づけると、アスタルテがゴニョゴニョと話しかけている。すると、みるみる内にティナさんの顔が真っ赤になった。嫌な予感しかしない…。

 

「分かりました!勇様が望まれるなら私も覚悟を決めましょう!」

「いざ」

「だらっしゃああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

服を脱ごうとするお馬鹿二人の頭に手刀を叩き込む。割と本気でやったので、二人共頭を押さえて涙目でうずくまった。

 

「勇そんなに照れなくても「あ?」あ、お顔洗ってきますね!」

 

余計な口を挟もうとしたリアを睨みつけると、流石にやり過ぎたと感じた様で、そそくさと部屋から出ていった。

 

「で、では、自分も失礼します!」

「そう言えば味噌汁を火にかけたままでした」

 

ティナさんとアスタルテも同じ様に退散していった。つーか、火をつけたまま離れるんじゃないよアスタルテ危ないな。

 

「はぁぁぁぁぁぁ」

 

どっと出た疲れを吐き出す様に深い溜息を吐く。

もうこのままベットに潜り込んで寝たいけど、これから学校なんだよなぁ。ま、楽しいからこういった日常の方が好きだけどね。



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第二話

前回のあらすじ

四の字固め

 

自室での馬鹿騒ぎの後、いつもなら起きてくる筈の時間になっても部屋から出てこない那月ちゃんの様子を見に行ってみた。

本人は大丈夫と言っていたが、何やら最近深く悩んでいる様にしか見えないのだ。とは言っても本人が話したくない以上、見守ることしかできないのだけれども。

 

「で、何で高等部の制服を着てるのさ?」

 

部屋から出てきた那月ちゃんは、なぜか彩海学園高等部の制服を着ていたのだった。

確かに那月ちゃんは彩海学園の卒業生だけど、コスプレにでも目覚めたのだろうか?

 

「ん?話していなかったか?最近モノレールで痴漢が出没しているから、私が囮捜査をするんだ」

「ああ、最近話題になっているね。でも那月ちゃんって…」

 

幼女好きの奴でもなければ手を出さないのではなかろうか?

 

「今、失礼なことを考えただろう?」

「いだだだだだだだ!足踏まないでよ!ぶっちゃけ那月ちゃんじゃ無理があるでしょうが!」

「ほう、そんなことを言うのはこの口か、ん?」

 

そう言って俺の両頬をおもいっきり抓ってくる那月ちゃん。身長が足りないので、つま先立ちして頑張っているのが可愛らしい。

 

らって、ひひつひゃん~(だって事実じゃん~)

「そうか、だったらお前が代わりにやってくれるんだな?姉思いの弟を持って幸せ者だよ私は」

「申し訳ありませんでした!姉上以上の適任者はおりません!」

 

邪悪な笑みを浮かべながら、空間魔術で処刑道具(女子用の制服)を取り出したので、誠心誠意を込めて土下座を行った。

 

「あら?那月さんに勇、姉弟揃ってコスプレですか?」

 

顔を洗って着替えてきたリアが、タイミングを見計らったかの様に現れた。

 

「ちょうどいいところに来たラ・フォリア。こいつの服を剥ぐのを手伝え」

「分かりました~」

 

おもちゃを見つけた子供のような目をしながら、手をワキワキと動かしながら迫ってくるリア。

いかん!このままでは俺の黒歴史が増えてしまう!

 

「撤退だ!撤退する!」

「しかし回り込まれてしまった」

 

ゲェ!?いつの間にかアスタルテが退路を塞いでやがった!

 

「どうか、お覚悟を!」

 

さらにティナさんまで加わって完全に包囲されただと!?

じりじりと包囲を狭められていく中、俺の中で何かが切れる音がした。

 

「いい加減に、しろおおおおおおおおおおお!!!」

 

俺の怒号と共に、思いっきり殴りつける音が四回鳴った。

 

 

 

 

 

「まあ、いたずらが過ぎたのは謝る。だから機嫌を直せ勇」

「つーん」

 

食卓を五人で囲んで朝食を食べている那月達だが、完全にヘソを曲げてしまった勇のご機嫌を取るのに苦労していた。ちなみに、勇以外の四人の頭には大きめのたんこぶができている。

今も那月が謝るも、頬を膨らませてそっぽを向かれてしまった。

 

「ほら、卵焼きあげますから、ね?」

「つーん」

 

今度はラ・フォリアが自分の卵焼きを差し出すも、先程と同様の反応をされてしまう。

 

『皆さんおはようございます。朝のニュースをお伝えします。まずは、来週開催される波朧院フェスタについて――』

 

四人がどうしたものかと考えていると、つけていたテレビからニュースが流れ出した。

 

「波朧院フェスタ?」

 

ニュースの単語にラ・フォリアがあら?と反応した。

 

 

 

 

 

皆で朝食を食べていると、テレビで流れていた単語にリアが反応を示した。

 

「ああ、リアとティナさんは知らないっけ。毎年この時期にやる祭りのことだよ」

 

いつまでもムスっとしているのも疲れたので、リアに説明してあげることにしよう。

波朧院フェスタとは、人工島である絃神島には伝統的な行事がないので、それだと娯楽や経済活動の刺激にならないと考えた行政が生み出したイベントである。

モチーフはハロウィンで、魔除け的な意味でも”魔族特区”であるこの島にはお似合いだろうと俺は考える。

ちなみに期間は一週間と長い期間行われる。これは島の企業や研究機関の関係者及び家族しか訪問許可が降りない魔族特区の性質上、一般の観光客やジャーナリストと言った、普段関わる機会が無い人達が訪れることのできるまたとないチャンスなのである。

逆に魔族特区にとっても、自分達のことをアピールすることができるので、多くの人に来てもらえる様にするためといった理由がある。

 

「まあ」

 

祭りと聞いて、リアの目が子供の様にキラキラと輝いた。彼女は好奇心旺盛だから、こういったイベントが大好きなのだ。となると次に出てくる言葉は容易に想像できる。

 

「ぜひ見てみたいです!案内して下さい勇!」

「んーその前に帰国の準備が終わると思うけど…」

 

リアがこの島に来たのは、アルディギア王家の隠し子である夏音に会うためであって、既にその目的が果たされている以上、日本に長居するのは外交上よろしくないだろう。

ただでさえこの間命を狙われたのだ。これ以上危険に晒される様なことが起きれば、アルディギア王国が何も言わなくても、他の国が騒ぎ出す可能性があるのだ。

波朧院フェスタは人の流れが激しくなるので、それを利用してよからぬことを考えている奴らが毎年紛れ込んで来るのだ。

特に今年は例年以上に物騒なことが起きているので、確実に録でもないことが起きるだろう。そうなればリアが巻き込まれる可能性が高いし、そうでなくても責任感の強い彼女のことだ、自分とは無関係な者でも犠牲になるのをよしとしないだろう。だから、必ず自分から首を突っ込んでしまうだろう。

今回の来訪は非公式なものである以上、彼女に危害が加わる様な自体は何としても避けたいところである。

 

「姫様。今のままでは勇様や他の方の迷惑になってしまいます。ここは一度国へ帰り正式な手続きを踏んでからにすべきです」

 

そこら辺のことを把握してくれているティナさんがリアを諭してくれる。

 

「確かにそうですね。ごめんなさい勇、わがままを言ってしまって…」

 

自分の立場を思い出したリアがそう言って頭を下げた。やめて!そんなにしょんぼりしないで!心が抉られるからああああああああああああ!!

とか考えていたら電話が鳴り出した。誰だこんな時間に?

 

「はい、もしもし」

『おはー!パピーだよー!』

 

って父さんか。おはーってもう古いだろそれ…。

 

「どうしたのさ?何か事件でも起きた?」

 

口ぶりからしてそうじゃないみたいだけど。

 

『いんやちゃうでえ~。伝え忘れてたけど、ラ・フォリアちゃんの帰国は来週以降になるけんね』

「え、遅くない?時間かかり過ぎでしょ」

 

てっきり明日には帰るだろうと思ってたんだけど。

 

『察っしが悪いのぉ。ラ・フォリアちゃんと波朧院フェスタを楽しめちゅうとるんじゃ』

「いいの?色々と問題があるんじゃ…」

『ルーカスの奴がそうしろってうるさいんじゃい。あんの親馬鹿めんま』

 

あんたが言うな。あんたが。

 

「つーか、語尾が大変なことになってるけど大丈夫?」

『仕事がクソ忙しくて、ここ一ヶ月くらいまともに寝てないほい。そろそろ死にそうだっちゃ』

 

治安維持組織のトップとして、波朧院フェスタに備えて警備の手配とか来賓の調整やらと、やらないといけないことが腐る程あるらしい。

そんな中で、この前夏音を助けるのに協力してくれたりもしてくれたから、流石に過労死しないだろうか?

 

「無理しないでね。手伝えることがあれば言ってよ」

『おお、その言葉だけで俺は後10年は働けるよ…『ドサッ』』

「父さん?」

 

人が倒れる様な音と共に父さんの声が聞こえなくなった。え、これやばくね?

 

「ちょ、父さん?父さん!?」

 

いくら呼びかけても返事が帰ってこない。やばいやばいやばい!これ不味いって!

 

『本部長~新しい書類もって…わあああああああああああ!?本部長が倒れとるううううううううううううううう!?!?』

 

まさかの事態に戸惑っていると、部下の人の絶叫と駆け寄る音が聞こえてきた。

 

『本部長!大丈ですか本部長!?』

『うぅ…り…を…』

 

か細い声で何か呟いている父さん。何!?遺言とかやだよ!?

 

『尻を…ぶってくれ…』

「……」

 

危うく受話器を落としてしまうところだった。あれ?耳がおかしくなったかな?

 

『分かりました!おい、誰か!警棒持ってきてくれ!』

 

部下の人の声がすると足音が慌ただしく響く。

 

『よし!いきますよ本部長!』

『バッチ来い!』

 

スパァン!!!

あふぅん!!!

 

硬い棒で人を叩く音と共に、おっさんの喘ぎ声が鼓膜を侵食してきた。

 

『ふぅ、礼を言う。ああ、勇聞こえるか?心配をかけたな。もう大丈夫だ』

「…父さん」

『ん、どうした?』

「死ねや、この豚野郎」

 

そう吐き捨てて受話器を置いた。ここまで心配して損してのは久しぶりだよ。もう、足の小指ぶつけちゃえばいいのにね、ふふ。

 

「どうしたんですか勇?酷く疲れている様ですが…」

「何、平和を実感しているだけだよリア」

 

でも、どうして俺は朝っぱらから、こんなにも疲れなければいけないのだろうね?不思議だね。

 

「で、父さんからだけど、帰国できるのは来週以降になるから、フェスタに行ってもいいってさ」

「本当ですか!?」

 

飛び上がらんばかりに喜ぶリア。正直言うと俺も嬉しかったりするんだけどね。

 

「さっそく色々と調べて計画を立てないと!そうだ、倫にも声をかけて皆で回りましょう勇!」

「分かったから落ち着きなさい。ご飯中だからね」

 

王女としても立場を抜いて、こういった行事に参加できる機会なんてまずないからね。本当に楽しみなんだろうな。

ちなみにリアと委員長はすっかり仲良くなって、連絡先を交換しあったそうだ。同年代で対等に接してくれる人が増えて嬉しいんだろうね。

 

「その前に明後日の夏音の退院祝いを忘れないでよ?」

 

そう、前回の事件で危うく天使にされかけた夏音は、念のためにと入院している。

そして、今日の午後には退院することになっているのだ。そのことを古城達にも話したら、仲良しである凪沙が皆で祝おうと提案してくれたのだ。

 

「もちろんです!片時も忘れたことはありません!」

 

拳を握り締めながら力強く答えるリア。一人っ子だったから妹ができたみたいで嬉しいのだろう。実際は叔母と姪なのだが…。

 

「そういやさ、あのじいさんまだ見つかってないの?」

 

あのじいさんとはリアの祖父であり、夏音の父親のことである。何でも夏音のことが発覚したら、すぐさま国外逃亡したらしい。

 

「はい、騎士団も総力を挙げて捜索しているのですが、今だに所在を掴めておりません」

 

ふと、気になって聞いてみたら、ティナさんがなんとも言えない表情で教えてくれた。

 

「早く見つかってくれるといいのですが…。このままだとおばあさまのご機嫌が治りませんし」

 

リアが憂鬱そうな顔で溜息を吐いた。確かにあの人怒ると物凄く怖いんだよねぇ。

ちなみにリアのおばあさんは、浮気相手の子である夏音のことを疎ましく思っていないそうだ。

なんでも夏音の母親とは親しい友人で、寧ろ夏音のことを気にかけているそうである。リアをこの島へと送ったのもあの人が決めたことだそうだ。

なので、夏音がこの島に残ると行った時は結構残念そうにしていたそうだ。

 

「ま、あのじいさんのことだから、どっかで元気にしてるさ」

 

本当に老人かよ?って思うくらいタフだったからなぁ。

リアも「そうですね~」と特に心配していない様で朝食を続けるのであった。



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第三話

前回のあらすじ

おはー!

 

夏音(カノ)ちゃん、退院おめでとうー」

 

波朧院フェスタを二日後に控える中、我が南宮家のリビングに凪沙の掛け声と共に、火薬の爆ぜる音が鳴り響いた。

これから夏音の退院を祝うパーティが始まるのだ。残念ながら那月ちゃんはどうしても外せない仕事があるので参加できないが致し方ない。

 

「あ、あの」

 

全身あちこちに紙吹雪をくっつけたまま、夏音が恐縮した表情で周囲を見回した。

 

「すみませんでした、皆さん…私なんかのためにこんな」

 

そんな夏音を力づけるように、凪沙が一際明るい声を出す。

 

「何言ってんの。今日は夏音ちゃんが主役なんだから。はい、座って座って。食べて食べて。このサラダ、自信作なんだ。クルミとピーナッツとゴマを使った自家製ドレッシングと。こっちは棚屋の絃神コロッケ・デラックス。そっちが凪沙特製レッドホットチリビーンズ・グランドフィナーレ。もうすぐハイブリットパスタも茹で上がるから。あ、それといっくんが作ったボルシチとかもあるよ」

 

テーブルには、大盛りに盛りつけられた料理が所狭しと並んでいる。凪沙と俺にアスタルテがそれぞれ作ったのだ。

 

「あ、ありがとう」

 

凪沙の勢いに引きずられ、夏音もぎこちなくだが微笑んだ。やはりこういう時、ムードメーカーである彼女の存在は大きいな。

そんで基樹が、さっそく料理に箸を伸ばしていた。

 

「おー、美味いなこれ。さすが凪沙ちゃん。また腕を上げたんじゃないか」

「ほんとね。古城の妹にしとくのはもったいないわ」

 

冷静スープを口に運びながら、浅葱が幸せそうに頬に手を当てる。

 

「どういう意味だよそれ!?」

 

傷ついた様な顔で古城がツッコミを入れていた。実際お前には勿体無いくらいよくできた子だよね。

 

「勇このスープは何ですか?」

「ああ、それはバクテーと言うシンガポールの料理だよ。ご飯やこの揚げパンを浸しても美味しいよ」

「ほんとだ美味しい。勇君って何でも作れるよね」

 

リアや委員長も俺の作った料理を食べて喜んでくれている。今日のためにいつも以上に腕を振るった甲斐があったね。

 

「何でもって訳じゃないけど、代表的なのは一通り作れるよ。ちっこい頃はそれくらいしかすることがなかったからね」

 

母さんが亡くなってからは、父さんも那月ちゃんも仕事で忙しかったこともあり、俺が家事を引き受けていて自分の作った料理で二人が喜んでくれるのが嬉しくて、色々と勉強したんだよね。

 

「お前本当に男なのが残念だよなー」

「よかろう。あの女にちくってくれよう」

「すいませんでした。それだけは勘弁して下さい」

 

顔面を床に叩きつけんばかりの勢いで土下座する基樹。まあ、冗談だけどね。あの女に関わるのは勘弁だし。

 

「ところで先日勇の部屋を漁っていたらアルバムを見つけました!目的の薄い本はありませんでしたが」

「おう、自白しおったな。つーか、ねえって言ってんだろ」

 

ここまで清々しいと怒る気にもならない訳、ないとでも思った?後でじっくり話し合おうじゃないか。

とか考えている内に皆興味津々と言った感じで、リアの周りに集まっていた。

 

「これは、小学生くらいか?」

「つーか、写真多いな!?」

「大体そんくらいの時のだねぇ。量については父があれだから」

『ああ…』

 

皆さんあの親馬鹿を思い浮かべて納得して下さった。ちなみに小学生だけで30冊くらいある。

 

「お兄ちゃん可愛いです!」

「撫で回したいですねぇ。うふふふふ」

「こえーよリア」

 

笑顔が怪しすぎるぞ王女。

 

「う、美しい…」

「うん、それ褒めてないからねティナさん?」

 

女装させられている写真を見ながら言われても嬉しくないし、そもそも男に言うことじゃないからね?

そんな中委員長が何かに気づいたかの様にんーと唸っていた。

 

「でも、何かに隠れてるのが殆どだね」

「その頃は極度の恥ずかしがり屋だったからねぇ」

 

自分に自身が持てなかったこともあって目立つのが嫌だったんだよねぇ。

 

「今のお前からは想像できねーな」

「全くだねぇ。人生何が起きるか分からんもんだよ」

 

4年前アヴローラに出会ったことで俺の、いや俺と古城の人生は大きく変わった。最も古城はある理由でそのことを覚えていないが。

 

「那月ちゃんも写ってるけど…」

「「「変わってねぇ(ない)…!」」」

 

今と全く変わっていない那月ちゃんを見て、クラスメイト三人が声を揃えて驚いている。

 

「本人の前では言わない方がいいよ?補習させられるから」

 

ちなみに俺が言った場合、鎖で巻かれてベランダに干される。

 

「この一緒に写っているそっくりな方は?」

「ああ、俺の母さんだよ」

「この方が”破魔の巫女”と呼ばれた神代志乃さんなんですね」

 

姫柊が憧れの眼差しで写真に写った母さんを見ていた。

確か母さんはあらゆる魔を払う力を持った、藤原と言う日本有数の退魔の家系の生まれなんだそうだ。その中でも特に抜きん出た力を持っており、本来僅か先の未来しか視えない筈の霊視で、限定的だが遥か先の未来まで予知できる程だったらしい。

巫女を目指す者なら誰にでも知られているくらいの有名人が、家出同然で父さんに嫁いだと当時かなり話題になったそうだ。理由は「退屈しないから」と話していた。

 

「デカイ…」

 

アスタルテが母さんと自分の胸を見比べて悲観に暮れていらっしゃった。

 

「あーまあ、大きさだけが全てって訳じゃないと思うよ?俺はそこら辺は気にしないから」

 

そう言うと晴れやかな顔になるアスタルテさん。いや、何か目が妖しく光ったわ。

 

「ならば是非、その証明を…」

「そういや古城。フェスタの時は誰かと回るの?」

 

迫ってくるアスタルテをさらっと流しつつ、古城に気になっていたことを聞いてみる。

昨日の朝からクラスメイトから様々な勧誘を(姫柊目当て)先客がいるって断っていたんだよね。

 

「ああ、ユウマって言う幼馴染とな。親戚のツテで招待チケット貰ったから案内してくれって」

「それじゃ仕方ないわね。ね、浅葱」

「いいわよ。どうせそんなことだと思ってたから」

 

委員長が励ますと、ムスっとした顔でやけ食いを始める浅葱。これはドンマイとしか言えないわ。

瞬く間に料理が無くなっていくのを眺めて、凪沙が喜んでいる。

浅葱がふと食事の手を休め、隣にいる姫柊に顔を寄せて小言で話し合うと、二人同時に溜息をついた。

 

「そう言う奴よね」

「…ですね」

 

妙に共感のこもった言葉で慰め合う二人を。何なんだ一体、と不安そうな顔で眺める古城。気づけニブチン。

 

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎ、良い子は完全に眠っている時刻に、俺はベランダの手すりにもたれながら夜景を眺めていた。

パーティは和やかな盛り上がりの中で終了した。

主賓の夏音は途切れることのない凪沙のお喋りや、基樹の馬鹿話を、嫌な顔一つせずに嬉しそうに聞いていたし、俺がジェンガでリアに嵌められ、ティナさんとアスタルテがNA○UTOのコスプレしたりと実に楽しかった。

浅葱と姫柊はヤケクソ気味に対戦型のビデオゲームに熱中していた。超人的な反応速度を誇る姫柊と、圧倒的なコンピューターアルゴリズムの知識と天性の勘を持つ浅葱。二人の対戦は白熱した結果、見たこともないハイスコアを多数叩き出した。動画にしてサイトに投稿すれば物凄い再生数を稼げるだろう。

終電間際に古城達は帰宅していき、委員長はフェスタの間家に泊まっていくこととなっている。リアが国に帰る前に少しでも思い出を作りたいとの話があったからだ。

 

「眠れん…」

 

皆も寝たし俺も寝ようとベットに潜り込んだけど、どうにも嫌な感覚がして寝付けないのだ。

こういう場合確実によからぬことが起きるのだ。それに――

 

「那月ちゃん大丈夫かな?」

 

電話で暫く帰れないって言ってたけど、それだけの事態になってるってことかな?無理してなければいいんだけど…。

 

「勇君?」

 

あれこれ考えていると、背後から声をかけられたので振り向くと寝巻き姿の委員長がいた。

 

「ありゃ、委員長どうしたの?」

「パーティーの時たまに考え事してたから。南宮先生のこと?」

 

そう言って隣まで歩み寄る委員長。

うーん、気づかれない様にしてたんだけどなぁ。流石付き合いが長いだけあってすぐに分かっちゃうか。

 

「うん、厄介事に巻き込まれてるんじゃないかってさ…」

「心配な訳か、勇君南宮先生のこと大好きだもんね」

「自慢の姉だからね」

 

俺が小さい頃は仕事が忙しくて、家を空けることが多かった父さんと母さんに代わって面倒を見てくれたからね。

だから少しでも恩返しのために、仕事を手伝える様にってのが攻魔官になった理由の一つなんだよね。

 

「他の人の心配するのはいいけど、自分のことも考えないと駄目だよ?最近入院してばっかりなんだから」

「うぐっ」

 

確かにここ最近やたら物騒なことばっかり起きてるから、病院送りになることが多くなってきてるんだよなぁ。その度に見舞いに来てくれるし、休んでいる間の分の勉強を教えてくれる委員長には本当に感謝している。

 

「心配ばかりさせてごめん…。でも、必ず皆の所の帰るから」

「うん、信じてる」

 

安心させるために頭を撫でると、嬉しそうに目を細める委員長。暫く撫でていると、委員長が何か考えついた様にあ、と声を漏らした。

 

「ねえ。おまじないしてあげよっか?」

「おまじない?」

「うん、無事に帰ってこられますようにって」

 

それはありがたい、ぜひお願いしたいね。

 

「いいけど、どんなの?」

「それはね――」

 

そう言いながら両手を俺の頬へと添える委員長。予想外の動きに戸惑っていると、こちらへと顔を近づけると頬にキスをした。って、え?

 

「ちょ、委員長!?」

 

素っ頓狂な声を上げて慌てふためいている俺を見ながら、悪戯が成功した子供の様に笑う委員長。

 

「ふふ。じゃあ、おやすみなさい」

 

そう言って部屋へと帰っていく委員長を、間抜けな顔で見送ることしかできなかった。

 

「あうっ」

 

やばい身体が熱い!頬に残る唇の感触を思い出しちゃう!早く寝よう!そうしよう!

気が動転し過ぎて転びそうになりながらも、自分のベットに潜り込むために部屋に戻るのであった。

 

 

 

 

パーティーの翌日。太陽が少し始ずつ昇りめた時刻、部屋からラ・フォリアが瞼を擦りながら出てきた。

完全に覚醒していないのか、少々危なげな足取りでトイレへと向かっていくが、あることに気がつき足を止める。

 

「あら?勇の靴が…」

 

そう、この時間ならいつも鍛錬のために出かけている勇の靴が玄関にあるのだ。寝坊でもしたのだろうか?いや、勇に限ってそんなことはないと断言できる。

嫌な予感がしたので、勇の部屋に向かいドアをノックする。

 

「勇、ラ・フォリアです」

 

いくらドアをノックしても返事が返ってこない。それどころか人がいる気配すらしなかった。

不審に思ったラ・フォリアがドアを開け中に入ると、そこに勇の姿は無く愛刀である獅子王がベットに立てかけられているのみであった。

 

「勇…?」

 

主のいな部屋に、ラ・フォリアの声だけが虚しく響いた。



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第四話

今回は殆ど話が進みませんでした。


前回のあらすじ

神代勇の消失

 

勇の姿が消える前日。夜更けの絃神島の海岸に二人の女性が立っていた。

年齢は共に二十歳前後で、それぞれ赤い踊り子を思わせる露出度の高い衣装に、身体のラインがくっきりと浮き出る黒革のライダースーツをで全身を覆っていた。

そんな彼女らを、眩いサーチライトの光が容赦なく照らし出していた。

海岸沿いの道路を武装した機動隊員が埋め尽くしており、携行している楯には護身用の魔法陣が刻まれ、対魔族用の特殊弾頭が装填された銃器を向けていた。

アイランド・ガードの密入国阻止部隊。その任務の性質上、強力な武装と豊富な実戦経験で知られた精鋭部隊である。

だが、そんな状況でも女性達に焦りや動揺は見られず、蔑む様に眺めて気怠く嘆息していた。

それもそうだろう。彼女らはただの人間では無いのだから。己の魂を代償に悪魔と契約し、強大な魔力を得た”魔女”なのだから――

 

「興ざめですわね。お姉様」

「十年ぶりに私達が帰還したのだから、もっと華々しく出迎えて頂きたいものだわ」

 

口々にそう呟きながら、二人は市街地に向かって歩き出す。自分達に向けられた銃口の存在を歯牙にもかけない傲慢な態度だ。

 

『侵入者に警告する。貴君らは”魔族特区”の管理区域を侵犯している。これより特区治安維持条例に基づき身柄を拘束する。直ちに魔術障壁を解除し、我々の誘導に従え』

 

アイランド・ガードの分隊長が怒鳴った。拡散器越し彼の声が、海辺の大気を震わせる。

 

『十秒間だけ待つ。これは最終警告である。従わない場合は実力を持って拘束する』

 

隊員達が武器の安全装置を解除した。

彼らが装備しているのは、獣人すら無力化する大口径の呪力弾や琥珀金弾(エレクトラム・チップ)だ。まともに喰らえば、彼女達の肉体など一撃で粉砕されてしまうだろう。

にも関わらず、魔女達は冷ややかな嘲笑を絶やさない。

 

「愚民共が騒々しいこと」

「せいぜい愉しませて頂きましょう」

 

分隊長がカウントダウンを続ける。約束の十秒間が過ぎても、二人の魔女は歩みを止めない。一瞬だけ苦々しげに表情を歪めた後、無感動な口調で分隊長が叫んだ。

 

『撃て!』

 

闇の中に青白い花火が散った。無数の銃声が一体となって、雷鳴の様に大地を揺るがした。

打ち放たれる弾丸の雨は、しかし魔女達に触れることはなかった。

海面を割って飛び出してきた巨大な触手が、彼女達の楯となって、飛来する銃弾を全て受け止めたからだ。その異様な光景に、隊員達が絶句する。

触手の直径は最大で百五十センチ程、長さに至っては見当もつかない。イカなどの頭足類の肉体を連想させる、半透明の触手である。それらは蛇の様にうねりながら次々に数を増し、魔女達の姿をすっぽりと覆い隠した。

 

「仮にも”魔族特区”を名乗る都市の住民が、この程度の使い魔で驚かないで頂きたいわ」

 

恐れている様子の隊員達を嘲る様に、緋色の魔女が哄笑しているが、別に彼らが恐れているのは彼女らでは無いのだが…。

そのことに気がついていない漆黒の魔女が、酷薄に唇を歪めて首を振る。

 

「それは無理な注文と言うものよ、オクタヴィア。あの礼儀知らずの小娘が住んでいるような街ですもの」

「そうね、お姉さま」

 

緋色の魔女が、小脇に抱えていた本を広げ手の平に押し当てる。描かれた文字が発光し、膨大な魔力が溢れ出す。

 

「ならば彼らには自分達の血で、この薄汚い街をせいぜい美しく飾ってもらいましょう」

 

触手の動きが勢いを増した。

隊員達は銃撃を続けるが流石の大口径も、直径一メートルを超える半透明の触手は撃ち抜けない。やがて弾切れを起こし、弾幕が途切れる。

その瞬間、触手が反撃に転じた。

巨大な鞭と化した触手が、隊員達を薙ぎ払わんと襲いかかる直前に、分隊長の頭上を飛び越える者がいた。

 

「うあらああああああああああああ!!!」

 

その者が獣の様な咆哮と共に拳を地面に叩きつけると、地面が陥没した。その衝撃で大地が激しく揺れ触手の動きが止まる。

 

「なっ!?」

 

予想外の事態に、今度は魔女達が浮き足立つ中、巻き上がった砂塵から黒いジャージを纏ったウニ頭の男が姿を現した。

 

「お前は神代」

「勇太郎…!」

 

魔女達がその男の名を忌々しそうに口にした。

 

「お前たちは退がって――」

 

勇太郎が部下に後退するよう支持しようとしたら、既に皆退避していた。

別にいつものことなので構わないが、「お気をつけて」とか少しくらい心配してくれてもいいのではないだろうか?信頼してくれているとしても何か悲しかった。

目から出る汗を堪えて相手に向き直った。

 

「んー?お前らは確か…まあいいや姉妹、だったか?」

「メイヤーよ!メイヤー姉妹!」

 

どうやら相手の名前をハッキリと覚えていない模様。

姉のエマ・メイヤーが訂正するが、勇太郎は「ん?そうだったか?」顎に手を当てて考える仕草をするも、すぐに「まあ、いいや」と考えるのを止めた。

 

「くっこの男、相変わらずふざけて…!」

「落ち着きなさいオクタヴィア!奴の思う壷よ!」

 

勇太郎の態度に、頭に血が上る妹をなだめるエマ。そんな彼女らを気にすることなく鼻をほじっている勇太郎。

ちなみにこのメイヤー姉妹は、かつて北海帝国領アッシュダウンで危険な魔術儀式を敢行し、州郡一つを消滅させる巨大災害を引き起こした国際魔導犯罪者である。

 

「十年前に、仲間を見捨ててノコノコ逃げ帰ったお前らが何の用だ?」

 

勇太郎の言葉に、魔女達が憎しみの籠った目で睨みつける。

そう彼女らは十年前にもこの絃神島に現れて、事件を起こしたことがあるのだ。その時は勇太郎と妻の志乃に阻まれ、他の仲間を見捨ててほうほうの体で逃げ出すこととなったのだ。

そのことは彼女らのプライドをズタズタにし、心に永遠に消えない傷として刻まれている。

 

「ま、どうせ()狙いだろうがな」

「ええ、そうよ。牢獄に囚われたあの方をお救いし、あなたに復讐するために、私達は今一度この島に戻ってきたのよ!」

 

エマが叫ぶと姉妹が持つ魔道書が輝きを増すと、無数の触手が勇太郎に襲いかかった。

次々に襲いかかる触手が勇太郎の身体を打ち付けていく、為すすべもなく攻撃されている姿を見て恍惚の笑みを浮かべる姉妹。

 

「うふふ。見てお姉さまおの無様な姿を」

「当然ね。あの頃よりも私達の力は増しているもの。老いたあの男に勝ち目はないわ」

 

優越感に浸るメイヤー姉妹だが、当の勇太郎は――

 

「イイ…。これ、凄くイイ…」

 

喜んでいた…。

隊員達が恐れていたのは、おっさんがしばかれて喜ぶ様を、見せ付けられると確信したからである。

 

「本部長!真面目にやってください!」

「ハッ、しまった!前の事件で受けれなかったからつい!」

 

部下からのツッコミにしまった!?って顔をするオッサン。

 

「くっ何て奴…!」

 

攻撃されたことなど無かったかの様に、平然としている勇太郎に歯ぎしりするメイヤー姉妹。

魔女の使役する使い魔は、吸血鬼の眷獣と同等の力を有している。敗れてから十年の間に魔力を高めて強化したこの使い魔なら、年老いた勇太郎に通用すると考えていた姉妹の思惑は、あっさりと崩れ去ったのだ。

 

「ふっ俺も舐められたものだ。さて、祭りも近いのでな。さっさと終わらせよう」

 

ゆったりとした足取りで距離を詰めていく勇太郎。メイヤー姉妹にはまるで山が迫り来るような圧迫感を与えていた。

 

「くっまだよ!」

 

メイヤー姉妹が最後の足掻きと言わんばかりに、手に持っている本に魔力を注ぐと、触手が漆黒と緋色の斑模様となる。

そして、魔道書からの魔力供給を受け、いかなる攻撃も使い魔を傷つけることはできず、いかなる防御も使い魔の攻撃を防げなくなると言う力を得たのだ。

今までより強力となった触手が勇太郎へと襲いかかった。

 

「ふん」

 

押し寄せる触手の群れを、まるで豆腐でも切るかのように手刀で捌いていく勇太郎。

 

「そんな…」

「嘘…嘘よぉ!」

 

彼女らには悪夢としかいえない現実に絶叫するメイヤー姉妹。血反吐を吐いてまで鍛えた力が、まるで歯が立っていなければ当然の反応だろう。

闘うためだけに生み出され、純粋な”力”だけで相手を圧倒し蹂躙する、それが”神代”なのだ。決して彼女らが弱いのではない。ただ相手が悪かったとしか言えなかった。

 

「やはりこの程度か。ま、期待していなかったが」

 

戦意を喪失した姉妹を見て。つまらなさそうに言うと魔道書を取り上げるべく手を伸ばす勇太郎。

しかし虚空から出現した手に掴まれ阻まれてしまう。

 

「む!?」

 

素早く掴んできた手を払うと、後ろに飛び退き距離を取る。

虚空から伸びている手は徐々にその全貌を現していった。顔の無い蒼き騎士であった。

そして、騎士はメイヤー姉妹を抱えると再び虚空へと消えてしまった。

 

「むぅ。逃がしたか…」

 

メイヤー姉妹の気配が消えたことで戦闘態勢を解く勇太郎。

 

「しかし、LCO(ライブラリ・オブ・クリミナル・オーガニゼーション)にあれほどの術者がいたとはな」

 

LCOとは魔導書と呼ばれる長い年月の中で、強力な魔性を帯びる様になった書物を収集・封印・分類・利用することのみを、目的としている。そのため”図書館”とも呼ばれる、数千人規模の高位魔導師や魔女で構成される巨大犯罪組織である。

自分達の好奇と欲望を満たすためだけに、周囲の被害などを無視して行動する独善的な集団として忌み嫌われている。

最後に現れたのは空間制御魔術の使い手であった。それも一度に複数の人間を瞬時に転移させられる程の使い手。

普通であれば、一度に人間一人転移させられるのが精一杯だ。同時に複数人を瞬時に転移させるのは、かなり高度な技術が必要とされる。

勇太郎が知る限り、それ程の力を持つのは”空隙の魔女”と呼ばれている、那月くらいしか思い当たらない。

那月と同等の力を持つ者なら、噂くらいは聞いていてもおかしくはない。何より――

 

「あの使い魔…。いや、まさかな…」

 

ふと、ある可能性が頭をよぎったが、そんな筈は無いと首を横に振った。

 

「やれやれ、面倒なことになるなぁこりゃ」

 

できれば、息子らを危険に晒す前に解決したいんだがなと思いながら、部下にメイヤー姉妹を捜索する様指示を出すのであった。

LCOの狙いは絃神島に存在する監獄結界に収監されている総記(ジェネラル)であり、”書記(ノタリア)の魔女”と呼ばれる仙都木 阿夜(とこよぎ あや)の開放である。

もしも監獄結界が破られることになれば、他の囚人も逃げ出すことになってしまう。

 

「そうなれば奴が、”妖刀血雨(ちさめ)”も解き放たれてしまう…」

 

監獄結界の囚人の殆どは、現役の頃の勇太郎と志乃の二人が捕えたのだ。そして、その中でもただ1人勇太郎の心に恐怖を植え付けた者の名を呟くのであった。



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第五話

前回のあらすじ

まあいいや姉妹襲来

 

勇の姿が消えた南宮家のリビングで、ラ・フォリア達がテーブルを囲んで椅子に腰掛けていた。

 

「状況を整理しましょう。最後に勇を見たのは日付が変わる頃なのですね倫」

「うん。その時は南宮先生のことを気にしてたけど、それ以外に変わったことは無かった」

 

ラ・フォリアの問いかけに、その時のことを思い出しながら答える倫。そして自分のしたことに赤面してしまう。

 

「どうしました倫?顔が赤いですよ?」

「な、何でもないよ!うん、大丈夫!」

 

両手を顔の前で振りながら必死に誤魔化す倫。普段のクールビューティーな彼女からは、想像できない可愛らしさが溢れていた。

これは何かあったなーと感じ取る一同だが、一先ずそのことは置いておくこととした。

 

「それで朝の鍛錬に顔を出さなかったのですね雪菜?」

「はい」

 

今度は雪菜へと問いかけるラ・フォリア。

なぜ彼女がいるかと言えば、日課である朝の鍛錬の時間になっても勇が来ないので、不審に思い訪ねてきたのだ。

 

「1人で外出した形跡が無いとなると――」

『うむ。やはり空間の捻れに巻き込まれた様だな』

 

テーブルの中央に置かれたアスタルテのスマフォから勇太郎の声がした。

現在絃神島全体で空間に異常が発生しており、人が無差別に転移してしまう事態が起きているのだ。

 

『どうやら霊力や魔力が強い者程巻き込まれやすいらしい、まだ規模は小さいが――』

「真祖と同等の力を持つ勇さんは、モロにその影響を受けてしまったと?」

 

アスタルテの問いにうむ、と答える勇太郎。

そこで雪菜が不意にあ、と声を漏らした。

 

「どうかしましたか雪菜さん?」

「いえ、叶瀬さんのパーティが終わって家でお風呂に入っていたら、いきなり暁先輩が入って来て――ハッ」

 

そこまできて己の過ちに気がついた雪菜が、慌てて口を押さえるも時既に遅く、周りからおおーと感嘆の声が上がる。

 

「それで、そこからどうしたのですか!?」

『えらく興奮しとるねーラ・フォリアちゃん』

 

鼻息を荒くして雪菜に詰め寄るラ・フォリア。勇がいないので一応ツッコンでみる勇太郎。

 

「え?しばき倒してお説教しましたけど?」

「あらあら、せっかくのチャンスでしたのに」

『青春だねー!青春だねー!』

 

心底残念そうなラ・フォリアとやかましく騒ぐ勇太郎。そんな二人にえ?え?と困惑している雪菜。

 

「あの、すぐにでも探しに向かうべきなのではないでしょうか?このままでは、勇殿が丸腰の状態で敵に襲われてしまう危険性があるのでは?」

『ん~そうしたいのは山々なんだけどさユスティナちゃん。今あの子がどこにいるか分からんし、スマフォも持ってないから連絡取れんのよね。それに、この件をなんとかしないと、同じことの繰り返しになるんだよねぇ。』

「つまり、この事態を引き起こしている奴をぶちのめさないと、勇とデートできないと言うことですね」

 

そう言うラ・フォリアは笑顔だったが、全身からドス黒いオーラが放たれていた。

 

「kill youですね分かります」

 

アスタルテが手の骨を鳴らしながら言う。随分物騒な言葉を覚えてしまったものである。これも、主の影響を受けているせいだろうか。

 

『この騒動の犯人は、昨日の夜に侵入したLCOの魔女共だろうな。狙いは監獄結界にぶち込まれている”書記(ノタリア)の魔女”の脱獄だろうな。今起きている現象はそのための副作用に過ぎん』

「”書記(ノタリア)の魔女”。確か10年前の”闇誓書事件”で収監されたLCOの総記(ジェネラル)ですね」

「監獄結界って実在していたんですね。と言うか私ここにいていいのでしょうか?」

『倫ちゃんならかまへんかまへん。他言無用してくれるならオッケーよ』

 

余りに軽すぎる勇太郎にそれでいいのだろうかと思う一同?仮にも治安維持組織の長なのだが…。まあ、本人がいいと言っているなら大丈夫だろう。

 

「それでお義父様。LCOが監獄結界を探すために空間を歪めていると?」

『ああ、あれはこの世界とは別の次元にあるからな。外部から干渉するには、高度な空間制御能力と膨大な魔力か霊力が必要だ。それをLCOがどうやって確保するかは知らんが、碌な方法じゃないだろうな』

 

迷惑極まりない連中だと、苛立ちを募らせた声で吐き捨てる勇太郎。ただでさえ忙しいこの時期に、面倒事を増やしてくれたからだろう。

 

「それで、勇太郎さん。今起きている空間の捻じれって、強力な霊力や魔力に反応して起きているんですよね?」

『そうだよ倫ちゃん。この絃神島には俺の他に馬鹿でっかい力を持ってるのが三人いるからねぇ』

「勇にアルデアル公、そして――」

「第四真祖である暁先輩…」

 

真祖とそれに連なる力を持つ者がこれだけ同じ土地にいると言うのは、それだけで何が起きるか分からないのだ。ある意味この世界で最も危険な場所であると言えた。

 

『君達もいつ捻じれに巻き込まれるか予測できん。勇の捜索とかはこちらでやるから余り動かないようにな。特にラ・フォリアちゃんや夏音ちゃんは飛ばされ易いから』

 

アルディギア王家の血を引く二人は、剣巫として優れた力を持つ雪菜よりも強力な霊媒なのだ。なので、空間の捻れに巻き込まれる可能性が勇達の次に高いと言える。

 

『ああ後、万が一に備えて皆携帯を肌身離さず持っていてくれな』

「はい、分かりましたお義父様」

『んじゃ、何かあったら連絡してくれ。…ん、どうした奴らが見つかったか?え、何で正座して膝にデカイ石を乗せながら電話してるのかだって?気持ちいいからに決まってんだろ――』

 

言葉の途中でアスタルテが通話を切り、スマフォをしまった。

何とも言えない沈黙に包まれる一同。そんな空気を払うようにラ・フォリアがわざとらしく咳払いをした。

 

「…では、雪菜は古城の方を頼みます。もしかしたらこの一件彼が関係してくるかもしれません」

 

本人にその気が無くとも、第四真祖と言う名と力は様々なものを呼び寄せてしまうのだ。今回の事件でも彼の身に何か起きる可能性は十分に考えられた。

 

「分かりました。それでは」

 

雪菜もそのことを危惧している様で、異論は無いみたいである。

南宮家を後にする雪菜を見送ると、現在ラ・フォリア達はある問題に直面することとなる。

 

「さて、朝食はどうしましょうか?」

 

そう、南宮家の家事は勇が担当しているのだ。その勇がいないのは死活問題と言えよう。

アスタルテもメイドとして手伝ってはいるが、まだ1人で全てを行うのは難しかった。

 

「ど、どうしましょう?」

「姫様!兵糧丸ならありますぞ!」

 

飼い主が急にいなくなった小動物の様にオロオロする夏音と、自信満々に小袋を取り出すユスティナ。取り敢えずユスティナの案は却下することは決定していた。

 

「せっかくなんで、皆で協力して勇をあっと驚かせましょう!」

 

愉しげに意気込むラ・フォリア。これが惨劇を生み出すとはこの時誰も知らなかった…。

 

 

 

 

 

時は少し遡り、絃神島十三号サブフロート。そこに勇は立っていた。

 

「どうなってんだ?」

 

少し前に黒死皇派と死闘を繰り広げた地を見回し首を傾げる。悲惨な程までに破壊され尽くしている光景は間違い様もなかった。

朝の鍛錬の前にトイレに行って出たらここに立っていた訳だか…。

 

「飛ばされたのか?」

 

いくら魔族特区と言っても、こんな現象が自然と発生するとは思えない。

となると何者かの仕業ってことになるけど、転移魔術の時と違う感覚だったし周囲に誰の気配も感じない。

他に考えられるのは、誰かが何かをしようとして偶発的に起きた自体なのかもしれないな。

 

「さて、どうするか?」

 

喧嘩売ってきたならぶちのめして目的とか吐かせるんだけど、そうじゃないとなると家に帰るしかないか。

 

「無事に帰れればいいんだけど」

 

連絡取ろうにも手ぶらだから無理だし、つーかパジャマに裸足だよ俺…。トイレが終わった後だったのがせめてもの救いかね。

 

「まずは自力で帰るかねぇ」

 

このままここにいてもしょうがないと考え歩き出すのであった。やっぱり歩きづらいなぁ。

 

 

 

 

「まいったねぇ」

 

市街地にある噴水広場のベンチに腰掛けて深々と溜息を吐いた。まだ日が明けたばかりだから人はいないけど、今の俺不審者にしか見えないよねぇ。あ、頭に雀さんが乗った。

 

「おはよう。いい天気だね」

 

挨拶すると可愛らしく鳴いて答えてくれた。そうだねぇ。今日は洗濯日和になりそうだ。

 

「早く家に帰って洗濯したいなぁ」

 

あれから家へ向かって歩いていたが、道路を曲がったり建物に入ろうとすると、全く別の場所に転移してしまっていた。

どうやら空間があちこち捻れて迷宮の様に繋がってしまっているらしい。それも魔力や霊力が強い程引き込まれるみたいだ。

 

「もぉどこの誰だよ、こんなメンドいことしてくれてるの?」

 

見つけたらキン○バスターしてやる。うん、そうしよう。

 

「にしても、転移する頻度がどんどん上がっていってるなぁ。」

 

時間が経つと空間の捻れが広がって、転移する回数が増えていってるみたいだ。

助けが来るまで待つべきか?いや、このままだと俺だけが転移するから意味ないな。となると元凶を潰すしか無いのか…。

 

「もっと派手に動いてくれれば楽なんだけどね。そしたらそれを辿って勘で行けるのに」

 

雀さんに言うと首を傾げられた。まあ、君に言っても仕方ないよねぇ。

 

「さてと、そろそろ行かなくちゃ。本当は君とゆっくり話したいけどごめんね」

 

そう雀さんに告げると、名残惜しそうに鳴いて飛び立って行った。バイバーイと手を振ると再び歩き出した。

もうちょっと歩いて駄目だったら、素直に助けが来るまでじっとしてよう。

 

「んーこっちに行ってみるかな」

 

勘に任せて曲がり角を曲がると、視界が霧に包まれた様にぼやけた。

 

「んにゃ、何これ!?」

 

これは湯気!?ま、まさかどこかの風呂場にでも入っちゃったか!?抜かった!こういう事態も想定しておくんだった!これじゃ完全に変質者じゃないか!

 

「ってやたら広いなここ…」

 

目を凝らして見ると、旅館とまではいかないが十数人くらいなら余裕で入れそうな広さだった。純白のタイルで覆われ豪邸にありそうな雰囲気を感じた。

 

「おや?その声は?」

 

ふと浴槽の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた途端に、本能が最大級の警鐘を鳴らし始めた。全身から汗が噴き出し、心臓がやかましく鼓動している。

浴槽から誰かが立ち上がる音がし、こちらへと歩み寄って来るとその姿が鮮明になっていき――

 

「やあ勇!ボクに会いに来てくれたのかい!」

 

まるで恋人が遊びに来たかの様に、満面の笑みを浮かべる全裸のヴァトラーだった。

 

「い、いぎゃあああああああああああああああああ!?!?!?」

 

ダレカタスケテェェェェェェェェェェェェェ!!!



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第六話

今回あのキャラが再登場します。あのまま出番が終わりなのも惜しかったので。


前回のあらすじ

勇の危機(色んな意味で)

 

「アッハハハハハハハハハハ!それは大変だったネ」

「笑いごとじゃねぇんだよクソ蛇」

 

オシアナス・グレイヴII内の一室で椅子に腰掛けたヴァトラーが、俺に起きた出来事を話すと愉快そうに笑っていた。実に殴り倒したい。

ちなみにさっき風呂場で、パイルドライバーを食らわせてやったがもう回復してやがる。相変わらずタフな奴だ。

 

「それでこれからどうするのよ?」

「帰りたくても帰れないから、ここにいるしかないんだよねぇ~はぁ」

 

ヴァトラーの監視役である煌坂がこれからのことを聞いてくるが、正直動きようが無いのでじっとしているしかできない。

 

「ボクは一向に構わないよ。寧ろずっとここに…」

「取り敢えずリアの方の用意ができるまで待ってるよ」

 

さっき電話を借りて家に連絡したけど、ヴァトラーの所にいるって言ったらすっ飛んで来そうだったので、止めるのに苦労したよ。彼女まで飛ばされたらシャレにならないからね。

話し合った結果、リアの方で対策を立てるからそれまで身を守る様に言われた、主にヴァトラーから。

 

「紅茶です」

「あ、ありがとうございます」

 

執事の人が紅茶を持ってきてくれたのでありがたく頂く。おお、これはいい香りだ。

 

「うん。美味しい」

 

俺も那月ちゃんによく紅茶淹れてるけど、これなら那月ちゃんも満足できる美味さだね。

 

「気に入って頂けて何よりだ勇」

「ぶーーーッ!?!?!?」

 

どこか聞き覚えがあるなと思って執事の人の顔を見た瞬間、飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。

 

「が、ガルドシュのオッサン!?何してんのこんな所で!?」

 

そう、執事服を着ていたのは以前、黒死皇派を率いてナラクヴェーラ事件を引き起こしたクリストフ・ガルドシュだったのだ。

 

「あんた戦王領域に引き戻されたんじゃないのかよ!?」

「その筈だったのだがな、そこの蛇遣いに取引を持ちかけられてな」

「取引?」

「彼が持っているテロ組織や、それに関連する情報を提供するかわりに罪を軽減させたのさ。彼には更生の余地があったからね」

 

俺の疑問にヴァトラーが優雅に紅茶を飲みながら答えた。

 

「つまり司法取引か。だからって何でお前の所で執事なのさ?」

「彼は今後君の役に立ちそうだったからね。ちょうど有能な執事もほしかったからね」

「それは獅子王機関としてはどうなのよ?」

「上層部も了承したのよ。彼も含めて監視する様に言われたわ」

 

そう言って溜息をつく煌坂。ヴァトラーだけでも大変なのにかなりの重労働ではなかろうか?

ヴァトラーの監視を行っている獅子王機関としては、結構問題ある行動だと思うんだけど。まあ、いいって言うなら別にいいけどさ、今のオッサンなら大丈夫でしょう。

 

「てか、あんたとしてはそれでいいの?」

「この男の下で働くのは多少癪に障るが、お前には借りがあるからな、それを返したいと思った。最も今更そんなことで許される身ではないが」

 

許しを請う様に目を伏せるオッサン。

かつて聖域条約によって、魔族内で吸血鬼優位となった世界を変えるためにテロリストとして、多く命を奪ってしまったことを悔やんでいるのだろう。

 

「難しくは言えないけど、償おうって気持ちが一番大切なんじゃないかな?奪ってしまった命の分まで生きるのも償いだと思うよ」

 

法に従って刑務所に入ろうが償う気がないなら意味がないし、逆に償いの気持ちがあれば他の生き方をしても償いになる。要は心の持ちようだと俺は考えている。

俺も取り返しのつかない罪を犯したけど、こうして償いのために生きているのだから。

 

「そうか、そうだな。彼らに恥じない生き方をしてみよう。この命尽きるまで」

 

そう言って微笑むオッサン。いい顔する様になったなぁ。ともかく頼もしい味方が増えたのは喜ばしいことである。

 

「それでオッサンは今回の騒ぎはどこのくそったれの仕業か分かる?」

「うむ。恐らくLCOによるものだろう」

「LCO、か」

 

となると目的はあの仙都木阿夜の解放って所か…。

 

「そう言えば、空隙の魔女と書記の魔女は親しい仲らしいけど、君も知り合いなのかナ?」

「一回だけ会ったことはある。奴が逮捕される時にね、思い出したくないけど」

 

闇誓書と呼ばれる魔道書によって、世界を書き換えようとした”書記の魔女”こと仙都木阿夜は、それを拒んだ那月ちゃんを仲間に引き入れようと俺を人質に取ったのだ。

幸い無事に事件は解決したが、親友であった仙都木阿夜との決別は、未だに那月ちゃんの心に影を落としているみたいだ。

監獄結界に収監されてからも奴のことを気にしているみたいだし、再び奴と戦わせる様な事態だけは避けなければならない。

 

「せめて那月ちゃんと連絡が取れればいいんだけど…」

 

多分、空間の歪んだ状態から結界を維持するのに集中していて、分身を生み出したりする余裕が無いのかな?

あれこれ考えていると部屋の扉がノックされた。ヴァトラーが入るように言うと、俺と同い年と見られるコック服を着た少年が入ってきた。

 

「失礼致しますアルデアル公。朝食の用意ができました」

「待っていたよキラ。すぐに運んでくれたまえ」

 

ヴァトラーがそう言うと扉が開き、大勢の使用人が料理の載ったワゴンを運んで来ると、テーブルへと並べ始めた。

 

「今日はまだ何も口にしていないのだろう?遠慮なく食べてくれ」

「いいの?」

「ああ、将来の伴侶なのだから当然さ」

「伴侶にはならんが、それじゃいただきます」

 

せっかく出された料理だし、いただくとしようと目の前のスクランブルエッグを口にする。

 

「!?こ、これは!」

 

フワフワトロトロで絶妙な甘さ加減。素晴らしいとしか言いようがない程に美味い!

他の料理も食べてみるが、どれもこれも絶品だった。

 

「ふふ、気に入ったようだね」

「うん!どれも美味しい!」

「それはよかった。それら全て彼に作らせたんだ。キラこちらへ」

 

ヴァトラーが呼んだのは、最初に入って来たコック服の少年だった。

キラと呼ばれた少年は俺の側まで来ると、恭しく礼をした。

 

「初めましてアルディギアの英雄。”忘却の戦王(ロストウォーロード)”の血族、キラ・レーデベデフ・ヴォルティズロワと申します。此度のお食事はわたくしがご用意させて頂きましたが、お気に召して頂き恐悦至極にございます」

「これ君が作ったんだ!凄いね、こんなに美味しいの食べたことないよ!あ、俺のことは勇でいいよ!ねえ、これってどうやって作ったの?お願い教えて!」

「え、えっとですね…」

 

興奮して捲し立てる様に話してしまっていると、キラが困った顔でヴァトラーに目線を送っていた。

 

「ボクに遠慮する必要はないよキラ。存分に語り合うといい」

「は、はい。それはですね…」

 

ヴァトラーの許可が出ると恐る恐ると言った感じだが、丁寧にレシピとかを教えてくれるキラ。

 

「なる程!じゃあ、この野菜の産地はどこなの?」

「それは、わたくしが栽培した物なんです」

「すごーい!俺も自分で栽培してるけど、ここまでは上手くできないよぉ」

 

家のマンションのベランダで家庭菜園してるけど、キラのはそこらの農家とは比べ物にならない程みずみずしかった。

 

「よければお譲り致しますが?」

「本当!?じゃあ、ちょっとだけ頂戴!」

「ちょっととおっしゃらず全て差し上げますが?」

「それじゃキラが困っちゃうじゃん!最低限の分でいいよ!」

「わ、分かりました」

 

和気あいあいと話している俺とキラを満足そうに眺めているヴァトラーに、話について行けていないのか唖然としている煌坂と、空いた皿を片付けてくれているガルドシュのオッサン。

その後もキラと料理談義を続けるのだった。

 

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

キラと話していたらあったという間に日が暮れてしまったでござる。

せっかく仲良くなったし、一緒にお風呂に入らないか誘ってみたけど、顔を真っ赤にして断られてしまった残念。

代わりにヴァトラーが入ってこようとしてきたけど、シャイニングウィザードで沈めてやった。

 

「――お湯加減はいかがですか、アルディギアの英雄?」

「うん?」

 

背後から声をかけられ振り返ると、見知らぬ女性達が立っていた。

色とりどりの水着を身につけている。

年齢はローティーンから二十代半ばと言ったところで。仲のいい姉妹の様な雰囲気だが、人種や体型はバラバラで皆美人なのが共通点だった。

どことなく生まれの良さを感じさせられた。

 

「あなた達は?」

「アルデアル公にお仕えするメイド軍団です。お背中をお流ししようと思いまして」

 

そう言って、ハイビカス柄の赤いビキニの金髪女性が隣に屈んできた。年齢は二十歳前後だろうか。

 

「メイド?いや、違うね。さしずめ人質ってところかな?」

「あら、どうしてそこまで?」

 

しっとりとしたお嬢様風の女性が、おっとりとした口調で聞いてくる。ちなみに彼女の水着は青色のビキニである。

 

「どうしてって?あ の ホ モ が メ イ ド を 雇 う 訳 が 無 い」

 

奴の性癖から言って側に置くなら執事だろう。後は彼女らからはメイドらしさが感じられない。伊達に身近にメイドがいる訳ではないのだよ。

 

「人質って思ったのは。稀代の戦闘狂と恐れられる奴から身を守るために、周辺国が人質を差し出すのは当然と言える。そして男に最も効果的な貢物が女って考えたからさ。ま、あいつがホモと知らない場合の話だけどね」

「その通りです。私達は戦王領域周辺諸国の、王族や重臣の娘です。アルデアル公が個人的に滅ぼした国の王女も何人か…要するに私達は売られた訳です。祖国の安全と引き替えに」

「最も肝心のアルデアル公がああいう吸血鬼(ヒト)なので、私達も好き勝手にやらせてもらってますけど」

 

黒ビキニと白ビキニで、年齢的にこの二人が一番俺と年齢が近いと見える。

 

「そんな訳で、私達を売った祖国への復讐も兼ねて、ここらでイッパツ下克上もありかと思いまして」

 

腰に手を当てて褐色肌の少女が堂々と胸を張った。どうやらこの子が一番年下らしい、幼い体型に合わせたスポーティな雰囲気の黄色い水着である。故に張られた胸の大きさは我が家のメイドと通じる物がある。

 

 

 

 

 

南宮家――

 

バシャッ

 

「どうかしましたかアスタルテさん?」

 

入浴中に突然立ち上がたアスタルテに首を傾げている夏音。

 

「いえ、勇さんがよからぬ噂をしている気がして。無性に殴りたくなるような」

「ぼ、暴力はよくないと思いました」

 

 

 

 

 

「下克上?」

「はい。アルディギアの英雄の子種を頂いちゃったりとか」

 

そう言ってビキニレッドの女性が胸を押し付けてくる。

それに続く様にブラックとホワイトも、俺に熱っぽい視線を向けている。

 

「あなたの子なら、アルデアル公を超える強力な子が生まれる可能性が高いですし」

「…とう言うことで、イッパツどうですか?」

 

そう言うと俺の眼前に、人差し指を突きつけてくるレッド。余りにもストレート過ぎる物言いに呆れるしか無かった。

いやはやここまで欲望に忠実だと清々しさすら感じられるね。

 

「いや、遠慮します」

「あ、やっぱりあなたも女性に興味が無いとか…」

「違います」

 

俺の言い方が悪かったんで誤解しないで下さいお願いします。

 

「軽々しくそんなことしたら消し炭にされるんで。いや、マジで」

 

あえて誰とか言わないけどさ。

 

「もしかして、もう心に決めた人がいるとかですか!?」

 

イエローが目を輝かせながら詰め寄って来らした。いや、他の四人も同様の反応をしておる。

 

「ん~まあ、いるけど」

 

脳裏にあの奔放な王女様が浮かぶ。無性に恥ずかしくなり、頬を軽く掻く。

 

「恋人さんですか?」

「いや、まだ違うけど。今一歩踏み出せないと言うか、過去を振り切れていないと言うか…」

「昔誰かにフラれたのが忘れられないみたいな?」

「あーそんな感じ?いや、フラれたのは別にいいんだけどさ」

 

ブラックとホワイトの問いかけに曖昧に答える。

イマイチ要領得ない俺の言葉に首を傾げる水着ガールズ。こんなこと彼女らに言っていいのだろうか?

 

「その人のことを殺めちゃったのさ自分の手で」

「……」

「それしか助ける方法が無かったとは言え、それしかできなかった自分が許しきれなくてさ。忘れたくても頭から離れないんだ」

 

黙って俺の話を聞いてくれる水着ガールズ。

夏音の件で吹っ切れたと思ったけど、まだ完全じゃないことに嫌悪感を感じる。

このままじゃ駄目なのに、どうしてもあの時(・・・)のことが誰かと幸せになることに躊躇いを生んでいた。

 

「…それでいいと思いますよ?」

「え?」

 

ブルーの言っていることが理解できず首を傾げてしまった。

 

「その人のことも大切なら、忘れないでいてあげた方がいいと思います」

「急がなくても少しずつ前に進んだらどうでしょう。今好きな人も待っていてくれる筈ですから」

「少しずつ前に、か…」

 

ブルーとレッドが優しく語りかけてくれる。確かに焦るのはよくないが、本当に待っていてくれるのか不安になる時もある。

 

「どうしても不安になるなら、直接聞いてみるのが一番だと思いますよ?言葉にしないと伝わらないことってありますから」

 

心を見透かした様にアドバイスしてくれるレッド。顔に出ちゃったかな?

 

「って偉そうに言ってますけど、私達恋愛経験無いんですけどね…」

 

そう言って乾いた笑い声を上げてるブルーとレッド。どことなく年長者と見られる彼女らからは哀愁を感じられた。

 

「いや、参考になったよありがとう」

「それで、あなた様が好きな方はどんなお人なんですか?」

「え?いや、何と言うかねぇ?」

 

イエローが鼻息を荒くしながら再び詰め寄って来た。

いかん。このままだとあれやこれやと聞かれて、解放されるのが数時間ってパターンだぞ!

この状況を打開できる方法を考えていると、浴室のドアが勢い良く開かれた。

 

「勇!さあ、ボクと背中を流し合おうじゃないかぁ!」

 

復活したヴァトラーが全裸で突撃してきたので、パワーボムで浴槽の床に突き刺してやったのだった。




キラが料理上手なのは本作のオリジナル設定です。勇との接点が欲しかったので。


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第七話

前回のあらすじ

執事と美女軍団とホモ

 

ヴァトラーの船に迷い込んだ翌日。ホモがベットに潜り込もうとしてきたので、首の骨を折って海に投げ捨てたりしたが、無事朝日を拝むことができた。

キラが作ってくれた朝食を食べた後、キラや風呂場で知り合った水着ガールズ(今後はオシアナス・ガールズと呼ぶことにする)と談話したりして暫く寛いでいると、煌坂に呼び出された。

どうやら姫柊から電話がかかってきたそうである。

 

「は?古城の身体が乗っとられた?」

『正確に言いますと少し違うのですが、そうなります』

 

姫柊の説明を要約すると、昨日パーティーの時話していたユウマって奴が古城の家に泊まり、朝古城が起きたらそのユウマって奴の身体になっていたそうだ。

姫柊の仮説ではそのユウマって奴は魔女で、空間制御魔術を使い古城と自身の五感を入れ替えたのではないかとのことだ。

確かにそれなら神に呪われた吸血鬼の身体を奪うことはできる。直接奪おうとすれば呪いでそいつの自我が喰われて廃人になるだけだからな。

 

「だったらお前の槍で今の古城の身体を刺せばいいだけの話だろ。試したのか?」

 

姫柊の持つ雪霞狼はあらゆる魔術を無効化する力を持つ。乗っ取りのカラクリが魔術である以上、雪霞狼で解除するのは実に簡単である。

 

『しかし、これだけ緻密な空間制御の術式を強制的に無効化すれば、術者に相当な反動がある筈です。接続されている神経に回復不可能なダメージを与える可能性も』

「それがどうした?わざわざ自分の身体を置いていくマヌケに遠慮する必要などないだろう?死んだとしてもそいつが悪い」

 

俺が術者ならその可能性を考えて、古城が寝ている間に自身の身体を安全な場所に移して拘束している。そうしなかったんなら遠慮なくやればいい。

 

『駄目に決まってんだろう!』

 

電話口から姫柊とは違う声が響いてきた。何やらかなり怒っているみたいだが誰だ?ってああ、古城か。そう言えばユウマって奴は女だったか。

 

「うるさいぞ古城。お前今の状況が分かってんのか?このままだとお前の身体が悪用されるんだぞ?」

 

ユウマって奴が魔女なら恐らくLCOの構成員だろう。奪った古城の魔力を利用して監獄結界から仙都木阿夜を脱獄させるつもりだ。そうなれば他の脱獄囚も逃げ出し那月ちゃんの負担になる。それだけは防がなければならない。

 

『だからってユウマが死んでいい理由にはならないだろう!他の方法がある筈だ!』

「今止めなければこの島の人達が大勢死ぬかもしれないんだぞ!そんな悠長なこと言ってる場合か!だいたいお前を裏切った奴だぞ、庇う必要があるかよ!」

『違う!ユウマそんな奴じゃない!きっと何か理由がある筈なんだ!』

「このわからず屋め!そんな甘いことを言ってられる状況じゃないんだよ!」

 

俺の言っていることが許せないのか怒鳴りつけてくる古城と、裏切られてもユウマって奴を庇う古城に苛立ち怒鳴り返す。

 

「ちょっと!落ち着きなさいよ勇!」

「落ち着いている!少し黙ってろ!!」

 

煌坂が慌てて止めに入ってくるが無視して古城と怒鳴り合う。古城の方も姫柊が何か言っているが無視している様だ。

 

「勇」

「だからそれじゃ…!」

「勇」

「ああ、もう誰だ!今へぶちッ!?!?」

 

後ろか肩を揺すられたので振り返ると、バチィンッ!!と響きと共に頬に強烈な衝撃が襲ってきた。余りの衝撃に地面に倒れる。

 

「何を熱くなっているのですか勇?」

「り、リア!?」

 

顔を上げるといない筈のリアが仁王立ちして半目で見下ろしていた。

 

「ぶ、ぶつことないじゃないか!」

「あなたがわたくしを無視したからです」

「うっ…!」

 

そう言われると確かに俺が悪いけど、ぶたなくてもいいじゃない。首が吹き飛ぶかと思ったよ。

 

「事情は紗矢華から聞きました。冷静さを欠くなんてあなたらしくもない」

「だって、那月ちゃんが危なくて早く何とかしなきゃって、それにユウマって奴が古城を裏切ったのが許せなくて…」

「だからと言って、親友である古城の幼馴染を犠牲にしてもいいと?本人から聞き出していないのに裏切ったと決めつけていいのですか?」

「駄目です」

 

無意識に正座してリアの話に耳を傾ける。

リアの言う通り、那月ちゃんが危ないからってユウマって奴を犠牲にしていい訳が無い。俺が敵だったアスタルテや、堕天して世界を壊しかねない存在にされてしまった夏音を助けた様に、古城もユウマって奴を助けたいんだ。だったら俺がすべきはその手助けをすることではないだろうか。

それに状況だけを見て、ユウマって奴が裏切った確証も無いのに決めつけてしまった。自分で確かめたことしか信じないと決めていたのに。

 

「ならまずやるべきことは?」

「うん」

 

リアの言葉に頷くと落としてしまった煌坂のスマフォを拾う。

 

「もしもし古城聞こえる?」

『お、おう聞こえるぞ。凄い音がしたけど大丈夫か?』

「首が痛いけど大丈夫。それよりごめん。那月ちゃんが危ないからって、熱くなり過ぎてた。色々と酷いことを言って本当にごめん」

『いや、俺も悪かったよ。那月ちゃんを大切にしているお前の気持ちを考えて無かった。すまん」

 

互いの非を認め合ったところで今後の動きを話し合いたいけど…。

 

「そう言やよくここまで無事に来られたねリア」

 

家から港区まで距離があるのに、空間の歪みに巻き込まれずに来れたのはかなり運がよかったのではなかろうか?

 

「私がここまでお連れしたのだ神代勇」

「あんたは賢生のオッサン!?」

 

声をかけてきたのは夏音の養父で、元アルディギアの宮廷魔道技師であった叶瀬賢生であった。

 

「お義父様に一時的に釈放してもらえるようお願いしたんです。彼の空間転移魔術なら歪みに影響されずに移動できますから」

「なる程。で、君のことだから他にも何か交渉してたんだろう?」

 

彼女のことだからオッサンの仮釈放だけで終われせる筈が無い。大方予想はつくけど聞いみた。

 

「今回の事件わたくしも解決に協力させてもらえる様にお願いしました」

「君ねぇ…」

 

予想通りの答えに深く息を吐く。別に君が出てこなくてもいいのに…。

 

「君の立場ってのもあるんだから、大人しくしててもよかったのに」

「だって、早くあなたとデートしたいから…」

 

そんな頬を赤らめて見つめないで!色々とヤバイから!めっちゃ可愛いから!

 

「ゴホンッゴホンッ!それでこれからどうするのかしら?」

 

見つめ合う俺達を見かねたのか、わざとらしく咳払いして話を進める煌坂。ごめんなさい。

 

「そろそろ何かしら起きる筈だ。そしたら現地で合流しよう」

『それはいいけど俺や姫柊はどうやって向かえばいいんだ?』

「人工島管理公社や獅子王機関が誘導してくれるよ。あいつらに利用されるけど別にいいよね?」

 

恐らく連中がこの事態を打開するために、俺達を利用してやろうとしてくるだろう。

それはそれで構わん。奴らにも多少は役に立ってもらうとしようじゃないか。こちらもせいぜい利用させてもらおう。

 

『ああ、ユウマの所に行けるならなんだってやってやる』

 

俺の言葉に力強く応えてくれる古城。よし、後は時が来るのを待つだけだ。

 

「そう言やヴァトラーの奴がいなくなってるや」

 

通話を切って煌坂にスマフォを返しながら周囲の気配を探るも、あのホモの気配が船から消えていた。

 

「え、本当だ。まさか外に!?ああ、もう。出かける時は一言声をかけてからにしてって言ってるのに!」

 

 

うがー!と憤慨している煌坂。監視者に無断で外出とか相変わらずフリーダムな奴だ。そして苦労してるね煌坂。

 

「彼が動き出したとなると、面倒なことになりそうですね」

 

憂いを帯びた顔で溜息を吐くリア。アルディギアとあいつの領地は隣接しているから、あいつの破天荒ぶりは知っているのだろう。

それには大いに同意する。あいつがやることは大抵碌なことじゃないからなぁ。

そのことを考えると無性に気が重くなるのであった。



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第八話

お久しぶりです。お待ちしていた方々には誠に申し訳ありません。再び更新していくのでよろしくお願いします。


前回のあらすじ

ビンタって意外と痛い

 

古城と今後の方針を決めた勇は、ユウマが行動を起こすまで様子を見ることとなった。

 

「……」

「ちょっと勇」

「なんだい煌坂?」

「うろちょろしてないでじっとしてなさいよ!気が散るでしょう!」

 

先程から室内をせわしなく歩き回る勇に、座禅を組んで精神統一していた紗矢華が注意する。

 

「落ち着いているさ、見るからに落ち着いているだろう?」

「どこがよ!?見るからに落ち着いてないわよ!」

「ははは、何を言っているのやら?大体精神統一って言ったて、姫柊のことで妄想していただけだろう?」

「ええ、そうよ!雪菜にどんな服を着せたら可愛いかなとか考えて悪い!?」

「そんなに胸を張って言うことでは無いと思いますよ紗矢華?」

 

いっそ清々しさすら感じられる程堂々と言い放つ紗矢華にツッコミを入れるラ・フォリア。

 

「それに雪菜だけじゃなくて、古城のことも考えてたのではないのですか?」

「そそそそそそそんなことありませんよ!!あいつならどんな格好が似合うかなとか、やっぱりパーカーが一番だななんてこれっぽちも考えてません!!」

「(わかりやすいなぁ)」

 

顔を真っ赤にして必死に言い訳している紗矢華。わざとらし過ぎてばればれであるが。

そんなこんなしている内に、島全体を揺るがす程の魔力の波動が流れ出した。

 

「始まったか!」

「賢生」

「はい」

 

ラ・フォリアが落ち着いた様子で賢生の方へ向くと、賢生は既にチョークで転移に必要な術式にを床に描いていた。

 

「…まだですかね?」

「空隙の魔女の様に気軽には出来んのだ私は」

 

焦りを見せる勇に冷静に返す賢生。本来転移魔術は相応の装備や座標計算が必要となってくるのだ。

術式を書き終えた賢生が懐から小瓶を取り出すと術式へと水を撒いた。すると水溜りに転移先の風景が映し出される。

 

「準備が整いました王女」

「大義です賢生。さあ勇、参りましょう」

「おっしゃぁ!」

 

待ってました!と言わんばかりに水溜りに飛び込むと吸い込まれていった。

勇に続く様にラ・フォリア、紗矢華、賢生が飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

水溜りから飛び出して最初に視界に映ったのは、巨人の腕と同じくらいの太さの植物の蔦に見える無数の触手だった。

それらが姫柊と傍にいる少女、恐らく古城だろうに襲いかかっていたので、獅子王を抜刀するのと同時に大剣形態にし一振りで薙ぎ払う。

さらに背後から放たれた閃光が触手を焼き払っていった。リアの呪式銃によるものである。

続いて煌華麟を構えた煌坂が残った触手を切り裂いていった。

 

「勇!」

「紗矢華さんにラ・フォリアも!」

 

援軍の登場に喜びの声をあげる古城と姫柊。今の古城じゃ戦えないから大変だっただろうな姫柊は。

 

「すまん。遅れって、ん?」

 

古城と姫柊の元へ駆け寄り、古城の姿を見た瞬間思わず目を疑ってしまった。

何故ならその姿は紛れもなく、十年前に見た仙都木阿夜そのものだったからだ。いや、よく見れば腰に届くくらいの髪の長さが、肩にかかるかどうかくらい短くなっているが、それ以外は十年前に見た時と全く一緒なのだ。これはどう言うことだ?

 

「?どうしたんだ勇?」

 

怪訝そうな顔をしている俺を不思議に思った古城が聞いてきた。

 

「いや、何でもない。それにしても本当に身体入れ替えられてるんだなお前」

 

どう古城に伝えたらいいのか分からなったので、誤魔化しておくことしかできなかった。

どうして古城の親友があの女と同じ姿をしているのか?あり得る可能性は一つだが、確証が無い以上無闇に話すわけにはいかなかった。

まあ、すぐそこに身体の持ち主がいるのだから確かめればいいのだかな。

 

「あらあら。これでは雪菜と紗矢華が子作りできませんねぇ」

「ひゃい!?!?」

「にゃあああああ!何言ってるんですか王女!?!?」

 

そんなこんな考えていると、頬に手を当てて悪戯を思いついた子供の様な顔で爆弾を投下する王女様。

姫柊と煌坂が顔を真っ赤にして慌てふためいているが、肝心の古城は何言ってるんだこいつみたいな顔をしていた。状況が状況だけど、もうちょっと反応してあげなよ…。

そんな親友の態度に呆れながらも、邪魔な触手が減ったことで周囲の景色が見える様になっていたので見回すと、どうやらここはキーストーンゲートの屋上らしい。

屋上には魔法陣が展開されており、陣の中心に見慣れた顔をした男が黒い礼服を纏っていた。紛れもない暁古城の体である。ただし普段の気怠そうな顔は凛々しく引き締まっているが。

 

「お前ってあんなに凛々しい顔できるんだな古城。何も知らない人に普段のお前と並べて『どっちが偽物でしょうか?』て聞いたら皆普段のお前を偽物って言うぞ」

「どう言う意味だオイッ?」

 

古城が額に青筋を浮かべて拳を握り締めながら詰め寄って来た。いや、マジで乗っ取られてる方が真祖ですよオーラ出してるぞ。寧ろ違和感が無いわ。

 

「確かに神代先輩の言う通りですね…」

「姫柊さん!?」

 

姫柊に言われたのがショックだったのか本気で泣きそうになる古城。

 

「大丈夫だって!いまいちぱっとしない方があんたには合ってるから、ね!」

「フォローする気がないだろお前!?」

 

煌坂に止めを刺された古城がヤケクソ気味に叫ぶ。事実を受け入れることも大切だぞ古城。

そんなやり取りを尻目にユウマって奴へと向き合う。

 

「お前がユウマか?」

「そうだよ。ボクの名前は仙都木優麻。仙都木阿夜の娘だ」

「…やはりそうか。だが、あの女に娘がいないことは調査済みの筈だったのだが?」

 

最も高い可能性として、あの女の子供であるかもしれんと踏んだが。十年前に逮捕された際、奴の人間関係も調査された結果、肉親と呼べる者はいなかったとなっていたが。

 

「それは、ボクが作られた存在だからだよ」

「…作られた?」

 

仙都木優麻の言い方に違和感を感じた古城が眉をひそめた。

 

「ボクの母は――LCOと言う組織の元締め。絃神島で逮捕されて、十年前から監獄結界に収監されている。彼女が用意しておいた脱獄の道具がボクだよ」

 

古城に操られている自分自身の身体を指して、仙都木優麻は自嘲する様に笑っていた。

なる程な。あの女は自分が捕まった時のことも想定して備えていたって訳か。無駄にずる賢い奴だ。

 

「ボクは急成長させられた試験管ベイビーだ。今から十年前に、六歳の姿で生まれた。古城、キミと出会うほんの少し前のことだよ。ボクが魔女になることも、絃神島の監獄結界を破ることも、最初からお母様が設計(プログラム)したことさ」

「俺と知り合ったのも、お前の母さんの計画通りだったてのか?」

 

古城が表情を険しくして訊き返すと、仙都木優麻は、迷いなく首を振った。

 

「違うよ、古城。それだけはボクが選んだことだ。言っただろ、ボクにはキミしかいないんだ。ボク自身の持ち物と呼べる様なものは、キミに出会えたこと以外なにもない」

「そんなことっ…!」

 

否定しようとした古城を手で制すと、仙都木優麻の持っていた魔道書が眩く発光しだした。

大気を軋ませる轟音と共に、凄まじい爆風が襲ってきた。

爆風の源は、絃神島北端の海上。そこに突然、見覚えの無い島影が浮かび上がっていた。

それは岩山の一部の様な、ごつごつとした小島だ。島の直径は二百メートル足らず。高さ八十メートル程度だが、その殆どが人工的に造られた聖堂になっていた。

 

「あれが、監獄結界…」

 

こうして実物を見るのは初めてだな。あそこで那月ちゃんは眠り続けているのか…。

 

「どうやら異空間との境界が揺らいでいる様だな。今はまだ完全に実体化した訳ではない様だが――」

 

俺の呟きに、賢生のオッサンが丁寧に説明してくれた。流石元アルディギアの宮廷魔術師、詳しいな。

 

「まだ封印が破られた訳じゃないんだな?」

「そうだ。喩えるなら、海の底に沈んだ遺跡を水面から眺めている様な状態だ。遺跡そのものを引き上げるには、桁外れに大きな労力が必要になる」

「なる程。それで古城の身体を奪ったって訳か…」

 

監獄結界を引きずり出すために、第四真祖である古城の肉体が必要だったのか。

 

「ぐっ…!?」

「先輩!?」

 

突然、古城が右腕を押さえてうめいた。しかし、その手は無傷だ。

傷ついているのは、仙都木優麻が操っている古城の肉体であった。

 

「おっ、と…どうやらここまでか」

 

仙都木優麻の手の中で、魔道書が燃えていた。第四真祖の膨大な魔力を注ぎ込まれて、遂に限界を超えたのだろう。たちまち原型を留めぬまでに燃え尽き、灰になった。

 

「”NO.539”が…!」

 

仙都木優麻の背後にいた、触手を操っていたと見られる二人の魔女がなんか言っているがどうでもいい。

 

「この魔道書はもう用済みだ。悪いがボクは行かせてもらうよ」

 

ゆらり、と仙都木優麻の眼前の景色が揺らいだ。あれは空間転移か!

 

「させるかぁ!!」

 

仙都木優麻目掛けて駆け出した。奴を那月ちゃんの元に行かせる訳にはいかん!

 

「”跋難陀(バツナンダ)”」

 

仙都木優麻に斬りかかった俺を阻むように、鋼の刃で覆われた巨大な蛇が現れた。

獅子王の刃と蛇の刃の鱗がぶつかり合い、金属がぶつかり合う音と共に火花を散らす。

鋼の蛇が咆哮すると身体を振るい弾き飛ばされるが、直ぐに態勢を立て直して着地する。

 

「こいつはッ!?」

「悪いが、そこまでだよ勇」

 

鋼の蛇を背景に姿を現したヴァトラーがそう告げてきた。こいつ今まで姿を現さないと思ったら、やっぱりそう来るか!

 

「邪魔をするなヴァトラー!」

「そうはいかないよ勇。異世界の迷宮に封じ込められた程の魔導犯罪者。彼らと戦える機会なんてこれを逃せば永遠に無いかも知れないからね」

 

傍若無人としか言い様のない言い分に歯ぎしりする。そんな俺の態度を気にかけていないかの様にヴァトラーが言葉を続けた。

 

「さあ、キミが彼女を止めるにはボクと戦うしかないけど、どうするかい?」

 

挑発的な笑みを浮かべるヴァトラー。こいつの狙いはあくまで俺と戦うことか!俺が戦わざるを得ない状況を作り出すために、那月ちゃんを餌にしやがったこのクソったれ!!

ぐぅっ!こんな街中でこいつと殺りあったらどれだけの被害が出るか分からん!最悪この島を沈めかねんぞ!

どうすべきか迷っていると、リアが俺の肩に手を置いた。

 

「勇は退がっていなさい。彼女はわたくし達で止めますから」

「リア…」

 

リアの言葉に古城達も力強く頷いていた。確かにここは皆に任せるのが一番か。

 

「ああ、それが最善だな」

 

俺が獅子王を収め戦闘態勢を解くと、ヴァトラーも眷獣の召喚を解除した。その顔は若干残念そうだったがあっさり引いたな、こうなることは想定の範囲内ってか。

ヴァトラーの眷獣が消えると、既に仙都木優麻の姿は無く、足止めを命じられたと見られる魔女二人が残っていた。

 

「賢生、彼女を追えますか?」

「残念ですが」

 

リアが賢生のオッサンに訊くと、静かに首を振った。

 

「ただし、監獄結界の近くにゲートを開くことは可能です」

「分かりました。では、それで」

 

そう言うとリアが古城と雪菜に方を向く。

 

「古城と雪菜は彼女を追いかけて下さい。わたくしと紗矢華はそこの魔女を片付けます」

「だけど、ラ・フォリア…」

 

リア達を敵の前に残していくことに抵抗がある様で、追いかけるのを躊躇っていた。

 

「第四真祖の無尽蔵の魔力を手に入れた魔女が相手では、わたくしや紗矢華には打つ手がありません。対抗できるとしたら、魔力を無効化できる雪菜の槍と、古城――本来の第四真祖であるあなただけです」

「分かった。助かる」

「――どうか、お気をつけて」

 

古城と雪菜が礼を言うと、賢生が用意した魔法陣へと向かう。

古城が一瞬飛ぶ込むのに躊躇ったが、直ぐに覚悟を決めて飛び込み姫柊も続いた。

 

転移が終わると賢生のオッサンが膝を突いた。高度な魔術の多用で、流石に体力の限界を迎えたのだろう。

 

「大丈夫かオッサン?」

「ああ、大丈夫だ」

 

賢生のオッサンに肩を貸して安全な場所に座らせる。少し休めば大丈夫そうだな。

 

「私達を片付けるですって、お姉様」

「流石に王女殿下はユーモアのセンスにも長けてらっしゃいますこと」

 

残っていた魔女らが、蔑む様にラ・フォリア達を睨んで言う。あの二人の力を目の当たりにしてもあの態度とは、タフな精神をしてるなあいつら。

 

「わざわざ私達の”贄”になるために残って下さるなんて、光栄の至り」

「この上は、そのお上品な穴と言う穴から、我らが”守護者”の枝をぶち込んで、引き裂いて内蔵をかき混ぜて、綺麗なお肉の塊に変えて差し上げますわ!」」

 

挑発的に言い放つと、甲高い声で哄笑を続ける魔女共。あーあーどうなっても俺は知らんぞー。

 

「こいつら…!」

 

魔女の挑発に腹を立てた煌坂が剣を構えた。

獅子王機関の舞威媛にとって、敵とは祓い沈めるべき荒御魂と同義なのである。

そんな煌坂にとってあの魔女共の態度は到底許せないのだろう。

対する我らが王女様は悠然と微笑んで前に歩み出た。

 

「余りお笑いになると小じわが目立ちますよ。おばさま方。それにお肉のたるみも少々」

 

ピキ、と音を立ててその場の空気が凍りつく。若く美しい王女の無造作な言葉に、二人の魔女の表情が憤怒に染まっていく。

しかし我らが王女様は、そんな魔女共の様子に全く、全く気づかない素振りで。

 

「いやしくも悪魔と契約した身でありながら、不老延命の肉体をえることも叶わぬとは、余程素養に恵まれなかったのか、それとも度を過ぎた無能なのでしょうか。人生の先達の方々に対して、無理な若作りは滑稽ですと忠告するべきかどうか迷ってしまいますね。ねえ、紗矢華」

「そ…そうですね」

 

いきなり話を振られて、表情を引き攣らせる煌坂。笑顔で地雷原を踏み抜いていくそのお姿は、なんと頼もしいことでしょうか。

陰謀渦巻く宮廷内の虚々実々の駆け引きで鍛えられた腹黒王女を、田舎魔女如きが挑発するべきでは無かったのだ…。

 

「流石我らが王女様、恐ろしや」

「そうだな…」

 

小声で賢生のオッサンとヒソヒソと話す。だって王女様に聞かれたら後が怖いんだもん。

 

「女は所詮魔物なのサ。つまり生物学上女はヒト科ではなく悪魔と言うことに…」

 

神妙な顔つきで女性に対しての見解を述べているヴァトラー。何をそんなに恐れているんだこいつは?

 

「何?お前は女性に対して嫌なことでもあったのか?ってかちけーよ!離れろ!」

 

密着しようとすんじゃねえ!気色悪いんだよテメェ!!

顔を掴んで引き離そうとするが、信じられない程の力で迫って来る。

 

「せっかく二人っきりで邪魔が入らないんだ。遠慮することなく愛を深めあおうじゃないカ」

「いや、私もいるんだが…」

 

賢生のオッサンのツッコミも気にせず、寄り添おうとするホモラーを押し止めようと奮闘するもジリジリと迫って来る。

 

「うおおおおおぉぉぉぉ!?抱きつこうとすんじゃねぇェェェェェ!!!」

「求めている人がいるのサ!」

「何を!?」

 

や、ヤメロオオオオオォォォォォ!!!

 

パンッ!!!

 

触手が暴れコンクリートが砕ける音が響いている中、やけに鮮明に聞こえた銃声と共にホモラーの頭部から赤い花が咲いて倒れ伏した。

銃声のした方を見ると、我らが王女様と煌坂が魔女の操る触手と戦われておられた。恐らくリアが呪式銃以外に護身用に持っている拳銃の対魔族弾だろう。すげー、あんな状態から狙撃したのかぁ。

王女様技量に関心しながら、血を流して倒れているホモを蹴飛ばしておくのだった。

 




四巻はこれにて終了です。次回から五巻へと突入します。


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観測者たちの宴
プロローグ


前回のあらすじ

求めている人がいるのサ!

 

結果的に言えばリアと煌坂と魔女らの戦いはあっけなく終わった。

魔女が操る使い魔の触手はリアが降臨させた精霊の力と、煌坂の呪詛によって全て焼き払われたのだ。

その後突入してきたアイランドガードによって魔女二人は逮捕された。

 

「思っていた以上に早かったな」

「ええ、仕掛けさえ解ってしまえば大したことありませんでした」

 

肩透かしだったと言わんばかりに肩を竦めるリア。煌坂も同意見なのか軽く頷いていた。

 

「さてと、後は古城達は上手くいっているかだが…」

 

こちらは一段落したが、肝心の仙都木優麻を止められなければ意味が無い。

 

「俺達も向かった方が、む!?」

 

いいだろうと言おうとしたら監獄結界に異変が起きた。

蜃気楼の様に不安定だった筈の島が完全に姿を現し、燃え上がりながら崩れ落ちようとしていたのだ。

 

「ちょ、ちょっとやばいんじゃないあれ!?まさか雪菜達が失敗したんじゃ…」

「いや、まだ防壁が破られただけだ。あの島はただの幻だ、那月ちゃんさえ無事ならあれくらいどうとでもなる」

 

慌てだした煌坂に説明すると、一先ず落ち着いてくれた。普段勇ましい反面、予想外の出来事に直面するとすぐに取り乱してしまうのが彼女の問題点の様だ。

あの島はあくまで那月ちゃんの夢でできた幻である。なのでいくら壊れても、核である那月ちゃんさえ守りきれれば俺達の勝ちなのだ。

 

「俺と煌坂が行くからリアはそこのホモをってああああああ!!いねぇ!?」

「い、いつの間に…」

 

リアに見張っていてもらおうと、さっきまでホモラーがくたばっていた方を見るが、既に跡形もなくいなくなっていた。

リアと煌坂も周囲を探すも、完全に気配を消されており追跡するのは困難だった。

 

「おのれ!俺達が監獄結界に気を取られている間に蘇生して逃げやがったな!」

「どうすんの勇。アルデアル公を放置しておくのは危険じゃない?」

 

煌坂の言う通り、あのヤローを放っておくのは大変危険極まりない。となると俺達が取るべき行動は――

 

「…俺とリアがあのホモを追いかける。煌坂は古城と姫柊の方へ向かってくれ」

「分かりました」

「雪菜あああ!今行くわよおおお!ついでに暁古城も!」

 

姫柊と古城が余程心配なのか猛スピードで出口へと向かっていく煌坂さん。ついでと言いながらも、同じくらいに古城の心配をしているだろうに。

 

「素直じゃないですねぇ」

「そうだなー」

 

同じことを考えていたリアと微笑みながら、その後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

絃神島――人工島の北端の岸壁。眩く降り注ぐ陽光の中に男は立っていた。

金髪碧眼の美しい青年貴族。ディミトリエ・ヴァトラーだ。ラ・フォリアから受けた傷は最初からなかったかの様に塞がっていた。

対魔族弾を頭部に受ければ吸血鬼であろうとも回復には時間を要するが“旧き世代”でも飛び抜けた力を持つヴァトラーにはかすり傷程度でしかないのだ。

彼の視線の先にあるのは、壊れかけの聖堂。真の監獄結界を守護する最後の城塞である。

彼がこの場に来た時には、第四真祖の身体を奪った仙都木優麻が、獅子王機関の剣巫と暁古城に敗れていた所であった。

そして監獄結界の本体(・・・・・・・)が、今も通常空間に、無防備な姿で残されているということも――

 

「仙都木阿夜の娘も、ここまでか。残念だな」

 

口元に笑みを滲ませたまま、無念さを微塵も感じさせない口調で、ヴァトラーが呟く。どこか子供っぽい仕草で人差し指を伸ばしてリズムを刻む。

 

「とは言え、監獄結界は現出している訳だし、最後の鍵くらいは、自分の手でぶち壊すという選択肢もありかな――」

 

細めた彼の碧眼が、血の様な紅に染まった。全身から立ち上る禍々しい血霧が、やがて巨大な蛇の姿へと変わる。

それはディミトリエ・ヴァトラーが”血”の中に宿す、九体の眷獣の内に一体だ。水圧を操る海蛇の眷獣。あの聖堂内の大気を一瞬で数千気圧まで圧縮することも、逆に真空状態に変えることもできる。

眠り続ける南宮那月を殺し、彼女の夢の中に囚われている魔導犯罪者達を解放する。

ついでに、ヴァトラーの眷獣が、第四真祖に通用するか試してみるのもいい。獅子王機関の剣巫が、その危機を乗り越えられるか、確認してみるのも悪くない。

そんなことを考えていると背後からエンジン音が響いてきた。

現在ヴァトラーがいるのは、絃神島北地区のコンテナヤード――”魔族特区”内の企業が、原材料や資材を輸送船に積み込むための工業湾である。波朧院フェスタ開催期間と言うことで、港の業務は休止しており、誰もいない無人地帯となっていたため辺は完全な静寂に包まれていた。

その静寂を切り裂く様に響くエンジン音は段々を大きくなってきていた。ヴァトラーが振り返ると、一台のバイクが迫って来ており、ヴァトラーの前でドリフトしながら減速を始めると、摩擦熱でタイヤから火花を散らしながら停車する。

ヴァトラーはそのバイクに見覚えがあった。勇の愛車であるトルネイダーである。

 

「ヴァトラァァァァ!!!」

 

勇が吠えながら被っていたヘルメットを脱ぎ、トルネイダーから降りる。その後を追う様に後ろに乗っていたラ・フォリアも降りた。

 

「やあ、勇!追いかけて来てくれたんだね。嬉しいよ!」

 

満面の笑みを浮かべながら両手を広げて迎え入れる様な仕草をするヴァトラー。

対する勇はこめかみに青筋を無数に浮かべており、今にも血が吹き出しそうな程激怒していた。

 

「テメェ。那月ちゃんを殺そうとしただろう!!」

「ああ、最後の鍵くらい自分で開けてみようと思ってね」

「ぶっ殺す!!!」

 

勇が獅子王を抜刀して斬りかかろうとするが、それをヴァトラーは手で制した。

 

「まあ、ボクが手を出すまでもなかったけどネ」

「何?」

 

どう言う意味だ?と言った感じで眉を潜ませる勇に、笑みを浮かべながらその場から退くヴァトラー。すると監獄結界が勇の視界に入る。

勇らのいる位置から監獄結界まではそれなりの距離があるが、勇の超人的な視力であれば十分に視認できる距離である。

そして目に映ったのは、顔のない黒騎士が手にしている剣で貫かれている那月の姿であった。

 

「あ…」

 

その光景を見た瞬間、勇の中で何かが切れた。



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第一話

前回のあらすじ

どうにか五巻までこれました。

 

監獄結界にて雪菜と協力して優麻を止め、身体を取り戻した古城。

那月も守り通せたので、これで事件は解決したかと思った瞬間。優麻の守護者である”(ル・ブルー)”が突然制御不能に陥り、那月を剣で突き刺したのだ。

那月が致命傷を負ったことで、結界の制御が乱れ本来の姿を晒す監獄結界。

そこで現れたのが仙都木阿夜。彼女が”(ル・ブルー)”を操ったのだ。

元々”(ル・ブルー)”は阿夜が優麻に貸し与えたものだったのだ。阿夜は優麻のことなど気にかけることなく、強引に”(ル・ブルー)”を奪い取ってしまう。

魔女にとって、守護者は悪魔に差し出した魂の代価。肉体の一部なのである。それを失うことは死を意味しているのだ。

その所業に激怒する古城。しかし、先程優麻を止める際に、奪われていた自身の肉体に雪菜の”雪霞狼”を突き刺していた。

あらゆる魔力を無効化し、真祖ですら殺しうる槍で負った傷は決して軽くはなかった。加えて古城の眷獣では、監獄結界を傷つけずに阿夜を攻撃することは不可能だった。

監獄結界を壊せば、術者である那月を反動で傷つけてしまうのだ。

そんな古城を嘲笑う阿夜とは別の人影が、いくつか監獄結界から現れた。

 

「何だ、こいつらは!?」

 

猛烈な悪寒を覚えて、古城は無意識に身を硬くした。

黒い要塞の上に立つ人影は六つ。老人。女。甲冑の男。シルクハットの紳士。そして小柄な若者と、繊細そうな青年だ。年齢にも服装にも統一感は無いが、特に不気味な容姿の持ち主はいない。そのことが逆にどこか恐ろしい。

 

「まさか…彼らは…」

 

鬼気に満ちた大気に抗う様に、槍を構え直して雪菜が呟く。

彼女が飲み込んだ言葉の続きは、古城にもすぐに理解できた。

仙都木阿夜以外の監獄結界の囚人達。

通常の手段では無力化できなかった、最凶の魔導犯罪者達も脱獄してきたのだ――

 

「最悪…じゃねーか…」

 

恐れていた事態に、傷ついた優麻を庇ったまま、古城は表情を歪めて呻いた。

胸の傷が痛みを増し、流れ出した血が古城のシャツをじっとりと濡らしていく。

 

「仙都木阿夜…”書記(ノタリア)の魔女”か。あの忌々しい監獄結界をこじ開けてくれたことに、まずは礼を言っておこうか」

 

最初に口を開いたのは、シルクハットの紳士だった。年齢は四十代の半ば程。がっしりとした筋肉質な体型だが、服装のせいか知的だ穏やかな雰囲気がある。上流階級の人々が集まるサロンやオペラハウスに紛れ込んでも、不審に思われることはないだろう。

しかし、彼の全身から発散されているのは、隠しきれない強大無比な殺気。怒りに燃える彼の瞳が睨みつけているのは、南宮那月の安否を気遣う古城達だった。

監獄結界の囚人達にとって、彼らを捕らえ、異世界に閉じ込めた”空隙の魔女”の仲間は、八つ裂きにしても足りない憎しみの対象なのだろう。そして、那月や古城らを始末したら、那月と共に彼らを捕らえたある夫婦にも復讐しようと考えていた。

そうやって殺意をみなぎらせる脱獄囚達を見返し、阿夜が傲然と問いかける。

 

(オマエ)達六人だけか…他はどうした?」

「どうした、じゃねー!こいつだ、こいつ!」

 

塀の上にいた小柄な若者が、阿夜の質問に荒々しく答えた。

短く編み込んだドレッドヘア。派手な色使いの重ね着に、腰穿(こしば)きのジーンズ。流行遅れにストリートフッションだが、少なくとも見た目の年齢は、古城達とそう変わらない。

だが彼も、やはり監獄結界に収監されていた凶悪な犯罪者の一人なのだ。その証拠に彼の左腕には今も、鉛色にくすんだ金属製の手枷が嵌められている。

 

「見ろ!」

 

獰猛な唸り声を上げながら、ドレッドヘアの若者が右腕を一閃した。

その直後に何か起きたのか、古城には理解できなかった。分かったのは、若者の前にいた紳士の身体が、爆発した様な勢いで血飛沫を撒き散らした、と言うことだけだ。

 

「シュトラ・D、貴様――!」

 

グボッ、と血塊を吐き出しながら、紳士が増悪の眼差しをドレッドヘアに向ける。

 

服装や雰囲気から察するに、彼は魔導師なのだろう。それも監獄結界にぶちこまれる程の大罪を犯した魔導犯罪者だ。その肉体は強力な魔術障壁によって保護され、生半可な攻撃では傷もつけられない。だからこそ凶悪犯として異世界に封印されていたのだ。

だがドレッドヘアの攻撃は、そんな紳士の防御を紙の様に引き裂き、無防備になった肉体に瀕死の重傷を負わせていた。肩口から腰部までを叩き割られ、反撃することもできずに紳士は両膝を突く。

 

「ハッハァ――!恨むなら(もれ)ェてめぇの肉体を恨みな、魔導師!来るゼェ!」

 

ドレッドヘアが興奮気味の口調で叫んだ。

魔導師の左手に嵌められていた手枷が輝いたのはその直後のことだった。鉛色の手枷から、奔流の様に吹き出したのは無数の鎖だ。それらは瀕死の魔導師の肉体を容赦なく縛り上げ、何も無い虚空へと引きずり込んでいく。行き先は恐らく監獄結界の内側だ。

 

「ぐおおおおおおおぉぉ――!」

 

シルクハットの紳士は傷ついた身体で必死の抵抗を試みる。しかし彼の繰り出す魔術にはもう、鎖を断ち切るだけの力は残されていなかった。底なし沼の中に沈んでいく様に、彼の肉体は虚空に飲み込まれて消滅する。

 

「…なる程な。監獄結界の脱獄阻止機構(システム)はまだ生きている、と言うこと…か」

 

仙都木阿夜が、平静な声で呟いた。

彼女も、他の脱獄囚達も魔導師が消滅したことに対しては、何の感情も抱いていないらしい。当然、彼を攻撃したドレッドヘアに対する怒りも無い。彼らはたまたま同じ監獄に収監されていたと言うだけの関係だ。もとより仲間意識など微塵も無いのだ。

 

「魔力や体力の弱った奴は、こうして結界内に再び連れ戻されるって訳だ。分かったかよ。もっと(もれ)ェ連中は、最初(ハナ)から外に出ることもできねェんだけどよ」

 

シュトラ・Dと呼ばれていたドレッドヘアの若者が、忌々しげに犬歯を剥いて言う。

 

「他に一人出られそうな娘がいたけど、「興味無いから、放っておいて」て言ってたから置いてきたわ。とにかく”空隙の魔女”を殺して監獄結界が消滅するまで、ワタシ達は完全に自由にはなれないみたいなの。ふふ…おわかりになったら、さっさとあの女の居場所を教えて下さる?同じ魔女として、心当たりの一つや二つあるんでしょう?」

 

ドレッドヘアの言葉を引き継いで阿夜に問いかけたのは、菫色の髪をした若い女だった。美人と言うには退廃的な雰囲気で、その分みだらな色気を感じさせる。長いコートの下の衣装は露出度が高く、どことなく娼婦めいた気配を漂わせていた。

だが、仙都木阿夜を見つめる彼女の瞳は、凄絶な殺意に彩られている。

その殺意を平然と受け流して、阿夜はゆるゆると首を振った。

 

「悪いが、知らんな。あの女を殺したければ、せいぜい自分で捜すことだ」

「そーかよ。面白ェじゃねーか…図書館(LCO)総記(ジェネラル)さんよ。だったらあんたにも、もう用はねェなあ」

 

シュトラ・Dが、好戦的に唇を吊り上げて笑った。シルクハットの紳士を攻撃をした時の様に、右腕を振り上げて阿夜を睨む。協力しないのなら、阿夜も殺す、と言う不遜な態度だ。彼にとっては利用価値の無い人間は全て敵と言う認識なのだろう。

阿夜が気怠げな表情のまま、長い袖に包まれた左腕をシュトラの前に掲げてみせた。握られていたのは一冊の古びた本だ。

 

(はや)るな山猿…南宮那月の居場所は知らんが、手を貸さないとは言っていない」

「あァ?」

 

腕を振り上げたままの姿勢で、シュトラが動きを止める。阿夜の言葉の意味を理解できずに、困惑しているらしい。

 

「”NO.014”…固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔道書ですか。なるほど…面白い」

 

シュトラの代わりに、訳知り顔で頷いたのは。繊細そうな面差しの青年だった。

 

「どういうことだよ、冥駕?」

「馴れ馴れしくその名前を呼ばないでもらいたいのですが…まあいいでしょう」

 

不愉快そうに眼鏡のズレを直して、冥駕と呼ばれた青年がシュトラを見る。

 

「要するに、呪いです。仙都木阿夜は魔道書の力を借りて、”空隙の魔女”に呪いをかけた。今の南宮那月は、恐らく記憶を無くしている――そうですね、南宮那月?」

「そう…だ。正確に言えば、奪ったのは記憶だけでなく、奴が経験した時間そのものだがな」

「他人の肉体に堆積された時間を奪い取る…それが”図書館(LCO)の総記にだけ与えられると言う魔道書の能力ですか。なるほど…興味深いですね…」

 

平坦な口調で青年が言う。シュトラ・Dが不機嫌そうに喉を唸らせて会話に割り込み、

 

「記憶だか時間だかを奪った…って、そんなことしてなんか意味あんのか?」

「今の南宮那月は魔術を使えない、と言うことです。恐らくは彼女の”守護者”の力も」

 

青年が酷薄な笑みを浮かべて告げた。

南宮那月は空間を操る強力な魔女だ。魔女の力を手に入れるために、彼女が支払った契約の対価は、監獄結界の管理者と言う凄まじい重責。その代償の大きさに比例して、彼女には桁外れに強大な魔力が与えられた。そして、十年以上にも及ぶ魔族との戦闘経験が、彼女をさらに狡猾な攻魔師へと育て上げた。監獄結界に囚われていた魔道犯罪者なら、誰もが南宮那月の恐ろしさは知っている。

だが仙都木阿夜の魔道書は、那月から、力の源を根こそぎ奪い取る――

 

「そうか…その魔道書は、あの女が手に入れた力を…いや、力を手に入れるために使った時間や経験そのものを、なかったことにしちまった…ってことか」

 

ようやく状況を理解して、シュトラが愉快そうに唇を曲げた。

 

「十年かけて策謀を張り巡らせ、実の娘の肉体を囮にして、”空隙の魔女”に一矢報いる機会を得た。ほんの一撃…だが、我が魔道書を発動させるには十分…だ」

 

愛おしげに魔道書の表紙を撫でながら、仙都木阿夜が独りごちる。監獄結界から脱獄するためには、南宮那月を斃さなければならない――阿夜はそのことを知っていた。

だからこそ彼女は待ち続けていたのだ。那月が見せる一瞬の隙を。切り札である魔道書の効果が、彼女に届く瞬間を。

 

「完全に魔力を失う直前に、南宮那月は逃走した様ですが、あなたが魔道書を起動させている限り、彼女はもう二度と魔術を使えない。後は我々の中の誰かが彼女を見つけ出して止めを刺せばいい、と言う訳ですか。仙都木阿夜?」

 

眼鏡の青年が、冷静な口調で阿夜に確認する。

阿夜は無言。好きにしろ、と言う態度なのだろう。

 

「そう言うことなら、手を貸してあげても良いわよ、仙都木阿夜。あの女を殺したいと思っているのは皆同じ――早い者勝ちと言うことでいいのかしら?」

 

菫色の髪の女が、自分の左腕の手枷を眺めて、艶っぽく微笑む。

シュトラ・Dがふて腐れた様に、ドレッドヘアをかきあげた。

 

「ケッ、面倒な話だが、まあいいか。長い牢獄暮らしで身体も鈍っていることだしな。リハビリには、ちょうどいいかもしれねェな」

 

彼の言葉に同意した様に、他の脱獄囚達も無言で頷く。

逃走した那月を捜し出して始末する。少なくともそれまでは、互いに共闘すると言うことで脱獄囚達の意見が一致したらしい。

那月の魔術は、仙都木阿夜に封じられたままだ。力を失う前に逃走したと言っても、そう遠くまでは行けない筈。那月は恐らく絃神島のどこかにいる。脱獄囚達をこのまま行かせてしまえば、発見されるのは時間の問題だろう。

記憶を失っている今の那月は、すでに限界近くまで追い詰められた状態だ。監獄結界の囚人達を相手に戦えるとは思えない。

ざけんな、と唇を歪めて前に出たのは、古城だった。

血まみれの優麻を雪菜に任せて、脱獄囚達を睨め上げる。

 

「待てよ…そんな話を聞かされて、お前らを行かせると思ってるのか」

「…アァ?何言ってんだ、このガキは…?」

 

ようやく古城の存在を思い出した様に、鬱陶しげな視線を向けてきたのはシュトラだった。

胸の傷口を押さえながらも、古城は、彼らから目を逸らさない。

監獄結界は、まだ完全に破られた訳ではない。彼らを再び封印できる可能性は残っている。

だが、そのためには、逃走中の那月を護らなければならない。脱獄囚達に彼女を追わせる訳にはいかないのだ。

 

「そう言えば、あなたがいましたね。第四真祖。この際、先に排除しておきましょうか――」

 

物静かな口調で、眼鏡の青年が告げた。

コートの女が、美しく目を細めて古城を睨んだ。甲冑の男は無言で背中の剣に手を伸ばし、老人が干からびた様な腕を掲げて笑う。

誰一人古城を恐れている者はいない。世界最強の吸血鬼を相手にしても、自分が敗北することはあり得ないと、彼らは当然の様に信じているのだ。

それでも、古城には脱獄囚達を止めなければならない理由がある。

何しろ監獄結界を破るために利用されたのは、第四真祖の魔力だったのだから。

そのことに古城は責任を感じずにはいられない。監獄結界の封印を護るために、那月が支払い続けていた代償を知らされては尚更だ。

そして、このまま奴らの好きにさせては、自分を信じて送り出してくれた親友である勇に顔向けができないのだ。

 

「ったく…たかが吸血鬼の真祖風情(・・・・・)が、この俺を止める気かァ?」

 

シュトラが蔑む様に言い放って、塔の上から飛び降りてくる。

古城までの距離は十数メートル以上。素手の攻撃が届く距離では無い。しかしシュトラはそれに構わず。大上段に構えた右腕を振り下ろした。

放たれた殺気は強烈だが、シュトラの右腕からは魔力を殆ど感じない。ただの威嚇だと判断して、古城はそれを避けようとしなかった。が、

 

「――駄目です、先輩!」

 

雪菜が緊迫した表情で叫んで、古城の前に出る。その直後、雪菜の頭上へと叩きつけられたのは、大地を轟然と振るわせる程の爆風だった。

雪菜の掲げた銀色の槍がシュトラの放った烈風を受け止める。鉄槌を振り下ろした様な轟音が鳴り響き、槍が軋んだ。凄まじい荷重に耐えかねたかの様に、雪菜がその場に膝を突く。

 

「姫柊!?」

 

突き抜ける衝撃の余波に圧倒されながらも、古城は呻いた。

十数メートル離れた相手にも攻撃できる、不可視の斬撃。それがシュトラ・Dと呼ばれる者の能力らしい。先程紳士風の魔導師に重症を負わせたのも、恐らく同じ技だろう。

しかし古城を驚かせたのは、シュトラの攻撃を、雪菜が防ぎきれなかったと言う事実だった。

彼女の槍は、ありとあらゆる魔力を無効化できる筈なのだ。シュトラ・Dの攻撃は、その”雪霞狼”の防御をも突破する、と言うことか。

 

「…何だ、その槍?俺の轟嵐砕斧(ごうらんさいふ)を受け止めやがっただと?」

 

しかし、動揺していたのは、シュトラ・Dも同様だった。自分の必殺の攻撃を、よもや雪菜の様な非力な少女に凌がれるとは思っていなかったのだろう。

 

「やってくれるじゃねーか。プライドが傷ついちまったぜェ!ちっと本気出すかァ!」

 

荒々しく吼えながら、シュトラが再び腕を振り上げた。これまでとは比較にならない凄まじい殺気が、練り上げられていくのが伝わってくる。

このままだと古城や優麻も危険と判断した雪菜が、古城に優麻を連れて逃げる様に告げようとした時。何者かが空からシュトラ目掛けて落下してきた。

 

「うおっと!?」

 

咄嗟に危険を察知してシュトラが後ろに飛び退き回避すると、何者かがそのまま地面に着地し、その衝撃で地面が陥没した。

あのまま攻撃を続けていれば、押しつぶされていただろう自分の姿を思い浮かべて、冷や汗を掻くシュトラ・D。

 

「チッ。避けたか…」

 

着地の際の衝撃で巻き上がった砂塵の中から、舌打ちと不機嫌そうな声が聞こえてきた。

そして砂塵が晴れると古城と雪菜がよく知る人物が姿を現した。

 

「「勇(神代先輩)!?」」

「よう。無事そうだな二人とも」

 

予想外の登場の仕方に唖然としている古城と雪菜に、軽い感じで話す勇。その身には”獅子の鬣”を纏っていた。

 

「勇…跳ぶなら言って下さい。急には心臓に悪いので」

 

勇にお姫様抱っこされていたラ・フォリアが、責める様な視線を向ける。

 

「む、すまない…」

 

申し訳なさそうに勇が謝ると、ラ・フォリアを地面に降ろす。

 

「悪い勇。那月ちゃんを護りきれなかった…」

「状況は大体分かっている。相手が一枚上手だったてだけだ。気にするな。那月ちゃんはまだ生きているんだ、まだどうとでもなる」

 

古城が謝ると、酷く落ち着いた表情で励ます勇。

そこで古城は、勇が冷静過ぎることに違和感を覚えた。

勇は家族や友人をとても大切にする少年だ。普段の勇であれば、姉である那月が傷つけられたのなら、烈火の如く怒って相手に噛み付く筈なのだ。

それが今の勇は驚く程に落ち着いていた。隣に立っているラ・フォリアは、どこかそんな勇を心配しているみたいであった。

一体キーストーンゲートで別れてから、二人に何があったのだろうかと不安な気持ちになるのだった。

 

「何だてめェは!?俺に喧嘩売るとは殺されてェのか!!」

「やかましい。黙っていろ雑魚」

 

威嚇する様に吼えるシュトラを鬱陶しそうにあしらうと、顔を真っ赤にして怒りに身体を震わす。

そんなシュトラを無視して勇は一点を見つめていた。

 

「あの時の小童か…。久しいな」

「ああ、貴様の顔は二度と見たくは無かったがな」

「私もだ」

 

そう言って互いに笑い合う勇と阿夜。だがその目は笑っておらず、隠す気の無い殺気をぶつけ合っていた。

 

「無視、してんじゃねェ!!!」

 

相手にされていなかったシュトラが、怒りのままに右腕を勇目掛けて振り下ろす。

大気が猛烈な勢いで勇へと押し寄せてくる。先程古城らに放った轟嵐砕斧とシュトラが名づけた技である。

人間では決して見ることのできない、風を用いた回避不能の一撃。それに対して勇が取った行動は――

 

「ふんっ」

 

つまらなさそうに鼻を鳴らして、鞘から獅子王を抜刀すると頭上へと振り上げただけだった。

それだけで、押し寄せてきていた大気が吹き飛ばされたのだ。まるで団扇で仰がれたかの様にあっさりと。

 

「なッ!?」

 

驚愕に目を見開くシュトラ・D。自慢の技が、こうもあっさりと破られるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「気をつけろ。奴はあの神代勇太郎と神代志乃の息子だ」

「なんですって!?」

 

阿夜の言葉に、菫色の女がまさかと言った顔をし、脱獄囚達の間に衝撃が走る。

かつて南宮那月と共に彼らを叩きのめし、監獄結界へと放り込んだのは勇の両親である勇太郎と志乃だったのだ。

彼らにとって勇は、当時世界中で指名手配され、人々から畏怖された彼らのプライドを完膚なきまでに粉砕し、永遠の牢獄へ閉じ込めた仇敵の子と言うことになる。

 

「なる程。そう言われれば面影がありますね、母親のだけですが…」

 

冥駕がずれた眼鏡を直しながら、苦々しそうな表情で勇を見る。よほど勇太郎と志乃に酷い目に合わされたのだろうか、顔色が随分と悪くなっていた。

 

「…ならばヤツをチマツリにし、あのモノらへのフクシュウのノロシとせん」

「うむ。それには賛成だな」

 

甲冑を着た男の言葉に老人が同意する。他の脱獄囚も異論は無いらしい。それぞれが猛烈な殺意を勇へと向けながら戦闘態勢に入る。これ程恨まれるとは、勇太郎と志乃は彼らに一体何をしたのだろうか…。

 

「古城、姫柊。そいつ(優麻)を連れて逃ろ。奴らは俺達が抑える」

 

一方の勇はどこ吹く風と言わんばかりに、古城らと話していた。

 

「二人で戦う気か!?いくらお前達でも無茶だ!」

「そうです!だったら私も残ります!」

 

目の前にいる脱獄囚達は、シュトラ・Dの実力から鑑みて、どれも並外れていると見て間違い無い。

流石の勇とラ・フォリアでもそんな者達を同時に相手するのは、危険過ぎると古城と姫柊は反論する。

 

「姫柊は古城と仙都木優麻を守れ。勘だが、この事件その二人が鍵になる。それに、あいつらは俺を狙ってくる。一緒に逃げるとあいつらを連れて来ることになるんだよ」

「…分かりました。お気をつけて」

 

どうやら最初から囮になるつもりでここに来たらしい勇。こうなったらテコでも動かないことを古城はよく知っていた。

こういう時の勇の直感は、よく当たることを理解している雪菜も指示に従うべきと判断した様だ。

 

「カッコつけるのはいいが、無茶はするなよ?」

「お前に言われたくはないがな」

「うるせ」

 

互いに軽口を言い合って笑う。実際二人共何度も死にかけていると言うか、古城は聖遺物の件で一度死んだこともあるので余り笑えることでもないのだが。

優麻を抱えて逃走経路を探す古城。勇達の邪魔にならないために早急に離脱したいが、古城は傷の影響で激しく身体を動かせない状態である。何か乗り物が欲しい所であるが――

 

「逃がすかよ!クソったれ共!」

 

シュトラが再び腕を振り上げたので、迎撃の構えを取る勇とラ・フォリア。

 

「ん?」

 

勇らが激突しようとした時、最初に異変に気がついたのは古城だった。吸血鬼の聴力がこちらへ迫ってくる音を捉えたのだ。

音の方向を向くと、なっ!?と驚愕に満ちた声を上げる古城。雪菜もその方向を向くと、え!?と同じように声を上げた。

なぜなら、巨大な軍馬に牽引された古代騎馬民族風の戦車が迫ってきていたのだ。さらに、それに紗矢華が乗っていることが古城と雪菜の驚愕を倍増させていた。

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が願い奉る」

 

ポニーテールを風に靡かせ、金属製の洋弓を構えながら、祝詞を紡ぐ紗矢華。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり―!」

 

祝詞を完成させるのと同時に、つがえていた矢を空目掛けて放った。

放たれた鏑矢は独特の怪音を撒き散らしながら飛んでいく。その残響が灼熱の稲妻となり脱獄囚に降り注いだ。

流石にこれだけで倒せる相手では無いが、目くらましには十分過ぎる効果があった。

巻き上がる砂塵の中から、シュトラ・Dの罵詈雑言が途切れ途切れに響いてきている。

 

「煌坂!古城達を連れて離脱だ!」

 

脱獄囚達が足止めを喰らっている間に、勇が呪矢を打ち続けている煌坂に叫ぶ。

 

「あんたと王女はどうするのよ!?」

「お前達が逃げる時間を稼いだらずらかる!だから行け!」

 

煌坂も勇とラ・フォリアを置いていくことを躊躇うが、古城らの傷の具合を見て、それが最善と判断し戦車に乗せていく。

こういう時は彼女の思いきりのよさは頼りになるなと考えながら、

 

「できれば、お前にも行ってもらいたいんだが」

 

視線は脱獄囚らから逸らさず、隣に立つラ・フォリアに話しかける勇。

それに対してラ・フォリアは静かに首を横に振った。

 

「もう置いていかれるのは嫌です。あんな思いをするくらいなら、共に傷つくことを選びます」

 

前回起きたエンジェル・フォウ事件で、勇がエンジェル・フォウにされた夏音と初めて戦った時、何もできずにただ待っていることしかできなかったのは、耐え難い程に苦痛であった。

もうあんな思いはしたくない。守られるだけでなく、共に守り合いたい。それがラ・フォリアの願いであった。

 

古城達を乗せ終えると煌坂が戦車を操り離脱していく。同時に呪矢の弾幕が無くなり巻き上がっていた砂塵が晴れていくと、無傷の脱獄囚達が現れる。

やはりあの程度の攻撃では、さしてダメージは与えられなかった様だ。

特にシュトラ・Dは、散々邪魔されているのが頭にきているらしく、獣の様に目が血走っていた。

 

「どいつもこいつも、人をコケにしやがって!百万回殺してやるよォ!!」

 

シュトラ・Dが両腕を振るうと、生み出された風の刃と勇が振るった獅子王の刃がぶつかりあった。



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第二話

今回から新たなオリキャラが登場します。


前回のあらすじ

親方!空から勇が!

 

「誰か殺したい…」

 

監獄結界内部の最奥に存在する独房に、物騒極まりないことを呟いている一人の少女がいた。

歳は勇らと同年代か少し年上だろうか、巫女装束を身に纏い、肩に当たるかどうか程に伸ばした血のような真紅の髪が特徴的だった。

少女のいる独房に通じる道にはいくつもの鉄格子で塞がれており、彼女の周りには那月がよく使用している鎖が無造作に散らばっていた。

 

「でも、殺したくないなぁ…」

 

体育座りの姿勢で顔を膝に埋めて、先程とは真逆のことを呟いている少女。彼女はある神社に仕える巫女だったが、五年前に日本の名だたる攻魔官や獅子王機関の剣巫に舞威媛を多数殺め、世間を震撼させた連続殺人鬼なのだ。

日本政府や獅子王機関が幾度となく少女を捕縛しようと試みたが、その度に犠牲者は増え、最終的に両者から依頼を受けた勇太郎と那月が、必死の思いで監獄結界へと捕らえることに成功したのだ。

後に勇太郎は「過去幾度となく戦った者の中で、彼女程素直に怖いと感じた者はいなかった」と恐れ知らずで、真祖が相手であれ勇猛果敢に挑む彼をしてそう言わしめ、監獄結界に収監されている囚人の中でも最も危険とされているのだ。

そして、「彼女を救うことができず、ただ閉じ込めることしかできなかったことに己の限界を感じた」と勇太郎に現役を引退させることを決意させた相手でもあるのだ。

 

「殺したい。でも、殺したくない。やっぱり殺したい。それでも殺したい。…はぁ、もう死にたい」

 

矛盾することを何度も呟き、終いには自殺をほのめかすことを口走る少女。

彼女も仙都木阿夜らと同様に監獄の外に出ることができるのだが、彼女だけは独房から出ようとはしなかった。

菫色の髪の女に、自分達を監獄結界に閉じ込めた、神代勇太郎と南宮那月に復讐しないかと声をかけられたが、少女はその誘いを断った。

彼女は復讐に興味は無く、寧ろ彼らには感謝さえしていた。この監獄に入っていれば誰も殺さずに済んだからだ(・・・・・・・・・・・・)

 

「誰ぇ。ここから出られる様にしたのはぁ…」

 

少女にとって、この監獄結界を破ろうとしている者は逆に邪魔者以外の何者でもないのだ。

こうしてじっとしている間にも、誰かを殺したいと言う衝動が少女に襲いかかっていた。いっそ破ろうとしている者でも殺して、またこの監獄に閉じこもろうかとも考えたが、もう誰も殺したくないし殺しに行くのも面倒臭いのでやめた。

人を殺したいけど、誰も殺したく無い。二律背反する感情を持つ少女は、そんな自分が嫌で、ただただ死にたいと思っていた。だが、ある事情によって彼女は自分で死ぬことはできないのだ。

死ぬには誰かに殺してもらうしか無いのだが、少女の持つ強大な”力”は己を殺そうとする者を、本人の意思とは無関係に殺してしまうのだ。

自分をこの監獄に送ってくれた男性も殺してはくれなかった。彼の力は少女が出会った者の中でも一際強大なものだった。そんな彼でも自分を殺すことができなかった。恐らく彼以上の力を持つ者はいないのだろう。彼女の理性を繋ぎ止めていた希望を失った少女は、もはや湧き上がる殺人衝動に、完全に身を任せてしまおうかと考え始めていた。

それでも自我を保っていたのは、監獄結界に収監されたことで、誰も殺めることができなくなり、己の罪を悔いることができる様になったからだ。それが、結界が破られそうになったことで、衝動を抑えることができなくなっていた。

もう全てを諦めかけた時、監獄が激しく揺れた。

 

「?」

 

突然の振動に埋めていた顔を上げる少女の表情は、憂鬱そうでどこか儚げであった。そんな少女の、髪と同じ紅色の光の灯さない深淵の様な瞳が揺れた。

監獄の外に突如現れた、自分を監獄に送ってくれた男性に似た強大な力の波動。少女の本能が訴えていた。この人なら自分を殺してくれるかもしれないと。

少女はゆっくりと立ち上がると、鉄格子の前へと歩き出す。

そして、おもむろに歯を立てて自分の右手首に噛みつきだした。口を離すと手首から多量の血が流れ出し手の平を伝い、地面へと流れていく。

 

「おいで、『血雨(ちさめ)』」

 

少女がそう呟くと、流れ出ていた血に変化が現れた。まるで生きているかの様に蠢きだすと、徐々にある物を形作っていく。

それは日本刀であった。少女の髪や瞳と同じく、真紅の刀身に鍔や柄までもが紅く染まっており、言い知れぬ不気味さを放っていた。

少女は手にした日本刀を鉄格子に軽く振るうと、鉄格子はまるで紙切れの様に切断されてしまった。

いくつも設置されていた鉄格子を、次々と手にした刀で切断していく少女。その顔は先程までの憂鬱さは無く、どこか生き生きとしていた。

遂に最後の鉄格子を切断した少女は、監獄の外へと歩みを進める。自らの願いを叶えるために――

 

 

 

 

 

監獄結界の外側では激しい爆発音と、コンクリートが崩れる音が響き渡っていた。

 

「うおらぁ!!」

 

脱獄囚の一人であるシュトラ・Dが、腕を振るうたびに風が刃となって俺へと襲いかかる。

それに対して獅子王を大剣形態にし、うちわの様に振るい発生させた暴風で風の刃をかき消した。

続いて息つく間も無く、足元が炎に包まれていくので飛び上がり退避する。

すると、着地しようとした瞬間を狙ったかの様に、西洋の鎧を纏った大男が自身の身長と同じくらいはあろうかと言う大剣を振り下ろしてきた。

咄嗟に日本刀形態へと戻した獅子王で受け止め、その衝撃で後ろへ飛び退き距離を取ると一息つく。

 

「流石に面倒だな…」

 

今俺が相手をしているのは三人の脱獄囚だ。風を操るドレッドヘアーと、炎を操るジジイに大剣を軽々と振るう鎧男である。ちなみに仙都木阿夜と眼鏡の男は静観する気なのか動きが無い。

監獄結界にぶち込まれるだけはあって、それなりの強さはあるが、一対一ならどうとでもなるくらいのレベルではあるがな。

それを三人同時となると結構面倒ではあるが、そろそろ古城達が逃げる時間も稼げたので、ここいらで引き上げるとしよう。

目の前の三人を警戒しながら、別の脱獄囚を相手にしているリアの方へ、少しだけ意識を向ける。

吸血鬼である菫色の髪の女が眷獣である鞭を振るい、それを避けると護身用の拳銃を撃つが、生き物の様に動く鞭に弾丸を叩き落される。

吸血鬼である女にとって、リアの疑似聖剣は天敵も同然なので積極的に攻撃してきていない、だから任せているのだが。

 

「ん?」

 

撤退のタイミングを見計らっていると、違和感に気がついた。仙都木阿夜らとは違う異質な気配を感じ取り、その方向に視線を向けると、仙都木阿夜と眼鏡の男しかいなかった筈の建物の上に一人の少女が立っていたのだ。

 

(オマエ)は…。ここ(監獄結界)の囚人か?」

 

突然現れた少女に警戒の色を表す仙都木阿夜が問いかけるも、少女は気にする素振りもなく、それなりの高さがある建物の上から飛び降りるとなんなく着地した。

他の脱獄囚達も少女の出現に動きを止めていたが、そんな奴らも眼中に無いかの様に少女は俺の方へと歩き出した。巫女服と言うこの場に不釣り合いな格好だが、少女の血の様な真紅の髪や瞳と同じ色をしている日本刀を手にしていることが、その違和感をかき消していた。

少女は俺との距離をある程度詰めるとゆっくりと口を開いた。

 

「ねえ。あなた、私を殺してくれない(・・・・・・・・・)?」

「…はぁ?」

 

少女の発した言葉が理解できずに、間抜けな声が漏れてしまった。

いやだって、いきなり自分を殺してくれって言われたらそうなりますよ。リアや他の脱獄囚共も『え、何言ってんのこいつ?』みたいな顔しているし。

 

「?どうしたの?」

「いや、どうしたのって。いきなりそんなこと言われたら誰だって戸惑うわ!」

 

キョトンとした顔で首を可愛らしく傾げる少女に思わずツッコンでしまった。いかんこの子とは感性が噛み合いそうにないわ。

俺のツッコミに少女がああ、と声を出した。

 

「そうだね。いきなりそんなこと言われたら驚いちゃうよね、ごめんなさい。実は私自分じゃ死ねない体質なの。それで誰かに殺してもらうしかなくて、あなたならできるかなって思ったの。だから、その刀でこうズバっとお願い」

 

そう言って獅子王を指さして、自分を切る様にジェスチャーしてくる少女。

 

「ああ、そうなんですか。それじゃ仕方ないですねって、なるか!!演劇の指導するみたいな感覚で、自分の殺しを依頼してくるな!?普通に怖いわ!」

「大丈夫。私大量殺戮犯だから罪に問われないと思うから、ね?」

「ね、じゃねーよ!そう言う問題じゃねーんだよ!俺はできることなら殺しとかはしたくないんだよ!命は大切にしろや!」

 

俺が頼みを拒絶すると、えーって顔でショックを受けている少女。言動と仕草が支離滅裂だよこの子。何ださっきまでガチバトルの雰囲気だったのに、もう色々とカオスだよ!

 

「そんなこと言わないで殺してよー!」

「うおおぃ!?抱きつくなあああああ!?!?!?」

 

懇願する様に飛びついてきた少女。ちょっむ、胸の感触が!?あ、リアよりも大きい…。

 

チャキンッ

 

「ぬあああああああああ!?!?!?!?リアさん落ち着いて!!!銃口を俺の頭にロックオンしないでえええええええ!!!!」

「……」

 

アカン!目が完全に据わってらっしゃる!このままだとガチでやられちゃうううううううう!!!

 

「テメェら…。俺らを無視して何コントしてんだオラァ!!!」

 

完全に蚊帳の外となっていたドレッドヘアが、怒り心頭と言った感じで腕を振り上げた。不味い!?抱きつかれたままじゃ防御も回避もできん!

 

轟嵐砕斧(ごうらんさいふ)!!!」

 

ドレッドヘアが腕を振り下ろすと、大気が壁の様に迫ってくる。すると、攻撃に気がついた少女が俺を突き飛ばした。え?

少女の予想外の動きに呆気に取られそのまま尻餅を突く俺。そして、少女が大気の壁に押しつぶされた。

無数の風の刃に全身を切り裂かれ、血を噴き出しながら地面に叩きつけられた少女。彼女は間違いなく人間だった。そんな彼女が耐えられる訳が無い、即死しているだろう。

無残な死体となった少女を唖然と見つめていた。変なことを言っていた子だったけど、どこか分かり合える。そんな気がしてたのに、こんな終わりってあんまりだろ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ…ふふ…。アハハッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に笑い声が聞こえてきた。てっきり彼女を殺したドレッドヘアかと思ったが、訝しんでいる奴を見る限りあいつでは無い様だ。無論リアでは無いし、他の脱獄囚でも無い。なら、どこから?

 

「痛い…痛いよぉ」

 

声の元は死んだ筈の彼女であった。だが、生きていてくれたことへの喜びは無かった。寧ろどうして生きているか?と言う疑問しか湧いてこなかった。どうみても致命傷だったのに、彼女はゆっくりと起き上がっていたのだ。

 

「でもね…、これじゃ駄目なの…。こんなのじゃ、私は死ねないの(・・・・・・・)…」

 

そう言うと少女は左手の手の平をドレッドヘアへと向けた。すると流れ出ていた血が針の様に伸びだしだのだ。突然の攻撃にドレッドヘアは全く対応できず腹を針に貫かれた。

 

 

「あ、がぁ…!?」

 

何をされたのか理解できていないドレッドヘアを、少女は血の針を戻しながら引き寄せていく。

 

「ふふふ、あなたがいけないんだよ?弱いくせに私を傷つけるからこうなるんだよ?」

 

少女は狂ったかの様に笑いながら、引き寄せたドレッドヘアを軽々と片手で持ち上げた。そして、少女の周りに池の様に溜まっていた血が、まるで生きているかの様に蠢き始めた。

蠢いている血がスライムの様に形を変えていく。現れたのは骨の身体に鬼の頭部をし、手には大太刀を持った二メートル程の二体の怪物であった。それが少女に控える様に佇んでいた。

 

「さあ、いい声で鳴いてね?」

 

狂気の笑みを浮かべた少女の言葉と共に、控えていた怪物らが大太刀をドレッドヘアへと突き刺した。それも何度も何度も――

 

「あ…あギャアアアアアアアアアア!?!?!?!?」

 

想像を絶するだろう痛みに悲鳴を上げるドレッドヘア。その悲鳴を聞いた少女は表情を喜びに歪めた。その残虐過ぎる光景に、その場にいた全員がただ見ていることしかできなかった。

 

「いい、イイッ!!!もっと、もっと!いい声で鳴いてよォ!!!」

「ア…あ、ガぅ…」

 

歓喜の声を上げる少女に、最初は抵抗しようともがいていたドレッドヘアも、次第に動きが弱っていっていた。

 

「なーんだもう終わり?つまらないなぁ」

 

ドレッドヘアが虫の息だと言うことに気がついた少女は、心底つまらなさそうな顔をして、手にしていた日本刀をドレッドヘアの首へとあてがった。そして力を込めてって待てよ――!?

 

「やめろォ!!!」

 

咄嗟に叫びながら、少女の腕を掴んで動きを止める。すると、少女は意外そうな顔をして俺を見ていた。その顔は、とても人を殺そうとしていた人間の顔には見えなかった。まるで、息をするかの様に人を殺そうとしていた。何だ、なんなんだこいつは、本当に人間なのか!?!?!?

 

「どうして止めるの?自分を殺そうとしていた相手なのに?」

「確かにそうだが。だからと言って、こんなことをされて殺されるのを、黙って見ていられる程人間を辞めてはいない!!!」

 

俺の身体は普通の人間とはかけ離れている。それでも、だからこそ、心は人間のままでいたいんだ。心を無くせばどんなに人の形をしていようが、それはただの化物でしかないから。

 

「そう、あなたは優しいのね。でもね、それじゃ駄目なの。それじゃ私を殺せないから(・・・・・・・)…」

 

少女が悲しそうな顔をすると、鬼の怪物がドレッドヘアを地面へと放り投げた。すると、ドレッドヘアの左手に嵌められていた手枷が輝き、無数の鎖が吹き出して男の身体に巻きついていくと、虚空へと引きずり込んでいった。恐らく監獄結界の脱獄防止のシステムだろう。あの傷で助かるかどうか分からないが、そこまで気にしてやる余裕が無かった。

鬼の怪物を従えた少女が、殺意の篭った目で日本刀の切っ先を俺へと向けていたからだ。

 

「さあ、私を殺して(・・・・・)

 

相も変わらず言葉と行動が噛み合っていない少女に、俺は言い知れぬ恐怖を感じていた。



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第三話

前回のあらすじ

その願いは紅に染まり

 

「さあ、私を殺して(・・・・・)

 

そう言って目の前の少女は手にした刀を突きつけてきた。狂気を孕んだその瞳が、まるで獲物を見つけたかの様に俺を捉えていた。

分からんことだらけだが、一つ確実なのは目の前にいるのは敵ってことだ。

 

「やだね。面倒くせぇ」

 

そう言うと地面を思いっきり踏み込み、砂塵を巻き上げて目くらましをする。

古城達の逃げる時間を稼げた以上、もうここに留まる気は無い。なので、トンズラさせてもらう。

リアと共に駆け出す。少女の乱入の影響で慎重にでもなっているのか、脱獄囚らから全く妨害を受けること無く監獄の外まで来られた。

 

「勇。彼女はいったい…」

「さあな。囚人については聞かされていないから、俺にも分からん」

 

あの少女について、何か知っているのではないかとリアが聞いてきた。監獄結界のことは聞かされていたが、囚人についてまでは教えられていないので、答えることまではできなかった。

 

「ただ一つだけ言えるのは、あの少女は脱獄した奴らの中でも、ぶっ飛んでいるってことだ」

 

脱獄した連中はどれも異質だが、あの少女の異質さは次元が違っていた。俺と同じく人にして人を辞めた部類の奴だな。しかも、心まで人を辞める寸前の危険域に入ってやがった。

 

「まずは態勢を立て直そう。それに確認しないとならんこともあるしな」

「…そうですね」

 

あの少女や那月ちゃんの安否は気になるが、それでも今は”彼女”について確かめなければならないんだ。

あらかじめ停車させておいたトルネイダーに乗り込むと、目的地へと向かって走らせるのだった。

 

 

 

 

勇とラ・フォリアが撤退した監獄結界では、脱獄囚達がそれぞれに行動を起こしていた。

大半の者が、乱入してきた少女から逃げる様に那月の抹殺に向かう中。その少女はその場から動かず、勇の去った方角を見つめていた。

少女がシュトラ・Dから受けた傷は、本来なら即死している筈であるに関わらず、徐々に塞がり始めていた。それだけでも少女が持っている力が、常軌を逸していることを物語っていた。

 

「行っちゃった…」

 

まるで捨てられた子犬の様に嘆くと、手にしていた刀がまるで鉄が溶けるかの様に形が崩れていき、少女の肉体へと溶け込んでいった。

 

「追いかけないと。う~ん、探すのが大変だなぁ。でも、殺してもらうためには、仕方ないよね」

 

少女がそう言うと、側に控えていた怪物の一体が少女を抱える。そして残りの一体と共に、ゆったりとした足取りで歩き出した。

それを仙都木阿夜と眼鏡の青年は、那月を追う素振りも見せずに、建物の屋上から見下ろしていた。

 

「なる程、彼女は…」

「何か知っているのか?冥駕とやら」

 

眼鏡の青年が何かに気がついた様子に、仙都木阿夜が反応した。彼女にしても得体のしれない少女が、自身の計画の妨げにならないか情報を得たいのだろう。

 

「かつて起きた神々の(いくさ)の中、”咎神”が生み出した殺戮兵器があると聞いたことがあります」

「”咎神”が生み出した殺戮兵器だと?まさか、あの小娘が?」

 

青年が口にした”咎神”と言う単語に、仙都木阿夜の表情が凍りついた。そして畏怖の念を込めた目で去っていく少女を見据えた。

 

「その兵器は”血雨”と呼ばれたそうです。兵器自体が独自の意思を持っており、持ち主となった者を操ると、殺戮の限りを尽くすのだそうです。恐らくあの少女は何らかの理由で取り込まれたのでしょう」

「なる程。だが、あ奴が神代勇を狙っているのはなぜだ?」

「詳しくは分かりませんが。彼女の口ぶりから察するに死にたいのでしょう。だが、自分の力ではどうにもならず、他者の手で殺めてもらうことしかできない。それができるのが神代の者だと考えたのでしょう」

 

あくまで推測ですがと付け加え、青年は眼鏡のずれを直した。

 

「そうか。では、あの小娘には神代勇の相手をしてもらうとしよう。(ワタシ)の望む世界が完成するまでな」

 

そう言うと、その場から立ち去っていく仙都木阿夜。それを気にすることもなく、青年の視線は少女に向いていた。

 

「”咎神”が生み出した兵器。これは役に立ちそうですね」

 

歪んだ笑み浮かべた青年もまた、監獄結界から立ち去っていくのであった。

 

 

 

 

 

「そうか、那月ちゃんはそっちには来てないか」

『はい。こちらでも教官の所在は不明です』

 

監獄結界から離脱後、トルネイダーに備えられている通信機で、アスタルテと連絡を取っていた。

彼女にはティナさんと共に、夏音を連れてアイランド・ガード本部に避難してもらっていたのだ。

那月ちゃんは仙都木阿夜の手によって力を奪われ、逃走せざるを得ない状態に追い込まれた。その場合、那月ちゃんなら間違いなく、アイランド・ガード本部に逃げ込んでいる筈だと思ったが…。

 

「父さんは今どうしているかな?」

『勇太郎さんは現在の状況を管理公社へ報告しているのと同時に、警備体制の指揮をとっています。こちらでも教官の捜索に全力を挙げており、情報が入り次第私の方に伝えて下さるとのことですが、お繋ぎしましょうか?』

「いや、そこまでしてくれているなら大丈夫だよ。邪魔しちゃ悪いしね。それじゃあ、こっちの状況を伝えておいてもらえるかい?」

『分かりました。お気をつけて』

 

通信を終えると、背中にしがみついているリアが心配そうに話しかけてきた。

 

「那月さんは、どこにいってしまったのでしょうか?」

「多分本部に逃げる途中で、完全に記憶を失ってしまったんだと思う。それで今頃は迷子になってしまっているかもしれない」

 

もしかしたら誰かに保護されているかもしれないけど、それはそれでその人が巻き込まれてしまうので危険なのは変わらないな。

 

「いずれにせよ、まずは古城達と合流しないと話にならないな」

「そうですね」

 

しばらくトルネイダーを走らせると、目的の建物が見えてきた。

MAR研究所――古城の母親である深森さんの勤務先である。あの人は臨床魔導医師の資格を持ち腕は確かだから、仙都木優麻を任せるには最適である。それに古城の事情も把握しているしな。ちなみに古城は深森さんに、自身が吸血鬼であることがバレていることに気がついていない。

 

「勇。あれは雪菜達が乗っていた戦車では?」

 

リアが指さした方を見ると、煌坂が乗って来ていた戦車が塀の側に停まっていた。しかし牽引していた馬が見当たらず、地面に車輪の跡がくっきりと残っており、どう見ても事故現場にしか見えなかった。

 

「姫柊や煌坂に仙都木優麻は無事、だよね?」

 

古城?彼は死んでも生き返るから、これくらいの事故で心配する必要が無い。

 

研究所内の駐車場にトルネイダーを停車させ降りると、リアを連れて敷地内を進んでいく。

外装が白で統一されたいくつものビルが並び、まるで病院を連想させる研究所。その敷地内を迷うことなく進んでいく。何度も訪れているので地図は頭に入っているのだ。

やがて、敷地の隅に円筒形のビルが見えてきた。島外からの客人や研究者を宿泊させるためのゲストハウスである。

深森さんはその一室を勝手に私物化して、主にそこで生活をしている。仕事の都合上、古城や凪沙のいるマンションへ変えるのは稀なのだ。

そこら辺は父さんと同じである。あの人の場合は、ちゃんと許可を取って本部の部屋で寝泊りしているが。小学生の時までは毎日帰って来てくれていたけど、獅子王を受け継いでからは成長したからと余り帰らなくなった。電話はしょっちゅうしてくるけど。

 

「義父様に会う機会が少なくなって寂しいんですか?」

「心を読まないでくれる?別にそんなんじゃないよ。もっと子離れしてほしいね」

「そうですか」

 

愉快そうに微笑んでいるリアさん。何ですかその『素直じゃないですね』って言いたそうな顔は。寂しいとか考えたこと無いし。寂しいとか考えたこと無いし。

 

「那月さんの話だと、帰って来なくなった当初は、泣きそうになっていたと聞きましたけど?」

「さあ、覚えて無いなぁ」

 

俺の記憶には残っておりませんねぇ。本当ですよ?

 

「さあ、目的地に着いたよリア君。この話はここまでだ。早急にこの事件を解決しなくてはね」

「逃げましたね」

 

アーアーきこえなーい。キコエナーイ。

静脈認証用のタッチパネルに掌を押し当てると、ゲストハウスの玄関が開いた。大理石で飾り付けられた豪華なロビーを通り、エレベータで上の階へと向かう。

そして目的の部屋にたどり着くと、インターホンを迷いなく押す。

 

『勇か!?』

「そうだよ古城」

『無事だったか。今開けるな!』

 

そう言うとドアの向こうから数人が慌ただしく走り回る気配がし、鍵が外れた。それを確認するとドアを開ける。

 

「勇、ラ・フォリア。無事でよかったよ」

 

安堵した表情の古城に出迎えられる。後ろにいた姫柊と煌坂も安心した様な表情をしていた。

 

「そっちは大丈夫かい?なんか君らが乗っていた戦車が事故ってたけど」

「あ、ああ。なんとかな」

 

そう言うと苦笑いしながら頬を掻く古城。姫柊らもなんとも言えない顔をしていた。まあ、大丈夫そうだからいいけどさ。

 

「そう言えば凪沙はいるかい?」

「凪沙?ああ、母さんの様子を見に来てたんだが。その、今は寝ちまってるんだ」

 

何やら、どう説明したらいいのかって感じで頭を掻いている古城。煌坂が冷や汗を浮かべながら、気まずそうに視線を逸らしていた。

大方古城との関係を問い詰められて、対応に困った煌坂が呪術で眠らせたって感じか。

 

「OK、予想はついた。それで、仙都木優麻の容態は?」

「母さんが見てくれたから、ひとまずは大丈夫なんだが…」

「完全に回復させるには、那月ちゃんの協力が必要になる、か」

「ああ」

 

仙都木優麻は守護者を母親である仙都木阿夜に奪われた。魔女にとって、守護者とは自身の心臓と言ってもいい物なのである。それを失っている状態が長引けば、いずれは死んでしまうだろう。

魔女契約は現代の科学では解析不能な超高等魔術の一種だ。流石のMARでも治療には限界がある。

仙都木優麻を救うには、守護者を取り戻す必要があるが、それには仙都木阿夜と同等の力を持つ那月ちゃんに力を貸してもらうしかない。

その那月ちゃんは仙都木阿夜の手によって力を奪われ、現在行方不明となっている。

 

「なあ、勇。那月ちゃんの居場所に心当たりはないのか?」

「アイランド・ガードの本部に退避してると思ったんだけど、そっちにも来てないってさ。多分途中で記憶を失って、迷子になってるんだと思う」

「そうか、無事だといいんだが…」

 

俺の返答に不安そうな表情で、那月ちゃんの心配をしてくれる古城。俺が居場所を知らないことの落胆されてもいいのに、ホントいい奴だよ君は。

 

「焦っても仕方ないさ。今は態勢を立て直すことに専念しよう」

 

俺はともかく、皆は相当消耗してしまっているからね。いざと言う時動けないんじゃ意味が無いし。

 

「深森さんは研究所の方かな?」

「そうだけど。何か用なのか?」

「ちょっと、確認したいことがあってね」

 

今古城に教える訳にいかない内容なので、悪いけどはぐらかさせてもらう。怪しまれるかもと思ったけど、「そうか」とだけ言って深くは聞いてくれなかった。もしかしたら察してくれたのかな?

 

「リアは古城らと休んでてくれ」

「…分かりました」

 

本当は付いてきたいのだろうけど、こればっかりは無理なんだ。”あの時”のことと深く関わる以上下手に教える訳にはいかない。

 

「ところで姫柊、そのナース服は…」

 

気になっていたけど、姫柊の服装が波朧院フェスタ用のエプロンドレスから、看護師風のミニスカートのワンピースになっていた。

 

「こ、これですか?深森さんが優麻さんの治療を手伝う際に、汚れた服だと駄目なのでこれに着替える様にと…」

「…そう」

 

自分の服装に改めて意識が向いたのか、恥ずかしそうに小声で説明してくれる姫柊。

あれはアスタルテを初めて連れてきた時に着せられたう、頭が…。

 

「ちょ、大丈夫勇!?顔色悪いわよ!」

 

俺の異変に気がついた煌坂が心配してくれた。く…あの時の悪夢が呼び覚まされるのを、脳が拒否して激しい目眩と頭痛が…。

 

「大丈夫、大丈夫だよ…。それじゃちょっくら行ってくる…」

 

お前本当に大丈夫なのかよ?と言いたそうな古城達から逃げる様に、研究所へと向けて歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

職員用の連絡通路を歩きながら、スマフォを取り出し深森さんの番号を呼び出す。数コールすると、深森さんの陽気な声が聞こえた。

 

『はいはーい、勇君待ってたわよぉ。今そっちに行くわねぇ』

「分かりました。お願いします」

 

通話を切ると研究所へ入るための扉が見えてきた。研究所内には情報漏えいを防ぐために、無数のトラップや警備用のロボットに式神、それに平時であれば警備員も巡回しているが、今日は波朧院フェスタの開催期間なのでその姿は無い。

外部の人間が研究所内に入るには、関係者と一緒でなければならない。それ以外で入ろうとした瞬間、問答無用でしょっぴかれる。

暫く待っていると扉が開き、深森さんがヒャッホーとかいいながら飛びかかって来たので、身体を逸らして避けるとビターンと地面とキスをした。

 

「ちょ、ちょっと勇君。よけなくてもいいじゃない」

「いきなり抱きつこうとするからですよ」

「だって、勇君抱き心地いいんだもの!勇君の感触を再現した抱き枕を開発してるから協力してよ!」

「なんの研究してんだあんた?」

 

鼻息を荒くして手をワキワキさせている変態に、冷ややかな目を向ける。だからこの人苦手なんだよ。

 

「それより本題なんですが」

「仕方ないわね。それじゃ私の研究室で話しましょうか。あ、アイス食べる?」

「いえ、結構です」

 

森さんが肩にかけていたクーラーボックスから、棒アイスを取り出すと差し出してきたが、生憎そんな気分では無いので遠慮した。するとあら、残念と言って、取り出したアイスを自分でくわえて歩き出した深森さんに付いて行く。

研究室へとたどり着くと、深森さんがドアを開けてどうぞ~と招き入れてくれたので部屋に入ると、続いて深森さんが入りドアの鍵を閉めた――

 

「……」

「あら、ごめんなさ~い。いつもの癖で」

 

睨みつけると、おほほほほとわざとらしく笑いながら鍵を開ける深森さん。いつも俺を女装させようと逃がさないために、鍵閉めてくるからなこの変態は。

室内はゲストハウス同様に書類やら機材やらが散乱しており、足の踏み場がかろじてあるくらいのカオスな空間と化していた。本人曰く、どこに何があるかは把握しているので問題無いとのこと。

 

「それじゃその椅子にでも座ってね」

 

深森さんに指定された椅子に腰掛けると、深森さんも自分の椅子へと腰掛ける。

後は言いたいことを口にするだけなのだが。いざ、そうしようとすると上手く言葉が出てこなかった。もしかしたら、あれが夢だったかもしれないと言われるのが、怖いのかもしれない。真実を知りたくないと、心が叫んでいるのかも分からない。

そんな筈は無い。あの時見た彼女(・・)は、間違いなく本物だったのだから――

 

「では、深森さん。あなたは凪沙の中でアヴローラが生きている(・・・・・・・・・・・)ことを知っていたんですか?」

 

緊張の余り、声が震えていたもしれない。それでも、深森さんにはしっかりと聞こえていたみたいだ。

彼女は普段見せない真剣な表情で俺を見ていた。古城が見れば誰だあんた!?とか言いそうである。

 

「ええ、知っていたわ」

 

俺の言葉に深森さんは迷いなく答えた。



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第四話

前回のあらすじ

逃げるんだよォ!

 

「ええ、知っていたわ」

 

俺の言葉に深森さんは迷いなく答えた。

 

「俺があの時見たアヴローラは本物だったと?」

「そうよ。あなたが見たのは、夢でも幻でもなく現実に起きたことよ」

 

 

 

 

 

――時は、那月が黒い騎士に剣で刺された時まで戻る。

 

「あ…」

 

剣で貫かれ倒れた那月を見た瞬間。那月の元へ向かおうとする勇にヴァトラーが立ちはだかった。

 

「どけェ!!ヴァトラァァァァ!!!」

「ならば、ボクを倒して行くことだ」

 

激昂し並みの者なら気絶しかねない程の殺気を放つ勇。その殺気を浴びせられたヴァトラーは歓喜の笑みを浮かべる。その姿は、まるで待ち望んでいた玩具が手に入った子供の様であった。

ヴァトラーの瞳が真紅に輝き、身体からは暴力的なまでの魔力が溢れ出していた。その余波で彼の立っている埠頭のコンクリートがひび割れ、周囲の海水が嵐の様に荒れ始めた。冗談でもなんでもなく、本気でここで勇と戦う気なのだろう。

 

「待っていたよ。キミが混じりっけ無しの殺意を、ボクに向けてくるこの瞬間をネ!!」

「アルデアル公。あなたはそのためだけに、この件に関わっていたと言うのですか!」

「そうだよ王女。勇と戦えるならボクはなんだってするヨ」

 

ラ・フォリアの問いかけに、悪びれた様子も見せずに語るヴァトラー。その姿はいっそ清々しさすら感じられた。

 

「ゴチャゴチャうるせェ!!どかねぇならぶっ殺すまでだ!!武神装甲ォ!!!」

 

殺気の篭った目で獅子王を抜刀し、獣の様に叫ぶ勇。そして獅子の鬣を身に纏うと、爆発的に増加した霊力に大気が震えていた。

 

「そう、そうだ勇!!ボクが恋焦がれたのは、そんなキミだァ!!!」

 

冷静沈着であるヴァトラーとは思えない程の猛りを見せると、魔力を開放していく。勇の霊力とヴァトラーの魔力がぶつかり合い、暴風となってラ・フォリアに襲いかかった。

 

「いけません勇!ここで彼と戦ってはッ!」

 

真祖に最も近い力を持つヴァトラーと、神も悪魔も殺す力を持つ勇。両者が本気で戦えば、間違いなく絃神島は壊滅するだろう。それを知っているから勇は、ヴァトラーと戦うのを避けていたのだ。だが、那月を傷つけられたことで我を忘れている勇は、障害となっているヴァトラーを排除することにしか意識が向いていなかった。

そしてヴァトラーは、この島がどうなろうと意に介していなかった。彼にとって自分の欲求を満たすためなら、いかなる代償を払うことを厭わないのだ。

このままでは最悪の結果となってしまう。しかし、今のラ・フォリアには二人を止める術を持ち合わせていなかった。

 

「(どうすれば…)」

 

ラ・フォリアが己の無力さを嘆いた時、港に猛烈な冷気が流れ込んできた――

 

「なッ!?」

「これは…」

 

流れ込んできた冷気によって、凍りつき霧に包まてていく港に、勇とヴァトラーの動きが止まる。そしてこの場にいる誰でもない声が響いた。

 

「そこまでだ、お前達…今はまだ、我らの眠りを妨げるな…」

 

港に積まれたコンテナの上に一人の少女が立っていた。その口調はまるで、別人の口を借りて喋っている様な、ぎこちなさであった。

黒いワンピースに頭には獣の耳を模したカチューシャ。黒いニーソックスの足元には肉球付きのブーツである。どうやら、黒猫を模した仮想用の衣装らしい。よく見れば尻尾もついている様だ。

しかし、そんな可愛らしい衣装と裏腹に、虹彩の開ききった少女の瞳はなんの感情も映していない。ただ唇だけが笑っている。

そしてその背後には一体の眷獣が控えていた。上半身は人間の女性に似ており、下半身は魚の姿である。そして背中には翼が生え、指先は猛禽の様な鋭い鉤爪になっていた。

 

「凪沙?」

 

勇が唖然とした表情で、その少女の名を呼んだ。そう、この場に現れたのは古城の妹である暁凪沙であった。

だが、今の彼女は別人としか思えない様な雰囲気を纏っていた。何よりその身から発せられている魔力が、彼女の異常さを表していた。

暁凪沙は、祖母と母から受け継いだ過去霊視能力と霊媒の素養を併せ持っている。それでも、彼女は紛れもない人間である。魔力を持つことなど有り得ないのだ。それも自分達に匹敵する程濃密な魔力をである。

何より彼女が従えている眷獣には見覚えがあった。

 

「”妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)”…どうして君がその力を――」

 

信じられない物を見るかの様な勇の問いかけに、凪沙は何も答えない。ただ感情を見せない瞳で勇達を見下ろしていた。

 

「馬鹿な…そいつはアヴローラ・フロレスティーナの十二番目の眷獣だ。いや。そうか…そう言うことか…ハハッ!だから(・・・)なのか――」

 

何かに気がついたのか、愉快そうに笑うヴァトラー。狂気すら感じさせる程の晴れやかな哄笑である。

 

「暁古城が、アヴローラを喰らって第四真祖の力を手に入れた理由はそれか…お前はずっとそれを見ていたんだな。クハハハハハハッ…!」

「…少しは気が晴れたか…蛇遣い。それとも、五体を吹き飛ばされるのを望むか?」

 

コンテナの上に立つ猫耳の少女が、呆れた様な口調で訊いた。

 

「いや、やめておこう。実に面白いものが見れたヨ。ここはキミに免じて退散するとしよう。それに勝てると分かっている戦いは(・・・・・・・・・・・・)退屈だからね」

 

ようやく笑うのをやめたヴァトラーは、満足気な顔で勇らに背を向けると、ゆったりとした足取りで歩き出した。そして自らを霧としその場から去っていった。

残された勇はただ凪沙を見つめており、凪沙も勇のことを見つめていた。互いに見つめ合う二人に、ラ・フォリアは疎外感を感じながらも、見守っていることしかできなかった。

 

「アヴローラ…まさか、君…なのか?」

 

永遠とも思える沈黙を破ったのは勇だった。余程動揺しているのか、その声は震えていた。

アヴローラと呼ばれた凪沙は、何も言わずに微笑んだ。先程までの感情がこもっていなかったのが、嘘だったのではないかと思える程、暖かみを感じさせる笑みを浮かべていた。

すると凪沙の全身から力が抜けて、糸の切れた人形の様にふらふらと倒れ、控えていた眷獣の姿も消えていく。凪沙が立っていたのはコンテナの上である。コンテナの高さはそれなりにあるので、このままでは落ちて大怪我を負う可能性もあった。

 

「アヴローラ!?」

 

凪沙の異変に気がついた勇が素早く、落下地点まで移動して受け止めた。そして外傷や、脈に異常が無いかを確認する。

 

「…気を失っているだけか」

「勇。彼女に一体何が?」

 

勇の紹介で凪沙と会ったことのあるラ・フォリアだが、彼女はどこにでもいる普通の少女であった。そんな凪沙が眷獣を使役するなど、とても信じられなかった。

それに勇が凪沙のことを『アヴローラ』と呼んだことも気になっていた。その名は、勇にとって一番大切な人の名であるのだから。

 

「俺にも分からない。だが、あの眷獣は第四真祖が従える内の一体だ。今は古城の元にいるはずなのに、どうして凪沙が…」

 

ラ・フォリアの問いかけに首を振ることしかできない勇。余りに衝撃的過ぎる事態に、那月を助けに行くことすら忘れてしまう程に、困惑しきっていた。

 

「ふんふ、ふんふー」

 

唐突に足音と共に気楽そうな鼻歌が聞こえてくる。勇らが音の方を向くと、しわくちゃな白衣を纏った童顔女性が、霧の中から現れた。

 

「あら、勇君こんなところで会うなんて奇遇ねー。お隣にいるのは彼女かしら?いいわねぇ、青春ねぇ。私もあの頃のに戻りたいわね~」

 

一人でキャーキャー騒ぎながらクルクル回っている白衣の女性。仮に不審者と言われても、文句は言えないだろう。

 

「あの、あなたは?」

 

彼女と言う言葉に顔を赤くしながらも、現れた女性に問いかけるラ・フォリア。棒アイスを咥えて、人懐っこい笑みを浮かべている女性は、つい先程まで殺伐としていたこの場には、不釣り合いに見えて仕方無かった。

 

「私は暁深森。古城君と凪沙ちゃんの母親よ」

「あなたが…」

 

深森については勇から『色々ぶっ飛んでいる人』と聞いていたが、確かにその通りの様であるとラ・フォリアは思った。

 

「…ここにいるってことは、凪沙に起きたことを知っているのかあんたは?」

「知っているけど、今は私と話している場合じゃないと思うわよ?」

 

そう言って監獄結界の方を見ながら、あれが監獄結界かぁ~と遊園地に遊びに来た子供の様な目をしている深森。

 

「この子は私に任せて、古城君達の所に行きなさい。後でちゃんと話してあげるから」

「分かりました。行こうリア」

「ええ」

 

凪沙を深森に預け、リアを抱えると海面を駆け抜けながら、監獄結界へと向かっていく勇であった。

 

 

 

 

「凪沙の中でアヴローラが生きていることは理解しましたけど。あの子はそれを自覚してはいないんですね?」

 

普段の凪沙の様子から、仮にアヴローラが生きていることを知っているとは思えなかった。恐らく、普段はそのことに関する記憶が無いのだろう。

 

「ええ。アヴローラ魂を回収したのは、イレギュラーなことだったからかしらね」

 

「詳しくは分からないけど」と付け加える深森さん。確かに凪沙の力なら可能ではあるが、あの時の状況で(・・・・・・・)実行するとは、流石は古城の妹と言うべきか。

 

「それともう一つ確認したいのですが、アヴローラは力を使う際の魔力を、どこから得ているのですか?」

うち(MAR)で保管しているアヴローラの遺体からよ。でも、それもいつ枯渇してもおかしくはないわ。そうなれば…」

「今度こそアヴローラは死ぬと」

 

無言で頷く深森さん。今回の様に凪沙に危険が及ぶことがあれば、アヴローラはその力を使って守ろうとするだろう。”約束(・・)”を果たすために。

 

「分かりました。教えてくれてありがとうございます」

「…アヴローラのことはどうする気かしら?」

「守りますよ。今度こそ、何があっても」

 

そう言って椅子から立ち上がると、ドアを開けて研究室から出て行く。

アヴローラを手にかけたことが、今更許されるとは思ってはいない。それでも守ってみせる。彼女の笑顔を奪おうとする者全てから。




突然ですが。最近面白く書けなくなってきている気がしてしょうがない。
詳しくは活動報告に書きますので、よければ目を通して下さい。


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第五話

お久しぶりです。
ネタが浮かんだんで更新しました。



前回のあらすじ

守りますよ。今度こそ、何があっても

 

深森さんとの話を終えて古城達と合流すると、テレビにちっちゃくなった那月ちゃん(もとからちっちゃいとか言ってはry)を連れた浅葱が映っていたそうである。

恐らく固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪われ、監獄結界から逃走した那月ちゃんは、この島で一番安全な場所であるアイランド・ガードの本部を目指していたけど、途中で完全に幼児化して記憶を失ってしまったのだろう。

そしてLCOが起こした空間の歪みに対応するために、人工島管理公社のアルバイトとしてキーストーンゲートに呼ばれていた浅葱と遭遇。記憶の断片から、浅葱を信頼できる相手と判断したのではないかと推測される。

 

「――駄目だ。通じねぇ」

 

繋がらない携帯電話の画面を眺めて、古城が悔しげに奥歯を鳴らした。

テレビを見たあと、すぐさま古城が浅葱に電話したのだが、途中で通話が切れてしまったのだ。切れる直前の様子から二人が何者かに襲撃された可能性が高いとのことである。

恐らくテレビを見た脱獄囚の仕業だろう。あの放送は島中に流れているからな。

 

「神代先輩、アイランド・ガードへの連絡は?」

「本部にいるアスタルテに伝えてもらう様に頼んでおいたよ姫柊。多分父さんも動いてはくれるだろうけど、楽観しない方がいいだろう」

 

相手は高レベルな魔導犯罪者だ。いくら父さんがいるとは言え、アイランド・ガードだけでは荷が重いだろう。

加えて今は波朧院フェスタの真っ最中だ。下手に市民を刺激すると、大パニックが起きてしまう。そこら辺にも注意を払わなければならないが、脱獄囚共はそんなこと気にせずに暴れてくるだろうしな。

何よりあの風使いを半殺しにした少女はかなりヤバイ。俺や古城でもまともに戦えば無事では済まないかもしれない。

 

「くそ…モノレールも止まってやがる。ただでさえパレードで道路が渋滞してるってのに!」

 

歩道橋に設置された電光掲示板を見上げて、古城が呻いた。

現在テレビの映像から、浅葱と那月ちゃんのおおよその位置を割り出して走って向かっているのだが。道路はフェスタのため軒並み渋滞しており、どんな悪路でも迅速に人員を輸送する目的で開発されたトルネイダーでも、この状況で市街地内まで走行することはできないのだ。

どうすべきかと思案していると――側の建物の屋上から何かが降りてきた。

 

「あれは!?」

 

血の様な真紅の身体をした2体の大鬼。そしてその内の1体の肩には1人の少女が乗っていた。

間違いない。監獄結界で風使いを半殺死にした少女だ。まさか俺を追ってきたとかじゃないよな?

 

「もしかして彼女も脱獄囚とか?」

 

まあ、血塗れであんな化物連れてれば、どう見ても一般人に見えないわな。

 

「ああ。お前達が退散した後に出てきた奴だ」

 

煌坂の問いかけに答えると、それぞれが戦闘態勢に入る。

そんな中でも、少女は俺にしか興味がないのかこちらだけを見ていた。

 

「やっと見つけた。探すの大変だったんだよ?」

「そりゃどーも。悪いが俺はお前を相手にする気はねえっての」

 

監獄結界のシステムはまだ機能しており、脱獄囚が完全に自由になるには那月ちゃんを殺すしかない。だから血眼になって那月ちゃんを探している筈だ。だが、この少女だけ自分が死ぬために俺を狙ってきてやがる。こっちはただでさえ時間が無いってのに。

 

「そう。なら隣にいる人達を殺せば、私を殺してくれる?」

 

そう言って古城達を見回す少女。『ただ殺したいから殺す』余りにも純粋過ぎる殺気に、背筋が凍る感覚に襲われてしまった。

古城達も同様なのかみな言いえぬ恐怖を感じている様子だった。

 

「な、なんなの彼女?自分を殺してほしいとか…」

 

特にこう言った非常事態に弱い煌坂が、かなり同様しているな。俺もかなり怖いんだ。無理もない。

 

「…古城。姫柊達を連れて先に行け。こいつは俺が相手をする」

「またお前達を置いていけってのか!?」

 

監獄結界で俺達より先に逃げたことを気にしているのか、古城が反論する。

 

「目的を忘れるなよ古城。那月ちゃんを守るのが最優先だ。俺も一緒だとあの女も着いてきちまう。だからここで監獄に送り返してやる」

 

ここで逃げても、あの少女はまた追いかけてくるだろう。ここで倒しておかないと、後々面倒なことになるのは確実だ。かと言って時間をかけてしまえば、浅葱と那月ちゃんが他の脱獄囚に殺されてしまう。ならば、ここは二手に分かれるしかない。

 

「勇…」

 

リアがとても心配そうに俺を見つめてきた。これから起きることを考えて、今すぐにでも俺を止めたいのだろう。

正直あの少女は、今まで戦ってきた奴の誰よりも強い。勝てるかどうかと聞かれれば、はっきりと勝てるとは言えない。今回はいつも以上に、無茶をすることになるだろう。でも、これが最善なんだ。

 

「別に死ぬ気はないさリア。だからそんな顔をするなよ。負けるつもりはないからな」

 

少しでも安心させてあげられるように、リアの頬を優しく撫でた。

 

「はい。信じています」

 

自分も残ると言いたいのを堪えて、頷いてくれるリア。こんな俺を信じてくれるなんて、ほんと俺には勿体無いよ。

 

「ありがとう」

 

感謝の気持ちも込めて、もう一度頬を撫でる。古城達に見られて恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯くリア。うん、マジ可愛い。

 

「お前も、それでいいだろう?」

「うん。いいよ」

 

念のため相手に確認するとあっさりと了承した。ほんとに俺にしか興味がない模様。

俺と戦えればそれでいいってか?そう言うのはあのホモでお腹一杯なんで、勘弁して下さい。いや、マジで。

 

「だってさ。ほら、行った行った!」

「いや、分かったから押すなって!?え、てかこれ大丈夫なのか!?」

 

今いるのは一本道なので、先に進むには少女の横を通り過ぎるしかないので、古城の背中を押しながら近づいていく。姫柊達も少女を警戒しながらも後をついてくる。

古城が横を通り過ぎても、少女は気にする素振りすらも見せなかった。

古城達が先に進んだのを確認すると、少女に向き直る。

 

「さてと、ここじゃ戦いにくいんで場所を変えたいんだが。いいか?」

「別にいいよ。ここだと他の人の迷惑になるもんね」

 

一本道では狭すぎるので、移動を提案したらこれもあっさり了承してくれた。周囲の迷惑を考えられる辺り、根は正直なのだろうか?

 

 

 

 

場所は変わってMARの敷地内。ここらで周囲の被害をさほど気にせず戦えるのが、ここだけなのだ。深森さんに連絡して許可はもらっている。

 

「そういや名前聞いてなかったな。俺は神代勇だ」

 

なんでかはよく分からないが、会った時からどうにも彼女には妙に引き寄せられる感覚があった。だから名前くらいは知っておこうかと思ったのだ。

 

「神代?」

 

俺の名前を聞いた少女が、何かに引っかかったのか首を傾げた。

 

「どうした?」

「あの監獄に入れられる前に、あなたと同じ刀を持った神代って人と戦ったことがあるから」

「それってウニ頭でマゾみたいな人だったか?」

「マゾだった」

 

間違いなく家の父親ですね。

 

「そりゃ俺の父親だ」

「そっか。でも、結局あの人も私を殺してくれなかった…」

 

どこか悲しそうに少女言った。やはり言ってることと行動が滅茶苦茶だなこの少女は。

 

「なんでそんなに悲しそうなんだよ。えーと」

千雨(ちさめ)。それが私の名前」

 

別に教える必要は無いのに、律儀に教えてくれたな。やはり根は正直なのか?

 

「なら千雨。せっかく生きているんだから、んな悲しいこと言うなよ。生きてれば、思ったよりもいいことってのは沢山あるんだからよ」

 

俺がそう言うと、千雨はまるで自嘲するかの様に笑った。

 

「駄目だよ。私が生きていると皆殺しちゃうから…」

 

諦観した様子の千雨に、なんか無性に腹が立ってきた。自由に生きたくても、生きれない人だっているんだ。お前はまだ自分の意思で生きてるだろうが!

 

「気に入らねぇなあ!そう言う考え方はよぉ!!」

 

吠えながら獅子王を抜刀して獅子の鬣を纏う。手加減していい相手ではないので、最初から全力でいかせてもらう!

 

「やっぱり、優しいのね。あなたって」

 

悲しそうに言うと、千雨はおもむろに歯を立てて、自分の右手首に噛みつきだした。口を離すと手首から多量の血が流れ出し手の平を伝い、地面へと流れていく。

 

「おいで、血雨」

 

千雨がそう呟くと、流れ出ていた血がスライムの様に蠢きながら形を変えていき、真紅の日本刀へと変わる。血でできた刀とはまた、随分と悪趣味だな、おい。

 

「それじゃいくよ?」

 

そう言うと千雨は、おもむろに両手に持った刀の刃を自分へと向けた。なんだ?何をする気だ。

警戒する俺を他所に。一切の躊躇いなく、千雨は自らの腹へと刀を突き刺したのだった。




ちなみに他の作品を優先しているので、次回の更新はいつになるか不明です。気長にお待ち下さい。


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第六話

前回のあらすじ

再来する狂気

 

「痛い…」

「だろうな」

 

自分で自分の腹に刀を突き刺した千雨の呟きに、思わずツッコミを入れてしまった。と言うか一体何がしたいのだ彼女は?

千雨が刀を引き抜くと腹部から血が飛び散り、弾丸の様に襲いかかって来た――

 

「いいっ!?」

 

散弾の様に迫る血を咄嗟にバックステップで距離を取り避けると、左右から血でできた大鬼二体が接近してくる。

 

「っと!」

 

右側の大鬼が横薙ぎに振るった大太刀を跳んで回避し、左側の大鬼の袈裟斬りを獅子王で弾いた衝撃を利用して離脱する。

着地と同時に袈裟斬りで振り切ったばかりの大鬼目掛けて駆け出すと、無防備な胴体へと獅子王を横薙ぎに振るう。

刃は大鬼の身体を両断し、上半身と下半身が泣き別れになり元の血液へと戻る。

 

「おっと!」

 

背後に回っていた別の大鬼の斬撃を身体を横に転がして避ける。大鬼が追撃で大太刀を振るおうとしていたので足を払って転倒させる。

屈んだ状態から起き上がろうとすると、横から迫る先程両断した筈の大鬼が大太刀を振り下ろした来た。

慌てることなく片手の力だけで横に跳んで避けると、反撃の蹴りを大鬼の顔面に叩き込む。

大鬼の顔面が潰れるもこれも、すでに再生が始まっていた。

 

「ふむ」

 

こいつらはいくら攻撃しても無駄だな。姫柊の雪霞狼なら一時的にでも無力化できるかもしれんが。

 

「なら…!」

 

左右から大鬼が大太刀を袈裟斬りに振るってきたので、右側は腕に蹴りを入れて逸らし、左側の大太刀は獅子王で受け流す。そしてその勢いを利用して身体を回転させ、左側の大鬼の両足を切断する。

バランスが崩れたので蹴りをお見舞いして転倒させると、もう一体は無視して駆け出す。

あの大鬼の再生力は厄介だが、必ずこちらを挟み込むようにして動くだけなので、見切るのは簡単だ。操っている当人を狙うのは容易い。

千雨へと接近していくが、相手は迎撃する素振りを見せない。罠か?なら、それごと押しつぶすまでだ!

 

「せらぁ!」

 

加速した勢いを乗せた逆袈裟斬りを放つと、千雨の周りに溜まっていた血がスライムの様に蠢くと、壁へと変化し刃を防がれた。

さらに壁が砕けると、破片が弾丸となって襲いかかって来た。慌てて飛び退くが幾つかの破片は避けきれず、纏っていた獅子の鬣に当たり削り取られる。危ね!?生身のままだったら今ので深手だったな。

 

「うお!?危ね!」

 

背後から追いついてきていた大鬼が横薙ぎに振るった大太刀を、獅子王で受け止めて鍔競り合いとなる。

そこへ別の大鬼が背後から斬りかかって来たのを、脱力して一歩下がる。

押し込もうと重心を前へ傾けていた大鬼は、この動きに対応できずバランスを崩して前のめりとなる。その瞬間姿勢を低くして大鬼の脇をすり抜けた

背後から斬りかかろうとしていていた大鬼は止まることができず、前のめりとなったのと激突して地面に倒れた。

そんな大鬼らを尻目に獅子王を大剣形態へと変えて、再度千雨へと向かっていく。

 

「今度はガードごと押し込む!」

 

身体を捻り、獅子王を大きく振りかぶって横薙ぎに振ろうとした瞬間。千雨は笑みを浮かべていた――

背後からの殺気を感じ、獅子王を日本刀形態に戻して前方へ傾けていた重心を一気に前へ持っていく。

頭から地面に突っ込む形となるが、身体を丸めて地面を転がる。それと同時に背中をなぞる様に、血の弾丸が通り過ぎていった。これはさっきまで撃ち出していた血か!?てか、あんだけ血を流しているのになんで平気なんだあいつ!?

 

「でっ!?」

 

体勢を立て直した大鬼の一体に蹴り飛ばされてしまう。受身を取れず地面を転がると別の大鬼が大太刀を振り下ろしてきた。

 

「うぐおおお!」

 

そのまま俺を押しつぶそうと体重を乗せてくる大鬼。さらにはもう一体が大太刀を突き刺そうと構えている。

 

「こんなろがぁ!!」

 

地面を思いっきり踏みつけ陥没させると、その衝撃で体勢を崩した大鬼を太刀ごと押し返す。

そしてすぐさま飛び跳ねて身体を起こしながら、突きを放とうとしていた大鬼へと獅子王を振り上げ逆袈裟斬りに両断した。

 

「ッ!?」

 

左の脇腹と背中に鈍い痛みが走る。脇腹を見ると、矢の大きさ程の血の針がいくつか突き刺さっていた。幸い纏っている鎧のおかげで、浅く刺さっている程度で済んでいる。恐らく背中にも同じのが刺さっているのだろう。

 

「くそっ!チクチク削ってきやがるな!」

 

四方から血の針が飛んできたので、跳んで回避するとお決まりの様に着地の瞬間を大鬼が狙ってくる。

一体は真正面からの横薙ぎ、もう一体は跳躍した勢いを載せて大太刀を振るってきたので、空気(・・)を蹴って方向転換することで回避する。

獅子の鬣は、この世に存在するありとあらゆるものに触れられる力を持つ。だからこんな風に空気を足場にすることができるのだ。

線上に並んでいた大鬼らを、大剣形態の獅子王で纏めて脚を両断し、一時的に動きを止める。

その間にも血の針が飛んでくるが、攻撃を優先したため何本かが身体に突き刺さっていく。

 

「ぐぁ…!」

 

痛ってぇ!このまま喰らい続けたら流石にヤバイな!どうにか相手に接近しねぇと!

 

「こうなりゃこいつだ!」

 

大剣形態の獅子王をククリ刀に変形させ振りながら、身体を大きく後ろに逸らす。

 

「大!車!りぃぃぃぃん!!」

 

獅子王を千雨目掛けてブーメランの様に投げつけた。

千雨は自身の周囲に溜まっている血を、針の様に撃ちだして迎撃しようとするも、大質量に回転による遠心力が加わった獅子王を止めることはできない。

迎撃不可能と判断した千雨は、周囲の血を集めていくつもの壁を並べて防ごうとする。しかし獅子王はそれすらも粉砕しながら突き進んでいく。

それでも幾分速度が落ちてしまったため、横に飛んで避けられてしまう。だが、獅子王が地面に突き刺さった衝撃で体勢を崩した。

 

「オオゥ!」

 

その隙に一気に踏み込んで右手の拳を握り締める。腕を弓を引くように引き絞り、腰を限界まで捻って狙いを定める。

 

「ラアァ!!」

 

腰を戻す勢いと共に拳を放つ。拳は千雨の腹部に突き刺さり、その華奢な身体を吹き飛ばす。千雨は受身も取れず、地面を抉りながら仰向けに倒れる。

 

「……」

 

倒れたままの千雨だが、気を抜くことは無い。地面に突き刺さった獅子王を引き抜いて構える。まだこれで終わりではないのだから。

 

「――――ぃ」

 

何かを呟きながらユラリと起き上がる千雨。ゾンビ映画じゃねーんだぞ。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。まだ痛みを感じる…。これだけじゃ死ねないよぉ!!!」

 

頭を抱えながらもがき苦しんでいる千雨。隙だらけに見えるが、罠の可能性を考えて追撃すべきか迷っていると、本能的に危険を感じて背後を振り返る。

 

「なんだ――!?」

 

視界に入った光景に思わず言葉を失ってしまう。先ほど両断した大鬼らが、スライムの様に溶けてうねりながら混ざり合っているのだ。

うねりが強くなっていき次第に人型へと形を変えていく。ただし1つの身体に顔が2つに四本の腕と、ただでさえデカかった大きさはさらに1回り大きくなっており、2体を1つに纏めたかの様な見た目となっていた。

大鬼の2つの顔の計4つの目が俺を捉えるとその姿が消えた。

 

「ッ――!?」

 

本能的に後ろに飛び退くと、落下してきた大鬼が、俺が立っていた場所に2本の腕に握っていた大太刀を振り下ろし地面を砕いた。

比べ物にならない程に速くなってやがる!?と考えている間にも大鬼は目の前へと迫っていた。

 

「この!!」

 

4本の腕にそれぞれ握られている大太刀から繰り出される斬撃を獅子王で防いでいく。確かにスピードもパワーも格段に上がっているが、対処可能な範囲ではある。

大太刀を受け流してカウンターで蹴り飛ばす。すると足元に溜まっていた血が槍の様に尖り、右太ももを鎧ごと貫いた。

 

「いっつ!?」

 

やべ、誘われたか!?

倒れそうになるのを無理やり踏ん張って堪える。その間にも放たれた大鬼の刺突を横に身体を転がして回避する。

飛んできた無数の血の針を切り払うと、大鬼が4本の腕をそれぞれファンの様に高速で回転させながら迫ってきた。

 

「なんのこれしき!」

 

回転の勢いを乗せた斬撃を獅子王で防ぐか避けながら、隙を見てカウンターを打ち込んでいく。

4本腕を攻防に分けて対処してくる大鬼。行動パターンも向上してやがるなクソッタレ!

そしてあちこちに飛び散っている血が、針となって襲いかかってくるので、それにも対応しなければならないのも厄介極まりないな!

 

「ぐぅ!?」

 

血が触手の様にしなりながら何本も襲いかかってくる。獅子王を大剣形態にし纏めて薙ぎ払うも、何本かの触手が身体に絡み付いてしまう。

 

「チッ!しゃらくさい!!」

 

触手を強引に引きちぎるのに意識を割いている間に、大鬼が右腕の大太刀の内の1本を振り下ろしてきた。

咄嗟に空いている左手の手刀を大太刀の腹に叩きつけて逸らすも、新たに振るわれた左腕の大太刀が迫る。

刃が当たる寸前で、斬撃の軌道の反対側に跳ぶことで威力を抑えたが、それでも鎧ごと右腕を浅く斬られる。

そこに追撃と言わんばかりに血の針が殺到してきて、身体に突き刺ささり確実にダメージを蓄積されていく。

 

「ウラァ!」

 

間合いを詰めて放たれる大鬼の斬撃をサイドステップで避けると、ガラ空きとなった脇腹に蹴りをお見舞いする。

地面を削りながら僅かに後退するだけで、すぐさま体勢を立て直し突撃してくる大鬼。

右腕からの刺突には身体を逸らし、左腕からの横払いを跳んで躱す。宙に浮いたところを狙い、別の右腕が袈裟斬りを放ってきたので、獅子王で受け止めると互いの腕が弾かれる。

宙に浮かされ、獅子王を持つ手が弾かれた衝撃ですぐに動かせない状態の俺へと、大鬼は身体を回転させその勢いを乗せ、残った左腕の大太刀を横薙ぎに振るってきた。

 

「シャァ!!」

 

振るわれた腕を蹴り上げると、その反動を利用して距離を取る。着地の際の無防備の瞬間を狙うかの様に、血の針が身体のあちこちの突き刺さる。

安全な場所から使い魔で動きを抑えて、周囲に張り巡らせたトラップで削っていく戦闘スタイルか。一撃必殺の俺とは相性最悪だな…。

 

「……」

 

まずい。休みなく動き続けたのとジリジリ削られたせいで、体力が厳しくなってきた。どうにかしねぇとな!

 

「オラオラオラ!!」

 

大鬼が跳躍して放った斬撃を身体を僅かに逸らして避けると、獅子王を逆袈裟に振るう。

左腕の大太刀で弾かれ、ファンの様に回転させた勢いを乗せた右腕の大太刀が振るわれる。

獅子王を弾かれた衝撃を利用し、身体を回転させながら振るった獅子王で弾く。そして素早く獅子王を逆手に持ち替えて、振るわれようとしていた左腕の1本を斬り落とす。

腕を斬り落とされたことを気にした様子もない大鬼は、残りの腕で斬りかかってくる。

何度か斬り結びながら、大振りなった瞬間を狙って右腕の1本を切り落とす。

 

「オォラァ!!」

 

腕を斬り落とされた反動で大鬼がふらついた隙に、横薙ぎに振るった獅子王で大鬼の胴体を両断する。

その瞬間。大鬼の身体が風船の様に膨らみ破裂した。

 

「やべ!?」

 

大鬼を構成していた血が飛び散り、散弾となって襲いかかってきた。

咄嗟に左腕を顔の前に持っていきながら後ろに飛び退く。致命傷は避けられたが、体中穴だらけになり、特に顔をかばった左腕は使い物にならなくなってしまった。

 

「ッ!」

 

背後からの殺気を感じて振り返ると、真紅の刀『血雨』を正眼に構えた千雨が踏み込んできていた。

放たれた刺突を身体を横に倒れるようにして避けると、右手に持った獅子王を地面に突き刺し、それを支点にして顎目掛けて右足で蹴りを放つ。

千雨は顔を横に逸らして避けると、片手持ちにした血雨で袈裟斬りを放ってくる。

それに対して、敢えて右手の獅子王を手放したことで、支えを失った俺は地面に身体を叩きつけられるが、斬撃を回避することができた。

 

「よっと!」

 

すぐさま右手を支えにして逆立ちすると、そのまま回転しながら千雨の側頭部目掛けて蹴りを放つ。

千雨は屈むことで蹴りを避けると、低い姿勢のまま俺の首目掛けて横薙ぎを血雨を振るってきた。

右肘を畳みそれを伸ばした反動で、身体を起き上がらせて斬撃をやり過ごして間合いを外す。

着地の瞬間足元に溜まっていた血が針の様に尖り、左太ももを貫いた。

 

「しまっ!?」

 

先程右足を負傷していたこともあり、体勢を崩してしまう。更には体中に血の触手が絡みついて動きを抑えられてしまう。

そして千雨がその隙を逃す筈もなく、踏み込みながら心臓部目掛けて刺突を放ってきた。

 

「オォッ!!」

 

触手に縛られる中。力の限り上半身を逸らしたことで、刺突の狙いが僅かに逸れて右胸に深々と突き刺さった。

 

「ガハッ!」

 

反撃したいが、触手に縛られているせいで抵抗することができねぇ!クソッこのままだとやられる――!

そんな俺を他所に千雨が刀をゆっくりと引き抜いていく。激痛に苦悶の声が漏れそうになるが、歯を噛み締めて堪える。

刀が完全に抜き取られると、傷口から血が噴き出していき吐血してしまう。

刀を引き抜いた千雨は抵抗できなくなった俺の首へと刃を添えた。

 

「もうおしまい?あなたなら私を殺してくれると思ったのに…」

 

戦闘中ほとんど沈黙していた千雨が口を開いた。だがその声は落胆の色が含まれ、表情は悲しそうであった。

 

「――――」

 

肺が潰されたせいで上手く声が出ない。なんでだ?お前が勝ったのに、どうしてそんな悲しそうな顔をしているんだよ?お前ha

なんのために戦っているんだよ?

 

「さようなら」

 

千雨が俺の首を切り裂こうとした瞬間。彼女目掛けて氷の弾丸が襲いかかってきた。

咄嗟に後ろに飛び退き氷の弾丸を避ける千雨。そして弾丸が飛来してきた方向に視線を向ける。

 

「困るなぁ。彼はボクのものなんだ。だから勝手に手を出さないでくれるかナ?」

 

視線の先には、いつもの様に白のスーツを着こなしたヴァトラーが、冷気を纏った海蛇の眷獣『優鉢羅(ウハツラ)』を従え。ゆったりとした足取りで歩み寄ってきていた。

その顔は笑みを浮かべているが、常人ならば卒倒しかねない程の殺気と魔力を溢れさせていたのだった。



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第七話

前回のあらすじ

激おこぷんぷんヴァトラー丸

 

「ヴァ…ト…ラー」

 

お前がなんでここにいるんだよ?と言いたいのに。肺を損傷し呼吸がままならないため、掠れた声しかでねぇ…。

 

「大丈夫だよ勇。キミは誰にも殺させない。キミはボクのものだからネ」

 

背筋がゾッとする程の爽やかスマイルを向けると。指をパチンッと鳴らす。

主の命を受けた優鉢羅(ウハツラ)が、口から巨大な砲弾と言えるサイズの氷の塊を、千雨へと撃ちだした。

迫り来る砲弾を千雨を守る様に立った大鬼が大太刀で切り落とす。

 

「邪魔をしないで」

 

俺に止めを刺すことを邪魔されたせいか、不機嫌そうな千雨が刀の切っ先をヴァトラーに向けると。周囲に飛び散っていた血液が鋭い針となって四方からヴァトラーに襲いかかる。

氷結の蛇がその身から冷気を放ち、周囲の気温を急激に冷やしていく。

氷点下まで冷えたことで、針は凍りつき砕け散っていく。それだけに留まらず、放たれた冷気は千雨へと襲いかかる。

冷気が届く前に液状に変化した大鬼が、千雨を球体状に包み込みむと冷気を浴びて凍りついていく。

氷の球体に閉じ込められる状態となった千雨だが、凍っていた球体が熱で溶かされた様に液体へと戻っていくと、スライムの様に蠢きながら縮小していき、内部にいた千雨を包んで形を変えていく。

対するヴァトラーは、その様子を愉快そうに見ているだけで手を出そうとはしない。警戒している訳でもなく、ただ単純に全力の相手と戦いたいだけのだろう。生粋の戦闘狂だからなあいつは。

変化が収まると千雨の身体は、まるで大鬼がそのまま形をかえた様な鎧を纏っていた。

 

徳叉迦(タクシャカ)

 

変化した千雨の姿を見たヴァトラーは、新たな眷獣を召喚した。

禍々しい緑色の大蛇が、瞳から閃光を千雨へと放つ。

閃光に飲み込まれるも、何事もないかの様に平然と立っている千雨。

まるで姫柊の雪霞狼みたいに魔力を無力化している様に――いや、魔力を吸収している?

 

「ナルホド。魔力を吸収しているのか」

 

ヴァトラーも気づいたのか愉快そうに笑うと、再度眷獣に攻撃を命じた。

眷獣の攻撃によって大地が割れ、衝撃で空気が揺れるも。千雨には傷一つついていない。

一方的に攻撃されていた千雨が、攻撃をすり抜けて刀を優鉢羅(ウハツラ)へと突き刺した。

すると大したダメージにはならない筈なのに、苦悶の声を上げて振り払おうとする大蛇。だが、徐々にその動きが弱まると倒れてしまい、まるで刀に吸い込まれるかの様にして消滅してしまう。あいつ眷獣に宿った魔力まで取り込めるのか!?

 

「ふぅん。ナカナカに面白い能力だネ」

 

ダメージフィードバックによって、口から血を流しながらも平然と嗤いながら指を鳴らすと、さらなる眷獣を召喚したヴァトラー。

鋼の蛇がその巨体で押しつぶそうとしたり、海蛇が気圧を操り蒸発させようとし、緑色の蛇が閃光で焼き払おうとする。

並の人間や魔族なら跡形も残らない攻撃を千雨はもろともせず、右手に持った血雨と左手に生み出した血の刀、そして背中から生やした2本の腕それぞれに握った大太刀の四刀流によって対抗する。

刀に切りつけられ突き刺されて、次々と魔力を吸い取られて消滅していく眷獣達だが。ヴァトラーは持ち前の魔力によって再度召喚して攻撃していく。

まさにこの世の地獄を思わせる光景が展開されていたが、徐々に千雨の動きが鈍っていっていた。

 

「ふむ…」

 

そんな千雨を見ながらヴァトラーが攻撃を止めてしまった。

 

「どうやらキミは本調子じゃないみたいだネ」

「……」

 

ヴァトラーの言葉に答えることなく、武器を構えている千雨。

そんな千雨見ながら思案する素振りを見せるヴァトラー。なんか途轍もなく嫌な予感がしてきた…。

 

「このままキミを喰らっても面白くないナ。キミを喰らうのは力を取り戻してからとしよう。この場はお預けダ」

 

やっぱりかぁああああああ!?言うと思ったよクソ野郎が!!

抗議しようにも言葉が出ないので、目で訴えるとウィンクしてきやがった。吐きそうになった…。

 

「……」

 

千雨は無言のまま武器を収めると、跳び去っていった。

あんなに死にたがっていたのに、あっさりと退いたな。あいつの狙いがなんなのかさっぱり分からん…。

 

「さて…」

 

荒廃した敷地内でも優雅さを失わない足取りで、こっちに向かってくるヴァトラー。今動けないからこっちくんなああああああああ!?!?!?

側までやってきたヴァトラーは、肩と膝裏に手を回して俺を抱き抱えた。俗に言うお姫様抱っこである――

 

「~~~~~~~!?!?!?」

 

いやぁあああああああああああああああ!?!?!?何をするんだああああああああああああ!?!?!?

振りほどこうとするも暴れるも、全力が出せないため吸血鬼であるホモラーに対し為すすべがない。

 

「何、ボクの船で傷を癒してもらうだけサ」

 

い、嫌だぁあああああ!離すんだああああああ!!

 

 

 

 

絃神島内の共同溝を、ゴスロリ衣装を纏った幼女を抱えた少女が走っていた。

藍羽浅葱。勇や古城のクラスメートの少女である。

なぜ彼女がこんな場所にいるのかと言うと。担任である南宮那月に非常に似ている迷子の幼女と出会った。

彼女は記憶が無い様で、理由は不明だが浅葱を『ママ』と呼んで懐かれたため保護者を探していたところ、脱獄囚の1人、炎精霊(イフリート)使いの老人キリガ・ギリカに追いかけられることとなったのだ。

浅葱達を追って共同溝に入った老人を阻む様に天井から分厚いシャッターが降りてくる。

火災や洪水、そして魔族の襲撃から島を護るための、非常用隔壁である。

吸血鬼の眷獣の攻撃にも耐えられる強度を誇る隔壁ならば、精霊使いであっても足止めできると浅葱は考えていた。

しかしその考えはあっさりと裏切られた。キリガ・ギリカは、炎精霊の発する熱をもって隔壁を溶かしていったのだ。

魔力防御を優先した結果、純粋な物理的な攻撃には、ただの鋼材以上の強度は発揮しないのである。

 

「ママ…」

 

『サナ』と名づけた幼女が、決意した様な眼差しで浅葱を見上げてくる。まるで自分がここに残るから逃げろ、と浅葱に訴えている様な表情であった。

まったく、と浅葱は息を吐いた。サナの小さな肩を抱いて不敵に笑ってみせる。

 

「大丈夫。あなたはあたしが絶対に守ってあげる――”魔族特区”育ちを舐めないでよね」

 

強がりでなくそう言って、浅葱は再びサナを抱き上げた。その瞬間――

 

『聞こえるか…こちらへ逃げ込め!』

 

浅葱が手にしていたスマフォから、聞き覚えのある男性の声がしたのだった。

 

 

 

 

隔壁を熱でこじ開けたキリガ・ギリカ。しかし浅葱達の姿は見つけられなかった。どうやら予想よりも強度のあった隔壁に手間取っている間に、逃げられたらしい。

しかしこの狭い共同溝内なら、そう遠くには逃げられないだろう。今からでも十分に追いかけられると追跡を再開する。

 

「遅かったじゃないか…」

 

そんなキリガ・ギリカの前に1人の男が立ちはだかった。

 

「神代勇太郎!?」

 

そう、その男は6年前自分を監獄結界に送った張本人の1人であった。

アイランド・ガードで採用されているアーマーを纏った勇太郎は、ドヤッと擬音が出そうな顔で仁王立ちしていた。

 

「久しぶりだなキリコ・キュービィー。いや、これじゃ異能生存体になるな…」

「貴様、わざと間違えただろう!?」

 

腕を組んでう~んと考え込んでいる勇太郎に、怒鳴るキリガ・ギリカ。

 

「うん!」

 

とてもいい笑顔で親指を立ててくる勇太郎に、血管を浮かび上がらせるキリガ・ギリカ。

 

「死ねぇえええええ!!!」

 

キリガ・ギリカが、突き出した両手のひらから炎を放つ。

 

「ぬぅあああふうううん!」

 

狭い共同溝内のため避けられず炎に包まれて歓喜(・・)の声を上げる勇太郎。

 

「どうした足りん!足りんぞぉおおお!!」

 

アーマが燃え上半身裸となった勇太郎が、物足りなさそうな顔でキリガ・ギリカへと駆け出す。

 

「うわぁああああ!?くるなあああああ!!」

 

炎を放ち迫り来る変態を近づけない様に炎を放つも、むしろ喜々として飛び込んでいく勇太郎。

そうこの男はアイランド・ガード本部長であり、勇の父であり――ドMなのである。

 

「フンラァ!」

「ガァッ!?」

 

勇太郎が放ったラリアットをくらい、地面に叩きつけられるキリガ・ギリカ。

 

「ドッセィ!」

「ギャァッ!」

 

キリガ・ギリカの両足首を脇の下に挟み込んでから抱え上げ、ジャイアントスイングを放ち壁に叩きつける。

 

「トドメじゃぁああああ!」

 

倒れたキリガ・ギリカに、チョークスリーパーを決める勇太郎。

 

「う、が…ごごごご…」

 

キリガ・ギリカが身体から高熱を発して抵抗するも、ご褒美と言わんばかりに首を絞めていく勇太郎。

 

「もう少し楽しみたかっったが、余り時間をかけられんのでな」

 

残念そうに溜息を吐く変態。いい年したおっさんと老人の男が絡み合う、誰も得をしない光景が繰り広げられる。

 

「あ、が…が…」

 

必死にもがくも、酸欠となり失神するキリガ・ギリカ。

左腕に嵌められていた手枷が輝き、吹き出した無数の鎖に絡め取られたキリガ・ギリカが出現した魔法陣に引き込まれていった。

ちなみにこの機能を知った勇太郎が、体験してみたいと那月に懇願し。妻の志乃の命を受けた那月に、監獄結界に丸一日ぶち込まれたという、この男にとってはいい思い出がある。

 

「ふぅ…。さて、次に行くとしよう」

 

昔のことを思い出して気分を高揚させながら立ち上がると、変態は出口へと歩いていくのであった。



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第八話

前回のあらすじ

美女(主人公))と野獣(ホモ)

 

勇太郎がキリカ・ギリカの相手をしている頃、浅葱とサナはマンホールから地上へと出ていた。

 

「ここまでくれば――」

「逃げられた、なんてことはないわよ?」

 

安堵しようとした浅葱の言葉を別の者が遮った。

浅葱が声のした方を向くと、菫色の女が立っていた。今まで誰かがいた気配もなく、とん、という靴音がしたことから、近くのビルから降りてきたようである。

長いコートを羽織り露出している部分からは淫猥な下着のような露出度の高い衣装が窺えた。今が波朧院フェスタの時期だとしても過激すぎる衣装である。

妖艶な笑みを浮かべた女が軽快な足取りで歩み寄ってくると、浅葱は抱えているサナを抱きしめながら後ずさる。

女から発せられる気配が、先程のキリカ・ギリカと似ていることを肌で感じ取ったからである。

 

『気をつけろ嬢ちゃん。あの女はジリオラ・ギラルティだ』

 

浅葱の相棒であるAIモグワイが焦りを含んだ声をあげる。

 

「…クァルタス劇場の…歌姫」

 

背筋に悪寒を覚えて、浅葱がうめいた。

 

欧州各国の王侯貴族と数々の浮き名を流した高級娼婦がいた。それがジリオラ・ギラルティである。

五年前。とある小国の皇太子との交際が発覚。スキャンダルを恐れた王家がその娼婦の暗殺を決行。そのことに激怒した彼女は、強襲した暗殺部隊を壊滅させ、逆に皇太子本人を含む王族数名を惨殺した。

俗にいう”クァルタス劇場の惨劇”と呼ばれる事件である。

その結果、彼女がこれまでに犯した数々の猟奇的犯罪も発覚し、国際指名手配された彼女は、ついに逮捕された筈だった。

 

「嬉しいわ。まだ私のことを覚えてくれている子がいたなんて」

 

ジリオラが怯える浅葱を見て、愉快そうに笑う。

 

「どうして…絃神島に…!?」

 

浅葱はかすれた声で訊き返した。世界的な大事件だった。クァルタス劇場の惨劇は日本でもかなりの話題となった。当時まだ小学生だった浅葱でも、はっきりと覚えているほどだ。

しかし、それは遠く離れた異国の事件である。欧州で投獄された筈の彼女が、なぜ絃神島に出現するのか。

 

「ヒスパニアの魔族収容所でちょっとやり過ぎちゃったの」

 

浅葱の疑問に答えて、ジリオラがおどけたように肩をすくめた。

 

「やり過ぎ…?」

「そう。囚人も看守も皆支配して好き勝手やってたら、流石に大騒ぎになってしまって。結局派遣されてきた神代勇太郎と神代志乃、そして空隙の魔女に、監獄結界に入れられてしまったのよね――」

 

 

 

 

――お前の悪事もそこまでだ!さあ、かかってこいやぁ!!!

 

 

 

 

やってきた勇太郎が開口一番に勇ましく吼えていた。四つん這いなり、尻をジリオラに向けながらであったが…。

ジリオラがとりあえず鞭で叩いたら(勇太郎)はとても喜んだ。(勇太郎)の反応が余りにもよかったので、そのまま女王様プレイをしていたら、ブチギレた志乃に纏めて矢で蜂の巣にされたのだった。

その血に流れている退魔の力が篭められた矢は、魔族であるジリオラにとって致命的なダメージを与えた。空隙の魔女が止めに入らなければ死んでいたかもしれなかったことを思い出し、内心ゾッとしているジリオラ。

 

「あなたもこの子を狙っているの?」

 

サナを守るように抱えながらジリオラを睨みつける浅葱。

 

「ええ。私達が自由になるには空隙の魔女を殺さないといけないの。だからその子を渡してくれないかしら?ワタシとしては、この魔族特区に恨みはないの。その子を素直に渡してくれたら、あなたは見逃してあげる」

 

浅葱の威嚇など意にも介さずジリオラが優しげな口調で告げる。

 

「嫌だって言ったら?」

「そうねぇ。死ぬほど痛い目にあってもらおうかしら。あ、でも人間のあなたじゃ死んじゃうかもね」

 

アハハハ、と小馬鹿にしたように嗤う女にムッとする浅葱。

 

「そんなの…はいそうですか、って渡せる訳ないでしょ…!」

「そう。なら死んでちょうだい」

 

強気に拒んだ浅葱にジリオラは、面倒臭そうな顔をすると、手の中に薔薇の蔓のような刺に覆われた真紅の鞭が出現させた。

彼女は第三真祖”混沌の皇女(ケイオスブライド)”の血脈に連なる”旧き世代”の吸血鬼なのである。

ジリオラが浅葱目掛けて鞭を振るうと、眷獣であり”意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)”である鞭が生き物のようにうねりながら浅葱へと迫っていく。

 

「悪いけど、こっちはあんたみたいな卑猥な女につき合ってあげられる程暇じゃないのよね――モグワイ!」

『ククッ、ああどうにか間に合ったようだせ――頼む』

「御意!」

 

モグワイの声に応えたのは、凛々しき女性の声であった。

浅葱とサナを守るように駆け寄ってきた影が手にしている剣で鞭を弾く。

 

「アルディギア聖環騎士団所属の要撃騎士ユスティナ・カタヤです。眷獣の召喚を解除して投降してください」

 

騎士団の証である戦闘装甲服を身にまとったユスティナが、剣を構えながら女に勧告した。

 

「アルディギア王国の騎士?チッ面倒なのが現れたわね」

 

ユスティナの登場に顔をしかめるジリオラ。

アルディギア王国は戦王領域と隣接していることもあり、所属する騎士は魔族との戦闘経験が豊富なのである。

特にアルディギア王国は擬似聖剣(ヴエルンド・システム)を始めとする対魔族兵装を有しており、魔族にとっては厄介極まりない相手なのである。

 

「私もいます」

 

ユスティナの隣に立ったアスタルテが、背中から虹色の羽を広げながら告げる。

 

「眷獣を操るホムンクルス?ふぅん、流石魔族特区。珍しい人形を「黙りなさい」」

 

不快な笑みを浮かべるジリオラの声をアスタルテがぴしゃりと遮った。

 

「あなた達のおかげで私のプランが台無しになってしまいました」

「「「プラン?」」」

 

無表情ながら悔しさを滲ませるアスタルテの言葉に浅葱、ユスティナ、ジリオラの声がハモる。

 

「今日が何の日かご存知で?」

「えっと、波朧院フェスタよね」

「そう。つまりはお祭り、絶好のデートチャンスなのです」

 

浅葱の言葉に、表情を変えずに拳を握り締めるアスタルテ。

 

「この日のために、勇さんに奉仕(・・)しながら暇を見つけてはコツコツコツコツプランを練っていたのです」

 

奉仕の部分をやたら強調するアスタルテ。

 

「できれば2人っきりで楽しみたかったですが、どうせヘタレの勇さんのことだから南宮教官と倫さん、それに夏音さんも一緒になるだろうと考え、いかに3人を出し抜くかを緻密に計算したのです。途中でラ・フォリアさんとユスティナさんも加わると知り、急いでプランを修正しました。」

 

そこでアスタルテがひと息入れる。浅葱達は彼女が放つ異様なる迫力に押されて何もいえなかった。

 

「おふたりもまごう事なき強敵でしたので修正は困難を極めました。それでも私はやり遂げたのです。なのに、それを…それを…あなた達は見事に台無しにしてくれたのです。フフッフフフ、始めてですよ。私をここまでコケにしてくれたお馬鹿さん達は」

 

フフフと笑い負のオーラを放つアスタルテ。無表情なため余計に不気味であった。

 

「許しませんよ。じわじわとなぶり殺しにして差し上げましょう」

「あの、アスタルテ殿。できれば穏便に済ませるべきかと。その方が勇殿も喜ばれるかと」

 

ユスティナの言葉にふむ、と思案するアスタルテ。

確かに勇は無益な殺傷を嫌っていた。ならば、主の意向に沿うのが従順な下僕(メイド)としての責務であろうという結論に至る。

 

「そうですね。では、9割殺しで我慢しましょう」

「え、それはほぼ死んでいるのでは…」

「吸血鬼ですし大丈夫でしょう」

 

薔薇の指先(ロドダクテュロス)を召喚しながら、古き世代だから他の奴より丈夫だろうと頷いているアスタルテに、冷や汗をかくユスティナ。

 

「(あの目は本気ですね!?)」

 

色々な意味で味方に不安を覚えるユスティナであった。

 

「まあ、なんでもいいわ。邪魔をするなら排除するだけよ!」

 

気を取り直したジリオラがユスティナ目掛けて鞭を振るう。この立て直しの早さは流石古き世代といったところであろう。

身をかがめて鞭を避けると、身体を起こす反動を利用してユスティナが駆けた。

 

「(速い!?)」

 

瞬く間に距離を詰めてくるユスティナに驚愕するジリオラ。

だが、すぐに迎撃しようと連続で鞭を振るうも、速度を緩めることなく回避していくユスティナ。

 

「セイッ!」

 

間合いを詰めたユスティナが下段に構えていた剣を振り上げる。

 

「くッ!」

 

両手に持ってピンと張った鞭で剣を受け止めると、その衝撃を利用して後ろに飛ぶジリオラ。

ジリオラが着地すると同時に、再び間合いを詰めたユスティナが連続で剣を振るう。

 

「ああ、もう鬱陶しい!」

 

並みの吸血鬼では剣筋すら見えない速度で振るわれる剣を、鞭で受け流しながら忌々しげに声を漏らすジリオラ。

ジリオラの召喚している眷獣『ロサ・ゾンビメイカー』には強力な精神支配能力が備わっているのだが、高速で動き続けるユスティナを捉えることができないでいた。

ならばと、浅葱を守っているアスタルテを狙おうにもユスティナが妨害してくる。最もアスタルテが操る薔薇の指先(ロドダクテュロス)は、雪菜が持つ雪霞狼の魔力無効化術式をコピーした能力を持っているので意味はないのだが。

 

「来なさい毒針たち(アグイホン)!」

 

痺れを切らしたジリオラが新たに召喚したのは、体長五、六十センチにも達する巨大な蜂の群れであった。

 

「――くっ!」

 

襲いかかる蜂を次々と切り伏せていくユスティナだが、次第に数に押されていく。

蜂の群れは浅葱らの方にも向かっていき、アスタルテが薔薇の指先(ロドダクテュロス)の魔力無効化術式の結界を張り守る。

しかしそれも長くは続かない。ホムンクルスとはいえ、人間の肉体でしかないアスタルテでは長時間の眷獣の使用には耐えられないのである。

 

「ふふっ」

 

追い詰められていくアスタルテ達を見て、勝利を確信した様子のジリオラ。

 

「アスタルテさん!」

「問題ありません藍羽さん。そのままそこにいてください」

 

背後にいる浅葱が焦りの声をあげるも、アスタルテはとても落ち着いた口調で話す。

 

「これでチェックメイトです」

「え?」

 

アスタルテの言葉に浅葱が疑問の声をあげると同時に響いた銃声と共に、鞭を持っていたジリオラの右腕が吹き飛んだ。

 

「あ、ああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 

信じられない表情で右腕を見るジリオラ。肘から先が無いことを確認すると苦悶の声をあげた。

その間にビルの屋上や建物の影からアイランド・ガードの隊員らが次々と現れる。ジリオラの腕を吹き飛ばしたのは彼らの狙撃によるものである。

 

「撃てえええええ!!」

 

隊長の合図と共に隊員らが一斉に発砲する。

豪雨のように放たれた対魔族用の加工がされた弾丸が蜂の群れを、そしてジリオラを蜂の巣にしていく。

 

「あ…ああ…そん、な…馬鹿なぁ…」

 

穴だらけになり血まみれとなったジリオラが崩れ落ちた。

彼女の手枷が光だし、今までに強制送還された囚人同様に監獄結界に戻されていった。

 

「お怪我はありませんか、藍羽さん」

 

ジリオラが送還されたのを確認すると眷獣の召喚を解除し、浅葱に問いかけるアスタルテ。なお、その背後では隊員達がヒャッハー!と勝利の歓声をあげていた。

 

「ええ。ありがとうアスタルテさん。でも、さっきの長々と話したのは時間稼ぎだったのね」

 

アイランド・ガードがジリオラを包囲するまで、相手の注意を引きつけるためにわざとアスタルテは長く話したのだろうと考えた浅葱。

 

「時間稼ぎ?なんのことでしょうか?」

「え?」

 

不思議そうに首を傾げるアスタルテ。どうやらただ愚痴りたかっただけらしい。

 

「…とにかく助かったわ。ありがとう」

 

どうやら浅葱は深く考えるのをやめたようである。

 

「とう!」

 

浅葱が出てきたマンホールから、パンツ一丁の変態(勇太郎)が勢いよく飛び出してきた。

 

「俺参上!」

 

華麗に一回転して着地すると、ボディビルダーよろしくポーズを決めて鍛え上げられた肉体を披露する変態(勇太郎)

 

「い、いやぁあああああああああ!?!?!?」

 

新たに現れた驚異(変態)をサナの視界に入れないように隠しながら、浅葱は少女として至極当然の反応をするのであった。



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第九話

前回のあらすじ

マンホールからパンイチおじさん登場

 

「ママ見えないよ~」

「駄目!サナちゃんは絶ッ対見ちゃ駄目だから!」

 

突然視界を塞がれたことに驚いたサナが浅葱から離れようとするが、それを必死に阻止する浅葱。

あれは健全な少女には見せてはいけない。見た瞬間サナの全てが終わってしまうだろう。よもや助けに来てくれた人物によって最大級の危機に見舞われるとは思いもしなかった。

 

「あ、アスタルテ殿。へ、変質者です!変質者が現れました!」

「ええ。それも最上級のが…」

 

顔を真っ赤にし、手にしていた剣を落として両手で顔を覆うユスティナと、冷めた目で変質者(勇太郎)を見ているアスタルテ。

 

「何、変質者だと!?どこだ?どこにいる!?」

「私達に目の前です」

 

周囲を警戒しながら見回す変質者(勇太郎)に冷静にツッコミを入れるアスタルテ。

アスタルテの言葉を理解しようと顎に手を添えて考え込む変質者(勇太郎)。そして何かに気がついたかのようにハッとする。

 

「もしかして、俺のことか!?」

「他に誰がいるんですか?」

 

信じられないくらいに驚愕している変質者(勇太郎)に、改めて冷静なツッコミを入れるアスタルテ。

少女達の前でポーズを取るパンイチ男。どこからどう見ても現行犯逮捕されても文句は言えない光景であった。

 

「浅葱――――ッ!」

 

そんなカオスな空気を引き裂いて現れたのは、路上に停めてあったのを拝借した自転車に跨る古城であった。

吸血鬼の力を全開にして漕いだためところどころ白煙を吹き上げている。

 

「古城!」

「無事か浅葱って、わぁぁああああ変質者だぁ!?!?!?」

 

浅葱の無事を確認して安堵するも、即座に変質者(勇太郎)に驚愕する古城。

 

「ゆ、勇太郎さん!どうしてそんな格好してるんだよ!?」

 

今この場にいる誰もが知りたいことを古城が問い掛けると、変質者(勇太郎)は無駄にいい笑顔で右手の親指を立ててきた。実に腹が立つ光景である。

 

「いやね。キリガ・ギリカに抱きついたら服が焦げちゃってさ。だから思ったんだ、『脱いじゃってもいいさ』と」

「どんな理屈だ!?!?」

 

いっそ清々しいまでのキリッとした顔で常人には理解不能なことをほざく変質者(勇太郎)に、力の限りツッコミを入れる古城。

 

「だって熱かったんだもん…」

「子供か!?てかポーズを取るのをやめろ!」

 

次第には拗ねだす変質者(勇太郎)に最早呆れるしかない一同。

次々とポーズを決めて筋肉を見せ付けてくる変質者(勇太郎)には、ただただ腹が立つだけである。

 

「確保ぉぉぉおおおおおおおお!」

 

そんな変質者(勇太郎)に、部下であるアイランド・ガードの隊員達が押し寄せて取り押さえようとする。

 

「ぐぁあ!な、何をするのだお前達!?あ、いやこういう強引なのも悪くない…」

「やかましい!ことあるごとに脱ぎやがって!対処するこっちの身にもなりやがれこの変質者!!」

「ぬぅおおう!別に好き好んで脱いでいる訳ではないぞ!状況的に仕方なくであって、決して変質者でぇはぬぅあィ!!」

「鏡見てみろ!言い訳のしようがないわ!」

 

取り押さえられながら必死に抗議する変質者(勇太郎)に、部隊長である男が容赦なく手錠をかけようとするも。抵抗が激しくなかなかかけられない。

 

「くっすまない少年!こいつを2、3発ぶん殴ってくれ!」

「わ、わかりました!」

 

今にも拘束を抜け出しそうな変質者(勇太郎)に、部隊長は最後の手段として古城に協力を仰ぐ。

一般人である少年をアイランド・ガードの恥部に関わらせるのは非情に心苦しいが、この変質者(勇太郎)を野放しにする訳にはいかない苦渋の決断であった。

 

「ああ、古城よ!どうせやるなら全力で頼むッ!!」

「いい加減に反省しろぉぉぉぉおおおお!!!」

 

鼻息を荒くして期待の眼差しで見つめてくる変質者(勇太郎)へと、拳を握り締めて振りかぶる古城。

 

 

 

 

あふん!――

 

 

 

 

もてる限りの力を込めて拳を解き放つと、変質者(勇太郎)の喘ぎ声が辺りに響いた…。

 

 

 

 

「これは一体何が…」

 

古城を追ってかけつけた雪菜と紗矢華が、特に負傷もしていないのに座り込んでいる古城や、疲れ果てた様子のアイランド・ガードの隊員達を見て困惑していた。ラ・フォリアは何があったのか察しがついているのか、あらあらとどこか楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「あの、先輩大丈夫ですか?」

「姫柊か。ああ、大丈夫。大丈夫だ…」

 

雪菜が古城に話しかけると、彼は憔悴したような顔でやりきったオーラを出していた。どうやら精神的な攻撃を得意とする敵と遭遇したのだろうと雪菜は推測する。

 

「なかなか面白いことがあったようだね第四真祖」

「ヴァトラー!?」

 

暗闇の中から現れた吸血鬼の貴族に、古城は思わず立ち上がって身構えてしまう。この戦闘狂(バトルマニア)は何をしでかすか分かったものではないので、必要以上に警戒しても損はしないだろう。

 

「勇!?」

 

ヴァトラーの腕の中で、俗に言うお姫様抱っこされている血だらけの勇を見て驚愕の声を上げる。

 

「大丈夫だよ、ラ・フォリア王女。傷を癒すために眠っているだけだから」

 

すやすやと寝息を立てている勇を愛おしそうに見つめるヴァトラー。傍から見れば美青年が美少女を思いやるとてもいい絵面である。何もしらない者から見ればの話であるが。

 

「なんて羨ましい…!わたくしも抱きたいので、今すぐにその場所を変わりなさいアルデアル公!」

「本音がだだ漏れてすよ王女!?」

 

包み隠す気のないラ・フォリアに紗矢華のツッコミが入る。

 

「妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい」

「アスタルテさん!?」

 

ハイライトの無い虚ろな目で、ヴァトラーを今にも呪い殺しそうなアスタルテに冷や汗をかく雪菜。

 

「それはできないな。これは今回勇を助けたボクだけの特権だからね」

「そもそも勇がそこまで傷ついた原因はあなたにもあるのですから、そんな権利は認められません。速やかなる身柄の引渡しを要求します」

「あの。とりあえず勇を休ませてやるべきじゃないか?」

 

このままだと平行線を辿り続けそうなので、意を決して割り込む古城にアスタルテがそれならと言葉を紡ぐ。

 

「応急手当しますのでそこのベンチに横にさせて下さいこのホモや…アルデアル公」

 

何か国際問題級の発言をしそうになった気がしたが、古城達は聞かなかったことにした。

ヴァトラーも依存はないのか、素直に勇を近くにあったベンチに優しく横たわらせる。

 

「ユスティナさん手伝ってもらえますか?」

「承知!」

 

どこからともかく救急セットを取り出したアスタルテが、ユスティナと共に勇の治療に入る。

勇のことは彼女らに任せ。古城らがこれからどうすべきか話し合おうとすると、ヴァトラーが陽気な口調で告げる。

 

「勇は空隙の魔女と共にボクの方で預かろう。2人とも脱獄囚達に狙われているからね。連中は必ず襲ってくる。市街地にいるより一般人を巻き込まなくて安全だろう?」

「それはそうだが…」

 

この提案に古城は考え込む。

ヴァトラーは信用ならないが、彼が持ち出してきた条件はそれ程悪いものではない。

戦王領域の貴族が相手となれば、脱獄囚達も気安く戦いを挑むことはできないだろう。そうやって時間を稼げば勇が回復することもできるし、那月を元に戻す方法を探すこともできるだろう。

古城が確認の意味を込めてラ・フォリアを見ると、ラ・フォリアは不服そうだがやむをえないといった感じで頷く。

 

「わかりました。この場だけは勇をあなたに預けましょう。この場だけは」

 

念を押すように話すラ・フォリアに勝ち誇ったような笑みを浮かべるヴァトラー。

そんなヴァトラーに、アスタルテはチッと舌打ちしていたのは見なかったことにした古城であった。

話が纏まりそうな中、異議を唱えたのは浅葱であった。

 

「ちょっとまってよ!あたし話についていけてないんだけど!つか、なんで古城が戦王領域の貴族と知り合いな訳!?」

「色々と事情があったんだよ。それはまた今度、ゆっくりと説明するから――」

 

浅葱は古城が吸血鬼――それも世界最強と言われる第四真祖になってしまったことを知らない。そのことを彼女に知られた結果、今までの関係が壊れてしまうことを古城は恐れているのだ。

だが、この状況では、適当な嘘では勘のいい浅葱を誤魔化すことはできないだろう。そろそろ潮時なのかもしれない。

自分が第四真祖であること。そして、ここから先は普通の人間の出る幕ではないと彼女を突き放す。それだけのこと。そう、たったそれだけのことだ。仮令その結果、友人としての浅葱を失ってしまうとしても、彼女の安全には替えられない――

だが、古城がそれを口にする前に、浅葱が人差し指を勢いよく立てて宣言した。

 

「いいわ。条件つきで、サナちゃんのことをあんたに任せてあげる」

「…条件?」

 

猛烈に悪い予感を覚えて、古城がうめく。浅葱は猛々(たけだけ)しく白い歯を剥きながら。絶対に手放さないというふうにサナを強く抱きしめて、そしてきっぱりと宣言した。

 

「古城達と一緒に行くからね。あたしも」

 

何。と絶望したように天を仰ぐ古城に、複雑な表情をしている雪菜と紗矢華。そんな彼らを見てあらあらと、笑みを浮かべるラ・フォリアに、腹を抱えて笑い出すヴァトラー。

魔物と人の邂逅の祭典――波朧院フェスタは続く。宴の夜は更けていく。



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第十話

ゲームに夢中になっていたり身内の不幸があったりとして更新できず、感想にも返信できなかったりと申し訳ありませんでした。
これからぼちぼち再開していきます。


前回のあらすじ

パンイチおじさん捕まる

 

「う、うにゅぅ…」

 

目を覚ますと見覚えのある真っ暗な空間が広がっていた。

 

「ここは…」

「あ、起きたかい勇?」

 

上半身を起こすと声をかけられたのでそちらを向くと、祖先であるイサムがちゃぶ台の前で座り込んで手頃な大きさの木片をノミで削っていた。

 

「…何してるの?」

「木彫りだよ。君が目覚めるまで暇だったんで」

 

ちゃぶ台をよく見ると、見覚えのあるアニメのキャラの彫刻が多数並んでいる。いや、ほんと何してんだこの人?

 

「どうだいこのピ○チュウ。よくできているだろう?」

「おお、すげぇ!」

 

木彫りでここまで精巧に作れるものなのか!?金取れるぞこれ!

 

「って、あれ?母さんは?」

「ここにいますよ~」

 

姿が見えない母を視線で探していると、急須と人数分の湯のみに煎餅の載った皿を載せたお盆を持った母さんが、どこからともなくトコトコと歩いてきた。

 

「はい。どうぞ」

「あ、うん。ありがとう」

 

急須からお茶を注いで差し出してくれたのでお礼を言う――

 

「じゃないよ!なんであんたまた目覚めてるのさ!?また眠りにつくって言ってたじゃん!」

 

夏音の件で力を貸してくれた以降、再び眠りについた筈のこの人がなんで起きてるんだよ!?

 

「いや~そうだったんだけどさ、そうも言ってられなくなっちゃってさ~」

 

母さんから出された茶を啜りながらあはは、と笑うイサム。

 

「どういうことさ?」

「君が戦った少女のことだよ」

 

戦った少女って千雨のことか?

 

「って、そういえば。俺、千雨と戦って負けたんだった」

「まあ、相手が相手だからね。シカタナイネ」

「なんで最後がエセ外人風なのさ…。てか、彼女のことを知っているの?」

「正確には彼女が持っている刀についてさ」

 

そういってイサムは皿から煎餅を手に取り齧った。

 

「あの刀――血雨は遥か昔。そう、僕が生きていた頃に生み出されたものなんだ」

「つまり天部が存在していた時代ってこと?」

「ああ。あれはただ人を殺すこと、それだけのために生み出されたのさ」

 

腕を組んで目を閉じているイサム。昔のことを思い出しているのだろうか

 

「血雨は眷獣の”意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)”同様、生きた武器なのさ」

「生きた武器…」

 

確かに血雨って刀を見た時妙な気配を感じたけど、あの刀そのものが発していたものだったのか…。

 

「ただ違うのは、血雨は人間に取り付き(・・・・)その者の精神と肉体を乗っ取り人を殺すことだ。仮に取り付いた者が死んでも、また別の人間に取り付いて操る。それを永遠と続ける呪われた刀なのさ」

「そんな物が…」

 

イサムの話に唖然とするしかなかった。余りのたちの悪さに寒気さえする。

だが、その話が本当なら気になることがある。

 

「でも、千雨は乗っ取られてるって感じがしなかったけど…」

 

そう。千雨は言動におかしな部分こそあったが、それでもしっかりと自分の意思を持っていた。刀に乗っ取られている感じではなかったな。

 

「そう。それには僕も驚いた。『彼女』のように、血雨の支配に抗える精神力を持った者がいたとはね。とはいえ、それが彼女のさらなる不幸を招いてしまっているようだ」

「不幸って…あっ!」

 

イサムの話を聞いて気づいた。千雨があれ程までに自らの死を願っていたその理由を。

 

「自我を保つが故に人を殺めればその罪にの意識に苛まれる日々。自ら命を絶とうとしても、血雨が無理やり彼女を生かす。彼女にとっては生きることが地獄と化してしまっているんだ」

「……」

 

死ぬこともできず人を殺すためだけに生かされ、その罪の意識に苛まれ続ける。そんな地獄を彼女は誰かに終わらせて欲しかったのだろう。

 

「にしても随分詳しいね」

「ああ。僕はかつて聖殲にて血雨と戦い、幾多の戦いの末にへし折ってやったんだけど。まさか蘇るとは思わなかった…」

 

しつこ過ぎるでしょうほんとに、と頭を抱えてうな垂れるイサム。よほど嫌な目にあったらしい…。

 

「あっ」

 

今まで空中に投影されていた映像で現実の様子を見ていた母さんが、思わずといった感じで声を漏らした。

 

「どうしたの母さん」

「ラ・フォリアちゃん達がその少女と接触しちゃいましたね」

 

その瞬間手にしていた湯飲みを落として割ってしまうのであった…。

 

 

 

 

 

絃神島港湾部に停泊しているヴァトラー所有のオシアナス・グレイヴII。その船室で、古城達は唖然としていた。ちなみにアスタルテとユスティナは、キーストーンゲート内にあるアイランド・ガード待機場に避難している夏音と付き添っている倫の護衛にために別行動となっている。

室内にあるベットに勇を寝かせ、優麻との戦いで汚れた身体を浴場で洗っていたら。同じ目的で入ってきた雪菜達と遭遇し文字どおり死にかけたりした後、今後のことについて話し合っていた。

すると、勇と同じベットで眠りについた筈のサナが突然ベット上で立ち上がり、「――ナー・ツー・キュン!」と絶叫しながらアイドルばりの可愛らしい決めポーズを作れば誰でもそうなるだろう。

本人の説明では非常用の仮想人格であり。このまま時間が経てば記憶は戻るが、肉体は幼いままで魔術の行使はできない。なのでやはり仙都木阿夜の持つ魔道書を破壊するしかないそうだ。

そんな折、浅葱の相棒であるモグワイから、彩海学園を中心に魔術を無効化する空間の異常が起きているとの情報が伝えられた。このまま異常が広がれば、魔術によって支えられている絃神島が崩壊してしまう。

この事態にどうすべきか古城達が話し合っていると、船全体を揺らす衝撃に襲われた。

 

「なんだ!?」

 

窓から外を見た古城が息を呑む。甲板にはクレーターができており、その中心に血まみれとなったヴァトラーが倒れていたからである。

 

「これはちょっとまずいかも…キュン」

 

抱えられたサナが、コツン、と自分の頭を小突きながら舌を出す。その無駄にあざとい仕草にイラッとしながら、古城はベットに駆け寄り勇をお姫様抱っこでかかえ船室を飛び出した。サナを抱えた浅葱や雪菜達もそれに続く。

船室を出た古城達が見たのは、炎上する上甲板と、巨剣を担いだ甲冑姿の男だった。

 

「ヴァトラーが…やられたのか…?」

 

男の襲撃を待ち構えていた筈の青年貴族は、瓦礫の中に埋もれるようにして倒れている。

信じられないその光景を、古城は言葉もなく見つめている。あの戦闘狂の吸血鬼が敗北する可能性など、これまで一瞬たりとも考えたことがなかった。それだけに、どう反応すればいいのかのかわからない。

 

「なんなんだあいつは!?」

「ブルード・ダンブルグラフ…西欧協会に雇われていた元傭兵キュン」

 

仮想人格(バックアップ)が古城の質問に答える。この状況でもふざけた口調を崩さないのは、ある意味すごいかもしれない。

 

「ミつけたぞ…クウゲキのマジョに、カミシロユウタロウのムスコ」

 

甲冑の男が、そんなサナと眠っている勇に気づいて、錆びたような低い声を出す。

勇をラ・フォリアに任せて、古城は甲冑の男の前に立った。それに雪菜と紗矢華が武器を取り出し続く。

男は、それを見てもわずかに目を細めただけだ。邪魔をするなら古城達ごと斬り捨てる。彼の瞳が雄弁にそう語っている。

 

「その鎧、オイスタッハのオッサンのやつに似てるな。あんたも殲教師ってやつなのか?」

 

古城は何気ない口調で訊いてみる。とにかく今は少しでも敵の情報が欲しかった。

 

ロタンギリアの殲教師――ルードルフ・オイスタッハが着ていた装甲服は、筋力の増強機構に加えて、”要塞の衣(アルカサバ)”と呼ばれる大魔族用の特殊装備をしていた。あの力があればあるいはヴァトラーと互角に戦うことができるかもしれない。

 

しかしダンブルグラフと呼ばれた甲冑の男は、無関心に首を振る。

 

「センキョウシ…キョウカイのエクソシストか。ムカンケイではないがチガウな」

「だろうな。オイスタッハのオッサンは、あんたみたいに戦いを愉しんではなかったからな」

 

特に落胆もせずに、古城は溜め息をついた。

 

「――優鉢羅(ウハツラ)!」

 

魔力の波動が大気を震わせ、巨大な眷獣が実体化した。

現れたのは、青く輝く蛇の眷獣だ。しかし()び出したのは古城ではなかった。それを操るのは”蛇使い”の異名を持つ吸血鬼の貴族――

 

「ヴァトラー!?」

「…悪いね、第四真祖。せっかくのボクの相手を奪らないでもらえるかい?」

 

降りそそぐ瓦礫を凄まじい怪力で撥ねのけながら、傷ついたヴァトラーが立ち上がる。

彼の全身は血まみれで、純白だったコートは今や見る影もない。しかし飄々とした気障な口調は今も健在だ。

 

「それに客人は他にもいるからね」

「何?」

 

不敵に笑うヴァトラーの言葉に古城が眉を潜めると、足元に違和感を感じた。まるで水場に足をつけているような感触が――

 

「先輩ッ!」

 

雪菜が声を荒げて体当たりするように古城を突き飛ばした。

 

「姫柊!?何を…!」

 

雪菜に押し倒されるような形で倒れた古城が抗議の声をあげようとするも、言葉に詰まった。

つい今しがた古城が立っていた地面から、無数の赤い針が生えていたのである。もし雪菜が突き飛ばさなければ今頃串刺しになっていたと思うとゾッとした。

 

「あ~あ、避けられちゃったかぁ」

 

気だるそうな声のした方を向くと、真紅の鬼を模した鎧を纏った少女――千雨が瓦礫に腰掛けて古城達を見下ろしていた。

 

「あなたは…!」

 

素早く体勢を立て直した雪菜が雪霞狼の矛先を向けながら警戒する。紗矢華も煌華麟に矢をつがえ、いつでも放てるように構える。

古城も遅れながらも立ち上がり、眷獣を召喚できるようにして相手の動きに備える。

ヴァトラーの話では勇を瀕死にまで追い詰めた相手である。加減が出来する余裕は恐らくないだろう。

そんな古城達を前にしてもゆっくりとした動作で瓦礫から降りると、古城だけを興味深そうに見ている千雨。

 

「あなたも強そうだね。あなたは私を殺してくれる吸血鬼君?」

 

千雨が妖艶に微笑むと、両肩に備えられている鬼の面を模した袖の部分が外れて宙に浮かび、袖から流れ出た血が首を胴体を手足を形成していき、2体の大鬼が千雨に並び立つ。

大鬼らは獲物を定めたように空の眼窩を妖しく光らせると、手にしている大太刀を構えて古城達へと跳びかかるのであった。



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第十一話

前回のあらすじ

原作主人公にお姫様抱っこされるオリ主(男)

 

千雨の傍に控えていた2体の大鬼が古城らに襲いかかるのと同時に。古城達の背後から何かが噴射音を響かせ、大鬼らへと目がけて飛翔し直撃すると爆炎に包んだ。

だが、大したダメージを受けていないようで動きを一瞬だけ止めたのみに留まり、大鬼らは再び襲い掛かろうとする。

その前に今度は手榴弾のような物が投げ込まれ、地面に落ちると白い煙を多量に吐き出し辺りを包んでいく。

視界が塞がれ警戒したのか、大鬼らは襲撃を止め一定の距離を取って様子を伺っている。

 

「どうやら間に合ったようだな」

 

どこか安堵の含んだ声と共に、一連の動作を行ったと思われる人物が古城達へと歩みよる。

その人物を顔を見たラ・フォリアはあら、と意外そうな声をあげ、紗矢華とサナを除く面々はギョッとした。

 

「お前は、クリストフ・ガルドシュ!?」

「久しぶりだな第四真祖」

 

古城達を助けたのは、暫く前に天部の遺産であるナラクヴェーラを用いて絃神島でテロを起こすも、古城達によって阻止され逮捕された黒死皇派幹部の男であった。

幻覚かとも思ったが。獣人化しているガルドジュの足元には、先程大鬼らを攻撃するのに使用したと見られる弾頭のないRPGが2つ落ちており、彼が自分達を助けてくれたことを示していた。

 

「な、なんであんたここにいるんだよ!?」

「説明している暇はない。今は空隙の魔女達を避難させるのが優先だ。彼女らを庇って戦える相手ではない、私が安全な場所まで連れて行こう」

「あんたが?」

 

浅葱達の警護を買って出るガルドシュに懐疑的な古城。彼が行ったことを考えれば無理もないことであるが。雪菜も同様なのか警戒した眼差しをガルドシュに向けている。

 

「今の彼なら問題ないわ暁古城。彼じゃなくても私を信じて」

 

不信感の拭えない古城達に紗矢華がフォローを入れる。ガルドシュの登場に驚いていないことから事情を知っているようで、彼女がそこまで言うのであれば従うべきだと判断する。

 

「分かった。頼んだぜオッサン」

「ああ。そちらも気をつけろよ」

「え?何、なんなの?古城達はどうするのよ!?」

「浅葱。とにかく今はこの場を離れるのが先決です」

 

事態に完全についていけなくなっている浅葱の手をラ・フォリアは取り、半場強引に引っ張っていく。

浅葱達の気配が遠ざかっていくのを背に感じながら古城は身構える。

煙幕が晴れていくと、大鬼を左右に控えさせた千雨の姿が現れ。古城達の姿を捉えた大鬼が再び襲い掛かってきた。

 

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

雪霞狼に刺された左胸から走る激痛に、歯を噛みしめて堪えながら古城が呼び出した雷光の獅子が、迫る大鬼らへとその身から溢れる電撃を浴びせる。

しかし大鬼らは電撃をものともせず、大鬼の1体が獅子の黄金(レグルス・アウルム)の額へと手にしている大太刀を突き刺した。

雷光の獅子は苦悶の雄たけびをあげると、まるで刀に吸い込まれるかのようにして消滅してしまう。

 

「な!?」

 

その光景を見た古城に動揺が走る。その間にも残る大鬼が古城へと接近し、大太刀を振り下ろす。

 

「煌華麟!」

 

古城と大鬼の間に割って入った紗矢華が、剣に変形させた煌華麟の空間断裂による防壁によって大太刀を弾く。

 

「雪霞狼!」

 

弾かれたことで態勢を崩した大鬼へ、雪菜が手にした銀槍を胴体へと突き刺した。

すると大鬼の体が溶け出すように崩れていき、液体となって飛び散る。

 

「大丈夫ですか先輩!?」

「ああ。でも、獅子の黄金(レグルス・アウルム)が刺された時、魔力を吸い取られた感じがした。どうなってんだ?」

「多分あれ、妖刀『血雨』よ」

 

自分に起きたことに困惑している古城に紗矢華が語りかける。その声には僅かに怯えが含まれていた。

 

「妖刀?」

「ええ。5年前に本島の方で、腕利きの攻魔官や剣巫に舞威媛が何人も殺害される事件があったの。その事件の犯人が使っていたのが――」

「それが、その血雨って妖刀なのか」

 

古城の言葉に紗矢華が頷く。

その間、残った大鬼は雪菜と雪霞狼を警戒してか距離を取ってこちらの様子を伺っており。千雨は興味深そうに雪菜を見つめていた。

 

「高神の杜にある資料で見たことがあります。確かその妖刀には魔力を吸収する能力があると」

「マジかよ…」

 

雪菜の言葉に嫌な汗を掻く古城。魔力による攻撃が効かないとなると、吸血鬼である古城にとって相性最悪である。

古城がどうすべきか考えていると、千雨が動きを見せる。手にしていた真紅の刀を両手で逆手に持つと、自身の腹部に突き立てたのである。

その光景に古城達が驚愕している間に刀を引き抜くと、傷口から血が溢れ出し足元に血溜まりを生み出していく。

すると、血溜まりがスライムのように蠢き。手のひらサイズの鬼の形をした小鬼と言うべきものが、数えるのも億劫になる程這い出てきたではないか。

 

「さあ、遊んでおいで」

 

千雨が微笑みながら刀の切っ先を古城達へと向けると、小鬼の集団が津波のように押し寄せていく。

 

「ッ!双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

恐怖としか言いようのない光景に前に、咄嗟に古城が呼び出した緋色の双角獣が振動波によって小鬼らが跡形もなく消し飛ばしていく。

それでも血溜まりから次々と現れる小鬼によって一向に数が減らないでいた。

 

「くそッ、きりがねぇ!」

 

打開策が思い当たらないことに焦りが見える古城。万全の状態でない今、戦いが長引けばこちらが不利になっていくだけであった。

 

「紗矢華さん!」

「分かってる!」

 

雪菜の言葉に、煌華麟を弓に変形させるのと同時に矢を番え上空へと構える紗矢華。短いやり取りで互いの意図を察せられるのは、付き合いの長い2人ならではであろう。

 

「獅子の舞女たる高神の真射姫が願い奉る。極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり―!」

 

祝詞を紡ぐと放たれた鏑矢が、人間には不可能な超高速度の呪文詠唱を代行。巨大な魔方陣を天空に描き出す。そこから降り注いだのは、数えきれない程の稲妻の嵐だった。

稲妻は群がる小鬼の群れを焼き払い、千雨への道を作り出す。その道を雪菜は呪力で肉体を強化し駆け抜ける。

千雨へと迫る雪菜を残っていた大鬼が。足場にしているオシアナス・グレイヴIIの甲板を削りながら大太刀を下段から振り上げる。

巻き上げられた甲板が散弾のように雪菜へと迫るが。未来視によって先読みしていた雪菜は、弧を描くような動きで回避した。

その動きを読んだのか立ち塞がるように動いた大鬼は、振り上げた大太刀を叩きつけるようにして振るうも。雪菜は横に跳んで大太刀を避けると跳躍し大鬼の頭部を足場にして一息に千雨へと跳びかかる。

 

「――ハッ!」

 

弾丸のような速度で接近した雪菜は全身をバネとして加速を乗せた雪霞狼を千雨へ――その手にしている妖刀へと突き出した。

対する千雨は顔色を変えず落ち着いた動作で迫る銀槍へと刀を振るうと、互いの刃がぶつかり合い火花を散らす。

そのことに雪菜の表情に驚きの色が浮かぶ。彼女も古城達も鬼と同じく刀も魔力で構成されていると踏んでおり、魔力無効化能力を持つ雪霞狼で無力化できる筈であった。

しかし、雪霞狼に触れた妖刀はその形状を保ったままであった。

 

「ッ――!?」

 

僅かとはいえ動揺している雪菜目がけて千雨が膝蹴りを放つ。後ろに跳ぶことで回避するも。未来視による予知がなければまともに受けていたであろう程に、千雨の動きは気怠げな表情とは真逆の機敏さであった。

雪菜が着地するのと同時に千雨の姿が消えたと思った瞬間、彼女の顔が視界一杯に映し出される。

 

「!?」

 

十分に距離を取った筈なのに、もう千雨は雪菜と手で触れあえるまでの距離まで接近していたのである。

本能的に後ろに跳びながら雪霞狼の柄を両手で広く持ち横向きに構えると。振り下ろされた刃と柄ぶつかり合い火花を散らし、その反動を利用して大きく跳んで距離をとるも。再び千雨の姿が視界から消えた。

未来視によって、千雨が強化した脚力でこちらの死角に潜り込み、再び目前まで接近してくることを察知した雪菜はそのルートへ捩じりこむようにして銀槍を薙ぎ払うように振るった。

だが、期待していた手ごたえどころか、相対していた少女の姿すら消えてなくなり。手にしている銀槍が、まるで重りをつけられたかのようにいつもより重く感じられた。

 

 

 

 

そう。まるで人が乗っているかのような――

 

 

 

 

「ッ――――!?」

 

まさかと思い振りぬいた雪霞狼の矛先に視線を向けると。なんと、銀槍の先端に見失った少女が両足を乗せて立っているではないか。

雪菜は慌てて振り払おうとするよりも先に。銀槍を足場として接近した千雨の蹴りが側頭部に叩きつけられ、小柄な体が弾け飛んで地面を数回跳ねると散乱していた瓦礫に背中を強打して停止した。

 

「ッ!!」

 

肺から空気を吐き出すのと同時に、ダメージが内臓まで届いたのか吐血してしまい口の中に鉄分の苦さが広がる。

 

「姫柊ィ!!」

「雪菜!?」

 

その惨状を目撃した古城が叫ぶように雪菜の名前を呼び、紗矢華は悲鳴に近い叫び声をあげていた。

2人共雪菜の元に駆け付けようとするも。大鬼と小鬼がそれを阻む。その間にも千雨は倒れ伏した雪菜へと、ゆったりとした足取りで近づいていく。

 

「邪魔だァ!」

 

普段の彼からは想像できないような怒号をあげながら右手を振るうと。それに呼応するように双角の深緋(アルナスル・ミニウム)(たが)が外れたように振動波をまき散らす。

まさに天災と呼ぶに相応しい程の振動波を浴びると、小鬼はおろか大鬼までもが跡形もなく消し飛んでいった。そして、阻むものがなくなった双角獣は千雨めがけて突撃していく。

 

「……」

 

迫りくる双角獣に対し、千雨はどこ吹く風といった様子で、手にしている血雨で左手首を軽く斬りつけ新たな血を流すと払うように腕を振るう。

飛沫となって飛び散った血が、散弾のように双角の深緋(アルナスル・ミニウム)へ突き刺さり、その反動で動きが止まる。

さらに刀身が鞭のようにしなりながら伸びた妖刀を振るうと、刃が双角獣の首へと巻きつく。双角獣が振り払おうと暴れるも、その間に千雨が妖刀を手にした右腕を引くとその首が擦り切れるようにして甲板に落ちた。頭部を失った双角獣の巨体が、力なく揺らぎ地面に横たわると消滅していった。

 

「くそッ!」

 

まるで模造天使へとなりかけた夏音と戦った時のような、圧倒的なまでの力の差に歯噛みする古城。

このままでは彼女を止められない。かといって打開策が思いつかないことに苛立ちが募るのであった。

 

「雪菜はやらせない!」

 

紗矢華が煌華麟に新たな矢を番え千雨へと放つ。

だが、放たれた矢は千雨が振るった血雨の鞭のような刃によって斬り裂かれる。すると、(やじり)の部分から閃光が放たれ千雨の視力が一時的に奪われた。

その隙を逃さず紗矢華が新たな矢を放つと。今度は阻まれることなく千雨まで飛翔し、矢が彼女の目前まで迫ると爆発を起こし爆炎に包んた。

 

「やった、のか?」

「多分。獣人でもあれを受けて無事な筈がないから…」

 

古城のつぶやきに、紗矢華が自分に言い聞かせてもいるかのように言葉を紡ぐ。

炎が収まっていくと、現れたのは紅色の球体であった。その球体の表面に罅が入り、徐々に広がっていくと粉々に砕け、無傷の千雨が姿を現す。

 

「そんな…!」

 

傷一つあたえられていないことに狼狽えてしまう紗矢華。もはや彼女には、どう足掻こうと自分が勝てるイメージが思い浮かばなくなってしまっていた。

 

「まだだ!」

 

そんな紗矢華を励ますように古城が吼えた。彼の闘志を現すかのように真紅の瞳が輝き、新たな眷獣を召喚しようとする。

だが、そんな古城を影が覆った。

咄嗟に古城がに視線を向けると、先ほど双角の深緋(アルナスル・ミニウム)によって吹き飛ばした大鬼が、体を再生させながら大太刀を振り上げていた。

慌てて地面を転がるように横へと跳ぶと、振り下ろされた大太刀が今しがた古城が立っていた地面を砕いた。

 

「このッ…!」

 

眷獣を召喚して反撃しようとするも。そうはさせんと言わんばかりに大鬼が襲い掛かってくるため、回避に専念せざるをえなかった。

 

「暁古城!」

 

紗矢華が援護に回ろうとするが、そんな彼女に新たに生み出された小鬼の集団が襲い掛かる。

煌華麟を剣に変形させて迎撃するも。空間断裂によって真っ二つにされても液体状に戻って混じり合うと元通りとなってしまう。

 

「ああ、もうキリがない!」

 

先ほどのように広範囲攻撃で一掃したいが、そんな余裕はもう与えてはくれないだろう。頼みの古城も大鬼に対処するので精一杯な状態であった。

古城達が鬼の相手をしている間に、千雨は倒れ伏したまま動けないでいる雪菜の目前へと迫る。

 

「あなたも私を殺せないんだね。残念だなぁ…」

 

失意の混じった目で雪菜を見下ろしながら呟いた千雨は、手にしている妖刀をゆっくりと振り上げ一旦静止した。

 

「あな…た…は…」

 

顔だけ動かし千雨を見上げる雪菜。彼女には自分を殺そうとしている相手が、泣いているかのような錯覚を覚えるのであった。

古城が雪菜へと手を伸ばしながら駆けだそうとし、紗矢華が今にも泣きだしそうな顔で何かを叫ぶ。まるでスローモーションで再生されたかのように感じられる中、遂に刀が振り下ろされる。

だが、雪菜の耳に届いたのは自身の体が斬り裂かれる音ではなく、金属同士がぶつかり合う音であった。

雪菜と千雨の間に割って入るように現れた漆黒の鎧を纏った顔のない騎士が、手にしている剣で刀を受け止めていたのだ。

 

「…今、その娘に死なれるのは困る。自重せよ殺戮者」

 

凛とした声と共に暗闇から現れたのは、白と黒の十二単(じゅうにひとえ)を着た火眼の魔女――仙都木阿夜であり。彼女の背後には鳥籠の形をした直径4、5メートルはあるだろう檻と、その中に眠ったまま鎖に縛られた状態で捕らえられている勇であった。



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第十二話

前回のあらすじ

激突、世界最強の吸血鬼と妖刀!

 

時は少し遡り。クリストフ・ガルドシュの先導によって、オシアナス・グレイヴIIの船外に退避したラ・フォリアと浅葱。

船上からは爆音や破砕音が断続的に響いており。浅葱はまるで戦場に迷い込んでしまったのではないかという錯覚に襲われる。

 

「古城と姫柊さん達、本当に大丈夫なの?」

 

不安を隠せない表情で船上を見上げる浅葱。

 

「彼らなら大丈夫です。あなたは自分のなすべきことを」

 

現在絃神島は魔術を無効化する空間が拡大しており。このままでは島を支えるあらゆる魔術が機能を停止し崩壊してしまう。その対処のため浅葱のプログラム技術が必要とされていた。

 

「このまま迎えと合流する。その足で人工管理公社へ向かうぞ」

「わかりました」

 

アサルトライフルを持ち、周囲を警戒しながら先行しているガルドシュの言葉にラ・フォリアが頷く。

 

「その前に神代勇は置いていってもらうぞ」

 

見知らぬ声が響いたかと思うと、ラ・フォリア達の行く手を阻むように夜の闇から人影が歩み出てくる。

 

白と黒の十二単(じゅうにひとえ)を着た火眼の魔女――仙都木阿夜。今回の事件の元凶である人物だった。

 

「ッ!」

 

その姿を認識すると同時に、ガルドシュがライフルの銃口を仙都木阿夜に向けてトリガーを引いた。

吐き出された無数の弾丸が火眼の魔女へ殺到するも、何もない筈の空間に金属音を響かせながら弾かれてしまった。

仙都木阿夜の目の前の空間が揺らぐと、顔のない漆黒の騎士――”守護者”が姿を現す。

守護者が手にしている剣を構えるとラ・フォリアへと斬り込んできた。

 

「させん!」

 

マガジンを交換したガルドシュがラ・フォリアの前に立ち、再度ライフルを発砲するも。漆黒の騎士は回避も防御もせず接近する。弾丸が着弾するも、全て鎧に弾かれてしまい効果が無いようであった。

守護者がガルドシュへと剣を振り下ろすと、ガルドシュはライフルを手放す。ライフルはまるで紙のように両断されてしまが、その間にガルドシュは左腕に巻いていたベルトからナイフを右手で引き抜き抜くと、守護者の左肘の鎧の隙間に突き刺した。

無論、その程度で魔女の守護者にダメージを与えることはできず。多少左腕の動きは制限されるも気にした様子もなく、守護者はガルドシュに剣を振るおうとする。

だが、突如肘に刺さっていたナイフの柄が小規模な爆発を起こし、左肘の部分に無数の亀裂が走った。ガルドシュが突き刺したナイフは、彼が軍人時代から愛用している柄に少量ながら爆薬が仕込まれており、突き刺した相手の内部に直接爆発の衝撃を流し込むことができるのだ。

 

「ハッ!」

 

爆発によって僅かに体制を崩した守護者に、ガルドシュはタックルを当てさらに体制を崩すと。守護者の右腕を掴み背負い投げを決めて地面に叩きつけ、その衝撃で守護者は剣を手放した。

そして、ガルドシュが守護者を抑えている間に。勇を抱えているラ・フォリアは、片手で懐から古式銃を取り出すと、無防備となった阿夜へと銃口を向ける。

それでも仙都木阿夜は何をするでもなく、どこか余裕を感じさせる様子でじっとしていた。

そんな阿夜に躊躇うことなく引き金を引くラ・フォリア。しかし、古式銃はなんの反応も示さず沈黙していた。

 

「これは…」

 

もう一度引き金を引くも、やはり弾丸が撃ち出されることは無かった。

銃をよく見ると、組み込まれた術式が機能を停止してしまっていた。

 

「無駄だ。既にこの地では汝の力は役に立たんぞ、異国の王女よ」

 

冷静に分析していたラ・フォリアに、阿夜が優美に微笑んだ。

 

「これが闇誓書の力、ですか…」

「如何にも。もうじきこの島では、(ワタシ)以外の異能の力は例外を除いて全て使えなくなる」

 

阿夜の言葉に引っかかりをラ・フォリアを覚える。

 

「例外、それは勇と雪菜のことですね」

「ほう。目ざといな異国の王女よ」

 

ラ・フォリアの推察に阿夜が関心したような声を上げた。

 

「全ての理を破壊する神代の血を引く神代勇と、全ての異能を消し去る七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)の使い手。これ程に我の実験の立ち合いに相応しい者達はいまい」

「実験、それがあなたの目的ですか書記(ノタリア)の魔女」

 

得心のいった様子で阿夜を見据えるラ・フォリア。

 

「今更気づいたところで手遅れだ。汝らではもう我を止めることはできん」

 

そう言って阿夜が指を鳴らすと。彼女の隣に大型の鳥籠が2つ現れると同時に、ラ・フォリアと浅葱にそれぞれ抱えられていた勇とサナの姿が消えてしまう。

 

「サナちゃん!?」

 

突然腕の中にいたサナがいなくなったことに、浅葱が驚愕の声をあげる。

ラ・フォリアはやられたといった様子で阿夜を睨みつける。阿夜が召喚した鳥籠には、消えた勇とサナが収められていた。どうやら空間転移で移動させたらしい。

 

「ではな異国の王女よ。よき夜を過ごすがいい」

 

勝ち誇った笑みを浮かべながら阿夜と鳥籠。そして、ガルドシュと両手を絡ませ合いながら力比べをしていた守護者の姿がかき消えてしまうのであった。

 

「……」

「王女?」

 

ラ・フォリアから数歩後ろにいた浅葱は、無言のまま立ち尽くしている彼女の背中に声をかける。

 

「浅葱」

「は、はい」

 

暫しの沈黙を破って言葉を発したラ・フォリア。その言葉には、逆らってはいけないという本能的な恐怖を感じさせた。

 

「あなたはこのままキーストーンゲートへ向かって下さい」

「あの、王女は?」

 

てっきり一緒に避難するものかと思っていた浅葱は、恐るおそるといった様子で問いかけた。

 

「わたくしは古城達と合流して、あの魔女に一泡吹かせてきます」

 

そういって振り返ったラ・フォリアは、誰もが魅了される程の笑顔を浮かべていた。だが、浅葱には彼女の背後に阿修羅が仁王立ちしているのを幻視するのであった。

ちなみに。試作有脚戦車(ロボットタンク)に乗り、浅葱を迎えに来た人工島管理公社に雇われているフリーランスのプログラマー。通称「戦車乗り」ことリディアーヌ・ディディエが、ラ・フォリアを見て「ヒッ!?お、鬼が出たでござる!」とか発言してしまったとかなんとか。

 

 

 

 

突如現れた仙都木阿夜に敵意の籠った目を向ける千雨。その視線を阿夜は悠然をした様子で受け止めていた。

 

「仙都木阿夜!お前、勇と那月ちゃんをどうするつもりだ!」

 

緊迫した沈黙が続く中、それを破ったのは古城であった。勇と那月が捕らえられているをの見せつけられた彼の瞳は、怒りの感情によって真紅に染まっている。

 

「我の実験に立ち合ってもらうのさ第四真祖。そこの剣巫も含めてな」

 

そう言って阿夜が指を鳴らすと、勇と那月が捕らえられているのと同じ形状の鳥籠が、雪菜を捕らえるように現れる。

 

「――ッ!”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

本能的にこのままだと不味いと感じた古城が右腕を突き出す。

雷雲の熱量にも匹敵する濃密な魔力の塊が、巨大な獅子となって出現した。

咆哮と共に雷光の獅子が、電光石火の如く立ち尽くす魔女へと突撃していく。だが、それを見ても仙都木阿夜は表情を変えなかった。

 

「無駄だ」

 

阿夜が淡々と呟くと、彼女を薙ぎ払おうとしていた獅子の黄金が、なんの前触れもなく虚空に溶けこんで消滅した。

 

「――なっ!?」

 

それを目の当たりにした古城が驚愕の声を上げる。

衝撃も異音も感じられなかった。微風する後には残らない。まるで最初から存在しなかったかのように、雷光の獅子は消え去ったのだ。

否、消滅したのは眷獣だけではない。古城自身の体からも、魔力の波動が失われる。

世界最強の吸血鬼の力を失って、残されたのはただの高校生の肉体だ。

 

「煌華麟が…!?」

 

異変は古城だけではない。

紗矢華が握っていた剣の先端を地面に落として、困惑の声を出す。最先端の魔導技術で鍛造された筈の長剣が、輝きを失って重量を増していた。呪力を送り込もうとしても、なんの反応も変えてこない。武神具としての機能が停止しているのだ。

 

「…魔力が消えた?嘘!?」

 

紗矢華の動揺に気づいた古城は、先程モグワイから聞かされた話を思い出す。

彩海学園を中心に魔術を無効化する空間の異常がついに湾岸地区(アイランド・イースト)まで及んだのだと気づく。

 

「――!」

 

そして異変は千雨にも及んだようだ。彼女が手にしている妖刀が、高熱で熱っせられたかのように溶け始めたのだ。

すると千雨は、何かに抵抗するかのような素振りを見せるも。跳躍して船体の縁に着地すると、迷うことなく海へと飛び込んで逃走した。

阿夜は千雨がいなくいなったことを確認すると、もうこの場には用はないといった様子で、雪菜達を捕らえた鳥籠と共に空間転移で去っていった。

 

「待て!」

 

どうにか仙都木阿夜を止めようとするも、吸血鬼としての力を失った古城にはどうすることもできなかった。

なすすべもなく仲間を連れ去られた現実が、容赦なく古城に突きつけられる。

 

「――クソぉ!!」

 

自分の無力さに打ちひしがれながら、側にあった瓦礫に拳を打ち付ける古城。強く握りしめられたその手からは血が滴り落ちた。

 

「暁古城…」

 

そんな古城の背中に、紗矢華はかける言葉を見つけられないでいた。



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第十三話

前回のあらすじ

王女キレる

 

夕日に照らされた住宅街の道路を、学生服に身を包んだ数人の少女が並んで歩いていた。年頃の少女特有の話題に花咲かせており仲睦まじさを感じさせる。

 

「じゃあね那月。また明日」

「ああ、また明日な」

 

分かれ道で高校の友人と別れた那月は、暫く歩くと自宅があるマンションへ入ると、エレベーターに乗り最上階で降りる。

そこから通路を少しばかり進むと、自宅のドアノブに手をかけドアを開ける。

 

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい那月」

 

玄関で靴を脱いでいると、台所に続く扉だ開きエプロンを身に着けた女性が姿を見せる。神代志乃、身寄りのない那月の保護者の1人であり、彼女にとって母親のような存在である。

そして、トトトッと何かが駆けるような音と共に、リビングに続く扉が勢いよく開いた。

 

「お帰りなさ~い!那月お姉ちゃん!」

 

扉が開くのと同時に、志乃を幼くしたような外見をした少年が駆け寄ってくると、那月目がけて飛び込んでくる。対して那月は慣れた手つきで少年を受け止めた。

 

「ただいま勇」

 

飛び込んできた少年――神代勇の頭を微笑みながら撫でる那月。志乃の息子であり、那月にとってかけがいのない弟と言える存在である。

 

「♪~~」

 

撫でられた勇は、気持ちよさそうに目を細めて那月に抱き着く。

 

「ほら勇。那月が着替えられないからそれくらいにしなさい」

「は~い」

 

母親に言われて少し名残惜しそうに離れる勇の頭を、もう一度軽く撫でると那月は自分の部屋に向かい、制服からゴスロリチックなドレスへと着替えた。

そこからリビングへ向かい。扉を開けると、椅子に腰かけた勇がテーブルに広げられた洗濯物をせっせっと畳んでいた。

 

「お、お手伝いか。偉いぞ勇」

「えへへ~」

 

那月が褒めると、満面の笑みを浮かべる勇。

彼は誰に言われるでもなく進んで家事を手伝い、積極的に母からコツ等を教わろうとするのだ。実に褒めがいのある弟である。

余りの愛らしさにまた頭を撫でる那月。癖になる程の撫で心地に思わず口元が緩む。

 

「たっだいまぁ~!!」

 

勇を愛でていると、玄関からやたら元気はつらつな声が響いてきたかと思えば、リビングの扉が勢いよく開かれた。

 

「帰ってきたぞ我が子らよぉぉぉおおお!」

 

スーツ姿の男が姿を現すなり、那月と勇を抱きかかえると頬ずりを始めた。

 

「ちょ、ちょっと勇太郎さん!いい加減に私には止めて下さいってば!」

「だが断る!」

 

恥ずかしさの余り、那月が抗議の声を上げるも。一家の大黒柱こと神代勇太郎は、構わず頬ずりをしまくっている。ちなみに勇はキャッキャッとはしゃいでいる。

 

「お帰りなさ~い!お父さん!」

「おお、マイエンジェル勇ゥ!もう、こうしてるだけでハッピーやわぁ!」

 

そういって頬ずりの速度を上げる勇太郎。もうこうなるとどうしようもないので、諦めて溜息を吐きながらなすがままになる那月。

 

「それぐらいにして、ご飯にするからさっさと着替えて来て下さいあなた」

「うほぅ!?」

 

いつの間にか背後に立っていた志乃が、勇太郎の尻を蹴り上げる。

 

「おう、流石我が妻よ。見事な蹴りでゾクゾクするぞい」

「はいはい」

 

恍惚な笑みを浮かべる夫を、適当にあしらいながらキッチンに戻る妻。

そんな妻の冷たい反応に、俺のツボをよく理解しているなどとほざきながら那月と勇を降ろす豚野郎。

 

「よし勇。ご飯を食べたらお父さんとお風呂に入ろう!」

「今日はね那月お姉ちゃんと入る!」

「あ、そうですか…」

 

那月に抱き着きながら無邪気な笑顔を見せる勇の返答に、勇太郎はしょんぼりとする。反対に那月はしょうがないなぁと言いながらも、嬉しそうに勇の頭を撫でた。

 

「しゃあない、母さんと一緒に入るか!」

「嫌ですよ。あなたと一緒に入れる程、家の風呂はでかくないんですから」

 

さも当然のように言い放つ勇太郎に、キッチンから志乃のツッコミが飛んできた。

 

「…いいもんいいもん。1人で入るもん」

 

年甲斐もなくその場に座り込んで、地面に人差し指でノの字を書きながらいじける勇太郎。

 

「お父さん元気出して~!」

 

そんな父親にぎゅ~と抱き着く息子と、相変わらず子供のような人だと呆れ気味な那月。キッチンからは、那月と同じ気持ちなのだろう妻の雰囲気も感じられた。まあ、そこが彼の魅力でもあるのだが。

騒がしくも穏やかな日々。それが彼女のかけがいのない宝物なのである。

 

 

 

 

夕暮れ時の時刻。幼い勇は1人で住宅街の道路を慌てた様子で駆けていた。だが、その速度は同年代と比べものにもならない程早く、大の大人をも優に超えるだろう。

ここ数日、姉である那月は勇の前ではいつものようにふるまってたが。勇は彼女がどこか思い詰めていることを感じ取っていた。

そしてこの日、学校から帰ってきた那月と家で遊んでいたが。恐らく父から連絡を受けたであろう彼女は、勇にお留守番しているよう告げると外出してしまったのだ。

那月の表情から何か事件が起きたと勇は察するが。そういったことは神代家では決して珍しいことではない。

だが、この時の那月の様子はいつもと違い。まるで、何か大切なものをなくす覚悟を決めたかのような表情をしていた。

そのことが忘れられない勇は、言いつけを破って那月の後を追いかけてしまったのである。

 

「那月お姉ちゃん…!」

 

いけないことをしているという自覚はある。それでも、那月の悲しげな顔を思い出すと足を止めることはできなかった。

少しでも早く那月の元へ駆けつけたい。そう想う程体の奥から力が湧き上がり、普段では考えられない速度で走ることができた。

 

 

 

 

夕日に照らされた彩海学園。その屋上に空間転移を用いた制服姿の那月が姿を現す。辺りを確かめるように見回す彼女は、いつもと違う、どこか切迫した様子であった。

 

「――来たな那月よ」

 

静寂に包まれていた屋上に凛とした声が響くと、何もなかった建物の陰から十二単(じゅうにひとえ)を着た火眼の女性の姿が浮き出てくる。

 

「阿夜…」

 

那月をこの場に呼び出した友である火眼の女性の名を、那月はなぜか寂しそうに呼んだ。

 

(オマエ)を迎えにきた那月。これよりこの偽りの世界を破壊する。――(ワタシ)と来い。盟友(とも)よ」

 

まるで迎え入れるように手を差し出す阿夜。

彼女の眼球は、まだ燃えるような真紅に染まっていない。そのせいか今の彼女からは、仙都木優麻と共通した、快活で人懐っこい雰囲気が感じられた。

 

(オマエ)(ワタシ)と同じ…だ。生まれながらにして、悪魔に魂を奪われた純血の魔女。(ワタシ)は我らの呪われた運命を変える。我らを蔑むこの世界を破壊してでもな」

「そのための闇誓書か」

 

優しさを帯びた声で告げる阿夜。だが、対する那月の目には明確な拒絶の色が浮かんでいた。

 

「なぜ、躊躇う?この島の者達に情でも湧いたか?」

 

阿夜が悲観するように声を荒げる。

 

「忘れるな、公社が(オマエ)を自由にさせているのは、汝が監獄結界の管理者として設計(つく)られた道具だから…だ。いずれ汝は永劫の眠りにつき、たった1人で異界に取り残されることになる。歳をとることもなく、誰にも触れることなく。この世界の夢を見ながら」

「…心配してくれるのか。優しいな、仙都木阿夜」

 

阿夜を憐れむように見つめて、那月はかすかに微笑む。

それはかつての友人を気遣う優しい微笑だった。そして決別の表情でもあった。

 

「闇誓書を渡せ、那月。(ワタシ)がこの狂った世界を許さぬ。(オマエ)のためにも」

 

阿夜が十二単(じゅうにひとえ)の袖口から本を取り出す。犯罪組織LCOの総記(ジェネラル)に与えられた禁断の魔術――相手の記憶と時間を奪う固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔導書だ。

 

「私の記憶を奪うか、阿夜」

 

那月が諦観したような口調で訊いた。

闇誓書と呼ばれる魔導書は、既に失われている。那月が数日前に焼き捨てたのだ。その結果、阿夜が引き起こした”闇誓書事件”は収束を迎え、彼女の実験は失敗した。

だが、闇誓書の知識は、那月の脳内の記憶野に今も残されている。その知識があれば、闇誓書を復活させることができる。

例え那月が協力を拒んでも、彼女の記憶を奪えばいい。そのための魔導書を握ったまま、阿夜が最後の警告を放つ。

 

(オマエ)が護ろうとしたクラスメイト達や家族と称した者達も、(オマエ)を置いて年老い、いずれはいなくなる。どこにもいけない汝を置いてな」

「……」

 

那月は阿夜の言葉に微笑んだ。”空隙の魔女”南宮那月が、仙都木阿夜と敵対したのは、彩海学園の同級生達、そして家族として自分に接してくれる人達を護るためだった。人工島管理公社に雇われた攻魔官としてでも、魔女としてでもなく、友情と愛情という不確かなもののために、彼女は犯罪組織の長を敵に回したのだ。

そんな自分を誇るでもなく、自嘲するでもなく、らだ淡々と那月は告げる。

 

「阿夜。私には夢ができたよ」

「夢、だと?」

 

那月の言葉に阿夜は困惑の色を浮かべた。そんな彼女に那月は言葉を続ける。

 

「教師になって多くの生徒の成長を見守り、その背中を押していきたいんだ。あの人達が私にしてくれたように」

 

ある日突然であった2人の男女。どちらも破天荒で、彼らがやることなすことに驚きの連続だったが、それでも楽しかった日々を思い出す那月。

自分の秘密を知っても、それがどうしたと笑って受け入れてくれるどころか、家族として接してくれた。

夢はないのかと聞かれた時。そんなものはないと言ったら、2人してそれでは人生損だと自分を置いて真剣に考え始め。そんな彼らに触発されて自分でも考えるようになると、真摯に相談に乗ってくれた。

例え定められた未来があろうとも、自分の生き方は自分で決められると気づいてからは、生きることが楽しいと胸を張って言えるようになった。

そんな彼らへ少しでも恩を返すために、彼らから教えられたことを未来を生きる若者に教えられる教師を目指そうと心に決めたのだ。

 

「愚かな」

 

清々しさ感させる那月の表情を、阿夜は憤怒の眼差しで睨みつけた。その目眼球が火の色に染まると、彼女の背後にゆらりと顔のない漆黒の騎士が出現する。

対抗するように那月の背後にも、金色に輝く巨大な影が浮かび上がった。

 

「そうすることで、(オマエ)を飼いならそうとする人工島管理公社の策略だとなぜ気がつかない!汝は騙されているのだ!」

 

落ち着きはらった雰囲気を纏っていた阿夜が、怒りに満ちた声で叫ぶ。

自分の知らない存在になっていく友への困惑と、変えてしまった者達への怒りが混ざり合い、不快感となって彼女の心を蝕んでいた。

 

「あの2人とて、(オマエ)を都合のいい道具としか見て「阿夜」――!」

 

感情のままに叫ぶ阿夜の声を那月が遮った。静かに発せられた言葉だが、阿夜の耳にはなぜか鮮明に聞き取ることができた。

 

「それ以上あの人達を侮辱してくれるな。いくらお前でも『許せ』なくなってしまう」

 

今まで阿夜に向けられていた那月の優しい眼差しが、鋭く怒りを含んだものへと変わる。

阿夜が大切な人達を危険に晒そうとも、那月は彼女に怒りも憎しみも抱いていなかった。だが、恩人達の偽りなき善意を汚すことまでは許容することはできなった。

 

「……」

「……」

 

睨み合ったまま動かない両者。

魔女同士の戦闘は、正面切っての魔力のぶつかり合いではない。相手の隙を衝き、騙し合い、一瞬でも早く相手に攻撃を届かせた方が勝利する。

一見すれば、何もせずただ睨み合っているだけだが。その裏では相手の行動を予測し、先手を取る機会を伺う高度な駆け引きが行われていた。

那月も阿夜も互いの手の内を知り尽くしており、うかつに手を出せば反撃され敗北が決まるだけに動けずにいた。

永遠と思えるような静寂の中。それを打ち破るように、屋上と校舎を繋ぐ扉が開かれる音が那月の背後から響いた。

 

「那月ちゃん――!」

「ッ!勇!?」

 

扉が開かれると同時に屋上に足を踏み入れた勇の声に、反射的に那月は振り返ってしまった。

 

(ル・オンブル)!」

 

そして、その隙を阿夜が逃す筈はなかった。彼女が命じると、漆黒の騎士が手にしていた剣を投擲した。

高速で投げ出された剣は那月――にではなく、彼女の背後にいる勇へと向かっていく。

 

「くッ!輪環王(ラインゴルト)!!」

 

那月が素早く自身の守護者を勇の目の前に転移させ、黄金の騎士が飛来した剣を弾く。

だが、そのために無防備となった那月に。阿夜は指で空間に文字を書くようにして魔術を発動させた。

那月の体に魔術的な文字が浮かび上がると。体の自由が奪われていき、那月は地面に両膝を突いて倒れてしまう。そして、制御が不可能となった守護者の姿が薄れていき消滅してしまう。

 

(ワタシ)の勝ちだ那月…」

 

動けなくなった那月へと、阿夜がゆったりとした足取りで迫る。その手には固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔導書が握られている。

 

「那月ちゃん!?」

 

事態が呑み込めず呆然としていた勇が、本能的に那月に駆け寄ろうとする。

それを見た阿夜が、自身の守護者に勇を捕まえさせる。

 

「あう!?」

「勇ッ!」

 

首を掴まれ持ち上げられた勇が苦悶の声を漏らすと、那月が悲鳴じみた声を上げた。

 

「よせ、阿夜!その子には手を出すな!」

「…なる程。そやつが神代勇太郎と神代志乃の子か」

 

那月の反応から勇のことを推測した阿夜は、冷めきった目を勇に向けた。

 

「奴らに払わせる代償としは十分だな」

「阿夜…!」

 

阿夜の意図を察した那月が、顔だけを動かして睨みつける。

その視線をものともせず阿夜が命じると、漆黒の騎士が勇の首を掴んでいる手に力を込めていく。

 

「――ぅ、ああぁ…」

 

気道を塞がれていき、苦悶の声を漏らす勇。掴まれている手を両手で離そうとするも、幼子が魔女の守護者に敵う筈もなく、ジタバタともがくだけとなる。

 

「止めろ、止めてくれ阿夜…。お前に協力する、何でもするから勇を傷つけないでくれ…」

「…いいだろう」

 

額を地面に擦りつけながら震えた声で懇願する那月。そんな彼女を見て、阿夜は守護者を止めさせる。

 

「――ん、なさい」

「勇…」

「ごめん…な、さい…。お姉ちゃんが…悲し、そうな顔…してたから…心配、で…力になって、あげたくて…」

 

涙を流しながら告げる勇に、那月は胸を締め付けられる感覚に襲われる。

友と敵対することに抵抗がなかった訳ではなく、何度も迷い躊躇い、それでもこの島に住む大切な人達を護ることを決意したのだ。

そのことで勇に心配をかけないように振舞っていたが、それが逆に彼をこの場に向かわせてしまった。自分を顧みず、誰かのために手を差し出せる優しい子なのだ。

隠さず素直に話していれば、心配こそしても、自分のことを信じて帰りを待ってくれていただろう。そんな弟を信じきれなかった自分の愚かさが、このような事態を招いてしまったと、那月の目から涙が零れたのだった。

 

 

 

 

「(僕のせいだ…)」

 

倒れ伏す那月の姿を見て。勇は阿夜の守護者に首を掴まれながら、己の過ちを後悔することしかできなかった。

全ては自分の愚かな行いの結果だった。那月の言うことを聞いていれば、今頃は彼女が事件を解決して、いつもの日常が戻っていたのだろう。

大切な人のためにと行動した結果、逆に苦しめることとなったことに、胸が締め付けられる感覚と共に涙が流れ出た。

 

「(どうにかしないと…)」

 

このままだと楽しかった日常が永遠に失われる。幼いながらも漠然と勇は、そう感じ取ることができた。

だが、5歳児である勇にこの状況できることなどある筈もなく。自分の無力さを認識させられるだけであった。

 

「一歩を、踏み出す…勇気」

 

それでも諦めたくない勇は、以前父が話していた言葉を思い出したのだった。

 

 

 

 

「なあ、勇」

「何、お父さん?」

 

ある日の休日。家の近くの公園で、勇を膝に乗せながらブランコを漕いでいた勇太郎が、不意に勇に話しかけた。

 

「我が家には、先祖代々伝わる言葉があるんだ」

「先祖代々?」

 

言葉の意味が解らず、首をこてんを傾ける勇。

そんな息子に、あ~とどのよう説明するか少し思案する勇太郎。

 

「俺の親父や爺ちゃん。そのまた親父や爺ちゃんって意味だ。まあ、とにかくとても大切な言葉だ」

「ほんと!どんなのどんなの!」

 

父の言葉に目を輝かせる勇。そんな息子の頭をブランコを止めて撫でる勇太郎。

 

「『一歩を踏み出す勇気』だ」

「一歩を、踏み出す勇気…」

 

言葉を忘れないように、優しく包み込むように反復する勇。

 

「どんな大変なことや悲しいことがあっても。それに負けないために、まずは最初の一歩を踏み出すことから始めよう。そうすれば、大抵のことはなんとかなるさって意味だ」

「おお、なんかかっこいい!」

 

意味は深かくは伝わっていないのだろう。それでも、幼き獅子の胸に刻まれたことに満足した様子の父は、勇を背中から抱えてブランコから立ち上がった。

 

「さあ、そろそろ夕食の時間だから帰ろう」

「うん!」

 

勇を肩に乗せて肩車の状態で歩き出す勇太郎。勇はこの態勢が一番のお気に入りのため、上機嫌に鼻歌を歌っている。

 

「勇。お前には特別な力をい持っているんだ」

「特、別?」

 

再び言葉の意味が解らず、首をこてんを傾ける勇。

 

「ああ、多くの人の笑顔を護れる力だ。これも先祖代々伝わるものだ」

「ね、ね!じゃあ、僕もお父さんみたいなヒーローになれるの!」

 

常人離れした力で、日夜人々の平和を守っている父は。まさに勇にとってテレビに出てくるヒーローそのものなのである。

 

「なれるとも。お前が諦めない限りな」

「ほんと!なる!僕もヒーローになる~!」

 

キャッキャッと頭の上ではしゃぐ息子に、勇太郎は誇らしげに笑うのであった。

 

 

 

 

「(諦め、ない!)」

 

涙は止まり目を見開いた勇は、自分を掴んでいる阿夜の守護者の手を掴んだ。その目には父と同じく勇気の灯が宿っていた。

 

「む?」

 

阿夜が異変に気づき、自分の守護者へと目を向けると、その目に驚愕の色が浮かんだ。

 

「なっ!?」

 

勇を掴んでいた黒騎士の手が、その勇によって徐々に押し広げられていっているのだ。

 

「こんなことが…!?」

「いさ、む?」

 

予想外の光景に阿夜と那月は唖然としてしまう。

神代の血を引くとはいえ幼子である勇が魔女の、それも上位に位置する阿夜の守護者に対抗することなどありえないことだった。

そして勇の体から、最初は微弱に感じられた霊力がみるみると膨大していき。その影響で周囲のコンクリートに亀裂が広がっていく。

 

「あぁぁあああああああああ!!!」

 

勇が力の限り叫ぶと、爆発するように放出された霊力によって。掴んでいた黒騎士が弾き飛ばされ、フェンスに激突してめり込んだ。

 

「くっ!?」

 

阿夜自身も、解き放たれた霊力の波動に吹き飛ばされそうになり、咄嗟に防壁を張って耐え凌ぐ。

そして。その波動は、那月を縛り付けていた術式を打ち消すのだった。

 

「ッ!輪環王(ラインゴルト)!!」

 

黒騎士の手を離れたことで地面に落ちようとしていた勇を、再び呼び出した自身の守護者に受け止めさせる那月。

そして、怯んでいる阿夜を、周囲の空間に描いた魔方陣から呼び出した鎖で拘束した。

 

「くッ!那月ィ!!」

 

鎖が巻き上げられ、阿夜の体が魔方陣へと引き込まれていく。鎖によって力を封じられた彼女に、抗う術はない。

 

「許しは請わない。恨んでくれ阿夜」

(ワタシ)は、諦めんぞ那月!必ず(オマエ)をッ…!」

 

悲痛な表情で魔方陣の奥へと消えていく阿夜に、那月も悲痛な表情で見つめていた。

阿夜の姿が魔方陣と共に消えると、那月は静寂に包まれた屋上で暫く呆然としていたが。ハッと勇のことを思い出し、守護者に抱えられている彼の元へ駆け寄った。

 

「あ~う~」

 

グルグルと目を回しながら伸びている勇。どうやら急激な霊力の放出に、まだ幼い体への負担が大きかったようである。

幸い大事には至っていないようで、那月はホッと胸を撫でおろすのであった。

 

 

 

 

「うぅん…」

 

勇が目を覚ますと。見慣れない天井が視界一杯に広がる。

 

「うにゃぁ…」

 

暫くぼ~と寝ぼけていたが、ハッとしたように上半身を起こす勇。

 

「那月お姉ちゃん!那月お姉ちゃんどこ!?」

 

あわあわと辺りを見守すが他に人の姿はなく、今自分がいるのが病室であることしか分からなかった。

何も分からない恐怖と不安で泣き出しそうになった時、部屋のドアがノックされた後、開かれた。

 

「勇?」

 

部屋に入った制服姿の那月は、勇が目覚めていることに気がつくと。安堵したような表情で駆け寄るとギュッと抱きしめた。

 

「よかった。無事で本当に…」

「那月お姉ちゃんは?お姉ちゃんは大丈夫?」

「ああ、私は大丈夫だ」

 

その言葉を聞いてホッとしたかと思えば、涙を流し始める勇。そんな弟にギョッとして慌てだす那月。

 

「ど、どうしたんだ勇!?どこか痛いのか!?」

「だって、僕のせいで、お姉ちゃんに迷惑かけちゃった…から…」

 

俯いて掠れた声で話す勇に、那月は今度はそっと抱きしめながら頭を優しく撫でる。

 

「お前は悪くない。悪いのは私だ。お前を信じきれなかった私が悪いんだ」

「でも…」

「なら、互いに迷惑をかけてしまった。だから、これでおあいこだ」

「うん…じゃあ、おあいこ」

 

どうにか納得した様子で、那月の胸に顔を埋める勇。そんな弟の頭を那月は、もう一度優しく撫でた。

暫くそうしていると。再び部屋のドアがノックされた後、開かれた。

 

「入るぞ。む、おお!勇起きたのかぁああ!」

 

部屋へと入ってきた勇太郎が、勇目覚めていることに気がつき、飛び込むと那月もろとも抱きしめた。

 

「ちょ、勇太郎さん。なんで私まで!?」

「そこにお前がいたから」

「なんですかそれ!?」

 

羞恥心で頬を赤くしながら不満をぶつける那月に、勇太郎はさも当然のように答えた。ちなみに勇は、そんな2人に挟まれながらキャッキャッとはしゃいでいた。

 

「嬉しいのは分かりますけど、病院ではしゃぎすぎないで下さいねあなた」

 

勇太郎の後に続いて入室していた志乃は、お見舞いのリンゴを剥きながら、家族の一時を愛おしそうに見守っていたのだった。



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第十四話

前回のあらすじ

過去の幻影

 

「……」

「お目覚めか神代勇」

 

目覚めと同時に、鉄柵の向こう側に不敵な笑みを浮かべている仙都木阿夜が視界に入った。

いや、よく見れば鳥籠のような物の中に俺はいるのか。しかも今いるのは学校の教室、それも彩海学園のときたものだ。

 

「気分はいかがかな?」

「……」

 

体を動かそうとするも、魔術で強化されたと見られる鎖で雁字搦めにされていたので。不機嫌さを隠さず睨みつけると、満足したような趣で口角を吊り上げやがった。

 

「神代先輩!」

「姫柊、それに那月ちゃんも…。休んでいる間にかなり面倒なことになってるみたいだな」

 

横から聞き慣れた声がしたので視線を向けると、同じように籠に囚われている姫柊と眠っている様子の那月ちゃんがいた。

 

「で、わざわざ俺達を檻にぶち込んで何をする気だよ仙都木阿夜?」

「実験だよ。この世界が偽りのものであることを証明するためのな」

「偽りだと?」

 

自分の発言に怪訝そうな顔をしている俺と、困惑の色を見せる姫柊を見て、上機嫌な様子の仙都木阿夜。

そんな折、校舎全体が揺れ建物を支えている鉄骨が軋む音が響く。

 

「島を支えている魔術が弱まっている?そうか、闇誓書か…。複製がお前の特技だったか」

「如何にも。奪った那月の記憶から再現したものだ」

 

書記(ノタリア)の魔女”の通り名通り、魔導書本体が物理的に失われていようとも。内容さえ覚えていればその力を復元することができる。それが仙都木阿夜の能力なのである。

 

「その力を持って、この島から(ワタシ)以外の異能を消し去った。最も、お前達の力だけは例外だがな。だからこそお前達を実験の立会人――観測者に選んだのだよ、姫柊雪菜、そして神代勇」

「……」

「抵抗しようとしても無駄だ。その鎖は、お前のためだけに用意した特別制だからな」

 

自慢げに語る仙都木阿夜に腹が立つが、ほんとにビクともしない強化し過ぎだろうが。まあ、逆を言えばそれだけ俺を恐れていることの裏返しだがな。

 

「この世界が偽り、とはどういう意味ですか?」

 

姫柊が仙都木阿夜に問いかける。絃神島が崩壊する音を、心地よさげに聞いていた魔女は、そんな彼女を見て愉快そうに微笑んだ。

 

「不思議…か剣巫?」

 

モノクロームの十二単(じゅうにひとえ)を揺らして、仙都木阿夜がゆっくりとこちらへと向き直る。

 

「ならば問おう。(オマエ)は、今のこの世界の姿を正しいと思うのか?人が平然と魔術を行使し、吸血鬼や獣人が闊歩するこの世界…が」

「魔女であるお前がそれを言うのかよ」

 

奴が語る異端の存在の一端である魔女自身が、その世界を否定するとは奇妙としかいいようがない。

 

「だからこそ言えるのだ。この世界が偽りであるとな。お前達は魔術や魔族が、存在する理由を疑ったことはないのか。たった1人の吸血鬼に、巨大な都市を壊滅させられる力が――まして、それを人の身でありながら打ち倒せる者が存在する、このアンバランスな世界が」

 

怒気さえ感じられる目で、俺を睨みつけてくる火眼の魔女。

 

(ワタシ)はずっと考えていた。魔術も魔族も、本来は人の想像の中にしか存在しないものではないのかと。それらが存在しない世界こそが、在るべき正しい姿ではないかと」

「ですが、現実に異能の力は存在します。例えそれが間違っているとしても…」

 

姫柊が異論を唱えると、仙都木阿夜は唇の端を吊り上げて笑う。

 

「そうだ。だから、この世界は偽りであると言っている」

「確かにそうなのかもしれません。でも、その世界で人類は生きてきたんです。何千年も」

 

姫柊の言葉を聞いた火眼の魔女が、不意に真顔で首を傾げた。

 

「何千年も…か。本当にそうかな?」

「どういう意味ですか」

「世界五分前仮設という考え方を、知っているか?」

 

仙都木阿夜に聞き返された姫柊は知らないようで、俺なら知っているかといった感じの視線を向けられたので。さあ?と肩をすくめて返した。

そんな俺達を火眼の魔女は蔑むでもなく、淡々と説明しだした。

 

「――世界が今のような姿になったのは、ほんの五分前の出来事で、それ以前は存在していなかったという仮説だ。人間の記憶も歴史も、過去の記録や建造物も、すべて五分前に何者かによって生み出された、と」

「…ただの仮説…証明できない思考実験ですね」

 

溜息混じりに指摘する姫柊の言う通り。その仮説を否定も肯定もすることができない。どちらに対しても明確な証拠を提示することができないからだ。そう、本来なら――

まるで姫柊の反応を待ってましたと言わんばかりに、愉しそうに笑う仙都木阿夜。

 

「確かに仮説だ。だが、証明する方法はある。実際に(ワタシ)が、世界を好きなように創り出してみせれば、それが可能であることに疑いの余地はなくなるだろう?」

 

その言葉の意味を理解すると同時に、そのくだらなさに舌打ちする。

 

「ふん。それで闇誓書で実験してみようって訳か。迷惑はなただしいな」

「そう…だ。世界を(ワタシ)の望みのままに書き換える。これはそのための実験だ」

「どうして絃神島でそんな危険な実験を…!?」

 

顔を青ざめた姫柊が怒気を孕んだ声で、火眼の魔女に問いかける。

 

「ここは”魔族特区”――魔術がなければ存在すらしなかった人工の島。いわば狂った世界の象徴だ。我が実験に、これほど相応しい舞台もあるまい?」

 

仙都木阿夜がつまらなさそうに説明する。なぜそんなことを訊くのかと言いたげな顔をしていた。

 

(オマエ)らもその目で見たであろう、剣巫――そして、神代勇?我が盟友(とも)、南宮那月に奴らがどのような仕打ちを続けてきたかを――!」

 

仙都木阿夜は憎悪を抑えきれないのか、呼吸を乱し。ここにはいない者達を呪い殺さんばかりに叫んだ。

 

「お前、那月ちゃんのために…」

 

俺はそんな奴の視線から逃げることなく受け止める。考えれば、監獄結界で那月ちゃんの記憶を奪っただけでその場から逃がしていた。殺してしまえば憂いもなくなる筈なのに。今だって捕らえるだけで何もしようとしていない。

10年前から那月ちゃんの定められた運命を憂いて、それにあいつなりに抗っているのかもしれない。それでも――

 

「だからって、こんなことをして那月ちゃんが喜ぶかよ!なんのために、お前を監獄結界に閉じ込めてまで止めたと思ってやがる!自分のために、友達に罪を犯してほしくなかったからだろうが!!」

 

友と敵対してまで止めにることを選んだのは。大切な人達を守りたい思うのと同じくらい、友達に誤った道に進ませたくなかったからだ。

 

「お前が那月ちゃんの友達でいたいなら、今すぐこんなことは止めろよ!」

「黙れ!那月を狂わせた元凶の1人が知ったような口をきくな!!」

 

火眼の魔女は俺の言葉を遮るように叫んだ。その目には、10年前と同じく俺個人への深い憎悪を孕んでいた。

俺はそんな奴の視線から逃げることなく受け止める。那月ちゃんのためにもこいつに負けるわけにはいかない。

 

「那月ちゃんを狂わせただと?」

「そうだ。貴様の父と母に出会ってから、あ奴は変わっていった。悲観していた運命を、苦ではなくなったと言うようになってしまった!そして、貴様のために贄になることを受け入れたのだ!!」

 

恨みつらみを吐き出すように叫ぶ仙都木阿夜。

 

「仙都木阿夜」

「何だ剣巫?」

 

不意に割って入ってきた姫柊を、仙都木阿夜ギロリと睨みつける。その気迫にたじろぐも、姫柊は意を決した様子で口を開いた。

 

「あなたは嫉妬しているのですね。神代先輩とご家族に」

「嫉妬?」

 

姫柊の言葉に、思わずキョトンとした顔を向けてしまう。

対する仙都木阿夜は、俯いたまま何も言わなくなってしまった。

 

「ええ。前向きに生きようとするように南宮先生へ変えていったことへ。そして、いずれ南宮先生が自分のことを忘れてしまうかもしれない。そのことに恐怖したあなたは…」

 

話の途中で、いきなり仙都木阿夜が地面を思いっきり踏みしめた音が遮った。

 

「…ま、れ」

「?」

 

火眼の魔女は小刻みを体が震えており、掠れた声で何かを呟いた。

 

「黙れェ!!」

 

ガバァッ!という擬音が聞こえそうな勢いで顔を上げた仙都木阿夜は。今まで知的なイメージイメージだったのが、まるで別人のように叫び出した。

 

「え、ちょ…」

「ああ、そうだ。嫉妬したさ!暫く合わない内に、自然に笑えるようになった那月を見てな!(ワタシ)がどんなに願って努力しても叶わなかったことを、どこの馬の骨とも分からん者共が果たしたことが許せなかった!」

「仙都木阿夜、さん?」

「何より許せなかったのが、そんな者共が那月が生贄になることをよしとしたことだ!!」

 

拳を握り締めて語りだす火眼の魔女に、俺も姫柊も唖然としてしまう。

ぜぇぜぇと息を切らしていた仙都木阿夜は、ハッとした様子でコホンと誤魔化すように咳ばらいをした。

 

「…闇誓書の起動には”魔族特区”を流れる龍脈(レイライン)と、星辰(せいしん)の力を借りる必要があった」

「いやいやいや。もう取り繕うとしても手遅れだよ、今ので色々と崩れたぞ、オイ」

 

キリっとした顔で、何事もなかったかのように話を進めようとする仙都木阿夜に、思わずツッコミを入れてしまう。

 

(ワタシ)が、十年もの間、監獄結界に雌伏していたのは星辰の配置を待つためだ。残り一晩――波朧院フェスタあ終わるころには、(ワタシ)の世界は消滅する」

「神代先輩、彼女このまま押し切る気ですよ!?」

「なんて奴だ…」

 

目の前の魔女の胆力に、いろいろな意味で戦慄を覚える俺達。

 

「もちろん、この島はその前に海に沈んでいる筈だ。我が仮説を証明するためには、その程度の実験の成果は必要であろうよ。無論(オマエ)らも沈め、必ず沈め。どんな手を使っても沈めてやる」

「神代先輩、彼女何がなんでも証拠を隠滅する気ですよ!?」

「なんて奴だ…」

 

目の前の魔女の執念に、いろいろな意味で戦慄を覚える俺達。

 

「…この魔力!?」

「ん、来たか」

 

仙都木阿夜は驚いたように窓の外を見る。俺は待ち人が来たことに思わず口角を吊り上げた。

 

凄まじく濃密な魔力の波動が、校内の大気を揺るがしている。

 

「馬鹿な」

 

吐き捨てるように言いながら、俺達を籠ごと連れて校庭に転移した。学園の周囲を取り巻いているのは銀色の霧であった。

濃霧に遮られて、外の景色は何も見えない。いや、街そのものが霧に変じている。俺達のいる学園は、仙都木阿夜が張ったのだろう結界によって防がれていた。

そして、俺はこの状況を生み出した元凶を知っているのだ。

 

「次はお前が目覚めたのか」

「神代先輩、これって…!」

 

期待を込めた目でを向けてくる姫柊。どうやらおおよその検討はついているようだ。

 

「そう。第四真祖が従えし12体の眷獣が1体”甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”さ」

 

視線を向ける先には、巨大な甲殻獣が佇んでいた。普通なら霧に隠れて見えないが、俺には問題なく見えている。

4番目の眷獣、甲殻の銀霧《ナトラ・シネレウス》は宿主だけでなく、周りの生物や物質をも霧に変える能力を持つ。それもこの島を軽々と呑み込める程の範囲を纏めてだ。

今の絃神島は人も建物も霧と化して世界に溶け込んでいる。これによって重力の影響を免れたことで、崩壊現象が止まっている。

 

「第四真祖だと?ありえん。奴の力は既に…!」

 

俺の言葉が聞こえたようで、困惑の色を隠せない様子の仙都木阿夜。その反応に思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「そこをどうにかしちゃうのが、あいつの凄いところなんだよなぁ」

 

火眼の魔女が意味が分からないと言いたそうな顔をすると同時に、結界に亀裂が入っていく。

 

「――“疾く在れ”(きやがれ)、三番目の眷獣”龍蛇の水銀”(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

結界を空間ごと喰い千切り現れたのは、次元喰い(ディメンジョン・イーター)である絡み合う水銀色の双竜。

双竜がぶち壊した校門を悠然と潜りながら古城が姿を現す。

そして、次元喰い(ディメンジョン・イーター)が咆哮をあげながら俺達を捕らえていた鳥籠を噛み砕いた。そう。次元喰い(ディメンジョン・イーター)がである。まあ、何が言いたいのかというと――

 

「あッッッッッぶねェェェェェェ!!!」

 

限界まで身を縮めると、次元の狭間に通じる(あぎと)が眼前を通り過ぎていく。その恐怖や筆舌に尽くし難い程である。いや、マジでしゃれにならんからな!?

 

「暁…先輩…!」

 

姫柊も助けられた喜び世よりも、恐怖体験をしたことへの避難の色が強かった。

そんな俺達をみて、慌てて眷獣の実体化を解いた。あの双龍『面白い顔見れたから帰る』って俺に向かって言いながら、満足げに消えやがった。あんにゃろぉ…覚えてろよ…。

 

「…よもや結界を喰い破って、(ワタシ)の世界の中核(コア)にまで入って来るとはな。土足で自分の部屋を踏み荒らされた気分…だ」

 

仙都木阿夜は、忌々しげに古城を睨む。

古城古城は真っ向からその視線を受け止め、白い牙を剥いて不敵に笑った。

 

「言っとくけどな、ここは俺らの学校だからな。普通に考えて、侵入者はあんたの方だろ、仙都木阿夜」

「…ぬ」

 

古城の言葉に、火眼の魔女に微かな動揺が見えた。奴と那月ちゃんが、最後にこの地で言葉を交わした時の長さを、実感でもしたのか。

 

「――雪菜!大丈夫?変なことされなかった?」

 

膝立ちで那月ちゃんを庇ってくれていた姫柊に、仙都木優麻に肩を貸しながら古城の後に続いていた煌坂が声をかけていた。

そんな両者の姿を見た姫柊の目から光が消えた。なぜなら仙都木優麻は薄い患者着だけを身に着けており、煌坂に至っては、まるで情事の直後のように着衣が乱れていたからである。まあ、甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)呼んでいる時点で予想はついていたけどな。

 

「紗矢華さん…シャツのボタン、掛け間違ってます…」

「へ!?」

 

徹底的に感情を押し殺した声で姫柊さんが指摘すると、顔を真っ赤にして煌坂は慌てて胸元を隠した。そんな彼女に那月ちゃんを預けた姫柊さんが、こちらへ歩み寄ると俺を縛っていた鎖に雪霞狼を触れさせた。

これで鎖の強化魔術が消え去ったので、力づくで引き裂いて拘束を解くことができた。

 

「サンキュ姫柊」

「いえ。それより先輩。この件が終わったらお話があります」

「ヒッ!?」

 

感情を殺した目を向けながら、冷え切った声で出廷宣告する姫柊さんに。蛇に睨まれた蛙状態になる古城氏。

 

「にしても古城さ。なんでお前吸血鬼の力を使えるのさ?」

 

煌坂と仙都木優麻の血を吸って、甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)を掌握したんだろうが。そもそも闇誓書のせいでただの人間になってた筈なのに。

 

「あ~、それはだなぁ…」

「実は優麻さんは仙都木阿夜のクローンだったんです。だから彼女の血を吸ったんですよね先輩?」

「な、なんでそんなに怒ってるんだよ姫柊!?」

 

養豚場の豚を見るかのような目で、槍の矛先を突きつけながら問いただす姫柊さん。この事件が無事解決しても古城は助からんかもしれんね…。

 

「えっと。だから彼女の血を吸えば、暁古城の力が戻るって言うからし、仕方なくなのよ雪菜!」

「それで、紗矢華さんの血は?」

「え!?いや、それは暁古城が血が足りないからって…」

「仕方ないだろ!大怪我してるユウマから、あれ以上もらう訳にはいかなかったんだから!」

 

フォローに入った煌坂氏も巻き込んで、地雷原でのタップダンスが始まった。なんか見慣れてきたねこの光景。

まあ、つまり。仙都木阿夜と同一の存在といえる仙都木優麻は闇誓書の影響を受けなくて、その彼女の血を取り込んだから古城も影響を受けなくなったのね。

 

「そういや、リアはどこ行ったんだ?」

 

キョロキョロと辺りを見回すも、古城らと共にいた彼女の姿が見えなかった。

 

「王女なら『あの魔女をギャフンと言わせます』とか言って。クリストフ・ガルドシュとどこかに行っちゃって…」

 

深い溜息を吐きながら説明してくれる煌坂。護衛対象が勝手にどこか行かれればそうなるわな。

 

「あ、これ預かってるわよ」

「お、獅子王じゃん。ありがとう」

 

手渡された獅子王を腰に差す。うっしこれで準備万端だな。

 

「…なる程。その人形の存在を失念していたな。少々詰めが甘かったか」

 

どうやら俺と同じ結論に至ったらしい仙都木阿夜が、忌々しそうに娘を見下ろす。いや、元から奴は娘とは見ていないのか。

 

「策士策に溺れるってか。彼女のことを道具としか見てなかったツケだな」

 

仙都木優麻をただの道具として生み出したとうだが、彼女には確かな自我を持っていた。そのことを計算に入れなかった時点で奴の計画は破綻してたのかもな。

 

「フッ。もう勝ったつもりでいるのか神代勇?第四真祖が力を取り戻そうが、この地は今だ(ワタシ)の世界の中ぞ!」

 

そういって仙都木阿夜が、虚空に指で文字を描いていくと。その輝きが、虚空から次々に人の形を浮かび上がらせる。

 

「あいつらは、LOCの魔女と脱獄してた連中か?」

 

現れた連中の顔には見覚えがある。今回の事件の実行犯と監獄結界から逃げ出した奴らだ。

 

「記憶を元に、魔導犯罪者達を新たに創り出した…!?」

 

目の前で起きた現象に姫柊が愕然と呟いた。命まで生みだすたぁ、これも世界を書き換える闇誓書の力ってやつか。

 

「ま、だからなんだって話だけどな」

 

一見すると不利な状況かもしれんが、俺達に恐怖はない。取り囲んでいるのはどれもこれもただ形を真似ただけの人形。そこに魂と呼べるものは感じられなかった。

 

「姫柊は休んでな。その怪我じゃ満足には戦えんでしょ」

 

彼女の体はあちこちに傷ができており。なんともないように振舞っているが、無理はさせたくない。

 

「いえ、大丈夫で――ッ!」

 

問題ないことを示そうとしたのか、雪霞狼を軽く振るおうとするも。痛みで槍を落として片膝を着いてしまう。そんな彼女に煌坂が慌てて駆け寄った。

 

「雪菜!?やっぱり千雨って女と戦った時の傷が…」

 

そうか、彼女とやりあったのか…。なら、なおさら休ませないとな。

 

「無理すんなって姫柊。俺達を信じて待ていてくれ」

「…はい」

 

古城に諭されて渋々といった感じだが納得してくれた姫柊。

 

「さて、んじゃ行きますか!」

「おう!」

 

俺は獅子王を抜刀し獅子の鬣を纏い、古城は魔力を放出して自身に宿る眷属を呼び出す。

 

「そんな搾りカスみたいな連中で、俺達が止められると思うのかよ、モノクロ女!疾く在れ《きやがれ》、双角の深緋(アルナスル・ミニウム)――!」

 

顕現した双角獣(バイコーン)が衝撃波を放つと、俺達を囲んでいた奴らは舞い散る木の葉のように吹き飛んでいった。



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第十五話

前回のあらすじ

再生怪人の法則

 

古城が眷獣を召喚した頃、彩海学園高等部の校舎内に侵入している者達がいた。

 

「…ふむ。これなら問題なさそうだな」

 

その1人であるガルドシュが、廊下の角から覗き見ながら呟く。その頭部には暗視ゴーグルのような装置を装着し、背中には軍隊で使われるタイプのバックが背負われていた。

 

「ええ。仙都木阿夜の意識が古城達に向いている今なら、わたくし達だけでも大丈夫でしょう」

 

同じ装置を頭部に装着したラ・フォリアが、進行方向に仕掛けられた魔術を分析する。彼女が使っているのは、アイランド・ガードにて開発されている魔術等を用いらずに、魔力や霊力を探知できる装置である。勇太郎に頼んで拝借したものである。

魔術を起動させないよう注意しながら、ガルドシュを先頭に廊下を進み、避けて通れないものは、彼がゴーグルと共に借り受けた解除ツールを使用し解除していく。軍人だった頃から使っていたスキルなだけに、その手際は実に鮮やかであった。

2人の目的は、今回の事件の元凶となっている闇誓書。その模写を破壊することである。

 

「それで王女よ。本当にこの先に闇誓書の模写があるのか?」

 

ガルドシュが半信半疑といった様子で、前を歩くラ・フォリアに問いかける。

勇が仙都木阿夜に連れ去られた後。彼女に連れられ、古城達が学園の結界を破壊したのと同時に、校舎に潜入したが。肝心の模写がどこにあるのかまでは掴めていなかったのだ。

 

「ガルドシュ。あなたは何故仙都木阿夜がこの学園で実験を始めたと思いますか?」

 

ラ・フォリアの言葉に、ガルドシュはふむ、と歩みを止めず思考する。

 

「ここでなければなければならない理由があったのではないのか?」

「いえ。この島内であればどこでも闇誓書の起動は可能なのです。わざわざこんな人目につく所で行う必要はありません。合理的に考えれば地下にでも潜っている方が安全です。自分や例外以外の異能の力が使えないと言っても、他の方法で破壊される可能性があるのですから」

 

確かに彼女の言うことも最もだ。魔術は使えなくても、爆弾でも使って物理的破壊することはできるのだ。現にこうして自分達が破壊しようとしているのだから。

 

「では、なんのために?」

「ここ彩海学園は、那月の母校なのだそうです。そして、10年前の事件で仙都木阿夜と完全に決別した場所でもあります」

「…つまり、感傷に浸ってここを選んだと?」

「彼女も人の子、ということでしょうね。彼女の計画は綿密に練られていました。なのに、合理性に欠けた行動が見られている。那月を殺そうとしないのが最たる例です」

 

そう言いながら、ラ・フォリアは1年B組と表記された教室の前で足を止めた。

 

「ここは…」

「勇の所属するクラスであり。10年前の事件当時、那月が所属していたクラスです」

 

感慨深そうに話すラ・フォリア。姉が通っていたクラスに時を経て弟が通っているというのも、縁なのかもしれない。

ガルドシュが扉にトラップがないか確認してから開けると。暗闇に包まれた室内で黒板に描かれた文字が不気味に発光していた。2人は、室内のトラップに気をつけながら黒板の前まで移動する。

 

「これが模写か」

「…やはり、魔術による防壁で守られていますね。お願いします、ガルドシュ」

 

ゴーグルで黒板に施された魔術を解析したラ・フォリアが、ガルドシュを呼ぶと。彼はああ、と答えながら背負っていたバックを降ろすと開く。その中にはC-4と呼ばれるプラスチック爆薬が詰められていた。

 

 

 

 

複製された脱獄囚共を薙ぎ払った双角獣は、なお止まることなく破壊の限りを尽くす。

撒き散らされた暴風と衝撃波が校舎の窓を全て砕き、校舎をも破壊しようとする。

現状の古城では、島を霧化させている甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)の制御もあり。双角の深緋(アルナスル・ミニウム)まで手が回らないのだろう。

 

「ちょっと、古城さんよ!カッコつけた割に手綱握れてねーじゃねえか!このままじゃ那月ちゃんに吊るされるぞ!」

「分かってるよ!けど、こいつら隙あれば暴れようとするんだよ!」

 

古城に発破をかけるも、これまでの戦いで疲弊しているせいもあって、上手くいかないようである。事件が解決しても、校舎がなくなりましたじゃシャレにならんぞ!?

そんなことを考えていると。虚空に出現した光輝く文字の羅列が、双角獣の暴風を遮断した。その隙に古城は制御を取り戻した。

 

「古城の眷獣を抑えるかよ!」

 

闇誓書で作り出した世界では、仙都木阿夜はそれだけの力を持つってことか。

 

「だがなぁ!」

 

奴を取り巻く文字の障壁目がけて獅子王を振るうと。障壁がガラスが砕けるようにして砕け散る。

対して仙都木阿夜は動じた様子もなく、新たな魔法文字を虚空に描くと突風が吹き荒れ飛ばされそうになるのを、獅子王を地面に突き刺し耐える。

 

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)

 

古城の命に従い双角獣が衝撃波を放つと、突風が打ち消される。

その隙に一気に駆けだし獅子王を振るうも、仙都木阿夜は転移魔法で上空に逃れる。

 

「…流石に、第四真祖と神代の血筋を同時に相手にするのは厄介だな。ならば…」

 

余裕を見せた態度を取りながら、仙都木阿夜が袖口から取り出したのは、一冊の古い魔導書だ。あれが、那月ちゃんの固有堆積時間(パーソナルヒストリー)奪ったのか!

そして、奴が指をならすと俺達の周囲で爆発が起き。巻き上がった砂塵で視界が塞がれる。

 

「うおっと!?」

 

背後から殺気を感じて前転すると、顔のない黒騎士がさっきまで俺のいた空間に剣を振るう。仙都木阿夜の守護者か!

すぐに反撃しようとするも、不意に足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから飛び出してきた鎖に雁字搦めにされる。

 

「ッ!?罠か!」

 

この場所は先程あの魔女が立っていた場所か!奴め、始めっからこれを狙って魔法陣を仕掛けてやがったな!爆発の目くらましはそれを悟らせないためのものか!

 

「相手を騙し、手の平で躍らせる…。それが魔女ぞ神代勇」

 

転移で目の前に現れた火眼の魔女は不敵微笑むと、背後に控えていた黒騎士が剣を突き立てようと構える。

 

「勇!」

 

砂塵が晴れ、視界を取り戻した古城が叫びながらこちらに駆けだす。眷獣だと協力過ぎて俺まで巻き込むからな、そこが吸血鬼の辛い所だな。

 

「遅い!(オマエ)の記憶を奪わせてもらう!”(ル・オンブル)”!」

 

仙都木阿夜が手を振るうと、守護者が剣を突き出し――金属同士がぶつかり合う甲高い音がし、黒騎士の剣が弾かれた。

虚空から現れた黄金の籠手が俺を守ってくれたのだ。

 

「黄金の”守護者”…だと!?」

 

波紋を描くように空間を揺らした現れたのは、黄金の鎧を纏った騎士だった。

 

「ようやく、その本を持ち出してくれたな。待ちわびたぞ、阿夜」

 

舌足らずな可愛らしい声が、仙都木阿夜の背後から聞こえてくる。黄金の守護者を従えて立っていたのは、豪華なドレスを纏った那月ちゃんだった。幼いままの姿だが、浮かべる表情はいつも通りの傲岸不遜なカリスマ性に満ちていた。

 

「那月!?(オマエ)、記憶がー―」

「返してもらうぞ、私の時間を」

 

那月ちゃんが無造作に指を鳴らす。すると虚空から撃ち出された無数の鎖が、仙都木阿夜の腕に巻きついて魔導書を奪い取った。そして、その間に鎖の拘束が緩んだので獅子王を逆手に持ち、手首を動かし右腕に巻きついていた鎖を切断し。自由になった右腕を振るって残りの鎖を切断した。

 

「…那月ちゃん、魔力が戻ってたのか?」

 

傲然と胸を張る那月ちゃんを眺めて、古城が問いかけと。那月ちゃんはほんの僅か愉快そうに唇を曲げ。

 

「一瞬だけ魔術が仕える程度の、僅かなストックだがな。どこぞの真祖が、風呂場で鼻血をだだ漏らしくれたおかげだ。藍羽には感謝せねばな」

「古城くぅぅぅぅんんんん!!何やってんのお前ェェェェエエエエ!?!?!?」

 

古城の胸倉を掴んで激しく揺さぶる。

俺が寝ている間に那月ちゃんに何をしたぁ!?場合よっちゃ後でしばくぞゴラァ!!

 

「ちょ、落ち着け勇!あれは、ヴァトラーの奴のせいで!」

「よしアイツ殺す!!」

 

やはりあのホモは滅さねばならんようだなぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな決意を固めていると。校舎の一画が、俺の所属する1年B組の教室が爆発した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ファッ!?」」

「「な!?」」

 

突然の事態に俺と古城、それに那月ちゃんと仙都木阿夜の驚愕の声がハモった。

 

「勇!」

 

黒煙を上げる教室を呆然と見ていると、聞き慣れた声が聞こえてきたので。そちらを向くと、ガルドシュのおっさんを連れたリアが、元気よく手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「リア、今まで何してってかあれお前がやったのか…?」

「ええ、闇誓書を破壊するために」

 

グッと親指を立てていい笑顔を浮かべるリアさんに、思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。王女が何やってんのよ君は…。

 

「俺は止めたのだがな。『あの魔女に必ず一泡吹かせます』と言って聞かなくてな」

 

そういって疲れを吐き出すように息を吐くガルドシュのおっさん。ホントお疲れ様です…。

 

「小娘…。キサマ、何ということをしてくれたのだ!」

 

仙都木阿夜は怒りの余り、拳を握り締めて体を小刻みに振るわせながら、リアに憤怒の表情を向けながら怨嗟の声を漏らす。

 

「ごきげんよう仙都木阿夜。あなたのその顔を見れただけで、苦労したかいがありましたね」

 

そんな火眼の魔女に、リアさんは清々しいまでの笑みを浮かべた。ワア、リアサンカッコイイ。

 

「…終わりだ阿夜。これでお前の夢は終わる」

 

1度咳ばらいをし。気を取り直したように仙都木阿夜に告げる那月ちゃん。この切り替えの早さは流石は大人と言ったところか。

 

「まだだ。まだ、終わりではないぞ!」

 

この状況でも仙都木阿夜の闘志は揺らいでいない。それだけ奴の覚悟は本物という訳か。

 

「勇、一瞬でいい、仙都木阿夜の意識を刈り取れ。後そこのポニテ!阿夜の娘にはまだ意識があるな?」

「ポ、ポニテって…」

 

なんの捻りもないあだ名で呼ばれつつも、煌坂は頷いた。

 

「那月ィ!」

 

怨嗟で満ちた声で吼えながら、仙都木阿夜が手を振るうと、守護者が剣を構えながら突撃してくる。

 

「ここは任せてもらおう!」

 

それを獣人化したガルドシュのおっさんが迎え撃つ。肩のホルスターから取り出したナイフを投げつけ、黒騎士が剣で弾いた隙に距離を詰めると、背後に回り羽交い絞めにする。

その間に、仙都木阿夜目掛けて駆け抜け距離を詰める。それに気づいた奴が虚空に文字を描き突風を起こすも、闇誓書の力が失われた今、最早俺を止められるだけの威力はなかった。

 

「ウラァ!」

 

間合いを詰めて左手に逆手で持った鞘で、仙都木阿夜の顎をかち上げ一瞬だが意識を飛ばす。それにより、奴と守護者との接続(リンク)が切れた。

 

「悲観の氷獄より()で、奈落の螺旋を守護せし無貌(むぼう)の騎士よ――」

 

那月ちゃんが詠唱を始めるのと同時に、ガルドシュのおっさんが黒騎士を離すと、その全身が鎖が巻き付き締め上げる。

拘束から抜け出そうと、黒騎士は手負いの獣のように激しく暴れるも。魔力を帯びた鎖は千切れることなく、黒騎士の鎧へと食い込んでいく。

 

「我が名は空隙。永劫の炎を持って背約の呪いを焼き払う者なり。汝、黒き血の(くびき)を裂き、在るべき場所へ還れ。御霊をめぐみたる蒼き処女(おとめ)に剣を捧げよ!」

 

詠唱が続くと。鎖を介して那月ちゃんの魔力が流れ込み、黒騎士の全身を電撃のように襲った。すると、守護所の全身を覆う漆黒の鎧がひび割れて、その下に新たな鎧が現れるた。真夏の海に似た、蒼き鎧がー―

 

「ユウマ!」

 

仙都木阿夜からの支配が解かれたのだろう。そのことを直感的に感じ取った古城が、幼馴染である少女の名を叫ぶ。

 

「――”(ル・ブルー)”!」

 

それに応えるように仙都木優麻が叫ぶと。青い騎士(・・・・)が、咆哮する。彼女との霊的怪路(パス)が回復したのだ。そして、それは仙都木阿夜が守護者を――魔女としての力を失ったことを意味していた。

 

(ワタシ)の生み出した人形が、(ワタシ)の支配に逆らうか…!」

 

血の混じる息を吐きながら、仙都木阿夜が自嘲めいた呟きを漏らす。無理やり守護者を剥ぎ取られたことによって、霊力怪路がズタズタに引き裂かれたのだ。

 

「もう、いいんだ阿夜…。監獄結界に戻れ、お前が見た夢は終わったんだ」

 

片膝を突いた火眼の魔女へと歩み寄りながら、那月ちゃんが静かに告げた。

闇誓書を破壊され、守護者も失ったった。もう、奴に残された手は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドスッ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ――!?」

 

突如、仙都木阿夜の背後の地面から、真紅(・・)の刃が突き出し腹部を貫いた。何が起きたのか分からないといった顔で、その刃を見つめると口から多量の血を吐き出した。

 

「母さん!?」

 

その姿を見た仙都木優麻が悲痛な声を上げる。

 

「もう待ちきれないから、あなた邪魔」

 

上から声が聞こえてきたので視線を向けると。いつからそこにいたのか、屋上の縁に腰かけていた千雨が飛び降りると難なく着地した。それと同時に、仙都木阿夜に突き刺さっていた刃が溶けるようにしてなくなり、支えを失ったことで地面に倒れ込んだ。

 

「阿夜ッ!?」

 

その姿を見た那月ちゃんが、慌てて駆け寄ろうとすると。千雨が手にしていた妖刀血雨を、自身の腹部に突き刺して引き抜くと血が溢れ出す。溢れ出した血はみるみると広がっていき、那月ちゃんの足元まで到達する。不味いッ――!

 

「那月ちゃん!」

 

本能が警鐘を鳴らし、咄嗟に那月ちゃんの元まで駆けだす。そして俺が血だまりに足を踏み入れると、それを待っていたかのように血だまりの縁が壁のようにせり上がっていき、遂にはドーム状となって空をも覆った。くそ、逃げ場を封じられた!?

 

「さあ、次は私と殺し合おうよ勇」

 

花が咲くような笑みを浮かべながら、千雨は妖刀の切っ先を向けてくるのであった。



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第十六話

前回のあらすじ

宴はいまだ終わらず

 

「勇、那月ちゃん!」

 

勇と那月がドーム覆われようとして、古城が慌てて駆けだすも。ドームは完全に閉じてしまい、外壁から小鬼が這い出るように次々と現れ古城らに迫って来る。

 

「邪魔だ!双角の(アルナスル・)――グッ!?」

 

薙ぎ払おうと眷獣を召喚しようとするも、胸に激痛が走り蹲ってしまう古城。そんな古城に小鬼が襲い掛かる。

 

「雪霞狼!」

 

古城を庇うように立った雪菜が槍を一閃し小鬼を両断すると、小鬼は氷が溶けるように崩れ落ち液体となって地面に落ちた。

 

「大丈夫ですか先輩!?」

「助かった姫柊。でも、力が思うように出ねぇんだ」

 

優麻から肉体を取り戻すためとはいえ、雪霞狼によって深手を負った状態で無理をし続けた結果、古城の体は既に限界を迎えていたのだ。今の状態で眷獣を召喚しても、最悪暴走して絃神島を崩壊させかねないだろう。

 

「古城は退がっていなさい。ここはわたくし達で対処します」

 

呪式銃を構えたラ・フォリアが引き金を引くと、撃ち出された霊力の込められた弾丸が閃光となって小鬼の群れを消し飛ばす。

 

「優麻、そちらはどうですか?」

「駄目だ。あの中は完全に空間が切り離されていて転移魔術が使えない」

 

ラ・フォリアの問いかけに、優麻は無念そうに首を振る。

 

「やはり、雪菜の槍で破るしかありませんか…」

「だが、第四真祖抜きでアレを突破するのは容易くないぞ王女」

 

ガルドシュがアサルトライフルで小鬼を撃ち抜いていくが、倒した数以上に生み出される小鬼の数が多く、とてもドーム近づくことができそうにない。

 

「だったら私がー―!」

 

紗矢華が煌華麟を弓に変形――させようとすると、弓を装備していた小鬼が一斉に矢を紗矢華目掛けて放ってきた。

 

「ちょ、嘘ォ!?」

 

今まで見られなかった攻撃に、慌てて空間断裂で防ぐも。次々と矢を浴びせられ、攻撃する余裕がなくなってしまう紗矢華。

 

「紗矢華さん!」

 

雪菜が助けに行こうとするも、多数の小鬼が彼女の行く手を阻まれる。

 

「(これは…)」

 

雪菜は小鬼の動きに違和感を覚えた。前回対峙した際は、ただ攻撃してくるだけだった小鬼が。今回は自分と紗矢華集中的に狙われているのである。

 

「(学習している!?)」

 

呪矢による広域殲滅を得意とする紗矢華と、天敵といえる七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)を持つ雪菜を警戒し、優先的に排除しようとしているのだ。妖刀”血雨”は意思があるだけでなく、戦った相手の能力を分析し対処できる知能さえ持っているというのか。これでは、最早武器ではなく生物ではないか。

 

「外から破れないとなると、内部にいる本体を叩くしかあるまい」

「それって、囚われている神代君次第ってことだよね」

 

ガルドシュの言葉に優麻が渋い顔をする。孤立した状態で、魔力が完全に回復していない那月を守りながら戦うのは至難だろう。何より、優麻は知らないが勇は1度千雨に敗北を喫しているのである。

 

「信じましょう勇を。その上でわたくし達がすべきことをしましょう」

 

ラ・フォリアの言葉にそれぞれ同意しながら、古城達は自分にできることを為そうとするのだった。

 

 

 

 

紅い壁に覆われた空間で、千雨と対峙する俺。背後には、仙都木阿夜に治療の術式を施している那月ちゃんがいる。

 

「那月ちゃん。仙都木阿夜の容体はどう?」

「傷口は塞いだが、応急手当だ、このままだと…」

 

視線を千雨から逸らすことなく問いかける。普段はまず聞くことのない焦りを含んだ声が、余り時間がないことを示している。短期決戦でいくしかないか。

 

「監獄結界に入れられないの?」

 

あそこは那月ちゃんが自由にできる世界だ。取り合えずあそこに入れておけば死にはしないだろう。

 

「この内部の空間が完全に切り離されて無理だ。どうにかして外に出なければ…」

「OK、だったらやることは一つだ」

 

こういうのは発動者を倒すのが手っ取り早い。

 

「武神装甲!」

 

獅子の鬣を身に纏うと同時に駆けだし、瞬時に間合いを詰めると獅子王を上段から振り下ろす。

千雨はそうくるのが分かっていたようにバックステップで避け、妖刀を鞭のように変化させて振るうと、刀身が不規則な軌道を描きながら迫って来る。

 

「ウラァ!」

 

軌道を見切って獅子王で弾くと、足元から飛び出してきた針を蹴り砕く。そして、霊力を剣先に集め右手で水平に構え左手を刀身の腹に添える。

 

「同じ手を何度も喰うかよ!電光石火ァ!」

 

獅子王を突き出し、霊力が弾丸のように放出させる。

迫る霊力波を、千雨は目の目に出現させた針を網のように束ねて防ぐと。そのまま針が俺目掛けて次々と生えて向かってくる。

 

「疾風怒濤ォ!」

 

獅子王を大剣形態に変えて振り上げると、踏み込みながら、渾身の力を込めて振り下ろす。

振り下ろされた刀身が地面を砕きながら衝撃波を生み出し、迫る針を吹き飛ばす。

その余波を受けながら、千雨の目の前の地面から2体の大鬼が這い出るように現れた。

 

「行って」

 

主の命を受けた大鬼が突撃してくるので、迎え撃つべく俺も突撃する。

 

1体目が振り下ろしてきた大太刀を、獅子王で受け止め鍔競り合いとなる。そして、側面に回ってきたもう1体が串刺しにしようと、脇腹目がけて突きを放ってきた。

 

「ウラァ!」

 

左手を柄から話し、裏拳で突き出された刀身の腹を殴り軌道を逸らせると、無防備となった大鬼の腕を左手で掴む。

 

「うぉおラァァァアアア!」

そのまま力を込めて掴んだ大鬼を持ち上げていく。

 

「どっせィ!!」

 

持ち上げた大鬼を鍔競り合っていた大鬼へと叩きつけ、地面に押し付ける。そこから纏めて疾風怒濤で両断すると、斬撃の余波で粉々になって消し飛んだ。

その光景を見ていた千雨は、すぐに大鬼を再度召喚した。そして、大鬼が溶け出していくと、彼女の体に纏わりついていきヴァトラーと戦った時と同じ鎧を形成した。

 

「ようやく本気ってか」

 

俺の言葉を肯定するように。千雨は左手に生み出した血の刀、そして背中から大太刀を握った2本の腕を生やし駆けだしてきた。

それを迎えつつべく、大剣形態の獅子王を横薙ぎに振るうと、跳躍して回避される。が、予想通りの動きだ!

 

「雷光斬り!」

 

そこから斬り上げに派生させて追撃した。

 

「よっと」

 

だが、千雨は四刀を巧みに操り、獅子王の刃を受け流しながら背後へと着地してきた。クソッやっぱり簡単にはいかないか!

攻撃後の無防備な背中目がけて突撃してくる千雨に対し、振り上げた勢いのまま柄を手放すと、獅子王は上空を舞う。

身軽になったので逆に距離を詰め、振るわれた大太刀を握る腕を掴んで止める。すると、千雨は両手に握る刀を突き刺そうとしてくる。

 

「フンッ!」

「!」

 

刃が届くよりも先に、千雨の顔に頭突きをかます。互いの兜がぶつかり合い亀裂が入り、相手が怯んだ隙に、掴んでいた腕の内の右手を両手で掴み直し背負い投げの要領で、地面が陥没する程の勢いで叩きつけた。

そこから落ちてきた獅子王を掴み、日本刀形態にして逆手に持ち胸元目掛けて振り下ろすも。切っ先が触れた瞬間、その箇所周辺が吹き飛び弾き返された。リアクティブアーマーかよ!?しかも、既に再生されてやがるし!

俺の態勢が崩れた隙に、背中の腕を用い跳ね上がるように起き上がるながら、斬り上げを放ってくる千雨。後ろに跳んで避けようとするが、予想外の事態に一瞬反応が遅れ、胸元――前回の戦いで突き刺された場所を浅く斬られてしまった。そこは、治りきって、ねぇんだよ!

 

「グァッ!」

 

傷口が開き血が溢れ出し、激痛に動きを止めてしまった俺に千雨が覆いかぶさってきた。

背中から生えている腕で両腕を拘束され、押さえつけられると、両手で逆手に持った妖刀を心臓部へと突き立てようとしやがる!

 

「こんなろッ!」

 

振りほどこうとするもビクともしねぇ!ヤバイヤバイヤバイ!!

打開策が思いつかない間にも、千雨が妖刀を振り下ろそうとしてくる。

 

「勇ッ!」

 

聞き覚えのある声が響くのと同時に、衝撃と共に千雨の体が僅かに揺らいだ。

 

「那月ちゃん!?」

 

声のした方を向くと、左手で仙都木阿夜を抱きかかえて座りながら、右手を千雨へと突き出している那月ちゃんがいた。

 

 

 

 

那月は、阿夜を抱きかかえながら戦いを見守っていることしかできなかった。

魔力が回復しておらず、何より空間転移が封じられたこの空間では、彼女は足手まといにしかならないからだ。

だが、勇が千雨に押さえつけられ、突き刺されようとするのを見た瞬間。思わず、今ある魔力で使用できる初歩的な攻撃魔術を放っていた。

魔術は直撃こそするも効果がある筈もなく、その体を揺らすだけに終わった。

 

「……」

 

邪魔をされた千雨は、鬱陶し気にこちらに視線を向ける。殺気を感じ取った那月は、腕の中にいる友を地面に寝かせ自分だけを狙わせるように立ち上がる。

 

「!止めろォ!!!」

 

彼女のしようとすることに気づいた勇が叫ぶも、千雨は妖刀を鞭のように変化させ切っ先を伸ばしてきた。

 

「――ッ!」

 

なす術のない那月は死を覚悟するも、何か(・・)に押し出されて倒れ込む。

 

「あ……」

 

何が起きたのかと自分が立っていた場所に視線を向けると。起き上がっていた阿夜が、こちらを向いた状態で妖刀に胸元を貫かれていたのだった。



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第十七話

前回のあらすじ

友のために

 

「阿夜ァァァァアアアア!!!」

 

那月ちゃんが悲痛な声で叫ぶ。

 

「オォオラァ!!」

 

千雨の意識が逸れて拘束が緩んだ隙に、跳ね除けると那月ちゃん元へ向かう。

 

「阿夜!阿夜!お前どうして!」

「…友達、だからな…お前は、私の、唯一の…」

 

那月ちゃんの呼びかけに、苦悶の表情を浮かべながら答える仙都木阿夜。

 

「…ッ!おい、仙都木阿夜!」

 

仙都木阿夜がこちらを向くと、大きく息を吸い込む。

 

「死ぬな、絶対に死ぬなよ!」

「神代、勇?」

 

不思議そうな目で見てくる仙都木阿夜。

理由どうあれ、こいつのしたことは許されることじゃない。でも、だからって死んでいいとは思わない。何より――

 

「那月ちゃんが悲しむからな」

 

鞭のように飛来した複数の紅の刃を獅子王で弾くと、千雨目がけて駆けだす。

 

「大車輪!」

 

ククリ刀に変化させた獅子王を千雨へと投擲する。高速回転して飛ぶ獅子王は、再度振るわれた刃を蹴散らしながら突き進む。

千雨が跳んで避けるのに合わせて跳んで距離を詰めると蹴りを放つ。刀を重ねて防御してくるも、それごと蹴り飛ばすと地面を数度バウンドして転がっていく。

着地と同時に、ブーメランのように戻ってきた獅子王を手にして追撃しようとすると、足元周りの地面が沼のように柔らかくなり沈んでいってしまう。

 

「チィ、くそッ!!」

 

抜け出そうとするも、すぐに元の硬さに戻り足が完全に埋まった状態となってしまった。そこから周囲の地面が変化を始め無数の棘となって迫ってきた。

 

「――ッ!」

 

全部は防ぎきれねぇ!せめて急所だけは守らないと!

覚悟を決めて防御態勢を取ろうとした瞬間、ドーム全体の地面に亀裂が入り足を抜け出せるようになったので跳んで回避することができた。そして、そうしている間にも亀裂は広がっていき遂には陥没しドームが崩れ始める。

 

「よっと!」

 

待ち望んでいた事態なので、動じることなく那月ちゃんと仙都木阿夜を抱えて跳ぶ。

 

「待ってたぜ古城!」

 

笑みを受かべて視線を向けた先には巨大な灰色の甲殻類――甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)を従えた(古城)がいた。

お前なら眷獣の攻撃が効かないドームそのものではなく、それを支える地面霧に変えて崩すと信じていたぜ!

 

「すまん遅くなった!」

「構わん!それより那月ちゃんとこいつを頼む!」

 

側に着地すると那月ちゃんを降ろし、仙都木阿夜をこの中では一番医療に詳しいだろうガルドシュのオッサンに預ける。

 

「出血が酷いな、すぐにでも設備の整った場所で治療しないともたないぞ」

 

できる範囲で応急手当を始めるオッサン。

 

「母様!」

 

仙都木優麻も慌てた様子で魔術での治療を施し始めた。それでも焼け石に水くらしにしかならない。早く本格的な治療を受けさせる必要があるが――

 

「また鬼共が沸いてきたんですけど!」

 

周囲の崩れたドームの破片が鬼の群れに変化して押し寄せてくるのを見た煌坂が、いい加減にしてくれと言いたげに叫ぶ。

 

「やはり大元を叩くしかないようですね」

 

古式銃を構えたリアが、鬼の群れの背後にいる千雨に視線を向ける。

 

「ですが、この数をこれ以上相手にするのは…」

 

数えるのも面倒になる程の鬼の群れに包囲されて弱気になっている姫柊。俺も含めて皆連戦に次ぐ連戦でかなり消耗しているから無理もないが。

 

「那月ちゃんは下がってて」

「勇…!」

「大丈夫、俺が守るから。もう、誰も傷つけさせないから」

 

これ以上誰も傷ついて欲しくないし悲しませたくない。だから俺が必ず守るんだ。

 

 

 

 

自分を安心させようとして微笑みかけてくる勇の姿に、那月は不安を覚える。恐らく自分のことなど構わず千雨を倒そうとするのだろう。既に限界を迎えているのに、これ以上の無理を重ねれば命に関わるかもしれない。それでも彼は戦うのだ守りたい人のために、それが那月には嫌という程理解できた。

 

「嫌だ」

「え?」

 

那月が発した拒絶の言葉に、勇が意表を突かれた顔をする。そんな彼の隣に那月は立つ。

今の自分では足手まといにしかならないだろう、それでもただ守られるだけなのは、大切な家族が傷つくのを目の前で見るのは耐えられなかった。

 

「もう、お前に守られるだけは嫌だ。私はお前の姉なのだからな」

 

そう言って微笑みかける那月に、勇も自然と笑みが浮かんだ。

 

「ああ、一緒に戦おう!」

 

勇が自然と獅子王を持つ右手を差し出すと、その手に那月は自身の手を重ねるのだった。

 

 

 

 

鬼の群れの奥にて、千雨は佇んで抵抗する古城らを眺めていた。消耗しきった勇らに最早勝機はなく、後はこのまま押しつぶして終わる。彼らならと期待していたが、結局いつものように自分が生き残っててしまうのだ。

 

「…誰も私を殺してくれない」

 

これからも、この(呪い)に縛られたまま生きるしかないのだろう。でも、それでも…。

 

「?」

 

ふと、勇の姿が見えないことに気づく。逃げたわけではなく、仲間の後ろに気配を感じる。まるで、何かを狙っているかのように身を潜めている。

 

「(何を?)」

 

彼のスタイルでは、あの状態からできることなどないのに…。

 

「!」

 

突然目の前の空間に切れ目が生まれ、千雨の目が見開かれる。

 

「電光石火ァッ!」

 

そして、その切れ目から刺突の構えをした勇が飛び出してくるのであった。

 

 

 

 

皆が鬼の群れを抑えてくれている間、俺は獅子王を正眼に構え佇む。

 

「そうだ、雑念を捨てろ。ただ相手の存在を感じ取ることだけを考えるんだ」

 

隣にいる那月ちゃんのアドバイスに合わせて意識を研ぎ澄ませていく。感じろ千雨の気配を、もっと近くに引き寄せるように!

 

「よし、行け勇!」

「うぉおおおおお!!」

 

何もない空間に獅子王を振るうと、本来は何も感触がない筈なのに、何かを斬り裂く感覚と共に切れ目が生まれ。そこに鏡に映し出されたように驚愕している千雨に姿が現れる。

 

「電光石火ァッ!」

 

千雨目がけて突撃し、獅子王を大剣形態に変形させながら刺突を放った。

 

「ッ!」

 

千雨は刃を重ねて防ぎ、地面を削りながら拡大していく獅子王の刃に押されていく。

 

「がぁあああああ!!」

 

渾身の力を込めて踏みしめて勢いを止めずに獅子王を突き出していく。

 

「――ッ!!」

 

千雨の刃に亀裂が入ると、獅子王の刃が拡大していくのに合わせて広がっていく。

 

「いッッッけェェェェェ!!!」

 

最後の力を振り絞って振り切ると、千雨の刃が砕け散り獅子王の刃が真紅の鎧に届き、鎧を砕いて千雨がグラウンドにある倉庫へと吹き飛んでいく。

千雨が倉庫に突っ込むとその衝撃に耐えられず、建物が崩れていった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

崩れそうになる脚に喝を入れ、日本刀形態に戻した獅子王を杖代わりにして体を支える。

振り返ると、溢れていた鬼の群れが次々と崩れ落ちて液体に戻っていくのが見えた。

 

「終わった、の?」

「…恐らく」

 

気が抜けたのかペタリと座り込む煌坂の漏らした声に、姫柊が肯定する。

皆の無事を確認すると、警戒しながら倉庫へと歩を進める。

 

「……」

 

千雨は仰向けで瓦礫に僅かに埋もれた状態で、呆然と夜空を見ていた。

 

「千雨」

「…負け、たんだぁ。凄いね勇は」

 

俺の存在に気づいた千雨は顔だけこちらに向けて、どこか安堵したような笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、お願い殺して。これ(・・)がまた目覚める前に。でないと、また私は…」

 

右手に持った刃の砕けた妖刀を見せながら、懇願してくる千雨。

 

「嫌だね」

「…どうして?」

 

それを俺は――拒絶した。すると、彼女は悲しそうな目を向けてくる。

 

「俺は奪うためじゃなく、守るために戦ったんだ。だから君を殺す気はない」

「でも、そうしないと、また誰かを傷つけて…殺しちゃう。もう、そんなやだよぉ」

 

悲痛な顔をした千雨の目元から涙が流れ出す。そんな彼女に歩み寄って瓦礫をどかしていく。

 

「殺させない」

「え?」

「もう、君に誰に殺させない。今はどうすればいいかなんて分からないけど、俺が必ず助けるから。だから、もう泣かないで」

 

無責任なことだけど、それが俺の本心だ。

イサムの話を聞いて、彼女は誰かのエゴで苦しめられてるだけなんだ。だから、千雨にこれ以上だれかを傷つけて欲しくない。助けたいと思ったんだ。

 

「なんで?私、あなたに…酷いことしかしていないのに…」

「戦ってて感じたんだ。君がずっと妖刀に抗っていることに、だから俺はまだ生きていられるんだ」

 

初めて戦って刺された時、急所を刺せる筈だったのに外していた。それに仙都木阿夜も。あれだけ刺されたのに生きている。それは、彼女が必死に妖刀に抵抗して急所を外していたからなのだろう。

 

「そんな優しい君が不幸なまま終わるなんて俺は嫌だ。君の笑顔が見たいって思ったんだ」

 

キョトンとした目でこちら見る彼女に右手を差し出す。

 

「…勇、私――」

 

一瞬躊躇いを見せるも、千雨は涙を見せながらも笑みを受かべて手を掴もうと――

 

「ッ!」

 

殺気を感じて獅子王を構えると、突き出された槍の穂先とぶつかり合って火花が散った。

 

「グッ!?」

 

力が上手く入らず、勢いに押されて千雨から離されしまう。

 

「彼女を渡す訳にはいきませんね、神代勇太郎の息子よ」

「お前、脱獄囚の…!」

 

攻撃してきたのは、今まで姿を見せなかった脱獄囚の男であった。その手には見慣れない形状の槍を手にしていた。

 

「勇!」

 

異変に気づいた古城達が駆け着けてきてくれると、脱獄囚の男を警戒する。

 

「絃神冥駕ッ!」

「空隙の魔女ですか、お世話になりましたね。この槍が戻った以上、もう監獄結界では私を捕らえられませんよ」

 

右手を見せるよう上げると、本来脱獄囚にあるべき手枷がなく、男が監獄結界から解放されていることを示していた。

 

零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)か、チッ獅子王機関の連中見逃したのか」

「ええ、この槍を手にした私を、リスクを伴ってまで取り押さえる必要は感じないそうですよ」

 

忌々しく睨みつける那月ちゃんに対し、不敵な笑みを見せる絃神冥駕。

 

「さて、これ以上長居はしたくないので、これで失礼しますよ」

 

そうほざくと、絃神冥駕は千雨を肩で背負うと去ろうとする。

 

「まて!彼女をどうする気だ!」

「無論我が神のために働いてもらうのですよ。彼女の力はそのためのものなのですから」

「ふざ、けるなぁ!!

 

止めようとするも、体に力が入らず膝を着いてしまう。クソッ!動け、動けよッ!!

 

「それでは、またいずれ」

 

そんな俺を嘲笑うかのように一瞥すると、絃神冥駕は常人では不可能な跳躍力で跳び去っていってしまった。

 

「千雨ェ!」

「ヤロォ!」

「よせ、勇、暁!今の私達では奴を止められん」

 

慌てて追いかけようとする俺と古城だが、那月ちゃんに止められてしまう。

 

「でも、千雨が!」

「残念ですが勇。わたくし達も、あなたも限界です。彼女を助け出す機会は必ず訪れます、だから今は…」

 

俺の肩に手を置いたリアに諭され皆の姿を見ると、那月ちゃんは力が戻っておらず、古城達は傷だらけで立っているのがやっとという状態だった。例え絃神冥駕に追いつけたとしても、とてもではないが勝ち目などないだろう。

 

「クソッ、クソォォォォォオオオオオ!!!」

 

今の俺にできるのは、拳を地面に叩きつけて悔しさをぶつけることだけだった…。



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エピローグ

リアルでごたごたしたりと気分が乗らず、3年も放置してしまいました。楽しみにされている皆さん誠に申し訳ありませんでした。
ようやくやる気が出たので、久々に更新します。


「――”零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)”は絃神冥駕の手に渡ったか」

 

絃神島中枢部である、キーストーンゲートと呼ばれている建物内にある博物館にて。勇太郎が割れたショーケース前に立ち、やれやれと言いたげに息を吐く。

彼の隣に立つ少女―静寂破り(ペーパーノイズ)こと閑古詠が抑制の無い声で話しかける。

 

「生かしたまま捕縛することは困難ですので、そのまま逃亡させました」

「ま、流石に加減できる相手じゃないしな。厄介とはいえできることなんぞ限られとるし、当面は放置しておいて構わんだろうが…」

「妖刀・血雨のことですか?」

「ああ。俺は千雨という子を救ってやることができなかった。後悔のない人生をと我武者羅に生きてきたが、仮に今死ぬとしたらそのことだけが心残りだよ」

 

どこか遠くを見るように、沈痛な面持ちで語る勇太郎。常に気楽そうに笑って突拍子のない言動が目立つ彼がそのような姿を見せるとは、それだけ心に影を落とすできごとだったのだろう。

 

「ですが、監獄結界に捕らえることには成功しています」

「臭い物に蓋をしたのと一緒さ。助けを求める彼女に何もしてやることができなかった。それが俺の限界だったのさ」

「初代カミシロでさえ封印することしかできなかったのです。あなたは最善を尽くしたと思いますが」

「志乃もそういってくれたがね。心のどこかで祖先様だって超えられるって己惚れてたのさ」

「…だから、ご子息に初代と同じ名を?」

「身勝手極まりないがね。あいつには、同じような後悔をしないよう、俺以上に強くなってくれればと思ってな。今はそれが間違いじゃなかったと胸を張って言えるよ」

 

誇らしげに話す勇太郎に、古詠はどこか怪奇的な目を向ける。

 

「そうでしょうか?確かに獅子王の力を引き出しつつはありますが。あなたの義理の甥である藤原家次期当主にも及ぶかどうか」

「はっはっはっ!確かに今はまだ青いがな、なぁにすぐに強くなるさ俺よりもな」

 

豪快に笑っていると、部下が呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「本部長~そろそろ帰ってきてくださいよ~。仕事終わんないっすよ~」

「もうちょい待って~。んじゃ俺は戻るけど、君は?」

「私も片づけねばならない仕事がありますので」

「やれやれ。せっかくの祭りだってのに、若者が仕事に忙殺されてデートもできんとは、世も末だわい」

 

世の不条理を嘆いている勇太郎の言葉に、古詠が頬を赤く染めながら俯く。

 

「…私なんかといてもつまらないだけですから…」

「だったら俺の女になれなんて言わんよ。惚れた相手と一緒の時間を過ごせるだけで十分ってもんよ」

「お、俺の女って…。か、彼はそんな粗暴なことは言いません」

「ほう、じゃあなんて告られたの?」

 

目を輝かせてねぇねぇ、と問い詰めてくるおっさんを遮るように、部下が割って入る。

 

「豚野郎ッ!若い子いじってないでさっさと戻って来い!徹夜で働いてんだからさっさと帰らせろッ!」

「わーたよ!いいところなのに――あっいない」

 

視線を一瞬逸らした間に、彼女の姿が影も形なく消え去っていたのだった。

 

 

 

 

「傷はもう大丈夫なのか勇?」

「うん。ほら、大丈夫」

 

心配そうに見つめてくる那月ちゃんを安心させるために、腕をグルグルと回す。

事件が集結してから1日近くが経っているので、怪我も回復しており。波朧院フェスタの最大の見せ場である花火大会を那月ちゃんと見るために、2人で港湾地区の外れに足を運んでいた。

本来は貨物船用の係留スポットなのだが、今の時期は来航する船が少ないので周囲の海が一望できるまでに見晴らしがいい。

更にガイドブックに載っている見物スポットから離れているし、街灯も必要最低限しかないため日が沈んだこの時刻に好んでくる人はそうそういないので、周囲の喧騒を気にすることなく花火が楽しめる我が家のとっておきの穴場スポットなのだ。

 

「本当に良かったのか?王女らと一緒にいなくて」

「明日の最終日は一緒にいられるから、那月ちゃんがこっち(・・)にいられる間は、一緒にいてあげてって皆言ってくれたから大丈夫だよ~」

「…そうか、気を遣わせてしまったな」

 

いつもの不敵で余裕に満ちた姿はなく、どこか申し訳なさそうに俯く那月ちゃん。自分の問題に皆を巻き込んでしまったことに、責任を感じてしまっているのだろう。そんな彼女を慰めようと頭を撫でてみる。まだ幼い頃の姿のままであるので、いつもよりもやりやすいや。

 

「…子供扱いするな」

 

頬を赤くし照れくさそうにし、口ではそう言うも抵抗する様子なく受け入れている。見た目の幼さもあり、いつもとは立場が逆転した感じで凄く新鮮である。

 

「あ、始まった!」

 

打ち上げられた花火が鮮やかな光を放ち、夜空を染め上げていく。一瞬遅れて響くドンッという轟音が肌を振るわせる。色とりどりの花火が咲き誇り、視界一面を覆い尽くしていく。

 

「ねえ、那月ちゃん。もう帰っちゃうの監獄結界に」

 

花火が途切れるのに合わせ、隣に立つ彼女に問いかける。答えなどわかりきっているのに、それでも口からその言葉が出てしまう。

 

「ああ。それが私のなすべきことでもあるからな」

 

監獄結界とは那月ちゃん見ている夢だ。

それを封印するために、彼女は1人異界に閉じ込められ眠り続けなければならないのだ。

誰にも直接触れることもなく、歳を取ることさえない。それが魔女として、彼女が支払った契約の代価なのだから。

また離ればなれにならなければならいことに、寂しさの余り思わず姉の体を抱きしめてしまう。

 

「大丈夫。すぐにまた会える」

 

そんな俺を慰めようと、今度は那月ちゃんが頭を撫でてくれる。昔は泣き虫で良く泣いていた俺をこうやって慰めてくれていたっけ。

 

「確かにまた偽りの肉体に戻ることになる。それでも心は――お前への想いは紛うことなき本物なのだから」

 

普段接している那月ちゃんは、彼女が幻影で生み出した幻だ。それでも、心と心は間違いなく繋がり合っている、そう言いたいのだろう。

確かにどのような形だろうと、この暖かさと安らぎが変わることなどない、そう考えれば胸の内の不安が掻き消えていく。

那月ちゃん自身のことは踏ん切りがついたが、もう一つの気がかりとなっていることがあるので、一旦離れて聞いてみることにした。

 

「そういえば、仙都木はどうなるの?」

 

彼女は母親である仙都木阿夜に利用されていただけとはいえ、これだけの大事件を起こしてしまった以上お咎めなしとはならないだろう。

事件が解決してすぐに。事情も考えず彼女のことを悪者として見てしまい、良くないことを言ってしまったのを謝罪すると、悪いのは自分であり気にすることはないと笑って許してくれて。今度会えたら、自分と別れていた間の古城のことを教えてほしいと約束したので、重い罪に問われないか心配なのだ。

 

「情状酌量の余地があるとはいえ、無罪放免とはいかんな。守護者を取り戻したが、受けた傷は浅くない。だから、暫くは治療に専念し、その後は攻魔局の取り調べを受けることになるだろう。何、司法取引も受ければそう長くはかかるまい。それに第四真祖の幼馴染だからな、利用価値があるとして無下に扱われることはあるまい」

「そうだね。酷いことされているって知ったら、古城なら島の外に飛び出してでも助けに行こうとするだろうからね」

 

護りたい人のためなら、どれだけ無茶で危険なことであり、誰が止めようとも必ず駆け付けようとする、それが暁古城という男だ。だからこそ多くのものに慕われ、俺も友として力になろうと思えるのだ。

 

「…時間だ。また明日な勇」

「うん。また明日ね那月ちゃん」

 

現実世界にいられるリミットが近づき、一時とはいえお別れの時間となってしまった。

彼女の帰りを見届けようと立ち上がろうとすると、不意に頬に手を添えられ那月ちゃんが顔を近づけてきたではないか!?

予想外の展開に困惑していると、頬に唇が触れその熱が伝播するように顔に熱を帯びる。

 

「ありがとう私の騎士(ナイト)。これはほんのお礼だ」

 

頬に手を当てながら、真っ赤になっているだろう顔で固まってしまった俺を見て、慈愛に満ちた笑みを受かべると。数歩距離を取ると、那月ちゃんは虚空に溶けるように転移魔法で姿を消すのだった。

 

 

 

 

皆の元に戻ると、何やら古城と姫柊が騒いでいる。まあ、おおよそ予想できるけど。

 

「どうしたのあの2人」

「暁君が仙都木って人と別れ際にキスして、それで姫柊さんが「無防備過ぎて心配だから一生傍にいてほしい」って…」

「そ、そこまでは言ってません!!」

 

委員長の意図的に改竄されたような言い回しに、姫柊がわーわー言いながら割って入ってきた。

 

「えーと、じゃあどういう意味なんでしょうか姫柊さん」

「ええと、その…。と、とにかく深い意味なんてありませんから、さっきのは忘れて下さい先輩!!」

「ええ…」

 

無茶苦茶なことを仰り始めた姫柊さんに、んな無茶な…と言いたげな目を向ける古城。相変わらず仲がよろしくてようございますわね。

 

「まあ、あの2人は仲良しこよしさせておくとして、花火も終わったし帰ろうか」

「そうですね――あ」

「え、何?物凄いヤバイって顔してどしたのリア???」

 

アスタルテとか家に住んでる皆が、なんか不味いこと思い出したって顔してるけど???

 

「えっと…。先に謝ります。ごめんなさいでしたお兄ちゃん」

「ちょっと待って!本当にどういうこと!?!?!?」

 

わ、我が家に一体何が!?

 

 

 

 

「……」

 

久々の我が家に帰宅した勇は、リビングを前に白目を剥いて唖然とした顔で立ち尽くしていた。

IH化されたコンロを中心に、科学の実験で爆発事故でも起きたかのように黒ずんでおり。その結果生み出されたと見られる炭化した物体が、流しに設置された三角コーナーに破棄されていた。

 

「…料理って難しいものなのですね」

 

そんな彼に。この惨状を引き起こしたであろう1人であるラ・フォリアが、非常に申し訳なさそうな顔でごめんなさい、と反省の意を表していたのだった。

 

 

 

 

目を見開くと見慣れた自室の天井が広がる。

体を起こしベットから降りるとカーテンを開け、朝日の輝きを浴びながら生の実感を得られるような充足感に満たされる。

軽く体を伸ばすと鏡の前に立ち、元の身長に戻っていることを確認し、那月は心の内で安堵する。そうなるように魔術を設定しているが、予期せぬ返事の影響で万が一縮んだままになっていたら教師として大人としての威厳に関わるのだから。――弟分なら「妹が増えたー!」と喜びそうだが。…それで可愛がられるのも悪くないなどどと思っていない、断じてないと己に言い聞かる。

雑念を払うように顔を振り、クローゼットから衣類を取り出し寝巻から着替えると。扉へと向かい部屋を出ると香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、それに釣られそうになるのを堪え洗面所に向かい顔を洗うと、今度は本能に逆らうことなく匂いの元へ足を向け廊下を歩く。

匂いの元であるリビングへ繋がる扉を開けると。テーブルに朝食を並べている勇がいた。

 

「お帰りなさい、那月ちゃん!」

「ただいま勇」

 

別れ際のことを思い出してか、照れくさそうにではあるも、満面の笑みで迎えくれる家族(愛する者)に日常が戻ってきたのだと安堵するのであった。



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錬金術師の帰還
プロローグ


絃神島北区第六層――1年を通して陽光が届くことのない地下深くの研究所街に、その建物は存在していた。

灰色の薄汚れた年代の入った小さなビルであり、全ての窓が鉄板で塞がれ、出入口は有刺鉄線に覆われており、傍目にはただの廃ビルにしか見えない。

だが、魔術の心得がある者ならば、ビルの周囲に張り巡らされた、幾重もの結界の存在に気づくだろう。普通の人間では近づくこともできない程の、強力な人避けの結界である。

そのビルの所有者は”魔族特区”の管理者――人工島管理公社だった。

訳ありの未登録魔族や、司法取引による協力を取りつけた犯罪者を隠匿し、保護するための隔離施設(セーフハウス)である。

そのような施設の性質上、内部の警備は刑務所レベルに厳重だ。銃器で武装した警備員が二十四時間体制で警戒に当たり、部外者の侵入を拒んでいる。

 

「よっす~お疲れ~」

 

――そんな施設の特性と、閉鎖された空間という二重の重苦しさを放つ場所に、似つかわしくない陽気さでが検問所の門を叩く者がいた。

スーツ姿に両手にビニール袋を手にした、どこにでもいるだろう中年男性という門前払いされても当然という風貌なのだが、検問所の職員らは近所付き合いでもするかのように、男と陽気に言葉を交わすと手続きに添って身体チェック等を行うと、検問所の通過を許可するのだった。

 

「これ、皆で食べてね~」

「いつもわざわざすみませんね」

「いいっていいって。君らの頑張りのおかげで、こっちも楽させてもらってるかんね」

 

片手のビニール袋を職員に渡すと、男は建物の内部に入る。廊下を歩く中、警備の職員にすれ違うと労いの言葉をかけていき、職員の誰もが男に敬意を持った趣きで敬礼するのであった。

最奥部に辿り着いた男は、隔壁に備え付けられたパネルに、指紋や網膜認証といった最新の認証システムをパスしていくと、重々しい駆動音と共に隔壁が解放され、その内部へと足を進めた。

古臭さしかない外観とはうって変って、隔壁の内部は近未来的な研究所と言える内装をしており、最新の魔導研究用の機材が揃えられていた。

そして、室内には助手変わりの機械人形(オートマタ)が数体と、男と同年代の男性が何やら作業をしていた。

 

「よっす~ケンケン元気~?」

「…その呼び方は止めろ神代勇太郎」

 

マブダチと言わんばかりに気軽に話しかける勇太郎に、叶瀬賢生はうんざりした様子で釘を刺してくる。

…が、勇太郎は気にすることもなく、勝手にそこらにある椅子に腰かけると、テーブルに手にしたビニール袋から取り出した缶ビールやつまみを乱雑に置いて酒盛りしだした。

メイガスクラフトが起こした事件で逮捕された後、その才を惜しんだ公社によって、司法取引という形でこの研究所に軟禁されることとなった賢生の元に、こうして定期的に押しかけてくると騒ぎ出すのが恒例行事となっていたである。

そんなことが許されているのも、この酔いどれがアイランド・ガード本部長という肩書を持っているからこそであるが。

 

「ほれ、お前さんの分もあるぞえ、ありがたく頂くがよいわ!」

「いらん、帰れ」

「えー、自業自得で軟禁されてるダチに差し入れに来たのにつーめーたーいー」

「お前と親交を結んだ覚えはない。後、そのギャル口調を止めろ、気色悪い」

 

キャピキャピした仕草をかます中年を、心底面倒臭そうにあしらいながら作業を続ける賢生。

そんな彼の反応に、ぶ~、と拗ねたように頬を膨らませるとビールをヤケ飲みしてつまみのスルメを頬張るおっさん。

気晴らしが済むと、懐から一通の手紙サイズの封筒を取り出す。

 

「おらよ夏音ちゃんからの手紙」

「……」

 

間近のテーブルに置かれた封筒を、賢生は一瞬だけ視線を向けるが、すぐに作業に戻ってしまうのだった。

事件の後、離れ離れとなった父に、夏音は定期的に手紙を書いており、それを届けるために勇太郎は彼の元を訪れていたのだ。流石に返信までは公社が許可せず、そもそも賢生自身が目を通そうとしないと伝えても、彼女はそれでもは父に伝えたいことがあると、止めることはしなかった

 

「父親失格だ~って自己嫌悪すんのは結構だけどよぉ。せめて目を通すくらいしても罰は当たらねーと思うけどね」

「……」

「罵詈雑言が書かれてたらどうしようって、絶縁状でも入ってるんじゃねーかって夢が現実になるのが怖いかい?」

 

その言葉に、賢生の手がピタリと止まり、完全に沈黙してしまう。勇太郎はそんな彼に構わず言葉を続ける。

幼くして親を失い孤児として育ち、暮らしていた孤児院すら事故で失うという悲惨な人生を生きてきた妹の娘である夏音を、我が子として引き取り。来たる災厄に備え、何より彼女の幸せのために非人道な実験を行ってまで守ろうとした。

だが、今となって思えば、娘の意思を無視し、身勝手な愛情で暴走したろくでなしの父親でしかなく――いや、父を名乗るのもおこがましい愚か者でしかなかったのだ。縁を切られても当然だが、それを認めるのが――彼女との繋がりが断たれることに、どうしても怯えてしまっているのだ。

 

「あの子がお前を嫌って憎んで蔑んでたら、こんなにマメに文なんか寄越さんよ。彼女を娘だと想ってんなら――ちゃんと向き合ってやれよ」

「……」

 

先程までのだらけきった顔とは打って変わって、真摯な顔で問いかける勇太郎に、賢生は沈黙したまま口を開こうとはしない。

こればかりは時間に解決を委ねるしかないか、と、『さけるチーズを限界まで裂くぜチャレンジ』をしようと開封しようとするが。ピクリッと何かに気づいたように動きを止めた。

そんな彼の様子に気づいた賢生が深刻さを滲ませながら声をかける。

 

「どうした?」

「どうやら、招かれざる客が来たらしい」

 

その言葉と同時に、この建物の周囲に張り巡らせていた障壁が破壊されたことを感知し、危険が迫っていることを否応なしに実感させられるのだった。

酔いなど微塵も感じさせない動作で立ち上がると、勇太郎は賢生にこの場を動かないよう告げると、建物の外へと駆け出す。

通路を疾走する中、入り口より激しい銃声が鳴り響きだすがすぐに、絶叫へと変わっていく。

入り口を飛び出すと同時に、視界に映る検問所には数人の警備員が1人の青年と対峙しており、勇太郎は警備員らの前に立つように着地した。

 

「神代本部長!!」

「賊は奴1人、か?」

 

侵入者を観察すると、純白のコートを着て、シャツと帽子の柄は赤白チェック模様で。左手には髑髏の彫刻がついた銀色のステッキを持った、一見すると奇術――手品師といった趣の青年であった。

 

「は、はい。ですが…」

 

警備員の視線を追うと、検問所の門付近に、侵入者を阻もうとした者達が立っているが、皆全身の肌が鉛色の光沢に覆わており、まるで銅像のような姿をなってしまっていたのだった。

 

「ああ、彼らは死んでいませんよ。まあ、生きているのかと言われると微妙ですけど」

 

彼らに起きた現象を分析していると、青年は、右手を見せびらかすように顔の高さに掲げながら無責任に言い放った。その右手の袖口からは、粘性を帯びた黒銀(くろがね)色の液体がスライムのように蠢いていた。

 

「正直、あんなのより叶瀬賢生が張った障壁の方が厄介でしたよ」

「錬金術師…。確か天塚汞(あまつかこう)、だったか?」

「へえ、かの『獅子の牙』が僕のことを知っていてくれるなんて光栄だね」

「指名手配されているからな」

「ああ、そっか。まあいいや、それなら僕がここに来た目的も知っているよね?」

「ケンケン――つーよりあいつが持ってるもんか。よくここがわかったな」

「こういったことに詳しいお友達(・・・)がいるもので」

 

どこかこちらを小馬鹿にしてくるように、愉快そうに帽子をツバをいじる青年。それに対し思わずといった様子で勇太郎は舌打ちした。

賢生がここに軟禁されていることについては、公社内でも一部の幹部しか知らない重要度の高い機密であった。故にこのような事態は起きてはならないことなのだが、現実として起きてしまったということは、公社が何らかの意図をもって仕組んだということなのだろう。時折顔を合わせる狸共を思い浮かべ、反吐が出る気持ちを抑えつつ、なすべきことをすべく思考を切り替えるのだった。

 

「その様子だと俺がいると知ってて押しかけて来たらしいが。自分で言うのもあれだが、大した自信だこった」

「僕としては、あなたと戦うのはまっぴらごめんなんだけどね。どうしてもそうしたいって言う人がいてね」

 

まるで、手品の目隠しに使う布を扱うかの如く、天塚がその場を譲るかのようにしながらマントを翻すと。そこには眼鏡をかけ、賢生同様にアルディギア王宮宮廷魔導技師を示すスーツを纏いその上に白衣羽織った初老の男性が立っていた。ただ、その肌の白さから日系人ではないことが伺える。

天塚のように、指名手配犯のリフトにも該当しない未知の人間の登場に、勇太郎は一層の警戒を強めた。

 

「はて、どちら様で?」

 

勇太郎の問いに、男は答えることなく、懐からハンドベルを取り出すと、それをチリンッと軽く振って鳴らすと。男の背後から獣のような唸り声がいくつも聞こえてくると、複数の群れと言える数の大型犬――いや、狼が姿を現した。それも魔獣の分類される種族であった。

――ただ、どの個体も胴体こそ狼だが、頭部に鹿のような角や鮫のような形状の歯を生やしていたり、尻尾が蛇になっていたりと、明らかに自然界に存在しない造形をしたものばかりであった。

 

「キメラ、か」

 

キメラとは、錬金術の一種で、異なる生物同士を組み合わせることで、その生物が本来持ちえない特性を持たせて生み出される生物のことを指す。

だが、生命を弄ぶ行為として忌避される面も持ち、聖域条約でも軍事的利用に厳しい制限が課されている分野であった。

 

「――――」

 

にィと白衣の男が怪しく口角を吊り上げながら、やれ、といった風にベルを鳴らすと、異形の狼らが一斉に勇太郎へと襲い掛かる。

 

「おらァ!」

 

角を突き立てようと跳びかかってきた個体を、勇太郎は手刀で角ごと両断し、鮫状の歯で噛みつこうとする個体は、口の中に両手を突っ込み、歯が皮膚に食い込みはするものの、貫通することなく、そのまま上顎と下顎をそれぞれ掴んで力任せに引き裂いた。

 

「大変だねぇ。こんな状況でも手加減しなくちゃならない立場ってのもさ」

 

狼を相手どる勇太郎を天塚は嘲笑う。本来であればこの程度の相手など勇太郎にとって一瞬で片づけられるのだが、世間から秘匿されたこの区画では、人目を避けるために派手な行動はできず力をセーブするしかないのである。

秘匿性こそがこの区画最大のセキュリティなのだが、それが破られた以上、その秘匿性が守る側にとって足枷となってしまう。

 

「それじゃここは任せるよ」

 

白衣の男にそう告げると、天塚は建物へ侵入しようと歩き出す。

それを警備員らが阻もうと、手にしている短機関銃(サブマシンガン)から放った無数の弾丸を浴びせる。

弾幕をまともに浴びた天塚の白いコートがズタズタに引き裂かれていくも、それでも彼は何事もないかのように笑っているのだった。

そして、右手をかざすと、袖口から迸った黒銀の液体が生き物のように蠢きながら警備員らに襲い掛かった。

 

「う、うわぁ!?」

「ひィ!?」

 

纏わりついた液体が、まるでコーティングするかのように全身を包んでいき、検問所にいた者達同様に銅像のように固められてしまうのだった。

 

「ッ!」

 

天塚を止めようとする勇太郎だが、取り囲んだ狼らがそれを阻むべく次々と襲いかかる。

そんな彼を尻目に、天塚は悠々とした足取りで建物に侵入し、賢生がいる最奥部を目指す。

 

「ええいっ、邪魔じゃァァァ!!」

 

友の危機に、多少の被弾は無視して強引に包囲を突破しようとする勇太郎。それに対応するように白衣の男がベルを鳴らすと、数体の狼が、1人だけ下半身のみ金属に覆われた警備員へと襲いかかかった。

 

「チッ!」

 

警備員を庇うべく割って入った勇太郎を、四肢を抑えるように狼が噛みついてく。その程度でダメージなど受けることなく、軽々と振り払っていくが、不意に違和感が全身を襲う。

倦怠感と眩暈と吐き気がし突然起きた現象に、ある仮説が脳裏をよぎる。

 

「(毒、か?」)」

 

過去にも似た経験をしているが、狼にそういったものは仕込まれている様子はなく、原因を探るべく敵を観察する。

 

「いやぁ、上手くいって良かったよ。これを生み出すのに随分苦労したんだ」

 

ようやく口を開いた男性は、心底安堵するような口調で笑みを受かべる。そして、見せつけるように水平に伸ばしていた右手の人差し指には、一匹の蚊が乗っているのだった。

 

「君に効果がある毒の生成。そして、乱戦下なら気取られずにに近づき、強靭な皮膚を貫通できる針を持つ個体を生み出すのに10年はかかってねぇ」

「そいつは大したもんだ。最もこんなもんで俺をどうにかできると思ってんなら、幸せな脳味噌してるがな」

 

確かに神代の肉体に影響を与える程の威力を持つ毒など、自然界に存在せず、高位の吸血鬼が操る眷獣でもなければ生み出せないシロモノであり、人為的に生成したのなら学会で表彰されてもいい偉業と言えた。

ただ、勇太郎にとってはさして支障がでない程度の物であり、男をしばき倒すのになんら問題はないのだが。

 

「まぁ、君にはそれが限界だけど――まだ未成熟な君の子息には十分だと思わないかね?」

「!」

 

男が放った言葉に、勇太郎の目が一際険しくなる。歳と共に肉体として完成された勇太郎と違い、まだ10代という不完全な肉体の勇にはこの毒は十二分に脅威をなり得るのだ。

敢えて勇太郎がいるタイミングで襲撃してきたのも、自らの成果を試すためであり、男の目的(本番)は勇と対峙した時らしい。

 

「さて、テストは終了だ。これで失礼させてもらうよ」

 

成果に満足した様子で、男は狼らを殿として残すと踵を返して立ち去っていく。

勇太郎はそれを追うことはせず、賢生の安否を確かめるべく建物の内部へ駆け出す。男もそうするだろうと踏んで、悠々と引き揚げていったのだろう。

狼らが追いかけてくることもなく、すぐに研究所に辿り着くと、隔壁は鋭利な刃物で切り取られたようにして破壊されており、室内では破壊されて散乱するオートマタと、血だまりに倒れ伏している賢生が視界に飛び込んでくる。

天塚の姿は既になく、壁が隔壁同様に破壊さており、そこから逃走したらしい。

 

「ケンケン!!」

 

急ぎ駆け寄ると、容体を確かめる。肩から心臓にかけて斬り裂かれており傷口からは止めどなく血が流れ出ており、直ぐにでも適切な施設での処置が必要とされる状態であった。

応援が来るまでの間に止血しようとする勇太郎の腕を、まだ意識のあった賢生が力を振り絞って掴む。

 

「……私はいい、それ…よりも、奴を…“賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)”…を……。夏音を、護れ…!!」

「ド阿呆ッッッ。お前を見捨てたら、夏音ちゃんに二度と顔合わせられねぇだろうが!!!あの子のことは勇を信じろ!!!」

 

掠れた声で懇願する友を一蹴すると、可能な限り止血を試みる勇太郎。

だが、それを嘲笑うかのように何かが転がって来る音が響き、ボウリング玉サイズのダンゴムシが数体、体を丸めたまま侵入してくると、まるで風船が膨らむように膨張していくではないか。

 

「ッ!?」

 

これから起きることを予期して勇太郎は、急ぎ賢生に覆い被さる。

それと同時にダンゴムシが盛大に爆発すると、その衝撃で研究所が崩壊していき、2人を巻き込んでしまうのであった。



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第一話

絃神島が属する日本。その本島にある首都東京の一画にある廃工場にて、1人の青年が廃材に腰かけガラスの割れた窓から外を眺めていた。

市街地から離れた山間部に位置していることもあり、人口の明かりに照らされた夜間の町並みの幻想的な輝きを一望できた。

 

「先人から受け継がれてきた営みの結晶、美しいと思いませんか?個人的にはアルディギア王国にも遅れは取らないと考えているのですが」

 

そんな光景から視線を外し室内に向けると、鎖で頭部以外の全身を巻きつけられて床に転がされている初老の白人男性へ語りかける。

 

「ン~ム~!!」

 

魔術的刻印がされた札で口を塞がれている男性は、命乞いをするような情けない顔で呻いていた。

どこか威厳を感じさせられる風貌をしているも、アルディギア王族特有(・・・・・・・・・・)の碧眼からは涙と鼻からは鼻水も絶えることなく流れ出ており、色々と台無しとしか言いようがなかった。

 

「グルルルルッ」

 

そして、男性の側には一匹の狼――一般的な種よりも一回り大型の魔獣が、男性を絶対に逃がすまいと意気込んでいるように威嚇していた。

青年の風貌が、任侠映画に出てきそうな凄みを感じるものであることもあり、傍から見ると人攫いの現場にしか見えない光景であった。

 

「ああ、そうだ。奥方からの伝言がありまして、『腕によりをかけて(・・・・・・・・)お帰りをお待ちしております』とのことです」

「ふむゥゥゥゥゥゥ!?!?!?」

 

まるで死刑宣告を告げるような青年の言葉に、男性は本気で嫌そうにもがきだす。そんな男性の抵抗は、これでもかと言わんばかりに固められた拘束の前に、虚しく鎖の擦れる音を響かせるだけであった。

 

「流石は夜の帝国(ドミニオン)において、武闘派な戦王領域と矛を交える中で磨き上げられたアルディギア王家の技法の数々実に感服いたしました。この一週間におけるあなたとの駆け引き、藤原 光輝(ふじわら こうき)生涯の教訓とさせて頂きます」

 

面倒をかけさせやがってと言外に含ませるように言い放つ青年に、許しを請うように男性は咽び泣いていた。

そんなカオスな場に、サングラスをかけた数人の黒服が姿を現した。僅かな隙間から見せる肌色から、全員男性同様日本人ではないようであった。

彼らはやっと捕まえられたと安堵したり、手間をかけさせやがってと苛立ちを見せながら男性を囲んでいき。その中のリーダーと見られる男が、青年に歩み寄ると英語で語り掛ける。

 

「ご苦労だった藤原攻魔官。後は我々が引き継ごう」

「よろしくお願いします」

 

廃材から立ち上がった青年は、英語で応えながらまるで苦労を分かち合うように固い握手を交わし。黒服らは最後まで抵抗しようと足掻く男性を、そのまま担ぐと工場を後にしていったのだった。

連行されていく男性に対し、もう来んじゃねーぞ!!と言いたげに吼える魔獣を労うように青年が頭を撫でると着信音が流れ始め、青年は懐から携帯を取り出す。

画面には『神代勇』と映されており、予想通りといった様子で青年は通話に出た。

 

「よう、久しぶりだな勇」

『久しぶり光輝~。元気にしてる~?』

「ああ、お前も変わりないようだな」

 

気兼ねない友人のように話し合う青年。彼は勇の母方の兄の子であり、所謂従兄弟の関係であったのだ。

 

「すまんな立て込んでいてすぐに出られんで」

『仕事中だったの?』

「ああ、日本に逃げ込んだ不貞を働いた不埒者を捕えてくれとな。今しがた片付いたところだ」

 

そんな依頼も来るんだ~と興味を示しているが、実は彼にとって無関係とも言えないことだたりもする。最も守秘義務があるので黙っているが。

 

「で、世間話がしたい訳でもなかろう。仕事の依頼――近々本土を訪れる妹分と第四真祖の妹君の護衛だろ」

『うん、できれば気づかれないようにお願いしたいんだけど』

 

内容を言い当たられたことを気にした様子もなく話す勇。聡明な従兄弟ならそれくらい当然という信頼があるためである。

そして彩海学園では、中学3年のこの時期に、魔族特区という特殊な環境下にいる学生に一般社会を学ばせるべく、数日の日程で本土を巡回する宿泊研修という行事があり。妹分である叶音と古城の妹である凪沙も参加することとなっていた。

叶音は言うに及ばず、凪沙は第四真祖の身内というだけでなく、彼女自身が秘める事情もあり、いつ誰からを狙わてもおかしくない身であり。そんな彼女らの安全を護るべく、信頼できる光輝を頼ろうと勇は考えていたのである。

 

「安心しろ、もう獅子王機関の方から実家経由で依頼されている。俺なんぞを頼るとはあちらも相当人手不足らしい」

 

政府機関である獅子王機関だが。日本中で大小様々な魔導災害やテロがおきており、加えて今年は絃神島で数年どころか、数十年に一度起きるかどうかという規模の事件が立て続けに起ききているため、その対応にかなりの人員を割かれてしまっており。外部の人間を頼らざるを得ない状況であるというのが依頼者の言であった。

 

『そうなんだ。それじゃあ、2人のことよろしくね』

「ああ、任された――おう、ちょっと待てチロ、今変わってやるから」

 

助手役である狼型の魔獣――チロが恩人である勇の声が聞こえてから先程までと打って変わって、目を爛々と輝かせながら嬉しそうに尻尾をブンブンと振り回して代わって代わって!といった様子でじゃれついてきていたのだった。

 

『チロ?チロいるの!』

「おう。ほらよ」

「わう!!」

『チロ~元気~?』

「ばう!!」

 

携帯を向けると話かけるように鳴くチロ。その尻尾は喜びを示すように、残像が見えるくらいに激しく動いていた。

 

「悪いがそろそろ切るぞ、事務処理やらがあるんでな」

『うん、それじゃあね』

 

通話を切るとチロが寂しそうにくぅ~ん…、としょぼくれてしまう。そんな助手を慰めるように頭を撫でる光輝。

 

「そう落ち込むな、そう遠くない内に会うことになるだろうよ。ほら、今回は払いが良かったからな、美味いもんでも食いに行こう」

「ばうっ!」

 

わーい!と言いたげに嬉しそうに鳴くチロを連れ、光輝はその場を後にするのであった。

 

 

 

 

「♪~」

 

焼き上がった鯖を、グリルから取り出し付け合わせと共に皿に盛りつけていく。

波朧院フェスタでの騒動の最中に起きてしまった惨劇の傷跡も癒えたキッチンは、今日も我が家の食卓を支えるべく働いてくれている。

 

「あれ叶音は?」

 

いつもならもうリビングに顔を出している妹分が、今日は未だに姿を現す気配を見せない。

 

「はて?顔を洗いに洗面所に向かうのは先程見ましたが…」

 

朝食の支度を手伝ってくれているアスタルテに問うと、彼女も不思議そうに首を傾げた。

 

「ちょっと見てくるね」

「はい」

 

何かあったのかと部屋に向かうと、ドアをノックをする。しかし気配はあるもうんともすんとも返ってこない。強めにもう一度するも結果は変わらず。

ドアノブを回すと鍵はされていない。これはいよいよ異常事態を想定し、身構えながらゆっくりとドアを開け内部を覗き見る。

――結果を言えば、妹分は健全な姿で全身を映せるサイズの鑑の前に立っていた。

ただ、普段は着ることのない厚手のコート羽織っているという一点は、違和感として上げられることではあるが。

太平洋に位置するこの島では、四季は存在せず年中真夏であり、雨でも降れば多少重ね着する程度にしか寒さなど感じることはない。

 

「叶音?」

 

ポケ~と鏡に映る自分に見惚れてらってしゃる妹分に声をかけるも、相も変わらず反応は返ってこない。

こうも無視されると、ちょっと傷つくざます。

 

「叶音~?叶音さ~ん?」

「?」

 

めげずに繰り返すとようやくぴくりと反応が見られ、こちらを振り向いてくれました。

 

「お兄ちゃんどうしました?」

「うん、ご飯できるから呼びに来ました」

「あ、気づかないでごめんなさいでした」

「いや、いいけど。それ、こんどの宿泊研修のやつ?」

「はい。届いたので試しに着てみていました。凪沙ちゃんが選んでくれました」

 

全体を見せるように両腕を軽く開く叶音。清楚さを損なわないよう控えめな色合いだが、厚手故に、小柄な彼女を更に小動物のような愛らしさを引き出すデザインをしていた。

この島にいると実感が皆無だが、本島の方では冬季に入っているため暖房品が必須となるのだ。

 

「いいね。可愛いよ」

「あ、ありがとうございました…」

 

素直に褒めると、恥ずかし気に赤くなった顔を手で隠しながら縮こまってしまった。

 

「…朝食のご用意ができましたよお2人方」

 

ドアから顔を覗かせるアスタルテが、拗ねたようにぷくーと頬を膨らませながら声をかけてくる。

いかんいかん。すっかり何しにきたのか忘れてたざます。

 

「ありがとう。夏音も行こう」

「はい」

 

コートを脱いで制服姿に戻った夏音を連れてリビングに向かうと、椅子に腰かけて待っていてくれていた那月ちゃんと共にテーブルを囲んで朝食をとる。

ちなみにリアは用事があるからと早くに出かけており(やたら上機嫌に)、ティナさんはその護衛に着いている。

……というか彼女は国に帰らなくていいんかね?そこら辺聞いてみても、「そんなに私と一緒にいたくないのですか?」とかわざとらしく泣いて誤魔化されるのよね。まあ、王族としての責任感はしっかりしてるから、そこはちゃんと考えているだろうし問題ないんだろうけど。

 

「どうしましたお兄ちゃん?」

「ん~、リアのことをちょっとね」

「やっやっぱり、側にいなくて寂しいんですね」

「お熱いですねー。ひゅーひゅー」

「いや、そろそろ国に帰んなくていいのかなとかって意味ね」

 

何か顔を赤くしてわぁわぁと盛り上がり始めた妹分と、ひやかしてくるメイドを適度にいなしていると那月ちゃんが口を開いた。

 

「…まぁ、その辺は心配ないらしい」

「え、何か知ってるの那月ちゃん?」

 

意味深な口調で話す姉に問うも、心労を滲ませながら、すぐにわかるよ、としか答えてくれなかったのだった。

 

 

 

…朝のホームルームで、那月ちゃんの言っていたことが理解できました。

 

「アルディギア王国から留学生として来ました、ラ・フォリア・リハヴァインです。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

 

女子用の制服を身に纏い、教壇に立って礼儀正しいペコリと頭を下げるのは、誰であろうか早朝から出かけていたリアその人であった。

突然の転校生――それも留学生ともなれば、誰もが目を点にして騒然となるのは必然であった。

 

「え、アルディギアって北欧の?」

「てか、あの人テレビで王女様って言われてなかった?」

「はい、未熟ながら王族の一員として身を置いております」

 

その言葉にざわめきは最高潮となり、やっぱり!といった驚きややらめっちゃ綺麗~、といった羨望の声が木霊す。

そんなクラスの空気を一閃するように、担任である那月ちゃんがパンッパンッと手を打つと皆静まる。

 

「そういう訳でお前ら仲良くしろよ。それと、間違っても国際問題だけは起こしてくれるなよ。リハヴァインは空いている席に座れ」

「はい、南宮先生」

 

愉し気に先生と呼ぶリアに、勘弁してほしいと言いたげな顔をする那月ちゃん。何か最近疲れた様子を見せていたのは、このことで面倒なことをやらされていたかららしい。

 

「(おい、どうなってんだよ勇!?)」

「(知らぬ、ワシは何も知らぬ)」

 

後ろの席の古城がヒソヒソと問い詰めてくるが、ワイも教えてほしいくらいじゃい。

 

 

 

 

「どうですか勇、似合ってますか?」

 

ホームルームが終わると同時に、さっそくと言わんばかりにやってきたリアが、全身を見せるように、軽く両手を広げながらその場でくるりと回る。

早朝に似たような光景を見たばかりだが、何だかんだこういったところは血の繋がりを感じさせるざますね。

 

「いや、まあ…。似合ってますけど。それよりもまずは説明せいや、どういうことやねんこれは」

「せっかく日本に来たのですから、これを機に見分を広げるべく暫く留学することにしました。ちゃんとお父様とお母様、それにお婆様も許可して下さいましたし、私の分の公務はお婆様が代わりを務めて下さいます。何より…」

「何より?」

 

照れくさそうに、両人差し指の先端をチョンチョンと合わせながらいい淀むリア。誰が相手でも気後れしない彼女にしては珍しい姿に、何事かと不安になる。

 

「勇と、少しでも一緒の時間を過ごしたいですから…」

「――――」

 

口にして余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてもじもじするリア。その言葉と、普段の毅然とした態度と真逆の姿に。釣られるようにこっちまで顔に熱を感じながら固まってしまった。

 

「いいわね~青春ね~奥さん」

「何だよその口調は…。まあ、砂糖吐きそうだけど」

 

基樹と古城が暖かい目で茶化してきやがるが無視する。少なくとも古城には言われたかねぇつーの。

そんな仲、委員長が申し訳なさそうに両手を合わせながら声をかけてきた。

 

「ごめんね勇君。クラス委員だからって私は聞かされていたんだけど…」

「倫は悪くありません。私がそのようにお願いしたのですから」

「どうせ、その方が面白いからだろ」

「はい」

「おい」

 

テヘペロ♪とでも言いたそうに、ウィンクしながら可愛らしく舌を出すじゃじゃ馬娘を軽く睨む。

奔放なのもたいがいにせい。振り回されるこっちの身が持たんわ。

 

「ねぇねぇ。いつ王女様と仲良くなったの勇」

 

事情を知らない浅葱さんが、もの凄い興味深々な顔で問いかけてくる。というか他のクラスメートも同様に聞き耳を立てていた。

 

「今年の春に、父さんにアルディギアに連れられた時」

「ああ、そういや一週間くらいいなかったっけ。ていうか2人はどういう関係なの?」

「それについては私が」

 

目が怪しく輝いたリアに、本能的にヤバい気がしたので止めようとしたが。それよりも先に古城と基樹に羽交い絞めにされ手で口を抑え込まれた!!

 

「ムガ―!!」

「まぁまぁまぁ」

「こういう時くらい素直になれよ」

 

抜け出そうともがいている間にも、リアはしおらし態度から一転して、悪巧みする時のような生き生きとした口調で語り出しおった!

 

「勇とは…共に将来を誓いあった仲です――――親同士が決めた」

「フガァァァァァァァ!!!」

 

待て待て待て待て待て待て待て待てッッッ!!!照れくさそうに爆弾を投げ込むなッッッ!!!大事な部分だけボソッと言うなッッッ!!!おおー!!ってざわめくなッッッ!!!

 

「わ~!アニメ見たい~!」

「ロマンチックで素敵~!」

「この松田、ぜひ勇ちゃんになってもらって、一緒に踏んで罵ってもらいたいですぞ!!」

「こ、古城×勇が…」

「いや、王女×勇♀もいけるのでは!?!?!?」

 

オイッ最後の方はおかしいとしか言いようがねーよ!?ツッコミが追いつかねぇ、誰か助けてくれ!!!

 

「ちなみにお別れの日に、勇は何も言わずに帰ってしまったんです」

「えっ勇君そんなことしたの???」

「ふがふっ!?」

 

委員長に流石にそれはないわ、という目で見られてもう泣きたくなった。ホント助けて…。

 

「やかましいぞお前らッ!!問題を起こすなと言っただろうが!!!」

 

騒ぎすぎて苦情が入ったのか、この後大変ご立腹な那月ちゃんに滅茶苦茶怒られたざます…。



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