彼女の死 (わからない)
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彼女の死

 狭い部屋の中で彼女が私の目の前でベットに横たわっている。それを呆然と見つめていると彼女はどうしたのと言わんばかりに首を傾げ、私を迎え入れようと両手を伸ばしてきた。

 その瞬間、私に残っていた僅かに抵抗する感情が消し飛んだ。

 右手を彼女の左手と合わせた。彼女の温もりが手袋越しにじんわりと伝わってくる。ただ触っているだけなのに心が落ち着く。彼女は少し微笑んだ。

 おいで、というふうに彼女の口が動いた。身体が勝手に動いてベットに乗り、膝立ちになて彼女の腹を跨ぐ。彼女の頭部に向かって手を伸ばすと先程までとは違う視界に戸惑いを受けた。消えたはずの抵抗する感情が生まれ、本当にいいのかと思ってしまう。

 そんな私の感情に気がついたのか彼女は手袋をとってその白く繊細な手で私の両手首を掴んだ。されるがままに私の手は彼女の首へと導かれてゆく。

 手が首に触ると呼吸による感覚と規則正しい脈、手を掴んだ時以上の温かさを感じた。彼女の生を感じている、とでも言えるだろうか。

 彼女は手を離してさあと呟いた。

 とてつもない恐ろしさと喜びを感じながら、私はゆっくりと両手に力を込めていく。より一層、彼女の生を感じた。

 彼女の気道のあたりにある指の力を少しだけ強くしてみる。彼女の咳き込み、揺れる。

 そのまま重心を移動させて手に、彼女の首に体重を掛けてゆく。苦しそうに彼女が何度も咳き込み、顔が僅かに歪んだ。

 もっと力と体重を込める。彼女の目の焦点がズレてきた。脈が激しくなり、呼吸している感覚がほぼ消えた。

 もっともっと力と体重を込める。彼女が少しだけ私の目を見たかと思うと彼女の両手が私の手首を再び掴んで自身の首へと押し込んだ。

 呆気に取られてしまい、力を少し弱めてしまう。僅かに手に入る空気を求めて甲高い音を彼女の気道が上げた。

 その音を聞いて体重の殆どとできる限りの握力を彼女の首へと注ぎ込む。彼女の顔色が変わり、口がめいっぱい開かれて舌が出てきている。脈が激しく高鳴り、空気を求める喉がピクピクとしている。

 ふと、彼女の口が僅かに動いた。目の焦点は完全にズレ、又の下にある身体が痙攣しているというのに。

 私がそれを読み取り頷くと彼女は口角を上げたように見えた。そう、見たのだ。

 いきなり彼女の首がカクンと横を向き、全身から力が抜けた。

 あれほど激しく荒れていた脈と喉の動きが止まった。身体の痙攣は止み、時が止まったかのようになにも聞こえない。

 ああ、死んだんだ。そのことを感じた私は深い悲しみに囚われながらも、尋常ではない喜びが心の底から湧き上がってきた。

 

「そう、彼女は死んだんだ! 私の、手の中で!」

 

 



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