ViVid Strike!ーアナザーストライクー (NOマル)
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二人との出会い

令和という訳で、思いきって書いてみました。
アナザーメモリーズの続編、という感じです。終わってない上にまだまだ序盤だというのに……。



 

少年は逃げていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

息を切らしながらも、弱々しく歩き続ける。人一人いない、森の中を、たった一人で。

 

 

――――喰エ。

 

 

脳内に響く、声。もう何度聞いただろうか。

耳を塞いでも、その声は伝わってくる。

 

「もう、嫌だ……イヤダ……」

 

涙を流しながら、少年は拒絶する。しかし、その声は尚も語りかけてくる。少年を誘う様に。

 

 

――――喰ラエ、全テヲ

 

 

 

――――喰ワレル前二、喰エ!

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

夕焼け空。町の全てが橙色に染まっている。その町に位置する公園にて、二人の少女と、数人の子供グループが相対していた。

 

濃い茶髪をポニーテールにまとめている少女は、相手を睨み付けている。その後ろには、白髪の少女が、涙目で怯えていた。

 

「てめぇら生意気なんだよ」

「親無しの癖に逆らってんじゃねぇよ」

「聞いてんのか?えぇ?」

 

相手の一人が、茶髪の少女の胸ぐらを掴む。しかし、少女は怯える様子を見せず、睨むのをやめない。

 

「いいから通せ。ワシらは院の手伝いをしなきゃ飯が食えんのじゃ」

「ご、ごめんなさい……謝るから、もう……」

 

二人の少女は、孤児だった。それ故の差別。

事の発端は、ほんの些細な事だったのだろう。

 

「奢ってやるよ、貧乏人」

 

背の高い少年が、二人の少女の頭に水をかけていく。白髪の少女は更に怯え、茶髪の少女はその表情を怒りに歪める。

 

そして、目前の少年の股間に蹴りを入れた。

 

「なっ!?」

「てめぇっ!!」

 

四人がかりで、やってくる。対して、少女も顔を険しくし、迎え撃つ。

 

――――そこへ、介入する少年がいた。

 

公園を囲う様に設置されている金網。その破れている箇所から、少年は入ってきた。丁度、喧嘩が始まる中央を無理矢理通る。

 

そのせいで、少女達は一歩下がり、少年の一人が尻餅をついた。

 

「うわっ!」

「何すんだてめぇ!」

 

荒い声を聞き、少年は、おぼつかない歩みを止めた。そして、振り返る。

 

裾が破れ、所々が汚れている半袖の衣服。色素の薄い空色の短髪は乱れており、表情も乏しい上、瞳も曇っている。

 

何より目立ったのが、細い左腕に装着されている“腕輪”だ。まるで、動物の顔の様にも思える腕輪(ソレ)は、目に見える部分が青く発光している。

 

「何だ、こいつ」

「きったねぇカッコ」

「こいつも親無しなんじゃねぇの?」

 

突き飛ばされたのが腹に立ったのか、今度は標的を少年に変える。背の高いグループに取り囲まれる少年。恐らく、二人の少女達と同年代だろう。

しかし、少年の表情が変わる事はない。

無のままだ。

 

「おい、何とか言えよ」

「――――減った」

「あぁ?」

「腹……減った」

 

一瞬、目を丸くする少年達。その後、大きく笑い出す。

茶髪の少女は、前に出ようとするも、親友を守る為、動けない。

白髪の少女も、助けたいものの、怖くて動けない。

目の前で、別の誰かが馬鹿にされるのを、黙って見ているしか出来なかった。

 

「おいおい、マジで親無しか!?」

「だっせぇカッコしてるし、絶対そうだよ!」

「それに見ろよ、これ」

「変なモン付けてやんの」

 

次々と少年を侮辱していく。しかし、それでも少年は表情の色を変えない。無反応なのが面白くないのか、相手の一人が、腕輪を目にする。

面白半分で、手を伸ばそうとする――――少年が、右手で叩いた。

 

「なっ、てめぇ!」

 

リーダー格の少年が、拳を振るう。その拳は、少年の頬を叩く。茶髪の少女は悔しそうに歯軋りし、白髪の少女はぎゅっと目を瞑る。

だが、少年は全く動じている様子はない。相手はニヤッ、と笑いながら、もう一度殴りかかる。

 

今度は、当たらなかった。当たる寸前、少年が受け止めたからだ。

 

「こ、こいつ!」

「……腹、減った」

「い、いぃでででっ!?」

 

手首を、握り締める少年。子供の力とは思えない程の握力。まるで、万力で固めているかの様に、じわりじわりと締め付けていく。

激痛に顔を歪ませる相手。その異変に気づき、他の三人も動き出す。

 

「このやろっ!」

「離しやがれっ!」

 

眼鏡をかけた少年が後ろから来る。だが、振り返る事なく、肘打ちで撃退。相手は顔面、特に鼻を強打し、倒れてのたうち回る。

少年は次に、掴んでいた腕をこちらに引き寄せ、そのまま回しながら、帽子を被った少年に、リーダー格の少年をぶつける。

すかさず、一番背の高い少年に飛びかかる。

 

「うおっ!?」

 

小柄な体躯からは考えられない突進に耐えきれず、地面に倒れる。少年は馬乗りになり、襟元を強引に掴む。

やや海老反りになり、勢い良く頭突きを食らわせた。

 

「がっ!?」

「腹、減った……!」

「あぐっ……!」

 

二発目を食らわせた後、乱雑に放る。後頭部を打ち、顔面と後ろの痛みに悶える背の高い少年。

 

立ち上がり、横に顔を向ける少年。先程、放り投げた二人の少年が、地面に投げ出されたままだ。

早歩きで近づき、近い位置にいた帽子の少年を、無理矢理起き上がらせる。動揺する相手の腹に、蹴りを入れた。ごふっ!?という呻き声を漏らし、相手は地面の上を少し滑る。

 

こうして、三人が倒れた。後は――――

 

「腹……減ったんだ……」

 

俯きながら、ブツブツと呟く少年。

その不気味な様子を見て、相手は痛む手首を押さえながら、尻尾を巻いて逃げようとする。

 

――――逃がさない。

 

「うぅ……ゥアアアアアアッ!!」

 

唐突に叫んだと思えば、駆け出し、あっという間に距離を詰める。スライディングで足払いし、転ばせた。

 

相手は四つん這いになり、尚も逃走を行う。少年は、まるで獣の様な叫びを上げながら、がむしゃらに這いずり回った。必死に獲物を捕らえようとする手が、何度も何度も空を切り、荒々しく地面に叩きつけられる。唐突に飛び上がり、相手に覆い被さる少年。

 

「うわっ、うわああ!!」

 

ジタバタともがくも、少年の力には敵わなかった。仰向けにさせ、相手の腹にダイブ。そのまま殴り付ける。

弱った所を逃さず、相手の左腕を右足で踏みつける。痛んでいる右腕を再度握り、右手で相手の頭を掴んだ。

 

「ひっ!」

「腹、減ったんだ……」

「あ、ぁぁ……!」

「肉、喰いたい……だから」

 

――――喰ワセロ。

 

水色の瞳が、赤黒く変色。その獰猛な唸り声に、萎縮してしまう相手。抵抗できなくなった所を見計らい、口を徐に開く。

 

徐々に、近づいていく――――

 

「だ、駄目ぇっ!!」

 

ピタッ、と止まった。

叫んだのは、白髪の少女。茶髪の少女は、驚きながら、振り返る。本人も、無意識だったのか、思わず口を押さえる。

 

しかし、そのおかげか、少年はようやく、目が覚めた。

 

瞳が、水色に戻った。

 

「あ、れ……?」

 

目の前には、ガタガタと震え、今にも泣きそうな顔をしている少年。明らかに怯えているのが分かる。

 

今度は、周囲を見渡す。少女達以外の少年達は、地面に倒れている。だが、自分に対し、恐れを抱いていた。確実に恐怖している。

 

腕輪に視線を落とした瞬間、少年は我に帰り、相手の体から退く。

 

「ぁぁ……俺、おれ……」

 

今、正に、自分は、“人間を喰おう”としていた。恐ろしくなり、その場に崩れ落ちる。

 

「お、おい、行こうぜ……」

「気味が悪ぃよ……」

「あいつ頭おかしいって」

「二度と関わるもんか……!」

 

四人組は、完全に恐怖を植え付けられたらしい。足早に、公園から立ち去っていった。

 

「あぅ……ぐっ、うぅ……!」

 

その場で踞り、唸り出す少年。

空腹で死にそうだ。肉、肉が喰いたい。

でも、人は喰いたくない。食べたくない。

息は荒くなり、苦しみを必死に耐える。

 

「あ、あの……」

「大丈夫、か?」

 

肩を震わせながら、少年は、ゆっくりと振り向いた。

先程の少女達。心配そうな面持ちで、少年に語りかける。

 

「……何でも、ない」

「そういう風には、見えんがの」

「もしかして、お腹、空いてるの?」

「……うん」

「お前、親は?」

「い――――ない……」

 

“いた”――――と言いかけたが、訂正した。自分には、もう家族と呼べるものはいない。

 

“あの人達”は、もう信用できない。

 

だから、ここまで逃げてきた。

 

「じゃあ……ワシらと来るか?」

 

突然の誘いに、戸惑う少年。だが、素直に頷けない。厄介払いされるだろう。

 

「迷惑に、なるだろ……」

「ワシから、院長に頼んでやる」

「きっと、大丈夫だよ」

 

任せとけ、と堂々と胸を張る茶髪の少女。白髪の少女の笑みは、とても愛らしく、どこか安心できる。

 

不思議な事に、空腹が収まった。腹が空いている事に変わりはないが。それでも、暫しの苦しみから解放された。

 

二人の姿が、少年の目には、とても眩しく見えた。その優しさが、ほんの一時の物でも、自分にとっては嬉しかった。

一度顔を反らし、腕で目元を拭う。再度、顔を向ける。

 

「いい、の……?」

「おうよ!」

「一緒に行こ?」

 

差し伸べられた手。少年は、その厚意に甘えた。手を掴み、少年は立ち上がる。

 

「そういや、名前まだ聞いとらんかったの」

 

公園から孤児院に向かう最中、自己紹介を行った。

 

「ワシは【フーカ】じゃ」

「私は【リンネ】」

「オレ――――【アキラ】」

 

明るい夕陽が、三人を照らしていた。

 

 




こちらも不定期更新となります。
ただでさえ遅いので、気を長くして待ってもらえたらなと思ってます。


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アキラとイリス

とある研究施設が、火の海と化していた。

 

「くそっ!なんということだ!」

「まだ“適合者”も見つけられていないのに!」

 

施設内は騒然とし、研究者達は避難を行っている。道具や書類等が地面に散乱、室内を赤いレッドランプの色に染まり、警報が鳴り止まない。

 

「…………」

 

周りが慌ただしく動く中、“ソレ”だけは一人、廊下をゆったりと歩いていた。

 

「ひっ!」

「た、助け――――」

 

“ソレ”と遭遇した研究者達。視界に入った瞬間、その命を奪われる。首を切断、四肢をもがれる等、そのやり方は凄惨かつ残虐だ。“ソレ”は尚も、殺戮を続けていく。

 

悲鳴が鳴り響く施設内。明かりが灯されていない、暗い一室に、黒いケースがあった。

黒一色の無機質な箱。蓋、取っ手すらも見当たらない。もう開ける事がない、或いは開ける事が出来ない様に作られている様にも見える。

 

その中身は、まだ分からない。様々な検査を用いても、内部を調べる事が出来なかった。

 

その研究室にも“ソレ”による破壊の影響が起きた。所々にヒビが入り、やがて部屋全体を覆う。建物が激しく揺れだし、それを合図に、爆発が起きた。

 

『――――緊急事態発生、自動転送(オートテレポート)作動』

 

緊急時に脱出する為のシステムが作動した。しかし、この場から脱する人員は、一人もいない。もう“手遅れ”になったからだ。

 

それに加え、設置されている台から、黒い箱が地面に投げ出される。そのまま転がり、自動転送装置の門――丸い輪の形をした――をくぐる。

 

次の瞬間、研究所は爆発した。

 

 

 

 

壊滅した研究所から一キロメートル離れた場所で、“ソレ”は眺めていた。暫し見つめた後、夜空を見上げる。

 

今宵は半月、それが雲に覆われた。

 

「――――ドコ?」

 

ボソッと呟き、届きもしない月に、ゆっくりと手を伸ばす。徐に、掌を閉じた。

 

「“僕”ハ……ドコ……?」

 

親を探す雛鳥の様に、寂しげな、哀愁漂う存在。

 

次の瞬間、その姿を消した。

 

 

数秒後、一本の“黒い羽”が、地面へと落ちていった。ゆっくり、ゆっくりと……。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

眩い太陽に照らされ、涼しい風で揺れる、大草原。その中心部に、やや大きめのテントが設置されている。その出入口にあるジッパーが開き、中の住人が顔を出した。

 

「ん~~!良い天気♪」

 

淡い赤系統の色をした髪をサイドテールにまとめている少女。笑顔がよく似合う、愛らしい顔立ちで、少女は起きると、外に出て体を伸ばす。

そして、“もう一人の住人”を起こしに行く。

 

中を見ると、住人は寝袋に身を包み、今も眠りについている。

 

「【アキラ】~朝だよ~!」

「…………」

「起~き~な~さ~い~!」

「ぅぅ……」

 

体を揺すっても起きる気配がない。少女は頬を膨らませ、眉に皺を寄せる。 

 

「起きろ~~!!」

「ぶおっ!?」

 

その場からジャンプし、寝袋めがけてダイブ。悶絶しているにも関わらず、少女は体の上に乗り、大きく揺さぶる。

 

「起きろ起きろ~~」

「ってぇ……!」

「あっ、起きた?」

「おい、【イリス】……お前、ちょっとは……優しく、起こせって……!」

「だって、全然起きないんだもん」

 

馬乗りになりながら、寝ている少年――――アキラに対してそう反論する少女――――イリス。

 

眠そうな瞼を擦り、イリスをどかして上半身を起き上がらせる。

 

「服着替えてから、朝ごはん作っちゃうから、ほら外出て」

「分かった分かった……」

「言っとくけど、覗かないでよ?」

「はいはい……」

 

念を押す様に言われ、アキラは返事をし、寝袋から出る。

 

首をコキコキと鳴らし、体をほぐしながら、テントからも出た。

 

 

 

そして、アキラとイリスは朝食をとる。

 

二人の朝は、こうして始まった。

 

 

 

 

テントをしまい終え、荷物をまとめた後、出発する二人。鞄を背負い、楽しげに歩くイリスの後方を、荷物を肩に担ぎながら歩いているアキラ。

 

黒のアンダーシャツを着込み、上に赤いラインの入ったジャケットを羽織っている。暗い色のズボンとブーツも着用しているせいか、着崩した軍服の様にも見える。

そして、バンダナ――市松模様の――を頭に巻いている。

 

イリスはというと、動きやすい桃色のジャケットを羽織り、トレッキングスカートを履いている。

山登りに適した服装をしており、見た目も中々に可愛らしいコーデとなっていた。

 

「丘~を越~え~行こ~うよ~、口~笛~吹きつ~つ~♪」

「朝から楽しそうだな」

「アキラは相変わらず暗いねぇ~」

「うるせぇ」

 

顔を反らし、ブツブツと呟くアキラ。テンションが低い彼とは正反対に、イリスは元気よく歌を歌いながら歩いていた。

 

 

その後も色々ありながらも――イリスが足を滑らせて傾斜面を転げ落ちたり、イリスが大きな鳥に連れ去られそうになったり――無事に丘を越えた二人。

 

「アキラ、大丈夫?息切れしてるけど」

「どっかの誰かさんのせいでなぁ……!?」

「あはは……面目ない」

「……もういい」

 

恨めしそうに見られ、苦笑して反省するイリス。

 

「そんな事より、見て見て!町が見えるよ」

「そんな事て……」

 

はしゃぐイリスを見て、再度ため息をつくアキラ。やれやれ、とイリスの隣まで行き、町を見下ろす。

 

「…………」

 

見に覚えのある、風景だ。それもその筈、自分が育った場所なのだから。一人で旅立つ際、この目に焼き付けておいたから、間違いない。

 

「戻っちまったか……」

 

故郷に帰って来たというのに、嬉しそうではない。アキラの表情が、段々と曇り始める。

 

正直、行くのはあまり気乗りしない。しかし、今更ルートを変更したら、どの町に着くか分からない。着かなければ、また野宿する羽目になる。 

 

「まっ、元々当てもなく旅してる訳だしな」

「アキラ?」

「いや、何でもない。とりあえず、町の方に行ってみようぜ」

「うん!」

 

元気よく返事をするイリス。

 

一泊くらいなら、別に問題ないだろう。一つあるとしたら、“あの二人”と顔を合わせづらい事。だが、そう簡単には出くわさないだろう。

 

そう思い、アキラは歩き始める。

 

「あ~~れ~~!?」

「お前もいちいち面倒かけんじゃねぇええええええええええ!!!」

 

またも坂道で足を滑らし、ローラーの様に転げ落ちるイリス。

 

それを慌てて追いかけるアキラ。全力疾走で、その後を砂埃が巻き起こる。

 

 

 

 

 

こうして、二人は足を踏み入れた。

 

 

 

“獣”が笑い、蔓延る、この町に……。

 

 




主人公の登場です。
アマゾンズの主人公達と比べたら違和感があるかもしれませんが。
変身はもうちょっと先です


4/12 キャラを変更致しました。


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幼馴染との再会

町に到着し、少し散策するアキラとイリス。空は橙色に染まり、夜空に変わるのもあと少し。人通りも、段々と少なくなってきた。

 

「アキラ~、まだ~~?」

「もうちょっと先だ」

「えぇ~~……」

「ぐだぐだ言うなよ」

 

せっせと歩くアキラとは対照的に、イリスは見るからに疲れた様子を見せていた。

アキラは振り返り、重いため息をつくイリスの様子を見る。

 

その時、姿が見えた。

 

あれから何年も経ったが、その面影を忘れる事はない。濃い茶髪をポニーテールで纏め、やや鋭くなった目付きをした一人の少女。少ない人混みに紛れ、どこかへと歩いていく。

 

「……フーカ?」

 

その名を呟いた、アキラ。イリスは訳が分からず、首を傾げた。

 

「…………」

「どうかしたの?」

「悪いイリス、ちょっと寄り道する」

「えっ、アキラ!?」

 

気になってしまい、アキラは幼馴染の後を追いかける。イリスも慌ててついていった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――弱いせいで何かを失うのは、もう嫌じゃ――――

 

 

 

夜に包まれた街中。建物の街灯のみが照らしている。

 

夜道を、一人の少女が歩いていた。歩みは止まらず、光ある町から、段々と遠ざかっていく。眼光は鋭く、表情は陰がかかっていた。

 

そして、少女の視線の先。

 

明るい町の外れにある広場。数台のバイクが待機しているそこは所謂、不良の溜まり場となっていた。ガラの悪い男達が(たむろ)しており、そのグループのリーダー格の男が、廃車に腰かけていた。目の前には、二人の男が正座している。

 

「っ!」

 

いきなり駆け出し、不良グループ達へと一直線に向かう。凄まじい早さで、一気に距離を詰めた。

漸く、リーダーを始めとしたグループは、少女の存在に気づく。リーダーは咄嗟に、持っていた飛び道具を構え、射出する。

だが少女は、それを持ち前の反射神経で回避。右手に、青色の淡い光が纏わせる。

 

「うぉあああああ!!」

 

雄叫びを上げ、リーダーの顔面に拳をぶつけた。廃車の窓ガラスも割れ、リーダーは一撃で倒れる。更に少女は、傍にいた不良の一人に、蹴りを入れる。

 

そして、廃車の上で立ち上がる。

 

「いい加減、こっちも迷惑しとるんじゃ!」

 

殴り込みに来た少女は、苛立ちを露にし、叫ぶ。

他の不良達も動き出した。一人が、バットを振りかぶり、勢いよく振り下ろした。だが、それは空を切る。廃車の表面が凹み、窓ガラスの破片が舞い散るだけに終わった。

少女は、すかさず一撃を入れ、次の攻撃に出る。ひたすら、殴る、蹴るの連続。背後からの奇襲も、何とか応戦する。

 

数十人の不良に囲まれながら、臨戦態勢を保っている少女。

 

「貴様らのせいで、せっかくありついた運送の仕事もクビ直前じゃ!」

「ざ、ざけんじゃねぇ!」

「元々は、てめぇが――――」

「殴りかかってきたのは貴様らじゃろうが!殴り返して何が悪い――――」

 

言い合いをしている少女。その背後に、鉄パイプを持った男が忍び寄る。少女はまだ気づいていない。

男は振りかぶり、振り下ろそうとする――――瞬間、一つの影が飛び出し、男めがけて飛び蹴りを食らわせる。顔面を蹴られ、男は吹き飛ばされた。

 

「ぶほぉっ!?」

「ぐあっ!」

「あがっ!」

 

近くにいた男達も巻き込み、地面の上を転がる。突如、現れた乱入者により、周りに動揺が生じた。

フーカも慌てて後ろを振り返る。ジャケットを羽織り、フードを深く被った少年が立っていた。よく見なかったが、バイクのライトに照らされ、その顔立ちを目にする。

 

「な、なんだこのガキッ!」

「そいつの仲間かっ!?」

 

その面影を、一度たりとも忘れる事はない。袂を分かってしまった“少女”と同様、幼馴染である少年が、そこにいた。

 

「アキラ、か……?」

「――――よう、フーカ」

 

名前を呟く少女――――フーカ。そんな彼女に声をかけるアキラ。

何年ぶりかの再会を果たした二人。驚く最中、アキラの背後に、不良の男が迫り来る。

 

「おらぁっ!」

「アキラっ!」

 

しかし、アキラは背後からの突進を、屈んで回避し、足を引っかける。そのまま男は前へ転び、アキラは蹴りを入れた。

アキラは止まらず、近くにいた不良に肘鉄をお見舞いする。

 

「このクソガキッ!」

 

特に大柄な男が、アキラに襲い掛かる。太い腕を振るうも、難なく回避していくアキラ。そして一瞬の隙をつき、腹に一撃、拳を入れる。

 

「ぐおっ!?」

 

それだけでは終わらない。

二撃、三、四、五、六と、連続で殴打。殴ると共に鈍い音と、呻き声が鳴る。次は顎をフックで殴り、相手はよろける。その場で屈み、宙返りしながら蹴り上げた。

巨体が僅かに浮き、ドスン!と地面に落ちる。

 

「う、嘘だろ……」

「あり得ねぇ……!」

 

信じられない、と言わんばかりに茫然とする不良達。幼馴染であるフーカも、驚きを隠せずにいた。

 

獰猛な獣を思わせる眼光で、睨みを利かせるアキラ。それに(おのの)く不良達。

跳躍し、前方にいた不良に、膝蹴りをお見舞いする。次に、隣にいた不良を殴り倒した。

 

「こ、このっ!」

 

掴みかかる男の手をかわし、逆に腕を両手で抱えるアキラ。

ゴギッ!と、骨が折れた。

 

「があああっ!!」

「や、やめろ――――」

 

腕を折った後、次の男を捕まえ、うつ伏せに倒れさせる。片足を掴み上げ、思い切り上へと持ち上げた。

 

「ああああああ!足がぁっ!!」

 

無理矢理脱臼し、悶え苦しむ。

殴りかかる者もいるが、アキラは腕を掴んで背負い投げ。地面に倒した直後、顔面に拳をぶつける。こちらは、鼻を折られた様だ。

 

カウンターを交えながらの戦闘。何らかの格闘術を身に付けているのが分かる。只者ではない、と悟ったのか、不良達の勢いも薄れていく。中には、骨折や脱臼の痛みに苦しんでいる仲間を見て、青ざめている者もいた。戦いに入れば、只ではすまない。

 

突然、サイレンが鳴り始める。見回りの警備隊が駆けつけた。

 

「来たか――――行くぞ、フーカ」

「ちょっ!?」

 

茫然としている幼馴染の手を引き、アキラはその場から逃走する。動揺している不良達の間を走り抜け、イリスと合流する。

 

「アキラ!お巡りさん、呼んどいたよ!」

「よくやった!逃げるぞ!」

 

予め、イリスに頼んでおいたのだ。時間稼ぎを成し遂げ、その場を後にする。

 

 

◇◆◇◆

 

 

三人は、暗い森の中を進んでいき、ゆっくりと立ち止まる。

フーカの手を取り、遠くまで逃げ切ったアキラ。イリスも疲れきったのか、息を荒くしている。

 

「はぁ……はぁ……もう、歩けない……」

「ここまで来れば、もう大丈夫だろ……」

「……アキラ」

 

ふと、名前を呼ばれた。

振り返るアキラ。息を整えたのか、フーカは無言で、こちらを見据えている。

数年ぶりに再会した幼なじみ。だというのに、その間に会話はない。未だに沈黙したままだ。

二人の様子を見て、イリスはまたも訳が分からずに首を傾げていた。

 

「えっと……久し振り、だな――――」

「この……」

「ん?」

「馬鹿野郎ぉおおおおおお!!」

 

渾身の右ストレートが、アキラの左頬を貫いた。

 

「ぶほぉっ!?」

「アキラッ!?」

 

間髪入れずにぶん殴られ、アキラはそのまま地面に倒れる。イリスが狼狽えている中、フーカは倒れている彼の上で馬乗りし、襟元を掴む。

 

「何も言わずに出ていきおって!院のみんながどれだけ心配したと思っとるんじゃ!?院を出て、バイトしながらお前の事を探し回ったけど、どこにもいなくて……一体どこほっつき歩いとったんじゃコラァ!“アイツ”も変わっちまったし、お前もお前で突然、どっか行っちまったし……」

 

強引に揺さぶりながら、思いの丈をぶつけるフーカ。最初は勢い付いていたが、それが段々と小さくなっていき、叫びが呟きになっていく。

 

「ワシは……」

「あ、あの……」

「なんじゃっ!!」

「ひぃっ!お、落ち着いて落ち着いて!?」

 

恐る恐る声をかけると、フーカに怒鳴られてしまったイリス。あまりの迫力に、思わず尻餅をついてしまう。

 

「その、アキラが……」

「…………あっ」

 

促されて、アキラの方を向く。

先程のパンチに加え、前後に振り回されたせいか、既に目を回している。

 

「お、おい!起きんか!」

「ちょいちょいちょいちょい!死ぬ死ぬ!それ以上はヤバいって!?」

 

イリスの制止も聞かずにバシバシ!と往復ビンタで頬を叩くフーカ。それでも、アキラは起きない。寧ろ、両頬が赤く腫れ、完全に白目を向いている。

今日の寝床は、アキラが知っている。その彼がこんな状態だ。

 

「どうしよう……アキラがいないと、場所がわからな――――」

 

急に不安になるイリス。暗い森の中を見渡すと、視線を一点に止めた。

 

「あっ!あった!」

「えっ、何が?」

「目印だよ、目印!ほらっ!」

 

はしゃぐイリスが指差した方向。それを見ると、木の板が釘で木に打ち付けられていた。それには、矢印が記されており、よく見ると、向こう側にも同様の木があった。

 

「アキラが目印を付けてあるって言ってたんだ!よかった~」

「お、おい!ちょっ、待たんか!」

 

一人で先に進むイリス。アキラをここに置いていく訳にもいかず、フーカは渋々、背負っていく事にした。

ずっしりとした体重が、彼女の体にのし掛かる。

 

「こ、こいつ……重っ……!」

 

バイト等で、力仕事には慣れている。しかし、同い年とはいえ、男子の体は重い。何とか踏ん張り、イリスの後を追いかけていった。

 




アキラの服装は、駆除班と同じデザインです。


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久々の語らい

今日の宿泊場所に向け、イリスは目印を頼りに進んでいく。

その後を、フーカはアキラを背負いながらついていった。

 

「ど~こっかな~~?」

「おい……まだなんか……!?」

「う~ん、もうちょっとだと思うんだけど……」

「そ、そうか……」

「分かんないけどね」

 

イリスの言葉に、フーカはガクッ!と転びかける。会ったばかりの少女に呆れながら、フーカはアキラを背負い直す。

 

その際、彼の吐息が首筋にかかった。背筋に、電流が走った様な感覚に襲われる。

 

「っ!?」

「ん?どうかした?」

「いや、何でも、ない……」

 

そっぽを向くフーカ。頬が微かに赤くなっている事に気づかず、イリスは再度、前を向く。

 

「そういえば、まだ名前言ってなかったね。私の名前は、イリス」

「あ?ああ……ワシはフーカ・レヴェントン。フーカでいい」

「うん、フーカ」

 

改めて、自己紹介を互いに行う。

 

「なぁ、イリス」

「何?」

「その、なんじゃ……こいつとは、どれくらい一緒にいるんじゃ?」

 

おずおずと、小さめの声量で尋ねるフーカ。突然の質問に、イリスは目を丸くする。

 

「どれくらい……う~ん、一年近くになるかな?」

「そうか……その、こいつとはどこで知り合ったんじゃ?」

「そうだね~」

 

アキラが自分の前から姿を消してからおよそ二年が経過。その間、何をしていたのか?

ふと気になり、フーカはアキラの旅仲間らしいイリスに問いかけた。

 

「初めて会った時は、よく覚えてる。何ていうか……“運命を感じた”的な?」

「えっ……?」

「まあ、そんな大した出会いとかじゃなくてね。初めて会って、なんか意気投合して、そんじゃ一緒に旅しようぜ!みたいな感じで、今に至る訳です!」

「いや全然分からんぞ!?」

「あっ!もしかしたらあそこがそうかも」

「って聞かんか!」

 

話をはぐらかし、フーカを軽く無視して、イリスは目的地らしき場所を発見。

 

森林の中、ポツンと建てられている、小さな山小屋。一階建ての山荘にも見える。

 

表情を明るくし、イリスは山小屋に駆け寄る。ドアノブに手をかけ、そのまま扉を開けた。

 

「ごめんくださ~~い!って、誰もいないよね」

 

中は暗闇に包まれており、奥行きが見えない。イリスに続き、フーカも徐に入る。

手入れがされておらず、埃やら蜘蛛の巣やらが、あちこちに蔓延っていた。

 

「なんじゃこりゃ……汚いのう」

「そりゃあ、一年以上も放置してればこうもなるって」

「一年でこんなにか――――ん?」

 

耳元で、声が聞こえる。少し横目で見ると、気絶していた筈の幼馴染が、パッチリと目を覚ましていた。

 

「でも、雨露くらいはしのげるだろ」

「……おい、お前いつから目ぇ覚めとったんじゃ?」

「“ど~こっかな~~”って言ってたとこ」

「とっとと降りんかっ!」

「ぐおっ!?」

 

背負った状態から、仰向けで地面にダイブ。背負われていたアキラは、少女の体重がのしかかり、背中に受ける衝撃が倍増。呻き声を漏らし、その場でのたうち回る。

 

「いっづ……!フーカお前、何すんだいきなり!」

「やかましいっ!起きとったんなら自分で歩け!」

「んだよ、助けてやったってのに」

「ふん!余計なお世話じゃ」

 

プイッと顔を反らすフーカ。やれやれと言わんばかりに、アキラは未だに痛む尻を擦っていた。

 

「おい、どこ行くんだ?」

「どこって、バイト先の寮に帰るんじゃ」

「て言っても、今日はもう遅いよ?暗い森の中じゃ寒いし、迷うし、その上飢え死にしちゃうかも」

「飢え死にって、大袈裟じゃな」

「別に大袈裟でもねぇよ。実際、樹海に迷い混んで生死をさ迷った事あるし」

「マ、マジか……?」

「「嘘だけど」」

「じゃと思ったわ!」

 

大声で怒鳴り付けるフーカ。しかし、アキラは聞く耳もたず、寝床を確保する為、軽く床を掃き、その上に寝袋を敷く。イリスも自分の分の寝袋を取り出す。そしてもう一つの寝袋を、フーカに手渡す。

 

「はい、フーカの分」

「あっ、いやワシは……」

「いいからいいから。ね?」

「…………」

 

念を押す様に言われ、フーカは渋々、それを受け取るのであった。

 

「すまんの……」

「気にしないの。アキラの友達だっていうんなら、私にとっても友達だし」

 

ニコニコと、笑顔を絶やさないイリス。人懐っこい彼女に戸惑いながらも、フーカは微笑む。

 

「そういえば、やっぱアキラとフーカって知り合いとかなの?」

「ん?ああ、まあ幼馴染というか」

「同じ孤児院で育った(もん)同士じゃ」

「へぇ~、そうなの」

 

興味津々と言った感じで、二人に質問するイリス。それから二人は、交互に話し出す。

院のみんなは元気にしているか。今まで、どんな風に過ごしてきたか、等。

寝袋に入りながら会話していると、イリスはニヤニヤしながら質問する。

 

「それでそれで?お二人の間にはもっとないの?」

「「何が?」」

「ほら、幼馴染の関係から、男女の関係にランクアップした、とか」

「「何で?」」

「何でって、お互いに意識し合うみたいな事は――――」

「「ない」」

「あっ、そうですか」

 

即答で否定するアキラとフーカ。

これ以上は無意味と判断し、イリスは閉口する。

 

「はあ……今回の喧嘩で、クビになるのは間違いないのぅ……」

「お前さ、昔っから喧嘩っ早いよな。もうちょっと自制しろよ」

「お前に言われちゃあ、おしまいじゃな……」

「んだよ」

 

双方、ぶっきらぼうな口調で語り合う。だが、気兼ね無く話せているのは確かだ。

寝転びながら、イリスは傍観している。

 

「何だかんだ、やっぱ仲良しなんじゃない二人共」

「ただの腐れ縁じゃ」

「まあな。あと、“二人”じゃない――――“三人”だ」

 

その言葉に、フーカは固まる。

イリスは首を傾げ、アキラは横目で、フーカを見据えている。

 

「三人?もう一人いるって事?」

「なあ、フーカ……リンネは、どうしてる?」

「…………」

「フーカ?」

「リンネは……あいつは……」

 

それ以上、言葉が紡がれる事はなかった。逃げる様に、フーカは寝袋に潜り込む。

 

「すまん……これ以上は言えん」

「……そうか」

 

寂しげな背中を見て、アキラはそれ以上、何も言わなかった。やがて、明かりを消す。

 

(幼馴染、か……ちょっと羨ましいかも)

 

真っ暗となった小屋の中。イリスはふとそう考え、そのまま眠りに落ちた。

 

「――――アキラ、起きとるか?」

「……なんだよ?」

 

不意に、小声で話しかけられた。

横目で見ると、フーカが寝転びながらこちらを見ている。

 

「どうした?」

「いや……その、この町には、どれくらいいるんじゃ?」

 

目を反らしながら、ボソボソと問いかけるフーカ。怪訝に思いながらも、それに答える。

 

「ん~、今の所は、どっか行く予定ないからな。しばらくはいるつもりだけど」

「ふぅん……そうか」

「なんだよ急に?」

「別に……。にしても、こんな小屋よく知っとったのぉ」

「院を出た後、“先生”からもらってな」

「先生って、“おっちゃん”の事か?」

「おう」

 

この小屋は、“アキラを引き取った人物”が、別荘として利用していたもの。亡くなる前に許可を得て、アキラは一時期、住居として住んでいた。

 

「それと、院のみんなにちゃんと会いに行けよ?心配かけたんじゃからな」

「分かってるよ」

「ならいいんじゃ」

 

用件だけ述べ、フーカは背を向ける。何だったんだ?と思いながらも、そろそろ睡眠に入る。

 

「ああ、そういえば」

「なんだよ?」

「お前、寝る時“ソレ”取らんのか?」

 

もう一度、こちらに顔を向けるフーカ。指差しているのは、アキラが頭に巻いているバンダナ。久しぶりに会った際にも、気にはなっていた。

しかし、これから寝るというのに、外さないのだろうか?

バンダナを指摘されると、アキラは更に目深に被り直した。

 

「……別にいいだろ」

「ふ~ん…」

 

そう言い、こちらに背を向ける。確かに人の自由だ。それ以上は何も言わず、フーカは眠りにつく。

 

アキラは暫く、額部分を押さえていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

警備隊から逃げ延び、路地裏に逃げ込む不良達。息も絶え絶えで、壁にもたれかかる。二人は、フーカと口論になった男達。もう一人は、同じ不良仲間。この男だけ、二人とはまた違う疲労感を見せていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

服は汗で濡れ、皺が出来るくらいに胸を押さえている。息も荒く、何かに耐えている様に見えた。

 

「くそっ!お巡りに見つかるなんて」

「全部あのガキのせいだ!今度会ったら、タダじゃおかねぇ……!」

 

苛立ちが募り、近くにあった空き缶を乱暴に蹴り飛ばす。カラン、と音を鳴らし、最後には、“何か”にぶつかった。

 

「あっ?何だありゃ?」

 

影に隠れて、姿は見えない。目を細めてみても、全貌がはっきりとしない。

 

――――突然、“ソレ”はこちらに顔を向けた。

 

町から射し込む灯りによって、その全貌が明らかとなる。

 

「う、うわぁっ!?」

「ば、バケモン!?」

 

昆虫特有の鳴き声を鳴らし、こちらに歩み寄る一体の怪物。毛皮が生えており、節足動物の様な足が数本伸びている。

 

一言で言うなら、“蜘蛛”。それに似た怪物だ。

 

腕に、特徴的な腕輪を着けていた。顔にも見えるソレは、赤く発行していた。

 

突然、怪物が口元から白い糸を射出。勢い良く飛び出し、不良の一人の首に巻き付く。

 

「ぐえっ!?」

 

糸を掴み、そのまま素早く後退する。不良の男も必死に抵抗するが、有り得ない程の怪力には敵わない。前のめりに倒れ、そのまま引き摺られていった。

 

「うわぁあああああ!!」

「あっ、あっあぁぁぁぁ……!」

「や、やめろっ、おい、やめ――――」

 

グジュ――――と、肉が裂ける音が鳴った。断末魔が、その場に鳴り響く。

 

目の前で行われている“怪物の食事”。それを目の当たりにし、もう一人が逃げ始める。足がおぼつき、腰を抜かしてしまった。そのまま後退り、逃走する。

 

トスッ、と何かにぶつかる。慌てて振り返ると、表情が固まった。

 

「お、おい……お前……」

「腹……減った……」

「おっ、お、お前も……!?」

 

仲間である筈の男が、そこにいた。しかし、かつての面影が微塵も残されていなかった。

何故なら、そいつも“腕輪を付けた怪物”だったからだ。

 

――――肉、喰イタイ……。

 

もう一人の断末魔が、鳴り響いた。

 

今宵も、獣が、肉を貪り食らう。

 



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狩人の到着

翌日、日差しを浴びながら、目を覚ます。寝袋を片付け、イリスは一人、外に出る。

 

「ん~~……!今日もポカポカ良い天気だ」

「おはようじゃ」

「あっ、おはようフーカ。結構早起きだね?」

「バイトの都合で、早起きせにゃならん事が多いからな」

「そっか」

 

どうやら、フーカも早起きしたらしい。テントから出て、二人は日の出の光を体に浴びる。

 

「それにしても、意外だね」

「何がじゃ?」

「てっきり、幼馴染同士でくっつくかと思ったのに」

「ちょ、まだ言うんか!?」

 

昨日と違い、顔を仄かに赤くするフーカを見て、意地悪な笑みを浮かべるイリス。

 

「あれれ?なんか慌てちゃってる?昨日あんな事言ってたけど、心の中ではもしかして――――」

「いやいやいやいや違うんじゃ!お前さんが急に、変な事言い出すからっ!?」

「そんなに慌て出すと、余計怪しいぞ~?」

 

ぐぬぬ、と口を閉じるフーカ。これ以上開口すれば、余計な事まで口を滑らせてしまうかもしれない。イリスのペースにはまってはならないと、顔を背ける。

 

「何度も言わせん事じゃ!あいつは、ただの幼馴染!それ以外に何もありゃせん!」

「ふ~ん……じゃあ私の思い違いか」

 

腕を組み、そっぽを向くフーカ。からかい終わったのか、イリスは追及を止めた。そしてふと、昨日の事を思い出す。

 

「ねぇ、昨日の事なんだけど、もう一人の幼馴染って……」

 

イリスが、次の話題を振る。その途端、フーカの表情が変わった。強張り、どこか暗い。

 

「――――いや、やっぱ何もない」

「……すまんの」

「ううん。私も軽々しく聞いちゃって、ごめんなさい」

 

流石に踏み込み過ぎたか。空気を読んで反省し、イリスは口を閉じる。

 

「その、なんじゃ……お前さんは、どう思っとる?」

「ん~、アキラの事?」

「お、おう」

「そうだねぇ……“――――”」

「えっ?」

 

イリスの言葉に、フーカは固まる。

 

すると、テントから欠伸が聞こえた。

 

「あっ、起きたかな?寝坊助さん?」

「ぁぁ……おふぁああ~~……よ」

 

まだ寝ぼけているのか、欠伸混じりの挨拶をする。イリスは苦笑し、朝食の準備に取りかかる。

 

「ほら、フーカも食べてってよ」

「いや、ワシはもう」

「いいからいいから」

 

イリスに強引に押し切られ、朝食を共にする事に。パンと焼きベーコンとスクランブルエッグというメニューで食事した。

フーカとイリスが舌鼓を打つ中、アキラはというと、まだ寝ぼけている。

 

「もう~ご飯くらいちゃんと食べなよ」

「ああ、うん……ちゃんと……食べる……」

「はぁ、しょうがないな」

 

見てられなくなったのか、イリスは自分の分を平らげ、アキラの食器を掴む。そして、そのまま食べさせた。

 

「はい、あ~ん」

「あむ……」

「ほら、目を開けて。ちゃんと食べる」

 

フーカは目を丸くし、アキラの介護をするイリスを見ていた。

 

「のぅ、時にイリス」

「ん?」

「こういう事は、しょっちゅうあるんか?」

「いや、いつもじゃあないかな?彼、たまに寝付きが悪い時があるから」

 

仕方なくやっている、というイリス。しかし、楽しそうにも見え、母性らしき感情を思わせる。

 

(やはり、さっき言っとった事は……)

 

先程、イリスが言っていた事を思い出すフーカ。少し、“焦り”を感じた。

 

(――――いや、な、何を考えとる!?)

 

首を振り、思考を中断して、食事を続けるフーカ。

 

やがて朝食を終え、食器を洗い、後片付けを行う一同。

 

「じゃあな。ワシはここで」

「もう行くのか?」

「ああ、早う顔出さなきゃいかんからの」

「確か、下宿先に行くんだったか?」

 

もう少し引き留めようとしたが、フーカは構わずに、踵を返す。

 

「ほらっ」

「んっ?」

 

鞄からハンバーガー――町に来る途中で購入した――を二個ほど取り出し、投げ渡す。一瞬戸惑うも、何とかキャッチするフーカ。

 

「一応それでも食っとけよ」

「ああ、悪いのぅ」

「腹を壊したりはしないと思う」

「どういう事じゃコラ」

「まあ大丈夫だって」

「まったく」

 

軽食を受け取り、ポケットにしまう。

 

「またね、フーカ。今度はもっとお話しようね?」

「おう、また来るけんの」

 

バイバイ、と手を振るイリスに、手を振り返すフーカ。

 

「ちゃんと院の先生に挨拶しに行っとくんじゃぞ?分かっとるか?」

「分かってるっつうの」

 

念を押す様に言われ、投げやり気味に言い返すアキラ。

そして、フーカはその場を後にした。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

人一人いない、とある草原。太陽が照り、草花が風で揺れている。実に、穏やかな空間。

 

だが、そこに異変が起きた。

 

突然、バチバチと、電流が迸る。やがて強くなり、その場が一気に強風で吹き荒れる。それだけでは終わらない。

空間が、歪み始めた。小さな点が、唐突に現れ、段々大きくなっていく。穴が広がっていく最中、その奥から、“ソレ”がやって来た。

 

“ソレ”は、空間の穴から飛び出し、急速に停止する。屋根が付属している、大型の二輪バイク。そのバイクが草原に到着したと同時に、空間の裂け目が狭まり、何事もなかったかの様に、元通りとなった。

 

「――――到着っと」

 

バイクに搭乗している一人の青年。深緑色のフード付コート、やや傷が入っている黒のジーンズ。

青年は、被っていたフードを脱ぎ、バイクから降りる。

色素のない、肩まで伸びた髪。端正な顔立ちだが、格好のせいか、どこか無気力な印象を与える。

すると、唐突にバイクが輝きだした。光に包み込まれ、瞬く間に収縮。気がつけば、掌サイズの端末に変化した。

 

「さて、行こうか」

 

荷物を肩に背負い、青年は歩き出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

朝食を食べ終えた後、後片付けを行うアキラとロア。沸かしておいたお湯で食器の汚れを流し、布巾で拭き取る。

あっという間に終わり、少しのんびりとする二人。

 

「院の方には、少し休憩してから行くとするか」

「アキラが、お世話になった所?」

「ああ、そうだ」

 

小さい頃、偶然にもフーカと“もう一人の幼馴染”――――リンネと出会い、その流れで、孤児院に住む事になった。話しにくい事情を無理に聞く事をせず、院長は快く受け入れてくれた。他の子供達とも仲良く過ごす事も出来、年下の子供達からは、兄の様に慕われる様になった。

やがて、自分が引き取られた時も、度々会いに行っていた。

 

そんな矢先、何の言葉も言わずに、院から姿を消してしまった。

 

「今更かもしれねぇけど……せめて顔くらいは出した方がいいのかもなぁ」

 

ポツリ、と感慨深く呟いた後、アキラは起き上がる。

 

「せっかくだし、何かお土産っぽい物を渡そう。うん、それがいい」

「お土産っぽい物?」

「という訳でイリス。何か、チビっ子達が喜びそうな物出して」

「それ、会った事すらない私に聞く?」

 

やや呆れて返事しながら、イリスは鞄の中を探る。

 

「う~ん……食べ物系はないし、あるとしたら、ガラクタばっかりだ」

「おい、人が作ったもんをガラクタ言うな」

「ごめんごめん。でも、本当にないよ?」

「マジかよ。なら、町で何か買っていこうか」

「お金は?」

「多分、大丈夫だろ。多分……うん、その筈」

 

と言いつつ、目を泳がせながら、財布の中身を確認する。まあまあ、貯えはないこともない。一先ずは、安堵する。

 

「ちょっと散歩してくるよ」

「あんま遠く行くなよ?」

「分かった~」

 

アキラにそう告げ、外に出るイリス。森の道を抜け、河原に辿り着いた。

川は涼しげなせせらぎを耳にしながら、近くの小石に座り、ゆったりと風景を眺める。

 

「んっ?」

 

何の気なしに、川へ視線を向けた。

すると、上流から“黒い箱”が流れてきた。擬音を付けるなら、どんぶらこ、どんぶらこ、であろうか。

やがて、その黒い箱は、岸にて停止する。

 

「これ、なんだろう?」

 

歩み寄り、イリスはその箱を拾い上げた。

何の変哲もない、金属製の箱。それをもったまま、じっと見つめる。

 

 

 

――――トクン、と、箱の中で、鼓動が鳴った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

森を抜け、街中を歩くフーカ。

 

「まさか、またアイツと会う事になるとはの」

 

ポケットに手を突っ込みながら、息を漏らす。

町の不良達との喧嘩を買い、乱闘していた最中、予想だにしない再会を果たした。

長い間、顔を見ていなかったにも関わらず、瞬時に理解できた。自分の幼馴染だと。

 

リンネと仲違いしてしまい、自暴自棄となって喧嘩に明け暮れた生活を送っていたフーカ。

そんな彼女の前に、彼が現れた。もう一人の、幼馴染が。

 

「まあ、一発殴れたから、良しとするか」

 

いつかまた出会えたら、一発ぶん殴る。速攻で叶い、心がスッキリした。

 

「じゃが……イリスと一緒か」

 

知らぬ間に、自分の知らない相手と旅をしていた。一年近くも一緒だったとのこと。今朝も、親しげに接していた。

 

 

少し、モヤっとしてしまった。

 

 

すると、腹の虫が鳴る。

 

「さっき食べたばっかじゃのに……まったく」

 

懐からハンバーガーを取り出し、それを頬張るフーカ。パンの香りを嗅ぎながら、具材である肉をしっかりと噛み締める。

 

(じゃが……いつかは、リンネと三人で)

 

小さかった頃の様に、また楽しく過ごせたら。そんな儚い思いを抱く。

しかし、今となっては、叶うかどうかすら分からない。もう、二度と戻れないかも……。

 

重いため息をつきながら、完食する。更に、二個目を取り出した。

 

「おっと」

 

通行人とぶつかりそうになり、咄嗟に避ける。だが、ハンバーガーが手から溢れ落ち、地面に転がる。思ったより、派手に投げてしまった。

慌てて、拾おうとするも、そのまま路地裏の方に行ってしまった。曲がり角を曲がり、少し進む。ハンバーガーが失速し、漸く追い付いた。

 

「いかんいかん、こんな所まで」

 

何とか追い付き、ハンバーガーを拾い上げる。ほっと安堵し、改めて頂こうと、口を開けた――――

 

「――――なっ!?」

 

直後、それを目の当たりにした。

 

表情が驚愕に染まり、目を見開く。

 

頭上にいたのは、“怪物”だった。

毛皮で覆われた体から伸びる、人間と同様にある手足。それに加え、甲殻の節足が数本あり、まるで蜘蛛の様だ。

怪物――――クモアマゾンは、真っ赤に染まった目で、こちらを見据えていた。

正に、獲物を見つけたと言わんばかりに、壁から手を離して落下した。

 

「おわっ!!」

 

後退し、何とか回避するフーカ。

地面に着地し、尚も獲物から目を離さないクモアマゾン。震えた様な鳴き声を出し、じりじりと詰め寄ってくる。

 

「何なんじゃ、こいつは……!」

 

得体の知れない相手に対し、目を疑う。しかし、これは現実だ。嫌でも、そう認識させられる。

いつまでも驚いている場合ではない。フーカは、すぐに逃走を図る。

 

「ぐわっ!」

 

踵を返そうとする直前、首が圧迫される。それだけではない。右手首、腹も、“蜘蛛の糸”によって拘束された。

 

「なっ……もう一匹じゃと……!?」

 

苦痛に表情を歪ませながら、横目で後ろを見る。

前方にいる怪物と、ほぼ同じ容姿をした、蜘蛛の怪物がいた。こちらは、両手が鋭い爪となっている。もう一匹のクモアマゾンの口から出ている蜘蛛の糸。それは、フーカの体の自由を奪っていた。

 

突如現れた、二体の怪物。共通する点を述べれば、どちらも片腕に“腕輪”を装着しているという事だ。顔の様な腕輪は、目と思われる部分が、赤く発光していた。

 

尋常じゃない力で、締め上げられるフーカ。比較的動ける左手で外そうとするも、全く効果が見られない。

唐突に、左手を掴まれた。見れば、前方のクモアマゾンが、目前にまで来ていたのだ。

 

「くっ……!」

 

涎を垂らしながら、迫り来る牙。

せめてもの抵抗からか、目尻を上げ、睨み付けるフーカ。

 

すると、怪物の動きが止まった。

 

(ど、どうしたんじゃ……?)

 

クモアマゾンは、少し、空を見上げた。右、左と、見渡す。まるで、何かを探すかの様に。

 

「………………」

 

徐に、視線をフーカに戻した。

訳の分からない動作に戸惑うフーカ。

 

「がはっ!!?」

 

ドスッ!と、クモアマゾンの拳が、少女の体に深くめり込んだ。日々の喧嘩で食らった殴打よりも、ずっと強く、重い一撃。

まともに食らい、吐き気が襲いかかる。同時に、視界がぼやけてきた。

 

(あ……アキ、ラ……)

 

気絶し、前のめりに倒れるフーカ。それを受け、そのまま肩に担ぐクモアマゾン。

もう一体のクモアマゾンに、目で合図する。

 

――――“邪魔者”がやって来た。

 

安心して食事を行う為に、クモアマゾン達は、そこから離れる事にする。路地裏を進み、奥深くへと姿を消した。

 

気絶したフーカは、獲物として連れ去られてしまった。

 

 

 

 

その数分後。人知れず、信じられない出来事が起きた後の路地裏。そこに、一人の青年がやって来た。

 

「あれ?この辺だと思ったんだけどなぁ」

 

頭をかき、首を傾げる青年。手に持った端末に目をやりながら、周囲を見渡す。

 

「僕の存在に気づいて移動したか……。ああ、めんどくせ」

 

壁にもたれ、重いため息をつく青年。暫し空を見上げた後、壁から離れる。

 

「とっとと狩らないと」

 

ポケットに手を突っ込みながら、路地裏を進んでいく。向かう先は、“二匹の虫”がいる場所。

理由はただ一つ、“狩る為”だ。

 

 

そして“狩人”は、狩場へと赴く。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

小屋の中にて、アキラとイリスは向かい合って座っていた。両者の間に置かれているのは、謎の黒い箱。取っ手も、開閉口も見当たらない。

 

「な~んか、見るからに怪しいな」

「だよね~」

「そう思うなら拾ってくるなっつうの」

「いや~なんか気になっちゃって」

 

アキラは呆れながらも、その黒い箱を手に取り、全体を見てみる。

変わった形をしている訳でもなく、これといって高価な物とも思えない。ただただ得体が知れない。

中に何か入っているのだろうか?そう思い、揺すってみるも、音すらない。

 

「訳わかんねぇから、とりあえず保留で」

 

ポイっ、と箱を付近に放る。

 

「それより、買い物しとかなきゃな。この小屋、鍵ねぇから少し無用心だけど」

「だったら、私行こうか?」

「一人で?ほんのちょっとしか来てねぇのに、大丈夫か?」

「平気平気!任せといてよ」

 

えっへん!と、少し膨らみがある胸を張るイリス。とはいえ、ここに来る道中でも色々とあった為、不安がない事もない。

だが、自分から率先してくれているのだ。まあ、おつかい程度なら、大丈夫だろう。

 

「じゃあ、一応なんかお土産っぽい物を頼むよ」

「は~い」

「何かあったら連絡しろよ?財布と連絡端末は持ったよな?」

「大丈夫だって。じゃ、行ってきま~す」

 

手を振り、スキップしながら走っていった。

本当に大丈夫なのだろうか?と、今更ながら思うアキラ。まあ、そうそう面倒には巻き込まれないだろう、と自己完結する。

 

「さて……………………暇だ」

 

イリスが出ていって約五分経過。留守番をするはいいものの、何もする事がない。

寝転がり、天井を見上げる。

 

「…………」

 

チラッと、横にある箱に視線を向ける。

未だに謎が解けずにいる黒箱。中には何が入っているのだろうか?

 

「…………」

 

――――気になる。

 

「よし、解体(バラ)してみよう」

 

思い立ったのか、アキラは起き上がり、箱を自分の前に置く。イリスには、ああ言ったものの、気になって気になって仕方がない。

袖を捲り、気合いを入れる。半袖となり、左腕が露となる。

“二の腕に装着されている腕輪”。その目は青く発光している。

 

「ええっと、工具はどこだっけな~?」

 

辺りを見渡し、後方にある鞄を取り寄せようとする。

その際、右向きに体を捩り、後ろを向いた。その際、左腕にある腕輪が、黒い箱の頭上を通り過ぎる。

 

解除(リリース)

「はっ?」

解放(オープン)

「うおっ!?びっくりした~……!」

 

ガコンッ!と、重々しい金属音が鳴る。同時に、箱に隙間が出来ていた。

もしかして、開いたのだろうか?

恐らく、アキラが着けている腕輪に反応したのではないだろうか。とはいえ、当の本人は何が何だかさっぱりと言った所だ。振り返った途端に、何故だか箱が開いていた。

 

「まさか、マジでヤベェもんとかじゃねぇよな」

 

ごくり、と唾を飲み込み、恐る恐る箱を開けようとするアキラ。丁重に扱い、優しく、そっと、開けた。

 

「……何だこれ?」

 

緩衝材らしきものに埋まっているのは、黒い布で包まれた“何か”だった。何やら、輪の様な物。

怪訝そうに見つめながら、アキラはそれを取り出す。

 

「これ、もしかして……“ベルト”?」

 

何の気なしに、アキラは、その布を取ろうとする。

 

光沢を放つ黒いベルト。そのバックル部分にある、顔の様な銀色の装飾。二本のグリップも付属されており、その目はつり上がっている。

 

 

手に取った瞬間、“目と目が合ってしまった”。

 

 

「――――っ!?」

 

体の底から沸き上がる、異常な衝動。幼い頃、嫌と言う程味わってきた、“あの感覚”。体が、肉を欲しているという欲求。

 

「うわぁあっ!!」

 

思わず、そのベルトを乱雑に投げ捨てるアキラ。無造作に投げ捨てられるベルト。しかし、顔はこちらを見つめていた。

 

「ぐっ、っっっっ!!」

 

目を見開き、歯を食い縛りながら、必死に耐えるアキラ。胸元を握り締め、服に皺ができている。

 

「ぐぁああっ!!」

 

拳を地面に叩きつけ、何とか、落ち着きを取り戻した。

 

「はあ……はあ……はあ……はあ……!」

 

肩が上下し、荒くなっている呼吸。それを何とか整わせ、深呼吸する。ほんの一瞬の出来事だというのに、倦怠感が襲いかかる。

 

そして、意識を手放した。

 



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獣の覚醒

季節は冬。雪が降った事により、家の屋根や地面が白く彩られている。

それは、この孤児院でも同様だ。やや古ぼけたな印象のある建物。その庭には、二人の少女がいた。防寒着に身を包み、薪割りをしている。白髪の少女が、薪を土台に置き、茶髪を一つに束ねた少女が、鉈でそれを割る。

 

「ふんっ!」

 

真っ二つに割れず、途中で引っ掛かるも、叩きつけて強引に割った。

 

「それにしても、フーちゃんは全然笑わないんだね」

 

白髪の少女――――リンネは、不意に問いかける。基本、目の前にいる少女は、笑みを溢さない。良い子ではあるのだが、どこか表情が固い。まともな笑顔を見たのは、“彼”と出会ったあの時だけかもしれない。

 

「ワシらは不幸な孤児じゃ。明るい未来なんぞ待っとらん。何が楽しくて笑うんじゃ……」

 

ぶっきらぼうに、不機嫌丸出しの顔で答えるフーちゃんこと、フーカ。

希望なんてない。幼いながら、自らの未来に失望していた。

 

「楽しい事もあるよ。ご飯がおいしかった、とか」

「芋と雑穀と萎れ菜っ葉ばっかりの貧乏飯が?」

「奉仕活動で、一生懸命働いた後の水がおいしいとか」

「働かんで済むなら、その方がええの」

 

励まそうと言葉を投げ掛けるも、突き放す様に投げ返すフーカ。これにはリンネも困惑を隠せない。

 

「薪持ってきたぞ~」

「あっ、ありがとう“アッくん”」

 

そこへ、一人の少年――アッくん――が、新しい薪を数本抱えて戻ってきた。よっこらせ、と集めてきた薪を地面に置き、一息つく。

 

「あ~腹減ったな~」

 

だらけた様子で呟くアキラ。そんな彼の姿を見て、何か閃いたのか、リンネは口を開いた。

 

「あっ、週に一回のお菓子の時!」

「賞味期限の怪しい廃棄品じゃろ」

「なあ、なんで俺の方を見てその話題になったんだ?」

「えっと……なんとなく?」

「あっ……そう」

 

首を傾げ、曖昧な様子で答えるリンネ。

この少女に、自分はどんな風に思われているのだろうか?

 

「飲み食いの事しか頭にないんか、お前は」

「私、食べるの好きだよ?フーちゃんもアッくんも好きでしょ?」

「そりゃあ、まあ……」

「オレ肉がいいな、肉」

「贅沢言うな、この大食らい」

「なんだよ、ちょっと言っただけじゃねぇか」

「ならその涎を拭けっ!」

「はいはい」

 

妄想でもしたのか、口の端から溢れ出る唾液を服の裾で拭き取るアキラ。面倒そうに顔をしかめるフーカ。

二人の様子を見て、リンネは思わず微笑む

 

「それでね。フーちゃんが不機嫌なのは、いつもお腹が空いてるからだと思うの」

 

すると、リンネは服のポケットから、お菓子の入った包み紙を取り出す。

 

「これあげる。取っといたの」

「い、いらん!」

「いいよ。私、お腹空いてないもん」

「無理するな!」

「いいから」

 

ぐぅ~……と、お腹の虫が鳴る。恥ずかしそうに、顔を赤らめる二人。

 

「それじゃあ、これ」

 

二人の間に、手を差し出す。掌には、同じお菓子が乗っていた。

 

「アッくん、これは……?」

「俺も取っといたんだよ。だから、フーカとリンネにやる」

「いや、お前の分が……」

「そうだよ、アッくんの分がなくなっちゃう」

「いや、俺もう食ってるから」

 

遠慮がちな二人に対し、アキラはクチャクチャと咀嚼しながら答える。頬を膨らませながら、味わっていた。

 

「ほら、二人も」

「……なら、もらうぞリンネ」

「いいよ、フーちゃん。アッくん、私も貰うね」

「んっ」

 

フーカはリンネから、リンネはアキラからお菓子を一つずつ貰い、それを口に入れる。

それぞれ菓子を味わい、頬を綻ばせる二人の少女。甘い一時を過ごしている側で、アキラはこっそり、後ろを向く。

すると、口から何かを吐き出した。それは、小さな輪ゴム。先程、アキラが口にしていたのは、お菓子――――ではなく、この輪ゴムだったのだ。

手持ちにあったのは、一個だけ。半分に割り、フーカとリンネに与えるつもりだったのだ。リンネも同じ事を考えていたが、これはこれで好都合。

舌に残る不味い感触に顔をしかめ、後ろを向く。幸せそうに、お菓子を食べている二人の幼馴染。一人になってしまった自分を、優しく受け入れてくれた。無論、引き取ってくれた院長にも感謝している。

だが、それと同じ位、アキラは二人に恩を感じていた。こんな可愛らしい笑顔を見れたのなら、自らの空腹など、我慢できる。

 

(……腹、減ったなぁ)

 

本音を言うと、少し厳しいが……。

 

「よし、次はワシがやる。それであいこじゃ」

「ありがとう、フーちゃん」

「そんじゃあ肉くれ、肉」

「だから贅沢過ぎるんじゃお前は!」

「いいじゃん!言うだけならいいじゃん!一度でいいから美味しい分厚い肉を頬張りたいって思ってもいいじゃん!」

「言うな言うな!想像したら余計に腹が減ってくる!」

「豚の丸焼き、鳥の照り焼き、牛のステーキ、食べたいな~~!食べたいな~~!食べたいな~~~~!!」

「わざとじゃろ!?お前わざとじゃろっ!?絶対わざとじゃろっ!?」

 

からかうアキラに、怒るフーカ。それを端から眺めるリンネ。またやってるなぁ、と思いながらも、その表情は優しい笑みを浮かべていた。

 

 

貧しい環境ではあるが、親しい友達と過ごす楽しい時間。こんな温かい日常が、ずっと続けばいい。

 

 

ーーーーワシは、そう思っておった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「――――うっ……」

 

懐かしく感じる昔の夢が終わりを告げ、少女は目を覚ました。

腹部の痛みに顔を歪ませながらも、上半身を起き上がらせる。

 

「ここは、どこじゃ……?」

 

明かりが少ない、闇の中。地面から伝わる冷たいアスファルトの感触。壁にもたれながら、周囲を見渡す。

人一人いない、廃れた工場の様だ。所々が錆び、窓ガラスもひび割れている。

 

「く、そ……なんじゃ、これ……!」

 

自らを拘束する、白い糸。手首だけでなく、胴体を覆う様に縛られている。わたあめの様な見た目だが、その強度は普通の縄以上だ。

歯を食い縛り、千切ろうとするも、びくともしない。

格闘する事一分。無駄だと悟り、力を緩める。

 

 

グジュ……と、生々しい音が耳に届いた。同時に、何やら血生臭い匂いが鼻孔を刺激する。思わず顔をしかめるフーカ。

怪訝に思い、後ろを振り返る。

錆びかけているドラム缶が何本も並べられており、その向こう側から音が聞こえる様だ。

恐る恐る、忍び足で、近づいていくフーカ。端まで寄り、ゆっくりと覗き見る。

 

「っ!!?」

 

目を疑う光景だった。

 

人の腕らしき部分が、何本も重ねられていたのだ。腕の他にも、足、胴体、頭など、部分的に分けられ、無造作に置かれていた。まるで、“食料を食い散らかした”様に。

どれもこれも、引きちぎった様な、或いは溶かされた様な痕跡が見られ、肌は血塗られ、地面にも滴る。

 

「うっぐ……っっっ……!!」

 

あまりにも凄惨な状況に、一気に吐き気が襲いかかる。だが、何とか堪える事が出来た。

すぐに目を反らし、ドラム缶に背を預けるフーカ。顔は青ざめ、汗も少量出ている。息を整え、落ち着きを取り戻す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

深呼吸し、俯いていた顔を上げる。

 

――――“ソレ”と、目が合った。

 

「うわぁああ!!?」

 

真っ赤な眼で、こちらを見据える蜘蛛の怪物。ドラム缶の上から飛び降り、ジリジリと、フーカの側へにじり寄る。もう一匹は、天井から伸びている糸に捕まり、逆さまの状態でいた。

二匹とも、獲物であるフーカから目を反らさず、口からは涎を垂らしている。

 

「く、来るなっ!こんのっ蜘蛛野郎っ!!」

 

叫びながら、クモアマゾンの顔面に蹴りを入れた。鈍い音と共に、僅かな悲鳴を漏らす怪物。よろめいた姿を見て、フーカは立ち上がり、逃走する。

 

(こんな訳の分からん連中に食われてたまるかっ!早くこっから抜け出して――――)

 

だが、その行く手を阻まれる。

もう一体のクモアマゾンが、糸から手を離し、フーカの目前に着地。両手の爪を広げ、通せんぼする。

悔しさで歯軋りするフーカ。すると、急に後ろへ倒れてしまう。

 

「がっは……!?」

 

後ろのクモアマゾンに糸を引っ張られ、地面に背中と後頭部を強打。激痛に悶え、歯を噛み締める。

 

「ぐっ、うう……!」

 

――――食事の時間だ。

 

そう言わんばかりに、二体のクモアマゾンは、フーカの元へ集う。更に涎を流し、口を開ける。

 

じりじりと迫り来る恐怖。睨み付けるも、何の効果もない。抵抗しようにも、身動きが取れない。このままでは、自分もこの化け物達の腹に収まってしまう。

 

今の自分は、実に無力だ。それ故、幼馴染の少女と決別する結果となってしまった。

 

脳裏に、その時の光景が浮かび上がる。

 

「ちくしょう……ちくしょう!!」

 

怒りに任せ、無念の叫びを上げる。

 

 

 

――――工場内の、扉が開かれた。

 

「っ!?」

 

大きな音を鳴らし、蹴破られた様に、吹き飛ばされる鉄扉。ひしゃげており、もう使い物にならないだろう。

 

「…………」

 

“青年”は、突き出した足を地面に下ろし、歩き出す。ごく自然な動作で、工場の中へと、足を踏み入れた。

ある程度歩くと、立ち止まり、視線を横へ向ける。その先には、“二匹の怪物”。その怪物に襲われそうになっている一人の少女。

 

「……見~~つけた」

 

薄く笑いながら、視線の先へと向かう青年。ゆったり、ゆっくりと、歩んでいく。

 

地面に横たわりながら、怪訝な表情を浮かべるフーカ。自分を助けに来てくれたのか?それとも、違う意図があるのだろうか?青年の様子を目にし、頭の中が疑問で埋まる。

クモアマゾンはというと、警戒心丸出しで青年の方を向いていた。唸り声を漏らし、赤い眼光を向ける。

 

「二匹、か」

 

青年の腰に、“あるもの”が現れる。

何もない所から形成される様に、服の上から、青年の腰に装着するベルト。何年も使い古されているのか、年季が入り、所々に傷が入っている。

黒い帯に、動物の様な顔を模した銀色のバックル。発光体と思われる瞳は、垂れている。

下部分には、バイクのハンドルの様な部品が、まるで口を思わせるかの様に、二本付属されていた。

 

その姿を露にした途端、重い電子音が鳴る。鼓動する様に、繰り返し鳴らされる音。

 

すると、青年はベルトにある左側のグリップを握る。

 

そして、捻った。

 

 

ALPHA(アルファ)

 

 

電子音声が鳴り、青年は口を開く。

 

 

「――――アマゾン」

 

 

そう、呟いた。

 

 

【BLOOD・AND・ WILD!W・W・W・WILD!!】

 

 

突如、凄まじい小爆発が巻き起こる。青年を中心に広がり、工場内が熱気で満たされていく。その余波を全身に浴びるクモアマゾン。フーカは地面に横たわっていた上、クモアマゾンが盾になってくれたおかげで、影響をあまり受けずにいた。

 

やがて、高熱の波動は収まった。工場の所々に火が付き、煙が立ち込める。その煙の中から、足音が聞こえる。

 

その姿が、露となった。

 

エメラルドグリーンの垂れた複眼。血を思わせる紅の体色。銀色のプロテクターの様な胸元で、全身には無数の傷跡が刻まれている。黒い両手足――そして背中――には、鋭利なヒレが生えていた。

 

ピラニアを彷彿とさせる、謎の生命体――――アマゾンアルファは、ゆっくりとした足取りで、獲物に狙いを定める。

 

「狩り、開始」

 

 

◇◆◇◆

 

 

徐に、少年は重い瞼を開く。霞んでいる視界が、段々と鮮明になっていく。

 

「――――ああ、そうか。俺……」

 

気怠そうに、体を起こすアキラ。起こし終え、深いため息をつく。

あの“衝動”を体験するのは、実に一年ぶりくらいだろうか。胸の内から沸き上がる、激しい衝動。

 

そう、“喰いたくなる”のだ。人、つまりは人間を。

 

「ったく……イリスの奴、厄介なもん拾ってきやがって」

 

片手で顔を覆い、横目で、部屋の片隅を見る。

例のベルトは、そこにあった。放り投げた為、乱雑に置かれた様に見える。

 

「一体、なんだってんだよ。これは……」

 

舌打ちをし、徐々に苛立ってくる。見ていれば、尚更だ。

自棄になり、アキラはそのベルトを掴み、外に持ち出す。

 

「こんなもん、とっとと捨ててやる」

 

両手で持ち、銀色のバックルを正面に持っていき、忌々しげに睨み付ける。ふん、と鼻を鳴らし、大きく振りかぶった。

 

 

 

――――グルル……!

 

 

 

投げようとした瞬間、動作を停止してしまう。

 

「――――くっ……!」

 

何かに耐えるかの様に、俯いて歯を食い縛る。ベルトを持つ手は震え、やがて徐に、手を下げた。

 

 

捨てられなかった。

 

 

“自分の中の自分”が、そうさせたのだ。

 

 

――――グルルルッ……!!

 

 

「黙れ……黙れよ……!」

 

 

――――グルルルッ!!

 

 

「黙れぇっ!!」

 

 

脳内で騒ぐ唸り声をかき消す様に、大声で叫ぶ。収まったものの、獣の声は反芻し、深く残っている。

肩を上下させ、荒い呼吸を行う。興奮と苛立ちが収まりそうにない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

心の檻に封じられた、もう一人の自分。長い間、何の音沙汰もなく、アキラに主導権を渡していた。

 

だが今、檻から出ようとしている。無理矢理、こじ開けようと……。

 

――――出セ……。

 

「やめろ……」

 

――――ココカラ、出セ……。

 

「やめろ……!」

 

――――オレヲ、出セ……!

 

怨嗟の声で、心が埋め尽くされていく。脳裏に甦る、忌まわしき記憶。

 

 

 

外の世界を知らず、箱庭の様な小さい部屋にいた自分。

 

 

 

信じていた者に騙され、信じてくれた人を死なせてしまった。

 

 

 

醜い姿を見せ、大切な幼馴染を恐怖させてしまった。

 

 

 

 

“信じていた家族”に見捨てられ、“あの悪魔”から一年半にも及ぶ、実験という名の残虐な拷問の数々を受けた。

 

 

 

忌々しい記憶が、少年の中に秘められた憎悪を掻き立てていく。

 

「悔しい……憎い……殺シテヤル……!」

 

ベルトを両手に持ち、バックルと目を合わせる。

 

――――サァ……喰エッ!!

 

「――――ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

雄叫びを上げ、ベルトを腰に巻いた。そこからの動作は早く、巻いた瞬間に、ハンドルに手をかけ、素早く回す。

 

OMEGA(オメガ)!】

 

「アマゾンッッッッッ!!!」

 

【EVO・EVOLUTION】

 

少年の体が、緑色の爆炎に包まれた。熱風が巻き起こり、辺り一面を吹き飛ばしていく。その爆発は、森林に大きな影響を及ぼし、木々や葉に火が飛び散る。

 

やがて爆発は、吸い込まれていくかの様に、収まっていく。

 

その中心にいたのは、“異形の存在”。

 

光沢を放つメタルグリーンの体色に、流れる様な赤色のラインが走っている。胸にある、橙色の厚いプロテクター。黒の両手足と背中に備えられた、鋭利に研ぎ澄まされた、ヒレを思わせるカッター。

 

「――――」

 

赤き眼光を秘めし、吊り上がった複眼。景色全てが、血に染まって見える。胸の底から沸き上がる、荒々しい衝動。それを今、押さえ込む鎖はない。

 

自分の中の自分が、解き放たれた。

 

 

「グルァアアアアアアア!!!」

 

 

地を蹴り、空高く跳躍。瞬く間に森を抜け、町に入る。だが、その姿を肉眼で捉えられる者は、誰一人としていない。

 

「うわっ!」

「なに、今の……?」

「なにか、通り過ぎた様な……」

 

高速で走り抜け、ビルとビルを飛び交い、“獲物”のいる場所へと向かう。他の者には目もくれない。向かうは、一つ。

 

その異形は、唸り声を上げ、跳躍する。

 

 



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赤と緑のアマゾン

古びた廃工場にて、獣同士の争いが行われていた。

クモアマゾンは、奇声を発しながら、アルファに襲いかかる。

 

「よっと」

 

突進をかわし、すれ違い様に蹴りを入れる。背中を蹴られ、地面を滑るクモアマゾン。すぐに立ち上がり、鋭利な爪を振るう。

アルファはそれを払い、腹部に拳を数発入れ、裏拳で顔面を殴る。後退するクモアマゾンに、追撃をかけ、攻撃の隙を生ませない。

そこへ、もう一体のクモアマゾンが戦いへ身を投じる。背後から詰め寄り、口から糸を吐く。前方の敵を殴打すべく、振り上げたアルファの腕に絡み付く糸。

 

「あぁもう……!」

 

これで身動きは取れまい。そう高を括っていたが、すぐに終わった。アルファは、足を踏ん張り、力任せに引っ張りあげる。瞬発的な力に対応できず、もう一匹のクモアマゾンは引き寄せられ、待ち構えていたアルファのラリアットを食らってしまう。

 

「危ない危ない」

 

背中から地面に落ち、悶え苦しむクモアマゾンを足蹴にするアルファ。顔面を踏みにじられながらも、獲物(クモアマゾン)はこちらを睨み付ける。

それをものともせず、胸に走る傷痕をなぞるアルファ。突然、背後から突進を食らう。

 

「ぐっ……!?」

 

がっちりと掴み上げ、アルファを壁めがけて走り出すクモアマゾン。抗う隙も与えられず、そのまま二体は工事の壁を破り、外へ飛び出す。

それを見て、好機と感じたのか。踏みつけられた別個体が、立ち上がる。そして、フーカの方に視線を向け、奇声を上げながら、近づいていく。

 

「な、なんじゃ!?」

 

すれ違い様に糸を掴まれ、フーカは引き摺られていく。

 

「お、おい!どこに連れてくんじゃ!?この、放さんかぁ!!」

 

大声で叫ぶも、怪物は耳を貸さず、そのままフーカを連れ去っていった。

 

一方、未だにタックルを止められずにいるアルファ。鬱陶しげに舌打ちし、指をゴキゴキと鳴らす。

 

「止まれっての……!」

 

顔面に目掛け、左手を繰り出す。黒い手に備えられた鋭い爪は、深く食い込み、クモアマゾンは苦痛の声を漏らす。速度が遅くなり、その隙にアルファは地面に足をつけ、踏ん張って制止させる事に成功。そのまま足払いし、クモアマゾンを倒れさせる。

顔面を掴まれたまま、じたばたと暴れるクモアマゾン。抑えつけ、アルファは空いている右手を、ゆっくりと顔の横まで上げる。

 

「――――じゃあな」

 

ザシュッ!!――――と、右手は獲物の体奥深くまで潜り込む。肉を抉る様な、生々しい音。最早、悲鳴を上げる事すら出来ず、小刻みに痙攣するクモアマゾン。やがて、その右手は引き抜かれた。

手にしていたのは、心臓と思われる臓器。ドクン、ドクン、と鼓動が聞こえる。

 

全てのアマゾンの体内に共通して存在する“核”だ。

 

「気持ち悪いなぁ……」

 

忌々しげに言いながら、徐に握り潰す。少量の黒い血飛沫を飛び散らせながら、形を変えていく核。それに応じて、クモアマゾンの体が、動かなくなった。

否、体が段々と黒く変色。やがて体の形を維持しなくなり、黒い液体と化した。

核を破壊された事により、アマゾンは“駆除”された。手に付着した黒い液体を払い、アルファは辺りを見渡す。

 

「あ~、そういえばもう一匹いたっけ」

 

思い出したかの様に呟き、気怠そうにため息をつく。そして、また狩りに出るのだ。

 

「なんかまだ食われてない子がいたし、急ぎますか」

 

生存者がいるなら、尚更だ。アルファは早歩きから、すぐに走行へと切り替える。

紅き狩人の狩りは、まだ終わらない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

工場跡から外へと飛び出し、場所は鉱山へと移された。周りには、作業で使用する重機が数台あり、今は機能していない。

 

「ぐあっ!?」

 

人気のない場に到着し、クモアマゾンは脇に抱えていた“餌”を乱雑に放る。ゴロゴロと地面の上を転がり、表情を歪ませるフーカ。睨む先には怪物がおり、じりじりとこちらへ迫って来る。

 

「く、そぉ……!」

 

身を起き上がらせながら、後退するフーカ。しかし、蜘蛛の糸で身動きが取れない為、距離は離れる所か、狭まるばかり。

先程、邪魔が入ったせいもあり、食事を行えなかったクモアマゾン。その息は荒く、昆虫の姿でありがらも、詰め寄る姿は腹を空かせた猛獣そのもの。目前には、格好の餌がある。やや小柄ながらも、バランスの取れた体つき。半ズボンから見える染み一つない肉付きの良い太腿。漸く味わえる事に期待しているのか、牙から涎が垂れ落ちる。

 

――――ッ!!

 

奇声を上げ、クモアマゾンは襲いかかる。

フーカは、迫り来る脅威に対し、ぎゅっと瞳を閉じた。

 

 

怪物の牙が、少女に襲いかかる――――その時だった。

 

 

 

「――――ァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

獰猛な雄叫びと共に、クモアマゾンは吹き飛ばされる。フーカは目を瞑っていた為、視認する事は叶わなかったが、“緑色の何か”が、クモアマゾンに飛びかかったのだ。自動車に跳ねられたかの様に、クモアマゾンはかなりの距離を転がる。やがて制止し、起き上がる――――と同時に、顔面を蹴られた。またもゴロゴロと地面を転がる。呻きながら、自分の食事の邪魔をした、“目の前にいる敵”を睨んだ。

 

「ゥゥ…グゥ、ルル………!!」

 

全身が緑色の獣――――【アマゾン・オメガ】は、膝をつき、唸り声を鳴らす。真っ赤な吊り目の複眼で、相手を威圧。立ち位置的に、フーカを庇っている様にも見える。背後にいるフーカは、呆然としたまま、黒いヒレの付いた背中を見つめていた。

 

「今度は、緑……?」

 

姿は、先程目にした“赤い怪人”と、体の特徴から、所々似ている部分――鋭いカッターの付いた黒い手足など――がある。

この怪人も、一体何者なんだろうか?

思考している最中、睨み合っていた二体のアマゾンは、同時に叫んだ。

 

「ラァアアアアッ!!!!」

 

駆け出し、距離を縮める二体。オメガはすれ違い様にクモアマゾンの足を蹴り上げる。一瞬で宙に浮き、オメガはすかさず、腕のヒレで切り裂く。黒い液体を飛び散らせながら、地面に叩きつけられるクモアマゾン。地面を転がり、そこへ飛びかかるオメガ。しかし、クモアマゾンはそれを回避し、起き上がって、口から蜘蛛の糸を射出。その糸は、オメガの体にまとわりついていく。

 

「ガッ!グウッ!!」

 

上半身が白い糸で覆われ、体を拘束された。

クモアマゾンは、口から糸を出したまま、両手でそれを掴む。奇声を上げながら、怪力で糸を振り回した。オメガはもがくも、そのまま体を投げ出される。地面を転がり、壁や重機に叩きつけられた。ぶつかる度に、鈍い音が鳴る。

再度、地面にぶつかる――――かと思いきや、オメガは両足で着地。

 

「グルルッ……!!」

 

地面に二本の線を描きながら、踏ん張って制止。全身に力を込め、自らの動きを妨げている糸を無理矢理引きちぎった。

 

「ッラァアアアアア!!」

 

驚くクモアマゾンを他所に、オメガは間髪入れずに引き裂いた糸を手にする。繋がれた先にいるのは、当然クモアマゾン。

オメガは両手に力を入れ、糸を振り回した。踏ん張るも、相手(オメガ)の力には及ばず、クモアマゾンは体を引っ張られる。さっきのお返しと言わんばかりに、大振りに回していくオメガ。

 

「ウラァアアア!!」

 

最後、振り上げてから、一気に振り下ろす。結果、クモアマゾンは背中から地面に落とされた。普通の人間なら、肉塊となって潰れているに違いない。だが、アマゾンの体は耐久力が高い。かつて、このミッドチルダにて暴れていた“種族”達とほぼ同等だろう。

しかし、今の一撃は、流石に効いている様だ。ブクブクと泡を吹き、痙攣している。

 

「オオオオオッ!!」

 

好機と見たか、オメガは倒れているクモアマゾンに飛び掛かる。馬乗りになり、何度も何度も、拳をぶつける。

また、雄叫びを上げたかと思いきや、クモアマゾンの首に噛みついた。見た所、口らしき物は見当たらないものの、接触している部分から黒い液体が飛び散っている為、口はあるのだろう。

クモアマゾンは奇声――否、悲鳴――を上げ、もがき苦しむ。何とか押し退け、逃走を図るも、すぐにオメガが取り押さえる。

仰向けから、うつ伏せの状態。今度は、クモアマゾンの背中から生えている腕を掴む。蜘蛛の爪らしき腕をそれぞれ一本ずつ両手で掴み、更に足蹴にする。地面に押し付けられるクモアマゾンは、抜け出そうと、二本の腕を動かす。砂を掻き出している様にも見え、必死になっているのが分かる。

すると、オメガは両手に持っている二本の爪と、“もう二本の爪”を脇で挟んだ。踏む力を、あからさまに強くするオメガ。それに伴い、抵抗が強まるクモアマゾン。

 

ミシミシ……と、爪の付け根から、音が鳴った。

 

「ォオアアアアッ!!!」

 

力を振り絞り、四本の爪を一気に引き抜いた。ブチッ!!と肉が千切れ、黒い血液が飛び散る。力が余り、後退してしまうオメガ。脇に挟んでいた二本の爪が地面に落ち、もう二本は乱雑に放る。

 

「うわっ!?」

 

その内の一本が、フーカの前に投げ出された。思わず後退り、顔を青ざめる。それに加え、目の前で繰り広げられている、“獣同士の殺し合い”。街のチンピラと喧嘩するのとは、次元が違う。無意識の内に、その体は震えていた。

 

「――――ん?」

 

その場に、もう一人が介入する。先程、もう一体のクモアマゾンを駆除したアルファだ。急いで駆けつけたものの、予想だにしない展開に、眉を潜める。

見た所、少女はまだ無事な様だ。それに、二体のアマゾンは、お互いに殺し合っている。クモアマゾンはともかく、もう一体は何だ?

 

「あのベルト……」

 

重機の陰から、様子見として、観察するアルファ。緑色のアマゾンが腰に身に付けているベルトに注目する。“自らが開発し、身に付けているベルト”と同じだ。

 

「それに、あの腕輪は……」

 

今度は、オメガの左腕に装着されている腕輪に目線を向ける。クモアマゾンが身に付けている物と似た代物。だが、アルファには分かる。あれは、かつて自分が“ある少年”に付けた物と同じだと。

 

「って事は、まさかあいつ」

 

一つの結論が出たと同時に、オメガが動き出した。

最早、満身創痍となっているクモアマゾンの体を持ち上げ、またも地面に叩きつける。そして、蹴り上げた。地面を滑っていくクモアマゾン。口から出ている泡は、黒く滲んでいる。立ち上がろうとするも、足がガクガクと震えていた。

 

「ガゥルルルッ!!」

 

だが、それでもオメガは攻撃を止めない。止めを刺す。

体勢を低くし、ベルトの左グリップを捻った。

 

【VIOLENT・PUNISH】

 

電子音声と共に、右腕の黒いカッターが僅かに伸びた。鋭さが増した様に見える。狙いを定め、オメガは駆け出した。

 

 

そして、すれ違い様に一閃――――。

 

 

引いていた右腕は、前に出されていた。

クモアマゾンは、徐に後ろを振り向く――――と、同時に、体が上下二つに“分かれた”。グチャ!と、水音を立て、地面に転がる“クモアマゾンだった”物。今では、ピクリとも動かない。命を失ったその肉体は、原型を保てなくなり、黒い泥状の物質と化した。

 

「終わっ…たの、か……?」

 

茫然と呟く、フーカ。ぺたんと尻を付き、未だに放心状態のままだ。

オメガは、肩を上下させ、微かに唸っていた。俯いたまま、動こうともしない。

 

「いや~、お見事お見事」

 

唐突に、拍手が聞こえた。見れば、アルファが手を叩きながら、ゆっくりと歩み寄っている。やがて手を下げ、オメガの前に立つ。

 

「ねぇ、君……“坊や”でしょ?」

「…………」

「僕の事、覚えてる?ほら、君を助けてあげた。腕輪を付けてあげた、僕だよ」

「…………」

 

気さくに話しかけるアルファ。知り合いなのか?と思われたが、対するオメガは一言も喋らない。

はぁ……と、ため息をつく。覚えていないのか、と舌打ちしつつ、天を仰いだ。

 

「――――喰エ」

「あ?」

「喰エ……喰ワレル前ニ、喰エッ!!」

 

アルファを敵と見なしたのか、身構えるオメガ。唸り声が大きくなり、臨戦態勢に入る。

いきなり戦意を向けられ、困惑するか、と思われたが、アルファはそうではなかった。

 

「へぇ、殺るっての?」

 

楽しそうな声音、傷をなぞり、両手を広げるー右手を横、左手を下に向けているーアルファ。

 

「……来な」

「グルルッ……!!」

「まだ、終わっとらんかったんか……」

 

相対する紅と緑のアマゾン。

 

まだ、戦いは終わらない。

 



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相見える獣達

町の中央にて、少女は道に迷っていた。

 

「えっと……あれ、おっかしいな……どこだろここ 」

 

見栄を張って町へ赴き、土産らしいものを買ってはみたものの、帰り道が分からなくなってしまった。道行く人々に聞こうとはするも、中々取り合ってくれない。

知らない町にて、一人立ち尽くす。一人で出来る、という所を見せたかった。しかし、結果はこの通り。大見得切るのではなかった、と後悔する。

 

「どうしよう……」

 

心細くなり、涙目で呟く。トボトボと歩いていると、何かにぶつかった。

 

「きゃっ!」

「おっと……」

 

背中から地面に倒れる直前に、イリスは体を支えられる。ぶつかったと思われる相手の青年は、イリスの手を掴んでいた。

 

「あっ、ごめんなさい!」

「いや、こちらこそ、すまなかった」

 

イリスは慌てて頭を下げる。対する青年は、怒る素振りも見せず、逆に謝罪を行う。

 

「君、一人か?」

「あっ、はい!買い物が終わった所で……でも、この街に来たの初めてで、道が分かんなくて……」

 

なるほど、と腕組みをする青年。暫く思考してから、イリスと向き合う。

 

「良かったら、俺が送ろうか?」

「えっ、いいんですか!?」

「ああ、このまま放ってはおけないからな」

 

青年はそう言うと、イリスと共に少し歩く。見ず知らずの人に対し、警戒が薄い様にも見えるが、この青年からは、脅威らしきものは感じられなかったのだ。

こうして辿り着いたのは、駐車場。そこに、バイクを停めていた。

 

「うわぁ~カッコいい~~!」

「ほら、後ろに乗って」

「うん!」

 

キラキラと眼を輝かせ、イリスは先に乗った青年の後ろに乗り、しがみつく。

 

「それじゃ行くよ。えっと……」

「私、イリス!お兄さんは?」

「俺は、【ゼラム】だ」

 

自己紹介を終え、イリスと共に、ゼラムはバイクを走らせる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――ガギンッ!!

 

二つの刃が、ぶつかり合う。

唸り声を上げ、右手の刃を繰り出すオメガ。

冷静に対処し、右手の刃で受け止めるアルファ。

そのまま、競り合う両者。

 

「グルルルッ……!」

「前は怯えてばかりいた癖に、随分成長したもんだなぁ?」

「ラアッ!!」

 

先に離れたのは、オメガ。腕を払い、アルファの腹部に拳を入れる。しかし、アルファはそれを容易に受け止め、お返しと言わんばかりに、蹴りを入れた。

 

「グウッ!?」

 

腹を押さえ、後退するも、アルファは追撃を行う。拳を振るい、刃で切りつけ、蹴りを繰り出す。スペックではオメガの方が上。

だが、経験が物を言う。玄人相手に、素人は防戦一方。素早い猛攻に、オメガは成す術なく追いやられていく。

 

「ほ~ら、どうしたどうした!」

「ガッ、グッ、ヴヴ……!!」

 

やがて、背中が重機に触れる。壁際に追いやられ、焦りが募り始めた。それを見計らったかの様に、アルファは腕のカッターでオメガを切り裂こうとする。オメガは、咄嗟にそれを両腕で防いだ。

こちらが両手でやっと防いでいるのに対し、アルファは片手のみ。防御に徹している中、空いている片方の腕で、オメガを殴り付ける。殴打を受け、苦悶しながらも、受け止めている両腕に力を込めた。

 

「ヴァアアッ!!」

 

力を振り絞り、アルファの腕を払い、拳を二発、胸に叩き込んだ。

よろめく相手を睨み、オメガは追撃と言わんばかりに拳、刃を振るう。アルファは依然として余裕の姿勢を崩さない。

 

(ふぅん、まあまあかな……)

 

攻撃を受け流していく中、一人思考するアルファ。そんな事を露知らず、猛攻を繰り出していくオメガ。

不意に、両者の刃がまたもぶつかった。二人は鍔迫り合いながら走り出し、唐突に止まる。そして、互いに腕を振り切った。

すると、その刃は近くにあった鉄骨を、容易に切り裂いた。亀裂が入り、支えのなくなった鉄骨は、徐に倒れていく。

不幸な事に、その落ちていく先には、フーカの姿が。

 

「う、嘘じゃろっ!?」

 

表情が焦燥に歪み、その場から逃げようと立ち上がった。しかし、クモアマゾンから受けた暴行による傷が疼く上、今も尚自らの体を拘束している糸に自由を奪われている為、立った途端に倒れてしまう。

そうこうしている内に、鉄骨は地面へと迫っていく。

 

(まずい……!)

 

慌てて、アルファは駆け寄ろうとする――――が、足を止める。

それよりも早く、“動いた者”がいたからだ。

そうこうしている内に、フーカは逃げ遅れてしまい、鉄骨はもう目の前にまで来ている。

もう、駄目か……。迫り来る恐怖に、フーカは目を瞑る。

 

「フーカァッ!!」

 

危機に陥る幼馴染の姿を見た瞬間、オメガの体は動いていた。目にも止まらぬ早さで追い付くと、その鉄骨を受け止める。

歯を食い縛りながら、足を踏ん張り、持ちこたえるオメガ。

 

「ゥゥ、ァアアッ!!」

 

雄叫びを上げながら、鉄骨を放り投げた。肩を上下させ、荒い息を整えようとする。正に間一髪と言った所だ。

 

「ハァ……ハァ……!」

「わ、ワシ……助かっ……た」

 

徐に、瞳を開けるフーカ。視界に入り込んだのは、緑色の背中。横目で、こちらを見ている赤い複眼。守ってくれたのだろうか?その真意は分からない。

疲労と安心感により、急激に意識が遠のいていく。そして、そのままフーカは、気を失ってしまった。

 

「フーカ……」

 

見た所、大事はない様子。それに安堵するも、直ぐに自身の異変に気づいた。

まず目にしたのは、黒い刃の付いた両腕、両足。更に近くの重機に付属されているガラスを目にする。自分の姿が緑色を基調とした身体になっていた。

 

「な、何だよ、これ……」

「正気に戻った?」

 

声に反応し、振り返る。自身と似通った容姿の生物が、そこにいた。

 

「お前、何でここに……!?」

「戻った様だね。相変わらず、暴走する所は直ってないか」

 

驚愕するオメガに対し、アルファは呆れた様にため息をつく。そのまま歩き出し、アマゾンの血にまみれた腕輪を回収。

 

「そ、それは……」

「ここに来た理由が、コレさ。アマゾンを一匹残らず狩る。それが僕の役目だからね」

「あ、アマゾンが……この、町に……なんで」

「何でって、疑問に思う事ないだろ?現に、君の様なアマゾンだって、この町に来てるじゃないか」

 

指を指され、同様を隠せないオメガ。そう、自分は奴等と“同じ”。しかし――――。

 

「違う……違う……俺は……俺は人間だぁっ!!」

「そういう台詞、人間じゃない奴が言うんだよ。前にも言ったろ?」

 

相手にするのも面倒だ。そう感じ取れる様に、アルファはその場から去ろうとする。

 

「あっ、そうそう。そこの女の子、知り合いっぽいよね?じゃっ、後はよろしく~」

「お、おい!!」

 

ヒラヒラと手を振り、アルファは去っていった。

相手にされず、舌打ちで苛立ちを露にする。横目で、幼馴染である少女に視線を向けた。

 

「…………」

 

いつもの明るい雰囲気が鳴りを潜んだのか、安心しきった様に眠っている。こうして見ると、やはり可愛い。幼少の時もそうだが、成長して更に増している。

ふと、自分の両手を見つめる。人間とは違う、怪物の腕。元に戻ろうと思っても、どうしたらいいか分からない。だが、幼馴染をこのままにしておく訳にもいかない。仕方なく、オメガは行動に移す。

膝を落とし、両手を伸ばした。首の下、膝裏に添え、ゆっくりと持ち上げる。ここまでの動作だけで、精神的に疲労してしまう。少し触れただけで、壊してしまいそうな、そんな感覚に襲われた。

 

「…………」

 

一歩踏み出した時、もう一度振り返る。視線の先は、(アマゾン)の成れの果て。自分も、死ねばああなるのか。

一抹の不安が過るも、首を振って思考を終わらせる。

大事に抱え、オメガは高く跳躍し、戦場から去っていった。

 

 

 

辿り着いたのは街中――――に、ある自然公園。木の茂みに身を隠し、辺りを見渡す。流石にこの姿を見られれば、大騒ぎになるだろう。機会を窺い、オメガは優しく、フーカを下ろして、一本の木にもたれさせる。

 

「ん……」

 

ふと、寝返りを打つフーカ。体の位置が擦れ、地面に落ちる。

 

「うぶっ!?」

「あっ……」

 

痛みで起きてしまった様だ。やや寝惚けた様子で、気怠そうに起き上がるフーカ。

 

「ここは……?」

 

オメガは内心、焦り始めていた。こちらとしては、目を覚ます前に去ろうとしていたつもりなのに、と。このまま放っておくわけには――――そう思っていた矢先、ランニングを行っている一人の少女の姿が目に移った。

走る度に碧銀のツインテールが跳ね、真剣に取り組んでいる姿は、綺麗な顔立ちに合い、とても絵になっている。何より、“左右で色が違う宝石の様な瞳”が、とても印象に残った。

 

(――――っと、いけねぇ!早くここから逃げないと)

 

思わず見惚れてしまったが、すぐに我に帰るオメガ。どうやら少女は、自動販売機にてジュースを買う様子。フーカも、覚束ない足取りながら、道の方に進んでいる。

こちらに気づいていないが、それはそれでいい。その背中を見送り、オメガは一人、森の奥へと消えていった。

 

森を抜けた先は、幸いにも人気のない道路。辺りを見渡し、物陰に隠れて座り込むオメガ。

 

「っ……この、外れねぇ……!」

 

両手でベルトを掴み、無理矢理にでも外そうと試みるも、取れる気配が全くない。一体化しているのではないか、と思わせる程隙間なく固定されている。力を込めても、ベルトはびくともしない。

 

「っっっっっっっ!ああっ!くそっ!!」

 

苛立ちを露にし、八つ当たり気味で壁に拳をぶつける。ヒビが入り、欠片がパラパラと落ちる。

一向に外れる様子を見せない。せめて、姿だけでも元に戻りたいと言うのに。もう一度ベルトを観察、どこかにスイッチでもないだろうか。そう願いながら、バックル部分を指で撫でる。

すると、一瞬だけ上にスライドし、指を離せばすぐ元の位置に戻った。

 

『RELEASE』

 

電子音声が鳴ると同時に、オメガの体に変化が生じる。全体的に変色していき、緑色の異形の姿から、元の少年の姿に戻る事が出来た。

 

「も……戻った……?」

 

両手をまじまじと見つめ、顔をベタベタと触る。近くにあったカーブミラーを見ると、バンダナを頭に巻いた自分の姿が写っていた。

元に戻れた事に、安堵の息を漏らした――――直後、激痛が走る。

 

「あああああああああああああああああああっ!!!」

 

身に付けているベルト、それが急に自らの身体を締め付け始めたのだ。ギリギリ、と万力で挟み込むかの様に、アキラの腹に食い込んでいる。やがて、一瞬だけ緑色に発光したと思いきや、そのまま肉体に吸い込まれる様にして、一体化した。

 

「がっ、はぁっ……い、でぇぇ……!?」

 

ベルトが巻かれた部分が、赤く変色。火傷したかの様に真っ赤になっている部分を押さえながら、その場で踞るアキラ。痛みで表情は歪み、必死に荒い呼吸を整える。

 

「なん、なんだよっ…ちくしょう……!」

 

悪態をつきながら、痛みを堪え、壁に背中を預ける。漸く呼吸が落ち着き、痛みも若干引いてきた。

徐に立ち上がり、壁に手を置いて支えにしながら、アキラは帰途につく。

 




ベルトは取り付けではなく、アークルみたいに内蔵する設定にしました。

後、更新も遅くなります。

1/5日、太牙の部分を、ゼラムに変更しました。
アナザーメモリーズの方も、近い内に、設定を色々と変える予定にしています。


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家族との再会

そこは、焼け野原と化していた。

 

「なんじゃこりゃぁ……」

 

思わず、そう呟いてしまうイリス。それもその筈、自分が寝泊まりしていた小屋が無くなった所か、辺りの木々が焼け焦げていたのだから。まるで、火事が起きた跡の様な光景。

 

「なななななななにが、どどどどどどどどどどうなってるのぉ!?」

 

動揺を隠しきれず、イリスは慌て出す。周りを見渡し、アキラを探す。

この光景には、同行者であるゼラムも驚きを隠せずにいた。

 

「これは、まさか……」

 

徐に足を踏み入れ、状況を確認。屈んで、焼け跡に触れる。この惨状には“見に覚え”があった。

険しい表情を浮かべていると、不意にロアが声を上げた。

 

「あっ、アキラ!!」

 

やや疲労感溢れる表情を浮かべながら、こちらへ歩み寄る一人の少年。その姿を見つけ、イリスは駆け寄る。

 

「良かったぁ!何処にもいないから、心配したよ~」

「イリス……悪ぃ、ちょっと出掛けてた」

 

イリスの肩に、ポン、と手を乗せ、やや気怠そうに返事をしながら、アキラは前を向いた。

 

「っ!!」

 

驚きを露にし、目を見開いた。それは、向かい側にいる青年も同様に、驚愕している。

 

「アキラ……本当に、アキラなのか……?」

「…………」

 

口を微かに動かしながら、少年の名を呼ぶゼラム。文字通り、開いた口が塞がらない状態のまま、硬直する。

信じられない……。そう言いたげな表情を浮かべていた。

その様子を目にし、二人を交互に見るイリス。

 

「あれ?もしかして、アキラ。このお兄さんと知り合い?」

 

ふと、イリスはアキラに問いかける。

 

「――――いや、知らない。“赤の他人”だ」

 

冷たい声音で、そう言い切った。同時に見せた、無機質な表情。初めて目にした冷淡な表情に、イリスは目を見開く。

対し、ゼラムはどこか哀しげな表情を見せ、少し俯く。

 

「取り敢えず、今は寝床を探そう。小屋が無くなっちまったしな」

「あっ、うん……」

 

視線を一切向けずに、ゼラムの横を通り過ぎるアキラ。乱雑している荷物を早々に集め、イリスの元へ戻る。

 

「アキラッ!」

「…………」

 

不意に、ゼラムが名前を呼ぶ。徐に、足を止めるアキラ。

 

「生きて、いたのか……?」

「見て分からないか?ご覧の通りだよ。もっとも、あんたからすれば、どうでもいい事だろうけどな」

「そんな事はない……生きていたのなら、どうして――――」

「言わなかったんだ、か?何であんたに言わなきゃいけねぇんだよ。“赤の他人”であるあんたなんかに」

 

敵意をむき出しで、毒を吐き捨てるアキラ。踵を返し、ここから早々に立ち去ろうとする。

 

「アキラ……すまなかった」

 

痛みに耐えるかの様に、申し訳なさそうに、ゼラムは頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。

 

「それは、何に対してだ?騙して閉じ込めた事?実験台(モルモット)扱いした事?それとも――――俺を“見殺し”にしようとした事か?」

 

不意に立ち止まり、横目でゼラムを睨み付ける。その瞳は黒く濁っており、憎悪に満ち溢れていた。それを目の当たりにし、ゼラムは罪悪感に押し潰されそうになる。

 

「違うんだアキラっ!お前をそんな風に思った事は一度もない!俺達は――――」

「何も違わないだろ?都合のいい道具にする為に世話してくれたんだろ?」

「断じて違う!俺も、ネクサスも、キバーラも皆、お前の事を――――」

「もういいって。見苦しいからさ」

 

話す事はもう何もない。そう言いたげに、アキラはロアの手を引いて、その場から去ろうとする。戸惑いながらも、連れられていくロア。

 

「それに、今更“お前達”の言葉を信じる気はない。俺を見捨てた奴らの言葉なんて――――」

「“イデア”に、何かされたんだろう?」

 

イデア――――その言葉を皮切りに、足を止めた。否、止まった。同時に、脳裏を過る忌々しい悪夢。忘れたいのに、忘れられない記憶。呪いの様に、心の奥底にへばりついている。心臓が高鳴り、呼吸も荒い。微かに、体も小刻みに震えていた。

その様子を見て、イリスは心配そうに見つめていた。ゼラムも目にし、“容易に想像”できた。

 

「すまない……本当にすまない、アキラ」

「黙れ!!」

 

大声を張り上げ、息を荒くして、肩を上下させながら、アキラは更に睨み付ける。

 

「二度と!もう二度と!二度と“アイツ”の名前を!“アイツ”に関わる言葉を口にするな!二度と言うんじゃねぇ!分かったかっ!!」

 

唐突に叫ぶその表情は、怒りに染められてはいるものの、どこか“恐怖”に怯えている様にも見える。

イリスは茫然としており、ゼラムは失言だったと後悔する。彼にとってのトラウマを触発してしまった、と。

あの悪魔に、何をされたのか。彼の様子が、それを物語っていた。

 

「それに……あんたなんかに分かる訳がない……分かってたまるか!」

 

バンダナ、“額部分”を手で握りしめ、忌々しげに顔を歪める。睨み付けた後、やや強引にイリスの手を引き、アキラは去っていった。

遠ざかっていく後ろ姿を、ゼラムはただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

ゼラムと別れ、宛てなく歩くアキラ。その足取りは早く、そして重い。

 

「ア、アキラ……痛い……」

 

ぎゅっと手を握られ、強引に連行され、歩いているイリス。やや痛みを感じ、顔を歪ませる。

 

「あっ、悪ぃ……」

 

我に帰り、思わず手を離すアキラ。痛そうに手を擦るイリス。

 

「ねぇ、大丈夫……?」

「…………ああ」

 

心配して声をかけるも、返ってきたのは力ない返事。先程の男性と、何か関わりがあるのではないか?赤の他人、と彼は言うが、どう見ても無関係には見えない。

問い掛けようと思うも、その弱々しい様を見て、イリスは閉口する。

 

「あれ、ここは……」

「どうしたの?」

 

ふと、アキラは横を見る。つられて、イリスも視線を向けた。

そこは、アキラにとって見慣れた場所。町からやや離れた場所に位置する、幼馴染と過ごした孤児院。

 

「もう、ここに来てたのか」

 

懐かしい。“二人”と、院長や子供達と過ごした日々を思い浮かべるアキラ。物思いに耽っていると、扉が開いた。

 

「あっ!」

「アキラお兄ちゃん!」

「本当だ!」

 

扉を開けたのは、三人の子供。その子供達は、アキラを見るや否や、いきなり抱き付いてきた。

勢い良く飛び付かれ、仰向けに倒れるアキラ。横にいたイリスは、目を丸くする。

 

「お、お前ら、久し振りだな……」

 

やや苦しそうにしながらも、微笑みをこぼすアキラ。あの頃より、少し大きくなっているが、自分の弟分、妹分でもある子供達。数年振りに再会し、喜びを露にしている。

 

「あらあら、一体どうしたの?」

 

すると、奥の方から一人の女性がやってくる。その女性は、アキラの姿を見つけると、驚愕の表情を浮かべた。アキラも、同様だった。

 

「あなた……アキラ君?」

「……お久し振りです。院長先生」

 

徐に立ち上がりながら、頭を下げるアキラ。

茫然としていたが、我に帰り、側に歩み寄る孤児院の院長。懐かしむ様に、微笑みを浮かべる。

 

「本当に、久し振り……大きくなったわね」

「すみません。何も言わず、一年以上も会わずにいて……」

「何か、事情があったのでしょう?こうして顔を見せに来てくれただけでも嬉しいわ」

 

本心からの喜びを露にし、院長はアキラの頭を撫でる。照れ臭そうにしながらも、受け入れるアキラ。温もりを感じながら、思わず綻んでしまう。

 

「ねぇねぇアキラ、この人は?」

「ああ、そうだった。イリス、この人はここの院長先生。俺がお世話になった人だ。院長先生、こいつはイリスって言って、一緒に旅してる仲間です」

「初めまして!イリスと申します」

「あらあら、初めまして。可愛らしいお嬢さんね」

「いえいえ~」

 

元気よく挨拶をするイリスの姿を見て、またも微笑む院長。照れ臭そうに、イリスは頭をかく。

 

「立ち話もなんだし、上がって上がって」

「行こうよ、アキラ兄ちゃん」

「早く早く~」

「分かった分かった」

 

子供達に急かされ、中に入るアキラ。

 

「じゃあ、お邪魔します」

「お邪魔しますなんていいのよ。ここはあなたの家でもあるのだから」

「……はい」

「ただいま帰りました~!」

「お前は違うだろ」

 

アキラとイリスのやり取りを見て、更に笑みを深める院長。

 

こうして、“家”に帰る事が出来たのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

秘密の基地内にて、“彼女達”は集まっていた。全員、バイザーを着用しているのだが、その上からでも、顔が瓜二つだというのが分かる。二人、三人だけでなく、十、二十人以上もの人数だ。

 

『――――実験NO(ナンバー).3。開始して下さい』

 

アナウンスが鳴り、それを耳にした女性が三人、前に出る。そして、準備されていた機材を、それぞれ手に持ち、命令を実行に移す。

 

基地から出発し、目的地へと急行。そこは、大勢の人々が行き交う場所。実験にはうってつけだ。

 

手にしている機材は、組み合わせる事で、大きな効果を発揮する。今回の作戦、或いは実験に必要な物なのだ。

 

 

 

彼女達三人は、無表情で、何の感情も抱かず、任務に取りかかる。

 




後書きなどで書いていた通り、キャラを変更する事にしました。二作品とも、前に映画館で見まして、凄い迫力の戦闘シーンだったのと、話の内容やキャラクターに魅力を感じ、以前から出してみたいな、と思ってたんです。
当初は、上手く出来ないと判断したのですが、何度も考え、練りに練った結果、この結果になりました。
ロア、ごめんよ……。

遅い投稿になりますが、これからもよろしくお願い致します。


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過去の痛み

 

――――暗闇に包まれた視界。顔に何か被されているせいか、何も見えない。

 

「あ、あの……誰か、いないの……?」

 

か細い声で呟く少年。微かに震え、恐怖に怯えているのが分かる。

 

「誰か…誰か……助けて……」

 

コツ、コツ、と誰かが歩み寄る。沈黙に包まれているせいか、足音が異様に響き渡る。

 

「だ、誰……?キ、キバーラ?ゼラムさん?」

 

自分の姉とも言える存在。“彼女”の名前を、確かめる様に呼ぶ少年。そして、もう一つの可能性に気づく。

 

「も、もしかして……“ネク兄ちゃん”?来てくれたの!?ネク兄ちゃん!!」

 

自分が最も慕っている、兄の様な存在。すがる様な気持ちで、彼の名を呼ぶ。

 

「――――残念(ざ~んねん)。誰も来ていないよ~?」

 

耳元で呟かれる、悪魔の囁き。耳にした途端、一気に希望が打ち砕かれた。

不意に、顔を覆っていた袋が取られる。その幼い顔には数ヶ所の殴打した後、擦り傷等があり、泥や血で汚れていた。子供にしては、見るも痛々しい姿。

袋を取り払ったのは、ローブを身に纏った男。顔を覆っている紫色のバイザー付きのマスクに、少年の怯える姿が反射して写る。

 

「お友達だと思った?来もしない奴等の事を未だに信じてるのか。健気だねぇ」

「き……来てくれる……絶対、来て、くれる……!」

「そんな事言って。もう半年も経ってるんだぞ?だと言うのに、何の音沙汰もない。本当、間抜けな連中だ」

「うるさいっ!!」

「おっとっと」

 

威嚇する様に叫ぶ少年。体は椅子に縛り付けられ、身動きが取れない。両手足を覆う様に、鎖で厳重に縛られている。胴体も同様、背もたれに付く様に拘束。加えて、ろくに食事を得られていない体で、拘束を解く力はなかった。悔しげに歯を食い縛り、もがきながら身を捩るも、ただただ鎖が鳴るだけで終わる。

 

「威勢だけはいいね。まあ、まったく恐るに足りんが」

「何を……するんだ……」

「さあ、何をするんだろうな?ああ、安心したまえ。殺しはしないよ……今の所はね?」

 

小声で呟く男の言葉に、顔を青ざめる。睨み付けてはいるものの、少年の心は恐怖に染まりつつあった。

 

「そうだ!何なら、私の元に来ないか?君なら歓迎するよ。まあ、この状態は致し方ないと思ってくれたまえ。まだ敵同士なのだからな」

「ふざ、けんな……くたばれ、くそやろう……!」

「口が悪いなぁ。躾がなってない。あいつらの代わりに、私が矯正してあげるとしよう。なんせ、あいつらは君を真っ先に捨てて、“新しい家族”の方に付きっきりだろうしな」

「ネク兄ちゃんは……みんなは、助けに来てくれる……」

「そうか?それじゃあ――――おやおや、これは何かなぁ?」

 

どこか芝居染みた口調で、男は懐から写真を数枚取り出す。それを少年に見せた。

自分がよく知る、姉と兄の姿。その他に、見知らぬ四人の少女が写っていた。写真のどれもが、とても親しげにしている。幸せそうな、家族の写真。そこに、当然ながら自分の姿はない。

少年の表情が、固まった。

 

「ほぉらよく見てごらん?この二人の事だろう?おかしいなぁ?君がこんな目に遭っているというのに、随分と楽しそうにしてるじゃないか。ああ、言っておくけど、これは今朝撮ってきたものだよ?お二人は今、新しい家族と仲良くしてるみたいだねぇ?」

 

そこで言葉を失い、少年は項垂れる。目の前が、真っ暗になる様な感覚。同時に、男の言葉が脳裏に残る。

 

「私も、見せようか迷ったのだよ?これはあまりに辛すぎる。だが、こうでもしなければ君は信じてくれないだろう?」

 

二人は、自分を見捨てたのか?

助けに来てくれないのか?

自分は、いらないのか?

 

少年の心は、絶望に満ちていく。

 

「だが、薄情な奴等だよなぁ?あいつらにとって君はただのペットだった訳だ。古くなったら、バッサリと切り捨てる」

「ち、違う……」

「君の事はもうどうでも良いのだろう。じゃなかったら、もっと早く助けにくる筈だ。だが未だに来ない、という事は、“そういう事”だな」

「そんな訳ない……」

「これで分かったろう、アキラ君?」

 

――――あいつらは、君を“捨てた”んだ。

 

 

その言葉を皮切りに、少年は茫然自失となる。もう、助けは来ない。否定したくても、理解させられてしまう。拷問によって弱りきった、幼い心と小さな体は、もう限界だった。

瞳からは、涙が数滴、いや滝の様に溢れだした。

 

「違う、違う……絶対に違う」

 

視界が霞み、景色がぼやけて見える。頬から伝わる温かな感触を感じた。ポタポタと、涙が地面に溢れ落ちる。

 

「嘘だ、嘘、嘘だ……嘘だぁ……」

 

嗚咽と共に、膝上に溢れ落ちる滴。塞き止めていたものが、溢れだしていく。

 

「ああ、可哀想に……捨てられてしまったんだねぇ。分かる、分かるとも。私も“家族を取られた”身だ。君の気持ちは痛い程に理解できる」

 

慰める様に、声をかける。

男は少年の肩をポンポンと叩いた後、前に歩み出す。そして、壁にかけていた、柄の長い両口ハンマーを手に取る。

 

「だが現実とは、残酷なものだ。信じていた者に裏切られるというのは、身も心も痛い思いをする」

 

両手で持ち上げ、ゆっくりと振り上げた。その視線は、少年に向けられている。

それに気づき、少年は恐怖に怯える。

 

「そう――――こんな風にね」

 

少年めがけて、ハンマーを振り抜いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

アキラは飛び起きた。

 

「っ……はぁ……はぁ……!」

 

一瞬、嘔吐する様な感覚に見舞われたが、何とか堪える。肩を上下させ、荒い呼吸をしていた。顔は汗だらけ、体も同様で、衣服が濡れていた。片手で顔、“額の部分”に触る。

 

「久々に嫌なもん見ちまった……」

 

忌々しげに吐き捨て、舌打ちをする。頭を乱暴にかいた後、重々しく息をついた。

寝台から立ち上がり、そのまま洗面所へと向かう。恐らく、皆はまだ眠っているのだろうか。何しろ、日が昇りかけている時間に目覚めてしまった。その為、廊下は静寂に満ちている。

洗面台で顔を洗った後、大きく息を吐いた。

 

「……いつ振りだろうな、あの夢は」

 

鏡を見ながら、そう呟く。今、バンダナは“外している”。その状態で鏡を目にしている為、嫌でも“ソレ”が写ってしまう。

“ソレ”を見て、忌々しく顔を歪ませるアキラ。悔しそうに歯軋りし、台にもたれている腕も震えている。

 

「くそっ……」

 

そのままじっとしていると、足音が聞こえてきた。誰かが、こっちへと向かってくる。

アキラは慌てて、バンダナを頭に巻いた。

 

「あら、アキラ君。早起きね」

「ああ、おはようございます」

「うん、おはよう」

 

扉を開けたのは、院長だった。微笑みながら、朝の挨拶を交わす。

 

「どうしたの?こんなに汗かいて」

「ちょっと、寝汗かいちゃって……」

「あら大変、これじゃあ風邪を引いてしまうわ。着替えはあったかしら?」

「大丈夫です。自分の着替えはありますよ」

「そう?なら、いいんだけど……」

 

そう言い、アキラは上半身の服を脱ぎ、タオルで汗を拭う。そして、予め持ってきていた服を着替えた。

 

「それにしても、中が綺麗になってますね。改装したんですか?」

 

改めて、院内を見てからそう述べるアキラ。

小さい頃に住んでいた時と比べると、まるで新築かと思う位に変化していた。床や壁は勿論の事、窓ガラスも透き通っており、設備も充実されている。

 

「でも、これだけの改装を行ったんなら、お金の方は……」

「実はね、改装資金は“ある人”が全額負担してくれたの」

「ある人?」

「そう、“キバーラ”っていう人よ」

 

その名を耳にし、アキラは動きを止める。

 

「あなたが院を去ってから、数ヶ月経った頃かしら。わざわざ足を運んで頂いて、資金援助をしたいって言って下さったの」

 

キバーラのいる地域とは何ら関わりのない場所に位置するこの孤児院。そこへ寄付をしたいとのこと。表向きはキバーラ一人だが、実際はゴースト族総出での資金援助。ゼラムはもちろんの事、アキラと縁のあるゴースト族が快く引き受けてくれた。人間社会にて、かなりの地位を獲得しているゴースト――仕事の際は人間に擬態している――もおり、援助は充分に行える。

これには、流石の院長も不思議に思った。理由を尋ねてみると、「家族が世話になった御礼をしたい」との事。

その家族は誰か?聞くと、キバーラは名を口にした。

 

「アキラ君、キバーラさんには会った?長い事、顔を会わせてなかったのでしょう?」

 

院長は、アキラにそう問いかける。それに対して――――。

 

「はい、会いました」

「そう……良かったわね。家族の方と会えて」

「“あいつ”は家族なんかじゃありません」

 

冷たく、そう言い放つアキラ。

一瞬にして、院長は口を止めてしまった。

 

「え、アキラ君……?」

「俺にとっての家族は、院長先生と院の人達と、子供達だけです」

 

それだけ言うと、アキラはその場から離れる。垣間見た、少年の瞳に宿る、黒い感情。

去っていくアキラの後ろ姿を目にしながら、院長は暫くその場から動けずにいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

窓から庭の方へと出る。空はまだ薄暗いが、もうじきに夜が明けるだろう。その証拠に、日の光が微かに覗き込んでいた。

それを目にしながら、アキラは首にかけたタオルを強く握り締める。

 

「何が家族だ……!」

 

歯を噛み締め、タオルを地面へと思い切り叩きつけた。見るからに、怒りを露にしているのが分かる。

自分が受けた苦しみは、自分にしか分からない。赤の他人に分かる訳がない。

かつての家族からの言葉は、自分にとっては腹立たしいだけだ

 

「勝手な事ばっか言いやがって……!」

「アキラ?」

 

声をかけられ、即座に顔を向ける。

寝巻き姿のイリスが、そこにいた。アキラの様子に戸惑いを隠せず、恐る恐ると言った風に、話しかける。

 

「どうかした?」

「あぁ、悪い……ちょっと苛ついてて」

 

醜態を晒してしまった。深く反省しつつ、何とか落ち着きを取り戻そうとするアキラ。深呼吸し、無理矢理だが、気持ちを切り替える。

 

「よしっ!もう大丈夫だ!」

「う、うん……」

「さぁて、腕を振るって、チビ共の朝飯でも作ってやりますか!」

(いや肉焼くぐらいしか出来ないじゃん。たまに焦がすし)

 

院へと戻るアキラの姿を見て、イリスは言い知れぬ不安を抱えていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

ミッドチルダに位置する、大型ショッピングモール。休日だからか、多くの人々が行き交い、建物内を埋め尽くしている。一人の客、友人と来ている客、家族連れなど、色々な様子の客人達がいた。

 

買い物を楽しんだり、会話に花を咲かせたりと、賑やかな雰囲気を出しており、客観的に見て、とても平和な光景だった。

 

 

 

そんなショッピングモールに、異変が起きた。

 

突如、半透明なドーム状の結界が発現したのだ。それは大型ショッピングモールを容易く包み込み、モール内の客人達を閉じ込めた。

 

「な、なんだあれ?」

「えっ?何なの?」

「お、おい!出られないぞ!?」

「壁か、何かか……?」

「お母さん、あれなぁに?」

「さ、さぁ……お母さんにも分からないわ」

 

異変に気づいた客達。一人、また一人と動揺が伝染していき、不安が募りつつある。

 

戸惑いを隠せずにいる客人が踏みしめている地面。何の変哲もない大理石に、ひびが入る。それは蜘蛛の巣の様に広がり、地面が上向きに膨張。

その異変に気づき、客人達の視線が、その盛り上がっている地面に向けられる。

 

今度は何だ?殆どの人々がそう思い、様子を窺っていた。

 

そして――――地面から“手が生えた”。

 

それに驚くも、まだ終わりじゃない。その手は二の腕まで伸び、肘を曲げて地面に掌を付ける。

そのまま力を入れ、やがて片手の主――――“獣”が姿を現した。



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