全ては世界を救う為に! (やがみ0821)
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ヤバい奴ら

 DMMORPG――Yggdrasil

 12年という長期間、運営されたが、そのサービスは遂に終了することとなった。

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウン所属のメリエルは一人、思い出の場所巡りをしていた。

 ギルド長だったモモンガには一足早く挨拶をしてある。

 最後の最後までずーっとログインしていたのは彼とメリエルの2人きりだけだった。

 

 

 別段、それが悪いとは思わない。

 リアルの事情とはどうしようもないものだ。

 

 ただ、メリエルは唯一の心残りがある。

 

 

 かつて、彼女は世界を敵に回して戦った。

 具体的には9人のワールドチャンピオン、そしてそれを支援する数百人の廃人共を相手に。

 

 あのときは引き分けだった。

 

 つい昨日、ファウンダーを貰った。

所持していたプレイヤーから、こっそりと連絡が来ており、最後だから渡します、ということでメリエルは有り難く頂戴していた。

 

 さらには破格の安さで大放出された装備やアイテム類を全て買い占めて、無限倉庫に放り込んである。

 もはや意味のないことであったが、それらを駆使すれば世界を相手に回しても勝利できるとメリエルは確信している。

 

 とはいえ、それも叶わぬ夢だ。

 

 あと30秒もすれば、Yggdrasilは終わる。

 

 アーコロジーの一等地に家が1軒建つくらいの金額を注ぎ込んだが、悔いなど全く無い。

 

 世界最強の称号こそ手に入れられなかったが、十分に楽しんだ。

 

 ただ、もし夢でもいいから叶うならば。

 

 次こそは世界最強になりたい――

 

 ネトゲのゲーマーなら誰もが一度は思う、それを強く思いながら、メリエルは――目の前が真っ暗になった。

 

 

 そして――妙なことになっちゃったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛歌、私もサーヴァントっていうのを召喚してみたいんだけど」

「また突然ね、麻菜」

「だってほら、いつか起こるかもしれない聖杯戦争とかいうのに参加してみたいし……」

 

 そう言ってきた同い年の従妹である玲条麻菜に沙条愛歌はちょろっと調べてみる。

 こういうとき根源に接続しているのは非常に便利だ。

 

 ただし、根源でも知ることができないものがある。

 従妹は根源を探しても見つからない、分からない存在だ。

 唯一発見できたことといえば彼女が根源を通り道としてこちらにやってきたことくらい。

 

 愛歌にとって完全な未知である麻菜は幼い時に親族が集まる新年会で出会って以来、非常に仲が良く、中学3年生となった今ではすっかりと色々な意味で深い仲である。

 

 

 そんな麻菜に頼まれごとをされると、二つ返事で愛歌は根源で調べ物をしちゃうのである。

 そして今回も愛歌は麻菜の希望通りのモノを見つけた。

 世間一般の倫理観で考えると経歴とか色々と問題があるが、麻菜にとっては問題ないものだ。

 

「あなたにぴったりなのがいるわ」

「マジで?」

「ええ。召喚の呪文とかそういうのはいる?」

「いつものアレを使うからいいわ」

「私が言うのもなんだけど、本当にあなたの魔法ってぶっ飛んでいるわね……」

 

 

 麻菜の扱うものは神霊の権能に類似している。

 

 ただし、彼女の場合はこの世界の法則を異界のもので上書きし、行使するものだ。

 普通ならば抑止力が働くのだが、あいにくと抑止力の対象となるのはこの星の中で生まれたもの限定であり、星の外で生まれたものであれば抑止力による排斥対象にはならない。

 ましてや麻菜のような文字通りの世界の外側から来た存在――フォーリナーに対して、抑止力は意味をなさない。

 間接的に滅びを回避するように抑止力が動くかもしれないが、それでも守護者が降臨するという形にはならないのだ。

 

 もっとも本人には全くそういう自覚はなく、基本的にはやりたいことをやっているというのが愛歌の印象である。

 何かしらの要因で偶々紛れ込んでしまったのかも、と愛歌は考えているが、彼女にとって麻菜がどうしてここにいるのかという理由は瑣末事だ。

 

「名前はタマモヴィッチ・コヤンスカヤよ。いつものアレでアレしてアレすればいいと思う」

 

 そうして、麻菜はいつものアレ――ウィッシュ・アポン・ア・スターを流れ星の指輪(シューティングスター)をはめて使用したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は瞬く間に進み、麻菜が高校生となったある日のことだ。

 

「ひゃっはー! 今日も食べ尽くしてやる!」

「相変わらず、すごい食欲だねぇ」

 

 物凄い勢いでメガ盛りの牛丼を食べていく――それでもその仕草は誰もが魅了されるほどに優雅――な友人に藤丸立香は呆れていた。

 

 彼女の友人は超がつくほどにハイスペックである。

 街に出れば誰も彼もがその容姿に見惚れ、その立ち振舞いも、惚れ惚れとするほどに優雅。

 学力や運動能力においてもずば抜けており、日本だけでなく各国の大学から早くもスカウトがきていることを知っている。

 聞いた話によれば、彼女の従姉も結構なハイスペックらしい。

 

 しかし、そんなハイスペックな友人が超がつくほどの大食いであることは意外と知られていない。

 

「何で私、あんたと友人なんだろうね?」

「何でって言われても……中学時代からの腐れ縁? 高校まで一緒なんてねぇ……」

 

 そんな会話をしているうちにまるで魔法のように、牛丼は彼女の胃に収まっていた。

 5分もかからず平らげた友人に、いつか大食いチャンピオンとかに出ればいいのでは、と立香は常々思う。

 

「というか、その容姿で日本人であることに私は常々疑問なんだけど」

 

 黄金の髪に黄金の瞳というおよそ、日本人離れした容姿だ。

 立香としては美しさを分けてほしい、と何度も思ったことがある。

 

「なんかあれじゃないの、先祖に外人がいたとかそういうの。隔世遺伝っていうやつで。従姉も同じ感じだし」

「そんなもんか。うちの家系は平々凡々だからなぁ」

 

 そう会話をしながらも、2人は牛丼屋を出た。

 夕暮れの街を歩くと、早くも友人がクレープ屋やらたこ焼き屋やらに視線をやり始めた。

 底なしの食欲に立香は苦笑しつつ、色々と苦労もあるんだろうな、と思う。

 

 嘘か本当か分からないが、麻菜は立香にだけこっそりとカミングアウトをしてきた。

 

 私は同性が好きなの――

 

 何気ない一言だ。

 しかし、まだまだ色々と偏見のある社会。

 

 立香としては、もしかしたら彼女が自分のことを好きなのかもしれない、と思うときもある。

 こればっかりは本人に聞きたいところだが、あいにくとそんな勇気はない。

 

 ただ、もしそうであったなら受け入れてもいいかな、という程度に好意はある。

 

 美人で性格も多少の問題もあるが許容範囲内で、話題が豊富で話していて楽しい。

 

 冷静に考えても普通に優良物件なのだ。

 性別程度、別に何も障害にならない。

 

 

 そのとき、友人が何気なくスマホを見た。

 

「あ、従姉からいっぱい着てる。振動無しに設定していたから気づかなかったわ」

 

 そう言って立香にスマホの画面を見せると100通以上のメールがきているのが見えた。

 スマホを見せられたのは何気に初めてだな、と彼女は思いつつも問いかける。

 

「好かれているの?」

「普通を超えた関係ではあるかも。妹のほうとは普通なんだけど……というか従姉って言っても同い年なんだけどね」

 

 従姉とはどんな関係なんだ、と立香は思ったが、ツッコミを入れると面倒臭そうなので、ふーん、と答えるに留めた。

 

「あ、コヤンスカヤからもきてる」

「秘書の人だっけ?」

「うん。めっちゃ有能なのよ」

「あんた、迷惑を掛けているでしょ? なんか夜中に牛丼食べたくなったから買ってこいとか言ってそう」

「それはまだないわ。ピザとかカレーならあるけど」

 

 そんな他愛もない話をしていると立香の目にあるものが飛び込んできた。

 

「あ、献血やってる。麻菜、あんたは無駄に血の気が多そうだからやってきなよ」

「一緒にくる?」

「私はパス。あんたの血とか見たくないし……変な実況つけそうだし」

「今、吸われています。ああ、こんなに! 私の血がって感じで考えていた」

「バカ」

 

 けらけら笑いながら友人は献血のテントへ入っていった。

 TPOは弁えている友人なので人前で変なことはやらかさない筈であると立香は思う。

 

 10分くらいして彼女は戻ってきた。

 

「なんかスカウトされた。国連の職員にならないかって」

「国連の職員? 献血で?」

「ほら私、アレコレやってるからさ。小遣い稼ぎに色々とネットで……」

「小遣いの範疇を超えているような気もするんだけど……で? どこなの? 国連って色々あるじゃん」

「人理継続保障機関フィニス・カルデアってとこ。なんか世界平和がどうたらこうたら」

「行ってきたら? 自己PRで書けるじゃん」

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

 お土産よろしく、と立香は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは嘘かしら?」

 

 オルガマリー・アニムスフィアは報告書に目を通し、思わずそんな感想が口から出てきた。

 極東の日本でレイシフト適正100%という、オルガマリーからすれば羨ましくなる程だ。

 

 同封されている写真を見たとき、オルガマリーは女としても勝てないことを悟った。

 あまりにも美しかったのだ。

 

「……落ち着くのよ、オルガマリー。彼女に悪意はない」

 

 そう自分に言い聞かせて、彼女は溜息を吐いた。

 

「玲条麻菜、ね……」

 

 一般人枠のマスター候補、最後の1人が決まって嬉しいのだが、色々と負けた気がして、オルガマリーは複雑な心境だった。

 

 

 

 



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まさかの爆破テロ

「南極って、すごい」

 

 麻菜は感動していた。

 こんな光景、前世では見られなかった。

 彼女は基本的に自然が大好きであり、ちょくちょく転移魔法を使ってはあちこちの自然遺産を見に行っている程だ。

 

「しっかし、どうにも胡散臭いわね」

 

 前世で企業の裏側を司っていた頃に培った勘が告げている。

 

 何か碌でもないものがある、と。

 しかし、麻菜にとって目下の課題はお土産に何を選ぶかというものだ。

 お土産はペンギンでいいかしら、と彼女は呑気に考えながら、カルデアに到着した。

 

 

 

 

 サーヴァントを使った戦闘訓練なるものを無事に終えて、麻菜は感動する。

 コヤンスカヤには秘書としての仕事を任せていることもあって、麻菜が指示を出してコヤンスカヤに戦闘をさせるなんてことはこれまで一切無かった。

 それ故に今回の戦闘訓練は彼女にとってとても新鮮であったのだ。

 

 そして、麻菜がエントランスに行くと白い獣が跳んでくる。

 

「もふもふしている……この子をお土産にしよう」

 

 フォウ、と鳴いているから名前はフォウでいいだろう、麻菜は確信する。

 

 モモンガだったらシロスケとか名付けそうと同時に思い、笑いがこみ上げてくる。

 あのくそったれな世界であったが、元気にやってくれていることを祈るばかりだ。

 

「フォウさん、急に駆け出して……」

 

 すると今度は白衣を着てメガネを掛けた少女が現れた。

 彼女は麻菜を見るなり目を見開く。

 そんな彼女に麻菜は告げた。

 

「玲条麻菜よ。マスターとやらになりにきたの。案内を頼めるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 マシュ・キリエライトと名乗った少女は麻菜の頼みに快く応じてくれた。

 彼女の案内で説明会の会場へ向かう道すがら、レフ・ライノールと名乗る技師に出会う。

 簡単な自己紹介を済ませて、そのときは別れたが麻菜はビンゴだと確信した。

 

 

 メリエルのパッシブ・スキルにレフ・ライノールは反応した。

 すなわち、異形であり敵対的な存在であると。

 

 説明会か、もしくはそれに続くレイシフトとやらで仕掛けてくる、と麻菜は直感する。

 事前に郵送されてきた資料を読み込んではあるが、レイシフト云々の話は眉唾であり、実際は仮想空間か何かだろうと彼女は考えている。

 

 

「ここが説明会の会場です」

「マシュ、ありがとう。これ、あげるわ」

 

 渡されたのはペンダントだった。

 

「わぁ、綺麗ですね」

「ちょっとしたお守りに持っておいてね」

「ありがとうございます! 先輩!」

 

 なぜだか先輩と呼んでくるマシュに麻菜は心地よさを感じていた。

 

 かつて、ギルドメンバーの中には後輩萌えがいたが、今、麻菜はその良さを実感していた。

 

 

「時間ギリギリよ」

 

 説明会の会場には既に全員が揃っており、オルガマリーは怒気をにじませながら、そう告げた。

 

 麻菜は素直に謝罪して席についた。

 説明会が始まったが、話される内容は基本的に郵送された資料に書かれていたものであった。

 要点だけ掻い摘んでくれないかしら、と麻菜は思いつつ、とりあえず周囲を見回す。

 

 パッと見た感じ、アジア系は1人を除いて誰もいない。

 メガネを掛けた黒髪の少女がその1人だ。

 

『暇そうね?』

 

 伝言(メッセージ)を彼女に飛ばしてみた。

 脳裏に響いた声に驚いたようだが、それでもその鉄面皮は崩れなかった。

 

『何か用? っていうか誰?』

『玲条麻菜よ。さっきギリギリに入ってきた』

『ああそう。それで何の用なの?』

『暇だったから。あなたの名前は?』

『芥ヒナコよ。話しかけないで』

 

 怖い怖い、と麻菜は話しかけるのをやめた。

 今度は別の眼帯の女性に伝言を飛ばす。

 

『こんにちは』

 

 ビクッと体を震わせるが、すぐに彼女は返事をする。

 

『誰ですか?』

『玲条麻菜。さっきギリギリに入ってきた』

『……本当にアジア人ですか?』

『一応そうらしいわよ。あなたの名前は?』

『オフェリア・ファムルソローネです』

『良い名前ね。色々お話しましょうよ?』

 

 

 オルガマリーの説明をそっちのけで、麻菜はオフェリアと会話に精を出す。

 情報収集は基本だ。

 

 そこから得たものによるとオフェリア達はAチーム、麻菜はBチームに所属しており、Aチームは生粋の魔術師達からなる本命とのこと。

 

 当然だろうな、と麻菜は思いつつ、とりあえず自分のサーヴァントが召喚できれば何でもいいや、Aチームのみんな仕事頑張ってというくらいの認識である。

 麻菜がサーヴァントを欲する理由は自分がどれだけ強くなれるか、そもそも英霊に自分の力が通用するのか、という好奇心によるものだ。

 コヤンスカヤが既にいたが、彼女は残念ながら真正面から戦闘をするタイプではなく、搦め手で攻めるタイプだった。

 

 愛歌に頼んでまたちょうどいいサーヴァントを探しても良かったが、この世界における正規の方法で召喚して、何が出てくるかというガチャ的な楽しみを味わいたいと麻菜は思ったのだ。

 

 

 そうこうしているうちに説明会が終わり、オフェリアがAチームの面々に紹介したい、と言ってきた。

 麻菜は勿論承諾した。

 

 

「私は魔術とかそういうのに関しては、ド素人なので是非とも頑張ってほしい」

 

 勿論だ、とAチームのリーダーであるキリシュタリアは力強く頷いた。

 他の面々に麻菜はからかわれたり、ペペロンチーノに対してはペロロンチーノっていう奴を知っているか、と問いかけたりもした。

 

 和やかに会話をしていると、オルガマリーが麻菜を呼んだ。

 

 

「遅刻はしていないけど、それでもギリギリだったから罰として今回は部屋で待機よ」

 

 合法的にサボれると麻菜は内心喜びながら、頷いてAチームの面々にその旨を告げると爆笑されたり、呆れられたりと反応は色々だった。

 

 良い奴らだと麻菜は思う。

 だから助言はしておいたほうがいいだろう、と親切心を出した。

 

「これは私の勘だけど、レフ・ライノールには注意をしたほうがいいわ」

「レフが?」

 

 キリシュタリアの問いに麻菜は頷く。

 

「あくまで勘よ。人の良さそうな顔をしているけど、どうも胡散臭い……ああいうのはどす黒いものを持っているわよ」

 

 説明会ではなかった。

 となると、レイシフトだろう。

 

 おそらくコフィンに入ったときに。

 

 自分がやるならそのタイミングだ、と思うが、どうしてそれを知り得たのか、というとこれはまた証明が面倒くさいことになる。

 

 ユグドラシルの色々なものを披露すれば理屈抜きに信じてくれそうではあるが、難しいところだ。

 

 

「玲条麻菜、早く割り当てられた部屋に行きなさい」

 

 オルガマリーの鋭い声に麻菜は肩を竦ませながら、キリシュタリア達に告げる。

 

「もし死んでも、ちょうどいいところに天使がいるから蘇らせてくれるわ。天使の祝福を、あなた達に」

 

 ウィンクをしてみせ、麻菜はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 彼女が部屋に到着すると何故か先客がいた。

 不法侵入者に溜息を吐きながらも声をかける。

 

「ちょっとそこの不審者。ここ、今日から私の部屋なんだけど」

「え? だってこれからレイシフト実験の筈じゃ……特異点Fに向かうって……」

 

 オレンジ色の髪をしたその人物に麻菜は溜息を吐いた。

 

「説明会に到着するのがギリギリだったから、今回はダメだって私は言われたのよ」

「あー、なるほどね。ということは君は合法的にサボれるんだな!」

「そうだけどいいの? そんなノリで」

「いいんだよ。僕は緩くやるんだ。マリー……オルガマリー所長はカリカリしているからね。まあ、彼女にも色々あるんだ。そこは察してくれると助かる」

「ええ、構わないわ。私は玲条麻菜よ」

「ロマニ・アーキマンだ。医療部門のトップで、皆からはロマンと呼ばれている」

 

 よろしく、とロマニと麻菜は握手を交わす。

 

「しかし、君が驚異のレイシフト適正100%か。写真で見たのよりも本物は美人だね」

「あら、ありがとう。ロマン、せっかくだからカルデアとか魔術とか色々と教えて欲しいわ」

「勿論さ……と言いたいところだが、どうやら仕事の時間だ」

 

 レフから通信が入った。

 すぐに管制室に来て欲しい、とのことだ。

 

 

 

 その通信を受けて部屋から出ようとするロマニであったが、彼の服の裾を麻菜は掴んだ。

 

「へ?」

「まあ、待ちなさいよ。レフ・ライノールが仕掛けてくるわ。私といたほうが安全よ?」

「それってどういうことだい?」

 

 ロマニは真剣な表情で問いかけた。

 

「杞憂ならいいんだけどレフ・ライノールは人間じゃないわ。異形よ、アレ。おまけに敵対的な意思がある」

「……その表情は嘘をついているわけじゃなさそうだけど、どうやってそれを?」

「理由は明かせないけど信じてもらえるように、証明してみせましょう」

 

 麻菜はそう言って転移門(ゲート)を開き、顔を突っ込んだ。

 ロマニは呆気に取られて、彼女の行動を見つめることしかできない。

 

 すると黒い靄から白いスーツ姿のメガネを掛けた女性が現れた。

 

「もう麻菜様ったら! 私がいないとダメなんだから……」

「コヤンスカヤの能力が凄くてダメにされてしまうのよ」

 

 2人が突然イチャイチャしだしたので、ロマニは深く溜息を吐いた。

 しかしながら立場上、問いかけないわけにはいかない。

 

「彼女は誰だい?」

「あら失礼。私、麻菜様の秘書を務めておりますタマモヴィッチ・コヤンスカヤと申します。お見知りおきを」

「はぁ、どうも。その、どういうご関係で?」

「見て分かりません?」

 

 コヤンスカヤはそう言って、麻菜をぎゅーっと抱きしめた。

 

 

 百合だな、とロマニは確信しつつ、セキュリティ上の大問題をやらかしたことについて問いかけようとした、そのときであった。

 建物全体を揺るがすような衝撃が襲う。

 ロマニは床に転倒するが麻菜とコヤンスカヤは転倒などはせず、すぐさま麻菜が各種防御魔法を展開した。

 

 レフによる追撃を防ぐ為に。

 転倒したロマニはぶつけたところを擦りながらも立ち上がって告げる。

 

「信じられないけど、当たってしまったみたいだね」

「ええ。私以外では見抜けないんじゃないかしら」

「君はただの一般人ではないね。魔術師かい?」

 

 ロマニの問いかけに麻菜は答える。

 

「いいえ、違うわ。ただワケアリなだけよ」

 

 

 そして彼女は更に言葉を続ける。

 

「そんなことよりも早く行動した方がいいんじゃない? こういう場合の緊急対策マニュアルは頭に叩き込んであるでしょう?」

「あ、そ、そうだね! あとで詳しく聞かせてもらうから!」

 

 ロマニは慌てて駆け出していった。

 

 さてどうしたものか、と麻菜は思ったが、とりあえず生存者救出と死者蘇生をせねばならないだろう、と判断する。

 

「麻菜様、どうします?」

「何だか面白い展開になってきたので、助ける感じで」

「分かりましたわ」

 

 

 

 麻菜とコヤンスカヤが部屋を出るとそこは地獄絵図だった。

 瓦礫が散乱し、足の踏み場もない。

 

 しかし、麻菜やコヤンスカヤにとってはそんなもの障害にもなりえないし、こういうのは見慣れた光景である。

 大小様々な瓦礫を撤去し、死体があったなら麻菜が蘇生して――もちろん、レベルダウンを防ぐアイテムなどを使用して――管制室とやらに向かう。

 

 

 幸いにも廊下には案内板があったので、地理に不慣れでもなんとかなった。

 

 

 その途上、マシュが麻菜を見つけて合流してきた。

 彼女に渡したペンダントは十分にその効力を発揮しているようで、彼女とその肩に乗っているフォウを薄い膜が包み込んでいる。

 フォウがコヤンスカヤを見て、何だか不思議なものを見たような顔になった感じがしたが気のせいだろう、と麻菜は思った。

 

 

「マシュ、こっちは私の秘書でコヤンスカヤっていうの。詳しいことは後回しにして、とりあえず管制室へ行きましょう……ところで、何か不穏なアナウンスが聞こえるんだけど」

「レイシフト実験がそのまま実行される可能性があります。私と先輩はレイシフトするかと……」

「それによって死亡する可能性は?」

「大丈夫だとは思いますが……」

「やっぱり管制室に行くしかないわね。コヤンスカヤ、救助その他色々と手伝ってあげて」

「畏まりましたわ」

 

 そんな会話をしながらも管制室に向かうもレイシフトのカウントダウンが始まり――管制室に辿り着く前にカウントはゼロになった。

 

 同時に麻菜の視界は光に包まれた。

 

 

 



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燃える展開

「仮想空間……という感じではなさそうね」

 

 麻菜は特に驚くこともなく、そのように結論づけた。

 五感から得られる全ての情報は紛れもなく本物だ。

 

 特異点Fって何かしら、と麻菜は思いつつ適当に歩く。

 燃え盛る街並を横目に見つつ。

 

 ちょうど良く案内板があった。

 それによればここは冬木市というところらしい。

 

 頭文字を取って特異点Fと名付けたのか、と麻菜は考えていると、ガシャガシャという音が聞こえてきた。

 視線を向けると――

 

「スケルトン? また随分と懐かしいのが出てきたわね」

 

 正確には竜牙兵であるのだが麻菜にはそんなことは分からない。

 また彼女の脅威にもならなかった。

 

 ワラワラと10体程が近寄ってきて麻菜を取り囲む。

 そして、手に持った剣を振り上げて彼女に斬りかかってきたが、そんなものが通用する筈もない。

 

「どうしようかな」

 

 必死に剣を振り上げては麻菜に向かって下ろすという行為をしている竜牙兵達を無視して、彼女はこれからを考える。

 

 レイシフトの説明が事実であったならば、ただの転移魔法で帰ることはできないだろう。

 となると超位魔法を使う必要が出てくる。

 

「もう家に帰ろうかな。あ、でもサーヴァントは欲しいなぁ」

 

 そう言ったときだった。

 

「先輩! 今、助けます!」

 

 妙にエロティックな服を着て、大きな盾を持ったマシュが駆け寄ってきた。

 そして、その盾を縦横無尽に振り回して竜牙兵達を一蹴する。

 

「大丈夫でしたか?」

「ええ、ありがとう。ただマシュ、あなたってそういう趣味があったのね」

 

 え、とマシュは思わず目を丸くする。

 

「あの先輩。何か勘違いをされていませんか?」

「コスプレか何か?」

「違います! 色々と理由はあるんですけど、簡単に言うと私に英霊が力を貸してくれたんです!」

「降霊術とかそういう感じのやつ?」

「そういうものです。先輩、私とサーヴァント契約を結んでください」

「分かったわ。やり方を教えて頂戴」

 

 麻菜はマシュに言われた通りの手順で、彼女とサーヴァント契約を交わす。

 そのとき声が聞こえた。

 

 2人がそちらへと視線を向ければ、竜牙兵達に追いかけられるオルガマリーの姿があった。

 

「ちょっと助けてきます!」

「いってらっしゃい」

 

 マシュが助けに入り、オルガマリーは竜牙兵の脅威からようやく解放された。

 

 

 

 

 

「玲条麻菜とマシュの2人だけなんて……」

 

 最悪だわ、とオルガマリーは両手で顔を覆った。

 麻菜としても気持ちはよく分かるので、何とも言えない。

 ド素人とベテラン1人ずつを残して任務遂行直前に部隊が全滅などという最悪の事態である。

 どんな指揮官であろうが躊躇なく撤退を決断すべき状況だ。

 

「とりあえずカルデアと通信をするわ。そして玲条麻菜、あなたにはサーヴァントを召喚してもらうから」

 

 それでも的確に指示を飛ばすあたりに、麻菜は年のわりにはよくやれていると素直にオルガマリーを評価する。

 

 こういう状況でも冷静さを失わないというのは称賛に値することだ。 

 

 ともあれ、麻菜にとっては正規の方法による初めてのサーヴァント召喚である。

 

「ガチャって良いものね……」

「はい?」

 

 マシュが小首を傾げるが、何でもないと麻菜は返す。

 とはいえ、サーヴァント召喚とは言っても、麻菜が何か特別なことをするということではない。

 マシュが持っている巨大な盾に召喚陣を描いて、そこに魔力を流すだけらしい。

 

 ふと麻菜は思った。

 

 これ、もしかしたら私の知り合いが来るんじゃ――

 

 プレイヤーか、はたまたNPCかは分からないが、それらが来る可能性が無きにしもあらず。

 モモンガあたりは呼ばれればひょっこりとやってきそうだ。

 

「先輩、準備ができました。魔力の流し方は分かりますか?」

「たぶん大丈夫」

 

 転生してから、ユグドラシルではできなかった魔力の使い方に関しても麻菜は愛歌の指導の下に研究していた。

 その為に魔力を体から放出する程度なら簡単にできるのだ。

 

 召喚陣に手をかざし、そこから魔力を召喚陣へと送る。

 すると召喚陣が輝きはじめ――やがて光が溢れた。

 

 光が収まると、そこには尼さんが立っていた。

 

「アルターエゴ、殺生院キアラ。救いを求める声を聞いて参上いたしました」

 

 麻菜は鷹揚に頷いて、告げる。

 何となくキアラからはそういう気配(・・・・・・)を感じ取ったのだ。

 

「とりあえず、どうかしら?」

「ええ、喜んで」

「じゃあ、この状況を解決した後に」

「はい、分かりました。ふふ、とても楽しみですね」

 

 マシュにはいったいそれが何を意味しているか、分からなかった。

 

 そこへカルデアとの通信を終えたオルガマリーが戻ってくるが――思いっきり溜息を吐いた。

 

「これ……大丈夫なの?」

 

 オルガマリーは不安であった。

 どう見てもキアラは強そうには見えない。

 

「こう見えても私、サーヴァントですよ?」

「あー、うん、そうねぇ……」

 

 キアラの言葉にオルガマリーは曖昧な返事をしながら、麻菜へと向き直る。

 

「どうにかできる?」

「問題ないわ」

 

 問いに対して麻菜はそう答えつつ、更に言葉を続ける。

 

「そこに隠れている奴は敵? それとも味方?」

 

 瓦礫の山の方向へ向けて彼女は問いかけた。

 突然の行動にオルガマリーとマシュは目を丸くするが、すぐにその行動の結果が返ってきた。

 

「出るタイミングを見計らっていたんだが、あっさりと見抜かれてちゃ世話ないな」

 

 そう言いながら、フードをかぶった男が現れた。

 彼はフードを脱ぎ、その素顔を露わにする。

 

「ここで行われていた聖杯戦争のキャスター、クー・フーリンだ。道案内が必要なら手を貸すぜ?」

 

 

 

 

 

 現れたクー・フーリンとのやり取りはオルガマリーが行った。

 麻菜は端っこの方でキアラにアレコレ質問していたに過ぎない。

 

 麻菜が聞いた話はキアラの身の上話だ。

 その過程で彼女が肉体的・精神的・魂的に色々な意味で満足したいという願いがあることが分かった為、麻菜はいつものアレで叶えてあげることにした。

 ただし、麻菜と接することによってのみ満足できるという条件付きだ。

 

 キアラはそれを快諾し、どういう方法でそうしてくれるのかとワクワクした。

 

 緊張感というものは残念ながら2人の間にはなかった。

 

 

 

 

 

 クー・フーリンの案内で一行は進む。

 途中出てくる竜牙兵達はキアラとマシュがあっという間に蹴散らしていく。

 キアラの強さにオルガマリーはびっくりしたが、嬉しい誤算だった。

 シャドウサーヴァントと呼ばれる通常のサーヴァントが劣化した存在もいたが、それらも問題なく処理できていた。

 その合間にクー・フーリンとマシュが模擬戦を行い、宝具を擬似的な展開に成功したりしたが些細なことであった。

 そして彼曰く、山の地下にある洞窟に聖杯があり、それの守護者がいるとのことだ。

 

 

 

 

「ここから先は通行止めだ」

 

 その途上、紅い外套を羽織った男が立ちふさがった。

 クー・フーリンがあからさまに舌打ちをしてみせる。

 

「ついに門番になったか?」

「何とでも言うがいい」

 

 問いに外套の男からの答え。

 その答えにクー・フーリンは言葉を返すのではなく、杖を向ける。

 

 

「ここは俺に任せておけ。コイツとは真っ当に聖杯戦争をやっていたときから、腐れ縁があってな」

「私としてはクー・フーリンとの腐れ縁なんぞ御免被るがな」

「ほざけ、弓兵!」

 

 何やらそのまま戦闘に入っていったクー・フーリンと外套の男。

 すっかり自分達の世界に入り込んでしまったらしく、カルデア一行のことなぞ、頭から消え失せてしまったように見えた。

 

「……進みましょうか」

 

 ため息混じりにオルガマリーはそう指示を下した。

 

 

 

 

 

 天然の鍾乳洞をカルデア一行は進んでいく。

 不気味な気配ではあったが、怖気づく者はいない。

 とはいえ、既に麻菜は感じ取っていた。

 

「キアラ、分かる?」

「ええ、分かります。相当な手練がいらっしゃいますね」

「いや、なんで分かるのよ……マシュ、あなたは分かる?」

「何となく嫌な感じはしますが……その程度です」

 

 麻菜とキアラのやり取りにオルガマリーとマシュは呆れと困惑が混じった感情を抱く。

 

「さっきの外套の男……アーチャーとかいう奴とは比べ物にならないくらいには強いわよ?」

「え、それって大丈夫なの?」

 

 そこまでとは予想していなかったオルガマリーの問いかけ。

 

「大丈夫よ。だって私がいるから」

 

 何気なく言われたその一言。

 ド素人の一般人が強がって言った――というようにはオルガマリーもマシュも全く感じなかった。

 むしろその逆で、絶対の自信に裏打ちされた力強い言葉だった。

 

「ふふふ、麻菜様の凛々しいお姿……ますます、この後が楽しみです」

「ぐへへへ、満足させてやるわ……」

 

 そんなやり取りを目にしたオルガマリーはマシュに向かって告げる。

 

「マシュ、あなたはそのままでいて」

「はい、所長……私も、ちょっと先輩についていけるか不安になってきました」

 

 2人の会話を聞いて麻菜が頬を膨らませる。

 

「失礼しちゃうわね。絶望を避けられないのなら、そこに楽しみを見出さないとダメよ? ある程度、楽観的の方が人生は楽しくなるわ」

「麻菜、あなたはちょっと図太すぎるわよ……」

 

 オルガマリーのツッコミを聞きながら、大空洞へとカルデア一行は進入した。

 

 

 

 

 

 

 

 大空洞の中央に佇んでいたのは黒い鎧を纏った少女だった。

 彼女を認識するや否や麻菜は疾風の如く速さで地を駆け、無限倉庫から愛剣を取り出して鞘から引き抜いた。

 そして、勢いそのまま剣士に斬りかかった。

 

 さすがにこれにはオルガマリーもマシュも呆気に取られ、キアラは「あらあら」と微笑んだ。

 当然、剣士の顔も驚愕に染まるが、すぐさま苦痛に歪んだ。

 麻菜の振るったガラスのような刀身の剣。

 脆そうに見えるが、そんなものは見た目だけだった。

 

 事実、剣士の持つ不可視の剣はその剣を折ることはおろか、傷一つつけることはできない。

 また、驚くべきことに麻菜の振り抜こうとする剣を防ぐように合わせた剣士の不可視の剣、それが徐々に押されていた。

 

「なんという馬鹿力だ……!」

 

 剣士の声は綺麗なものであった。

 

「あら、こんなに可憐で美しい私に馬鹿力なんて、失礼しちゃうわ」

 

 よいしょ、そんな掛け声ともに麻菜は簡単に剣を振り抜いた。

 剣士の少女は弾き飛ばされるも、体勢を立て直して地面へと着地する。

 

「名は?」

「玲条麻菜よ。あなたは?」

「サーヴァントである私に、名を尋ねるのか?」

「今、この状況で真名を隠すことに意味があると思っているなら、あなたに対する評価を改めなければならないわ」

 

 それも道理だ、と剣士の少女は頷く。

 もはや聖杯戦争など何の意味もなく、何よりも宝具を使えば嫌でも分かってしまう。

 ならば自ら名を名乗ったところで別に構わないだろう、と彼女は考えた。

 

 

「我が名はアルトリア・ペンドラゴンだ」

 

 アーサー王って女だったのか、と麻菜は思いつつも告げる。

 

「どうかしら? 私が勝ったら、あなたをサーヴァントにするっていうのは?」

 

 アルトリアは目を丸くした。

 この状況で、そんなことを言い放つとは予想外だった。

 

「ちょ、ちょっと麻菜! 何を言っているのよ!?」

「だってアーサー王よ? あのアーサー王と1対1で戦える機会なんて滅多にない。だから、チャンスだと思って」

「あなたどこまで非常識なのよぉ!」

 

 オルガマリー、渾身の叫び。

 しかし、アルトリアは別にそれを非常識だとは思いもしなかった。

 彼女は告げる。

 

「もとより勝者は敗者を好きにできる。貴様が勝てばそうするが良い」

「それは重畳。では、戦いましょうか?」

 

 にこり、と麻菜は微笑んだ。

 まさに女神の微笑みであったがアルトリアからすれば死神の微笑みだ。

 

 瞬間、アルトリアは不可視の剣を振るった。

 金属音が大空洞に木霊する。

 

「下手くそだな」

 

 速さも、力の強さも認めよう。

 だが、技量はアルトリアからすれば稚拙に過ぎた。

 まだ彼女の時代の騎士見習いのほうが良い腕を持っていた。

 

「そうなのよ、そこが私の唯一の弱点。だから技量も欲しいの」

 

 あっさりと肯定した。

 アルトリアはくつくつと笑う。

 

「贅沢なやつだ。この私を剣の師匠にでもするつもりか」

「あなただけじゃないわ。せっかくのこの状況、楽しまねば損。古今東西のあらゆる英雄達に鍛えてもらうことにするの」

「お前の目指す先はなんだ?」

「趣味で世界最強を目指そうかなって密かに思っていてね。てっぺん、取ってみたいでしょ?」

 

 どこまでも純粋な思いにアルトリアは笑い声を上げてしまう。

 ここまでの馬鹿な輩を見たのは初めてだった。

 

 しかし、アルトリアとしても気持ちは分からなくはない。

 

 騎士として、ただひたすらに自らの強さを求めることができたなら、それはそれで満ち足りているだろう、と。

 

「そこまで笑うことはないんじゃないの?」

「貴様が馬鹿なことを言うのが悪い」

 

 会話をしながらも2人は剣を振るう。

 スペックで麻菜は圧倒するが、しかし、アルトリアはその差を技量で埋める。

 刹那の間に交わされる刃の応酬は途切れることがない。

 

 だが、それにも終わりがある。

 

 幾度目かのぶつかり合い、互いに顔と顔が間近に迫ったとき麻菜は小さい声で告げる。

 

「見られているから、こっそりと本気を出させてもらうわ」

 

 アルトリアは小さく頷き、その本気とやらを見せてもらおうと思った直後、両足が地面に沈み込んだ。

 まるで足元が急に沼地にでもなったかのような――

 

 刹那の驚愕。

 しかし、それは麻菜にとっては十分過ぎた。

 彼女は剣を弾き、アルトリアの体勢が崩れ――鮮血が吹き出した。

 

 鎧ごと袈裟懸けに斬られたアルトリア。

 胴体の切断とまではいっていないが十分に致命傷であった。

 

 しかし、そこで麻菜はさらなる一手を打つ。

 すかさずアルトリアに大治癒(ヒール)を掛けた。

 

 鎧を修復する効果などはない為、アルトリアの肉体のみが修復される。

 

「ちょっと死にそうな振りをしていて。面白いものを見せるから。勿論、私の勝ちってことでいいわね?」

 

 アルトリアは小さく頷きながら、それでも言わずにはいられなかった。

 

「魔術師だとは予想できなかったぞ」

 

 小さな声でそう言われた麻菜は、にやりと笑いながら覗き見をしている輩がいる場所――大きく窪んだところへと視線を向ける。

 

 そこは魔力の溜まり場とでもいうべきものであり、いわゆる冬木の大聖杯であったが、麻菜にはそんなことは分からない。

 

「そこに隠れている輩、姿を現しなさい」

 

 麻菜の呼びかけにオルガマリーとマシュは驚き、そちらへと視線を向ける。

 呼びかけから程なく返答があった。

 

「一般人枠かと思いきや、とんだ番狂わせだ。とはいえ無駄な足掻きだがね」

 

 レフ・ライノールが現れた。

 

「レフなの!?」

 

 オルガマリーの問いかけに、いかにも、と彼は肯定しつつ深く溜息を吐く。

 そして、堰を切ったように溢れ出る罵詈雑言の数々。

 

 しかし、麻菜はその罵詈雑言の数々――カルデアという組織に対するものであったり、オルガマリーに対するものであったり――共感できてしまうから困った。

 カルデアやオルガマリーに対する悪意への共感ではなく彼が抱えたストレスに。

 

 

 前世における麻菜の経験からすると、レフのそれは上司から面倒くさい無理難題な仕事を押し付けられて、それをどうにか四苦八苦しながらこなしているけれど、潜入先の連中が予想以上にダメ過ぎて、ストレスを溜めに溜め込んだ、というような悲哀が感じられた。

 

 苦労しているんだなぁ、と麻菜は心で涙する。

 

「とりあえず、オルガマリーは本来はレイシフトできなかったけど、実はもう死んでいるからできたっていうことでいいのかしら?」

「ああ、そういうことで構わない。ついでに絶望をプレゼントしよう」

 

 レフの言葉とともに彼の背後にカルデアスが浮かび上がった。

 地球を模したそれは真っ赤に染まっている。

 

 どういうことなのかちょっと理解が追いつかなかった麻菜だが、レフが簡単に説明してくれた。

 

「時空を繋げて投影している。カルデアスが赤く染まっているだろう? カルデア以外の全ては焼却されたのだ」

「つまり世界の終わりっていうことかしら?」

「そういうことになるな。玲条麻菜、君もさっさと死んだほうがいい。そうすれば苦しい思いはせずに済むぞ? たとえ君が強く、またどれだけサーヴァントを従えようと、もはや詰みだ」

 

 なるほど、と麻菜は頷く。

 しかし彼女には疑問が湧いてくる。

 一般人ではない彼女だからこそ出てきたものだ。

 彼女はメリエルとしては勿論のこと、前世のリアルにおいても世界の滅亡とか危機とかそういうのは慣れっこだった。

 

 前世のリアルに当てはめるなら核テロがあちこちで実行されて、世界は核の炎に包まれたって具合かしら、と麻菜は考えた。

 

 幸いにも目の前に実行犯らしき輩がいる。

 ならば情報収集に努めるのは彼女からすれば当然であった。 

 

 

「おかしいわね。目的が分からないわ」

 

 その言葉にレフは興味深そうな視線を麻菜へと向けながら問いかける。

 

「ならば君の推測を聞かせてもらおうか?」

 

 彼の言葉に麻菜は問いかける。

 

「世界を滅ぼすような力があるなら何でこんなに遠回りをしているの? もっと直接的にやればいいのに」

「急がば回れ、という諺で納得はできないかね? 何分、世界を滅ぼすには色々と障害が多いのだよ」

 

 レフの言葉に麻菜は首を横に振る。

 

「それにしてもおかしいわ。世界を滅ぼすというのはあくまで手段であるはず。とんでもない狂人であれば目的がそうなってもおかしくはないけれど、あなたからは確かな知性が感じられる」

 

 レフは軽く頷くことで彼女に続きを促す。

 

「世界征服ではなく滅ぼすっていうのが不思議なのよね」

 

 麻菜はそこで言葉を切り、小首を傾げつつ更に言葉を続ける。

 

「絶対の支配者として君臨する為に世界征服をするっていうなら、まだ分かるんだけど……滅ぼしてしまうと、そもそも君臨する意味が無くなってしまうもの」

 

 麻菜はそこまで言って、口元に人差し指を1本当てて口元に笑みを浮かべた。

 

「となると答えは一つ。世界を滅ぼして、ゼロに戻した後に望む世界を創ること。どうかしら?」

 

 尋ねる麻菜にレフは拍手でもって応えた。

 

「素晴らしい。僅かな情報で、そこまで推測してみせた。称賛に値する。君がもっと早くカルデアに来ていたならば、私としても計画の修正を余儀なくされただろう」

「ありがとう。ところでレフ、もう詰んでいることは分かったけれど、ささやかな抵抗をしても構わないかしら?」

 

 麻菜の問いにレフは頷く。

 

「無論だとも。私のおすすめは即自害することだが、君達には人類最後の希望として抵抗する権利がある。まあ、実際に矢面に立つのは人類最後のマスターである君だ」

「それは良かったわ。どうかしら? まず万に一つも勝ち目はないけれど、もし私が勝ったなら、景品の一つでも欲しいわ」

 

 麻菜の言葉に対して、レフは万が一にもありえないと確信したからこそ安易に告げてしまう。

 

「いいだろう。何がほしい?」

「あなたを含む、今回の世界滅亡に参加した輩全員を私の使い魔にしたいのだけど」

 

 さすがのレフも呆れながら問いかける。

 

「自分が何を言っているか、分かっているのか?」

「分かっているわ。優秀な部下って得難いものよ?」

「……一応考えておこう。君達の置かれた状況からひっくり返せたならばな」

 

 レフはそう告げて消えると同時にカルデアスも消え去った。

 彼はオルガマリーをカルデアスに吸い込ませるということを最初は考えていたが、麻菜とのやり取りでどうでも良くなってしまったのだ。

 また、オルガマリーはもう死んでいると高を括っていた為でもあった。

 

 

 

 

 

 

「随分と大見得を切ったな。麻菜と言ったか?」

 

 最初に口を開いたのはアルトリアだった。

 そんな彼女に顔を向け、麻菜は微笑む。

 

「負け戦をひっくり返してこそ、英雄でしょう?」

 

 アルトリアは笑いがこみ上げてきた。

 

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、本当に馬鹿者だな貴様は」

「失礼ね。馬鹿って言う奴が馬鹿なのよ」

「そうか、では貴様は大馬鹿者だ。だが好ましいぞ。いいか? 絶対に私を呼べ。お前が呼んだら私は答える。負け戦のひっくり返し方を教えてやろう」

 

 そして、アルトリアは懐から聖杯を取り出して麻菜へと渡した。

 

「ほれ、勝者の証だ」

「すっごい雑ね。有り難みの欠片もない渡し方」

「うるさい。私はさっさと戻っておく。お前達もさっさと帰れ。そして私を呼べ」

 

 そう言って、アルトリアは光の粒子となって消えていった。

 

「うーん、アーサー王って傍若無人だったのね」

 

 そう言いながらオルガマリーへと麻菜は視線を向けた。

 彼女は地面に仰向けに倒れている。

 どうやら衝撃のあまり途中で気絶してしまったようだ。

 その横ではマシュが沈痛な顔をしていた。

 

『ようやく繋がった! いったい、どうなったんだい!?』

 

 そこでロマニが現れた。

 

「面倒だからマシュに聞いて」

 

 麻菜はそう告げて、オルガマリーの傍へと歩み寄った。

 

「先輩……」

 

 泣きそうな顔のマシュに麻菜は優しく微笑み、告げる。

 

「大丈夫よ。私に任せて」

 

 そこへクー・フーリンもやってきた。

 あちこちボロボロであったが、致命傷という程ではない。

 

「どうなった? 勝ったか?」

「勝ったわよ。色々あってオルガマリーが実は幽霊だったので、蘇生するところ」

「マジかよ」

「マジよ」

 

 どういうことだい、とロマニは問い詰めるが、麻菜は無視して流れ星の指輪(シューティングスター)を取り出した。

 

 そして、超位魔法を発動する。

 麻菜の足元に巨大な青い積層型の魔法陣が展開された。

 

 膨大な魔力が麻菜を中心に溢れ出す。

 

「オルガマリー・アニムスフィアをレイシフトに耐えられるよう、必要とされる適性を全て完全に持った上で、一切の後遺症などなく完全に蘇生しなさい。ウィッシュ・アポン・ア・スター」

 

 オルガマリーの体が青く優しい光に包まれた。

 

 やがて光は消えてなくなったものの、彼女の体に変化はない。

 

「ロマニ、オルガマリーを帰還させて」

『信じていいんだね?』

「信じていいわ。ダメなら聖杯を使うから」

『分かった』

 

 ロマニはそう答えてから数十秒後、麻菜達の前からオルガマリーは消えた。

 

『……信じられないことだが、所長は無事にこっちに戻ってきたよ』

 

 ロマニは驚いた顔で、そう告げた。

 オルガマリーに適性がないことは彼だって知っている。

 適性がなければレイシフトには耐えられない。

 けれど、彼女はレイシフトに耐え、戻ってきた。

 

「それは重畳。色々説明をするから私達も戻して頂戴」

『分かった。ただ、麻菜君……ありがとう』

「構わないわ。困っている人がいたら助けるのは当たり前らしいからね」

 

 そう告げる麻菜にマシュが抱きついた。

 彼女は泣きながら、よかったと連呼する。

 麻菜は彼女の頭を撫でながら、クー・フーリンへと視線を向ける。

 

「仮契約は一旦破棄して、向こうで改めて召喚する形になるかしら?」

「そうなるな。ランサーで呼んでくれ」

「分かったわ」

「んで、麻菜。今の状況と敵はどんなやつだった?」

「状況は世界滅亡の一歩手前。敵はおそらく複数犯で人外。私が人類最後のマスターですって」

「敵も状況も最高じゃねぇか。つーわけで、俺を呼べ。相応の働きはするからな」

「ついでに武術っていうか、そういうの教えて。私は技量が無さすぎてね」

「おう、実戦形式で教えてやるよ」

 

 そう言ってクー・フーリンは笑いながらアルトリアと同じく、光の粒子となって消えていった。

 

「さて、キアラ。出てきたからには最後まで付き合ってもらうわよ?」

 

 麻菜はキアラへと顔を向け、そう問いかけた。

 キアラもまた妖艶な笑みを浮かべ答える。

 

「勿論ですわ。地獄の底までお付き合い致しますので……」

「よし。じゃあカルデアに戻るとしましょうか」

 

 麻菜はそう言いながら、ワクワクした気持ちだった。 

 それはひとえにアルトリアやクー・フーリン以外のサーヴァントも召喚する必要がある。

 世界を救う為なので、それは仕方のないことだ。 

 

 どういう輩が出てくるのか麻菜は楽しみだった。

 

 

 

 



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全ては世界を救う為に!

 カルデアに戻った麻菜達は事情聴取を受けることになった。

 とはいえ、麻菜は答えるのを面倒くさがったので基本的にはマシュが何があったかを説明し、ロマニとカルデアの特別技術顧問という、ダ・ヴィンチが質問をする形となった。

 

 本来ならオルガマリーも同席する必要があったが、彼女はロマニの判断で休息を優先させた為に同席していない。

 後ほど、ロマニとダ・ヴィンチの両名が説明することになるだろう。

 

「それで麻菜。最後の質問だけど、君は何者だい?」

 

 ダ・ヴィンチの問いかけに麻菜は不敵な笑みを浮かべる。

 キアラもこれには興味があるらしく、じーっと麻菜を見つめている。

 

「私は異世界から転生してきたのよ、何でか知らないけど。前世にあたる異世界の魔法とか種族的なやつとかその他諸々は全部引き継いでいる感じ。強くてニューゲームっていうやつね」

 

 特大の爆弾が炸裂した。

 しかし、ロマニとダ・ヴィンチ、マシュは狼狽えない。

 既にオルガマリーの蘇生という、とんでもないことを麻菜がやらかしていたが為に。

 

「異世界ってどんなところ? むしろ、そっちが気になるんだけど」

「こっちの世界でいうところの北欧神話をベースに、色んな神話の種族や生物ごちゃまぜっていうところかしらね。クトゥルーの連中もいたわよ? 私も召喚できる。ティンダロスのワンコとか」

 

 3人の顔が引き攣った。

 ティンダロスのワンコと麻菜は可愛く呼んでいるが、その正体を3人は知っている。

 

「そりゃ世界が滅んだ程度じゃ驚かないわけだ。そんなのがいるなら世界の滅亡なんてよくあったんじゃないの?」

「1週間に1回くらいは滅亡の危機になっていたわね」

 

 イベント的な意味で、と麻菜は心の中で付け加えながら更に言葉を続ける。

 

「他のマスター連中だけど全て終わった後まで蘇生させないほうがいいかも。びっくりするほど大失態だから物理的に首が飛ぶわよ?」

 

 そりゃそうだ、とロマニとダ・ヴィンチも頷いて、マシュは怯える。

 リアルに想像できてしまったのだろうか、どうにも顔色は良くない。

 そんなマシュに麻菜は胸を張って告げる。

 

「大丈夫よ、私がいるから」

「いえ……むしろ先輩が何故か色々とちょっかいをかけてくる相手に対して、嬉々として殺戮をする姿が目に浮かんでしまって……」

「失礼な後輩ね」

 

 麻菜はそう言いながら、マシュのほっぺたをつつく。

 むにむにとした感触に思わず感動してしまう。

 

「マシュの名前ってマシュマロからきているに違いない」

「違うからね。それで麻菜君、この後の予定だけど……」

 

 ロマニの言葉に麻菜は素早く反応して告げる。

 

「サーヴァントを召喚したい。というか、させて。カネは払うから!」

 

 必死な麻菜にロマニとダ・ヴィンチは苦笑する。

 

「ちなみに麻菜。何でそんなにサーヴァントを欲しがるんだい?」

「実は趣味で世界最強を目指そうと思ってね。英霊達から色々指導してもらいたいし、当時の文化とか生活様式とか、そういうのを知りたいのよ」

 

 麻菜以外の全員が目を丸くした。

 英霊達に指導してもらいたい、というのは分からなくもないが後半の理由だ。

 

「え? 普通、知りたくならない? 例えばダ・ヴィンチが普段どんなモノを食べながら、絵を描いていたとか普通に知りたいんだけど」

「いやまあ……普通のものを食べてたよ? っていうか、麻菜は変わっているね。うん、変人だ」

 

 にこにこ笑いながら、変人認定をするダ・ヴィンチに麻菜は首を傾げてマシュへと視線を移す。

 

「そんなに変?」

「変といえば変ですね……ですが私としても言われてみると気になります」

 

 そうでしょう、と麻菜は満足げに頷きつつ、ロマニへと視線を移す。

 

「ダメかしら?」

「いや、ダメじゃないけどさ……意外だった。サーヴァントって一般的な魔術師は道具扱いするからさ。君なんて超越的な力を持っているから、てっきりそういうものだと……」

 

 ロマニの言葉に麻菜はむーっと不満げに頬を膨らませてみせた。

 

「サーヴァントで呼び出すのは過去の英雄でしょう? たかが召喚主風情が彼らを道具扱いできるのかしら? 愚かにも程があるわ」

 

 真摯な表情でそう告げる麻菜。

 そこに嘘偽りは全くない。

 

「麻菜、やっぱり君は変人だね。だけど、好ましいと私は思うよ」

 

 ダ・ヴィンチはにっこりと笑って、そう言い、更に言葉を続ける。

 

「ロマン、問題なさそうだよ。むしろ彼女が残って……いや、たぶん爆弾程度じゃ死なないだろうけど、ともあれ彼女だけがマスターというこの状況は不幸中の幸いだ」

「そうだね。魔術師らしい魔術師だと、とても面倒なことになりかねなかった」

 

 ロマニはダ・ヴィンチへとそう答え、麻菜へ告げる。

 

「麻菜君、サーヴァントを召喚しよう……といいたいところだけど、実は召喚システムの点検が終わっていなくてね。少し待ってほしい」

「待てない。壊れた設備は直してあげるし、死んだ職員は蘇生するわよ?」

 

 そうくるとは思っていなかったが、ロマニやダ・ヴィンチとしてはその申し出は有難かった。

 

「ありがとう。頼めるかい?」

「ええ、勿論」

 

 麻菜は二つ返事で承諾し、流れ星の指輪(シューティングスター)を取り出して、そして、ウィッシュ・アポン・ア・スターを発動した。

 

 マスターを除いてレフ・ライノールによる破壊工作が起きる前の状態にカルデアを元に戻して――

 

 その願いは一瞬で叶ってしまう。

 

 これにより、慌てて報告に駆け込んできたスタッフ達にロマニが指示を出して、彼らをすぐに部屋から出した。

 

 まさに世間一般の人々が思い描く魔法そのものだと彼は確信しつつ、問いかける。

 

「それ、どういう魔法なんだい?」

「何でも願いを叶える魔法よ。ただし、この指輪がないと自分の命を削ることになる」

 

 指輪を使わない場合に減少する分の経験値を自分の命と置き換えて、麻菜はダ・ヴィンチへと伝える。

 

「……本当に破格だね。それを使えば今回の敵、消えるんじゃ……」

「あいにくと一定以上の魔力を持つ連中には効かないのよ。ちなみに私に対しても効かないので」

 

 麻菜の言葉にダ・ヴィンチは肩を竦めた。

 それらは真実ではなかったが、嘘でもない。

 経験値を削っての発動は、現実化した今となっては致命的になりうるからだ。

 またワールドアイテムを所有している者に対して効かないが、世界を滅ぼそうとするとんでもない連中なら、それに類するアイテムなり防御手段なりを持っているだろうという麻菜の予想であった。

 

 幸いにも廃課金者であった麻菜は指輪をそれなりの数、所有している。

 また、ユグドラシルのサービス終了直前にゲーム内マーケットに破格の値段で放出された指輪も全て購入している。

 それなりに大胆に、そして贅沢に使っても大丈夫であった。

 

「それと私が持っている諸々のアイテム類を使わせてあげるし、私は自分で金銀銅ミスリルその他色々の金属やマジックアイテムを魔力のみで作り出せるので、色々とよろしくね」

 

 にっこりと天使のような微笑みをする麻菜であったが、ロマニとダ・ヴィンチからすればその微笑みはまさしく、獲物を見つけた飢えた狼のようなものだった。

 

 こっちを骨の髄までしゃぶり尽くすつもりだ――

 

 それに2人は一瞬で気がついたが、断ることなどできない。

 孤立無援になった以上、物資の調達は急務である。

 どれほどにふっかけられても麻菜の要求を呑むしかないのだ。

 

「麻菜君、君の要求を聞こう」

 

 ロマニの問いに麻菜は答える。

 

「召喚したい。それと世界を救った後もサーヴァント達と一緒にいたい」

「な、何とかするよ……」

 

 ロマニは震え声だった。

 魔術協会をはじめとした、数々の組織に根回しをする必要があるからだ。

 さすがにオルガマリー全てに丸投げするわけにもいかない。

 

 一方ダ・ヴィンチは自分が麻菜に召喚されれば、今の偽装契約状態から脱却し、麻菜のサーヴァントになれるので素知らぬ顔だった。

 

「ところで、かっこよく決めたいんだけど……」

「何? 言ってみなさいよ」

 

 ロマニの言葉に麻菜が尋ねると、彼は咳払いをして真剣な顔で告げる。

 

「僕たちが人類を救うなら観測された特異点を修復しなければならない。2016年より先の未来を取り戻すなら、それ以外に方法はない。君にその覚悟はあるか?」

 

 麻菜は悩んだ。

 厨二で返すか、それともテキトーに返すか。

 しかし、ここはロマンに付き合ってやろう、と考え、麻菜は不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

「たかが世界を救う程度よくやったこと。しかし、此度は負けられない戦いならば告げよう」

 

 麻菜は少しの間をおいて、更に言葉を続ける。

 

「誓おう。たとえ戦友達がおらずとも、私はあの名を出すとしよう。その名を背負っていればこそ私は負けられない。あの名に泥を塗ることなど許されない」

 

 そして、麻菜は獰猛な笑みを浮かべ、告げる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名の下に、立ち塞がる全てをことごとく粉砕しよう。かつて我らがそうしたように。道という道、城壁という城壁、街角という街角、それら全てを哀れにして愚かな敵の死体で埋め尽くしてやろう」

 

 

 完璧な返しだ。惚れ惚れする――

 

 麻菜は自画自賛をしながら、ロマニの反応を見る。

 彼はドン引きだった。

 

 麻菜は思いっきり頬を膨らませる。

 

「かっこいい返しをしてやったのに、その反応はないんじゃないの?」

「いやだって、それ、どう見ても麻菜君のほうが悪役だよね? 人理焼却の犯人って君じゃないの?」

「失礼しちゃうわ。ねえ、キアラ?」

 

 そこでキアラに振る麻菜も麻菜であった。

 しかし、キアラは悪意が一切ない笑顔を浮かべて告げる。

 

「大魔王というものでしょうか。私は良いと思いますよ?」

 

 キアラにそう言われた麻菜は形勢不利を悟り、開き直った。

 

「ええ、そうよ。私はアレよ、大魔王的な位置づけよ。第一、私が世界をどうこうするならいいけれど、私以外の輩が世界をどうこうするのは気に入らない。だからぶっ殺す。その後、蘇らせたら永遠に召使いとしてこき使ってやる」

 

 ドヤ顔でそう告げる麻菜。

 

 敵が可哀想――

 

 ロマニ、ダ・ヴィンチ、そしてマシュは全く同じことを考えてしまう。

 それはさておき、ロマニは重大な事実を麻菜に告げる。

 

「ところで麻菜君……カルデアの計測器によるとコヤンスカヤさんってサーヴァントっぽいんだけど……?」

「ええ、数年前に召喚したのよ。どっかで聖杯戦争が起こったら参加しようって思ってたけど実務が優秀だったから、聖杯戦争への参加とかどうでも良くなっちゃった」

「そっかぁ……」

 

 軽いノリで召喚したらしい麻菜にロマニは遠い目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折あったものの、麻菜はいよいよ召喚に望む。

 本来なら所長であるオルガマリーの許可が必要であったのだが、カルデアにおける戦力増強は急務だ。

 サーヴァントとマトモに戦える麻菜がいるとはいえ安心はできない。

 敵は未知であり、どういう攻撃をしてくるのか分かったものではないからだ。

 前例のない緊急事態の為、ロマニとダ・ヴィンチの判断により10回の召喚を行うこととなった――というのが表向きの理由だ。

 

 実際のところは麻菜と彼女のサーヴァント2人は世間一般でいうところの倫理観とか道徳とかが怪しい為、マトモな倫理観のあるサーヴァントを召喚して抑えに回ってもらおうという魂胆である。

 

 早い話、ツッコミ役が足りないのである。

 ダ・ヴィンチは状況を受け入れて楽しむ方向に転換したので尚更だ。

 

 しかし、ロマニは絶望し、ダ・ヴィンチは笑ってしまった。

 召喚により、10人のうち2人は冬木で縁を結んだというアルトリア・ペンドラゴンとランサーのクー・フーリンだ。

 だが残る7人は1人を除いて問題しかないか、あるいはどう見ても色物であった。

 歴史や神話に名前が残っている輩もいるのだが――色々と残念であった。

 

 これにショックを受けた麻菜は9人目の召喚が終わったところで、世界を救う為に本気を出して一緒に戦ってくれるサーヴァントを望んで祈ってみたのだが――10人目に出てきたのがある意味で一番残念で、それでいて彼女もよく知っている人物だった。

 

 

 

 

 

『今回の最後、10人目だよ!』

 

 ダ・ヴィンチの言葉とともに、10人目が召喚される。

 現れたのは――青い着物を纏った狐娘だった。

 

「謂われなくとも即参上、軒轅陵墓から良妻狐のデリバリーにやってきました!」

 

 麻菜はドン引きした。

 今までの面々も中々に濃い面子だったが、違う方向に濃かったのだ。

 見た目はまんまコヤンスカヤの別バージョンといった感じであるし、ノリも何となく似ている。

 

 私がスキルまで使ってカルマを切り替えた結果がコレか――

 

 麻菜はちょっと悲しかったが、目の前の狐娘は止まらない。

 

「イケメン魂、略してイケ魂。あなたはずばり、そのイケ魂の持ち主! もう一目惚れ、別の私が月で旦那を見つけたように、今、私も将来の旦那様を見つけてしまいました!」

「何となく見た目から予想はつくけど……どちら様?」

「おっと、これは失礼しました。あまりの嬉しさとイケメン具合……性別は女性でしたか、問題ありません。なんか普通に女神みたいな美しさですが何とかなります」

 

 そこまで言って彼女は咳払いを一つ。

 

「私、玉藻の前です。白面金毛九尾の狐、アレです」

 

 麻菜は物凄い懐疑的な視線を女性――玉藻へと送った。

 

「あ、全然信じていませんね? そりゃ今の私は尻尾一つ、ぶっちゃけ戦力的には最弱です。しかし! この溢れ出る思い、それは誰にも負けません!」

 

 心が燃えているらしい玉藻に麻菜は告げる。

 

「私って欲望一直線よ? むしろ、ギトギトのギラギラじゃないの?」

「ええ、そんな感じはします。魂もさっきまでは太陽みたいに光り輝いていましたけど、今は白黒のマーブルカラーとかいうありえないものですしっていうか、それが本来のものっぽいですね……しかし、惑わされる私ではありません」

 

 そこで玉藻は言葉を切って、麻菜の瞳をまっすぐに見つめて告げる。

 

「あなたは欲望に従って自分のやりたいようにされるでしょう。だからこそ、普通なら忌避される輩も己の懐に受け入れてしまう。そういうところがイケメンなのですよ。慕われる海賊の親分とかマフィアのボスみたいな意味で」

「例えで色々台無しなんだけど、まあいいや……」

 

 最後の最後で大物なんだか色物なんだか、よく分からないものを召喚してしまった、と嘆く麻菜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にぎやかになりましたねぇ」

 

 食堂にてコヤンスカヤは紅茶を啜る。

 その姿はいかにもやり手のビジネスウーマンそのものであった。

 しかし、食堂は混沌とした状況だ。

 麻菜が今回、召喚したサーヴァント達と親交を深めるという名目で宴を開いた為である。

 

 カルデアの食堂は可もなく不可もない味であり、種類もまあまあであったが麻菜がそれで満足するわけもない。

 幸いにも今回召喚した中で一番マトモで倫理観があるサーヴァント、エミヤが料理ができるとのことで彼に全てを任せたのだ。

 

 くつろいでいるコヤンスカヤであったが、彼女の対面にはある人物が座っていた。

 

「あなた、変わりすぎじゃありません? 本当に尻尾ですの?」

「むしろ、どうして本体が召喚されているんです?」

 

 コヤンスカヤの前には玉藻がいた。

 テーブルの下で互いに足を蹴り合っているが、それくらいで済んでいる。

 

「ご主人様がマジパネェ感じでしたので」

「……麻菜様は太陽みたいに輝いていたのかしら?」

「ええ、そりゃもう……というか、尻尾。あなたはご主人様のどこに惹かれたんです?」

「そりゃ魂に決まっていますよ。白黒のマーブルカラーとかいう普通じゃありえないのに、黒く染まったときはそれはもう美しくて……」

「あーダメです! ご主人様! そんな暗黒に染まっては! 暗黒イケモンになってしまいます!」

 

 コヤンスカヤと玉藻の頭の中では麻菜の魂が信号機みたいに白黒に切り替わっているのだが、あいにくとツッコミ役はいない。

 

 厨房から食堂内の様子を窺っていたエミヤは深く溜息を吐く。

 

 

「なんでさ……」

 

 エミヤからすると、彼以外の9人は歴史や神話に名を残す者もいる。

 ただ全体的に色々とアレであり、言っては悪いが色物もいた。

 

 アルトリア・ペンドラゴン――セイバー・オルタはもっきゅもっきゅとハンバーガーを無限に食い続けている。

 それは彼にとっては許容範囲内だ。

 だが、その横で謎のヒロインXXとかいう、よく分からない存在もまたハンバーガーを食っていた。

 

 サーヴァント・ユニバースって何さ、とエミヤは訳が分からなかった。

 

 フォーリナー死すべし慈悲はない――アイタタタ、ちょっと待って! その剣ヤバいですって!

 

 召喚が終わった後、XXはそんなことを口走りながら麻菜に斬りかかって、逆に麻菜の剣で脇腹を突かれたことは記憶に新しい。

 そのときに彼が見た麻菜の剣は解析することを本能が拒否したので、相当にとんでもない代物であるということが分かった。

 

 他を見ればクー・フーリンが師匠のスカサハに絡まれていた。

 彼から視線で助けを求められたがエミヤは見なかったことにした。

 

 ケルトのことはケルトで解決してくれ、というのが他ならぬ彼の思いだ。

 

 

 

 別のところへと視線を向ければマーリンがフォウに飛び蹴りを食らっているのが見えた。

 マーリンシスベシとかフォウが言ったような気がしたが、エミヤは疲れているのだろうと聞かなかったことにした。

 

 メディアとキルケーのやり取りはさながら漫才だ。

 エミヤはアルトリア・ペンドラゴン、クー・フーリンに続いて3人目に召喚され、残る7人の召喚にもそのまま立ち会っていた。

 

 先にメディアが召喚されて、次に来たのがキルケーだ。

 召喚時のやり取りも漫才みたいなものだった。

 

「オケアノスのキャスターだ。もう君を寂しくはさせないよ。この鷹の魔女を呼び招いたのだからね……って、あ、メディアだ! 君も来ていたんだ!」

「キルケー! 何で来たのよ!?」

「呼ばれたから!」

「そうだけど、そうじゃないでしょ!? あと何よ、オケアノスのキャスターって! あなたはキュケオーンのキャスターでしょ!?」

「違うよ! 失礼だな!」

 

 

 

 思い返して笑いがこみ上げてくるが、エミヤはぐっと我慢した。

 魔女に目をつけられたら碌でもないことになるからだ。

 

 一方でマスターの麻菜へと視線を向ければ――食堂の一角でゴルゴーンに面倒くさい絡み方をキアラと一緒にしていた。

 

 神話の怪物も麻菜とキアラの前では単なる美人女性と化してしまうようだ。

 しかし、ゴルゴーンにとっては自分に物怖じしないどころか怪物であることすら受け入れて、積極的に絡んでくるのが微妙に嬉しいらしく、拒もうと思えば拒めるのにそうはしていない。

 

 というよりも、麻菜とキアラは嫌がられそうで嫌がられない絶妙な距離感をゴルゴーン相手に取れることにエミヤは呆れてしまう。

 

 

「……いや、本当に何でここに来てしまったんだ……」

 

 エミヤは深く溜息を吐いた。

 

 そして彼は思う。

 

 人理修復はできるだろうが――正義とか友情とか愛とかそういう物語ではなく、巨悪が巨悪を打ち倒すということになりそうだ。

 世界を救う為ならば何をしても問題はないし、許される――というわけじゃないだろう。

 

 エミヤはそう思ったが、麻菜に絡まれると面倒くさいので心の中に留めたのだった。

 

 

 

 

 




思いついたり、筆が進んだら続きを書くかもしれないけれど、ひとまずこれで終わり。


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経費で落ちる追いの10連召喚

何か続いてしまった。


「その……ありがとう」

 

 オルガマリーは麻菜にそう言って、頭を下げた。

 麻菜は構わないわよ、と手をひらひらと振る。

 

 

 精神的な疲労により眠っていたオルガマリーが目覚めてすぐに、ロマニとダ・ヴィンチによる説明が行われ、経緯を彼女は把握した。

 

 麻菜は命の恩人だ。

 

「それと、あなたって異世界からの転生者って聞いたわ。頼りにしていい?」

 

 頭を上げて、おどおどしながら尋ねてきたオルガマリー。

 麻菜の答えは決まっている。

 

「勿論構わないわ。しかし、あなたも大変だったわね。経歴を簡単に見た限りだけど、その歳で良くやっていると思う。私もあなたのそういった面で力になりたいわ」

 

 麻菜の言葉にオルガマリーは嬉しく思う。

 

「オルガか、マリーと呼んで欲しいわ。あなたには感謝してもしきれない。私の蘇生は勿論、カルデアの設備や死亡した職員まで元に戻してくれたから……」

「それじゃマリーって呼ぶわ。あなたも麻菜と気軽に呼んで」

「ええ、麻菜。世界を救いましょう」

「勿論よ。ところでこの後、暇? 食事でもどう?」

 

 麻菜の誘いに、オルガマリーはそれもいいか、と彼女の誘いを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 2人揃って食堂に行くとそこにはアルトリアが延々とハンバーガーを食べ続けていた。

 もっきゅもっきゅ、という擬音が聞こえてきそうだ。

 彼女は戦いとなると苛烈な剣士となるのだが、普段は無表情でひたすらにメシを食い続ける無害な存在である。

 

「ところで、何でサーヴァントがキッチンに立っているのかしら?」

 

 アルトリアを見なかったことにして厨房にいるサーヴァント――エミヤに目をつけた。

 

「実は彼、料理が得意らしくてね。聞けばカルデアの食堂ってあんまり美味しくないらしいじゃないの?」

「予算がね……」

「美味しい食事ってやる気を出す為に必要な要素よ。というわけでエミヤに頼んだ」

 

 オルガマリーは納得して、軽く頷いた。

 そして麻菜が問いかける。

 

「マリー、スマホは持っているかしら? 電話番号とか交換しない?」

「え、いいの?」

 

 麻菜の提案にオルガマリーは驚いた。

 彼女の私用スマートフォンには残念ながら、友人と呼べる存在は登録されていない。

 

「いいわよ。世界を救って、はいさようならでは寂しいもの。ダメかしら?」

「ぜ、全然構わないわ! こんなこともあろうかと、私は常に持ち歩いているの!」

 

 オルガマリーの態度に、もしやと麻菜は思いついた。

 友達とかそういうのいないんじゃ、と。

 

 しかし、そこは彼女の名誉の為、麻菜は触れることはない。

 

 オルガマリーが慣れない手付きで自分の電話番号とメールアドレスをスマートフォンの画面に表示させた。

 麻菜は慣れた手付きでそれを登録し、メールに電話番号を記入して送信。

 オルガマリーのスマートフォンが鳴動し、麻菜からのメールが届いたことを知らせた。

 

 オルガマリーはそれをどうにか電話帳に登録することに成功した。

 

「ところでマリーの髪って綺麗よね」

「え、そ、そう? あなたの金髪のほうが綺麗だと思うけど……」

 

 そう言いながら照れた顔をみせるオルガマリーに麻菜は可愛さを感じた。

 

「そこの2人、注文はあるのか? ないなら、よそでやってくれ」

 

 厨房からエミヤがジト目で2人を見ながら、そう告げた。

 

「ですって、マリー。何を頼む? エミヤってわりと無茶な注文も受け付けてくれる気がするわ」

「そうね……それならとりあえず紅茶とケーキで」

「私も同じやつで」

 

 エミヤは溜息を吐きながらも、注文された以上は手を抜くことはない。

 

「それでマリー、私はあなたのこれまでのことが知りたいわ。あなたがどんな思いを抱いていたのか、どんなことをやってきたのか、そういうことを知りたいの」

 

 真っ直ぐにオルガマリーの瞳を見据えて、麻菜は告げた。

 

「ええ、ええ、いいわよ、たっぷりと全部教えてあげる」

 

 オルガマリーとしては、そういうことを聞かれるとは思ってもみなかった。

 しかし、それは彼女にとって嬉しいものだった。

 

 今まで彼女にはそういうことを言える存在はいなかった。

 

「ねぇ、マリー。サーヴァントがコヤンスカヤとマシュも含めると13人で不吉な数字だと思うのよ。だから、もう10回……ダメかしら?」

 

 麻菜のお願いにオルガマリーは考える素振りをしてみせるが、既に心の中では決まっていた。

 

 人理修復の為だからしょうがないことだと彼女は判断したのである。

 

「分かったわ。次の特異点へのレイシフトまでには召喚しましょう」

「だからマリーって好きだわ。あなたは本当に優秀だと思う。若いのに適切な判断を迅速に行える。それは中々できないことよ」

 

 微笑みながらストレートに褒めてくる麻菜に、マリーは頬が緩みそうになってしまうがどうにか堪えたのだった。

 

 

 次の特異点が安定するまでとは言ったが、すぐに召喚しないとは言っていない――

 

 オルガマリーはその場で通信端末を取り出して、各所に指示を下す。

 そして、迅速に召喚の準備が整えられる。

 

 カルデアの士気は極めて高い。 

 何が人理修復だ、こっちには玲条麻菜がいるんだぞ、という具合にスタッフ達は人類最後のマスターという絶望的な状況をも麻菜はひっくり返せると確信していた。

 

 士気を高め、更には麻菜に対する感情を良いものとする為にということで爆破テロによって失われたものを全て元通りにしたのは彼女であるという情報開示がなされている。

 しかもこれはダ・ヴィンチによって微妙に情報が改竄されていた。

 

 麻菜は突然変異的な人物であり、彼女しか使えない特殊な魔術を命を削って使用し、カルデアを元通りにしてくれた――

 

 実際には全く違うのだが、結果だけしかスタッフ達には見えない。

 そんなとんでもない魔術ならば、命を削る必要があるのも当然だ――魔術師的な常識を逆手にとって、納得させてしまった。

 

 命を削ってまで元通りにしてくれた――そう思い込ませた為にカルデアにおける麻菜の評価は非常に良いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて追加の10連召喚である。

 立ち会うのは麻菜とマシュであったが、キアラも立ち会いたがった。

 彼女としては童話に出てきそうな魔法使いの魔法でもって願いを叶えてもらったので、サーヴァントらしく振る舞いたいという思いがあったのだ。

 

 彼女は麻菜でしか満足に達することができない身体にされてしまった上、その気持ち良さは魂が蕩ける程の極上のもの。

 そんな風にされては永遠に尽くすしかなくなってしまう、困りますとかなんとか言いながらもキアラは喜んでそうなったのである。

 

 しかし、キアラが立ち会っては誰も出てこなくなる、というコヤンスカヤの容赦ない説得、そこへ隙を突いて玉藻が呪術を叩き込んで彼女を拘束した。

 

 本来ならばコヤンスカヤも玉藻も互いに決して協力なんぞしないが、キアラ相手では別である。

 

 そんなことがあったものの、無事に召喚は行われた。

 

 そして、出てきたのはマトモな倫理観や価値観を持ったサーヴァントであったのだが、やっぱり変なのからは逃れられなかった。

 

 

 

 

「……やっぱり私、変なのが憑いているのかしら」

「ふむ? それは良くない。どれ、朕が一つ祓ってやろう」

「いや、今回召喚した中で言っちゃ悪いけど、一番変なのはあなたなんだけど……いや、私もあなたの功績とかそういうのはリスペクトしているけど……」

「そうであるか? 朕としては其方が珍しい輩であったから、応じただけなのだが……それにどうやら色々と行き違いがあったようだ」

 

 麻菜は何だか面倒くさそうな話だと肩を竦めてみせる。

 

「もしかしてだけど、これから先、あなたが敵として出てくることがあるの?」

「うむ。いわゆるネタバレというやつだが、異聞帯という言葉を知っているか?」

「知らないわね」

「そういうことだ。もっとも、朕が見る限り……この世界ではそうなることはないだろう。座はどこにでも繋がっているから、こういうこともある」

「その理由は?」

 

 麻菜の問いに始皇帝は鷹揚に頷き、告げる。

 

「其方は汎人類史の項羽を召喚した。それに反応して虞美人が自力で蘇ってきただろう?」

 

 始皇帝の問いかけに麻菜は思い出す。

 召喚が終わってから1時間もしないうちに緊急警報が鳴り響いた。

 

 コフィン内で凍結保存されていた筈の芥ヒナコがコフィンを無理矢理こじ開けて這い出てきたのだ。

 不運にもコフィン近くにいたスタッフ達はどんなホラー映画よりも怖かったに違いない。

 緊急警報を聞いた麻菜は召喚したばかりのサーヴァント達を引き連れて事態の鎮圧に動いたのだが――

 

 向かった先で項羽と芥ヒナコこと虞美人が感動の再会を果たし、人目も憚らず幸せなキスをして事態は終了した。

 その後に芥ヒナコは自らの正体を暴露した、という顛末である。

 

「ぐっちゃん先輩のことね」

「うむ。朕はそもそもその虞美人と共闘していたし、そこにはタユンスカポンもいた」

「タユンスカポン……コヤンスカヤ?」

「そうだ。そのタユンスカポンも一応は協力者だった」

「語感がいいわね、タユンスカポン」

 

 私も使おうかしら、と呟く麻菜に始皇帝は告げる。

 

「其方がそれを使うのはやめてやれ。信じられないことだが、アレは其方に対しては乙女のように従順だ……何をしてきた?」

「出会ってすぐ魂がイケメンって言われた」

「……御愁傷様と言えば良いか?」

「私としては実務的な能力が半端なく高いから、普通に有り難いんだけどね。それに彼女と玉藻の短歌とか俳句は凄いわよ。素人の私でも感動しちゃった」

「それはまあ、そうであるが……朕にはできない所業だ」

 

 始皇帝は感心と呆れが入り混じった称賛を麻菜に送るのだった。

 

 

 



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邪竜百年戦争オルレアン

「空気が綺麗だわ」

 

 麻菜は思いっきり深呼吸をした。

 空に不思議な光の帯が見えるが、人理焼却の影響か何かだろう程度にしか彼女は思わなかった。

 

 特異点へのレイシフトが可能となり、やってきたのは1431年のフランスだった。

 

『呑気ね、麻菜……』

 

 通信でオルガマリーは呆れ顔だ。

 

「マリー、ここには一切の大気汚染がないのよ? 本当に自然の空気が味わえる……これはとてつもない贅沢よ」

『あなたって意外と自然が好きなのね』

「ええ、自然は大切にしないとダメよ。本当に」

 

 しみじみと言う麻菜にオルガマリーは何かあったのだろうか、と思う。

 

「とりあえず、適当に街を探していこうと思うの。そっちはGPS代わりになるかしら?」

『あいにくと無理ね。せいぜいサーヴァントの反応とかそういうのを探る程度。カウンターとして、はぐれサーヴァントがいる可能性もあるから、もしいたらなるべく味方につけなさいよ? 味方は多ければ多い程いいから』

「ええ、知っているわ。どんな敵も囲んでフルボッコにすれば余裕だもの」

『一旦、通信を切るから。定時連絡は3時間毎。緊急の場合は即時に』

「了解したわ」

 

 通信が切れる。

 

「で、今回選定したメンバーなんだけど……」

 

 マシュと哪吒、クー・フーリン、スカサハ、メディア、エミヤだ。

 哪吒は追加の10連召喚によって始皇帝や項羽らと共に召喚されていた。

 

「ねぇ、これって私っている必要ある? ねぇマスター、私、いらないわよね……?」

 

 さっさとカルデアに戻して、と言いたげなメディア。

 しかし麻菜は首を左右に振る。

 

「私は索敵魔法に優れていないので、メディアにはそれを頼みたい。とりあえずの方針として敵は皆殺し」

「分かった」

「うむ、理解した」

 

 ケルトの2人は理解が早かった。

 

「先輩、メディアさんは分かりましたが、エミヤさんは……?」

「実はエミヤには合間にお願いしたいことがあって。これはメディアにも同じことをお願いするんだけど……」

「どうしてだろうな、私の勘はろくでもないものだ、と告げているんだが……」

 

 エミヤの言葉に麻菜はにっこりと笑う。

 

「金銀財宝をまるっと頂いて、エミヤとメディアに鑑定してもらって、価値があるものを私の倉庫に入れて持ち帰る。特異点でそれらが消失していても消失した事実がなかったことになるから、本来の歴史に影響は与えない」

「いいんですか? それって……」

「持ち主がいないものに限るし、例えばお礼としてもらったものとかそういうのに。さすがに奪ったりはしないので。正当な報酬よ」

 

 マシュは即、カルデアへと通信を入れた。

 

『何かあったの?』

「所長、先輩が特異点でのことは無かったことになるから、財宝を頂いてもいいのではないか、と……」

『……確かに理論的にはできるけど、どうやって持って帰るのよ?』

「私の倉庫って影響を受けないので……」

『……私としては関与しないわ』

 

 良いとも悪いとも言わない。

 そもそもからして、そういうことは想定されていない。

 とはいえ、実質的に彼女の言葉は目をつぶる、という意味合いで麻菜は解釈した。

 

「ありがとう、マリー。お土産、買っていくから」

『はいはい、さっさと解決して頂戴ね』

 

 通信が切れた。

 

「というわけで、お宝探し……あ、違った。特異点を解決しましょう、そうしましょう」

「主、欲望塗れ」

 

 哪吒の言葉に麻菜は胸を張る。

 

「欲望の為に突っ走る、それが私のポリシーよ」

「いや、カッコいいこと言っているように聞こえますが、全然ダメですからね?」

 

 マシュのツッコミに麻菜は頬を膨らませる。

 

「麻菜の欲については置いといてだ。具体的にはどうする?」

 

 クー・フーリンの問いに麻菜は告げる。

 

「とりあえずは偵察からね。哪吒、ちょっと空から眺めて見て」

「了解」

 

 哪吒は空高く舞い上がり、周囲を見回す。

 何かを見つけたのか、やがて降りてきた。

 

「街らしきものを確認。ここより直線200里程」

「クー・フーリン、スカサハ、先に行って情報収集しておいて。街に敵がいるようなら始末。敵が意思疎通できそうなら捕らえて頂戴」

 

 哪吒の報告を聞くなり、すぐさま麻菜は指示を出す。

 麻菜の指示を聞いて、クー・フーリンとスカサハは一瞬にして消えた。

 あまりにも動きが速すぎたが為に消えたように見えたに過ぎない。

 

「じゃ、私達はほどほどに急いでいきましょうか。哪吒は空から周囲を警戒しながら、ついてきて頂戴……ところで200里ってメートル法だとどのくらい?」

「哪吒の時代で考えると、おおよそ80km程度だろう」

 

 エミヤの言葉に彼に尊敬の眼差しを向ける麻菜とマシュ。

 そんな目を向けられると彼としても何となく恥ずかしくなってしまう為、咳払いを一つ。

 

「と、ともかく行くぞ。80km程度、別に訳もないだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、遅かったな」

 

 街に到着すると、クー・フーリンが出迎えた。

 おおよそ1時間程で麻菜達は目的とする街に到着していた。

 

「遅かったというか、2人の速度が速すぎると思うの。で、状況は?」

「ここはラ・シャリテという街らしいぞ。ワイバーンが何匹かやってきていたが、始末しといた。俺は見張り役兼お前たちの出迎え役、師匠は怪我人の治療がてら情報収集にあたっている」

 

 簡潔な報告に麻菜は頷きつつ、更に問いかける。

 

「はぐれサーヴァントは?」

「今のところ未発見だ。近くにそれらしい気配もない」

「敵の情報は?」

「嘘か本当か分からないが、ジャンヌ・ダルクが復讐のために蘇ったそうだ。竜の魔女とか呼ばれているらしい」

 

 麻菜としては大いに納得のできる理由だ。

 

「竜の魔女っていうのがちょっとよろしくないわね。名前の通り、竜の使役能力でも持っているのかも」

「かもな。それでどうする?」

「攻撃的な警戒を行いましょう。クー・フーリン、この街を中心に半径30km四方における敵対勢力の発見及び排除、意思疎通が可能であれば捕縛をお願い。それらしい気配があれば多少指定距離を超えても構わないわ」

「承ったぜ。それじゃ行ってくる」

 

 クー・フーリンは風のように一瞬で麻菜の前から消え失せた。

 

 さて、と麻菜はマシュ達へと視線を向けて告げる。

 

「ここをキャンプ地とする!」

 

 唯一、そのネタが分かったエミヤは肩を竦めてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ頂戴。こっちのやつも。それとこれも」

 

 そう言いながら、麻菜は要求される代金の代わりとして金のインゴットを1本差し出す。

 店主は飛び上がって、他の品物も勧めてくる。

 

 商店の入り口には他の店の店主や商人達がおり、次はうちに、と麻菜の争奪戦が起きている。

 

「先輩、確かにこれは合法的ですけど……価値のあるものには見えませんが」

 

 お供についてきていたマシュはおずおずとそう言った。

 麻菜の買っているものは美術品などではなく、食器をはじめとした日用品であった。

 それも高級なものなどではなく、庶民が使う安いものだ。

 

「マシュ、21世紀でのこれらの価値は計り知れないわよ」

 

 いわゆる歴史的価値だ。

 コレクター気質でもある麻菜としては集めずにはいられない。

 

 目を輝かせている麻菜にマシュは曖昧に返事をするしかない。

 

「さあ、どんどん買っていくわよ」

 

 先輩のお金の使い方すごいなぁ、とマシュは思うしかなかった。

 

 

 

 およそ2時間程で麻菜は買い物を終えると、クー・フーリンから連絡が入った。

 ルーン魔術による念話であり、ルーンって便利だなと麻菜は思いつつも用件を尋ねる。

 

『あー、でっかい竜とワイバーン多数、それとサーヴァントが多数、そっちに向かって進行中だ』

『ボスはいるかしら?』

『たぶんいるぞ』

『引き込んで退路を断つ。一網打尽にする。後門のクー・フーリンって感じでやって頂戴』

『了解した。ってことは、前門はスカサハと哪吒か。敵が可哀想だな』

 

 念話が切れた。

 さて、と麻菜はマシュへと告げる。

 

「マシュ、敵が来たわ。ここからは仕事の時間よ」

「はい。敵は……?」

「竜とワイバーンとサーヴァントがいっぱいってところなので、引き込んで一網打尽にする。あなたはカルデアに連絡を入れて」

 

 麻菜はそう伝え、伝言(メッセージ)でもってスカサハ・哪吒・エミヤ・メディアへとクー・フーリンの報告とともに作戦について伝える。

 具体的にはエミヤとメディアは後方からの狙撃、スカサハと哪吒は前衛という形だ。

 とはいえ、それだけでは面白くないので、メディアの宝具を活用する策もあわせて実行する。

 

「ところでマシュ、大丈夫? あなたは性格的に荒事に向いていない気がするけども」

 

 やり取りが済んだところで、麻菜はカルデアとの通信を終えたマシュに問いかけた。

 マシュは表情を引き締めて、告げる。

 

「大丈夫です。先輩ばかりに任せっぱなしは嫌ですから」

「それなら安心ね。まあ、しんどくなったなら私に頼っていいから」

 

 にこりと微笑む麻菜にマシュは嬉しくなった。

 色々とアレなところはあるけれど、麻菜は優しいとマシュは実感する。

 

『あー、スカサハだ。何やら妙なサーヴァントがやってきているぞ』

「はい?」

 

 麻菜は念話であるにも思わず声を出して聞き返してしまった。

 

 

 

 急いで麻菜はマシュと共にスカサハのいう妙なサーヴァントのところへと赴いた。

 するとそこにいたのはフランスには似つかわしくない和装の少女だった。

 

 スカサハは入れ替わりに作戦の持ち場へとついてもらい、麻菜はそのサーヴァントとの接触を試みる。

 

「安珍様! 安珍様ですね!」

 

 麻菜を見るなり、和装の少女が飛びついてきた。

 安珍様は誰だか知らないが、麻菜はとりあえず役得とばかりに少女を優しく受け止めて抱きしめ、そして頭を撫でた。

 

「あぁ……安珍様……」

 

 うっとりとした顔の少女。

 

「私は安珍様じゃないんだけど、どちら様?」

「安珍様……? そういえば、とても美しいし、性別も違うような……清姫です! あなたの清姫です!」

「何だか知らないけど、私は玲条麻菜よ」

「おいたわしや……転生されて、私のことをお忘れになっているとは……」

「え、あなた、もしかしてあれかしら、私の前世の知り合い……? ペロロンチーノが拗らせすぎてこうなってしまった感じ……? あのエロゲマスターめ、やりおるな……」

 

 何だか話が妙な方向に行きそうなので、マシュが告げる。

 

「先輩、先輩、たぶん先輩の想像している知り合いじゃないです。清姫といえば安珍清姫伝説で有名な方ですよ」

「そうなの? 清姫」

 

 麻菜が腕の中にいる清姫に問いかけると、はい、と頷いて、顔を上げて清姫は麻菜を見つめた。

 

「安珍様は本当に覚えていらっしゃらない様子……結婚してくださると嘘をついて、逃げて、竜となった私に焼き殺されたことも覚えていらっしゃらないのですね」

「別人なので……」

「大丈夫です。清姫は今度こそ、お傍から離れませんので」

「ダメだ、日本語が通じない。ともあれ竜とやらに興味はあるので、ちょっと変身してみせて」

 

 マシュは麻菜の発言にドン引きであったが、彼女としても怖いもの見たさがあった。

 

「分かりました、お見せしますわ」

 

 すると、清姫の体が変化した。

 細長い竜の姿へと。

 

 とはいえ、それは体が全てそうなったというわけではない。

 下半身が竜と化したのだ。

 だが、麻菜の想像した竜というよりは蛇に近い姿だ。

 

「うふふふ、どうですか?」

 

 問いかけてくる清姫はそのまま麻菜の体に自身の竜となった下半身を巻き付けてくる。

 麻菜はしげしげとその姿を見つめ、そして、つついた。

 

「あんっ」

「何これ……竜というか蛇っぽい肌……白くてすべすべ。やべぇ」

 

 すりすりと麻菜は堪らずに頬ずりし始める。

 

「ちょっと清姫、私は転生前も安珍ではないんだけど、あなたを傍におきたい。でもって、毎日このすべすべ肌を触らせて」

「先輩ー! 色々とダメな方向に突っ走ってます!」

 

 マシュの言葉はもう遅い。

 

「あぁ……!」

 

 清姫は感動していた。

 彼女は嘘かどうか、一瞬で判別することができる。

 だからこそ、麻菜の言葉が本心から出た嘘偽りのないものであると瞬時に理解できてしまったのだ。

 

 竜となった自分ですらも、受け入れてくれる。

 それは清姫にとって何よりも嬉しいものだった。

 

「清姫、他に何かない? 破壊光線とか出せない?」

「火なら吐けます!」

「吐いて!」

「はい!」

 

 麻菜は清姫の吐き出した炎の包まれた。

 しかし、それこそユグドラシルでいうところのワールドエネミークラスの炎でないと麻菜の耐性防御は貫けない。

 

 故に――

 

 

「清姫の炎、暖かい……」

「先輩! 戻ってきてください!」

 

 マシュは必死に声を掛けるも、彼女は清姫の炎によって近づけない。

 

「愛しすぎるので! 丸呑みしてもいいですか!?」

「どんとこい!」

 

 清姫は上半身も竜となって、麻菜を丸呑みした。

 

 マシュは混乱した。

 ここが人気のない場所であったのが幸いだ。

 少しして、もぞもぞと清姫の竜の部分が蠢いた。

 

「よいしょっと。清姫の中、程よく暖かくて冬場に寝るのにちょうどいいかもしれない。さすがにちょっと生臭いけど」

 

 そして、清姫の口を開け麻菜が顔を出して、そんなことを宣った。

 唾液などでベタベタであったが、彼女は全く意に介していないようだ。

 

 フリーダム過ぎる麻菜にマシュとしては頭が痛くなってきた。

 

 

 どっこいしょ、と麻菜は清姫の口から外へと出た。

 

「というわけで清姫。お腹の中まで見ちゃってきたから、これからずーっと私の傍にいなさいよ。もし逃げたら……」

 

 麻菜はにこり、と微笑んだ。

 

「どこまでも追いかけるから」

「はい……麻菜様……」

 

 恍惚とした顔で、清姫は人型へと戻り麻菜に抱きついた。

 

「ずっと、ずっと、傍にいます。あなたの傍に。あなたの清姫になります」

「もう清姫ったら可愛いんだから」

 

 清姫の頭を撫でる麻菜にマシュは深く溜息を吐く。

 

「あの、先輩。時間的に大丈夫ですか?」

「パーティーに遅れるのはガラじゃないわね。というわけで転移魔法で行きましょう」

 

 

 

 

 

「お、来たか」

 

 黒い靄のようなものから、麻菜達が出てきたことにスカサハは微塵も驚かない。

 影の国の女王は伊達ではないのだ。

 

 もっとも、見ていたメディアが頭を抱えていたのは言うまでもない。

 彼女の中で色々と常識が壊れてしまうが、もはや今更であった。

 

「主……」

 

 ジト目で哪吒は見つめる。

 戦いの前に女にうつつを抜かすのは如何なものか、とその視線は訴えていた。

 

「大丈夫、問題ないわ」

 

 華の咲くような笑顔でそう言われては、哪吒としても反論できない。

 とはいえ、麻菜は哪吒を放置しておくようなことはしない。

 

「あとで一緒にご飯を食べましょうか?」

「承諾。ボク、頑張る」

 

 哪吒と麻菜のやり取りに、マシュは恐る恐る清姫へと視線を向ける。

 性質的に嫉妬に狂ってしまう可能性があったからだ。

 

 しかし、マシュの心配に反して、清姫はにこにこと笑顔であった。

 何だかよく分からないが、とりあえず大丈夫そうだ、と彼女が思ったところで、敵の群れがやってきた。

 

 巨竜を先頭に無数のワイバーンを従えて。

 

 その竜が地面へと降り立ち、そしてワイバーンからはサーヴァント達が飛び降りてきた。

 

 竜に乗っている黒い装いの少女が堕ちたジャンヌ・ダルクだろう、と麻菜は予想する。

 すると、ジャンヌは麻菜達を見て笑い始めた。

 

「抵抗でもするというの? ファヴニールを従えた私と? 笑いが止まらないわ! 誰か助けて頂戴!」

 

 笑い転げるジャンヌであったが、不思議と麻菜は不快さを感じなかった。

 本心からジャンヌはそう思って笑っているのだろうが、それでも何故か、全くそう感じなかったのだ。

 麻菜は問いかける。

 

「竜の魔女とかいうジャンヌかしら?」

「ええ、そうよ! 救った国に裏切られたから、その報復に! くだらない正義感で復讐はやめろ、とかいうのかしら?」

「いいえ、むしろ大いにやるべきだわ」

 

 え、とジャンヌは呆気に取られた。

 スカサハは笑いをどうにか堪え、マシュ達は頭を抱え、清姫は愛しのますたぁの勇姿を脳裏に焼き付けんとばかりに凝視する。

 

「まったくもって、あなたは正しい。ぶっちゃけた話、私だって知っているくらいにジャンヌ・ダルク自身に救いがなさすぎる。私があなただったら、同じことしているだろうし」

「あ、ありがとう……その、そんな風に言ってくれたの、あなたが初めてよ……」

 

 ジャンヌは照れ隠しか、小さな声で答える。

 一応、ジル・ド・レェも肯定はしてくれているのだが、彼の場合はジャンヌが言うことなら、何でも肯定すると彼女自身が感じていた。

 

 第三者で、見知らぬ他人が自身の復讐を肯定したのは目の前の少女が初めてだった。

 なぜか、ジャンヌは彼女に対して不信感を抱けなかった。

 

 人間そのものに不信を抱いている筈であるのに、まるで少女は人間ではないかのような――

 

 そう考えたときに、その少女が告げる。 

 

「ジャンヌ、あなたの復讐は否定しないけど、今やるのはマズかった。タイミング的に悪い」

「え、どうして? あなたは私のことを邪魔しないんでしょう?」

「あなたは美人だし、復讐の理由も十分私が納得できるし、できることなら積極的に支援……それこそ私とどっちが多く殺せるか、競争したいくらいには応援したいんだけど……」

「えっと、とりあえず、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

「玲条麻菜よ」

 

 答えた麻菜にジャンヌは何度かその名を呟く。

 それは無意識的なもので、心に刻みつけているかのようだ。

 

 不思議な感覚にジャンヌは陥っていた。

 彼女の心に麻菜の言葉が入ってくるのだ。

 それは嘘偽りのないものであることが何故か分かり、故に、投げかけられる言葉を素直に受け入れることができてしまう。

 

 これまで、このようなことは唯の一度も無かったのに。

 

「麻菜は邪魔をしたいの?」

「いや私達って実のところ、歴史が乱れたからそれを直しにきたのよ。でも、こういう感じに歴史に反逆をしているのを見ると、積極的に応援したいという気持ちもあるわけで」

 

 ジャンヌは麻菜の立場を朧げながらも察する。

 

「あなたも大変なのね……」

「ええ。ジャンヌ、どうやらあなたが反逆した歴史すらも消去して、好き勝手やろうっていうクソ野郎がいるのよ」

「へぇ……」

 

 ジャンヌは麻菜の言葉に嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「まだ正体は分からないんだけど……良かったら、あなたも私に召喚されて、サーヴァントにならない? 待遇は良いわよ。少なくとも、フランス軍より遥かに」

 

 そこで一度、麻菜は言葉を切り、獰猛な笑みを浮かべて告げる。

 

「何よりもジャンヌ。私やあなたの許可なく、勝手に世界を滅ぼそうとしているのよ?」

 

 だから、と麻菜は続ける。

 

「一緒にぶち殺さない?」

 

 ジャンヌは大声を上げて笑う。

 それこそ腹を抱えて、大いに笑った。

 

「こ、こんなに笑ったのは、初めてよ……ふふ、その提案、受けましょう。ええ、私の許可なく勝手に世界を滅ぼすなんて、気に入らないわ」

「それじゃ今回は申し訳ないけど、邪魔させてもらうわ。それに、あなたの強さを見る為の実技試験も兼ねて。世界を滅ぼす輩を相手にするんですもの、それくらいは許されるわよね?」

 

 ジャンヌは獰猛な笑みを浮かべた。

 召喚されてサーヴァントに、という麻菜の物言いから、そうなるだろうとは予測がついていた。

 

 だが、彼女に不快な気分はない。

 むしろ、麻菜の強さ、従えているサーヴァントの強さを見てやろう、というのがジャンヌの思いだ。

 

「さぁ、いくわよ、麻菜。あなたが私のマスターに相応しいか、試してあげる! バーサーク・サーヴァント達! ワイバーン達! 攻撃開始! 眼前の敵を食い散らかせ!」

 

 ジャンヌの開戦の合図に、麻菜もまた不敵な笑みを浮かべ、告げる。

 

「紳士淑女の諸君、戦争の時間だ。さぁ行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 スカサハは疾駆する。

 一足早く突っ込んできたワイバーン達を一息で殺し、ジャンヌの元へ。

 

 麻菜とジャンヌのやり取りを思い出し、笑みが溢れる。

 

 ケルトの戦士のような気持ちの良い輩だ。

 

 バーサーク・サーヴァント達がスカサハの前に立ち塞がる。

 しかし、スカサハに比肩できる武勇を誇る者は皆無。

 唯一、バーサーク・バーサーカーが対抗できるかもしれなかったが、理性を失った輩などスカサハにとっては問題にもならない。

 

 だが面白いサーヴァントが1人、その中にいた。

 瞬時にそのサーヴァントとの距離を詰める。

 驚いた彼女は拳を無意識的に――だが、それは慣れた様子で――振るってきたが、スカサハには掠りもしない。

 むしろ好都合とばかりにスカサハは伸びた腕を掴んで、背後へと投げ飛ばした。

 

 麻菜はそれをキャッチし、転移魔法でメディアの目の前へ赴いた。

 

「はい、破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

 

 ぶすっと、メディアはそのサーヴァント――マルタへと短剣を突き刺した。

 

「繋がりは切れた。あなた達に味方するから」

 

 マルタは軽く腕を回しながら、そう告げて麻菜へと視線を向ける。

 

「麻菜とか言ったっけ? ジャンヌとのやり取り、聖女としてはああいうのダメだけど、私個人としてはとても良いと思うわ」

 

 ぐっと親指を立てるマルタ。

 

「あ、それと私はマルタだから。よろしくね。こういう作戦なのね?」

「ええ、こういう作戦なのよ」

 

 にっこりと麻菜は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌはそれを目撃していた。

 

「あー! ずるい! ずるいわよ! それ! 麻菜ずるい!」

 

 きーっと大声で怒って悔しがっていた。

 そうこうしているうちに、ワイバーンは次々とスカサハと哪吒、マシュや清姫に始末され、バーサーク・サーヴァント達はマルタに起こったことを警戒し、積極的な攻撃行動を取れない。

 

「周到な作戦よ。ファヴニールだっけ? その竜は私が相手をしましょう」

 

 ジャンヌは一転、困惑した。

 サーヴァントを従えるマスターというのは魔術師であって、竜を殺すような強さはない筈であるからだ。

 

「安心して。こう見えても竜殺しは得意なのよ。ちなみに神殺しや巨人殺しも得意だったり」

「麻菜って何者なのよ……とはいえ、容赦しないわ!」

 

 ファヴニール、とジャンヌが呼べば巨竜は咆哮する。

 

 ブレスがくる、と麻菜はこれまでの戦闘経験から直感し、ただちにガチの装備を身に纏って駆ける。

 

 ブレスが放たれた。

 伊達に伝説の竜と呼ばれているわけではなく、その一撃はまさに大地を焼き尽くすだけではなく、抉る程の密度の火炎。

 

 しかし、麻菜は怯まない。

 

 現実化した以上、ユグドラシルでの戦闘経験は全て彼女が現実に経験したことなのだ。

 故に、ユグドラシルのとんでもドラゴン達との戦闘もまた現実のものとして、彼女の糧になっている。

 

 ファヴニールに飛びかかる麻菜に対し、小癪なとばかりにファヴニールの爪が振るわれる。

 真正面から麻菜はその爪を剣で受けた。

 ガラスのような刀身であるにも関わらず、罅すらも入らない。

 

 ジャンヌは思わず息を呑む。

 

 思いっきり麻菜は力を込めて、剣でもって爪を押し返す。

 ファヴニールの巨体が傾いた。

 

 ジャンヌは狼狽えることなく、麻菜をまっすぐに見つめる。

 

 紛れもない、生身の人間である筈だ。

 だが力は強大で、英雄と言っても過言ではないが、その在り方は欲深く人間らしい。

 

 ジャンヌは笑い、そして叫ぶ。

 

「ファヴニール! 竜の力を見せてやりなさい!」

 

 咆哮し、ファヴニールは踏ん張り、麻菜を押し返した。

 さらにはくるりと回転し、その長大な尾でもって彼女を打ち据えようとする。

 だが、尻尾攻撃は麻菜にとってはユグドラシルで呆れる程に食らい、そして呆れる程に避けたものだ。

 

 軽々と空を飛びながら回避していく。

 

「さぁ、ジャンヌ。堕ちた聖女、強大な憎悪を抱えし者よ! 我が至高の力、汝に示そう!」

 

 その言い方にジャンヌは嬉しくなってしまうが、そんな余裕はない。

 

 麻菜から数多の魔術が放たれたのだ。

 ジャンヌ自身の対魔力は極めて高く、魔術は効かない。

 またファヴニールにも生来の対魔力により。

 

 しかし、麻菜の放ったものは残念ながら違った。

 元々高い彼女のステータスは装備品によって極めて大きく強化されている。

 

 対魔力が高いなら、その対魔力を突破できるだけ自分を強化すれば良い、というシンプルな話だ。

 

 

 空間ごと切り裂きながら迫る無数の刃にジャンヌも、またファヴニールも脅威を感じた。

 

 故に回避する。

 だが、巨体故にそれは軽々とはいかず、かろうじて。

 そして逃げた先には麻菜がいた。

 

 その纏う全ては宝具であるように見え、特に首から下げた太陽のような黄金の首飾りには目を引かれた。

 

 美しくも恐ろしい。

 

 死を告げる女神というのがいるのならば、こういう姿なのだろうな、とジャンヌはそんな感想を抱く。

 

 死んだところで座に戻るだけだ、怖くはない。

 

「ファヴニール、ありがとう」

 

 ジャンヌは優しく、自身を乗せる竜の背中を撫でた。

 

 麻菜には勝てない。

 ジャンヌは素直にそう認めることができた。

 

 戦う前のやり取りもあったのだろう。

 麻菜という人物を知ることができたからだ。

 

 憎悪を抱えていようとも、そのくらいの判断はできる。

 

「私の負けよ。あなたをマスターと仰いであげるから、ちゃんと召喚しなさいよ」

「それは重畳。とはいえ、確実にやる為には保険が必要よ」

「保険?」

 

 すると、麻菜はにっこりと笑って青い魔法陣を展開した。

 

「目の前にいるジャンヌ・ダルクがしっかりと万全に、一切の不備や不都合、不具合もなく、私のサーヴァントとして召喚されるようにして」

 

 ウィッシュ・アポン・ア・スター、と麻菜は唱えた。

 

「星に願いを、なんて随分シャレたものね」

「いいでしょう? あなたが今更約束を破るとは思えないけど」

「当たり前よ。私だって通すべき筋は通すわ。さっさとやりなさい」

「ええ、よろしく」

 

 麻菜はなるべく優しく、ジャンヌの胸に剣を突き刺した。

 

 ジャンヌが光の粒子となって消えたことで、使役していたファヴニールも同じく消えていった。

 何かしらの繋がり的なものがあったのだろうか、と麻菜は不思議に思うが、まだ残っている連中がいる為、そちらへと意識を向ける。

 

 バーサーク・サーヴァント達は消えていなかった。

 消えないのをいいことに、スカサハと哪吒、そしてマルタは次々と捕獲してはメディアの元へと連れて行き、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を使用する。

 あっという間に、バーサーク・サーヴァントは麻菜のサーヴァントと化した。

 

 そして、事情を聞いたところ驚くべき事態が判明した。

 

「おのれ、ジル・ド・レェ……流石は元帥、見事な計略」

「いや、アレにそんな知能は感じなかったわよ。完全にイカれているっぽかったし。ただ、どうも、奴はジャンヌに召喚されたものではなさそうよ」

 

 マルタの証言に麻菜は首を傾げる。

 いったいどういうことだ、と。

 

 しかし、考えても仕方がないと麻菜は判断して告げる。

 

「オルレアンに行きましょうか。はぐれサーヴァントがいたら回収するという形で」

 

 

 

 そんなこんなで、麻菜達はカルデアへと事情を説明し、そのままオルレアンを目指す――と見せかけて、麻菜はメディアとエミヤを連れて、フランス中を飛び回った。

 

 ひとえにそれは麻菜の財宝集めの為。

 購入できるモノは購入し、できないモノはエミヤとメディアに複製を造ってもらう為にわざわざ見てもらった。

 

 もしかしたら時代を経るごとに、あるいは戦乱により紛失してしまった人類の宝とも呼ぶべき代物があるかもしれない、とトレジャーハンター気分の麻菜だった。

 

 多少の寄り道はあったものの、それでも1週間程度でオルレアンへと辿り着いた。

 寄り道をしなければ数時間程度で到着できたが、ともあれオルレアンへの道中で本物のジャンヌや他のはぐれサーヴァントを味方に加えることもできたので、結果的には問題はなかった。

 何よりも、道中でこの時代を生きているフランス軍元帥としてのジル・ド・レェと交流を持てたのは麻菜にとって嬉しいことだった。

 

 

 

 そして、オルレアンで彼らを出迎えたのは1週間前、倒した筈のジャンヌ・ダルクだった。

 

 

 

 

 

「笑ってしまうわ! ねぇ、ジル!」

 

 なんだか同じようなやり取りをした記憶が麻菜をはじめとしたラ・シャリテで戦った者達に蘇る。

 ただジャンヌに対して違和感があった。

 

「なんか、違うわね。召喚したような感じではない」

 

 麻菜の言葉にジル・ド・レェが胸を張る。

 

「竜の魔女はあり得たかもしれない復讐の魔女! まさに、まさにそれは我が悲願!」

 

 正解を自ら明かしてくれたジルに麻菜はウィッシュ・アポン・ア・スターが本当に保険として役立ったことを悟る。

 つまりは、竜の魔女としてのジャンヌはジル・ド・レェの願望によって聖杯が作り出した虚像なのだ。

 

 しかし、目の前にいるジャンヌはその意味が理解できなかったらしく、特に気にも留めていない。

 麻菜は告げる。

 

「ジャンヌ、あなたに恨みはないけど、終わらせてもらうわ」

「できるものならやってみなさい! バーサーク・サーヴァント達よ! ワイバーンよ!」

 

 新たに彼女が召喚したサーヴァント達が麻菜達の前に立ちふさがった。

 しかし、負ける気は微塵もなかった。

 

 質でも量でも、こちらが圧倒していると麻菜は胸を張って言える。

 

「見敵必殺よ。すぐに終わらせましょう」

 

 麻菜の言葉にサーヴァント達が動いた。

 そして、麻菜の要望通りに本当にすぐに終わってしまった。

 

 

 

「お、おぉ……我が悲願が……」

 

 もはや消えるのを待つばかりとなったジルに麻菜は告げる。

 

「安心して。ジャンヌは確かにいるから。何ならあなたも来なさい。歓迎するわ」

 

 ジルは目を見開き、そして穏やかな笑みを浮かべ、粒子となって消えていった。

 それを見送り、麻菜は告げる。

 

「で……あなた達ももうみんな、カルデアに来なさい。でもって、私に色々教えなさい」

 

 麻菜は、はぐれサーヴァントや元バーサーク・サーヴァント達だった面々に告げた。

 

「当然よ! 是非とも、お邪魔させて頂くわ」

 

 華のような笑顔で、最初に宣言したのはマリー・アントワネットだった。

 麻菜は彼女には大いに絡んだ。

 

 主に、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、という逸話について。

 残念ながらそれは誤解であり、またマリー自身の言葉ではなかったが、敢えてマリー本人に言ってもらい、麻菜は大いに興奮した。

 

「子鹿、私も当然行くわよ。子鹿が、どうしても私の歌を聞きたいって言うから、仕方ないわね!」

 

 エリザベート・バートリーの言葉にカーミラが顔を逸らした。

 見ていられなかった、自分の黒歴史を。

 

「エリザベートの歌って味があって良いと思うんだけど……」

「先輩、人類には彼女の歌はまだ早すぎるんです」

 

 そうなんだ、と思いつつ、麻菜は他のサーヴァント達の反応を窺う。

 全員が問題なくカルデアに来てくれそうだった。

 

「それじゃ、帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一特異点から帰ってきた麻菜達はオルガマリーに報告を済ませると、早速にサーヴァント召喚を行った。

 一番に出てきたのは――

 

「サーヴァント、アヴェンジャー、召喚に応じ参上しました。ちゃんと召喚してくれたわね?」

「ええ、会えて嬉しいわ。ジャンヌ」

 

 微笑む麻菜にジャンヌはふん、とそっぽを向く。

 

「ええ、ええ、本来ならあなたには感謝するべきところです。おかげで私はしっかりと復讐者として、ジャンヌ・ダルクのあり得たかもしれない存在として、確立できたわ。あなたの保険が役に立った、立ってしまった」

 

 一息にそこまで言い、ジャンヌは今度は顔を麻菜へと向ける。

 

「まったくお笑い草だわ。私の座なんて存在していなかったのに。そして、この事実も何でか知らないけど、私は座で知ることができた。ええ、あなたのとんでも魔法のおかげで」

 

 すごく饒舌だなぁ、と麻菜はジャンヌにそんな感想を抱いた。

 

「おまけにファヴニールまでくっついてきたわ。まったくもう、ええ、あなたの敵、あなたの憎悪を向ける相手、それは私にとっても敵であり、憎悪の対象。だから、私の炎で焼き尽くしてあげるわ。あなたが地獄に落ちようと、どうなろうといつまでもずーっと永遠にひっついてやる。私をこうしてしまったことを後悔しなさい」

 

 ふん、と再度そっぽを向けた。

 麻菜はとりあえずジャンヌに手を差し出した。

 

「これから永遠の付き合いになるなら、あなたを信頼するわ。こうして律儀に応じてくれた、あなたに」

「こんな復讐者に随分と情けをかけるものですね。強者の余裕かしら」

「いいえ、私はあなたに勝った。勝者は敗者を好きにできる。だから、私はその権利を行使しているだけよ」

「いつか寝首をかいてやるから。私は負けっぱなしは嫌いなのよ」

「いつでもいいわ。待っているから」

 

 そう言いながらもジャンヌは麻菜の手をしっかりと握りしめた。

 

「というわけで、どんどん行くわよ。大抵、フランスで知り合った人達だと思うけども」

 

 麻菜の言った通りに、召喚されるのはフランスでのはぐれサーヴァントや、元バーサーク・サーヴァントであった者達だった。

 

「げっ! 白いの! あんたは来なくていいのに!」

 

 ジャンヌ・オルタは召喚されたジャンヌにあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「あなたが麻菜さんとやり取りしたという、ジャンヌ・オルタですね」

「ええ、そうよ。何か文句でもあるの?」

「いえ、ただ、話を聞く限りだと……あまり、悪い方には思えなくて」

「はぁ? 私はフランスを死者の国にしようとしていたのよ?」

「ええ、知っています。ただ、麻菜さんはそれでもあなたのことを弁護してくれたのですよ。オルレアンへの道中で」

 

 ジャンヌ・オルタはがばっと勢いよく麻菜へと顔を向ける。

 恥ずかしさやら何やらで白い肌は真っ赤に染まっていた。

 

「麻菜! あんた何をやってるの!?」

「何って弁護よ。私がしたかったから弁護しといた」

 

 口をパクパクと金魚のように開いたり閉じたり。

 何と言っていいか、分からない状態にジャンヌは陥ってしまう。

 

「ちょっと白いの! 麻菜を何とかして!」

「といいましても、私も麻菜さんの規格外さは知っていますので、無理ですね」

「あんたそれでも聖女なの!? 諦めるんじゃないわよ!」

 

 白いジャンヌと黒いジャンヌがそんなやり取りをしている間に、召喚は終わった。

 しかし、フランスで見た連中ばかりであり、麻菜としては新鮮味が欲しいところだ。

 

 だからこそ、彼女がオルガマリーに追加の10連をお願いしたのは言うまでもなかった。



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ローマへ!

「ボクの知っている料理と違う……」

「美味しいからいいんじゃないの?」

 

 哪吒と一緒に御飯を食べる約束を麻菜は食堂で果たしていた。

 ストーキングしている連中がいるが、麻菜も哪吒も全く気にしない。

 

「満漢全席が食べたいとか言い出した時には私を何だと思っているんだ、と言いたくなったのだがね」

 

 エミヤはそう口では言うものの、満足のいく品々を出すことができた為に気分は良い。

 意外であったが、麻菜がよく食べるのだ。

 それこそアルトリア達に匹敵するくらいに。

 

「エミヤがそこらの料理人よりも料理の腕が良いのがおかしい」

「弓兵、料理人兼任?」

 

 それらの言葉にエミヤは何も言えない。

 

「……せいぜい食べすぎないようにしろ。腹が壊れたら、先日召喚されたナイチンゲール女史に私が伝えてあげよう」

「心配しているのか、それとも皮肉なのか、判断に困るわね……」

 

 麻菜の言葉には答えず、エミヤは黙々と調理器具の洗浄に入る。

 

 そんな彼に麻菜は肩を竦めて、隣で料理を頬張る哪吒を見ては癒やされる。

 

「哪吒って可愛いよね」

 

 哪吒が思いっきり咳き込んだ。

 

「主!」

 

 怒った顔を見せる哪吒に、麻菜はそういうところ、と言ってけらけら笑う。

 

「ボク、元男!」

「あら、私は両性具有になれるから問題ないわね」

 

 哪吒は頭を抱えた。

 そういう問題ではない、と。

 麻菜はけらけら笑う。

 

「まあ、いいじゃないの。ところで三蔵法師ってどんな人物だった?」

「ダメ僧侶、ドジ僧侶、チキン僧侶、泣き虫僧侶、フォローもやむ無し」

「……一瞬で私の中の三蔵法師の人物像が破壊されたわ。まあ、歴史ってそんなもんよね」

「大聖に逃げられるのも仕方なし」

「そこまでなのね……」

 

 聞かない方が良かったかな、と麻菜は思いつつも、そのまま哪吒に当時の文化や社会情勢などアレコレと質問を浴びせ始める。

 哪吒は嫌がることなく、それらの質問に答えていく。

 

 哪吒自身の過去についてではないのが、彼女にとっては有難かった。

 とはいえ、哪吒は麻菜の知識欲に驚く。

 それこそ、どんな植物が生えていたか、とか食器はどういうものを使っていたか、などとそういうところまで麻菜は聞いてきたのだ。

 

「主、知識欲旺盛。すごい」

「だって気になるもの。記録で知るのと当事者の記憶から知るのではまた別の良さがあるわ。それに紛失してしまっている記録の方が多いし」

「把握。ボク、分かる限り答える。もっと聞いて欲しい」

 

 自分の生きた時代がどういうものであったか、そういうものを聞いてくれると哪吒としても嬉しくなる。

 基本的にサーヴァントを召喚するような魔術師はそんなものには興味を欠片も持ってくれないが為に。

 

「哪吒にはずっと傍にいて欲しい」

「主、貴方。従者、ボク。主が望む限り」

 

 哪吒は笑顔で頷いた。

 

「ところで主、アレ、何? 少し眩しい」

 

 ストーキングをしている中の1人、玉藻を指差す哪吒。

 

「眩しいの?」 

「眩しい。あ、収まった。不思議」

「玉藻とかコヤンスカヤって九尾らしいからね……なんかほら、実は太陽の化身とかそういうのでした、とかでもおかしくはないかも。知らないけど」

「玉藻、コヤンスカヤ、同じ? 妲己? 従える主、すごい」

「哪吒、たぶん私と玉藻とかコヤンスカヤの会話を聞くと、色々と常識が壊れるわよ。私が三蔵法師の真実を知ったときのように」

 

 それで哪吒は何となく察したのか、何やら複雑な顔になった。

 その顔を見て麻菜は玉藻へと告げる。

 

「玉藻、あなたの真実を知って哪吒が悲しんでいるわよ」

「え、これ私が悪いんですか? そりゃまぁ、大昔は色々やりましたけども、もうノーカンです」

「まあ、歴史の真実なんてそんなもんよね。そういや次の特異点は面倒くさくなったら、玉藻を放り込むのでよろしく。九尾パワーで何とかして」

「あ、それダメですよ。お仕事放棄はダメです。あと一尾なので最弱って言ったじゃないですか」

「本音は?」

「小耳に挟んだんですけど次はローマ帝国らしいじゃないですか。私も一緒に行ってご主人様とローマ観光したいなーって。そりゃ私がもしも全盛期の力を取り戻せば一瞬で終わりますけども」

「私の超スゴイ魔法で取り戻させてあげるわ。キアラにも効いたんだから玉藻に効かない筈がない」

「謎の説得力がありますね……まあ、やるだけやってみてください」

 

 うんうん、と麻菜は頷いて哪吒を見る。

 彼女は溜息を吐いてコメカミを押さえていた。

 

「というわけなのよ、哪吒。めちゃくちゃフランクでしょう?」

「把握。歴史の真実、恐ろしい……」

 

 それで玉藻は意味を悟る。

 哪吒に実際に玉藻とはどういう人物か、見せる為のやり取りであったのだ、と。

 玉藻は不満げな顔で告げる。

 

「大昔は私もイケイケのヤンチャガールだったんです。だいたい、ヤンチャしていないのがサーヴァントになれるわけがないじゃないですか。国の一つや二つ、みんな滅ぼしてますって」

 

 哪吒も思い当たる節がありまくるので、否定できなかった。

 

 麻菜としても一理あると玉藻の言葉に頷きつつも、頭は別のことを考えている。

 

「ご飯の後、少し情報を集めましょうか。レフ・ライノールの経歴について調べておきたいの」

 

 抹消か捏造されているだろうが、それでも一応調べておく必要はある。

 幸いにも次の特異点へのレイシフトまでは1週間程の猶予があった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、1週間後――

 次なる特異点へのレイシフトが可能となったことにより、ブリーフィングが開かれた。

 

 

「次の特異点はローマよ」

 

 オルガマリーの言葉に麻菜は手を挙げる。

 

「五賢帝時代? 五賢帝時代なの!?」

「残念、ネロ帝時代」

「異教徒認定からの弾圧待ったなしなので、私がローマ皇帝の座をもらうわ」

「あなたが特異点を作ってどうするのよ」

 

 オルガマリーのツッコミにうんうんと頷く出席者一同。

 麻菜とオルガマリー以外ではロマニ、ダ・ヴィンチ、マシュが出席しており、出発前のちょっとしたブリーフィングだ。

 

 ネロ帝時代ということで麻菜のやる気は多少落ちたものの、ローマの品物や芸術、その他諸々に触れ、あわよくば手に入れることができるかもしれない、ということで気を取り直す。

 

「とはいえ麻菜。何故か人選に悪意があるような気がするのだけど」

「気の所為よ」

 

 麻菜は素知らぬ顔だが、事前にローマと聞いていたので、それを考慮して連れて行くサーヴァントを選択していた。

 マシュと熱心に志願した玉藻、哪吒は固定で残り3人。

 しかし、今回はちょっとやり方を変え、必要に応じてその都度、カルデアから送ってもらうという形を取ることにしていた。

 

 それはさておき、オルガマリーには事前にパーティの仮編成を提出してあった。

 麻菜の組んだ仮編成は玉藻以外ではクー・フーリン、ナポレオン、スカサハだ。

 ナポレオンはライダークラスで召喚されており、先の特異点修復後、追加の10連召喚でやってきていた。 

 

「ほら、異教徒だー! ぶっ殺せ―ってなる可能性が高いので。自衛の為に」

「すごいわ、麻菜。一瞬で嘘と分かる嘘をつくなんて。それで本音は?」

「なんかローマ軍と戦う展開になる可能性があるので、ナポレオンのイタリア遠征を再現したいと思った」

 

 オルガマリーは溜息を吐いた。

 

「というか、最初からローマ軍と戦う前提なのは何でなんだい?」

「だってロマニ、ネロって言ったらそりゃもうびっくりする程にヤバイ人物。きっと私達を殺しにくるに違いない。絶対そうするに違いない」

「酷い理屈だ……もしかしたら、ネロって実は麻菜君好みの美少女っていうオチがあるかもしれないよ?」

「そんな展開があると思う? イタリア出身のダ・ヴィンチちゃん、どうよ?」

 

 麻菜から話を振られ、ダ・ヴィンチはうーん、と悩む。

 

「そういう話は聞かなかったかなぁ。ただ、両刀であるのは間違いないと思うよ。麻菜も気に入られれば金銀財宝をたくさんもらえるんじゃない? ただ、ネロってドSだったらしい。異教徒を拷問して殺したりしてたみたいだから」

「さすがにそういうのはちょっと……」

 

 一連のやり取りを見ていたマシュは溜息を吐いた。

 

「あの、もうちょっと真面目に会議してもいいと思うのですが……」

「マシュってば真面目ね。仕事なんて気楽にやったほうがいいのよ。特に重大な仕事であればあるほどにね」

「先輩は気楽過ぎるんです!」

 

 もう、と怒ってみせるマシュ。

 しかし、それは何だか微笑ましい。

 

「ともあれ、さっさと出発してさっさと解決してきなさい」

「分かったわ。ところで今の今まで黙っていたけど、これって危険手当ってつくの?」

 

 オルガマリーはコメカミを押さえた。

 

「……つくわよ」

「私の実力と仕事内容、拘束時間などから考えて相応のものよね? 勿論、月給も私の実力を知ってしまったのだから、そのままって言うわけじゃないわよね?」

「……あんまりいじめないでよ」

 

 むすっとした顔になるオルガマリーに麻菜は胸がときめいた。

 

「もうマリーって可愛いんだから。お金じゃなくて現物支払いとかでもいいから。何か頂戴ね」

「分かったわよ。考えておくから早く行きなさいって」

 

 麻菜とマシュを会議室から出して、オルガマリーは深く溜息を吐いた。

 

「所長、チャンスだよ。私をあげるって言うんだ! それで落ちる!」

「麻菜君の本命は所長だったのか……? いや、僕は玉藻さんかコヤンスカヤさんが本命だって信じる、当たってくれ……!」

「あなた達! さっさと仕事に戻りなさい! それと何で麻菜の本命当てが賭けになっているの!? 胴元は誰!?」

 

 顔を真っ赤にして、オルガマリーは叫んだ。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで麻菜達一行は西暦60年のローマへとレイシフトすることとなった。

 

 



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協力体制構築

 

「というわけでローマに来たわけだけど、あんまり変わらないわね」

「先輩先輩、まだローマではないですよ。時代に来ただけで、目の前は野原です」

「自然はいつの時代も変わらない……ただし未来を除く。それはさておき、今回は一瞬で解決することができるわよ」

 

 麻菜はそう宣言し、玉藻へと熱い視線を送る。

 

 キアラにも効いたんだから、玉藻に効かない筈がないという理論でもって、数日前に麻菜は指輪をはめてウィッシュ・アポン・ア・スターで願った。

 

 ここにいる玉藻を今の人格のまま、一切の不都合や不具合、代償なく九尾としての力を取り戻し、自由自在に発揮できるようにして――

 

 それは問題なく叶ってしまい、結果として玉藻は九尾としての力を呆気なく取り戻してしまっている。

 

 玉藻としてはまさに棚からぼた餅、ご主人様マジハンパネェと思った次第である。

 

 麻菜から視線を送られた玉藻は胸を張る――しかし、それはあえなくカルデアからのもっともな指摘により潰えてしまう。

 

『一瞬で解決っていうのは悪くはないけど良くもないわね。敵は複数犯なのだから、黒幕に彼女のことがバレると面倒よ』

「それもそうね……」

「え、私の出番これだけですか? 強すぎるが故に、別の方と交代とかされちゃうパターンですか?」

 

 そんなぁ、と玉藻は情けない顔になるが、オルガマリーは告げる。

 

『いいえ、抑えてくれれば問題ないわ。というか、麻菜の暴走を抑えられそうなのが現地にあなたとマシュくらいしかいないから頑張って』

「それってどういう意味よ?」

『そういう意味よ。それじゃ任務の成功を祈るわ』

 

 通信が切れた。

 麻菜はむーっと不満であったが、ともあれ指示を出す。

 

「とりあえず哪吒。空から眺めて見て。玉藻、周囲を索敵」

 

 哪吒は天高く飛び上がり、玉藻は何やら呪文を唱えて周辺の索敵に移る。

 すると哪吒はすぐに戻り、ほぼ同時に玉藻も何かを捉えたのか、麻菜へと報告する。

 

「主、前方20里程で合戦中」

「どちらも正規軍っぽいですね、これ。ただ、どちらにもサーヴァントの反応がありますよ」

 

 なるほど、と頷きながら、麻菜は玉藻へと尋ねる。

 

「不自然なところはあるかしら?」

「どちらも生身の人間とサーヴァントで構成されていますが、片方の指揮官はサーヴァントですね。勘ですけど、こっちが敵でしょう」

「先輩、どうしますか?」

 

 マシュの問いかけに麻菜は悩む。

 いきなりナポレオンを投入するかどうかを。

 それともあるいは、クー・フーリンやスカサハに頼んで無双を見せてもらうか。

 

 もしくは仮編成以外の他のサーヴァントを呼んでみるか……

 

 麻菜は悩みに悩んで、結論を下す。

 

「クー・フーリンとスカサハを呼びましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのネロがこんなに可愛いわけがない。ネロがこんなに可愛いなんて間違っている……!」

「出会い頭にそれは酷い! 泣くぞ!」

 

 ちょっと涙目になるネロと驚きのあまりそんなことを宣った麻菜。

 事実、これにはマシュも驚きだった。

 そのときマシュの脳裏に閃きが走った。

 

「びっくりしマシュ……」

「ん? マシュ、今なんて言った?」

 

 麻菜の耳は聞き逃さなかった。

 勿論ネロも。

 

「今、びっくりしマシュとか言いおったぞ!」

「なんですって! しまいには、ブチギレましゅとか言い出すわよ!」

「気楽にやれって言ったのは先輩ですよ! いいじゃないですか、私がダジャレを言ったって!」

 

 ブチギレましゅ、とマシュは言いかけて思いとどまった。

 麻菜の思う壺だからだ。

 

「ともあれ感謝するぞ。余のローマ軍が負けるとは思わなかったが、それでも少し、そう、少しだけ手強いと感じていたのでな!」

 

 ネロは花の咲いたような笑みを浮かべて、そう告げた。

 

 麻菜達が、というよりクー・フーリンとスカサハのコンビがやったことは簡単だ。

 横合いから思いっきりにネロのローマ軍と戦っていた連合帝国のローマ軍を殴りつけた。

 

 とはいえ、生身の人間はなるべく無力化する形を取り――クー・フーリンとスカサハによる現場判断で――サーヴァントだけを叩いた形だ。

 

 この2人を相手に戦えるサーヴァントはおらず、参戦してから20分程で相手側が敗走という形となった。

 捕虜の数も膨大であったが、そこはネロが戦後処理ということで引き取ることになった。

 

「ところでそなたらは余の客将達と同じような輩であるな。是非とも力を貸して頂きたい。無論、報酬は出す」

「いえ、私達は……」

 

 言いかけたマシュの口を手で抑え、麻菜はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

 

「皇帝陛下とお呼びしたほうがいいかしら? 私は玲条麻菜というのだけども」

「いや、構わぬ。ただし余も麻菜と呼ばせてもらうぞ」

「じゃあネロ。協力するし、何なら私が金塊で支払うから、ローマの数々の財宝や工芸品、食器やその他諸々売って欲しいわ」

「構わんぞ」

 

 ネロの返事に麻菜は満面の笑みを浮かべた。

 

「だからネロって好き」

「好き? 余を好き! 余もそなたが好きだ! そなたは女神のように美しい! 是非とも余のハレムに加わって欲しい!」

「用事が終わるまでの期間限定なら……」

 

 麻菜の返事にネロは無邪気に喜ぶ。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 

「ご主人様? お仕事放棄はダメですよ?」

 

 玉藻がにっこりと笑顔を浮かべて、そう告げた。

 その笑顔を見てしまったネロは震え上がって麻菜に抱きついた。

 

「ま、麻菜、あの者が恐ろしい笑みを浮かべているぞ……そなたのハレムの者か?」

「大丈夫よ、ネロ。玉藻、これはローマ文化を知り、また当時の宮廷文化を知る為に必要不可欠なことなの。さすがのあなたも帝政ローマにおける宮廷文化とかそういうのは知らないでしょう?」

「私の権能を使えば一発です!」

「ダメ、当事者の話を聞かないと……それに……そう、これは私達がネロの客将になる為の必要な事柄なのよ!」

 

 そうよね、と麻菜はネロに問いかける。

 すると、ネロもまたうんうんと何度も頷いた。

 

 玉藻は深く、それはもう深く溜息を吐いた。

 

「主、欲塗れ……」

 

 哪吒のジト目に麻菜の心が痛む。

 だがこれは決して引けないことだった。

 

「お二人からも何とか言ってあげてください」

 

 マシュは堪らずにクー・フーリンとスカサハへと話を振った。

 しかし、これは悪手だった。

 

「いや、別にいいんじゃねぇか? 麻菜くらいの戦士なら、女の百や二百、抱えていてもおかしくはないし」

「うむ。私もそう思うぞ。というか、強い雄……麻菜は多少特殊だが、ともあれ雌を囲うのは自然の摂理だろう」

 

 マシュは絶望した。

 あまりにも彼女が不憫に思えたネロは助け舟を出すことにする。

 

「と、ともあれ、麻菜よ。余としては仲間達の気持ちを汲むのは大事だと思うぞ」

「じゃあハレムに入るのはやめるわ」

 

 マシュと玉藻はほっと一安心。

 そんな2人を見ながら、麻菜はネロに耳打ちする。

 

「ハレムはダメだけど、2人きりでこっそりと……」

「うむ、そうしよう」

 

 ネロとしても異論はなかった。

 

「さて、これよりローマへと帰還する。そなたらもついてくるが良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでネロとともにローマ市内へと入った麻菜達であったが、その活気に驚いた。

 とても暴君による統治とは思えなかったのだ。

 

「歴史の真実って残酷ね……」

「ん? どうかしたか?」

 

 ネロの横を併走することを許された――というより彼女がそれをお願いしてきた――麻菜の呟きはネロの耳に入った。

 

「事前情報でネロは暴君って聞いていたのよ。とてもそうは思えないんだけど」

「余が暴君? うーむ、確かに別の宗教の者からすれば余のやったことなどは暴君かもしれぬ」

「あー……そういうことね。ローマは多神教だったかしら?」

「うむ、一神教とは折り合いが悪くてな。ローマの者であるならば別に余としては宗教は構わぬのだが、難しいものだ」

 

 そのような会話をしながら、一行はネロの王宮へと入っていった。

 まだドムス・アウレアが建築されていないことに麻菜はちょっとだけ残念だった。

 

 

 

 王宮でネロは早速麻菜達を歓待した。

 そこで彼女は麻菜の食欲に驚くが、それもまた良いとしてどんどん麻菜に食べさせた。

 しかし、そこで保護者役が板についてしまった玉藻とマシュにより軌道修正が図られ、情報共有及び交換の時間とようやくになった。

 

 そして、明らかになったのは連合ローマと名乗る連中だ。

 

「十中八九そいつらね。とはいえ、ネロとしては色々と複雑なんじゃないの?」

「うむ。亡くなった筈の伯父上が出てきたりとな……」

 

 ネロは溜息を吐いた。

 そんな彼女に麻菜は告げる。

 

「色々と説明すると長くなるので、要約するといわゆる幽霊みたいなものなので、ささっと退治するわ」

「先輩、合っていますけどあんまりな例えですよ」

「合っているなら問題はないわね。ここはネロが治めるローマよ。それ以外の輩が皇帝を僭称するなんて、例え先代皇帝の幽霊であろうが反逆罪で死刑よ、死刑」

 

 麻菜の言葉にネロもまた頷きながら問いかける。

 

「麻菜、幽霊とは死刑にできるものなのか? 死んでいるのに更に死ねるのか?」

 

 余は知りたいぞ、と告げるネロ。

 

「うーん、そうと意識してやったことはないわね……捕縛して首を落とせば一応死んだことになるのかしら。そこらへんどうかしら?」

 

 スカサハへと問いかける麻菜。

 その問いにスカサハも悩ましい顔となる。

 

「言われてみれば幽霊を殺したことはなかったな……殺せるのか?」

 

 隣のクー・フーリンに尋ねると、彼も困り顔だ。

 

「幽霊を殺したことはねぇな……」

「っていうか、何で幽霊を殺せるかって話になっているんですか。話題を元に戻しますよ」

 

 ダメだ、ボケ要員が多すぎてツッコミが追いつかない、と玉藻は匙を投げそうになった。

 しかし、そこで麻菜の顔が目に入る。

 悩ましげな顔のご主人様も素敵、と玉藻が思ったところでネロが告げる。

 

「ともあれ麻菜の言う通り、連合ローマ帝国を余は攻め、これを滅ぼす。余のローマこそ、正統であるからだ」

「私達も協力させて頂くわ」

「うむ。麻菜達には期待しておるぞ。出立までは少し時間がかかる。どうもヒスパニアに敵の都があるようだ」

「平野に引きずり出して決戦を強要したいけど、もしもカエサルとかがいたら釣れてくれるか、怪しいところね」

 

 カエサルという名前にネロは渋い顔になる。

 

「さすがの余も戦略・戦術でカエサル殿を上回れるかといえば自信はない」

「それなら答えは一つね。戦略も戦術も意味が無くなってしまう程の暴力で潰せばいい。幸いにもそういうことができる輩は何人もいるのよ」

 

 それは頼もしい、とネロは頷いた。

 

「出立まで、ゆっくり英気を養って欲しい」

 

 ネロの言葉に麻菜は尋ねる。

 

「ネロ、この後は暇? ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻菜のお願いとはネロ自ら王宮やローマ市内を案内してもらうことだった。

 ネロとしても、自分を上回る程の美貌の持ち主である麻菜にお願いされては断れる筈もない。

 

 何よりも麻菜は何でも知りたがった。

 それにネロが答えれば麻菜は無邪気に凄い凄い、とはしゃぐのだ。

 ローマを褒められて、そして麻菜のその顔を見て、ネロの機嫌が良くならない筈がない。

 

 ネロはかつてない程の上機嫌であちこちを案内して回る。

 時折頭痛に襲われたが、それを見た麻菜の魔法による治療を施してもらった結果、綺麗さっぱり無くなった。

 頭痛から開放されたネロはますます麻菜のことを気に入るのは言うまでもない。

 

 露店や商店で大量の品物を購入しては見えない倉庫に次々と放り込み、ローマ市内の名所を回った後、王宮に戻ってきたネロは麻菜を誘う。

 

 浴場に行こう、と。

 

 

「美しい……まさに美の極致。そなたは誰よりも美しい」

 

 ネロは恍惚とした顔で麻菜を真正面から見て、そう告げた。

 麻菜もまたネロによく見えるよう、ポーズを取ってみせる。

 

 勿論、互いに全裸だ。

 侍女をつけず、たった2人で王宮内の浴場に2人はいた。

 

「ネロも美しいわ。あなたには赤がよく似合うもの」

「ふふ、そうであろう。麻菜、余の后にならぬか?」

 

 突然の求婚にさすがの麻菜も驚いた。

 

「そなたは美しく聡明だ。更には、そなた自身も強い戦士であるらしいな。余が求婚せぬ理由がない」

 

 どうだ、と問いかけてくるネロ。

 目をきらきらと輝かせて。

 

 そう言われると麻菜としても満更ではないが、流石にこればかりはどうしようもない理由があった。

 

「ネロ、とても嬉しいわ。私としてもあなたは美しく聡明だと思う。けれど、私とあなたでは生きている時代が違うの」

「時代、というのはどういうことか?」

 

 問いに麻菜はネロへと抱きついた。

 湯で火照った彼女の体温は高めであったが構わない。

 ネロもまた麻菜を受け入れ、その背中へと両腕を回す。

 

「私は未来から来ているの。あなたはローマを捨てて私と来ることはできないでしょう?」

「そうか……」

 

 ネロは沈鬱な声でもって答え、そして麻菜の首筋に顔を埋める。

 

「美しいからこそ、手に入らぬ。そなたは星々と同じであるのだな」

「私としても同じよ、ネロ。でも、贈り物はできるわ」

 

 ネロはその意味を察する。

 だが、さすがに浴場ではマズイ。

 

「場所を変えよう。そなたを、じっくりと味わいたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブチギレましゅぅううう」

 

 客室として用意された王宮内の一室にてマシュは怒っていた。

 

「おう、嬢ちゃん。荒れてるなぁ」

「うむ。とはいえ、そのダジャレはどうかと思うぞ」

 

 クー・フーリンとスカサハの言葉にマシュは毅然と告げる。

 

「私のダジャレのセンスはいいんです! 大声で言ったらいけるような気がしたんです!」

 

 ないない、とスカサハは手を左右に振る。

 

「玉藻さん、あなたも何か言ってください。先輩ったらネロさんとイチャイチャと……2人でお風呂だなんて」

 

 

 お風呂だけで終わる筈もないことはマシュ以外の誰もが分かっていたが、そこは本題ではない。

 

「と言いましてもねぇ……私としても、こればかりはちょっと邪魔をするのは気が引けます」

「哪吒さんは!?」

「ボク、同意見」

 

 むぅ、とマシュは不満げな顔を見せる。

 

「外交だよ、外交」

 

 クー・フーリンの言葉にマシュは彼へと視線を向ける。

 彼は更に言葉を続ける。

 

「麻菜は現地勢力とうまくやる為に体を張っているのさ。皇帝だけ落としておけば、あとはどうとでもなるだろう」

「え、そうなんですか? 私はてっきり欲望の為に突っ走っているものと思いましたが……」

 

 マシュのもっともな言葉にクー・フーリンも苦笑するしかない。

 それは麻菜自身の身から出た錆だからだ。

 

「確かにご主人様の欲望もありますが、それでもクー・フーリンさんの仰られたことは事実です。本当に心苦しいところではありますが、ご主人様ならネロさんを落とせるでしょう。性格的にも何か似てますし」

 

 むむむ、とマシュは唸る。

 どうやら本当のことらしい、と。

 

「まあ、いくところまでいくじゃろう。どちらも不完全燃焼で終わる性格ではない」

 

 スカサハの言葉にマシュはいったいどういう展開になるのか、さっぱり予想がつかなかった。

 スカサハ当人としては、それでも察せられないマシュの純粋さを尊く感じてしまう。

 

「お主はそのままで構わぬよ」

「おうよ。嬢ちゃんが麻菜が大好きで嫉妬しているっていうのは、よく分かったからよ」

「何でそうなるんですか! 確かに先輩のことはその……」

 

 ごにょごにょ、と小さな声で何やら呟くマシュ。

 何を言ったかは彼女の真っ赤に染まった顔を見れば一目瞭然だ。

 

『あーあー、聞こえているかい? 具合は? 定時連絡には少し早いけど、暇だったから連絡しちゃった』

 

 ダ・ヴィンチからの通信が入った。

 ロマニ、オルガマリーと三交代でやるとのことなので、今回はダ・ヴィンチが当番なのだろう。

 

「ああ、ネロと麻菜がよろしくやっている。極めて順調だ」

 

 マシュが役に立たないので、スカサハが代わりに答えた。

 

『あー、なるほどね。前回の定時連絡でネロが180度くらい歴史書とは違う美少女って聞いていたけど、やっぱり……所長、これは強敵が現れたね?』

『ダ・ヴィンチ! 余計な事は言わない!』

 

 どうやらオルガマリーも横にいるらしかった。

 

「だが、お主も分かる通り、外交を兼ねているぞ。これでカルデア側が万が一にも、ネロに切り捨てられる可能性は無くなったと言っていいだろう」

『おー、それは良いニュースだ。カルデアで召喚したら来てくれそうだね。皇帝ネロなら英霊の座にもいるだろうし』

「ああ。着実に縁を繋ぎ、戦力強化も行っている」

『欲望一直線だけど、結果としてそれが良い方向へいくのはもはや呪いか何かみたいだよね』

「本人も周りも幸せになれるなら、それは呪いではなく祝福じゃろう。事実、そうであるしな」

『ん? 影の国の女王様は何を視たんだい?』

「アレの魂の記憶をちょろっとな。前世は人外であり、そして同時に人間でもあった。特に人外の奴が繋いだ縁は凄まじいぞ……世界相手に1人で戦えるというのも納得がいく」

『え? その繋いだ縁とかいうのは初耳なんだけど……ちなみに縁の相手は?』

 

 ダ・ヴィンチの問いかけ、スカサハの答えに全員が耳を傾ける。

 

「人類では発音できない神をはじめとし、大勢の神々や魔王、邪神、果ては神獣魔獣の類、それら以外にも人間の英雄やらエルフ、ダークエルフ、異形の者達まで。いや、私も驚いた。異世界のものであるから、こちらの神々などとは全く関係ないだろうがな」

『……そんな、とんでもない人物だったのかい』

「らしいな。視てしまったときは私もちょっとマズかった。向こうの神々やらが私に気づいて、挨拶までしてきたからな。記憶の中であるのに」

 

 とんでもない事実が明らかになったが、唯一玉藻は驚いてはいなかった。

 彼女もまたこっそりとスカサハと同じように、視ていたからだ。

 

 だからこそ、玉藻は告げる。

 

「ご主人様必殺の切り札なんですよね。あの願いを叶える魔法で、縁のある者全てを召喚すればご主人様に勝てる存在はいませんよ」

 

 九尾の力を取り戻している玉藻の言葉は何よりも重かった。

 そんな彼女は更に告げる。

 

「というか、こうやって無制限にサーヴァントを召喚できているって、これ、ご主人様対策なんじゃないですか? アラヤとガイアの」

 

 ありえそうだった。

 麻菜が暴走しないように、そして万が一暴走したときは被害を最小限に食い止める為に。

 

 そんな思惑が見えそうだ。

 

『定時連絡のつもりが、とんでもない事実を聞かされてしまったよ……ともあれそっちが大丈夫ならそれでいいんだ……あ、所長。私はもう休んでいいかな? 疲れたんだ』

 

 ダ・ヴィンチは精神的な疲労の濃い顔でそう言った。

 勿論、オルガマリーの顔も精神的な疲労の色が濃くなっていたのは言うまでもなかった。

 

 



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大陸軍《グランダルメ》vs連合ローマ帝国軍

 

 準備を整えたローマ軍とともに麻菜達もまた進軍を開始する。

 小競り合いのような戦闘は途中であったものの、道程を順調に消化していく。

 

 そしてローマを出て数日後のことだ。

 ついにマトモな敵の兵力とぶつかり、ここで麻菜は満を持してライダーのナポレオンを投入した。

 

 

「Maître! よく見てくれ! これがオレの……余の大陸軍(グランダルメ)だ!」

 

 青白赤の軍服を纏った大勢の兵士達。

 それらの前に馬に乗り、両手を広げ宣言するナポレオン。

 

 麻菜はそれを見て、とても興奮していた。

 ついでに、その横にいるネロもまた同じく興奮していた。

 

「すっごい! 本物すっごい!」

「何という軍勢だ! 余のローマ軍よりも少しだけ凄いぞ!」

 

 2人の美少女達からの声援にナポレオンは気を良くして鷹揚に頷く。

 

「陛下、此度は間に合いましたので」

「グルーシー、構わないとも。あのときは仕方がなかった。私の采配が悪かったのさ」

 

 馬に乗り、いの一番にやってきた将軍とそう会話するナポレオン。

 麻菜は感動に震えた。

 

 グルーシー元帥とナポレオンのやり取りが見られるなんて、と。

 

「陛下、此度はウェリントンはいないようですね。連中の偽装退却は懲り懲りです」

「ネイ、まったく君は……いや、済んだことだ。君と同じ立場であれば私でも勝利を確信し、追撃しただろう。優秀であればあるほど、あれは見抜けない」

 

 2番手でやってきたネイ元帥に、そのようにナポレオンは答えた。

 その後も続々とやってくるナポレオンの元帥達に麻菜とネロは感嘆の声を上げる。

 

 

「麻菜、余もあのような軍を創り上げるぞ……」

 

 ネロもまた感動に震え、そのように決意を述べた。

 

「さて諸君、今回の敵はローマ軍だ。イタリア軍じゃないぞ、ローマ軍だ。我ら、大陸軍(グランダルメ)の戦いを彼女に捧げよう」

 

 ナポレオンはそう言って、麻菜を指し示す。

 美しい、という声が上がる。

 

「陛下、是非とも私に命令を。イギリス軍の方陣を潰すよりも簡単にローマ軍を蹂躙しましょう」

「まあ慌てるな、ネイ。じっくりと、だ。前方の敵は主力ではない。じっくり戦い、痛めつけ、敵の主力を釣りだしたところで一気に蹂躙するのだ」

 

 そう命令を下し、ナポレオンは麻菜へと視線を向ける。

 

「さぁ、maître。君の番だ。大陸軍(グランダルメ)を真似した軍勢を持っていると君は言った。それを見せて欲しい」

「実は大陸軍(グランダルメ)だけじゃないけど、全部見せてもいい?」

「勿論だとも」

 

 ナポレオンの言葉に麻菜は喜び、広い場所へと赴いて彼女の軍勢を召喚する。

 

 まず現れたのは巨大な城門であった。

 ゆっくりと門扉が開かれ、そして、現れた。

 

「懐かしい、懐かしい音楽だ……」

 

 奏でられる勇ましい音色。

 それはナポレオンにとって、この場にいる全てのフランス軍人達にとって聞き慣れた懐かしいものだった。

 

 太鼓と笛の音色。

 勇ましいそれらとともに、歩調を合わせて城門から彼らは現れた。

 

 フランス軍と同じ軍服、同じように見える装備。

 しかし、その掲げる旗はフランスのものではない。

 

 よくよく見れば銃も少し違う。

 

「素晴らしい、maître。真似をした、というのは無粋だな。故に、余はこう讃えよう。よくここまで創り上げた、と」

 

 ナポレオンはそう告げた。

 将軍達もまた感心しており、そしてネロは――

 

「ずるい! 余も創る! 絶対創る! 麻菜に負けてなるものか!」

 

 羨望と興奮と感動が混ざり合って、おかしなことになっていた。

 そんな様子をナポレオンは微笑ましく思いつつ、フランス軍を模した軍勢が城門から完全に出てきたところで、異なるメロディを聞いた。

 

 陽気なものだった。

 それはだんだんと大きくなり――ナポレオンは目を見開いた。

 

 彼にとって、まさに仇敵ともいえる存在だった。

 他の将軍達もまた彼と同じように驚き、目を見開いている。

 

 赤い軍服に三角帽。

 見た目は多少違えど、ナポレオンにはすぐに分かった。

 彼の時代から下り、レッドコートと呼ばれる存在だったが、彼はその原型となった名を叫んだ。

 

「イギリスの近衛歩兵連隊! それまで創ってしまったか!」

 

 フランス軍とイギリス軍が並んで戦うなど、ナポレオンからすれば信じられないことだ。

 だが、彼の驚きはそれだけに留まらない。

 

 彼にとってエジプトで聞き慣れた独特の音楽が聞こえてきた。

 そして、独特の民族衣装に身を包んだ軍勢が現れる。

 

「オスマン帝国のイェニチェリ軍団! はは、maître、懐かしい連中のパーティか!」

 

 ナポレオンは笑うしかない。

 麻菜の節操のなさに。

 

 とはいえ、彼女からすればかっこいいから、欲しくなったから、という理由で創り上げただろうことは想像に難くない。

 

「他にも色々あるけど、とりあえずあなたに見せたかったのはこんな感じかしら」

 

 麻菜は戻ってきて、そう言った。

 

「うむ、素晴らしい。イギリスやオスマンの連中は多少思うところはあるがな」

「どうしても作りたかったので……」

「だろうな、maître。君はそういう性格だ」

 

 ナポレオンは笑いながらそう言った。

 

「ところで麻菜よ。大変素晴らしいものであったが、どうやら連合ローマの連中には良い効果をもたらしたようだぞ」

 

 ネロの言葉にそちらへと視線を向けてみれば、彼らは遠目にも分かる程に混乱しているようだった。

 それも当然だろう、何しろ急に万を超えるフランス軍と麻菜の軍勢が目の前に現れたのだから。

 数で劣勢となり、さらには向こうにいるサーヴァントが質においても劣勢と悟ったのだろう。

 

「浮足立っているようだな。Maître、やるか?」

「任せたわ。ネロ、いいかしら?」

「うむ、余は一向に構わん! フランスの皇帝よ。余にそなたの戦いを見せて欲しい。あ、でもなるべくなら死傷者は出さないようにしてくれると、余は嬉しいぞ!」

 

 ナポレオンは不敵な笑みを浮かべ告げる。

 

「さぁ、諸君。戦争をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは酷いですね……」

 

 マシュは呆れ顔であった。

 彼女の隣にはカウンターサーヴァントとして召喚されたブーディカやタマモキャットがいたりする。

 ここにはいないが、他のカウンターサーヴァントとしてスパルタクスと呂布、荊軻がいる。

 

 ブーディカもまた苦笑しており、タマモキャットは目を輝かせている。

 

 実際に戦っているのはナポレオン率いるフランス軍だ。

 フランス軍は装備・練度・士気の全てにおいて連合ローマ帝国軍に優越しており、むしろ敵の主力を引っ張り出すのが難しそうな程であった。

 だが、ナポレオンは巧妙に敵軍主力を後方から引きずり出そうとしている。

 

 

「戦争なんてこんなもんだろ」

「質と量の両方で上回っていれば一方的な蹂躙で終わる」

「ですよねぇ……というか、ご主人様があんなものを隠し持っていたのが私としてはびっくりですが」

 

 マシュ以外のカルデアサーヴァント――ケルトの2人と玉藻、そして哪吒は戦争とはこういうもの、と理解していた。

 そこでブーディカが口を開く。

 

「カルデアのマスターは愉快な子だね」

「先輩は世界一頼りになるんですけど、世界一ワガママなんです」

「一緒にいて退屈しなさそう」

「ブーディカさん、来てください。先輩の暴走を止める人が必要です」

 

 考えておくよ、とブーディカ。

 そこへタマモキャットが口を挟む。

 

「オリジナルよ、お前のご主人は面白そうだな! キャットも行くからお前は首を洗って待っているがよい」

「……私、九尾なんですけど、いいんですか?」

 

 移動する際に邪魔となるので一尾しか出していない尻尾を本来の九尾へと戻して、そう尋ねる玉藻。

 

「おっとチートであるな! それは勘弁願うので、キャットは大人しくオリジナルのサインを貰って、ご主人に尽くすだけの存在となるのだな」

 

 ワンワン、と何故か吠え始めるタマモキャット。

 玉藻はそれを見て色々と複雑だった。

 

 バーサーカーというのは理解できるんですが、もうちょっとマトモに意思疎通できないもんですかね、と。

 

 そんな玉藻の思いは露知らず、キャットは麻菜を応援する。

 ちなみに麻菜はネロとともにナポレオンの指揮をする姿を間近で観戦している為、現状は何もしていない。

 

「何でご主人様を応援しているんですか?」

「ご主人が戦う姿を見たいのだワン。キャットの本能からすると、とんでもないと予想されるのだな」

「あ、そういうところは分かるんですね」

 

 玉藻は感心してしまう。

 

「敵が崩壊しました。迅速に騎兵による追撃に移っています。さすがはナポレオンさんですね」

 

 その言葉に他の面々が戦場へと視線を向ける。

 敵の戦列は完全に崩壊し、麻のように散り散りとなって敵兵が逃げていく。

 そこへすかさずフランス軍騎兵が逃げる敵を追っていく。

 

 もはや戦闘の趨勢は明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

「大勝利ではあるが、やはり死傷者は減らせなかったか……」

 

 ネロは難しい顔をしていた。

 今回の戦闘で連合ローマ軍の兵士達は捕虜となるか、死者となるかのどちらかであった。

 逃げ切れた者は極めて少数であり、また敵の指揮官であったサーヴァントも討ち取られている。

 戦闘の最中に判明したことであったが、敵側の指揮官と軍師はアレキサンダーと諸葛孔明という組み合わせであったが、ナポレオン率いる全盛期の大陸軍(グランダルメ)を食い止めるには至らなかった。

 

 アレキサンダーや諸葛孔明が各々の軍勢を率いていたなら、まだやりようはあったかもしれない。

 

「ネイ元帥とグルーシー元帥が張り切っていたから、仕方がないといえば仕方がないかもしれないわ」

 

 麻菜の言葉にネロは軽く頷きながら、言葉を紡ぐ。

 

「勇猛な将軍は羨ましいものだ。しかし、連合ローマの兵も、元々は余の兵であり、ローマの民だ。例え、皇帝を僭称する輩についたとしてもな」

 

 ネロはなるべく犠牲は少なく、と願っていたが、それは叶わなかった。

 数千の死者と万に迫る負傷者だ

 

 概算で6万近い兵を連合ローマは動員していたが、割合で考えるならば数千程度の死者で収まったことは幸運ではあるといえた。

 だが、ネロは悲しかった。

 

「というか、ネロ自身も結構はしゃいでいたような」

「う、うむ……確かに余もはしゃいでしまった。だが、仕方がないであろう。あれほどの軍勢を目にして、はしゃがぬ輩はおらん。所詮、余が感傷に浸っているだけだ」

 

 ネロはそう言って、表情を変えた。

 いつもの人懐っこいものではなく、冷徹なものだ。

 

「やむを得ない事情があったとしても、余に、皇帝たる余に刃を向けたのだ。ならば、反乱として始末せねばならぬ。そうせねば、ローマは続かぬ」

 

 皇帝としての顔なのだろう、と麻菜は思う。

 なるほど、これならば異教徒を殺せる、と彼女は確信する。

 

 心が悲鳴を上げている、とか本当は悲しんでいるだとかそういう陳腐な言葉を麻菜は掛けたりはしない。

 彼女も前世で似たようなことを仕事としてやってきたのだ。

 だから、麻菜が掛ける言葉は同情などではない。

 

「ネロ、あなたは責務を果たしている。あなた以外にはできない責務を十分に果たしているわ」

 

 それを聞き、ネロは麻菜に微笑みかけた。

 

「そなたくらいなものだ。そのように言うのは」

「そうなの?」

「うむ。余の仕事はローマを富ませ、拡大し、次の皇帝へと渡すこと。永遠とローマが続く為の礎となることだ。勿論、余は個人としてもローマとその民を愛しているぞ」

 

 だが、とネロは言葉を続ける。

 

「皇帝は人の心が分からないとたまに言われることがある。だが、余からすれば、皇帝の心なんぞ皇帝を経験した者以外に分からぬだろう、と言い返してやりたいものだ。何より、そのような瑣末事を気にするよりも、ローマの繁栄と拡大を皇帝に願えば良いのだ。それらは民の生活に直結するものであるからな」

 

 麻菜はネロの言葉を聞き、深く頷いた。

 彼女としても、似たような経験はあったのだ。

 

「ネロ、民衆という集団はとても身勝手なものよ。好き放題に言って、自分達の言ったことが実行されたらどうなるか、ということにまで目を向けない。基本的に過程や結果なんてどうでもいいのよ」

「……余はそれでも愛そう。彼らがローマの民であるならば」

 

 ネロはそう告げた。

 麻菜は彼女の懐の深さに感服した。

 

 ネロは若くして死ぬということくらいは麻菜とて知っている。

 だが、具体的にどういう状況になって死ぬかまでは知らなかった。

 

 マシュに聞けば良かったかな、と思いつつも麻菜は自身の予想を告げる。

 

「ネロ、私の予想であるけれど、おそらくあなたは民衆に殺される可能性がある」

 

 ネロは僅かに目を見開いたものの、それを静かに受け止めた。

 

「余も、そのような予感はあるのだ。余は民を愛している。だが、民は余を愛しているのかと……疑問に思う時はある。先程、余は自ら瑣末事であると言ったが、それでもやはり気になってしまう」

「ネロ、私と一緒に未来へ行きましょう」

 

 麻菜は躊躇なく告げた。

 彼女自身も、その言葉が感傷からくるものであると理解している。

 だが、言わずにはいられなかった。

 たとえ、ネロの答えが分かりきったものであったとしても。

 

 王宮の浴場で求婚されたときとは全く逆の立場になっていることに麻菜は内心苦笑する。

 

 

 ネロは両手を麻菜へと伸ばし、その頬を優しく触る。

 

「そなたの誘いは、とても嬉しい。そなたと共に未来へと逃避するのは、きっと甘美なことだろう」

 

 ネロは愛しく、麻菜の頬を撫でながら、更に言葉を続ける。

 

「皇帝などではなく、単なる一少女としてなら余はそなたの誘いにのっただろう」

 

 けれど、とネロは続ける。

 

「余は皇帝だ。ローマの皇帝である。そなたの語ったことが現実となろうとも、余は最後の間際までローマと共にありたいのだ。たとえ、ローマを追われることになろうとも」

 

 そうなったら、きっと余は泣いてしまうがな、とネロは朗らかに笑った。

 麻菜はたまらずに無限倉庫からあるアイテムを取り出し、それをネロへと渡した。

 

 蛍石の首飾りだ。

 装飾などは特にない、しいて言えば蛍石自体が丸く加工されただけの質素なものだ。

 

 ローマ市内を巡る道中でネロは色んなことを麻菜に話していた。

 その時、好きな宝石について、ネロは蛍石が一番好きだと語っていた。

 

「あなた、蛍石が好きだったでしょう? 私はあなたの最期を看取ることはできないけれど、これを私の代わりに」

「……ありがとう。そなたにつけて欲しい」

 

 麻菜はネロに首飾りをつけた。

 

「ふふ、どうだ? 似合うであろう?」

「ええ、似合っているわ」

 

 にこりと人懐っこい笑みを浮かべるネロと頷く麻菜。

 

「麻菜、そなたは泡沫の夢のようなものだ。そなたが未来へと帰ってしまう、その間際まで、余はそなたと共にありたい」

 

 ネロはそう告げ、麻菜の手を引いた。

 向かう先は天幕内に設けられた寝所だった。

 

 

 

 

 

 

「ご主人様、ネロさんをカルデアで召喚できるってことを忘れているんじゃ……」

 

 何を話しているのか、心配になった玉藻はこっそりと権能を使って盗み聞きしていた。

 何やら映画のワンシーンみたいな会話に玉藻としては、羨ましいやら悲しいやらで複雑ではあった。

 

「ま、まあ、ご主人様も雰囲気に流されそうな感じがしますし。しかし、ネロさんの口説き方は情熱的ですね……」

 

 そのとき玉藻の脳裏に電撃が走る。

 

「ご主人様は口説かれることに慣れていない……! 口説くことは慣れていますが、口説かれることには……」

 

 極めて大きな発見だった。

 常に麻菜は口説く側であり玉藻達は口説かれる側。

 それがいい、と玉藻達も望んだものではあったが、しかしそれでは麻菜に対して主導権を握ることができない。

 

 対してネロはどうだろうか、麻菜に対して主導権を握り、ぐいぐいと押しに押しているではないか。

 結果として、あそこまで麻菜に言わせるまでに。

 

「……ご主人様を情熱的に口説くとコロッと落ちる気がしますね」

 

 ネロが実践し、効果を上げている。

 玉藻はにやりと笑みを浮かべた。

 

 

 そして、麻菜とネロの会話を聞いていたのは玉藻だけではなかった。

 

 

 

 

 

「所長、ちょっと情熱的に……イタリア男っぽく麻菜を口説くとイケるみたいだ」

「何を馬鹿なことを言い出しているの!?」

 

 麻菜が何をしでかすか分かったものではない。

 最低限の監視を、ということで音声だけは監視していたが、予想外の方向へぶっ飛んでしまい、ダ・ヴィンチはニヤニヤ顔で麻菜とネロのやり取りを聞いていた。

 

 尊いものだ、と思いながら。

 その表情は傍目にはかなり気持ち悪いことになっていたが、ダ・ヴィンチ的には自分が楽しめたので問題はない。

 さらに所長にもアドバイスできたので、言うことなしだった。

 

「このあとは移動して、ヒスパニア……スペインのあたりにある敵の首都を攻撃するのよね?」

 

 オルガマリーはそう問いかけた。

 

「そうだよ。それで終わりさ。これまでローマ縁の敵ばかりだから最後に立ちはだかるのは建国者のロムルスだろうけどね」

「なぜかしらね、心配も不安もないわ」

 

 オルガマリーの言葉にダ・ヴィンチもまた頷いたのだった。

 

 



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ローマの決着

本日4話分投稿しました。


「罠か?」

 

 ネロは思わずそう問いかけた。

 

 

 ヒスパニアへの道程を順調に消化していき、途中カエサルが攻めてきたものの、彼自身にあまりやる気がなかったのか、あっという間に撃破することに成功していた。

 その結果、あっさりと連合ローマ帝国の帝都に辿り着いてしまった。

  

 あまりにも帝都は無防備であり、罠を疑うのは当然ともいえた。

 死に物狂いの抵抗をするかと思いきや、そうではない。

 

「まあ、ぶっちゃけやる気がないんでしょう。今の生活が維持できれば支配者は誰だっていいっていう民衆的心理」

「麻菜、それは余が泣きそうになるからやめてくれ」

 

 ちょっと涙目でそう告げるネロ。

 麻菜はそんな彼女に抱きしめる。

 

「よし、麻菜に包まれて余は元気が出たぞ。とりあえず行ってみよう」

「私が言うのも何ですが……大丈夫なんですかね、この皇帝……」

 

 玉藻はそうツッコミを入れたが、当のネロは麻菜に抱きしめられてご機嫌であり、気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 これは見たことがある――

 

 麻菜は内心で呟いた。

 

 連合ローマ帝国の帝都は一見、繁栄していた。

 街並みはよく整っており、道にはゴミ一つ落ちていない。

 行き交う人々も多い。

 

 とはいえ、全員が真顔なのだ。

 老若男女全員、ここの住民達は真顔で各々に課せられた仕事やら何やらを行っている。

 

 笑い声の一つもない。

 

 確か、新しい労働力の実験だったはず。

 感情を取り去って人間を生身のまま、ロボット的に扱おうというものだった気がする――

 

 前世において所属していた企業の一部門がやっていた実験であった。

 

「笑顔がない。おそらくあの御方が統治されているだろうが、それでもこれはローマであってローマではない!」

 

 ネロのそんな声が聞こえ、麻菜としても同意と頷いた。

 

「真顔で生活するってシュールですね……」

「笑ってはいけないカルデア。1週間全員真顔生活……」

 

 マシュの言葉に麻菜はぼそり、と彼女の耳元で囁いた。

 それを想像してしまったのか、マシュが思いっきり吹き出した。

 

 聞こえてしまった玉藻、クー・フーリン、スカサハに哪吒も吹き出した。

 

 唯一、外部からの攻撃を警戒し、ついてきていないナポレオンだけが難を逃れた。

 

 

 

 

 そんなこともあったが、ネロは連合ローマ帝国の統治者であり、かつ偉大なる神祖ロムルスとの話をつけにいく、とのことで麻菜達もそれについていくことにした。

 ロムルスの偉大さ、強大さに麻菜は彼の話を個人的に聞きたいと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。

 彼の背後に控えている人物が問題であったからだ。

 

 

 

「また出たわね、レフ・ライノール」

「……人をゴキブリのように言わないでほしいのだが」

 

 ロムルスとのあれこれはネロと他のカウンターサーヴァント達に任せ、麻菜達カルデア一行はレフ・ライノールと対峙する。

 同時に麻菜は伝言(メッセージ)で、ある指示をクー・フーリンとスカサハへと出した上で令呪を使用する。

 

 レフは令呪が使用されたことを探知し、何かをやろうとしているとことは分かったが、何をしてくるかまでは予想ができなかった。

 どちらにせよ彼は自らが召喚したサーヴァントに自信があった。

 

 

「玲条麻菜、お前はいったい何者だ?」

 

 ストレートに彼は質問をぶつけてきた。

 仕方がないので、麻菜は正直に答えてやるとする。

 

 ユグドラシルにおける自分の考えた最強にカッコいい設定を。

 当時ゲーム内のフレーバーテキストにわざわざ文字色を反転して書いてあったものを。

 知る人からすれば――特にギルドの面々――は抱腹絶倒間違いなしのものを。

 

「対異教の神々、対悪魔、対邪神、対高次元生物などを主眼として創られた汎用人型決戦天使。物質界だけではなく高次元空間などの全ての空間・次元において十分な戦闘行動を行え、敵対者全てに永遠の安息を与える。だが闇に堕ちし時、窮極の門は開かれた。混沌となりし彼女は何者にも縛られず、縛ることもできない。混沌であるからこそ、彼女は矛盾をも内包する。ちなみに欲望に素直である」

 

 レフは目が点になった。

 マシュ達もまた目が点になった。

 レフが出てきたということで通信を開いていたが為に、聞いてしまったオルガマリーをはじめとしたカルデアの面々も目が点になった。

 

 誰よりも最初に再起動を果たしたのはマシュだった。

 

「何を言っているんですか! 先輩!」

「え、ダメ?」

「何か最後の方はちょっとおかしくないですか!? 文章的に」

「文字数の関係で……あとビッチだと被ってしまう為、うまいこと考えた」

「誰と被るんですか!」

 

 そのやり取りに次々と我に返る面々。

 最後に戻っってきたのはレフだった。

 

「つまりは、この私を誂ったのか?」

 

 顔を憤怒に染めてレフはそう問いかけた。

 

「いや、誂ってはないんだけど……誰も信じてくれないパターン?」

「あ、私は信じますよ。ご主人様ですし」

 

 いの一番にそう言ったのは玉藻だった。

 麻菜は嬉しく思い、彼女に抱きついた。

 すると麻菜の胸が思いっきり玉藻の胸に当たり――

 

「あんっご主人様……結構胸、大きいんですね……」

「玉藻だって大きいじゃないのよ」

 

 突然始まった桃色展開にレフは堪忍袋の緒が切れた。

 もはや我慢ならん、こんなふざけた連中は一秒でも早く叩き潰して、さっさと神殿に戻ろうと彼は決意した。

 

 特異点Fで知性を見せた彼女はどこへ行ってしまったのか、とレフは嘆いた。

 一応、彼女達が勝利した際は彼女の使い魔となるということについて、どうするか他の魔神柱達に問いかけてみたのに、と。

 

「レフ、あなたって感情的になりすぎるのね」

 

 麻菜の言葉にレフは一瞬にしてその煮えたぎった感情が冷却された。

 しかし、それは遅すぎた。

 同時に身を貫く1本の槍に気がついた。

 心臓を見事にぶち抜いていた。

 

「こ、これは……」

 

 彼が言葉を言う前に、その頭に2本の槍が新たに刺された。

 後頭部から放たれたそれらは綺麗に後ろから彼の眼球を突き破る形で出てきた。

 

 すぐさま3本の槍は引き抜かれた。

 実行者は2人だ。

 クー・フーリン、そしてスカサハ。

 2人に対する指示は至ってシンプルで、令呪もまたこれをする為に使用したものだ。

 

 2人から見て、隙があったら全力で槍を叩き込めというものだ。

 

 

「隙があったら殺すっていうのは当たり前の話でしょう? 黒幕は既に検討がついている(・・・・・・・・・・・・・)

 

 レフは口から血反吐を吐きつつも、笑う。

 そして告げる。 

 

「讃えよう……玲条麻菜……お前は既に我らが王に辿り着いたのか」

「ええ、あいにくとね。答え合わせといきましょうか? あなたの経歴については調べさせてもらったわ。多重人格者で腕の良い魔術師であるレフ・ライノール・フラウロス」

 

 麻菜はそこで言葉を切り、大げさに両手を広げてみせる。

 

「さて、どこかで聞いた悪魔の名前が出てきたわね。自分の経歴を抹消もしくは捏造しないなんて」

 

 前半部分はカマかけであったが、そうと悟られなければ問題はない。

 麻菜は前世のリアルでの職業柄、こういうことにはとても慣れていた。

 

 レフは、にたりと笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだとも。フラウロスだ。私は魔神柱フラウロス。魔術王に仕えし者だ」

「何故、カルデアに協力を?」

「簡単だとも。魔神柱となれることができるのは選ばれた時に生ける者。私がそうであったというだけだ」

「時限式での覚醒タイプね。つまり、あなたは途中までは人間の魔術師であったが、魔術王により定められた時がきたために覚醒し、王の為に行動を開始した……それで良いかしら?」

「そうだとも。君が我々の側にいなかったことが、我々にとって最大の誤算だ」

「それは重畳。で、あなたは足掻くのかしら?」

 

 問いにレフは首を振る。

 

「さすがにゲイボルグを3本も貰ってしまってはな。それに神殿から少々離れすぎた。私は足掻きはしない」

「随分と殊勝ね」

「ああ、そうだ。私は抵抗しない。だが、私が念の為に召喚しておいた輩は抵抗するだろうがな!」

 

 サーヴァント反応、とカルデアからの通信。

 現れる女性。

 褐色肌に白髪という特徴に加え、手には何やら変わった剣を持っている。

 

 麻菜は笑ってしまう。

 

「まったくレフ。あなたは良い悪役ね」

「それほどでもないさ。ああ、君が以前言っていた、もし万が一に君達が勝ったなら、我々を使い魔とする件だが」

 

 レフはそのときを思い出して笑う。

 

 そんなことは絶対にあり得ない、という結論が満場一致。

 ただ、それでは回答にならない。

 使い魔になるか、ならないか、という問いでYESかNO以外で答えたなら沽券に関わる。

 散々に議論した結果、そんなことができる輩であるならば仕えてみても良いのではないか、というもの。

 

「もしそうなったなら、我々は君に仕えよう」

 

 そう言った直後、レフの体は褐色のサーヴァントにより切り刻まれた。

 

 

 

 

「さて、答えは得た。小間使いを確保するために頑張りましょう」

 

 麻菜の言葉にどうにも気が抜けるマシュ達。

 そんな彼女をじっと褐色のサーヴァントは見ていた。

 

「……お前は不思議な感じがする……」

「生まれる前から愛していましたって?」

「先輩、そんなこと一言も言っていません。欲望に素直って設定はもういいですから」

 

 マシュの的確なツッコミ。

 しかし、麻菜はへこたれない。

 

「その三色ボールペンみたいな剣で、私の剣とやり合おうっていうのかしら?」

 

 麻菜はレーヴァテインを取り出した。

 ガラスのような透き通った刀身だ。

 

 どちらが剣らしいか、と問われれば麻菜のほうに軍配は上がるだろう。

 

「いや……おそらくお前には勝てない。本体であっても」

「本体? あなたは端末か、あるいはアバターってところかしら?」

「分からない……だが、何故かそのような気がする」

 

 また何だかよく分からないわね、と麻菜は溜息を吐く。

 

「で、あなたはどうしたいのよ?」

「文明を破壊する。だが、命は壊さない」

「なるほど。あなたの名前は? 私は玲条麻菜よ」

「アルテラだ」

「あなたは私達と戦うということでいいのね?」

 

 麻菜の問いに頷く彼女。

 故に麻菜はサーヴァント達に告げる。

 

「さぁ、仕事の時間よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはひどい戦いだった。

 アルテラは強かった、だがそれだけだ。

 

 スカサハとクー・フーリン、そして九尾状態の玉藻を相手取ってマトモに戦えというのは無理な話だ。

 さらには哪吒が絶えず空中からアルテラの死角を攻め立て、マシュは麻菜の傍でガードに徹する。

 麻菜は前衛で戦う彼らに支援として数多の補助魔法――いわゆるバフを重ねがけし、傷がついたら即座に治癒魔法を飛ばした。

 

 

 アルテラの本体を持ってくれば話は別かもしれなかったが、そんなことは無理な話だ。

 

 周辺の被害――地形が抉れたり、吹き飛んだり――を除けば被害は出ず、アルテラは倒された。 

 

 彼女が持っていた聖杯を回収し、今にも消えていかんとする彼女に麻菜は言葉を掛ける。

 

「もし良かったらカルデアっていうところに来なさいよ。あなたのお話、聞きたいわ」

「分かった。行く」

 

 そう答え、アルテラは消えていった。

 

「なんか、とてもあっさりと勝てちゃいましたけど、ここにいる面子がおかしいだけですからね」

 

 玉藻の言葉にマシュはうんうんと頷く。

 

「知ってるわよ。ともあれ、ネロと合流しましょうか」

 

 麻菜がそう言ったときだった。

 ネロの方から走ってきた。

 麻菜の名前を叫びながら。

 

 そして、彼女は麻菜に飛びついた。

 

「麻菜! 良かったぞ! どこも怪我はしていないな?」

「ええ、大丈夫よ。ネロのほうも大丈夫そうね」

 

 ネロもところどころ衣服が汚れたり切れたりはしているものの、傷を負っているわけではなさそうだ。

 

「神祖は偉大であった。まるで、父のように、余を子として試したのだ」

 

 うむ、と頷くネロ。

 その表情から悪い結果ではなさそうだ、と麻菜は思いつつ、ネロへと告げる。

 

「ネロ、時間がないわ。祝勝会とかそういうのをすっとばして、すぐにローマへ帰りましょう」

 

 その言葉にネロは察する。

 

「未来へと帰るのだな? うむ、当然だ。既に帰還の為に指示は下してある」

「それなら問題ないわね? じゃ、一足先に私達は帰りましょう」

 

 ネロが目をぱちくりとさせると同時に麻菜は転移門を開いた。

 

「麻菜よ、それは何だ?」

転移門(ゲート)って言って、簡単に言うと転移魔法ってところかしらね。早く早く」

 

 麻菜はそう言いながら、ネロの手を引っ張った。

 

「う、うむ、ちょっと強引だが、それもまたよし。別れの挨拶の時間も必要だ。お前たち、ちょっと半分はついて来い」

 

 ネロはここまで来ていた家臣たちの半数に対して、ついてくるように告げて麻菜と共に転移門(ゲート)へと入った。

 麻菜だけ行かせるわけにもいかないので、マシュ達もそれに続き、ネロの指示通りに家臣達もまた入った。

 

 転移門の先はローマの王宮前だった。

 

 急に現れたネロ達に行き交う人々や王宮前の警備をしている兵士達はぎょっとするが、麻菜はネロを引き連れて王宮へ。

 2人の後から続いて出てきたマシュ達やネロの家臣達が出てくると、さらに驚きが大きくなる。

 

 そんな彼らに尋ねてくる留守を任された兵士達。

 細かい説明は丸投げしようという、麻菜の予想通りだった。

 

 

 

 

 麻菜はネロに約束の財宝をもらうべく、宝物庫へとやってきていた。

 

「そなたの働きに褒美を与える……本来なら色々と手続きもあるが、特別だぞ!」

「強引なのはごめんなさいね」

 

 麻菜はそう言って、ネロの額にキスをする。

 すると、にんまりと笑みを浮かべ機嫌が良くなるネロ。

 

「うむ。本来なら口づけが良かったが、そなたの様子から時間はない。好きなものを持っていけ!」

 

 宝物庫の扉を開くと、そこにあったのは数多の財宝であった。

 

「ネロ! これ、代金!」

 

 麻菜はそう言うや否や、宝物庫の空いているところ全てに金のインゴットをどこからか取り出した。

 それは山と積まれており、更にはその山は一つや二つではなかった。

 それだけでネロが密かに構想している黄金宮殿を建築できそうな程に。

 

 ネロはそれにビックリするが、麻菜はとにもかくにも急いだ。

 

 片っ端から財宝を無限倉庫へと突っ込んでいく。

 勿論、袋詰されたり、壺いっぱいに入っていたりする貨幣も忘れない。

 

 とにもかくにも加工されたモノを放り込んでいく。

 

 そして、空いたスペースには代金代わりに金塊を置いていく。

 それを見てネロはピンときた。

 

 元々あった財宝よりも価値が増加するのでは、と。

 ならばとネロは麻菜へと駆け寄り、宝物庫内を積極的に案内する。

 

 麻菜は加工されたモノや宝石だけ、あるいはネロが価値があると言ったものだけを放り込み、代わりに金塊を置いていく。

 

 元々置いてあった未加工の金塊や銀塊には目もくれなかったが、何かしらのローマのモノであることを示す印が刻まれていれば麻菜は自分の金塊と置き換えていた。

 

 

『あー、麻菜君。そろそろ戻って欲しいんだけど……それと、あんまり影響のある物品は残して欲しくないんだけど……』

 

 ロマニが通信を入れてきた。

 基本的に特異点でのことは無かったことになる。

 とはいえ、それはあくまで歴史に大きすぎる影響を与えるものだけだ。

 

 たとえば今回で言うならば、連合ローマ帝国の出現やそれに関連するものだ。

 カルデアの介入の事実も消えるが、それでも歴史に影響のない細かいことは消えないのだ。

 

「あと5分待って! ネロ! あとは!?」

「あそこの一角で終わりだ!」

 

 ネロの指し示した区画に突入し、麻菜は次々と無限倉庫に放り込み、代わりに金塊を置いていく。

 そして、宝物庫は眩いばかりの黄金の輝き一色となった。

 

「これで全部?」

「ああ、そうだ……」

 

 麻菜は特に疲れた様子はなく、対するネロは肩で息をしながら汗だくであった。

 しかし、どちらもやり遂げた顔だった。

 

 ネロは呼吸を整えた後、麻菜へと向き直り、その両手でもって頬を撫で、彼女の唇に自らの唇を重ね合わせた。

 そして、そのまま両手を動かし、麻菜の背中へと回して抱きしめる。

 

「余は、そなたが愛しい。この気持ちは1000年、2000年経とうとも変わることはない」

「ネロ、私もよ。こんなに情熱的に求められた経験はないもの」

「そなたは余と同じく口説く側であろうな。故に口説かれた経験はないとみた」

「ええ、その通り。だから流されてしまうわ」

「それで構わぬ。余もそなたに口説かれたら、そうだろうからな」

 

 そのときだった。

 麻菜の体が薄れ始めていく。

 

「時間のようね」

「ああ、そのようだ」

 

 しかし、ネロは麻菜から離れない。

 もちろん麻菜もネロから離れなかった。

 

「ネロ、全てを終えたらカルデアに来て」

「勿論だ。死後が分かっているというのは気楽で良いものだ。余は務めを真っ当し、カルデアでそなたを愛で、そして遊ぶのだ」

 

 ネロはそう告げてから、あることを思いつく。

 

「そなたの絵を描きたい。だが、麻菜というのは、少々ローマに不自然だ。良い名はないか?」

「じゃあ、メリエルで」

「メリエル、うむ。天使のように美しい名だ。そなたに相応しい」

「ありがとう」

 

 麻菜の体はいよいよ透き通り、向こう側が見えている。

 

「ネロ、また会いましょう。私もハレムを築いてしまうかもしれないけど」

「ああ、また会おう。むしろ、そなたほどの美しい者がハレムを築かないほうがおかしいぞ」

「それは良かったわ」

 

 にこりと麻菜はネロに微笑み、消えていった。

 

 

「……麻菜」

 

 残されたネロは名を呼ぶが、返ってくる答えはない。

 未来へと帰った、という事実がネロに襲いかかるが、その程度では彼女はもう寂しくも悲しくもない。

 

「歴史を歪めた元凶が消えたら、記憶が消えるかも、と以前、麻菜は言っていた。だが、余の中にはしっかりとある」

 

 今の今までしていたやり取りも、匂いも顔も感触も声も。

 全てネロは覚えている。

 

 胸元にある蛍石の首飾りもしっかりとあるし、宝物庫を見れば遥かに増えた黄金がある。

 

「さて仕事だ。復興と発展、繁栄に拡大。そして麻菜の絵を描かねば」

 

 やることはいっぱいだ、とネロは気合を入れたのだった。

 

 

 



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労使交渉からのまさかの展開

 麻菜がレイシフトから戻り、コフィンから出たところで出迎えたのはマシュだった。

 

「先輩?」

 

 マシュは笑みを浮かべていた。

 しかし、彼女の笑みは怒りの笑みであった。

 

 麻菜はそれを察したが、狼狽えることはない。

 

「最後の行動かしら?」

「それもありますが、全体的に先輩は欲望に素直過ぎます」

「ダメ?」

「ダメです」

「それは申し訳ないわね。マシュは真面目だから気を負いすぎてしまうのよ」

「というか、先輩が不真面目過ぎるのでは?」

 

 問いに麻菜はドヤ顔で告げる。

 

「結果を出していれば文句は出ないわよ。それに致命的に組織のルールを逸脱するようなこともしていない」

「禁止されていないから、やっていいとはならないんですが……色々と」

「……まあ、前向きに検討し、善処するわ」

 

 マシュは麻菜の物言いに、改める気はないな、と確信した。

 とはいえ、マシュ自身としても、自分がこんなに他人に色々と言えるような性格であったか、と問われると不思議であった。

 

 たとえばロマニやダ・ヴィンチ、オルガマリーや他のサーヴァントとの会話でこのようなことにはならない。

 

 麻菜が不真面目過ぎたところで、別に他の人達と同じように会話をすればいいのに。

 

「先輩は何だか放っておけません」

「そう?」

「はい。欲望一直線過ぎるので、ストッパー役がやはり必要ですね」

「それなら私と一緒に来なさいよ。人類を救った後、どうせ暇でしょ?」

 

 その誘いはマシュにとって衝撃的であった。

 しかし、それは悪いものではなく、むしろ嬉しさがこみ上げてきた。

 

「いいんですか? その、お邪魔になったりとか……」

「構わないわよ。あなたが真面目過ぎるのは娯楽を知らないから。あっちこっち連れ回してあげる。世界は美しく、そして楽しいところが山程あるわ」

 

 麻菜の言葉にマシュは満面の笑みを浮かべて、頷いた。

 

 

 

 

 

 いつも通りにオルガマリーへの報告を済ませ、労いの言葉を言われた。

 しかし、今回はちょっと積極的だった。

 

 手を握ってきて、お疲れ様と言われたのだ。

 さらにそのときは照れ顔で、視線をちょっと逸らしてはいたが、むしろそこが可愛さを強調させた。

 

 何このツンデレ、ひゃっほー、と麻菜はそんなことを思いつつ、オルガマリーがいつも頑張っていることを褒めたり、食堂で美味しいものでも食べようと誘って、約束を取り付けた。

 

 マシュが横でむくれ顔であったので、麻菜はあとで何かしなければと思いつつも、恒例の召喚の時間となった。

 

 まずは縁を結んでいる者達から。

 

 一番に出てきたのは当然決まっていた。

 

「麻菜ぁ!」

 

 叫びながら麻菜に飛びついてきた。

 ネロだった。

 彼女は麻菜の胸に顔を埋めると、頬ずりをし始める。

 

「会いたかったぞ! 永遠の時間を待った気がした!」

 

 顔を上げて、そう言った。

 麻菜はネロの頭を優しく撫でながら言葉を掛ける。

 

「私からすると一瞬だったけど、あなたは2000年近く待ったものね。頑張ったわ」

「そうだろう、そうだろう! 余は頑張った! 実はな、頭痛が無くなった余は色んな分野に手を出して抜群の功績を残してやった。最後は色々あったが、余は一人では死ななかったぞ!」

 

 歴史が微妙に変わっているが、大筋に影響がなければ問題がないのが歴史の良いところではある。

 

「具体的には?」

「余はこれをそなたに見せる為に魔術師になった。おっと、それを知っているのは余の魔術の師と余だけだ。だから公には知られておらぬ」

 

 ネロは麻菜から離れて虚空に手を突っ込んで、1枚の大きな絵画を取り出した。

 

「そなたの肖像画だ! 題名は余の女神!」

 

 ネロはドヤ顔だった。

 どうやらネロは麻菜のような空間倉庫が欲しいが為に魔術を学んだらしい。

 

「他にも、そなたに関する作品は基本、余の倉庫に放り込んである。一部は王宮などにも飾った。正直この倉庫を創るのは大変であったが、そこは天才の余が何とかした」

 

 胸を張るネロ。

 

「ネロ、嬉しいわ。もう離れることはないわね」

「当然である。そなたの傍にずーっとくっつくぞ!」

 

 そんな熱い展開をマシュはジト目で見つめていたが、その間にも召喚は続く。

 次々と召喚されるサーヴァントはカウンターサーヴァントとして存在していたものばかり。

 しかし、そんな中で見慣れぬ輩がいた。

 

「えっと、いたっけ?」

「失礼ね! いたわよ! 会っていないけど!」

 

 ステンノと名乗ったサーヴァントだ。

 とても美しい少女の姿であったが、麻菜は傍らのネロ、そしてマシュへと視線を送るも知らない、と首を左右に振られる。

 

「着物を着ていた玉藻とかいう女よ。あの女、私の試練をすぐに見破ってご主人様が出てこなくて良かったですね、とか宣ったのよ」

 

 怒るステンノ。

 どうやら玉藻が何かやったらしい、と思い、麻菜はすぐに玉藻へと伝言(メッセージ)を送った。

 

 そして、やってきた玉藻はステンノを見るなり問いかけた。

 

「あれ、来たんですか?」

「来たわよ!」

 

 首を傾げる玉藻、怒るステンノ。

 2人を見て麻菜は告げる。

 

「玉藻、説明して」

 

 麻菜の言葉に玉藻は説明を開始する。

 

 ローマ市内での噂として聞いたもので、形のない島というところに女神がいて、試練を乗り越えれば宝を授けるというもの。

 当時の麻菜はネロとの観光に忙しく、玉藻が憂さ晴らしついでにそこへ行ったら、ステンノと出会い、試練が単なる悪戯であり宝などは無かったとのことだ。

 

「はめられた、と分かるとご主人様が怒る可能性があったので黙ってました。大して強い敵もいなかったですし」

「ワンパンだったの?」

「ワンパンですね。正義執行してきました」

「それなら仕方がないわ」

 

 そんなやり取りにステンノは頬を膨らませる。

 

「それであなたの名前は?」

「玲条麻菜よ」

「そう、麻菜ね。この私を養う権利をあなたには与えるわ。対価として、あなたを振り回してあげるわ」

 

 はて、と麻菜は首を傾げる。

 

「それって私にメリットがなくない?」

「なくないわよ。だって女神よ? あなたも確かに美しい。それは認めるわ。けれど、私の美しさも相当のものでしょう? それに見たところ、あなたはそこの薔薇の皇帝と同じ性質だろうし」

「まあ、そうね……振り回すのはいいけど、あくまで世界を救うとかそういうことに影響のない範囲にしてね」

「ええ、心得ているわ」

 

 妖艶に微笑むステンノ、しかし、彼女は知らない。

 マシュは察し、玉藻は確信したのか、それぞれがご愁傷様です、とステンノに心の中で告げる。

 

「私が振り回さない、とは言っていない」

 

 小声で呟く麻菜。

 ですよね、とマシュと玉藻は同意とばかりに頷いた。

 

 そうこうしているうちにもサーヴァント召喚は進む。

 

「私がローマである」

「ローマは偉大、間違いない」

「うむ。汝は少々異なるが、それもまたローマである」

 

 ロムルスと麻菜がそんなやり取りをした。

 麻菜はとにもかくにも、この偉大なる男にあれこれ色々質問しようとワクワクしていた。

 そんな彼女にロムルスは優しげな目を向ける。

 

「数奇な運命を辿る者よ。そなたの行いもまた、ローマに通ずる。故に、そなたはそなたの道を行け。それがローマだ」

 

 麻菜は彼には敵わないと直感する。

 力が強いとか弱いとか、そういう話ではないのだ。

 

 ローマって凄い、と麻菜は思いつつ、次で特異点で縁を繋いだサーヴァントは最後だ。

 

「我が名はアルテラ。フンヌの裔たる戦士だ」

 

 約束通りにやってきてくれたアルテラであった。

 

 新たに来たサーヴァント達の案内を玉藻へと任せ、麻菜は次を待つ。

 少しの時間を置いて、ダ・ヴィンチの声が響く。

 

『さて麻菜。ここからは完全に運試し! 新しいサーヴァントの召喚だ!』

 

 どんなサーヴァントが出てくるか、麻菜はワクワク気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで召喚を終えた麻菜はオルガマリーと労使交渉を行うこととなった。

 本来の意味では労働組合と使用者が交渉するというものだが、カルデアに組合はないので、労働者個人と使用者という意味合いだ。

 

 

「あなたの能力に見合う給料を支払うと、カルデアが破産するわ。一瞬で」

 

 オルガマリーは開幕、そう麻菜に告げた。

 

 オルガマリーがダ・ヴィンチとロマニ、更に経理の担当者達で基準に照らし合わせながら上限無しで計算してみたところ、それこそ1回のレイシフトの度に億単位の手当を麻菜に支払わなければならず、また月給にしても億単位の支払いになってしまい、一組織が払える金額では無くなってしまった。

 

「どこまで上げられるかしら?」

 

 麻菜の問いにオルガマリーは少しの間をおいて告げる。

 

「逆に問いたいわ。どこまで欲しい? あなたは金銭に執着するようなタイプではなさそうだけど」

「そうね。ただ、私の作り出す金塊はこっちじゃ使えないから。金の取引は国がうるさくてね」

「金塊を欲する個人とあなたの仲介役をする、という報酬はどうかしら? それならあなたは大きな富を得ることができるわ。アニムスフィアの人脈はそれくらいならどうとでもできる」

 

 麻菜は軽く頷きつつも、それだけでは満足しない。

 

「それだと私の収入が不安定になってしまうわ。それは将来の話として……何なら、そのときに手数料は引いて貰っても構わない。私は今の労働分の給与について決めたいの」

 

 オルガマリーは内心舌打ちをする。

 麻菜のことは個人としては非常に高く評価しているし、良い関係になりたい、と彼女は思っている。

 だが、それとこれとは別だ。

 

 使用者という立場から考えると、麻菜は極めて優秀だが非常にやりにくい労働者だった。

 

「1回のレイシフト毎に成功報酬支払いという形でもいいわよ? 勿論、そこに諸々の手当なども全て含めて。月給については拘束時間換算で構わないし」

 

 具体的な金額を出せ、とオルガマリーは叫びたくなった。

 だが、ぐっと堪える。

 

 彼女は麻菜の顔を見つめる。

 美しい顔であったが、今の彼女からするとまさに悪魔の顔に見えた。

 

「そうね、それはとても良い案に思えるわ。ただ、人類の未来という仕事内容から多少の手加減は欲しいところね」

「あら、人類の未来を救うという大仕事なら、むしろ兆単位で請求しない分、手加減している方よ?」

 

 オルガマリーとしてもそう言われると何も言えない。

 

「……特異点修復ごとに成功報酬で2億、月給は300万でどうかしら?」

「手取りかつドル支払いで、それよね?」

 

 ぐぬぬぬ、とオルガマリーは苦い顔となった。

 

 

「ドル支払いなら月給10万、成功報酬100万ドルで……」

「たったそれだけの報酬で世界を救えって? マリー、あなたはそれで世界を救えって言われて承諾するの?」

「せ、世界が滅んでいるんだから、紙幣なんて紙切れじゃないの……?」

「私は世界を救った後の話をしているのよ。良い報酬がないとやる気が起きないし、責任も持てないわね」

 

 意地の悪い笑みを浮かべて、麻菜はそう告げる。

 基本的に彼女は強欲であった。

 

「最低でも毎月100万ドル、成功報酬で1000万ドルは欲しいわね。出せない金額じゃないでしょ?」

「カルデアが破産するわ!」

「でも、世界が滅ぶよりはマシ。違うかしら?」

 

 ああ言えばこう言う、しかも麻菜の言っていることは正論であるからタチが悪い、

 彼女がへそを曲げてしまえば他にマスターは……そこでオルガマリーは気がついた。

 

 自分も麻菜によって蘇ったときマスターとしての適性も備えてくれたのではないか、と。

 更に言えばAチームの1人、芥ヒナコこと虞美人もいる。

 

 正体を暴露されたとき、オルガマリーは仰天したが、麻菜と比べればまだ許容範囲内である。

 

 虞美人と自分で特異点を解決できないか――?

 

 麻菜のように規格外ではないものの、虞美人は真祖に近い存在であるし、オルガマリー自身も魔術師として優秀である。

 

 所長という立場あるものの、試してみる価値はある筈だ――

 

 オルガマリーはそう考えた。

 

「麻菜、交渉は一時保留よ。次の特異点は私と虞美人で修復してみせるわ」

 

 その言葉に麻菜は目を丸くし、なるほどそうきたかと納得したように頷く。

 

「いいわよ。何事もチャレンジは大事だもの。ぐっちゃん先輩には項羽と一緒に行ってもらうわ。私から2人に言っておくから」

 

 そこで麻菜は言葉を切り、一拍の間をおいて続ける。

 

「無理そうだったら私が出るわ。マリーのサーヴァント、どんなのが出てくるのかしらね?」

「ふふん、見ていなさい。私だってやれるんだから」

 

 オルガマリーは自信たっぷりにそう言いながら、あることに気がついた。

 

「……ねぇ、麻菜。ところで物は相談なんだけど……他のAチームのマスター、もう1人か2人くらい蘇生できない? カルデアが絶対絶命で、色々な規則とかを破るのも仕方がなかったという証人が必要なのよ」

「考えておくわ」

 

 そう答えて、麻菜は手をひらひらさせるのだった。

 

 



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虞美人、粘着される

本日2話投稿しました。


「キュケオーンを食べるんだ!」

 

 

 労使交渉後、麻菜が自室で一休みしているとキルケーがやってきた。

 

 キュケオーンという名の麦粥を持って。

 

 麻菜は流れるような動作で麦粥の入った器を受け取り、それを一気に口の中へとかきこむ。

 あっという間に食べ終えた麻菜にキルケーはにこにこ笑顔だ。

 

「うんうん、麻菜はキュケオーンを美味しそうに食べてくれるから私としても作りがいがあるよ」

 

 はい2杯目、と差し出された器。

 それもまた同じように麻菜はあっという間に食べ尽くした。

 

「普通に美味しいから、いくらでも入るわ」

「嘘じゃないから私も嬉しいよ。どうだい? 次の特異点は私を連れて行きたくなっただろ?」

「次の特異点は私はお休みになったから、その次かもしれないけど……前向きに検討し善処するわ」

「断られている気がするけど……ともかく麻菜は私に飽きたり、本当の意味で置いていったりしないからいいや」

「キルケーがいると楽しいので、そういう意味で置いていくというのはあり得ないわね」

「そうだろう!」

 

 キルケーは麻菜に抱きついて、頬ずりする。

 

「これで麻菜の成分を補充できた。また来るよ」

 

 嵐のようにやってきて、嵐のようにキルケーは去っていった。

 

 

 キルケーのように麻菜が部屋にいると誰かしら面会に来る。

 次はオケアノスとやらで海らしい、という情報は既にサーヴァント達にも伝えられているが、麻菜が次の特異点はお休みということまでは伝えられていない。

 

 海ということはユグドラシルであんまり披露する機会がなかったフネが使えるなぁ、と麻菜はワクワクしつつも、ぐっちゃんとマリーがどんな感じで解決するかというのも楽しみに思っている。

 2人が解決してしまうと麻菜のフネを披露する機会がないので少し残念だ。

 

「とりあえず、ぐっちゃんと項羽に伝えておこう」

 

 麻菜は伝言(メッセージ)で虞美人と項羽に呼びかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔術王ね……信頼性はどうだと思う?」

 

 一方、オルガマリーはロマニ、ダ・ヴィンチとローマにおけるレフの発言について、会議を開いていた。

 会議後に彼女はサーヴァント召喚を行うことになっているので、その喜びを隠そうとはしているが隠せていない。

 話している内容は重大なものだが、ロマニもダ・ヴィンチもオルガマリーの態度は微笑ましかった。

 

「あり得ない話ではないけど、もう少し証拠が欲しいかな。レフの発言だけだし」

 

 ダ・ヴィンチの言葉。

 ロマニは難しい顔をしており、彼にオルガマリーは話を振る。

 

「ロマニ、あなたは?」

「僕としても同じ。ただ魔術王本人であるか、というと少し怪しいのではないかな」

 

 ロマニの言葉にオルガマリーとダ・ヴィンチの視線が集まる。

 

「魔術王は死んでいる。これは間違いないと思う。そもそも生きていたら、もっと早い段階でやっているだろうし」

 

 それは確かに、とオルガマリーもダ・ヴィンチも頷いた。

 

「魔術王を騙っているというのも怪しい気がする。こんなことができる力があるなら、そもそも騙る必要性がない……誰かが魔術王の死体を使って好き勝手している、というのはどうかな? そこらの魔術師の死体でさえ価値がある。それが魔術王の死体ならば、その価値は計り知れない」

 

 ロマニの言葉はオルガマリーとダ・ヴィンチにとって、一定の納得ができるものではあった。

 

「魔術王の死体を使う、あるいは乗っ取る。それによって彼が使役していたという72柱の悪魔達に主人だと誤認させ、手足のように使っているというのが今の段階で出せる予想かしらね?」

 

 オルガマリーの言葉にロマニとダ・ヴィンチは頷く。

 

「となると真の黒幕は死体を操る奴だね。ネクロマンサーか、あるいは精神生命体とかいう、憑依するタイプか……面倒くさい」

 

 ダ・ヴィンチは溜息を吐いた。

 彼女としても面倒くさい、という感情止まりであった。

 

「麻菜君がいるし……」

 

 ロマニの言葉にオルガマリーとダ・ヴィンチはうんうん、と何度も頷いた。

 もしかしなくても魔術王よりもよっぽどに危険な存在ではある。

 

 少なくとも、魔術王は何でも願いを叶える魔法なんてものは使えない筈だ。

 

「しかし、所長。よくこんな情報を麻菜はレフから引き出せたね」

「ええ、本当に。何かしら報いたいのだけど……カルデアとして」

 

 オルガマリーはカルデアとして、という単語を強調する。

 それをつけておかないと、ダ・ヴィンチからまたからかわれる可能性が大いにあった。

 

「所長が身体で支払うというのはどうだい?」

 

 したり顔で問いかけるダ・ヴィンチにオルガマリーは深く溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、虞美人は質の悪い輩に粘着されていた。

 その輩は真面目な用事でやってきて、それを虞美人と項羽が承諾したところまでは良かったのだが――そのまま部屋に居座りやがったのである。

 挙句の果てに項羽は友人とよく語らいなさい、と微笑みながら部屋から出ていってしまった。

 彼なりの気遣いであったのだが、さすがの虞美人もこれには嘆いた。

 

「この私を説明会のとき邪険にした罰よ。太陽ぶつけてやんよ」

「そういうところが邪険にされる原因よ」

 

 正体を暴露した結果、麻菜がしつこく付きまとうようになってしまったのが虞美人にとって痛恨の極みだ。

 

「ねぇ、あなたって強い? 私とどっちが強い?」

「はいはい、あなたのほうが強い強い。良かったね」

「やっぱり太陽に焼かれろ」

「そういうところがお子様」

 

 ぐぬぬぬ、と麻菜は自らの不利を悟る。

 伊達に千年単位で生きているわけではなく、口での勝利は難しそうだ。

 

「というか、普通は私の正体に恐れたりするものなんだけど……」

「真祖なんてよくいたので」

 

 麻菜はそう言いつつ、参考までに幾つかの写真を無限倉庫から取り出して、虞美人へと見せた。

 ヤツメウナギのようなものがそれには写っていた。

 

「……なにこれ?」

「私の世界の真祖。ぐっちゃんも当然こうなるんでしょう?」

 

 目をきらきらと輝かせながら、麻菜は問いかけた。

 虞美人は色々とツッコミたいが、何よりも先に事実を告げる。

 

「私はこうならないから」

「えっ? 今の可愛らしい姿は擬態じゃないの?」

「違うから」

 

 しっかりと訂正しておかなければ、真祖――正確には虞美人は真祖ではないのだが――はヤツメウナギという認識が麻菜に定着してしまう。

 そして、麻菜はそれを大いに周りに言いふらしまくることが想像できる。

 

 虞美人の本当の正体はヤツメウナギだった、なんて根も葉もない噂が広まったら非常に面倒くさいことになる。

 とはいえ、麻菜は異世界からの転生者と本人から聞いていたので、この世界の常識や価値観で考えてはいけないかもしれなかった。

 

 だが虞美人としては、面白そうだという理由で麻菜がそうしているのだと確信している。

 

 

「ところでぐっちゃん。真祖の女の子を誰か紹介してくれないかしら? あなたは項羽に夢中だから無理そうなので」

「……朱い月のブリュンスタッドとかいいんじゃないかしら」

「詳しく」

 

 虞美人は溜息を吐き、そこらにあったメモ帳に顔を描いてみせる。

 長いこと生きていると大抵のことは暇つぶしでやった結果、並以上の腕前になってしまう為、虞美人の描いたイラストは巧いものだった。

 

「これこれ、こういうのよ、こういう正統な女王っぽいのがいいのよ」

 

 実は本来の朱い月ではないが、器により顕現するならそうなるだろう、という虞美人の予想だ。

 

「それで教科書に載っていたんだけど、虞や虞や、汝を如何せんって本当に項羽が言ったの?」

「本当だけど違うわ」

「つまり?」

「それだけじゃなかったってこと」

 

 麻菜はにんまりと笑みを浮かべた。

 

「やっぱりそうよねぇ……」

 

 そう言いながら、うんうんと麻菜は何度も頷いた。

 虞美人は無言で手近にあった本の角で麻菜の頭を思いっきりぶっ叩く。

 部屋は芥ヒナコと名乗っていたときと同じであり、カモフラージュの為に本が大量にあった。

 

「いたい」

「痛いで済むところが、あなたも中々人間離れしているわね……人間よね?」

「一応、健康診断では人間らしい。ただ、前世のあれこれを受け継いでいるので……人外かなぁ」

 

 虞美人は溜息を吐いた。

 少なくとも人外であることの苦悩とかそういうものに関して、麻菜は無縁そうだった。

 

「そうだ、ぐっちゃんのそっくりさんをサーヴァントとして召喚しよう。私には何でも願いを叶える魔法があるので」

「殺す」

「あまり強い言葉を使うな、真祖もどき。弱く見えるぞ?」

「ぶっ殺す!」

 

 虞美人は本を手当たり次第に投げつけたが、麻菜はけらけら笑いながらひらりひらりと回避し続ける。

 やがて虞美人は疲労により手を止めて、ふと浮かんできた疑問を投げかける。

 

「……そういえば私が英霊の座にでも行かない限り、魔王みたいな項羽様しか召喚されない筈なのだけど……どうして?」

「知らないけど、キアラとか始皇帝とか色々いるし、今更じゃない?」

 

 答えになっていないが、物凄い説得力で虞美人は思わず納得してしまいそうになる。

 麻菜は更に言葉を続ける。 

 

「愛の奇跡とかそういうのでいいんじゃない? 理由はどうあれ結果が良ければ全て良し」

「それもそうね……唯一、お前の評価できる点が項羽様を召喚したところね。ところで、お前は序列的には私の後輩になるのよね?」

 

 その問いに麻菜は頷いて肯定した。

 すると虞美人は腕を組んで麻菜に向かって告げる。

 

「おい後輩。揚げパンと牛乳を買ってこい。5秒以内な」

 

 しかし、麻菜があっさりと引き下がるわけがない。

 

「知っているかしら? 私、下剋上は大得意なのよ。上がいるなら引きずり下ろす。そう、私が天に立つ」

「お遣いもできないなんて、まるでダメな後輩ね」

「黙れ、真祖。その眼鏡、かち割るぞ」

「は? その髪、毟り取るぞ?」

 

 ぐぬぬぬと、2人して互いに睨みつけ、そして始まる聞くに堪えない小学生並の罵詈雑言。

 5分程互いに悪口を言い合った後、虞美人は息を整えて告げる。

 

「で、後輩」

「何かしら、先輩?」

「本当に世界を救えるの? 小耳に挟んだ程度だけど相手は魔術王らしいじゃない。たぶん、あなたと同じで何でもありよ?」

 

 その問いに麻菜は顎に手を当てる。

 タイマンでなら勝つ自信はある。

 

 だが、取り巻きの悪魔達が厄介だ。

 72柱いるだろうということが予想されており、また相手が悠長に待ち構えてくれているという保障はない。

 時間を稼がれている間に敵の大技が発動してしまい、ゲームオーバーになってしまう可能性もある。

 

 ということはこちらも数で対抗する必要があった。

 麻菜の軍勢や天使、課金ガチャで手に入れたペット達まで動員しても足りない、おそらくサーヴァントでも足りない。

 

 世界を救う戦い、レイドボス、ワールドエネミー……

 

 麻菜は閃いた。

 そして、笑みを浮かべた。

 

 それを見てしまった虞美人は小さく悲鳴を上げた。

 猛禽のような笑みだった。

 

「ええ、世界を救う戦いならば、そうしましょう。ふふ、面白いことになりそう」

「な、何をするつもりよ?」

 

 恐る恐る問いかけた虞美人に対して、麻菜は告げる。

 

「一言で言うなら……廃人舐めんな魔術王ってところかしらね」

 

 一時の夢、多くのユグドラシルプレーヤーが夢想しつつも、結局は実現しなかった。

 その夢を叶えよう、超位魔法でもって。

 

「楽しみだわ」

 

 ニヤニヤと笑う麻菜に虞美人は「何なんだこいつ」という視線を向けているが、麻菜は全く気づかなかった。

 

 



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海賊には海軍をぶつけるに限る なお私設海軍の模様

 オルガマリーは超がつくほど機嫌が良かった。

 それもその筈で、彼女はレイシフト適性と同時にマスターとしての適性も備えていることが確認された。

 それだけでも飛び上がるくらいに喜んだが、彼女が召喚したサーヴァントがより拍車を掛けた。

 

 アーチャーとしてヘラクレスをオルガマリーは召喚したのだ。

 彼女が喜ばない筈がない。

 

 これなら次の特異点も私と虞美人で問題ないわね、という具合で鼻高々だ。

 虞美人としても麻菜よりはオルガマリーの方が性格的な意味でマシであり、また基本的に項羽と一緒であれば文句などない。

 

 そんなこんなで準備万端整えて、第三の特異点へと彼らは無事にレイシフトしたのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリーが嘆いていた。

 

「泳いでいくか、空を飛ぶか、海面を走っていけばいいんじゃない? がんばってー」

 

 麻菜はモニター越しにそう言って、けらけら笑いながらポテチを貪り、コーラをごくごくと飲み干す。

 

「うーん、これは予想外だねぇ」

「他の場所にレイシフトしても、海の上か、あるいは現状と変わらないかもしれない」

 

 ダ・ヴィンチとロマニは2人共苦笑していた。

 しかし、彼らは麻菜が持ってきたポテチを食べる手を止めない。

 

 意気揚々とレイシフトしたオルガマリー達を待っていたのは青い海であった。

 幸いにも海上に出ることはなく、どこかの孤島の海岸に彼らは降り立ったのだが、どうしようもできなかった。

 海らしい、ということまでは事前に分かっていたのだが、まさか太洋のど真ん中みたいなものだとは誰も予想していなかった。

 オルガマリー達が現地へとレイシフトしてカルデアが明確に観測した結果、ようやく実態が判明していた。

 

 

 レイシフトで送ることができる物資は制限があり、麻菜のようなとんでもない倉庫でも持っていない限りは大きすぎたり重すぎたりするものは送れない。

 

 ゴムボートくらいなら送れるが、ゴムボートで海に漕ぎ出せというのは自殺行為だ。

 運良くフネでも通りかかればそれに乗せてもらうことができるかもしれないが、そんなに都合良く通りかかるものでもない。 

 

『ちょっと後輩。どうにかしなさいよ』

「どうにかしなさいよって、ぐっちゃんパイセン。言い出しっぺはマリーなんだから。それに労使交渉は保留のままだし」

『あんたねぇ……! こういう時は協力しなさいよ!』

「えー、せっかくマリーとぐっちゃんパイセンと項羽とヘラクレスの活躍の場所を提供したのに……」

 

 麻菜が渋っていると虞美人が突然横を向いた。

 項羽様があの馬鹿後輩なんかに頭を下げる必要はありません、とかなんとか彼女は言ったが、やがて通信の相手が変わった。

 

『主導者よ、ここは一つ、私に免じて手助けをしてくれないだろうか?』

『色々と事情があるのは察するが……私や彼ならともかく、マスター達では船もなく海を渡るのは少々困難だ』

「むぅ……項羽とヘラクレスに言われると、さすがの私も折れざるを得ないわね」

『おいコラ後輩。私の時と態度が違いすぎるんじゃないか!?』

 

 横から虞美人が顔を出して不満を表明したが、麻菜は首を傾げる。

 

「いや、ぐっちゃんパイセンも項羽に頭を下げられたら、そうなんない?」

『なるに決まっているじゃないの! あんたも項羽様の偉大さが分かったんなら、さっさと手助けしなさい!』

「ぐっちゃんパイセンを嫁にできた項羽が羨ましい。ぐっちゃんが奥さんなら明るい家庭になりそう……あ、子供ができたら言ってね。盛大に祝うから」

『お、お前は何を言っている! まったく! そんなことを言っても何も出ないぞ!』

 

 顔を真っ赤にしている虞美人に対し、項羽は朗らかに笑い、ヘラクレスも微笑みを浮かべている。

 そこへオルガマリーがおずおずと告げる。

 

『麻菜、その……交渉はこの特異点を解決したら再開っていうことで……』

「仕方がないわねぇ……それじゃ選手交代で。私が出るから、いったん戻ってきて頂戴」

 

 麻菜としてもこの展開は一応予想していた為、既に人選はしてあった。

 

「私が趣味で作ったフネを、艦隊を披露する時が来た……!」

 

 ぐへへへ、と怪しく笑う麻菜を見たロマニやダ・ヴィンチ、他大勢のスタッフ達は本当にこれが正しい選択であったのか、判断に困るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでオルガマリー達がカルデアへと帰還し、入れ替わりに麻菜がサーヴァント達を率いてレイシフトを行った。

 麻菜達がレイシフトにより到着したのは先程オルガマリー達がレイシフトしてとんぼ返りすることとなった小島だ。

 

 オルガマリー達は麻菜が何をやらかすか、怖いもの見たさであったが――麻菜は予想の斜め上をいっちゃったのである。

 

 

 

 

「はい、というわけでやってまいりました3つ目の特異点。ご主人様、早速なんですが、私達が乗っているフネ……何ですか?」

 

 玉藻はそう傍らの麻菜へと問いかけた。

 

「海、海賊、海賊には海軍、海軍といったらこの時代、ロイヤルネイビー。私がレッドコートだけだと思ったら大間違いよ」

「よく分からない論法をありがとうございます」

 

 そんな2人の周囲には忙しなく動き回る船員達。

 

 サングラスをかけて、デッキチェアでくつろぐクー・フーリンとスカサハ。

 マシュは初めて乗る船に興奮し、甲板から見える海原を眺めている。

 哪吒は麻菜の傍に控えており、カルデア一行の雰囲気は特異点修復などという大きな目的があるようには見えず、穏やかなものであった。

 

 

 海なら歩いて渡れるだろう、空を飛べばいい、と各々が案を出したところで麻菜は宣言した。

 

 今こそ我が艦隊を披露するとき、と。

 

 麻菜が召喚したのは多数の戦列艦とフリゲートだった。

 ユグドラシルで作ったものだが、制限の多い海上で戦おうという酔狂なプレイヤーは少数であり、ギルドメンバー達やフレンド達に見せびらかす以外に用途がなかったものだ。

 

 ホワイト・エンサインを掲げているが、よくよく見ると国旗の描かれる左上部分には麻菜がユグドラシル時代に使っていた紋章が描かれている。

 

「すっごく快適なんですけど、これ大丈夫ですか? 海賊皆殺し的な雰囲気を周りに見せつけているんですが」

「海賊が聖杯を持っているなんて、たぶんないから大丈夫よ。大抵ほらあれよ、黒幕の眷属とかそれに関連するのが持っている筈だし……ちなみに戦列艦やフリゲートはまだまだいっぱいおかわりできるわよ」

「なんでそんなに持っているんですか……」

「レッドコートとかと比べると、こっちは自由に弄れる範囲が広くて……つい興がのって……」

「船の装飾とか凝ってますしね。で、おかわりはどのくらい?」

「……戦列艦だけで100隻くらい。フリゲートとかスループとか含めると……」

 

 玉藻は溜息を吐いた。

 戦列艦が使われていた時代の国家を余裕で征服できる程度にはあることに。

 

「日本の鉄甲船とか安宅船もあるわよ」

「趣味なんですね」

「趣味なのよ」

 

 それなら仕方がなかった。

 

 

 

 

『マスター、前方で海賊同士の抗争が起きています』

 

 艦隊前方の索敵の任に就いていたオルトリンデからの念話が麻菜に入ってきた。

 前回の10連召喚でやってきて、いきなり麻菜をエインヘリヤルに勧誘したという中々に剛の者だ。

 

「玉藻、索敵」

「はいはい、玉藻にお任せあれ……左舷側は生身で、右舷側はサーヴァントですね」

 

 一瞬で索敵を完了する玉藻。

 正直なところ、麻菜としては玉藻をぶつければ5秒くらいで物事は解決しそうな気がするが、これも魔術王に備える為だ。

 

 というより、魔術王にも玉藻をぶつければ勝てそうな気がすると麻菜は思う。

 

「どのくらいの距離か分かる?」

「おおよそ20海里……約38kmってところですね」

「一瞬で海里をkm換算にしてくれる玉藻ってやっぱり気が利くわね」

「いえ、それほどでも。で、ご主人様、どうするんですか?」

 

 玉藻の問いに麻菜は頷き、傍らで待機していた哪吒に告げる。

 

「哪吒、オルトリンデと合流しつつ周辺索敵。他に敵がいるかどうか確認して」

「承諾」

 

 哪吒もまた空へと舞い上がり、高速でオルトリンデのいる方向へとかっ飛んでいった。

 

「さて、玉藻。古き良き時代の海戦といきましょうか?」

 

 麻菜はそう言いながら、とあるアイテムを取り出した。

 

「なんですか、その将棋盤みたいなの」

「将棋盤みたいなやつだけど、実は違うのよ。これは戦場の指揮者(コンダクター・オブ・バトルフィールド)っていうアイテムで、簡単に言うと、ここにある駒を指揮棒で動かすと、その通りに味方が動くっていうやつよ」

 

 便利なものがあるものだ、と玉藻はそれで済ませることにした。

 深く考えると精神衛生的にまずいのだ。

 

「というわけで、生身の海賊には手出しせず、サーヴァントの方を叩くわよ」

 

 麻菜がそう言って、指揮棒でもって盤上の駒を動かした。

 すると、甲高い鐘の音色が戦列艦の至るところに響き渡る。

 

 船員達の動きはより忙しないものとなり、船内からはマスケット銃を手に持った兵士達が飛び出してきた。

 彼らが船上で整列をしている様を見つつ、麻菜は駆け寄ってきたマシュへと告げる。

 

「先輩、敵ですか?」

「ええ。あいにくと優雅なクルージングとはいかないみたい。マシュ、全部終わったら世界一周クルーズに行きましょう」

 

 マシュは笑みを浮かべて頷いた。

 当然玉藻は面白くない。

 

「ご主人様? 私も連れて行ってくださいませんか?」

「勿論だわ。ただ、玉藻とはどちらかというと京都あたりでのんびり過ごしたい。玉藻にあちこちの神社仏閣を解説してもらいながら」

 

 玉藻は衝撃を受けた。

 もしかしてババ臭く思われているのでは、と。

 

「あの、ご主人様。私ってそんなに歳がいっているように見えます?」

「20代前半くらいに見えるわね」

「ありがとうございます。その、何で京都に?」

 

 問いかけに不思議に思ったのは麻菜だ。

 

「私が京都好きだから。文化遺産とか歴史遺産大好きだからに決まっているじゃないの。で、当時を生きた玉藻がいるから、これは案内してもらうしかない、という考え」

 

 なるほど、と玉藻としては納得できた。

 とはいえ彼女としてはもっと色々と遊びたいわけで。

 

「というか、世界一周旅行は全員連れて行くのは確定しているので、玉藻の京都のやつは別口で、2人きり」

「あ、マジですか。2人きり……ぐへへ」

 

 笑みを浮かべて狐耳をぴこぴこと動かす玉藻に麻菜はほっこりする。

 

「さて、仕事の時間よ。マシュ、カルデアに状況報告を。玉藻、生身の海賊に使者として出向いて。くれぐれもこちらが敵だと認識されないように。それとクー・フーリン、スカサハ。敵の伏兵に警戒して。発見次第、容赦なく始末を」 

 

 玉藻が一瞬で消えて、クー・フーリン、スカサハが共に戦準備を整え、マシュがカルデアへと連絡を入れている傍ら、麻菜は戦場の指揮者(コンダクター・オブ・バトルフィールド)でもって艦隊を動かした。

 

「どうせなら、アレをやりましょうか」

 

 麻菜は怪しく笑い、無限倉庫から取り出し、マジックアイテムを使用する。

 乗り物の速度を上げるアイテムだ。

 使用することで速度を30%上昇することができるものだ。

 

 追い風が艦隊に吹き付ける。

 船速が上がっていくのが目に見えて分かる。

 

「さぁ海賊共。終わりの時間だ」

 

 麻菜のテンションはとても上がっていた。

 故に、ちょっとお着替えをすることにした。

 

 服装は大事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、海賊達はどちらも大混乱に陥っていた。

 突如として現れた多数の戦列艦とフリゲートで構成された艦隊。

 

 海賊ではないことは明白であり、艦隊の所属国家の識別がすぐさまに行われたが――

 

「ホワイト・エンサイン! ホワイト・エンサインだ! イギリス海軍だ!」

 

 どちらの見張りも絶叫した。

 よく見ればイギリス海軍の旗とは微妙に違ったが、彼らの中でホワイト・エンサイン=イギリス海軍である。

 ただし、その後は全く別の反応を示した。

 

「あ、なんだ、アタシの雇い主か。なら問題ないや」

 

 一方は安堵を。

 

「イギリス海軍だとぉ!? くそったれが!」

 

 もう一方は悪態を。

 

 

 

「どうする!? 黒髭!」

 

 悪態をついた方――黒髭はメアリーからそう問われた。

 

「どうするもこうするもねぇよ。向こうは最新式の戦列艦とフリゲート、合計30隻余り。国同士の戦争でお目見えするような戦力だ。俺達海賊が敵う相手じゃねぇよ」

 

 黒髭はそう言うも、その目はギラギラと輝いている。

 メアリー、そしてアンは黒髭のこういうところが尊敬できた。

 

 絶望的な状況であっても、決して諦めないところだ。

 

「だがな、俺には切り札がある」

 

 黒髭はそう言って、懐から黄金の杯を取り出した。

 

「さぁ、来い。かつて俺と共に海を駆けた者共よ。ちっとばかり、手強い相手だが、いつも通り奪い、そして殺すだけだ」

 

 真面目にやっているときは素直に尊敬できるんだけどな、とメアリーもアンも思う。

 

 そして、黒髭の願いは叶えられる。

 彼の海賊船の背後に無数の海賊船が出現する。

 大小様々で、ざっと40隻余り。

 

「まさかイギリス海軍とやり合うことになるとはなぁ……」

 

 黒髭は首のあたりを撫でる。

 そのときであった。

 

 彼は目を疑う。

 敵の艦隊が陣形を組み替えている。

 単縦陣から複縦陣へ。

 

 見惚れる程に見事な一糸乱れぬ艦隊機動。

 それだけで相手の練度は分かる。

 

 紛うことなきイギリス海軍。

 これほどの高練度ともなれば植民地艦隊などではなく本国艦隊。

 

 しかし、敵前において陣形を変えるなど黒髭は首を傾げるしかない。

 何をやるつもりか分からなかった。

 だが、黒髭の長年の海賊としての勘はよろしくないことが起きると告げている。

 

「おい、お前ら。いつでもやれるようにしておけ。逃げられねぇからよ」

 

 相手の艦隊速度は速い。

 これでは逃げ切れないだろう。

 

 黒髭は懐から単眼鏡を取り出し敵艦を見た。

 船の大きさと砲門数から敵がどのタイプの戦列艦か把握する為に。

 

「100門艦が5隻もいやがる……イギリス海軍め、また気張ったものだな」

 

 100門艦――名前の通り、大砲の砲門数だ。

 イギリス海軍における一級戦列艦――いわゆる主力艦だ。

 

 大きさや重さから100門艦は鈍足である筈なのに、敵艦は目を疑うような速度を出している。

 

「何かを使っていやがるな……しかし、どうするつもりだ?」

 

 こちらは敵の艦隊に対して、半包囲する形であるが――

 

 そのとき黒髭は気がついた。

 複縦陣でもって、まっすぐにこっちに突っ込んでくることに。

 

 彼は戦慄した。

 それは彼の生きていた後の時代に起こった海戦にて使われた戦術だ。

 イギリス海軍であり、戦列艦とフリゲートを自由自在に指揮し、この戦術を迷うこと無く選択できる。

 そんな指揮官を黒髭は知識として知っていた。

 彼が死んだ後の時代ではあったが、幸いにも現界時に与えられた知識にあったのだ。

 

 

 

 

 敵が突っ込んでくる、と叫ぶ声。

 しかし黒髭は動じず、敵の先頭艦――三層甲板を持つ巨大な戦列艦、その船上へと単眼鏡を向ける。

 

 そして見た。

 

 美しく長い金髪を海風に靡かせながら、白い軍服を纏って凛々しく佇む少女。

 10代後半くらいだろうか、しかし、その顔は自信に満ちていた。

 

 黒髭は大きく笑う。

 

 ぎょっとした顔を部下達やアンとメアリー、そしてヘクトールが向けてくるが、そんなもの構うものか。

 

「おい、お前ら! 敵が分かったぞ!」

 

 黒髭の叫び。

 同時に、敵の先頭艦が黒髭達の乗るアン女王の復讐号に間近に迫る。

 横をすり抜ける形であるが、それで終わるわけがない。

 

 斜め前に来た段階で敵艦の砲門が開かれた。

 次々と砲弾が飛んでくるが、風切音に負けないよう黒髭は叫ぶ。

 

「敵はネルソンだ! こいつはすげぇや! チンケな海賊を潰す為に英雄が出てきやがった! お前ら、暴れるぞ! ネルソンに海賊の意地を見せてやれ!」

 

 黒髭は懐から銃を取り出して、敵船目掛けて撃ち放つ。

 すぐさまお返しがきた。

 敵の船上にはマスケット銃を構えた敵兵がずらりと並び、こちらへと銃口を向けている。

 

 一斉に敵船から銃弾が飛んでくる。

 ただの銃弾ならサーヴァントには効かないが、どうにもその銃弾はただの銃弾ではなさそうだ。

 

 現に運悪く当たった部下の何人かが絶命して、消えていった。

 

 そのときだった。

 

 復讐号が揺れた。

 黒髭は何が起きたかを目撃し、笑った。

 

 敵の先頭艦が、まさに斜め前を横切らんとしていたフネが進路を変えて、こちらに体当たりをしてきたのだ。

 ただでさえ大きさも重さも圧倒的に相手が上。

 黒髭の船などひとたまりもないが、この船は宝具だ。

 体当たり程度なら何とか耐えられる。

 

 しかし、それで終わる筈がない。

 

 敵船から縄梯子が次々と降ろされた。

 船上から敵兵達が援護射撃、その間に縄梯子を次々と敵兵が降りてくる。

 

「撃ち返せ! 皆殺しだ!」

 

 黒髭は部下達を叱咤し、銃を放つ。

 彼の撃った弾丸は縄梯子を降りる敵兵の1人を貫いた。

 

 悲鳴と共に落ちる敵兵。

 黒髭は笑みを浮かべる。

 

 彼だけではない。

 次々と部下達、そしてアンとメアリーが敵兵に対して攻撃を加える。

 

 悲鳴と怒号、銃声が木霊するが、敵兵の量は圧倒的だった。

 

 撃たれて落ちる数よりも、降りてくる数のほうが多い。

 メアリーが真っ先にカットラス片手に駆け出して、降りてくる敵兵を血祭りにあげるも、上からの狙撃は厄介だ。

 

「俺の船に土足で上がり込んでくるんじゃねぇ!」

 

 黒髭は叫び、船上に降り立った敵兵達を数人纏めて殴り飛ばす。

 その横合いから銃剣を振りかざした敵兵がくるも、黒髭は銃でもって撃ち殺す。

 

 戦況は黒髭達に圧倒的に不利だった。

 

 他の海賊船の様子を見る暇はないが、良い状況にはないだろうと黒髭は予想する。

 

 事実、突っ込んできたのはたった1隻。

 残りの敵艦は全て黒髭が呼んだ多数の海賊船に攻撃を仕掛けているのだろう。

 

 やがて降り立った敵兵達は船上にて陣形を組み上げると突如として攻撃が止まった。

 

 

 訝しげに黒髭は敵兵を見た。

 

 するとそのときだった。

 敵の船から人が飛び降りてきた。

 彼女は難なく着地し、姿勢を整えると問いかけた。

 

「さて、海賊には2種類いる。1つは泣いて喚いて命乞いをする輩。もう1つは潔い輩。あなたはどちらかしら?」

 

 黄金の瞳が黒髭を真っ直ぐに射抜く。

 黒髭は真っ直ぐにその視線を受け、睨み返す。

 

「俺は黒髭だ。俺が命乞いなんぞすると思うか?」

「それは失敬。あいにくと海賊の名を覚えるような記憶力は無くてね。あなただって、そうでしょう?」

「違いない。だが、お前のことは知っているぜ。この稼業……いや、船乗りをやっていて知らねぇならそいつはモグリだ」

 

 黒髭はそう告げて深呼吸をし、ゆっくりと口を開く。

 

「ホレーショ・ネルソン。お前のことは知っているぜ。俺が撃ち殺してやるよ。お前の死因通りにな」

 

 言われた方は目を見開いて驚き、そして困ったように形の良い眉毛をハの字にする。

 黒髭はその様子に疑問を抱く。

 

 そして、決定的であったのは重そうな盾を担いで遅れてやってきた少女。

 彼女は問いかけた。

 

「何で先輩がネルソン提督と間違われているんですか?」

 

 黒髭は目をパチクリとさせた。

 

「あのー、黒髭さん」

「お、おう?」

「大変申し訳ないんだけど、私はネルソンじゃないわよ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる少女に黒髭はこれまでの数々の言葉を思い出し、悶絶した。

 

「せ、拙者がかっこよく決めたのは全部……全部大外れでござるか!?」

 

 おーまいがー、と両手で頭を抱える黒髭。

 

「というか、じゃあ、女神のように美しいあなたはどこの誰でござるか!?」

「私は玲条麻菜よ。趣味で世界最強を目指していて、仕事で世界を救うことやっていて、あとこの艦隊とか兵士とか私の創ったやつ」

「何でござるか! その属性てんこ盛り!」

「うるさいわね、事実なんだからしょうがないでしょう。で、黒髭」

 

 麻菜の呼びかけに不貞腐れたように黒髭は頬を膨らませつつも、顔を向ける。

 非常に絵面が悪かったが、麻菜は別に何とも思わないので指摘はしない。

 

 キモい、という声が彼の背後――アンとメアリーから聞こえたくらいだ。

 

「情報を頂戴」

「嫌ですぞ。海賊相手にそんなことを言うなんて、ちゃんちゃらおかしいでござる」

「じゃ、戦列艦おかわりする? もう100隻くらい出せるけど」

「そういう問題ではないですぞ。心の問題でござる」

 

 麻菜はやれやれと溜息を吐いた。

 

「じゃ、これ」

 

 麻菜は金のインゴットを1本取り出して、それを彼へと放り投げた。

 

「むむ……これは良いもの……しかし、これだけではなぁ……」

 

 黒髭の言葉に麻菜はニヤリ、と不敵に微笑んだ。

 彼女が指を鳴らせば、船上の至るところに金塊の山が出現した。

 あまりの重みに船が一気に沈み込んでいく。

 しかも、沈下が止まらない。

 

「おおぅ! これは嬉しいけどやばい! 金塊の重みで船が沈んだなんて恥も恥、大恥でござるぞ!」

「欲深い海賊に相応しい末路ではなくて?」

「どんなに欲深くても、船が沈む程に財宝を積むのは馬鹿ですぞ!」

「じゃあはい」

 

 麻菜が再度指を鳴らすと金塊の山は全て消えた。

 沈下も止まり、沈み込んだ分だけ船が浮かび上がった。

 

「黒髭、あなたが演じているように、私もある程度演じさせてもらっているわ。鼻が利くあなたなら、分かるでしょうけど」

 

 麻菜の言葉に黒髭は頷いた。

 彼の勘は、目の前の少女が見た目通りではない、と警鐘を鳴らしていた。

 

「みたいですなぁ。それに、麻菜氏は海賊よりもおっかないことをしそうだ」

「ええ。例えば死はこれ以上苦痛を与えられないという意味で、安息であると理解させてあげたりとかね」

「恐ろしいでござるな。だが、それもまた良し。で、何が知りたいですかな?」

「あなたが知っていることを全部。あとついでにどうかしら? 私に雇われない? 報酬は弾むわよ」

 

 ほう、と黒髭は目を細める。

 杓子定規ではない、こういう輩のほうが彼としては好ましかった。

 故に彼は告げる。

 

「報酬次第ですなぁ」

「そうね……好きなだけ金塊を与えるというのはどう? ついでに、私ってカルデアという組織に属しているのだけど、今回の一件が終わった後、そっちに召喚されるっていうのは?」

「金塊は魅力でござるなぁ」

「あと私と殺し合いできる権利を……」

「あ、それはノーセンキューでござるぞ。むしろ、麻菜氏を抱く権利が欲しいところでござる」

 

 麻菜は両手でバツ印を作ってみせる。

 

「申し訳ないけど、そっちは既に予約済みなので」

「ぐぬぬ、そう真面目に返されると拙者としては言い返せない……ど、同人誌! 麻菜氏の同人誌の発行許可を!」

「同人誌は構わないわ。ジャンルも無制限に。リョナもグロもOK」

「え、マジで?」

「マジ。というか、黒髭、随分とサブカルチャーに詳しいのね」

「いやぁ、拙者、自由を求める故に……つい」

「なんだ、同類か。というわけで来なさいよ」

「承諾したでござる」

 

 麻菜は黒髭へと歩み寄り、右手を差し出した。

 対する黒髭もその手を握った。

 

「海賊らしく、ここで私を人質にするとかしないの?」

「海賊の勘ですな。おそらく、ここにいる誰よりも一番おっかない人物を人質にしてしまうことになる、とね」

「勘に感謝しときなさいよ」

 

 

 こうして黒髭達は麻菜へと協力することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、見てください。私の予想通りです」

「いや、本当にアンタが言った通りの展開になったわ……」

 

 黒髭を連れて、麻菜達はもう一方の海賊船へと乗り込んだ。

 そして、玉藻が開口一番そう言ったのだ。

 それに同意するのはフランシス・ドレイク。

 

「デュフフフ、ババア、命拾いしたでござるな……麻菜氏の美しさとか拙者への理解度、その他諸々で拙者は麻菜氏の愛の奴隷となったでござるぞ」

「黒髭、もうちょっとキャラを考えなさいよ……そうすりゃカッコいいのに」

「おっと、これは麻菜氏の的確な指摘に拙者、嬉し涙の雨霰……とはいえ、これでいいのでござる」 

 

 麻菜はやれやれと溜息を吐いてみせる。

 

「ご主人様、簡単にしか説明していませんので」

「具体的には?」

「敵ではないということと、ご主人様が敵を味方につけてやってくるという予想くらいで」

「なるほど、十分だわ」

 

 麻菜はそう告げて、真っ直ぐに相手を見つめる。

 美しいというよりは凛々しい女性だ。

 

「私は玲条麻菜。率直に言うと、私に雇われない?」

「アタシはフランシス・ドレイクだ。いくらだい?」

「とりあえずはこれだけ」

 

 麻菜は指を鳴らし、金塊の山を空いている場所に出現させた。

 ドレイクは目を輝かせた。

 

「どうかしら?」

「よし、任せな。太っ腹な雇い主は最高に大好きだ。ましてや懐が広ければ尚更だ」

「とりあえず、黒髭も交えた情報交換といきましょう。私達の目的はいわゆる聖杯と呼ばれる黄金の杯の確保で、この変な海域をどうにかすること」

 

 黄金の杯とドレイクと黒髭は同時に呟いて、そして各々が懐からそれを取り出した。

 陽の光を浴びて、黄金に輝く杯を。

 

 麻菜はそれを見て告げる。

 

「……ちょっとお二人さん。それぞれに金塊は……嵩張るから、宝石を渡すからそれ、くれない?」

「ご主人様って強運ですねぇ……」

 

 玉藻のしみじみとした呟きが虚空に消えていった。

 

 

 ドレイク、黒髭ともに代金があるなら聖杯を手放すことに異論はなく、それらはあっさりと麻菜へと渡された。

 なお、黒幕から派遣されていた黒髭の部下としてヘクトールがいたが、いくら彼であっても、周りにいるサーヴァントが問題だった。

 

 

「……これ、無理だよね」

 

 小さく呟いた彼の顔は諦めの境地だった。

 クー・フーリンとスカサハ、そして玉藻。

 いくらヘクトールが優れた戦士であっても、無理であった。

 

 誰か1人であればヘクトールは隙を突いて、聖杯を奪って逃げるということもできた。

 だが、格上が――特に玉藻は無理だった。

 奪おうとした瞬間に自分が死んでいる、というようなくらいに圧倒的な差があった。

 

 しかもだ。

 

『妙なことはしないほうが長生きできますよ?』

 

 頭に響く玉藻の声。

 見抜かれていたのだ。

 

『オジサン、仕える主を変えたいんだけどなぁ……』

『ああ、それならご安心を。ちょちょいのちょい』

 

 再度響く玉藻の声。

 何事かの呪いだろうか、それを玉藻がやっているのが見えた。

 すると、自身を縛るものが解けていったのをヘクトールは感じた。

 

「……まあ、いいか」

 

 ヘクトールは麻菜をマスターとするサーヴァントに寝返った。

 とはいえ、それももはや意味がない。

 

 特異点は聖杯を回収したことで、修復が始まっているのだから。

 

 聖杯を取り返してこい、と連中が言ったと思ったら特異点が修復されている――というのが状況だろう、とそう思うとヘクトールは笑いがこみ上げてきた。

 

 

 一方、麻菜はそんなことは露知らず、勧誘に熱心だった。

 

「ドレイク、カルデアに来なさいよ。進化したフネを見せてあげたいし、何より、あなたにフネを与えたい」

「本当かい? 麻菜は太っ腹だねぇ。是非、行かせてもらうよ。それにこんなに素敵な土産、もらったことだし」

 

 金塊、ダイヤの入った壺、そして極めつけはドレイクの首に掛かったサファイアのネックレス。

 ネックレスは興がのった麻菜がプレゼントしたものだ。

 

「デュフフフ……拙者も、契約通りにお邪魔させてもらいますぞ」

「ええ、楽しみに待っているわ。しかし、今回の特異点は一瞬だったわねぇ……いつもこうだといいんだけど」

 

 麻菜の言葉を聞いたヘクトール。

 

 オジサンが妨害する予定だったけど仕方ないね、と思いつつ口を開く。

 

「あ、オジサンも行っていいかい?」

「ヘクトールだっけ? ええ、あなたの国の話や文化について、色々聞きたいから勿論よ」

「それは良かったよ。オジサン、何にもやれてないけど、それなりには強いからね」

 

 黒髭の隙を狙っていたが為にヘクトールは先程の海戦では全力で戦うわけにもいかず、目立った活躍がない。

 

「構わないわ。ヘクトールっていえばトロイアの英雄。あなたの物語を知っていればその強さを疑う必要はないもの」

「それはありがたい」

 

 

 こうして、3つ目の特異点修復はあっさりと完了したのだった。

 

 

 



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アニムスフィアの勝利

「いやぁ、第三特異点は大変でしたね」

 

 あっはっは、と麻菜は笑ってみせる。

 そんな彼女をジト目で見つめるオルガマリー。

 

 ここはオルガマリーの私室であり、彼女と麻菜しかこの部屋にはいない。

 2人きりの方が色々と腹を割って話せるだろうというダ・ヴィンチの提案により実現していた。

 

「大変なことになった原因はあなたじゃないの?」

 

 オルガマリーの指摘に麻菜は思いっきり頬を膨らませる。

 

「だって聖杯を回収しろとしか言われてないんですもの。聖杯が2つあったら、片方は持ってきちゃダメとか知りませんでしたもの。カルデアから指示も無かったし」

「……正直あっさりと解決し過ぎて油断していた節はあるわね。というか、カルデアの観測体制を見直さないと……」

「勝ったッ! 第三特異点完! とか思っていたんでしょ?」

 

 麻菜の指摘に対して今度はオルガマリーが頬を膨らませる。

 

「何よ! 報告の一つくらいしてくれてもいいじゃないの! 聖杯が2つあるって言ってくれればよかったのに!」

「四六時中、私のことを監視していたんじゃないの?」

「だってもうどう見ても勝負がついていたから、数値的なモニタリングのみだったのよ!」

「私、ドレイクに聖杯を返しに行ったの、すっごく恥ずかしかったんだから!」

「私も一緒に行ってあげたじゃないの!」

 

 麻菜が聖杯を2つ持って帰ってきちゃったことにより、第三特異点は修復されるどころか一気に崩壊寸前までなってしまった。

 異常に気づいて慌ててカルデアが原因究明を始めたところ、麻菜がおずおずと2つの聖杯を取り出したのだ。

 

 これ、2つ持ってきちゃまずかったかしら――?

 

 さすがの麻菜もカルデアの慌ただしい雰囲気に、やらかした自覚があるのか、ちょっと申し訳なさそうな顔であったのが印象的であった。

 

 返してきなさい、私も一緒に行くから――オルガマリーはそう言って、麻菜と一緒にとんぼ返りして、ドレイクのところへと聖杯を返しにいった顛末があった。

 

 ドレイクは大爆笑していたが、ともあれ彼女が元々持っていた聖杯を返したことで、第三特異点は崩壊することもなく無事に修復されたのだ。

 

「それはさておき……麻菜、給料と成功報酬についてだけども……今回、大きなやらかしをしてくれたわね?」

 

 オルガマリーはにっこりと微笑んで問いかけた。

 麻菜としては何も言えない。

 

 失敗しかけたのは事実であるからだ。

 

「とはいえ、さすがに安すぎる給料を出すのも問題があるから……月給20万ドル、特異点修復ごとに成功報酬として3000万ドルでどう? 手取りで」

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ上乗せを……!」

「月給30万、成功報酬350万でどう?」

「……それでいいわ」

 

 1ドル=100円換算で考えるならば月給3000万、成功報酬3億5000万となる。

 世界を救う報酬として考えると、この額が高いか安いかは人によって変わるだろう。

 

 麻菜としては安すぎて割りに合わないと感じたが、今回の失敗もあり、あんまり大きなことは言えなかった。

 

「正式な契約書を頂戴」

「ええ、近日中に作成して渡すから」

 

 麻菜は頷きながら話を変える。

 

「ところでマリー、知っていると思うけど……私は高校生なの」

「え……?」

 

 オルガマリーは呆気に取られた。

 しかし、記憶を辿れば書類にはそのように書かれていた気がした。

 

 念の為に彼女はパソコンに向き合い、電子化された麻菜のプロフィールを調べれば高校生だった。

 

「高校生だったわね……」

 

 見た目から同い年くらいだと思っていた、とオルガマリーは言えなかった。

 

「私は大学に行きたいのだけど、マリーも来ない? 経歴を調べたけど、あなたは魔術とか家のことで大学までは行ってないみたいだし」

 

 オルガマリーはまさかの誘いに驚いたが、嬉しさがこみ上げてくる。

 麻菜は色々とやらかしはあるものの、オルガマリーのことを気遣い、真正面から褒めて、努力を労ってくれる存在であった。

 

「いいわね。あなたと学生ライフっていうのも悪くないわ……どこの大学に?」

「そこが悩んでいるのよ。大抵のところにはいける筈……私の学力や言語能力についてはカルデアに来る前に郵送した書類にある通り」

「日本の一般的な試験は暗記力の勝負だから、あまりアテにはならない、と思ったけど……あなた、IELTSやTOEFLで高得点を出しているのよね。あと他にも国際的に通じる資格を取得していたりだとか……」

 

 日本では生きにくいのでは、とオルガマリーとしては素直に思う。

 彼女も多少は日本の知識がある。

 飛び級が高校以下の学校には存在しない、というだけでかなりの衝撃を受けた記憶があった。

 

「色々あったわ。ぶっちゃけ小学生……って分かるかしらね? プライマリースクールのことなんだけど、あの当時から年齢制限がない色んな資格やら何やらの取得に動いていたわ。将来を見据えて」

「両親は何か言ったりしなかったの?」

「勉強するのはいいことだっていう感じで、特に何にも言われなかったわ。勉強の費用を出してくれたくらい。勿論、全て結果を出してきたから文句は言われていないの」

「なるほどね。あなたは魔法で何でもできるから趣味とか道楽として、将来何をやりたいか、何になりたいかとか考えればいいんじゃない?」

 

 麻菜は頷きつつ、どうしたものかと腕を組む。

 

「マリーは何かしたいことないの? 魔術に通じるものとか、そういう観点からだと」

「理数系ね。私も体系的に勉強したわけではないから、自分に必要なものだけ齧ったみたいなものよ」

 

 なるほど、と麻菜は頷く。

 

「とはいえ、ウチって実は海底油田基地を持っているから、予算のやりくりとかそっちの意味では経済とか経営を学びたいという思いがあるのよ」

 

 麻菜は聞き捨てならない単語に仰天した。

 

「ちょっと待って、海底油田基地? え、本当?」

「ええ、本当なのよ。アニムスフィアの虎の子の財産。半潜水式の移動プラットフォーム。原油採掘以外にも霊脈の探査やら何やら裏側のこともやっているんだけどね」

 

 麻菜の目は輝いた。

 オルガマリーは言ってはまずかったかな、と少し後悔したが、もう遅い。

 

「ねぇ、マリー。私の魔法とあなたの設備。それを使って合法的に世界一の金持ちになってみない?」

 

 世界一の金持ちという単語はオルガマリーにとっては魅力的だ。

 カルデアは非常に金食い虫だ。

 施設の維持費や人件費その他諸々で膨大な金額が消費されてしまう。

 

「具体的なプランは?」

「適当に資源がありそうな場所をあなたが探す。目星をつけたら、私がそこで魔法を使って原油などの資源が吹き出すようにする。勿論、埋蔵量は全世界の消費量を軽く100年位は補える程度に」

「天然資源だけでは難しいわよ。価格が下落すると大損だわ」

 

 オルガマリーはげんなりとした顔で、そう告げた。

 どうやら過去に経験があるらしかった。

 とはいえ、麻菜もそれは想定している。

 

「ええ、勿論よ。それを元手に様々な分野に進出するのよ。待遇を良くすれば有能な人材は集まるわ。特に日本ではね」

「例えば?」

「手取り30万、定時上がり、有給希望時即時取得可能、完全週休2日、夏と冬に3週間のバカンス。たぶんこれでめちゃくちゃ集まる。短中期的には人件費で赤字だろうけど、そんなのは資源の売却益で補填できるわ」

「進出する分野は?」

「そこはこれから調べるわ。ただ、日本はマリーが思っている以上に労働環境が悪いことが多いから、良い労働環境を提供すれば有能な人材が殺到するわよ。ただ、管理職以上は欧米人の方が良いでしょうけどね」

 

 オルガマリーは、ゆっくりと息を吐き出した。

 そして、彼女は麻菜の手を両手で握る。

 

「麻菜、やりましょう。というか、やるしかないわ……あなたに出会えて良かった」

 

 オルガマリーの言葉に麻菜もまた微笑み、告げる。

 

「ええ、私もよ。あなたとは色々な意味で深い関係になりたいもの」

 

 オルガマリーはそれを想像してしまい、一瞬で顔が真っ赤になった。

 そんな彼女を見て麻菜は満足そうに何度も頷いたところで――あることが閃いた。

 

「社員は無理でも、管理職とか幹部クラスあるいは警備員にサーヴァントを使うというのは……」

「……働きたい人いるの?」

「意外とペンテシレイアは働いてくれそう」

 

 サーヴァントの数も非常に増えているのだが、決してそんなことはしなさそうなペンテシレイアが最初に麻菜の脳裏に浮かんできた。

 

 メガネを掛けて、ネクタイをつけただけで、あとはいつもの服装のペンテシレイアが2人には想像できてしまう。

 専門用語をやたらと羅列していそうな感じだ。

 その想像を追いやって、オルガマリーは問いかける。

 

「警備員くらいじゃないの?」

「そうねぇ……エミヤとかはお願いすればやってくれそう。世界を救った後に希望者がいれば、という感じかしらね」

 

 麻菜としては敵対者が魔術師の可能性もあった為、最悪の場合、ホムンクルスを大量生産して投入することも検討しようと思った。

 

「さて、それじゃそろそろお暇するわ」

「ええ、麻菜。ゆっくり休んで頂戴」

「あなたもね。マリー、私、あなたのことが好きよ」

 

 最後にとんでもない爆弾を炸裂させ、投げキッスをして麻菜は部屋を出ていった。

 そして、後に残ったオルガマリーはそのままベッドへと倒れ込み、ゴロゴロと体を動かした。

 

「告白された……! 告白された……!」

 

 うわ言のように呟く彼女の顔は真っ赤だった。

 真正面から、自分という存在を求められたのは生まれて初めての経験だ。

 

 同性にはそういう意味での興味がない――興味がない筈であったのに、オルガマリーはどうしようもなく麻菜に惹かれていた。

 

 文字通りの命の恩人で、自分のことを褒めてくれて、努力を労ってくれる――というのを差っ引いても、魔術師にとって麻菜は非常に魅力的な存在だ。

 

 彼女の魔法やアイテム類、それらにより得られる利益は計り知れず、麻菜の存在が公になれば魔術師達が殺到するだろう。

 しかし、物理的・魔術的な手段で麻菜の言うことを聞かせられることはできないのは明白だ。

 一方で麻菜が同性を愛するというのはカルデア内では知られたものであり、人理修復後にその情報が外部に漏れ出てしまう可能性がある。

 もしもそれを知れば魔術師達は麻菜に女を送り込んでくるだろう。

 

 しかし、そうはさせない――

 

「アニムスフィアが飛躍するチャンスだわ……」

 

 麻菜と深い関係になるということは、女としても魔術師としても利益しかなかった。

 サーヴァント達によれば麻菜は両性具有になれるらしいという情報があるので、そっちの意味でも問題はなかった。

  

 



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あなたの願い、叶えます!

 労使交渉が無事に決着し、オルガマリーと世界を救った後について有意義な話し合いが行われてから数日後のことだ。

 

 麻菜はケルト勢のサーヴァント達との宴会を終えて、気分良く歩いていた。

 こういうお誘いはかなりの頻度で色んなサーヴァントからあり、彼女としても酒の席でしか聞けない話もあると確信していた為、誘われるとほいほいついていってしまう。

 

 高校生だから酒はNGと思いきや――しかし、麻菜には伝家の宝刀がある。

 前世も含めれば二十歳を越えているからセーフ理論や、法律なんて都合が悪い時は無視して、都合が良い時だけ使えばいいや理論である。

 

 麻菜は酔えなかったが、それでも楽しい時間を過ごした為に非常に機嫌が良かった。

 鼻歌でも歌おうかと思っていた矢先、廊下の端っこでカーミラが頭を抱えているのを発見する。

 無視するのもマスターとしてダメだろうと思い、声を掛けることにした。

 

「どうかしたの? カーミラ」

「エリザベート・バートリーが……」

 

 麻菜はうんうんと頷いて告げる。

 

「で? 昔の自分がどうしたって?」

「何でわざわざ言い直すのよ!」

「いや、だって……私は昔のあなたも、大人のあなたも、とても魅力的に思えるわ」

「あなた、この間はオルガマリーの部屋にいたようなのに、すぐに別の女を口説けるのね……」

 

 数日前のことなのに何でわかるの、と麻菜が問えば、僅かに残っている匂いだと返ってきた。

 カーミラは嗅覚に優れている、と麻菜は覚えたので、もし何かやらかしたときのお仕置きとしてユグドラシル産の超絶最凶悪臭爆弾を食らわせようと考えた。

 

 そんなどうでもいい考えを横において、麻菜は告げる。

 

「カーミラは可愛いものよ。私の知っている前世の連中なんて欲望の為に殺しまくったり、拷問しまくったりでそりゃもう色々……」

「……ちょっと待って。あなたの前世ってどんな世界だったのよ……」

「ディストピアかな。ただし、権力と金があるとユートピア。まあ、これはどこでも変わらないかしら。あ、ちなみに私はやってないからね。仕事以外では」

 

 カーミラは頬が引きつった。

 もしかしなくても、自分はとんでもないことを聞いてしまっているのではないか、という思いが湧き上がってくる。

 

「参考までに、あなたはどれだけ殺したの?」

「聞きたいの?」

 

 にんまりと笑みを浮かべる麻菜。

 綺麗な笑みではあったが、それはひどく不気味にカーミラには思えた。

 

「いえ、聞かないわ。あなたはそれでも、仕事でやったのでしょう?」

「ええ、仕事だったわ。私はまだ優しい方だったので。だから、カーミラも欲望の為だったとしても、昔にやったことはあんまり気にしない方がいいんじゃないの。やっちゃったものはしょうがないし」

 

 もしかして励まされているのだろうか、とカーミラは困惑した。

 励まし方が斜め上過ぎる為に。

 

 どこの世界に自分の方が殺した数は上だから心配するな、と言う奴がいるのだろう、とカーミラは思ったところで、目の前にいたことに何とも言えない気持ちになる。

 

「麻菜、あなたは本当にぶっ飛んでいるわね」

「所詮この世は焼肉定食、焼いた肉を食えば生き、生肉を食えば死ぬという名台詞があるらしいわよ」

「それ、明らかに間違っているわよね? 弱肉強食って言いたいのよね?」

「昔はそうだったらしいわよ。最近はこれがトレンドという噂……知らないけど」

 

 何なのかしら、この子は、とカーミラは可哀想な視線を麻菜へと向ける。

 その視線のせいか分からないが、麻菜はとんでもないことを言い出した。

 

「それはさておいて、永遠の若さだっけ? 欲しいならあげるからいつでも言ってね」

「……は?」

 

 カーミラは目を丸くした。

 麻菜は不思議そうな顔になる。

 

「私はリョナもいけるから、今のカーミラが少女を拷問するのはとても見てみたい……おっと、これは問題発言ね。ともあれ、若さが欲しいならあげるから。でも、今のカーミラは大人の魅力に満ち溢れていて素敵だと思うの」

「待って、待って」

 

 カーミラは両手を前に出して、ストップを掛けた。

 

「えっと、麻菜。あなたは私をどうしたいの?」

「私のサーヴァントになった以上は望みを叶えた上で、いっぱい働いてもらおうかなと……そっちのほうが満足できるでしょう? 私としては叶えられる願いは叶えてあげたいと思うの」

「……参考までに、どこまでできるの?」

「不老不死、性転換、若返り、金銀財宝とかの本人にしか影響を与えないものなら今すぐに渡せるわよ」

 

 カーミラは唖然とした。

 麻菜が大抵の人間が欲しがるものを気軽に渡せることに。

 

「というか、不老不死の薬も性転換薬も若返り薬も金銀財宝も魔力を消費する程度で作り出せてしまうので」

「えっと、麻菜……あなたって、非常識って言われない?」

「私の常識と世間の常識はどうやら、次元を隔てているらしいわね。早く私のいる次元に来て欲しいものだわ」

「あー……」

 

 カーミラは何とも言えない声を出した。

 色々と悩んでいたことがどうでも良くなってしまったのだ。

 麻菜は問う。

 

「で、どうする?」

「……7歳くらい若返りたいのだけど、できる?」

「できるわよ。若返って、不老の薬を飲めば完璧ね」

「……何が望み?」

 

 カーミラの問いに麻菜としては腕を組む。

 

「ただ満足させたかっただけ、という善意なのだけど……」

「何でもいいから言いなさい」

「じゃあ、カーミラ、私の傍にずっといて頂戴。不自由はさせないわ」

「ええ、構わないわ。私としても、あなたの血は興味があったの」

 

 カーミラは即答した。

 望んだものが手に入るならば、それくらいは全く構わない。

 彼女は生前性別問わずに愛人が多数いた為、同性であっても問題はない。

 何よりもカーミラからすれば麻菜は愛でたい存在であった。

 性格はともかくとして見た目は抜群なのである。

 

 対する麻菜は血という単語でメドゥーサを思い出した。

 

「そういえばメドゥーサが以前に私の血を吸ったんだけど、彼女曰く、これ以上美味い血はないとか、魔力が非常に濃厚とか何とか言ってたわよ」

「……え?」

「浴びたら酔っ払うんじゃないの? メドゥーサ、酔っ払った感じになってたし」

「えぇ……」

 

 カーミラは困惑した。

 何でメドゥーサに血を吸わせているんだ、とか色々とツッコミどころが満載だった。

 しかし、そんな彼女の困惑なぞ知らず、麻菜は無限倉庫から小瓶を2つ取り出した。

 

「はい、若返り薬。戻りたい年齢をイメージしてね。その後はこれ、不老不死の薬。不死はおまけ」

「有り難みが全然ないわね!?」

 

 色々と台無しだった。

 そして、カーミラは若返った――のだが、麻菜からするとあんまり変わったようには見えない。

 しかし、カーミラは手鏡を取り出して、自分の顔を見つめて、何やら目元のあたりを弄っている。

 

「もっと若返っても良かったんじゃないの?」

「いえ、あんまり若返ると昔の自分に近づくから……とはいえ、本当に若返っているわ。肌の質が違うもの」

 

 そういうもんか、と麻菜は納得しつつ、カーミラへと不老不死の薬が入った小瓶を渡した。

 それを飲み干して、カーミラは笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、麻菜。あなたには返しきれない恩ができてしまったようね」

「それじゃ約束通り、ずっと私の傍にいてね? あなたの見た目も雰囲気も性格も素敵だと思う」

「あなたに言われると皮肉にしか聞こえないのだけど……素直に受け取っておくわ。約束も守りましょう」

 

 麻菜は満足げに頷きつつ、そういえばと問いかける。

 

「で、昔の自分がどうしたのよ?」

「何かをやらかすんじゃないかって思うと、ストレスが……」

「大丈夫よ。過去は過去、あなたはあなた。過去のあなたがやったとしてもそれは、カーミラがやったことではないから。割り切ればいいのよ」

 

 とはいえ、と麻菜は続ける。

 

「難しいだろうから、ストレスを感じたら、私のところに来なさい。美味しいものを食べれば何とかなるわ」

「……ありがとう」

 

 照れくさそうにカーミラはそう告げた。

 麻菜は満足し、その場を去ろうとするが、その服の裾をカーミラは掴んだ。

 はてな、と首を傾げる麻菜にカーミラは告げる。

 

「口説いておいて、行ってしまうの?」

 

 問いかけに麻菜はすぐさま満面の笑みを浮かべ、カーミラをひょいっとお姫様抱っこした。

 さすがにそれはカーミラからしても、予想外。

 だが、生まれて初めてそんなことをされた為に恥ずかしいが、何だか嬉しく、拒むという選択肢はない。

 

「あなたの部屋、行ってもいいかしら?」

 

 麻菜の問いかけにカーミラは小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブチギレましゅ!」

「マシュ、どうしたの? またブチギレましゅやっているの?」

「先輩のせいですよ! 朝帰りって何ですか!?」

「朝帰りは朝帰りよ。ちょっとカーミラと深いことを……」

 

 食堂にて麻菜はマシュに詰め寄られていた。

 カーミラと2人揃って登場した為に、何があったのか分かってしまったのだ。

 堂々としているのが、いっそ清々しい。

 

「というか、四六時中玉藻さん達がついている筈なのに……」

「そういや彼女ら、昨夜はストーキングしていなかったわね」

 

 2人が会話をしていると清姫がひょっこりと現れた。

 

「昨日は麻菜様のベッドにいつものメンバーとジャンヌさん達で匂いつけをしていました」

 

 麻菜とマシュは察した。

 

「いつものメンバーは分かるけど……ジャンヌまで?」

「はい、白黒ジャンヌさん達です」

 

 何やら怪しかった。

 麻菜はちょうど食堂にやってきた玉藻へと視線を向ける。

 

「玉藻、私の部屋で昨日の夜は何をやっていたの?」

「え、パジャマパーティーですけど。ご主人様がいつまで経っても帰ってこないので、白黒ジャンヌさん達も交えて。最後は枕投げやりましたよ。そのままご主人様のベッドで皆揃って就寝しました」

「え、何それ楽しそう。私も混ぜて」

「ええ、勿論ですよ。ちなみに一番はっちゃけたのは黒いジャンヌさんで、2番めが白いジャンヌさんです。まだ寝ているのではないでしょうか」

 

 麻菜とマシュは何となく想像がついた。

 ジャンヌ・オルタは悪ぶっているものの、どうにも微妙にポンコツなのだ。

 そこがまた愛らしいのだが。

 

「ジャンヌの方もはっちゃけたのは意外ね」

 

 麻菜の言葉に玉藻が答える。

 

「ご主人様、ジャンヌさんは騒ぐことは嫌いじゃないみたいですよ。子供時代を思い出しました、とか言っていましたし」

「元々は農民だったっけ?」

「ええ、そうです」

 

 そんな会話をしていると、静謐のハサンが現れた。

 彼女はじっと麻菜を見つめ、すすす、とその背後に寄っていった。

 全身が猛毒の塊みたいな彼女であるのだが、麻菜には効かなかった結果、召喚されてすぐのあたりからこういう関係になっている。

 

 そのとき緊急放送が入る。

 麻菜とマシュの呼び出しであった。

 それが意味することは一つしかない。

 

「あ、ご主人様、次の特異点は私をしっかりと連れていってくださいまし。現地妻を作られたらたまりませんので」

「玉藻さん、一緒に頑張りましょう」

 

 玉藻とマシュは互いに握手をしたのだった。

 

「おい、麻菜」

 

 その声に麻菜が振り返り、つられてマシュや玉藻もそちらへと視線を向けると、セイバーのアルトリア・オルタがジト目で仁王立ちしていた。

 

「いい加減、私を連れて行け」

 

 出番の催促だった。

 

「そういえば他の皆さんも連れて行けとたびたび聞きますね」

 

 玉藻の言葉に麻菜はむむむ、と思案顔になる。

 そこへマシュが追撃を掛ける。

 

「先輩、私のところにもたくさんの方々から出番をよこせと声が届いています」

「……検討するから皆を集めておいて」

 

 そう答えて麻菜はメンバーの入れ替えを考えながら、ミーティングルームへとマシュと共に向かった。

 

 

 

 



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マシュの出生

「次の特異点はロンドンよ」

 

 オルガマリーの言葉に麻菜はおもむろに懐からリストを取り出した。

 現在、カルデアに召喚されているサーヴァントのリストだ。

 

「ええっと、少佐……少佐はいなかったかしら……いないなら、ドイツ系のサーヴァントを……オルトリンデはちょっと違う気がする……」

「麻菜、何なの?」

「え? ロンドンに対して特攻があるサーヴァントを考えていたのよ。吸血鬼の大隊を率いて、ロンドンを火の海にしてやろうと……」

「よくあるナチネタかしら?」

「それをネタにした日本の漫画ね」

 

 なるほど、とオルガマリーは頷きながらも話を進める。

 

「レイシフト先は1888年の産業革命時代ということくらいしか分からないわ」

「例によって例の如く、何にも分からないのね」

「仕方ないじゃないの……と言いたいところだけど、当時のロンドン市内の地図はあるわ」

 

 オルガマリーによって麻菜とマシュに配布される地図。

 それなりに精密なものであり、大いに助けになりそうだ。

 

「ふーん、なるほどね……」

 

 麻菜は地図のあちこちを見て、あることを閃いていた。

 

「先輩、誰を連れていきますか? あ、玉藻さんは絶対に連れていってくださいね。抑え役が必要なので」

 

 マシュの言葉にオルガマリーが反応する。

 

「え? いつものメンバーじゃないの?」

「実は他の方から行きたい、という声が多数ありまして……」

「あー、そりゃそうよね。今までメンバー固定で、他のサーヴァント達がやってることは麻菜の教育係だもの」

 

 うんうんと頷くオルガマリー。

 実際にそうであったからだ。

 

 いつものメンバー以外にも多数のサーヴァント達がいるにも関わらず、基本的に麻菜はメンバーを固定している。

 多数のサーヴァント達はというと、麻菜に色々と教育したり模擬戦をしたりとそういうことしかしていない。

 自分達にも出番をよこせ、という声が麻菜ではなくマシュへ寄せられていた。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ということわざの通りにマシュから麻菜に言ってもらった方が要望が通りやすいだろうという判断によるものだ。

 

 

 

 そのとき、会議室の扉が開いてダ・ヴィンチが入ってきた。

 彼女はにんまりと笑みを浮かべている。

 

「所長、発表しても?」

「ええ、構わないわ」

 

 どうやら彼女が来ることとその発表は予定されたことであったらしく、オルガマリーはダ・ヴィンチの問いに許可を出した。

 

 ダ・ヴィンチは咳払いをし、ドヤ顔で告げる。

 

「なんと! レイシフトに連れていけるサーヴァントの人数が増えた! 合計で10人まで! 勿論、マシュは除いて10人だ!」

「私達だって何もしていなかったわけじゃないのよ。ただ私や虞美人がサーヴァントを連れてレイシフトする場合もこの枠になるけども」

 

 オルガマリーの言葉に麻菜はなるほどと頷いた。

 要するに、麻菜がマスターとしてレイシフトするならマシュを除いて最大10人までサーヴァントを連れていける。

 しかし、麻菜に加えてオルガマリーと虞美人もそれぞれのサーヴァントを連れて行くと彼女達が4枠使用することになり、麻菜が連れていけるサーヴァントは最大で6人になるということだ。

 

 オルガマリー達がレイシフトしなければ最大でサーヴァント10人という数字に麻菜は笑みを浮かべる。

 だが、彼女は最初から10人全員を連れて行くのは問題があると考えた。

 

「いきなり10人というのは良くないわね。こちらの投入できる最大の戦力が判明してしまうと、相手に主導権を握られる可能性がある。だから、突入の5分前といった程度に、対応できる暇を与えない短時間で兵力を集結させ……」

 

 話し始めたところで、麻菜は向けられる視線に気がついた。

 なんでそんなことを知っているの、と言いたげな視線だ。

 

「……む、昔取った杵柄なので……」

「麻菜、あなたは何をしていたの?」

 

 ジト目となったオルガマリーの問いかけ。

 

「異世界から転生してきた私、実は人間でもあったの。表の顔というやつ」

 

 麻菜はそこで一度言葉を切り、一拍の間をおいて告げる。

 

「人間としての私は世界的な複合企業の裏側で総責任者だったのよ。防諜からテロ、暗殺、他にも紛争を起こしたりとかやってた」

「えっと、小説とか映画の設定かしら? あの世界観で企業……?」

「信じるかどうかは、あなた次第……と言いたいところだけど、残念ながら本当。まあ、人間だけがいる世界もあったと考えて頂戴」

 

 麻菜の言葉にオルガマリーは深く溜息を吐き、告げる。

 

「なんというか……あなたって波乱万丈ね」

「それほどでもない。まあ、そんな仕事を……あと、そこのボスになるまでに色んなこともやってきたので、大抵の倫理的な問いかけとか道徳的な問いかけは私に通用しないと思って頂戴」

 

 ならば、とダ・ヴィンチは問いかけた。

 

「例えば人体実験……それも命の危険があり、なおかつ被験者の意思を無視したものは?」

「費用が嵩んで大変そうって思う。予算確保の為にあちこちに根回しとか……あと被験者の確保も大変よね」

 

 オルガマリーは何とも言えない表情となる。

 そういやマシュが静かだと麻菜がそちらへと視線を向けると、何やら悲しそうな顔だ。

 一方でダ・ヴィンチは予想ができていたのか、納得したような顔だった。

 

 オルガマリーとマシュの反応から麻菜は容易に結論を出した。

 

「……えっと、マシュ。あなたって被験者で成功例というパターン?」

 

 マシュは小さく頷いた。

 麻菜は彼女に対する情報を頭の中で改めて整理する。

 

 降霊術とやらでサーヴァントをその身に降ろした、というのがおそらく合っているが違っているのだろう。

 ならば、後天的にサーヴァントもしくはそれと同等になる為に生み出された存在ではないか、と。

 

「サーヴァントと同等の能力を得る為に生み出された強化人間?」

「デミ・サーヴァントという計画よ。あなたの予想で7割くらいは合っているわ」

 

 オルガマリーの言葉に麻菜はなるほど、と頷いた。

 

「で、それで?」

 

 麻菜の問いかけにオルガマリー達――無論、マシュも含めて呆気に取られた。

 その反応に麻菜は困った。

 

「悲惨な過去で色々大変だったね、とでも言えばいいの?」

「そういう反応をされるのは予想外だけど……ほら、カルデアという組織について色々と思うところが出てきたりとか……」

 

 オルガマリーは少し怯えたような顔で告げた。

 麻菜は深く溜息を吐きながら、告げる。

 

「私の観点でいえば唯一の成功例がマシュだけなんて、費用対効果が悪すぎて元が取れていないんだから、最初からやらなきゃ良かったのに、としか思えないわ」

 

 そして、彼女はマシュをその黄金の瞳で見つめる。

 

「マシュの出生がデザインベビーだろうが、神話生物だろうが、そんなものは関係ないわ。重要であるのはマシュがどうしたいかっていう意志よ。それ以外に必要なものなど存在しない」

 

 きっぱりと言い放つ麻菜。

 ある意味清々しいまでの発言だ。

 マシュはその言葉をゆっくりと頭に浸透させる。

 

 その間にオルガマリーは問いかける。

 

「ええっと、麻菜。他の犠牲者とか……悪魔の所業だとは思ったりとか……そういうのは?」

「悪魔の所業っていうのなら、確かにそうでしょうね。でもね、人類の歴史なんてそんなものよ」

 

 そこで麻菜は言葉を切り、オルガマリーを真っ直ぐに見据える。

 

「悲劇はどこにでも転がっている。悲劇の軽重があるだけよ。犠牲者なんて星の数ほどいるわ。個別の悲劇を知れば全員を救いたくもなるでしょうが、現実問題として救済なんてできやしないわ。それに私の知っているのと比べると……悪魔は悪魔でもまだ優しい悪魔の所業だとは思うわ」

 

 麻菜がそう答えたところでようやくダ・ヴィンチが口を開く。

 

「その理由は?」

「マシュは人格を剥奪されていないから。マシュ・キリエライトと認識していられるから。私の知る人体実験で被験者の人格剥奪は最初に行われることだからね。邪魔だから、研究者側にとって都合の良い意識を適当に植え付けるの」

 

 ダ・ヴィンチは軽く頷き、更に問いかける。

 

「もっと重い悲劇がある、と言っている麻菜だけど、君がもし当時のマシュの状況を知ったならどうする?」

「地図を書き換える必要が出てくるわ。ここらの山一帯が抉れていたことでしょうから」

 

 さらりと麻菜はそう告げた。

 にやりと笑みをダ・ヴィンチは浮かべる。

 

「ということさ。麻菜は別にもっと重い悲劇があるから我慢しろとか、そういうことではないよ。麻菜、犠牲者については? 愚者の夢想によって悲劇が生まれた。君は犠牲者について、どう考える?」

「とても痛ましいと思うわ。責任は全部愚者にある。ちゃんと成功の確率とかそういうのを考えてやらないと、無駄に費用や犠牲者を垂れ流すだけよ」

「人体実験自体には?」

「しっかりとした計画とそれを完遂できるだけの予算・人員・設備・場所及び被験者に対する事前説明と同意……色んな条件をクリアできればやってもいいんじゃないの? マシュみたいに生み出された場合は被験者本人の意思決定能力が介在していないから、ある程度成長した段階で説明をして同意を得るべきであったと思う」

 

 ダ・ヴィンチはうんうんと頷き、オルガマリー、そしてマシュを見る。

 

「見事なまでに人体実験を命じる側の回答だけど、人の心は失っていないと思うよ……たぶん」

「私に一般的な倫理とか道徳とか通用しないと言ったじゃないのよ」

 

 そう答えて頬を膨らませる麻菜にオルガマリーがおずおずと告げる。

 

「えっと、麻菜……その愚者っていうのは私の父なのだけど……」

 

 麻菜はあからさまにやべぇ、という顔になった。

 

 その表情にダ・ヴィンチは吹き出した。

 

「えっと、マリー? 素敵なお父様よ。大丈夫、誰にでも失敗はあるから。ほら、他の功績が消えるわけじゃないからね?」

「いえ、いいのよ。事実だもの……その、あなたはそれでも私を拒んだりしない?」

「拒む要素が見当たらないのだけど。別にマリーが何かをやったわけじゃないし。親族だからと無関係な輩を吊るし上げるような無意味なことはしないわ」

 

 麻菜の言葉にオルガマリーははにかんだ笑みを浮かべる。

 

「先輩」

 

 麻菜は呼ばれて振り返った。

 マシュが何やら決意を秘めた顔をしていた。

 

「意志が重要なのですね?」

「ええ、そうよ。マシュ。あなたはあなたが思うままでいいのよ」

「では遠慮なく……私、余命があと少しみたいに感じるので、何とかしてください」

 

 ダ・ヴィンチとオルガマリーは驚きの顔でマシュを見た。

 

「自分の体のこと、何となく分かりますから。あんまり長くはないんじゃないかって」

 

 2人に対し、マシュは微笑んで告げた。

 彼女の言葉に麻菜は軽く頷いて、流れ星の指輪(シューティングスター)を取り出した。

 

「マシュ、その願いを叶えてあげるから、ずーっと私の傍にいなさい」

「当然です」

 

 マシュは胸を張った。

 

「先輩のブレーキ役は誰にも譲れません。盾で殴ってでも、暴走したら止めますので」

「痛そう」

「当たり前です。痛くするつもりなので、角でいきますよ?」

 

 ひぇええ、と麻菜は情けない声を出しながら、超位魔法を発動する。

 

「マシュ・キリエライトの全ての疾患その他諸々のあらゆる不具合を完全に、かつ完璧に一切の後遺症なく治癒しなさい。ウィッシュ・アポン・ア・スター」

 

 そして、願いは叶えられる。

 

「……先輩、ありがとうございます」

 

 マシュは軽く体を動かして、そう告げた。

 対する麻菜は構わない、と手をひらひらとさせる。

 

「で、何だっけ? ロンドンだっけ? ちょっとロンドン橋を落としてくるから」

「違うわよ! 特異点の修復よ!」

 

 オルガマリーのいつもの感じのツッコミに麻菜はけらけらと笑った。

 

 

 

 



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参加するサーヴァントを決定してください。

 

 

「ロンドンに行きたいかー!?」

 

 麻菜が盛大に声を掛けた。

 それに追従するのはマシュとノリがいい一部のサーヴァント達。

 

「というわけで、第一回チキチキロンドン大炎上、特異点もついでに修復するよ、に参加するサーヴァントを10名決定したいと思う! 司会は私、ダ・ヴィンチちゃんが務めるよ! ではまず手元のしおりを見てくれ!」

 

 盛り上がる会場にオルガマリーは白い目だった。

 

「何なのこれ」

「僕もよく分からないけど、まあ、いいんじゃないかな……」

 

 ロマニの答えにオルガマリーは溜息を吐く。

 虞美人と項羽はこのふざけた集会には不参加である。

 彼女が良からぬものを感じ取ったらしく、絶対に行ってはダメですと項羽を説得したのだ。

 

 なおロマニは先程の会議室での件をオルガマリーから直接聞き、マシュの寿命が大幅に伸びたことに喜んでいた。

 そうしていると、サーヴァントを決定するので来て欲しいと麻菜からの伝言(メッセージ)が来て、2人揃ってやってきたのだ。

 

「とりあえず、しおりを見てみよう」

「ええ、そうね……」

 

 2人が手元のしおりに目を落とすと、そこには色々と書き込まれていたが、一際目を引いたのは大文字で書かれていた箇所だ。

 

 攻撃目標

 大英博物館、ロンドン橋、時計塔など

 

 作戦名:第二次ゼーレーヴェ

 

「ちょっと待って! 何よこれ!? いつからウチはナチになったのよ!?」 

「あ、これ知っている……あの漫画だ……」

「ロマニ!?」

 

 2人のやり取りは会場の喧騒にかき消される。

 

「ここで審査員の我らがマスター、麻菜から一言!」

「諸君! 私は戦争が好きだ! 私に付き従うサーヴァント諸君! 10名という狭き枠だが、許して欲しい!」

「はい、どうもありがとう! で、先発隊と本隊に分かれるよ。先発隊は3人から4人ってところだ! マシュは無条件に同行するけど、彼女は10人の枠とは別枠なので大丈夫だ!」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に大いに沸くサーヴァント達。

 とはいえ、オルガマリーもロマニもそれらが一部のノリの良い連中だけであることがよく見えた。

 

 カーミラやメディアなどそれなりの数のサーヴァント達がテンションについていけていなかった。

 しかし、そんな彼らの手元にもしおりがあり、ちゃんとしおりの中身を読んでいるらしいことが見受けられた。

 

「といっても、自己アピールなんてやりだしたら時間がいくらあっても足りないから、麻菜がこの場で独断と偏見と直感で決めるよ!」

「この会場に私達がいる意味あるのかしら……」

「まぁまぁ……ほら、パーティー編成とか改めて提出しなくてもいいし……」

 

 呆れるオルガマリーに前向きなロマニ。

 そうこうしているうちに、麻菜による発表が始まった。

 

「1番目は……玉藻!」

 

 よっしゃー、と拳を天高く突き上げる玉藻。

 本人としても絶対呼ばれるという確信はあったが、それでも嬉しいものであった。

 

「当然ね」

「当然だねぇ」

 

 オルガマリーもロマニも同じ感想だった。

 玉藻は全力でなくても、権能により何でもできるのだ。

 純粋に知識も豊富であり、何が起こるか分からない特異点ではこれ以上頼りになるサーヴァントもいないだろう。

 

「2から5番目。セイバーのアルトリア・オルタ、セイバーのアルトリア、ランサーのアルトリア・オルタ、ランサーのアルトリア」

「おっと、いきなりのアルトリア達! 麻菜、どういう理由で?」

「イギリスといえばアーサー王なので」

「なるほど! 確かに!」

 

 麻菜の理由にずっこけそうになるオルガマリーとロマニ。

 

「6番目と7番目、ジャンヌ・ダルク! ジャンヌ・オルタ!」

「やりましたよ! オルタ!」

「ちょっ! 抱きつくな!」

 

 抱きついて喜ぶ白いジャンヌと抱きつかれたのを引き剥がそうとする黒いジャンヌ。

 ダ・ヴィンチが同じように理由を尋ねる。

 

「ちなみに理由は?」

「2人共、フランス人なので。イギリス出身サーヴァントに何かないかなって。過去の因縁的に」

 

 ないでしょう、とオルガマリーは否定する。

 ロマニは苦笑しながら、そんな彼女を宥める。

 

「8番目……メディア!」

「何でかしら、すごく嫌な予感がする……」

 

 メディアは名前を呼ばれた瞬間に直感した。

 どこかで見たようなパターンだ。

 

 しかし、彼女の呟きは聞こえず、麻菜は理由として魔術の腕と知識を挙げていた。

 だが、歴戦の魔女はそれは嘘ではないが本当でもない、と即座に見抜いた。

 

「……この間、セイバーのコスプレをさせたのを根に持っている……? いえ、コスプレはこれまでも彼女はノリノリだったし、その後の体液とかの採取も同意の下だし……」

 

 ブツブツと呟くメディア。

 何だかんだと彼女が麻菜のような美しい少女を愛でないわけがなく、様々なコスプレだったりとか洋服をプレゼントとしていたり、単純に魔術的な実益と趣味も兼ねた体液などの採取を行っている。

 

 麻菜の体液は魔術師からすれば素材として垂涎モノであり、たとえ1滴であれど、とんでもない魔力を秘めているのだ。

 勿論、体液だけではなく髪の毛やら爪やらも。

 

「くそっ! 何でメディアなんだ! 私だって! そりゃ体型は……でも、テクニックなら……!」

 

 メディアの横ではキルケーが地団駄を踏んでいた。

 まだあと2枠あるが、自分より先にメディアが呼ばれたことが何となく気に食わなかったのだ。

 

「9番目、哪吒」

 

 哪吒は呼ばれたことにはにかんだ笑みを浮かべた。

 その表情を見てしまった黒髭が胸キュンしてしまい、気持ち悪い笑みを浮かべたが、即座に隣にいたマルタに制裁されて床に沈んだ。

 

 残るは1枠。

 

 これまで呼ばれたサーヴァントを総合すれば全体的にバランスが良いパーティーに仕上がっている。

 故に最後は誰にも可能性があった。

 

 単純な戦闘力をより分厚くするか、あるいは後方支援や補助を分厚くするか、もしくは偵察の為にアサシンクラスが呼ばれる可能性もある。

 

「最後は……スカサハ=スカディ!」

「ふふん! 当然だ! やはり汎人類史のスカサハなどとは格が違った!」

 

 ドヤ顔のスカディはスカサハに対し、挑戦的な言葉を投げかける。

 しかし、スカサハは動じない。

 

「私はこれまで何度も特異点に麻菜と共に赴いたからな。たまには行き遅れに譲ってやってもいいだろう」

「あ? ババア、凍らせるぞ?」

「黙れ、婚期逃し。燃やすぞ?」

 

 睨み合うスカディとスカサハ。

 一触即発と言っても過言ではないが、そんな状態を麻菜が放っておくわけがない。

 

「スカディ、私があなたを貰うから安心して。スカサハ、あなたは永久に私の先生だから安心して」

 

 突拍子もない発言だった。

 とはいえ、それが喧嘩はするな、という仲裁発言であることくらいは受け取れる。

 もうちょっとマシな言葉がありそうなものだが、麻菜なので仕方がない。

 

 ふん、と互いに顔を背けるスカディとスカサハに麻菜は笑ってしまう。

 

「あ、ダ・ヴィンチちゃん。10人で満足するようなあなたではないわよね?」

「当然さ。今もなお、超特急で作業を進めている。11人目、12人目が投入できる日も近いよ」

「それは良かったわ」

 

 麻菜は満足げに頷きながら、告げる。

 

「それじゃあ、ロンドンの特異点の解決している間に11人目を投入できるようにして頂戴」

「任せてくれ」

 

 ダ・ヴィンチは力強く頷いたのだった。

 

 

 



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モードレッドに塩対応

 

 いよいよ麻菜達はロンドンへとレイシフトした。

 先発隊として麻菜はマシュ、玉藻とメディア、そしてやる気満々なセイバー・オルタを連れていくことにした。

 

 

「いきなり霧……しかもこれ、毒霧ね」

 

 メディアはそう告げるも、毒霧程度でどうこうできる輩はここには存在しない。

 

「魔力が篭っているから、魔霧と言ったところかしら」

「魔霧……マキリとかいうのが今回の敵だったりして」

「ご主人様、そのギャグはイケてないですね」

「さすがにそんな安直なことはないわよね……お二人さん、周囲の索敵を」

 

 麻菜の指示にメディアと玉藻は即座に各々が魔術や権能を駆使し、索敵を行う。

 

「おい、麻菜。敵はどこだ? とりあえず宝具を撃てばいいか?」

「アルトリアが待ちきれない感じで、可愛いことになっている」

「可愛いとは失礼だぞ。先制で宝具をぶち込むのは当然だろう」

 

 麻菜との模擬戦でアルトリア・オルタは――というか、多くの武闘派サーヴァント達はあることに辿り着いていた。

 麻菜のような規格外の輩は一度、交戦に入ってしまえば宝具を撃つ数秒の溜めすら作れない。

 ならば索敵と同時にとにもかくにも宝具を一撃ぶち込んで、先制攻撃を加えるべきだ、と。

 

 特異点ならば、そのような規格外の敵が出てきてもおかしくはない。

 

「先輩、どんな敵が出てくると予想されますか?」

「ジャック・ザ・リッパーとかいそう」

「確かにいそうですね……」

 

 マシュと麻菜がそんな会話をしていると、メディアと玉藻が報告する。

 

「ここから5つ程先のブロックにサーヴァント反応があるわ」

「こちらも同じく探知しました。ただ、何かを探しているような感じですね。ウロチョロしています」

 

 麻菜は鷹揚に頷き、アルトリア・オルタへと告げる。

 

「アルトリア、やっちゃえ」

「任せろ!」

 

 アルトリア・オルタは即座に応じ、黒い聖剣を解放する。

 

 ロンドンの市内に彼女の声が響き渡る。

 同時に放たれる黒い奔流。

 

 道路いっぱいに広がったその一撃は鉄砲水のように道路上の全てを蒸発させていき――

 

 

「サーヴァントが回避したわ。こっちに急速接近中」

「魔力反応を高めていますので、出会い頭に宝具の可能性がありますね」

 

 2人の報告に麻菜はすかさずマシュに告げる。

 

「マシュ、宝具展開用意。アルトリア、迎撃用意」

 

 マシュは盾を構え、アルトリア・オルタはマシュよりも前へと出て、剣を構える。

 

「カルデア、セイバーのアルトリアを要請。サーヴァントと交戦中」

 

 麻菜は通信を入れ、念の為に増援を要請。

 今日の担当はオルガマリーで、すぐにその要請は受け入れられる。

 

「真っ直ぐに来るわ」

「怒っているような雰囲気を感じます。私の狐耳に宝具を撃ったのはどこの馬鹿だ、と聞こえた気が……」

 

 2人の報告の合間にアルトリアがレイシフトしてきた。

 彼女はすかさず麻菜に尋ねる。

 

「状況は?」

「敵はオルタの宝具を回避、あと数秒で接敵。隙を見つけたら、やっちゃって」

「了解しました」

 

 アルトリアはオルタと色違いの鎧を纏い、不可視の聖剣を構える。

 それからあっという間に敵のサーヴァントが現れた。

 アルトリアとオルタは共に敵を認識するなり、左右から突っ込んだ。

 

 剣と剣がぶつかり合う、鈍い金属音が響き渡る。

 敵は鎧を全身に纏っているのが麻菜には見えた。

 

「ち、父上!? 2人!?」

 

 父上という単語が敵の口から出てきた。

 

「貴様、モードレッドか!」

「あなたはどこまでも私の邪魔をするのか!」

 

 アルトリア達が敵の正体に一瞬で気づき、そしてブチ切れた。

 

「叛逆の騎士、モードレッドって私だって知っているわよ。これは敵に違いない。きっとそうね、絶対そうだわ」

 

 麻菜の言葉にモードレッドは慌てて距離を取って、剣を収めた。

 そして叫ぶ。

 

「ま、待て! 待ってくれ! オレは違う! 敵じゃない!」

「麻菜、騙されてはいけません」

「そうだ、麻菜。ここでこいつは始末したほうがいい」

「ち、父上ー! 本当なんだって! 信じてくれ!」

 

 何だかちょっと涙声になっているような気がしたので、麻菜はアルトリア達に少し距離を取るように告げ、自分は前に出た。

 

「あー、あー、カルデア? 予定にはないけど清姫を呼んで頂戴」

 

 通信は繋げっぱなしだったので、オルガマリーは即座に清姫を呼び――清姫は呼ばれて1分と経たずにレイシフトしてきた。

 

「麻菜様、私を呼んでくださるなんて……」

 

 嬉しそうな清姫の頭を撫でて、麻菜は告げる。

 

「ねぇ、清姫。あそこのサーヴァントが嘘をついているかどうか、判断してくれないかしら?」

「勿論です! 嘘をついていたら、焼き殺して構いませんね?」

 

 清姫の問いに麻菜は保護者達へ問う。

 

「火炙りでいい?」

「構わん」

「構いません」

「そ、そんなー……」

 

 情けない声のモードレッドに麻菜は敵ではないかもしれない、と思い始める。

 いくら何でもアルトリア達の塩対応はちょっと可哀想だった。

 

「というわけで、モードレッド。あなたは私達の敵か? 味方か?」

「オレは味方だ。ここで起きている異変を解決する為に召喚された」

 

 視線が清姫へと集中する。

 すると彼女はにこりと微笑み告げる。

 

「嘘をついておりません」

「だろう!?」

「じゃあ、知っている情報を洗いざらい吐いて頂戴」

 

 麻菜の問いにモードレッドは腕を組んだ。

 

「と言ってもな……オレも召喚されてまだ少しの時間しか経ってねぇし。街中にいる機械人形やら何やらを倒しながら、走り回っていたくらいだ」

「嘘ではないですね」

 

 清姫の肯定、オルタがぼそりと呟く。

 

「役立たずが……」

「ち、父上!?」

「ふん、役立たず以外に何と形容すればいい?」

 

 モードレッドは泣きたくなった。

 あんまりの対応だ。

 

 しかし、そこで麻菜が助け舟を出した。

 

「まぁまぁ、モードレッドも嘘をついているわけじゃないし、彼ってほら、たぶんだけど頑張り屋な性格だと思うから」

「うぅ……」

 

 モードレッドは兜を脱いで、目をゴシゴシと擦る。

 麻菜はそこで気がついた。

 モードレッドの顔がアルトリアそっくりであることに。

 もしやと思い、彼女は問いかける。

 

「……男じゃないの?」

「あ、オレ、一応、性別的には女なんで。ただし、女扱いしたらぶっころ……」

「ぶっころ、なんですか?」

 

 即座に不可視の聖剣が左右からモードレッドの首に掛けられた。

 ひぇ、と彼女は小さく悲鳴を漏らした。

 

「おい、モードレッド。麻菜はお前よりも強いからな。口には気をつけることだ」

「ええ、そうですよ、モードレッド。私もオルタも、他の私も、単独では麻菜に勝てません」

「そ、そうなのか……? そんな風には見えない……」

 

 モードレッドからすれば麻菜は美しいだけの女にしか見えない。

 とても荒事ができるとは思えなかった。

 

「それは置いといて……モードレッド、とりあえず私達と来る? あ、私、玲条麻菜っていうんだけど、私を仮契約のマスターとして……どう?」

「オレが言うのもなんだけどよ、この状況でオレが拒否できると思うか?」

 

 モードレッドの首には左右からの不可視の聖剣が変わらずにある。

 拒否した瞬間に首が飛ぶことは想像に難くはない。

 しかし、麻菜は疑り深い素振りを見せ、告げる。

 

「叛逆の騎士だから、きっとそんな絶体絶命の状況でも叛逆するに違いない、きっとそうだ」

「しねーよ! オレだって無理なもんは無理だ!」

「嘘ではないですよ、麻菜様」

 

 すかさず嘘かどうかを教えてくれる清姫に麻菜は持っていた飴を一つ上げた。

 清姫は喜んで飴を頬張る。

 

「はいはい、保護者の2人、そろそろ剣を収めて頂戴」

 

 麻菜の言葉に2人のアルトリアは剣を収めた。

 保護者という呼び方には2人共、異論を唱えたかったが、ぐっと我慢した。

 モードレッドは一安心だ。

 

「で、何となくだけど、モードレッドはアルトリア達に構ってもらいたくて反抗している思春期真っ盛りって感じなんだけど、合ってる?」

「オレがそんなわけないだろ!」

 

 否定はするものの、その反応で麻菜にとっては十分だった。

 

「嘘……つきましたね?」

 

 清姫の目が怪しく光った。

 

「嘘つきは……焼き殺します」

 

 清姫の体が変化していく。

 白い大蛇へと。

 

「おいおいおいおい、何だよこれ! 聞いてねぇぞ!」

「問答無用、嘘つきは焼き殺します!」

 

 モードレッドは超展開についていけない。

 清姫は息を大きく吸い込み、そして、炎を吐き出した。

 モードレッドと彼女の距離は数m程度。

 一瞬で到達するかと思いきや――その炎は直前で掻き消された。

 

「清姫ったら、せっかちなんだから」

 

 麻菜がモードレッドと清姫の間に入って、立っていた。

 モードレッドは口をあんぐりと開けて、目の前に起こったことにただ呆然としていた。

 

「麻菜様……その嘘つき、殺させてください」

「待って、清姫。とりあえず私に巻き付きなさい。で、ここは私に免じて、勘弁してあげてくれないかしら?」

 

 清姫は迅速に麻菜の体に巻き付いて、ぎしぎしと締め上げる。

 普通の人間ならそれだけで骨が砕けるだろう力であったが、この程度では麻菜には通用しない。

 

「何か、対価をくれませんと……嘘つきを見逃すのですから」

「じゃあこれで」

 

 麻菜は躊躇いなく、蛇となった清姫の口に口づけた。

 一瞬で清姫は蛇から人型へと戻った。

 

「……麻菜様」

 

 顔を赤く染め、うっとりとした顔の清姫。

 それに麻菜は満足しつつ、告げる。

 

「古来から怒れる大蛇を鎮めるには美少女の口づけと相場は決まっている。古事記にも書かれている」

「先輩、先輩、書かれていないですから。あとモードレッドさんが顔を真っ赤にして固まっています」

「モードレッドって免疫ないのね……とにもかくにも、この霧をどうにかすれば良さそうね」

 

 麻菜の言葉に玉藻が提案する。

 

「ご主人様、とりあえずどっかに移動しましょう。道のど真ん中でこんなことをやっているのは色々とマズイと思いますので」

 

 それもそうだということでモードレッドと麻菜は仮契約を結び、移動することとなった。

 その際、清姫をカルデアに戻しておく。

 彼女は名残惜しんだが、麻菜が再度、口づけすることで大人しく戻っていった。

 

 そして、いざ移動となったときに麻菜が口を開く。

 

「あ、ちょっといい? 行きたいところがいくつかあって……」

 

 麻菜はそう言って地図を取り出し、ある場所を指し示した。

 

 

 

 



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第1回チキチキロンドン大炎上、特異点もついでに修復するよイベント

本日5話投稿しました。


「なぁ……お前って……」

 

 モードレッドは白い目で麻菜を見つめた。

 麻菜はそんな視線に晒されても、全く動じない。

 

「いいでしょ? 特異点でのことはなかったことになるらしいし、霧のせいでロンドンの住民っているんだかいないんだか分からないし、博物館には誰もいないし……念の為、代金も置いたし」

「だからと言って、大英博物館の中身を丸ごと持っていくってどういうことだよ!?」

 

 麻菜の行きたいところとは大英博物館であった。

 彼女は膨大な展示物をどんどん無限倉庫に入れて、代金代わりに金塊を大量に置いたのだ。

 幸いにも範囲指定をして、そこにあるものを全て収納するという便利な機能が無限倉庫にはあった。

 故に短時間で全て回収することができたのだ。

 

「ちゃんと置き手紙までしてきたでしょう?」

「何て書いたんだ?」

「大英博物館のお宝は私が頂くぜ。ルパソ三世」

「色んな意味でダメじゃねーか!」

 

 モードレッドの見事なツッコミに麻菜はアルトリアの教育が行き届いていることに感心しつつ、次の犯行場所を考える。

 

「次はイングランド銀行と……」

「泥棒する気満々じゃねーか!」

「失礼ね、ちょっと私の金塊を置いてくるだけよ。対価に色々貰うけど」

 

 押し付けがましい泥棒だった。

 

「麻菜、当初の目的を忘れてはなりません」

 

 アルトリアの言葉にモードレッドの表情が明るくなった。

 さすがは父上、と彼女は内心で喝采を叫ぶ。

 

「ロンドン橋破壊はまだですか? しおりにあったのですが」

「あ、じゃ、この後に行きましょう」

「ダメだった! 父上も観光気分だった!」

「む、モードレッド。観光ではありません。チキチキロンドン大炎上、特異点もついでに修復するよ、というイベントです」

「そうだぞ。久しぶりのロンディニウムだ。楽しまねば損だろう?」

 

 2人のアルトリアに言われたモードレッドはダメだこれ、と匙を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロンドン橋落ちるー落ちるー落ちるー! おらっ! 沈めっ!」

 

 麻菜は思いっきりロンドン橋を橋の上から殴りつけた。

 橋は木っ端微塵に砕け散った。

 瓦礫が川へと落下していく。

 

「落ちるじゃねぇだろ、落としたんだろ」

 

 モードレッドのツッコミ。

 

「無駄ですよ、先輩はノリにノッていますから」

 

 マシュは首を左右に振った。

 すぐさまロンドン橋はメディアと玉藻によって修復される。

 

「つうかよ、麻菜って破天荒過ぎるだろ。なんだよアレ、嵐か何かか?」

 

 モードレッドは問いかけつつも、ロンドン橋から目を逸らさない。

 今度はアルトリアが聖剣でぶった切っていた。

 ロンドン橋は再度修復される。

 

 ロンドン橋もまさか拳一つで木っ端微塵にされたり、星の鍛えた聖剣でぶった切れられるとは思ってもみないことだろう。

 

「先輩なので。モードレッドさんも、カルデアに来れば色々と楽しいですよ。アルトリアさん達もいますし」

「行ってもいいんだけど、何故かオレの直感がろくでもないことになるって……」

 

 今度はアルトリア・オルタがロンドン橋をぶった切った。

 

「というか、これってお前らの気が済むまでロンドン橋を落とすのか?」

「しおりに記載された予定ですので……」

「お前ら、色々と舐めているだろ? オレが言うのもなんだけどよ」

「正直、先輩が1人いれば世界を救うとか余裕らしいので……世界一頼もしいんですよ。世界一ワガママですけど」

 

 そのときだった。

 

「4番! 玉藻! 真・九尾ライダーキックいきます!」

 

 玉藻の声。

 彼女は空中に飛び上がると姿勢制御をし、そのまま片足を突き出して、高速でロンドン橋のど真ん中に突っ込んだ。

 

 ロンドン橋は木っ端微塵に砕け散り、また玉藻が川に突っ込んだことから、盛大な水柱を立ち上らせた。

 

「……フリーダムなのは麻菜だけじゃねぇな」

「玉藻さんなので……あの方も、とても強いんですよ。サーヴァントが100体くらいでは相手にもならないそうで」

「インフレし過ぎじゃね?」

「世界を救う為なので、大丈夫です。たぶん」

 

 モードレッドの言葉にマシュはそう返すしかなかった。

 

 

 

 

 その後、せっかくなので、と麻菜はロンドン橋を落としたいサーヴァントをカルデアから呼び寄せては各々の趣向を凝らしたロンドン橋の落とし方を披露してもらった。

 オルガマリーが渋い顔をしていたが、ダ・ヴィンチが滅多にできることじゃないし、影響ないから、と説得したことで渋々に許可を出すことになった。

 勿論、ダ・ヴィンチ自身もやってきてロンドン橋を落として帰っていった。

 

 特異点の解決はどこにいった、というモードレッドの冷静なツッコミにより、ロンドン橋を存分に落としまくった麻菜率いるカルデア一行は、ようやくに本腰を入れた。

 勿論ロンドン橋はちゃんと元に戻しておいたので問題はない。

 

「とりあえずサーヴァントを見つけて、片っ端からぶっ飛ばしていけばいつか大元に辿り着くのでは?」

「ご主人様って脳筋?」

「ギリシャの戦士みたいな思考ね」

「先輩……それはちょっと」

 

 3人からの否定的な視線と言葉に麻菜は頬を膨らませる。

 

「いや、オレは良いと思う」

「モードレッドと意見が同じであるのが少し気になりますが、私も同意見です」

「闇雲に探すより、そっちの方が早いだろう?」

 

 モードレッドとアルトリア達からは肯定的な意見。

 それにより、麻菜の取るべき選択肢は決まった。

 

「よし、決めた。間を取ってロンドンを更地にしよう。そうすれば一番手っ取り早い」

「馬鹿なこと言っているところ悪いけど、麻菜、サーヴァントよ。1ブロック先に佇んでいるわ」

「小柄ですね……子供のような感じです。しかし、確かにサーヴァントです」

 

 なるほど、と麻菜は頷き、さてどうしたものかと考える。

 

「事情を聞いた方がいいかしら?」

「聞けるなら聞いたほうがいいと思います」

 

 マシュの言葉に麻菜は他の面々を見回す。

 異論がある者はいなさそうだ。

 

 麻菜はずんずんと先頭に立って歩いていく。

 

「……なあ、もしかしなくても麻菜が聞くのか? サーヴァントに任せないのか?」

「え? 私を一撃で殺せる敵なら会ってみたいんだけど……」

「なんなんだよ、お前……」

 

 モードレッドは呆れるしかなかった。

 とはいえ、警戒しないという意味ではない。

 メディアと玉藻はガッチリと周囲に探知の網を張り巡らせ、また同時に敵味方不明のサーヴァントが不審な動きをした瞬間に先制攻撃をするつもりであった。

 

 アルトリア達とモードレッドは左右を固め、マシュは麻菜の傍らに。

 

 そんな陣形で歩いていき、辿り着いた先にいたサーヴァントは――銀髪の幼女だった。

 

「おかあさん……?」

 

 ナイフ片手にそんなことを呟く幼女。

 そして、一瞬で幼女は麻菜へとナイフを振りかざし、躍りかかってきた。

 

「……え?」

 

 幼女は目を丸くした。

 

 彼女は宝具を発動していた。

 それは対象が女性であり、霧が出ており、夜であるという3つの条件が揃えば対象を問答無用で解体された死体とするものだ。

 

 しかし、麻菜にはただナイフを突き立てただけに終わった。

 しかも、そのナイフは彼女の衣類を貫くことはできたものの、その皮膚を貫通することは全くできなかった。

 

「えっと……」

 

 幼女はとりあえず、ナイフを抜いて、もう一回突き立てた。

 ぐい、とまるで壁にでも突き立てるような感触だ。

 

 恐る恐る、幼女は顔を上へと上げた。

 そこには彼女を見つめる黄金の瞳。

 

「……おかあさん?」

「もう、子供が危ないことしちゃダメでしょう」

 

 めっ、と麻菜は叱り、幼女の頭を軽く小突いた。

 

「あう……」

「あなた、名前は?」

「ジャックだよ。ジャック・ザ・リッパーなの」

「そうなの。私は麻菜よ。玲条麻菜。ジャック・ザ・リッパーって名乗って真似するのはいいけど、危ないから」

「ご、ごめんなさい……でも、本物だよ!」

 

 幼女――ジャックは素直に頭を下げた。

 そんな彼女に麻菜は軽く溜息を吐きつつ、抱いて頭を撫でる。

 

 ジャックは抵抗することなく、大人しく頭を撫でられ、心地良いのか、穏やかな顔となっていく。

 

「先輩……たぶん真似じゃなくて、本物だと思うんですけど……」

 

 マシュの指摘に麻菜は深く溜息を吐く。

 

「マシュ、ジャック・ザ・リッパーがこんなに可愛い幼女なわけがないじゃないのよ。きっと、こう、もっと変態の大男よ」

「おかあさん、私がジャック・ザ・リッパーだよ」

「むぅ……それならば……」

 

 埒が明かないので、麻菜はカルデアへと通信を入れ、白い方のジャンヌに見てもらうことにした。

 彼女には真名看破のスキルがある。

 待機状態にあった為、ジャンヌはすぐに管制室へとやってきて、麻菜が抱える幼女をモニター越しに見た。

 

『確かに、ジャック・ザ・リッパーですね。ちなみにですけど、子供の怨霊の集合体です』

 

 ジャンヌの言葉に麻菜はまじまじとジャックの顔を見つめた。

 見つめられてジャックは恥ずかしいのか、顔を俯かせる。

 

「ジャック・ザ・リッパーとは、堕胎によって生まれなかった子供達の怨霊が生み出した魔性の者ということになるんですかねぇ……」

 

 玉藻の言葉に麻菜はじーっと彼女を見つめる。

 

「玉藻、メディアもそこらまで実は探知できていたんじゃないの?」

「ええ、まあ……ただ、先に言ってしまうとご主人様、絶対にやらかすでしょう? 怨霊は浄化するに限るとか何とか言って」

「同じく。ある程度接近したときに分かっていたけど、言わなくてもいいかなって」

 

 2人の言葉を麻菜は否定できなかった。

 怨霊だと分かったら、怨霊は浄化だー、と嬉々として魔法をぶっ放す可能性が高かったが故に。

 

「おかあさん、私達のおかあさんになって」

 

 ジャックの声に麻菜が彼女へと視線を向けると、アイスブルーの瞳とぶつかった。

 純粋なその瞳に麻菜の心は揺れに揺れる。

 

「ど、どうしよう?」

 

 思わず、周りに助けを求めた。

 素早く答えたのはジャンヌだった。

 

『私としては洗礼詠唱でもって、浄化したほうがいいのではないかと思いますが……』

「そうするとどうなるの?」

『あるべきところへ還ります』

「ジャックは目の前から消えるということ?」

『そうなりますね』

「却下」

『ですよね。今更ですし、ぶっちゃけ麻菜さんの好きにして構わないのでは?』

 

 そんな聖女の言葉を聞き、麻菜はマシュや玉藻、メディア、アルトリア達へと視線を向ける。

 皆、ジャンヌの提案に異論があるわけではないようで、反論などはない。

 

 故に麻菜は決意する。

 

「ジャック、なってあげるわ。おかあさんに!」

 

 その言葉と同時にジャックはぎゅーっと麻菜に抱きついた。

 

「おかあさん! おかあさん!」

「よしよし……私がおかあさんよ」

 

 寒そうなので、麻菜はジャックに無限倉庫から彼女の体格に合いそうなフード付きの外套を取り出し、掛けてやる。

 すると、ジャックはすぐにその外套に腕を通し、えへへ、とはにかんだ笑みを浮かべた。

 

「怨霊? 天使の間違いでしょう、この子」

 

 麻菜はジャックにデレデレだった。

 早くも親馬鹿になりつつあるのが丸わかりだ。

 

「先輩が一瞬で……子供って凄いですね……」

「ちなみにですけど、さっきのジャックさんの攻撃。アレ、特大の呪いでした。最初に殺人が発生して、死亡と過程が後からついてくるタイプの」

「麻菜はその呪いを無効化したのよ」

 

 玉藻とメディアの言葉にモードレッドが驚愕する。

 しかし、クー・フーリンやスカサハと麻菜の模擬戦を何度も見ているアルトリア達やマシュにとっては既知のことだった。

 麻菜がゲイボルグの因果逆転の呪いをその装備でもって無効化しているのを目撃していた。

 彼女は見た目はただの指輪であるワールドアイテム:ファウンダーを常に装備している。

 ジャックによる特大の呪いを防いだのも、これを身に着けていることで得られる世界の守りとでも呼ぶべき加護によるものだった。

 

 

「おかあさんには私達の攻撃が効かないの?」

 

 ジャックは不思議そうな顔で問いかけた。

 

「ジャックのおかあさんだから、ジャックの攻撃が効くわけないじゃない」

「そっか、そうだよね!」

 

 そんなやり取りを見て、玉藻とメディアはやばいことに気がついた。

 

「ご主人様の教育で、純粋なジャックさんがやばいことになるパターンですよ」

「麻菜の抵抗の高さや持っている装備やアイテム……これがジャックにとって普通になるとマズイわよ……」

 

 子供がおかしな道に進むのは玉藻もメディアも看過できない。

 大人として引き止めねば、と。

 

「教育方針の話し合いは後にしてくれ。で、この後、どうするんだ?」

 

 モードレッドの問いかけに、麻菜は即座にジャックに尋ねる。

 

「ジャック、あなたに指示を出したりしていた人っている? ちょっと大事なお話があるの」

「いるよ。まず時計塔を潰した後、スコットランドヤードっていうところに向かうって。Pとかいう人」

「マリー?」

 

 麻菜は通信を繋げたままのカルデアへと呼びかけると、オルガマリーが答えた。

 

『時計塔って実は大英博物館と地下で繋がっているわ……というか麻菜。ちゃんと最初から見ていたからね? あなたが大英博物館の展示物を全部、倉庫にしまっているところ……あんな短時間でよくもまぁ……』

「そういう機能もついているので」

 

 ジト目で見つめるオルガマリーに麻菜は答えつつも、そっぽを向いた。

 そんな彼女にオルガマリーは溜息を吐く。

 

『それはさておいて時計塔で待ち構えるよりも、スコットランドヤードで待ち構えるというのが最善かしらね』

「敵、どこにいると思う? ロンドン市内に時計塔と大英博物館以外で隠れる場所ってある?」

『ありきたりだけど地下とかかしらね。大規模な儀式を秘密裏にやるのなら、それくらいしかないと思うわ』 

 

 なるほど、と麻菜は頷き、とりあえずスコットランドヤードに向かうと宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オレが言うのもなんだけどよ、酷くないか?」

 

 モードレッドはそう問いかけた。

 P――パラケルススは現在、絶賛玉藻とメディアによる尋問中だった。

 

 スコットランドヤードで麻菜達が待ち伏せているとは露知らず、のこのこ現れた彼は姿を見せた瞬間に玉藻が呪術的に拘束した上でメディアが魔術的に拘束し、更に麻菜がユグドラシルの拘束系魔法を掛けるという悲惨な目にあった。

 しかし、これは序の口だった。

 

 その後の玉藻とメディアの尋問に比べれば。

 

「2人ともサドの気があるからね。仕方ないわ。あ、死んでも私が蘇生するから」

「お前が一番サドじゃねーか!」 

「死はこれ以上苦痛を与えられないという意味でしょ?」

「違うから!」

 

 モードレッドの見事なツッコミを見ているマシュは是が非でも、彼女にはカルデアに来て欲しいという思いがある。

 

 先輩への抑え、足りないんです――

 

 マシュの切実な思いだった。

 

 

 

 

「機械人形を生み出しているのはB――バベッジという奴で、霧はM――マキリとかいう、まさかの安直なものでした。国会議事堂のあたりに機械人形達を生産する装置が、霧の生産装置は地下だそうです」

 

 尋問の結果を玉藻がそう報告してきた。

 

 パラケルススは見た目は何も変化はないが、精神的にはひどく消耗したのだろう。

 ぐったりとしている。

 

「ちなみに何をやったの?」

「知りたいですか? 幻術系なんですけど」

「何となくわかったわ。じゃ、彼は用済みなので、さくっと処理しちゃって」

 

 無慈悲ではあったが、当然ともいえる麻菜の指示はただちに実行され、残る首謀者2人を打ち倒すべく、行動を開始した。

 

 

 

 

 

 国会議事堂前でヘルタースケルターを撃破し、そこで玉藻とメディアにより索敵を実施。

 ほど近い場所にサーヴァント反応があり、麻菜は無慈悲に2人のアルトリアに宝具を撃つよう指示。

 それを回避する術も耐える術もなかったのか、サーヴァント反応は消失した。

 

 そして、いよいよ地下へと麻菜達は潜ることになったのだが、その前に残る全てのサーヴァントをカルデアから呼び寄せた。

 準備万端整えた後、麻菜達は地下へと突入する。

 

 

 

 

 

 

「お前、本当に酷いやつだな!」

 

 モードレッドは渾身のツッコミを入れた。

 

 

 マキリ・ゾォルケンと名乗った最後の首謀者は現れた瞬間に玉藻とメディア、そしてスカディが各々の呪術やら魔術やらで拘束し、そこに間髪入れずアルトリア達の宝具が炸裂した。

 その間にも麻菜は警戒を怠ることなく、手元にはマシュを、伏兵対策に哪吒、ジャンヌ、ジャンヌ・オルタを邀撃としていた。

 巨大な霧生成装置――というよりは蒸気生成装置と共にマキリ・ゾォルケンは一瞬で蒸発し、後には黄金の杯――聖杯だけが残されたのだ。

 余計な邪魔が入らぬよう、さくっと麻菜は聖杯を回収した。

 

「長々と口上を述べようとする方が悪い」

「そうだぞ。麻菜はよく分かっている。女神もにっこりだ」

 

 麻菜と、そしてスカディはドヤ顔だ。

 

「ふふん!」

 

 2人して得意げに胸を張った。

 

 そのときだった。

 スカディ、玉藻、メディア――やや遅れて麻菜もまた感知した。

 

「ご主人様、敵です!」

「結構大きいぞ! 女神もびっくりだ!」

「妨害と遅延を行うわ! 目印もつけてあげる!」

 

 3人はそう言い放ちながら、即座に空間転移の妨害及び遅延のそれぞれの術でもって行い、感知及び3人からの言葉を聞いた麻菜は指示を出す。

 

「令呪全てを以って命じる! アルトリア達は全員宝具を放て! 最大出力で敵を倒せ!」

 

 出てくるのを悠長に待つ麻菜ではない。

 ただちに4人のアルトリアはそれぞれ聖剣を、聖槍を撃ち放った。

 メディアがつけた目印はでっかい赤い丸を敵の出現地点である空間に投影したもので、非常に分かりやすかった。

 

 空間が歪み、まさに出てこようとした瞬間――その人物が見たのは白と黒い奔流だった。

 

「なんだと!?」

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「……何がいたのですか?」

 

 ランサーアルトリアの問いかけに麻菜は腕を組む。

 

「敵だった。たぶん黒幕か、それに近い存在じゃないかな」

「……倒したのでしょうか?」

「たぶん倒せてないと思う。なので、反撃が来る前にさっさと帰還しましょう。目的の物は手に入ったので」

「麻菜、あなたは非常に効率的ですね……」

 

 ランサーアルトリアは呆れと感心が混じった言葉を麻菜に掛ける。

 

「え? これで終わりなの? 私の出番……デュヘイン……できなかった……」

「まぁまぁ、オルタ。私なんてジャックさんの名前を言い当てたくらいですよ……」

「あんたはまだ出番があったと言えるじゃないのよ」

「ボク、出番皆無。不満」

 

 不満そうなジャンヌ・オルタとジャンヌ、そして明確に不満そうな顔で頬を膨らませた哪吒に麻菜は告げる。

 

「帰ったら私にデュヘインしなさいよ。哪吒も。模擬戦やりましょう」

「承知。主との戦い、楽しい」

「いいわ! 私の炎がどれくらい熱いか、また教えてあげるわ!」

「私はあんまり……と言いたいところですが、オルタを放っておけないので」

「あんたは私の保護者なの!?」

 

 そんなやり取りがなされる中、モードレッドが麻菜へと問いかけた。

 

「ところで他にサーヴァントがいたりする可能性とか……そこらは大丈夫なのか?」

「モードレッド、実は前にもあったんだけど、ぶっちゃけ聖杯さえ回収すれば特異点は修復されるので、良いみたいよ」

「そうなのか……お前、手際の良い泥棒みたいだな。目的の物だけ……いや、目的の物以外にも取っていたな、そういや」

「当初からそれは目的のうちだったので。あとモードレッド、カルデアに来てね。あなたはなんか、一緒にいて楽しそうなので」

「色々と引っかかる物言いだが、まあいい、行ってやるよ」

 

 何とも締まらない終わり方だったが、とにもかくにも4つ目の特異点は修復されたのだった。

 

 

 

 



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【悲報】オフェリアさん、常識を破壊される。

 

「普通にジャックがついてきたんだけど……大丈夫なのこれ?」

 

 特異点を修復してカルデアに帰還すると、麻菜の腕の中には変わらずジャックがいた。

 麻菜としても前回のやらかし――聖杯を2つ持ってきてしまうという――がある為に警戒する。

 

「おかあさんと離れたくない……」

 

 そんなことを言って、抱きついているジャック。

 麻菜は頬が緩みそうになるが、耐え忍んだ。

 そんな彼女の疑問をダ・ヴィンチが答える。

 

「ジャックのほうから麻菜に直接契約を結んだ形になっているんだよね」

「いつよ?」

「君がジャックのおかあさんになるって言った時。すごい早業だった。私じゃなきゃ見逃しちゃうね」

「抜け目がない……それでこそ私の子供達」

 

 麻菜はジャックの額に口づけると、ジャックは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「それはさておき所長が呼んでいるよ。出番がなかった面々へのフォロー、やっておきなよ」

「ええ。勿論よ」

「知っているかもしれないけどハーレムへの道は険しいからね。あ、私も加えてくれよ? この前、私を召喚して、君だけのダ・ヴィンチちゃんになっているんだからさ。ついでにパトロンにもなってくれ」

「喜んで」

 

 そんな会話をして麻菜はダ・ヴィンチと別れ、オルガマリーの下へと赴いた。

 すると彼女は麻菜を会議室へと誘う。

 そして、しっかりとドアの鍵を閉めてオルガマリーは軽く息を吐く。

 

「まずは特異点修復、ご苦労さま……色々とやらかしたところはあったけど」

「ありがとう。大英博物館の件なら手間賃として頂いたわ」

「それを成功報酬の代わりにするっていうのはダメ?」

「それとこれとは話が別ね。そちらとはそういう契約ではなく、ニコニコ現金払いですもの」

 

 にこにこと笑顔でそう告げる麻菜にオルガマリーは溜息を吐く。

 とはいえ今回の話はそれではない。

 

「麻菜、件の47人のマスターについてよ」

「何か、状況に変化でも?」

 

 麻菜の問いかけにオルガマリーは首を左右に振る。

 

「違うわ。以前にも言った通り証人が欲しいわけよ。仕方のない状況だった、というね」

「ああ、そういえばそう言っていたわね」

 

 事後処理をスムーズに、かつ色んな組織からちょっかいを出されないようにする為にも、麻菜と虞美人以外の真っ当なマスターもいたほうが良いのは確かだ。

 麻菜にしろ虞美人にしろ、魔術師的な意味で普通のマスターであるとは口が裂けても言えなかった。

 

 

「説明会のとき、あなたはAチームのオフェリアと親しげに話していたわね?」

「ええ」

「彼女を蘇生して頂戴。証人になってもらうわ」

「分かったわ。いつものサーヴァント召喚の後でもいいかしら?」

「勿論よ。で、蘇生して彼女の体調が万全になったら、あなたの実力を示して欲しいわ。それで理解できるでしょうから」

「プライドとか色々と木っ端微塵になりそうだけど、大丈夫?」

「そこは大丈夫でしょう。現代の戦乙女と呼ばれているのよ、彼女」

 

 戦乙女と言われて、麻菜の頭にはオルトリンデが出てきた。

 オルトリンデと説明会当時のオフェリアを比較し、麻菜は首を傾げる。

 

「あんまり強そうじゃないけど……」

「オルトリンデと比べちゃダメよ。ともあれ、そういう感じでやって頂戴」

「分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事に生き返ったみたいね」

 

 その声と共にオフェリアの意識は急激に覚醒した。

 彼女が目を開くと、そこには説明会で見た顔があった。

 

「……麻菜さん?」

「麻菜で構わないわ。オフェリア、ちゃんと蘇らせてあげたわよ」

 

 言葉にオフェリアの脳裏に最後の記憶が蘇るが、それで気分を悪くするようでは魔術師は務まらない。

 明らかに致命傷であった筈なのに、なぜ――

 

 そこでオフェリアは麻菜の言葉にまさか、と彼女の顔を見つめた。

 

「体の具合はどう?」

「……問題ないわ。あなたが蘇らせたの?」

「そうよ」

「あなたは一般人の筈では……?」

「世界の可能性はそんなに小さなものではないと答えておきましょうか。状況は他の人達が説明するから」

 

 オフェリアには情報が不足し過ぎていたが、麻菜がただの一般人ではないことは理解できた。

 

「あなたは魔法使いなの? 死者蘇生なんて、その域にあるものだけれど」

 

 オフェリアの問いに麻菜はくすくすと笑う。

 

「たかが死者蘇生程度で驚いていたら、これから先、身が持たないわよ?」

 

 そのとき、扉が開いてオルガマリーがロマニ、ダ・ヴィンチを伴って現れた。

 

「じゃ、私はしばらく模擬戦をやってくるから。オフェリア、見に来てね」

 

 にこりと微笑み、麻菜は部屋を出ていった。

 オフェリアは何がなんだかさっぱりであったが、まずは状況把握が先だとオルガマリー達の説明を聞くことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 説明を聞いたオフェリアはあまりにも絶望的かつ、深刻な事態に気を失いそうになった。

 カルデアは完全に孤立無援で、かつ、来年までに特異点を修復しなければカルデアも人理焼却に飲み込まれてしまう。

 抑止力すらもはやあまり意味を為さない現状であり、なおかつ、相手は魔術王だという。

 

 勝てるわけない、とオフェリアとしては言いたいところであったが、オルガマリーもロマニもダ・ヴィンチも、全く悲壮な雰囲気がなかったのだ。

 それどころか、むしろ楽観的な空気すら漂っているように、オフェリアには感じた。

 

 そうしていられる原因が今、シミュレータールームにいるとオルガマリーから言われ、オフェリアはそこへ赴くことになった。

 

 

 

 ルーム内にある観戦者用のスペースから、オフェリアはそこで目撃した。

 数多のサーヴァント達相手に高笑いしながら、太陽を幾つも落としている麻菜の姿を。

 

「えっと……合成か何か?」

「と言いたいところだけど、今、君が見ているものは全て本物だ。麻菜君は世界一頼もしい存在だよ。世界一ワガママだけど」

 

 一緒についてきたロマニの説明にオフェリアはすぐに告げる。

 

「私も中へ行っても?」

「構わないよ。ただ、神話のクロスオーバー的な人外大決戦になっているから気をつけてね」

「それは気をつけようがあるの?」

「まあ、自分の幸運を祈って」

 

 あんまりにもあんまりであったが、宝具が飛び交い、空から太陽やら何やらが降ってきたり、大地が消し飛んだりと大変なことになっていた。

 

 少しどころではなく、かなりの勇気がいるが、シミュレーターであるので、実際に死ぬわけではない、とオフェリアは意を決して、中へと入った。

 

 

「ええい! 女神激おこ! 逃げるな麻菜ァ!」

 

 入った瞬間にオフェリアはそんな怒鳴り声と冷気を感じた。

 数多の氷柱が空にいる麻菜目掛けて飛んでいく。

 

「はーっはっは! 溶かしてくれるわ! スカディ!」

 

 瞬時にビームみたいなものが麻菜から放たれ、一瞬にして氷柱が溶けて消えた。

 そのビームは大地に当たると一瞬で当たった箇所がマグマへと変化した。

 

 それだけでどれだけの熱量なのか、オフェリアは予想ができてしまったが、ともあれ、魔眼を解放し、さらに遠隔視の魔術を発動させる。

 麻菜の次の行動をオフェリアの望んだものに確定させようとした。

 しかし、ここで彼女は重大なミスを犯した。

 

 とはいえ、それはオフェリアが責められる類のものではない。

 

 普通、魔術師は防御系の魔術を自身に掛けている。

 工房などであれば外敵の侵入や覗き見に対して反撃するような大魔術もある。

 それは常識の範囲だ。

 だが、こんなにも激しく動き回りながら、かつ自身に対する情報収集系魔術に対して完璧な反撃手段を構築しているなど、全くの想像外だった。

 

 オフェリアの遠隔視の魔術に麻菜が張り巡らせているカウンターが瞬時に発動する。

 麻菜の対探知及び対情報収集魔法により、オフェリアの視界は真っ黒に染まった。

 

「何がっ……!?」

 

 こんなことは初めてであった彼女だが、そう言うだけで精一杯だった。

 

「誰だ! 麻菜に魔術的な情報収集を試みたバカは!」

 

 そんな叫びが聞こえたときオフェリアの視界はようやく回復した。

 そして、彼女は見てしまった。

 

 空中に数多の魔法陣が描かれ、そこから溢れ出てくる異形の者共。

 この世に決して存在してはならない、冒涜的なモノ達。

 異次元のそれらは100や200ではない、膨大な数が溢れ出してきた。

 嫌悪感と恐怖を感じたオフェリアであったが、すぐに白と黒の聖剣の輝き、遅れて白と黒の聖槍の輝きを目撃した。

 

 星の敵に対して無類の強さを発揮する聖剣、世界を繋ぎ止める聖槍。

 それらによってもなお、異形達は半数にまで数を減らした程度であった。

 単純に敵の数が多過ぎるのだ。

 

「今日はクトゥルー系で決めてみました。用意しておいた魔法の名前は冒涜的大行進です」

 

 麻菜の声が響き渡る。

 そういう魔術――否、魔法なのだろう、とオフェリアは直感する。

 

 オフェリアが幸いであったのは、現れた異形達が彼女から遠くに離れた場所だったことだ。

 間近でしっかりと見てしまったのなら、発狂は避けられなかった。

 

「あなた、魔術師?」

 

 そんな声が横から聞こえてきた。

 オフェリアが顔を向ければ、髪をポニーテールにした東洋の女剣士の姿があった。

 彼女はズタボロだった。

 

「治癒魔術的なものがあると嬉しいのだけど」

「簡易的なものなら……」

「あ、それでいいよ」

 

 オフェリアはその剣士に自分ができる治癒の魔術を掛ける。

 

「私は武蔵よ。麻菜って本当にやばいくらい強いのよね。この数の英霊相手に互角以上っていうのがおかしい」

「見た目からセイバー……でいいのよね? あなたなら、懐に入り込んでしまえば……」

 

 オフェリアの言葉に武蔵は頭をかく。

 

「無理無理。まず間合いに入るまでに頭がおかしいくらいの魔法やら斬撃やらが飛んでくるし、懐に入ったと思えば転移魔法で逃げられたり、私に立ち向かってきたりするし、もう無茶苦茶」

 

 オフェリアは困惑した。

 なんだその無茶苦茶は、と。

 

「その癖に麻菜ってもっともっと強くなりたいとかいう、向上心の塊なのよね。最近じゃ、技術も結構上がってきていてヤバイし、力とか速さも徐々に上がってきて……成長していてヤバイ」

 

 そう言った直後、オフェリアと武蔵の横に何かが飛んできて、地面にめり込んだ。

 

「あ、オルトリンデだ。大丈夫? 生きてる?」

「死にかけです。本当に、マスターは規格外です……」

 

 めり込んだ地面からどうにか起き上がり、オルトリンデは溜息を吐いた。

 

「え、ワルキューレ……?」

「はい、そうです。あなたは……マスター程ではないですが、それなりに。どうですか? エインヘリヤルになりませんか?」

「あ、いえ、なりません」

 

 オフェリアの返事にオルトリンデはしょんぼりした顔になった。

 その顔をオフェリアは可愛いと思ったものの、それどころではない。

 

「よし、ある程度回復した。オフェリア、どうせだから麻菜と戦っていきなさいよ。怖いものがなくなるわよ?」

「それはいい考えですね。この中にいるということはその覚悟があるでしょうし。あ、ちなみにですが、絶対に情報収集とか探知とかそういう系統の魔術は使用しないでください。カウンターが発動して、先程、誰かがやったように大変なことになります」

「今回は大爆発とかじゃなくてよかったわ。クトゥルーのあのくらいなら、頑丈なだけで遅いし」

 

 オルトリンデと武蔵の言葉にオフェリアは冷や汗が出てきた。

 

「……カウンターは日替わりなんですか?」

「日替わりね。前は大爆発だった。見た人物を中心に吹っ飛んだわよ。今日はクトゥルーだから、抵抗が弱いと間近で見ると発狂するから気をつけてね」

「人間の私が割って入ることができる戦いではなさそうなのですが……」

「大丈夫大丈夫、何とかなるから」

 

 武蔵はそう言いながら、オルトリンデに目配せした。

 心得たとばかりに彼女は頷き、素早くオフェリアの背後に回り込み、後ろから抱きついた。

 

「えっ!?」

「行きます。しっかり捕まえておきますので、魔術なり何なり撃ってください」

 

 そう告げ、オルトリンデは空へと浮かび、麻菜へ向かって加速した。

 風圧などを防ぐようにオフェリアにルーン魔術を掛けながら。

 

「ああもう! やるわよ!」

 

 オフェリアはぐんぐんと近づいてくる麻菜を魔眼でもって捉えた。

 目視ならば麻菜のカウンター魔法は発動しない。

 

 オフェリアが麻菜に起こりうる可能性を視ようとしたが、全く視えなかった。

 

 距離的な問題でもなく、また精神を固定化し、別の可能性の自分を発生させないなどでもない。

 もっと根本的な問題だった。

 

「嘘……! 無効化されるなんて!」

「マスターは大抵の呪いやら何やらは無効化しますよ。世界そのものに多大な影響を与える輩であるなら、その抵抗を突破できるそうです」

「なんてデタラメなの!? 私にできることなんて……」

 

 ない、と言おうとしたときだった。

 

 目の前に麻菜が現れた。

 

 オフェリアは彼女の纏う全ての装備に息を呑んだ。

 全てが宝具と言われても過言ではない程に秘めた魔力は膨大で、特にその首にある太陽のような黄金の首飾りは別格だった。

 

 そこでオフェリアは引っかかるものがあった。

 

「あら、オフェリア。奇遇ね」

「ええ、麻菜。見に来て、ついでに参戦したのだけど……ねぇ、あなたのその首飾り……」

 

 オフェリアは震える手でそれを指さした。

 

「ブリージンガメンよ。いいでしょ? 昔、フレイヤと1対1で戦って、勝ったから貰ったの」

 

 オフェリアは気が遠くなりそうだった。

 神話に出てきたモノが目の前にある上、さらにその所有者である女神フレイヤと戦って勝ったという。

 

 そんな規格外の輩なのだ。

 

 たかが死者蘇生程度という麻菜の言葉がオフェリアには思い出された。

 確かに、麻菜の言葉は正しかったと彼女は痛感した。

 

「それじゃ、またねー」

 

 麻菜はそう言って、再度、転移していった。

 彼女は呪文を一つ、唱えただけでそれを為したのだから、魔術師のレベルを遥かに超越している。

 

 超越者――

 

 そんな単語がオフェリアの脳裏に浮かんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、私はこれまでの特異点を色々と解決してきたわけよ」

 

 模擬戦後、麻菜は得意げにこれまでの旅路をオフェリアに説明し終えた。

 その横にはマシュが溜息を吐きそうな、やれやれといった顔だ。

 

 以前と違い、非常に感情豊かになったマシュにオフェリアとしては嬉しく感じたものの、それを喜ぶよりもまず、麻菜の旅路にツッコミを入れなくてはならなかった。

 

「ええと、麻菜。とりあえず、ご苦労様でいいのかしら? 私の抱いた感想からすると、本当にピクニックにでも行くような感じで、あなたは特異点を修復しているように思えるのだけど」

「うん。だって、世界の危機とか昔は1週間に1回くらいの頻度だったし、今更驚くこともないし」

「あなたのいた世界って……」

「北欧神話をベースに色んな神話のごちゃまぜ。クトゥルーの邪神とかもいたわよ」

 

 オフェリアは頭を抱えたくなった。

 そりゃ、そんな世界からやってきたのなら、世界の危機程度では驚きもしないし、特異点の修復なんぞピクニック気分だろう、と。

 

「フレイヤを倒したのって……?」

「本当よ。こっちの世界のフレイヤとは全く関係ないでしょうけど」

「シグルドとかいた?」

「似たような連中なら山程いたし、私に襲いかかってきたわよ。全部返り討ちにして、装備品根こそぎ奪ってやった」

「ええと……マシュ、私はどういう反応をすればいいのかしら?」

 

 オフェリアは困惑が極まり、マシュに助けを求めることにした。

 

「先輩ですから……オフェリアさん、常識を捨て去った方が幸せになれますよ……」

 

 遠い目でマシュはそう告げた。

 それを見たオフェリアは彼女の苦労を悟った。

 

「あなたも、大変だったのね」

「ええ……本当に世界一頼りになるんですけど、世界一ワガママなんです」

 

 何なのこの空気、と麻菜は渋い顔だった。

 

「オフェリア、私はあなたを蘇らせたのだから、もうちょっと何かない?」

「私としたことが、あまりにも色々ありすぎて忘れていたわ。蘇らせてくれてありがとう」

 

 オフェリアは素直に麻菜に向かって頭を下げた。

 

「オフェリアは綺麗だから許してあげる」

 

 麻菜の言葉にオフェリアは顔をあげる。

 するとそこにはにこりと微笑む麻菜の顔があった。

 

 あまりの美しさに見惚れてしまうオフェリアだが、マシュがジト目で見つめていたことに気がついた。

 

「先輩、オフェリアさんにまで色目を使わないでください」

「何を言っているの? オフェリアとは説明会のときに色々お話して、良い関係を構築しているのよ」

「本当に先輩って手が早いですね!?」

「それほどでもない」

「褒めてません!」

 

 そのやり取りにオフェリアは思わず笑ってしまう。

 

「仲良しね。私も仲間に入れてもらえないかしら?」

 

 オフェリアは自然とそんな言葉が口から出てきた。

 麻菜は胸を張って答える。

 

「勿論よ。あなたはもう私に捕まったのよ。残念だったわね……ところでさっきの模擬戦のとき、何か見てきたけど、アレは何? 目からビームでも出そうとしたの?」

「違うわ。私の右目は魔眼なのよ」

「何それかっこいい、私も欲しい」

「先輩、無茶を言わないでください。先輩が魔眼とか持ったら、絶対悪用するのでダメです」

「両目に眼帯つけて笑いを取りに行くから大丈夫よ。笑ったやつはアウトなので、太陽落としの刑だけど」

「さらりと世界を滅亡に追い込もうとするのもやめてください」

 

 流れるようなやり取りにオフェリアは再度、笑ってしまうのだった。

 

 

 

 



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ヒントはアメリカ

 

 次の特異点へのレイシフトまでの間、準備期間兼休暇はそれなりの長さだった。

 麻菜は別にすぐに行っても良かったのだが、今回からはオフェリアもついてくるとのことで、彼女のサーヴァント召喚と連携確認などの為と言われれば仕方がない。

 

 そのオフェリアのサーヴァントはシグルドであった。

 同席した麻菜もついでに召喚したところブリュンヒルデが出てきた。

 召喚されたブリュンヒルデが突如としてシグルドを殺そうと襲いかかったものの、麻菜は華麗に彼女を身動きとれないように拘束した。

 そして事情をシグルドから聞いて、ならばと麻菜はウィッシュ・アポン・ア・スターでブリュンヒルデがシグルドを見ても襲いかかったりはしないよう、大丈夫なようにしてしまった。

 

 ブリュンヒルデは歓喜し、シグルドもまた麻菜に対して深く感謝した。

 そこへ気配を察したのか、やってきたオルトリンデ。

 ブリュンヒルデに喜びつつも、シグルドに対して思いっきり敵意を向けていた。

 

 何か複雑な事情があるらしいので、麻菜はオルトリンデに対して、シグルドに許可なく攻撃を仕掛けたら自分と1対1で戦う権利をプレゼントと言ったら、絶対にしません、と確約する。

 その間、オフェリアは完全に蚊帳の外であったが、麻菜がとんでもないことを再確認した。

 

 

「ということがあったのよ。酷くない? オルトリンデったら、ワルキューレなんだからもっと勇ましくないとダメだと思うの」

「そいつァそうだナ。ますたあ殿と決闘なんざ、誰でも御免被るサ。喜ぶのは、すかさは殿やくー・ふーりん殿とかの、けるとの連中くらいなもんだ」

 

 あちこちに色んなものが引っ散らかった足の踏み場もない部屋。

 麻菜は空中に浮かびながら、こっちを向きもせずに絵をひたすらに描くお栄に愚痴を言っていた。

 

 ロンドンの特異点後、召喚で出てきたのが葛飾北斎だった。

 見た目としては2人組というより1人1匹のサーヴァントだが、フォーリナーというクラスらしく、麻菜は邪神的な気配を彼女達からは感じ取っていた。

 

「ますたあ殿も暇なもんだ。絵描きを見て面白いかい?」

「面白いというか、あなたの知名度的にどうやって描いているのか気になって。意外と普通だった」

「どういう描き方を想像していたのか、気になるところではあるが、やめておくさ」

「あ、ちなみにタコのアレは大変良かったので、ああいう方向でいっぱい描いてくれると私が嬉しい。代金なら言い値で払うし、画材とかも欲しいものなんでも買うから」

「そいつは太っ腹だ。ますたあ殿みたいなお大尽が後ろ盾だと安心できるもんさ。何なら、ますたあ殿を描いてやるよ」

「是非とも描いて」

 

 そんな風に適当に駄弁っていると麻菜のもとへ通信が入った。

 

「おっと呼び出し。じゃあ、また」

「おうよ」

 

 そんな挨拶と共に麻菜は転移魔法を使って出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、次の特異点はアメリカなのですが、何か作戦とかありますか?」

 

 麻菜を呼んだ相手はマシュであった。

 次の特異点がアメリカであるというのは既に判明していた為、どういう作戦でいくのか尋ねたかったのだ。

 マシュの問いに麻菜は答える。

 

「策はある。私の予想が正しければ1日か、早ければ数時間くらいで終わるわよ」

「その策とは?」

「アメリカっていうのがヒントね」

「ヒントになっていませんよ……」

 

 マシュは呆れ顔だ。

 

「問題はその先よ。でもまあ、ちょうど良かったわ。マシュ、あなたは戦うことには向いていないけど、大丈夫?」

 

 麻菜の核心をついた言葉にマシュはどきり、とした。

 

「それは……どうして、ですか?」

「あなたの戦闘時における役割上、私の傍に常にいる。体、少し震えている時があったわよ」

「……ええと、最近の特異点で敵っていましたっけ?」

「敵が現れた瞬間に宝具を打ち込んでいるから、まあ多少はね? ともあれ、ぶっちゃけ怖いんでしょ? しんどくなったり逃げたくなったら、私を頼りなさいよ。あなたには笑顔が似合うんだから」

 

 ストレートに言葉を投げかける麻菜の顔は真剣そのものだ。

 いつものおふざけがなく、こんな顔もできるのか、とマシュは全く見当違いのことが頭を過ってしまう。

 

「先輩って優しかったんですね……」

「当たり前でしょう。あなたは私の後輩よ? 後輩の面倒くらいみなきゃ先輩じゃないわ」

 

 麻菜は微笑みながら、そう言った。

 マシュはその言葉がとても嬉しかった。

 

「もう頼っていますよ。先輩には体を治してもらいましたし……少しくらいはお返ししていかないと……」

「別に戦闘で返さなくてもいいわよ。料理を作るとか掃除をするとか、美味しい店を探して一緒に行くとか、面白い本を教えてくれるとか、そういうのでいいから」

「う……現状では本くらいしか……りょ、料理と掃除は頑張ります!」

「精進しなさい、後輩よ。先輩は楽しみにしているぞ」

 

 ドヤ顔で腕を組み、そんなことを宣う麻菜にマシュはくすくすと笑う。

 

「私、頑張りますね、先輩」

 

 そんな後輩に麻菜は鷹揚に頷きながら、言葉を続ける。

 

「ところでマシュ、話は変わるけれど心霊スポットとか、そういうホラーなお話をしましょうよ」

「構いませんよ。怖い話とかを知っているんですか?」

「そうね……例えばなんだけど、よくある話で幽霊の出る噂がある屋敷なり廃墟のホテルなり病院なりがあるとするじゃない?」

「ありきたりですね」

 

 マシュの言葉に麻菜はうんうんと頷く。

 

「ありきたりなので、大抵は男女数人のグループで肝試しに行くわよね?」

「途中ではぐれて行方不明になったり、変死するパターンですね?」

「さすがはマシュ。ミステリー以外にホラーも?」

「多少ですよ。それで?」

 

 マシュに促されて麻菜は胸を張る。

 

「そこで私が登場するわけよ」

「……はい?」

 

 マシュは真顔になった。

 

「まあまあ、聞きなさいよ。やっぱり行方不明だとか死者が出るのは良くない。物語ではハッピーエンドだけでは食傷気味になってしまうかもしれないけれど、現実ではハッピーエンド以外に望むものはない」

「はぁ……それで、先輩が登場するのはどういう状況ですか?」

「最恐の心霊スポットがある。ならば、この私が一つ、見てやろうと」

 

 何となくだが、マシュは結果がどうなるか見えてきた。

 

「深夜に心霊スポットを前に佇む私。やはり超越的な力を持っていたとしても、もしかしたらクトゥルフに出てくるようなとんでもない怨霊がいるかもしれない、いや、きっといる。そうに違いない」

「いませんから。いたとしても普通のですから」

 

 マシュのツッコミを華麗にスルーしつつも、麻菜は続ける。

 

「そこで私のターン! 軍勢を出して、件のスポットを十重二十重に取り囲む! 5万人くらいで!」

「いきなり大前提が崩れましたよ。1人で行くんじゃないんですか?」

「怖いからヤダ」

 

 マシュは困惑した。

 何でサーヴァントを圧倒できるのに幽霊で怖がるのか、と。

 

「それで先輩。その後は?」

「5万のうち、1万人くらいの兵隊を突っ込ませる。人数で圧倒する。少数で行くからダメなのであって、大勢でいけば余裕。何なら建設機械を持ち出して土地ごと掘り返す」

「もう無茶苦茶ですね。心霊スポットが建設現場に早変わりですよ」

「最終的に私がガチで浄化の魔法を叩き込んだ後、太陽を落として終わり」

 

 マシュは両手で顔を覆った。

 これはひどい、と。

 

「先輩、先輩。もうちょっと何とかなりませんか? 荒唐無稽過ぎますよ」

「じゃあ軍勢は無くして、現実的なラインで考えましょう」

「太陽を落とすのも無しで」

「仕方ないわね。じゃあ私を含めた男女6人グループってことでどう?」

「ええ、それならまぁ……」

 

 マシュは肯定したが、すぐに後悔することになった。

 

「私とスカサハとクー・フーリンと玉藻とコヤンスカヤと……」

「先輩、先輩。幽霊が泣いて逃げますから」

「え?」

 

 きょとんとした顔をする麻菜にマシュは「いやいやいや」と手を左右に振る。

 

「何なんですか、そのメンバーは。特異点でも修復するつもりなんですか?」

「心霊スポット巡りよ」

「既に玉藻さんにコヤンスカヤさんという日本最大級の恐ろしい方がメンバーにいるんですが」

「玉藻とコヤンスカヤなのでセーフ」

「ダメです」

 

 マシュの言葉に麻菜は頬を膨らませる。

 

「じゃあミステリーとかどう? 洋館で起こった殺人事件、けれど当日洋館内にいた全員にアリバイがあるっていう」

「あ、それは面白そうですね」

 

 マシュは表情を明るくする。

 ミステリー好きということもあり、題材を聞いただけでワクワクした。

 

「警察では手に負えない、これは無理だってなるわけよ」

「お約束ですね」

 

 うんうんとマシュは頷く。

 

「そこで私が探偵として出てくるの」

「は?」

 

 マシュは真顔になった。

 しかし、麻菜は構わず続ける。

 

「死者を蘇らせればいいじゃない、という名探偵っぷりを……」

「ダメです。なんですか! そのちゃぶ台返し的な発想!」

「えー……じゃあ、死者蘇生は無しで」

「当然です」

 

 むぅ、と麻菜は難しい顔をした後、にっこりと笑みを浮かべた。

 ろくでもないことを思いついたな、とマシュは直感する。

 

「まずは当日に洋館内にいた人物を全員、個室へと1人ずつ呼ぶわ」

「事情聴取ですね」

「似たようなものね。呼んだ1人1人の頭に銃を突きつけて、お前が犯人か、と私が問いかけて、助手の清姫が嘘か本当かを判別するという」

「ただの脅しになっているんですが……あと助手の清姫さん1人で解決できそうですね」

「清姫は警察官になったほうが成功できそう」

「問題は清姫さんは同僚とかの軽い嘘にも反応してしまうことですね」

「世の中、うまくいかないわねぇ」

 

 ですねー、とマシュも麻菜に同意しつつ話を続ける。

 

「とりあえず、先輩が混ざってくるとどんな話も問答無用で解決してしまうので、面白くないですね。デウス・エクス・マキナってやつです」

「大抵のことができてしまうので。だから、私は日常生活でそんなに能力は使わないのよね。あ、でも移動手段として転移魔法と飛行魔法は使うけど……世界各地を週末は渡り歩いていたので」

「先輩って人生を楽しんでいますよね」

「当然でしょう。人生なんて楽しまないと損だし。苦労しないとダメとかいう輩は苦労を押し付けてくる輩だから。苦労っていうのは自分がやりたいことをやる為にするもので、他人から押し付けられるものじゃない」

 

 なるほど、とマシュは思いつつ、結局麻菜は何の話がしたいのだろうか、と首を傾げる。

 

「先輩、結局、何の話をしたいんですか?」

「暇なので、雑談というやつね。可愛い後輩と戯れるのもまた一興」

「次の特異点まで、まだ時間はありますからね」

「その特異点も、すぐに解決するんだけど。仕事は迅速に処理しないとダメ」

 

 麻菜の自信満々な態度にマシュは頼もしく思いつつも、いったい何をするつもりなんだ、という好奇心が湧き出てくる。

 

「結局、どうするんですか?」

「さっきも言ったけどアメリカなので。それがヒント」

「分からないです」

「実際にそのときになれば答えは分かるから。じゃあ、私は適当にぶらついてくるので」

 

 手をひらひらさせて、麻菜は歩いていった。

 残されたマシュは、素直に自分の気持ちを口に出した。

 

「気になりましゅ……」

「気になりましゅ? 今、気になりましゅって言った?」

 

 地獄耳の麻菜は一瞬でマシュの前に戻ってきて、イジり始めるのだった。

 

 

 

 



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アメリカを愛する全ての者達よ、立ち上がれ!

 十分な準備期間と休暇をとり、いよいよアメリカにおける特異点修復をカルデアは実施することとなった。

 

 オフェリアはシグルドしかサーヴァントを召喚していなかったが、それが普通であり麻菜が非常識だった。

 

 勿論、オフェリア自身に濃すぎる英霊達を纏められる自信が無かったというのもある。

 なお、一度に全員がレイシフトしては一網打尽にされる可能性があり、先発として麻菜とマシュ、続いて本隊としてオフェリアとシグルド及び麻菜の選んだサーヴァント達がレイシフトすることとなった。

 

 なお、レイシフトする場所の選定に麻菜は口を挟み、彼女の要望でホワイトハウスの近くが希望されたが、そもそもホワイトハウスがまだ完成していないということでそれはお流れになった。

 

 

 

 

 

「というわけでアメリカに来たわけだけど……うーん、鉄火場」

 

 響き渡る数多の砲声や銃声。

 独立戦争時代ということで、アメリカとイギリスが戦っているのだろうか、と思いつつも、麻菜は少し先に見える戦いの場を見やる。

 中々に大規模な会戦だ。

 

「片方はどう見ても蛮族といった出で立ちですね……」

「もう片方はどう見てもアメリカ軍ね。何だか一部、オーパーツなのが混じっているけど」

 

 とりあえず事情を聞こうと麻菜はマシュについてくるよう告げ、堂々と歩いていく。

 時折、飛んでくる砲弾を手刀でもって蛮族側に弾いたことにマシュが目を見開くが、麻菜にとってはこれくらい大したことない。

 

 ある程度の距離まで近づいたところで、蛮族側――ケルトの戦士達が麻菜とマシュを発見し、何人かが襲いかかってくるが、そんな連中は苦もなく蹴散らしたところで麻菜が口を開く。

 

「面倒くさいわね。なんかケルトっぽいからケルトに任せましょうか」

「最初からそうすれば良かったのでは?」

「たまにはマシュと2人きりでも良いのでは、と思ったので」

「……先輩」

 

 麻菜の返しにマシュはなんだか照れくさくなってしまう。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで、彼女が顔を俯かせているうちに麻菜はさっさとカルデアへと連絡を取り、待機させているクー・フーリンとスカサハを呼び寄せた。

 

 そしてクー・フーリンとスカサハの2人が1分も掛からずにケルトの戦士達を叩きのめし、彼らをカルデアへと送還することで敵対勢力ではないというアピールをアメリカ軍に対して実施。

 このアピールが功を奏して、麻菜はアメリカ軍の指揮官と面会を果たすことに成功したのだが、その指揮官は予想外の人物だった。

 

「もっと色々とアメリカなんだからいるでしょうに……」

「私は今のアメリカを纏め上げているエジソンの縁で召喚されたのよ。前線で軍隊を率いて戦うなんて、柄じゃないと思っているわ」

 

 麻菜の言葉にアメリカ軍の指揮官、エレナ・ブラヴァツキーは溜息混じりにそう答えた。

 

「それはさておき、合衆国を救いに来たわ」

「麻菜と言ったかしら? あなた、隠蔽しているけれど中々見どころがあるわね。レムリア大陸とかに興味は……?」

「レムリアならそれなりの頻度で行ったことがあるわよ」

「ふぁっ!?」

 

 エレナは驚き、思いっきり麻菜の両肩をがっしりと掴んだ。

 

「詳しく! 詳しく教えなさい!」

「超高度な魔導機械文明よ。ちなみにこの次元には存在しないので行くのは無理」

 

 ユグドラシルにありました、なんて素直には言えないので麻菜はそれっぽい言い回しをする。

 

「本当に? 証拠は!?」

「はい、これ。あげるわ」

 

 麻菜は無限倉庫から懐中時計を取り出した。

 一見、ただの懐中時計であるが横から覗いたマシュとエレナにはそこに印字されている文字が全く見たことのないものであった。

 さらに懐中時計の時の刻み方も普通のものではなく、文字通りに反時計回りであった。

 

「他にも色々とお土産として買ってきたものが……」

 

 50分の1魔導機械兵人形であったり、レムリア魔導機械図鑑、レムリア大陸地図などをエレナへと渡した。

 

「え、い、いいの? これ、もらっても?」

「いいわよ。たくさん買ってきたから。ただし、全部レムリア語だから」

 

 エレナは感動のあまりに体を震わせる。

 そんな彼女を見つつ、マシュは尋ねる。

 

「先輩、先輩。レムリア語って読めるんですか?」

「ええ。読み書きは勿論、喋ることもできるわよ」

「先輩って普通にとんでもないですよね、今更ですけど」

「他にもエノク語も読み書き喋ったりできるし……ああ、ちなみにヴォイニッチ手稿も読めるわよ」

 

 マシュとエレナは目が点になった。

 

『な、何だって!?』

 

 カルデアもエレナとのやり取りということで通信だけは繋げっぱなしにしていた為、思いっきり食いついてきた。

 ダ・ヴィンチは勿論、ちょうどいたオルガマリーも他のカルデアのスタッフ達も。

 

「い、意味は何だったんですか?」

「教えて! 麻菜!」

 

 マシュとエレナに麻菜は意味深な笑みを浮かべる。

 

「知らない方がいい……なんてよくあることは言わないわ。異星文明の話よ。人間を餌にする植物優位の別の惑星の話。人間ってそっちだとこちらでいうところの牛や豚で、植物が人間の立ち位置にあるみたいね」

「ヤバイことは書いてありましたか?」

「どんどん体を大きくして、もっと栄養を取ろうってことで、他の星に届くまで巨大化しようとしているくらいかしら。宇宙って不思議ね。あとは植物による効率的な人間の食べ方とカレンダー、それと美女は植物のお肌に良いらしいわよ」

 

 世界の不思議が一つ解明されてしまったのだが、そこでダ・ヴィンチがピンときた。

 

『麻菜、どうしてそれが地球に存在するんだい? 遠く離れた星のことなんて分からない筈だ』

 

 そこで麻菜は笑みを浮かべた。

 とても不気味なものであり、背筋に寒気が走るようなものだ。

 

「どうして、なんて分かり切っているでしょう? 無抵抗な家畜を貪るのも飽きているから、程々に抵抗してくれる家畜が必要よね。ただ、予想外なことに誰も読めないなんて。これじゃあ、楽しめないわ」

 

 麻菜から紡がれた言葉に誰もが皆、直感する。

 読めるのは世界で唯一人、そして、その人物は何でもできる。

 

「もしかして、先輩が……」

 

 マシュは震える声でそう言うと、麻菜はぷるぷると体を震わせ、やがて大爆笑した。

 

「見事に釣られたわね! かかったな、アホが!」

 

 全てを察したマシュは無言で盾を構えた。

 エレナもまた本を構えた。

 

『やっちゃってくれ』

 

 ダ・ヴィンチのGOサインにマシュとエレナ、2人はそれぞれの得物――その角を思いっきり麻菜に叩き込んだ。

 

「いたい」

「当たり前よ! 大人をからかうもんじゃありません!」

「先輩、最低です」

 

 頭にたんこぶを2つこしらえた麻菜は両手でそれらを擦りながら、涙目だった。

 

「ちなみにだけど、本当は単なる女性向けの健康書。異星文明とかは全くの嘘。体に良い薬草とかお肌を綺麗にする薬湯とかそういうの。当時の占星術のやり方とかそういうのも書かれている。で、他に似たような本がないのは、作成した人の家で代々語り継がれてきたおばあちゃんの知恵を書物に纏めた為」

 

 麻菜の言葉に何だか残念な空気が漂った。

 解読されない方が良かった、と。

 

「ともあれ、麻菜。レムリアの方は本物みたいだから信用してあげるわ。あと、心臓に悪いから、さっきみたいなからかいはやめて頂戴」

「分かったわよ、エレナ」

「というか、レムリアの方が本物ということが凄いんですが……」

 

 マシュの言葉にカルデアの管制室にいる面々もうんうんと頷いた。

 そこでエレナは核心に触れる。

 

「麻菜って何者? マハトマ?」

「マハトマというのを高次元の存在という意味でなら、当てはまるような気がしなくもない」

「先輩って何でもありなんですねぇ……もしかしてアメリカを救うってあれですか、クトゥルフ的なものを召喚するという……」

「召喚は専門じゃないけど、幸いにも色々とそれを補えるだけのアイテムがあるので何とかなる。邪神とか見たい? グロいけど」

 

 ぶんぶんぶん、と首を左右に振るマシュとエレナ。

 

『あー、麻菜。邪神はダメだからね』

「ティンダロスのワンコは? 呼べばすぐ出てきてくれる可愛い子達なんだけど」

『うん、君の美的感覚が宇宙的にぶっ飛んでいることはよく分かった。勘弁してくれ』

 

 ダ・ヴィンチの言葉に麻菜は頬を膨らませる。

 

 ユグドラシルにおいて、ティンダロスの猟犬というのはわりとポピュラーな存在だ。

 手頃なMPコストで、なおかつ1度の召喚で非常に多い数を出すことができる為、デコイとして極めて優秀なのだ。

 

 とはいえ、現実化した今となっては単なるデコイに収まらないことは言うまでもない。

 

「とにもかくにも、さっさと終わらせましょう」

「それならちょっと来て頂戴。現状を説明するわ。エジソンに会って欲しい」

 

 

 

 

 

 

 臨時の首都へと向かうまでの道すがら、エレナは麻菜達に現状を説明する。

 要約すると、突然湧いたケルト軍に歴代大統領達の力を集約したエジソンを中心に何とか纏まって対抗しているとのこと。

 

 

 物理的な力ではエジソンも歴代大統領達も対抗できる筈がない、と麻菜もマシュも納得する。

 今、現界しているエジソンは彼をベースとした複数の霊の集合体みたいな状態だそうだ。

 

 しかし、麻菜には策があった。

 

 アメリカの象徴を規格外の英霊としてウィッシュ・アポン・ア・スターで召喚する――

 

 そうすれば楽しいことになると彼女は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 臨時首都へと到着した麻菜達は街中を行き交う人々が非常に疲れた顔が目立った。

 エレナによればケルトの質に対抗する為には量というエジソンの方針により、中々に無茶な労働を強いられているらしい。

 それでも暴動が起きていないのは、エジソンが負ければ自分達も死ぬという現実があるからだろう。

 

 

 臨時首都にある大統王官邸、そこにある会議室へと案内された麻菜達。

 会議室には既にエジソンがおり、彼の見た目は人間離れしたものだった。

 

「……なんというか強烈ね」

 

 初めてエジソンを目の当たりにした麻菜はそう感想を口にした。

 マシュも何とも言えない微妙な顔だ。

 

「これはこれは、麗しいお嬢さん達。エレナ君から話は聞いているよ」

 

 暑苦しい外見とは裏腹に、とても紳士的だった。

 いくら紳士であれど、筋肉ムキムキマッチョライオンは勘弁願いたい麻菜だったので、さっさと用件を済ませる。

 

「単刀直入に言うわ。合衆国を救う」

「具体的には?」

「簡単よ」

 

 麻菜はそう告げながら、流れ星の指輪(シューティングスター)を指にはめて、超位魔法を発動する。

 展開される青く、巨大な魔法陣にエジソンやエレナは目を見張った。

 

 

「私は願う! 過去・現在・未来において、アメリカを愛する全ての者達よ、立ち上がれ。時空と時間、次元や架空と現実の垣根すらも超えて、あなた達の愛する祖国を踏み躙る敵を叩き潰す為に。アメリカの象徴を導き手とし、各々の力・武器を持って、自らが為したことを宝具とし、顕現せよ!」

 

 青い積層魔法陣が収束する。

 光が乱舞し、やがて消え去った。

 

 そこにいたのは白い髭を生やした初老の男性だった。

 彼は星条旗柄のシルクハットをかぶり、紺のジャケットに赤い蝶ネクタイを締めたワイシャツを着て、紅白縦縞のズボンを履いていた。

 

 マシュでも彼が誰だか知っていた。

 そして、彼のことはエレナやエジソンすらも知っている。

 

 彼はエジソンへと視線をやり、彼に手をかざす。

 すると淡い光がエジソンを覆い、やがてそれは消え去った。

 

「……とても、スッキリとした気持ちだ。まるで徹夜明けにシャワーを浴びて、美味いコーヒーを飲んだような」

 

 エジソンは穏やかな表情でそう告げ、一拍の間をおいて更に言葉を続ける。

 

「合衆国は世界の警察官であり、無法者ではない。アメリカだけが生き残っては意味がない」

 

 エジソンの言葉にエレナは目を丸くした。

 歴代大統領達の意識に影響されすぎていたエジソンから、その影響を取り除いたのではないか、と彼女は直感する。

 

 そして、彼は――アンクル・サムは己の宝具を使用する。

 

I WANT YOU(合衆国には、あなた達が必要だ)

 

 彼の宝具、それはアメリカ合衆国を愛する者達を過去・現在・未来から、現実や架空を問わずに際限なく連続召喚する。

 合衆国から侵略者が消え去るそのときまで。

 

 そして、宝具を発動したアンクル・サムは消えていった。

 

 変化は劇的だ。

 

 まずジョージ・ワシントンが現れた。

 彼をはじめとし、次々に歴代大統領が現れ、各々の為した功績を宝具として使用し、消えていく。

 

 それらはアメリカを愛する全ての者達に勇気と力を与えるものだ。

 

 事実、エジソンは体の内側から無限にエネルギーが湧き出してくるような感覚を味わっていた。

 

 最後に現れたのはフランクリン・ルーズベルトだった。

 彼が最後になったのは、ひとえにアメリカが経験した中で、もっとも規模が大きい戦争であり、またアメリカの覇権を確立した為だろう。

 

 彼は自身の宝具を宣言する。

 

Arsenal of democracy(民主主義の兵器廠)

 

 そして、彼は消えていった。

 それを見届けて麻菜は告げる。

 

「さぁ、外に出るわよ。凄いことになっていると思うから」

 

 言わずとも分かった。

 なぜならばタービン音やらエンジン音やらが会議室の中にまで聞こえてきているが為に。

 

 

 

 

 空には数多の新旧の航空機、陸にはこれまた数多の新旧の戦車をはじめとした装甲車両と新旧の歩兵達。

 

 市民達の驚きは一瞬で、すぐに歓呼の声でもって迎えた。

 

 彼らは皆、アメリカ軍であったからだ。

 

「先輩、これが先輩の狙いですか?」

 

 エジソンもエレナも言葉を失い、驚く中でマシュが問いかけた。

 

「何を言っているの? 私は架空も現実も問わなかったわよ」

 

 麻菜は微笑み、ウィンクをした。

 

 そのとき、空を飛ぶ人影がマシュに見えた。

 

「……あ、そういうことですか……」

 

 アメリカにおけるスーパーヒーローも含まれていることにマシュは気づいた。

 

「ということは、映画とかの……」

「ええ、勿論よ。キングコブラに噛まれて、5日間もがき苦しんだ後、キングコブラが死んだっていう男とかもいるわよ」

「勝ちましたね」

「ヒントはアメリカっていう意味、分かったでしょ?」

「ええ、とても分かりました。ですが現代兵器ってサーヴァントには効かないのでは?」

「兵器も込みで全部召喚された存在だから問題ないわ。侵略者に対する特攻とかついていると思うし」

 

 その言葉にマシュはしみじみと告げる。

 

「……先輩にしかできませんよね、こんなこと」

「私が見たかったからいいのよ。蛮族共め、自由と正義、民主主義の守護者に喧嘩を売ったことを後悔するがいいわ」

 

 高笑いする麻菜にマシュは悪役はこっちなんじゃないか、とちょっと考えてしまった。

 

「あ、そうだ、ちょっとあちこち移動しなきゃ。撮影的な意味で」

 

 カルデアによって映像も記録としてリアルタイムで録画されているが、撮影範囲は麻菜とマシュの周囲に限られる。

 今この瞬間しか見ることができない全力全開のアメリカの大反攻だ。

 映像を撮ってもらわねば損だった。

 

 

 

 

 

 

 

「くそったれが!」

 

 少佐は悪態をついた。

 

 エジソンが量産しているという機械兵はここには回されていない。

 機械兵の数が広大な戦線に対して圧倒的に不足しているが為であった。

 そして、少佐が率いる戦力は500名にも満たない。

 おまけに正規の軍人は1割もおらず、ほとんどが志願した者――年齢も性別もまちまちであり、老若男女の寄せ集めだ。

 

 その一方で、ここを突破されれば他にまとまった戦力と呼べるものは存在しない。

 丘の上に陣取っていること、頻繁に近隣の街や都市から補給が届くこと、ケルト軍はこれまでここに大して兵力を振り向けなかったことから、どうにか守ってこれた。

 

 しかし、その幸運も今日で尽きそうであった。

 

 目算で1000名を超える大規模な兵力が纏まってこちらに移動してきていることが昨夜、判明したのだ。

 しかもそれは先発隊であり本隊も同数か、それ以上という。

 

 移動速度は速く、彼らは肉眼で確認できる程の距離にまでやってきている。

 まだ本格的な交戦には至っていないが、それももはや時間の問題で、ケルトの戦士達の雄叫びがうるさいくらいに聞こえている。

 

 連中は野蛮で統制も戦術もあったものではなく、ただ個々人の超越した戦士としての技量と身体能力で獲物を狩るという戦法だ。

 

 普通に考えれば銃と大砲で武装した近代軍の敵ではないが、異様なすばしっこさと頑強さから、負けかねない存在だった。

 

 少佐は掲揚されている国旗を眺める。

 これから新しい国家を築き上げる筈であったのに、と悔しい思いでいっぱいだ。

 

 そのとき、彼の耳に聞き慣れない音が聞こえてきた。

 

 ふと、空を見上げた。

 西の空に黒い小さな点が幾つも見えた。

 

 芥子粒程の大きさだったそれらは、どんどんと大きくなっていき――

 

 

 それはまるで太った樽であった。

 それが無数に飛んでいた。

 概算すると最低でも200はいるようだ。

 

 その樽とは別に、もっとスマートな鳥のようなものも見え、またそれらとは翼が変な鳥も見えた。

 自然のものではないことは一目瞭然だった。

 

 だが、少佐はそれらの胴体に描かれたマークを見て、直感した。

 

 星のマーク――味方だ!

 

 そう彼が思ったとき、無数の樽と鳥達――P47とP51、F4Uの大編隊は低空へと舞い降りて、少佐達が陣取る丘の上を翼を振りながら、次々と高速で通過していった。

 

 彼らが向かう先は目前にまで迫ったケルト軍。

 そして、敵の軍勢の只中で次々と爆発が起こった。

 同時に聞こえる銃撃音。

 

 屈強な敵兵達が無残にも四肢を千切られて消し飛び、あるいはミンチと化す。

 敵は大混乱に陥り、それでも槍を投げたり、矢を射るなどしているようだが、当たるわけがない。

 

 一方的な蹂躙であったが、少佐からすれば胸がすく思いだった。

 

 

 しかし、ここはまだ生易しい方であった。

 

 

 

 

 

 

 ある戦場では無数の急行列車が通り過ぎるような音が周囲に木霊していた。

 

 それが極大にまで達したとき、敵軍の先鋒が数多の爆煙と共に吹き飛んだ。

 それらは途切れることなく繰り返され、間近で見ていたこの時代の将兵達を驚愕させ、興奮させる。

 砲撃をしている間にも、砲の射程範囲外の敵に対してベトコン殺し、キッチン以外に運べない物はない、この機体が積んだことのないのはトイレだけ、もう積めないのはバスタブだけ、などと異名と数々の逸話を持つスカイレーダーの群れが爆弾と銃弾の雨を降らせて、敵兵をズタズタに引き裂く。

 

 また、ケルト兵が間近まで迫り、彼我の距離は僅か数百m、陣地に取りつかれるのもあと少しという場所ではA-10が猛威を振るった。

 着弾して敵兵がミンチになった後に聞こえてくるベヒーモスの咆哮とも呼ばれる発射音に将兵達は歓声を上げた。

 

 大兵力が集結している地点では地域ごと根こそぎ吹き飛ばすべく、B-17から連綿と続く爆撃機の系譜がその力を発揮した。

 B-17からB-52、B-1、B-2までが揃って爆撃を実施し、文字通りに敵は地域ごと灰燼と化した。

 

 

 航空兵力で対処できない、散開している敵軍に対してはアメリカ陸軍及び海兵隊が対応した。

 M3やM4といった戦車からM1エイブラムスまで、それぞれの時代の陸軍及び海兵隊は互いに邪魔にならない程度に連携を取りつつ、大火力と物量に物を言わせて、ケルト軍を押し潰した。

 

 また東海岸の近海にはWW2から未来に至るまでのアメリカ海軍の艦艇が無数に集結し、数多の戦艦による艦砲射撃から数千機に及ぶ艦載機による連続した空襲、更に巡航ミサイルをはじめとした各種ミサイル攻撃、果てはレールガンによる砲撃まで行っていた。

 

 特異点であり、なおかつ、予算と世論、国際関係などの現実のシガラミがないからこそ、各時代のアメリカ軍はそれはもう派手に暴れた。

 基本的にアメリカはハワイやゲリラ的攻撃、テロなどを除いて他国軍による本土への大規模侵攻をされたことがない。

 そして、ハワイやテロによる攻撃でアメリカの世論は激昂する。

 

 そんな彼らに対して、独立戦争終盤という自分達の先祖が戦い、アメリカが国家として誕生するかどうかのところで、ケルトとかいう何の関係もない連中がしゃしゃり出て、それを邪魔をしたのだ。

 

 アンクル・サムに導かれて、召喚された者達は怒り心頭であった。

 だからこそ、彼らは一切の情けも容赦もするつもりがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何なのよこれぇ!」

 

 メイヴは涙目だった。

 

 始まりは粗末な格好をした男達だ。

 彼らはどこからともなくやってきて、マスケット銃やライフル銃を撃ってきたのだが、ケルトの戦士達にあっという間に蹴散らされ、敗走していった。

 

 その後も1分くらいでやってきて、1分で敗走していく、ということからメイヴはミニットマンと名付けてけらけら笑っていたのだが、すぐにそんな余裕はなくなった。

 

 彼女と彼女が聖杯に願って創造されたクー・フーリン・オルタが根城にしていた場所が吹っ飛んだが為に。

 

「空から来たな」

「クーちゃん呑気! すっごく呑気!」

 

 

 オルタは空を見上げた。

 とはいえ、さすがの彼も届くかどうか自信がなかった。

 

「えっと、クーちゃん。もしかして宇宙から?」

「ああ、でっかい棒が落ちてきた。二撃目が来るぞ」

 

 メイヴを抱えて、オルタはその場から一瞬で離れる。

 数秒後、轟音と共に地面に大きなクレーターが穿たれ、天高く土煙が巻き上がった。

 

 

 落下速度はマッハ9.5にも達し、高度1000kmの低軌道上から撃ち込まれる代物。

 神の杖と呼ばれる軍事衛星による攻撃だった。

 

 

「……おい、お前……何を敵に回した?」

 

 オルタの鋭敏な聴覚が捉えていた。

 こちらに向かってくる数多の飛翔音を。

 

「え、何って……」

 

 オルタはゲイボルグでもって、向かってくる無数のミサイルを迎撃する。

 投擲することで茨が音速で迫るミサイル群に絡みつき、次々と破壊するが、ミサイルは一方向からだけではなかった。

 

 四方八方から無数の飛翔音が聞こえてきた為に彼は舌打ちをし、その場を全力で離れる。

 

「で、でもクーちゃん! 魔力とか神秘が篭っていなければ大丈夫だから! セーフ! 現代兵器は無効化できるから!」

「全部篭っているぞ」

「え、まじ?」

 

 メイヴは冷や汗が出てきた。

 そのとき、脳内に突如として声が響いた。

 

『はーい、私。絶賛大ピンチのようね』

 

 その声は聞き覚えがありすぎた。

 自分の声だったからだ。

 

 ついに幻聴でも聞こえ始めたかと思いつつ、メイヴは問いかける。

 

『どこの私かしら? 今、クーちゃんに抱きかかえられているんだけど』

『ちょっと羨ましいわね……ともあれ、あなた達の敵、カルデアにいる私よ。面白そうだから、ちょっと色々と協力してもらってこうやって繋げて……マーリン! そこの棚は触るな!』

『そっちはいいから、私は何を敵に回したの?』

『うちのマスター。世界を敵に回して1人で戦えるのよ』

『は?』

『だからさ、さっさと聖杯を渡した方がいいわよ。こっちでも状況を見ているけど、今、あなた達が相手にしているのは過去・現在・未来の全てのアメリカ。架空も現実も関係ないから、ヤバイのしかいないわよ』

『で、でも私の生み出したケルトの戦士達は……』

『サーヴァントにも効果のある現代兵器がどれだけヤバイか、今、味わっているでしょう?』

 

 ぐぬぬ、とメイヴは唸るしかない。

 

「降りろ」

 

 どさり、とオルタはメイヴを地面へと落とした。

 

「ちょ、クーちゃんひどい!」

「見ろ」

 

 オルタの声にメイヴが視線をやると、そこには1人の男が立っていた。

 彼こそ、コブラが噛んで5日後にコブラが死んだなどの数えきれない程に無数のファクトを持つ人物だ。

 そして彼だけではなかった。

 

 その背後には無数のアメリカのヒーロー達。

 彼らは架空の存在であったが、紛れもなくアメリカを愛する者達だった。

 

『……降伏する。これ無理』

 

 1人とか2人なら大丈夫だろう。

 しかし、ざっと見ても数十人、下手をすればもっと増える。

 しかも、メイヴの見立てではどいつもこいつもサーヴァントと普通に渡り合えるか、サーヴァントを凌ぐような連中ばかりだ。

 

『賢明な判断ね。さすが私』

『口惜しいわ……』

『相手が悪かったのよ。仕方がないわ』

 

 自分に慰められ、メイヴは溜息を吐くしかなかった。

 

 

 



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【悲報】カドック、面倒な奴に絡まれる

 5つ目の特異点を修復したカルデアは楽観的なムードに包まれていた。

 何だかんだでアレコレとやらかしまくっているものの、麻菜により非常にスムーズに特異点が修復されている。

 

 オルガマリーとしても、その成果は称賛するべきものであり、麻菜以外ではこんなに素早く解決できないだろうと確信していた。

 麻菜にAチームの他のマスター達が加われば盤石で、彼女を酷使――当の本人には酷使されているという実感はないが――する必要もなくなる。

 オルガマリーはそう考えたし、ロマニやダ・ヴィンチも他の幹部職員達もそれには賛同した。

 

 他のAチームのマスター達にもどうしようもない状況であった、と証人になってもらうことで人理修復後の後始末をスムーズに行おうという思惑もオルガマリーにはあった。

 

 麻菜は説明会でAチームの面々と交流していたこともあり、大きな問題は起きなかったのだが――小さな問題は起きた。

 

 特に被害を被ったのはカドックである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、カドック」

「玲条麻菜っ……!」

 

 最悪だ、と言わんばかりに廊下で出くわしてしまったカドックは顔をしかめた。

 彼女とは合わない、と彼は蘇生後の早い段階で分かっていた。

 だからこそ、彼はストレートに告げる。

 たとえそれが全く相手にとってダメージとならなくても、意思表示は重要だ。

 

「僕はお前が嫌いだ」

「私は好きだけど。からかうと面白いので」

「そういうところだ。蘇生してくれたことには感謝する。それに見合うモノを将来的に返す。だから、僕と関わるな」

 

 見た目だけなら女神、しかし性格は魔王という神話に出てきそうな性悪だ、とカドックは判断している。

 

「関わるな、と言われて関わらないと思っているの? 私は人間嫌いのぐっちゃん先輩の部屋からの帰り道よ」

「……よく戦闘にならなかったな」

「残念ながらね。ところで知っている? ぐっちゃんって戦う度に最後は爆発するのよ。真祖もどきってみんな爆発オチをしないといけない決まりとかあるのかしら?」

「……僕に聞くな」

「ちなみに、ぐっちゃんに聞いたら顔を真っ赤にして否定してきた」

 

 だろうな、とカドックは頷きながらも思い出すのは蘇生してすぐに見た、あのふざけた模擬戦だ。

 

 まさしく神話の戦い。

 あれを見たAチームのマスター達は全員、顔が引き攣った。

 オフェリアがフォローに回っていたが焼け石に水だ。

 

 無数のサーヴァントを相手にたった1人で互角以上に戦う麻菜に誰も彼もが度肝を抜かれてしまった。

 

 そもそも行使する魔術――それがもはや権能だ。

 過程や理論などはなく、そう定義されているからその効果が起きるという代物。

 

 口が裂けても、カドックは自分達の方がうまくやれた、などとは言えなかった。

 

 とはいえ、彼が麻菜を嫌うのは事情が異なる。

 カドックは魔術師としては平凡であり、天才に翻弄されてきた過去がある。

 だからこそ、天才に対して劣等感があるのだが、麻菜はもう人類の枠を超えている。

 彼女は超越者という立ち位置であり、天才ですら決して届かない領域にあった。

 

 カドックとしても研究対象としての興味はあるが、あまりにも遠い存在である為に劣等感を抱きようがなかった。

 

 彼が嫌いなのはもっと単純で、性格的なものだ。

 

 人をおちょくったり、あるいはふざけたりしなければ死ぬのか、というくらいの麻菜の軽い性格がどうにもカドックは苦手だった。

 とはいえ、彼としても麻菜が本当に悪意があるわけではないことは分かる。

 神霊みたいな麻菜が本気で悪意をぶつけてきたら、カドックなんぞひとたまりもないからだ。

 

 いわゆる身内同士の軽いノリ、ふざけあい。

 わりとノリが良いベリルやペペロンチーノに麻菜が雑に絡んでいくのは最近、よく見る光景だ。

 

「カドック、暇なら私と戦う? もう何も怖くないって感じになれるわよ」

「お断りだ。もうすぐサーヴァントの召喚がある。それに集中したい」

「前に聞いたことがあるんだけど、元々は1人につき1騎だったなんて……ケチくさいわね」

「それが普通なんだ」

 

 話をしていると、こっちの常識がおかしくなる。

 侵食非常識結界でも持っているのか、とカドックは心の中で毒づきながら、さっさと麻菜から離れていった。

 しかし、そこで麻菜が呟くように言った。

 

「カドックは確かキャスターを召喚……そうだ、モモンガを呼んでやろう」

「おい馬鹿やめろ!」

「あ、戻ってきた。地獄耳ね」

 

 一瞬で戻ってきたカドックに麻菜は笑いながらそう声を掛けた。

 

「うるさい! 何でモモンガなんだ!?」

「モモンガってあれよ、私の友人の方よ。死の超越者で、苦労人で……」

「やめろ! 絶対に碌でもないことになる!」

 

 カドックの言葉に麻菜はにやりと笑みを浮かべる。

 

「さてはカドック、キャスターの女の子を召喚しようとか思っているわね? やっぱり男の子だわ」

「お前、頭がおかしいだろ」

「むしろ女の子を召喚しようとしない方がおかしいのでは?」

 

 真顔で麻菜にそう返され、カドックは一瞬自分が間違っているのではと思ってしまうが、そんなことはないと首を横に振る。 

 

「で? どんな子がいいの? 金髪褐色巨乳お姉さんとか? あるいは金髪碧眼巨乳のお嬢様?」

 

 カドックは身体能力を魔術でもって強化し、思いっきり麻菜の頭に拳骨を叩き込んだ。

 人体から出てはいけない音が出たが、麻菜なので問題はない。

 

「いたい」

「痛いで済ますな!」

「痛いだけじゃないわ。たんこぶができたもの」

「たんこぶで済ますなよ! 本当にお前は魔術師に喧嘩を売っている存在だな!?」

 

 麻菜はけらけら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カドックとのやり取りから数日経った、6つ目の特異点に関する情報がちらほらと出てきたある日のことだ。

 

「アナスタシアってこの前の召喚で来てくれたじゃない?」

 

 麻菜は雑に話題を振った。

 

「なんじゃ藪から棒に」

 

 織田信長は自分に対する話題ではなかったので、不満そうな顔でそう返した。

 とはいえ、信長の方から麻菜のところを訪れて、駄弁っていた為に文句は言えない。

 

「カドックもアナスタシアを召喚してWアナスタシアとかいう面白いことになっているのは……まあいいとして」

「なんかアナスタシア同士で盛り上がっていたな。双子みたいだって、はしゃいでおったぞ」

「うんうん、他にもAチームとダブった子とかいたけど、今回はアナスタシアが私の敵にならなくて良かったってことよ」

「つまり?」

 

 問いに麻菜は鷹揚に頷いて告げる。

 

「敵になってたら、私は躊躇なくスターリンを召喚したわ。彼女は過去・現在・未来のソ連を架空や現実を問わず相手にすることになっていた」

「のぅ、麻菜。お主、第六天魔王と呼ばれたことはないか? 鬼畜を超えた所業じゃぞ……」

 

 信長は体を震わせる。

 彼女自身も結構はっちゃけていたが、スターリンははっちゃけ具合とやらかし具合は信長を遥かに上回る。

 ましてや、トラウマとなっているアナスタシアにスターリンをぶつけるなんぞ、もはや悪魔の所業だ。

 

「ソヴィエト・ロシアではロマノフ王家が統治される。是非もないよね?」

「是非もないわけがないぞ……それ、本人には言うんでないぞ。座に還ってしまうやもしれん」

「私の敵になったっていうことは私に何をされてもいい、と自ら契約書にサインをしたようなものよ」

「召喚されてから常々思っておったが、お主って超ポジティブじゃな! わしもビックリ!」

「それほどでもない。とはいえ、アナスタシアは可愛いし面白いので気をつける。彼女の歌声って知っている? 色々歌ってもらったわ」

「ほー……よし、わしも何か歌ってやろう」

「信長には敦盛を舞ってもらいたい」

「死亡フラグが立つから嫌じゃな……」

「本場の敦盛を見てみたいので、是非とも」

「今度な、今度」

 

 手をひらひらさせる信長。

 そこへ新たな来訪者がやってきた。

 

「なんでノッブがいるんですか?」

「なんじゃ、沖田。わしがいてはまずいか? マスターの傍にいるのは当然じゃろ」

「私もサーヴァントなんですが……ともあれ、麻菜、お団子を持ってきました」

「わしの分は?」

「あるわけないでしょう」

 

 沖田にばっさりと斬られて、信長は項垂れた。

 この2人のやり取りはいつもだいたいこんな感じなので、麻菜は気にすることなく、沖田が持ってきたお団子を頬張る。

 

「のう、麻菜よ。可愛いサーヴァントが腹を空かせておるぞ?」

「沖田さんや、サーヴァントってお腹が空くの?」

「食べることはできますけど、空くことはないですね」

 

 今更のことを麻菜は敢えて問いかけ、沖田もまたそう答えた。

 

「ぐぬぬ……悪魔め……」

「悪魔らしいやり方で、お団子を食べてやるんだから」

「カルデアの白い悪魔……!」

 

 そんなことを言いつつも、麻菜は団子を一つ、信長へと渡した。

 もぐもぐと団子を頬張る信長。

 

「で、物は相談なんですが、麻菜……いえ、マスター」

 

 沖田は拝むように麻菜へと両手をあわせた。

 

「何なのよ、改まって」

「次の特異点、是非とも私を……」

「おい沖田。わしを差し置いて何を言うか。ということで麻菜よ、次はわしを連れて行け」

 

 これが目的だったのか、と麻菜は悟る。

 しかし、彼女は溜息を吐き、無言で部屋の隅を指さした。

 

 そこにはダンボール箱が山と積まれていた。

 

「部屋に来たときからあったが、何じゃあれ?」

「次は自分を連れて行け、という嘆願書」

「マジか……」

「マジですか……」

 

 皆、考えることは同じだったらしいと2人は悟る。

 

「そろそろコヤンスカヤを特異点に連れて行きたい気がするけど、やめておいたほうがいい気もする」

「妲己ですからねぇ」

「妲己じゃからなぁ」

 

 現地のサーヴァントや住民と一悶着を起こしそうなのは言うまでもない。

 

「あと次はエルサレムのあたりらしいから、そりゃもう宗教的にカオスなことになっているに間違いない」

「宗教戦争ならパス。一向宗で懲りた」

「あ、それなら沖田さんもパスです。面倒くさいので」

 

 信長と沖田の言葉にそりゃそうだろうな、と麻菜は思う。

 彼女だって前世のリアルで宗教には懲りている。

 

「……やっぱり有名な指導者を召喚して、聖戦(ジハード)を宣言してもらうしかないかな」

「おいバカやめろ!」

「それはまずいですよ!」

 

 とんでもないことを言い出す麻菜に信長と沖田は慌てて止めに入る。

 

「普通にやればいいんじゃないですか? 麻菜は普通に強いので。最近は以前より、技量は勿論、魔力やその他諸々も上がってきていますし」

 

 沖田の言葉に今度は信長が驚いた。

 

「え、まだ成長しとるんか?」

「ええ、麻菜は成長していますよ」

「やっぱりお主、本物の第六天魔王じゃろ」

「……そうだ、私をマスターとするサーヴァントは成長できるようにしてしまえば……」

 

 何やらえげつないことを麻菜は考えていた。

 

「そういえば沖田。お主、病弱だった筈では……? もっとこう、ごほんごほん吐血しとれ」

「あ、それ、麻菜に治してもらいましたよ。噂の何でも願いが叶う魔法で。あと、最後まで付き従えって言われたりもしているので、私としてはそうするつもりです。それに羽織もなんか、戦ってたらいつの間にかありましたし」

「なんじゃそりゃ!?」

「まあ、私以外にも願いを叶えてもらった方は多いですし……己自身に関する問題なら、叶えてもらえますよ。対価は永遠に付き合ってっていうものですけど」

 

 信長も何か願いの一つでも叶えてもらおうと思うが、あいにくと思い浮かばな――

 そのとき、彼女は閃いた。

 

「よし、弟と姪っ子を召喚してくれ」

「よしきた。代わりに信長もずーっと一緒にいなさいよ」

「うむ。わしも世界を見て回りたい故、もとよりそのつもりじゃ」

「弟は分かりますけど、なんで姪っ子?」

 

 沖田の問いかけに信長は神妙な顔で告げる。

 

「わしの勘じゃが、どうも手元に置いておかないと弟にしろ、姪っ子にしろ特異点を作りそうな予感がしてならん……」

 

 信長の表情にどうやらガチっぽい、と沖田と麻菜はそれ以上の追求はやめたのだった。

 

 

 

 

 



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特異点の雑な攻略会議 異次元に飛ぶ話題

「次の特異点なんだけど……キアラを放り込んで、気持ち良くなってもらった後に私が乗り込んで聖杯を頂くっていうのはどうかしら?」

「それは大変素晴らしいですわ、麻菜様。私、ずーっとそういう意味での出番がなかったので、少し運動をしたかったところです」

「別の意味では私がよく相手をしてもらっていたんだけどね。とりあえずキアラって感じで」

「もう!」

 

 何なんだろう、こいつらという視線がこの場にいる面々から注がれるが、そんな視線を気にする神経など2人には存在しない。

 マシュは深く溜息を吐いていた。

 

 6つ目の特異点修復の為のブリーフィングであったのだが、いきなり真面目な空気は消えてしまった。

 Aチームの面々も今回からレイシフトに加わる為に参加しているのだが、慣れているオフェリアと違ってキリシュタリア達は面食らっていた。

 なお項羽から参加したほうが良いと言われた為に虞美人も参加している。

 彼女としても項羽と一緒に特異点修復という名目で旅行をしたいという思いがある為だ。

 

「あ、ところでカドック。とりあえず童貞を捨てたかったらキアラに頼むといいわ。ただし、高純度のヘロインみたいなものだから、廃人になる可能性がそれなりにあるけど」

「1日の中でせめて30分くらいは真面目になれよ!」

 

 麻菜から突然話を振られたカドックのもっともなツッコミに、麻菜は満足げに頷き、キアラは妖艶な笑みを浮かべる。

 

「可愛らしい方ですね。うふふ、私、困ってしまいます……」

「さすがのツッコミね、カドック。ぐっちゃん先輩並だわ」

「はぁ!? おい馬鹿後輩、私がいつツッコミ役になった!?」

「そういうところね」

 

 色々と台無しであったが、そこは手慣れたオルガマリーが軌道修正を行う。

 

「はいはい、漫才は後にして頂戴。今回は1273年のエルサレムが舞台よ。歴史的にはエルサレム王国が消えたあたりね」

 

 そこですかさず麻菜が勢い良く手を挙げた。

 オルガマリーはジト目で彼女を見つめながらも問いかける。

 

「……まだ概要しか説明していないんだけど……何かしら?」

「異教徒共皆殺しにして、世界最強の宗教の威光を知らしめていいですか!?」

「特異点の修復って言っているのに、何であなたが特異点を作ろうするのよ!」

 

 麻菜は特異点をすぐに作ろうとするので油断できない。

 

「まずは我々がレイシフトして、拠点を構築するという形かな」 

 

 キリシュタリアの提案は妥当なものであるが、麻菜はならばと代案を出す。

 

「最初にも言ったけど……キアラを放り込んで、しばらくしたら敵が気持ち良くなって魂が解放されているから大丈夫」

「ええ、勿論です。遍く全ての魂を救済してみせましょう」

「快楽特異点とかになりそうだからダメ」

 

 オルガマリーからの駄目出しに麻菜は顔を顰め、キアラは困り顔だ。

 

 その反応を見て、一瞬オルガマリーは自分が間違っているのではと思いかけるが、そんなことはないと思い直す。

 

 最初に召喚されたサーヴァントであり麻菜が手綱を握っているから、ということで見逃されているのだが、キアラ本人の話を纏めると彼女はどうもビーストっぽいのである。

  

 他のサーヴァント達もキアラを嫌悪あるいは忌避したりする者は多く、滅ぼした方がいいのでは、と進言する者までいるくらいだ。

 しかし、これまたキアラ本人が言うには麻菜でしか満足できない身体にされてしまった為、見境なく手を出そうとは考えていないとのこと。

 

 ダメ出しをするオルガマリーに麻菜は毅然と告げる。

 

「世界を救う為なんだから、キアラをぶつけても許される筈よ」

「先輩、許されないですから。最後の一線は守ってください」

 

 

 今度はマシュが駄目出しをした。

 キアラに対する扱いが酷い気もするが、彼女の事情をよく知らないAチームの面々も、危険な存在という認識はあった。

 一目見た瞬間に油断も慢心もしてはならない相手である、と彼らは感じている。

 

「実は特異点ごと消し飛ばすこともできるから、キアラをぶつけるのはかなり自重している方なんだけど」

 

 事も無げに告げる麻菜にオルガマリーとマシュは深く溜息を吐き、キリシュタリア達は頬が引き攣った。

 

 

 何なんだろう、これ――

 

 さすがのキリシュタリアといえど麻菜はちょっと理解し難い、というより理解したくない存在だった。

 とはいえ、その力は強大無比であり、協力を得られれば彼個人の計画は一気に進むことは間違いない。

 

 そして、この流れならば彼がずっと気になっていた質問をしても不自然ではないと考えた。

 故に彼は問いかける。

 

「ところで、君が全力を出したならどこまでできる?」

「意味がない質問だわ」

 

 キリシュタリアの問いに対し、麻菜は笑みを浮かべてそう答える。

 これに関してはこの場にいる誰も彼もが興味津々で――キアラですらも――2人のやり取りに注目する。

 

「それは……どういう意味で?」

「そのままの意味よ。私が望めば何でも叶う。人類全てを不老不死にして、病気も何もなく、永遠に繁栄させ続けることもできるし、スケールを大きくするなら、この宇宙そのものを消し去ることもできる」

 

 それほどまでか、とキリシュタリアは絶句してしまう。

 

「そんな造物主な私が思うことだけど……」

 

 麻菜はそう前置きして、言葉を続ける。

 

「何でもできるから何もしなくなるわよ。それでも根源接続者の従姉よりはかなりマシだけども」

 

 さらっと爆弾が投げ込まれ炸裂した。

 

「え? 従姉が根源接続者?」

 

 オルガマリーの問いかけに麻菜は頷いて告げる。

 

「沙条愛歌っていうのよ。私が絡まないと引きこもりニート。魔術師が愛歌を見ると、嫉妬して発狂して死ぬらしい」

「根源接続者が引きこもりニート……」

 

 オルガマリーは思わずキリシュタリア達を見つめた。

 彼らは引き攣った顔だった。

 

「なぁ、後輩。お前の親族、みんなそうなのか?」

「従姉だけね。妹の方は普通の魔術師よ。実は魔法使いだったとかそういうオチもない……そうだ、私も朱い月の真似をして真祖をたくさんつくろうと思うんだけど、どう?」

「やめろバカ」

「じゃあ、人理修復が終わったら、南米にいるって愛歌が言ってたでっかい水晶蜘蛛を捕まえに行こうと思うんだけど、ぐっちゃんパイセンも来る?」

 

 南米――でっかい水晶蜘蛛――

 

 それで誰もがピンときた。

 死徒二十七祖に数えられてはいるものの、そんな生易しいものではないと噂される存在だ。

 

「あらやだこの子、夏休みの自由研究的なノリでORTを捕まえようとしているわ」

 

 ペペロンチーノの言葉にオルガマリー達は固まった。

 

「ORTを捕まえて時計塔の連中に見せれば、私も魔術師として認められるかしら?」

「うーん……たぶん、時計塔の人達が皆死んじゃうわね」

「マジで? 面白い蜘蛛ね、ますます気に入った。捕まえたらリタに自慢してやろう」

 

 またまた聞き捨てならない名前が出てきた為、オルガマリーは問いかけた。

 

「……ねぇ、麻菜。リタって誰?」

「私、週末に転移魔法で世界各地を旅行するのが趣味なんだけど、ヨーロッパで知り合った芸術家のお嬢様。嗜好的な意味で意気投合して、色々とね……フルネームはリタ・ロズィーアンって言って、吸血鬼なんですって」

 

 やっぱり二十七祖の一角だった――

 

 しかし、衝撃はそれだけに終わらない。

 

「リタと仲良くしていたら、そこに酔っ払ったスミレがやってきて殺し合いを始めたから、最終的に私がどっちも良い感じに収めた。スミレってば酔いが覚めたら空想具現化とかいうチートを使ってきたので手強かった」

 

 それを聞いてペペロンチーノは鷹揚に頷き、麻菜に問いかける。

 

「麻菜ちゃん、あなたは人理焼却の黒幕なんじゃないの? 魔術王ってあなたの手下?」

「私だったらこんな回りくどくやんないわよ」

「それもそうよねぇ……麻菜ちゃんが味方で良かったわ」

 

 ペペロンチーノの言葉に麻菜は胸を張る。

 

「私の敵になるってことは私に何をされても構わないって宣言して、契約書に自らサインをしたようなものよ」

 

 その言葉にこの場にいる面々の大半は深く溜息を吐き――そこでオルガマリーは当初の話題を思い出した。

 

「特異点! 特異点の話に戻るわよ! どうして麻菜がいると話が異次元に飛んでいくのかしらね!?」

「異次元の戦士なので」

「黙らっしゃい!」

 

 オルガマリーはそう言って、麻菜の両頬を思いっきり引っ張った。

 餅みたいに彼女の頬を伸ばしながら、オルガマリーは告げる。

 

「真面目にやりなさい! 分かったわね!?」

「ふぁい……」

 

 オルガマリーが麻菜に言うことを聞かせる様子を見て、キリシュタリア達は感心する。

 これにより彼らのオルガマリーに対する評価が鰻登りであったが、当の本人は話を脱線させまくる麻菜への怒りしかなかったのは言うまでもない。

 

 そんなこんなで、ようやくマトモに話し合いが行われ、敵情が不明ならばまずは最大戦力をぶつけるべきだという結論に達した。

 そして、被害を最小限に抑えるならば麻菜に任せた方が良いというのも事実だ。

 その為、まずは彼女の好きに――特異点を根こそぎ吹き飛ばすとかそういうのは無しで――やらせてみることになった。

 

 



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人道に対する罪を犯した者への正当なる報復攻撃

「……うーん、これ、どっちが悪役なんだろう」

 

 ロマニは困惑していた。

 それは彼だけではなく、ここにいる全ての面々の偽りのない思いだった。

 

 6つ目の特異点に投入されたカルデアからの兵力はたった2名。

 玲条麻菜とそのサーヴァントである殺生院キアラだけである。

 

 「とりあえず偵察に行ってくる」という軽いノリで麻菜がキアラを連れてレイシフトしていったというだけだ。

 

 しかし、それは正解だったかもしれない。

 

 レイシフトした直後に宝具と思われる黄金色の特大魔力砲撃が飛んできたのだ。

 回避するための時間的猶予は僅か数秒しかなかったが、麻菜にとってはそれで十分過ぎた。

 

 

 とはいえ、カルデアの面々からすると魔術王よりもある意味では危険で厄介な麻菜とキアラのコンビである。

 2人の性質を知っていれば、むしろこっちが悪役なのではないか、と思ってしまうのも無理はなかった。

 

 その後も砲撃が飛んできたが、最終的に麻菜がブチ切れて白銀の槍を顕現させ、ぶん投げたら飛んでこなくなった。

 相手に当たったのかどうか分からないが、とりあえず脅威はひとまず去ったのは間違いない。

 

『撃ってきた敵はどこに?』

 

 そして、すぐさま麻菜からの問い合わせ。

 

「エルサレムの方角ね」

『マリー、私とキアラはそっちへ向かうから。必要に応じて私を目印にして、増援を送り込みなさい』

「分かったわ」

 

 通信が切れ、オルガマリーは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 一方で麻菜はキアラをお姫様抱っこして、空を飛んでいた。

 エジプト方面は砂嵐が巻き起こっていたこともあり、わざわざそっちに飛ぶことはしなかった。

 そもそもオルガマリーからはレイシフトする際に寄り道せずにさっさと行きなさい、と言われていた為でもある。

 

 そんな麻菜はブチ切れていた。

 開幕からマップ兵器みたいなものをぶっ放すという真似をしてくれたので、相応のお礼(・・)はしなくてはならない。

 

 もっとも、麻菜とキアラを相手にして戦うとなれば、レイシフトした直後の態勢が整っていない段階を狙って、大火力で吹き飛ばすというのは極めて合理的かつ正しい対応である。

 

 不幸であったのは、麻菜にとってこういう理不尽な開幕攻撃は非常に慣れていたことだった。

 

「麻菜様、どうされますか?」

「実は私が密かに練習して、できるようになっていたアレをアレしてアレする」

「よく分かりませんけど、それは気持ち良いことでしょうか?」

「少なくとも私にとっては気持ち良いわね……あ、なんか地上で剣を振り回しているのが見える」

 

 麻菜の言葉にキアラは地上を眺めてみるが、荒野の中に小さな黒い点――芥子粒と同じくらいの大きさ――がかろうじて見えるくらいだ。

 

 

 高高度を飛べるのだから、低高度を飛んでやる義務も義理もない――

 

 

 極々当然の判断により、麻菜はキアラを抱えて高度9000mという亜成層圏を時速500km程度で飛んでいた。

 麻菜もキアラも、この高度を飛行することによる大気の薄さだとか寒さだとかそういうものの影響は一切受けていない。

 ある意味で2人とも人外であるからこそ、できることだ。

 

 なお、飛行速度に関しては麻菜のこれまでの実験により、魔力を注げば注ぐほどに加速できることが分かっていた。

 魔力を全て飛行に回せば極超音速でかっ飛ぶことも理論的には可能であるが、そんなことをすると各国のレーダーに捕捉されてUFOと間違われるのでやったことはない。

 

 特異点ならそういうことを気にせずにできるかもしれないが、オルガマリーの胃を痛めることになるので自重しているのだ。

 

 

 そうこうしているうちに、エルサレムらしきものが見えてきた。

 麻菜とキアラは不思議に思う。

 

「ねぇ、キアラ。私はエルサレムの歴史にはあんまり詳しくないんだけど、この時代のエルサレムって白亜の城なの? なんか建築様式的にここらの感じではなくて、欧州っぽいんだけど」

「私も詳しくはないので分かりませんが……しかし、城の周辺には難民らしき人々が見えますね」

「税金対策に慈善事業でもやっているのかしら……?」

「国が税金対策というのもおかしな話かと……あと、エルサレム王国は滅んだらしいですから」

 

 とりあえずカルデアに連絡を入れようと麻菜が思った、そのときだった。

 

 城の中心部から見慣れた砲撃が飛んできた。

 しかし、麻菜はそれをひらりと華麗に回避するが今度は敵も本気なのか、砲撃が乱射される。

 

 リキャストタイム無しでマップ兵器を乱射とか何それズルい――

 

 麻菜はそう思う程度に余裕であった。

 何しろ、砲撃の軌道は直線であり、追加効果などが何もなかったのだ。

 追尾してきたり、拡散してきたり、分裂したり、デバフを撒き散らしたりとかそういう追加効果のない単なる砲撃に当たる彼女ではない。

 

 避けまくる麻菜に怒りを覚えたのか、更に激しい砲撃となるが、それでもなお当たらない。

 ランサーのアルトリア達が使っている聖槍による砲撃っぽいことに、そこで麻菜は気がついた。

 

 回避しながら、麻菜はカルデアへと連絡を入れる。

 

「あー、もしもし? 私だけど」

『色々と言いたいことはあるけど、とりあえず……その乱舞しているビームみたいなのは何?』

「敵からの砲撃だけど」

 

 ひらりひらりと軽業師のように避けながら、麻菜は余裕である。

 

『何でそんな馬鹿げた砲撃を軽々と回避できるのよ!?』

「当たらなければどうということはない」

『カルデアの赤い彗星!?』

 

 ロマニがオルガマリーの横で反応したが、オルガマリーの睨みで一瞬にして沈黙を余儀なくされた。

 しかし、麻菜は赤い彗星という単語に、なんかそれっぽい格好でもすればよかったと少し後悔する。

 そんなことを思っている間にオルガマリーが尋ねる。

 

『で? 用件は?』

「ちょっとランサーのアルトリアを2人とも呼んで欲しいのよ。この砲撃、たぶん聖槍っぽい気がする。模擬戦で似たようなのを見た」

 

 麻菜の言葉にオルガマリーは頷いて、指示を出す。

 数分もしないうちに、ランサーのアルトリアとアルトリア・オルタが現れた。

 

『間違いありません。聖槍によるものです』

『地上にある城は間違いなくキャメロットだ』

 

 なるほど、と麻菜は鷹揚に頷いて、そしてにっこりと2人に微笑んだ。

 

「特異点を作りそうなこと、何かやった?」

『……もしかしたら平行世界の私がやらかしたかもしれません』

 

 アルトリアの言葉に麻菜は再度、頷いてみせる。

 オルタの方は諦めの表情だ。

 

 そこでキアラが声を上げた。

 

「麻菜様! 御覧ください! 人がゴミのように死んでいきます!」

 

 通信はそのまま繋がっており、カルデアの管制室、そのモニターにも様子が映し出されていた。 

 砲撃を避けていたこともあって、高度は当初よりもかなり低くなっていたおり、その光景は鮮明に見えてしまった。

 

 騎士達が難民達を斬り殺している光景だ。

 

 キアラからすれば痛ましい出来事である。

 苦痛からの解放は快楽によるものでなければならない、という意味合いで。

 

 一方でカルデア側は常識的な反応だ。

 

『そんな……! 騎士達があんなことを……!』

 

 ランサーアルトリアは驚愕に目を見開き、オルタは何も言わずにただ顔を顰めた。

 オルガマリーはすぐさま叫ぶ。

 

『麻菜! 何とかしなさい!』

「何とかしなさいって言っている間に、もう終わるわよ」

 

 麻菜の言葉通りだった。

 

 騎士達は数が多く、難民達を取り囲むように布陣していたこと、そして彼らが全員手練であることから一撃でもって迅速に難民達を処理しており、あっという間に難民達の殺戮を終えた。

 

 しかし、ここからは麻菜のターンである。

 何しろ、相手側は無抵抗であり、なおかつ庇護を求めた難民を一方的に皆殺しにしたのである。

 何をしてもいい、という最高の大義名分を麻菜に与えてしまった。

 

 故に麻菜は宣言する。

 しっかりと眼下のキャメロットにも聞こえるよう、広範囲に自身の声を届かせるアイテムを使用して。

 

「無抵抗かつ庇護を求めた難民達を一方的に虐殺するということ、これは明確な人道に対する罪である!」

 

 麻菜はノリノリであった。

 そして、この後の展開が予想できたカルデア側は溜息を吐く者、コメカミを抑える者など様々である。

 

「よって、私は虐殺された人々の無念を晴らすべく、正当なる報復攻撃を決意した!」

 

 何をやるんだろう、とカルデアの面々が見守る中、いよいよ麻菜は攻撃に転じる。

 敵からの砲撃はまだ収まっていないが問題はない。

 

 ユグドラシルの制限を取っ払い、アレコレと練習してできるようになった魔法を今から彼女は行使する。

 麻菜の個人的に使ってみたくてウズウズしていた魔法の上位に位置するものだ。

 

「あ、キアラ。ちょっとこういう感じで」

「あんっ」

 

 しかし、お姫様抱っこでは撃てないので、キアラの体勢を変える。

 彼女を背負う形にしたのだが、そのときにキアラの豊満な胸を揉んでしまうのは仕方がない。

 

 そんなこんなで、麻菜は魔法を強化するバフを唱えた上で、いよいよその魔法を行使する。

 

核爆発(ニュークリアブラスト)

 

 麻菜は手をキャメロットに向けて突き出して、唱えた。

 すると1個の光弾が彼女の手のひらから凄まじい速さでキャメロットの中心へと向けて飛んでいき――そして、大爆発を起こした。

 

 麻菜は告げる。

 

「1発で終わらせると思った? 残念! 連発だわ! 核の飽和攻撃を喰らえ!」

 

 キャメロットは核の炎に包まれていく。

 天高くまで爆煙が届くが、麻菜は構わず核攻撃を継続する。

 

 これまで一方的に砲撃してきたお返しとばかりに。

 

 次々と起こる核爆発によって、まさしく地上に太陽が幾つも現れたかのような状況となった。

 

「お前が泣くまで核攻撃をやめないっ!」

『泣く前に消し飛んでいるんじゃないの……』

 

 オルガマリーは呆れながらツッコミを入れた。

 いくら何でもあんまりな展開だ。

 

『何というか……ここまでデタラメだともう笑うしかない。あれ、全部魔力によって核爆発を引き起こしているよ。だからサーヴァントとかにも効くよ』

 

 ロマニは疲れた顔をしていた。

 

『やっぱり麻菜君が黒幕なんじゃないの?』

 

 ダ・ヴィンチの問いにカルデアでは同意する声が多数上がった。

 

「この品行方正健康優良おやつは300円以内の私が人類を滅ぼそうとするわけがないじゃない」

『おやつは300円以内って何よ?』

「バナナはおやつに入らないらしいわよ。諸説あるらしいけど」

「麻菜様、そのネタは欧米人には通用しないと思いますけど……」

 

 キアラのもっともなツッコミに麻菜はそれもそうだ、と思いつつ、核攻撃を止めた。

 

 キャメロットは砂塵と煙により覆われて、全く何も見えない状態だ。

 

「どう思う?」

「私の勘ですと……たぶん無傷でしょうね」

「私もそう思う。だいたいこういう展開だと核攻撃って噛ませみたいな扱いなのよね。本来は今の攻撃でここら一帯どころか、中東は人が生存できないくらいになるんだけど」

「分かっているならば、どうして……?」

「核を個人でぶっ放せるなら、ぶっ放したくない? しかもここではなかった事になるし……」

「核よりも、私は自慰の方が……」

 

 

 緊張感のない会話をする2人に対して、眼下から黄金色の砲撃が放たれた。

 

 

『よし! 流石は私です!』

『ああ、そうだ! あんな卑劣な攻撃に負ける私ではないな!』

 

 あんまりな攻撃に意気消沈していたランサーアルトリアとアルトリア・オルタが元気を取り戻した。

 

「あなた達、どっちの味方なのよ?」

『麻菜が騎士としての矜持を踏み躙るような攻撃をするのが悪いです!』

『そうだそうだ!』

「いや、あなた達の騎士も難民を虐殺していたじゃないのよ」

 

 2人からそう言われて、麻菜は反論する。

 するとアルトリア2人は言い返せずにしょぼんとした顔になってしまう。

 その顔が可愛かったので、麻菜はそれ以上アレコレ言うのはやめた。

 

 

 そうこうしているうちに煙や砂塵が晴れてきたが、そこには変わらぬキャメロットが存在した。

 キャメロットの周辺、元々は難民キャンプがあった場所は数多のクレーターとなっている為、どうやら何かしらの防御機構でもって核攻撃を防いだのだろう。

 

「ぐぬぬ……!」

「麻菜様、どうされます? もっと大きいのをぶち込みますか?」

 

 キアラの問いかけに対して、麻菜はここで特異点攻略会議を思い出す。

 

 特異点ごと消し飛ばすとかそういうのは無しで――

 

 自分とキアラが特異点を攻略するにあたり、出された条件はそれだ。

 これを破ればキリシュタリア達Aチームが対処することになる。

 

 とはいえ、今回のコレを見てAチームの面々はほとんどが顔を引き攣らせていたのは言うまでもない。

 核攻撃を個人で行える麻菜もデタラメだが、それを防ぐ相手も中々にデタラメである。

 

 麻菜は決断する。

 

「……よし、キアラ。ヤっていいわよ」

「まぁ! よろしいのですか?」

「ただし、ボスは残してね。アルトリアは欲しいので」

「はい、心得ております」

 

 満面の笑みでキアラは答えた。

 そして、麻菜は砲撃を避けながら、そのまま地上へと降下していったのだった。

  

 

 

 



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対知性体用最終決戦サーヴァント:殺生院キアラ

「実はアレ、本当なら私を中心にして核爆発を起こすんだけど……どうにかアレを撃ち出せないかって昔から試行錯誤したのよ」

 

 麻菜は得意げに語り、それはカルデアの管制室に流れている。

 さっきの核攻撃ってどうやってやるのか、というロマニの質問への回答だ。

 

「従姉の愛歌に協力をお願いして、魔力の動きを感じてみたんだけど、核爆発をさせるときに魔力が物凄い勢いで身体の中心に集まっていくのが分かって、爆発する寸前にまで飽和した状態のときにそれを更に魔力で包み込んで、ふわっと取り出す形にしたら、ああなった」

『ごめん、聞いた僕が馬鹿だったよ……』

 

 ロマニは思わず謝罪した。

 まず自分を中心にした魔法というところで、麻菜が核攻撃に対する耐性みたいなものがあるかもしれないと判明してしまったのだ。

 撃ち出せなければ麻菜が敵陣に突っ込んで核爆発を連発するという、虞美人みたいなことをやらかす可能性もあった。

 虞美人が単なる爆発であるのに対して、麻菜は核爆発である為、周囲に与える影響は計り知れない。

 

 呑気に解説している麻菜であるが、彼女の目の前ではキアラによる救済が行われていたのだ。

 

 全身に鎧を纏った騎士達が大勢、キャメロットから出撃してきたのだが――キアラが片っ端からその胎内へと吸い込んでいっている。

 

 教育に悪いというか、魔術師どころか人類や知性体そのものに喧嘩を売っているというか、ともかくそういうデタラメで敵に同情してしまうことが行われていた。 

 

 なるべくキアラの戦いを見たくない為にロマニは麻菜へ核攻撃ってどうやるのか、という問いかけをしたのである。

 

 麻菜とキアラ、どっちがマシかというのは究極の問いであるに違いないとカルデアの面々は確信した。

 

「お、お前! そんなの反則じゃねぇかー!?」

「ふふふ……ソワカソワカ……」

 

 意気揚々と出撃してきたモードレッドがキアラによって瞬く間に捕らえられて、胎内へと収められた。

 なお、この時点で特異点の様子はリアルタイムで希望するサーヴァント達の部屋や食堂、レクリエーションルームなどのモニターに対しても映像が流されている。

 

 偶々食堂でラーメンを食べながら見ていたカルデアのモードレッドは泣いた。

 食堂に居合わせた他のサーヴァント達は彼女が可哀相過ぎたので、彼女を気遣い、特にスカディは自らが注文したアイスクリームを1つ、モードレッドへと差し出した程だ。

 

 そして、やや遅れて出てきたガウェインは堂々とキアラの前に立つ。

 彼はキアラを凝視して――

 

「……あと10歳、若ければ……」

 

 ぽつりと彼が呟いた声はキアラだけでなく、麻菜、そしてカルデアにも聞こえた。

 

「私が言うのも何だけど、ガウェインって……円卓って……」

『サー・ガウェイン……』

『もう諦めている……』

 

 麻菜の言葉にランサーアルトリアとオルタが嘆いた。

 カルデアの管制室にいるオルガマリー達からは微妙な視線がランサーアルトリア達に送られる。

 

 そして、カルデアのガウェインは幸いにも自室で見ていた為、彼自身が悶絶した程度で済んだ。

 

 なお、ランスロットはセイバーの彼は勿論、理性を失っている筈のバーサーカーの彼であってもこの時点で嫌な予感しかしなかったので、それぞれ自室に閉じこもって鍵を掛けた。

 

 それは正しかった。

 

 

 麻菜達の前に立ちはだかったガウェインは2人を明確な脅威だと判断し、宝具を放った。

 ギフトもあることから、彼の聖者の数字は常に発動状態であり、生半可な輩では防ぐことすらできないのだが――相手が悪すぎた。

 

「宇宙的なドMのキアラにそんな攻撃が効くわけがない」

 

 麻菜はそう言いつつも、ガウェインが宝具を撃つタイミングに併せてキアラに対して、念の為に防御系バフを重ねがけしていた。

 

「ああんっ……!」

 

 転輪する勝利の剣(エクスカリバーガラティーン)を真正面から受けて喘ぐキアラ。

 そんな彼女を盾にして防ぐ麻菜。

 転移魔法で回避しても良かったのだが、目の前にちょうど良い肉盾があったので使わない理由がなかった。

 

 宝具の解放が終わったところで麻菜は問いかける。

 

「SMプレイ的な感じに気持ち良いの?」

「そんな感じです。麻菜様、今度、そちらもやりましょう」

 

 そんな会話をしているとガウェインが斬りかかってきたが、残念なことに既に彼はキアラの掌の上であった。

 そのとき、2人の後方よりランスロットが奇襲を掛けるべく疾駆してきたのだが――

 

「ふふふ、後背位がお好きですか? さすがはランスロット卿ですね。王妃とヤるときもそうだったのでしょうか……?」

「伊達に王妃を寝取ってないわね」

 

 妙なところで感心する2人にランスロットは怒りと羞恥その他諸々の感情が込み上げながらも、斬りかかろうとして――

 

「さぁ、私の胎内を存分にご堪能くださいませ……」

 

 呆気なくランスロットはガウェインと共にキアラの胎内へと消えていった。

 

『……最低ですね。わざとじゃないですか?』

 

 カルデアの管制室にいながらも、これまで沈黙を貫いていた――コメカミを抑えたり溜息を吐いたりはしていた――マシュはここで遂に口を開いた。

 

 ランスロットに対する言葉であるのは明白だ。

 

「今まで黙っていたマシュの第一声が予想外に辛辣だった件について」

『先輩が予想外なことばかり仕出かすので、言葉が出なかったんですよ!?』

「文字通り、絶句するという状態だったのね」

 

 さて、と麻菜は飛んできた不可視の攻撃――空気の刃を一瞬で斬り捨てる。

 いつの間に抜いたのか、その手にはレーヴァテインがあった。

 

「流石のキアラも知覚外の敵は吸い込めないのよね。いやまあ、攻撃が当たっても気持ち良くなるだけで終わるだろうけど」

「いえ、そんなことはありませんよ? 痛いものは痛いですし……それもまた気持ち良いですけど」

「最終的には気持ち良くなるんじゃないのよ」

「ええ、それが私ですので」

 

 頭の悪い会話にオルガマリーは映像による監視をやめようかなと思ってしまうが、それはそれで麻菜とキアラがやりたい放題になる可能性がある。

 たとえ精神衛生上多大な問題があったとしても、見なければならない、記録に残さねばならないのがカルデアの辛いところだった。

 

『麻菜、おそらくはトリスタンですが……どうしますか?』

『頑張れ、トリスタン。せめて一矢報いろ。王の心が分からないお前でも、それくらいは分かるだろう!』

 

 ランサーアルトリアの問いとオルタの応援。

 

「こうする。オルタは後で覚えておけよ」

 

 今度は核攻撃ではなく、麻菜が放ったという意味合いでは常識的だった。

 

大津波(タイダルウェーブ)

 

 麻菜がトリスタンが撃ってきた方向へ手を突き出して唱えれば、瞬く間にキャメロットの城壁を軽く超える程の大津波が生じて、一気に押し寄せた。

 

『水のないところでこれほどの魔法を!?』

 

 ロマニの声に麻菜は鼻高々だ。

 しかし、そこでキャメロットの防御機構が発動する。

 それはキャメロット全体を包み込む結界であった。

 

 だが、いくら結界であっても大津波によってもたらされる運動エネルギーを完全に消失させることはできない。

 

 キャメロットは揺れた。

 さしものトリスタンも一瞬、体勢を僅かに崩してしまうが、麻菜にとっては十分過ぎる隙だった。

 

 彼女はキアラの首根っこを引っ掴むと駆けた。

 その速度は目にも留まらぬ程であり、トリスタンは体勢を立て直して射撃を開始するも、当たらない。

 この光景をカルデアの自室で見ていたトリスタンは「私は悲しい」と小さく呟いた。

 

 あっという間に麻菜はキャメロットの正門へと辿り着いてしまう。

 だが、そこは固く閉ざされており、ちょっとやそっとの攻撃では突破できないだろう。

 トリスタンは動きが止まった麻菜へと攻撃を仕掛けようとするが――そこで麻菜はとんでもないことをやらかした。

 

「征くぞ、レーヴァテイン! 担い手たる私にその真価を示せ!」

 

 思いっきりレーヴァテインでもって門を斬りつけた。

 普通ならば剣が傷つくか、あるい門に傷がついたとしても引っかき傷程度に終わる。

 だが、彼女が振るうレーヴァテインはそのフレーバーテキストが現実化したことで、とんでもない代物になっている。

 それこそ、ただ振るうだけでもちょっとやそっとではない攻撃になってしまう。

 設定を詰め込みすぎた結果である。

 

 故に、麻菜が力を込めて斬りつければ――まるでバターを熱したナイフで切り裂いたかのように、門は斜めに斬り裂かれた。

 

「はいちょっとお邪魔しますよー」

「チャイムを鳴らさなくてよかったのでしょうか……?」

「鳴らさなくても、在宅なら邪魔するなら帰ってーって言われるから大丈夫。言われても私は居座るけど」

 

 とりあえずトリスタンは潰しておこう、と麻菜は彼がいると思われる城壁へと向けて、攻撃系魔法を放ちながら近づいた。

 トリスタンはキアラに知覚されないよう距離を取り、身を潜めながら射撃したのだが、程なくして麻菜に発見され、即座にキアラが令呪で呼ばれてしまう。

 

 そして、最後まで奮戦したトリスタンもまたキアラの胎内へと消えていった。

 

 



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獅子王が聖杯を持っているに違いない!

 キャメロットへと突入した麻菜とキアラは真っ直ぐに敵の親玉のところへ向かう――わけがなかった。

 

 難民虐殺という人道に対する罪を行った為、相手は世紀の大悪党であり、世界の敵、いや宇宙の敵である――

 故に、キャメロットにあるものを没収しても問題はない――

 

 民間人っぽい輩がいれば麻菜が魔法で眠らせて、偶に襲いかかってくる騎士――モニタリングしていたダ・ヴィンチは粛正騎士と名付けた――がいれば、麻菜は素手で彼らの剣を受け止めてへし折り、心を折ったところで鎧の上から手刀で切断した。

 

 ランサーアルトリアとオルタは泣いた。

 彼女達だけでなく、食堂で見ていたセイバーのアルトリアも泣き、オルタすらも悲しそうな顔となっていた。

 あんまりな光景だった。 

 

 周囲に誰もいないか、いたとしても意識がない状態にして、麻菜はあちこちの建物へ侵入を繰り返し――扉が閉ざされていてもぶち破って入る――内部を物色して堂々と色んなものを無限倉庫へと収納していった。

 

 実は麻菜もビーストなんじゃないかという疑いがカルデアにてかかるが、あいにくと計測機器は反応を示していない。

 なお、キアラはキャメロットの門前における戦闘開始からビーストとしての本性を隠していないが、大して問題にはされていない。

 

 むしろようやく正体を現したのか、という程度であった。

 勿論、下手にキアラを刺激すると彼女だけでなくマスターである麻菜が面倒くさい絡み方をしてきそうな予感しかなかったということもある。

 

 寄り道をしまくりながらも、順調に麻菜とキアラのコンビは進む。

 この段階に至ってはさすがに敵も砲撃しようとは思わないのか、砲撃は全く無かった。

 

「もしも相手が逃げていたら、カルデアにいるアルトリア達を思いっきりからかってやろう」

 

 悪どい笑みを浮かべて、そう呟いた麻菜にランサーとセイバーのアルトリア達は敵に対して逃げるなよ、と思いつつ事態の推移を見守る。

 しかし、レイシフトして止めようとする者は誰もいなかった。

 

 誰だって火中の栗を拾いたくはないし、麻菜とキアラのコンビが巻き起こすことを面白がっている者達がいるのも事実だ。

 また精神的なダメージを受けているアルトリア達も敵のアルトリアがやっていることには賛同なんぞできない。

 レイシフトせずともカルデアから通信をした方が手っ取り早いし、何よりも麻菜とキアラのぶっ飛んだ行動を直接目の当たりにしなくて済むという大きな理由があった。

 

 

 やがて略奪を終えた――もとい、悪逆非道のアルトリアの領地から物品を没収した麻菜はホクホク顔でキアラと共に城へと向かった。

  

「城内には聖杯だけではなく、金銀財宝もあるはず……」

 

 麻菜の呟きが聞こえたカルデアの面々は溜息を吐いた。

 麻菜も含めて、カルデアの誰もが敵のアルトリアが聖杯を持っていることを確信していた。

 

 

 

 

 

 しかし、麻菜の金銀財宝奪取作戦は呆気なく潰えることとなった。

 王城へと通じる道のど真ん中で、1人の騎士が立っていたのだ。

 

『さすがはアグラヴェインです!』

『やはりお前は出来る奴だ!』

 

 ランサーアルトリアとオルタは彼を見てガッツポーズをしながら叫んだ。

 その発言に麻菜とキアラは目の前に仁王立ちする騎士がアグラヴェインで、王からの信頼が厚いと判断する。

 

 彼は口を開いた。

 

「案内する。ついてくるがよい」

「ここで背後から奇襲を掛けて、ぶち殺すっていうのはやめたほうがいい?」

 

 真顔で告げる麻菜にアグラヴェインは深く、それはもう深く溜息を吐いた。

 しかし、そこでカルデアからの通信が強制的に割り込んだ。

 ホログラムにランサーアルトリアが映し出される。

 

 アグラヴェインが目を見開いて驚く中、ランサーアルトリアは厳かに告げる。

 

『アグラヴェインよ……苦労を掛けるが、色々と頼む』

 

 色んな感情が込められたその声に、彼は朧気ながらも察する。

 

「御意に……ただ、どのような結果になるかは……」

『構いません。過程は酷いことになるでしょうが、おそらく結果は良いものになるでしょう』

 

 2人の会話を横目で見ながら、麻菜はキアラに問いかける。

 

「過程が酷いことになるって酷くない? そんなことしていないのに……」

「ええ、私もそう思います。酷いことなんてしていませんのに……」

 

 過程を酷くしている原因その1とその2の発言にランサーアルトリアとアグラヴェインは思いっきり溜息を吐いた。

 

 そんなこんなで通信を終え、アグラヴェインは2人を王のところへと案内する。

 道中、麻菜は遠慮なくアグラヴェインに質問をぶつけた。

 

 しかし、その質問は意外にも普通の内容であった。

 当時のブリテンにおける社会情勢から始まり、アグラヴェイン個人の経歴、キャメロットの料理が酷かった原因への対策などなど、これまでの振る舞いが夢か幻ではないかと思えてしまう程だった。

 

 アグラヴェインはカルデアに召喚されていない為、彼の視点から見たブリテンというものを麻菜は知ることができて大満足だ。

 

 

 そして、いよいよ麻菜とキアラは王との謁見を果たす。

 

 

 

 

 

「とりあえず思ったことを言って良いかしら?」

 

 麻菜の問いかけにアグラヴェインは何かを言おうとしたが、それを王――獅子王は手で制止して、軽く頷いた。

 

「その獅子みたいな兜って、あなたの趣味?」

「いや、もっと言うべきことがあるだろう」

 

 思わずアグラヴェインがツッコミを入れてしまったが彼は悪くない。

 

「だってカッコいいじゃない、あれ」

「……お前は本当に変わっている」

 

 そう言いながら、獅子王はその兜を取った。

 露わになるその素顔、それはやはりというかランサーアルトリア――瞳の色がライムグリーンであることを除けば――であった。

 

 そして、麻菜は四脚の椅子を取り出し、1つに座った。

 

「よくよく考えたら、私ってばついうっかり(・・・・・・)情報収集を怠っていたわ。だから、あなた方の目的を聞かせてくれるかしら?」

 

 敵の親玉を目の前にして、目的を聞かせて欲しいとかいう中々にふざけた態度である。

 アグラヴェインは頭が痛くなったが、獅子王は違った。

 

 彼女は特に警戒することもなく、玉座から立ち上がり、麻菜が取り出した椅子に座った。

 

「いいだろう」

「王よ、よろしいのですか?」

「構わない。それに奴がどのような言葉を返してくるか興味がある」

 

 我が王が変な輩に興味を持ってしまわれた、とアグラヴェインは心で嘆くが、表情には出さない。

 そんな彼もまた椅子に座り、それを見てキアラも椅子に座った。

 

「まずは名乗ろう。我は嵐の王にして最果ての主。聖槍ロンゴミニアドを司る、英霊の残滓である」

「その名乗りだと、要するに残りカスってことになるけどいいの?」

「訂正する。我は嵐の王にして最果ての主。聖槍ロンゴミニアドを司るモノである……獅子王とでも呼ぶが良い」

 

 麻菜は軽く頷いて自らの名を名乗りつつ、問いかける。

 

 

「私は玲条麻菜よ。あちこちの宗教に喧嘩を売ることをあなたは仕出かしたけど、何でまた?」

「全ては人理焼却にある」

 

 そして、獅子王は語り出す。

 自らの目的を。

 

 人類を愛し、大切にしているからこそ残す。何があっても護る。人類を失うことに耐えられない。

 悪を成さず、悪に触れても悪を知らず、善に飽きることなく、善の自覚なきもの達。

 そのような清き魂を集め、固定し、資料とする。

 永遠に価値が変わらぬものとして、我が槍に収める――

 

 

 目的を語り終えたところで獅子王は静かに麻菜の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「お前は我が目的をどう思う?」

 

 問いかけに麻菜は溜息を吐きながら告げる。

 

「やっていることは大昔の人種差別主義者と変わらないわね。そういうのは流行らないから、支持を得られないわよ」

「……つまりどういうことだ?」

 

 獅子王は理解できなかった。

 故に問いかけた。

 

「要するに、あなたの基準で清い魂を持つ人間を選んで、それ以外を切り捨てるってことでしょう?」

「そうだ」

「最近は人権団体がうるさくてね。一部の人間を選んで、それ以外を切り捨てるっていう部分がダメなのよ。神様みたいなものになっているんだから、差別することなく全部救えないの?」

「それはできない……私はそれしかやり方を知らない」

 

 獅子王はそこで言葉を切り、問いかける。

 

「お前は私を否定するのか? 過程はどうあれ、お前もまたヒトからそのようなモノになったのだろう」

「やっぱり分かる?」

 

 麻菜の問いに獅子王は頷いた。

 そんな彼女に麻菜は告げる。

 

「色々とあるけれど、一言で言えば混沌なので」

「まさしくお前はそうであるな……質問に戻ろう。お前は私のやり方を否定するのか?」

 

 問いかけに対して麻菜は告げる。

 

「いえ、別に否定はしないけど。そういうやり方もあるわねって感じで」

 

 話を聞いていたカルデアの面々は頭を抱えた。

 獅子王と麻菜が手を組んで暴れ出したら目も当てられないことになるからだ。

 

 だが、あいにくとそういうことにはならなかった。

 麻菜は問いかける。

 

「でも、もっと良いやり方があるって言ったらどうする?」

「良いやり方?」

「ええ。ところでここの会話、盗聴の心配はないとあなたの名に誓えるかしら?」

 

 問いに獅子王は頷いた。

 それを見て麻菜は笑みを浮かべる。

 

「私は何でも願いを叶える魔法が扱えるわ。人類を標本みたいなものにしなくても、私の魔法なら問題なく救える」

 

 獅子王は目を見開いた。

 嘘かどうかなど彼女にはすぐに判別できる。

 麻菜は嘘を言っていない。

 

 そんな馬鹿な、という思いがあるが、しかし獅子王は納得する。

 目の前の存在は文字通りに異世界からやってきた存在、この世界とは別の理・法則で動くモノであると。

 

「星に願いを託せば叶わない願いはあんまりないのよ。何よりも私がこの世界に呼ばれたのは、人理修復をしろって意味だと思う」

 

 麻菜の言葉に獅子王は頷きつつ、問いかける。

 

「魔術王は強大だ。それでもか?」

「その質問を本気で言っているのなら、あなたに対する評価を改めなければならないわね」

 

 麻菜はそこで言葉を切り、獰猛な笑みを浮かべて告げる。

 

「私は奴が気に食わないから、ぶっ飛ばしに行くだけよ。闘いの基本なんてそんなものでしょう?」

 

 麻菜の言葉に獅子王は小さく微笑んだ。

 

 そもそも人理が修復されるのならば、滅びが回避されるのならば人類は存続する。

 獅子王による救済を行う必要はない。

 

「それに私はあなたのあり方を否定しない。むしろ肯定しましょう。それもまた良きものだと。あなたの思いと愛は間違いではなく、尊いものだと。ただ、私がうまくやるから任せて欲しい」

「……お前は本当に変わっている。本来ならばお前は私にとって唾棄すべき悪であるのに……」

 

 微笑みながら告げる獅子王に麻菜は頬を思いっきり膨らませた。

 

「さっきよりも呼び方が酷くなっていない?」

「キャメロットに対する攻撃、騎士達への惨い仕打ちの数々……忘れたとは言わせん」

「人道に対する罪を犯した癖に……」

「私は謝罪しない」

「マスコミに叩かれまくればいいのに」

「そんなものはここに存在しない」

 

 言い合う麻菜と獅子王に微笑ましく感じてしまうアグラヴェイン。

 彼はランサーアルトリアとのやり取りを思い出す。

 

 過程は酷いことになるが、おそらく結果は良いものになる――

 

 王よ、やはりそうなりました、と彼は心の中で告げる。

 

 そのとき、これまで事態を見守っていたカルデアのオルガマリーが告げる。

 

『麻菜、そろそろ聖杯を……』

 

 彼女に言われて麻菜はそうだった、と思い出す。

 

「さて、獅子王。聖杯、持っているんでしょう? さっさと出すもん出しなさいよ。私がちゃんと魔術王をぶっ飛ばして人理修復をしてやるから」

 

 麻菜の言葉に獅子王はくつくつと笑う。

 

「何がおかしいの?」

「いつから私がお前達が欲する聖杯を持っていると錯覚していた? ようやくお前から一本取れたぞ」

 

 神霊化しているわりには麻菜との会話によるものか、妙に人間臭い獅子王。

 彼女はドヤ顔だった。

 

 思わず麻菜はアグラヴェインへと視線を向ける。

 

「嘘偽りなく、断言しよう。我々はお前達が集めているモノは持っていない……どうやらエジプトにいる太陽王が持っているらしい」

 

 麻菜は深く溜息を吐き、獅子王へビシッと指差した。

 

「獅子王、ちょっとエジプトへ行くからついてきなさい」

「分かった。だが、どうやら私に用がある者達がいるようだ」

「……どうやらそのようね」

 

 獅子王の言葉と同時に麻菜もまた彼らを探知した。

 それから程なくして、彼らは玉座へと現れる。

 

「あ、マーリンだ」

「やっほー、麻菜君。ちょっと用事があってね。と言っても僕は単なる付き添いなんだけど」

 

 マーリンと共にやってきたのは1人の騎士だった。

 片腕が義手となっている。

 

 彼は苦笑しつつ、告げる。

 

「はじめまして、私はベディヴィエールです。何というか予想外の展開になりましたが……」

「だから言っただろう? 麻菜君が関わるといつもそうなるんだ。本当に碌でもない奴だよ」

 

 ベディヴィエールの登場に麻菜は驚きつつも、マーリンの言葉に対して反撃する。

 

「カルデアで暇だからって、趣味のネット活動に精を出している癖に」

「さらっと僕の日常を暴露しないでくれ。君に色々教えたりとかしているじゃないか」

「それはそれ、これはこれよ。で、何よ? 獅子王にちょっかいを掛けるっていうなら容赦しないわよ?」

 

 麻菜の言葉にマーリンは微笑みながら問いかける。

 

「そこにいる獅子王が聖剣の返還が行われず亡霊の王となってしまった、本来ならばありえない地上に残ったアーサー王であるとしても?」

「世界の可能性は小さなものではないわ。それもまた良し」

 

 予想通りの答えにマーリンは頷きながら、問いかける。

 

「獅子王は自らここにやってきた神霊だ。特異点の修復と共に彼女はこの地で終わりを迎える。君はどうする?」

「彼女に世界の可能性を体験させてやるわ」

「こういうところでは君は本当に予想を裏切らないね。麻菜君、滅多に見られないものを見せるから、獅子王をうまいことやるといい」

「滅多に見られないもの?」

「聖剣の返還さ」

 

 マジで、と麻菜はベディヴィエールへと視線を向けると彼は微笑んだ。

 キアラもまた目を輝かせる。

 彼女もお伽噺は好きな方であった。

 

「ベディヴィエール卿……まさか……」

 

 アグラヴェインはあることに気がついたのか、驚愕する。

 

「はい、そういうことです。どうか私に王の命を果たす機会を頂きたい……!」

 

 ベディヴィエールの言葉にアグラヴェインは獅子王へと顔を向ける。

 だが、彼女はベディヴィエールのことを覚えていないようであったが、彼の義手に何か良からぬものを感じたらしく、顔を顰めている。

 

「アレは……嫌なものだ」

「注射を嫌がる子供みたいなことを言ってないで、さっさと返してもらいなさいよ」

 

 麻菜はとあるアイテムを使用して素早く獅子王の後ろへと回り込んで、背後から羽交い締めにして立たせた。

 

「はい、痛くないわよーチクッとするだけだからねー」

「離せっ! くそっ! 何だこの青い紐は!?」

「神を封じる系のアイテムよ。神である限り動きを止めるとか何とか……噂によれば胸が大きいと効果が強化されるらしい」

 

 動きを封じられた獅子王、しかし、ここでマーリンが告げる。

 

「聖剣は善き心を持つ者の手で返さないといけない。ちょっと君の後輩を呼んでくれないか?」

 

 マーリンの言葉に麻菜が答え、すぐさまカルデアからマシュがレイシフトしてきた。

 彼の指示の下、彼女はベディヴィエールを支えながら、ゆっくりと獅子王へ近づく。

 

「やめっ! やめろー!」

 

 獅子王の絶叫が響き渡った。

 

 

 こうして聖剣は返還され、それにより聖槍は砕け散り、獅子王は呪縛から解放された。

 同時にベディヴィエールは消滅する。

 

 己の役目を果たしたのだと言わんばかりに、満足げな笑みを浮かべて。

 そして、彼との記憶を思い出した獅子王は消えた彼に労いの言葉を掛けた。

 

 その光景に感動しながらも、麻菜はいつもの指輪をはめて、いつものアレを使ったのだった。

 

 



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待ち受けていた試練

 

「フハハハ! 本当に予想外のことをやらかしてくれたな!」

 

 オジマンディアスは大爆笑していた。

 あまりの笑いっぷりにニトクリスがオロオロと困っている。

 

 そんな彼女を横目に見ながら、ひとしきり笑ったオジマンディアスは告げる。

 

「ほれ、くれてやる。余の予想を斜め上に越えていった褒美だ」

 

 玉座に座りながら、オジマンディアスは聖杯を麻菜へと放り投げたのだ。

 それを受け取り、彼女はすかさず無限倉庫へと収納した。

 

 そのとき、またもやオジマンディアスは笑いが込み上げてきた。

 彼の視線は麻菜の横に悠然と佇む獅子王に固定されている。

 オジマンディアスの下へと来るにあたって、キアラは既にカルデアへと返していた。

 彼女がいると面倒くさいことになりそう、という麻菜の判断だ。

 

 さて、オジマンディアスの予想ではエジプト側への侵入者対策に警戒させていたニトクリスあたりでも見つけてカルデア一行が事情を聞いて、というところから話が始まると思っていた。

 しかし、そんな彼の予想をあっさりとカルデア側も、そして獅子王側も上回った。

 

 カルデア側がやってきた直後に獅子王は宝具を遠慮なくぶっ放し、カルデア側もそれに応じて真っ直ぐにエルサレムを目指したのだ。

 

 ニトクリスはカルデアがオジマンディアスを頼らないことに憤慨していたが、彼としては面白い結果になったので全く問題がない。

 

「余も手助けくらいはしてやろう。お前のように突き抜けた気質を持つ者は嫌いではない。たとえ、そこに至った過程がどうであろうともな」

「私が言うのもなんだけど、あなたも一瞬で見抜いてくるわね」

「当然だ。しかし、お前が王の器かというと……微妙なところであるな。良い統治をし、繁栄はもたらすだろうが、基本的には代理を置いて遊び呆けていそうだ。それもまた王の形であるかもしれんが……」

 

 オジマンディアスの評価に麻菜は告げる。

 

「基本的に私は自分が面白いか、利益があるか、気持ち良いか、楽しいかという基準で動くので……私が民の幸福を自分にとって楽しくて面白いと感じたら全力を尽くすと思う」

「暴君であるが名君でもある。極端を行ったり来たりするお前にはぴったりだな」

 

 麻菜は軽く頷いたところで、何だか嫌な予感がした。

 こちらに来てから一度も感じたことがないものであったが、前世のリアルではそれなりの頻度で感じていたもの。

 オジマンディアスが何かを話してくれているが、麻菜の耳には入らなかった。

 

 その感覚は急激に高まっていくが、彼女は慣れていた。

 こういう場合、その嫌な感じが一番強いところには近づかない方がいいと彼女は知っている。

 前世のリアルはそれで己を狙ったテロから何度も逃れてきたのだ。

 

 しかし、その嫌な感じがもっとも強いところはオジマンディアス――彼の首だ。

 彼は英霊であり、既に死んでいる存在。

 ここで殺されたとしても座に帰るだけ――と麻菜は思わなかった。

 

 前世のリアルでも彼が築いた遺跡が残っていた程で、また学生だった頃に歴史の授業で習った太陽王が目の前にいる。

 恩を売れるならば売っておくのが麻菜の主義である。

 

 故に彼女は逡巡することなく動いた。

 

「ファラオ、無礼を働くわ」

 

 そう言いながらも、彼女はオジマンディアスの返事を待つことなく一息で彼が座る玉座との距離を詰め――

 

 甲高い音が玉座の間に響き渡った。

 

 

 

 

「見事なり」

「それはどうも。昔っからこういう気配には敏感なのよ」

 

 

 現れた大男の称賛に対し、麻菜はそう答えつつ彼の全身を見る。

 こいつやべぇ――彼女は見た瞬間にそう感じたが、それを表情には出さない。

 

「見るからに死神って風貌をしているわね。ハサンの親玉? キングハサン……みたいな?」

「我は山の翁。我が名はもとより無名、好きに呼ぶが良い」

 

 彼はそう答え、一拍の間をおいた後に告げる。

 

「汝が我が力を必要としたとき、我を呼ぶが良い」

 

 そう言ってキングハサンは姿を消した。

 それとともに麻菜が感じていた嫌な感覚は綺麗さっぱり消え去った。

 

「……おのれ、あの暗殺者め……一度ならず二度までも!」

 

 ようやく事態を理解したオジマンディアスは怒りの言葉を発した。

 

「一度目があったの?」

「ああ。ともかく、それはいいとして……」

 

 さすがに一度目は首を落とされてから気がついた、とは彼のプライド的に口が裂けても言えない。

 

「よくぞ襲撃に気づき、余を護った。しかし、アレは余からしても規格外であったのだが……」

「昔から嫌な予感がしたら、こういうことが起こってきたのよ……とはいえ、たぶんわざと教えてくれたんじゃないかしら」

「その理由は?」

 

 オジマンディアスの問いに麻菜は素直に告げる。

 

「彼は私に気づかせることなく、殺れていた筈よ。獅子王、あなたもそう思わない?」

「肯定しよう。奴ならば私が聖槍を保有している状態であったとしても、対抗できるだろう」

 

 獅子王はそう答えた。

 そこでオジマンディアスはあることに思い至る。

 

「……奴なりの試練であったのかもしれん」

「試練を越えたから、手を貸してくれる……みたいな展開なのかしらね」

「おそらくはな。余を試練の題材として使うなど、不届き千万だが……!」

 

 そう言ったところでオジマンディアスは咳払いを一つして、麻菜に告げる。

 

「お前の呼びかけには如何なる時でも余は応じよう。それをもって褒美となす」

「もしかして……本気の太陽王が見れるの?」

「無論だ。そこな獅子王が早々に屈服しなければ、この地で披露していただろうがな」

「……私は麻菜と戦ってはいない、故に負けてもいない。対話によって解決しただけだ」

 

 獅子王の言葉にオジマンディアスは笑ってみせる。

 

「負けず嫌いめ。だが、以前の態度よりは良い。さしずめ、神霊でありながらヒトの心と感情を取り戻したというような状態であろう」

「そういうところまで見抜けるの?」

「当然だ」

 

 オジマンディアスの言葉にニトクリスもまた胸を張る。

 しかし、麻菜にはニトクリスはファラオっぽくないというか、近所にいそうな世話焼きお姉さんという印象である。

 

 そのとき、遂に特異点の修復が始まった。

 

「それじゃあ、カルデアに戻ったら呼びかけるので」

 

 麻菜はそう言って、獅子王と共に消えていった(・・・・・・・・・・・・)

 それを見てオジマンディアスは笑い、ニトクリスも獅子王の状態に気がついた。

 

「もしや……獅子王は彼女の……?」

「うむ。アレは本来ならば存在してはいけないモノだが……奴め、それすらも己の内に受け入れおった。奴と共にアレもまた在り続けるだろう」

 

 やはり面白い奴だ、とオジマンディアスは満足げに頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、カルデアへと帰還した麻菜は獅子王を伴ってオルガマリーらに報告し、また獅子王から次の特異点に関する重大な情報がもたらされた。

 特異点の特定やその他必要な準備にしばらく時間が掛かるということで、麻菜は休暇をオルガマリーより言い渡された。

 とはいえ、いつも通りに召喚は行い、オジマンディアスやニトクリスと再会し、新しいサーヴァント達を迎え入れている。

 

 それらを全て終えた段階で、麻菜はマイルームにて獅子王と2人っきりとなった。

 

 

 

「ぐへへへ……獅子王、否、アルトリア……お前は私のモノ……!」

「調子に乗るな」

 

 両手をワキワキさせながら迫ってきた麻菜の頭に拳骨を叩き込む獅子王。

 あまりの痛みに、うめき声を上げて床を転がる麻菜に対して彼女は告げる。

 

「私はあそこで終わった方が良かったのだ……それをお前が強引に……」

「そんなの関係ないわね。あなたが好きにやったんだから、私も好きにやっても問題はない」

 

 立ち直った麻菜に言われ、獅子王は困ってしまう。

 相手の理念――この場合は主張であるが――そういうものを尊重してしまう癖が彼女にはあった。

 麻菜は更に言葉を紡ぐ。

 

「どうせ消えてしまう存在なら私が保護して、いい具合に扱き使っても問題はない……それにさっきの召喚でアグラヴェインどころかベディヴィエールまで来たし」

 

 そう言われると獅子王としても弱い。

 ベディヴィエールは聖剣の返還をできなかったIFの自分の記憶もあるらしく、彼は獅子王を見て安堵したのだ。

 そこで改めて獅子王が彼を労ったのだが――感激のあまりにベディヴィエールはぶっ倒れてしまった。

 

「お前は私に何を望む?」

「コヤンスカヤと同じく、私のサポートかしらね。あ、何なら騎士として仕えてくれてもいいのよ?」

「騎士として仕えて欲しいなら、ふざけた態度を直すことから始めるといい」

 

 見事なカウンターで返されて、麻菜は悔しげな顔となる。

 その顔を見て獅子王はくつくつと笑いつつも告げる。

 

「だが、このような私でも必要としてくれたこと、私の在り方を肯定してくれたこと。そこは感謝しよう」

「じゃあ私を大切にして頂戴。むしろ愛して」

 

 麻菜の言葉に対し、獅子王は――物凄く嫌そうな顔をした。

 

「どうして私がお前を大切に……ましてや愛さなければならない?」

「私だって一応は人類よ。健康診断で異常とかなかったし、ちゃんと人間って出たし」

「お前はその分類から外れていることを私が保証しよう」

「嬉しくないわね……他のアルトリア達を見せて、色々と価値観を破壊してやる」

 

 獅子王はその言葉に何だか嫌なものを感じた。

 

 そのときだった。

 

「セイバー死すべし! 慈悲はない!」

 

 ベッドの下から出てきた謎のヒロインXは獅子王に斬りかかってきた。

 難なくそれを聖剣でもって受ける獅子王。

 

「ぐぬぬ……! 流石にやりますね……!」

「……麻菜よ、コレは何だ?」

「謎のヒロインXって言って、セイバー絶対殺すウーマンらしいわよ。サーヴァント・ユニバースだとかからやってきた」

 

 麻菜の言葉にヒロインXは訂正する。

 

「よく間違われますが、ユニヴァースです。ヴァース! バースじゃないですよ!」

「……麻菜」

 

 獅子王は何かを言いたげな顔で麻菜の名を呼んだ。

 しかし、呼ばれた方も困ってしまう。

 

「悪い子じゃないのよ。あとヒロインXのもうちょっと大人バージョンのヒロインXXっていうのもいる。他にはヒロインXのオルタも……」

「……いったいどうしてそうなったんだ?」

 

 獅子王は困惑するしかない。

 そんな彼女に麻菜はけらけら笑いながら、ヒロインXにお願いする。

 

「ヒロインX、獅子王をいい感じにカルデアを案内してくれないかしら? あと他のアルトリア達と会わせて」

「む……それはちょっと……私にはそこの獅子王なるセイバーをぶっ倒す使命がありまして……」

 

 麻菜は無言で懐からヒロインXへとあるものを差し出した。

 それを見て彼女は顔色を変えた。

 

 それこそまさに、麻菜がマスターという立場を最大限に悪用して作成した、エミヤにどんな料理・デザートでも作ってもらえる食券――万能食券である。

 何だかんだで人が良いエミヤは無闇矢鱈にばら撒くなという条件で、渋々了承していた。

 とはいえ、基本的には食堂で注文すれば何でも作ってもらえるのだが、そこは雰囲気というやつである。 

 麻菜はエミヤとの約束通り、これをサーヴァントにあまり渡さない。

 その為にこれを持っているだけで特別な気分になれる上、使えば皆からの視線を独り占めである。

 

 それを麻菜から3枚も提示されてはヒロインXといえど、頷くしかない。

 

「分かりました。私が万全に獅子王を案内しましょう!」

「頼んだわよ。さぁ、獅子王。色んな意味で衝撃を受けてきなさい」

 

 麻菜はドヤ顔で獅子王に言ったのだった。



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ある日のカルデア

「不敬、不敬、不敬デアルゾ不敬デアルゾ……デマセイデマセイ……デマデマセイセイ……」

「……先輩、何をしているんですか?」

 

 次の特異点が特定できるまでは休暇ということで、マシュは模擬戦に誘うべく麻菜の部屋へ来たのだが――メジェドを模した真っ白い布を被った麻菜が左右に身体を揺らして、変な踊りをしていた。

 

 彼女の奇行は今に始まったことではないとはいえ、ここまで強烈なモノは初めて見る。

 本格的に頭がおかしくなったか、とマシュは盾で思いっきり殴る必要性を感じたのだが、麻菜からは意外な言葉が返ってきた。

 

「ニトちゃんが不敬です! 出ませい! とか色々言っていて、アレいいわねって思ったので真似している。古代エジプトの偉大さを感じられる気がする」

「罰が当たりますよ」

「ファラオの偉大さを理解したみたいにニトちゃんには思われているので問題ない。ちなみにオジマンディアスは大爆笑していた」

「でしょうね」

 

 マシュはそう肯定しつつ、呆れたように告げる。

 

「というか、先輩って誰とでも打ち解けますよね」

「コミュニケーション能力が高くないとやっていけない業界にいたので。ちなみにニトちゃんに頭を下げて作らせてもらった、ダ・ヴィンチちゃん謹製ニトクリス時計もあるわよ」

「何ですかそれ?」

「目覚ましをセットしておくと、ニトちゃんが起きませい! って言ってくれるし、夜遅い時間になると寝ませい! って言ってくれる。他にもニトちゃんボイス色々実装済み」

「英霊を芸能人と勘違いしているのでは……?」

「ちなみにノッブとかスカディとか色々な英霊のバージョンがあったりする。キアラとかコヤンスカヤもあるけど、こっちは18歳未満には聞かせられないものばかり」

「そんなに色々作ってどうするんですか?」

「ダ・ヴィンチちゃんとロマニ他数人の職員達と共にこれらを一般販売して、小遣い稼ぎをしようと企んでいたけど、カドックに密告されてマリーから駄目出しされた」

「そりゃそうですよね」

「勘が良さそうなパイセンは項羽ボイス付き時計で買収したんだけど、カドックは賄賂を受け取った後に密告しやがった」

「賄賂って何を送ったんですか?」

「アナスタシアボイス付き時計。あいつは信用しないほうがいいわ。秘密を守れない裏切り者よ」

「どう見ても先輩が悪いですよね? 色々な意味で」

 

 マシュに言われて麻菜は頬を膨らませる。

 そんな彼女に笑いながら、マシュは告げる。

 

「で、先輩。獅子王さんから模擬戦のお誘いがありましたよ」

「彼女、最初に模擬戦で私に負けてからほとんど毎日挑んでくるのよね。負けず嫌いが極まるとああなるのかしら」

「そこは分かりませんけど……ともかく、サーヴァント・ユニヴァース出身以外のアルトリアさん達と円卓の皆さんがお待ちかねです」

「サーヴァント・ユニヴァース出身っていう分類ができて、それで分かる時点で色々とおかしいわね」

「ええ、まあ……本当、どういう世界なんでしょうね。サーヴァント・ユニヴァースって……」

 

 マシュの言葉に麻菜は肩を竦めながら尋ねる。

 

「要するに模擬戦の相手はアーサー王と円卓の騎士達ってことでいいの?」

「あ、はい。私もお相手しますので」

「あなたに宿った英霊がギャラハッドって分かってから、あなたの攻撃って痛いし、宝具は硬いし……後輩の成長を感じる」

 

 麻菜の言葉にマシュは胸を張る。

 

「私だって先輩に負けたくはありません。せめてツッコミ役くらいはこなせるように日々、鍛錬しています」

「盾でツッコミを入れるとか、斬新過ぎる」

「むしろそうせざるを得ない先輩がおかしいのでは……?」

「気のせいよ。それじゃ、模擬戦に行きましょうか」

「……そのまま行くんですか?」

 

 マシュの問いかけに麻菜は不思議そうな顔をする。

 

「何か変かしら?」

「メジェド様の格好で行くのはやめてください」

「むしろ、この格好をしていくことでブリテンの連中にエジプトの素晴らしさを布教できる」

「十中八九、開幕に聖剣と聖槍その他色んな宝具が叩き込まれますよ」

「さてはブリテンめ、エジプトに対する宣戦布告だな? 連中、時代が下ってから中東を引っ掻き回しまくって混沌とした状況を作りやがったからな! 汚いなさすがブリテン汚い!」

「はいはい、先輩。ドクターにお薬を処方してもらいましょうね」

「お薬はアヘンでいい」

「駄目です。アヘン戦争とか言いたいんでしょうけど」

「よく分かったな、さすがは私の後輩だ。しかし、アルトリア達を見ていると後の世にブリテンがえげつないことをしまくるとは想像ができない……やはり彼女達にブリテンを任せたほうが世界平和に良かったのでは?」

「さらっと歴史を変えようとしないでください。あとブリテン島はその後に色んな民族が混じり合っているので、当時のアルトリアさん達と同じ民族とは言えませんよ」

「そう考えると凄いのよね。普通なら触れることも声を聞くこともできない過去の存在と会話するどころか、一つ屋根の下で暮らしている上、色々と教えてもらったりしているんだもの」

 

 麻菜の言葉にマシュとしても同意とばかりに頷いた。

 

「だが、私はこの格好で行く」

「どうなっても知りませんよ。あと離れて歩いてくださいね」

「後輩が冷たい」

「自業自得です」

 

 

 

 

 

 

 結局、麻菜はメジェド様の格好をして模擬戦へと赴いたのだが――

 

 

「不敬、不敬、不敬デアルゾ不敬デアルゾ……デマセイデマセイ……デマデマセイセイ……」

 

 不敬デマセイダンスと麻菜が道中で名付けた踊りをしながらシミュレータールームに現れる。

 マシュは麻菜から距離を取って入ってきた。

 

 獅子王達は何も言わず、各々の得物を構える。

 そして、シミュレーターが起動した直後――獅子王をはじめとしたアルトリア達も円卓の騎士達も躊躇することなく宝具を使用した。

 

 しかし、それで終わる麻菜ではない。

 ふざけているようであるが、相手がこっちの言葉を理解できる頭があるならば煽りまくって、怒らせて消耗を強いるのが彼女の戦術の一つである。

 これは生真面目な連中――特にアルトリア達や大半の円卓の騎士には効果抜群だ。

 

 

 とりあえず宝具を一発使わせて隙を作った麻菜は転移魔法で逃げつつ現断(リアリティ・スラッシュ)乱射という確殺コンボを決めようとしたが――それはあえなくマシュに防がれた。

 

 空間をも切断する不可視の刃、その軌道を読んで防ぐ彼女に対して、つくづくとんでもない後輩だと麻菜は思う。

 

「本当にこのなすびちゃんは……! どうして視えるのよ!?」

「視えていません! 勘です! あと真面目にやってください!」

「真面目にやってるから、怒らせているんでしょうに!」

 

 マシュの言葉に麻菜は言い返し、目に物見せてやると思いつつも転移魔法で一気に距離を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数時間後、何だかんだで模擬戦を無事に勝利で終えた麻菜は静謐のハサンに誘われて、ハサン達によるお茶会に招かれていた。

 

 暗殺教団の頭目ということで違いはあれど、麻菜が前世のリアルでやっていた仕事と似たようなことをやっていた彼らとは仲が良い。

 

 また静謐のハサンとは召喚当初から色んな意味で深い仲である。

 

 

「ところでこの前の特異点で、大剣を得物に使う変わったハサンに出会ったんだけども」

 

 彼らなら知っているだろう、という軽い気持ちで麻菜はそう切り出した。

 すると呪腕は仰天し、百貌は震え、静謐は目を見開いた。

 

「……私、何か変なことを言った?」

「その御方は初代様かと……」

 

 呪腕はそう前置きし、麻菜に説明をしてくれた。

 暗殺教団内の監視役兼処刑人と麻菜は彼――キングハサンのことを理解する。

 

「オジマンディアスを狙って暗殺を仕掛けに来たから防いだけど……まずかった?」

 

 3人のハサンは固まった。

 

「初代様の一撃を防いだ?」

「うん。ただあれ、手加減してくれていた」

「いや、手加減されていたとしても防げるものじゃないんだが……」

 

 百貌は呆れと感心が混じった表情で、そう告げる。

 呪腕は素直に感心しており、静謐はというと――きらきらした視線を麻菜へと向けていた。

 

「麻菜様、さすがです」

「うんうん、静謐ちゃんは可愛いわね」

 

 麻菜はそう言いながら、彼女の頭を撫でる。

 すると静謐は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それを微笑ましく見ながら、呪腕が尋ねる。 

 

「それで麻菜殿、次の特異点はどのような……?」

「なんか神代らしいけど、まあ異教の神とかそういう類は数え切れないくらい始末してきたので……あ、でもそろそろあなた達、特に百貌は仕事してもらうかもね」

 

 ほう、と百貌は不敵な笑みを浮かべてみせる。

 麻菜は更に彼女へと言葉を続ける。

 

「あなたって便利過ぎない? 言い値で雇うから部下に欲しい」

「偵察ならば基本的に私1人で十分だからな。こればかりは他のハサンには真似できないものだ」

 

 鼻高々となる百貌に麻菜は鷹揚に頷いてみせるのだった。



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バビロニアへ向けて

「我は行かんぞ」

「僕は行こうかな」

「……待て、どうしてそうなるのだ?」

 

 ギルガメッシュとエルキドゥのやり取りにマーリンはくすくすと笑う。

 

「彼女って斜め上の方向に面白いから。不敬デマセイダンスとか」

「……いやまあ、それはだな……」

 

 エルキドゥの言葉にギルガメッシュとしても何とも言えない。

 くだらないと言って切り捨てるのは少しだけもったいないくらいに、あのダンスはインパクトがあった為に。

 思いついてもできないことをやってくるのは中々の根性であった。

 

「それでだ、花のロクデナシよ。ウルクにてウロチョロしているようだが」

「ロクデナシって……さらっと酷いこと言うね……」

「何か間違っているか?」

 

 ギルガメッシュの問いにマーリンは肩を竦めてみせる。

 そんな彼に対してギルガメッシュは告げる。

 

「確かにお前の懸念も分かる。奴は目を離した途端にやらかす。ましてや次は神代のバビロニアが舞台となる……やらかす規模は大きいものになるだろうよ」

「麻菜って昔のギルにちょっとだけ似ているね」

「……我は神や魔王、果ては邪神なんぞに傅いたりはしない。その尖兵である奴は本来ならば我の敵だ……そもそも、そいつらが制御できているかは別であるがな。アレは誰にも縛られはしないだろう」

「でも性格とか意外と気に入っているよね。異世界のアイテムとかよく見せてもらっていたりするし、彼女もギルに色々聞いてくるし……」

「エルキドゥよ、少し静かに……」

「嫌だよ?」

 

 ギルガメッシュは顔を顰めるが、マーリンは微笑ましく見守る。

 その視線にギルガメッシュは思いっきり舌打ちをしてみせながらも、言葉を紡ぐ。

 

「奴がやらかすのは見ていて面白いが、道化と同じ舞台に我が立つ必要はない」

「……さては、ウルクにいる未来の自分が麻菜に振り回されるのを見たくないんだね?」

 

 マーリンの問いかけにギルガメッシュは顔を逸らしながら告げる。

 

「そもそも奴が悪い。アレがいるだけで全ては喜劇と化す。故に我が行かなくても、特異点は問題なく解決されるだろう」

「でも麻菜君だしなぁ……絶対やらかすと思うよ。具体的には出会う女神に片っ端から、生まれる前から愛してましたとか言いそう」

「ほう、その程度か。我には女神の胸に飛び込んでいくのが視えたぞ」

 

 マーリンとギルガメッシュの言葉、それに対してエルキドゥはくすくすと笑う。

 そしてマーリンは問いかける。

 

「で、どうするの?」

「我ならば適切な対応をするだろうが……苦労している我にさらなる苦労が降りかかるのは見過ごせない。書状をしたためてやる」

「それじゃ、僕は麻菜についていくから」

「エルキドゥ! 話の流れ的に駄目だろう、それは!?」

 

 ギルガメッシュの叫び。

 これがウルクの切れた斧か――そう思いながらマーリンはニヤニヤ笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃――

 

「え? マジで? パイセンも行くの?」

「私としては本当に嫌だけどお前を止められる奴が必要だって、オルガマリーに頭を下げられて、項羽様にお願いされた」

「何でキリシュタリアとかオフェリアとかベリルとかカドックとかぺぺとかデイビットじゃないの?」

「オフェリアは何だかんだでお前に弱いだろう。あと彼女以外は皆、お前と行くことを拒否したからだ」

 

 麻菜は衝撃を受けた。

 その様子に虞美人はいい気味だ、とけらけら笑う。

 

「何かあったら援軍として来るらしいから、そこは安心するといい……援軍が必要になるかは知らないけど」

「じゃあその間、パイセンを独り占め……? 私だけのパイセンになってくれる……!」

「死ね」

 

 笑顔でにっこりと告げる虞美人に麻菜は頬を膨らませてみせる。

 

「パイセンに吸血されたい……されたくない?」

「お前の血を飲むくらいなら、そこらの溝の水を飲んだ方がマシだ」

「私の扱い、酷くない?」

「私にあんなに絡んでおいて、今更どの口が言うんだ? え? この口か?」

 

 虞美人は麻菜の頬を思いっきり引っ張り、ぐにぐにと動かしてみせる。

 愉快な顔になる麻菜に大いに溜飲を下げつつ、虞美人は告げる。

 

「真面目な話、神代だから何が起こるか分からないのよ。そりゃまあ、私も人外の先輩としてお前のことがちょっとだけ心配といえば心配なような、むしろこの機会に暗殺しようかと思ったり思わなかったり」

「パイセンパイセン、後半から本音が漏れている」

「あら、失礼」

 

 咳払いをして誤魔化す虞美人に麻菜は問いかける。

 

「マスターとしては私とぐっちゃん先輩?」

「とりあえずはね」

「思ったんだけど、この前みたいにキアラを放り込めば解決できるんじゃないの? 駄目?」

「英雄王にお伺いを立てて、許可が貰えればいいんじゃないの?」

 

 麻菜はギルガメッシュにすかさず伝言(メッセージ)を送る。

 

『王の頭に許可なく念話を繋げるなど、不敬であるぞ』

『デマセイデマセイ……じゃなかった、ギルガメッシュ、今度の特異点、とりあえずキアラを放り込んでいい?』

『とりあえずで人類悪をぶつけようとするのは、さすがの我もどうかと思うぞ』

『駄目かしら?』

『駄目だ。許可できん。精々真祖もどきと戯れてくるがいい……それとお前が思う道を行け。そうすれば面白いことになるだろうよ』

 

 麻菜はよく分からないが、何だか助言をしてくれたようなので素直に感謝し、伝言(メッセージ)を終えた。

 

「駄目だって」

「だろうな」

「キアラ、良い女なのに……」

「で、後輩。どのサーヴァントを連れて行くんだ?」

「キアラは駄目だというので、やっぱりここは神にも対抗できる奴を選ぼうと思う」

 

 道理だな、と虞美人は頷く。

 

「情報収集とか偵察とかそういうのを抜きにして、戦闘のみを考えるなら……カルナとアルジュナ」

「あーうん、そうだな……その2人なら神でも殺せそうだな……」

「アシュヴァッターマンも連れていこうと思うんだけど、どう?」

「お前はバビロニアに恨みでもあるのか?」

「特にはないけど、始皇帝を連れて行くよりはいいかなって」

 

 虞美人はコメカミを押さえた。

 神とかそういうのでも始皇帝ならどうにかしてしまいそうだが、最大の問題点は麻菜と始皇帝が一緒にいると、虞美人のストレスが物凄くなることだ。

 

「もしくは玉藻とか?」

 

 麻菜の提案に虞美人は微妙な顔となる。

 コヤンスカヤと比べれば玉藻の性格的に麻菜への抑えが期待できるが――玉藻から麻菜に関する惚気が凄まじいことになる。

 

 最近は特異点に連れて行ってもらえていないことから拗ねているかと思いきや、麻菜はそういうところはマメにフォローしている。

 麻菜が玉藻に2人きりで和歌を詠んでもらう、あるいは和歌の指導をしてもらうなど色々やっているらしい。

 

 渋いといえば渋いのだが、玉藻からするとそういうものこそ得意分野である。

 虞美人も詩を詠んでほしい、と麻菜からせがまれて仕方なく――しかし、内心は実力をみせてやろうとノリノリで――やったこともある。

 

 

「というか後輩。いきなりサーヴァントを連れてぞろぞろ行くってなると、無用な警戒を招くから、まずは私とお前、あとマシュという形だって」

「随時、カルデアから呼び寄せるということね?」

「みたいよ……ところでお前、何人のサーヴァントと直接契約しているんだ?」

 

 虞美人はジト目で問いかけると、麻菜はドヤ顔で答える。

 

「キアラ、玉藻、獅子王とかかしらね。勿論、コヤンスカヤも」

「普通なら干からびるからな。何でそいつらを万全に運用できるんだか……」

「ちょっと星に願いを叶えてもらってね。ちなみに干からびるって性的な意味で?」

「魔力的な意味で。万年桃色頭め」

「桃色とは不敬デアルゾ、デマセイデマセイ」

「そのネタ、本気で流行らそうとしているな!?」

「ニトちゃん公認なので。いつか日本武道館を満員にして不敬デマセイライブしたいよね」

 

 何なんだそのライブ、と思って虞美人は想像してしまう。

 

 メジェドを模した真っ白い布を被った麻菜が左右に身体をくねらせながら、不敬とデマセイを連呼する――

 

「……邪神召喚の儀式か?」

「邪神なんて私の持っているアイテムを使えば5秒くらいで来るわよ。例えば同僚の這い寄る混沌とか……」

「同僚が這い寄る混沌……? あれか、宇宙人の方か?」

「パイセンの知識の範囲って謎ね。何で知っているのよ……」

「以前にロマニが読んでいたから……暇つぶしに」

 

 微妙な空気になった、そのときだった。

 麻菜と虞美人の前方より、ゴルゴーンが近づいてきた。

 彼女は麻菜が絡みに行かない限りは部屋に引きこもっているか、部屋を襲撃してきた姉様達に玩具にされているかのどちらかである。

 

「麻菜、ここにいたのか」

「ゴルゴから私に会いに来るなんて珍しいわね」

「その略し方はやめろ。それはそうと次の特異点だが……姉様達は連れて行くなよ」

 

 その言葉に思わず麻菜と虞美人は顔を見合わせる。

 

「何で?」

「何となくだ。いいな? 絶対に連れて行くなよ」

 

 ゴルゴーンは言うだけ言って、素晴らしい速さで去っていった。

 麻菜と虞美人は互いに察する。

 

「後輩……分かっているわよね?」

「勿論、ぐっちゃん先輩……ゴルゴーンがもし敵になっていたら、姉様達ぶつけよう」

 

 麻菜は素敵な笑顔でサムズアップし、虞美人もまた同じく笑みを浮かべてサムズアップ。

 

「で、真面目な話だけど、ぐっちゃんパイセン。もしも神々が敵に回ったら……私も本気、出していいかな?」

 

 にこやかな笑みを浮かべた麻菜の問いかけ。

 虞美人はジト目で答える。

 

「……くれぐれも、目的を忘れるなよ」

「分かっているわよ。でも、仕事にもささやかな楽しみがないと駄目でしょう」

 

 麻菜は獰猛な笑みを浮かべながら、そう答えるのだった。



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ノリが良い先輩と悪ノリする後輩

「あーあー、もしもし? 中々愉快なレイシフト先を選んでくれたじゃないのよ?」

 

 にっこり笑顔で麻菜はカルデアへと問いかけた。

 今日の担当であるロマニは恐怖に引き攣ったが、彼は自分のせいではないと告げる。

 

『一番大きい都市、ウルクに送ったんだ! 本当だ!』

「私とかぐっちゃんパイセンは地面とキスしても問題ないけど、マシュが怪我でもしたらどうするのよ!?」

「おい後輩ぃいい! 責任追及の前に何とかしろぉおおお!」

 

 意気揚々と紀元前2655年のメソポタミアへと麻菜達はやってきたのだが――レイシフト先は空中で、そこから真っ逆さまに落下していた。

 

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

 そう前置きして麻菜が一言唱えれば一瞬にして落下速度が緩やかになる。

 集団に対する飛行魔法だ。

 

「パイセンは大規模な空想具現化って使えないの?」

「何度も言うが、私は真祖と似ているが違うから。どっかのヤバい真祖と一緒にしないで頂戴」

「似ているが違うって便利な言葉よね……いっそのこと、私が本物の真祖にしてあげる? 吸血衝動とかそういうの無しにしてあげるからさ」

「余計なお世話だバカ」

 

 ふよふよとゆっくり落ちながら口喧嘩する麻菜と虞美人にマシュは思わず笑ってしまう。

 

「何を笑っているのよ?」

「いえ……あの芥さんがこんなに変わるなんて……改めてびっくりしたというか……」

「私は変わっていないわ。全部そこのバカのせい」

 

 ビシッと虞美人は麻菜を指差して告げるが、麻菜も負けてはいない。

 

「人をバカって言ったらそいつがバカだって小学校で習わなかったの?」

「はぁ!? 小学校とか行くわけないだろ!」

 

 虞美人の言葉に麻菜は察してしまった。

 

「あっ……そうか、ぐっちゃんパイセン……」

「おい待て、何だその生暖かい目は?」

「今からでも遅くはないわ。私が小学校から大学まで行かせてあげるから……もしいじめてきた奴がいたら、殺してくださいって泣くまで私がいじめっ子を拷問してやるから……」

「人間の常識を私に押し付けるな! というか、人外が学校になんて通うわけがないだろう!?」

「それもそうだったわね。ところでパイセン、私、学歴マウンティングしていい?」

「は? 殺すぞ」

「あまり強い言葉を使うな、真祖もどき。爆発しかできなくなるぞ」

「ぶっ殺す」

 

 いがみ合う2人にマシュは思いっきり笑ってしまった。

 

 

 

 虞美人と麻菜はギャーギャー言い合っていたが、どうにか無事に地面へと降り立った。

 

「さぁ責任追及の時間だコラァ! ロマニ! 首を洗って待ってたか!?」

「そうだ! 今回は後輩に同意するぞ! よくもあんなところに!」

「まぁまぁ、先輩も芥さんも落ち着いて……」

 

 がるるると殺気立つ2人にマシュは宥める。

 

『そのことだけど、どうやら結界みたいなものが張られていたようだ』

『流石に予想外の事態だったから、許して欲しいわ』

 

 ダ・ヴィンチとオルガマリーの言葉に麻菜と虞美人は口を閉じる。

 

「というか、今更ですけど……ドクターって医療部門のトップなのに管制室にいても……?」

『マシュ、本当に今更だね』

 

 ダ・ヴィンチは呆れた声だった。

 

『ロマニも別にできないってわけじゃないのよ。何だかんだで彼は優秀だから。医療以外のこともね』

 

 オルガマリーの言葉になるほど、とマシュは納得する。

 

「知ってたか後輩?」

「知らなかった。特異点修復の時、いつも極自然に管制室とか会議とかにいたから、聞くのもあれかなって」

「他人のアレコレを詮索すると何があるか分からないからな」

 

 ぼそぼそと小声で会話する2人。

 しかし、カルデアから支給された通信機は性能が良いので、管制室に丸聞こえだ。

 

『何だか僕の扱い、酷くない?』

『ロマニはいじられ系愛されキャラだからね。仕方ないさ』

『ダ・ヴィンチちゃん!?』

『嫌われるよりは良いでしょう』

『所長!?』

 

 ロマニは泣いた。

 

 

 

 

 ともあれ気を取り直して、周囲の状況確認である。

 

「廃墟ばかりで人はいないようですね」

「ええ、そうね……」

 

 マシュと虞美人に麻菜は自信満々の笑みを浮かべている。

 

「廃墟と化した街……だが、こういうところにこそお宝があるわ。地下への扉とか隠し金庫とかそういうのが必ずあるはず。あとタンスとツボの中身も確認よ」

「先輩、ゲームじゃないんですから……」

「ないの?」

 

 この世の終わりみたいな顔で問いかけてくる麻菜にマシュは心が傷んでしまう。

 その様子を見て、虞美人はピンときた。

 

 彼女はこそこそと2人から離れて、比較的マシな状態の建物の中へ。

 中には何も無かったが、そこで虞美人は自らの剣を魔力でもって作り上げて、地面に突き立てた。

 

 仕込みは完了である。

 虞美人は建物の中から麻菜とマシュを呼ぶ。

 

「ねぇ、剣が刺さっているわよ」

 

 虞美人の言葉に麻菜はウキウキ気分で、マシュは信じられないといった顔でやってきた。

 地面に突き刺さった剣を見て麻菜は目を輝かせた。

 一方でマシュは察してしまった。

 その剣の見た目や装飾、それはとても見覚えがある――というか虞美人が普段使っているものだった。

 

「おお! これこそカリバーンに違いない! ぐへへ、これで私が騎士王だ……!」

 

 分かっているのかいないのか、よくもまあここまで盛り上がれるものだ、と虞美人は呆れと感心が混ざった複雑な表情となる。

 とはいえ、後輩を一泡吹かせるチャンスを逃す彼女ではない。

 

 麻菜が剣を引き抜いて、掲げた瞬間に――その剣は花になった。

 魔力の無駄遣いであるが、麻菜の目が点になったので虞美人としては大成功である。

 

「かかったな! アホが!」

「え、えらいことになった……戦争じゃ……アルトリアの皆ァ! カリバーンが花になった! 世界に一つだけの花リバーンになったぁ!」

 

 なお、このやり取りは全てカルデアの管制室に届いており、またエルサレムの時と同じく各所に映像で流されている。

 アルトリア達は苦笑する者、鼻で笑う者など様々だ。

 

「花リバーンって使うとどうなるの? 世界中を花で埋め尽くすの?」

「先輩、それ全部芥さんの悪戯ですから」

 

 マシュのツッコミに麻菜は虞美人へと視線を向ける。

 腹を抱えて笑っている虞美人に麻菜は怒り心頭となった。

 

「花リバーンを喰らえ! 世界に一つだけの花アタック!」

 

 ぺしぺしと虞美人の頭を叩く麻菜。

 しかし、虞美人は笑うのをやめない。

 

「許せねぇ……!」

「引っかかるお前もお前だろう! 私の悪戯だって気づけ!」

「万が一ってことがあるかもしれない。私は僅かな可能性に期待した。分の悪い賭け、仕事以外なら嫌いじゃない」

「ないない」

 

 手をひらひらさせる虞美人に麻菜は頬を膨らませ――そのとき、周囲に寄ってくる気配を探知した。

 虞美人とマシュもまた気が付き、一瞬にして真面目な顔となる。

 

「どうやらお仕事の時間ね」

『敵性反応が周囲に多数あるよ。たぶん魔獣、およそ100体程』

 

 ロマニの声に麻菜は感心する。

 

「優秀っていうのは本当みたいね。今までにはなかった見事な情報提供」

『これまでの特異点って基本的に麻菜君が突っ走って、ドッタンバッタン大騒ぎして解決したから、カルデアからの情報提供もへったくれもなかったよね?』

「過去のことは水に流そう。未来志向って大事だと思うの」

 

 しれっとそう言って、麻菜は建物から飛び出した。

 

 

 

 廃墟を取り囲むように位置している魔獣達。

 今のところ、数はロマニからの情報通りだ。

 

「後輩、どうする?」

「先輩、どうしますか?」

 

 基本的には自分の意見を尊重してくれるらしい、と麻菜はそこで気がついた。

 ならばと彼女は告げる。

 

「私にいい考えがある。これは名軍師である陳宮に教えてもらった秘伝の戦法よ」

「ねぇ後輩、すごく嫌な予感がするんだけど……?」

「大丈夫、私流のアレンジを加えているから」

 

 満面の笑みを浮かべて、麻菜はそう告げ――素早く虞美人の後ろに回り込んだ。

 そして、麻菜は虞美人の首根っこを掴んで、魔獣が一番多い場所に目掛けて思いっきりぶん投げた。

 

「パイセン! 突撃だ!」

「やっぱりかぁあああ!」

 

 見事な弾道を描いて、虞美人は狙い過たず魔獣達の中に――

 

「そこです! 自爆しなさい!」

 

 陳宮に習った通りの指示を麻菜は発した。

 それを受けてか、あるいはタイミング的な問題か。

 虞美人は魔獣達を巻き込んで爆発した。

 

 だが、彼女は不死身でおおよそ元通りに再生するので実質的に死傷者はゼロ、それでいて敵を多数殺傷したという赫々たる大戦果である。

 

 

「おまえ……おまえぇ! 殺すぅ!」

 

 虞美人は両手に剣を持って振り回しながら、麻菜のところへ駆け戻ってきた。

 

「流石はパイセン、見事な戦果だわ」

「死ねぇ!」

 

 ぶんぶん剣を振り回すが、憎たらしいほどに当たらない。

 

「あのー、それよりも魔獣を……」

「マシュ! あんたが片付けときなさい! 私はそこのバカを始末するから!」

「というわけでマシュ、たぶん私よりは弱い魔獣達だから程良く始末しといて」

 

 駆け足でどっかへ行ってしまう2人にマシュは苦笑しながらも、盾を構える。

 

「今まで先輩にお任せしてばかりでしたが……マシュ・キリエライト、行きます!」

「あばよー! パイセンー!」

「待てー! 後輩ー!」

 

 遠くから聞こえてくる泥棒と警部の鬼ごっこみたいなやり取りに、マシュは気が抜けてしまいそうになるが、残った魔獣達へと攻撃を開始するのだった。

 

 



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即堕ち女神

「いやー、ぐっちゃん先輩。魔獣達は強敵だったわね。見てよ、こことかこことか……極めつけは膝に剣を受けてしまって……」

「ええ、後輩。私も5回くらい爆散したわ」

 

 麻菜と虞美人の会話にマシュはおずおずと問いかける。

 

「御二人が戦った相手って……?」

「私の方は色々と拗らせている真祖みたいな受肉した精霊だったわ。危なくなったら、すぐ自爆するのよ」

「私の相手は混沌を煮詰めて人型に押し込めたような奴ね。見た目だけは良いけど、中身は最悪。そこらの汚泥の方がまだマシ」

 

 互いに笑顔でそう答えてくれるが、マシュとしては苦笑するしかない。

 何だかんだで仲が良いとカルデアでも評判である。

 

『喧嘩も済んだところで、空に何か見えないかな? 接近してくる謎の飛行物体があるよ』

 

 ロマニから通信が入ると同時に麻菜達もその気配を察した。

 中々に強大なもので、3人は揃って飛行物体が接近してくる方向へと顔を向ける。

 

『何だか高度が少しずつ低下しているから、気をつけてね』

「UFO!? UFOなのね!?」

『たぶんだけど神とか魔獣とかそういう系じゃないかな』

 

 そんな会話をしているうちに麻菜達はその視界にその飛行物体を捉えた。

 ぶつかるぅ、とかいう叫び声と共にそれは降ってきたが、麻菜は素早く動く。

 彼女はジャンプしてその人物――黒髪の少女を見事にキャッチした。

 腕の中に収まった彼女に麻菜は微笑みかける。

 

「あ、ありがと……その、降ろしてくれると……」

 

 同性ではあるが、お姫様抱っこという形であり、少女はちょっと恥ずかしそうだ。

 麻菜は彼女を下ろす前に虞美人とマシュに向けて告げる。

 

「先輩! 後輩! 空から美少女が!」

 

 虞美人は深く溜息を吐き、マシュはくすくすと笑う。

 

 

 

 やりたいことをやった麻菜は少女を地面へと優しく下ろす。

 彼女は地面に立って告げる。

 

「この私を助けてくれたことには感謝してあげるわ」

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前らしいからね。これもまた善行、ソワカソワカ」

「何だか不穏な呪文みたいなものが最後にあったけど……それはそうとして」

 

 じーっと少女は麻菜を見つめ、虞美人へと視線を移し、最後にマシュを見た。

 

「……何というか、色んな意味で変な連中の集まりね」

「はぁ!? 私とマシュは違うだろ!? 変なのはそこのバカだけだ!」

 

 虞美人が怒るが少女は意に介さない。

 

「いやだって全体的に変じゃない」

 

 少女の言葉に麻菜は鷹揚に頷いて、言葉を紡ぐ。

 

「パイセンが変なのであることは皆が知っているからいいとして」

「おい変な後輩」

「そうです、私が変な後輩です……って伝説のネタはいいとして、話を進めましょうか」

 

 そこで麻菜は真摯な顔で少女を見つめる。

 見つめられた少女は身構えた。

 

 麻菜は意を決して告げる。

 

「産まれる前から愛してました! 私だけの女神になって!」

「マシュ、やれ」

「はい!」

 

 虞美人の指示、それに即応したマシュはかつてない程の素早さで盾を顕現させ、盾の角で思いっきり麻菜の後頭部をぶっ叩いた。

 人体から絶対に出てはいけない音が辺りに響き渡る。

 

 頭を両手で抑え、地面を転がって悶絶する麻菜に少女は若干引き攣った表情で、虞美人へ視線を向ける。

 

「さすがの私も、それはちょっとどうかと思うけど……?」

「そこのバカは見なかったことにして頂戴。で、力ある女神のようだけど、どちら様?」

 

 虞美人の問いかけ、マシュは盾を素振りし、麻菜が何かを仕出かしたら即座に追撃する構えをみせている。

 一方の麻菜はでっかいたんこぶができたらしく、どこから取り出したのか殴られた部分を氷嚢で冷やしている。

 

 本来ならば少女のプライド的に突っぱねるのだが――何だかそうすると面倒くさそうなことになりそうだ。

 

「私はイシュタルよ」

 

 すると誰よりも速く反応したのは麻菜だった。

 

「マジで!? 本物? 本物なのっ!?」

「ええ、本物よ」

 

 ずいずいっと迫る麻菜にイシュタルは鼻高々に告げる。

 

「おい後輩……」

「先輩……」

 

 数分前にやらかしている為、虞美人とマシュからよろしくない視線を向けられるが、麻菜は胸を張って告げる。

 

「イシュタルっていえば強力な信仰と強大な力を有しているが故に、他の宗教から罵られるくらいの大女神よ。むしろ会って興奮しないのがおかしいんじゃない!?」

「ふふん、そうよ、もっと私を讃えなさい」

「とりあえず、私からの贈り物を……」

 

 麻菜は無限倉庫から彼女に似合いそうなものを取り出す。

 それは2粒のルビーだった。

 明るすぎず暗すぎず、鮮やかな赤色。

 大きさもかなりのもので、30カラット程度はありそうだ。

 

「あなたの美しい瞳と同じものよ」

 

 イシュタルは仰天し、震える手で差し出されたルビーを指差す。

 

「い、いいの? それ、絶対高いわよ……?」

「いいわよ。だって、あなたとの出会いにはこの宝石以上の価値があるもの」

 

 麻菜の言葉にイシュタルは恐る恐る、そのルビーを受け取った。

 彼女はしげしげと眺め、ぎゅっと両手で握りしめる。

 

「ありがとう、大切にするわ」

「ええ。そうしてくれると私も嬉しい。ところでイシュタル、私達の事情はあなた程の女神なら分かると思うけど……私達は世界を救う仕事をしているのよ。異常なことってないかしら?」

「あるわ。それも含めて色々と教えてあげる。情報交換をしましょう。あ、ウルクには行く?」

「お願いするわ」

「任せなさい! せっかくだから歩いて行きましょうよ。ここらの土地について色々説明してあげる」

「ええ、頼むわ」

 

 イシュタルは上機嫌で、先頭に立って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 そしてウルクを目指して歩き始めた数時間後のこと。

 マーリンがフードを被った幼女と共に麻菜達の前に姿を現したのだ。

 

「あ、マーリンが幼女誘拐をしている。謎のヒロインXXに通報しなきゃ……!」

「おっと麻菜君、誘拐じゃないからその通信機はポケットにしまおう」

「誘拐犯は皆そう言うのよ」

 

 麻菜の言葉にマーリンの横に立っていたフードの幼女はテクテクと麻菜の傍へと歩いていき、その服の裾を掴んだ。

 

「助けてください」

「ほら! ほらほらほら!」

「おいおい勘弁してくれよ。あとアナ、そこの麻菜君は僕よりもヤバいからね。色んな意味で」

「少なくとも、私の勘ではあなたよりはマシです。色んな意味で」

「酷いなぁ……僕ってそんなに駄目?」

「王の話をする時以外はまるで駄目な男とカルデアの一部界隈では有名よ」

 

 おーまいがー、とマーリンは麻菜の言葉に大げさに落ち込んでみせる。

 そんな彼に対してイシュタルは呆れたように溜息を吐いて、問いかける。

 

「また何か変なのが現れたわね。あなた達が特異点とやらじゃないの?」

「実はよくそう言われるんだけど、私が世界を滅ぼすってなったらこんなまどろっこしいことはしないので」

「それもそうよね」

 

 麻菜の言葉に納得するイシュタルを見て、マーリンはうんうんと頷く。

 

「打ち解けているみたいで良かったよ。ところで三女神同盟って知っているかい?」

「麻菜達にも言ったけど、私は違うわよ。そういうのがあるらしいって聞いただけ」

「イシュタル以外が女神を名乗るなんてけしからんので、叩きのめしてやろうと考えていたところ」

「もう麻菜ったらー」

 

 このこの、とイシュタルに頬を突かれる麻菜を見て、虞美人とマシュは女の子がしてはいけない顔をしていた。

 それは色々な負の感情が混ざりあってできたものだ。

 

「……芥さん」

「みなまで言うな、マシュ。問題児が増えたなんて……悪夢だ」

 

 マーリンはその様子にけらけら笑う。

 

「一応聞くけど……イシュタルは麻菜君と契約を?」

「当たり前じゃないのよ」

「色々と分かった上で?」

「勿論よ。色々な意味で普通じゃないことくらい分かるわ。それも含めて私は受け入れるわ」

 

 マーリンは頷いて、麻菜へ告げる。

 

「いやー、あのイシュタルからこんなに好意を向けられるなんて……麻菜君、何かしたの?」

「ただ敬意を持って接しただけよ。私としては歴史上の偉人や神話の登場人物達と肩を並べて戦えるなんて、至高の栄誉だと思っているので」

「その割には斜め上の方向にやらかしているけど……」

「それはそれ、これはこれよ。あと欲望に素直という設定なので」

「まあ、君みたいな存在が真面目になられるとそれはそれで気味が悪いからねぇ」

 

 マーリンの言葉に虞美人は反論する。

 

「おい、マーリン。私とマシュがこの数時間でどれだけ精神的に苦労したか、知りたいか?」

「そうです、マーリンさん。先輩とイシュタルさんは色んな意味で波長が合い過ぎです。いや、先輩の懐がブラックホールみたいに底なしなことは知っていますけども」

 

 2人の言葉にマーリンは笑って告げる。

 

「謹んでお断りするよ。それはさておき、ウルクへは私達も同行しよう。いつ出発する?」

「マーリン院……流石に無理があるわねこれ」

「無理だねぇ」

「それはさておき、出発をする前にやっておきたいことがある」

 

 真面目な顔で告げる麻菜に虞美人とマシュは碌でもないものを感じた。

 イシュタルのときもそうであったのだ。

 今度はアナに愛してましたとか言いかねない。

 

 マシュは盾を、虞美人は剣を用意したところで――麻菜はアナを抱き寄せて、そしてカルデアへと連絡を入れる。

 

「カルデア! 大至急アナスタシアを!」

『ふぁっ!?』

 

 ちょうどコーヒーを飲んでいたロマニは仰天した。

 

『敵かい!? こっちにはそういう反応は無いけど……!』

「違うわ。アナスタシアは氷魔術だけど雪も何とかなる筈」

『……雪?』

「ええ、そうよ。アナスタシアは雪の女王ってことにして、ここにいるアナと並べて、アナと雪の……」

『それ以上はいけない』

「記念撮影ってことで。そのくらいは良いでしょう?」

『仕方がないなぁ……所長、いいですか?』

『……まあ、いいんじゃないの……麻菜、あとで埋め合わせはしなさいよ』

 

 オルガマリーの許可が出たことでロマニはアナスタシアを送り込む準備に取り掛かった。

 

 その後、アナスタシアも交えた写真撮影は1時間程で終わり、ようやく麻菜達はウルクへと向けて歩みを再開する。

 なお、撮影会終了後、アナスタシアはカルデアへと帰還した。

 

 



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ウルクにて

 麻菜達一行はギルガメッシュが築いたという巨大城壁――北壁を遠目に見たところで、それなりの魔獣達が城壁へと向かっているのを見つけた。

 魔獣達を横合いから思いっきり殴りつけてウルクの皆さんにアピールしよう、と麻菜が提案したのだ。

 

 そんなわけで横から魔獣達をぶっ飛ばし、指揮を取っていた現地に召喚されたサーヴァントであるレオニダスと合流し、彼によってギルガメッシュへと取り次いでもらうことになった。

 

 なおマーリンが宮廷魔術師としてギルガメッシュに仕えているということが、ぶっ倒した後に明かされたのだが、本当かどうか信用できないという言葉で切り捨てられた。

 マーリンは泣きながら、レオニダスとともにギルガメッシュの下へと向かった。

 

 

 そんな状況下で麻菜は魔獣の死体を指差して、真顔で告げる。

 

「これは新鮮なので食べられます。魔獣は貴重なタンパク源です」

「おい馬鹿後輩! 魔獣を食おうとするな!」

 

 虞美人に止められて、麻菜はしょんぼりしながらもアナのところへと行く。

 そして、彼女はアナをじーっと見つめる。

 

「あの、何か……?」

「あなた、姉が2人いたりしない? ステンノとエウリュアレって名前で……髪色とか顔つきとか彼女達に似ているんだけど」

 

 アナは無意識的に身体をびくっと震わせた。

 麻菜にとっては十分過ぎる反応である。

 

「ふーん、そっかー」

 

 ニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを浮かべながら、麻菜は何度も頷く。

 

「上姉様と下姉様からは駄メドゥーサがやんちゃしていたらとっちめていいわよっていう許可を密かに貰っているのよね」

「何もしていませんよ!?」

 

 両手をわたわたと振るアナことメドゥーサに麻菜はイヤラシイ笑みで問いかける。

 

「ぐへへ……姉様方に私が色々と無いことを吹き込むこともできる……そうされたくなければ私と……」

 

 麻菜は最後まで言うことができなかった。

 背後より肩を手で叩かれ、振り返るとそこにはにっこりと笑う――目だけは笑っていない――マシュがいたからだ。

 

「先輩、真面目にやりましょうね?」

「あっはい……ただ私は姉様方からメドゥーサのことを報告するよう言われているので」

「それは本当ですか?」

「実は本当なのよ。嘘だと思うなら2人に確認をとって欲しいわ」

 

 それならば仕方がない、とマシュとしては認めざるを得ない。

 そのとき、麻菜はレオニダスがこちらへと駆け足でやってくるのを見つけた。

 

「あ、レオニダスが戻ってきたわ」

「先輩、くれぐれも変なことをしないでくださいね」

 

 マシュの言葉に麻菜は頬を膨らませたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく来たな」

 

 そう言ってギルガメッシュは深く――それはもう深く溜息を吐いた。

 そして、彼は麻菜を真っ直ぐに見つめて問いかける。

 

「つい先程、カルデアの我からマーリンめが書状を差し出してきたのだが……お前達は事情をどこまで把握している?」

「三女神同盟っていうのがあるらしいので、とりあえずそいつらを潰しておこうかなと思っているわ。イシュタルは三女神同盟とは違うみたい」

 

 麻菜の言葉にうんうんと頷くイシュタル。

 彼女からすれば三女神同盟なんて本当に知らないことだ。

 

「……どうしてイシュタルが一緒にいるのだ?」

「どっかの金ピカと違って麻菜は気前が良いわ」

 

 満面の笑みを浮かべて答えるイシュタルにギルガメッシュは追求することをやめにした。

 面倒くさいことになりそうな予感がしたからだ。

 

 ともあれイシュタルが麻菜に協力しているのならば話が早いのも確かである。

 

「シドゥリ、そいつらの面倒を見てやれ。特に麻菜には要注意だ。ある意味ではイシュタルよりも厄介であるからな」

「酷いことを言う王様ね。私、味方にはとても寛容よ?」

「ああ、そうか。ならば尚更大人しくしていろ。民に被害を出さなければ行動の制限はしない」

 

 ギルガメッシュの言葉に麻菜は肩を竦めて頷いた。

 そして彼女は問いかける。

 

「ところで私があなたに工事を発注することってできるかしら?」

 

 突然の問いにギルガメッシュは訝しげな視線を麻菜へと向ける。

 

「何の工事だ?」

「城壁よ。私が金塊で代金を支払うから、ウルクを取り囲む既存の城壁の外側に、もう一つ城壁を作って欲しい。北壁みたいな高さはなくてもいいから、幅が欲しい」

「その理由は?」

「魔獣達が迂回して、北部以外から攻めてきても対処できるようにかしら。獣だっていつまでも馬鹿じゃない。学ぶ個体がいてもおかしくはないと思う」

 

 ギルガメッシュは真意ではないと見抜くが、麻菜の言ったことは事実でもある。

 ましてや麻菜がカネを負担してくれるならば、言うことはない。

 

 何よりも麻菜という手札は使い方さえ間違わなければ、何にでも使える非常に強力なものだ。

 

 カルデアのギルガメッシュから届いた書状には麻菜をよく使え、過程は酷いが結果は良いというようなことが書かれていた。

 

「工事を引き受けよう。代金は完成後で良い。その代わりにこちらの仕事も引き受けよ」

「内容は?」

「ニップルをはじめ、孤立した都市などから民をウルクへ避難させよ。手段も方法も問わん」

「分かったわ。救援対象の都市とかの一覧表と大雑把でいいから地図を頂戴。すぐに動けるけど、どうする?」

「受け入れ準備を3日以内に終わらせる。それまでは待て」

 

 そう告げてギルガメッシュはシドゥリへと視線をやる。

 彼女は王の意向を受け、告げる。

 

「では空いている住居へご案内します」

「あ、その前に」

 

 麻菜は無限倉庫から1本の瓶を取り出して、それをギルガメッシュへと放り投げた。

 それを受け取る。

 ラベルや色合いから見るに酒のようであった。

 

「これは?」

「気付け薬よ。あなた、どれくらい休んでいないの? 顔には出していないけど、何となく分かるわ」

 

 麻菜に問われギルガメッシュは溜息を吐く。

 そして告げる。

 

「たわけ。王は我しかおらぬ」

「もしもあなたが非常時にぶっ倒れて尻拭いに奔走させられた私に国が傾くほどの莫大な金額を請求をされるのと、今ここで10日間くらい休むのとどっちがいい? なお、休んでいる間、神や魔獣が押し寄せたとしても全て私が潰すという前提で」

 

 さすがのギルガメッシュもすぐには答えられない。

 防衛に関しては麻菜に任せても良さそうだが、問題はそれ以外のことだ。

 ウルクの内政を彼女に任せるなんてことはできない。

 

 しかし、そこでシドゥリが口を開いた。

 

「王よ、彼女の言う通りです。彼女達の実力は魔獣との戦いを間近で見たレオニダス殿も保証すると仰られていましたし……何よりも王不在であったとしても10日間程度で傾くウルクではありません」

「そうです。王よ、どうかお休みください」

 

 彼女に続き兵士長までもがそう告げて、ギルガメッシュは観念したように両手を挙げた。

 

「分かった分かった、では明日より10日間、我は休む。シドゥリには内政を、兵士長には防衛に関する権限を一時的に与える。我でなくば判断がつかないこと以外は2人の権限で決裁せよ。なお緊急時は別である」

 

 そこで言葉を切り、ギルガメッシュは麻菜へと視線を向ける。

 彼女はドヤ顔であった。

 やれやれとギルガメッシュは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 麻菜達はシドゥリに空いている住居――説明によればかつては酒場だったらしい――へと案内された後、頭を下げられた。

 

「ありがとうございます。王を気遣ってくださって」

「いいのよ。彼に倒れられると困るのはこっちも同じだし。あと、あなたみたいな美人がいるから私が絶対に護るわ。安心して」

「まあ、お上手ですね」

 

 シドゥリと麻菜の会話に虞美人とマシュ、イシュタルはこそこそと小声で会話する。

 

「絶対シドゥリさんのポイント稼ぎですよねアレ」

「間違いない。あの馬鹿は欲望一直線だから」

「え、何? 麻菜ってそっちでも大丈夫なの?」

「むしろガチです」

「嘘か本当か知らないが、両性具有になれるらしい」

「ふーん、じゃあ問題ないわね」

 

 何が問題ないのか、とマシュと虞美人はイシュタルに問いかけたかったが、そこでアナが口を開く。

 

「あの、これからどうしますか?」

 

 アナの問いかけに麻菜はズバッと手を挙げた。

 

「魔獣狩り、女神狩り、世界征服……どれにしよっか?」

「どれも却下だ!」

 

 虞美人の言葉に麻菜はさらなる提案を行う。

 

「地形把握と観光の為に街を見回る感じにしたい。ぐっちゃんパイセンも項羽と共に街巡りとかいいんじゃない? 簡単に言うと自由時間ってことで……あ、抜け駆けして女神狩りなんてしちゃ駄目だからね」

「先輩じゃないんですから、誰もそんなことしません」

「最近の後輩、きついや……」

 

 マシュの言葉に麻菜はしょんぼりしながら、そう言うのだった。

 




※ちょっとしたネタ


麻菜「ラフムは生まれたばかりなので寄生虫もおらず、新鮮なので食べられると思います。貴重なタンパク源ですので、食べてみましょう」

ラフム達「q^@uew@e7q@diqhue」


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ウルクを堪能しよう!

 用意してもらった住居の内装を整えたところで、麻菜は虞美人とマシュに対して、早ければ3日後に行われる救出作戦について、頭の中で纏めていたことを披露する。

 前世のリアルでの経験に基づいたものだ。

 アナは花を買いに、イシュタルは散歩に行くと出かけていたが、まずはカルデア組の意思統一が先だと麻菜は考えた。

 

「今回の救出作戦にあたって必要なものは速さである。本作戦の目標は残存する住民及び将兵の退避を完了させることであるが、現地では敵対勢力との遭遇戦が予想される為……何よ? 何か文句があるの?」

 

 麻菜はジト目で虞美人とマシュへ問いかけた。

 2人は目を丸くしており、いつになく真面目にやっている麻菜に驚きであったのだ。

 

「……あんた、どっかの軍人?」

「先輩、カッコいいです」

 

 がっくり、と麻菜は項垂れた。

 昔取った杵柄とばかりに、真面目にやってみればこの反応だ。

 

 とはいえ、普段が普段であるので自業自得でもある。

 

「というか、私達だけじゃ人手が足りないわ」

「パイセン、これから色々と説明しようとしたときに水をさされた私の気持ちを答えよ」

「普段からもうちょっと真面目にすればいいんじゃない?」

「それはできない相談ね」

「じゃあ諦めなさい」

 

 虞美人の言葉に麻菜は不満そうに口を尖らせるが、改めて説明を開始する。

 

「ところでイシュタルさんとアナさんはどこへ?」

「イシュタルは散歩、アナは花を買いに行ったわ」

 

 アナはともかく、イシュタルの散歩というところに虞美人とマシュは何か引っかかるものを感じる。

 イシュタルの性格的にただ散歩をしてくるわけではないだろう。

 

「散歩の途中で偶々魔獣に襲われている人を見つけたりして、仕方なく助けているんじゃないのかしらね」

 

 麻菜の補足説明に2人は微笑ましい気持ちになった。

 イシュタルの性格的にありえることだった。

 

「それはさておき、救出作戦において必要な人材は強くて責任感がある奴よ」

 

 そこでだいたい見当がついた。

 故に虞美人が問いかける。

 

「誰を連れてくるつもり?」

「Aチームは万が一に備えて取っておきたいから、サーヴァントで……オルタではない騎士王と愉快な円卓の皆さんに頑張ってもらおうかなと。彼ら、民を敵から護りながら逃がすっていう状況だから張り切ってやってくれると思う」

 

 確かに、と虞美人もマシュも頷いた。

 性格的には勿論、強さも申し分ない。

 

「というわけで、聞いていたわね? ロマニ」

『はいはいっと。いやー、僕としては民を逃がすより敵を殲滅したほうが速いとか言ってカルナとかアルジュナとかを呼ぶかと思ったよ』

「それについてだけど……三女神をぶっ倒してハイ終わりならいいんだけど、本当にそうなのかしら?」

『……どういうことだい?』

 

 麻菜の疑問にロマニは問いかける。

 

「獅子王が言うには、ここにある聖杯って魔術王が自ら送り込んだ……早い話、ガチでやったやつなんでしょう? 私なら絶対に悪辣な罠を仕掛けているわよ。どうあがいても絶望みたいなやつ」

『つまり?』

「簡単過ぎるってことよ。三女神の誰かが聖杯を持っているっていうパターンとは考えにくい……あからさま過ぎるもの。そりゃ女神は強大でしょうけど……こちらにはイシュタルがいる。彼女がグガランナをぶつければ大抵の輩は死ぬわ」

 

 麻菜はそう言いながらも、ウルクへの道中にてグガランナの話を振ったとき、何故かイシュタルが焦っていたような気がした。

 グガランナがどっかいった、なんてことがあったら神話に残る喜劇であるのでさすがにそんなことはないだろう。

 

 ともあれ麻菜にとってはグガランナは保険だ。

 彼女は自信を持って告げる。

 

「ま、問題ないわ。何が出てきたところで私が勝つ」

 

 何をやらかすつもりだ、という視線が虞美人とマシュから送られた。

 ロマニは苦笑するしかなかった。

 

「先輩、結局どういう作戦にするんですか?」

「まず私が現地へ行く。私の位置情報を元にしてカルデアからサーヴァントを投入、同時に転移門(ゲート)を開く。でもって、住民達は門を通ってウルクへ直行」

「先輩にしかできない力技ですね……」

「だけど効率的よ。私は遊んでいるとき以外はなるべく効率的にやりたい」

 

 麻菜は胸を張ってそう宣言する。

 

「堂々と遊んでいるって言いましたね」

「本当にこいつ、馬鹿よね……」

「楽しいっていうのは人生で重要なことよ」

 

 マシュと虞美人によるツッコミであったが、しかし麻菜はそう答える。

 ロマニとしては麻菜の言い分も正しいと理解できてしまうので、何とも言えない。

 そして麻菜はロマニへ依頼する。

 

「ともあれ、ロマニ。ありえないっていうような、一番ヤバい存在を探しといて」

『分かった。僕は君の心配が杞憂に終わることを祈るよ』

「安心して。向こうがヤバいものを出してきたら、私もヤバいものをいっぱい出すから」

『おっと特異点ごと消し飛ばすのは無しだ』

「だが、向こうが特異点ごと消し飛ばそうとするなら致し方ないのでは……?」

『うーん……ともかく、調査してみるから。いきなりドカンは無しだよ?』

「特異点が消し飛ばない程度ならセーフよね」

『……まあ、うん……そうだねぇ……』

 

 ロマニの答えに麻菜は満足げに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦説明も終えたところで、麻菜はウルクのとある場所へと向かう。

 虞美人は項羽をカルデアから呼び寄せることで対処し、ついてこようとするマシュはレオニダスのところへ防衛に関する状況を聞いてきて欲しいと依頼して、うまく撒いた。

 

 麻菜は事前にカルデアにある蔵書やら何やらでこの時代における色々なことをリサーチ済みだ。

 

 そんな麻菜がウキウキ気分で向かったのはイシュタルを祀っている神殿だった。

 その規模は非常に大きく、神殿内部には図書館までもあるらしい。

 とはいえ、イシュタルがそこにいるというわけではない。

 

 麻菜の目的はイシュタルではなく巫女だ。

 目的を果たすべく彼女は手近なところにいる巫女に声を掛ける。

 

「すいません、寄進をしたいんですけど……」

 

 彼女が差し出すのは金のインゴットを3本。

 しかし、巫女は麻菜の顔を見るなり、お待ち下さいと言って神殿の中へ走り去っていった。

 

 5分程すると巫女はシドゥリを連れてきた。

 どうやらちょうど神殿に来ていたらしい。

 

「麻菜様、失礼ですが……女性ですよね? 神聖男娼をお望みですか?」

「特殊な薬で男のアレを生やせるので、神聖娼婦をお願い」

 

 その意味を正確にシドゥリは理解する。

 どうしてそんな薬を持っているのか、などと余計な詮索はしない。

 重要なのは麻菜が神殿に寄進をしたことであり、その対価として神の活力を授けてくれるよう求めていることだ。

 

 これはウルクにおける特殊な慣習というものではなく、バビロニア全土は勿論、ギリシアなどにもある神殿売春だ。

 この時代において性と聖は密接なものであり、神殿売春とは宗教上の儀式であった。

 

「分かりました。では、彼女がお相手を致しますので……」

「ええ、よろしくね」

 

 麻菜は満面の笑みを浮かべて神殿の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 そして数時間後――

 

「神聖な儀式っていうのはいいものねぇ」

 

 そんなことを言いながら麻菜はスッキリとした気分でウルクの通りを練り歩いていた。

 

「というか、シドゥリ。私についてきていいの? 仕事は?」

「今日はもう大丈夫です。あと王からは麻菜様に注意しろ、と言われておりますから」

「警戒されるようなことはしてないんだけど……とりあえず写真を撮りましょう」

 

 麻菜は無限倉庫からスマホと自撮り棒を取り出した。

 シドゥリがそれらに目を丸くしているうちに、麻菜はセッティングを終える。

 通行の邪魔にならないよう、麻菜はシドゥリの手を引っ張って通りの端へ。

 

「はい、笑ってー」

 

 麻菜の言われるがままにシドゥリは笑ってみせる。

 

「どう?」

「これは……魔術の類ですか?」

 

 スマホの画面にある麻菜とシドゥリの写真を見て、シドゥリは問いかける。

 

「ぐへへへ、これは4000年以上先の技術で作られた魔道具、これでシドゥリの魂は私のものだ」

「何と恐ろしい……! 魂を抜き取るなんて……!」

 

 戦慄するシドゥリに麻菜はけらけら笑いながら、答えを明かす。

 

「というのは冗談で、絵と鏡を合体させたようなものよ。簡単に言うと鏡に映ったものを絵として保存できるっていうやつ」

「なるほど……」

「しかも、それなりに安い値段で4000年以上先ではあそこらで遊んでいる子供だって持っているわ。あとこれ、世界中の誰とでも一瞬で連絡が取れる通信機器でもある」

「そんな時代が……!」

「まあその分、魔術とかそういうのは日陰に追いやられて、誰にだって使える技術が世界に広く浸透するわ」

 

 麻菜の説明にシドゥリはしげしげとスマホを見つめる。

 

「あと動画も撮影できるから……」

 

 麻菜はスマホの撮影モードを切り替えて、スマホのレンズを向ける。

 

「シドゥリ、何か言って」

「えっと、何を言えばいいでしょうか……?」

「麻菜様大好き愛してる結婚してって言って」

「それはちょっと……」

 

 シドゥリの拒否に麻菜はしょんぼりしながらも録画を終える。

 

「はいこれ」

 

 そして、麻菜はシドゥリに画面を見せる。

 そこではつい数秒前に行われていたやり取りが動画として記録されていた。

 

「これは凄いですね……」

「他にもこういうのも見せてあげる」

 

 麻菜は保存フォルダから従姉妹であったり、あるいは立香と一緒に旅行をしたとき、あるいは個人的に世界中を回ったときの写真や動画をシドゥリに見せる。

 しげしげと彼女はそれらを見る。

 

「こういう未来になるのですか……」

「ええ、こういう未来になるのよ。まあその分、色々と失ったものも多いけど。要は物質的に豊かになるか、精神的に豊かになるかっていう兼ね合いね。ここは後者のほうが優れている気がする」

「そうでしょうか?」

「そりゃウルクでも表には出ないだけで色々と個々人における悲劇や惨劇、その他色んな問題はあるでしょうけど……私が見た感じ、ウルクのほうが社会の闇みたいなのはなさそう。カネの為なら何でもやるっていうのはウルクの民にはいなさそう」

 

 そこで麻菜は言葉を切って、一拍の間をおいて尋ねる。

 

「話は変わるけど、これからご飯とかどう? あなたが見てきたウルクを知りたいし、私が見てきた未来のことを話したい」

 

 そう言われてしまうとシドゥリとしても興味がある。

 

「そういうことでしたら構いませんよ」

「決まりね。あなたのオススメの店を教えてほしいわ」

 

 シドゥリとの食事ということで麻菜は満面の笑みであった。

 

 

 なお、この会話後、まっすぐに店へは向かわず、麻菜はシドゥリと一緒にウルクのあちこちで動画と写真をめちゃくちゃたくさん撮りまくった。



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環境破壊

短め。


 救出作戦は予定通りに始まり、それは麻菜が言った通りのやり方で行われた。

 すなわち彼女が現地へ単独で赴いて、そこで位置情報を元にカルデアから騎士王達を投入すると同時に転移門(ゲート)を開く。

 門から虞美人とマシュ、アナが出てきてそのまま誘導にあたり、騎士王達は周辺警戒を行いつつ、同じく民を誘導する。

 

 休暇に入る前にギルガメッシュが各地に連絡してあったこともあり、それらはスムーズに進んだ。

 

 救出作戦開始から僅か2日でリストアップされていた北部方面の都市や街などから生き残っていた住民や兵士達の救出が完了した。

 途中でエルキドゥと名乗る輩が襲いかかってきたが、警備していた騎士王2人――セイバー、ランサーのアルトリア――と円卓の騎士達が張り切って迎撃した為、救出作戦に支障は全く無かった。

 

 戦闘場所となったところは地形がかなり変わってしまったが、人的被害は無いので問題はない。

 

 ともあれ、麻菜は北部の救出作戦が完了後、ただちに南部の救出作戦に取り掛かった。

 いつも通りに空を飛んでウルの入り口へ降り立った麻菜、しかし、彼女の前に密林から飛び出してきたのは――

 

「空を飛ぶなんて卑怯なり!」

「えっと……日本人? 出身は? あなたの名前は? なんかタイガーっぽい気がする」

「タイガーと呼ぶなぁ! 私は森の女神、ジャガーマン!」

「きぐるみを着た成人女性にしか見えないんだけど、そこんところどうよ?」

「それに触れるな! くっ……この私がツッコミに回るなんて……こやつ、できる……!」

 

 ツッコミ役となる虞美人とマシュがいない為、麻菜のやりたい放題である。

 

 

「で、ジャンジャンバリバリジャガーマン」

「ジャンジャンバリバリって私はパチンコ屋じゃないから! 何よぅ!?」

「古代メソポタミアできぐるみを着た謎の日本人女性が出現って感じで、テレビに特集されたくなければ知っていることを洗いざらい吐け」

 

 にっこり笑顔で告げる麻菜にジャガーマンは不敵な笑みを浮かべる。

 

「テレビ特集は勘弁だけど、そう簡単に吐くわけにはいかねぇ! というか、そんなことしたら私がククルんにぶっ殺される!」

「ククルん? ああ、それなら私、知り合いだから。くっちゃんまっちゃんって呼び合う仲だから」

「ふぁっ!? マジで!?」

「嘘に決まっているじゃないの」

 

 けらけら笑う麻菜にジャガーマンはどこから取り出したのか、先端に肉球っぽいものがついた棍棒らしきものを取り出した。

 それを器用にくるくる回して、その先端である肉球を麻菜へと向ける。

 

「おのれぇ! このジャガーマンを騙そうとするなど、不届き者め!」

「いや私もまさかそんな簡単に信じるとは思わなかった。ごめんね」

 

 麻菜はそう言って、頭を軽く下げた。

 

「え、いやまあ……そう謝られると……ってそれって、私のことを遠回しに馬鹿って言ってる!?」

「被害妄想激しすぎでは? 円形脱毛症になるわよ?」

「ぐぬぬ……このままでは埒が明かない……我が一撃を食らえ!」

 

 ひらりと麻菜はジャガーマンの一撃を躱したが、その一撃は鋭いものだった。

 故に麻菜は告げる。

 

「意外と強そうね。気に入った、私のペットにならない? 三食昼寝おやつ付き」

「三食とおやつの種類は!?」

「和洋中どれでもいけるわよ。エミヤって専属料理人がいるから」

「どっかで聞いたことがあるような名前……ともあれ、私に勝ったなら考えてやろう!」

「決まりね」

 

 麻菜は満足げに頷くが、ジャガーマンは胸を張る。

 

「ここは既に螺旋描く蛇の大地……! 森の守りがある限り、我ら太陽は無敵なり!」

「逆に言うと森の守りがなければ無敵じゃないってことね」

 

 分かりやすく弱点を教えてくれるなんて優しい人だ、と思いながら麻菜はうんうんと頷く。

 そして、イイ笑顔となる。

 

「ジャガーマン、ジャングルに潜むゲリラってどうやって処理するか教えてあげるわ」

「へ?」

「これから毎日ジャングルを焼こうぜ!」

 

 麻菜はジャガーマンではなく、ジャングルに向けて火炎系の広範囲魔法を連続してぶっ放した。

 

「ぎゃああああ! やめっやめろぉー! 森がぁ!」

「はーっはっは! ほらほら負けを認めないと、どんどん燃やすわよ!」

 

 ジャガーマンは麻菜へと飛びかかり連続して攻撃を加えるも、それをひらりひらりと回避しながらも、麻菜はジャングルに向かって魔法をぶっ放す。

 生木である為、燃えにくいが燃えないというわけではなく、また草花は普通に燃える。

 

「ちょこざいなっ!」

「ほらほらタイガー! 私をどうにかしないと山火事よ!」

「タイガーって呼ぶなぁ!」

 

 ジャガーマンは必死になって麻菜に攻撃を加えるが、全く当たらない。

 それに加えて麻菜はものすげぇイキイキとした笑顔であることが更にジャガーマンを苛立たせる。

 

「さぁ、どっちが音を上げるか勝負よ!」

「ええい! コンチクショウ! やってやるぅ!」

 

 そして、麻菜はジャングルにせっせと放火しながらジャガーマンの攻撃を煽りながら回避し続け、ジャガーマンが諦めたのは2時間後のことだ。

 ウルの民はジャングルが燃えていることや戦闘音に気づいて退避した為、幸いにも無事であった。

 しかし、ジャングルは広範囲に渡って燃えてしまったのでジャガーマンはガチで泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……ありがとうございます」

 

 何だか困惑気味であったが、ウルの住民達は恐ろしい森の女神を何とかしてくれた麻菜にお礼を述べる。

 その森の女神であるジャガーマンは麻菜によって縄と鎖でぐるぐる巻きにされた上、敗北者という文字が書かれた紙をおでこに張られて地面に転がされていた。

 彼女は悔しげな表情で麻菜へと叫ぶ。

 

「ずるいぞー! 卑怯だぞー! 卑劣だぞー!」

「何とでも言うがいい……所詮この世は焼肉定食、焼肉を食えば生き、生肉を食えば腹を壊して死ぬ……」

「あ、何だか焼肉定食が食べたくなってきた……私、生姜焼き!」

「大食い勝負ね、任せて。何だか普通にあなたとは仲良くなれそうな気がする」

「ふふふ……この私の包容力にメロメロになってしまったかニャ?」

「今更ニャとかつけ始めてももう遅いぞタイガー」

「タイガーと呼ぶなぁ!」

 

 麻菜とジャガーマンのやり取りにウルの住民達は引き攣った笑みを浮かべる。

 

「ともあれ、事情を話して頂戴。森の女神は私がご覧の通りにしばき倒したから」

「倒されてませんー! ジャングルを守る為に仕方なくですー!」

「はいはい、あとで美味い飯を奢るから」

「何でも聞いてニャ!」

 

 ジャガーマンのゲンキンな態度に麻菜は肩を竦めながらウルの住民達とジャガーマン、双方から聞き取り調査を行う。

 その結果、エリドゥにジャガーマンの言うククルんがおり、その女神が生贄をウルに要求していることが分かった。

 なおジャガーマンの証言により、生贄を殺すなんてことはしておらず強制労働をしているだけとのことで、ウルの住民達は安堵した。

 

 エリドゥに囚われた者達は麻菜が解放することを約束し、ウルの住民達をウルクへと避難させる。

 住民達もジャガーマンを倒した麻菜ならば何とかしてくれる、と思ってくれた為、避難を承諾した。

 なお、ジャガーマンは美味い飯を要求した為、ウルクへ麻菜と一緒に戻り、マシュと虞美人に事情を説明して彼女の世話を頼んだ。

 

 ふざけた存在であるジャガーマンであったが、麻菜で慣れていた為に虞美人もマシュも大して驚きはなかった。

 

 そして、麻菜は単独でエリドゥへ向かったのだった。

 

 



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勿論、戦う。拳で!

「いつのまに私は南米に来たのかしら……?」

 

 麻菜はエリドゥへと到着し、そこに囚われていた生贄達から事情を聞いて女神がいるという太陽神殿へと向かった。

 そこで待ち受けていたのは――明らかにメソポタミアっぽくない金髪のお姉さんだった。

 あとマヤの神殿っぽいものの横にでっかい斧がぶっ刺さっているという、中々に衝撃的な光景だ。

 

 さて、その女性は見るからにラテンのノリであるが、見た目とは裏腹に膨大な魔力を内包していることが容易に分かる。

 ともあれ麻菜は問いかけた。

 

「これからサンバでも始まるの?」

「サンバじゃないデース! ルチャデース!」

「あー、知っているわ。ルチャリブレってやつね」

 

 メキシコの連中がよく見ていたやつだと麻菜はちょっとだけ懐かしくなる。

 ともあれ、生でルチャの試合を観るなんて滅多にない為、彼女は邪魔にならないように隅っこへと移動した。

 そして無限倉庫から椅子と取り出して座り、さらにカルデアから持ってきていたポテチを取り出す。

 

「で? 対戦相手は? 有名な選手とか召喚されているの?」

「何を言っているの? 私とあなたがやるのよ?」

「……は?」

 

 麻菜は真顔になった。

 

「私と同じ外のモノだし、いけるいける。大丈夫デース!」

「いやいや待ってよ。流石に私もルチャっていうかプロレス系はやったことないわよ。あとその胡散臭い喋り方はやめなさい。わざとやっているでしょ」

「どうして分かったの?」

「見るからに高位の女神でしょう。そんな存在が流暢に話せないわけがないわ……何なら私がスペイン語で話してあげましょうか?」

「それには及ばないわ。とりあえず戦いましょう。あなたも戦うのは好きでしょう?」

 

 それはそうだけど、と麻菜は眉毛をハの字にして困ってますとアピールする。

 そんな彼女に女性はくすくすと笑う。

 

「そういう人間の感情を忘れてはいけないわ……まあ、あなたなら大丈夫でしょうけど」

「やっぱり分かるのね?」

「ええ。何とも数奇な運命を辿っているみたいだけれど……楽しそうで何よりだわ」

 

 彼女の言葉に麻菜は肩を竦めつつ、問いかける。

 

「ところであなたの名前は? 私は玲条麻菜っていうんだけど」

「私はケツァル・コアトルよ」

「え? 嘘でしょ?」

「本当デース」

「その喋り方はいいから。それはともかくとして、とりあえず握手して欲しいんだけど……あとアステカとかマヤとかあそこらの歴史について詳しく教えて」

 

 麻菜はそう言いながらケツァルコアトルの前に立ち、手を差し出した。

 彼女はにこにこ笑顔でそれに応じてくれた為、麻菜は調子にのって色紙とサインペンも無限倉庫から取り出した。

 

「サイン、貰っていい?」

「私のサインは高いヨー!」

「気前の良いところを見せて欲しいわ。額縁に入れて大切にするので」

「仕方がないネー」

 

 さらさらっとケツァル・コアトルは色紙にサインを書いてくれた。

 色紙を受け取り、麻菜はにんまりと笑みを浮かべながら無限倉庫へと収納する。

 その際、しっかりと額縁に色紙を入れていた。

 

 それを見ながらケツァル・コアトルは告げる。

 

「歴史の授業は戦いが終わってからにしましょう」

「どうしても戦う流れなのね?」

「当然だわ。だって、久しぶりに私が本気を出しても良さそうな子なんですもの」

「待った、たぶんだけどそれをやると世界が終わる。それはお互いにとってよろしくない」

 

 麻菜の言葉にケツァル・コアトルは陽気に答える。

 

「大丈夫、武器無しの殴り合いならあまり被害もなく収まるわ」

「私はルチャじゃなくてもいいのよね?」

「ええ、勿論よ」

「といっても賞品が歴史の授業だけじゃやる気が出ないわ。それに武器無しって私が不利よね?」

 

 むむむ、とケツァル・コアトルは考え込み――ならばと麻菜のやる気を引き出す提案をする。

 

「私に勝ったらあなたの願いを何でも叶えるっていうのはどう? 歴史の授業は参加賞って形にするから」

「本当?」

「本当よ。その代わり私も手加減しないから。あなたも武器以外なら何を使ってもいいわよ。ただし、攻撃手段は肉体であること」

 

 ケツァル・コアトルの提案に麻菜は考えるが、どちらにせよ彼女を倒すなり何なりしない限りは特異点の解決には繋がらないだろうという結論に落ち着く。

 

「砂とか岩とか木とか投げるのはアリ?」

「ナシ! 肉体のぶつかり合いがしたいのよ!」

「あなたもそういうものを投げたりしないのね?」

「しないわ」

 

 それならば対等ではあるが、麻菜はさらに確認する。

 

「装備や自分の状態を整えることは? 装飾品とか強化魔術とかそういうやつ」

「いいわよ。むしろ、どんどんやって!」

 

 その答えに麻菜は獰猛な笑みを浮かべる。

 ケツァル・コアトルはその笑みを見て、やる気になったのだと確信する。

 

「ところで全然関係ないんだけど……紅茶が飲みたいねって言ってみて」

「紅茶が飲みたいネー」

「何故か知らないけど、しっくりくる。微妙に違う気もするけど……ともあれ、戦いましょう」

「張り切っていくわよー!」

 

 満面の笑みを浮かべたケツァル・コアトル。

 しかし、その顔は一瞬にして恐ろしいものへと変わる。

 

 普通ならばその表情に恐怖の一つでも覚えるのだが、あいにくと麻菜はそんな感情は抱かなかった。

 どうやって勝つか、不利な条件を覆すか、というところに思考がいっている為、なんか変な顔をしているなぁ、くらいにしか思わなかった。

 

 麻菜は予想する。

 

 純粋な技量では圧倒的に相手が上、戦闘経験はユグドラシルのものが現実に体験したものとなっているからたぶんドッコイドッコイだといいな――

 

 魔法やら何やらが封じられたのはかなり不利、またレーヴァテインを使えないのも非常に問題だ。

 

 しかし、やることはいつもと変わらない。

 バフをガン積みしてスペックで上回る。

 それでも相手が上回ったらお手上げだが、そこはユグドラシルのフレーバーテキストを信じるしかない。

 

 

「ところで麻菜は格闘技ってやったことがあるの?」

「さっきも言ったけど、スポーツとして格闘技はやったことがないわね……」

 

 そう答えながら、麻菜は装備を整える。

 一瞬にして変わるその装いにケツァル・コアトルは大げさに驚いてみせる。

 

「おー! 戦女神みたいネ―! これは楽しくなりそうデース!」

「その喋り方……いや、もういいわ」

 

 麻菜は諦めつつ、バフを掛け始める。

 色とりどりの光に包まれる彼女であったが、ケツァル・コアトルは妨害をしない。

 

「私が言うのもなんだけど、妨害しないの?」

「戦いの前にコンディションを整えるのはとっても大事デース。それを邪魔するなんて、無粋な真似はシマセーン」

「器がデカイわね……私は小さいから遠慮なく妨害しまくるけども」

「そこは考え方の違いだから大丈夫」

「さすが女神、寛大だわ」

 

 麻菜は素直に感心しながら、全てのバフを掛け終える。

 それを見てケツァル・コアトルは舌なめずり。

 

「ふふふ、準備が整ったようデスネー」

「ええ。ところでさっきのことなんだけど、スポーツとして格闘技はやったことがないって言ったわよね?」

 

 麻菜の問いにケツァル・コアトルは頷く。

 そして、麻菜は全身から余計な力を抜いてリラックスする。

 

「仕事で、幾つかの格闘技をちょびっとだけ習ったわ」

 

 一瞬にして麻菜は駆け出す。

 そして、そのままケツァル・コアトルの内懐に潜り込みジャブを繰り出す。

 たかがジャブ――などとは到底言えなかった。

 強化に強化を重ねた身体能力によるジャブはもはや当たるどころか掠めただけでも、肉を抉り取るかのような速度と重さであった。

 しかし、ケツァル・コアトルは軽々と避けていく。

 彼女は興奮する。

 

「パワーもスピードも素晴らしいわ!」

 

 並の輩であるならば麻菜の猛攻に為すすべもなくミンチにされるだろうが、あいにくとケツァル・コアトルは規格外の輩であった。

 故に麻菜の動きの癖を瞬時に把握して、そこを起点に反撃に転じる。

 

「でも技が荒削りで、駆け引きも甘いわよ?」

 

 その言葉と共にケツァル・コアトルの拳が麻菜の頬に吸い込まれて――

 

「あら?」

 

 確実に入ったとケツァル・コアトルは思ったのだが、拳は空を切った。

 まるで麻菜が後ろへ一歩下がったかのように。

 

 下がれるような猶予を与えたつもりはない筈――そこまで考えたものの、すぐさま麻菜から拳が飛んでくる。

 それを捌きながらもケツァル・コアトルは考える。

 

 何かを使っているという確信はあるが、ルールには反していない。

 回避の為にそういうものを使ってはいけない、とは定めていないからだ。

 

 さすがに光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)という魔法によるものだとは分からなかった。

 

 やがて麻菜の動きが変わる。

 

 柔術系――違う!

 

 ケツァル・コアトルは瞬時にその変化に気がついた。

 彼女が使うルチャは勿論のこと、基本的に格闘技には技という決まった型がある。

 

 麻菜もつい先程までは技を使っていたのだが今は違う。

 先程と比べると身体の使い方が段違いで、脱力しているにも関わらずその威力は強烈、繰り出される動きも変幻自在。

 

 姿勢も真っ直ぐ保たれており、呼吸も独特であるがそれは緊張を解きほぐし、余計な力を身体から抜くものであることが見て分かる。

 

 まるで散歩でもしているかのような、とてもリラックスした状態だ。

 

 だからこそケツァル・コアトルはゾクゾクする。

 笑みを浮かべながら、より苛烈に攻め立てる――しかし、それを全て自然体で麻菜は捌く。

 

 

「さっきまでとは段違い! 身体のキレ、良くなったわ!」

「ありがと」

 

 ケツァル・コアトルは興奮と楽しさのあまりに声を弾ませながら、しかし麻菜は至って普通であった。

 身体は勿論、表情にも声にも戦闘による緊張どころか恐怖や興奮すらもない。

 戦闘の最中とは思えない異常なほどの自然体。

 

 異様ではあったが、ケツァル・コアトルにとってはそんなことはどうでもいい。

 故に彼女は全力を出す。

 これまで本気ではあったが、全力ではなかった。

 

「じゃ、全力でいくわよ!」

 

 ケツァル・コアトルは宣言し――麻菜の頬に拳を叩き込んだ。

 突き崩せなかった守りを簡単に突破したが、彼女に喜びはなかった。

 

 当たる寸前に麻菜の全身から一気に魔力が頬に集中し、更に当たった瞬間に呼吸がまた変わった。

 呼吸法はともかくとして、膨大な魔力の集中により飛躍的に防御力が高められたことによって、大したダメージは与えられなかった。

 麻菜の頬が赤くなったが、ちょっとぶつけたかなという程度でしかない。

 流石にこれはケツァル・コアトルにとっても予想外の結果で、すぐさま拳を引こうとしたが、ほんの僅かにその判断は遅かった。 

 麻菜は彼女の小さな隙を逃さず、身体にしみついた動作を流れるように実行し、ケツァル・コアトルを制圧する。

 

 あっという間にケツァル・コアトルは地面に組み伏せられ、麻菜に背中に乗られた状態で片腕を捻り上げられていた。

 

 やったことは分かるが、ここまで自然にできるものかとケツァル・コアトルは驚きだ。

 

「身体の動きと呼吸を重視した格闘技……かしら?」

「ええ、そんな感じ。システマっていうやつよ。昔の仕事柄、どんな状況でもリラックスして、アレコレできる必要があったからね……で、どうする? あなたの力ならこの状況でも簡単にひっくり返せそうだけども」

 

 麻菜の言葉にケツァル・コアトルはくすくすと笑う。

 

「全力で頬を殴ったのに殺せなかった。私の負けよ」

「本当に?」

「本当よ。お姉さん、嘘つかないデース」

「喋り方のせいで一気に胡散臭くなったわね」

 

 麻菜はそう答えながら、ケツァル・コアトルから離れる。

 しかし、そこでケツァル・コアトルがまさかの行動に出た。

 彼女は麻菜が退くと同時にすぐさま彼女を抱きしめて、頭を撫で始めたのだ。

 

「もう私に戦闘の意志はないわ。安心して。今からあなたは私のマスターよ」

 

 ケツァル・コアトルがそう告げると、麻菜は深く――それはもう深く溜息を吐いた。

 そのまま彼女はケツァル・コアトルに身体を預けながら告げる。

 

「素手で、強化以外の魔法もスキルもほとんど無しなんて戦い……もう二度とやんない」

「それでも少しくらいは楽しかったかしら?」

「そりゃまあ……ちょびっとだけね。あと最後の一撃を防いだら魔力もすっからかんよ。魔力放出、練習しといてホント良かったわ」

「私の全力全開のパンチをよく受け止めたと思うわ」

「アレを秒間何十発も繰り出してくるんでしょう? あなたみたいなとんでもねぇのは縛りとか無しで何十時間も掛けてちまちま削るのがセオリーだもの。こんな戦い方、私のスタイルじゃない」

 

 ぷー、と頬を膨らませる麻菜にケツァル・コアトルは微笑む。

 

「でも、あなたは最後までルールを守ってくれた。それが嬉しいわ」

「こういう場での戦いのルールっていうのは守っておかないとね。特に神様相手なら尚更……あなたこそ、ルールを途中で捻じ曲げてこなかったから助かった」

「私はそんな性悪じゃないデース」

 

 ケツァル・コアトルはそう告げて、一度言葉を切って問いかける。

 

「それで、あなたは私に何を望むの?」

 

 問いに麻菜はすぐさま答える。

 

「あなたが欲しい。私は生やせるので」

 

 ケツァル・コアトルは目を丸くするが、すぐに意味を理解する。

 

「告白をされちゃったわ。うふふ、いいわよ。ただし、私のルチャにも付き合ってね」

「縛りがないやつならいいわよ。その代わり永遠に傍にいなさい。でもって、私にご利益を頂戴……とりあえず精神的に疲れたのでおんぶして。それと、戦利品にあのでっかい斧は貰っていくから」

「ええ、構わないわ。といっても、斧は私のものではないんだけどね」

「じゃあ、尚更私が貰ってもいいわね」

 

 そんな会話をしながら、麻菜はでっかい斧を無限倉庫へと回収し、転移門(ゲート)を開く。

 

 ウルクに戻ったら事情説明をケツァル・コアトルに丸投げして、さっさと寝ようそうしよう――

 

 飲食や睡眠不要の指輪をつけているとはいえ、精神的な疲労まではどうにもならなかった。

 

 



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イシュタル?

 

 麻菜とケツァル・コアトルは囚われていた生贄達と共に転移門(ゲート)でウルクへと戻った。

 便利な転移魔法にケツァル・コアトルは感心し、生贄とされた男達はおっかなびっくりだ。

 ともあれ、生贄達を救出するにあたりケツァル・コアトルは一つの条件を出した。

 どうやら彼女は生贄として連れてきた男達を鍛えていたらしく、ウルクに戻った後も兵士達を鍛えたいということ。

 

 麻菜が生贄達に確認したところ、それは事実であり、彼女は強くなることは良いことだとギルガメッシュに提案することを約束した。

 

 そんなこんなで、麻菜はケツァル・コアトルにおんぶされて拠点としている住居に戻ってきた。

 住居には全員が揃っていたが、更にカルデアとの通信を繋げた状態でケツァル・コアトルによる経緯の説明が行われる。

 その間、麻菜はケツァル・コアトルの背中から降りて、適当な椅子に座って机に突っ伏していた。

 麻菜が本格的に疲れているということが誰の目にも明らかであり、かなり珍しいことだ。

 

 全てを聞き終えて、まず口を開いたのは虞美人であった。

 麻菜が疲れていようがいまいが、容赦をする彼女ではない。

 

「おい馬鹿後輩、何で救出しに行って主神をサーヴァントにして戻ってくるんだ?」

「まぁまぁパイセン、落ち着いて……」

「お前本当にやらかしまくっているな!? 少しは自重しろ!」

「ちゃんと拳で語り合ったから。二度とやりたくないけど……でもパイセンとならやってもいい。ケツァル・コアトルとやるよりは楽そうだから」

「お前、ムカつくな。ちょっと面貸せ。捻り潰してやる」

「あん? ボッコボコにしてやんよ!」

 

 がるるるる、と殺気立つ2人の間にケツァル・コアトルは割って入る。

 

「どっちも落ち着いてクダサーイ」

「私が言うのも何だけど……本当にいいの? そこのバカ、色々とアレよ」

 

 そんな彼女に虞美人が問いかけると、ケツァル・コアトルは鷹揚に頷いて答える。

 

「とても面白そうだわ」

「神霊とかそれに近い奴って碌なのがいないわね!?」

 

 虞美人、渾身のツッコミ。

 そんな彼女の服の裾を麻菜が引っ張る。

 

「何よ? 引っ張るな」

「パイセンパイセン、イシュタルが殴っ血KILL(ぶっちぎる)って顔している」

「私を一緒にしないで頂戴!」

 

 憤慨するイシュタルに虞美人は面倒くさい、と溜息を吐いた。

 神霊やそれに近い奴には碌なのがいないという部分が駄目だったのだろう。

 イシュタルは更に問いかける。

 

「麻菜、あなたも私だけの女神になってほしいとか言っておきながら、他の女神を連れてくるなんてどういうことかしら?」

 

 彼女は鋭く睨みつけるが、麻菜は不思議そうに首を傾げる。

 

「ケツァル・コアトルにはそんなことは言ってないわよ? 拳で戦えって言われたから、剣とか魔法とかそういうの無しで拳で戦っただけで……あなたのようにルビーを贈るなんてことはしてないし」

「……本当に?」

 

 ジト目でイシュタルは問いかける。

 麻菜は頷き、ケツァル・コアトルもまた告げる。

 

「私だけの女神になって欲しいなんて言われてないわ。あなたはそう言われたの? 羨ましいわね」

 

 その言葉にイシュタルは満足げに頷きながら告げる。

 

「そうよね、信じていたわ……で、神殿売春の件はどう弁明するの? シドゥリから聞いているんだけど」

「あなたを祀っている神殿に寄進したら駄目なの? それに、そういうことも含めて宗教上の儀式ってあなたも知っている筈よね?」

 

 そう言われるとイシュタルとしても弱い。

 本来のイシュタルならばともかく、この場にいるイシュタルは依代となった少女により、マイルドな性格になっている。

 気に入らないからぶっ殺すなんてことはしないのだ。

 

「……今度、デートしなさいよ」

「明日なら空いているから、どう?」

「決まりね」

 

 トントン拍子で決まってしまい、マシュが頬を膨らませる。 

 麻菜はそんなマシュに今度、デートに誘おうと思ったところでオルガマリーが口を開く。

 

 色々と衝撃的なことがありすぎて、カルデアにいる彼女達は理解が追いつかなかった。

 麻菜がぶっ飛んでいることはこれまでのやらかしの数々で知っていたが、主神と拳で殴り合いをして勝利するというのは予想もしなかったことである。

 

『麻菜、ケツァル・コアトルによく勝てたわね……』

「お情けで勝たせてくれたようなものよ」

「違いマース。麻菜は私の全力パンチを防いでみせました。彼女の戦闘スタイルを全て封じた状態で、それをしてみせたのだから彼女の勝利デース」

『……参考までに全力のパンチってどのくらいの威力が?』

 

 オルガマリーの問いに麻菜が答える。

 

「私の全魔力を使って防御に回さないと頭が吹き飛ぶくらいかしらね。隙きを突いて関節技で制圧したんだけど、あの状態からでもケツァル・コアトルはひっくり返そうと思えば簡単にできた。誰の目にも明らかな勝利とは言い難い」

「うーん……麻菜は疑り深いわね。私のパンチって簡単には防げるものじゃないわよ。そうよね? 2階でこっそり聞き耳を立てているジャガーマン?」

 

 ケツァル・コアトルの呼びかけにジャガーマンはすぐに現れた。

 

「ククルん! 別に隠れていたわけではなくて……!」

「そんなことはどうでもいいから、私の全力パンチはどう?」

「無理ッス。避けれないし防げないッス。それを防いだ麻菜さんはスゲーっス。ウッス」

 

 直立不動でそう答えるジャガーマンにケツァル・コアトルは満足げに頷く。

 

『まあ、勝敗云々はともかくとして、結果だけ見ればケツァル・コアトルが味方になったということよね。その調子で、さっさと特異点を修復して頂戴』

 

 オルガマリーはそう言って言葉を締めくくった。

 その横でダ・ヴィンチが告げる。

 

『実はだね、麻菜に持たせていた通信機はちょっと特別製で……そう、こんなこともあろうかと! 私の天才的な技術によって、真横からの映像が撮れているんだよ』

「本当に凄い技術だわ、それ」

『もっと褒めてくれたまえ。といっても、実際のところは君のやらかしを横から撮影することで、君が言い逃れできないようにする為の機能なんだけどね』

「前言撤回、最悪の技術だわ」

『そうだろう? 天才を舐めるなよ』

「帰ったら覚えておけよ」

『楽しみにしているよ。それじゃ上映会でもしようか』

 

 そんなこんなで上映会が始まった。

 しかし麻菜は解説をケツァル・コアトルに丸投げして、2階へと上がりベッドに倒れ込んでぐーすか寝たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ゆっくりと麻菜は瞼を開く。

 彼女が上半身を起こすと、既に窓の外は真っ暗だった。

 

「モモンガがアルベドに追いかけ回されている夢を見た気がする……」

 

 モモンガもまた麻菜と同じような――しかし、彼の方は完全な異世界で――ナザリックの支配者として頑張っているような気がした。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

 その声に麻菜が視線をやるとイシュタルが立っていた。

 彼女はにこやかに微笑みながら、手近な椅子に座る。

 

 何となく麻菜はイシュタルに違和感を覚える。

 雰囲気が微妙に違う気がするのだ。

 麻菜がそんなことを感じているとイシュタルが言葉を紡ぐ。

 

「あなたとはもっと早くに色々と話してみたかったんだけど……本当にあなたって自由奔放ね」

 

 呆れ顔のイシュタルに麻菜はドヤ顔で告げる。

 

「欲望一直線、それが私なので」

「羨ましいような、羨ましくないような微妙な感じ……で、あなたって何なの?」

「何なのと聞かれれば答えてあげるが世の情け……というか、女神パワーで視えるんじゃないの?」

「女神パワーでも視えないことがあるのよ。とりあえず、混沌っていうのは分かるけど……何というか、普通はそういう人格にはならないのだわ」

「私でもどうしてこうなったのか分からないけど、まああれじゃないの。何か変な影響でも受けたとかそういうの」

「ふーん……あなたには悩みとかはなさそうね。ホント、羨ましいものだわ」

 

 短い付き合いながらも、麻菜にはどう考えてもイシュタルがこんなことを言う姿は想像できない。

 もしかしたら、これもまたイシュタルの一面であると言えるかもしれないが――とりあえず情報収集に努めることにする。

 

 判断するには情報が不足しているということもあるが、イシュタルの姿を真似るという命知らずな輩がどんなことを話すか、純粋に興味があった。

 麻菜は問いかける。

 

「女神にも悩みとかってあるの?」

「神によるのだわ。私なんて生まれたときからずっと仕事ばかりで、神話時代から嫌われ者、日陰者で……」

「……これは未来の話なんだけど、未来ではそういうのをブラック労働と言われるのよ。実は私も昔は嫌われ仕事をやっていてね。こうなったことで解放されたんだけど」

「……あなたも色々あったのね」

「まぁね。あなたのお話を聞きたいし、私もあなたに自分のことやこれまでの特異点のことを話したいんだけど……良いかしら?」

 

 麻菜の提案に彼女は小さく頷いたのだった。

 

 



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うっかり女神

 北部・南部における救出作戦後、麻菜は休日を1日だけ挟んで西部・東部の救出作戦を実行に移し、数日程で無事に完了した。

 なお、この間にも麻菜は夜毎にイシュタルと語り合い、時にケツァル・コアトルもそこに加わっている。

 さて、この頃になるとギルガメッシュの休暇も終わり、彼は溜まった仕事を片付けながら、救出作戦の成果及びそこで得られた情報などの報告を麻菜に求めた。

 

 単なる報告であった為に麻菜は1人でジグラットへと向かい、ギルガメッシュとの謁見を果たす。

 

 麻菜は簡潔に救出作戦の成果を報告し、またケツァル・コアトルの要望――兵士を鍛えたいというもの――を伝える

 ギルガメッシュは成果に関しては問題ないとばかりに軽く頷いた後、ケツァル・コアトルの要望も承諾し、兵士長に必要な手配をさせると答えた。

 

 そして、麻菜は本題である三女神同盟について説明する。

 

「ケツァル・コアトルによれば三女神同盟の残る2柱はティアマトと名乗っている輩とエレシュキガルなんですって」

 

 ギルガメッシュは鷹揚に頷きつつも、問いかける。

 

「ティアマトと名乗っている輩……? また随分と歯切れが悪いな」

「私も実際に見たわけじゃないのよ。ただ、ケツァル・コアトルの証言によると、ティアマトだと思い込んでいるゴルゴーンという可能性がある。彼女の証言にあるティアマトとカルデアにいるゴルゴーンは見た目がそっくりだし……サイズは違うけど」

 

 なるほど、とギルガメッシュは頷きながら、指示を出す。

 

「以前、天命の粘土板をクタで失くしたから探しに行ってこい」

「分かったわ」

「三女神が出てきたあたりでクタでは住民の大量死が起きている。精々気をつけることだ」

「都市の浄化ね。任せて」

「……何を勘違いしている?」

 

 ギルガメッシュの問いかけに麻菜は首を傾げる。

 

「疫病が流行ったから、ついでに都市の焼却もしてこいってことでしょう? ちゃんと焼いとくから安心して」

「そういう意味ではない! ともあれ、クタの都市神はエレシュキガルだ。ついでにエレシュキガルもどうにかしてこい」

 

 そんなこんなで麻菜はクタへと向かうことになったのだが、速さが求められる救出作戦ではないということでマシュと虞美人、イシュタルとアナもついていくことになった。

 ケツァル・コアトルは兵士達の訓練がある為、お留守番だ。

 

 

 

 

 そしてクタへと向かう道すがら、途中で夜になった為に野営することになった。

 夜間行軍をする必要も特にない為、麻菜による提案だ。

 とはいえ、実際のところは彼女がバーベキューをしたかっただけである。

 これを見越して彼女はウルク出発前に大量のラム肉と野菜、樽に入った麦酒を市場で仕入れてあった。

 

 そんな中、イシュタルが麻菜を少し離れた場所へと誘った。

 夜のイシュタルは明らかにイシュタル本人ではないのだが、麻菜としては害もないし、話をしていて新鮮で、楽しい為そのままにしている。

 勿論、楽しいという意味には麻菜が夜のイシュタルをおちょくると面白い反応をしてくれるということも含まれる。

 というよりも、ケツァル・コアトルがこっそりと正体を教えてくれていた。

 

「エレシュキガルをどうするの?」

「まずは対話かしらね。意外と誤解されがちだけど私って、いきなり戦いを吹っかけることはしないわ」

「……言われてみればそうね」

 

 これまでに麻菜が戦った女神はケツァル・コアトルだけとはいえ、夜のイシュタルであってもあのノリは知っている。

 ケツァル・コアトルと麻菜、そして夜のイシュタルという3人で夜更けに飲み会をしたこともあり、その場でケツァル・コアトル自らが語っていた。

 

 嫌がる麻菜に勝負を仕掛けた、と。

 

「まあ……問答無用で潰したこともあったんだけど。ロンドンでのこととか」

「あれは流石に可哀想だと思ったわ」

 

 特異点の修復に関して、イシュタルも麻菜の口から聞いていたのだが……麻菜によるやらかしが凄すぎた。

 それはさておき麻菜は告げる。

 

「調べた限り、エレシュキガルは職務に忠実で真面目であり、彼女にしかできない役割を果たしていると私は思うわ」

 

 その言葉にイシュタルは麻菜をまじまじと見つめる。

 

「ただ問題が一つだけある。どんな仕事でも休みは必要で、また職場環境改善は重要だわ。それだけで仕事の効率が段違い……エレシュキガルに休暇を取らせて、100年くらい私が代行するってのはどう? その間は特異点も何とか保たせるから」

「え、いやそれは駄目なのだわ。あなたに任せたら絶対無茶苦茶になるのだわ……それに私にとって死者の魂を管理することは誰にも譲れない仕事で、私だけの役割だから……」

 

 イシュタルはそこまで答えて気がついた。

 今、自分は何と言ってしまったのだ、と。

 

 麻菜はにんまりと笑っており、そこでイシュタル――エレシュキガルは嵌められたことに気がついた。

 

「も、もう! 麻菜って本当に性格が悪いのだわ!」

 

 怒ってポカポカと麻菜を殴るエレシュキガル。

 全く痛くない上に微笑ましいものだ。

 

「で、エレちゃん」

「馴れ馴れしい! 私は冥界の女主人よ!」

「もう色々とバレてるから」

「……いつ分かったの?」

「最初は何か違和感があるなって感じだったけど、しばらくして別人だと確信して、正体が分かったのはつい最近ね」

 

 麻菜の言葉に深く溜息を吐くエレシュキガル。

 そんな彼女に麻菜は語りかける。

 

「あんまりこう言いたくはないけど、譲れない役割、誇りを持って取り組んでいる仕事、何よりもあなたにしかできないこと……まあ、愚痴くらいなら酒を飲みながら聞いてあげる」

 

 エレシュキガルはしょんぼりと顔を俯けてしまう。

 とはいえ、それで終わる麻菜ではない。

 

「といっても、仕事の中に楽しみを見つけるのは大事よ。ワーワー言ってくる連中って、大抵利益にならないから、ついうっかり殺しちゃっても問題ない」

「……その理論でいくと私が麻菜を殺してもいいと思うのだわ」

「殺したいの?」

 

 問われるとエレシュキガルも答えに困り、また彼女の勘はそうすると碌でもないことになると囁いている。

 何よりもケツァル・コアトルと肉弾戦ができる時点で冥界ならともかく、地上では勝ち目がないのではないか、とエレシュキガルは思ってしまう。

 

「で、エレシュキガル。また何で三女神同盟に? ぼっち女神だから友達が欲しかったの? ちなみに私はあなたと友達どころかもっと深い関係になりたいんだけど……」

「誰がぼっち女神ですって!? 違うわ! 私はメソポタミア全ての人間を殺して、その魂を支配下におこうとしているのよ! あと……お、お……お友達から始めて欲しいのだわ!」

 

 エレシュキガルの言葉に麻菜はうんうんと何度も頷く。

 

「それもまたあなたによる愛の形ってやつでしょう? 基本的に神とかって人間大好きだし……ヒトの魂だけでも守ろうとしているとかそういうやつでしょ?」

「そ、そんなことないわ! そもそも私、生きているモノって気持ち悪いって思うし……」

「これまでのやり取りで分かったことだけども……あなたは嘘をつくとき、鼻の頭に少しだけ血管が浮き出るわ」

 

 麻菜の指摘に慌ててエレシュキガルは鼻の頭を抑えてしまう。

 その反応に麻菜はけらけら笑い、それを見てエレシュキガルは察した。

 

「もしかして……!?」

「ええ、嘘よ。でも、可愛らしい女神は見つかったようね」

 

 麻菜の言葉にエレシュキガルはがっくりと項垂れる。

 

「酷いのだわ……」

「だわだわしてきたのだわ」

「何よそれ?」

「何だか語感が良かったので……ともあれ、魔術王とかそういうのは全部私がまるっとぶち殺すから、あなたが無理矢理生者を死者にする必要もないわ。というか友達なら、本音を話してくれるわよねぇ?」

 

 麻菜はエレシュキガルの肩をがっちりと抱いて、にっこりと微笑む。

 肉食動物に捕まったかのような錯覚にエレシュキガルは囚われる。

 

 とんでもないのに捕まってしまったのだわ――

 

 エレシュキガルは内心嘆いたが、しかしその表情は明るかった。

 

 

 

 



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どっちの女神ショー

 麻菜達がウルクを留守にしている間、カルデアから数名のサーヴァントがウルクへと派遣されていた。

 何となく引っかかるものがあり、悪い予感が麻菜にはあったからだ。

 

 その為、麻菜は途中で自分だけ転移門(ゲート)で一度ウルクへと戻り、ギルガメッシュに専門家の派遣や彼らによる調査その他諸々の許可を取ってあった。

 

 ここで言う専門家とは考古学者だとか探偵だとかそういう類ではなく、軍事の専門家である。

 戦争を想定した諸々の調査を麻菜は彼らに依頼していた。

 

 

 

「野戦病院はこの区画に築きます」

「ああ、そうしてくれ。そちらはあなたに任せる」

 

 ナイチンゲールの言葉にナポレオンは頷き、一任する。

 すると彼女は足早に去っていった。

 

 時代も国も違えど彼女は信頼ができる――多少意思疎通に問題があるが、一癖も二癖もある側近達と比べれば大したことはない。

 

「Maîtreの予感が外れるといいのだが……悪い予感は当たるものだ」

 

 ナポレオンは腕組をしながら、ウルク市内及び周辺の地図とにらめっこする。

 

 麻菜がギルガメッシュに依頼した新しい城壁の建設作業は順調だ。

 他の都市や街などから避難してきた住民達が総出で作業にあたっていることも要因だろう。

 

 ドラゴンやら何やらの幻想種とかそういう類――絶大な力を持つ単体もしくは少数の個体が相手であるならば神話の英雄達に任せれば事足りる。

 

 問題は今、北壁に攻め寄せているような多数の魔獣達みたいなものが敵であった場合だ。

 単純に数の問題で、四方八方から攻められたらどうしても取りこぼす敵が出てきてしまう。

 大地ごと根こそぎ吹き飛ばせば問題ないかもしれないが、ウルクに被害が出るとマズイ。

 

 ともあれ、幸いにも今のナポレオンは皇帝としての責務からは解放されている。

 七面倒臭い政治とかそういうことは全部マスターである麻菜に丸投げでき、敵に勝つことだけを追求できる立場にある。

 

 おまけに全盛期の大陸軍(グランダルメ)を召喚できる為、言うことない。

 しかし今回、彼と一緒に派遣されたサーヴァントは宝具として軍勢召喚をもたない者ばかりだ。

 戦場医療担当のナイチンゲールは別として、彼以外にはカエサル、セイバーのジル・ド・レェ、織田信長、長尾景虎というメンバーだった。

 他のサーヴァントも派遣されるかもしれないが、それはさておきナポレオンとしてもジル・ド・レェやカエサルとは勿論、日本で名を馳せた信長や長尾景虎と共闘できるのは大歓迎であり、お手並み拝見といった思いだ。

 

 ともあれ、軍勢に関しては麻菜が何とかするだろうとナポレオンは考えており、また元々軍勢を召喚できるサーヴァント達も投入するだろうと予想している。

 

 だが、とナポレオンは思う。

 

 我が大陸軍(グランダルメ)に敗北はない――

 

 それは彼の自信だ。

 もはや二度と失敗しないという断固とした決意であり、また共に戦うであろう様々な時代・国の将兵達に大陸軍(グランダルメ)こそ最強であると実力で示してやろうと考えている。

 

 勿論、それらは戦線を瓦解させない範囲で。

 功を焦って敗北するなど最悪の事態であり、時にはウェリントンのようにじっくりと構えることも重要だ。

 ウェリントンが召喚されていなくてよかったとナポレオンとしてはつくづく思う。

 もし彼がいたならば、ワーテルローの再戦を申し込むことから始めただろう。

 

「地形に問題は見当たらない。だが、四正面となるとさすがに兵力が足りないか」

 

 敵の数にもよるが、1000や2000程度ではないだろう。

 最悪を想定すれば万を軽く超える大軍が四方八方から攻め寄せてくると考えるべきだ。

 

 

 存在するかも分からない脅威に備えるなど馬鹿らしいと傍目には思えるかもしれないが、ナポレオンとしては麻菜の勘を信じたい。

 

 勿論、何事もなく終わればそれに越したことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、クタに到着した麻菜達は困惑していた。

 クタの中心部に地底へと通じる大きな穴が開いていた為だ。

 

 しかも丁寧に穴の入り口には看板があり、そこに書かれていたのは――

 

「冥界への入り口はこちらって書いてあるわね」

 

 看板を読んだイシュタルとしても誰がこんなことをしたのか察しはつくが、あまりの変わりっぷりにどう反応していいか分からない。

 

 そのときだった。

 穴の中から恐ろしい声――というよりも、恐ろしそうに演技している声が聞こえてきた。

 

『天命の粘土板は預かったーはやくこいーはやくこいー』

 

 すごく聞き覚えのある声に麻菜は苦笑し、イシュタルはそれはもう深く溜息を吐いた。

 マシュは真に受けてしまい、真剣な表情で唾を呑み込む。

 アナは大して怖くないようで平然としており、そして虞美人は―― 

 

「……舐めてんの?」

「パイセン、どことなくパイセンと同じ感じがする子だから許してあげて」

「は? どういう意味?」

「肩書とか立場とか力とか実際に凄いんだけど、見た目と性格が可愛い」

 

 突然褒められて虞美人は恥ずかしさを隠す為にそっぽを向いた。

 

「で、麻菜。どうするの?」

「イシュタル、ちょーっと色々とやってもいい?」

 

 イシュタルの問いに対する麻菜の答え。

 彼女の表情は悪戯を思いついた子供みたいな無邪気なものであり、イシュタルもニンマリと笑って頷いた。

 麻菜は穴の入り口に立って呼びかける。

 

「おーい、エレちゃんー」

『エレちゃんと呼ぶなー……なーにー?』

「ウルクで仕入れたラム肉があるんだけど、持っていっていいー?」

『いーいーよー』

「イシュタルもいるけど、いいー?」

『仕方がないからーいーいーよー』

「じゃあ、エレちゃんの家にお邪魔するねー」

『待ってるねー……あ、7つの門があるから正直に答えて欲しいのだわー』

 

 そんなやり取りにマシュは思わず笑ってしまう。

 一瞬でエレシュキガルへの恐怖とかそういうものは消し飛んでしまった。

 

「先輩って凄いですね。いつの間に……?」

「色目を使っているだけでしょ、こいつ」

 

 マシュと虞美人による正反対の言葉に麻菜は頬を膨らませる。

 

「マシュは素直なのに、ぐっちゃんが酷い」

「自分の胸に手を当てて考えろよ」

「自分の胸は触り慣れたので、パイセンの胸を触りたい」

「冥界に叩き落としてやる。エレシュキガルと乳繰り合え」

『まずはお友達からなのだわー! いきなりえっちなのは駄目なのだわー!』

 

 聞こえていたらしいエレシュキガルからの返事に虞美人は顔を引き攣らせる。

 イシュタルは大爆笑し、アナは肩を竦める。 

 

「麻菜、あんた本当に最高ね。エレシュキガルといつの間に仲良くなったのよ?」

「色々とあってね。ともあれ、さっさと行きましょう」

 

 

 

 そんなこんなで麻菜達は冥界へと足を踏み入れる。

 そこでイシュタルが先頭に立ち、何やら道を知っているらしいことからマシュが質問して、イシュタルの冥界下りということが発覚してしまったのだが些細なことだ。

 

 一方で麻菜はというと――

 

「ねーねー、パイセン。あそこの魂、お土産に持って帰っていいかな? きっとアレ、美女の魂よ」

「やめろバカ!」

『駄目なのだわ! 槍檻を勝手に開けちゃ駄目なのだわー!』

 

 槍檻を開けようとする麻菜を虞美人とエレシュキガルが止めたり――

 

 

 

「冥界は死者の国、死者の国がこんな殺風景なんて誰も死にたがらない! 不老不死を求めまくるに違いないから死んでも安心なように楽園にする必要がある!」

「先輩、その種……撒いて大丈夫なんですか?」

「ヘルヘイムでも咲き誇る花々だから大丈夫じゃないの? いけるいける」

 

 麻菜は無限倉庫から取り出して、種を道へと撒きまくる。

 すると小さな芽が次々と出てきた。

 そこで虞美人は問いかける。

 

「おい後輩。お前、さらっとヘルヘイムとか言ってなかったか?」

「そこに昔は私が所属していた組織の拠点があったので……というか、パイセンはどこまで私のことを知っているのよ?」

「異世界から転生してきた変なの」

「マシュ、芥先輩がいじめるんだけどー」

 

 麻菜はマシュへと抱きついた。

 それを拒むことはできず、マシュは麻菜を受け止めてしまう。

 

「マシュ、退いて。そいつを殺せない」

「えっと、芥さん……ここは穏便に……」

 

 仲が良いんだか悪いんだか分からない状況にイシュタルがけらけら笑い、アナも小さく笑う。

 

 エレシュキガルは自分もああいう感じに仲良くなりたいと思っていたが、1つ目の門が迫っているので我慢した。

 

 

 そして、麻菜達はいよいよ1つ目の門に到達する。

 

 

『答えよ、答えよ……』

「門が喋った!?」

 

 麻菜はわざとらしく驚きながら、門へ近づいてしげしげと観察する。

 

「うーん……いい仕事してますねぇ。この門、貰っていい? あと、ここがあのエレシュキガルのハウスね!」

「先輩先輩、エレシュキガルさんが反応に困っている感じがします」

「いいわよ! 麻菜! もっとアイツのペースを崩してやりなさい!」

「イシュタル、お前はどっちの味方なんだ……?」

 

 そんな麻菜達を見てアナは告げる。

 

「バカばっかですね……」

「おい! 私とマシュは違うだろ!?」

 

 すかさず否定する虞美人にアナは肩を竦めてみせる。

 

『あーもう! イシュタル! 説明して!』

「はいはい、もう威厳もへったくれもないわね」

『うるさいのだわ!』

 

 エレシュキガルの怒りっぷりにイシュタルはけらけら笑いながら麻菜に告げる。

 

「これは公正と理性の門よ。魂の善悪を問う……善悪……うーん、駄目かもしれないわ」

「ちょっとイシュタル、あなたにまでそう言われてしまうなんて……」

 

 麻菜はそう言いながら、無限倉庫から素早くあるモノを取り出し、イシュタルの手に握らせる。

 イシュタルはその手に握らされたもの――大粒のエメラルドを見て咳払いを一つする。

 そして、満面の笑みで告げる。

 

「麻菜ならば絶対大丈夫! だってあなたは史上類を見ない程に善人だわ! もう聖人! ああ、後光が眩しい……!」

 

 イシュタルの言葉に麻菜はうんうんと頷く。

 

「先輩による女神の買収を確認しました……!」

「あいつ、手慣れてるわね」

「……イシュタルを買収しても意味がないのでは?」

 

 アナの冷静なツッコミにマシュと虞美人は同意とばかりに頷く。

 しかし麻菜は何故かドヤ顔でエレシュキガルに問いかける。

 

「さぁ、冥界の女主人エレシュキガルよ。この玲条麻菜が質問に答えよう!」

『ならば……美の基準は千差万別のようで絶対なり。黒は白に勝り、地は天に勝る。であれば、エレシュキガルとイシュタル、美しいのはどちらなりや?』

 

 

 ん――?

 

 

 天使が通り過ぎたかのような沈黙が訪れた。

 麻菜達は全員、エレシュキガルとは対の存在であるイシュタルへと視線を向ける。

 

 

 視線を向けられたイシュタルはいたたまれない気持ちになり、エレシュキガルへと声を掛ける。

 

「……前に来た時と質問が違うとかそういうのもあるけど、あんた、そこまで拗らせていたの?」

『答えよー……こーたーえーよー!』

 

 何だか可哀相になってしまったイシュタルは麻菜へ視線を向ける。

 すると麻菜は重々しく頷いて――語り始める。

 

「これは非常に難しい質問だわ。なぜならばイシュタルとエレシュキガルではその美しさと可愛さが別ベクトルにあって――」

 

 あ、これ長くなるやつだ――

 

 慣れているマシュと虞美人は確信し、アナもまたそれを察する。

 

 

 その予想通り麻菜は30分近く、イシュタルとエレシュキガルの美しさ・可愛さについて朗々と語った。

 

 イシュタルもエレシュキガルも顔が真っ赤になったが、麻菜は止まらない。

 そして最後の最後で、麻菜はエレシュキガルと答えた。

 

 エレシュキガルは嬉しさと恥ずかしさの狭間で悶々としながら門を開いた。

 そして、彼女は気がついてしまう。

 門はあと6つもある。

 

 イシュタルと自分、どっちかという問いかけで延々とこれを聞かされるのではないか、と。

 

「エレシュキガル……ねぇ、やめましょうよ? これ嬉しいけど、メチャクチャ恥ずかしいわよ……?」

『……だーめー』

「そんなぁ……」

 

 エレシュキガルにとっては恥ずかしさに身悶えていようが、直接麻菜達に見られる心配はないので問題はない。

 一方、イシュタルは絶望した。

 



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ご機嫌女神

短め。


「ふっふっふ、よく来たのだわ! 私が冥界の女主人! エレシュキガルよ!」

 

 7つの門を越えた先にいた髪色を除けばイシュタルそっくりの少女が満面の笑みで出迎える。

 麻菜が何かを言うよりも早く、イシュタルが物凄い速さで近づいていき、エレシュキガルに無言で拳を叩き込もうとしたが、エレシュキガルは華麗に回避した。

 

「おっと危ない! 本当にイシュタルって性格が残念だわ! いきなり暴力を振るうなんて!」

「あんた、私が悶絶するところを絶対見ていたでしょ!? 見ていたに決まっているわよね!? 死ねぇ!」

 

 連続して拳が振るわれるが、エレシュキガルも負けてはいない。

 その拳を全て拳で受けながらも麻菜に告げる。

 

「改めて……私がエレシュキガルよ」

「色々と言いたいことはあるんだけどさ、とりあえずそのイシュタル、止めたほうがいい?」

「お願いするのだわ」

 

 麻菜は頷いて、かつて獅子王の動きを完全に止めた神封じ系のアイテムである青い紐を使った。

 

「何だか微妙に効果が薄い……? やはり胸の大きさで効果に差が……」

「なんですって!? 本来の私はもっと大きいのよ!」

 

 イシュタルはそう叫ぶも、大人しく青い紐に捕まった。

 一応、冷静さを取り戻したらしい。

 

 麻菜は咳払いをして、エレシュキガルと向き合う。

 

「天命の粘土板頂戴。で、ラム肉……食べる?」

「冥界の女主人として、三女神同盟の一角として戦うのだわ! 私に勝ったら天命の粘土板を授けよう……あ、ラム肉は頂戴」

 

 麻菜は無限倉庫から焼き立てのラム肉の串焼きを1本取り出して、エレシュキガルへと渡した。

 それを受け取り、美味しそうに頬張るエレシュキガル。

 

「お前ら、真面目にやるのかやらないのか、どっちかにしろよ」

「先輩のペースに巻き込まれて、エレシュキガルさんも程よく緩い感じになっていますね」

「心配して損したわ。色んな意味で!」

 

 虞美人は呆れ、マシュは苦笑し、そしてイシュタルは座り込んだ。

 正反対の性格であるエレシュキガルに一言文句を言おうとしていたのだが、そんな気も失せてしまった。

 

 アナは呆れて言葉もない。

 

「といってもエレシュキガル。聞いた話によれば冥界であなたと戦うなんて、私達に最初から勝ち目なんてないんじゃないの? それは公正な勝負と言えないのでは?」

「……そう言われるとそうね。何かいい方法、ないかしら?」

 

 エレシュキガルに問われ、麻菜は自信満々で告げる。

 

「私とエレシュキガルとパイセンとイシュタルで脱衣麻雀っ……」

 

 物凄い音が響き渡った。

 エレシュキガルは目を丸くし、地面にめり込んだ麻菜と凶行に及んだ虞美人に視線を交互にやる。

 

「えっと……大丈夫? 死んだ? 魂、保管しようか? 麻菜が私のモノになるなんて……嬉しいのだわ」

「まだ死んでないのだわ……」

 

 エレシュキガルにそう答えながら、麻菜はゆっくりと起き上がった。

 後頭部にでっかいたんこぶができている。

 

「おいバカ、アホなことを言ってみろ。私の拳が火を吹くぞ」

「流石パイセン! ぶっ殺すと心の中で思ったとき、既にその行動は終わっていた! そこに痺れる憧れる……! パイセン、素手でもいけたのね……めっちゃ痛い」

「当たり前だ。長生きしていると暇になるから……あと自衛の為にな」

「……カッコいいのだわ」

 

 虞美人と麻菜のやり取りに目を輝かせるエレシュキガル。

 イシュタルは変な影響を受けないか、心配に思ってしまう。

 

「あの、それならトランプで勝負というのはどうでしょうか? ババ抜きとか……」

 

 マシュの言葉にアナは彼女の服の裾を引っ張る。

 引っ張られてマシュは小首を傾げながらもアナを見る。

 

「マシュ、それは禁句」

「……あっ! す、すいません!」

 

 意味を察して慌てて頭を下げるマシュ。

 イシュタル・エレシュキガル・虞美人は顔が引き攣る。

 その様子に麻菜は肩を竦めながらも提案する。

 

「トランプもいいけど、UNOとかいいんじゃないの?」

「そうしましょう! 先輩、それがいいです!」

 

 麻菜の提案をマシュが押ししたこともあり、皆でUNOをやることになった。

 

 せっかくなので麻菜がグリーンシークレットハウスを使ってコテージを作り出し、そこの一室で皆でコタツに入りながら、みかんやらポテチやらを食べつつやって大いに盛り上がった。

 

 エレシュキガルは楽しかったので天命の粘土板を開始30分くらいで麻菜に渡した。

 

 

 そして、UNOだけでなくトランプや他のボードゲームまでやり始めたとき、イシュタルは何気なく尋ねる。

 

「ところであんたは麻菜と契約するの?」

「今はしないわ。契約はお互い対等にフェアな状態で行うべきもので……」

 

 イシュタルの問いかけにそう答えるエレシュキガル。

 彼女としては自分の力をアピールしてから、という思いから出た言葉だ。

 しかし、麻菜にそんなものは関係ない。

 

「うるせぇ! 行こう!」

「……行くのだわ! 今すぐ契約する!」

 

 麻菜の言葉にエレシュキガルは一瞬躊躇をしたが、そう返した。

 

「見事な掌返しを見たわね」

「流石先輩、相手の都合なんぞ知ったこっちゃないです」

「強引過ぎますね……」

「傍迷惑だけど……そういうのを悪いとは言えない時もある」

 

 イシュタル達がそれぞれ感想を述べているが、麻菜とエレシュキガルには聞こえてはいない。

 調子に乗った麻菜がエレシュキガルの両手を握りしめたあたりで、マシュと虞美人が麻菜を後ろから羽交い締めにして事なきを得た。

 

 なお、この後に外套を纏ったキングハサンが乱入してきてエレシュキガルの女神同盟の契りを切った。

 しかし、あっさりと帰す麻菜ではなく、彼も交えてそのまま宴会へ突入する。

 

 そんなこんなで冥界にて散々遊んだ後、麻菜達は顔見せということでエレシュキガルも連れてウルクへと帰還する。

 帰りは転移門(ゲート)で一瞬であり、報告を聞いたギルガメッシュは大爆笑であった。

 一方でエレシュキガルはギルガメッシュがクタの住民達の遺体をジグラットの地下に全て保管していると知り、またギルガメッシュ自らが彼女がやったことは被害総額的に大したことではないと告げた。

 その事実にエレシュキガルはショックを受けたが、ともあれ衰弱死させたクタの住民達の魂を解放することに異論はなかった。

 

 そして、いよいよ『自分のことをティアマトだと思いこんでいるゴルゴーンをフルボッコにしよう――姉様達の許可は取ってあるよ』大作戦の準備に取り掛かるのだった。

 作戦名は麻菜が考えたものであり、アナとしては複雑であったが、姉様達の許可を本当に取ってあるらしいのでどうしようもなかった。

 

 

 

 



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覚醒の時

微エロあり。


「こんなこともあろうかと、ティアマトと名乗っているゴルゴーンみたいな輩の神殿がある場所は探しておいたよ」

 

 ジグラットにおける作戦会議にてマーリンが鼻高々にギルガメッシュや麻菜をはじめとして、並み居る面々にそう宣言した。

 

 麻菜が驚きのあまり目を見開いて言葉を紡ぐ。

 

「マーリンが優秀だと……?」

「麻菜君、酷くないかい?」

「だってアルトリア及び円卓の騎士達が満場一致でマーリンはロクデナシって言うくらいだから……」

「僕だってやるときはやるさ」

 

 しかし、そこで終わる麻菜ではない。

 

「で? 他に隠しているものは? 真の敵とかそういうの、知っているんじゃないの? アルトリアに教えてもらったんだけど、あなたって重要なことは後回しにするらしいじゃないの」

 

 麻菜の問いかけ。

 そして彼女は特に意味はないが、無限倉庫からレーヴァテインを取り出して、素振りしてみせる。

 本当にただ何となく素振りをしてみたくなったというだけである。

 それを見て、マーリンや周囲の面々がどう受け取るかは別の話だ。

 

「じ、実はだね……」

 

 マーリンは冷や汗をかきながら、自分が実はやっていたこととエルキドゥと名乗っていたが途中からキングゥと名乗りだした輩について、また今回の黒幕に関してその全てを正直に話した。

 

 全てを聞き終えて、まず口を開いたのはギルガメッシュだった。

 しかし、それはマーリンを咎めるものではない。

 ギルガメッシュはただ一言、麻菜に問いかける。

 

「勝てるか?」

「勝てる。ただし、地形とかへの被害や、あなたをはじめ多くの連中に喧嘩を売ることになるけども」

「その程度で勝てるならばやれ。我が許す」

 

 そのやり取りにマシュが尋ねる。

 

「先輩、勝てるんですか? 本当に?」

「勝てる。なぜならば……」

 

 麻菜はそこで言葉を切り、少しの間を置いて告げる。

 

ティアマトは異教の神だから(・・・・・・・・・・・・・)

 

 その言葉にマシュは首を傾げる。

 異世界の種族的なものとかアレコレ引き継いで転生してきた存在――というのがマシュが知っていることである。

 また、その世界が色んな神話のごちゃまぜで、頻繁に世界滅亡の危機にあったことも知っている。

 

 そして第2特異点で早口で説明を聞かされた記憶はあるが――

 

「さすがの我も詳しいところまでは視えん。簡潔に述べよ」

「私は異教の神々を無数に狩ってきた。主の御名の下に」

 

 ギルガメッシュ・イシュタル・エレシュキガルは嫌そうな顔となり、ケツァル・コアトルはいつも通りの笑顔であるが目は笑っていない。

 マシュと虞美人、そしてアナもここまで言われればさすがに分かる。

 

「いや、お前が天使とかありえんだろ。どう見ても悪魔だろ」

「欲望に素直という設定なので許してパイセン……」

「設定ってなんだよ」

「あんまり気にするとハゲるわよ?」

「ハゲねーよ! よく分からないけど、お前が天使ならお前の創造主がそう設定したってことかしら……」

「まあ、色々あって最後は邪神のところに行ったんだけども……私のスキルで、善悪切り替えられるので問題ないわね」

 

 さらっととんでもないことを暴露しながら、麻菜はイシュタルとエレシュキガルそしてケツァル・コアトルの顔を見回して告げる。

 

「私のこと、そこらまで分かっていたんじゃないの?」

 

 麻菜の問いかけにイシュタル達は答える。

 

「私はあなたが世界の外から来て、混沌だってことくらいしか分からないわ。千里眼は持ってないし……」

「私も同じなのだわ」

「同じくデース。でも、正体が分かったところであんまり変わりはなさそうね」

 

 ケツァル・コアトルの言葉に麻菜は頷いて告げる。

 

「欲望一直線、気持ち良いこと楽しいこと面白いこと大好き、それが私の昔から未来まで変わらぬスタンス……!」

 

 麻菜はそう宣言し、素早くエレシュキガルへと近づいて両手を握った。

 そして麻菜はずいっとエレシュキガルへと顔を近づける。

 

「エレシュキガル、こんな私でも受け入れてくれる?」

「ち、近いのだわ……! も、勿論、受け入れるわ……」

「流石はエレちゃんね。冥界の女主人は懐もデカイ」

 

 ぶんぶんとエレシュキガルの両手を握ったまま上下に振る麻菜。

 そんなことを言われてしまうとイシュタルは面白くない。

 

「ちょっと麻菜。私がそいつよりも懐が小さいってわけ? あんたがちょーっと気に食わない宗教に属する天使だからって、私を慕うならあんたの宗教みたいに排斥したりなんかしないわ」

 

 イシュタルの発言に麻菜はエレシュキガルから手を離して、すぐさまイシュタルの前へ。

 

「もしも私が本当に異教を嫌っていたなら、あなたに対してあんなことやこんなことを言ったりしていないわ」

「ばっバカ! こんな場所で言うな!」

 

 イシュタルの反応にギルガメッシュは面白いものを見つけたとほくそ笑む。

 ケツァル・コアトルとエレシュキガルも興味深そうに視線を送り、知っているマシュと虞美人は溜息を吐いた。

 アナは知らなかったが、大して興味はない。

 

「おい、麻菜。何をした?」

「あら、王様。そういう詮索はご法度では?」

「たわけ。我の特権だ。何よりもイシュタル関連で面白い話があるならば、知りたいに決まっているだろう」

「教えてあげるから、私のことについては……」

「そもそもお前は欠陥でもあるのかと思うくらいには、天使としての素振りを全く見せていない。そして、それを改める気もないだろうに……」

「それはそれで酷い」

「自業自得だ。さあ言うが良い。王命であるぞ」

 

 そのときイシュタルがギルガメッシュ目掛けて宝石の弾丸を撃ち放つ。

 それを高笑いしながら迎撃するギルガメッシュ。

 

「余程に知られたくないとみえる! 実に愉快だな!」

「黙れ金ピカ! 今日こそ許さないわ!」

 

 爆発音をBGMにしながら、麻菜はケツァル・コアトルの前に立つ。

 しかし、麻菜が何かを言う前にケツァル・コアトルが彼女を抱きしめる。

 

「何も言わなくて大丈夫デース。あなたとは拳を交えた中、あなたにそういう望みがないことはよく分かっているわ」

「ぐへへへ……やっぱりケツァル・コアトルだわ。主を鞍替えしようかしら」

「大歓迎デース!」

 

 そんなことを言い始める麻菜と答えるケツァル・コアトルにエレシュキガルが慌てて引き剥がしに掛かる。

 

「待つのだわ! 麻菜は私の天使になるのだわー! 冥界の天使って素敵だと思うの!」

 

 ぐいぐいと引っ張るエレシュキガルに麻菜は心癒された。

 そこでマシュがおずおずと問いかける。

 

「あの……そもそも先輩って異世界から来たので、こっちの世界のそういう方とか宗教とは何も関係ないですよね?」

「実はその通り。こっちの世界でそういうのとは全く関係ないのよね」

 

 麻菜の答えたとき、背後で一際大きな爆発音が響き渡ったのだった。

 

「というか、マトモに作戦会議をした方がいいのでは……?」

 

 アナの提案により、ようやく作戦会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 愉快な作戦会議を終えた後、麻菜はマーリンに位置を教えてもらい、ゴルゴーンの神殿へ向かう。

 

 麻菜が単独で行き、さくっと決着をつける。

 ティアマトが黒幕であると分かった以上、ゴルゴーンはさくっと片付けるに限る。

 

 またマーリンはゴルゴーンが魔獣を生み出しているということから、ティアマトの権能の一部を譲渡されている可能性を指摘した。

 ティアマトの本体はマーリンによって微睡みの中におり、完全に目が覚めていない。

 敢えてゴルゴーンに権能を譲渡することで、感覚的な繋がりを得て彼女を排除した瞬間にその衝撃によって強引に目覚めるのではないか――マーリンはそう予想し、ギルガメッシュもまたそれを肯定した。

 

 つまるところ、ゴルゴーンは中ボスに過ぎず、ラスボスであるティアマトを目覚めさせる為のトリガーだ。

 

 麻菜以外の戦力を全てウルクへ集中させ、何をしてくるか分からないティアマトへ備えるという狙いだ。

 

 またこのときに備え、ナポレオンをはじめとした軍勢を召喚できるサーヴァント、そして軍勢と縁がありそうなサーヴァントをカルデアからあらかじめ派遣してもらう。

 

 カルデアのサーヴァントに関するレイシフト機能は向上を果たしており、以前は10人が上限だったが、今ではその上限が大きく増加している。

 

 

 もっともその2枠を麻菜はとある女神達を呼ぶことに使うと決めていた。

 とはいえ、呼ぶのは直前であり、またゴルゴーンと話をしたらさっさと2人はカルデアへ戻ることになっている。

 基本的に2人とも戦う女神ではないので、仕方がなかった。

 

 そして、神殿に到着した麻菜は特に妨害を受けることもなく、凄惨な光景もあったがリアルでも見慣れていた為、焼き払いつつどんどん奥へと進み――地下の巨大な空洞に到達した。

 

 

 麻菜は叫ぶ。

 

「自分のことをティアマトだと思い込んでいるゴルゴーン! 怖くないから出ておいでー! 何もしないよー!」

 

 叫びが響き渡り、やがて地鳴りと共に地面に開いた大穴から姿を現した。

 見るからにヤバそうな液体に浸っていたらしい。

 

「ふん……誰かと思えば最近、ウロチョロしている人間……でいいのか?」

 

 困惑するゴルゴーンに麻菜は告げる。

 

「実は最近、私も分類的にそろそろ人外を名乗ったほうがいいんじゃないかって思っている……それはそうとして、ゴルゴーン」

「その名で呼ぶな! しかし……ふむ、そうだな。お前は人間の醜さを知っているだろう?」

 

 その巨体を屈めて、ゴルゴーンは麻菜の目の前に顔を持ってきた。

 

「私に協力するならばお前をマスターとしてやろう。この時代の人間に味方をする義理も義務もお前にはない筈だ」

 

 そう囁きながら、ゴルゴーンは更に顔を近づけ、文字通りの目と鼻の先、吐息が分かる程の距離に近づいた。

 

「何よりも、お前は自らの欲望で世界を滅亡させてしまいそうな感じがするぞ。だから、少なくとも私とお前の間には協力できる余地がある。最終的に人間を滅ぼせるなら私には何も問題ないからな」

 

 蛇のような舌を出し、麻菜の頬を舐めてみせる。

 これもゴルゴーンからすれば一種の脅しであった。

 お前など簡単に食ってしまえるぞ、と。

 

 だが、彼女にとって想定外であったのは相手が非常識であったことだ。

 

 麻菜は目の前にあるゴルゴーンを真っ直ぐに見据え、そのまま彼女の大きな唇に自分のものを重ね合わせた。

 

 目を見開いて硬直するゴルゴーン。

 麻菜は舌を入れる――なんてことはサイズの違いでできなかったので、唇周辺を舐め回した。

 

 十分に堪能した麻菜はゴルゴーンの唇から顔を離して告げる。

 

「あなたは美しいわ。性格的にも私の好みだし、味方してあげたいのは山々なんだけど……」

 

 申し訳無さそうな顔で麻菜は決定的な一言を告げる。

 

「あいにくとあなたの姉様達から頼まれているのよ。さ、本人達のご登場よ。姉妹の再会に私は感動のあまり涙が出そう。ロマニー?」

『はいはい、バッチリ捉えているからねー』

 

 そして、2柱はカルデアよりやってきた。

 

「まあまあ、随分と大きくなってしまって……調子に乗るのも無理はないわね」

「駄メドゥーサの癖に生意気だわ。姉を上から見下ろすなんて」

 

 ステンノとエウリュアレは開口一番にそう宣った。

 ゴルゴーンは固まり、何も言葉を返せない。

 

「あ、姉様達。ゴルゴーンがちょっと可愛くなるアイテムを持っているんだけど、使っていい?」

「あら、麻菜。そんなものを持っているの?」

「さっさとやりなさい」

 

 ステンノとエウリュアレの許可に麻菜は意気揚々ととあるアイテムを取り出した。

 それは1本の口紅であり、どれだけ使ってもその中身が尽きることはないマジックアイテムだ。

 彼女はゴルゴーンのでっかい唇に頑張って塗りたくる。

 

 みるみるうちにゴルゴーンの唇は薄紫色で染まった。

 若干ムラがあるのはご愛嬌だ。

 

「やっぱりあなたにはこの色が似合うわ」

「麻菜の癖に中々やるじゃないの」

「ええ、麻菜の癖に」

「はいはい姉様方。言いたいことを言ってしまって」

 

 麻菜の言葉にステンノとエウリュアレは固まっているゴルゴーンに対して告げる。

 

「あのとき、あなたは聞こえてなかったかもしれないからもう一度言ってあげるわ」

「ええ、本当に。こんなことはもう二度とないわよ」

 

 そして、2柱は微笑みながら告げる。

 

 たとえ怪物となろうとも、私達はあなたを愛しているわ――

 だって、あなたは可愛い妹なんですもの――

 

 

 瞬間、ゴルゴーンは叫びながらのたうち回る。

 それを見て麻菜は思わず2柱に問いかける。

 

「……効果は抜群ってやつ? あるいは耐性貫通の即死効果みたいな?」

「ちょっと麻菜。失礼よ」

「本当に駄目な麻菜だわ。大方、過去の記憶が刺激されて混乱しているのでしょう」

「じゃあ、いいかしら?」

「ええ。さくっとね」

「なるべく痛くないようにしなさい」

 

 ステンノとエウリュアレの言葉に麻菜はいつもの戦闘用装備を纏い、レーヴァテインを引き抜いた。

 そして、彼女は一直線にゴルゴーンの下へ。

 麻菜が向かってきていることにも気づかず、苦しんでいるゴルゴーンを麻菜は一撃でもってその首を落とした。

 

 ゴルゴーンが消滅していったのを確認したところでステンノとエウリュアレは告げる。

 

「さて、カルデアに戻ってあの子をからかってあげましょうか、私」

「ええ、私。記憶があるかどうかは定かではないけど、そんなのは知ったことではないもの」

 

 そして2柱は息をぴったりに合わせて告げる。

 

 姉を上から見下ろした罪を分からせてあげましょう――

 

 そう言いながら消えていったステンノとエウリュアレ。

 思わず麻菜はゴルゴーンの冥福を祈った。

 その直後、緊迫した通信がカルデアのオルガマリーより入る。

 

『麻菜、ペルシャ湾に正体不明の特大魔力反応よ。時空震まで確認されたわ』

「ラスボスのご登場ってわけね。ただ、その前にちょっと遊んでいくから」

 

 麻菜がそう答えた直後、頭上より天井をぶち抜いて強襲してきた輩がいた。

 

「久しぶりね、キングゥ。救出作戦以来かしら?」

 

 麻菜の問いかけにキングゥは答えず、彼は呟く。

 

「……ゴルゴーンを倒したのか」

「ええ。それとあなたの狙い通りにティアマトは目覚めたようね」

「あの夢魔から聞いたのか?」

「そういうことよ。どうする? ここで私を消しておく?」

「まさか。母さんが目覚めた以上、もう終わりだ。精々、最期の時を待っているがいい」

 

 キングゥの言葉に麻菜はにっこりと笑って――絶望のオーラレベルⅣを放つ。

 瞬く間に溢れ出す濃密な殺気にキングゥは息を呑んだ。

 

「あなたのママに伝えておいて。死はこれ以上苦痛を与えられないという意味で慈悲であると……ああ、もう一つこれも言っておきましょう。この名を出せば私は絶対に負けられないから」

 

 麻菜はキングゥへ不敵な笑みを浮かべ、両手を開いた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて、お前達を狩り尽くそう。お前達は敵として殺されるのではなく、獲物として狩られるのだ」

 

 麻菜は一拍の間をおいて、今度は優しく微笑みながら告げる。

 

「至高の狂気と恐怖と苦痛と悲嘆を存分に味わいながら……死ぬが良い」

 

 麻菜が言い終えるとキングゥは言葉を返さず、また脇目も振らずにそのまま天井の穴から出ていった。

 

「……あれぇ? 何かこう……キングゥに反応してもらえると思ったんだけど……」

『とりあえず麻菜は厨二病っていうことが分かったね。アインズ・ウール・ゴウンって?』

「異世界で私が所属していた異形種ギルドね」

『ヤバい連中の集まりか、納得したわ。あと数時間程で敵の第一陣、およそ2万がウルクに到達するよ。そっちにも虞美人を通して連絡済み』

「数で押してきたのね、了解したわ。まあ、ナポレオンには封緘命令書を渡してあるから大丈夫だと思うけど」

『簡単に行ったり来たりできるのに、そんなものを渡していたのかい?』

「そういうのが好きなので」

 

 麻菜はそう言いながら転移門(ゲート)を開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナポレオンは虞美人経由でカルデアからの連絡を受け、すぐさま大陸軍(グランダルメ)を召喚する。

 彼は元帥達を集めて、麻菜から事前に手渡されていた封緘命令書を開封した。

 

 そこに書かれていたのはたった一文だ。

 

 

 アウステルリッツに匹敵するような勝利のみを望む――

 

 

 ナポレオンと元帥達にとって十分過ぎる指示だった。

 

 

 



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ラフムが酷い目に遭うだけの話

グロあり。


 ペルシャ湾より上陸し、ウルクに攻め寄せる異形達。

 その数、実に30万以上。

 彼らは南から攻めてきたのだが、迅速に東側・西側・北側にまで回り込み、ウルクを完全に包囲した。

 圧倒的な蹂躙、旧人類など歯牙にも掛けないという自信のもと、彼らは満を持してウルクへ殺到する。

 

 その大群を迎え撃つのはギルガメッシュ率いる兵士達と時代も国も地域も違う、決して出会うはずのない数多の軍勢であった。

 王や将軍、騎士などのサーヴァント達自身を触媒にして、彼らが全盛期に指揮をしていた軍や部隊を一部を除いてそっくりそのままウィッシュ・アポン・ア・スターによって、麻菜が召喚したのだ。

 

 

 

 

 カエサルに率いられたローマ軍が密集陣形でもってラフム達による突撃を受け止める。

 その隙にローマ軍の両翼に展開したレオニダス率いるスパルタ軍がラフム達に対して攻勢を仕掛け、一挙に包囲殲滅せんとする。

 後詰としてジャンヌ及びジル・ド・レェ率いるフランス軍が待機しており、不測の事態に備えている。

 しかし、北側はラフム達にとってかなりマシな戦場であった。

 

 

 

 東側には織田信長率いる軍勢と長尾景虎率いる軍勢や新撰組などの日本勢が揃っていた。

 織田軍がラフム達による突撃を受け止めている隙に、景虎は横合いから車懸りの陣でもって配下と共に突撃し、これにより潰走したラフム達に対しては新撰組や武蔵達が襲いかかる。

 

 浅葱色の羽織――土方だけは違ったが――を纏った新撰組や、武蔵をはじめとした名だたる猛者達が襲ってくるのは、ラフム達の心胆を寒からしめるには十分であった。

 

 とはいえ、ここも西側に比べたらマシなほうである。

 

 

 

 

 西側のラフム達は恐るべき速さで狩られていた。

 響き渡る数多の咆哮。

 西側の防衛は中国勢だ。

 

 虞美人がマスターとして指揮を執っているということになっているが、形式的なものだ。

 そして、軍勢が召喚されたのは秦良玉と蘭陵王のみ。

 兵士という意味では他地区よりも少ないかもしれないが、サーヴァントの面子が勝るとも劣らない。

 彼らに加え、参戦しているサーヴァントは項羽・呂布・哪吒・李書文であった。

 特に項羽と呂布が凄まじく、互いに競い合うようにラフム達を次々と始末していく。

 

 虞美人は項羽の勇姿に目を輝かせているだけである。

 

 

 そして、もっとも敵の勢いが強く、増援も次々とやってくる南側は他地区よりもラフム達にとって非常に酷いことになった。

 ここにはナポレオン率いる大陸軍(グランダルメ)と麻菜が召喚したホムンクルスの軍勢がいる。

 

 何よりもラフム達にとって悲劇であったのは麻菜の思い切った決断にあった。

 彼女はナポレオンに自らの軍勢の指揮権を渡している。

 といっても実際にやったことは将棋盤みたいな見た目の戦場の指揮者(コンダクター・オブ・バトルフィールド)という軍勢を指揮できるアイテムを彼に託しただけだ。

 

 南側に攻め寄せたラフム達はフランス軍及びホムンクルスの軍勢による弾幕により大歓迎され、完膚なきまでに叩き潰され、敗走した。

 

 ラフム達の敗因は幾つかあったが、最終的に勝敗を決したのは精神の違いだった。

 彼らがどれだけ兵士達を殺そうが誰も逃げることなく、規律を維持して整然と反撃を続ける。

 ラフム達からすれば訳が分からなかった。

 

 最初、彼らは死体を観察していた。そういう余裕もあった。

 そこから旧人類を殺すことに楽しみを見出し、殺すことを楽しんだ。

 楽しい楽しいと笑いながら自らが死ぬことも構わずに楽しみを優先させる。

 しかし彼らは高い知性を持ち、さらに学習する生物であったことが仇になった。

 

 彼らはやがてある疑問を抱く。

 

 何故逃げない――?

 

 どれだけ殺しても逃げずに立ち向かってくる。

 攻撃されて自分が助からないと分かるや、自らの四肢でもってがっちりとラフムにまとわり付いて、その隙にラフムを殺させる兵士も多数いた。

 

 ラフムにはどうしてそんなことをするのかが理解できない。

 人類の悪性ばかりを詰め込んで作られたかのような彼らには分からなかった。

 

 だが、その疑問を抱いてしまったことがラフム達にとある感情を引き起こさせるには十分だった。

 

 彼らは殺すことを楽しんで――しかし、どれだけ殺しても終わらない。

 

 何で何で――?

 

 どれだけ考えようとも理由が分からない。

 悪性しかない彼らには旧人類の善性が理解できない。

 たとえ悪性しかないとはいえ、ラフムは知性を持ち感情のある生物だ。

 そして生物にとって理解できないモノに対して抱く感情はたった一つ。

 

 怖い怖い――!

 

 個体間での情報共有も行っていたことがラフム達にとってはより悲劇を増す。

 一度、臨界点を突破した理解できないモノへの恐怖は瞬く間に全てのラフムに伝染する。

  

 これが旧人類であったならば、味方が崩れたとしても踏み留まる勇気ある者達が存在しただろう。

 ラフムは確かに旧人類よりも優れた身体能力・知性・学習能力などを持ち、生命体としての完成度が高い。

 だが、ラフムよりも不完全であり劣っているからこそ、互いに補い合う旧人類は集団において恐るべき力を発揮したのだ。

 

 なお、一部のラフム達は突如として生命活動が停止するという不思議な事態に襲われたが、流れ弾に当たったのだろうとラフム達は大して注意を払わなかった。

 

 

 

 

 

 

 戦況を見つつ、こっそりとラフムに対してとある実験をしていた麻菜は戻ってくるなり出迎えたマシュに告げる。

 

「あまり大したことないわね」

「えっ?」

 

 マシュは驚いた。

 

「ちょろっと見てきたけど集団戦闘が下手くそなのよ」

「どういうことですか?」

「要するに効率的な殺し方ができていないのよ。無駄が多すぎる。例えばナポレオンなら巧みに複数の部隊を動かし、連携させ敵を倒す。でも、連中にはそういうのがない。数に任せて押し寄せるだけ」

 

 朧気ながらもマシュにも話が見えてきた。

 

「個々人の戦闘での間合いの取り方だとか攻撃の仕方だとかそういうのはあるかもしれないけど、戦術レベルでの動きができていないのよ。まあ、相手からすれば味方の兵力は無限で、なおかつウルクを落とせば勝ちみたいな状況だから損害とか効率的かどうかとかどうでもいいかもね」

「軍隊みたいな統制が取れていないってことですか?」

「そういうことね。真正面から戦ったらナポレオン達の敵じゃないわ。個々のスペックと数は脅威だけど……解決策は見つかったから」

 

 そう言って麻菜は不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「マシュ、世界で一番チョロい敵ってどんなヤツか教えてあげましょうか?」

「はい?」

「即死耐性が無いか、もしくは低いヤツよ」

「……先輩、まさか」

「そのまさか。さっき実験してきたんだけど、殺虫剤をかけたみたいに死んでった。やっぱりラフムなんて小洒落た名前じゃなくて、バビロニアゴキブリにしましょうよ。略してバビゴキ」

「それはちょっと……」

 

 引き攣った顔になるマシュに麻菜は首を傾げてみせる。

 そこへカルデアから通信が入った。

 相手はオルガマリーだ。

 

「はいはい、マリー。どうかしたの?」

『麻菜、さっさと駆除しなさい。急にそういうものに見えてきたわ!』

「分かったわ。マリーの平穏の為に早急に駆除するから」

 

 そう返して麻菜はマシュに告げる。

 

「マシュ、ちょっとあちこちに伝えてきて。これよりウルク周辺からバビロニアゴキブリの全面的な駆除を行うってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルクへの攻勢を撃退されたラフム達。

 旧人類は理解できないから恐いという感情はあったが、彼らも知性と学習能力がある。

 30万くらいで駄目だったから今度はもっとたくさんでいこうと判断して、たくさんの仲間を集めた。

 

 大地を埋め尽くす仲間達にラフム達はけたけた笑いながら、進軍を開始したのだが――

 

 

 突如として先頭を進んでいた数百のラフム達の生命活動が強制的に停止した。

 

 まさしく青天の霹靂、ラフム達は情報共有によってそれを知り、旧人類よりも面白そうなものとしてそちらへと興味を移してしまった。

 

 

 そこに立っていたのはたった1人。

 

「いやまあ、スキルの性質上、こうなることは分かっていたけどさ。やっぱり1人って寂しいわ」

 

 麻菜であった。

 彼女は普段着のままで、レーヴァテインすら持っていない。

 ラフム達の前では自殺行為かと思いきや、事情を知る者達からすれば全く違う思いを抱くだろう。

 

 そもそもからして麻菜が最初からどうにかすれば良かったのではないか、という話だが、単純に数が違うので防衛戦では麻菜単独では対処できない可能性があった為に安全策を取った。

 ラフムがどんなものかじっくりと確認したかったというのも含まれている。

 

 

 平野にぽつんと佇む麻菜を瞬く間にラフム達が二重三重に取り囲む。

 軽く見ても千は越えており、ケタケタうるさいというのが麻菜の正直な感想である。

 

「うーん……ラフムって食べられるのかしら?」

 

 呑気な麻菜に手近なラフムが近づいてきて、その鉤爪を振り下ろす。

 しかし、それは呆気なく麻菜に素手で受け止められてしまう。

 

 そこで彼女は閃きを得る。

 

「玲条麻菜の3分クッキング!」

 

 麻菜は叫んだ。

 通信を繋ぎっぱなしにしていたカルデアの管制室では誰もが溜息を吐き、カルデア経由で送られた映像を見ていたギルガメッシュやウルクに待機している虞美人やマシュも笑ったり呆れたりと様々な反応を示した。

 

「ラフムは産まれたばかりで寄生虫もおらず、新鮮なので食べても安全だと思います。ラフムは貴重なタンパク源ですので、食べましょう」

 

 麻菜の言葉を理解できるが為、ラフム達は一斉に困惑した。

 

 何を言っているんだ――?

 

 そう思ったのも束の間、彼らは色んな意味で理解できないと確信に至ってしまう。

 

「ラフムは4本の手のようなものがあり、ここは鉤爪がついていて危険なのでちぎり取ります。あまり美味しくなさそうな部位ですからちょうどいいでしょう」

 

 麻菜はそのまま鉤爪を引っ掴んで、強引に引っ張って取った。

 血が吹き出るがそんなものには構わず、残る3本もちぎり取る。

 

 悲鳴を上げて地面に倒れるラフム。

 麻菜はそんなラフムに馬乗りになる。

 

「次にこの足と思われるものですが、ここも食べるには邪魔なので取りましょう」

 

 2本の足を引っこ抜いた。

 

「最後にこの口がある頭ですね。噛まれると痛い上、危険な感染症に罹るかもしれませんので取ります」

 

 頭を引きちぎった。

 残った胴体部分を麻菜は天高く掲げる。

 

「可食部分は胴体だけでしょう。できれば焼きたいところですが、ここは生で一気に齧り付き……」

『やめなさい!』

 

 オルガマリーによるストップが入った。

 

「え? 駄目?」

『駄目に決まっているでしょう!? というか、どうして食べようとするの!?』

「いや何かこう……食べれそうだったから? ほら、ゴキブリだって食べていた歴史があるし……」

『あなたはどうしてそう斜め上に行くのよ!? そりゃまあ、あなたとは色々と大事な関係にあるから、そういうところも認める努力はしたいけど限度があるわ!』

「じゃあやめる。たぶんだけど、肉がちゃんとあるから食べれないことはないと思う」

『汚染されたらどうするのよ!? あなたが人類の敵になったらもう誰も止められないじゃない!』

「うーん、それもそうね。たぶん大丈夫だろうけど」

『その自信はどこからくるのよ……』

「私なので。それはともかく、さっさと片付けましょうか」

 

 麻菜は周囲を見回す。

 ラフム達は何だか少し怯えているような気がしたが、気のせいだろう。

 泣こうが喚こうが処理するだけだ。

 

 律儀に待っていてもらった――といっても大した時間でもないが――彼らは慈悲深く一瞬で殺してやろうと麻菜は思い、スキルを発動させる。

 

「はい、ご苦労さん」

 

 麻菜は絶望のオーラⅤを発動させた。

 周辺のラフム達は勿論、草花や微生物に至るまで即死をレジストできない生きとし生けるものは全て死に絶えた。

 

 カルデアの管制室やカルデア経由で見ていた者達は溜息しか出なかった。

 とはいえ、ここから先に絶望が無い証明であることは間違いなく、それは喜ばしいことだ。

  

 

 麻菜は飛行(フライ)を唱えて、地面スレスレの超低空を高速で飛び始めた。

 彼女はラフムの大群の中を縦横無尽に飛び回りながら、ペルシャ湾へ向かったのだった。

 

 



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主の御名の下に!

 ラフム達は逃げ惑うが、彼らの命を刈り取る死神は一切の慈悲もなく――あるいは一撃で殺していることが慈悲であるかもしれないが――容赦なく始末していく。

 その死神であるが、気分的にはノリノリとかいうわけではなかった。

 

 麻菜は害虫駆除をしているような気分であった。

 彼女は絶望のオーラⅤを纏って高速で飛び回るだけであり、殺虫剤を上空から散布して大地にいる害虫を処理することと似たようなものである。

 

 ラフム達は抵抗することすらできず、バタバタと死んでいく。

 

 駆除の料金をギルガメッシュに請求してやろうかと麻菜が考え始めたところで、彼女はキングゥがペルシャ湾にほど近い平野で倒れているのを発見した。

 彼の周囲にもラフム達はいたのだが、情報共有によって麻菜の接近を知るや否や蜘蛛の子を散らすように逃げてしまっている。

 

 

 

 捨てておくか、それとも拾っておくかと彼女は逡巡するが、情報を聞き出せるかもしれないと判断して拾うことを選んだ。

 絶望のオーラをオフにして彼女は近づいくと、キングゥの状態がよく分かった。

 彼は心臓のあたりを抉られたらしく、見るからに重傷であったので彼女は大治癒(ヒール)を唱えて傷を治す。

 すると彼は自嘲気味に問いかけた。

 

「僕を笑いに来たのか?」

「笑いに来るも何も、ただ通りかかっただけよ。とりあえず知っていることを教えてくれると助かるけども」

 

 麻菜の問いかけにキングゥは周囲を見回す。

 彼にとどめを刺すべく取り囲んでいた筈のラフム達はどこにもいない。

 

「ああ、バビロニアゴキブリならさっきから私が駆除して回っているのよ」

「バビロニア……ゴキブリ?」

 

 さしものキングゥもその単語に目を丸くする。

 麻菜は自信満々に頷く。

 

「ラフムとかいう小洒落た名前をつけるよりも、そっちのほうがいい。あんなのはゴキブリで十分よ」

 

 そこで麻菜は言葉を切って、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて問いかける。

 

「カルデアがあなたを攻撃したとは聞いていない。第三勢力という線も無くは無いが、可能性は低い……となるとキングゥ、あなたは切り捨てられたんでしょ?」

 

 ズバリと指摘する麻菜にキングゥは押し黙るが、彼女にとってその反応で十分だった。

 

「で、あなたはこれからどうするの?」

 

 麻菜の問いにキングゥは答えることができない。

 否定も肯定もせず、沈黙を貫く彼に麻菜は肩を竦めてみせる。

 

「あなたには荒療治が必要ね。まったく……ギルガメッシュに代金を請求してやる」

 

 何だか不穏なものを感じたキングゥは即座に逃げようとしたが、しかし麻菜はそれよりも早く彼の腕を引っ掴んだ。

 振りほどこうとしても全くできない。

 

「何という馬鹿力だ……!」

「馬鹿力でも怪力でも何でもいいから、ちょっとあなた、こっちへ来なさい」

 

 麻菜は転移門(ゲート)を開いた。

 門の先はウルクのジグラット、謁見の間である。

 

「ギルガメッシュ! あとは任せた!」

 

 麻菜は転移門(ゲート)に首だけ突っ込んで玉座に座るギルガメッシュにそう呼びかける。

 彼は溜息を吐きながらも頷いたのを確認した後、彼女は嫌がるキングゥを門へと押し込んで、門を閉じた。

 

「これもまた善行ね」

 

 麻菜は満足げに頷いて、移動を再開する。

 といっても目的地は目と鼻の先であり、彼女は問題なくペルシャ湾へと到達した。

 

 

 そこで彼女を出迎えたのは――空と海を埋め尽くすラフムの大群であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたけたという笑い声が木霊して非常にうるさいのだが、恐怖よりも何よりも麻菜がまず一番に思ったこと、それは――

 

「グロい。やっぱりゴキブリだわ。これは間違いない。R18G指定の必要性を強く感じる……」

 

 麻菜は断言した。

 しかし、カルデアの管制室やカルデア内の各所、ウルクにいるギルガメッシュや虞美人、マシュといった具合に、あちこちにリアルタイムで中継されていたのでもう遅かった。

 

 女性達は一部の例外を除き悲鳴を上げ、男性達もあまりのグロさに顔が引き攣ってしまう。

 キングゥと話をしていたギルガメッシュもちょびっと及び腰になり、キングゥはラフムに対する殺意を増々にする。

 マシュが悲鳴を上げて映像から逃げ出し、虞美人はとんでもないものを見せてきた麻菜を罵倒し、イシュタルとエレシュキガルは泣き叫んで、ケツァル・コアトルは眉を顰めた。

 一方のカルデアではオルガマリーが半狂乱になり、ロマニは腰を抜かし、他のスタッフも似たような反応をしてしまう。

 管制室が大パニックになる中でダ・ヴィンチが慌てて映像にモザイク処理を施した。

 管制室にある巨大モニターの大部分がモザイクで覆われるという中々の状況になったが、とりあえずグロいものは見えなくなった。

 

 

『麻菜、それ早く処理しちゃってね。流石はバビロニアゴキブリ、神代のゴキブリは格が違うね』

 

 ダ・ヴィンチの声に麻菜は告げる。

 

「こんなにいて取り放題なら……唐揚げにしたら一儲けできたりとか……ウルクで屋台を……そうだ、キングゥに食わせよう」

『ギルガメッシュが泣くからやめてあげようね。あとキングゥもさすがにそれは可哀相だからやめようね』

 

 ダ・ヴィンチの答えに麻菜は仕方がない、と溜息を吐く。

 グロいが敵ではないと彼女は確信しているので余裕である。

 

「お前がどんなに強くてもこの数には勝てない!」

「殺す殺す!」

「敵ではない!」

 

 ラフム達の余裕な態度に麻菜はカルデアへ問いかける。

 

「ダ・ヴィンチ、数は?」

『総数は不明だけど、億を越えているのは確実だね。あと飛行タイプは通常タイプよりも魔力反応が大きいから、たぶん強力だよ』

「といっても赤くないから3倍の強さは無さそうね」

 

 そう答えながら、麻菜は絶望のオーラVを発動させる。

 一瞬で目の前にいたラフム達は死んだが、後から続々と押し寄せてくる。

 

 数で押せばいけると踏んだらしく、今回は逃げるような素振りはない。

 上陸してくるラフムの大群を水際で即死させ続ける麻菜という奇妙な構図となったが、これでは埒が明かない。

 

 故に麻菜はいよいよ自らの切り札、その一つを切ることにする。

 

「カルデア及び関係各所へ。いよいよ、私の力を示すときがきた。色んな意味で覚悟して頂戴」

 

 麻菜の前置きに、碌でもないことになるやつだと誰もが確信した。

 そして一瞬にして、彼女の装いが変化する。

 上から下まで全てガチ装備で固めた、麻菜の全力である。

 

 とはいえ、この装いはカルデアでのシミュレーターにてよく披露している為、カルデア側にとっては見慣れたものだ。

 

 だが、ここからはカルデアにとっても未知のものである。

 

 麻菜はその背中に光輝燦然とした純白の翼を顕現させる。

 その数は4対8枚。

 それはまさしく熾天使としての証であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ラフムショックから立ち直ったカルデアの管制室は驚愕に包まれていた。

 事前に麻菜からそれらしいことを伝えられていたが、実際にこうして目にすると驚かざるを得なかった。

 

「綺麗……」

 

 オルガマリーの小さな呟きは静まり返った管制室によく響いた。

 それほどまでに今の麻菜は美しく、普段のおちゃらけた雰囲気が微塵もない。

 

 しかし、同時に恐ろしさも感じた。

 これまで麻菜が真面目にやったときがあっただろうか、と問われるとあんまりない、と答えるしかないカルデアの面々である。

 

 そんな彼女が真面目に、そして翼を出したということやこれまでの彼女の言葉から、どうやらあの宗教の天使として振る舞うつもりらしいと予想はできていた。

 何をやるつもりだと興味津々でありながら、戦々恐々としてしまう。

 

 そのときであった。

 麻菜の声が届いた。

 

『異教の神とその子達よ、汝らを断罪しよう。我らが主の御名の下に!』

 

 その言葉と同時に麻菜がレーヴァテインを高く掲げる。

 すると、空が一瞬で夜のように黒く染まった。

 何が起きたんだと問う間もなく、黒い空にあるものが光で描かれていく。

 そして、僅か数秒程で空をキャンバス代わりに使って描かれたモノは完成した。

 

「嘘だろ……あれはセフィロトの樹だ!」

 

 興奮したダ・ヴィンチの叫び。

 彼女の言葉通りに、それは確かにセフィロトの樹であった。

 

 そして、このとき観測機器が異常を示す。

 ロマニが叫んだ。

 

「魔力反応多数! あのセフィロトからだ! 霊基反応は不明! サーヴァントとかじゃない!」 

 

 その叫びに対する答え合わせをするかのように、セフィロトの樹よりそれらは現れた。

 

『主は勝利し、主は支配し、主は君臨される。我らはその尖兵たらん。今ここに我らは異教の神とその子達を討滅する』

 

 麻菜の声が響き渡るが、それと同時にあるものも聞こえてきた。

 それは聖歌であった。

 

 まさしく天上の旋律、管制室にいる多くの者達が無意識的に十字を切ってしまうのも無理はない。

 

『全宇宙でもっとも美しく、もっとも強く、そしてもっとも無慈悲な光の軍団。それこそが我らである』

 

 膨大な数の天使達は海上へ向かう。

 そして、次々と海上にいるラフムや空中にいるラフムへ攻撃を加え始めた。

 

「天使達、ラフムへ攻撃を開始しました……」

 

 とあるスタッフからの呟くような報告がなされたところで、ダ・ヴィンチが口を開く。

 

「……いや、参ったね。まさかこんなことを仕出かすなんて。魔術王もびっくりしているんじゃないの」

 

 ダ・ヴィンチはそう言って笑う。

 ロマニは彼女の言葉に苦笑しながら告げる。

 

「たぶんね。本当に麻菜君は想定外というか……魔術王にとって、最大の誤算だったんじゃないのかな」

「もしかして麻菜ってガイアとアラヤが結託して人理焼却へのカウンターとして、異世界から呼ばれたんじゃないのかなぁ。こっちの世界で対処できないなら、よその世界から呼べばいいっていう感じで」

 

 ダ・ヴィンチの言葉にロマニは勿論、オルガマリーをはじめとした管制室にいる面々はストンと腑に落ちてしまった。

 そんなことができるのかどうかは分からないが、それが一番しっくりくる。

 そして彼女の発言からロマニはあることへと思い至る。 

 

「……彼女が色んなサーヴァントを召喚して仲良くなったり、彼女の親類にとんでもない人物がいたりするのってもしかすると、麻菜君が世界の破壊に動かない為への抑止力かもしれない」

「あー、たぶんそうじゃないの? というか、そうとしか考えられない」

 

 ダ・ヴィンチが肯定する。

 

 一方、オルガマリーはあることに気がついた。

 もしかして自分が麻菜へ抱いている思いもまた、抑止力によるものなんじゃないか、と。

 

 しかし、彼女の胸中を見透かしたのか、ダ・ヴィンチが告げる。

 

「所長の思いは抑止力の影響ではないと思うよ。理由は簡単で、所長が麻菜を物理的にも精神的にも止められるとは思えないから」

「ダ・ヴィンチ、私はどういう顔をすればいいのかしら。とても失礼なことを言われたような気がしてならないんだけど」

 

 オルガマリーの言葉にダ・ヴィンチはけらけら笑いながら、更に言葉を紡ぐ。

 

「いやー、所長って麻菜のやることを許しちゃうような感じがするからさ」

 

 そう言われるとオルガマリーも否定ができない。

 麻菜のやらかしたことを自分が受け入れる方向に動いてしまうだろう、と予想できてしまった為だ。

 

「どうやら麻菜が仕掛けるようだぜ?」

 

 ダ・ヴィンチの言葉にオルガマリーが視線をモニターへ戻せば、そこでは空を飛んでティアマトへ向けて一直線に進む麻菜の姿があった。

 

 

 



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