空母探偵龍驤ちゃんと七人の駆逐艦たち (すたりむ)
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第零話:龍驤ちゃんと『語り部』(1)

 お正月になにもしないのもなあ、と思ったので7日まで連続投稿します。


「……で。この頭痛い状況を整理するところから始めるで」

「名探偵、皆を集めてさてと言い、って奴ですねっ」

「いうて探偵とか、もうなんも関係ないやん。この状況……」

 

 しかめっ面で、龍驤はまわりを見回した。

 背が高いのから低いのまで。ボインボインからつるぺったんまで。いろいろ取りそろえてる7人組がそこにいる。

 

「ま、自己紹介から始めよか」

 

 龍驤は言った。

 

「うちは龍驤や。艦娘艤装研究所の職員やな。通称は『探偵』やけど、別にヤクやってもおらんしバリツも使えへん。ほとんど海には出ぇへんけど、研究の都合上一応『艦娘』――艦種は軽空母や」

「艦娘、ですか」

 反応してつぶやいた娘に、龍驤はうなずく。

「せや。キミらもそやろ? なんやけったいな気配やけど、一応ご同類って感じやしな」

「まあ、同類と言えばそうかもしれませんが……」

 

 その娘は少しだけ迷ったそぶりを見せてから、

 

「一応、艦娘とはなにかについて、確認のために説明していただきたいのですが」

「……ん、まあ、そやな。事情が事情やしな」

 龍驤はちら、と部屋の窓から外を見て、それからこほん、と咳払い。

「まあ、艦娘っちゅうのは、イタコさんの現代版やな。昔の戦争で戦った艦と、それと供にある戦士達の魂を召喚し、自分の力として戦う存在や。昔は国に抱えられとったんやけど、今では法律の都合とかでほとんど民間企業勤めやね」

「……なるほど」

「じゃ、せっかくやから次はキミ、自己紹介行ってみよか」

「わ、私ですかっ?」

「せや。ほれほれ、はよう」

「あ、はい。……こほん。では失礼して……

 地球連邦政府軍所属、『艦娘』型ヒューマノイド25085番個体、『駆逐艦』朝潮です。勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!」

「お、おう……」

 

 とっさの反応に困って微妙な返しをしてしまう龍驤。

 

「その……ええと。ヒューマノイドなん?」

「はい。遺伝子改良を受けておりますので人間ではありません。国際人権憲章の適用対象外ですのでこの年齢で戦場に立っても合法です!」

「意外にブラックやな地球連邦!」

「ちなみに艦娘というのは私のような戦闘タイプヒューマノイドのうち海で戦う訓練を受けたものを指す用語です」

「カメラ目線なのはええんやけどお話するときは目ぇ見て話そ。な?」

 

 なぜか部屋の監視カメラらしき物体に決めポーズで言う朝潮に突っ込む龍驤。

 

「最初っからずいぶん飛ばしたなぁ……まあええわ。んじゃ次。キミ」

「……私?」

「うん。キミやキミ。さっきからぼへーしとるけど眠いん?」

「コタツに入りたい……引きこもる……」

「自己紹介の後でな」

「ううー……初雪……です。よろしく……」

 

 嫌そうな顔で初雪が言った。

 

「キミも艦娘なん?」

「そう……艦娘……大自然の意思を受けた……人類の守護者……」

「またずいぶん話が飛んだなあ!」

「でも戦うの面倒……人類滅びればいいのに……」

「そして設定投げっぱなしたなあ!」

 

 人類の守護者としての誇りとかないんかい。と龍驤は思ったが、そこまでは言わないでおいた。

 

「自己紹介終わった……コタツは?」

「ウチに言うなや。この部屋の管理人に言え」

「管理人……どこ?」

「ウチが知るかい」

「いやだ……もう……引きこもりたい……」

「ダメやなこの守護者。使えへん」

 

 切り捨てて、そして龍驤は三人目を見る。

 

「んじゃ次はそこのボインちゃん」

「あ、わたしですかっ」

「うん。なに食ったらそんなナイスバディになれんの?」

「ごぼうサラダとか?」

「予想外に渋いな!」

「あ、あの、龍驤さん。自己紹介ではっ?」

「朝潮ちゃん……あのな。物事には優先順位っちゅうもんがあるんや」

「ゆ、優先順位、ですか」

「せや」

 

 龍驤は深くうなずいた。

 

「状況よりなにより、ナイスバディに出会ったらセクハラ! これは人類の義務やろ!」

「そうなんですか! 勉強になります!」

「キミぃ……そこは突っ込むところやでぇ……」

 

 流されるととても困る。

 当の相手の方はきょとんとして、

 

「あ、あれ? いまのセクハラだったんですか?」

「軽い奴な。重いのやとシャレにならへんし」

「龍驤さんスタイルがスタイルですからマジ質問かと」

「キミもキミでええ性格しとるな! まずは名を名乗れぃ!」

「あ、はい! 照月です! 魔法の長一〇センチ砲ちゃんに選ばれて世界を守る『艦娘』になったの!」

「またファンシー方向が続くなあ……」

「悪い敵艦載機は片っ端から皆殺しなんだから!」

「それはファン死ーって感じやな」

「お札貼ってもおとなしくならないんだから!」

「それはキョンシーや」

「セガが昔大爆死した?」

「シェンムー……ってそれはさすがに無理ありすぎやろ! 文字数と最後伸ばすとこしか合ってへんやん!」

「ぶぶー。答えはマークIIIでした!」

「爆死ってほど悪くないわ! セガに謝れ!」

「あ、あの。さっきから話が盛大に脱線してますよ?」

 

 困り顔で、朝潮。

 

「ちっ……まあええわ。あさたんの顔に免じて今日はこのへんにしといたる」

「あさたんって……」

「朝潮なんて画数多い名称いちいち言ってられへんやろ。せやからあさたん」

「画数が関係あるんですかっ!?」

「当たり前や。ウチの知り合いの阿武隈とか悲惨やで? ケッコン相手に漢字覚えてもらえへんからな」

「それはひどいですねっ」

「よっしゃ! なんか調子出てきたで! じゃあその調子で五人目行ってみようか!」

 

 びし! と指さした先にいた女の子は、ちょっと焦ったような顔で、

 

「あ、ええと、綾波型駆逐艦の、潮、です……緊張してます」

「リラックスやリラックス。どーせ設定違えど同じ艦娘やろ?」

「え、いえ。わたしは艦娘とはいいますが……ちょっと、種族が違いまして」

「種族?」

「初めて人間の皆さんにお会いできて……もうとっくに滅びたはずの種族なんで、なんだか感激ですっ!」

「…………。

 ちなみにキミ自身はなんなん?」

「あ、すいません。人間形態だと発音できないんですよ、わたしたちの種族名。だから艦娘という自称で」

「なんかファンシーから一気にホラー面行ったで!?」

「いまわたしたちの間で大人気なんですよ、人間の真似。とってもこっけ……素敵ですよね!」

「しかも内面まで黒そうやで!?」

 

 恐れおののく龍驤。

 

「これは深く突っ込むとやばそうやな……次行こ、次。キミや」

「……駆逐艦、若葉だ」

「ほう」

「…………」

「…………。

 それだけ?」

「二十四時間、寝なくても大丈夫だ」

「どこ向けのアピールやねん」

「……そういうことにしておかないと、査定がな」

「悲しすぎるわ! なんなんキミの職場、ブラック企業か!」

「いや、自衛隊だが」

「……それは、ブラックぽいな」

「大丈夫だ」

「…………。

 次、いこか」

 

 深く突っ込めない雰囲気を察して、龍驤は次の人間に視線を移した。

 そいつは筋骨隆々の鍛え抜いた肉体を晒しながら、

 

「うむ! 駆逐艦、長門だ! ながもんではないぞ! 最近よく間違えられるが!」

「って嘘つけやーーーーーーーーーーー!」

 

 絶叫。

 

「む? なにが嘘だと?」

「自分の艤装見てもの言いや! どこが駆逐艦やねん!」

「なに!? 戦艦も鍛えれば駆逐艦になれるのではないのか!?」

「その台詞とよく似た言葉は聞いたことあるが逆やし!」

「ほら、どこかのインターネッツにも現代ではヘリ空母を駆逐艦とすることなど茶飯前だと」

「そのコピペは自分と時代が違うやろ……ちゅうか、まだウチが駆逐艦自称する方が自然やわ」

「なんだ。自虐ネタか?」

「胸見て言うなや!」

「大胸筋の鍛え方、教えてやろうか?」

「ウチが欲しいのは筋肉やなくて脂肪や!」

「では徹甲弾でも装備するのはどうか」

「そういう知り合いいるけど悲しくならへんかなあ? うっかりタッチイベントでもあろうもんなら擬音カーンやで、カーン」

「いや、衝撃で爆発するかもしれんぞ」

「その場合の擬音はドカーンやな」

 

 はっはっはと歓談するふたり。

 

「……って、違う! だから自分は戦艦やろ!?」

「たしかに私は戦艦かもしれない……だが、心はいつも駆逐艦だ!」

「ハートの問題なんか!?」

「他になんの問題が!?」

「あー、まあ……人間でないのまでおるしな……んで、キミのところでは艦娘ってなんやの?」

「いやあ、それがな」

 

 ぽりぽりと頭をかいて、長門。

 

「まったく記憶にないんだ、これが。艦娘……というのか? 我々は?」

「…………。

 元の世界の記憶、ないんか?」

「最後は新型爆弾の試験台で沈んだ記憶ならあるが」

「あー、そりゃ……実艦の記憶やね」

「そうなんだろうな。おまえ達はなにかしら艦と切り離されている別側面があるようだが……私のほうには、艦の記憶しかない」

「ある意味最も純粋に艦娘しとる感じやね……

 まあ、じゃあ最後行こか。そこのキミは?」

「ドーモ! モーターノワキ、です。スシっ! スシを、ください!」

「……自分?」

「はっ! ……す、すいません。搭載UNIXのエネルギーが足りてなくて、オムラAIの自律モードが暴走して」

「また絶妙に尖ったのが来たなあ……」

「スゴサのー、オームラー! ……あ、すいません! また暴走を」

「こういうこと聞くのアレなんやけど……ロボなの? キミ」

「あ、はい! ネオサイタマを狙うカイジュウ対策用予算によってオムラ・インダストリ社により作られた、対カイジュウ用決戦兵器、モーターカンムスです! そこにノワキ・ニンジャのニンジャソウルが憑依しまして」

「待て待て待て待て突っ込みが追いつかんわ!」

「あ、ニンジャご存じないです? ニンジャ。平安時代に日本をカラテで支配したと言われる伝説の存在ですよ。太古の世界に伝わる神話・伝承はニンジャ由来のものが多いんです。チェルノボグとかメジェドとかオルフェウスとかツチノコとかバルドルとかみんなニンジャです!」

「だから突っ込みが追いつかんっちゅうとろうが!」

「それで聞いてくださいよ! よりによってオムラは、私たちの研究をリー先生にマルナゲしようとしたんですよ! リー・アラキですよリー・アラキ! それで必死で逃げたのはいいんですが、途中で迷って気がついたらこんなところに」

「……まあ、ともかく野分ってことでええんやな? のわっちって呼ぶことにするわ」

 

 ちょっと死んだような目で龍驤は言った。

 ふむ、と長門は腕を組んで、

 

「しかしこんなところに駆逐艦七隻と空母探偵を呼んで、連中はなにをする気だろうな」

「もはや突っ込む気力もないわ……まあ、でも。ながもんの言うことももっともではあるわな」

「ながもんではない。長門だ」

「まったく本当に、こんなところ……冗談やあらへんわ」

 

 うんざりした様子で、龍驤は窓の外を見る。

 そこには、真っ暗闇の中に輝く星々と。

 

「ベッドなのに妙に下が固いなっちゅうて起きてみたら、よりによって「UFOの中」やて? 誰やねん、こないなドッキリ仕掛けたんは」

 

 青く輝く美しい地球を眺めて、龍驤は吐き捨てた。




 読み比べていただければわかりますが、龍驤のみ、前作『清霜の戦艦代理日記』と同じ設定の世界観出身です。
 ちなみに早霜の就職先の同僚という裏設定がありますが、たぶんこの作品では一切使われません。


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第零話:龍驤ちゃんと『語り部』(2)

「んで、これからどうするかっちゅうのが問題やな」

「閉じ込められてますよね、私たち」

「あさたんの言うとおりやな。部屋には家具一つなく、扉がひとつ。いわゆる密室状況やな。これで誰かが死んでたらミステリ……って、うわっ、マジで死んどる!」

「眠い……引きこもる……」

「初雪ぃ! こないなとこで寝るなや! マジ死体かと思ったやん!」

 

 ちょっと青い顔で龍驤。

 

「と、ともかく。ここは脱出せなあかんな。鍵がかかっとるようやけど……どないする?」

「砲撃するか? この長門の砲なら問題なく打ち抜ける自信があるが」

「宇宙船ごとおじゃんになったらまずいやろ。ここは慎重に行こ?」

「? なんで宇宙船ごとおじゃんにしちゃいけないんです?」

「……潮ちゃん。あのな、人間は普通、宇宙空間では生きていけへんのや」

「そ、そんな脆弱なんですか!? うわー人間面白……じゃなくて繊細ですねっ」

「…………。

 まあ、それはともかく」

 

 とりあえず無視することにして、龍驤は一息。

 

「見たところ鍵穴もないなぁ……ウチの解錠スキルもこれじゃお手上げやな」

「そーですねー。わたしの解錠魔法も、ちょっと相性悪そうです」

「……そういや、魔法少女やったな。てるりん」

「てるりん! かわいい愛称ですね!」

 

 照月が喜んだ。

 と、若葉がすっ……と前に出て、ドアの前に立った。

 そしてこんこん、と拳で軽くノックすると、扉が開いた。

 

「大丈夫だ」

「……いま、なにしたん? キミ」

「ノックだ」

「いや、そら見りゃわかるけど」

「出たいのなら出たいと、相手に伝えなければ駄目だろう。報連相。重要だ」

「…………」

 

 そういう問題かいな、と思ったが、龍驤はとりあえず黙っておいた。

 代わりに、扉の奥を見る。

 

「ふふふ……案外早く開けられてしまいましたね」

「な、何者や!?」

「ふはははは、答える義務はありませんね! そう、しかしこう名乗っておきましょう! あなたたちを取り巻くこの事態の黒幕、その尖兵であると!」

 

 ばさっ、とマントをひるがえして、めがねの上にパピヨンマスクをつけたその女は言った。

 

「ふふ、さぞや驚いたでしょう! 第一の密室を抜けたあなたたちはまずまずの働きをしました。しかしこの密室を抜けてもその先には第二、第三の密室が――」

「さーて変態は放っておいて、部屋の物色でもしよか。お、なんか怪しいボタンはっけーん」

「ちょ、話聞いてくださいよ! しかも変態ってなんですか失礼なまな板ですね!」

「アンタまな板言うたらウチが突っ込んでやると思てたら大間違いやで? ウチはそんな安くないねん」

「じゃあ失礼な高級まな板ですね!」

「どーでもええけどうるさいなあ。ちょっと黙ってくれへんかなそこの謎の大淀仮面」

「ひ、ひどっ! ひどすぎますよその発言は! 図書館で借りた推理小説に赤ペンで犯人の名前を書き込むレベルの外道ネタバレじゃないですか!」

「いや、ウチ探偵なんで。犯人暴くのは探偵の仕事やん?」

「そんなへりくつで正当化しないでくださーい!」

「ながもん、ちょいとあいつ黙らしてくれへん?」

「うむ。任せろ」

「ひ、ちょっと待って怖い怖い怖いです! わたし頭脳労働者だから筋肉とか苦手でもががーっ!」

 

 もがもが言いながら長門に押さえられる謎の大淀仮面は置いておいて、龍驤は朝潮と共に仕掛けの周辺を観察した。

 

「聖書が置いてあるな」

「新訳ですね」

「聖書由来のなにかっちゅうことかな?」

「でしょうね。あとボタンはひらがな入力式みたいですね。なぜかいろは歌の順番ですけど」

「むむ。他のヒントを探さなあかんっちゅうことかな。どうすれば……あれ、てるりん? どしたん?」

「あははー、そんなことしなくても大丈夫ですよー」

 

 言いながら照月は、長門に押さえつけられている大淀へと歩み寄る。

 

「長門さん。口を解放してあげてください。それではがいじめに」

「もがっ! ……な、なんです!? わたし、これからなにされるんです?」

「いえ。このなんでも相手がしゃべりたくなる魔法の丸薬をですね」

「自白剤ですか? ふふん、その程度でこの強靱で鉄壁な精神を持つ私がどうにかなるものですか! ぜったい薬なんかには負けませんから!」

「いえ。効果はただの下剤なんですけど。三日三晩止まらなくなる奴です」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 一瞬の沈黙が、場を支配した。

 

「さ、長門さん。大淀さんの鼻をつまんで口を開けさせてください」

「ガブリエル! ガブリエルです答え! お願いだからそれは勘弁してください!」

 

 大淀陥落。即落ちと言ってよかった。

 

「んじゃガブリエル、なー。ぴぽぱ、っと」

「おお、扉が開きました!」

 

 喜ぶ朝潮の横で、しぶい顔の野分。

 

「うう……エネルギーがいよいよ厳しくなってきました……オーガニックとは言いませんから、せめて粉末整形のトロマグロ・スシとかないですかね」

「なにその未来の食事。のわっちの故郷じゃそんなのがメジャーなん?」

「え? まあそうですね。スシといえばマグロです。それとタマゴ」

「アジとかコハダとかカンパチとかウニじゃあかんの?」

「エネルギー効率は落ちます。やっぱりトロが最高ですよ」

 

 言いながら次の部屋に行こうとした龍驤はふと足を止めた。

 

「……ところでてるりん。その丸薬よりエグい薬ってなにがあるのん?」

「えー、難しいですよお。これ以上になると、だいたい飲んだ人が死んじゃいますからー」

「そっかーそっかー。まあそれだけ聞ければ十分やな。なあ、謎の大淀仮面?」

「あ、あわわわわ。大変なことに……」

 

 かくして。

 密室の謎は、魔法の丸薬の力(?)によって次々と開けられていき、そして……

 

 

 

 

「ここが最後の部屋やな? 謎の大淀仮面、略して大淀」

「は、はい……」

 

 げっそりした顔で大淀は言った。

 

「やー、長く苦しい戦いだった、略してNKT。そんなわけでここにいると目される黒幕をぶっ倒してとっとと元の世界? とかに帰ろか」

「わたしとしてはもうちょっと観察したいんですけど、人間。すっごくおもしろいです!」

「潮ちゃんはホンマに魔性やなあ。はっはっは」

 

 そして割とあっさり流せるようになってきたなあ、と自分を褒める龍驤だった。

 

「初雪はコタツ……カツアゲする……」

「自分の世界守らんでええんかい、この自称守護者」

「引きこもるためなら……守護者の称号ぐらい……捨ててやる……ぜッッ!」

「そんなかっこよく言っても、ダメ人間であることは変わらんでー」

「でも実際、中から強大な気配を感じる……大丈夫……かな?」

「ん? 初雪は気配とかわかるクチなん?」

「同タイプだから……大自然の神秘……的な?」

「どーでもええけど神秘と便秘って似とると思わん?」

「そう……わたしは……大自然の便秘ッッ……!」

「キミ本気でそれでええの?」

 

 しゃべりながら扉に手をかける龍驤。

 

「んじゃ開けるでー。せーのっ」

 

 がらーと引き開けた、その扉の先に。

 

「う、うわああああああああ!?」

「ひ、人が……」

「死んでる!?」

 

 デスクに倒れて死んだように動かないスーツ姿の女を見て、全員愕然とする。

 しかし大淀は冷静に、

 

「いや、あれは寝てるだけですね」

「目ぇ開けとるけど!?」

「そういう人種なんですよ。……もしもーし。マイマスター。みなさん来られましたよー」

「……んん……え、もう!?」

 

 がばっ、と起きた、その女は。

 

「……ええと、Sweet Annさんでしたっけ?」

「なんでフランケンシュタインの怪物もどきなのよ」

「お、ネタ通じた」

「というか、あなたの世界にもあったのね、ボーカロイド……ふわあ……」

 

 言いながら起きた彼女は、大きく伸びをした。

 

「にしても早いじゃない。性能テストのつもりで私の作った迷宮を攻略させてみたものの、こんなに早く突破されるとは予想外だわ」

「内通者がおったからな」

「内通?」

「は、はわわ。違うんですマスター! 私が悪いんじゃないです、すべて下剤のせいです!」

「下剤……? まあいいわ。どうせあなた、元から裏切りそうな顔だし」

「ひどい!?」

 

 ショックを受ける大淀をよそに、女は不敵に微笑んだ。

 

「それで、なにから聞きたい?」

「まー、とりあえず……名前かな」

「我が名はガブリエル・ジャクソン。栄えある四大天使の一角よ」

「…………。

 なんでジャクソン?」

「天使長がポップスターを気取っててね。それで仲間を集めてジャクソン5と」

「確かにMichaelやけども!」

「ちなみにルシフェルはオートレーサーになると言って脱退したわ」

「それ違うグループやん!」

 

 龍驤の突っ込みをガブリエルは、にっこり笑ってスルーした。

 

「で、そこの仮面を被って悪ノリしていたのが、うちの秘書官の大淀。私の『語り部(ストーリィテラー)』としての能力で呼び出した従者よ」

「んん、聞き覚えのない単語がいくつか出てきたな?」

「『語り部』のことよね? いいわ。そこから話すことにする」

 

 ガブリエルはそう言って、ほほえんだ。

 

「かつてこの世界には、『物語遣い(ブックマスター)』って呼ばれる、ある種の魔法技術が蔓延していたの。物語の世界……正確には、「物語とよく似た平行異世界」に入り込んで、別の物語の世界からキャラクターを具象化して「従者」として使役する。まあ、そんな感じの能力よ」

「ふむふむ」

「『物語遣い』たちの大半は、暴れ回るというよりもただ観光をしてただけなので、たいした害もなかったんだけどね。その中にたちの悪い連中がいて、平行異世界を支配しようとしたり、破壊しようとしたりしたの。そこでその世界の管理者から苦情が殺到して、四大天使が総出でなんとかしたわけ」

「けどいまはそっちが問題やないんやな?」

「ご名答。『物語遣い』の魔術は、世界を賭した戦いの末にかろうじて封印に成功したわ。だけどその戦いの途中で……かなりやっかいな能力を持った「従者」が敵側に召喚されてね」

「誰や?」

「伏せる必要がないので開示すると、名前は――()()()()。出典は『めだかボックス』。ありとあらゆることを「なかったことにする」能力の持ち主よ」

「……なにを「なかったことに」されたんや?」

「『物語遣い』が「従者」を現実に召喚できないという、制限」

「うわあ……」

 

 龍驤は天を仰いだ。それは、大事になるわけだ。

 ガブリエルはため息をついて、続けた。

 

「『物語遣い』の魔術は、四大天使の封印でいまはもう使えないわ。だけどその一部……「従者を呼び出して使役する」こと。これについては、球磨川禊の能力で制限を「なかったことに」された上で、相変わらず使えてしまっているのよ。この技能……『物語遣い』の系譜を継いだ魔導技術を、我々は『語り部』と呼んでいる。平行異世界に転移しないと「従者」を呼べなかった『物語遣い』と違って、『語り部』は現実世界に「従者」を、直接呼んでしまえるの。私が、そこの大淀を呼び出したようにね」

「なるほど……たしかにまあ、頭が痛くなる話やな」

「幸い、まだ世界は大きな変化をしていない。だけど、この力を用いて、管理者として座視できないほどの破壊を企んでいる連中がいる。

 そこで、世界を守る手助けをしてくれる人材として、あなたたちを呼んだわけよ」

「なるほど。さしずめウチらは全員その「従者」っちゅうわけやな?」

「いえ、違うけど」

「……え?」

 

 ガブリエルは肩をすくめた。

 

「そもそも、『語り部』の「従者」は一人につき一人までしか呼べないわ。それに「従者」は呼び出した時点で自分の立場を理解する――だからあなたたちは、「従者」じゃない」

「じゃあ、どういうことや?」

「ほら、異世界召喚ものってあるじゃない? あれよあれ。大淀を触媒にして平行異世界から、類似の存在を呼び込んだの。世界を救う勇者的ななにかとしてね」

「…………。

 念のため聞いとくけど、帰れるんやろな?」

「もちろん帰れるわ。それに報酬としてある程度の願い事はかなえられるわよ。その胸のサイズをアップするとか」

「ホンマに!?」

「ただし腹がさらにアップするけど」

「興味なくしたんで帰ってええ?」

「まあまあ。それ以外の報酬もあるから」

「……そもそも、なんでウチらなん? その大淀じゃ戦力としてあかんの?」

「もちろん、戦力にはなるわよ。けれど、「従者」は『語り部』になれない」

 

 ガブリエルは言った。

 

「対して、あなたたちは『語り部』になれるの。つまり「従者」を呼べる――対『語り部』戦のもっとも重要なところは、相手の「従者」と相性のよい「従者」をぶつけることよ。そのためには、「従者」を呼べる戦力を、それも複数、呼ぶ必要があったわけ」

「……だいたいわかったけど」

「ちなみに異世界に返す方法は天使しか持ってないので、拒否権はないわ」

「タチ悪いな天使ども!」

 

 まあ、だいたいの状況はわかった。

 

「しかし宇宙人じゃなくてまさかの天使か。天使ってUFO持っとったんやなあ」

「昔は天国、ちゃんとあったんだけどね。望遠鏡ができて人間が空を子細に観測できるようになると、それを嫌がって天使たちがさらに上に移住しはじめてね。そのへんの宇宙人と契約して借りてるわけ」

「まさかの賃貸!?」

「気長な種族と交渉したおかげで、家賃の延納もわりと待ってもらえててね。千年くらい未納分があるわ」

「しかもまさかの延滞!?」

「ちなみに普段は燃費を抑えるために、各国軍隊と交渉して地上のスペースを間借りしてるわ。この円盤ももうすぐ横須賀の基地に着くわよ」

「……ちゃんとステルスしとるんやろうな? 見られたら大混乱やで?」

「ときどき装置オンを忘れた天使のせいで人間に目撃されてるけどね」

「目撃されたUFOの正体は天使やったかー!」

「まあそれはともかく。で、依頼、受けてくれるってことでいいのよね?」

 

 言われて、龍驤は後ろに立つ、七人の仲間たちを見た。

 

「朝潮、準備はいつでもオーケーです!」

「初雪……がんばる……」

「任せてください! 照月、なんでもこなしますから!」

「潮、人間の皆さんと一緒に……参ります!」

「……若葉、大丈夫だ」

「うむ! この長門としても、力を振るえる戦場があるほうがよい!」

「ところでスシはまだですかね?」

「どうやらみんなやる気のようやね……はあ、仕方ないわ。ウチもやったるよ」

 

 龍驤はため息をついた。

 

「んじゃ、「従者」とやらを呼ぶんやね? どうやるんや?」

「具体的な手順は後で教えるけど……いまはまだ、一人しか「従者」は呼ばないほうがいいわ」

「ん? なんで?」

「相手の「従者」との相性が大事って言ったでしょ? 実際のところ、「従者」は『語り部』の属性と、呼び出した状況のふたつに依存して決まるの。ピンチのときに呼び出した「従者」は、そのピンチを切り抜けるのに都合がいい能力を持っていることが多いのよ」

「なるほど……でも、一人だけ呼ぶっていうのはなんでや?」

「いや。実を言うと、呼び出したはいいけどあなたたちが『語り部』になれるかどうか、いまいち確信がないのよね」

「実験台、っちゅうわけか。しかし……貧乏くじ引くことにならへんかな、その一人って?」

「まあ、報酬に差を付けたりはしないから」

「しゃーないな……じゃあ、ウチが実験台になるわ。「従者」の呼び方、教えて」

「ではまずこの魔術書を読んで」

「うわ、ぶ厚いな!」

 

 どがん、と置かれた魔術書に少し引く龍驤。

 

「魔術書一冊でなんとかなるんだから楽勝よ。とりあえず全員一ヶ月以内に読破してね。それから実験といきましょ」

「ん、その必要はあらへんよ?」

「え?」

 

 龍驤はかるーく魔術書に手を触れ、

 

「んー……あんまり年代行ってない書やね。せいぜい500年級かな?」

「あれ、あなた魔術師なの?」

「いや? ただウチの世界じゃ艦娘ってのはイタコの一種でな。せやから、魔術書書いた奴をちょいと呼び出せば……っと、おお、来た来た」

「便利な能力ね……」

「普通の書物じゃできへんけどなー。ちゅうわけで、従者さん呼び出しメソッド、しっかり頭に刻みつけたで」

 

 龍驤は言って、ぱん、と手を叩いた。

 

「よっしゃ気合い入ったで! ここはいっちょごっつい従者呼び出したるわ!」

「がんばってください、師匠!」

 

 朝潮が合いの手を入れる。

 

「さあ、想念より生ぜし力の主よ、我が呼び声に答えて姿を現したまえ!」

「おおっ、魔術詠唱だー!」

「いや、適当やけど」

「台無しすぎる!」

 

 照月とやり合っているうちに、龍驤の身体のまわりに魔法陣が展開する。

 

「うむ、このビッグセブンもびりびり来る力を感じるぞ! これはすごいぞ!」

「来るで来るでー! さあいらっしゃいや、我が従者――!」

 

 龍驤の声に応えて。

 その人物は虚空から光と共に、姿を現した。

 

「……って、なんでやねん――!?」




【余談】
 この作品の原典は、身内でやっていたTRPGのセッションだったりします。
 そこでは、ブックマスターと呼ばれる連中が異世界で悪さをしているので退治してきて、という形で依頼が来て、各世界に飛び込む感じでした。違う世界に飛び込むたびに違うルールブックにコンバートする感じです。
 残念ながらキャンペーン途中で立ち消えてしまったのですが、最終盤の展開として予定されていたものをコアにして、もう一度この話をちゃんとした形で書きたい、というのが今回の企画になります。


【従者名鑑】

No.000 大淀
出典:「艦隊これくしょん」
術者:ガブリエル・ジャクソン
属性:Lawful-Neutral
性別:女
外見:艦娘
得意技:弾着観測射撃
解説:大天使ガブリエル・ジャクソンの従者。「艦娘」なる存在の、解釈によって戦闘能力が大幅に変動するところを見込まれて従者となった。が、当人の平行世界では艦娘の能力がさほど大きくなかったため、戦力としてはあまり当てにされていない。代わりに、似たような「艦娘」を集めて戦ってもらおうということで召喚されたのが龍驤たちである。


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第一話:龍驤ちゃんと胃袋ブラックホール(1)

「はー、おいしいねー。やっぱお寿司っていいなー」

「ウウウウマーイ。いいですねーいいですねーやっぱりスシはオーガニックですよ。そしてトロ!」

「野分ちゃんはトロ好きだねー。わたしも好きだけど。あ、板前さんとりあえずウニとエンガワとカンパチとイクラとスズキ追加でー」

「あ、こちらはタマゴお願いします」

「でもお寿司はおいしいんだけど、値段考えると量食べられないよねー。そのせいで普段は控えてるんだけどさー」

「だったらここでも控えんかいっ! なんやその皿の数ふざけてるんかいな!」

「? まだ50皿行ってないよ?」

「十分過ぎるわっ!」

 

 龍驤は絶叫した。

 

「おおお支給されたばかりの今月分のゼニが……笑顔になれるものは野口に樋口と福沢諭吉という古き言い伝えは本当やった……!」

「金の亡者みたいだねー。名古屋人?」

「ウチは生まれも育ちも神奈川県民や! なめんといて!」

「あ、そ、ソウデスカ……」

 

 ならなんで関西弁? という顔をしている相手に、龍驤はため息。

 

「ちゅーか小田切。確認しとくで」

「ん? なにさなにさ龍驤ちゃん。なんか言いたいことあるの?」

「自分はウチの「従者」っちゅうことで問題ないんやな?」

「そだよー。アナタの従者の小田切双葉ですっ☆食費の確保はよろしく!」

「…………。で、特技とかは?」

「大食いで負けたことは一度もないっす!」

「まあ特技やな。他には?」

「えーと、うーん。あ、歌とか? 聞くとだいたいのひとが、逆に感動したって言うよ?」

「逆に……? ま、まあええわ。他には?」

「料理できるよ? わりと好評だよ?」

「……他には?」

「えー、まだ必要なの? あ、かわいい女子高生だよ?」

「んなもんが特技になるかいっ!」

「キレられた!?」

 

 うがーと暴れる龍驤。

 

「あーもう、戦闘に使える特技とかなんかひとつはないんかい! 八極拳の使い手とかそういうの!」

「それは少なくともわたしの方向性じゃないよね。あ、板前さん中トロとホッキと赤貝と炙りサーモン追加でー」

「うがあああああっ!」

「怒られてもなー。呼んだのはわたしじゃなくてそっちだしさー」

「……ガチで外れ枠引くとはなー。先が思いやられるわ」

「なんだよー。そもそもそっちは艦娘とかだから戦闘できるんでしょ。だったらわたしが戦闘できなくてもいいじゃんかさー」

「艦娘は基本、陸ではまともな戦力にならへん。ウチは陰陽道をちょいとかじっとるからまだマシやけど……他のも含めて、陸上戦でどの程度使えるかは未知数やで」

「ですねー。わたしもカイジュウを陸に上げる前に倒すのが仕事なんで、装備も基本的に海仕様です」

 

 野分はそう言いながら大トロをぱくり。

 

「あさたんやてるりんも似たようなこと言うとったわ。ながもんもな。初雪はわからんけど。潮ちゃんは……まあアレとして、そしたらあと使えるのはもう若葉くらいか」

「悪くない」

「うわあっ!? 横にいるなら先に言えや!」

 

 いきなりひょこっと顔を出した若葉に龍驤は絶叫した。

 

「一応私も自衛官だ。陸戦ができないということはない」

「CQCって奴やな」

「そう。宇宙CQC」

「それは違うジャンルの奴や!」

「大丈夫だ」

 

 しゅっしゅっ、とジャブの形で拳を出しながら、若葉。

 

「あのアニメと同じくらい手段を選ばないから」

「怖っ!」

「ところで……この四名がチーム、ということでいいのか?」

「あー、まあそうやな。残りの連中は情報収集側に割りふっとる」

「では、この四名で()()()に対処することになるのか?」

 

 若葉は双葉のほうを見つつ、言った。

 龍驤はうなずいた。

 

「まあ、そういうことやな」

「だが、戦力として使えるのは私だけではないか?」

「のわっちは若干戦えるっぽいけど、まあ基本はそうやな。不安か?」

「いや。それも悪くない。……が、この四名に絞った理由を聞きたい」

「主戦力は若葉、キミや」

「それはわかっている」

「次にウチと小田切は……まあ、セットで扱うのが無難やからな。ウチが出る限り、小田切もおる」

「……なるほど」

「んで、のわっちは連絡担当や。元がロボだけに、のわっちはそうとう高精度な通信機能を持っててな。ジャミング等の心配はまずないねん」

「ふむ」

「で最後にウチの仕事やけど、これは情報の整理」

「整理?」

「情報っちゅうのはな、集めるだけやない。ゴミを取り除いて、正しい情報を整理整頓して、初めて使えるもんや」

 

 龍驤は言った。

 それから、手元のメモに視線を落とし、

 

「特に今回は……たぶん、最前線でやったほうがええっちゅうんがウチの勘でな。相手が玄人すぎるんや」

「板前さーん、鉄火とイワシとアナゴと甘エビとカツオ追加でー!」

「ってまだ食うんかい!」

 

 

 

 

「若葉は辻斬りっちゅうたけど、実際のところそう単純なもんでもなさそうなんや」

 

 龍驤は歩きながら言った。

 

「まず状況の確認からやな。敵はおそらく神道系の魔術結社。狙った「従者」を高確率で一本釣りするための儀式――いわゆる『誘導召喚』のための触媒を探しているところを内閣調査室の連中に感づかれ、ガサ入れされたところで一体の「従者」が反撃、逃走。『語り部』と共に潜伏しつつ、ゲリラ戦的に調査室関係者を襲撃中ってとこやな」

「我々の目的はその「従者」を追い詰めて倒し、『語り部』を拘束すること。相手に支援がない単体戦であることはほぼ確定し、デビュー戦にはちょうどいい難易度……と、ガブリエルは言っていたが」

「あんまり鵜呑みにはできへんな。援軍はいないとしても、敵戦力は未知数や」

 

 若葉と言い合いながら考える龍驤。

 今回、内閣調査室が調査に乗り出した理由は、相手が『語り部』の魔術を使っていたこと……()()()()

 そもそも、魔術を禁止する法制度など存在しないし、魔術自体が公にはなっていない。だから調査室も、別にそれだけで相手を罰することができるわけではない……のだ、が。

 昨今は『語り部』の魔術自体が、世界のバランスを壊すということで、大きな魔術結社間では禁止協定が結ばれているらしい。だからそんなものに頼るのは小さなところ、しかもだいたいは外法と呼ばれる、やばいものを扱う連中である。

 当然、査察に入られたら、それ以外の違法行為の証拠がずらり、というわけだ。

 

「せやからこそ、天使の紐付けがあるウチらに仕事が回ってくるんやろうけど……うーん」

「なにか問題でもあるんですか?」

「いや。今回、けっこうな量の証拠が残ってるやん?」

 

 龍驤は言って、野分のほうを見た。

 

「映像記録、見たやろ? 査察官と従者が戦っている映像」

「見ました。カタナ使いでしたね。私のいた世界でもイアイドーというカタナを使うカラテ流派がありましたが、ちょっと違う技術に見えました」

「突きをメインとした戦い方やったな。それと服。ながもんに聞いたら戦前の警官の服であろうっちゅう話やったな」

「はあ。それがどうかしたんですか?」

「ちょっち、手がかりが多すぎやと思わん?」

 

 龍驤はそう言った。

 

「戦前の警官で突きメインの剣士言うたら、有名どころはほぼ一人に絞れてまうやん。それに、扱いやすい奴とも思わへん。ブラフの気配を感じるんよ」

 

 実際、弱点を隠蔽するために従者の正体を隠すのは、『語り部』の常套手段らしい。またそのせいで、有名な従者ほど長期戦では不利になると言われている。従者戦闘は一筋縄ではいかないのだ。

 

「なるほど……とすると、相手の正体は」

「そこが読めへん。んー、あの動画以外に手がかりがないとなると厳しいな。いまのままやと、そのまま当たるのはちょっち危険っちゅうのがウチの見解や」

「それは賛成だ」

 

 若葉が言ったので、龍驤は首をかしげた。

 

「なんか思い当たることでもあるん?」

「映像は私も見た。……不自然だと思った箇所が一カ所あった」

「ふむ。どんなとこや?」

「正確には相手ではなく、その敵……内閣調査室の連中なのだが。連中、囲んでおいてなぜか、全員でかかっていくということをしなかった。不自然だと思わないか?」

「それは……」

 

 言われてみれば。

 

「たしかに、へたな時代劇の撮影みたいやったな。袋叩きにすればよかったんやろけど」

「戦った連中は全員重傷で聞き取りもできないという話だったが、なんとか話を聞けないだろうか」

「それがええかな」

「無理だと思うけどなー」

「……?」

 

 言った双葉に対して、龍驤は眉をひそめた。

 

「なんや小田切。なんか意見あるんかい」

「どーでもいいけど、そろそろ名字呼び捨てやめようよ」

「んじゃなんて読んだらええのん?」

「双葉ちゃん様でいいよ」

「キミはまた絶妙にネタ古いな」

「え、元ネタあるのこれ?」

「知らんで言ってたんかい!」

「まあ冗談はともかくさ……ガブリエルさん言ってたじゃん。うちらの連携先は自衛隊だって」

「言うとったなあ。それが?」

「内閣調査室と管轄違うでしょ? で、あのカメラ映像もどっちかっつーと内閣調査室の撮ったやつっていうよりは、防犯カメラ系の奴だったよね? たぶんよくある縦割りナントカで、横の連携取れてないんじゃない?」

「あー……ありえそうやな」

 

 龍驤はしかめっ面で、考える。

 

「するとウチらは、あの映像以外の手がかりなしで推理せなあかんのか。……参ったなぁ」

「んで、わたし普通にひとつ心当たりあるんだけど」

「あん?」

 

 龍驤は双葉のほうを見た。

 

「いやほら、映像の最初のところだよ。見てみてよ」

「お、タブレット持ってんのかキミ。……ん、最初?」

 

 龍驤は動画に見入る。

 

「……特に違和感を感じへんけどな」

「もー、よく見てよ龍驤ちゃん。最初のタイミングで一瞬だけ、内閣調査室のひとたちがびたっと止まってるでしょ?」

「あ、たしかに」

「んで、わたしはこう思ったんだよね。このタイミングでなにか、相手が仕掛けたんだよ! そこで動きが止まったと見たね。どうよこの名推理!」

「具体的になにやったん?」

「え? さあ?」

「…………」

「………………」

「…………」

「か、影縫いの術とか?」

「忍者やないんやから」

「ニンジャですか? でしたらシャドウピン・ジツよりは、ゲン・ジツとかフドウカナシバリ・ジツの類のほうがありそうな気がしますよ。シャドウピン・ジツなら、食らったら光を操作しないとまず動けないでしょうし」

「む。……なるほど。のわっちは名推理やな」

「立場を取られた!?」

 

 がーんとショックを受ける双葉をよそに、考え込む龍驤。

 

「んー、幻術……催眠術とかかなあ。妥当なところやと。しかし催眠術で剣も使うとなるとなにがあるかなあ」

「んじゃググってみようか」

「ん、そか、小田切のタブレットがあったか」

「『催眠術』と『剣士』で……あー、ダメだねこれは」

「女催眠術師……なんやこの動画」

「見なかったことにしよ。でもそうするとどうする? なんか調べ方が悪いのかなあ」

「……『催眠術』『剣術』ではどうだ?」

「お、若葉ちゃんないすー。んじゃそれでググって……ん?」

「松山……主水?」

 

 龍驤と双葉は、互いに顔を見合わせた。




【従者名鑑】

No.001 小田切双葉
出典:「三者三葉」
術者:龍驤
属性:Neutral-Neutral
性別:女
外見:普通の女子高生
得意技:大食い、料理、サクラ
解説:空母探偵龍驤の従者。平和な状況で誘導もなしに呼び出したせいか、極めて平凡かつ平和な存在が呼び出されてしまった。大食いで普段の言動が軽いので馬鹿だと思われることもあるが、実際には割と頭が回る。胃袋だけは本当に謎。


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第一話:龍驤ちゃんと胃袋ブラックホール(2)

 コウシュウ=ストリート。大通りは大量の人々でごった返し、ビルの壁際にあるパネルビジョンがTVショウを垂れ流す。「そこでポイント倍点!」「ワースゴーイ!」パネルの中の明るい世界と比較して、行き交う人々の顔は暗い。世の中はフケイキだ。少なくとも野党はそう言っている。

 

 

 猥雑な気配を見せるこのストリートにも、昔ながらの光景というものが存在する。ステーションの付近に集まるトラディショナルな気配のヌードル屋台へと、酔ったサラリマンの二人組が近づいていく。「オットット!」「オットット!」いつもの光景。

 

 

 その中にひときわ目立つ屋台あり。「おいしーい!」叫ぶのは、この場には若干場違いなミドルティーンの少女。だがそのオデン屋台の彼女の椅子の前には大量の空になった皿。「おいしーい!実際おいしーい!なんというか、屋台の味って感じがする!普通においしい!」

 

 

 なんたる広告効果か!それに引き寄せられるかのように二人組の客が彼女の隣に座る。「ご注文は?」「……タマゴだ。それとコンニャク」「アイ、アイ」店主は手際よくオデン・スープの中に浸された具をすくい取って皿に入れた。「そちらの方は?」

 

 

「うふふ。そうだね。ダイコンとキンチャクがいいな」「アイ、アイ」「それと練りカラシ」「アイ、アイ」手際よく具をよそう店主。注文した客は店主から目を逸らさない。「いつも出してるの、この店?」「ハイ」

 

 

「フウーン……ふん、ふん」彼はじろじろと店主をねめつけた。「なーんか怪しいなぁ……」慌ててもう一人の客がたしなめる。「コラっ。シツレイだろ、フジタ=サン」「うふふ、そうかね」「スミマセン、ドーモ。連れがどうも礼儀知らずで」

 

 

「いえ、いいんですよ」店主はこともなげに言った。「お連れの方のほうが正しいですから」「アン?」言われて、客が店主を見た。まだ若い、中性的な美貌の持ち主。声からすると女性だったが、しかしその視線は鋭い。そしてなにより、顔の半分を覆う禍々しいメンポ。その表面には「野」「分」の文字……!

 

 

「アッコラー!?」「ドーモハジメマシテ。モーターノワキです」悠々とおじぎをするモーターノワキは、しかしその実、その男の連れの客から顔を逸らさない。彼女のニンジャ第六感が告げているのだ。敵は彼一人だと。「そちらの方は……ウドウ・ジンエ=サンとお見受けします」

 

 

「アイエエエエ!?」男のほうが叫んだ。「ナンデ!?正体バレナンデ!?」「状況判断や」答えたのは店主ではなく、その横でずっとシラタキと格闘していた女だ。その胸は平坦であった。「この空母探偵龍驤ちゃんからすれば、この程度の欺瞞はまるっとお見通しっちゅうわけやな」

 

 

「斎藤一あたりと誤認させようとしたようやけどな……念のため、剣術の専門家に映像の確認取ったわ。あんたの突きは、突きの専門家としてはダメダメやってな。突く速度は一流やけど、返す速度と態勢が隙だらけや」龍驤は言った。

 

 

「斎藤一……藤田五郎には、ウィキペディアにすら乗っとる有名な言葉があるんや。突きはなかなか当てられへんから、突くコツよりもむしろ返すコツのほうが重要……せやけど、偽装しとったアンタにはそれができへんかった。よって」

 

 

「代わりに、二階堂平法「心の一方」を用いて、相手を催眠術で縛って当てやすくして対処したわけだね。バレバレだってわけよ」ミドルティーンの少女、双葉が繋げる。「んでまあ、催眠術を含む剣術が出てくる、斎藤一が出てくる有名な創作――って言ったら、そりゃ「るろうに剣心」だよね」

 

 

「うふふ……うふわはははは!」突如として彼、鵜堂刃衛はまわりに剣気を放出!バァァーン!「ぐっ!?」「あっ!?」「はあっ!」バツン!野分は自由を回復!だが残りの二人が自由を失った隙に鵜堂は傍らの男を引っ張って車道に飛び出す!「逃げるぞ!」「あ、ああ!」

 

 

「かっ!」鵜堂は道行く車に剣気を放出!バァァーン!催眠にかかった運転手がブレーキを踏んで車を止める!「出せ。出さねば殺す……ムウーッ!?」鵜堂が車に侵入しかけたところでブリッジ回避!直後、カタナの一閃が彼のいた場所を貫く!「若葉だ」

 

 

 ゴウランガ!車の運転手は若葉であった。龍驤はあらかじめ鵜堂が取るであろう行動をシミュレートし、先回りしてこのタイミングで若葉が駆けつけるように手配しておいたのだ!なんたる空母探偵の深慮遠謀か!「退路は断った。二人で逃げられるほど我々は甘くない」

 

 

「うふふ、そうだねえ」鵜堂はむしろ嬉しそうに言った。それから、カタナを大きく振り上げ――横にいた男を、なんのためらいもなく、頭から切り捨てた。「アババババーッ!?」絶命!

 

 

「な!? なにすんねん自分!」「どうもこうもない。鬱憤たまってたんだよ。なにしろこいつときたら、俺のスタイルを一方的に縛りやがる。正体がバレたら不利だのなんだの……うっとうしい」「相手は貴様の主人やろ!」「だから斬る理由がないとでも?」鵜堂は平然と言った。

 

 

「甘く見るな。「従者」が術者を斬れない理由などない。それが『語り部』の術が嫌われる所以だ。もちろん、こうなっては俺も長くはないがな……好きに人を斬れない人斬りなんざ、死んでるようなもんだよ。なにも変わらん」「……言うたもんやな」

 

 

「若葉と言ったな。おまえを俺の最後の標的とする」言って鵜堂は、紙を若葉に投げつけた。その表面には「斬奸状」の文字。「せいぜい楽しませてくれよ……うふふ、うふわはははははあ!」そして、鵜堂は駆けだした。その先にいたのは、腰を抜かして横転したスクーター乗り!

 

 

「邪魔だ!」「アイエエエエ!」鵜堂はスクーター乗りを蹴っ飛ばしてどかし、「はあっ!」いままさにスリケンを放とうとしていた野分に向けて剣気を放った。バァァーン!「ヌウーッ!」完全には封じられないものの、意表を突かれて行動が止まる野分。

 

 

 一方の若葉の方は、カタナを捨てて拳銃を構えた。だが鵜堂はスクーター乗りの身体を巧妙に盾にして射線を遮ると、スクーターのエンジンを吹かした。間に合わない!「……無理だ」若葉は拳銃を下ろした。

 

 

「逃げられた……か」「うわぁ……マジで人殺しの現場見ちゃった。マジ怖い」双葉が青ざめた顔で言う。「さすがに予想外やったけど……でも、これで終わりちゃうのん? 術者がいなければ従者って、一日くらいで消滅するんやろ? 無視しとけばええねん」「そうもいかない」「え?」

 

 

「斬奸状……これは、この中の誰に向けたものでもない」若葉はそう言った。「前もって用意していたのだろうから、当然だ。宛先は我々ではない――ただ、()()()()()()を標的とする。止めたければこれこれの場所に来い。そう書かれている」そして、拳銃をしまうと、ため息をついた。「無視はできない」

 

 

 すでに野次馬が大量に現れ、遠くからサイレンの音も聞こえる。「警察が来るな」「逃げますか?」「一応、前もって連絡はしとる。事情を説明するためにウチと小田切が残るから、二人は先行して追っててや」龍驤は言って、頭を押さえた。「やっかいな事態になりよったで、マジで」



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第一話:龍驤ちゃんと胃袋ブラックホール(3)

「……しかしアレやな。なんかさっき、空気というか地の文というか、なんか変やなかったか?」

「空気って言葉がアトモスフィアって書かれそうな感じだったよねー」

 

 タクシーの中で語り合う双葉と龍驤。

 

「んで、いまどんな風になってるの?」

「とりあえずのわっちの信号はウチの携帯で受信できる状態にしてあるわ。

 まだ交戦中ってわけではなさそうやな」

「でも、斬奸状って言っても、場所を指定してあるだけでしょ? だったら、警察や自衛隊に頼んで包囲しちゃえばいいんじゃない?」

「どーかなー……正直、ウチならそー簡単にはいかへんようにするわ」

「どうやって?」

「手っ取り早いのは人質やな。後は、爆弾仕掛けるとか? 実際にはブラフでもええねん。それだけで、うかつな攻撃はできなくなる」

「あー……そりゃそーだね」

「狙撃って手も考えたんやけど、町中に狙撃銃手配置するのは日本じゃ難しいやろしな。それに準備の時間もない。相手が若葉との一騎打ちを所望してるとなれば、応じざるを得ん状況や」

「応じないで包囲して時間を稼げば? しばらくすればあのひと、勝手に消えるんでしょ?」

「あの「心の一方」相手に通じるとは思えへんな。包囲を抜かれてそのまま永田町に繰り出されたら、最悪のケースもあり得る。……ああもう、こんなんなら最初からながもんあたり、調査室に派遣しとけばよかったかもなあ」

「後悔先に立たずだねー」

「ん、ここでええわ。運ちゃん、釣りはいらへんから!」

 

 言って一万円札をたたきつけて降りる龍驤と双葉。

 

「けっこう豪勢なことするよね龍驤ちゃん。おつり4000円超えてたよ?」

「キミの食費と違って経費で落ちるからな」

「あー……そのへん抜け目ないんだねぇ」

「よし、間に合ったで!」

 

 龍驤は、先を見て言った。

 河原、橋の下。そこが鵜堂の選んだ戦場だった。

 およそ8メートルほどか。その距離を隔てて、若葉と、鵜堂刃衛が対峙している。そこからもう少し離れたところで、野分が腕組みして二人を見つめていた。

 

「観客は集まったようだな」

 

 鵜堂は言って、にやりと禍々しい笑みを若葉に向けた。

 

「なあ、なんでおまえを選んだかわかるか?」

「…………」

「似た気配を感じたんだよ。おまえ、他の連中と違って、最初から生け捕りとか考えてなかっただろう? いや、考えてはいたかもしれんが、殺しても構わんと思っていたはずだ」

「…………」

「明治の世でも退屈だったのに、この令和とやらは輪をかけて退屈だ……が、おまえのような奴もいるのなら、案外それほど世は変わってないのかもしれんな」

「おしゃべりな男だ」

「ああ。俺はおしゃべりなんだよ。なにしろこれから人を斬れるんだ。楽しくて楽しくて口も軽くなる。おまえはどうだ?」

「人殺しを楽しいと思ったことはない。というか、人を殺したことなんてないよ」

「うふはっ! うふわはははは! そいつはいい!」

 

 鵜堂は爆笑した。

 

「それでその気配か! いやはや納得したよ――俺よりいびつな奴なんてそういないと思っていたが、どうしてどうして、おまえは面白い!」

「人を変態であるかのように言わないでもらおう」

「いやいや失礼失礼。しかし面白い奴だな。この時代、剣なんて残っているかも怪しいと思っていたが、おまえは剣を使っていたな。何者だ?」

「自衛官……否。貴様にわかるように言えば、要は「軍人」だよ」

「ほう」

 

 龍驤は話の合間に、こっそり野分に近づいてささやいた。

 

(なあ、のわっち……あいつの後ろに、不意打ちで攻撃とかできへんかな?)

(アンブッシュですか? たぶん無理でしょうね……ニンジャでもないのにあの男、異様に隙がないです。その上、こちらが手を出せば、逃走しつつ無差別に辻斬りすると言われました)

(やっぱそうか……若葉、大丈夫かな)

「軍人か。ならば問おう。おまえは人殺しを罪と思うか?」

「もちろん、犯罪だ」

 

 若葉は言って、

 

「だが戦争犯罪ではないな」

「……素敵な答えだ」

 

 にぃ、と鵜堂は笑った。

 

「快楽のためでもなく、大義のためでもなく、()()()()()()()()()()。一見して格好良く見えるがな。俺に言わせれば、おまえは俺よりずっと外道よ」

「…………」

「快楽のための人斬りは自分を満足させ、大義のための人斬りは世界を満足させる。だが義務のための人斬りは誰も満足させん。おまえ、それでも人を斬るつもりか?」

「意味がわからん」

「だろうな。だが生き残れば嫌でもわかるだろうよ。……うふふ、こいつは存外面白い。抜刀斎よりもある意味、楽しめるかもな?」

 

 言って鵜堂は、刀を抜いた。

 

「どうした。おまえもさっさと刀を抜けよ」

「刀は使わん」

 

 言って、若葉が懐から取り出したのは、刀ではなく。

 

「多節棍……? 珍しいものを使うな」

「違う」

「なに?」

 

 若葉はその棍の関節部分をひねり、がちりがちりと固定していく。そして、それが終わると、懐から大きな鉄の穂を取り出して、棒状になった棍の先端に差し込んだ――

 

「槍」

 

 若葉はつぶやいた。

 

「このご時世だ。武器の携帯には制限が強い。携帯武器の種類は、貴様の時代より増えたよ」

「うふふ。面白い」

 

 鵜堂は笑った。

 

「剣は槍と相性が悪い。というより、()()と相性が悪い。普通、武器は一撃必殺だ。斬られれば死ぬし、刺されれば死ぬし、殴られれば死ぬ。抜刀斎の逆刃刀だって、あれで殺さないのは奴が練達の技で手加減していたからに過ぎん。そしてリーチが長いということは、一撃必殺の攻撃が先に届くということだ」

「……」

()()()()()()()()んだろう? 甘いよ」

 

 鵜堂はひょうひょうと言った。

 

「剣道三倍段。槍相手には三倍の段位がないと勝てないなどと言われてるがな。なぎなたならともかく、槍相手に三倍もいらん」

 

 言って鵜堂は――無造作に踏み込んだ。

 

「かっ!」

「! はあっ!」

 

 一瞬動きが止まった若葉は、しかし即座に「心の一方」をはね除けて槍を突き込む。しかし、一瞬の遅れがたたって、鵜堂に易々とかわされ、踏み込まれた。

 

「突きは遅い」

 

 がきん! とかろうじて若葉の槍の柄が鵜堂の剣を受け止める。

 

「斬撃と違い、穂先の速度にはてこの原理が働かん。故に遅い。剣客ならだいたい、止まって見える」

 

 つばぜり合いは体格に劣る若葉が不利。飛び離れようとするが、鵜堂はしつこく追いすがって横薙ぎ。がきん! と今度は、若葉が軽く吹っ飛ばされてたたらを踏んだ。

 

「そしていったん詰めてしまえばリーチの差など関係ない!」

 

 追いすがった鵜堂は今度は唐竹割りに行く。だがここで若葉は逆に踏み込み、槍の柄で相手の手を下から打ち据えた。

 

「ぬっ……!」

「ふっ……!」

 

 若葉は槍を捨て、小太刀を懐から取り出して襲いかかり……次の瞬間、それも捨ててはじかれるように左に跳躍。すれすれのところを、鵜堂の刀が通過していった。

 

「……ほう」

 

 両者は距離を取って対峙する。最初と変わらない――否。戦況は大きく変わっている。

 若葉は槍を失った上に、小柄な身体のせいで体力を大きく消耗し、肩で息をしている。

 そして対する鵜堂は――

 

「面白いな。いまの『背車刀』は、抜刀斎すら初見ではかわせなかった技だ……なぜかわせた?」

「あまりおしゃべりは好きではないが」

 

 言いながらも若葉は答える。

 

「貴様が死んだ後の150年ほど……我々の技術が進歩しなかったと、本当に思っているのか?」

「…………」

「攻撃のための手を背後に隠し、どちらの手で攻撃するかを読ませない。こんなもの、()()()()()では基本の一つだ。だからその技は『知っていた』……そして、破り方もな」

「破り方?」

「意図的に、貴様の右側に視線を常に寄せておいた。貴様が無意識に、左手の攻撃を選択するようにな」

「う、ふふ」

「そして……読めていれば、その隙は攻撃に利用できる」

 

 若葉は鵜堂の左肩を見ながら言った。

 そこには、二本の鉄の棒が、突き立っている。

 

「あれは……クナイ・ダート? いや、スリケン? どちらとも違う……」

「棒手裏剣だよ」

 

 鵜堂はその鉄を抜いて放りながら、言った。血がそこから噴き出した。

 

「なるほど……わかってきたぞ。おまえは、剣士でもなければ槍術師でもない。その本質は――」

「そうだ」

 

 若葉はうなずいた。

 

「自衛官、若葉。普段は海上勤務だが――本来の専門は、『暗器使い』だ」

「……うふ、わはは」

 

 鵜堂は愉快そうに笑った。

 

「槍も小太刀も捨てるのが早いわけだ! 面白い――面白い面白い面白いぞ! おまえを斬ってやりたくて仕方がなくなってきた!」

「無理だ」

 

 言って若葉は、もう一本の小太刀を懐から取り出して、右手に構えた。

 

「貴様には我が攻撃は見切れん」

「…………。

 我、不敗なり」

 

 ぼごん、と、鵜堂の身体が不自然に跳ねた。

 

「我、無敵なり」

 

 ぼごん。すさまじいプレッシャーが地を駆け、当てられた双葉がぶるりと震える。

 

「我……最強なり! うふわははははあ!」

 

 ぼごん。最後の震えと同時に、鵜堂が仕掛けた。

 駆け寄って、全力真っ正面からの平突き――それに対して若葉は小太刀でいなしつつ、左手に隠していたデリンジャーを発砲。鵜堂の右腕から血が吹き出る。だが止まらない。

 

「この程度では止まらん! 『憑鬼の術』を用いた俺はなあっ!」

 

 次いで一文字、横薙ぎ。だが若葉は後ろに飛びずさりつつスーパーボールを地面に投げる。バウンドしたそれは追ってこようとした鵜堂の眉間に着弾、たたらを踏んだ鵜堂にスライディング気味に近接した若葉は小太刀を足に突き立てる。だが自己暗示で肥大化した筋肉は容易には貫き通せない。十文字、唐竹割り――それを転がってかわしつつ、若葉はピンを抜いた閃光弾を投擲。爆発。閃光で一瞬なにも見えなくなる。が、それでも鵜堂は止まらない。大上段からの一撃が迫る。若葉にはかわす手段が――ない。

 

「若葉ぁ!」

「アブナイ!」

「いや……!」

 

 次の瞬間。

 

「かっ!」

「なにっ?!」

 

 鵜堂の動きが一瞬ぶれる。その瞬間、若葉は前転して鵜堂の横に移動すると、全身のバネを使って伸び上がりながら、寸鉄を眉間に叩き込んだ。

 それでも効かない――はずだ。『憑鬼の術』で超人化した鵜堂には効かない……()()()()()()()()()

 

「あ、が、は……!」

 

 鵜堂が、二、三歩、後退する。

 

「お、おまえ、それは――」

「心の一方、と言ったな」

 

 若葉は平然と言った。

 

「言っただろう。150年の間に我々は進歩したと。催眠武術の類を貴様だけが使えると、()()()()()()()()()()?」

「お、なじ、技術……!?」

 

 鵜堂が目を見開く。その身体に、気配に、先ほどまでのプレッシャーはもう、ない。

 

「貴様に、我が奥義を見せてやろう」

 

 若葉は言って、……目を、軽く閉じる。

 

 

『我は駆逐艦――英傑たる駆逐艦――

 その身を以て海原を駆け、力示す者。

 かつて沈みし鋼鉄の船、『若葉』の継承者』

 

 

 ごう、と若葉を取り巻く空気が一変した。

 背丈も小さく、細身の少女であるはずの若葉が……なぜか、とてつもない重い存在であるような錯覚。

 

「『憑鬼の術』というのは、要は、()()だろう?」

「……うふ」

「自己暗示によって自己の力を高める術。それに我々は、かつての艦船のモチーフを混ぜることで、飛躍的に完成度を高めた。それが我ら『艦娘』……貴様は、鋼鉄でできた2000トンの艦に、勝てる自信はあるか?」

「うふ、うふふ、うふわははははは!」

 

 鵜堂は剣を横薙ぎに振るい――がきん、という音と共に、鵜堂の剣が折れた。

 若葉の身体に届いたはずの剣が、見事に折れていた。

 ……まるで、鋼鉄にたたきつけたかのように。

 

「終わりだ。もはや、続ける理由もない」

「……殺さないのか?」

「どうせ貴様は死んでいるようなものだろう」

 

 若葉はそっけなく言った。

 だが鵜堂は笑って、

 

「それはどうかな」

「なに?」

「かっ!」

「あっ!?」

 

 叫んだのは、双葉だった。

 その顔が青くなり、ぱくぱくと口を上下する。空気が、うまく吸えていない。

 

「心の一方を強くかけた。呼吸器に影響が出るほどにな。……こうなれば、俺にもこの術は解けん。俺を殺す以外の解決策はない」

「…………」

「殺せよ。さあ殺せ。栄えあるおまえの最初の殺人だ。俺は満足できる。おまえもあの娘を救える。ためらう理由はどこにもない――さあ、殺してみろ!」

「馬鹿か貴様」

 

 言って、若葉はすたすたと鵜堂を無視して双葉の前に行き、ぱん、と手を叩く。とたん、双葉はげほげほと咳き込んだ。

 

「げはー、し、死ぬかと思った……」

「…………」

「もう一度言う。……我々は進歩した。そう言ったはずだが」

「う、ふ」

「だいたい、さっきも言っただろう。人殺しは犯罪だ」

「……だが戦争犯罪ではない」

「そうだ。そして今は戦争ではない」

「…………」

「人殺しをためらうつもりも理由もないが」

 

 若葉は淡々と、言った。

 

「貴様ごときに殺しの罪悪感を植え付けられるほど、この若葉は未熟ではないよ。……馬鹿にするな」

「……俺の負け、か」

 

 鵜堂は、地面に倒れ、笑った。

 

「だが、満足だ。……そうか。これが「負け」なのか……」

「悪くないか?」

「ああ、悪くない」

 

 鵜堂はほほえんで……そして、ゆっくりと目を閉じた。

 それが、決着だった。

 

 

 

 

 帰り道。タクシーの中で。

 

「しっかし……めちゃくちゃ強かったなぁ、若葉」

「そうか?」

「せや。自己暗示で艦そのものになりきるとか、もうむちゃくちゃやん。ウチらの中でもそうとうなトンデモ度やで」

「ああ、あの()()()()か」

 

 ぴたり。全員の動きが止まった。

 

「はっ、たり……?」

「いくらなんでも、人間が鋼鉄の船になれるわけがないだろう。私の技術はあいつの『憑鬼の術』と大差ないよ。強くはなれるが、あくまで人間の範囲内だ」

「じゃ、じゃあ、なんで剣が折れたん?」

「閃光弾で目つぶししたときがあっただろう。あのときに薬品を投げといた」

「…………」

「そしてこの制服はケブラー製でな。本式の日本刀ならともかく、薬品で脆くなった刃などは通さない。なので」

 

 若葉は平然と、

 

「鉄の棒で思いっきり殴られた程度のダメージで済んだ」

「重傷やん!」

「大丈夫だ。あばら骨はたぶん折れてるが」

「大丈夫やないわボケ! あああ運ちゃん目的地変更! 病院! 最寄りの病院へ!」

 

 慌てる龍驤と、動じない若葉。きょとんとしている野分を見ながら。

 

「まあ、なんというか……」

 

 双葉はつぶやいた。

 

「従者のわたしが選べることじゃないんだろうけど……怖いところに呼び出されちゃったなあ、やれやれ」




【従者名鑑】

No.002 鵜堂刃衛
出典:「るろうに剣心」
術者:不明(名前を名乗る前に鵜堂に斬られたため)
属性:Neutral-Evil
性別:男
外見:明治の警官服で偽装
得意技:二階堂平法「心の一方」、背車刀、憑鬼の術
解説:神道系魔術結社が用心棒として呼び出していた従者。タネを割らせないようにするため、斎藤一の真似で牙突もどきで戦わされていた。タネが割れ、追い詰められると術者を殺害し、最後の戦闘を楽しむために若葉との一騎打ちに挑む。


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第二話:龍驤ちゃんと摂氏一兆度の災厄(1)

「師匠、とうとう私も「従者」が呼べるようになりました!」

 

 はきはきとした声で、朝潮が言った。

 龍驤はうろんげな目で彼女を見て、

 

「その……師匠ってなに?」

「なんかそう呼べって大淀さんに言われました!」

「あの腹黒めがね、今度話つけなあかんな。……で、あさたん。従者が呼べるようになったって?」

「はい! 魔道書読破です!」

「キミ、なかなか早いなあ。まだ一週間やで?」

「速読術には自信があります!」

「なんでドヤ顔で監視カメラに目線送ってるのか知らんけど、まあよかったわ」

 

 龍驤は言って、それからテレビに目線をやった。

 

「なにしろ……現状、これやからね」

 

 テレビの中には、ヘリコプターから撮られた東京湾と。

 

『テレビの前の皆さん、ご覧ください! 怪獣です! 怪獣が実在したのです!』

 

 その中から姿を現した、超巨大生物が映し出されていた。

 

 

 

 

「まさかこんな手で来るとはなぁ……考えよったでぇ」

「でもなにを考えているんでしょうね、敵は。攻めてくるならさっさと攻めてくれば、こっちも対応できないのに。あんなところに怪獣呼び出すだけ呼び出して、待機だなんて」

「まあ、普通に考えると、ただの目くらましやろな」

 

 会議室。

 横須賀自衛隊基地の一室であるそこで、龍驤と朝潮は言い合っていた。

 横にいる双葉はとんでもない量のラーメン(……ラーメン? あれが?)をおいしそうにかっくらっている途中なので無言。もうひとりの参加者の初雪は会議が始まると同時に机に突っ伏して以後微動だにせず。

 必然的に残った二人だけで話していることになるのだが。

 

「このタイミングでこんな騒ぎ起こすところ、前の魔術結社しかあらへんやろ。そっち系の潜伏先の内偵もかなり進んできとるってタイミングで、よりによって怪獣や。本来なら怪獣対策の専門家である、のわっちを呼び戻すところやろな」

「ですが、そうしなかったんですよね。なんでです?」

「そらキミ、相手の思うつぼやろ。のわっちがいいとこ突いてるから相手が動いたんやで。この場合、どうにかして居残り組だけでなんとかするしかないねん」

 

 龍驤はそう言って、腕を組んだ。

 

「とはいえ猶予はあまりあらへん。相手がなにもせんっちゅう保証もないし、それ以上に――」

「はい。報道されてること、それ自体が世界のリアリティに対する攻撃になるわけですよね」

 

 朝潮の言葉に、龍驤はうなずいた。

 

「実際、あれで本気で攻め込んで来られたら、それはそれでどうにかできないことはないんや。っちゅうか、そうなったらもう天使たちの方が黙ってない。うちらの対処する規模の事態を超えた、世界規模災害って話になるんやな。けど……」

「攻めてこない。てことはつまり、こっちにリソースを使わせるだけ使わせて、実際には別のこと企んでる可能性が高いわけだねー」

「おう小田切。もう食ったんか。早いな」

「へっへー。それほどでもー」

「褒めてない」

 

 ジト目で龍驤は言って、それからこほん、と咳払い。

 

「ともかく、世界のリアリティをぶっ壊す代物や。可能な限り早く消去した上で時間を使って記憶風化させないと、あかんことになる」

「記憶風化ってアレ? 人の噂も七十五日ってやつ?」

「そやね。まあ、天使どもの術で噂化を促進するんやけど……実際には、年単位は必要やな。しかも、この必要時間は、事態の深刻さと共にどんどん長くなる」

「だからなるべく早く解決してって悲鳴が大淀さんから来てるわけだねー」

「そうですね。なるべく早く解決しましょうっ。一刻も早く!」

「あさたん張り切ってるなー。けど、事情わかってる?」

「? あの怪獣を倒せばいいんでしょう? なにしろ場所は海上ですし、艦娘にとっては有利――」

「いや、これがそういうわけにはいかんのや」

「どうしてですか?」

「あの怪獣」

 

 びっ、とテレビの中の映像を指さして、龍驤。

 

「一兆度の炎吐くねん」

「…………その。物理は?」

「いまさらやろ」

 

 龍驤は深くため息をついた。

 

「ま、ガブリエルの話によると、本当に一兆度の炎を吐けるかどうかは未知数やっちゅう話やけどな。『語り部』の呼び出す従者の再現度は、語り部の術者としての格に左右される――けど、それはつまり」

「本当に、一兆度の炎を吐けるかもしれない……?」

「もしそんなんなったら、吐かれた時点で終わりや。映像通りの大きさの『一兆度の炎』が発生したら、その総熱量は太陽系を丸ごと焼き滅ぼして、なお余りあるレベルやろ」

「……なるほど。それで」

「そう。それで、や!」

 

 ばん、と机をたたいて龍驤は言った。

 

「だからこそ、あさたんがここで従者を呼べるようになったことは意味を持つんや!」

「おおー、なるほど。助っ人さんに丸投げしようって腹だね!」

「小田切の言うとおりや! ……ん、言うとおりか? まあええ!」

「しかし、助っ人と言っても、誰が来るかも不明なのでは?」

「……そこで提案」

「うわあ!? 起きてたんかい初雪!」

 

 ひょこっ、といきなり顔を上げた初雪に絶叫する龍驤。

 初雪は特に気にした風もなく、

 

「魔術詠唱に『光の国からぼくらのために』という一節を追加することを……提案……」

「?」

「ああーなるほど! それなら確かに、()()()()のキャラが助っ人に来てくれる確率が飛躍的に上がるな!」

「あの、ええと、追加と言われましても……そんなことができるのでしょうか?」

「心配いらへんよ。体系こそ違うものの、ウチも魔術には若干の心得があるねん。その程度のアレンジはちょちょいのちょいや」

「なるほど! さすがです師匠っ」

「あっはっはっは! もっと褒めて褒めてー!」

 

 そう言って龍驤は馬鹿笑いし……そして。

 

 

 

 

「でこうなったと。馬鹿じゃねえの?」

「馬鹿言うなアホたれ! ウチかてここまでの大惨事は予想外やわっ」

 

 悪態をつく男に、龍驤は怒鳴りつけた。

 

「あーもう、なんで光の国から来ないんや助っ人ー! このシチュであの魔術詠唱で、誤差なんか起こりようがないっちゅーのに!」

「っていうか、それ以前の問題だと思うけどな俺は……なあ、ひとつ聞いていいか?」

「なんや。ヘイヴィア」

「アンタの言うとおり、『光の国』とやらから助っ人が来たとしてだ。直接戦闘しちゃいけないって縛りがあったら、どっちにしろどうにもできなくね?」

「……あ」

 

 固まる龍驤。

 男――たったいま呼び出されたヘイヴィア・ウィンチェルと名乗るレーダー分析官は、はぁ……と長いため息をついた。

 

「まあ……その一点だけは、悪運だったな。よくわからんが、その、宇宙の戦士系のなんかが来て、脳筋のノリで戦い始めて地球滅亡なんてことにならなくてよかったんじゃねえの?」

「うぐう……マジでなんも言われへん……」

「申し訳ありません師匠。私の……未熟のせいで……」

「あああいや、あさたんが悪いわけやないねんて!」

「そうだぜ嬢ちゃん。おまえは全力出したんだろ。だから落ち度があるのはあっちのまな板だ」

「あっはっは。いま決めたであさたん、こいつあの怪獣のエサにして餌付けしよ」

 

 青筋立てながら笑う龍驤。

 

「とはいえ、こりゃどーしよーもないなー。よりによって呼べたのがレーダー分析官一名とは。お手上げしてのわっち呼び戻すしかないか……」

「ヘイ、ヘイ」

「なんやヘイヴィア。一応言っとくと、アンタのにやけ顔、自分の想像以上にうっとうしいで」

「いきなりトゲ付きまな板かよ! いや、そうじゃなくてな? このヘイヴィアさんをただのレーダー分析官と侮ってもらっちゃ困るって話よ」

「ん、実は手からビーム出せる系レーダー分析官なん?」

「どういう系統だよ実例出せよ! いや、そうじゃなくてだな、俺の原作知らない?」

「知らん。予想外すぎて、調べる手も回っとらんのや」

「全長100メートルで核でも壊れないロボ相手に相棒とふたりで戦ってたんだぜ?」

「なるほど! じゃあ今回もそれで解決やな。乗り物はミサイルでええ?」

「まじめに聞けっつーの!」

「まじめに聞ける与太話かっちゅーねん!」

「原作はホントにそうなんだからしょうがないでしょーが! いや、マジでね? ああいうデカブツ相手に弱点探してなんとか立ち回るなら俺は一応、専門家って言っていいんだぜ?」

「……具体的に、どんな案があると?」

「それはこれから考える」

「さあ次の従者呼ぼうか初雪。あさたんはまあ……ハズレ従者引かせてごめんなー」

「やめてそういうの地味に心が傷つく! ていうかしょうがないでしょうが、まだ事情とか半分も聞かせてもらってないんだぜ俺!」

「はあ……まあええけど。んじゃ少し状況を整理するかいな」

「あ、その前に重要なこと聞くけど、報酬はどうなってんのこれ?」

「従者の報酬? 天使から一応、生活費と諸経費は振り込まれることになっとるけど……」

「おいおいそれじゃ無欲すぎるぜおまえら。あっちは俺たちがいないと困るんだ。せいぜい吹っかけて豪遊しようぜ」

「アンタそういうとこはしっかりしとんな……」

「具体的にはこれ終わったら海外旅行行きたい! ラテン系のおねーちゃんとにゃんにゃんできるとこがいい!」

「自分、あさたんへの情操教育とかちょっとは考えんかいッッ!」

「仕方ないだろーが! ここには俺の婚約者も色気あるねーちゃんもいねえし! あーせめて目の前にいるのがまな板じゃなけりゃなー!」

「今度長門っちゅうボインなねーちゃん紹介したるからそれで我慢しとき」

「よし少しやる気でてきた! さあまな板、情報出せ情報!」

「よっしゃまかしとき! あと今度ドサマギで鉄砲玉として使ったるから覚悟しとけよ」

「龍驤ちゃんさー、息巻くのもいいけど、完全に取り残されてる朝潮ちゃんをフォローしないとダメだよ?」

「お、小田切はええこと言うな。あさたん、えーと、ドンマイ?」

「フォローの仕方が違うだろッッッッッッ!」

 

 

 

 

「えーと、まとめるで」

 

 そんなこんなで。

 改めて席に着き直したヘイヴィア、双葉、朝潮、初雪を見回して、龍驤は言った。

 

「問題となってるのは、数日前から東京湾に出現した怪獣。アルファベットとひらがなの最後の奴っぽいアレやな。とはいえ、おそらくその正体は見た目とちゃうな」

「なんで?」

「だってその通りの奴なら、あの呪文で光の国の戦士が呼ばれない理由がないねん。魔術にはちと詳しいウチが言うんやからマジやで」

 

 双葉の言葉に龍驤は答えた。

 

「じゃあ、あれはその怪獣のそっくりさんってこと?」

「せやな。まあ、そんなのを出す作品がどっかにあったんやろ。

 そんでまあ、目標としては可能な限り早くあの怪獣を消すことや。そうでないと人間達の持つ世界へのリアリティが壊れてまう」

「壊れるとどうなるんだ?」

 

 ヘイヴィアが言った。

 龍驤は腕を組んで、

 

「守護者の力の低下に直結するんや。

 リアリティっちゅうのは、世界に対する信頼性やからな。信頼できない世界には力を貸せない――そうなった結果、天使たちの力が目減りする。そうなると今度は、世界の危機が起こったりした場合に、なんとかできる存在がいなくなってまうんやね」

「なるほどなー……てことは、可能な限り早く対処しないとまずいって感じか?」

「まあ、早ければ早いほどええよ。ただ、今回の場合は、相手と直接対決するのはあらゆる意味で危険やね」

「例の、一兆度の炎か」

「せや。……刺激するのもまずいレベルやな。ミサイル攻撃とかも、そうそう簡単にはできないねん」

 

 龍驤は、そう言ってため息をついた。

 

「結局ここに帰ってくる感じやな……問題は変わらへん。戦えん相手をどうやって打ち破るか、や」

「ねー。それについてわたしから一言あるんだけど」

「なんや小田切」

「いや。前の事件の時、殺人あったじゃん?」

「ああ。鵜堂の奴が自分の主を斬り殺した案件やな」

「あーゆー風にさ、術者を直接攻撃するのはダメなの? 確か、術者が死ぬと従者って消えるんじゃなかったっけ?」

「それがそうも簡単にはいかへんねん」

「なんで?」

「いや、すっかりサツバツ時空に染まってるとこ申し訳ないけどな、小田切。日本では、正当防衛以外の殺人は犯罪なんよ」

「おおっと、そうだった忘れてた!」

「……一般人に殺人見せるとアレやな。やっぱ価値観汚染するんやな。今後リハビリさせんとあかんな」

「や、やだなあ。わたし壊れてナイヨ? ちゃんと普通のかわいい小田切双葉ちゃんだよ?」

 

 不自然なぶりっこポーズで言う双葉に、ため息をつく龍驤。

 

「ま、そういうことや。現状、あの怪獣は誰も殺してへんねん。となると、術者の暗殺っちゅうのもなかなかやりにくい」

「それ以外にあの怪獣を間接的に消す方法はないのか?」

「ん、ヘイヴィア、ええ質問やな。実はないこともないんや」

「と言うと?」

「『語り部』の、「従者」の術式な。あれ実は、術者と従者を離した状態で時間が経つと消去できるねん。

 具体的に言うと、ヘイヴィアがいまから二泊三日の単身ブラジル旅行に行ったとすると、だいたい初日の夜におねーちゃんとにゃんにゃんしている間に消える寸法やね」

「たとえが不穏すぎるッッ! ちょっとこのまな板、俺に対してきつくない!?」

「そういうのは自分のウチへの呼び方見直してから言え。

 ちなみに距離と時間、両方が重要やね。正確な距離限界はわからんけど……まったく接触のない、離ればなれの状態に一日以上置いとくと、だいたい消えるみたいやわ」

「ん、じゃああの怪獣さん、実は従者が定期的に接触してるってことか?」

「そういうことやね。まあ、接触って言っても触る必要まではないねんけどな。

 足下に潜水艦でも置いてるか、船で接触してるか、その他なにかはともかく、なんかの方法で術者が定期的に近づいとるっちゅうことや」

「それができなくしてしまえば……?」

「いやあ、まあその考えもないわけではないんよ」

 

 龍驤はうなずいた。

 

「実際、すでに手は回して、東京湾付近であの怪獣に船で近接することは政府経由で制限しとる。その上で監視カメラも回してるんで、こっそり近づく船があったらバレバレっちゅう寸法やね。けど……」

「近づく船はなかったってこと?」

「そうや、小田切。

 ちゅうわけで、さっきはああいったが、船で接触してる可能性はボッシュートや」

「じゃあ、潜水艦の可能性が高いの?」

「ところがそこが問題やねん。

 この事件が発生してから、自衛隊は海中の音波探査をずっと実行しててな。その記録がこっちにも来てるんやけど……怪獣の足下には、怪しいもんはなにもないんよ」

「てことは……」

「そう。ここでお手上げになるねん。

 原理的には、従者と術者との接触を断てばどうにかなるはずなんや。ところが接触を断っているはずなのに、どうにもなってない。このパラドクスを解消せん限り、次の一手が打とうにも打てへんっちゅうわけやな」

「……割と簡単に、解消できる気がするぞ。そのパラドクス」

「? ヘイヴィア、なに言うてるねん」

「ほれ、テレビ見てみろ」

 

 ヘイヴィアが指さしたテレビの中には。

 

『ご覧ください、怪獣の姿を! なんとまがまがしい姿なのでしょうか!』

「あ」



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第二話:龍驤ちゃんと摂氏一兆度の災厄(2)

 ばばばばばばばば……と音を立てて、ヘリコプターがゆっくりと地面に着地する。

 

「お疲れさまでーす!」

「あーもうホントよホント! なんでこう立て込んでるのかしらかしら!」

 

 ぷりぷり怒りながら降りてきたのは、報道レポーターの女である。

 

「なんであたしの部門じゃない責任取らされてこんなことになってんのよーもうもう! おかげで朝から大忙しよまったくまったく!」

「仕方がありません。我らが組織の協力者様で、これに対応できる「従者」をお持ちの方は朝田様だけでしたので」

「こんなところで使い捨てにしていい従者じゃないんですけどー! あのラギュ・オ・ラギュラを呼ぶために、あたしがどんだけがんばって召喚環境を整えたかわかっているのかしらかしら!?」

「そいつはご苦労さん。……でも、結局それもこれでおじゃんやな」

「? んん?」

 

 女は声の聞こえた方に視線を移す。

 本来ならば組織の関係者しかいないはずのそこに――三名の乱入者がいた。

 一名は青年で、物騒なライフルを抱えてにやけ顔。

 一名は少女で、きまじめそうな真顔で謎の携行武器を片手に構え。

 そしてその中央に、まるで映画監督みたいな感じで椅子に座ったグラサンの女が、声の主だった。

 

「お、おおおおまえは『艦娘』の!? なぜおまえがここにいるのかしらかしら!」

「簡単なことや」

 

 グラサン女――龍驤はそう言って、くい、と帽子のつばを軽く上げた。

 

「この空母探偵龍驤ちゃんからすれば、この程度の謎はまるっとお見通しっちゅうわけやな」

「いや。報道レポーターが術者だって看破したの俺だろ。なんでおまえの手柄になってんだよまな板」

「うっさいなあ! その後で局と連絡付けて使ってるヘリポートの特定とかしたのはウチやから、間違ってはおらんやろ!」

「それどー考えても探偵じゃなくて助手の仕事だろ。ついでに言うと局に交渉して早めにヘリ呼び戻したのはいいものの、予定時刻が早すぎてうっかり俺たちがここに到着できないところだったこととか忘れてねえぞポンコツ探偵」

「ごほん。ともかく!」

 

 龍驤は咳払いで強引にごまかし、レポーター――朝田という名の彼女に、向き直った。

 

「考えたなあ? 確かに、船やら潜水艦を使わずとも、()()()()を使えば従者の存在を保つために必要な接触は行える。けど、それ以外の接触がないなら、消去法の推理は容易。しかもなまじっか公的な職業やから、裏取りも容易っちゅうわけや」

「ぬ、ぬぐぐ!」

「すでに本来のあんたらの組織の連中はみんなお縄。ここにいるのは自衛隊関係者と、あさたんとウチとヘイヴィアだけ。

 チェックメイト、や。おとなしく従者引き上げとき。さもなくば……」

 龍驤が言うまえに、ぴんぽんぱーん、と場内アナウンスが鳴った。

『スリザーリンクよりフィールド・オン・エネミー。敵支援戦力はこちらで引きつける。そちらは敵主力の殲滅戦へ移行せよ』

「いまのアナウンスはなんや!?」

「あら。やっぱり見ていたのね、彼。……殲滅戦ねえ。性に合わないけど、それもありかしら」

 

 朝田はそう言って、大きく手を上げた。

 

「出でよ、我がしもべどもよ!」

 

 とたん、ごう、と大気がうなりを上げた。

 

「な、なんだこりゃああああああ!?」

「ふん、いまいましい天使たちの尖兵がせっかく揃っているんだもの。始末するには絶好のタイミングじゃない? 覚悟はできてるかしらかしら?」

 

 朝田は大見得を切って胸を張る。

 そのときにはすでに、まわりは大量の、半透明のもやのような姿の怪生物で埋め尽くされていた。

 

「ここであたしの力を使いまくれば時間稼ぎはしにくくなるけど、おまえたちの首と引き替えならそれもチャラ。飛んで火に入る夏の虫とはこのことなのよー!」

「ち!」

 

 ヘイヴィアがアサルトライフルを朝田に向け、引き金を引く。

 が、がんがんがん! と音と共に、それは朝田の前に立ちふさがった、もやの怪物たちに阻まれた。

 

「無駄無駄! そんなちゃちな攻撃が、()()()()()()()()()の前に効くと思ってるのかしらかしら!?」

「やっべ、撃っても死なねえぞこいつら!」

「ふむ。……なるほどなぁ」

「命乞いするなら今のうちなのよ!? さあどうするのかしらー!?」

「いやあ」

 

 龍驤はぽりぽり頭をかいた。

 

「ウチもな、しまったとは思ったんよ。出てくる時間なさすぎて、うっかり航空甲板を持ってくるのを忘れててな」

「だからどうしたってのかしら?」

「せやから」

 

 龍驤はそう言って、懐から――

 

「この紙飛行機ひとつしか式神を出せないんやけど……ま、なんとかなるやろ」

「……え?」

「『艦娘』龍驤、久々の出番やね――さあ、いったれ『岩井隊』!」

 

 龍驤の手から飛んだ紙飛行機が空中で翼を翻し――模型のような、小さな飛行機に姿を変える。

 その飛行機は機銃をばばばばばと撃ち、もやの怪物たちに襲いかかった。

 ぎぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! と、人ならぬ悲鳴と共に次々と怪生物が消えていく。

 

「はっはー! どうやねんこの法力! 悪霊退散やー!」

「な、なんとー!? ていうかなんてデタラメなのかしら!? あたしの能力は悪霊なんかじゃなくてもっと科学的な!」

「そのようやな。でも、そないな差は関係ないねん」

 

 ちっちっ、と人さし指を揺らして龍驤は言った。

 

「はったりで『悪霊』と見なせる外見にしたのが災いしたな。「類似」を根幹とした呪術の基本はな、「似てる奴には似た対処法が効く」や! 人間に似てれば心臓に杭! 悪霊に似てれば破邪の札ってな!」

「お、おおおおのれー! こうなったらさっさと術者を倒してしまうのがいいのかしら!?」

「させるかい! 伏兵の自衛隊の兄さん方、ウチを全力で守りぃ!」

 

 ばががががが、がきょんがきょん、と一気に銃撃戦の様相を呈してきた状況だったが。

 その中で、ヘリのローターがゆっくり動き始めたのに気づいたのは、ヘイヴィアだけだった。

 

「!? ……あいつ……!」

 

 ヘイヴィアはとっさの判断で戦場を離脱、そのまま円を描くように移動して、かろうじてヘリが飛び立つ前にドアを開けて中に滑り込む。

 

「おいおい。なにやってんだおまえ?」

「ヘイヴィアさんでしたか」

 振り向きもせずに朝潮は言って――ヘリの操縦桿の影で構えていたミニ連装砲を、ポケットにしまい込んだ。

「いきなりヘリジャックとは激しい奴だな。なにしでかす気だ?」

「ここにいても、あまり役には立ちませんので。

 場が悪い方向へ行かないうちに予防措置を取らなければならないことがあったので、そのためにこうしています」

「ヘリの操縦経験なんてあったんだな」

「いえ。私はこの時代の人間ではないので、憶測と類推で適当に操縦してますけど」

「いきなりすごいこと言ってるぞオイ! つうかこれ大丈夫なの?」

「いま飛んでるからには大丈夫じゃないですか? たぶん」

「やばい。俺の召喚者が豪傑すぎて命が危ない……!」

 

 いまさらながらに戦慄を覚えるヘイヴィアだった。

 

「つうかマジでなにする気なの?」

「あの状態でも、いざとなったらあの朝田というひとには切り札があるのです。

 ――『一兆度の炎を本当に吐かせる』という切り札が」

「だがそりゃ自爆じゃねえの?」

「自爆するって脅しは案外やっかいなものですよ。いつの世でも。

 まあそれでも時間稼ぎにしかならないかもしれませんが……そもそも我々は、時間稼ぎに対処するために乗り出したのですから」

「ああ、そういやそうだったな。だが、ならどうする? いまこのヘリはあの怪獣に向かってるんだと思うが、俺たちだけで行ってどうにかなるのか?」

「たぶんですけど。どうにかする方法はあります」

「どうするの?」

「奇襲攻撃をかけます。戦ったらまずい相手でも、一撃で決めれば問題ない」

「……簡単に言うよな、おまえ。失敗したらどうすんだ?」

「あのサイズ差ですから。失敗したらどうあれ、生きていないかと」

「そりゃそうだけどよ……おまえ、怖くないの?」

「元々私は、戦闘用にデザインされたヒューマノイドなので」

 

 朝潮は言った。

 

「戦闘で死ぬことに躊躇はありません。そういう命だとわきまえてます」

「……気に入らねえ話だな」

「なにがです?」

「損得勘定を置いてきてるってことだよ。

 なあ――たしかおまえも、この世界に呼ばれたクチなんだろ?」

「まあ、そうですが」

「なら元々とか、そういうのは忘れろよ。おまえはおまえのために戦うべきだ」

「なんでですか?」

「だっておまえ、戦ったら敵は死ぬだろが」

 

 ヘイヴィアは言った。

 

「飯食うのと一緒だよ。飯食ってる限り、人間はなにかを犠牲にしてる。ならその犠牲にした奴の分まで幸せになってやらねえと。でないと死んだ奴は、浮かばれねえだろ」

「それは……そうかもしれませんが」

 

 朝潮は少し目を伏せて、自信なさげに言った。

 

「でも私には、本当に、なにもないのです……こうやって戦っていますが、実のところ、戦う理由なんてひとつもないのです」

「…………」

「生まれたときから、私は戦うための装置として教育されてきました。そうやって生きてきて、突如としてここに呼ばれて――戦えと言われて。言われたから戦っている。それだけなのです」

「戦うのやめて逃げたら?」

「それは……」

 

 朝潮は少し考えて、首を振った。

 

「ダメです。戦う理由はないけど、戦う以外のことはなおさらわからないです」

「……困った奴だなあ、おまえ」

 

 ヘイヴィアは頬をかく。

 

(このまま放置したら、こいつは意味もなく危険に首突っ込んで、そのうち死ぬな。

 あーもう。説教なんてガラじゃねえし。けど、なんとかして首輪付けねえと……)

「よし。じゃあこうしよう」

「?」

 

 ぽん、と手を打ったヘイヴィアを、朝潮は不思議そうな目で見た。

 

「おまえは、俺のために戦え」

「……ヘイヴィアさんのために、ですか」

「おうよ」

 

 ヘイヴィアは言った。

 

「考えてみりゃ、それは絶対に必要なことだ。そもそも従者である俺は、おまえが生きてなきゃ存在できねえんだからな。戦わされるなら一蓮托生。なら、俺が生き延びるために戦ってくれよ」

「ヘイヴィアさんが戦う理由はなんですか?」

「んー、原典じゃ、それなりの理由はあったけどな……それもこの世界には存在しねえ。となると、いま戦う理由は、金稼いで豪遊。これしかねえな」

「豪遊……おねえさんとにゃんにゃんしたり?」

「男のロマンだ!」

「つまり私は、ヘイヴィアさんがおねえさんとにゃんにゃんするために戦うわけですか……」

「やめて! なんかそうまとめられると俺がすごいダメ人間に聞こえるからやめて!」

 

 頭を抱えて絶叫するヘイヴィアに、朝潮はくすりと笑って。

 それから厳しい顔に戻って。

 

「追っ手がきてます」

「あん? ……げっ」

 

 空を飛び来るもやの怪物に、ヘイヴィアはうめいた。

 

「あいつ空飛べるのかよ! ちくしょう、どうする朝潮!」

「これ着けてください」

 

 言って朝潮は、縄のようなものを投げてよこした。

 

「……これなに?」

「命綱です。私とつながってます。私はシートベルトつけているので、それを付けていれば落ちません」

「いや、落ちるって……あ、つまりこれ開けて銃で応戦しろって?」

「それしかないでしょう」

「いやそうかもしれんけど! でもあいつ銃効かなかったぞ!」

「倒せはしないでしょうけど。でも貫通もしなかったじゃないですか、あのとき」

 

 朝潮は言った。

 

「当たるならそれは()()()()()ということで、物理的実体なら物理から逃れられないということです。

 作用反作用の法則は有効です。銃弾の運動エネルギー分、相手を後退させられます」

「ええい、わかったわかった。やりゃいいんだろ!」

 

 ヘイヴィアはあわてて命綱をつけると、ヘリのサイドドアを開いて、

 

「うおお、これ風が思ったよりひどいな……! 命綱ないと吹っ飛ばされるぞ!」

「敵第一弾、もう間がありません! 急いで!」

「よっしゃ、くたばれバケモノ!」

 

 ばらたたたたたたた、という音と共に怪物の表面が火花を散らし、少しだけ後退する。

 

「よし、確かに! ダメージにはなってなさそうだが、押し返せてる!」

「怪獣上方まであと概算137秒! 保たせてください!」

「了解! 弾切れまで粘るぜえええええええ!」

 

 ヘイヴィアは叫んでさらにライフルを乱射。

 

「どーだ朝潮、もう怪獣は見えてるのか!?」

「視界良好です! 怪獣は――まずい!」

「どうした!?」

 

 ヘイヴィアの言葉に答えず、朝潮は急いでシートベルトを解除し、ヘイヴィアを抱えて。

 

「重力子制御、係数0.01……っ!」

 叫んで、大きく床を蹴ってヘリを飛び出した。

 

 

 直後、その後ろでヘリが大爆散した。

 

 

「な、なんだぁぁぁ!?」

「怪獣のほうからの攻撃です! なんだかわかりませんがやられました!」

「マジかよちくしょう! っていうかこれ着地できるのか!?」

「私に任せてください! このままだと怪獣に真っ向体当たりですが、どうにかします!」

「どうにかって、どうやって!?」

 

 ヘイヴィアの問いに、朝潮は笑って。

 

「私の実力をお見せします。――『艦娘』タイプヒューマノイドの実力、とくとごらんください!」

 

 言って朝潮は大きく息を吸い込んだ。

 

「『物理法則無視』プロトコル、開始。質量改変、くちくかん係数1万!」

「うわああああなんかすげえやばそうな音がしてるうううう!?」

 

 きゅいいいいいいい、と朝潮の連装砲が甲高い悲鳴を上げる。

 情けない声を上げるヘイヴィアをよそに、朝潮は大きく息を吸い込み、

 

「覚悟しろ怪獣。おまえの吐息が一兆度だと言うのなら――」

 

 怪獣の目が朝潮を捉え、うなり声を上げる。

 だがなにをするにも、ここまで来れば朝潮の接触の方が早く――

 

「私のパンチは――20メガトンだっっっっっっ!」

 

 

 

 

 かくして。

 東京湾に出撃した謎の怪獣は、朝潮とヘイヴィアのたった一撃の攻撃によって爆発四散した。

 

 

 

 

「……っちゅうことで、今回の事件も解決やな。いやあ、暴れた暴れた!」

 

 帰ってきたヘリポートにて。

 銃撃戦と怪物のせいでぼっこぼこになった地面の上で、龍驤は明るく言って、けらけら笑った。

 

「ところでヘイヴィア、なんであんただけずぶ濡れなん? あさたんにセクハラして海に突き落とされた?」

「するかボケ! 俺はむしろ朝潮がなんで濡れてないかの方がわかんねーよ!」

「すいません。私は艦娘なので自然に着水できたんですけど……ヘイヴィアさんを取り落としてしまって」

 

 申し訳なさそうに言う朝潮。

 そう言われると責めることもできないのか、ヘイヴィアは目を逸らして、

 

「そんでおまえの方はどうなったんだよまな板。ちゃんと相手は捕らえたんだろうな?」

「へっへー。当たり前やん。かなり抵抗してたけどな、さすがに怪獣が爆散したのはショックだったんやろ。集中が破れたところを一気に押し込んで、ぶっ倒したったわ」

「終わってみれば、別に正攻法でもなんとかなりそうな話だったな。いや、いくらなんでも一兆度は使わせねえだろ、相手の術者だって」

「それでも、従者が本気で望めば、術者の命令を無視できるんや。――『語り部』の魔術が本当にまずいのは、そのへんの制御しづらさにもあるんやで?」

「へえ。……んじゃ、俺のことも信用してないってわけか?」

「当たり前やろ。自爆装置取り付けたいレベルやわ」

「そこまでかよ!?」

「あはは……大丈夫ですよ、師匠。ヘイヴィアさんは信頼できます」

「む。なんやあさたん。えらい笑顔で……なんかええことでもあったんか?」

 

 龍驤の言葉に朝潮はうなずいて、胸を張った。

 

「はい! 私は、ヘイヴィアさんのおかげで戦う理由を見つけられたんです!」

「戦う理由?」

「え、ちょ、待っ」

 

 嫌な予感を覚えたヘイヴィアが止めようとしたが、時既に遅し。

 

「私は――ヘイヴィアさんがおねえさんとにゃんにゃんするために戦うのですから!」

「…………」

「…………」

 

 ぎぎぎぎぎ、と龍驤がヘイヴィアを見やる。

 

「ヘイヴィア……おまえ、あさたんになに吹き込んだ……?」

「ご、誤解だッッッッ……!?」

「やかましいわどあほうっ! そこまで変態とはマジで思ってなかったわ! これはもう自爆装置しかあらへんな!」

「だから誤解だああああああああああああああああああああ! うわーん、なんで俺がこんな目にいいいいいいいい!」

 

 泣きながら龍驤に追い回されるヘイヴィアを見て、朝潮はくすりと笑って。

 

「……そう、初めて見つけたんです。戦う理由――」

 

 小さく、つぶやいたのだった。




【従者名鑑】

No.003 ヘイヴィア・ウィンチェル
出典:「ヘヴィーオブジェクト」
術者:朝潮
属性:Chaotic-Neutral
性別:男
外見:軍人らしい引き締まった身体の青年
得意技:銃撃、肉体労働、サボり
解説:戦闘型ヒューマノイド朝潮の従者。東京湾に現れた怪獣の種類を勘違いした龍驤たちが、光の国の戦士を呼ぼうとしたところ、うっかり失敗して呼び出される。「巨大な存在との戦い」の専門家という意味ではギリギリ的外れではない。ノリは軽く見えるが、馬鹿ではないし臆病でもない。ただ、本来の相方と比べると若干リアリスト気味。

No.004 ラギュ・オ・ラギュラ
出典:「ワイルドアームズ」シリーズ
術者:朝田朝霧
属性:Chaotic-Evil
性別:?
外見:ゼッ〇ンそっくり
得意技:一兆度の炎、マイナス一兆度の冷気等
解説:オーヴァード、『フィールド・オン・エネミー』朝田朝霧の従者。超どでかい怪獣であり、設定では一兆度の炎を吐ける怪生物。朝田の格だとそこまでの能力は発揮できないのだが、カタログスペックだけで関係者全員を警戒させることができる逸材。だが質量を二千万トンまで底上げした朝潮の体当たりにはなすすべなく、四散した。


【お知らせ】
 お正月特別投稿はここまでです。
 次回、第三話「龍驤ちゃんと完全情報有限確定ゼロ和ゲーム(仮題)」の投稿日時は未定となります。なんとか来年のお正月までには間に合わせたいと考えてますので、またそのときにはよろしくお願いします。


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第参話:龍驤ちゃんと完全情報有限確定ゼロ和ゲーム(1)

 というわけでお正月限定投稿再開です。
 今年は第参話と第肆話を投稿予定です。よろしくお願いします!


 ある日のこと。

 

「まあやっぱマシマシだよねー。マシマシ。というか増さないと足りないんだよ。みんななんで増さないんだろうね」

「ですねー」

「なるほど……勉強になります」

 

 小田切と潮と朝潮が歩いていると、前方から大声が聞こえてきた。

 

「不条理だーっ! なんでわたしだけ挑戦できないのよー! 出るとこ出てやる!」

 

 ばたんっ! と中華料理屋の扉を開けて出てきた少女は、そう叫んで駆けだしていった。

 短い髪に精悍な顔、カーゴパンツとTシャツを着た、なかなかの美少女である。Tシャツは後ろだけしか見えなかったが、『つまり――貴様らも永遠である!』とかなんとか、そんな感じのことが記載されていた。

 

「あんなTシャツどこに売ってるんだろ?」

「たしかに珍しい人間ですねー。あれ本当に地球人類でしょうか?」

「え、そこまで言うほど?」

 

 潮の不規則発言に若干引きつつも、とりあえず小田切は中華屋の扉を開けてみた。

 

「らっしゃーせー」

「どもー! あのさ、いまの女の子、なんで追い出されてたの?」

「あー、あの子? そこのポスターのあれだよ、あれ」

「え?」

 

 小田切が壁を見ると、そこには。

 大食いチャレンジのポスターがあった。

 

「おお……『ドカ盛り豚ラーメン30分完食1万円、食べきれなかったら3千円』っていう、これ?」

「そうそう」

「あんなちっちゃい子ができないだろうって止めたの?」

「いや逆だ。ここ3日連続であの子に苦杯を舐めててな。いい加減にしろっつってんの」

「はー。出禁ってやつだねー。あんな子が食べるもんだねえ」

「まったくだよ。胃袋どうなってんだ。ブラックホールか?」

 

 ぼやく中華屋の店主に、小田切はにやりと笑って、

 

「でもおっちゃんも商売ベタだねえ。そういうときは出禁より、もっといい方法があるんだよ」

「もっといい方法?」

「うん。『殿堂入り』っつってさ、写真撮ってここに飾るんだよ」

 

 小田切はそう言って、ぺたぺたとポスターを触ってみせた。

 

「あんな華奢な子が完食できるなら、自分もできるかも! って人が次々チャレンジするじゃない? それで簡単に元が取れるよ」

「ほー、なるほどねえ。そういう手があるのか」

「そうそう。んでそういうわけで、わたしも大食いチャレンジ参加ねー。うしし、あんな子ができるんなら楽勝っしょー!」

「では、不肖この朝潮も参加します! これも修行ですっ」

「んー、じゃあわたしも……人間の食文化、興味深いですよね!」

「あいあい、じゃあドカ盛り豚3つね。ちょっと待ってな」

 

 

 ……とまあ。

 これが、中華料理屋『あじみ亭』において、一日で大食いチャレンジ出禁――もとい、『殿堂入り』を四名出した伝説の『血と汗と涙を流せ事件』のおおよその概要であり。

 そして、この町に威名とどろく伝説の女フードファイター、小田切双葉と木乃の初邂逅でもあったのだが……

 

 まあそれは、本編となんの関係もない話である。

 

 

--------------------

 

 

「で、どうすんねん。この状況……」

「俺に聞かれてもな」

「ねむい……おふとん恋しい……」

 

 龍驤とヘイヴィアが頭を悩ませ、初雪が横でごろごろしているこの場所は、地下である。

 自衛隊横須賀基地、特殊対策本部地下隔離区画。

 つまるところ、天使たちとその隣人に貸し出された、世界の危機対策の専門センターの一室なのだが。

 

「見事に閉じ込められたなぁ……しかもよりによって、直接戦力になりそうな奴がおらへん状況で」

「そうだな。長門とか野分とか、全員出てる状況を狙われちまった。

 ……ん? まな板、おまえ戦力じゃないの? この前すげえ術でバリバリ戦ってたじゃん」

「自分どうでもええけど、うちのことナチュラルにDASH島の失敗の副産物呼ばわり続けてるといつか呪殺するで?」

「そういうのはもうちょっと肉つけてから言え。なにその脂肪。スレンダー(笑)気取りなの?」

「ヘイヴィアってデブ専なん?」

「誰がデブ専だ! うちの婚約者はちゃんと出るとこ出て引き締まるところは引き締まってるっての!」

「まあ結婚してから性癖が暴露されて、それが亀裂の始まりになるパターンやねこれは。間違いないわ」

「おまえこそそのトゲつきまな板やめないといつか後ろから銃で撃つぞオイ」

 

 ふたりしてバチバチとにらみ合う……のだが。

 すぐに、ため息をついて二人とも、目線を外した。

 

「やめよか。ツッコミがまわりにいないと盛り上がらんわ」

「同感。んでどうなんよ。その扉吹っ飛ばせたりしないの?」

「残念やけどうちの符術は、こういう鉄の扉とかには相性よくないねん。

 自分はどうなん? 腐っても軍人やろ? 爆弾とか持ってへんの?」

「いや、相棒ならともかく俺は持ってねえ。自衛隊から借りた装備にもなかったしな」

 

 目の前の扉を見つめて、ヘイヴィアが言う。

 自衛隊の秘密施設だけあって、鉄でできた愛想のない扉である。相棒の『ハンドアックス』と称される高性能爆薬さえあれば、ノブの部分をちょちょいと焼き切って脱出できるんだがな……と、ヘイヴィアは心の中で舌打ちした。

 ドアはいま、コンピュータに施錠された状態である。

 施設でいろいろあった場合に備えて、コンピュータで遠隔施錠できるようになっているという説明自体は龍驤たちも受けていたのだが、まさかハッキングによって閉じ込められる事態になろうとは。びっくりである。

 

「この中でコンピュータに一番詳しいのは?」

「うちは無理や。アナログな符術師やねん。

 自分は? 一応レーダー分析官なんやろ? なんかすごいハッキング技術とかあらへんの?」

「無茶言うな。俺の世界とこの世界じゃ、基幹となるコンピュータ技術が根本から違うんだよ。それでも一通り普通には使えるが、言語的制約がどうにもきつくて」

「言語的って?」

「こうやってしゃべるのはできても、読み書きがおぼつかないんだよ、日本語。『正統王国』で使われていた言語に似てる英語とフランス語はなんとかなるんだが、ぶっちゃけ漢字が出てくると手に負えねえ」

「あー。従者の言語能力設定って、そんな感じになるんやね……」

 

 一応「異世界人」でありながらも日本人だった龍驤たちとは、ヘイヴィアはだいぶ違うのだ。

 

「んで一応初雪は……自分、なにしとんの?」

「対戦」

「堂々とサボんなや! せめて会話に加わりぃ!」

「でもヤマカワさん、すごく強くて。このままだとわたし、負け越しちゃう……」

「ええから! ちゅうか、いくら引きこもりでもこの状況が続くとまずいんは自分もやろ!?」

「ううー……わかった」

 

 いやいやながら、身体を起こす初雪。

 

「でもたぶん役に立たない。わたし、いまなにもできないから」

「ちゅうても、コンピュータに一番精通してんのは自分やろ。ゲームのためのインターネット接続とかも自力で設定しとったし……」

「じゃなくて」

「うん?」

 

 初雪は、ぴっ、と人差し指を立てて言った。

 

「いま、この施設、へんな封印がかかってる。わたしみたいな超自然系の力を削ぐやつ」

「はあ!?」

 

 龍驤は眉を寄せた。

 

「どういうこっちゃ。ハッキングとは別にもうひとつ攻撃が?」

「攻撃かどうかまではわからないけど……とにかく、そういうわけで今回、たぶんわたし、役に立たない」

「でも、コンピュータの操作くらいならできるやろ?」

「できるけど、普通のひと並だよ?」

「それでええ。あそこのコンソール経由でなにかわからへん?」

 

 龍驤は、先ほどから謎の文字列が延々流れるモニターと、その下にあるキーボードを指さした。

 初雪は首をかしげて、

 

「いやぁ……無理……」

「せやろなぁ……」

「なにがどうなってこうなってるのこれ。完全にえすえふの光景だし」

「いや、この時代から見て近未来出身のこのヘイヴィアさんから見てもえすえふだぞこれ。実際、コンピュータってこんなんになるもんなのか?」

 

 ヘイヴィアも渋面で言った。

 と、そのとき。

 

 ごん、ごん、と重い鉄をたたくノックの音がした。

 

「…………」

「…………」

 

 瞬時に龍驤とヘイヴィアは目配せをし、

 

「誰や?」

「入ってもよろしいでしょうか?」

「入れるんならな。うちらは出れなくて困っとる」

「でしょうね。では、入らせていただきます」

 

 声と同時に、がちゃりとノブが回って、一人の女の子が中に入ってきた。

 年の頃は16、7だろうか。背はあまり高くないが、落ち着いた雰囲気の少女である。髪は若干茶色が入ったセミロングのボブだったが、その割には上品さがどことなくにじみ出ている。外見だけで、なんとなく不思議な子、と言いたくなるようなところがあった。

 

「もっかい聞くで。誰や?」

「わたしの名前は笹目いのり。あなたたちと同じ、『異世界人』です」

 

 龍驤の言葉に、彼女は答えた。

 

「率直に言いましょう。あなたたちの危機を見て、()()()()()()()()()。今回の案件の解決に協力する代わりに、わたしの案件の解決にご助力いただきたい。そういう話です」



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第参話:龍驤ちゃんと完全情報有限確定ゼロ和ゲーム(2)

「イロウル?」

 

 龍驤の言葉に、「笹目いのり」と名乗った少女はうなずいた。

 

「わたしの解析ではそうです。『使徒イロウル』。出典は『新世紀エヴァンゲリオン』。ナノマシンの群体として活動する特異な人類の敵で、自己進化しながらコンピュータをクラックするといった挙動を取ります」

「それがこのハッキング劇の正体ってわけか……」

「敵の目的はなんだ?」

 

 ヘイヴィアの言葉に、笹目は答えた。

 

「わたしの予想している相手が『語り手』であった場合は……たぶん、一息でこの施設にいる龍驤さんたちを皆殺しにする予定だったと思われます」

「マジかよ。コンピュータウイルスでそこまでできると? それとも別働隊がいる?」

「ヘイヴィアさん。相手はナノマシンです。コンピュータウイルスではないんですよ」

「いや、それはわかっているけど」

 

 言うヘイヴィアに、笹目は厳しい目を向けた。

 

「わかっているなら認識を改めてください。コンピュータをクラックするというのはイロウルの、原典で示された能力の一つに過ぎない。ナノマシンであるというなら、人間の身体に入ってウイルスのように振る舞うこともできますし、近場の材料を使って爆弾を生成することもできるかもしれない。能力の限界が完全に未知数なんです。なにができてもおかしくはない」

「……なるほど。やっかいな相手だってことはわかったよ。

 それで、対策は? 恩を売りに来たっていう以上、あんたも成算があってここに来たんだろ?」

「もう半分くらいは済ませました」

「あん?」

 

 いぶかしむヘイヴィアに、笹目は肩をすくめた。

 

「わたしの能力を使って、この施設全体に『現実改変を阻止する』領域を展開しています。これによってイロウルの異世界的な能力は大幅に弱体化し、ただのコンピュータウイルス以上の能力を発揮することを防いでいるわけです」

「……能力、なあ」

「なにか疑いでも?」

()()()()()()

「…………」

 

 龍驤の言葉に、笹目はぴくん、と眉を跳ね上げた。

 

「図星やろ? この前の敵、朝田朝霧の身柄までは確保できんかったけどな。正体自体は割れてるねん。オーヴァード……つまりは、平行異世界でウイルスによって突然変異で生まれた『超人』たち。笹目、あんたもその一人やね?」

「……なぜわかったのです?」

「簡単なことや」

 

 くいっ、と帽子のつばを軽く持ち上げて、龍驤はにししと笑った。

 

「この空母探偵龍驤ちゃんにかかれば、この程度の謎はまるっと全部お見通しっちゅうわけやね」

「その決め台詞気に入ってるの?」

 

 ジト目で言うヘイヴィアとは対照的に、笹目は深くうなずいて、

 

「なるほど、空母探偵……そのようなものであれば、この程度は見通してしまうというわけですか。感服です」

「おいこの子実はボケ側だぞ!?」

「あっはっは! すごいやろ、もっと褒めてー!」

「まな板はまな板で調子に乗りすぎだ。ていうか、実際のところなんでわかったの?」

「企業秘密や。……で、さっきの理解でええんやね、笹目ちゃん?」

「はい。わたしは『ノイマン』のオーヴァードです」

 

 笹目はうなずいた。

 

「そこまで調べているとは知らず、失礼しました。隠すつもりはなかったのですが」

「んじゃあ、追加で話してもらえんかな。うちの知る限り、オーヴァードやらレネゲイドビーイングとかいう特定異世界系の存在には、『現実改変を阻止する』なんていう能力はなかったはずや。どこかに別のトリックがない限りはな」

「そうですね」

「実際には、なにをしたんや?」

「ええ。『語り部』としての魔術を行使しました」

「やっぱりか……呼び出した従者は?」

「シャンク/アナスタサコス恒常時間溝」

 

 笹目はすらすらと答えた。

 

「通称は『XACTS(イグザクツ)』。出典は『SCPファウンデーション』。現実改変が頻発する同作品群の内部において、それを一定程度阻止するために使われる『機器』です」

「機器? キャラじゃなくて?」

「はい」

「……『語り部』の魔術にそんなん、できるんかいな?」

「元々、XACTS自体、「どんなものか」の記述が少なかったので」

 

 笹目は涼しい顔で言った。

 

「キャラクター的側面があるという解釈をすり込んで、うまいこと条件召喚に成功しました。まあ、おかげでいまは、わたしの『ノイマン』としての能力まで多少、制限されてるんですが……」

「まあ、そっちのトリックはわかった」

 

 龍驤は言った。

 

「んで、この部屋に入って来れた理由は? 敵の能力が制限されたとはいえ、クラッキングを受けてロックがかかった状況は変わらんのやで」

「はい。ですから鍵開けをしました」

「どうやって?」

「『ノイマン』のオーヴァードは細かく繊細な頭脳労働に特に秀でているので」

 

 ぴっ、と指でピッキングツールをつまみながら、笹目は言った。

 

「イロウルのクラッキングによって時々刻々と変わる電子錠の鍵のパターンを解析して誘導し、弱衝突を利用して解錠しました」

「うん、さっぱりわからん! わはは!」

「胸を張って言うことか?」

 

 ジト目でヘイヴィアは言った。

 そしてそれから真顔になって、

 

「弱衝突ってことは要は誕生日攻撃(バースデーアタック)の類か。相手のランダムネスを制御できる手があると?」

「しょせんはナノマシン。人間の頭には勝てませんよ」

 

 ぺろりと舌を出す笹目。普通にかわいい。

 ちなみに龍驤はショックでガタガタ震えていた。

 

「へ、ヘイヴィアが宇宙語を理解してしゃべっとる……! もうだめや……!」

「おまえ俺をなんだと思ってるの? 一応軍人で貴族なわけで、暗号学の初歩くらいは普通に習得してるっての。

 それより、さっきは一秒かからず開けたな。あれに再現性があるってことか?」

「はい。ですから、基地の内部の移動はできます」

 

 笹目は、そう言って微笑んだ。

 

「もっとも、わたしにできるのはそこまでです。ここの位置だけは、XACTS展開前のイロウルの行動パターンから逆算して、誰かがいることは把握していました。しかし、それ以外の施設の情報となるとまったく手に入らずじまいで……」

「まあ、自衛隊も馬鹿じゃねえからな。この秘匿基地の情報はそう簡単には漏らさないだろ」

「そうですね。なので、あなたたちには地理不案内なわたしを案内していただきたい。

 うまく行けば、それで解決の糸口が見えてくるかもしれません。イロウルを殲滅する方法自体は、原典にもあるんですけど。今回はXACTSのせいでそれができるか不透明ですので、ここはひとつ、あなたたちのお知恵をお借りしたいと思いまして」

「そっか……」

 

 龍驤は考え、そして言った。

 

「なんにせよ、ちょっと基地内を見て回った方がよさそうやね。移動するか、ヘイヴィア、初雪……初雪?」

「むー……また負けた……」

「初雪、あのな。いまシリアスな状況やからゲームは後にしてな?」

「いや、ちょっと待ってください」

 

 と、あわてた様子で笹目が言った。

 

「なんや?」

「その子、()()()()()()()()()してたんですか? その、この基地がクラッキングされて外部と隔絶した、その状況で?」

「……あ?」

 

 言われて初雪は、ふんすと息を吐いて、

 

「そこまでうかつじゃない。信頼できないネットワークには繋がない。これ、引きこもりの常識……」

「い、いやいや。じゃあ誰と戦ってんねん自分。あ、ひょっとしてコンピュータ戦?」

「ヤマカワさん」

「いや、だから……」

 

 尋ねる龍驤に初雪は淡々と、こう言った。

 

()()()()()()の、ヤマカワさん。インターネットに接続しなくても、対戦相手してくれる……便利で、手強いひと」



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第参話:龍驤ちゃんと完全情報有限確定ゼロ和ゲーム(3)

 基地の廊下を歩きながら、龍驤は初雪に説教していた。

 

「まったく……勝手に従者呼ぶなっちゅーとったろうが! 切り札なんやで、この術式!」

「だって……暇だったし……」

「あのな初雪。この戦いには、うちらが元の世界に帰れるかどうかがかかっとるんやで。元の世界、未練ないんか?」

「あるけど……快適な引きこもりの方が重要……」

「……ようわかった。今度から教育方針を改めたる」

 

 ばっきぼっきと指の骨を鳴らして、笑顔の龍驤が言った。

 ヘイヴィアは肩をすくめて、

 

「それより、廊下を移動中に聞いときたいことがあるんだがな。笹目ちゃん」

「はい。申し訳ありませんが、知人からスリーサイズは秘匿するようにとの助言を受けております」

「誰がそんなこと聞くか! ていうか、助言がなければ言ったの!?」

「それほど重要な情報とは思えませんし。どうしても必要と言われたら、まあ」

「…………」

 

 ヘイヴィアは一瞬まじまじと笹目の体型を上から下までじろじろ見て、

 

「って違う! だからいまはそんな話じゃねえ!」

「ヘイヴィアー。うちの目の黒いうちはJKへのセクハラは御法度やで」

「知ってるよやらねえよそんなん!」

「いうて、性的快楽のためにJSを搾取しようとした奴やからなー。ヘイヴィアは」

「まだその誹謗中傷すんの!? あれは朝潮の言い方が悪かっただけの誤解だっつってんだろ!」

 

 言ってからヘイヴィアは、ふと真顔になり、

 

「ていうか朝潮ってJSなの? JCかどうか、わりとデリケート案件じゃない?」

「ヘイヴィア的にはどっちがツボなん?」

「そりゃJCの方が……ってなに言わせるんですかねこのまな板は!」

「聞いたな笹目ちゃん。これがこの男の正体やで。二人きりとかには死んでもなったらあかんで」

「はあ」

 

 笹目は生返事をして、

 

「で、なにを答えればいいのでしょうか。他にもいくつか、同僚から禁止されている案件はありますけど」

「たとえば?」

「下着の柄はNGだそうです」

「パンツの色なに?」

「黒です」

「エッッッッッッッッッぎゃあああ!?」

「笹目ちゃん。いまから禁止事項追加なー。下着の色も回答禁止や」

 

 一気に盛り上がろうとしたところを腕を極められて絶叫するヘイヴィアを抱えつつ、笑顔で龍驤は言った。

 

(天然無防備系なんかなー……これは守ったらんとあかんで)

「それで、なにを答えればいいと?」

「だ、だから……目的! ほら、俺たちを助けたのは取引なんだろ!? だからその代わりの目的をって痛い痛い痛い折れるあとまな板の胸に腕押しつけられてもぜんぜんうれしくない!」

 

 関節技を掛けられて絶叫しながら尋ねるヘイヴィアに、ああ、と笹目はうなずいた。

 

「そういえば、それを説明してませんでしたね。わかりました。

 まず、目的は単純で、わたしたち『サーティーンナンバーズ』の全員を回収して、元の世界に送り返して欲しい、というものです」

「サーティーンナンバーズ……十三人って理解でええのん?」

「はい」

 

 笹目はこくん、とうなずいた。

 

「元々、人数自体は隠せなかったので。それ以外の目的とかをそれとなくぼかすために、どうとでも取れる名前にしました。メンバーも、ゲームを由来とするコードネームとかつけてましたね」

「笹目ちゃんはどんな名前なの?」

「ナンバー2。コードネームは『フロントミッション』です。

 先日、あなたと交戦した朝田さんは『フィールド・オン・エネミー』という名前でした」

「ふむ…なるほど」

 

 龍驤はうなずき、いい加減うるさくわめくヘイヴィアが邪魔だからと関節技を一応解いた。

 そして抗議するヘイヴィアを足でいなしながら、

 

「あのとき、その朝田に指示を与える謎の放送があったね。『スリザーリンク』という名前も聞いた記憶があるわ」

「さすがは空母探偵。慧眼ですね」

「いや、その肩書き適当だからあんまり真に受けんなよ?」

 

 ジト目のヘイヴィアが言ったが、笹目は特に気にしていないようだった。

 

「その通りです。残念ですが、我々は二つのグループに分裂しております。「すぐに元の世界への帰還を目指そう」という『メガドライブ』率いる一派と、「この世界で目的を果たそう」という『スリザーリンク』一派に、です。わたしは『メガドライブ』に賛成しているのですが……」

「目的とは?」

「『姫』です」

 

 笹目は言った。

 

「かつて我々を導いていた『姫』がいました。我々のいまの目的は、世界の狭間へと消えた『姫』を奪還・復活させることです。そのためには、元の世界よりも、神秘の多いこちらの世界の方がやりやすいというのが『スリザーリンク』の見解でした」

「君たちは違うと?」

「異世界で守護者への敵性勢力として振る舞うこと自体がリスクだ、というのが『メガドライブ』の考えです。

 わたしもそれに賛成します。『姫』を奪還できたところで、追われる身となって元の世界に帰れなくなれば意味がない。だからわたしの依頼は、『スリザーリンク』一派を殺さず拘束し、我々とともに元の世界へと送り届けることです」

「なかなかヘビーな問題やね……まあ、わかったわ」

 

 龍驤はうなずいて、

 

「で、今回の攻撃は」

「おそらく、『オールランド・マリガン』が『語り部』でしょう。彼は容赦がなく、攻撃的で、やっかいです。このやり口は彼の嗜好と一致しています」

「やりにくいな、敵が知り合いやと」

「そうでもありませんよ」

 

 笹目は不敵に微笑んだ。

 

「なにしろ、わたしは『ノイマン』のピュアブリードですからね。頭脳戦、裏のかき合いで他者に負けるつもりはありません。『スリザーリンク』たちにとって、わたしがこのスピードであなたたちと接触したのは予想外のはずです」

「……逆に言うと、うちらの情報はそっちは織り込み済みっちゅうことかいな」

「いえ、従者が呼ばれ切っていない以上、未知数なところは多いですけどね。

 そういうわけで、ここであなたたちに死んでもらうわけにはいかないのです。イロウルの対処にわたしというカードを切ったのは、そのためです」

「りょーかい。まあ、そのあたりの細かい話はおいおいしようや。それにしても……」

 

 龍驤は言った。

 

「これだけ歩きまわっとるのに誰とも会わへんとはな。人払いか、それとも……」

「ひとつひとつの部屋を当たるのはあまり生産的ではありません。生存確認は後回しにして、まずはサーバルームを目指しましょう」

「ねえ」

「サーバルームに行けばなんとかなると?」

「イロウルの『群体』としての特性は面倒ですが、基本的にはコンピュータへの干渉以外の能力は封じられています。ですから、メインのコンピュータをいじくればなんとかなるかと推察しております」

「ねえってば」

「なんや初雪。いま忙しいから用があるなら簡潔に」

「うん。それが」

 

 初雪は言った。

 

「その封印……たぶん、解けてる……よ?」

「は?」

 

 目を丸くした龍驤に、

 

「ほら、わたしも同じ、超自然系だから」

 

 ぶんぶんと腕を回して、初雪。

 

「さっきいきなり眠気が取れて調子がよくなった。たぶん封印、解けてる」

「え、でもそんなはずは……」

 

 言ったそばから、基地全体に響く大きな警報音。

 

「これは!?」

「……『ライフルマン』からの非常事態通報ですかね。まいったな」

 

 笹目は言って、龍驤を見た。

 

「とにかく急ぎましょう。まだ、間に合うかもしれない」

「わかった!」

 

 言って四人は、一斉に駆け出した。



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第参話:龍驤ちゃんと完全情報有限確定ゼロ和ゲーム(4)

 サーバ室に行くと、明らかに状況はやばいことになっていた。

 

「な、なんや、この気持ち悪い肉塊みたいな生物は!?」

「触らないでください! これ、この生き物の細胞のひとつひとつがナノマシンです! おそらくイロウルの、作中では触れられなかった実体化を伴った姿……!」

 

 笹目は厳しい目で言った。

 

「コンピュータウイルスとしての定義を離れて、急速に自己進化したんです! 下手をするとこの状態から襲いかかってくるかも……」

「焼いたらどうだ? 焼いて死なない生き物はいないだろ」

「無理です、ヘイヴィアさん。原作でこの生物は、ATフィールドと呼ばれる防御膜のようなものを展開している。核爆弾でも突破できるかどうか怪しいです」

「マジかよデタラメだなおい! くそ、原作ではどうやって倒したんだ!?」

「自死に至る進化の道筋を提示して、結果として自滅させたはずですが……」

 

 笹目は言って、まわりを見回した。

 

「使えそうなのは、あそこにあるコンソールくらいですか。まだ相手がコンピュータに寄生している状態なら、こちらから入力すればどうにかなるかも」

「やるしかないな。できるか?」

「やってみます!」

 

 笹目は言って、それから素早い身のこなしでコンソールへと身を寄せた。

 

「イロウルがキーボードを覆っていたらアウトでしたね。それにいまのところまだ襲ってくる気配はない。自己進化しつつ時を待っている、そんな状態ですか……」

「どうだ、できそうか!?」

「演算能力では負けていないはずです。ですが……タイプ速度が問題ですね。相手の演算より速く打ち込めない」

 

 笹目は言った。

 つまり、人間がコンピュータに命令を打ち込む以上、その速度はタイプする指に依存する。

 笹目の計算力がいかに莫大であろうと、それをコンピュータに伝えるスピードが圧倒的に足りないのだ。これでは相手に致命傷を与えるのは難しいだろう。

 

「笹目ちゃん! この生き物、少しずつやけど増殖しはじめとるで!」

「とりあえず物理攻撃お願いします! 攻撃に対処するだけでも多少のリソースを割かせられるかも!」

「わかった。『岩井隊』! やってまえ!」

 

 龍驤が出した飛行機状の式神が攻撃したが、それは不思議な防御壁にさえぎられて無効化された。

 

「ダメか! これがATフィールドかいな!」

「いや、考えがある! 龍驤、いまのもう一回!」

「わ、わかったで!」

 

 龍驤がもう一回、『岩井隊』を呼び出す。それと同時にヘイヴィアが拳銃を発砲。

 びしゃっ、と音がして、肉片が飛び散った。

 

「効いた!? けど、なんでや!?」

「別法則だからさ」

 

 ヘイヴィアは言った。

 

「拳銃弾による銃撃と、おまえの符術による呪術攻撃。この二つは違う『法則』に則った攻撃だ。

 あの『ATフィールド』とやらは、そのどちらかにしか合わせらんないんだよ。元より外世界法則、なにかの方法でチューニングしてると思ったが、ドンピシャだったな!」

「笹目ちゃん! いまの打撃、効いてる!?」

「効いてるので続けてください! うまくすればコンソールにまとまった量の打ち込みができるかも!」

「よし、ヘイヴィア、やるで!」

「おうよ!」

 

 だだだだ、ばばばば、と音がして、びしゃりびしゃりと肉片が飛び散って霧散していく。だが、

 

「くそ、拡大速度の方が速いか! 笹目ちゃん、どうすればええ!?」

「こっちも押せてはいるんです! けど時間が……!」

「よくわからないけど」

 

 初雪が、間延びしているようで妙に早い口調で言った。

 

「スピードが問題なの?」

「そうです。なんとかなる当ては?」

「うん。じゃあやる……はあ、面倒……」

 

 初雪はつぶやいて。

 

 そして次の瞬間、世界は突如として、()()()()()()()()

 

「なん……や!?」

「あ、気をつけて。この空間だと……たぶん、慣れてないと舌とか、噛むから」

「いや、初雪おまえなにした!? こんな力聞いてへんで!」

「わたしの世界の艦娘にとっては、これが通常」

 

 初雪は言った。

 

()()()()()()()。時間の流れを制御して、人間の兵器では対処できない速度で暴れ回る深海棲艦を討つのが、我ら海の精霊、艦娘の仕事。

 だけどすごく疲れるから、あんまり長くは保たない。早く仕事して」

「わ、わかりました! やってみます!」

 

 笹目はわたわたとキーボードを打ち始め、すぐに歯ぎしりした。

 

「だめです! 相手、自死コード対策の論理防壁を展開済み! 術者が調整しています!」

「くそ、対策が読まれてたか! なんかあとひとつ、切り札ないか!?」

「世界最高のチェスプレイヤーとかいませんか!? このタイプの論理防壁突破はチェス様式のゲームに近いです! とんでもないスピードで展開していきますが、この空間の中のわたしならタイプでついていける。でも戦術が追いつきません!」

「じゃあヤマカワさんにアドバイスしてもらえばいい」

「……ヤマカワさんってあれだよな。おまえのゲームの対戦相手の? ていうか、原作はなんだよ?」

「原作は『血界戦線』。チェスよりずっと複雑な、『プロスフェアー』っていうゲームの達人」

 

 ヘイヴィアの言葉に、初雪はのんびり答えた。

 

「だから、状況をチェスみたいなゲームに変換してもらえば、アドバイスはできる……と、思う」

「ですが、このゲームのルールをいま理解できてるのはわたしだけです! 言葉で伝えようにも、スピードが……!」

「ああ、なら」

 

 龍驤がそこで、つぶやいた。

 

「どうした龍驤、なんかあるのか!?」

「いや、まあ、たぶんな」

 

 龍驤はうなずいて、すっ、と符を取り出し、

 

「偵察機体、『彩雲』の符。状況を報告するのに特化したこいつなら……もしかすると、『ヤマカワさん』と『笹目ちゃん』の間を行き交うことで、情報伝達、できるんやない?」

 

 

 現実時間においては三秒後。

 基地全体を自壊させようとするプロトコルを発動させようとしていたナノマシン型使徒、イロウルは、自死へと至る進化コードを打ち込まれ、死滅した。

 以上が、この事件の顛末である。

 

 

--------------------

 

 

 翌日、都内某所にて。

 

「というわけで、まあ、うまくいったと言っていいんじゃないですかね?」

 

 紅茶を飲みながら報告を終えた笹目の言葉に、筋肉質の男はうなずいた。

 

「まあ、XACTSを失ったのは痛いけどな。従者が消えると、再召喚できるためにはけっこう時間がかかるし、術者としてのランクも落ちるから弱いのしか呼べなくなるんだろ?」

「それはそうですが、たいした問題ではないでしょう。わたしはそもそも、従者に頼る戦術をとる気はありません。わざわざ工夫して、人格のないXACTSを呼び出したのもその一例です」

「その辺、変なこだわりがあるよなおまえ。人間不信なの?」

「完全には否定はできませんね。

 それより、XACTSを失った顛末を聞かされていません。あそこの防備を任せていたのは『ライフルマン』、あなたです。なにがあって防御に失敗したのですか?」

「『コジマ・パーティクル』だ」

 

 端的に答えた男、『ライフルマン』の言葉に、笹目の表情が曇る。

 

「彼が……敵に、回りましたか」

「やっかいなやつが出てきたな。モルフェウスとオルクス、そしてノイマンのトライブリード。物質変化と領域支配を駆使して、自在に怪しげな『発明品』を取り出すときた。今回もそれでやられた」

「はあ……まったく、頭の痛い問題ですね」

 

 笹目はそう言って、かぶりを振った。

 

「私にとってはどうでもいいが」

 

 と、そこに、ピアノの前でただ腕を組んでいたもう一人――老音楽家が、声を上げた。

 

「そんなにあけすけに情報を流してよいのかね、君たち。私が味方とは限るまい」

「そこは信頼していますよ、『バックギャモン』。あなたはわたしたちとも違って、『真の意味で』中立を保ってくださるでしょう」

「やれやれ、まさかサーティーンナンバーズが()()()()()()とはね。私としては、戦いなどというものには参加したくはない。会談の場を整える程度ならするが、それ以上の協力は期待してくれるなよ」

「それで結構です」

 

 笹目は言って、微笑んだ。

 

「そして、こちらが三勢力に分かれていることも秘匿できたのは僥倖でした。あの『空母探偵』と名乗る龍驤さんという方、コメディリリーフを装っていますが、切れ者です。手札は隠せるだけ隠した方がいい」

「つまり……俺たちの目的も?」

「ええ。『こちらの世界の守護者に協力的なそぶりを見せつつ、隙を見て『姫』の奪還を果たす』こと――これは、伏せておいた方がいいでしょう。もしかすると看破されているかもしれませんが」

「『姫』さんね。まあ、俺たちもずいぶん世話になったからな……やっぱ、ほっとけないよな」

「ええ」

 

 笹目はうなずいて、ポケットに隠したカードにそっと手を触れた。

 情報災害にやられてほぼ消えかけているが、そこにはたしかに『ファンクラブ会員No.2』という文字が記載されている。

 

「待っていてください、『プリンセス・ユカリン』……わたしは、あなたを必ず、お助けいたします」

 

 

第参話、了




*『プリンセス・ユカリン』について

 このキャラクターは、だいぶ昔に身内でダブルクロスのセッションをやったときのPCの一人です。
 ノイマンとソラリスのクロスブリードで、薬品を使って襲ってきた黒服を洗脳しユカリンファンクラブ会員十万一号としてロイス化して、クライマックスでの敵の攻撃に対して『十万一号がかばってくれた。十万一号ー!』と叫んでタイタス化してダメージ無効化という離れ業をやってのけました。あまりにインパクトがありすぎて未だに鮮烈に印象が残っています。
 今回出てきたオリジナルキャラクター達は、その『プリンセス・ユカリン』が活躍したキャンペーンのNPCたちです。まあ、『バックギャモン』だけは露骨にすぎ○まこういちテイストですが……笹目ちゃんはユカリンファンクラブ会員二号なので、特にユカリンへの愛が深いです。



おまけ:従者名鑑


No.003 ヤマカワさん
出典:血界戦線
術者:初雪
属性:Neutral-Neutral
性別:男
外見:わからない
得意技:チェスを始めとしたテーブルゲーム
解説:地球を守護する海の精霊、「艦娘」初雪の従者。龍驤たちが「呼び出すのを控えておけ」と言ったのを完全に無視し、ただ単に「暇つぶしのゲームの対戦相手」として召喚された。アクションを含むゲーム一般に強いが、本職はやはりテーブルゲーム。とくに、プロスフェアーと呼ばれる変則的なチェスのようなゲームについては、人外かと思えるほどの冴えを見せる。正体は不明。


No.011 イロウル
出典:新世紀エヴァンゲリオン
術者:『オールランド・マリガン』
属性:Nothing-Nothing
性別:?
外見:肉眼では見えない
得意技:クラッキング
解説:ナノマシンの群体という形式を取った、「使徒」と呼ばれる特殊生命体。物理接触からの自己進化を通じてコンピュータをクラッキングする能力が劇中では示されていたが、これ以外にどのような能力があるかは不明であった。場合によっては、巨大なナノマシン集合体としてエヴァンゲリオンと直接戦う可能性もあったかもしれない。


No.012 シャンク/アナスタサコス恒常時間溝
出典:SCP Foundation
術者:『フロントミッション』笹目いのり
属性:Nothing-Nothing
性別:?
解説:通称XACTS。おそらく「イグザクツ」と発音するのであろうと思われる。現実改変を行う危険な装置や生物や事象が多いSCP世界において作られた「現実改変を阻止する装置」。
 その性質から、SCP世界のように絶え間なく現実改変の危機が押し寄せる世界以外ではたいした重要性を持たないし、有益でもない。しかし、『語り部』というまさに現実改変に該当する現象に悩まされるこの世界では、今回のように有益なこともある。


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第肆話:龍驤ちゃんと『サイレン』(1)

「おーっす龍驤ちゃん、調子どーお?」

「おや、小田切かいな。こちらはぼちぼちやな。そっちは?」

「順調だよー。やっぱわたしみたいな知的美女には、後方での情報整理が向いてるみたいだね!」

「あーうん。で、なんかあったん?」

「こら、ちょっとは突っ込んでよ! 関西の血はどこにいったのさ!?」

「うちは生まれも育ちも神奈川や。前も言ったやろ?」

 

 龍驤はけろりと言って、それからまだぶつぶつ言ってる小田切から書類を受け取った。

 そして、渋い顔をする。

 

「なるほど……こりゃまあ、たしかに小田切は後方やないとあかんわ」

「だよねえ」

 

 ふたりして、ため息。

 

「なにしろよりによって……これは、マジモンのテロ行為やからね」

 

 

--------------------

 

 

「サイレン?」

 

 ヘイヴィアの言葉に、龍驤はうなずいた。

 

「せや。サイレン」

「って、あの警報みたいなあれだよな。それがなんなの?」

「まあ普通の使い方は警報なんやけどな。語源が問題やねん」

「語源? というと?」

()()()()()

 

 龍驤は言った。

 

「ギリシア神話に出てくる海の怪物や。歌声で船を惑わせて、座礁させる」

「ほー。それがどうして問題になると? タンカーでも沈めるの?」

「ヘイヴィア。うちらはなんやったか、覚えてへんの?」

「……あー。『艦娘』か」

「そうや」

 

 龍驤は、厳しい顔で言った。

 

「うちらはみんな、出身である世界は違えど『艦娘』……つまり、船や。敵が今回狙っている『サイレン兵器』は、致命的やねん」

「なるほど。俺たちの弱点をピンポイントに狙ってきたってわけか」

「そうやね。笹目ちゃんたち『サーティーンナンバーズ』の情報網がなければ、不意打ち食らってたな」

 

 龍驤は渋い顔で言った。

 ヘイヴィアはうなずいて、

 

「だが、わかったからといって対策はどうする? 食らったら無力化されるってんならどうにもならなくね?」

「いや、サイレン兵器自体は、まだ構想段階……っちゅうか、材料がないねん」

「材料がない? 材料が必要なのか?」

「呪術やからな、これも。基本的には、『沈んだ船』に関係する物品がないとあかんのよ」

「沈んだ船……タイタニック号とか?」

「まあ、それも一つの手やけどな。うちら基本的には軍艦やから、沈んだ軍艦関係の物品が一番ええんやな」

「なら、靖国神社とか、大和ミュージアムからなんか盗むとか?」

「もちろんその可能性もある。けど、ああやって奉られてる物には、怨念的な力が浄化されてもうて、あまり有効ではないねん。やっぱ、人目にはあまりつかないところで、現存している物がないとあかんのやね」

「海外でダイビングしてとってくるとか?」

「それは有効なんやけど、相手もそのへんにコネ持ってるわけやあらへんからな。今回のターゲットは国内や」

「じゃあ、どこに……?」

 

 不思議がるヘイヴィアに、龍驤は告げた。

 

「実はな……日本では、戦前と戦後で()()()()()に差があってな」

「鉄の作り方? 製鉄所とかの?」

「せや。戦後、鉄には放射性元素が意図的に混ぜられるようになったんよ。放射線を測定することで、作ってからどのくらいの時間が経ったかを計れるようにするためやね」

「ほー。で、戦前の鉄にはそれがないと?」

「そ。せやから、逆にデリケートな作業――たとえば放射線測定装置なんかには、戦後の鉄は使えへんのや。しかし戦前の鉄がそう余っとる場所もそれほどない……ということで、その種の関係者が目をつけたのが、謎の事故で日本近海で爆沈した、戦艦の鉄やったわけや」

「じゃあ、それが……」

 

 ヘイヴィアの言葉に、龍驤はうなずいた。

 

()()()。放射能実験施設に置かれた、かつての戦艦陸奥の残骸である鉄が、今回の敵さんのお目当てっちゅうことやね」




【おことわり】ちょっと忙しいせいで執筆が滞っております。更新はもう少しだけお待ちください。


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第肆話:龍驤ちゃんと『サイレン』(2)

「そして陸奥を守る戦いとなれば、この駆逐艦、長門が出ないわけにはいくまい! うむ、実に理に叶っているな!」

『ええいやかましいわ。叫ばんでもわかるから小声でしゃべらんかい!』

 

 はっはっはと胸を張る長門に、スピーカーから龍驤の声が突っ込みを入れた。

 

「む? しかしな龍驤よ。この私よりもおまえの方がこの場での声量は上だぞ?」

『そりゃそうや。こっちはスピーカーやけど、そっちの声は集音マイクやねん。正直、がっつんがっつん大声がこっちに流れてきて、めちゃくちゃうるさいんや』

「そんなものか。面倒くさいな」

 

 長門は吹く風に髪をなびかせ、腕を組みながら言った。

 艤装フルセット。いつでも戦闘に移行できるスタイルである。

 

「だがこの長門の配置はここでいいのか? この場所、わかりにくく偽装してはいるが一応は正門付近に該当するところだろう?」

『うん。せやね。まあ普通の施設なら、正面から敵は来ないやろね』

 

 龍驤は言った。

 

『せやけど、ここは施設が施設やからな。おおっぴらに警備を置けへんねん。結果として正面に最大戦力を置いて牽制しとかんと、裏をかかれかねん』

「こう、戦争に参加した艦としてはどうにも納得しかねるのだが、日本国もこすいことをするな。もうちょっとおおっぴらにこういう研究をしてもいいんじゃないのか?」

『まあ、政治はいろいろあんねん。()()()とまでは言わんが、原子力扱う施設となると、ちょいとな』

 

 そう。この施設は普通の施設ではない。

 かの『陸奥鉄』を使った放射線測定装置のある場所。となれば当然、放射線を測定する必要がある施設となるわけだが。

 原子力発電所の類は、最初から警備が極めて厳重で、敵もそうそう入れない。龍驤がなにをするまでもなく、物理的、呪術的、双方の側面で万全の体制である。

 大学の核物理研究などに使う施設も、大規模なものは警備がかなり厳重。一方で小規模なものは術式のために使い物になるような良質の陸奥鉄が手に入らない……と、こうやって絞っていけば、敵が狙う施設はだいぶ絞られる。ましてや、ここのところ活動しているとおぼしき首都圏に限定すれば……

 

『政府と自衛隊の共同参画による、対A兵器用設備研究施設。ここにはそうとうな量の陸奥鉄が運び込まれとるが、秘匿されてるが故に大規模な警備を置けない。その結果……』

「敵が狙うには、これ以上ないほど都合のいい施設というわけだな」

 

 長門はうなずいた。

 龍驤も同意して、

 

『日本政府にはすでに上申して、ここに緊急の戦力配備を要請しとるねん。せやから、うちらが守らなあかんのはここ数日が勝負や』

「うむ。正面から来た敵はこの長門が叩き潰す。仮に正面から来ない、卑怯者がいた場合は……」

『はいはーい。こちら野分です。侵入者対策トラップ、ばっちり準備済みですよー』

 

 スピーカーから、のんきな声で野分が言った。

 

『のわっち。ばっちりなのはええけど、寿司食いながらしゃべるのは行儀悪いで』

『ウウウウマーイ。え、これシツレイなんです? 最近とろサーモンにはまってまして。ニューロンがスパークするようなエネルギー効率ですよこれ』

『……なんか違法薬物みたいな説明やな、それ』

『アンコもメン・タイも合法なんですよねー、こちらの世界では。成分がクリーンなんでしょうね。まあ私は手を出す気にはなれませんけど』

「雑談はいいが、敵が来てもエネルギー補給が終わってない、などといった事態は避けてくれよ、野分。カンムス=ニンジャとしてのおまえの力量は信頼しているが」

『任せてください! オムラのテックを見せてやりますよ!』

 

 がしゃーん、ういーん、とメカな音が響き、長門はそれを聞いて深くうなずいたが、

 

「…………。

 おい龍驤。少し困った事態だ」

『ん、なんや?』

「気がついたら暗雲が立ちこめている。このままだと雨が来るぞ」

 

 長門の言葉に、龍驤は少し沈黙した。

 雨に濡れてしまう、というような低レベルな話ではない。雨、そして嵐というのは、船たる艦娘とは()()()()根本から相性がとても悪いのである。

 大規模などしゃ降りでもあれば、こちら側の戦闘力を削ぐ可能性がある。それを、長門は言っているのだ。

 ふむう、と龍驤は考え、

 

『天気予報にはなかったな。この雨』

「敵の攻撃、あるいはその予兆か?」

『可能性はある。けど……』

「けど、なんだ?」

『その場合、おそらく来るのは従者の方やな。『語り部』側やない』

「ほう」

 

 長門は腕組みを解かず、言った。

 

「根拠は?」

『天候操作ってな、けっこう難しいんよ』

 

 龍驤は言った。

 

『考えてみい。雲ってのは、まあいろいろ混ざっとるけど、基本的には水やろ?』

「まあ、そうだな。それが?」

『水がふわふわ、お空の上を漂ってるんやで。そのための()()()()()が最低限必要や。このあたり一帯を覆う雲ともなれば、それはもう桁違いのエネルギーを持ってるねん』

「そのエネルギーを捻出するだけの力が必要、というわけか。しかし……」

『しかし、なんや?』

「いや。創作ではよくあるだろう、天候操作能力。物理的には無理なことでも、魔術などといった物理の外の力ならば、なんとかなるのではないか?」

『そこが問題でな。つまり、笹目ちゃん達――オーヴァードの能力は魔術とかと違って、物理寄りやねん。せやから、こんなことは無理や。もしこれが攻撃だとすれば……呼び出した従者が、こういう能力系統だったんやろうな』

「ふむ。警戒するべきか……野分のほうはどうだ?」

『あー、それなんですけどね』

「?」

 

 野分は珍しく、若干早口で言った。

 

『これ、()()()()()()()。間違いありません』

「……根拠は?」

『いえ、その。たいへんな偶然で、どうにも説明しづらいんですけど』

 

 野分は若干歯切れ悪くそう言って、

 

『私の出身地と類似世界観からの従者なんですよ。もっと露骨に言うと、敵は()()()()です』

「ニンジャ……? あの忍者か?」

『あ、この世界で情報アップデートしましたので、言いたいことはわかります。そして違います。ここでのニンジャというのはこの世界での概念ではなく、異世界においてかつてカラテの力で古代日本を支配した超自然的存在(イモータル)のことです』

『うん。何度聞いてもよくわからんなあそれ』

 

 龍驤がぼやいた。

 

『せやけど、つまりニンジャ反応を検知ってとこかね、のわっち』

『はい。アーチニンジャ級、あるいはそれ以上の、強大なニンジャソウル反応を付近に検知しています。おそらくこの雷雲はそのニンジャのジツ……つまり、攻撃であろうと推測します』

「そして、野外にこれだけの用意をしたということは」

『せやな』

 

 龍驤は言った。

 

『敵は正門から、警備をぶち破ってくる可能性が高い! ながもん、いまが召喚の時やで!』

「よかろう。この長門にふさわしいゴージャスな従者を、いまこそ呼び出すとき! 胸が熱いな!」

 

 長門はばっ、と両手を前に差し出し、呪文を唱えた。

 

「混沌を以て秩序を成すべく定められし異界の勇者よ。いまこの呼び声に応え、我が下へ応じよ!」

『よし、打ち合わせ通りの詠唱や! これでここには、ばっちりいまの状況に最適な従者が呼び出されるはずやで!』

「はっはっは! 期待しておこう!」

 

 長門はひとしきり笑った後、

 

「しかしどうだろうなあ。戦闘力とか私でどうとでもなるだろう。やはり幼女が至高なのでは?」

『あっこら、雑念混ぜるな馬鹿! まだ詠唱シーケンスは終わってないんやで――!?』

「え? ――うわっ!?」

 

 龍驤の言葉に首をかしげた長門の目の前に怒濤の光が現れ、それは瞬く間に人型へと収束して――

 

「……うん?」

 

 黒いニット帽。

 黒いジャージ。

 黒いスニーカー。

 少しクセのある赤毛に、真っ白な、磁器を思わせる白い肌。

 そして耳にアクセントとばかりに黄金のピアス。

 そこには、眠たげな紅い目をした一人の美少年が、やや不満げな顔で立っていた。



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第肆話:龍驤ちゃんと『サイレン』(3)

「ほう」

 

 長門は不満げにため息を漏らした。

 

「なんだ男か。帰っていいぞ」

『おい、ながもん!』

「ほう?」

 

 不満げな顔をしていた少年は、そこで少しだけ愉快な顔をした。

 

「なんだ。力がいるんじゃないのか? 我が主とやらよ」

「まあ、そういうことになっている。だがまあ……」

 

 長門は肩をすくめ、

 

「愛でるために現れた幼女ならともかく、子供に戦を任せるわけにはいかんよ。すっこんでろ」

 

 一瞬、少年はなにを言われたかわからないといった表情をした。

 その顔が、次第にほころんでいく。

 

「く、ははははは……っ」

「どうした? なにがおかしい」

「いやいや、なに」

 

 少年は手を振って。

 

 次の瞬間、長門の身体がぶっ飛ばされた。

 

「ぐごあああああああああああ!?」

「よりによって俺をガキ扱いするとはな、主どの。殺されたいか?」

 

 モニター越しにそれを見ていた龍驤は、ため息をついた。

 

『ながもん、アホなことはそこまでにしとき。創作の人物が見た目通りの年齢であるとは限らんっちゅーの、言わんでもわかるやろ?』

「よっ!」

 

 ぶっ飛ばされて地面に倒れた状況から簡単に起き上がり、長門は頭をかいた。

 

「いたた……衝撃で舌を噛んでしまった」

「俺の力場思念(ハイド・ハンド)を真っ正面から受けてそのダメージか。頑丈さだけは評価できるな、主どの」

 

 くつくつ、と少年は笑う。

 その頭の横を、どひゅっ――と、なにかが過ぎた。

 それははるか遠くへと飛んでいき、施設の壁に着弾して爆発四散した。

 

「無礼な小僧だな」

 

 こきこき、と首を鳴らしながら、長門が言った。

 

「しつけがなってないな。まず名を名乗れ。一応戦えるようだが、ガキがなめた口利いてるんじゃない」

「あん? 嫌だね」

「なんだと?」

 

 少年は面白そうに笑いながら、

 

「先に名乗るのは格下からというのが決まりだろう、()()()()()()()。それとも、力では俺に勝っているとでも言うつもりか?」

「……ほーう」

 

 長門の目が輝いた。

 

「どうやら、鉄拳制裁が必要なようだな」

「同感だ。どちらが上か、教えられないとわからんらしい」

『お、おい、あんたら、敵がこれから来るっちゅうのに同士討ちとか勘弁――』

「「後にしろ!」」

 

 二人同時に叫んで、そして戦闘が始まった。

 即座に距離を詰めたのは少年側。異常な速度で長門の前面にたどり着くと、拳を振り抜こうとする。

 長門がそれに対して行ったことは、回避――でもない。防御ですらなかった。

 彼女は一切、攻撃を避けなかった。その拳撃を受けつつ、正面から肩を相手の身体にぶつけていく。

 少年と目が合った。

 が、それも一瞬。かち割るような頭突きが少年の頭にたたき込まれ、二人はお互いにふらついて距離を取った。

 長門は悠然と言った。

 

「ふ……いいパンチだ。ただの筋力ではない、あの念動力で強化したな?」

視経侵攻(アイ・レイド)が効かないか。いや、空回りしているのか? どちらにしろ小娘、おまえも人間ではないな」

「無論だ」

 

 長門は鷹揚にうなずいた。

 

「この私、戦艦長門は鋼鉄の船。そしてそこに集いし戦士達の化身(アバター)である。

 多少人間離れした怪力やら、精神操作やらを使える程度で届く存在ではない。これ以上を見たければ、貴様の本気を見せることだ」

「言うねえ」

 

 少年は、楽しそうに言った。その目の周囲に、ぼっ、と小さな炎が灯って、すぐに消える。

 

「だがそうだな、おまえは思ったよりやっかいだ。だから使ってやろう。

 視経発火(アイ・イグナイト)()()()()()()()()()魔技、貴様に受ける覚悟があるか、長門?」

「誰に向かって物を言っている――小僧!」

「言ったな、小娘!」

 

 少年は笑い、そして即、その紅い目で長門を見据えた。

 そして長門の全身が炎に包まれ――だが、長門は笑った。

 

「は、たしかに火気はやっかいだが……この程度の火力なら、ダメージコントロールはたやすい!」

 

 そして即座に、背負った艤装の砲を少年に向け、

 

「故に、今度は当てる! 撃て!」

 

 爆音が響いた。

 いや、それは音と呼んでいいものだったのか。

 かつて戦艦長門に装備されていた、41cm連装砲。その威力をそのまま内包した射撃――それ自体は、少年はギリギリ、念動力で受け止めたのだが。

 だが、その火力を実現するための炸薬、その炸裂音はすさまじかった。少年の顔が苦痛にゆがむ。

 

「ぐ、がっ……!」

「隙あり!」

「がっ!?」

 

 長門の鉄拳が少年のみぞおちに入り、少年が苦痛のうめきを上げる。

 さらに追撃を仕掛けようとした長門だが、少年はすばやく飛びずさって距離を取った。

 その顔は憤怒と、屈辱にゆがんでいる。

 

「こ、の……『緋眼のゼルマン』相手に……『逃げ』を選択させたか! 小娘!」

「おうよ。そして私は逃げん」

 

 腕を組んで、長門は言った。

 

「なぜならそれが戦艦だからだ! あらゆる攻撃を受け止めて人々を守る、海に浮かぶ城塞、それが私だ! 重ねて問う、ではそれと相対する貴様は何者だ、小僧!」

「面白い!」

 

 ばっ、と少年は構え、そして突撃した。

 途中、長門の顔付近が発火したが、長門は不敵な笑みとともに黙殺。

 ふたりの拳が交錯する――その、寸前に。

 

 

 雷電が、空気をつんざいた。



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第肆話:龍驤ちゃんと『サイレン』(4)

「……おい」

「なんだ?」

「どうしておまえは、俺をかばった?」

 

 長門の下敷きになって、『緋眼のゼルマン』と名乗った少年は言った。

 対する長門は――少年を押し倒した格好のまま、憮然として、

 

「火だ」

「火?」

「ああ。妙に得意げに使ってただろ、火。アレだ。まあ――」

 

 長門は、姿勢を一切動かせない状態のまま、苦笑した。

 

「元の世界ではステータスだったんだろうなと思って、だからたぶん、()()()()()()()()()と類推した。

 そして雷撃というのは熱を発生させる。ならば、私が受けるべきだろう?」

「その結果、おまえは動けなくなっているようだが?」

「やっかいなことに電探に直撃した。しばらくは……平衡感覚に異常が出てな。

 我が従者。悪いがしばらく保たせてくれ。すぐ復帰する」

「……そういうところが気に入らないんだがな。まあいい。俺も反抗期のガキってわけじゃない。

 仕方ないから、代わりに敵は焼き殺しといてやるよ」

 

 憮然とした顔のまま、少年は長門を押しのけて立ち上がった。

 正門の方を見る。そこには、一人の男が立っていた。

 長身である。褐色の肌、白髪に近い金髪、ギリシア彫刻のように眉目秀麗な男。目は灰色。身体のどこにも隙がない、完璧な美男子であった。

 先ほどの、長門と少年の激しい同士討ちに、この男が不意打ちで割り込んだ、ということなのだろうが……しかし。

 

「解せんな」

 

 少年はいぶかしげに、尋ねた。

 

「なぜ、悠長に立っている? 話している間にでも、とっとと追撃すればいいだろう」

「故郷の習俗でね。ニンジャソウル憑依者は、いにしえの戒律に囚われざるを得んのだよ」

「戒律?」

「ニンジャのイクサにおいて、アイサツ前の不意打ち(アンブッシュ)は一度きり。そういう掟だ」

「はン」

 

 少年は鼻で笑った。

 

「ニンジャと来たか。いいね、俺は好きだぜ。神秘的で、()()()()鹿()()鹿()()()

『ピガッ……ガー……ザリザリ……をつけ……気をつけてください!』

 

 先ほどの戦いの余波で沈黙していたスピーカーが回復し、野分の声が響く。

 

『気をつけてください! その男はシバタ・ソウジロウ! 私の故郷の世界において、ネオサイタマの知事代理だった男です!

 それにオムラ・ニンジャソウル検知器にかかったソウル名はゼウス・ニンジャ! 太古のニンジャ伝承に曰く、()()()()()()()()()の中でも最強とされるものです! どうか気をつけて!』

「ほう。私の名前を……それに職業と、ニンジャソウルまで知る者がいようとはな」

 

 正体を明かされたことを一切気にせず悠然と男は語り、それから手を合わせてお辞儀しながら、

 

「ドーモ。アガメムノンです」

 

 と言った。

 一方で少年は愉快そうに顔をほころばせ、

 

「我が主どのよりは礼節を知る敵と見える。いやはや……」

 

 つぶやいて、それから姿勢を正した。

 

「はじめまして、アガメムノン。我が名はゼルマン・クロック。『闘将アスラ』の血に連なる者。黒き血に染まりて八百年もの歳月を得ながら、血の導きを見失って彷徨う未熟者。さらには異界に放り出されて血族の意味も失い、右も左もわからぬ有様だ。我ながら情けないが――」

 

 と、ここでその表情が、怒りと笑いの中間のように変わる。

 

「年端のいかない小娘にかばわれて、平然としていられるほど無様にはなれん。ま、そんなところだ」

「そんなにこだわることかね?」

 

 アガメムノンは、丁寧ながらどこか嘲弄を秘めた口調で言った。

 

「たかだか()()()()の一人、しかも自身を従者として扱おうとするサンシタを相手に義理立てすることもあるまい。幸い、私のデン・ジツはこの状況を打開するに適している」

「なんの話だ?」

「君も従者として呼ばれたならば知っているだろう? 『語り部』の魔術で呼び出された者は、術者と紐付けされている。術者が害されたり、遠くへ行ってしまえば自分が消える故、使役されざるを得ない。絶対服従というわけだ。だが」

 

 アガメムノンは口の端をゆがめた。

 

「ならば()()()()()()()。それで我々は自由だ。今回は術者どのと利害が一致したからこうして出向いているが、なに、所詮私にかかればあんなものは、存在力を保つための電池の一種に過ぎん」

「…………」

「どうかね。君と私は利害が一致しているように見える。ここは手を組まないかね? その術者も電池たる傀儡に落として見せよう。なに、たいした手間でもない」

「ああ、なるほど」

 

 ゼルマンはのんびりと言って、

 

「ガキが。いきがってんじゃねえぞ」

 

 淡々と、罵倒の言葉を吐いた。

 

定命の者(モータル)だと? じゃあさしずめ自分は神の一種(イモータル)か。はは。たかだか寿命の概念から解き放たれた程度で、思い上がったものだな。所詮おまえも俺も人間崩れ。しかもおまえは百年も生きてないと見える」

「…………」

「あげくに、消えるのが怖いなら手を組もう? ああ、まあ、おまえが信用できないって話には完全に目をつむるとしてもだ。この俺が、千年に近い時を生きた吸血鬼(ブラック・ブラッド)が――いまさら、ガキのように命が惜しいと泣きわめくと思ったか。理解者気取りで図に乗るのも大概にしろ、三下」

「どうも我々は、基本的な価値観が異なるようだ」

「そうだな」

「では死にたまえ!」

 

 朗々と叫んだアガメムノンの指先から、突如として雷撃がほとばしった――が。

 それはゼルマンの目の前で四散して周囲に拡散し、流れ弾がスピーカーに当たって今度こそ完全に破壊した。

 

「は――」

 

 嘲弄の笑みを浮かべたゼルマンは、しかしそのまま表情を元に戻し、

 

「違うな。いまのは()()()()()()()の確認……そして挑発か。近づいていたら、俺は蒸発していたわけだ」

「ご明察」

 

 アガメムノンはうそぶいた。その身体から、ばち、ばちという小さな破裂音と稲光が漏れ出ている。

 

 そしてその次の瞬間にはそのアガメムノンの眼前にゼルマンがいた。

 

「な……」

「眠い遅さだ」

 

 ゼルマンは言葉と同時にアガメムノンの目をのぞき込む。視経侵攻(アイ・レイド)。催眠による精神操作はアガメムノンの内なるニンジャソウルに阻まれたが、さらなる隙を作り出すのには十分だった。

 続いてゼルマンは、とっさに反撃のデン・スリケンを放とうとしたアガメムノンの右手を無視し、左肩と右足に力場思念(ハイド・ハンド)で逆方向の回転をかけた。左肩は押し、右足は引く。結果としてアガメムノンは、左足から右肩の軸を中心に見事にスピンし、無様に地面にたたきつけられた。それでも一瞬のニンジャ判断力で、ストンピングを警戒して防御姿勢に入ったアガメムノンだが、

 

「そして甘い判断だ。死ね」

 

 ――その身体が、まるで松明のように燃え上がった。

 

「グ、グワーッ!?」

「雷電なにするものぞ。しょせん物理衝撃だ。力場思念(ハイド・ハンド)の盾すら貫けないものを、どう恐れる必要があるって?」

「おのれ!」

「おっと」

 

 伸びてきたデン・ヤリを、身体を反らして悠々避けるゼルマン。

 そのままカウンターで、ゼルマンは槍のような蹴りを突き込んだ。だがアガメムノンはいない。

 

「ほう」

「死ね!」

 

 電撃崩拳(デン・ポン・パンチ)。致命の雷撃を乗せた形意拳系の縦拳中段突きを、ゼルマンはむき身の片手で止めた。

 バチバチと音がしてゼルマンの手が焦げるが、ゼルマンは豪胆にこれを無視して笑うのみ。その身体から少量の霧が噴き出す。強大な吸血鬼が力を振るう際に現れる、眩霧(リーク・ブラッド)と呼ばれる現象だ。

 

「やはり眠い。我が主の鉄拳の方が十倍重いぞ、若造!」

「おのれーっ! たかだかカトン・ジツの使い手ごときが……!」

 

 アガメムノンは叫んで、やはり電光の速度で飛び退くと、自分の身体を模した電撃の構成体を八体、まわりに作り上げた。デン・ブンシン。それは稲妻が地を舐めるがごとく、方々に散りながらゼルマンに迫る。

 ……が、それはポケットに両手を突っ込んだゼルマンの双眸が光った瞬間、跡形もなく爆散した。さらにアガメムノンの身体も炎に包まれ、絶叫が上がる。

 

「が、ふ、ざ、け……!」

「終わりだ」

「否! 否だ! 栄光ある鷲の一族、この程度で終わるかよ!」

 

 アガメムノンは燃える身体を起き上がらせた。その半分以上はすでに生身ではなく、炭化した部分を補うように電気で置き換えている。ひゅう、とゼルマンの口笛が鳴った。

 

「見直した。面白い技だ」

「そうか。こちらは見抜いたぞ」

 

 アガメムノンは、電撃に覆われた顔をぐぐぐと醜くゆがめた。

 

「貴様のジツは『目』に依存するようだな。ならばこれはどうする!」

「ほう!?」

 

 ゼルマンが目を見張る。

 アガメムノンは、目の前から中心に巨大な光の壁を作ったのだ。否、実際は絶えず動き回る巨大な雷の流れなのだが、あまりにも密度が濃すぎて壁に見えるのである。

 

「かつて胡乱な復讐者と相対したときに用いたデン・スフィアは、残念ながらこのような開けた空間には向かん。が、デン・ウォールならどうかな!」

「…………」

 

 ちっ、とゼルマンは舌打ちした。

 実際、彼は珍しいことに、少しばかり攻めあぐねたのだ――完全なる一枚の壁となって迫る電撃をどうにかする方法は、ある。あるが……

 

「悪いな、待たせた」

 

 声に、ゼルマンが横に視線を向けると、相変わらず倒れたままの長門がいた。

 

「相変わらず動けないようじゃないか、我が主。いいから寝ておけ」

「馬鹿たれ」

 

 長門は不敵に笑った。

 

「隠し切れていないぞ。なんらかのエネルギー補給が足りてないな? 先ほど血と言っていたからには、人間の血といったところか。それが足りないせいで、力を出し切れないのだろう?」

「……忌々しい。否定できないな」

 

 本当に忌々しそうに言ったゼルマンに長門は笑いかけ、

 

「動けないが、砲だけなら撃てる。なにか役に立つか?」

 

 問われたゼルマンは少し考え、

 

「砲というなら、放物線に飛ぶんだな?」

「ああ」

「なら簡単だ。あの壁の向こう、()()()()してくれ」

「心得た」

 

 長門は言って、そして即座に41cm連装砲が火を噴いた。

 つんざく轟音にゼルマンは再び顔をしかめたが、今回は味方だし、すでに経験済みの現象である。ひるむことはせず、事態を見つめる。

 果たして。

 絨毯爆撃によって地面を攻撃されたアガメムノンは、跳躍による回避を選んだ。デン・ウォールの上まで一気に飛ぶ。

 だがアガメムノンは、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「ふん。こざかしい。『目視』するために上に追い出したつもりのようだが――誰がデン・ウォールを一枚しか張れないと言った!?」

 

 そんな言葉とともに、空中に二枚目の光の壁が現れる。

 だがしかし、ゼルマンは軽く笑った。その目の前に、赤い光が灯る。

 

「たしかに、呼ばれたばかりで血が少ないいまだと、連発は難しいが……一発だけならいまでも、()()が撃てるんだよ、馬鹿者」

 

 その言葉と同時に。

 なにもかもを塗りつぶすような巨大な火球が空に現れ、轟音とともにアガメムノンのいた場所を含む、圧倒的な広さの領域を爆発させた。

 その威力は壊滅的。ミサイルの炸裂にも勝るとも劣らないほどの火力が、一瞬であたりを舐め尽くしたのだ。

 最後にアガメムノンは「サヨナラ!」と叫んで爆発四散したのだが、その叫びすら誰にも届かず。

 後には本当になにも――()()()()()()()()すら、残らなかった。

 

「最初から、近くの住宅街への被害を許容すれば撃ててたんだよ、馬鹿が。俺がこれを撃つのをためらっていたのは、一応正義の味方らしい我が主どのに義理立てして、人的被害を可能な限り減らそうとしていただけだ――結局最後まで、彼我の戦力差すら見誤っていたな。アガメムノンよ」

 

 ゼルマンは静かにそうつぶやくと、長門の方を見る。

 長門は、改めて不敵に笑うと、

 

「よい戦いだった。――改めて問おう。名は?」

「ゼルマン・クロック。おまえの従者だ」

 

 簡潔にゼルマンは答え、そして笑う。

 彼はこのとき、本心から喜んでいた。

 それは単に戦いに勝ったからという浅い理由などでは、もちろんなく。

 

(異世界だから、だろうな。久しく失われていた血の導きが――()()()()()()

「喜べ長門よ。どうやら、『闘将アスラ』の血は、おまえと共に戦うことを選んだらしい」



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第肆話:龍驤ちゃんと『サイレン』(5)

 同時刻。

 施設内部で待機していた龍驤達は、長門への通信手段としてのスピーカーを破壊され、仕方なく戦いの趨勢を見守るのみ――では、なかった。

 

「な!? なんですかこれは!」

「おや、戻ってきてしまったか」

 

 驚愕の声を上げた野分に対して、その男は悠然とそう言った。

 その片手は施設の壁につけており、なんらかの超自然力がその手から施設のどこかに送られていることが、野分のオムラセンサーに捕捉されている。

 そして、龍驤はうずくまって、頭を抱えていた。

 

「のわっち……敵襲、や……うぐっ」

「おのれ卑劣な襲撃者ですね! 私がニンジャ対応力維持のために厠……ではなくて便所……ええとニンジャ語彙力が不足してますちょっと失礼。オムラ出版の脳内辞典によれば、そう、お花摘み! お花摘みに出かけている間になんと卑怯な!」

「いやまあ、いろいろ突っ込みどころがあるけど僕は突っ込まないよ?」

 

 若干引き気味に男は言った。

 長身の、西洋系の容姿をした男である。服装は現代風だが、なぜかこの男が着るとどことなく古風な、戦前の様式のようにも見える。雰囲気がそうさせているのか、あるいはなにかの精神攻撃か。

 ともあれ、野分は油断せず、きっと彼をにらみつけた。

 

「龍驤さんになにをしたんですか! あなたも陸奥鉄が目当てなんです!?」

「まあ、そんなところだね。というか君は平気なのかい?」

「はい? なにがです?」

「いや、だからね?」

 

 男はうずくまる龍驤を見下ろしながら、悠然と言った。

 

「そこに陸奥鉄があって術者がいれば、『サイレン』はいつでも発動可能なんだよ。こうやってね。直接触る必要すらない。

 だから君も艦娘である以上、効かないはずがないんだけど……」

 

 そこで彼は首をかしげ、

 

「艦娘なのに効かないんだね、『サイレン』。なんでかなあ」

「まあ、私は艦娘である以前にニンジャですので。ドーモ、モーターノワ……ではなく、野分です」

 

 この世界にニンジャネームの文化がないことを学習していた野分は、途中で訂正してアイサツした。シークレット事務所は地元の人間が実際知っている。ミヤモト・マサシのコトワザである。

 対する男も悠然と、

 

「僕は魔術師ハワード。外の騒動を囮として、陸奥鉄を確保させてもらいに来たよ」

「なるほど! 家に火がついていれば泥棒してもバレにくい、というコトワザ通りですね!」

「いやそんなことわざは聞いたことが……火事場泥棒の話?」

「おっと失礼。脳内辞典を展開状態だと知識人モードになってしまっていけませんね」

 

 野分は言って、脳内辞典アプリをシャットダウンした。

 そして特徴的なモーターカラテの構えを取り、

 

「とにかく! あなたのもくろみもここまでです、魔術師ハワード=サン! モーターカンムスは実際強い。ましてやニンジャソウルが憑依となればモーター理念とニンジャのカラテで百倍です! わかりますかこのさんすうが!」

「いやわからないけど。まあ、アクシデントに対応するには、追加の一手が必要かな」

 

 言ってハワードは、懐から一冊の本を取り出した。

 

「力ある魔導書は、それだけで兵器たり得る。

 今回取り出したるこれは『ケライノーの破片』と呼ばれるもの。さあ、この呼びかけに従い応えよ、アエロー! オキュペテー!」

 

 ハワードの言葉に従って魔導書はひとりでにぱらぱらとページをめくり、そこから二匹の鳥人間のような怪物が姿を現した。

 

「なんとっ! これは『語り部』系ではない召喚のジツですね!」

「その通りだ! ギリシア神話に名だたるハルピュイア三姉妹、その力を見るといい!」

「面白い! ならばモーターカラテの力、お見せしましょう!」

 

 野分はがちゃこん! と靴からローラーを出し、不安定なはずの姿勢から信じがたいほどどっしりした受けの構えを見せる。機械、AI、そして物理学と神秘が渾然一体となったモーターカラテの構えだ!

 最初に動いたのはアエロー。高々と跳躍して野分の顔面に蹴りをたたき込む! だが野分はミニマルな動きでその蹴りをいなすと、左足のブースターからロケット放射! 勢いでたたき込まれるロケット・ケリ・キックがアエローの胴に突き刺さり、アエローは悲鳴を上げて吹っ飛ばされた!

 続いてやってきたオキュペテーは地面を滑るように滑空して野分へとタックルをしかける! だが野分はミニマルな動きでそのタックルを切ると、右足のブースターからロケット放射! 勢いでたたき込まれるロケット・ケリ・キックがオキュペテーの胸に突き刺さり、オキュペテーは悲鳴を上げて吹っ飛ばされた!

 その隙に復帰したアエローが回り込んで空中からのかわしにくいチョップを仕掛ける! だが野分はミニマルな動きでそのチョップをずらし、右手のブースターからロケット放射! 勢いでたたき込まれるロケット・ポン・パンチがアエローの顔面に突き刺さり、アエローは悲鳴を上げて吹っ飛ばされた!

 その隙に復帰したオキュペテーが回り込んで側面から腕を取りに行く! だが野分はミニマルな動きでその手を振り払い、左手のブースターからロケット放射! 勢いでたたき込まれるロケット・ポン・パンチがオキュペテーの肩に突き刺さり、オキュペテーは悲鳴を上げて吹っ飛ばされた!

 その隙に復帰したアエローが正面からストレートパンチ! 野分はミニマルな動きでそのパンチをずらしたが、ロケット燃料がもうない! しかしそこはモーターカンムスである野分、がちゃり、と腰から12.7cm連装砲を取り出し、

 

「ここから先はピストルカラテです!」

 

 叫んで発砲! あまりの威力にアエローの身体が爆ぜる! と同時に、その反動をローラーで制御して推進力に転化した野分は、復帰しようとしていたオキュペテーの首筋にチョップをたたき込んでひるませ、さらに背後に回り込んでつかむと回転ジャンプ! そのまま暗黒カラテ奥義、アラバマ落としで顔面からオキュペテーを地面にたたきつけた! 首筋がごきりと音を立て、オキュペテーは動かなくなった。

 

「どんなもんです!」

「……すさまじいな、艦娘は。こんなのを何人も呼ぶとは、守護者たちもよほど追い詰められていたと見える」

 

 ハワードはつぶやいた。が、その顔に動揺はなし。

 そしてその横に、何事もなかったかのようにアエローとオキュペテーが現れた。

 

「なっ! たしかに倒したはずの敵が……!」

「甘いよ君。この二人の召喚は魔術だよ? それも魔導書の加護を得たものだ。僕と魔導書の力、これが尽きない限り何度でも召喚は行える」

 

 得意げにハワードは言って、

 

「では次だ。さて野分くん、君は何人目まで耐えられるかな?」

 

 

「いや、これで終わりだよ。魔術師ハワード」

 

 

 ぱん、という炸薬の爆ぜる音と共に、ハワードの胸に風穴が開いた。

 

「ば、あ、……え?」

 

 信じがたい、という顔でハワードは後ろを見る。そこには、小型のライフルを構えていままで隠れていた、ヘイヴィアの姿があった。

 

「だいたい、陸奥鉄による『サイレン』を使える魔術師の奇襲なんて、最初から考えられていたことだ。なら、ここの防備を艦娘だけが担うわけがねーだろ。まあ、その『サイレン』が野分に効かなかったのは予想外のラッキーだったけどな」

「…………」

「そこであんたを生け捕りにできればよし。無理なら殺せってのが指示でね。しょせんは魔術師の使い魔、魔術師が倒れれば消える。そうだろ?」

「……そうだな」

 

 ハワードは胸から盛大に流血しながら笑い、ごふりと血を吐き出して、

 

「まあ、いいだろう。今回の陸奥鉄奪取はあきらめよう。元より、情報が漏れていて防備を固められたのが間違いだった」

「…………?」

「『タイコンデロガ』。次なるキーワードを与えておこう。これを手がかりとするもしないも、君たちの自由だ。

 ではまた会おう、艦娘と従者たち。さらばだ」

 

 言ってハワードは、そのまますうっ、と薄くなり、アエローとオキュペテー、二人と共に姿を消した。

 後に残ったのは、数枚の紙のみ。

 ヘイヴィアはため息をついた。

 

「これ、式神とかいうやつか。ほんっとうにオカルト方面は面倒くさいな」

「本体じゃなかったんですねー、あのひと。まあ一応回収しておきますか」

「ダメや! 止まれのわっち、ヘイヴィア!」

 

 言葉に、びくっ、と二人の動きが止まる。

 声を出したのは、ようやくかろうじてといった形で立ち上がった、龍驤だった。

 

「な、なんだよ。なにか問題あるのか?」

「う、うぐぐ頭いたい……! せやけど、ダメや。その紙に触るのはおろか、直視するのもまずい。それはやつの魔導書や。絶対に呪われる」

「魔導書って、『ケライノーの破片』とかいう? え、これって素人お触り厳禁系のブツなの?」

「普通の魔導書なら、そこまででもないねん。けどこれはあかん。やつは名前をごまかしとったけどな、ギリシア系の名前は外のアガメムノンを呪的強化するためと、正体を悟られんためのフェイクや。あらかじめ資料を改めといたうちにはわかる」

「名前をごまかしていた?」

「そうや。その魔導書の真名は()()()()()()。こことは違う宇宙での禁断の大図書館から持ち出されたとかいう、汚染された狂気の塊や。触ったらそれだけで発狂しかねん」

「マジかよ……」

「そしてそれを持っている以上、相手の素性もわかるで。ガブリエルから事前に渡されとった要注意人物のリスト、その中でも上位にあった名前――」

 

 龍驤は、まだ痛む頭をさすりながら、言った。

 

「魔術師ハワード――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。二十世紀を通じて自分の創作した神話の影響力で世界を汚染し続けた、とびきりヤバい思想汚染呪術の大家や。やつがオーヴァード達と組んでいるという情報がわかった。今回はそこで手打ちにせんとあかん……それ以上の追撃は禁止や」

 

 

--------------------

 

 

「ふむ。式神のひとつでも追跡してくるかと思ったけど、反応がないね。存外、あの龍驤とかいう艦娘は魔術師として一流らしい」

 

 同時刻。

 ここではないどこかにいた魔術師ハワードは、そう言って笑った。

 

「これは頭が痛い。わざわざ『レインボーロード』殿から借り受けたアガメムノンまで失いながら、結局陸奥鉄は手に入らなかった。それに、艦娘を生け捕りにする計画にも、弱体化させることにも失敗してしまった。まあ、こうしてみると、誘い込まれたのはむしろ僕の側だったということかな」

 

 独り言のように言ってから、ハワードは脇を見た。

 

「その辺、君はどう思う?」

「さて、どうかしらね」

「つれないなあ。全部わかっていることだろう? 君と従者として契約したときから、僕の運命は君の能力で見通せている。いや、君の能力が僕の運命を定めたのかな? 予言が先か未来が先か、少しばかり興味があるが……」

「そうよ。そして、ならばわかるでしょう? 必要以上の情報開示によって未来を狂わせることは、私にとって本意ではない。『原典』においても、私は最大限の効率を以て目的を達成するためにありとあらゆる無駄を排した。あなたなら知っているでしょう?」

「知っているとも。わざわざ君を呼んだのもそのためだ」

「……言っておくけど、その件に関しては私は、いまでもあなたを憎んでいるのよ。私の望みがなんであったか、あなたは知っていたはずよ」

「だがその望みの結果も、このままでは潰える。何度もした話だろう?」

「そうね」

 

 ハワードと会話した少女は、冷淡にそう言って、そして口を閉ざした。

 ハワードは愉快そうに笑って、

 

「けっこうだよ。最終的に君に背後からナイフで刺されることになろうとも、それはそれでかまわない。それにどんなに君が憎もうと、僕と君の利害は一致している。聡い君は、言われなくとも最大限の効率で僕のために役立ってくれるはずだ。違うかな?」

「そうなんでしょうね、おそらく」

「期待しているよ、我が従者、(そう)()(すみれ)。この世界において、君が、そしておそらくは君こそが最大の毒であり、そして救世主であると、僕は信じている」

 

 ハワードは、邪悪にも狡猾にも、そして爽やかにも見える不思議な笑みと共に、そう言った。

 

 

第肆話、了




おまけ:従者名鑑


No.004 ゼルマン・クロック
出典:「BLACK BLOOD BROTHERS」
術者:長門
属性:Chaos-Evil
性別:男
外見:燃えるような紅い瞳と髪を保つ美少年。どこか肉食獣めいた印象を与える
得意技:戦闘
解説:軍艦の化身、長門の召喚した従者。吸血鬼であるが、伝承にあるような弱点は少なく、銀と炎以外の目立った弱点は持たない。
 齢800を超える古血(オールド・ブラッド)であり、圧倒的な戦闘能力を持つ。念動力(力場思念(ハイド・ハンド))や催眠術(視経侵攻(アイ・レイド))などのポピュラーな魔術も非常に得意だが、なんといっても圧巻なのは見たものを焼き尽くす視経発火(アイ・イグナイト)と、それを極めた『螺炎』。ほとんどの吸血鬼が苦手とする炎を自在に操ることから、原作世界では敵に対して圧倒的優位を誇る。


No.013 アガメムノン
出典:ニンジャスレイヤー
術者:『レインボーロード』
属性:Law-Evil
性別:男
外見:褐色の肌、白髪めいた金髪、彫像のように眉目秀麗な男。灰色の瞳を持つ
得意技:デン・ジツ
解説:本名はシバタ・ソウジロウ。ソウカイヤが健在な頃は知事の秘書として雌伏しつつ機をうかがい、その壊滅後にアマクダリを設立。自分は表に立たずリーダーとしてラオモト・チバを迎え、世界を完全征服するための圧倒的な計画を遂行しようとした。
 特徴はなんと言ってもデン・ジツと呼ばれる、雷を操る強力なジツである。カラテも決して他者には劣らないのだが、デン・スリケンやデン・スフィア、デン・ブンシンといった極度に強力な技の数々には、サンシタどころか、マスター以上の位階のザイバツニンジャでもまともに相手になる者は少ないだろう。


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