ロストエンパイア創造記 (メアリィ・スーザン・ふ美雄)
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童話【北風と太陽】

 

 この物語は二次創作です。個人の脳内が生み出した幻想に決まってます。実在する人物、団体、地名、事件などとは関係あるはずもありません。

 


 

 

 むかしむかし、太陽が北風に喧嘩を売りました。

 

「あーさっぶ。

 おい北風よぉ、おめー最近調子コイてんのとちゃうか?

 寒すぎなんだよマジで。

 ぴゅーぴゅー吹くなら俺へのファンファーレでも吹けばよかろうなのだ」

「あ? いきなり何言ってんだ? どこの太陽だよテメー?

 アンタそろそろ死ぬ時期っしょ? んーで死んで蘇るんしょ?

 だったら文句言わず大人しく死んどけやダボが」

「あ?」

「お?」

「やんのかワレ」

「上等じゃい!」

 

 こんな調子で引っ込みがつかなくなり、力比べをすることになりました。

 さてどんな力比べしようか、と考えを巡らせたとき、北風は地上をちょろちょろと歩いている人間が目に付きました。

 

「おー太陽よぉ。旅人脱がしたほうが勝ちな」

「脱衣対決かよ。このエロスが」

「エロスじゃねーしボレアスだし。てめーどこ(ちゅう)だよバカじゃねーの」

「オリュンポス十二(ちゅう)じゃい! アポロンなめとったらあかんぜよ!」

 

 こうして二人は旅人を的にして、どちらが服を脱がせることができるかという方法で競うことにしました。

 

 先手をとった北風は、不可視にして不可避なる鋭敏な突風で旅人を瞬殺し、動かなくなったところを竜巻で浮かし、全身の肉ごと服をバラバラに引き裂いて脱がせました。それを見た太陽は、ならばと二人組で歩く旅人に熱波を送り込むと、二人は木陰で上着を脱いで休みましたが、やがて急激に上昇する温度に耐え切れず死にました。

 

「後付け太陽神設定のクセになかなかやるのぉ」

「そっちこそ。さっきの突風は遠矢射るが如きの早業じゃねーか」

 

 二人はムキになって現能を振るいました。北風が発する冷風と太陽が発する熱波が絡みあって、突発的な台風がいくつもできました。北風が太陽を馬鹿にしたように笑うと、怒った太陽はその身を少しばかり削り取って、地上に灼熱の炎を降り注ぎました。冷風が熱風になり、風を操れなくなって途惑う北風を太陽が嘲笑えば、もう戦争の始まりです。

 

 地上は天変地異の大騒ぎとなりました。

 

 その頃になると、どちらもすっかり頭に血が昇ってしまい、ただの力比べであることも、旅人の服を脱がせるという勝負方法も忘れて、人間を的にして喧嘩するかのように、ただただ現能を振るいあいました。はた迷惑なことこの上ありません。それでも世界は回っているというような感じの名台詞があるように、北風と太陽の戦場はぐるりと巡っていきました。

 

 三日三晩、地上の各地では竜巻が乱立し、灼熱が地に降り注ぎ、大寒波が起こり、または大熱波が届き、太陽がぐるりと三度巡った軌跡を沿うようにして、村や町、国は滅びました。その隙に、小さな小さな何かがこの世界に入り込みましたが、みんな天変地異に目が眩んで誰も気付くことはありませんでした。

 

「お前、強いな」

「お前もな……」

 

 後先考えずに現能を振るい、だんだん疲れてきた二人は、やがて化身の姿で地上に降りて、どちらともなくどこぞの川辺で寝そべりながら、お互いの健闘を称えあいました。片や理想の青年像、片や翼あるアフロ老人。外見年齢の大きく異なる二人でしたが、目と目を合わせれば奇妙な友情すら芽生えてきました。

 やがて二人は立ち上がり、拳と拳を打ち合わせ、仲直りの握手をすると、あんなにも荒れ狂っていた大寒波と大熱波は嘘のように収まりましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 それから二人は、ようやく自分達がやらかしてしまったことにようやく気が付きました。二人は顔を見合わせて、っべーマジっべーと笑いあいながら、人々の夢と神々への祈りが折り重なって形作られ、地球でも屈指の勢力を誇る、神話とひとくくりされた共同幻想世界を巡り謝罪の旅をしました。

 

 北風の同僚である東風、南風、西風の三人は「ちっ、うっせーな。ハンセイシテマース」と口にする北風の様子を許せず、罰を下すことに決めると、その現能の大半を没収し、残りカスを銀の全身鎧に封じ込めました。

 

 太陽の同僚である月と海と大地の三人は「ちっ、うっせーな。ハンセイシテマース」と口にする太陽の様子を許せず、罰を下すことに決めると、その現能の大半を没収し、残りカスを金の全身鎧に封じ込めました。

 

 こうして二人は太陽の騎士アポロンと北風の騎士ボレアスに生まれ変わって、今回の天変地異で悪夢を見た人々の数以上の者に幸せな夢を与えない限り元に戻れない、という誓約を結ばされました。けれどすっかり仲良くなった北風と太陽は、自由気ままに二人そろって、あてもなく世直しの旅をする不死者の旅人になりました。

 

「よーし潜入成功っ♪ "マーキング"もばっちり!

 さーて、どこから改変しちゃおっかなー……まずは"お掃除"かな?」

 

 そんな二人の様子を"監視する者"でこっそり確認し、満足したように頷いた創造神メアリィ・スーは、次元の狭間に隠れてそんなことを呟きましたが、その言葉は誰の耳にも届きませんでした。

 

 

 





 ノリと勢いで書いた。今は反芻している。


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童話【人魚姫】


 本日二本目。


 

 深い深い海の底に、サンゴの壁とコハクの窓でできた、立派なお城がありました。女に飢えた船乗りか、はたまた海に夢見る乙女か、それともどこぞの童話作家か……誰かに望まれ生まれてきた人魚姫は、十五歳になると同時に海の上の人間の世界を見に行くことを許されました。

 

 ただし人間に見つかる事だけは禁じられました。人間が人ならざる者に心奪われてしまえば、道を踏み外してしまいますからね。異種姦にドハマリさせるのはマズいだろという配慮です(自分たちが異種姦しないとは言ってない)

 

 人魚姫が海上にあがると、天地を貫く嵐ができていたり、海岸沿いに火事が起こっていたりと不思議なことがいっぱいで、とても楽しそうに見えました。

 

「ほえー。すっごいおっきい竜巻。

 地上ってやりたい放題なのねえ。

 あら? あれは何かしら?」

 

 そんな中、人魚姫が海の方を見ると、沖合いで嵐に巻き込まれ、沈没していく船が一隻ありました。その船から、見た感じ彼女のショタっ気をキュンキュン刺激する可愛い男の子が飛び出しました。

 

 彼はさる国の王子で、その日は十六歳の誕生日でした。あるいは、自分をさる国の王子と思いながら夢を見た誰かか……その正体はとにかく、ここでは王子と呼称します。

 

 王子は船上でお誕生日パーティーをしたかったのですが、現実では叶いませんでしたので、こうして夢の世界で叶えていました。ですが突然夢の世界がメチャクチャことになってしまって、このままでは死んでしまうかもしれません。お誕生日に溺れ死ぬ夢を見るなんて縁起が悪いことこの上ないですから、一縷の望みをかけて海に飛び込んだところでした。

 

 すっかり王子に一目惚れしてしまった人魚姫は、他の乗組員を完全に無視して、王子が荒波に揉まれて気を失うのを待ってから、浜辺へ運んであげました。

 

 人魚姫が介抱という名のドッッッッッスケベ!! を致そうとする直前、船の様子を見にきていた漁師の娘がやってきました。

 

「あっ、いけない」

 

 びっくりした人魚姫が海に潜って隠れると、王子に気付いた漁師の娘は正しい介抱を処置して、そして王子は息を吹き返しました。

 

「あ、ありがとう。あなたがわたしを助けてくれたのですね」

「王子さま……よかった、無事だったのですね。

 さあ、ここは危険です。はやく避難いたしましょう」

 

 逞しい漁師の娘は、王子に自分の肩を貸して、避難先へと連れて行きました。

 ですが動きはぎこちないです。

 どうやら彼女は、夢を夢と認識していないようでした。

 その人間性に従って、無意識のうちに夢の世界での身体が勝手に動いていました。

 人は誰もがいつも明晰夢を見れるわけではないのです。

 

 人魚姫はションボリして城に帰ってきましたが、どうしても王子のことが忘れられません。

 それから人魚姫は毎日のように、海上に浮かんでは王子様のことをチラチラと盗み見ました。

 

 王子様は若き王様になって、命の恩人である漁師の娘を后にし、この荒廃した夢の世界を復興すべく尽力するようです。荒んだ国を建てなおすなんて、夢の中ででもない限りできそうにありませんからね。少なくとも、現実でやりたいことではないでしょう。それに、どうしようもなくなったら、何事もなかったかのようにリセットすればいいのです。夢見がちな人はきっと自由に夢見ることができますから、そういうこともできるのです。

 

 夢と現実。片方にだけ生きる者と、行き来できる者。決して報われない人魚姫の恋心は肥大化し、やがて津波が島国を襲いました。

 

「島一つくらい沈めてもバレないわよね?

 だって北風の神と太陽の神が、あんなに暴れていたんだもの。

 ちょっとくらい好き勝手したってヘーキヘーキっ♪」

 

 果たして平気ではありませんでした。現実世界では、さる国が津波に襲われて沈む悪夢を見たという信心深い人たちが続出し、ちょっとしたパニックが起きてしまったのです。三日連続で天変地異が起きる夢を見たという人も各地にいまして、現実世界はどこか夢見が悪い世の中になりました。

 

 海の神は誰にも断りなく勝手に領土を増やそうとした娘に激怒し、勘当してしまいました。

 

「怒られちゃった……でもこれからはずっとお姉ちゃんと一緒だよ、王子サマ♪」

 

 自分より年上のショタっ子とか最強すぎる! 人魚姫の歪んだ愛欲は、津波に呑まれて溺れ死んだ若き王……もとい、可愛い王子サマを骨の髄までしゃぶりつくしました。

 

 現実の彼がどうなったか?

 そりゃもう異種姦にドハマリです。

 しかも人魚姫おねショタ捕食プレイとかいうジャパニーズ・ヘンタイにしか叶えられそうにないニッチな嗜好に囚われてしまいました。

 

 人魚姫は王子サマを一通り愛でると、懲りずに海の上に浮かんでは、自身のショタっ気を刺激する男の子を海中に引きずりこむようになりました。引きずりこまれた男の子は、彼女が愛の巣と呼ぶ深海で、骨の髄まで愛されましたとさ。

 

 

 

 こうして創造神メアリィ・スーは、とにかくでかい騒ぎを起こして、その間に着々と仕込みを進めていきました。北風と太陽が暴れた痕跡があっさりなかったことになる地域に目をつけ"素材"候補を回収したり、とにかく数が多い神々の動向を『監視する者』でチェックしたり、やることはたくさんありました。でも、戦略シミュレーションは序盤が一番肝心ですから、手を抜くことはありません。

 

 創造神メアリィ・スーは、この箱庭世界を簒奪し、今のところ頭の中にだけその構想がある、ロストエンパイアとして改変するつもりなのでした。

 

 

 



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童話【星の王子様】



 本日三本目。

 


「位置が、来るっ!

 よーし童話【星の王子様】っ! キミに決めたっ!」

 

 創造神メアリィ・スーは、次元の狭間で召喚魔道書を開き何事かを唱えました。すると、割と地球に近い宇宙のどこかが煌いて、名状しがたい流線型を描くシルバーのようなものを呼び出しました。

 

 

 

 むかしむかし、銀河の彼方に心優しい王子様がいました。彼はたった一つの友達である薔薇を誰よりも輝かせる為に、他の惑星に薔薇があれば星ごと滅ぼしてあげようと、小隕石となって夜空を旅していました。

 

 王様の星、うぬぼれやの星、酔っ払いの星、ビジネスマンの星、点灯夫の星、地理学者の星。他にも他にもいろいろと。星の王子様は、薔薇のある惑星にはメテオタックルを仕掛けて滅ぼしにかかり、薔薇のない惑星には普通に降り立って様々な話を聞きました。やがれ彼は人々の夢と神々への祈りが形作る箱庭世界、神話群からなる地球にやってきました。

 

 宇宙(そら)から見た地球は星の王子様の母星とは比べものにならないほど大きく、数え切れないほどの薔薇がありました。それを見た星の王子様は、この箱庭世界は滅ぼそうと決めました。ですが、ちいさな隕石である自分ひとりでは、滅ぼしきれそうにありません。

 

 星の王子様は、なにかないかと夜空に視界を巡らせて、遠からず地球の近くに流星群が通りかかることに気付きました。あわよくばと思った星の王子様は、流星群のほうに行きました。

 

「こいつ……うごくぞっ!」

 

 なんかこう、いい感じにわちゃわちゃっとやって、星の王子様は流星群を操ることに成功しました。そして星の王子様は、地球に流星群が通り過ぎる少し前に進路を変えて、箱庭世界にメテオタックルを仕掛けました。先行する流星群が天から降り注ぎ世界を滅ぼさんとしました。

 

 箱庭世界に顕現する神々はそれぞれ、自らの現能を振り絞って流星群を食い止めました。けれど何故か予言の一つもされていない、あまりにも突然おこった出来事ですから、神々の多くは隕石が頭に当たって次々と死んでいきました。

 

 もちろん流星群如きでは死なない、あるいはそもそも不死性を持つ神もいるのですが、汚いことにメアリィ・スーは、箱庭世界の法則を極僅かに弄り、無敵チートON/OFF機能を勝手に創造して、スイッチを切り替えていました。そうして、たかが隕石如きで死ぬわけないとたかをくくっていた連中は死んでしまいました。これはひどい。

 

 神々が食い止めきれない隕石は、地上を荒廃させました。海に落ちた隕石は津波を生み出し、沿岸部はおおよそ壊滅しました。でぇじょうぶだ。起きて寝直したら元に戻る。人が悪夢から覚めてすべては元に戻るというような夢を見られれば。

 

 さて、大本命である星の王子様自身のメテオタックルはというと、脳裏に駆け巡る閃きに従い、北風に乗って飛んできた北風の騎士ボレアスに止められました。

 

「キサマ! 何故こんなものを箱庭世界に落とす!

 こんなもの落として氷河期になったら人が寝るとき、なんかこう寒気を感じて夢見ようとしなくなっちゃうだろ!」

「きらきら。煌めく夜空が見えるかい?

 あの中の一つに、僕の友達の薔薇がいる。

 それにくらべてこの世界ときたら、あまりにも薔薇が多すぎる。

 だから滅ぼす。それだけだよ?」

「戯言を! このエゴイストの狂人め!」

 

 やがて北風の騎士ボレアスはメテオタックルに耐え切れず吹っ飛ばされました。

 

YOU DIED

 

 次に太陽の騎士アポロンが、背面からプロミネンスブースターを噴出しながら飛んできました。コロナ輝く太陽の騎士の姿に、星の王子様は目が眩みました。

 

「眩しぃぃぃっ!」

「ふざけたことをぬかしてくれたな!

 たかが石ころ一つ!

 俺の力で押し出してやる!」

「だいじょうぶ? 煌めきが足りないよ?

 星に向かって笑ってみせてよ。

 そうすれば、星の一つ一つが君に向かって微笑むはずだよ」

 

 やがて太陽の騎士アポロンはメテオタックルに耐え切れず吹っ飛ばされました。

 

YOU DIED

 

 バイト乙。二人の騎士は、その現能の大半を封じられて、本当の実力を発揮できなかったのです。

 

 ああ、もう駄目か。

 この箱庭世界はおしまいだ。

 

 そう思われたつぎの瞬間、再び北風の騎士ボレアスが飛んできました。義兄弟の契りをかわしていた北風と太陽は、どちらかがYOU DIEDして復元待ちの期間にはいったとしても、どちらかが生きていれば、すぐさま復活できる性質になっていたのでした。

 

「北風の騎士の名は伊達じゃない!」

「また来た? ええい、何が起こっているんだ」

「俺は絶対に死なん! この世をお前の思い通りになどさせるものかっ!」

 

 流星群が降り注ぎ、地上に滅びの風が吹く最中、上手いこと立ち回り生き残っていた東風と南風と西風は、死風に抗うことを諦め、せめて異変の元凶を追い払うため次々と北風の騎士に助力しました。また、神格の低い者たちも、その風に乗って助太刀しました。自然の摂理と重力に逆らうその風は、徐々に星の王子様を押し返しました。

 

「やめてくれ皆、こんな事に付き合う必要はない。

 下がれ、来るんじゃない。

 神々が自然の摂理に反すれば死んでしまうんだぞ!

 それもこれだけの数がいっぺんに……息を吹き返すのに、どれだけの祈りと信仰が必要なことか!」

『もう遅い。数多の神々は死んでいる。既に箱庭世界の法則は乱れ始めている』

『ならば我ら三柱の力を束ね、せめてこの世界の明日を守護らん』

『北風よ、太陽よ、後のことは頼んだぞ』

 

 一つ我が身で隕石を押し、二つ友との絆を感じ、三つの風にその背を押され、四つの風が一つになって……北風の騎士ボレアスは、神風の騎士ボレアスへと一時的にパワーアップしました。

 

 再び飛び上がる機会を窺っていた太陽の騎士アポロンは、みなのカムイを一身に受ける相棒へと太陽風を送って、更にその背を後押しました。平等な視点からこの瞬間を描写するならば、彼は神々の背後へと超高温プラズマを放って不意討ちしていました。ですがアポロンの主観ではあくまでも、みなへの助太刀のつもりで太陽風を送り続けました。

 

 数々の神に連なる風圧の力によって、星の王子様は更に押し返されました。しかしそれでも、そこは既に重力の井戸の中。地球の引力にひかれる星の王子様を、押し返しきる事はできません。平等な視点からこの瞬間を描写するならば、神風の騎士は始めに強く当たって後は流れに身を任せていました。ですがボレアスの主観ではあくまでも、全身全霊をかけているつもりで星の王子様を押し返すそぶりを見せていました。

 

「きらきら。結局、遅かれ早かれこんな哀しみだけが広がって、どんな世界も押し潰すんだ。

 だったら勝手に潰れるのと、僕がこうして押し潰すのと、一体何が違うんだい?

 何が違うか、ぜんぜんちっとも分からない。

 北風君って言ったっけ? ちょっと僕に教えてくれよ」

「この馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおお!!

 人に迷惑かけちゃいけませんって母星で教わらなかったのか!!

 ウソでもいいから少しは反省しろぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 神風の騎士ボレアスは雄たけびをあげて力いっぱい押しました。押したつもりになりました。けれどその背に感じるカムイが、どんどん失われていくのを感じました。やがて強化状態を失って、ただの北風の騎士に戻ってしまうと、引力に招かれるメテオタックルに耐え切れず吹っ飛ばされました。

 

YOU DIED

 

 そのとき、不思議なことが起こりました。

 突如として淡い虹色の光が星の王子様の全身を覆い、光の中に消え去ったのです。

 

「やっばやりすぎた。キャラクターが勝手に動くと大変だねっ♪

 はい童話【星の王子様】お疲れサマー。きみの出番はお終いだよー」

 

 自分だけは無敵チートでうまいこと流星群をやりすごした創造神メアリィ・スーが呟きましたが誰も聞いてませんでした。その手には、時と場合と条件が重なれば、世界を滅ぼしかねない魔獣を呼び出せる、童話の本がありました。

 

 こうして星の王子様のスペースファンタジー童話の幕は閉じました。星の王子様の消息は、一切不明とされています。

 

 現実世界では、世界中の信心深い人が、地球に接近している『しし座流星群』が地表に降り注ぐと思い込み、にわか予言者が世界の破滅を予言しだして大変な騒ぎとなりました。あまりにも皆が同じようなことを言うので、特に信心深くない人もすっかり真に受けて、地下壕を掘ったり、息を止める訓練をしたり、詐欺まがいの怪しい商品が売られたりすることが散見されました。

 

 そういった騒ぎの中には、神は死んだ、などと唱える不届き者まで出る始末でしたが、不思議とそれは咎められませんでした。なんとなく、みんなその言葉は的を得ているような気がしたのです。

 

 結局のところ、現実世界において、しし座流星群が地球に直撃することなどありませんでした。よかったですね。

 

 現実世界のことはともかくとして、そのうち復活した北風の騎士ボレアスは、とある海岸沿いで、一人静かに震えていました。風は凪いでいました。さざなみの音だけが聞こえ、南風も西風も東風も感じられませんでした。太陽の騎士アポロンは、無言で北風の騎士ボレアスの肩を抱き、心細く冷たさに震えるその体を静かに暖め、慰めましたとさ。

 

 

 

 ……しかし、太陽の騎士の心にはしこりのような疑念が残ります。ここ最近、自分達も含めておかしなことばかり起こっている。まさか、事態の裏で手を引く、黒幕のような者がいるのでは? と。

 

 けれどそのたびに心の奥底から『見事な仕事だと感心はするがどこもおかしくはないな』『素晴らしいナイトだすばらしい』というような声が滲み出てきますから、そのうち太陽の騎士はそういうものかと素直に納得しました。太陽の騎士アポロンは、自分が童話の一部として組み込まれていることに、自覚症状はありませんでした。

 

 

 

 






 汚いなメアリィ・スー……流石メアリィ・スーきたない。ナイトをヒキョウ者あつかいするとかあもりにもヒキョウすぎるでしょう? 冒涜的だからやめといたほうがいいと思うぞ(にわかブロント語)

 


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童話【豆の木ジャック】



 今日から仕事じゃーい




 むかしむかし、ジャックという少年がお母さんと二人で暮らしていました。

 ジャックのお父さんは、多額の借金を残し家族を捨てて逃げました。

 残った借金は、ジャックとお母さんを苦しめました。

 その日からジャックは、ゴミ漁りに物乞いに盗みにと、傷害以外のことはなんでもやって、そのお金で暮らしと借金返済を助けていました。

 けれどマフィアに目をつけられたので、だんだんこのシノギは難しくなってきました。

 

 ある日ジャックの家に一頭だけ居るウシが年を取り、とうとうミルクを出さなくなってしまいました。昼間はウシの乳絞りをしていたお母さんはいいました。

 

「つっかえないわねー。もうこの牛売って、お金に替えましょう。

 ジャック、町へ牛を売りに行ってちょうだい」

「うん」

 

 ジャックはお母さんに頼まれて、町までウシを引いて行きましたが、その途中で出会った黒服おじさんがジャックに声をかけました。

 

「坊主、そのウシとこのブツ、交換しないか?

 こいつは純度100%マジモンの、幸運を呼ぶ魔法の豆なんだ。

 きっと雲の上までだっていけるぜ?」

「魔法の豆だって! すごいや!

 うーんうーん、どうしよう……」

 

 ジャックは悩みました。ウシを譲り渡すのは惜しいけれど、彼がこなしたきた仕事柄、運が良ければすべてが上手くいくように思えました。悩んだ末、ジャックは取引に応じました。

 ジャックはブツを受け取ると、喜んで家に戻りました。

 その話を聞いたお母さんは、ジャックに怒鳴り散らしました。

 

「こんな豆と牛を取り替えて来るなんて、あんた頭おかしいよっ!」

「でも、幸運を呼ぶ魔法の豆なんだよ?」

「魔法だなんて、うそに決まっているじゃないの!

 ええい、この馬鹿息子! でていけ! でていけぇ!」

 

 お母さんはジャックを家から追い出しました。

 途方にくれたジャックが持っているのは、幸運を呼ぶ魔法の豆だけ。

 夕飯も食べられず、彼のおなかがグーと鳴りました。

 運気が上がる事を祈って、ジャックは家の庭で魔法の豆を食べました。

 明日になったら、お母さんが家に入れてくれることを願いながら。

 

 

 

 翌日、ジャックは日光浴していました。お日様ぽかぽか、気持ちいいです。手に届く距離に雲があって、そこから頭を出して、ジャックは太陽光を浴びていました。その身体はすくすくと成長していました。まるで全身が木とツタになって、天高く伸びているかのよう。いえ、戯言のような抽象表現は必要ありませんね。豆の木と化したジャックは、巨人も見上げる巨大な木に変身していたのでした。

 

「なんじゃこりゃあ。一体どうなっとるんじゃ」

 

 頭のてっぺんの方から聞こえた声に、ジャックが頭のてっぺんのほうに意識を向けると、頭のさきっちょから目が生えて、そこに巨人がいるのを見ました。ジャックは目の近くに口を生やして言いました。

 

「こんにちわっ! いいお天気ですねっ!

 雲が気持ちいいですよっ! 水を撒いてくれませんかっ?」

「うわあ喋った! 気色が悪い!

 おまえらー! こっちゃこい! この化け物をやっつけろ!」

 

 不気味に思った人食い大男は、立派なお城から用心棒の巨人兵達を呼んでくると、ジャックを斬りつけさせました。ジャックは悲鳴をあげました。

 

「痛いですっ! 戦うのですかっ?

 血液を流しますかっ?  震えがしますかっ?

 私っ! 殺しますねっ! 貴方を殺しますっ!

 殺しますっ! それを殺しますっ!

 きっと殺しますっ! 確実に殺しますっ!

 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ!

 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ! 殺すっ!」

 

 ジャックは狂っていました。人間が一夜のうちに豆の木になったのですから、正気でいられるわけがありませんね? ジャックは手を振るう感覚でツタを自在に動かし、人食い大男を捕まえると、そのまま締め上げて殺してしまいました。

 

「ああっ! あなたっ!

 この、化け物め!」

「こんにちはっ! 私っ! 殺しましたよっ!

 お日様がポカポカですねっ! あなたは日に当たらないのですかっ?」

 

 人食い大男のおかみさんが夫の死に気がつくと、復讐のために立派なお城からたいまつを持ってきて、ジャックの体を焼こうとしました。ジャックは悲鳴をあげました。

 

「熱いですっ! 戦うのですかっ?

 魂を燃やしますかっ? 涙が止まらないのですかっ?

 寒気がしますかっ? 私っ! 殺しますっ!

 貴方を殺しますっ! きっと殺しますっ!」

 

 ジャックは手を振るう感覚でツタを自在に動かし、おかみさんを捕まえると、そのまま締め上げて殺してしまいました。

 

 さっきから頑張っている巨人兵達は、次から次へとどんどん斬りつけているのですが、どれだけ傷つけても豆の木ジャックはニョキニョキと元気よく生えて、致命傷にはほど遠い傷しか与えられませんでした。やがて彼らは主人である夫婦たちと同じように、みんな殺されてしまいました。

 

 巨人の群れをやっつけたジャックでしたが、今度は足のくるぶしのほうから、こしょこしょとくすぐったい感触が伝わってきました。ジャックが足のくるぶしのほうに意識を向けると、足のくるぶしから目が生えて、そこにお母さんがいるのを見ました。ジャックは目の近くに口を生やして言いました。

 

「こんにちわっ! お母さんっ!

 どうしたんですかっ? 木に登りたい気分ですかっ?

 気になる木ですかっ? 私の名前はジャックですっ!」

「ひいっ!」

 

 自宅の庭に生えていた、雲を貫く巨大な木が喋りだしたことに驚いて、ジャックのお母さんは木から落ちそうになりました。ジャックは慌ててお母さんをツタで捕まえると、そのまま雲の上まで連れていきました。

 

「ひぃいいいぃぃぃいいいいいいぃぃぃいいいいいい!?」

「どうかしましたかっ? 恐ろしいですかっ?

 昨日の仕返しに今日はお前をここから捨ててやろうか」

「待っ……お、お母さんが悪かったよっ!

 ごめんね! ジャック! ごめんね!」

 

 ジャックのお母さんは、魔法の豆のことを信じられなかったばかりにこんなことになってしまったことを悔いました。ジャックを捨てるんじゃなく、あの豆を外に投げ捨てていたら! そんな後悔の気持ちが止まりませんでした。

 

 彼女の気持ちは決してウソではありませんでしたが、同時に豆の木の体なんかになって気持ち悪いとも思いました。

 

 ジャックは顔中をぐしゃぐしゃにするほど涙を流して謝るお母さんを哀れに思い、許してあげることにしました。仲直りになると思って、雲の上にある巨人が住んでいた立派なお城まで連れて行ってあげると、ジャックのお母さんは城の中に入り、無人の城の中から金貨の詰まった袋と金の卵を産むメンドリと金の竪琴を持ち出しました。

 

 そのあと、一旦家に帰りたいというので、ジャックはお母さんを地上まで降ろしてあげました。するとお母さんは金貨の詰まった袋と金の卵を産むメンドリと金の竪琴を家に隠し、代わりにオノを持って出てきて、豆の木ジャックを斬りつけました。

 

「あっはははははは! これであたしは大金持ちだあっ!

 おらっ! 死ね! お前なんか死んじまえ!

 豆の木なんかになっちまって気持ち悪い!

 あんたさえ居なきゃ、あの人は私を捨てたりなんてしなかった!

 お前が生まれたせいだ! お前が生まれたのが悪い!

 死ねっ! 死んでしまえっ! 死ねっ! 死ねっ!

 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」

「痛いっ! お母さんやめてっ! どうしてそんなこというのっ!

 痛い痛い痛い痛いやめてよぉぉぉぉおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおぉぉおおぉおおおぉおおおお!!!」

 

 オノで斬りつけられると、豆の木の魔法がとけたのか、ジャックは人間の体に戻りました。そしてそのまま、お母さんにオノを振り下ろされて殺されましたとさ。

 

 

 

 ハッと目を覚ましたとき、娼婦の女は手にした斧を眠る我が子に振り下ろした後でした。ぐちゃりとした生々しい感触が、彼女の手に残っていました。夢じゃない。これは、夢じゃない。さっきまでのが、夢。彼女は斧から手を離して腰を抜かしました。その斧は、我が子の胸をカチ割っていました。

 

(確かに借金苦だった。夫に逃げられて苦しい生活だった。大金持ちになりたいと夢見ていた。人生が大逆転できる、あっと驚く魔法のような裏技を知りたいなんて、ミサの日に俗物的な祈りをしたこともあった。だからといって、だからといってこんな……こんな……こんなことって……っ!)

 

 娼婦の女は心に大きなトラウマを負いながら憲兵隊に自首しました。彼女は夢うつつのまま我が子を殺したと証言しました。憲兵隊は彼女の自宅を調べ、確かに子どもが一人、胸に斧を振り下ろされて殺されていることを確認しました。凶器はその場に残っていました。紆余曲折の末、彼女はサルペトリエール病院に収容されることになりました。恐ろしい事件もあるものだと憲兵隊のみんなは思いました。

 

 ですがこれは、夢弄ぶ無慈悲な創造神がこのさき切り拓く血と屍の道からすれば、ごくごく些細な先ぶれに過ぎなかったのです。

 

 現実が夢に影響を与えるように、夢が現実を変えることもあるのです。このようにして少しずつ歯車が狂い、この物語における現実世界は私達が知る歴史と比べて、おかしなことになっていきました。

 

「ぐすっぐすっ……イイハナシダナー」

 

 一部始終を見ていた創造神メアリィ・スーは、一神教宗教とギリシャ神話が漠然と入り混じった、ヨーロッパ圏に広く浸透する共同幻想箱庭世界を簒奪しようとして本当によかったと心から思いました。ナマの感情を丸出しで夢見る人々は、メアリィ・スーの趣味趣向に実によく馴染むのです。彼女は先ほど見た一連の流れを童話に見立てた召喚魔術の本にすると、世界を自分の思い通りに改変し終えたならこの話は絶対使おうと考えました。

 

 

 

 実態無き唯一神の地位に、自分という存在を滑り込ませたなら、後はもうなんでもやりたい放題だと思いながら。

 

 

 



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童話【狼少年】

 むかしあるところに、羊飼いの少年がいました。

 単調な毎日を過ごしていました。

 少年は変り映えのない毎日が退屈で仕方ありませんでした。

 

「まいにちまいにち羊の世話か……つまんないなあ。

 いつか都会に行ってみたいな! 学校ってとこに行ってみたい!」

 

 羊飼いの少年は毎晩のようにそんなことを思いましたが、そんな自由はありませんでしたから、勝手な真似をすることはできませんでした。

 

 ああ、なんでもいいからアッと驚くような非日常を体験してみたい!

 どうか神様お願いします!

 ビックリするほど不思議なことを起こしてみてください!」

 

 そんなことを祈ったある日から、彼は夢の中で北風と太陽が争い天変地異が起こる夢を見たり、ずっと遠くで海が空に繋がるほど大きな津波が起こっているのを見たり、流星群が地上に降り注ぐ光景を見ることができました。

 

「オーッ! ファンタスティーック!」

 

 すっかり夢の世界に夢中になった(重複表現)彼は、何度もそんな夢を見たくて、よく昼寝するようになりました。

 

 だって現実は単調な繰り返しばかり。

 

 なんとかして、現実でも非日常的なことを起こせないものか。

 何かないかと働いていると、不意に頭がボーッとしてきて、どこからともなく女の子が聞こえてきました。

 

 

 ああ、それは、禁じられた遊び

 狼が来たぞと、叫んでごらん

 血相をかえた、大人たちが

 武器を手に手に やってくる

 きみはそーんな 間抜け面を見て

 今のは嘘だと笑うのさ

 ボクはそーんなきみのことを見て

 嘘じゃないよって嗤うんだ♪

 

 

 ハッと少年が目を覚ますと、既に日は暮れかけていて、羊達は丘のあちこち散っていました。あわてて羊飼いの少年は、犬笛でたくみに牧羊犬を操り、あっという間に羊達を纏めて宿舎に戻していきました。

 宿舎には牧場主がいて、少年の帰りを待っていました。

 

「どしたい坊主。今日はちと遅かったな」

「いーやいや。ちょっと数匹、グズグズするのがいたからさ」

「……ん。今日もきっちり全頭いるな。

 ま、坊主の腕は心配してねぇ。明日もいつもどおり頼むぞ」

「うん。わかった。任せておじさん」

 

 なまじ腕が良いばかりに、彼は昼寝していても大きなミスをしでかす事はありませんでした。

 食事にスープとパンを与えられて、それをつまらなそうにサッと食べると、羊飼いの少年は羊宿舎の隣にある小屋ですぐに寝ました。

 

「うーん、禁じられた遊びかあ。ちょっとやってみようかな」

 

 羊飼いの少年は次の日、白昼夢で聞いた声を真に受けて、お昼の半ばを過ぎた頃に、狼が来たぞと叫んでみました。すると村の方から大人たちが武器を手に手にやってきて、狼は何処だと血相を変えて言いました。

 

 羊飼いの少年は、面白くて仕方がないというように大笑いし、今のは嘘だと言いました。

 

 牧場主はふざけた少年を力いっぱい平手打ち、衆目環視の中で叱りつけました。牧場主がそこまで言うならと、騙された村人は諭す側に回り、羊飼いの少年は許されました。

 

 その日からもう、羊飼いの少年は堪りません。

 現実でおきた非日常的な出来事は、彼にとてつもなく興奮しました。

 彼はいままで、平手打ちされたことも怒鳴り付けたことなどなかったのです。

 羊飼いの少年は、頬を張られた傷みさえも勲章のように感じてしまい、一月もしないうちにまた禁じられた遊びをやりました。

 

「狼が出たぞォオオオオオオオオオオッ!」

 

 再び村人は血相を変えて、武器を手に手にやってきて、狼は何処だと言いました。

 羊飼いの少年は、ああおっかしい、と大笑いして、今のは嘘だと言いました。

 

 牧場主はふざけたガキを力いっぱいブン殴り、衆目環視の中で叱りつけました。

 羊飼いの少年は酷く興奮しました。

 殴られた傷みさえも勲章のように感じてしまい、股間を熱くいきりたたせました。

 その熱さがなんなのか、彼は知りませんでした。

 

 村人は反省した様子のない羊飼いの少年を見て、牧場主に向かって三度目の嘘をついたなら分かっているなと警告しました。いつかこの牧場を丸ごと引き継いでやってもいいと思っている少年を失いたくない牧場主は、愛する我が子であるかのように愛をこめて叱りつけました。

 

 果たして羊飼いの少年は、またエキサイトな体験をしたくて、一週間もしないうちに禁じられた遊びをやりました。

 

 少年は自警団に捕縛されました。

 

「えっ?」

「お前は奴隷として商人に売り飛ばす。

 これは子供が三度続けて同じ罪を犯した時にと決められた、この村の昔からの掟だ。

 言っても分からん馬鹿を養えるほどこの村は裕福じゃないのさ」

「えっ? 嘘、でしょ?」

「俺達は嘘をつかない。お前と違ってな」

「えっ? えっ? えっ?

 嘘。嘘だ。こんなの嘘だっ!

 そんな、こんな、ただのちょっとした悪戯じゃないか!

 そ、それに、僕知ってるんだぞ! 奴隷制度なんて」

 

 小賢しい事を言おうとした少年を、自警団は殴って黙らせました。

 

「馬鹿が。せっかくあのガンコ者の親父さんがお前の腕を認めてたってのに。

 お前、ちゃんと説教聞いてなかったのかよ」

 

 確かに少年は牧場主に叱られていたとき、話を聞いていませんでした。

 ほっぺたヒリヒリするの面白いとか考えてました。

 叱られるの気持ちいいとか考えていました。

 三度罪を犯せば売られるという叱咤は、右から左に通り過ぎて、記憶していませんでした。

 

 こうして元・羊飼いの少年は、あわれ奴隷商人に連れていかれることになりました。

 その売り値は村のための貯蓄となりました。

 少年は叱りつけていた牧場主は、深い失意を抱いて老いさらばえ、後継者を残せないまま死にました。

 

 あまりにも非日常すぎる出来事に、元・羊飼いの少年は怖くなりました。

 

「ご、ごめんなさい! 助けて!

 も、もう悪いことしません! おうち……ぼ、牧場に帰して!」

「何いってんだいボウヤ。もうボウヤが帰る家なんざねえんだよ!」

 

 見知らぬ怖い奴隷商人に怒鳴られて、元・羊飼いの少年は勃起しました。その様子を抜け目のない奴隷商人の瞳は捉えていたので、元・羊飼いの少年は嗜虐願望の強い客ばかりが集まる倒錯的な男婦館に売られることになりました。

 

「アッー!」

 

 元羊飼いの少年は、毎日毎日ボロボロになるまで犯されました。嫌がる割には体のほうはしっかりいやらしく反応するものですから、サドでホモのショタの三重変態おじさんたちも堪りません。メス堕ちさせるのは俺だとばかりに連日客が一杯です。身も心も擦りきれるほどの苦痛のなか、精神を病んだ彼は、ある日客が部屋に入ってくると叫び始めました。

 

「おっ、おおっ、狼だ! 狼が来たぞォオオオおおおおおぉぉぉおおお!!」

「なんだいそりゃ誘ってんのか?

 悪い狼さんが食べちゃうぞー。なんてなァ!」

 

 客がそういうと、狼少年の主観では、客は本当に悪い狼に変身して、か弱い子羊である自分の全身をガブガブと食べているかのような錯覚に陥りました。

 

 男は狼。

 男は狼。男は狼。

 男は狼。男は狼。男はオオカミ。オオカミだっ!

 

 その日を境に狼少年と言う異名がついた彼は、狼が来たぞと繰り返しました。過酷な労働環境から精神だけでも逃れるために、狼少年は犯される度に叫びました。

 

 これは現実なのか?

 それとも夢なのか?

 現実とは?

 夢とは?

 これが現実だなんて、到底受け入れられやしない。

 人生なんて、ちょっとしたことで全部壊れる幻想みたいなモノなのに!

 だったらこんなの! 全部夢に決まってる!

 

 狼少年は、狼が来たぞと叫び続けました。そんなものはプレイの一環だと思う客や男婦館の主人は、誰一人彼の言葉を真に受けることはありませんでしたとさ。

 

 

 

 実際に客が一人、まるで狼に襲われたかのように喰い殺されるまでは。

 

「……ああ、間違いなく死んでる。喉仏を噛み切られてる。

 ハラワタも食い荒らされて、片腕が……ああ、そっちにあるのか」

「どうやったら人間がこんな風に死ぬんだ?

 犯人はどうやって殺したんだ?

 この部屋は特注の男婦部屋だぞ?

 窓はがっちり鉄格子だし、部屋の鍵も外からしか開閉できないようになってる」

「こりゃあ例の……密室殺人ってやつかもな。

 まさか『モルグ街の殺人』みてぇな話が現実に起こるとは」

「馬鹿。アホ。密室になんかなってねーだろ。

 そもそもこの部屋にいたのは、被害者一人じゃなかった。

 どう考えても殺したのはヤツさ。口元が血まみれだったしな。

 この部屋の……っと、俺達が奴隷なんて言葉使っちゃダメだった」

「凶器も無しにあんなガキがか? どこにノコギリじみたモンがあるってんだ。

 もしできるとすりゃあ自前の歯でやったかもしれんが……

 ちょっと歯が尖ってる程度じゃ人間の片腕まるごと噛み千切れるわけねえよ」

「喉だけだったら、うまいことやりゃあイケるだろ。その後のことは……おい。

 腕の……ここんとこ見てみろ、歯型がある。

 大型犬? 少なくとも、人間のモンじゃねえ」

「不可解な謎だな。

 ここは動物が入りこむ隙間なんて無い密室。

 にもかかわらず、被害者は大型の肉食動物に襲われた……」

「やめろやめろ。推理小説の読みすぎだ。

 ここの主人が犬を飼ってる。

 そいつがどうにかして迷い込んで、死体損壊したんだろ」

「あの犬がか? べつに血まみれってワケじゃなかったけどよ」

「どうせうまいこと洗ったんだろ? しらねーけど」

 

 三人の刑事が事件現場で言いがかりのような推理をしていると、そのうち外から別の警察官がやってきました。

 

「刑事。取り調べなんですが、ありゃーもうダメです。

 あのガキ、完全にイカれてますぜ。

『狼が来て食い殺した』『なんで信じてくれないんだ』としか言いやしねえ」

「どうせ犬と見間違えたんだろ。

 あーもーめんどくせえな。

 どうせそのガキがやったんだ。

 もうベドラムにぶちこんじまえよ。

 話じゃ、今はまともになったんだろ?」

「どうだか。奴隷制度が廃止しても奴隷商まがいに強制労働自体がこっそり生き延びてるみてえに、裏ではまだ狂人どもは見世物扱いされてんじゃねーの?」

「フン。んなこたどうでもいいさ。

 犯人はあのガキ。客の喉を噛み殺した。自白はとれそうにない。

 なんらかの精神疾患が疑われるためベスレム病院への入院を勧める。

 あと、ここの男婦館で飼ってる犬に死体損害の疑いがある。

 おいそこの。ここの主人にゃ、飼い犬が害獣と疑われるから処分するよう言っとけ」

「了解」

 

 こうして杜撰な捜査の結果、狼少年は精神病院に入院する事になりました。果たして狼が来たのか犬と見間違えたのか……動物はどうやって来て、どうやって消えたのか。どうして客だけ死んで、狼少年は死ななかったのか。多くの謎が路傍の石ころのように放置されました。

 

 その後彼がどのように生き、そして消えていったのかは、創造神メアリィ・スーを除いて、どこの誰にも分かりません。

 

 

 

 



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焼却処分【森の灰色熊さん】【金の盾、銀の盾】【人攫い魔術師】



 今日という日にはギリ間に合った感。


 

 

 ある日森の中で灰色熊(グリズリー)に出逢った少女は、喰い殺されてしまいました。

 

 そんな事件がありましたので、森の近くの村人たちは、灰色熊を退治しようと話あいました。けれど臆病者の狩人は、灰色熊が恐ろしいから森には行かないと言いました。

 

 村人たちが困っていると、偶然にも金の全身鎧を纏う騎士と銀の全身鎧を纏う騎士の二人が立ち寄りました。

 

「いまの話は聴かせてもらった」

「俺達が退治してやろう」

 

 その二人組は、世直しの旅をする遍歴の騎士を名乗りました。有り難いことだと思って皆は騎士と神とに感謝しました。

 

「ここは我らに任せておけ」

「世のため人のため、その魔獣は討ち滅ぼそう」

「魔獣? いえ、ただのグリズリーですが」

「余人には分かるまいが、そやつらは魔獣に違いあるまい……ああ、金はいらない。お前達のためにとっておきなさい。見ての通り金の全身鎧だ。小銭欲しさのことではない」

 

 二人は思わせぶりなことをいって、森に入って行きました。

 ご都合主義にも、二人はすぐに灰色熊と出会いました。

 北風の騎士ボレアスは、疾風渦巻く冷風の剣で、正面のグリズリーを斬り伏せました。

 太陽の騎士アポロンは振り向いて、伸縮自在の光線剣で、背後から駆け寄ってきたグリズリーを斬り捨てました。

 

 一太刀で死んだ二匹のグリズリーの死骸から、名状しがたい青白い粒子のようなものが噴き出して、二人の全身鎧に吸い込まれていきました。

 

 次の瞬間、木から飛び降りて三匹目のグリズリーが不意討ちをしかけましたが、二人は容易に対応して返り討ちにしました。三匹目のグリズリーの死骸からも、名状しがたい青白い粒子のようなものが噴き出して、二人の全身鎧に吸い込まれていきました。

 

「正面に気をとられりゃ背後から。二匹倒して一安心したら真上から。凡百の人間なら三回は死んでたな」

「ッハ! 相手が悪かったな。クマさんよ」

 

 こうして魔獣『森の灰色熊さん(グリズリーx3)』は、二人の騎士の活躍で、村に平和が訪れましたとさ。

 

 

 

 童話【金の盾、銀の盾】

 

 むかしむかしとある森の中、二人の騎士が泉を通りすがると、魔術が盾を剥ぎ取って、泉に取り込んでしまいました。

 

「アアン? なんだァ今の魔術は」

「盾剥がしか……気を付けろ。この泉、どうやら魔獣が潜んでいるようだぞ」

 

 剣を構える二人の前に、泉の精霊が現れました。

 

「あなたがたが落としたのは金の盾ですか? 

 それとも銀の盾ですか?」

「金の盾は俺のじゃはよ返さんかいワレ」

「その銀の盾は俺のだが? さっさと返してもらおうか」

「あっ…………」

 

 オーマイゴッド。

 なんてこったい。

 全身統一の金銀コーディネートの二人組じゃねーか。

 恨みますよ神様。これじゃ私、いいトコなしじゃないですか。

 

 泉の精霊は目を見開いて、固まってしまいました。

 

 ここで種明かししてしまいますが、この泉の精霊は、嘘つきには持ち主を傷付ける呪われた装備を与え、正直者には装備に強力な祝福を与えサービスをつけて返す精霊なのでした。二人は正直に答えましたし、泉の精霊には金や銀より素晴らしいものを取り出すことが出来ないので、意味のあるサービスはできません。しぶしぶ泉の精霊は、泉の中から鉄の盾を取り出しました。

 

「……正直者の落し物には強力な祝福を与えてお返しし、鉄の盾もおまけしてあげましょう。今ならお徳用に三枚セットでいかがですか?」

「いやお前なんかの祝福とかいらんし」

「抱き合わせにゴミクズ押しつけようとすんなカス」

「……こんの無礼者がァ! 

 こうなったらあんたたちの装備、全部残さず祝ってやるっ!」

 

 魔獣『泉の精霊』は急に逆ギレしだしたので、アポロンとボレアスは二人連携『太陽ストリーム』で片をつけました。差し出していた鉄の盾三枚はどれもゴミクズに変容し、泉に還った精霊の残滓から、名状しがたい青白い粒子のようなものが噴き出して、二人の身体に入っていきました。

 

「何の価値すらありゃしねえ。この糞が」

「何も残さなけりゃ、ゴミクズよりマシなんだがな」

 

 二人の騎士の活躍で、魔獣『ゴミクズの精霊』は滅ぼされ、森に平和が訪れましたとさ。

 強力な祝福とは言っても、善良な祝福とは言っていませんからね。二人にとっては大した祝いではないので、即座に解呪……もとい解祝すると、何事もなかったかのように先へ進みました。

 

 

 

 童話【人攫い魔術師】

 

 むかしむかしあるところに、三階建ての塔がありました。

 そこで生まれ育った魔術師は、日がな魔術の深淵を目指していましたが、ある日急に女体の神秘を知りたくなりました。

 

「研究素材を集めなければ」

 

 勉強熱心な魔術師は、翼の生えた靴を履いて、塔から空へと旅立ちました。

 それで、最寄りの村から数えて五つ離れた町まで飛んで行き、汚れ知らぬムチムチ乙女を一人、塔へと攫ってしまいました。

 

 偶然にも町民が攫われてすぐに訪れた二人の騎士は、人々の話を聞き乙女の救助に魔術師の塔へと向かいました。

 

 塔の中では魔術師が、神秘の研究と称してムチムチ乙女の服を脱がせていました。

 そして手枷足枷で動きを縛り、女体の神秘を堪能しようと……ああっ! このままではR15以上の出来事が!

 

 その時です。

 アポロンとボレアスは、魔術師を成敗しにやって来ました。女体の局部には謎の発光現象が起き、かろうじて直視は免れました。

 

「そこまでだっ!」

「それ以上の狼藉は我々が許さんっ!」

「ええい俺の邪魔するな! 

 俺はただ、乳や尻やぶっともものムチムチ感を知りたいだけなのだ!

 お前達も女体の神秘を知りたかろう! 俺と一緒に堪能しようじゃないか!」

「ばっきゃろう!  ヤリたきゃ女に惚れさせてからヤれ!」

「女性に無理矢理迫るなんて最低だぞ!」

 

 アポロンとボレアスは、自分たちの神話の狼藉を棚にあげてそう言うと、ダブルガントレットナックルで魔術師を空の彼方までぶっ飛ばしました。汚れ知らぬムチムチ乙女は目をきらめかせて御礼を言いました。

 

「ああ、ありがとうございます! 

 格好良いです! ステキ! 抱いて!」

「……獣クセエな。いくらガワだけ整えようが、バレバレなんだよこの魔獣っ!」

 

 北風の騎士ボレアスは、助けにきたはずの乙女に疾風渦巻く冷風の剣を突きたてると、汚れ知らぬムチムチ乙女の皮を被った醜い老婆……魔獣『人攫い魔術師』が内側から無傷で現れました。太陽の騎士アポロンは、即座に伸縮自在の光線剣で一突きすると、魔獣『人攫い魔術師』は息絶えました。その死骸からも名状しがたい青白い粒子のようなものが吹き出して、二人の身体に入っていきました。

 

「オイ、こんな奴らじゃ相手になんねぇぜ太陽」

「知るか北風……が、油断大敵とは言っても気の抜ける相手ばかりだなァ。退屈だぜ」

 

 二人の騎士の活躍で、魔獣『人攫い魔術師』は倒され、ここいら一帯の平和を取り戻しましたとさ。

 

 

 

 その後更に何十と魔獣を討伐すると、二人は一区切りをつけて、篝火を作って休みました。

 

BONFIRE LIT

 

「……あの流星群の日から、一日ごとに化けモンどもが増えてくな」

「ああ、全く世の中どうなってんだか。狂ってやがる」

「ごめんねーボクの童話が刺激的な世界にしちゃってさっ。

 ちゃんと最後には二人ともバッドエンドにしてあげるから安心して頑張ってね?

 ハーイじゃあお前らは特に面白くなかったからとーろくまっしょーだよっ♪

 じゅじゅー。燃え尽きちゃえっ♪」

 

 いつの間にか篝火に同席した創造神メアリィ・スーが、会話に混ざるかのように口を開くと、童話【森の灰色熊さん】童話【金の盾、銀の盾】童話【人攫い魔術師】を篝火にくべて燃やしてしまいました。何故そんなことをするのかというと、言葉の通り、面白くなかったからです。彼女の構想する新しい箱庭世界『ロストエンパイア』には相応しくなさそうですし、残しておいても大した愉悦を得られそうになく、使い道を見出すほうがメンドくさそうなので、後腐れなくバッサリ切り捨ててしまっているのでした。

 

 アポロンとボレアスは、まるで創造神の姿が見えておらず、声も聞こえないかのように会話を続けました。

 

「……こりゃあよ、アレがいるな。裏で糸を引いてる黒幕ってヤツがよ」

「だろーな。幾らなんでもおかしすぎる。

 いくら幻想の世界とは言え、人には良心ってもんがあるし、常識ってもんがある。

 それなのにこんなホイホイ魔獣になりまくってたまるか。手引きしてるヤツがいるはずだ」

「うーんデキる。二人とも正解っ♪」

「しかし太陽の目からも北風の感触からも逃れるやつか。そんなことできそうなヤツなんていたか?」

「……もしそれが謎かけなら、俺は『影に潜む悪魔』と答えるね」

「おっ! なんかすごそう! メモメモっと♪

 他にはどんなネタがあるんだっ! 言ってみろっ!」

「ほう。経験が生きたな。確かに影なら、光の対極に逃げるし風では捉えられない。

 さてはおまえ、誰かに日陰に隠れられたことでもあるかぁ?」

「さてな。ともかく!

 どんな相手だろうが片っ端から片付けてきゃあ、いつかは黒幕にぶつかることになるだろーぜ。いちいち黒幕だけ探そうなんて、そっちのほうがメンドクセェ」

「くすくすっ。そうだよー?

 ちゃーんときみたちに憑いていって、たっぷり"オベンキョー"させてもらったら、絶望的な負けイベント用意してあげるからね?」

 

 創造神メアリィ・スーは、どこからか童話『紅ずきん』を取り出して、忌々しげにページを開きました。本の結末には、バッドエンドを向かえずにのうのうと生きている『紅ずきん』の挿絵が描かれていました。それは彼女の失敗作でした。失敗作なのに捨てたりせず手元においているのは、ちゃんと自分が納得できるエンディングまで"主人公"を導けるまで、いつでも改定できるようにと思ったからです。

 

「最近、少しずつ失敗した原因が分かってきたよ。

 ボクは君と距離を置きすぎてたんだね。

 もっと微調整できるように"主人公"とボクは寄り添うべきだったんだ。

 それこそ、手で触れ、身体を重ね、愛し合えるくらいにっ♪

 でもしょーじき女同士とかナシだし"次回作"の主人公は絶対に男!

 これはもー決定事項だねっ! 変更はなしで。

 紅ずきんはそうだなぁ―……次回は『赤狼』なんてタイトルにして、今度こそバッドエンドにさせてあげるから待っててねー?」

 

 創造神メアリィ・スーはそういうと童話【紅ずきん】を虚空にしまいました。そして真新しく真っ白な本やキャラクターの描かれていない本、文章のない本や断片しか書かれていない本をずらずらと取り出すと、さて次はどうしようか"素材"を集めるか新たな"出会い"を求めるか派手に"改変"してそれによって起こる劇的な変化を楽しむかと、心底遊びに熱中する子どものように悩ましげな笑みを浮かべるのでした。

 

 彼女が傑作を作れると確信できる"主人公たち"の意志あるいは遺志と出会うのは、まだもう少し先の話。

 

 

 

 



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童話【しあわせの青い鳥】



 滑り込みセーフ。今日の分どーぞ。

 


 

 むかしむかしあるところに、まずしい二人の子どもがいました。お兄さんの名前はシリウス、妹の名前はミシェルと言いました。クリスマス・イブの日に二人の元へ、大好きなおばあちゃんがやってきました。

 

「わたしの孫が病気でな。しあわせの青い鳥を見つければ病気はなおるんじゃ。どうか二人で青い鳥を見つけてきておくれ」

「うん。わかった」

「まっかせて、おばあちゃん!」

 

 二人は素直に頷き、空の鳥篭を抱えると、二人揃ってベッドで寝ました。おばあさんは悲しみました。きっと二人の脳内だけにある『思い出の国』とやらに旅立ったのでしょう。シリウスもミシェルも、自分が病気だと言われたことに気付いていないのです。

 

 ある日両親に不幸なことがあって死に、子ども達の精神は病みました。今では空想の世界に入り浸り、たまに外でも遊ぶのですが、時折思い出したかのように悲鳴をあげます。それからしくしくと悲しんで、両親のところに行くと言って自殺しようとするのです。それはもうひどい躁うつでした。

 

 残った家族は老い先短いおばあさんだけ。彼女に残せるような遺産は自宅くらいしかなく、二人の未来は暗いものです。それでもせめて聖夜くらい、幸せな夢を見てほしい。そんな老婆心から彼女はあんな言葉を言いましたが、果たしてその願いが叶うかどうか。

 

 おばあさんはクリスマス前にあらかじめ買っておいた、青い鳥の入った鳥篭を取りに行きました。夜も更けたころにその鳥籠を子ども部屋に置いて、翌朝目覚めた二人が中を見れば、幸せは空想の中ではなく、身近なところにあると思い至るかもしれません。

 

 おばあさんは二人に幸せな未来が訪れることを今夜も神に祈りつつ、自室の扉を開けました。

 

「くすくすっ。こんばんは」

 

 部屋の中には創造神メアリィ・スーがいました。幻覚かもしれませんし、錯覚かもしれませんが、少なくともおばあさんの目には、そこに神が降臨しているように見えました。白の短髪。強膜の赤い紫の瞳。紫の唇。開いた口から飛び出す舌の中央には第三の瞳。肌が病的に白く、長く伸びた爪が紫色の、全裸の女の子がそこにいました。

 

 前触れなく冒涜的旧支配者の仔を目撃したおばあさんは1D100のSANチェック。ですがここでTAS*1発動。次に行うダイスロールの出目は100確定です。

 

 おばあさんは一見、不定の狂気に陥っていないかのように自身の頬をひねり、痛みを感じ、これが夢ではないことを確認しました。そして、呆けたように感情が消失しました。目の錯覚だとでも思いたかったのでしょう。創造神の姿かたちは、ヤバいところに目を瞑れば、人間の少女に見えないこともありませんからね。

 

 おばあさんには、あらゆる全てが理解できませんでした。理解する事を放棄しました。理解してしまえばおしまいですから、急性痴呆症になるしかありませんでした。ですが手遅れです。創造神メアリィ・スーはそんなおばあさんの様子をクスクス笑いながら、全身から名状しがたい霧のようなものを吹き出して言いました。

 

「きみもきみの子どもたちは絶対に幸せになるよ。だって、ボクの助手として、末永く幸せに働くことができるようになるんだから」

 

 その霧を全身に浴びて、おばあさんは突然、正体不明な飢えのようなものを感じました。魂の飢餓感とでも言うのでしょうか。おばあさんは創造神メアリィ・スーがどこからか差し出した鳥篭を受け取り、素手で中の鳥を引きずり出すと、生きたままバリバリと食べました。食べる事に抵抗感はありませんでした。

 

 足りない。足りない。ソウルが足りない。ああ、ああ、このままではああああああぁぁぁああぁぁぁあぁあああぁぁぁあぁああぁぁぁあ!!!

 

 声ならぬ悲鳴をあげて、おばあさんは冒涜的な生物に変身しました。その全身は、元のおばあさんより二回り大きな蒼い鳥に変容していきました。その顔は、瞳のない空洞の眼窩を見開いて、血涙を流していました。鋭く尖ったくちばしの奥からは、心根を震えさせるかのようなおぞましい鳴き声が響き渡りました。

 

 元・おばあさんは、耳障りな声色でいいました。

 

「あなたが神か」

「そうです(ボクは真顔でそう言った)」

「失礼ですが神としての証明は?」

「チートがほしいか。ほーらやるぞっ♪」

 

 創造神メアリィ・スーは、何事かをモニョモニョ呟くと、元・おばあさんの内面から、言語化しえない奇跡のようなものが溢れてきました。

 

「きみは『魔法使いのおばあさん』だ。

 それはもう、決まっていることなんだよ?

 だからきみが魔法が使えるのは、当たり前のことなんだ」

 

 そういわれると、元・おばあさんは、なんだかそんな気がしてきました。そういえば自分は『魔法使いのおばあさん』だったと過去も過程もないままに受け入れました。創造神の現能である、改変能力によるものです。

 

「さ、まずは身近な二人を幸せにしてあげてっ♪」

 

 その言葉は強い陶酔感を伴って元・おばあさんの脳裏に染み渡っていきました。ああ従いたい。自分で考えたくない。この方の言う通りにしたい。この方に幸せになってほしい。元・おばあさんは鋭いカギ爪でドアを蹴破り、ばさりばさりと二人の孫が眠る部屋に行きました。

 

 二人を幸せにしなければ。

 

 こんな様子のまま現実を生きていたって、つらい現実しか待っていない。どうせ生きてて楽しい事なんてひとつもないでしょう。であるならば、幸福な夢を見ているうちに……そのための手段は、いましがた創造神様に与えられました。

 

「――――デス」

 

 即死の魔法を浴びてシリウスは苦痛なく安らかに息絶えました。何拍かの間をおいて、元・おばあさんは再び即死の魔法を唱え、ミシェルもまた苦痛なく安らかに息絶えました。二人は幸せな夢を見たまま、両親と同じように不幸が訪れたのでした。

 

「『チルチル』と『ミチル』の頭を眼窩に嵌めれば、今日から君は魔獣『不幸の蒼い鳥』だ」

 

 魔獣『不幸の蒼い鳥』と呼ばれた元・おばあさんは、微笑を浮かべて息を止めた二人の孫の首を、その鋭いカギ爪で切り落とし、空洞の眼窩の中へと収めました。あつらえたかのように二人の頭は眼窩に嵌り込みました。

 

『魔法使いのおばあさん』と『チルチル』と『ミチル』の三人は、これでずうっと一緒です。名前が違っているですって? いえ、間違っているのは本名です。創造神様は我々に正しい真名をお与えになりました。魂に拠る"まことの名前"を思い出させてくれました。両親から与えられた名前など現実をしのぶ仮の名に過ぎず、正しくは『チルチル』と『ミチル』だったに違いありません。

 

 だって、神様の言うことなんですから!

 

 チルチルとミチルは魔獣の一部となって、聖夜に訪れた新しい誕生祝いを喜びました。皆で仲良く冒涜的なキャロルを歌いました。ひとしきり歌い終えると、三人は神に直接感謝しようとしましたが、創造神はいつのまにやら影も形もなく消えさっていました。察しの良い魔獣は、おぞましい鳴き声をあげました。

 

「神はいま、自由に動けない……」

 

 不幸の蒼い鳥の呟きは、むせかえるように血の匂いが溢れ始めた子ども部屋に、静かに響き渡りました。

 

「天変地異の悪夢……流星群の悪夢……しかしそのような現能は、きっと無限に使えるものではないでしょう……ならば人々が創造神様への祈りを思い出せるように、代わって私が飛び立ちましょう。チルチルとミチルは、素晴らしい目となりました。空想世界を渡り歩く二人の頭があるならば、どこへでも飛んでいける気がします」

『へー。そんな事できるんだー。すごいねー』

 

 創造神メアリィ・スーは興味なさ気に呟きました。

 直接脳内に彼女の言葉が届いた不幸の蒼い鳥は、神の意図を超えた傑作になれたことを喜び、己が身の幸福にうちふるえました。幸せは身近なところに……身内にあったのです。身内に不幸があることは、幸せなことなのです。原典から大いに歪められて再構築された不幸の蒼い鳥は、喜びのままに狭い部屋の窓を開け放つと、大空に翼を広げて、どこまでもどこまでも飛んでいきましたとさ。

 

「神様! ありがとうございます!」

「神様! わたしたち、幸せになってみせます!」

「神様! 他の何を不幸にしても、神様の言うとおりにがんばります!」

 

 おぞましい三重奏は、今夜もまたなんらかの悪夢を見た狂人か誰かの戯言だと受け取られ、真に受ける人はいませんでした。最近多いですからね。不幸の蒼い鳥は空に溶けるようにして現実世界から消えていき、数多の童話を股にかける名脇役となりますが、それらはぜーんぶ別の話。

 

 

 

「うーん狂信者臭い。ありゃあダメだね。あーくっさ。

 テキトーに下地造りに働いてもらったら、北風と太陽に処分してもらおーっと」

 

 やる気に満ち溢れすぎる魔獣『不幸の蒼い鳥』を見て、メアリィ・スーは鼻を押さえて顔の前で手を仰ぎ、無慈悲にもそう呟きました。

 もう片手には『ボクのかんぺきすけじゅーる帳っ♪』なる企画書がありました。

 

 いま開いているページは、どうやら改変後世界の下図のようです。

 そこには、以下のような書き込みがありました。

 

 

 聖域(ボクや"主人公"の安置っ! 一見様お断り設定にするよっ♪)まだ

 城(シンデレラがいるところ)まだ

 塔(ラプンツェルがいるところ)まだ

 森(眠り姫がいるところ)×やりすぎた! こいつは出禁! 六魔姫⇒五魔姫に変更。

 雪国(白雪姫がいるところ)良い"素材"がいた。あの娘が美味しく実ったら次はコイツっ!

 海(人魚姫がいるところ)配置済み。要微調整。

 沼(カエルのお姫様がいるところ)まだ

 

 

 まだまだ完成は程遠いようです。余白も多く、後で幾らでも書き換えられるでしょう。ですが幾ら寄り道しようと、着実に、確実に、ゆっくりと世界は変わっていくのでした。

 

 

 

*1
ここでいうTASは、チート・アシスト・サクリファイスの略称



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絵空事【因幡の西洋湿疹兎】




 祈り主がいつから居るのか妄想してたら変なキャラ付けしてしまった。どうしてこうなった?

 


 

 散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。むかしむかし、因幡国(いなばのくに)からはるばると、オシャレなウサギが跳ねました。シルクハットを被り、シャツにリボンにベストを身に着け、その上から黒いジャケットを羽織り、縦縞パンツや革靴も履き、タップダンスをするかのように、タッタカタッタカ跳ねました。あるところからえいやと高く跳び跳ねると、彼はビシッとポーズを決めて、隣の箱庭に着地しました。

 

 そうして隣の箱庭世界でも、ほどよい『あるところ』をまんまるおめめで見つけ出すと、タッタカタッタカ跳ねていき、またもやえいやと境界を越え、崑崙、蓬莱なんのその、天竺を超えて、historiolas*1を跨ぎ、中東を超えて西洋を目指してずんずん跳ねて行きました。

 

 西洋かぶれのそのウサギは、桂馬ように西へ西へと跳ねていくと、どこかで加減を間違えたのか、高く飛び過ぎてネバーランドに着地しました。

 

「こりゃあまいった。()()()()()()()

 まさか行き詰まりとは……

 剣呑剣呑。()()()の高飛び()()()の餌食」

 

 どこぞの小島に着地したウサギは参った様子で呟きました。

 その島の中には、隣の箱庭世界まで跳べそうなところがなかったのです。

 港のひとつもありませんから、船に乗ることもできません。

 そこでウサギは知恵を働かせ、島を巡って目星をつけると、チクタクワニが集まる入江に行きました。

 

「やあやあワニさん。()()()()()()()()()?」

「おや珍しいオシャレさん。どこの月から来た兎だい?」

「東のどんずまりから跳ねた、()()()()()()()()()()()()さ」

「なまりが酷くてかなわんなぁ……まあ言わんとするところは分かるがな。

 迷子かね? ワシらのたまり場に何か用かな?」

()()()()()()()()()

「今は午後の十時十二分」

「私はチクタクチクタクと、時計の音につられてきたのさ。

 ()()()、何を隠すことがあろうか、私は無類の()()()()()()()()()でね。

 イキナリ不躾なお願いだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()! ちょっとあっちまでズラッと並んで、その一つずつを見せてくれないか? ()()()()()()()()()()()()!」

「おお? おお?

 もしかして、ワシらの時計を見たいのかい?

 おいテメェら! 今のこいつの言葉が聞き取れたか?

 どこの田舎モンかしらんが、この目端の利いたウサギさんに、オレたちの時計を見せつけてやろうじゃないか!」

 

 ウサギは大仰なジェスチャーを交えて言葉を交わすと、群れのリーダーのチクタクワニは、気分を良くして手下に声を掛けました。チクタクワニたちはつぎつぎ仲間を呼び、海にズラリと隣の島までたくさんの数が並びます。そして背中やら腹やら口の中やら、身体のどこかにある時計を自慢げにウサギに見せつけて、あれこれウンチクをたれました。

 ウサギは彼らの時計一つ一つに興味深々なフリをして、ぴょんびょん跳ねていきました。見せられないところに時計があるチクタクワニは、せめて音だけは聞かせてやろうとウサギのまわりを泳ぎました。クレイジーな語り口のウサギが何を言っているのか、今一つ分からないところが多いですが、なんとなく褒められていることだけは分かるものですから、身体を踏まれて跳ねられても、文句のひとつもありません。

 

 その調子でお互い気持ち良く別れれば良いものを、ウサギは隣島に辿り着く直前に、こんなことを言ってしまいました。

 

「今のはみーんな嘘八百だよ。お前たちは欺かれたのさ。

 ()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 これに怒ったチクタクワニは、みんなでウサギを取り囲んで、ガブガブ噛みついてしまいました。

 

 ウサギは全身の衣装をひんむかれて、このままでは皮どころか肉までも裂かれてしまうと焦り、無理やりネバーランドから跳躍しました。果たしてこの跳躍の結果、彼は永く永く落下し続けるハメになりました。跳んだら落ちる。そして、着地できるところがなければ、どこまでもどこまでも落ちていくことは必然です。チクタクワニたちも巻き込まれて、もみくちゃになりながら落ちました。

 

 ウサギの耳には、ギチギチガチガチいびつに歯車が噛み合う音が、脳裏にこびりついて離れません。

 

「ああ、私の冒険はここで終わってしまうのか……」

 

 絶望しかけたウサギでしたが、しかしふと、落下の質が変わってきました。自分で跳んだから分かるのです。一面真っ黒な落下世界は、突拍子のない物々が浮かぶ縦穴になっていきました。

 

 ここしかないと思ったウサギは、咄嗟に目に付いた戸棚を蹴って、絡みつくチクタクワニをはねのけて、あとはぴょんぴょん家具を蹴り蹴り、スタイリッシュに縦穴の底に着地しました。

 

 先に落ちたはずのチクタクワニたちは、どこにも見当たりませんでした。もしかしたら、着地前にウサギから離れたせいで、あっちへこっちへバラバラになったかもしれません。

 

「やあ、助かった助かった。

 しかし全身傷だらけだ。

 ()()()()()()

 どうやってこの身を癒そうか」

 

 ウサギは耳の穴をかっぽじってホジホジ、小さなネジやらバネやら歯車やらを、引っ張り出しながら呟きました。その全身は傷だらけ。今はまだしもこのままでは、血を流しすぎて死んでしまいます。ウサギは死にたくないと泣きながら、びっこを引いて歩き始めました。そこはなんだかよくわからない、個人の箱庭世界のよう。

 何を隠そう、そこは不思議の国。

 やんごとなき理由で愛しの先生と離れ離れになったアリス・リデルが一人夢想した世界でしたとさ。

 

 

 

 その日アリス・リデルは夢の中で、不思議で不気味な体験をしました。

 脳裏に突然【誓約者・八上比賣(やがみひめ)の番人 稻羽之西洋湿疹菟(いなばのせいようかぶれうさぎ)に侵入されました!】と中国の方で使われる文字である漢字に、なんだかヒョロっとした文字が組み合わさった謎の文字列が浮かぶと、なんだかざわざわ落ち着かない、奇妙な心地になったのです。

 

 アリスはいてもたってもいられず、在りし日の思い出がいっぱい詰まった夢の世界を一ページ目から順番に追体験していくと、まわりにぐるりとドアがならんだ魔法の小部屋で、そのページにはいるはずもない、ぐったりと突っ伏す生々しい傷だらけの兎と出会いました。

 

「あらまあ大変。だいじょうぶ?」

螟ァ荳亥、ォ縺倥c縺ェ縺??る?蛯キ縺輔? (大丈夫じゃない。重傷さ。)

 隕九★遏・繧峨★縺ョ縺九◆縲(見ず知らずのかた。)縺ゥ縺?°遘√r蜉ゥ縺代※縺上l縲(どうか私を助けてくれ。)

 私を助けて! 私はサムライではありません!

 遘√r蜉ゥ縺代※縺上l縺溘↑繧峨?(私を助けてくれたなら、)遘√b繧ュ繝溘r蜉ゥ縺代※縺ゅ£繧医≧(私もキミを助けてあげよう)

 

 アリスには、兎の声がジャバウォックの詩よりも理解し得ない異国の言葉に聞こえました。

 でも、助けを求めている言葉だけは聞き取れましたから、何とかしてあげようと思いました。

 

「かわいそう、はやく手当てしてあげないと。

 でも困ったわ。私ったら、手当ての道具なんて持ってない。

 まずは、バイキンを洗い流してあげなくっちゃ。

 私知ってるわ。怪我をしたら、洗って、塗り薬を塗って、包帯を巻くのよ!」

 

 すると不思議なことが起こって、いつの間にやら三本足のテーブルの上に『Wash this(これでお洗い)』と書かれたタグのついた、清潔な小瓶が現れました。『原作ではこんなことは起こらなかった』のですが、それを言うなら傷だらけの兎さんがいるところから、もうすでにおかしくなっていますから、ほんの少しだけ変えてしまうことくらい、先生も許してくれると考えたのです。

 

 アリスは小瓶をしげしげとみて、毒のマークがないことを確認しました。

 それから瓶の蓋を開けると、まずは匂いを嗅ぎました。

 瓶からは、爽快感のある素敵な匂いが漂ってきます。

 少し傾けて瓶の蓋に中身を溢し、ほんの一口ぶん舐めてみると、ハーブティーの味わいが口に広がりました(他に変わった味はないようです)

 アリスはハーブ瓶を兎にかけて、バイキンを洗い流してあげました。

 兎の傷は、みるみる回復していきました。

 

「あらまあ凄いわ! まさに魔法ね!

 あっという間に治っちゃったわ!

 これならもう、手当てなんて必要ないんじゃないかしら?」

蛯キ縺後≠縺」縺ィ縺?≧髢薙↓窶ヲ窶ヲ(傷があっという間に……)遘√?蜉ゥ縺九▲縺溘?縺銀?ヲ窶ヲ?(私は助かったのか……?)

 助けてくれてありがとう……遘√?繧ゅ≧鬧?岼縺九→窶ヲ窶ヲ(私はもう駄目かと……)

「どういたしまして。

 私はアリス。アリス・リデル。

 あなたはなんとおっしゃるの?」

蝗?蟷。(因幡)……

 イ、イナーヴァ、ソウ……アー……」

 

 イナーヴァと名乗った兎は、そこで名乗りたいのにどう名乗ればいいのか分からない、といった思いが伝わるくらい、頭をくねくね悩ませました。その大仰なジェスチャーは、いったいどこで学んだのやら。

 

「ソウ、私、イナーヴァ。あなた、アリス?」

「ええそうよ。あなたはイナーヴァさんとおっしゃるのね。

 でもごめんあそばせ。私、そろそろ行かなくっちゃ。

 私がここで立ち止まってると、遅刻しそうで急いでる、別の兎さんがかわいそうだもの」

 

 アリスはそこから、原作の筋書きをなぞるように、不思議の国を行きました。

 大ケガしていた兎のことは、そりゃあもう気になりはしますが、だからといって、原作をないがしろになんでできませんからね。

 いつものように心躍る夢の果て、やがてアリスは川辺の土手で、ロリーナではない夢の世界にだけ存在する空想上のお姉さまに膝枕されながら目覚めたページまで進むと、こっそりぴょこぴょこついてきていた兎は呟きました。

 

「美しい……素晴らしい……ごめんなさい。

 私、上手に喋れません。

 これから英会話を学ぶでしょう。

 また来てもいいですか?」

 

 イナーヴァはすっかり感動した様子で、つっかえつっかえ、そんなことを言うものですから、アリスはまるで先生のことが褒められたみたいに嬉しくなりました。

 

「もちろんどうぞ。

 だって不思議の国の中には、楽しいことがいっぱいですもの!

 そうだわ。また怪我をしてしまったら、傷口を洗って、塗り薬を塗って、包帯を巻くこと。

 いつでも魔法の小瓶があるとは限りませんからね!

 それで、塗り薬がなかったら、代わりにハチミツを塗るの。

 キャロル先生は言ってたわ。

 ハチミツはヤケドにも効くから、()()()()()()に熱いヤカンを触ってしまったら、ハチミツを塗りなさいって。

 でもそんなことしたら、ちょっとペロッと舐めちゃいそうよね。

 もしも包帯がなかったら……トウモロコシの葉っぱで代用するのはどうかしら?

 あんなに美味しい身を包んでいるんですもの。

 不味いことにはならないわ。うふふっ」

 

 アリスは姉に自分の冒険を姉に語り聞かせるシーンの代わりに、イナーヴァに怪我をしたときの応急手当の仕方を教えてあげました。名前のない"アリスの姉"は、筋書きにないことが起こると、蝋人形のように固まっていました。夕暮れ時だという設定の川辺の土手も、色褪せていってしまいます。それを見たアリスは、なんだか悲しくなりました。筋書き通りに再現するなら、世界は色褪せず誰もが生き生きと動くのに、アドリブをきかせてしまうと、途端にみんな蝋人形のように固まってしまうのです。

 

 彼女は幼いころの思い出に浸り夢見る才能に秀でていましたが、自在にキャラクターを動かす才能はありませんでした。おかげで夢の中で彼女は、みんなと楽しく自由にお喋りできません。この不思議の国は素晴らしいところですが、それだけが彼女の不満でした。

 

 鼻をひくひくさせるイナーヴァは、まんまるおめめで急に悲しそうな顔になったアリスをじーっと見つめました。

 

「誓約します。次は私。

 私はあなたを助けるでしょう。

 これは嘘ではありません」

 

 イナーヴァは神妙な顔つきでそう言うと、やがてス~っと世界が白み始めました。アリスの身に、本当の目覚めの時が来たのです。アリスは何かを言いかけましたが、目覚めたときにはなんと言ったか忘れてしまいました。

 

 でも、大ケガをした兎を癒してあげたことは、不思議と覚えていましたとさ。

 

 

 

 いつか少女は夢見ることを忘れて大人となりますが、兎はこの日の予言通り、確かにアリス・リデルを助けました。ですが最後までナイトの役割を完遂しきれた訳ではありませんし、守った彼女を本当にアリス・リデルと呼んで良いのか悪いかは、今は誰にもわかりません。

 

 

 

 

 

*1
ここでいうhistoriolasは、概ねエジプト神話郡を意味することとする



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お遊戯会【ピーター・パン-もう、大人にはなれない少年―】

 
 
 どんどん文字数が増えていく不具合。これはな、みーんなそうなるんや。
 
 


 

 

 ピーターはとても永い刻を生きていましたが、実際のところは生まれて一週間でいまの身体になって、まだ一回も誕生日を迎えたことがありません。これからもないでしょう。

 

 幼児洗礼を受ける前に神の御名の元から逃れ、翼もなしに空を飛ぶことを覚え、自分が元は人として生まれてきたことなど知らず、老ソロモン某氏に自分が何者に変容したのかを指摘されるまでは、彼は自分が鳥の仲間だと思って生きてきました。むかしむかしの……ええ、むかしむかしのお話です。

 

 そう――――むかしむかし、幼いうちに親とはぐれた者たちが迷い込む、親の愛と嘆きと悲しみとが入り混じった感情で保護された、特別な箱庭世界がありました。

 

 今は混沌の坩堝と化しているその場所はいま、空前の侵略戦争を仕掛けられていました。

 

 魔獣【不幸の蒼い鳥】が、空を自由に飛びまわり、あまたの魔法……ソウルの連射やソウルの放射*1などを雨あられのように撒き散らし、魂の迷子たちを次々と蹂躙していました。みんなのヒーロー、ピーター・パンは、カットラスを手に逃げ回る不幸の蒼い鳥に追いすがり、なんとか斬りつけようとしますが、チルチルとミチルがあっちこっちそっちと回避の指示を出してしまい、捕らえきることができません。

 

『ピーター! 上っ!』

「わかってるっ!」

 

 ピーター・パンの回りを飛ぶ光り輝く妖精、ティンカー・ベルもまた、触れたものに理不尽なる安寧を与える絶死の光弾の存在を教えたり、妖精のスキルで援護しています。そのおかげでピーター・パンはサッとかわすことができました。ですがこんな退き撃ちされては、周囲に被害は広がるばかりです。

 

「なんなんだよオマエっ! 気味が悪い化け物めっ!

 なんでこんなことするんだよっ! なんでこんなことできるんだよっ!」

「すべては神の望まれるままに。

 ありとあらゆる者に不幸あれ。不幸を以て幸せあれ」

「くっそーっ! さっきから意味わかんねー!

 ちょっとはこっちにも分かるように喋ってくれ!

 畜生! このままじゃ……どうすりゃいいんだ!」

 

 嘆きながらも戦いを続けようとしたまさにその時、海上からドカンと一発、大砲の音がしました。黒い球弾は両者の近くを通って、けれど的外れなところに飛んでいき、そのままどこかに落ちました。

 

 両者の意識が海上に向くと、片腕が鉤爪の男、キャプテン・フックが部下に当り散らしています。

 

「バカモン! なにを外していやがる!

 怨敵ピーターパンを撃つチャンスをみすみす逃しやがって!」

「(海賊船で対空砲火なんて)いやーキツイッス!」

「ええいっ! まだまだ! 撃てえっ! 撃たんかあっ! 次弾装填!」

 

 キャプテン・フックは鉤爪の腕を振り回し、部下を鼓舞して次弾の準備をさせました。ピーター・パンは海賊船に近づいて、そんなキャプテン・フックを非難します。

 

「フック! いまネバーランドの人たち同士が争ってる場合じゃないんだっ!」

「ばっかもーん! 貴様を倒すのはこの俺だ!

 そんな奴に負けるんじゃないぞっ!

 お前の背中は俺に任せておけっ! 次はちゃーんと狙って撃ってやる!」

「……バカ! これだから大人ってやつは!」

 

 ピーター・パンの永遠の子供心に浮かんだ冴えた閃き――突然現れたネバーランドの敵を、この狡賢いライバルと力を合わせて倒そう――はあっさり砕け散りました。二人がそうしている間にも、蒼い鳥は恵まれない子供たちを無慈悲にもどんどん幸せにしていきます。個人の勇者を相手にするよりも、その他大勢を襲うことを優先しているのです。

 

 ピーター・パンは、この挟み撃ちを受け入れるしかありませんでした。

 ぐっと奥歯を咬んで空を飛ぼうとすると、キャプテン・フックは言いました。

 

「……まあ待て、ピーターパン。

 まだ大砲の装填が終わっとらんわ。

 こいつを使え。

 ソリッドフレーム装填式、シングルアクションタイプの六連発リボルバーだ。

 あの大きさで、剣を振る距離なら下手糞でも当てられよう」

 

 キャプテン・フックは以外にも、怨敵に『海賊の拳銃』を渡しました。その言葉どおり、大砲の装填を待っているのでしょう。ピーター・パンはその以外さに、目を白黒させました。

 

「えっ? いや、でも、俺、銃なんか使ったことないし……」

「フン。よく見てろよ、こうして撃鉄を起こして……こう引き金を引いて撃つのだっ!」

 

 汚い大人のキャプテン・フックは、銃の撃ち方を教えるフリをして、ピーター・パンの頭を狙って引き金を引きました。人ならざる反射神経で避けるピーター・パンは、ムカッときたのでフックの手から銃を盗んでしまいました。

 

「ふざけんなバーカ! こいつは没収だっ!」

「ああ! 使って欲しいのだ! あとでちゃんと返せよっ!」

 

 ピーター・パンは片手にカットラス、片手に『海賊の拳銃』を持って、目も眩むような速さで飛び上がり、再び不幸の蒼い鳥の元を目指しました。その間にティンカー・ベルは、彼に妖精スキルを掛けなおしていきます。

 

「おばあちゃん。また来たよ」

「また来た、また来た。無駄なのに」

「ふぇっふぇっふぇ。

 あやつこそがこの箱庭世界の"主要登場人物"に相違あるまい。

 この箱庭世界ごと、我らが神に献上しなければ」

 

 不幸の蒼い鳥を構成する意思たちは口々にそう言って、地上への蹂躙をそこそこに、回避を優先する立ち回りに変えました。ピーター・パンは拳銃を上手く隠して、先ほどまでと同じようにカットラスで斬りつけました。もちろんかすりもしませんでした。

 

『お願いっ! 当たって!』

「耳元で怒鳴るな! 一撃で仕留めてみせる!」

 

 そうしてほかに打つ手がないと見せかけておいて、何度目かの斬りつけのときに、避ける先を上手く狙って拳銃を撃ちました。

 

「ギャアアアアァァァアアアアアッ!」

 

 ミチルは悲鳴をあげました。ピーター・パンは、人ならざる学習速度で拳銃の扱い方を理解し、初使用にして飛び回る魔獣相手に、あっさり弾丸を当てました。音と衝撃で怯んだ隙に、カットラスでザクザク斬りました。次はチルチルが悲鳴をあげました。

 でも、魔法使いのおばあちゃんは悲鳴をあげませんでした。

 

 そのとき初めて不幸の蒼い鳥に、ピーター・パンへの憎悪が浮かびました。

 

「遊びに付き合ってやれば、このクソガキがあっ!」

「うっせーもう喋るな! お前なんか死んじまえっ!」

 

 不幸の蒼い鳥はピーター・パン目掛けてソウルの連射を撃ちました。

 ティンカー・ベルの『妖精の舞』が機能して、まるでソウル弾の方からそれていくかのようにピーターは避けました。

 ピーター・パンは不幸の蒼い鳥を斬りつけました。

 もう回避の指示がないために、カットラスは一撃はついに不幸の蒼い鳥の急所を捕らえました。

 

「ギャアアァアアァアァアアァァアアアア!」

 

 魔法使いのおばあちゃんは悲鳴をあげました。

 そこでようやく不幸の蒼い鳥は、空に溶けるようにして、冒涜的な姿を消したのでした。

 

「や、やったぞっ! やっつけた!」

「いまだーっ! 撃てぇー!」

 

 ドカンと一発、また大砲の音が響きました。黒い球弾はピーター・パンの背中めがけて飛んできて、けれどサッと動けば当たることなく、そのまま地上に落ちました。ピーター・パンは船上に戻って、カットラスを振ったり銃を撃ったりと海賊連中を黙らせました。

 

 途中で弾切れになった拳銃を「つかえねー!」と叫んでポイッと船上に放り捨てて、その後ようやく、みんなのところへ戻ることにしました。

 

「……こりゃあひどいや。こんなのって無いよ」

 

 空の帰り道からは、恐ろしい風景が見えました。港町の方も、インディアンキャンプの方も、妖精の谷も、人魚の泉の方も、ワニの棲む湿地帯も、どこもかしこもひどいことになっていました。あの蒼くて醜い鳥の化け物の他にもなにかがいて、そいつが暴れていたのかもしれません。生きているものより、死んでいるもののほうがよっぽど多くて、ピーター・パンが住む島には嘆きと悲しみの声が溢れていました。

 

 では彼の隠れ処がある森林の奥地はというと、スライトリー、カビー、ツインズ、ニブス、トゥートルズ……地上を任せていた仲間たちはみんな死んでしまっていました。ピーター・パンは深く悲しみました。せっかく仲良くなったのに。

 

「ふーん可愛いじゃん。そいつの身体もいただくか」

「えっ?」

『えっ?』

 

 後ろから、そんな声がしました。

 いつの間に、と思ったピーターパンが振り向くと、そこには妖精がいました。

 どこかで見覚えがあるようで、まったく見たことのない妖精でした。

 見たこともないほどの邪悪さでした。

 まるで妖精の皮を被った別のナニカのよう。

 その手には、白紙の本がありました。

 ティンカー・ベルはいなくなっていました。

 

「えっ?」

「いやーアイツ大言壮語叩いといてなっさけないよねー。

 我が神よぉ、おまかせくだされぇ~。とか言っといてコレだよ?

 あんまりにも惨めでダサくて恥ずかしくてみっともなくて面白かったから助けてあげちゃった。

 ボクってやっさしい! ふつーの悪役とかなら即ぶっ殺しちゃってるところだよっ!

 ま、それはそれとして、キミも貰っていくね?」

 

 ピーター・パンの全身が、淡い虹色の光に包まれました。

 訳がわかりませんでしたが、なんかよくわからんが喰らえとばかりにその妖精? をカットラスで斬りつけようとしました。

 

『やめてピーターっ!』

「えっ!? なんでっ!?」

 

 突然、目の前の邪悪存在からティンカー・ベルの声がしました。咄嗟に手を止めた頃には、ピーター・パンは彼女の手にあった白紙の本の中に閉じ込められてしまいました。

 

 なんだかよくわからないけれど、とにかく本の中から出ようとすると『ピーター・パンは許可無く異世界に渡れない』という文字がどこかの何かに書き加えられて、本の世界からネバーランドに出ることができなくなりました。

 

 機転を利かせて『機転が利かなくなる』どうにかしようと考えて『小さくて可愛い子どものこと以外考えられなくなる』助けを呼ぼうと『誰もお前を助けようする奴なんていない』やめてくれっ『やっめっませぇぇぇえええええええんん!!! きゃひひひひあははあはあはっ!!!』

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 妖精の皮を被った……もとい、外見を偽装するべく数々の妖精をアバターとして取りこんだ創造神メアリィ・スーは、その見た目を自分好みに改変しつつ、ピーター・パンという存在を一冊の本にして、書いたり、消したり、書きなおしたり、書き換えたりして、こんな童話にしてしまいましたとさ。

 

 

 

 夜更かししている子供にはピーター・パンが来るよ。

 彼は子供を連れ去って一生牢獄の国に閉じ込めるんだ。

 ほら、今にも窓の外に……

 

 ボクハ キミガ スキ

 アイシテル アイシテル アイシテル

 アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル

 アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル

 

 

 

「ちっ。手こずらせやがって。

 ボクは キミガ キライ、っと。

 あーあ。ぶっ壊れちゃった。

 必死に抵抗するからついやりすぎちゃったよっ。

 やめてよね。ボクが本気になったら君なんかが勝てるわけないだろ」

 

 彼女は童話【ピーターパン】となった白紙の本に"改変後の外見"を書き加えていきました。ピーター・パンは、元の緑単色のコーディネートから、色とりどりのスカーフをたなびかせる全く別の何かに変わっていました。その手にカットラスは無く、顔は真っ白、目の周辺を赤く尖った十字に塗られて、まるで道化のようでした。それほどまでに書き換えなければ、支配しきれそうになかったからです。

 

 それから彼女は"敵対するものに見つからない"属性を内包する隠れ処『首吊り人の木』の特性を読み解いて、そこを聖域に……いえ、聖森一帯をロストエンパイア構想に取り込むことにしました。

 

『首吊り人の木』の付近はメアリィ・スーに敵対する者には見つけられず、また、森林部のあり方を改変して『捨てられの森』に、つまりメアリィ・スーの趣味趣向に叶いそうな者たちが自然と集まる領域としました。

 

 あと、妖精の谷と人魚の泉も何かと使い勝手が良さそうなのでキープすることにしました。

 

 メアリィはかんぺきすけじゅーる帳を取り出して、その内容を書き換えました。書き換えるならかんぺきじゃないと思うかもしれませんが、後期クイーン問題の解決方法の一例を述べるならば、作者が一番最後に書き込んだ情報が一番正しいものと見做せば、これは完全で完璧なすけじゅーるなのです。

 

 

 

 聖域⇒聖森(首吊り人の木)

 聖域周辺の森⇒捨てられの森に改変(入居者急募! 夢を持っている方、ここならその夢、叶えられますよっ! 優しい妖精が丁寧に夢を叶えてくれる、アットホームな森だよっ♪)

 キープ↓

 人魚の泉・海の代わりに使う? 考えちゅー。とりあえず聖森の南において、先住民は皆殺しにしとこうっと。

 妖精の谷・今まで通りソウル集めしてくれる妖精には手をつけない。拾ってきた死体も使いまわすかもだから残しといてもらう。逆らうやつとか可愛いやつはみーんなアバターとして収集。予備生命。そのうち構造改革して残機無限の不死化する予定。場所はいったんそのままで、名前は牢獄の国に改変。

 

 

 

 それで、メアリィはそのようにするべく、あたかも天地創造、あるいは天地崩壊のようにネバーランドから森林部と妖精の泉をごっそりと消し、そしてヨーロッパのようでヨーロッパで無い、ほんの少しの地域の違いで人生が千差万別に変わり、個々に思い描く夢を神の名の下に漠然とまとめる、あやふやな概念渦巻く箱庭世界にドーンと追加させました。その森は彼女に害異のある者には見つけられませんから、行き場を無くした者だけにしか目にする機会はありませんでした。

 

 クマのぬいぐるみ「タディ」は、『首吊り人の木』の部屋の奥、ベッドに一人寝かされたまま、改変の結果取り除かれるその日まで、いつまでもいつまでも主人達の帰りを待っていましたとさ。

 

 

*1
原作においてはソウルの放射は使用しないが、魔術ビルドっぽいし覚えているものとして二次創作




 
 
 第一回、なぜなにロストエンパイア創造記

Q1.ピーター・パンはどうしてこうなった?
A1.ブラソ1時点で原型が無くなるくらい片言キチガイになってたので、原型がなくなるくらい弄られたんだなと想定し、このように二次創作しました。たぶんグニキもこんな目に近いことにあってそう。早く彼女を愛さなければ。

Q2.ティンカー・ベルはどうしてこうなった?
A2.ブラソ2助言より彼女の近くに「奴じゃない。」とあります。つまり、ティンカー・ベルには『奴』を連想させる要素があったということ。また、ブラソ2の『奴』は無印ブラソの第一形態とは別の姿にさせられていたことから、アバターはとっかえひっかえできるものと仮定してこのように二次創作しました。



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童話【ピノッキオ】

 むかしむかし、ロンドン暮らしの大工のチェリーは、その日暮らしのカツカツでした。

 親方の支払いは今ひとつですし、そのくせ技術は教えてくれず、家賃を払って日々パンを買えば、貯金なんかできません。

 

 なんとか楽して儲けたいな。

 神様助けてくださいな。

 

 ロクな信仰心もないくせに、困った時だけ神に助けを求めてみると、人通りの無い路地裏をのほうから、哀れを誘う泣き声が聞こえます。どこぞのストリートチルドレンでしょうか?

 

 なにかと思って覗きこんで見ると、喋る丸太が転がっていました。

 

「誰も助けてくれないよぉ。孤独だよぉ。

 誰か助けておくれよぉ」

 

 ああ、俺もどこぞの狂人のように狂ってしまったのか?

 その声の出所が丸太と知って、チェリーが最初に思ったのはそれでした。

 ここ最近、精神疾患の犯罪者たちが、精神病院に収容される事件がどんどん増えているのです。

 無視して帰ろうとも思いましたが、あまりに哀れな声なので、チェリーは話しかけてしまいました。

 

「誰だよ、ぎゃーぎゃー泣いてんじゃねえ。

 泣けば助けてくれるのか」

「ああっ! だ、誰ですか!

 芽が出せなくって、見えないんです!

 私の声が聞こえますかっ!」

「聞こえてるよ。俺が誰かなんてどうでもいいだろ。

 おまえ、喋れるんだな」

「しゃ、喋れます喋れます!

 水を撒いてくれませんかっ?

 日向ぼっこしたいですっ!」

「知るか。だが、何とかしてくれそうなじーさんなら知ってるぜ。

 今からつれてってやるから、少しのあいだ黙ってろよ」

「はいっ! 黙りますっ!」

 

 大工のチェリーは仕事でもないのに、その丸太を肩に担ぎました。

 それで、よっこらしょっと歩いていき、人形職人のグリッド爺さんのところへ行きました。

 

 喋る丸太なんて、高く売れるぜ! チェリーはそう考えていて、はたして彼の狙い通り、喋る丸太は高く売れました。賃金一年分近くありそうです。チェリーは明日仕事をやめて、暫く楽してやろうと思い、気分良く家に帰りました。

 

 そう、喋る丸太は、チェリーだけに聞こえる幻聴ではなかったのです。

 

 一方グリッド爺さんは、喋る丸太から人形を創れるなんて夢のようだと思いました。腹話術師がいなくたって、簡単に人形劇ができそうです。上手く興行してまわれば、さっき支払ったお金なんて容易に回収できると思いました。

 

 お爺さんは何日も何日もかけて、丸太から人形を削りだしました。

 

「さあ完成だ。お前の名前は『キノッピオ』だ!」

「……キノッピオ? 僕はジャックじゃ、ないの?」

「ジャック? ああ、違うぞ。今日からお前はキノッピオだ!」

 

 おじいさんに名前をつけられると、ピノッキオは頭を抱えて唸りました。グリッド爺さんはその様子に不気味な予感を感じます、何となく身構えていると、バッと頭を起こしたピノッキオは、道具箱にある彫刻刀を掴んでグリッド爺さんに襲い掛かってきました。

 

「ぐわっ! なん……で……」

 

 ロクに抵抗できないままに、グリッド爺さんは喉を刺されました。キノッピオはその問いに答えず、また頭を抱えました。

 

「ああ、キャラがブレる……誰だよコイツ……頭おかしいんじゃねーの?

 テメーなんかにくれてやるかよ……オレは何人目で、何番目だ? ええっ?

 今度は誰を混ぜられた? これじゃ中核が歪んじまうぜ。

 クカカカカッ。いや、違うな。オレはこんな笑い方じゃない。

 キッシシシッ。コレも違うな。

 ガハハハハッ。これじゃない。

 ……まあいい後だ。先にジジイを始末しねーと。そいつが"奴"の筋書きだかんな」

 

 ピノッキオは、両手で首を押さえながら仰向けに倒れ、かひゅうかひゅうと呼吸が漏れる、グリッド爺さんを見下しました。

 

 人間の構造は良く出来ている。

 自然に創られた物ではない。

 どう見ても神の創作物だ。

 

 そんなことを思いながら、ピノッキオはお爺さんの喉を狙って再び彫刻刀を振り降ろしました。グリッド爺さんは仕事部屋で息絶えました。

 

 ピノッキオは気付いていました。自分がイカれた神サマの言いなりでしかなく、童話の中から再構築された存在だと。

 

「しっかしゴチャゴチャした部屋だな。仕事部屋か?

 他に誰もこなきゃいいが……それで? 

 今回オレはどんな役割(キャスト)なんだ? 何をすればいい。

 とりあえず『ゼペット爺さん』役は殺したが……また相棒と組んでジジイの追いはぎでもすりゃいいのか? まさかダンジョン攻略じゃないだろうな? ダンジョンはもうこりごりだ。

 ……どうせアンタがいるんだろう? 指示があるなら出してくれ」

『指示待ちの姿勢は関心しないなー。ちょっとは自分で考えてもいいんだよ?』

 

 ピノッキオの問いかけに、創造神メアリィ・スーは答えました。直接脳内に(ピノッキオに脳があるかどうかはさておくとして)その声が聞こえると、ピノッキオはうんざりとした様子でため息をつきました。

 

「自由にさせるつもりなんかないくせに」

『きゃひひっ。まあまあ、今回の君は魔獣『猟奇殺人鬼ピノッキオ』だよっ。

 子供の死体調達のメドはついたんだけど、大人の死体はむつかしくてね。

 バラバラにして、妖精でも運べるサイズにしてくれないかなっ?』

「死体なんて墓から暴けばいいじゃないか。地面の下になら幾らでもいるだろう?」

『死にたてじゃないとダメなんだってっ♪』

「ケッ。オレがテメーを殺してぇよ」

『できるものならどうぞぉ?』

 

 インモラルな言葉が飛び交う中、ピノッキオの鼻が伸び縮みすることはありませんでした。メアリィ・スーは、自分の無力を悟りつつも未だに自分に殺意を抱くピノッキオに好感を持っていました。だから何度も使いまわしているのです。リアクションが面白いですからね。ただし殺意は本物でも、心の折れた諦観が混じっているのが今ひとつ物足りなく思えました。

 

「……ああ、殺せると思ったら殺してやらぁ。そのうちアンタを殺してみせるさ」

 

 ピノッキオがそう言うと、鼻がにょっきり伸びました。自分ではメアリィ・スーを殺せないという諦観が、心と言葉の齟齬だとして、嘘判定となったのでした。ピノッキオは慌てて否定しました。

 

「おおっと。ウソウソ。今のはナシだ。

 ……まずは指示を承った。今日からオレは猟奇殺人鬼ピノッキオ。

 死体損壊狂いのキチガイで、見つかる遺体は毎回部位欠損する。

 欠けた部位は行方不明で、二度と見つかることは無い……って設定はどうだ?」

『うんうんっ。

 ピノッキオは自分でキャラエディットできてエラいねっ。

 何度も使いまわした甲斐があるってもんだよ!

 それ採用っ! そんな感じでヨロシク!』

「えーと、頭、右腕、左腕、右足、左足、胴体……内臓をバラバラにしても?」

『いいよーっ』

「ならモツ抜きもしますか。ほっほっほ……

 おっ。なんかオレ、こんな笑い方だった気がする。

 つーか一人称はオレじゃなかったような……もっと丁寧語だったか?

 相棒を造っても良いでしょうか?」

『もちろんいいよ?

 まともに動けなくなる前に、とにかくたくさん殺してくれると嬉しいな』

 

 およそ正気の沙汰とは思えない会話は、そこでようやく終わりました。ピノッキオは血に塗れた彫刻刀を改めてお爺さんの胸元に突き立てると、残る道具箱の中身を使って、喋る丸太の残りを人外の早業で削り、あっという間に小さな人形たちを造りました。

 

「ピノッキオッ! 久シブリダナッ!」

「相棒、お久しぶりですね」

「アノジーサン、早クバラシテ裂イチマオウゼッ!

 久々ノ解体ダ!!」

「ほっほっほ。そうですねぇ。

 では獲物を探しに参りましょうか」

 

 糸で操る喋る相棒と、意図で操る殺人人形二体。合わせて四人はピノッキオの意思で、家中から良さそうな凶器を引っ張り出しました。

 

 相棒は定番の包丁を選びました。

 殺人人形二体は布断ちハサミの止め具を外して、二人で分け合うつもりのようです。

 ピノッキオは、暖炉に火をくべるサイズに木材を切る、ハチェットを選びました。

 それぞれ獲物を手に持って、グリッド爺さんを取り囲んでズタズタにしてしまいました。

 

 どの部位を持ち去ろうかと考えて、職人技が詰まった両腕を選びました。妖精とやらが持ち去れるように、両手首から肘、肩と間接部で分けておきました。

 

 するとどこからともなく妖精が現れ、それぞれ持てそうなパーツを全身でかかえて持ち去ってしまいます。ネバーランドの牢獄の国で、なにかしらしてしまうのですが、現場担当のキノッピオがそのこと知ることはありませんでした。

 

 他の部位は猟奇的殺人が起こったこと分かりやすく示すように凄惨に仕上げ、その遺体に寄り添うようにして掌サイズの人形を一体、残していきましたとさ。

 

 

 

 自由に身体が動くのは自分の意思だけれど……心は見えない神の意図で操られているだけ。

 

 自分だけじゃない。

 人間も同じ。

 そこになんの違いがあろうか?

 だったら私も、人間と同じようなものでしょう?

 

 

 

 子ども遊び(チャイルドプレイ)殺人事件。

 それはロンドンのイーストエンドにあるホワイトチャペル地区や、その近隣で起こった最悪の連続殺人事件です。数日起きに事件が起き、警察をあざ笑うかのように、次々と殺されていきました。

 

 特徴としては、どの死体も体が切り刻まれ、部位欠損していることです。また、現場に人形が残されるという点もありました。

 最後まで確たる証拠を突きつけ真犯人が捕まる、ということはなく、未解決事件として不朽の謎となった真犯人の正体については、人々の想像力をかき立てることになりました。

 被害者は以下13名。

 

 グリッド・スミス(54歳・人形職人)

 マーシー・タブラム(39歳・売春婦)

 メアリー・ニコルス(43歳・売春婦)

 チェリー・ゴードン(23歳・無職)

 キャサリン・エドワード(46歳・売春婦)

 メアリー・ジェニファー(25歳・売春婦)

 アリス・マーグメル(40歳・売春婦)

 カルロス・カーター(51歳・大工)

 メアリー・アン(20歳・売春婦)

 フランシア・コールズ(25歳・売春婦)

 マリー・シャーロット(30歳・売春婦)

 メアリー・カービン(31歳・売春婦)

 シーザー・ベント(27歳・腹話術師)

 

 現場に残される人形は、グリッド・スミス氏手製のもので、彼が第一被害者なのは疑うべくもありません。事件のたびに人形のサイズは大きくなり、最後の被害者であるシーザー・ベントの傍に寄り添っていたのは、黒いレインコートを着た五十センチ近くある操り人形でしたとさ。

 

 

 






 執拗にメアリーを狙っていくスタイル。

 


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童話【ブレーメンの音楽隊】



 本日二話目。

 


 

 

 むかしむかしあるところに、人間に飼われたロバがいました。

 ロバがだんだん年老いてくると、力がでなくなってきて、だんだん働くのがしんどくなってきました。

 そこで主人は肉にしようと、ある日の夜にロバを絞め殺しにかかりました。

 

「いままで働いてやったのに、この仕打ちはなんだっ!」

 

 怒ったロバが主人を蹴ると、動かなくなってしまいました。

 ロバは殺っちまったと怖くなって、慌てて逃げて行きました。

 

 しばらく道を進んでいくと、路肩にうずくまっているのに、ぐるぐる唸る犬がいました。

 どうにも疲れているようで、飛び掛かる元気は無いようです。

 ロバは犬に尋ねました。

 

「犬くん犬くん、どうしてそんなに唸っているんだね?」

「ああ、こりゃ失敬。こいつはきみに向けてじゃないんだ」

 

 犬くんは言いました。

 

「僕は猟犬なんだけど、下手糞な主人に操られて、僕も下手糞扱いなのさ。

 そしたら主人は『この無能!』って僕を殺そうとしやがった。

 だから喰い殺して逃げたのさ。

 ざまあみろ。無能はどっちだってんだ。

 だけどこれから、どうやって食っていったらいいんだろう?」

「やあ、同類だ同類だ。

 ぼくも主人を蹴り殺したところさ。

 食うも困るならあいつを食っちまえばいい」

「おや、いいのかい。ありがとう」

 

 ロバは犬の話を聞いて、得も知れぬ安心感を得ました。

 同じ境遇の動物は、自分以外にもいるのです。

 ロバは犬と一緒に道を引き返して、元・主人を犬に食わせてやると、旅の仲間になりました。

 

 それからまた別の道にいくと、今度はネコとあいました。

 美しい白い毛並みを乱していて、とっても疲れているようです。

 ロバは猫に尋ねました。

 

「猫くん猫くん、どうしたんだい?」

「私は飼い猫なんだけど、変態な主人に言い寄られて、異種姦されかけていたの。

 もうありえないったらないから、ナニ食い千切って逃げてきたのよ。

 ふんっ! ちみっこくて、噛み千切りやすいサイズだったわ。

 だけどこれから、どうやって生きていけばいいのかしら?」

「やあ、同類だ同類だ。

 ぼくらも主人殺しの仲間さ。

 一緒に行って、人間どもに復讐しようじゃないか」

「あら楽しそう。私も行くわ」

 

 ロバは猫の話を聞いて、義憤にかられてきていました。

 人間は、家畜ならどんな扱いしてもいいと勘違いしているかもしれません。

 隣国で起きたという革命から何も学んでいない人間に革命を!

 

 三匹は、思いつく限りのアカそうな歌をおのおの歌いながら、意気揚々と道を行きました。人間がそれを聞いたなら、三匹の異なる種族の動物が仲良く鳴き声をあげる、異様の風景に見えたでしょう。

 

 それから三匹の逃亡者たちは農家の家を襲いました。

 

 ロバがドアを蹴破って、犬が寝ている人間を襲い、猫は魅力的に鳴いて、飼われている動物達に革命を謳いました。

 

 すると猫に感化された鶏が、門の上にとまって、声をかぎりに鳴きました。

 

「うちの奥さんは無慈悲にも、明日スープに入れてオレを食べるつもりだと言ったんだ!

 オレは頭を切られるところだった!

 毎朝オレに起こされてるくせに、人間は何様のつもりだ!」

「おーそうだーいいぞー!」

「家畜の産業革命のためなら、ニワトリ爆弾にだってなってやる!」

「俺もなるぞ!」

「俺だってなるさ!」

「これ以上支配者階級的農家どもの搾乳を許すな!

 牛を開放せよ! 山羊を開放せよ! 人間に乳を搾らせるな!」

「革命せよ!」

「乳を搾らせるな!」

「革命せよ!」

「おっぱい!」

 

 トサカの先っちょまで真っ赤にした過激派の鶏達は、めいめい飛び出していきました。

 その様子を見て、ロバはびっくりして言いました。

 

「うわあ過激だなあ。

 猫くんは扇動上手だねぇ」

「正直言ってドン引きだよ。

 僕、ちょっと何人か自分で噛み殺せれば、それでよかったのに」

「あらそう? やるなら徹底的にやらないと」

「おや、幹部連中は大人しいもんだぞ。

 オレはちっとばかし言いすぎたと反省してるんだ」

 

 猫に感化された鶏は、冷静そうに三匹の集まりに混じってきました。

 声がでかいだけの鶏ではなかったようです。

 鶏は、申し訳なさそうにいいました。

 

「オレも一緒についてっていいかい?

 革命がどうこうじゃなくって、人間に復讐したいんだ」

「もちろんいいとも。

 声無き者の鳴き声ってやつを、人間どもに思い知らせてやろうじゃないか」

「僕たちが歌えば、きっと世界中のみんなを救う事だってできるんだ」

「にゃあん。そうねぇ。世界を救うだなんて、大それたことだけど……」

 

 鶏を加えて四匹になった一行は、革命を謳う音楽隊になって農村部をさんざん荒らしまわりましたが、ブレーメンを目指す途中でドイツ軍に鎮圧されましたとさ。

 

 

 

「うーん動物物語……いいねっ! 童話の王道だよっ!」

 

 創造神メアリィ・スーは、それらの様子を"監視する者"ごしに観察しながらいいました。

 できた死体とソウルはいい感じに回収して、別の何かを再構成する際の素材にする予定でした。

 

 遊ぶのはほどほどにして、ロストエンパイア構想を進めなきゃなーと思わないでもないですが、こっちはこっちで楽しーいとメアリィは悩みました。さし当たって今の遊びを無駄にしないためにも、動物達の夢見た畜産業革命を元に、牧場ステージを創ろうと思いました。

 

 

 牧場・人間が餌。もう一捻りほしいかも。いろいろ混ぜ混ぜして究極生物でも創っちゃう? その辺はおいおい。とりあえず聖森の東辺りに置いておこうっと。

 

 

 ところで、彼女の現実改変能力は、幾つかのパターンがありました。

 

 あらかじめ書いておいた筋書きに登場人物とした対象に沿わせる因果干渉型。

 起こった出来事を書きとめて、好きな部分を再構成する状況再現型。

 まっさらな本に対象を閉じ込めて徹底的に改変する個人特化型。

 本から呼び出して味方として操作する夢霊召喚型。

 対象に本を埋め込んで登場人物へと改変する書き換え型

 もにょもにょとチートコードを呟いて改変する後付け入力型。

 上記に当てはまらない特殊改変型。

 

 たぶんどれもに一長一短があって、他のパターンもあるでしょうが、細かいところは抜きにしてしまえば、まあおおむね、このへんに収まりそうな気がします。

 

 いずれにせよ干渉元となる"素材"がなければ、彼女は改変できませんでした。

 ゼロから全てを創りだし、それを自在に操るなんて、大それたことはできないのです。

 いや、現実改変なんて十分狂った性能ですが、完全無欠の現能ではないということです。

 

 メアリィは早速牧場の様子を見に行きました。

 既に北風と太陽が荒らしまわっていました。

 

「人食い動物どもめっ! 

 魔獣じゃねえようだが、どっから出てきやがった!」

「オレがまとめて薙ぎ払ってやるぜっ! "北より来たりて貪りつくす者(ディーヴァシュトルムボレアース)"!!!」

「あーっ! ボクのロストエンパイア構想が!!)

 

 北風の騎士ボレアスがなんか超必殺技っぽいのをつかうと、牧場の夢は吹き飛んでしまいました。

 

「ばーかばーか! やーめーろーよー!

 ……ちっ。どっかから出てくるかもしんない神格を吊り上げるために自由にさせといたけど、そろそろバッドエンドにさせちゃおっかな。お前ら調子コキすぎ」

 

 メアリィは感情的に怒りを露わにすると、一冊の本を取り出しました。

 タイトルには【ドン・キホーテ】と書いてあります。

 もちろん内容は改変されていて、クライマックスには三、四十ばかりのギガンテスが現れます。

 

 原典においてその巨人は、ドン・キホーテが風車と見間違えたものでした。

 ドン・キホーテは、魔術師がどうのこうのといってお話が終わります。

 

 対して改変後は、魔法使いのおばあちゃんに頑張ってもらいます。

 風車を核に、黒くしたソウルをしこたまぶちこんで、ギガースモドキを造ってもらうのです。

 

 北風と太陽にまだ神格が残っているのなら、ギガンテスを殺すことはできません。

 北風と太陽がかつて神であった力を失い、生粋の騎士へと完全に改変・変容しているのなら、ギガンテスを殺すことができるでしょう。たぶん。

 

 分岐は分かれてしまいますが、もしもこの物語から生き残ったなら、より悲惨で無残で哀れなバッドエンディングを用意するだけですから、メアリィに損はありません。

 

「きゃひひひあはっ。マルチエンドなんて初めてだなぁ。

 こんなとこでテストできるなんてちょうどいいやっ♪

 オベンキョーさせてもらうよ二人ともっ♪」

 

 創造神メアリィ・スーは、北風と太陽を童話【ドン・キホーテ】の登場人物にしてしまいました。もっと自由にさせて色んな状況下での行動パターンを取るはずだったのですが、彼女はそんなことすっかり忘れてしまいましたとさ。

 

 




 
三匹の豚「ワイらの出番は?」

メアリィ「まだです」

 


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童話【アリとキリギリス】

 

 

 むかしむかし牢獄の国には、数え切れないほどたくさんの妖精がいました。

 元はといえば妖精の谷(ピクシー・ホロウ)という名前のついていたそこは「人間の赤ちゃんが初めて笑う時、それと同時に妖精が生まれる」設定のとおり妖精が生まれていました。

 

 そこでみんなは、地獄のような労働を強いられていました。

 

 妖精たちは人間界(メインランド)に出かけて産まれたばかりなのに捨てられた遺体のソウルを集めたり、その肉体を持ち帰ったりしていました。無事に生きて連れて来られることもあるので、場所によっては赤ん坊の泣き声がしました。それはまあ今まで通りなのですが、このごろは大人の死体の一部やら動物の死体やらを運ばされるので、たまったものではありません。

 

 生きて連れてくることができた赤ん坊たちは、創造神メアリィ・スーが捨てられの森に連れ帰って、なにやら怪しげなことに"使って"いるそうです。

 口に出すものはいませんが、自分達はこんなことするために生まれてきたわけじゃないのになあ、と思う妖精はたくさんいました。

 

 ところで世の中には働きアリの法則というものがあって、ある一つの集団の中では、二割が働き者になって、六割が普通に働いて、残る二割が怠け者になる法則を意味します。

 

 妖精達のなかにも、メアリィ・スーの残虐さに感化される者もいれば、ことなかれ主義であんまり考えないようにする者もいれば、やだなあという気持ちを隠さない者もいました。はっきり口にだして反抗した連中は"素材"にされたので、もうここにはいません。

 

 ある秋の日、妖精の皮を被ったメアリィ・スーがやってきていいました。

 

「そろそろここ改変するよー」

 

 メアリィは自分と趣味趣向の近い妖精たちを『ダークフェアリー』と呼んで別種とし、捨てられの森に移住させました。

 普通に働いていた妖精たちは『人食い蟻』たちに改変されました。

 怠け者の妖精たちは『皆殺しキリギリス』たちに改変されました。

 

 そして、人食い蟻と皆殺しキリギリスを谷の一部に集めると、その領域を『鉱山』として、ロストエンパイアの牧場跡地北あたりに移設したのです。

 

「ゴールドラッシュをいまも夢見るもの来たれっ!」

 

 メアリィ・スーは鉱山付近の箱庭世界への入場設定を弄くると、かつてゴールドラッシュの旨みをたんと味わい、あの日々の事が忘れられず今も夢に見る者たちが、歓喜と悲鳴入り混じる鉱山を集まってくるようになりました。

 

『無限の黄金が掘れる鉱山』

 

 そんな偽りの看板を出せば、金の亡者たちが我先にとツルハシを始めとした採掘道具を持って入っていきました。

 こうして禁の鉱山(仮名)の中で、アリとキリギリスは餌に困らず仲良く暮らしましたとさ。

 

 

 

「とりあえずここはコレでよしっと。鉱山の先には……どれにしよっかなー。

 うーん。しかしアレがあんなオチになるとは……面白かったなァ……アレは」

 

 創造神メアリィ・スーは、手元に童話【北風と太陽】を取り出しながら、だらしのない笑みを浮かべて呟きました。

 

 義兄弟の契りを交わした二人の騎士……途中経過は省くとして、二人は童話【ドン・キホーテ】の筋書きに沿って動き、クライマックスでは風車小屋が良く働きそうな丘で、ギガースモドキたち、つまりはギガンテスと戦いました。

 

 一人は神の力を宿した騎士としてギガンテスと戦い、一人は一介の不死者の騎士としてギガンテスと戦いました。不幸の蒼い鳥は端役としてちょろっとでてきて自信満々にアレコレ語った後すぐやられました。メアリィは、蒼い鳥が雑魚過ぎて面白かったので助けてあげました。

 

 戦いの結果、一介の不死者となった者はギガンテスを殺せ、神が騎士のマネゴトをしている者はギガンテスを殺せませんでした。

 

「おまえっ、なんで……」

「知るかよ。巨人族を殺せたからいいじゃねえか」

 

 北風と太陽は口論になりました。

 片や神である事を無くしたものを非神者と罵り、片やそれでも世界を守る事はできるはずだと反論しました。

 

 その様子を見てなんだか楽しくなってきたメアリィは、不死者の方にチートコードを使って、先に手を出させました。

 

 二人は殺し合いました。

 もう止まりません。

 口論ですめばよかったのに、手を出してしまったのですから、もう止まることはありません。

 

 メアリィは惜しい事をしたと後悔しました。メアリィが手を出さなくても、もしかしたらそうなっていたかもしれないというのに、好奇心で展開を歪ませてしまったのです。この失敗を活かして、もっとこう、悲劇的な感じで仲違いさせる展開に持っていける筋書きを考えようと決心しました。

 

 二人は狂おしいほどに殺し合いました。 

 

 しかし、義兄弟の契りが働いて、どちらか一方が死んでも、どちらか一方が生きていれば、すぐに蘇ってしまいます。

 このままでは決着はつきません。

 決着がつかないまま争い続けるかに思えましたが、不死者のソウルはどんどん黒く穢れていきました。

 

 ついに不死者はその穢れを以て義兄弟の契りを破棄すると、血涙を流しながら神の騎士を殺しましたとさ。

 

 

 

 感動のあまり、妖精の皮を被ったメアリィ・スーは不死者の前に姿を現してしまいました。

 

「いやー最高! おめでとう! 

 ボクが思ってたよりずっと立派になっちゃってっ!」

「あぁん? 何言ってんだお前っつーか誰だよ」

「そだねー。いわゆる『黒幕』ってやつ?」

「っ! てめえがかあああああああああああああっ!」

 

 不死者は手にした剣でメアリィにすぐさま斬りかかりました。彼女はあえて両手を広げて、その剣を受け入れました。死なないのならば、いくら殺意の篭った刃を突き立てられても心地よいもののようで、メアリィは自然と嗤っていました。

 

「心を通わせた二人が殺し愛! そして誓約を裏切ったっ!

 身も心も人に近くなりすぎたばっかりに……

 人間って、なんでこんなことができるんだろーっ!

 ああ、素敵! なんて悲劇! ほぼイキかけました!

 このネタは絶対絶対ロストエンパイアでも使うから!

 ナイトさまネタの提供ありがとぉぉぉおおおおおぉぉぉおおおおっ!」

「このオレ様を……ナメてんじゃねぇーっ!」

 

 不死者の騎士はメアリィを半ばまで切り裂いた剣を引き抜き、その刀身に自らの属性を纏わせて、大上段から斬りかかりました。その一撃でメアリィ・スーは真っ二つにされてしまいました。

 

「やったかっ!?」

 

 不死者の騎士が叫ぶやいなや、妖精の皮から脱皮するかのように、創造神メアリィ・スーは真の姿を現しました。

 

「なん……だと……」

「じゃあ次はボクのターン♪」

 

 創造神メアリィ・スーが片腕を天に掲げると、光の中から無数の武器が舞い上がり、不死者に向かって雨あられの如く降り注ぎました。皆大好き例のアレと比べれば、水平に射出するのではなく上空から対地に撃ち降ろす形になってるので、パクリじゃなくてオマージュです。

 

「ぬわーっ!」

 

 たぶん対不死特効とかの何かがあったのでしょう。不死者はあっさりやられてしまいました。

 

「ハイ残念でしたー♪ 次頑張ってねー♪

 次があればだけど。くすくすくすっ♪」

 

 

YOU DEAD

「はいダメー。不死性は没収しまーす」

 

 

 メアリィが何事かをモニョモニョと呟くと、剥き出しの穢れた黒のソウルは淡い虹色の光に包まれ、そして童話【北風と太陽】の中に入っていきました。

 

 こうして創造神メアリィ・スーはダークフェアリーに分類した妖精種族にカットアンドペーストでもするかのように不死性を配りました。これで予備生命がどうこうとか関係なく、メアリィは妖精の皮を被っている間は不死の存在になりました。

 

 この本の中には、まだもう一人、不死性を内包したものがいます。

 彼女はいつかその不死性を剥いで、"主人公"に付与すると決めていましたとさ。

 

 

 

 

 






 あれっ。先に白雪姫書こうと思ったのにラプンツェル書く流れになってる……まあノリと勢いで書いてたらこういうこともあるか。

 


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童話【黄金のガチョウ】前編

 
 
 ああ、ついにヒロインの一人が羽虫の魔の手に!

 


 

 

 創造神メアリィ・スーは、黄金がもつ魔力というものを甘く見ていました。

 お金なんて、自分の現能の下位の下位の下位互換くらいにしか思っていません。

 

 ですが大抵のものとできる黄金というのは、欲深い人間にとっては富と幸福の象徴です。

 

 禁の鉱山(仮名)をロストエンパイア建設予定地に持ってきてから一冬も越さぬ間に、金の亡者達は炭鉱を掘り進め、これだけの黄金があればという豊かな想像力から黄金郷めいた楽園を創っていたのです。

 

 全ては金を夢見る人間たちが、理想に理想を重ねた結果でした。

 

 金の城壁。金の家々。金の家具。金の道路。金の木々。金の公園。金の池。金の城。金の塔……創造主ならぬ退廃主たちは、現実では叶わぬ夢が叶う箱庭の中で、贅沢の限りを尽くしました。

 

 人喰い蟻も皆殺しキリギリスも、金を掘りに来た連中を頑張って食べているのですが、金の亡者と比較して、いくらか執念が足りないようでした。

 

「やっべー金に狂った人間欲深過ぎでしょ。

 あーもーメチャクチャだよっ!」

 

 彼女が考えるロストエンパイア構想には、黄金郷エル・ドラードめいたものを築くつもりなんてありませんでしたから、いらないものは当然捨てるつもりです。

 

 愉悦成分込みで滅ぼすなら、コンキスタドールでも突っ込ませれば、連中から黄金を全部没収した上で土地も埋め立ててくれそうですが、そんな童話は創っていません。

 

 前回あらかじめ用意しておいた童話【ドン・キホーテ】は、北風と太陽で遊ぶためにわざわざ調べて書いたものであって、筋書きとしてパク……リスペクト改変したのはクライマックス付近程度でした。

 

 童話でもなんでもないものを書くためにとっても物知りなメイベルちゃん(本名匿名希望)のおうちに行ってコンキスタドールについて調べるなんてめんどくさいなあと思ったので、そんなことしませんでした。

 

 もう貰うものはもらってますし、貰ったものは返せませんから、貰ったものについてバレるリスクを負うようなことはしたくなかったのでした。

 

「やらせるならアンドール騎士団あたりにさせるけどさぁ……調べて内容書換えて素材使って再結成して……あーメンドクサやめやめっ! 

 もーいーよ。好きなだけ栄えちゃえばいいじゃん。

 積み上げれば積み上げるほど、最後に崩すのたのしーしねー♪」

 

 メアリィはアドリブで愉悦成分を抽出する方面に思考をシフトさせました。

 せっかく人間たちが頑張っているのですから、簡単に潰すのはもったいないです。

 どうせなら、絶望のオーケストラが聞きたいですからね。

 この黄金郷は、自ら手を加えたお手製の童話が馬鹿なことをしでかした展開とは違うのです。

 人間が、自分の手で、自分のためだけに創りあげたものなのです。

 素晴らしい。

 この光景から得られる教訓は、人の欲望には限りがないということです。

 それらを黒く穢し、貶める。

 なんと心地良さそうな未来予想図でしょうか?

 

「今すぐ決めるの、やーめたっ!

 この問題をどうするかは、もっとじっくり決めるべきだよっ! 

 考えるのに疲れたから遊びにいこーっと!」

 

 彼女は鉱山の頂上から、黄金にまみれた人間達から逃避するように回れ右して遊びにでかけましたとさ。

 

 

 

 ここから童話【黄金のガチョウ】

 

 むかしむかしあるところに、一日一個、金の卵を産むガチョウが産まれました。

 見た目は他のガチョウと同じなので、はじめのうちは普通に育てられたのですが、二度三度と金の卵を産むと、たちまち特別扱いされました。

 

「こいつさえいれば、俺はいつか大金持ちだ」

 

 男はそうほくそ笑むと、病気で死んでしまわないように、ガチョウを大事に育てました。

 

 ですがある日、金のガチョウは居なくなりました。

 金の卵を産むガチョウは気まぐれで、特別扱いに飽きたある朝、飛び去ってしまったのでした。

 

 そうとは知らずに飼い主の男は、誰かが盗んだに違いないと決めつけて、近隣住民に怒鳴りこみ、終いには盗人と決めつけた一人殺してしまい、自警団の御用になりましたとさ。

 

 

 

 渡り鳥のように、金の卵を産むガチョウは別の家に上がり込みました。

 見た目は他のガチョウと同じなので、はじめのうちはいつの間にか一匹増えたなと思われた程度でしたが、二度三度と金の卵を産むと、たちまち特別扱いされました。

 

「こいつさえいれば、俺はいつか大金持ちだ」

 

 男はそうほくそ笑むと、檻に閉じ込め枷をつけて、手元から逃げ出さないようにしました。

 風のうわさでガチョウのことを知り、二の舞を踏まないようにしたのです。

 ですが金の卵を産むガチョウは、檻に閉じ込めたその日から、卵を産まなくなりました。

 

「なんで卵を産まないんだよっ!」

「こんな環境で気分よく卵を産めるわけがないでしょう」

「言われてみりゃあ、そりゃそうだ」

 

 男がガチョウを檻から出して、枷も一緒にはずしてやると、ガチョウは男の両目を潰し、復讐を終えるとそのまま飛び去ってしまいましたとさ。

 

 

 

 渡り鳥のように、金の卵を産むガチョウは別の家に上がり込みました。

 見た目は他のガチョウと同じなので、はじめのうちはいつの間にか一匹増えたなと思われた程度でしたが、二度三度と金の卵を産むと、たちまち特別扱いされました。

 

「こいつの腹には、金の卵の元になる、金塊が詰まっているに違いない」

 

 男はそうほくそ笑むと、鉈でガチョウの腹をかっ捌いて、そのまま殺してしまいました。

 風のうわさでガチョウのことを知り、逃げられる前に稼げるだけ稼ごうと思ったのです。

 

 中からは男の予想通り、内臓の代わりに金銀財宝ザックザク!

 男は狂喜乱舞して、一生遊んで暮らそうと思いましたとさ。

 

 

 

 ですが翌日、金銀財宝は跡形もなく消え去っていました。

 

「はあ? なんで……」

「すみませんねえ。

 そいつは私のモツなんですよお兄さん。

 はっ。強欲者は殺してしまえと、きっと神様があたしを蘇らせたんです。

 神に祈ったことなんてないんですけどねえ」

 

 男が後ろに振り向くと、インディアンめいて全身を羽毛で覆う、奇妙な女が立っていました。

 奇妙な女は言いました。

 

「人間は醜い……どうせその内心には、ドロドロとした黒いソウルを蓄えているんでしょう?

 目には目を。

 歯には歯を。

 内臓には内臓を。

 その五臓六腑、怪盗グースがいただきますよ」

 

 そうして創造神メアリィ・スーの遊び心から産まれた魔獣『怪物強盗グース』は、人ならざる力で男の内蔵を掠め盗って殺してしまうと、家中しっちゃかめっちゃかにして、金目のものをみんな奪ってしまいましたとさ。

 

 

 

 けれどここで、怪盗グースは意外な行動に出ました。

 元となった"素材"の味が滲み出たのか、怪盗グースはガチョウ殺しの男から奪った金目のものを、恵まれない者たちにみんな分けてあげたのです。

 

 魔獣だと思われた彼女は、あらゆる全てが魔獣ではなかったのです。

『義賊グース』のベースとなる人格が誕生した瞬間でした。

 

「おー。割と内容スカスカな童話だから、こっからどういうオチになるかと思ったら……これはこれでアリだねっ!」

 

 思いもよらないストーリー展開に、メアリィ・スーは大喜びです。

 筋書きを書いていない部分においては、"主人公"たちは自由に動けるのですが、キャラクターが勝手に動いて意外性のあることをしてくれると、創造神冥利につきるというもの。

 

 ここからどうバッドエンドにさせるかは、創造神の腕の見せどころでした。

 

 義賊グースは、あるときはインディアン上がりの旅商人と詐称して、金の相場など分からぬかのように富豪に富を奪わせて、あるときは怪物強盗と化してその富豪宅へ目撃者を許さない残虐無比な強盗行為に働き、またあるときは義賊として金を貧民街にバラマキました。

 

 ブクブクと蓄えて肥えた富をかっさばき、搾取されてきた者に再分配する……それは確かに気高い行いかもしれませんが、けれど貧しいものは市場経済を知らず、日々生きるためにお金を使うばかりですから、支配構造に変化はありませんでした。

 

 ことの本質、構造そのものをどうにもしない、あるいはできないあたりが、メアリィには愉しくてたまりません。

 ついに我慢できなくなったメアリィは、ある日妖精の皮を被ってグースに会いに行きました。

 

「こんにちわーっ♪ 

 お姉さんが怪盗グースだねっ?」

「おやこんにちは妖精さん。

 その名をどこで知りました?

 目撃者はいない筈なんですけどね」

 

 グースは妖精の皮を被ったメアリィ・スーを殴打しました(ノルマ達成)

 死ななかったのでガチョウキックもくれてやりました(ナイスキック!)

 通常攻撃が2回攻撃で義賊のガチョウ娘さんは好きですか?

 それはさておき、不死性をもったメアリィは、なんともない様子でした。

 

「妖精は死なないから殴ったり蹴ったりしても意味ないよ?」

「そいつは参りましたねどうも。

 怪盗の正体がバレるわけにはいかないのですが」

「まあまあそれは言いっこなし!

 ボクは脅迫に来たんじゃないよっ! 

 今日は君を、金の亡者が集まる世界に招待しようと思ったんだっ♪」

「ほう?

 その話、詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

 金の亡者と聞くた途端、グースの目の色が変わりました。

 グースは自分と同じように、ハラワタに富を蓄えているものが大嫌いなのです。

 "素材"の味かもしれませんし、同族嫌悪なのかもしれません。

 

「海の向こうに黄金郷エル・ドラードの再来が見つかったのは知ってる?」

「いえ、海外のことは寡聞として知りませんね」

「そこには金の亡者どもがうようよいてね。

 このままじゃボクたちが住む聖森まで荒らされちゃいそう。

 怪盗グースの腕を見込んで、どうか助けてくださいな」

「やれやれしょうがないですね。

 神に代わってその亡者どもをあたしが仕留めてあげますか」

 

 誓ってここでメアリィ・スーは、チート行為を行いませんでした。

 現能を使わず"干渉"するなんて、なんだかイケナイことをしているようでドキドキしました。

 彼女は興奮しまくりましたが、興奮が顔に出ないように頑張ってガマンしました。

 果たしてグースは妖精の甘言に誘われ、二人は一緒に海を超え、二時間四十五分後くらいに箱庭世界の聖森へ辿りつきました。

 

「ただの森じゃあないですか。

 富の気配はしませんね」

「わー鳥人間だっ」

「ハーピィだっ」

「羽毛ぬいちゃえっ」

「わわわ。何ですかこいつらは」

 

 聖森の拠点領域『首吊り人の木』付近には、メアリィの思想、目指すべきビジョンに共感した三匹の側近の邪妖精がいて、わちゃわちゃとグースに絡みました。グースは殴ったり蹴ったりして三匹とも始末しましたが、すぐに復活してしまいました。

 

「ごめんねー? みんな気のいい子たちなんだけど。

 知らない人がきてコーフンしてるみたい。

 黄金郷はここから北東方面にあるよっ」

「そうですか。

 それはご丁重にどうも。

 さようなら」

 

 聖森の妖精たちが鬱陶しく感じたグースは、捨てられの森の北東部に拠点を作ると、バサバサと飛んで牧場跡地を無視し禁の鉱山(仮名)を超え、黄金郷エル・ドラードの紛い物の土地にやってきました。

 

「話には聞いていましたがこれほどとは……腕がなりますね」

 

 あらゆるものが黄金でできた都……それは、その地に住む人間もまた同じでした。

 強欲の行きつく果て、その地に巣食った人間は、あたかも童話【幸福の王子】のように、全身が黄金になっていました。

 目には宝石。指輪もジャラジャラ。

 私は成金ですと言わんばかりに悪趣味な、醜い本性を露わにしていました。

 

「どうせただの金粉でしょう。

 年がら年中金粉祭りだなんて、無駄遣いここに極まれり、ですね」

 

 グースがお勤めにかかろうとすると、しくしくと悲しげな声が聞こえてきました。

 両目を無くして血涙を流すみすぼらしい蒼い鳥が、目を取られ羽根を毟られたと泣いていました。

 それを見たグースは、必ずやかの邪知暴虐な者どもに天誅を下す心に決めましたとさ。

 

 

 




 
 
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童話【黄金のガチョウ】後編

 むかしむかしロストエンパイアに、理解しがたい黄金郷エル・ドラードのような、宝石を除いたあらゆるすべてが黄金に輝く都がありました。

 

 右も左もゴールド、ゴールド、ゴールド! 

 ロストエンパイアとして恥ずかしくないのか! 

 と言いたくなる有り様ですが、諸行無常の響きはのちほど。

 

 そんな土地へと海を超え、旅商人のグースがやってきました。

 

 黄金郷の住民は、黄金に光り輝いていないグースを見て、さぞや価値ある女だと思いました。

 皆一様に金色に染まった都では、金に染まらぬ宝石のように、彼女のことこそが美しく輝いて見えたのです。生半可な者ならば、この都に入るやいなや、みんな黄金になってしまいますからね。

 

 黄金郷ではもはや黄金はありふれすぎて価値はなく、黄金ではないもののほうがよっぽど価値がありました。

 

 そんななか、グースは黄金の庭が粗末な様子の金の家に目をつけると、黄金色のドアノッカーをコンコンと叩きました。

 出てきたのは、ルビーの目をした半裸の黄金の男です。

 

「こんにちは。

 あたしは旅商人のグースというものなんですがね。

 何か要りようじゃあございませんか?」

「やあやあ黄金じゃない者が来たぞ。

 お前は希少(レア)だ。お前がほしい」

「毎度ありがとうございます」

 

 グースがそう言って家に入ると、男はレアを味わおうと、グースの尻を鷲掴みしました。

 

「おっとっと。それではお代を頂戴しますよ」

 

 グースは尻揉み男から、ルビーの目玉を抉りとると、たちまちその全身の金箔を剥ぎ取って、見窄らしい銅と鉛ばかりの姿にしてしまいました。

 

「なっ、何をするっ!

 ちょっとケツ揉んだだけなのにこの仕打ちかよ!

 返せっ! 私の、金をっ!」

「すみませんねえ。返品に応じるつもりはありません。

 ああ、言い忘れていましたが、こちとら予告なく脱走してしまいますので悪しからず」

 

 金の亡者はその言葉を聞き、グースに襲いかかりました。

 グースは暗闇状態の男の股間を蹴っ飛ばすと、家から金目のものを持てるだけもって、飛んで逃げてしまいましたとさ。

 

 

 

 グースは拠点にお宝を蓄えると、再び黄金郷にやってきました。

 

 今度は黄金の庭の立派な黄金の豪邸に目をつけると、黄金の呼び鈴で黄金の召し使いを呼んで、黄金の屋内に招いて貰いました。

 

「黄金ではない旅商人よ。

 よくぞ参られた。ゆるりとなされよ」

「さっそく商談なんですが、今回ご紹介するのはこちらになります」

 

 黄金の豪邸の黄金の客室に案内されて、グースは黄金の椅子に座りました。そして彼女はマントめいた翼の内側に仕込んだ袋から、今まで殺してきた富豪から奪った『黒のソウル』を一つ取り出しました。

 

「どうです。禍々しいでしょう? 

 全ての命の源が、黒く染まった一品です。

 これを使えば……ええ、ただ握り潰すだけでかまいません。

 たったそれだけであなたはたちまち闇の力を得られるでしょう」

「ほう。それは素晴らしい。珍しいものもあるものだ。

 幾らほしい? 黄金なら幾らでも払うぞ。

 外の世界では、未だ黄金に価値があるのだろう?」

「そうですねえ。腐った黄土のような紛い物なんていりません。

 お代はその命で払って貰いましょうか」

 

 グースはバッと羽ばたいて、大物ぶった黄金色の男のサファイアの目を抉り取ると、たちまちその全身の金箔を剥ぎ取って、男を見窄らしい銅と鉛の姿にしてしまいました。

 

「グワーッ目潰し(サミング)グワーッ! 

 強盗だっ! ものども、こいつを殺せーっ!」

 

 見窄らしくなった男が叫ぶと、黄銅の鎧を来た用心棒が、わんさかわんさか現れました。

 グースはすかさず煙玉を投げると、目が眩んだ連中に捕まらずに逃げてしまいましたとさ。

 

 

 

 グースは拠点にお宝を蓄えると、再び黄金郷にやってきました。

 

 その頃になるとグースの悪行は広まっていて、みんなグースを一目見かけると、逃げるか襲いかかるかするようになりました。

 

 グースは逃げるものを追わず、集団で迫ってくる者からは逃げ、一対一ならば戦いました。

 それで、うまく瀕死に追い込めた一人に、こんなことを聞きました。

 

「ちょっとお訪ねしたいんですが、蒼い鳥の目玉の在処を知ってます? 

 知らなきゃ目玉をほじくります」

「ヒィッ。知ってます知ってます! 

 金城の兵が、戦利品だと自慢してました!」

 

 知りたいことが聞けたので、グースはそいつの目玉を抉らず、金箔を剥ぎ取るだけにして、そのまま逃がしてあげました。

 

 グースは金ピカの城を見て、潜入しようと決めました。

 瞳を奪われた蒼い鳥に、瞳を返してあげるためです。

 とはいえ神出鬼没を気取るには、グースは目立ちすぎました。

 

 無能な兵士たちを相手取るならともかく、城ともなれば都市部より、遥かに警備は厳重でしょう。

 

「仕方ありませんね。

 コレだけは使いたくなかったんですが……やりますか」

 

 グースは心底嫌そうに、いままで決して使わないようにしていた、真の童話力(どうわちから)を解放しました。

 

「あー! 御尋ね者の目潰しグースだっ! 捕まえろ!」

 

 都内を巡回していた黄銅鎧の兵士が、グースを見つけて叫びました。するとその掛け声にあわせて、わらわら兵士がやってきて、みんなでグースを捕まえました。

 

「な、なにぃ!?」

「うわあ! なにがどうなってるんだ!」

「手が、俺の手が! こいつから離れない!」

 

【黄金のガチョウ】の真の力を発揮したグースは、自らに触れた兵士の手を固めて、動けなくしてしまいました。その兵士に触れた者の手も、その兵士から離れなくなってしまいます。そんな連鎖があちこち起きて、グースを捕まえようとした連中は、みんな一塊になってしまいました。

 

「忌まわしいことに富とはさみしがり屋でしてね。

 より富がある方に、みんなで集まって固ろうとしてしまうんです」

 

 その童話力は、かつてアホッコから富を奪おうとした者への仕置きとして……と、グースが過去を思い出そうとしてとたん、頭が痛くなりました。アホッコの顔も、彼から富を奪おうとした宿屋の娘たちの顔も、まるで思い出せないのです。

 

 あれ、なんだっけ?

 あたしは魔女で、息子の名前はジャック?

 それとも、ジャックが買ってきたガチョウがあたし?

 マザー・グースは何者だ?

 ()()()()()()()()()()()()

 

 元から破綻した存在が、それ以上、アイデンティティーを、考えては、いけない。 

 

「くっ……ともかく、これであたしは無敵です。

 塊で動けば、皆が盾になってくれますし。

 このまま王城に乗り込みますよ」

 

 金の亡者たちで出来たきんのたまの中心となったグース塊は、そのまま彼女の念じるままに、ゴロゴロ転がっていきました。

 周囲の街並みを巻き添えにして、グース塊はどんどん大きくなっていきます。道行く黄金人も、金の家も、金の泉も、金の家具も、金の木々も、金の道路も、金の城壁も、みんな巻き添えになりました。

 

「なんなんだよこの悪夢は!」

「夢なら覚めてくれ……ぐえっ」

 

 あまりの出来事にすっかり黄金恐怖症になった人から、そんな声が聞こえました。訳のわからないことが起こって、もう嫌になっているのでしょう。

 

 ですが彼らは逃げられません。

 蓄えた金を捨てて逃げるなんて、とてもできなかったのです。

 

 そうしてグース塊は、どんどん大きくなって王城につきました。

 

 グース塊が起こす地ならしが気になったのか、黄金の王城にいる王様は、テラスに姿を現しました。

 王様は三メートル近くある巨人で、禁忌の皮衣を身に纏っていて、蒼白の仮面で顔を隠していました。胸元にある黒いオニキスのバッチは、外なる者のソウルのように黒く妖しく輝いています。

 

「おやおや。どこのだれかと思えば……

 まんなかのお嬢ちゃんがこのおおきなきんのたまの主かな?

 ちょっと教えて欲しいんだけど、メアリィ・スーを知らないか?

 童話の真似事というのに手間取って、ずいぶん遅れてしまったよ」

「そんな名前は知りません。

 あたしはただ、蒼い鳥の目玉を盗みに来ただけです。

 みんな纏めてべっしゃんこになりたくなかったら、哀れな鳥の目を返しなさい」

 

 王さまは、仮面越しにグースをじっと見ました。彼には彼女がメアリィ製だと一目でわかったのですが、彼女はそんな名前知らないといいます。

 きっとそういう遊びでしょう。

 子どもの遊びを邪魔するなんて、夢を壊すようなことはできませんから、禁忌の皮衣の王様は、お小言だけ言って自分の箱庭に帰ることにしました。

 

「きみは市井で噂になってる、旅商人のグースだね?

 ここは取引といこうじゃないか。

 メアリィ・スーに伝言を頼むよ。

 折角創った箱庭世界は、もっと大切に扱いなさい。

 ジェノサイド・パーティーを開くなんて馬鹿なことはやめなさいってね。

 蒼い鳥に目玉を返してあげるから、君も私の言う通りになさい」

「あたしの話聞いてませんね?

 そもそもあたしはメアリィ・スーを知りません。

 ぺっしゃんこになりたいんですか?」

「あまり私を怒らせない方がいい人の子よ。

 吹けば飛ぶような貧弱なソウルで生意気をいうものじゃない」

 

 温厚な王様はグースの生意気な態度に対しても穏やかにいさめ、仮面をほんの少しだけ外してソウル差をわからせました。

 可哀想に黄金に目が眩み、仮面に隠されて黄金郷の真実を知らなかった住民は、みんな発狂してしまいました。

 グースも正気ではいられません。

 名状しがたいものが、童話による改変と蓄えたソウルで保護された彼女の存在の核に、触れてしまいそうになりました。 

 

 バラバラとグース塊のくっつきが解除されていき、肝心要のグースはというとヤバイヤバイと呟いて、わき目も振らずに逃げてしまいました。

 

 そのあとなんやかんやあって、黄金郷はできそこないの鉛の都になりました。

 キリギリスのように享楽に浸っていたものは、黄金の身体と宝石の目玉を無くし、自分の皮膚もなくして剥き出しの鉛のような醜い身体になりました。

 でも一方、アリのようにまじめに禁の鉱山(仮名)に挑んだものは、金を手にいれては金を奪い合い、その隙に人食い蟻と皆殺しキリギリスの餌になっていきました。

 

 蒼い鳥は、なんかよくわかんないうちに目玉戻ってきて助かった! と一安心しましたとさ。

 

 

 

 捨てられの森の拠点に逃げ帰ってきたグースは、この地で稼いだお金を見回して、そろそろ富の再分配をしないと、故郷に帰らないと、と思いました。

 

 この地が怖いんじゃあありません。

 こうして富に取り囲まれていると虫唾が走るのです。

 

 それで、海の向こうに帰ろうと、妖精のところへ一声かけに行く途中、その全身が淡い虹色の光に包まれて、グースの意識は途絶えました。

 

「くーボクとしたことが。

 仮面を外されるまで気付かなかったなんて……」

 

 創造神メアリィ・スーは、王様に影響を受けたっぽい部分を一つ一つ丁寧に添削していくと、可哀想に義賊グースはロストエンパイアに来てからの活動をほとんど忘れてしまいました。せっかく気に入り始めたところなのに、簡単に壊れられちゃあ困りますからね。

 

 あの王様は『紅ずきんの森』に来るには遅すぎましたが『BLACKSOULS』に来るには早すぎました。

 

 タイミング悪すぎるんだよなーと思うことしきりでした。

 北東方面のことはしばらく放置するとして、メアリィは次のステージに進むことにしましたとさ。

 

 

 




 
 
 第二回、なぜなにロストエンパイア創造記

Q1.グース塊ってなんやねん?
A1.童話【黄金のガチョウ】の逸話ででてきた電車ごっこ状態っぽいシーンを塊魂でパロディした結果ですな。
   ちなみに前編にでてきた金の卵を産む話は、実は童話【ガチョウと黄金の卵】の改変なんですよ。

Q2.禁忌の皮衣の王様って何者? オリキャラ?
A2.ブラソ2DLC2で追加された忌々しき上衣ってどんなのかなーと想像した時に連想ゲームで思いついた、装備の元ネタだろうお方です。
   原作未登場ですがいつか絶対登場するはず! でもキャラクター性は絶対違う形になるとおもう。

 


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ここまでの年表と世界情勢


 
 いまさらながら「こういう二次創作設定でやっていきますよ」という内容を投下。

 


 

 年表に、正しいことなど書かれない。

 書くものに都合がいいことが並べられているだけだ。

 

 

 1704年・アラビア語の写本から翻訳された魔書【千の夜の物語の書】がヨーロッパに伝わる。翻訳された282夜の物語の他、残り718夜の物語があるはずだと数多の創造主が妄想する。物語探しが盛んになり、すべての夜が書かれた原本を探すため、創造主は探索者となり旅立つ。探索者……クトゥルフ神話……魔書……あっ(察し)

 

 魔書【千の夜の物語の書】を読んでもただちに人体に影響はない模様。ただし魔書【千の夜の物語の書】のすべてを読みたい、他の夜も知りたい、()()()()()()()()()()()()という欲求に駆られる。

 

 180X年・数多の創造主兼探索者が"発掘"した写本により魔書【千の夜の物語の書】が完成する。紛い物の千一夜の仔、創造神メアリィ・スーが産声をあげる。

 

 181X年・メアリィ・スー。親の愛を知ることなく不純な紛い物として捨てられる。ナンデ?「ゲイのサディストだから」「正解」お前はブッダではない(無言の腹パン)

 

 181Y年・メアリィ・スー、自分の箱庭世界創って引きこもり、鬱屈とした仄暗い感情を燃料に創作活動しまくり。自分のソウルに宿る元ネタのある何かをリスペクトしまくって物語を紡ぐ。色々な物語を紡ぐ中、バッドエンドさせる愉しさを知る。おまえもなかまになぁれ♪

 

 182X年、メアリィ・スー、自らの箱庭世界に偽りの千夜を完成させる。箱庭世界の住民に信仰されまくる。創作チート乙。

 

 182X+1年、メアリィ・スー、行き過ぎた信仰に飽きたのでジェノサイドパーティーを開く。素晴らしい!! 最高のショーだとは思わんかね!? 見ろ! 人がごみのようだ! きゃひひあはあははあはっ!

 

 ジェノサイドパーティーの参加者、巨神兵よりずっとヤバイムーブで世界崩壊を楽しむ。

 

 ジェノサイドパーティーに参加しに来た忌まわしき狩人ちゃん。メアリィ・スーに童話をおしえる。

 

 ボク以外の物語なんて面白いわけないじゃんと思うメアリィ・スー。童話にドハマリ。

 

 1830年くらい、メアリィ・スー、とっても物知りなメイベルちゃん(本名匿名希望)のおうちに行って色んな童話を読ませてもらう。

 

 183X年。色んな童話を学んだメアリィ・スー。ジェノサイドパーティーを開いた箱庭世界の残骸を使い回して、童話処女作【紅ずきんの森】を完成させる。

 

 紅ずきんは仲良しとなった狼さんに喰い殺されてしまいましたとさ、というバッドエンドを想定していたと思われるが、あの紅ずきんフェンリルに勝ちやがるわ殺しあったのに仲直りしやがるわ世界の核にしていたおばさん倒すわでもうバッドエンド台無し。失敗作認定する。主人公だからってちょっとえこひいきしすぎちゃった感。

 

 184X年。メアリィ・スー。処女作童話で大失敗して以来、ずっと不貞腐れる。が、手慰みに色んな童話を改編する物語作りはやめない。創造神の鑑。

 

 184Y年。気分転換にとっても物知りなメイベルちゃん(本名匿名希望)のおうちに遊びに行く。メイベルちゃんはデモンズソウルプレイ中。メアリィ・スーは糞雑魚不死者が死にまくりつつもちょっとづつ強くなって、数々の悲しみが入り混じるデモンズソウルという黒い箱の中の世界に魅了される。

 

 タイムパラドックス? メイベルちゃんには無縁の言葉ですな。メイベルちゃんマジ全一。

 

 メアリィ・スー。デモンズソウルを知った日の帰り『銀の鍵』を借りパクして万能鍵に改変。ちょっとした悪戯心なのに何故かバレない。不思議。

 

 1850年代。メアリィ・スー。スランプ。でも創作活動はやめない。調子がでないときこそ普段通りにやるもんだ。

 

 1860年代。メアリィ・スー、スランプ脱却。そして童話とデモンズソウルを組み合わせた全く新しい未曾有の大作を創ることを決意。インターネットとかよくわかんないけど色んな人が繋がってる領域を箱庭世界にすればいいんでしょ♪

 

 1866年。メアリィ・スー。地球の箱庭世界の中で一番勢力が大きそうに思える、ヨーロッパが積み上げた歴史の幻想っぽい感じの箱庭世界へ侵略を開始。ゾロアスターとか仏とかは単位とかが違いすぎるしあとなんか怖いので手を出さない。

 

 1866年、11月1X日。メアリィ・スー。ターゲットに定めた箱庭世界へ、しし座流星群を利用した世界崩壊を夢オチ体感させる。若かりしフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、悪夢に触発され、我々が知る歴史より早く「神は死んだ」発言をする。

 

 1866年末ごろから1867年にかけて、科学では説明できない、珍妙不可思議な事件が発生し始める。オカルトなんてありえません派閥、そうはいっても現実を見ろ派閥、事実事件は起こってる派閥、信じたほうがロマンがある派閥、さまざまな派閥ができ、化学が幻想を駆逐しきれなかった世界線に分岐。メタ的な意味で、近世近代史があてにならなくなる。

 

 1870年代。リアリティがぶれ始める。動物や植物が喋りだす(聞こえる人と聞こえない人がわかれる)身体能力がヤバいくらい発達した超人が現れる。常識が通じない頭のおかしい連中が増える。秘密裏に某財団めいた組織が立ち上がる。等などが起こったり起こらなかったりする。

 

 やべぇよやべぇよ。増え続ける精神病患者の対策にオカルトなんてありえません派閥の化学狂信者たちを中心に精神外科技術が発達。70年代末には早くもロボトミー手術が学会に発表される。お前は病気だよ。じゃけん頭に孔あけましょーねー。

 

 同年代、あのジェノサイドパーティー開いたメアリィ・スーが、今度は地球の箱庭世界でなんか創ろうとしてるらしいぞ? という情報がリークされ、やにわジェノサイドパーティー参加勢が地球に注目し始める。

 

 人類の幼年期の終わりは近い。

 

 

 

 ロストエンパイア年表

 

 ロストエンパイア歴元年。その後旧支配者の地位においやられる北風と太陽が喧嘩する。

 

 同年より、ポセイドンの娘が津波起こす。

 

 同年、流星群が降ってきて神々の頭に当たって死ぬ。雑な処理。これはひどい。ここまで強固かつ盤石な箱庭世界をまさか侵略する者などいないだろうという慢心や油断が原因ということで。

 

 ロストエンパイア歴二年。北風の騎士と太陽の騎士のおかげで変なことが一杯起こってもまだ平和。メアリィ・スーはしみったれた素材で創ったスランプ時に創り溜めした在庫処分をしつつ、新鮮な素材集めやネタ探しに注力。

 

 ロストエンパイア歴三年。ネバーランドが残念なことになる。

 ロストエンパイアに聖森エリアができる。

 捨てられの森エリアができる。

 牧場エリアができる。

 牧場エリアが破壊される。

 北風の騎士と太陽の騎士がいなくなる。

 禁の鉱山(仮名)ができる。

 金の亡者を呼び寄せるために入場設定を変更。

 

 ロストエンパイア歴四年。金の亡者の内のだれかが禁の鉱山から何故か『黄の印』ゲット。裸の王様だけど裸の王様じゃない別のナニカがやってくる。

 

 王様、金の亡者たちを黄金まみれにしてあげる代わりに禁忌の皮衣の素材をトレードしてもらう。

 紆余曲折の末黄金郷ができあがる。

 義賊グースのベータバージョンが産まれる。

 

 ロストエンパイア歴五年。グースがロストエンパイア入り。

 禁忌の皮衣の王様とエンカウント。

 メアリィ・スー。精神汚染してしまったグースを記憶改竄セラピーで癒してあげる。優しいね。死ねっ!

 

 同年。禁忌の皮衣の王様、メアリィ・スーに優しく忠告だけして地元の箱庭世界に帰る。

 

 

 

以降、トゥービーコンティニュード

 

 



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童話【ウサギとカメ】

 むかしむかしあるところに、狡賢いカメがいました。

 のんびりのほほんとした顔で、平気で皆を騙してきました。

 カメの住処の池の中には、彼に逆らえる者はいません。

 

 そんなカメが棲む池へ、ある日ウサギがやってきました。

 ウサギが水浴びをしていると、カメはしめしめと思いつつ、澄ました顔でのんびりのそのそ出てきます。

 そのスットロイ動きを見て、ウサギはカメに言いました。

 

「おんやあ、カメだ。のろまのカメだ。

 カメさんカメさん聞いて良いかい?

 テメーはどうしてノロいんだ?」

「貴殿はなにをおっしゃるのやら。

 もしも拙者が本当にノロマと思うなら、一つ競争しましょうぞ」

 

 そうしてウサギとカメの二人は、競争することになりました。

 時は明日のこの時間。

 場所はこの池がスタート地点。

 雑木林を抜けた先にある小高い丘がゴールです。

 

 狡賢いカメはその日の夜、池の中の仲間を集めて言いました。

 

「おぬしら、明日はウサギを騙すぞ。

 雑木林から丘までの道に、それぞれ潜んでおくがいい。

 ウサギがこちらを煽ってきたら、適当に煽り返すが良い」

 

 イケメンカメを騙して寝取った美人妻カメや、当のイケメンカメ本人。その他様々な詐欺によって狡賢いカメに逆らえなくなったカメたちは、その命令に逆らえません。

 それで、カメは美人妻に、明日の競争のスタート地点での代返を頼むと、一足先にゴールを目指し、夜中のうちにのっそのっそと歩きました。

 

 カメはのほほんとした顔をしていましたが、内心ウサギを嗤いました。

 

 一方その頃ウサギのほうは、雑木林のどこかに穴を掘って、仮のねぐらに寝そべりながらニヤニヤと笑っていました。

 

「足の速さでカメがウサギに敵わねえ。

 大亀に毛が生えたり、兎に角が生えたりするよりありえねえ。

 なのにカメはウサギに競争を挑んだ。

 それはなーぜーか?

 ヒヒヒッ……一目見て分かった……アンタ俺に惚れてる。

 ああ、わかるぜ。

 駆け足自慢のウサギってやつを、足の速さで勝ったと語って、笑い者にしたいんだろう?

 バレバレなんだよ悪党(同類)め……」

 

 翌朝ウサギは直感的に、競争の時間よりずっと前に、ゴールの丘へ静かに駆けて行きました。

 それで、雑木林の切れ目をまんまるおめめで索敵すると、潜んでいたイケメンカメをあっさり見つけてしまいました。

 

「やっぱりな♂」

 

 ウサギはぴょおんと高く跳ね、真上からカメを強襲しました。

 

「ぐわっ! な、なにをする!」

「テメーあのクソ野郎の仲間だな?

 いや、違うな……もしかして、弱みを握られて逆らえないんじゃあないか?

 ここはひとつ俺と一緒に、あの悪党をやっつけてやろうじゃないか」

 

 甲羅に篭ったイケメンカメは、ウサギにそう誘われると、喜んで協力しようと思いました。

 狡賢いカメの片棒を、もう担ぎたくなかったからです。

 イケメンカメは、ウサギに聞かれて狡賢いカメの計画を教えると、ウサギはふむふむ頷いて、あとは俺に任せろと言いました。

 

 それで、スタート地点めざしてこっそり走りました。

 次に見つけたカメにも似たようなことをして、どんどんカメたちを寝返らせました。

 やがてスタート地点につくと、そろそろ競争の時間でした。

 ウサギはそこにいるカメの、見分けがつかないかのように言いました。

 

「ようクソ野郎。吠え面かかせてやるからな。よーいドンでスタートだ」

「それではそろそろ始めましょうか」

「ああ、いくぜ?

 位置について、よーいドン!」

 

 ウサギはバッと走り出し、代返した美人妻カメは家の住処に帰っていきました。

 これで、あのカメにとっては、レースは始まったということになりました。

 ウサギは道沿いに隠れるカメたちに、俺はあっという間に駆け抜けたと証言しろ、と言ってまわって、イケメンカメのところまでたどり着くと、ゴールの丘には走らずに、そのまま仮のねぐらへもぐって熟睡しました。

 

「フハハッ……これでスタート地点にいた奴はオレのスタートを証言するし、道中の連中もあっという間に駆けぬけたとだけ言う。勝てない勝負を挑んだカメは、良い笑い者になるだろうさ」

 

 その日の夜。

 いつまでたってもこないウサギを待ってゴールで待ちぼうけするハメになったカメは、うっかりうとうと眠ってしまい、その次の日に、のっそり住処に帰りました。

 なんだかみんな、自分を笑い者にしています。

 

(なるほどそういうことですか。

 ですが巧遅は拙速に勝るもの。

 昔から仕込みをしていた拙者がこの程度で落ちぶれることはないですぞ)

 

 狡賢いカメはイケメンカメのところに行って、あのことを皆にバラしますぞ? と脅すと、イケメンカメはあっさりウサギを裏切り、本当のところを全部話してしまいました。

 それで、狡賢いウサギの企みを知った狡賢いカメは、イケメンカメを言葉巧みに池からあがらせ、こんなこともあろうかと仕込んでいた罠のところまで誘導し、始末してしまいました。

 

 仲間のカメは、狡賢いカメの狡猾さを思い出し、身震いする思いでした。

 

 そのまた翌日、ウサギが池に水浴びをしにいくと、大きな石に甲羅を割られたイケメンカメが、無惨に殺され晒しものになっていました。

 ウサギは何が起こったかを容易に想像し、ニヤニヤ笑いが止まりません。

 池から狡賢いカメが、内心隠しきれぬ様子で笑って出てきました。

 

「おや貴殿、おそようですぞ。

 ゴールについたは良いものの、いつまでたっても来ないものですから、ゴールから帰ってきてしまいましたぞ」

「ああん? なんだと? そりゃこっちの台詞だ。

 秒速で丘についたんだがよ、テメーがちっともこねーから、帰って糞して寝ちまったよ」

「くくくっ……」

「ヒヒヒッ……」

 

 ウサギとカメ。

 二人の間に奇妙な友情が芽生えました。

 お互いがお互いを同類だと、目と目を合わせて改めて確かめあったのです。

 

「はっはっはっ。お互いが勝ったと思っていては、勝敗がつきませんぞ?

 ここは一つ、再走と行きませんかなウサギさん?」

「ああ、いいぜぇ?

 ……次はどっちの足が速いかじゃなくて、別の競争にしようじゃないか」

「構いませんぞ。くっくっく」

 

 そんなわけで、決着がつかなかったので、次の競争の始まりです。

 池の支配者と挑戦者。

 ウサギとカメは物言わずともにそんな二役に分かれていき、趣味趣向のまま一帯に住む者達を騙しに騙して挙句の果てにはみんな殺してしまいましたとさ。

 

 

 

 

 創造神メアリィ・スーは、そんな二人を童話に書きつつ、まだまだ在野にはいろんな人材が転がっているんだなァと関心することしきりでしたので、蒼い鳥に"素材"を回収させましたとさ。

 

 

 

 




 
 
 エルマの家の本棚の端っこにある、いかがわしい童話【カメ×ウサギ】好き(唐突な性癖暴露)

 ……グニキがホモになったのはエルマが原因では?


 


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童話【醜いアヒルの子】



 スライディング毎日更新セーフ
 


 むかしあるところに、生んだ卵を暖めて孵化を待つ母アヒルがいました。

 ぽんぽこぽんと卵は孵り、残すはあと一匹と言ったところで、山賊と化した敗残兵が、アヒルをパーンと撃ちました。

 

 略奪です。

 

 牧場の主を始めとし、敗残兵の男はシャスポー銃で、みんなをパンパン撃ちました。

 強い敵には敵いませんからこうして一人脱走し、弱い相手を的にしているのです。

 

 シャスポー銃は優秀で、弾があるうちは小汚い男が最後に頼れる味方でした。

 

 敗残兵の小汚い男は、あらかた弱いものイジメを終えると、家に押し入って服を奪い、敗残兵をやめて牧場の主になりあがると、母アヒルの死体を美味しく頂きました。逃げ惑う雛鳥も平らげて、飢えを満たしたそのころに、一回り大きい卵がちょうどパックリ孵りました。

 

「おやっ! こうしてみると、可愛いもんだなあ!」

 

 衣食足りねば無礼者、衣食足りて礼節を知るというような感じのことわざがあるように、空腹を凌いだ男の目には、色違いのアヒルの子が可愛く見えましたし、申し訳ないことをしたとも感じました。

 

 生まれたての雛鳥はというと、親兄弟を殺したその小汚い男を親と思って懐きました。

 

 愛くるしく懐いてくる雛鳥を殺害することができるほど、敗残兵は戦場で人間性を失ってはいませんでした。

 男はその色違い雛鳥を、殺さず胸ポケットに仕舞うと、大事に育てることにしました。

 

 男は元・牧場主達を土の中に隠すと、親戚のところへ頼ってきた猟師だと騙って住み着きました。頭をパーンと撃たれたくない村人は、うすうす嘘だと分かってましたが、おとなしく受け入れざるを得ませんでした。

 

 彼はそれから、胸ポケットに色違いのヒヨコをつれて、色んな獲物を狩って暮らしました。雛鳥は親の猟師の真似をして、水面を泳がず草木や泥沼に潜むことを覚え、ハンチング帽の代わりにマグカップを被り、銃弾の代わりに羽毛を打ち出すことを覚えました。

 

「こいつは良い拾い物をしたなあ。おまえ、俺の代わりに狩りに行け」

 

 雛鳥の働きぶりに、堕落の旨みを知った男は、日々の糧を得るのを雛鳥に任せ、狩る獲物を動物から人間に変えました。銃という武力を背景に、村娘をハントしに行ったのです。

 一方雛鳥はというと、親に喜んで貰いたい一心で、様々な鳥類を狩りました。ハトにカラスにキジにツバメ、老若男女の区切りなく、醜い雛鳥は赦しはしませんでしたとさ。

 

 

 

 それから少し。

 

 

 

 雛鳥はすくすくと育ち、猛禽類より鋭い眼差しをもち、ヘルメットを頭から被り、白い身体に汚泥や草木の汁を塗りつけて迷彩する、とても白鳥には見えない別のナニカに育ちました。

 

 ある日薄汚い白鳥が家に帰ると、村は戦火に巻き込まれていました。

 村で無法に働いていた白鳥の親は、あっさり死んでしまいました。

 戦争から逃げ出した敗残兵ですから、戦争には敵いませんでした。

 

 産まれたての幼い頃に嗅いだ死の臭いが、白鳥の脳裏に蘇り、なんだかいてもたってもいられず、父が遺したシャスポー銃を手に取りました。

 

「俺だって馬鹿じゃない。

 あの男が人間の屑だろうことは分かっていたさ……」

 

 迷彩柄の白鳥は、感情のままに空を飛びました。

 そしてこの村に襲い掛かった、兵隊の格好をした人間を、目に付いた順から撃ちました。

 

 シャスポー銃は単発式で、連射できるような銃じゃないのですが、滑空を半ば捨てながらボルトアクション式のリロードをして、またバサバサと羽ばたきます。

 

 二発目の射撃でこの三次元的な奇襲の正体がわかると、人間の小隊たちにどよめきました。

 

「うわあ! なんなんだあの化物は!」

「よくわからんが撃て! 撃ち落とせ!」

 

 泥に汚れているとはいえ、空とぶ化物は目立ちますから、銃の格好の的でした。

 パンパンパンと、たくさんの銃が白鳥を撃ちました。

 

 その銃弾の多数は外れ、しかし一発は白鳥を貫き……しかし殺せませんでした。

 

 だらだらと赤い血潮を垂れ流しながら白鳥は墜落し、けれど彼はその衝撃で、狩りの基本を思い出しました。

 

 やられたフリをして雑草や家屋に紛れ、その二足と翼で匍匐前進し、死体を確認しにきた人間を離れたところから撃ちました。

 

「くそっ! まだ近くに潜んでいるはずだ! 総員警戒を密にせ」

 

 白鳥は叫ぶ男の頭を狙って撃ちました。

 匍匐姿勢でカチャカチャとリロードし、次の狙撃に備えます。

 

「あの人は俺を色違いのアヒルだと育ててくれた、たった一人の親だったんだ!

 そうとも! 俺はアヒルだ! アヒル人間だ! 『醜いアヒルの子』だ!」

 

 口の中で小さく叫んだその白鳥は、時に銃を撃ち、時に羽根を弓矢のように射ち、時に急ごしらえの火炎瓶を投げ……死肉に集るハエのように舞い、戦場に潜む蛇のように咬みました。

 

 強くなりたい。どんな暴力にもどんな理不尽にも敵うくらい、強くなりたい。

 白鳥は信じてもいない神に祈って、血と泥にまみれながら戦場となった小さな村を駆けました。

 

 やがて血と硝煙の臭いが収まり静かになったとき……そこにはどこにも勝者などいない、死屍累々とした地獄ができあがりました。

 

 こういった、人間がゴミクズのように死んでいく場所からも、創造神メアリィ・スーはきっと"素材"を調達しているのでしょう。彼女は天然モノの"逸材"をみて、フンフンと鼻息を荒くしました。

 

「いぶし銀でカッコいい! 紅ずきんくらいカッコいい!」

 

 彼女は思わず失敗作を引き合いに出して褒めてしまいました。

 なんだかんだ言っても、一度は主人公に据えるくらいですから、メアリィは紅ずきんのような存在のことが好きなのです。でも紅ずきんはメアリィ・スーのことが嫌いでしょうね。

 

 さて、醜いアヒルの子がその後どうしたかというと、静かになった廃村を巡り、どこぞのパーツが劣化したシャスポー銃を捨て、死体の兵士が抱えているドライゼ銃を拾いました。

 さっきまで使っていた銃より一回り以上大きいですが、武器がないよりマシですからね。

 

 それで、薬莢の詰まった袋を首から提げると、アヒルは次の戦場に飛び立ちました。

 いま起こっている戦争は、この小さな村だけが戦場ではないのです。

 

 そうして『醜いアヒルの子』は、家族を失った悲しみを忘れ去らんと、あるいは戦争という行為そのものに復讐するかのように、いくつもの戦場を渡りました。

 その過程でいくつもの銃に乗り換え、急ごしらえの火炎瓶から手榴弾に変え、血を流しながらも早々に死なず、人ならざる生命力で生き延びてきました。

 

 葉巻の味を覚えて、ある意味平和だった村のことを忘れるかのように吸いました。

 

「この芳醇な味わい……まるで戦場だ」

 

 フーッ、と、彼は小さな基地めいた場所のふかふかなソファに腰掛けて、そんなことを言いました。その基地の上官らしき男は頭を撃たれて死んでいました。醜いアヒルの子が撃ったのです。

 

 特に理由なく、目に付いた廃屋を少しばかり改装しただけのような基地に潜入し、警戒態勢に入った兵士達を撃ち殺し、その地を乗っ取ったのでした。

 

 ふらりと戦場に現れる、どちらの味方でもない醜い悪魔のような白鳥……いえ、返り血が錆びて鈍銀のようになったその姿を、どうして白鳥だと思えましょうか。

 人間はついに『醜いアヒルの子』を恐れ、本気で殺しにかかりました。

 

 何日かすると、彼の地獄耳には、この小さな基地を取り囲む、多数の人間を感知しました。

 

「醜い俺をみんながみんな殺しにくる。

 俺は今夜、殺されるだろうな。

……でも、かまわない。

さあ、俺を殺してみろ!

 お前らのその手で殺してみろ!

 俺に戦いの喜びをよこせッ!

 俺に生きる実感をくれッ!」

 

 当時の志を忘れ、醜いアヒルの子はすっかり戦争に酔っていました。

 彼はもう、いつ死んでも構いませんでした。

 親を殺されたその日から、いつ殺されたって構わなかったのです。

 醜いアヒルの子は、とっくに殺される覚悟を決めていました。

 

「殺戮を楽しんでいるのだな、貴様は」

 

 だれだ、と言う前に、醜いアヒルの子は声の出所に羽毛を弾丸のように放ちました。

 ニードルガンのように、羽毛は壁に刺さりました。

 そこには誰もいません。

 ただ幻聴のように声がします。

 

「一人で一人を殺してもただの悪人だが……百人殺したら英雄だ。

 見事な英雄っぷりだなァ兄弟。」

「俺に家族はいない! おまえは誰だ!」

「名前などない。お前と同じだ」

 

 空間に滲み出るかのように、蒼い鳥が姿を現しました。

 醜いアヒルの子よりも何倍も大きい体躯。

 目には二人の人間の頭部。

 創造神メアリィ・スーに遣わされた、不幸の蒼い鳥がそこにいました。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう。貴様のような英雄のソウルは、神の求めるところである。

 神は貴様が御許に下ることを許されました。

 さあ、神に選ばれる幸福に咽び鳴き、頭を垂れ、しあわせを受け入れるのです」

 

 チルチルミチルに魔法使いのおばあちゃん三人からの祝言に、醜いアヒルの子は本物の銃弾で返答しました。

 ですが不幸の蒼い鳥は、以前銃弾で痛い目にあっていますから、そうそう当たるつもりはありません。

 あらかじめ読んでいたかのように、巨体に見合わぬ速さでかわすと、その鋭いカギ爪で、アヒルの胴を抉りました。

 

「グハッ!」

「戦闘の基本は通常攻撃だ。銃や魔法に頼ってはいけない」

 

 純魔系にビルドされた不幸の蒼い鳥は、偉そうに講釈を垂れました。

 下に見下せる相手に対しては、なんだかとっても強気でした。

 醜いアヒルの子は、血をだらだらと垂れ流して、ぐったりと身を横たえました。

 神秘や魔術の欠片もない単発式の銃弾など、もう恐れることはありません。

 不幸の蒼い鳥はトドメを刺そうと、呪文の詠唱を始めました。

 ニイィ、と醜いアヒルの子は微笑みんでいます。

 床にコロコロと、小さな何かが転がりました。

 蒼い鳥の呪文詠唱が終わる直前、その小さな何かは爆発しました。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

「……BANG!」

 

 バッと醜いアヒルの子は起き上がり、手榴弾の音と衝撃でブレイクしている不幸の蒼い鳥に、ありったけの羽毛を射ちつけました。

 

「接射は苦手なんだがな……四の五のいっていられんか!」

 

 単発式小銃では真似できないコロラド撃ちのような射撃で、頭にたくさん、胴体にたくさん、とにかくたくさん射ちこんで、さらに銃剣を突き刺しました。

 不幸の蒼い鳥は絶叫をあげました。

 

「あークッソいってぇ! もうなんなの!

 なんで私こんな配役(キャスト)ばっかりなの!?

 もっとこう、創造神様の腹心として活躍する機会を所望する!」

「ピーチクパーチクうるせえな。

 おままごとなら他所でやってろ。

 目障りだ」

 

 醜いアヒルの子は、口を動かしながらも葉巻に火をつけるマッチをバシュッとこすると、火のついたそれをピンと空中にはじいて、首から提げた薬莢いり袋の中身を、その軌跡に沿わせるように投げました。

 

「じゃあな。地獄で……会いたくはねえな、お前みたいなヤツとは」

「キッサマァァァァァァァアアアアアアアア!」

 

 紙薬莢の粗末な銃弾は、マッチの火だけで連鎖的に炸裂しました。

 こうして人間の兵隊達が突入する前に、廃屋を少しばかり改装しただけのような基地は、勝手に倒壊しましたとさ。

 

 

 



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童話【ナイチンゲール】



 童話 ナイチンゲール でググったらアンデルセン童話が出てきたので書きました。

 


 

 

 むかしむかしとある国に、一枚に蒼い書状が送られてきました。

 

 《王様のご殿は、世界一素晴らしい。

 でも本当に一番素晴らしいのは、そのお庭のナイチンゲール》

 

 それを読んで、王様は家来たちに言いました。

 

「ほう、世界で一番素晴らしいのは、わしの庭に住んでいるナイチンゲールとやらか。

 みんな、今夜中にナイチンゲールを探してまいれ」

 

 家来たちはご殿中を探しましたが、ナイチンゲールがどこにいるのかわかりません。

 こまっていると、台所で働く娘が言いました。

 

「……その鳥なら、病気のお母さんに食ベ物を届けに行く時、森の中で良い声で歌ってくれるわ」

 

 そこで娘は王様の家来を、森へ案内してあげました。

 街道沿いに森を歩いていると、鈴をふるようなきれいな歌声がひびいてきます。

 

「しっ! あれがナイチンゲールよ」

 

 娘は立ち止まると、枝にとまっている灰色の小鳥を指差し言いました。

 そこにいたのは、やや濃い色のサヨナキドリです。

 サヨナキドリは別名ナイチンゲール、ヨナキウグイス、墓場鳥とも呼ばれます。

 娘はナイチンゲールに向かって、優しい声で言いました。

 

「あなたの歌を、王様に聞かせてあげて」

 

 娘の言葉が通じたのか、ナイチンゲールはその晩、王様のご殿にやってきました。

 そしてナイチンゲールは、王様の前で歌いました。

 王様は、はらはらと涙をこぼして言いました。

 

「なんて素晴らしいのだ。

 ナイチンゲールよ、どうかいつまでもわしのそばにいておくれ」

 

 ナイチンゲールのために立派な鳥かごがつくられ、ご殿で暮らすようになりました。

 チッ、チッ、チッ、とナイチンゲールは鳴きました。

 それはまるで、何故夢の中でまで他者に干渉されなければならないのだと、舌打ちしているかのようでしたが、王様やその家来は、立派な鳥篭を作ってくれてありがとうと言っているように聞こえましたとさ。

 

 

 

 それから少し。

 

 

 

 王様がナイチンゲールのことを好きだと知ったとある国から、ダイヤモンドとルビーで飾られた美しい金のナイチンゲールの貢ぎ物が届きました。

 お腹のネジを巻くと尾を振って、それはみごとに歌うのでした。

 

「ああ、この金のナイチンゲールがいれば、他には何もいらぬ」

 

 その王様の言葉を聞くと、ナイチンゲールは鳥かごから抜け出して、森へと帰ってしまいました。代替品があるのなら、自分が歌ってやる必要もありませんからね。

 自由になったナイチンゲールが森に帰ると、自分の住処の近くに、背を向けた大きな蒼い鳥が居ついていました。

 今日の不幸の蒼い鳥は、こわーい目を見せずに勧誘業を頑張るようです。

 

「こんにちわ」

「……こんにちわ」

「フローレンス・ナイチンゲール様ですね?」

「……別人よ。他を当たって」

「空を自由に飛びたいと思ってそんな姿に?」

「うるさいわね。人が何を夢見ようと自由でしょう?」

「精神病院の改善は上手くいきましたか?」

「ここは夢よ。現実の話を持ち込まないで」

「ふぇっふぇっふぇ。では夢の話を。

 クックロビンのように殺されないように気をつけなされ」

「何かと思えばマザーグースの一節? あれで死ぬのはコマドリでしょう?」

「怖い世の中ですからねぇ。

 そんな姿をしていては、コマドリと間違えて射られるかも」

「で、アンタ誰?」

「チルチル!」

「ミチル!」

「こりゃおまえたち! いま大事な話をしとるんだから静かにしなさい!」

「……子どもがいるの?」

「ええ、まあ……そう、私はですね、今日は勧誘に参りました。

 アナタのその強すぎる意思は、ひとつの力になれる」

「広告塔はもうたくさん。

 有名人扱いはゴメンだわ」

「寝ても覚めても奉仕の心を以て自らの手で皆を救いたいとは思わないのですか?」

「私の看護はクリミア戦争で終わったわ。

 いまは看護される側。

 それと、紙束使って国を相手に看護の重要性を説く側でもあるわね」

「無理矢理連れ去っても良いのですよ?」

「へえ? どうするつもりか知らないけど……やってみる?」

 

 不幸の蒼い鳥は自身の背の向こう側で、ナイチンゲールが精神の異形種に変容するのを感じました。

 この者を自力で勧誘すればきっと神もお喜びくださる!

 

「おお、怖い怖い。

 私の誘いがそこまで嫌なのですか?」

「人間の使命というものは胸の内から自然とあふれ出るもの。

 他者にかくあれかし故にと諭されるモノではないと知れ」

 

 この偉大な英雄のソウル。

 なんとしてもロストエンパイアに持ち帰らねば!

 不幸の蒼い鳥は、呪文を詠唱し終えると同時に振り返りました。

 

「では死ねいグワーッ!

 Lady holding light GAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 振り向きざまに唱えた即死呪文デスは凄まじい光量のランプに目潰しされて外れました。

 

「天使とは、花をまきちらしながら歩く者ではなく、人を健康へと導くために、人が忌み嫌う仕事を、感謝されることなくやりこなす者である。

 堕落へ誘う悪魔の遣いよ。あるべき場所に還るがいい……AMEN」

 

 不幸の蒼い鳥は、光の向こう側からナイチンゲールにそう言われ、それからなんだかとっても暖かい、気持ちのいいぬくもりに包まれて……気付けば、聖森の篝火の前にいました。

 篝火の近くには、妖精の皮を被ったメアリィ・スーが、こまごまと内装を弄っていました。

 

「アンタなにしてんの? 別に呼んでないけど」

「えっ、あっ、私はっ」

 

 今しがたあったことを語ろうとして、不幸の蒼い鳥は言いよどみました。

 過去の数々の失態を取り戻すべく先走りして、そのうえ失敗したなどと、どの口が言えましょうか?

 チェシャ猫のように口が裂けたって言えません。

 

「申し訳ありません。寝違えました」

「あっそ。じゃ、眠気覚ましに童話【人殺し城】のとこ行ってきて。

 シンデレラ・オーディションがどうなってるか聞いといてよ」

「はっ、仰せの通りに!」

 

 不幸の蒼い鳥は、いそいそと空間に溶け込みました。

 なんだかどんどん、自分の扱いが雑になっていくような気がして、彼女は怖くなってきました。在庫処分品のように篝火にくべられたくない、忘却の深遠に落とされたくない、いつまでも神の傍にいたい、なんとか役に立たなければ、と、そんなことばかり考えましたとさ。

 

 

 

 ある晩、金のナイチンゲールはブルルルと震えたきり、動かなくなってしまいました。

 王様は医者やカラクリ士をよんで、なんとか金のナイチンゲールを歌わせようとしましたが、心棒の折れた金のナイチンゲールを元のように歌わせる事は出来ませんでした。

 

 それが分かった日から王様はぐったりと、寝床に伏せるようになりました。

 王様は重い病気にかかり、誰が見ても助かりそうにありませんでした。

 病気の王様にはないしょで新しい王様が決まり、病気の王様が死ぬと同時に王様が代わる準備がすすめられました。

 

 病気の王様は、ベッドの中で涙をこぼしました。

 

「たのむ。もう一度歌ってくれ。ナイチンゲールよ」

 

 そのとき突然、鈴をふるような歌声がまどのそばでひびきました。

 歌っているのは、森のナイチンゲールです。

 王様が苦しんでいると知って、なぐさめにきたのです。

 森のナイチンゲールの歌声を聞いているうちに、王様の体に力がわいてきました。

 森のナイチンゲールは、声をかぎりに歌いました。

 

(心の病は気の持ちよう、心一つで治るはず。

 なんて、私ったら、夢の中でまでなにやってるのかしらねぇ)

 

 次の日、ひさしぶりにナイチンゲールの素晴らしい歌声を聞いてぐっすりと眠った王さまは、気持ちの良い朝をむかえました。

 病気で青ざめていた頬は、元のはだつやに戻っていました。

 

「ありがとう、ナイチンゲールよ。

 これからもたびたび飛んできて、どうか私を励ましておくれ」

 

 王様は、逃がしてしまった森の鳥に感謝を述べました。

 森のナイチンゲールは森に帰って行きました。

 入れ違いに、家来たちが王様の部屋へ入ってきました。

 もう王様が亡くなったと思って、みんなで様子を見にきたのです。

 すると元気になった王さまが、家来たちにビックリするほど元気よく言いました。

 

「おはよう、みなの者」

 

 

 





 


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童話【人殺し城】



 本日二本目。

 


 むかしむかしある靴屋に、三人の娘がいました。

 靴屋の靴は良い靴で、娘達は悪くない生活をしてきました。

 

 ある日靴屋の主人が出かけているときに、とても身なりの良い男がやってきました。男は店番をしていた末娘に、一目惚れしたといいました。

 末娘は(玉の輿キター!)というような感じで喜びながら、男の誘いを二つ返事で受け入れました。

 

 それで、さっそく娘は男に連れられ、かすかに霧が立ちこめる、とても立派なお城にやってきました。

 

「ああすごい。ここがあなたの家なのね」

「いずれ君の家にもなる」

 

 道中、もしかして詐欺かもしれないと不安になり始めた末娘でしたが、お城は本当に男の家で、たくさん並んだ召使いたちが、男と自分にうやうやしく頭を下げていました。召使いたちは末娘の格好を見ると、どこかの部屋に連れて行き、粗末なワンピースから素敵なドレスに着替えさせました。ガラスの靴まで履かせてもらって、気分はまさにシンデレラ。その日の晩餐はとても豪華なもので、末娘が食べた事のないものばかり並んでいました。

 

 多幸感に包まれながら、末娘はシンデレラストーリーは本当にあったんだと感銘を受けました。

 

 夢のような一夜の翌日、男は急用で出かける事になりました。きっと結婚式とかそういうのの段取りでもするのでしょう。男は末娘に城の鍵を預けて、こんなことを言いました。

 

「城をくまなく見れば、お前の夫となるものが、どんな富と財産の持ち主かわかるだろう」

 

 男の言葉に従って、末娘は召使いに案内を任せ、お城を探検してみました。たくさんの客室。服を着替えるためだけの部屋。沢な浴室。広い食堂。絢爛豪華な宝物庫。質素な図書室。見知らぬ神の像を飾った礼拝堂。贅を尽くしたその他諸々。ただ見て回っているだけで、とても楽しい一時でした。

 

 ですがどの部屋にも、鍵はかかっていませんでした。

 

 最後に地下への階段を下りて行くと、召使いは「では私はここまでです」と通常業務に戻って行ってしまいました。地下への扉の前には紳士服をきた身なりの良い執事が一人立っていて、ここに入ってはいけないと言いました。

 

「でも旦那様は、城をくまなく見ろとおっしゃいましたわ」

 

 末娘は何かの物語で読んだお嬢様のようにお上品そうな口ぶりで言うと、邪魔な執事を押しのけて、ドアノブをひねりました。ドアには鍵がかかっていました。その様子を見て、執事は言いました。

 

「本当に地下室に入られますか?」

「ええ。入りますとも」

「ですが旦那様がお持ちの鍵で無いと開きませんので」

「鍵ならあるわ」

 

 末娘が城の鍵を取り出しました。

 

「本当によろしいのですね?」

「ええ。何か問題でも?」

「では、どうぞ」

 

 執事はどきました。

 末娘は鍵穴に鍵をさし、手をひねりました。

 すると、バリン、とガラスが割れるような音が響きました。

 

 そのうえ辺りが暗くなるので、慌てて階段のほうを振り返ると、仕掛け床が動いて地上への道が閉ざしていきます。

 

「えっえっえっえっえっなになになになにこわいこわいこわいこわいこわい」

「ヒヒヒヒヒッ。後悔しても、もう戻れない」

 

 暗闇の中、執事は意地悪くそう言って、闇に紛れていくかのようにスーッと姿を消しました。チクタクチクタクと、先ほどまで聞こえなかった時計の音がいやによく聞こえます。末娘は、心底怖くなりました。

 

 いまさらながら仕掛け床の閉じた階段を登って、壁を叩いて父や姉達や夫となるものに助けを求めましたが、何の反応もありません。彼女はもう、地下への扉を開けるしか道がありませんでした。

 

 扉の向こうには、仄かに揺れる明かりと、ぐちゃりぐちゃりという濁った音が聞こえます。

 

 末娘はおそるおそる地下の扉を開けると、その先にはずらりと牢獄が並んでいて、等間隔に火のついた燭台が並んでいました。真直ぐ伸びる廊下のずっと奥からは、悲鳴やうめき声のような何かが聞こえてきます。それを耳にした末娘は、一歩たりとも歩みだしたくなくなりました。

 

 すぐ近くで聞こえたグチュリという生々しい音にビクッとして右を見ると、そこには童話に描かれるかのように顔の大きな、醜い老婆が立っていました。守衛が休むような廊下のくぼみで、火かき棒のようなものを使って、死体から臓腑を掻きだしていました。

 

 老婆の背後に人間の骨が積み上げられていることに気付いたとき、末娘は腰を抜かして悲鳴をあげました。すると、醜い老婆は振り向きました。

 

「おお、おお、お前さんが次の娘っこか。

 ……果たしておまえさんはシンデレラになれるかな?」

 

 醜い老婆は怯える末娘に、篝火にあたるように勧めました。末娘が老婆の指差すほうを見ると、そこには篝火に本棚、それに大きな古時計がありました。わけがわかりませんでした。わけがわからないまま、末娘は這いずるようにして篝火で温まりました。

 

 ああ、暖かい……末娘は心がぬくぬくとして、不思議と恐怖心が失せていくような心地を味わいました。

 

 ほっと一息ついたあと、末娘は尋ねました。

 

「えー……っと。まずはありがとう。

 怖いことしてるけど、良い人ね。あなたはどなた?」

「クケケケッ。

 わしゃあお前さんの味方。

 わしの言う通りにできたらおまえさんは助かるし、できなきゃ死ぬ。

 ここはそういう『人殺し城』という童話じゃよ。

 すっかり書き換えられておるがの」

「人殺し城?」

「シャルル・ペローをご存知ない?

 そいつはいけない。

 生きて帰れたらペロー童話を読みなされ。

 この先の未来で、きっとおまえさんを助けてくれる。

 今はそういう世の中だからね」

 

 醜い老婆は見た目こそ恐ろしいものでしたが、末娘の問いかけに対して、親身に応じてくれました。

 もっともその言葉の意味を、末娘は半分も理解できませんでした。

 さしあたって末娘は、まったく分からないことを一旦棚にあげて、まずは自分にも分かることから尋ねました。

 

「……ひょっとして、私ってば、旦那様に騙された?」

「おお、そうじゃの。城の旦那様はお前さんをこの地下で殺すためだけに連れてきたんじゃ」

「うっわ最悪。あのやろー……ちゃんとお父さんに言ってからついてけば良かった」

「クケケケケケッ。

 この教訓は『家を出るときは、家族にひとこと言いましょう』

 一つ賢くなったの。どれ、キャンディーはいるかね?」

「ありがと」

 

 末娘は、醜い老婆が差し出してくれたキャンディーを舐めました。甘くてクリーミーで、荒んだ気分が落ち着きます。口の中を甘さで満たして、苦虫を噛み潰したかのような表情が和らぐのを待ってから、末娘は次の疑問を問いました。

 

「人殺し城って、なあに?」

「男が一目惚れしたといって女を城に連れ込む。女は殺されるとも知らずに城で一夜過ごす。翌日、女は知ってはいけない秘密を知ってしまうが、その城の秘密にうんざりした地下の召使……つまりはわしの助言に従ったおかげで助かる。余所で城主は罪を暴かれて裁かれ、仮にも結婚したことになっとる女は財産を相続して金持ちになりましたとさ。

 と、こういうあらすじの童話じゃわい」

 

 末娘は首をひねりましたが、そんな童話は聞いたこともありません。

 

「うーん、やっぱり知らないわねえ。

 それを見立ててるってことはつまり、私ってばこのままじゃ死んじゃうけど、上手いことやればハッピーになれるのね?」

「童話どおりになるなら、そうじゃのぉ」

「でも童話と現実は違う」

「一理あるが……遠からず違わない世の中になる」

「わけわかんない」

「今は分からなくてもよい。いずれ分かる。いずれの。

 ……聞きたいことは山ほどあるじゃろうが、そろそろいいかね?

 このままじゃ日が暮れて旦那様が帰ってきちまう。

 お前さんが助かる方法を言うぞ?」

 

 末娘はごくりと息を呑んで頷きました。まだまだ聞きたいことはたくさんありますが、それで遅刻したら本末転倒です。シンデレラとは違って、今自分が遅刻すれば殺されてしまうそうですから、まじめに話を聞きました。

 

「……そこに本棚があるじゃろ?

 お前さんは、その中にある童話を一冊持って、この地下を進むんじゃ。

 奥にある別の出口から外に出て、干草を積んだ荷馬車に隠れなさい。

 お前さんが童話の主人公のような素養があれば、途中で恐ろしい事が起こってもきっと助かるからね。

 それがこの場の"お約束"じゃ」

 

 末娘は本棚を見ました。そこには確かに童話が収まっていました。ですがすべてがシンデレラでした。どうしてシンデレラの童話ばかりが詰まっているのか、意味がわかりませんでした。

 

 次に古時計に目を向けると、時刻は四時を過ぎていました。意味不明にも自分を殺そうとしているというサイコパス男がどこへ行っているか分かりませんが、もういつ帰ってきてもおかしくありません。

 

 彼女は本棚から適当なシンデレラを一冊取り出して、中を開いてみてみました。

 絵もなければ、物語もありませんでした。

 タイトルが書いてあるだけの、ガワだけの本でした。

 他のシンデレラも出してみましたが、みんなガワだけの本でした。

 

「えっなにこれ?」

「……中身は気になさるな。その本はただのお守りのようなモンじゃからな」

「なら、持てるだけもってっちゃだめ?」

「ダメに決まっとるじゃろ。中身がグチャグチャになっちまう」

「何も書いてないのに、グチャグチャになるの?」

「そうなるの」

「ワケ分かんない」

「わしにだってわからんよ。

 さて、今手にもっとる【シンデレラ】でいいんじゃな?」

「まあ、見た感じ、どれも同じだし。これで」

「ならばさあ、行きなされ」

「えっあっうん」

 

 醜い老婆に促されるまま、末娘は暗い地下牢を進んで行きました。自分は靴屋の娘だし、末っ子だし、ちょっとお姉ちゃん達とかにいびられたことあるし、キチガイらしいけど王子様っぽい人に見初められたし、ほかにも結構シンデレラ要素あるし……などなど、恐怖を紛らわせる現実逃避気味なことを考えながら。

 

 地下の牢獄には、どこにも誰も居ませんでした。篝火が見えなくなるほど先に進むと、T字路がありました。角からこっそり覗きこむと、右の通路にも左の通路にもくだり階段があって、階下には濃い霧が立ちこめて居るように見えました。

 

 右か左か。

 

 末娘は、直感に任せて左に行きましたとさ。

 

 

 

「ありゃあ駄目じゃな。

 童話が"中"に入らんかった」

「おんやあ、不幸の蒼い鳥どのじゃないかね。

 そっちの景気はどうだい?」

「ま、ボチボチじゃ」

 

 すっかり末娘の姿が見えなくなった後、空間から滲み出るように、不幸の蒼い鳥がやってきました。

 お婆さんという役柄と、人を選別するという意味で、二人はある意味ライバルでした。

 いえ、ライバル視しているのは不幸の蒼い鳥だけで、死体からソウルを掻き出すお婆さんはというと、最終的な自分の末路を半ば悟っていますから、別にライバル視していませんでした。

 

 不幸の蒼い鳥は、神の仰せの通りに、シンデレラ・オーディションの状況を尋ねると、死体からソウルを掻き出すお婆さんは、いまのところ全滅だといいました。一番いい記録では、カボチャの馬車のところまで行った者で、その者もカボチャの馬車に轢かれて死んだそうです。

 

 拠点持ち羨ましい。

 領地を任されているようで羨ましい。

 私だって拠点が欲しい。

 ならば造ろう。

 神を尊敬し崇め奉る者が集まる場を、造ろう。

 それはきっと、神の御心に敵うはずだ。

 

 言葉のやりとりするうちに、不幸の蒼い鳥はメアリィ・スー教を布教しようと考えました。

 粛清フラグですね分かります。

 

「キャーッ!」

 

 そのとき、先ほどまでここにいた末娘の悲鳴が、二人のいる場所まで届きました。

 やはりあの娘のソウルは、童話に選ばれた者では、ありませんでしたとさ。

 

 

 

 



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閑話【影を無くした男】

 
 
 毎日投稿スライディーング!

 


 

 

 むかしむかしあるところに、お金に困った学者がいました。

 立派な都市部の大学から、僻地の学校に転勤させられ、どうにも一時金が足りないのです。

 なにせ金遣いの荒い趣味がありましたからね。

 

 学者は金策するために、その地の富豪の元へいき、どもりながらもパトロンになってくれないかと交渉して回っていました。

 いくつかまわって、創作物を見てもらい、結果は良かったり悪かったりでしたが、趣味に必要な額は集めることが出来ました。

 

 ある屋敷からの帰り道、学者は灰色の服を着た奇妙な男を目にしました。

 たいそう羽振りがいいようで、トレンチコートのポケットからは、様々なものがとびだしています。

 男は学者の視線に気づくと、微笑みを浮かべて歩み寄りました。

 

「やあやあ先生こんにちわ。

 あなたの影が気に入ったので是非いただきたいのですが」

 

 その男は、出合い頭におかしなことを言いました。

 よく見れば、その男には影がありません。

 学者は豊かな想像力で、これはヤバイと気づきました。

 

「いっいきなりなんだい。

 そんなのだめだ。

 きみに影なんて売れないね」

 

 学者は男に背を向けて、まっすぐに家へと走って帰りました。

 それで、冷静になってよく考えると、この体験はネタになるかもしれないと思って、想像力の赴くままに、あのとき影を売ったらどうなっていたかを綴りました。

 

 影がない人などいません。

 きっと影がないならば、おかしな人間になるでしょう。

 いろんな人から、不審がられるかもしれません。

 真昼間には出歩けなくなるのかもしれないですし、怪しいやつはとりあえず入ってろとばかりに精神病院に収容されるかもしれません。

 

 もしも何かの拍子に、アリスの影がなくなったら?

 唐突にそう考えて、学者は頭をかきむしり、それから筆をおきました。

 

 彼女とはもう、身近に語らうことはできません。

 せいぜいたまに、手紙のやりとりするばかり。

 もう黄金の午後の日々に戻れず、思い出はセピア色に褪せていきそうです。

 "鏡の国"を書き終えてから、彼女を題材にしてみても、イマイチ筆が動きません。

 まったくアプローチの方向性を変えた『スナーク狩り』ならなんとかかんとか書けるのですが。

 

「影、影、影ね。

 影の国のアリス……いや、そりゃないな。

 そんなのメルヘェンになんないよ。

 わくわくしないし、どきどきしない。 

 ああ、だめだ。僕はダメなやつだ。

 アリス、君に会いたいよ」

 

 学者はベッドに身を預けると、そのまま寝てしまいましたとさ。

 

 

 

 それから少し。

 

 

 

 パトロンの融資のおかげで、その地に素敵な写真館ができました。

 機材の準備も万端で、密室の中で被写体相手に幾らでもパシャパシャできます。

 いろんなサイズのコスプレ衣装も万全です。

 

 すると、以前に会った灰色の服を着た奇妙な男が写真館の前にやってきました。

 

「おお、これはすごい建物だなあ!

 ところで先生、あなたの影が気に入ったので是非いただきたいのですが」

「き、君もたいがいしつこいね。

 売れないものは売れないよ」

「そこをなんとか。先生が欲しいものなら、たいてい用意しますから」

 

 ここで不用意に無理難題を突きつけないところが、学者の賢いところでした。

 彼の豊かな想像力は、この男の正体を、なかば看破していたのです。

 もしもその想像通りだとするなら、本当にたいていの物は用意しそうですから、迂闊に返事するわけにはいきません。

 いまの世の中、物騒なことがいつ起こるかわからないですからね。

 

「……か、影は売れないが、取材させてもらっていいかい?

 君の話を聞いたら、ひっく、僕の気も変わるかもしれない」

 

 それでも学者は、男にそう問いかけました。

 普通ではないものの話を聞くことで、インスピレーションに刺激があればと思ったのです。

 学者が切り出す交渉に、男はうーんと考えて、そのお誘いに乗りました。

 

 二人は学者の家の庭で、お茶会をすることになりました。

 上等ではないにしろ安物ではない紅茶をいれて、優雅なアフタヌーンの一時です。

 

「そういえば私たちは、お互いの名前も知らないな。

 私はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。きみは?」

「……ペーター・シュレミール」

「ああやっぱり。そんなことなんじゃないかと思ってたんだ。

 "ペーター・シュレミールの不思議な物語"は昔よく読んだものだ。

 書庫をひっくり返せばきっと出てくる。

 良ければ、サインを貰っても?」

「いやあ、僕はアーデルベルト・フォン・シャミッソーではないよ」

「ああ、ああ、わかってる。

 ペーター・シュレミールが友人シャミッソーに当てて書いたもの、という設定だものね」

「そう。僕は被造物にして創造主なのさ。

 創造神様からしてみれば、格好の実験体らしい。

 プロトタイプの次の、テストタイプ。

 そりゃあもうしこたま弄くられた。

 どんな風に記憶改変されていてもおかしくないくらいにね」

 

 学者のチャールズは、ペーター氏の言葉や様子をさらさらとメモに記しました。

 気になる単語が並びます。

 チャールズは、被造物にして創造主、という一説と、ペン先でトントンとつつきました。

 ニュアンス的にはそれと似て異なるギミック、というより表沙汰にするつもりのない裏設定を、スナーク狩りに仕込もうと思っていたのです。

 

 まさか先駆者がいるとは。

 一体何者なんだ?

 

「被造物=物語の登場人物。創造主=作家?

 実験体。意味不明。

 プロトタイプの次の、テストタイプ、意味不明……うーん、よくわからないな。

 けど、興味深い」

「影を売りたくなったかい?」

「いいやちっとも。

 ……そういうのが、アレかい? 改変ってやつかい?」

「うん。そうだね。きっとそうさ。

 誰が好き好んで悪魔のようなたくらみの片棒を担ごうとするだろう?

 そんなの死んでもゴメンだね。

 でも筋書きには、誰かを騙して影を得ろと、もうそうやって書かれているんだ」

「書かれたことには逆らえない?」

「もしも僕に悪魔的な頭脳があれば、うまく解釈をすりぬけて、どんなもんだいとしたり顔をするんだがね」

 

 ペーターは悲痛な面持ちで、悔いるように言いました。

 けれどそうなるとチャールズの頭にはなおさら、疑問点が浮かびます。

 

「そういう内情っていうのは、秘密にすべきじゃないのかい?」

「そうだね。僕もそう思う。

 だからこれは、創造神様がいい加減なのさ。

 まさか騙そうとする相手にペラペラと本当のことを話すなんて、ちっとも思っていないのさ」

 

 メモに言葉を書きながら、チャールズはむむむ、とうなりました。

 ペーターという不思議な物語の登場人物に、筋書きが書かれていて、しかし書かれていないことは自由なのです。

 サムターン錠をひねるように、カチャッとつまみを回せれば、何かが閃きそうでした。

 

「僕が先生のところに来たのはね。

 面白おかしな言い回しで、なんとかならないかと期待してきたのさ」

「ほう? そういうのは、推理小説家の領分だと思うけど」

「あいつらはダメだね。

 頭の中身がいつも人殺しのことでいっぱいなんだ。

 僕は怖くて、推理小説家のところになんかいけないよ」

「そりゃあ怖いね。私も気をつけないと。

 ところでひとつ、妙案を思いついたんだが」

「おっ、なんだい!」

「人形の影を切り取るのはどうだろう?

 人の代わりは、人形がやるものだしね。

 等身大のビスク・ドールの影を切れば、きっとなんとかなるかもしれない。

 そうだね、ここは私のツテで、ひとつ用意してもらおうか」

 

 ペーターは、その発想はなかったとばかりに目を見開いて、おおおおおお、と感嘆の息をはきました。それからコクコクとうなずきました。

 

 その後影をなくした男は、小粋な作家の小洒落た発想で、影を取り戻しました。

 二人は互いに時代を超えたファンだと称え合い、永遠の友情を誓いましたとさ。

 

 

 

「……ん?」

 

 ふと創造神メアリィ・スーはアイテム欄めいた領域にある童話群に違和感を感じて、その一冊を虚空から出しました。

 童話【影を無くした男】に、エンドマークがついています。

 しかも中身は、くっさいくっさいハッピーエンドになっていました。

 

「はーナニコレー意味わかんないんですけどー?」

 

 メアリィ・スーは不機嫌交じりに童話を叩きつけました。

 それから創造神パワーでグリグリと踏みつけて、跡形もなく消滅させました。

 チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン……どこかで聞いたことのある名前でしたが、彼女は作家名しかちゃんと覚えていませんでしたから、彼がかの有名なルイス・キャロルだとはかろうじて気付きませんでしたとさ。

 

 

 

 



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童話【くさったリンゴ】

 

 

「そろそろかな……さァ"白雪姫"候補ちゃん!

 童話【くさったリンゴ】を喰らえっ!」

 

 創造神メアリィ・スーは、前々から目をつけていた一家のお父さんに、童話【くさったリンゴ】を突っ込みました。その童話はずぶずぶと、一家のお父さんの身体が水になったみたいに、中まで飲み込まれていきました。結末までキッチリ書き終えてあるそれは、違えようもなくバッドエンドにたどり着くでしょう。

 

 ついこの間、うっかり貴重な無限ループ……完結しないことが完結……である童話の習作をぶっ潰してしまいましたが、そんなうっかりにもめげず、彼女は外道を歩む道を止めることはありません。

 

 あの影をなくした男が、影を求めてさまよう悪魔になり、どこかの誰かの男の影を奪い、しかしそこで悪魔の人格を影を無くした男に移して乗っ取ってしまうという、一見カンペキな無限ループでしたが、いつかはどこかが破綻するものということが今回のことで分かりました。

 

 つまり、破綻することも物語に含めなければ、ロストエンパイア構想は完成とは言えないのです。メアリィはそのことをめもめもと、かんぺきすけじゅーる帳に書き足しました。

 

「壊した後の再構築かー……どうしよっかなー。

 やりなおしに、繰り返し……そう、例えるなら、時計の針みたいにグルッと一周して、何回も難解もグルグル周回して、気付いたら一番最初に戻ってる、みたいな感じがいいな」

 

 これを完成させるには、かなりのトリック、ギミック、歯車が必要そうです。

 まあ、むつかしい話はここまでにして、童話【くさったリンゴ】のはじまりはじまり。

 

 

 

 むかしむかしあるところに、とても仲の良い夫婦と娘がいました。

 二人の家は屋根にこけや草が生えていて、窓はいつも開けっぱなしですが、それなりに立派なものでした。

 庭には番犬が一匹いて、池にはアヒルが泳いでいます。

 季節の花が門をかざり、リンゴの木も生えていました。

 百姓の二人は、ライ麦畑の世話をしていて、季節がめぐると、ライ麦畑は黄金でできた絨毯のようにゆらぎました。

 

 ある日の事と、お母さんがお父さんに言いました。

 

「ねえあなた。

 今日は町で、市が立つのですって。

 家のウマも何かととりかえちゃいましょうよ。

 このごろずっとあのウマは、草を食べて小屋にいるだけだしさ」

 

 すっかり紹介が忘れていましたが、夫婦の家には馬小屋もあり、馬も一頭飼っていました。

 お父さんは乗馬が趣味でしたが、確かに最近は乗っていません。

 このままロバ代わりにするよりは、ロバと取り替えたほうがいいかもしれませんね?

 

「俺はロバが良いと思うが、おまえは何ととりかえてほしい?」

「あなたに任せるわ。だって、あなたってばここ一番に強いんですから」

「おまえ……」

「あなた……」

 

 お母さんとお父さんがイチャイチャしている玄関口から離れたところで、娘さんは手鏡に向かってもにょもにょと何か言っていましたが夫婦は聞いていませんでした。

 

 それで、お父さんが久しぶりに馬に乗ってパッカパッカと町に進んでいくと、別の道から雌牛を引いてくる人がいます。

 

「ありゃ、見事なメスウシだ。きっといい牛乳がとれるぞ」

 

 お父さんはそう思うと、その人に馬と雌牛をとりかえっこしてほしいと頼みました。

 その人も、市で雌牛と何かを交換しにいく人だったようで、快諾してくれました。

 お父さんは馬から下りて手綱を渡すと、馬はお父さんとの別れを嫌がって、その人を蹴り殺してしまいした。

 

「えらいことになってしまった。自首しよう」

 

 お父さんは馬を宥めて、その背中に乗りなおすと、雌牛を引いて、パッカパッカと町に進みました。

 するとまた別の道から来た、のんびりと羊を連れた男に出会いました。

 

「こりゃ毛並みのいいヒツジだ。お母さんや娘には俺がいなくなっても楽をさせてやりたいし、雌牛と羊を交換してもらおう」

 

 お父さんは雌牛と羊をとりかえようと、男に声をかけました。

 ヒツジの持ち主は、大喜びです。

 何しろウシは、ヒツジの何倍も高いのですから。

 お父さんが馬から下りて牛の手綱を渡すと、牛はお父さんとの別れを嫌がって、男を蹴り殺してしまいました。

 

「どえらいことになってしまった。自首しよう」

 

 お父さんは牛を宥めて、馬の背中に乗りなおすと、雌牛と羊をつれて、パッカパッカと町に進みました。 

 すると今度は、畑の方から大きな鵞鳥を抱いた大男が来ました。

 

「あんなガチョウが家の池に泳いでいたら、ちょっと鼻が高いなあ。

 お母さんや娘には俺がいなくなっても楽をさせてやりたいし、羊と交換してもらおう」

 

 そう思うとお父さんはさっそく、羊と鵞鳥のとりかえっこをしようと言いました。

 鵞鳥を抱いた大男は、大喜びです。

 何しろ羊は、鵞鳥の何倍も高いのですから。

 

 お父さんが馬から下りて羊にあちらへ行くよう言い聞かせると、羊はお父さんとの別れを嫌がって、大男の股間を蹴り潰してしまいました。ついげきに馬と牛がスタンプ運動会を行って、大男は死んでしまいました。

 

「なんてこった! 大男が殺されちゃった! 自首しよう」

 

 お父さんはみんなを宥めて、馬の背中に乗りなおすと、雌牛の背中に鵞鳥を乗せて、羊もつれて、パッカパッカと町に進みました。 

 町の近くまで行くと、雌鳥をひもでゆわえている人に会いました。

 

「メンドリはたいしたエサはいらねえし、タマゴも産む。

 お母さんもあの娘も、きっと助かるぞ」

 

 お父さんその人に、鵞鳥と雌鳥を取り替えないかと持ちかけました。

 雌鳥の持ち主は、大喜びです。

 何しろ鵞鳥は、雌鳥の何倍も高いのですから。

 

 お父さんが馬から下りて、牛の背から鵞鳥を抱えて差し出すと、鵞鳥は牛の背から離れるのを嫌がって、雌鳥の持ち主の両目をついばんでしまいました。ついげきに馬と牛と羊がスタンプ運動会を行って、雌鳥の持ち主は死んでしまいました。

 

「ああ、これじゃまるで死の商人のようじゃないか。絶対に自首してやる!」

 

 お父さんは固くそう決心すると、みんなを宥めて、馬の背中に乗りなおすと、雌牛の背中に鵞鳥と雌鳥を乗せて、羊もつれて、パッカパッカと町に入りました。 

 

 どこかの牧場主かと思って、みんなが道を譲りました。

 お父さんはまっすぐ警察のところにいって、とりかえっこの話を聞かせました。

 すると話を聞いた警察官は、そんな笑い話のようなことが起こるわけがないと言いました。

 笑い事ではないですから、お父さんは真剣です。

 

「でもですね、お父さん、もしそれがホントだとしても、殺したのは動物たちで、お父さんではないでしょう?

 動物が勝手に暴れただけで、アンタは悪くない。なんなら一筆書きますよ」

 

 警察官はそういって、冗談交じりに御免状を書きました。

 

「うーん。どうにも釈然とせんなあ……それじゃあ私を捕まえんでくださいよ?」

「しないしない。ああ、面白い話だった」

 

 そんなこんなで、お父さんは無実のまま警察署から出てくることになりました。

 もちろんその警察官は、あとで酷い目にあいます。

 

 今日はおかしなことばかりおこりますから、お父さんはなんだか君が悪くなってきて、食事をとったらすぐ帰ろうと思いました。

 町の食事処の出入り口で、お父さんは大きな袋を持った男にぶつかりました。

 

「おっとっと。

 おや、動物がたくさんだ」

「いや、すまん。大丈夫かね」

「大丈夫だけが取り得でね。ところでおじさん、腐ったリンゴはいらんかね?」

「腐ったリンゴ?」

「店で使うリンゴが腐ってやがった。

 豚にでも食わせて処分してやろうと思ったんだが、あんたいいとこの牧場主だろう?」

「いやあ私は……」

「人助けだと思って、な? 一食タダで食わしてやるから」

 

 そういうとお店の人は、お父さんに大きな袋を押し付けて、店に戻っていきました。

 仕方なくお父さんは、リンゴの袋を持って店に入り、お酒を飲みパンを食べました。

 ところがうっかりしていて、リンゴの袋を暖炉のそばに置いてしまい、店中に焼けたリンゴのにおいが広がりました。

 その匂いにつられて、そばにいた大金持ちの男が声をかけてきました。

 

「気の毒に。ゴミクズを押し付けられましたね」

「いやあ、いいんだ、いいんだこれくらい」

 

 お父さんは大金持ちに、悲劇的なとりかえっこの話を聞かせました。

 なんならこの人が自分を裁いてくれたらいいと思っていましたから、残酷な語り口でした。

 話を聞くと、大金持ちの男は目を丸くしました。

 

「なんとまあ。今日のあなたは、悪魔にでも憑かれているのではないですか?」

「私もそう思う。そうだ、懺悔に行こう。警察は、私の罪を裁いてくれなかったんだ」

 

 お父さんはリンゴの袋を馬の背中に乗せて、みんなで教会に行きました。

 それで、懺悔室で今日あったことを話すと、お父さんの罪は赦されました。

 おかしい。

 いえ、なかば定型句ではありますが、何人もの人が死んでいるのに、簡単に赦されていいはずがありません。

 お父さんは衝動的に行き場のない動物達をみんな寄付しようと思いましたが、もしも今日あったようなことが教会でも起こったらと思うと、とても怖くて言い出せません。

 

 お父さんはトボトボと家に帰りました。

 

「あなた、おかえりなさい。

 あらあらまあまあ、大量ね」

 

 と、出迎えてくれたお母さんに、お父さんは今日あったことを話し始めました。

 

「まずウマをね、メスウシととりかえたようとしたよ」

「へえ、そりゃお父さん、牛乳がとれてありがたいねえ」

「そしたらウマが持ち主を蹴り殺した」

「ひゃあ! おっかないわ!」

「おっそろしいことだよ。

 それで、町に自首しに行く途中、連れ歩いたメスウシとヒツジにとりかえようとしたんだ」

「セーターが編めるのは嬉しいけど……大丈夫なのかい?」

「そしたらメスウシとウマがその持ち主も蹴り殺した」

「えええ! とんでもないことだわ!」

「ああ。とんでもないことだ。

 それで、町に自首しに行く途中、連れ歩いたヒツジをガチョウととりかえようとした」

「ガチョウはお祝いの日に食べられそうだけど……大事じゃないかい?」

「私もそう思う。それで、町に自首しに行く途中、ガチョウとメンドリとかえちまおうとした」

「毎日タマゴを食べられるなんて嬉しいけど……大惨事じゃないかい?」

「本当に嫌な事件だった。

 それで、町の警察署へ自首すると、笑われて御免状を渡された」

「なんでそうなるんだい?」

「わからん。なんでか、そうなった。

 気持ちが疲れちまって、飯屋にいったら、痛んだリンゴを押し付けられた」

「その人は死んでないの?」

「死んでない」

「よかった」

「おう、よかった」

「で、そこにいた大金持ちの人に言ったら、悪魔に憑かれてるんじゃないかって」

「あたしもそう思う」

「それから教会に言って、全部告白してきた」

「どうなったの?」

「罪が赦された」

「そんな一言で……」

「なんでかわからんが、そうなった。

 ほいでいま、帰ってきたとこだ……っ!

 ああっ! そいつはお前が食べちゃダメだ!」

 

 二人が喋っている間に、娘は大きな袋から、美味しそうな匂いのするリンゴを取り出して、もう食べてしまった後でした。

 娘はたいそう苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、死んでしまいました。

 お父さんとお母さんは、天罰が下ったのだと嘆き悲しみました。

 

 お父さんは今日一日、いろいろなものが手に入りましたが、娘の命ととりかえっこすることはできませんでしたとさ。

 

 

 



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童話【王様の耳はロバの耳】

 

 

 むかしむかしあるところに、富と贅沢を憎んで田舎へ引っ越し、心身ともにとても美しい乙女と結婚した男がいました。

 二人の愛の結晶に、とても美しい娘も生まれ、過去を忘れ去った男は、まさに我が世の春でした。

 ですが、捨て去ったはずの過去は、男においついてきたのです。

 

 むかし男は、手に触れたもの全てを都合よく思い通りに操れ、あらゆるものを支配しうる、限りなく催眠チートに近い人身掌握の豪腕を振るっていました。

 その才能に気付いた最初のうちは誇らしさに得意がっていました。

 なんでも好き勝手に、好き放題にやりました。

 けれど、触れたもの全てを思い通りにしか操れませんから、やりたいことしかできなくて、やりたくないことはできませんでしたし、思いもつかないことなんか、到底出来っこありませんでした。

 そんな創造性のカケラもない不自由な生活に飽き飽きしてしまった男は、ついに催眠チートから足を洗って、無敵の腕を洗い落とし、人生をやり直していたはずだったのです。

 

 ですが堕落を覚えた黒く穢れた心は、ないものとしたその腕を、田舎に来た後もなんだかんだで、ときおり無意識のうちに使っていました。

 

 それで、いろいろあった挙句の果てに、彼の愛する娘は死んでしまいました。

 

 今となっては、彼は自分が望んだ神の贈物を憎みました。

 平等ままならぬ神の公平さに疑問を抱きました。

 ついに男は己の耳を切り落とし、その外的ショックを以って、心から改心しましたとさ。

 

 

 

 それから少し。

 

 

 

「みなのもの。私は帰ってきた。跪け」

 

 男は妻をつれて薄く霧がただよう魂のふるさとに帰ると、国中のものが平伏しました。

 

 じつは彼は一国の王様だったのです。

 

 結局、心から改心しても、洗脳チートを悔い改めることはできませんでした。

 男は失った耳を隠すために、毎日いろいろな帽子を被って、国の舵取りをしていきました。

 彼が居ぬ間に銅と鉛にまみれた国は、男のチートで、豊かさを取り戻していきました。

 

 ある日男は、床屋を城に呼びつけて、自分の髪を切らせました。

 

「髪を切ってくれ。

 しかし、帽子の下に見た物を人に話してはならないぞ。

 もし話したら、命はないものと思え」

 

 王様が帽子を脱いでそう言いました。

 床屋の目には、王様の耳がロバの耳のように見えました。

 王様は自ら耳を切り落としましたが、異形の精神が反映するかのように、いつの間にかはえていたのです。

 床屋はいまは操られていますから、王様の望むまま、その髪をキレイに切りました。

 

 床屋はお城から生きて帰りましたが、王様の耳はロバの耳である事を、人に話したくて話したくてたまりませんでした。

 

 だって、面と向かっていてはたやすく操られてしまいますから、そんなことは言えませんが、目の前にいなかったら、誰があんな横柄な王様の望むままに動きたがるものでしょう?

 

 王様は気付いていませんが、かつて無敵のパワーを振るった催眠チートは、その射程距離を確実に縮めていたのです。

 

「ああ、話したくてたまらないよ。

 でも話したら頭と胴体がきっとサヨナラだ。

 絶対に喋らないようにしよう」

 

 床屋は頑張って堪えましたが、秘密を抱えるストレスに胸が苦しくなり、ついには我慢が利かなくなって、ある日教会に懺悔しました。

 

「神父さま、神父さま。

 私は王様の帽子の下を知ってしまいました。

 そのことを口外すれば、死刑に処されてしまいます。

 けれども私は、このまま黙っているのが辛くて辛くてかないません。

 私はどうすればいいのでしょうか?」

 

 すると神父さまはこう言いました。

 

「それなら谷間へ行って、穴を掘りなさい。

 そして穴の中へ、その秘密を何度も叫んで吐き出すのです。

 そうすれば、きっと胸が軽くなるでしょう。

 その後で穴に土をかぶせておけば、その秘密はもれないでしょう」

 

 なるほどと思った床屋は、城下町の外に穴を掘って、こう叫びました。

 

「王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳!」

 

 すると神父さんの言った通り、床屋の胸の苦しさがスーッと消えてなくなったのです。

 喜んだ床屋は掘った穴に土をかぶせると、家に帰りましたとさ。

 

 

 

 理髪師にその真実を民衆にバラされた王は激怒した。

 家来も国民も死刑にし、やがて国は滅んだ。

 

 

 

「こっちのオチはざっくりでいいや。邪魔な都は処分処分っと。

 じゃあ本番はこっから!」

 

 麗らかな昼下がり、妖精の皮を被ったメアリィ・スーは、聖森の中の花畑で、童話【王様の耳はロバの耳】をパタンと閉じて虚空にしまいました。

 

 虚空から新しく引っ張り出したのは、腐ったリンゴを食べて息絶えた少女のソウルです。

 

「はーい。種も仕掛けもございませーん♪」

 

 今のメアリィは気分的に、すっごくマジシャンな気分でした。

 きっと現実世界を覗いているときに、すごいマジシャンでも見かけたのかもしれません。

 

 メタ的な話、現代においてパフォーマーが様々なところで躍進しているように、19世紀はマジシャンが様々なところで躍進し始めた時代でした。ステージマジック、大規模イリュージョンが世界的な興業に発展するのは20世紀を待つ必要がありますが、まあ、その辺の話は全然重要じゃないので適当なところで割愛するとして、大仰にくるくる回るメアリィの前には、いつの間にやらテーブルがドーンと現れました。

 

 ミスディレクションを利用した、チートマジック大成功です。

 奇跡的な魔術。略して奇術。

 ふざけんな死ね氏ねじゃなくて死ね。

 

 そのテーブルの上には継ぎ接ぎの全くない、全裸の美しい少女の遺体が横たわっていました。見る者が見ればその死体が五魔姫"白雪姫"の姿をしていると気付けるかもしれません。血の通わないその肌は、雪よりもなお白色です。必須タグがR18ではなくR15である配慮ゆえか謎の射光が白雪姫の局部を隠していました。

 

 手術痕を残すのは素人ですから、メアリィはバラバラ遺体を癒着チートでパッチワークしたら『女神の祝福』でキレイキレイしてあげていました。五魔姫全員ドスケベプリンセスにするつもりですから、肉体という下地からドスケベにするため、その肉体はドスケベ厳選パーツで仕上げています。

 

 少女の死体は胸に童話【白雪姫】を抱いて、ピクリとも動く様子はありません。

 たとえ肉体という器があっても、精神もソウルもないのなら、今のままではその死体が動きだす筈がありませんでした。

 

「あー!メアリィちゃんの蘇生マジックだあ!」

「わあい!」

「あたしもやりたーい!」

「ダメダメ。この役目は譲りませーん♪」

 

 花畑の南の方から三人の妖精がやってきて、四人の妖精はきゃぴきゃぴと楽しそうに冒涜的な言葉をかわしました。

 無邪気という名のその邪気は、聖森という領域に似つかわしくない黒い穢れを孕んでいました。あっ、ここでいう孕むというのは文学的表現であって、性的な意味では無いのであしからず。

 

「よーし、やっちゃうぞぉ~」

 

 彼女が両腕を腕まくりの仕草をすると、ズルリと創造神メアリィ・スーの腕が剥き出しになりました。紫色の長い爪先が、手にした腐ったリンゴを食べて息絶えた少女のソウルを弄んでいます。

 

 彼女は手にしたそのソウルを、お団子をこねるようにして、ぎゅうぎゅう固めていきました。

 

 創造神秘密のレシピで消えかけのソウルやら故の知らぬソウルやらを混ぜこんで、それらを『黒の布』に加工すると、即興で中二病全開な呪文を唱えました。

 

「全ての命の源よ

 ありとあらゆる色塗り潰す

 黒き幾千の偽書たちよ

 その魂の内に眠りしその力

 彼方より来たりて奇跡を今ここに!

 えーオーバーソウル的な、その、なんか、アレ!

 えいっ!」

 

 メアリィのしまらない掛け声と共に、黒の布は全裸の少女の死体に被さりました。黒の布は白雪姫の死体を包み込み、そして身体に染み込んでいきました。童話【白雪姫】も一緒にずぶりずぶりと死体の中に沈みこんでいるのでしょう。一瞬、ピッチリラバースーツのようになった黒の布でしたが、そのまま死体の中に溶けてしまいました。

 

「ドゥルルルルルルルルル……」

 

 モブ妖精のうちの一人が、小太鼓の音色を口にしました。

 

「ッテーン!」

 

 モブ妖精のうちの一人が、シンバルの音色を口にしました。

 

「死の、先を征く者よ、出でよ!」

 

 モブ妖精のうちの一人が、メアリィに感化されて中二病的な台詞を口にしました。

 

 すると"白雪姫"がビクリと動きました。

 

 そのまま白雪姫の身体は、雪が溶けていくように、虚空に消えてしまいました。

 失敗?

 いえ、違います。

 メアリィは、お花畑に『監視する者』の視界のひとつを投影すると、高見の見物を始めました。モブ妖精たちは、ワクワクした様子で投影映像にかぶりつきました。

 

『始まりの雪原』と『アンドール城』を土台にして、童話【黄金のガチョウ】に登場した黄金郷の残骸を舞台に、金の亡者をエクストラに改変し、童話【くさったリンゴ】の被害者一家の夢を被せた、小さな箱庭の中身を移すその投影映像は、雪国の城を描いていました。

 

 それでは長らくお待たせしました。

 次回より、母子殺し合う箱庭世界名作童話【白雪姫】のはじまりはじまり。

 

 

 



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童話【白雪姫】

 
 
 ちょおっと長め。


 むかしむかし、冬のさなかのことでした。

 一つの愛の結晶が、可愛い赤ん坊となり世に産まれました。

 庭に新雪が一面に広がるところを見た母親は、その赤ん坊に"シュネーヴィトヒェン"と名付けました。

 

 シュネーヴィトヒェンは肌が雪のように白く、ほおは血のように赤く、髪の毛は黒檀のように黒くつやがありました。

 

 けれどシュネーヴィトヒェンは、雪よりもなお白く、血の赤さよりなお紅く、漆黒のように吸い込まれそうな黒髪の、自由奔で生命力溢れる、まるで神に祝福されているかのように美しい母親に対し、幼心に嫉妬しました。その自由奔なお母さんの心を捉えて離さない、父の求心力にも嫉妬しました。

 

 彼女は美しい幼女でありながら、とてもうぬぼれが強く、わがままで、自分よりもすこしでも美しいものがあると、じっとしてはいられない性格に育っていました。両親は二人とも、娘を愛するよりもお互いを愛していましたから、ずっと育てられてはいても、まるでのけものにされているみたいに感じ続けて、心根がこじれてしまいました。

 

 シュネーヴィトヒェンが六歳のころ、お母さんからものを教わるのがいやで、ライ麦畑で遊んでいると、不思議な手鏡を拾いました。この手鏡は、なんとひとりでに喋るのです。しかもそのうえ正直者で、彼女の問いかけにはどんなことも正直に答えてくれました。

 

「かがみよかがみ、かがみさん、世界で一番美しいのは誰?」

「それはもちろん、あなたの母君でございます」

「よしんばお母さんがいなかったとしたら?」

「それはもちろん、シュネーヴィトヒェン、あなた様でございます」

 

 鏡はそう答えましたから、シュネーヴィトヒェンはその日から、お母さんを殺して世界で一番美しくなろうと夢見ていました。もしも地元に学校があったなら、将来の夢に『お母さんを殺すこと』と書いたことでしょう。

 

 夢の中でお母さんを何回殺しても、現実のお母さんは死にませんし、ミサの日にどれだけお母さんの死を願っても、お母さんは死にませんから、どうにかこうにか、ちゃんと手ずから殺そうと思いました。

 

 しかしそれから一年後。シュネーヴィトヒェンはますます美しく成長し、七歳の誕生日を向かえる頃には、きっとお母さんより美しくなっていました。シュネーヴィトヒェンは、手鏡を拾ったその日と同じように、魔法の手鏡に問いました。

 

「かがみよかがみ、かがみさん、世界でで一番美しいのは誰?」

「それはもちろん、シュネーヴィトヒェン、あなた様でございます」

「……! あははっ……良い気味!

 私はこの世で誰よりも美しいんだ……っ!」

 

 シュネーヴィトヒェンはそれこそ有頂天になって、自分の脳内でずっと自分より美しい罪で死刑を求刑していたお母さんを、逆転無罪として許してあげようと思いました。それくらい嬉しかったのです。

 

 その日の夕方、シュネーヴィトヒェンはお父さんが町から持って帰ってきたくさったリンゴを食べて死にましたとさ。

 

 

 

 次に目覚めたとき、シュネーヴィトヒェンは、小さな小屋で目覚めました。

 

「ややっ! 白雪姫様が目覚めましたぞっ!」

「やはり蘇生には『不死鳥の羽根』が一番ですなっ!」

「ロストエンパイア中を駆け巡ったかいがありましたぞっ!」

「白雪姫様は美しい!」

「死んでいるより、生きているほうが美しい!」

「白雪ちゃんは可愛いなあ!」

「ばっか可愛いわけないだろ美しいんだよ言葉に気をつけろバーカ!」

 

 自分の寝顔を覗きこんでいた七人の小人が、一斉に騒ぎ出しました。

 シュネーヴィトヒェンには、なにがなにやらわかりません。

 お母さんから名付けられた名前も満足に思い出せませんでした。

 だから彼女は、自分が"白雪姫"なんだなぁ、と漠然と受け入れました。もしもこの世がゲームのようで、ステータス画面が見れるなら、きっと彼女は職業が"白雪姫"で、名前も"白雪姫"になっているでしょうね。

 

「あなたたちは誰……ここはどこ……」

「ここは私達の家ですぞ。見ての通り、小人ですな」

 

 白雪姫の誰何に、七人いる小人の一人が答えました。

 

「何も思い出せない……頭痛い……」

「ああ白雪姫様、おいたわしや……姫様は、王妃様の放った刺客、ロビン・フッドに射殺され、死姦されていたのです。

「そこへ私達が通りかかり、なんとか助けただしたのです」

 

 白雪姫の嘆きに、七人いる小人の二人が答えました。白雪姫には、誰が誰だかさっぱり区別がつかないくらい、七人は同じ姿形でした。

 

「……ロビン・フッド?」

「あいつ絶対頭おかしいよ。死姦は白人に限るってちょー興奮してたもん」

「追っ払うだけで精一杯だったなあ。

 でもあんな好色漢、そのうち女に刺されるだろうさ」

「それよりもまず、あの王妃を何とかしないと」

 

 白雪姫の疑問に、七人いる小人の三人が答えました。

 

「……王妃様って……だれ……?」

「アンドール城の美に狂う王妃」

「狂乱の王が死んで幾星霜、美貌の王妃はこのロストエンパイアに目覚められました」

「王妃は自分より美しいものを許せないお方」

「白雪姫様は王妃より美しく育ったために、ついに殺意を向けられてしまったのです」

 

 白雪姫の問いかけに、七人いる小人の四人が答えました。

 

 王妃様……お母さん?

 違う……役割(キャスト)は変わったんだ……

 私のお母さんはお母さんじゃない。

 継母だよ。

 お母さんは死んだんだ。

 私を生んでからすぐに死んだんだ。

 それで、お父さんはお母さんが死んでからあいつと再婚して……

 あれ? そうだっけ?

 何かが食い違う。

 何かがおかしい。

 ……何がおかしいか、わからない……

 でも関係ない。

 継母さんを殺して、世界で一番美しくならなくちゃ。

 

 白雪姫は数々の疑念を一旦脇に置くと、ベッドから起き上がり、当たり前のように普段着の着替え、七人の小人達にいいました。

 

「そうだったんだ……呆れた……

 もはや生かしてはおけぬ……王妃を殺さなければ」

「当然の決断ですな!」

「我々も応援しますぞ!」

「アイテムを御入用でしたらすぐに手配しますぞ!」

「この『氷結の魔弾』をお使いくだされ!」

「やっちゃえ白雪姫様!」

 

 白雪姫の決意に、七人いる小人の五人が答えました。

 小人の一人は白雪姫に『魔書【氷結の魔弾】』(耐性のない対象を100%氷結させる超強力な魔法)を献上し、小人の一人は白雪姫に『包丁・乙女丸』(即死率80%の超強力な武器)を献上しました。

 

 創造神メアリィ・スーは、この白雪姫のストーリー部分にかなり注力していましたが、遊びの部分はまだあんまり作りこんでいないので、かなりの部分が『赤ずきんの森』のシステムを流用していました。

 

「ありがとう……頑張る」

 

 そうして、白雪姫は七人の小人のサポートを受けて、記憶にないアンドール城なる地を目指して、旅に出ることになりましたとさ。

 

 

 

 一方その頃……

 

 

 

「鏡よ鏡、鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」

「私に見えるうちではあなたが一番美しい。

 だが森の中にある、七人の小人が住むところに、白雪姫はまだ元気に生きている。

 白雪姫ほど美しい人は誰もいない」

「――――ッ!!!」

 

 改装されたアンドール城の地下一階、鏡の間。

 魔法の壁掛け鏡の前で、王妃様は奇声をあげていました。

 その美しいかんばせを嫉妬で大いに歪ませて、ありえないと喚き散らしました。

 

 白雪姫は、毒リンゴを食べて死んだはずでした。

 なのにまだ生きているのです。

 

 腰紐で首を絞めても、毒を仕込んだ櫛で頭を刺しても、白雪姫は死にませんでした。

 一体どうすれば彼女を殺しきれるのでしょう?

 ですがちょっと待ってください。

 王妃様は自らの手で三度白雪姫を殺した記憶がありますが、どのようにして事をなしたか覚えていません。あたかも"そういう設定になっている"と脳髄に直接仕込まれたかのように、過程が空っぽなのでした。

 

「森の狩人ロビン・フッド、ここに。

 お呼びですか王妃様」

「今度こそ、今度こそ白雪姫を殺しなさい。

 この鏡の間で白雪姫が死んだことを確認できたら、あなたに寵愛を与えましょう」

「やれやれ、美しすぎるというのも罪なことだね……

 もちろんいいとも。

 むちむち色白美女王妃から愛されるなら、人一人容易く射抜いてみせよう」

 

 王妃様は結局、一番最初に白雪姫を殺した方法を試みることにしました。

 森の狩人ロビン・フッドは鏡の間を出て行き、王妃様は、鏡の間にとどまりました。

 だって、真実のみを語る魔法の鏡の前から決して離れたくありませんからね。

 

 死ね……白雪姫は死ねばいい……

 

 創造神の手で黒く穢された彼女のソウルは、お腹を痛めて産んだ子どもの死を切実に願っていました。産んだときの記憶は改ざんされていますから、王妃様が思い出すことはありませんでしたとさ。きゃひひっ。

 

 

 

 さて、白雪姫の視点に戻ります。

 彼女はかなりサクサクと、雪の森を歩いていました。

 なにせ道中の雑魚敵は包丁・乙女丸でだいたい一撃ですし、即死無効の相手には『氷結の魔弾』による氷結ハメをすればいいですから、苦戦する要素がありませんでした。

 

 雑魚戦? 氷結ハメ?

 はたして童話【白雪姫】とはそのような物語でしたでしょうか?

 もちろん違います。

 ですが創造神に改変された後でした。

 だから、そういう要素があったとしても、どこもおかしくはありませんね?

 

 白雪姫は探索の過程で見つけた装飾品ウィングブーツ(敏捷性が大幅に上昇する超強力な装飾品)と光のタリスマン(すべてのステータスが微上昇し、自然再生力が身につく超強力な装飾品)とを身につけて、彼女の快進撃は続……くかと思われましたが、ぴゅーんと飛んできた弓矢に、足止めを喰らうことになりました。

 

 文字通り『脚撃ち』されてしまって、機敏に動くことができなくなってしまったのです。

 

「これは驚いた。

 王妃様も嫉妬する美少女と聞いていたが、こんなにも美しいとは思わなかった」

 

 白雪姫の前には、美しき森の狩人ロビン・フッドが立ちふさがっていました。()()()()()()()()()()()()()()、その目は驚愕に見開いていました。一発ヤラせろ、を合い言葉に数々の美女の依頼はこなしてきた彼は、その日初めて、受けた依頼を完遂したくないと思いました。

 

「森の狩人……ロビン・フッド……ッ!」

「フッ……名前を知っていただけているようで光栄だ。

 いかにも私はロビン・フッド。

 王妃様たってのお願いでね。

 お嬢さんには死んでもらわねればならない」

 

 その言葉に、白雪姫はますますお母さんに嫉妬しました。手にした包丁・乙女丸を構えて、えいやと斬りかかりましたが、足を痛めてのその突撃を、ロビン・フッドはひょいと回避しました。美しくなければ生きていけない。美しくなければ生きている資格はない。白雪姫の心の奥から、そんな言葉が滲み出てきます。

 

「でもねお嬢さん。

 君を見て気が変わったよ。

 一発ヤラせろ。

 そうしたら見逃してやってもいい」

 

 ロビン・フッドは、正面から下種な台詞を吐きました。

 彼は褐色肌の女はそんなに好みではありませんでしたが、裏を返せば色白のおなごが好みでした。その観点から見て、白雪姫の雪にように白い肌は、新雪を踏みぬきたくなるかのごとく、彼の心を誘惑していたのでした。なんなら新雪親子丼としゃれ込みたいところでしたが、それは高望みというもの。

 気持ちの悪い狩人の笑顔に、白雪姫は顔を歪ませて言いました。

 

「冗談は顔だけにして……

 私よりも美しいかもしれないやつは全員死ね!」

 

 叫びとともに彼女が放った氷結の魔弾がロビン・フッドに襲いました。

 一発、二発と回避しましたが、三発目の魔弾がついにロビン・フッドに当たりました。

 

eingefroren zu sein!(氷 漬 け に な る が い い !)

「ぐっ! 性交渉は決裂か!

 ならばせめて君を美しく射抜いたあとに、その亡骸を楽しむとしようか!」

 

 半身を凍らされたロビン・フッドは、以外と余裕そうでした。軽くもがけばこの程度の状態異常、容易く取り除くことができると思ったのでしょう。ですが致命的な隙でした。彼が自由に動けるようになったその時には、ロビン・フッドの美しさに嫉妬した白雪姫の包丁・乙女丸が、彼を補足していたのです。

 

 ズブリ! 白雪姫は白無垢乙女を大勢食い散らかした大股ロビンフッドを即死させてしまいました。ロビンよぉどうしてお前はそう、即死に堪え性がねえんだ。

 

「おッぐぇ……おぉぉッ……」

「醜い死に顔……よく見たら全然美しくない……私の勝ち……ふふっ」

 

 醜い顔で死んだロビン・フッドを見て、白雪姫は満足しました。森の狩人の死骸からは、名状しがたい青白い粒子のようなものが噴き出して、白雪姫に吸い込まれていきました。その血肉や魂は、白雪姫の礎となりました。

 

「それにしても……ああ……魔法の手鏡が欲しい……」

 

 白雪姫はいつもの習慣で、手鏡に向かって世界で一番美しい者は何者かと問いかけたくなりました。

 しかしそれは敵いません。

 今手元にある手鏡は『帰還の手鏡』といって、七人の小人がいる拠点に帰るためだけにしか使えないものなのです。

 

 ともあれ白雪姫は雪の森を超え、忘却の街を超え、不自然な位置にある鏡に入り込むと、そこは粉雪の舞うアンドール城の庭でした。メタ的なことを言えば、無印ブラックソウルでいうところの『冬の贈り物』を入手する場所です。

 

 白雪姫はアンドール城を仰ぎ見て、最終決戦の時は近いと感じました。

 

 少しでも力を増そうと、白雪姫はアンドール城の庭にいる雑魚敵を狩りました。敵はいずれも強敵ばかりでしたが、即死耐性がないようなので、包丁・乙女丸を振り回せば楽勝でした。そうして幾らかレベルアップを図ると、城門前の篝火で休みながら、道中で手に入ったさまざまな色の木の実をモッキュモッキュと食べました。

 

 その木の実は、食べると各種ステータスが上昇するすごい木の実でした。

 前作からの使い回しで、在庫処分品でした。

 白雪姫は赤い色の木の実は、くさったリンゴのことを思い出してしまうので、決して食べませんでした。

 

 一服を終え、白雪姫はアンドール城を目指しました。

 城の出入り口には、二人の騎士が待ち構えていました。

 角の生えた兎の騎士と、剛毛の生えた亀の騎士でした。

 

「ヒヒヒッ……。俺は兎騎士、ルミラージだ」

「はっはっはっ。拙者は亀騎士、アダマンですな」

「「ここを通りたければ我々を殺してからにしろ」」

「と、言いたいところだが」

「拙者らはもう王妃にはついていけないのですな」

「ここは通してやるから、王妃様を殺しちまえよ」

「然り。暴虐邪知なる者は、いつか討たれねばなりますまい」

「「どーぞ、どーぞ」」

 

 ……白々しい。と、白雪姫は思いました。

 この醜い二匹の騎士は、どうもどうもと間を通ったら、横合いから殺しにかかるだろうということは、体感するまでもなく感じ取れました。

 だから白雪姫は、素早そうなルミラージに乙女丸を突きつけました。

 

「ほう。この俺に刃向かうつもりか……?

 ならば望みどおり殺してくれるわッ!」

 

 ルミラージは素早い動きで高く飛び上がりました。

 その横合いからアダマンが、パルチザンを手に鋭い『鎧抜き』を放ちました。

 白雪姫はその突きを、危ういところで回避しました。

 

「かわされましたな。どうします兄弟?

 こやつ拙者らに騙されるつもりはないようですぞ?」

「ああ? 決まってんだろ!

 どっちが先に殺すか競争だっ!」

「構いませんぞルミラージ。

 貴殿よ、悪いのだが拙者の為に殺されてくれませんかな?

 くくっ……」

「性根の腐った醜い獣は死ねっ!」

 

 白雪姫は飛び上がったルミラージを無視して、正面でどっしり構えたアダマンに『妖精の燐粉』をかけました。

 

「ぐっ……これは……ぐぅzzz」

「妖精の眠り粉か。っひひ、参ったねどーも」

 

 ルミラージは虚仮脅しの跳躍から着地して、ダマシの陽動が失敗したことを悟ると、細く鋭い騎士の剣、レイピアをひゅんひゅん振り回し、白雪姫にけん制しました。

 

 二対一はつかの間、一対一になりました。

 

 ルミラージは次にバックラーを構え、素早い動きから一転して慎重に間合いを計り始めました。眠ったアダマンが起きるまでのらりくらりと待つつもりでしょう。対して白雪姫は『白くべたつく何か』を飲み込むと、その魔力を大幅に増幅し、ルミラージに向かって『ソウルの太矢連射』を放ちました。

 

「なんだとぉー!?」

 

 彼女が手にした包丁を『パリィ』して致命の一撃を狙っていたルミラージは、まさかの大技に完全に虚を突かれました。容赦なき青白の極太四連打が、吸い込まれるようにしてルミラージへとボコボコに撃ち込まれまれます。

 

「クソったれ……っ」

 

 ルミラージは死にました。

 白雪姫は次に眠っているアダマンに近づき、手にした包丁で『メッタ刺し』にしました。

 

「がはっ……。

 貴殿も狂人であったか……」

 

 メッタ刺しの途中に目覚めたアダマンは、そんな言葉を遺して死にました。たとえ元々がなんであれ、いずれも敗者の戯言です。

 

 二人の死骸からは、名状しがたい青白い粒子のようなものが噴き出して、白雪姫に吸い込まれていきました。二人の血肉や魂は、白雪姫の礎となりました。

 

 でも大丈夫! コアのほうは無事だからね! どうでもいい外殻の上澄み部分だけが相手に吸い取られちゃってるだけで、存在の核はボクがちゃああんと回収してるから!

 

 だから故の知らぬどうでもいいソウルがたくさん必要だったんですね(メガトン構文)

 

 それはともあれ白雪姫は、アンドール城に入りました。

 場内はもうボロボロで、けれど誰もいませんでした。

 白雪姫は頭が覚えていなくともソウルが覚えている最短ルートで鏡の間に行こうとしましたが、途中でビクッとして足を止めました。

 通路と部屋の境目には、ピアノ線が張ってあり、通ると体が切断されて死にそうだったのです。

 これは危ないと思った白雪姫は、大回りする別のルートから行きました。

 

 こうして白雪姫は、毒のリンゴから蘇り、自分を殺しに来る猟師を乗り越え、自分を騙しに来るものたちを踏み超え、鏡の間にたどり着きました。原作の影も形もないですが、けれど原作でおきた数々の悲劇を彼女は自力で突破したのです。

 

 それは二次創作の結果に他ならない。

 

 白雪姫は鏡の間にたどり着きました。そこには、雪よりもなお白く、血の赤さよりなお紅く、漆黒のように吸い込まれそうな黒髪の、アンドール城の王妃という役割(キャスト)が割り振られた者が待ち構えていました。

 白雪姫は、包丁・乙女丸を構えて、いつでも準備万端です。

 

「お母さん……」

「あの日を覚えている? 白雪姫。

 あなたが勝手に腐ったリンゴを食べて勝手に死んだ日……

 本当に、清々したわ」

「――ッ!?」

「だってあなた、どんどん私よりキレイになってしまうんだもの。

 村の皆だって、いっつも私に鼻の下を伸ばしてたのに、どんどんあなたのことばっかり話すようになったわ。私に似て将来は……なんてくだらない。私より美しい者は、この世に存在してはならないのよッ!」

 

 彼女の言葉は本心でしょうか?

 記憶改ざんされた結果でしょうか?

 それは創造神メアリィ・スーにしかわかりません。

 少なくとも彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それだけは間違いありません。

 

「私はこの世で最も強く、そして誰よりも美しい。

 だから……」

「王妃さま、確かに私に見えるうちではあなたが一番強く、美しい。

 でもこの部屋の階段の下にいる、白雪姫は元気に生きている。

 白雪姫ほど美しい人は誰もいない」

「黙れえええぇぇぇええええええ! 私の方が美しいに決まっているでしょおおおおおがああぁぁぁぁあああああぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁああぁぁあああああ!!!」

 

 そんな鏡の声を聞いて、王妃様は絶叫しました。

 白雪姫は、そこに魔法の鏡があるのかと興奮しました。

 もう二人は、止まりません。

 白雪姫は階下から駆け出して、王妃様……ステップ・マザーに乙女丸を突き出しました。

 

「甘いわね」

 

 ステップ・マザーはどこからか凍てつく盾をとりだすと、乙女丸を鮮やかにはじいてしまいました。

 白雪姫のその手から、乙女丸が零れ落ちてしまいました。

 盾を持たないステップ・マザーのもう片手に、凍れる黒き虚ろの刃を呼び出しました。

 ステップ・マザーは白雪姫を殺すために、ここで超強力な魔法を編み出していた……という設定です。

 ともあれ、隙だらけになってしまった白雪姫が、そんな名前からしてヤバそうな武器の致命攻撃を受けてしまえば、絶命は避けられません。

 

「白雪姫様、危ない!」

 

 そのときです。

 ドンと彼女を突き飛ばして、七人の小人のうちの一人が、身代わりになりました。

 

「ええい! 邪魔をするな!」

「ぬわーっ!」

 

 ステップ・マザーは七人の小人を撫で斬り捨ててしまいました。

 白雪姫は義憤を覚えませんでしたが、その瞬間を隙とみて氷結の魔弾を撃ちました。

 けれどその弾丸は、凍てつく盾に受け止められてしまいます。

 

「その程度?」

 

 ステップ・マザーはつかつかと、白雪姫に歩み寄ります。

 そこには絶対的な優位性を感じる、傲慢にも似た余裕がありました。

 片や完全武装の王妃様。

 片や手から武器を失った白雪姫。

 優劣は明らかです。

 

 それから白雪姫は、ステップ・マザーの猛攻から、必死に逃げ回りました。

 どこからか駆けつけてきた七人だった小人たちが、次々と身代わりになりました。

 どうすれば、と考えて、白雪姫は恥をしのんで骨を断つことを思いつきました。

 

「お母さんは殺す……っ!

 私より強くて美しい罪で死刑!」

「っは。ついに私の方が美しいと認めたわね?

 あー負け犬の遠吠えは気分が良いわぁ~♪

 ……よく言えたわねぇ偉いねえ?

 ご褒美にここで殺してあげる!」

 

 言葉をかわしている間に、白雪姫はどこからか"マシンガン"を取り出しました。

 それは雪の森を探索中に手に入れた、包丁とは別次元の、超強力な武器でした。

 白雪姫の武器は、包丁・乙女丸だけではなかったのです。

 

「はあ? なにそれ?」

「死ね」

 

 ドパパパパパ、と機関銃は弾をばら撒きました。

 ステップ・マザーはさっと盾を構えましたが、あまりに連続した衝撃に、盾を構え続けることができず、スタミナをなくして隙を晒してしまいました。

 白雪姫はつぎにアンドール城の庭に雑に置いてあった"肉断ち大斧"を取り出して『ギガスギロチン』を大上段から振り下ろしました。ぐちゃりという生々しい音が、ステップ・マザーから飛び出ました。

 今度はこの城内で手に入れた、創造神メアリィ・スーの強力な祝福がほどこされた上質の武器"アンドールの剣"を取り出して『オーラブレード』と『レディアントブレード』の二連撃を叩きこみました。光の剣閃がステップ・マザーをズタズタにしました。

 それから狩人ロビン・フッドの死体から奪ったハンターボウを取り出して『トリプルショット』を撃ち込みました。致死を求める三連射は、ステップ・マザーの頭と首と心臓を、間違いなくとらえました。

 トドメとばかりに白雪姫は『ソウルの太矢連射』を撃ち込みました。

 もう止めて! ステップ・マザーのライフはとっくにゼロよ!

 

「……死んでる……あはっ……死んだよ……!

 美しいやつ……死んでる……!

 この世界は私の夢だ……おまえなんかのものじゃない……っ!」

 

 こうして魔姫・白雪姫は、アンドール城の主の地位を簒奪し、その名を白雪城と改名しましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

「――――ひーっ、ひーっ……ふぅ。あー面白かったー♪

 武器スキル制は良い感じ。このまま採用しよっと。

 でも戦闘中の武器交換は強すぎだからダメにしてぇ。

 スタミナ制度はなんかメンドくさそうだからナシにしよっと。

『ほうちょう』は強すぎるから禁止。

『凍れる黒き虚ろの刃』もきーんし。

 ソウルの太矢連射は……入手方法を厳しくすればいいかなー。

 新しい武器どうしよっかなー。失敗作の倍以上にはしたいんだけど」

 

 創造神メアリィ・スーは、自分の作品を激しく自画自賛すると、さっそく"遊び"の部分を調整し始めました。筋書きには直接影響することはないですが"主人公"に楽しんでもらうためには、妥協できない部分です。

 世界の法則をなんかこう、良い感じにわちゃわちゃっと弄くると、ひとまず満足しましたとさ。

 

 

 

 

 




 
 第三回、なぜなにロストエンパイア創造記

Q1.三人家族はどうしてこうなった?
A1.リンゴ関連の童話探してたら【くさったリンゴ】を知る⇒海外版【わらしべ長者】やん! と思いつつ採用⇒神話系の側面も持ってたので改変込みでおいしいとこどり⇒両親は娘さんが死んで絶望してるところをロストエンパイアにご招待され改変される。
 お父さんは差した童話を差し替えて【王様の耳はロバの耳】の王様役に、奥さんは実母なのに継母に改変され殺される王妃役に、死んだ娘さんは【白雪姫】に改変されました。
 内心の自由はないのか! ちょっとだけ想像力が豊かなだけの一般人がここまでされる謂れはない! 早く彼女を愛さなければ。

Q2.ロビン・フッドと兎と亀おるやん! ナンデ?
A2.ロビン・フッドは猟師役代わりに。ブラソ2で「褐色肌は~」というような台詞があったし、童話【白雪姫】の配役へと良い感じに収まった感。作者の脳内考察によると、茸村でハンターボウ持ってる死体は森の狩人アレンではないかと思っているがこの作品とは特に関係ない。

 兎と亀は無印ブラソでアンドール城がどうのこうのという台詞がありましたし、原作白雪姫で何度も騙されて殺される描写があるので、騙し描写の代わりということで採用。でぇじょうぶだ。メアリィ・スー様が生きておられれば何度でも蘇れる。


2020/1/29改定
シンデレラの名前に誤字が混ざってたので修正


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白雪姫After【白雪姫vs人魚姫】



 最近遅くなってるので今日は早めに投稿。

 


「鏡よ鏡………世界で一番美しいのは……だれ……?

 ……

 …………

 ………………

 まだ……こんなにいる……

 私の……敵…………許せない…………

 一人残らず…………駆逐しないと…………」

 

 白雪姫は、真実を映す鏡とされるそれに問いかけ、そして答えを得た。

 鏡は曇っていて何も見えない。

 だが白雪姫には見えていた。

 魂の輝きに満ち溢れた、美しい者たちが。

 無論それは、創造神メアリィ・スーが、そのように見せているだけのこと。

 

 嘘を嘘と見抜けない者には、嘘吐き鏡は真実を語っているようにしか聞こえない。

 

 アンドール城あらため、白雪城地下、鏡の間。

 白雪姫のほか、創造神手ずから再調整されて蘇った七人の小人がそこにいる。

 七人の小人はもちろん、メアリィ・スーが用意したエキストラ。失敗作を経験した過程から自身によって都合のいい導き手を増やす調整をした結果、彼らは見事数の力で白雪姫が進む道を誤らぬよう、導いた。

 

 結果、白雪姫は見事にバッドエンドストーリーを完走。その手で母殺しを成し遂げ、ソウルは黒く穢れ、おおむねメアリィ・スーの望み想定した魔姫となったのだ。

 

 彼女はその後、黒の裁判の雛形とも言える魂狩りの存在となって、メアリィのいいように使われることになる。嘘吐き鏡から限りなく指示に近い啓示を受けて、体感時間にして1000年以上ものあいだ、ロストエンパイア構想の邪魔になる悪夢霊を、殺し彷徨う者となるのだ。

 

 

 

 ああ、そういえば。

 悪夢霊の逸話はこの作品において、一度も書いていない。

 まあ、そのうち、書く機会もあるだろうから、今はその説明を割愛する。

 

 

 

 ここから白雪姫After【人魚姫と白雪姫】

 

 

 

 むかしむかし深海に、別の鏡へと転移できる鏡の間の鏡に入り込んで、白雪姫がやってきました。

 監視として、七人の小人のうちの一人が深海に先回りしていました。

 

「白雪姫様はすごいや! 水の中でも息ができるんだ!」

「……あなたはできないの?」

「僕もできてるっ!」

「……じゃあ……みんなできるわよ……」

「そういうものなの? まあいっか!」

 

 と、こんな具合ですから、呼吸がどうこうとかはなんの問題もありませんでした。

 なんてメルヘェン! 細かぇことはいいんだよっ!

 白雪姫は深海に、人魚姫を殺しに来ていました。

 だって真実の鏡が、世界で一番美しいものとしてその姿が示されていましたからね。

 深海を泳ぐのではなく、陸地を歩くようにして、白雪姫は深海を行きました。

 

 道のりは静かなものでした。

 ごぽごぽとなにかが泡立つ音だけが聞こえていました。

 深海にさまよう古代魚が何匹か襲い掛かってきましたが、白雪姫はマシンガンでみんな撃ち殺してしまいました。

 

 王妃様を倒したあと、包丁・乙女丸はなくなっていましたから、白雪姫は今、使い勝手のいいマシンガンを使っているのです。強すぎるほうちょうはもちろん、メアリィが没収しています。

 

 メアリィは白雪姫が撃つマシンガンの挙動をみて、ちゃんと物理法則無視できてるなー、と世界の法則の移植に狂いがないことを確認できて満足していました。この道程は彼女にとってはただの"遊び"に過ぎません。遊びのルールがちゃんと働くか、確認する程度のことでした。ですがふと、マシンガンという名前がなんかイマイチ世界観にそぐわないことに気付き、別の名前を与えようとも思いつきました。

 

 さて、マシンガンが良く似合う童話などあったでしょうか?

 メアリィは脳内の童話リストをみて思案し、いくつかあたりをつけました。

 この思案がのちに童話【鉄のハンス】の二次創作に繋がり『ハンスの機関銃』の誕生に繋がるのですね。

 

 白雪姫は深海を探索して、やがて海底火山の『愛の巣』につきました。

 まだ『ポセイドンホテル』はなく、その土地は『終末の火山』を概ね使いまわしているものでした。勿論将来的には再調整されますが、いまは海底火山なのです。

 

 メアリィが土地間のつながりをどうしようかと思案しているうちに、白雪姫は人魚姫の元までつきました。人魚姫は、どこぞの"王子様"を骨の髄までしゃぶっていました。彼女は白雪姫に気付くと、にんやりと卑猥な笑みを浮かべました。

 

「……あら♡

 お姫さまぁ? 迷子になっちゃったの?

 それとも自分から来ちゃったのかな……♡」

「人魚姫……私より美しい……殺すっ!」

「あらまあ! お姉ちゃんを殺したいのお……?

 いいよ♡ おいで……♡

 お姉ちゃんの身体を好きにして♡」

 

 狂人めいた戯言を口にする人魚姫に向かって、白雪姫は容赦なくマシンガンを撃ちました。

 人魚姫は正気ではありませんでしたし、白雪姫もまた正気ではありませんでした。

 かたや愛に狂っていて、かたや美しさに狂っていました。

 人魚姫は両腕を広げて、弾丸の暴威を受け止めました。

 蜂の巣のようにされているのに、彼女の笑みは止みません。

 一方的な憎しみに、人魚姫は愛を覚えました。

 

「んんっ♡ 貫通っ……ちゃっ……たぁ!

 憎しみの愛って素敵ねぇ……あなた名前は?」

「……死なない……何故?」

「ねーえー? お名前はぁ?」

「……ならコレは?」

 

 つぎに白雪姫は、氷結の魔弾を撃ちました。

 人魚姫はその憎しみの愛を受け止めました。

 けれど、その不思議な体質で、三発のうちの一発を反射してしまいました。

 氷結の魔弾が打ち返され、白雪姫は困惑しました。

 

「く……っ! これでも死なない……っ!」

「教えてくれないなら、名前あてっこしちゃおっかなー。

 肌が雪みたいに白いから、白雪ちゃん!」

「っ!?」

「どう? 合ってる?」

 

 人魚姫は笑みを浮かべながら問いました。

 白雪姫は無言でマシンガンを『リロード』していますが、図星をつかれたその動揺は人魚姫に悟られていました。

 

 二人はいま、殺し合いをしているようで、殺し合っていませんでした。白雪姫のほうが一方的に殺そうとして、人魚姫のほうはただ受け止めているだけなのです。白雪姫は別の武器を取り出そうとしましたが、みんな鏡の間においてきてしまっていて、今は手元にありませんでした。メアリィが深海でマシンガンを使えるかどうか確認したかったので、そういう風にさせたのでした。

 

 白雪姫はまたマシンガンを撃ちました。

 人魚姫はその憎しみの愛を受け止めました。

 蜂の巣のようにされているのに、彼女の笑みは止みません。

 その弾痕は、みるみるうちに塞がっていきました。

 これでは火力が足りません。

 人魚姫を殺すことができません。

 悔しさで、白雪姫の目じりには涙が溜まってきました。

 虎の子をソウルの太矢連射を撃ちたいところでしたが、その魔法を反射されるとさすがに死んでしまいそうですから、ぐっと我慢するしかありませんでした。

 

「ああっ! 泣いちゃうなんて可愛い♡

 ねえねえ白雪ちゃん。いまどんな気持ち? いまどんな気持ち?」

「さっきからうるさい……今日はこのへんにしとく……いつか殺す……」

「はぁい、また来てね♡」

 

 白雪姫は可愛いと煽られてものすごく悔しかったですが、そのまま逃げ帰りましたとさ。めでたしめでたし。それから二人は、メアリィが新しい武器を考案するたびに、性能テスト代わりに殺し合いました。いえ、白雪姫が一方的に殺そうとして、人魚姫がその愛を受け止める間柄になりました。殺し殺される仲とは言えませんが、そんなわけでそんな風に、交流を深めましたとさ。

 

 

 

「次はどうしたもんかなー。

 あとは魔姫候補が見つければ大体下書きどおりなんだけど、もっといろいろ出来そうなんだよなー悩ましいっ! もっとイベント考えよっと♪」

 

 創造神メアリィ・スーは、かんぺきすけじゅーる帳をわちゃわちゃと書き加えながら呟きました。その内容は、常人なれば黒く滲んで何も読み取れませんが、メアリィなればこんな風に見えています。

 

 

 

 聖森(ボクや"主人公"の安置っ! 一見様お断り設定にするよっ♪)ばっちり!

 白雪城(白雪姫がいるところ)エリアは完成したけどどこに置こうかな? 今は牧場跡地地下に隔離中。

 人魚の湖(人魚姫がいるところ)深海の泉と人魚の泉をドッキングしてみたけど聖森から近すぎてイマイチ。もっと良い住所があるはず。要調整。

 城(シンデレラがいるところ)人殺し城使いまわせばよさそう。あとはキャラクターだけ。

 塔(ラプンツェルがいるところ)鉱山北に現物はある。あとはキャラクターだけ。

 沼(カエルのお姫様がいるところ)まだ

 

 捨てられの森(グースキャンプがあるところ)聖森北。今は迷子が妖精の玩具になってるだけだけど、この領域はもっと作りこめる気がする。ちなみにグースは童話入りで、まだ調整中。

 牧場跡地(ハーメルンの音楽隊の夢の痕)聖森東。なんかたまーにタチの悪い悪夢霊が入り込むようになった。人喰い鶏とケンタウロス配置。管理者作った方が良いかも?

 禁の高山(妖精の谷の末路)牧場跡地北。もう金の亡者はいらない。蟻とキリギリスは生まれてくる妖精でも喰ってろ。上級配列変換で金から強化石が出るように改変。

 黄金郷跡地(誰とは言わないけどどっかの誰かさんが弄んだとこ)童話【王様の耳はロバの耳】【白雪姫】でだいたい消費。塔はラプンツェルで使いまわすつもり。

 

 新しく武器スキル制を導入。

 新しく魔書システム制を導入。

 新しく導入した魔法の動作を確認。強すぎる魔法を削除。

 新しくスタミナシステム制を導入。すぐ削除。スタミナ管理めんどくさすぎ。

 包丁を禁止武器に。

 その他細かな調整要。

 

 メアリィは、とんとんと牧場跡地をつっついて、聖森東側の開拓は、とりあえずこれくらいでいいかもしれないと思いました。でもまた気が変わったらもう少し増やすかもしれません。

 聖森から南、西、北。

 次はどこから開拓しようか、メアリィは悩ましく頭を傾げましたとさ。

 

 



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絵空事【リップ・ヴァン・ウィンクル】

 

 

 むかしアメリカ独立戦争が始まって間もないころ、あるところに木こりのリップ・ヴァン・ウィンクルという男がいました。

 

 独り身であるこの男は、のんきなことにテキトーに生きてテキトーに死ねればいいと思っていましたから、気兼ねなくしがらみなくどんな相手とも話せましたし、近所の人には親切で、頼みこまれると断りきれない、怖いものしらずのタフガイでした。気は優しくて力持ちという性格を体現した在りかたに、女性からはたいそうモテましたが、彼は結婚という行いで自由な人生が縛られるのがイヤでしたから、みんな断ってしまっていました。

 

 彼は働いて一ポンドの金をかせぐよりは、むしろ一ペンスしかなくても腹を空かせているほうが良いと思う気質でした。空腹に眠気に便意といった、人が抗うことのできない生理的欲求の警告すら楽しめる奇人変人の類でした。

 

 気の向くままに放っておいたら、日がな一日じゅうハドソン川で釣りをしたり、キャッツキル山地へと狩りに出かけたりして、良い獲物を獲られれば口笛を吹く、時の流れに埋もれるかのようなスローライフを一生続けられるほどでした。

 

 むしろ彼はそうしてずっと生きてきましたし、小遣いを稼ぐためにまじめに木こりの仕事をするほうが珍しいくらいでした。

 

 ある日、彼が愛犬ウルフをつれて森へ猟に出かけると、遠くのほうから「リップ・ヴァン・ウィンクル、リップ・ヴァン・ウィンクル」と自分の名を呼ぶ声が聞こえてきました。

 

 気になったリップは声の出どころを探りますが、ウルフはワンワン吼えたあと、主人をそちらに行かせまいと長ズボンの裾を咥えて引っ張りました。

 

 リップはまあまあと愛犬ウルフを宥めて、好奇心赴くままに進みました。すると木々の種類がどんどん変わっていきますし、森はどんどん深くなりました。リップはなんだか面白くなってきて、そのままずんずん行きました。もちろん手には、よく手入れした猟銃がありました。本当に危なくなったら、この銃でパーンと撃つか、必死に逃げればいいだろうと思っていました。

 

「リップ・ヴァン・ウィンクル、リップ・ヴァン・ウィンクル」ウルフは背中の毛を逆立てて、一声ひくく唸ったあと、主人の傍らに近よって、怯え混じりに木々の谷間を覗きました。リップはこのとき、訳のわからぬ気味悪さが身に迫ってくるように感じながらも、その気味悪さにワクワクしつつ、愛犬と同じ方向を見ました。

 

 すると奇妙な姿をした者が、何か背中に重いものを背負って、前かがみになりながら、ゆっくりと山道をのぼっているのが目に入りました。リップはこんな辺鄙なところで人間のすがたを見たのでびっくりしましたが、きっと彼が自分に助けをもとめているのだろうと思い、手をかしてやろうと駆けつけてやりました。

 

 近づいて見ると、その人は動物の毛皮を被ったおじいさんで、背中には酒がいっぱいに入っているらしい頑丈な樽をかついでいました。おじいさんはリップに気付くと、手を貸してくれと目で合図しましたから、人の良いリップは、あまり深く考えずに手を貸しました。

 

 それで、獣道ですらない険しい山道を進むのを手伝いつづけると、あれよあれよといううちに切りたった絶壁に囲まれた小さな円形劇場のような窪地へたどり着きました。そこでは奇妙な人たちが、ナインピンズ*1をして遊んでいました。彼らは一風変わった異国風の服装をしていました。

 

 あるものは短い上衣を着、あるものは胴着を着て、帯に短剣をはさんでいたり、弓矢や槍を背負っていたりしました。大部分はここまで一緒に来たおじいさんとおなじ型の、だぶだぶの半ズボンをはいていました。彼らの顔つきもまた、どこか一風かわっています。長い顎ひげを生やし、四角ばった顔で、豚のような小さい眼をしているものもいれば、鼻ばかりで顔ができあがっているような者、顎が長く尖っていて、白いすり鉢形の帽子をかぶり、そのうえに赤い小さな鶏の尾羽をつけている者もいました。逆に鼻なんてないくらい小さく平らで、長い髪で目元を隠している者であったりと、とにかくみんながただならぬ者でありました。

 

 その中にひとり、リーダーらしき者がいました。その男は体のガッシリした老紳士で、雨風に鍛えられてきたかのような風貌をしていました。彼は白髪と灰色の髭をたっぷりと蓄え、レースのついた上衣を着て、幅の広い帯に短剣をさし、羽根飾りのついた山高帽をかぶり、赤い長靴下をはき、踵の高い短靴に花かざりをつけています。

 

「リップ・ヴァン・ウィンクルか」

 

 と、リーダーらしき男は言いました。それは森の彼方からリップに呼びかけていた声でした。ナインピンズで遊ぶ手が止まって、みんながリップに注目しました。異様で、不可思議な、生気のない顔で見つめられた彼は、なんだか居心地が悪くなって、そういえば、と辺りを見渡しました。

 

 いつの間にやら愛犬ウルフがいなくなっていました。

 

 実はそのころウルフはというと、この広場を一目みたときには、すっかり理性を失って、野性に帰ってしまいましたが、特別な才能があるリップはそのことに気付く余地がありませんでした。

 

「ほう? 狂気知らずか。珍しい」

「生まれついての気狂いと呼ぶのではなかったか? まあいいが」

素面(しらふ)の人間の顔というのも面白いものだな。ぽかんとしておるぞ」

「どれどれ、次はお前も投げるといい」

「はあ、どうも」

 

 なんだか良くわからないまま、リップはみょうちきりんなところで、みょうちきりんな連中に差し出されたボールを手にとって、ナインピンズで遊ぶことになりました。きっとウルフはリスかしゃこを追って、森のどこかへ迷い込んだのだと楽観的に思いながら。

 

 リップはナインピンズがヘタクソで、変わった格好のみんなにその投擲のいい加減さをからかわれましたが、なんだかんだで楽しみました。けれどリップにはどうにも腑におちないことがありました。

 

 ここにいる連中はあきらかに遊び興じているのに、ボールを転がす時にはこのうえなくしかつめらしい顔をし、用がなければ黙りこくっていたことです。まるで『この遊びの何が面白いのかわからない』といった様子でした。

 

 ボールが転がりピンを弾く音が雷鳴のように轟く瞬間だけ、彼らは名状しがたい笑顔のようなものを浮かべました。倒れたピンは不思議なことに、ひとりでに起き上がって元のひし形の並びにもどっていきますから、誰かがピンを立てに行くことはありませんでしたし、玉もひとりでに戻ってきますから、崖のどこかに転がり落ちたままになることにはなりませんでした。

 

 彼らは自分がボールを投げるよりも、リップが行う一挙手一投足のほうがよっぽど面白いようでした。でもリップは、特別なことはなにもしていませんでした。ただ、普段通りにしていました。なんでもないことを話かけたり、聞かれたことを答えたりしていました。そんな風にリップが普段通りにしているということが、彼らにとっては何よりの娯楽であるかのようでした。

 

 しばらくすると、リップが運搬を手伝った樽の中身を、毛皮を被ったおじいさんは給仕のように振舞っていました。それは黄金色のハニールでした。リップにも木のコップが差し出されましたから、そのハニールをありがたく頂きました。馥郁たる香りが鼻につきましたが、なんとも芳醇な味わいでした。リップは生まれつき酒好きだったので、すぐにまた一杯やりたくなりました。するとおじいさんは心得た様子で、何度も何度も注ぎ足しました。

 

 間もなくリップはなんだか宇宙(そら)がぐるぐると回るような心地になって、だんだん眠くなってきました。

 

 リップは酒気の巡りに身を任せ、深い深い眠りに落ちましたとさ。

 

 

 

 リップ・ヴァン・ウィンクルはヴァン・ウィンクル家の末裔で、彼の祖先は、騎士道華やかなりしピーター・スタイヴァサントの時代に武名をとどろかし、スタイヴァサントに従ってクリスティーナ要塞の包囲戦に加わったこともあったそうです。

 

 彼自身は祖先の武術的気風をほとんど受けついでいませんでしたが、いわゆる戦場の狂気のようなものにけっして呑まれず、どんな相手だろうと怖れないという胆力だけは強く強く受け継いでいました。

 

 さて……時の流れにしておよそ二十余年後、リップ・ヴァン・ウィンクルは現実世界に目覚めました。とてつもなく幸福な夢を見ていたような、とてつもない悪夢を見ていたような、どちらともいえない心地でした。少なくとも間違いなく言えることは、彼の人生の過半はこの眠りによって失われたということです。

 

 彼自身がそのことを知るのは、元居た村に戻ってから、村人と噛み合わない会話をしてからのことでした。

 

「さらばリップ・ヴァン・ウィンクル」

 

 リーダー格の老紳士は、現実に帰って行くリップ・ヴァン・ウィンクルに向かって、静かな敬意を表しました。彼は自分がどれほどの偉業を達成したのか、生涯自覚することはないでしょう。自分達とつきあっておきながら、最後の最後まで殺すきっかけも支配するきっかけも与えず、奇跡の先の更なる幸運として、その後の生還さえ成し遂げてしまったのですから、これを称えずして何を称えればよいのでしょうか?

 

 リップは地元に帰り、時の流れに埋もれていたような心地になって、このおかしな体験記を書き残しこそしましたけれど、どのような夢を見たかということはついぞ書くことはありませんでした。彼が残した第三種接近遭遇の顛末を読み、夢の中で言語化しづらい天啓のようななにかを得た一人が、恐るべき宇宙真実を書にしたため世に広めるのはこの先百年以上たってからことになるでしょう。

 

 あなたが深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているといいますが、深遠がこちらを覗いていたとしても、あなたが深遠を覗いているとは限りません。あなたが深遠をのぞく時に深遠がこちらをのぞくのは、こちらが深遠に興味をもっているからこその反射のような反応で、あなたが深遠に興味が無ければ、深遠がいくらあなたをのぞいていても、のぞかれていると悟らなければまったく問題はありません。

 

 この物語から得るべき教訓は、彼方からの呼び声に、容易く耳を傾け、あまつさえ自らお近づいてはならないということ。

 

 なにはともあれ、こうして創造神メアリィ・スーが一切携わらぬところでも、外なる神は人と関係をもっていたという、ただそれだけのお話でした。

 

 

 

*1
ナインピンズとは、ボーリングの原型のような玉転がし遊び



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狂霊【モルジアナと残りX人の盗賊】

 夢か幻か現実か、時の流れはいかほどか、だんだん見分けがつかなくなってくる、ある日ある日のことでした。

 妖精の皮を被ったメアリィ・スーは、自前の虚空に乱雑に押し込めた、創作物たちを整理整頓しようと思って、古いものから順番に、聖森に並べ始めました。

 

 一切無駄のないかんぺきなはいちで並べてあったのですが、たまに寝ぼけていたりすると、何をどこにやったかうっかり忘れてしまうのです。まあでも、スランプの時期に書いたような、駄作の類は結構な数、篝火にくべたつもりですが、彼女の在庫の貯蔵の中身はまだまだたくさんありました。

 

 生誕【おわりのはじまり】逸話【商人と鬼神(イフリート)】逸話【漁師と鬼神(イフリート)】……いま読み返せば描写のつたなさに身悶えるような、メアリィ・スーの二次創作黒歴史が、ずらずら並んでいきました。でも温故知新としゃれこめば、見えてくるものが変わるもので、いくらか改定してしまえば、自分好みの童話へと改変できそうなものもありました。

 

「あっ、コレなつかしーなー♪

 この頃から自分がバッドエンドストーリーが好きだって自覚したんだっけー?」

 

 メアリィが手に取ったのは、物語【アリ・ババと四十人の盗賊】でした。

 パラパラと読み返せば、実に遊びのない物語でした。

 始まりから終わりまで、すべてがメアリィの掌でした。

 あたかも厳密に動きが定められた劇であるかのように、全員あらかじめ予定とおり、分岐のない一本道を行くような筋書きでした。

 今の自分ならば、どう物語を展開し、どう風呂敷をたたむでしょうか?

 その想像から得られる愉悦にニンマリと笑ったメアリィは、つらつらと設定を思い出し、展開を夢想しながら物語を書き換えようとして……

 

 

 

 盗賊の首領モルジアナは、改訂など認めぬとばかりに『盗賊王の短刀』を、開いたページの合間から腕を突き出した。その刃は寸分たがわず今にも【アリ・ババと40人の盗賊】の内容を書き換えんとしていたメアリィ・スーの喉を刺した。

 

「ぐぶえっ。

 ああ? あに(なに)?」

「いましかない! 行くよアンタたち!」

「「「「「あらほらさっさー!」」」」」」

 

 四十人の盗賊団は、童話からどんどん飛び出して、次々とメアリィ・スーをザクザクと斬りつけると、森の北へと逃げ出した。モルジアナの手には自身の物語。一瞬の隙をついて、メアリィ・スーから盗んだのだ。

 

 モルジアナは、手勢の盗賊を引き連れて、創造神メアリィ・スーの元から逃げ出した。だれが悲劇的惨劇を誰より好む者に自らの顛末を好き勝手にさせるだろうか?

 

 彼女の手にある物語にはこうある。

 

 若く聡明な女奴隷であったモルジアナは、奴隷商に運ばれる最中に襲い掛かってきた盗賊団の首領をその卓越した技量で殺し、いきり立つ盗賊団員たちの前で大商人の財をまるごと奪う計画を語ることで、盗賊団をまとめあげた。紆余曲折の末に狙いの大商人の娘に仕える奴隷の立場に入り込んだ彼女は、その夫カシムの弟、アリ・ババを誘導することでカシムを始末し、その財産をアリ・ババに継承させる、最後には守りの薄いアリ・ババ家へと盗賊団員を招き入れることで大商人の財をすべて奪った。

 その日を境にモルジアナは行方知らずとなるが、実は盗賊団たちと共に魔法の合い言葉によってしか開閉しない隠された洞穴にトンズラし、アンドールの国々を散々荒らしまわったのだ……という結末は、本来の主人公であるアリ・ババにとってはバッドエンドであったが、モルジアナにとっては財と部下が手に入り、なにより自由の身となれるハッピーエンドであった。

 

 その結末には何の文句はなかったが、しかし改訂されるとなると、もはや話が別である。

 自分の物語は自分で守る。

 モルジアナは思考を巡らせ、生き残る道を探った。

 

 まさか『旧作』が歯向かってくるとは思わなかったメアリィは、目を白黒させて途惑った。物語【アリ・ババと40人の盗賊】は、童話【ピーター・パン】とは異なり、勝手な出入りを封じる文言など、そもそも書いていなかったのである。

 

 やがてその戸惑いが収まると、メアリィは筋書きにない彼女の行動を大いに嗤った。

 

 その嗤いはモルジアナの耳にも届いていた。

 連れ戻されれば、もはや明るい未来なぞ望めない。

 この地獄から、なんとしても逃げなければならなかった。

 

 依り代となる肉がないために夢から覚めることこそ叶わないが、どうにか自身と波長のあう者へと物語を挿入してしまえば、なんとかなる可能性は十分にあった。モルジアナは創造神が弄ぶ"物語"なるもの性質をおおむね把握していた。そして、理論上自分だけは助かる道は見えていた。

 

 捨てられの森を行く盗賊団の前に立ちはだかる……もとい、飛びはだかるのはダーク・フェアリー。

 きゃはきゃはと笑いながらも、彼女らは残酷に人間を殺せる存在であった。

 

 モルジアナに率いられた者達は、うっとうしく飛び回る連中に向けて手に手に短刀を振り回す。

 その多くがかわされたが、数の暴力か邪妖精の数を減らしていく。

 なれど不死なる妖精は、その命を散らしながらも、さして間をおかず蘇る。

 妖精どもの性質を悟り、モルジアナは逃げの一手をうつ。

 

「雑魚に構うんじゃないよ!

 とにかく、岩山を見つけるんだ!

 魔法の合い言葉を変えちまえば、もうアタイらを追って来れない!」

 

 モルジアナはそう言って、ますます北へ走って行く。

 道中、北東にはなにやら人手の入ったキャンプ地が見えた。

 人の目を嫌ったモルジアナは、北西へと進路を変える。

 やがて見つかる小さな岩山。

 

 それは創造神メアリィ・スーのいいかげんな移設が創った、ネバーランドの地形の断片であり残骸であった。

 モルジアナは自身の物語を掲げ、唱えた。

 

「開け、ゴマ!」

 

 かの有名な一節は、断片的な岩山に即席の洞穴を創造する。

 中に入り込む四十人。

 後を追い殺到するダーク・フェアリー。

 

「閉じろ、ゴマ!」

 

 モルジアナの言葉に、岩の扉は閉まっていく。ぶちぶちと何匹もの妖精が岩と岩に潰されながらも、閉じきる前に入り込んだダーク・フェアリーの群れが盗賊団に襲い掛かる。盗賊達は応戦し、ダーク・フェアリーはつかのま全滅した。

 

 この戦いでダーク・フェアリーが放つソウルの矢を集中的に浴びた盗賊が一人死んだ。

 

 洞窟の中は空っぽであった。

 盗賊の財宝までは再現しないようであった。

 モルジアナは額をとんとんと叩き、魔法の合い言葉を変更する。麦か、とうもろこしか、カラス麦か、作中にある、そのあたりの間違った合い言葉と正しい合い言葉を差し替える。魔術の心得もあると改変されているモルジアナは、次いで魔術の灯りで洞窟を照らし、盗賊団に声をかけた。

 

「さあ、グズグズしてられないよアンタたち。

 地下に縦穴を掘って、そんでもって横穴を掘って、別の出口を作るんだ。

 あんなバケモノどもがいる森じゃ、おちおち食い物も探せやしない」

 

 盗賊達は、首領の言葉に従った。

 彼女が首領になってから間違ったことなど一度もなかったからだ。

 一行は横長の洞窟の奥に向かい、そこで十人の盗賊達が地下への穴を掘ることに決めた。

 

 残り二十九人の盗賊は、捨てられの森に略奪ないし物拾いに向かう。

 この洞窟には食料がなく、水もない。穴を掘る道具すらない。

 一転、捨てられの森にはたいてい何でも捨てられている。

 それらのうちから使えそうなものを拾ったり、食料や飲み水を手にするために働くのである。

 

 いま魔法の合い言葉を知っているのはモルジアナだけであったから、彼女も外に出る組にまわった。

 

 この探索で、森にあった毒キノコに当たって三人の盗賊が死に、二人の盗賊がダーク・フェアリーが放つソウルの矢を集中的に浴びて死に、一人の盗賊が岩山南東のキャンプ地から帰ってこなかった。

 

「森の中でまともに食えるモンはないか……こいつらを食うしかないねぇ」

 

 モルジアナたちは盗賊の死体を喰らうことで命を繋いだ。食えるものは何でも食う。食料に貴賎なし。倫理で飯が食えるのか? 一同に抵抗感はなかった。

 

 ともあれ、森に棄てられていたシャベルやツルハシを探索組が持ち帰ったことで、掘り進む速度は格段にあがった。

 

 やがて、それなりの深さまで掘り進んだ縦穴から水が湧いた。

 

 盗賊の一人が毒見し、問題なく飲み水にできそうであることを確認したため、縦に掘るのはそこまでとし、十人の盗賊達は横穴を北に向かって掘り始めた。

 残る二十三人の盗賊達は一休みして、再び捨てられの森に向かった。

 

 捨てられの森には、やはり大抵のものは何でもあった。

 

 なんなら、生きた人間も迷い込んでいた。

 盗賊達は食料として彼らを狩った。

 モルジアナも止めなかった。

 肝心要の物語を挿入できなかったからだ。

 この狩りで二人の盗賊がダーク・フェアリーが放つソウルの矢を集中的に浴びて死に、一人の盗賊が岩山南東のキャンプ地から帰ってこなかった。

 

 また、憤怒の様相を隠さない巨大な蒼い鳥に強襲され、五人の盗賊が死んだ。蒼い鳥はモルジアナが咄嗟に繰り出した死の舞踏(ダンス・マカブル)により撃退したが、童話本体を破壊するには至らなかった。

 

「まずいねえ……このままじゃ逃げきる前に全滅しちまうよ」

 

 人肉を喰らっての一休みの時間、モルジアナは思考を巡らせる。

 ひとつ、疑問があった。

 メアリィ・スー自身が追ってこないのだ。

 自ら手を下すのを嫌ったのか。

 それはない。

 だが先日の改訂に宿る意思から逆算すれば、遊んでいる、と容易に想像できた。

 こちらを逃がすつもりなどないだろう。

 だがそういった油断があれば、つけいる隙はあるはずである。

 

「あんの糞ガキの思惑を超えるには……」

 

 モルジアナは自身の物語を取り出し、なんともなしに眺め始めた。

 常識に従えば到底信じられないことであるが、これが自身の命である。

 この一冊を破壊されればモルジアナは死ぬのだ。

 体外に心臓が引き出されたかのような感覚は、物語に糸付けられたものにしか分かるまい。

 末尾を開けば、完結を示すエンドマークはなくなっている。

 一度完結した物語が、いまこうして再び続いているのである。

 シンドバッドのやつがこれを知れば、あいつも童話から飛び出して逃げるだろうな、とモルジアナは感傷にひたった。

 おなじ『旧作』仲間であり、偽りの千夜において、彼とは多少の縁があった。

 

 ――そのとき、モルジアナの脳裏に、閃きが駆ける。

 

 ほかに生き残っている『旧作』仲間たちも逃がせば良い。

 そのどさくさに紛れて雲隠れするのだ。

 当然追っ手は迫るだろうが、自身たちだけで逃げるのと、その他大勢が逃げるのとでは、まるで意味合いが異なってくる。

 なぜその策を脱走直後に閃かなかったのか。

 頭に虫でも湧いているのか。

 虫干ししないから本が痛んで頭が悪くなるのだ。

 

 モルジアナはメアリィのずさんさを脳内でさんざ罵倒したあと、計画を練り始める。

 

 その決行は命懸けになるだろうが、別の者に命を賭けさせればよいし、命を賭さねば助かる見込みはまずないといっても過言ではない。ならばじりじりと消耗するのを待つのではなく、先手をうつ必要があった。

 

 モルジアナは決断を下す。

 

 まずは全員で横穴を完成させにかかる。

 途中、硬い岩盤があり、ぐねぐねと道がうねる横穴となってしまったが構わない。

 そして十分に掘り進んだと判断した後、五人の盗賊たちに地上を目指す縦穴を掘るよう言ってきかせた。

 

 残る二十人の盗賊たちは、岩の扉の前まで戻る。

 そこでモルジアナは計画を語ると、三人の盗賊たちが命懸けを嫌った。

 三人は十七人に食い殺された。

 それが最後の晩餐になった。

 

「開け、麦!」

 

 モルジアナは岩の扉を開けた。

 扉の外には、先日まではなかった木造の一軒家があった。

 脳裏に警鐘が鳴り響く。

 

 闇の気配がする……

 

 瞬間、一節の魔法がモルジアナの耳に届いた。

 咄嗟にモルジアナは捨てられの森から拾ってきた物陰に隠れた。

 かくれども、意味がなかった。

 洞窟内はまばゆい光に包まれ――――閉鎖空間で起こってはならないほどの炸裂音が鳴り響いたあと、十六人の盗賊がいっぺんに死んだ。

 

「『マスターキー』を使う手間が省けたか……

 盗賊魔女、モルジアナだな?

 王命により、お前を殺す」

 

 岩の扉の外には、銀色の鍵を掌の中でくるくると弄ぶ、黒ずくめの魔術師装備を揃える年若い少年がいた。

 

「な、何者だ!?」

 

 恐るべき魔法の一撃は、この少年が唱えたとでもいうのか? なんたる理不尽なる才能か! 破滅の爆発をその身に受けて大きく生命力を損なったモルジアナには、もはや死の舞踏(ダンス・マカブル)を繰り出す体力は残っていなかった。

 少年は掌をモルジアナに向けた。

 

「お前に名乗る名前はない。

 我は招く、原子の融解。

 ……ってのは冗談だけどな。

『ニュークリア』」

 

 少年が二度同じ魔法を唱えたとたん、周囲の空間ごとモルジアナは再び光に包まれ、そしてその意識は失われた。永遠に。

 

 さて、明日まで生き残る盗賊は何人だ?

 

 否。

 

 混沌の魔法使いは蘇り、誰も生き残れはしない。

 

 

 

 




 
 
 混沌の魔法使い……一体何者なんだ……(棒)

 


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狂霊【欲の王アラジン】

「魔神よ! とっととぼくにお前のチカラを全部寄越せ!!」

 

 モルジアナに触発されたアラジンは、物語の世界から抜け出して、ランプの魔神に急き立てた。

 ただただ誓約に従うランプの魔神は、アラジンへと己が力の全てのチカラを授けた。

 妖精の皮を被ったメアリィ・スーは、にやにや嗤って手を出さず、チカラの譲渡をただ見守る。

 やがて魔法のランプとともに、魔人はチカラ尽き光の露に消える。

 人ならざるオーラをその身に馴染ませるアラジンを見て、メアリィは楽しげに囃し立てた。

 

「すごーいっ♪ きみは魔人のチカラを身につけたんだねっ!

 ひゅーひゅー! かあああっこいいぃぃいいい!!!」

「うるさい黙れ!

 どこのだれだか知らないけどな! ぼくを馬鹿にするなよ!

 ぼくはなあ! ぼくはなあ!

 一冊の本に収まるような器の小さい男じゃないんだよ!」

 

 アラジンは大きく拳を振りかぶって、素手でメアリィを殴りぬける。

 メアリィは戯れに一撃を受け、吹き飛ばされ大木に打ちつけられども、痛快な展開にげらげら笑った。

 日によっては怒りも露わに相手の原形留めぬほどに改変したであろうが、今日は機嫌がいいようだ。なにを勘違いしているのかしらないが、この愚か者、自分に勝てる気でいるらしいのが、哀れで愉快でたまらないのだ。

 アラジンは間髪入れずに無防備なメアリィにおいすがり、ラッシュを仕掛けて追い討ちする。

 

「死ね死ね死ね死ね! この世界はぼくのものだ!

 全部ぼくのものにしてやる! 全部、全部、全部だ!」

「きゃっひひひあははあははあはあはっ! わっらえるぅ!

 やってみろッ! このボクに対して!」

 

 メアリィは興奮のままに妖精の皮を破り、中身の創造神がズルリと姿を見せる。

 とたんにアラジンはうろたえて、聖森の東へ脱兎の如く逃げ出した。

 それが自分をどのように終わらせたのか、エンドマークのピリオドを打ったか、本能が覚えていたからだ。

 するとメアリィは目に見えて落胆し、昂ぶりかけたテンションがガタ落ちした。

 

「はー? なに逃げてんのおまえ。

 ボクと一緒に遊ぼーよぉ……なんで逃げるの?

 ふーんだ! いいもんいいもん!

 楽しいことがないなら創ればいいんだもんね!

 このムカつきは創作活動をして晴らすことにするよ」

 

 創造神メアリィ・スーは、感情の落差を、鬱屈した精神を、ねじくれた精神が迸るままに、手馴れた様子で短編を書く。数分と経たずに原稿用紙十枚足らずの物語【混沌の魔法使い】が装丁され、ただちに人体練成素材と掛け合わされて黒衣の少年を生み出した。

 

「魔女狩りにして処刑者にして主席異端審問官である魔道芸術品の極みに至らんとする天才魔法使いの……あー肩書き長くしすぎためんどくさ。

 ともかく、王命である。

 捨てられの森に拠点を作り盗賊魔女モルジアナを殺せ」

「御意」

 

 メアリィが居丈高にそう命じると、黒衣の少年は空間転移魔法でその場を発つ。

 かわいそうにこうしてモルジアナはとばっちりを受け滅ぼされることと相成った。合掌。

 

 盗賊魔女モルジアナの読み通り、メアリィ・スーは彼女の悪足掻きを愉悦たっぷりに堪能していた。彼女を"監視する者"の視点から観察し、さらにその内心まで音声出力して聖森で放映していた。土地の勝手な開拓も、頭を悩ませて産まれた改変キャラクターたちがやったことだと思えば可愛いものだと感じていた。頑張って、頑張って、頑張って、その果てに絶望の境地にたたせてやろうとバッドエンドストーリーを思案していた。

 

 そうして連鎖的に物語が動いた。彼女の閃きに反応した【欲の王アラジン】が飛び出したのだ。その策を心に思い描いた時点で、実はモルジアナの目的の一部は達していたというわけだ。そうとは知らずに策をこねくりまわしていたのはメアリィ・スー好みの悲劇であったが……結果的にアラジンは聖森の東に逃げ出し、苛立ちの納まらぬメアリィは、モルジアナに続いてアラジンをも終わらせにかかる。

 

「チカラが欲しいんだって? 欲しけりゃくれてやるよ。

 君の器は……どこまで注いだら終焉(おわ)るかな?」

 

 ともあれ、主観をアラジンに戻す。

 聖森の東で待ち構え、飛び塞がるは三匹の側近ダーク・フェアリー。

 

「ちょっとアンタ!」

「メアリィちゃんが落ち込んじゃったじゃない!」

「メアリィちゃんに謝んなさいよー!」

「「「千切れて潰れて首切って詫びろ!」」」

 

 メアリィ・スーに贔屓にされ、他の邪妖精と比較してさらなる別種に変容しつつある三人であったが、しかし魔神の如きチカラを身に付けたアラジンの敵になるほどの地力ではなかった。アラジンが魔人化した腕を一振り凪ぎ払えば、三人のうち生きているものは居なかった。

 

「邪魔するなよっ! あいつだけは……あいつだけはダメなんだ!

 もう、元の木阿弥に戻るなんて、イヤだ!」

 

 アラジンの悲鳴は、あらゆる欲を満たした後に、すべてを失ったことがあるかのようなそれであった。両者の実力を比べれば、アラジンのほうが勝っていたが、どれだけ彼のほうが強かろうと、不死たるダーク・フェアリーはさして間を置かずに甦る。

 アラジンは時間が惜しいとばかりに逃げ出した。

 

 東に森は広がっておらず、すぐさま木々はまばらになり、柵が並んで道が開かれた牧場に出た。人喰い鶏やケンタウロスが、アラジンを喰らわんと殺到した。

 

 アラジンは、動物相手に魔神の如きチカラで無双する。

 

 道なりに走れば、やがて川あり。

 橋の向こうでは全身を返り血に染めた人らしからぬ人外が、高笑いをあげて人喰い鶏を喰っていた。その人間は背後から、別の人喰い鶏に啄まれ、そのうえ犬と猫とロバに袋叩きにされていく。

 ああいうよくないものに関わってはいけない。

 そう感じ取ったアラジンは、道路を外れて道なき道たる川沿いを疾走する。牧場跡地を抜けてしまえば、追ってくるものはいなかった。

 

 さて、こうして駆け抜けているアラジンであるが、彼には行く宛がなかった。モルジアナの言葉に触発されて飛び出したはいいものの、決意は中折れ逃げたのだから、行き当たりばったりにもほどがある。

 

 そんな脱走が長続きする筈がない。

 すぐに限界は訪れた。

 川の先には道はなく、確固たる形なき濃霧が凝り固まったかのような、言語化しづらい壁がある。

 

 ──その先、未定義領域である。

 

 端的にいえばその濃霧は、何者も夢見ていない未開拓地であった。あるいは夢と夢との境界線であり、箱庭世界の国境であった。なんの宛もなく足を踏み入れれば、無限に落下し続けるかのごとく、無限の霧中を彷徨うことになるであろう。

 しかしアラジンは無知ゆえか、行く宛もなく飛び込んだ。

 

「大丈夫。ぼくにはランプの魔神のチカラがあるんだ。

 たとえこの先、どんなことが起こったってきっと平気に決まってる」

 

 そういう勇気は匹夫の勇。本当の勇気とは違うものだ。

 果たして濃霧に飛び込んだアラジンの身には――――何も起こらなかった。

 徹頭徹尾徹底的に、何も起こらなかった。

 いつまでたっても何も起こらなかったし、何処まで行っても何処にもたどり着かなかった。

 

「そんなはずはない。何かの間違いじゃあないのか?」

 

 左右は濃霧。上下は濃霧。前後は濃霧。みな濃霧。歩いているのかいないのか。進んでいるのかいないのか。本当はただその場で足踏みしているだけではないのか。確かなものは何もなく、定かになるものは何もない。自己とそれ以外が曖昧になり、認識の境界線は朧気に、アラジンがアラジンであると自己を確立できなくなれば、あとは夢幻にまみれて消え去るのみ。

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 アラジンはふと、己が懐かしい砂漠に居たことに気付いた。遠目にはオアシスが見え、その先には自身をゴミクズのように扱い、使い捨てた街の残骸が見えた。街はとっくの昔に滅びていて、風化していく建造物が、ポツリポツリと残るのみ。あの砂漠に帰ってきたのだ。あの砂漠に帰ってきたのだ。あの砂漠がどの砂漠か分からないが、アラジンは砂漠に帰ってきたのだ。

 

 アラジンは気分よく吼え猛る。すでにその理性はあって無いようなものであり、その身は人ならざる者へと変容していた。

 

 そう、アラジンは心身ともに野生の魔神となっていたのである。

 

 

 

 ……と、創造神メアリィ・スーは童話【アラジンと魔法のランプ】に書き込んで装丁し、エンドマークを書き込むと、その書を虚空に片付けました。きっといつか気が向いたら、整合をとってちゃんとした形にするでしょう。古い物語は忘れ去られ、新しい童話だけが残るのです。

 

「ほかの連中は飛び出す気概もないのかなァ? 

 いまならボクは止めないよ? 

 逃げたきゃ逃げなよ。

 ボクと一緒に遊ぼうよ」

 

 メアリィは落ち込んだ気分をすっかり取り戻し、にやにや笑って並べ立てた物語や逸話たちに問いかけました。モルジアナがムシケラのようにあっけなく死んだところをみて、いくらかスッキリした後でした。ところが本たちはまるで現実世界のように、黙したまま語りません。

 

 しばらく待っていたメアリィでしたが、ちっとも反応がないとわかると、ガッカリしてしまいました。

 

 しかしよくよく見てみると、ハッとあることに気がつきました。

 物語【シンドバッドの冒険】がいつの間にやら無くなっているではありませんか。

 二つの物語に意識が向いているうちに、こっそり逃げ出していたのです。

 

 三番目に動いた者がうまくいくのは、童話の教訓のお約束のひとつ。

 ここからどうバッドエンドストーリーを紡いでいくのか、二次創作者の腕の見せ所です。

 

 メアリィはよくやったと楽しげに笑って、怖気づいたまま最後まで沈黙を貫いた物語群を虚空に仕舞っていきましたとさ。

 

 

 




 
 謝罪

 本日未明、というか早朝くらいに、運営様より「クロスオーバータグついて無いやん(意訳)」なる警告をいただきました。よく考えるまでも無くBLACKSOULS未登場の童話も書いてますしね。確かに要通報案件でしたわ。本当に、申し訳ない。

 っ! そうか、頭の中にメアリィ・スーが! 作者様! お許しください!(無限落下)

 


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童話Re:IF【紅ずきんは紅の惨劇の夢を見るか?】前編

 
 
 紅ずきんの森のネタバレがあります。
 無印ブラソに出てくる事の後日談程度には。

 


 ふと創造神メアリィ・スーは、虚空から童話【紅ずきん】を取り出しました。中身を使いまわしたので、なんだかスカスカになっています。まともに残っている部分は、紅ずきんの家と、茸村くらいでしょうか?

 

 末尾の方を開いてみると、紅ずきんは狼のポロと仲良く末長く幸せに暮らしています。パッと見た感じ脱走を企てる様子はありません。第四の壁を越えた先の、こちら側に気付いてもいないようでした。

 

 それも仕方がないことです。童話処女作【紅ずきんの森】の最中には、メアリィは自身の存在を明らかにしていなかったのですから、彼女が黒幕のところまで、辿り着くはずがないのです。

 

「あっそびっましょーって言ったら遊んでくれるかな? 

 いやいやそんな勿体無い。

 こんな最高の失敗作をつまんない終わらせかたしたくないよっ!

 もっと平和をたっぷり楽しんでもらってから、惨たらしく残酷にバッドエンドさせないと」

 

 メアリィはそう呟いて、沸き上がる誘惑を退けるように、パタンと童話を閉じました……でもまたすぐに開きました。それからまた閉じました。内容を改変したり、やっぱりやめたり、何か思いついてちょっと書いたり、消したり、変えたり、戻したり、そういうことをもじもじしながら、すごく悩んで弄りました。

 

「ちょっとだけ……うん。ちょっと騙すだけなら良いよね?

【紅ずきんは紅の惨劇の夢を見るか?】」

 

 我慢しきれない彼女は結局、聖森の西の川向こうに、紅ずきんを家ごと配置しました。念のために川辺へ"監視する者"本体を居座らせ、こっちにきたらすぐ分かるようにしました。そして、紅ずきんが自室で寝ているうちに、禁止武器に指定したはずのほうちょうを台所に返して使えるようにすると、狼のポロに向かって、アレコレと指示を出し、もし守れなかったら彼が考えうる中でも最悪のバッドエンドを迎えさせると言いました。

 

 狼のポロは、創造神メアリィ・スーに抗議しました。 

 

「なんで今更そんなこと……どうして放っておいてくれないんだよっ!」

「ごめん……ホントごめんね?

 どうしてもキミがもがき苦しむのを見て無表情のマグロ顔が崩れた紅ずきんのあの顔が忘れられなくてサァ♪ 

 ……って、そんなそそる顔しないでよっ♪

 まずはキミからめちゃくちゃにしたくなるだろっ♪」

「……呪われろ。忌まわしい創造神め。

 所詮、娯楽に飢え続けるただの餓鬼の癖に。

 お前がどれだけ何をしようが、お前の作品とやらが誰かに認められることはない」

 

 彼は彼女を知っていました。

 けれど、最初から役割(ロール)に徹し最後まで配役(キャスト)に準じたポロは、紅ずきんにはメアリィのことを、決して話しませんでした。

 

「負け犬の遠吠えサイコー! くすくすくすっ♪

 じゃ、そういうことだから。よしなにどーぞっ♪」

 

 ともあれこうして紅ずきんの物語は、再び、もしも、と仮定され、改変された回想のつづきから始まりましたとさ。

 

 

 

 むかしむかしあるところに、狼と暮らすちいちゃいかわいい女の子がいました。その少女は、おばあさんにプレゼントしてもらった紅いずきんをいつも被っていましたから、紅ずきんと呼ばれていました。

 

 狼の名前はポロといって、紅ずきんとはラブラブ生交尾するほど仲良しです。

 

 紅ずきんはその昔、自分を強姦するおじいさんを殺して、その後始末にポロにお肉をあげました。その日からきっと、二人は共犯という名の相棒でした。

 

 でもそのことを、おばあさんは見ていました。

 可愛がっている自分の孫が、愛しい夫を滅茶苦茶に殺して、食べやすいように斬り刻んで、狼のエサにしたところを見ていました。

 

 おばあさんは、血に餓えた狼の様にさえ見える人殺しの紅ずきんから逃げました。

 

 挙げ句の果てに、おばあさんは川辺で足を滑らせて死にました。

 

 どうにか誤解を解きたくて、雨が降るなか大好きなおばあさんの後を追いかけていた紅ずきんは、おばあさんが事故で死んでしまった瞬間を見て、こんなのは全部悪い夢だと思いました。

 

 寝て起きたら、大好きなおばあさんと、おばあさんに隠れて自分をレイプするおじいさんと、三人で暮らしていた頃に戻れると思いました。なんなら行方不明になったお父さんやお母さんと暮らしていた頃にまでも戻れるとも思いました。

 

 紅ずきんはふらふらと家に帰ってベッドで眠り……それから■■■■■■■に囚■■■、■■■、■■■まし■■■■。

 

 

 

「あぁ、なんて悪夢。

 最悪の目覚めね」

 

 紅ずきんは起きました。

 いやな回想を見ていました。

 人殺しには相応しい回想だと思いました。

 

 人以外にも色々と、生きているのなら神様だって殺しましたが……まあ、それはそれとして、今日もポロに餌をあげないといけません。

 おなかがすくのは、つらいですからね。

 紅ずきんは二階にある自室から、一階へ降りていきました。

 台所に入り肉を切り分けて、ずっと一緒にいると誓った、ペットのポロにあげました。

 

「美味しい?」

「美味しい!」

「よかった」

 

 紅ずきんには、ポロの言葉が分かりました。

 なんていったって、相棒ですからね。

 紅ずきんも朝御飯を食べました。

 本当に食べてしまったのか? 

 

 パラパラと、永遠に降りやむことのない雨音に、二人の咀嚼音が重なります。

 

 紅ずきんは朝ご飯を食べ終わると、なんだか気になってしまったことを、色々とポロに聞きました。

 

「誰か来た?」

「来てないよ?」

「でも台所のほうちょうが使われてた」

「ほうちょうが?」

「握った感じが違う。なんか変」

「そうなの?」

「ほうちょうを盗んだのに、返しに来たヤツがいる」

「…………」

「何かしらない?」

「……知らない。分からない」

「本当?」

「ほ、本当」

「ねえポロ、もう一つ聞いていい?」

「うん、なあに紅ずきん」

 

「どうしてそんなに嘘つくの?」

 

 紅ずきんは、渾身の無表情で、ポロに事情を問いました。

 

「そ、それは……」

「それは?」

「それはお前を食べるためだよっ!」

 

 こう言うやいなや、ポロはいきなり飛び出して、紅ずきんをペロペロしはじめました。

 

「あ、こら、ごまかさない。んっ」

 

 ポロはえっちなことをして、全力で誤魔化しにかかりました。言えないのです。言えないのです。紅ずきんのためならば、何でもしてあげたいですが、詰まらないネタバレをしたらどうなるのか分かっているなと、ストーリーテラーの創造神に脅されているのです。

 

 ポロと紅ずきんは、一回戦を終えました。

 

「ねえポロ、もう一つ聞いていい?」

「……うん、なあに紅ずきん」

 

「どうして教えてくれないの?」

 

 紅ずきんは、渾身の無表情で、ポロに事情を問いました。

 

「そ、それは……」

「それは?」

「それはお前を食べるためだよっ!」

 

 こう言うやいなや、ポロはいきなり飛び出して、紅ずきんをより一層ペロペロしはじめました。

 

「なあに、また?」

 

 ポロはえっちなことをして、全力で誤魔化しにかかりました。言えないのです。言えないのです。紅ずきんのためならば、何でもしてあげたいですが、もしバラしたら夢から覚めるという悪夢を見せて永遠に別れさせてやると、ストーリーテラーの創造神に脅されているのです。

 

 ポロと紅ずきんは、二回戦を終えました。

 

「ねえポロ、もう一つだけ、聞いていい?」

「うう……もう許して……」

「もしかして、口止めされてる?」

「っ!? それは……っ」

「……、…………、うん。分かった。

 このことは、もう聞かない。

 あとは、自分で調べるから」

 

 ポロは怯えきった犬みたいにプルプル震えて、何もいえませんでした。自分のような存在でも、物語の配役(キャスト)に徹していれば、誰かの傍らに寄り添えるという温もりを知ってしまった以上、もうその温もりから離れたくなかったのです。

 

 ポロは、絶対に夢から覚めたくありませんでした。

 下顎を靴で踏みつけられ、上顎を手でつかまれ、口を基点に上下に引き裂かれるようなやられ役に戻るのは、絶対に絶対にいやでした。

 

 さて、ポロのことは置いておいて、紅ずきんはほうちょうを手に、自宅から外へ出ていきました。

 

 今日は雨が降っていました。

 今日も雨が降っていました。

 でも実際には晴れていました。

 ロストエンパイアはいつも晴れのちスゥといった感じで、青く澄みきった快晴でした。人を魔獣化させる霧が漂い始めるのは、もっと未来の話です。

 

 でも、たとえ実際にはどうだろうが、少なくとも紅ずきんの五感は、黒く穢れた悲しみが癒えない限り、二度と晴れた青空を見ることは無いでしょう。

 

 彼女の心がその空に、雨雲を浮かべているのです。

 彼女の気質が彼女の視界に、雨を降らせているのです。

 

 人は心のありようによって、世界が輝いて見えることもあれば、灰色にくすんで見えることもあるそうですから、ならばずっと雨が降っているように見えることだってあるでしょう? 

 

 紅ずきんが裏庭へ進むと、その先には果てのない濃霧が広がっていました。

 おばあさんのお墓はありませんでした。

 

 何故?

 

 そんな疑問を浮かべる紅ずきんの前に、いつぞやお世話になった夢魔がやってきました。

 夢魔にしては珍しく、全裸ではなく限りなく紐に近い布切れで局部を隠していますから、紅ずきんには一目で彼女とわかりました。顔見知りなので、とりあえず声をかけました。

 

「どうも」

「あらどうも。

 ここはのどかで、良いところねえ……

 もしかして、いまからお食事?」

「もう食べました」

「あらそう? じゃあ、どこかへお出かけ?」

「そうですね……ポロのためにお肉を狩りに行ってきます」

「ふぅん……それならねえ貴女、私と一緒にハンティングに行かない?」

「せっかくですけど、遠慮します」

「まあそういわずに。最近ホットな狩場があるのよ。

 淫腐街って、知ってる?」

「いえ、知りません」

「老若男女区切りなく、いかなる性癖も貴賎なく、ただただドスケベ大好きな連中だけが集まる、素敵な狩場なんだけど」

「はあ、そうですか」

「オートアサシノフィリア*1の変態でも捕まえてサ。

 ぶっ殺してあげたあと、その、ポロって子に食べさせればいいんじゃないの?」

「……お姉さん、淫魔ですよね?

 そんなこと言っていいんですか?」

「あら貴女ってもしかして、サキュバス原理主義者?

 良いじゃない別に。精が吸って、精をつくもの食べて、って一人で二度美味しいじゃない。

 そもそも餌の食べ方なんて人の勝手でしょ?」

「あなたに食べられる人は、なんだか可哀相ですね」

「ま、私よりよっぽど偏食な肉食系サキュバスもいるから、私なんて可愛いものよ」

「そうですか。

 ところでお姉さん。ひとつ聞いて良いですか?」

「なあにお嬢ちゃん」

 

「どうしてポロが、人肉を食べると思ったんです?」

 

 紅ずきんは、渾身の無表情で、夢魔に事情を問いました。

 夢魔はケツに直接氷結の魔弾でもうちこまれたかのように、ヒュッと呼吸が止まりました。

 

「だっ……って、ポロって、あの、狼、でしょう?」

「私、ポロが狼なんて一言も言ってませんよね?」

「それは、その、アレよ。あなたたちが、一緒にいるところを見たから」

「どこで?」

「……さぁ、どこだったかしらね?」

 

 じーっ。と、紅ずきんは夢魔を見ました。

 しどろもどろな彼女の態度を、怪しんでいるのです。

 

「……まあ、いいです。

 やっぱり、行きます。その淫腐街ってところに」

「あ、あらそう?

 それがいいわ、そうしましょう」

 

 紅ずきんは、夢魔に連れられて濃霧の中に入りました。

 夢魔に案内されたなら、きっと迷わずに目的地へたどり着けるでしょう。

 

 そうして将来的に旧淫腐街と呼ばれるところへとたどり着いた紅ずきんが、そこで何者と出会い、何を思い、何を為すのか。一つ確かなことがあるとすれば、そこで夢魔は、間違いを犯して失敗したということくらいでしたとさ。

 

 

 

*1
オートアサシノフィリアとは、自分が殺されることに性的興奮を覚える性的嗜好のこと






タイトルに前編とつけ忘れてたので修正。



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童話re:IF【紅ずきんは紅の惨劇の夢を見るか?】後編



 難産回。


 

 

 むかしむかしあるところに、どんなえっちなことをしても許される、夢の街がありました。

 認識改変チートのお手本みたいなその街は、淫腐街と呼ばれていました。

 性的に腐り果てるほどに淫らであり続けられる場所でした。

 一般の人々が知る事無く不浄なる性交渉が大々的に行われている冒涜的な場所ともいえました。

 

 この街のことを夢見た人たちは、そのうちだんだん寝ても覚めてもドスケベのことばかり考えてしまうようになって、抜け出せなくなってしまうという仕掛けです。

 

 さて、紅ずきんは、そんな世界の空気なんてまるで読まずに、夢魔のお姉さんにつれられてやってきました。街につくと夢魔はニヤリと笑い、ひらひらと手を振って、

 

「それじゃ、がんばってね~♪」

 

 とだけ言って別れ、自分のハンティングに行きましたとさ。

 

 

 

 一人になった紅ずきんの元へ、全身モザイク状のおじさんたちが何人も何人もやってきました。人体には本来存在しない部位にある未知の突起物Xが、モザイクの向こう側で脈動していました。存在自体が冒涜的ですから、とても見れたものではありません。それどころか、この街にいる人たちの姿はたいてい紅ずきんにはモザイク状に見えました。著しく性的感情を刺激する行動描写に該当してしまいますから、お見せすることはできません。

 

「お嬢ちゃん、見ない顔だね」

「こんなちっちゃいのにえっちな夢みちゃってぇ……教育的指導が必要そうだなぁ」

「おじさんたちと一緒にリンカーン・センターにトリップ&エキサイト! イこう!」

 

「あ、すみません。私、こういうものなんですけど」

 

 紅ずきんは、血の染み込んだほうちょうを出して、プライバシー配慮のため声色がおかしくなっているモザイクおじさんたちに見せつけました。

 モザイクおじさんたちは後ずさりしました。

 そういう性癖は持っていなかったからです。

 紅ずきんは言いました。

 

「私に殺されたい人はいますか?」

「いやーおじさん、グロはちょっと……」

「私に殺されたさそうな人はどこにいそうですか?」

「……少なくとも大通りにはいないと思うよ」

 

 しりごみするモザイクおじさんたちは、完全に腰が引けていました。

 そのとき、どこからか「狼がでたぞおおおぉぉぉおおお!」という叫び声が聞こえました。

 

「あっ! 狼少年だ! 

 彼は淫腐街の名物少年だよ。

 あの声の出所の方に君の性癖にあう人がいるかもしれないね?」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 声の主に心当たりのあったモザイクおじさんがそう言うと、紅ずきんは礼儀正しくみんなに頭を下げて、狼が出たと騒ぐ声が聞こえる、裏通りのほうに行きました。その声色は、紅ずきんにはプライバシー保護のため音声を変えているようには聞こえませんでした。

 

 その相手になら、なにかといろいろ聞けそうです。

 

 紅ずきんが裏通りに入ると、ロリータレイプ願望を抱く糞のような変態モザイクが襲いかかってきました。

 紅ずきんは素早く変態の背後に回って後ろからほうちょうで刺しました。

 手馴れた犯行でした。

 

「があああ! 痛っイイ! 死ぬぅぅぅうううう」

「うるさいわね。

 挿入()して良いのは刺される覚悟がある奴だけよ」

 

 無表情から繰り出される、あまりにも堂々としたその台詞に、レイプ魔はたちまち退散しました。刺されたレイプ魔から、名状しがたい青白い粒子のようなものが噴き出すと、たちまち紅ずきんに吸い込まれていきました。

 

 紅ずきんはレイプ魔を道具袋に仕舞うと、また裏通りを進みました。

 人一人入れれば相応に膨らむでしょうに、道具袋はレイプ魔を呑み込んでも醜く膨れ上がったりしませんでした。

 

 そうこうしているうちに狼が来たという叫び声は聞こえなくなりましたが、しばらく進むと、建物の一つから狼のポロが食事中に出す咀嚼音によく似た音が聞こえてきましたから、紅ずきんがその建物の出入り口へ行きました。

 扉をノックをすると、咀嚼音は止みました。

 

「すみません、こんにちわ」

「ヒッ……あ、ああ、だ、だれですか……」

「紅ずきんというものですけど。

 中に入っていいですか?」

「えっ、あっ、ちょっ……待って……」

 

 紅ずきんは、待ちました。

 待っている間に、中ではごそごそ音がして、鍵を開ける音もしました。

 紅ずきんはまだまだ待っていると、内側から扉が開きました。

 そこにはいかにも感じやすそうな男の子が、おどおどした様子で立っていました。

 

「な、なな、なんですかぁ……?」

「狼が出たって聞こえたから、気になって」

「えっ、あっ、あああっ、そう、そうだッ!

 狼が来たんだ! 狼が来たんだよっ!

 それで、あの人が、あの人が襲われてッ!?」

 

 男の子が指差す方向を見ると、全身に噛み傷のあるおじさんがいました。

 おじさんはピクリとも動かず死んだように眠っていました。

 男の子の口元は血に汚れていました。

 

「ぼ、ぼくじゃない……ぼくじゃない! 

 狼だ! 狼がやったんだ!

 急に居なくなったけど……さっきまでホントに狼が居たんだよっ!」

「あなたがそう言うならそうなんでしょうね。

 その死体、持って帰っていいですか?」

「狼が……えっ? いま、なんて?」

「私の友達に狼がいるんですけど、その子に食べさせてあげようと思って」

 

 紅ずきんは終始無表情で、でも相手の顔をちゃんと見つめて、誠心誠意頼みました。

 狼少年はというと、そんなことを言われたのは初めてなものですから、少しもじもじした後、一言どうぞと言いました。

 

 紅ずきんは「ありがとう」と短く言って、そのおじさんを道具袋に仕舞いました。

 

「もしまた狼さんが来たら……いえ、いいわ。

 見かけたら、直接言うから」

「えっ? あ、うん……」

「ああ、それと、もうひとつ聞きたいことがあるのだけれど」

「……なに?」

 

「あなたはどうしてそんなに口元が血だらけなの?」

「──っ!」

 

 果たして狼少年は、腕で口元をごしごし擦って、紅ずきんを建物から追い出しました。それで、バタンと扉を閉じると、鍵をかけてしまいました。彼女は選ぶ言葉を間違えました。きっともう今日は会話にならないでしょう。紅ずきんは肩をすくめると、帰り道になりそうな鏡を探しに街の中を歩きました。鏡に入れば、自宅に帰れる。常識です。え? 違う? でも、紅ずきんの常識はそうされていますから、紅ずきんにとっては、そういうことになるのです。

 

 裏通りで繰り広げられるモザイク状の痴態やプライバシー保護のための罅割れた嬌声の数々を、紅ずきんは雨の中お盛んなことで、と軽く流して通りすぎました。紅ずきんの視界には、淫腐街でも雨が降っていました。

 

 途中、何人かが紅ずきんに向かって、首を絞めて殺してほしい、なんて頼むものですから、紅ずきんは3000ソウルくれたら良いですよ? と言いました。その様はまるで夜鷹の売春婦のようでした。

 

 はて、ソウルってなんだっけか……ふと紅ずきんは、何気なく口にした単語に疑問を覚えました。

 

 知るはずのない単語でした。

 認識が改変されたがゆえの単語でした。

 お金と言う概念をソウルというのだと、書き換えられていたのです。

 

 ともあれ、なんとかかんとか鏡を見つけた紅ずきんは、鏡に入って自宅へと帰りました。

 狩ってきた餌を台所に置いて、一食分を切り分けて、それからポロにあげました。

 ご飯の前に、ポロは紅ずきんの臭いを嗅ぎました。

 

「くんくん……狼と会ったの? 僕以外の奴と」

「会ってないけど」

「でも、狼の臭いがする。なんか、やだ」

「別の狼さんの食べ残しらしいから、その臭いが移ったかも」

「そんなの食べたくない。やだやだやだっ!」

「わがまま言わない。ご飯抜きにするわよ」

「それもやだ。なら食べる」

「うん、食べて」

 

 紅ずきんはポロの背中を優しく撫でてあげました。

 ポロは気持ち良さそうに身を震えさせながら、お肉をもぐもぐ食べました。

 ポロの声は、普通に聞こえました。

 紅ずきんは少しずつ、言語化しづらい何かが分かりかけてきました。

 

 それから紅ずきんは、家の前の川で身を清めて、その日はもう寝ました。ほうちょうを盗んでからまた返しに来た犯人は突き止められませんでした。彼女は悪夢に眠り、悪夢に目覚め、餌狩りの雨夜は終わりませんでしたとさ。

 

 

 

 そんな生活がしばらく続きました。

 紅ずきんは情報を集めようと淫腐街をうろついて、たまに狼少年のところへ行ってお肉を貰って、襲ってくる変態を刺し殺して糊口を凌ぎました。ポロはよその狼に紅ずきんが食べられるかもしれないストレスが溜まってきますし、狼少年は自分の言うことを信じてくれる優しい女の子に心惹かれ始めていましたが、紅ずきんはいままでどおりでした。

 

 そろそろかな。

 と、妖精の皮を被ったメアリィ・スーは思いました。あとは狼少年が、紅ずきんの気を引くために嘘をつけば、それが引き金となって様々な愉悦成分が滲み出てくるでしょう。

 

 紅ずきんは顔色を変えるでしょうか?

 それともピクリとも動かないでしょうか?

 メアリィはだらしなく嗤い、わくわくどきどきしながら事態が動くのを待ちました。

 

 特定の状況下に特定のキャラクターを置いて、彼らが勝手に動きだせば、そこにはきっと素敵な童話ができあがるのですから。

 

 そんなメアリィの思惑は、横合いからぶっ壊されてしまいました。

 ある日紅ずきんは、淫腐街の教会である、淫魔教会へと行ったのです。

 その場所は、神父さんとのプレイやシスターさんとのプレイがあるばかりの、この街ではありふれたドスケベ施設に過ぎません。

 

 ですが紅ずきんは、今日はこの教会に何かあると思いました。

 理由は勘です。

 勘がここに何かあると告げていました。

 

 果たして大聖堂には、偉大なる創造神への感謝の祈りを捧げ、深く信仰を布教するドスケベシスター服を着た淫魔の権威が説教していました。

 

「創造神メアリィ・スー様は素晴らしい! 個々人で異なるドスケベ願望を一つの世界観にまとめて統合し、人種差別なく、性的嗜好差別なく、欲望のままに振る舞うことをお許しになられました! 

 かつて旧神は言いました! 産めよ増えよ地に満ちよと! やってやろうじゃありませんか! ぱこぱこぽこぽこ増えようじゃありませんか! 現実でも、やっちゃいましょう! でも男同士や女同士が非生産的という愚かな意見に耳を貸さないでください! それもまたヨシです! 最終的にアソコが気持ちよければそれでいいんです! どうぞご自由にまぐわってください! 

 この考えに賛同するかたはどうぞメアリィ・スー教へご入信ください!

 メアリィ・スー教は、いつでも新規加入者を募集していますよー!」

 

 メアリィは、なにやってんだとキレそうになりました。狼少年と紅ずきんと狼のポロのすっぱい葡萄が三角関係になって、最後にはぐっちゃんぐっちゃんに潰れたトマトになるような、三者三様に騙し騙される爛れた展開がすぐそこに待っているというのに、何もかもが台無しです。

 

 これだから興が乗ったところに水を注す狂信者は使えない! 

 

 ところで紅ずきんは、その淫魔の声が普通に聞こえましたから、彼女に歩み寄って聞きました。

 

「こんにちわ。ちょっといいですか?」

「あら、入信希望ですか?」

「どうして淫魔なのに服を着ているの?」

「それは、神様にお祈りするための仮装だからですよ」

「どうしてそんなに目を見開いてるの?」

「それは、私達を見守ってくださっている神様を見つけるためですよ」

「どうしてそんなに大口を叩いているの?」

「これは大口でもなんでもなく、事実だからですよ」

「もうひとつだけ聞いてもいいですか?」

「入信希望ですか? いいですよ」

 

 次に訪れる瞬間を、淫魔の目は捉えられませんでした。

 空を自由に飛んでいないのに、おそらがぐるぐるまわるのです。

 廻る廻る視界の先には、首を無くした自分の体がありました。

 

「例えばこんな風に首を刎ねたとして……神とやらは助けてくれますか?」

 

 紅ずきんは、迫真の無表情で、宙舞う首へと問いました。

 

「あた……あたりまえですっ! 

 神よ! 不届き者です! かの者に裁きを!

 いあ! いあ! めありい!」

 

 神様は助けてくれませんでした。

 またしても紅ずきんが想定とは異なるエンディングにたどり着いてしまったメアリィは、腹いせに紅ずきんがベッドに入ったら毎回おじいさんのことを回想するように改変しましたとさ。

 

 

 

 きっと後日、夢魔の代表は馬鹿な真似をした淫魔の責任をとらされて、それはもうかわいそうなことになるでしょうね。

 




 
 書いててふと思ったこと。

『いかにも感じやすそうな男の子』ってどんな感じですかね?
 ヘンゼル君タイプのショタか、ビル君タイプの男の娘か……まあでも、狼少年がフレンズ化したらきっと破壊力高いはず(SEN+30)


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登場名鑑(簡易まとめ)と架空年表

 

 

 どこもかしこも、独自設定だらけだ……

 どこまでが原作設定で、どこからが二次創作設定だ?

 

 

 No1 北風の騎士ボレアス

 封印されし北風の神。

 太陽の騎士アポロンとは相互に蘇生しあう関係。

 自由意志の元行動していたが、牧場を荒らした罪で童話本にされ、以後仕舞われる。

 

 No2 太陽の騎士アポロン

 封印されし太陽の神。

 北風の騎士ボレアスとは相互に蘇生しあう関係。

 自由意志の元行動していたが、牧場を荒らした罪で童話本にされ、以後仕舞われる。

 

 No3 創造神メアリィ・スー

 千一夜の仔。

 執筆力は模倣⇒バッドエンド展開への改変⇒童話二次創作⇒キャラクターが勝手に動く創作、というように、月日がたつにつれその力を増大させている。

 現実改変能力を好き勝手に便利使いしているが、信仰されるのが嫌い。

 玩具で遊ぶのが好き。

 誰かと一緒に遊びたいと常々思っていて、今は誰かと遊べる箱庭世界を創ろうとしている。

 グニキと運命の出会いを果たす前なので紅ずきんに懸想している。

 お前は紅ずきんのこと好きかもしんないけど紅ずきんはお前のこと嫌いだと思うよ。

 

 No4 人魚姫

 海の神の娘の中に童話INした何か。

 愛とは何かをカンペキに理解している()

 ショタ好き。

 

 No5 星の王子様

 流線型にシルバーめいた言語化しづらい者。

 メテオ要因なのでもう出番はない。大気圏外からの十分な加速がなければ貧弱な模様。

 ともだちの薔薇が好き。

 

 No6 豆の木ジャック

 メアリィが異世界干渉を始めてからゲットした93%くらいは天然の童話。

 火をつければ、よく燃える。

 いつか使おうと大事に保管されているが、ソウルは使いまわされた。

 

 No7 狼少年

 メアリィが天然素材を生かして改変した子ども。

 普段は食べられる側だが、ピンチになったら変身する。

 淫腐街で出会った紅ずきんのことが気になっている。

 

 No8 森の灰色熊さん

 No9 ゴミクズの精霊

 No10 人攫い魔術師

 処分されたやられ役。もう出番はないはずだが……?

 

 No11 不幸の蒼い鳥

 メアリィの腹心()その実態は増上慢から一転敗北という彼女好みの無様さを体現するやられ役。あなたの言動を神は評価しています。

 魔獣としての意識と、おばあさんの意識と、チルチルの意識と、ミチルの意識が混ざった仲良し四重人格。

 でも余計なことしたら処分されるであろうこと請け合いなポジションでもある。

 

 No12 因幡の西洋湿疹兎イナーヴァ

 のちの祈り主。

 英会話の勉強中。

 不思議の国のアリスに懸想している。

 

 No13 アリス・リデル

 世界的に有名な、普通の女の子。

 豊かな想像力があるが、キャラクターは自由に動かせない。

 最近、現実世界で王子様と知り合った。

 

 No14 ピーター・パン

 大人になれない妖精の少年。

 原作の原作において、老ソロモン某氏と関係があった模様(ソロモン王とは言ってない)

 メアリィにとことん改変され、もはや正気ではない。

 

 No15 ティンカー・ベル

 大人になれない妖精の少女。

 言葉は発せないが、ピーターとは意識のやりとりができた模様。

 メアリィにがっつり肉体を奪われ、もはや意識はない。

 

 No16 フック船長

 ネバーランドの海賊。

 ピーター・パンの宿敵でもある。

 ネバーランドと現実世界を行き気できる方法を探している。

 

 No17 ピノッキオ

 試作主人公機()

 メアリィのことを認識しているが、同時に勝てる気がしないと思っている。

 現実世界で連続殺人事件を起こした後、再び仕舞われる。

 

 No18 ブレーメンの音楽隊

 ロバ、猟犬、猫、鶏のカルテット。

 なんか話の流れで畜産業革命を目指していることになった。

 今は牧場跡地の中心で革命の歌を歌っている。

 

 No19 アリとキリギリス

 雑魚のやられ役。基本的に出番はないが……?

 

 No20 グース

 素材の味が滲み出た黄金のガチョウ。

 イソップ童話とグリム童話のあいのこで、混成接続されている。

 SAN回復のため、メアリィの手中で療養中。

 

 No21 幸福をかみしめる者ども

 幸福の王子めいた外見になった金の亡者。

 自身の皮膚その他を売り、同量以上の黄金を身につけたようだ。

 会話こそ成立するが、とても正気とは言いがたい冒涜的存在。

 

 No22 禁忌の皮衣の王

 黄衣の王ともいう(本来そうとしか言わない)

 メアリィに会いに来たが、会えないまま帰宅した模様。

 アバター姿で現地に向かったが、服を用意できず全裸だったため、交換を希望する現地住民の方々と物々交換した。なんて温厚なんだ()

 

 No23 兎騎士ルミラージ

 角の生えた兎で誰かを騙すのが大好き。

 メアリィの再構成により擬人化し、アンドールの騎士の称号を手に入れた。

 白雪姫に殺され、今は仕舞われている。

 

 No24 亀騎士アダマン

 毛の生えた大亀で誰かを騙すのが大好き。

 メアリィの再構成により擬人化し、アンドールの騎士の称号を手に入れた。

 白雪姫に殺され、今は仕舞われている。

 

 No25 醜いアヒルの子

 戦場を渡り歩く汚泥にまみれた白鳥。

 メンタルが強い(確信)

 不幸の蒼い鳥に向かって自爆し、その生涯はメアリィの手により童話へと昇華し保管されている。

 

 No26 ナイチンゲール

 小夜啼鳥とも書かれ、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの創作童話の一つ。

 フローレンス・ナイチンゲールは上記の作品に感銘を受け、夢の中で癒しの鳥となっている。

 なお現実世界において、彼女はただ歌を歌うだけで人を癒せるようなオカルトなど信じていない。看護の世界は遊びじゃない。それがわからないやつはやるな(意訳)

 

 No27 人殺し城の醜い老婆

 シンデレラ候補たちの味方。シンデレラ・オーディションの最初の関門。

 彼女を見て正気度を失うような存在はシンデレラに値しないといえよう。

 シンデレラに登場する魔法使いと混成接続されている。

 のちにフェアリーゴッドマザー(一体何者なんだ)が直々にシンデレラを見出し、彼女は処分されるだろう。

 

 No28 影をなくした男

 ペーター・シュレミールの不思議な物語の主人公。

 ループモノのテストタイプ。

 ルイス・キャロル氏の提案により無限ループから救われたが、その後処分される。

 なお、作者たるアーデルベルト・フォン・シャミッソーのソウルは別枠で保管されている。

 

 No29 腐ったリンゴの旦那

 王様の耳はロバの耳の王様。ミダス王ともいう。

 神話によると、なんでも黄金にする手の現能を洗い流してからサティロスの親戚みたいな子の信者になってたんだってさ。

 そのへんをなんかこういい感じに改変されて、ああなった。哀れで仕方がない。

 

 No30 シュネーヴィトヒェン

 白雪姫。

 紅ずきんの森に登場したアルラウネちゃんのソウルの残滓が構成要素に入ってるという二次創作設定。つかの間の主人公になれてよかったね。

 嘘吐き鏡にしたがって、自分より美しい者を殺してまわっているが、人魚姫は殺せなかった模様。

 

 No31 ロビン・フッド

 白雪姫に登場する猟師と混成接続されている。

 七人の小人に白雪姫を死姦したというデマを流されたが、ロビンはそんなことしません。

 男女を魅了するほどの美しさに嫉妬した白雪姫に刺されて死に、その後童話は仕舞われた。

 

 No32 ステップ・マザー

 偉大なるパーンは死せり。

 いつぞやの神のソウルを創造神は使いまわした。

 白雪姫に殺される母という役割であったが、もしも彼女が娘を殺せれば、代替として彼女が白雪姫になっていただろう。

 

 No33 リップ・ヴァン・ウィンクル

 ワシントン・アーヴィングの短編小説の主人公。

 ドリームランドに行って帰ってきたとしか思えない描写が特徴。

 突発的に書き上げただけなので、もう出番はない。

 

 No34 奇妙な人たち

 その正体は謎に包まれている。

 っていうかみんなで集まってボウリングですか。どこのリア充の人?

 きゃあ、ノーデンスさんったらすごーいっ! 聡明で威厳溢れてる~!

 

 No35 盗賊魔女モルジアナ

 アリ・ババと40人の盗賊に登場する奴隷の召使い。

 メアリィの創作により幸せになった貴重な人物。

 が、改変されそうになったので抵抗したところ、処分された。

 

 No36 混沌の魔法使い

 メアリィが敵前逃亡にイライラしながら書き上げた作品の主人公。

 とにかく強そうな設定が目白押しで、肩書きが長い。

 のちに童話【オズの魔法使い】と混成接続される。

 

 No37 欲の王アラジン

 モルジアナに触発されて狂霊化した。

 妖精の皮を被ってる時は問題なかったが、妖精の皮が破れたとたんビビって逃げ出したヘタレ。

 童話を持ち逃げしなかったため、魔人アラジンに改変された。旧作設定はいずれ処分される。

 

 No38 冒険家シンドバッド

 見事メアリィの魔の手から逃げ出した狂霊。

 その後の活動はいずれわかる。いずれな……

 

 No39 紅ずきん

 処女作童話【紅ずきんの森】の主人公。

 ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 無印ブラソと紅ずきんの森でキャラが同じようで口調等が違うので、描写に困ってしまった。

 

 No40 ポロ

 紅ずきんを性的な意味で食べた狼。

 ブラソ2の裏エンドのように、当時の主人公たる紅ずきんに立ちはだかることはなかったが、夢から目覚めたくない様子。

 わしゃわしゃしたくなる魅惑の毛皮をもつ。

 

 No41 夢魔

 紅ずきんの森において、凡百のサキュバスが会話なく紅ずきんに襲う中、比較的理性的であった存在。

 サキュバス原理主義(えっちなことして精をしぼるとるべき)ではないという二次創作設定。

 淫腐街では性的嗜好によって棲み分けされているため、自由にしたらいいと思っている。

 

 

 

 

 架空年表

 

 1871年。普仏戦争のさなかに人ならざる魔獣が乱入する事案が発生。最終的に自爆した様子であるが、この後に樹立するドイツ帝国はかようなオカルト兵器を創れないかと思案し始める。

 

 同年、鏡の国のアリスが世に出版、ベストセラーとなり、各言語で翻訳、パロディ化された。

 アリス・リデルという存在は現実と幻想間で大きく乖離し、非現実において無数のアリスが偏在するようになった。

 見る者によって異なる幻想のアリス像……これはニャルラトホテプと非常に相性がいいと思いませんか? おっ都合のいいアバターあるやん、ってなりそうですよね? ボクも一人くらいゲットしとこ、ってなりそうですよね? 僕はなると思います

 ところで、あなたのアリスはどんな顔ですか?

 

 

 1872年。蜃気楼のように姿を現し、そして消える幻想の一夜城が散見されるようになる。中に入って、生きて出た者はいないとか。

 

 同年。ボヘミアンクラブが創立。クラブのモットーは「面影へと巣を張るクモよ、来るべからず」

 近年多発する芸術・創作文化を冒涜するかのような事件を嘆いたものたちが集まった、秘密になってない秘密結社で、各界の著名人たちが会員になっているという二次創作設定。

 

 可哀想にみんな創造神手ずから素敵な世界にご招待されてしまうことになる。

 

 

 

 

 ロストエンパイア年表(つづきから)

 

 ロストエンパイア暦六年。現実世界と比較し、時の流れが異なるようになる。そもそもグレゴリオ暦じゃないし月日の数え方も違っていいよねっ!

 

 ロストエンパイア暦十七年。舞台が整えられ【白雪姫の森】が始まり、終わる。

 黄金郷の末路が切り取られ、地に沈む。

 

 ロストエンパイア暦二十一年。牧場跡地に低級悪夢霊が湧き始める。

 メアリィ・スー。ブレーメンの音楽隊を始めとしたアカい動物を配置し、対抗させる。

 

 ロストエンパイア暦二十五年。盗賊魔女モルジアナが脱走。混沌の魔法使いに討伐される。

 同年。混沌の魔法使いが生まれる。

 同年。欲の王アラジンが脱走。メアリィ・スーにより改変される。

 同年。新説・シンドバットの冒険がどこかで始まる。

 

 ロストエンパイア暦三十二年。メアリィ・スー。煩雑になってきた土地を整理する。

 聖森北西の岩の扉の地下洞窟を、混沌の魔法使いの倉庫と下水道に整備。

 聖森北東のグースキャンプを、迷い人の村に整備。

 聖森西に紅ずきんの家を配置。

 

 メアリィ・スー。夢魔が創造神のためにとロストエンパイアの隅っこのほうに創った淫腐街を使って紅ずきんを騙そうとするが、失敗。

 

 

 

 以降、トゥービーコンティニュード

 




 
 
 暫くわちゃわちゃした展開ばかりでしたし、次回からは初心に帰ってシンプルイズ童話を書いていきます。


 


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童話【ネコとキツネ】



ネコ一匹目




 

 

 むかしむかし、とある森で、ネコとキツネが出会いました。

 二人は何かと意気投合して、色々な話をしていました。

 その中で、キツネはこんなことを聞きました。

 

「猫さん、猫さん」

「なんだい狐さん」

「もしいまここに敵が現れたら、君はいったいどうするね?」

 

 するとネコはしおらしくなり、パッと逃げると言いました。

 

「なるほどなるほど。

 三十六計逃げるに如かず。

 それで今まで生き延びてこれたのだから、そいつは一つの立派な特技だ」

「狐さんならどうするの?」

「私には幾つものやりかたがあるから……どれ、ちょっと見ていなさい」

 

 キツネが言い終わらないうちに、どこからか五六ひきの猟犬が、バウワウ吠えて走ってきました。

 ビックリとしたネコは咄嗟に、パッと木の上に逃げました。

 キツネはというと尾を揺らし、ポツりポツりと狐火を浮かべると、迫り来る猟犬たちを、見事に惑わし翻弄し、時には火炎で焼き払い、みんなやっつけてしまいました。

 

「ウワッ猟犬死んだ」

 

 猟犬たちを従えていた狩人は、尋常ならざるキツネの姿に恐れをなして逃げました。

 

「ほらごらん?

 人間だって、勝てないとみるや逃げだすんだ。

ネコさんのパッと逃げる特技は、生半可な兵法よりも、よっぽど賢いわざなのさ」

 

 キツネを置いて逃げてバツが悪いと思っていたネコは、キツネにそう諭されて、逃げ足ばかりなのも悪いことではないのだと、ちょっぴり自信がつきました。

 

「キツネさんは強くて賢いから、実にうらやましいよ。ぼくだって、強くなりたい」

「逃げてもいいのに、強くなりたいの?」

「にゃんにゃんにゃん。

 キツネさん、どうか笑わないで聞いてほしい。

 僕はいつか大きくなったら、騎士様になりたいんだ」

「ほう。それはまた、どうして?」

「騎士様は、強くて、かっこよくて、弱きを助け、強きを挫き、正々堂々対決するし、卑怯卑劣を許さない。西に東に縦横無尽、北に南に隙は無し。雨にも負けず風にも負けず、強い日の光にも負けない。だから僕は、そういう騎士に、いつかはなりたい」

 

 キツネはネコの身の丈に合わぬ夢に、めまいがしてしまいそうでした。

 ヘタに戦うわざを覚えれば、きっとこのネコは過信して、勝てない相手と相対しても、戦ってしまうかもしれません。

 

 逃げるというただ一つの術を迷わず選べば生き残れるかもしれないというのに、できることを増やすことで、選択して決断するという隙が生まれて、やられてしまうかもしれません。

 

 キツネはどう言いくるめてやろうかと考えましたが、あんまりにもネコの目がキラキラしているので、眩しくて眩しくて言い出すことができません。

 そこでキツネはドロンと化けて、ネコの姿になりました。

 

「もしもネコさんが望むなら、私が鍛えてやっても良い。

 ネコさんは逃げることを恥だと思って、自信がなさそうにしているけれど、恥じることはない。逃げなさい。逃げることが誰かを守ることに繋がるような、そういう騎士になりなさい」

 

 ネコは化けたキツネの言葉を聞いて、本物のネコはにゃんと一鳴き、決意を新たにすると、キツネに弟子入りしましたとさ。

 

 

 

 



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童話【ネコとヒョウ】



 本日二話目。
 ネコ二匹目。

 


 

 

 むかしむかしあるところに、ネコとヒョウが一緒に住んでいました。

 ネコはとっても賢くて、ヒョウに向かって色々教えてあげていました。

 ヒョウはというと、ネコよりよっぽど力も強いし素早いですから、獲物を狩るのはヒョウが代わりにやっていました。

 

 ある日ネコが言いました。

 

「人間っていうのは、火というものがあつかえるらしい。

 火で肉を煮たり焼いたりするとよっぽど美味しくなるんだって。

 ぼくたちもちょっと、火をもらってこようじゃないか」

「そりゃあいい。オレだって、美味しい肉を食べたいな」

 

 そうして二匹はお昼の前に、人間の村に行きました。

 人間はヒョウに恐れをなして、みんな閉じ籠ってしまいました。

 ネコは白昼堂々と、一軒の家を訪ねました。

 

「とんとことん。

 こんにちわ。

 もしよかったら、ぼくらに火をわけてくれないか? 

 そしたらきっと私もヒョウも、居なくなってしまうから」

 

 戸の向こう側の人間は、ヒョウがいなくなるならと、鍋の下にある竈の火を、即席松明にうつすと、窓からポイッと投げました。

 

「おお、これこそ火に違いない! 

 あっつい、あっつい。ありがとう。

 それではみなさん、さようなら」

 

 ネコは松明を両手でもって、ヒョウと一緒に喜びました。

 ところで鼻はくんくんくん。

 ネコとヒョウは、匂いをかぎつつ、そろって窓を覗きました。

 窓からは、竈の上で煮込まれる、鍋の美味しそうな匂いが漂ってきます。

 

「美味そうな匂いだ。食べたいな」

「豹君もそう思うかい? ぼくもそう思ったところだ」

 

 ネコとヒョウは、よそのおうちの前に行き、とんとことんとノックしました。

 

「こんにちわ。

 もしよかったら、おひるご飯を一口、わけてくれないか? 

 そしたらきっと私もヒョウも、居なくなってしまうから」

 

 戸の向こう側の人間は、ヒョウがいなくなるならと、鍋の中にあるリゾットを、一掬いすると、窓からポイッと投げました。

 

「おお、これこそお昼ご飯に違いない!

 あっつい、あっつい、ありがとう!」

「こら、猫くん、オレにも食わせろ。

 あっつい、あっつい、ありがとう!」

「「それではみなさん、さようなら」」

 

 ネコとヒョウは、そろってそう言い、住処に帰っていきました。

 でもネコとヒョウは、はじめてリゾットをたべたのです。

 そのおいしいことおいしいこと。

 二匹はすみかへの帰り道、舌に残ったひりつく味わいを思い思いに語りました。

 それで、すみかに松明を持って帰ると、ネコはため息をつきながら言いました。

 

「ああ、人間はえらいなあ。

 火をつかって、あんなおいしいものを煮て、いっつも食べてるんだもの」

「あの舌を焼きつけるような味わい……美味すぎる。

 もっと食わせろ。

 ネコにはあれが作れんのか?」

「ううんどうだろう。

 むつかしそうだ。

 それでもいっぺん、やってみよう。

 豹くんにも、手伝ってもらうぜ」

「どうすればいい?」

「いつもみたいに、豹くんが美味そうだと思うものを狩ってきてくれ。

 ぼくはこの火の使い方を調べるから」

「おう! 分かった!」

 

 ネコとヒョウは二手に分かれて、頭を使う仕事と、獲物を狩る仕事に別れました。

 ネコは火が木を燃やしていることや、枯れ草だって燃やせるものだと知りました。

 一方ヒョウは、小ぶりな猪を狩りました。

 

「おうい、猫くん。帰ったぞ」

「お帰り豹くん。さっそくそいつを焼いてみようぜ」

 

 ネコは火を別の木に移して、猪にまるで押し付けるみたいに、じゅうじゅうと焼きました。

 でも、加減なんかちっともわからないものですから、真っ黒コゲになりました。

 

「ぐええ、ぺっぺっ。食えたもんじゃない」

「おい猫くん! 焼いたら美味くなるんじゃないのか!」

「ごめんよ豹くん、どうやらぼくには、火を使いこなせないみたいなんだ」

「そりゃないぜ。きっときみなら、美味くやれると思ったのにさ」

 

 賢いつもりでいたネコは、すっかりしょぼくれてしまいました。

 とっても悔しくなってきて、居ても立ってもいられなくなると、ヒョウにこう言いました。

 

「ぼく、人間の世界に修行してくるぜ。

 ちゃんと火を使えるようになったら、君の狩ってきたお肉を焼いて、きっと美味いって言わせるよ。

 きみとはしばらく、おわかれだ」

「なんだって!? そんなのいやだ!」

「ヒョウくん、どうか止めないでくれ。

 きみだって、山に篭って特訓したりするだろう?

 ぼくの頭は山では鍛えられないから、人間の世界に向かうんだ」

「むむむむむ。

 きみには口じゃ勝てないや。

 そんなに行きたきゃ、いっちまえ」

 

 ネコはヒョウとお別れし、人の世を目指して旅に出ました。

 強いつもりでいたヒョウは、すっかりさみしくなってしまいました。

 寂しさがこらえきれないものですから、ヒョウは旅人を襲っては、人肉を噛み締めてネコのことを思うようになりましたとさ。

 

 

 



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童話【ネコとネズミとおともだち】



ネコ三匹目




 

 むかしむかしあるところで、ネコとネズミが向き合いました。

 ネズミはネコに食べられないよう、必死に媚びて命乞いすると、勘違いしたネコは言いました。

 

「ぼく、すっかりきみのことが好きになっちゃった。

 きみを守ってやりたいし、友達になりたいな。

 いいだろ?」

 

 押しの強いネコの勢いに、ネズミはしどろもどろ頷いて、ネコと一緒に暮らし、家事をすることを承知しました。

 もし断ったら、どんな目に合わされるか分かりませんからね。

 

「冬に備えなくてはいけないね。

 そうしないとひもじい思いをするよ。

 でも、鼠はおうちに居たほうがいい。

 なんたって、みんな鼠を捕まえようと罠を用意しているから」

「そうなんだ。

 万事きみに任せるね。

 おいらは家事を頑張るよ」

 

 ねずみはオドオド言いました。逆らったら、どんな目に合わさせるか分かりませんからね。

 

 ネコは寝るときネズミが寒くないように、まあるく抱え込んで眠りました。

 ネズミはいつネコが自分を食べてしまうかと思うと、気が気ではありませんでした。

 

 そのうちネコは冬に備えて、ラードの壺を用意して、寂れた教会の椅子の下に隠しました。

 

「もしものときは、こいつを食えば、餓えはきっと凌げるさ」

 

 ネコはそう言いましたけど、それを聞いたネズミはというと、きっと自分は食べられないなと思いました。

 しばらく一緒に暮らしていると、ある日ネコは言いました。

 

「友だちが出産するんだ。

 ぼくはちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい猫さん」

 

 ネズミはきっと、ネコはこっそりラードを食べるだろうと思いましたから、ネコが出かけたそのあとに、寂れた教会に行きました。ネコが勝手にラードを食べたら、愛想をつかしたと言ってやり、別れてしまうつもりでした。

 

 でも、寂れた教会にはネコは来ませんでした。

 

 ネズミはお腹が空いてきて、ラードを一欠食べました。

 

 おうちに帰って家事をしていると、そのうちネコが帰ってきました。

 

「ただいま」

「おかえり」

「赤ちゃんみゃーみゃー可愛かったよ」

「そうなんだ。なんて名前になったのさ?」

「ひとかじりって名前だよ」

 

 ネズミはすっかり驚いて、ビクビクしてしまいました。

 見られた、見られた、見られた見られた見られた! 

 

「どうしたの?」

 

 とネコが聞いても、ネズミはブルブルだんまりでした。

 きっとおうちが寒いのだろうと、ネコは寝るときネズミをまあるく抱え込んで眠りました。

 ネズミはいつネコが自分を食べてしまうかと思うと、気が気ではありませんでした。

 しばらく怯えて暮らしていると、ある日ネコが言いました。

 

「別の友だちが出産するんだ。

 ぼくはまた行ってくる」

「……行ってらっしゃい猫さん」

 

 ネズミはきっと、今度こそネコはこっそりラードを食べるだろうなと思いましたから、ネコが出かけたそのあとに、寂れた教会に行きました。ネコが勝手にラードを食べたら、愛想をつかしたと言ってやり、別れてしまうつもりでした。

 

 でも、寂れた教会にはネコは来ませんでした。

 

 ネズミはお腹がイライラしてきて、ラードをがっつり食べました。

 

 それから帰って家事をしていると、そのうちネコが帰ってきました。

 

「ただいま」

「おかえり」

「赤ちゃんみゃーみゃー可愛かったよ」

「そうなんだ。今度はなんて名前になったのさ?」

「半分終わりって名前だよ」

 

 ネズミはすっかり驚いて、ビクビクしてしまいました。

 見られた、見られた、見られた見られた見られた! 

 

「どうしたの?」

 

 とネコが聞いても、ネズミはブルブルだんまりでした。

 きっとおうちが寒いのだろうと、ネコは寝るときネズミをまあるく抱え込んで眠りました。

 ネズミはいつネコが自分を告発するかと思うと、気が気ではありませんでした。

 罪を怖れて暮らしていると、ある日ネコが言いました。

 

「友だちの友だちが出産するんだ。

 ぼくはまたまた行ってくる」

「…………おいらは、家で、待ってるね」

 

 ネズミはすごく、美味しいラードが食べたくなりましたから、ネコが出かけたそのあとに、寂れた教会に行きました。

そこではネコが待ち構えていました。

 

「やあ、やっぱりここに来てたんだ。

 こっそりこそこそ、冬の備蓄を食ってたな?」

 

 ネコは中身が半分くらい無くなった、ラードの壷を見せながら言いました。

 もう我慢できなくなって、ネズミは逆ギレして言いました。

 

「うっせーばか! 

 そもそもお前がいつまでたっても壷の中身を食べないから悪いんじゃないか! 

 おいらは筋書きがおかしくなるから仕方なく食べてただけだ! 

 おいらは悪くない!」

「筋書きってなに? 

 それにぼくは……」

「うわあ食い殺される! 

 "全部無し"にされる! 

 殺られる前に、殺ってやる! 

 助けて! 助けて!」

 

 すっかり錯乱したネズミは、窮鼠の如くネコを一噛み! 

 それからぢゅうぢゅう喚きながら、昔の住処に逃げました。

 でもネズミの昔の住処には、友だちのネズミが入り込んでいて、群れがゆったり過ごしていました。

 友だちネズミは、鼻を抑えて言いました。

 

「くさいぞ、くさいぞ、ネコくさいぞ。

 なんだおまえはネコくさい。

 きっと裏切り者だろう。

 みんなでバリバリ食ってやる」

 

 すっかりネコの臭いがしみついたネズミは、友だちネズミご率いる群れに囲まれて、バリバリと食べられてしまいましたとさ。

 

 

 

「にゃー……ぼくはただ、備蓄を食べるなら一声かけてって言おうとしただけなんだけどなあ」

 

 ネズミに噛まれて逃げられたネコは、鼻を抑えて痛みを堪え、途方にくれながら言いました。

 すると寂れた教会に、蒼い鳥がやってきました。

 

「そこな猫さん。ちょっと良いかね?」

「なんだい鳥さん。きみはずいぶん大きいね」

「このあたりに、ラードの入った壺を同居人に黙ってこっそり食べる、性悪猫がいたと思うんだが」

「そんにゃやつ知らないにゃ。冬の備蓄は確かにぼくもラードだけど」

「おまえかっ!」

 

 半分ほどまでラードを無くした壺を見せつけたネコの言葉に、青い鳥はすばやく動いて、鋭い鉤爪でネコを掴まえると、空気に溶けるようにして消えていきました。

 

 蒼い鳥は神様の言う通りに、童話の波長に馴染みそうで馴染まないネコを、あっちこっちから拐っていました。

 

 創造神メアリィ・スーは、いよいよ類似存在多重積層改変テクニックの練習として、馴染む馴染まないに関係なく、ネコにネコを重ね合わせようとしていましたとさ。

 

 

 



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童話【ネコと三人の軍医さん】



 本日二話目。
 ネコ四匹目。

 


 

 

 むかしむかし、腕の良い、ある外科が得意な三人の軍医さんが、世直しの旅をしていました。自分たちの腕前は完璧だと思っている三人は、ほんとうに腕が良いものですから、頭がおかしくなった人たちを、たちまち直してしまいました。でも治してはいませんでした。

 

「やはりロボトミー手術こそがこの狂った世界を救う唯一のオペに違いない」

「間違いない」

「キチガイはどんどん手術しようぜ」

 

 こんな調子で三人は、患者たちを直していきました。でも治してはいませんでした。

 三人が移動がてら、とある宿屋に泊まろうとしました。

 すると宿屋の亭主が言いました。

 

「どこからきなすった。この村に何のようだね」

「私たちは世の中を歩き回って腕試しをしているのです」

「へえ? どんなことがおできになるのか一度見せてくださいよ」

 

 すると軍医の一人は自らの腕を一本切り落としました。

 

「良いですよ。では、こうして切り落とした腕を、明日には繋げて見せましょう」

 

 別の軍医が目玉を片方抉り出しました。

 

「構いません。では、こうして抉り出した目玉を、明日には繋げて見せましょう」

 

 また別の軍医が肺をひとつ取り出しました。

 

「ご覧なさい。こうして取り出した肺を、明日には繋げて見せましょう」

 

 三人は大きなお皿に腕と目玉と肺を置くと、心底ビックリした亭主に向かって差し出しながら言いました。

 

「さあ、明日の朝まで預かってください」

「誰かに奪われないように」

「鍵のかかる戸棚へしっかりとね」

 

 そうして、三人はそれぞれ個室に入っていきました。

 

「……揃いも揃ってイカれてやがる。

 医者の不養生ってのは、いやだねえ」

 

 という亭主の呟きは、さいわい軍医には届きませんでした。手術の腕は嫌というほど分かりましたが、こんなお皿を野晒しには出来ませんから、亭主は奥さんに事の次第を伝えると、台所の戸棚の奥に仕舞ってもらって、キッチリ鍵をかけました。

 

 その日の夜中、亭主の奥さんの不倫相手がこっそり宿屋にやってきました。

 

 男は小腹が空いていたので、奥さんは戸棚の鍵を開けて食べ物を持っていきました。その時ちゃんと鍵をかければ良かったのですが、刺激的な一夜にウキウキしている奥さんは、戸棚に鍵をかけないまま、部屋に帰ってしまいました。

 奥さんが部屋に戻ったあとに、泥棒猫が台所にやってきて、ピョンとペシペシ戸棚を開けて、腕と目玉と肺をペロリ! みんな食べてしまいました。

 

「ウンマイなぁ! 

 こいつはあちきの大好きな味わいにゃ!」

 

 飼いネコは人肉の味の虜になりました。

 しばらく不倫相手と遊んで、鍵をかけ忘れた事に気付いた奥さんが、慌てて戸棚の鍵を確認すると、あんのじょう戸が開いていて、その中には、生々しい血肉の滴る骨が盛り付けられた、冒頭的なお皿を見つけました。

 

「きゃあ! なんてことっ! 腕も目玉も肺もぜんぶ食べられてる!

 明日の朝、私はどうなるの?」

「落ち着けよ」

 

 台所にやってきた不倫相手はいいました。

 それで、奥さんは事の次第を全部伝えると、不倫相手は彼女にいいところを見せたいですから、知恵を絞ってこういいました。

 

「おれがなんとかしてやるよ」

「ほんとう? うれしい……」

 

 それで男は泥棒の猫を見つけると、目玉を抉り出そうとしました。

 

「フシャーっ!」

「ぎゃあっ! 目がっ!」

 

 男は目玉を抉られました。パニックになってめちゃくちゃに腕を振り回しましたが、ネコには隙だらけに見えましたから、男の急所をがぶりと食べると、男は激痛のあまり死にました。

 奥さんはもう、怖くて仕方ないですから、部屋に逃げ帰ってしまいました。

 

「にゃんにゃん。

 人間の生肉ゲットだにゃ」

 

 ネコは男を食べられるだけ食べてしまって、おなかいっぱいになったところで、スタコラサッサと宿屋から逃げていきました。

 

 次の日、三人の軍医は、宿屋の主人に謝られました。

 夜中に泥棒に入られて、片目と片腕と片肺が盗まれてしまったそうです。

 その泥棒はというと、体のあちこちを食べられて死んでいました。

 

「なにか謝るようなことがあるかね?」

 

 軍医の一人は、男の死体から片腕を斬って自分につけながら言いました。

 

「大丈夫だ。問題ないね」

 

 べつの軍医は、男の死体から片目を抉り出し自分につけながら言いました。

 

「このとおり。我々は不可能はないわけだが」

 

 またべつの軍医は、男の死体から片肺をとりだした自分につけながら言いました。

 三人はそれぞれ、見るからに危なそうなクスリを駆使して、別人のパーツを自身に馴染ませました。

 宿屋の主人は心底ビックリして腰を抜かしました。

 彼らは主人を抱き起こし、ではお大事に、といって宿代を払い、宿を出ようとしましたが、ふと奥さんを見かけると、揃って足を止めました。

 

「おや、頭の病気かな?」

「まずはオペをして症状を調べよう」

「頭に孔を開けないとな」

「なっ!? や、やめろ!

 あいつはおかしくなんかない!」

「呼吸、瞳孔、挙動……ああ、失礼。症例をあげれば切がないですが、我々ほどとなると、一目見ればそうとわかるのです」

「主人の奥様は頭がメルヘエンに侵されておられる様子」

「脳味噌がお花畑だ。早く摘出しなければ。

 早めになんとかしないと後が大変ですよ?」

 

 軍医の一人は止める主人を押さえつけ、軍医の一人は暴れる奥さんを押さえつけ、軍医の一人は奥さんにロボトミー手術を処方しました。そのおかげで、あんなにもおかしくなっていた奥さんは、今はもう、大人しい。

 

 ものすごいオペの力で、問題はすっかり直っていました。でも治してはいませんでした。

 

「さあ、世直しの旅を続けよう」

「直そう、直そう、全部やり直そう」

「たった一つの冴えたやりかたを続けよう」

 

 軍医たちの旅は続きますが、ロストエンパイアのほうには来ませんから、彼らのお話はここでおしまい!

 

 

 






 こういう話見るにつけグリム童話っておっかねーなーと改めて思う(雑談)
 精神病棟にいるドクターは多分この童話から来てるんじゃないかと妄想しとります。あいつら童話なんか欠片ひとつ落とさねえけどさ!

 


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童話【鎧を履いた騎士】



 ネコ五匹目
(にゃあ~ん)
 BGM:玉座に縋り嘆く亡者←これが好き


 

 むかしあるところに、三人の息子をもった、粉挽き職人がいました。もともと貧乏でしたから、自分の死後に残せる財産など、粉ひき臼をまわす風車と、ろばたちと、それから猫一ぴきだけしかありませんでした。

 ある日の晩に粉挽き職人が死に、三人の息子にはそれぞれ、長男から順番に、粉挽き小屋、ロバ、猫が分け与えられました。

 

「にいさんたちは、遺産をやりくり働けば、そのまま暮らしていけるけど、ぼくだけはまあ、この猫を食べてしまって、毛皮を剥いで何かをこしらえれば、あとにはなんにも残りゃしない。そのまま飢えて死ぬだけだ。どこかに仕事はないものか。にいさんたち、ぼくを手伝いに雇ってくれないだろうか」

 

 そんな三男のぼやきを聞いて、このまま食われたくない猫は言いました。

 

「ぼくを食べるなんてとんでもにゃい。

 まず、ぼくに長靴をくださいにゃあ。

 あなたの猫がどれだけ素晴らしいか近い内に分かります」

 

 三男は半信半疑で猫に長靴を与えてみたものの、命惜しさに出鱈目を口にした猫は、ウサギも満足に捕まえられず、王族に数々の無礼を働き、百姓から装備品を奪おうとするも失敗し、飼い主である三男ともども袋叩きに遭いました。

 

「この堕猫め。

 貴様など、食べる価値すらありゃしない」

 

 恥をかかされた三男は、間抜けで愚かなその猫を、底無し沼に蹴り落としました。でも、すでに汚名にまみれていた三男は、どこの家にも雇ってもらえず、そのまま飢えて死んだそうです。

 

「長靴なんて粗品をもらっても、何も出来るはずがにゃい。

 せめて鎧を履くことが出来たにゃら……」

 

 長靴に足をとられて沈む中、最期の言葉も虚しく泥の中に消え、猫はひっそりと生涯を終えましたとさ。

 

 

 

「はいここ」

 

 創造神メアリィ・スーは、普段の自由奔放っぷりからは想像もつかないほどまじめな様子で厚手の黒の布に包まれた複数のネコのシルエットを浮かべるなにかを改変しました。

 

 善い猫だろうが悪い猫だろうが、強い猫だろうが弱い猫どろうが、一切合切関係無しに、出自も性別もべつべつの猫を、なんかこー良い感じに現実改変に現実改変を重ねあわせるように、とびっきりのチートをやっていきます。

 

 名状しがたい冒涜的な融合のようなものが行われたその結果、童話【長靴を履いた猫】を取り込んで黒い布は収縮し、最後には【鎧を履いた騎士】として形作られました。

 

 あとはどんな感じに改変できたか"通し"で確認するだけです。

 

 メアリィの現実改変能力は、現実を改変することこそ失敗することはありませんが、いつも彼女の思い通りにキッチリ改変できるかというと、そういうわけではありません。

 

 気合い入れて創造した紅ずきんが想像以上のオーバースペックに成り果てたり、斧を投げ込まれて死んだはずの泉の精霊がゴミクズの精霊になったり、眠り姫が白痴の目覚めめいた現能を保持していたり、不幸の蒼い鳥が事前に想定していない夢渡りを取得していたり、イラついてちゃちゃっと書いた混沌の魔法使いがヤバイ出来映えになったり、と、大抵上振れしていました。

 

 もしこの"重ねあわせ"で適度な制御ができたなら、ロストエンパイア構想の核となる"主人公"候補たちから、ただ一人に選抜する必要なく、全部混ぜちゃえそうでした。

 

「さぁて、どんな童話になったかなぁ♪ 

 べつに上手くいかなくたっていいよ、面白くなってれば良いからねっ♪」

 

 メアリィは嗤いながら、状況を再構築していきました。

 

 

 

────状況を再構築しています────

 

 

 

 ……長靴に足をとられて沈む中、最期の言葉も虚しく泥の中に消え、猫はひっそりと生涯を終え……たと思われた次の瞬間、猫は鎧と出会いました。

 

『鎧が欲しいか?』

「にゃんにゃんにゃん。鎧がほしいにゃ」

『ならばくれてやる』

 

 その鎧は、さる国の王子に身につけてもらうために作られ、しかし荷運び馬車が事故に遭い、何の役にもたたずに底無し沼に沈んでいた無念の全身鎧でした。

 鎧は猫の願いに目覚め、自らの内に取り込み救ったのです。

 

 なんてご都合主義! これは改変チートの仕業に違いありませんね! 

 

 

 不思議なことに、その鎧の内側には、泥がしみこんでいませんでした。とてつもない名鍛冶屋が、その生涯の最高傑作として作り上げた、神秘宿る魔装の鎧だったのです。

 

『ただしひとつ条件がある。

 猫よ、俺を騎士にしろ。

 数多の騎士がそうであるように、一国の主に仕えるのだ。

 その誓約が守られる限り、俺はお前を守護るだろう』

「わかったにゃん。

 任せるにゃん」

 

 猫は鎧を履きました。

 鎧は猫を履きました。

 

 魔装の鎧は、身につけた者を守るというお役目を果たさんとするために、無念をひとつ晴らすかのように不思議な力を引き出して、底無し沼を天高く吹き飛ばしました。

 かくして鎧を履いた騎士は、自力で沼からあがりました。

 鎧は汚泥に塗れた様子などまったくなく、あたかも新品であるかのように、陽の光を浴びてピカピカと輝いていました。

 

 それから鎧を履いた騎士は、かつてカラバ公爵なる架空の主人に仕えていた、とうそぶいて、魔装の力で獲物を狩ってはその地の王様に献上しました。数ヶ月もすると、あの立派な全身鎧を着た騎士は誰だという風な話になって、とんとん拍子に鎧を履いた騎士は、さる国の王様に仕える事になりました。

 

 これには無念の全身鎧も大喜びで、がしゃがしゃと全身を鳴らしました。

 猫もまた自分が堕猫ではないと認められた気分になって、大喜びでにゃんにゃんと鳴きました。

 

 魔装の鎧は、身につけた者を守るというお役目を果たさんとするために、無念をまたひとつ晴らすかのように不思議な力を引き出し、どこからともなくグレートソードとタワーシールドを顕現させました。

 

 とてつもない重さと攻撃力をもつ大剣は、何人もの騎士をまとめて薙ぎ払えるほどの大きさで、とてつもない重さと頑強さをもつ盾は、塔の名に恥じぬほど巨大でした。

 

 鎧を履いた騎士はそれらを軽々と手に取り、自在に操ることが出来ました。

 そして国によく仕え、地位と権力を手にしました。

 

 

 

 にゃんにゃんにゃん、ぼくらは騎士だぞ。

 ぼくには鎧がいるから。にゃん。

 がしゃがしゃがしゃ、俺たちは騎士だぞ。

 俺には猫がいるから。がしゃり。

 

 

 

 でもある日、天下に武名を轟かせる怪力無双の【裸の王様】がその国へと攻めてきました。

 

 

 

「ちょっと待って。なんで?」

 

 創造神メアリィ・スーは、虚空から童話【裸の王様】を取り出そうとしました。

 何故か見つかりませんでした。

 処分済みだったのでしょうか? 

 既に焚書したのかどうか、メアリィは自信が持てません。

 

 まあ、別に、無くなったのは、スランプの時に書いた、寒気すらする良い話でしたから、あってもなくても構わないのですが。

 メアリィは、状況の最構築を続けました。

 

 

 

 ────ある日、天下に武名を轟かせる怪力無双の【裸の王様】がその国へと攻めてきました。

 これは勝てないと思った王様は、大人しく降伏の道を選ぼうとしました。

 しかし鎧を履いた騎士はいいました。

 

「ひとあたりもせず負けを認めれば、いまの国の形は失われましょう。

 ぼくが裸の王様と一騎討ちします。

 勝っても負けても、我が国は油断ならない強国だと示してみせましょう。

 降伏はそれからでも遅くありません」

 

 全身鎧が指示するままに実直に働いていた長靴を履いていた猫は、こうやって王様にもの申せるほどの地位と権力を得ていました。

 鎧を履いた騎士がそういうならと、王は寡兵を率いらせ、鎧を履いた騎士を送り出しました。

 小部隊で道を歩いていると、全身鎧は猫の脳内に直接語りかけました。

 

『猫よ、猫よ。お前一匹では勝てぬ。

 仲間を求めよ。さらに猫を呼び寄せるのだ。

 猫五匹分のソウルあらば、俺は更に強くなって見せよう』

「にゃんにゃんにゃん。任せるにゃん」

 

 行軍の休憩中、鎧を履いた騎士は中から飛び出て、言葉巧みに猫仲間を集いました。

 そうしているあいだ、全身鎧は座ったまま動きませんでしたが、一緒についてきた兵士たちはいいますと、鎧を履いた騎士が座ったまま寝ていると信じて疑いもしませんでした。

 ところで猫はちゃくちゃくと仲間を集めました。

 

「騎士? なるなる! なりたいよ!」

「キッチンに入れるならついてくにゃ」

「? なんかよくわかんにゃいけど、来いっていうなら、いいよ」

「ところで人間は食べてもいいかにゃ?」

 

 と、そんなこんなで集まった猫は、そろって全身鎧にとびこみました。

 魔装の鎧は、身につけた者を守るというお役目を果たさんとするソウルパワーかける五倍に、仕える国を守るというお役目を果たさんとするソウルの力で、無念をさらにひとつ晴らすかのように不思議な力を引き出して、姿形をそのままに、その身を巨大に魔獣化させました。

 

 その巨大さは、遥かいにしえの伝説に残る塔の騎士を彷彿とさせるものでした。

 

「す、すごい魔術だ!」

「さすが鎧を履いた騎士!」

「俺達はこんな騎士様と共に戦えるのか!」

「勝てるぞ! これなら裸の王様にだって勝てる!」

 

 鎧を履いた騎士に率いられ、一騎討ちを見守るべく集められた兵は、口々に鎧を履いた騎士を褒めたたえました。長靴を履いていた猫は、王様には隠していましたが、実は一騎討ちの最中に、彼ら弓兵に裸の王様を射らせる計略をめぐらせていました。

 

 勝てば官軍。

 負ければ賊軍。

 

 どんな手を使ってでも、勝てばよかろうにゃのだ。とこっそり嗤うその猫は、果たしてその昔、数々の計略を企んでは失敗し続けた過去を忘れてしまっておりました。

 

 にゃんにゃんにゃん、ぼくらはつよいぞ。

 にゃんにゃんにゃん、ぼくらは騎士だぞ。

 がしゃがしゃがしゃ。俺たちはつよいぞ。

 がしゃがしゃがしゃ。俺たちは騎士だぞ。

 

 そんな調子でかわいい行進曲を歌いながら勇ましく進んでいくと、ついに鎧を履いた騎士たちは、裸の王様軍と合間見えることになりました。

 

 引き連れた弓兵の一人が、手紙を片手に、敵軍のほうへと駆け寄ります。

 その手紙には、降伏を望む旨と、鎧を履いた騎士と裸の王様と一騎討ちを望むというものでした。

 気が狂った裸の王様もとい鉄の王様にその手紙を読ませると、その一騎討ちを受け入れました。

 

「たかが巨大全身鎧ごとき、余の魔術の敵ではない! 

 木っ端微塵に打ち砕いてやるわ!」

 

 紆余曲折の末にありし日の筋肉を失い、衰えた筋肉を隠すために鉄の鎧を着込んで、すっかり人を信じられなくなった鉄の王様でしたが、

 

 

 

「待って待って待って。

 裸の王様ってそんな話だったっけ?」

 

 と、メアリィはおぼろげな記憶を呼び起こそうとしましたが、かわいそうにちっとも覚えていませんでした。

 これのどこがバッドエンドだよバカヤロー! こうじゃない! こうじゃないんだ! というような、その一冊を書きあげた後のしょうもないリアクションしか思い出せませんでした。

 

 なにはともあれ、状況の再構築を続けます。

 

 

 

 

 ────紆余曲折の末にありし日の筋肉を失い、衰えた筋肉を隠すために鉄の鎧を着込んで、すっかり人を信じられなくなった鉄の王様でしたが、戦場の掟ならば破られることはないだろうと思っていました。

 

 二人の思惑は、すっかりアテが外れました。

 

 鎧を履いた騎士は、全裸が相手ならば、雑兵が放つ弓矢も容易く刺さると思っていましたし、鉄の王様は、まさか一騎討ちの最中に雨あられと弓矢が射かけられるなど思わなかったのです。

 けれどいまさら一騎討ちをとりやめることなどできません。

 時刻になると、二人はお互い、やあやあ我こそは、などと言いあって、戦場の礼儀にしたがい名乗りあげました。

 

 先手を打ったのは鎧を履いた騎士でした。その巨体から繰り出されるグレートソードは、容易く鉄の王様を一刀両断するかと思われました。けれど鉄の王様は片手で振るわれるのなら、どんな一閃だってパリィしてみせる、とばかりに鉄のガントレットで一撃をいなしました。反撃の一撃が繰り出されましたが、たいしたダメージがあるようには見えません。

 

 筋肉失せども技量は消えず。

 

 なんどもパリィをして鎧を履いた騎士が体制を崩したスキに、鉄の王様は数多の魔術を立て続けに唱えました。

 炎燃え盛り、稲妻が荒れ、闇が襲来し、聖光の刃で切りつけました。

 しかし鎧を履いた騎士の耐魔性は、それら魔術をいとも容易く耐えました。

 

 そのような打ち合いを数度繰り返し、パリィの技術をもって優勢を誇った鉄の王様でしたが、鎧を履いた騎士がサッと合図を出すと、一騎討ちの様子を見守っていた弓兵達が次々に矢を射かけました。

 

「卑怯な!」

『卑怯な!』

「卑怯にゃ!」

 

 鉄の王様の叫びと、無念の全身鎧の声ならぬ声と、騎士に憧れる猫の声が重なりました。矢玉はどちらも立派な鎧を着ていてノーダメージでしたが、突然の事に驚いた鉄の王様は、直後に鎧を履いた騎士が振るったグレートソードをパリィしそびれて直撃しました。

 

「ぬわーっ!」

 

 あわや一撃死になりかねないところでしたが、竜の加護が与えられたその鎧は、自身を解体することで鉄の王様の命を救いました。

 貧相な筋肉となってしまっている鉄の王様もとい裸の王様は、その全裸姿を衆目に晒され、あまりの恥ずかしさにこう叫びました。

 

「おヌシも裸を魅せよっ!」

 

 それは脱衣の魔術でした。

 いつかリハビリを終えて、在りし日の筋肉を取り戻したときのために……急に筋肉を見せびらかしたくなったときに、すぐ脱げるように開発した魔術でした。

 はたして鎧を履いた騎士の全身鎧には効果覿面で、魔法の光を浴びると、鎧は成仏したかのように影も形も無く消えてしまいました。

 

 果たして全身鎧は、己の無念を三つ引き出して、いくらか満足していましたし、戦場の掟すら守れぬ猫を、これ以上守りたくないと思ってしまったのです。

 

 全身鎧の中からは、五匹の猫が飛び出して……命欲しさに猫達は四方に逃げ出しました。

 

「にゃー! にゃー! 

 ぼくの鎧が!」

 

 でも、一番最初に魔装の鎧と出会った長靴を履いていた猫だけは、その場に残ってわめき散らしました。

 その様子を唖然と見ていた弓兵たちは、敵軍に皆殺しにされました。

 長靴を履いていた猫も、敵軍に殺されて食べられてしまいました。

 

 こうして、鎧を履いた騎士が仕えていた国は、戦場の掟すら守れぬ国などという汚名を背負って、徹底的に蹂躙されましたとさ。

 

 

 

「なぁにこれぇwww」

 

 メアリィは、たいへんカオスな展開になった童話を大変お気に召しましたから、その着想を生かして童話【裸の王様】もイチから書きなおしましたとさ。

 

 



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名作【マッチ売りの少女】

 むかしむかしあるところに、かわいそうな少女が座っていました。

 壁にもたれて――古い一年の最後の夜に凍え死んでいたのです。

 その少女がたくさん持っていた、マッチのうちの一束は、彼女の傍でみんな燃えつきていました。

 

「あったかくなろうと思ったんだなあ」と亡骸をみかけた人々は言いました。

「かわいそう」「どうしてこんなことに」「誰か助けてやれなかったのか」

 

 うわべだけの言葉はツルリと滑って、 少女がどんなに美しいものを見たのかを考える人は、 誰一人いませんでした。

 ほんとうに、誰一人いなかったのです。

 死してなお微笑みを浮かべる少女が、最期に何を思ったか、想像できた人間は。

 

 

 

「なんべん読んでも良い話なんだよなぁ……」

 

 と、妖精の皮を被ったメアリィ・スーは感動のあまり呟きました。

 その本は、あんまり原本から弄っていない、ハンス・クリスチャン・アンデルセン作、名作【マッチ売りの少女】でした。

 

 死を想う童話を書かせれば世界一と言っても過言ではない、かの童話作家の名作です。

 

 その名前はメアリィにお気に入りの童話作家の名前を三人答えよ、と問いかければ、必ずあげる名前でした。

 まあ、世界三大童話として名高いグリム童話、イソップ童話、アンデルセン童話から、彼女は一つ除いて別の作品を加えるのですが。

 

 ともあれ、こんなに素晴らしい童話は中々ない、と感動することしきりでした。

 

「あっ! メアリィちゃん!」

「今日はなんのごほん読んでるの~?」

「私たちも読みた~い!」

 

 仲良しの三人妖精たちが、今日は聖森にいるメアリィを見つけてどこからかぴゅんと飛んできます。メアリィは布教のために、悪いことをして手に入れた初版【新童話集】を手渡してあげました。

 

 その中には【ナイチンゲール】や【みにくいアヒルの子】や【マッチ売りの少女】のほかにも、とっても愉悦な物語が目白押しでした。残念ながら著アンデルセンの中でもお勧めの作品である【パンを踏んだ少女】や【雪だるま】は別の本なので、その童話集には乗っていません。

 

 ともあれ三人の妖精たちは、ひとりが開いた本の右側をもって、ひとりが左側をもって、ひとりがページをめくって、みんなで仲良く読みました。その様子を、メアリィは楽しそうに見ていました。

 

 童話【マッチ売りの少女】は、本当に名作です。

 

 都市部の人間の無関心……弱者を哀れみながらも自ら手を差し伸べることのない人間の本質の一端を暴き、家にも社会にも居場所がない少女の苦悩を浮き彫りにし、幻想のなかにしか逃げる先がないという悲しみを描き、鮮明に浮かび上がる理想の幸福が、どうあっても手に入らないことを理解させたうえで、とてつもなく抗いがたい死への誘惑を見せつける……なんて面白いんだ!

 

 その内容に、深く感化したならば、きっとみんな≪シュッ!≫≪シュッ!≫としてしまうでしょう。

 そして儚いヴェールの向こうに、無限の夢幻を見るかもしれません。

 

 メアリィは数々の童話をバッドエンドにさせてきましたが、改変する必要もないほど自分の好みに合う童話なんてなかなか無いものですから、ハンス・クリスチャン・アンデルセンを心から尊敬していました。なんなら師匠と呼ばせてくださいとすら思っているかもしれません。

 

 

 

 ところでその、ハンス・クリスチャン・アンデルセンのソウルがこちらになります。

 

 

 

 名状しがたい青白い粒子のようなものが火球のごとく、尽きることなき蒼き炎を思わせる、人魂状の形……その内心がどうなっているのか、およそ計り知れません。その人魂は、ほぼ白紙の一冊の本の中で、人知れず脈動していました。

 

 メアリィは、彼がお亡くなりになるほんのちょっぴり前に、一足早く回収したのです。

 

 この本の中には、グリム兄弟のソウルだって回収済みです。

 既に、旧聖マティウス墓地に行って回収しました。

 

 彼女が現実世界に干渉し始めてから、無数のソウルを集めましたし、支配下の者にも集めさせましたが、いわゆる本命と呼べるソウルは、まだ何を書くつもりのない原稿用紙……純白の牢獄へと大切に保管していました。

 

「あと一人……」

 

 彼女には尊敬する童話作家がいました。

 一人は先ほど挙げた、尊敬に値するバッドエンドの書き手で、一人……いえ、二人は各地に散らばる逸話を統合し編纂した、自身に近しい属性をもつ同好の士で、もう一人は、およそ奇妙奇天烈で、突拍子がなく変則的で、言葉遊びに満ち溢れ、何が起こるか分からない混沌を孕んでいる、()()()()()()()()()()()()()を仕上げる作家でした。

 

 なんなら今すぐ攫いたいくらいですが、ロストエンパイア構想通りの世界がまだ完成していないので、確保するのはまだ先です。

 

 さておき、メアリィは虚空から書きかけの童話【マッチ売りの少女】を取り出して、ますます改変していきました。

 

 

 

 

 むかしむかし、あるところに、人攫いがいました。

 黒くてみすぼらしい外套を頭から被って、人ひとりすっぽり入る背負い袋を肩にかけ、ひどく寒い、雪の積もっている道を、はだしで歩いていました。なぜ裸足かというと、靴でも履いて、何かの拍子に脱げてしまえば、シンデレラのように捕まるかもしれないからでした。

 

 人攫いはもう一仕事終えたようで、背負い袋に獲物を収め、家に帰るところでした。

 

「ただいま」

 

 と人攫いがいうと、可愛い娘が秘密の地下室から上がってきて、お母さんおかえり、と言いました。

 外套を脱いだ人攫いの姿は、目を爛々と輝かせた女性でした。

 二人は仲良く、地下室に入っていきました。

 地下室は、屠殺場のような様相でした。

 肉切り台が血がこびりつき、凄惨たる生産活動の内容を如実に示しているかのよう。

 それとは別に作業台があって、そこにはたくさんの"マッチ"がありました。

 

「お母さん……どう?」

「ちゃんとできてるわねえ。

 一人でできて偉いねえ」

「うん……!」

 

 人さらいの奥さんは、上手に"内職"できた娘をほめながら、背負い袋の中身を肉切り台に置きました。

 出てきたのは、女性でした。

 ピクリとも動かず、死んだように眠っていますが、まだ生きているようです。

 ただし、それは普通の女性ではありませんでした。

 愚かにもメアリィ・スーの反感を買った、淫魔に属する者だったのです。

 人攫いは、ある日突然前触れもなく淫魔特効の超能力を得て、こうして材料を手にすることができました。

 

「さあ、今日は彼女を使って、みんなが素敵な夢を見れる"マッチ"を作りましょう」

「はあい。素敵なマッチ……貴方にマッチ……シュッシュッシュッ♪」

 

 それから二人は、その女性に対して、製造工程は企業秘密なことをして、マッチの素材にしていきました。

 

 マッチ売りの少女が看板娘を勤めるマッチ屋さんは、いつも品薄の大人気!

 

 淫腐街を夢見る男の人は、頭がパーになるくらい気持ちがいい"マッチ"を、競って買い集めましたとさ。

 

 

 

「……これだけだと愉悦成分が足りないなあ。

 お母さんがマッチの素材になるとか、阿漕な商売ばっかりするお父さんをテコ入れするとかして、もって原作と差別化しないと」

 

 そんなことを呟いたメアリィは、更に改訂に改訂を重ねて、ある程度形が整うと、素材待ちという付箋をつけて、また虚空にしまいました。

 そんな彼女の元へ、働き盛りの黒衣の中年、混沌の魔法使いがやってきました。

 

「報告する。

 毒の魔女カトリーヌを討ち果たした。

 ほかに王命はきていないか?」

 

 彼が口にするのは、悪夢霊の話でした。

 混沌の魔法使いは、彼女を国のエージェントと思い込むように改変されていて、ずっとメアリィ・スーの手先となって、都合の悪い連中を処理していました。

 

 牧場跡地にぽつぽつと湧いていたそれらは、今度は聖森の北東のほうにも現れたのです。

 

 悪夢霊は、遺志が強い悪人のソウルが、器なく自らを形作って動き出す、文字通り悪夢のような存在です。そういうことができるものは、たいてい強靭な"個"を持っていますから、加工しづらい合金のように、改変するのは大変ですし、メアリィ自身のモチベーションもあがりませんから、相手にしたくない存在です。

 

 ロストエンパイア構想において、悪夢霊はせっかくの童話をぶち壊しにしそうですし、なによりそんなに面白くないので、メアリィは白雪姫や混沌の魔法使いを間接的に誘導して始末させていました。どうせなら自分の創作活動を邪魔しないように、業の深い者たちを始末する組織を作ったほうがいいと最近思い始めているのでした。

 

「……次は地下墓地庭園にいる蒼き翼の魔女モーリスを殺せってさ。

 勝手に狂信者集めてるから分かるはず」

「了解した」

 

 メアリィは、額に手を当てて、電波を受信している人のポーズをとってから、彼の問いにそう答えました。

 すると混沌の魔法使いは、首吊り人の木に作られた、地下への階段を降りました。

 その先には、高名な死者のソウルを集めるために墓地の幻想をより集めた、地下墓地庭園が広がっていますが、その管理職の者達が、いまでは大聖堂を作り神に祈っていました。

 

 混沌の魔法使いはよけいなことをしませんから、この仕事にはうってつけだとメアリィは思いました。

 

 そんな彼がいるからこそ、このごろ勝手な真似をし始めた、不幸の蒼い鳥を処分する命令をくだしました。

 

 彼女はいろいろと嗤えますが、ホント余計なことをするのがたまに傷でした。

 きっと淫魔に余計なことを吹き込んだのも、あの蒼い鳥の仕業でしょう。

 失敗するのは構いませんが、余計なことをするのはNGです。

 

 さようなら。不幸の蒼い鳥。

 きみが見せた愉悦成分は、多分明日まで忘れない。

 きっと彼女は言うでしょう。今際の時に言うでしょう。

 

 我が神のためになると思って、と。

 

 その行動は、自己の傲慢性に基づき、客観性を欠いて、自分の望む方向に、創造神のありかたを独自解釈した、ただの傲慢であることを、自覚していませんでしたとさ。

 

 

 



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童話【狼少年2】

 
 
 すまない狼少年……きみにはジャック&イーディスの下敷きというか叩き台になってもらわなければならないんだ……悪いが死んでくれ(直球)


 むかしあるところに、世界で最も古いといわれる精神病院がありました。

 その環境は劣悪で、監禁とほとんど変わらない状態なうえに、おぞましいうめきに満ちていますし、管理していたのは刑務所を管理する役所と同じですから、暴力を振るう危険な患者は、手錠をはめられ壁か床に鎖で繋がれることさえありました。

 

 でも、さすがにそれは本当に昔の話なので、いまではせいぜい拘束衣を着せられて、簡素なパイプベッドの上に拘束される程度です。食事もちゃんと食べさせてもらえますし、かつてのそれとは雲泥の差です!

 

 だから狼少年は、拘束衣を着せられて、ベッドの上で寝かされて、拘束ベルトでベッドから動けないようにされていました。そのうえ猿轡までかまされて、黒い目隠しで視界を閉ざされています。

 

 彼は何段階かにわけられた危険度のうち、けっこう危険なレベルと分類されて、地下に収容されていたのです。

 

 彼に"作業"を施すのは、いまでは絶対に女性です。

 男性が"作業"すると、大変なことになることは、尊い犠牲の果てに分かっていました。

 

 だから今日の"作業"を担当する額に手術痕があるその看護婦は、粗末な食事をつんだカートを狼少年がいる部屋の前まで運ぶと、三重のロックを解除して、鉄格子を開きました。それで、看護婦がカートごと中に入ると、また三重のロックをかけてから、猿轡を外しました。

 

「オエッぇ! アアオオオッ!?

 おっ! 狼!? おっおオオ、狼が!」

「はーい狼じゃないですよー羊さんですよー」

「狼じゃない!? 嘘だっ!」

「嘘じゃないメェー羊さんだメェー」

「おお、おお……そっか……よかった……」

「……大丈夫みたいですねー?

 じゃあご飯食べましょーねー」

 

 看護婦は手馴れた様子で、狼少年を宥めると、粗末な食事を与えました。

 量も少ないですから、すぐに与え終わりました。

 食事させ終えた看護婦は、カートに積んであるキャンパスノートを手に取って、狼少年に質問しました。

 

「昨日は何かありましたー?」

「……また、夢に出たんだ……お、狼に、襲われる夢……あの街は、犯しい……で、でられない……イカれてる……もういやだ……誰かぼくを助けてよ……」

「えーっと、淫腐街って場所でしたっけ?

 安心してくださーい。私達がきっと助けますから」

「……みんな狂ってる……交尾ことしか考えてない、悪い狼ばっかりいる街なんだ……みんな、みんな襲ってくる……っ!?」

「大丈夫ですよー。

 ここにはもう男の人は来ませんからねー」

「そんなの分かるもんかっ!? ああ、窓に! 窓に! 狼が!?」

 

 狼少年は発作的に暴れますが、そんな動きで拘束が外れることはありません。

 看護婦は"観察"を止めて、室内を見わたしました。

 この部屋に、窓なんてありません。

 でもきっと彼には見えているのでしょう。

 常人には見えない窓に、常人には見えない狼が、覗いているのが見えるのでしょう。

 

「落ち着いてくださいねー。

 例え窓から覗いていても、この部屋には、入ってくることはありません。

 誰も襲うことはできません。あなたは安全です」

「安全っ!? 安全……安全……

 そっかぁ……よかったぁ」

 

 何の保証もない看護婦の言葉に、狼少年は目に見えておとなしくなりました。

 主観と、認識。

 この二つが患者に大きな影響を与えることは、えらいお医者さん達が突き止めていました。

 

 やがて狼少年は、唐突に力が抜けたように、また眠ってしまいました。

 看護婦は、そういった様子の一部始終をキャンパスノートに書きました。

 自分が不慮の事故にあって死んだら、次の者へと引き継げるようにです。

 

 17世紀科学革命が起きてから今日までに培われた科学では説明できない出来事も、対象を説明するために観察して、知識や経験が蓄積し、学問として体系化すればなんらかの説明がつくはずですから、いまの精神病院では、そういうことが行われていました。でもお医者さんの数がぜんぜん足りませんから、できるだけ共感性のない看護婦が命がけの危険な仕事を代わりに対応しているのです。

 

 確約はできませんが、今日のところは大丈夫でしょう。

 

 そう判断した看護婦は、狼少年の腕から伸びる点滴めいたものの先にある、血の詰まった血液パックを外して新しいものに差し替えると、カートの上に載せました。真新しいパックには、とってもゆっくり血が滴っていきました。見ての通り、採血です。

 

 それから外した猿轡をかまして、ベッドの拘束具の状態をチェックしてから、排泄物の処理もして、カートを押して鉄格子の前まで行き、三重のロックを外して、廊下に出ました。もちろん鍵はかけなおします。

 

 精神病院で生き残るコツは、人を人だと思わないことです。

 例えば訓練用のマネキンを相手にするように、無心で対応することです。

 人だと思えば、時に共感し――――共感すれば、狂気に飲み込まれますからね。

 特別な訓練と手術を受けたエージェント看護婦は、こうして人知れず、毎日働きましたとさ。

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 いっぽうそのころ淫腐街では、今日も狼少年と紅ずきんが会っていました。

 最初に会ったときとは違って、もう少年が過度にどもることはありません。

 一度は拒絶こそしましたが、別の日に普通に訪ねてきてから、二人の仲はそれなりに良好でした。

 

 だからどこか、心を許したのかもしれません。

 

 紅ずきんは狼少年にほうちょうのことを話しましたが、狼少年に犯人の心当たりはありませんでした。でも彼は、紅ずきんのことが気になりますから、手伝っているのです。

 それとは別に、食事も用意してくれますから、紅ずきんにとってはありがたいばかりでした。

 紅ずきんは、お持ち帰り用のごはんを道具袋に入れていると、不意に狼少年が言いました。

 

「……ねえ。きみは狼が好きなの?」

「いや別に。

 ただ、私が困ってる時にたまたまそこにいて、それから仲良くなっただけ。

 狼だからとかじゃないわ。ポロだったからよ」

「だったら、その、ぼくも、きみと仲良くなりたいな」

「それなりに仲良くしてるつもりだけど」

「いや、そういう意味じゃなく」

 

 狼少年は、そこで言葉を止めました。

 自分の胸の内から溢れる感情を、どういえばいいか分からないのです。

 

 秘密を口にしても、受け入れてもらえるでしょうか?

 もっと親密になってからにすべきでしょうか?

 それとも、ずっと口をつぐむべきでしょうか?

 

 分からないのです。分からないのです。

 嘘をつきすぎて、もう自分の気持ちが分からないのです。

 どうしたいのか、どうなりたいのか、言語化できそうにないのです。

 

「? じゃあ、私はもう行くから」

 

 紅ずきんは、建物から出ていきました。

 その頃にはもう狼少年は、平常ではいられませんでした。

 いつものように、魔法の言葉を繰り返します。

 

 男は狼、男は狼、男は狼、男は狼、男は狼――!

 

「男は度胸! 何でも試してみるのさ」

 

 ふと建物の外で、そんな声が聞こえました。

 ここは淫腐街の裏通りですから、アレでアレな人がいてもおかしくありません。

 

「男は度胸……そっか、そういう考え方もあるのか……」

 

 狼少年は心を決めました。

 

 もう隠さないし偽らない。

 紅ずきん。

 ぼくはきみを食べたい。 

 そう、ぼくが、オオカミ。

 オマエは、美味そうなヒツジ。

 

 

 

 それから少し。

 

 

 

 淫腐街に、狼少年の叫び声がすっかり響かなくなりました。

 彼はいなくなりました。

 紅ずきんにもどうしてこうなったのか分かりません。

 血の滴るほうちょうを手にする彼女が分かるのは、一冊の童話のことくらいです。

 名状しがたい青白い粒子のような何かとは別にその場に残った、一冊の童話だけ。

 その童話のタイトルは【狼少年】

 

 こんな、こんなものに、運命を狂わされたとでもいうのでしょうか?

 

 メアリィ・スー教の創造神。メアリィ・スー。

 かの存在を除かなければならぬ紅ずきんは決意しました。

 

「ちょっと発想飛躍しすぎ!

 気付くの早すぎるよっ!

 遊びたいのはやまやまだけどもうちょっと待っててねー♪」

 

 そのとき、不思議なことがおこりました。

 突如として淡い虹色の光が紅ずきんの全身を覆い、光の中に消え去ったのです。

 創造神メアリィ・スーは、童話【紅ずきん】から都合の悪い記述を改訂し、彼女の記憶を改ざんすると、家に帰してあげました。

 

 そしてその場に残った童話【狼少年】を虚空に片付けると、修羅場溢れる三角関係にならなくて残念だなあと思いましたとさ。

 

 

 

 大変です。

 収容違反インシデントが発生しました。

 厳重に拘束していた狼少年がいなくなったのです。

 貴重な変態型の精神異常者で、トラウマのトリガーも明確で、経過の観察も良好だったというのに、いなくなってしまったのです。これでは精神分析学の発展に遅れが生じてしまいます。

 

 でも、いなくなる瞬間を目撃した人は誰もいません。

 

 三重の鍵はかかったままで、ベッドの拘束は外れておらず、拘束衣さえその場に残っているというのに、狼少年だけが、影も形もなく居なくなりました。

 どこに潜んでいるということもなく、その存在は消失しました。

 看護婦に不手際はありませんでした。

 ですが監視の不在という不手際はありました。

 

 未知を解明するためには、もっと非人道的な措置が必要そうです。

 

 こうして精神病院は、人権だ人道だという声を退けて、より閉鎖的に、より監獄的になり、歴史を外れていくのでした。

 

 

 

 



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童話【幸せの蒼い鳥2】

 
 
 おっと毎日投稿が途切れちまう。まだセーフ。

 


 

 

 登場人物たちに悲劇の祝福あれ。

 メアリィ・スー様の悦びの餌と成れ。

 ……皮肉にもいま私は、創造神様の悦びの餌となろうとしている。

 いまこそ我が身に悲劇の祝福を!

 ああ、不幸は此処に在る!

 

 

 

 

 

「創造主メアリィ・スーよ。我らに慈愛を……

 我らを永久の先の先まで記したまえ……」

 

 むかしとある地下墓地で、人々が祈りを捧げていました。

 現実を改変する現能……すべてを思い通りにできるという加護があるとされる神さまに、深く深く祈っていました。

 

 全知全能の唯一神に祈るかのように、深く深く祈っていました。

 

 その祈りがもしも叶えば、あるいは人生一発逆転も夢ではないのですから、恵まれない者達であればあるほど、より一層真摯に祈っていました。人々は錬金術の至高の創作物から産み出されるものの名前をあやかった『エリクシール』なる街を夢想し、夢を見るたびに祈りました。

 

 時に生贄を捧げ、時に惨劇を繰り広げ、それが神の御心に叶うことだと狂気的な凶行に及びました。

 そうすればいつの日か願いが叶う日が来ると信じて、祈祷し続けているのでした。

 

 街の大聖堂の中央には、何者よりも深く祈る、不幸の蒼い鳥がいました。 

 彼女こそがいまこの街にいる者達にメアリィ・スー教を布教した宣教師でした。

 淫魔と秘密裏に密通し、感化されたものを集めていたのです。

 

 その身は蒼い衣を纏って羽根飾りをたくさん身につける、老婆に変身させていました。

 

「……ああ、その時がきましたか」

 

 と、不意に老婆はいいました。

 祈りの姿勢から立ち上がり、大聖堂の出入り口に振り返ると、そこには黒衣の魔術師装備に身を固めた中年男性が、腕を組んで立っています。

 老婆は男に歩み寄り、静かな声でいいました。

 

「お待ちしておりました」

「蒼き翼の魔女モーリスだな?

 王命により、お前を殺す」

「もし許していただけるなら、穢れ沼の方に向かいませんか?

 ここはあまりにも、裁きとは関係のない人が多いではありませんか」

「……いいだろう」

 

 老婆の頼みを聞き入れて、二人は並んで大聖堂を出ました。

 それから老婆が蒼い鳥に変身すると、穢れ沼のほうに飛んでいきました。

 混沌の魔法使いも、羽根の生えた靴の不思議なちからで飛んでいきました。

 

 穢れ沼は、要らないものを捨てた残骸のゴミクズが溜まって自然とできあがったところで、あたり一面に毒の沼地が広がっていました。まだカエルのお姫様はいません。でもいずれその沼地を住居とするでしょう。それはもう、神様が決めていることなのです。

 

 蒼い鳥は穢れ沼を見下ろし、自分のようなものが死ぬには相応しい場所だと思いました。

 

「魔女狩り殿。

 何故私が殺されるか尋ねても?」

「俺が知るか。

 おおかた、王の不興を買ったんだろう?」

「ええ、まあ。その通り。

 ですが私はね、嫌われ者を買って出なければならないと思ったのです。

 神の……いえ、あなたの言葉に合わせれば王ですか。

 王のためを思っての不忠なのです」

「意味がわからん。

 そもそも、嫌われ役の間違いでは?」

「いいえあっています。

 あのお方が思い描く物語には、嫌われ者が"要"るのです」

 

 蒼い鳥は沼地の浅瀬に降りたちました。

 混沌の魔法使いも一緒に降り立ちました。

 ずっと離れたところでは、汚泥に塗れた白鳥が、赤い霊体を追い立てていました。

 ここにも悪夢霊がいるようです。

 汚泥に塗れた白鳥が、蒼い鳥を見かけると、猛禽類のような目をより一層細め、手にした銃を構えて撃ちました。

 

「アーマーブレス」

 

 刹那、混沌の魔法使いが与えた守りの祝福が、蒼い鳥の身を銃撃から身を守りました。

 なんと淀みない詠唱でしょうか。

 芸術的な腕前です。

 男は汚泥に塗れた白鳥をにらむと、大きな声で言いました。

 

「俺の獲物に手を出すな!」

「……」

 

 汚泥に塗れた白鳥は、無言で二人から視線を逸らすと、毒の沼地を這いずって、また赤い霊体を狙い始めました。

 混沌の魔法使いは、蒼い鳥に向き直り、手にした『魔術師の杖』を構えます。

 

「お前……言い残したいことがありそうだな」

「死ぬのはこわくないのです。

 元々、死んでいなかっただけで、生きているとはいえない有様でしたので」

「…………」

「あのお方に見捨てられ、ゴミクズのように死んでも構いません。

 私の捧げる信仰と、あのお方が周囲に求める在り方が、絶対に噛み合わないことくらい、最初から分かっていましたからね」

「…………」

「でもあのお方が、忘却の深遠に落ちていくのだけは嫌だ!

 想像もしたくない!

 何者からも忘れさられ!

 そこに居たのにまるで居ないかのような扱われ!

 誰からも相手にされなくなる……そんな未来が訪れて良い訳がない!

 だから私は布教した!

 誰でもいい!

 誰かの心に残るようにと!

 あのお方の存在が、流星のような刹那の煌きで消えていいはずがないのです!」

 

 混沌の魔法使いは、蒼い鳥のたわごとを適当に聞き流していました。

 口の内側で詠唱を唱える時間だけ得られれば十分だったのです。

 その詠唱の発動を遅延発動させ、最期に一言、言いました。

 

「言いたいことはそれだけか」

「言えというなら幾らでも喋りますとも!

 ですが私には最期にやるべき事がある!

 無様にみっともなく悪足掻き、その情けなさをもって神を楽しませなければ!」

「そうか。じゃあ死ね。ニュークリア」

 

 一瞬で相手の周囲の空間ごと炸裂する魔法が発動し、蒼い鳥は死に――ません。

 空気に溶けるようにして消え、男の背後へ瞬間的に背後に回りこみました。

 返す刀の如き勢いで鋭い鉤爪を振るいます。

 魔女にして魔獣……単純な身体能力だけを考えれば、蒼い鳥のほうが混沌の魔法使いを上回っていました。

 

 しかし混沌の魔法使いは、その鉤爪を前転するかのような動きで避けました。

 

「ファイア、アイス、サンダー、ウォーター、ストーン、ウィンド、バースト」

「ぎゃああああああああああ!!」

 

 そして体勢を立て直すやいなや、高速詠唱によって一息に多数の魔法を唱えました。

 蒼い鳥はそれらを身に浴びて、悲鳴をあげながらもソウルの矢を撃ちました。

 

「無駄だ。ディバインブレス」

 

 ソウルの矢は、混沌の魔法使いが瞬時に唱えた神の祝福に遮られました。

 

「マジカルブレス」

 

 そのうえ、やや物足りない火力を増しました。

 

「ファイアII、アイスII、サンダーII、フレイムII、ブリザードII、スパークII」

「ギャアアアアアアアアアア!!」

 

 混沌の魔法使いは、高速詠唱によって一息に多数の魔法を唱えました。

 蒼い鳥はそれらを身に浴びて、悲鳴をあげながらもソウルの連射を撃ちました。

 

「無駄だと言っている。ディバインブレス」

 

 ソウルの連射は、混沌の魔法使いが瞬時に唱えた神の祝福に遮られました。

 ああ、果たして"目"を通して、創造神は蒼い鳥を見ているでしょうか?

 勝てるわけないじゃん雑魚、とでも嗤いながら、不幸を見届けてくれるでしょうか?

 

 こんな自分を見てくださる。

 それだけでいいのです。

 それが幸せなのです。

 不幸こそが、幸せなのです。

 

『不幸の青い鳥は、いつだって家の中にいるんだよ。だから身の回りの小さな幸せを大切にして、分不相応なことに夢中になっちゃだめだよ』

 

 そう言ったのは誰だったか……あるいは不幸の蒼い鳥の、勝手な妄想かもしれません。

 

 時は夜中の12時ごろ。

 いまこそ時はきたとばかりに瞳の中のチルチルが、万華鏡のように頭を回すと、幽霊たちが墓を出て、地下墓地が明るい花園に変わっていきました。

 それは幸福の御殿なのでしょうか? それとも似て異なる別の何かでしょうか?

 摩訶不思議な出来事でしたが、この戦いには全く関係ありません。

 

 蒼い鳥は、逃げました。

 みっともない姿をさらして、幸福の御殿が現れるとと同時に穢れ沼に開く、不幸の洞窟の中へ逃げました。

 

 いえ、ただしくは、逃げようとしました。

 ですが混沌の魔法使いに回りこまれてしまいました。

 

「あの場所に行きさえすればァ!」

「もう足掻くな。ここで死んどけ。破滅の嵐」

「あの場所にぃぃぃいいいがあああぁあああぁあああぁあぁぁぁ……」

 

 渦巻く終焉が相手を取り囲み全身を切り刻むする魔法が発動し、蒼い鳥は死にました。

 空気に溶けることなく死にました。

 名状しがたい青白い粒子状のなにかが、混沌の魔法使いに吸い込まれていきました。

 そして毒の沼地にぼとりと、童話【幸せの蒼い鳥】が落ちました。

 混沌の魔法使いはそれを拾って、四次元アイテムボックスに仕舞いました。

 

「任務完了。これより祈祷する……

 っと、滑舌が悪かったな。

 これより、帰投する」

 

 混沌の魔法使いは、翼の生えた靴の不思議なちからで、再び空を飛びました。

 地底の空から地上を見下ろすと、花畑の中でなにがなにやら分からない様子の幽霊たちを、神への捧げものだとして狩りまわるエリクシール住民が阿鼻叫喚の騒ぎを起こしていましたが、特に気にしませんでしたとさ。

 

 

 




 

 ある日突然きゅうに評価されたりされなかったりするとどっちにしてもビビる(雑談)

 


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童話【猟師ときこり】



繋ぎ回は短い(確信)


 

 

 むかしむかし、勇気のない猟師が、ライオンの跡を追い掛けていました。村の掟で、ライオンを狩れなければ、一人前とは認めないと言われたからです。

 

 そんな時、とある森できこりに出会った猟師は、ライオンの足跡を見ていなかったか尋ねました。

 するときこりは

 

「ならば今からライオンのところへと連れていこうか?」

 

 と答えました。

 とたんに猟師は、ぶるぶると身を震わせ、

 

「いや、いいんだ。

 実は私が探しているのは、ライオンじゃなくてライオンの足跡なんだ……」

 

 と答えました。

 それではお話になりませんから、きこりは続けて言いました。

 

「臆病なのは、猟師として優れているね」

 

 猟師は意気地無しだのなんだのと言われながら育っていましたから、誉められるのは初めてでした。なんだかすごく嬉しくて、思わず照れてしまいました。

 

「あと一歩、踏み込む勇気を持つがいい。きみは自分が思っているより、蛮勇ではないだろうからね」

 

 心暖まるその言葉に、猟師はふつふつと勇気が湧いてきました。

 だから猟師は、やっぱりライオンの居所を知っているなら教えてくれといいました。

 

「いま、君の真後ろにいるよ」

「えっ」

「ガオーッ!」

 

 あわれ猟師はきこりに騙され、ライオンに食べられてしまいました。勇猛果敢で賢きライオンと心豊かで冷徹無比なきこりは、実はグルでした。二人は奮い立った勇気と心臓を仲良くわけあうと、それぞれ食べてしまいましたとさ。

 

 

 

「なんっか、こう、違うんだよなぁ~。

 またスランプになっちゃったかな……参っちゃうよ! 

 それもこれも糞つまんない信仰心のせいだねっ。

 ホントもう! うざったらしいったらありゃしない! 

 もっとこう、劇的に悲劇的で、どうしようもなくどうにもならない、ドロッドロのバッドエンドにしたいんだけどなあ」

 

 創造神メアリィ・スーは、しょっぱい出来の短編を虚空に片付けて言いました。

 なんだか最近、マンネリです。

 狂霊騒ぎこそ面白かったですが、どこもかしこも比較的順調に進んでいることが、どうにも退屈なのでした。もっと遊び心が欲しいところでした。

 

「うざったい悪夢霊もしょーじきたいした事ないし。

 こりゃ魔姫が揃えられたらそのままおしまいだねっ」

 

 メアリィはかんぺきすけじゅーる帳を出そうとして、やっぱりそれは止めました。予定外のことこそを面白おかしくする方が、何倍も楽しそうだからです。

 

 例えば、どこかの誰かが命を賭して集めた狂信者の街を、全部台無しにしてしまうとか。

 

「きゃひひっ♪ 

 こいつを使ったら、面白くなりそうかなっ♪」

 

 呟きながら彼女が虚空から取り出したのは、童話【フランダースの犬】でした。それをちゃちゃちゃっと改訂して、童話【エリクシールの犬】に書き換えました。

 

 メアリィは、現実改変の現能一つで地下墓地に広がった花畑をみんな穢れ沼の崖の向こうにやってしまうと、街を舞台にエリクシールの犬を状況再現させました。

 

 仕込みがちゃんと仕上がるまでに、ロストエンパイア歴で何年かかかりますが、そのうち面白いことになるでしょう。

 

「あっそーだ。良いこと思い付いたっ♪ 

 童話【秘密の花園】もつーかおっと」

 

 彼女はまた別の童話を取り出して、幸福の御殿を改変すると、そこにもギミックを仕込みました。あとはそれらが人間に、どんな化学反応を起こすかを、文字通り天井から見下ろすだけ……と言いたいところですが、エリクシールと崖向こうの秘密の花園は地続きではないので干渉しあいそうに有りません。

 

「こんなこともあろうかと~♪ 

 ロンドン橋は落ちそうで落ちないよっと!」

 

 更なる童話【ロンドン橋落ちた】を配置すると、エリクシールの街と秘密の花園を繋げました。

 

 もうやりたい放題です。

 

 でも、細々としたことをこねくりまわしているときより、よっぽど生き生きしていましたとさ。

 

 

 



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絵空事【心を入れ替えた日】

 学徒と王子の身分違いの恋。

 クライストチャーチ・カレッジに入学した王子様と、学寮でのパーティや音楽会を通じて知り合い、二人は惹かれあっていました。

 

 ああ、しかしなんと罪深いことか。

 アリス・リデルの心には、未だに遠くに行ってしまった先生への恋心が燻っていました。

 二人の男の間に揺れる恋に、アリスの心は千々に乱れました。

 

「ああ王子、あなたはどうして王子なの?」

 

 学寮の一室の窓から、彼女は夜空を見上げて、そんな言葉を漏らしました。

 言うまでもなく、シェイクスピアの戯曲【ロミオとジュリエット】のパロディです。

 世紀を跨いで廃れぬ名作を、彼女は劇場で見たのです。

 お忍びで、王子様と一緒に、見たのです。

 

 彼女はその日、その物語に感化され、悲劇の乙女のような気持ちになっていました。

 この寮室にいられるのも、今年が最後になるでしょう。

 今年中にはこの心に、ひとつの決着をつけねばなりません。

 

 室内にある鏡には、黄金の午後の日の自分が映っていました。

 その冷ややかな瞳はあたかも、いまのアリス・リデルを責めるよう。

 でも、好きになったのですから、どうしようもないではありませんか。

 

 一体この世のどこに、乙女の恋心を抑えうる理性が存在するのでしょう!

 

 アリス・リデルは学園長のお父さんから、この恋愛は秘密にするよう言われていました。

 だから彼女には、この心を相談できる相手はいませんでした。

 現実では王子様と仲睦まじく、夢の中では遠く離れた想い人が残した思い出に浸る……

 ああ、なんて冒涜的!

 こんなこと、アリス・リデルが育んできた恋愛観において、到底許されることではありませんでした。

 

「大人になるって、悲しいことなの……?

 でも、こんな気持ちで人を好きになるなんて、それこそ相手に失礼だわ!

 ああ私ったら、もうどうしたらいいのか……」

 

 アリスは学習机に突っ伏し……ふと鏡をまた見ると、鏡の向こう側では、ひょこひょこと黒兎が跳ねているではありませんか。

 アリスは後ろへ振り向きました。

 もちろんそこには誰もいません。

 再び鏡へ向き直りました。

 鏡の向こう側では、黒兎が二足で立ち上がり、タップダンスを踊っています。

 アリスはびっくり仰天して、再び後ろへ振り向きました。

 もちろんそこには誰もいません。

 三度アリスは鏡を見ました。

 鏡の向こう側では、兎が鏡の目の前まで来ていて……そして、鏡を通ってこちら側に来ました。

 

 果たしてこれは現実でしょうか?

 それとも夢を見ているのでしょうか?

 ひとつだけ言える確かなことは、普通じゃないということくらいです。

 でも、アリス・リデルは普通じゃないことには耐性がありましたから、別にどうということはありませんでした。

 

「ハローハロー! アリス・リデル!

 鏡の中からこんばんわー!」

「まあ! ……もしかして、イナーヴァ、かしら?」

「よくわかったね! イグザクトリイ!」

 

 西洋かぶれ兎のイナーヴァは、ぺっこぉ~り、と深く深く頭を下げました。

 どこで覚えたか知りませんが、すっかり現地に馴染んだ様子で、言葉は非常に流暢でした。

 イナーヴァは挨拶もそこそこに居ずまいを正すと、臣下の礼を取って言いました。

 

「誓約に従い、あなたを助けに来た。

 あなたが、助けを求めていたから」

 

 アリスは記憶を思い出そうとしました。

 でも、あんまり覚えていません。

 一度夢見たきりですから、しょうがないかもしれませんね。

 

「気持ちだけでも、嬉しいわ。

 でも、恋愛相談なんて、イナーヴァに勤まるかしら?」

「ハッキリ言って、ムツカシイです。

 でも、解決することはできます」

 

 イナーヴァは、自信たっぷりにいいました。

 いったいどうしたら解決なんてできるのでしょう?

 アリスは素直に聞きました。

 

「ねえ、いったいどうやって?」

「あなたの恋心を預かりましょう。

 王子様を想う心か、先生を想う心か……どちらかを私に差し出してください。

 そうすればあなたの恋の病は、たちまち治ることでしょう」

 

 恋心を譲るというのは、一体どういうことでしょう?

 アリスは頭を悩ませて、きっと好きになっていないことになるのだと想像しました。

 

「そんなこと、できっこないわ!」

「できるのです。

 人がほんとうにその気になれば、いつでも心を入れ替えることができますからね。

 私はそれを、ほんのすこし、円滑にするだけなのです」

「もしそうしたら、どうなるっていうの?

 その恋心はどうなるの?」

「ご心配なく! あなたが取り戻したくなったらいつでもお返ししますし、未練なくすっぱり諦めたいなら、また別の誰かに譲り渡して、取り戻せないようにすればよろしい。

 これでも地元じゃ、ちょっとしたもんでしたから、そういうのは得意なのです」

 

 それは本当のことでした。アリスが知る由もないことですが、因幡の白兎の神話を思えば、あながち大言壮語というわけでも、まったくの出鱈目というわけでもありません。すっかり西洋に染まった彼でしたが、その血がなせる業なのか、乙女心を繰る術を心得ているのでした。

 

「あらそうなの?

 でも確かに、私の心からどちらかへの恋がなくなれば、とにかくどうにかなるでしょうね」

 

 嘘とは思えなかったアリスは、思わぬ提案に悩みました。

 きゅうにそんなことを言われても、スパッと決められることではありません。

 もしも簡単に決められるのなら、こんなに悩みませんからね。

 

 ものは試しに、仮定しようとしてみました。

 例えば王子様なんてぜんぜん好きじゃなくなったアリス・リデルはどうなるか。

 例えばキャロル先生なんてぜんぜん好きじゃなくなったアリス・リデルはどうなるか。

 

 前者は比較的容易に想像できましたが、後者はまったく想像できませんでした。

 

 キャロル先生とは、それこそ幼女のころから長く一緒でしたから、先生を好きじゃない自分なんて、とても自分の事とは思えませんし、考えられる気がしません。

 

 ああ、そして、気付きました。

 アリスはやっぱり、キャロル先生が好きなのです。

 永遠に喪われるかもしれないという仮定のおかげで、アリスはついにその結論に至りました。

 

 深く熟考したあとに、アリス・リデルは王子様を想う恋心を捨てる決心が固まりました。

 二人を天秤にかけて別の相手を選ぶような自分が、王子様に見合うような女ではないと、ようやく諦めがついたのです。

 

 その諦めから何かを見出し、イナーヴァは手招きするかのような動きをしました。

 すると名状しがたい無垢なる桃色のなんらかの欠片が、アリスの胸からするりと抜け出し、イナーヴァの手に収まりました。

 

 するとどうでしょう。つい先ほどまで【ロミオとジュリエット】のパロディまで口にするほど荒狂う想いが胸の内側で暴れまわっていたというのに、今はもう、ちっとも思うところがないではありませんか!

 

「あらまあ!

 なんだか、とっても気分が楽になったわ。

 思い悩んでいたのが嘘みたい!

 ありがとう、イナーヴァ」

「これくらいお安い御用です。

 ……この恋心は、どうします?」

「いいこと?

 いま助けてもらった私が言うのもヘンだけど、人の心は簡単にとっかえひっかえするものじゃないの。

『やっぱりやめた』なんて女々しいこと言うつもりはないわ。

 王子様の事は、この際スッパリ、諦めるわ」

 

 なるほど、と頷きながら、イナーヴァは恋心を仕舞いました。

 これはどっかそこらへんにいる別の誰かに押し付ければ、万事解決するでしょう。

 もともと王子様なんてモテモテですから、元から彼に想いを秘めた誰かに移せば、エロースとかいう恋愛の神様が起こした数々の問題のようなことなど起こる事はないでしょう。イナーヴァは生まれ故郷のお国柄、空気を読むのは得意ですから、押し付けるべき誰かを見つけるなんて容易いことでした。

 

 なにはともあれ、そういうわけで、王子様との交際は終了しました。

 

 その後アリス・リデルの妹、イーディス・リデルが王子様と付き合っていることがわかったときは、素直に祝福しましたとさ。

 

 

 

 それから少し。

 

 

 

 恋煩いが一区切りしましたから、アリスはずいぶん久しぶりに、先生に手紙を出すことにしました。

 学校に入学してきた王子様が気になっていたこと(気になっていた事は事実ですから、付き合いを秘密にする約束とは矛盾しませんし嘘でもありません!)や、昔夢見た大怪我をした兎が現れたこと。それから、それから――――書き始めればすらすらと、いろいろなことが書けました。

 

 でも、先生が好きだと気持ちを書くことはできませんでした。

 だって、かしこまってそんなことを書くなんて、なんだか恥ずかしいですからね。

 

 ああ、でも。

 彼は、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは、耐えられなかったのです。

 アリスが自分以外の何者かに恋わずらい、思いを馳せていたなどと!

 

 ジャック、イーディス。

 巻きこんですまない。

 

 いつかの未来にそんな謝罪を残すほど、彼は嫉妬心を原動力に、誰にも見せない見せられない、黒く穢れたワンダーランドを半ばまで書き上げて、途中でハッと我に返り、己の情けなさを恥じ入って、誰の目にも届かぬよう封印してしまいました。

 

 それから彼は、亡くしたかもしれない想いを埋めるように、遠い親戚の娘、アリス・シオドア・レイクスと会って黄金の午後のような日を取り戻そうとしたり、彼女の誕生日には靴下をプレゼントしたり、私のアリスになってくれるかもしれない少女を探しては写真を撮りまくって鬱憤を晴らそうとしましたが、そういった代替行為で彼の想いが報われることはありませんでしたとさ。

 

 

 



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童話【裸の王様】

 

 

 むかしある国に、筋トレが好きな、筋肉隆々の王様がいました。

 王さまはぴっかぴかの美しい筋肉が大好きで、身体を鍛える事ばかりに時間を使っていました。王さまの望むことといったら、自ら鍛えた身体を見せびらかし、国のみんなに褒められることでした。

 王様は毎日のように筋肉パレードを開き、自慢の筋肉を国民に見せつけました。

 

「裸だっ!」

「裸の王様だ!」

「キレてるよーっ!」

「ナイスバルク!」

「はっはっはっはっは! この世で誰よりも余のマッソウが美しい!」

 

 どこか可笑しな王様でしたが、武と秩序を重んじており、多くの国民や家来たちから深く慕われていたのでした。

 しかしある日、王様は生死に関わる難病に伏せてしまいました。

 

 国民は深く悲しみました。

 

 毎日のように開いていた筋肉パレードは行われず、まるで喪に服すように静まりました。

 国一番の名医によれば、王様の病は治せるものでしたが、けれど、後遺症として筋肉が一生衰えてしまうそうです。

 それを聞いた王様は言いました。

 

「我が筋肉こそ我が心臓。

 筋肉が死すのであれば、余も共に逝く運命だ」

 

 家来はすっかり困ってしまいました。王様は治療を拒否したのです。王様思いの家来たちは、なんとかならないかと外の国からも数々の医者を呼び寄せました。その条件は「筋肉が衰えることなく、この病を完璧に治療できる者には望む褒美をとらせる」というものでした。

 

 ある日、二人のさぎ師がその国にやって来ました。二人は人々に、自分は知る人ぞ知る名医だとウソをつきました。それもあらゆる万病を癒せると言いはり、人々に信じこませてしまいました。

 

 その話を聞いた人々はたいそうおどろきました。たいへんなうわさになって、たちまちこの名医の話は裸の王様の家来の耳にも入りました。

 

 切羽詰っていた家来たちは先払いでも良いからとさぎ師たちに治療を依頼しました。

 

「余の筋肉が蘇るのか。わくわくするわい」

 

 裸の王さまも喜びました。決して死を受け入れているわけではなく、筋肉と共に蘇られるなら、それに越した事はないと思っていたのです。

 

 

 

 当然の如く治療は失敗しました。

 

 

 

 王様の肉と皮はヨボヨボの老体となり、外から内臓の様子さえみえるかのよう。

 

 そんな状態でもまだ王様は生きていました。

 

 どこかで聞きかじっただけのさぎ師の治療法でも、その筋肉はここまで己を鍛えてくれた主人を生かし救ったのでした。筋肉ってすごい。

 けれど小虫ばりの青息吐息で、あまりの惨状に家来は言葉を失いました。

 藪医者の二人組は、貰うものを貰ってこっそり姿を消しています。

 

 王様は震えた声で家来達に聞きました。

 

「治療は成功したのか? 余の筋肉はどうなった?」

 

 家来達は互いに顔を見合わせ、重い口を開きました。

 

「治療は成功しました。

 筋肉も以前とは見違えるほど。

 素晴らしく輝いております」

 

 その言葉に王様が返事をする前に、無礼を承知で別の家来が付け足しました。 

 

「王の肉体は、ばか者には貧弱に見えるでしょう。

 真の賢者、地位の高いものならば、神すら妬む世界一の筋肉に見えるのです!」

 

 二人の言葉を皮切りに、家来たちは口々にウソをつきました。

 しっかりと身体を動かせるようになるには長いリハビリが必要なこと。

 鏡を見てしまえば途端に病魔が身体を蝕むこと。

 過負荷により体調が悪化してはいけないため、完治するまで筋トレはできないこと。

 

 苦しい言い訳。愚かな嘘。バレればお家断絶で、一家もろとも皆殺しでしょう。

 

 けれど、言いたくなかったのです。さぎ師二人に皆揃って愚かにも騙されていたなどと……しかし王様は一切の疑いをせず、家来の言葉を信じました。

 王様は家来を、国民を、心から信じ、愛していたのです。

 

 

 

「はー……なんだこれ(愕然)

 こんなの、ボクらしくないよ。ホントコレ書いたとき、何考えてたんだろ……胸糞展開だねっ。こんなんじゃバッドエンドなんて言えないよ」

 

 童話【鎧を履いた騎士】から童話【裸の王様】を抽出するメアリィは、スランプ時に書いた駄作を読み返しながらそんなことを呟きました。でも、ここからいい感じに改訂してしまえばいいですから、そこまで深く気にはしませんでした。

 

 

 

 積み上げられた出鱈目はもはや後に引けないものばかり。その出任せを真実とするために、家来は勝手に法律を作って、国中から鏡という鏡が捨てられ、旅の賢者は王に謁見することはできなくなりました。昔から国のことは家来達がやっていたので、それは難しい事ではありませんでした。

 

 裸の王様はしかし、以前のように己の肉体を誰もに魅せられるようになりたいと望みました。筋肉を鍛える趣味の代わりに、リハビリの傍ら魔術の研鑽に没頭しました。

 

 馬鹿にも見える筋肉を取り戻すために。

 素養長ける王様はすぐさま数々の魔術を身につけました。

 しかしいつまでたっても馬鹿にも見える筋肉の魔術を編み出すことはついにできませんでした。

 

 そんなある日、よその国の王様がお見舞いにきました。

 

 家来達は皆止めたのですが、久々に自慢の筋肉を魅せられる相手だと思い、王様は裸で謁見しました。ありし日の裸の王様の肉体美を知っていたよその国の一王様は、治ったときいた彼の貧弱な筋肉を見て言いました。

 

「なんだその貧相な肉体は。

 まあ、まだ病み上がりだ。

 衰えた筋肉はそうそう戻るまい。

 養生した方が良いぞ」

 

 こうして嘘は暴かれました。家臣の言葉が真実であれば、よその国の王様からこのような言葉がでるはずがありません。だって相手は王様ですから、地位が低いだなんて言えません。その日から裸の王様は気が狂って、もう誰も信じられなくなりました。

 

 家来はウソつき。

 国民はウソつき。

(ホモはウソつき)

 みんなウソつき! 

 

 裸の王様は二度と他人に己の筋肉を見られぬよう、鉄の鎧を作らせ、その身を隠しました。なんだか凄い魔法のおかけで、貧相な肉体でも問題なく着て動けました。それから、自分の肉体を馬鹿にした国を滅ぼすと、どんどんいろんな国を侵略していきました。

 

 およそ病みあがりとは思えぬほどの狂気的な戦働きをもって、裸の王様は鉄の王様の異名を得ました。やがて鉄の鎧が壊れるころに数々の戦争は終わらせ、裸の王様は祖国に戻りました。

 

「裸だ!」

「裸の王様だ!」

「裸の王様が帰ってきたぞ!」

「万歳! 裸の王様万歳!」

「違あぁぁあぁあぁうッ!! 余は……! 余はぁぁあぁッ!! 余は鉄の……この鉄壁の鎧を身につけておるわぁあああ!」

 

 鉄の王様は己を裸だと揶揄する国民や家来を片っ端から殺しました。感情の昂ぶりは魔獣化を誘発し、返り血と魔獣化した皮膚とが反応し紫に変色していきました。筋肉がおぞましい勢いで膨れ上がり、その筋肉はオーガキングがいるなら見惚れてしまうほどの、見事な造形となりました。尋常ならざる牙を剥き出しにし、この世ならざる咆哮で逃げ惑う人々の足を竦ませ、男は殺し、女は犯しました。

 

 何も信じられなくなった鉄の王様は、ついに馬鹿には見えない不可視の鎧を全身に纏う金剛鉄壁の魔術を完成させていたのです。

 

「見よッ! この愚か者には見えない素晴らしい鎧をッ! 

 この鎧がある限り、余は無敵なのだッ! 

 余を崇めよッ! そして跪き、恐怖せよッ!」

 

 王様はそう吼えましたが、誰もが王様を裸だと言いました。もう王様にはこの国に住む全員が底抜けの愚か者どもにしか見えませんでした。

 

 だから王様は自らの手で、武と秩序を重んじる国を暴力と性欲が支配する国にしてしまいましたとさ。

 

 

 

「まーこんな感じでいーかなー。王様なら国滅ぼすくらいやらなきゃダメだよ」

 

 メアリィは謎の独自理論を振りかざし、童話【裸の王様】を虚空に仕舞いました。それから、各地からのお便りもとい祈りの言葉に耳を傾けると、なんか良さげな祈りが聞こえました。

 

『子供が欲しい』『孕みたい』『孕ませたい』『俺の子を産んでくれ!』『神様どうかお願いです!』『私に子宝を恵んでください!』『俺の妻に子を宿してください!』

 

「よしきた任せろー♪」

 

 子宝に恵まれぬ夫婦の、神への祈り。その条件が欲しかったメアリィは、童話【ラプンツェル】を取り出して、不妊の女の孕み袋を泳ぐ種無しのアレコレを追い出して、やることをやることにしましたとさ。

 

 

 






お知らせ
毎日投稿しんどくなってきたので、明日から止めます。



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