不死身の体でヒーローになる (塩谷あれる)
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序章~品内富士見、死ぬ~
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■月●日 晴れ 現在7歳
今日から日記をつけることにする。とは言っても、何を書けば良いのやら。まぁとりあえず、自分のことについて色々と、その他には日記を書くことになった経緯でも書いておくことにしよう。
おれの名前は品内富士見(しなないふじみ)。姓が品内、名が富士見。最初に書いたけど、今は小学一年生、7歳だな。だが、それはあくまでこの体の年齢だ。精神年齢的にはまぁ大分良いオッサンの歳だろう。
文脈で分かるとは思うが、実は俺には前世の記憶がある。所謂転生者と言う奴だ。だが、その記憶が蘇ってきたのはつい最近、と言うかほんの数時間ほど前の話だ。ざっと回想をいれてみるとしよう。
「ふじみ君またねー!」
「うん、またねー!」
学校の帰り道、友達と分かれて俺はマイホームへと向かっていた。あ、因みにこのときはまだ記憶は戻ってないからな?ただの普通の小学一年生その者だ。
「はやくかえってしゅくだいしないとー!」
そう考えた俺は、いつもよりも急いで家に向かった。この曲がりを行けばもう家だ、って時に、何やら黒い人影が見えた。蹲っているように見えたんで、何も知らない俺は不注意にも声を掛けちまった。
「おじさん、どうかしたの?」
「あぁ、あぁ、あぁあ、こんな僕に声を掛けるなんて、君は良い、い、良い子だなぁ……………そんな良い子なら………
僕に肉、見せてくれるよねぇ」
俺は何を言われたのか、理解ができなかった。そして、理解しようとして聞き直そうと口を開いたその瞬間、俺は全身をバラバラにされた。そして、その殺人鬼がいなくなってから三分程度経った時、
「……ふぁあ、ん?んー?え、俺、何か縮んで…てか、ん?何で死んだのに生きてんの、俺?」
体に傷の一つもついていな状態で俺は、前世の記憶を取り戻して道路に座り込んでいた。
と、こんな感じだ。え?バラバラにされたのに何で生きてるのかって?多分だけど、恐らく俺の“個性”が作用した結果だと思う。お、よし、書く内容ができた。それじゃあ俺の個性について書くことにしよう。……最早日記じゃねぇな、これ。
俺の個性、そうだな、便宜上『不死身』と名づけるようにしよう。俺の個性『不死身』は、簡単に言えば死ぬと生き返ることができる個性だ。この個性によって俺は、バラバラのズタズタにされても生き返って生還できたんだと思う。
このことを両親に伝えてみると、親父が同じ『不死身』持ちであることが分かった。……個性って遺伝するのか、初めて知った。もっと色々学ばなくては。
同じ『不死身』の先輩として親父に話を聞いたところ、『不死身』という個性は大きく分けてこんな特性を持っているそうだ。
①肉体、または精神が死んだ時死ぬ前の健康な状態まで肉体と精神を蘇生する。(記憶は死ぬ直前までしっかり残っている)
②死んだ後、直前の死因に対し耐性を獲得できる。
③老衰で『不死身』が発動することはない。
個人的には②が興味あるが、バラバラにされた場合の死への耐性って何だよ、とツッコミを入れたいところではあるな。体に刃物が通らなくなるんだろうか。だとしたら大分強い。と、思っていたんだが、親父曰く、耐性と言っても微々たるもので、何回も何回も死なないと、それこそ最低でも20回程度は死なないと効果が無いのだそうだ。……うーむ、なんだかとんでもないハズレ個性を引いた気がする。
とにかく、前世の記憶を持っているとか、不死身の肉体だとか、あくまでも『個性』の範疇とはいえバレたらヤバい研究所に拉致られそうな字面ではある。できるだけ目立たないようにしよう。あくまで、小学一年生として振る舞う体で。
もう一ページほとんど使っちゃったし、今日はこれぐらいにしておこう。明日からはできるだけ少なく纏められるようにしたい。
感想、批評、アドバイス等できればよろしくお願いします。
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■月▲日 晴れのち曇り
昨日の殺人鬼のこともあってか、学校が午前中で終わった。自分を殺した奴に礼は言いたくはないし、不謹慎かもしれないが、正直ラッキーだ。小学生のフリ午前中だけでも大分応えた。何あれ、ホント何あれ……小学生って怖い。何考えてるかわからん。
今は警察とヒーローが全力で探しにかかってるらしいけど、あの殺人鬼、そんなにヤバい奴だったのか。既にネームドのヴィランだったりして。
■月★日 雨
親父が『殺人鬼に殺されないための修行』とか言って格闘技を教えてくれることになった。親父格闘技とかできたのか、と聞いたら中国とアメリカで習ったのを自己流に改造したものらしい。初日だからという理由でまずは受け身や回避技の練習から、ということだったが、正直殺されるかと思った。実の息子を本気で殴りにかかるなよあの親父。死にはしなかったから良いけど。
■月□日 曇り
前回の日記から一週間近く空けてしまった。ここ最近修行が厳しすぎて日記を書く間もなく疲れて寝ちゃってたからなぁ…今度から朝、体力をつけるために走ってみよう。
■月◯日 雨
殺人鬼の被害はまだ増え続けているらしい。怖い話だ。俺も姿を見た、とか警察に報告できればいいけど、いかんせんいつの間にかバラされてたから、俺顔見てないんだよなぁ…余計に混乱するだけで迷惑にしかならなそうだし、伝えるのはやめておこう。
■月◇日 土砂降りの大嵐
今日は丸一日雨がとにかく酷かった。登校中とか雨合羽着てても全身痛くなるレベルだ。学校側も今日の雨の影響もあって明日は休校にするらしい。ラッキーだけど修行時間が増えるからラッキーじゃねぇ…
■月◎日 晴れ
今日は丸半日修行通しだった。滅茶苦茶痛くて数回本気で死にかけたけど、お陰で親父の拳は読みやすくなったかもしれない。少なくとも受けはちょびっと上達したと思う。一歩前進だ。とか思ってたら今度は蹴りも入れてくるらしい。ジーザス。
■月※日 晴れ
隣の席の奴に「何か変わったね?」と言われた。まさかバレたか?と思ったが、一応適当にごまかしておいた。隣の席の奴は何か納得がいってるような、いってないような顔をしていた。子供って変に勘が鋭いから怖い。そう言えば前世でも俺、結構子供苦手だった気がする。よく普通に話せてるな、俺。
■月▼日 雨
ついに捜索に出ていたヒーローにもあの殺人鬼の被害者が出たらしい。親父のパソコンを借りて調べたらアイツ、やっぱりネームドらしいな。『ムーンフィッシュ』、うん、覚えた。てか俺、歯で切り刻まれたのか……なんかばっちい。
■月◁日 晴れ
隣の奴がやたら話してくるようになった。何か『絶対秘密を暴いてやるー!』とか言ってるが、秘密なんて無いんだよなぁ……何と勘違いしてらっしゃるんだろうか。
■月☆日 晴れ
親父から受け身と避けで及第点を貰った。これからは攻める技も教えていくらしい。ただ、その前に言われた一言、「この格闘技は『不死身』持ちであることを前提とした格闘技だから、これからは本気で殺しにいく。そのつもりで覚悟しておけよ」って……今まで俺が
■月◆日 晴れ
隣の席の奴がやたらと執拗に構ってきたり、殺人鬼のことについて聞いてきたりする。俺がムーンフィッシュに襲われたことを知ってるんだろうか。家が近かったり、帰りの道が同じって訳じゃないんだけどなぁ……いやしかし、小学生の振りは疲れる。これなら素を出せる家の方が楽だ。今日も死んだけど。
■月⊿日 晴れのち雨
親父に一撃も当てられない。よくよく考えたら、死ぬことを前提とした格闘技ってちょっとおかしくねぇかな?ヒラヒラ避けられまくっていつの間にか蹴り殺されてるのマジで理解できん。てか親父何の仕事してたらあんな筋肉の怪物みたいになんだよ、オールマイトか。
■月△日 天気見てねぇ
あのクソッタレムーンフィッシュの活動が活発になり始めたらしい。警察最早アイツのこと放置してるんじゃなかろうな。小っちゃい子供とかお年寄りとかが狙われたらどうすんだよ。
■月◑日 曇
隣の席の奴が、下校中にあの殺人鬼の被害に遭ったと朝伝えられた。
明日からまた学校……畜生めぇ!
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あと、今回から何日かだけ数字にします。月はまだ未公開で。
■月31日
隣の席の奴は、運がいいのか悪いのか、何とか生き残った。全身血まみれ傷だらけ、もう息も絶え絶えの半死人の状態で見つかったんだそうだ。
右腕が欠損、足も修復不可なレベルで痛めつけられていたらしく、もしかしたら今年いっぱい病院で生活することになるかもしれない、と聞いた。俺は、ちょっとあのクソッタレが許せなくなった。
▼月1日
修行に身が入るようになった。不思議なもんで、目標ができた瞬間やる気も増す。それがどんなにマイナスな目標でも。とりあえず、親父に免許皆伝を貰うところからやってみよう。
▼月2日
ムーンフィッシュが俺、隣の席の奴に続いて三人目の子供を襲った。今度は殺されたらしい。やる気あんのか警察。ふざけてんのかヒーロー。
▼月3日
親父の蹴りを目で追えるようになってきた。が、受けを取るのはまだまだで、今日もしっかり殺された。もう俺は何回親父の蹴りでくたばったんだろうか。いつか絶対思いっきり蹴飛ばしてやる。
▼月4日
母さんに「学校が半日でもちゃんと一日分の勉強はしなさい」と言われ、そりゃそうだと思い一応一日一時間分の勉強はすることにした。俺過労で倒れやしないだろうな……多分大丈夫、だと思いたい。
▼月5日
一日に親父に殺される回数が減ってきた。少しずつではあるが、成長してきているかもしれない。
▼月6日
小学生のフリをするのに疲れた。もういっそのこと素のままで生活してみようか。てかあれ?何で小学生のフリしてなきゃ行けないんだっけ。ぶっちゃけ、小学生にも大人ぶる奴とかいるよな。小学一年生でもそんな感じのとか、多分いるよな。じゃあフリする必要なくね?
▼月7日
親父に蹴り殺されたり、殴り殺されたりして丁度五十回を超えた。んで、『撲殺』に対する耐性とやらも、何となくは分かるようになってきた。と言うか、五十回でようやっと効果が顕著になったと言うべきか。自分の個性のことが、改めて面白く感じられたかもしれない。
▼月8日
あのクソッタレにまた殺された。次は必ず仕留める。
▼月9日
『撲殺』の耐性を手にして良かったことは、親父の技をある程度受けるつもりで対処できるようになった事かも知れない。喰らう覚悟で攻めていけば、相手の隙を作りやすい。喰らってもその後からでも攻撃は当たるし、ってか寧ろ喰らったまま離さなきゃそっちのが当てやすいし。
アニメとかマンガで肉を切らせて骨を断つ戦法よくあるけど、現実でやるんだったら確かに、『不死身』持ちでもなけれりゃ実行なんざできねぇ。『不死身』なしでもそれを実行した昔の人ってスゲぇ。そりゃ英雄として名が残るわ。
▼月10日
日曜日だから、と言う理由でガッツリ半日修行通しだった。親父に「俺が仕事する時間と体力を考えろ」と怒られた。アンタ仕事してるようでしてないようなもんだろエセ小説作家。つい最近だぞアンタが仕事してるって俺知ったの。
▼月11日
親父って結構有名な作家だったんだ…
▼月12日
ここ数日の修行で、とうとう『撲殺』の殺害カウンタが百を超えた。何故かは知らんが、百回を超えると頭の中にアナウンスみたいなのが流れてきた。滅茶苦茶怖い。しかも変声機で弄ったみたいな変に高い声だから頭も痛い。けど、百回突破記念の『修得耐性』ってのはちょっといいと思ってしまった。レベルアップとか、ゲーム見たいで燃えるやん?
▼月13日
ついにヒーローと警察があのムーンフィッシュのクソッタレを拘束したらしい。遅せーよ。どんだけ被害が積み重なったと思ってんだ。とは言え、これでもう被害は収まるだろうし、いやー、よかったよかった。と言うべきか。うん。
▼月14日
隣の席の奴の見舞いに行った。治癒系のヒーローの力で何とか足は歩けはせずとも動かせる程度には治ったらしく、無くなった腕も急ピッチで義手を造っているそうだ。本人もまぁ、何とか話せるくらいには持ち直したみたいで、普通に話をすることはできた。顔とか体とか、傷痕が残りそうなのを本人は気にしてたけど、女子だしそりゃそうか。一刻も早く治ってくれることを祈る。
▼月15日
学校が通常営業に戻った。同時に親父の稽古も自然と終わった。もし続けたいなら勝手にやれ、と言われてるので、修行そのものは続けてるけどな。もしなんかあったときの護身術くらいにはなるだろうし。……いや、過剰防衛かも。まぁ、とりあえず街が平和になって良かった。
▼月16日
あのクソッタレが脱走したらしい。マジでやる気あんのか警察。
次回日記形式じゃないかもです。
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日記外の話
S県某市、奈茂鳴町は至って平凡な町である。特産と呼べるものが特にあるわけでも、有名なヒーローが生まれ育った町であるわけでもない、極めて普通な町。
そんな奈茂鳴町には似合わない、異質とも言える奇妙な音が、住宅街から聞こえていた。肉の塊を無理矢理引き裂くような、生理的嫌悪を引き起こす音。音の出所を探ってみれば、そこにはやけに背の高い、奇妙というか、不気味な男が蹲っていた。
「あぁ、綺麗だなぁ…綺麗、キレイ、きれ、い、綺麗。本当に綺麗だよ…肉面…」
涎を垂らしながら、ズタズタの肉の塊を愛おしそうに眺めるその男は、明らかに異常だった。加えて言うなら、その住宅街には、人の姿がなかった。こんな日も落ちないような昼間に、人の気配の一つも無い。人っ子一人も、見当たらない。今ここは正に、彼が存分に肉面を愛でることができる最高の場所──
「『おじさん、どうかしたの?』」
の筈だった。
「よう、クソッタレ」
男──もとい、脱走犯『ムーンフィッシュ』が視線を向けた先には少年がいた。まだ幼く、真新しいランドセルと黄色い帽子からも凡そ小学生程度であろうと思える少年。ムーンフィッシュはその少年に、明らかな見覚えがあった。
「あぁあぁ、君、きみ、君、はぁあ、また、また、会えた……綺麗、綺麗な…とっても綺麗な、肉面の……」
ムーンフィッシュにとって、この街に来て最初の殺しの相手、それがこの少年だった。切り裂いた瞬間の感覚、肉面の色鮮やかさ、芳しい血の匂い、今思い出しても、涎の量が増しそうな程に完成された肉面、あの後もう一度会うことができたが、その時の肉面も彼にとって素晴らしいとしか言えないものだった。
「また、また、またァ…僕に、肉面、見せてくれるのかい……?また、殺されて、くれるのかなァ……!?見せて、魅せて、くれる……よねぇッッ!!」
ムーンフィッシュは、先程まで愛でていた肉面などそっちのけで少年に歯の刃を伸ばす。そこらの包丁やナイフにすら引けを取らぬ程に研ぎ澄まされた鋭利な刃は少年の体を胴から八つに引き裂き、その美しい肉面を曝け出させる……そう、少年が、ただの、一介の小学生であったならば。
「っ痛ぅ…、しかしま、腕の皮一枚なら良いお釣りだァ…なァ!」
少年は、自分に向けられた刃をするりと掻い潜り、あっという間にムーンフィッシュの目前に迫る。とは言え流石に避けきることは難しかったようで、両腕にいくつも切り傷ができていた。
少年は傷のできた腕を引き絞り、ムーンフィッシュの鳩尾目掛けて思いっきり正拳突きをぶつける。たかが小学生のパワーでこそあったが、鳩尾を的確に捉えたその一撃は、彼を怯ませるには充分すぎる一撃だった。
「ッグお……」
「逃がしゃしねぇよクソッタレェ!!」
そして、彼にとっては、品内流死克戦術半人前、品内富士見にとっては、その怯みは十二分に攻め入る隙になる。
「ハッ、ゼイッ!だらァ!も一発貰ってけやァ!!」
右上段蹴り、右肘鉄二発、加えて左回し蹴り。例え小学生とは言え、仮にも武芸者である富士見からの攻撃をまともに食らったムーンフィッシュは、その痩躯を跳ねさせるように退いた。
「肉、肉、肉うううううううううううううううう!!!!!!」
「……とんだクレイジー野郎だな、オイッ!!」
ムーンフィッシュが血走った眼を富士見へと向け、その歯の刃を今までとは段違いと言わんばかりの縦横無尽な伸ばし方で伸ばす。二つに、三つに、枝分かれし続けながらスピードを増して攻め立てる刃に、富士見は流石に避けきれず全身に傷を負う。もう既に服はズタボロ、内臓にもいくつか損傷が見られる。
「ガッ!?テメっ、本気じゃなかったのかよッ!!」
「肉っ肉っ!肉見せてェッ!!」
「嫌だわボケェ!!」
富士見は歯の刃を避けながら距離を詰めようとするも、ムーンフィッシュの怒濤にして巧妙な攻撃に翻弄され、次第に距離を離されていく。そして遂に──
「ッッッづゥッ!?」
「アァ!!アァ!!肉!!肉面んんんん!!!!」
ムーンフィッシュの攻撃を捌いていた右腕が、歯の刃によってずっぱりと切り落とされた。その痛みに思わず呻き声を上げる富士見に、ムーンフィッシュはここぞとばかりに歯の刃を一斉に浴びせる。肉体が見る見るうちに削り取られ、その肉面が曝け出されていく。
「づぁっ、がっ、あっ、ぎぁ、ぐ、ぐぅ、げぁ」
「あぁ、綺麗だ、綺麗、綺麗だなぁ、肉面、本当に、綺麗だよ。本当に、本当に」
全身がそぎ落とされていく度に微かな声を上げ、ボロボロと崩れていく富士見を見て、ムーンフィッシュはうっとりと感嘆の声を上げる。血の通った鮮やかな赤い肉が美しい、筋繊維のきめ細やかさや赤と白のコントラストが美しい、肉に包まれる白い骨が美しい、曝け出される神経が美しい。ちらりと垣間見える臓器の輝きが美しい。
「綺麗だ」
彼は、品内富士見はムーンフィッシュにとって、完成された究極の芸術作品だった。
(くそ、このままじゃまた、また殺される……!!いや、死ぬのは構やしねぇが、こいつに、この
富士見は霞む視界で、眼前のムーンフィッシュを睨み付けた。もう全身に赤がついていない箇所はなく、服は愚かランドセルもズタボロだ。
(あぁ、親父に新しいランドセル、買って貰えるように頼まなきゃあなァ……母さん怒るぞ、絶対。なんでこんなズタズタになってんだー、って。あ、そうだ…ランドセルの中身も買い直さなきゃじゃあねェか…怠ぃなぁ。教科書は置き勉してっからいーけどよぉ…!鉛筆、オキニのかっけー奴入れてたの忘れてたぜ……クソ、やっちまったなぁ…!)
戦闘中だというのに、そんな暢気なことを考えながら、富士見はギリ、と歯を食いしばり今にも落ちそうな左腕を引き絞る。
(そうだよ、こんな所でこんなクソッタレに三度も殺されてる暇ねぇじゃあねぇか、俺ァ!?新しいランドセルも、かっけー鉛筆も買わなきゃなんねぇ、服もだ服も!それに何より……)
「………ッッッぉお゙お゙お゙お゙お゙おおおおおおおおお!!!!!!」
引き絞った左腕を振り上げながら、ヤケクソ紛れに叫び声を上げ、富士見は何とも無様にムーンフィッシュに向けて突貫をかます。歯の刃に体の肉を削り取られようが構わず、眼球を割られようが厭わず、ただ、目の前にその気色の悪い変態殺人鬼がいることを確信して。
「食らい……ィやがれェエエエエ!!!!!!!」
(こんな人格破綻のクソッタレヴィラン
富士見の渾身の一撃が、ムーンフィッシュの鳩尾に当たる。しかしそれも一瞬。ただ彼の皮膚を少し掠めた、只その程度の一撃だった。しかしそれでいい。富士見は、こんな死に体の体でまともな一撃が入ることなど、端から期待してはいなかった。ただ、一撃、皮膚を掠めるだけ──富士見にとっては、それで充分だったのだ。
「ッッッッッッぁあ゙あ゙あ゙ッ!?!?!?!?ぎゃぁ、ぎぃ、ぎあああああああああああ!!!!!!!!!!?」
ムーンフィッシュの鳩尾に、富士見の拳が掠めて1秒ほど、突然、ムーンフィッシュが巨大な叫び声を上げて悶えだした。まるで鳩尾に、
「ぁあ!!ぐぁ、ぎぃ、ぎゃああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!僕の、僕の、体がああああああああ!!!!!」
(………上手く、発動したみたいだな、『撲殺』の“修得耐性”…!)
そう、これこそが、品内富士見が父との修行の最中手に入れた力、『撲殺』の“修得耐性”、その名も『
無論、“痛み”だけなので傷を負うことはないが、それでも今ムーンフィッシュは、自分の刃で鳩尾を抉られ続ける感覚を味わっていることだろう。それはただ一度殺されるよりも、よっぽど辛いかもしれない。
「がッ、がぁッ、がぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ!!!!!」
(良~い気味だぜ……どうせ家の中で知らねぇフリしてる民間人か、騒ぎ聞きつけたどっかの誰かが通報の一つや二つはしてるだろうし、そのまま警察とヒーローが来るまでテメェで傷つけた痛みに悶えてやがれクソッタレェ…)
よろよろと体を起こしながら、富士見はボロボロのランドセルを回収し、自分の家へと帰ろうとする。しかし、血が足りないのか、ヨロリ、と前へ倒れ込んでしまう。
「おっ…とと(あーくそ、結局体にガタぁ来てやがったか…このまま、だと俺ァ、あのクソッタレに殺されたことになるなァ…チッ、しょうがねぇ。とっておきのアレ、使うか……)」
そう考え富士見は、動かない体を半分起こしてランドセルからあるものを取り出した。そしてそれを──
「はん、持ってて良かったカッターナイフ、てかぁ゙ッ?」
何の躊躇いもなく頸動脈へと突き刺した。ピシュウ、と血が花火のように吹き出し、富士見はそのまま事切れた。そして三分後、何事もなかったかのように富士見は完全復活を果たし、ムーンフィッシュの叫び声をバックにしめやかに帰宅。ランドセルの一件で母親にこっぴどく叱られた。
同時刻、ヒーロー達によって気絶状態のムーンフィッシュが逮捕された所で、品内富士見とムーンフィッシュの、たった数日間に渡る肉面と歯刃に彩られた儚い因縁は、あっけなく幕を下ろしたのであった。
というわけでムーンフィッシュ編もとい序章、終了にございます。あ間違えました。後日談に次話、『4ページ目』がありました。明日の投稿になるかと思います。
その次からは恐らく第一章、“二年生編~品内富士見、中国でも死ぬ~”が始まるかと思われます。変わらず日記形式でお届けしたいと思っておりますので、今しばらくお待ち下さい。
読んでいただきありがとうございました。感想、批評、お待ちしております。
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4ページ目
▼月17日
昨日も書いたが、あのクソッタレ殺人鬼が逃げ出した。昨日だけで既に二十件の殺人事件が起きている。警察もヒーローもやる気あんのかマジで。また明日の学校の帰りがけにあのクソッタレいたりしないだろうな……?いたらもう自分でとっちめてやろうか。
▼月19日
昨日は散々な日だった。あのクソッタレ殺人鬼に殺されかけるわランドセルボロボロになるわ母さんに叱られるわ修行が足りねぇって親父に馬鹿にされるわ……何もかもあのクソッタレ殺人鬼が悪い。お陰で怒られ疲れて死に疲れて、とにかく疲れすぎて日記を書く暇がなかった。同じ轍は二度踏まないようにしよう。……まぁもう二度目なんですけどね。三度目はない、と信じたい。
それと、学校の朝の会で聞いた話だが、あのクソッタレが改めて逮捕されたらしい。俺から言えることと言えば、とりあえずは、もう二度とシャバに出てこないことを祈るばかりだ、と言うことぐらいだろうか?更に詳しい情報を聞くと、何でもあのクソッタレは、何らかの強い精神的ショックを受けて気絶した状態で見つかり、辺りは一面血で塗れていたそうだ。……俺知ーらね。知らねったら知ーらねぇ!俺じゃないですぅ!多分ヒーローがやったか、あのクソッタレが勝手に自爆したんですぅ!……死んでないからセーフだよな?
▼月20日
昨日の俺荒ぶってたなぁ…。日記でこんなハッチャケる事になるとは思わなんだ。昨日の俺もしかして深夜テンションか何かだったの?滅茶苦茶ハズい。
それはさておき、隣の席の奴(これもうこの呼び方で定着してきたな)の見舞いに行って来た。大分持ち直していたようで、割と普通に談笑できていた。学校でおきたこととか、今どうなってるとか、最近の話題とか、そう言う話を、アイツは羨ましそうに聞いていた。
義腕の方ももうそろそろ出来上がるそうで、今は伝達神経との同期やらサイズの最終調整やらをしているそうだ。『メカメカしい道具が沢山あって凄いんだー』と何やら興奮していた。笑えるようになって何よりだ。
とは言えこれからは介護が必要な生活になるとのことで、県内のそう言った子達が通う学校へと転校、と言う運びになるそうだ。『皆と会えなくなるのが寂しい』と言っていたが、まぁ家が遠くになるわけでも無し、これからもたまになら会うことができるだろ、と言ったらそうだね、と笑ってくれたので良しとしよう。
あんな酷い怪我でもすぐ立ち直れる隣の席の奴は素直に凄いと思う。何が凄いって勿論メンタルが。最早小一の女児のメンタルじゃない。正に鋼だ。俺も見習わなくちゃなと思う。とにかく、アイツがより早くこれからの生活に馴染んで心安まる日々を送れることを願うばかりだ。
▼月21日
親父が何やら本を大量に買ってきた。『お前のだ』と言うので読んでみたら、全部中国語の本だった。……え、なんで?なんで英語よりも早く中国語を覚える事になるわけ?
▼月22日
中国語は意外と難しい。使うのは漢字だから問題無いだろうと思っていたが、中々バカにできない。前世でも中国語なんて使う機会もなかったから覚えてないし、これは大変だ。
▼月23日
今日はパスポート用の写真を撮りに連行された。……いよいよ俺、中国行くことになるんじゃなかろうか。え、もしかしてマジで行くことになるの?
▼月24日
親父達が何やら電話で中国語を使って話をすることが多くなった。多分相手は中国人、ってことだろう。これもう多分確定だなぁ……
▼月25日
はい、親父達に聞いたら嫌な予想的中でした。来年の四月から俺中国で生活決定でーす☆
何でも小説のネタ集めのための取材だそうだ。昔一度行った場所をもう一回巡るのと、個性爆誕の土地『軽慶』で『始まりの子』について取材するらしい。長くなるかも知れないから、家族纏めて移住するんだそうだ。どうやら親父だけ行く、と言う選択肢は品内家にはないらしい。しかも学校のことも手続きが済んでいて、来年から中国の学校で勉強だそうだ。ウチの親ちょっとおかしくね?何でこんなテンポ良く俺の知らないところで俺に関することが進んでんの?まず了承とろう?と言うか母さん反対しろやァ!
▼月26日
ウチの母さんもやっぱりおかしかった……くそう、これで外堀は完全に埋められた……品内富士見、来年から中国、行って参ります……畜生!
はい、というわけで改めて序章完結です。次話のための繋ぎしかしてない気がする。次話から富士見、中国へ行きます。え?唐突だって?……滅茶苦茶分かってます。多分これからも富士見はあっちこっちに飛び回ると思うので、そこら辺は見逃して下さいな。
感想、批評、お待ちしております。では。
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第一章~品内富士見、中国三千年の歴史に死ぬ~
第一頁
四月九日 七歳
今日から新しい生活、中国で過ごすことになった。
とりあえず一言。昨日の飛行機めっちゃ酔った。俺、飛行機ダメなんだ……と痛感した瞬間である。
新しく通う中国軽慶市の学校にも今日行って来た。事前知識として聞いてはいたが、中国の始業式は九月に行われる。だからというかなんというか、このタイミングでの転入、しかも他国から、と言うのもあってやっぱり皆不思議がっていた。そりゃそうだよな……お手数お掛けします。
四月十日
親父からある男の人を紹介された。名前は「周李炎(チョウ・リーイェン)」。親父の使う格闘術、『品内流死克戦術』の元となった拳法、『焱虎流八極拳』の師範。早い話が親父の師匠なんだそうだ。何でも親父の息子である俺を一目見に四川省から来たそうで、見込み次第では弟子として迎え入れようと思っていたそうだ。何が言いたいかって?……また地獄の死にまくり修行の日々のスタートってことだよ。
四月十一日
周老師はとにかく強かった。それも、親父が足下に及ばないであろうレベルで。何だよあの蹴り。まるで見えなかったぞ!?まさか中国でまで蹴り殺されるとは思わなかった。
四月十二日
授業が中国語、と言うのにかなりビビっていたが、案外聞き取れるものだ。事前の予習とかってやっぱ大事。でも現地特有の発音とかスラングみたいな現地でしか味わえない経験はもっと大事。特に中国は地方によって発音とか読みが違ったりするから混乱しそうだ。軽慶の子供達と周老師じゃ言ってることが同じでも分かんなくなったりするしね。中国語奥深いわー。でもフランス語よりはマシらしいんだよなあ…外国語って魔境。
四月十三日
今日も今日とて殺される。どうやら撲殺のカウンタは百を超えても別にそれ以上撲殺されない、と言うものではないらしい。まあ修得耐性が修得耐性だしそりゃ当然の理か。しっかし見えねぇ。
四月十四日
マジで周老師人類最強なんじゃなかろうか…?多分だけど、全盛期のオールマイトよりは強い。飛ぶ鳥を突きで落とすって何よ…。
四月十五日
クラスメイトの鱗飛竜(リン・フィーロン)が、日本のことについて色々教えてくれ、と言ってきた。何でも近々父親の仕事の都合で日本に引っ越ししていくらしく、日本語や日本の文化について教えて欲しいそうだ。
簡単な挨拶とかだけで良いか、ということと、今習いごとがあってその合間合間で良いか、と聞いたら構わない、と言った。やることが増えたが、日本語を話す機会ができたのは良いかもしれない。え?家があるだろって?二人とも中国来たことあるからなのか、家でも中国語で話してるんだよなぁあの二人。俺にも中国語で話してくるし。郷には入っては郷に従いすぎだろ。
四月十六日
今日は周老師に十回殺された。それを見た鱗がドン引きしていた。それでも真面目に日本語講座を受ける辺り、真面目な奴なのかも知れない。あと老師、貴方なんで鱗に混じって講座を受けてるんです?
四月十七日
鱗が周老師に弟子入りした。五ヶ月の間ではあるが、鍛えて貰うそうだ。流石に老師も殺すレベルでは稽古をつけていなかったが、目も当てられないほどにボコボコになっていた。哀れ……。
四月十八日
鱗は肉体面は兎も角、勉強面に関してはかなり優秀かもしれない。仮名文字が漢字を元にしてできたものとは言え、簡単な単語ならもうできるようになっていた。が、訓読みや敬語にはまだ手こずっているようだ。
それはそうと今日も二人揃ってしっかりボコボコにされてきた。やっぱ老師強いわ。この人から免許皆伝貰った親父って実は怪物なのでは……?
四月十九日
今日は鱗と組み手をした。結果は俺の十戦十勝。まぁ親父からも稽古をつけて貰ってたわけだし、数日の差ではあるが兄弟子なわけだから勝てないと面子に関わる。てか多分老師に殺される。
四月二十日
老師に本気で相手して貰った。何故か撲殺の他にも焼死のカウンタが一増えていた。え、俺焼き殺されたの……?
四月二十一日
母さんが近所のおばさん達から中華料理を教わってきたらしく、今日はいつもよりも豪勢だった。本場回鍋肉うめぇ。
四月二十二日
折角外国に来たんだからその国の文化の一つや二つ学ばなきゃ損だろうと思い、母さんの晩飯の支度の手伝いをすることにした。意外と中華って難しいぞ…!?
四月二十三日
撲殺のカウンタが二百を超えた。……あれ?日本にいたとき、こんなに早く溜まったっけ?あと、修得耐性は強化されなかった。クソがァ!老師の蹴りが段々速くなってくのなんなん?強くなってる気がしない……。
周老師の見た目のイメージはFGOの年取ってる方の李書文。あと、これから先の品内家なんですけど、日本に帰らず一年ごとに国から国へ移動していくのか、一旦日本に帰るー、はい次の国行くーの流れにするかどっちが良いですかね?
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第二頁
五月三日
日本は今ゴールデンウィークだろうか……俺はいつも通り蹴り殺され殴り殺され焼き殺されてますよ畜生……!
五月四日
鱗はホントにもの覚えが良い。最近じゃ簡単な日本語に限定すりゃ俺と問題なく会話ができるようにすらなってきた。周老師にも上達したと認められてるし、負けられないなこりゃ。
五月五日
ようやく老師の拳が目で追えるようになってきた。どうやら老師の個性は、掌から炎を吹き出させる、と言うものらしい。炎熱系の個性だろうとは思っていたけど、俺が焼き殺される原因はやっぱりこれのようだ。まぁ、分かったところで対策できないんですけどね!
六月十日
親父が前に行った万里の長城やら個性の研究施設の取材(研究施設はともかく万里の長城は俺も行きたかった。誘えや親父)が済んだと言うことで、軽慶の『始まりの子』の取材に連行された。何故だ。まぁ近場だから良いけど。
そんで行った場所ってのが、『始まりの子』の直系の子孫に当たる人物、政治家の金輝礼(ジン・フイリ)氏のお宅だ。政治家の家に突撃とか親父なにやってんの!?と流石に問い詰めたが、『アポは取った』とほざくので金氏に確認をとったら本当に許可は取ってたらしい。ヒヤヒヤさせんなや…。
その後、『始まりの子』に関する文献や写真などを金氏に見せて貰った。『始まりの子』──本名金光舜(ジン・グァンシュン)は、個性を持つ人間として生まれた最初の人間として大いに注目を浴びていたが、それと同時に彼は極めて有能な政治家だったそうだ。個性が数多くの人々に広まってきた超常化社会最初期の中国を、いち早く安定させたのは正しく彼の功績だと金氏は語った。
光舜の功績や、金家の歴史について一通り語った後に、彼はこう続けた。
「光舜が築き上げたこの超常社会の基盤、それを守り続け、子孫として受け継いでいくことこそが、我々金家の役目なのです」
ご先祖さんをちゃんと敬って、その誇りを受け継いで国を護り続ける。軽い言葉になってしまうが凄い人だと俺は思った。だが親父は何となく気に入らないようで、帰りの車の中でずーっと難しい顔をしていた。香水の匂いが気に入らんとか、何か胡散臭いとか、笑顔が役者のそれだー、とか、まぁ色々ブツクサ言っていた。時間削って取材受けてくれた人にアンタなぁ……。いやまぁ確かに、やけに甘ったるい花みたいな匂いはしたけど、薄かったしそんな気になることかね?
六月十一日
老師が強すぎる。親父相手ならある程度蹴りも拳も当てることができてたはずなんだけど、老師相手じゃ受け流すのが精一杯だ。しかも受け流してもすぐに次が来てるから結局二発目には殺されてる。もう焼死のカウンタ五十超えたぞ…!?
六月十二日
何やら奇妙な薬が軽慶で横行しているらしく、そう言うのを渡そうとしてくる大人に気をつけるように、と学校で言われた。え、麻薬?中国でもそういうのあんの?
六月十三日
まさか焼き殺されて誕生日を迎えるとは……あ、母さんの作ってくれたケーキ風杏仁豆腐はめっちゃおいしかったです。
七月十二日
焼死のカウンタがとうとう百まで達してしまった……老師俺でバーベキューしすぎでしょ。つい最近撲殺もカウンタ300超えたし、うん、俺死に過ぎだね!
七月十三日
麻薬事件の犯人は未だ捕まらないらしい。なんでも、個性を暴走させる薬だそうで、被害者が軽慶から拡大して中国各地で暴れ回っているようだ。ヒーローのお陰で大事には至ってないみたいだが、勘弁してほしいものだ。
七月十四日
今日は鱗の誕生日、と言うことで鱗の家でパーティーをしてきた。品内家からはプレゼントに日本の緑茶の茶葉と母さん特製の和菓子をプレゼントした。日持ちしないから早めに食べてネ!親父からは中国語訳された日本の本──てか『人間失格』。親父ェ……。老師は指南書を送ってた。え?俺?何送ったら良いか分からんかったから日本から持ってきたマンガで、読み終わってて尚かつ完結してるのをワンシリーズプレゼントした。喜んでくれて何よりだ。
七月十五日
『焼死』の獲得耐性を手に入れてから気づいたことだが、焼死は百回死んだ時点でもう完全な耐性になる──早い話、俺はもう炎や熱で死ぬことはないらしい。これ地味に強くないか?ヒーローとかだと結構欲しい力だよな。案外将来はヒーローになるのも良いかもしれない。
七月十六日
『焼死』の獲得耐性、かなり強いかも知れない。まぁ老師には全然効かなくていつも通り蹴り殺されたけど。まじであの人人類最強じゃなかろうな……?
七月十七日
帰りがけ、例の麻薬の中毒者に遭遇した。暴走個性とはいっても動きはフラッフラで酔っ払ってるみたいな感じだったし、対処は楽だった。老師に比べりゃ鈍いし遅い。しかし、気になったことが一つある。中毒者が全身から匂わせていた匂いと、一ヶ月前、親父の金家取材の時に感じたあの匂い、なーんか似てたんだよなぁ……甘ったるい、バニラとマンゴーの匂いが混ざったみたいな匂い……気のせい、か?
多分中国編あと、三、四話は続きます。
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第三頁
折角だしなんか番外編書こうかな……おもっくそ時間かかるだろうけど
七月二十日
修行が滅茶苦茶ハードになってきた。が、老師の攻めもまぁ目で追えるようになってきたから、大分進歩はしてるんだろう。親父とも良い勝負できるんじゃなかろうか。
七月二十一日
親父には勝てなかったよ……。
七月二十二日
今日から夏期休業。夏休みが長いのは中国も同じらしい。暑っついもんなー、アジア。先生達も休みを取りたいか。何もかんもアジア特有のこの湿ったるい気候が悪いと思う。夏の蒸し暑さはマジで異常だ。仮に次どっか外国に取材ってなったら、ヨーロッパの辺りか、北国の方にして貰えるように頼もう……どうせ次も連行されるし。まぁ、前世では外国なんて行けなかったから楽しみではあるけど。
七月二十三日
輝礼氏がヒーローや警察に協力を求めて中毒者の保護や治療に当たっているそうだ。この前匂いが同じだったのはそういう理由か?本人が直接出向いているのだろうか。政治活動を行う以上体が資本になってくる政治家が、態々危険なことするかなぁ……それに、中毒者を拘束して治療や保護も大事だけど、一番にやるべきは元を叩くことな筈だ。麻薬の中毒者は軽慶から広まってるわけだし、売人の本拠地もこの軽慶にあるのは、流石にあの人も分かってる筈なんだけど……うーむ。なんとなく、キナ臭くなってきたような気がする。親父が言ってたことが本当にならなきゃ良いが……
七月二十四日
夏期休業が始まったということで、修行も一旦箸休め、今日は念願の万里の長城に連れて行って貰った。鉄道使って1時間、景色も、言われてるほど酷いわけでもなく、良い眺めだった。んでもって万里の長城のスケールのデカいことデカいこと。昔の人ってやっぱスゲぇ。
七月二十五日
老師が『昨日の休みの分を取り戻すぞ』と言ってきた。いつもの倍死んだ。修得耐性を上回るレベルで焼き飛ばされた。尊敬する我が師周李炎よ、敢えて、敢えて無礼を承知で言わせて貰おう。覚えてろあのグラサンジジイ、いつか負かす。
七月二十七日
鱗がもうそろそろ日本に行くと言うことで、準備やら何やらで忙しそうだ。去年を思い出した。俺もこんな感じだったなぁ……
七月二十八日
元隣の席の奴と国際テレビ電話をした。スカイプって便利。義手も問題なく使えているようで、主治医の先生や特別養護学校の先生に見て貰いつつ特に問題なく生活ができているようだ。うん、良かった良かった。今中国にいると言ったら滅茶苦茶驚いてた。あとお土産をねだられた。隣の席だったよしみだ、なんか買って郵送しといてやろう。
いやしかし、久々に友達の顔を見たもんでホームシック引き起こしそうだな。奈茂鳴のあの可も無く不可も無くな光景が懐かしいぜ……
八月十五日
鱗家が日本に引っ越す当日になった。北京にある国際空港まで送らせてもらった。そこまでする必要ないだろ、と鱗は笑ってたが、アイツは何処か嬉しそうだった。素直じゃない奴め。
ま、寂しくはあるが、今生の別れって訳じゃないし、俺もいずれ日本へ帰るわけだから、またいつか会えるだろ。日本でも頑張れよ、弟弟子。
八月十六日
修行の帰りがけ、チンピラに絡まれた。そのチンピラは、なんか三合会とかいうマフィアに所属してるってイキってたが、いや知らねぇよ、と言うことで鉄拳制裁グーパンチでトンズラこいてきた。後で調べたら、三合会って中国でトップクラスの裏犯罪組織で結構ガチ目にビビったが、流石に『八歳の子供に負けた』とか恥ずかしすぎてチクれねぇだろうし大丈夫だろうと思ってる。いやでも、八歳の子供にイキり倒すチンピラのお兄さんは素直にかっこ悪いと思います、はい。
後気づいたんだが、そのチンピラの兄ちゃんからもあの甘ったるい匂いがした。輝礼氏、ヤクザにまで手ェ出してるんじゃなかろうな?
八月十七日
今日も修行休みで今度は兵馬俑に行って来た。いや、もう色々と圧巻でしたわ。ホンットに。始皇帝の墓、だったか、あれ。うん、帰ってきた後の夜で今こうやって書いてるが、未だに語彙が復活しねぇ。ほんっっとにすごかった。
八月十九日
また一日すっぽかしたか…久々な気がするな、おい。だがまぁ、はっきり言ってそんなこたぁどうだって良い。ちょっとマジで落ち込んでる感じだ。てかシンプルにショックって言うのかな。書いてて筆が重いのなんの。間違えて鉛筆へし折りそうで怖いよ。
まぁ、簡単に言うと、親父の勘と俺が日記に書いてた実現して欲しくない想像、全当たりした。輝礼氏、いや、金輝礼のクソッタレは、マフィアと組んで麻薬を流してやがった。ホント、俺の予感は嫌な方しか当たんねーな?
あと二話くらいのつもりがもう次で日記外の話になった、だと…!?と言うわけで、久々の戦闘描写です。富士見と老師がほあたーしまくります。
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日記外的故事二之壱
「ほ、ホントに大丈夫なんですかい?金の旦那」
「えぇ、問題などありません」
中華人民共和国軽慶市、その一画に位置する港。そこで二人の男が話していた。
片や、服装や言葉遣い、人相から明らかに育ちの環境が悪いと見えるチンピラ風の若い青年。片や、品の良いスーツや革靴を身に纏ったその顔に知性と気品を感じさせる中年の男性──軽慶の市長を務める政治家、金輝礼。チンピラは何やらおびえているように見えるが、輝礼はそれに反し何事もないようにすました顔をしていた。
「どうせ我々は船が来るまで待つしか無いのです、おびえていても仕方がないでしょう」
「で、でも、こんな早く来るこたなかったんじゃ…」
「相手はイタリア最大のマフィア……万が一があっては失礼に当たります。最悪、軽慶支部を任されている私と受け取りチームの代表である君の首が物理的に飛ぶ事になりますからね。異国の方を怒らせるのも、“上”を怒らせるのも私は望みません」
「そ、そりゃあそうですケドよぉ……しかし、あの三日前みてぇに、誰かに見られたら……!」
三日前。その言葉を聞いて輝礼は、嫌な記憶が蘇ったことに顔をしかめるが、すぐに元のにこやかな笑顔に顔を戻し、チンピラの方を見る。
「あれは問題の内になど入りませんよ。見られたと言っても、只の子供の一人でしたからね。“説得”も大変楽だった。ちょっと首の辺りに手を当てて眠らせ、重石をつけて海に飛び込んで貰うだけで簡単に話がつく。それだけであの子は、永遠に自分が見たものを話すことは出来なくなるのですから。個性を使うよりも簡単なお仕事です」
「は、はぁ…」
その薄っぺらな笑みから放たれた言葉にほんの少しゾッとしながら、チンピラは恐る恐る頷いた。
「おや、密輸船が来たようですね。金を用意して置いて下さい」
「へ、へい」
密輸船のライトを確認した輝礼が、チンピラ風の男に用意しておいた金を入ったトランクを持ってくるように指示する。船が近づいてきて、船員の影が見えてくる。
『お待ちしておりました、今回の取引の金輝礼です』
定着した船に乗った乗組員にスーツの男もとい、金輝礼が話しかけるが、何か様子がおかしい。こちらの言葉に、彼は応えなかったのである。
『……?どうかなさいました……!?』
奇妙に思い自分の個性を使って乗組員の顔を照らすと、そこには、見るも無惨にボコボコにされたイタリア人乗組員と、彼の頭を掴み、無理矢理立たせている壮年の中国人男性の姿があった。
「な、こ、これは……っ!?」
「
その声は、老人から聞こえたものではなかった。その後ろから、老人よりも先に船から港へ降り立った、その声の主を、輝礼はおろか、チンピラの男までが知っていた。
「な、てテメェはァッ!!?あん時の!?な、なんで……ッ!?」
「……何と」
そう、その声の主は、三日前、彼ら二人の上納金の受け取りを目撃してしまったことで輝礼の“説得”によって物言えぬ体になったはずの少年だったのである。突然の事態に輝礼は驚いたが、すぐに表面を取り繕い笑みを浮かべる。
「これは、これは。品内さんの所のご子息ではありませんか。えぇ、
「何の用事か、ですって?トボけんのぁやめましょうよ、金輝礼さん。……いや、こう言った方がアンタの肩書としちゃ正しいですかね?中国三合会構成員、偽善者と麻薬売人の二つの顔を持つ“クソッタレ”、金輝礼」
その言葉と同時に、輝礼とチンピラが銃を抜く。対して少年はすぐにその場から飛び退き、逆に老人は、イタリア人の乗組員を船に放り投げて港へと降り立った。
「これ“
「そうは言いますがね老師、銃撃なんて俺食らったこともないですから、弾速ってのがどんなもんなのかも知らずに前に出られやしませんって。様子見の一度や二度は許して下さいよ。あと、俺の名前は“
「
「正しい名前で呼んで貰わにゃ困ります」
「話している場合ですか?」
老人と少年──富士見のあまりにも気の抜けた会話に銃声を持って割って入る輝礼。
「おっと……いきなり発砲とは、もはや隠すつもりはねぇってことでいいんですね?金輝礼さん」
「構いません。あなた方二人を消せばそれで事足りる話ですからね」
「ヒュウ、言ってくれるじゃないですか」
「そりゃあそうです。何せ──」
輝礼が指をパチン、と鳴らすと、武器を持った男達が港に陳列されているコンテナの陰からゾロゾロと現れた。その数凡そ、五十。
「この数を前に、相手はたかが二人のガキとジジイ。蹴散らせない道理がありません」
「わお……こりゃあ、流石に多過ぎじゃあないですかね」
「ふふ。さぁ、叩き潰しなさい!」
輝礼のサインで男達が一斉に富士見と老人へと襲いかかる。終わった。輝礼がそう確信したその次の瞬間──
「全く……この程度の実力の雑兵にこの程度の数、何が多いのか言うてみよ、藤見」
「その使えない雑兵が
「ならば良い」
「……!?」
五十人とは行かなくとも、前方の二十人近くが一度に吹き飛ばされた。しかも、老人はともかく体格的に大きく劣る富士見ですら、その衣服にはホコリの一つもついていない。
「あー、アンタラに用はないから、できればそこのエセ政治家だけ置いて帰ってくれると俺的には助かるんだが、どうだ?痛い目とか、見たくないだろ?」
「な、何だとテメェ!」
「ガキの癖に粋がりやがって!」
「行くぞ、畳みかけろォ!」
「舐めんじゃねぇぞコラァアアッ!!」
いきなり吹き飛ばされた者達も即座に立ち上がり、更に二人へと向かっていく。寧ろ、富士見の挑発的な言葉に彼らの殺意と戦意は益々高まっていた。
「あーぁ……一応警告したのに」
「お主のような子供にあんな言い方をされたら、そりゃあああなるに決まっていよう」
「んー、じゃあ素直に纏めて気絶させときゃ良かったか……失敗したな」
銃まで取り出し始め、こちらに向かってくる男達を気にも留めず、相変わらず軽口をたたき合う師弟二人。
「老師。半分頼んで良いですか」
「構わん。どうせ体ほぐしにもならんだろうがな」
「まぁまあそう言わずに。……さて。品内流死克戦術半人前にして、炎虎流八極拳三番弟子、品内富士見」
「炎虎流八極拳六代目師範、周李炎」
「「参る」」
その瞬間、炎が燃え上がるかのような、虎が大地を喰らうかのような、二人の怒濤の攻撃が始まった。
うちの富士見の何が問題って、声を脳内再生できないこと。見た目と口調があってないって意外と困りますね……いかんせん日記形式なもんで、時々富士見が八歳の小僧だってこと忘れます。で、戦闘描写の時に『コイツ八歳やん』ってなるって言う。
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日記外的故事二之弐
二人の武人。八歳の子供と白髪の老人。彼らの戦いを表すならば、正しく鎧袖一触という言葉が当てはまるだろう。
「どらァッ!」
「鈍い遅い雑い。五年鍛えて出直してこい」
鈍器を振るえばひらりと躱され、武器ごとへし折る蹴りをかまし、
「撃て、撃てェエエエ!!」
「フン、飛び道具なぞ、当たるわけもなかろうに」
銃を撃てば弾き返され、弾丸よりも速い拳を喰らう。
「ひ、怯むなァーーーッ!!」
「物量で押し潰せェエ!」
「そりゃ悪手だろ」
「愚か者め」
自棄になって特攻をかませば、ただの一撃によって纏めて叩き潰される。まさに鎧袖一触、一騎当千。そこにいるのは、ただの小僧と老人ではなかった。大軍をものともしない、れっきとした武人が、彼らの前に立ち塞がっていたのである。
「な……ど、どういうことですかい!?これだけの数がいりゃあ、絶対、絶対問題ねぇって、アンタ……!!」
「黙りなさい……仕方がありません。私も出ましょう。貴方は、本部にこの事を連絡しなさい」
チンピラが怯えたように輝礼に訴えかける。それを無視して輝礼はスーツを脱ぎ、銃を持ち替えた。
「やっとお出ましですか。俺が用があんのはアンタだって最初っから言ってたんですがね……すいません老師、あのチンピラ追っといてくれません?」
「構いはせんが……全く、年寄り遣いの荒い子供だ」
「おや、逃がすとお思いで?」
「そっちこそ撃たせるとお思いで?」
輝礼は、逃げていったチンピラの方へ駆けていく李炎に銃口を向けるが、富士見によって手首を蹴り上げられ、銃を落とす。
「そんじゃ頼みます」
「うむ」
一言ずつの言葉を交わし、李炎はチンピラを追いかけていった。
「さて、始めましょうか?」
「……手早く片をつける必要がありそうです……ねッ!」
落とした銃を拾い直し、三発、連続して撃ったと同時に前へ出る。
「(急な光……マズイ!)ッどぉっ!?」
「フフ、あれだけ大口を叩いて置いて、随分呆気なく撃たれてくれるじゃあないですか!」
富士見は、前へ出たと同時に輝礼の体から放たれた目映い光によって視界を遮られる。そして腹に二発腕に一発、計三発の弾丸が、目を奪われた彼に全てが命中した。
(抜かった……ッ!よく考えりゃ、あの『光る赤子』の直系子孫なんだ、個性も光系統で当然か……!この夜更けだ、目が闇になれちまってる俺達に光は弱点以外の何物でもねぇってのに!)
二発の弾丸をモロに喰らった腹を押さえながら、何とかすんでの所で頽れるのを防ぐ富士見。ギリ、と歯を食いしばり、真っ直ぐ輝礼に向かって拳を構え突貫した。
「ック……!ドラァッ!」
「ふふ、情けない突貫ですね。さっきの光で目が弱っているのが丸見えです……よッ!?ホラァッ!」
しかし、輝礼の言うとおり、その突貫は目を奪われた富士見にとって行方の分からぬままの状態であるため、進む方向そのものはあっていても、なんともお粗末でヘロヘロなものだった。輝礼は突貫をひょいと躱し、弾丸を喰らい損傷した腹に思いっきり蹴りを入れる。普通の八歳の子供に比べ圧倒的なまでに筋肉がついているとは言え、子供は子供、簡単に蹴り上げられた。
「ガッ……!ゲホ、ゴホ!」
「フフフ……情けないですねぇ…」
痛みと腹を蹴飛ばされたことで逆流する空気にむせかえる富士見を、猟奇的な笑みで眺め、その頭に銃の照準を合わせる輝礼。最早、二人の勝敗は確定しているかのように見えた。
「ッッざけんじゃッ……ねぇ!!」
富士見は即座に体を起こし、失明寸前の目を頼りに蹴りをかます。
「グッ……!?ふん、中々やりますが、その程度ですねぇ!!」
今度は輝礼の腹にしっかりとヒットし、輝礼が若干よろける。しかしすぐに平静を取り戻し、こちらも正拳突きをかましてきた。発光によってどこから来るかを読ませないおまけ付きだ。
「ゲァッ……!オラァ!」
「ふん、ききませんよ!」
視力を封じられながらも音などの感覚で拳や蹴りを出す富士見に対し、光による目潰し、銃の遠距離攻撃により確実にダメージを与える輝礼。勝負は明らかに明確だった。そしてついに、体格や年齢による体力の差で、富士見が膝をついた。
「フフ、中々に愉しませて貰いましたが、これで終いです。さっさとあの老人を追うことにしましょう……貴方も、子供ながらに健闘しましたよ。三合会において、たった十人のみが名乗ることを許された称号を持つもの、『十悪』が一人、この『綺語』の金輝礼に、ここまで時間を取らせたのですから」
「知るかよ…それと勘違いすんな、クソッタレ」
「……何を、ですか?」
「俺に手が、もう残ってねぇと思ってんじゃねぇって言ったんだよ」
その時である。全身血まみれの富士見の体が、まるでキャンプファイヤーのように燃えさかったのだ。
「ッ……!?こ、これは!?」
「言ったろう、奥の手さ」
そう、これこそが、品内富士見の『焼死』による修得耐性、その名も
「さぁ、行くぜ!」
「何をする気です!く、来るな、こっちへ来るんじゃあない!!」
富士見は、体を戦闘態勢に整え、輝礼へと向かっていく。対して輝礼は、いきなり炎に包まれた男が襲ってきたものだから動転し、銃を撃つも明後日の方向に飛んでばかりになっていた。目眩ましに光を放っても、富士見は炎に包まれている、即ち、全身に光を纏って要るも同義のため、そこまでの効果は無い。
「焼き殴られろ!炎虎流……灼火掌!!」
燃えさかる炎の掌底が、輝礼の躰へ間違いなくヒットした。
「ぐっ……ぐあ゙あ゙あ゙っ熱いッッッッッ!!体が、私の、わた、私の体があ゙ぁ゙あ゙!!!これ、これでは、死んでしま──」
「死なせやしねぇよ、クソッタレ」
痛みにのたうち回る輝礼の前に、富士見は立った。まるで、天から突き落とされた者を嘲り見下ろすかのような富士見の視線に、輝礼はヒィッ、と軽く呻く。
「さて、洗いざらいサツで吐いてもらうぜ……テメェが今までしてきた全てをな」
「グ……ふ、ふざけるな!私を誰だと思っている!私の、私の後ろに誰がいると思っているのだ!」
「おーおー本性曝け出しやがった……知るかよ面倒くせぇな……三合会がただじゃおかねぇぞってか?こんな男に一度は殺されたと思うと、俺ァ軽くショックだぜ……これならあの変態肉面野郎に殺されたときの方がまだマシだった」
「だ、だだ、黙れェエ!!だ、大体貴様、何故私に刃向かう!私に何の怨みがあって、こんな真似をするのだ!」
「………………何故、だと?」
富士見は、輝礼の言葉に向き直り、目線を合わせるかのようにしゃがみ込んだ。
「テメェが麻薬なんてもんをこの軽慶に、この中国に持ち込んだからに決まってんだろうが」
「な……!ふ、フン、下らんな……では貴様は、そのしみったれた正義感の為に私を」
「んな訳ねーだろうが。なんで俺が正義感なんぞのためにテメェを殴らにゃならん」
さも当然であるかのように富士見は言い、そして続ける。
「俺はな、平穏って奴が、日常って奴が、心の底から大好きなのさ。親父や母さん、友達と普通に話して生きる、その何気ない日々が大好きなんだよ。だから俺ァ、一つだけ決めてんのさ。もし仮に、俺と俺の身の回りの人間の平穏を乱す奴が現れたら、俺はソイツを──
容赦なく叩き潰すってな」
だから、隣の席の彼女を傷つけた、自分と同じ小学生や、奈茂鳴町の町民達を殺したムーンフィッシュを許さなかったように。
だから、自分達に被害が及ぶ可能性を作り、中国をパニックに陥れた金輝礼を許さなかったように。
「まぁ、簡単に言うとこう言う話だよ、金輝礼。テメェが、態々麻薬売り捌くような真似しなきゃ、俺はお前に何もしなかったんだよ。自業自得、テメェが悪いって訳だ」
「な、ふ、ふざけるな!あれは、三合会の命令でやったことであって──」
「実行犯はテメェだ」
「グ……!」
富士見の怒気を含んだ言葉に、返す言葉がなくなる輝礼。そんな彼を見て富士見は、彼の目を見て言った。
「なんだ、まだ何か言いたげじゃないか。奇遇だな、俺もだよ。……この際だからはっきり言っとく。お前の
俺の人生の邪魔をするな。次の命は保証しねぇ」
それは凡そ、まだ八つしか生きていない小僧が発してはならないような、圧倒的なまでの敵意だった。
その後、李炎の携帯によって呼び出された警察によって、麻薬取引に関わった人間は纏めて収監された。富士見の敵意をモロに浴びた金輝礼も同様に捕らえられたが、何故か彼は、何かに怯えるように震えており、『外に出て奴と再び会うくらいなら終身刑の方がマシだ』と言う本人の意向により、その一生を牢屋の中で過ごしたが、この話はどうでも良いことである。
「全く、折角仕立ててやった服をこんなにボロボロにしよって……いくらかかったと思うとるんだ、この馬鹿弟子は!」
「ゲ、ご、ごめんなさーい!」
所で、そんなことを話しながら、帰路に就いていた二人の老人と少年が、いたとかいないとか、そんな話も、どうでも良いことである。
さて、長くなりそうだったので前後半分けて書いてみました。次回も序章と同じく後日談、「第四頁」を書いた後、ある二人のキャラクター視点での物語で第一章を締めくくらせていただきます。
後一応、情けない退場の仕方をしたい輝礼への精一杯のフォローをば。輝礼さんは実力で十悪になったわけじゃないです。政界に顔が利いて、表社会のこともある程度握りつぶせる権力を持った三合会にとって都合の良い『火消し役』だから重宝してやろうって言う首領の意向で十悪の席についてるだけです。でも戦闘もできなくはない人です。実力の無い人が光るだけの個性で一時的にとは言え富士見に攻勢取れないです。お縄になっちゃいましたけど。
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第四頁
八月二十一日
輝礼が逮捕された。何やら知らんが、本人の意向で終身刑になったそうだ。これで麻薬の事件がなくなれば良いが。
八月二十二日
なんか変な黒尽くめの連中が家に押し入ってきて、いつの間にか拉致られた。で、連れて来させられたのは香港にある三合会本部。周老師も別経路で来ていたようだ。で、何やら偉い豪華な部屋に通されて、そこで待ってろとのお達し。
出てきたのは三合会の首領、「道琉龍(タオ・ルーロン)」。流石一大マフィアの大ボスって言えば良いのかね。半端ない威圧感を放っていた。最初俺は、俺達に対し、「うちの稼ぎ口を潰しやがってなんて真似してくれる!ふざけんじゃねぇぞ落とし前取れやコラァ!」的なことを言うんじゃなかろうか、と最初は結構ビクビクしていたのだが、琉龍さんは意外にも普通に謝ってくれた。しかも、金輪際俺達に危害を加えないこことを契約書まで用意して約束してくれた。マフィアの大親玉だって言うからヤバい奴を予想してたけど、普通にいい人だったよ。まぁ、なんか変なダマシとか無きゃ良いけど……
八月二十三日
もうそろそろ夏期休業も終わりで、進級の時期がやって来る。今年の夏は色々ありすぎたな……マフィアと1戦やり合う夏……いや二度と体験したくねぇ!?
八月二十四日
母さんの料理の手伝いを始めてから数ヶ月、もう一人でも簡単な中華料理なら作れるようになった。まさか前世の一人暮らしスキルが生きるとは思わなんだ。人生何が活かせるかって案外分からないものだ。
八月二十五日
色んな騒動にもきっちり区切りがついた、ということで、老師からまた再び修行を本格化させると言われた。えっ、夏期休業あと一週間無いんだけど。
八月二十六日
あのジジイ覚えてろ畜生……!
八月二十七日
親父に『来年はドイツだから覚悟しとけよ』と言われた。案の定日本に帰るつもりはないらしい。仕事しろよ、と言ったら、小説そのものはしっかり書いてて、FAXで書いた内容を送りつけてるんだそうだ。あと副業で翻訳家もやってるから、そっちの仕事でも収入が入っているらしい。あと株もやってるって言ってたっけ。意外とちゃんと仕事してた……!在宅業の力ってすげー。
一月六日
修行!独語勉強!料理!取材!試験!修行!修行!勉強!忙しすぎて新年も春節も楽しんでる暇ねぇよニューイヤーカウントダウンうるせぇよ地響きおきたぞクソッタレ畜生!アメリカか!?ここはアメリカか違うだろチャイナだろうが!ついでに夜中に爆竹鳴らすなやァ!
あ、久々に食べた日本料理(おせち)はおいしかったです。老師も喜んでた。あと親父、息子に酒を勧めるな。老師も勧めるな。飲めないから。
一月七日
新年初スカイプゥ!つっても、某あいつと、後は精々鱗とやる程度だ。二人とも明日から学校らしい。俺もだけど。鱗は意外と日本文化に馴染んでた。まぁ真面目な奴だし、案外日本の国風はあってるのかもな。某あいつ──ええい面倒くさい、本名で良いか。関には年末に送った中国土産が届いたらしく、家族でおいしく食べたそうだ。て言うか俺、丸二年以上日記でアイツのこと名前で書いてなかったのか、なんか済まないことをした。
一月八日
年始末休業が終わり今日からまた学校だ。いやー、中国の冬って寒い。軽慶って港町だから結構ダイレクトに潮風が登下校の時顔に当たるんだけど、痛ぇのなんのって。出店に買い出し行くときですら地獄よ。マジで痛ぇ。
一月九日
撲殺のカウンタが千回超えた。死にすぎだって?俺もそう思う。ただ、体は強くなってると思う。うん。何だかんだで死んでから蘇生するまでにかかる時間格段に減ったし。筋肉結構ついてきたし。
一月十日
去年と同じ感じでまた親父達がバタバタし始めた。いよいよドイツに行く準備を始めたらしい。家はと言えば、知り合いに名のある生物学者がいるらしく、その人の家に住み込ませて貰うそうだ。……(多分)中国最強の武闘家に、名のある生物学者……あと、アメリカの軍人さんだっけか?……うーん、親父の人脈が謎すぎる。その内知り合いにヴィランがいるとか言い出さんだろうな。言い出しそうだなぁ、親父だし。
三月十日
いよいよ今日は中国出立の日だ。何だかんだで、マフィア騒動の話以外は楽しかったなー、うん。友達もできたし、尊敬できる恩師もできた。中国の名所も見て回れたから、個人的には満足です、うん。老師に、『またいつか、デカくなったら一緒に酒でも酌み交わそう』と誘われた。是非。また来ますよ。来ますとも!さて、名残惜しいがさらばだ中国。んでもって案外楽しみ、待ってろよドイツ!……今度は、修行とかそういうのありませんように!
と言うわけで、中国編完結……しません。第三頁でも書いたとおり、このあと続く二話、番外編的な何かを以て、中国編は完結って感じです。一月以内の完結を目指しますです。はい。あと、お気に入り登録者百人記念の番外編ですが、そちらもどっかで投稿すると思います。お楽しみに(?)。
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与品内富士見的关系 鱗飛龍的案子
あと、題名ですが、一応『品内富士見との関係 鱗飛龍の場合』って書いてます。
「初めまして、僕の名前は品内富士見です。日本から来ました。よろしく」
日本人の癖にえらく中国語が達者な奴。俺、鱗飛龍がアイツに──品内富士見に感じた最初の印象はそんな感じだった。本人曰く、『めっちゃ勉強した』らしいが、それにしたってまぁ随分と達者に喋るもんだと、ほとほと感心してたのを覚えてる。
「なぁフジミ、これどうやってとくんだ?」
「え?あぁ、それはこうすれば……」
「フジミー、外でサッカーやろうぜ!」
「おう、後でなー」
アイツはすごい奴だった。勉強もできるし、運動でも誰にも負けない。運動はともかく、勉強に関しちゃ俺もそこそこ自信あったんだけど、アイツにはきっと勝てないと思うね。そんなアイツだからこそ、周りには人が沢山いたと思う。『よくわかんない奴』から、『外の国から来たできる奴』に、俺達の印象が変化するのにも、あんまり時間はかからなかったと思うな。
そんな富士見と、俺が友達になったのは、ほんの些細な、親の都合が原因だったりする。
「……引っ越し?」
「あぁ、日本にな」
父さんから告げられたその一言は、俺を驚かせるには十分すぎるくらいの衝撃を持っていた。引っ越し。しかもまだ、行ったこともない別の国へ。
「……いきなりで驚いたとは思うが、わかってくれ。上からの命令で、日本に新しく建てる支店を任されることになった。
「でも貴方、いきなりそんなこと言われたって……手続きだって色々あるでしょう。すぐに日本に、と言うわけにはいかないわ」
「安心しろ。もちろんすぐに、ってわけじゃあない。私にだって残している仕事がいくつかある。その引き継ぎだって済ませなければいけないし、私にしかできない仕事もある。それを踏まえて五ヶ月ほど時間を貰えてな。それまでに準備を済ませればいい」
母さんの言葉を予想していたかのように、父さんは答える。
「それに、転勤とは言え支店を任されることになったんだ。言わば昇格だ。給料も上がる。日本にいくってのは、私も流石に不安だが、そこに目を瞑れば良い話だとは思わないか?」
「そうねぇ…でも、飛龍の学校はどうするの?」
「ちゃんと用意するさ。……飛龍も、それでいいか?」
父さんは俺に話しかけてきた。正直な話を言えば、俺は嫌だった。日本なんて行ったことないし、友達と離ればなれになるのは寂しい。でも──
「うん」
言えなかった。子供心に、って奴なのかな。父さんと母さんに迷惑をかけたくない、そう思ってしまった俺は、
「わかった。俺もそれで良いよ」
そう、答えてしまったのだ。
「日本について色々教えてくれ」
日本にいくことが決定になって、俺がまず最初にすることは日本について知ること、そして、日本語が話せるようになることだった。幸運なことに、俺のクラスには日本から来た男、フジミがいる。コイツに頼れば日本について知るのは簡単だろう。
「あー、えっと……鱗、だったよな。鱗飛龍」
「応」
「日本について知りたい、か。そういや最近皆に言われるな。同じ感じで、日本で流行ってるものについてとか、話せば良いかい?」
「いや、そうじゃない。実は……」
俺は、フジミに引っ越しのことについて話した。
「成る程、日本にね……そりゃまた災難なこった。どうやら、日本だろうが中国だろうが、親が身勝手なのは変わらないらしいな」
「フジミも親の都合なのか?」
「そんなところだ。一応納得はしてるがな」
そう言えば、フジミが中国にきた理由を聞いたことはなかった。本人が話を誤魔化してたってのもあるが、俺たち自身があまり興味がなかったのが一番の理由だけど。
「日本についてか…まぁ詳しいことは教えてやれないぞ?さっき言った、日本で流行ってるものの他なら……えーと、文化とか、作法とか」
「それでも良い。あと、日本語も教えてくれると助かる」
「OK日本語もね。了解した。ただ、俺習い事やっててさ、その合間合間でいいか?あと、日本語も簡単なのが限度だ」
「わかった。頼む」
「OK頼まれた。よろしく頼むぜ早速明日からだ。住所渡しとくからここ来てくれ」
そう言ってフジミはメモ帳に、サラサラと鉛筆で何処かの住所を書いて俺に渡し、そのまま家に帰った。
「詰めが甘いッ!」
「ガフッ!?」
一体何が起きているんだか、俺は理解ができなかった。俺は昨日のメモに書かれた住所──フジミの家についた。着いた筈、なのに、そこではフジミが、謎の老人にボコボコにされていた。どういうことだこれ。なんでこんなことになってんだ。日本について教えてくれる雰囲気じゃないぞこれ。
「さっさと起きよ。……やはりタカヒトと比べれば張り合いはないな……才能は認めてやってもいいが」
「
「フ……フジミ!?」
「ん?お、鱗じゃん。やっほー。そっか、そうだったな」
謎の老人と軽口を交わしたあと、俺の方に気づいたフジミ。どうやら日本について教えてくれることを忘れていたらしい。
「む、
「クラスメートです。なんでも近々、日本に引っ越すんだそうで、日本について色々教える約束してたんですよ」
「えっ、ちょフジミお前人の──」
「ほう、約束と来たか。然らば仕方あるまい。そちらを優先して構わん」
お前人の家の事情をそう簡単に喋ってんなよ!とツッコミを入れようとしたが、さっきの謎の老人に口を挟まれ、言えずのままにフジミがやってきた。
「お前、人の家の事情を……!」
「言わねぇで説得もなにもできねぇだろう。勝手に言ったのは悪かったが、老師にバレんのは必要経費だ」
そう言うとフジミは家の中に入り、親に
「ほんじゃ早速始めるが、まずは文字と挨拶から行こうか。話すにしたって何にしたって、それができなきゃ始まらん」
「も、文字?」
「おう、日本語は基本的には『ア段』から『オ段』までの五つの口の形に『ア行』から『ワ行』までの十の子音が組み合わされる五十音の文字の塊みたいなもんだ。濁音半濁音、半音も加えりゃもっと数は増えるが、まずはこの五十音、形と読みから覚えてくれ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ」
いきなり訳のわからん言葉の羅列を広げられ気が動転した俺の制止を聞くそぶりも見せず、フジミは鞄の中から何やら手帳を取り出して俺に渡した。そこには、良くわからない、それでいて見たことがあるような蛇が這ったみたいな形のナニカと、それに関する解説が書いてあった。
「それが日本で最も使われる字の形式、『ヒラガナ』だ。漢字を元に作られてるから、覚えやすい筈だ。その次はヒラガナ同様漢字を元にして作られた文字、『カタカナ』を教える。その次は中国で話されてる言葉の日本語での呼び方……詳しい文法はその後な。
あと挨拶だが、そっちはこの手帳参照。家族と使うとかして慣れさせておいた方がいいかもな」
フジミは二つ目の手帳を俺に手渡す。そちらには馴染みのある挨拶とさっきのナニカの羅列が書かれていた。
「うお、おぉ…?フジ、ミ?」
「さぁ鱗、忙しくなるぜ?何せお前にゃ五ヶ月しか時間が残されてねぇんだからな。最低限、日本で暮らしていくのに不自由しねぇレベルまでお前の日本語能力を鍛える。楽しく厳しい日本語教室の始まり始まり、だ」
そう言ってフジミは、少し怖い笑顔を浮かべた。俺は、渡された二冊の手帳を手に持ちながら、この男に頼み事をしたことを、ちょっと後悔した。
「キレが無いッ!!」
「「ぐぉあァッ!?」」
フジミとの日本語教室が始まって早1ヶ月。俺は今日も老師──周李炎さんにぶっ飛ばされていた。……いやどういうこと!?
「いやホントにどういうことォ!?」
「うおっ、何だよどうした鱗」
何で俺武術習ってんの!?いや自分から志願したんだけどさぁ!でもこんなハードだとは思わないじゃん!?毎日生傷が絶えない所じゃ済まないレベルでボコボコにされてんだけど!?これ7歳の子供にはキツいよ!絶対おかしいからな!?ってフジミに言ったらさぁ!
「いやそんなにか?俺去年も親父から同じ感じで稽古つけてもらってたけどこなせないレベルじゃなかったぞ?」
それは!お前が!おかしいんだよ!しかもその後みっちり日本語教室って…休ませる気無いだろアンタら師弟!
「なんか百面相してっとこ悪いが、老師から休憩降りたぞ。ホレ、水」
「え?あ、ありがとう」
俺はフジミに渡された瓢箪の中の水を口に含む。あで、さっき口切ったのかな、冷やされた水がちょっと沁みる。
「っつー……」
「あ、口やられたな?俺も最初なったよ、親父とやってた時。親父も老師も、容赦無く顔狙うもんなぁ」
「ホントだよ……とっさに受け取っても貫通するって……そんなん守りようないじゃん……」
「発勁使いは相手の攻撃の直線上から逃げて横から急所狙うのが得策だと。老師言ってたぜ。……つっても、俺老師以外に発勁なんて使ってる人見たことないけどな……親父も使えないし」
「だよなぁ」
んー……なんだかんだ言っても、俺もこの現状を楽しめてるみたいだ。老師は厳しいけど指導は丁寧だし、フジミも話してて楽しいやつだ。色々知ってて、勉強になることも多い。フジミんことの親御さんもいい人だし。どんなに辛くても、一向にこの生活を辞める気になれないのは、やっぱりこの人たちが良い人だからだ。だからこそ、この人達と、あと数ヵ月しか一緒に居られないってのは……うん。ちょっと、寂しいな。
「隙が多いッ!」
「「のあぁっ!!」」
今日も今日とてぶっ飛ばされる。老師はやっばり容赦が無さすぎる。全身痛ぇ。痛いし熱い。子供相手に個性で燃やしにかかるのは容赦ないってレベルじゃないよ……。でもフジミ曰く、「本気の老師は軽く見積もってあの十五倍は強い」んだそうだ。化け物、化け物だ……!
「しかし、鱗も受け見とるの上手くなったな」
「そうか?滅茶苦茶体痛いけど、強くなってる?」
「なってるなってる。痛いで済んでんなら上手くなってる証拠だって。うっかりヤバイの食らって一度ガチ死してる俺が言うんだ、間違いない」
「経験者の言葉は説得力が違いすぎるよ……」
フジミの個性については割と早い段階で知った。て言うか、何度も老師に火達磨にされてりゃ俺でもわかる。死んでも死なない、格好いいと思ったけど、何度も死ぬって辛いんじゃないかって思った。──でも、強くなってるか。ちょっと嬉しい。
「老師も言ってたよ。才能あるってさ」
「お前にすら一度も勝てたことないけどな」
「バァカ、こちとら一年分とは言え武術の経験があるんだ、そう簡単に負けてたまるか」
「ハハッ、だな」
老師の元で学び始めて四ヶ月ちょっと、思えばいろんなことがあったな。誕生日会も、今までは家族だけで祝ってたから、賑やかで今年は嬉しかった。色んなことを学んだし、色んなとこに連れてって貰った。半年経ってないとは思えないくらい、すっごい楽しくて──
「あれ?」
気づけば俺は、不思議と涙を溢していた。
「う、うぉお!?鱗!?どうした、腹でも痛いのか!?」
「ひっ、う、あぁ、なん、でも、ない。あれ?なん、で」
なんで、勝手に涙なんか流れるんだ。何で──そんな思いが駆け巡っていたけど、それでも俺は、心の底では気づいていた。押し留めていただけで、圧し殺していただけで、ホントは、
「──中国に、い、たい」
本当は、やっぱり俺は、悲しかったんだ。中国を離れるなんて、嫌だった。皆と、友達と別れるのは寂しいんだ。まだ沢山、たっくさん、やりたいことがあるんだ。寂しい、淋しい、悲しい、哀しい。俺はやっぱり、日本になんか行きたくなかったんだ。その思いを、ようやっとのこと理解しながら、俺は、ぼろぼろと涙を溢した。
「……そうか」
フジミは、俺の背中を擦りながら、呟くように言った。
「でもそれは無理だ、鱗。もう、お前が中国を発つまで一ヶ月もねぇ。……どうしてやりたくても、お前がどう望んでも、それは変わらねぇ。変えられねぇ。どう足掻いてもお前は……日本に行かざるを得ない」
俺はその言葉に、突き放されたような感覚を覚えた。夢から現実に引き戻されるみたいに、嫌な感覚。よりによってそれを、コイツに感じさせられるなんて。そんな風に言わなくても、そう俺がフジミに言おうとしたとき、
「だが、日本に行こうが、何をしようが、俺達の友情は終わらねぇ」
「!」
フジミが灰色の目で俺を見る。
「友情ってのは、その程度がどうかは知らねぇが、お互いがお互いを友達だって認識する限り、絶対に途切れやしねぇ。どこに居たってな」
「で、でも、話なんか出来ないし、遊んだりだって」
「一緒に遊んでなきゃ友達じゃないってのか?ふざけんな。そんなもん無くたって、友達は友達だろう。それが変わったりするもんか。大体、その場にいなくたって話をしたり、顔見たりする手段なんざいくらでもある」
フジミは、突き放すように淡々と話す。しかしその言葉には俺を励ますかのような熱があった。一度引っ越しを経験した、フジミだからこそ言えるような、そんな励ましの言葉だった。
「俺達は友達だ。どこに居ようが、何してようが、いつだって友達だ。お前が日本に行こうが、俺が中国離れてロシアだとかエジプトだとか、そういう離れた場所に行こうが、それだけは変わらねぇ」
「……あぁ」
「中国を離れたら、いつまた会えるかもわからねぇ。もしかしたら、今生の別れかも知れねぇな。それでも俺達は、一生友達だ。お互いがそれを認識する限り」
フジミは言う。
「俺はお前を一生忘れねぇ。お前と友達だってことを、俺は一生、絶対に忘れねぇ。だから鱗、お前も俺を忘れるな。俺と言う
「あぁ……絶対忘れねぇ!」
俺は、フジミの言葉に頷いた。涙はもう、とっくに止まっていた。
「俺達は」
「あぁ、俺達は──」
寂しさは、悲しさは、いつの間にか薄れていた。だって──
「「友達だ」」
俺には、友達がいるから。
「老師まで空港まで来たのかよ。わざわざ来ることないのに」
日本へ引っ越す当日。北京の国際空港に着いたら、入り口に品内家親子と周老師が立っていた。
「莫迦者。自分の弟子を見送らん師匠が居るわけなかろうよ」
「右に同じく。友達を見送らねぇ奴があるか。嫌だっつっても俺は来たぞ」
「勝手だなぁ、師弟揃って」
本当に勝手だ。でも、それがちょっと嬉しくもある。
「修行を欠かすでないぞ飛龍。
「ありがとうございます、老師。本当に、お世話になりました」
「うむ、再び会う日を待ち望んでおるぞ」
老師はそう言って笑う。かけたサングラスが日に照ってキラリ、と光った。
「おばさん、日本料理美味しかったです。おじさん、本、ありがとうございました。ゆっくり読みます」
「いえいえ、こちらこそ。息子と遊んでくれてありがとうね。日本でも頑張って」
「まだ読み終えてなかったのか……と言いたいところだが、まぁ、気長に読んでくれ。日本にゃ他にも、色んなものがあるからな。楽しんできなさい」
「はい」
フジミのお父さんとお母さんにもお礼をいう。そして最後に、アイツへと向き直る。
「先に色々言われたし、もう俺言うことねぇぞ」
「絞まらねぇな、おい」
「あぁ、そういえばお前、結局俺に組手で一回も勝てなかったな」
「最後に煽ってくって、嫌な奴かよお前!」
思わずずっこける。全く、コイツは最後の最後まで……でも、こいつらしくてそれはそれで良いか。一息ついて、改めてフジミに向き直る。フジミも、俺にしっかりと向き直っていた。
「「またな」」
たった一言の言葉。ただ一度の握手。それだけを交わして、俺達は、空港内へ入っていった。それだけで良かった。俺達に、それ以上は要らなかった。また会えようと、会えなかろうと、この一言、それだけ言えればそれで良い。だって俺達の友情は、何処に居ても、何をしてても、絶えず変わることはないのだから。
というわけで鱗君視点のお話でした。友情って書くのムズい。滅茶苦茶下手くそになった気がする。
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第二章~品内富士見、世界一の科学に死ぬ~
Eine Seite
3月11日
そんなわけでドイツはベルリンに到着した。中国とはまた一風違った趣があって個人的には好きだ。何て言うんだろうな、何かこう、中世っぽいって言うのか、いかにもヨーロッパって感じのが俺は好きみたいだ。
それはそうと、早速、お世話になる生物学者さんに会ってきた。名前は『ルヴィウス・グレゴール・ザムザ』博士。なんか聞いたことあるなー、と思ったけど、まぁ気のせいじゃないかな、うん。
なんでも個性について色々と研究しているらしく、個性の発動を弱める薬を作ったり、個性を補強するサポートアイテム作成のアドバイザーとして活動したり、ドイツで流行りの個性を使ったスポーツの企画者として動いたりと、ドイツでスゴい活躍を見せているんだそうだ。それ学者の仕事としては範疇越えてんじゃねぇかな、とは思ったが、あえて言わないでおいた。何はともあれ新生活だ。早く慣れないとな。いやしかし、一流の学者さんの家ってバカみたいにでかいな……
3月12日
ザムザ博士はとっても良い人だ。俺がドイツ語慣れてないだろうから、って日本語で話してきてくれたり、勉強を教えてくれたりしてくれる。仕事が大変では?と聞いたら、どうせ一日中家にいるから良いんだ、と言ってくれた。うちの親父とはえらい違いだ。まぁ基本部屋に籠りきりってのは同じだけど。
3月13日
ドイツ料理が美味い。何がって肉料理が特にだ。ソーセージの国とは聞いていたが、ソーセージ以外も普通に美味いぞこれ。母さんもなんかめちゃくちゃ興奮して、是非とも覚えたいって感動しきりだ。母さんがどんどん料理超人になっていく……
3月14日
手続きも済ませいざ学校へ。中国に比べると、あまり歓迎はされなかった。うーむ、どっちが正しい反応なのだろうか。授業は日本や中国よりも若干進んでいるようで、追い付くのにひいこら言うことになりそうだ。頑張らなくては。
3月15日
ザムザ博士、酔った勢いで俺にビールを勧めないでください。後ろで母さんが般若みたいになってます。
3月16日
親父、取材と称して俺を拉致って色んな施設に回るのはやめてください。学校あるんです。追い付けないんです。あと母さんが般若みたいになってるんです。俺母さんの額辺りに角を幻視してるんです。
3月17日
朝起きたら成人男性二人が母さんにこってり絞られてた。推定身長2m越えの二人が身長150cmいくかいかないかの母さんの前で仲良く正座させられてんのは、失礼だとは思うがなんかシュールで面白かった。親父はともかくザムザ博士は正座慣れてないだろうなー……哀れ。
3月18日
ドイツでなんか物騒なこと起きてますか、とザムザ博士に聞いてみた。今のところは特にないそうだ。なんでそんなこと聞くんだい?と不思議がられたので適当にはぐらかしておいた。また中国の時みたいに不注意に首突っ込んだらたまったもんじゃないからな。情報収集はこまめにしておこう。
3月19日
あんま書く必要もないかなー、と思って書いてなかったが、クラスメートからの嫌がらせが結構頻繁に起きてる。日本から来た、っていうのは意外と差別対象になるようで、俺はクラス内カーストのド底辺に叩き落とされた。つっても、歩いてるとき足かけられたりとか、靴隠されたりとかその程度のチャチい嫌がらせだし、人が死ぬわけでもなし気にするほどのもんでもないかなー、と思っている。ガキ大将っぽい奴に予習ノート破られたときは流石にぶん殴ったが。
3月20日
なんか先生に呼び出された。何でも、昨日のガキ大将が親にそれを言いつけたらしく、学校側に苦情が来たそうだ。ならばこっちも言い分はいくらでもある、ということで、連中の俺に対する嫌がらせを全部暴露した。すると先生は顔真っ青にして驚いて、後日また呼び出す、と俺に言った。また呼び出されんのか、面倒……俺今言わなきゃ良かったかな。
3月22日
両者の親が呼び出されたわけなんだが、親父ィ!話しややこしくなるからガキ大将君殴んなァ!
久々に小説書いた感じがしてなんかガタガタになった気がする。お前それはおかしいだろ、って思ったところは今までのところも含めて遠慮なくお願いします。
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