みぽりんは人妻だったようです。 (小名掘 天牙)
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みぽりんは人妻だったようです。

何か思い付いてしまったので!!


 それは、何てことのない昼下がりの事だった。午前の授業が終わり、生徒達が思い思いに休み時間を楽しむ中、戦車道部あんこうチームの面々も、自分の昼食を持って、その日は学校の中庭へとやって来ていた。

 

「だからさ〜、私達華の女子高生だよ? ここで格好いい彼氏の一人も作らないと!」

 

その中心で熱弁を振るう沙織に、隣に座る華が「あらあら」とのんびり口許を押さえる。

 

「武部殿 今日は一段と熱が入ってますね」

 

「あ、あはは……」

 

普段より一段とヒートアップしているチームメイトの姿に、振り返った優花里に困ったように笑い返すみほ。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

そんな二人のクエスチョンマークを代弁するように首を傾げた華に、沙織の隣の麻子が「ん」と一冊の雑誌を差し出した。

 

「「「……生涯未婚の女性にありがちなこと十選?」」」

 

麻子が指差したその先、彩り鮮やかで、如何にも沙織が好きそうなタイトルの雑誌の一番手前に書かれた記事のタイトルに、みほ、優花里、華の三人は思わず顔を見合わせた。

 

「これの第一位が理由だ」

 

そう言って、もそもそと昼食に戻る麻子を前に、正面にいた優花里が代表してページを捲る。

 

「「「あ〜……」」」

 

そこには、如何にも人目を惹き付けそうな赤字で、でかでかと「高校迄に交際経験がない!!」と書かれていた。

 

「今朝、それ見てから、ずっとこんな感じだ」

 

付け足した麻子の言葉に、三人は何となく朝の沙織の様子を察する。

 

「でもこれ、編集部調べって書いてますよ?」

 

「あ、本当ですね」

 

「この手の雑誌で、アンケートですらないベストテンとか、あまりに当てにならないんじゃないでしょうか?」

 

その内容を読んでいた優花里の言葉に、みほと華の二人も同調するように頷く。が、

 

「甘いっ!!」

 

そんな三人の反応に、当の沙織がガバッと身を乗り出してきた。

 

「三人とも甘過ぎっ! 具体的にはクリームマシマシのマロンケーキにはちみつを掛けてからグラニュー糖をふるくらい甘いよっ!!」

 

「それ、もう殆ど砂糖だろ」

 

胸焼けしそうなメニューに麻子がぼそりと入れた突っ込みは当然ながら無視された。

 

「女の子が女子高生でいられる期間は三年間しかないんだよ!? 80年の人生の中でたった三年! 割合にして僅か3.75%! しかも、一年使いきっちゃってるから、実際は2.5%!! 大学生でも初恋はあるかもだけど、女子高生っていうプレミアが付くのは、この期間だけなんだよ!? 今まで鍛えた家事にお洒落に加えて始めた戦車道!! ここに女子高生まで乗せたボーナスタイムに貴重な3.75%を浪費とか絶対に人生後悔するって!!」

 

「何か、言い方が物凄く不健全な気がしますね」

 

「あ、あはは……」

 

その、余りにも鬼気迫る生々しい熱弁に、優花里とみほは思わず苦笑を浮かべた。

 

「っていうかみんな!!」

 

そんなみほ達の反応が気に入らなかったのか、ぷくーっと膨れた沙織がバンッ!と手を打った。

 

「みんなは危機感ないの!? 高校なんて大学受験だってあるから、本当にあっという間なんだよ!?」

 

「面倒臭い」

 

「わたくしもみなさんと一緒に居るのが楽しいですし」

 

「わたしも、高校生活は戦車道に全てを捧げるつもりであります!」

 

が、実にマイペースなあんこうチームの答えに、沙織は「むぅぅぅぅぅ」と如何にも不満気だ。

 

「あ、あはは……」

 

何時ものチームメイトらしい反応に思わず苦笑を浮かべるみほだったが、その反応が一歩遅れたのが命取りだった。

 

「みぽりんもそう思うよね!!」

 

「へっ?」

 

きっ!とこっちを振り返った沙織の一寸血走った視線に、みほは思わずほけっとした反応を返してしまった。

 

「だよね! うん! 乙女の嗜み! 戦車道家元の娘ならそう思うよね!!」

 

「あ、あうぅぅ」

 

「沙織の奴、明らかに力技で味方を増やそうとしているな」

 

「あらあら……」

 

「通信手はその声こそが最大の武器。流石は我らあんこうチームの通信手武部殿。西住殿もたじたじでありますな!」

 

急に向いた矛先に、内心で「見てないで助けてよー!」と悲鳴を上げるが、触らぬ神に祟りなしとばかりに奇麗に沙織の射程距離外に避難している、実に隊長思いな三人だった。

 

「そうだ! 今日の放課後、練習もないし、みんなでみぽりんの家に行こうよ!」

 

「え、ええ!?」

 

更に重なった沙織の一言に、みほは混乱で目を白黒させた。

 

「みんな彼氏づくりに興味が無いって言ってるけど、だからと言って女子力を磨かなくていい理由にはならないでしょ? それに、そうやって女の子磨きさぼってたら、いざ素敵な男の人見つけてもアタックできなくなっちゃうでしょ?」

 

「なんでわたしの家なんですかぁ!?」

 

「みぽりんが隊長なんだし! ね? それに、みぽりん西住流の家元の娘なんだし、二人で練習すれば新しい発見があるかもしれないでしょ!」

 

戦車道の試合では毅然としているみほも、今のスーパーサイヤ人に成り掛けている沙織の気迫には完全に白旗、もとい撃墜状態だった。

 

「一寸たんま」

 

そんな二人を見かねて、麻子がぱっと手を上げた。そして、一緒に逃げていた華と優花里の二人と額を突き合わせる。

 

(これって完全に)

 

(西住殿を人質に取る作戦ですな)

 

(思いっきり、二人で練習すればって言ってますもんねえ)

 

(どう考えても、わたし達が行かなかったら、一人だけ犠牲になるパターンだな。まったく、相変わらずこういう時は頭が回る)

 

(実際、どうします?)

 

(流石に、これ以上西住殿を見捨てる訳にはいかないでありますからなあ)

 

(ですよねぇ)

 

(しょーがない。わたし達も行くしかないか)

 

((賛成))

 

頷き合った三人は、沙織とみほを振り返る。

 

「わたくし達も、その女子力磨き、同行させていただきますね」

 

「そう言ってくれると思ったよ! ビバ、友情!」

 

「まったく、調子いい奴だ」

 

「まあまあ、それが武部殿の良いところですから」

 

 三人が同行を申し出たことで満足したのか、立ち上がった沙織が「じゃあ、放課後ね!」と言ってパタパタと教室に戻っていく。

 

「じゃあ、わたくし達も戻りましょうか」

 

「そうですね。武部殿対策も立てる必要がありますし」

 

「ドンマイ」

 

その後を追う華、優花里、麻子。

 

「……ど、どうしよう」

 

そんな三人の背中を呆然と見送ったみほは、漸く我に返ると思わずそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 放課後の事、沙織達あんこうチームの訪問を前に、一足先に家路についたみほは内心でどうしたものかと頭を抱えていた。別に、チームメイトを家に招くことも、多少大変ではあっても沙織の女子力磨きに付き合うのもみほ個人としては特に問題はなかった。ただ、

 

「みんな、気にしないでくれるかなあ……」

 

とある事情(・・・・・)により、今は一寸人を家に呼び辛いのだ。

 別段悪い事をしているわけでもないし、それそのものはむしろ良い事だとも思っているが如何せん、みほの年齢でそうというのは少々騒がれてしまうのも無理からぬことだ。自分だけであれば、黒森峰の時と比べればまだ我慢出来る範囲なのだが……

 

「迷惑にならないと良いんだけど」

 

相手(・・)は気にしなくて良いと言ってくれてはいるが、それに甘えて迷惑を掛けたくはない。ただでさえ、黒森峰からこっち迷惑をかけっぱなしなのだから。

 

「……」

 

とはいえ、みほ個人としては今のチームメイトを信じる思いもあった。多分、事情を正直に話せば悪い事にはならないだろうとも。

 

「うん、大丈夫だよね……」

 

自分に言い聞かせるように呟いたみほはトテトテと少し速足で、大洗の学園艦にある自宅へと急いだのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 みほが帰宅してから三十分程した頃、商店街から続く道を抜け、私服に着替えた他のあんこうチームの面々がみほの家へとやって来ていた。

 

「この辺みたい」

 

先頭を歩いていた沙織の手にはスマホと一緒に、みほから渡された自宅の住所が書かれたメモがあった。ボコの形をした付箋だったが、それを覗き込んだ隣の華がふと首を傾げた。

 

「あれ? この辺、『西住』と書かれた表札は何処にもありませんよ?」

 

「でも、みぽりんのくれた住所はほら」

 

「確かに、このあたりの住所ですね」

 

沙織の差し出したそれに、優花里も頷く。

 

「ふむ、一寸見せてくれ」

 

後ろの方でのそのそと付いてきていた麻子が付箋を受け取ると、こっちも首を傾げた。

 

「住所だけ見ると、此処みたいだな」

 

そう言って麻子が指さしたのは比較的新しい二階建ての一軒家だったが、その表に掛けられた真新しい表札には、大きく『東城』の二文字が書かれていた。

 

「もしかして、みぽりん書き間違えた?」

 

「いえ、ラインを送ってみたら、ここで合ってると返ってきました」

 

「まだ、引っ越してきて、表札を変えていないのでしょうか?」

 

「……」

 

「あ、麻子!?」

 

首を傾げる三人の前で、麻子が家の門を開けて中に足を踏み入れる。親友の背中に思わず声を上げる沙織だったが、その声に「ここであってるって返ってきたんだろ?」と振り返らずに麻子は返した。

 

「「「……」」」

 

つられて、玄関までやって来た他の三人の前で麻子がチャイムを押すと、奥から「はーい」という声が聞こえた。その声は確かによく知った隊長(みほ)のそれで、四人は「なんだ、合ってたのか」と若干拍子抜けした様な気分で顔を見合わせた。

 奥から聞こえてくるパタパタという音が止むと、ドアノブがかちゃりと動いた。

 

「お邪魔します、みぽ、り……ん?」

 

中から出てきたみほに、沙織がにこっと首を傾げる。が、

 

「え?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

中から出てきたのは、自分達がよく知る隊長(みほ)ではなく、

 

「いらっしゃい、みほの友達かな?」

 

優し気に微笑む、若い男性の姿だった。

 

「え? え? ……」

 

突然現れた見知らぬ、青年と言っていい年の男性の顔に、真正面に居た沙織が一番の混乱に飲まれていた。

 

「リビングで待っててもらって良いかな? みほ、一寸手が塞がってるから」

 

そう言って、スリッパを並べた青年に、咄嗟に「あ、ありがとうございます!」とお礼を言いながら、靴を脱いで家に上がった沙織が、かーっと顔を赤らめながら「あ、あの!」と声を上げる。

 

「ん?」

 

「み、みぽりん、じゃなくて、西住さんの親戚の方ですか? あたし、西住さんのチームメイトの武部沙織っていいます!」

 

「ああ、これはご丁寧に。東城林太郎といいます。どうぞ宜しくお願いします」

 

「あ、宜しくお願いします!」

 

折り目正しく一礼した青年に、沙織の方もがばっと頭を下げる。

 

(あの、これって……)

 

(間違いなく、惚れたな)

 

(やっぱり、ですか?)

 

その様子を後ろで見ていた三人は、赤くなった沙織の耳を見てそれぞれに顔を見合わせる。

 

「そちらの皆さんは」

 

「同じくチームメイトの五十鈴華と申します」

 

「あ、秋山優花里です!」

 

「冷泉麻子」

 

「ん。宜しくお願いしますね」

 

そう言って、頷くその男の人に、一番前に居た沙織が「あ、あのっ!」と声を上げた。

 

「はい?」

 

「もしよかったら、メールアドレス交換しませんか!?」

 

ぎゅっと両手を握り、身を乗り出す沙織。唐突な言葉だったが、微かに震えた両手が、その本気を何よりも雄弁に物語っていた。

 

「……え?」

 

青年の方は突然の事に困惑した様子だったが、沙織の真剣さが伝わったのか、直ぐに口を閉じて、「えーと」と言葉を選ぶような表情になった。

 

「何て言うか、非常に「ごめんなさいっ! 一寸手が離せなくって!!」

 

が、そんな空気を遮るように、パタパタという音と共に、上の階からみほが小走りで降りてくる音が響いた。

 

「あ、西住殿!」

 

その音にいち早く反応した優花里がパッと笑顔を浮かべる。そんな優花里に釣られて華と麻子も階段の方を向く。と、

 

「ごめんなさい、待たせちゃって」

 

「「「……」」」

 

階段から降りて来たみほの姿に、目をぱちくりさせた三人。

 

「優花里さん?」

 

そんな三人の反応に、こてんと首を傾げたみほ。

 

「西住殿、私服だと随分と雰囲気が変わるのですね」

 

不思議がるみほに、先頭に居た優花里が代表して三人の感想を口にした。後ろの麻子と華も優花里に同意するようにうんうんと頷いている。

 確かに、クリーム色のハイネックのセーターに、動きやすいジーパン。そして、前に掛けたボコ柄の大きなエプロンは普段三人が目にしているセーラー服やパンツァージャケットのみほからは一寸イメージしづらい、何と言うか女子高生らしくない落ち着いた雰囲気を纏っていた。

 

「ええ、でもとても落ち着いた雰囲気で、優しいみほさんに良く似合ってると思いますよ」

 

「そ、そうかな?」

 

華の言葉に、みほが少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。そんなみほに「ええ、凄く似合ってるであります!」と優花里も力強く頷いた。

 

「そ れ よ り !」

 

「えへへ」と笑うみほ。何処となく和やかな空気になる中、青年の前に居た沙織がグイっとみほに近付いた。

 

「みぽりん、こんな素敵な親戚がいるってなんで言ってくれなかったの!? 意外過ぎて、私びっくりしちゃった!! まさか、こんなところで素敵な出会いがあるなんて!♪」

 

「さ、沙織さん!?」

 

爛々と目を輝かせて迫ってくる沙織の迫力に、みほが思わず仰け反った。

 

「このお兄さんとみぽりんてどんな関係? あ、待って、当ててみせるから。黒森峰からこっちに移ってきたのって、絶対にこのお兄さんがいるからだよね? なら、結構近い親戚だよね? もしかして、従兄とか?」

 

「あ、あうぅぅぅ……」

 

希望と期待に胸を膨らませて、鼻息荒く詰め寄ってくる沙織に、みほは冷や汗を流しながら後退った。と、

 

「ん?」

 

そんな二人を見ていた中で、不意に麻子が何かに気が付いたように首を傾げた。

 

「……」

 

そのまま、もう一つを探すと、少しだけ驚いたように目を見開いた。

 

「じゃあさ、じゃあさ♪「待て、沙織」っと、どうしたの麻子? 今大事な所なのに」

 

「相手の手、見たか?」

 

「手?」

 

「そうだ。左手」

 

「……!?」

 

一瞬、首を傾げた沙織だったが、流石にそっち方面の造詣が深いだけあって、直ぐに麻子の言わんとする答えに辿り着く。はっと目を見開いて、困った様に頬を掻いている青年の方を振り返ると、直ぐにその左手に目を向け、その薬指に光るシンプルな形のリング、具体的には結婚指輪に麻子の制止の意味を理解する。

 

「そ、そんなぁ~……」

 

突然降って湧いた出会いに燃えたのも束の間、相手が既婚者だと知った沙織は、先程とはうって変わって涙目になりながら頭を抱えた。が、

 

「それだけじゃないぞ」

 

「へ?」

 

そんな沙織に、麻子はまだ続きがあると首を横に振る。

 

「麻子さん?」

 

「冷泉殿?」

 

そんな麻子の様子に、隣に居た華と優花里も首を傾げる。

 

「ほら、そっち」

 

指差した先、そこに居たのは何時もと少しだけ雰囲気の違う自分達の隊長(西住みほ)で、

 

「……え?」

 

「まぁ……」

 

そして、その指さした先、そこにあった事実に、流石の優花里と華も驚愕に目を見開いた。

 

「あ、あはは」

 

そう、自分達のチームメイトである隊長の左手の薬指には、

 

「実は……そういう事なんです。はい」

 

隣に立つ青年と全く同じデザインの

 

「私は西住……じゃなくて、東城みほで」

 

シンプルなデザインの銀色の結婚指輪が

 

「林太郎さんの奥さんやってます」

 

しっかりと、嵌っていたのだった。

 

 

 

「「「え……ええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」」」

 

 

 

そろそろ水平線の先で日が傾き始めた学園艦の上で、その日一番の悲鳴が上がったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 キッチンから出てきたみほが手に持ったお盆から、手際よくテーブルに夕飯を並べていく。ふんわりと香る出汁の匂いに、あんこうチームのメンバーは思わず顔を綻ばせた。

 

「うわー、本当に美味しそうであります♪」

 

「えへへ♪ 今日はいつもより張り切っちゃいました」

 

素直な優花里の反応に、少しだけ面映ゆそうにしながら、みほは「温かいうちにどうぞ」と微笑んだ。

 

「いっただきまーす♪」

 

「いただきます」

 

「いただきますっ!」

 

「いただきます……」

 

三々五々、手を合わせて箸を取る。そして、

 

「「「「ん~~~~~!!!!」」」」

 

全員が同時に唸った。

 

「とっても美味しいです西住殿!」

 

「本当に、何かほっとする味で」

 

「美味い……」

 

「ありがとうございます」

 

照れくさそうに笑うみほの隣で、沙織がう~とまた唸った。

 

「沙織さん?」

 

「う~、負けたぁ!!」

 

みほが首を傾げると、沙織が悔しそうにぶんぶんと両手を振った。

 

「ていうか、みぽりんすっごい羨ましいよ! 旦那さんもとっても優しそうだし! 家庭もしっかりしてそうだし! 女子力完璧じゃん!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

うわーん! と泣きながら夕飯を食べる沙織の姿に、みほは苦笑しながらもお礼を言った。

 

「でも、本当に、みほさん素敵なお嫁さんなんですね。わたしも驚きました」

 

そんな二人のやり取りに、反対側に居た華がそう言って頬に手を当てた。

 

「確かに、西住殿は西住流家元の次女ですし、改めて言われると全く不自然ではないのですが、既にご結婚までされていたのは正直驚きでした」

 

「料理も美味いし、掃除も凄く行き届いていて、言う事なしだからな」

 

華の言葉に同意するように、優花里と麻子もこくこくと頷く。

 

「あ、あはは……」

 

頬を赤らめたみほが照れを誤魔化す様に箸を進めると、何となく食卓全体が穏やかな空気になった気がした。

 

「そういえば、質問なのですが」

 

「?」

 

「西住殿と東城殿は一体どういった御関係だったのですか?」

 

「あ、それ私も気になる。西住流家元~なんて、どう聞いても純粋培養っぽいし」

 

「確かに、あまり男の方と出逢う機会は多くなさそうですよね」

 

「……」

 

じーっと視線を向けてくる四人に、「あぅぅ」ともじもじしながらも、やがて、視線から逃げ切れなくなったのか少し考えるように「えっと」とみほは口を開いた。

 

「うちの人とは、幼馴染なんです」

 

「「「「幼馴染?」」」」

 

「はい。熊本に居たときからの」

 

首を傾げる四人に、みほはこっくりと首肯する。

 

「元々、うちの家の近所に住んでいて、小学校の低学年の頃なんかは、うちの人が私とお姉ちゃんの登下校を見てくれたりしてたんです」

 

「成る程、そして、そのまま押しきったと!?」

 

御得意の恋ばなになり、思わずズズイッと身を乗り出した沙織を「流石にまだ早すぎるだろ」と麻子が冷静に引っ張って席に戻した。そんな二人に、みほはくすくすと苦笑を浮かべながらも、「でも、あの人が好きだったのは本当にあの頃からかもしれません」と昔を懐かしむように呟いた。

 

「お姉ちゃんと私は丁度本格的に戦車道の稽古を始めた頃で、何でもすぐに出来たお姉ちゃんと違って、私は何時も稽古の後に泣いちゃっていて……。よく、家の外に居た私を何時も家まで手を引いてくれたんです」

 

「それで、好きになっちゃったと?」

 

こくりと頷いたみほの頬がうっすらと帯びた赤い色に、四人は「はぇ〜……」と感嘆ともつかない声を漏らした。

 

「お姉ちゃんは戦車道の稽古が本格的になると、段々うちの人とは疎遠になっていっちゃったんですけど、私は大好きな年の離れたお兄ちゃんに会いたくて、何時もこっそり同じ場所で泣いてました」

 

そう語ったみほの姿を想像し、優花里や沙織は

 

「はは〜」

 

「あのみぽりんがね〜」

 

と、感心した様に目を丸くした。

 

「子供の頃のみほさんって、結構おませさんだったんですね」

 

「あはは、そうかもしれません」

 

くすくすとからかう華に、みほはペロッと舌を出した。

 

「それで、中学校に上がった頃に、思いきって告白したら、本当に真剣に考えてくれて」

 

「オッケーを貰えたんだね!?」

 

「はい♪」

 

頷いたみほの満面の笑顔に、こういう話に目がない沙織が「きゃ〜♥♥♥」とはしゃいだ。

 

「勿論、何時も良い関係だった訳じゃありません。お互いに自分勝手な理由で喧嘩もしましたし、本当に別れそうにもなりました。でも、あの人は何時でも私と本気で向き合ってくれました。子供だって見なさないで、最後まで粘り強く相対してくれて、だから乗り越えて来れたんだと思います」

 

「何と言うか、とても誠実な方なのですな、東城殿は」

 

「はいっ♪」

 

優花里の言葉に、みほは我が事のように嬉しそうに微笑んだ。

 

「因みに、御結婚されたのはいつ頃だったのですか?」

 

「あ、そういえばそうですよね。私達と同じ年齢なのですから、そんなに前ではありませんよね?」

 

顔を見合わせて頷き合う優花里と華に、みほは「えっと……」と少し言い淀む。

 

「丁度、去年の私の誕生日に……」

 

「てことは、一六に成ったその日にか」

 

「はえ〜……」

 

「ホントのホントで最速婚て、みぽりんも思いきったよね」

 

「でも、そういった思いきりのよさも、みほさんらしくて素敵だと思いますよ?」

 

和気藹々と笑う中、正面にいた沙織が好きそうな「でもさ」と首を傾げた。

 

「みぽりん、結婚に不安とかは無かったの?」

 

「不安ですか?」

 

「私も素敵な男の人と付き合いたいって思ってるけど、正直結婚までってなるとピンと来ないって言うか、二の足踏んじゃうなーって」

 

言葉を選ぶように首を傾げる沙織に、みほは納得したように「ああ」と頷いた。

 

「私の場合は、そういうのはあんまりありませんでした」

 

「そうなのか?」

 

「はい♪」

 

きっぱりと言い切るみほに、麻子が少しだけ驚いたように目を瞬いた。

 

「元々、熊本に居た頃から、よくあの人の家にお邪魔してましたし、受験の時なんかは、一月くらい彼の家で寝泊まりしていたこともありましたから」

 

「成る程、流石西住殿! つまり、結婚前から夫婦生活の準備は万端だったということですね!」

 

きらっきらと目を輝かせる優花里に、みほは少しだけ誇らしそうに頷いた。が、同時にふと、少しだけ複雑そうな、そして寂しそうな、そんな表情になった。

 

「西住殿?」

 

隊長のそんな雰囲気に真っ先に気付いた優花里が、心配そうに首を傾げた。

 

「どうかされましたか?」

 

「え、あ、いや……」

 

そんな優花里と言い淀むみほにつられて、華や麻子も首を傾げる。

 

「……本当に」

 

「?」

 

「本当に、あの頃は色んな事があったなって思って……」

 

「あ……」

 

しみじみと呟くみほの姿に、四人は誰ともなしに、その理由を察した。

 

「丁度、あの頃は去年の戦車道の全国大会が終わって、少し時間が経った頃でした。結構、学校の中はゴタゴタしていたし、私も正直家に帰りづらくて、あの頃は毎日うちの人の家から学校に通ってました。……本当に、大分前の事のように思いますけど、まだ一年も経ってないんですよね」

 

何処か遠くを見るように目を細めるみほ。

 

「そっか、大変だったんだねみぽりん」

 

「辛くはなかったのですか?」

 

そんなみほに、沙織と華が心配そうに声をかける。だが、視線を下ろしたみほは少しだけ考えてから、ふるふると首を横に振った。

 

「全く辛くなかったって言えば嘘になります。でも、挫ける気は不思議としませんでした。きっと、あの人が隣に居てくれたからだと思います……」

 

そう言って、その頃の事を思い出すように、みほは薬指に嵌められた指輪をそっと撫で付けた。

 

「一度、彼の家にお母さんが来たことがあったんです」

 

「お母さんというと、西住流家元の?」

 

「うん。その時のお母さんは凄い剣幕で、今までのどんな稽古の時よりも怖かったです」

 

「……」

 

「今思うと、自分の娘が心配だったのかなって思うんですけど、その頃の私は兎に角、学校に行くのも家に帰るのも辛くて、あの人の隣だけが唯一安らげる場所でした。だから、正直お母さんについて帰るのだけは絶対に嫌でした」

 

少しだけ、悲しそうに俯くみほ。彼女の中でも、まだ完全には消化しきれていないのかもしれない。

 

「それで、あの人にしがみついて、けど、お母さんが怖くて、ずっと震えていたら、彼、何て言ったと思います?」

 

「えっと」

 

「『みほは渡さないから。絶対に』って。十年以上一緒にいたのに、初めて見るくらい真剣な顔で」

 

「……」

 

「それで、お母さんが詰め寄ってきたんだけど、彼はその手を払ってくれて……。お母さんに退くように言われても、最後まで立っていてくれたんです。きっと……私のために」

 

 

―退けません―

 

―みほを愛しているから退けません―

 

 

そんな、夫の姿を思い出しながら、みほはふっと表情を緩めた。

 

「結局、朝までそうしていて、お母さんが仕事で帰っても、私はずっと怖くて……そんな私の手を握って、大丈夫って言ってくれたときに、『ああ、この人を好きになって良かった』って思って、だから」

 

顔を上げた視線には、さっきの不安げな光は既に無くなっていた。

 

「だから、あの人がプロポーズしてくれた時も、一緒に熊本を出ようって言ってくれたときも、不安は全然ありませんでした。私の事を想ってくれてのことだって、ちゃんと分かっていましたから」

 

「「「「……」」」」

 

そんな、何処か誇らしそうなみほの姿に、四人は誰ともなしに魅入らせられるような、そんな不思議な気持ちに成った。

 

「そっか……」

 

 まだ、恋とも縁があまりない四人は、普段は少しおどおどしていて、けれど戦車道では誰よりも頼りになる、どちらかと言えば小動物系な隊長(みほ)の、今まで知らなかった大人びた一面に、少しだけ彼女が、自分達よりも一段上の階段にいるような、そんな感覚を覚えた。

 

「じゃあ、みぽりん、今最高に幸せなんだね」

 

「はいっ♪」

 

頷いた、その表情は何処までも爛漫で、それ以上に素敵な活力に溢れていた。

 

「となると、今後、西住殿は東城殿とお呼びした方が宜しいのでしょうか?」

 

「そういえばそっか、みぽりんは西住流だけど、今は西住じゃなくて東城なんだもんね」

 

「あら? そうなると、西住流じゃなくて東城流になるのでしょうか?」

 

「そうなると、西住流の後継者じゃなくて、東城流の家元になるんだな」

 

そんなみほをからかうように、四人が口々にそう言うと、今までの雰囲気は何処へやら、「え、ええええ!?」と慌てる彼女は、四人がよく知るいつもの西住みほなのだった。

 

「でも、これではっきりしたね」

 

一頻り笑いが過ぎ去った頃、不意に沙織がそう言った。

 

「? どうしたんだ沙織。また変な事でも思い付いたのか?」

 

また、唐突に動き出した親友に、麻子が「んー?」と首を横にする。

 

「もう、麻子ったら! 見て分からない?」

 

「んん?」

 

「みぽりんのこと! ほら、出会いも、結婚も、新婚生活も全部完璧でしょ!」

 

「まあ、それなりに山谷はあったようですけどね」

 

それでもまあ、その全てを含めて、確かに今のみほは夫婦生活を満喫している様に見えた。

 

「これはつまり、西住流を学んでいれば、絶対に最高に幸せな結婚が出来るって証拠じゃん!」

 

「えぇ……」

 

「あ、あはは……」

 

びしぃっ!とみほを指差して力説する沙織に、「そりゃ、戦車道ってより、結婚の方の努力だろ」と呟く麻子。一方、沙織認定の完璧な結婚のモデルにされたみほの方は実に反応に困った様子で笑っている。

 

「あたしも頑張るよ! 頑張って、みぽりんみたいな素敵な結婚するんだから!!」

 

 そして、そんな麻子の突っ込みに欠片もめげる様子もなく、ぎゅっと拳を握った沙織は、ふんす!!と鼻息も荒く、高らかに宣言したのだった。

 

「因みに、西住殿は結婚生活で何か後悔したこととか、失敗したことってあったりするんですか?」

 

完璧という沙織の言葉につられてか、優花里がふとそんな事を聞いてきた。

 

「んー、細々とした失敗とかは沢山あったけど、後悔っていうのは……あ」

 

「お? 何か心当たりが?」

 

「うん」

 

頷いたみほが深々と吐いた溜め息に、四人は興味深げにエプロン姿の隊長を見詰める。

 

「確かに最高に幸せだって言いましたけど、一つだけ大洗に来て後悔したことがあります。それは」

 

「「「「それは……?」」」」

 

「あのコスチュームで、あんこう踊りを踊ったことです」

 

うら若き、華の女子高生というだけでも、あの踊りは恥ずかしいものがあるというのに、人妻があの格好で踊っていたとなると、途端に如何わしい臭いがしてくる。そして、当然ながら、あの時のみほは既に人妻だった訳で……。

 

「「「「あー……」」」」

 

同じ恥を分かち合った四人の口からは納得の感情しか出てこないのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「と、そろそろ、おいとまする時間でありますな」

 

 食事が終わり、みほに出されたコーヒーを楽しんでいた優花里がポーンと鳴った時計を見上げて椅子から立ち上がる。壁に掛けられたそれの針は、丁度9時を回ったところだった。

 

「あ、本当だ。みぽりん、今日は本当にありがとう♪ とっても参考になったよ!」

 

夕食の終わりから、主婦業に精を出すみほに『見取り稽古』と称してくっついていた沙織も、手に持ったメモ帳を閉じて、みほに嬉しそうにお礼を言った。

 

「次に来るときは、何かお土産でも持ってこないといけませんね♪」

 

此方も、にこにこと期限良さそうな華に、隣の優花里が「それならば勿論、西住殿のお子さんにも相応しい、子供用戦車グッズで決まりでありますな!」と少々気が早い贈り物を提案する。

 

「も、もぅ……」

 

それが意味することを理解し、みほはぽっと顔を赤らめたのだった。

 

「じゃ、旦那さんに宜しくね!」

 

「お幸せにであります!」

 

そんなみほの反応を楽しみながら、沙織と優花里が席を立ったところで麻子が「あ、ちょっとトイレ借りて良いか?」と尋ねてきた。

 

「廊下の奥の左際のドアです」

 

頷いたみほが、そう伝えると軽く礼を言った麻子がのそっと立ち上がった。そして、

 

「むおっ!?」

 

「あっ」

 

それが全ての間違いだった。

 今の今までずっと座りっぱなしだった麻子は、急に立ち上がったせいか、よろりと大きくバランスを崩してしまった。咄嗟に身体を受け止めようとした沙織の手が空を切り、思わず皆が息を飲む中、倒れかけの麻子は半ば反射的にその手を伸ばしていた。幸か不幸か、その手の先には備え付けのクローゼットがあり、麻子の小さな手が辛うじてその取っ手に届いた。

 

「「「「ほっ……」」」」

 

一瞬、落下を止めた麻子の後ろ姿に他の四人が胸を撫で下ろす。当の麻子もほっとした様子で大きく息を吐いた。が、所詮、クローゼットの取っ手はクローゼットの取っ手。決して雑な作りではなく、また麻子自身が小柄で華奢であったとしても、人一人の体重を支えるようには作られていなかった。

 

「「「「「あっ」」」」」

 

部屋に響いたバキッという音と共に真鍮で出来たそれがへし折れ、無情にも麻子は西住、もとい東城家の床へと墜落したのだった。「ふぎゃっ!?」という悲鳴と共に強かに鼻を打った麻子。そんな彼女の後頭部に、コツンとぶつかる物があった。

 

「ん? 何だこれ……」

 

涙目で鼻頭を擦りながら起き上がった麻子は頭にぶつかってきたそれを手に取った。見ると軽い小さな紙箱。医薬品か何からしいそれに、みほが何かに気付いたらしく、「あっ!?」と声を上げた。

 

「極薄……0.01ミリ……!?!?!?!?」

 

殆ど条件反射だったのだろう。群青色の小箱に金色の文字で書かれた目立つ製品名を麻子はつい口ずさんでしまった。

 

「「「!?!?!?!?」」」

 

直後、麻子につられて、ボッと真っ赤になる沙織と優花里と華。今は、その情熱の大半を戦車道に捧げているとはいえ、彼女達も華の女子高生である。そういう事(・・・・・)には当然興味も若干の知識もあるわけで。

 

「「「「……」」」」

 

ぎぎぎぎぎっと油の切れたブリキの人形のように振り返ったチームメイトの視線に、ただ一人みほだけがさーっと青くなる。そんな我らが西住隊長の視線を反射的に追いかけてしまった四人は、

 

「あら……」

 

「うわ……」

 

「すご……」

 

「は、ハレンチであります!?」

 

クローゼットに掛けられた大量の下着類、具体的にはどう見ても布の面積が足りなすぎる黒いブラジャーや、エグい角度の純白のパンツ。絹よりも薄いピンクのベビードールに、本来隠さなきゃいけないところに穴の空いた紫色のランジェリー。

 確かにみほは人妻だった。だから、こういった物を所持していても、成る程、確かに問題もないだろう。

 

―自分達とは格の違う―

 

何よりも雄弁に物語る、その品々に、

 

「「「「御見逸れしました隊長」」」」

 

まだまだ、未熟な彼女達は無意識のうちに畏敬の念を抱いていた。

 

「あ、ああ……」

 

そして、そんなチームメイトの視線に晒され、

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」

 

みほのこの日一番の悲鳴が、大洗の学園艦全土へと響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 



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○○○は人妻だったようです。

沢山のご感想に調子にのって、投稿しちゃうバカだーれだ? はい、私です!!
調子に乗って、とあるキャラを人妻にしてみました。ガルパンを見はじめてから、このキャラをヒロインにした作品はまだ見たことがありません。何でですかね?
箸休め的に楽しんでいただけたらと思います。


「えええええええええええええ!? き、棄権でありますか!?」

 

 ある休日の事。少し乾燥した晴天の下の学園艦に、そんな声が木霊した。

 それは、実に二十年ぶりに開催された無限軌道杯。そんな高校戦車道部員にとっては夢の舞台とも言うべき大会の第一回戦。今正に試合開始の号令が鳴り響かんとする直前に、対戦相手の副隊長がそう申し出てきたのだから、その少女の反応も無理からぬ事だった。

 

「誠に申し訳ございません……」

 

「我々が至らぬばかりに……」

 

一方、対戦相手の方もそんな申し出をしなければならないことに、内心忸怩たるものがあるのだろう。ぎゅっと握った拳を微かに震わせながら、無念そうに頭を下げていた。

 

「な、何があったのですか!? まさかトラブルでも!?」

 

唯々俯く対戦校の選手の姿に、先の声を上げていた女子生徒は思わず、そう問うていた。

 

「もし、何かやむにやまれぬ事情があるのであれば、教えていただけないだろうか? 我々が力になれることもあるかもしれない」

 

隣に進み出た彼女の高校の隊長も、相手の二人を心配するようにそう申し出た。尚武、実直、誠実。どれも、その高校の矜持に満ちた校風であった。

 

「「……」」

 

そんな、相手校の態度に胸を打たれたのだろう。代表として棄権を伝えに来た二人の選手は互いに確かめるように顔を見合わせた。

 

「やはり、伝えるべきでしょう」

 

「そうですね。ここまで言っていただいて、何も明かさない方が不誠実でしょう」

 

そして、頷きあった二人が再び正面を向き直り、いずまいを糺す。その真剣な表情に、助力を申し出た選手もまた、凛とした表情で二人を見詰め返した。

 

「「実は……」」

 

「「……」」

 

審判団含め、緊張した面持ちとなる一同。こくりとやけに響いた喉の音は、一体誰のものだったのだろうか。

 

 

 

「「実はコアラ隊長が急に産気付いてしまいまして」」

 

 

 

「「……………は?」」

 

神妙な面持ちで告げた対戦校、コアラの森学園の副隊長と砲手が持ち上げた一匹のコアラの姿に、知波単学園の隊長・西絹代と側近の福田の声がシンクロする。ぶっちゃけ、その内心は「え? 何言ってんの、こいつら?」だろうか。間に立つ三人の審判団も軒並み二人と似たような表情をしている。

 

「ああっ!? しっかりしてください隊長!! 直ぐにヘリにお連れしますから!!」

 

「ほら! ひっひっふー! ひっひっふー!!」

 

「というか、隊長の旦那さんも、大会が近い時期は気を付けてくださいとあれほど伝えていたではないですか!!」

 

「『仕方ないだろ? 例年ならこの時期が子作りシーズンでなんだから』? だからって、全国大会が終わったその日に始めないでください!!」

 

「それより蕨副隊長!! 隊長がそろそろピンチです!!」

 

「ああもう!! 兎に角学園艦に戻りますよ!!」

 

「はい! 隊長! ひっひっふー!! ひっひっふー!!」

 

「「「「「…………」」」」」

 

わたわたと撤収したコアラの森学園の背中を見送った、知波単の選手の間には、何故かやたらと身に染みる海風がぴゅーっと吹いていた。

 

「「「……知波単学園の……勝利?」」」

 

「「「「「わ……わー?」」」」」

 

自信なさげな審判団の宣言に、釣られて拳を突き上げる彼女達の表情もまた何処までも尽きない疑問符が浮かんでいた。

 

頑張れ知波単!

 

負けるな知波単!

 

彼女達の突撃が世界を取ると信じて、デュエルスタンバイッ!!

 

 

 

 

 




戦車道の大会に出てるんだから、コアラ隊長は女性に決まってんだろおおおおおおおおおおおおおお!!!(暴論

前回は沢山のご感想、本当にありがとうございました。予想外の反響に個人的に小躍りしておりました。
今回は完全な箸休めですが、次回はちゃんとしたものを構想中です。そちらも早めに投稿頑張りたいと思います。ではでは(^_^)/

ガルパンはいいぞ!


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押田ルカは人妻だったようです。

前回は沢山のご感想どうもありがとうございました。正直、予想外に反響があり個人的には嬉しいやら恐縮するやら……
今回はBC自由学園の彼女です。楽しんでいただけたら幸いです。


 日本で学園艦という制度が策定されてから、実に様々な高校が開かれた。そのどれもが陸地と隔離されているためか、実に独特の文化を花開かせている。

 

 

BC自由学園

 

 

 この学校も、そんな個性豊かな高校の一つであり、かつてBC高校と自由学園という二つの高校が統合されて成立したという特徴的な成り立ちをしていた。

 こうした経緯から自由学園が得意としていた農業科、工業科、家政科に加え、BC高校が注力していた普通科、商業科が並ぶ彩り豊かな高校となった本校であるが、ブドウ栽培や中高一貫等の特徴の他に、もう一つ他校にはない風物詩ともいえるものが存在していた。それが……

 

 

「こんの、外様があああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「何だと、エスカレーター組のもやしがあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

旧自由学園とBC高校の軋轢。端的に言うと、上流階級のお嬢様と外部から普通科に入学してきた庶民派の恒常的な派閥争いであった。その争いの理由は多岐に渡り、実質的に旧自由学園が行っている学園艦の運営に対する不満から、学校の食堂の献立といった極々日常的なものまで、ありとあらゆる不満を火種に小競り合いが発生していた。

 

「ふんぬうううううううううう!!!!!!!」

 

「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!!!!!」

 

そんな、文字通り俗語の呉越同舟状態の両校の生徒達が睨み合う中、その最前列で睨み合うのがエスカレーター組の押田ルカと、外部生の実質的なリーダー安藤レナの二人だった。

 

「大体! 何がエスカルゴ定食だ! あんな堅苦しいものを定食とか舐めてるのかっ!?」

 

「「「「「そーだ! そーだぁ!!」」」」」

 

どうやら、今日の喧嘩の原因は学校の食堂で出される定食の事の様だった。

 BC高校側で叫ぶ褐色肌が特徴的な生徒、外部生の安藤レナの声に、後ろに(たむろ)する外部生が一斉にシュプレヒコールを行う。

 

「エスカルゴ定食が堅苦しいなどと、どんだけ不器用なんだ!! 原始人かお前らは!!!」

 

「「「「「そーだ! そーだぁ!!」」」」」

 

対する金髪の生徒、エスカレーター組の先鋒である押田ルカの反駁に、今度はエスカレーター組のコールが跳ね返る。

 

「そもそも! 食事のマナーなぞ一般家庭のサラリーマンでも必要とあらば訓練して覚えてるだろうがっ! それをまともに練習もせずに不満をまき散らすなど、外部生の言う根性とはその程度のものか!?」

 

「ぐぅ!?」

 

仲間の後押しを受けてか、矢継ぎ早に叫ぶライバルの押田の弁に、普段からエスカレーター組を軟弱などと揶揄している分、安藤は苦しそうに呻いた。そして、そんな仇敵の見せた隙を逃すほど、押田の方も甘くはない。「ふふんっ」と調子付いた様子で外部生全体を見下しながら、嬉々として追い打ちに掛かった。

 

「大体、何だその雑な制服の着こなしは! そんな着崩した格好、お里が知れるというものだ、このふしだらめ! マナーを学ぶ気概すらないなら、せめて身だしなみくらい気を付けたらどうだっ!!」

 

鬼の首を取ったような表情でビシィ!!と安藤が首にぶら下げた制服を指さし宣言する押田。勝利を確信した会心の笑みに、エスカレーター組がやんややんやと歓声を送る!

 

「ふ、ふしだらぁ!?」

 

一方、穏やかでないのは安藤の方だ。よりにもよって、公衆の面前で、しかも犬猿の仲の押田にふしだらなどと罵倒されたのだ。曲がりなりにも女子高生。そんな認識を周囲にばら撒かれるのは彼女の女性としての沽券にかかわる事になる。というか、何でジャケットを結んで羽織った程度でそんな事言われにゃならんのだ!

 

「ふん! この程度の事でふしだらなどと言わなければいけないお前達の旧態依然のセンスの方がいっそ哀れだ!」

 

 勝利の甘美に酔って、完全に自分への警戒を解いている隙だらけの押田を睨みつけ、安藤は真っ向から噛みついた。

 

「んなっ!?」

 

油断していたところに手痛い一撃を食らい、とっさに言葉が出なくなる押田。一瞬で優位が逆転したのを嗅ぎ取った安藤の方が、今度は一転して攻勢に出る。

 

「何につけてもマナー、マナー、マナー、マナー!! そんなもん、単なる習慣だろうがっ!! そこに貴賤をつけなきゃプライド一つ守れない軟弱者どもが!!! そんなにマナーが好きなら、いっそマナーとでも結婚していろ、この色気なしがっ!!!」

 

「な、なにおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?」

 

先の優位も失せ、顔を真っ赤にして激怒する押田と、押田の反応を見て活気づく外部生。そんな仲間の昂揚に後押しされて、安藤が更に言い募る。

 

「ふんっ! そこで怒り出すのが図星な証拠だ!! お前達みたいな高慢ちき、真面な人間なら願い下げだろう!! よしんば誰かと付き合えたとしても、金があるだけで高飛車な貴様らなど、財産狙いの寄生虫男くらいしか捕まえられんだろうさ!! そんな貴様らに大好きなマナーなんて選択肢を用意してやった分、むしろ感謝してもらいたいものだな! 悔しかったら、そこの男捕まえてバージン捨てて見せろ、この確定オールドミスがぁ!!!!!!」

 

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

この日、最高潮に達する仲間のボルテージ、黙ったままのエスカレーター組、プルプルと肩を震わせるばかりのライバル(押田)の姿。

 

(勝った!!)

 

(自分も処女のくせに)勝利を確信する安藤。事実、仲間達も安藤の勝利に活気づき、歓声を通り越して怒号となった声援を轟かせている。昂揚する気分と勝利の美酒に酔いながら仲間達の安藤コールに手を振り、さて、止めを刺してやろうと押田を振り返った彼女は、しかし、押田を除くエスカレーター組の様子が妙な事に気が付いた。

 わなわなと肩を震わせる押田。これは良い。だが、エスカレーター組が反駁の一つすらなく、皆一様に顔を青くしているのは一体どういうことか?

 

「お、おい」

 

何となく、不安になり、つい目の前の良く知るライバルに声を掛けた安藤だったが、そんな彼女の前で押田がガバッと顔を上げた。

 

「!?」

 

その憤怒を通り越して殺気立った眼光。いっそ獣じみたそれに射すくめられた安藤を、

 

 

 

「既婚者に向かって何言ってるんだ貴様ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

押田ルカ渾身の右フックが吹っ飛ばしたのだった。

 視界がブラックアウトする直前、最後に安藤が目にしたのは自分に襲い掛かろうとする押田と、それを何とか抑えようとする必死の形相のエスカレーター組の姿だった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 安藤が目を開いた瞬間、視界に写ったのは見慣れた学校の天井だった。

 

「つっ」

 

咄嗟に起き上がった瞬間、右の米神に走った激痛に、思わず顔を顰める。

 

「あら、お目覚めかしら?」

 

そんな安藤の前で、個室のカーテンがシャッと音を立てて開く。そこに居たのは、

 

「あ、マリー様」

 

そこに居たのは、安藤が所属する戦車道部の隊長であるエスカレーター組のマリーと、その側近である祖父江と砂部の三人だった。

 

「体調は大丈夫かしら?」

 

ぽやーんと微笑むマリーの、エスカレーター組にしては珍しい邪気のないそれに、安藤は思わず「あ、はい」と頷く。

 

「というか、ここは保健室ですよね? えっと……」

 

「ああ、もしかして、気絶する直前の記憶があやふや?」

 

首を捻る安藤の様子を見て、マリーがクスリと笑った。

 

「さっきの外部生とエスカレーター組の小競り合いで、この子を煽った時に、怒ったこの子に気絶させられたのよ」

 

そう言って、マリーが振り返った先に居たのは、むすっとした表情で腕を組んでいる、エスカレーター組の押田の姿だった。

 明らかに機嫌が悪そうな押田の姿に、漸く朧気ながらに気絶直前の事を思い出し始めた安藤。痛む右米神を抑えながら、「そういえば」と首を傾げた。

 

「?」

 

「さっき、こいつに殴られる直前、何か信じられない事を聞いたような気が……」

 

そんな安藤の疑問符に、更に機嫌が下降する押田。そんな押田と安藤の様子を見比べていたマリーがふふっと楽しそうに笑った。

 

「それ、あれでしょ?」

 

「あれ?」

 

「ええ」

 

頷いたマリーが笑みを深め、ベッドの上の安藤に内緒話をするように身を乗り出してきた。

 

「 き こ ん しゃ ♥」

 

「あ、そうです、それです」

 

楽し気なマリーの言葉に、安藤はポンと手を打つ。

 

「これと一緒に殴られて、避けることも出来なかったものね♪」

 

そう言って、くすくすと笑うマリーに、逆に安藤は渋い顔になる。

 

「いや、あれは仕方ないじゃないですか……。咄嗟にあんな嘘言われたら、誰だって「え?」ってなりますって」

 

そう言って口を尖らせる安藤。実際、久しぶりにあんな奇麗な一撃を貰ったのが悔しかったこともあり、押田の口車が無ければ避けられてた負け惜しみを言う。

 

「大体、お前も嘘を吐くならもっとマシな「嘘など言ってない」……は?」

 

不満の矛先を、こちらを見ようともしないライバルに向けた安藤だったが、その押田が安藤の言葉を遮った。

 

「いやお前……」

 

そんなライバルの言葉に、いっそ不信感を隠さずに安藤は顔を顰める。

 

「それはいくら何でも無理が「んっ」

 

だが、そんな安藤に向けて押田が差し出したのは、蟷螂拳の稽古で固くなったにも拘わらずすらりと形の良い左手と、その薬指に嵌められた小さな銀色のリングだった。

 

「……は?」

 

ぽかんとする安藤。そのリングの意味、左手の薬指というところまで含めれば、それが既婚者の証であることは知らない人間の方が少ないだろう。

 

「え? ……え!?」

 

その左手を指さして絶句する押田に、「あら、知らなかったの? 私達の間では割と有名なのよ?」と実に良い笑顔でマリーが首を傾げる。

 

「こ、これって……」

 

「彼女、エスカレーター組で唯一の既婚者なの」

 

ぎぎぎっと振り返った。安藤にマリーが悪戯っぽくウィンクした。

 

「か、担ごうとしてませんかぁ!?」

 

「こんなことで担いでどうする」

 

流石に耐えきれなくなった安藤の悲鳴に、手を引っ込めた押田が突っ込む。

 

「因みに押田というのは旧姓だ。本当の苗字は安藤……安藤ルカだ」

 

「…………」

 

奇しくも自分と同じ苗字。だが、

 

「い、いやいやいやいやいやいや!? 本気で理解が追い付かん!? え!? 本当なのか!?!?」

 

混乱の渦中に叩き込まれた安藤が目に見えて狼狽する姿に、マリーは「ふぅ……」と溜息を吐く。

 

「こういう、情報の溝も今後は是正していかないといけないわね」

 

そして、隣に立つ押田、もとい安藤ルカに問い掛ける。

 

「貴女のそれも改めて公開する事になるけど、良いわね?」

 

「Oui」

 

そんな、二人のやり取りを見て、漸くこの信じられない光景が事実であると理解した安藤は、

 

 

 

「えええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

「きゃっ!?」

 

学園艦全体に響く程の絶叫を上げたのだった。

 

 

 

 

 安藤の長い長い絶叫が収まった頃、相変わらず不機嫌そうな表情の押田……ルカが未だに呆然とした様子の彼女に「おい」と声を掛ける。

 

「あ? え?」

 

「何アホ面をしている。今日、練習終わりに時間はあるか?」

 

「あ、ああ。特には」

 

咄嗟の事で、反論もなく頷いてしまう安藤にルカは「よし」と頷く。

 

「今日の放課後、私の家に来い」

 

「は? お前の家に?」

 

その口から出た意外な言葉に、安藤はまじまじとルカの顔を覗き込んだ。

 

「……そう身構えるな。普通のマンションだ」

 

「そうなのか?」

 

きょとんとした安藤の視線に、ふんと鼻を鳴らしたルカは「当たり前だろう」と頷く。

 

「学園艦なんだぞ? 建てられる家屋の重量にも限度がある。幾らエスカレーター組でも陸地みたいな豪邸に住んでいる奴は殆ど居ないぞ」

 

そう言って、さっさと保健室から出て行こうとするルカに安藤が「お、おい!?」と声を掛ける。

 

「放課後だぞ。確かに言ったからな」

 

立ち止まったルカがちらりとだけ振り返り、言葉少なにそう言う。

 

「あら、私達は誘ってくれないのかしら?」

 

そんなルカにマリーが悪戯っぽく尋ねる。ルカの方はそんなマリーの態度に慣れたものなのか、小さく肩を竦めて「ご要望とあらば」と頷く。

 

「今日は夫も仕事が遅くなると言っていましたから、食器も空きがありますし。……何のおもてなしも出来ませんが、それでも良ければお越しください」

 

そう言って、今度こそ出て行くルカの背中に、

 

「楽しみにしているわ♪」

 

マリーはにっこりと微笑んだのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 その日の戦車道の練習が終わり、安藤が校門で待っていると、私服に着替えたマリーと祖父江&砂部、そして、

 

「待たせたな」

 

同じく私服に着替えたルカがやって来た。

 

「行くぞ」

 

「お、おい」

 

そう言ってスタスタと歩き出すルカに、安藤が思わず声を掛ける。

 

「行くって、お前の家にだよな?」

 

「その前にスーパーだ」

 

「……は?」

 

ルカの口から出た耳慣れない、否、馴染み深いが彼女の口から出るのは想定出来なかった言葉に、安藤は思わず間抜けな声を上げた。

 

「普段二人暮らしなんだ。流石にこの人数分の食料は常備している訳がないだろ」

 

そう言って肩を竦め、改めてスーパーに向かうルカ。そして、その後を慣れた様子で付いていくマリーとその側近達。

 

「……」

 

その後姿を見詰めながら、思わず自分の頬を引っ張った安藤は、

 

「……痛い」

 

少し涙目になりながら、慌てて四人の後を追いかけたのだった。

 

 

 

 

 買い物を終えて五人がやって来た自宅は、設えも良くセキュリティもしっかりしていたが、確かにルカが言った通り、普通の範囲を逸脱していないものだった。

 

「ただいま」

 

「お邪魔しまーす♪」

 

「「お邪魔致します」」

 

「お、お邪魔します?」

 

三々五々、靴を脱いで家に上がるマリー達に付いて行くと、部屋の中には様々な戦車道グッズや本、そして、

 

「あ……」

 

幸せそうに微笑むルカとその隣に立つ男性のツーショット写真が数多く飾られていた。

 

さらさらと散る桜の前で

 

日差しの眩しい砂浜の前で

 

紅葉する木々の前で

 

そして、雪景色の前で

 

四季折々を愛する二人が過ごした、そんな記録だった。

 

「……」

 

百の言葉よりも雄弁なその光景に、安藤は漸くあの好敵手(ルカ)が既婚者である事を実感したのだった。そんな安藤や勝手知ったる様子でくつろぐマリー達に、

 

「直ぐに夕飯の用意をしてしまうので、少し待っていてください」

 

と、チェックのエプロンを着けたルカが声を掛ける。

 

「はいは~い♪」

 

そんなルカに機嫌よく返事をしたマリーが、少々行儀悪くソファに寝そべりながらテレビのスイッチを点けた。

 

「……」

 

そんな、外の雑音を聞き流しながら、何となく気になった安藤は少し躊躇いながらもルカが包丁を取るキッチンに足を踏み入れた。

 トントンとリズミカルに流れる包丁の音。慣れた手付きで手早く切り揃えられていくネギ、白菜、豆腐に、石づきの取られたしめじ。どの家庭でもよく見る野菜が、どの家庭でもめったに見ない風貌のルカの手で手際よく形を整えられていく様子に、安藤は我知らずの内に「はー……」と感嘆ともつかない声を上げていた。

 

「何を作っているんだ?」

 

思わず、そう尋ねていた安藤に、顔を上げたルカはその手を止めることなく「すき焼きだ」と応えていた。

 

「流石にこの人数で、今の時間から細かく作っていられないからな」

 

トンッと音を立てて、切り終わった人参を深皿のホットプレートに放り込む。澱むことのない手付きが暗にルカの料理の腕を物語っていた。

 

「というか、作るんだな……すき焼き」

 

「たまにな。二人だと却って鍋物は邪魔になるから滅多にやらないが」

 

そう言って肩を竦め、酒と醤油で出汁の味を調える。ふんわりと漂ってきたカツオの香りに安藤は思わずこくりと唾を飲んだ。

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

「結婚はどうやって決めたんだ? 実家が決めたとかそういう「違うわよ?」

 

何となく手持無沙汰になった安藤が、ふと湧いた疑問を口にすると、いつの間にかにゅっとキッチンに顔を出していたマリーがくすくすと悪戯っぽく笑った。

 

「むしろ、学園艦に乗る前からの幼馴染らしいわよ? 中学の時なんか毎日学校が終わると電話していたし」

 

「はー……」

 

「で、この子が高校に上がる頃に、旦那さんも就職したんだけど、丁度お互いすれ違いも増えていて、暴走したこの子が艦を降りるとか、旦那さんを檻に閉じ込めてでも艦に乗せるとか、刺すの刺さないの、そもそも彼女の家をどうするのかとか散々揉めての大恋愛の末に結婚して旦那さんが艦に乗る事になった訳」

 

「だから、エスカレーター組では凄い有名なのよ♪」と締めくくったマリーの言葉に、安藤は「はー……」と最早感心しか出てこないといった風に溜息を洩らした。

 

「でも、普段は指輪していないですよね?」

 

今のルカの左手に嵌った銀色のリングに、ふと首を傾げる。もし、普段からルカが左手の薬指に結婚指輪をしていたら、もっとこの話は有名になっていたはずだ。

 

「普段は戦車道と蟷螂拳があるから外しているんだ。本当はずっと付けていたいけど……無理をして壊したら悲しいだろ」

 

「……」

 

そう言って、少しだけ頬を染めるルカの様子に、真っ向から惚気られた安藤は自分が言われたわけでもないのに、何となく気恥ずかしくなって頬を掻いたのだった。

 

「お熱いわねー」

 

くすくすと笑いながらキッチンを出て行ったマリーを追いかけ、安藤も気恥ずかしさを誤魔化す様に「邪魔したな」とだけ言って、リビングに戻ったのだった。

 

 

 

 

「ねぇ、まだかしら?」

 

 ルカが鍋とお椀を持ってきてから十分程が過ぎた頃、部屋の中にはカツオ出汁のきいた良い匂いがふんわりと漂っていた。くつくつと鳴る鍋の音に、我慢しきれない様子のマリーが頻りに蓋を開けて良いか尋ねている。

 

「ん。そろそろ良いでしょう」

 

そんな、何度目かのマリーの確認に、納得した様子で頷いたルカが湯気でうっすらと曇った鍋の蓋を取る。

 

「ん~良い匂い♪」

 

「「!」」

 

忽ち、立ち昇る煮えた具材の香りが、此れまで漂っていたカツオ出汁の香りに混ざり、皆の食欲を一気に掻き立てた。

 

「……」

 

学園艦の女子寮に住むようになってから、久しく食べていなかった家庭料理に思わず安藤も喉を鳴らした。

 

「いっただっきまーす♪」

 

そんな安藤を横目に、パッと真ん中にあった肉に手を伸ばすマリー。一切の遠慮もなく「ん~、美味しい♥」と満面の笑みを浮かべる姿に安藤は一瞬呆気に取られたが、向かいに座る祖父江&砂部、そしてルカもが肉に手を伸ばすと、慌てて自分も肉の争奪戦に参戦したのだった。

 

「!」

 

果たして、その味はこれまでで一番かは分からないが、一般庶民の安藤をして「凄く美味しい」と思う出来栄えだった。

 

「? どうかしたか?」

 

一瞬動きの止まった安藤に、ルカが訝る様に首を傾げる。

 

「あ、いや……」

 

急に声を掛けられて狼狽えた安藤だったが、こほんと咳ばらいをすると、

 

「凄く美味いな……これ」

 

彼女にしては珍しく、一切の嫌味のない賞賛を送った。

 

「! そうだろう」

 

そんな安藤の言葉に、一瞬虚を突かれた様子のルカだったが、直ぐに何時もの少し傲慢にも見える笑みを浮かべて自信満々に頷いた。

 

「夫がこういう料理を好んでいるからな。喜ばせたくて、交際中に色々と覚えたんだ……それなのに、よりにもよって外部生からバージンだのなんだのと言われるとは思わなかったがな」

 

「うっ……。その件は悪かった」

 

幾ら大嫌いなエスカレーター組の、しかも相手がこのルカとはいえ、此処まで真剣に夫を愛している人間にしていい罵倒ではなかった。流石に、気まずくなる安藤に肩を竦めたが、結局ルカはそれ以上は何も言わなかった。

 

「そういえば、お前の旦那……さん? って、幼馴染なんだよな?」

 

「ああ」

 

「お前と幼馴染なのに、こういう料理を食べるのか?」

 

何となく、ルカと幼馴染というと、もっとこう、分かりやすくセレブな人間を思い浮かべていた。そんな、安藤の意見には頷くものがあるのか、少しだけルカは困った様に眉尻を落とした。

 

「妻の私が言うのもなんだが、正直、私と接点が出来たのが不思議な旦那だ。実家の方も普通の……まあ外部生とさして変わらないよ」

 

「それでも大恋愛か?」

 

少し揶揄う様に首を傾げると、「ああ」と頷いたルカはにやっと笑った。

 

「愛しているからな」

 

そう言って、見詰めてきたその青い瞳は何処までも真剣で、彼女の言葉が偽らざる本心であることを物語っていた。

 

「そ、そうか……」

 

何となく、気後れした安藤は、そんなルカの視線から逃れる様に言葉を切る。

 

「というか、今更なんだが、こんな家庭料理を好む相手と結婚しているのに、私達にマナーだ何だと言っていたのか?」

 

偶然思い付いた話題を深く考えずに口にしてしまった安藤だったが、その言葉を聞いたルカは「それとこれとは話が別だ」と渋面を作った。

 

「マナーが一般教養であり最低限身につけなければいけないことというのは厳然たる事実だ。そこに、エスカレーター組とか外部生とかといった括りは関係ない」

 

きっぱりと言い切るルカの言葉は、安藤としてもぐうの音の出ない正論だった。

 

「旦那さんも、貴女との距離を詰めるために頑張って覚えたんだものね♪」

 

だが、そんなルカを茶化す様に、隣のマリーがにっこりと曲者らしい笑顔を浮かべる。

 

「む……」

 

「テーブルマナーなんて、私達よりも奇麗なくらいだし、旦那さんの努力を知っているから、ああいう言い方になっちゃうんでしょうね♪」

 

「マリー様……」

 

「♪~」

 

思わず、声を上げたルカに、しかし、マリーは素知らぬ顔で鍋を突いていく。やがて、諦めたのか「ふぅ……」と溜息を吐いたルカは「まあ、そういう事だ」とマリーの言葉を図星だと認めた。

 

「私の旦那は庶民といっていい生い立ちだが、私の為に私の習慣に馴染めるようにとゼロから努力をしてくれた。もうすでに自分自身の習慣が身に沁みついてしまっているのにも関わらずだ。それは"好き"という感情を一時の情熱に任せた恋で終わらせないために、あの人が私と真剣に向き合ってくれた結果の一つだと思っている。結果が、今の何処に出ても恥ずかしくない夫だ……」

 

そう言って、ルカはかちゃりと手に持った箸を置く。

 

「そんな努力をしてくれた夫を私は誇りに思っている。見栄えとかそういう意味じゃないぞ? 私を愛してくれて、私の為にそれだけの努力をしてくれることを誇らしく思っている。だから、自分が努力をしていないにも拘らず、エスカレーター組を一括りに軟弱などと罵る限り、お前達外部生を私は認めない」

 

そう言って、真直ぐに安藤を見据えるルカの視線は何処までも真剣で、決して単に高圧的なだけではない、そんな強い意志が見て取れた。

 

「別に、私の夫の様にしろまでは言わん。夫の努力は私への愛情だが、そんなものを外部生に持たれても困る」

 

「……」

 

「だが、せめて我々と同じ高校の生徒であるという自覚くらいは持て。我々の習慣に文句を言うなら、せめて最低限の事を身に着けてからにしろ。逆に私達に軟弱と言うなら、自分達で料理くらいしたらどうだ? 家庭料理の作り方なんて、今ならごまんとあるだろう。レシピや本を見れば、最低限誰にでも作れるようになるはずだ……それ以上を求めるなら、相応の本気が必要だがな」

 

滔々と語るルカの言葉に、安藤は何も言い返せなかった。要するに、押田ルカはこれ(努力)を安藤に見せたかったのだろう。

 ルカの出した料理と、ルカの旦那のした努力は互いの為にであったとはいえ、確かに自分達外部生にも求められるべきものだった。こうして、まざまざと実績を見せつけられると、確かに自分達は温かった。そう言われても仕方ない部分はあるように思えた。

 

「……それ「旦那さんに美味しいって言ってもらいたくて、一時は戦車道や蟷螂拳の怪我より包丁で出来た切り傷の方が多かったくらいだったものね~♪」

 

「ぐふっ!?」

 

気まずさに、思わず視線を伏せかけた安藤だったがそんな重苦しい空気を壊す様に、のほほんとしたマリーの言葉が安藤の言葉を遮った。そして、そんなマリーの一言がクリティカルヒットしたのか、ルカは「うぐぐ」と胸を抑えていた。

 

「というか、盛大に惚気だったわよね。要するにお互いに大好きってしか言ってなかったし。私はまだそういうのに縁がないけど、ちょっと羨ましいわねぇ♪」

 

「マ、マリー様ぁ……」

 

思わず情けない声を出すルカに誰かが噴き出し、少しだけ和やかになった空気の中で、安藤は目の前のライバルに「おい」と声を掛けた。

 

「? 何だ?」

 

「今回は敗けを認めておく」

 

首を傾げるライバルに、安藤は珍しく自身の非を認める言葉を口にする。

 

「ふんっやっと認めたか」

 

「調子に乗るな。あくまで今回だけだ」

 

その意味を理解して、にやっと笑ったルカに鼻を鳴らし、安藤は出汁と混ざった卵をご飯に掛けて、かちゃかちゃとそれを一気に掻き込んだ。

 

「おい……」

 

思わず、呻くルカに、「別に良いだろ」と安藤は開き直る。

 

「習慣をマナーと言うなら、これだって別に逸脱はしていないだろ?」

 

「いや、だからって「んぐっ!?」おい」

 

やけ食い混じりにルカを無視した安藤だったが、急に飲み込んだ大量のご飯に一瞬大きく咽た。流石に冗談みたいなその光景に思わず頭を抱えたルカだったが、一方の安藤の方はそんな事を気にしている余裕もない。視線だけで周囲に助けを求めるがテーブルには生憎ルカが作った出汁しか残っていなかった。

 

「まったく。冷蔵庫にあるもの好きに飲め」

 

「んっ!」

 

ため息交じりのルカに、こくこくと頷くと、安藤は急いでキッチンにあった冷蔵庫に向かう。几帳面に並べられた食材やおかずの中に幾つかの瓶があった。その中の一つ、見るからに甘そうな雰囲気の瓶を取ると、胸の苦しさに任せて、その中身を一気に飲み干した。

 

「!?」

 

直後、かぁっ!!と熱くなる喉と腹。むせ返る様な痺れに思わず安藤は大きく咳き込んだ。

 

「ん? あ、おいそれは!?」

 

安藤の異変に気付いたルカがキッチンを覗き込み、そして、その手に握られた瓶を見て悲鳴を上げた。

 

「え? 何?」

 

「あれ、うちの人のコニャックです!!」

 

同じく何事かと顔を出したマリーにルカが叫ぶと、「うえっ!?」っと焦ったマリーも又、悲鳴を上げる。

 一方の安藤の方は被害甚大だ。コニャックのアルコール度数は40%以上。ビールの十倍以上だ。当然、そんなものを一気に煽ったら、

 

「う……ぎぼぢわ゛る゛い゛」

 

こうなるに決まっていた。

 

「だああああああ!!! 何でそれをよりにもよって飲んだ!? 普通瓶見たら気付くだろ!? 吐くな吐くな吐くな!!! いや、吐け!!! その量一気は不味すぎる!!! って、ここでは吐くな!? 吐くならせめてトイレに行け!!!」

 

咄嗟に駆け寄り、安藤を介抱するルカにくっついて来たマリーが「世話焼きねぇ」と言って笑う。どうやら、安藤をトイレまで運ぶのを手伝ってくれるみたいだ。

 

「貴女、良い奥さんだけど、良い母さんにもなれるんじゃないかしら?」

 

「それは光栄ですし、いずれはとも思いますが、こんな跳ねっ返りな上に手の掛かる娘はいりません!!」

 

「う゛う゛ぅ゛……」

 

「だあああああああ!? あと五秒! あと五秒だけ耐えろ!!!」

 

「うえぇぇぇぇぇぇ……」

 

ルカの絶叫も虚しく、決壊した安藤の堤防。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」

 

そして、BC自由学園生徒唯一の既婚者(押田ルカ)の悲鳴が、夜のBC自由学園の学園艦に響いて消えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 翌日の事、

 

 

「こんの、唐変木があああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「何だと、一人じゃ何もできない役立たずがあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

今日も今日とて派閥争いに精を出すBC自由学園の生徒達だったが、この日は明らかに双方の勢いに差があった。と、いうのも……

 

「うっ……」

 

リーダーであるはずの安藤の体調があからさまに悪く、時折青い顔をして口元を抑えているのだ。

 

「……」

 

しかも、そんな安藤を見下ろす押田の目がこの日は常にないぐらいに殺気立っているのだ。これでは勝てない。

 そして、今日何度目かの息継ぎに入った安藤を尻目に、押田ルカが「大体!」と叫んで戸惑った様子の外部生を見回す。

 

「揚げだの生姜焼きだのさばの味噌煮だの……揚げ物は面倒臭いにしても、生姜焼きとか肉じゃがくらい自分で作ったらどうだ!? お前達は一年以上学園艦に居て、その程度の事も出来ないのか!?」

 

「「「「「ぐぅっ……」」」」」

 

ぐうの音しか出ない押田の怒声と殺気に飲まれ、完全に敗色濃厚となる外部生達。そして、その中心で「アタタ……」と二日酔いの頭を抑える安藤。

 何時も引き分けで終わるBC自由学園の小競り合い。本日は珍しく押田……ではなく安藤ルカの優勢勝ちとなるのだった。

 

 

 

 

 




※お酒は二十歳になってから!!!
此処で言っても遅いけど!!

はい、という訳で、読了どうもありがとうございます。

此処からは一寸自分語りと今後の予定です。
興味の無い方は読み飛ばしていただいて大丈夫です。
まず、押田の話の前に、三本程ボツにしちゃったりしています。
内訳と理由は以下の通り。

みぽ妻のまほサイド:みぽ妻の補完にはなるけど、暗い。単純に見てて楽しくない
杏妻:お友達夫婦になっちゃって人妻の旨味を出しにくい。つか、友達で良い
エリカ妻:上に同じ。頑張ればワンチャン

後は、みぽ妻の方で書きたかったけど、流れ的に入れられなかった下ネタマシマシの話を考えておりますが、出しても問題ないものやら、一寸心配……

それ以外にも何人か構想を練っておりますので、書き上がった時は読んでいただけると嬉しいです。ではではノシ


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彼女達は人妻だったようです。

みぽりん、○○に続き、押田編を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
今回は外伝と言いますか、「ネタは思い付いたけど、本編に組み込めない&文章量が少ない」というものを集めました。
割と全力で下ネタなので、苦手な方はゴーバックプリーズ
バッチコーイな方は楽しんでいただけたら幸いです。


【みぽりん編】

 

 ある日の練習後の事、

 

「あれ~? 西住先輩虫刺されですか~?」

 

大洗女子学園の戦車道部のメンバーが戦車の点検を終え、ロッカールームで着替えをしていたみほの隣で、ウサギさんチームの優季が何時もの間延びした口調でコテンと首を傾げた。

 

「え? 虫刺され?」

 

その声に丁度パンツァージャケットを脱いだ所だったみほが首を傾げると、同じくウサギさんチームの梓が「あ、本当だ」と呟く。

 

「ここです。ここ」

 

特に体に違和感がないのか、首を傾げたままのみほに、梓が丁度のあたりを指差す。

 

「…………!?!?」

 

「痒み止め一応使いますか?」とポシェットから塗り薬を取り出そうとした梓。それに指差された場所を抑えたみほが、何かに気付いた様子ではっとした顔になる。

 

「あ、だ、大丈夫だよ! 大丈夫! うん!」

 

そして、わたわたと慌てた様子で両手を振る。そんなみほの反応を隣で見ていたあんこうチームの面々が、顔を見合わせ、

 

「? ……!」

 

「そ、そうだよ! みぽりんは大丈夫だから!」

 

「そ、そうであります! 絶対に大丈夫であります!」

 

「心配しなくていいぞー」

 

何かを察したのか、みほに同調するように口々にそう言った。

 

「じゃ、じゃあ、私達行くから! どうもありがとうね!」

 

沙織がみほの手を引いてロッカールームを出ると、それを追いかけて他のあんこうチームの面々も足早にそれを追いかける。

 

「「?」」

 

そして、逃げるように去って行った上級生の背中を見送りながら、梓と優季の二人は不思議そうに顔を見合わせたのだった。

 

 

 

 

 ロッカールームから逃げ出した五人は近くにあった自販機の前へとやって来ていた。

 

「みぽりんそこ座って」

 

そして、到着すると直ぐにみほの手を引いていた沙織がビシッ!とその前のベンチを指差した。

 

「あ、さ、沙織さん?」

 

「良いから座って」

 

「……はい」

 

始めは躊躇っていたみほも沙織の剣幕に観念したのか項垂れて、青いベンチにちょこんと腰かける。

 

「えー、まずは確認だけど」

 

「はい」

 

「それ……その、そういう事だよね?」

 

こほんと咳払いをして、(本人なりに)いかめしく口を開いた沙織だったが、つい先日知ったみほの秘密から推測される原因に顔を赤らめながらそう尋ねた。

 

「……はい」

 

流石に口に出されるのは恥ずかしかったのか、俯いたみほは耳を赤くしてこくりと小さく頷いた。

 

「まぁ……」

 

「やっぱり……」

 

「予想の範囲内だな」

 

それを聞いた他の三人も、何となく察しは付いていたのか、口々にそんな反応を見せる。

 

「ねえ、みぽりん」

 

「はい……」

 

「みぽりんは既婚者だし、旦那さんとそういう事をするのは仕方ないけど、大人(・・)のみぽりんと違ってあの子達はまだ子供なんだよ? 大人としてきちんと節度を持ってくれないと!」

 

恥ずかしそうにしながらも言い切った、沙織のぐうの音も出ない正論に、みほは「すみませんでした……」と小さくなる。流石に、あの面々にそういうのを見せるのは不味いというのは理解しているようだった。

 

「まあ、そういうの大好きそうなみぽりんに我慢しろって言うのは酷かもしれないけどさ」

 

「だ、大好きって」

 

流石に、沙織の認識に真っ赤になって抗議の声を上げるみほ。が、

 

「ですが……ねぇ?」

 

「あれだけの、そういう下着を見てしまうと、幾ら西住殿の言葉とはいえ」

 

「本当は、そういうの大好きなのは一目で分るからな」

 

「あぅぅ……」

 

「「「「いや、あぅぅじゃないって」」」」

 

残念ながら、この場にはみほの味方は一人も居ないらしかった。

 

 

 

 

 結局、チームメイトからのお説教という名の、興味100%の根掘り葉掘りを終えてみほが家路についたのはそれから暫くしての事だった。帰りしなにラインで送られてきた夫からの「大根と豆腐一丁買って来て」の文字に、一度スーパーに寄ったみほはすっかり暗くなった夜道で「はぁ……」と大きく溜息を吐いた。

 

―ていうか、みぽりんて顔に似合わずエッチだよね―

 

最後の方で沙織に言われた一言が頭にこびりついていた。というか、他のメンバーも一切の躊躇なく思いっきり首を縦に振っていた。

 

「……」

 

流石のみほも、これには猛抗議したくなった。確かに既婚者ではあるが、まだみほも女子高生。『顔に似合わずエッチ』などという、称号はいくら何でも御免こうむりたいのだ。

 

「えっと……」

 

もやもやした胸の内の理論武装の為にも、みほは沙織の節度という言葉を思い出しながら、自分のそっちの生活の事を反芻する。

 

(えっと、ペースは一週間に……七日だけど、一日あたり一、ニ、……三回くらいだし、ちゃんと節度守ってるよね。うん)

 

そして、一つ一つ指を折りながら、自分に言い聞かせるように「うん、大丈夫」と呟く。割と普通にアウトなのだが、比較対象があの(・・)(しぽりん)な事もあり、みほは自信を持って自分はエッチじゃないと確信した。とはいえ、流石にキスマークをつけて学校に行くのは不味いと思ったのか、「そっちの方はちょっと気を付けないと」とだけ、思い直したのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 数日後のこと。この日は戦車道の練習がなく、早めに学校から出たあんこうチームの面々は、まだ日が高いこともあって、何処かに出掛けようかと話しながら商店街の方へとやって来ていた。

 

「あ、あなた!」

 

と、華の隣で、騒ぐ沙織と優花里の様子に相槌を打っていたみほが不意に視界の端に映った夫の姿にパッと顔を輝かせた。

 

「ん? ああ、みほ、お帰り。今日は練習が無いんだっけ?」

 

「うん。だから、みんなとどっかに出掛けようかって話していて」

 

「? みんなって……ああ」

 

「こんにちはみぽりんの旦那さん!」

 

「「「こんにちはー」」」

 

みほの後ろからやって来た何時ものメンバーに、納得したように頷いて「どうも、こんにちは」とみほの夫も頭を下げた。

 

「それより、どうしたの? こんな時間になんて珍しいけど」

 

「昨日、洗濯ばさみが壊れちゃっただろ? 数も少なくなってきてたし、買い足しがてら、夕飯の買い出し」

 

そう言って、持ち上げた買い物バッグに「ああ」とみほが頷く。

 

「言ってくれれば、帰りに寄ったのに」

 

「みほも友達と出掛けた後に買い出しは大変だろ? 僕の方も時間があったしね」

 

そう言って浮かべた夫の優し気な笑顔に、みほも胸が温かくなるのを感じながらほっと表情を緩めていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……?」

 

が、先程の挨拶から、何故か一言も発さないチームメイトにふとみほが首を傾げる。そして、夫の前で振り返った先には、

 

「「「「……」」」」

 

一様に目を丸くした四人の姿があった。

 

「……?」

 

はて、何かあったのか?

 不思議に思ったみほがその視線の先を追うと、それは何故か自分の夫の方に向けられていて、

 

「……」

 

一見、何時も通りの旦那の笑顔に、何か変な所でもあるのかと首を捻ったみほ。

 

「……!?」

 

だが、自分と同じ様に旦那が首を傾げた瞬間、ちらりと露になった首元に、チームメイトの表情の意味を理解した。

 インドア仕事の為、自分と同じくらいに白い肌。そのせいか酷く目立ったのが……大量の皮下出血、要するにキスマークの痕。

 

「……」

 

心当たりがあった。というか、心当たりしかなかった。自分にされるのを我慢していた分、普段より多くした記憶がある。割と、毎日。

 

「……あ、あはは」

 

「……」

 

「こ、これはその」

 

全てを悟ったみほは、もう既に大分手遅れだが、それでも何とか事を誤魔化そうとする。が、

 

「みぽりんて……」

 

「みほさんて……」

 

「西住殿って……」

 

「西住さんて……」

 

当然、今更誤魔化せるわけもなく、

 

 

 

「「「「本当にエッチが大好きなんだね」」」」

 

 

何と言うか、最早尊敬の念すら込められた生暖かい言葉が、チームメイトから向けられる。

 

 

 

「違うのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

 

 

今年、奇跡の全国優勝を果たした大洗女子学園戦車道部。

 

その立役者である隊長の絶叫が午後の学園艦に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

【ルカ編】

 

 普段、エスカレーター組と外部生で喧嘩の絶えない事で有名なBC自由学園だが、24時間365日常に喧嘩をしている訳ではない。まあ、積極的に仲良くするという事はまずないが、それでも同じ部活やクラブ活動の間であれば、それなりに自重をする場合もあるのだ。

 

「「それでは、これより一時間の大休憩とする!」」

 

 この日は隊長のマリーの元、戦力の積極的な強化を図っていた戦車道部がグラウンドを貸し切り、一日練習を行っていた。副隊長の二人、安藤レナ押田ルカの号令に、一礼をした履修生一同は昼食のために三々五々食堂に向かったのだった。流石に、この時間まで喧嘩に費やすほどには彼女達も分別なしではない。

 とはいえ、最早風物詩を越えて一種の伝統にすらなっているエスカレーター組と外部生の仲の悪さが一朝一夕で解消されるわけもない。大らかな隊長のマリーの気質もあってか、戦車道履修生の間では多少軋轢が改善されているとはいえ、矢張り、根強く残った溝はふとしたところで現れるものだった。

 

「ん~♪」

 

この日も、食堂での昼食となったが、矢張りエスカレーター組と外部生は一目で分る程度に食堂の机を分けて座っていた。例外は食堂のど真ん中で幸せそうにケーキを頬張っているマリーと、側近の二人くらいだろう。

 さて、そんなエスカレーター組と外部生だが、その違いは彼女達が口にする昼食にも色濃く表れていた。

 今日は休日ということもあり、学園お抱えのシェフが居らず、全員が昼食を持参しているのだが、外部生が適当にコンビニで買った者が大半なのに対し、エスカレーター組は洒落たバスケット等に入れてきたお弁当を口にしている。

 

「「「「「~♪」」」」」

 

が、その事に外部生が不満を持っているのかといえばそうでもない。

 と、言うのも、普段から旧自由学園ルーツの所謂高級定食という名の定食なのか何なのかも分からない品々に辟易しているため、休日とはいえ食堂で堂々と食べ慣れたものを口に出来るのは彼女達にとってもそう悪い事ではなかったりするのだ。まあ、それでも、出来ればこういった出来合いの物ではなく、手作りの物を食べたいと思うのが人情ではあったりするのだが……。

 

「……?」

 

そんな、「出来れば母親の作ったお弁当をここで食べたいな~」という淡い願望を持ちながら、コンビニで買ったサンドイッチをぱくついていた安藤だったが、そんな事を考えていたせいか、ふと鼻孔を擽った匂いに首を傾げた。

 

「んん?」

 

何と言うか、それは非常に嗅ぎ慣れた雰囲気の匂いで、同時にこの学園ではまず嗅ぐことのない、そんな匂いだった。具体的には一般家庭のキッチンの匂い。このBC自由学園ではまず有り得ないそれに、首を捻った安藤だったが、丁度それを求めていたせいもあってか、ついつい匂いの先を追ってしまっていた。

 

「……んむ?」

 

何の気なしにその匂いの方を向いた先には、果たして、ライバルの押田ルカの姿があった。

 最近、隊長のマリーが推進しているエスカレーター組と外部生の垣根を取り払う活動の一環で、実は既婚者であることが周知された彼女はエスカレーター組の情報を完全に遮断している生徒も多い外部生の中では、珍しく良く名前を聞く生徒になっていた。もっとも、現在の姓がよりにもよって"安藤"である事を知った時の外部生の表情は皆一様に何とも言えないものとなっていた。

 そんな彼女だが、普段はエスカレーター組のリーダーらしく他の選手の中心で食事を取っている事が多いのだが、何故か今日は食堂の端の方で、こそこそと隠れるように弁当を突いている。

 

「?」

 

好敵手のらしくない姿にはて?と首を傾げた安藤だったが、何となく気が向いたのもあって、安藤はルカの方に近付いて行った。

 

「やあ、どうしたんだい、押田君。そんな端の方で」

 

が、一方のルカの方はいきなり声を掛けられると思わなかったのか、安藤が背中から声を掛けた瞬間、「んぐっ!?」と口に物を入れたまま唸り、慌ててドンドンと胸を叩いている。

 

「な、何だい? 安藤君」

 

予想外の反応に素で「あ、すまん」と言ってしまった安藤を、胸に詰まった料理を飲み下したルカが涙目になりながらも振り返った。

 

「いや、何でそんな端っこで食べているのかと思ったんだが……」

 

「は、はは、ははは! なに、気にすることはない! 今日はそういう気分なんだ!」

 

「……?」

 

そう言って、何故か笑い声を上げるルカ。普段だったらここでさっきの件の文句が飛んでくる筈の彼女の様子に安藤は再度首を捻る。

 

「一体どうしたんだ? 何か今日は変だぞ?」

 

「そ、そんな事はない!」

 

そんな、二人のやり取りに「なんだなんだ?」と集まってきた外部生達。その光景に、目に見えてルカが狼狽するのを見て安藤が「?」と疑問符を浮かべる。

 

「あ! 押田先輩のお弁当美味しそう!!」

 

「「「「「ん?」」」」」

 

が、その安藤の理由は他の外部生のその一言で氷解する。

 

ごま油であえたほうれん草のお浸し

 

梅を海苔と竹輪で巻いたおかず

 

十字に切れ込みを入れてマヨネーズをかけてあぶったしいたけに

 

一目でメインと分かるパプリカの肉詰めに、その他副菜

 

ルカが隠すように抱えた弁当箱の中には、外部生には馴染み深く、エスカレーター組がまず一生口にしないであろう家庭料理のフルコースが詰め込まれていたのだ。

 最近、特にそういう味に飢えていた外部生の一人は目をパッと輝かせて涎を垂らしていた。

 

「本当に料理上手なんだな……」

 

かくいう安藤も内心では大分ルカの料理に心を引かれながら、努めて冷静にそう言った。先日その手料理(本人曰く「鍋でそこまで言われても逆に困る」とのことだったが)を味わったため、辛うじて歯止めが利いた感じだった。が、

 

「ねえ、押田先輩、そのおかず、少しだけ分けてもらえませんか?」

 

当然、押田の手料理を口にしたことのない他の生徒達は自重など出来る訳もなく、突然降って湧いた家庭料理を食べられる機会に今まで見たことない程の満面の笑みをルカ(エスカレーター組)に向けて浮かべたのだった。

 

「は? 何が悲しくて外部生に手料理を振舞わなくちゃならん!」

 

当然、ルカは嫌な顔をするが、食欲の二文字に突き動かされた外部生は欠片も怯む様子を見せない。

 

「良いじゃないですか、エスカレーター組と外部生の溝を埋めるっていうなら! 仲良くしましょうよ!」

 

「そうですよ! あ、何だったら私達のおやつもあげますから!」

 

そう言って、じりじりと距離を詰める外部生の集団にさしものルカも引き攣った顔になる。

 

「まあ、お前達もそれくらいに……」

 

流石に見かねた安藤が間に割って入る。が、此処はよりにもよってBC自由学園。大洗や知波単、アンツィオに並んで、"食"には五月蠅い生徒がひしめき合っているのだ。というか、ちょっと調べれば直ぐに分かる外部生とエスカレーター組との軋轢をおして尚、さして戦車道が強いわけでもないこの学園艦を受験する外部生は基本的に食い意地が張っている。故に、

 

「安藤先輩は良いですよ! 押田先輩の手料理食べたんでしょ!?」

 

「私達は食べてないんですから!」

 

「そうですそうです!!」

 

「なっ!?」

 

まさかの他ならぬ外部生からのシュプレヒコールに、流石の安藤もたじろいだ。

 

「あれはこいつの教育の為に仕方なくやっただけだ! 誰が好き好んでこんな奴に手料理など振舞うか!」

 

当然、ルカの方からすれば自分が喜んで安藤(ライバル)に手料理を振舞ったかのような言い草に憤懣やるかたない思いだったが、

 

「じゃあ、私達も教育してくださいよー!!」

 

「ひいきはんたーい!!」

 

「そうですそうですー!!」

 

が、そんな正論が家庭料理に飢えた外部生達に通じる訳もなく、手に手に箸を握った外部生達がじわりとルカとの距離を詰めた。

 

「というか、何で今日に限ってそんな料理なんだ? 普段は他のエスカレーター組と似たり寄ったりなのに」

 

そんなルカを見ながら、安藤がそんな疑問を投げかける。と言うか、普段のルカはエスカレーター組の中でもかなり出来の良い料理を口にしていることが多いのだ。これまでは、エスカレーター組のリーダーらしく気取った奴だと思っていたが、実際は本人の努力の賜物と分かって反発する気はないが妙だった。

 

「今朝は時間がなかったんだ! だから、朝食のあり合わせで!!」

 

「あー、寝坊か?」

 

珍しい事もあるものだと安藤が笑う。

 

「し、仕方ないだろう! 昨日は夜が遅くt……!?」

 

そんな安藤に反駁するルカだったが、何かに思い至ったのか、唐突に言葉を切った。そんなルカに首を傾げた安藤が「遅い? なんだ、夜更かしか?」と首を傾げ、

 

「……あ」

 

そして、唐突に思い至る。

 

 

薄っすらとだが浮かんだ隈

 

少し赤らんだ頬

 

その割に漂うシャンプーの香りから、練習の直前にシャワーを浴びてから登校したことが分かる

 

 

それはつまり、どう考えてもそういうことな訳で。

 

「あー、何だ、すまん」

 

幾ら最大のライバルとはいえ、そういう方面は突っ込みづらいと安藤は頬を掻く。まあ、既に色々と手遅れなのだが。

 

「~~~~~~~~っ!!!!!」

 

真っ赤になる押田と、気まずげに佇む安藤。

 

「ていうか、押田先輩のセックス事情は置いておいて、そっちのお弁当の方を!」

 

「そうですよ!!」

 

が、悲しいかな、此処はBC自由学園。食い意地が張った生徒と同じくらい、そっち方面に羞恥心がない生徒が多いのである。ぶっちゃけ、現在はお弁当>>押田の下事情。

 

「っ!!」

 

「あっ! 逃げた!!」

 

耐えきれなくなった押田がやおら立ち上がると、お弁当箱を抱えて食堂から走り出した。

 

「待ってくださーい!!」

 

「パプリカの肉詰めだけでも!!」

 

「それ、メインじゃん!!!」

 

逃げ出した、押田の後をすぐさま追いかける外部生の集団。

 普段は拮抗していることの多いエスカレーター組と外部生のいざこざだが、本日は外部生の圧勝となったのであった。

 

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

【○○○編】

 

 無限軌道杯の第一回戦が終わり数日後のこと、多少、もとい、非常にアレな紆余曲折を経てなし崩し的に二回戦に駒を進めた知波単学園の選手一同は試合後のルーティーンである反省と総括を行おうとしていた。が、

 

「「「「「「……」」」」」」

 

普段は華々しく玉砕し、突撃が足りなかったと口々に叫ぶ彼女達なのだが、今回ばかりは不戦勝。しかも、その理由がアレということもあって、皆一様に何を発言すれば良いのか、そもそも、反省をするのではなく二回戦への対策の方をすべきではないかと、珍しくも一丸の火の玉とならずにお互いの顔を見合わせている。

 

「いやあ、済まない、ちょっと教材を用意するのに手間取ってしまってな」

 

「あ、西隊長!」

 

と、部室の前の扉ががらりと開き、すらりとした長身と流れるような黒い髪が特徴的な知波単学園隊長の西絹代が入ってきた。それに気付いた選手一同は、取り合えず先の疑問を一旦置いておいて、息の合った一礼を見せた。

 

「「「「「「おはようございます!!」」」」」」

 

「うむ! おはよう、皆!!」

 

頷いた西が、皆の着席を確かめると、「さて」と切り出した。

 

「先日は皆ご苦労だった! 色々と思うところはあるだろうが、続く第二回戦、相手はあの大洗だ! 決して一回戦を引き摺らず、全力で向かおうではないか!!」

 

「「「「「「はいっ!!!」」」」」」

 

そうだ、自分達は常に挑戦者。数多くの戦いに臨めば一度や二度、こういったこともあるだろう。切り替えて、次の戦いに全力で向かわねば相手に失礼というものだ。

 西の号令に、漸く意識を統一した知波単の面々は、全員目に闘志を宿して頷いた。

 

「その為に必要なものは」

 

「突撃であります!」

 

「右に、同じくであります!!」

 

この日の混乱が反発するように、西の確認に気合を滾らせる玉田、そして続く細見。二人が叫ぶや否や、書く生徒がそれぞれに突撃の二文字の大合唱を始める。

 

「……」

 

そんな仲間達の様子になんとも言えない表情になる福田だったが、そんな福田の前で西が皆を制止するように手を上げた。

 

「そう、皆の言う通り確かに戦車道は重要だ! が、今日は実はそれとは少し毛色の違う理由で集まってもらった!」

 

「毛色の違う話でありますか!?」

 

珍しい西の言葉に、副隊長の玉田が首を傾げる。

 

「うむ!」

 

「それは、戦車道とは別の話という事でしょうか!」

 

「否! 戦車道にも通ずる話で、ある意味重要な話だ!!」

 

「「「「「「なんと!?」」」」」」

 

西の口から出た「戦車道よりも重要」という言葉に、多くの生徒が驚愕する。

 

「という事は、今回の会議は突撃とは関係のない話という事でしょうか!?」

 

半ば驚きから解けぬまま、玉田の隣で立ち上がった、同じく副隊長の細見。が、そちらにも西は「否!」と叫ぶ。

 

「ある意味これも突撃だ!」

 

「「「「「「「ええっ!?」」」」」」」

 

今度は他の生徒達だけでなく、一人黙っていた福田も驚きの声を上げる。

 

 

戦車道よりも重要

 

だが、突撃ではある

 

 

まるで謎かけの様な隊長の言葉に、一同がざわざわと不審げに議論を始める。

 そんな、チームメイトを前に、パンパンッ!と手を打って注意を集めた西は、知波単生らしい流麗な文字で本日の議題を正面の黒板に書き綴っていく。その文字は果たして、

 

 

 

 

―突撃一番の使い方―

 

 

 

 

で、あった。

 

「「「「「「「……えええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」」」」」」」

 

驚愕する一同。耳慣れない言い方だが、要するに、旧日本陸軍でのコンドームの隠語である。

 

「な、ななな、ど、どういうことでありますか!?」

 

突然黒板に書かれた、あられもないその言葉に、皆を代表して顔を真っ赤にした玉田が声を上げる。

 

「そ、そうです隊長! 乱心されましたか!!」

 

隣の細見も釣られて立ち上がる。その他の面々も皆似たような表情だ。教室の端に居る福田も先の皆との温度差は何処へやら、今は隣のチームメイトと一緒になって声を上げている。

 

「静粛にっ!」

 

そんなチームメイトを宥める様に、西がもう一度パンッ!と手を打つ。

 

「先日のコアラの森学園戦の事を覚えているか?」

 

「「「「「「「……」」」」」」」

 

次いで出てきた言葉に、全員が西の言いたいことを察してビシリと停止する。

 

「そう、我らは華の乙女でもあるが戦士でもある! 故に、仲間達に迷惑がかからぬよう、ああいった事態は避けなければならない! かの好敵手に訪れたあの事態を他山の石とし、重々気を付ける必要がある!!」

 

その、西の言葉に、漸く今回の会議の意味と重要性を理解したのか、声を上げていた生徒達は顔を真っ赤にし、それまでの気合が嘘の様にもじもじと恥ずかし気に着席したのだった。

 

(そ、それは御尤もでありますが……)

 

かく言う隊員の福田も同様で、確かに避妊の重要性は理解できるが、それをよりにもよって今ここでやる必要があるのかと、内心で津々な興味とは裏腹に思わずそんな不満を漏らすのだった。が、次に出た西の言葉はそんな福田の羞恥心を吹き飛ばし、その度肝を抜くものだった。

 

 

 

 

「この中で私以外に(・・・・)既婚の者は何人居る?」

 

 

 

 

「……え?」

 

 一瞬、思考が真っ白になる福田。この隊長は今、何と言った? 何故か急に音のなくなった世界で、やけにゆっくりと進む時間の中、何となく人の動く気配を感じた福田が隣を見ると、副隊長の玉田を挟んで反対側、同じ副隊長の細見、そして、後方に居た名倉が手を上げていた。……、

 

「うえええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?」

 

とうとう耐えきれなくなった福田が絶叫と共に立ち上がる。隣の玉田が「うわっ!?」と悲鳴を上げたが、今の福田にそんな事に構っている余裕は欠片も残っていなかった。

 

「どうした、福田!!」

 

急に立ち上がった福田に、首を傾げる西。何時も快活で底抜けに明るい彼女の笑顔だが、今の福田には混乱しか呼び起こさなかった。

 

「に、ににに、西隊長は既婚者なのでありますか!? というか、西隊長だけでなく細見副隊長に名倉殿も!?」

 

「何だ、知らなかったのか?」

 

そんな福田に、隣の玉田が首を傾げる。

 

「そういえば、式の時に皆を呼んだきりで、その後周知はしていなかったな!」

 

はっはっは! と笑う西だったが、今の福田にとってはそれどころではない。知波単学園に入学して一年が過ぎたが、まさかこんな事実が隠されていたとは。というか、西隊長一人だけなら百万歩譲ってそういう事もあるかと思ったが、まさかの同じチームに三人の人妻である。はっきり言って、福田の脳の容量の許容範囲オーバーも良いところだ。

 

「では、既婚ではないが、許嫁の居るものは?」

 

そんな、福田の混乱を他所に、粛々と会議を続ける西絹代。そんな隊長の言葉に、今度は細見と名倉を除く殆どの生徒の手が上がった。なんと、福田の左に座る玉田すら手を上げている。というか、

 

「み、皆、進みすぎではありませんか!?」

 

既婚と許嫁を除けば、手を上げていないのはほぼ一年生ばかりだ。そんな、事態に思わず悲鳴を上げた福田だったが、「そうか?」と隣の玉田が首を傾げる。

 

「毎年大体こんなもんだろ?」

 

「んなっ!?」

 

その玉田のあっけらかんとした口調。そして、当然のように言い放たれた言葉に愕然とする福田。だが、辺りを見渡すと、皆大体似たような表情で、福田のリアクションに不思議そうな顔をしている。

 

「……」

 

その光景を見て、漸く福田は思い至る。

 

 

 

知波単学園

 

 

 

良くも悪くも古き良き日本の女学校という高校で、生徒も気の良い者が多く、割と忘れられがちではあるが、マジノ女学院や聖グロリアーナと並ぶお嬢様学校。要するに日本の名家の子女が通う由緒正しき伝統校なのである。

 戦車道をしている時は欠片も見せなかったチームメイト達が突如見せたお嬢様然とした姿に、庶民派福田は唯々世界観の違いに目を丸くするしかなかったのだった。

 

「と、いう訳で、よくよく確認もせずに突撃ばかりでは不味いと思うのだ! せめて、突撃の準備はきっちりとしなければ! 産まれてくる子供達の為にも!!」

 

そんな福田の驚愕を他所に続いていく会議。その内容は突撃の否定という、知波単にあるまじき内容であったが、この日ばかりは一人として、否定の言葉を口にする者は見当たらないのだった。

 そして、この戦車道とは関係ない会議が、二回戦での知波単学園の大変貌に繋がる鍵になるとは、隊長の西も、そして、福田もこの時は知る由もないのであった。

 

 

 

 

オマケ

 

 同時刻、コアラの森学園にて。

 

「はい、それでは隊長。これより育児ビデオを始めますよ~」

 

「きちんと勉強して、元気に赤ちゃんを育ててくださいね~」

 

戦車道部の副隊長・蕨と鴨乃橋がコアラ隊長の前で育児教育用ビデオを見せていた。

 来年こそは万全のコアラ隊長の元で戦えると信じて! 頑張れコアラ!! 負けるなコアラ!!

 

 

 

 

 

 




因みに各人妻を書くにあたり、こんなことを(勝手に)考えていました。

みぽりん:何か、意外とねちっこいエッチ好きそう
押田:本人は不明だが、BC自由学園自体はフランスモデルだしそっち方面羞恥心無さそう(風評被害
コアラ:まあ……うん

知波単についてはご感想で頂きました「知波単なら学生結婚してる娘もそれなりにいると思う」という言葉をパクり、もといアイディアをお借りし、書きました。
普段は一人の人妻⇒周囲が驚愕するの流れですが、今回は周囲が割と人妻⇒一人だけ驚愕するという形にしてみました。ちょっと試験的な部分もありますので、知波単のご感想など頂けると勉強になりますです。はい。

次回は新たな人妻開拓です。例によってマイナーどころに突っ込む可能性が高いですが宜しければ読んでいただけると嬉しいです。ではではノシ


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マリー様は○○だったようです

出オチです


 しっとりとした土の薫りが漂う稽古場で、「ふっ」という小さな気合いと共に、白い右足がすっと首をもたげる。その純白の大木は、ほんの僅かなぶれもなく、稽古場の天頂に向けて綺麗な半円の軌跡を描いた。

 

「……」

 

それはまるで一本の巨大な樹氷の様であった。どっしりと地に根差した左足から、天へと一直線に伸びる右足。その太い幹は大雪(だいせつ)のごとき肉体に包まれ、例えどんな暴風に曝されようとも、ぴたりと天のみを指して、決して折れることはないだろう。

 

「……ふんっ!」

 

永劫すら感じさせる光景に、突如と走る裂帛の、しかし、不思議と可憐さを感じさせる鈴の鳴るような短い気合。直後、振り下ろされた白い(まさかり)に、大円の神域はずしんと腹に響く地鳴りで応えた。

 一瞬、二瞬……鳴動が通り過ぎ、静寂が道場を満たした。

 

「……ふぅ」

 

 静謐を破ったのは先の踏破の主。会心の出来であった自身の四股の出来栄えに、ぐっと腰を落として蹲踞の姿勢となった彼女(・・)は実に満足気な微笑を浮かべた。

 何処か爽やかな吐息を漏らしながら、彼女はつっと頬を伝った一筋の汗を清める様に大きく柏手を打つ。パンッパンッという軽妙な快音が、先の重厚な轟音を綺麗に洗い流していくようだった。

 

「「汗を拭かせていただきます」」

 

じっくりと自身の四股の余韻を噛み締めてから立ち上がった彼女、BC自由学園戦車道部隊長兼相撲部部長のマリーの身体を、駆け寄ってきた付き人の祖父江と砂部が手に持った赤と青の手拭いで丁寧に拭っていく。

 

「んっ もう大丈夫よ。ありがとう、二人とも」

 

粗めの木綿の感触がくすぐったかったのか、少し頬を染めながら、マリーは二人の付き人に微笑を向けた。

 

「それじゃあ、ぶつかり稽古を始めましょう!」

 

 祖父江と砂部の二人に礼を言ったマリーが青い横まわしをパンッと叩いて気合いを入れると部員一同が「はいっ!」と応えてまわし一丁になる。

 大会も近付きつつある今日、部員達の目にも強い闘志が浮かんでいる。大切なチームメイト達のその姿に部長のマリーは満足気に微笑んだ。が、

 

 

 

―この温室育ちがあああああああああああ!!!―

 

―何を山猿があああああああああああああ!!!―

 

 

 

直後に外から飛び込んできた声に、マリーの気炎は冷や水を浴びせられた。見なくても分かる。それはBC自由学園の風物詩を通り越して、最早伝統になりつつある外部組とエスカレーター組の争いの声だった。

 

「……」

 

その声に、マリーは思わず表情を曇らせる。何故あそこまでいがみ合い続けるのだろうかと。

 人間である以上、合わない人が居るのは仕方ない。誰にでも好き嫌いはあるし、嫌いな人間と仲良くなる必要もないだろう。しかし、だからと言っていさかいを通り越して憎み合うのはどうなのだろうか? そんな思いが相撲部の部長としてのマリーの胸に去来する。

 幸いなことに相撲部は外部生とエスカレーター組の仲が良い。普段の学校生活で交わり合うことこそ多くはないものの、部活の合間合間には外部生とエスカレーター組は区別もなく泥だらけになっており、武道を嗜む者の心得として、他の生徒に手を上げることもない。

 そんな部員の表情は明るい。その事に嬉しさを感じる反面、マリーは怒号が殴りあいに変わった屋外での争いにギャップを覚えてしまっていた。

 

「マリー様?」

 

そんなマリーの懊悩が顔に出てしまったのか、仕切り線の前で赤い横まわしを叩いて気合いを入れていた祖父江が心配そうに小首をかしげた。

 

「あ、ごめんなさい。それじゃあ、始めは私と祖父江からね。他の皆は順番に徳俵の周りで待つように。その間も見取り稽古は忘れては駄目よ?」

 

慌てて祖父江に謝罪すると、マリーは他の部員に指示を出す。その言葉に、また「はいっ!」と応えた部員達が徳俵を囲むようにして整列し終えたのを確かめると、マリーもまた白い仕切り線の前で腰を落として蹲踞をする。

 

「……」

 

そして、ふーっと大きく息を吐くと、ぎゅっと握った拳を固い土俵の上に突き立てた。

 臀裂に食い込み、きつく丹田を締め上げた青いまわしの感触に、心を引き締められたマリーはぐっと集中力を高めていく。目の前では側近の祖父江が自分と同じように真剣な表情で四つん這いの仕切りの体勢となっている。

 

「見合って見合って……始め!」

 

「「っ!!」」

 

そして、もう一人の側近の砂辺の合図と共にマリーと祖父江の二人は土俵をはたいて、相手へと突貫するのだった。

 

「はいっ!」

 

先手を取ったのは祖父江の方だった。すらりと長い両手をリーチを生かし、マリーを牽制するようにパパパンッと軽快に張り手を放ってくる。その祖父江の動きに、マリーは内心で「あら?」と首をかしげた。

 普段の祖父江は、その長い両手足を生かして、柔らかくもキレの良い投げに繋げられる四つ相撲を好んでいるからだ。そんな、側近の変化に、マリーは直ぐに成る程と頷いた。

 

(工夫したわね、祖父江)

 

確かに、祖父江の投げ技の切れ味は素晴らしいものだが、現状黒星先行とマリーには部が悪い。

 小兵ながらも、日々の稽古と食事で鍛え上げられたマリーの三角形の身体は重く、特に圧倒的な馬力で寄り切りを量産するずっしりとした下半身は、元々の身長の低さも相まって、重心をぴたりと大地に据え付け、持ち上げて投げ捨てることを極端に困難にしていた。

 そこを踏まえて、祖父江はこの戦法を取ったのだろう。長い両腕は投げ技向きだが、張り手に用いてみれば、非常に有効かつ広範な制空権確保の武器となる。後はじれたマリーが無理な突撃をしてきたところで、まわしに手を伸ばして勢いのままに投げる気なのだろう。

 並の力士であれば何も出来ずに完封されてしまうであろう祖父江の戦術にマリーは満足気に微笑んだ。同じ釜の飯を食べる部員の成長は何時見ても嬉しいものだ。

 

(けど……)

 

そして、マリーはくっと顎を引く。

 

(まだ甘いわよっ!)

 

「なっ!?」

 

頭上で祖父江の驚く声を聞きながら、重心を深く沈めたマリーはぐんと力強く土俵に蹴りを入れたのだった。

 原則という話になるが、格闘技というものは概ね体格の良い人間の方が有利となる傾向がある。それは、ある意味当然で、体格が良い時点でリーチの面で有利を取れるだけでなく、鍛えれば搭載できる筋肉の量でもアドバンテージが手に入るからだ。故に、原則として体格の良い人間に体格の良くない人間は勝つことができない。ボクシングなどはその原則に則り、極めて厳正に階級を管理している。

 では、階級が無差別級しかない相撲はどうなのだろうか? 体格の良い力士に小兵の力士では勝てないのではないかと問われれば、マリーは即座に首を横に振るだろう。

 小兵の力士は確かに体重とリーチで大きなハンデを負っている。しかし反面、低い身長は高身長の力士には決して辿り着けない低い重心という利点を持っている。

 地を這うほどの潜航。加えて、マリーの体重は日々の食事管理により、一回りも長身な相手とも遜色の無い数字を維持している。

 

「んっ!!」

 

「くっ!?」

 

かち上げすら届かない地底から、一気に浮上したマリーが祖父江の揺れる胸元に一気に潜り込む。その巨岩の重量感に苦悶の声を上げる祖父江。胸の谷間にドンッと額を押し付けられれば、後は勝負ありだった。

 ズザザザザッと音を立てて一直線に土俵際へと殺到するマリーと祖父江。途中、何度か祖父江がマリーの身体をいなそうとするも、確りと両足を開き、ずしっと極限まで重心を引き下げたマリーの身体はびくともしない。まわしでガッチリと絞り固められた大きなお尻と太ももが込められた力で膨れ上がり、逆に祖父江の身体を土俵外へと一息で運び出してしまったのだった。

 最後に残心として、姿勢を正したまま腰を落とし、諸手で祖父江の押し出すマリー。まるで、お手本のような綺麗な寄り切りに、下級生たちの感嘆ともつかない溜め息が道場で響いた。

 

「良い工夫だったわ祖父江。自分の得意な型に拘らず、新しい境地を開拓する探求心は大事ですもの」

 

「ありがとうございます、マリー様」

 

「さ、次は誰かしら?」

 

そんな、部員の尊敬の視線を浴びながら仕切り線に戻るマリーだったが、その思考は少し違うところに飛んでいた。

 

(戦車道だと、こうやって声を掛け合う機会も無いのよね……)

 

相撲部では外部生もエスカレーター組も無く、肩を寄せあい肌を合わせあう。そこまで物理的な距離が近ければ、外部生とエスカレーター組といえども自然と打ち解けていくものである。しかし、戦車道の場合、多くの生徒が戦車という極めて小さな空間で殆どの時間を過ごすことになる。そうなれば、同じ戦車という閉鎖された空間での結束のみが強くなってしまうのも、またある種の必然と言えた。加えて、これが普通の高校であれば同じ戦車内でのそれには劣れども、戦車部内でもある程度の結束は醸成されるものだが、BC自由学園は元々が仲が悪い高校だ。ただでさえ同じ戦車内での結束に反比例するように、別戦車の人間には壁を作りやすい中で、元々が敵の外部生とエスカレーター組が打ち解けることがあるだろうか?

 

(無理……よねぇ……)

 

恐らく誰もが辿り着くであろう結論に、マリーはほぅと溜め息を吐いた。

 

「お願いします!」

 

そんなマリーを前に、ハキハキと一礼をする外部生の部員。

 

「ええ。何時でも良いわよ?」

 

そんな、元気の良い新入部員に、マリーは笑顔を向けて、再び四肢に気合いを入れたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 その日の晩、マリーは学園艦の自室で就寝前のケーキに舌鼓を打っていた。

 体格が大きな力を発揮する相撲という競技では、食事もまた大切な稽古の一つである。特に小柄なマリーは体重維持のためにも就寝前の食事は決して欠かさないようにしていた。

 もぐもぐと甘いケーキを咀嚼しながら、マリーはふむと思案顔になる。

 

(結局、物理的な距離感がどうにもならないのよね……)

 

元々、BC自由学園の戦車道のウィークポイントが外部生とエスカレーター組の結束というのは衆知どころか公知の事実である。当然、歴代の隊長達もそんな事は百も承知であり、それこそ、結束を呼び掛ける隊長訓示の言葉など、既に出尽くしてすらいることだろう。

 それでも、解決していない今、外部生とエスカレーター組の結束の解を精神論ではなく物理的な所に求めるのは、一つの手のようにマリーには思えた。が、ここで障害となってくるのが、矢張戦車道という競技の形態だった。

 

(何か戦車という固い箱を取り払う……いえ、せめて少しでも距離を縮める方法は無いかしら?)

 

まさか、戦車をオープンカーの様にするわけにもいかず、むむむっと口を尖らせるマリー。大好きなケーキを可愛らしくにらみつけていたその視界に、ふと色彩豊かなあるものが映った。

 

「……これよっ!」

 

普段見慣れたそれに、マリーは思わず立ち上がる。彼女の日々では当たり前に過ぎたそれに、かえって思案がいかないでいた。しかし、一度思い至ってしまえば、これ以上ない会心のアイディアに思えたのだった。

 

(そうと決まれば明日早速……)

 

自身のアイディアに心が弾むのを感じながら、マリーは祖父江&砂部の付き人コンビにメールで指示を出す。やがて返ってきた返信を確かめると、その内容にマリーは満足げな笑みを浮かべたのだった。なお、

 

「あら……」

 

その瞬間にポロリと溢れたケーキの欠片に、

 

「あーっ!?!?!?」

 

一人の力士の悲鳴が、夜の学園艦中に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 翌日のこと。

 

「ったく、今日は更衣室前で集合なんて、一体どうしたんだ急に……」

 

外部生のリーダー格であり、戦車道の副隊長でもある安藤レナが部員の集まる更衣室の前でぼやくように呟いた。

 

「マリー様の指示に文句でもあるのか? 黙って従え」

 

そんな安藤の言葉に突っ掛かるのは、同じく副隊長の押田ルカ。彼女の言葉に他のエスカレーター組が頷きつつもひそひそと何やら耳打ちをしあう。その胡乱げな視線に、外部生の戦車道隊員達が視線を険しくし、両者の間にはにわかに剣呑な空気が漂い始めた。

 

「あら、また喧嘩かしら?」

 

そんな、一触即発の空気に割って入ったのは彼女達の隊長、マリーののんびりとした声だった。

 

「「マリー様!!」」

 

その声に、安藤と押田の二人がはっとなり、リーダーが我に帰った外部生とエスカレーター組も慌てて姿勢を正す。

 

((まいったな……))

 

そして、安藤と押田は同時に漏らした。

 元々、同じエスカレーター組の最上位としてマリーを尊敬している押田はもとより、外部生の安藤もエスカレーター組でありながら妙に邪気がなくおおらかなマリーを苦手としていた。と、言っても二人ともマリーを厭っている訳ではなく、むしろ、好ましい彼女の悲しむ姿を見ることを苦手としているのだった。

 普段のマリーは、まるで言い習わしの白鳥の様に表面では優雅に振る舞っているものの、こと外部生とエスカレーター組が争っている姿を目にすると、誰にも気付かれない程微かに悲し気な空気を纏うのだ。そして、そんなマリーの空気を、押田は幼少期からの教育から、安藤は多彩な女性遍歴からと、敏感に察知してしまい、今一居心地が悪くなってしまうことが多かったのだ。

 

(おい、一時休戦だ)

 

(ふん、良いだろう)

 

それ故に、安藤はこの場は矛を納める決断をし、押田もその言葉に同意する。が、そんな二人のやり取りを他所に、今日のマリーは何故か両者の争いを見ても機嫌が下降しない。むしろ、普段よりも楽し気な空気すら纏っている。

 

((おや?))

 

不思議に思い、思わず顔を見合わせる押田と安藤の前で、マリーが洋扇を振ると、祖父江と砂部の二人が徐に大きな荷物を取り出した。

 はて?と首を傾げる隊員達を前に、マリーの付き人の二人は手馴れた様子で段ボールを開き、中に入っていた色鮮やかな大量の布々を取り出す。

 

「マリー様、これは一体?」

 

隊員を代表して、一番近くに居た安藤が首を傾げる。普段であればマリーの行動を斟酌出来なかった安藤の不勉強を馬鹿にする押田も、この布の束の意図を理解出来なかったのか、隣で押し黙ったまま訝し気な視線をマリーに向けている。そんな二人と、その後ろで同じように疑問符を浮かべている隊員達を前に、正面に立つマリーは花咲く様な満面の笑みを浮かべ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ての通りの新しいユニフォーム(まわし)よ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日一番の笑顔で、そう言い放ったのだった。

 

「「…………………………………………………………………………え?」」

 

 長い……実に長い沈黙の末に安藤と押田の口から出てきたのは一文字の母音だった。そんな二人を前に、マリーは嬉々として言葉を続ける。

 

「今までうちの戦車道部はずーっと仲が悪い事が弱点なのに、今まで一度もまとまることなくそのままだったでしょう? 私達の代だけじゃなくて、前も前も、その前も。だけど、歴代の隊長が何て言っても、今まで一つに纏まれなかったし。だから私考えたのよ。チームに一体感を持たせたいならみんなでまわしを締めれば良いじゃないって!」

 

「いやいやいや、提起した問題と結論が全くリンクしてないぞ!?」

 

晴れやかな表情と共に告げられたマリーの言葉に、先に回復した安藤が思わず怒声を上げる。隣の突っかかり役の押田の方もこの時ばかりは安藤と全く同じ表情をしていた。

 

「だって、心の距離を縮めさせようにも、言葉じゃダメだって今までの卒業生達の人達が証明してしまっているでしょう? だから、言葉がダメなら物理的な距離を縮めれば良いじゃないって気付いたのよ」

 

「だからって、何故まわしになるっ!?」

 

「戦車道部と相撲部の違いを考えたのよ。私達の部は外部生もエスカレーターの子も皆仲が良いもの。それに、肌と肌を合わせればタンクジャケットよりも距離は縮まるでしょう?」

 

「はぁ?」

 

小首を傾げるマリーに、安藤が思わず間抜けな声を上げる。後ろに居る隊員達も皆一様に同じ表情だ。

 そんな、他の隊員達を前に、マリーが自身のタンクジャケットの肩に手を掛ける。そして、

 

「そう、裸と裸のぶつかり合い! それこそがチームの仲を深める鍵だったのよ!」

 

ばさりと音が鳴り、ひらりと宙を舞う彼女のタンクジャケット。その光景を呆然と見詰める隊員達のまえで、愛用のまわしで身も心も引き締められたマリーが白い裸体を惜しげもなく晒しながら満足そうに頷いた。

 

「まわしを締めて、身も心も引き締めて、チーム一丸となれば良い。ほんと、何でこんなに簡単な事に今まで気が付かなったのかしら」

 

そんな、マリーの後ろで、側近の祖父江と砂部も当然のようにまわし一丁になる。その光景を見て、漸く隊員たちはマリーが本気であることを理解した。

 

 

まわし

 

 

まわし……

 

 

まわし!?

 

 

再稼働した隊員達の脳内が、唯一つのワードを反芻する。

 裸体も何も何のその。幾ら男性の目が無いとはいえ、当然の如くまわし一丁。無限軌道杯も、今後の大会も全部まわし。まわし、まわし、まわし。学校のあだ名は多分BCまわし自由学園。大学に進学してからの自己紹介で「BC自由学園? ああ、まわしの」と言われる事は請け合いだ。

 諍いこそあれど、開放的とも言われるBC自由学園。しかし、だからと言って、ここまでフリーダムな格好を望む女子生徒が存在するだろうか? 否、居る訳が無い。一体何が悲しくて、高校時代という一度きりの青春をまわし一丁で過ごさねばならぬのか。そんな青春は色々な意味で絶対に認められない。とはいえ、戦車道部の外部生とエスカレーター組の仲が悪ければ、何時かマリーがこの話(まわし)を強行しないとも限らない。つまり、今逃げ切るだけでなく、今後も再発を防ぐ必要がある訳で。その為には……

 

「「待ってくださいマリー様!!」」

 

隊員一人一人に名前の刺繍されたまわしを配ろうとするマリーと付き人二人に、押田と安藤が声を掛ける。その声に振り返ったマリーの前で押田と安藤は互いの肩を固く固く抱き寄せて見せた。

 

「「見ての通り、私達は凄く仲良しです!!」」

 

そう言って、ニッと笑う押田と安藤の二人に、マリーは「あら?」と首を傾げる。そんなマリーを見て、押田と安藤は畳みかける様に後ろを向いて他のチームメイト達に「「そうだよな!?」」と声を掛ける。

 

「「「「「「「「「「はい、私達は凄く仲良しです!!!!」」」」」」」」」」

 

その声に、後ろの外部生はエスカレーター組を、エスカレーター組は外部生と肩を組んで引き攣った笑顔を浮かべる。

 

 

 

一つになった。

 

戦車道部が一つになった。

 

かつて、歴代の隊長達があれだけの言葉を尽くしてもなお纏まらなかったBC自由学園の戦車道部がまわし回避のために一つになっていた。

 

 

 

「あら、そうだったの?」

 

そんな隊員達の姿を見て、マリーが不思議そうに首を傾げる。

 

「「「「「「「「「「「「ええ! もちろん!!」」」」」」」」」」」」

 

そんなマリーに、副隊長以下隊員一同が大きく首を縦に振る。

 

―通るか?―

 

―通ったか?―

 

―通れっ!!!!―

 

最早祈るような気持ちで正面のマリーを見詰める戦車道部のメンバーにとって、永遠とも思える時間が過ぎた頃、小首を傾げたマリーが徐に口を開いた。

 

「そう、じゃあ、今日は止めておこうかしら?」

 

((((((((((((と、通ったぁ……))))))))))))

 

マリーのその言葉を聞いて、隊員達は漸くデッドゾーンから逃れられたことを悟る。とはいえ、それを表には出さない。何せ、今のマリーはあくまで『今日は(・・・)』と言ったのである。つまり、この先チームが一体となっていないと見れば、またもあの恐怖の衣装(まわし)が顔を出すかもしれないのである。

 それを回避し、青春に立ちはだかる魔王(まわし)を永遠に封印しておくためには……!

 

(無限軌道杯、絶対に勝ち上がる以外に道はない!!!)

 

先日、学園のOGがやってきて、チーム一丸となる様に喝を入れて帰った事があったが、それでも何処か白々しかった生徒一同の心が、今度こそ本当に一丸となったのだった。尚、

 

「あ、でもせっかく持ってきたんだし、予行演習も兼ねてあなたたち二人にはまわしを試してもらおうかしら?」

 

「「え゛?」」

 

一旦まわしは引っ込めた筈が、予行演習という名目で『押田』と『安藤』と書かれたまわしを取り出させるマリー。その言葉に、再び凍り付く押田と安藤。だが、時既に遅く、マリーの言葉に頷いた側近二人(祖父江と砂部)新しいユニフォーム(まわし)を持って、押田と安藤に襲い掛かる。

 咄嗟に蟷螂拳と空手の構えを取るが迎撃に先んじて床板へと引き摺り倒されてしまう。

 

「「お、おいお前達助けっ」」

 

制服を脱がされながら、それでも仲間に助けを求める押田と安藤。

 

「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」

 

しかし、皆、我が身が可愛いもの。

 押田と安藤の必死の叫びにも、隊員達は己に火の粉が降りかからぬようにと一斉に視線を背けてしまう。

 矢張り、BC自由学園の結束はまだまだ遠い事にようであるのだった……。

 

 

 

 

 

ちゃんちゃん




お久しぶりです。小名掘天牙です。
今回は個人的に最も下半身をまわしで締め上げたいガルパンキャラナンバー1のマリー様は力士だったようです、でしたw

あの太ましい下半身と柔軟性に富んだ身体。止まる事のない間食。それにも関わらず高い身体能力と蟷螂拳をやっている押田ですら持ち上げられない体重。そこにBC自由学園の一致団結を結び付けた結果、合理的な解を導き出したと自負しております(強弁

楽しんでいただけましたら幸いです。ではではノシ


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