地に足つけた浮かれたヒーロー (マーカー)
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第1話 初めの一歩は地に足つけて

初投稿です。
至らぬ点が多いと思いますが何卒宜しくお願い致します。


 全ての始まりは中国で全身が発光した赤子が生まれたというニュースだった。

 

 それを皮切りに人々に"個性"という名の超常能力が確認され、やがてそれは日常となりついには世界総人口の約8割が"個性"を持つに至った。

 

 そしてそんな世界は『ヒーロー』と『ヴィラン』という2つの存在を生み出した。

 

 "個性"を用いて悪事を働く犯罪者『敵<ヴィラン>』に対し"個性"を用いて取り締まる『ヒーロー』

 

 人々は『ヒーロー』を称え、多くの子供達はその姿に憧れを抱くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

「学校の資料でも見たけどホントにでかいな、これ逆に不便にならないのかねェ」

 

【雄英高校】、通称"雄英"と呼ばれる全国人気一位を誇るヒーロー科の学校校舎を前に少年は感心と呆れの混じったような調子で呟く。

 

「まぁ、この近代的な雰囲気も悪くない、むしろ最先端って感じがカッコいいじゃないか」

 

 顎に手を置き校舎をマジマジと見ながら頷く少年の姿は周りからは少し変わった観光客にしか見えないだろうがそうではない。

 

 少年は周囲にいる者達と同じく、ヒーローとなるべく今日行われる『雄英高校入試試験』という狭き門に挑む受験生なのだ。

 

「よし、見物はここまで! そろそろ俺も会場に向かうとするか、校舎眺めてて遅刻しましたなんて笑えねェや」

 

 一度身体を大きく伸ばし気を引き締め、少年も門の中に足を踏み入れようとし、ふと妙な声が耳に入りそちらに目を向ける。

 

―(何だアイツ?)―

 

 目に入ったのは緑色の髪の小柄な少年だった、頬を赤く染めながら「女子と喋れた」だの「おおっおおおお」等とブツブツ呟き続ける様子に軽く引いてしまう。

 

「まぁこの人の数だ変な奴もいるさ、気にすんな俺!」

 

 とりあえず謎の少年のことは忘れることにして会場に向かうことにした。

 

 この時彼は先程までの独り言で、周囲から謎の少年と同じような奴と見られていた事に気付いていなかった。

 

 

▼▼▼

 

『今日は俺のライヴにようこそ──ッ!! エヴィバディヘイ』

 

「Yeah──ッ!!」

 

 試験特有の重い緊張感が張り詰めていた会場に圧倒的場違いなハイテンションを響かせるボイスヒーローことプレゼント・マイクの声に全ての受験生が困惑する中、少年は待ってましたと言わんばかりに声を張り上げる。

 

(返す……のか?)

 

(常人から外れた思考回路よ)

 

 その為少年の両隣にいる触手の生えた大柄の受験生と、カラスの様な黒い鳥の頭の受験生は他の者達より困惑することになった。

 

『ノリの良いリスナーがいてくれて嬉しいぜ! んじゃこの調子で実技試験の詳細を説明していくぜ──!!』

 

「Yeah──ッ!!」

 

「……随分と、……気合が入っているようだな」

 

 再び大声を張り上げた少年に大柄の受験生は意を決し言葉を選びながらも声をかける。

 

「ていうか堅苦しいのより、こういうノリの方が好きなんだよ楽しいから」

 

「場を弁えるべきだと思うがな」

 

 ヘラヘラと笑って答える少年に対し、今度は右隣にいた鳥顔の少年が声をかける。

 

「んー、そりゃ普通の受験生ならそうかもだけど、俺達はヒーロー目指してるわけだしな」

 

「何?」

 

 少年の言葉が意外だったのか両隣の2人は思わず聞き返す。

 

「ヒーローは皆を安心させる存在だろ、だったら仏頂面してるより笑顔でいる方が良いじゃないか」

 

「そういうものか?」

 

「そういうもの! 現に"オールマイト"は少なくとも誰かの前だといつだって笑顔見せてくれてるだろ」

 

数多くいるヒーロー達の頂点、No.1ヒーロー"オールマイト"。彼はどのような状況であっても笑顔を浮かべて人を救う、正に最強のヒーローと言うべき存在でありその姿は多くの者の目に焼き付いている。

 

「笑顔や楽しむってのは大事だぜ、それがなくちゃそれこそヒーローが何の為に存在するのか分からなくなるだろ」

 

 少年の両隣の2人もその言葉に「なるほど」と頷く。

 

「お前の言い分も一理ある、"ヴィラン"と戦うことがヒーローの全てではないのだからな」

 

「もっとも、試験会場に相応しいかは分からないがな」

 

2人は少年のことを浮かれて叫ぶ記念受験者でなく自分達と同じヒーローを目指す者の姿の一つと認識し微笑する。

 

「試験に対しても言えることだと思うぜ、ここまで来て張り詰めたって仕方ねェ、むしろ普段の調子で挑めるようにどこかで溜めこんでたもん吐き出した方がいいだろ」

 

「むぅ」

 

 少年の言葉に実際に普段より明らかに肩に力が入っているのを感じていた2人は顔を顰める。

 

それに気付き少年は何かを思いついたのかニヤリと笑う。

 

「ま、いまいち分かんないなら軽くやってみりゃいいさ」

 

「何!?」

 

「次プレゼント・マイクが声かけたら一緒に叫ぼうぜ」

 

「正気か貴様!」

 

「大丈夫大丈夫、俺がさっきより大きく声出すから軽くならバレねェって」

 

「そう言う問題ではッ──」

 

『じゃあ次は演習場の仮想敵の説明をするぜ、OK──ッ!?』

 

 プレゼント・マイクの声に「今だッ!」と2人の背中を叩く。

 

 

 

──この時彼らは試験の緊張感にやはり気が入り過ぎていたのだろう、それ故に隣の少年の勢いに押され普段の自分達ではありえない行為をすることになってしまった。

 

 

「「ィ、……ィェ──」」

 

 自分達の小さな声が"掻き消されること無く"耳に響く。

 

「「ッ!!?」」

 

──騙された! 、自分達に言わせるだけ言わせた本人が口笛を吹き鳴らして目を合わせようとしないのを見て確信する。

 

 当然あんな小さい声では会場の中心にいるプレゼント・マイクの耳に届くことはないがそれでも自分の近くにいる者達からの視線を感じ、鳥顔の少年は自身の隣の少年に思わず掴みかかる。

 

「話しが違うぞ貴様ッ!」

 

「はははッ悪ィ悪ィお前らがずっと仏頂面だったからついな、ほら試験会場で喧嘩はマズいぜ」

 

「……大した性格だな」

 

 忌まわし気に呟きながらも鳥顔の少年は無意識に掴みかかっていた手を放す。

 

「まぁそう言うなって、ほら実際緊張感も軽くなったろ」

 

「お陰様でな」

 

 最早相手するのも疲れたのか頭に手を置いてため息混じりに返事する。

 

 とはいえプレゼント・マイクの説明もいよいよ本題に入りだす為、3人とも集中し直す。

 

 ▼▼▼

 

 要点をまとめると、模擬市街地の演習場に配置された1~3Pの三体の仮想敵を10分の間に行動不能にし続けそのポイントを多く獲得することが受験生の目的らしい。

つまり市街地における実戦、実にシンプルで良い、少年はそう思い笑みを浮かべる。

 

 途中いかにも生真面目そうな眼鏡の受験生が説明に上がらなかった4体目の仮想敵について質問し、同時に門前でブツブツ呟いていた緑髪の少年に物見遊山なら帰れと注意する等の出来事もあったがそれはそれ、少年にとって気になったのは質問に出た4体目の仮想敵についてだった。

 

 どうやらそれは倒してもポイントにならない、そもそも受験生には倒す事すら難しい妨害役で相手にしないに限るとのことらしい。

 

(わざわざ忠告するほどだ、警戒するに越したことはないな)

 

 情報を頭の中で整理しているとプレゼント・マイクの手を叩く音が聞こえそちらに視線を戻す

 

『それじゃ俺からの説明は以上でおわりだが……最後に我が校の"校訓"のプレゼントだ──かの英雄"ナポレオン・ボナパルト"は言った……──"真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者だと"── 』

 

『"Plus Ultra―更に向こうへ―"、それでは皆……良い受難を!!』

 

 その言葉は受験生にとって説明会の中でもっとも強く脳裏に焼きついた。

 

▼▼▼

 

 受験生達は説明会後、A~Gの7か所の試験会場に分けられるらしく少年は自分の試験会場に向おうとして両隣の2人もまた同じ会場に向かっていることに気付き、声をかける。

 

「さっきは悪かったな、悪ノリにしても悪質だったわ」

 

 少年はさすがに度が過ぎていたと思ったのか苦笑を浮かべ、頭を掻きながらそう言った。

 

「済んだことだいつまでも気にしてなどいない」

 

「いよいよ選抜の時だ、今は目の前のことに集中するべきだ」

 

 2人とも寡黙な部類ではあるが決して心が狭い訳でもなく快くそう告げる。

 

「サンキュな、っと、まだ名乗ってなかったな俺は地城 千土(ちしろぜんど)、よろしくな」

 

「障子 目蔵だ」

 

「常闇 踏陰」

 

 触手の生えた大柄の受験生が障子、鳥顔の受験生が常闇というらしい。

 

「うっし、じゃあ障子に常闇、お互い頑張ろうぜ」

 

「ああ」

 

「武運を祈る」

 

 千土の言葉に2人は頷き応える。

 

 そう言い合っている内に試験会場である模擬市街地である演習場に到着する。

受験生達は皆、演習場の中央付近に一纏めに集められ合図がくるまで待機しておけと説明された為そこでは雑談を続ける者もいれば、じきに来る合図に向け集中する者と様々だった。

 

 ちなみに千土としては雑談を続けようかと思っていたが、障子も常闇も集中しているようだった為、今回ばかりは自重し自分も静かに待つことにした。

 

(にしても障子に常闇っていったか、2人ともかなり集中しているな、当然緊張もあるだろうけどそれを完全に押し込んでる、あの2人は多分"強い"な)

 

 千土は少し離れた位置から2人の姿を見て、その雰囲気に確かな力を感じる。

 

(やっべぇな、試験だってのにワクワクしてきやがった、早く始まらねぇかな)

 

 千土は吊り上がる口角を手で隠しながら試験開始の合図を待つ。

 

──そしてそれは予想だにしない形で訪れる──

 

『ハイ、スタァァァートッ!!』

 

「「!?」」

 

前ブレ無く聞こえたスタートの合図に皆が一瞬耳を疑い固まる中、千土は即座に全力で駆け出す。

 

「さァて、地に足つけて頑張りますかッ!」

 

▼▼▼

 

 駆け出してすぐ前方に8体の仮想敵が目に入る。

 

(確か仮想敵は"破壊"じゃなくて"行動不能"にしたらポイント入手だったな、まぁヒーローの戦闘は『拘束』がメインだから当然か、それならッ!)

 

『ターゲット発見、ブッコロス』

 

 人工音声で喋りながら突っ込んでくるロボット―仮想敵―に対し千土は口角を吊り上げる。

 

「──ッ舐めんなよ」

 

──駆け出していた足を一度止め、右足で思い切り地面を踏み鳴らす。

 

 直後、千土の足元のアスファルトが砕け、大量の砂が噴き出し宙に浮く。

 

「そら、おとなしくしてなァッ!!」

 

 宙に浮かんだ砂は千土の声に従い、超速度で目の前にいる全ての仮想敵を襲う。

 

『ブッコロッ──、ガーッ……ガーッ……』

 

 仮想敵は関節に砂が入り込み完全に機能を失い、人工音声も途切れてしまう。

 

「思った通り有効そうだな、これならいけるか」

 

 幾つか考えた策の最初の一つが上手くいき千土は満足気に笑うと、素早く次の仮想敵の居場所を探すべく再び走り出す。

 

 

▼▼▼

 

 試験が開始して早くも5分以上が経過し、いよいよ実技試験も大詰めとなりつつあった。

 

(これで70点はいったか、できればもっと稼ぎたいがここも人が集まってきたな……場所を変えるか?)

 

 千土は序盤から変わらず、目に入った仮想敵の関節部分に砂を混ぜ込み動きを止めるやり方で多くの仮想敵を行動不能にしポイントを稼いできたが、さすがに受験生が固まった場所では競争率も高く獲得できるポイントも低く、千土は移動を検討する。

 

(しかし順調すぎるな、そういや例の0ポイントの姿も見えねぇし、まだ出てないとしたら恐らくそろそろ──)

 

「ッ!! 何だ、この揺れはッ!?」

 

 ──突如、轟音を響せ、大きな揺れと受験生の悲鳴を携え"それ"が現れる。

 

「おいおい、いくらなんでもでか過ぎだろ……」

 

 千土のいる位置から北方向に離れた位置に突然現れた0ポイントが、周囲のビル群を薙ぎ払いながら進むその姿に、常に飄々と笑う千土もさすがに顔を引きつらせる。

 

 1~3ポイントの中で最もでかい3ポイントですら比較にならない巨大すぎる仮想敵は正しく災害そのものであり立ち向かう者などなく、それなりに距離がある千土のいる場所の者達ですら皆逃げ出した。

 

「──あーこれはさすがにキツイな、……試験的にもポイント0だし離れるに限るな」

 

 それは千土も同じ。そもそも戦うメリットの無い相手なのだ、残り僅かな時間を考えてもアレの相手をする必要等どこにもないと判断し踵を返す──

 

──怖いよ──

 

 その寸前で、脳裏に焼き付いた声が聞こえ千土は足を止める。

 

 

──怖いよ千土、もう怯えたりしたらいけないのに……やっぱり怖いや──

 

 

──大丈夫だよ空(くう)姉、空姉が安心して暮らせるように……俺が──

 

 

 記憶の中で一人の少女が小さな身体を震わせながら泣いていた。

 

 幼い自分はそんな少女に笑ってほしくて夢を誓ったのだった。

 

──誰よりも強いヒーローになって空姉を……いや、皆を守ってみせるから!! ──

 

「ああ最悪だ、こんな程度で大事な事を忘れかけるなんてなッ!! もっと地に足つけろってんだッ!!」

 

 千土は掌に拳を打ち付けると0ポイントから逃げる他の受験生と逆の方向、0ポイントに向かって走り出す。

 

 

▼▼▼

 

「アンタ大丈夫ッ!? すぐにこれどかすから逃げな!!」

 

「す、すまねぇ、潰されちまって動けねぇんだ」

 

 耳郎響香は自身のすぐ近くで0ポイントが突如出現し、先程まで行っていた仮想敵との戦闘を中断し撤退を選択した。

-

 

 勝つ手段の見つからないほど巨大な上そもそもメリットの無い妨害キャラ、相手をするなんてありえないと思った。

 

 しかし0ポイントの薙ぎ払ったビルの瓦礫に下敷きになった他の受験生の存在に気付き、すぐ近くに迫る0ポイントの動きに怯えながらも足を止め、救助に向かった。

 

(とはいえどうしよう、下手に音波で壊したらこの人にも危険が)

 

「よく見つけてくれた、ここは任せろ」

 

「え!?」

 

 気が付くと自身のすぐ近くに異形型の受験生が立っていた。

 

 彼は触手を腕の形に変化させ六本の腕で瓦礫を持ち上げた。

 

「すごっ」

 

 大きな瓦礫を持ち上げるパワーに耳郎は思わず声を漏らす。

 

「自力で動けるか?」

 

「あぁ、何とか……すまねぇ」

 

 自身を潰していた瓦礫が無くなり、下敷きになっていた受験生は何とか起き上がると2人に頭を下げると少し右足を引き摺りながらではあるが0ポイントから離れるべく移動する。

 

「サンキュ、助かったよ」

 

「気にするな、流石にこれは想定外だ」

 

「障子、ここに留まるのは危険だ、こっちに被害の無い道がある」

 

 手を貸してくれた異形型の受験生にお礼を言っているともう一人、鳥顔の受験生が現れ彼に声をかけた。

 

「常闇か、済まないな……お前も早く来い」

 

 障子の言葉に耳郎も頷き、常闇の言う道に向かって走る。

 

「ッ!! ヤバ!!」

 

「しまった!!」

 

 しかし0ポイントが大きく腕を振るい再び近くのビル群を吹き飛ばし、その瓦礫が自分の方向に吹き飛んできたのに気付き耳郎は思わず目を閉じる、障子と常闇も気付いたものの反応が遅れ、否応なしに間に合わないと理解してしまう。

 

「ッ……あ、あれ?」

 

 だが、衝撃はいつまでも訪れず恐る恐る目を開けると自分の目の前に立った一人の少年の背中が目に入る。

 

「大丈夫、怪我ないか? ……えっと?」

 

 目の前の少年―千土―は吹き飛んで来た瓦礫を片手で受け取めながら後ろの少女に尋ねる。

 

「じ、耳郎 響香、私は大丈夫だけど、アンタは?」

 

「お前、千土か? その力"増強型"の"個性"だったか?」

 

「お、常闇か、障子もいたか……んー、ほい」

 

 見知った顔を確認すると千土は右手に持った瓦礫を常闇に投げ渡す。

 

「なッ! ……これは!!」

 

 咄嗟に受け止めようとして自身の手に当たった時、瓦礫の重さに驚く。

 

 投げ渡された瓦礫は異常なまでに軽くまるで発泡スチロールのように感じた。

 

「それが俺の"個性"『地質操作』、岩や砂を操ったり岩の重さを変えたり出来んだ」

 

「すご、めちゃくちゃ幅広い"個性"じゃん」

 

「なるほど、それでこの軽さか」

 

 耳郎は千土の"個性"に感嘆の声を出し、常闇は手元の岩を見ながらそう呟く。

 

「ともかく助かったぞ千土」

 

「ありがと、正直もう駄目かと思った」

 

「気にすんなよ、……しっかし近くで見るとホントでけぇな」

 

「とにかく俺達も離脱するぞ、ここは奴に近すぎる」

 

「うん、千土だっけ、アンタも速く──」

 

「俺は逃げねェ」

 

 千土の言葉に全員が目を見開く。

 

「逃げねェって、まさか戦う気!? そんなの無茶だって」

 

「そもそも奴は0ポイント、倒したところで試験には──」

 

「ヒーローが逃げたら誰が皆を安心させるんだ?」

 

「「ッ!!」」

 

 千土のその言葉に耳郎も障子も常闇も皆、息を飲む。

 

「こんなところで逃げてちゃ俺の目指すヒーローにはなれねェ、だから今挑むんだ"Plus Ultra"ってな!!」

 

 その叫びと共に千土の足元に散らばったビル群の瓦礫が千土の周りに浮遊する。

 

 臨戦態勢を取る千土を見て3人は顔を見合わせると頷く。

 

「……ったく、そんなこと言われたらさ、うちらだって逃げられる訳ないじゃん!」

 

「協力しよう、俺もまた、ヒーローになる為にこの場に来たのだからな」

 

「共に行くぞ、千土」

 

 耳郎が、障子が、常闇が千土の側に立つ。

 

「オッケー、そうと決まれば皆"個性"を簡潔に教えてくれ、俺はさっき言った通りだ」

 

「私のは"イヤホンジャック"、プラグ挿して攻撃出来たり音を拾ったりできる」

 

「俺は"複製腕"、触手に器官を複製できる、腕を作ればかなりの力が出せる」

 

「俺は"黒影(ダークシャドウ)"、細かい説明は省くが伸縮自在の影を操る、攻撃、防御、移動と幅広く使える」

 

 皆の"個性"を把握し、千土は策を練るべく目を閉じてしばらく思考を巡らせると「よしっと」声をあげる。

 

「まず耳郎、この辺りにもう人はいないか探ってくれ」

 

「オッケー、ちょっと待ってね」

 

「その間に2人とも協力してくれ」

 

 千土の言葉に2人は頷き耳を傾ける。

 

▼▼▼

 

「千土ここにはもう人はいない、皆逃げられたみたい」

 

「よっしゃ、じゃあ始めるぜぇ!」

 

 耳郎の報告を受けて千土は叫びをあげながら両手を地面に叩き着ける。

 

「『地質操作・デザート』!!」

 

 千土の手元から0ポイントの足元までのアスファルトが砕けて砂の海へと変化する。

 

 0ポイントは突如できた砂漠に足をとられ動きが鈍くなる。

 

「千土、奴が崩したビル群の瓦礫は粗方集めたぞ」

 

『感謝しな』

 

「ナイス常闇、……とダークシャドウ」

 

 指示した通り"材料"を集めてくれた常闇と流暢に話す常闇の"個性"を労うと障子の元に歩み寄る。

 

「じゃあ打ち合わせ通りだ、頼むぜ」

「ああ、歯を食いしばっておけ千土!!」

 

 複製した腕と合わせて3本の腕で千土を0ポイントの頭上に投げ飛ばす。

 

「うおおおおっ! ……っよしここだ常闇ィッ!!」

 

0ポイントの直上で身を翻し、地上の常闇に大声で叫ぶ。

 

「行けッ!! "黒影(ダークシャドウ)!」

 

『あいよっ!!』

 

 常闇の指示を受け、"黒影(ダークシャドウ)"がその身体に瓦礫を巻き付けながら千土の元に向かう。

 

▼▼▼

 

 耳郎に周囲を探らせている間に千土は自身の"個性"についてより詳細な説明をしていた 。

 

「俺の"個性"はさっき言ったように幅広く扱えるんだが岩や砂は離れすぎてると操作出来ないし、地面は手か足がついてないと干渉できないんだ」

 

「なるほど、つまり地上での戦いが主体になるわけか」

 

「そういうこと……ただ」

「ただ、何だ?」

 

「正面から普通に岩をぶつけたって通用するとは思えねぇ、アイツを倒すだけの火力を出すには上から超重量をぶつけて潰すしかねぇ」

 それだけ言うと「そこで」と言って2人を見る。

 

「常闇にはこの辺りの瓦礫を集めて俺の合図で"黒影"でその瓦礫を奴の頭上に運んで欲しい」

 

「それは可能だが、奴を潰せるほど重さを上げてしまうとさすがに"黒影"では無理だ」

 

「それは問題ない、重くするのは奴の頭上でだ」

 

「何?お前の"個性"は離れ過ぎると使えないのでは……まさかっ!」

 

 常闇が自身の考えた策を察したのに気付き千土はニヤリと口角を吊り上げると障子に向き直る。

 

「そのまさか、充分な量の"材料"が集まったら障子、お前の"複製腕"で俺を奴の頭上にぶん投げろ!」

 

▼▼▼

 "黒影"の集めた瓦礫が千土の周りに無事に集まっているのを確認し、地上の3人は安堵する。

 

「まったく、無茶な作戦を考えちゃって」

 

「同感だ」

 

「だが、……面白い奴だ」

 

 呆れた様に呟く耳郎と障子の声を聞き、常闇はフッと笑い声をもらし、もう一度0ポイントの頭上を見上げる。

 

((行け、千土!))

 

▼▼▼

 

「おおおおおおおッ!!」

 

 千土は叫びをあげながら右腕に"黒影"から託された瓦礫を纏い、手甲を作り出す。

 

「この一撃で、沈めェエッ『岩鉄腕(ロックアームズ)』」

 

 岩鉄の拳が0ポイントの頭頂部に叩き込まれる、0ポイントの装甲には傷一つつかなかったがそれで良かった。

 

「『地質操作・加重』」

 

 その声と共に手甲の岩の重量が数倍、数十倍に跳ね上がる。

 

 ミシッと鈍い音が響き、0ポイントの頭部にヒビが入り、徐々に広がっていく。

 

「砕けやがれェェエッ!」

 

 千土の拳が0ポイントの頭部を、胴体を貫き、その身体を粉々に砕き、地面に降り立つ。

 

「あーあ、"仮想敵"とは言えバラバラにしちまった、減点されなきゃいいけど、……俺もまだまだ足りねぇな」

 

「バーカ、あんなの倒せるだけで異常だっての」

 

 口惜しそうに呟き、さすがに力尽きたように座り込む千土に3人が歩み寄ってくる。

 

「見事だ千土、お前の事を見誤っていたようだ」

 

「大した男よ」

 

「いや、あれは俺一人じゃできる方法じゃなかった、全員の力だよ」

 

 皆が互いに労いの言葉をかけたその時だった。

 

『終了ぉぉぉ──!!』

 

 プレゼント・マイクの試験終了の声が実技試験場に響き渡った。

 

「あーらら、終わっちまったか」

 

「まったく、アンタに付き合ってなかったらもっとポイント稼げたのになー」

 

 耳郎が意地悪気な声でそう呟き、千土は気まずそうに頭を掻く。

 

「わりィ、俺の都合に──」

 

「冗談、なんかすっごいスッキリしてんだ今、アレから逃げながらポイント稼ぐよりもめっちゃヒーローしてたじゃんうちら」

 

「俺も同感だ、ポイントは既に充分稼いでいた、後はそれに賭けるさ」

 

「元より協力したのは自らの意志に従ったまで、お前が負い目を感じる必要は無い」

 

 3人のその声は偽りの感情を一つとして感じない晴々としたもので千土も安堵の息を吐く。

 

「ほらいつまでも座ってないで、立てる」

 

「サンキュ」

 

 差し出された耳郎の手を掴んで、疲労した身体にもう一度だけ力を入れて立ち上がる。

 

「障子、常闇、耳郎、もし合格してたらそん時はよろしくな」

 

 屈託なく笑う千土の言葉に皆快く頷くのだった。

 

 

──そして実技試験は幕を閉じるのだった──

 

▼▼▼

 

 

 雄英の試験官達、すなわちプロのヒーロー達は試験の様子、ヒーローを目指す受験生の動きを巨大なモニターに映し出して観察していた。

 

 

「おいおい、今年は本当に豊作だなァッ!」

 

「0ポイントを倒す人が2人も現れるなんて正直予想外だったよ」

 

 彼らの見る映像には一人の少年の姿が映っていた。

 

 その少年は序盤はオドオドとぎこちない動きで不合格確定かと思われた、だが最後の最後に少年は0ポイントへと立ち向かい倒して見せた、しかもそれは自身の力の示すのではなく競争相手でもある他の受験生を守る為だった。

 

「倍率300、全員がライバルだ。……だがそれが"助けない"理由にはならん、競争相手だから助けない? そんな奴はヒーローになる資格などない! この少年はそれが分かっていた、或いは分からずとも動いたか、どちらであってもそれは間違いなくヒーローの素質だ」

 

「しっかし、まさか非公開の救助活動ポイントだけで合格とは面白い奴だぜ」

 

 受験生に明かさなかったこの試験のもう一つの要素、それこそが救助活動ポイントだった。

 

 その名の通り試験内における救助活動による審査制の追加得点。

 

 少年、緑谷 出久はそれを示した。

 

 その結果、得点0に対し審査得点の最高点10ポイントを満場一致で与えられその合計60ポイントを加られ、全体の8位で合格を果たしたのだった。

 

「大した奴だぜ、つい何度もYEAH! って叫んじまったぜ」

 

「だが完成度で言えば今年の一番はやはり奴だろう」

 

 試験官の一人が別のモニターを指してそう言う。

 

「地城 千土と言ったか、通常ポイント75ポイント、更に救助ポイント55、緑谷と違って0ポイントを倒した時には既に危機的状況の者はいなかった分救助ポイントは緑谷に劣るがそれでも文句なしの総合一位だ」

 

「"地質操作"の"個性"の圧倒的汎用性、瓦礫を軽くして逃げる者達の通路確保を0ポイントの下にたどり着く間でのついでにやってのけた上に、競争相手を直接的にも守ってみせた」

 

「それに0ポイントに攻撃をする前に奴の足元を砂漠状にしてみせたのも動きを止める他に狙いがあったのでしょう、あれ程の重量の攻撃を地面に叩き込んでは間違いなく二次被害を招く、彼はそれを地面を砂漠状にすることで周囲への衝撃を最小限に留めた」

 

 現に0ポイントの動きは多少鈍く設定しており、彼らのとった策なら足を止めずとも実行することは可能に思えた。

 

「ただ倒すだけに留まらずそこまでとはな」

 

「いや、何より注目すべきは他の者達との適応力だ」

 

「そうだな、その場に居合わせた3人の"個性"を上手く活用し連携してみせた、しかも実行前に最も探知能力のある奴に周囲に逃げ遅れが居ないかの確認までさせていた、はやる受験生なら策があったらそれを見落とし即実行しそうなもんだがな」

 

 試験官達の目線から見ても千土の能力は異常に感じた、当然自分達と比べたら未熟な部分も幾つもあったが他の受験生と比べればその完成度はあまりにも優れていた。

 

「まったく今年の授業が今から楽しみだぜ、なぁイレイザー」

 

「……さぁな、試験で見込みがあろうと入学後に問題があればそこまでだ」

 

「まぁその時はその時、とにかく今は彼も含めて祝おうじゃないか、倍率300を乗り越えたヒーローの卵達を」

 

 軽快に喋るネズミ、根津校長の言葉に試験官達は頷き合格者達宛ての通知の作成の打ち合わせを始めるのだった。

 

 

 

 

──END──




地城 千土(ちしろ ぜんど)
個性:地質操作
岩石、砂、地面など『地』に属するものを操る。
単純に動かす以外に重さや硬さ形の変化など非常に幅広い能力ではあるが、自らの個性で岩や砂を造ることは出来ず地面に接触してなければその能力は大幅に弱体化するという欠点もある。



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第2話 自業自得ほど自己嫌悪の材料はない

 入学試験を終えて数日後、千土は自分の家で趣味の粘土工作をしていると不意にインターフォンの音が部屋に響く。

 

「おや、お客さんだね」

 

 隣で静かにそれを眺めていた少女はドアの方に視線を向ける。

 

「ん、俺が出るよ。空姉さんこれ弄らないでね」

 

「はいはい、お願いね」

 

 手元の粘土を机の上に置くと自身の姉同然の幼馴染み―虚峰 空(うつろみね くう)―に注意しながら傍に置いておいた水でサッと手を洗ってドアへと向かう。

 

 ▼▼▼

 

「おや、早かったね何だったんだい?」

 

 思ってたより早く千土が戻ってきた為意外そうに声をかける。

 

「遂に来た」

 

 普段と比べ少し声を震わせてそう短く返す、その様子だけで空もそれが雄英の合否通知だと理解する。

 

「本当かい、早く見せてくれ!」

 

「待ってて、今開けるから」

 

 渡された封筒に全力で興味を向ける姉を制しながら封を開けようとするもこの手の封筒の常か貼り付けが強く思いの他上手く開けれない、或いはそれは自分が目の前の結果に緊張しているからかも知れない、当然自信もあるが結果を決めるのは自分ではなく試験官、ましてや最難関の雄英、らしくない焦りを持つのも仕方がない。

 

「ふぅ、やっと開いた、ってなんだこれ機械?」

 

 中にあったのは手紙と小さな機械だった。

 

「ああ、これは投影機だね、えっとこの型だと確かここを」

 

 機械に強い空がいつの間にか隣に立っていて手元の機械を少し弄ると映像が飛び出した。

 

『私が投影された!!』

 

 投影された映像に2人は驚く、何せ写されたのはNo.1ヒーローと名高いあのオールマイトだ、いくら最難関高校だとしても豪華過ぎる、大きく動いたであろう出演料を想像し自然と手元が震えた。

 

『HAHAHA! 言っておくがこれはゲストの特別出演というやつじゃないよ!! 実は私は今年から雄英の教師として勤めることになってね! そういう意味でも今回はこういう形をとったわけなんだ』

 

「オールマイトが雄英の教師に!?」

 

「噓だろ……」

 

 衝撃の内容に2人は顔を見合わせる。

 

 ヒーローを目指す者なら誰もが尊敬とともに憧れを抱くNO.1ヒーローから教えを受けられる、これに喜ばぬ者がいるはずがない。

 

 だが千土の顔に浮かんでいたのは焦りだった

 

『さて、申し訳ないが時間が有限だから巻いていくよ! ──地城 千土君! 敵撃破ポイント75! これは既に合格に充分な得点だがそれだけではない、試験官達が見ていたのはどんな状況でも他者を助けられるかというヒーローの資質!! 偽善で上等! それこそが救助活動ポイントだ!! 君の救助活動ポイントは45! つまり合計120ポイントの入試1位! 最高の合格さ!!』

 

 だがそれも続けて与えられた情報によって消えていく、次に自身が抱いたのは間違いなく喜びだった。

 

「……」

 

「1位……や、やったね千土!」

 

 言葉を失った千土の代わりと言わんばかりに空は喜びの声を上げる。

 

『来いよ雄英に!! 待っているぞ』

 

 その言葉を最後にオールマイトの映像は消える。

 

 実感の湧かなかった合格に対する達成感と喜びがじわじわと湧き上がる。

 

「今晩は奮発しよ、買い物行ってくる、空姉なんか食いたいのある?」

 

「フカヒレとキャビア」

 

「あいよー」

 

 

 

 多分相当浮かれていたのだろう財布を持って行ったこともない店に訪れ購入一歩手前までいってしまった。

 

「買えるかよッ!!」

 

「残念、まぁ何でもいいよ」

 

 ダッシュで帰ってきて全力で叫ぶ千土に空は笑いながら適当に答えるのだった。

 

 机の上に置かれた制作途中の粘土はすっかり乾いてしまっていた。

 

 

 ▼▼▼

 

 新品の制服に身を包み千土は雄英高校の門をくぐる、巨大な校舎ではあるが送られた校内の資料と照らし合わせて何とか迷わずにヒーロー科の教室にたどり着く。

 

「おはようございまーす」

 

 教室の扉を動かし、中に入りながらそれなりに明るめに挨拶する。

 

 早速周囲を見渡し知り合い、耳郎、障子、常闇の姿を探すも誰一人教室の中にはいなかった。まだ来ていないのかそもそも合格点に届かなかったのか、願わくば前であってほしいと願っていると髪を横で纏めた活発そうな少女が近づいてきていた。

 

「おはよ私は拳藤 一佳、長い付き合いになるだろうしよろしくね」

 

「おっとこいつはどうも、俺は地城 千土、よろしく」

 

 差し出された手を握り返して頭を下げる、自分以外の合格者がどんな人かワクワクしていた千土は最初から気の良い対応に少なからず喜んだ。

 

「あ、アンタ確かプレゼント・マイクのノリに一人ノッてた」

 

「おや、俺ってひょとしてそこそこ評判?」

 

「悪目立ちって意味でね、授業始まったら大人しくしときなよ」

 

「ははは、まぁ努力はするわ」

 

 軽く肘でつついてくる拳藤に千土は笑いながら返事をする。

 

 

 

 拳藤と別れ、他の人にも声をかけようと思い最初に目に入った窓を眺めている黒ずくめ男子に声をかける。

 

「どもっす、俺は千土、これからよろしく」

 

「黒色 支配だ」

 

 先程の拳藤と比べると些か素っ気ない対応で千土は少し困った顔をするも折角なのでもう一つ踏み込んでみようと決めた。

 

「暗き地の淵の力を持ちて、届き難し光の道を夢見てここに至った、覚えて頂こう黒き男よ。(意訳。地の"個性"を使います、ヒーローになる為ここに来ました、覚えておいて下さい)」

 

 彼以外に聞かれぬよう小さな声で語りかける、別段他の人に聞かれても気にするようなメンタルでもないがあくまで雰囲気の演出のつもりでそうした。

 

 唐突に声色を変えてみたが黒色の反応はどうかと千土は様子を窺ってみる。

 

「地の淵、光の道……ほぅ」

 

 一部のワードが気に入ったのか黒色はソワッと先程とは明らかに違う反応を見せた。

 

「(どうやら、気に入ってもらえたっぽいな)またいずれ……」

 

 そう短く告げると黒色から離れ、次の人の下へと向かうことにした。

 

 ちなみに千土がこのようなノリを試してみたのは彼の持つカバンやポケットから覗かせた携帯に付けられた剣を模ったキーホルダーを見てこういうノリとか好きそうと思ったからだった。

 

 

 

「どもっす、俺は地城 千土、これからよろしく」

 

 しかしそんなノリも即廃業、いつもの調子で次のクラスメイトに声をかける。

 

「塩崎茨です、ええどうか良きお付き合いをお願いいたします」

 

「(固い人だな…)じゃあまた後で、俺は他の人にも声かけてくるよ」

 

「ですが、そろそろ先生がいらっしゃるお時間です、席に着かれた方がよろしいかと」

 

「大丈夫大丈夫、挨拶ぐらいならあと一人ぐらいいけるって」

 

 そういうと塩崎の下から離れ改めて周囲を見渡す、だがやはり知り合い3人の姿は無く手元の時計で確認しても時間は塩崎の言った通りそろそろ先生の来る時間。

 

「(無理だったか…)」

 

 もしかしたら自分が付き合わせてしまった結果だろうかと考えてしまい自責の念も湧いて来るが少なくとも今ここでそれを表に出すべきではない、いつもの笑顔を作り近くの男子生徒に声をかける。

 

「ども、俺は地城 千土ってんだよろしく」

 

「フレンドリーな名乗りありがとう、僕は物間──」

 

「全員集まっているな、本日の予定を説明する速やかに席に着け!!」

 

 男子生徒が名乗ろうとした時ドスの聞いた声が教室に響く。

 

 それが先生の声と理解するのに時間はかからなかった。

 

「あ、ごめんやっぱ無理だったっぽい、また後で」

 

「えぇッ!?」

 

 男子生徒の話をぶった切って千土は自分の席へと向かう。

 

「(やっぱり来なかったか、あの3人ならきっと大丈夫だと思ったのにな)……あれ?」

 

 ついぞ姿を見せなかった知り合い達を思いながら回りを見渡しているとこの教室に自分の席がないことに気付く。

 

「あの、先生俺の席がないです」

 

「何? 、そんなはずはない……貴様地城か、何故ここにいるッ!!」

 

 先生、管 赤次郎、通称ブラドキングの言葉に千土は「はぁッ!?」と驚愕する

 

「何故ここにって合格通知貰ったから──」

 

「そうではないッ!! 、なぜB組にいるかと聞いているのだ!!」

 

「いや、そりゃ俺がヒーロー科を受けたからで」

 

「貴様のクラスはA組だと言っているんだ!!」

 

「馬鹿なッ!! 俺は確かにヒーロー科の試験を受けたはずだ!!」

 

「A組もヒーロー科だ馬鹿者ッ!!」

 

「…………えっ?」

 

 千土がいや最早教室中の皆が固まる。

 

「……配布資料のB組がヒーロー科と記されているのを見てヒーロー科=B組だと思ってました」

 

「……何故ヒーロー科の他のクラスがないか確認しなかった?」

 

「雄英は最難関と聞いていたのでヒーロー科は一クラスかと思いました」

 

「……看板学科のクラスがB組だとしたら違和感があるとは思わなかったのか?」

 

「経営科がA組かと思いました、地固めあってのヒーローなので……」

 

 下手な言い訳の様な様子もない本気の声にブラドキングも頭を抱える。

 

「……判断は貴様の担任に一任する、速やかにA組に行け」

 

「温情ありがとうございます」

 

 ふらふらと足元をふらつかせながら扉まで辿り着くと一度クラスの方へ向き直る。

 

「短い間でしたがお世話になりました!!」

 

 その言葉だけ残して千土は走り去って行った。

 

 B組の全員が言葉を失ってしまったのは言うまでもなかった。

 

 ▼▼▼

 

 耳郎響香はA組の自分の席についていたが内心穏やかではなかった。

 

 理由は実技試験で出会った地城千土の姿がどこにもないからである、障子と常闇とは会って互いに確認したが誰も彼の姿は見ていないそうだ。

 

 自分もそれなりにポイントは稼いでいた自身はあったし救助ポイントという非公開要素もそこそこ貰えていたが、それでも自分がいてあんなことしてのけた彼がいないとは複雑な心境ながら考えにくかった。

 

「或いは奴だけB組なのかもしれんな」

 

「なるほど学園がもつ宿命、その可能性はあるな」

 

 他の2人も概ね同じ考えなのだろう彼が落ちているということは考えず推測をしていた、だが耳郎は恐ろしい可能性に気付いてしまう。

 

「まさかアイツ、筆記試験で落としたんじゃ」

 

 つい声に出してしまったその推測に2人もハッと目を見開く。

 ありうる──本人には悪いが本気でそれを信じてしまう。

 

 だが結局彼の姿を見る前に担任である寝袋に身を包んだ、正直小汚い印象を受ける相沢 消太が現れた。

 

 先生が来てしまった以上は仕方がないと耳郎は2人とあとでB組を一度身に行こうと打ち合わせ彼らと別れる。

 

「早速だがこれ来てグランドに……まて、だれかそこの席の奴を見ていないか、"地城 千土"と言う奴だが」

 

 その名前を聞いてつい立ち上がりそうになるも、とりあえず落ち着いて先生に声をかける。

 

「そいつ知ってますけど今日はまだ見てないっス、欠席とかの連絡入ってないんですか?」

 

「いや特にない、まぁいい、今いる奴だけでいいからグランドに──」

 

「すいませんッ!! 教室間違えてましたァァア──ーッ!!!」

 

 大声とともにそいつは教室に転がり込んできた。

 

 そしてその言葉に耳郎は自身の考えの甘さを再認識した。

 

(コイツ、学力とは別ベクトルにバカだった)

 

 唖然とするクラスメイトをよそに相澤は死んだ魚の様な目で千土を見ながら口を開く。

 

「言いたいことは腐るほどあるが、まぁいい今お前を叱責するのも合理性にかける、時間は有限だ、さっさとこれ着てグランドに来い話しは後だ」

 

「はい!!」

 

 投げ渡された体操服を受け取り千土は全力で返事する。

 

 ▼▼▼

 

 

「何をやっていたんだお前は?」

 

「聞かないでくれ……」

 

 更衣室にて障子と常闇に事情を問われるも今の千土にそれに答える気力はない。

 

 知り合い達との再会も最早素直に喜べなかった。

 

 ▼▼▼

 

 

「個性把握テストねぇ」

 

 グランドにて相澤の口から告げられた内容に千土は興味深そうに呟くが、クラスメイトの一人―麗日 お茶子―という女生徒が「入学式やガイダンスは?」と問い詰めるも「ヒーロー科にそんな悠長な時間はない」と一蹴された。

 

 相澤曰く「雄英が誇る自由な校風は教師側にも適応される」との事だった。

 

「とにかく一度見せて説明するぞ、そこの遅刻一位、こっちに来い」

 

「その呼び方止めてくれません?」

 

 およそ不本意な称号を頂戴しつつ、千土は相澤の下に行くと何処か奇妙な感じのするボールを渡される。

 

「これは?」

 

「ソフトボール投げだ、体力テストにある奴な、ただし今回は"個性解禁"の──」

 

 その言葉に皆少なからず反応を見せる。

 

 通常、街中での個性の使用は厳禁とされているためこの反応も当然と言えたが相澤にとってはそれも面倒なものでしかない。

 

「うるさいよ、時間は有限と何度も言わせるな。地城、中学時代の記録はどれぐらいだ?」

 

「えっと……60mです」

 

「じゃあ個性を解禁して投げてみろ、全力でな」

 

 グランドに描かれた円の中にクラスメイトから注目を受けながら立つ。

 

 幸い朝の出来事のおかげなのか視線の重圧などは一切感じず、全身に力を巡らせ腕を振るう。

 

 そしてボールが自身の手から離れる直前、自らの個性を開放する。

 

「そらッ!!」

 

 ボールが自らの手から離れる瞬間に地城は個性を開放する。

 

 地面から大量の砂が舞い上げられ小規模な砂嵐となって、放たれたボールを加速させる。

 

「凄い! 砂を操る個性!?」

 

「砂だけじゃないけどね」

 

 容易く大量の砂を操ってみせた千土にクラスメイトは感心するも千土の個性を知っている3人は彼の出す結果にのみ注目する。

 

 数秒後、結果が出たのであろう相澤の持つ機械が電子音を奏でる。

 

「471.6mだ。──こんな感じでお前らの"最大限"を測る」

 

 その機械に記された数字は本来人間に出せるような記録ではなかった

 故に皆それに刺激される。

 

「何だこれッすっげぇ面白そう!!」

 

「400ってすっげぇ」

 

「っけ、入試一位がそんな程度かよ」

 

「個性が使えるなんてさすがヒーロー科だ!!」

 

 触発され一斉に騒ぐクラスメイト達をよそに耳郎は千土に声をかける。

 

「さすがじゃん、470なんて──っ!?」

 

 傍によってようやく気付く、千土がやけに考え込んだ表情をしていることに──

 

「471……、離れると力が弱まるのは仕方ないにしても短すぎる、そこの爆発頭の奴の言った通りこれじゃまだまだ低すぎる」

 

「……いやいや充分とんでもないからアンタ」

 

 自身の記録にまったく納得していない千土の言葉に耳郎は一瞬言葉に詰まるもすぐに呆れた様に言う。

 

「……しゃあない、他の種目もあるっぽいし切り替えてくか」

 

「そうそう……ってなんか先生の様子変?」

 

 元々生きた目をしていなかった相澤の目が今は少し生気を感じた。

 ただしそれは──苛立ちだ。

 

「面白そうか──ヒーローになる為の3年間をそんな腹づもりで過ごす気なのかい」

 

 今までとかけ離れた声色に千土は「やっちまった」と確信する。

 

「良し、ならこの個性把握テストのトータル最下位は見込みなしと判断し除籍処分にしよう」

 

「「はあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 相澤の言葉に多くの者が悲鳴じみた叫びをあげる、千土自身も叫びを上げることはなくとも心境は同じだ。

 

「待って下さい、いくらなんでも理不尽が過ぎます!!」

 

「生徒の如何は先生の自由」

 

 眼鏡の男子生徒―飯田 天哉―の言葉を意に介さず「それが雄英のヒーロー科」だと言い放つ相澤に他の生徒も理不尽だと抗議を始める。

 

 だがそれも「自然災害も敵も理不尽なものだ」と相澤は告げる。

 

「理不尽だから立ち向かえ、"Plus Ultra"、乗り越えてみせろ」

 

 その言葉を聞いたとき抗議していた生徒達も押し黙り、そして見せたのは覚悟を決めた表情だった。

 

 千土もまたいつも通りの笑みを浮かべる、それはそうだこの程度の理不尽を超えられずして自らの夢みるヒーローに届くものか、ただ超えるだけでない"大したことないと笑って"超えてやろうと決める。

 

 それに気付いた相澤もまたニヤリと一度口角を吊り上げ、口を開く。

 

「ただし、そこの遅刻一位に関しては罰として上位十名に入らなかった場合除籍とする、時間を守れない奴はその時点でヒーローに必要な要素に欠けているからな」

 

「……」

 

 忘れかけていた失態の代償がここにきて戻ってきた。

 

「ぜ、千土?」

 

 隣にいた耳郎はそーっと千土の顔を覗き込む。

 

「……」

 

 千土は笑顔を貼り付けまま固まっていた。

 

 ──もっともこれは自業自得、身から出た錆であることは言うまでもない──

 

「やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォ──ッ!!」

 

 クラスメイト達から憐れみの視線を向けられながら、悲しき叫びをあげるのだった。

 

 ▼▼▼

 

【 第一種目:50m走 】

 

 速度を出す個性の飯田が高い記録を出す中、千土もまたスタートラインに並び、隣のコースを走る男子生徒―瀬呂 範太―に声をかける。

 

「悪ィけど俺余裕ないからちょっと本気出す、難しいと思うけど目ェ守りながら走ってくれ」

 

「はぁ?」

 

 突然の言葉に瀬呂は戸惑うがスタート準備の合図が入る。

 

「スタート!!」

 

「『地質操作・隆起』+『砂嵐―サンドストーム―』!!」

 

 千土のコースが傾いて隆起し、スタート地点からゴール地点まで下り坂状になる、更に千土の背後から砂嵐が発生する。

 

 砂混じりの追い風と下り坂により千土は一気に加速する。

 

「コース弄るとかそんなのアリかよッ!! って目に砂が……さっきのはそういうことかよォ」

 

 隣で起こった出来事に瀬呂は驚きながらも目を守りながらゴール地点に自身の個性のセロテープを巻き付ける。

 

 そしてそれを巻き戻すことで一気にゴールに詰めるもゴールしたのは千土がゴールした後だった。

 

「悪いな、出来るだけそっちに流れないよう調整したんだが……」

 

「あ、あぁまぁしょうがねぇよ……」

 

 気まずそうに謝る千土に瀬呂は目を擦りながらそう返事をする。

 

【 50m走 : 4秒05】

 

【第二種目:握力】

 

 入試の時に明かされたが障子の複製腕はかなりの力を出せるようでなんと540㎏の記録を叩き出し周囲から大きく騒がれていた。

 

「くはー、すげぇな並の増強系個性より上じゃねぇのかこれ?」

 

「単純な握力で言えばそうかもしれんな、次はお前だろう千土何か策はあるのか?」

 

「んー、まぁそれなりには?」

 

 そう言い軽く笑うと千土は障子の使っていた検査機を受け取り手に力を込める。

 

「240㎏か、まぁこの量じゃそんなもんか」

 

 握っていた手をよく見ると小石や砂で覆われていた。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 直接力に関係しない個性の千土ではあり得ない記録に少し驚いた障子だったが、それを見て納得した。

 

「もっと大量に使えりゃ圧力も増えて記録にも伸びんのだけどなー」

 

 口惜しそうにしつつも千土は飄々と笑ってみせた。

 

【握力検査:240㎏】

 

 続く第3種目の立ち幅跳びはスタート地点を隆起させ高さを得ることで中々の記録を出せたが、第4種目の反復横跳びはさすがに普通に挑むしかなかったため優秀な身体能力程度の記録に収まった。

 

【第5種目:ソフトボール投げ】

 

「死ねぇッ!!」

 

 爆豪勝己がおよそヒーローにあるまじき掛け声で投げられたボールは先程の千土の記録を越えて600オーバーの記録になった。

 

「どうだ砂野郎! テメェより俺の方が強ぇ」

 

「っ!?」

 

 自分が入試一位だと明かされた時、一際強い敵意を向けていたと思っていたが遂に真っ向から煽りを受ける。

 

「ほぅ、宣戦布告だな」

 

 いつの間にか隣にいた常闇が千土の出方を興味深そうに見ながらそう呟く。

 

「アイツ朝からガラ悪い感じだったし、どうすんの千土?」

 

 耳郎もまた近くによって爆豪に聞こえないような小声で声をかける。

 

「んー、そうだな」

 

 呟きながらボールを受け取り円の中に入ると千土は右足で思い切り地面を踏み鳴らす。

 

(立ち幅跳びの時もストップ入らなかったし今回も地面を高くしても良いんだろうけど……)

 

 千土はボールを持つ自身の右腕に大量の砂を纏う。

 

 砂は千土の腕を軸に螺旋回転し続けその速度を高めていく 。

 

「これでも一位合格……本気で嬉しかったんでな、そこまで言われて黙ってられる程大人しくないぜ」

 

 右腕を思い切り振りきると同時に右腕に纏った砂を放つ。

 

 最初の投げたボールを砂嵐で加速させたのとは異なり、砂ごとボールを放出する。

 

「な、何だとッ!?」

 

 その威力は前回のものとは比較にならず圧倒的速度を得たボールは風を切りながら飛んでいく。

 

 その速度に爆豪は、いや皆が驚愕し目を見開く。

 

【地城 千土、ハンドボール投げ:702m】

 

「これが、入試1位……」

 

 未だに特出した記録の出ない緑谷 出久は衝撃と焦燥、そして羨望の混じった声で呟く。

 

「えい」

 

【麗日 お茶子、ハンドボール投げ:無限】

 

「あ、負けちった」

 

「締まらねぇなオイッ!!」

 

 得意気な顔を浮かべていた千土だったが次にボールを投げた麗日の記録を見て苦笑する。

 

 無重力により延々浮かび続ける記録にはさすがに勝ち目もなく最早笑うしかない。

 

「まぁこれはしゃあねぇ、で次は誰がやんの?」

 

「緑谷ってやつ、あんまり今まで良い記録出てないけど?」

 

 次郎は円の中に入った少年、緑谷を親指で指しながら言う。

 

「アイツか、確かに今まで目立った記録はないな」

 

「ここまで"個性"を使った様子もない、応用性の低いものなのか?」

 

「そろそろ力を示さなければ除籍は免れんぞ」

 

 障子と常闇も未だに"個性"を使わない少年に視線を向ける。

 

 緑谷の行動に注目するも一球目の結果は46メートル、個性を使い常人越えの記録を出す者のいるなかこの記録ではあまりにも力の誇示になり得ない。

 

 しかし緑谷の様子がどこかおかしい、何が起きたのか理解出来ていないといった困惑の表情を浮かべていた。

 

 そんな緑谷に布を巻き付け指導か何かを相澤が伝えて始めたが千土の位置では上手く聞き取れなかった。

 

「抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド!?」

 

 唐突に緑谷がその名を叫ぶが千土としてはそれで全て合点がいった。

 

 抹消ヒーロー"イレイザー・ヘッド"、それこそが相澤消太のヒーローネーム。

 

 恐らく本人の意思であろうがメディアへの露出が異常に少なく周囲の者達も大半がその名を知らず、知っている様子の者は極めて僅かだった。

 

 ともかく2人の話は済んだらしく、緑谷は2球目のボールを受け取ったがその顔色はあまり良いものとは言えなかった。

 

「何やら指導を受けたようだが……」

 

「ハッ! 除名宣告でも受けたんだろ」

 

 緑谷と関係があるのだろう、飯田と爆豪が反応を見せる、同じく麗日もまた心配そうに緑谷を見ていた。

 

「結果なんて分かりきってんだ、"無個性"の雑魚だぞ」

 

 爆豪の言葉に千土は少なからず衝撃を受ける。

 

 "無個性"、この超常社会において"個性"という力を持たざる少ない存在で言ってしまえば非力というべき存在だった。

 

「無個性? なのにあの実技試験を通ったのか?」

 

 あの仮想敵を無個性で倒せるとは考えにくい、となると緑谷は救助ポイントのみで実技試験を通ったと考えるのが妥当だ。

 

「それはそれで大した奴だな」

 

 もしそうだとするなら彼は実技試験の隠し要素だった救助ポイントを見抜いた、あるいはそれに賭けたのかもしれないがどちらにしても並大抵のことではない。

 

 千土としては素直にその事実に感心する。

 

「とはいえ、今回ばかりはどうしようもないか……」

 

 しかしその結果が最下位除籍のこのテストだ、超常の力を持たざる無個性ではこのテストで最下位を免れるのはとても不可能。

 

「無個性? 何を言っているんだ君達は、彼は実技試験であの0ポイントの仮想敵を」

 

 千土の残念そうに漏らした言葉に対して飯田が反論しようとしたその時、緑谷が2球目を投げた。

 

 それは1球目とは、いや他の大半の者達の記録ともかけ離れた威力で投げ出された。

 

 

【緑谷 出久:704m】

 

 爆豪、そして千土さえも凌駕するその記録に皆が絶句するもすぐにそれは興奮に変わる。

 

「やっとヒーローらしい記録が出たー!!」

 

「うっそ、千土の記録越えてんじゃん」

 

 麗日は手を上げ自分の事のように喜び、耳郎も緑谷の記録に素直に驚いたと声に出す。

 

(確かにとんでもないパワーだ、増強系? いやだとしたら少なくとも握力の時に力を使ったはず、投擲強化? いやアレは確かにほとんど手元から離れてから加速してた、まるでパワーで強引に後押ししたように……)

 

 千土もまた自身の記録を僅かだが確かに越えた緑谷に一気に興味を向ける。

 

(そもそもあの指はなんだ? 変色するまで腫れてんじゃねぇか、"個性"の反動? まさかアイツ自分の"個性"の制御が出来ていないのか?)

 

 千土が思考を巡らせる間に爆豪が緑谷に突っかかりそれを相澤に止められたりと色々あったがとにかくテストは続く為千土も思考を切り替え次の競技に集中するのだった。

 

 ▼▼▼

 

「結局一位とれたの上体起こしだけか~」

 

 全ての種目を終え、千土はがっくりと肩を落としながら愚痴を漏らす。

 

「まぁアレを抜ける奴はいないだろうな」

 

 自身の背中に面した地面の隆起と陥没を繰り返してまったく身体を動かさないまま記録を伸ばし続けていた千土の姿を思い出し、障子は呆れの混じった声で返す。

 

「それでも大半の種目で上位に入っていた、少なくとも除籍は免れたのではないか?」

 

 上位10名に入らなければ除籍、千土のその条件に多少なりとも心配もあった常闇もどこか安堵したように声をかける。

 

「そりゃそうだけど、……まぁいいかお前らも記録は十分そうだし、そもそも最下位はどう考えても……」

 

 千土はちらりと緑谷の方に視線を向ける。

 

 結局ソフトボール投げ以降目立った記録もなく、恐らく除籍を受けるとしたら彼になるだろうと気の毒ながらも思ってしまう。

 

「アイツ、凄い力を持ってそうなんだかな」

 

 もったいない、そう感じるのが千土の正直な考えだった。

 

 自身の記録を越える力、何より反動の大きい個性へのとっさの対応、緑谷の持つ力にただならぬ何かを感じたのは事実だ。

 

「緑谷のことか? 確かにあの力は異常だが」

 

「結果は結果だ」

 

 障子も常闇も内心思うところがあるのだろうが、それが教師である相澤の、雄英の意向である以上はどうしようもないと目を閉じる。

 

 やがて相澤は皆を一ヶ所に集めて口を開く。

 

「結果は合理性を考え一斉に開示する、あと因みに除籍は嘘な」

 

「「はあぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 あっさりと言ってのけた相澤の言葉にほとんどの者が絶句する。

 

 本人曰く「皆の全力を引き出す為の合理的虚偽」とのこと。

 

「あんなの少し考えれば嘘とすぐ分かりますわ」

 

 特待生の一人、八百万は呆然とする者達に呆れた様子を見せながらそう言う。

 

(嘘ね、正直とてもそんな風には思えなかったが)

 

 千土としては相澤が"最下位"の者にも確かな見込みを感じ取り消したように思えた、最もただの予想でしかないが。

 

「地城も上位10名に入ったようだな、お前の除籍処分も免除としよう」

 

「そっちはガチだったのかよっ!」

 

「当然だ、資料の確認不足も遅刻もヒーローにとっては致命的な失態だ、本来なら無条件で除籍処分でも文句は言えないぞ、反省文5枚宿題な」

 

「よもやの初日からっ!?」

 

 食い下がりたいのが本音だが、下手に抗議してせっかく免除された除籍処分がまた宣告されるやもしれないため引き下がることにした。

 

 釈然としないままの生徒をよそに相澤はその場から離れ初日から行われたテストは無事終わりを迎え、皆力の抜けた様子で教室に戻り始める。

 

「何かどっと疲れたし……」

 

「いいじゃないか、俺はこの後もう一苦労だぞ」

 

「いやそれは自業自得じゃん」

 

 肩を竦めて笑う千土に耳郎は呆れるも一応返事する。

 

「まぁいいじゃねぇか、こうして無事あの時のメンツ全員揃ってんだしさ」

 

 近くにいた障子と常闇の背中を軽く叩くと少し前に出て全員を視界に収めて口を開く。

 

「これからよろしくな、皆」

 

 その言葉に耳郎も障子も常闇も、皆快く頷いたのをみて千土は満足気な顔をするのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 雄英から帰ってきて自分の家に着くなりすぐに千土はリビングでくつろいでいた。

 

「あれ千土、いつの間に帰って来たんだい?」

 

「ついさっきだよ空姉さん」

 

 リビングにやってきた空が千土が既にいることに気付き軽く驚いたように声を出す。

 

「どうだった、雄英は?」

 

「まぁ初日からしてくれたよ」

 

 心底疲れたといった感情の宿った声に空は「大変だったね」と苦笑すると改めて千土の近くに腰を下ろす。

 

「それで? 友達はちゃんと出来た?」

 

「心配ないよ、拳藤に黒色、塩崎、それと耳郎と障子と常闇、皆面白そうだったよ」

 

「へぇ、それは良かった、まぁそこで良い奴そうとかじゃなく面白そうって言うのはどうかと思うけど」

 

「まぁ最初の3人は別クラスだったけど」

 

「待って、君一体何してたのさ」

 

 思ったより多く名前が出て安堵したのもつかの間、予想外の言葉に首を傾げる。

 

「まぁ他のクラスにも顔が広がったから良しってことで」

 

「やれやれ、相変わらず自分の事はホント雑だね」

 

「そんなもんだろ、さーてそろそろ反省文仕上げるかな!」

 

「ちょっと待って今反省文って言った!? 、嘘、初日から何かやったの!?」

 

 大きく伸びをしながら自室に向かう千土の背中に声を投げかけるも反応はなかった。

 

 

 

 ──END──

 



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第3話 大人は意外と子供の発言を忘れてくれない

初日の個性把握テストを終え、翌日から正式に授業が始まったのだが、想像以上に普通な内容にある種の困惑を抱いていた。

 

「なんというかアレだな、普通過ぎて落ち着かないってやつ? プレゼント・マイクの英語とかホントに違和感がある」

 

学生へのサービス、クックヒーローの格安ランチをかき込みながら一緒に座る既にいつもの連れというべき存在になった3人にため息混じりに話す

「一人あのノリに乗ってたアンタがそれ言うの?」

 

「後半では完全に馴染みのリスナーになっていたぞ」

 

「いやあのノリ自体は好きなんだけどそうじゃないんだよ」

 

無気力気に机に突っ伏しながら愚痴を言う千土に皆「だらしない」という感情を抱く。

 

「だがそういうことなら次の授業はいよいよ……」

 

「オールマイトの授業か」

 

一先ずず話題を変えようとする常闇の言葉に障子もまた反応する。

 

「マジで来るのかなオールマイト?」

 

「気持ちは分かるけど嘘ってことはないだろ、多分」

 

耳郎が半信半疑になってしまっているのは決して初日からしてくれた相澤に毒されたという訳ではなく、単純にNo.1として名を馳せた"オールマイト"が母校とはいえたかだかヒーロー志望の学生を本当に相手にしてくれるのかというある意味当然の疑問だった。

 

「とにかく次の授業はどのようになるか分からん以上もう少し集中しておけ」

 

明らかに気の抜けている千土に改めて釘を指すと手元のお盆を片付け始める常闇を見て他の者も一緒に片付けを進めるのだった。

 

「オールマイト……ねぇ」

 

この時3人は、千土が終始複雑そうな顔をしていることに気付かなかった。

 

▼▼▼

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来たッ!!」

 

HAHAHAと軽快に笑いながら現れたその姿に皆、興奮が止められなかった。

 

「すげぇ、本当にオールマイトだ!!」

 

「画風が違う」

 

周りの者達が盛り上がる中、千土が声が一切聞こえないことに気付いた耳郎がちらりと千土の方を見てみると視界に入ったのは身体を低くし祈るように目を閉じている千土の姿だった。

 

「嘘、アイツまさか緊張でも?」

 

意外な姿に少し驚く耳郎だったが、オールマイトもまたそんな千土を視界に捉える

 

「むむ、地城少年じゃないか! 映像では言わなかったが久しぶりだな、そんなに縮こまってどうかしたかい?」

 

気さくにかけられたその声に千土はビクリと肩を震わせる。

 

「……お、お久しぶり、です」

 

「うむ、久しぶり!!」

 

掠れた声で話す千土に対し、オールマイトは実に快活に笑い飛ばす。

 

「オイオイ地城、お前オールマイトと知り合いだったのかよ!?」

 

そのやり取りに上鳴が驚愕の反応を示す、他の者も同様にざわつき出す

 

「……」

 

特待生の一人、轟 焦凍もまた他の者のように騒ぐことはなかったが鋭い視線を千土に向けていた

 

「地城、お前オールマイトとどういう関係なんだよ!?」

皆の疑問を代弁する上鳴の言葉と共に一斉に視線が自身に集まり千土は頭を抱える

 

「大した関係なんてねぇよ、ずっと昔に助けられただけだって」

 

「助けられた?」

 

「まぁ色々あってな」

 

千土の言葉に疑問を持った上鳴が聞き返すもお茶を濁す。

 

「オイオイ、大したことないなんて連れないこと言うなよ地城少年!! 私は覚えているぞあの時君の言った『アンタを越える最高のヒーローになってみせる』って言葉!!」

 

「怖いもん無しだなお前!!」

 

「あーあーッ!! 聞こえない!!」

 

懐かしそうに語るオールマイトだがそれは千土にとっては幼い自分の無謀な黒歴史でしかなく、周囲の言葉に必死に耳を塞ぐ。

 

「失礼オールマイト、そろそろ授業を開始しましょう」

 

「おっとスマナイ懐かしくてついね!!」

 

障子の申し立てにオールマイトも頷き授業開始の宣言をしたことで皆の興味もオールマイトの授業に移ったことで千土への視線も無くなった。

 

千土は寡黙な友の気遣いに涙した。

 

「では始めようか、ヒーロー基礎学!! 今回は早速やるぞー"戦闘訓練"を!!」

 

「戦闘……訓練!?」

 

明らかに物々しいそのワードに身構える者もいれば笑みを浮かべる好戦的な部類の者もいた。

 

「だがその前に君達に受け取って貰う物がある。そう入学前に貰った個性届と要望に沿って作られた」

 

教室の壁が動き巨大なロッカーが現れる。

 

オールマイトの前降りで既にそれが何かを察し皆胸を熱くさせる。

 

「自分だけの戦闘服だッ!!」

 

オールマイトの宣言に一部の者達は歓声を上げ、そうでない者も大半が満足気な表情を浮かべた

 

「さぁ早速そいつに着替えてグランドβに集合だ!!」

 

▼▼▼

 

素早く着替え、千土は指示されたグランドβに待機していた。

 

「良いねぇホントに要望通りだ、流石にこれはテンション上がるなぁ」

 

千土は自身の要望したコスチュームに身を包み、最後に着けた防塵ゴーグルや、首にかけた酸素ボンベを引っ張りながら呟く。

 

「そのゴーグルやボンベはやはり自分の個性に合わせてか?」

 

「そうだな、下手に砂を操ると俺の目や喉にも普通に入ってくるからなー、そう言う常闇は……黒いな」

 

同じく自身のコスチュームに着替え終え、黒一色になった常闇を千土は軽く笑う

 

「俺のこれも自身の個性に合わせたものだ」

 

「そうか? 何かそうでなくともお前は黒一色にしそうなイメージがあるけどな、いや確かに黒は俺も好きだけど気を付けろよ、服とか黒に頼り過ぎると他の色に抵抗感できて着れなくなるから」

 

「妙に信憑性のある話はやめろ」

 

「ああ、あと黒でいくなら夏場の活動気を付けろよ、その格好下手すりゃ死ぬぞ多分」

 

「グッ……」

 

千土の言葉に常闇が忌まわしげに唸る。

 

「そう言うアンタは結構地味じゃん、なんか意外」

 

「期待外れで悪かったなー、実際もう少し派手にするつもりだったけど一緒に考えてた奴に何度もリテイク出されたんだよ」

 

「へぇー、良かったじゃん? 恥かかなくて」

 

からかうように言ってきた耳郎に口を尖らせ反論するも追い討ちをかけられ、肩を落とす。

 

「お前達、そろそろ始めるようだぞ」

 

談笑を続ける千土達だが同じくコスチュームに着替え終えた障子の言葉によって静止し、到着したオールマイトに向き直る。

 

「さぁ有精卵共、戦闘訓練を始めるぞ!!」

 

▼▼▼

 

オールマイトの説明をまとめると戦闘訓練は屋内での対人戦とのことだった。

 

理由としては昨今の敵は屋内での潜伏が多くヒーローにはそれを想定した訓練を行う必要があるとのことだ。

 

戦闘内容はヒーローチームと敵チーム、2対2のチーム戦。

 

チームはクジ引きによって決められるが、このクジ引きもプロのヒーローは突然の出来事に対し急造のチームでの出動だって良くある事の為その経験として訓練の一環らしい。

 

 余談ではあるがA組は本来奇数人数である為オールマイトは人数差があるのもまた実戦と理由で一つのチームのみ3人チームでの練習を想定していたようだが幸か不幸かクラスメイトの一人、青山優雅が腹痛で欠席の為、全チームが2人チームで行えることとなった。

 

 折角のコスチュームを着用した状態でのオールマイトの初授業に欠席とは青山も気の毒だと皆次に会った時には一声かける、或いは何かしらおごってやろうと思っていた。

 

 しかしそれはそれ、今は目の前の訓練に集中する。

 

 訓練のルールは極めてシンプル。

 

一つ、制限時間以内に『核兵器』であるハリボテもしくは敵チームの2人を確保すればヒーローチームの勝利。

 

二つ、制限時間まで『核兵器』であるハリボテの防衛、またはヒーローチームの2人を確保すれば敵チームの勝利。

 

三つ、両者とも『核兵器』であるハリボテを本物の『核兵器』として扱うこと。

 

これらのルールの下に訓練を行う。

 

「さて肝心のチームは……『E』か」

 

「おー、一緒のチームは地城君か頑張ろうね」

 

ペアになったのは明るく活発なイメージを持つ少女だった。

 

桃色の肌に2本の角等、異形型の個性だと思わせるが先に行われた個性把握テストの様子をみるに何かしらの液体を放つ個性のようだ。

 

「えーと、芦戸だったよな?」

 

「うん芦戸三奈、よろしくね!」

 

他のチームもとりあえずの顔合わせを行っているようだったがオールマイトがその間に別のクジを引いていた。

 

「良し、では早速始めよう、ヒーロー側Aチーム! ヴィラン側はDチームだ!! 他の皆はモニター前に集合だ!」

 

(AとDってことは緑谷と爆豪か、因縁アリっぽいけどなんもなけりゃいいけどな)

 

何の因果か起こった組み合わせに千土は不安も感じるも彼ら自身の確執に首を突っ込んで良いものか分からず一先ず皆と同様モニター前に移動する。

 

▼▼▼

 

不穏な対戦カードだったが、結果戦いを制したのは緑谷・麗日ペアつまりヒーローチームの勝利となった。

 

過剰な攻撃を行う爆豪に対して、それを利用した緑谷の奇策が麗日を援護し核の防衛をしていた飯田を出し抜くことに成功した。

 

もっともその反動で緑谷は大きな負傷をした上、その奇策も核兵器であるハリボテに対して不用意に巻き込んだもので、訓練の名目に甘えた勝利でもあると八百万は指摘した。

 

「すっごい試合だったねー!! 緑谷君個性もほとんど使わなかったし」

 

「ん、あぁそうだな」

 

興奮したように騒ぐ芦戸に相づちを打ちながら千土は緑谷の個性について思考を巡らせる。

 

(やっぱり反動付きの増強系個性なのか? 確かに個性の中には本人にも危険が及ぶものもあるが……それにしては緑谷の身体付きは普通に鍛えられてる程度なんだよなぁ、あんな反動付き個性を持っていたら少なからず身体に特徴が出そうなもんだが)

 

あれ程肉体に負担のかかる個性なら古傷なり過剰な筋肉なりありそうなものだが緑谷にそんなものはなく、個性と緑谷に異質さを感じてしまう。

 

(反動が強すぎるからずっと使わずにいたのか? だとしたら相澤先生のテストのときに爆豪に無個性とか言われてたのも分からなくもないが……何かいっそ個性が目覚めたばっかで身体がついていってないってほうがしっくりくるんだよなぁ、まぁありえない話だけど)

 

「地城君ってば!! 聞いてるの!?」

 

突然横から大声で呼ばれ肩を震わせる。

 

「次私達の番だよ早く準備しないと!!」

 

「っとマジか、悪ィ考え込んでた」

 

必死に呼びかける芦戸の声に慌てて前に出る

 

「よしでは、次の対戦カードは……ヒーローチーム『J』! 敵チーム『E』」

 

「『J』チームってことは相手は瀬呂と切島か」

 

「おう、覚悟しろよ地城!!」

 

赤い髪を逆立たせた少年、切島鋭児郎はそう言い握り拳を千土に向ける

 

「上等だ、手ェ抜くなよ」

 

向けられた拳に自身の拳をぶつけて応える

 

切島とは初日の放課後に少し話をしたが気の良い性格らしく千土としても話していて気分の良い相手だった

 

「じゃあ俺らは不本意ながらヴィランチームだからな先に行くわ」

 

そう言い千土は芦戸と共に先のチームとは別のビルの中へと姿を消した。

 

▼▼▼

 

「よーし、ヒーロー基礎学最初の授業!! 絶対勝とうね地城君!!」

 

『核』の位置に着くと芦戸は気合いの入った声を上げる

 

元々明るい性格だと感じていたが先に行われた緑谷と爆豪の戦いの熱を受け、更に気合いが充実しているのだろう

 

もっともそれは千土としても同じだった

 

元より全力で臨むつもりだったが先にあれほどの戦いを見せられて熱が入らないはずもない

 

「じゃあその為にも確認な、芦戸の個性はどんなもんだ? 軽く見た感じだと液体の放出っぽかったけど?」

 

「正確には"酸"、大体何でも溶かすことができるよ」

 

「なるほど、調整はどれぐらいできる? 人に対して使えるか?」

 

想像していたより遥かに強力故に訓練相手に使うには危険な個性に一瞬顔をしかめる

 

「大丈夫結構調整は上手く出来るよ、弱めにすればちょっと滑るぐらいかな」

 

「なら安心だ、あぁ、俺の個性は"地質操作"砂や岩、地面を操ることが出来る」

 

「相澤先生のテストで見てたけどホントに凄い個性だよね、ひょっとしてこのビルも動かせるの?」

 

「このサイズはさすがに無理だな、まぁ幸い石造りのようだから壁とか床とか弄ることはできるぜ……お!!」

 

「え、突然どうしたの?」

 

石造りの壁を軽く叩きながら説明していた千土が急に声を上げた為芦戸は首を傾げる

 

「いや……面白いことが出来そうだなってな」

 

策が閃いたと言う千土のその顔は正しくヴィランと言っていい程怪しげなものだった

 

▼▼▼

 

千土達がビルの中に入って数分後オールマイトの訓練開始の合図を受け、切島と瀬呂の二人はビルの入口正面に立った

 

「うっし、行くぞ!!」

 

「地城の個性は厄介そうだけど、核を守る以上ビルを派手に弄ることは出来ねぇ上に地面に接してないぶん有利かもな」

 

瀬呂の言葉に切島も頷き2人は同時にビルの中へと慎重に足を踏み込む。

 

「うわぁッ!!」

 

直後、2人の足元の床が音を立てて崩れ二人は重力に従い落下していく

 

「いてて、地城の奴入口の床脆くしてやがったな」

 

「しかも何か水溜めてやがった、折角のコスチュームがずぶ濡れだぜ」

 

「て、これ芦戸の個性の"酸"じゃねぇか!」

 

「マジだ! 溶けてはねぇけどめっちゃ滑るぞ登れねぇ!!」

 

2人に仕掛けられていたのは芦戸の"個性"による弱酸の溜まった落とし穴だった

 

壁の窪みに手を着け登ろうとするも酸に触れた瀬呂の手は容易く滑り壁を掴むことすら儘ならなかった

 

「くそ、地城の奴これで時間潰す気か漢らしくねぇぞ!」

 

「けど、相性が悪かったな!!」

 

瀬呂の個性"セロテープ"が天井に張り付き、切島を抱えた状態で巻き取ることで落とし穴から脱出する

 

「他にも落とし穴があるかもしれねぇ慎重に行くぞ切島」

 

「おう!!」

 

2人の警戒は正しく二階に続く階段前や二階に登った直後にも落とし穴が作られており、2人は足の先で床をつつきながら進む方法をとるしかなかった。

 

それでも最初に弱酸に浸かったことにより滑って足を踏み外すことがあり、踏み外した先の脆い床のせいで一階まで落とされたりとさながらRPGじみた苦痛を味わうことになった。

 

▼▼▼

 

酸と地質操作の会わせ技による嫌がらせのような戦法にモニターで見ていた他の生徒達は4階から1階に落とされた切島を気の毒気に眺めていた。

 

「ひでぇ、けど瀬呂の個性なら何とかならねぇのか?」

 

「瀬呂さんの個性ならある程度地面に足を着かず移動出来るかもしれませんが地城さんや芦戸さんがすぐ近くで隠れているかも知れない状態でそれをするのは危険すぎます」

 

「あくまでぶら下がったり、巻き取ったりで一直線にしか動けないからな」

 

上鳴の疑問に八百万と尾白が答える。

 

「うーん、それにしても古典的だが中々上手い戦法だ」

 

「あれでヒーローチームが核に着く前に時間切れにしちまう作戦か?」

 

「……彼は"個性"の使い方が狡猾だ、自分も味方の芦戸少女の個性も"ルールに乗っ取った上で"上手く使っている、……どういうことか分かるかい?」

 

オールマイトから投げ掛けられた問いに生徒達は少し考える素振りを見せ、八百万が手を上げる。

 

「妨害としては穴の数が少な過ぎる」

 

「正解!!」

 

その意味を即座に理解した者はなるほどと頷くが大半の者は理解出来ず首を傾げる。

 

「嫌らしい位置に穴を作っているから多く感じるが実は彼はそこまで多くの穴を作っていないんだ、せいぜい階段の手前と最後、あとはそれぞれの階に数ヶ所だけ」

 

「ただしそこに芦戸さんの個性を絡ませて引っ掛かり易くしてはいますが」

 

「そう、あくまで最低限の妨害だがヒーロー側は常にそれを警戒して進まなければならなくなり、結果一つの階にやたら時間がかかる」

 

「で、でも何でそんな最低限しか作らないんだよ?」

 

そんなことが出来るならそもそも一つの階を丸ごと落としたりも出来るのでは? 砂藤力道とは問う。

 

「きっとそれも出来るだろう、だがそれはヴィラン側としては出来ない、必要以上穴だらけにしてビルを脆くしてしまうと自分達の守る核に危険が及ぶ可能性があるからね!!」

 

それを聞いて皆完全に理解する。

 

千土の目的はあくまで時間稼ぎによってヒーローチームを焦らせる為であり、落とし穴よって妨害仕切るわけではない。

 

「戦闘において時間が迫っている側と時間を潰せばいい側とでは精神的余裕が違い過ぎる」

 

「そう、彼が作りたかったのはただその状況だけ、彼は自分達の有利な状況を作り上げ最後は自分達が直接!」

 

──倒すつもりだ!! 

 

オールマイトがそう言った時、切島と瀬呂はついに千土と芦戸、そして"核"の待つ部屋へとたどり着いた。

 

▼▼▼

 

「よー、切島、瀬呂、随分遅かったじゃないか?」

 

「セコい手使いやがって、でももう捕まえるだけだぜ」

 

既に時間に余裕のない瀬呂は戦闘体勢をとり、切島は即座に千土に向かって駆け出す。

 

「地城、さっきも言ったけど切島の個性は"硬化"、石とかも多分砕いてくるよ」

 

「任せろ対策済みだ」

 

芦戸の忠告に千土が応えた直後、切島の頭上から大量の砂が落ちてくる

 

「岩は砕けても砂を砕くなんてできねぇよな!!」

 

「上から砂!? 浮かせていたのかっ!!」

 

「今まで落とし穴やら酸やらずっと足元に罠を仕掛けていたからな、頭上不注意だったぜ?」

 

大量の砂で切島を縛りつつ告げられた千土の言葉に2人は自分の迂闊さに気付き歯噛みする。

 

「くそっ! 切島、掴め!!」

 

手元に飛んで来た瀬呂のテープを掴むと切島は一気に引っ張られ砂の中から引き抜かれる

 

「悪ぃ瀬呂、つい焦っちまってた」

 

「とにかくもう残り3分だ。こんな時間で2人を捕らえるのは無理だ。核の確保を狙うぞ、俺がセロテープで二人を核から離すからその隙に飛び込め」

 

瀬呂の案に切島も頷く。

 

「よし、行くぞ!!」

 

叫びと共に放たれたセロテープが千土の身体に巻き付き、一気に壁に目掛けて振り切られる。

 

「甘いぜ、その個性も対策済みだ!!」

 

千土の両足は地質操作により重量を増した石の鎧に覆われていた。

 

鎧により重さを増した千土の身体はびくりとも動かず、逆に自身に巻かれたテープを掴み一気に手繰り寄せる。

 

「何!?」

 

予想外の行動に即座にテープ伸ばすことが出来ず瀬呂の両足は地面から離れ宙に浮き、そのまま芦戸の側に叩き付けられる。

 

「芦戸、確保頼む!!」

 

「任せて!」

 

「させるかっ!! うぉっ!?」

 

即座に跳ね起きようとするも足元に撒かれていた弱酸に足を捕らわれ転倒する。

 

「残念、確保成功!」

 

その隙に芦戸は瀬呂の腕にヴィランチームの確保テープを巻き付ける。

 

「よし、じゃあ残るは」

 

両足に纏った石の鎧を外し、既に核に向かって駆け出していた切島の正面に割り込む。

 

「お前だ、切島!!」

 

「どけぇええええっ!!」

 

更に腕を硬質化させる切島に対して千土もまた自身の右腕に"地質操作"により硬度を上げた石の鎧を纏う。

 

互いに全力で拳を振り抜く。

 

硬質化した腕がぶつかり合い両者ともに重すぎる衝撃に鈍い痛みを感じる。

 

「……さすがだな」

 

千土は自身の鎧に入ったひび割れと傷一つない切島の腕を見比べてそう告げる。

 

「硬さ勝負なら俺は絶対負けられねェ」

 

真っ向から自身を睨む切島を見て自然と口角が吊り上がる。

 

「そうこなくちゃな、さあ残り2分を切ったぜ、全力で来な!!」

 

──このまま殴り合いの真っ向勝負に興じるのも悪くないとふと思う。

 

だが今回は自分と組む者がいる事を理解しているため今まで張り巡らせていた策で稼いだ時間で作った最後の一手をとる。

 

「と、言いたかったが止めだ。動くな切島、もし動いたら──」

 

千土はゆっくりと切島の頭上の天井に指差して告げる

 

「そこに溜めた、芦戸の酸を一気に落とすぞ」

 

「なッ!?」

 

その言葉に切島は良く見ると自分の頭上の天井だけやたらと出っ張っていることに気づく

 

「さっきまでの転ばせる為の酸じゃないよ、本気の溶かす酸だよ」

 

「今は俺の個性で天井の耐久を上げているがそれを失くせばどうなるかわかるよな?」

 

2人の言葉を受け完全に追い詰められていると理解した切島は頭が真っ白になる程戸惑う。

 

(やべぇ、もう時間もねぇのに俺一人でこの状況ひっくり返すなんて……いや諦めんな、何かあるはずだ!!)

 

だが切島は迫る時間に焦りながらも決して諦めることなく思考を巡らせる、そしてふと思い出す。

 

さきに行われた緑谷達の訓練で麗日の攻撃が「"ハリボテを"核"として扱っていなかった」という指摘を受けていたことを。

 

(ヒーローの行動でその指摘が出るってことはヴィラン側も同じはず、なら"核"のある建物ごと溶かすような真似は出来ェはずだ)

 

その考えに辿り着いた時今までの落とし穴も体感したことによって付いた印象よりずっと実際は大した数は無かったことに気付く

 

徐々に集まってきた情報を整理し最後に切島はもう一度自身の頭上を見上げる

 

(だとしたら、これは出っ張ってるだけで酸なんか溜まってねェ!!)

 

そこまで考えると切島は全力で駆け出した。

 

天井から酸が落ちてくることはなく切島は自身の勘が正しかったと確信する。

 

既に残り時間は30秒を切っていた、残された手は動くことは出来ないと思っている不意を突き核を確保する方法だけだった為両足に全力を注ぐ。

 

──直後、切島の視界が反転する──

 

千土は理解していた、例え残り時間数秒であろうとこの場にいる者達は皆諦めるような者達ではないと。

 

そして諦めず状況を整理すれば必ず前に麗日が受けた指摘を思い出し、この酸の罠がはったりでしかないことに気付くであろうということに。

 

だがそれで良かった、それに気付いたとき残り時間に迫られていればする行動は"核の確保の為に直進"以外はなくなるからだ。

 

相手の手が一つだけならばそれに対して警戒すればいいだけ、だからこそその状況になるように手を打ってきた。

 

自分達の訓練が始まる前に麗日が受けた指摘、この最上階までの階全てに仕掛けた落とし穴と弱酸、最後に遠距離からの攻撃が可能な瀬呂の事前に確保、全てこの最後の詰めの為だった。

 

核に向かって全力で駆け出した切島の腕を掴んでから足払い、そして姿勢の崩れた切島の腹部を押さえつけ背中から床に叩き付ける。

 

「がっ!!」

 

強度の上がった床に叩き付けられ硬質化させた切島もその衝撃までは防げず気絶する。

 

『そこまで!! この勝負ヴィランチームの勝ち!!』

 

オールマイトの声がビルに響き、千土は肩に入れていた力をようやく下ろし安堵の息を吐く。

 

▼▼▼

 

「さて今回のベストはァァ地城少年だ!! 理由を分かる人は挙ォォー手ッ!!」

 

オールマイトの言葉に常闇が静かに手を上げる。

 

「恐らくペアとの連携と立案」

 

千土の立案能力は入試の際に見せられていた為常闇はこの訓練での落とし穴や頭上の罠等の策も恐らく千土の発想だろうと理解した。

 

オールマイトもまたその答えに頷く、前回の緑谷の時と違い自分に説明の余地が残っていることもあってどこか満足気だった

 

「その通り!! 急造にも関わらず互いの個性の長所を活かした策による徹底した戦略的な行動、見事だったぞ!!」

 

「ども……」

 

オールマイトの言葉に千土は静かに頭を下げる。

 

基本的に騒ぐタイプの千土にしては静かなその対応はやはり過去の自分によるオールマイトへの苦手意識からくるものだった。

 

「切島さんと瀬呂さんは焦り過ぎですわ、残り時間に迫られている以上尚更冷静に連携をとるべきでした」

 

切島と瀬呂は自分達の行動が常に読まれていたことを思い出し自然と拳を握る。

 

「芦戸さんに関しては独自の行動せずに地城さんの作戦の協力に徹していたのが良かったですわね」

 

「本当っ!! ちゃんと上手く出来てた!?」

 

最後になった自分の評価が好評なことに芦戸は嬉しそうに跳び跳ねる。

 

「うむ、連携にとって大事なのは自分の役目を理解し遂行することだ、芦戸少女はしっかりとそれが出来ていたぞ、ただしMVPと言う意味では立案者である地城少年の方が上になってしまったがね」

 

「そっかー、まぁそれは仕方ないかな私作戦とか考えるの苦手だしね」

 

「まぁ何であれ作戦に乗ってくれてありがとな、おかげで無事に勝てたよ」

 

「うん、また組むことがあったらよろしくね!!」

 

互いに達成感に満ちた表情で労い合い、訓練の勝利を噛み締めるのだった。

 

▼▼▼

 

その後は他のチームも次々と訓練を行い、長く感じた授業もついに終了を迎えた。

 

「疲れた~、まず担当がオールマイトの時点で無意識に力が入るわ」

 

「まぁ気持ちは分かるけど、その言い方だと厄介そうにしてるみたいじゃん?」

 

校舎を出ていつもの3人と歩きながら愚痴をもらす千土に対して耳郎はその内容に苦言を呈する。

 

「単純に気まずいんだよ、辛い……」

 

「無理もないが気にし過ぎなのではないか? 現にお前は入試一位での合格者、加えて今回の訓練でも無事に勝利を納めたのだ、言葉に見合った結果を示しているのではないか?」

 

「入試に関してはお前らの協力あってのことだし、今回の訓練の作戦も切島との真っ向勝負を避けたかったってのが本音なんだよ、それに相手があの轟なら確実に潰されてたしな」

 

今回の訓練で最も他を圧倒した存在、轟 焦凍。

 

彼は開始早々にビルを丸ごと凍らせるという桁外れの力を示し見ていた者達全員を唖然とさせた。

 

「おかげで俺は何もせずに勝ってしまうことになったがな」

 

その轟と組んでいた障子は索敵を少ししただけでほぼ全て轟一人で勝ってしまった為少々不本意そうな様子だった。

 

ヒーローを目指す者なら誰もが憧れるオールマイトの最初の授業、初めて着用した自分専用のコスチュームという最高の条件の中で行われたこの特別な訓練、勝てたのだからいいじゃんと言える事ではなく、耳郎も常闇も言葉に困る。

 

「じゃあ折角だ、どっか寄って軽く反省会でもしていくか? 何かクラスの連中もグループ作って行くって言ってたし」

 

「反省会?」

 

「なんなら愚痴もらし会でもいいけどな、二人も何かあるだろ?」

 

「上鳴が阿呆で作戦が上手くいかなかった」

 

「……蛙吹とのコミュニケーションが難しい」

 

「あー、梅雨ちゃん呼び? 訓練の声は聞こえないから分からなかったけど常闇もそう呼んだの?」

 

「黙秘させてもらう」

 

からかいと興味の混ざった質問はそう切り捨てられ千土は「つれないなぁ」と言うとパンッ! と手を叩き3人の前に出る。

 

「とまぁこんな感じに愚痴と反省肴に盛り上がろうかと思うんだけどどうだ? 用事あるか?」

 

「ウチは別にいいけど、言い出しっぺなら奢りだよね?」

 

「あーそう来たかぁ、……まぁ3人ぐらいなら何とかなるか、いいぜ」

 

「え、マジ? 、別にいいよ自分で出せるし」

 

「いや、そこで遠慮されると了承した俺の立場ないから」

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「気にすんな、知り合いが珍しく馬で勝ったとか言ってくれたあぶく銭だ」

 

「えぇ……」

 

「そんな微妙な反応すんなよ、この辺で結構旨い店知ってんだそこ行こうぜ」

 

太っ腹に語っていた言葉が一気に安っぽくなり皆呆れたような素振りを見せるも千土は気に止めず笑い飛ばして先導する。

 

耳郎達はそんな千土の姿に苦笑するもそれが何処か心地よく少し小走りに千土の後を追うのだった。

 

──END──



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第4話 忍び寄る影

 登校時間、千土は二度と遅刻しないよう朝食を早めに済ましかなりの余裕をもった状態で学校に向かっていた。

 

 校舎が見えてきた辺りで見知った背中を見かけ駆け寄った。

 

「よっ耳郎、早いな」

 

「うわっ! ……何だ千土か」

 

「うわって、何をそんな驚いてんだよ?」

 

「ごめんって、……あれ見てよ」

 

 若干不本意そうな表情を浮かべた千土に耳郎は謝りつつため息混じりに校門前を指さす。

 

 その指の示すものを見て千土もまた理解したと肩を竦める。

 

「マスコミか、大方オールマイトが教師になったんでここぞとばかりに冷やかしに来やがったか」

 

「あそこ通ったら間違いなく集中砲火じゃん? どうしようか悩んでたんだよね」

 

「納得、……個性で穴掘って下から行くってことも出来なくはないけどなぁ」

 

「それやったら絶対怒られる……ぐらいじゃすまないでしょ?」

 

「だよなぁ」

 

 "個性"の使用は原則ヒーローのみと定められている、いくらマスコミを避ける為とはいえ私的な理由で使用すればただで済むとは考えにくい。

 

 ましてや地面から校内に入るなど間違いなく警報を鳴らすことになる、最悪除籍処分すらありうるだろう。

 

「うぅ、しょうがない、何とか走って抜けるしか……」

 

 マスコミへの対応に自信がないのだろう、少し怯えた様子で呟く耳郎を見て千土は周囲を一度見渡す。

 

「春先だけどあるといいんだけどな、少し待ってろ」

 

「千土?」

 

 それだけ言うと千土は近くに店の中に入っていく。

 

 ▼▼▼

 

 数分後千土は紙袋を両手に抱えて店の中から出てきた。

 

「待たせたな、やっぱ春先だと中々見つからなくてな」

 

「何してたの? ってちょっと?」

 

 千土の行動が理解できずに戸惑う耳郎だったが紙袋を手渡され更に戸惑う

 

「ロングコートと帽子、それで顔と制服隠して携帯のカメラ片手に野次馬のフリして突っ込むぞ」

 

 紙袋を開けてみるとその言葉通りにグレーのロングコートと黒の帽子が確認できた

 

「なるほど、変装してやり過ごそうってこと……ってこれ自腹!? いくらしたの?」

 

 帽子を被りコートを羽織って制服を隠すべくボタンを留めた辺りで耳郎はそのことに気づいた。

 

「いいから行くぞ! 絡まれなくとも押し合いにはなるんだ固まって行くぞ!」 

 

「えっ!? ちょっと!?」

 

 しかし千土はさっさと変装を済ませると財布を出そうとカバンに伸ばした耳郎の手を握ると彼女を引っ張りながらマスコミの塊の中に突撃していく

 

「どいて下さい、うちにも撮らせて下さい」

 

 適当に演技を交えながらマスコミを掻き分け校門へ徐々に近づく

 

「だいぶ前に進めたな、耳郎大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だけど……手」

 

「手? あぁ握り過ぎたか? 悪いけどこの人の波だ痛くてももうちょっと我慢してくれ」

 

「そ、そうじゃなくて、あーもうっ! さっさと抜けよ!」

 

「了解、少し強引に進むぞ!」

 

 前方の集団を肩で強引に掻き分けて遂に最前列にでる。

 

「よし何とか来れた、私服の俺らが校舎に入ったらこいつらも釣られてくるかも知れないからサッと脱いで一気に校門潜るぞ」

 

「お、OKいくよ、せーのっ!」

 

 繋いでいた手を放して同時にコートのボタンに手をかけ、隠していた制服を周囲に晒す。

 

 周りを掻き分け最前列に来た2人が雄英生であることに気付き周囲のマスコミが一気に騒ぎ出す。

 

「クソ、もう気付いたか行くぞ耳郎!!」

 

「ちょっ!?」

 

 離れていた手を再び掴み、強引に引っ張り校舎の中に駆け込むのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

「あー疲れた、校舎入るだけで一苦労ってどうよ」

 

「い、いいから手ぇ、もういいでしょ」

 

「あ、悪ィな」

 

 僅かに顔を赤らめた耳郎の言葉に未だに手を握ったままだったことを思い出し、謝りながら手を放す。

 

「少し強く握ってたからな痛かったか?」

 

「いやそれは別に大したことなかったし、おかげで助かった訳だし……ってそうじゃなくてコートと帽子の代金」

 

「気にすんな在庫処分のセール品だ、そもそも俺が勝手に買ったもんだ」

 

「いやでも悪いし、こないだだって奢らせちゃったし」

 

「ていうかむしろ金はいいから貰ってくれ、コート二着はさすがにカバンに入らねぇ」

 

 校舎内でコートは着れない上にそもそも季節的にも着ていられない為何とかカバンに押し込みながら千土はそう言う。

 

「まぁ在庫処分から適当に取ってきたもんだから色とか女子向けじゃないし趣味じゃなかったら捨ててくれていいから頼むわ」

 

「わ、分かった、じゃあ貰っとくね」

 

「サンキュな耳郎」

 

「……なんでアンタがお礼言うのさ」

 

「え?」

 

「何でもない、ありがとねッ!!」

 

 急に小声になった耳郎の言葉が聞き取れず首を傾げると耳郎は若干怒ったのように声を荒げた礼を言い去っていった。

 

 一人取り残された千土は何故怒られたのか分からず少し困惑するも、とりあえず自分のせいだろうと適当に結論づけると外の方に視線を送る。

 

「それにしても凄いなマスコミ、他の皆も遅刻しなけりゃいいが…」

 

 遅刻による反省文を書き殴った千土だからこそその重みが分かる。

 反省文はもう嫌だと思いつつ少し早歩きで教室に向かう

 

 ▼▼▼

 

「学級委員を決めて貰う」

 

「学校っぽいのきたァァァァァッ!!」

 

 マスコミの集団をやり過ごした生徒達に告げられた相澤の正に学校といった言葉に皆高揚する。

 

 しかしそれ故始まったのは立候補の嵐だった。

 

 ヒーローを目指す者として他の者より他者を導く経験を多く積みたいのだろう、自分こそがという意見が教室中に響く。

 

 誰もやりたがらないより遥かに良いがこれはこれで問題だった。

 

(学級委員ねぇ、トップに立つ経験ってのは得たい……が、その為に早朝や放課後呼ばれる可能性があることを考慮すると避けたいな)

 

 ある事情で朝早くと放課後の時間が多忙な千土にとって学級委員の役目は興味はあれど望むものではなく周囲の様子を一歩引いて眺めていた

 

「皆静粛にしたまえ!! "多"を導く重要な仕事なんだ! それをただやりたいという理由で決めてしまって良い筈がない、ここは皆が信用する人物こそを委員長とするべきだ!!」

 

 いつまで経っても決まらぬ現状を打破する飯田の発案が教室に響く。

 

 もっともその彼自身が誰よりも真っ直ぐに挙手している辺りギャグで言っているのかと思ってしまう。

 

「嘘つけ!! そびえたってるじゃねぇか!!」

 

「そもそも知り合って日も浅いのに信用する人物っていうのも難しいわ飯田ちゃん」

 

「だからこそ!! ここで票をとった者が本物である証明だと思わないか!?」

 

「まぁ確かにそれなら皆納得するんじゃないか? どうせこのままじゃ決まらないしそれで良いだろ、相澤先生もだいぶストレス溜まってきてるっぽいしな」

 

 なおも力説する飯田の言葉に合わせて告げられた千土の発言を聞き皆、相澤に視線を向けると「いい加減さっさと終わらせろ」と言いたげな相澤の顔が視界に入った為、反論も一気に無くなり飯田を言うように多数決を行うこととなった。

 

 ▼▼▼

 

(さて、多数決になったのはいいが誰に投票するかな?)

 

 投票用紙を前にペンを回しながら思案する。

 

(普通に考えると統率力のある奴なんだが……まだ皆のことは良く分からんし推薦組の二人のどっちかにするかな……いや)

 

 自己推薦をしない以上最もふさわしいと思える者を選ぶべく、優秀である推薦組の二人を思い浮かべるもよりふさわしい人物のことを思い出す。

 

 ▼▼▼

 

 結果として大半の者が自己推薦の為2票以上を取ったものが少ない中、意外なことに緑谷が3票を得て委員長に、そして1票差の八百万が副委員長となった。

 

「ぼ、僕が委員長!? マ、マジでか!?」

 

 喜び以上に驚愕と緊張が強いのか緑谷は身体を震わせ戸惑っていた。

 

(緑谷が委員長か、選んだ奴が選ばれなかったのは残念だけどこればかりはしょうがないか)

 

 千土は少しばかり惜しみつつも仕方ないと割り切るが自分の投票した者の結果を見直してあることに気付く。

 

(投票数1ぃ? アイツ自己推薦してねぇのかよ何がしたかったんだ!?)

 

 ▼▼▼

 

 委員長も無事に決まり授業も滞りなく進み学生待望の昼休みとなり、千土は一度身体を伸ばすとポケットから財布を取り出し中を確認する。

 

「今朝の出費でもう金が無ぇな、……っつってもこれ耳郎に知られる訳にはいかんしなぁ」

 

 数日間の付き合いながら彼女は責任感の強いところがあるのは分かった為、今朝の衣服代で所持金が殆ど尽きたと知れば恐らく謝ってくることだろう。

 

 とはいえ今朝の事は完全にマスコミのせいであり、彼女に落ち度は一つもない以上無駄に罪悪感を与えるのは気が引けた。

 

 そして一番の理由として一度カッコつけていて金がなくて昼飯買えません等とバレるのは正直恥ずかしい。

 

「……という訳で轟、そのうどんくれ」

 

「何がどういう訳か知らんが会話したことねぇ奴にいきなり飯たかるとかメンタルすげぇなお前」

 

 障子や常闇の場合良く話す機会があるため耳郎の耳に入る恐れがあると考えた結果、千土の出した答えは最も会話する機会が少なそうで口の固そうな轟に頼むという無謀極まりないものだった

 

「良いじゃねえか、明らかに適当に日替わりセット頼んだらついてきたのがうどんで麺類被って困ってたっぽいし」

 

「……まぁな」

 

 ここ数日学食で好物の蕎麦を頼み続けている轟だったが、如何せん消化の早い蕎麦では午後の授業が終わる頃には小腹が空く為適当に日替わりセットを頼んでいたのだが今日のセットはうどんだったらしく、片寄ったセットに密かにまいっていたのだった。

 

 もっともだからといって残す気など毛頭なく、とりあえず本命の蕎麦を食べてからうどんも頂こうかと考えていたのだが。

 

「別にやるぶんには構わねぇけどよ、昼飯買えないほど金無いのか?」

 

「あ、マジで? サンキュー」

 

「マジでメンタルすげぇなお前……」

 

 問いかけには一切応じず、前半の台詞のみに反応し対面席に座りお盆からうどんの丼をかっさらっていく千土の行動に若干戸惑う。

 

「いやー助かったわ、昨日まではそこそこ持ってたんだけどな、今朝予想外の出費があってさ」

 

「何だ、聞いてはいたのか……」

 

「あ? 何が?」

 

「いや、何でもねぇ」

 

 自分と目の前のクラスメイトは壊滅的に噛み合わないことを察して轟は押し黙る。

 

「そうか? なら続けるけど、実は今朝登校前に知り合いが家に押し掛けてきてな、スロットに生活費吸われたから恵んでくれとか言ってきてな」

 

「完全に駄目な奴じゃねぇか」

 

「まぁ3倍にして返すって言うし、先日は馬に勝ってたから今度もいけると思って貸したんだけどさ」

 

「いやそれで貸すなよ」

 

「そんなこんなで今金ないんだわ」

 

「自業自得じゃねぇか」

 

「とにかく助かったよ、また後日3倍にして返すわ」

 

「今その台詞は微塵も信用できねぇんだが?」

 

 因みにここまでの話は全て嘘ではなく完全に小遣いが尽きたのは変装の衣装代であるが、それ以前にこの出来事があったことでかなり所持金が減っていたのだった。

 

 屈託なく笑いながらうどんを食べる別段親しくないクラスメイトの姿に轟は呆れ、極めて当たり前のことを問う。

 

「親からは貰えなかったのか? 厳しいのか?」

 

 "親"、その言葉を口にするのはあまり好きではなかったが昼飯代すら儘ならない千土に疑問を持った為そう問いかけると千土は少し考える素振りを見せた後に口を開く。

 

「……うち両親はいなくてな、さっき言った知り合いの世話になってんだ」

 

 "両親はいない"、それが一時のことを言っているのではないのだと理解して轟は僅かながら眉を動かす。

 

「……悪ぃ、無神経だったな」

 

「なぁに気にすんな? 大体当然の疑問なんだ、むしろ気にさせて悪かったな」

 

 再び屈託なく笑い出した千土に轟は少し安心し無意識に入っていた肩の力を抜く。

 

「まぁそんな訳で飯を諦めかけてたから助かったわ」

 

「そうか、なら良かったな」

 

「おうサンキューな轟、正直気難しそうに思ってたけど案外普通に良い奴だなお前」

 

「飯奢らせたからだろそれ…………っ!?」

 

 現金な掌返しにさすがの轟も苦笑した時その異変が起こった

 

『緊急警報! "セキュリティ3"が突破されました、生徒の皆さんは慌てず冷静に屋上まで避難してください、これは訓練ではありません、繰り返しますこれは訓練ではありません!!』

 

 食堂、学校中に大音量のアラートが響き渡る。

 

「これって……」

 

「校内に侵入者……ってことだな」

 

 突如鳴り響いた警報に半ばパニックに陥った生徒達の中、千土と轟はあくまで冷静に状況を確認する

 

「避難しようにもこのパニックじゃどうにもならねぇな……地城?」

 

 周囲を見渡した後視線を戻すと床に両手を着いて目を閉じる千土の姿が目に入る

 

「生徒達のパニックで良く分からんが侵入者はかなりの数がいるな……だが何だこれ全力で押しかけて来てるのか? とても侵入者の歩き方をしてねぇぞ」

 

「なるほど、地面を使って索敵も出来るのか」

 

「歩く振動を地面を通して感知するんだよ、基本足が地面に着いてたら充分なんだがこのパニックじゃな。──ん? 連中、足を止めたな」

 

『やあやあ生徒諸君、校長の根津です。侵入者の正体はマスコミだったとのことだ、だからもう避難は大丈夫、後は先生達で対処しますので諸君らは自分達の教室で連絡があるまで待機していてくれたまえ』

 

 索敵していた侵入者達が足を止めると同時に聞こえたその報告を受け、パニックに陥っていた食堂も少しずつだが落ち着きを取り戻した

 

「マスコミか、朝といい面倒くせぇ」

 

「何だ轟、やっぱお前も絡まれてたのか──っ!?」

 

 ため息混じりに呟く轟に声をかけようとした時、まだ床につけていた手を通して"それ"に気付く。

 

 マスコミ連中から遠く離れた位置の床に男性二人分の歩く振動が響いていた。

 

 明らかにマスコミとは異なる存在に嫌な予感が駆け巡る。

 

(思えば不自然なことだらけだ、ただのマスコミが雄英のセキュリティを突破できるわけがねぇ、何より自分達以外の局の人間だっているってのにそんな行動とれるわけがねぇっ!!)

 

 だとしたら考えられる答えはただの一つ、マスコミは目眩ましとして利用された、つまり今回の騒動を起こした侵入者とは──―

 

「おい地城、いつまでそうしてんだ?」

 

「悪ぃ轟誰か先生呼んどいてくれ、場所は確か資料室だ」

 

 それだけ言うと既に落ち着いた生徒達を掻き分けて二人組の侵入者の元へ駆け出す。

 

 背後から轟が呼ぶ声が聞こえるが自身を襲う嫌な予感が足を動かしていた。

 

 ▼▼▼

 

「ちっ! もう立ち去った後か」

 

 資料室に辿り着くと気配を可能な限り消しつつ中の様子を伺ったがそこにはもう誰の姿もなかった。

 

「妙だな、奴らが動いた様子はなかったんだが」

 

 もう一度周囲を見渡すがやはり既に誰もいない、隠れている気配も一切感じられず千土は張り詰めていた力を僅かに抜く

 

「歩くことなく移動したとすれば浮遊の個性か飛べる異形型の奴がいたのか? ──或いは……」

 

「生徒達は教室で待機しろと連絡があったはずなんだかな」

 

「……相澤先生」

 

 少なからず怒気が含まれている声が背後から聞こえ、千土は半ば諦めたようにその声の主の顔を見る

 

「すみませんさすがに軽率過ぎました」

 

「分かってるなら一人で行動すんな、万が一のとき責任をとるのは学校側なんだ。──それで状況は?」

 

「資料室でしたよねここ、あんまり生徒が見るべきじゃないと思って細かくは見てないですけど扉が破られたぐらいで被害らしい被害はなさそうっす」

 

 雄英の記録や他学校との打ち合わせのメモ、年間のカリキュラム等多くの情報をまとめた教室は本来厳重な施錠が施されていたが今はその施錠が崩れたように壊されていた。

 

「校門のセキュリティと同様の壊れ方だな」

 

「──どう考えてもマスコミの仕業じゃないっすよね」

 

「つまり、"その可能性"を理解していて一人で来たんだな」

 

 相澤の言葉に千土は「しまった」と口を開く。

 

「まぁ説教は後だ、とにかくお前は教室に戻れ」

 

 "説教"その言葉が意外でふと呟く。

 

「正直この場で除籍処分を覚悟してました」

 

「なら二度とこんな行動はするな。お前はまだヒーローじゃない、あくまで生徒だ」

 

「はい、失礼します」

 

 もう一度謝罪を述べ踵を返す──そこでふと思い出して足を止める。

 

「そうだ、ここに来ていた侵入者、一切歩いた様子がないのにいなくなってました」

 

「何?」

 

「異形型か何らかの個性、──最悪ワープしている可能性も……」

 

「分かった、他の教員達との情報共有の際に伝えておく」

 

「お願いします」

 

 それだけ伝えると今度こそ千土は教室へ戻っていった

 

 教室に着くと轟から事情を聞いたのであろう友人達からの総説教を貰った後に暫くして戻ってきた相澤からも説教を頂くことになったのだが……

 

 ▼▼▼

 

「あー疲れた、説教だけじゃなく反省文までとは」

 

「身から出た錆だな」

 

「むしろそれで済んで良かったじゃん?」

 

 反論の余地もない常闇と耳郎の言葉にがっくりと肩を落とすとその状態のまま口を開く。

 

「てかお前らは何で待ってたんだよ、先に帰って良いって言ったろ?」

 

「別に、どんだけ絞られて帰ってくるかなって思っただけだし」

 

「人の災難を娯楽に……」

 

(今朝借り作ったのに置いて帰ったら後味悪いと言っていたとは言わない方が良いのか?)

 

(恐らくな)

 

 友人達の心ない思惑に悲しげな声を出す千土に常闇と障子は曖昧な表情を浮かべ、ひとまず話題を変えることにした。

 

「そういえば地城は今朝の投票が0票だったが誰に入れたんだ?」

 

「あぁ飯田に入れた」

 

「飯田? 確かに真面目な奴だが何故?」

 

「だって皆が立候補して話しが進まなくなってたときに投票のアイデア出してたろ、あれ完全に委員長の仕事してただろ」

 

「なるほど、だがだとすると飯田自身の票は……」

 

「多分緑谷にでも入れたんだろ?」

 

「それは……何というか」

 

 あれほど真っ直ぐに挙手しておきながら他人に票を入れるという生真面目過ぎる性分に皆呆れる。

 

「しかしそうなると地城は委員長に相応しい者を"見極めた"ということか」

 

「いやただの偶然……っていうのは飯田に悪いか?」

 

 昼の騒動の最中パニックになっていた生徒達を落ち着けたという功績で緑谷は自身よりも委員長に相応しいと言い飯田にその座を渡したのだった。

 

「しかしやりたいくせに他の奴に票入れたり、選ばれていながら譲る奴だったり変な奴ばっかだなうちのクラスは」

 

「そこに指示を無視しての独断行動をする者も入れるべきではないのか?」

 

「さっさと忘れろよ鳥頭」

 

「生憎記憶力にはそれなりに自信があるが?」

 

 痛いところを突かれ言い返せない為顔をしかめる千土に対して常闇はフッと勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「ていうか本当に何であんなことしたのさ?」

 

 耳郎の問いに千土は一瞬だが答えに困る。

 

 千土の抱いた予想は彼女らに余計な不安を与えかねないものだったから──しかし彼女らも自分と同じヒーローを目指す者であることを思い出し直ぐに考え直す。

 

「侵入者の正体はマスコミだった──けどその中に"ヴィラン"が混じってた可能性がある。正確には"ヴィラン"がマスコミを利用して侵入してきたって言った方が良いか」

 

「何だと!?」

 

「あくまで可能性だけどな」

 

「だが確かにただのマスコミの行動とは考えにくいのも事実だな」

 

「そういうこと……どした耳郎?」

 

 障子の言葉に頷いていると横に耳郎が自分のことをじっと見ていることに気付き首を傾げる。

 

「アンタ、もし本当に侵入者が"ヴィラン"だったらどうするつもりだったの?」

 

 他の2人も口にはせずとも気にしていたのだろ何も言わず千土の顔を見つめていた。

 

 さすがに誤魔化すことも叶わないと判断し諦めたようにため息をつくとぽつりと声を出す。

 

「正直分からねぇ、今回にしても勝手に身体が動いちまってた」

 

「何それ、無意識に侵入者のとこ行ってたってこと?」

 

 疑うような口調で問い詰める耳郎に対し首を縦に動かすと静かに告げる。

 

「──ただ、俺にとって"ヴィラン"ってのは心底気に入らない連中だけどな」

 

 その声は常に陽気な千土のものとは思えない程冷めきった何かを含んでいた。

 

「地城?」

 

 不意にその声を聞いた3人は不穏な"それ"に戸惑う

 

「人を脅かすものなんていつか全部無くなっちまえばいいのにな」

 

 冷たく呟く千土に対してその日耳郎達は何も話すことは出来なかった。

 

 

 ──END──

 



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第5話 黒き霧の強襲

 マスコミの侵入による騒動から数日後、ヒーロー基礎学の時間、教壇に立った相澤は生徒達に告げる。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイトにもう1人加えての3人体制で行うことになった」

 

「はーい、今回は何をするんですか?」

 

「災害水難なんでもござれ人命救助訓練だ」

 

 人命救助、ヒーローを志す者としてその言葉は皆に気合をより一層強くさせる。

 

「救助はヒーローの本懐だからな、戦闘訓練以上に厳しいかもな」

 

 若干身構えた様子の千土の言葉に耳郎も「かもね」と呟き相澤に視線を向ける。

 

 マスコミ侵入のあった日の放課後、普段とかけ離れた冷たい様子を見せた千土に対して耳郎達はどう話そうか迷っていたが、翌日には普段と変わらない様子に戻っており肩を透かすということもあったが数日経った今ではすっかり元の調子を取り戻していた。

 

「今回コスチュームの着用は自由だ。それと訓練場所はここから少し離れた場所だ、よって移動はバスでする。各自準備を急げ」

 

 連絡を終えると相澤はさっさと退出していき、残された生徒達に遅れたら何と言われるか分かったものではない為急いで準備を整えバスへと向かうのだった

 

 ▼▼▼

 

「こういう作りだったとは……」

 

 バスに乗り込んだ直後飯田は一人唸っていた。

 

 それというのも飯田は委員長として気合をいれ皆の座席を割り振っていたのだが、バスの座席の造りが想定と違異なっていたのだった

 

「座席の指定意味なかったね」

 

「ぐおぉぉぉぉ!!」

 

 無慈悲な追い打ちも加わったことで飯田は完全に凹んでしまったが、A組の者達は思い思いの会話を始めていった。

 

「お、このゲーム新作出るのか。爆豪知ってた?」

 

「……」

 

 一方千土も"隣の相手"が面倒な相手ではあるが折角のバス移動中に黙っているのも勿体なく思い携帯ニュースをネタに会話を試みていた──が案の定無視された。

 

「えー、あのヒーロー夫婦離婚すんの? どっちも好きだったから勝手に祝福してたのに……、爆豪どう思う?」

 

「……」

 

「はぁ!? 地球に隕石接近中!? 結構大きいらしいぞ爆豪」

 

「……」

 

「マジで!? あのアニメ2期製作決定!? 嫁にまた会えるやったぜ」

 

「……」

 

「あー何かこの情報だけで幸せだわ。生きてて良かった」

 

「絡まねぇのかよ!?」

 

「なんだよ爆豪うるさいな」

 

「テメェが先に絡んできたんだろうが!? つぅか嫁ってなんだ気持ち悪ぃ!!」

 

「は? お前その歳で推しのキャラの1人もいねぇの? 何を糧にして生きてんの?」

 

 気が付くと自然と会話が始まりそこそこ楽しむことができていた。

 

「あなたの個性ってオールマイトのものと似ている」

 

 しかし不意に聞こえた蛙吹の言葉に興味を惹かれ視線を向けてみるとその言葉をかけられた緑谷は挙動不審になりながら「よくある個性だよ」と否定している。

 

「そうだぜ梅雨ちゃん、オールマイトの個性はあんな反動はねぇ。似て非なるものって奴だ」

 

 切島もまたその言葉に同意すると緑谷はどこか安心したような様子だった。

 

 そこからはどうやら話題の流れも変わったようなので再び目を閉じてバスの到着を待とうとする──が

 

「でも強さで言えば一番はやっぱり轟と爆豪の二人だよな、派手だし」

 

「でも爆豪ちゃんはいつも怒ってばかりだから人気出なさそう」

 

「確かになー」

 

「んだとゴラァッ!!」

 

「はい落ち着け、ステイステイ」

 

「犬扱いしてんじゃねぇッ!! ぶっ殺すぞ反省文野郎ッ!!」

 

 会話の流れで煽られた隣の爆豪が案の定キレた為適当に宥めていると怒りの矛先が自身に向きため息をつく。

 

「で、でも個性を使う技術なら地城君も凄いと思うよ、訓練の映像や相澤先生のテストの時もびっくりしたし」

 

「そういや地城の個性も凄ぇよな、岩とか砂とかいくらでも操れんだろ?」

 

 唐突に自分の名前が出て緑谷達に向き直る。

 

「俺と瀬呂と戦ったときは岩や砂を動かすだけじゃなくて脆くしたり固くしたり、腕に纏ったりしてたし、テストの時は地面低くしたり高くしたりしてたよな?」

 

「そうだな、後は重さの増減、穴堀り、歩く振動の感知と、あと……まぁそんなもんだな」

 

「凄ぇ幅広ぇなやっぱ」

 

「オイラももっと凄い個性なら女子の注目ももっと浴びれたってのに……」

 

 自身の個性に卑屈になっている峰田が嫉妬に満ちた声で呟くのが聞こえた。

 

「──そうだな、確かに俺は"恵まれた個性"なんだろうな」

 

「地城?」

 

 寂しげに語るその姿に皆傾げる。

 

「世界にはさ、自分の個性で苦しんでる人だっているんだ。その人達からすれば俺は相当恵まれた奴なんだろうな」

 

 そう言うと千土は軽く息を漏らすといつもと変わらない陽気な声で続ける。

 

「だからこそ、俺たちはもっと地に足つけて自分の"個性"を伸ばさないとな。俺もお前も充分恵まれてんだ、出し惜しみしてたらもったいねぇだろ?」

 

「な、何だよ、何か悟ったみてぇに言いやがって」

 

「ははっ、確かにらしくなく真面目に語り過ぎちまったな、しっかしそういう意味じゃ俺はお前がかなり心配だぜ緑谷、お前の個性本当に大丈夫なのか?」

 

「えっ!? 僕が!? えっと確かに今はまだ上手く扱えないけど、それでもいつかきっとこの力を使いこなしてしてみせるよ!」

 

「なら良いが、扱い切れずに誰かを傷付けたらそれをずっと背負うことになるんだ、気を付けろよ」

 

「う、うん、ごめん」

 

「あー、いや責めるつもりはなかったんだが……、なぁ緑谷、言いたくなければいいけどお前その個性で子供頃大丈夫だったのか?」

 

 緑谷に謝られ気まずくなりつつも千土は問いかける。

 

「あ、えっと、ほら個性の使用は禁止されてたから、その」

 

「それでもあんなに怪我を負う個性なんだろ、"個性制御施設"から招待はなかったのか?」

 

「"個性制御施設"?」

 

「自身で制御仕切れない危険な個性を持った者達の為の施設だな、昔個性を制御仕切れず意図せず多くの人に被害を出してしまった者がいて一応無実にはなったが周囲から中傷されて、結果"敵"になってしまったという事件があって二度とその様な者を出さない為に設けられたらしい」

 

 聞き慣れない名前に首を傾げた緑谷に常闇が説明を入れる。

 

「個性を制御出来ぬ者が自力で制御出来るまで人里離れた施設で預かり、引退した"元ヒーロー"が育てるというものだ」

 

「へー、そんなところがあったんだ」

 

 彼自身、制御が必要な特殊な個性を持つ為その存在は知っていたがやはり大半の者が知らなかったようだ。

 

「まぁ危険な個性を持った奴が集まる訳だから入れることを躊躇する親が殆どらしいけどな」

 

「詳しいな地城?」

 

「もう着くぞお前ら、お喋りはその辺にしておけ」

 

 相澤の注意が入り皆すぐに会話を止め窓の外に視線を向けると目的地の訓練場の壁が目に入った。

 

 ▼▼▼

 

『USJかよ!!』

 

 訓練場に入ってみれば目に映るのは巨大な遊園地の様な光景でそう叫んでしまうのも仕方なかった。

 

「ここは様々な災害に対しての演習を可能にする為僕が作った施設、その名も"嘘の災害や事故ルーム"略して"U●J"」

 

『本当にUS●だった!?』

 

 宇宙服を模したヒーロースーツを纏ったヒーロー『13号』の言葉に皆ツッコむ。

 

「あれ、確か今回はオールマイトもいるんじゃなかったか?」

 

「そういえば姿が見えないね……って地城、アンタ凄い嬉しそうじゃん」

 

「いい加減気にし過ぎではないか?」

 

「流石に失礼だ」

 

「マジで気まずいんだよ、代わってくれ耳郎~」

 

「どうやって!?」 

 

 耳郎達からさすがに注意されるも千土は弱弱しく呟き皆呆れる。

 

「私語は慎め、オールマイトは遅れてくるそうだから進めるぞ、13号からの説明を聞け」 

 

『はーい』

 

 注意を受け皆あちこちに向けていた視線を13号へと移す

 

「えーそれでは訓練を始める前にお小言を一つ、二つ……三つ……四つ」

 

(やべぇめっちゃ増えてってる……)

 

 徐々に数が増えていくお小言に千土は若干顔を引きつるも耳だけはしっかりと傾ける。

 

『ご存知でしょうが僕の個性は『ブラックホール』です。全てを塵にする事ができ、災害現場ではそれで瓦礫を砕き救助活動をしています。……ですがそれと同時に『簡単に人を殺せる』個性です』

 

 小言というには重過ぎるその内容に皆呆気にとられ息を飲む。

 

「皆さんの中にもそんな力を持つ人もいることでしょう。今の世の中は個性の使用を規制し成り立っているように見えてはいますが一歩間違えれば安易に命を奪えることを忘れないで下さい」

 

「──ッ」

 

 "命を奪える"、千土はその言葉に拳を強く握る。

 

 記憶の中から昔の光景が溢れてくるのを抑え、それを記憶の中に再び戻す

 

 ──決して忘れたりはしない、だが"それ"は今必要なものではないのだから。

 

 握った拳をほどき再び13号の話にし集中する。

 

「今回の訓練では各々自分の個性でどの様に人を救えるのかを学びましょう。君達の個性は決して誰かを傷付けるものではないこと、それを覚えて帰って下さい」

 

『はいっ!!』

 

 どうやら物思いに更けている間に少し話は進んでいたようだが肝心なところはちゃんと聞けたようで安心して皆と同時に大きく返事する。

 

 ヒーローとしての心構えに触れ自然と全身に力が入る、今回の訓練も全力で臨もうと集中し──―それ故に"それ"に気付いた。

 

 噴水広場に浮かぶ小さなモヤのようなもの。それが徐々に広がっていく。

 

 全身に入っていた力は悪寒へと変わり、無意識に臨戦態勢をとる。

 

「相澤先生ッ!!」

 

 やがて充分に広がったモヤの中から大勢の者達が出てくる。

 

 そのいずれもヒーローらしからぬ物々しい雰囲気を発し、何者なのか千土にすぐに伝える。

 

「分かってるッ!! お前ら一塊になって動くなッ!!」

 

 相澤の鋭い警告が入るが大半の生徒は未だに理解が追い付いていない。

 

「何だこれ? ひょっとして入試みたくもう始まってるってことか?」

 

「動くな!! あれは──"ヴィラン"だ!!」

 

 ゴーグルを装着し臨戦態勢をとった相澤の、そして明確な殺意を向けてくるヴィラン達の空気を受け皆身体を硬直させる。

 

「ヴィランって!? 馬鹿かよ何でヒーロー学校に襲撃してくるんだよ!?」

 

 狼狽える上鳴の言葉を聞きつつも相澤は先日の騒動を思い出す。

 

「やはりあのマスコミ共は奴らにけしかけられたか」

 

 千土の報告でもあった希少なワープの個性持ちが連中の中にいることも含めて合点がいく。

 

 やはりあの一件は全てこの為に奴らが仕組んだものだったと。

 

「先生、侵入者様のセンサーは!?」

 

「当然設置している……だが何故か起動していない」

 

「ならそういう個性持ちが連中の中にいるってことだな、校舎から離れた場所で通信手段も断つ。奴ら無計画な馬鹿じゃねぇな」

 

 さすがと言うべきか推薦組の二人は冷静に状況を整理し始めていた。

 

「なら上鳴、お前は校舎に連絡を試みろ。ッ!! おい地城、何する気だ?」

 

「とにかくこの状況は明らかに良くないんで、連中の立ってる地面を沈めます、ワープ持ちがいたとしてもそれで少しは時間が──」

 

「駄目だ、お前達は奴らを刺激するな──まだな。13号、生徒を守れ」

 

 そう言うと相澤はヴィラン達が集う噴水広場に向かい身を乗り出す。

 

「相澤先生まさか一人で!?」

 

「そんなっ!? あの数相手じゃイレイザー・ヘッドの本来の戦い方は」

 

「一芸ではヒーローは勤まらん」

 

 緑谷の制止を振り払い相澤は噴水広場に飛び出していく。

 

 すぐにヴィランの大群との交戦が始まるが、相澤は一対多の不利な状況も物ともせず、個性と特殊な布を合わせた戦術で次々とヴィランを薙ぎ倒していく。

 

「す、凄ぇ」

 

「皆さんすぐにこちらに!! 避難しますよ」

 

『させませんよ』

 

 目の前にヴィラン達を出現させた黒いモヤが広がる

 

『はじめまして……我々は"敵連合"と言います。さて簡潔に要件を申しますと……我々の目的はオールマイトの抹殺、平和の象徴の破壊です』

 

 スーツに包まれた部分は分からないが視認出来る部分全てがモヤのヴィランの言葉に生徒だけでなく13号までもが呆気にとられる。

 

 ヴィランへの抑止力である平和の象徴オールマイト、彼を殺害するために雄英を襲撃する。そんな馬鹿げたことが目的だと想像もしなかった。

 

『──しかし残念ながらオールマイトはいらっしゃらないようですね。ならば仕方ありません、さきに生徒達に──死んでもらいましょう』

 

 初めて向けられる明確な殺意に皆肩を震わせる。

 

「その前に潰す!!」

 

 しかしその状況であっても切島と爆豪は動き、爆発と硬質化した拳を目の前のヴィランに見舞う。 

 

 予想だにしなかった突然の実戦であるにもかかわらず動いた2人の攻撃。強力な爆発に周囲に砂煙が舞い上がるもそれはモヤのヴィランには一切通用していない。

 

『あぶないあぶない、さすがは金の卵達と言ったところか。しかし所詮は卵──』

 

「嘘だろ効いてねぇ!!」

 

 攻撃の手応えが何も無く切島は驚愕する。

 

「攻撃を受け付けねぇのかよ」

 

「そんな、じゃあどうしたら──」

 

「下がれ切島、爆豪!! 闇雲に奴を攻撃しても無駄だ!! スーツで隠した胴体を狙え!!」

 

『何!?』

 

 皆が狼狽えだした中響いた千土の警告に今度はヴィランの方が驚愕した。

 

「奴が"敵連合"とやらのキーマン、ワープの個性持ちの様で全身のあのモヤでものをワープさせてるようだが腕や頭部はともかく胴体は実体があるらしい」

 

『貴様何故それをッ!?』

 

 ヴィランの目付きが鋭くなり丁寧だった口調も一気に荒々しく変わる

 

「ハッ戦う前から油断しやがって、後悔しやがれ」

 

 そう挑発気味に笑いながら自身の周囲に砂を浮かべる千土を見てヴィランの男はハッと周囲を見渡す。 

 

『……なるほど』

 

 最初は先程の爆発で巻き上がっただけと意に介すことさえしなかった砂煙が僅かにだが"何か"に動かされているように自分に寄ってきていると気付く。

 

『この砂で密かに私の身体を探っていたのか!!』

 

「ご名答、お前の腕の部分に触れた砂は何処かに飛ばされたが腹部に触れた砂は飛ばされてねぇ、つまりそういうことだ」

 

 ニヤリと笑い千土は煽るかの様に拍手をする──―と同時に誰にも聞こえぬ程の小声で話しかける

 

(耳郎、常闇に目線だけ足元向けるように伝えてくれ)

 

(え? 何突然!?)

 

(頼むぞ、今のやり取りで奴の注意は俺に向いてる。それを利用してやんのさ)

 

 だが少し離れた位置にいる耳郎はその個性によってその僅かな声を聞き取る。

 

 耳郎は自身から千土に声を送れない為一先ず指示に従い隣の常闇に小声で話しかける

 

(常闇、千土が視線だけ足元向けろって)

 

(何? ……これは、穴?)

 

 常闇は指示に従いヴィランに気取られぬ様に密かに視線を自身の足元に向けるとそこに穴が作られていることに気付く。

 

 横目で常闇の様子を見て自分の指示が伝わったことを確認に千土は続けて指示を送る。

 

(今、奴の背後に穴を作ってその穴と繋げた、お前の"闇影"ならその穴から個性だけで奇襲ができるはずだ。頼めるか?)

 

(ッ!! 常闇ッ)

 

 千土の策を理解し耳郎は一瞬息を飲むがすぐに常闇にそれを伝える。

 

(相変わらず意外と策略家な男だ、……任せろ)

 

 一瞬引き受けるか迷ってしまう。"闇影"は周囲が暗ければ暗い程威力と凶暴性が増す。それを地中に入れれば操り切れる保証はない。

 

 だがこの危機的状況で仲間が作ってくれた次と無い好機、それを託されて逃げる事など出来ない、そしてする気もない。

 

 信頼を寄せられた以上することは一つ──―応えるだけだと決意する。

 

(行け"闇影"!!)

 

 個性で生み出したモンスターを足元の穴に潜らせる。

 

 徐々にだが自身の個性の力が増していくのが伝わってくるがそれでも穴の先へと向かわせる。

 

 ヴィランの男も自身の個性を見破られた為か先程の様な油断は見せずこちらを警戒している──がそれ故に背後に作られた穴に気付いていない。

 

 ──いける、土中の"闇影"は力をかなり増しているが最初から抑えていた為まだなんとか操作が可能なレベルであり常闇は、そして彼の表情を伺った千土はそう確信する。

 

((いくぞ!!))

 

「テメェなんかに指図されなくてもなァ!! 俺は最ッ初からそのつもりなんだよォッ!!」

 

「「なっ!!」」

 

 しかしその状況は吼えながら再度攻撃する爆豪によって変化する。

 

 何故このタイミングで爆豪が突っ込んでいくのかと千土は戸惑うが彼の性格とヴィランの注意を自身に向ける為とは言え自分が出した指示の内容を考えれば当然だったと自分の口下手さに舌打ちする。

 

『無駄なことを……』

 

 ヴィランの男はまた腕で爆発をガードする。がそれでも衝撃までは飛ばしきれないのだろう少し後方、密かに作った穴の後ろへと押された。──それは千土達にとって最悪の結果の呼び水となった。

 

『こんなところに穴?』

 

 自身の背後にいつの間にか出来ていた穴を不審に思い明らかに警戒を向け始める。

 

(クソッ!! これ以上"闇影"を地中に留めるのも危険か……一か八かだ)

 

 形振り構ってられず咄嗟に常闇の表情を伺うと既に制御が難しくなりつつあるのだろう、表情が険しくなっていたのを見て決断を下す。

 

「やれッ!! 常闇!!」

 

「捕らえろッ!! "闇影"!!」

 

 呼び掛けと共にヴィランの手前の穴から影のモンスターが飛び出す。

 

『やはり、そういうことかっ!!』

 

 しかしやはりその奇襲は警戒されていたのだろう、ヴィランは両腕のモヤを極限まで広げ自身の腹部に手を伸ばす"闇影"を飲み込む。

 

 ──そしてそれは"闇影"だけに留まらず、皆よりかなり前方に出ていた爆豪を含め、この場の全員を包み始める。

 

『やはり油断はするべきではない、貴方達は──散らして、確実に殺す』

 

 ──やばい、そう思ったとき千土に逃れる術は既になかった。

 

 暗黒のモヤに包まれ目の前が真っ暗に染まる。

 

 ▼▼▼

 

「皆さん大丈夫ですか!?」

 

 咄嗟にブラックホールを形成し自身と近くの生徒をモヤから守った13号だったが周囲を見渡して愕然とする。

 

 この場に残ることが出来たのは自分が守った者達と辛うじてモヤの外に逃れた極一部の生徒だけだった。

 

「嘘だろ……轟も八百万も、爆豪も地城も飛ばされちまった!?」

 

 ヴィランの男と離れていた為助かった瀬呂は周りを見渡し頼りになる仲間の殆どが居なくなっていることに驚愕する。

 

『流石は雄英と言っておきましょう、実に恐ろしい少年でしたよ。私の個性を看破するだけに留まらず反撃方法まで思い付き実行に移すとは。惜しむらくあの爆発の少年との連携ミスですね、皮肉にも彼は私を救う結果を弾き出してしまったのですから』

 

 不敵に、そして不気味に笑いながらヴィランの男はそう言い目の前に残った者達を捉える。

 

『さて、少々飛ばし損ねた者達もいるようですがこの程度なら私一人でもこと足りるでしょう』

 

 13号は再び周りを見渡すと一人の少年に声をかける

 

「飯田君、ここは貴方が外に出てこの事を他の教員達に伝えて下さい」

 

「えっ!?」

 

「通信手段が妨害されている以上高速で動ける貴方が直接応援を呼ぶ方が早い可能性が高い、お願いします」

 

「行って委員長、ここは私達が何とかするから」

 

「しかし!」

 

 それが正しい判断と理解はした。だが他の者を置いて外に出ることに飯田は躊躇う。

 

『敵に聞こえる作戦会議とは、先程の少年の方が余程できていますよ13号?』

 

「貴方は僕が倒すッ!!」

 

『出来ますか? 貴方に"それ"が?』

 

 圧倒的殺傷力を持つ13号が完全にヴィランの男に対して敵意を向けるも相手はただ不敵な笑みを続けるだけだった。

 

 ▼▼▼

 

 黒いモヤから解放されたとき、千土の目に入った世界は先程とは全く異なるものだった。

 

「ここ、山岳エリアだよね」

 

「その様ですわね、あのモヤで皆あちこちに飛ばされてしまった」

 

「それよりおい、囲まれてんぞ」

 

 一緒にこの山岳エリアに飛ばされた耳郎、八百万、上鳴は皆、今の状況に歯噛みする。

 

 クラスメイト達はあちこちに飛ばされ、連絡手段はなく安否不明、そして何より──

 

「おぉ、やっと獲物が来てくれたぜ」

 

「待ちくたびれたぜ黒霧さぁん」

 

 自分達を包囲し凶悪な笑みを浮かべるヴィラン達。

 

「黒霧、それがあのモヤ野郎の名前か」

 

「地城、今はそんな事気にしてる場合じゃねぇだろ?」

 

 ヴィランが口にした名前、状況からしてそれが先程まで目の前にいた男であることは間違いないと判断しそう呟くと隣の上鳴が焦りを含んだ声を出す。

 

「とにかくまずはここを切り抜けることが優先ですわね」

 

「オイオイ、温室育ちのお子様がこの数を何とか出来ると思ってんの?」

 

 八百万の言葉に嘲る様にヴィラン達は笑い出してある者は手にした武器を構え、またある者は個性を発動し身体から様々なものを出し始める。

 

「皆さん、気を付けて──」

 

「皆、そこから動くなよ」

 

「地城さん?」

 

 短くそれだけ言うと千土は防塵ゴーグルを目に当てながら耳郎達より少し前に出る。

 

「何だガキ? まさか一人で後ろの奴らを守ろうってのか?」

 

「カッコいいねぇ、ヒーローはそうでなくちゃねぇ」

 

 無謀としか思えない行動にヴィラン達は皆ゲラゲラと大笑いする。

 

「どうやらお前ら、雄英のカキリュラムを盗んで計画的に襲撃してきたようだが俺達生徒の"個性"は調べてないようだな」

 

「あぁ? だったらどうした?」

 

「なぁに言いたいことは一つだ。貧乏くじ引いたなお前ら」

 

 たった一つそれだけ告げる。目障りなヴィラン共にはそれだけで良い。

 

 右足を一度浮かせそれを勢いよく地面に打ち付ける。

 

 直後千土の足元から地面全体がヒビ割れていく。ヴィラン達はそれが何を意味するのか理解し浮かべていた笑みが一気に歪む。

 

 ヴィラン達が立つ地面は大きく裂けて行き足場をなくした者達は重力に逆らうことは叶わず大きく口を開けた地面に飲み込まれていく。

 

「うあああああああっ!? 聞いてねぇぞ!? たかがヒーロー志望のガキがこんな──」

 

 その声は最後まで続くことなく崩落していく山岳の奏でる轟音に掻き消されていく。

 

 夥しく舞い上がった砂煙によって閉じていた目を開けた耳郎達の前に広がる光景は瓦礫の山と化した山岳に立ち一仕事終えたと息を吐く千土の姿だった。

 

「──終わったぞ、ちと瓦礫で歩きにくくなったけどまぁ何とか降りてこうぜ?」

 

「……それより下敷きになったヴィラン達は!?」

 

「まさか死んじまったんじゃ?」

 

 地の利を得たことで発揮された千土の全力に唖然とした耳郎達は漸く状況を整理し千土に詰め寄る。

 

「さぁな」

 

 しかしただ冷たくそう返す千土に再び思考が乱れる。

 

「さぁなって……」

 

「殺すつもりでやった訳じゃないがわざわざ加減してやるつもりもない。向こうも雄英に乗り込んで来たんだ、反撃されるのも覚悟してたろ。──ってかそれすらせずに来たんだとしたらそれこそどうなろうが知ったことかよ」

 

「……地城、さん?」

 

 普段とかけ離れた乱暴な言葉使いに八百万と上鳴は戸惑うが耳郎は以前に一度見た千土の姿を思い出す。

 マスコミの侵入があった日、人を不安にさせる奴なんて消えてしまえば良いと吐き捨てたあの姿だ。

 

「いやいや、いくらヴィラン相手でもヒーロー志望が人を殺したらやべぇって!!」

 

「そうですわ、助けて頂いた事には感謝します。ですがヒーローとは人を救うもの。決してこのようなやり方では──」

 

「ヒーローとは言えない……か? たしかにそうかもな。けどなこいつ等相手に手加減して時間をかけてみろ。その間にどっかに飛ばされた誰かが殺されているかも知れねぇ、そうなったらお前らはこんな奴等に時間を無駄に使った"自分"を許せるか?」

 

「それはっ……」

 

「あの時自分がもっと早く動いていれば助けれられたかも知れない、もっと自分が強ければ……。恨みや憎しみはいつか晴れるものさ。けどな……自責の念ってのはいつまで経っても消えてくれねぇんだ」

 

 寂し気に語る千土に対して八百万も上鳴も言葉を失う。

 

 相手がヴィランであってもヒーローが命を消す等あってはならない。その考えは今でも揺らいでなどいない──が千土の言い分を覆せる理由を出すことが出来ないでいた。

 

「まぁ俺のやり方が気に入らないってのも仕方ねぇさ、でも今だけは頼む、俺に協力してくれ。俺はこんなふざけた連中なんかに友達の命を奪われたくなんてないんだ」

 

 頼む。と頭を下げる千土を見て八百万達も顔をハッとさせる。

 

 互いの意見が合わずとも少なくとも今は言い争うべき状況ではないと自身に言い聞かせる。

 

「そうですわね、今はとにかく他の皆さんと合流しなくては」

 

「でもよ、皆がどこに飛ばされたのか分かんねぇんじゃ探し回るのも危なくねぇか?」

 

「……何か案はある? 地城」

 

 耳郎もまた再び見せられた千土の冷たい態度が気になりつつも現状を打破すべくそれを一先ず置いておく。

 

「とにかく最初の広場に戻るべきだな、あのモヤ野郎と戦いになってたらマズい」

 

「マズいって、アイツの個性はお前が見破ったじゃねぇか、それにあの13号先生だっているんだぜ?」

 

「それがダメなんだ、中途半端に抵抗出来ちまったからこそ向こうの油断が消えちまった。あれは完全に俺のミスだ。……それに奴の個性を見破ったせいで尚更危険が増えちまった」

 

「どういうこと?」

 

 意味が分からず聞き返す耳郎に「移動しながら話す」と言い千土のは瓦礫の山を下りて行く

 

「ちょ、ちょっと待てよ!!」

 

 慌てて千土の後を着いて行く上鳴だったがその足が人より一回り大きい瓦礫にぶつかった時岩が容易く転がったのを見て耳郎は息を漏らす

 

「──何だ、軽くしてんじゃんやっぱり」

 

 自分の足元の瓦礫を一つ掴んでみるとその瓦礫もまた本来重さと比べるとあまりに軽い重量で少なくともこれで命を落とす者はいないだろうと耳郎は判断した。

 

 ▼▼▼

 

 全員で広場に向かいながら千土はモヤのヴィランについて説明を続ける。

 

「奴の身体は一部がワープゲートになってはいるが服で隠れた身体の部分は実体がある。つまりそこを狙えば攻撃は当たる」

 

「だろ、だったら何がダメなんだよ?」

 

「逆に考えてみろ、つまり奴からすれば"そこにしか攻撃が来ない"って分かり切ってるってことだ。それにワープの個性が合わさってみろ何が起こるか分かるだろ?」

 

 並べられた情報を脳内で整理しある答えに辿り着き八百万は顔を青ざめる。

 

「まさか──」

 

「そのまさか、自分に放たれた攻撃を相手にワープさせる所謂カウンター。ワープ能力の定石だがさっき言った条件が合わさって成功率がグッと上がってる」

 

「ちょっと待って、それじゃあ13号先生の個性は!」

 

「あぁ、確実に敵を倒せる―いや殺せる個性、そんなものがワープゲートに捕まったら」

 

「13号先生が殺されちまうじゃねぇか!!」

 

「そういうことだ、急がねぇと取り返しのつかないことに──―あ!?」

 

 脳裏に走る最悪の可能性を振り払い全力で広場に走る千土だったが視界の端に見覚えのある姿が映り足を止める。

 

「飯田っ!? お前も飛ばされてたかっ!!」

 

「むっ!? 地城君か、良かった無事だったか」

 

 千土達と少し離れた道を走っていた飯田の姿を見つけ呼び掛けると飯田は少し安心した様に表情を崩したが再び顔をしかめる

 

「すまない、直接応援を呼ぼうと外に走っていたのだがあのモヤのヴィランに追い付かれて飛ばされてしまったんだ」

 

「チッ、つくづくワープの個性ってのは厄介だ」

 

「それよりも、他の皆が奴に不意討ちの奇襲を仕掛けたんだが奴に気づかれて飛ばされてしまったんだ」

 

「何!?」

 

「僕は何としてでも学校へ応援を呼ばなくてはならない。君達は飛ばされた皆と合流を図ってくれないか? それと13号先生の所にも」

 

「それって13号先生はっ!?」

 

「13号先生は俺達を守ろうとして奴に攻撃したが、奴のワープにそれを利用されて逆に重傷を」

 

 それは正しく千土の言った最悪の予想そのものだっただった。

 

「分かった、それは俺達に任せろ。出口に待ち伏せがいるかも知れない、気を付けろよ飯田」

 

「君達こそくれぐれも無理はしないでくれ」

 

 そう言い残し飯田は今度こそ全力で出口へと走っていく。

 

 あの速度ならば今からでもそう遅くなく応援が呼べるはずだと少し安堵する──が飯田の言ったことが気掛かりとなりすぐに気が張り詰める。

 

「予定変更だ八百万、お前は引き続き広場に向かってくれ、13号先生の応急処置はお前の個性でしか出来ない。上鳴は八百万の護衛を頼む。で耳郎は俺と一緒に飛ばされた皆との合流だ、あちこち走り回って皆の声を拾ってくれ」

 

 千土の指示に皆すぐに頷き、その指示通りに二手に別れる。

 

 ▼▼▼

 

「まだやれるな"闇影"」

 

『任せな』

 

 主人である常闇の問いに意思持つ個性は即答する。

 

 土砂エリアに自身と共に飛ばされた口田の周囲を包囲していたヴィラン達は全て常闇一人で倒し終えたが流石に消耗も軽くなく息を整えていた。だが最悪の状況は止まることを知らずすぐ近くに再びモヤが広がったと思うとそこからクラスメイトである瀬呂と芦戸が弾き出された。

 

 突然飛ばされた二人は戸惑いつつも状況を説明してくれたが13号の重傷、黒霧への奇襲失敗とどれも良い知らせとは言えないものばかりだった。

 

 そして今は徐々に自分達に近づいてくる何者かの気配があった。

 

 出来ればもう少し気を休めたいところだったがすぐに3人と共に警戒態勢をとる。

 

「待って常闇、ウチだよ」

 

 だが聞こえてきた声によりその警戒を解く。

 

「耳郎か、どうやら無事だった様だな」

 

「……どうだか」

 

 短いやり取りだが常闇は少し疑問を感じた。

 

 口調は変わらないが耳郎の声に明らかな焦りが含まれ何より顔をひどく蒼白させていた。

 

「何かあったのか?」

 

 皆散り散りにされたこの状況は確かに最悪ともいえるがそれだけでこれ程取り乱すとは常闇には考えられなかった。

 

「相澤先生がやられた、それに地城が……」

 

 ここにくる直前に見た"化け物"それが耳郎の焦りの理由だった

 

 ▼▼▼

 

 数分前、耳郎は千土と共に黒霧に飛ばされた皆と合流すべく慎重に行動していた。

 

 その途中、通りかかった見晴らしの良い高台にて身を隠しつつ、一人で大勢のヴィランを相手に飛び出した相澤が気掛かりで噴水広場の様子を窺った。

 

 そして見てしまった。全身に手を張り付けた不気味な男とそれに付き従う黒霧、そしてそれに付き従う脳が剥き出しになった化け物染みた大男の姿を。

 

 その化け物は相澤の身体を押さえつけ何度も何度も彼の顔を地面に叩き付けていた。

 

 凄惨過ぎる光景に耳郎の身体は恐怖、そして絶望に凍りついた様に完全に固まってしまっていた。

 

「ど、どうしよう、このままじゃ先生が殺されちゃうじゃん」

 

 ヒーローを目指す者としてやるべきことは何か分かっている。だが身体は震えて動かない、それどころか今すぐ逃げろと訴えてくる。

 

「……耳郎、ゆっくりとでいい、ここから離れろ」

 

「離れろって、まさかアンタ一人で戦う気!? 、無茶だって!」

 

 声を殺しつつも耳郎は自殺行為に走りかけている千土の腕を掴む。

 

「大丈夫。やばけりゃ先生担いで逃げるさ、土中に」

 

「だとしても一人じゃダメだって! 私も」

 

 必死に腕を掴む力を強くする耳郎に千土は少し笑みを浮かべる

 

「……まぁ正直ついてきて欲しいってのも本音だけどな、けどダメだ」

 

「何で!? 私だって──」

 

「震えてる……ってのは冗談だが、散り散りにされた皆が集まるにはお前の力が必要不可欠なんだ」

 

「でもッ────ッあれはッ!?」

 

 全身に手を張り付けた男がいつの間にか相澤の近くから離れていた。だがそれは危機が去ったというわけではなくむしろその逆、彼のすぐ近くに見慣れた姿があった。

 

「緑谷、蛙吹に峰田!? ──チッ、耳郎絶対について来るなよ! ……他の奴らを頼む」

 

 高台から飛び降りながら出された指示に耳郎は躊躇うも自分にしか出来ないといわれた役目、なにより自分がついて行っても千土を困らせるだけだいう事実が彼女の踵を返させた。

 

「絶対、絶対無事でいてね、地城」

 

 離れざるを得ない状況に、或いはついていけない己の無力さにか耳郎は下唇を嚙み締めながらも千土と逆の方向に駆け出した。

 

 ▼▼▼

 

「──そんな……」

 

 気が付けば目の前に迫っていた全身に手を張り付けた―モヤのヴィランから死柄木と呼ばれていた―ヴィランの魔手から蛙吹を助けるべく全力の拳を放った緑谷だったが、その拳は彼と死柄木の間に割り込んできた脳が剥き出しの化物に無傷で受け止められてしまった。

 

「へぇ案外良いパワー持ってんじゃないの。それにスマッシュって掛け声、オールマイトのフォロワーさんかい? まぁいいや、やれ"脳無"」

 

 蛙吹に手を伸ばしながら告げる死柄木の命令通りに脳無と呼ばれた化物が緑谷に対して拳を振り上げる。

 

(まずい、死ぬ!?)

 

 既に打つ手が無くなった緑谷は死を確信し思考を絶望に染め顔を歪ませる。

 

「ははは、これでオールマイトは晴れて生徒を守れなかった無能教師って訳だ」

 

「ちょいちょい、人のクラスメイトをんなことのダシに使わないでもらおうか」

 

 その声と同時に死柄木の足元が隆起し伸ばした手は蛙吹の頭上の空を切る、更に脳無と言われた化物の頭上から大量の瓦礫が降り注ぎその巨体を押しつぶす。

 

「ち、地城君!!」

 

「悪ィ、遅くなったな緑谷」

 

 いつの間にか肩に相澤を背負いながら自分の傍に立っていた千土に緑谷は顔を綻ばす。

 

「喜べ、また一人獲物が増えたぜ? 脳無」

 

 隆起した地面から飛び降りながら瓦礫の山に声をかける死柄木に応える様に瓦礫の山を吹き飛ばしながら脳無が這い出てくる。その身体は多少の砂がついてこそいるが損傷している様子は欠片も見られなかった。

 

「そんな、頭の上からあんなに瓦礫を受けたのに」

 

「まぁお前の攻撃受けても無傷なんだ当然といえば当然だな、とにかく下がってな緑谷。俺がやる」

 

「俺がやるって、まさか一人で!? 無茶だ!!」

 

 緑谷達を庇う様に少し前にでる千土の無謀、或いは思い上がった姿を嘲るように死柄木は口角を吊り上げる。

 

「聞いたかよ脳無、どうやらそいつは一人でお前と戦うらしいぜ。──絶望させてやれよ」

 

「上等だ、後悔すんなよ犯罪者」

 

 背負っていた相澤を緑谷に任せ、一度自身の掌に拳を打ち付けて臨戦態勢をとる。

 

 相手はプロヒーローさえ凌ぐ化物、一切の油断なくそれと向き合う。

 

 圧倒的な力の差を持つ相手に対し今の千土を動かすのはただ一つ、勝利への希望ではなくかといって絶望等ではない、あるのはこの逆境を乗り越えようとする意志、すなわち"Plus_Ultra"ただ一つだった

 

 ──END──

 

 



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第6話 星墜

 緑谷を背に眼前のヴィランと向き合っていた千土だったが一切構えないリーダー格の男の様子に違和感を感じた。

 

「何だ、お前は戦わない気か? 、随分余裕だな」

 

「ハハッ面白いこと言うねぇ、お前らごときがこの脳無に勝てるとでも思ってんのか?」

 

「死柄木、あまり彼を甘く見ない方がいい」

 

 自身の隣に控えた化け物に目をやりながら得意気に笑う死柄木に黒霧が忠告した。

 

「彼の名は地城千土、彼は普通の生徒と比べかなり戦い慣れている」

 

「くだらねぇ、所詮ガキはガキだろ? ……やれ脳無!」

 

 死柄木の命令と同時、脳無と呼ばれた化け物が身体を震わせる。

 一瞬だった。

 先程まで死柄木の隣に立っていた脳無が右腕を振り上げながら千土の目の前に迫っていた。

 

(──速っ!?)

 

 巨体から想像出来ないその速さに目を疑うながらもすぐにその場から飛び退くが、降り下ろされた脳無の拳が地面を砕きその衝撃で後ろにいた緑谷達もろとも吹き飛ばされそうになる。

 

「なんて力っ!?」

 

「──だが、もらったっ!!」

 

 力も速さも想像以上だったがそれを地面に当ててくれたのなら好都合だった。

 

 掌を前に突き出し個性を解放する。

 

 砕かれ飛び散った無数の瓦礫が空中に浮き脳無を包囲する。

 

「潰れろッ『石棺―ストーンメイデン―』!!」

 

 操作した全ての瓦礫を一斉に脳無に叩き付ける

 

 脳無が瓦礫の山に埋もれたのを確認して峰田は両手を上げて歓喜する。

 

「すげぇぞ地城! 、化け物を簡単に倒しちまった」

 

「馬鹿言え、次来るぞ」

 

 瓦礫を砕きながら脳無が再び巨体に似合わぬ速度で飛び出してくる。

 

「止まりやがれッ!!」

 

 地面を隆起させ自身と脳無の間に壁を造り遮る。

 

「ハッそんな土壁で凌げると思ってんのか? 、もろともぶっ壊せ脳無」

 

 土壁は脳無の拳を受け壁の奥ごと一撃で崩壊する。

 

「彼らがいない?」

 

「まとめて吹き飛んだか?」

 

 壁の奥の生徒達の姿が消え、死柄木は勝利を確信したように笑う。

 

「──っ!! 違う死柄木、後ろです!!」

 

「何っ!?」

 

「遅ぇんだよ掌野郎っ!!」

 

「ガッ!!」

 

 地中から死柄木の背後に飛び出すと同時に黒霧の言葉を受け振り返った死柄木の腹に硬質化させた岩を纏った拳を叩き込む。

 

「 (あの化け物は確かにやべぇがリーダー格は間違いなくこいつだ。──ならまずは)──お前からだ!!」

 

 不意討ちの一撃が効いたのか息が詰まり動かない死柄木の脳天に拳を降り下ろす。

 

『させませんよ』

 

「っ!! モヤ野郎!?」

 

 しかし自身の拳と死柄木の間にワープホールが広がり咄嗟に腕を止める。

 

『やはり貴方はどういう訳か戦いなれている。防御に見せた壁を目隠しにして地中から死柄木を狙うとは』

 

 再び何処かに飛ばされることは免れたがその間に死柄木は黒霧に救出されてしまう。

 

「ちぇ、流石にそう上手くはいかねぇかァ」

 

「くそっくそ、このガキがァ」

 

『落ち着きなさい死柄木、最初に油断するなと言った理由が理解できたでしょう』

 

「うるさいっ! 、あんなガキがこの俺に──」

 

『だからこそ冷静になりなさい! 、脳無さえいれば負けるはずがないのですから』

 

 相当苛立ったのだろう身体を掻きむしりながら癇癪する死柄木だったが黒霧に諌められその手をとめると急に落ち着いた声をだす。

 

「……チッ分かったよ、脳無。地面に他のガキ共が隠れてるはずだ。──―潰せ」

 

「なっ!?」

 

 一瞬思考が凍り付きかけたがすぐに両手を地面に付け少し離れた位置の地面の一ヶ所を隆起させる。

 

 その直後に脳無の拳を受け周囲に轟音とともに地面がひび割れ陥没する。

 

 隆起させた地面はその地響きをうけ崩れその中から死柄木に不意討ちを仕掛ける直前に隠れさせていた緑谷達が出てくる。

 

「無事かお前らっ!?」

 

「地城ちゃん前にっ!!」

 

「しまっ!?」

 

 つい皆の方に意識がいったとき、怪人──脳無は目前に迫り、その太い腕を振り抜いていた。

 

 防御も回避も間に合わない。すぐにそれを理解し千土は歯を食い縛る。地面を一撃崩壊させる怪力を受け耐えること等不可能だと直感しながらもそうする以外の手は既になかった。

 

 だがその予想に反し脳無の半身が千土に腕を当たる直前に凍り付り動きを止める。

 

 更に爆音が耳に響きその方向に目を向けると爆発した様に尖った頭の少年が黒霧に乗り掛かって胴体を押さえつけていた。

 

「悪ィな、遅れたか?」

 

「いーやナイスタイミング、助かったぜ轟、爆豪」

 

「あぁっ!? 、誰がてめぇなんかを助けるか殺すぞ!!」

 

「こんな時に喧嘩すんな馬鹿」

 

 自身の隣に立っていた轟と黒霧を押さえつける爆豪だけでなく切島も緑谷達を守るべく彼らの前に立っていた。

 

 切島から諌められると爆豪は黒霧に視線を戻し少しでも"怪しいと思わせる"行動をしたら爆発させるとヒーローらしかぬ脅しでヒーローらしく不必要に相手を痛めつけずに敵を拘束する。

 

「とにかくあの厄介なモヤ野郎を止めてくれてんのはありがてぇ、あっちの化け物も凍って動けないならあとは1人だ」

 

「それはいいが奴の個性は?」

 

「わからん、がこんな連中のボスだ厄介なことは確かだろ」

 

 最大限の警戒をしながら死柄木を睨むと彼は呆れたように腕を広げて呟きだした。

 

「あーあ、見事に全員攻略されちまって。オールマイトと戦ってすらいねぇのに何だこの体たらくは? 恥ずかしくなるねぇまったく。──脳無」

 

「は?」

 

 凍りついた身体が崩壊しているにも関わらず強引に動かす化け物の姿に目を疑う。

 それも当然だった、崩壊した腕も足も"すぐ再生している"のだから。

 

「なんだよこの個性?」

 

「『超再生』、受けた傷を修復する回復能力だ、こいつは対オールマイト用に改造された人間サンドバッグだ」

 

 自身の玩具を見せびらかすかの様に得意気に語ると死柄木は狙うべき獲物に鋭い視線を向ける 

 

「爆発小僧から殺せ、出入り口の確保だ」

 

 ──やばい、そう爆豪が感じたときには脳無は既に自分の目前に迫っていた。

 

 桁外れなパワーで繰り出された拳を受け爆豪は後方にいた緑谷達の近くまで吹き飛ばされる。

 

「かっちゃん!!」

 

「うるせぇてめぇなんかが心配してんじゃねぇ」

 

 まともに攻撃を受けた爆豪の重傷を確信し悲痛な声を出すも爆豪はよろめきながらも何とか立ち上がる。

 

「かっちゃん!?」

 

「馬鹿な!? あのガキ、脳無の一撃を喰らって何故動ける!?」

 

『あの少年の仕業です』

 

 驚愕を隠さない死柄木だったが自身の隣にワープしてきた黒霧の言葉に従い彼の視線を追うと地面に両手をついた地城の姿が見えた

 

『あの爆発の少年が殴られる直前に砂の壁を造ったようです、おまけに彼の落下地点まで砂のクッションを』

 

「チッ、またあのガキか」

 

 何度も邪魔をされいい加減我慢しきれなくなったのだろう忌々し気に睨む死柄木だったが千土としてはむしろ助けたはずの爆豪が同様の目をしていることに呆れてしまう。

 

「まぁいい、出入り口は取り戻した。あとは一人一人丁寧に殺してやれば済む話だ」

 

「あーらら、どうやらアイツ切れすぎて一周回って冷静になりやがった」

 

「どうするんだ? あの脳無とかいう化け物、再生するんじゃ簡単には止めらんねぇぞ」

 

「といってもな、正直あれを止めれるのはお前の個性だけだ。なんとか全身凍らせられねぇか?」

 

「少なくともあのスピードとパワーじゃ途中で逃げられるか壊される。一瞬でも奴を完全に止めろ」

 

 轟の言葉に一度頭を掻きため息を吐く。

 

「無茶を言うなぁ」

 

「無茶を言われたからな」

 

「はは、そりゃそうだ。じゃあ何とか止めてやるから何とか仕留めろ」

 

「地城ちゃん!?」

 

 周囲に瓦礫を浮かせながら脳無に向かって走り出す。無謀極まりない行動に蛙吹達は顔を青くさせるが足を止めることはない。

 

「馬鹿が、殺せ脳無」

 

「舐めんな、『砂嵐―サンドストーム―』!!」

 

「何ッ!?」

 

 舞い上げられた砂嵐は千土達の姿を死柄木達から完全に隠す。

 

「改造人間だかなんだか知らねぇが……"目がある"ってことは視覚を使ってることにはかわりねぇんだろ?」

 

 脳無ッ!! 砂煙なんぞ吹き飛ばせ」

 

 全力で振り払われた脳無の腕による衝撃波は周囲に漂う砂を一瞬で吹き飛ばす。

 

「いけないわ、これじゃ隠れられない」

 

「いや、これは!!」

 

 砂ごと飛ばされそうになるのをなんとか堪えながら周りを見ると今までの脳無の攻撃によって出来た瓦礫全てが空中に浮いていた。

 

「元々俺砂を操作すんのって苦手なんだよね、細かい操作しなきゃならないからさ」

 

 衝撃波を堪えながら脳無の正面にたった千土は笑いながら広げていた両手を勢いよく打ち付ける。

 

「やっぱ石の方が大雑把にやれていいよなァッ!! 『石棺―ストーンメイデン―』!!」

 

 前回とは比べ物にならない程大量の瓦礫を用いて放たれた技は脳無を完全に石の中に閉じ込める。

 

「チッ、抜け出せ脳無!!」

 

「させるかァッ!! 『地質操作・加重+硬質』!」

 

 脳無を飲み込んだ瓦礫の山に触れ瓦礫を一気に重く、そして硬質にさせる。

 

(量が増えただけでなく強度も前回より強い……彼が触れているからか?)

 

「ガキがッ!! 、脳無!!」

 

 しかしやはり脳無の桁外れの力は留め切れず瓦礫の山の中から腕が飛び出し、千土の目の前に一瞬で伸びてくる。

 

「──っ!! 轟ぃッ!!」

 

「任せろ!!」

 

 脳無の腕から逃れるべく後方に飛び退きながら轟の名を呼ぶと、轟の声が聞こえてくるのと同時に目の前の瓦礫の山の真下から冷気が漂い、一瞬でその瓦礫の山を飲み込む氷山が生成される。

 

 瓦礫の中から飛び出していた腕も完全に凍りつきその動きを停止させる。

 

「──―っやった!! 、やったぜあの野郎!!」

 

 実感が湧かず一瞬固まってしまった勝利を確信して峰田は両手を上に掲げる。

 

「やっぱり凄いよ地城君、轟君!!」

 

「おう、漢だぜお前ら!!」

 

 緑谷や切島達も一度安堵を息をつき歓喜する。

 

「喜んでんじゃねぇぞ雑魚ども!!」

 

「あー、まぁ爆豪の言う通りだ。……あと2人残ってんだぞ?」

 

 そう言いながら死柄木達の方に向き直り──その瞬間に違和感を感じた。

 

 あれ程何度も癇癪を起していた奴が静かにこちらを見ていた。

 

「──まさか……」

 

 轟もまたその違和感を感じたのだろう氷山の方に視界を向ける。

 

 氷の壁の内側には確かに瓦礫の山から飛び出た脳無の腕がありそこに閉じ込めたのは明らかだった。

 

 ──バキッと何かが砕けた様な音が嫌に耳に響いてきたのはその時だった。

 

「……やれ、脳無」

 

「くそっ!!」

 

 千土の隣に作られた氷山の中から足下に転げ落ちてきたのは確かに凍り付けにしたはずの"脳無の頭部"。

 凍り付いた身体を強引に動かし頭だけ抜け出して来たのだろう。それに気付きすぐに蹴り飛ばそうとするも足が当たったにも関わらず脳無の頭は微動だにせず、一瞬にして胴体の再生を果たす。

 

「なっ!? 、ガ……ハッ」

 

 そして再生した脳無の腕はその異常なスピードをもって意図も容易く千土の胴体を捉える。

 

 硬質化した岩さえ一撃で砕く脳無の拳を受け千土は口から夥しいほどの血を吐き体内の酸素を全て失ったような感覚を抱きながら強風に晒された木の葉のように吹き飛ばされる。

 

「地城っ!!」

 

「ってぇ……悪ぃ、骨何本かもってかれた」

 

 何とか地面に落下する前に轟が受け止めるも千土の受けたダメージは大きく平気そうに浮かべた笑みもまるで苦痛を隠せていなかった。

 

 轟に支えられながらもふらふらと立ち上がり脳無を睨む。

 

「あの野郎、凍り付けになる直前に頭だけ守ってやがったか」

 

「どうすんだよ、このままじゃ全滅しちまうぞ!!」

 

 狼狽える切島の隣から飛び出した爆豪が吼える。

 

「くそザコモブ共がァアッ!!」

 

「脳無、壁になれ」

 

 死ねェええええっ!!」

 

 個性による連続爆撃による爆音が周囲による響き巻き上げられた砂煙がヴィラン達を隠す。

 

「爆豪の奴……これじゃ連中の行動が読めねぇだろ」

 

「けどこんだけ撃てば再生だって間に合わねぇかも」

 

「いやダメだ!! 、逃げろ爆豪っ!!」

 

「あぁ!? ──っ!?」

 

 爆撃の中を平然と歩き自身の眼前に迫ってきた脳無の姿に爆豪は愕然としながらも即座に爆発の推進力を利用し距離を空けようとするも脳無の腕はそれよりも早く降り払われた。

 

「轟、壁!!」

 

「分かってるっ!!」

 

 千土は土、轟は氷で爆豪と脳無の間に二重の壁を造るが脳無の拳は一撃で容易にそれを砕く。

 

「かっちゃん!!」

 

「なっ!? ──デクてめぇっ!!」

 

 しかしそれでも一瞬脳無の拳を遅らせた。その一瞬に緑谷は爆豪を救った──自身の片足と引き換えに。

 

「てめぇなんかが俺を庇ってんじゃねぇよデクッ!!」

 

「今は止めろ爆豪。大丈夫か緑谷、その足じゃ動けねぇだろ俺におぶられとけ!!」

 

 憤怒に染まった顔の爆豪を諌めながら切島は緑谷に駆け寄り腫れた右足を庇うように慎重に背負う

 

「あ、ありがとう切島君」

 

「気にすんな、それにしてもお前漢だな緑谷」

 

 切島はグッと親指を立てて笑顔を見せると脳無に視線を戻し、その笑顔を曇らせる。

 

「でもよぉ再生するっつっても爆発の中を歩いてくるって反則だろ」

 

「"再生だけ"ならマシなんだがな」

 

「は? 、何言ってんだ地城?」

 

「俺も最初はこっちの攻撃より速く再生してると思ったんだが……どうもそれだけじゃないっぽい」

 

「うん、僕や地城君の攻撃は再生する前から傷すら付かなかった、信じられないけどきっと再生以外に何かがあったんだ。特に決定的なのは頭を地城君に蹴られたときだ、あの時一切動かないなんて"再生だけ"ならあり得ない」

 

「お前も気付いてたか、やるな緑谷。──で、どうなんだ掌野郎?」

 

「──あぁそうだよ、『超再生』だけじゃねぇ、あらゆる物理的攻撃を無力化する『ショック吸収』。言ったろ? 脳無は対オールマイト用のサンドバッグだってさ」

 

 大仰に両手を広げ勝ち誇る死柄木に黒霧は僅かに顔をしかめるも特に何も言わない。つまり彼からしても手の内を明かしても負けること等ないと確信しているのだろう。

 

「個性が2つとか、そんなのアリかよぉ~」

 

「普通の攻撃は効かない上に轟の氷でも再生しちまう、どうすりゃいいんだ?」

 

(やべーのは向こうの力以上にこっちの現状だ、緑谷はあの足じゃ動けねぇ、それに爆豪も──)

 

 先程、脳無に迫られた時、爆発の推進力で回避を試みていたが今までに見てきた爆発と比べると格段に威力が押さえられていた。

 

 間違いなく最初に脳無に殴られたことで腕を少なからず負傷したのだろう。今の爆豪の腕は自身の強力な爆発

 に耐えられないことは明白だった。

 

(俺もこの負傷じゃ走れねぇ、いや、どのみちワープされるんじゃ逃げれる訳もねぇか。どうする? 誰の個性ならやれる?)

 

「……地城、何か策はあるか?」

 

「いや、正直あの化け物とモヤ野郎のコンビを破る手は浮かばねぇ」

 

「そうか、じゃあとりあえずお前もおぶられとけ、動けねぇだろ?」

 

 轟からかけられたその言葉が以外で千土は目を丸くするもすぐに首を振る。

 

「馬鹿言うな、それじゃお前が一気に危険になるぞ。お前まで負傷したら完全にゲームオーバー待ったなしだぞ」

 

『ショック吸収』の前では千土の岩も爆豪の爆破も緑谷や切島の拳も意味がない。唯一決め手になりうるとすれば轟の凍結のみな以上轟にこれ以上の負担はかけらない。

 

 しかし轟は一切迷わず応える。

 

「構わねぇ、このままじゃお前が──」

 

「脳無、次はそこの氷のガキを潰せ。それで奴らは終わりだ」

 

「「──なっ!?」」

 

 脳無に下された標的を定める命令は正に千土達を追い詰める一手だった。

 

「くそ、下がれ轟!! 『砂鎖―サンドチェーン』」

 

 舌打ちしつつ両手を地面に着け、地中から大量の砂を鎖状に形成して脳無の腕に足、胴体に巻き付ける。

 

「ハッ、砂なんぞで脳無を止められるか」

 

 鼻で笑う死柄木の言葉通り、砂の鎖はすぐにほどかれる。

 

 しかし散らされた砂はすぐに集まり再び脳無を縛りあげる。

 

「何っ!?」

 

「どんな力だろうが砂は砕いても砕けねぇな」

 

「ガキがァ!!」

 

「なっ!?」

 

 ほんの少しだが脳無の速度を鈍らせたことで気が抜けた訳ではなく、今まで命令だけだった男が自ら自身に迫ってきたことが予想外で千土は一瞬戸惑う。

 

「よく分かったよ、てめぇは中ボス程度の力はあるってな。だから──」

 

 ──呆気なく死ね──

 

 即座に自身と死柄木の間に壁を造るも個性の力によるものだろう右手が触れただけで崩壊させれた。

 

 依然両手を地面に着けたままだった千土は続いて向けられた左手を避けられないと察してしまう。

 

「させないわっ!!」

 

「何っ!?」

 

 しかし伸びてきた蛙吹の舌が千土の胴体に巻き付き空中に吊り上げることで死柄木の手から逃れることに成功する。

 

 同時に脳無を縛る砂の鎖も崩れるも轟も既に脳無から離れていた為何とか脳無の攻撃を避けられた。

 

「(──これだっ!!)、蛙吹、俺を轟の側に下ろしてくれ!!」

 

「ケロ?」

 

 突然の要求に疑問を持ちつつも蛙吹はすぐに対応し、千土は轟に側に下ろされる。

 

 ──何か策が閃いたか?」

 

「御名答。かなり穴だらけな上特にお前が一番危ない秘策だ、ノるか?」

 

「上等だ」

 

「さすが。イケメン過ぎるわ」

 

 一切迷わず即答する轟に千土はどこか面白く感じたまらず笑ってしまう。しかしすぐに真剣な顔に切り替え轟に最後の策を耳打ちする。

 

「無茶苦茶だな」

 

 最初の方は表情を変えず聞いていた轟だったが途中から呆れたような曖昧な顔をする。当然だ、伝えられた策は"予想またはタイミングがズレたらお前は死ぬ"と言っているのだから。

 

「だろ? やめるか?」

 

「いや、構わねぇ」

 

 千土本人も正直無茶だと思っているのだろう。苦笑いを浮かべてそう言うも轟は微かに笑いそう言う。

 

「何を企んでるのか知らねぇけどな。誰もこの脳無に勝てるはずがねぇんだ」

 

 そんな"諦めていない態度"が気に喰わないのだろう死柄木は不満を隠さず身体を掻きむしりながら苛立った声で自身の勝利が揺らがないと告げる。

 

 だからこそ言ってやる。雄英の教訓、ヒーローとしての心構え"Plus_Ultra"。この障害さえも乗り越えるという一言を──

 

「それはどうかな?」

 

「何だとっ!?」

 

 何度もしてくる勝利宣言にいい加減言い返したかったのかスッキリした様身体を伸ばすと千土はニッと笑い叫ぶ。

 

「いつまでボーッとしてやがる爆豪! 動けねぇってんならこの化け物片付けた後あとの二人も俺が倒して助けてやろうか?」

 

「「は?」」

 

「──あぁッ!!?」

 

 突然の爆豪煽りに緑谷も切島も一瞬呆気にとられるもすぐに爆豪へと視線を移す。

 

「砂岩野郎が……面白ぇじゃねぇか。助けてやろうかだぁ、あんなザコモブごとき瞬殺してそっちもザコも俺が潰してやらぁ」

 

 案の定、そこには怒りに染まった修羅が立っていた

 

「お、おい爆豪、お前も腕かなり怪我して──」

 

「死ねやァああああっ!!」

 

『っ!! あの少年、まだこれほどの攻撃をっ!?』

 

「死に損ないのガキが……」

 

 空に飛び上がった爆豪は死柄木に連続の爆撃を仕掛けるも黒霧が死柄木の前に守るように現れる。しかしフラストレーションが溜まりきった爆豪の攻撃は重く、そして続く。

 

「今度は上手く乗せられたな」

 

「クッ、ハハ、まったく扱にくい奴だなアイツも。さて」

 

 策を実行する上で最初の問題が爆豪がノってくれるかだった。結果は成功、それも死柄木と黒霧の足止めと"視界潰し"の両方を行ってくれる完璧な結果だった。

 

「これで奴らは化け物に細かな指示は出せねぇ、ってことは」

 

 言い切る前に脳無が自分たちに向かって襲いかかってくる。

 

(やっぱり、この脳無とかいう化け物は奴の命令で動いている。つまり今は奴が最後に出した命令、『氷のガキを潰せ』って命令で動いている)

 

 すぐに二手に別れると脳無は迷わず轟の方に走っていくことからしてそれは明らかだった。

 

「なら、あとは──」

 

 異常なスピードを誇る脳無に対し、氷の壁をいくつも造りつつ脳無のの腕や足を何度も凍らせる。

 

 脳無もまたすぐに崩れた部位を再生しながら氷の壁を破壊し徐々に轟に迫る。

 

(想像以上に速い、急げ地城)

 

「…………あと、少し……」

 

 脳無が轟に向かっている間に千土は自身の力を両手から地面に流し込んでいく。

 

「──っ!!」

 

 しかし脳無の速度はそれを上回る、再生と破壊の繰り返しの果てに遂に轟の作った最後の壁を破壊し、その手を轟に伸ばす。

 

「──くそっ!!」

 

 咄嗟に新たな氷を脳無に放つもその手は止まらない。だが、ほんの僅かにその速度を遅らせた。

 

「待たせたな轟ぃっ!! 、準備完了っ!!」

 

 その叫びと共に千土の手元から轟の足下、そして脳無の足下までの地面がひび割れていく。

 

「とっておきだ覚悟しやがれ。『地質操作・崩落―グランドフォール―』!!」

 

 ひび割れていた地面が裂ける。その裂け目は底が見えぬ程の暗さで見る者に巨人の口の様に思わせた。

 脳無、そして轟は重力に従いそれに飲まれていく。

 

「蛙吹!!」

 

「―っ!! ケロ!」

 

「よし、やれ地城!!」

 

 底の見えぬ地面の裂け目に飲み込まれる直前に轟はその名を呼ぶ、蛙吹は一瞬驚くもすぐに舌を伸ばし千土のとき同様に轟の胴体にその舌を巻き付け自身の側に引き寄せる。

 

 これがこの策の更なる問題、死柄木達に聞かれる訳にはいかない以上、蛙吹に伝えることが出来なかった。つまり蛙吹が即座に対応出来なかった場合轟は脳無もろとも裂け目に落ちていったことだろう。

 

「これで最後だっ!! 、沈んでろ化け物!!」

 

 両手を地面から離し立ち上がる、そして広げた両手を叩き付けるように合わせる。

 

 両手を打ち付ける甲高い音と共に裂けた地面が一気に修復する。裂け目に落ちた脳無を巻き込んだ状態で──

 

「はぁ、これで──」

 

「……どうなってやがる、脳無はっ!?」

 

「っ!? 、爆豪!!」

 

 爆撃がいつの間に止み舞い上がった砂煙の中から現れた死柄木は目に見えて狼狽えていた。

 

「はぁ、はぁ、くそがぁ」

 

 遂に限界が訪れたのだろう腕をプルプル震わせてなおもヴィランを睨む爆豪に駆け寄る。

 

「よくやってくれた。ありがとな爆豪」

 

「礼なんざいるか気持ち悪ぃ!!」

 

「てめぇら、脳無をどうしやがった!」

 

『爆撃の最中地震の様な揺れがあった。──まさか』

 

 黒霧もまたこの状況が想定外だったのだろう余裕なく爆豪に怒鳴られて苦笑いする千土を睨む。

 その視線に気付いた千土は黒霧、そして死柄木へと視線を移し、告げる。

 

「ああ、地中深く沈めてやった。いくらどんな攻撃も無力化する『ショック吸収』でも瞬間じゃなく常にかかる地面の圧力の前じゃ意味がないよな。もうあの化け物は指一つ動かせねぇよ」

 

「くっ!!」

 

「黒霧さんよ、あんたのワープも地中何mか、そもそもどの辺りかもわかんねぇ物体は飛ばせねぇはずだ」

 

『爆発の少年をけしかけたのはその為かっ!?』

 

 忌まわしげにこちらを睨み身体を掻く死柄木と驚愕している黒霧の様子を見て千土は最後の勝利条件を達成したことを確信する。

 

「その様子からして、あの化け物に地中でも動けるような個性はないようだな。なら本当に奴は終わりだ」

 

『ショック吸収』と『超再生』2つの個性を持つ以上3つ目の可能性だってある。しかしその存在の有無を確認出来ない以上避けられないリスクだった。

 

「爆豪がまだ動けるか、蛙吹が咄嗟に対応できるか、お前の力が溜まる前に俺が殺されないか、そして脳無に他の個性がないか、本当に穴だらけの策だな」

 

「とんでもなく無謀だわ」

 

「ついでにそもそも脳無が完全に命令で動いているのかも追加だな、まったく我が案ながらマジでろくでもねぇ、良く成功したもんだよ──でも勝ちゃあ勝ちだ」

 

 負傷も軽くない上に力を使い過ぎたのだろうフラリと立ちくらむも何とか持ち直し告げる。

 

『──退きましょう死柄木』

 

「なっ!? 、何を言ってやがる黒霧ッ!! ガキ共にやられたままで帰れるか!!」

 

『確かに彼らは最早戦う力もない。ですがじきにプロヒーロー達も来ます。脳無無しでは──』

 

「……ふざけるな」

 

 既に旗色が悪いと判断した黒霧の言葉を受け死柄木がポツリと呟く。

 

「ふざけるな俺はオールマイトを殺す為にここに来たんだぞ!! 、それがたかだか生徒数人に邪魔されるだと!! 。ふざけるな!!」

 

『落ち着きなさい死柄木、今回は我々に油断があった。次こそは』

 

「次だぁ!? 、あんなガキに一杯食わされて尻尾巻いて逃げろってのか! 、ふざけるな!!」

 

「──な、なんだアイツ……」

 

 思い通りにいかなかった子供のような癇癪をする死柄木にそう呟いた緑谷を含め全員が唖然とする。

 

「とにかく、ワープの奴は退く気のようだ、今の内に離れるぞ、いいな爆豪」

 

「……ちっ」

 

 轟の言葉に爆豪も舌打しつつも従う。やはり切れ安いだけで決して頭が悪い訳ではないのだろう。

 

『さぁ死柄木退きますよ。ここに留まり全てを失う訳にはいかない』

 

「……っせめてあのガキ共だけでも」

 

『それでプロヒーロー共が来たらおしまいです。もう脳無はいないのですよ』

 

「くそっ!! 何で脳無があんなガキ共なんかにやられる。あれはオールマイトにも勝てる最強の存在なんだろ!? 、脳無ゥ!!」

 

 いつまで癇癪が続くのか、死柄木は地面を踏み鳴らしながら叫び続ける。

 

「あのガキだ、あの地面を操るガキを今すぐ殺せ!! 脳無!!」

 

「ったく、あれじゃどっちがガキか分からねぇな」

 

「いいから早く掴まれ、お前ももう走れないだろ?」

 

「あぁ、悪ぃな轟──―は?」

 

 差し伸べられた轟の手を掴もうと手を動かした時、左足に何かがまとわりつく。

 

 理解が出来なかった。地中80mまで沈めた。奴らの反応からして地中を移動する術がない以上そいつが動けるはずがなかった。

 

 自分を見る轟の顔が焦り染まってなお千土は夢の中にいるかの様な浮遊感に囚われていた。

 

 やがてボキッと足が砕けた音と共に激痛が走った時漸く現実に引き戻される。

 

「ぐッ!! があっ、ああああああああっ!?」

 

 ──足りなかった。

 

 何故こうなったのか、それは実に簡単なこと、80mでは脳無を止めるにはあまりにも足りなかったのだった。

 

「お、おぉ。脳無? 、──脳無!!」

 

 絶叫を上げる千土の左足を片手で掴みぶら下げる脳無の姿を見て脳無の姿を見て死柄木は歓声をあげる。

 

 彼ら自身、脳無が自力で生還するとは思っていなかったのだろう。地中から這い出て元凶を握り潰す脳無の姿とそれに歓喜する死柄木の姿は皮肉にもヒーローとそれに救われる者のようなものだった。

 

「くそ、──がはっ!!」

 

 すぐに凍らせようと個性を発動しかけた瞬間轟は脳無が振り払った腕を直接受ける。

 

「轟君!!」

 

「ぶつかる直前に後ろに飛んだ、なんとか動ける。それより……」

 

 轟は脳無の手になおもぶら下げられた千土をみる。その表情は足を砕かれ苦悶に染まっていた。

 

「く、クククッ、流石は脳無だ。所詮ガキの奇策なんて通用しねぇんだよ」

 

「これ程とは、我々としては嬉しい誤算だ。先程の言葉は撤回しましょう死柄木。──ただし」

 

「あぁ、解ってる、油断せず確実に殺す。──脳無」

 

 死柄木の命令を受け脳無は千土を掴んだ手を振り上げる。

 

 ヤバい、緑谷達は皆そう理解するももう間に合わない。

 

「そいつの頭を砕け」

 

 直後、脳無は全力で千土を地面に叩き付ける。

 

 尋常でない速度で叩き付けられた為か砂煙が大量に上がり、それが緑谷達を絶望させる。

 

「ククッ、まずは一匹──」

 

「お前らァアッ!! 、もうこいつに勝ち目はねぇ!! 今すぐ逃げろォ!!」

 

「っ!? あの野郎、まだ」

 

「頭が地面に接触前に腕を滑り込ませたようですね。あそこの地面が砂漠化している。砂に変えることで衝撃を軽減したのでしょう。もっともそのせいで」

 

 地面に横たわった千土の右腕は異なる方向に曲がっていてそれが意味することを見た者にすぐに理解させる。

 

「地城……お前、腕が……」

 

 声を震わせて絞り出す切島に千土は憎悪しているかのような鋭い眼光で睨む。

 

「聞こえなかったのか!? 、さっさと逃げろっつってんだろうがっ!!」

 

 普段の気楽な声とまるで違う、怒りに染まった声に切島や峰田は肩を震わせる。

 

「うるさいな、脳無止めをさせよ」

 

「させるかよ、……まだな」

 

 何とか"激痛で済んだ"左腕を脳無に向け自身に再び近づく脳無に周囲の岩や砂を片っ端からまとわりつかせ、その動きを鈍くさせる。

 

「これで少しだが……時間を稼ぐ、時期に先生達も……来るはずだ、……今の内に逃げろ」

 

 先程の様な大声もいよいよ出なくなった、掠れる声で皆に呼びかけると目を閉じて、個性の発動に全神経を集中させる。

 

 しかしそれもほんの少し脳無の動きを鈍らせただけでしかない。徐々に自分に近づいて来ているのを察する。

 

「──悪ぃ耳郎、約束守れそうにねぇや」

 

 何かがぶつかる音が耳に響いたのはその時だった。

 

「は? 、切島か、お前何を!?」

 

 目を開くと目の前に全身を硬質化させた少年が千土の前に仁王立ちし、脳無の拳を受け止めていた。

 

「ぐっ……くそ、こんなに重いのかよ……」

 

 当然、千土の岩を上回る硬質化といえども脳無の力には及ばず吐血したのだろう、足下に血が溢れる。

 

「バカ野郎、お前何して」

 

「いいから、早く掴まって!!」

 

 切島の両手をあける為峰田のもぎもぎで切島の背中にくっついていた緑谷が千土に手を伸ばす。

 

「ぷっ、なんだお前らその見た目、シュール過ぎるわ、ククッ―痛ェ」

 

「言ってる場合かっ!?」

 

「早くしてよ!?」

 

 腹と背中がくっついた緑谷と切島の見た目に笑いを堪える地城の服を無理矢理緑谷が掴むと伸びてきた蛙吹の舌に掴まり、脳無から距離をとる

 

「逃がすな!」

 

「させねぇ!」

 

 追い討ちを仕掛ける脳無が足を踏み出した瞬間にその足を凍らせたことで再生する前にバランスを崩し脳無が倒れる。

 

「よし、上手くいったぜ」

 

 その間に轟達の元に着地した切島は傷を押さえながらもそう安堵するも千土としてはまったく理解が出来ない。

 

「ホントに何考えてんだよ、折角の逃げるチャンスを」

 

「何考えてるのかはこっちのセリフだよ!」

 

「そうよ、どうして逃げろなんて言うの!?」

 

 しかし返ってきたのは怒りに満ちた声だった。

 

「俺の左足はもうダメだった、ついでに今は両手も使い物にならねぇ」

 

「そんなの君を見捨てる理由にならないだろ!?」

 

 不意に聞こえた緑谷の叫びに目を丸くする。

 

 緑谷はいつの間に切島から離れ、痛む足で立ち上がっていた。

 

「君が僕達を助けてくれたように今度は僕達が君を助ける!! 、誰かの力じゃない皆の力で乗り越えるんだ」

 

「……俺はもう自力で動けねぇ、誰かに動かしてもらうにしてもかなり安静にしてもらわないといけねぇ、それでも背負ってくれんのか?」

 

「それでも背負う。だからこそのヒーローでしょ」

 

 そう答えた緑谷だけでない、誰よりも怯えていた峰田も皆を突っぱねていた爆豪でさえ自分を守ることに躊躇っている者はいないことを千土は理解する。

 

 考えてみれば当然だ。何故なら彼らは皆ヒーローを志す者達なのだから。

 

「格好いいねぇ、立派なヒーローの考えだ。綺麗事過ぎて壊したくなる」

 

「っ!?」

 

 そしてだからこそヴィラン達を動かせる。死柄木は狂気に満ちた声でそう愉しげに語ると自身の隣に控えた黒霧に視線を向ける。

 

「黒霧、"あのガキ"を飛ばせ」

 

『おや、貴方も気付いていましたか』

 

「当然だ、やれ」

 

『了解』と短い返事と共に黒霧はその姿を消す。明らかに不穏な行動に皆警戒しあらゆる方向を見渡すがその姿は見えない。

 

『チェックメイトです』

 

「なっ!? 、下から」

 

「地城君!!」

 

 千土の足下から不気味な声がすると同時に黒いモヤが一気に広がり視界全てが黒に埋め尽くされる。

 

『貴方が私の個性を暴いた様に私も貴方の個性を暴きましたよ。貴方の弱点、それは……』

 

 黒いモヤに覆われた視界が徐々に鮮明になっていく。

 

 千土は目を開く前に自分が落下していることに気付きそれが何を意味するのか全て理解する。

 

「な、これ空中!?」

 

「は? 、緑谷お前何で!?」

 

『私が貴方を飛ばす直前に割り込んできましてね。ついでに飛ばせて頂きました』

 

 自分と同じく先程まで立っていた場所の"遥か上空"に放り出された緑谷に驚愕する千土にそう得意気に告げると黒霧は更にその調子のまま続ける。

 

『さて、貴方の個性の弱点ですが、それは空中です。地面に干渉する貴方の個性は攻撃する際に必ず地面から派生する。つまり地面から離れた相手にはその分攻撃するまでに時間がかかる』

 

 黒霧の言葉に歯噛みする千土を見て緑谷は地上に視線を向けると既に脳無は空中へ跳躍していた。

 

 脳無の跳躍力は地上の速度と遜色なく既に岩でも砂でも捕らえられない状態になっていた。

 

『加えて貴方の個性は地面に手が着いていれば強くなる一方、蛙の少女に吊り上げられ地面から足が離れたとき極端に弱くなった。そう貴方の個性は貴方の足が地に着いていなければ使えない』

 

 そう言うと黒霧は徐々に高度を上げてくる脳無へと視線を動かす。

 

『ならば話しは早い。石一つとないこの空中で──殺す!!』

 

 そう言い残し黒霧は一人地上へとワープしていく。脳無の迫る空中に千土と緑谷を残して──

 

「地城君の個性が使えない以上僕がやるしか……でもこんな空中じゃ上手く狙えない、どうしたら……いやっ!」

 

 落下しながらも庇う様に自分の前に出る緑谷の背中に千土はどこか笑ってしまう。

 

「……大丈夫。今度は僕が、絶対に守ってみせるんだ」

 

 その背中は近づいてくる脳無に怯え震える矮小な姿。しかしそれは他者を守る為に躊躇わず前に出るヒーローそのものに思えたから。

 

「まったく、つくづく無茶ばかりする奴だな緑谷さんは」

 

「地城君?」

 

 覆しようのない絶望的状況にあるにも関わらずケラケラと笑う千土の声に緑谷は戸惑う。

 

「心配すんなよ、あの化け物は俺が―痛っ!」

 

「動いちゃダメだよ! 酷い怪我なんだよ!?」

 

 走る激痛を無視し強引に自分の前に出てきた千土に緑谷は必死に制止する。

 

「それに地城君の個性は空中じゃ──」

 

「ああ、俺の個性は自分が空中にいたら十全には使えねぇ。地面への干渉は奴の言うように地に足着いてないと出来ない。そして、岩や砂は離れすぎてると"浮かせること"も"動かす"ことも出来ねぇ」

 

「だったら──」

 

「出来るとしたら"落とす"ことだけだ」

 

 その言葉の意味が分からず緑谷は困惑する。当然だ、"落とす"ことは出来ると言われても自分達がいる空中には石一つとしてないのだから。

 

 しかし千土が左手を激痛に苦しみながらも更に頭上へと向けたことであり得ない可能性に気付く。

 

 ──はぁ!? 、地球に隕石が接近中!? 、結構大きいらしいぞ爆豪

 

 ここ、U●Jに来る前に千土と爆豪の会話がフラッシュバックする。

 

 あり得ない。どれ程強力な個性でもそんなことが出来るわけがない。緑谷がそんな疑念を持っていることを察して千土はいつもの悪戯好きの子供の様な笑みを浮かべる。

 

「ご明察。あるだろ、俺達より上にも良い石が。俺はそれを引っ張ってくるだけさ」

 

「そんな……まさか」

 

「しっかり掴まってろよ緑谷」

 

 優しく、ゆっくり告げられたその言葉に従ったとき千土は遂に目前に迫った脳無へと左腕を降り下ろす。

 

「『地質操作・星墜―メテオ―』」

 

 天幕を突き破り空の上、"宇宙からの落石"が鮮烈な閃光を伴い放たれた。

 

 



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第7話 決着USJ

 常人を遥かに上回る脳無の速度を更に上回る速度で落下してきた岩が脳無の身体に直撃する。

 

 宇宙から落下する"最大規模の落石"は『ショック吸収』をもってしても相殺できない威力を誇り如何なる攻撃も寄せ付けなかった脳無を地上へと落としていく。

 

「バ、馬鹿な!? 、隕石だと!? 、あのガキの個性なのか!?」

 

『これ程の力を……あの少年は一体何者なんだ?』

 

「脳無が押されるだと!? クッ、脳無を拾え黒霧!!」

 

 愕然としながらも出された命令に黒霧は頭上に目を凝らす。

 

『脳無の身体が朽ちていく。再生が間に合っていない、あれではもう……』

 

「あり得ねぇ!! アイツは全盛期のオールマイトの100%さえ耐えるように造られた怪物なんだろ!? それが……それがあんなガキにっ!?」

 

 そもそも隕石とは規模によっては地面に激突しただけで周囲をマグマのように変貌させてしまう程のエネルギーの塊だ。本来なら脳無にぶつかった時点で周囲にどの様な状況を招くか分からないものだ。

 

 しかし脳無の個性『ショック吸収』がそのエネルギーを吸収する。つまり今脳無は隕石が地上に激突した際の規格外の衝撃、炎を凌駕する高温、それら全てを一身に受ける結果となりその身体を燃やしていく。

 

「……ぐ、……ぐぐ……」

 

 掌を無くしなおも二本の腕で隕石に抗い呻き声をあげる脳無を千土は鋭利な目で見下ろす。

 

「散々好き勝手しやがって……ヒーローとして言うべき言葉じゃねぇが……俺のダチを傷付けたことを後悔しやがれっ!!」

 

「ち、地城君!! 血が!?」

 

 個性の反動なのだろう、叫ぶ千土の口から血が溢れ、更にかろうじて無事だった左腕からも血が噴き出しその腕は赤く染まっていた。

 

 しかし千土の目は既にそんなものを見てなどいない。見ているものは唯一つ。

 

「朽ち果てろォ!!」

 

 ──怪人脳無の散りゆく姿だけだった。

 

 脳無はその身を焼く高温を受け最早再生すら叶わぬ無数の肉片へと散った。

 

「や、やった、……っ! 地城君、隕石が!?」

 

「心配すんな、仕上げだ」

 

 千土は広げていた掌を強く結ぶ。脳無を貫きなおも地面へと進む隕石はそれと同時に崩れその姿を砂へと変化させる。

 

 ▼▼▼

 

「や、やりやがった。あの野郎あの化け物を倒しちまったぜ」

 

 頭上の様子を見上げていた峰田は今度こそ本当の勝利を確信し両手をあげて喝采する。

 

「ああ、地城の野郎とんでもねぇ奴だぜ。隕石まで落とせるなんて……って、そうじゃねぇ早くあいつらを助けねぇと、このままじゃ」

 

「蛙吹、二人を頼む」

 

「えぇ、任せて──―え!?」

 

 切島と轟に促され徐々に落下してくる千土と緑谷を注視し──驚愕する。

 

 千土がおびただしい量の血を吐きその後重力に一切抗わず頭から地面に落ちてくる。

 

「お、おい地城の奴何かヤバそうだぜ!?」

 

「蛙吹、早く──―っ!!」

 

「させるかァアアアッ!! 、あのガキもテメェらも絶対に許さねぇッ!! 、ここで全員殺す!!」

 

「くそっ」

 

 怒りを剥き出しに飛び出してきた死柄木に咄嗟に氷の壁を造るも死柄木の手がそれに触れると即座に壊される。

 

「あのガキはこのまま落ちて死ぬっ!! テメェらもこれでおしまいだっ!!」

 

 死柄木は皆の前に立った轟をすり抜け最後尾にいた蛙吹へと死を告げるその腕を伸ばす。

 

「──ガァッ!?」

 

 腕を伸ばしたことでがら空きになったその腹に"最強の拳"が放たれたのはその直後だった。

 

 ▼▼▼

 

「地城君、しっかりして!!」

 

 個性の反動か、今まで受けたダメージか、隕石を処理した直後血を吐き意識を失った千土に緑谷は必死に呼びかけるも閉じられた目が開く様子はなかった。

 

「死なせるもんか……絶対に!」

 

 重心を下へと傾け必死に千土に手を伸ばす。

 

 あと僅かまで近づいて、突風に突き上げられ離されて、それを何度も繰り返しながらも何とかその手は千土のコスチュームの端を掴む。

 

「地城君、目を開けて!」

 

 何度も呼びかけ掠れてきた声で呼びかけるも反応はなく信じたくない事実を突きつけてくる。

 

「くそ、あす、梅雨ちゃん!! ──っ!?」

 

 地面に激突する前に地上にいる蛙吹にキャッチしてもらおうと彼女の名を呼んで──彼女達に向かって死柄木が駆け出していることに気付く。

 

 轟もそれに対し氷の壁を造っていたが触れたものを崩す死柄木の個性の前にはさした時間稼ぎにすらなっていなかった。

 

(くそ、地城君がこんなに無茶してあの化け物を倒してくれたのに……ダメなのか……)

 

 己の無力さに歯噛みしながらもせめて地城だけは傷付けまいと意識を無くし動かないその身体を抱えこむ。

 

 迫る地面への激突に目を閉じ──不意に聞こえた、何度も聞いたそのセリフに目を見開く。

 

「もう大丈夫だ!!」

 

 身体に伝わるのは地面に激突した衝撃ではない。今まで自分を襲っていた恐怖と絶望、それらを全て払ってくれる安心感。

 

「何故って!?」

 

 緑谷は千土ごと自分を腕に抱き蛙吹と死柄木の間に一瞬にして降り立ったその姿を涙が溢れだした目に焼き付ける。

 

「私が来た!!」

 

 蛙吹へと腕を伸ばしがら空きになった死柄木の腹に拳が放たれた。無防備な状態で高速の拳を受けて死柄木は呻き声を吐き出しながら風を受けた木の葉のように宙を舞う。

 

 震える声で緑谷はその者の名を呼ぶ。どんな状況でも笑顔を浮かべて他者を救う最高のヒーローにして平和の象徴。

 

「オールマイト!!」

 

 緑谷だけではない、歓喜と安堵が宿った目で自分を見つめる生徒達にオールマイトは顔を曇らせる。

 

「遅くなってすまなかった、飯田少年から話を聞くまで君達がこれ程辛い思いをしている等と思いもしなかった。ヒーローとして、先生として余りにも情けない」

 

「そんな! 、オールマイトが悪くなんか!」

 

「──オール……マイト……」

 

「地城少年!!」

 

 自身の腕の中から聞こえた掠れた声にオールマイトは顔をハッとさせ視線を向ける。

 

「地城、お前生きて……」

 

 両目に涙を浮かべ声を震わせる切島にほんの僅かに笑みを見せると自身を抱えるオールマイトと視線を交わす。

 

「──後は、お願いします」

 

 声を発するだけで焼けつく様に痛む喉から絞り出した言葉にオールマイトがニカッとテレビ越しで何度も見たヒーローの笑みで応える。

 

「任せたまえ!!」

 

 たったそれだけの言葉で千土の抱いていた不安は全て無くなる。張り詰めていた緊張は完全に解け、その意識は微睡みの中へと飲まれていく。

 

 圧倒的な脱力感に身を委ねた千土は、顔に安堵による僅かな笑みを浮かべて意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▼▼

 

「……ここは、……痛っ!?」

 

 夢すら見えない深い眠りから覚めると千土の目には見慣れない天井が映った。

 

「気が付いたかい? ……腕はまだ痛む様だね」

 

「リカバリー婆さん」

 

「リカバリーガールね」

 

 声が聞こえた方に首を動かすと腰の曲がった老婆の姿があった。

 

 改めて周囲を見渡しここが雄英の保健室であり自分が気を失っている間に運んでもらったのだと認識する。

 

「随分と無茶したようじゃないか、骨折だけでなく内臓にまで深刻なダメージが及んでいる。私の個性でもこれ以上は治療できないよ」

 

 折れていた腕、足は痛みこそするも外見は元に戻り個性の反動による全身の痛みも僅かだが和らいでいた。

 

 とはいえ本来傷の修復は自身の身体がかなりの時間をかけて自然と行うものだ。それを早めるリカバリーガールの個性は過度に使い過ればそれ相応のリスクを負うことも起こりうるのだろう。

 

 しかし千土にとってはそんな事より気がかりなものがあり過ぎる。

 

「それより皆は無事なんですか?」

 

「心配ないよ、むしろアンタが一番重症さ」

 

 リカバリーガールの言葉に安堵した千土は曲げていた首を戻して天井を見上げ「良かった」とため息混じりに呟く。

 

「心配されてたのはアンタの方だよ、何人かは"何とかこいつを助けて下さい"って泣きついてきたもんさ」

 

「ははっそれは嬉しいな、そのノリは多分切島かな? あとは誰だろ。ともかく早く顔見せに行かないとな」

 

「なに馬鹿な事を言ってるんだい、そんな身体で動ける訳ないだろう。少なくとも一週間は入院だよ」

 

「え、入院? ……マジですか?」

 

「当然だろう。既に手配済み、じきに迎えが着くよ」

 

 知らぬ間に整えられていた根回しに諦めた様に身を投げ出す。

 

「……自分では強くなった気でいたんだけどな、結局俺は何にも変わってねぇな」

 

「そんな事はないさっ!!」

 

「うわぁっ!? 、オールマイト!?」

 

 無意識に溢れ落ちた言葉を否定しながら自身の寝るベッドの隣のベッドからカーテンをめくりながら満面の笑顔を浮かべたオールマイトが現れ千土は驚き痛みも感じず上体を跳ね上がらせる。

 

「ビッッックリしたぁ、何でそんなとこに隠れて―」

 

「なぁに、君が起きるのを待っていただけさ」

 

 HAHAHAと高らかに笑いながら千土の側に歩みよる。

 

「別に隠れて待ってなくても、人が悪い……」

 

「そうだな、あまり怪我人を驚かせるのは良くなかったな。すまない地城少年」

 

「……まぁいいですけど?」

 

 ほんの少し拗ねた様に口を尖らせた千土にオールマイトはあっさりと謝罪の言葉を述べる。

 

『HAHAHA、すまない!!』と謝罪もテンション高めに帰ってくるだろうと思っていた千土はオールマイトのその反応、そしてオールマイトの影で顔を僅かにしかめたリカバリーガールにどこか違和感を感じるもいつの間にか肩に添えられたオールマイトの手に気付き顔を上げる。

 

「君のおかげであの場にいた皆は助かったんだ。我々教師がいない状況で本当に良く頑張ってくれた」

 

「いえ、……そういえばあの二人は?」

 

 心の底から尊敬するオールマイトからの激励がくすぐったくつい話題を変えた千土だったが途端に表情を曇らせたオールマイトにそれがどういうことかすぐに理由する。

 

「すまない、逃がしてしまった」

 

「そうですか」

 

 オールマイトが言うには例のヴィラン二人はオールマイトが構えた直後にワープホールに逃げ込んだという。

 

 脳無というオールマイトと戦う駒が自分に倒された時点で逃走の準備を予め整えていたのだろうと千土は判断し歯噛みする。

 

「すみません、俺が中途半端なばっかりに……」

 

「何を言う、何度も言うが君はあの状況で最善を尽くしてくれた。この件で君が負い目を感じる必要など──」

 

「……貴方に助けて貰った日からずっと鍛えてきた、なのに結局また貴方に救われた。俺一人の力じゃ誰も守れなかった……。俺は──」

 

 自分がもっと、オールマイト程の強さがあれば皆を守り抜きながらあの2人組のヴィランを捉えることも出来ただろう。そう思うと最早自身の内から滲みだす無力感を振り払うことは出来なかった。

 

(そうか、君はあの日からずっと……焦っていたのか……)

 

 オールマイトにとって偶然居合わせたある事件、突然両親を失いながらも自分を超えると宣言した当時の少年の姿が今悔しさに肩を震わせる姿と重なる。

 

 だからこそオールマイトは迷わず口を開く。

 

「だからこそ君はここへ来たのだろう、皆を守れるヒーローになる為に。ならば落ち込んでいる暇なんてないぞ!」

 

 力強く、それでいて諭すように優しく語り千土の肩に手を置く。

 

「君にとって雄英で学ぶことはまだまだ多い。焦ることなく一つ一つ地に足を着けて力を付けていけば良い。君はまだこれからだ!!」

 

「……そっスね」

 

 自分はまだ未熟、だからこそまだ先がある。一度目を閉じてそれを頭の中で繰り返す。

 

「……かっこ悪ィ」

 

「ん?」

 

 不意にそう呟いた千土にオールマイトは首を傾げる。

 

「オールマイトだってずっと限界に挑み続けて№1ヒーローになったってのにちょっと鍛えた程度で強くなった気になって、それでも開いてる差に情けなく思ってた。とんだ馬鹿だよ、そんな程度で埋まる程オールマイトが挑んできたものが軽いもんじゃないってのにさ」

 

 閉じていた目をゆっくり開き真っ直ぐにオールマイトに向き合う。

 

「俺はまだこれからだ、もっともっと限界に挑んでいつかオールマイトを超えた№1ヒーローになってみせます!!」

 

 幼い頃確かな決意と共に告げた覚悟、それを再び"今の自分の言葉"として宣言する。

 

 迷い無き瞳にオールマイトは満足そうに微笑みグッと親指を立てる。

 

「あぁ待っているぞ地城少年!!」

 

 ▼▼▼

 

 その後千土が病院の迎えに運ばれた後にオールマイトは自身の本来の姿、ガリガリに痩せ細った身体でリカバリーガールと向き合っていた。

 

「まったくアンタと同じで無茶する子だよあの少年は」

 

「……あの子もまた事情がある子で、貴女もそのことは」

 

「もちろん知ってるよあの子の世話人とは知り合いだからね」

 

 そう言うとリカバリーガールは手元の資料―地城千土と名がしるされたものへと視線を向ける

 

 そこに記された経歴に悲しそうに顔を曇らせたリカバリーガールにオールマイトは優しく微笑む。

 

「大丈夫ですよ、彼はもっと強くなる、それに」

 

 そしてオールマイトは別の少年の顔を思い浮かべる、今はまだその力を眠らせているが誰よりもヒーローとしての信念を持つ自身の個性を引き継いだ弟子にして生徒の姿を。

 

「彼にはきっと彼を支える仲間がいますから」

 

 ヒーローの卵達はきっと自身を超える存在になる。そう期待と信頼を胸にオールマイトは天井を見上げるのだった。

 

 

 

 



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第8話 一時の休息…

体育祭編突入前に一話挟みました。

今回オリキャラが出ます。
オリジナル展開にはなりませんが一部キャラに少なからず影響が出るかもしれません。


「暇だ……」

 

 真っ白の病室の中千土は短くそう呟く。

 

 暇、そう暇なのだ。何せ脳無との戦闘で負った傷の痛みは4日経った今多少マシになってもまだ残り、それでも何とか早く復帰させようと出来る限り安静を心掛けているためリハビリ以外の目的で動かす訳にはいかなかった。

 

 加えて個人の病室とは言えゲームや携帯等の電子機器を病院で扱うのは気が引けるし趣味の粘土弄りもそもそも粘土がここには無いため当然無理、要するに安静どうこうなしにする事がないのだ。

 

「はぁ、暇だ。……いっそリハビリ追加でやるか?」

 

 適当に言ったものの実際それが一番良いと思えてきた。やり過ぎだとナースの方に止められたのが3時間前、案外堂々とやればバレないかも知れないと考え寝転がってた身体を起こしベッドの側のスリッパに足を入れる。

 

 何とかなんだろと実に気楽にドアの取っ手を掴み横にスライドする。あとは廊下に出て目的のリハビリルームに向かうだけ──その考えは開けたドアの前に立っていた黄色の存在を見た瞬間に呆気なく砕かれた。

 

 ▼▼▼

 

 丁度その頃緑谷は同じく千土の見舞いに行こうというクラスメイト達と共に病院に訪れていた。

 

「うぅ、ちょっと緊張してきた……」

 

「落ち着け緑谷君、大所帯で行くと迷惑だから他の皆には遠慮してもらった以上俺達は皆の代表、ならばしっかりと地城君を元気付けなければ!」

 

「飯田それ余計に緊張させてるから」

 

 本人としては緑谷を気遣っているのだろうが明らかにプレッシャーを追い討ちしている飯田に忠告しつつ耳郎は壁のプレートに視線を移す。

 

「えっと508は……ここだね」

 

 受付で教えてもらった千土の病室の番号と一致するプレートの貼られたドアは見つけて緑谷は背筋を伸ばして佇まいを直す。

 

「そういえば何も考えずに来てしまったが地城君の身内の方がいらっしゃるかもしれないな」

 

 あり得る可能性に飯田は姿勢を一度正して病室のドアを軽く叩く。

 

「失礼します。地城君と同じクラスの委員長飯田です。地城君のお見舞いで来ました」

 

『うひゃあっ!!』

 

 周囲の病室に迷惑にならない程度の声で飯田が声をかけてみると千土の病室から聞きなれない声が聞こえてきた。

 

「うひゃあ?」

 

 あまりに驚いた様子の声に緑谷達は首を傾げるが直ぐに病室から再び声が響く。

 

『あー飯田? 、悪ィ今身内来てるんだ、あー、まぁ良いか入ってくれ』

 

『え!? ちょちょ、待って千土。僕今こんなカッコなんだけど』

 

『気にすんな、どーぞー』

 

 必死に静止する声に疑問を抱くも入れという千土の言葉に従い耳朗がドアを横にスライドする。

 

『ま、待ってぇ──!!』

 

「「えっ?」」

 

 千土の病室に入り緑谷達は皆目を疑った。

 

 元々会うつもりだった千土は上体を起こしてベッドに普通に座っていた。緑谷達が目を疑ったのはその側の、見舞いに来た人の為のイスに座っていた千土の身内らしき人物だ。

 

 その人物は全身が黄色く頭には尖った耳が生えており目は糸の様に細く、そして身体はぬいぐるみの様に柔らかい質感が見てとれた。

 

 つまり狐の着ぐるみだった。

 

「……えっと、地城? そちらの、人? は?」

 

「あー、姉」

 

「「姉っ!?」」

 

 明らかにどこかの遊園地から来たかの様な、病院に限りなく似つかわしくないファンシーな存在に戸惑いながらした質問の答えに耳郎と緑谷は驚きの声を上げる。

 

「まぁ義理のだけどな。似てねぇだろ?」

 

「知らないけど!?」

 

 着ぐるみのせいで顔を伺えないのにどう答えろというのか、ケラケラと笑う千土に耳郎はそう叫ぶと千土の姉という狐の着ぐるみと向かい合う。

 

「すみません、突然押し掛けてしまって。ご迷惑でしたか?」

 

 普段の口調を抑えて出来る限り丁寧な言葉で話しかけるも狐の着ぐるみは怯えたように半歩程後退りする。

 

『きき、気にしないで。む、むしろわざわざ来てくれてありがとうございます。えっと』

 

「あー耳郎? 、その狐会話下手だから──」

 

『その狐とか言うの止めてくれないかな?』

 

 千土の姉は千土の発言に心底不本意そうに黄色の両腕を振る。

 

「しかし地城君のお姉さんは何故着ぐるみを?」

 

『あ、えっと。それは……その』

 

 飯田のもっともな質問に狐の着ぐるみはビクリと身体を震わせる。

 

 その反応は明らかに何かの事情があることを感じさせ慌てて質問を取り下げようと飯田が口を開こうとした時着ぐるみの中から声がした。

 

『ちょっと……事情があってね。あんまり他人に顔、……ていうか"僕"を知られたくないんだ』

 

「それって?」

 

「まぁでもコイツらなら大丈夫だろ。つぅ訳でそれ脱いでいいぜ姉さん?」

 

『え!?』

 

 さらっと言い切った千土に狐の着ぐるみは心底びっくりした様に声を上げる。

 

「というか正直気が散る、あと耳朗達に失礼だろ?」

 

『えっ、いやでも……』

 

「あ、あの地城、事情があるのなら別に無理してもらわなくても──」

 

『うぅ……分かったよ。まぁ千土の友達だしね。……ん』

 

 渋々と言いつつも観念したのか狐の着ぐるみは首を千土に突き出しチャックを開かせる。

 

「えっと、そういえばまだ名前も言ってなかったね。虚峰 空(うつろみね くう)、千土の義理の姉です」

 

(うわっ、……凄い美人)

 

 着ぐるみの頭部が無くなり紺碧の髪とともに晒された空の素顔は緑谷や飯田だけでなく同性である耳郎でさえ一瞬息を飲む程儚げで美しく目を奪われてしまっていた。

 

「えっと、眼鏡の君が委員長の飯田君で……2人は耳郎ちゃんと緑谷君かな?」

 

「え!? 何で僕たちの名前を?」

 

 しかし名乗る前から自分達の名前を言い当てられて緑谷達は意識をハッと戻す。

 

「あ、合ってたかな、良かった。皆のことは千土がいつも話してたから多分そうだと思ったんだ」

 

「はぁ、……どんな話を?」

 

「姉さん余計なことは言わんでくれよー」

 

 耳郎の言葉を遮って千土が釘を刺してくる。

 それはまるで親と友人が話して居心地の悪くしている子供のような雰囲気だった。

 

「余計なことって……いつもアイツは良い奴だーとか、アイツと話すのは楽しいとかそんな内容ばかりじゃん、何がダメなのさ?」

 

「だからそれが余計だっつってんの! コミュ症な狐には分からんだろうけど男子高校生にゃカッコつけたいラインがあんだよ!!」

 

 友人に知られたくないことをベラベラ喋られて千土は頭を押さえながらそんな悲痛な叫びを上げる。

 

「ふ~ん、地城って意外とそんな事言ってんだ?」

 

「おい耳郎、絶対上鳴とか瀬呂とかに言うんじゃねぇぞ」

 

「さぁ? 人の無理するなって約束を無視する奴の言うことをウチが聞く必要あんのかな?」

 

 首を逸らしてそうぽつりと呟かれた耳郎の言葉に千土は痛いとこを突かれたと唸る。

 

「い、いやいや耳郎さんや、そもそも俺も逃げようとしたんだけどね? さすがにワープ持ちがいるんじゃ逃げるのも難しくて結局戦う方がまだマシだったって話な訳よ」

 

「あっそ、じゃあしょうがないね」

 

 取り付く島もない。

 納得した口振りだが以前顔をこちらに向けず不機嫌そうな横顔を覗かせている。

 言葉を詰まらせていると隣に立った姉から声がかかる。

 

「千土、言い訳してないで言う事あるんじゃないかい?」

 

「いや空姉、だからあの状況は―」

 

「その場にいなかった僕だって君が入院する程の大怪我したって聞いて目の前が真っ白になったんだよ?」

 

「っ……」

 

 空の言葉に千土は言葉を詰まらせる。

 僅かに固まった千土に向けて空は続けて口を開く。

 

「そういう状況だったってことは分かってる、ヒーローを目指すことが危険を伴うことだってことも分かってる。でも助かったのなら安心させてよ、今のままじゃ次は死んじゃうんじゃないかって"不安"なんだよ?」

 

「……ごめん、心配かけた」

 

 ヒーローを目指す者として他人を不安にさせた。

 弟として姉を不安にさせた。

 そしてクラスメイトとして友達を不安にさせた。

 

 その事を理解し千土は自身の姉に目を合わせてそう言うと耳郎の方へと向き直る。

 

「約束破って悪かった耳郎、次はもうちょっと上手くやるよ」

 

「……ったく、何そのふわふわした反省、全然信用できないじゃん」

 

「うっせ、反省し過ぎて言葉が出ねぇんだよ」

 

 一応許してくれたのか耳郎が揶揄うような笑みを浮かべて振り向いたことで今度は千土がバツが悪そうに顔を背けるがそうは許さないと視線の先に白い紙の束が突き出される。

 

「……何これ耳郎?」

 

「相澤先生からのお土産、無茶したことの反省文5枚」

 

「またかよっ!? 俺もう3度目だぞ!? ってかあの人こそ無茶しまくってただろ納得いかねぇ!?」

 

 病人に鞭打つ担任に愕然とした表情で反省文用紙を握り締めて千土は叫ぶ。

 

「反省し過ぎて言葉が出ないなら文字にしろということだな、提出は登校日で良いとのことだからゆっくり書くと良いぞ地城君」

 

「そりゃぁどうも委員長……」

 

 ベットに付けられたテーブルに項垂れて力なく返事をすると顔を上げないまま千土はゆっくりと声を出す。

 

「まぁ見舞いに来てくれてありがとな皆、俺も2、3日すれば退院出来るらしいしまた学校でよろしくな」

 

「早く来なよ、障子や常闇だって心配してたよ」

 

「そっか……そりゃ早くしないとな」

 

「うむ、あの爆豪君も君の退院はまだかと毎日叫んでいたぞ」

 

「…………」

 

 いつも顔を合わせていた友人達の名前を聞いて千土は少し顔を上げて──飯田の言葉で再び沈んだ。

 

 絶対因縁付けられる。

 明らかに心配とは異なる感情を抱いているだろうクラスメイトの顔が思い浮かび今から憂鬱になる。

 

「えぇっと……バクゴー君っていうと確か"いつも堪忍袋が爆発してるプライドが奇跡的に人の形で固まった様な奴"っていう何か凄そうな子のこと……かな?」

 

「え!? えぇっと……多分?」

 

 これも千土が話していることの一つなのだろう、幼馴染みが変な表現で認識されていことに困惑しながらもいまいち否定が出来ずに緑谷はお茶を濁しながも頷く。

 

「あはは、千土は相変わらず色んな子と仲良くしてるね」

 

「世間一般では殺意の籠った目で睨んでくる奴とは仲良い関係とはいわねぇよ?」

 

 どうやらそんな気難しそうな奴からも心配して貰えるほど人間関係が上手くいっていると思われたらしいが絶対にそんなもんじゃないと千土は首を振る。

 

「ふふ、まぁ実際千土のクラスの人達がどんな人かなんて僕には分かんないけど、少なくともこうやってお見舞いに来てくれる人達がいてくれて僕はとても嬉しいよ」

 

「いえお姉さん、地城君には皆助けられ今日ももっと大勢で見舞いに行くつもりだったのですが病院に大所帯で行くのは良くないと控えてもらっただけです」

 

「そっか、ありがとね飯田君」

 

 飯田のその言葉に空は嬉しそうに微笑み耳郎、そして緑谷にもゆっくりと視線を向ける

 

「え……っと、千土は好き勝手することが多いし無茶ばっかりする困った君だけど……ど、どうかこれからも仲良くしてあげてね?」

 

「「はい」」

 

 弟の為、深々と頭を下げる空に耳郎も飯田も緑谷もはっきりと返事をする。

 ちなみに当の本人である千土はそんな姉に耐え切れなくなったのか完全にテーブルに頭を突っ伏してした。

 

 

 ▼▼▼

 

 

「じゃあそろそろ帰るね?」

 

 その後あの授業がどのぐらい進んだとかアイツがあんなことやらかしたとか他愛のない雑談を数十分ほど続け、やがて耳郎が腰を上げる

 

「そうだな、地城君遅くなったがこれは皆からのお見舞いの果物だ。良ければお姉さんと食べてくれ」

 

「おー悪いな! ぶっちゃけいつ出してくれるのかずっと待ってたわ!」

 

「うわー、現金……」

 

 飯田が手提げ袋から取り出した果物の山が積まれた籠を受け取りながらケラケラといつもの調子で笑う千土を耳郎もまたいつもの呆れた目で見つめる。

 

「まったく、食べ過ぎて体調悪化なんかしたら皆怒るからね」

 

「はいはい、いいからお前らももう帰れよ、どーせ宿題もでてんだろ?」

 

 軽く聞けばあまりに心無い、しかし千土なりの気遣い。

 もう見舞いは十分だから自分に遠慮せずに自分を優先してくれという意図。

 

 それが分かるから耳郎達は何言わず退室しようと病室のドアへと向かって──ドアに手をかける前に勝手に開く。

 

「うわっ!」

 

「おや、……すまない、病室を間違えたようだ」

 

「いや合ってるよ、心奈(ここな)さん」

 

 病室に入れば見知らぬ少女と顔を合わせたことで自分が間違えたと判断したのだろうドアを閉めかけた女性に千土は声をかける。

 

「おや千土いたのか、──あぁつまり君達は千土の友人達か、よく見れば雄英の制服だしね」

 

 気だるげな声、眠たそうな半開きの目、伸ばしっぱなしの前髪にダボっとした服、あちこちがだらしなさを感じさせる長い茶髪の女性がそう呟く。

 

「えっと、地城君の知り合い?」

 

「あー、まぁそんなとこ。母さんの昔の後輩でよく世話になってる人」

 

 正確には生前の頃の母の後輩で今の自分と義姉の空にとっての母親代わりの人である。

 しかしそれを今説明する気は起きなかった。

 以前に轟には流れで話したが両親との死別をわざわざ話して空気を暗くする気にはならないから。

 

「うん、彼の頼りになるお姉さん"安藤 心奈"だ、ここの病院の精神系の非常勤医師でね、勤務の前に先輩の息子の部屋で一休みさせて貰おうと思ってね、こうして立ち寄った次第なんだ」

 

 心奈と名乗った女性はのそのそと歩いて千土のベットの隣に置かれた空きのベットに横になってそう言う。

 

「……ねぇ地城、あの人大丈夫なの?」

 

 微かに聞き取れる小さな声で耳郎が話しかけてくる。

 飯田と緑谷もやたらダウナーな口調で客人がいる前で平然と寝転がる女性に唖然としているようだった。

 

「いや基本的には良い人なんだ、ただ今回はあんまり大丈夫じゃないな。心奈さんここに来る前に個性使った?」

 

「んー? あぁ途中会社をクビになってちょっと荒れてる男性がいてね、少しリフレッシュさせてあげた次第だよ」

 

「やっぱりか」

 

 案の定と頭を抱える千土に耳郎が首を傾げていると空が困ったように笑いながら補足する。

 

「えっと……心奈さんの"個性"は『メンタルケア』っていう個性でね、他人の気分を爽快にさせたり安定させたりできるんだけど……そうすると反動で自分がダウナーになっちゃうんだよね……」

 

「嫌な反動……」

 

 明かされた心奈の個性に耳郎が引きつった笑みを浮かべるが飯田は何かに気付いたらしく顔を上げる。

 

「しかし医者とは言え無許可で"個性"を使うのは如何なものか? 勿論行動が間違っているとは言わないがヒーロー以外で独断での"個性"の使用は──」

 

「心配無用だよ飯田坊や、私はこの通りヒーローも兼用しているからね」

 

「「は!?」」

 

 話しが聞こえていたのか上着のポケットからヒーローの免許を取り出してヒラヒラと見せびらかすように持ちながら心奈はそう言ってのける。

 

「もっとも既にヒーロー活動自体は引退しているのだが、まぁそれでも個性の使用を許可されている身でね。もぐりのヒーローではないから安心したまえ」

 

「『メンタルケア』の個性……引退したヒーローって、まさか『メンタルヒーローの"リラクゼーココナッツ"』!?」

 

「……うん緑谷坊や、正解だからそのヒーローネームを口にするのは止めてくれ、意地の悪い先輩に付けられた恥ずかしい名前なんだ、当時でも恥ずかしかったのに40歳を過ぎても呼ばれるのは耐えられない、やめるんだ」

 

 この場において、いや1-Aにおいて最もヒーローの知識の深い緑谷はその情報から彼女のヒーロー名を言い当てると心奈は無表情のまま顔を僅かに赤くして平坦な声で釘を刺す。

 

「ていうかこの人もウチらの名前を」

 

「あぁこの人にもつい話しててな。あぁそうだ耳郎は知ってんだろ、オールマイトの初日授業の後で飯食いに行った時に話した競馬で勝ったっていう知り合い。あれこの人」

 

「うん、なんとなくそんな気はしてた」

 

 正直千土の事を少し変な奴と思っていた耳郎だったがこの場にいる千土の姉という狐の着ぐるみに身を包んだ空と依然ベットから身体を起こさない心奈を見ているとある種の納得と実は千土はまだマシなのではないかと思えてきてしまった。

 

 千土も薄々耳郎の内心の疲れを察して口を開く。

 

「まぁあんま長居してもらうも悪いし3人共そろそろ帰ったらどうだ? 正直教育に悪そうだし」

 

「あ、うん。……なんかごめんね」

 

 そんな曖昧な表情を浮かべて耳郎、そして飯田と緑谷は病室を後にするのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 客人達がいなくなって暫くの間の後、ベットから身体をゆっくり起こして心奈は空と向き直る。

 

「しかし驚いたよ、空が千土の友人と話していたとは……」

 

「僕もそんな気はなかったよ、こんな格好だし」

 

 狐の胴体を見せびらかしながら空は疲れたようにため息を一度ついて「だけど」と穏やかな笑顔を浮かべる。

 

「千土の友人だからね、少しは安心して話せたかな?」

 

「うん、私はあまり話せなかったが優しそうな子達だったから安心したよ。いい友人だね千土?」

 

「あーはいはい。んなことより心奈さんはこの後仕事なんだろ? マジで大丈夫なのかよ?」

 

 このまま話しが続くと2対1で弄られることを察して千土は話しをすり替える。

 

「うん、あまり自信がない。私もリフレッシュが必要だ千土、君の見舞いのリンゴを一つ頂きたい」

 

「ったく、空姉悪いリンゴ取って俺の分も含めて」

 

 空からクラスメイト達から送られた真っ赤なリンゴを受け取ると千土も心奈も"刃物の使用を避け"そのまま丸かじりする。

 

「旨い」

 

「うん甘くて美味しい。これは良いな、これなら仕事も頑張れそうだ」

 

「ならその髪も整えないとね、こっち来て心奈さん」

 

「すまない……」

 

 狐の着ぐるみの首元から両腕を出して空はだらしない非常勤医師を手招きする。

 

「いや助かるよ。今日の患者さんは学生時代の先輩の妻の方でね、かれこれ何度目かの仕事でね、つい気が緩んでしまっていたようだ」

 

「それむしろ緩んじゃダメな相手だろが、何してんだアンタ」

 

「返す言葉ないな……うん、しかし千土の友人達を見れて少し元気が出たよ、リンゴも美味しかったしこれなら轟さんに迷惑をかけずに済みそうだ」

 

「は?」

 

 空姉に髪を梳いてもらいながらリンゴを齧ってそう言う心奈さんの言葉に思考が止まる。

 身内とはいえ患者の名前を教えるなと注意する空姉の言葉が耳を通り抜ける。

 

「……轟?」

 

 不意に漏らされたその名は千土にとって聞き覚えがありすぎた名前だったから。

 

 

 ──END──

 



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第9話 おかえり日常、ばいばい平穏

ランキングにこのタイトルがあり歓喜しました。
読んで下さった皆様大変ありがとうございます。

誤字報告も多く頂き大変感謝しております
(何でこんな間違いするんだろうという間違いも多く恥ずかしいものです)

そしてまたしても体育祭突入前の話で申し訳ありません。


「書き直せ」

 

「何故ですか? 俺の反省文の何が駄目だってんですか?」

 

 ヒーロー科の最難関と謳われる雄英高校の一教室の教卓を挟んで教師と生徒が睨み合う。

 

 当初の予定通り一週間の入院の後、無事に退院を果たした千土は朝のHRの開始と共に自身の担任、相澤へ宿題の反省文を自信満々に叩き付けた。

 

 ぼ~っとした目で1枚目から流し見していた相澤だったが3枚目の途中辺りから目を僅かに細めていった。

 

「『最初の黒霧との接触時に功を焦りすぎたこと』『U●Jの山岳エリアを過剰に壊したこと』これらの反省内容はまぁいい」

 

「でしょう、後者に関しては便宜を図ってくれた13号先生には頭があがりませんよ」

 

「だが途中から『相澤先生も大怪我を負ったと伺いました、私達生徒の為戦って頂いたことに最大の感謝と尊敬を』だの『完治するまでお困りの事がありましたら微力ながらお助けいたします』だの『ご自愛下さい』だの俺への言葉にすり替わってんだが?」

 

「すいません、提出を考えながら綴っていたところ自然と先生への感謝が──」

 

「明らかに字数稼ぎだろうが、そもそも余計なお世話だ」

 

 自身の言い分をばっさり切り捨てられようと千土は依然として相澤を睨み続け突き返される反省文を頑なに受け取ろうとしない。

 ここで折れてしまえば失うものがあると知っているから、かつて2度も奪われてしまった放課後という学生にとっての黄金の時間を守るため……

 

「余計なお世話だなんてあんまりです、現に相澤先生は今でも包帯まみれじゃないですか!」

 

「お前に心配される謂れはない。それと字数稼ぎにしてもキャラじゃないこと書くな気持ち悪い」

 

「きっ!? 生徒の素直な感謝に対してドライ過ぎる」

 

「アホ言ってないでさっさと受け取って席戻れ、HRが進まん」

 

「断固拒否する! 生徒の反省と感謝の言葉を突っぱねる教師があっていいのか合理主義ミイラ!! 略してゴリラ!!」

 

 この後千土は包帯の中から飛び出してきた相澤専用の特殊な捕縛布に締め上げられ反省文共々自分の席に追いやられるのだった。

 

 ▼▼▼

 

「くっそ~あの鬼畜合理主義め、あと3枚も何書けってんだよ……」

 

「復帰初日から元気なものだな……」

 

 HR終了後机上に置いた反省文の用紙をシャーペンの先でコツコツと突きながら頭を抱える千土に呆れの感情を隠さず常闇は声をかける。

 

「これが元気に見えるならお前はマジで闇の世界の住民だぞ」

 

 目の前用紙に生きる糧を奪われたと言わんばかりに顔を陰らせる千土だったがそんな変わらない様子にクラスの皆は安堵し自然と千土の席に集まってくる。

 

「まったくしょうがねぇなぁ、中学時代に反省文のプロと呼ばれた俺が力を貸してやるぜ。まず反省文なんだから感謝状にしたってそりゃ返される、ここは『先生に大切思われていながら不安な思いをさせてすみません』って方向で攻めてこうぜ」

 

「天才かよ上鳴、採用だ。よし青山、お前も歴戦の反省文クリエイターだろ力を貸してくれ」

 

「やれやれ仕方ないね☆──そうだね『凶悪なヴィランを相手に臆さず輝き過ぎてしまった罪☆』この反省で行こう☆」

 

「面白ぇ採用。次、お前こそ歴戦の中の歴戦、歴戦王反省文クリエイターだろ峰田。一つ力を貸してくれ」

 

「アホか!? お前こんな内容で提出する気かよ正気か!?」

 

 意外や意外、謎のテンションで制作されていた悪夢の反省文は峰田の真っ当なツッコみでブレーキがかかった。

 

「確かにその通りだ峰田、反省文慣れした奴ってようするに馬鹿以外のなにものでもねぇ、結局こういうのは頭良い奴に頼るに限る。八百万協力してくれ」

 

「わ、私ですか!? いえ私は今まで反省文を綴った経験など一度も──」

 

「だからこそだ、反省文に必要なのが偽りない感情なら不慣れな奴が作ったものが一番ふさわしい! その力を貸してくれ」

 

「いえ代理を頼む時点で偽り以外のなにものでもないかと……」

 

「大丈夫だってあくまで筆記するのは俺なんだから、それに八百万もいつか軽い悪戯した時に備えて慣れはしなくともある程度は書けるようになっといた方がいいって。俺を助けると思ってちょ~っと」

 

「いい加減しろアホ地城」

 

 ブレーキ直後にUターンをかましアクセルを踏みぬいて八百万に迫る千土を頭をひっぱたいて耳郎は反省文の用紙を奪い取る。

 

「反省文なんてどうせ課題じゃないんだから適当なこと反省しますっていってあとはこうこう改善しますって言えばすぐ終わるっての!」

 

「ちょ、書き込むなよ筆跡でバレるって」

 

「だったらさっさと終わらせる! 分かった!?」

 

「はい、すみません」

 

 怒りを含んだ耳郎の声に押しつぶされ千土は大人しく従い、耳郎の指示のもと反省文の作成を再開するのだった。

 

 ▼▼▼

 

 放課後、右往左往の末に完成した会心のできの反省文を手に千土はいつもの連れ3人と共に職員室へと向かう。

 

 千土が周囲に違和感を覚えたのがこの時だった。

 

 ──アイツら1-Aの……

 

 ──襲撃事件を生き抜いたからって調子にのりやがって……

 

「障子、顔も知らない人から恨み籠った目で見られてんだが俺の普段の行いってそんなマズかったか?」

 

「安心しろ、今回の件に関してはお前の普段の行いとは別問題だ」

 

「否定はしないのな、……で、それなら原因は?」

 

「爆豪の仕業だ」

 

 千土にとって自身が休んでいた時の話だった為知る由もないが近々雄英では体育祭が行われるのだがここで問題が生じたのだった。

 

 雄英の体育祭とはヒーローを目指す優秀な人材発掘の祭典でもあり、生徒の関係者だけでなく一般人、そしてプロヒーローからも注目され、ここでの活躍をみてプロヒーローから生徒に自社への所属、所謂サイドキックへのスカウトもあるという生徒にとって輝かしい未来への最初の一歩を踏み出す絶好の機会なのだ。

 

 そしてそれ故、生徒達を良くも悪くも刺激してしまう。

 何でも先日のヴィラン襲撃事件をへて1-Aへの世間の注目が高まり、その一方でまったく同じカリキュラムで学習している1-Bにとってその状況は面白いものではなかった。

 

 実力が劣っているわけではないのに。

 まったく同じ授業で鍛えているのに。

 たまたま注目される機会を得ただけのくせに。

 

 そんな不満を抱きつつも決して声にはしなかった、しかし体育祭を行うという一報を受けてB組、そしてヒーロー科への入学が叶わず普通科での入学となった者達は件の1-Aの動向が気になり意味がなくともつい視察に訪れて……爆豪と遭遇した。

 

『意味ねぇことするな、邪魔だモブ共!!』

 

 プライドが高く、絶対の自信家の爆豪らしいその台詞は非常にタイミングがマズかった。

 秘められた1-Aへの不満は爆発し気が付けば1-A対その他クラスの構図を完成させていた。

 

「ははは、あの野郎にも困ったもんだなぁ」

 

「笑いごとじゃないっての、廊下歩いてるだけで居心地悪いってどうなのさ」

 

 そんな現状を説明してみれば千土はどこか楽しそうに呑気に笑っていた。

 

「あれ? 地城じゃん?」

 

「ん? おぉ拳藤か、初日ぶりだな!」

 

 不意にかけられた声に足を止めて振り返れば思い出したくないやらかしの結果知り合った友人がそこにいた。

 

「地城の知り合いか?」

 

「入学初日にクラス間違えてたでしょこいつ、そん時にちょっと話してね」

 

 そのやらかしをあっさりと口にされ周りの3人が納得したように頷く中、千土は苦い顔を浮かべさっさと話題を変えるべく口を開こうとしてそれより早く拳藤が言葉を発する。

 

「ってか身体はもう大丈夫な訳? 例の襲撃で入院したって聞いたけど」

 

「あー、そりゃそっちにも話はいくわな、もうだいぶ良くなったよ」

 

「それは良かった、今度の体育祭見学になんてなったら辛いだろうしね」

 

「あぁ、その体育祭のことだけどそっちのクラス何とかならねぇの? 何かすげぇ睨まれるんだけど?」

 

 流れで出てきたその名称に千土が今の状況を聞くも今度は拳藤が顔を顰める。

 

「それはそっちが煽るからでしょ、私だっていっつも打倒A組って叫ぶ連中抑えんの苦労してるんだよ?」

 

「おっしゃる通りで、すまんねうちの爆弾魔が迷惑かけて」

 

 思った以上にこの対立関係の根は深いらしく千土はもうどうしようもないと諦め自身の方から謝罪する。

 

「気合が多めに入るレベルならいいんだけどね。お願いだから当日余計な刺激はしないでよ」

 

「? あぁ気を付けるよ」

 

 "当日まで"でなく"当日"、何故か限定的な拳藤の言葉が気にはなるが大してに留めはせずに頷く。

 

「まぁ、ギスギスした空気も息が詰まるし当日はお互い楽しもうぜ?」

 

「それは無理。やるからには本気だよ」

 

 千土の言葉を否定し拳藤の視線が鋭くなる。

 

「最初は初日からクラス間違えるとんでもない馬鹿だと思ってたけど、アンタが一番ヤバいヴィランを倒したって聞いてね。悪いけど本気で挑んでみたくなったから!」

 

 本気で挑む、その言葉に千土の後ろに立った者の中で瞳を揺らす者がいたが、拳藤と向き合っていた千土はそのことに気付かぬまま笑みを浮かべる。

 

「上等、むしろそっちの方が嬉しいわ。なら"当日までは"楽しみにしとくぜ拳藤」

 

 挑戦的な笑みでそう宣言し千土は拳を握る。

 

 先日のヴィランとの戦いとは違う。ヒーローを志す者同士が高め合う為、競い合う為刃を交える。

 それが楽しみで仕方ないと無意識に力が湧き上がる。

 

 手にした反省文は握り潰されぐしゃぐしゃになっていた。

 

 

 ▼▼▼

 

「地城、俺が言いたいことは分かるか?」

 

「存じております故、何卒お見逃し頂きたくございます」

 

 職員室にてぐしゃぐしゃになった反省文を精一杯伸ばして修復したものを提出すれば相澤の最早呆れすら失せた光のない目で見られ千土は頭を下げる。

 

「はぁ、……内容は悪くない。今回はこれで許してやる、わざわざ同じ内容を書き直すを待つのも非合理的だからな」

 

「合理主義バンザーイ」

 

「反省してんのかお前……」

 

 盛大な掌返しに失った呆れが一周回って帰ってきた。

 

「まぁ、お前がまともに文章を作れることは分かった、体育祭の代表挨拶もしっかりやれよ」

 

「了解っす…………ん? 先生今何か変なこと言わなかったっすか」

 

「本来はHRで伝えてたんだ、お前の馬鹿のおかげでその時間がなくなったがな」

 

 この時千土は先程会ったけ拳藤の"当日"に余計な事を言ってくれるなという忠告の意味をようやく理解した。

 

 体育祭の代表挨拶。

 教師陣や一般来場者、そして今実績を上げ続けるプロヒーロー達を前に雄英生徒代表として開会式で行う"選手宣誓"、それは例年入学1位の生徒が行うのが通例でつまりそれは今年は千土がやることを意味していた。

 

 相澤も目の前のこの浮かれた頭の問題児が無事にその役目を果たせるのか気が気でなかった、主に雄英の看板に傷がつかないかが。しかし、今回提出された反省文を見る限りその気になればある程度まともな文章が作れることは分かった。

 

 勿論反省文と選手宣誓が同じものだとは思っているわけではない。しかし、それでも成功の可能性が一桁から二桁になってくれるだけでも気分的にはマシになるというものだった。

 

 どちらにせよ例年の流れを乱すわけにはいかないし、千土自身は知らないが先日のヴィラン襲撃事件での騒動で詳細を伏せども多少噂は流れるもので今や彼はプロヒーローからの注目が高まっていた為代表の変更もままならなかった、それ故この反省文で多少が気が楽になった。

 

「──そういうわけだ、生徒代表としてちゃんとやれよ」

 

「……はい」

 

 相澤先生、その文章考えたのほとんど耳郎さんなんです。

 喉の奥にまで出かかったその言葉を飲み込んで千土は小さく返事をするのだった。

 

 ▼▼▼

 

「助けてくれ」

 

 職員室から出てきた千土が開口一番そんな言葉を漏らし、何か嫌な予感を察知し耳郎達は皆全力で逃げる。

 

 爆豪によってもたらされた緊迫した空気の悪さは一高校生には非常に重たく皆これ以上の負担は背負いたくないのだ。

 

 退院一日目の学校、千土は一人切なく帰路につく。

 

 

 

 

 

 そして数日後。

 大きなイベントを控えた時間というのは一瞬で過ぎ去り『雄英高校体育祭』の開催の日は訪れた。

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 数多の視線の先で

『雄英高校体育祭』当日、一般来場者はもちろん全国のプロヒーローが雄英高校に見物に、あるいは会場の警備に集まり開催が宣言される前から会場は人で溢れていた。

 

 そんな重圧の中、学校内外の者全てから特別視されている1-Aの者達が平静を保つことは難しく控え室は緊張感で満ちていた。

 

「おいおい何だよこの人の量は!? テレビで見てた去年まではいくら何でもこんなにいなかったぞ」

 

「俺たちは世間ではヴィランの襲撃を耐え抜いた期待のルーキー揃いなんて言われているからな。騒がれた分期待も高まっているのだろう」

 

「褒められんのは嬉しいけどよォ、もしヘマしたら一生の恥だぜこんなの……」

 

 過剰なプレッシャーに上鳴は頭を抱える。

 勿論現状に参っているのは彼だけでなく、特に緑谷や口田に至っては緊張のあまり身体を震わせていた。

 

「今更状況は変わりっこねぇよ、だいたいプロヒーローからすりゃ俺達が全力でやってようやく及第点ってもんだろうよ。開き直ってやるだけやろうぜ」

 

「えらく落ち着いてんじゃん、『選手宣誓』は大丈夫なの?」

 

 周りが落ち着きなくそわそわとしているなか床に腰を下ろしていつものペースを崩さない千土に耳郎が首を傾げると千土は親指を立てて告げる。

 

「大丈夫じゃないから朝の内に心奈さんのメンタルケア受けてきた、おかげでいまは気楽なもんだ」

 

「せこっ!?」

 

「いや、個性の方は無しであくまで会話でだけどな、さすがにフェアじゃねぇし」

 

 ケラケラといつも通り笑う千土はポケットから折りたたまれた紙を取り出してぴらぴらと動かして見せびらかす。

 

「それに『選手宣誓』の内容もばっちりだ。精神、準備共に万全だぜ」

 

『宣誓、我々選手一同は日々の教えの中で培われた知識と力の全てを出し切り、互いに競い合い高め合う仲間と共に長きに続く雄英体育祭の歴史に恥じぬ結果を刻むことを誓います』

 

 そう書かれた紙を見て耳郎は正直な感想を抱く。

 

「何か逆に不安になんだけど」

 

「まぁ大船に乗ったつもりでいろって、そろそろ入場時間だぜ」

 

 会場の空気が僅かに変化したのも察して千土は立ち上がる。

 

「緑谷、それと地城──少し良いか?」

 

「……何だ?」

 

 直後、轟に呼び止められる。

 その声は重い何かが含まれているようで自然と身構える

 

「ぼ、僕に何か用なの? 轟君」

 

「──地城、お前とは授業演習でも当たったことはねぇから正確には分からないが……あの一件で俺はお前が俺より強いかもしれないと思った」

 

「ヴィラン襲撃の事件か? お前に高評価されるのは嬉しいがあんなもんは状況が良かっただけだぜ?」

 

 確かに結果的にヴィラン連合のキーマンである脳無の撃破こそ果たしたが、アレは向こうの油断と周りにいた仲間に救われたというのが千土の本心だ。

 

 なんなら最初黒霧に飛ばされたのが水害エリアだったら自分はどうなっていたのかとすら思っている。

 それに対して轟ならばあらゆる可能性の中でも全く同じ行動をとれていたはずで、どちらが優れているかでいえばそれは間違いなく轟だろうと千土は答える

 

 しかし轟の方はそれでもなお考えが揺るがないのだろう、依然千土を鋭い目で見続け、今度はそれを緑谷へと移す

 

「──そして緑谷、客観的に見て実力はお前より俺の方が上だ、だがお前"オールマイトに目ぇかけられてるよな? "」

 

「っ!?」

 

 緑谷は轟の言葉に明らかに動揺していた。

 確かに緑谷とオールマイトが良く話しているのは何度か目にした、同じ増強系の個性故かと思うがそれで言うと砂藤とはあくまで教師と生徒の一般的な距離感だ。

 言われてみればというのが千土の感想だった。

 

「その事に関して詮索する気はねぇ。だが緑谷、そして地城、お前らには勝つぞ」

 

 先の一件で千土も目立ったが、なおクラスの№1とされる轟の方からの宣戦布告、それはクラスの全員を動揺させる。

 

「クラスのトップが宣戦布告ってどうなってんだよ!?」

 

「入場前にやめなよ!」

 

「仲良しこよしでやってんじゃねぇんだ、構わねぇだろ」

 

 ただでさえクラス以外の人から目をつけられているのが現状だ、その上クラス内でも争うことに耳郎は静止をかけるが轟はそれを一蹴する。

 

「……だとさ緑谷、俺の答えは出てるが──お前は?」

 

 しかし千土はそれすら気に留めず、自身の隣に立った緑谷に視線を向ける。

 緑谷はこの重圧に飲まれ俯いて拳を震わせて……顔を上げる。

 

「確かに轟くんは僕より実力が上だ。──だけど他の科の人も本気でトップを取りに行こうとしているんだ……だから、だから僕も本気で挑む! 本気でトップを取りに行く!!」

 

 いつも自信がなさそうに挙動不審。

 それが千土が抱く緑谷のイメージ。

 しかしあのヴィラン襲撃の時、そして今この瞬間、こうして目の前の試練に堂々と立ち向かう姿にヒーローの姿が重なる。

 

「ああ、それで良い」

 

 轟は納得したように頷くと千土に再び視線を移す。

 緑谷は示した、お前はどうなんだと。

 

 その視線を真っ直ぐに受け止めて千土はニヤリと笑って自身のポケットから一枚の紙きれを取り出して

 

 ────ビリッ

 

 乾いた音が教室に響く。

 

 千土が少し前にばっちりと語った選手宣誓の言葉が刻まれた紙が散り散りになっていく。

 

「俺の答えは──後で聞かせてやるよ。……行こうぜ」

 

 入場前に広がった緊張感を打ち切って千土は一足早く入場口へと進む。

 

 

 ▼▼▼

 

 大歓声に包まれ会場にその歓声さえも飲み込む司会のプレゼント・マイクの声が響く

 

『遂に来たぜ!! 年に一度の大バトル! ヒーローの卵と侮んな!! つうかお前らの目的はこいつ等だろ!? ──ヴィラン襲撃を乗り越えた期待の卵共──A組だろォ!!』

 

 プレゼント・マイクの言葉と共に更に高まる歓声のに包まれる。

 会場だけでも千はくだらない大観衆。

 自分達の注目度を叩き付けられ息を飲む。

 

 やがて他のクラスの者達も集えば宣誓台に一人の女性が立つ。

 ボンテージにガーターベルト、ヒール、そして手には鞭、くる場所間違えたのではと思わざるを得ない通称18禁ヒーロー『ミッドナイト』

 

「18禁なのに高校にいていいものなのか?」

 

「良いに決まってんだろ!!」

 

「これも教育の一環、必要な存在だ」

 

 真っ当すぎるツッコみに対し峰田が吠え、千土もまた少なからず同意の言葉を漏らす。

 

「はいはい私語抜きに早速いくわよ! 選手宣誓!! 選手代表1‐A"地城 千土"!!」

 

 ミッドナイトの言葉に千土は人の波をゆらりと抜けてあっという間に宣誓台に上がっていく。

 

 先程の轟の宣戦布告に対し選手宣誓のメモを破って答えを示すと語ったことを知るA組の者達は千土の背を他の誰よりも注目する。

 

 マイクの前に立って千土は大きく息を吸う。

 一瞬の静寂、そしてそれはすぐに破られる。

 

『──宣誓、……の前に少しお時間を頂きます!』

 

 立てられたマイクをあえて外して右手に持った千土のその言葉にザワッと戸惑いの声が上がる。

 雄英体育祭の始まりを告げる神聖な場、それをかき乱して勝手な真似を生徒がし出したのだ。

 しかし教師陣は眉を動かしながらも止めはしない、なぜなら雄英は自由こそが信条なのだから。

 

『先程プレゼント・マイクも言ってくれましたが、俺はヴィラン襲撃事件を乗り越えたクラスの一人です』

 

 唐突の自慢、選手宣誓の場を自己顕示に使うのかと多くの者が目を見開くが千土の言葉は止まらない

 

『その事件をきっかけに"俺達"を打倒することを目標にしてくれた奴らがいた、その戦いをきっかけに"俺"に勝つことを宣言してくれた奴らがいた、そしてそんな人達に混じって自分もまたと立ち上がった奴がいた──この場を借りてそいつらに俺の答えを伝えたい!!』

 

 用意していた言葉とまるで違う。

 だけどすらすらと言葉が溢れてくる。

 

『その程度か? その程度の目標で挑むのか? ならこの体育祭で最後に立っているのは俺だ。──俺は一番になる! この場にいる誰よりもヒーローになりたいから! №1ヒーローとの約束を果たしたいから!』

 

 マイクを手にした手が震える。

 背を向けているから自身の後ろにいる皆には見えないが隣に控えたミッドナイトや司会席に座った相澤はその変化に気付き戸惑う。

 

 勢い任せに始めたことの先に進むことに躊躇う自分がいるのを感じる。

 この先に進めば後には退けないから。

 だからこそ踏み込む。

 憧れのヒーローには既に2度も誓ったことだ、だからもう退路はいらない。

 

『この場にいる"プロヒーロー全員に宣誓します"!! 俺は貴方達全員を超える最高のヒーローになる!! その一歩としてこの雄英体育祭を必ず優勝してみせます!!』

 

 誰もが知っている、知らぬ者がいるはずがない。

 今年からあのオールマイトが雄英の教師となってこの会場のどこかにいることを。

 その彼さえも巻き込んだ宣言に皆が絶句する。

 

『この宣誓が俺の覚悟だ! 馬鹿な子供の戯言と笑ってくれても構わない!! だけどそんな俺に宣戦布告をした奴らの覚悟が本気ならそいつらも同じはずだ!!』

 

 緑谷が、爆豪が、轟が、B組の生徒達が。

 千土に対して闘志を抱いていた者達が息を飲む。

 

『俺だけじゃないはずだ! 最高のヒーローに憧れたのは!! 憧れを掴む為にこの場に立っている奴は!!』

 

 その静寂の中でもう一度、最後の言葉を紡ぐ為大きく息を吸う。

 震えも躊躇いももういらない。

 

 ──さぁ仕上げだ!! 

 

『だからこの雄英体育祭が終わるその瞬間まで──"俺達を見ていて下さい"!! ──選手代表1-A、地城 千土!!』

 

 生徒同士に広がっていた対抗心の渦にプロヒーローさえも巻き込んでその重みを跳ね上げる。

 生徒達は自分達を巻き込んで宣言する千土に苛立ちを、そして恐怖と憧れ、あらゆる感情を抱いて言葉を失う。

 

(何て無茶苦茶な、これが地城君の言っていた答え……)

 

 もしも自分があの場に立っていたら果たして自分はあれ程真っ直ぐに自分自身の覚悟を語れたか? 

 そんな疑問に不可能だと即答し緑谷は千土の背を見続けた。

 堂々と立っているその姿に勝ちたい、その決意を秘めて。

 

(そうだ、それを待っていたんだ地城)

 

 自分の宣戦布告に対しそれ以上の覚悟と共に答えを返してきた相手に轟は静かに拳を握る。

 あの脳無という化け物との闘いの中、誰よりもヒーローの在り方を体現していた彼だからこそ己の覚悟を証明する相手に相応しい。そう思ったから宣戦布告なんて慣れない真似をした。

 轟は自身が挑むべきその相手の姿を両目に焼き付けた。

 

 そしてプロヒーロー達もまた絶句した。

 傲慢、思い上がり、生意気。

 未熟な生徒の身の程を弁えぬ愚かな言葉。

 しかしそれを咎める者は誰もいない、プロのヒーローは皆マイクを掴んだ震える手を、人の恐怖と勇気を見落としたりしないから……

 

 一瞬の静寂を破り会場が湧き上がる。

 戸惑いがなくなり残ったのは闘志。

 生徒達はまるで自分達より先を走っている様な男に遅れをとるまいと。

 ヒーロー達は自分達に追いつき、追い抜かんとする少年とそれに刺激された若き挑戦者達から目を逸らすまいと。

 

 歓声があらゆる方向から飛び交い出す。

 

『言いやがったな卵が!! 良いぜ見ててやるぜ!! もしも大会中カッコ悪ィ姿晒したら見落とさねぇで実況してやるから覚悟してやがれ!!』

 

「最高よ地城君! その覚悟が口先だけじゃないかたっぷり見せてもらうわよ!!」

 

 実況のプレゼント・マイクも進行のミッドナイトも歓声に加わる。

 

 そして生徒達が立つグランドに近い通路から覗く形で見ていたオールマイトは嬉しそうに拳を震わせる。

 

(やれやれ、保健室で君から2度目の宣言を受けたときどこか吹っ切れたような顔をしたと思ったがまったく……君ってやつは!!)

 

 平和の象徴と呼ばれて何年か。

 そんな自分を超えようと一人の少年がその決意に震えながらも宣言し、それに刺激された他の生徒達もまた立ち上がっている、この光景を喜ばずしていられるものか。

 

 数多の視線を正面から受け止める千土の姿は数日前の久しぶりに自分と顔合わせることに縮こまっていた彼とは違う。

 

(見せてくれ地城少年! 君の覚悟のその先を!!)

 

 会場のボルテージは下がらぬまま、雄英体育祭『第一種目_障害物競走』の開始準備が言い渡された。

 

 

 ▼▼▼

 

 

「……やってしまった」

 

「えぇ……」

 

 あれ程の啖呵をきっていた千土がクラスの列に戻るや否やそんな一言を弱弱しく呟いた。

 数秒前のお前はどこにいったのか、耳郎は頭が痛くなってしまう。

 

「随分と大きく出たものな……オールマイト越え発言は若気の至りとか言ってなかったか?」

 

「いやあれは本気、でもやりすぎた」

 

 ヴィラン襲撃の後にオールマイトに誓ったオールマイトを越える宣言、当初はそれをこの場で表明し轟に対する答えにしようと思っていた。

 それが何故か気が付けば全ヒーロー越え宣言になっていた、オールマイトがトップヒーローである以上意味合い的には変わりはないかもしれないが印象が違い過ぎる。

 

「ああああああ!! 馬鹿か俺は!? やっと黒歴史受け入れたと思った先からなんで更に上塗りしてんだ!? 思考回路が地に着いてねぇんだよ馬鹿野郎!!」

 

「落ち着け、さすがにどうかと思いはしたが結果としては成功だろう?」

 

「…………」

 

 顔を覆って叫ぶ千土に障子は静止を促すも復活は困難らしく叫びはしなくなれども今度は反応が消え失せる。

 

 何故だ、何故こんなことになった。

 

 千土は思考の海に身を落とす。

 

 大人しい性格の癖して轟の宣戦布告に立ち向かって空気を変えた緑谷のせいか? 

 いや、その原因を作った轟のせいか? 

 あるいはやたらプレッシャーをかけてくるB組? 

 いや、まずそもそもの全ての原因といったら爆豪か……

 

「だ──っ! 面倒くせぇ!! もう誰のせいとか知ったことか! 全員ぶっ潰して俺が優勝してやらァ!!」

 

「落ち着け、また黒歴史を繰り返しているぞ!?」

 

 急に顔を上げたと思たら再び優勝宣言を叫ぶ千土に『この男に反省はないのか』と障子は驚愕と呆れの感情を抱く。

 

「……そもそもどう考えても自業自得だよね」

 

「考え無しにも限度を持つべきだな……」

 

 理不尽な怒りを吐き散らしながら指定の位置に歩いていく千土の背中を憐れみの目で見ながら耳郎と常闇はため息をつく。

 

 実力も覚悟も本物なのは分かっている、なのに何故彼はああも残念に映るのだろうか。

 そんな疑問がどこか心地よくて笑ってしまう。

 

「……あそこまでいわれちゃウチらも黙ってる訳にはいかないね」

 

「無論、俺も全力で挑むつもりだ」

 

 いつも隣にいる奴が前に進もうと踏み出した。

 それを眺めるだけの自分にはなりたくないから。

 

 

 ▼▼▼

 

「いやはや……黒霧から名前を聞いた時はもしやと思ったが……そうか君だったのか」

 

 照明器具の一つも働かせていない薄暗い部屋に男の声が響く。

 唯一光を放つモニターには今全国の話題を支配している雄英体育祭の様子が映されていた。

 

「これは意外じゃ、先生はあの子供と知り合いなのか?」

 

「いいや僕と彼は面識もない赤の他人さドクター。ただ、ある"個性"に興味を持って調べている内に知った少年だよ」

 

 モニターを見つめていた先生と呼ばれた男は自身を呼んだ老人にそう返事する。

 

 ──楽しんでいる。

 目の前の男と深く関わっている老人はその声が楽しみに満ちていることに気付く。

 

「ある"個性"? 『超再生』のようなものか?」

 

「そうだね、もっとも『超再生』と違って本当に僕の身体を治すことも可能だろう。……まぁ、その"個性"はあまりに手にあまるものだから結局手を付けずに終わったんだけどね」

 

 男はそう言うとモニターに映る"全てヒーローを超えると宣言した少年"に視線を戻す。

 

「さぁ死柄木、今の内に彼を良く見ておくと良い。彼はあるいは君の仲間になりうる存在なのだからね」

 

「ダメじゃよ先生。あやつならその少年が映るや否や『見たくない』と言って行ってしまったわ」

 

「おやおや、あの子にも困ったものだ。余程彼に負けたのが悔しかったのかな? まぁ今はまだそうやって苦悩する時期なのかもしれないね」

 

 ほんの少し残念そうに、しかしその声はどこか優しく部屋に響く。

 老人は"甘いなぁ"と思いながらもそこには触れず、むしろ疑問に思ったことについて問う。

 

「それにしてもあの少年が"仲間になるかもしれない"とは? わしにはとてもそうは思えんが……」

 

 老人の警戒と疑念に満ちたその言葉に男は肩を震わせる。

 

「いいやドクター、彼はきっと僕達に協力してくれるよ。確かに彼の心は実に光に満ちている」

 

 彼の信念、覚悟、夢。

 あの宣誓台で語った全てがそれを物語っている。

 彼は誰よりもヒーローに憧れ、誰よりもヒーローとなることを目指している

 

 ──けれど

 

「でもねドクター、彼が望んでいる存在は僕なんだ。彼の憧れがオールマイトや他のヒーローであろうとも彼の望みを叶え、彼を救ってあげられるのは僕だけなんだ」

 

 ──だから

 

「だから手を差し伸べてあげないとね。そうすればきっと彼はその手を掴んでくれる。悩みに悩んで、己の理想を捨てることに苦悩し、共に笑う友人達への裏切りに涙し、それでも彼はこちら側を選ぶはずだ」

 

 喉に繋がっている管を咥えた口が吊り上がる。

 

「"地城 千土"あるいは君こそが"平和の象徴"を絶望の淵へ沈める存在になるのかもしれないね……」

 

 少年の名を口にする。

 "俺達を見ていてください"と語った少年は皮肉にも闇の底に潜む悪魔の視線さえも引き込んでしまっていた。

 

 

 



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第11話 障害物競走-土竜

第一種目障害物競走

約4キロあるスタジアム外周をコースに沿って進みゴールを目指すシンプルなルール。

しかしその名の通り様々な障害物が用意してあるらしく、それに加えて選手同士での個性使用での妨害行為、直接攻撃さえも許可されている。

 

(とはいえ個性使用ならどうしたって差は出るよな…つまり)

 

ミッドナイトのルール説明を聞きながらスタート位置に着けば目の前にはやたら狭いゲートが目に入る。

初っ端から順位を大きく左右させる押し合いが始まるのが容易に察せられ、皆少しでも有利に立とうと急いで位置についている。

 

そんな人の流れに逆らい千土は密かに後方に回る。

 

それと同時にスタートを告げるランプの点灯が動き出す。

 

「スタート!!!」

 

背後で盛り上げをしていたプレゼント・マイクの言葉の途中でミッドナイトがスタートを宣言する。

 

スタート地点にいた選手達が一斉に駆け出す。

しかし案の定、いや想像以上にゲートは狭く互いに少しでも早くここを抜けようと押し合うため早くも均衡状態に陥った。

 

『おおっとスタートゲートで早くも小競り合いだ!開始早々醜い争いだねこりゃぁ!!』

 

(スタートゲートなんて軽いふるい落としだ。この程度が抜けられないんじゃ先はない。さて、あいつはどう動く気だ?)

 

腹を抱えて笑うプレゼント・マイクの隣で相澤は思考に耽る。

それは自身の受け持つ生徒への期待か心配か――

 

▼▼▼

 

「あーあー、随分押し合ってんなぁ。じゃ、予定通りにいきますか…っと!!」

 

自身の前方でしのぎ合うライバル達を見て笑みを浮かべた千土がその右足を地面に叩き付ける

後半になれば個性の相性でどうしても差は出るだろう。

ならば狙うは最初の瞬間だ。

 

「最初のふるい落としはこの俺だ!!沈んでな!!」

 

「悪いな、道を開けてもらうぞ」

 

「「…ん?」」

 

千土の個性が地面を陥没して前方の生徒達を落とし穴の中へと誘う。

轟の個性が陥没した地面を凍らせ穴を塞いで中の生徒達を閉じ込める。

即席冷凍庫の完成である。

 

「何してくれてんだ轟てめぇ!!しょっぱなからエグイ妨害になってんじゃねぇか!?」

 

「俺だけのせいにする気かお前…」

 

かなり前方に進んでいた轟に全力で詰め寄って全ての責任を擦り付けることを画策した千土だったが轟はそれに戸惑いつつも周囲に視線を向ける。

 

「そううまくいかせるかよ腐れ野郎どもが!!」

 

「甘いですわよお二人共!!」

 

「うおおおおおおおッ!!こんな程度で止まるかァァ!!」

 

爆豪が、八百万が、他の1-Aのクラス陣が各々の個性活かして追ってくる。

更にそれに加えて穴に落ちたB組生徒が氷を砕いて穴から這い出てくる。

そしてそれにつられて普通科の生徒たちさえも這い上がってくる。

 

いずれもその目には闘志が溢れこの程度の妨害、出遅れで諦めている様子は欠片もなかった。

 

「クラス連中は当然としても思ったより越えてくるな」

 

「ははっそんだけ皆マジで挑んできてるってわけだ…つぅわけで尚更負ける訳にはいかねぇな!!」

 

自身と並走する千土がこの状況を楽しそうに笑うことに轟は気付く

 

(余裕かよ…上等だ)

 

再び凍結の個性を今度は千土一人に狙いを定め発動する――直前、嫌な予感が脳裏を走りその場を飛び退く。

 

自身が踏み抜いた地面が音を立てて崩落する。

後ろからも崩落とそれによる悲鳴が耳に入ってくる。

無論、誰の仕業かなどは明白だ。

 

「おいおい、妨害ばっか考えてると遅れるぜ?」

 

「妨害実行してる奴が言ってくれるな」

 

僅かに自分より前に出た千土に視線を向けると首をこちらに回して挑発気味に笑っている。

 

障害物競走、地面を蹴って走り続けることが前提の競技において地面を操作する千土の個性の厄介さに轟は歯噛みする。

 

「さてさて、落とし穴ばっかも芸がねぇ。次は後ろに急な坂道でも造ってや――おっと」

 

悪巧みを楽しみながら走り続けているとその思考を遮る存在が目に映る。

 

「ターゲット補足…ブッロコス!!」

 

「入試の時の仮想敵じゃねぇか」

 

選手の走りを阻まんと拳を放ってくる仮想敵の攻撃を避けながら周囲の砂を宙に浮かせる。

仮想敵は入試で見たタイプが勢揃いしているが、例の0Pの巨大仮想敵を除けばこの手で簡単に止められるのは確認済みだった為千土はその余裕を崩さずに…

 

「どうせならもっとマシなもん用意してほしいな」

 

背後から聞こえたその声に余裕が崩れる。

 

「クソ親父が見てるんだからな」

 

忌々し気に呟かれた言葉と共に轟が左の手を振り上げる。

その瞬間凍てつく冷気が吹き抜け前方の0Pの巨大仮想敵を含めた大量の仮想敵が一瞬にして氷像へと姿を変える。

 

『おおっと!轟の奴大量のロボを氷のオブジェに変えちっまたァ!!こいつの個性やべぇ!俺もこんなカッコいい個性が欲しかった!!』

 

プレゼントマイクが興奮した声で実況を上げる。

それもそうだろう、会場のプロヒーロー達も想像を超える轟の個性に目を見開いていた。

 

『そして轟、その勢いのままトップを独占!!…ところで並んでいたあの怖いもん知らずの地城の奴はどこいっちまったんだ?』

 

『轟の氷に巻き込まれたな、轟のやつもろともぶっ放したからな』

 

『あ~らら!!こりゃ下手すりゃ脱落かァ!?』

 

不安定な状態で凍りついた仮想敵で崩れるのを眺めながら淡々と呟いた相澤の言葉にプレゼントマイクは"あちゃ~"と頭に手を置く。

 

(――ま、あのバカに限ってそれはないな)

 

相澤は呆れた様に凍った仮想敵の残骸に埋もれてほとんど隠れた"陥没した地面"に視線を向ける

 

▼▼▼

 

熾烈なレースは進みトップを走る轟は少し遅れて追いかける者達の気配を感じながらも第二関門である"ザ・フォール"と名付けられた底の見えない崖から崖への綱渡りに辿り着く。

 

問題なのはその綱の数があまりに少ない、後続の者達に追いつかれれば限られたルートに人が溢れ、争いになれば綱が切られる可能性さえもある。

 

(とっとと渡るしかねぇな)

 

逆を言えば一早くここを超えれば後ろの者達との差は更に大きくなる。

轟は臆することなく綱へと足を進め、土中から生えてきた腕にその足首を掴まれる。

 

「――っ!?」

 

咄嗟に掴まれてない方の足でその手を払えば、腕の生えた付近の地面に皹が入る

 

「よォ轟ィ!!随分先に進んでんじゃねぇか!?」

 

地面に穴を空けて千土が全身を現わせる。

 

『おおっとこれはどんでん返し!!第一関門であわや脱落と思われた地城 千土が地面から生えてきやがった!!モグラかこいつは!?』

 

『轟が氷を放つ瞬間に地面に逃げ込んでたんだ。そのまま地中を進んでいたようだな』

 

「おかげ様でまったく目立てなかっただろうが!!あんだけ言ったんだから花持たせろやこの野郎!!」

 

「――チッ」

 

理不尽な怒りを剥き出す千土の言葉を無視して轟は綱へと向かう。

後続の連中の追いついてきた為、今千土と足を引っ張り合う時間はないと判断した。

 

「ったくつれねぇな、…で、この綱渡んの?怖くね?」

 

底の見えない地面に気分が滅入る。

――地に足ついてないと不安なんだよ。

 

「悪ィな先生方…ヒーローらしく安全な道を俺が造るぜ――『地質操作』」

 

周囲の地面を崩してその瓦礫を繋ぎ合わせる。

一つの道を造って崖と崖を繋げ、更に繋がった崖から離れた崖へ、ただひたすらにそれを繰り返す。

 

『おいおいおい!!あの野郎、第二関門台無しにする気か!?』

 

『…はぁ』

 

一番奥の崖まで一本の道が造られる。

悠々とその道を進みながら綱を走る轟に視線を向ける。

 

「どうよ轟、こっちの道のが安全だ。使ってくれて良いぜ?」

 

「――舐めんな」

 

少なくとも千土がその気になれば崩れる道のどこが安全なのか。

そうでなくとも目の前で作られた施しに甘んじる気になるはずがない、千土の背中を苛立ち気に睨みながら轟は綱を素早く進む。

 

「待てや腐れ野郎ども!!」

 

「「っ!?」」

 

爆発の推進力を利用し道も綱も使わずに爆豪が一気に詰めてくる。

その個性故のスロースターターが本調子になったらしい。

 

「おっと爆豪、随分と遅い登場だな?」

 

「あァ!?ぶっ潰すぞ石ころ野郎が!一番になるのは――この俺だ!!」

 

追い抜かさんと肩を掴もうと迫る手、その手首を掴み返して横に引っ張って逸らすもすぐに今度は服を掴んでくる。

脅威の追い上げを見せる爆豪の狂気にも似た闘志に笑いさえ込みあがる。

やはり目指すものが同じ者との競い合いは良い、だからこそ自分もまた勝利を渇望できる。

 

追い上げてきた爆豪との小競り合いで幾分か足が遅れ折角作れた轟との差が気が付けばなくなっている。

 

千土、轟、爆豪は並走のまま最後の関門、第三関門"怒りのアフガン"へともつれ込む。

 

「…何かあるな」

 

妙な窪みに気付いて敢えてそれを踏む、そして一気にその場を離れるとその周辺が激しい音と共に爆ぜる。

 

『勘が良いなオイ!!そこは一面地雷原!!威力はねぇが音も衝撃も本物よォ!!せいぜい気を付けて進むこったなァ!!』

 

プレゼントマイクの声が響く。

まったく手の込んだ競技だが…

 

(これまた地面潜っていきゃ良くないか?)

 

第一、第二関門に続いて第三関門の障害物も無視してしまえる事に千土は気付く。

 

気が付けば爆豪は既に爆発による飛行で地雷原を飛び越えようとしている。

轟もまた氷の地面を形成して安全な道を造っている、どうやら互いに勝負を決めにいく算段の様だ。

 

「ハッ行動が早いことで…じゃあ俺も!!」

 

足元の地面を崩して土中へと沈む。

地雷の埋まる位置より更に深く、万が一誰かが地雷を踏んでも巻き込まれない位置まで穴を進める。

 

目的の位置まで沈むと続けて自身の前方の地面を動かす。

土中トンネルの完成、後は直線に進むのみ!

 

「目立てないのが残念だが…最善手を尽くしてこその勝負だ、勝ちにいくぜ!!」

 

暗いトンネルを一直線に進む、時折誰かが地雷を踏んだ振動が響くが崩れることはないように調整した為不安はない、轟や爆豪がどれ程の速度で駆け抜けているか確認できないが誰かの妨害への警戒をしなくて良い分有利なのは自分だ。

 

勝利を確信したわけではないが王手をかけたのは俺だと口角を吊り上げる。

――直後、異常なまでの振動が地面に響く。

 

――何だ今の振動、幾つか爆発が強力な地雷が紛れてたのか、いや、まさか地面を動かしたことで地雷が一か所に集まってしまったのか!?

 

嫌な予感が脳裏をよぎる。

万が一今の爆発を受けたのが訓練を受けていない普通科やサポート化ならばいくら安全を考慮した地雷といえどもどうなるか分からない。

 

足元の地面を隆起させながら頭上の土を掻き分け浮上する。

 

地上の光が差し込むと同時に声を上げる

 

「おい!今の爆発は何だ!?怪我人はいねぇ――「え!?地城君なん――!?」――か…」

 

顔の真横を分厚い鉄板が掠める。

――おいおい危ないな、人でモグラ叩きをするなんてとんだ危険人物だ。

 

カチッと嫌な音が耳元で聞こえる

――あ、これやっちまったわ

 

瞬間埋まった身体の真横で地雷が作動する。

耳元で響く爆音とほぼゼロ距離での衝撃波に身体が吹き飛ぶ。

 

後で知った話だが、緑谷は前に走る轟と爆豪に追い抜く為周囲の地雷をかき集め、仮想敵の装甲を盾に爆発させ、その衝撃を利用し一気に追いつこうとしたそうだ。

地中に響いた大きな衝撃はそれのことだ。

 

で、トップ2人に追いついた緑谷はそこから更に追い抜くべく地面に埋まった地雷を利用して2人の妨害と2度目の爆発ターボを決めようとして…そこに俺が生えてきたという訳らしい。

 

超至近距離での爆発で耳がいかれ三半規管がマヒしてよろめきながらも執念で足を進め、緑谷、轟、爆豪に続いてゴールした俺を出迎えたのは温かい拍手と同情の目だった。

 

地城 千土、第一種目『障害物競走』

順位 4位。

 

 

 

 



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第12話 やりたい事と向いている事は違って…

第一種目が終わりを告げ上位42名が一か所に集められる。

つまり、第二種目の説明が始まるわけだが…

 

「あぁ~やっと耳鳴りが納まった酷い目にあったぜ…」

 

「ご、ごめん。まさか地城君があんな位置から出てくるなんて夢にも思わなくて…」

 

「当たらなかっただけ良しとするさ、んなことより来たぜ」

 

千土につられて下げていた頭を動かすと台の上に進行役のミッドナイトが立っていた。

 

「さぁここからが本番、第一種目が個人の能力テストとするなら次は連携能力のテスト!第二種目は――"騎馬戦"よ!!」

 

第一種目を勝ち抜いた42名の選手が2~4人のチームを作りそのメンバーの合計Pを鉢巻きに記して互いに奪い合うというルールらしい。

 

そして選手ごとのPだが第一種目の順位で下から順に5Pとして扱う、つまり千土は195Pという訳だ。

しかし例外として1位、すなわち緑谷の得点はなんと破格の1000万P、頭悪い数字だが笑いものではない、何せ他の者からすればそれを奪えば勝利が確定するのだから。

 

現に今緑谷はこの場にいるほぼ全員から殺気を纏った視線に晒されてしまっている。

 

「今から15分間が交渉時間よ、後悔しないように口説き合いなさい!」

 

ミッドナイトのその言葉と共に選手達は交差する。

…極力緑谷を避けて――

 

▼▼▼

 

「さって、どうするか」

 

交渉時間開始と同時に千土は思考に耽る。

この競技、チーム分けが全てを分けると言っても過言ではない。勝つ為のチームをどう作るか、いくら考えても足りないものだ――が、それ以上に問題がある。

 

――俺また目立てねぇじゃねぇか!!

 

そう、プロヒーロー達の注目が集まるこの大会、折角ならば目立ちたい。しかし、第一種目はほとんど地中にいたことに加えてこの第二種目。

どう考えても自分は花形の騎手ではなく騎馬なのだ。

 

地質操作の個性は地面に足が着いていないとその大半の能力が失われる。

地面への干渉は出来ず、砂も石も宙に浮いているものしか動かせない。

ようは騎手になった時点で個性が弱体化した状態になるわけだ。

 

つまり使い者にならない――しかし騎馬として考えれば話は変わる。

 

「地城、俺とチームを組んでほしい」

 

現に今、轟から交渉を持ち掛けられる。

 

「…?」

 

「地城?」

 

「あぁすまん、宣戦布告をふっかけてきたお前が誘ってきたのが意外過ぎてな」

 

思わぬ交渉相手に固まってしまい、その轟が再び声をかけてきてようやく再起動する。

 

「あぁ、確かにお前に宣戦布告をしたのは俺自身だ。だがこれはあくまでも第二種目だ、チーム戦である以上勝てるメンツを揃えたい」

 

そう言う轟の傍には1-Aで随一の機動力を誇る飯田と"個性『創造』"による万能さを持つ八百万が控えている。

 

そして圧倒的攻撃範囲と拘束能力の轟自身に加えて最後の騎馬として千土をスカウトしようというのだ。

 

地面の隆起での壁造りによる防御、陥没での落とし穴による相手の妨害。

砂や岩を遠隔操作での攻撃。

地面の振動を利用しての索敵。

それらを地面に足がついているだけで出来る自身の個性は我ながら騎馬として最適の存在だろうと千土は自己分析し自分と飯田達を合わせてここまでのメンツを揃えようという轟の大人気なさに笑えてしまう。

 

「…ちなみにチームとしての方針は?」

 

「飯田とのチーム条件で"どこかのタイミングで緑谷のチームを狙う"。俺としてもそれは絶対条件だが他はない」

 

「それは悪くない、いいぜこのドリームチームも楽しそうだ――だが俺としても条件を加えたい」

 

好感を得れたことに飯田と八百万は顔を綻ばせるも続けて告げられた条件に顔を顰める。

良くも悪くも変わり者の千土の言う条件が想像出来ず身構える。

 

「"チーム全員が全力で挑む"、それが"轟と組む"条件だがいいか?」

 

「そんな事か?条件でなくとも当然だろう」

 

生真面目な飯田なら当然疑問だろう、八百万もわざわざ条件として提示する千土に首を傾げるが千土は2人ではなく轟1人に注目する。

 

「お前はどうだ轟、全力で…左も使ってくれるか?」

 

「っ!?お前…何でそれを」

 

轟が珍しく顔を驚愕で大きく動かす。

当然だろう、彼の抱える事情を知る者など本来いないはずなのだから。

 

「まぁタイミングを見て話すつもりなんだがあいにく今は時間がねぇ。それで、そっちの答えは?」

 

「…駄目だ、俺はこっちは何があっても使う気はない」

 

「――そっか、じゃあ残念だが交渉決裂だ」

 

肩をすくめて千土はそう告げる。

轟も自分の意見を変える気は毛頭なく交渉決裂は尾を引くことなくあっさりと決まる。

 

しかしそれとは別で千土は言わなければならないことを告げる。

 

「轟、悪いが――俺もお前には負けられねぇわ…今のお前にはな」

 

困ったような笑みを浮かべ千土は普段の浮ついたノリの声でも宣誓台で叫んでいた声でもない、敢えていうなら重い病気を患った人にかけるようなどこか優し気な声でそう言い残して離れていった

 

轟はその様子に、そして自身の事情を知っているかのように語った千土に戸惑いながらも交渉決裂による残る一枠に意識を戻し第二候補であった上鳴へと声をかけるのだった。

 

▼▼▼

 

「さて、やばいな大体チーム編成決まりかけてんじゃないか?」

 

轟との交渉を蹴ったは良いが結局自分の組む相手が全く決まっていない。

しかしこれは大事な協議、普段の友人関係を持ち出してチームに入れてもらうわけにもいかない。

 

それはそれとして普段つるんでいる友人達の個性をおさらいする。

 

聴覚に優れ、周りの様子にいち早く気付ける耳郎。おまけに耳は伸縮とある程度の操作が可能で鉢巻きをとる手段として使えるだろう。

"複製腕"という変わった個性の障子。彼も耳や目の複製で索敵にかなり優れている、加えてその体格と膂力は騎馬としてかなり信用がおけるはずだ。

そして常闇。攻守ともに優れた"闇影"の個性。彼が居ればある程度の状況には対応できると思えるほどの戦力だ。

 

――何だろう、普通に友人達に交渉すれば負けないチームが造れる気がしてきた。

 

つい周りを見渡せば丁度その3人が一か所に固まっていた。

 

「あと一枠に俺などいかがでしょうかお三方!?立派に騎手を務める所存です!!」

 

「交渉下手にも程がある!?」

 

少なくともこの場にいる3人は千土の個性の弱点を完全に把握している。

お前その個性で騎手として売り込むとか正気かと耳郎は唖然とする。

 

「というより少なくともあと一枠というのは間違いだ」

 

「ん?どういうことだ常闇?」

 

ここにいるメンツでチームを組んでいたのでは?と首を傾げると常闇ははっきりとした声で告げる。

 

「俺もまた挑む側ということだ地城…俺は貴様に勝ちにいくぞ」

 

2人にはそれを話していただけだと常闇は告げる。

 

――甘えていたつもりはなかった。しかし千土としても彼らとも対立関係になるとは考えてもいなかったのも事実だった。

 

「常闇は既にチームを組んだ。緑谷のチームだ」

 

「緑谷の!?」

 

障子の言葉に千土は更に驚く。

常闇の個性ならば確かに防衛にも優れているがまさか一番リスクの高いチームに入るとは。

 

「緑谷のポイントは1000万…お前ならば絶対に狙いにいくはずだ地城。これが俺の"覚悟"だ」

 

「…最っ高だぜ常闇!俺も全力でお前に挑む!本気の勝負といこうぜ!!」

 

チームを組めない落胆よりも純粋な喜びが湧き上がる。

緑谷や轟、爆豪だけではなくいつも話している友人さえも競い合いの相手になる。

 

右手を上げれば苦笑し目を閉じながも応じてくれる。

パンッと乾いた音が耳に響く。

これだけでいい、あとは騎馬戦が始まればより言いたいことは伝わるだろう。

 

常闇が緑谷と麗日…あと見慣れない他クラスの少女のチームと合流したのを見届け残る2人に目を向ける。

 

「耳郎と障子はどうするんだ?」

 

「俺は純粋に勝利を目指す。その為に相応しい奴に声をかけようと思っていたのだが…」

 

「何だ?もう組んでんのか?」

 

「いや、自分の個性の性質を鑑みず騎手をやりたいと言い出したので…な」

 

「あー」

 

もったいぶった言い回しに轟や爆豪の様子を窺いながら返事をしてみれば予想外の言葉を受ける。

友人からのこれ以上ない賞賛の言葉に対して自身の言動の罪悪感に言葉を失ってしまった。

 

「ウチも組もうと思ってた奴がいたけど、そいつが勝つ気ないみたいだから他あたるよ」

 

「待って待って俺が悪かった一人にしないでくれ、ちゃんと勝つ方法考えたから!!」

 

全力の謝罪とその後の右往左往の末、交渉時間終了の警告が入る。

 

▼▼▼

 

『さあさあ、チーム決めの時間は終了!!どうだお前ら良いチームは組めたか!?優秀集めたベストチームも友達集めた友情チームも大歓迎!!さあとっとと準備を始めなァ!!』

 

プレゼントマイクの実況に押され皆チームで決めた陣形を整える。

 

「さぁて!開始の瞬間が勝負だ、頼むぜ2人とも!!」

 

「マジであれでいくの?今からでも考え直さない?」

 

「諦めろ耳郎、恐らくこいつはもう止まらん」

 

気合を入れんと声を出せば返ってくるのは呆れた声。

まぁそんなもんだろうと笑って離れた位置で準備を終えたチームを見ると同時プレゼントマイクの声が響く。

 

『さぁ行くぜ第二種目騎馬戦スタート3秒前』

 

ほとんどのチームは全てのチームに満遍なく視線を向けている。

 

轟のチームも爆豪のチームこちらを警戒しつつも他のチームにも当然意識を向ける為過剰な注目はしていない。

 

問題となるのは緑谷のチーム、自ら教えた常闇に加えてあの黒霧とかいうモヤ野郎のせいで緑谷にもバレてしまった個性の弱点。

それを知るが故にこちらを唖然としたように見ている。

 

『2!』

 

それもそうだろう、前方に障子を後方に耳郎を配置し障子の複製腕の上に乗る。

個性の性質を無視して"騎手"として立つ俺に戸惑っているようだ。

実質障子と耳郎の2人のチーム、それが俺達のチームだ。

 

『1!』

 

事情を知る者から見れば明らか不信なチーム、しかし幸いなことに事情を知る2人は同じチーム。

つまり俺の"個性"が使えないということを知る者は1チームのみ。

そして彼らは1000万ポイントを抱える身――つまり開始直前の1秒前、この瞬間に離れた位置にいるチームに注目する余裕はない。

 

彼は最も近くいるチームに警戒すべく視線を動かす。

 

『スタート!!』

 

その声と共に一枚の鉢巻きが宙を舞う。

 

「さぁッ!!これで背負う物はなんもねぇ!!全力で1000万P取りに行くぜ!!」

 

早々に鉢巻きを捨てた馬鹿―千土―の行動に全員が唖然とする奇妙な幕開けと共に第二種目が始まった。

 

 

 

 



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第13話 目立ちたがり屋の騎馬戦

自身の鉢巻きを自ら投げ捨てる千土の行動への戸惑いから始まった第二種目の騎馬戦。

最初のインパクトこそ強かろうとここまで残った実力者達はすぐに意識を取り戻すと千土達から一瞬遅れながらも行動を始める。

 

「何のつもりか知らねえがいらねぇってんなら貰っちまえ!!」

 

開始早々に放り捨てられた千土チームの鉢巻きに体格の都合上騎手意外の選択肢がなかった峰田が率いるチームが手を伸ばす。

 

「4位のポイントいただ―「んな訳ねぇだろォよォッ!!」―うおっ!?」

 

鉢巻きを捨てると同時に全力で緑谷チームへと駆け出していたはずの千土チームがその勢いのまま衝突してくる。

 

障子の体格に任せたタックルを騎馬である砂藤に当てバランスを崩した峰田の鉢巻きを奪うと同時に耳郎のイヤホンジャックで落とした自分達の鉢巻きを回収する。

 

「撒き餌作戦大成功ってな!」

 

「きたねぇぞ!!」

 

「ヒーロー志望が背負ってるもん捨てるかってんだ、次からは良く考えて行動しろな!」

 

千土はそう言い残すと同時に障子が動きを再開し耳郎も引っ張られるようにそれに続く。

 

「…次、2時の方向な、あと予定通り位置を変えるぞ」

 

確保した鉢巻きを首に回しながら千土は他のチームの気迫や観客席からの歓声本来で掻き消される程の小声で指示を出す。

聴覚に優れる耳郎と複製腕で千土の近くに耳を造った障子のみがそれを聞く。

 

これがこのチームの優れたところ、他のチームと違って相手に聞こえないように指示を回せる。

障子と耳郎が指示した位置に走ると同時に千土は僅かに今の位置から前のめりに姿勢を整える。

 

『おっと、早速他のチームの鉢巻きを奪ったチームが出やがったな!しかも妙にせこい手で!!』

 

『まぁやり方がせこいのは否定しないが相変わらず連携は確かだな。味方の聴力と広範囲の視界で完璧にタイミングを合わせていた』

 

他のチームも食いついた時や罠を警戒して誰も来なかったらどうするつもりだったのか、穴の多い作戦だが結果としては大成功を収めた千土の作戦に一応の評価を下す。

 

そしてそう言葉を紡いでいる内にも状況は目まぐるしく動く。

 

▼▼▼

 

千土の異常な行動を無視して1000万Pを狙う貪欲な者達が次々と緑谷チームに攻撃を仕掛けていた。

 

最初に足元の地面が沈み始め足が地面に飲まれかけた。

もしや千土の仕業かと一瞬思ったが彼は騎手である為地面への干渉は出来ないとすぐに結論付け周りを見るとB組の生徒にして轟と八百万と同じ推薦組の骨抜の姿があった。

 

最初の奇襲、しかし緑谷、そして常闇は万が一の為にも地面への警戒を怠っていなかった。

その為すぐに麗日、そしてサポート科の発目に指示を出して宙に逃れる。

 

続く青山達を騎馬に添えた蛙吹の舌が迫るもそれは常闇の"闇影"が弾く。

追撃を躱したと思えば次はB組の固める個性と更なる追撃――そして

 

「デェェェェクゥゥゥゥッ!!調子に乗ってんじゃねぇぞォ!!」

 

1-Aの修羅が吠える。

固まる個性から逃れようとすれば激情に染まった顔で爆豪が迫る。

 

「"闇影"!!」

 

しかしそれも辛うじて常闇の個性がガードする。

爆豪側も追撃を狙うのは難しかったのか一度自身の騎馬の下へと帰還する。

 

「分かっていたけど狙われる…」

 

「だが全てのチームが狙っているわけではないな。漁夫の利を狙う為に安全圏で控えている者、他に狙われることを避け別のチームを狙う者もいる」

 

「うん!とにかく僕たちは最後までこの1000万Pを守りぬいて――」

 

「――そうはいかねぇな」

 

緑谷の言葉を遮って目の前に姿を見せたのは2人だけの騎馬に乗る3人チーム。

 

「来たか地城」

 

「よォ常闇…お勤めご苦労だったな。――もうこっち来ていいぜ?」

 

「――えっ!?」

 

騎手となり自身の個性が使えないにも関わらず余裕に満ちた表情で告げた地城の言葉に緑谷は一瞬思考が凍り付いた。

 

「――ッ緑谷右だ!!」

 

「え!?うわ!?」

 

常闇の警告に咄嗟に緑谷は頭を下げる。

自身の頭上を耳郎のイヤホンジャックが通り過ぎたのはその直後だった。

 

「くっそ!上手くいくかと思ったんだがな」

 

「あ、ありえない話なのに心臓止まるかと思った」

 

「…地城、まさかとは思うが…これの為に3人チームで挑んだのか?」

 

真面目に悔しがる千土と本気で顔を蒼白させている緑谷に挟まれ常闇は曖昧な表情を浮かべる。

 

確かに心臓には非常に悪い一手だろう。

基本的にこの競技、4人で組まないメリットがあまりに少ない。

人数が多ければ防衛範囲は増え、加えて個性という手札も増すし時間内まで戦い続ける負担も軽減できる。

そこを敢えて3人、しかもいつも一緒に行動している友人関係のチームで普段は常闇自身もそこにいる人間。相手がその状況であの発言をすれば緑谷からすれば今までの多くのチームによるプレッシャーと合わさって「まさか」と一瞬でも思ってしまうある意味恐ろしい作戦だ。

 

だがまさかこれの為だけにそんなリスクに満ちた作戦は――

 

「あ、バレた?」

 

千土は酷くあっさりと、障子と耳郎は実に申し訳なさそうな顔をする。

 

「…どうやら俺は随分過小評価されているようだな…」

 

わざわざ自身の個性を弱体化させる騎手というポジション、おまけにこんな不意打ち頼りの作戦の為のチーム編成、さすがの常闇も僅かに怒りが湧く。

 

「緑谷!――どう動く!?」

 

「地城君の個性は地面に足が着いてなければ使えない!でも攻めには行けない!逃げの一手!!」

 

「了解した!」

 

しかしそれでも思考は冷静に、相手は十全に個性を活かせない状態だが彼らに意識を向ければ他のチームに狙われかねない。

自身の騎手に従い麗日、発目と共にサポートアイテムの推進力で千土達から離れる。

 

「逃がすな!障子前し――いや下がれ!!」

 

不意打ちが失敗した以上他に手はなし、とにかく障子と耳郎のリーチを活かして攻撃をと思ったが――厄介な奴が動き出したようだ。

 

直後、緑谷を囲むかの様に巨大な氷山が周りの生徒を巻き込みながら形成される。

 

「――っやばいな…」

 

「地城?」

 

「あ、あぁいや何でもない気にするな耳郎…さて」

 

不意にぽつりと呟いた千土に耳郎は違和感を感じるも千土は首を振って、この状況の現況へと視線を向ける。

 

「いよいよ参戦か、"暫定"最強?」

 

「――お前、今個性使えないんだってな」

 

「聞いてやがったのかよ」

 

軽い挑発を向けてみれば返ってきたのは冷え切った声。

緑谷の奴、必死とは言え容赦ない真似をしてくれる、見れば周りのチームも僅かにこちらを睨んでいる。

実質2人のチームとバレた以上今からは積極的に狙われるかもしれないが今は目の前の相手が先だ。

 

「なら今のお前に用はねぇよ、あるのは…」

 

しかし轟の鋭くなった目は千土をすり抜け緑谷に突き刺さる。

 

「くそ、もう時間がねぇ、俺達も1000万狙うぞ!!」

 

競技時間も終盤に差し掛かり既に鉢巻きを失い余裕の無いチームも加わり緑谷達を包囲する。

しかしそれは極めて迂闊な行動だ。

 

轟チームの一人、上鳴の身体が僅かに動く。

 

「障子、耳郎、俺の合図で跳べ」

 

密かに小声に指示を出す。

 

直後、周囲一帯に光をまき散らして強力な電流が駆け巡る。

過剰な痺れに動きが止まると次は凍結、上鳴と轟の二段構えの攻撃に集まっていた大半のチームが拘束される。

 

「マジか…」

 

辛うじて逃れたのは上鳴の放電の直前に跳躍した千土のチームと同じく咄嗟に動けた緑谷のチームのみ。

他でいうと爆豪達のチームがここから離れた位置でB組の生徒達と何やらやり合っているようだがこの場にいうのはこの3チームのみだった。

 

「流石にお前らはこれぐらいじゃ捕まらないか…まぁいい、そろそろ取りに行くぞ」

 

轟の氷が地面を伝い緑谷に迫る。

圧倒的な攻撃範囲を誇る轟の凍結能力、しかし緑谷は以外なことにそれを辛うじて避け続ける。

 

(轟の能力の癖を完全に理解してやがる、緑谷の奴…凄いな)

 

轟の個性の癖。

右の凍結、左の燃焼。

相反する2つの属性を操るその"個性"だが轟はその"左"を使わない。

事情は知らずとも緑谷はそこを利用する。

 

結果、右の凍結による攻めが僅かに遅れる左サイドを維持することでこの均衡状態を作り出した。

――しかし、いつまでも続かれるとこちらももう限界だろう。

 

「どうすんの…どのタイミングで仕掛ける?」

 

――時間もあと僅か、次の狙い目で例の策をやるぞ

 

轟の凍結攻撃。

緑谷の回避。

B組の生徒の油断。

爆豪の反撃。

あらゆる状況を障子は見る、耳郎は聞く。

 

複製腕の目が捉える。

――B組の生徒の鉢巻きを奪った爆豪を彼のチームの瀬呂が拾い、"全員が地に足を着いた"

 

耳郎の耳が捉える

――均衡状態の轟と緑谷が互いに睨み合い、"どちらも地に足を着いている"

 

「「――っ!?」」

 

直後、各チーム全てが立つ地面が沈む。

ありえない、それが出来る個性の奴は先程騎手では個性が使えないと言われたばかりのはずだ。

 

頭と首元、鉢巻きを巻いた部位を何かが通り過ぎる。

バランスを崩された騎馬達が立て直す隙を突かれ意識がある騎手もそれを防げなかった。

先程まで凍り付いて意識がなかった者達は尚更だ。

 

「「――っ、鉢巻きが!?」」

 

宙を見れば無数の砂の塊が浮いていてそれらに"全チーム"の鉢巻きが捕らえられている。

砂の行き先は当然、チーム全員が騎馬になった地城チームの下へ。

 

「っ!?おいルール違反じゃねぇか」

 

「騎手が地面に落ちた状態で戦闘続行は――」

 

「――おーおー、好き勝手言われてるなァ、何か言ってやってくれよ…大将!!」

 

搔き集めた全チームの鉢巻きを千土は手にし、それを自身の頭上の存在の手渡す。

 

「ルール違反何てしてないよーだ!油断した君らが悪いんだー!!」

 

何もない空間から明るい少女の声がする。

 

「――っ!?葉隠か!?」

 

1-Aの全員が絶句する。

確かに他のチームでは声がしなかった。しかし行き交うチームの中で遠距離からの攻撃能力がある訳でもない"透明人間"への警戒はあまりに薄過ぎた。

 

その結果が千土が額に回していた自分達のチームの鉢巻きのみを同じように見えない額の位置に巻いて残りのチーム全員の鉢巻きを同じく首の位置に巻いた透明人間の姿だった。

 

この時全員は"開始と同時に千土が鉢巻きを一度捨てた意味"を理解する。

開始時、騎手は必ず自チームの合計Pの記されたポイントを巻かなければならない。

これを地城と葉隠は位置を調整することで正面から重なって見せ千土が頭に巻いているように見せかけた。

 

離れた位置でセットする以上開始時はそれで良い。

離れた位置ではその微妙なズレには気付きにくく、何より大半のチームは1000万Pという圧倒的魅力を保持する緑谷チームに意識を向け、緑谷チームはあらゆるチームに警戒しなければならないのだから。

 

しかし、競技が始まればそうはいかない。

他チームとすれ違えば横から頭に何も巻いていない千土と何もない筈の空間で輪になる鉢巻きが見えてしまうのだから。

 

――だからこそ千土は開始と同時に自分の正面に潜んだ葉隠の頭から鉢巻きを抜き取って捨てた。

それが別の作戦目当てあるように見せかけて。

その後回収したものを騎馬が巻こうがそれはチームの勝手だ、一度手放した鉢巻きを千土が巻くことで"個性"を使えなくなる癖して騎手をやりたがる目立ちたがり屋の騎馬が居るだけだ。

 

「誰がわざわざ自分の"個性"も活かせない土俵で、数で不利な3人チームで挑むかよ」

 

「本当に無茶苦茶、博打打ちすぎでしょ?」

 

「実は賭け事の経験があるんじゃないか?」

 

「馬鹿言うな障子!俺は未成年だぞ!?」

 

得意気に笑っていたはずが一緒に組んでいるはずの仲間の騎馬達からあらぬ誤解を受ける。

先生方やプロのヒーローが注目している場所で言うのは止めてくれないものか。

 

「さぁポイント独占だぁ!残り30秒、何処からでもかかってこーいっ!」

 

「悪い葉隠お前もう仕事ない。あとは落ちない様にだけしてて」

 

「え!?――「来るぞ、4時の方向!!」――」

 

見えないが得気に胸を張っているのだろう、しかしこの作戦が成功した以上彼女の役目は既に果たしたものだ、あっさり切られたことに葉隠が気の抜けた声を出した直後障子の警告が聞こえる。

 

「おっと!早いな爆豪」

 

「ッ!…舐めた真似しやがってクソ野郎がァァァッ!!」

 

穴の中から這い上がるのに時間がかかる騎馬を捨て、爆発による推進で単騎突撃する爆豪。

しかしその行動は全方位に目を向ける障子の複製腕と耳郎の超聴覚で筒抜けだ。

すぐに石の壁を形成し爆豪を地面に弾き落とす。

――これで爆豪は一度騎馬と陣形を作り直すまで復帰できない。

 

「峰田のチームが立て直した」

 

「OK、また落とす」

 

砂藤が自身の怪力を用いてチームメンバーを纏めて背負い這い上がったのを耳郎の耳が拾う。

申し訳ないがその這い上がり踏みしめた地面をまた陥没させる。

――これで峰田チームもまた立て直しだ。

 

「っ9時方向、蛙吹の舌だ!」

 

「ナイス障子!!」

 

宙に浮かせた砂を集めて壁にする。

穴の中で騎馬を組み直して這い上がらず舌だけで奇襲を仕掛けたようだがそれでは視覚での状況把握が出来ずに軌道を変えられないだろう。

 

とはいえ、そもそも1-Aにおいて視覚と聴覚による索敵能力に優れた障子と耳郎、五感は並だが人知れず探れる葉隠を独占したんだ。この状況でこのチームが負けるはずがない。

足音での探知は投げ捨て相手の行動把握は耳郎と障子に任せてある。

残り20秒、全てのチームの攻撃を俺が防げば恐らく最終競技に残るのは"このチームのみ"。

――有言実行にこれ程相応しい姿はないだろう。

 

会場にいるプロヒーロー達でさえ息を飲む。

彼らもまた想像もしていない展開に見入っているのだ。

 

千土は張り詰めた息を吐いて集中を一気に全身に巡らせる。

 

「拳――奇襲――」

 

隣の耳郎から小声で情報が入る。

穴の中で密かに進められた作戦を聞き取ってくれたようだ。

 

耳郎の顔はこの状況のプレッシャーに晒されながらも強い意志を宿していて心の底から信頼できる。

 

穴の中から巨大な掌が出てくる。

B組の、拳藤の個性だ。

 

「6時の方向!来るぞ」

 

同時に地面から氷の槍が襲ってくる。

厄介な連中の挟み撃ちだ。

 

「ッ!冷た!?」

 

「クソ…」

 

しかし、拳藤の掌は目的の相手を捕らえることなく轟の氷とぶつかり合い、氷を砕きながらも予想外のその冷たさに手を引っ込めてしまう。

 

「地城のチームがいねぇ!?」

 

氷が空振ったのを認識した轟がチームの騎馬達と這い上がるとそこには怨敵であるチームの姿が何処にもなく上鳴が戸惑う。

 

「地面の中に一度隠れただけだ。逃げ場がねぇからすぐ出てくる」

 

「さすがだな」

 

あくまで地面から生えてくる氷から逃れる為、より深くに一度逃げただけ。

長居すれば全チームから包囲される以上隠れ続ける気はない。

チームの仲間が敵の動きを把握してくれる以上隠れるより防御に全力を尽くした方が遥かにマシだと陥没させた地面を元に戻す。

 

――加えて残り時間後10秒。既に打てる手は限られて――

 

聞こえたのは彼らのチームを除いて耳郎だけ。

 

『最後の手段だ轟君、必ず掴め』

 

「なっ――」

 

「トルクオーバーッ!!"レシプロバーストッ!!"」

 

飯田の叫びが会場に響く。

 

一陣の風が吹き抜ける。

『何かが来る』と告げるより早く神速の足が走り抜ける。

飯田を除く互いのチームが茫然とする中で轟は自身の手に意識を傾ける

 

「――っ!!」

 

――違う!

 

――蘇った触覚がそれは違うと轟の脳に告げる

 

その手に握られていたのは小さな石塊

視界全てが潰れる超速度で狙いが定まらなかったため"直前で"割り込んだ石を掴まされた

 

「ッ残念だったな轟ぃ、生憎相棒の声聞き逃す程落ちぶれてねぇよ…」

 

耳郎が何かを伝えようとしていたのは気付けた。

咄嗟に石を動かして葉隠の額付近まで持っていったが轟がそれを掴んだのはただの幸運、運良く偶然それを掴んでくれただけ。

恐らく飯田にとってもさっきの技は最終局面まで温存しておきたかったとっておき、それ故その存在を轟達に伝えていなかった為に生じた僅かなズレ、互いに勝利を目指しているが故の罪なき連携不足が招いた偶然だ。

――だがこの状況、ちょっとぐらいカッコつけても許されるだろう。

 

――残り時間僅か7秒

 

「――っ地城!!」

 

「――っ常闇」

 

気が緩んだ。

ほんの一瞬の油断に影が差し込んだ。

 

残り僅かな時間だからこそもう一度崩されるわけにはいかない。

緑谷はそう判断し決定的な隙が生まれる瞬間を待ち続けた。

そして遂にその時が訪れた。

 

"闇影"が千土の脇をすり抜け葉隠に伸びる

 

――させるかっ!!

 

思考していない、反射だけが身体を咄嗟に動かし騎馬の陣形を崩して"闇影"と葉隠の間に身体を割り込ませ――"闇影"に抱えられていた"誰か"に掴まれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――"無重力―ゼロ・グラビティ―"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麗日お茶子が千土の腕に触れる。

 

「…くそっ!!」

 

それが何を意味するか理解し千土は歯噛みする。

 

重力解除、触れた者にかかる重力を無くす能力が地城の足を"地面から離れさせる"

 

個性の力が失われる。

――だがまだだ、地面への干渉が出来ずとも宙に浮かせていた砂ならまだ操れる。

 

咄嗟に全ての砂を"闇影"に纏わりつかせて葉隠に迫るその動きを抑える。

残り時間僅か3秒、電光掲示板の数字が赤くなる。

浮いた状態で地上を見渡しても誰も葉隠には手の届かぬ範囲。

 

「勝っ――!?」

 

視界の端を何かが横切った。

 

あちこち尖った爆発したような金髪が空から自身が守るべき騎手に手を伸ばす。

 

「――――っ爆ゥ豪ォォォォッ!!!!」

 

悔恨に満ちた千土の絶叫が会場に響くと同時に葉隠の首元で小さな爆発音が響き渡る。

 

葉隠を傷つけないように――ではなく自分の手が届く範囲で舞うように計算された小さな爆発が葉隠の首からいくつかの鉢巻きを吹き飛ばす。

 

残りカウント1

 

唯一許された一瞬にその場にいた者達が手を伸ばす。

 

地面に着いて判定が無効なるより先に空中で確保せんと爆豪が鉢巻きを1つ掴む

 

緑谷が

轟が

見知らぬ紫の髪の少年が騎馬から飛び出して宙を舞った鉢巻きを1つずつ掴む。

 

カウントがゼロを告げ競技終了の声が響く。

麗日が反射的に個性を解いたのだろう、地球の力が蘇り抵抗なく背中から地面に落下する。

 

「…これだから地に足着いてないと嫌なんだよ」

 

力なく呟いたその言葉は会場に響き渡る歓声に飲まれ誰の耳にも届かず消えるのだった。

 

第二種目"騎馬戦"

葉隠 透

地城 千土

障子 目蔵

耳郎 響香

 

獲得P1000万以上



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第14話 後悔と自白

──失敗した

 

身体を起こす気力も湧かず千土は五体投地したまま目を閉じる。

 

かなり賭けの要素が強い策ではあったが全て上手く回すことができていた。

耳郎と障子は完璧な集中で役目を遂行してくれていたし葉隠も作戦実行まで上手く気配を隠してくれていた。

 

結局最後の失態の原因は飯田の全力を凌いだことであれ以上の反撃はないと気が緩んだ自分自身だと理解し言いようがない程激しい自己嫌悪に顔が歪む。

 

「──やられたな」

 

空中で掴んだ鉢巻きを握り締めて0カウント後にフィールドに着地した爆豪を見ながら障子は苦々しい声で呟く。

 

「っ──すまねぇ……全部俺のミスだ」

 

「地城?」

 

聞いたことのない程悔しさに満ちた千土の声、足元に倒れる千土の姿を見れば前髪で目元を隠し弱々しく言葉を紡いでいた。

 

「あんなにお前らに協力して貰ったってのに、……作戦を考えた俺が最後の最後で油断した。掴めたはずの完全勝利を──グハァッ!?」

 

「ほんっとにこの馬鹿!! 勝手に一人で落ち込むなっての」

 

突き刺さったプラグから爆音が流れ込んできて千土は身体を跳ね上げる。

 

「大体ウチらは完全勝利なんて──そりゃ出来たら良いなとは思ったけど、そんなんガチで狙ってる馬鹿なんかアンタ以外いないっての」

 

何を思ってこいつは完全勝利なんて目指そうと考えたのかというのが耳郎の本音だ。

当然体育祭を勝ち抜こうとは思っている、緑谷の持つ1000万Pを狙う気もあったがまさか全チームの鉢巻きを奪おうなんて考えは恐らく千土以外考えてもいなかっただろう。

そんな馬鹿な考えを達成まであと一歩まで迫り、それでも果たせなかったそれを本気で悔しがっている千土に耳郎は呆れとそれとは違う"何か"を抱き、だからこそ今の千土に喝を入れる。

 

「それに完全勝利なんて優勝すれば皆認めるでしょ! それなのにいつまで寝転がってんの!?」

 

「むしろお前のフォローに回れなかった俺にも非がある。これはチームのミスだ、お前だけのものではない」

 

「元気だして、次も頑張ろ!!」

 

耳郎だけではない、障子も葉隠も曇りなく励ましの言葉を向けてくる。

 

──だからこそ、お前らと完全勝利を果たしたかったんだけどな……

 

一抹の寂しさを抱きながらも千土は腹の中で渦巻く重い感情を吐き出すようき息を吐いて。

 

「──ありがとな、最高のチームだったぜ」

 

いつも通りの笑みを浮かべてそう告げる。

 

直後、未だに止まぬ大歓声を抑えるように鞭の音が響き渡る。

進行役のミッドナイトからの言葉だと全員が佇まいを整える。

 

「はーいっ!! 第二種目も終了! 次に進む前にいくつか言っとくことあるからちゃんと聞きなさい!」

 

歓声が止み静まり返った会場にミッドナイトの声が響く。

 

「最初に地城君!」

 

「はい?」

 

「この体育祭テレビで放送されてんのよ!? もし第二種目突破が1チームなんてことになったら放送の尺がえらいことになるのよ! ──ちょっとは大人の事情を考えなさい」

 

「──っハ、やっべ、まったく考えてなかったっス」

 

あくまで揶揄うように、冗談であることを隠さず話すミッドナイトの言葉千土は笑ってしまう。

確かにそうだ、いろんな人に迷惑が掛からぬよう完全勝利を阻止してくれた連中には感謝しないととつい思えてしまう。

 

「よろしい、じゃあ本題の第二種目突破チームだけど……残念なお話よ」

 

そう、この競技の通過チームは上位4チーム。

しかし、ほとんどのチームの鉢巻きを独占しトップを飾った地城のチームを除いても緑谷、爆豪、轟、そして見知らぬ紫髪の少年の4チームが存在していた。

 

極限状態で鉢巻きを掴めたことに歓喜していた4チームの者達の顔が強張る。

葉隠から直接鉢巻きを奪うことに成功した爆豪も含めて掴む鉢巻きを選べた訳ではない、つまり自分が咄嗟に掴んだ鉢巻きに他のチームより大きな数字が刻まれているかどうかの運に委ねた勝負だ。

 

「理解したようね、なら第二種目突破チームを紹介するわ──まずは1位が葉隠ちゃんのチームね……で次が──」

 

「ミッドナイト先生! 1位のチームの扱いがぞんざい過ぎます!!」

 

「うるさいわねぇどっかの誰かのせいで1位は皆分かってんのよ、黙ってなさい」

 

「あんまりだ!!」

 

すっかり本調子を取り戻してミッドナイトに噛みついた千土だったが文字通り子犬のように払われてしまい会場からは笑いさえも聞こえてくる

 

「じゃあ一気に言うわね! 2位轟チーム、3位心操チーム、そして4位が──緑谷チームよ!!」

 

「「──っ!!」」

 

 

 

「クソがァァァァァッ!!」

 

 

 

爆豪の怒りに満ちた叫びが悲しく会場に響く。

最後の最後で鉢巻きを奪うことに成功した立役者、しかし皮肉にも彼自身が手にした鉢巻きに刻まれた数字は他のチームの者より低く、予選通過にあと一歩及ばなかった。

 

ミッドナイト先生が最初に残念な話と語ったのもこの結果が大きかったのだろうと皆が理解する。

勿論爆豪一人が千土達の防壁を越えて葉隠から鉢巻きを奪った訳ではない、飯田や常闇、麗日の反撃で少しずつ削り爆豪が最後に決めただけ。

 

しかしそれでも"決め手"となったのは爆豪なのだ。

 

素行や言動に問題があることは知っていようと悔しさに身を震わせる爆豪、そして彼とチームを組んだ切島達を敗退したチームの者達さえも気の毒そうに見つめる。

 

「──ちょっと待って下さい!!」

 

「尾白?」

 

1-Aの生徒にしてどういう交渉があったのか心操と呼ばれた生徒とチームを組んでいた強靭な尾が生えた少年、尾白が挙手と共に声を上げる。

 

「あの、……俺、予選突破を辞退します」

 

「「っ!?」」

 

異常な発言に全員が驚愕するなか尾白は自らの主張を続ける。

 

「俺、"騎馬戦"のチーム編成の交渉の時から記憶がないんです。競技の終盤に地面に落とされた辺りで意識が戻って……その時は彼に言われて咄嗟に地面から這い上がりましたけど」

 

陥没した地面の中で心操から"登れ"と言われて訳も分からず這い上がれば千土の絶叫と宙に舞う僅かな鉢巻き、そしてそれに向かって飛び込んだ自身に乗っていた心操が目に入り、終了の知らせが耳に響いた。

 

「チャンスをフイにする馬鹿なことだってわかってる、でもこんなわけのわからない状態で進むなんて俺自身が自分を許せないんだ」

 

「尾白……」

 

真っ直ぐな理由で辞退を望む尾白、更にそれに感化され尾白同様の状態に陥っていたB組生徒の2名も辞退を希望する。

千土にとって彼らの意志は自らの信念に基づいた尊重されるべきものだと素直に思った。

もしも自分があの立場で自らの意志とは関係なしに勝ち抜いた者の場に立たされるとなったら自分も彼らと同じようにしたのかもしれないと思い、全ての決定件を持つミッドナイト先生へと視線を向ける。

 

「そういう青臭い話はさぁ────好みッ!!」

 

不穏な気配から放たれる肩透かしにガクッと倒れかける。

まぁしかし結局のところ尾白達の意志が尊重されるのならばそれに越したことはないと少し安心する。

 

『お~いミッドナイトよォ!! 好みで決めるのは構わねぇけどよォ、空いた枠の代わりはどうすんだ?』

 

「それ聞くのは野暮でしょ、どう考えても会場の皆が納得する子は決まってる」

 

ミッドナイトの瞳が一人の生徒を捉える。

 

「どうかしら爆豪君? 私としては枠の一つは貴方であるべきだと思うけれど」

 

「っ!!」

 

ミッドナイトの言葉に爆豪の瞳が揺れる。

受ける、一番になる為に、爆豪の野心がその言葉を紡ごうとして──爆豪の自尊心が情けのように訪れたその言葉を受け取るのを躊躇わせる。

自身が望む1番はぶっちぎりの1番だ、例えこの言葉を受け取り本選に復帰し優勝を果たしたとしてもそれは自身が望む1番なのかと問うてくる。

 

「──爆豪、俺はお前が出るべきだと思う」

 

辞退を表明した尾白が最後まで自らの意志で闘志を燃やし続けた爆豪にそう告げる。

 

「──俺は……」

 

歯を食いしばり爆豪が再び言葉を詰まらせる。

 

「来いよ爆豪、お前への借りはここで返さねぇと俺も納得いかねぇ」

 

「っ!!」

 

千土もまた、爆豪の復帰を望む。

最後の最後に自分達の策を破り完全勝利の機会を奪った相手だからこそ本選への出場を望む。

 

「それとも、本選でも負けるのが怖いのか? だったら別に止めはし──「あぁッ!?」──」

 

爆豪の激怒に染まった声と視線が千土に突き刺さる。

間に挟まれていたチームの皆がそれに巻き込まれないように距離を開ける

皆爆発物処理の資格とか持ってないのだ。

 

「っんだこの野郎! てめぇこそまた思惑ぶっ潰されて泣かされてぇのか!?」

 

「一矢報いた程度で言うじゃねぇか爆発物、結局お前俺に勝ててねぇぞ? 本選出ても勝つ算段あるのか?」

 

「あぁッ!? 上等じゃねぇか……、本選で徹底的にぶっ潰してやらァ!!」

 

「OK、ミッドナイト先生、爆豪本選参加っす」

 

「ねぇ今のやり取り絶対途中で止めれたわよね?」

 

本選参加を促す為の挑発が途中から明らかに私怨混じりになっていた気がしてミッドナイトは呆れる。

 

「まったく、大体復帰枠はあと2つあるんだからあんまり一人で時間取らないでほしいわね。じゃああと2人は……爆豪君のチームから2人選出して貰いましょうか」

 

その後話し合いの末、選出される2名は騎馬の中心としてその"硬化"の個性でチームを支え続けた切島とテープでのサポートで戦術を広げた瀬呂の2人が選出されることになり、チーム内で唯一脱落となった芦戸は笑ってその2人の背中を押すのだった。

 

そして第二種目の幕は引かれ、残す最終種目を前に昼休み、そして一時のレクリエーション競技の準備が始められるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

「あーくっそ、思い出すだけで滅茶苦茶悔しい」

 

「また言ってるし、いい加減諦めなよ……」

 

「というか常闇、てめぇ麗日と組むとか反則だろ!! 徹底的に俺をメタってんじゃねぇか!?」

 

「貴様に挑むと言ったのだから当然だろう、それに咄嗟に対処したお前が言っても嫌味にしか聞こえんぞ」

 

競技場を一度離れ食堂に集まって昼飯と会話を楽しむ。

会話の内容は言い争いの様だが、そこに怒りはなくただ言いたい事を軽く言い合う愚痴に近かった。

 

「しっかし、まさかお前ら葉隠と組んでやがったなんてなぁ。俺は本気で3人チームかと思ったぜ」

 

「地城君に"作戦開始まで絶対喋るな"って釘刺されたからねぇ……まさか作戦成功でお役御免になるとは思わなかったけど」

 

そしてそこには切島や瀬呂、葉隠や芦戸など、普段のメンツと混じって相席している友人達の姿があった。

 

「しょうがないだろ、俺を騎手だと思わせる為の役目だったんだ。俺が騎馬の位置に着いた時点で──」

 

「あーあー傷ついたなー。やっと私も会話に混じれるようになったから一緒に頑張ろうって思ってたのになー」

 

「あー悪かったよ。ほらプリンやるから許してくれ」

 

「えっ良いの!? やったー」

 

妙に申し訳なく思える方向で責めてくる葉隠に降参と言いながら注文した昼食セットについていたデザートを贈呈してみれば簡単に許しを渡され苦笑する。

 

「それにしても地城ってほんと変な作戦考えるの好きだよね」

 

オールマイトの最初の授業でチームを組んだ芦戸からそんな言葉が向けられる。

あの時は君付けで呼ばれていたがクラス内の距離間もだいぶ縮まったなと何となく思う、がそれはそれとして──

 

「変な作戦ってどうよ? 望んだ結果こそ得られなかったが一応勝ったのは確かだぞ」

 

「それでもさぁ……実際堂々と騎馬として出てても普通に戦えてたでしょ?」

 

「いや普通に騎馬として出てたら絶対警戒されただろうしどうなってたか分からんぞ、少なくとも俺はこのチームで正解だったと思ったしな──まぁ開始直後は少し後悔したけどな」

 

「え? 何それ聞いてないんだけど?」

 

唐突に呟かれたその言葉に耳郎は不本意そうに千土に視線を向ける。

 

「何か不満でもあったの? 教えてよ?」

 

「あーいや、別に大した事じゃねぇよ。もう過ぎたことだし、ほらほら耳郎唐揚げやるから」

 

花形のおかずを贈呈して追及から逃れる。

危ない危ない、障子ならともかくあと2人に聞かれると色々マズい。

 

「──おい、おい地城。耳郎が何か凄い不機嫌そうなんだけど?」

 

「えっ何で!? 唐揚げやハンバーグ渡したら大体何でも許されるもんだろ!?」

 

「んなもんお前や葉隠ぐらいだ」

 

小声で話しかけてくる切島に釣られて改めて見てみれば非常に不服そうに唐揚げを齧る耳郎の姿が目に映る。

 

「一体何なんだよ後悔って、絶対それのせいだろ。さっさと言って謝れよ」

 

同じく小声で会話に入ってくる瀬呂。

──しかたない、まぁこの2人ならいいだろう。

 

「別に後悔したのは耳郎にじゃねぇよ──葉隠の方だ」

 

「な、何だよそんな真剣な顔になって」

 

いつになく真面目な顔で語る千土。

一体何があったのかと切島と瀬呂は身構える。

 

「……完全な透明人間として隠れられるようになってもらった。そしてその状態で鉢巻きを俺が着けているように見えるように密着する陣形をとった──どういうことか分かるか?」

 

「「──っ!?」」

 

その意味を理解する切島と瀬呂―男子高校生達―は息を飲む。

 

ちなみに葉隠をチームに誘った際に千土は1人で彼女と交渉に向かった。

自分の作戦がもしも可能ならその作戦内容で2人をビックリさせようという軽い茶目っ気だった。

 

そして葉隠に完全な透明状態になれるかと聞いてみればOKと返ってきた為それを頼んだ。

その結果──葉隠は全裸となった。

 

てっきり衣服を透明化できるものと思っていた千土はかなり戸惑ったが残る交渉時間があまりない事や実行可能ではある作戦を捨てることをもったいなく思いこれで行くことを決断した

 

結果として耳郎達と合流した際には既に葉隠は全裸だった為耳郎も完全に見落としていたようだ。

 

「正直かなり後悔した……峰田チームの鉢巻きを取ってすぐに葉隠と位置を変えて背中の方に回ってもらったら今度は轟が氷ぶっ放して寒くなったのか引っ付いてきたし」

 

「それは……」

 

「……やばいな」

 

切島も瀬呂も言葉を失ってしまう。

色々言いたいことはあるがひとまずこの場に峰田が居なくて良かった。

 

「勿論後悔といっても嫌だった訳じゃないんだ、むしろ一男子高校生として役得とも思ったさ。ただ精神的摩耗が色々とな……」

 

ここまで話していてふと思った。

数分前自分はチームを組んだ相手の"何を"頼りにしていたのだったか……

 

恐る恐る視線のみを動かして耳郎の方を見てみれば彼女は静かにこちらを睨みながら耳から伸びたコードを弄っている。

──うん、聞かれてましたね……

 

「……スケベ」

 

この日俺の昼食は全て謝罪の素材となった。

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 

昼食を済まして(食えたのは半分ぐらい)なおもレクリエーション競技開始までは時間が余る為適当に廊下をぶらついていると意外な組み合わせと出くわす。

 

「丁度良い、お前も呼ぼうと思っていたところだ」

 

「あーそういえば、あとで話しするって言ってたな」

 

氷のように凍てついた目をした轟と、彼につれられて戸惑っているのだろう、挙動不審気味の緑谷の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




サブタイに対してこんな内容で申し訳ありません(笑)

ちなみに気付く方もいると思いますが爆豪の性格や会場の空気の都合上で尾白の辞退申請のタイミングを少し早めました。
でもこの方がレクリエーションとかもモヤモヤした状態でやらなくて済むよね


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第15話 戦いが始まるその前に

「先に緑谷に少し聞きたいことがある……いいか?」

 

「あぁ、俺の話は少し長くなりそうだしな」

 

一度を断りを入れて轟は緑谷に向き直ると口を開く。

 

「緑谷、お前……オールマイトの"隠し子"か何かか?」

 

「えっ!?」

 

「……"オールマイト"、"熱愛の噂"……と」

 

「地城君!? 携帯で不穏なワード検索しないで!?」

 

轟の質問を受け衝撃を受ける自身の横で携帯に何やら打ち込んだ地城に緑谷はストップをかける。

大抵のファンはスターのスキャンダラスな話題を興味はあれど踏み込むのは怖いのだ。

 

「安心しろ緑谷、俺は憧れ人の幸せを祝福できるタイプのファンだ。不用意な口外は絶対にしねぇ」

 

「落ち着いて! っていうか別にそんなんじゃないよ!?」

 

「そんなんじゃないってことは、隠し子じゃなくてもやっぱりお前とオールマイトは何かしらの関係性があるという訳だ」

 

轟の目がより鋭くなる。

 

「お前が№1の何かを持っているのなら、尚更俺はお前に勝たなきゃならねぇ」

 

「№2か?」

 

不意に千土が口を挟み告げた"№2"という言葉に緑谷は首を傾げる。

 

「……あぁそうだ、お前が何で知っていて、どこまで知っているのかは知らねぇが……俺の親父は"エンデヴァー"。№2だなんて持ち上げられてるヒーローだ」

 

重い、多大な重圧を発しながら告げられた言葉に緑谷は息を飲む。

しかしこれは所詮は入り口、緑谷は驚愕の中で更に予想だにしない事情を明かされるのだった。

 

轟は自身と自身の父の間に渦巻いた闇を語る。

彼の父エンデヴァーは自身が秘めた高い上昇志向によりヒーロー業界にその名を轟かせた。

しかしそれはあくまで№2として、彼がどれ程名を上げようと揺るがぬ頂点、オールマイトがいてしまった。

№1と№2、ただ一つの差の数字の間に存在する深い境界線。

エンデヴァーにとってオールマイトは目障りで仕方なかった。しかしそれでも自身が超えることが出来ない存在だと理解し……歪んでしまった事を

 

「"個性婚"って知ってるよな? 第2~第3世代間で起こった前時代的発想。己の個性を強化して次世代に残そうとするためだけに配偶者を選ぶ最悪の社会現象。──あの野郎はそれをやりやがった」

 

ヒーローとして積み上げた金と権力、それらを用いてエンデヴァーは一人の女性を丸め込み自身の個性と合わせて生まれてくる子に継がせる個性を手に入れた。

そして生まれた己の上位互換となる子供、轟 焦凍こそをオールマイトを越える存在として育て上げようとして彼らは対立し続けているという。

 

──轟の記憶の中の母はいつも泣いている

 

『お前の"左"が醜い』

 

自身に降り注ぐ重圧に耐えられず苦しんだ母に轟は煮え湯を浴びせられた。

しかしそれを恨みはしない、なぜなら責めらるべき相手は別の場所で今ものうのうと歪んだ上昇意識に酔っているのだから。

 

「俺がお前につっかかったのは見返す為だ、あいつの"個性"なんざ使わず……母の力だけで勝つ! それで奴を完全に否定する! ──その為の相手に№1から"何か"の繋がりを持つお前は絶好の相手なんだ」

 

冷たい、一人の少年が抱えるには重すぎる宿命に空気が凍る。

しかしそれでも緑谷は口を開いて静寂を破る。

 

「僕はずっと助けられてきた。──誰かに救けられてここにいる」

 

一人で戦い続けた轟とは違う。

母や憧れのヒーローに支えられ雄英に入学した。

その後も色々な場面で色々な人に助けられた。

 

「オールマイト……彼のようになりたい、その為には1番になるくらい頑張らないといけない。君の動機に比べたらちっぽけなものかも知れないけど──でも僕だって負けられない!!」

 

轟が背負わされた深い闇、それは緑谷にとって想像はできても理解はしきれない。

それでも、彼の様に背負ったものではなかったとしても緑谷もまた"ある人"に託されたものを持っている──だからこそ

 

「僕を助けてくれた人達の為にも負けられない! だから轟君、僕も……君に勝つ!!」

 

互いの闘志が交差する。

轟の抱えたものに対し緑谷が慮り勝負を投げ出しそうになるようならば口を挟もうと思っていた千土だったが杞憂で済んだことに安堵する。

 

2人の間での宣言は決着した。

ならば次はと轟の視線が千土へと向く。

 

「それで地城、お前はなんで俺のこと知っている?」

 

「あぁ、それが──っ!?」

 

オールマイトの熱愛に探りを入れるのを止められ仕事を失った携帯が鳴動する。

「わるい」っと断りをいれて画面に見てみれば上鳴からの通知。

 

「"今どこにいる!! 早くフィールドに来てくれ! "──何かあったのか!?」

 

携帯に映る時刻を見れば轟達の話で思ったより時間が過ぎてレクリエーションは始まる少し前の時間だ。

──そういえば体育祭のレクリエーションは大玉転がしや借り物競争があるそうだが俺入院しててどの競技出るのか知らねぇ……まさか最初の方の種目なのか……

 

「すまん轟! レクの出番みたいだ!!」

 

「は?」

 

「今度蕎麦おごるから今はそれで手をうってくれ! 話しも後で絶対するから!!」

 

呼び止めようとする轟を見向きもせずに千土は一目散に走り去ってしまう。

残された轟は何となく気まずいが疑問に思ったため緑谷に視線を向ける。

 

「──あいつ入院してたから確か補欠だったよな」

 

「う、うん確か……」

 

▼▼▼

 

「──どういう状況だ……これは?」

 

肺が痛むのを気にせず走り続けた。

自分の管理能力のなさでクラスに迷惑をかけるわけにはいかないと必死だった。

何とかレクリエーション開始前に辿り着き肩を呼吸で大きく上下させてフィールドに目を向ければ待っていた光景は想像していたものとは大きく違っていた。

 

「お、来たか地城!」

 

満面の笑みで上鳴と峰田が出迎えるてくるが視界に映るのは別のもの。

横一列に並び皆揃いの衣装を纏って同じく揃いの表情を浮かべた同じ1-Aに所属する女子達。

 

「何でチアやってんのお前ら? ……まぁ正直八割ばかし予想は出来てんだけどさ」

 

クラスの女子一同は普段の恰好とは違いチアの衣装をしていた。

しかしその表情には一切の光がなく声をかけてみれば身体をプルプルと震わせる。

 

「峰田さんと上鳴さんに騙されまして……」

 

俺がここに到着するより前に既に怒りは過ぎ去ったのだろう、ただひたすら不本意そうに呟く八百万の言葉にやっぱりかという感情を抱く。

 

「どうよ地城! お前も俺達側の人間だと思って声をかけてやったんだぜ。感謝しろよ!!」

 

峰田は自信満々に肘で突いてくる。

確かにとても眼福な光景だろう。

俗っぽい言い方をしてしまえば皆容姿レベルの女子達だ、表情こそ惜しいがあまりに眩しい光景に以前の自分ならば携帯片手に写真いいですか? と交渉を始めるやもとさえ思う。

 

──以前の自分ならば……

 

「峰田、上鳴……俺達ももう高校生だ。衣装の1つ2つで騒ぐもんじゃないし、ましてや騙して着させるもんじゃないぜ……そろそろ大人になろうな」

 

「「何があった地城!?」」

 

急に悟りを開いたような口振りで語る千土に上鳴と峰田は驚愕する。

しかし数刻前自身の脳を掻きまわす騎馬戦を終え千土は一つの結論に至った。

 

──服なんて着ていてくれるならなんだっていいさ

 

たしかに普段より露出の高い衣装だ、だがそれがなんだというのか。

きちんと節度を保つべきラインは抑えた真っ当な衣装だ、なにより接触もしないのだから騒ぐようなもんじゃない。

 

「そんなことよりそろそろレクだろう、最初は大玉転がし? 俺はこれに出ればいいのか?」

 

「「地城!?」」

 

もはや仙人か何かように澄んだ目で着々と準備が進められている競技に目を向ける千土に上鳴も峰田も仲間と思っていた級友の姿に本来の目的であった少女達から視線を外して千土の身体を揺する。

 

「何なのですの……」

 

「アホだあいつら」

 

人を騙したと思ったら急に寸劇を始めた馬鹿達に戸惑う八百万の隣に立った耳郎は付き合いきれず手にしたボンボンの1つを地面に叩きつける。

 

しかしその近くで別のアクションを起こす少女がいた。

千土にとって全ての元凶(そもそも原因は千土自身だが)葉隠 透が声を出す。

 

「えー地城君大玉転がし出るの? んー、じゃぁ一緒に戦った仲だし特別に応援したげる!! フレー、フレー、ち・し・ろーっ!」

 

「おいやめろ馬鹿大将、やっと落ち着いた俺の脳をまた壊しにかかるな!! 頼むからそんな身体のラインが出てる衣装で跳ね回るな! そうだ! やるならせめて──っ!!」

 

誰だ服なんて着てさえいればなんだって良いとかいった馬鹿は!? 

むしろ葉隠に限っていえば逆効果だ! 

必死に葉隠を止めようとして顔にボンボンが飛んでくる。

 

「──スケベ」

 

「ごめんなさい」

 

柔らかい衝撃に意識が引き戻される。

助かった、危うく葉隠に衣装脱ぐように頼み込むとこだった。

 

下手すれば体育祭失格すっ飛ばして退学ものだと自分の馬鹿さ加減に背筋が冷える。

手元に残っていた方のボンボンを投げ付けながら向けられた冷ややかな視線は辛いがむしろ感謝しなければと耳郎に視線を向ける。

 

「ちょっと……あんま見ないでよ」

 

「あ、すまん」

 

慣れぬ衣装に気恥ずかしさを感じているのだろう、僅かに顔を紅くして訴える耳郎についまた謝罪の言葉を口にしてしまう。

 

「……」

 

「……あー、なんだ、耳郎──」

 

「ほらほら、キョーカちゃんも一緒のチームだったんだし応援したげよーよ!!」

 

「ちょ、透!? 引っ張んないでって!」

 

沈黙に耐え切れず何かを話そうと口を動かすもそれを遮って葉隠が(見えないが恐らく)耳郎の腕を引っ張って無理やり振り付けを決めさせる。

 

「はいせーのっ! ファイト―! ち・し・ろー!!」

 

「あーもうっ!! ファイトー!!」

 

「お、おう頑張ってくるわ、ありがとな」

 

底抜けに明るい葉隠の声と明らかにやけくそ気味な耳郎の声が響く。

何となくだが、もしも本選で当たっても俺は葉隠に勝てない気がしてきた。

 

正直かなり嬉しく、でも何故か釈然としない声援を受けて千土は大玉転がしのチームの列へと向かうのだった。

 

▼▼▼

 

 

『あれ、地城君は確か補欠?』

 

「すまん口田! 今度何か奢るから代わってくれ、多分勝って帰らないと怒られる……」

 

俺が何をしたというのか、いや貴重な姿を見られたと思えば安いものか……

 

──あ、安いといえば後で轟にも蕎麦奢らにゃならないんだった……よし、勝って帰ったら上鳴と峰田からまきあげよう。

 

本来出場する予定だった口田と代わって貰い同じく大玉転がし参加者である障子の隣に立つ。

 

「何かあったのか?」

 

「まぁいろいろと」

 

そういえば障子も一緒のチームなのに俺だけエールを貰ってしまったなとふと申し訳ない気持ちに──は、ならずむしろ返事を終えると先程までのことが自然と頭から抜け落ちる。

 

「しっかしなぁ、何か気が付けばいつもお前には世話になってんな? 多分これが今日最後の協力だし先に礼を言っとくよ」

 

「礼など不要だ。俺も、本選への出場はお前と組んでいなければ叶わなかったかも知れないのだからな」

 

互いに言わんとしていることは理解している。

第二種目の終了後、昼休みに入る前に引いたクジ引きを思い出して2人は僅かに肩を動かす。

 

「……勝とうぜ、例えレクリエーションでも……目指すは完全勝利だ」

 

「あぁ、勿論だ」

 

スタートの掛け声と共に大玉を押しながら全力で駆ける。

 

本選前の僅かな一時、この競技もまたプロヒーローへのアピールの場であるがそれでも一番の目的はお祭り騒ぎ、頭を空っぽにして全力で楽しむための一時なのだ。

 

しかし例えそうであったとしても掴んだものは間違いなく本物で……

体育祭が始まってどれ程の時間が流れたのか、1-Aのチア達の声援を受けながらようやく千土は心の底から喜べる勝利を掴んだのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

そんな思い切り楽しんだレクリエーション競技が終わると遂に誰もが待ちわびた時間が訪れた。

結局轟と話す時間はなかったが彼の方からも声がかからない辺り今はこの瞬間に集中しているのだろう。

 

「さあ! いよいよ本選を開始するわよ!!」

 

ミッドナイトの言葉と同時に会場のモニターに本選のトーナメント表が昼休み直前にクジを引いた時と同様に映し出される。

組み合わせは当然その時のままで、自分が戦う相手の名を変わらずに示している。

 

 

『Aブロック』

第一試合 緑谷VS心操

第二試合 轟VS瀬呂

第三試合 飯田VS発目

第四試合 耳郎VS上鳴

 

『Bブロック』

第五試合 常闇VS八百万

第六試合 爆豪VS麗日

第七試合 切島VS葉隠

第八試合 障子VS地城

 

 

 

──まったく、初戦ぐらい容赦してほしいもんだよ。

 

 



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第16話 開幕!最終種目

長い間をおいて遂に始まった最終種目『一対一による本気の勝負』。

その始まりといえる第一試合は緑谷と唯一普通科から出場を決めた心操との対決。

これまでのような特殊なルールで行う競技と異なり純粋な戦闘能力による勝負である以上ヒーロー科として訓練を積んでいる緑谷に軍配が上がる──最初はそう思っていた。

 

「……とんでもねぇな」

 

表情1つ動かさず固まった緑谷とそれを無表情で眺める心操を見て千土はポツリと呟く。

 

──"洗脳"

自身の声に返事をした者をコントロール下におく対人間で非常に強力な個性。

それが心操の力だった。

 

尾白から予め注意するように言われていた緑谷だったが心操の巧みな挑発につい乗ってしまい、既に身体の動きをコントロールされ今はゆっくりと場外に向かっていってしまっている

 

「……これで終わりじゃねぇよな」

 

あの轟の覚悟を前に毅然と立ち向かった男がこんなところで負けるなと思うも緑谷の足は止まることなく場外へと向かい続け──

 

▼▼▼

 

結果は逆転し緑谷は勝利を掴んだ。

 

場外へ踏み出したその足を緑谷は"個性"を暴発させることで洗脳を破ることで止めることに成功した。

そのまま心操へ接近し彼の言葉に応えることなく心操の身体をを場外へと落とした。

 

「──よぅ、お疲れさん」

 

「あ、地城君……ありがとう」

 

観客席に戻ってきた緑谷に声をかければその顔は疲労に満ちていた。

 

自らの"個性"故に入学試験で仮想敵を倒すことも出来ず夢に手を伸ばせないことに苦しんだ同い年との戦いはやはり重たかったのだろうと伝わってくる。

 

「まぁ、気持ちは分かるが今は次の試合に注目しろよ、お前が次に戦う相手なんだからな」

 

そう緑谷に促した第二試合は……一瞬で終わってしまった。

開始直後に不意打ちの場外狙いを図った瀬呂だったが轟の圧倒的規模の凍結により氷山に捕らわれその動き全てを潰される。

 

策も動きも間違ってなかった、しかし純粋な実力差に真正面からねじ伏せられた瀬呂に会場からドンマイコールが送られる。

 

「反則でしょあんなの……」

 

前の席に座っていた耳郎は声を漏らす。

彼女もまた轟と同じブロックの選手であるため観客席にまで迫った巨大な氷山を目の当たりにして気が重くなったのだろう。

 

「そうだな、遮蔽物のないフィールド、試合開始の合図で戦闘が始まるルールであの攻撃範囲と速度。──どう対処したものか……」

 

千土もまた顎に手を置いて思考する──があまり良い案は湧かず目を閉じていると隣から声が聞こえた。

 

「ねぇ地城君……地城君は自分の"個性"についてどう思う?」

 

「……"あいつ"の話か?」

 

突然の話に耳郎は首を傾げるが事情を知る千土は今フィールドで悲しそうな顔で炎を用いて氷山から瀬呂の救出を試みる轟を見ての言葉だと容易に察する。

自身の意図を読み解かれた緑谷は静かに首を縦に振る。

 

「緑谷ぁ、俺が言えたことじゃないけどあんまり相手の事情に首突っ込むと苦労するぞ? ──まぁヒーロー志望ならこればかりはどうしようもないことだろうけどな」

 

一応の忠告かあるいは既に踏み込んだ自分への言い訳か、自分自身曖昧な言葉を呟き頭を掻く。

 

「僕は……この"個性"を使えるようになって本当に幸せだって思って、自分の"個性"を嫌うっていうことが考えられなくって──」

 

「俺もそうさ、いつかのバスで言ったよな、俺はきっと恵まれた"個性"の人間だって」

 

「う、うん」

 

ヴィラン襲撃が起こった日、そんなことが起こるとは思ってもみなかった頃のバスの中での会話を思い出して緑谷は頷く。

 

「──これは知り合いの話なんだがな、そいつの"個性"は発動してしまったら自分でも操作できない類のものでな……ある日自分の家族を死なせてしまったんだ」

 

「──え?」

 

千土の語った言葉に緑谷は言葉を失い、前の席で聞こえていた耳郎もつい振り返ってしまう。

 

「それでずっと自分の"個性"に怯えて──それが更に"個性"を暴走させかねないからずっと人形のように固まってしまったよ」

 

「そ、そんな……」

 

「まぁ、今は"リラクゼーココナッツ"様のおかげですっかり立ち直って元気なもんなんだがな」

 

パッと明るく語った千土の言葉に緑谷も耳郎もホッと息を吐く、千土としても重い部分をさっさと抜けられてホッとする──が、一応ここからが本題だ。

 

「でもそいつは今も個性に気を付けて生きている。だから"そいつ"も"あいつ"も一緒さ、結局皆自分の個性は最期まで抱えていかなきゃならないんだ。……だからこそ"あいつ"には早いとこ気付かせてやらないとな」

 

轟ならまだ取り戻せるはずだ、今はひび割れていたとしても彼が取りこぼしてしまった"あの人の思い"を気付かせてやればきっとまだやり直せる。

 

今も辛い表情で氷を溶かし続ける轟を見ながらふと呟く。

そんな存在などいるはずがないと分かり切っているから夢物語として軽く話せる

 

 

 

──もしも

 

 

 

「──もしも、他人の"個性"を手放させてくれる……そんな存在がいてくれれば、きっと今ほど苦しまなくていいんだろうけどなぁ……」

 

 

 

そんな神様みたいな存在を夢見て、この話は終わる。

何度も夢見た話で、夢は夢で終わるのだから──

 

 

 

▼▼▼

 

轟が形成した氷山がやっと片付いて続く第三試合、飯田とサポート科の生徒──発目という少女による試合が始まる。

 

ヒーロー科とその他の科である者との戦い、それは第一試合で見た想定外の展開になるやもと思い見ていればある意味ではその通りとなった。

 

飯田が発目に言いくるめられ装着してきた数々のサポートアイテム、それらを売り込む為の広告として飯田は延々と利用されてしまっている。

 

一応の勝利と精神的敗北、飯田には気の毒だがある意味これがサポート科の戦いなのかもしれないと思い、とりあえず飯田に合掌しておく。

 

「──で、次はお前だぜ耳郎? いけるか?」

 

「……上鳴はアホだけどさ、やっぱ強い"個性"じゃん」

 

恐らく時間いっぱい利用されるとしても残り試合時間もあと僅か、前の席に座る耳郎に声をかければそんな言葉が小さい声で呟かれる。

 

「そうだな、──でもまぁお前なら大丈夫だろ?」

 

「……めっちゃ適当じゃん?」

 

「いやマジな話よ? ──だってお前、俺らの中で一番早く踏み出せる奴じゃん?」

 

不満気に千土の顔を見ていた耳郎は僅かに目を動かし「何それ」と言い残して耳郎は観客席から離れていく。

 

「……地城君今のって?」

 

「言った通りの意味だぜ? ──まぁ見てれば分かると思うぜ」

 

緑谷はいまいち千土の言葉の意味が理解出来なかった。

誰よりも速く動ける、それが誰かと言えば今ようやく広告としての役目から解放された飯田だろうと思いつつ、その言葉に従いやがて始まる次なる試合に目を凝らす。

 

 

 

▼▼▼

 

 

「悪ィな耳郎、騎馬戦での借りを返させてもらうぜ!」

 

「そ、なら全力でかかってきなよ」

 

フィールドに立った耳郎は真っ直ぐに自分を捉える上鳴に強気で応える。

その目には一切の迷いはなく、会場の熱狂も気に留めず──これから訪れる一瞬に集中する。

 

『さぁいくぜ!! 第四試合! ──スタァァァァァット!!』

 

プレゼントマイクの試合開始宣言と共に上鳴が動く

 

「じゃぁ遠慮なく全力で行くぜ!!」

 

この遮蔽物のないフィールドで対戦相手はどう防ぐ? 

第二試合同様一瞬で決着つけられるのか? 

 

上鳴の全力の放電、第二種目の騎馬戦においてもその威力を示した"それ"に会場の視線が強まる。

 

──しかし耳郎は皆がその威力を認める"それ"に迷いなく飛び込む

 

彼女の聴覚のみがそれを拾えたから

 

パチッという弾けるような雷の音。

放電を放つ前の"溜め"

 

それが必要であることが分かったから迷いなく"踏み込めた"

 

 

 

──大丈夫! 踏み込め! この距離ならきっと間に合う!! ……ウチは──

 

迷いなく駆け出したからこそ全力で伸ばしたプラグが上鳴の放電より一瞬早く接触する。

 

──誰よりも早く踏み込める!! 

 

「うおぉぉぉっ!? ──っ」

 

流れ込んできた爆音に上鳴は苦悶の叫びを響かせ──その意識を手放す。

 

『オォットォォ!! 決着!! 誰が予想したか、第二試合同様に瞬殺が起こるかもと思ったが何とする側とされる側が逆転!! 勝者──耳郎 響香ァァァァァッ』

 

『上鳴は大味すぎたな、轟の試合を見たせいか安易に大技に頼り過ぎた』

 

強力な攻撃を放とうとすればその分放つまでの時間は遅くなる。

それを考慮せず撃とうとすれば当然隙は生まれてしまう。

 

(もっとも、全力で飛び込まなきゃ間に合わなかっただろうが──どっかの馬鹿の影響か……変なとこまで影響受けてなけりゃいいけどな)

 

隣のプレゼントマイクと比べてあまりに淡々とした口調で進めつつ相澤は観客席に視線を向ける。

件の"どっかの馬鹿"は目の前の結果に満足そうな表情で緑谷と何やら話しているようだった。

 

▼▼▼

 

「す、凄い……」

 

「言ったろ? そりゃ速く動けるかって言ったら俺らと大差ないだろうけど……見て動く俺達と違ってあいつは相手が動く前の僅かな音で動けるから"早く踏み込める"──そこが強ぇんだと俺は思うぜ」

 

騎馬戦の時もそうだった。

崩落した地面に落とした拳藤の攻撃が始まる前にそのチームでの作戦を盗み聞いてくれたから向こうが動く前から警戒できた。

聞く力というのはそれだけで大きなアドバンテージなのだ。

 

「──お疲れさん、カッコ良かったぜ?」

 

「うっさいバカ」

 

だから帰ってきた耳郎にそう素直に褒めてみれば素っ気ない言葉が返ってくる。

勝利の喜びを気恥ずかしそうに隠す耳郎を揶揄うのは何となく気が引けて、ワザとらしく緑谷に向けて肩をすくめ苦笑するのだった。

 

▼▼▼

 

続く第五試合。

Bブロックに移った最初の試合である常闇と八百万の試合は常闇の圧勝で終わった。

 

「"闇影"の個性はやっぱ反則染みてるな……」

 

「一対一での戦いであれに勝つのは難しいよね」

 

攻防共に優れたその力は万能を誇る"創造"に対処する間も与えず勝負を決め、観戦していた千土や緑谷にも改めてその脅威を見せつけた。

 

そしてその後の第六試合

皆が不安に見守る爆豪と麗日の対戦カードは途中爆豪へのブーイングが飛び交う程苛烈なものであった。

しかし司会の相澤の忠告、そして自身の持てる力を全て費やし作り出した麗日の反撃にその声も止んだ。

 

誰にも悟られぬよう宙に浮かし続けた大量の瓦礫による一斉攻撃。

しかしそれすら爆豪は粉砕する。

力を使い果たし意識を手放した麗日を爆豪は決して見下すことなく第六試合も終わりを迎える。

 

「さて、そろそろ俺は控え室に向かいますかね」

 

気が付けば少し離れた位置で観戦していた障子がいなくなっている。

自身が座っていた席から腰を上げると正面の席の少女から声がかかる。

 

「──頑張んなよ」

 

「あぁ、なんせ相手はあいつだからな──楽しみで仕方ねぇよ」

 

▼▼▼

 

観客席からさほど遠くない控え室の扉を開けると宙に浮かんだ衣服──葉隠がいた。

 

「何だまだ控え室にいたのか大将?」

 

「もー、その呼び方やめてよー可愛くないじゃん!」

 

「はいはい、で、そろそろ出てかないといけない葉隠さんがこんなとこで何してんだ?」

 

いくらまだ呼ばれてないといえどいつまでも控え室にとどまっているわけにはいかないだろうと声をかければ葉隠は「んーと」と少し悩んだ素振りを見せて後に「よし」と意を決した声を出す。

 

「正直に言うと悩んでたんだよね、ほら私って直接攻撃できる個性じゃないでしょ?」

 

葉隠の言葉に千土は納得できた。

 

身体が透明の個性。

人に見られないという個性は強力だが今回の様な直接の戦闘となると決め手となるものが何もない。

加えて相手は"硬化"の切島だ、戦いとなれば仮に向こうが透明の葉隠に攻撃出来ず殴る蹴るなどの一方的な攻撃が可能だとしてもむしろダメージが大きいのは葉隠だろう。

 

体格の差がある男女だ、場外狙いにしても葉隠が切島を押し出すのは容易ではないだろう、まして接触してしまえば透明で姿が見えないという長所すら失ってしまう。

 

勝ちが見えない、大観衆が見守る中でのその状況はいつも明るいムードメーカーでもさすがに思い詰めてしまうようだった。

 

「それに進行の為には服着ていかないといけないし、どうしたらいいかな?」

 

その言葉に千土もそう言えばと顎に手を置く。

さすがに試合開始するためには葉隠がそこにいると分からないと駄目だ。

仮に服を着ずに行ったとしても"ここにいる"と声を出さねばならずそれだけである程度の位置を割り出されてしまう、考えてみれば透明の強みが完全に殺されてしまっている。

 

手詰まりな現状に葉隠は困ったような曖昧な笑い声をだしてどうすればいいのかと質問をする。

既に騎馬戦は終わりチームは解散し今は競い合う相手、加えてもしも自分が勝ち進めば次に戦う相手に何と答えるか千土は悩み──

 

「……毒霧?」

 

「はい?」

 

一切考えてなかった言葉にさすがの葉隠でさえ戸惑った声をだす。

 

「いや、俺もあんまり詳しい訳じゃないけどプロレスとかで口の中に毒霧の入った風船仕込むなんて反則技あるそうじゃん。お前の身体食べた物とか見えないから口の中に物仕込んでも口開けない限り見えないんじゃないかなと思ってな」

 

可能なら頭の動作も見えない分かなり酷い不意打ちになりそうじゃないかとふと思った。

 

「いやいやいや!? やだよ口の中に毒霧入り風船入れるなんて怖い事!! 何でそんな発想がポンッて出てくるの?」

 

「まぁ毒霧は無理でも水とか仕込んどけば絶対切島ビックリして隙作れるって」

 

丁度控え室には水のサーバーがあった為紙コップに注いで葉隠にそれを渡す。

 

「ていうかどう考えても反則だよねそれ!? サポート科以外の人は持ち物の持ち込み禁止だし」

 

「多分な。というかそもそもの参考が反則技なんだ、100パー一発アウトだわ」

 

「じゃあダメじゃん!! 真剣に考えてよね!!」

 

騎馬戦以降振り回してくれた相手に軽い仕返しが出来て気分が良くなり「じゃあ含み針とかどうだ? 仕組み知らねぇけど」とか適当なことを言ってみるとポカポカと叩かれ出した。

 

うん、そろそろ本題に入らないと怒られそうだ。

 

「まぁ現実問題あと数分で始まる試合だしそんな都合の良い案は俺には出せないな」

 

「うっ……だよね~」

 

「でも、こんな感じに探そうと思えばいくらでも方法は考えられるんだ、お前なら何か出せるだろ──今までその個性でずっと戦ってきたんだしな」

 

そう言い千土はポケットから携帯電話を取り出す。

突然の行動に葉隠は首を傾げる。

 

「あ、もしもし相澤先生? ──ちょ、すいませんそんな怒らないで下さい、はい、司会席いるの分かっててかけてますけど──っていうか相澤先生こそ司会なんだから着信切っておいて下さいよ!! ──はいはい、そりゃ何かあった時にはすぐ出れた方が良いですもんね──てちょっと切らないで下さいって──あーもう分かりました後で反省文書きますからちょっと人呼んで下さい! 公平な勝負の為です!!」

 

「ち、地城君?」

 

下から目線で真っ向から言い合う千土に葉隠はハラハラした様子で声をかけると非常に疲れた様子で千土は振り返る。

 

「まぁ何だ、皆が全力で挑めてこその体育祭だからな──多分何とかなるから服脱いでけ」

 

「え? 、──うん、分かった」

 

「いや待てここで脱ぐなロッカー行けよ!!」

 

「時間ないもん!! ──あ、ここに置いていくけど触らないでね、さすがに恥ずかしいから!」

 

「もっと別のとこで恥ずかしがれ!! ──あーもう入場しても絶対声出すなよ!!」

 

バタバタと飛び出していった葉隠に全力で叫ぶと疲れたようにイスに座る。

──机の上に畳まれた放置品が非常に居心地を悪くさせる。

 

「──廊下で待つか」

 

遠慮なくイスを廊下に持ち出して腰を掛ける。

どうせもう反省文の作成は決まっているんだ、多少のマナーの悪さは気にしなくていいだろう。

 

▼▼▼

 

『さぁて! 司会の癖して着信切ってないマナーより仕事優先の奴のせいでトラブったが第七試合を始めるぜ!! 両選手入場!!』

 

2つの入場口からこれまで同様に今から戦う選手が姿を見せる。

 

──しかし、これまでと違う事態に会場がざわめく。

 

片方の入場口から切島が姿を見せセメントスが造ったフィールドに上がったはいいがもう一人、葉隠 透の姿がどこにもないからだ。

 

『オイオイどうした!? 騎馬戦での波乱の立役者の透明少女が現れねぇぞ!? おーいいるなら返事を──!?』

 

「少し待って頂きたい!!」

 

プレゼントマイクの司会を遮って声が響き、入場口から一人の雄英教師が姿を見せる。

 

鬣の様な黄色の髪をなびかせ拘束具の様なマスクを装着した獣人型の男。

雄英高校生活指導担当教員ハウンドドッグが切島一人が立つ舞台に上りマイクを通して会場に声を出す。

 

『ある生徒から司会の相澤先生に要望が入った──その内容は互いの生徒の存在を確認しなければ試合が始まらない当然の形式によって起こる不平等性についてだ』

 

会場がざわめく中ハウンドドッグは言葉を続ける。

 

『今回試合に臨む葉隠 透の個性は"透明化"、他者にその姿を見られないことに強みがある!! しかし姿を確認出来ない限り試合開始宣言が出来ないこの形式では自らの存在をなんらかの方法で明かさねばならない──つまり彼女は他の参加者と違い自身の強みを無くした状態で試合を開始せねばならず、それでは公平性に欠け"フェアなガチンコ勝負"とは言えないという意見だ!!』

 

『ヒーローとは不利な状況でも限界に挑む者、すなわち今回の主張は非常に甘いものであり受け入れる必要性はないものだ──が"生徒の如何は教師の自由"それが雄英高校だ。俺とハウンドドッグ先生の権限でこの主張を受け入れることを決めた!』

 

『"個性──犬"俺の"嗅覚"が証明するう゛う゛──葉隠 透は既にこの場に立っている!! よってただいまより試合開始宣言を行う゛!! ──お前にはすまないことをした』

 

 

 

相澤とハウンドドッグが会場全体に高らかに宣言し──切島へと声をかける。

切島はすぐに首を横に振る。

 

「構わねぇッスよ!! 全員が全力で挑んでこその体育祭でしょう!! 相手の全力を自分の全力で超える! ──それが優勝を目指す者の姿ッスから!!」

 

「いい答えだ! ──我々はお前のことも当然応援している。互いに全力を尽くせ!!」

 

そう言い残しハウンドドッグは舞台から降りる。

残されたのは誰もいないように見える舞台に一人たった切島のみ。

 

『──ったくよぅ!! 何だって今年はこうも熱い連中が多いかねぇ!! いいかお前ら!! 改めて宣言しちまうぜぇ!! 第七試合──スタァァァァァット!!』

 

歓声渦巻く会場にプレゼントマイクの宣言に響き渡った。

 

 

▼▼▼

 

廊下でも聞こえる放送を耳にして千土はホッと息を吐く。

 

「──ダメもとでいってみたけどまさか聞いてくれるとはなぁ……相澤先生にまぁた頭上がんなくなるなぁ」

 

誰に言うでもなく一人呟くと携帯が鳴動する。

ディスプレイに表示されるのは先程自分が口にした教師からのメール。

 

『要望は正当性が認められたから受け入れた、──があんまり場をかき乱すことはするなよ。後日反省文提出"2枚"な__相澤』

 

「──ったく、甘くするならいっそ無くしてくれよな相澤先生め――ん? またメール?」

 

いつもより明らかに少ない枚数にこれではいよいよ本当に頭が上がらなくなってしまうと苦笑していると再び携帯が鳴動しその画面へ視線を落とす。

 

『かっこつけ_耳郎』

 

短い、たった5文字の言葉に千土は唸る。

 

『うっさいバーカ_千土』

 

何となく、この一件が自分の仕業だとバレたのが気恥ずかしくつい"さっき誰かに言われた"言葉を無意識に返し、また頭が上がらない奴が増えそうな予感に嫌気が差して携帯の電源を落とすのだった。

 




「う」に濁点を付けれずハウンドドッグ先生の口調再現が出来ない…
というか通常時の口調これで大丈夫だろうか…

―追記―
皆さんのおかげで解決できました
ありがとうございます。


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第17話 目指すべき在り方

リアルが多忙に加えて
2つのソシャゲでバレンタインイベ追われ
息抜きでやったガチャフォースに再熱してしまい更新が遅れてしまいました申し訳ありません。


特例措置の後に開始宣言された第七試合。

姿の見えない相手の位置を把握できない切島は不意打ちで場外に落とされないように舞台の中央を陣取る。

 

「…どこにいるんだ?」

 

視覚は勿論、ハウンドドッグ先生のような嗅覚を持たない切島は見えない葉隠の居場所を見切るべく目を閉じ耳を澄ます。

 

「……――…っ…」

 

足音一つ聞こえない。

攻撃一つしてこない。

 

良くも悪くもお喋りな葉隠らしかぬ立ち回り、それ故何も起こらぬまま早くも硬直状態に陥った試合に会場からは戸惑いの声が上がる。

 

決着はつくのか?

引き分け狙いのつもりなのでは?

疑惑の声が次々に上がる。

 

「――へへ、どんな狙いか知らねぇけどよ…ビビッて動かねぇなんて漢らしくねぇよな!!」

 

しかしそんな声を打ち破るかの様に切島がついに動く。

 

居場所の特定が出来たわけではなく手当たり次第、両腕を身体の前で交差させて舞台の上をひたすら駆け回る。

 

接触が出来ればそれで良し、そうでなくと距離を取ろうと動く足音が聞こえれば状況は変わるはずと耳を澄ましたまま走り続ける。

しかし葉隠もその意図を理解しているのだろう、足音一つ立てず避け続けその居場所を悟らせない。

 

『オイオイ!こいつは随分地味な試合になっちまってんな!?実況に困っちまうぜ!!』

 

『喋んな、切島の邪魔だ』

 

『…おっとこいつはマジで実況泣かせだ…』

 

プレゼントマイクの珍しい小声が悲しく発せられる。

 

 

▼▼▼

 

「何だか透ちゃんらしくないわ」

 

「無理もねぇよ、自分の為に特例措置なんてやってもらったらどうしたって慎重になっちまうさ」

 

観客席で試合を見守る1-Aの生徒達もいよいよ不安になってくる。

蛙吹の言葉に砂藤も同意しつつもそう言い制限時間を示す電光掲示板に目を移す。

 

「もう残り時間も半分切っちまったぞ…」

 

「切島をずっと走らせ続けて終盤に疲れたところを狙う気か?」

 

「確かに、個性の相性でも勝ち目があるとすれば――「とりゃあぁぁぁぁっ!!」――えっ!?」

 

声がした。

今までずっとその姿を隠し続けていた葉隠が大きな叫び声を上げた。

 

▼▼▼

 

「――っ!?」

 

不意に聞こえた叫び声、舞台の上を全力で走って近づいてくる足音を聞いて切島は急いでその方向に振り返る。

 

しかしその振り返らんと動かした足に軽くない衝撃を受ける。

葉隠がその全身をもって軸足となった右足に飛びついたのだと切島は理解する。

 

「いくら切島君でも右足一本に集中されたら――」

 

助走をつけた体当たりに切島の体勢が崩れる。

そして切島が立つ位置は舞台の端のでありここままでは場外に落ちると切島の脳が告げる

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

ダンッと地面を踏み鳴らす音が静寂の会場に響く。

葉隠の全身の負荷をかけられ体勢を崩した切島の右足――それとは異なる左の足が舞台を大きく踏みつける。

 

「――っ!?」

 

『た、耐えたーーっ!!切島!葉隠の場外狙いの不意打ちを左足一本で持ち堪えたぞォ!!――そしてェ!!』

 

「――捕まえたぜ!!」

 

プレゼントマイクの実況が再開されると同時に切島は自身の足を掴むその見えない手を握り返す。

 

「おおぉぉらァァァッ!!」

 

「うわっ――――あ…」

 

どさっと舞台の上から何かが落ちる。

切島の全身で振り抜いた腕が葉隠を舞台の外へと投げ落としたと会場はすぐに理解し歓声を上げる。

 

『決着ゥ!!静寂の第七試合!勝者切島鋭児郎だァァァっ!!』

 

勝敗を告げるプレゼントマイクの声が響くなか切島は姿の見えない葉隠のいるであろう方向に目を向ける。

 

「葉隠…何であん時声出したんだよ?」

 

疑問、場外狙いの体当たりの直前に声を出したことが理解が出来ずに切島は問いを投げる。

 

「誰だか知らねぇけど姿を隠して良いように掛け合ってくれたんだろ?なのに何で?」

 

「うん、その人には悪いことをしちゃったって思うんだけどね…」

 

葉隠は少しバツが悪そうに声をだすとそれでも意を決して声を出す。

 

「その人に私なら何か良い方法が出せるはずって言われて切島君から隠れながらずぅっと何か出来ないかって考えて――それで思ったの、今の自分が何か違うなぁって」

 

「違う?」

 

「うん!やっぱりずっと隠れてチャンスがくるまで待ってるだけなんて嫌!私はいつでも明るくて皆を笑顔にできるヒーローになりたいもん!今回はそれで負けちゃったけど――挑むなら"なりたいヒーロー"で№1を目指さないとでしょ?」

 

迷いない声で告げられた葉隠の意志に切島も、彼女の行動を迂闊と思った者達も目を見開く。

例え自身の優位性を手放す形であっても理想のヒーロー像を目指した少女の覚悟に息を飲む。

 

「ああ、そうだよな葉隠!俺も絶対自分を曲げねぇ!!憧れたヒーローのようになれるように!"なりたいヒーロー"で優勝を目指すぜ!!」

 

「うん、応援してる!――頑張ってね!!」

 

かつて自分が憧れた漢気ヒーロー

恐れを知らず危険に立ち向かう猪突猛進なヒーロー活動で『後悔しない生き方』を語ったあるヒーローを思い出して切島を拳を握る。

 

そんな切島の姿こそが自分の覚悟が認められた証であり、葉隠もまた嬉しそうに声を出す。

 

A組一の熱血と明朗の勝負は会場の拍手に包まれ決着を迎えるのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

「"なりたいヒーロー"で№1…ねぇ――ったく、これじゃ完全に余計なお節介だったなぁ…ったくよぅ」

 

廊下のモニターで試合の結末を見て千土は一人愚痴を漏らす。

しかしその声からは不快な気分は一切感じられず、むしろ自身の見た映像に心から楽しんでいるようだった。

 

「――さて、そんじゃそろそろ行きますか…」

 

廊下に持ち出してイスを控え室に戻して入場口へと向かう。

いよいよ最後の組み――第八試合、つまり自身の出番だと拳を握る。

 

負けられない。

選手宣誓で誓った言葉、憧れのヒーローへ誓った言葉を守る為。

それこそ自らの夢を叶え"なりたいヒーロー"になるための、その一歩として。

理由は色々あるが少なくともこの一戦に関して言えばそれらは1番の理由に成り得ない。

 

いつも一緒に行動する友人の一人。

彼らもまた強くヒーローに憧れ、それに手を届かせるべく努力し続けていることを他のクラスの者達以上に理解しているからこそ負けられない。

 

薄暗い通路を進み外の明かりが差し込む入場口に辿り着くとプレゼントマイクの声が響いてくる。

 

『さぁいよいよ一回戦最終試合の時間だぜ!障子 目蔵!地城 千土!入場しやがれ!!』

 

その声に従い足をより前へと進める。

 

光の差し込む通路を抜けてあらゆる人達が見守る会場の中央へと姿を現す。

 

――とりあえず舞台に登るまで手を振っておこう

 

▼▼▼

 

「――地城 千土…か」

 

全身に炎を纏った大柄の男があちこちに向かって手を振る緊張感のない少年を鋭利な目で見据える

 

「――懐かしいでしょう?ああいう浮かれたところは砂羅(さら)先輩そっくりだ」

 

ゆらりとその男の隣に現れた女性が気さくに声をかける

 

「貴様は…」

 

「お久しぶりです"エンデヴァー"先輩」

 

「――リラクゼーココナッツか」

 

「……お久しぶりです"炎司"先輩」

 

「この様な場でヒーローネーム以外を持ち出すなリラクゼーココナッツ」

 

エンデヴァーの不機嫌そうに咎める言葉に千土の保護者、心奈は「私は気にしないのですが…」と肩を落としながら呟く。

自身のヒーローネームを嫌う心奈にとってかつての先輩であってもそちらの名で呼ばれるのは辛いものがあり強引に本名で呼ばせる流れに持ち込もうと画策したが結果は失敗に終わった。

 

「既にヒーロー活動を引退した貴様が何故ここにいる?」

 

「いえ、別に一般来場者だっているんですが?…まぁ体育祭ってミスとかで落ち込んじゃう子も出るかもしれないからってリカバリーガールさんに呼ばれてスタッフとして来ているんですけどね」

 

もっともその心配も今のところ不要だったらしく一度も『メンタルケア』の個性を使う場面もなく最終種目に至った為今は珍しく心奈はダウナーでもない普通の精神状態でこの場にいるのだが。

 

「まぁ"ここ"にいるのはそのリカバリーガールさんから少し休憩を頂けたからなんですが、――理由は貴方と一緒で…授業参観といったところですかね」

 

「…あの少年か?そういえば貴様が引き取ったのだったな」

 

「はい、大好きな先輩の忘れ形見ですからね」

 

"忘れ形見"

その言葉にエンデヴァーは一人の少女の姿を思い出す。

 

かつて自身がこの雄英高校に在籍していたときやたらと絡んできた"経営科"の少女。

当時学生だった自分やオールマイト、更には先輩後輩問わずに他のヒーロー科の生徒を次から次へと現役プロヒーロー事務所に売り込もうとして振り回した"破天荒"を体現したような存在。

――後にそれが親切ではなく自身の実績の為と知ったときは他被害者同様にキレたものだと古い記憶を呼び戻す。

 

「まぁあの浮かれ癖も砂羅先輩に比べたら可愛いもんなんですけどね、――お互い子の教育は苦労しますね?」

 

「何が言いたい?」

 

エンデヴァーの纏う気配が一気に不穏なものへと変わる。

 

「確かに貴様には冷の相手を任せたが、焦凍に関わらせるつもりはないぞ」

 

「落ち着いて下さい。ヒーローだった頃ならともかく引退した身で手を出す気はないですよ」

 

冷たい、全身を纏う炎と真逆の鋭利な瞳に捉えられ心奈は手を横に振る。

 

「あいつはいずれオールマイトさえも越える存在になるのだ、邪魔をすれば貴様とて容赦する気はないぞ?」

 

「ええ、私はもうヒーローではないので分は弁えているつもりですよ、医者は訪れた患者を癒すだけ――手の届かない子に手を伸ばすのは――ヒーローのお仕事ですから」

 

そう言って心奈は会場の中心、戦いの舞台に登った自身の養子に目を落とす。

浮かべていた笑顔を引っ込めて目の前に立った大柄の少年と向かい合った姿は真剣そのものでこれから始まる戦闘に集中しているのが伝わってくる。

 

「頑張れ、未来のヒーロー」

 

隣に立つ"怖~い先輩"の耳に入らないように小さく呟かれた言葉は会場の声援に掻き消されて誰の耳にも届かず消えるのだった。

 

 

▼▼▼

 

会場の声援は今までの試合と比べて明らかに増しておりプレゼントマイクは満足そうに声を出す。

 

『随分気合入ってんな会場の連中よぉ!!いよいよ来たぜ!ここまでさんざん好き勝手やりやがった野郎がよぉ!!』

 

声援がまだまだ足りないと会場を煽る。

 

『そして相手は騎馬戦でチームを組んだ親友同士、互いに手の内を知った者同士の戦いだ!さぁこの試合がどうなるか!一瞬たりとも目ェ離すんじゃねェぞ!?』

 

会場の声援が更に強まり――それを上回るプレゼントマイクの最期の宣言が告げられる。

 

『第八試合――障子 目蔵VS地城 千土!!開始!!』

 

宣言と同時に千土の立つ位置を中心に試合舞台全体がひび割れる。

 

 

 

「さぁ!!全力でいくぜ障子!!」

 

「来い地城、俺はお前を越える」

 

 

 

――第八試合、開幕!!

 

 

 



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第18話 潜り抜けろ複製腕

ひび割れた地面を蹴って目の前に立つ相手に迫る。

複製し数を増した6本の腕の半分で反撃に備え、残る半分で拳を繰り出すと地城は後方に下がってそれらを躱す。

 

意外なことにこの出だしに対して反撃が来ない。

ひび割れた地面が動く様子もないことに障子は疑問を抱く。

 

身体能力一つで自身の攻撃を全て躱しているがそれは彼にとって悪手であるはずのジャンプさえも交えて辛うじて避けているだけで現に浮かべた笑みは明らかに虚勢だと思えた。

 

──何か狙いか……いや

 

「この舞台、セメント造りの地面は操り辛いようだな」

 

「──どうだろうな?」

 

否定ではないはぐらかしに障子は千土の状況をある程度推測できた。

彼もまた葉隠同様にその力を十全に使えない状態──しかし手を緩める気はない、何故なら開幕と同時に舞台に皹を入れたことからしてその"個性"を扱えない状態ではない、ならば目の前の男なら必ず手を討ってくると知っているから。

 

──だからこそ手を緩めはせず、むしろより攻撃に踏み込まんと足を進める

 

 

▼▼▼

 

 

千土にとってこの状況はある程度予想は出来ていたことだった。

 

『地質操作』の個性は地に関する物なら大半の物が操れる。

それは砂や石だけでなく舞台のセメントさえも含まれている。

そもそも千土自身が生まれた時には既に道路や建物などにセメントは流通しておりそれが地面と認識していた。そして自身が生まれて数年後に個性が発現したのだからある意味操れて当然とも言えるだろう。

 

しかしやはり通常の地面とは勝手が異なるのだろう、セメント等で造られた道路や建物への自身の個性は普通の地面と比べて伝達率が若干遅れる。

 

USJやオールマイトの初日授業の建物内での戦いではそれでもさして問題はなかった、地面はコンクリート造りではあったがそれは薄いもので伝達率にそれほど変化はなかったから。

 

しかし今回の戦いの為に用意された舞台はかなり厚く、高く造られており舞台を崩して瓦礫を浮かせようと思ってもひび割れこそすれど浮かせるより早く障子の攻撃が始まり反撃さえままならない状態に陥った。

 

既に障子にもほぼバレてしまっているようで浮かべた笑みもいよいよ消えかけている。

 

「ま、隙をつくるしかねぇな」

 

目前に迫った拳を避けると同時にひび割れた地面を蹴り上げる。

脆くなった地面は礫となって狙い通り障子の顔へ向かって飛んで──控えていた腕の一つに弾かれる。

こちらの反撃と狙いを予測していたのだろう、流れるような動作で防がれ障子の攻撃は一切緩まない。

 

「地面を操る隙は与えん」

 

「──ってぇ……容赦してくれねぇなぁ」

 

振るわれた拳を交差した腕で受け止めるもたった一撃で両腕をマヒさせかねない程重い拳につい悪態をつく。

横に、下に逃れようと動いても"複製腕"による攻撃範囲は広くすぐに先回りされる上、防ぐことも容易でない威力に後方へ下がる以外の選択肢を潰される──そして

 

「──やべ……」

 

『おおっと!? あの破天荒野郎の地城 千土が防戦一方!! 遂に舞台端まで追いやられた! もう後方に逃げられねぇぞ!!』

 

『個性の発動が僅かに遅れているとこを狙われている……いや、それ以上に動きを完全に読まれているな』

 

蹴り上げた礫も左右や足元から抜けようとするのも完全に阻止されている。

反撃に備え控えている腕に複製された目が千土の動き一つ見落とさんと捉えているのだ、丁度騎馬戦で頼りにしていた強みに今度は追い詰められている。

 

障子はその目で千土の動きを完全に捉え、千土が個性を発動する直前に複製腕で彼の足元を狙い続けジャンプによる回避を強要することでその発動を封じて確実に追い詰めたのだった。

 

「とどめだ!!」

 

前進しながら左右2本の腕を除いて残る4本の腕で千土を囲むように拳を放つ。

左右に避ければ4つの拳、正面へ避ければ体格に任せたタックル、いずれも確実に千土を場外に弾き出すには十分な詰みの一手。

 

「──舐めんなよ!!」

 

左右から襲う拳を潜り抜けて千土もまた前進する。

 

『ここで正面突破!! つっても体格差で勝ち目ねぇぞ!?』

 

「──なっ!?」

 

プレゼントマイクの実況が響く中、障子は驚愕に目を見開く。

ぶつかり合う直前に肩に重みを感じた。

 

千土の両腕が互いが衝突する前に滑り込み障子の肩を支えに千土は宙を舞う。

 

「上……だと?」

 

地面の材質の違いが故か個性の発動が遅れている以上何としてでも地上を維持しようとすると予測していた、──より正確に言えば今の優位性を保つべく千土を地面に留めないことに意識を向け過ぎた。

 

「個性だけに頼るもんかよォ!! ──っ!!」

 

障子の頭を飛び越え背後に回った千土は空中で身を翻し、その首元へと蹴りを放つ──が、それもまた控えていた複製腕の1つに防がれる。

それどころか更に残していた最後の一本の拳が放たれ腹に鈍い痛みが走り体内の酸素が全て吐き出されると同時に舞台の床に叩きつけられる。

 

──が、それで良かった。

 

重い一撃を受けた腹も激しく打ち付けられた背中も痛いが──これで手も足も地面に着いた。

 

「──グッ!?」

 

足元の床が尖った瓦礫となり障子の身体を削りながら空へと飛び出す。

瓦礫による鋭い痛みに呻きながらも障子は6本の腕で頭部や腹部など守るべき部位を包む。

 

「うっし、これでようやく本調子だ」

 

空中に無数の瓦礫を浮かせて千土は笑って立ち上がる。

宙に浮かせた以上あとは一定以上離れない限りは自在に操れる。

 

打ち上げた全ての瓦礫の先端を障子へと向ける。

 

『こ、この技は!!』

 

会場が一気にざわめく。

そう、爆豪を相手に麗日が行った技とまったく同じ。

爆豪に防がれこそしたが会場中が驚愕したその技に障子は咄嗟に身構える。

 

状況は似ているが、より細かな動きや硬質化などを合わせられる千土の方が極めて脅威だろう、障子は撃ち出される瓦礫に目を向け──足元への警戒を薄めてしまった。

 

「なんてな──『地質操作・隆起』──」

 

「しまっ──」

 

頭上に浮かんだ無数の瓦礫を警戒させることで自身への注意を一瞬外れさせる。

その一瞬があれば例えセメントの地面であっても操れる。

 

障子の足元が振動と共に一気に隆起し観客席の3段目程までの高さへと盛り上がる。

 

「さて、飛び降りれば一斉にそこを狙うが──どうする?」

 

障子の複製腕に張った膜、ある程度の落下に対して多少は効果はあるかもしれないが飛行が可能になるようなものではないだろう。であれば、落下中に無数の瓦礫による包囲攻撃を防ぐ手段はないだろう。

──つまり、既に障子にこの状況を覆す術はないということだ。

 

「──手詰まり、か……降参だ」

 

目を閉じてゆっくりと障子は言葉を紡いだ。

 

『決着ゥ!! 第八試合を征したのは地城 千土だぁ!!』

 

プレゼントマイクの実況を聞き流しつつ全身に巡らせた緊張を解いて隆起させた地面をゆっくりと元に戻す。

 

「さすがだな、お前にとって不利な状況でこの結果とはな」

 

「はぁ? 限られた範囲で戦うって条件で足場に作用できる俺が不利なもんかよ」

 

障子の拳を何度も受けて腫れ上がった腕をブラブラと動かしながら千土は呆れたようにそう返すとある程度動かしてようやく痺れも治まった腕を好敵手へと向ける。

 

「──サンキュな、おかげで俺はまた一つ強くなれた」

 

「礼を言うのはこちらの方だ、俺も自らの未熟さを改めて知れた。──次は負けんぞ地城」

 

「やなこった、次も勝つのは俺だ」

 

差し出した手を握り返した友人に笑みを浮かべてゆっくりとその手を解く。

 

『おーおー!! 爽やかに締めくくってんなァ!! さぁこれで一回戦は全組み終了、お次は勝ち上がった奴らで戦う第2回戦だぜ!!』

 

プレゼントマイクの進行の声が聞こえ障子と別れ、それぞれ舞台から降りて退場する。

 

 

 

まずは初戦突破、次は自分より1つ前の試合──第七試合を征した切島との勝負。

自身の『石の硬質化』を上回る硬化を誇る相手とどう戦うか、勝利の喜びを噛み締めながらも次なる勝負へ今の内に思考を巡らせるのだった。

 

 

▼▼▼

 

一回戦の終了と2回戦の開始の境目の小休止に観客席の一か所に立った心奈は隣に立つ気難しい先輩へと視線を向ける。

 

「どうですエンデヴァー先輩? ウチの子も中々やるものでしょう?」

 

「ふん」

 

自慢げに語る心奈の言葉に鼻を鳴らすエンデヴァーだったが実際千土の戦いは彼にとってもそれなりに評価に値するものだった。

 

(個性だけでなく身体能力も鍛えられている……障害物競走の時も焦凍の走りと遜色ない速度で走っていた)

 

そして何より注目すべきは騎馬戦に続き今回でも見せた戦略性。

会場で見ている者も無意識に釣られた視線の誘導。

 

(爆発の少年との戦いで重量操作の少女が見せた瓦礫の一斉攻撃、通用こそしなかったが会場の者達を驚かせた反撃だ。あれを再現することで相手の意識を一気に離れさせた)

 

意識を動かせる重要な要素は"印象"だ。

爆豪との戦いで麗日が見せたその反撃は会場の者を驚愕させた、つまり"非常に強力なもの"という印象が強く根付いている。

更にそれに加えて硬質化や形状の変化で更に威力を増していたのだ、未だ放たれていない"それ"に対戦相手の少年の意識が傾くのも仕方なかろうというのがエンデヴァーの評価だ。

 

自分達の前の試合内容を利用したブラフ、自身の後輩が育てた少年にエンデヴァーは"悪くない"という評価を下す。

 

そう、"自身の望みを叶えさせる歯車の1つ"として"悪くない"という評価を。

 

(学生同士の争いではあいつの左を引き出せんと踏んでいたが、……あれなら焦凍の当て馬として悪くない)

 

つまらない反抗で使おうとしない左の力、しかし自身を敗北させる可能性のある相手との戦いであれば使わざるを得ないだろう。そう考えれば件の少年は丁度良い存在だ。

 

そう考えて次の試合の組み合わせを思い出す。

自身の息子である焦凍の事ではなく、その対戦相手、指先一つで障害全てを破壊する力を秘めた見知らぬ少年、あるいは彼も件の少年同様に"当て馬"となり得る存在かもしれないと思い至る。

 

「……先輩、どちらへ?」

 

「貴様には関係ない」

 

急に動き出し観客席から離れ出したエンデヴァーを不審に思い声をかけた心奈だったがエンデヴァーはそれを振り払い人の波を掻き分けてその姿を消す。

 

「……まったく、何事もなければいいのだけどね」

 

この場から立ち去る瞬間、エンデヴァーが僅かに笑っていたような気がして心奈はため息を吐く。

 

「"Plus Ultra"……か、頑張って乗り越えておくれ可愛い後輩達」

 

懐かしき校訓を口ずさみながら心奈はほんの少し足早にとリカバリーガールがいる保健室へと戻っていく。もしも壁を破れずに止まってしまう子が出てしまった時、その子が再び立ち上がる支えとなるべく職務に戻ろうと歩き出すだった。

 

 

 

 



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第19話 根比べ

『君の力じゃないかっ!!』

 

第二回戦、緑谷と轟の戦いは皆の予想『轟の圧倒』を裏切り接戦を繰り広げていた。

そしてそんな最中に緑谷が轟へと叫ぶ。

 

刹那、舞台から赤い光が放たれる。

 

――炎

 

憎み続け拒んでいたその力を緑谷の叫びに応えるかのように解放した。

その光景に千土は静かに息を飲む。

 

「――ったく、何て奴だよ緑谷…」

 

轟の事情を知ったのはついさっきのはずだ、だというのにあの轟の心を動かせるとは――

 

自らの身体を傷付けながらも必死に轟に呼びかけ続けた緑谷の姿をじっと見る。

 

「俺なんかよりよっぽどヒーローに相応しいぜ…今のお前は」

 

少なくともこの瞬間において緑谷は轟の頭の中からエンデヴァーの存在を消し、彼を復讐者から一人の挑戦者へと変えた。

互いに最高のヒーローを目指す純粋な戦いの行方がどうなるか、ただその先を見つめる。

 

強烈な爆発音が会場に響き渡る。

視界を覆う煙が晴れ、勝敗を結果が宣言される。

 

『緑谷場外!!――勝者、轟焦凍ォ!!』

 

第二回戦の第一試合、は轟の勝利で幕を閉じた。

 

 

▼▼▼

 

 

続く第二試合、飯田と耳郎の試合。

――この戦いは一瞬で決着を迎えた。

 

開始と同時に繰り出された飯田の速攻。

一回戦で上鳴の動きを聞き取って先手を決めた耳郎だったが高速で動く飯田が相手ではそこから動くまで間に合わなかった。

一瞬で耳郎の腕を掴みそのまま場外へと弾き出した飯田が勝利を収めた。

 

そして第三試合、爆豪と常闇の試合は個性の相性が決め手となった。

光を受けると弱体化する"闇影"は光を発する"爆発"の個性を操る爆豪との戦いが長期化する内にその弱点を暴かれ常闇は次第に追い詰められていった。

 

敗れた友人達に何か声をかけたくも思ったが次は自身と切島の試合。

――そもそも彼らにそんな気遣いなど必要もないだろう。

 

轟も緑谷との戦いで吹っ切れただろうし、存外俺は必要なかったのかもしれないという考えが頭をよぎる。

もしもそうならその方が望ましい、自分のように身勝手な奴の言葉より緑谷のように強引であっても真っ直ぐな奴の言葉で考えが変わってくれるならその方が良い。

 

何より自分が今気にすべきことは今からの試合についてだ。

切島の個性"硬化"、その硬度は自身の個性による最高硬度を上回っている。

既にこちらの手札の一つは潰された状態での戦いに思考を巡らせる。

 

「――さて、どう挑んだもんかな?」

 

控え室のイスから腰を上げ、千土は再び戦いの舞台へと向かうのだった

 

 

▼▼▼

 

二回戦の最終試合、ある意味でトーナメントにおいて一回戦のような期待も決勝・準決勝のような興奮も薄いといえる場面であって会場の熱は冷めることなく声援が響き渡っている。

それが心の底から嬉しくて――舞台に立つ2人は自然と気を引き締める。

 

「へへっ…ようやくお前にリベンジできるな地城」

 

「悪いがそいつは次の機会にしてもらうぜ…今回ばかりは負けるわけにはいかねぇんでな」

 

拳を自身の掌に打ち付けて笑う切島へそう笑い返す。

 

リベンジ、確かに自分と切島は一度オールマイトの初日授業の際に闘い、その結果勝利した。

しかし、切島の纏う空気がそれを理由に油断など欠片もさせない。

口振りも表情も普段と変わりなくともその目は戦いに挑む戦士の目、それが彼の強さを物語っているから。

 

切島もまたそう油断なく自身を捉える千土の姿に気を引き締める。

ヴィラン襲撃事件の際に誰よりも強く戦った自身の学友。

何度策を破られようと自分達を守る為に必死に戦ってくれた千土の姿をその目で見たからこそ、そんな彼を越えたいと思った。

だからこそ、自分を好敵手として捉えるその目が心の底から嬉しかった。

 

『さぁ切島VS地城…第二回戦最終試合…開始ィ!!』

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

開幕の宣言と同時に切島が大きく叫びながら前進する。

小細工なしの真っ向勝負、それこそが"硬化"による無敵の身体を持つ切島の最高戦術。

 

迷いなく自身の顔に繰り出される右ストレート

千土はそれを左手で切島の腕を横に逸らしつつ首を左に動かし避けると同時に地面に触れる足に力を込める。

 

――硬化した拳の威力は筋力に長けた障子と同等あるいはそれ以上のものだろう、しかしリーチと腕の数という点では障子との戦いよりは幾分か隙があり"個性"を使う余裕がある。

 

千土を中心に舞台全体がひび割れ、無数の瓦礫が宙に浮く。

 

「潰れな!『地質操作・石棺―ストーン・メイデン―』」

 

宙に浮かぶ瓦礫を切島に纏わせ閉じ込める。

一瞬であれど脳無さえも動きを止めた拘束の技、しかし切島の硬化した身体はそれを容易く砕き拘束の外へと飛び出してくる。

 

「マジか!?」

 

「ゥオラァァッ!!」

 

咄嗟に多少残しておいた瓦礫を腕に纏って再び放たれた右ストレートに構えるが硬化した切島の拳はそのセメントの装甲に皹を入れ千土を大きく後方へと弾く。

 

「――痛ぇ…マジで硬ェなお前」

 

「まだまだァ!!」

 

切島の硬化した拳のラッシュが千土の瓦礫の装甲を砕いていく。

千土も自身を覆う瓦礫を硬質化させてはいるがさすがに専門家には敵わないということだろうか、このままではいずれ追い詰められるだろうと察せてしまう。

 

「悪ィな!ちっと離れてもらうぜ!!」

 

「--なっ!?」

 

切島の拳が接触するより早くその腕を掴み全力で投げ飛ばす。

 

「くそっ!!--っ!?」

 

着地後すぐに態勢を立て直し千土に視線を向ればその周囲にさらに無数の瓦礫が浮いている。

 

「こんな量をどっから――っ!」

 

宙に浮いた瓦礫から視線を足元へ向ければ千土の後ろの舞台全てが無くなっている。

 

『オォット地城の奴自分の背後の足場全てを攻撃に転用!!――なぁ、この場合落ちたらどうなんの?場外?』

 

『んな訳ないだろうが、それがありなら足場壊す競技に変わるだろうが』

 

司会2人の会話に口角が吊り上がる。

背水の陣染みたこと試みてみれば狙い通り規定を明かしてくれる。

仮に崩落した地面に足が着いても元が舞台の位置なら場外扱いにはならないようだ。

 

「――ハッ、そりゃぁ良いことを聞けたぜ…なァ!!」

 

――正直場外扱いになってくれれば相手の足元を崩せば勝てるんだからそっちの方が良かったのだが、まぁこれはこれで悪くない。

場外扱いがないと分かれば――"大雑把にやれる"

 

舞台全体が更にひび割れ"場外との境界線のみを残して"その全てが宙に浮かぶ

 

『なぁイレイザー…こいつが勝ち進んだら毎回舞台全部作り直すことになるんじゃ…』

 

『…だろうな』

 

『よぉし切島、絶対ェ勝て!セメントスの運命はお前の手の中だ!!』

 

何やら司会が敵に回ってしまったようだがこれで全力で戦えるのだから良しとしよう。

宙に無数の瓦礫を浮かせ、足はセメントを砕いたことで露出した地面に着いた。

 

「さぁて、こっからが本番だぜ切島。天も地も既に俺が征した、覚悟はいいな?」

 

「上等!試合を征するのは俺だぜ!!」

 

互いに相手が笑みを浮かべているのを確認すると切島は地面を蹴る。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

「喰らいなァ!!」

 

瓦礫の豪雨が切島に降り注ぐ。

10、20と次々に襲ってくる瓦礫を振り抜いた腕で砕きながらその先に立つ千土の下へと切島は雄叫びを上げて駆ける。

 

当たらなかった、あるいは弾かれた瓦礫が地面に着弾に砂煙を上げ視界が覆われるも地面から伝わる振動が切島の足が一切止まっていないことを告げている。

 

「――そこだ!!」

 

地面から伝わる振動で砂煙に隠れた切島の位置を割り出し、その位置の地面を陥没させる。

 

「らああああああああ!」

 

「っ!!」

 

砂煙の中から跳躍し空中で拳を構えた切島が飛び出してくる。

陥没の直前に既に飛んでいたのかと察すると同時に顔に拳一つ分の影が差す。

 

「ぐあぁっ!!」

 

硬化された拳が顔面にぶつかり視界が暗転すると同時に大きく後方に吹き飛ばされる。

 

失いかけた意識を強引に手繰り寄せて身を翻し場外手前で着地する。

 

「――っ!!」

 

すぐに体勢を立て直し視線を動かす――目の前に赤い髪がある。

先程の攻撃で勝てるなど思っていなかったのだろう、既に追撃の拳を放たんと腕を僅かに引いている。

 

「ああああああああ!」

 

「させるか!!『地質操作――砂鎖』」

 

宙に舞った砂を切島の身体に鎖状に巻き付かせその動きを縛る。

僅か数㎝、目の前に迫った拳に背筋が冷える。

 

「――へへっ、やっぱそう簡単にはいかねぇか…」

 

「いや危なかったぜ、ガキの頃友人のせいで殴られ慣れたおかげだなまったく」

 

目の前の拳の直線上から逃れながら切島を縛る砂の鎖に手を当てる。

 

「『地質操作――加重』」

 

「ぐっ…ぐぅぅ…」

 

砂の重量を上げその圧力を跳ね上げる。

締め上げられた切島の身体が軋み苦悶に唸る。

 

「降参するまでこのまま締め付けて――っ!?」

 

砂の鎖から飛び出した切島の左手が腹にぶつかり体操服を掴まれる。

さらに切島へ視線を向ければ僅かにだが前に、少しずつだが前へと足を動かしている。

 

足が僅かに後ろに下がってしまい右足の踵が場外の境界線に差し掛かる。

左右に逃れようにも服を掴まれている以上無理に動いて体勢が崩れれば一気に押し切られる可能性もある。

 

――ならば打つ手は決まりだ。

 

「…俺と根比べする気か?」

 

口角を吊り上げて再び掌を切島を縛る砂へ添える。

手を当てることで更に砂の重さが増す――が、切島もまた口角を吊り上げる。

 

「へへっ…根性の勝負なら負けねェぜ」

 

今なお身体を軋ませながらも切島は笑みを浮かべて片手に全体重を乗せて押してくる

 

『おおっとここでまた状況が一変!!切島が砂に押し潰されるか!それより早く地城が場外に押し出されるか!!小細工無しの根比べだ!!』

 

プレゼントマイクの実況に歓声が大きく上がる――が、それも当事者たる2人の耳には届かない。

 

「「おおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」」

 

互いに相手に触れる手に全力を宿らせ叫びを上げる。

 

観客席からの声援がすり抜けるなかそれより遥かに小さい音であるはずの音――切島の身、そして骨が軋む音が耳に届く。

恐らく動くはずの身体を強引に動かし既に限界を告げているのだろう。

――だというのに

 

「まだだ…俺はまだ負けねェ…絶対に勝つ!!ッ」

 

いままでより更に押す力が強まり全身が後方に傾く。

足が下がらずとも正面からの圧力に身体を倒されかけている。

 

やがて身体がガクッと傾き…この根比べの結末が見えた。

諦めに近い感情が湧いてつい笑ってしまう。

 

それもそうだろう、全身を縛られてなお勝利の為に身体を軋ませながら足を前へと動かす漢の姿を認めずにはいられまい。

 

「――切島…どうやらこの根比べ――お前の勝ちみたいだな」

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

どうやら向こうは最早俺の声も届かないようだ。

本当に大した奴だ。

 

 

 

――だが

 

 

 

「――だが試合に勝つのは俺だ!!潰れろォ!!」

 

会場の歓声さえも掻き消す叫びと共に空中から瓦礫の塊が落下し会場全体が大きく揺れる。

 

宙に浮かせていた瓦礫全てを一つの塊にして自分諸共切島を押し潰す。

 

『オイオイオイ!大丈夫なのかアレ!?尋常じゃない揺れだったぞ!?』

 

『切島は障害物競走のとき0Pの仮想敵に潰されても無事だったからな…確実に倒す為にかなり重さを増してやがったな』

 

振動で倒れたマイクを立て直して司会の2人が声を響かせる。

 

『ってかそれ地城自身もヤバいんじゃ…』

 

『むしろ硬化がある分切島の方が有利だ――もっとも本当に諸共ならな』

 

相澤がそう呟くと同時に舞台に鎮座した瓦礫の塊がピシリと音を立てる。

 

「――痛ェッ…くっそ若干ズレてやがったか」

 

瓦礫が砕けてその下から肩や腕に傷を負い苦々しい顔をした千土が気を失った切島を担ぎながら這い上がってくる。

 

『うおっ!?あの野郎なんで生きてんだ!?』

 

『予め瓦礫の塊に自分一人分の窪みを造ってやがったんだろう、もっとも完璧とはいかなかったようだが』

 

切島との距離が近くあまり余裕を持ったサイズの窪みを造れなかった、その為千土自身も身体派手に擦った程度の傷ではあるが負ってしまった。

 

「…俺の勝ちだ切島――まぁ勝負には負けた気分だしまたいつか挑ませてもらうぜ」

 

ちゃっかり場外ラインの外に切島を寝かせて千土はそう呟くと司会席へと視線を向ける。

 

『決着!!切島VS地城――勝者は地城 千土!!』

 

プレゼントマイクの声に全身に巡らせていた力が抜けていく。

第二回戦もこれで終了、次からは準決勝、そして相手も既に分かっている。

 

ようやく、どうしても一発仕返ししてやりたい奴と闘えるのだと思うと自然と力が再び巡り出す。

 

『いよいよ準決勝突入だ!組み合わせは分かっているよなお前ら!!準決勝第一試合は轟VS飯田、そして第二試合は――爆豪VS地城の組み合わせだぜ!!』

 

片や轟と並び――いや、むしろ注目度では№1の座に至っている千土へ対抗心を燃やす爆豪

そしてもう片方も騎馬戦の際に自身の策を破り、辛酸を舐めさせられた借りを返さんとする千土。

遂にかち合った組み合わせに皆息を飲むのだった。

 

 



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第20話 その目に映すべきものは…

準決勝第一試合。

轟と飯田の戦いは轟の勝利に終わった。

 

速攻勝負を仕掛けた飯田だったが自身のメインウェポンである蹴りを放った際に個性の核である脚のマフラーを凍らされたことでその動きを殺されてしまった。

場外勝利成るかと思いそれを覆されるという点では初戦の轟と瀬呂の試合を思い出すが、瀬呂の攻撃どころか飯田の速度にも対応する轟の凍結のスピードにはとことん頭が痛くなる。

 

──だが千土にとって問題はそれだけではない

 

「炎を使わない?」

 

緑谷との戦いで使った"左の炎"を轟は使わずに勝負を決めた。

単純に飯田に対して有効なのが凍結の方だったというだけの話の可能性もあるがあるいは緑谷との戦いで完全に吹っ切れたという訳ではないのかもしれない。

 

「──できれば杞憂であってほしいんだけどなぁ……まぁ今気にしてもしょうがねぇよな」

 

そう、轟達の試合に決着が着いたのならば今からは自分達の時間。

ならば自分が気にすべきことはそれではない。

 

そう、次に戦う相手──爆豪とどう戦うか、轟の試合を観戦しながらもいくつか考えた対爆豪用の戦術を頭の中で何度も反芻するのだった。

 

 

▼▼▼

 

A組生徒の大半が集まる観客席も決着を迎えた先程の試合より次の試合への話題で持ち切りだった。

それも当然、既に因縁というべき関係性に至った2人の対決なのだから。

 

「──ぶっちゃけどっちが勝つと思うよ?」

 

「……分からん、正直どちらも未だに底が見えない奴らだ──しかし、恐らく有利なのは爆豪だろう」

 

いよいよ個人の想像だけでは耐え切れず尋ねる上鳴に障子はそう答える。

 

決して千土の力を低く評価しているわけではないが、直接戦ったからこそ分かる。

彼にとって伝達率の悪いセメントの舞台、確かに切島との試合の中で完全に壊していいという判断が下った為少しはマシになっただろうがそれでも開始直後はまたその状況で始まるのは彼にとって軽い問題ではない。

 

そして何より、爆豪は"飛べる"

地面を操ることに強みがある千土と比べると状況、個性ともに有利なのは爆豪だろう。

 

「もっともあの男の事だ、また何か企んでいるかも知れないがな」

 

「地城ってあれで戦い方ズルいからねぇ」

 

障子の言葉に芦戸も同意する。

今までの授業や競技での千土の立ち回りを思い出すと皆が共通して思うこと。

 

──性格が悪い。

 

最初は真っ向から勝負してる風に装って不意打ちや仕込みの策を巡らせている。

普段の馬鹿っぽい様子から考えられないようなやり方をするクラスメイトの記憶に皆苦い顔をする。

 

「つぅか、改めて思うと地城って良く分かんねぇよな。間違いなくすげぇ奴なのに全然そんな感じしねぇつぅかさ」

 

「うん、変なとこは多いけど轟や爆豪とかと比べると普通なとこあるよね」

 

普通に雑談や笑い話もするし、何なら他の者と比べても事ある毎に怒られている問題児。

それが何故あれ程相手の予想を越える動きをしてみせるのか、皆が疑問を抱く。

──が、そんな疑問に答えなど出るはずもなく──けれど別の疑問が湧いてくる。

 

「なぁ、あいつが言ってたオールマイトに昔助けられたって何か知ってる奴いねぇの?」

 

「ちょ、急に何言ってんだ峰田!?」

 

「流石に無遠慮過ぎますわ」

 

確かに皆、初めて聞いた時は疑問に思ったが明らかに勝手に詮索していいものではないと自然と頭から抜けた千土の事情、それを唐突に口にした峰田につい切島と八百万は強めの口調になってしまう。

 

「ま、待てって、別に勝手に聞こうなんて思ってねぇって。でもあいつのオールマイト越え宣言ってそれが切っ掛けって話だろ?」

 

「それは──確か……」

 

オールマイトが言っていた、自分が千土を助けた際に"自分を越えるヒーローになる"と宣言されたと。

ならば地城 千土という少年があれ程強くなった切っ掛けはそこにあるのではないかと峰田は思ったまでのことだった。

 

「──少なくとも、あいつと良く話す俺達でもそれの詳細は聞いていない。あまり詮索することではないだろう」

 

この会話は断ち切るべきだ、そう判断し常闇は敢えて会話を進めた上で打ち切るべきと告げる。

それに反論はなく、皆一度会話を止める。

 

(──でも……確かにそうだ。今考えてみたらあいつ、あんまり自分ことは話してないな)

 

会話は止まろうと思考は回る。

耳郎は普段よく話す奴が改めて思い返すとあまり自分の身の上について話すことはなかったと気付く。

唯一それらしきことがあったとすれば病院で彼の姉と知り合いという身内と会ったぐらいか。

 

「あ、なら爆豪の方はどうだ緑谷!? たしか付き合い長いんだよなどっちが勝つと思う?」

 

どうにも暗くなった空気を変えようと上鳴は緑谷へと声をかける。

 

「え、ぼ、僕が予想!? え、え……っと」

 

急に話を振られて緑谷は肩を跳ね上げて思考を巡らせる。

 

千土の力量を見る機会は多かった。

特にUSJでの戦いは自分達と比べて非常に卓越したものを感じた。

 

しかし、爆豪が負けるかと言われればそうとも思えない。

幼き頃から他の者とかけ離れた才能を感じさせた存在が負ける姿が緑谷には想像出来なかった

それに障子が言っていたように緑谷から見ても状況は千土が不利。

だからといって千土が負けるのか──と結局思考はループに陥り頭の中が真っ白になっていく。

 

「す、すみません。あ、あの、そこの席って座って大丈夫っスか?」

 

しかし、そんな思考のループからやたら緊張気味な声が引き戻す。

 

「え……っと、一般の方ですよね、ここは一応生徒用で……」

 

「あ、す、すみません。自分、先輩が雄英体育祭の本選出場が決まったって聞いて今さっき来たので席とか良く分かんなくって。ご迷惑をおかけしました」

 

互いに歯切れの悪い言葉で会話する緑谷と見知らぬ少年。

そんな見知らぬ少年の影からもう一人、見知らぬ少女が姿を見せる。

 

「あーすいません。そろそろ知り合いの試合が始まるので慌ててまして、一般客の席ってどの辺りか分かりますか?」

 

「え? 知り合いの試合が?」

 

その言葉に緑谷はふと見知らぬ2人の顔を見る。

やはりどちらも知らない人だ。

自身と爆豪はこれまで同じ学校で過ごしてきた為自分が知らない人ということは爆豪のことではないだろう──だとすればこの2人の言う知り合いとは……

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

控え室から出て何度目かの入場口を潜る。

セメントス先生が改めて作り直してくれた舞台には既に戦うべき相手の姿がある。

 

かれこれ3度目の出番であっても変わらずにむしろ試合が進む度に大きくなってくれる歓声に手を振りながら舞台に立てば殺気かと思えるほど痛い視線が突き刺さる。

 

「随分余裕じゃねェか石ころ野郎」

 

「は? いや余裕とかでなく応援してくれてんだから応えようかと──」

 

想像以上に怒気を含んだ声に首を振って応えるも響く舌打ちにそれも止められる。

 

「テメェのそういうとこがむかつくんだよ!! 俺が眼中にねぇような振舞いがなァ!!」

 

爆豪の言葉に皆が戸惑う。

それもそうだろう、周りを眼中にないかの様に振舞う、それはむしろ爆豪の方であって千土がそうであるイメージは欠片もないのだから。

 

選手宣誓でも周りの闘志に応え、障害物競走からここまで勝利の為に全力を尽くしていた千土の姿を知っているから爆豪のその発言がここまでの結果に対するただの妬みだと思える。

 

──しかし爆豪だけはその千土の姿が歪んで見えていた。

 

選手宣誓では自身と競い合う者達への言葉を発していながらもその目は会場のプロヒーローや一般の観客達へ向けていた。

障害物競走では地雷原で自身の優位性を放棄して地上に戻ってきた。

そして騎馬戦では全チームの鉢巻きを奪い自身のチームのみが勝ち進まんとして見せた。

 

それら全てが爆豪に確信を抱かせる。

 

──こいつは俺達を見ていない。

 

確かに鉢巻きの数値で脱落した自分が尾白の辞退で進出候補となった時に来いよと声をかけてもきた、だがそれすら自身の策を破った相手を打ち負かして自身の勝利をより完璧にしたいが為のものにしか思えなった。

 

優勝するという一点を見ているのならまだ良い、だがこいつは優勝どころか別のこと──そう、ヒーローとしての自分の力をどこまで示せるか、その上で圧倒的な勝利を望んでいる。

 

障子や切島との戦いで相手の力を認め、好敵手と見ていながらも正面からの勝つのではなく相手の意表を突く戦い方、戦う相手ではなく勝利を示すことにしか興味がない目、それが薄気味悪く……そんな傲慢さが自分にも向いていることが爆豪には許せなかった。

 

「キョロキョロしやがって、テメェが見るべき相手は"ここに立ってんだよ"!!」

 

「──なら見せてみろよ爆豪……それに足る力をな」

 

千土の目が僅かに冷たくなる。

ふとした拍子に見せる冷めた感情、それに気付いた耳郎達友人3人が肩を動かす。

 

互いに対抗心を向け合っている2人の対戦に心配していたがそれどころではない何か──言い様のない嫌な予感が脳裏を過った気がした。

そしてそれと同時に試合開始の宣言が響き渡った。

 

▼▼▼

 

「『地質操作──』」

 

「遅ェんだよっ!!」

 

試合開始と共に千土が個性を使おうとし、それより早く爆豪の両手が爆ぜその身体を宙へ舞い上げる。

空中にいる相手に対して地面から攻撃が派生する千土の個性は攻め手が遅れる、それを知っている爆豪は千土が動くより先に空を飛ぶ。

 

「──いいぜ? はなから狙ってないからな」

 

もっとも千土ととしてもそう来るであろうことは読めていた。

だからこそ狙っていたのは爆豪ではなくまずは舞台そのもの、セメント製の地面などさっさと砕いてしまおうと思っていたまでのことだった。

 

「~~~~っ!! 吹っ飛べやァッ!!」

 

その興味なさ気な目がより一層爆豪の怒りを激しくさせる。

空中から爆発を連続で地上の千土へ放つ、しかしそれは全て砕けた舞台の瓦礫が自身を砂へ変えながら壁となって防ぐ。

 

わざわざ作り直した舞台が開始早々に破壊されセメントスの顔が僅かに曇る──が、千土にとって伝達率の悪いセメントの床から普通の地面に変わることは好都合でしかない。

 

「さて、ここからが本番だぞ爆ご──っ!?」

 

「遅ェつってんだろ石ころ野郎!!」

 

爆発の推進力で一気に間合いを詰めてきた爆豪の姿に千土は目を見開く。

──おかしい、その個性の特性上スロースターターの爆豪が試合開始直後にここまで速いはずがない。

 

「俺ァとっくに温まってんだよ!! ──死ねやァ!!」

 

至近距離からの爆発に身体全てが持っていかれる。

大きく後方に弾かれると爆豪は追撃に更に迫ってくる。

 

「チッ……爆発物が──『地質操作・石棺―ストーン・メイデン―』」

 

「邪魔だァァァッ!!」

 

砕けて地面に散らばった瓦礫を浮かせ爆豪を囲ませるも爆豪はその瓦礫が自身に接触するより早く身体を回転させ全方向へ爆発を放つことで全て撃ち落とす。

 

爆発に飲まれ瓦礫から姿を変えた砂も操作するより早く爆風に飛ばされそれも叶わなず、爆豪の掌が再び迫った。

 

──が、狙い通り。

安い挑発でここまで動きが早くなるとは思わなかったがどちらにしても直情的になってくれたことに変わりはない。

空中でこちらに手を伸ばす爆豪の背後の瓦礫を彼の後頭部へと走らせる。

 

「──っ!?」

 

見えない角度からの不意打ち、しかしそれを爆豪は頭を伏せて通過させる。

 

「見え透いてんだよ雑魚が!!」

 

爆豪の右手が千土の腹に触れる。

遠距離からではなく直接掌のの爆発を当ててぶっ飛ばす、それが爆豪の狙いだった。

──が、その手が千土の体操服に触れ──違和感を感じた。

 

「──よっしゃ、捕まえた」

 

「なっ!?」

 

急にいつもの声色に戻った千土に若干驚くも爆豪の意識はそれよりも自身の右手へ向かう。

千土の服の中から飛び出てきた大量の砂にその右手が掴まれていた。

 

「テメェ、いつ──」

 

「お前が回転したときな、あれお前の視界潰れちまうだろ?」

 

手を掴まれて動きを止められた爆豪に更に地面から砂をかき集めて上乗せしながら千土は得意気に語る。

 

「悪く思うなよ爆豪、何か知らんがお前の中で俺のイメージがだいぶ悪くなってるみたいだったから利用させてもらったぜ」

 

「は?」

 

「──眼中にねぇだ? んな訳ねぇだろ、お前もお前の"個性"もしっかり見せてもらってるんだぜ?」

 

高速で空中で飛び回る爆豪をどうやって捕らえるか、あれこれ考えていたが意外なことに爆豪が随分敵意を向けてくれていたのでこれ幸いと利用した。

 

「むしろ勘違いすんなよこの野郎、あいにくこちとらテメェに借りを返すことしか考えてねぇんだよ!!」

 

極めて攻撃性の高い爆発の個性。

しかしそれが可能なのは掌の汗腺のみ、現に初戦での麗日との戦いでは彼女の最期の反撃に対してその手をかなり大きく振ることで爆発を広範囲に広げて対処していた。

頭上からの攻撃だけでそれなのだ、ならば全方向からの攻撃となればどうなるか──狙い通り結果だった。

 

回転し全方向に爆発を起こす、流石の身体能力だがその爆炎は自身の視界を一瞬埋め尽くした。

その隙に服の中に大量の砂を隠しておいた。

ヒーローコスチュームを禁止され例の反則染みた手甲が使えない以上決定打として接触を狙ってくると踏んだがその通りだったようだ。

 

「クソがァッ!!」

 

「ハッ! 遅ぇんだよ爆発物!!」

 

砂から逃れようと身体を動かす爆豪の顔に拳を叩き込む。

 

「か、……かっちゃんの顔面を本気で殴った……」

 

「だ、大丈夫か、あれ……」

 

緑谷や上鳴をはじめ皆が絶句する。

あの爆豪を直接的にぶん殴る、それがただで済むとは思えず固唾を飲む。

──瞬間、爆豪が爆ぜる。

 

「は? ──っ!?」

 

「おおおおおぉぉぉっ!!」

 

自ら諸共爆発させ自身を縛る砂を吹き飛ばす。

爆発を受けてボロボロになった腕を伸ばしてくる姿に目を見開く。

 

「死にさらせやァァァ!!」

 

「無茶苦茶するなぁ、この野郎!」

 

あのままでは動けないだろうがよもや自らを巻き込んで爆発するとは──

 

掌に触れられぬよう横に逃れたところに足が伸びてくる。

腕を前に出してそれを受け止め、反撃に地面を尖らせ爆豪へと隆起させる。

──が爆豪は再び空中に飛び上がりそれを回避する。

 

「オラァッ!!」

 

爆豪がかざす掌のライン上からすぐに飛び退く。

先程まで自身が立っていた位置が轟音と共に爆ぜるのが見え舌打ちする。

 

空中からの爆撃は出鱈目に続けているように見えるがその実徐々に徐々に場外へと誘導されている。

 

「あぁっ!? 逃げてるだけか!? 何で全力で来ねぇ!? ──テメェは飛んでる奴に撃つ技があんだろうが!!」

 

「はぁ? んなもあればとっくに──あ、まさかお前"アレ"のこと言ってんのか?」

 

その言葉に爆豪の目が僅かに揺らぐ。

 

"アレ"──すなわち『地質操作・星墜―メテオ―』

爆豪を含め、あの場に居合わせた一部のクラスメイトにのみ見せた力。

 

確かにアレを使えば宙を飛び回る爆豪であっても避けられるものではないだろう──が……

 

「撃つ訳ねェだろ馬鹿かお前!? あんな一回撃つだけで棺桶に片足突っ込む欠陥技なんざ技でも何でもねぇわ!!」

 

仮にそんなことをすれば確実に爆豪は死んで自分は反動で決勝を辞退。

いや、辞退どころか自分を含めこの会場にいる者の大半が無事では済まないだろう。

そんなものをこんな場で使う気になどならない。

──それ以前に操れる範囲内に隕石がない今はそもそも使えもしないのだが

 

「あぁそうか! そんなに手加減してぇなら……そのまま死ねやァァァッ!!」

 

しかしプライドの高い爆豪はそれが手を抜いているように思えるのだろう。

その目に宿る怒気が更に深まり爆撃が更に苛烈になる──しかし千土はそれでも再び笑みを浮かべる。

 

「──まぁ安心しろよ……そんなもんなくとも俺はお前に勝つからな!!」

 

瓦礫を浮かせ空中で固定する。

これで足場はできた、手足に残った瓦礫を纏い準備を終わらせる。

 

「あいにく、飛んでる奴との戦い方なんていくらでも想定してるんでな!!」

 

地面を蹴って空中に躍り出る。

浮かせていた瓦礫を次々に蹴って空中を飛び回り爆豪の下へと向かう。

接近されるのを見越して爆豪は既に構えていた。近づいた瞬間に視界に広がる爆炎を瓦礫に守られた両腕で受け止める。

 

爆風を通り抜けると遂に爆豪を両腕の射程内に捉える。

 

「オラァッ!!」

 

硬質化させた石の手甲を全力で振るう──が、その拳は何にも触れずに空を切る。

拳がぶつかる直前に爆豪はその掌の爆発を用いて空中で大きく身を翻し千土の背後に回った。

 

「──しまっ!」

 

「終わりだ!!」

 

背中に掌が添えられ強力な爆発を直接受ける。

空中で受けた衝撃に抗うことも出来ず舞台の境界線の外側へと吹き飛ばされる。

 

「させるか!!」

 

とっさに浮かせていた瓦礫を引き寄せ、場外に足が着く前に滑り込ませることでそれを蹴って境界線の内側へ復帰する。

 

浮かせた足場を駆けるのは諦め一度地に足を着ける。

 

(さて、どうしたもんかな。火力はともかく思った以上に爆豪の動きが厄介過ぎる)

 

石を砕き砂を吹き飛ばす爆発の威力も厄介だがそれ以上に機動力が高過ぎる。

空中戦も試みたがやはり空の戦いではあちらに分があるようだ。

 

恐らくこうなるだろう予測していた為最初に爆豪の怒りを煽って直情的になるように仕向けてみたが策は失敗、結果として全力になった上に冷静に怒る爆豪が残ってしまった。

 

──最後の勝ち筋は作れたのだがそこまで持ち込む手段がない。

 

「……あぁくそ、最悪に気に食わない手段だが──しゃあねぇか」

 

地に触れる足に更に力を込めて地面を砕く。

相手が空ならこちらは地面、土中に籠らせてもらうとしよう。

 

「な!? テメェ逃げんのか!?」

 

「ずっと滞空してるお前が言うな! モグラが鳥に合わせて戦ってくれると思うなよ!!」

 

空から向けられた言葉に土中から返しつつ地面を硬質化させる。

これで空から爆撃を受けても簡単に地面が崩れることはないだろう。

 

『おいおいイレイザーいいのかこれ?』

 

『まぁ空がアリなら土中もアリだろ、勿論地面の中だろうが境界線を越えたら即アウトだがな』

 

拮抗勝負によるものではなくお互いが手出しをしない硬直状態。

 

刻一刻と流れる時間、少しずつ刻まれていく電光掲示板の数字に爆豪は歯噛みする。

時間切れになれば両者脱落か或いは何か別の手段で決めるのか、それは分からないが分からないが故に爆豪を焦らせる。

そして爆豪を襲うものはそれだけではなくあと2つ。

 

1つ目は疲労、ただ地面に潜った千土に対し爆豪は滞空するために常に爆発を繰り返している。

それはつまりスタミナの大量消費を意味し両腕に疲労感が溜まりつつある。

 

2つ目は──互いの状況の不平等さ。

地面に潜った千土と違い爆豪は空中、つまり会場の視線を一身に受けている。

互いが相手に不利な状況を強いようとして戦わずに陥っている硬直状態への落胆にも似た視線。

"まだ動かないのか? "打つ手はないのか? "そんな本来互いが受けるはずの視線が唯一姿を見せている爆豪一人に集中する。

そしてそんな視線は自身こそが№1だと証明せんとこの場に立つ爆豪にとって許し難いものだった。

 

「──ソがぁ、──クソがアアアァァァァァッ!!」

 

会場に響く叫びと共に爆豪がその身を回転させながら地面へと最高速で飛ぶ。

勢い任せに地面を殴ると同時に個性を解き放つ。

 

今までとは比較にならない轟音が炸裂し地面が爆ぜる。

 

「ハァ……ハァ……。出て来いよ臆病野郎」

 

肩を激しく上下させる爆豪がそれでも一切衰えない闘志に満ちた声を紡ぐ。

自身の優位性を捨てて勝負を挑んできた漢、その言葉にだけは応えなければと地面から姿を現す。

──爆豪の背後へと

 

「──っ!?」

 

「望み通り出てきてやったぜ癇癪野郎!!」

 

気配に気付いて咄嗟に振り返る爆豪の横腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。

更に体勢を崩したところに先程の爆撃で吹き飛んでいた土塊を上方から叩きつけて埋め尽くす。

 

『せ、せけぇ──ーっ!? 真っ向勝負を挑んだ爆豪に非情の不意打ちィ!?』

 

「ルールの範囲の中での不意打ちなんだ卑怯とは言わんで下さいや……なぁ爆豪?」

 

積みあがった瓦礫が爆風に吹き飛ばされ先程よりあちこちを負傷した爆豪が姿を見せる。

 

「舐めた真似しやがってこのクソ野郎がァ……」

 

「──なぁ爆豪、さっきまでの硬直状態で考える時間があったから気付いたんだけどさ。……ひょっとしてお前、今まで競い合う相手がいなかったのか?」

 

「あぁっ!? 何の話だ!?」

 

不意打ちに怒る爆豪の言葉を無視して問いを投げかけてみれば依然怒り混じりではあるが会話に応じてもらえた。

 

「目の前の相手との戦いよりも優勝や完璧な勝利を目指す。それが見下してるように思えたんだろ? ──お前がそうなんだからな?」

 

「っ!?」

 

体育祭が始まる前の日周囲の相手をモブと言い捨てた。

体育祭の騎馬戦の際に物間とかいう奴との戦いで鉢巻きを奪い返すどころか相手の持ち点全てを奪ってやった。

それらは全て自分こそが№1なのだと証明するために完璧であろうとしたからだった。

 

だがそれをしたのは自分だけではなかった。

入試一位が立つ選手宣誓の場で戦う生徒達だけでなくプロのヒーロー達に挑戦状を送る奴がいた。

騎馬戦で接触した相手から全て奪うのではなく他の全チームの鉢巻きを奪い取った奴がいた。

──自分以外に自らこそが№1だと叫ぶ奴がいる。

 

「勝手な想像だが多分お前はガキの頃からすげぇ奴だったんだろ? ──だから自分と同じことをやろうとしてる奴を見たことがなかったんじゃないか?」

 

「──っ」

 

記憶の中の光景が爆豪の脳裏を過る。

今でも覚えている幼き頃から味わい続けた優越感。

 

誰もが解けない問題を解けた。

誰もが知らない言葉を知っていて、誰もが読めない漢字も読めた。

大人さえも"ヒーロー向きでカッコいい"と褒める個性が発現した。

 

自分に敵う奴なんて誰もいなかった。

皆が凄いと称え自分と並ぶ奴なんて誰もいなかった。

──心底腹立たしい事に"立てる? "と手を差し伸べてきた奴がいたが、それでも誰もが自分を上に見ていたことは覚えている。

 

「お前ならもう分かっただろ爆豪、お前が見てた俺は"お前"だぜ? ──俺もお前も№1を目指してんだ、だから自分と並んでいる俺が周りを見下してるように見えたんだろ?」

 

そしてだからこそ自らの優位性を手放して硬直状態を破りにでた。

自分の方が上にいるのだと証明するために。

普段の言動やら諸々はともかくそのプライドは気高いものだと思えた。

 

──だからこそ伝えるべき言葉がある。

 

「なぁ爆豪、競い合うってのはそう悪いもんじゃねぇぜ。上を目指して這い上がるのも下に追われて奮起すんのも悪くねぇけど……並ぶ相手に負けないように駆け抜けんのだって良いもんさ」

 

互いに対等だからこそしがらみもない。

障子との戦いでは真っ向勝負を避けて相手の攻撃が届かないように高所へ追いやった。

切島との戦いでは根比べで負けが見えたから頭上から瓦礫の塊を叩きつけた。

そして今の爆豪との戦いでは挑発したし土中に立てこもって爆豪を追い詰めた上で不意打ちなんて手も打った。

 

どれも自分の憧れの存在と戦うなんて時が来ればみっともなくて使えないだろう、だけど対等な相手だからこそそんな意地よりも勝ちたいという感情が湧いてくる。

 

──だから

 

「──だから、こいよ爆豪……ぶっちぎりの1位を目指すならまずはお前と同じようにそれを目指してる奴を倒していくのが筋だろうが──お前が見るべき相手は"ここに立ってんだぞ"!!」

 

試合が始まる前に爆豪自身が言ったその言葉が千土の口から返ってくる。

爆豪は呆気にとられて目を見開いて疲労に上下していた肩を震わせる。

──その顔は獰猛過ぎる程に笑っていた。

 

「つぐづくテメェはむかつくなぁ!! ──なら見せてみろや!! それに足る力ってのをよォ!!」

 

爆豪が掌の爆発の推進力で千土へ一直線に向かう。

その動きに先程までの疲労は一切感じられず──いや、むしろ今までより遥かに速い。

 

「ハッそれで良いぜ爆豪!! さぁこっからが本番だ! 覚悟はいいなァ!!」

 

千土もまたそれに応える様に地面を足を叩きつけ、自身と爆豪の間に壁を形成する。

 

妬みや誤解、仕返し等の雑念の消えた純粋な敵対心のみが渦巻き出した試合に会場に再び歓声が蘇る。

試合時間は既に半分を過ぎている。

残り僅かな試合時間、ようやく準決勝第二試合が始まるのを皆が感じるのだった。

 

 

 




原作では意外と爆豪と直接的に1番を競い合うキャラっていなかったので仮にいたら爆豪はどう思うのか私の想像ですがこういう形になりました。
違和感を与えてしまったら申し訳ございません。


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第21話 仕込まれた爆弾

歓声が響く会場に爆発音が木霊する。

自身と爆豪の間に造った壁を爆豪は掌を下へ向け放った爆発の推進力で飛び越える。

 

そのまま落下に加え更に爆発の推進力を上乗せし猛スピードで飛来してくる。

頭上から抑え込もうとする掌から逃れ降りてきたところに拳を放つ。

――が、その拳は反撃を見越し備えていた爆豪のもう片方の掌に抑えられる。

 

それはつまり――致命的な状況を意味している。

 

再び爆発音が今度は先程より大きく響き渡る。

 

「「――ぐぁ……」」

 

激痛に呻く小さな声が2つ重なる。

 

1つは千土、振るった右手を掴まれ直接爆発を受けて焼けた右手を抑えながら苦悶の声を漏らした。

 

もう一つは爆豪、確実に決められると判断した反撃に意識を向けた直後に背に鈍い痛みが走った。

飛び越えた壁から一塊の瓦礫が撃ち出され背に直撃したのだった。

 

「甘ぇよ爆豪、俺は地に足を着いてりゃ手なんぞ潰されようが構いやしねぇぜ?」

 

「ならその足からぶっ潰してやらぁ!!」

 

低く身体を傾けて爆豪が走ってくる。

今まで上空をキープし続けていた爆豪のその行動に意表を突かれ対応が遅れる。

 

かざされた掌から放たれた個性が千土の足元を爆発させる。

 

咄嗟に後方に下がり事なきを得たかと思えば爆発の煙の中から飛び出てきた爆豪の腕が足へと伸びてくる。

それを避けるのではなく足に瓦礫を纏って蹴りを放って迎え撃つ。

硬質化させた石の装甲ならば爆豪の爆発に耐えられるのは確認済み――しかし爆豪は再び爆発の推進力を用いて一瞬で軌道を変える。

 

千土の足をすり抜けその胴体に爆発を見舞う。

 

――足狙いはフェイク

自らの個性の鍵である足をこれまでさんざん自身を苛立たせた奴がそう容易く潰させるとは思っていなかった。むしろその足を狙うように煽ってきているのが分かったからそんな"見え透いた挑発"に付き合ってやるつもりなど爆豪にはなくその胴体、腕、背中、あらゆる部位に爆発を見舞っていく。

 

千土にとってそんな爆豪の動きは予想外だった。

爆豪は動きこそ繊細だがその言動、行動自体は読みやすかった。

自分こそが№1だと自負するが故に直線的な精神性、それが爆豪の特徴だったが今は自らの言葉をフェイクに攻めてきている。

 

真っ向から突っ込んできたと思えば急に軌道を変える、更にその狙いが読めない。

正面、横、背後、様々な方向から襲ってくる爆豪の動きに千土は歯噛みする。

 

(やべぇ、完全に虎の尾踏んだ…いや眠れる獅子をってやつか?)

 

明らかに爆豪の動きが変わった。

自らが原因の出来事に相変わらずの自業自得と笑えれば良かったが想像以上の爆豪のそれに笑う余裕などない。

 

『やべぇ、爆豪の動きがやべぇ!?あの地城が防ぐことすら出来てねぇぞ!?』

 

『完全に地城を倒すことに集中している――元々ポテンシャルは極めて高かったんだ、今のアイツは今までの倍はくだらねぇな』

 

相澤もまたいつもの無気力な目を研ぎ澄ます。

自身が受け持つクラスの中でも指折りの実力者同士のこの試合、その結果がどちらに傾くかをただ見据える。

 

「くっそ…これならどうだ!!」

 

自身の足元の地面をいくつも逆方向の氷柱の様に隆起させる。

正面、横、背後、全ての方向へ放った反撃だが爆豪は上空に飛び上がり回避し、そのまま両腕を大きく振るう。

 

放たれた爆発が隆起した地面を全て吹き飛ばすと同時に強力な爆風で千土を動きを縛る。

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

雄叫びと共に爆豪が再び回転しながら地上に向かう。

硬質化させた地面を吹き飛ばした大爆発、それを再び放つつもりだと爆炎に視界を奪われ見えていない千土以外の者達が理解する。

 

その手が地面に触れれば爆豪の勝ちが決まると皆が固唾を飲む。

――そして爆豪のその手が地面に触れる――直前に横から飛び込んできた何かに身体が弾かれる。

 

「――っテメェ!!」

 

全身で飛び込んできた千土に爆豪は目を見開く。

確実に視界を潰したはずなのに何故これ程正確に捉えられたのかと疑問を抱く。

 

だがその答えは簡単。

千土にとって爆豪の動きはある程度だが把握できるものだった。

自身もまた砂煙で相手の視界を奪うが正確にはそれは自分の視界も奪っている。

その状況で見るべきものはその相手が動くことで生じる砂煙の流れのズレ、それを見極めることで相手の位置を把握しそれに加えて歩く振動の感知で精度を上げる。

 

今回は爆豪が飛んでいる為歩く振動の感知は出来なかったが肝心の要領はそれと同じ、爆炎とそれによって生じた煙と砂煙の流れをずらす回転しながら落下する爆豪を捉えることは千土にとって可能なことだった。

 

「もらったぁ!!」

 

空中で体勢を崩した爆豪の腹に石の手甲を叩き込まんと右手を引く――が。

 

「勝つのは――俺だァァァッ!!」

 

それを放つ前に爆豪が強引に掌を向けてくる。

しかし構うことは無い、爆発を受けようがこの渾身の拳を当てれば自分の勝ちが決まると確信したから。

両目に鮮烈な閃光が飛び込んできたのはその瞬間だった。

 

「っ!?うおおおおおぉぉぉっ!?」

 

焼けつくような激痛が両目を襲い千土は苦悶に叫ぶ。

 

――閃光弾、スタングレネード

 

千土がその『地』に属する物を操るその個性で砂や石を操るように、爆豪も『爆破』という個性で様々な爆発を起こす。

それはダイナマイトのようなものもあれば光を炸裂させるものもある。

 

爆炎に覆われた視界で爆豪の動きを捉えんと目に全神経を集中していた千土はその強力な光に思考全てが吹き飛ばされた。

それゆえ自身の胴体に爆豪の両手が添えられたことに気付くのが遅れた。

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇっ!!」

 

大型の車に跳ね飛ばされるかの様な圧倒的な衝撃に身体が宙に浮き吹き飛ばされる。

皮肉にも激痛で引き戻された視界に広がるのは青空、その身を襲う浮遊感に思考が蘇る。

 

――今の位置はどこだ?、境界線は――超えている。

 

「うおおぉぉぉっ!」

 

動きが鈍る身体に今ならまだ間に合うと喝を入れる。

宙に浮いた自分が操れる浮かせていた瓦礫はとっくに個性を解除していて既にないが両手両足に纏っている分がある。

それらを一度分解し自身と地面の間で足場として再構築する。

 

「よし――っ!?」

 

「俺の――」

 

しかし、その僅かな隙に爆豪が飛び込んでくる。

爆発による飛行で境界線の外までの追撃、確実に千土を場外まで叩き落しに来たのだ。

 

身動きのとれない空中、反撃の為の僅かの石は既に足場にする為に使えない。

打つ手の無い千土に爆豪は最後の一撃を放つべく右手の掌をかざす。

 

「勝ちだァァァァァッ」

 

 

 

 

 

――この瞬間をずっと待っていた。

 

 

 

 

 

最後の爆発音が響き渡る――その瞬間に爆豪の体操服のポケットから砂が噴き出し起爆直前の彼の右腕を絡めとって空へと向ける。

 

「――――――は?」

 

予期せぬ方向への爆発の推進力が彼を境界線の外の地面へと叩きつける。

 

地面に打ち付けられたその痛みの意味が分からず放心する爆豪のすぐ傍に僅かに遅れて千土が着地する。

 

「俺の勝ちだ爆豪」

 

『しょ、勝者!地城 千土!!――ってそうじゃねぇ!!何が起きたんだ今!?』

 

『――あの野郎…最初からこれを狙ってやがったのか…』

 

相澤は彼らの試合の序盤を思い出し舌を巻く。

 

千土が爆豪に対して行った最初の反撃である砂の拘束、あの時既に彼の体操服に砂を仕込んでいたのだと推測する。

 

『爆豪の飛行は爆発による推進力によるもの、それを利用して場外へ叩き込む。あいつの狙いははなっからそれだったってことだ』

 

「『地質操作・減重』、今まで見せることはなかった石や砂を軽くする力さ。そいつで重さを限りなく減らして最後の一瞬までずっと隠してた」

 

重さを無くすという折角の威力を損なう非攻撃的な力。

しかしそれも使い方によっては強力な武器になり得る。

 

爆豪の個性『爆破』、その衝撃は自身にも及ぶ。

だからこそ爆豪はそれを推進力として空を飛べる。だが逆に言えばそれを本人の意志と異なる方向へズラされれば場外アリのルールではそれだけで命取りだ。

 

「完璧主義のお前だからこそ、俺が一度空中に瓦礫を浮かして足場にするのを見たら今度は確実に場外に落とすため境界線の外まで追撃にくると思っていた。だからこそ俺の方も"爆弾"を仕掛けたって訳だ」

 

挑発から砂の仕込み、そして足場の印象付けからの最後の詰め。

一体どれ程先を読んでいるのか、会場の者達が息を飲む。

 

(戦略どうこうよりも異常なのは他人の個性へのアプローチだ、味方としても敵としても本人以上にその個性の特性を把握してきやがる。自分の力に揺るぎない自信を持つ爆豪とは真逆の、他人の力にこそ目を向ける地城――今回の勝敗はその差といったところだな)

 

皆が結果そのものに目を向ける中相澤はその特異性にこそ目を向けるが彼の傍に立ち尽くした爆豪が身体を震わせていることに気付いてそちらに視線を移す。

 

「――ふざけんな…認めるか、こんな終わりなんざ…認められるか」

 

真っ向から倒されるのならば或いは受け入れられたのだろうか、それ自体に確証はないが少なくとも今ほど身が焼かれるほどの悔恨はないはずだ。

あれ程闘志を引き起こされ、その結末が自身の個性を利用され自滅――目の前の男への苛立ちと、まんまと思い通りに動かされた自分自身への嫌悪に頭がどうにかなってしまいそうになる。

 

「悪いな爆豪、まぁこんな勝ち方しかできねぇ奴だけど試合中に言った言葉は本心さ。お前との本気の戦い、悪くなかったぜ。おかげで俺は――」

 

「うるせぇ!!負けは負けだろうが!?気持ち悪ぃ同情してんじゃねぇ!!」

 

「あ、おい――」

 

話の最中だったのだが爆豪はさっさと退場口へと向かってしまう。

仕方ないとため息を吐いてその背中に再び声をかける。

 

「次の試合、ちゃんと見てくれよ!次も勝ってみせるからな!!」

 

その言葉に足早に退場しつつあった爆豪がピタリと足を止め、激情にまみれた表情で振り返る。

 

「あぁっ!?くだらねぇ負け方しやがったらぶっ殺すぞ!!」

 

「ああ、無様な真似はしねぇさ。他でもない――お前に勝ったんだからな」

 

そうはっきりと宣言すると爆豪は小さく舌打ちして退場口の奥へと姿を消すのだった。

 

『えー以上、決勝戦進出を決めた地城 千土の優勝宣言でしたってな!』

 

「やめろォ!!勢いで言った後やっちまったと思ったさ!次ってもう決勝だもんな!で、おまけに相手はあいつだしな!?」

 

勢い任せの言葉を拾われて千土は頭を掻きむしる。

せめて退場してから爆豪個人に言えば良かったのになんでこんな場所で言っちまったんだろ…

 

――まぁ、いいか。どうせもう開会式の時に優勝宣言しちまってたんだし。

 

今更頭を抱えるというのも馬鹿馬鹿しくなって顔を上げる。

意図していた訳ではないが何の偶然か、クラスの皆が集まる一角から離れた位置で一人こちらを見ている少年と目が合う。

 

「――つぅ訳だ轟!!次の試合よろしくなぁ!"全力"でこいよ、その上で勝たせてもらうからな!!」

 

いっそ開き直って右手を振ってそう言う。

誓った宣言は最早取り下げられないし取り下げるつもりもない、ならば浮かれていた方が気が楽だ。

 

改めて自らの勝利を宣言して退場する。

準決勝終了で即決勝戦とはさすがの雄英といえどもしないようで安堵する。

自業自得で重圧は増したがこれはこれで悪くない、適度な緊張感とともに最後の試合が始まる前に一休みさせてもらうとしよう。

 

――それにしても

 

「眼中にない…か」

 

試合開始直前に言われた爆豪の言葉がふと蘇る。

 

「――そんなつもりはなかったんだが…結果的に間違ってねぇのかもな――何で分かるんだろうな、怖いわあいつ」

 

自身と競い合った相手、障子や切島をはじめトーナメントの結果ぶつかることはなかった者達を含めて全員をライバルとしてその試合をずっと見ていた。

眼中にないなど、そんなはずがない。

 

しかし、現に自分は体育祭と無関係の、それも他人の事情に首を突っ込んで、次の試合の動き次第ではそれを持ち出そうと考えている。

爆豪の言い分も考えてみればもっともな話だった。

 

「――でも仕方ねぇよな…こればかりはさ」

 

見て見ぬ振りなどそんな器用な真似が出来るのならば自分はこんなところに立ってはいない。

例えどんな状況でも目の前に苦しんでいる人がいるのならば乞われずとも手を伸ばす、それが最高のヒーローになる為自らが定めた生き方なのだから。

 

「見つけた、地城!これ何とかしてよ!!」

 

足元ばかり見て歩いていると正面から耳郎の声がした。

よく分からないが何かあったらしい口振りに反射的に顔を上げる。

 

「やっふー千土ー、おっひさぁー」

 

「ども…ご無沙汰っす千土先輩」

 

「――何で居んのお前ら…」

 

いつもの友人3人と何故か緑谷、そして耳郎にべったりくっついてる少女と周りの全員と僅かに距離を空けて立っている少年、一般入場者で来ていたのだろう去年までの顔馴染みどもが今の友人達に迷惑かけてやがった。

 




という訳で決勝戦を前にオリキャラ2名登場です。
といってもあくまでオリ主のバックボーンの為のキャラなので本筋には深く絡むことは多分ないです。


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第22話 先送りの代償

思わぬ光景に頭を抱えてしまう。

何故耳郎達とこの2人が絡んでいるのか、理解不能な状況に気が滅入つつも声を絞り出す。

 

「とりま耳郎から離れろ含話(ふくわ)、どう見ても困ってんだろが」

 

「いやぁ、ここに来る前に携帯の試合中継見てたんだけどやっぱ自分と同い年の女の子があんなカッコよく戦ってるの見たらお近づきになりたくなるじゃん?」

 

「物理的に近づいてんじゃねぇよアホが」

 

べったりと耳郎にくっついてる少女の襟を掴んで強引に引き剝がす千土のその言葉は普段の様子と比べて明らかに遠慮がなかった。

 

「……で、何でお前らが耳郎達と一緒にいるんだよ?」

 

「一般客用の観客席の位置が分からなくて声かけたんですよ、後で千土先輩のクラスメイトだって気付いて……で、そうこうしてる内に千土先輩の試合が始まったんでご一緒させてもらったって訳です」

 

「んで今は千土を一緒に探してもらってたの、委員長が不在だったから千土の友人達と最初に話かけた人に頼んでね」

 

「すまん皆、うちのアホどもが迷惑かけたな」

 

「いや、それは構わんが結局彼らは誰なんだ?」

 

障子のその言葉に千土はまた唖然とした表情を浮かべて僅かに離れた位置にいる少年の方へ視線を向ける。

 

「おい、まさか絡んどいて名乗ってねぇのかお前ら?」

 

「……俺にそんなコミュ力あると思います?」

 

「めんどかった」

 

「よし分かったお前ら嫌がらせに来やがったんだな」

 

「い、一応地城君の知り合いとは教えてもらったよ!?」

 

少女の襟から肩へ手をずらし全力で圧力を加える千土に緑谷がストップをかけようと声をだすと千土もその気遣いを察して息を吐く。

 

「こっちの騒々しいのは音々本 含話(ねねもと ふくわ)、そっちの奴は見月 狼次(みつき ろうじ)。どっちも俺の知り合いなんだが……ご覧の通りアホな連中で──」

 

「酷い紹介すんなー薄情者」

 

地城の手からするりと逃れると含話と呼ばれた少女は耳郎の正面に躍り出てその手を伸ばす。

 

「では改めまして音々本でっす! 地城とは去年まで一緒のしせ──学校でね、一つ屋根の寮生活だったから色々雑な関係させてもらってたって訳、よろしくね!」

 

「う、うん……耳郎 響香です……よろしく」

 

勝手に手を掴んでぶんぶん振り回す含話に明らかに戸惑った表情で返事する耳郎の様子を見て千土は困ったように頭に手を置く。

 

「含話、耳郎の事が気に入るのは良いが迷惑かけんな」

 

「はいはい、相っ変わらず千土は口うるさいなぁ。ごめんね耳郎ちゃん」

 

パッと手を放すと含話は耳郎から離れて千土の傍へと帰っていく。

 

「ま、決勝前に会えて良かったよ。やっぱエールは直接送りたいじゃん?」

 

「そうそう、さっきの試合もお疲れっす。決勝も頑張ってください」

 

「はいはいどうも、ったくメールだけで十分だってのに律儀な……」

 

友人達からの応援に気恥ずかしくなったのだろう千土が僅かに素っ気なくなった口振りがそれを物語っていた。

 

そして学外の友人に囲まれている自分を見る耳郎達の視線に頬を掻いて千土は口を開く。

 

「本っ当に迷惑かけたなお前ら、マジですまん。あとは俺が送ってくから戻っていいぜ?」

 

「そ、そんな大した事じゃないよ、気にしないで」

 

緑谷のその返事に「悪いなぁ」と重ねて謝罪しつつ千土は2人の背を押しながら一般観客席へと向かっていくのだった。

 

「変わった友人達だったな」

 

「地城も普段と少し様子が違ったが──案外あっちが素なのか?」

 

「意外とあいつも高校デビューしてたのかもね」

 

障子達はそんなくだらない冗談を言って一度肩を竦め──再び口を開く。

 

「あの含話って子──施設って言いかけてたよね……学校じゃなくて」

 

「恐らくな、あいつはやはり何かしらの事情を抱えているのだろうな」

 

含話が僅かに言いかけたその単語を聞き逃さなかった彼らはその単語から何かを感じ取り顔を顰める。

そして緑谷は一度彼に言われた言葉から"それ"に該当するものがあったことを思い出す。

 

「『個性制御施設』」

 

USJに向かうバスの中で千土が口にしたその名前を緑谷はポツリと呟くと常闇も頷く。

 

「制御が難しい個性を持った者達を支える施設、利用者の為にあまり世間では知られていない施設だが奴はだいぶ詳しく知っていたな」

 

個性の扱いに危険が伴う者達を"引退したヒーロー"が立ち会い個性の制御が出来るように教育する。

地城が述べた説明を思い出し、耳郎と緑谷はハッと目を見開く。

 

千土の見舞いに行った病室で遭遇した彼の知り合いという女性。

元プロヒーローの"リラクゼーココナッツ"、安藤 心奈。

もしも彼女がそうだとしたら彼が言っていた"よく世話になっている"という意味とは──

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「あ~緊張したぁ……」

 

耳郎達と別れ観客席へと続く廊下を歩きながら含話がため息混じりにそう声を漏らすのを聞き千土は呆れる。

 

「対人関係苦手の癖に無理し過ぎなんだ、何事かと思ったわ」

 

「舐めんな、今の高校ではこのキャラでやってる!」

 

「マジで無理し過ぎだろ!? 高校デビューも程々にしろよ!?」

 

去年まで常に不愛想だった奴が何故ここまで弾けたのか、近況報告で明るくやっているとは聞いていたがここまでとはと千土は唖然とする。

 

「逆に千土先輩は変わらないっすね、中継で開会式から見てましたけど相変わらず好き勝手やってるようでなによりです」

 

「そうそう特にさっきの試合の嫌らしい手口なんかまさに千土って感じ、№1ヒーロー目指すんならもっとカッコよく戦ってよねー?」

 

「格ゲーだと友人失くすタイプっすよね」

 

好き勝手なのはどっちなのか、散々言ってくれる友人共の腕を軽く捻る。

 

「──で、結局何にしきやがったんだよお前ら? わざとらしく口滑らしやがって」

 

「痛い痛い! ギブギブ!! ごめんって!?」

 

周囲に他の人はいないがあんまり騒ぐのも気が引けるので手を放すがそれより問題はさっきの事だと問い詰めれば2人は観念したように苦笑する。

 

「すみません、多分千土先輩のことだからきっと自分の事周りに言わないんだろうと思って」

 

「つい千土とのメールで良く名前が出る人達に探り入れちゃった」

 

案の定というか。そもそも"他人と関わるのを極力避けたがる"のが目の前の友人達だ。観客席の位置を予め確認していないわけがない、恐らく道に迷ったというところからして嘘なのだろうとため息が出る。

 

「──ねぇ千土に話す気はないの?」

 

「は?」

 

「話したくないならそれでも良いけど、こういうのって隠してると後々後悔するやつじゃん? 何かの拍子で知られるより先に話しといた方がいいじゃないかって思ってさ」

 

「……そうだな」

 

含話の言葉に千土は一度目を閉じる。

別に負い目があって隠している訳ではない、ただどうしても"暗い話"になると分かっているから話す気が起こらなかった。

 

「ま。この体育祭が終わったらいつか話すよ、もしかしたらまだやらなくちゃいけないことがあるかもしれないしな。それまでは後回しだ」

 

「え? まさかまた人の事情に首突っ込んでるんですか?」

 

狼次の言葉に曖昧に笑うと呆れた表情が返ってくる。

 

「本当に千土先輩は高校でも変わらないんすね、そのお節介も」

 

「引きこもり癖がまだ抜けてないのにこんなとこにわざわざ忠告に来たお前が言うことかよ?」

 

「そりゃまぁ……俺達にとっての最高のヒーローに余計なもんまで抱えてほしくはないですから」

 

そう言うと狼次はふと歩く速度を速める。

 

「伝えたいことは伝えたんでもう十分っすよ、観客席には自分で行きますので千土先輩は次の試合に集中してください」

 

「だね、あれだけ言い切ったんだから負けないでよぉ? 推しのヒーローのカッコ悪いとこなんて見たくないんだからさぁ」

 

手を振って去っていく友人達を眺め千土は苦笑する。

かつて他人を拒んでいた彼らがこうして気遣ってくれている、それが嬉しくてつい顔が緩む。

負けられない理由がまた一つ増えた、それを抱えて自身の控え室へと向かうのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

千土が自身の控え室へ入った数分後、彼と決勝の舞台で戦う轟は自身の控え室で一人思考に没頭していた。

 

決して使わないと決めた忌むべき左の力、それを緑谷との試合で使ってからずっと思考が落ち付かない。

不思議だった、あれ程憎んでいた男の存在が彼との試合の間だけ頭の中から消え去っていた。

 

──自身がなりたいヒーロー

それを思い描いていた頃の、ただ平和に母と話していた瞬間。

自身の憧れるヒーローのようになりたい、戦いの最中で紡がれた緑谷その言葉が"それ"を思い出させた。

 

──ならば

 

これから自身が戦う相手を思い出す。

緑谷同様に"最高のヒーロー"オールマイトを尊敬し、彼と同じような、彼を越えるようなヒーローになりたいと語った男。

 

地城との試合ならば──何かが見えるかも知れないと思った。

 

彼に宣言した"左の力を使わずに優勝する"その言葉が覆るかも知れないと──試合が始まる前にどうしても伝えておきたくて彼の控え室へと向かうのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

コンコンと響いたノックの音に控え室の机に突っ伏していた頭を上げて千土は立ち上がる。

試合開始にはまだ少し時間がある、ならば誰かが自分に用があるのだろう。

少し前に別れた友人達の脳にノックなどという礼儀はない、ならば彼らが振り回した耳郎達かと思い気軽に返事をしながら扉を開ける。

 

 

 

その先にいたのは──轟。

 

 

しかし自身と同じクラスに在籍する彼ではない、そう、今なおプロヒーロー界でその名を示し続ける『フレイムヒーロー』

 

「エン、デヴァー……?」

 

思わぬ存在に目を疑うが、何とか思考を落ち着かせ冷静に考える。

 

──さては轟の控え室と間違えたな

 

プロのヒーローといえども間違えはあるのだろう。

決勝に進んだ自身の息子に声援を……とは自身が聞かされた話からそんな明るい想像はできないが彼が轟の勝利を望んでいること自体は確かだろう。

ならばその内容はどうであれ轟に何か言うことがあったのだろう。

 

──問題はどうやって失礼なく控え室間違えましたよと伝えるかだ。

 

「試合前にすまない。君と少し話がしたかったんだ地城 千土君」

 

そんな馬鹿な考えはすぐに掻き消された。

エンデヴァーの口から出た自身の名。

それが彼の目的が轟ではなく自身なのだと告げてくる。

 

「君の健闘をここまで見せてもらった。身体能力、思考能力そして個性どれをとっても素晴らしい。まだ1年生でその完成度は目を見張るものがある」

 

「ど、どうも……」

 

おかしい、プロヒーローとしてメディアに映るエンデヴァーは一言で言うならば『厳格』、その彼が自分のような未熟な学生をここまで手放しで評価するとは思えない。

それに彼に近しい2人の人物から彼に関わる話を聞いている為どうしてもその言葉を素直に受け取れず警戒してしまうがエンデヴァーの話は容赦なく進む。

 

「君の実力ならば優勝も夢ではないだろう……そう、私の息子である焦凍に勝つことも……ね」

 

その言葉に肩を跳ね上げる。

エンデヴァーは轟の勝利を望んでいないのか? と一瞬疑問を抱く。

しかし、それもまた次の言葉で覆る。

 

「私の息子は恥ずかしい話ずっと反抗期だったのだが、今日緑谷という少年との試合でやっと自分の全力を使う気になったらしい……が、どうやらまだくだらん迷いをしているようなのでね。君ほどの実力者が全力でぶつかってくれれば奴にも良い刺激になるやもと思ってね」

 

エンデヴァーの謎の言動をようやく理解できた。

ようは轟を追い詰めその全力を引き出す相手として俺を利用する算段なのだろう。

 

「……貴方にそこまで評価して頂けるなんて……身に余る光栄です」

 

自然と脳が言葉を紡ぐ。

──不思議と苛立ちは一切ない、あるのはただ悲しさだけだった。

 

「俺、一番憧れたヒーローはオールマイトですけど……一番尊敬するヒーローは貴方でしたので、凄く嬉しいです」

 

精一杯、喜びを満ちさせたその言葉にエンデヴァーの眉が僅かに動く──が、彼が何かを言うより早く続ける。

 

「昔、母から何度も貴方の話を聞きました。№1を越えようと決して努力を怠らない炎のヒーローの話を」

 

「……賛土 砂羅(さんど さら)……いや、地城 砂羅か」

 

「あー、やっぱ知ってます? 母さん学生時代色んな人に絡んでたって言ってましたし」

 

恐らく自分の先程の言葉はエンデヴァーにとって癪に障ったのだろう、轟の話からしてオールマイトを交えての言葉は彼にとってタブーだろう。──が、流石に既に死んでしまった人の話も交えてしまえばエンデヴァーといえども多少は容赦してくれるだろう。

 

亡き母を盾に物申そうとするのだ、我ながらとんだ親不孝者だと自嘲するほかない。

 

「他の誰もが絶対に追いつけないって特別視する人を越えようと挑み続ける貴方の話はオールマイトを越えると決めた俺にとって大きな支えでした」

 

「っ……」

 

「エンデヴァー……本当に貴方は自分で挑むのをやめちまったんですか?」

 

一瞬、僅かに息を飲んだエンデヴァーの目を真っ直ぐに見てそう言い放つ。

この上なく生意気な発言だったのだろう、先程までと比べエンデヴァーの目付きが相手を焼き殺すような鋭利なものへと変化する。

 

目の前に立つエンデヴァーのその威圧感に身を焼かれる程の恐怖を抱き冷や汗が伝うのを感じる、それでも目を離さずにいるとやがてエンデヴァーは踵を返す。

 

「やはり貴様はあの女の息子だな。つくづく人を苛立たせる」

 

オールマイトを越える。それがどれ程のものか真に理解していない愚かな子供に付き合うのが馬鹿らしくなりエンデヴァーはそう吐き捨てる。

 

その背中を千土を暫く見つめ……控え室の扉を閉める。

 

「────っくそ……今更震えてきやがった」

 

歯を食いしばって拳を握る。

全身から汗が吹き出し身体が震えるがそれ以上に圧倒的なエンデヴァーの威圧感に歯噛みする。

 

恐怖。

エンデヴァーが最後に見せた目に全身が震えた。

 

「情けねぇ……まだまだ弱いな俺は……」

 

力無くイスに体重を預けてポツリと呟く。

 

本当は轟への謝罪を求めたかったしあの人への謝罪を求めたかった。

──そしてもう一度、№1を自分自身で目指してほしかった。

なのに口に出来たのは結局あの程度だ、自分自身の意志の弱さに怒りが溢れてくる。

 

 

──だからこそ、より強くなる為にこの体育祭で優勝すると誓ったんだ。

 

 

時計を見れば既にその針は約束の時間を指し示している。

会場への宣言も、爆豪への誓いも、友人達からの応援も全て背負いイスから立ち上がる。

 

いよいよ、最後の試合。

望めるならば、──あいつの全力と競い合い、そして優勝を掴みたい。

そう願いながら会場へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

地城との戦いならば、何かが見えるかもしれない。

そんな予感に身を委ねて轟は千土の控え室へ向かっていた。

 

試合が始まる前に以前に言った"左"を使わないという言葉を覆すかもしれないと伝えておかないとフェアじゃないと思ったから。

 

だから、それだけ伝えておこうと思い、──見てしまった、炎を纏ったその背中がその控え室の前に立っているのを──

 

(あの野郎……何をする気だ!?)

 

その忌々しい背中を間違える訳がない。

一体何が狙いかと無意識のうちに聞き耳を立てて会話を窺う。

 

 

 

『君ほどの実力者が全力でぶつかってくれれば奴にも良い刺激になるやもと思ってね』

 

『貴方にそこまで評価して頂けるなんて身に余る光栄です』

 

聞こえてくるその言葉に耳を疑う。

父親の今まで聞いたことのないほど甘い言葉と地城の心から嬉しそうなその声に頭の中がぐちゃぐちゃになるのを感じる。

 

『俺、一番憧れたヒーローはオールマイトですけど……一番尊敬するヒーローは貴方でしたので、凄く嬉しいです』

 

 

 

──尊敬? 

 

あの男のどこが尊敬できるというのか……№2という立場が事実であってもあの男の本性は少し前に話したはずだ。だというのに何故そんな言葉が出てくる? 

 

そこまで考え轟は緑谷との戦いを経て忘れていたあることを思い出す。

自身の過去を何故か地城は知っている様だった。

それが何故かずっと理解できなかったが──今、合点がいった。

 

考えてみれば当然だ、自分の事情を知る者など自身を除けばあの男以外存在しない。

つまり──あいつは最初からあのクソ親父と接触していたのか……

そういえば騎馬戦でもチームを組む条件で"左の力"を使うように交渉してきたが──そういうことかと理解する。

 

 

──轟は音もなく静かにその場から立ち去った。

 

記憶の中の浮かれたクラスメイトの顔が歪むの感じた。

最初に見た金がなく飯をたかりに絡んできた顔も、

ヴィランとの戦いで必死になっていた顔も、

体育祭の中で見せた様々な顔も全てその奥にあのクソ親父の顔が湧いてくる。

 

「悪いな緑谷……やっぱり俺は……変わるわけにはいかねぇ」

 

もはや迷いは消え失せた。

轟の目は再び暗い陰りを宿すのだった。

 

 

▼▼▼

 

『さぁさぁ注目しやがれお前ら!! とうとう来たぜこの時がよォ!! 優勝を賭けた最後の勝負、決勝戦がよォ!!』

 

歓声が一斉に高まる。

既に舞台に立った2人の姿に視線が集中する。

 

 

『ここまで圧倒的な実力で勝ち進めてきた轟! 、対するは毎回何かやらかすトラブルメーカー地城! 栄光の優勝を手にするのははたしてどちらか刮目しやがれ!!』

 

プレゼントマイクの状況が進むなか千土は轟へと視線を向ける。

色々あって後回しになってしまったが彼に伝えるべきことを伝えておかねばと声をかける。

 

「悪いな轟、話すのが遅れちまったけど実は──」

 

「御託はいらねぇよ、お前もあいつのくだらねぇ企みも──全部潰してやる」

 

「────え?」

 

轟のあまりに暗い瞳がこちらの姿を捉えて離さない。

憎悪の宿ったその目に普段の馬鹿な発想さえ湧かずただ戸惑う。

 

何か轟を怒らせるようなことをしてしまったかと自身の行動を思い返す。

競技の中で衝突は何度かしたが轟がそれをここまで根に持つとは思えない、そもそも騎馬戦後にエンデヴァーについて話した時は怒りなど向けてこなかった。

──では、何故と考えるも答えは出ない。

 

『さぁいくぜェ!! ──決勝戦……開始ィ!!』

 

「ちょっ!? 待っ──」

 

不意に耳に入った試合開始の宣言に肩を跳ね上げる。

目に映るのは右腕を振り上げる轟の姿。

 

──直後、視界全てが氷の塊に埋め尽くされるのだった。

 

 

 




轟父子の怒りを全力で買っていくスタイル(8割自業自得)


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第23話 その姿は誰が為に

舞台全てを覆い尽くす氷山に会場中が驚愕する。

瀬呂との戦いで見せたものさえ上回る規模の凍結、審判であるミッドナイトはそれに飲まれた千土の姿を探し視線を動かす。

 

「な、なぁ轟の顔……何か怖くねぇ?」

 

観客席でも試合を注目していた峰田がそれに気付く。

 

「う、うん。前の飯田君の試合の時と全然違う」

 

「地城との試合で気合が入ってる──って感じじゃねぇよな」

 

クラスメイト達が戸惑う中、緑谷は轟の様子を窺う。

 

自分と千土にエンデヴァーについて話していたときと同じ顔。

一体2人の間で何が起こったのか戸惑いながらも舞台を見る。

形成された氷山に千土は飲まれたように見えたがその姿は見当たらず──

 

「──逃がしたか……」

 

轟が小さく呟くと共に舞台のあちこちから氷の床を貫き地面が槍のように生えてくる。

 

「~~~っぶねぇ! 死ぬかと思ったわ」

 

無数の土塊の槍、その中の一本が砕け内側から千土が姿を見せる。

 

開幕直後の大規模凍結。

千土にとって一番警戒していたことがそれだった為、元々個性で自分の足元を沈めるようとしていた為辛うじて逃れられた。

とはいえ状況が良くなった訳ではない、轟にとって先程の攻撃は最初の一手でしかなくやろうと思えば再びできる。それに対してこちらは土塊の槍で地面の一部を露出させているが万が一地面全てが凍らされてしまえば一気に手札を失ってしまう。

 

だが問題はそれだけではない。

 

「な、なぁ轟……何か怒ってる?」

 

そう、轟の様子がおかしいのだ、明らかに怒りを宿した目でこちらを睨む轟に千土は顔を引きつらせながらもそう問う。

 

「勘違いすんな……俺は至って冷静だ。お前を徹底的に倒す為にな!!」

 

再び冷気が充満する。

吹き抜ける凍てつく風に顔を覆えば次に飛び込んでくるのは完全に凍り付いた舞台の姿。

氷を突き破って生えた土塊の槍もその上から氷に閉ざされ完全に自分は地面と隔絶されたのだと理解する。

 

「──やってくれるなぁ……」

 

思った端から個性を潰された。

さすがに氷の床はセメントと違い砕くことすらできはしない、分厚い氷の床に覆われて地面には干渉出来ず、他の瓦礫もその氷の中に──早くも手詰まりだ

 

「この身一つでお前と戦えと? 勘弁してくれよ?」

 

悪態をつきながら思考する。

轟は何故かは分からないがこちらに怒りを向けているが感情的にはならずむしろ的確にこちらの弱点をついてきた。つまり安い不意打ちは望めない。

ならばどうするか──手詰まりでもやるしかないという訳だ。

 

氷の床を蹴って一気に駆け出す。

僅かに凍結が遅れる轟の左側に潜り込んで攻め立てる、今打てる手はそれしかないだろう。

 

「お前がこれぐらい読んでいないはずがねぇよな……その右手に握ってんだろ?」

 

「──っ!?」

 

殴りかかった右の拳を轟の右手に掴まれる。

拳の中に隠した石の礫諸共右腕が凍結し始める。

完全に動けなくなる前に右腕を振り払い轟の手から逃れ、一度間合いを取って自分の右腕に視線を向ける。

 

腕そのものが凍ったわけではないが拳から肘辺りまで氷に覆われしまい指一つ動かせない、個性に続いて利き腕さえも潰されてしまったようだ。

 

肌を刺す氷の冷気に右手の感覚がなくなっていくのを感じる。

 

「──ははっ、こいつは参った! どうすっかなぁ──……」

 

ほんの僅かでも気が緩んでくれればと弱音を吐いてみるの轟は眉一つ動かす様子もない。

 

どうやら本当に俺に怒りを向けているようだがその理由に心当たりがない。

いや色々迷惑をかけた覚えはあるし、なんなら殴られても文句が言えないこともやっている──がそれを彼にはまだ伝えていない。

一体何故と思うも足元に文字通り寒気を感じ思考を止める。

 

「危ねぇ!!」

 

咄嗟に空中に飛び上がり足を掴まんとする凍結から逃れるもその先に轟の拳が回り込んでいた。

 

「ぐあぁっ!?」

 

鈍い痛みと共に口の中に血の味が広がる。

 

「あぁくそ、やっぱ跳ぶと碌なことがねぇ──っとぉ!?」

 

氷の地面に叩きつけられると悪態をつく間もなく更なる凍結が迫りすぐにその場から逃れる。

辛うじて捕らることなく逃れ続けているが身体能力一つでは速度、範囲ともに優れる轟相手ではいつまでも逃げきれはしないだろう。

とはいえ、攻め手に回る手段は今のところはなくただひたすら逃げ続ける。

 

『あっーと!! 地城 千土、轟の猛攻に打つ手なしかァーっ!? ──って、こいつ毎回序盤は押され気味だったしどうせまた何か企んでるだろ?』

 

『さぁな、少なくとも状況は圧倒的に轟が優勢だ』

 

プレゼントマイクの期待半分の言葉に相澤はそう短く相づちを入れる。

あくまでも純粋な分析にA組の者達も固唾を飲む。

辛うじて轟の凍結から逃れ続けているが形成され続ける氷山に徐々に舞台は埋め尽くされその逃げ場を無くしていっている。

 

このまま何も手を打たずにいればいずれは千土が追い詰められるのは明白だった

本当に手はないのかと彼に注目すれば──その顔はいつもと変わらず笑っていた。

 

「いいのか轟? そんなに凍結ばっか繰り返していると緑谷戦の二の舞だ。そろそろ左も使った方が良いんじゃないのか?」

 

「黙れ、俺はお前の思い通りにはならねぇ!」

 

どうやら轟に炎を使わせて氷を溶かしてもらおうという作戦は見透かされているらしい。

──何故か轟の怒りが一層増した気がするが思い過ごしだろうか……

ともかく轟はやはり左の力を使う気にはならないようで、つまりこの状況はやはり自力で覆すしかないようだ。

 

「──あーぁ……やりたくないな、痛ぇだろうなぁ」

 

「あぁ?」

 

急に気の抜けた声を発した千土に轟は戸惑い、すぐに警戒する。

何かやる気だろうが個性は封じたはずでその狙いが読めない。

 

──だから地城が何かやる前に徹底的に潰す。

 

既に逃げ道はほぼ潰した。

緑谷との試合で反動がくるまで耐えられてしまったからこそ確実に倒す為に状況を整えた。

右腕に力を集中し開幕に放ったものと同等の規模の凍結を放たんと構える。

 

クソ親父が、クソ親父とつるんでいる男が望む力など使わずに勝つ。

緑谷との問答の中で芽生えた"何か"諸共目の前の怨敵を葬ろうと右腕を振り上げる──同時に千土が自身を囲む氷の壁を足場に轟の頭上に躍り出た。

 

「なっ!?」

 

「俺の個性を封じただぁ!? 舐めてんじゃねぇぞ轟ィ!! 『地質操作・加重』!!」

 

腕を氷に包まれようとその中で握る物は変わらずにあり続けている……ならば"それ"は可能だ。

 

凍り付いた右腕を突き出して拳の中の石の重量を急激に跳ね上げる。

重力に従い落下していた拳に爆発的にエネルギーが加わる。

新たに氷の床から形成された氷山に凍結した拳がぶつかりその氷の山を容易く砕く。

 

氷山を貫いた千土の拳が氷の床を、その下のセメントの舞台さえも砕き地面にぶつかり大規模な振動と轟音を会場にもたらす。

 

舞い上がる砂煙に包まれる中で千土は苦悶の表情で右手の指を握る。

右腕を覆う氷は地面との衝突で砕け解放されるも重力を増した石を握ったその拳は自身の骨さえ砕きその指の色は痛々しく変色している。

 

「~~~~っ痛ぇ……こんなもん繰り返すとか緑谷の奴正気かよ……。しっかしさすがだな轟、きっちり避けやがって」

 

自身の目の前に立つ人の影、氷山とぶつかった僅かな隙に拳の軌道上から逃れた対戦相手に笑って声をかける。

 

「──お前の右手……指の骨は複雑骨折、腕の骨にも皹が入ったはずだ、──何で笑ってやがる?」

 

「はっこんな程度でお前に勝てるんならそりゃ笑うさ、考えてみろよ? この試合に勝てば優勝、№1だぜ? だったら骨が砕けようと手ぇ伸ばすしかねぇだろぉよ」

 

その言葉に轟は歯噛みする。

№1をただひたすらに伸ばす何度も見た浮かれた男の姿。

態度は違えど自身の記憶を呼び戻した緑谷と同じように憧れへと昇らんとする姿。

 

──だというのに

 

「だったら何でお前はあのクソ親父とつるんでやがる……№1を諦めたあんな男と」

 

「はぇ?」

 

轟の言葉に理解が及ばず千土は間抜けな声を漏らす。

 

──つるんでいる? 俺とエンデヴァーが? 

 

生憎俺とあの人の接点などほぼ皆無だ、せいぜい昔ファンレターを送った程度でつるむ等という間柄などでは──そこまで考えてある可能性に気付く。

 

「まさかお前、控え室での話を!?」

 

「あぁ、随分仲良く話してたようだが……いつからつるんでやがった?」

 

その轟の言葉に全てが納得がいった。

本来なら俺とエンデヴァーが話してようがそんな勘違いなど起ころうはずもない。だが俺は轟に他人が知るはずのない彼の過去を知っている素振りを見せ、その上それを何故知っているのかという問いをはぐらかしてしまったこともあった。──うん、どう考えても怪しすぎるな。

おまけに何故かやたら親し気に話してきたエンデヴァー、それに心底嬉しそうに返した俺、何度も轟に向けた全力を出せという言葉。──完っ全に真っ黒じゃねぇか!? 

 

「すまん轟、あらゆる面で悪いのは俺だわ。だから頼む落ち着いて話を聞いてくれ!!」

 

「は?」

 

必死に声をかければ轟はわけがわからないといったような表情を浮かべる。

とにかくこの隙に一気にまくしたてようと判断する。

 

「まず俺とエンデヴァーは組んでなんかいねぇ、あれは突然押しかけられただけなんだ。考えてみろ、あのエンデヴァーだぞ、俺みたいな浮かれたアホ絶対嫌いなタイプだろ?」

 

「──目的のためならあいつは何だってする……気に食わねぇ奴でも利用するかもな」

 

「くそ、エンデヴァーの信用が皆無過ぎて説得に使えねぇ」

 

そりゃそうだ、でなければそもそもこんな事にもなっていないかと頭を抱える。

──仕方ない、元々話すつもりだったことを今伝えるしかないようだ。

 

 

 

 

「──"なりたい自分になっていい"」

 

「……は?」

 

不意に呟かれたその言葉に轟はその身体を固まらせる。

その言葉はずっと忘れていた、緑谷との試合で蘇り──再び忘れてしまおうと追いやった昔の記憶。

 

「何でお前が……それは……母さんの?」

 

あり得ない、その言葉はあのクソ親父さえも知らない自分と母の──戻ることない過去の言葉。

だというのに何故こいつはその言葉を──

 

「ずっと黙ってて悪かった、俺がお前の事情を知ってる理由だ」

 

「……嘘、だろ。いや、どうやって……」

 

轟は未だに信じられないのか戸惑った声をうわ言のように呟いている。

もっともそれも当然だろう、いや、むしろ自分が彼の立場だったらこの状況が理解出来ずパニックになっていたかもしれない。そう思えばやはり轟は冷静な奴なんだろうと思う。

 

「前にお前に言ったよな、俺の両親はずっと前に……死んじまって、今は知り合いに世話になってるって。その人が精神系の医師で、なんの偶然かあのヴィラン襲撃騒動で俺が運ばれた病院に丁度"その人"がいたから引き合わせてもらったんだよ」

 

「は?」

 

まったくとんだ偶然もあったもんだ、信憑性に大きく欠ける話に轟が再び固まってしまう。

だが今は試合中でその時間は今もなお進んでいってしまっている──だから止まっている時間はないんだ。

 

「勝手なことをして悪かったな、"その人"と話してお前の事を聞いた。俺がお前の事情を知っていたのはそれが理由だ」

 

決して"その人"が"誰か"は言わない、それは俺のような部外者が伝えるのではなく、轟自身が向きあわなければならない人だから。

 

「"あの人"が昔お前に言った言葉。なぁ轟、今のお前の姿が"なりたい自分"か」

 

「っ! ──黙れ……俺は母さんの力であのクソ親父を……」

 

「目ぇ逸らすな轟!! お前が見なくちゃいけねぇのはエンデヴァーじゃねぇだろ!!」

 

轟の過去を聞いて一つ思った事がある。

 

エンデヴァーの力である左の力を使わず右の力のみで戦い抜く。

その話を轟自身から聞いた時、俺自身としてはそれを尊重したいと思った。

自らの個性に苦悩する人を何人も見てきたから、自分で答えを出した轟の決意を応援をしたいと思った。

 

──しかし、彼の戦いとはヒーローとしての戦いだ。

その道を歩む以上は──尊重などできるはずがなかった。

 

「お前が抱えたものの重みを軽く見る気はねぇ。けどな轟、お前のその決意はあの人との約束を叶えやしねぇだろうが!! お前がなりたいヒーローは──」

 

「うるせぇ! お前に何が──」

 

「分かってんだよ!! 誰かを憎むヒーローじゃ人は救えねぇんだよ!!」

 

知っているんだ、強くなろうと自らを追い込み続ける姿を見せたって人は安心なんかしない、その痛々しい姿にただ心を痛めるばかりで笑ってなんかくれないのだと。

 

大勢の中の一人のヒーローになることを目指していた自分が№1ヒーローになることを決めた『あの日』から、ずっとヴィランや悪人を強く憎む自分がいるのは知っている。

けれどその憎悪を自らの核にする気はない、してはいけない──

 

「お前にとって大切なのはエンデヴァーじゃなくて"あの人"だろうが!! ──救いたい人をちゃんと見ろ!!」

 

──ヒーローは人を倒す者ではなく人を救う者なのだから

 

その言葉に轟は僅かに瞳を揺らす。

 

「そうだ、これも言っておかねぇとな。実は"あの人"からお前に伝えたい言葉があるそうだ」

 

「──っ!?」

 

「でもその内容を聞くのだけは断った。それは俺みたいな奴が伝えるわけにはいかねぇからさ……だから代わりに体育祭の話を聞いた後その精神系の医師に頼んで伝えて貰った……お前の姿を見てくれって」

 

「なっ!?」

 

「ははっ、言ったろ『俺以外にも№1を目指して立っている奴がいるはずだから、"俺達"を見ていてくれ』ってさ。さぁ轟、きっと"あの人"もテレビで見てるはずだぜ? この砂煙が晴れた時お前が見せる姿はどんな姿だ? "あの人"の為にエンデヴァーを否定する姿か? 違うよな、お前が見せなきゃいけない姿は──」

 

直後、爆発の様に弾けた"何か"が砂煙を吹き飛ばす。

それは揺らめく炎と冷気、緑谷との試合で見せた轟の本来の姿。

№1ヒーローに憧れ、母を守るという約束に応える為の……轟の全力の姿が再び君臨する。

 

『おおっと!! 地城の反撃に轟は無傷! そして緑谷との試合で見せたマジモードになってんじゃねぇか!?』

 

砂煙が晴れたことでプレゼントマイクの司会が蘇る──が、崩壊した舞台に立った2人の耳にはそれが届くことはない。

 

「──お前との戦いなら、緑谷との試合と同じようにこの力を使えるかもしれないと思って、それを伝えようとお前の控え室に行ったんだ」

 

「そりゃ何とも間が悪かったわけだ」

 

まさかそれで俺とエンデヴァーの話の場に遭遇するとは、俺と轟家の人の間に偶然が牙を剥き過ぎではないだろうか? 

 

「ってかさぁ、俺とエンデヴァーの話最後かなり不穏な感じになってたろ? 何で疑問持たなかったんだ?」

 

「悪い、途中で帰った」

 

「何だそりゃ!? ……どうせなら俺みたいな馬鹿に一本取られたエンデヴァーの顔をお前にも見せてやりたかったぜ?」

 

茶化すようなその言葉に轟はポカンと一瞬珍しい表情を浮かべると僅かにその口を吊り上げる

 

「……それは勿体ないことをしたな」

 

「まったくだ、後悔しやがれこの野郎」

 

まぁその後情けなく身体を震わせた俺がいたんだけどな。

そう考えると轟が途中で帰ってくれて良かったわ。

 

などと考えていれば轟の表情がまたいつもの仏頂面に戻る。

 

「それはそれとして地城……随分勝手してくれたな。緑谷がまともに思える程度に」

 

「さぁ仕切り直しだ轟ぃ!! お互い過去は振り返らず全力でぶつかり合おうぜ!?」

 

「──あぁ、俺もそのつもりだ」

 

やけくそ気味に叫ぶ俺に轟はどこか穏やかな声色でそう応える。

どうやら完全に吹っ切れたらしい轟はその左手をゆっくりとこちらにかざす

 

「っ!? 『地質操作・隆起』!!」

 

咄嗟に自身の前に土の壁を造れば直後に激流の様に炎が流れ込んでくる。

彼の個性の半分『凍結』の規模からして『炎』の方も桁違いとは思っていたが互いの反動を打ち消し合うことから反動への加減すら必要なくなるのだとしたら──

 

焦げ付きながらも辛うじて薄く残った壁から抜け出して目の前に立つ男の姿を見る。

 

「ハーッハッハ!! やっぱすげぇな轟!! ──さぁ挑ませてもらうぜ最強!!」

 

炎と氷を纏い構える轟へと周囲に石と砂を伴いながら千土は獰猛な笑みとともに叫ぶ。

 

自身の周囲に渦巻く大量の砂を轟へと放つ。

高速で放たれた砂の塊は紅蓮の炎に飲まれようと燃えることなく轟へと迫る──そう思い仕掛けたのだがその策は想像を越える炎の出力に容易く破られる。

 

炎の中に突っ込ませた砂は炎の波に押し流され轟に迫ることすら敵わない。

 

「無茶苦茶だなオイ……」

 

あまりの威力に千土は唖然と呟き顔を歪ませる。

 

(石は溶かされるし砂じゃ届かない……か、厳しい状況だがそろそろ轟の体温もこの炎で元に戻りかねねぇ、そうなったら『凍結』も使われる)

 

轟が遂に解禁した『炎』、確かに強力な力だが、千土にとって最も脅威なのはそれによって『凍結』が反動なく使われることだ。

先程までの『凍結』一辺倒の戦闘の影響でまだその力を使っていないがその状況もいつまで続くか──ならば多少リスクはあれど攻めるならば今しかない。

 

「これならどうだ!!」

 

地面に触れる足に力を込め自身の個性を発動する。

地面が砕け無数の瓦礫が宙に浮く。

 

「──その程度なら全部溶かせるぞ?」

 

「この程度ならな! ──結合!!」

 

どれ程の数をぶつけようと轟の炎の前には溶けて終わりなのは分かっている──ならば全ての瓦礫を一つに固めフィールドの半分を覆う規模の岩石を形成する。

 

『でっけぇ!? 切島戦で最後に見せたやつよりでけぇじゃねぇか!?』

 

『量より質か……これならいくら轟の炎でも溶かし切るのは難しい……か』

 

「これならどうだァアアッ!!」

 

頭上を覆う岩石の浮遊を解除しその極大の岩石を轟へと落下させる。

 

「……どうせならもっと大規模なものを用意してくれて良かったんだがな」

 

しかし轟は一切表情を変えずにその手を頭上にかざす。

 

「母さんが見てるんでなっ!!」

 

前に放ったものと比較にならないほどの勢いで再び放たれた紅蓮の炎が重力に従い落下する岩石に衝突し、その一点を焼き貫く。

 

舞台の大半を押し潰す程の巨大な岩石が地面に激突し大きな振動をもたらす、しかしそれに造られた1つの穴が轟を無傷で生存させる。

 

「──だがっ! もらったぁああ!!」

 

「ぐぁっ!?」

 

轟の背後の地面から叫びと共に姿を見せる。

頭上に注目させた上で背後の地面からの強襲こそが真の狙い、石の手甲を纏い硬質化した拳を轟に叩き込む。

 

「……っ!?」

 

確かな手応えを感じ更なる追撃にと轟の腹にめり込んだ拳を引き抜こうとし──その左腕を掴まれる。

 

「──相手の目を奪って背後からの不意打ち、それは爆豪との試合で見せただろ?」

 

──誘われた!? 

 

そう気付き咄嗟に右腕を動かそうとするも骨に皹が入ったその腕に激痛が走り僅かに動きが鈍る。

だがそれ以上に嫌な感覚──凍てつく冷気が轟に掴まれた左腕から伝わる。

 

「お前っ!?」

 

「あぁ、とっくに反動は収まっていた」

 

その言葉と同時に轟は"右の力"を解き放つ。

3度目の極大氷山が千土の全身を閉じ込め崩壊した舞台の中央にそびえ立つ。

 

『う、うおおおおおおおっ!! 轟の必殺技が炸裂!! 地城の奴完全に凍ちまったぞォ!?』

 

『『凍結』の個性が使えないように見せかけて速攻勝負誘い、接近してきたところに確実に決めやがった──まるでどっか誰がやりそうな手口だな』

 

今まで個性という手札でいくつもの策を弄して勝ち上がった男が逆に策に敗れる皮肉な状況に相澤はそう呟く。

個性の相性だけでなく策の勝負さえも轟に軍配があがった。

そして千土に自身を閉じ込める氷山を破る手立ては恐らくないだろう。

 

「これは……勝負アリ、かな?」

 

それは審判のミッドナイトも同じだったのだろう、瀬呂戦の時同様凍結に巻き込まれ身体が若干凍り付いたミッドナイトがそうマイクを通して声を出す。

 

「やっぱ轟滅茶苦茶強ぇええええっ!?」

 

「地城も喰らいついてけど圧勝じゃねぇか……」

 

目の前の光景にA組の生徒達も唖然とする。

爆豪と並び轟にもしかしたら勝ち得るのではないかと思えた千土でさえ轟に明確なダメージを負わせることなく氷山に閉じ込められるという結果があまりにも衝撃的であったのだ。

 

「んだよ……その程度かよっ!? クソザコ野郎がッ!!」

 

「お、落ち着けよ爆豪! いくら何でもアレは……」

 

確かに自身を負かした男がこうも容易く倒されるなど爆豪からしたら耐えられない事だろう、彼を諫める切島自身も勝つならば自身に勝利した漢であって欲しいとも思った。

だが、全力を見せた轟の強さはハッキリ言ってレベルが違い過ぎた。プロヒーローならともかくこの場にいる生徒達の中ではたして彼と勝負になる者がいるのかとさえ思えた。

 

「いや……まだだ。アイツはまだ負けていない」

 

しかし障子は舞台から目を逸らさず静かにそう告げる。

常闇も耳郎も同様に、既に決したように見せる勝負からその目を逸らさない。

 

「で、でもあの状況じゃいくら地城でも」

 

「いや、地城君なら氷山に捕まる前に地面に逃げることは出来たはずだ」

 

腕を掴まれていたがあれはあくまで手甲越し、『地質操作』で手甲を崩せば轟の拘束から逃れられたかもしれない。勿論轟もそれは分かっているから逃がさないようにしただろうが少なくともそんな理由で地城が自身が打てる手を放棄するとは思えないと緑谷は語る。

 

「地城君の考えは相変わらず読めないけど……何か狙いがあるんだよ! 逃げるよりも優先した何かが!!」

 

緑谷のその言葉にA組の全員が舞台に視線を戻す。

氷山に捕らえられて固まった千土の顔は──いつも通り笑っていた。

 

「流石にこれ以上は無理ね。勝者、とど──」

 

ミッドナイトが再びマイクにその声を通した直後、会場全体が大きく揺れる。

 

「な、何? 地震!?」

 

「──っ!? これは──地熱?」

 

突然の揺れに戸惑うミッドナイトの足元の氷が僅かに溶けかかっていることに轟は気付く。

ただ気温で溶けるには早すぎる。だとしたら地城の個性で地面の温度を変えたのかと一瞬思う。

 

しかし地城が以前に自身の個性を語った時、"地面の温度を変えられる"とは言っていなかった。

個性といえど万能ではない硬度を変えることは出来ても温度を変えることは出来ないのだろう。

 

それにそもそも地熱を操れたとしてそれが振動を起こすとは考えにくい──だが現に今その揺れに共鳴するかのように足元の氷が徐々に解け始めている。

 

「何だ……これは」

 

まるで何かに促されるかのように地面に手を添えるとその振動が直に伝わり、そこの中に何かの存在を感じる。

 

地面を鳴動させる何か、空気が入り膨張している風船に触れているような──何かが膨らんでいるかのような感覚が伝わってくる。

 

「──まさかっ!?」

 

直後、氷山のすぐ傍の地面が爆発したかのように砕け──"それ"が噴き出す。

 

 

 

煮え滾りボコボコと不穏な音を奏でる血のようにドロドロとした"赤い土"

 

 

 

「あーぁ疲れた……こいつ引っ張り上げるのは滅茶苦茶しんどいわぁ……っつぅかちょっと冷えて固まってるし、割りに合わねぇなァ」

 

熱を宿した鉱物──溶岩が氷山に触れ一部固まりながらも一気にその氷を溶かし、吹き上がる白い蒸気の中から愚痴る声が響く。

 

「まぁいいや。これでお前の『凍結』は封じたって訳だ。覚悟しろよ最強野郎!!」

 

「隕石の次はマグマか、俺よりお前の方がよっぽど無茶苦茶だぞ地城」

 

石や砂に混じり自身の周囲に溶岩さえも浮遊させる地城の姿に轟はまた僅かに口角を吊り上げる。

 

自らの全力を開放し炎と氷を纏った轟

自らの奥の手を晒し砂と石、そして溶岩を追従させる千土。

自身の目指す最高のヒーローへ近づく為優勝を果たさんとする両者は互いに笑みを浮かべ──激突する。

 

 

 




火がマグマに勝てる訳ねぇだろ!

などと冗談はともかく、緑谷との試合を経て轟がどのような状況なら決勝の舞台でも全力を使えるのか考えた結果やはり母の力をお借りすることとなりました。
母との面会前に轟が再び左の力を使うことに違和感を受けた方、大変申し訳ございません。


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第24話 決着・そして閉幕の時

炎と溶岩のせめぎ合いがもたらす爆風に観客の皆が目を細める。

爆風に乗る高熱に肌を焼かれる感覚を受け、中心となっている2人へ視線を向ける。

 

「なんつぅ火力だよ……2人は無事なのかよ」

 

「あっ! あそこに!!」

 

立ち上がる爆炎と煙が晴れ、一人の人影が映る。

一体どちらだと目を凝らす。

 

「ど、どっちだ!?」

 

「あのクソ馬鹿野郎が、氷も使えるハーフ野郎に熱の勝負しても勝てる訳ねぇだろうが」

 

浮かぶシルエットに目を凝らす切島だったが隣に座った爆豪が舌打ちを響かせながら発した言葉に息を飲む。

 

全力の撃ち合いに肩を上下し顔に疲労を浮かべた、しかし身体に氷を纏い爆炎を耐え抜いたその者は──

 

「轟君だ!! 炎を放つと同時に氷を自分に当てて凌いだんだ!!」

 

「地城の奴は──また地面か!?」

 

何度も見せた彼の手口、しかし地面さえも吹き飛ばす衝撃にそれも叶ったかどうか──。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「──っ来るか……地城……」

 

業火を放つと同時に自身に氷を纏うことで爆炎を耐え抜いた轟は肩を上下させながらも視線を足元へと向ける。

 

アイツならばこの攻撃を耐え抜いてこちらが勝利を確信した瞬間を狙ってくるはず、その確信が轟の気を一切緩めない。

 

疲労した身体に喝を入れ自身の周囲の足元に薄く氷を張る。

これで彼が地面から襲う瞬間氷が割れ、その音が彼の位置を示す、そこに最後の一撃を叩き込まんと左腕に力を溜め──自身の目の前で揺らめく影に目を見開く。

 

「ヒーローのカッコいいとこはさ……真っ向から逆境を覆すとこだ!!」

 

「──っ!?」

 

──あり得ない、あの爆炎の中、例え石や砂で身を固めようとその中を突っ切って真っ向から自分の下へ辿り着くなど不可能だ。

 

完全に意表を突かれ咄嗟に左腕を前に伸ばそうとするも僅かにそれは間に合わず叫びと共に放たれた岩石を纏った拳が轟の顎を捉える。

決定的な一撃に薄れゆく意識を繋ぎ留め揺らぐ視界で轟はその姿を見つめる

 

焼き焦げた石と砂のつぎはぎの鎧で全身を覆ったその姿──やがてその鎧は焦げ落ち崩れる。

その中には──熱で溶けた"氷"とそれに濡れた地城の姿。

 

いい加減彼の型破りな思考に慣れてきたと思った轟はその光景に苦笑する。

あの氷は彼を一度捕らえ、溶岩に一部溶かされた氷山の残り。

自分が炎を放つと同時に氷で身を包んだように地城も溶岩を放つと同時に石と砂で氷山を砕きそれを混ぜて鎧としたのだと確信する。

 

力を失った身体が最後に凍らせた地面に背を付ける。

随分と熱くなった身体が冷やされ緊張が解ける。

 

「──人の個性をいいように使いやがって……どこが真っ向からだ」

 

「うるせぇ足元ばっか警戒しやがって、俺はそんなに姑息なイメージかこの野郎」

 

『決着!! ──雄英体育祭決勝戦……勝者は……地城 千土!!』

 

既にどちらも力尽き、それでも言葉だけで争う小さな声が簡単に聞こえる程、まるで時が止まったかのように静まり返った会場に決着を告げる声が響く。

僅かに遅れて会場を埋め尽くす歓声が響き渡る。

 

自身に向かう笑顔と称える拍手、歓声。

それら全てに実感が湧かず僅かに放心する千土だったがその視界に耳郎や障子、常闇らクラスメイト達の姿、一般客の纏まりに混じった旧友達、席に着かず客席の奥の通路に立って視線を送ってくる心奈の姿、それがじわじわと心を満たしていく。

 

「~~~~っ」

 

溢れだしそうになる歓喜の叫びを喉で抑える。

開会式からここまで、今更体裁を取り繕っても仕方ないのかもしれないが──せめて最後だけは神聖な場を穢すまいとそれを堪える。

 

そんな考えが透けて見えたのだろう、ミッドナイトが呆れたような笑顔で肩に手を置いてくる。

 

「まったく、ここはむしろ心の底から叫ぶとこよ? 肝心なところでノリが悪いとこっちが戸惑うじゃない」

 

「じゃ、改めて叫んでいいっすか?」

 

「残・念、時間切れよ。最後の表彰式が残っているもの」

 

慣れないことはするものではないということか、やっと手が届いた直後にこの扱い。何だか締まらない姿を晒して申し訳なくなってしまう。──視界の端で腹を抱えて笑う旧友が目に入り後で呼び出そうと決心しつつもミッドナイトの言葉に従い、一度退場することにするのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

打ちあがる花火と観客席からの歓声が響く中。参加生徒の全員が表彰台の前に整列する

1から3の数字の記された表彰台

 

最終競技まで戦い抜き、その中でも優れた結果を残した者が立つ栄光の座。

当然全ての注目がそれに集まる──ただし1位ではなく3位に

 

「爆豪~いい加減落ち着いてくれ~」

 

添え付けられた柱に身体を縛られ腕と口に拘束具を掛けられた爆豪に千土は小声で声をかける。

もっとも自身より高い位置からかけられたその声は火に油でしかなく爆豪の呻きがより一層増す。

 

3位という決して低くない、むしろ誇れる順位、しかし爆豪にとってはそんなものに価値はなくむしろ1番に届かなかった屈辱を突き付けるものでしかなかった。

加えて彼と同じ順位である飯田が何かあったらしく帰宅してしまったことで爆豪の不満がより爆発、『俺もいるか』と叫び帰ろうとしたところを先生方に確保されご覧の通りである。

そりゃ飯田と違って正当な理由もなく帰ろうとすればそうなるだろうと千土は呆れる。

 

自身の隣から漂う不穏な空気に居心地が悪く、かと言って宥めることも出来ず千土はお手上げと目を閉じるとこちらの気持ちが通じたのかただの偶然か司会であるミッドナイトの声が響く。

 

 

「メダル授与!! ──贈呈を行うは勿論この人よ!!」

 

「私が!! メダルを持って──」

 

「我らがヒーロー!! オールマイト!!」

 

お決まりの口上を改変しつつ颯爽と登場したオールマイト、しかしその口上は悲しいことにミッドナイトの進行と重なって微妙な空気になる。

いや、打ち合わせしといてくれよ……

 

何とも言葉に困る状況の中オールマイトからのメダル授与が始まる。

当然、最初にして最大の難関──3位の爆豪からだ。

 

「3位おめでとう爆豪少年──おっとこれは流石にあんまりだな」

 

銅メダルを授与する前にオールマイトは爆豪に口に掛けられた拘束を外す。

それはつまり爆豪を怒りの感情を解き放つのと同義であった

 

「ゥオールマイトォォォッ!! 1位以外に価値なんかねぇ!! こんなメダル俺はいらねぇんだよォォッ!!」

 

「あー」

 

怒りに染まった悪魔の如き形相。

仮にも栄えある表彰台に立った人物のこの発言、ここに立つことが叶わなかった者達の前でどうしたものかとオールマイトも困った表情を浮かべる──しかしすぐに笑顔を浮かべる、それはいつも見せる快活としたものではなくどこか寂し気なものだった。

 

「爆豪少年。これは本来この様な場で言うべき言葉ではないが、いつか君達全員に伝えねばならないことだ……爆豪少年以外の皆もどうか受け止めて欲しい」

 

優しく爆豪の頭に手を添えながらオールマイトは整列する生徒達に視線を向ける。

 

「ヒーローとは人を救う者だ、君達の中には──そうだな例えばある災害の中救助を行う私を映像で見た者はいるだろうか?」

 

その言葉に緑谷や他の生徒達も数多く肩を僅かに動かす。

 

「あの災害だけではない、私はヒーローとして多くの命を救うべく活動してきた。時に些細な事件から、時にヴィランとの戦いであってもだ。その中には命を救えても心に深く傷を残してしまう事件もあった」

 

仮に災害から命は救えども彼らが暮らした家、愛着を持った品、あらゆる物は壊れてしまった。

それはヴィランとの戦いも同じ、事件を聞いて駆け付けた時には既に取り返しの付かない状況ということもあった。

 

「それでも人を救い続ければ感謝される、より良い形で救うことが出来たかもしれないという思いを抱きながらも称えられる──それはある意味とても歯痒く辛いものだ」

 

オールマイトのその言葉に顔色を悪くするヒーロー達の姿が目に入る。

それはそうだ、恐らくこの言葉はテレビで放送される場で№1ヒーローであるオールマイトが言ってはいけないことだと子供の身であっても理解できてしまう。

 

それでもオールマイトは言葉を止めはしない、何故ならこの話はこの先こそ意味があるのだから。

 

「──だからこそ、その称える声にヒーローは感謝しなくてはならない。例え歯痒い形であっても認めてくれる人には胸を張って笑顔で返すんだ。彼らのその感謝に応えようと次へと成長する大きな力になるのだからね」

 

感謝されたからこそ、それに応える。

認めて貰えたからこそ、それを裏切らない自分になろうとより強くなる。

自らの内により良い形があると思ったのなら次こそそれを成せるようになろうと己に誓える。

 

「この銅メダルはそれと同じだ。より高みを掴める自分になる為の証、そして今はまだ未熟な君をそれでも称える栄誉の証。どちらもこれからの君を大きく成長させる力になるはずだ」

 

そう言ってオールマイトは爆豪の首にメダルをかけようとして──がっつり柱に固定され通らないことに目を左右させた結果爆豪の口に咥えさせる。

 

パチッ、パチッと静まった会場に小さく拍手の音が響く。

ヒーローの重圧とも言えるオールマイトの話の内容に皆が戸惑っているのが分かる──が、オールマイトは決して皆にその重圧を抱えさせる目的でこの話をしたわけではないということも理解する。

だからこそ千土はオールマイトの言葉を受けた上で銅メダルを獲得した爆豪へ拍手する。

 

やがてその拍手な会場中の皆へ伝わり一人、また一人と拍手の音が広がっていく。

もっとも、当の本人たる爆豪からは高い位置からの拍手に殺気にまみれた視線を送られるが……

とはいえ彼もオールマイトの言葉をしっかり受け取ったのだろう、その口だけは決して開かずメダルを落とすことはなかった。

 

それに安心したようにオールマイトは満足気に頷くとゆっくりと轟の前に移動する。

 

「準優勝おめでとう轟少年。素晴らしい戦いぶりだった! ──決勝の序盤はいただけなかったがね。今まで授業でも使ってなかった左側を今回の試合で見せたのには何か理由があるのかい?」

 

「緑谷のおかげと──地城のせいです」

 

「えぇ……」

 

あんまりな扱いの差につい声が漏れる。

いや、そりゃ真っ直ぐな言葉でぶつかった緑谷に比べて勝手に外堀に根回しして土壇場で明かした俺では印象が違い過ぎるのは仕方ないが露骨すぎではないだろうか……。

 

「貴方の様なヒーローになりたい、緑谷は俺にそれを思い出させてくれました。清算するべきことはまだあるけど……地城はその覚悟を示す場をくれました、俺が本当に見なくちゃいけないもの……まずは、向き合おうと思います」

 

「うん、……良い顔だ。深くは聞くまい、君ならきっと向き合えるだろうからね──頑張りたまえ」

 

ゆっくりと首に銀に輝くメダルを通すとオールマイトはその大きな手で優しくその背中を叩く。

 

──そしてとうとう残すは一人。

 

「地城少年!」

 

「うっす──はい!!」

 

つい砕けた口調で返事が出てしまい慌ててやり直すと金のメダルを持ったオールマイトと向き合う。

目の前の№1は満面の笑顔を浮かべる。

 

「まずは優勝、そして有言実行おめでとう!! 君の覚悟と行動はこの会場の皆の胸を打つ素晴らしいものだった!! ──型破り過ぎるところはちょっと控えめにした方が良いとも思ったけどね」

 

「はは、反省します」

 

さて、一体どの事を言っているのか、心当たりが多過ぎて困るが流石にこの場で聞けはしない。

そんないつもの浮かれた思考をしているとオールマイトが再び言葉を紡ぐ。

 

「……本当にここまで良く頑張った。君は恐らくこのメダルでも満足しないだろう、けれどもせめて今日だけは噛み締めたまえ!! 君のこれまで培った努力こそがこのメダルなのだから──そして明日から!!」

 

「はい! 更なる高みを──貴方を越えるヒーローになることを目指して新たな道を歩いていきます!! 一歩一歩、地に足のつけて歩き続けます!!」

 

「うむ!! 優勝おめでとう!!」

 

ゆっくりと首に金のメダルがかけられる。

けっして大きくはない、けれど金属特有の──そしてそれ以上の"何か"の確かな重みを感じる。

 

それと同時に会場中からの拍手が響き渡る。

長く、長く続く祝福がやがてやむとオールマイトは皆へ最後の宣言をする。

 

「今回の勝者は彼らだった! しかしこの場の誰もがここに立つ可能性はあった!! 競い、高め合い、更にその先へと登って行くその姿!! 次代のヒーロー達は皆確実にその芽を伸ばしている!!」

 

選手全員を労い、更なる努力を促すオールマイトのその言葉。

今大会の様々な出来事を追想させながらもその言葉は締めに向かう。

 

「という訳で最後に一言!! 皆さんご唱和下さい!! ──せーの!!」

 

『Plus_Ult──』

 

「お疲れ様でしたぁ!!!」

 

『ええぇぇぇぇッ!?』

 

あれほど更なる成長を促しておいて何故ここで外すのか……

皆が校訓を叫ぶ中よりにもよって一人ずらした本人へ全員が視線を向ける。

 

「え? い、いや……さすがに皆疲れたかなって……HA、HAHAHAHA」

 

何とも締まらない、しかしそれがどこか安心する。

№1ヒーロー、オールマイトらしい皆を笑顔にする、そんな終わり方で締めくくる。

 

雄英体育祭──閉会。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「あんの阿呆ども……とっとと帰りやがって……」

 

体育祭終了を迎え一度クラスに戻ると相澤先生から2日の休みを頂きさっさと下校。

とりあえず決勝戦に勝った直後のやり取りで笑ってやがった旧友どもを呼びつければ俺がメダル貰った辺りで帰ったとの返信。

──いやオールマイトの言葉ぐらい聞いて行きやがれあのインドア共が

 

おまけにきっちり空姉さんには俺が優勝したとの連絡はしたらしく、家で待っている姉さんから『おめでとう』との通知が届いている。

折角なので焦らしに焦らしてから報告してやろうと──今にして思えば何とも子供らしい考えが阻止されつまらないと思ってしまう。

 

とはいえ、いつまでも優勝に浸ってもいられずとりあえず帰宅して飯の支度をせねばと少し足を速める。

 

「──ん?」

 

学校と自宅の丁度間ぐらい、何気なくいつも歩いている道に変化がある。

大きな袋か何か──最初にそう思い見てみれば地面に横たわった人が2人──

 

「っ!? 大丈夫か!?」

 

酔いつぶれならまだ良い。

まさかヴィラン絡みかと駆け寄れば目立った外傷はなく顔色も悪くない……気を失っているだけと安堵し──彼らの口から吐き出されたヘドロのような何かに身体を囚われる。

 

「──っ!?」

 

異臭を放つ謎の物体に全身が包まれ視界が暗転する。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

やがて黒の視界が開けるとに目に映ったのは薄暗いどこかの部屋。

ただの道路を歩いているはずが一瞬にして違う場所にいることに戸惑いつつも思考を巡らせる。

 

「『ワープ』の個性……あのモヤの野郎……とは違うようだが……」

 

「──おや、この状況でも冷静とは、流石は雄英体育祭優勝者と言ったところかな?」

 

聞いたことのない男の声が背後からし、咄嗟に振り返る。

 

口から喉へ管を巡らせた黒いスーツの男、どういう訳かいまいち顔の全体像がはっきり見えないが──その姿はどうにも怪しく映り、全身の細胞が警戒しているのを感じる。

いや警戒などという甘い話ではない──今すぐここから逃げろと叫んでいる。

目の前の男と視線を交わすな、声を聞くな、個性使用禁止のルールを破り床でも壁でも壊して逃げろと身体を震わせている。

 

 

 

 

「そうだね、まずは──優勝おめでとう。地城 千土君」

 

 

 

 

 

どうやら──今日という日を終えるにはまだ早かったようだ。



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第25話 長い長い一日の終わり

突如招かれた謎の部屋、目の前に座す謎の人物が発する息が詰まるような重圧。

それらを飲み込んで僅かに前に足を進める。

あくまで自分の直感でしかないが自分と共にここにワープした2人の人物──そういう個性なのだろう、気を失い投げ出された掌から泡を垂らす女性と蟹の様な鋏の手をした異形型の男性──状況からして彼らは目の前の男の仲間ではないと判断し彼らの前に立つ。

 

「──アンタが何者かは知らねぇけど一応警告な。個性の無断使用及び誘拐は立派な犯罪だ、今なら黙っててやれる、この人達を開放してくれないか?」

 

「フフッまずは自分の後ろの人達を……か、君の心性は既にヒーローそのものだね」

 

恐らく横たわる人達を抱えてこの男から逃げることは叶わないと意を決し謎の男と向き合えばどうにも楽しそうな反応が返ってくる。

 

「そう心配しなくて良いよ、彼らには少し協力してほしいことがあるだけ……命を奪うようなことはしないさ──そんなことをしたら君はきっと話を聞いてくれないからね」

 

「──俺に話? 雄英体育祭優勝者のサインなら安いもんだぜ? ヒーローデビューした時に備えて自信のあるやつ考えてあるからな」

 

「はっはっは! 君は本当に愉快な子だね。まったく──あんな凄惨な事件を経験して、よくそんな明るく育ったものだ」

 

男の言葉に全身から毛が逆立つのを感じる。

 

「お前、何で!? あれは──」

 

「その場にいた君とオールマイト……後に君の保護者となる安藤 心奈と極一部のヒーロー達そしてあと一人の少女以外真相を知らず、謎のヴィランの暴走として処理された事件」

 

「──っ!?」

 

「フフッ、あぁそうだ肝心の事を聞くのを忘れていたよ。"虚峰 空"君は──元気にしているかい?」

 

プツリ──と自分の中で何かが弾けた。

石造りの床に触れる両足に力を加え──個性を発動する。

 

自分と男の間の地面を隆起、先端を槍の如く尖らせ男の喉元へ走らせる。

 

「おっと、あまり暴れるのは止めて欲しいな」

 

男の個性なのか、見えない力に土塊の槍は容易く砕かれる。

 

「体育祭での連戦の後だ、君の身体は既に限界だ……あまり無理をしてはいけないよ」

 

「チッ……。一体俺に何の用だってんだ!? あの事件の事をどこまで調べやがった!?」

 

男の言う通り、既に個性を発動する体力などほとんどない。

これ以上の抵抗を不可能──ならば今は時間を稼ぐしかないと結論付ける

 

「君への用は極めてシンプルなものさ、だからもう一つの質問から先に答えよう。──全てさ」

 

「──っ」

 

「そう、君が姉と呼ぶ少女。虚峰 空君の個性──『空想』の暴走で君の両親が死したあの悲劇」

 

「うるせぇ──余計な事まで言ってんじゃねぇよ」

 

「おっと、これはすまない。少し無神経が過ぎたようだ」

 

まるで反省を感じられない、明らかにこちらの神経を逆撫でする男の口振りに怒りが湧くがそんなものでこの状況を覆らないことは既に理解してしまった為腹の内に留める。

 

「僕の独自の情報網をもってしても彼女の個性を知ったのは偶然さ。興味を抱いて調べてみればヒーロー達が詳細を揉み消したのも当然だろう」

 

男は興奮したのかあるいは好きな話題に心を弾ませているのか、僅かに声に勢いがついた。

 

「個性『空想』! その名の通り自身の空想を現実にする能力──、巨万の富や理想の思い人、そして最強の力、それらを現実にする誰もが一度は夢見る魔法こそが彼女の個性だ」

 

「んな都合の良いもんかよ! そんな夢はただの願望だ。雑念が混じった想いなんてもんは『空想』なんて言えねぇんだよ」

 

「そうだね、だから彼女の個性は危険なんだよね。雑念が混じらない想い──そんなものに該当するものは──"恐怖"ぐらいだからね」

 

男の言葉に無意識に舌打ちすると男も僅かに跳ね上げていた声を落とし囁くように言葉を紡ぐ。

 

「あの事件もそうだったね──確か小さなヒーロー事務所のサイドキックを務めていた君の父に逆恨みしたヴィランが襲い掛かり──その場にいた幼い空君は初めて見るヴィランが──命を奪おうとする剥き出しの悪意がまるで怪物のように思えて──」

 

「余計な事まで言うなってのが分からねぇのか、クソ野郎ッ!!」

 

相変わらずこちらの神経を逆撫でする男に怒気を宿した声を向ければ男はやはりこちらを嘲るように肩を震わせる。

それが心底腹立たしく睨んでいると男もやがて肩を僅かに落とした。

 

「僕としても残念だったよ、この身体を治せるやもと思い心の底から欲しいと思ったんだが──それ以上にリスクが多くて接触を断念したんだよ」

 

そう語る男の身体には管が伸びている事からして何かしら不調があるのだろう。

身体を治すといえば自分が知る中ではリカバリーガールの個性ぐらいだが彼女の個性にも限度がある。

しかし『空想』の個性を上手く使うことが出来れば身体の回復──再生さえも可能だろう。もっともそれは正しく先程言った『願望』の領域だろうが。

 

「──つまりなんだ、アンタは医者探ししてるのか? なら俺を呼んだってどうしようもねぇぞ」

 

「いいや、この身体のことはもう良いんだ。君を呼んだのはあるものを見せたいからさ」

 

「……あるもの?」

 

オウム返しに聞き返す俺を嘲るように男は肩を揺らして──一瞬にして俺の背後に回った。

 

「なっ!?」

 

「これは君に対する僕なりのプロモーションさ……さぁ良く見ていてくれ」

 

「待っ──」

 

男の動きを止めようと飛び掛かるより早く男は床に伏した2人の人物へとその手を伸ばす。

 

殺す気か──そう思い歯を噛み締めるが……目に飛び込んできた光景はそれ以上に目を疑うものだった。

 

「……嘘……だろ」

 

ありえない、そんな事が出来るはずがないと身体を震わせる。

しかし、自らの目そのものが現実を突きつける。

男が触れた彼らの身体から──個性が消えた。

 

掌から泡を出していた女性から泡が消え、両腕が蟹の鋏の異形型の男性はその両腕を一般的な人の腕へと変化させていた。

個性の消失──目の前の光景はそれを意味していた。

 

「──これが、僕の個性さ」

 

「個性の……消滅」

 

「君の事だ、この力を目の当たりにして……ある事を考えているんじゃないかな?」

 

完全に思考に埋没していた脳がその言葉にハッと再起動する。

 

「──アンタがやったのは個性を人に使用するという立派な犯罪だ」

 

「違うだろう? 君が考えていたのはそんな事じゃない……この力があれば──」

 

やめろ。

頼むから何も言わないでくれよ。

 

いくら何でも酷い話じゃないか。

ずっと……ずっとずっとずっと望んでいた存在がこんな妖しい──悪魔のような男だったなんて冗談でもやめてくれ。

 

「──君の姉を……今なお己の個性に縛られた少女、虚峰 空君を救えるのではないか? 君が考えているのはそれ一つだろう?」

 

「っ!?」

 

「君はあの時恐怖が生み出す悪夢を知り──二度とそれを繰り返さないように皆を安心させる最高のヒーローになろうと決意した! いや、それ以外の道がなかった! しかしそれは根本的な解決ではない!」

 

男はゆっくりとこちらに手を差し伸ばして──続けた。

 

 

 

 

 

「僕と共に来ないかい? 僕ならば君を救える──僕は……君のヒーローになれる!!」

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

すっかり夜になった元の路上に気を失ったままの2人の被害者達と共に投げ出された。

 

何分、あるいは何時間だろうか、いつまで経っても手を握らず……けれども振り払うこともしない俺に男はしかるべき時にまた招くと言って彼らと共に解放した。

 

──もしもあの子を救いたいのであれば僕の事は誰にも言わないことだ……ただそう言い残して

 

目の前に横たわる女性の掌からは再び泡が漏れ出し、男性の両腕も蟹の鋏へと元通りになっていた。

──つまり事の真相を知るのは自分一人と言うことだろう。

 

心にポッカリと穴が開いたような、地に足が触れていない浮遊感に飲まれながら制服のポケットから携帯電話を取り出し特定の番号を入力する。

 

「もしもし、救急をお願いします。路上に男性一人、女性一人が倒れています。──外傷は……ありません。場所は──」

 

電話の先から聞き返される質問に一つ一つ答えていく。

 

 

 

 

「原因は──わかりません」

 

ただ最後の質問にだけは──嘘をついて──

 

 

 

▼▼▼

 

 

駆け付けた救急車に男性らを任せ自宅への帰宅を果たす。

通常の鍵に加えて一般的な一軒家とは不釣り合いな顔認証の施錠を解いて玄関ドアを開く。

 

「ただ──」

 

「おっ疲れ──っ!! 優勝おめでとう千土!」

 

リビングからバタバタと足音を響かせながらいつになく元気な声で同居人が飛び出してくる。

 

「ただいま空姉さん、遅くなって悪かったな。すぐに飯の用意するわ」

 

「あぁそれは良いよ、心奈さんが色々買ってきてくれたから! 今日はご馳走だよ」

 

「マジか、そりゃ頑張ったかいがあった」

 

「うんうん、早くおいで──もう始めちゃってるから」

 

「ふざけんな、何で主役の俺待たずに始めてんの?」

 

気にしない気にしないと笑って肩を叩いて来る姉につくづく呆れる。

何で俺の周りの連中にはまともな神経の奴がいないんだ、雄英のクラスメイト達の姿が恋しくなってくる。

 

「──で、何かあったの千土? 顔、すっごく悲しそうだよ?」

 

「別に、帰りを待ってくれない姉上様に弟は傷心しただけだよ」

 

「ふぅん……まぁ今はそういうことにしておくよ。落ち着いたら話してね」

 

そう言ってカバンをひったくってリビングへと帰っていく姉の背中をぼんやりと眺める。

 

「……ろくに人付き合いない癖に……何で分かっちまうのかね? あの人は……」

 

だからこそ割り切れない、きっとあの人に話せば絶対に拒絶するだろう。

けれど、──本当の意味で彼女を彼女の個性から救うにはあの男の力に縋るしかないのだろう。

 

再び陰り出した思考を振り払う。

きっとこんな様子ではまたすぐに見透かされる。

 

だから──笑うんだ。

ヒーローは──皆を安心させる為に……笑うんだ

 

 

 

 

 

血の繋がりのない姉と母との優勝祝いの夕食は心の底から笑い合い。

長い長い宴の様に楽しいものだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

祝いのケーキを食べ終え、自室に戻った千土は制服から着替えたズボンのポケットから携帯電話を取り出すと入学後の3日間の間に集めたクラスメイトの連絡先から一人の名前をタップしその人物へ電話を掛ける。

 

数秒コール音が続き、それでも電話の相手からの応答がない。

更に数秒経過し都合が悪いのかと呼び出しを切ろうとした時ようやく応答が入った。

 

「悪い、病院にいて音切ってた。何だ?」

 

「は!? 病院!? まさかお前もう行ってんのか!?」

 

「言ったろ──まずは向き合うって」

 

確かに言ってはいたが……流石に即日行動とは思わなかった。

 

「わ、悪い轟、もしかして邪魔したか?」

 

もしや今も話し合いの途中だったのではと非常に焦る。

 

「気にすんな、もう話は一段落着いた。──それで何の用だ?」

 

「そ、そっか、なら良かった。なぁ轟、明日休みな訳だが少し時間空いてるか?」

 

「病院に行く以外特にないが?」

 

「空いてねぇじゃねぇか!! 頼みにくい言い方すんなよ!!」

 

少なくとも明日も会える関係になれているようで何よりだがそう言われると時間をとってもらうのがあまりに申し訳なくなってくる。

 

「別に一日中いるつもりはねぇよ、で、どういう要件でだ?」

 

「あぁうん、まぁ大したことじゃないんだが──少し思い出話に付き合ってほしい? ってな感じ」

 

「は? 何だ急に?」

 

流石に突然過ぎる頼みに轟の方も戸惑ったようだ。

まぁそれもそうだろう、なにせ自分自身何故こんな事をしているのか良く分かっていないのだから。

──敢えていうなら……含話達に言われたことやあの男と出会ったことで古い記憶が蘇るのが止められず、誰かに聞いて欲しくなったのだろう

 

「──すまん轟、まぁ色々あってな。前に俺の事情を少し話したの覚えてるか?」

 

「初会話で飯たかってきた奴の話を忘れると思うか?」

 

「うん、ごめん。──まぁその事知ってんのお前だけだし消去法でお前かなって。あと勝手にお前の事聞いちまったからさ、おあいこって言う気はないがせめて俺の方も話とこうかなって思ってな」

 

「──分かった。場所はそっちが適当に決めてくれ」

 

「あぁ、ありがとな。じゃあ切るわ、悪かったな」

 

未だ少し戸惑っているようだったがそれでも了承してくれた轟に礼ともう一度だけ謝罪をして通話を切ろうとして──耳から僅かに離した携帯から轟の待ったの声が聞こえた。

 

「母さんがお前と話したいそうだ──聞いてくれないか?」

 

「……あぁ、勿論構わないぜ?」

 

轟と換わった電話の相手の声に耳を傾ける。

 

女性の声、涙と……喜びが混じった女性の声。

やっとあの子に謝ることができたと──何度も何度もお礼を言ってくる。

 

 

今日は酷い一日だった。

 

轟の挑発に触発されてプロヒーローが見守る中黒歴史を更新するわ

緑谷に至近距離に地雷起爆させられるわ

騎馬戦で作戦大成功と思ったら爆豪に阻止されるわ

謎にエンデヴァーが絡んできて轟から殺されるんじゃないかと思うほど殺気向けられるわ

 

 

優勝果たして大団円──と思ったら……いや、それを思い出すのはいいか……

 

 

とにかく酷い一日だった。

──それでも……電話の先の女性とその隣にいる一人の友人を救えたのなら……

今日はとても良い一日だったのだろう。

 

 

 

 

やがて通話も終わり、その携帯をベットへ投げ捨てるとそれに続いて自分の身体も投げ出す。

身体も精神も──今日はあまりに疲れ果てた。

重い瞼はすぐに視界を塞ぎ誘われるまま微睡みの中へ沈むのだった。



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第26話 地城 千土・オリジン1

勢い任せに進めていた結果構想だけ練っていた過去をオリ主視点で進めることになった為難産に陥りました(第3者視点で作れるように進めるべきだったと本気で後悔しました)。


雄英体育祭の翌日、与えられた休日の昼前に千土は雄英高校付近の喫茶店の個室の席に腰かけ、先に注文したクリームソーダを飲みながら友人の到着を待ち続けていた。

 

席に着いて約5分程が経過、もっともそれは呼びつけた側の常識として予定より10分程早く到着したからという理由ありきだが…仮にここから20分程経とうが千土としてもさして気にする事ではない――が、そんな考えも杞憂で済む。

 

「悪い待たせたか?」

 

「よぉ轟、予定より5分前の到着なんだから気にしなさんな。まぁとりあえず座れって」

 

律儀な事に予定より早く来てくれた轟に席を勧めるとついでに店のメニュー表を手渡す。

 

「来てくれてサンキュな、折角だし何か頼めよ。奢るぞ?」

 

「――じゃあ緑茶」

 

「若さが足りねぇ…」

 

食堂で見かけるといつも蕎麦を食っていたが案外和風嗜好なのだろうか、だとしたら店のチョイスを失敗したかと思うが轟の方もさして気にしてないようなのでとりあえずそこは気にしないことにする。

 

注文をして数分とかからず轟の頼んだ緑茶が届く。

注文の品を届けウェイトレスが戻っていったことで個室席ということもあって周りには誰もいなくなる。

 

「――いやぁ急な呼びつけで悪かったな轟、…それで上手くいったのか?」

 

「あぁ、お互いまだ少し話し辛いとこもあるけど…やっと向き合うことができた」

 

「そりゃ良かった、乾杯しとく?」

 

冗談交じりに言ってみれば案の定やらねぇよと鼻で笑われる。

まぁ緑茶とクリームソーダの乾杯なんていう異種格闘技のような絵面にならずむしろ良かったと思うべきだろう。

 

「しっかしまさか体育祭の直後に行くとは思わなかったわ。お前結構アグレッシブな奴なのか?」

 

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ…これ以上逃げたくなかっただけだ」

 

「ふぅん…やっぱかっけーわお前」

 

例え自分が向き合うべき人の存在に気付けたとしてその人に即会いに行くなど果たして何人ができるのか。

その人が大切であればあるほどいざ決意すれば向き合う恐怖も大きくなるはずなのに彼はそれを容易く――とはいかなかったかもしれないがそれでも乗り越えたのだから。

 

「よし、やっぱ乾杯しとこうぜ、こういうの大事だってほらほら」

 

「――何でだよ…」

 

クリームソーダのグラスを手に持てば轟は呆れながらも一応緑茶の湯呑みを手に持ってくれる。

…なんだかんだ頼めば聞いてくれる奴だな。

 

友人の成功を祝い、グラスを目の前の湯呑みへ打ち付ける。

心地良く耳に響く音色とそれに混じるポチャっという不思議な水音が聞こえる。

――振動でクリームソーダのアイスが緑茶に落ちたな…

 

「………」

 

「…緑茶フロート――痛ぇ」

 

無言で睨んでくる轟に適当な事を言ってみれば脛を蹴られた。…メダル授与の場でも思ったが体育祭の一件で轟から容赦がなくなった気がする…

とりあえず緑茶を頼み直し、店員が持ってくるのを手元の飲み物を飲みながら待つ。

――案外緑茶にアイスも合わないこともないな…苦味消えて飲みやすいわ

 

 

 

「――で、結局俺を呼んだ理由はお前の思い出話しなのか?」

 

再び緑茶が届いた後に轟はそう確認してくる。

 

「まぁそうだな。…結構古いとこから始まるから適当に聞き流し感覚でいてくれ」

 

一応の断りを入れておくと轟もとりあえず了承してくれたので話を始める。

 

――最初は…もう6年前になるか…

 

 

▼▼▼

 

――6年前

 

地城 千土は現在の雄英高校付近の住居ではなく、まだまだ都市開発途中の田舎の地域で暮らしていた。

 

その田舎の小さなヒーロー事務所のサイドキックを務める父、地城 陸斗(ちしろ りくと)と

雄英高校出身のヒーロー事務所の経営担当を務める母、地城 砂羅(ちしろ さら)の間に生まれ父からはヒーロー活動の素晴らしさ、母からは今まさにヒーローとして名を馳せる有名人達の学生時代の話を聞かされなんとなしに自分もヒーローを目指そうかなと思うだけの子供だった。

 

「おー、やっぱカッコいいなこの人」

 

「ん?おー俊の――オールマイトのヒーロー活動?」

 

家の数年前の型のPCで映像を眺める千土の背後から声がして振り返ると先程まで自分が災害から多くの人を救うヒーローの姿を映した映像を食い入るように眺める母の顔があった。

 

「あれ?母さんこの人と知り合いなの?」

 

「私は雄英出身のヒーローなら2歳上から2歳下の人は大体知り合いって前に言ってなかったけ?」

 

「…そうだった」

 

年上だろうと年下だろうと片っ端からヒーロー事務所に売り込もうと声かけまくっていたという母の学生時代の武勇伝は子供心に大丈夫かこの人と戦慄し、何とか忘れようと努力したのだった。

 

「うへーやっぱ凄いなオールマイト、あの人売り込む前に海外に逃げられたのよね~。くっそー思い出しただけで嫌になってくる。あの人どっかに売り込めたら今頃そこから紹介料ずっと絞れただろうにな~」

 

「母さんほんとにヒーロー関係の仕事の人!?人身売買のやべー奴にしか見えないよ!?」

 

「…千土は随分不穏な言葉覚えるね~、ダメよ子供がそんな言葉覚えちゃ?」

 

「100%アンタの教育のせいだからな!?」

 

遠慮して言えば強か、正直に言えばがめつい母の英才教育の賜物か、自分は同世代の友人達と比べれば圧倒的に冷めた性格らしい。――もっともそれも仕方ないだろう。

 

「とりあえずご飯食べよ、こっちおいで」

 

「はいはい、――TV変えて良い?」

 

「OK、私もそれあんまり好きじゃないし」

 

母の声に従い食卓に座れば流しっぱなしだったTVは何やらサスペンスドラマを流している。

事件調査のヒーローの活躍がカッコいいと評判のドラマではある――が子供の身にはそんなものよりも派手なアクションの方が肌に合う。

 

チャンネルを変えれば今日も流れるヒーローとヴィランの戦いの光景。

 

約9歳、大体の子供が4~5歳程で発現した自分の個性に慣れてきてその個性を使ってカッコいいヒーローになることに本格的に憧れるようになる頃合いか。

TVに映るヒーローの活躍に成長した自分ならばと夢を描く日々を送るのだろう――が。

 

「へー炎を纏ったヴィランが出現中…ねぇ」

 

母は自作の汁物を飲みながらそれを眺めるように呟く。

 

「現場に適したヒーロー不在で現場は混乱中ねぇ、えっとあの辺りだと確か」

 

流れる字幕を呟く母の様子に嫌な予感が走り食事が喉に詰まるのを感じる。

まさかまたかと視線を向ければ悪戯好きの子供のように楽しそうに笑う母の顔が目に入る。

 

「さて問題です!相手は炎を纏うヴィラン、こっちは風の個性と羊の異形系個性、繊維の個性のヒーロー達!風は強ければ火は消せるけど周囲に飛び火する可能性があり使えない、羊と繊維は燃やされるから相性が非常に悪い――さぁどうしますか?」

 

これが自分が冷めてしまう原因の一つ、TVのニュースでヒーローが苦戦していると良く母が出してくるクイズ。おかげで友人達が苦戦するヒーローに声援を送る中何故か自分一人この場合はどうするべきかと考える癖がついてしまっている。

 

ニュースの字幕一つでどの個性のヒーローがいる街かすぐに割り出す母の経営把握の能力自体は素直に凄いと思うのだが正直勘弁してほしい。

 

「一応確認、相性が良い――例えば水の個性のヒーローの応援は?」

 

「なし、待とうなんて言うなら赤点ね」

 

「はいはい」

 

おまけにこんな感じでやたら現場のみで解決をさせようとする。

実際現場で解決が出来ないのだからこうなっているのだから無理難題も良いところだ、俺が考えられる策で解決するならプロのヒーロー達はとっくに解決しているはずだと内心で悪態をつきつつもいつも通り思考を巡らせる。

 

「――繊維のヒーローって操る繊維の種類は?」

 

「ベストジーニストね、確かジーンズが一番得意、スウェットが苦手だったかな」

 

「できないって訳じゃないんだね、なら炎系ヒーロー用のサポート服の繊維、あれ使って拘束。で、捕まえたとこを周りの人達でバケツリレーしながら残り2人のヒーローが殴る」

 

エンデヴァー等炎を操るヒーローも数多くいるがその中に衣服を纏わぬヒーローはいない――というか仮にいたとしたらそれはヒーローではなくヴィラン…というよりただの露出狂だ。

当然そんなはずがないのでちゃんと炎系個性の為の特殊な繊維があるというわけだ、ならばそれを使えば良いと答える――が、母の表情はあまりよろしくない。

 

「…まぁ現実的ではあるけどアイテム頼りだなー。何というか後出しじゃんけんされた感じ?」

 

「はぁ?実際アリだろ!?繊維を操る個性なら炎と相性悪いんだから炎系個性用の繊維常備しとくのは良い手じゃん!?」

 

「んーまぁそれをアリとしてもバケツリレーは詰めとしてはいまいちかな?特に野次馬の人達使うのは危険、いざ動けって言ってもそう上手く動いてくれないしあのヴィランにとってその人達が明確な敵になるしね」

 

特殊繊維を否定されたのは納得いかなかったが2つ目の言い分は不思議な程に納得してしまう。

確かに母の言う通り、今は野次馬という認識をされている人達だが彼らにも手出しさせればそれはヴィランにとって己を害する存在に変わる。もしも拘束から逃れられたらどうなるか想像もできない事態になり得る。

 

ならばどうしたものかともう一度映像を見てみれば――母がベストジーニストと名を言った男性が何やら特殊な繊維で炎のヴィランを拘束していた。

炎のヴィランは暫くもがいていたが拘束から逃れることは叶わなかった。

 

「「………」」

 

歓声が響くニュースを眺める食卓に重い沈黙が訪れる

 

「母よ…」

 

「まぁ、上手くいったんならいいんじゃない?平和的解決が一番ってな訳よ」

 

言い訳のような御託をならべながら自分の皿からコロッケを一つ寄こしてくる。――これで見逃せということなのだろうか…

 

「――じゃあ母さんならあの状況どうしたのさ?」

 

「ん?私は経営担当だからね。前もって対炎系個性の人を雇っとくかな?水系の個性の人とか」

 

「おい!」

 

とりあえず特殊繊維どうこうはともかく出題者としての答えを聞かせて貰おうと聞いてみればいけしゃあしゃあと盤面をひっくり返してきやがった。

 

「しっかしあのベストジーニストってヒーローは今後伸びてきそうだわー」などと涼しい顔で呟く母を不満気に睨むとと頭の上に手が優しく添えられる。

 

「経営担当の私は事前準備こそが戦場、だけどヒーローは現場が戦場。だから千土は現場での方法を考えないとね…一人の個性で出来ることなんて知れているんだから色んな人と力を合わせてね」

 

これは母が良く言うことだった。

経営科出身だからだろうか、母はいつも人の個性ばかり見ていたが故に自分一人の力への拘りが薄い。

 

「――だからって書類作業を同僚さんに押し付けて帰ってくんなよ、さっきまた電話かかってきたぞ」

 

「知らない知らない、事務所の食堂美味しくないのよ。これも協力の一環、食べたらまた戻るし少しぐらい構わないって」

 

母は何だかんだで経営能力は高いらしく事務所でもだいぶ上の役らしいが果たして本当に大丈夫なのだろうか…少なくとも父は今頃また頭を下げているのだろう。

 

「――というか、父さんと母さんが働いてんだし俺もそのまま入れてくれねぇの?」

 

「いやいや、本当にそんな捻くれた子にならないで。ちゃんと有名校から出ないと一生父さんみたいなサイドキック止まりよ」

 

貴女がそんな厳しい現実を隠さず話すから俺はこんな捻くれたのだがいい加減自覚してくれないかな?

 

「別に俺そんな有名ヒーローにはならなくて良いし、ヒーローはカッコいいしなりたいとも本気で思ってるけど実際この辺りの安全を守れればそれで良いかなって」

 

「は~、学生時代に雄英生全員をヒーロー事務所に売りつけて紹介料だけで遊んで暮らそうって野望に燃えていた私から何故こんな夢のない子が生まれてきたのか…」

 

だから100%アンタのせいだっつってんだろうが!!

あまりにいい加減な母の話に付き合うのに怒りを通り越し疲労を感じ退散しようと決意する。

 

「はぁ、じゃあ俺出かけるから」

 

「ん?どっか行くの?」

 

「空姉さんとこ、何とか言いくるめて明日の宿題やってもらう」

 

「やっぱアンタは私の子だわ」

 

昼食を食べ終えて食器を片付けた後にカバンを肩にかける俺に母は楽しそうにそう言って自分も食器の片付けを始めるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「――すまん、聞いてるだけで頭痛くなってきたんだが?」

 

「すげぇだろ母さん、学生時代にオールマイトやエンデヴァーに絡みまくったそうだぞ?」

 

まだまだ導入の辺りなのだが早くも轟の表情が死にかけている。

追い打ちに母の武勇伝を言ってみればまがいなりにも自分の父である男とも接点があったらしいという話に表情がより険しくなる。

 

「――ただまぁ。お前が周りとすぐ合わせられる理由はなんとなく分かった」

 

味方であっても敵であっても他人の個性を利用する千土の能力の異常さは彼の破天荒な母の英才教育(?)の成果なのだと轟は思った。

 

「そうだなぁ…きっかけはまた後になるけど、大元は多分そうなんだろうなぁ」

 

千土もまたその言葉を否定せず、むしろ肯定するように呟くと手元の緑茶フロートを飲み切る。

 

「さて、そんじゃ続きな――まぁ長くなりそうだから多少かいつまんで話してくわ」

 

そう言って千土は右手と左手の人差し指を指を立てる。

 

「最後にちらっと名前を出したけど俺には1つ上の幼馴染がいるんだよ――ただ、そいつはどうにも変な奴でな。当時は個性が良く分かんないってことで浮いた奴だったんだ」

 

「突然変異型か?」

 

「そ、おまけに自分の意志で発動するもんじゃないから当時は無個性かとも思われてた」

 

父の炎と母の氷の両方を引き継ぐ轟や母の砂と父の地面の個性が混じり強化された自分とは真逆ともいうべき存在、両親の個性とまったく別の種類の個性を宿した者の事を突然変異型というが正に自分の幼馴染、今では義理の姉である彼女はそれだった。

 

「ただ、無個性っぽいと思われたが、その割にはそいつの周りではたまに奇妙な事が起こるって噂もあってな」

 

「奇妙な事?」

 

「そいつとおままごとに興じていた子供の何人かが口に入れた玩具から味がしたとか、そいつの見てる前でボールを投げたらあり得ない速度が出た…とか」

 

「――えらく一貫してないな」

 

「まぁそんな変な噂を本人はまったく気にせず明るい奴で、良くも悪くも捻くれてろくに友達もいなかった俺にも気にせず付き合ってくれてた訳よ、家も隣で家族ぐるみで付き合いあったしな」

 

左手の指から右手の指を離れさせたり近づけたり、安っぽいジェスチャーを交えて話していた千土だったがパッとその手を広げ――暗い声で続けた。

 

「――で、そんなある日ある事件が起きました」

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

それは忘れることの出来ない幼い日の記憶。

宿題の入ったカバンをぶら下げながら隣の家の玄関を勝手に開ける。

 

隣の家に住む少女、虚峰 空。

自分より1つ年上の友人、明るい性格で妙に斜に構えた自分とも楽し気に接してくれる人で物心つく前からの付き合いということもあって友人というより姉のようなものと思っていた。

 

彼女の両親はヒーロー活動で多忙な両親の代わりに良く面倒を見てくれる優しい人達で自分にとってある意味ではもう一人の親とも言えるかもしれない。

 

そんな家族間で付き合うお隣さんの家に入るのに遠慮はなく自宅同然に把握している家の造りに従いリビングへと足を進める。

 

リビングの戸を開ければ見慣れた人達の姿、日曜ということもあってヒーロー活動に奔走するうちの父と違い一家揃っての食事だったのだろう父と母と娘の3人の姿。

 

――けれど、…けれど何故か。何もかもがおかしかった

 

何故、幼馴染の母と父が床にひっくり返って――幼馴染が涙を流しながらその身体を揺すっているのだろう…

 

何もかも理解できなかった自分は確か――母を呼びに裸足で家に戻ったはずだ。

 

 

 

結局無事だったのは幼馴染の少女、虚峰 空のみで彼女の両親は死亡が確認された。

 

後から彼女の両親から毒が検出されたと大人達が話しているのが偶然聞こえて知った。

食卓に並んだ料理からも異常なまでの毒が検出され一家心中やヴィランの犯行が疑われたが結局真相は分からないままとなった。

 

空姉さんのみが無事だったのは彼女はその時偶然食事に手を付けていなかったかららしく少し違えば彼女も間違いなく死んでいたという――

 

 

 

 

真相不明な事件の影響で彼女を引き取ろうとする者はおらず、父と母の意向で彼女をうちで引き取ることが決まった。しかし空姉さんは当たり前の様に見せていた笑顔もなくなり食事にも強いトラウマを覚え一切手をつけようとしなくなっていてとてもまともとは言えない状態だった。

 

自分も何とか彼女を立ち直らせようと何度も声をかけたが結局何一つ出来ず、彼女を引き取った3日後母と父の説得の末に漸く彼女は僅かに回復するのだった。

 

 

 

 

空姉さんが家に引き取られ初めて食事を取れた日の夜、母が誰かと電話しているのを横目に家の庭へと抜け出した俺はそこでで父と話していた。

 

大した理由などなくただ液晶に映るヒーローのカッコいい姿に憧れ身近な父がサイドキックとはいえヒーローとして活動する状況に自分も自然とそうなるもの、そうなれるものだと思っていた。

 

そんな冷めた子供にこの3日間は悪い夢の様に現実を突き付けた。

 

「ヒーローになるのは難しいよ父さん。別に有名にならなくても自分の住むとこで地道にヒーローやれりゃ良いやって…ずっとそう思ってたのに、本当にその時になったら友達1人元気に出来ないよ」

 

それは自分にとって久しぶりに親に聞かせた弱音だった。破天荒な母とそれに振り回される頼りない父相手には見せたくなかった弱い自分。

 

何か遊ぼう、何か食べよう、元気出そう。

そんな言葉しかかけられない自分の無力さがあまりにも悔しくて…父に縋った。

 

父は穏やかな笑みを浮かべてそんな俺の頭に優しく手を置いて答えた。

 

「人を救うのは難しいことさ、救いたい人が目の前にいるのにその手の掴み方がいつも分からないんだ。救いたいって気持ちは本気なのにね…」

 

「…じゃあヒーローはどうすればいいの?父さん達はどうやって空姉さんを?」

 

「約束をするんだよ、根拠なんて無いのに絶対に救って見せるから大丈夫ってその人に誓うんだ。――身勝手で無敵な、ヒーローだけが言える魔法の言葉をね」

 

父は地面に膝を着いて俺の耳に口を近づける。

子供のする内緒話のように小さく――その言葉を教えるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

空姉さんを家に迎えて一週間が経った、その頃には元々姉のように思っていたこともあって隣の家に住む1つ上の友達が義理の姉になっていることへの違和感がなくなり、また空姉も少しではあるがあの事件からの回復を見せていた。

 

依然事件の真相は分かっていないが、少なくとも今は平和だと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

父と母の休日が重なったある日、家族4人で外出した。

大したことでもない、ただ街中のデパートに足を運んで適当に遊び、適当に買って、適当に食べて、ただそれだけのつもりだった。

 

「いやぁ良い天気だねぇ、お出掛け日和だ」

 

「出費は全部お父さんだからね、遠慮しないで欲しいものは何でも言いなさい」

 

「あ、あはは、ありがとうございます。おじさん」

 

笑顔から一転、母の言葉に顔を青くして財布の中を確認する父の姿に空姉さんは引きつった笑みを見せる。

相変わらずの家庭内ピラミッドに呆れるもこうして空姉が普通に笑い、外出できるまで立ち直ったことが嬉しく、それを成した両親の姿はいつもよりどこか大きく見えた。

 

車を使わずのんびりと歩くのが好きな父に合わせて、下らない雑談を楽しみながら歩いていて家族4人での一時を楽しんでいた。

 

 

 

――前方から1人の細身の男が歩いてきた。

 

もしも今の自分がその場にいればあるいはヒーロー志望の矜持を捨ててでも殺しにかかるやもしれないその男をその時の自分は見かけない人だなとしか思わなかった。

 

「…え?」

 

逆方向から歩いてくるその男との距離が自然と縮まりすれ違う瞬間に――その男は父へと飛び込み、そういう個性なのだろう、形状を大きくそして鋭く変容した右手の爪が父の肩を貫くのを理解出来ずにいた。

 

「父さ――」

 

「クク…ヒッ…ヒハハハハハッ!!良いザマだなァヒーローの腰巾着ゥ!!」

 

赤い血を流す肩を抑える父に震えた声をかけるも狂った様な男の大声がそれを掻き消す。

 

他人を傷つけ嘲笑う、それはいつも目にする個性を用いて盗みやルール違反を犯す犯罪者達とは決定的に違う本当の意味での悪――ヴィランそのものだった。

 

その存在はどれだけヒーローの活躍を讃える映像で見たのだろう――しかし、この目で直接見るのは初めてで肌を刺す剥き出しの殺意、狂気に染まる笑い声が心臓を握られたような底知れぬ恐怖を与える。

 

 

 

――そしてそれは自らの両親を目の前で突然失った空姉さんのトラウマと最悪の形で噛み合ってしまった。

 

 

 

「ぅあ…あ…あああぁぁ」

 

「っ!?いけない!!空、落ち着いて!!」

 

声を震わせ顔を覆う空姉の身体から黒いモヤの様なものが噴き出す。

明らかに異常な様子の空姉さんに母が駆け寄るも謎のモヤは止まらず更にそれに呼応するかの様に目の前の男の足元からも同様のモヤが漏れ出す。

 

「何だこれは?そのガキの個――うおおおおぉぉぉぉっ!?」

 

一瞬だった。

ただ漏れ出していたモヤがまるで間欠泉の如く急激に噴き出して男の姿の飲み込む。

 

やがてモヤは意志を持つかの様に蠢き形を造る。

頭が1つ手が2つ、足はモヤに覆われ見えないが紛れもなく人の輪郭――しかしモヤの中から現れた"それ"は人が持つべき皮も肉も無く禍々しい黒い骨があるのみ。

 

細長いその不気味な巨躯は3メートルを越えそれを見上げる者が連想はするはただ一つ。

 

 

 

――死神

 

 

 

両親を目の前で失った少女のトラウマは新たな親の命を奪おうとする男への恐怖と混じり合い――"死"のイメージという空想に形を与えてしまうのだった。

 

 

――これが千土にとっての一つの終わりと今の自分を形成する事件の始まりであった

 

 

 

 



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第27話 地城 千土:オリジン2

目の前の死神の姿に唖然としたのも束の間、元の男の個性の面影が残る鋭利な爪を死神が翳したのを見て父が自身の血がこびりついた手を地面に添える

 

「悪いね――少し荒くするよ!!」

 

地面が一気に隆起し土の槍が死神の胴体を貫く。

ヒーローに望まれる安全な拘束とは異なる対応――それは目の前の怪物の底知れぬ危険を察したが故のものだった。

 

「「っ!?」」

 

目に映る光景を疑った。

土の槍が突き刺さった胴体から血が吹き出ることはなく煙の様にただすり抜ける。

土の槍を引き抜くとその身体に空いた穴に霧散した身体の一部が集まり身体を塞ぐ。

 

攻撃が一切通用しない死神に呆然と立ち尽くす千土は横から伸びてきた手に引っ張られる。

 

「現場で思考を止めない!!出来ることをしなさい!!」

 

「――何を!?」

 

「逃げる!!空を連れてここから逃げなさい!!――できるわよね?」

 

そう言って母は自身の腕の中から空姉さんの腕を伸ばさせ俺の手に握らせる。

しかし、その母の顔がその言葉の真意を否応なしに理解させ――それを必死に否定する。

 

「父さんと母さんは?」

 

「――まぁ…ヒーローだからね。大切な子を守るためなら――いくらでも頑張るさ」

 

未だに血が治まらない肩を抑えながら父がゆっくりと前に出る。

それに続くように母もまた、空姉さんから手を離し懐から取り出した携帯で何かの操作を始める。

 

「千土、覚えておいてね。敵を見てるだけじゃヒーローにはなれない、ヒーローなら守りたいものをちゃんと見るんだ」

 

「――うん…分かってる…分かってるよ――ありがとう父さん…」

 

やはり自分は冷めた子供だ。

どうしてこの時父と母に掴まれなかったのだろうか、利口ぶってないで嫌だとしがみつけば良かったのに。

黒いモヤに覆われた姉の手を掴んで――俺は両親へ背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ走り続けたのだろうか、肺が悲鳴を上げ続けていようと姉の手を引きながら必死に足を動かす。

 

ヒーロー事務所のある方向へ。

この位置からはまだまだ距離があるが別れる直前に母のしていた事からして恐らくヒーロー事務所には既に連絡が入っているはず。

 

上手くいけばヒーロー達と合流、助けてもらえるかもしれないと走り続け――背後から異様な寒気を感じた。

 

反射的に振り返るとそこにいるのは想像した通り――忌々しい死神の姿。

 

元の男の個性の面影が残る鋭利な爪には赤くぬめる血がこびりついていて…それが意味するものに息が詰まる。

 

「あ…あぁ…」

 

ずっと手を引かれるまま走っていた空姉さんもその意味に気付いたのだろう、目を見開いてうわ言の様な声を漏らす。

 

するりと握っていた手が抜けるのを感じ、空姉さんは両膝を地面について自身が放つモヤと死神の身体を見比べ身体を震わせていた。

 

「私の…私のせいなの?」

 

初めて死神の姿を直視し、その身体が自身の身体から漏れ出すモヤと同じもので形成されていることに気付き顔を蒼白させる。

個性の暴走、本人の意志に関わらず発動した"それ"が今自分達を殺そうとし、自身を引き取ってくれた優しい親友の両親を死なせてしまった。

 

「う…あぁぁ…何で?何でなの…私こんなのやだよ…」

 

自らも把握していない個性こそが事の元凶であると理解し顔を覆う。

 

絶望、罪悪感、あらゆる感情がより空想を掻き立て更にモヤの勢いが増す。

空姉さんの全身が黒いモヤに包まれると同時に死神の身体にもモヤが集まりその身体を更に増大させる。

3メートル程だった全長が5メートルを越えその威圧感を更に増している。

 

(空姉さんの精神状態とアイツに何かの関連があるのは間違いねぇ…くそ、何でだよ)

 

認めたくないが状況からしてこの予想はもはや間違いない。

そう…つまり父と母を殺したのは…

 

「っ!ごめん…なさい、ごめんなさい千土…私」

 

「落ち着け姉さん!!これは個性の暴走だ!落ち着いて」

 

推測を、思考を巡らせる。

あの死神が出現したのも今より強大になったのも空姉さんが恐怖を抱いたから、だとするならば姉さんが冷静になれればあの死神も消滅するかもしれない。

 

思い至った可能性にすがりつく様に必死に空姉さんの肩を揺する。だが自責の念に囚われた空姉さんは顔を上げず小さな…消えてしまいそうな程弱い声を漏らす。

 

「…殺して」

 

「え?」

 

空姉さんの言葉に頭の中が真っ白になった。

意味を理解するのを脳が拒んでただ戸惑った声が喉から出る。

 

「私の個性のせいなら…私が死んだら消えるはずだから…だから、私を」

 

「ふざけんな!そんな事出来る訳ねぇだろうがっ!」

 

ポツポツと告げられる言葉を遮って叫ぶと空姉さんは僅かに肩を跳ね上げると涙をこぼし続ける顔に無理やり笑みを浮かべる。

 

「そ、そうだよね。ごめん、千土にそんな事させちゃ駄目だよね…ごめん――逃げて」

 

咄嗟に伸びてきた両手に胸を押され姿勢を崩される。

その間に空姉さんは俺を突き飛ばした勢いのまま立ち上がり死神へと駆けていく。

 

無防備に近づく小さな存在に死神はその腕を容赦なく振り抜かれ、血のこびりついた裂爪が赤の軌跡を描く。

 

「させるかぁっ!」

 

すぐに身体を起こし倒れ込む勢いで空姉さんに飛び着く。

爪の先が背中を掠め鋭い痛みに歯噛みする。

 

「千土っ!?血が!!」

 

腕の中で顔を真っ青にした空姉さんが叫ぶ。

 

「うっさい、こんなもんかすり傷だ。早く逃げるぞ2人で…」

 

「何で…私は悪い人なんだよ?私のせいでおじさんもおばさんも」

 

「いいから早く立てよ!勝手に死ぬなんて許さねぇぞ!」

 

震える両腕で地面を押して立ち上がって、空姉さんの腕を引っ張り上げて立ち上がらせるとそのまま手を離さずに死神の立つ方向と逆へと足を走らす。

 

「ォォォォ…オオオオォ…」

 

不気味な声を伴いながら死神が追ってきているのを肌で感じ、必死に足を動かす。

 

「やめて千土…もう離して、私なんて守らなくてもいいから…だから千土だけでも」

 

「いいわけあるか!俺は――」

 

父と母を殺したのは紛れもなく空姉さんの個性だ。

ならば彼女を恨むのか?

違う…そうじゃない!

今一番救いを求めているのは誰だ。

 

「俺は絶対に空姉さんを守る!俺が――」

 

伝えるべきことはただ一つ。

そう、父が教えてくれたヒーローだけが言える魔法の言葉。

 

根拠なんて何もない、それでも約束する。

絶対に守りたい者の心を蝕む恐怖を振り払う力になるのなら――いくらでも誓おう。

 

「俺が空姉さんのヒーローになる!だから何も怯えなくていい!!何が起ころうと絶対に守ってみせる!!」

 

「――っ!?」

 

繋いだ手が震えるのが伝わってきて、自身の手に更に力を込める。

決して離さないと、僅かでも安心してくれるのならばと彼女の手を握れば苦しそうに呻く死神の声が耳に入る。

 

 

 

――いけたのか!?

 

 

 

空姉さんが落ち着いてくれたことで死神が消えるやもと視線を向ければ僅かに身体の端々から黒いモヤを霧散させつつある死神の姿が目に入る。

 

(よし!これなら――っ!?)

 

これなら完全に消滅してくれるかと――そんな浅い考えで歓喜した俺は空へ翳された死神の爪に途端に現実へと引き戻された。

 

死神の身体が崩れたのもほんの一部でしかない。

考えてみれば当然か――目の前の脅威に怯え、精一杯の虚勢を張りながら逃げる子供の言葉一つで誰かの恐怖を完全に振り払うなど叶うはずもないだろう…。

 

「オオオオォォ…オオオオォォ!」

 

死神の声は最早耳に入らなかった。

ただただ無力感を突き付けられ振り下ろされる死神の爪を力なく見つめて――

 

「素晴らしいぞ小さなヒーロー!!」

 

その間に誰かが飛び込んでくるのが見えた。

大きな背中をこちらに向けた男はその右拳を全力で振るう。

 

「しかし!ここから先は私に任せたまえ!!なに、心配は無用さ――何故なら!!」

 

その声も姿も――誰もが知っている人のもので目と耳を疑った。

けれど、拳一つで死神の片腕を霧散させたその力とその口上を聞いて沸き上がる安心感こそが目の前の人間が本物だと告げている。

 

 

 

「――私が来た!!」

 

 

 

No.1ヒーロー、オールマイト。

太陽の光を受け死神の前に立つその偉大なヒーローを姿は両の目に焼き付いてこの先何があろうと決して忘れることはないだろう。

 

霧散したモヤを集め身体を再生する死神に対してオールマイトは何度も拳を振るい再生より早くその身体を崩していく。

 

その拳が少女の"空想の死"を振り払っていく。

人を切り裂く死神の爪よりも人を守るヒーローの拳は強く、何度でも集まり再生するモヤの身体は彼の拳圧によって遥か彼方まで吹き飛ばされる。

 

鋭利な爪も不死身の肉体の恐怖さえもオールマイトという存在の前では脅威足り得ない。

子供の抱く恐怖よりも彼は――強かった。

 

正しく最強、規格外ともいうべきその力は彼に守られる者達にとって絶対の安心であり救いであった。

 

やがて死神の姿は完全に消え失せ、素となった爪のヴィランが気を失った状態でオールマイトの手にぶら下げられていた。

 

「……」

 

その光景を言葉を失ってただ見つめていた。

自身が夢見たヒーローという存在の頂点、自分が、そして父と母が足掻くことしか出来なかった存在を容易く打ち倒したその姿に尊敬し羨望し――嫉妬した。

 

そんな命の恩人への複雑な思いを抱きながらも駆け寄ってきたオールマイトの姿をじっと見つめていた。

 

「もう大丈夫だ、よく頑張ったぞ少年!…そちらの少女は――気を失っただけのようだね良かった」

 

オールマイトが死神を完全に消滅させた時、つまり抱いた恐怖が完全に消え失せた瞬間空姉さんはその安心感によって眠ってしまったようだ。

 

安定した一定のリズムで呼吸する姉に安堵し息を吐いた瞬間、先程まで自分が走ってきた道から1人の女性が駆け寄ってきた。

 

見覚えのある人だった。

確か母の学生時代の後輩で、ヒーローとして活動しながら何度か家に訪ねてきた人だ。

 

「心奈さん?」

 

「千土君か、良かった、君は無事でいてくれたんだね」

 

肩で息をしながらそう言う彼女の両目には擦ったような痕があり僅かに赤くなっていた。

その腫れが、"君は"という言葉が、そして彼女が走ってきた道、それらが意味することを無駄に働く頭が理解して視界が霞み出す。

 

「――安藤君…」

 

オールマイトの言葉に心奈さんは静かに首を振る。

 

――父と母は…死んだのだと理解する。

 

鈍い音が周囲に響く。

膝から崩れた千土の拳が地面に打ち付けられ、彼の個性による干渉か彼の拳を中心に地面が小さく皹割れる。

 

「何で…、何でこんな事になったんだよ。何で…空姉さんの個性が父さんと母さんを殺すんだよ…」

 

「…千土君、それは…その答えはきっと今以上に君を苦しませるかもしれない。それでも聞きたいかい?」

 

心奈さんのその言葉にハッと顔を上げる。

こんな事になった原因を彼女は知っているのかと問うように彼女を見つめれば心奈さんは肯定するように頷く。

 

ならば答えは決まっている。

 

「教えてくれよ…こんな訳が分かんねぇままで終わるなんて我慢出来るかよ」

 

「そうか…うん、そうだろうね…」

 

そう呟きながら心奈さんは意識を手放した空姉さんの頭をそっと撫でながら口を開く。

 

「全ての原因はこの子の個性。その個性は――『空想』」

 

 

 

▼▼▼

 

喫茶店の一室で聞かされた千土の過去。

1人の少年が背負うにはあまりに重いその内容を轟はまったく予想だにしていなかった――訳ではなかった。

彼の両親がいないという話やオールマイトに昔救われたという話、そしてふとした拍子に彼が見せる普段の様子と異なる一面にあるいは彼も何かを背負っているのかもしれないという予感があった。

 

――とはいえ、ある意味予想の通りであり予想以上の内容に轟は顔を僅かに曇らせる。

 

「個性"空想"だと…本当にそんなもんが…」

 

内容が内容なだけに信じ難そうに呟く轟に千土は仕方ないだろうなと思い軽く頷く。

 

「俺の話は多少なら構わないけどこれだけは他言無用で頼むな――姉の個性は『空想』。自分の空想した事象を現実に反映させるとんでもない個性だった」

 

遊びに没頭して玩具の料理に味を与え

誰よりも遠くにボールを投げれると豪語する少年の大ホラを信じ現実に

ある日見たサスペンスドラマの一幕、毒が含まれた料理を口にし人が死ぬシーンに恐怖を感じ――それを現実に

目の前で人を殺そうとする男の姿が――死、そのものに

 

空想を現実、誰もが夢見る力は時として大きな悲劇を齎す力に変貌するのだと千土は告げる。

 

「空想を現実に…か、正直信じられないが…悪ぃ、疑ってる訳じゃねぇよ」

 

「あぁ分かってる、俺も逆の立場ならすぐには信じられねぇよ」

 

個性は実に多種多様、中には地味なものもあれば魔法の様なものもある、だが空想の個性はその中でも明らからに異質過ぎた。

 

「――敢えて近いところを言うなら八百万の『創造』か、もっともあれが仕組みを理解して造るのに対して空想はその逆とも言えるけどな」

 

理解が深まれば料理に毒などそうそうあり得ない、命を奪うヴィランは死神ではなく1人の人間でしかない。

そういった理解が空想に対してあり得ないという雑念を与える。

――しかし、幼くとも人格の形成が整い命の尊さを理解したばかりの子供であった当時の彼女にとっては目の前で大切な人のが襲われる恐怖はあまりにも強烈なイメージ過ぎた。

 

だからこそ――自らの両親は死んだのだと千土は昔話の続きを語る。

 

 

▼▼▼

 

 

空姉さんの個性の説明を受け絶句する。

空想…抱いた感情一つでそれらを現実に反映させる、そんな危ないものに一体自分は何が出来るというのか。

 

「そ、そんな個性が本当にあるのかい?」

 

「間違いないです、砂羅先輩が彼女を引き取ってからずっと調べたらしいです」

 

「母さんが?」

 

どうやら事情を知らなかったらしいオールマイトも狼狽えた様に確認しているが心奈さんははっきりと断定する。

 

「砂羅先輩は彼女の両親の変死を独自の視点から調べていたそうです。突然変異型で性質が不明の彼女の個性に注目して――仮説を立てた」

 

虚峰 空という少女に纏わる奇妙な事象を起こすという噂。

経路が全くの不明のまま彼女らの食卓の料理に含まれた猛毒。

 

彼女の噂の傾向から想像や予想、所謂空想的な事柄との関連があると結論付けた。そして自身が駆けつけた時つけっぱなしになっていたTVのチャンネル、その事件時の番組を調べれば自分と千土が途中で興味がないと変えたサスペンスドラマ、内容は被害者が料理に含まれた毒で命を奪われるというものだった。

 

それを調べたことで母はすぐに調査は取り止め空姉さんのメンタルケアをより確実にするべく学生時代から親交のある心奈さんに連絡を取ったということらしい。

 

「なるほど、流石は砂羅君だな…」

 

「えぇ、雄英生徒全員売り込みの為に誰よりも他人の個性を見てきた人ですからね」

 

オールマイトもまた学生時代何度もアプローチをかけてきた旧友の死に思うところがあるのだろう、どこか寂しげにそう呟いたのに心奈さんもまた同様に呟く。

 

「…つまり、空姉さんのおじさんとおばさんが死んだのも空姉さんの個性が原因なのかよ?」

 

「…そうだ。たまたまTVで見たシーンに恐怖を抱き、もしも目の前の料理にも――そんな空想を抱いてしまったんだ」

 

「なんだよそれ…、そんなのまともな生活すらできねぇじゃねぇか…」

 

ただの空想が命を奪う。

思い描いた事柄が現実になる、そんな夢の様な力がどれ程危険か、既に嫌という程思い知った。

しかしこれからずっと空姉さんはそれを抱えたまま生きてかなければならないのかと愕然とする。

 

「空姉さんは…これからどうなるんだ…」

 

「…彼女には事件の全てを知ってもらう。自らの個性を正しく認識しコントロールできるようになってなってもらわなければならない」

 

「っ!?何言ってんだよ、全て知ってもらうって――空姉さんに自分の個性が父さん達どころか姉さんの両親達すら殺したって言うのかよ!?」

 

確かに空姉さんも自分の個性が父さん達を殺したのだと気付いた、でもまだ誤魔化せるかもしれない。

ましてやこの上姉さんのおじさんやおばさんが死んだのも姉さんの個性が原因と知るなんて――間違いなく壊れてしまう。

 

「…それでも、彼女は知らなければならない。何も知らずにいるには空ちゃんの個性は危険過ぎるんだ」

 

それは分かっている。

名前なんてろくに世間に知れ渡ってなんかいないがそれでもサイドキックとして活躍していた父さえ死んだのだ。

こんな暴走がまた起きたら次はどれ程の被害が出るかなど予測が出来ない。

 

――それでも、それでも姉さんが真相を知ってしまうことを避けたくて何とか別の方法はないか必死に考える。

 

「っ!そうだ、オールマイト…オールマイトなら何とかできるだろ、さっきも――」

 

「それは――」

 

「それは無理だよ千土君、オールマイトさんの力を必要とする人はあまりにも多すぎるんだ。彼にずっと空ちゃんの面倒を見てもらうことはできない」

 

No.1ヒーローであるが故にオールマイトには時間がない。

オールマイト自身もそれが分かっているのだろう、申し訳なさそうに顔を曇らせてしまっている。

 

「空ちゃんは私が責任を持って預かるよ。私の個性なら彼女が不安を抱いてもある程度落ち着けさせることが出来る、心配はいらないさ」

 

「…心奈さんが?」

 

「あぁ、私は今個性の扱いが難しい子達の面倒を見ていてね、彼女の安全は約束しよう」

 

つまり空姉さんはどこかの施設に入るということだ。

それはきっと正しい処置だ。だから――やはり空姉さんに全てを知らせるという決定を覆すことは出来ないということだ。

 

「ははっ…ほんっとうに何もできねぇな俺は…」

 

父と母にただ守られ、姉さんを救えず結局オールマイトに守られただけ、一体自分は何のために存在しているのだろう。

 

こんな自分が両親と交わしたヒーローになるという夢も姉さんに誓った守るという約束も果たせる訳がない。

激しい自己嫌悪に身体から力が抜け落ちていく。

 

感覚がなくなっていく全身、その肩にそっと大きな手が添えられる。

 

「…何だよ」

 

「何もできないなんて言ってはいけないよ、君は立派なヒーローだったさ」

 

「どこがだよ…父さんと母さんを置いて逃げて、守らなきゃいけない人に何にもしてやれない…こんなヒーローがいるもんかよ」

 

ヒーローを目指す者全ての憧れであるオールマイトの言葉すら最早耳をすり抜けてしまう。

けれど目の前のヒーローは言葉を紡ぐ。

 

「何もしてやれない?そんなことはないさ!見たまえ!君が必死に手を引いたから彼女はこうして無事に生きている!君は確かに守り抜いたんだ!」

 

「っ…でも」

 

「何より君は自分の悲しみさえ抑え彼女を守ろうとした。それは誰もが出来ることではない!君は誰よりも優しい心を持っているんだ!!」

 

彼が両親を失った原因、それは間違いなく空ではなくヴィランの男だ。だが、それでも彼女に負の感情を抱かずにいられるか?少なくとも普通なら割り切れない思いもあるはずだ。

けれど目の前の少年はずっと傍らの少女を守ろうとし続けた。

 

姉同然の存在だから

サイドキックとして活躍する父を見てきたから

周りよりほんの少し賢しくなる母の教育を受けたから

様々な理由はあれど彼は自身の悲しみを抑え他者を救うことを選んだ。

 

そんな彼の言葉だからこそ自分が飛び込む直前、空の個性で形成された死神の身体の一部が崩れるほど彼女の心を動かしたのだとオールマイトは思う。

 

「これは一部の者しか知らないことだが…私は今あるヴィランを追っているんだ。とても大きな仕事でね、安藤君の言うように私は空君に付き添うことはできない…すまない。――けれど誓おう、二度と彼女を脅かすヴィランが現れないように私はヒーローとしてあり続ける。」

 

例えどのような相手であろうと、例えどのような逆境であろうと決して諦めず勝ってみせよう。

そのヒーローとしての姿で皆を安心させよう――"平和の象徴ここにあり"と。

 

オールマイトはそう語ると地面に膝をついて俯く千土と視線を真っ直ぐ交わす。

 

「だから…彼女は君が支えるんだ!大丈夫、君ならできる。現に私は君が彼女の心を動かした瞬間を見た!誰よりも優しい君ならばきっと彼女を救えるさ!地城 千土君、君はヒーローになれる!!」

 

己が嫌悪した自分自身が認められた。

他でもない誰もが憧れるNo.1ヒーローオールマイトに。

それがとても嬉しくて、それでもつくづく偏屈な俺はその言葉を信じ切ることが出来なくて――意地を張った。

 

「嘘だ――オールマイトはヒーローだからそんな事を言ってるだけだ」

 

「そんなことはないさ、私は――」

 

「だから…見返してやる!空姉さんだけじゃねぇ…ヴィラン共のせいで不安な思いをしてる人全員守る、そんなヒーローになってやる!」

 

肩に優しく置かれた手をゆっくり押して顔を上げ、目の前に膝をついたオールマイトの目を真っ直ぐ見つめ返し宣言する。

 

そう、オールマイトの言葉で思い出した。

自分の言葉で空姉さんを恐怖を払いきれなかった理由。

ただ逃げてるだけの男の言葉で人は救えない――ならばどうすればいいのか?

目の前にいるこの偉大なヒーローこそがその答えだった。

 

――だから

 

「俺はアンタを越える最高のヒーローになってみせる!姉さんだけじゃない!恐怖に苦しむ人全てを救うヒーローになってやる!!」

 

――この瞬間、ただ数多のヒーローの一人に成りたかった俺から最高のヒーローを目指す俺に変わったのだった。

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 

 

「――と、まぁ俺の話はこんなもんなんだが…改めて思い返してみれば俺オールマイトに礼言ってねぇぞ…」

 

「…お前らしいな」

 

一通り話したと語る千土、彼のその過去に何と言おうか思案した轟だったが続けて呟かれた言葉に毒気を抜かれた。

 

「それで、その後はどうなったんだ?」

 

「そっからは――まぁ色々あったさ」

 

あの後俺は心奈さんに引き取られ彼女の助手という名目で本来個性の制御に難のある者しか入れない『個性制御施設』に入ることになった。

 

「入ってすぐに姉さんには全部話したよ。そりゃだいぶ堪えたけど心奈さんのメンタルケアもあって何とかなったよ」

 

嘆いて吐いて謝って謝って謝って――とても見ていられなかった。

そればかりは思い出すことさえ辛く、誤魔化す様にクリームを緑茶の中に落としてただのソーダとなったものを飲む。

 

「心奈さんの力で何とか話を聞いてもらえるようにしてもらって、そこからは必死に口説いたもんだ」

 

元の明るい性格はすっかりなりを潜めて塞ぎ込んでしまった姉に何度も声をかけて立ち直らせた。

 

もっともそれも長い時間がかかったし、全てが治ったわけではない。

明るい性格でアウトドア気質だった以前の性格はやはり戻らず今にも続く引きこもりのインドア派に変わり口調も何だか良く分からない変なものに変わった。

 

それでも今を今として楽しんで過ごしてくれている、それが何より嬉しいのだと語ると轟は納得したように頷いた。

 

「お前の強さがようやく分かった気がした。――そりゃ以前の俺が勝てねぇはずだな」

 

「ははっそんな大したもんじゃねぇよ、俺はたまたま強くしてくれる人に恵まれただけさ」

 

父と母に心奈さん、3人の親に引っ張られた。

 

それに加えてNo.1ヒーローのオールマイト、今にして思えばあの人ならば様々な人脈で空姉さんを安全に保護する手段はいくらでもあったのではないだろうか。

 

――けれど、もしもあの人だけで解決されてしまえば少なくとも俺はずっと無力感に囚われ腐っていただろう。

もしかしたらそれが分かっていたからオールマイトは俺に任せることで――俺を救ってくれたのかもしれない。

 

「――なぁ轟、ヒーローは遠いな…」

 

「何だ突然?」

 

「い~やふと思ってな、実は俺施設にいたころ近い年の利用者の何人かを面倒見たことあってさ。『腹話術』の個性が制御出来なくて所有物が自分の腹の内を勝手に喋りだして人間関係をめちゃくちゃにしちまった奴とか満月の日だけ発動する『狼男』の個性のせいで普通の人と違って個性慣れする時間がない上にちょっと荒い人格になる奴とかな」

 

その内容はあまり他人に話すべきではないだろうと轟は思うが、ここまで彼の話しを聞き続けたこともあって言葉を挟むことなく耳を傾ける。

 

「皆個性が特殊な連中で、皆苦しんでた。けど生まれ持った個性が罪になるなんてふざけてるだろ?だから俺は相手の個性と向き合おうと思ったんだよ」

 

制御出来ない個性に苦しんだのならばそれ以上にその個性に希望が持てるように。

 

「とはいえ今にして思えば正に子供の発想でな、腹話術の奴はそいつの所有物ならいくら離れても喋れるって気付いて、なら俺がヒーロー事務所立てたらそこのオペレーターとして雇ってやるなんて言って、狼男の方に至ってはヒーロー活動で稼いだ金でいつでも満月の宇宙に連れててやるからもう少しだけ待ってろっつったんだぜ?根拠ないにも程があるだろ?」

 

それを聞いて轟は千土が何故他人の個性を時として本人以上に活用できるのか理解した。

 

(救う為に、他人の個性が何が出来るのかずっと考えてきたから――か)

 

自身の個性に苦しむ人達に希望を持たせる為に、その個性の可能性をずっと考えてきた。

だからこそ他人の個性を即座に活かすことができるのだろう。

 

「――俺は、少なくとも俺達の中で一番ヒーローに近いと思うぞ」

 

先程千土が口にした者達も、そんな事情を簡単に話す辺りきっと彼は救えたのだろう。

そしてそんな者達同様に轟自身もまた千土に救われたと思っているからそう言うと千土はそれが気恥ずかしいのか曖昧に笑った。

 

ふと時計を眺めれば些か長話が過ぎたのか昼前の一時から昼飯時になっており、丁度良いやと言っていつぞやの借りを返すよと千土が昼用のメニュー表を開いた状態で渡してきた為轟は然程高くない軽食を選ぶのだった。

 

待つこと数分、目の前のテーブルに各々注文したものが揃い先程までの長話はどこへやらお互いあまり喋ることなく箸を動かす。

 

ふと、先程までの千土の話しを思い出し目の前に軽食に毒があったらと――そんな空想を描く。

 

(なるほど、これが現実に…か、キツいな…)

 

ほぼ無意識に抱いたそんな空想が人の命を奪うこともあるかと轟はほんの少しだが顔を曇らせるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「今日は悪かったな轟、次はもっと笑える話し用意しとくよ」

 

「別に気にしねぇよ、こっちも似たようなもんだったしな」

 

喫茶店を出てすぐに轟に謝罪をすれば気にしていないと返ってきてひとまず安堵する。

安心したことで大切な事を言っていなかったことに気付き「あっ」と声を上げる。

 

「今日のことは他言無用で頼むな、姉さんの事は勿論、俺のこともな」

 

「分かっている。だが本当に他の奴には話していないのか?」

 

「そりゃなぁ、俺のイメージなんて浮かれたアホって認識でいいんだよ。その方が楽しいしな」

 

別にキャラを作っているつもりはない。

だが自分の覚悟に難しい顔をしているより笑った顔で誰かを救えるようになりたいと思ったから、気が付けば偏屈な性格がいつの間にかこんな風になった。

 

――つまり何が言いたいかと言うと。

 

「ぶっちゃけ昔は妙に利口ぶってたとか知られたくもねぇんだよクッソハズい。という訳で他言禁止な」

 

「よく分からねぇけどお前黒歴史多くねぇか?」

 

「うるせぇやい、その時その時に正直に生きてるとそうなるもんなんだよ」

 

大体そこまで言う程多い訳でもないだろ。

まずガキの頃の性格だろ

…オールマイト越える宣言だろ

……プロヒーロー全員越える宣言だろ

………多いな…というか内容が濃いな、死にたい。

 

「ちょっと生き方を改めるか…」

 

「別に止めはしねぇけど多分それがまた黒歴史になるんじゃねぇか?」

 

「なるほど!轟お前賢いな!」

 

指をパチンと鳴らして感心したように話す千土に轟は言葉を失う。

少なからず恩人の1人だと思っているのだがこうも頭の緩い言動をされると何と言っていいのか分からなくなってしまう。

 

「――それで、何でそんな話しを俺にしようと思ったんだ?俺の話を聞いたから自分も…とは言っていたがそれだけじゃないだろ?」

 

流石の轟もいい加減千土のノリに付き合うのも疲れた為最後の疑問を口にする。

自分自身であまり他人に話したくないと語ったのならなおのこと何故今日ここに呼びつけたのかと。

 

「――いやほんと大した理由ないぜ?こないだの体育祭の途中に施設の友人共と出くわしてな、何か知らんが自分の事も多少は話しとけって心配されてさ、まぁそんだけさ」

 

余計なお世話だってんだよなぁと愚痴れば轟は一応の納得をしたのか「そうか」とだけ返した。

 

――何とか誤魔化せたようで何よりだ。

 

「という訳で!アホ共への義理立てもこれで完了だ、ありがとな轟」

 

「もういいのか?」

 

「あんまり付き合わせるのも悪いしな、この後また行くんだろ?」

 

「あぁ、これからは時間があればできるだけ顔を出すつもりだ」

 

「そっか、じゃあやっぱこれでお開きだな」

 

やっぱり母と子は仲良くしてるに限る――できれば父もそこに混ざれるのが一番良いのだろうがそれは難しい話だろう。そもそもエンデヴァー側に問題があり過ぎる。

 

ともかく轟はこの後も予定があるらしいしここらで切り上げる方が良いだろう。

 

「今日はありがとな轟、また明日な」

 

「ああ、またな」

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「は~、しっかし思った以上に上手くいってるみてぇだな」

 

帰り道をのんびり歩きながら轟の様子を思い出す。

1日そこらじゃまだまだ完全とは言えないだろうが少しずつ親子の絆が修復しているのならばそれで良い、轟ならばいつか何とかできるだろう。

 

――だから

 

「今更俺が足を引っ張る訳にはいかねぇな」

 

もしも個性を消せるとしたらどうする?

 

自身の個性に悩みを持つ、正確には持っていた轟にそんな問いをかけてみようかと思った。

――きっと、自分と一緒に悩んでくれる誰かを求めていたのだろう。

 

だが轟は既に自分の個性を受け入れることを決めた、それに俺自身少なからず彼の背を押した身、アイツの覚悟に水を差すことなんて出来るはずがない。

 

――やはりあの謎の男のことは自分1人で決着をつけねばならないということだろう。

 

だが、だとして俺はどうする?

あの男は自身について然程多く語った訳ではない――だが間違いなく正道な人間ではないだろう。

それは怪しい風貌だからという理由ではない、一時的ではあるが個性を使って他人を誘拐したにも関わらずあの男は至って落ち着いていた。

 

言ってしまえば"犯罪慣れ"

そんな奴がまともな人間とはどうしても思えない。

その男の誘いに乗るというのであれば俺は――

 

「…アホくせぇ」

 

そんな思考に嫌気がさしてただそう吐き捨てる。

 

通り道の端の自販機の近くに投げ捨てられた空き缶が目に入りそれを無意識の内に拾う。

すぐ側に置かれた缶のゴミ箱に拾ったそれをそっと入れる。

 

 

 

あの男はいずれまた俺に声をかけると言っていた、ならばその時に結論を下せば良い。

もしもその男の誘いに乗るのだとしても…それまではヒーロー志望の雄英高校の生徒の1人でいれるのだから。

 

そう、俺がなりたいのは最高のヒーローだ。それは絶対に嘘ではないのだから――

 

 

 




半ばダイジェスト染みたものになり申し訳ありませんでした。




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番外・オリキャラ、オリ設定まとめ

少々多くなり過ぎましたオリキャラの設定をまとめました。



個性制御施設

個性の制御が難しく、日常生活を送ることが困難な者を預り制御が可能になるまで教育する機関。

担当者は元ヒーローが勤め安全は最大限に気を配っているが危険な個性を持つ者が集まるという意識から利用者はかなり少なく1年に0人~3人がせいぜい。

そもそもそれほど強力な個性持ちもそれほどの頻度で誕生する訳でもなく、あまりに多過ぎる場合は危険性を考慮し別の地域の施設へ送る為1つの施設には多くても5人程度しかいない。

 

▼▼▼

 

地城 千土(ちしろ ぜんど)

性別:男 年齢:15歳

好きなもの:焼き鳥(砂肝)・粘土弄り

 

個性:『地質操作』

砂や石などの『地』に属するものを操る個性。

その他に地盤を崩して地割れや一定範囲の砂漠化、地面の振動を感知し周囲の索敵も可能と非常に幅広い能力。

しかし、発動条件として地面に足がついていなければ大半の能力は失われ静止している物は操れなくなるという欠点がある。

捕縛、攻撃どちらにも優れた能力であり、奥の手の溶岩や隕石は非常に高い威力を誇るがどちらも殺傷能力が高過ぎる上に時間や反動がかかり過ぎて実戦向きではないとは本人談。

 

気楽な性格で基本的にその場のノリで行動している為幸と不幸を繰り返すことが多い。

クラスでは上鳴や切島などと共にムードメーカー的ポジションだが放課後は家事などで忙しい為学外ではあまり人付き合いは少ない(割りに居残りで反省文作成などが多いが)

 

過去に両親を失い後見人の安藤 心奈の計らいもあって個性の制御が困難な者を保護し制御が可能になるように教育する『個性制御施設』に入りそこで個性に悩む者達と関わってきた経歴を持つ。

 

母の教育や施設の者達と関わる内に身に付いた他人の個性の活かす能力に優れその場にいる者とすぐに連携を取ることができる。その為戦略立て等の思考能力も高く、嫌がらせレベルのものから相手の度肝を抜く大胆なものまで思い付き実行する――が、浮かれやすい性格が災いし途中で気を緩める時もあるため相澤先生曰くまだまだ粗いとの厳しい評価。

 

実力的には轟、爆豪などと並びクラスでも頭一つ抜けている上性格的にも絡みやすい為クラスメイト達からの信頼は何だかんだで結構高い。

主な交流は耳郎、障子、常闇の3人。

最近は緑谷、切島、轟とも絡んでいる時がある。

一方体育祭以降麗日に軽くトラウマを抱き目が合うと若干肩を上げている――怖いとか嫌いとかじゃない、ただビビるとは本人談。

 

過去の経験からヴィランや他人を怯えさせる人を恨みに近い程嫌っているが憎しみで行動するヒーローなんかじゃ誰も安心しないと認識している為踏み留まっている。

 

オールマイトは幼い頃からの憧れであり越えるべき目標。入学当初は今尚大きい差に気後れしていたがUSJの事件以降は改善――したが今度は昔の自分の態度を思い出して申し訳ない気持ちになる為顔を合わせるとやっぱり気後れする。

 

 

▼▼▼

 

 

虚峰 空(うつろみね くう)

性別:女 年齢16歳

好きなもの:レトロゲーム

 

個性:『空想』

自身が空想した事象を現実に反映させる非常に強力かつ危険な個性。

その特性故に自身の意思で発動出来ず無意識の内に発動するため自身の願望を叶えるという使い方は不可能。

 

過去に恐怖のイメージにより暴走、2度も大きな悲劇をもたらしたが『個性制御施設』での生活や心奈、千土の存在により今では暴走の危険は皆無。

また、年齢の経過による精神の成長によって徐々に空想力そのものが低下している為それに伴いこの個性が発動することもほぼなくなっている。

それでも千土にとっては警戒すべき個性であり、郵便対応なども基本千土がする他、空の前では刃物の使用を極力避けるようにしている。

 

大人しい性格で少し変わった口調が特徴。

引きこもり生活が長く続いており対人能力は皆無、千土や心奈、後は施設で知り合った者以外の交流は全くなく、万が一にも空想する余地がないようにその方が都合が良いとも思っていたがUSJの事件で入院した千土の病室で緑谷など千土のクラスメイトと接触、僅かながらも交流した。彼女にとっては想定外の事ではあったが千土の友人達ということもあり会えたことを心から喜んでいた。

 

千土の事は義理の弟ととして大切に思っている。

自らの個性が原因で彼の両親を奪ったこと、彼の進む道を決定付けたことに負い目を感じているが千土自身がそれを何より望まないと分かっている為意識しないようにしている。

 

施設にいた頃は現実とフィクションの区別を強くするべく心奈から敢えて大量のゲームや漫画を与えられたこともあってがっつりインドア派になったが以前は誰とでも気さくに関わっていこうとする明るい性格で年不相応に冷めていた千土にとっては数少ない友人だった。

当時の性格を知る者はあまりに少ないが見る者が見ればどこかの浮かれた少年を思い重ねるかもしれない。

 

 

▼▼▼

 

 

安藤 心奈(あんどう ここな)

性別:女 年齢:44歳

好きなもの:甘いもの・競馬、パチンコ

 

個性:『メンタルケア』

彼女が触れる、または会話を交わした相手の精神を安定させる能力。その為衝動的に犯罪を起こした者を傷つけることなく抑えることができ、最も平和的に解決する優しいヒーローとして一時期ヒーローランキングの上位まで昇りかけていたが彼女自身が人気上昇途中でヒーローを引退し『個性制御施設』の院長と精神系の医師へ転身した為あまり知名度は高くない。

施設に入る者は皆激しい自己嫌悪や自暴自棄で危うい精神状態である為、その多くがこの個性に救われている。

強力な反面自分自身には使えないという制限と多用すれば自分がダウナーになるという反動がある。

 

 

穏やかで世話焼きな性格――だがその性格が災いしホイホイ個性を使う為基本いつもダウナーになっている為病室の同僚達からはローテンションな人と本気で思われている。

 

雄英高校ヒーロー科の卒業生であり、千土の母(砂羅)の二つ下の後輩であり学生時代は学科・学年は違えど良く一緒におり彼女に懐いていたらしい。

良い案が浮かばず彼女に相談した結果付けられたキャラじゃない程可愛いらしいヒーローネーム『リラクゼーココナッツ』という名は今尚彼女の心に深く傷を残している。あまりに早い引退理由はそれのせいではとまことしやかに噂されているとか。

 

学生時代の知り合いという点とその個性によってエンデヴァーに彼の妻のメンタルケアを依頼されており彼女から轟家の事情は少なからず聞かされていた為、わざと口を滑らせたのをきっかけに千土を彼女と引き合わせた。

 

基本的には『個性制御施設』に住み込みで勤務し合間を縫って病室の非常勤医師、まれに千土と空の様子を見に行ったりとかなりハードワーカーな生活をしている。

本人は周りに仕事してないと落ち着かないと公言している。

実は彼女自身も最も親しんでいた先輩を失ったことに心を痛めており仕事をしていないと落ち着かないというのもある意味本音でもある。

 

結果としてかなり稼いでいるのだが大半を施設に入れ残りを千土や含話に仕送りしている為手持ちの金はほとんど無い。そして残った所持金は競馬やパチンコに消えている。

 

リカバリーガールとは方向性は違えど同じ医療系ヒーローとして良くお世話になっていたらしい。

 

▼▼▼

 

 

音々本 含話(ねねもと ふくわ)

性別:女 年齢:15歳

好きなもの:服集め

 

個性:『腹話術』

自分が購入した、あるいは譲渡された所持品から声を出す個性。

購入、譲渡された物なら大半の物で発動可能だが以前は発動のON/OFFコントロール出来ずに自身の本音を勝手に話してしまうものだった。

所持品は荷物やアクセサリー、衣服でさえ発動可能、その為周囲に合わせる為の嘘もつけず疎まれながら過ごすことを余儀なくされた。

 

千土達より先に『個性制御施設』に居た少女

個性の暴発により意図せず母親の浮気を父親にバラし家族関係を壊してしまった経歴を持つ。

結果として親権は父親となったが自暴自棄になった父に半ば捨てられる形で施設に入れさせられた。

 

自分だけが嘘をつけないが故に他人とのコミュニケーションを嫌い誰に対しても素っ気ない態度をとっていたが『腹話術』の個性が『自分の所持品』を媒介に発動することに注目した千土が衣服から勉強道具まですべて『個性を制御できる様になるまで貸す』と言って手元の物を全て『借り物』だけにし個性が発動しなくなった事で他人と対等な条件で話せる様になりほんの少し改善を見せた。

 

個性への苦手意識が薄れたことで個性の制御も徐々に上達し今では発動のON/OFFが可能になった為施設を出て1人暮らしをしている。

心奈からの支援を受けて通っている経営科の学校で明るいキャラとして高校デビューを満喫している(実際は対人経験の少なさ故にかなり緊張しているらしい)。

 

また個性の制御が出来なかったころは物を持つことさえ嫌っていたがON/OFFの習得と同時に克服、今では学校の友人達とバイトで得たお金でショッピングを楽しんでいる。(着る服はいつも男物を好んで買うため周囲から不思議がられている)

 

個性制御の練習中、自分の意思で発動させた『腹話術』がどこまで離れても発動していたことで『絶対にバレないナビゲート手段になる凄い個性だ』と千土に将来自分の事務所で雇うと宣言された。

 

千土のことは変わるきっかけを与えてくれた最高のヒーローとして感謝している、また千土にとっても初めて他人を救えたことで前を向ける様にしてくれた恩人だと思ってる。

空とも親しい関係で今でもメールや電話のやり取りをしている。

 

▼▼▼

 

 

月見 狼次

性別:男 年齢:14歳

好きなもの:サラダ・ネットゲーム / 焼肉・アーケードゲーム

 

個性:『狼男』

満月の夜に人狼になり身体能力が大きく向上する他、人格も少し狂暴性が増す異形系の個性。

その特性上普通の個性と比べて慣れる為の時間が短く個性が身体に馴染むより早く力加減が必要なレベルまで成長してしまった為施設に入ることになった。

一度人狼に変化すると睡眠をとるまで元の状態には戻らない。

 

千土達より後に入ってきた1つ下の少年。

性格は根暗、満月の夜になるまで個性が発動しない為実質無個性として周囲からからかわれる日々を送っていた。その為人付き合いに消極的でアニメやゲームにのめり込んでいた。

一方で、個性が発動する満月の夜にのみ表に出る人格はその短い活動時間に納得出来ずある日をきっかけに寝ずの生活を送り始めた。

一応主人格への義理立てとして2週間近く学校にも出ていたが睡眠不足の生活と主人格に対してと変わらずにからかいにくる周囲にストレスが爆発し思わず拳を出してしまった結果、個性で強化された身体の力加減が上手く出来ず大怪我を負わせたことで施設に入ることになった。

 

主人格側は発動した時には自分の意思はない個性に自分ではどうしようもないと諦め施設の自室に引きこもり、一方で満月になると顔を出す裏人格も個性制御の訓練をせずに施設から抜け出し自由に振る舞おうとする為、 両方に対して心奈から相手を任され千土は関わりを持つことになる。

 

手を焼くかと思われたが主人格側は3日程で意気投合。

適当に隣でアニメ見てたら気付けば何か話が合ったとは本人達談。

一方で裏人格側とは上手くいかず毎度抜け出そうとする彼に対してお目付け役として付き添い、規定時間で必ず帰らせるという取り決めをしていたが何度も殴り合いに発展し続けた。

5度目の殴り合いの最中で吐露した彼の行動理由は「僅かな時間しか存在できない事への憤り」であった。

 

施設に入り5度目の満月を過ぎた頃、すっかり千土と打ち解けた主人格の狼次は千土を通しもう1人の自分の本音を知り6度目の満月を迎える直前に彼への手紙を握るのだった。

満月を迎え主人格と入れ換わった裏人格は意識を得た直後に自身が握る手紙に気付く。

そこに記されていたのは『限られた時間しか存在できないもう1人の自分への謝罪、自身を苛める連中をぶん殴ってくれた礼、そして欲しいもの、したい事があるのなら協力するからこれからも共に生きて欲しい』という自分自身から自分自身への言葉。

 

初めて触れたもう1人の自分の感情、それでもなお施設を抜け出そうとすると待ち構えていた千土と最後の殴り合いを繰り広げる。

やがて互いに地面に背を付くと千土は空に輝く満月を指差し『自分がNo.1ヒーローになれば大量に金も入ってくるだろうからそれで宇宙に連れていてやる』と宣言される。

『そこならずっと満月だ』と笑うに千土の荒唐無稽な話に戸惑いながらも「それもう1人の俺はどうなんの?」と聞いてみれば気まずそうに「考えてなかった」と返ってきて爆笑、アホなヒーローに付き合いきれないと眠りにつくのだった。

その後に迎えた7度目の満月の日、千土の前に立っていたのは自身と殴り合う人狼。――その目的は個性を身体と馴染ませる為に。

 

施設での生活で個性の力加減は完璧に可能になった為既に施設を出て両親と生活している。

最も両人格とも性格はそのままの為、主人格は高校からは本気出すと今年で最後の引きこもり生活を満喫しながら来年からサポート科の高校への入学を一応考えている。

一方、裏人格は今が楽しけりゃそれで良いと深夜のコンビニやらカラオケ等に夜中に知り合った友人達と一緒にたむろしている典型的な不良生活を楽しんでいる。

 

含話同様、両人格とも千土のことは自分達を変えてくれたヒーローという認識であり、恩返しとして自分が面白いと思った物をとにかく薦めている。

結果、千土はサブカルチャー面に詳しくなった上に深夜徘徊で補導されかけたこともある。

 

インドア派の主人格は空とも仲が良くゲーム談義でよく盛り上がっている。

一方施設の者達の中で珍しくアウトドア気質な裏人格の方が実は千土と波長が合う為良く遊びに誘っていたが千土が雄英に通い出してからはイメージを気遣い狼次側から誘う頻度は少し減っている。

 

 

 

▼▼▼

 

 

地城 砂羅

性別:女 年齢:40歳(享年)

好きなもの:空騒ぎ・息子、養女

 

個性『砂』

 

雄英高校経営科卒業生

雄英高校きっての自由人として一部教員や卒業生の間ではかなりの有名人。

自身の2つ上の先輩から2つ下の後輩まで片っ端から適正のある事務所へ売り込みまくった過去を持つ。

その手腕は実際凄まじく、見境がない割には斡旋した者達はサイドキックとして各事務所で成功を果たし後に独立し自分の事務所を持つに至った者も多いという。

ちなみにオールマイトやエンデヴァーにもアプローチを仕掛けたらしいが売り込み前にオールマイトは海外に飛んでエンデヴァーにも余計なお世話だと一喝され断念したという。

 

その経歴故の顔の広さから各方面に独自の情報網を持っており、ある程度の規模の事件なら自然と耳に入ってくるらしくAFOを追っていた当時のオールマイトは奇妙な情報が耳に入っていないか尋ねに来ていたが暴走した空の個性により怪物化したヴィランから千土と空を逃がす為応戦した砂羅は死亡しオールマイトがAFOの情報を得ることは叶わなかったが千土と空の命を救うことになった。

 

経営科として他人の個性を把握、活かすことを第一に考えるようにしており、これは千土も引き継いでおり彼にとってはあらゆる意味で決して忘れることのできない存在。(あまりにも印象が強すぎて雄英といえば経営・ヒーロー科の名門高校という認識になり初日のやらかしの原因となった)

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

地城 陸斗

性別:男 年齢:41歳(享年)

好きなもの:のんびりとした時間・息子、養女

 

個性『地面』

 

雄英高校と比べ2~3流評価のヒーロー科高校の卒業生。

小さな町のヒーロー事務所のサイドキックとして長年勤め、実力はそこそこだったが困っている人のもとへすぐに駆け付け手を差し伸べ町中から人気のヒーローだった。

ヒーロー活動の中で一人のヴィランを取り押さえたが、後にそのヴィランの弟に逆恨みを受け家族で出かけた最中に襲われる。

致命傷は避けすぐに応戦するはずだったが、恐怖に駆られたことで暴走した空の個性で怪物化したヴィランを前に勝ち目がないことを直感、千土と空を逃がす為時間を稼ぐべく応戦し死亡した。

 

実績も実力も有名なヒーローと比べて微々たるものだったが千土にとっては偉大なヒーローであり、父が最後に教えてくれたヒーローの魔法の言葉は決して忘れない記憶として焼き付いている。

 

 

▼▼▼

 

おまけ

 

オールマイト

 

基本的には原作と変わりませんが本作では未判明の年齢を48歳の考察を採用しています。

その為原作・スピンオフ次第では錯誤するかもしれませんがお許し下さい。(あまりに影響が大きい場合は修正するかも…)

 

千土達を助けたのはAFOとの6年前の激闘の数ヶ月前といった時系列の設定です。

 

 



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第28話 職場体験に備えて

体育祭後の休暇が明けた最初の登校日の朝、既に大半の生徒達がクラスに集まっていた。――やたら疲れ切った面持ちで。

 

「めっちゃ声かけられたよ」

 

「考えてみりゃ全国中継だもんな」

 

「近所の小学生からめっちゃドンマイって言われた」

 

「……ドンマイ…」

 

大活躍を示した者、瀬呂のように残念なところが目立ってしまった者、注目された場面は各々だが皆が視線を集めていたのだった。

 

とはいえ、祭りは既に過ぎたもの。

今からは再びヒーローとなるべく本来の授業という日常が再び始まる。

時計の針がそろそろ担任の相澤先生がやってくる時間だといち早く気付いた飯田がどこか普段とは違う様子で、しかしいつも通りに全員に席に着く様に促すとそれから大差ない頃合いで相澤が姿を見せる。

 

「全員集まっているな、HRを始め――」

 

「よぉっしゃっ!!まだ始まってないな!セーフ!!」

 

「……」

 

いつも通り平坦な相澤の声を遮ってドタドタと騒々しい足音と共に"いつものバカ"が駆け込んできた。

 

ここまで全力で走って来たのだろう、肩を疲労で上下させ――しかし首の皮は繋がったと笑みを浮かべ「先生おはようございます!」等とほざきながら自分の席へ向かう千土を相澤はいつもの捕縛布で締め上げる。

 

「お前は俺に同じことを言わせる気か?初日の反省を喉元過ぎて忘れたのなら除籍の話ももう一度してやろうか?」

 

「待って下さい待って下さい待って下さい!!これには深い理由があるんです!!」

 

初日のやらかし以降遅刻は2度とすまいと気をつけていた千土は今朝も余裕を持って家を出た。

しかし学校に近づくに連れて増えていく注目の視線や実際に声をかけてくる人達に囲まれ一人一人に対応しながら何とか駆け込んだ次第ですと必死に熱弁する。

 

「確かに今日は俺達も良く声をかけられたし一位の地城はそりゃ俺達以上に注目されただろうけどよォ。遅刻になりそうと思ったら多少強引にでも切り抜けろよ」

 

現に地城以外は皆相澤先生が来る前に集合していたのだ。確かに一番注目されているのかも知れないがそれを理由に遅刻を正当化するのは如何なものかと砂藤は最もな苦言を呈すると千土も気まずそうに唸って首だけ彼の方へと向ける。

 

「いやそりゃその通りなんだけどさ、俺最終種目でも試合開始前にあっちこっちに手ぇ振ってたじゃん?体育祭が終わって声援がなくなったらすぐ愛想無くすのってイメージ悪くないか?」

 

「あー」

 

要は千土の言い分はそういう事だ。

応援してもらっている時にあちこちに応え過ぎた結果、それを見て集まった視線にも無下に出来なくなったというある種の自業自得だが、そうしなければそれこそ雄英生のイメージにも差し掛かりかねない大事でもあった。

 

「メディアなんぞ相手にしてたら切りがなくなる、必要以上の注目はヒーロー活動に差し障るんだと理解しておけ…今後は気をつけろ」

 

「…はい」

 

こういう理由が相澤先生のメディア嫌いの理由の1つなのだろうと皆理解し、千土以外にも皆心に刻む。

事実USJの一件と違い、本当の意味で示した自分達の活躍に集まった視線に少なからず浮かれていたのも事実だったと改めて気を引き締める。

 

相澤としても注目を集めることが目的の1つであった体育祭の結果としての今回の件は副作用的なものとこれ以上の問答は切り捨てる。

 

そもそも今年は例年以上の注目の中の開催だった為こうなる可能性はある程度考慮していた。

それにこの手の注目は所詮一時的なもの、長続きしない要件にこれ以上時間を使うのも馬鹿馬鹿しいという理由で話を進めることにする。

 

――そう、生徒達には今日、そんなものより重要なものがあるのだから。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「という訳で皆――自分のコードネーム、すなわちヒーロー名を決めてもらう」

 

『夢膨らむやつきたぁぁぁっ!!』

 

特殊な授業という前置きの上で始まったこの授業、皆思わずテンションが上がってしまう。

もっとも今は授業中、即座に相澤先生から注意を頂き鎮圧。静寂の中今回のヒーロー名考案がどういうものかの説明が始まる。

 

簡単に言ってしまえば数日後に控えた『職場体験』の為のものであるという。

雄英高校での、ヒーロー名を考えた上での『職場体験』がどういうものか、当然一般のそれとは異なる。

 

体育祭での活躍を見てプロのヒーロー達から指名を受けて彼らの元で働く機会を得られるというとても貴重なもの。

 

「と言っても指名が本格化するのは2・3年からだ。1年は大体将来性への"興味"が大半…あんまり情けない姿を見せれば一方的にキャンセルされるぞ」

 

期待があればその影には失望が付いて回る、これから始まる『職場体験』への緊張に皆息を飲む。

 

「ま、それはそれとして肝心の指名数だが」

 

相澤先生が指差す黒板に示されたのはグラフと数字、それは正しく自分達に寄せられた指名の数。

千土はその中から一番上に書かれた自分の名前を真っ先に見つける。

 

地城 千土:4528

2番目と3番目に指名数が多い轟、爆豪も4桁に至っているが4番目に指名数が多い常闇が360な辺り目に見えて偏っている。

 

「例年はもっとバラけるんだがな…今年は一部の奴等に票が偏った」

 

「まぁ、ある意味納得だよな~」

 

「地城はもちろん、轟も爆豪も観客席からすっげぇ注目されてたもんな~」

 

相澤の言葉に上鳴は頭の後ろで手を組ながら苦笑まじりに呟き切島も当時の光景を思い出しながらそう言う――が少し離れた席から舌打ちの音が聞こえ視線を向ければやはりというべきか不機嫌そうな爆豪の顔が目に入った。

 

2番目に多く指名を貰った轟が4400を越え千土と大差ないのに対して自分は2000代止まりなのが明確な差だと言われてるようで気にくわないのだろう。

 

「決勝での地城と轟の戦いが特に注目を集めた結果だろうな」

 

決勝という舞台で行われた試合、今まで一度も見せなかった溶岩操作を見せた千土と同じく緑谷との試合以外で使わなかった炎を使った轟の戦いはそれまでのものとは桁違いの印象を与えたようだ。

 

(つぅか爆豪は表彰式でのイメージが悪ぃんだろ。あそこで普通にしてりゃ絶対もっと多かっただろうに…)

 

――等と口にすれば間違いなくまた一悶着起こるだろうと思い千土は喉元まで出かけた言葉を飲み込む。

 

騎馬戦で一杯食わされ、準決勝でも手を焼かされた相手がどうにも勿体無い事をしている様に思えて腑に落ちないが授業中に余計な事はすまいと千土は爆豪から視線を外す。

 

「まぁとにかく、職場体験…つまりプロの仕事を実際に体験するにあたって必要になるのがヒーロー名という訳だ。あんまり適当なもんにしたら――」

 

「地獄を見ちゃうわよ?」

 

教室のドアを開き姿を見せたのは18禁ヒーローのミッドナイト。

唐突に現れた彼女に皆戸惑うが、そんなものを気にも止めず彼女は手にした鞭をビシッと伸ばす。

 

「この時につけた名前がそのまま認知されてプロ名になる人も多いんだからね!過去にはどうしても思い付かなくって先輩に相談したらやたら可愛い名前付けられて心に傷を残した人もいるって話だからね!」

 

――なぜだろう、聞き覚えがあり過ぎる気がするのは?

 

母と母代わりの後見人の話をされた気がしてどうにも居心地が悪くなる。というか失敗談として扱われる心奈さんに同情してしまう。

 

「――そういう訳で、俺にはその辺の事は無理だからミッドナイトさんに頼んだ。…まともなもんにしろよ」

 

それだけ言って相澤先生は寝袋に身体を突っ込んで視界から消えてしまった。――あの先生も大概なもんだ。

 

「さぁ!そうと決まれば早速やるわよ!名前は自分自身を示すイメージ、変なものにすれば全部自分に返ってくるんだから真面目に取り組みなさい!!」

 

ミッドナイト先生のその言葉に皆手元に配られたプラカードを真剣に見つめる。

自分が夢見るヒーロー像、威厳溢れる姿なのかはたまた親しまれるヒーローなのか…人各々目指すところはあれど名はそれに合うものにしなければならないのは皆一緒だ。

 

ならばここですべき事はただ1つ、心奈さんみたいに後悔しないように真面目に考えよう。

 

 

 

▼▼▼

 

「――そろそろ良いわね!出来た人から発表していってね!」

 

『えっ!?発表形式!?』

 

驚いたが考えてみれば当然か。職場体験から使う名前だ、流石にふざけたものする奴はいないだろうがセンスが独特な奴はいるかもしれないし訂正する為にはこうする方が良いだろう。――まぁ自分で自分の通称を考えたのを発表するというのに気恥ずかしさはどうしてもついて回るのか皆少し萎縮したようだ。

 

そんな中、視界の端で誰かの腕が上がる――あれは…青山か

 

「フフッ、僕は"輝きヒーロー・I can not stop twinkling"さ!」

 

『名じゃねぇ!!短文だろそれ!?』

 

心奈さん、貴女の失敗談は後輩の道標にはならなかったよ…

 

「…そこはIをとってcan'tに省略しなさい」

 

「ありなの!?」

 

まぁ本人が決めて先生からもOKが出たのならそれで良い…のか?よく分からないが青山は通った――逆にこれ通らない奴出んの?

 

「エイリアンクイーン!」

 

「目指すのがヒーローじゃないでしょ!?やめときなさい!」

 

出たわ…

 

うちのクラスにはセンスが独特な奴しかいないのか?

今のところまともなの芦戸の次にきた蛙吹の『フロッピー』ぐらいだぞ、何故か青山通ったけどさぁ。

 

ひょっとしてこれ俺もボケた方が良いのだろうかなどと思考が迷いだしたがそこからは軌道修正したのか憧れのヒーローをリスペクトした切島やまともなものにした結果被った尾白と砂藤など良い感じに――

 

「爆殺王!!」

 

「そういうのはやめときなさい…」

 

また出たよ…。

 

 

 

 

そこからそれなりに時間が過ぎて授業終了に差し掛かった頃、まだ発表していないもしくは修正するように言われた者達も残り僅かとなった。

 

残る飯田と緑谷はまだ少し悩んでいるようで爆豪も却下された為練り直しているようだ。

…なら、特に順番に拘りはないし挙手をするか。

 

前に出て発表の前にプラカードに記したその名をもう一度確認する。

 

(まったく、我ながら大層な名前を付けたもんだよ…)

 

昔から心奈さんから何度も名前は後悔しないように考えろと釘を刺されていたから姉さんや悪友達と一緒に考えたヒーロー名。

自らの個性を、オールマイトを越えるという意思を込めたそれを今から名乗る。

 

 

 

「『地帝ヒーロー・グランディス』」

 

 

 

〈ground〉と〈grand〉、"地面"と"偉大"の2つの意味を込めたその名を宣言する。

デビューどころか職場体験すらする前から"偉大なヒーロー"なんて名乗ろうなんて我ながら大きく出たものだがそんなものは体育祭の時点でやったようなものだ。

むしろあの時の俺を見て自身の職場に受け入れようとしてくれるプロのヒーロー達がいるのだ、これぐらいしないと逆に失礼だろう。

 

そんな考えなど見透かしているのだろう、ミッドナイト先生が実に楽しそうにこちらを見ている。

本当に職場体験で"それを"名乗る気か?と視線で問いかけている――だから笑って問いを投げ返す。

 

「アリですか?…ミッドナイト先生?」

 

「勿論!堂々と名乗ってやりなさい!」

 

こうして俺のヒーローは確定した。

ちなみに残っていた飯田はそのまま自分の名を、緑谷は"デク"と…爆豪がそう呼んでいたからてっきり木偶の坊からきてるのかと当初は思ったが麗日もそう呼んでるし多分違うだろう、どういう意味かこんど聞いてみようかな?

あとその爆豪は『爆殺王』改めて『爆殺卿』と名乗りを上げ案の定却下された…いやまず"殺"をとれ。

 

 

 

▼▼▼

 

さて、ヒーロー名が決まった次は何か…そう、むしろ大変なのはここからだ。

 

「うぉぉ…目が、目が悲鳴上げてきた…」

 

そう、職場体験先を決めなければならない。

頂いた4500以上のヒーロー達の声から1つを選ばなけれならない。

どんなヒーローから声を貰えたか確認するのは当然として彼らがどのような仕事をしているのか、そしてどのような役割を求めているのかきちんと推測して決めねばならない。

 

――ようするにめっちゃ疲れる。

 

気が付けば放課後、大半のクラスメイト達は行き先を決めたらしく半分以上が下校した中千土は依然として頭を抱えていた。

 

「…エッジショットにリューキュウにクラストに…やべーよ、全部行きてぇしどこも一週間じゃ足りねぇよ…」

 

「これは確かに容易には選べんな…」

 

頭を抱えて唸る千土が上げたビッグネーム達に障子も言葉を失う。

 

その誰もがヒーローランキングでも上位に名を連ねるトップヒーロー達だ、誰を選らんでも間違いなく自分の力になるだろうがそれ故に最優が見えない。

 

「ここまで揃うとランキングの順位で決め打つのにも抵抗があるな…」

 

「そうなんだよな~、常闇はホークスのとこにしたんだっけ?」

 

「あぁ、ランキングが全てとは思わないがあの若さでNo.3にまで到達した程の人物だ、学ぶべきことも多いだろう」

 

「いいよな~No.3、つぅか俺優勝したのにNo.2~4まで指名なかったんだけど?」

 

No.2・エンデヴァーは轟を

No.3・ホークスは常闇を

No.4・ベストジーニストは爆豪を各々指名していた。

別にこの職場体験は複数名指名しても良いらしいがトップヒーローとして多忙な彼らは何人も生徒を相手にしてやれる程甘くはないということなのだろうか?

 

「単純に体育祭中の態度で弾かれたんじゃないの?」

 

「いやそれなら爆豪も弾かれるのが道理だろ!?」

 

耳郎の言葉に心外だと言い返す。

確かに無茶苦茶やらかしてたが爆豪より酷かったなんてことは…ない…と思う。

――まぁNo.2に関してはこちらから喧嘩ふっかけたんだから来るはずはなかったが、むしろこれで指名入ってたら間違いなくそれは校舎裏への呼び出し的な意味だろう。

 

「まぁヒーロー側にも何らかの選考基準があったのだろう」

 

「うーん、何か悔しいけど仕方ないか…つぅか指名してくれてるヒーロー達だけでも身に余るんだ、これ以上望んでたら罰が当たるわ」

 

貰えなかった指名を引きずっても仕方ない、それより問題は結局どこにするのかだがとボールペンをくるくる回しながら思考する。

 

「どうしても決められないならいっそ会いたいヒーローで決めちゃえば?それはそれでモチベ上がるじゃん?」

 

「そうだなぁ…皆会ってみたいヒーロー達だけど一人選ぶならリューキュウかな?」

 

彼女の個性である『ドラゴン』は一男子としては一度生で見てみたいものだろう。

何と言ってもゲームを娯楽に生きてきた現代っ子としてはファンタジーの定番にして王たるそれに憧れずにはいられない――

 

「…ふぅん」

 

あれ? 何か視線が冷たくなった?

…まぁ何でも音楽に囲まれて育ったらしい耳郎にはこういう男子の感性ってのにいまいち馴染みがないのかね?

 

「――で、実際リューキュウの事務所にするのか?」

 

「あー…いや…勿論行きたいけどやっぱり他のとこにも尾を引かれる」

 

別に優柔不断な気質なつもりはないが流石に事が事だけにどうにも踏ん切りがつかない。

 

とはいえいつまでも悩んでいる訳にもいかない、もう一度基本に立ち返ろう。

そもそもこの職場体験はプロのヒーローの下で学ばせてもらうのが学生側の目的だ、つまり俺達学生側は"指導が上手いプロヒーロー"を選ぶべきということだろう。

 

例えばエッジショットは実力人柄共にトップクラスのヒーローだが同時にミステリアスな人物としても有名で仕事外の姿などもあまり周知されていない。

だからエッジショットの下で学ばせてもらう為にはまず彼の人柄を理解する為に時間を要する可能性がある。

プロヒーロー達のファンの俺としてはそれはそれで楽しめそうだがヒーロー志望の俺としては一週間しか時間がない以上それは少し困る。

 

これはエッジショットだけではなく他のヒーロー達にも言えることであり、トップクラスのヒーロー達はTV等で見る限り皆何かしら癖が強いところがあり――あれ?今の俺めっちゃ図に乗った考えしてないか?

 

「どうしたの千城、急に頭を抱えだして?」

 

「いや、とっくに抜けたはずの昔の癖が出てきて死にたくなっただけだ」

 

「マジで何があったの?」

 

「何もない、それに…体験先も今決まった」

 

「はぁ?」

 

訳が分からないという顔を浮かべる耳郎にサラサラと手元の用紙に綴った体験先の名前を見せればその表情が更に戸惑いのものに変わる。

その様子に疑問を持った障子と常闇も用紙を覗き込むと同様に困惑の表情を浮かべる。

 

まぁそれもそのはず、そこに記したヒーローの名は俺の個性とは真逆に近い個性の人だ。

なぜ敢えてそこを選ぶのかと疑問を持つのも当然だろう。

 

しかし、短い時間で多くのことを学ばせてもらうことを考えればこの人以上のヒーローはいないだろう。

なんでもヒーロー活動の傍らでよくヒーロー志望の学生達の指導を行うことも多いらしいし、何よりその個性が或いは参考になるかもしれない。

――ちょっと怖いがそれはそれ、食われるなんてことはないだろう。…多分。

 

「さぁて、行き先も決まったことだし帰るとするか、待たせて悪かったな」

 

いつもの友人らと肩を並べて下校する。

入学して気が付けば何日か、とっくに日常になりつつあったそれがもう暫くすれば『職場体験』という大きなイベントに塗り替えられる。

 

僅かな緊張と溢れかねない程の期待に胸を膨らませながら各々の家へと帰るのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

帰り道を歩きながら千土は自身の携帯に登録された名前の中から自分と姉の後見人の名前をタップする。

 

暫しの呼び出し音が響き終わると聞き慣れた声が聞こえた。

 

「あ、もしもし心奈さん?近々職場体験らしくてさ、家出てかないといけないんだ。空姉さん頼んでいい?」

 

『あぁそうか、そういえばあったね職場体験…分かった。とはいえ施設の方もあるからね、少し予定を組み直さないといけないな…』

 

基本的に多忙な心奈さんに頼むのは心苦しいが空姉さんを一週間一人にするというのは少し抵抗がある。

個性の暴走の可能性はほぼゼロの為さして心配していないがそれでも不安は残る。

 

あの謎の男の事もあり警戒は怠るべきじゃないと滅入そうになる気持ちを誤魔化すように顔を上げればすっかり遅くなり暗くなった空にはやや丸みがついた月が輝いていて――相澤先生から聞かされた日程を思い出す。

 

「やっぱいいわ心奈さん、何とかなりそう」

 

『ん?どういう事だい?』

 

「そろそろ満月だわ、引きこもりの狼に番犬頼む」

 

『あぁそういう…やれやれ、大人の立場としては一週間以上も徹夜させるのはあまり気は進まないのだけどね…』

 

複雑そうに呟く心奈さんを適当に宥めて電話を切ると次に電話帳の中から友人の名前を選ぶ。

 

『千土先輩?何の用ですか?』

 

「よぉ狼次、悪いがちょっと頼み事、次の満月の日から一週間程起きてて欲しいんだわ」

 

『あぁそういう…ちょっとそっちの家行きます』

 

「悪いな、じゃあ後で改めて話すわ」

 

それだけ言うと通話を切って携帯をズボンのポケットに押し込む。

 

とりあえずこれで心配はないだろう。

旧友と話すことを考え先に良さげな菓子の1つ2つぐらい買っておいておこうと考え丁度近くのコンビニに立ち寄ってから帰宅するのだった。

 

 



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第29話 職場体験・大海のヒーロー

お久しぶりです。
最近更新ペースが目に見えて落ちてきて申し訳ありません。


職場体験先を決めて数日後、いよいよその日が訪れた。

職場体験開始日の朝、いつも以上の早起きをした千土は欠伸しながらリビングへと入るとレトロゲームが接続されたTVに並んで向き合う義姉と獣人の二人の姿を捉える。

 

「あ、おはよう千土」

 

「おはよう姉さん、…悪ぃな狼次。ずっと起きててもらって」

 

「あー気にすんな、こちとら一週間徹夜で遊ぶのなんてザラだからな」

 

体育祭の時に会った友人。

しかしその口調はその時のものとは別物で、その姿も一般的な人型から全身から毛が生え、鋭い牙と爪を持つ獣の混じった――人狼の姿になっていた。

 

「頼んどいて何だが早死にするぞ?」

 

「いや、俺じゃなくて主人格の方な。あの馬鹿新作ゲームに嵌まると発売から一週間徹夜でプレイし続けやがる」

 

「何やってんだあのアホ」

 

見月 狼次の個性『狼男』

満月の夜を迎えると発動するという特殊な個性。

個性が発動すると一般的な人型に狼の特徴が混じった人狼に変化すると共に人格も変化する。

 

本人を含め俺達はそれを"主人格"と"裏人格"と言い分けており、一度個性が発動すると表に出た裏人格が寝るまでその個性は発動し続ける。

その為てっきり"こいつ"がまた寝もせずに遊びまくってるのかと思えばまさかのその逆という、筋金入りの引きこもりの後輩に頭が痛くなってしまう。

 

「ま、とにかくそういうこった。こっちは任せてお前はさっさとプロヒーロー越えてきな」

 

「職場体験の趣旨はそんなじゃねぇよ…まぁ土産話は仕入れてくるわ」

 

「おぅ」

 

主人格の方はともかく、個性が発動した狼次の強さは信頼している。

何より人狼となったことで跳ね上がった嗅覚、聴覚があるため何か異変があれば即座に動ける為心配はないだろう。

 

「いやぁごめんね狼次君、別に一週間ぐらい僕だけでも大丈夫だと思うんだけどね」

 

「いや無理だろ生活能力ないじゃんアンタ」

 

「いやいや!そりゃ施設にいた頃は酷かったけど今はだいぶ出来るよ!!ねぇ千土!?」

 

「それじゃあぼちぼち行ってくるかな、あぁそうだ、一応心奈さんと含話にも話といたからキツいと思ったら寝ろよ」

 

「いらねぇっての、さっさと行けや」

 

「ちょっと!?」

 

施設にいた頃と変わらないノリに苦笑しながらも予め用意していたバッグを肩にかけて玄関へと向かう。

ともあれ心配はなくなった。この一週間、職場体験に全力を注ごうと決意し後ろから聞こえる見送りの声に片手で応えながら外へ出るのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

全国各地のヒーロー事務所への職場体験の為、今日は学校ではなく都心の駅にA組生徒達は制服姿で集まり相澤の最後の忠告に耳を傾けていた。

 

「――以上だ、皆くれぐれも受け入れ先の方に迷惑をかけないように…分かったら行け」

 

「「はい!!」」

 

大きく返事し生徒達はそれぞれの体験先へのホームへばらけて行く。

千土も耳郎や障子、常闇達と互いに手短な激励を済ますと目的地への電車に乗り込むのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

電車で揺られてどれ程か、とうとう始まる職場体験への緊張と高揚に正確さを失った体感時間では分からないが電車を降り暫く歩いた先にそれはあった。

 

 

 

――鯱ヒーロー・ギャングオルカ事務所

20人以上のサイドキックを擁するトップクラスのヒーロー。

実力、実績ともに高名だが堅物と言われる程厳格な姿勢と顔の怖さから『ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング』なんてもので第3位にランクインした方だ――会うのが少し怖い。

 

事務所のエントランスに入り設置されているインターフォンを鳴らすと受付担当の方らしき男性の声が聞こえた。

 

「雄英高校1年、地城 千土です!!職場体験で来ました!」

 

『お、話は聞いているよ、少し待っててくれるかい?』

 

然程時間もかからずエントランス奥のドアから半魚人の異形型個性の男性が姿を見せた。

同系統の個性であるギャングオルカに惹かれ、彼の下で働いているのだろうかと無意識に推測してしまう。

 

「おまたせ、いやぁ雄英体育祭優勝者ともなれば他からも呼び声多かったでしょ?うちを選んでくれてありがとうね」

 

「いえ、お礼を言うのは指名して頂いたこちらです。この一週間どうかよろしくお願いします!」

 

「ははは、それはまずシャチョーに言わないとね。早速案内するね」

 

「ありがとうございます」

 

男性の案内に従い事務所の中をゆっくりと歩いていく。

途中何人かサイドキックの方らしき人達とすれ違い、お辞儀をしながら歩いていると案内の男性が意外そうに口を開く。

 

「何だ、体育祭の様子を見てたから心配してたけど案外礼儀正しいね?」

 

「いや、あれはまぁその…はい」

 

「ごめんごめん揶揄うつもりはなかったんだけど意外だったからね、さ、着いたよ」

 

男性はそう言うと目の前のドアを軽く叩き、その奥の人物へ呼びかける。

 

「シャチョー、雄英生の地城 千土君をお連れしました」

 

『あぁ、入れ』

 

促されるまま中へ入ればそこにいるのはこの事務所の長、黒と白の身体を白いスーツで身を包んだ男、プロヒーロー・ギャングオルカが立っていた。

 

「本日から一週間お世話になります。雄英高校一年、千城 千土です!よろしくお願いします!」

 

「…ほう、案外礼儀はあるんだな」

 

「すみません、あん時はいろいろあって頭のネジがぶっ飛んでただけなんです、本当すみません…」

 

俺が思ってた以上体育祭でのあれこれは印象を残していた様だ。うん、活躍が目立ってたならともかくこの場合は明らかに爪痕を残したのは別の部分――主に代表挨拶とかだろう。

 

「フッ冗談だ…そもそもこちらはあの時の言葉に見込みを感じたから指名したんだ、気にするな」

 

しかし不意に聞こえたギャングオルカの言葉に「え?」と声を漏らしてしまう。

 

「あの様な場でプロヒーロー全員を越えるなどと豪語したのだ、有望株として指名したくなってな」

 

無論実力が伴っていなければ歯牙にもかけなかっただろうがと付け加えてギャングオルカは語る。

 

聞く人によっては身の程知らずと嫌悪するかもしれないものだったがギャングオルカにとっては気に入るものだったと知って安堵する。

一応指名はしておいたが内心良く思っていないなんてことがあったらこの一週間が非常に苦しいものになると思っていたので僅かながら気が楽になった。

 

「勘弁して下さいよ…マジで自分の行動を後悔しましたよ…」

 

――だからほんの少し口調が崩れた。

 

「すまないな――向上心は見事だがそれがもしも現ヒーロー達を見くびっているから出たのならまずは矯正から始めようと思っていたのでな」

 

ギャングオルカの目がギョロリとこちらを捉えてくる。

深い渦のような瞳に重苦しい程の威圧感を覚え汗が吹き出す。

 

「あ、はい…その様なつもりはまったくないです…えぇ」

 

「その様だな、こちらとしても余計な事に時間を裂かずに済んで助かる」

 

――やべぇ想像の10倍怖ぇよこの人…

 

TV越しで何度か見たその姿、しかし直接顔を見合わせると『見た目がヴィランっぽいランキング』の最上位にランクインする理由が良く分かった。

――下手な発言すんのはやめよう。

 

「さて、いつまでも話している時間はない。更衣室でコスチュームに着替えてこい。一先ず今日は朝礼で事務所の者達に挨拶、その後はパトロールだ!時間は有限だ、街の警護と並列で指導してやる」

 

「了解!」

 

 

▼▼▼

 

 

 

ヒーローコスチュームに身を包んだ千土はギャングオルカと彼のサイドキック達数名と共に街を駆ける。

 

「遅いぞグランディス!周囲の警戒を徹底するのは良いが時間をかけすぎだ!もっと早く見極めろ!!」

 

「うっす!」

 

コスチュームを身を包んだ事で呼び名は予め申請したヒーローネームで呼ばれるがその内容はまったく誉められたものではない。

 

千土は周囲の索敵は地面から他者が歩く振動をキャッチして行っている。

これは範囲、精度ともに優れある程度の範囲内ならば即座に探知できる――が、欠点として動かずに狙いを定めている相手を探知することは出来ないという点が存在する。

 

一方、隣で走るギャングオルカはシャチの特性の1つである音波を巡らせることで音の反響を利用して周囲の様子を一瞬で見極めている。

迅速にして正確、プロヒーローの実力の片鱗を垣間見た瞬間であった。

 

「貴様は歩く振動で索敵をしているようだが情報を拾いすぎて遅れているな。それにそのやり方では位置が分かっても民間人かヴィランの判断はつかない、振動での索敵はあくまで最低限にして直接観察した方が早い」

 

「はい!」

 

実際周囲の警戒をしつつ横目でギャングオルカの動きも観察していたが彼も音波での索敵の後はあちこちに視線を動かし肉眼での警戒をしているようだった。

 

確かに自分以外が敵と分かっているならともかくパトロールという分野においてこの索敵方法は思ったより向いていないようだった。

 

「あんまり個性に頼り過ぎても身がもたないしね、パトロールで個性使い過ぎたせいでいざという時に動けないなんてあったら笑い話にもならないよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「個性だけじゃなくて基礎も鍛えてこそだからね」

 

並走するサイドキックの男性の言葉にも頷き、個性の発動を止めて一度小さく息を吐く。

 

(こいつ、ここまでずっと個性を使っていたが然程疲労していないな…燃費の良い個性なのか、あるいはしっかり鍛えているのか…これなら明日にする予定だったものもやれそうだな)

 

自分の後をついてくる少年の様子を見てギャングオルカは僅かに口角を吊り上げるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

そこから二時間、パトロールを終えて事務所に戻ると15分の休憩を与えられ街を駆け巡った疲労感を抜き取る。

 

やがて休憩が終わり千土は今――

 

「あのー、すみませんギャングオルカ…これはいったいどういう?」

 

事務所裏の訓練場で事務所の統一されたコスチュームに身を包んだ彼のサイドキック10名と向かい合っていた。

 

「警備練習の次は戦闘訓練だ。心配するな、個性を使うのは代表一名のみ、全員が身体に重りを付けて行う。――初回だし…そうだな5分耐えてみろ」

 

「マジでか…」

 

個性禁止と重りの手加減ありとは言え10対1、しかも相手は現場で活躍するサイドキック達…初日にしては想像以上にハードな訓練だ、もしやパトロールの出来の悪さにスパルタ指導に舵をきられたか?あるいはやはり矯正から始める気なのだろうか…

 

「あーグランディス?これうちの事務所がたまにやる訓練だからそんな顔を真っ青にしなくても大丈夫だ 」

 

「そうそう、そりゃ1人側に選ばれると軽く絶望するけどその分耐えきったら代表の1人とシャチョーから寿司奢って貰えるきまりだから頑張ろう」

 

「素でスパルタだった!?」

 

それはある意味ではここを選んだ理由そのものではあったが初日からここまで"手厚く迎えられる"とは思っていなかった。

 

気が付けば既にギャングオルカは幾分離れた位置に配置された電子タイマーの近くに控えておりもはやこのスパルタ指導が決定事項なのだと理解させられる。

 

「ちくしょう腹括るしかねぇ!胸を借ります皆さん!よろしくお願いします!!」

 

半ばやけくそ気味に叫ぶと同時に訓練開始のタイマーが鳴り響くのを聞き一気に駆け出す。

前列の3人が真っ向から受けて立たんと向かってくると同時に彼らの背後の者達はこちらを包囲すべく散開する。

一見無作為の突撃に対しても最前線で活躍するサイドキックの人達に油断はない、数の利を最大限に活かして確実に攻めてくるつもりのようだ。

 

ならばと目の前の3人を押し退け包囲を崩そうと目の前の1人に拳を振るう。

 

「直線的だな」

 

「っ!?」

 

――が、あっさりと受け止められる。

 

そのまま、腕を絡み取られ捕まる――より早く足元の砂を操作して自身の腕を掴む男を押し流す。

 

間一髪、完全に拘束される前に解放された腕に安堵する間もなく視界の右端に拳が映り咄嗟に交差させた腕をその軌道に合わせる。

 

重い衝撃に腕が痺れ後方へ姿勢が崩される。

更に背後から伸びてきたもう一人の手に後ろ襟を捕まれ崩れかけの姿勢をそのまま背中から地面へ叩きつけられる。

 

――だが地面に接しているのなら問題ない。

 

「まとめて食らえ!」

 

自らの力を地面へ滲ませ干渉する。

 

突如、爆発したかのように周囲の地面が弾け、周囲に立っていた者達を吹き飛ばす。

 

「うおっ!?」

 

「やるねぇ…でも!」

 

吹き飛ばした者の1人――唯一個性使用が許された者から閃光が放たれる。

 

雄英で過ごす内に見慣れた経験がその光が電撃だと察知させるが、その電撃は上鳴のそれより強い。

 

倒れていた身体を起こす暇もなく、右腕と右足で身体をはね飛ばして電撃の軌道からすれすれで逃れる――が、電撃の光に紛れ迫っていた"針"が浅く身体に刺さる。

さして痛みはなく問題ないと千土はすぐに体勢を整えようとして――異常な麻痺に身体が重くなる。

 

「っ…痺れ毒…エイの個性?」

 

ギャングオルカの事務所所属のサイドキック達のデータを頭の中でひっくり返してその該当者を思い出す。

 

確か名前は平坂 英斗(ひらさか えいと)

『トルペディーネ』というヒーロー名で活動するその男性の個性は"エイ"。

 

ギャングオルカ同様の生物型の異形系個性。

毒を持った尻尾に加えて発電の能力といくつかの種類のエイの特徴の良いとこどりをしたような個性でギャングオルカのサイドキックの中でも指折りの実力者だったはず。

 

「お!良く分かったねぇ!」

 

電撃に隠れていた針――厳密には尾を引き戻しながら目の前の平坂は感心したようにそう言って周囲の仲間と視線を交わす。

 

それがどういう合図かは容易に察しがつく。

手足が麻痺し動くことも儘ならない以上抵抗のしようがない…つまり――

 

「さぁ!確保だ」

 

拘束用のロープを手に彼らは一斉に駆け寄ってくる。

 

――だが動けずとも個性の発動は可能だ。

先程は追撃への牽制の為に威力よりも妨害を優先したが次は決める!

 

「『地質操作!』」

 

「「っ!?」」

 

地面を鋭く隆起させた無数の岩石の槍を駆け寄ってくるサイドキック達へ放つ。

完全に動けないと踏んでいたのだろう、意表を突かれた彼らは突然迫ってきたそれに構える間もなく撥ね飛ばされる。

 

上手く体勢を崩せた。

まだ身体が痺れているが幸い自分の個性は動けずとも使える、このまま攻め続ければ残る4分生き残れるかと希望が沸く――瞬間、意識を巡らせていた地面から違和感を感じる。

 

「っ!?――しまっ!?」

 

足元から二本の腕と一本の尾が伸びてくる。

地面の振動による探知のお陰で咄嗟に腕に砂と石を纏うことで針の様な尾を防ぐことは出来たがその代わりに伸びてきた腕に身体を掴まれる。

 

足元の地面から姿を現したのはやはり唯一個性の使用が許されたサイドキックの男性、平坂 英斗。

エイの生態、地面に潜り移動する。

これはそれと同じ事ができる個性の一部なのだろう。

 

電撃に痺れ毒に隠密行動、どれをとっても強力なその個性、それを使いこなす技術に舌を巻く。

全身に電撃が駆け巡ったのはその直後だった。

 

「ぐあああぁぁぁぁぁっ!?」

 

「残念だったね、まぁ経験の差ってとこ――っ!?」

 

――だがこれはエサだ!

 

「『地質操作・加重』!!」

 

「なっ!?――ぐあぁっ!?」

 

痺れ毒に加え電撃によって碌に動かない身体、しかしその右腕が纏う砂と石を急激に重くすることでその重量をもってして強引に倒れこむ。

密着状態での電撃による攻撃、そのまま拘束を狙う為足元から迫ってきていた平坂さんは崩れ落ちるように降ってきた右腕から咄嗟に逃れようとするも間に合わずその身で受ける。

 

超重量の拳を受け地面にめり込んで気を失った平坂さんの姿を確認し、腹の中に溜まった息を吐きだす。

これで彼らの中で個性を使える人はもういない、これならば痺れ毒で碌に身体を動かすことも出来ず電撃によって視界がチカチカしている状態でも勝ち目が――あるはずもねぇわ…

 

「凄いじゃない地城君、まさか平坂君を倒すなんてね…で、まだ手はあるのかしら?」

 

サイドキックの女性がそう問うてくる。

その声には紛れもない関心、そして嗜虐的なものを感じた――そりゃそうだ平坂さんに拳を放って倒れ込んだ身体を何とか起こしても膝立ちするのがやっとなのだ、いくら動かずとも戦える個性と言えどもこの人数差に加え先程のような不意打ちももう使えないだろう…手詰まりだ。

 

それを理解したのだろう、サイドキックの方々が一斉に駆けてくる。

――だから打つ手は1つ!!

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

周囲の地面の形を変えながら隆起させ造ったドームで自身を覆い隠す。

残る3分、籠城を徹底すべくその硬度を全力で引き上げる――切島の硬化には及ばないがそれでも"素手"で壊せるものではない。

 

「「………」」

 

沈黙が続く。

 

暫くの間をおいてガンガンとドームの中に鈍い音が響きだす。

 

「ごらぁっ!出てこいグランディス!!そんな消極的な姿勢が許されると思ってるのか!?」

 

「ヒーローが敵を前に引き籠るつもり!?」

 

「勝ち目なけりゃ市民と一緒に引き籠ってやりますよ!!今は"たまたま"俺一人なだけです!!」

 

ドームの外から聞こえてくる大声にやけくそになって言い返す。

実際もう身体を動かすことは出来ず今の姿勢を保つので精一杯だ、もしもこれが実践ならばこうして引き籠った状態で密かに穴を作って市民を逃がすのが精々だろう。

 

勿論それでヴィランが他の場所へ行こうというのならば死ぬ気で抗うが――今回はそうじゃないから…許してください。

 

「屁理屈はかっこ悪いわよグランディス!」

 

「俺だって出来るならかっこよく勝ちたかったです!!――あ、寿司ご馳走になります!!」

 

「怖いもんなしか君は!?」

 

 

 

 

そんなこんなで俺の"グランディス"としての最初の日は終わった。

実に名前に似合わないかっこ悪いデビューにドームの中で人知れず肩を落とすのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

10対1訓練を終えた後、最後にいくつかの書類関係の作業を教えられ業務終了を迎えるとあんな形での突破であったが約束通り寿司を奢って貰えることになった。

 

訓練中は勢いで色々言ってしまったがいざ奢って貰えるとなると少しが気が引けるなと思いつつ店の席に着いたのが数分前――本気で後悔していた。

 

店の何処にもメニューはなく値段も確認できない、目に映るのはカウンターを挟んで対面する店の主人の姿。

コンベアを回る寿司など何処にもない。

 

「………」

 

「「………」」

 

両隣の席にそれぞれ座るギャングオルカと平坂さんに挟まれ生きた心地がしないまま滝の様に汗をかいていた。

 

(ガチの店だった…)

 

予想だにしなかった状況に息が詰まる。

3分間引き籠っていた奴が上司どころか受け入れ先のプロにこんな店で飯を奢らせるのか!?――無理だ、絶対喉通らないぞ!?

 

「何握りましょうか?」

 

「……河童巻きありますか?」

 

主人の声に肩を震わしながらも何とか応える。

――あれ?この手の寿司店で巻き寿司って最初に頼むのってまずかったような…駄目だ思考が定まらない。

 

「…そう委縮するな、私はむしろ評価したぞ?」

 

「え?」

 

「蛮勇は時として余計な被害を招く、ヒーローとは勝機のない戦いを挑む者を指す言葉ではない」

 

手元のお茶を飲みながらギャングオルカはこちらに視線を向け語る。

 

「勿論それは己の限界を決めつける言い訳ではない、必要なのは自分が出来る最善手を選ぶ力だ」

 

「…はい!」

 

「もっともあんなやり方をプロヒーローが繰り返せば待っているのは信頼の喪失だ、貴様の目指すものが№1ヒーローだと言うのならば…上手く出来たと思うなよ?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

ギャングオルカの厳しい言葉に胸の奥が熱くなるのを感じる。

プロヒーローの中でも指折りの人物が自分の№1ヒーローになるという目標に対して本気で指導してくれている、その事実が心の底から嬉しいと感じる。

 

「はは、シャチョーは相変わらず厳しいですね」

 

「フン、未熟なひよっこには甘やかされる時間などない」

 

平坂さんの茶化すような声をギャングオルカはにべもなく切り捨てる。

そんな厳しい態度も彼の下で働くサイドキックである平坂さんからすれば慣れたものなのか、わずかに笑みを浮かべると「そういえば」と言ってその視線をこちらに向けてくる。

 

「地城君はどうしてうちの事務所を選んだんだい?雄英の体育祭優勝者なんだし他にも結構指名貰ってたんじゃない?」

 

「……色々理由はありますけど、うち1つはギャングオルカに聞いてみたいことがあったんです」

 

「何?」

 

「『個性:鯱』って水中生物に関する個性じゃないですか、元々は水中用の個性だったんですか?」

 

「…成程、そういうことか」

 

その質問がどういう理由で生まれたのか、おおよその予想ができたのだろう、ギャングオルカを一度頷いて口を開く。

 

「確かに地上にいるより水中にいる方が機動力も上がるし"補給"もいらなくなる…が、」

 

ギャングオルカはその個性の特性上、陸上での長期活動の際に予め用意していた水を度々頭から被っている。

実際パトロールの指導で並走していた時もその様子は目にした。

 

「しかし精々がその程度だ、私の個性は最初から陸上に適応していた。そもそも個性は訓練次第で出力が増したり別の使い方を見つけることはあってもその本質が変わるわけではない。恐らくお前の個性の"制限"もその類いのものだろう」

 

「…まぁ、そうでしょうね」

 

ギャングオルカの言葉に少なからず落胆はしつつも予想はしていたことであるため力は抜けつつもそう返事する。

 

自身の個性が十全に力を使うにあたって付いて回る"地に足がついていなければならない"という制限。

今でこそクラスメイト達との訓練では技量の差によって上回っていたが爆豪や轟との戦いでは特にこの縛りで追い詰められかけた。

 

もしも彼らがこの職場体験を経て今以上の技量を得てしまえば自分は彼らより上に、あるいは彼らの横に立てるだろうか、そう思ったからこそ『水生生物』の個性であるギャングオルカと会ってみたいと思った。

 

もしも彼の個性が元々水中でしか使えない個性で後天的に陸上でも使える様になりトップクラスのヒーローへ上り詰めたのだとしたら何としてでもそれまでの道程を知りたかった。

――が、残念ながらそういうものではなかったらしい。

 

「…うちの事務所や他の事務所にも水生生物や様々な法則を持った個性のヒーロー達は多い、しかしいずれも後天的に個性が変質したという例は聞かんな」

 

「僕の『エイ』も同じだよ。…残念だけど力にはなれないなぁ、ごめんね」

 

そんな落胆した様子が目についたのだろう、ギャングオルカも平坂さんもこちらの意図を踏まえた上ではっきりとそう告げた。

 

「いや、そんな。もしそうなら話を聞かしてもらいたいってだけですので謝らないで下さい。それにこれはおまけみたいな理由ですし」

 

「そうなのかい?」

 

「一番の理由はギャングオルカが一番厳しく指導してくれそうだったので。1週間しかないこの貴重な時間、ヒーロー志望の生徒として甘やかされたくはなかったので――」

 

ヒーロー達のスタイルも各々だ。

オールマイトや13号先生の様な優しいイメージの強いヒーローもいればエンデヴァーやミルコの様に荒々しいイメージの強いヒーローもいる。

 

そんな数多のヒーロー達の中から1週間という短い期間で指導してくれる人を選ぶならばそれは誰よりも厳しい人が望ましいと思った。

そこまで話してハッと思考が巡り言葉を止める。

 

「す、すみません。1週間"も"受け入れて貰っていますのに――」

 

「あっはっは、地城君ほんと真面目なんだね。何か印象違うなぁ」

 

たった1週間、学生の身としては非常に短い期間だが常に最前線でヒーロー活動を行うプロヒーローにとっては1週間も学生の指導を行うのは多少なりとも手間だろうと思い慌てて謝罪をするもそんな様子がむしろ面白かったのか平坂さんに笑いながら肩をバシバシと叩かれる。

 

肩に走る衝撃にからかわれているかの様な感覚に駆けら れ、それが何となく気恥ずかしくてさっさと話を進めようとギャングオルカに視線を向ける。

 

「――だから、さっき甘やかされてる時間なんてないって言ってくれて嬉しかったです。改めてこの1週間、よろしくお願いします。」

 

「ふん!たった半日の体験でへばった未熟者が大きく出たものだな!!言っておくが明日からは今日程甘くはないぞ!――職場体験が終わった時後悔してなければ良いがな!?」

 

「上等!全部踏み越えて最高のヒーローに百歩近づいてやりますよ!!――すみません、ウニとイクラと大トロ追加お願いします!」

 

「貴様!?」

 

――やっぱりプロヒーローの下で学ぶという状況に緊張していたのだろう。どうにもギクシャクとしてしまっていたがギャングオルカや平坂さんとこうして話せたことでようやくエンジンがかかってきた様な感覚に満たされる。

明日からの体験学習へ昂ぶりながら目の前に並んだ握り寿司を次々に口に運ぶのだった。

 

(…まぁ、厳しい人なのは違いないけどほんとは子供好きでだいぶ無理してるんだけどねー)

 

学生らしからぬ意識の高さを持つ少年もまだまだ人を見る目は甘いなと思いながら、厳格な態度を見せる自身の上司とそれを望んだ学生を交互に見比べて平坂はこっそりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

職場体験1日目、慣れない環境に少なからず調子を崩していた千土だったが最後にはいつもの調子に戻り、明日からの体験学習に闘志を燃やしながら予め予約していた宿泊先のホテルへと向かうのだった。



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第30話 血染めの審判者

職場体験2日の早朝、時間を確認しようとして手元に置かれた携帯を確認すれば表示された時間はギャングオルカの事務所への出社にはかなりの余裕がある時間だった。

 

そのことに安堵しつつも携帯に表示された通知を見て昨夜耳郎達とのやり取りの途中で寝てしまったのだと気付く。

耳郎と障子がパトロールについて叩き込まれたという報告や常闇が受け入れ先のホークスの事務所の運営方式に面食らったことなどのやり取りの中に『寿司が旨かった』とだけ送って寝てしまっていたらしい。

 

案の定戸惑いの言葉が送られてきていたがそれらを放置して今に至るというわけだ。

 

「……まずいな、ツッコミ貰ったらスパルタ指導クリアのご褒美だったと説明するつもりが……」

 

ボケるだけボケて打ち切ってしまった。

これでは下手をすれば俺が気楽にやってるどころかギャングオルカが甘い人と思われてしまうかもしれない。

 

「とはいえ朝一の忙しいだろう時間に余計なメッセージ飛ばすのもなぁ……。まぁいいか、昨日以上に厳しくするって話だし今日の夜にでも合わせて報告すれば」

 

そんな段取りの下、部屋に支給されているポットで湯を沸かし家から持ってきていたカバンからカップ麺を取り出して朝食の準備をする。

 

心奈さんからはちゃんと飯を食えと言われていたが流石にホテルで頼むと出費が一気に重くなる。

男子高校生の飯なんてジャンクな物で良いんだと出来上がった朝食をペロリと平らげる。

 

「さぁて、今日も1日頑張るか!」

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 

 

『死ぬ』

 

『いきなり何があった?』

 

その日の夜、ホテルへと戻った千土はベッドに辿り着くことさえ叶わずドアを閉めると同時に床に倒れ辛うじて動く手で友人達へと遺言を残そうと連絡を飛ばす。

 

早速障子から返信が届いた為、震える手で続きを綴る

 

『社内訓練で地獄を見た……朝食ったカップ麺吐いた……晩に用意しておいたカップ麺食える気がしない……』

 

『昨日と今日で何故そうなる?』

 

『てか朝からカップ麺食うな! せめてコンビニでもっとマシなの用意しろっての!』

 

気が付けば耳郎の方も既に終了していたのかメッセージが飛んでくる。

律儀に人の食生活にダメ出しする真面目さに苦笑し返事を綴る。

 

『買ってきて』

 

『アホか』

 

お約束なボケをやって怒られた辺りでそろそろ仕切り直そう。

 

『今日はギャングオルカに直接手合わせしてもらったんだけどもうボッコボコよ、トップクラスのプロヒーローはやっぱすげぇわ』

 

『直接手合わせって……マジでしたの?』

 

『マジもマジよ、まぁボロ負けしたから再戦は望めなさそうだけどなぁ』

 

思い返すだけで気が滅入る。

単純な膂力一つで岩を砕かれこちらの攻撃は通用せず、ならば守りを固めて持久戦に持ち込もうとすれば超音波で脳がイカレた。

 

目に付いた課題としてはやはり硬度、脳無とかいう怪物との戦闘以来どうも簡単に砕かれるケースが多い。

といってもこちらはまだ個性を鍛えれば改善できるだろう、問題は超音波という非物理的な攻撃に対して身を守る術がないことだ。

ギャングオルカの事務所を出てからずっとリベンジの策を練っているがどうにも手詰まりだとため息が出る。

 

そんな思考に埋没しているうちに耳郎から『疲れているからもう寝る』という旨の連絡が謝罪と共に届いており返事するより早く障子からも同様の連絡が届いた。

 

『了解、おやすみ』

 

別れの挨拶だけ打ち込んで投げ出していた身体に力を入れて起き上がる。

重い身体を動かしてベッドの上へ崩れ落ちると手にしていた携帯を操作してグループの会話に混じっていなかった友人に個人メッセージを送る。

 

『というわけでこっちもこんな感じだ、職場体験が終わる前にプロヒーロー絶対見返してやろうぜ!!』

 

昨日の情報交換の内容と今日のやり取りに混ざらない様子からして恐らく向こうも苦戦しているのだろうと思いメッセージを飛ばす。

 

──ただの思い過ごしならめっちゃ恥ずかしいけどな……既読着く前に取り消そうかな? 

 

勢い任せの内容に若干の後悔が過り自身が送ったメッセージを長押ししメニューを開く。

 

『無論だ』

 

──が、それより早く既読が着き簡潔な、しかし真っ直ぐな返事が送られてくる。

 

それだけ聞ければ満足だと常闇との連絡を切り上げ携帯を布団の上に投げ出して上体を起こす。

依然として疲労感に満ちてこそいるが友人達との他愛ないやり取りのおかげか幾分か精神的に楽になった。

それに伴い空腹感が唐突に訪れたのを感じ、しかし常備したカップ麵はさすがに食べる気にはなれずホテル内の売店にでも行ってみようかとカバンの中から財布を取り出す。

 

カードキーを手に取り部屋を出ようとして──その瞬間鳴りだした携帯のアラームに足を止める。

表示された名前は昨日の時点で連絡用として頂いたギャングオルカのものだった。

思わぬ相手からの連絡に慌てて携帯を耳に当てる。

 

「はい、地城です。何かありましたか?」

 

『夜分にすまないな。少々厄介事が飛んできてな、今大丈夫か?』

 

了承の返事をすればギャングオルカから急に舞い込んできた話の詳細が語られた。

 

曰く、今世間を騒がしている"ヒーロー殺し"が保須市に出没する可能性が極めて高いらしくその対策としてエンデヴァーを始めとしてトップクラスのヒーローが集められているらしい。

当初ギャングオルカは位置関係の都合もあってか声はかかってなかったらしいが元々向かう予定だったヒーローの一人が自身の担当区域内に出没したヴィランとの戦闘で軽度ではあるが負傷したらしくその代理として頼られたという。

 

『無論要請された以上私はヒーローとしての責務を果たす。明日保須市へ向かう、しかし事情が事情だ。あるいは長期の仕事になるやもしれん。そこでお前の扱いだが、事務所に残す私のサイドキック達と共に職場体験を進めるか……あるいは保須市へ同行するか』

 

「っ!? ──良いんですか?」

 

『無論、貴様の個性使用は制限されるがな。基本的には避難誘導として働いてもらうぞ?』

 

「分かりました。ヒーロー科学生としての責務を全うします、同行させてください」

 

確かにこの場に残って真っ当に学ばせてもらう方が安全で確実だろう。だがプロヒーローがヴィランとの戦闘に赴く本当の意味でのプロの世界を肌で感じるまたとない機会、それを逃す訳にはいかない。

いや、それ以上に"ヒーロー殺し"などという危険人物が出没するやもしれないと聞いておいて安全な場に留まるなんてことはどうしても考えられなかった。

 

確かにプロヒーローの中でもトップクラスが集まるというのならば自分に出来ることなど何もないかもしれない、そもそも学生の身で現場にしゃしゃり出る時点であまり良くないのかもしれない。

 

──けれど

 

──けれども、何か出来るかもしれないのならば足を止めているわけにはいかない。

 

『いいだろう、急な話で悪いが明日の朝すぐに発つぞ。準備をしておけ』

 

「了解!」

 

通話が切れると一度大きく息を吐き気持ちを落ち着ける。

 

「ヒーロー殺し……」

 

その名を口にすれば思い浮かぶはただ一つ、クラスの委員長、飯田の顔だ。

 

雄英体育祭の最中彼のプロヒーローである兄『インゲニウム』が襲われ再起不能にされたという事情は後で知ったことだが認識していた。

飯田との交流は然程深いわけではないが、委員長として奮闘してくれている姿やヴィラン襲撃の一件で入院した際にわざわざ見舞いに来てくれたりと彼の人の良さは十分理解しているつもりだ。

だからこそ、皆に語った『俺は大丈夫だ』という言葉が周りに心配をかけまいとする為のものであることは分かっていた。

──いやそれ以前に身内を、家族を理不尽に傷つけられて穏やかでいれるはずなんてないだろう。

 

「……何としても、捕まえる」

 

あくまでも自分は避難誘導を始めサポートが役目、ましてや本当にヒーロー殺しが保須市に現れる保証はない。

どちらにしても俺自身がヒーロー殺しと直接的に対峙する可能性はほぼゼロだろう。

それでも、決意を胸に拳を握るのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

その翌日千土は早朝からギャングオルカと平坂さんを含めた彼のサイドキック数名と共に電車に乗り込み保須市へと入った。

市は厳戒態勢を執っているらしく一応市民の姿は確認できるもののどこかピリピリとした空気を肌で感じた。

 

駅を出るとすぐに同じく厳戒態勢のため集まったのだろうヒーロー達の姿が何人も確認できた。

 

「ここまでヒーローが1つの街に集まってるなんて……」

 

「それほどヒーロー殺しという存在を危険視しているのだろう」

 

千土の言葉にギャングオルカはそう応える。

今まさにヒーローを目指し己を磨く学生にはいまいち想像出来ないだろうがヒーロー殺しという存在はその犯行のみが脅威ではない。

 

彼が出没した後、その区域と周辺区域のヒーロー達の功績が増しているという傾向があるとはギャングオルカも耳にしていた。

 

自らがヒーロー殺しの標的にならぬよう意識向上。

ヴィランにヒーローが引っ張られ成長する、決してまだ明るみには出ていないが傾向として既に現れている。

この状況が続けばヒーローという存在に少なからず良からぬ影響が出るだろう。

 

「ひとまず我々の担当の範囲に移動するぞ、道中にも周辺警戒は怠るな」

 

「「了解!」」

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

街を駆けながら周囲を見渡す。

一般の人達に混じって何人ものヒーロー達が目に付くがその一方で不審な人物は一人として見当たらない。

 

「こんな厳戒態勢ですからね、ヒーロー殺しどころか半端なヴィラン一人まともに動かないのでは?」

 

「何も起きないのならばそれで良い、ただし気は抜くなよ」

 

言ってしまえば拍子抜け、しかし各地からヒーローが集まっている以上ある意味当然ともいえるそんな状況にサイドキックの一人がつい呟いたその言葉にギャングオルカもある程度同意しつつも一切気を抜いた様子はなく窘める。

 

「…………」

 

千土もまたどうにも居心地の悪い静けさに気を抜くことなく神経を研ぎ澄ます。

平穏を尊く思えどもかつて平穏を一瞬で崩された記憶がこの場において油断を許さない。

初日の体験学習でギャングオルカに指摘されたように地面の振動感知と直接の観察を平行して行い周囲を警戒し続ける。

 

 

『キャァァァァァッ!!』

 

 

しかし、異常を伝えたのは個性でも目でも耳、幾分か離れた位置から聞こえた悲鳴だった。

 

 

「「っ!?」」

 

平時であらば聞くことなどないであろう本気の悲鳴。

それは保須市が混沌に染まる始まりであった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

先頭を走るギャングオルカに続いて全力で走る。

悲鳴が聞こえた位置は近く、すぐに現場に辿り着いたが目の前の光景にその目を疑う。

 

 

 

そこにいたのはその巨躯をもってしてヒーロー達を薙ぎ払う"脳が剥き出しになった異形の怪物"。

 

「っ脳無!?」

 

ヴィラン襲撃事件の際に対峙した怪物、それと同種らしきその姿に目を見開く。

直接目の当たりにした馬鹿げた力を否応なしに思い出す。

あんなものが街中で暴れたらどれ程の被害が出るというのか、最悪のイメージが頭を過り歯噛みする。

 

「うわぁああぁぁぁっ!?」

 

「まずい!!」

 

しかし向かい合っていたヒーローをその大きな腕で突き飛ばしその背後にいた民間人の男性にその拳を向ける。

 

「させるかァァァァァッ!!」

 

右足で地面を全力で踏み鳴らす。

鈍い音が響くと同時に脳無と男性の間の地面を隆起させ壁を形成する。

 

突如出現した壁に脳無は対応出来ず振りかぶった拳を放つことなく全身を土壁に打ち付け、その足を止める。

同時にすぐに駆けだしていたギャングオルカが動きを止めた脳無の胴体にその強靭な拳を放つ。

そのまま態勢を崩した脳無を力尽くで抑え付ける。

 

「トルペディーネ! 捕獲を!」

 

「了解!」

 

ギャングオルカの指示を受け平坂さん──トルペディーネがその尾棘をギャングオルカの拘束から逃れようともがく脳無の肩へと突き刺し痺れ毒を流し込む。

 

呻き声らしきものをあげ脳無はその動きを止める。

 

「良し、念の為拘束具を頼む」

 

「はい!」

 

サイドキックの人達が手際よく脳無の手や足に拘束具を巻き付けていく。

ひとまず脅威はなくなったのだろうか。

 

(しかし、今度の脳無は以前の奴と比べればまだマシだな)

 

近しい風貌こそしているが以前の脳無は硬化した土壁を容易く砕いてきたのに対し今回の奴は動きを止めた。

パワーもスピードの以前の奴より劣っている、ヒーローの集う保須市を狙うにしてはどうも違和感がある。

 

「まったく、早速勝手に動いたね」

 

「あっ! ……す、すみません」

 

「とりあえず説教は後だ。──よく守ったな」

 

ギャングオルカは千土の行動を厳しく叱りながらも褒めた。

千土が動かなければあの状況で間に合っていた保証はない。しかしそれはそれ、学生の身である以上まだプロのヒーロー達が立つ前線に並ばせるわけにはいかない。

 

「グランディス、お前はそこの男性を安全なところへ連れていけ──どうやらここだけではないらしい」

 

「っ!?」

 

目の前の状況に張り詰めていた意識を戻せばあちこちから狂騒が聞こえてくる。

他にも脳無がいるのかあるいは本命のヒーロー殺しが現れたのか、いずれにしてもこの脳無を捕らえただけで終わる事態ではないらしい。

 

「早くしろ! 現場は一瞬たりとも待ちはしない!!」

 

「了解です! ギャングオルカも皆さんもお気を付けて!!」

 

「余計な心配などいらん! ──貴様、グランディスについていけ、未熟な学生一人ではその男性も心許ないだろう」

 

自身のサイドキックの内の一人を指差してギャングオルカはそう言う。

『本当は"未熟な学生も"心配な癖に……』と皆思いつつも厳格な上司の顔を立て(あと純粋に言うのが怖いから)何も言わずその指示に頷くのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

周囲の地面の振動の感知を張り巡らせば大勢の人が1つの位置に集まっていることに気付き、男性と共にそこへ向かう。

予想通りそこは民間の人を集める避難所らしく、大勢の市民達と彼らを守るべく周囲を固めるヒーロー達の姿がそこにあった。

 

男性をその場のヒーロー達に託し役目を果たした千土はその場から移動をしながらここまで護衛してくれたサイドキックの男性と顔を見合わせる。

 

「このまま逃げ遅れた人を捜しますか? 一度ギャングオルカと合流した方が良いですか?」

 

「そうだな……一度シャチョーと合流しよう。敵の戦力が分からない状況で少数で行動するのは危険だ」

 

「了か──ん? すみません、ちょっと」

 

少し迷う様子を見せながらもサイドキックの男性はそう告げる。

ギャングオルカは恐らく前線にいる為そこに再び学生である千土を連れて行くことに不安はあるが自分と2人で救難行動をするよりは例え前線であってもギャングオルカや他のヒーロー達と合流する方が安全と判断してのことだた。

 

千土もそれに同意し頷こうとし、それより先に携帯の振動が響く。

サイドキックの男性に断りを入れて携帯を確認するとどうやら緑谷からの連絡らしい。

 

『江向通り4-2-10の細道』

 

……何だこれは、これだけ送ってきてどうしろというんだ? 

送信ミスだろうかと一瞬考えるも記された場所がここ、保須市内のものだと気付く。

──となるとこれは救援の要請か? 気が動転した……もしくは余程時間がない状況だったのかは分からないが、そこまで推測した時点で無意識の内に駆けだしていた。

 

「すみません手の空いてるプロヒーローを捜してください! 江向通り4-2-10へ救援要請をお願いします!」

 

「え!? グランディス何を!?」

 

背後から焦った声が聞こえてくるが既に駆けだした脚は止まらず進み続ける。

指定された位置は然程遠い場所ではない、友人の無事を祈りながら千土はその場へと急ぐのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

──江向通り4-2-10の細道。

そこは緑谷が指定したその場は既に戦場と化していた。

 

ヒーロー殺しステイン、彼は標的と定めたヒーロー、ネイティブを襲撃しその命を奪おうとしていた。

しかし事態はそれだけに留まらなかった、兄であるインゲニウムを再起不能へ追いやったステインを密かに追っていた飯田が、そしてその飯田の暴走を心配した緑谷が順にその場へ駆けつけた。

 

緑谷は自身が着いた時、既にステインの何らかの個性で動きを封じられたネイティブ、そして飯田を守るべくこの職場体験を通し新たに会得した戦術、そして思考力を以て時間を稼ぐべく応戦するも振るわれた斬撃により負った傷、血がそれを許さなかった。

 

ステインの個性を緑谷は理解する。

対象となる人物の血を経口摂取すること、その条件を満たせばステインは相手の動きを停止させることができる。

決して使い易い個性ではないだろう、だが今この場にいる全員がその個性に縛られステインを除いて動ける者は誰一人として存在しない。

──すなわちステインの凶行を止める者は誰一人としていない……彼自身を除いては。

 

「ヒーローを名乗る殆どが口先だけの贋作ばかり……だがお前は生かす価値がある。こいつらとは違う」

 

友を救う、曇りないその"ヒーローの意志"こそステインが尊ぶもの、故にステインは目の前の緑谷にその凶刃を振り下ろさない。

──しかし、復讐に囚われ目の前の人間を救うことより私怨を優先する贋作にその価値はないとステインは飯田へ足を進める。

 

「やめろぉぉぉぉっ!!」

 

必死に叫び全身に力を込めるが縛られた身体は動かない。

 

頭上に掲げたその刀を振り下ろすステイン。

目の前で友の命が奪われる絶望に緑谷は顔を蒼白させる──直後、紅蓮の炎が路地裏に走る。

 

「っ!?」

 

自身を飲み込まんとする炎の激流を飛び上がりステインは回避する。

手にした刀に新しく血が付いていないのを見て緑谷は視線を飯田へと向けようとして──何者かに襟を掴まれる。

 

「ぐぇっ!? だ、誰!?」

 

「悪ぃ緑谷……流石に2人はキチィんだ」

 

そういうのは自身を掴む右手とは反対の左腕でいつの間にかネイティブを支えていたクラスメイトの姿。

 

「ち、地城君! ──それに」

 

「緑谷、こういうのはもっと詳しく書いてくれ」

 

氷と炎、相反する2つの力を纏ったもう一人のクラスメイトの姿がそこにはあった。

 

「轟君も! 何で2人が!?」

 

「お前の飛ばしたメッセージだ、ざっくりとした内容だったからその辺りの足音の探知をしてここに辿り着いたんだよ……途中から足音が1つになったら焦ったわ」

 

「偶然地城と会って助かった。最悪もっと遅れてたぞ」

 

メールの内容に従い向かって見ればビル群だけあって細道なんていくらでもあった。

 

やむを得ず地面の振動を探知してみれば路地裏の一つからやたら激しい振動を感知し慌ててその方向に走ればその途中で轟と合流し、轟の方でも同じ状況だったらしく2人で件の路地裏へ向かう最中気が付けば激しい振動は収まり残ったのは一人の足音だけ。

正直最悪の想像が頭を過った。

 

「……だがおかげで助けに来れた。いずれプロヒーロー達も集まる」

 

幸い轟の方もプロヒーロー達に救援の要請はしているらしく、プロヒーロー達が来るのも時間の問題だろう。

──ならばすることは決まりだ。

 

緑谷とネイティブを自身の背後にゆっくり降ろすとヒーロー殺しと向き直る。

 

何人ものプロヒーローの命を奪った凶悪な男。

すなわちそれはプロヒーローさえも凌ぐ力量なのは間違いない。──故に意識を研ぎ澄まし睨む。

 

「殺させはしないぞヒーロー殺し、こっから先は俺達が相手だ!」

 

「ハァ……邪魔ばかりだな今日は……」

 

煩わしそうにステインはそう呟く。

どこか気が抜けたようなぼやき、しかし纏う狂気、気迫は僅かにも薄れず、むしろ高まっていく。

 

カチャリと手にした刀が金属音を奏で刃を向ける。

プロヒーロー達がいずれ来る、そんな状況であっても退く気はないということだろう。

 

隣に立つ轟と視線を交わす。

数で勝ろうと気は抜かない、敵は間違いなく自分達より強い。

 

──けれど退く訳にはいかない。

 

ならばするべきことは一つ、場所は違えど雄英生としての信念を果たす。

 

──Plus_Ultra

 

限界を越え、今一度巨悪へと挑む。

 

 



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第31話 路地裏の決戦

保須市路地裏にて千土は轟と共にヒーロー殺しステインと向かい合う。

並みのヒーローを遥かに凌ぐ相手の力量に加え時間を稼げばプロヒーロー達が駆け付ける状況で、こちらから不用意に突っ込む必要はない、故にこそステインの動きを一つとして見逃すまいと警戒する。

 

──こちらの意図を当然理解したのだろう、数秒と待たずしてステインは静寂を破る。

 

決して飯田の様な桁外れた速さではない、だがその極限まで鍛えられた動きには無駄がなく男の姿を獣のごとく思わせる。

 

「2人共! そいつに血を見せちゃ駄目だ! 血を経口摂取して相手の動きを縛る個性だ!」

 

「その為の刃物か! 地城!!」

 

「あいよ!」

 

自身の足元の地面を砕き、浮かばせたコンクリートの塊をステインの足元へと放つ。

弾丸のごとく打ち出された石礫、しかしそれをステインは身体能力一つで飛び越える。

 

「……遅い」

 

「今だ轟!」

 

「──ああ!」

 

しかし、こんな程度が通じるとは最初から思っていない。

これは奴を跳躍させる為の誘導、奴の個性が動きを封じる個性でしかない以上どれ程卓越した身体能力であっても空中で動くことは出来ない。──つまりそれに合わせて放った轟の炎を避ける手段はない。

更に念には念、ステインの着地点を陥没させ空中から逃がさない。

 

「──即席の連携としては悪くない、が甘いなァ」

 

「はっ!?」

 

しかし、ステインはその手の刀をビルに突き刺しそれを軸に更に一段、宙を飛ぶ。

化け物かと目を疑うがステインが刀とは別に携帯していた小型のナイフを数本投擲してきたことでその意識を引き戻す。

 

すぐにいくらか周囲に残していた石礫でそれを弾くがその僅かな瞬間で影は目前へと迫っていた。

空中から一瞬で迫ってきたステインの足が伸びてくる。ご丁寧に靴にも無数の突起が施されており防いだとしても血が舞うだろう。

 

「──っ!」

 

一瞬、靴の突起が千土の腹を捉える寸前その動きは静止する。

その直後ステインの背後から迫った石礫がこめかみを掠める。

 

──あと僅かにでも蹴りに踏み出していれば目の前の子供の胴体を抉っていたろうが自身も頭部に一撃を受けた。

そう判断しつつステインは後方へと跳躍し壁に刺さったままだった自身の刀を回収しながら距離をとる。 

 

数舜遅れて先程までステインが、そして千土が立っていた位置が業火に包まれる。

 

「くそ、逃がしたか」

 

「悪い轟助かった、まさか背後からの攻撃まで避けられるとはな」

 

諸共炎に飲み込まれたかと思われた千土が地面から生えてくると同時に轟の隣に再び並ながら苦々しく呟く。

 

空中へと誘導し轟の炎で攻撃、万一それが避けられた自身を囮に最初に誘導として放った石礫を引き戻して後頭部に当てる。その手筈だったが身体能力一つで簡単に避けられるという結果に少なからず驚愕していた。

 

「動きが桁外れだ、おまけに行動の一手一手が次の攻撃に続いてやがる」

 

「こっちが二人掛りの上個性フル稼働でやってることを体術だけでやりやがって……化け物かよ」

 

「とりあえずさっきみたいな捨身の戦術はもうすんな、片方やられたらその時点で終わりだ」

 

「だな、悪いちょっと無理した」

 

もっとも向こうがこちらの狙いが時間稼ぎだと思い込んでいればハイリスクな速攻勝負が上手く嵌るかと思っての不意打ちだったが、一度見破られた以上次も無理だろう。

ここからは当初の予定通り時間稼ぎを軸に叩かわねばと思考を巡らせる。

 

一方、早くも手詰まりな状況に歯噛みするこちらを静かに──まるで値踏みするかの如く見ている。

 

「……やめてくれ皆……」

 

「飯田?」

 

背後から聞こえてきた飯田の声にステインから意識を逸らすことはせずとも耳を傾ける。

 

「……そいつは僕が、兄さんの名を継いだ僕が!」

 

──それはヒーローとしての責務ではなく親しい者を傷付けられた憎しみからくる重苦しい声。

 

「……継いだ割には俺が知ってるインゲニウムとはえらく違うな──お前の家も裏じゃ色々あるんだな」

 

だからこそ轟はそう呟く。

憎しみに囚われた者の視界がどれだけ狭まるか、自分自身が身をもって知っているからこそ今の飯田を見ていられなく思ったのだろう。

 

そしてそれは千土もまた同じだった。

価値がないと判断した者の言葉に興味などないのだろう、再び接近を図るステインの動きを阻むべく陥没と隆起を繰り返しながら背後の飯田へと言葉を向ける。

 

「──お前の気持ちは良く分かるよ飯田、家族を理不尽に傷付けられる辛さってのは……俺も同じだったからさ」

 

「え?」

 

「だから任せろ! お前の憎しみも悔しさも──正義も全部背負ってこいつを取っ捕まえてやる!!」

 

確かに飯田は兄を傷付けられた憎しみでステインを追ったのだろう。

それは決してヒーローとして褒められたものではないのだろう──けれど自身の大切な人が傷付けられたからこそ2度と同じことはさせまいと思った"正義"だってあるはずだ。

誰かの為に怒る──その全てが間違いだとは言わせない。

 

「その贋作の憎しみを背負う? ならば貴様も同罪か……」

 

如何なる妨害も容易くすり抜け目前に迫ったステインに千土は自身の足元の地面を槍状に隆起させる。

高速で動くステインの動きを見極め、踏み込んだ瞬間に放った一撃。石の槍の動きだけでなくステイン自身がそれに向かって突っ込んでいる以上今度こそ空中へ躱すことも不可能。

──しかしその一撃をステインはその手の刀で槍の根本から両断する。

 

石の槍を切り裂いたステインはそのまま千土との最後の間合いを詰め返しの刃繰り出す。

 

「っ!?」

 

ガキンッと鈍い音が響く。

ステインの刀が千土のコスチュームを切り裂きその先の肉を切る、そのはず刃がコスチュームの中に隠されていた最高硬度に引き上げた板状の石に阻まれた。

 

思った通り、その個性の特性上人を直接攻撃するときステインの攻撃は僅かだが軽くなっている。

別に手加減している訳ではない、ただ力を込めた一撃を放てばその分動作は大きくなる。

たった一撃相手を負傷させれば相手の動きを封じられる個性を持つ以上そんな無駄は必要ない。これ程の動きを見せる男がネイティブ、飯田、緑谷、誰一人致命傷となる外傷を与えていないのが良い証拠だ。

 

岩を切り裂く重さよりも肉を僅かでも断つ速度を優先したが故にその凶刃は阻まれた。

 

「はなっから俺は人の平和を脅かす奴なんて憎み続けてんだよ!!」

 

一度刀を引こうとするステインより早く叫びを上げながら拳を振り抜きその顔を捉える。

態勢をぐらつかせたステインを続けて攻め立てようと足から地面へ力を流し込み、降りてきたステインの顎へと地面を隆起させる。

 

「……なるほど」

 

しかし即座にビルの壁へと飛び上がり地面からのアッパーの軌道からステインは逃れと同時にビルを蹴りつけて再び距離をとる。

その動きには一切の乱れなく、拳を直接受けたダメージなど微塵も感じられない。

 

「他者を救う為自らの命を賭す覚悟──ハァ……確かに貴様はヒーローとしての在り方をしている。……だが貴様の目にはそこの贋作同様憎しみが宿っている」

 

「……かもな、否定はしねぇよ」

 

「…地城君?」

 

ステインの言葉も事実でありそれを否定する気にはならない。

家族を奪われたあの日からヴィランを恨む気持ちはなくならない、人を脅かす連中なんていなくなってしまえば良いと思っている。

 

それは幼い頃の自分が抱いた消えることのない憎しみ。

しかし、あの日自分が背負ったものは──そんなものだけではない。

 

「憎しみなんていくらでも背負ってやるさ、それ以上に大事な……№1ヒーローとの約束背負ってんだ! 軽いもんさ!」

 

「No.1ヒーロー……だと?」

 

「……それに、ダチに偉そうに説教しといて俺だけ憎しみに囚われる訳にはいかねぇよ、なぁ轟?」

 

ふと声を掛けられ一瞬轟はこちらに視線を向け、僅かに口角を吊り上げる。

エンデヴァーへの憎しみに囚われていた自分に体育祭の最中に何度も絡んできた上に勝手に母に根回ししておいてその張本人が憎しみに囚われているなどとんだ笑い話だ。

 

──もしも仮にそんなことがあるのなら、今度は俺が引き戻すまでのこと。

 

だからこそ轟は千土の言葉に頷いて目の前のヒーロー殺しへと視線を向ける。

 

「あぁ、俺達はもう憎しみに囚われたりはしねぇ。"ヒーローを目指す者"としてお前を捕まえる!!」

 

「そう言うこった! もう誰一人殺させやしねぇぞヒーロー殺し!!」

 

「──そうか、先程の言葉は取り消そう……いいな、お前たちも」

 

全力の気迫を宿した言葉にヒーロー殺しの狂気染みた眼差しが返ってくる。

こちらの力量、信念あるいはその両方か、単純に殺しにかかるではなくそれらを測っていたのを止めたのだろう、ステインの纏う空気がより一層重苦しくなる。

緑谷同様に殺さず封じるのか、殺して排除するつもりかは分からないがどちらにしても恐らくここからは本気でくるだろうと息を飲む。

 

タンッと地面が小さな音を鳴らす。

両手に持った刀を構えながらステインが常人離れした速度で向かってくる。

 

相手の主戦術たる近接戦闘に持ち込むまいと地面の陥没と氷柱による波状攻撃を仕掛けるも跳躍を繰り返し容易く避けながらみるみる距離を詰めてくる。

 

「──くそっ!」

 

これ以上近づかれる前に捉えようと轟が先程より広範囲に一気に氷柱を形成する──しかし。

 

「自分より速い相手に自ら視界を塞ぐとは愚策だな──何?」

 

今まで以上の規模の氷塊させステインは容易に切り裂く。

そのまま最後の壁を壊された轟へと凶刃を向けようとして──開かれた空間にその轟の姿がないことに気付く。

 

「やれっ! 轟!!」

 

一瞬、その光景にステインの動きが固まるのを見逃さず叫ぶ。

特大の氷柱を出す直前まで轟が立っていた位置の地面がボコッと膨張するとその直後一気に炎が噴き出す。

氷柱で視界を覆うと同時に地面の中に隠れさせた轟の奇襲だ。

 

今度はビルに刀を突き刺すことで空中での跳躍をさせまいとビルの壁を硬化させつつステインへと迫る炎へ視線を向ける。

 

「──ハァ……やはりか」

 

逃げ場のないはずの攻撃、だがステインはその歪んだ笑みをむしろ深める。

 

「なっ!?」

 

ステインが切り崩した氷塊、形が歪んだことで崩れたそれが丁度ステインの下へと振ってきた。

最初から狙っていたのか即座にそれを足場として蹴りつけ空中から一瞬で目前に迫ったステインの姿に千土は絶句する。

 

「一定範囲の地面に干渉する個性……それを見て地面を警戒していないと思ったか?」

 

言葉と同時に放たれた刀の軌道から即座に後方へと身体を捻って辛うじて逃れ──追撃に投げられた小型ナイフが左肩に深く突き刺さる。

 

「ぐっ!?」

 

「地城っ!!」

 

激しい痛みに視界が白黒になる感覚に襲われるがそれどころではない。

空中に飛び散った血の飛沫に視線を向ければステインの舌がそれを拾いに伸びている。

 

「舐めんなぁぁぁ!!」

 

「何!? ──っ!」

 

後方に捻っていた身体を無理やり傾け顔面から地面に激突する勢いでステインの額へ頭突きする。

鈍い音が響くと同時にステインが僅かに仰け反り、血の飛沫は地面へと落ちる。

 

すぐに個性で地面を砕いて血痕を消すと同時にステインから距離をとろうと飛び退く──が、一瞬早く伸ばされた腕が肩に突き刺さったナイフの柄を掴む。

容赦なくナイフを引き抜かれ更なる激痛に小さく呻きながらもすぐにステインの左腕へと飛び付く。

 

その手に握られたナイフの刃にこびりついた血を舐めとられては飯田達同様動きが完全に止められてしまう──今なお刃が抜かれた左肩からも血が溢れているが最早そんなことを気にしている暇はない。

 

「ハァ……無駄だ、少し遅い」

 

しかしこちらがステインの腕に飛び付くよりも速くステインはその左腕──その手に握られた血塗れのナイフを自身の口元へ──

 

「させてたまるかぁぁぁぁっ!!」

 

「緑谷っ!?」

 

「──ッ!」

 

宙を蹴ってステインの下へ飛び込んだ緑谷が彼の左腕を蹴り上げその手のナイフを弾き飛ばす。

更にそれを見た轟が即座に自身へ氷柱を走らせるのを見てステインは左腕を抑えながらもビルを蹴りつけすぐに距離をとって逃れる。

 

結果、千土の血に塗れたナイフだけが氷の中へと閉ざされた。

 

「悪ぃ緑谷、助かった。轟、ついでに俺の傷口凍らせて塞いどいてくれ」

 

「あぁ。──だが緑谷、どうしてお前は動けた?」

 

「僕にも分からない、けど時間制限ではないと思う」

 

後ろを確認してみれば未だに動くことができない飯田とネイティブの姿がある。

確認した順番通りであるならばネイティブ、飯田、緑谷の順に解けるはずだ。

 

「つまり別の要素が絡んでるな。人数制限、摂取量、血液型……」

 

「血液型……俺はBだ」

 

「僕は……A」

 

「僕はO」

 

轟が口にしたいくつかの可能性、その一つにネイティブが反応し飯田と緑谷もそれに続く。

異なる血液型にもしやと思いステインの方へ視線を向ければどこか諦めたようにため息を漏らす。

 

「血液型……ハァ……正解だ。取り込んだ血の血液型によって拘束時間が変化する」

 

「つまりO型が一番短く、逆にAとBは長いってことだな──地城……お前は?」

 

「…………B型」

 

「お前はもうあんま前に出るな」

 

「悪ィ」

 

拘束時間が長い血液型に加え既に負傷した状態という酷い状況に歯噛みする。

轟の氷のおかげで傷口を塞ぎは出来たがもう下手は打てない。

──しかし全てが悪いというわけではない。

 

「僕が前衛で注意を引くから轟君と地城君は後方から支援して!」

 

緑谷の拘束が解かれてこれで3対1の状況になった。

これは極めて大きなプラスだ──だが。

 

「大丈夫か緑谷? 一人で奴と接近戦は危険過ぎるぞ?」

 

「危険は承知だよ、けど……」

 

血液型と個性の特性を考えると打てる最善策は確かにそれしかない。

出来れば俺も石の鎧を纏って緑谷と共に接近戦をしたいが石を切り裂くステインの太刀筋に加えて相性が悪い自身の血液型では足手纏いになるだけと分かってしまう。

 

「……分かった。俺と轟で全力でお前をサポートする」

 

「あぶねぇ橋だが他に方法もねぇ──守るぞ、3人で!」

 

全員腹は括った、轟の言葉に頷くと両手に刀は構えたステインと向かい合う。

 

「3対1──甘くはないな」

 

ステインの纏う空気が更に変わる。

狂気に染まりつつも同時に感じる強者の発するピリピリとした緊張感、それはステインが完全に本気になったというなによりの証だった。

 

圧倒的なプレッシャー、しかし緑谷は臆さず駆けだす。

度々緑谷の見せる強靭な精神力に驚きながらもすぐに援護を始める。

 

「やれ! 緑谷!!」

 

最後に見たときから飛躍的に上昇した緑谷の速度、それに劣らぬ速度で迎え撃ちにきたステイン、両者の間の地面を隆起させ巨大な壁を形成する。

 

(笑止、懲りずにまた視界を覆うとは──っ!?)

 

例えどれ程分厚い壁を造ろうが強固な体を持ったヒーローの贋作も葬った経験を持つステインにとっては紙同然、手にした刀を振り抜こうとして、それより先に目の前に壁に一気に皹が入る。

 

「「ぶっ飛べぇぇぇっ!!」」

 

「……っ!?」

 

緑谷の桁外れの威力を誇る拳が土塊の壁を無数の弾丸へと変えてステインへと放つ。

豪雨の如く降り注ぐ石礫にステインの足が一瞬止まる。

 

「今だ!」

 

「甘いっ!!」

 

石礫に紛れステインの目の前に接近した緑谷が拳を振りかぶる。──がそれより早く瓦礫に身を打たれながらもステインが刀を右から左へ振り抜く。

既に勢いのついていた緑谷は刀の一閃を避ける為身体を強引に屈め地面に崩れ落ちる。

 

その動きを見て千土と轟は同時に動く。

千土が右足を地面に打ち付け自身から離れた緑谷が倒れた位置の地面を陥没させるのに合わせて轟が炎を走らせる。

 

──視界の端に1つの影の動きが映る。

 

地面に避難させた緑谷を巻き込まないよう僅かに浮かせた炎の軌道。

その地面と炎の僅かな隙間を身を屈めたステインが獲物を狙う蛇の如き勢いで接近してきている。

 

「化け物め……なら直接炎ん中にぶち込んでやる!! 『地質操作・隆起』」

 

ステインの足元の地面を隆起させ未だ放出を続ける轟の炎の中へと突っ込ませる。

今度こそ捕らえた、一瞬そう思うも炎の中に微かに赤い光が見えた。

 

「あぶねぇ轟っ!!」

 

「なっ!?」

 

身を焼かれるのを意に介さず放たれたナイフが炎の中を突っ切って轟へと迫ってきた。

咄嗟に轟の横腹を蹴りつけナイフの軌道から逸らす。

しかしこれで轟の炎の放出が止まってしまった、つまり今ステインは──

 

地面に突き刺さったナイフからすぐに正面に視線を向ければやはり炎に包まれながらも狙いをすましていたのだろう、焼き焦げた服から覗かせる火傷した身体でなお一切衰えない動きでビルの壁を足場にすぐ目の前まで迫っていた。

 

振り下ろされた右手の刀を瓦礫を纏った腕で横から弾く。

正面から当たれば確実に切り裂かれるであろう一太刀から辛うじて逃れるもすぐにもう左手に握られた刀が振り抜かれる。

 

人間離れした動きを見せるステインの目にも止まらない高速の一閃。

この場で最も機動力に優れる緑谷であってもより速く動くことは困難であろう──しかし、より"速い一撃"であれば可能だ。

 

ステインがこちらに迫った瞬間から奴の視線から外れた緑谷に遠隔操作で渡した形状、硬度を調整した"ハンドボール"サイズの瓦礫。雄英高校に入学した初日に自身より上の記録を叩き出したライバルへの信頼の1球。

緑谷はそれをステインに向かって振り被り──投擲の瞬間人差し指に自身の全力を込める。

 

「──ぐっ!?」

 

パワーやスピードに優れ今まで接近戦を行っていた緑谷からの遠距離からの攻撃はさすがに予想外だったのだろう、放たれた700m以上吹っ飛ぶ剛速球がステインの左肩を捉える。

恐らく骨まで届いたのだろう衝撃にステインの左手から刀が零れ落ちるのを見て即座に拳を引いて──苦痛に歪んだステインの顔に硬質化した瓦礫を纏ったその拳を打ち込む。

 

「がァッ!?」

 

脳を揺さぶる衝撃にステインの身体が地面に崩れる──寸前に右手と両足で地面から跳ね上がる。

ビルを蹴り、背後の緑谷さえも飛び越えるその動きは変わらず人間離れしているが僅かにキレが落ちているのが見て取れた。

 

「ナイスだ緑谷! 今度ばかりはダメージを負ったみてぇだ!!」

 

「うん! これなら──」

 

「っ!? 地城ッお前!!」

 

ステインが離れたことで腹の中に溜まった疲労感を吐き出すように息を吐き呼吸を整えながら緑谷を労っていると轟の切羽詰まったような声が耳に響く。

ようやく優勢に傾きだしたのに一体どうしたと言おうとして──集中し過ぎて薄れていた感覚が蘇り右頬に熱さに似た痛みが伝わてくる。

 

「──は?」

 

身体が一気に重く、硬直する。

立っていることすら出来ずに前のめりに倒れ地面にくっついた顔の先に頬から伝った血の血痕が見えた。

 

「──ハァ……ここまで傷を負うとは……久方振りだ」

 

全身の火傷と左肩の故障、数多の贋作というべきヒーロー達と戦ってきたステインにとっても軽症というにはあまりに重い負傷に驚き、あるいは称賛かどちらともつかない声色で話す。

その不自然にぶら下がった左手には先端に僅かに血を付けた小型のナイフが握られていた。

 

「嘘だろ……飛び退く瞬間に折れた肩でナイフを振りやがったのか?」

 

「そんな……」

 

執念か妄執か、常軌を逸脱するヒーロー殺しの行動に息を飲む。

ようやく決定打と言える攻撃を与え優勢になったと思った瞬間に一気に劣勢に叩き込まれ緑谷は焦燥に駆られながらも思考を巡らせる。

 

プロヒーロー達が駆け付けるまでの残り時間、桁外れの戦闘能力を誇るステインを相手に3対1から2対1に持ち込まれたこの状況、このまま戦闘を続行するより何とか飯田達を連れて離脱する方法を探るべきかと思案する。

 

「俺のことなら気にすんな緑谷!」

 

「地城君!?」

 

「地に足ついてりゃ俺は戦えるんだ、せいぜい3人が2.5人になった程度だ! それにいくら奴でも折れた肩で何度もナイフ振り回すなんてできねぇはずだ。勝ってんのはこっちだ!!」

 

そう言うと同時に自身の周囲の地面を砕いて周囲に滞空させ自衛させると同時に明らかにこちらを心配している緑谷へ口角を吊り上げて見せる。

例え身体が動かなくなろうが決してヒーローとして守り通す覚悟、周囲を鼓舞する姿勢、そんな千土を見てステインは再び笑みを浮かべる。

 

「やはり良いな。ハァ……お前も生かす価値はある……殺しはしない」

 

そう言ってステインは無事な右腕で刀を構え直す。

あちこちの火傷や肩の骨折、軽い傷ではないはずだがステインに逃走の選択肢はないようだ。

地面から伝わる微かな振動がステインが足に力を込めているという事を伝えてくる。

 

「──っくるぞ!!」

 

「「っ!!」」

 

警告とほぼ同時にステインが動き出す。

すぐに緑谷も動き応戦するも拳をすりぬけステインは僅かに離れた位置に立つ轟を狙う。

高い身体能力を持つステインにとって緑谷よりも遠距離から強力な攻撃ができる轟の方が先に動けなくしておきたいのだろう。

 

轟もすぐに凍結と炎で迎撃を図るもやはりステインの動きを捉え切ることができずみるみる距離を詰められる。

千土もまた、自身の周囲に浮かせた瓦礫のいくらかをステインへ放つも先の奇襲の直後だからか容易く避けられ足止めにすらならない。

 

「くそ……」

 

何とか身体を動かそうとするも血を採取された身体は重く少しも動かない。

既にステインの凶刃は轟のすぐ傍に迫っており最早打てる手もなく歯噛みする。

 

「レシプロ……バーストォッ!!」

 

「「っ!?」」

 

だが、拘束が解けた飯田が後方から体育館の最中で見せた最高速で飛び出してくる。

圧倒的な速度で放たれた蹴りは轟に迫っていたステインの刀をへし折るだけに留まらずステインの身体を弾き飛ばす。

 

「緑谷君……轟君に地城君も……関係ない事に巻き込んで本当にすまない──だからもう……君達を傷付けさせはしない!!」

 

「──感化され取り繕ったとしても無駄だ、人間の本質は変わらない……貴様は私欲を優先させる贋作だ! ヒーローを歪ませる癌でしかない!!」

 

「時代錯誤の原理主義が、飯田耳を貸すな」

 

「いや轟君……奴の言う通り僕はヒーローを名乗る資格はない! だけど僕は折れるわけにはいかない! ──インゲニウムを消さない為にも!!」

 

「論外!」

 

何を語ろうが既にヒーローを穢す贋作だと見切りをつけた飯田の事をステインは認めない。

平行線な問答は長くは続かず戦闘が再開し自分や緑谷に向けたものとは違う明確な殺気を宿した刃が飯田を狙う。

 

無論轟も炎で迎撃を図るが今までより更に動きを速めたステインには当てることはかなわずその動きを牽制するのが限界だった。

しかしその動きは今までステインから感じていた余裕が薄れているのを轟は感じた。

 

「──焦っているな」

 

「──元々多人数を相手取る個性じゃねぇからな……プロヒーローが来るまでもう時間がねぇのが分かってるんだ……」

 

広範囲に攻撃できるわけでもなく、離れた位置から攻撃できるわけでもない、あくまで自身の体術を以てして相手に外傷を与えなければならない個性は明らかに多対1に向いたものではない。

だが、それでもステインからは退く意志は感じられない。

自らが贋作と断じた飯田とネイティブを殺す、その狂った執念が目の前の男を突き動かしているのだと千土は直感する。

 

飯田が加わり動けないものの個性で応戦できる自分を含めて4対1、数ならば勝っている。しかし追い詰めたが故に引き出させてしまったステインの全力に攻めあぐねてしまう。

更に動かない身体の狭い視界を必死に見渡せば飯田の脚の排気塔から煙出始めているのが見えた。

──先程の飯田の奥の手、レシプロバーストの反動が出始めたのだ。

 

「──轟君、僕の足を凍らせてくれ! 排気塔を塞がずに!!」

 

「っ! 分かった!!」

 

飯田の指示で轟の凍結でその反動を抑制する。

しかしその隙を見落とすステインではない、接近戦を繰り広げていた緑谷を退けすぐに右手の刀を轟へと投げつける。

 

「……させるかっ!!」

 

「っ!?」

 

視界の端に映る刀の軌道に周囲の瓦礫を割り込ませ弾き飛ばす。

 

「早くしろ轟、飯田!」

 

飯田の足の冷却を急かしながら残りの瓦礫全てをステインへと放つ。

左腕を負傷した上、右手の刀を投げた事でステインの武器は改めて持ち直した右手の小型のナイフが一本だけ。ここの状況ならこれだけでもある程度の時間は稼げるはずだ。

 

「小賢しい!」

 

右手のナイフを振るい襲い来る瓦礫の弾幕を掻き分け、時に身体に瓦礫を受けてなお進み弾かれた刀を握り直すと即座に飯田の方へ向き直る。

 

「ハァ……邪魔だ」

 

構え直した刀を振るえば片手の太刀であっても無数の瓦礫を細切れにする。

──だが、それでいい。既にやるべきことは済んだ。

 

「やれ! 飯田ァ!!」

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

宙を舞うステインを追ってエンジンの冷却が完了した飯田がビルの壁を蹴って空中へ飛び上がる。

自身が葬る相手の接近を察知しステインもまた壁を蹴り飯田へと向かう。

 

「死ね……贋作!」

 

「死ぬわけには──いかないッ!!」

 

真っ向から対峙する飯田とステイン、常人を遥かに超える飯田の速度で放たれる強靭な蹴り。

しかしこれまで何度も見せられたステインの圧倒的な技量、果たして押し切れるのかと不安に息を飲む──その瞬間"もう一人のヒーローの影"が映る。

 

切り付けられた左足から血を溢れさせながらも緑谷が歯を食いしばり駆け付ける。

当然ステインもそれに気付いたが目の前の飯田が放つ最高速の蹴りもまた無視できず、片腕のみのステインに最早緑谷への反撃は不可能だった。

 

意表を突いた緑谷の拳が、刀をへし折った飯田の蹴りがステインの身体を捉える。

顔と腰に重い衝撃を受けステインは遂にその意識を手放し、同じく力を使い果たした飯田、緑谷と共に力なく地面に落ちてくる。

 

「地質操作……っと」

 

すぐに個性を使い落下地点のコンクリートとその下の地面を砕き砂のクッションで3人を受け止める。

ただしステインにはその砂を纏わり着かせそのまま拘束具として利用する。

 

砂のクッションから立ち上がった飯田も緑谷も、そして轟も千土も皆一度息を吐く。

張り詰めていた緊張感が解けていくがそれでも未だ現実感が湧かず、再び息を吐く。

 

プロヒーローさえも脅かすヒーロー殺し、ステインの確保。

やがて追いついてきた実感にこの場の者は皆それぞれの無事を噛み締めるのだった。

 



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第32話 地に張り付いた足

ヒーロー殺しステインとの激闘を制した轟はすぐに近くにあったロープを使いステインを縛り上げていた。

 

皆顔には未だに疲労の色が伺えたし飯田や緑谷に至っては傷も浅くないのは理解しつつもステインの意識が戻るより早く行動すべきと判断し口を開く。

 

「そろそろ動きたいが行けるか?」

 

「大丈夫──つッ!」

 

「足怪我してるじゃないか! 俺が背負ってやるから無理すんな!」

 

動きかけた緑谷が足の痛みで顔を歪めたのを見て拘束の解けたネイティブが駆け寄る。

 

「す、すみません」

 

「いや、礼を言うのは俺の方だって」

 

ネイティブが緑谷を背負うの見てひとまずそちらは大丈夫そうだと安堵した轟は飯田へと目を向ける。

 

「飯田は大丈夫か? 俺らの中で一番重症だろ」

 

「いや大丈夫さ、こんな程度で迷惑は掛けられない」

 

「迷惑とか気にすんな、俺達はまだまだ未熟な学生なんだ。助け助けられでヒーローになればいいさ──ってなんだ!? 身体が動かねぇ!? まさかまだ拘束続いてんのか!? 轟! 助けてくれ!!」

 

「──おい……」

 

やたら決め顔で飯田に駆け寄ろうとしたのだろうが未だにステインの個性による拘束が続いているらしく虚しく身をよじる千土に轟は冷ややかな目を送る。

しかしそんな緊張感のない間抜けな様子に張り詰めていた感覚が抜け皆僅かに表情が和らぐのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

ステインの意識が戻るより先にその身柄をプロヒーローへ引き渡すべく轟達は路地裏から通りへと足を進めた。

 

「……地に足ついてるのを苦痛に感じたのは初めてだ」

 

「地に足っつぅかケツだな」

 

未だ動ない千土は轟に襟を掴まれ引きずられていた。

他に運び方はないのかとも思うが足を負傷した緑谷をネイティブが背負っており腕を負傷した飯田は論外、残る轟も片手でステインを縛るロープを引きずっている為他にやりようがない。

──ついでにこの状態ならステインの様子を監視できる為これが最良の形でもある

地面の摩擦は痛むが仕方ない、幸い特注のコスチュームなので穴が空く心配もないとやがて無心で引きずられている状況に慣れていった。

 

そんな様子を見て若干呆れたように呟いたネイティブは続けて少し申し訳なさ気に口を開く。

 

「しかしプロの俺が一番足を引っ張ちまって申し訳ない」

 

「仕方ないですよ、一対一であの個性の相手はとても……」

 

「四対一でやっとだ。それもステイン自身のミスがあってギリギリ──緑谷の拘束時間の見落としや動きを封じても個性を使える千土との相性の悪さ、何より──」

 

「俺や緑谷、轟には最後まで殺す気で来なかった」

 

轟の言葉の続きを千土は呟く。

本来のステインならば自分達如き学生が束になっても遅れを取ることはなかっただろう。

しかしステインは自身の定めた粛清対象に含めなかった者達だけは最後まで殺そうとしなかった、その結果緑谷の戦線復帰や千土の妨害を受けたことで最後に飯田と緑谷の反撃に追いやられた。

 

「──まぁ、おかげでこんな化け物捕まえられたんだ、納得はいかねぇが良しとしようぜ」

 

「ここが例の位置かっ!?」

 

千土自身不本意ではあるがそれは突き詰めれば全て自分の実力不足が原因であり、しかしそれをわざわざ口にしてもただ空気が重くなるだけと判断してわざとらしくではあるが明るめの声でそう言うと不意に聞こえてきた別の位置からの声に意識を奪われる。見れば数人のプロヒーロー達が駆け寄ってきていた。

内一人、小柄の老人は緑谷の職場体験先のヒーローらしく叱責するその人物に緑谷は何度も頭を下げていた。

 

千土もまた皆と逆方向を向いた状態で首が動かない為そのやり取りを見れずとも話しだけは耳に入ってきて──絶望する。

 

──やべぇ、そういや俺も絶対後でギャングオルカに怒られる……

 

「マジでやばい、言い訳を……尤もらしい理由を何か……何か……」

 

「何ぶつぶつ言ってんだ地城?」

 

顔を蒼白させこの世の絶望を憂いていれば訝しげな轟の視線が突き刺さるがこっちはそれどころではない、今この一瞬一瞬に生死がかかっているのだ。

──ギャングオルカ怖いんだよ……

 

そんな考え事に気を取られていた最中、バサァっという翼の羽ばたきが耳に入る。

 

「伏せろッ!!」

 

先程まで緑谷に説教していた老人の警告が響き渡る。

何事かと周囲を見渡そうとするも未だに身体が動かずただ自身の頭上を何かが通り抜けたのを感じる。

 

「一匹そっちに逃げたはずだ! 急いで確保を!!」

 

「緑谷!?」

 

エンデヴァー、そして轟の声が聞こえその内容に耳を疑う。

 

「何が起きたんだ轟! 緑谷は!?」

 

「翼の生えた脳無だ! 緑谷が捕まった!」

 

「何だと!? ……くそっ」

 

情報からして脳無は空中、自身の個性ではどうすることも出来ない状況に歯噛みする。

最早打つ手が無く一縷の希望に賭けて地面に意識を張り巡らし脳無の着地を待つ。

 

自身の感知の範囲内に緑谷に手出しせず降りろ。そう念じて──少し離れた位置のプロヒーロー達の背後から飛び出して行く傷だらけの男が視界の端で映った。

 

 

 

「偽物が蔓延る社会も、徒に力を振りまく者達も……全てが粛清の対象だ! ──全ては正しき"社会"の為に!!」

 

 

 

その場にいた者全てが目を疑った。

突如動きを止めた翼の生えた脳無、そしてその脳無の命を容易く刈り取るヒーロー殺し──ステインの姿に。

更に自身が認める存在だったからだろう、脳無に掴まれていた緑谷を落下の最中に救いボロボロの身体で地面に正確に着地してみせたのだ──その事情を知らないプロヒーロー達はただその光景に困惑していた。

 

「──た、助けたのか?」

 

「馬鹿! 人質をとったんだ」

 

冷静さを取り戻したヒーロー達だが目の前の状況に動きを止まらせる。

ステインの掠れた声とヒーロー達の声にひとまず緑谷の無事を察して一度安堵するもすぐに気を引き締め、すぐに轟に頼みステインの方を向いた状態で寝かせてもらう。

自身の個性でステインを緑谷から引き剥がす方法はあると──しかし万一を思い絶対成功の機会を見計らう。

 

「何をやっている貴様ら!! 早く態勢をとらんかッ!!」

 

しかしそんな手をこまねいている状況にエンデヴァーの喝が入る。その身体は炎を纏い既に臨戦態勢となっている。

炎を機動力に高速で移動出来るエンデヴァーならばステインが何らかのアクションを起こす前に緑谷を救出できるやも、誰もがそう思う中グラントリノのみがそれに静止をかける。

──こちらを見たステインから放たれる圧力が異常なまでに強まってきているのだ

 

「エンデヴァー……──偽物!!」

 

最早意識すら虚ろなのだろう。

ステインの視点は揺れ動き定まっていない──だというのにその狂気は膨らみ続けこの場を飲み込む。

向かい合うだけでまるで押し潰されるような感覚に陥り一般のヒーロー達は腰を抜かし、学生である千土達は勿論トップクラスのヒーローたるグラントリノやエンデヴァーさえもが金縛りにあったかのように地面に縫い付けられてしまっていた。

 

「取り戻さねばぁ……誰かが血に染まらねばぁ……! ──英雄を取り戻さねばぁ!!」

 

一人、ただステインのみがゆっくりとその足を動かす。

刀は既になくその手には小さな小刀しかない、まして身体は既に動かすのがやっとな満身創痍──それでもただ一人自らの信念を果たすべく"敵"に立ち向かっている。

 

誰一人、それに抗うことが出来ない。

血を舐められていないのに、身体が硬直して汗が噴き出す。

 

千土もまた脳が動けと命じても身体はまるで動かない。

力は確かに入れている、それこそ骨が悲鳴をあげる程に──しかし地に伏した身体が起き上がる素振りは決してなく焦りと無力感、そして恐怖に駆られ思考が真っ白に染まっていく。

 

 

 

「来い……贋作共ォ!! 俺を殺して良いのは本物の英雄──オールマイトだけだァッ!!」

 

 

 

ステインの信念の咆哮が耳に響く。

本物の英雄、オールマイト──彼に並ぶ、彼を超えるヒーローになると他でもないオールマイト自身に誓った記憶が脳裏を過ぎり未だに鉄に潰されたかのように重い腕に力を込める。

更にその記憶に追従するかの様に蘇るかつての記憶──自身の恐怖に絡めとられた義姉を救おうと必死に呼びかけ、しかし届かなかったかつての無力感がフラッシュバックする。

 

(嫌だ。もう、あんな思いはたくさんだ。──俺は)

 

 

 

──"本物"になるんだ。オールマイトの様に!! 

 

 

 

腕がピクリと動く。

ステインの威圧感に打ち勝ったのではない、ただこの場で唯一今まで続いていたステインの個性が解けたのだ。

だがそれまで自身を縛っていたものがなくなった反動か先程まで感じていた威圧感が僅かに薄れた。

──腕、足に再び力を込める。

完全に消えてはいない威圧感で依然として重くなったままの身体を骨を軋ませながら立ち上がると少しずつこちらに近づいてくるステインと改めて向き合う。

 

視点が揺れ動き定まっていなかったステインの目と視線が交差する。

偽物と本物、この男が定める基準になんて興味はない。だが自身を捕らえる存在にオールマイトを望むというのならば──偽物でも本物でもない未完成な存在であろうがオールマイトを超えると誓った以上ここで逃げるわけにはいかない!! 

 

視線の先でステインの口角がほんの僅かに吊り上がったような気がした。

それはただ満身創痍の身体を強引に動かすべく歯を食いしばったのか──それとも別の理由があったのか、しかしそんなことに気を割く暇はなく震える足に力を込め徐々に近づくステインに迎え撃とうとし──

 

「っ! ……気を失っているのか?」

 

エンデヴァーの言葉が耳に響き、自身の身体を動かすことのみに埋没していた意識が急に戻ってくる。

改めてステインの様子を見てみればその足はピタリと止まっており未だに2本の足で立っているにも関わらずその姿からは力を一切感じない。

 

「…………」

 

ふと自身の足元へと視線を移せば先程までステインへと立ち向かおうとしていた両足はどちらも地面に張り付いており、ついぞステインに向かっていくことは出来なかったのだと突き付けられる。

漸くついた決着に緊張感が解けたのではなく、起き上がることに力を使い果たしたわけでもなく──ただ言いようのない脱力感に全身の力が抜けて動きを取り戻す周囲の人達とは逆に地に膝を付けるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

その後駆け付けた警察にステインはパトカーに押し込まれ行ってしまった。

残された千土達は事後処理に追われるプロヒーロー達の邪魔にならないように、また飯田を筆頭に皆少なからず負傷しておりまとめて救急車に押し込まれ入院することが決まった。

 

両腕に深い傷を負った飯田と脚を切り付けられた緑谷は当然として肩と腕にそれぞれ傷を負った千土も轟もまともな治療を受けずに職場体験などありえないだろう。

場合によっては職場体験はここで打ち切りかと思う千土だったがそもそも勝手な行動を起こした時点で職場体験の継続を切られる可能性も十分あるなと自嘲気味に笑う。

 

また反省文、あるいは雄英生としてそれ以上の処分も止む無しか……と考えれば考える程お先真っ暗な未来が想像できてしまう。──しかし一緒の病室にまとめて押し込まれた友人達を見渡しあの場にいた者、誰一人欠けることなくここにいるという事実、それがあるだけで今は良いと安堵し病室に運ばれた瞬間からどっと噴き出した疲労感に導かれるまま、他の者達同様に深い眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 



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第33話 平和を守る者として…

「──で、そんな馬鹿な友人の思い付きに乗ってしまったのが運の尽き、俺とそいつは気が付けばタクシーに乗って運転手に福井県まで乗せてってくれと頼んだんだが、案の定ガキ2人の家出と勘違いされて警察のお世話になってな」

 

「「…………」」

 

「ただ運転手のおっさんは俺らが暴れないように言う事聞いてるふりして交番に向かったわけなんだが困ったことにそのおっさん駐車ミスって交番に突っ込んじまってさぁ、警察の人には俺達を人質にタクシードライバーが交番に襲撃しにきたと思われたらしくてもう大騒動よ、どうしたもんかと思ったわ」

 

「「…………」」

 

「……じゃぁ次轟な、何か面白い話頼むわ」

 

「特にねぇな」

 

ステインとの戦闘の翌日、電話の為に部屋から出て行った緑谷の帰りを待つ間既に診察が終わった千土達はどうしても暗くなってしまう空気を誤魔化すかの様に雑談を繰り広げていた。

──といっても過酷な幼少期を過ごした轟は特に明るい話というのもなくパスが続く、そして無論この状況の発端である飯田には振れず結局千土一人が沈黙の中で話を回し続ける光景がそこにはあった。

 

「いや何かあんだろ、というか頼むから何かあってくれ。明るい空気にしようと始めたのに俺が地雷踏んだみたいだろがよ……」

 

まさか空気を換えようと始めた企画が友人の辛い事情を浮き彫りにするとは思わなんだ。

エンデヴァーとの確執は知っていたがさすがに小、中と学生生活を送っていれば何かはあるだろという千土の考えは甘かったらしい。──もっとも幼少期の事件により千土自身小学を途中で抜けて雄英高校入学まで施設で生活していた為学生生活という点では世間一般の同学年と比べればあまりに少ないのだが。

 

「あぁ、初対面で飯をたかってきた奴の話なら──」

 

「それ俺の事だろが! お前の中で俺は交番に突っ込んだタクシーに乗ってる奴と同じ存在か!?」

 

「同一人物じゃねぇか」

 

「うるせぇ紅白ハーフ頭! 枕ぶつけんぞ!!」

 

「……攻撃するならもっと固いやつの方がいいんじゃねぇか?」

 

「枕投げすら伝わらねぇのかこの野郎!!」

 

枕を振り被りながらも叫びも天然なのか遊びのない生活の反動なのかいまいち分からない轟の言葉に敢え無く撃沈し頭上に構えた枕に顔を埋める。

若干枕に湿り気が移った辺りでカラカラと病室のドアが開き電話するため唯一席を外していた緑谷が戻ってきて──千土はそれを窮地に駆け付けたヒーローを見るような目で歓迎する。

 

「おかえり緑谷! 枕投げやろうぜ!!」

 

「何で!? ──そ、それより皆診察は!?」

 

──最も緑谷からすれば脈絡のない誘いな上に足の怪我も残った状態でやるなど論外極まりないのだが。

ましてや今の緑谷にとってそれ以上に気になることがある。

朝一でそれぞれ先日負った傷の診察と治療を行っていたのだ、腕に深い傷を負った飯田を筆頭に皆の結果が気掛かりなのだ。

 

「俺と轟は軽いもんさ、数針縫って後は安静にしとくだけ。──ただ……」

 

「後遺症が残るそうだ、飯田の腕」

 

ほんの少し言葉が重くなった瞬間に轟が続きを口にする。

先程まで空気が重くなっていた理由がそれだ。飯田は左腕の"何とか"って位置をやられたらしく指の動かし辛さや痺れが残るらしく、日常生活にさえ深刻ではないにしても影響は出るであろうとの事らしい。

 

「一応神経移植すれば治る可能性もなくはないって話なんだけどな」

 

「そうなの!? だったら──」

 

手術を受ければ良い、そう言おうとした緑谷の言葉に飯田が「いや」と静止をかける。

 

「俺はこの傷を残そうと思うんだ。ヒーロー殺しがあの時言った事は事実だった、僕は彼を憎むあまりヒーローを目指すべき者としてあるまじき行為をしてしまった。僕はもう君達の様なヒーローにはなれない……」

 

「そんな事はッ!?」

 

「それでも! それでも僕はヒーローを諦めない! 今度こそ君達の様に本当のヒーローになる為にこの事を忘れない様に自分自身の戒めとしてこの傷を残そうと思うんだ!」

 

飯田の言葉に緑谷は安堵すると共に胸の奥が熱くなるのを感じた。

友人から感じていた重苦しい空気が今は完全になくなり生真面目過ぎる程実直な元の雰囲気に戻っている、それが嬉しくて緑谷は──隣で聞いていた千土がやたら不機嫌そうなことに気が付いた。

 

「──というのが飯田の結論だったんだが、それを千土が反対してな。それで少し前に言い合いになったんだ」

 

そんな緑谷の様子に気付いた轟が先程までの状況を説明する。

その言葉を燃料に千土の抱いた不満が再び爆発したのか口を開く。

 

「当たり前だろ! 治せるんなら手術を受けるべきだろが! 折角実力もあるのに後遺症なんかのせいで何かあったらどうすんだよ!! そんな事しなくたってお前は──」

 

「落ち着けよ、一応お前ももう納得はしたんだろ?」

 

「してねぇよ! ただこの生真面目委員長が何言っても考え直してくれないから諦めただけだわ!! ──で、空気重くしてしまったからさっきまでお詫びに面白い話合戦を企画した訳なんだがどうにもメンツと企画が不一致で枕投げに変えようとして──今に至るってな感じ」

 

千土としては心の底から飯田の今後を心配しての言葉だっただろうというのは理解するもそれ以上にそこから面白い話に分岐して枕投げに発展する破天荒さに緑谷は言葉を失う。

 

「地城君、改めて言うが君がそんな風に言ってくれるのは本当に嬉しい──ただ、どうしても僕は自分の愚かな行動の償いがしたいんだ。それが的外れな考えでもただのエゴだとしても……この傷を抱えた上で兄さんのようなヒーローを今度こそ目指したいんだ」

 

「飯田君……」

 

これからの決意を改めて語る飯田に職場体験初日の朝、飯田の様子に違和感を覚えながらも何もできなかったことを後悔しつつもそれが今の飯田の覚悟に対して失礼だと思い自身の傷だらけの手を握る。

 

「僕も……同じだ。一緒に強くなろう!」

 

「緑谷君……ああ」

 

「はぁ……──どした轟?」

 

揺るぎない決意を交わす2人の姿にもう何を言ってもどうしようもないと千土はほんの少し目を伏せるも狭まった視界の端にどこか思いつめた表情の轟が映り声をかける。

 

「いや、何か俺が関わると手がダメになるみてぇな感じになってるなって……呪いか?」

 

後遺症が残る飯田の手、体育祭での自身との戦闘でボロボロになった緑谷の手、唯一傷のない千土の手も試合中に間接的にではあるが折っていたなと思い返し轟は顔を僅かに青くする。

 

一度思い込んでしまったらそうとしか思えなくなったのか謝罪してくる轟の意外と天然な発想に今まで重くなっていた空気が一気に緩む。

飯田も緑谷もそして千土も声を上げて笑い、抱えた傷を癒していく──そんな最中に病室のドアが再びガラガラと音を奏でる

 

「邪魔をするぞ小僧ども!!」

 

その声は昨日の保須市での騒動の最中見掛けた緑谷の体験先であったプロヒーローの老人グラントリノのものでありその周囲には同様に飯田の受け入れ先であるマニュアルと黒のスーツをキッチリと着こなす犬の顔をした獣人の男性──そして自身の受け入れ先であるギャングオルカの姿があった。

 

「轟、そこの引き出しの3段目開けてくれ。昨日夜中に予め反省文10枚書き溜めといた」

 

「準備良いなお前……」

 

「完全に慣れてる……」

 

即座に頭を下げる準備を整えていたことに轟と緑谷の絶句した表情が突き刺さるがこちらはギャングオルカに殺されないように必死なのだ、打てる手に惜しみはない。

ベッドの下からこれも前もってナースさんに話を通して準備していた折り畳み椅子を取り出してならべ、朝一から売店に行って買いだめしていたお茶を冷蔵庫から人数分取り出す。──あとお茶は3本は残っている、万が一相澤先生辺りが来ても大丈夫なはずだ。

 

安静の為左肩に包帯が巻かれている為右腕しか使えないにも関わらず、その片手と足で器用に折り畳み椅子を手早く並べた千土にグラントリノもマニュアルも犬面の男性も少なからず面食らったように曖昧な表情を浮かべる──肝心のギャングオルカは赤い目をギョロリと光らせこちらを睥睨しているようだが……

 

そんな微妙に話し辛い空気の中最初に口を開いたのはグラントリノだった。

 

「小僧……本当はスゲェ愚痴ってしばきたい所なんだが何か空気ぶち壊されちまったから今はもう良いわ──それよか珍しい客だ」

 

最もそのグラントリノもやはりどこか調子を崩されたのか投げやりな言葉で隣の犬面の男性に視線を送る。

男性もそれに小さく頷くと一瞬視線を動かし「失礼するよ」と並べられた椅子に腰を掛ける。

 

「椅子ありがとうね、私も座るから君達も腰かけたままで構わないワン。改めて、私は保須市警察署署長、面構犬嗣だ」

 

ついつい犬のおまわりさんなんて失礼な考えが脳裏を過ぎるが千土はそれを喉奥で止めつつ目の前の男性をじっと見る。

何故わざわざ警察署長がここに来たのか、普段であれば何事かと戸惑うだろうが『保須市』と聞けば自ずと答えは理解できる。

 

「ヒーロー殺し、調査の為彼の身元を調べる際に医者に診てもらったが酷いものだった。一言で言えば重傷。折れた肋骨が肺に刺さり身体に重い火傷、今は治療中だワン」

 

何が言いたいのかすぐに理解する。

自分自身馬鹿だとは思っているが常識知らずのつもりはない、まさかわざわざ警察署長が"巨悪に立ち向かった勇敢なヒーロー"などと称賛しにきてくれたなどと思っていない。──むしろその逆だと分かっている。

 

「超常黎明期、警察は統率と規格を最重視し個性を武として用いない事とし代わりに『英雄』という穴を埋めるべくヒーローという役職を作り上げたんだワン。雄英生ならばもうご存知だと思うが個性には容易に人を殺めてしまう力を持つ人間が必ず存在するんだワン」

 

「──はい、良く……理解しているつもりです」

 

個性が容易に人を殺める──その言葉に千土は重い声で返事する。

 

「……うん。良かれ悪かれその事実に変わりはないしその力を公に認められ糾弾されていないのは先人達がモラルとルールをしっかり守ってきたからだワン。──さて、ここまで言えばもう分かるね?」

 

力があるからこそそれを律しなければならない。

それが現代の法であり、故にこそこの超常社会に平和がある。

 

「個性資格未取得者が保護管理者の指示なく行動し危害を加えた。例え相手がヒーロー殺しであったとしてもこれは立派な規則違反に他ならないんだワン。──よって君達の担当者であったエンデヴァー、グラントリノ、マニュアル、ギャングオルカのプロヒーロー4名と個性を無断で使用した君達4名、合計8名には厳正な処罰が下されるワン」

 

数瞬前の明るい空気が今は嘘の様に凍り付いてしまっている。

自身の行動が担当者であるグラントリノにまで大きな責任を負わせてしまうという事実を突き付けられ緑谷の顔は真っ青だ。──ましてやこの場の全員を巻き込んでしまったと思い至ってしまったのだろう、飯田の顔は最早見ていられないものだった。

 

「──ちょっとまって下さいよ」

 

しかし轟は怒りさえ滲ませた声で面構に反論する。

 

「飯田が動かなきゃネイティブさんが殺されていた。緑谷が動かなきゃその2人が殺されていた。確かに危険な行動だったのは分かる、けどあの場で誰もヒーロー殺しの出現に気が付いたいなかった! 規則を守って人を見殺しにしろってのか!? アンタらにとって人の命よりも法は重いのか!? もしもの事が起こった時点でもう手遅れなんだぞ!?」

 

「と、轟君!?」

 

「俺も同意見だ。先人達が築いてきたモラルやルールを軽視する気はない、けどそれを目の前の守るべきものを見捨てる理由にする気はねぇ──そんなのは俺が憧れてきた先人達が築いてきたものに対する冒涜だ」

 

人を救いたいという思いで戦ってきたヒーロー達が築いてきた基盤。

それが人を救わぬ理由になるなど先人達が望むはずがないと千土は叫ぶ。

 

「人を救うのがヒーローの仕事だろ!! 人助けして何が悪いんだ!!」

 

「俺達はヒーローとして為すべき行動をした! ギャングオルカ達プロヒーロー達への処罰含め撤回して下さい!!」

 

真正面から警察署長である面構に反論する轟と千土に緑谷は慌てて静止を掛けようとするも彼もまた規則よりも大切にしたい人を救う者──ヒーローとしての在り方についてかつて合格通知の際にオールマイトから教えられた言葉が蘇り拳を強く握る。

 

「僕も……僕も同意見です! グラントリノから待っていろって言われてて……それでも個性を使って勝手に戦闘をしていて……こんなことを言うのは生意気だって分かっていますけど……お願いします!」

 

真っ向から対立する轟や千土とは違う、自身の非を認め頭を下げ──それでも尚ハッキリと自身の意志と願いを口にする。

 

「──いいや駄目だ。法律上処罰は免れないだワン」

 

「この犬──!!」

 

しかし面構はそれらを一蹴する。

無情な言葉についに轟はその顔に怒りを露わにする。

 

「待て轟! 落ち着け!!」

 

最早話は平行線、目の前の面構に掴みかからんと近づく轟にグラントリノが静止をかける

 

「──ったく、これだから若い者は血の気が多い。話は最後まで聞け」

 

呆れたような口調でグラントリノが愚痴を漏らしつつ隣の椅子に座る面構に再び視線を向け"本題"に入るよう促す。

面構は一度渡された冷たいお茶にで喉を潤して──それを話す。

 

「──っと、普通なら先程言ったように処罰が下される……が、これは最初に述べたように警察としての意見。更に言えば世間に今回の詳細を公表してしまった場合の話。公表すれば世間は君達を褒め称えるが我々は警察として君達を規則違反として取り締まりそして処罰を与えなければならない」

 

先程も聞いた警察署長の話、だが面構は「しかし」とその続きを口にする。

 

「──しかし、汚い話だがもしこれを公表しなければステインの傷、火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立させてしまうことが可能なんだワン。幸い目撃情報は少ない。つまり今回君達の行った規則違反はここで握り潰すことができるんだワン。──どうする!? 君達は公表して世に褒め称えるか、それとも公表を伏せ処罰を下されずに済むか!」

 

どちらがいいか──そう面構は問い掛ける。

当然、答えは皆決まっている。そもそも自分達の行動理由は世間からの称賛や自身の力の誇示等ではなくただただ友人を救いたいという思いこそが始まりであり──それは今はまだ必要ない。

 

「まぁその分監督不行き届で俺達はその道処罰されちまうが……前途ある子供達の為だし俺も飯田君のことをちゃんと観てなかったことになるからな。──お互い反省だ」

 

ポンっとマニュアルが飯田の頭に軽い手刀を降ろす。

実際彼らプロヒーロー達が負う処分は決して軽いものはないだろう──それでも飯田の為、そう言い切るマニュアルの言葉に彼の器の大きさを感じる。

飯田も、そのマニュアルの言葉に涙を堪え「すみませんでした」と震える声で謝罪する。

 

「よし! 今度からはちゃんと気を付けろよ! 立場とかちゃんと自覚もってな」

 

「……はい!!」

 

その様子を見届け千土は轟、緑谷と顔を見合わせて面構えと向き直る。

 

「今回の件、公表は控えて下さい。俺達はただ救いたいものがあっただけです。──世間からの称賛は今はまだ要りません」

 

総意として千土が告げた言葉に面構はスッと頭を下げる。

 

「──我々大人のズルのせいで本来君達が受けていたであろう称賛の声は誰にも知れ渡ることはなくきえてしまうが……せめて共に平和を守る人間としてこれだけは言わせて欲しい──心の底から……ありがとう!!」

 

深々と頭を下げた上での礼の言葉。

それに戸惑いながらも千土達もまた感謝する。──自分達もまた目の前の大人達に救われたのだと。

 

「……そういう事ならもっと早く言って下さいよ……」

 

若干不貞腐れた様に轟はぼやく、思いっ切り食って掛かった罪悪感を覚えてしまっているのだろう──全くもって自分も同じ心境なのだ、良く分かる。

 

「さて、では私は事後処理があるのでこれで失礼。──後の事はそれぞれの方針でお願いします」

 

そう言って面構は素早く椅子を片付けて病室から退室して行った。

──さて後の事とはどういうことだろうか……と、安堵していた自身の心が一気に氷点下へと落ちると同時に自身が腰かけたベッドの正面に誰かが立つ。

 

素意識に身体が震えだす、一体何時から俺のベッドはギロチン台も兼用しているのだろうと思いながらゆっくりと見上げるとギャングオルカが静かにこちらを見ていた。

 

「さて……次はこちらの話をしたいのだが……構わんな?」

 

「…………、……はい……」

 

緑谷や轟、マニュアルさんに救援の視線を送るもすぐに視線を逸らされてしまう。

どうやら助け船は来てくれないらしい──ちくしょう。

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 

 

面構署長と話した頃からだいぶ時間が過ぎたその日の午後。

すっかりと日の暮れた夕暮れ時、千土はギャングオルカと共に彼の事務所へと戻ってきたのだった。

──そして今……

 

「シャチョー……良いんですか? 地城君病み上がりでしょうに」

 

「入院した昨日の時点でこの反省文10枚書き上げていたのだ問題なかろう」

 

ギャングオルカ事務所の書類作業を行っていた。

当然重要書類は任されていないがトップクラスのヒーローであるギャングオルカの事務所となれば何かと記録や報告による書類が多いらしく普段書類作業を受け持っている経営担当のサイドキックである蛸筆さんという女性に協力して貰いつつ今回の保須市での記録をとっていく──蛸の個性で無償で賄えるのは便利なのだろうが書類を墨で書くのはどうなのだろうか……

 

ともあれ幸いな事に今回の騒動で半ばを過ぎたこの職場体験、独断行動のペナルティで受け入れを拒否されることはなく、その代わりとしてこの事務所での役目がパトロール等から書類関係や事後処理の記録等の支援が主になった。

 

「ふん、奴には説教や灸を据えるよりこの形式の罰の方が効果があるだろう」

 

もっとも面構署長が退室した後、病室でとことんまで説教も行ったのだが。──今の何かと厳しい規則がなければ多分拳も出していたなとギャングオルカは思いつつもそう話す。

 

「それで残る期間中のヒーロー活動体験の禁止ですか。……せっかくの雄英体育祭優勝者なんて金の卵にも厳しいですね」

 

「所詮は卵だ。規則違反の罰を甘くすればただ腐るだけだ、容赦する理由はない……本当に金の卵ならば尚更な」

 

ギャングオルカは極めて厳格にそう言い切る。

サイドキックの男性はこれはもう無理だなと長く彼の下で働いてきた経験から少し残念そうに資料と向き合う問題児の背中を眺めて自身のデスクへと戻るのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

その日の晩、自身の宿泊先のホテルに戻った千土は帰宅途中に買った夜食と明日の準備を済ませると携帯の電源を入れ、ヒーロー殺しとの戦闘で一時入院する旨を昨日の内に伝えておいた友人と身内からそれぞれ追加の連絡が入っていることに確認する。

 

怪我の心配をする友人達と受け入れ拒否を心配する身内達の精神性の違いにほんの少し笑みが浮かんでどちらに対しても「問題なし」と伝えておく。

 

「……さて、どうすりゃ良いかな……これから」

 

身から出た錆、自業自得。

自身の行動が原因とはいえ残る2日間のヒーロー活動の体験や訓練場の使用は禁止されてしまった。

無論、その処置に文句はない、むしろ多大な迷惑をかけたにも関わらず未だに事務所においていてくれていることに感謝しかない、本来ならばこれ以上の迷惑をかけない様に下された指示に全力で応えるのがせめてもの恩返しというものだろう──だが。

 

「──ヒーロー殺し、それに脳無がまた……」

 

自身など遠く及ばぬ実力者でありプロヒーロー達さえも威圧したヒーロー殺し、そしてUSJの際に相対した化け物、昨日保須市で見たものはただ事務作業に勤しんでいることを受け入れさせないものだった。

 

──実力が足りない、時間が足りない……ならば。

 

 

 

「こんなことをいつまでもしてるわけにはいかねぇ──最高のヒーローになる為には……」

 

 

 

──手段なんか選んでられない

そう呟き千土は両目を閉じ睡魔にその意識を委ねるのだった。

 

 



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第34話 職場体験最終日

職場体験5日目の朝、ギャングオルカは自身が運営する事務所に出勤し少なからず驚き目を見開く。

自身のデスクは勿論、事務所のあちこちが普段の状態以上に清潔に掃除されていた。

 

「おはようございます! ギャングオルカ!! 本日もよろしくお願いします!」

 

「……これは貴様が?」

 

部屋に入った直後にすぐさま挨拶にきた千土にギャングオルカがそう問うと千土は満足に頷いた。

 

「流石に俺が触れたらまずそうな物も多いでしょうし手が届きそうなところだけですけど。初日に受付担当の方は早めに来ていると聞いていたので朝一からさせて貰いました」

 

そう言うと千土はそうだと口を開いて小脇に抱えたクリアファイルから数枚の資料を取り出す。

 

「蛸筆さんに協力して貰って先日の保須市での記録のまとめの方、完了しました。後ほどお時間ある時に確認をお願いします!」

 

差し出された報告書の束と目の前の学生を見比べギャングオルカは鼻を鳴らす。

 

「また随分と露骨に媚びを売っているが、反省した素振りを見せれば私が容赦をするとでも思ったか?」

 

「──思ってなんかないですよ。だから全部仕上げようって思ったんですよ、俺をヒーロー活動にも参加させようって思って貰えるようにそれ以外の事全部」

 

「何?」

 

手段なんて選んでられない。

独断行動のペナルティとして俺の体験内容が事務作業が優先されるようになったのなら、終業するより前に事務作業を終わらせてしまえば残った時間だけでも参加させて貰えるかもしれない。

汚い考えではあるが所詮一学生に任せられる事務作業などそう多くはないであろう、ならばやることは決まりだと今日の終業時間までにと渡された先日の保須市での事務所内の記録を始業時間より先に仕上げておいた。残りは同じく先日の保須市でこの事務所所属の人が受けた被害状況を周辺のヒーロー事務所への報告として利用する資料の作成だ。

当然社外に渡す以上学生の自分一人で出来るようなものではないので蛸筆さんの監督の下で行う予定となっているそれを午前のパトロールが帰ってくるまでに終わらせようと脳裏で思考しながらも、現時点で出来ている資料をギャングオルカの手へと納め一度頭を下げその場を離れる。

 

 

 

▼▼▼

 

 

その後は蛸筆さんの指導の下書類作業を進める。

保須市での騒動の際脳無と戦い3名のサイドキックが負傷を負った、幸い3名皆軽度の負傷ではある為2、3日の療養を取らせるという程度で済んだがそれでも同地域を受け持つヒーロー事務所にはもしもの際の連携の為状況の報告を行わねばならない。

 

──という話を蛸筆さんから丁寧に教えられる。

ペナルティとして行うことになった事務作業といえどやらせるからには徹底的に、それはギャングオルカのサイドキックである彼女にとっても同意の様で1つ1つ丁寧に指導される。

千土としてもそこまでしてされればただのペナルティとして見る訳にもいかず、むしろこれも後学の為と指導の内容に聞き入る。

 

「──さて、という訳で資料なんだけど書類は簡潔なものでいいわ。重要なことは予め向こうに電話で報告するからね」

 

「資料作ってて伝達遅れましたじゃもしもの時笑い話にもならないですしね」

 

「そう言うこと──電話報告は流石に私がやるから書類作成をお願いね。書き方はさっき教えた通りで」

 

「分かりました。──ただ、そのことで相談なんですけどこの報告先の事務所とのタイアップの件ですけど」

 

「あぁ、炎系ヴィランの目撃情報が入ってうちの事務所の水崎君……ウォータルを派遣要請ね……」

 

蛸筆さんは僅かに顔を顰め自身の頭を指で軽く叩く。

というのも要請をかけられたウォータルのヒーローネームで活躍する水系個性のサイドキック、水崎さんが先の保須市での騒動で負傷した3名の内の1人なのだ。

 

「何だってこうタイミングが重なるのかしらね……まぁこの件に関しては電話の時に私の方から合わせて断りを入れるわ、地城君は気にせず報告書を作ってね」

 

「いや、その事なんですけどこのタイアップ向こうが求めてるのって万が一の際に火の消化が出来る個性の人ですよね、水崎さんの代わりにバックドラフトの事務所に依頼出来ませんか? むしろこの内容ならあの人が一番適任だと思うんですけど」

 

消防士の様なコスチュームで活動するプロヒーロー"バックドラフト"。

縁起でもない名前的にかなり不安にあるがその腕から水を放出するその個性で何件もの火災事件に対し活動してきたヒーローである。

 

「少し遠いですが性格や運営方針からして多分タイアップを受けてくれると思いますよ。あと何かあの人の事務所消防車何台か持ってるらしくサイドキックの人達もその辺の訓練してるらしいですから」

 

「そうなの!? ──ていうか詳しいわね……」

 

「あー……まぁ色んなとこの事務所の特徴やら所属してる人とかは調べる趣味……というか癖がありますので……」

 

かつての世の中と異なり街の警備や救助に警察ではなくヒーローが活動するようになった現在においても流石に火災時の消火活動については消防署が対応する地域が大半なことから一般のヒーローと比べれば幾分か知名度は低めのヒーローの情報に蛸筆さんは驚いたようにこちらに目を向ける。

 

幼い頃に叩き込まれた知識やら習慣やらがこんなところで活きようとは自身も思わなかったがともかく亡き母に感謝する。──とはいえマイナー寄りなヒーロー事務所の事情を話しつつ暗記しているバックドラフトの事務所の電話番号をメモにしている姿に若干引き気味な視線を感じてやはり曖昧な気持ちになる。

 

──まぁよくよく考えれば検索かけずにヒーロー事務所の電話番号出せるってだいぶヤバい部類のヒーローオタクに見えるな……というか改めて思えば病院いる時暇を持て余して緑谷とヒーロー談義で随分話し込んだがアイツなんで俺の話についてこれたんだ?何なら俺も知らない話いくつかあったし……アイツ怖いな。

 

同じく入院していた飯田や轟がマニアック過ぎるとギブアップする中自身と遜色ない程の知識量で殴り返してきた緑谷を思い出し今更ながら少し引く。

 

厳密にはヒーロー事務所の運営方針やそこの人達の個性に注目する自分とヒーロー達の活躍やそのエピソードに注目する緑谷では若干方向性は異なり"ヒーローオタク"はどちらかと言うと緑谷だろうと千土は思う。

仮にここにクラスメイトがいればどっちもどっちだと断言されたことだろう。

 

「ま、まぁとにかくバックドラフトなら多分協力してくれますよ。もし無理でもサイドキック数人と消防車数台は向かわしてくれると思います」

 

「そ、そう? ……じゃぁ一応向こうさんに教えてみるわ……電話番号控えさせてもらうわ」

 

 

 

その後要請先のヒーロー事務所はバックドラフトにタイアップの要請を出しOKを貰えたらしく蛸筆の下に情報の感謝の一報が送られてきたらしい。

そんなこともあり蛸筆さんから割りと本気目の経営課への転身を考えてみないかと声をかけられるという事態に相成った──勘弁してください。

 

というかヒーロー活動をもう一度させて貰う為にやってたのに何でこうなったのだろうか? 

ひょっとして墓穴を掘った? 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

その日の夕暮れ、当初の思惑通りとはいかず既に業務終了の時間となり千土はギャングオルカと向き合っていた。

 

「蛸筆からおおよその報告は受けた。ご苦労だった」

 

「いえ、というか本当に他の事務所への書類を俺が作って良かったんですか?」

 

「形式としての書類だ、さして気にする必要はない。伝えるべきことは既に蛸筆が電話で報告したと言ったはずだが?」

 

「いや……まぁ聞きましたけど……」

 

「それに当然蛸筆が確認はしている。──信用ならないとでも言う気か?」

 

ギャングオルカのギョロリとした目が突き刺さり千土はそれ以上の質問はせず、2,3程の言葉を交わして今日の業務は終了を迎えた。

結局ヒーロー活動への参加は叶わず、残すところは最終日のみとなるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

職場体験6日目、1週間行う職場体験も7日目の日曜日は流石に学生は休みということもありすなわち今日がこの職場体験の最終日である。

 

結局昨日の手回しでもヒーロー活動への参加は叶わず、また何か別の切り口を考えてみたもののたかだか夜の数時間で良いアイデア等湧かず、ならばせめてと昨日に引き続き朝一にギャングオルカの事務所に入り清掃の手伝いから1日の業務を始めるのだった。

 

それから数十分後、自身の事務所に出社したギャングオルカはやはり普段より一回り整理された事務所を見渡すと丁度清掃道具を片付けていた千土を見つける。

 

視線に気付き自身に向かって会釈する千土にゆっくりと歩み寄りギャングオルカはその大きな口を開き──告げる。

 

「──この際だから言っておこう、私は貴様が何をしようがヒーロー活動へ参加させる気はない。……独断行動、規則違反、それらはたかだか清掃ごときで埋め合わせられるようなことではない」

 

「……承知の上です。それでももしかたらって可能性に賭けてみたいんですよ──それに折角憧れのトップクラスのヒーローの事務所に招いて貰ったのに迷惑かけただけで帰るなんて絶対したくないですしね……まぁ現状掃除程度しかしてないですけど……ちょっとでも誇れることがしたいんですよ」

 

「……フン、蛸筆から書類作成や事務係としての能力は聞いた、経営科としての能力は相当なものらしいな」

 

「いやヒーロー科として誇れることがしたんですけどっ!?」

 

よもやギャングオルカからも転身を勧められるとは。万が一にも学校への評価報告にそんな内容を書かれたらと思い無意識に大きな声が出て一気に集まった周囲の視線に頭を下げる。

ペコペコと何度か頭を下げ改めて目の前のギャングオルカと向き直るとすでにギャングオルカの方はこちらから視線を外していた。

 

「もう一度だけ言うが──私は貴様をヒーロー活動には加えん。勤務態度から反省の意志は十分伝わったがそれをペナルティから免れる理由にするなど私は認めん」

 

「……はい」

 

「では業務に入れ、午前中は昨日に引き続き蛸筆の指示に従え──午後からは戦闘訓練だ、昼飯は軽くしてアップを済ましておけ!」

 

「……え?」

 

思わぬ言葉に一瞬理解が追い付かず間の抜けた声で返事をしてしまうがギャングオルカは伝える事は伝えたということなのかその場から離れていってしまった。

 

「──まったくシャチョーは本当に気難しいなぁ。わざわざ説教を前置きしなくても普通に午後から訓練はしてやるって言えばいいのにねぇ」

 

ギャングオルカの言い分に苦笑した様子の平坂さんが自身の上司に聞こえないよう小声で耳打ちしてくる。

 

「……正直驚きました」

 

「まぁ厳しい人だからね。それこそ場合によっては規則違反した時点で職場体験の契約を切ってたかもしれないぐらいに。──それが戦闘訓練まで許すなんて相当気に入られたんじゃないかな?」

 

「だとしたら本当に嬉し──」

 

「という訳で午後の訓練は今まで以上にとんでもない地獄になると思うから……その……頑張れ」

 

「……はぇ?」

 

目の前の平坂さんが、いや視界全てが灰色に見える。

漸くギャングオルカからの許しが出て浮わつきかけていた意識が地面に叩きつけられる。

職場体験中に幾度か受けさせて貰った訓練、どれも厳しく終了時にはいつも棺に片足突っ込んでる感覚だった。

──それ以上? 死ぬんじゃないか? 

 

親指を立てて去って行く平坂さんの背を眺めながら意識を埋没させてゆく。

 

果たして地獄の様な訓練とは? 

五体満足に雄英に帰れるのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あぁ……有難いな。

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

その日の夕暮れ、ギャングオルカは目の前の光景に戸惑い、息を飲む。

自身の事務所の訓練場、負傷し横たわる数人の部下の先に立つ少年。

 

頭や口から血を流し自身の血で全身が赤黒くボロボロ、その両目も最早焦点が定まらず虚ろなものだった。

 

「もうやめるんだ地城君!! これ以上は訓練どころじゃなくなる!!」

 

「まだまだ……こんな程度では終われない……もっと……もっと限界を越えるんだ……」

 

自身の横に控えた平坂が必死に血塗れの少年──地城千土へと呼びかける。

しかし千土は最早狂気にさえ感じさせる声を絞り出すと周囲の瓦礫を宙に浮かせその虚ろな双眸でギャングオルカをゆっくりと見据える。

 

 

 

職場体験の最終日、最後の訓練として初日に千土に行わせたギャングオルカの事務所の戦闘訓練法。

1人VS重りを付けた状態で1人を除き個性禁止の10人による戦闘、今回は10人側にギャングオルカ自身が個性を使う役として加わり千土の指導にあたっていた。

 

トップクラスのヒーローに対し未だ学生の身である千土では幾らなんでも勝負にならないと思いながらも訓練に参加したサイドキックの者達の予想は正しく開始直後は辛うじて食らいついていた千土だったがものの数分で自力の差で追い詰められ、やがて倒れた

むしろ良くもった方だ──そう思った直後に彼らの足元の地面が隆起し腹に鈍くめり込んだ。

 

身体中の空気が吐き出されると同時に全身の力が抜け地に伏せた彼らが苦悶の中視線を動かすとゆらゆらと既に力尽きた身体を無理やり動かす幽鬼のような千土の姿があった。

 

そこからは千土がギャングオルカと平坂をはじめ油断せず不意打ちを避けた一部のサイドキック達へ何度も何度も──血を吐きながら迫る悍ましい光景があった。

 

「シャ、シャチョー……不味いですよこれ!」

 

「分かっている!!」

 

既に千土はまともではない。

その場の皆が確信するもギャングオルカは状況を理解しつつも困惑する。

 

少なくともこの訓練を始めるまで千土から変わった様子は一切見られなかった。

保須市での規則違反、独断行動のペナルティとして下した処置にも腐る事無く自身が出来ることに最大限打ち込む風変りではあるが変なところで真面目。

それが何故このようなことに──ギャングオルカは戸惑いの中、最近メディアで話題に上がるヒーロー殺しステインを思い出す。

 

狂気とも言ううべき行動力で見る者を畏怖させる──しかしそれ故に人を惹き込む。

ギャングオルカ自身彼が捕まった後に出回った彼の捕縛直前の映像を見てそれを感じた。

見る者を惹き込む言うなれば歪んだカリスマ、それを直接目の当たりにした者は果たしてどうなる? 

 

歪みを抱えた者ならばそれに当てられ悪に染まるかもしれない。──ならば真摯にヒーローを志す者は? 

巨悪を前に己を無力を痛感した者は激しい焦燥感、強迫観念に囚われる可能性もあるだろう、ならば目の前の少年は? 

 

(何ということだ!! ペナルティを科すあまり発覚が遅れるとは!?)

 

もしも千土が必死にヒーロー活動への参加や陰で過剰な訓練を行っていれば或いは気付けたかもしれない、しかし千土は元来の風変りな真面目さ故かあくまでも指示に従っていた。

指示には反せずただただ己一人に負担を掛ける歪んだ暴走、それが今の千土の姿なのだとギャングオルカは察する。

 

実際倒れたサイドキック達へ過剰な攻撃はせずに砂で手足を拘束しているだけであり、もしも仮に自分を含めた10チーム全員が拘束される様なことが起きたり残る制限時間が0になれば目の前の少年は感謝の礼と共に訓練を終えるのだろうと確信できる。

しかしそれ以外で今の奴は止まらない、そう察したギャングオルカは自身を捉える虚ろな視線に応えるかのように前に出る。

 

「貴様には何を言っても意味はないのだろう。──ならば仕方がない……少し大人しくしてもらうぞ!!」

 

目の前の問題児を説得することは止めその意識を飛ばして無理やりにでも止める、そう結論付けギャングオルカはそう咆哮するのだった。

あくまでもこれは戦闘訓練。自身を縛る重りは外さず、しかし全力でギャングオルカは千土へ応戦し千土もまた死に物狂いでギャングオルカへと食らいつく。

やがて千土が意識を手放したのは戦闘訓練の制限時間が1分を指した時だった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「……参りましたね」

 

事務所の医務室に意識を飛ばなした千土を運ばせた後平坂は僅かに顔を曇らせながら自身の上司へと声を掛ける。

 

「よもやこの様な結果になろうとはな……」

 

ギャングオルカもまた珍しく思い詰めた言葉を部下に漏らす。

彼をしてもこの様な形の暴走は予想外だったのだろうと平坂は実感し小さくため息を吐く。

 

「いっそ派手にヒーロー活動への参加を希望してくれれば分かりやすかったんですけどね……」

 

「まったくだ。──奴が目を覚ましたら厳重注意をするが果たして今の奴にどれ程の効果があるか……やむを得ないな」

 

恐らく業務終了までの残る数十分程度の説教に然程の効果は期待ができないと判断しギャングオルカは一枚の資料を取り出す。

それは学生の担当先事務所から雄英高校へ体験学生の評価を伝達する評価資料、そこの追加項目欄に今回の詳細を記載してゆく。

発覚を遅れさせてしまった責任と前途多難な学生への救いを願いを込めてせめて彼の身近な大人にそれを伝えるのだった。

 

 

 

──そうして千土達雄英生達の長く波乱ばかりの職場体験は幕を閉じるのだった。

 



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第35話 元通りの日常

ポケモンの冠の雪原を楽しみ過ぎました。
レジエレキの色厳選が思ったより早く終わったことでアドベンチャーの方に手を出し過ぎてしまった。
それはそれとしてレジエレキが可愛い。


職場体験の期間を終えギャングオルカの事務所付近の駅から電車に乗り続け自宅の最寄り駅に降りた千土はふらふらとどこか浮遊感を覚えながらゆっくり歩く。

昨日のギャングオルカの戦闘訓練を受けた時からずっと思考が定まらず目の前の風景全てに現実感がなく、事務所を去る際に最後に忠告とギャングオルカから釘を刺された記憶をしっかりと脳裏に焼き付いているというのに何故か意識が湧かない。

 

そんな定まらない意識のまま1週間ぶりの自宅の前に辿り着くとそのインターホンを鳴らす。

数秒待たずしてドアの向こう側からバタバタと誰かが駆け寄る音が聞こえ、やがてガチャと開錠の音が鳴る。

 

「おっつー千土、大活躍したそうじゃん」

 

「何でお前いんの?」

 

開かれたドアから顔を見せたのはボーイッシュな格好の旧友の少女、含話であった。

留守を任せたのはもう一人の方の旧友だったはずだがと一瞬戸惑うもよくよく考えば他でもない自分が彼女にも念の為連絡しておいたのだったと思い出す。

そう思い返せば出迎えてくれた相手に今の言葉はまずかったかと察し目の前の少女の顔を見れば案の定若干顔を顰めていた。

 

「いや悪い、ちょっと驚いてな。狼次の奴は寝たのか?」

 

「四日目でね、まぁまだ大丈夫とか言ってたけどだいぶキツそうだったから半ば無理やり寝かしたよ」

 

「すまねぇな、助かるよ」

 

「っと千土も疲れてんでしょ、いつまでも突っ立ってないでさっさ入んなよ」

 

疲れは然程酷くはないが圧し掛かった一週間分の荷物は確かにいつまでも抱えていたくもないので促されるまま玄関を潜り荷物を手放すと一息つく。

腹の中に溜まったものが抜け落ちる感覚と共に然程でもないと思っていた疲れをやはり大きく実感する。

 

電車の移動だけでなく先日の戦闘訓練の疲労もまだ残る身体に気力を巡らせてリビングへと入る。

荷物の整理はあとにして今はとにかく寝転がりたいとドアを開けば3世代程前のTVゲームを並んでプレイしている2人の姿。──自身の姉の空と一度寝たことで個性が解けたのだろう、人狼の姿から人の姿へと変わった狼次の姿があった。

 

2人ともドアが開いたことでどちらも手にしたコントローラーはパッと放してこちらを振り返ると頬を緩めて口を開く。

 

「おかえり千土、どうだった?」

 

「ただいま、まぁ随分としごかれたよ。──狼次も悪かったな」

 

「気にしないで下さい、どうせ自分の家から千土先輩の家に引きこもり場所が変わっただけなんで」

 

むしろ久々に違う環境に来て良い気分転換になりましたなどと宣う引きこもりの後輩の物言いに若干呆れつつもその引きこもり前提で留守を頼んだ以上何とも言えずため息と共に頭を掻く。

──この後輩は本当に大丈夫なのだろうか? 

 

「──おや、千土……もう着いたのかい?」

 

不意に聞こえた声に驚きその方向に目を向ければ部屋の隅に置かれたソファの上で自身の親とも言える女性がブランケットにくるまれてだらけていた。

 

「いたのか心奈さん。またどっかで個性使ったな?」

 

「……あぁ、何でも昼ドラ的な状況の女性がいてね、見るに見かねてちょっとね」

 

「お疲れ様」

 

「──君程では無いがね」

 

身体のあちこちに巻かれた包帯も目を引くが何よりも現在日夜問わず話題に上がるヒーロー殺しの逮捕までの一部始終。その映像に交わる一人である千土をどこか困った様な目で心奈は見つめる。

 

「……まぁ色々あったんだろうね、千土。──少し話そう」

 

心奈の穏やかな声に促されるまま、千土は床に置かれたクッションに身体を預け、自身の義理の親と姉、旧友達とこの1週間の出来事を語り聞かすのだった。

 

呆れや笑い、称賛や説教。様々な相槌と共にその語りは長く続くのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

翌日の朝、雄英高校の教室にてA組の生徒達は1週間振りの級友達との再会と各々の話で賑わっていた。

一週間振りに会うクラスメイトにお互い日常が帰ってきたことを実感させ、その居心地の良さが無意識に話を弾ませる。話題は勿論、互いの体験先での出来事だろう。

 

救助活動に貢献した者、武闘派のヒーローの下で心技共に鍛えられた者、髪を8:2に整えた者、皆各々体験前と比べて見違えるものを感じた。

 

「──つぅか爆豪は何でそんな事になってんだよ」

 

「うるせぇっ!! ぶっ殺すぞ」

 

髪を8:2に整えた者である爆豪が切島と瀬呂にからかい8:疑問2の割合で絡まれ怒声を上げる。

 

確か爆豪はベストジーニストの下へと体験希望したそうだがあの様子からして戦闘力以外の面を指導されたのだろうと何となく察する。

 

──しかし……何と言うか……

 

「似合わねぇ、爆豪に真面目系ヘアースタイルは全っ然似合わねぇ」

 

「うるせぇ固められて直らねぇんだよっ!」

 

「──いや、案外似合わねぇって訳でもないだろ?」

 

言い合いを続ける切島と爆豪に交わるとすっかり髪型のイメチェンをした爆豪を値踏みするかのように凝視しながら一周する。

 

「何じろじろ見てんだテメェ!?」

 

「何だかんだ元の顔が悪くないだけにこの髪型も似合ってるぜ? どうせ直らねぇならいっそ活かしちまおう。──とりあえずこれなら服装はかっちりした方が良いな、第一ボタン留めろ」

 

「は!?」

 

「いやでも何かインテリヤクザ感があるな……金髪のせいか? ……っつってもベストジーニストも金髪だし違うか……そうだ、八百万に眼鏡でも作って貰ってそのつり上がった目を隠して──」

 

「うぜぇ!」

 

謎のテンションでコーディネートしてくる千土に珍しく呆気にとられていた爆豪だったが冷静さを取り戻し激怒する。ついでにキレた勢いでその頭髪が普段の尖ったものに戻った。

 

「意外と地城君服装とかに拘るんだ……」

 

「……周りが全員無頓着だったからな」

 

勤務後は何もかもに面倒意識を持ち仕事着(ナース服)で外を歩く義母。

他人から自分を認識されたくないと着ぐるみで出歩く義姉。

男物の方が気が楽と言って男物ばかり着る旧友の少女。

そもそも服を買いに行く服すらない旧友の少年。

自分の周りにろくな奴がいねぇと思い返し途方に暮れる。

 

「あと俺も体験先で色々仕込まれたんだよ、他の事務所と関わる際に相手から最初に判断されるのは見た目であり中身が問われるのはその後から。他の事務所とより良い関係を構築するなら身嗜みは整えろと──」

 

「あの……地城さん、申し上げにくいのですがそれは経営科の内容では?」

 

「…………うん」

 

「お前もお前で何してたんだよ!?」

 

1週間開けたら経営学を叩き込まれて帰ってきたクラスメイトに切島は困惑する。

 

「いや、最初は普通にヒーロー活動させて貰ってたんだが……まぁ色々あってな」

 

"色々あって"その言葉に皆思い当たるものがありハッとなる。

 

「大変だったらしいな、動画で見たぜヒーロー殺し」

 

瀬呂の言葉に当事者である地城、緑谷、轟、そして飯田に注目が集まる。

心配したという声や怪我は大丈夫かという声に感謝しつつも不意に別の声が聞こえる。

 

「そういえばヒーロー殺しって例の敵連合に繋がってたとか」

 

「あぁ、それニュースで見た。USJの時に来なくて本当に良かったよ」

 

あの事件の後、気が付いた時には既にヒーロー殺しの話題はニュースや新聞、あらゆる情報メディアを占拠していた。

彼の情報はヒーロー、ヴィラン双方に大きく影響を与え、ヒーローにとって今もなお警戒を緩めさせないものとなっていた。

 

──その原因がクラスメイト達も見たという"動画"だ。

 

インターネット上に上げられたヒーロー殺しステインの捕縛までの一部始終。

満身創痍の身でなお脳無に捕らわれた緑谷を救いエンデヴァー達に一切退く姿勢を見せず己の執念に殉じるその姿が映されていた。

当然警察が何度も削除活動を続けているがその度に誰かが再投稿するいたちごっこ、動画に映るステインの姿はただのヴィランの動画としては在り得ない程に人に惹き込み過ぎたのだと否が応でも理解してしまう。

──さらにそれはヴィランやどこか心に影を持つ者だけでないのが問題なのだ。

 

「確かに怖いけどよ、なんつぅか"執念"……みたいなのかっこよくね?」

 

その証拠に自身のスマホが再生する動画を見ながら上鳴は無意識の内になのだろうがヒーロー殺しの、すなわちヴィランの姿に好印象を抱いたのだと口にする。

 

「駄目だよ上鳴君……」

 

「え? ……っそうか飯田!? 悪い」

 

しかし、上鳴に悪気がないということを理解していながらも静止をかけた緑谷に上鳴もまたその意味を理解しすぐに飯田へと謝罪する。

例えヒーロー殺しが周囲からどのような印象を抱かれていようが彼の被害者はそれこそ何人もいる、そしてそれは自身のクラスメイトの──飯田の兄も含まれているのだ。

それを思い出した上鳴は自身の無神経さを悔いるように頭を下げる。

 

──しかし飯田はそんな上鳴に首を横に振って口を開く。

 

「いや、いいんだ上鳴君。確かに奴には揺るぎない信念と執念があった。それを見てそう思う気持ちは理解できる。──それでも! 奴はその結果"粛清"という道を選んだ。俺は少なくともそれは絶対に間違いだと思っている! だから俺は俺のような人は出さない為にも改めてヒーローの道を歩む!!」

 

堂々と、そして生真面目な彼らしい毅然とした口調で宣言する飯田に皆息を飲む。

迷いも闇もないその姿に彼を心配していた者達は皆安堵しこれまでの話によるクラスの空気もようやく元の落ち着きを取り戻すのだった。

 

「……ところで少し気になったのだが──地城君、僕たちが病院にいた時そこまでの怪我をしていたのか? まさかヒーロー殺しとの戦いでの負傷が……」

 

「いやいやこれは別だ。お前が後ろめたく思うことなんてないって委員長」

 

腕や足、額とあちこちに包帯をやガーゼを巻いた地城の姿はクラスの皆気にはなっていたが大半の者は例のヒーロー殺しとの一戦で負ったのかと思っていた。

しかし明らかに病院で見た時より負傷が重くなっていると共に戦った緑谷や飯田、轟はそれに違和感を覚えていた。

 

「最終日の訓練で気合入れ過ぎてぶっ倒れるまで続けちまってさ、ギャングオルカにも滅茶苦茶怒られたわ」

 

しかし千土はそれを茶化すように笑い自身の身体中の包帯をあっちこっちに見せる。

見方によっては見ている側さえ痛々しく思える程の負傷の数であったがそんな風に感じさせない千土の振る舞いに皆職場体験に出てもこいつは変わらないなと思う。

しかし唯一千土の過去を彼自身から聞いた轟のみがその振る舞いに取り繕いを感じ静かに近づき耳打ちする。

 

「……気持ちは分かるがあんま無理はするなよ」

 

「はは、心配すんなって、ありがとな」

 

気遣いの言葉に笑みを浮かべ轟の肩を軽く叩きながら礼を言う。

その振る舞いはやはり普段通りの千土の姿であり、しかしそれが逆に違和感を覚え未だに少し疑う様な視線を向ける轟だったが教室のドアが音を奏で一週間振りである担任の相澤の姿を見た事で他の者達同様に自身の席へと戻るのだった。

 

 

 

皆それぞれ焼き付いた職場体験での記憶と共に新たな日常の始まりとでもいうべき最初ののHRが開始されるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

「ハイ、私が来た。ってな感じでやっておいて、久し振りだね少年少女! ヒーロー基礎学の時間だよ!」

 

「ヌルっときたなオールマイト」

 

「久々なのに普通だ……ネタが尽きたのか」

 

「尽きてないぞ、無尽蔵だぞ!?」

 

午後からのヒーロー基礎学の時間。

毎回ハイテンションで出てくるオールマイトが一週間振りの授業にも関わらず普通な登場をしたことでクラスから残酷な批評が上がってきて冷や汗を掻いている。

──アメリカンなノリも色々と大変なのだ。

 

場の空気に耐え切れなくなったのだろう、オールマイトは話題を変えようと目の前の会場へと視線を変え授業説明を始める。

 

「さあ! 今回は体験明け初日ということもあってちょっと遊びを含んだ訓練だ! ──そう救助訓練レースだ」

 

オールマイトの宣言を受けて会場『運動場γ』を見渡す。

配管や貯水タンク、クレーンやらが密集するさながら鉄の森とでもいうべき工業地帯。ここで4組に分かれて1組ずつ訓練を行うという。

この工業地帯のどこかでオールマイトが救難信号をだし、複雑に入り組んだ迷路のような細道の中を走り抜け誰が一番に駆け付けることができるのかが今回の主題である。

当然周囲への被害は最小限にという条件付きだが流石にそれは皆言われるまでもなく理解していた。

 

 

 

脳内で状況整理をしている間にグループ分けも完了し1組目である飯田、瀬呂、尾白、芦戸、そして緑谷を残し他の生徒達は中継モニターの置かれたゲート付近へと移動する。

さて、オールマイトの開始宣言待つ空き時間、1組目でもない以上手持ち無沙汰であり皆これから始まる救助訓練レースへの予想を始める。

 

「この手の速さ勝負なら飯田なんだろうけどまだ怪我完治してないんだろ?」

 

「平面でなく立体的な工業地帯だしな、こういう場なら瀬呂じゃね?」

 

他にも芦戸の運動神経に1票する者、尾白の総合力に期待する者、とりあえずデクは最下位という者皆それぞれの意見を出し合う。

意見のなかに私情や私怨が見え隠れしている気もするが口にはすまい。

 

「うーん強いて言うなら緑谷さんは不利でしょうか……よく考えてらっしゃる方とは思っていますが……」

 

「確かにぶっちゃけあいつの評価って定まんないよね……やってることは凄いけどその度に怪我してるし」

 

保須市で見せた緑谷の成長、それを知らない者達はそんな意見を口にする。

砂藤などはそんな緑谷の根性に期待の1票を入れるがどちらかといえばそれは大穴狙いといった意見だ。

しかし千土と轟はこの場で唯一今の緑谷の"機動力"を知っている。

 

「2人はどう思う?」

 

そしてクラスの皆もこれまでの付き合いでクラスの中でも優れた相手というのは理解しているが故に彼がどの様な予想をしているのかが気になった。

葉隠は配置に着いている1組目のメンバーを静かに眺めていた千土と轟へと明るい声で問う。

 

「そりゃ──瀬呂だろ、さすがに」

 

しかし千土はあっさりとそう結論を口にする。

個性の運用に関しては何気理屈っぽい千土らしくない順当な票先に皆「あれ?」といった表情を浮かべる。

 

「えぇ~、地城君ならもっと意外な答えくるかと思ったんだけど?」

 

「こんな純粋な速さの勝負に意外も何もあるかよ!? 周りぶっ壊して良いなら何か出たかも知れんがこれは無理!」

 

理不尽な葉隠の要求に手を振って反論する。

面白い答えなんて求められても困ると言って葉隠から逃れると轟からの視線が地城に向く。

 

「意外だな? 緑谷に票入れるかと思ったが……」

 

「保須市で見たアレなぁ……体育祭で使わなかった事からして完成度がどれぐらいか分からねぇんだよな──それにあいつの個性正確には知らないけどパワー系なのは確かだろ? ……無理だろ」

 

ステインとの攻防の最中に見た緑谷の機動力。

驚異的な速度のそれがどういう原理かは分からないが彼の圧倒的なパワーを利用していることは間違いない。

あれを十全に扱えるのならば確かに一択で票を入れたが生憎今回はあのような平面ではなく細道ばかりの工業地帯で足場は太さがバラバラな上頑丈そうにも見えない配管ばかり。

こんな状況で習得したばかりのパワー由来の跳躍力をコントロールし余計な破壊をせずに辿り着くなど出来るのか? 仮に自分が緑谷の立場なら「出来てたまるか!」と切れるだろうなと思う。

 

轟も大体同意見なのだろう、特に反論せずむしろ同意したかのように頷くとその視線を再びモニターへと戻す。

 

果たして結果はどうなるか、そう待たぬ内に開始の合図が切られた。

一斉に飛び出す参加者の中最初に飛び出したのはやはり瀬呂。テープを巧みに使いこなし素早く移動を続ける。

──だがその彼の頭上を飛び越える者が現れる。

 

「おおぉ緑谷っ!? なんだその動き!?」

 

工業地帯のパイプを跳ねるように飛び移り緑谷は宙を掛ける。

速度も飛距離の常人以上、その動きはどこか爆豪の動きと重なる。

不規則な大きさのパイプの足場にも関わらずその動きに乱れはなく千土は自身の目を疑う。

 

「おいおいマジかよあの野郎──あっ!?」

 

再び千土は目を疑う。

先程までの完璧な動きは何だったのか、関心している内に緑谷は足を滑らせて落下してしまった。

いや、そりゃそうなるだろうとは思ってたけど……

 

結果として緑谷は着地ミスにより一気に最下位へと転落し皆の予想通り1位の座は瀬呂に渡すことになった。

とはいえ今まで緑谷が見せていた反動による負傷は見受けられずその印象は大きく変わっただろう。

元々パワーはクラスの、いや並みのヒーローさえも凌ぐものでありそれに先程の機動力が完璧に備わったならば──緑谷の持つ可能性はより大きくなるだろう。

 

やがてオールマイトから各々の評価を貰った1組目と入れ替わるように次のグループの者達がスタートラインに並ぶ。

スタート地点に立った千土は自身と共に位置に着いたライバル達へ視線を向ける。

爆豪・青山・蛙吹・八百万の4人の姿をそれぞれ確認するとゆっくりと彼らから視線を外し目の前の工業地帯へと視線を向ける。

 

間近でみると改めてその密集具合に不用意に地面を動かすことの危険さを感じ実質個性が使えないなと結論付け、包帯塗れの両腕と両足を適当に動かす。

軽く力を入れる分にはこれといって支障はなく痛みも軽いもの、ならば──いや例えそうでなくとも結局自分がやれることは1つのみ。

 

(──全力を尽くす……それだけだ)

 

千土はそう心の内で自身に言い聞かせ、オールマイトの開始の宣言を待つのだった。

 

 



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第36話 不穏な静けさ

爆豪・青山・蛙吹・八百万、自身と共に並ぶライバルを見渡し千土は思案する。

爆豪は勿論、蛙吹の機動力もかなりのもの、加えて壁に吸着できることも加えればこの場で最も有利である可能性が高い。

更に八百万のどんな状況にも対応できる個性に関しては今更考えるまでもなく脅威だ。強いて言うなら創造するにあたってのタイムラグが前の2名に速度負けする可能性があることぐらいか。

青山の個性は――連射には難はあるが実は移動に応用が利く辺り油断は出来ない。周囲の破壊が厳禁である以上発射角度には気を配る必要こそあるが使い方次第によっては読めない相手だ。

 

――さて、どうしようか。そう考える内にオールマイトの声が響く。

 

『さぁてそろそろ始めるよ、皆位置に着いているね?』

 

「早く始めろや!」

 

オールマイトからの呼びかけに爆豪が気合十分と叫ぶ。

他の者も決して出遅れまいと集中力を巡らせているのがひしひしと感じられる。

 

『よぉし、それじゃ――スタァァァートッ!!』

 

スタートの合図で一斉に駆けだす。

各々個性を活かし素早くスタート地点から離れてゆく、その中でも特に目を惹くのはやはり――爆豪だ。

 

「絶対に――俺が1番だ!!」

 

いつもの彼の宣言、しかしそれはいつも以上に必死に見えた。

同じグループに自身を土を付けた千土がいるから――それも少なからずあるが最も大きな理由はやはり緑谷の急成長。

自身が職場体験先で足踏みしている間に緑谷は同じ時間で自分に追いつき、追い抜かさんとしていることを肌で感じていた。

 

だがそんなことは認めない、己こそが一番であり誰もが比類することのない圧倒的な頂点であると周囲の柱やパイプを爆発の推進力ですり抜け宙を掛け――辿り着く。

 

「は…ははっ、どうだ…オールマイト」

 

「うむ、大したものだ爆豪少年!1位到着おめでとう!!」

 

全力を出し切り肩で息をする爆豪はオールマイトのその言葉に確かな手応えを感じ自身とオールマイト立つ塔の上へと目指す者達を見下ろす。

各々の個性を活かして徐々に集まりつつあるクラスの連中、蛙吹、八百万がやがて辿り着き、それからだいぶ遅れて最初のスタートダッシュの反動で腹痛に苦悶の表情を浮かべた青山より僅かに先に千土が漸く塔を登り切るのだった。

 

「――くはぁー、やっぱ早いな爆豪…それに蛙吹に八百万も流石だわ。なぁ青山…青山!?大丈夫か!?もうすぐ終わるはずだから耐えろ!!」

 

「フフ…限界☆」

 

千土は自身より早く到着した者達に声をかけながら僅かに後ろにいた青山が"限界"に晒されていることに気付き必死に呼びかける。

 

「オールマイト、総評は後に一度戻りましょう!?」

 

「う、うむ!青山少年もお疲れ様だ!途中退席して大丈夫だ!!」

 

流石のオールマイトもこれはまずいとそう言い第2組のメンバーの評価を後回しに帰還を進める。

 

「よし、戻るぞ皆――っていうか青山!」

 

「っ――待てや!!」

 

青山に付き添い慎重に彼を歩かせる千土に爆豪が叫ぶ。

ピタっと足を止め振り返った千土は自身を視線で射殺すつもりかと思える程鋭く睨む爆豪と向き合う。

その場の空気はまるで一触即発の緊張感を宿し居合わせた者達は息を飲む。

 

「テメェ4位なんだぞ!?しかもこいつとかなりの差を付けて!!なのに何でヘラヘラしてやがる!?」

 

3位である八百万を指差しながら爆豪は大声で叫ぶ。

以前自分に土を付けた相手である男のあまりに不甲斐ない結果に爆豪は拍子抜けした、しかしそれだけならばそれでも構わなかった。だが千土は悔しがる素振りを一切見せずただ自身より上の順位の者を誉め、自身より僅かに遅れた青山を気遣っていた。

別に悔しがる姿を見たかった訳ではない。しかし千土の様子からまるでやる気がないように感じ、1位を手にした爆豪からすれば手を抜かれたようにさえ感じた。

 

「落ち着けよ爆豪、別にヘラヘラしてるなんてことはねぇよ。実際俺は本気だったぜ」

 

「嘘ついてんじゃねぇ!!ろくに個性すら使ってなかっただろうが!!」

 

「うっせぇな!こんな工業地帯で地面動かせるかっての!!周囲の被害無視できるんならいつぞやの障害物競走の時よろしく好き勝手やってたわ!!」

 

「落ち着いて2人とも、喧嘩なんて良くないわ」

 

「そうですわ次のグループにだって迷惑ですわ。そもそもヒーロー科としての自覚をもっと持って下さい」

 

案の定一触即発から言い合いに発展した爆豪と千土の間に静観していた蛙吹と八百万が割って入る。

売り言葉に買い言葉を自覚したのだろう千土は申し訳なさそうに視線を逸らして頭を掻き、爆豪は未だに怒り収まらずといった様に千土を睨んでいる。

しかし沈黙を破るかのように響いた青山の腹の音に怒りが削がれたの小さく舌打ちし爆豪はその場から離れようと足を動かし――

 

「心配しなくても緑谷はまだまだお前程の完成度に至ってねぇよ。お前も落ち着いて訓練してればそうそう追い越されるなんてねぇよ」

 

「っ!……うるせぇっ!!テメェが知った風な事言ってんじゃねぇぞ!!」

 

「爆豪さん!!」

 

掌を爆発させながら怒りを剥き出しに叫ぶ爆豪に八百万がすぐに静止を掛ける。

流石に勢い任せに手を出すまでは行く気はないのだろう爆豪が睨みだけで済んでいる内に八百万は千土へと視線を移す。

 

「地城さんもあまり言い過ぎないで下さい」

 

八百万としては千土がそこまで悪いとは思わなかった。

どこか理不尽に怒りを露わにする爆豪とあくまで言われた内容を否定している言い合いだったから、しかし先程の千土の言葉で八百万は状況を理解した。

 

自身と近しい動きを見せた緑谷に爆豪は焦っていたのだ。

彼と緑谷の間に複雑な関係性があるのは皆多少ではあるが理解していたが、それ故に自身と緑谷との間の差が無くなりつつある状況に焦燥感を覚えた爆豪はこの訓練で必死に1位を取りに行った。

しかし1位を狙えば狙う程、一度自身を打ち負かせた相手が低い順位を受け入れているのが我慢出来なくなってしまったのだと察する。

 

しかしそこまで理解すれば先程の千土の言葉に八百万は疑問を覚える。

爆豪の焦りを一体どのタイミングで察したのかは分からないが理解した上で敢えて口にする必要はないだろうと。理解しているならば猶更だ。あんな簡単に言ってしまえば火に油を注ぐ結果になると分かるはずだと八百万は厳しい目で千土を見る。

 

それに気付いたのだろう千土は再び申し訳なさそうに顔色を変えると口を開く。

 

「悪かったな爆豪、別に喧嘩を売るつもりはなかったんだ…ただ」

 

そう言って千土は自身の左腕に巻かれた包帯を僅かに捲りその奥を覗かせる。

青い、強く痛めたのだろうその腕は青く滲んでおり痛々しいものだった。

 

「俺も随分焦って周りに迷惑かけた身なんだ、どうも冷静じゃいられなかった。許してくれ」

 

「地城ちゃん、そんな身体で?」

 

「心配すんなって蛙吹、力入れ過ぎると痛むだけで上手く身体動かせば大したことはねぇんだ」

 

職場体験最終日の訓練で必死になり過ぎた結果自分でも分からない程にブレーキが利かなくなり自分を止める為に応戦したギャングオルカから受けた傷。

流石プロヒーローというべきか軽くない傷ではあるが日常生活や授業内の訓練で支障は出ないように手加減されていた為千土はこの訓練も本調子と然程変わらない動きで臨めたと語る。

そんな言い分に爆豪はまた小さく舌打ちし、しかしそれ以上は何も言わず静かにその場を離れるのだった。

 

「やれやれ、やっぱ爆豪とは上手く話せねぇな…悪かったな皆」

 

「本当にこれっきりにして下さいね」

 

「気を付けるよ。――まぁ何だ、割と順位自体は悔しかったのに手を抜かれたと思われてたのがムカついてな…引っ込みが利かなくなった」

 

「えっ!?あの言い合いの原因はそこでしたの!?」

 

「軽い様で冷静な様で実は血の気が多いわね地城ちゃん、何だか良く分からないわ」

 

「悪い悪い。しっかしもうちょっと機動力の向上を考えないとなぁ――なぁ青山」

 

八百万と蛙吹の呆れた様な視線にHAHAHAと陽気に笑いながら千土はいい加減顔色が悪くなってきた青山を―密かに我慢しきれなかったら放り捨てるからなと半分本気で耳打ちしつつ―支えてその場から歩く。

その姿は先程までの少し不穏な空気は一切感じられないいつもの地城千土の姿だった。

 

(――どういう事だ?)

 

そんな姿にオールマイトは疑問を抱く。

ギャングオルカから送られてきた千土の評価表、いくつかの項目に対する評価値に加えて書かれた備考欄に記された内容に自身や彼の担任である相澤をはじめ教師陣が頭を抱えたのが記憶に新しい。

 

ヒーロー殺しとの接触による焦燥感に駆られた影響か静止さえ振り切って過剰なまでに訓練に没頭したという事があり、恐らくその兆候は未だに続く可能性が高く十分に警戒して欲しいとまで書かれていた。

その事もあって今回オールマイトは他の生徒達の様子も確認しながらも千土の様子を警戒していた。

 

しかし爆豪との言い合いでは逆に焦りに駆られた爆豪を諫める発言し、他の生徒達との話もいつもと変わらない穏やかなものだ。少なくともギャングオルカからの報告を受けた内容では5人中4位という順位ではまともではいられないだろうという予想に反してそんな結果にオールマイトは逆に戸惑う。

 

(本人が言う様にギャングオルカに迷惑をかけたことを職場体験が終わった事で落ち着き実感したのか…ならば心配はないのだが、しかし――)

 

オールマイトは千土が抱えた事情を知っている。

それ故に彼がヒーロー殺しと応戦したことで強い焦燥感を抱くことも在り得ると思った。

だからこそ予め千土にそんな傾向が見られたら対処。説得しようと考えていたが結局はどうにも歯切れの悪い結果と終わり、大きな出来事の直前の不穏な静けさの様なものを感じながらも続く第3組目の訓練にあたるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

その後はオールマイト、そして相澤達の懸念を他所に千土はこれといって問題行動を起こすことなく日々の授業を受け、やがて期末試験を一週間後に控えた六月の最終週を迎えるのだった。

 

――さて、いかにヒーロー科といえど学生、この時期を迎えればお約束というべき光景を広げていた。

 

「勉強してねぇーっ!!体育祭やら職場体験やらで勉強なんてしてねぇよォッ!!」

 

空を仰ぎ(室内だけど)嘆きを叫ぶ座学分野においてクラスでワーストの成績を持つ上鳴、傍らにはワースト2位の芦戸の姿もある。

 

「行事が重なるとやっぱキツイよな、おまけに期末だから範囲も広いし…」

 

「演習試験もあるって話だしなぁ…」

 

筆記試験への不安を語る砂藤とは別に峰田は筆記試験と合わせて行われる実技――すなわち演習試験へ意識を向けている。それもそのはず、誰が予想できた事か峰田の筆記試験においての成績はクラスの中でも上位組に分類されるのだった。

 

「あんたは同類と思ってたのに…」

 

「お前みたいのはバカだから愛嬌あるもんだろ…どこに需要があるんだよ」

 

「"世界"かな?」

 

ある意味理不尽な、しかし何故か納得してしまいそうな上鳴と芦戸の嫉妬に峰田は余裕の笑みを浮かべて応じる。

その表情は圧倒的優越感に浸っているのだとはっきりと伝わってくる。

 

「が…頑張ろうよ!全員で林間合宿行きたいもんね!」

 

「うむ!学校行事にはやはり皆が問題なく参加できることが望ましい」

 

「そもそも普通に授業うけてりゃ赤点になることはねぇだろ」

 

「言葉には気を付けろ優等生共!!」

 

緑谷、飯田、轟の波状攻撃に上鳴は涙を流しながら怒りの声を上げる。

特に轟の言葉には心が抉られるような痛みを覚えた。

――自分も同じように授業を受けているのに何故向こうは成績上位層の中でも上の部類、一方でこちらは最下層なのか理解出来ない。違いなど精々授業中に睡眠欲との戦いを繰り広げているか否か程度なはずなのに…

 

「まぁ最悪2日ぐらい詰め込みすれば赤点ぐらいは避けられるんじゃね?」

 

「む、詰め込みは良くないぞ地城君、やはり勉強は自分に合ったやり方で最低でも毎日1時間以上やらねば身につかないぞ」

 

「そりゃ正しい勉強法って意味じゃそれが正解だろうけどあと一週間でその自分に合ったやり方を掴むってのも難しいんだって」

 

「地城の言う通りだ!頭良い奴は自分に合ったやり方って言うけどな、そんなもんが分かるなら最初っからテストに悩んだりしないんだよ!!」

 

「……あれ?でも地城君この前の中間テスト結構良かったよね?」

 

「あぁ俺まともにテストとか受けたのって入試の時ぐらいだったから中間の時はむしろ結構気合入って当日までにだいぶ詰め込みしたんだよ。心理テストやら自分試せるのって案外好きだから割と楽しめた」

 

「根が真面目かよこいつ!?」

 

小学の途中から雄英入学するまで『個性制御施設』で一般的教養を学んできた身からすればクラス全員で受けるテストというのも中々新鮮なもので結果としてクラスで5位の成績である轟に次ぐ6位という満足のいく結果を得ることができた。

その為今回の期末テストでも気合を入れ今度は5位以内――いっそ1位を目指すかと数日前から自主学習に手を出して――いざその気になってみたら何から手を付ければいいのか分からなくなり結局片っ端から詰め込もうというのが千土の現状であった

 

結論として味方っぽく話しに入ってきた千土のスタンスが"とにかく詰め込め"というスパルタ思考かつ本人がそれをそれとして楽しんでいるという下手な優等生以上に危険な存在であると上鳴と芦戸は戦慄する。

 

「お二人共、座学なら私、お力添えできるかもしれません」

 

「ヤオモモー!!」

 

地獄に仏とはこの事か、クラス内での成績1位を保持する八百万の言葉に上鳴と芦戸は歓喜の涙を流す。

演習の方は自信がないと断りを補足する八百万に対し他にも耳郎や切島、砂藤や瀬呂など色々なメンバーが集まってくる。

流石に集まり過ぎではないかと傍から見ていた千土は少し心配するもクラスのメンバーに囲まれる八百万の表情は周囲から必要とされていることに心の底から喜んでいるようでとても晴れ晴れしく敢えて水を差すような無粋な真似はすまいと引き下がる。

 

――気が付けば目の前に一冊の本が差し出されており、その本の持ち主である飯田へと視線を向ける。

 

「これは何だい委員長?」

 

「俺が読んでる自主勉強法の参考書だ。短い時間で読みやすくテスト期間中でも参考になるはずだ。良かったら読んでくれ」

 

「いやあの、まず参考書自体あんまり読まないので…」

 

「詰め込み方法であんなに良い点が取れるのなら地城君は正しい勉強法を身に付ければより良い成績を必ず取れるはずだ!」

 

「い、いや…元々俺詰め込みで覚えるのとか慣れてるからやっぱりこのやり方が一番合ってる気がするというか…」

 

悪気なし、純粋な親切心で自らの勉強法の参考元を競い合う関係でもある者に快く預ける飯田の言葉は有難く――しかしそれ以上にその謎の気迫に圧され千土はじりじりと後退る。

 

勉強自体は然程苦ではないが、何故勉強する方法を勉強をしなければならないのか?

未知の価値観に千土は戸惑い、近くにいる轟へと救いを求める。

 

「そうだ轟!お前授業聞いてるだけなんだろ。折角だしまずお前が読んで内容をかいつまんで俺に教えてくれ!」

 

救いを求めるというより呪いのアイテム(参考書)を押し付けてる感があるがきっと気のせいだろう。

 

「いや授業聞いてるだけで赤点取ることはねぇってだけで自主勉ぐらい人並みにしてるぞ?」

 

「テメェそれで良く上鳴にあんなこと言いやがったな!!」

 

「いやあいつらのは赤点についての話でお前のは高得点についての話で――」

 

「真面目か!?」

 

結局交渉も失敗し手元には飯田推薦の勉強法の本が残された。

仕方なし、受け取った以上は一度読ませて貰おうと本を開き1ページ目から順に見ていく。

――恐ろしいまでにページが進んでいく。勿論頭には入っておらずただただ目が滑っていってしまっている。

 

やはり参考書というのはどうも苦手なのだとはっきりと認識し飯田に謝罪と共に本を返すのだった。

その後の昼休みには緑谷達がB組の拳藤から期末における実技試験では入試や体育祭で使用された仮想敵を倒す内容らしいという情報を聞いたとクラス内で共有し上鳴や芦戸などは心配はなくなったと普段の調子を取り戻すのだった。

 

2人のような強力な攻撃的な個性の場合生徒同士の模擬戦などでは殺傷力が高い分調整が重要となる為機械仕掛けの仮想敵の方が精神的に楽なところがあるのだろう。

試験の結果が悪ければ折角の林間学校に参加出来ず学校で補習なのではという心配を抱いていたこともあってその喜びも大きいのだろう、千土としても仮想敵との戦闘は相性が良いこともあって不安は少なく油断とはいかないまでも気が楽になるのを感じていた。

 

しかしそんな明るくなりつつある空気を破る声が教室に響く。

 

「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろうがアホが!」

 

「アホとは何だアホとは!!」

 

「うるせぇな調整なんざ勝手に出来るもんだろ!――なぁデク!?」

 

突然話題を振られ緑谷はビクリと肩を跳ね上げる。

しかし爆豪はお構いなしに主張を続ける。

 

「個性の使い方、ちょっと分かってきたのか知らねぇがテメェはつくづく俺の神経を逆撫でするなぁ……!」 

 

「――あれか!前のデク君、爆豪君みたいな動きになってたやつ!」

 

「あー、確かに!」

 

救助レースの際に緑谷が披露した新たな技術――それは確かに爆豪が使う爆発による推進力を利用した移動法によく似ていた。緑谷がそれを参考にしたのかどうかは分からないが爆豪にとっては緑谷が自身の技法近い力を得たことに思うところがあったのだろうと何となく察する。

 

「――体育祭では無様な姿を晒したがもうあんな結果は残さねぇ!次の期末試験なら個人成績ではっきりと優劣つく!完膚なきまで差ァ付けてデク…テメェをぶち殺してやる!――いや、デクだけじゃねぇ…地城!テメェも轟も全員俺がぶっ潰す!!」

 

「久々にガチなバクゴーだ」

 

「焦燥……?あるいは憎悪か……」

 

爆豪の鋭い視線が轟、そして千土に刺さるのを見てクラスの者達が遠巻きに見守る。

 

しかし常闇を始め多くの者が闘争心を剥き出しにする爆豪の心中に宿る焦りを理解していた。

 

体育祭の結果、そして恐らくだが望んだものと大きく違っていたのだろう職場体験の内容にプライドの高い爆豪は今大きなストレスを抱き、それらを払拭するためにもこの期末試験に本気なのだろう。

 

言動こそ荒いが彼のその一直線な覚悟にクラスの皆も緩みかけていた意識を引き締め迫る期末試験に備えようと思うのだった。

 

その期末試験が例年とは比べ物にならないものへと変化しようとしている――それをまだ知る由もない生徒達は油断なく――しかしそれでもただ年相応の、テスト前日の学生らしい心境で備える日々を送るのだった。



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