ゲキテツ大決戦 (5145/A6M5)
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ゲキテツ大決戦

著 5145/A6M5

 

まえがき

 

50年前、ユーハングがイジツに伝えたユーハングの航空産業。それは荒野の広がるイジツにおいて、人と人、街と街、技術と技術を繋ぐ大切な架け橋となった。

そんな世界の「タネガシ」という街で起きた、街を守るための戦いと葛藤の話を、ここに綴っておくべく私は筆をとった。戦いの記録は、ただのマフィア同士の抗争であるためにほとんど残っておらず、私の記憶が頼りとなってしまうが、最後まで読んでいただけると、私はとても嬉しい。

 

 

 

序章

 

まずは私と、私と共に戦った仲間の事を書かねばなるまい。私達はゲキテツ一家というひとつのマフィアに所属している。

 

私はイサカ、ゲキテツ一家イサカ組組長だ。愛機は零戦二一型(れいせんにいいちがた)。「冷血な指導者イサカ」という二つ名を与えて貰えた。大変名誉な事である。副官はサダクニという、私のことを長く支えてくれている恩人だ。

レミ組組長レミ、別名「流れ雲のレミ」愛機は零戦五二型(れいせんごうにいがた)。敵の偵察や諜報、裏工作を得意とするレミ組の組長だ、副官はクロという。大層な酒飲みでどこか抜けているように振舞っているが、全く抜け目の無い奴である。彼女の機転と情報、腕が無ければこの戦いはもっと厳しいものとなっていたであろう。

 

フィオ組組長フィオ、別名「狂犬フィオ」愛機は紫電一一型(しでんいちいちがた)。副官はヘイハチ、なりふり構わず敵に正面切って飛び込んで行く単純明快な奴だ、本来その様な戦法は賢明ではないが、その考え無しに助けられた事があるのも確かである。

 

ローラ組組長ローラ、別名「死神のローラ」愛機は私と同じ零戦二一型。副官は・・・・・ローラ親衛隊隊長と言っていた、名前を聞こうとは思わないが、ローラを信頼しているのは確かである。敵機を必ず撃墜し、その腕から死神と呼ばれる凄腕パイロットである。冷静な判断を常に下してくれるので、私共々皆とても助かった。

 

シアラ組組長シアラ、別名「魔性のシアラ」愛機は雷電二一型(らいでんにいいちがた)副官はヴィト、一癖も二癖もある奴だが、空戦の腕は本物である。後に詳しく理由を記述しようと思うが、フィオと共にタネガシでのインターセプター(迎撃戦)に尽力し見事守り抜いてくれた。

 

ニコ組組長ニコ、別名「不死身のニコ」愛機はレミと同じ零戦五二型、副官は結局一度も名を名乗らなかった、後世に残す予定の本書に名を連ねてやれないのは残念である。無言で何を考えているかわかりにくい奴だが、タネガシの為に(かどうかは微妙であるが)よく戦ってくれた。あの脆い零戦で被弾しても必ず帰ってきたとてつもない運と精神力と技術の持ち主である。

 

 

 

ここで私達が用いた素晴らしい戦闘機の説明もしておこう。シアラとフィオが迎撃戦を主にやった理由もここで理解できると思う。

 

零戦(零式艦上戦闘機)二一型

ユーハングでは非常に有名な「零戦」の初期型である。私はこの美しいスタイリングが気に入り今まで愛機としている。発動機は中島の栄一二型で、背面飛行をしても燃料供給が滞らない優秀な気化器を備えていた名機である。増槽を装着すれば約3000クーリルを飛行できるという長大な航続距離も魅力である。機首に7.7ミリ機銃を二艇、翼内に携行弾数60発の20ミリ機銃を二艇搭載し、非常に素直な操作性と優秀な旋回性能で多くの敵機を葬った。20ミリ機銃の弾数と機体の強度、ロールレートの低さが不安点であったが、後述の零戦五二型甲の機銃を加工流用することによって携行弾数を増加させることに成功したため後に携行弾数は不安点では無くなった。

 

零戦五二型・五二型甲

直接では無いが二一型の後継機である。発動機を同じく中島の栄二一型に換装し翼端を50センチずつ切り詰め丸く整形した機体。推力式単排気管の採用により機体側面の乱気流を吹き飛ばせるようになり最高速度が向上した。武装は二一型と艇数は同じであるが、20ミリ機銃の銃身が長くなり携行弾数が60発から100発に、甲ではさらに銃身が伸び携行弾数が125発に増量している。零戦二一型の難点であったロールレートが翼端が短くなった事により改善しているが、翼面荷重が少し高くなり運動性能は若干低下した。さらに発動機換装により胴体内燃料タンクが小さくなり航続距離が減少した、しかしこれは私達の実用上なんの問題もなかった。

 

局地戦闘機 雷電二一型

格闘戦性能、航続距離を重視して設計した零戦に対し、こちらは上昇力・速度・火力を重視した迎撃戦向けの戦闘機であり、零戦程の航続距離がなかった。これは後の紫電にも共通している。三菱の火星発動機を搭載し空気抵抗減少のためカウリングを絞り、必然的に不足する風量を補うために強制冷却ファンを搭載し風量を確保した。ユーハングでは20ミリ機銃が二種類搭載されていたそうであるが、我々は整備が煩わしくなるため長銃身の20ミリで統一していた。

 

局地戦闘機 紫電一一型

十五試水上戦闘機を陸上機化した機体で、発動機を火星から誉に換装し二段伸縮式の主脚を採用、自動空戦フラップを装備した局地戦闘機である。主翼下面に20ミリを収めたガンポットを装備し携行弾数と命中率は良だったものの、動きが鈍重であった。

 

以上が私達が主に用いた戦闘機である。性能の善し悪しはあれど、皆自分の機体に愛着を持って接していた。

 

ちなみにユーハングでは緊急発進の際は誰の機体に飛び乗ってもよかったそうだが、私達は各々の戦闘機に自分好みの改造を加えることを良しとしていた事もあって、多少面倒ではあるが基本的に自分の駐機場まで走る事としていた。また、機体の整備は幹部であろうが一般組員であろうが自分で行うようにし、最終チェックを整備員と共にすることになっていた。整備を怠って死ぬのは自分の責任という事である。

 

 

 

 

 

 

第一章 始まりと戦力差

 

私たちは、組内での揉め事も一段落し各々のシマの統治に当たっていた。そんな中、ゲキテツ一家本部に

 

「我々のシマの空の駅がほぼ全て攻撃されました!」

 

という電話が入った、本来ならすぐに迎撃にあたるのであるが、敵機はもう攻撃を終え去った後との事、居ないのであれば仕方ないとその電話で

 

「被害状況はどうだ?」

 

と問う。すると、

 

「商業施設や人間は被害ありませんが、滑走路と燃料補給施設を完全にやられました、他の駅も同じようです。しばらくタネガシ周辺の空の駅は営業できません。」

 

と返された、これは非常にまずかった。私達は仮に空戦で撃墜されても落下傘で降下し携帯している地図とコンパスを用いて1番近い空の駅に行きそこで連絡を取り仲間の迎えを待つ事になっていた。さらに長距離進出の際はいくつかの空の駅で燃料を補給しながら飛行する事が必要であった。そんな大切な空の駅を一気に使用不能にされたのであれば、我々はこれから始まるであろう戦いに非常に不利な状態で挑まないといけない形になる。

そしてその空の駅襲撃の三日後、四機の所属不明の零戦がタネガシ上空にやってきて街に機銃を掃射。私は部下と共に即時出撃しこれを撃墜、落下傘降下したパイロットを捕まえ話を聞いた。すると

 

「直にタネガシは我々ケンザキ一家のシマになる・・・・・貴様らは終わりだ。」

 

といい拳銃で自殺。我々は、今までなんの注目もしていなかったケンザキ一家というマフィアを相手にシマを守る戦いをすることとなったのである。

二時間後、幹部が集められ会議が開かれた。この時驚いたのが、レミが既にケンザキ一家のことを調べていたことであった。

 

「ケンザキ一家なんすけど、幹部が何人もいるんじゃなくて1人の首領に組員が多く着いているタイプのマフィアっす。今までどこのシマにも手を出さずに大人しくしていたっぽいんスけど、今になってこっちに手を出してきた感じっすね。」

 

我々は首領の下に私達六人の組があり、六人がそれぞれ部下を持っている。そしてここで気になるのが敵の武装である。

 

「そのケンザキ一家の保有している戦闘機の数はわかるか?」

 

すると思いもよらない答えが帰ってきた。

 

「零戦六二型三百機、これは下っ端組員に配備されているっぽいっすね。次に零戦五四型二百機、中堅クラスの組員の戦闘機っす。それで次は紫電二一型百機、紫電改っすね。上層の組員に配備されているようっす。最後が五式戦二型、首領が拘って選んだ機体の様っす。戦闘機だけならこの六百一機で全てっす。」

 

戦闘機の保有数が多い。我々はひとつの組が約五十人程で構成されており保有する戦闘機も三百機ほどで、数の上ではこちらは不利という事になる。そしてレミの言い回しに気になる事があったのか、フィオが口を挟む

 

「戦闘機はってことは、他にも飛行機を持ってるってことか?」

 

なるほど、フィオもたまには頭が回るのだな。

 

「フィオ鋭いっすね〜、ここはさらにB17フライングフォートレスっていう爆撃機も5機持ってるらしいっす。」

そんな名前ユーハングの航空機では聞いたことが無かった、どういう事なのだろうと頭を悩ませていると、ローラが青ざめた顔で話し出した。

 

「B17フライングフォートレスは、ユーハングが戦っていた敵の爆撃機よ・・・爆弾搭載量は4536ポンド、12.7ミリ銃座を前後上下左右に備え分厚い外板で防弾も施した空飛ぶ要塞・・・なんでその設計図がイジツに・・・」

 

すると、ニコが珍しく口を開いた

 

「鹵獲だ、敵の飛行場を占領した時、敵機を持ち帰って研究したというユーハングの書物に書いてあった。その時にユーハングは設計図の模倣品を書いたんだろう。」

 

そういう事か、だが分厚い装甲に多くの銃座というのは防弾装備が少ない我々の戦闘機に脅威になり得るには十分であった。タネガシに爆撃ができる飛行機は一式陸攻10機しかないが、それでも一機1000ポンドの爆弾搭載量であるため、全機出撃させてもフライングフォートレス二機分にしかならない。

 

「敵の拠点はサクシマっていう街っす。タネガシからは約1300キロクーリル、空の駅が壊滅させられた状態のウチの戦闘機なら増槽をつけた零戦しか往復できないっすね。一式陸攻も増槽をつければ往復できるっすけど、防弾が無いに等しいから正直あたしは作戦に使うのは怖いっす。」

 

確かに怖い、一式陸攻はユーハングで用いられていた時、敵にワンショット・ライターと呼ばれていたそうだ。一発玉が当たれば防弾がされていないためすぐに火を吹いたためである。

 

「ひとまず皆自分のシマに戻って警戒を絶やさないようにしてくれ。本部には電索で常に敵機襲来を調べてもらうようにして貰うから、襲来の連絡が行った場合は直ちに出撃できるよう準備をしておいてくれ。以上だ。」

 

敵の倍ほどの戦力にどう対策を立てようか、私はその事で頭がいっぱいであった。

 

 

 

第二章 敵機襲来

 

幹部会議から一日とたたずして、電索が反応を示した。敵機のお出ましである。今回は戦闘機二十機という事で、私とフィオが各部下を連れて敵と同数で上空で合流し、高度を上げながら無線機のダイヤルをひねり、フィオ機と通信を繋げた。会敵まであと約五分ほどである。

 

「敵機は戦闘機二十機だ、恐らく下層組員の六二型だろうが、油断はするなよフィオ。」

 

「わかってるよ!久々の空戦は腕が鳴るぜ!なーはっはっはっ!」

 

何時になったら成長するのであろうか、まあそんなことはどうでもいい。敵機の零戦六二型は五二型の武装強化、発動機換装機体だ。私の二一型と比べてかなり重量があるため動きが鈍く、格闘戦に持ち込んでしまえばわけないが、低空を飛んでいる時に一撃離脱戦法を取られると厄介であるので、こちらもしっかり高度をとる。すると私の部下が

 

「二時方向下方に敵機!」

 

無線を入れる。

 

「了解、上空から一撃離脱した後下方から突き上げ、そのあとは旋回戦に持ち込め!空戦空域から敵機が離脱した場合は追うな!いくぞ!」

 

敵機を目下に捉えプロペラピッチを低に固定、照準器の電源を入れ機体をロールさせスロットルを絞り急降下に入る、敵機はこちらに気づいていない。機体の形がはっきり確認できた、零戦六二型である。予想通りだ、ギリギリまで近づく、敵機との距離が60クーリル程になってから機銃の発射レバーを引く。

 

ダダダダッ・・・・・

 

敵機の右主翼が吹き飛んだ。左右の私の列機も次々と別々の敵機に命中弾を与え、そのまま操縦桿をめいっぱい引き戦闘機の死角である腹下に潜る。相手は回避行動を取るがもう遅い、もう一度下から20ミリ機銃を打ち込み左主翼を吹き飛ばした。このあとは私達は旋回戦である、こちらの先制攻撃で困惑していた敵を撃墜することなど他愛も無いことであった。全機撃墜を確認してから編隊を組みなおし、帰路に着く。

 

「イサカ、お前は何機撃墜した?私は五機だ!」

 

「私は六機だ、だが私たちの背中を護ってくれた部下のことも忘れるんじゃないぞ。」

 

「うるさいなわかってるよ教師かお前は!」

 

シマに戻るとサダクニを先頭に組員が迎えてくれた。

 

「組長、お疲れ様です。」

 

「ありがとう。だが私だけでなく私の列機を務めてくれた部下たちにも言ってやってくれ。」

そして私は一人の列機として連れて行った組員を呼んだ。

 

「初めての空戦はどうだった?」

 

「はい!組長の後を追うのが精一杯で、ほとんど何も出来ませんでした!申し訳ありません!」

 

「そう固くなるな。今日はお前はよくやったぞ。」

 

「へ?」

 

驚いている、それが当然の反応だろう、だが何も空戦は敵機を撃墜することが全てではない。

 

「では、お前の機に弾痕はあるか?」

 

「調べて参ります。」

 

数分して戻ってきたその組員が言う

 

「ありませんでした!」

 

「私に着いてきたと言ったが、ロール、ピッチ、ヨー全ての動きを真似ていたか?」

 

「はい、組長が出撃前に『今回貴様は初陣だ、絶対に私の後ろから離れるな、敵を見つけても追うな、死ぬぞ。私の全ての動きを真似するんだ。』とおっしゃられたので、しっかりと追従いたしました。」

 

上出来だ、初陣で隊長機を一度も見失わないのは簡単そうに思えてそう易々とできるものでは無い。

 

「それでいい、空戦は何も敵を墜とすことだけが目標じゃない。初陣で敵機を撃墜しようとした組員を何人か見てきたが、皆撃墜された。被弾しないという事は機体修理の者たちの負担を減らすことにも繋がる。これからもそうして経験を積んでいけ、絶対に物事の順序を間違えるな、そして、焦るな。」

 

「はい!」

 

空戦を生き延びるというのは簡単ではない。私は私の大切な組員を一人たりとも失いたくないのだ。

 

 

 

第三章 空飛ぶ要塞 襲来

 

ケンザキ一家から襲撃はさらに激しくなると考え、私達はフィオとシアラの局地戦部隊をタネガシ中心近くに設営した特設基地に、私、ローラ、ニコ、レミの長距離飛行及び一式陸攻直掩が可能な零戦部隊をタネガシ郊外の昔のユーハングの基地へ移動した。各組のシマは副官に任せ、集められるだけの戦闘機隊を集めた。そして皆で基地の整備をしていた時である。

 

「イサカさん、水臭いじゃあないですか。こんな時にこそシマの住民を使ってください。皆さんは戦うことに集中してください、食事や簡単な整備は私たちが引き受けます。」

 

「すみません組長。シマの住民が行くと聞かなくて・・・」

 

「大丈夫だサダクニ、こっちの住民も同じ事を言ってこっちに向かってる。」

 

「姐さん!俺たちのことなら何時でも使ってください!」

 

「組長が切り抜けてきた血で血を洗う戦いに比べればこれくらいどうって事ないはずだ・・・」

 

「お前達・・・・・」

 

「あたしらがここまで信頼されてるって事っすよ〜イサカ」

 

「小さくて可愛い者に囲まれたい・・・・・」

 

結局前線基地にシマの住人全員が集結してしまったのである。後から聞いた話だが、フィオとシアラのところにも同じように住民が集結したようだ。非常にありがたい話である。

そんなこんなで基地の整備が終わり、何時でも出れるという時であった。電索が反応を示した、今までより大きな機影で、遠い筈なのに近くに見えてしまう。いよいよ敵の本気の襲撃だ、フライングフォートレスの機影は三機、直ぐに皆で滑走路に走っていくと、零戦部隊の発動機は既に回っていた。

 

「ほらね、私たちが居て良かったでしょう?」

 

住民の一人がそう言いながら笑顔を向けた。私は住民に敬礼をして愛機に乗り込む、風防を全開にしスロットルを開け離陸し空中集合、編隊を組んで電索が示した地点へ向かう。今回はただの迎撃戦とは訳が違う、会敵する地点も今までよりずっとタネガシから遠いため、燃料にも気をつけなければならない。すると、私は横を飛ぶレミの零戦に増槽が着いているのを見た。無線で聞いてみる

 

「増槽なんていつの間に用意したんだ?」

 

「帰りの燃料が無くなるとまずいってんで、あたしが作っておいてくれないか頼んだら、住民達がわざわざ自宅の増槽を持ち寄って来てくれたんっす。さすがに急なことで数が揃わなかったみたいで今回だけは比較的航続距離の短い五二型につけててくれたんっすよ。」

 

レミは抜け目の無いやつだ・・・・・

 

それから2時間ほど高度を上げながら飛び続けていると、遠くに大きな機影が見えた、レミ、ニコが各組員に合図を出し一斉に増槽を捨てる。照準器の電源を入れてピッチを固定しスロットルを搾って急降下に入る。雲を突き抜け機銃を掃射しようとした瞬間、隣の零戦の翼に弾がかすった。旋回機銃である、私とローラを先頭にした編隊はシャワーの様な機銃弾をかわしつつ発動機とエルロンを何とか破壊した。隣のレミ、ニコの編隊も何とかフライングフォートレスのエルロンとエレベーターを破壊。だがその二機とそれを直援してきた六二型に手間取り、最後の一機フライングフォートレスに離されてしまった。スロットルを全開にして追う、機銃弾をかわしつつ、もう少しで再度攻撃出来るという距離についた時、私の上を通過した零戦が居た。翼に被弾したようで尾を引いている、私は胸騒ぎがした。その零戦はフライングフォートレスにぶつからんばかりの勢いで近づいて行く、機銃を掃射する気配が無いのだ。恐らくさっきの戦闘で撃ち尽くしてしまったのだろう、奴は刺し違える気だ。

 

「やめろーーーっ!!」

 

無線で力いっぱい叫ぶが腹を決めた者に聞こえるはずもない、最早これまでかと思った時、敵機のエレベーターが吹き飛び発動機が火を吹いた、それと同時に敵機とその零戦の間に別の零戦が飛び込んだ、接触スレスレで二機は体制を立て直し離脱する。直援戦闘機を撃墜し編隊を組み直し確認してみると、その零戦はレミの列機であった。やはり燃料タンクから尾を引いている、タネガシまでは辿り着けそうにない・・・・すると向かいから赤とんぼが飛んできた。大きくバンクを振りその零戦の隣につき、荒野に着陸するよう手信号を送る。その後その零戦は降下して行った。私とレミは編隊をニコに任せ、彼らと一緒に降下し救出されるところを確認した。その後は赤とんぼの離陸を待ち護衛の意味を込めて三機編隊で帰還した。

基地に戻り、何を言ってやろうかと考えながら赤とんぼの方に歩いていった。だが、その時私の目に飛び込んできたのは、彼の頬へと飛んだレミの拳打ちである。

 

「何であんな事をしたんすか!」

 

「燃料タンクをぶち抜かれて、機銃弾も底をついていました、最後に一矢報いてやろうと体当たりを・・・」

 

パァンッ!

 

レミの平手打ちが飛んだ。

 

「あんたに守らなければならない者は居ないんすか!?あんたに家族は居ないんすか!?」

 

「・・・一人妹が居ます」

 

「じゃあなぜ死のうとしたんすか!!」

 

「・・・・」

 

「妹さんはあんたが死んだら悲しんでくれないんすか!?」

 

「いいえ・・・」

 

「それなら体当たりなんて愚かな事をしてはダメっす・・・被弾しようが、燃料が尽きようが、翼が吹き飛ぼうが、最後の最後まで足掻いてくださいっす!あたしの列機である限り、何処に堕ちようが何処で落下傘降下しようが、必ず助けるっすから!」

 

後にも先にも、レミが怒鳴るのを聞いたのはこれが最後である。私は部屋に戻ろうとするレミに駆け寄った、するとレミはうっすらと涙を流しながら過去の話をしてくれた。

 

・・・・・あたしがゲキテツ一家で組を構えさせてもらってすぐの頃っす。小さな空賊と揉めたことがあるんすよ、そして結局空賊とウチの組員総出の乱戦にまで発展して・・・勝ったは勝ったんすけど、多くの仲間が撃墜、撃破されたっす。それで最終的にあたしと空賊のリーダーの一騎打ちになったんすけど、相手がとっても上手くてあたしは後ろを取られ続けていたんす。機体を滑らせて機銃を躱すのがやっとで、もうダメかと思った時・・・

 

「組長!組を大きくして、貧しい子供達に腹いっぱいメシ食わせてやって下さいね。」

 

次の瞬間、あたしの前から零戦が急降下してきたんっす。搭乗員は昔よくバカをやった仲間でした。彼はあたしの方を向いて笑って敬礼して・・・・・敵機に体当たりして死んでしまったっす。

 

「そんな事があったのか・・・・・」

 

何と言葉をかけていいかわからなかった。

 

「そいつの墓は産まれた場所だと聞いていたインノの外れに建てたっす。体当たりしてバラバラになった機体は燃えちまって骨すら拾ってやれなかったし、あたしの組は皆孤児で遺族はいなかったんすけど、その墓にはちゃんと名前を掘って、大好きだった零戦五三型の写真を入れてやったんっす。『俺いつか金貯めて五三型買うんだ!そんときは組長の五二型に模擬空戦してもらわねえと!』ってずっと言ってたんす。」

 

そこまで言うと、レミは腕に目を当てた。

 

「結局模擬空戦は出来なかった・・・・・」

 

レミは大粒の涙を流していた、私は寄り添って背中を撫でることしか出来なかった。

 

 

 

第四章 兵装整備

 

我々は戦闘機を用いている、そのため発動機や機銃、その他機外機内装備の点検は大切だ。ここでは戦いから少し外れて、我々が用いた兵器についての話をまとめようと思う。

長距離飛行の際は増槽をつけなければならなくなったことは前章でお話した、この増槽燃料タンクと言うやつは便利ではあるが厄介な代物で、つけた状態で腹下に機銃弾を喰らったら燃料に引火して機体ごと吹き飛んでしまう。それに330ボットルもの容量があるため懸吊した場合は機動性も落ちる。敵機発見直後に機体から何かを捨てている映像を見た事があるかもしれないが、それが増槽燃料タンクである。

私はこの増槽で1度だけ背筋が凍る思いをした、その時も敵機をタネガシから遠い場所でで撃墜すべく増槽をつけて飛んでいた。敵機を発見し増槽を捨てようと投下レバーを引いたがやけに投下レバーが軽い上に機が軽くならない、投下装置が故障していたのだ。そんな場合は本来速やかに空戦空域から離脱するべきなのだが、私は急降下の姿勢に入った。そして敵機に機銃弾を打ち込んだあと別の敵機スレスレを通過し、敵機主翼に増槽を当て増槽を破壊して外した。我ながら狂っている・・・それにしても増槽投下装置が故障した理由が分からない。自分では当然点検しているし、最終点検もした上で異常はなかった・・・・・が、理由は至極単純な物であった、最終点検の動作チェックの際にワイヤーが切れていたのだ、増槽を懸吊していない状態で投下レバーを引けば当然レバーの動作に負荷はない。ピンが上がった瞬間にワイヤーが切れればピンは自重で元の位置に戻るため、機外点検をしていた整備員も気づけなかったというわけだ。これは手応えを何度か確かめなかった私のミスだった。

基地に戻り私の機を担当してくれた整備員を呼ぶ。敵機にぶつけた時の衝撃で増槽がぶつかって傷と凹みのできた二一型を見て、整備員は言った。

 

「・・・・・すみません。俺のミスです、ちゃんと動作をチェックすべきでした。すみません!」

 

そうじゃない。私は整備員を責める気はサラサラなかった

 

「いや、完全に私の確認不足だ。お前は何も悪くない」

 

「しかし・・・・・」

 

「悪くないと言っているだろう?それに私がこうして生きて帰ってこれているのはお前たち整備員の努力あってこそだ、何か整備器具や待遇で問題があった時はいつでも言いに来い。」

 

「・・・・・はい!」

 

「これからもよろしくな」

 

私は敬礼をしてその場をあとにした。

 

さあ、ここで一度兵装整備というか、私とレミでやった事を話そう。

タネガシ郊外、私たちの基地の近くには湖があった。小さな湖だったがサカナがいたため、私はレミを呼び

 

「組員総出でこのサカナを捕まえて揚げてみないか?」

 

と提案した。するとレミは

 

「面白そうっすね〜、そういえば格納庫に植物油って書かれたタンカンがいっぱいつまれてたっすよ!それで揚げましょう!何本かかっぱらってくるっす〜」

 

よし、油の調達はできた、あとは

 

「サダクニ、すまないが何人か組員を連れてきてくれないか?」

 

これで大丈夫だ、数十分もすればカゴはたちまちサカナでいっぱいになった。

 

「たまには羽目を外すのもいいものだな。」

 

「イサカはちょっと張りつめすぎなんすよ〜」

 

「お前は羽目を外しすぎだ」

 

そんな事を話していると、組員たちがもう既に揚げ始めていた、副官二人は遠慮していたが私達は数本頂いた、これがなかなかうまい。組員達もいい息抜きになったようでよかった。

が、1時間もすると皆腹を壊して寝込んでしまった。かく言う私も食べている訳なのだから当然腹を壊した。当然原因はサカナの揚げ物にあるのだろうが何が悪かったのか分からない。しかし・・・・・ふと気になることがあり私は格納庫へ走り込んでタンカンの中身を地面に巻いてみた。そして油を舐めてみたところ

 

「うっ・・・・・」

 

植物油のような感じではなかった。こうなると答えは簡単だ。

 

「レミ!」

私はレミの部屋に駆け込んだ

 

「どうしたんすかイサカ・・・・・大声出さないでくださいっす・・・・・」

 

どうしたもこうしたもあるものか

 

「お前が持ってきた油は植物油じゃない!鉱物製のスピンドル油だ!そりゃあんなものでサカナを揚げたら腹も壊す!」

 

「ええ・・・じゃあなんでタンカンに植物油ってかいてたんっすか・・・・・」

 

「整備員に確認したら、もう植物油は使わないからタンカンの表記も変えていないそうだ。」

 

「そんなぁ・・・・・」

 

結局丸2日レミ組イサカ組は食べなかった副官ふたりを除いて寝込むことになってしまった。敵機の襲撃がなかったからよかったものの、わらえない話である。

 

第五章 ユーハングからの土産

 

まえがきで解説したと思うが、零戦二一型の翼内20ミリ機銃は九九式一号二型二十粍機銃と言い、ドラム弾倉で60発、五二型無印は九九式二号三型二十粍機銃では100発に増加しているがやはりどちらもドラム弾倉が重い上に初速が低く当てにくい。私達幹部であればどうにかして当てることが出来るが、まだ空戦技術が未熟な部下たちが組にはいる。何度もいって慣れろと口で言うのは簡単であるが、何かこちらとしても対策を打ってやらねばなるまい。そんな事を考えていると、レミとローラが面白い情報を仕入れてきた。

 

「最近、タネガシの工廠跡地に小さな穴が空いて、何かが降ってきたという情報が出たわ。行ってみる価値があるかもしれないわよ?」

 

「大量の紙とかいう情報もあったんで、設計図の類じゃないっすかねー?」

 

「解った。準備が出来次第行ってみる。レミ、着いてきてくれないか?ローラ、すまないが私とレミがいない間基地は任せる。電索に反応があればニコと共に独断で出撃してくれて構わない。」

 

十分後、私とレミはユーハングの残した工廠跡地に足を踏み入れた。建物の中を見渡してみると、大きな紙が何枚も散らばっていた。拾って読んでみるとどうもユーハング語のようだった。

 

「『二一型ノ九九式一号二型二十粍機銃ヲ九九式二号四型機銃ニ変更スル際ノ手引キ』『五二型ノ九九式二号三型二十粍機銃ヲ九九式二号四型機銃ヘ換装スベシ、方法ハ下記ニ記載アリ』・・・・・レミ、なかなかいいものが手に入ったかもしれんぞ。」

 

「こっちにもなんかあるっすね・・・・・『栄三一型甲ヘノ水メタノール噴射装置取付手引キ』『水メタノールタンク取リ付ケ位置指導書』って書いてあるっす。これは私らの五二型に応用出来そうっす!」

 

これは非常に大きな収穫であった、九九式二号四型二十粍機銃というのは、九九式二号三型二十粍機銃の銃身をさらに延長し弾薬供給方法をベルト給弾式へと変更した機銃である。銃身が伸びたため初速が上がり、また弾数も125発に増加したのだ。そして紙を見る限りでは三日もあれば全ての機体の武装換装が完了できる程の工程であった。九九式二号四型機銃は同機銃を二艇装備する雷電を所有するシアラ組のシマの中に製造工場がある。だが設計図と思しき紙はまだ数枚あった

 

「『中島製零戦二一型塗粧指示書』『中島製零戦五二型塗粧指示書』・・・・・?ユーハング時代の二一型と五二型の塗装指示書か。」

 

私はその紙を広げてみた、中に描かれていたのは二一型を明灰緑色一色に塗装し赤い丸に白いふちが描かれたマーキングを胴体側面に1つ、主翼上下面に赤い丸を描く指示がされた指示書と、五二型の下面を明灰緑色、上面を暗緑色に塗装し胴体側面と主翼上下面に赤い丸に白いふちのマーキングを施すよう指示された指示書があった。これがまたなかなか格好がいい。

 

「イサカ〜最後の1枚なんすけど『三式十三粍固定機銃取リ扱イ』ってなってるす。十三ミリってこの前撃墜したケンザキ一家の六二型についてたっすよ、うちのシマの機銃屋に頼んでコピー生産してもらうっすね。意外と使えるかもしれないっす。」

 

「解った。とりあえず設計図と指示書を持って基地へ戻ろう。」

 

「あいあいっす〜」

 

本当に大きな収穫だった。武装の強化が一気に図れるのだからここまで美味しい話はない、私はシマに戻ると設計図と指示書を複製しレミ達の分を用意した。

 

「うちらの組でも色々やってみるっすね」

 

「ああ、頼む。今日はありがとう」

 

「どうってことないっすよ〜」

 

さて・・・私は格納庫へ行くと

 

「おーい!整備班長!居ないか?」

 

「はいはいはい!お疲れ様です組長。」

 

彼はイサカ組整備班長のヤマダだ、抜けているところもあるが整備の腕は確かで既存の戦闘機の改造も行う事がある、普段はシマの住人の戦闘機を整備しているが、今は時期が時期なので格納庫に宿舎を用意し泊まり込んでもらっているわけだ。

 

「すまないがこの設計図と指示書を見てほしい。この機銃を零戦二一型に換装し、栄一二型発動機に水メタノール噴射装置をつけることは可能か?」

 

「これは・・・まず武装の換装ですが、難なく可能です。現在の7.7ミリがあるところに13.2ミリを、一号機銃を二号四型に換装すれば多少の加工で可能かと思います。」

 

「水メタノール噴射装置の方は?」

 

「取り付け自体は可能です。ただ、組長もご存知の通り栄一二型の気化器は昇流式です。栄三一型は降流式ですから色々な部品をワンオフで製作しなければいけませんから、量産は不可能です。申し訳ない。」

 

まあこの状況ではあるし仕方あるまい。とりあえず武装の換装は頼んでおくか。

 

「解った。ではとりあえず私含め組員の機体の武装換装を早急に頼めるか?」

 

「了解です。」

 

ふう、とりあえず武装の問題は解決出来そうである。するとヤマダはずっと指示書をみて何かを考えている、メモに何かを書いたりと落ち着きがないが、言い出しにくそうだ。

 

「ヤマダ、何かあるのか?」

 

「はい・・・・・この指示書は組長だけでなく、レミさんやニコさん、ローラさんにもいっているんですよね?」

 

「ああ、そうだ。」

 

「組長、至急レミさんたち三人をここに呼んでいただけませんか?」

 

理由は分からないが急ぐということはなにか得策なのだろう。

 

「解った。少し待っていろ。」

 

「ご面倒おかけします。」

 

十数分後、幹部四人を集めた。

 

「組長、ありがとうございます。皆さん、お集まりいただき感謝します。」

 

「ヤマダが呼ぶってことはなにか新しい改造方法でも見つけたんすか〜?」

 

「・・・・・期待している」

 

「要件をどうぞ。」

 

こいつはここまで他の組に期待されているのか・・・まあ確かに、バラバラだったタネガシの整備基準を統一したのもヤマダだし、信頼は厚いだろう。

 

「はい。まずこの指示書を見て、皆さんの愛機も改造してしまう案を思いつきました。ですが、皆さんの機体はあくまでも栄二一型、一二型の出力を受け止める強度しかありません。それに今まで乗ってきた愛着もあるでしょう。ですからここは、新しく機体を改造すべく零戦二一型二機と五二型二機の新造品を私に預けていただきたいのです!」

 

なかなか大胆なことを言うものだ、だが戦闘機四機は安くはない。

 

「悪いけど、そこまでのお金は私たちにはないわ」

 

「うむ・・・・・」

 

さすがに皆渋っている、私たちとて決して金がいくらでもある訳では無いのだ、だが・・・・・

 

「わかったっす。二一型は工廠が無いんで出せないっすけど、新品の五二型二機、あたしのカネであんたにあげるっす。好きに使ってくださいっす!」

 

「待て・・・・・」

 

「なんすか〜ニコ〜」

 

「私からも半分出そう。」

 

「ニコさん・・・・・レミさん・・・・・!」

 

全く・・・・・ここはヤマダを信じてやるか

 

「よしわかった。二一型二機は私が出そう!」

 

「そこまで言うなら・・・・私も半分だすわよ!」

 

「イサカさん・・・・・ローラさん・・・・・!」

 

ただ戦闘機四機を改造して失敗した場合、重い責任がヤマダに行く事になる。マフィアという組織である以上、責任は逃れられない。だが・・・・・

 

「よし、改造して何かあった時の責任は全て私が取ろう。ヤマダ、好きにやってくれ」

 

「水臭いっすよ〜イサカ、あたしも取るっす」

 

「私もだ」

 

「乗りかかった船だものね!」

 

「皆さん・・・・・ありがとうございます!」

 

「戦闘機は明日にでも送ろう、それまでに準備をしておけよ。」

 

どんな機体が出てくるのか楽しみだ、私は戦闘機に詳しい訳では無いが、零戦は好きだからな。

 

「あ、それと。タネガシ郊外におっこってるでっかい飛行機の残骸も貰っていいですか?」

 

「ああ、好きに使え。」

 

さあ、完成が楽しみだ。やつの腕は本物だ、私は安心してみなに急に集まってくれた礼を言い、帰路に着いた。

 

 

第六章 新生「ZERO」

 

私達がそれを目にしたのは一ヶ月後だった、それまでにケンザキ一家からの戦闘機は六二型に五四型が随伴するようになり空戦の機会も多くなったため、早急に交換した13ミリと20ミリは非常に役に立っていた。中には自分で翼内機銃を13ミリに交換し弾道特性を揃える者もいた。フライングフォートレスは全く来なくなり、戦闘機だけでの襲撃になっていた、私達はかなり善戦していた。

ヤマダからの連絡で幹部四人は格納庫に集まった、そこで見たのは、塗装指示書と同じ塗装とマーキングを施され、尾翼に「GEエLTETSU」と二一型は赤、五二型は黄色でマーキングされていた。

 

「かっこいいじゃないか」

 

「いい感じっすね〜」

 

「うむ・・・・・」

 

「上手く纏まってるわね。」

 

私達は口々に褒めた。本当に外観がかっこよかったからだ。

 

「ありがとうございます。では性能の説明をさせて頂きます。」

 

ヤマダの言うスペックはこうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

零式艦上戦闘機 五二型無印改

 

発動機

栄二一型改(水メタノール噴射装置装備)

 

過給器

一段二速メカニカルスーパーチャージャー

 

武装

三式十三粍固定機銃二艇(一艇700発)

九九式二号四型二十粍機銃二艇(一艇125発)

 

離床出力

1300馬力(2600RPM・水メタノール噴射時)

 

急降下制限速度

247キロクーリル

 

全備重量

920パウンド

 

最高速度(高度2000クーリル・水メタノール噴射時)

190キロクーリル

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

零式艦上戦闘機 二一型改

 

発動機

P&W R1830-33

(栄一二型改と交換可能)

 

過給器

一段二速メカニカルスーパーチャージャー

 

武装

三式十三粍固定機銃二艇(一艇500発)

九九式二号四型二十粍機銃二艇(一艇125発)

 

離床出力

1200馬力(2550RPM)

 

急降下制限速度

240キロクーリル

 

全備重量

910パウンド

 

最高速度(高度2000クーリル)

188キロクーリル

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

かなり馬力も急降下制限速度も上がっている。だが気になるのは二一型の発動機だ、聞いたことがない。

 

「ヤマダ、二一型の発動機が完全に変わっているのはどういう事だ?」

 

「はい、まず栄一二型はこの前説明させて頂いた通り気化器が昇流式です。ここに水メタノール噴射装置を装備すると過給器インペラーのカバーの強度が足りなかったのです。発動機のボアアップでどうにか対処しようと試みましたが発動機の寿命を縮める結果になってしまいました。」

 

なるほど、さすがに一二型には無理があったわけか

 

「ですが、タネガシ郊外にあった飛行機。あれはユーハングが敵国から輸入していたダグラスDC-3という輸送機だったのです。それの発動機は気化器が同じく昇流式で、馬力も1200馬力でした。直径等小加工で流用できそうだったので栄一二型の発動機支えに装着した次第です。運動性能や加速力は段違いだと思います。」

 

有難いな、栄で飛べないのは少し心残りだが今後の為には仕方あるまい。

 

「明日にでも皆さんに乗っていただきたいのですが、どうでしょう?」

 

「もちろんOKだ。」

 

「いいっすよ〜」

 

「いいわよ」

 

「うむ」

 

というわけで明日私達の操縦で飛行する事となった。私はこの時正直に白状すると楽しみでほとんど眠ることが出来なかった。

 

 

 

第七章 「ZERO」天空に舞う

 

いよいよ初飛行の日が来た。滑走路に向かい自分の機の外回りを確認したあと

 

「整備員前離れ!スイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

と言うとヤマダが駆け寄ってきて、

 

「すいません言うのを忘れていました。今回の四機はセルモーター始動なんです。」

 

私は赤面した、

 

「早く言ってくれ・・・・・」

 

気を取り直して、整備員が前を離れたことを確認したあとスイッチオフを再度確認。操縦桿を足で巻き込んで上げ舵をいっぱいに取り、点火プラグが(両)位置になっていることを確認。セルモーターのスイッチを入れる。

 

ウィィィィィン・・・・・

 

プロペラがセルモーターによって回転を始める、ここで引手を引っ張りクランク軸とプロペラ軸を直結させスイッチオン。

 

バラッバラッバラッ・・・・・

 

発動機に火が入り始める、このままではかからないので気持ちスロットルレバーを前に押し燃料を多く送りプラグに火花を飛ばす。

 

バラバラバラバラバラ・・・・・!!

 

発動機に完全に火が入り、排気管から白煙を吹き出し発動機は回転を始める。ここで忘れてはいけないのが吸入圧力計・油温計・筒温計・回転計の確認である、事前にヤマダに言われた数値を確実に差しているかを確認する。

 

「ブースト圧よし、油温よし、筒温よし、回転数正常。」

 

次は点火プラグの確認である、プラグ切替スイッチを(両)から(右)(左)へ切り替え回転数の上下を見る、今回の発動機では±70RPMであれば正常だそうだ。問題はなかった。そして整備員に手信号を送り車輪止めをはらってもらう。滑走路後端まで移動し離陸許可の旗振りを待つ。整備員が旗を振った、離陸許可だ。飛行眼鏡をかけ風防を全開にする、カウンタートルクを相殺するためラダーを踏んで右に当て舵をとり、スロットルをゆっくりと前に押し出しつつ操縦桿を前にたおし尾輪を持ち上げ機を水平にする。速度が50キロクーリルを超えたところで操縦桿を引き離陸する。この時のオレオから伝わる振動が一気に消えるには快感である。

 

「すごい・・・・・」

 

上昇力が半端ではない。軽量な機体に大馬力の発動機が装備されているのでぐんぐん高度が上がっていくのだ、これで航続距離はほとんど変わっていない(増槽が必要になったが)のは素晴らしい。上昇力が気持ち鈍り始める高度1200クーリルで過給器を変速、ブーストメーターの針が跳ね上がり大気圧プラス500mmの空気がシリンダーに押し込まれ下落気味だった馬力が復活する。

上空待機していると、レミの五二型無印改・ローラの二一型改・ニコの五二型無印改の順で昇ってきた。私は大きくバンクを振り無線で同機体同士で二機編隊を組むよう指示した、二一型改が前に出て五二型無印改が後ろに並ぶ。一通りの空戦機動を試そうとしたその時であった。

 

「ん?左舷前方機影が見えるっす!」

 

見てみると確かに機影が見えた、だがあのエンジンカウリング形状には見覚えがある。

 

「五四型よ!約15機!」

 

ローラが叫んだ、襲撃だ。

 

「いいタイミングじゃないか・・・・・機銃の性能まで試せる!」

 

「イサカ?」

「イサカ??」

「イサカ???」

 

「二機編隊を崩すな、そのまま左右に別れて上昇する!各自十三粍機銃の完全装填を済ませておいてくれ。」

 

「了解っす!」

「了解よ。」

「了解」

 

ヤマダの創ったZEROの初陣である。まずはプロペラピッチを低に固定、スロットルレバーを前に倒しフルスロットルへ、引手を思い切り引っ張り十三粍機銃の完全装填をする。機銃弾が大きいため少し力が必要だ、ガシャンという重い音と共に装填が完了する。前方に味方機がいないことと敵機まで十分に距離があることを確認し、スロットルレバーの機銃切り替えスイッチを前に倒し十三粍機銃の試射をする。その次はスイッチを手前にたおし二十粍の試射を、最後に中間位置にスイッチを置き両方同時に発射できるか試射をする。

そうこうしているうちに敵機が迫ってきた、照準器のスイッチを入れたあと、私はローラに大きくバンクを振り機体を裏返し急降下へ入る。前方から一撃離脱を仕掛けるのだ、ローラも当然それに続く。左を見るとレミとニコも同じ動きをしていた、水平儀を一瞬だけ確認し機が滑ってないことを確認する、雲を突き抜けると敵機が見えた。私達に気付いて散開しようとしているが遅すぎる、広い的となる裏を見せた戦闘機はカモだ、機銃発射レバーを引き十三粍と二十粍を敵機の腹に叩き込んだ。ダダダダダッと重い発射音が響くと共に、敵機の尾部が吹っ飛ぶ。私の後ろに付いていたローラも一機撃墜した、あとは散開した敵機を追う、金星発動機は出力が高いので突き上げ攻撃だと上昇中を狙われる可能性があるからだ。たまたま隣りにレミの五二型無印改が並んだ、出力は同程度であるため速度差はほとんどなかったがいきなりヤツが加速した。水メタノールを噴射したのだ、あの急加速には私も驚いた。さあ、あとは旋回戦である、真後ろに敵機を見つけたため縦旋回に入る。当然有利位置にいるのであるから敵機も着いてくるが想定通りだ、ラダーを蹴り飛ばし操縦桿を手前に思い切り引きつける。左主翼を失速させ宙返りの頂点から落ちるように動き後ろに着く。敵機には宙返りの頂点で私が消えるように見えるのだ、焦って敵機は水平飛行をする。

 

「終わりだ」

 

十三粍と二十粍を敵機の後ろから叩き込む。燃料タンクから火を噴くのを確認したのち、後ろに着いた別の敵機を見ながら旋回、この時右手にあるフラップ操作レバーを操作する。風が前から当たっているため非常に重い、グイッとフラップを下げると同時にさらに強く操縦桿を引く、揚力を増やして減速をし旋回半径を狭くするのだ。敵機の後ろに着くと同時に偏差を取って未来位置に機銃弾を叩き込む。・・・・・撃墜、周りを見渡しても敵機はいない。無線で呼びかけ空中集合をする、左下にニコの機が見えたため、大きくバンクを振って味方であることをアピールする。

 

「どうだった?新しい零戦は」

 

「・・・・・とても良かった」

 

あとの二人を上空で待ち編隊を組んで基地へと戻る、飛行眼鏡をかけ風防を全開にする。スロットルを絞りゆっくりと降下し着陸。冷却運転も兼ねてタキシングで格納庫内へ向かう、格納庫の定位置に収めたあとは、プラグのカーボンを焼き切ってしまうために発動機を煽って回転を上げてやった後にスイッチオフ。飛行眼鏡を外し機から降りると、ヤマダが駆け寄ってきた。

 

「初日から空戦とは・・・・・驚きました。どうでしたか?」

 

「素晴らしい機体だった。こんな機を作れる整備員が居ることを私は誇りに思うよ」

 

「ありがとうございます!」

 

最後に機体を見て回る、前に回りその後後ろに向けて足を進めていると、私はとんでもない物を見た。

 

「なっ・・・・?」

 

風防後部に巨大なヒビが入っていた、見た感じ私が機銃弾を受けていたのだろう。だが零戦の風防によくある様に貫通はしていない。

 

「おお〜、やっぱり全面防弾ガラスにして正解でしたね」

 

「お前がやってくれたのか?」

 

「何かあるといけないですからね。他の組員の風防も順次これに取替える予定です。」

 

「ありがとう・・・・・」

 

改めて思う、私は素晴らしい部下を持って戦うことが出来ているのだと。

 

 

 

第八章 悪夢

 

迎撃戦をしてしばらくした時であった、私達はいつも通り電索に機影を見つけ出撃した。すると、反対側から機影が見えると連絡が来たのだ。フィオとシアラに連絡を回しそちらを対応してもらうように頼んだ。だが、最悪の事態はここからであった。我々が戦闘中、いくつかの分隊が攻めてきたため組同士で別れ、撃退していた。だが、私達にその最中連絡が入る

 

「大型機の機影を確認!例の機体です!!!」

 

「私の組は今交戦中で手が離せない!他に・・・」

 

「無理です!全員迎撃戦展開中!皆逃げろーー!!!」

・・・・・無線はそこで途絶えた、

 

「囮だったのか・・・・・」

 

「私達を囮で誘き寄せて基地をもぬけの殻にする、私達もまんまと乗せられたが考えたわね・・・」

 

「ちくしょう・・・・・まんまとやられちまった・・・」

 

「クソムカつく・・・・・」

 

ちょっとまて・・・いつも真っ先に声をかけてくるあの声がしない・・・・・それにあの特徴的な声も聞こえてこない・・・まさか

 

「レミ!ニコ!応答しろ!おい!!」

 

「イサカ!どうしたのよ!?」

 

「早くシマに戻るぞ!」

 

シマに戻ると、基地は爆撃をもろに食らっていた。宿舎や格納庫は燃え、住民たちが必死で火を消している。

 

「おいヤマダ!レミとニコを見ていないか!?」

 

「こっちが聞きたいですよ!レミさんとニコさんが二機でB17に飛び込んでって・・・・・その後なんの無線もない!」

 

最悪だ・・・すると、遠くの空に機影が見えた。五二型のシルエットで、翼内燃料タンクから尾を引いている・・・だけではなかった、レミ機の風防は後ろ半分が粉々に砕け散り、ニコ機は中央の風防がなくなっていた。搭乗員が被弾している可能性が高い・・・・・

 

「ヤマダ!担架を二つ頼む!それから滑走路上の機体を全てどかしてくれ!急げ!!」

 

二機が降下してくる、機体が穴だらけだ。恐らく旋回機銃をものともせず飛び込んで行ったんだろう・・・・・地上で停止したレミの零戦の翼の上に乗り風防をこじ開ける。ニコの零戦にはローラが駆け寄っていた。

 

「おいレミ!大丈夫か!?しっかりしろ!!!」

 

「すんませんっす・・・守れなかった・・・・」

 

レミは肩と足に機銃弾を受けていた。

 

「意識をしっかり持て!!担架急いでくれ頼む!」

 

ニコと同じように銃弾を受けていた、担架に乗せられ運ばれていく二人を私は眺めることしか出来なかった。

 

「油断だ・・・・・」

 

そのあと、処置が終わったと連絡が入った。私は基地の片付けもそこそこにすぐさま二人がいる病室に飛んで行った。ヤマダに見守られ、レミとニコは体に包帯が巻かれて寝ていた。

 

「私の責任だ・・・・・」

 

「お言葉ですが ・・・あの状況では仕方ないと思います。」

 

「仕方ないだと!?」

 

私は声を荒らげた、

 

「簡単に言うな!!何人が・・・何人の組員が撃とされたと思っているんだ!!私の役目はシマの防衛と戦闘指揮だ!!!それなのに・・・・・私はこんな簡単な囮にすら気付けなかった・・・・・!!!そのせいで大切な仲間を失いかけた・・・・・」

 

自分の中で自分に対する怒りが湧いていた。ヤマダに当たってしまった・・・

 

「ん・・・・・うぅ・・・・・」

 

レミの声だった

 

「レミ!大丈夫なのか!?」

 

私は半泣きの状態でレミに駆け寄った、すると、レミは私の頬に手を置き、ゆっくりと話し出した。

 

「イサカ・・・あんたのせいじゃ無いっす・・・B17は電索に直前まで映らなかった・・・何らかの対策をしてきたんっすよ・・・それに、こうなったのは私たちが何も考えず飛び込んで行ったからっす・・・・・」

 

「そうじゃないんだ・・・・・そうじゃないんだよ・・・・・」

 

「イサカは優秀な指揮者っすよ・・・あたしらちゃんと怪我治して戻るんで、それまでに基地の修理頼むっすね。それからヤマダも・・・あたしらの戦闘機、頼むっす」

 

「わかりました・・・」

私はこの時決意した、もう二度と私大切な仲間を傷付けさせないと。そして、必ず早くにケリをつけると・・・

 

 

 

第九章 一家

 

ある昼下がり、基地の修理も進み、二機分空いた格納庫にも少し見慣れてきてしまった頃である。私が戦闘機の点検をしていると聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「イーサーカー」

 

「レミ!お前・・・もう大丈夫なのか!?」

 

「はい〜、もうバッチリっす!」

 

「ニコは?」

 

「彼女も大丈夫っすよ〜、フィオとシアラに捕まってますから〜」

 

「そうか・・・」

 

「ちょっ、イサカこんな所で泣かないでくださいっす」

すると、格納庫の奥から声がした

 

「組長〜、この前言ってた新型のエンジンオイルなんですけ・・・ど・・・・」

 

「おお〜ヤマダじゃないっすか〜、おひさしぶりっす〜」

 

「レミさん!もう大丈夫なんですね!」

 

「もうバッチリっすよ〜・・・ってだから二人ともこんな所で泣かないでくださいっす〜!」

 

さて、私はあまり人に物事を教えるのが上手い人間ではない。だが一度だけ一部の組員にせがまれ空戦機動を教えることがあった。私一人では心細かろうとヤマダが着いてきてくれた。

 

「まず、皆が思う空戦時の理想の機動はなんだ?」

 

私は問いかけた

 

「真っ直ぐ飛ばないことでしょうか?」

 

一人が言った

 

「うむ、正解だ。空戦中は真っ直ぐ飛んではいけない、もっと細かく言うと、水平、垂直、直進という動きをしてはならないんだ、何故かわかるか?」

 

「機銃弾が真っ直ぐ飛んでくるからです。」

 

「そうだ、それを念頭に置いて講習を始めよう」

 

そんなこんなで座学として教えていたが、いよいよ実際に戦闘機を飛ばして教えることになった。全員の零戦の無線の周波数を合わせ、機に番号を当て配分する。事が起こったのは、私とヤマダが飛びながら木の葉落としの指導をしているときである。

 

「12番機。上昇していいぞ。」

 

「了解です!」

 

その時だった、今まさに上昇すべく機種を上げた零戦の燃料タンクが火を吹いた。

 

「脱出しろ!おい!」

 

ヤマダが無線で叫んだ。その瞬間下方で落下傘が開くのが見えた。火が着いた瞬間に脱出していたようだ。それは良かったが肝心の敵機が見えない、すぐに上昇して雲の中に逃げたのだ。私は全機に着陸指示を送り、ヤマダに誘導を頼み一人上空に昇り敵を探した。

 

「クソっ・・・・・どこにいる?」

 

次の瞬間、私は後ろに近づくエンジン音を聞いた。スグに旋回したいところだが雲の中で相手が見えにくい時に腹を見せることになるかもしれない。腹を見せた戦闘機はカモなのだ。ドンドン迫ってくる敵機がどこから向かってくるか探している所に、

 

ダダダダダッ・・・・・

 

終わった・・・と思ったが私の機に異常はない。

 

「まさか!?」

 

後ろを振り返ると火を吹きながら降下してゆく零戦が見えた、ヤマダの機だった。重くなるからとヤツの零戦に機銃弾を積んでいない、私の身代わりになろうとしたのだ。

 

「よくも・・・よくもヤマダを!!」

 

私は我を忘れた。敵機を後ろに見ながら高度を上げる、当然敵も追って追いかけてくるのだが、そこでフラップを全開、スロットルレバーを手前にめいっぱい引き出力を落とす。私の機は失速し落ちるような挙動を示す、敵の目には私が急に失速したようにしか映らないが、敵機が私をオーバーシュートしたのを確認して機を立て直し後ろに着く。フルスロットルにすると同時に照準器いっぱいに広がる敵の主翼目掛けて二十粍を叩き込んだ。敵機が火を吹いた、

 

「ヤマダ・・・無事でいてくれ・・・」

 

祈る思いで私は降下した。目先に見えた滑走路には練習生の零戦が並んでいる、その奥、滑走路の先でヤマダの零戦は燃えていた、滑走路上に人影が見える。着陸してすぐ私は冷却運転を整備員に頼み、基地建物へ駆け込んだ。

 

「ヤマダ・・・ヤマダはどこだ!?」

 

「組長!こっちです!機銃弾を受けていますが今は意識があります!」

 

私は練習生をかき分け担架に駆け寄った、そこには、愚かな私を守ろうと身代わりになり、血だらけになったヤマダがいた。

 

「ああ・・・組長・・・ご無事でしたか・・・」

 

そんなになってまだ私の身を心配するのか、私は自分が情けなくなった。

 

「馬鹿・・・馬鹿者!!何故身代わりになどなろうとした!私があの時撃たれていれば・・・完全に私の不注意だったのに!!何故あんな無茶をした!!!」

 

私は混乱していた、こんなことを言おうとしたのではなかったのに、口から出たのはこんな言葉であった。情けない。するとヤマダはまた口を開いた

 

「貴女は・・・今組・・・いやゲキテツ一家に必要な人だ。あんな所で撃とされていい人じゃない・・・貴女が無事なら・・・良かった」

 

そう言うとヤマダは意識を失った。

 

「おい!ヤマダ!おいしっかりしろ!おい!!こんな所で死ぬなんて承知しないからな!わかっているな!?」

 

「急ぎます!組長は前で待っていてください!」

 

ヤマダは医務室へ運ばれて行った、私はそれを見ることしか出来なかった、私は・・・私は無力だった・・・

自分の部屋に戻り、私は乱れていた服を整えすぐ出ていこうとした。

 

「どこへ行くつもりっすか?」

 

私の目の前にはレミがいた、その後の会話は今でもはっきりと覚えている。

 

「そこをどけ!」

 

「質問に答えてくださいっす、どこへ行くつもりっすか?」

 

「ケンザキ一家の所へだ!こんなことをされて黙っていられるか!」

 

パンッ・・・・・

 

「イサカ・・・あんたがここで冷静になれなくてどうするんっすか!?」

 

「・・・・・」

 

「一人で言って何をするつもりかなんてマフィアなんだからだいたい想像はつくっす!ヤマダが何故イサカの身代わりになったのか!そんなくだらない事をする為だと思っているんすか!?」

 

「大切な人を殺されかけたんだぞ・・・ここで怒らない人間がいるとでも思うのか!?ええ!?どうなんだ!レミ!!!」

 

「いい加減にしろ!!」

 

「・・・・・ッ!」

 

「あいつが殺されかけて怒りを覚えない組員がゲキテツ一家の中に一人でもいると思ってるんすか!?ツナギがボロボロになるまで組員の戦闘機を整備して、休めってあたしが言っても『他の整備員の整備が完璧なのかを見るまでが自分の仕事なんで!』って、そんで夜になってもずっとずっと点検してるんっす!あの馬鹿、次の日には戦闘機の下で寝てるんっすよ!ここまでしてくれる組員になにかされて黙ってられるわけないでしょう!ただあたしは怒るなと言ってるんじゃない!冷静になれと言っているんっす!」

 

「なら・・・なら私はどうしろと言うんだ・・・!!この前もそうだ・・・私が何も出来なかったために・・・お前やニコを危険な目にあわせた!!私は・・・私は無力だ・・・うわぁぁぁ!!」

 

パンッ・・・・

 

「あんたが・・・あんたが無力ならあたしらはあんたを指揮官になんて選ばない!!そんな事わかりきっていることでしょう!?」

 

「だが・・・現に私の周りで何人も・・・」

 

「あんたの周りで撃とされた奴ら・・・誰も死んでないっすよ・・・大怪我して帰ってきてなんて言ってると思ってるっすか?」

 

「え・・・・?」

 

「『組長がイサカさんじゃなかったら俺は死んでました。あの人は俺に座席を少しだけ高くしてみろって言ったんです・・・身長が低い俺はそれが適正だと見抜いてアドバイスをしてくれたんです。そのお陰で視野が広がり後ろにつかれたことに早く気づけて、回避出来たからこうやって今生きてるんです。本当にあの人には感謝しています。』『あの人・・・一番最初に俺に教えてくれたの、逃げろって事だったんです。敵わないと思ったらすぐ逃げろ。そういう敵を倒すために私達上官がいるんだ・・・って、そして、もし撃とされたら拾ってやる。何度でも拾ってやるって・・・その言葉通りでした・・・』あたしが聞いた範囲だから二人しかいないっすけど、イサカ組の他の大怪我して帰ってきたヤツらも医務室で笑ってるんっすよ。皆・・・そんで、口を揃えて言ってるっすよ。『あの人の為なら何でもする』ってね。」

 

「・・・・・」

 

私はその場で泣き崩れた

 

「これでも自分が無力だと、何も出来ないと思い続けるっすか?」

 

「・・・わない・・・」

 

「はっきり言え!!思うんっすか!?思わないんっすか!?」

 

「思わない!!!!」

 

しばしの沈黙を破ったのは、聞き覚えのある声だった。

 

「流石組長、いや、『冷血な指導者イサカ』ですね」

 

「ヤマダ!!!お前まだ血だらけじゃないか!!!」

 

そこにはニコに肩を支えられ、傷口を自分の手で抑えて立つヤマダがいた、

 

「組長の部屋は医務室のすぐ側なんですよ、こんな大声で言い合ってたら聞き耳も立てますよ。うっ・・・」

 

「馬鹿者!!ニコ!!早く医務室へ連れ戻してやってくれ!」

 

「私もお前の決意、聞かせて貰ったぞ。」

 

「・・・ああ!」

 

「組長、よく仰ってくれました。」

 

「サダクニ、クロ、それにシアラにフィオ、ローラまで!!!」

 

「しっかりしろ、バカヤロ」

 

「ほんっとになっさけないわねぇ〜??」

 

「さあ、そんな所でへたってないで」

 

「レミ、少々強引だったんじゃないか?」

 

「いいんっすよ〜、イサカがここでまだいじけるようなら、張り倒してやろうと思ってたっすから〜」

 

「皆・・・・・」

 

「組長!」

 

「組長!」

 

「組長!」

 

組員の搭乗員や整備員まで騒ぎを聞き付け走ってきた

 

「お前たちまで・・・・・」

 

「イサカ、やっぱりあんたじゃないとダメなんっすよ」

 

「・・・ああ!ゲキテツ一家!全力を上げてケンザキ一家を倒すぞ!」

 

「おおーーーーっ!!!!!」

 

 

 

私はその後、一人で医務室に向かった。医務室ではヤマダが寝ていた。

 

「あっ組長、さっきはすみませ・・・・・」

 

ガバッ・・・・・私は上半身を起こしていたヤマダを強く抱き締めた。

 

「ちょっ組長!スーツに血が着いちゃいますよ!」

 

そんなことはどうでも良かった。何故抱きつこうと思ったかは分からないが、勝手に体が動いていた。

 

「いいんだ・・・いいんだ・・・」

 

「組長・・・・・」

 

「無茶するな・・・馬鹿者・・・馬鹿・・・」

 

「すみません・・・」

 

「本当にありがとう・・・」

 

しばしそのまま動かなかったが、私はハッと我に返った。

 

「・・・誰にも・・・言うなよ?」

 

「はい・・・」

 

そう言うと医務室をあとにした、廊下を歩いているとレミが駆け寄ってきた

 

「ヤマダのベッドの隣にイサカの耳飾りが落ちてたんっすけど〜」

 

「本当か、さっきまでいたから・・・ん?耳飾りはちゃんとあるぞ?」

 

「えっへへ、ヤマダと何やってたんっすか〜?あたしにも教えてくださいよ〜」

 

「ちょっ・・・それは・・・」

 

「もうそんな所まで行っちゃったんっすね〜?」

 

「ちがうっ馬鹿者ぉっ!!」

 

色んな意味で災難な一日であった。

 

 

 

第十章 ワンショットライターの意地

 

そろそろ戦いも守りから攻めに転じる時であると考えていた。敵基地で無抵抗のB17を叩ければそんなに美味しいことは無いからだ。だが、私達の所有する爆撃機は一式陸上攻撃機であり非常に撃墜されやすい機であった。そこである決断をした。その日の昼のうちにゲキテツ一家組員全員を集め、私はこう言った

 

「私たちは、今までタネガシを守るために戦ってきた。だが、受け身のみでは襲撃の不安を払拭することは出来ない。迎撃だけでは敵の戦力が尽きるまで戦い続ける事になる、そのため、私は一式陸上攻撃機と零戦を用いて敵基地を爆撃し、敵戦力を一気に壊滅させようと考えている。だが知っての通り、一式陸上攻撃機は非常に燃えやすく被弾に弱い機体だ。今までよりもリスキーな作戦となる。そのため、この作戦への参加は志願制とする。死にたくないもの!家族の居るもの!その他様々な事情がある組員が居ることは私もよく知っている、幹部の皆も同じだ。私は決して強制はしない。皆目をつぶってくれ」

 

沈黙が場を支配する、いきなりこんなことを言われたのだから当然だ

 

「志願する者は一歩前へ!」

 

ザッ・・・・・

 

皆が同時に前へ足を踏み出していた。

 

「目を開けてくれ・・・・・」

 

すると、どこかで組員が叫んだ

 

「どうせこのままやらなかったら怯えながら暮らす羽目になるんだ!皆!いっちょやってやろうぜ!」

「そうだそうだ!」

「イサカさん!皆気持ちは一緒ですよ!」

 

これがゲキテツ一家か・・・

 

「よし!爆撃敢行は一週間後!作戦内容と細かい配置は追って連絡する!皆本当に感謝している!そして、高い所から失礼する!」

 

そして私はおもむろに頭に着けていた飛行眼鏡を外し頭を下げた、私がそこでできるせめてもの敬意の表し方だと思ったからだ。すると

 

ザッ・・・・・

 

皆は敬礼を返してくれていた。幹部、組員、整備員全員がだ。

 

「イサカよ・・・」

 

「首領!!」

 

「そんなに固くなるな。それより、お前の演説聞かせてもらったぞ・・・・成長したな」

 

「ありがとうございます。」

 

「タネガシの・・・ゲキテツ一家の未来はお前に託したぞ、しっかり頼む。」

 

「・・・・・はい!」

 

そしてもう一度、集まってくれた組員に礼を言い幹部を作戦室に呼んだ。私の考えた作戦はこうだ

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・第一次攻撃隊〜第五次攻撃隊を編成する。

 

・攻撃隊は一式陸攻二機、直援の零戦三十機、爆装零戦十機の配置とする。

 

・一次攻撃隊はイサカ組、二次攻撃隊はレミ組、三次攻撃隊はローラ組、四次攻撃隊はニコ組で編成し、隊長は各組長が務めることとする。五次攻撃隊は各組から戦闘機と組員を同数集め編成する、隊長はサダクニとする。

 

・組員の機体が零戦ではないフィオ組・シアラ組は上記攻撃隊とは別の隊として制空戦闘機隊とする。

 

・制空戦闘機隊が先に出撃、続いて第一次攻撃隊〜第五次攻撃隊が三十分の間隔を取り出撃する。

 

・空戦空域ギリギリの平坦な地で二十機の赤とんぼと百式輸送機三機が待機。撃墜された又は燃料不足で帰還不可と思われる機を着陸させ搭乗員を救助する。

 

・三機編隊を小隊とし、各小隊で爆装零戦と一式陸攻を囲む大きな編隊を組む。

 

・爆装零戦が敵機に絡まれた、又は絡まれそうな場合はその爆装零戦の搭乗員の独断で爆弾を捨て空戦をして良い。

 

・増槽は零戦が110ボットル増槽を懸吊、雷電及び紫電は100ボットル増槽を懸吊すること。

 

・爆撃をして良いのは基地と格納庫のみ、民家や生活スペースがある所に爆撃してはならない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この事を幹部に伝えた、そして

 

「何か質問はないか?」

 

と最後に問いかけた。皆しばし黙っていたが簡単な質疑応答の後賛成し、作戦決行が決まった。

 

「ありがとう。では作戦決行は予定通り一週間後、各自組で編隊飛行と爆装零戦の操縦方法の再教育を念入りに頼む。では解散だ」

 

 

三日後、私は三機編隊の列機と隊長機を決める作業をしていた。ほとんどの小隊はメンバーを決めることが出来たのだが、自分の二番機がどうしても決められない。というか、一人怪我で脱落し出撃出来そうにないのだ。

 

「はぁ・・・組員たちが信用ならぬ訳では無いのだが・・・」

 

独り言を言いながら作戦書とにらめっこである。その日は予定が珍しくなかったので別に一日中悩んでいても良かったのだが、どうせ一日中悩んだところで決められる保証もない。私は格納庫へ行き自分の零戦二一型二機を洗おうと思った。私オリジナル塗装のノーマルの二一型の方はしばらく戦闘に出ていないが勿論愛着がある。機体を洗うのは基本的に整備員がやるのだが、私も手伝うことがあった。

自室から自分を拭く用のタオルを一枚首にかけ、格納庫へと向かう。

 

「おーいヤマダ〜。ここのバケツとデッキブラシ、あと洗剤とウエスか。ちょっと借りるぞ〜」

 

「洗うんですか〜?じゃあ点検とプラグ交換だけ済ませちゃうんでちょっと待って下さい〜」

 

まだ点検が終わってなかったらしい、悪いタイミングで来てしまったがどうせ予定は無いのだ。気長に待とう。

 

「私も作業見ていてもいいか?」

 

「え?ええ、問題ありませんよ。」

 

ヤマダは素早い手つきでエンジンカウリングのチャックを外しカウリングを分割した。そして下のカウリングを外し横に置いた。

 

「すみません、上のカウリングの端っこ持ってもらっていいですか?」

 

「ん?ああ、ここでいいか?」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

ヤマダが私の方にカウリングを持ち上げた。そのままヤマダは前に回り外れたカウリングをまた横に置いた。そして工具箱から工具を取り出し、その工具をベルトに挟んだ状態でプラグコードを抜いていく。

 

「どれがどれかわからなくならないのか?」

 

「全部覚えてますから大丈夫ですよ。」

 

さすがに驚いた。仕事としてだけじゃなく本当に戦闘機が好きなのだというのがよくわかる。全てのプラグコードを外し終えると配線を結束バンドで束ね、そしてベルトに挟んでいた工具でプラグ交換を始めた。

 

「お前・・・確か空戦も出来たよな?」

 

「はい・・・ですが自分はこちらの仕事の方が好きですね。」

 

「そうか・・・もし良ければ私の二番機についてくれないか?」

 

「・・・少し考えさせて頂いてもいいですか?」

 

「ああ、悪かったな。」

 

「いえ、プラグ交換終わりましたよ。存分に洗ってやってください。」

 

「ああ、助かる。」

 

そして私はウエスに水と洗剤をつけ強く搾った。足掛けを出し操縦席へ乗り込み、計器盤やハンドル、レバー類を念入りに拭いた。そして風防を閉め内側から汚れを取る、納得いくまで磨いたあとは操縦席を降り風防を閉め外からしっかりと磨く。視界は搭乗員にとって命であるし、戦闘機を外から見た時風防が曇っていると格好が悪いのだ。風防を拭き終えると機から降りる、風防を完全に閉めたのを確認しステップを全て機内に収め、水道に繋がったホースで水を機体にかける。そして洗剤をつけた先の柔らかいデッキブラシで念入りに全体を磨く。エルロン・ラダー・エレベーターと風防にはデッキブラシを当てないように注意して、愛機の汚れを落としてやるのだ。ふと横を見ると、ヤマダが私のオリジナル塗装の方の二一型をじっと見ていた。

 

「どうした?私の機が気になるか?」

 

ヤマダはハッと振り向いた

 

「そうですよね・・・・・覚えてませんよね、」

 

「ん?何をだ?」

 

「自分がまだ搭乗員から整備士見習いになったばかりだった頃、まだ18の時でした。サダクニさんがまだ17くらいだった貴女とこの零戦を連れてきた。そして『お前の整備した戦闘機に乗った、是非組長の零戦の整備を頼みたい。』とおっしゃったんです。その時自分は組の下っ端でしたが、イサカさんが組長となったのは知っていました。ですからそんな方の戦闘機を下っ端の自分が整備するなんてとんでもないと断ったんです。ですが貴女は『私も実際に操縦した、お前がいい』とおっしゃった、ですから私は引き受けたんです。私が初めて一機丸々整備をしたのは、貴女のこの零戦なんですよ。」

 

忘れるわけがない、その時私はその時の様子をさらに鮮明に思い出した、ツナギと顔が油まみれで、他の整備員の話を必死に聴きながら整備をしていたヤマダの姿を。そこが違う、そこはそうだとよく分からない事を言われても、いじる時の目が輝いていた一人の整備員の姿を

 

「忘れるものか、あの時お前は『よろしくお願いします。』とだけ言っていたな、そして直ぐ格納庫へ零戦を運び込んで発動機を降ろしていた。その後の出撃で零戦が壊れたことは無かった・・・増槽が落ちなかった時はたしかお前は別の機を担当していたな。」

 

「覚えていてくださいましたか・・・もう4、5年も前の話ですから、自分が引きずっているだけかと思っていました。」

 

「馬鹿者、なぜ私がずっとお前を幹部の戦闘機の整備担当に指名していると思っているんだ。」

 

「さっきの二番機の話・・・一つだけお願いがあります。」

 

「なんだ?」

 

「私にこの機を貸して頂けませんか。」

 

ヤマダが指さしたのは私のオリジナル塗装の機だった。発動機は栄のままであり出力が劣る、あえて選ぶ理由は普通は無いが、私はもう決めていた。

 

「後ろは任せたぞ?」

 

「・・・はい!」

 

晴れて私の列機は決められた。次で終わらせる、必ず次で終わらせてやると心に誓った。

 

 

 

第十章 爆撃敢行

 

三日後の作戦決行当日の朝、私は自分の愛機の操縦席にいた。直援戦闘機隊大隊長なので滑走路の前には誰も居ない。滑走路左端前方で住民の代表が合図を送ることになっている。

 

「第一次攻撃隊、整列よし!発動機回せーっ!!」

 

合図と旗振りを確認、使用燃料タンクを胴体内燃料タンクに切りかえ、点火プラグスイッチ両確認

 

「整備員前離れ!」

 

セルモーターを回しメインスイッチオン、小気味よい爆発音とともに発動機に火が入る。「ご武運を」と言って整備員は車輪止めを払い敬礼をして離れて行く。私も敬礼で返す。

私の斜め後ろでは二番機のヤマダが発動機を始動させていた。

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

ヤマダの声が響く、キーーーンという音と共にエナーシャスターターの回転が上がる音が聞こえる。

 

「コンタクトーッ!」

 

カチッ・・・バラッバラッバラッ・・・バラバラバラバラ・・・!!

 

一発始動させた、さすが元搭乗員だっただけはある。攻撃隊全員の発動機が指導したのを確認すると、再び住民の代表が腰の下で平行に旗を振る。「発進許可」の合図だ。私は飛行眼鏡をかけ二番機三番機に発進するという手信号を送る。

 

「発進指示よし!発進する!」

 

気合を入れるため復唱をしてからラダーを踏んで両輪にブレーキをかけエレベーターを上げ舵にし尾輪が浮くのを抑え込む、スロットレバーをフルスロットルまで倒し回転数が上がったところで一気にラダーから脚を離す。この時すぐにカウンタートルクを相殺するためにラダーで当て舵を再度当てる、制動力を急に失った機は普通に発進するよりも早く速度が乗る。滑走距離が短い一番前の小隊ならではの小技である。ヤマダと三番機の者は相当な手練であるため、難なく急発進にも着いてきた、脚とフラップを上げ風防を閉める、空中で編隊を綺麗に組み使用燃料タンクを増槽に切り替え後続機の離陸及び編隊を組み終わるのを待つ。この間、自分の機に装備されているクルシー式無線帰投方位測定器を手動で回転させ操縦席の指針が正しく基地のアンテナを刺すか確認する。すると三番機が

 

「フラップが上がりません!申し訳ありませんが帰還させて頂きます、ご武運を!」

 

「ああ、期待して待っていろ。」

 

整備不良か、こんな極限状態だ仕方あるまい。私はヤマダと二機編隊を組みなおし後続機の整列を再度確認する。全機配置に着いたことを確認し高度を上げつつ目的地を目指す。高度が十分に上がったところで水平飛行に移る。ケンザキ一家の居るサクシマまでは約2時間と少しだ、私は操縦桿を握る手の力を少しだけ抜いた。するとヤマダの零戦から無線機を通して声が聞こえてきた。何を言っているのか聞き耳を立てた

 

「燃調がこれだと濃いか・・・けどさっきのだと薄いし・・・これでどうだ?、おおーいい感じだ」

 

「・・・何を言ってるんだ?」

 

「あわわわっ組長!聞いていたんですか?」

 

「聞くも何も無線機があるんだから聞こえるに決まっているだろう。それと、私のことはイサカでいい。」

 

「えっ・・・いや・・・しかし・・・」

 

「なんだかんだで長い付き合いなんだ、敬語も要らない。そう固くなるな」

 

「・・・わかったよ、イサカ」

 

そうこうしていると、第二、第三、第四攻撃隊も同航路に着いたと連絡があった。すると

 

「イ〜サ〜カ〜、ヤマダとアツアツじゃないっすか〜」

 

「しまった!この回線はヤマダとお前に繋がっていたのかっ!お前たちが一緒に飛ぶことが無いから今まで気付かなかった!」

 

「ヤマダ〜、あたしの事もレミでいいっすよ〜」

 

「・・・・・」

 

「茶化すな馬鹿者ぉっ!」

 

無駄話をしつつ一時間ほど飛行していると、制空戦闘機隊がサクシマ上空にまもなく到達という連解が入った。雲があるらしい、好都合だ。

 

「左右に別れて雲の上へ隠れていてくれ!私たちの到着十分前に連絡を入れるからその時一気に制空権を奪ってくれ!頼んだぞ!」

 

「了解!」

 

「わかってるわよ〜」

 

照準器の電源を入れ点灯を確認、覗いて見て変な感じが無いか確かめたら電源を切る。フィラメントが切れてしまうのだ。注意して飛行しているとサクシマが見えてきた、到着十分前だ。

 

「制空戦闘機隊、戦闘開始!」

 

これで敵基地上空の戦力を完全に奪う。操縦桿を握る手の力を入れ、自分の攻撃隊に号令をかける。

 

「全機増槽捨て!戦闘開始!」

 

まずは前線の小さな基地を爆装零戦が急降下爆撃する。大隊の後ろ半分はその援護につき、爆装零戦が爆弾を投下し終えたのを確認し離脱、迎撃に上がってきた戦闘機と空戦をする。私たち大隊の前半分は陸攻を援護しつつ進軍し、本陣の基地がある上空へと突入する。当然戦闘機が迎撃に上がってきた、

 

「私達の役目はあくまでも陸攻の援護だ!無駄に離れて空戦をするな!いいな!?」

 

「了解!」

 

迎撃戦闘機を追い払いつつ爆弾投下地点へ向かう、投下地点で陸攻が水平爆撃を敢行し陸攻には即離脱させる。滑走路に命中すれば万々歳なのだが、爆弾は駐機されていた戦闘機とB17に直撃した。戦力を削げたことに変わりはない

 

「陸攻離脱しろ!あとは私達戦闘機隊の仕事だ!前線の小さな基地を爆撃し終えた爆装零戦と合流し帰還せよ!援護の零戦は事前に連絡済みだ!お前たちはよくやった!」

 

さあ、第二次攻撃隊が突入してくるまでは滑走路から離陸してくる迎撃戦闘機を低空で叩く。制空戦闘機隊には高高度を任せてある。

 

右に左に、上に下にと動きながら敵機を撃墜していく。そうこうしていると第二次攻撃隊、第三次攻撃隊と突入してきた。全て滑走路には命中しなかったが格納庫などを破壊したため迎撃に上がってくる戦闘機は絞られた。幹部全員がサクシマ上空で合流し組員たちと入り乱れ空戦を行った。すると、滑走路から五四型三機と五式戦一機が離陸してきた。いよいよ敵の親玉のお出ましだ。離陸したばかりで周りには敵だらけ、五式戦二型お得意の高高度へは行けまい。だが他の敵機がいるためなかなか五式戦のところに行けない。それどころか五式戦と五四型は部下を置いて逃げようとしていた。

 

「クソッ!ここまで来て逃がすのか!」

 

味方を見捨て空戦をする訳には行かないのだ、焦れったくも仕方ないと思っていると無線が入った。

 

「イサカ!奴らを追え!」

 

ヤマダの声だった、

 

「だが、お前たちが・・・」

 

「自分らはいい!全機墜としてここの上空で待っててやる!ゲキテツ一家の幹部ともあろう者が、自分の味方すら見捨てる外道を見逃せないだろう!?」

 

「すまない!必ず帰ってくる!」

 

スロットルを倒し緊急ブーストで五式戦と五四型を追う。1200馬力は伊達ではない、ぐんぐん敵機が近づいてくる。すると後方から五四型が迫ってきた、数機着いてきていたのだ。射線を避けようとエルロンを切ろうとしたその時。

 

ダダダッダダダッ・・・

 

「イサカ!ここは良いから奴らを追え!」

 

「私たちに任せて早く行って!」

 

「ニコ、ローラ・・・ありがとう!」

 

更に近づくと五四型が展開してきた。逃げ切れないと判断したのか五式戦も機首をこちらに向けようと旋回してくる。四対一では分が悪いがやるしかない、目標を五四型に定め旋回をする。背面飛行に移り自分をオーバーシュートする五四型を見据えて操縦桿を思い切り引く。エレベーターを効かせ後ろに着き、照準器に入った機影に向け機銃を叩き込む。バキッ・・・という鈍い音と共に敵機の主翼が吹き飛んだ、だがそれで安心してはいられない、後ろに着こうと旋回する敵機を見ながら射線をかわす、なかなか撃墜出来ないがそれは相手もおなじだ。すると、見慣れた戦闘機が見えた。レミの五二型改だった。

 

「お待たせしたっす、五四型は任せてください!イサカは早く五式戦を!」

 

「すまない・・・必ずケリをつけて帰ってくる!」

 

「さぁ!どっからでもかかってこいっす!!」

 

五四型をレミに任せ、私は空戦空域を離脱し五式を追った。すると雑音混じりの無線が入った、五式からだった。

 

「よくもここまでやってくれたな・・・お前を今すぐここで葬ってやる!」

 

私は今までの傷ついた仲間の顔が鮮明に浮かんできた。今まで勝手な事をしてきたくせに私たちが悪であるかのような言い回しに心底腹が立った。

 

「黙れ!!貴様らがタネガシに今まで何をしてきたと思っている!勝手に攻めてきて勝手なことを言うな!ここで終わらせてやる!!覚悟しろ!」

 

幾分にも渡るドッグファイトの末、五式は上空に昇った、奴の機は二型で排気タービンがある。高高度では私は不利だ。追って上昇しようとしたが、それではただのカモになってしまう、どうすれば・・・・・その時、私は思い出した。ヤマダが昔やっていた技を。上空から一撃離脱されそうな時の技法を

 

「やるしかない・・・・・」

 

勝負は一瞬、上空からの一撃離脱の一撃目を避けることに全てがかかっている。私は機首を少しあげ上昇姿勢をとった、そして全神経を集中させ、後はひたすらに待つ

 

ダダダダダダッ!

 

エルロンを切り機を滑らせ射線をずらす。その直後に降下してくる五式を見失わないように目を光らせ、操縦桿を思い切り引きスロットルを絞る。発動機が重いので機首を軸に回転するように急旋回し五式を目前に捉えた。

 

「やめろ・・・やめてくれ・・・」

 

「貴様と遊んでいる時間はない!堕ちろ!!」

 

ダダダッダダダダダダッ・・・・・

 

勝負はあっけなかった、敵機は火を吹き堕ち、落下傘降下をする様子も無く地面に激突し五式は燃えていた。これで本当に終わったのだ・・・

サクシマ上空に戻る途中、幹部達と合流した。フィオとシアラは燃料の関係で先に帰っていたが、全員無事だそうだ。

 

「終わったんっすね、お疲れ様っす。」

 

「・・・お疲れ」

 

「お疲れ様ね〜」

 

そして、サクシマ上空に到着すると、戦闘機隊が綺麗な編隊を組んで待っていた。

 

「おかえり・・・イサカ」

 

声はヤマダだった。その編隊は1番前が空いていた。

 

「ああ・・・ただいま。」

 

「さあ大隊長、そして幹部の皆さん。貴女方の場所は空けてあります。どうぞ。」

 

幹部四人で二機編隊を二つ組み大編隊の前へと出る。このためだけに信じて待っていてくれたのだ。

 

「ふう・・・皆よくやってくれた!撃墜機無し!これより帰還する!」

 

これで本当に終わったのだ、半年続いた襲撃ももう来ることは無い。やって皆で普通の生活をすることが出来る。私は心から安心した。

 

 

第十一章 零戦

 

事が終わり、人々の生活も元に戻りだした頃である。私含め零戦使いの幹部はそれからずっと二一型改、五二型改を使っていた。元々使っていた零戦四機はヤマダが格納庫の中に収めたのを最後に見かけていない。気に掛けつつもシマの再建に取り組んでいた時、ヤマダから連絡が入った。

 

「イサカ、君も含め零戦乗りの幹部は格納庫前に集まって貰えないか?」

 

「わかった、ニコとローラは無理だそうだがレミには連絡して直ぐに行く。」

 

格納庫へと向かうと、ピカピカに整備された零戦があった。オリジナル塗装は綺麗に再塗装されていた。

 

「これは・・・・・」

 

「へへへ・・・あの後零戦を預かったのはこうして再整備するためだったんだ。」

 

「すごいっす・・・もう使わないかもしれない機体をわざわざここまでやったんっすか?」

 

「イサカの二一型は俺が初めて整備した機体、レミの零戦はその次に整備させてくれた機体だったんだ。それにローラさんやニコさんにも本当に良くしてもらった。だからこうして再整備してやりたかったんだ。」

 

「ヤマダ・・・この機体、これからも使っていいか?」

 

「私もっす、ヤマダさえ良ければ使わせて貰いたいっす」

 

「勿論だ、壊れたらいつでも整備してやっから持ってきてくれな」

 

「ありがとう・・・」

 

「感謝するっす・・・」

 

「じゃあ、やりますかぁ」

 

「ん?何をだ?」

 

「何をって、二人がエナーシャスターターの使い方を忘れてないかチェックするんだよ」

 

ヤマダは悪い笑みを浮かべエナーシャハンドルを持っていた。望むところだ

 

「よし、ヤマダ、エナーシャ頼むぞ。」

 

「了解」

 

見慣れた塗装の機体を撫でながら翼に登り風防を開ける。腕の力を少しだけ使って操縦席に乗り込み叫んだ

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャハンドル回せーーッ!」

 

聞きなれた音と共にエナーシャスターターの回転が上がる。

 

「コンタクトーーッ!」

 

カチッ・・・バラッバラッバラッ・・・バラバラバラバラ・・・!

 

一発始動だ、我ながらよくやれたと思う。計器類の確認をしていると後ろの方でレミの声がした。

 

「前離れ!スイッチオフ!エナーシャ回せーーッ!」

 

「コンタクトーーッ!」

 

二機の零戦の発動機が回る、するとヤマダが格納庫からタキシングして出るように手信号を送ってきた。何かもわからず格納庫から出てみると、前の滑走路脇にはシマの住民や組員たちが拍手喝采でひな壇を組んで並んでいた、滑走路の端を見るとニコとローラ、そしてフィオとシアラの戦闘機が発動機を回して待っていた。

 

「えっへへ、喜んで貰えたっすか?」

 

「レミ!お前が指示したのか?」

 

「ヤマダっすよ、あたしは協力しただけっす〜」

 

「シマの住民たちがゲキテツ一家幹部の編隊飛行が見たいと言うもんで・・・迷惑だったかい?」

 

「いや、いいんだ・・・いいんだ・・・」

 

私は嬉しかったのだ、私達のことを暖かく迎えてくれる住民達がいることが、そして、最高の仲間と空を飛べることが。

 

「よし・・・編隊を組め!ゲキテツ一家、発進する!」

 

 

 

 

 

 

50年前、ユーハングがイジツに伝えたユーハングの航空産業。それは荒野の広がるイジツにおいて、人と人、街と街、技術と技術を繋ぐ大切な架け橋となった。

そんな世界の「タネガシ」という街で起きた、街を守るための戦いと葛藤の話である。

 

 

 

ゲキテツ大決戦後編 完



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ゲキテツ大決戦その後 自警団との因縁

著5145/A6M5

 

第一章 誘い

 

タネガシでの一連の動乱の終焉後、私は普段の生活に戻りシマの見回りや事務作業をしていた。すると、タネガシ自警団から連絡が入った。タネガシ自警団とは過去の揉め事の後、今のゲキテツ一家のシマの統治権はそのまま私達が引き継ぐ、ただし自警団がタネガシを仕切っているとなってしまえばメンツがたたないので形だけはタネガシ自警団が全てを管轄している事とすることで合意していた。自警団は新団長を迎えその後連絡を取ることはほとんど無かったので、急な連絡には驚いた。

 

「もしもし・・・ああ・・・ん?ヤマダを・・・?わかった、取り敢えず話は伝える。だがヤツが合意するかどうかは私にも分からないぞ。」

 

簡単な内容はこうだ、自警団は今タネガシ付近の空賊団と交戦中。だがあまり長引かせることなく一気に殲滅したいので、以前の動乱で確実な腕を見せたヤマダを隊長として使いたいと言うのだ。ゲキテツ一家に連絡をよこさずヤマダ指名というのは、自警団がマフィアと癒着していては不味いと言う事だったのだろう。報酬は当然出すと言う、だが正直言って私は乗り気ではなかった。いや、私に来た話では無いので私情は挟んではいけないのだが・・・とりあえず伝えるだけ伝えることにするかと、私は格納庫へ向かう階段を降りていった。そこではヤマダは一人の見習い整備員に整備の仕方を教えていた。

 

「ああ、そこのボルトを全部外してみな。そうそう、そうしたらここの減速室カバーが外せるようになるからプラスチックハンマーで軽く衝撃をくれてやって上に真っ直ぐ引き抜くんだ。ほれ、ボルトは緩めてあるからやってみな。」

 

私は格納庫の階段に腰を下ろしその風景を見ていた、前までならこんなことをすることは無かったのだが、何故だろうな。

 

「あ、イサカじゃないか。何か用か?」

 

「ああ、少し話がある。今いいか?」

 

「少し待ってもらえるか? おっ、そうそう、そうやって真っ直ぐ引き抜いてやったらプロペラシャフトと減速ギアが見えるだろ?ここに油をくれてやって・・・後は逆順で戻してやるだけだ。よし・・・すまないな、少し席を外す。工具は元の場所に戻しておいてくれ。」

 

「わかりました、ごゆっくり〜」

 

「バカヤロ、そういう関係じゃねえよ!」

 

私達はそんな関係だと思われていたのか・・・まあ案外悪い気はしない。するとヤマダが汗を拭きながら歩いて来た、

 

「すまないな。で、話っていうのは?」

 

「ああ、その事なんだが」

 

そして私はさっきの事を全て話し、強制ではないことを伝えた。すると、

 

「自警団か・・・あんま乗り気じゃないが・・・イサカから言われたんなら仕方ねーな」

 

「どういう意味だそれ・・・」

 

「イサカから言われてなかったら断ってたって事だよ。だがこれを断って自警団との関係に摩擦が入るのも癪だ。タネガシの住人のためだと思って、行ってくるよ。」

 

「わかった、団長にはそう連絡しておく・・・気をつけろよ。」

 

「ここの零戦が全部居なくなるまで俺は死なないよ。」

 

「ぬかせ、早く行ってこい。」

 

そしてヤマダは自警団に協力することとなった。ヤマダが自警団の基地へ出発する日の朝、私は紙包みをヤマダに渡した。その日はレミも見送りに来ていた

 

「なんだ?これ」

 

「いいから持って行け!本当に気を付けるんだぞ・・・」

 

「気を付けて行ってきてくださいっす。」

 

「二人ともありがとう・・・行ってくる。」

 

発動機が回りヤマダの機が滑走路から離れていく、ヤマダは手練とはいえ相手は空賊だ、何をしでかすか分からない。朝日の登る空へ消えていく零戦の機影を、私は見失うまで眺めていた。

 

第二章 嘘

 

一週間後、ヤマダの居ない格納庫へ一松の寂しさを感じ始めていた時。夕日が沈もうとしている滑走路へ着陸した機があった、ヤマダの機だった。停止し格納庫へタキシングして行くのを見届け、私は格納庫へ走った。帰還は素直に嬉しかった。

 

「馬鹿者!帰ってくるなら連絡くらい寄越さないか!」

 

だが、零戦から降りたヤマダはとても険しい顔をしていた。任務が終わってから帰還したのだと思った私は驚いた。

 

「ヤ・・・ヤマダ?」

 

「イサカ・・・今すぐ戦闘機隊の編成を急いでくれ。頼む」

 

「何故・・・」

 

「いいから!」

 

普段の温厚な性格からは想像もできないとても鋭い目付きだった。私は急いで部屋に戻り搭乗員の選別を始めた、するとヤマダが部屋に入ってきた。

 

「さっきは悪かった・・・」

 

「いや、いいんだ。何があったんだ?」

 

「ああ・・・俺は自警団の航空隊に配属され、空賊に対しての作戦を説明された。だが・・・その作戦はとてもオソマツなものだったんだ、俺は言った。こんな作戦で一匹の働きバチを叩いただけでは空賊を無駄に刺激するだけだと、もっと人員を集め徹底的に潰すべきだと・・・だが俺の言うことは聞き入れられなかった。」

 

「それで・・・どうなったんだ?」

 

「結局作戦は実行された。俺も行ったさ・・・だが自警団の搭乗員達は皆素人同然の腕しか無かった、自警団が聞いて呆れるぜ。敵機を発見したと思ったら一撃を喰らわしてすぐ離脱しやがる、結局空賊の編隊を全機堕として帰ったら。自警団の搭乗員に記者が群がるんだ・・・そしてその最中自警団のヤツらは俺に向けてハッキリとこう言った『マフィアから来た奴なんていらねえ、とっとと帰れ』ってな・・・」

 

言葉も出なかった。それが協力した人間への態度なのか・・・

 

「明日の朝の新聞には大きい見出しで記事が載る、だがな・・・」

 

そうヤマダが言いかけた時、レミが扉を蹴破って部屋に入ってきた。

 

「ヤマダ!あんた自警団と何やってたんすか!?変にちょっかいをかけられたっつって空賊団が怒ってこっちを攻撃しようとしてるって・・・」

 

「やはりか・・・・・」

 

「どういうことだ、ヤマダ」

 

「自警団の目的は空賊の殲滅なんかじゃない、俺たちと空賊を潰し合わせて統治権を自分のものにしようという魂胆だ。俺が呼ばれたのは自分たちの未熟な戦力じゃちょっかいすらかけれず返り討ちにされちまうからだ。考えやがったな・・・」

 

「待て、それだと話が合わない。自警団の名目でちょっかいをかけたんだから私達ではなく自警団を攻撃するはずだ。なのに何故私達に・・・」

 

「簡単っす、空賊と自警団が癒着しているんっすよ・・・噂には聞いていたっすけど本当だったなんて・・・」

 

確かに・・・何故作戦の日に空賊の編隊がわざわざタネガシの警戒空域を通ったのか、何故自警団に未熟なものばかりなのか・・・・・空賊との癒着で全て説明がつく。空賊にタネガシ警戒空域に入ってこないよう仕向けておけば自分たち自警団は空戦をすることが無い。それは技術も未熟になるわけだ。

 

「あんな組織腐ってる・・・イサカのメンツもあるからあまり派手な事は出来ないから我慢していたが、全員張り倒してやりたいくらいだったよ。」

 

「すまなかった・・・またお前に迷惑をかけてしまったわけだな・・・」

 

「イサカは悪くねぇよ、安心してくれ。」

 

「だけどどうするんっすか〜? ヤツら、明日にでも本格的な襲撃を仕掛けてくるつもりっすよ。ニコ、フィオ、ローラ、シアラは面白いくらいに遠くのマフィアと対談中。組員たちには休暇を出しちゃってて組ももぬけの殻・・・思いっきりしてやられたっすね。」

 

「私達だけでやるしかない・・・レミ、ヤマダ、頼めるか?」

 

「勿論だ、」

 

「おまかせっす♪」

 

なんとまあ腐った組織を相手にしてしまったことだろうか、団長が変わり少しは変わったと思っていたが・・・どう足掻いてもクソ野郎はクソ野郎からかわれないようだな。最悪の状況であったが、ヤマダを行かせた私にも責任がある。私達は戦うことを決意した。

 

第三章 空賊団

 

翌日、三機で上空哨戒をしていると十五機ほどの機影が見えた。四式戦・・・空賊団のお出ましだった。バンクを振り敵機発見を知らせ高度を上げてゆく、三人とも慣れたものだ。敵機に気付かれず目下に捕らえ、急降下から照準を定め敵機に機銃を叩き込む、一機二機と確実に撃墜を重ねて行くがなかなか数が減らない。空賊には増援が来ているのだ、埒が明かないと策を考えていると。無線に聞き覚えのある声が入った。

 

「イサカ!レミ!助太刀に来たわよ!」

 

「その声は・・・ドクダミ一家か!?」

 

「たまたま通り掛かったら機影が見えて・・・全く、天下のゲキテツ一家が何やってるのよ」

 

「うるさいっすよ・・・」

 

「なんでもいいが増援が途切れた!今しかないやるぞ!」

 

そう言うが早いかヤマダが敵機編隊のど真ん中に飛び込んで行った。私も後に続き、空賊の機体をほとんど撃墜した。残りの数機は取り逃したが、仕方あるまい。ドクダミの面々はそのまま目的地へと飛び去って行った。地上に戻り機体を整備していると、自警団から電話がかかってきた。

 

「イサカさん・・・少しお話があります。明日明朝、自警団本部にお越し頂けませんか。」

 

「わかった。私も話さねばならないことがある。その時間に行こう。」

 

そう言って私は電話を切った。

 

「何かあったんっすか?」

 

「いや、なんでもない。」

 

「・・・・・」

 

どこまで行っても自警団だ、手荒な真似はできまい。そう思っていた。

 

 

 

第四章 腐った自警団

 

予定通り私は本部に出向いた。団長室の扉を開け中に入る・・・・・すると私は男に後ろから押さえつけられた。

 

「何をするっ!!」

 

男の力で押さえつけられたのではさすがに身動きが取れない。暴れる私の前に団長が立った。

 

「貴女が余計なことに気づくからですよ・・・」

 

「私をどうする気だ・・・」

 

「ヤマダさん共々消えていただきます。余計なことを知った罪は重い。彼らの元にも私の優秀な部下が向かっているはずです。ククク・・・」

 

「待て!待ってくれ!殺すのは私だけにしてくれ・・・彼は関係ない・・・頼む!」

 

「そんな話を聞き入れるとでもお思いですか・・・?」

 

奴は歩き出した、私は何も出来ない自分が悔しかった。

 

「待て!頼む!彼は関係ないんだ!待ってくれ!!!」

 

バタンッ・・・

 

扉が閉まる、私ははめられたのだ・・・ここに1人で来たのは本当に浅はかだった。私を押さえつけていた男が私を殴る感触があった、私は意識を失った・・・

 

目を覚ました時、私は別室で棒に縛りつけられていた。目の前には一丁の拳銃、諦めてなるものかと縄を解こうともがいてみるが何も無い状態で解けるわけもない。そのままゴソゴソしていると部屋に扉が開き男が入ってきた。

 

「貴様は邪魔なんだ・・・」

 

そう言って男が引き金に手をかけた瞬間、部屋の外で声がした、

「なんだお前!? ガハァッ・・・・・」

 

「イサカァ!?どこだ!?」

 

ヤマダの声だった、私は咄嗟に声を上げた。

 

「ここだ!ここにいる!!」

 

「イサカ!そこの部屋か!今すぐ行くからな!」

 

だが、部屋には鍵がかけられていた。私を殺そうとしていた男が必死でドアを押さえ込んでいる、しかし・・・

 

「おらぁっ!!」

 

ヤマダは木の扉をいとも簡単に蹴破って入ってきた。男は吹っ飛ぶ。

 

「鍛えてねぇ自警団なんざ相手にならねんだよ!」

 

そこに居たのは確かにヤマダだった、何人と戦ってきたのか、体はボロボロだった。

 

「イサカ!大丈夫か!今すぐ縄を解いてやるからな・・・」

 

「すまない・・・私が不注意なばっかりに・・・」

 

「いいや、電話の内容に気づけなかった俺が迂闊だった。逃げるぞ!」

 

私とヤマダは走って滑走路に向かった、だが私の乗ってきた零戦は既に自警団の人間によって破壊されていた。オリジナル塗装を置いてきてよかった・・・そんな事を言っている場合ではない。ヤマダが乗ってきた零戦に飛び乗り私は操縦席後方のスペースに滑り込む。

 

「発進する!」

 

離陸した零戦を自警団の紫電が追いかけてくる。だがヤマダは巧みな操縦でこれを振り切り無事にシマに辿り着いた。

 

「イサカ・・・着いたぞ」

 

私は寝ていたのだ。ハッと目を覚まし零戦から降りる、その時私は計器盤にとめられた写真を見た。それは私がヤマダに渡した紙包みに入れて置いていた物だった。あの時からずっとつけてくれていたのだ。

 

「体は大丈夫か?怪我はないか?変なことされてないか?」

 

色々と本気の心配の目を向けて聞いてくるヤマダがとても愛おしく見えた。そして次の瞬間

 

ガバッ・・・

 

私はヤマダを抱き締めた。

 

「怖かった・・・」

 

「イサカが無事でよかった・・・」

 

ヤマダは優しく私を抱き返した。しばしそのままでいたが、一度離れお互い汚れた服を着替え体を洗った。自警団から何本もの連絡が入っていたが、そんな事はどうでもよかった。

 



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初詣

著 ヤマ

 

十二月三十一日の昼、1年も終わりという事で一月三日まで幹部や組員たちは一斉に休暇を取っていた。皆自分の親の元に返ったり、地元に戻っていた。ニコとシアラはアレシマへ買い物に、フィオとローラはドルハへサカナを見に行っているらしい。レミは自分の生まれ育った街へ帰っていた。・・・だが私は帰る場所は組の事務所であった、仕方あるまい。三十日まで仕事を詰め込んでいた、親とはあまり良い関係ではないので帰る必要もなかったのだが・・・組に一人と言うのも寂しいものである。自分の席でじっと座っていても仕方あるまい、そう思って私は格納庫へ向かう事にした。

カツーン、カツーンと固いブーツの底が金属の階段を叩く音が響く、普段は騒がしい組がここまで静まり返っているのも珍しい。

「天下御免の〜無法者達さ〜集い〜し魂〜の宴〜」

などと一人鼻歌を歌っていると格納庫へ着いた、すると格納庫の奥で足音がした。今は組には誰も居ないはず・・・・・私は銃を抜き撃鉄を下ろした、壁に背を当て音のした方へジリジリと近づいていく。するとその足音はこちらへ向かってきた、壁の直前まで足音が来た時私は飛び出した。

 

「動くな!」

 

銃を構えいつでも撃てる体制をとる、片目をつぶり見据えた先に居たのは

 

「うわぁっ!何すんだイサカ!」

 

そこに居たのはヤマダだった、私は銃を下ろした。

 

「すまない・・・地元に帰らなかったのか?」

 

「俺に帰る家は無いよ。ずっとここが家さ、親が病気で死んでイサカ組の整備班で拾ってもらったんだ。」

 

そうだったのか・・・私はとりあえず銃をしまい格納庫の奥のイスへ腰掛けた、ヤマダはまた工具を持って零戦をいじっている。

 

「毎度思うんだが・・・そんなに零戦をいじって何をやっているんだ?整備するだけならわかるんだがイジる場所はそんなにあるのか?」

 

「う〜ん・・・まあ基本的には歪みの確認だな、機体には目には見えないくらいのシワがよることがあるからそれを触って確認したりとか」

 

「そんな事してるのか・・・」

 

だが年明けをずっとそれで過ごすわけにも行くまい、私は前々から考えていたことを行った

 

「ヤマダ、今日の夜初詣行かないか?」

 

「初詣?・・・・・いいよ、ただちょっとお願いがあるんだ。」

 

「なんだ?」

 

するとヤマダは格納庫の奥から紙を1枚持ってきた、そして私の前に置いてすごく真剣な顔で

 

「これ、俺が金を出すから着てくれないか?」

 

そこに描かれていたのは着物だった、タネガシ商店街で売っていると書いてある。なかなかに特徴的な服だが悪い気はしなかった、私は立ち上がって言った

 

「ほら、行くぞ」

 

「へ?何処へだ?」

 

「馬鹿者、着物、買いに行くんだろう?」

 

ヤマダは嬉しそうな顔をしていた。

 

「ああ!」

 

 

 

私は格納庫を出てヤマダを待った、さすがにツナギで出かける訳には行かないだろうと着替えてこいと言ったのだ。ヤマダは出てきた

 

「すまないな待たせて、さあ、行くか」

 

「ああ、行こう」

 

タネガシ商店街は歩いて十分程の所にある、道を歩いているとヤマダが話す

 

「まさかイサカが着物を着ることを了承するとは思わなかったな」

 

「一度身体を交えた関係だ、私はお前を好いているんだよ。動乱の時から本当に好いているのかモヤモヤしていたがこの前やっとわかった。お前を好きになって良かったと思うよ。」

 

「俺もイサカが好いて貰えて光栄に思うよ、君みたいに誠実な女性と付き合えて本当に嬉しい。」

 

「ああ・・・手、繋がないか?」

 

「・・・ああ」

 

そうこう言っているとタネガシ商店街に入った、左右にはいろんな店が立ち並んでいる。いつもシマを見廻る時に回るのだが横に好いた人間がいるだけでこうも変わるものなのか。店を見つけるとヤマダは扉を開けて叫ぶ。

 

「ここだここだ、おーいおばちゃん!この前言ってた着物ある〜?」

 

ん??

 

「待て待て!ヤマダ!この前ってどういうことだ!」

 

「あっ・・・いやそれは・・・その・・・」

 

すると店の奥から店主が出てきた

 

「ああ〜、ヤマさんかい。イサカ組長に渡すとか言ってた着物だろう?ちゃんと仕立ててあるよ」

 

「ありがとよおばちゃん、はいお代。」

 

「ちょっと待っとくれよ、この金額だとつりが出る」

 

「あー、お釣りは取っといてくれよ、無茶言って早く仕立ててもらったお礼だ。」

 

そう言うとヤマダは商品を受け取りさっさと店を出た、

 

「お前・・・さては最初からこれを渡すつもりだったんだな?」

 

「ああ、迷惑だったか?」

 

「いや・・・ありがとう。」

 

そうして私たちは組に戻った、ヤマダは帰るがいなやシャワーを浴びてくると言って風呂へ向かう。なんだかんだゆっくりしていたので夜も近くなっていた。私は着物に着替える事にした、何かの本で「着付け人」がいないといけないというのを読んだことがあったので不安だったが、着物はイジツで少し改良されたらしく一人で着ることが出来た。袖を通し裾を揃えて履物を履いているとヤマダがシャワーを浴び終えて服を着て戻ってきた。

 

「・・・」

 

「何とか言え!」

 

「すまん・・・あまりにも綺麗だったからつい・・・」

 

「お世辞ばっかりいうな・・・ありがとう。」

 

時間も程よくなってきたので、私たちはそろそろ行こうかとまた格納庫を出た。外はとても寒かった、皆初詣目的で神社へ向けて歩いて行くので通りには人が沢山居た。皆私に気づくと挨拶をしてくれた、

 

「イサカは本当に慕われているな。」

 

「毎朝シマを回るようにしているから声をかけてくれる人の顔もだいたい分かるしな、自分のシマの住人からしたわれてなくて組長は勤まらない。」

 

だが、私ばかりではなくヤマダにも話しかける者も多かった。その中の一人をよくよく見るとヤマダがいつも指揮している整備班の連中とその子供であった。

 

「お前子供出来たのか!嫁さんもいい人そうじゃねえか!」

 

「そうなんですよ。ほら、ヤマダのおっちゃんに挨拶しな」

 

「こんばんは!」

 

「おっ、ちゃんと挨拶できてえらいな〜。けど俺のことはヤマダのおにいちゃんって呼んでくれると来年いい事あるぞ。」

 

「ヤマダのにいちゃん!」

 

「そうそう、いい子だ。」

 

「ヤマダ班長、さっきから気になってたんですが横にいる方は?」

 

「お前・・・いい歳こいて何をやっているんだ・・・」

 

「イサカ、俺にもたまには遊ばせてくれよ・・・」

 

「組長!?お疲れ様です!」

 

しまった、気を使わせてしまった・・・

 

「そう固くなるな、年末年始くらい家族とゆっくり過ごしてやれ。いつもありがとうな」

 

「ありがとうございます!では、」

 

「ヤマダにいちゃん、くみちょーさん、バイバイ!」

 

「こら!さようならだぞ!」

 

「気にすんな、まだ子供だ。」

 

ヤマダがそう言っている時、私はしゃがみこんで子供の頭を撫でてやった、

 

「私はくみちょーじゃなくてイサカおねえちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」

 

「イサカおねえちゃん!」

 

「くっ組長!?」

 

「いいんだ、気にするな。じゃあ楽しんで来い。」

 

「はい、組長とヤマダ整備班長もお幸せに」

 

「うるさいっ!とっとと行け!」

「うるせえっ!とっとと行け!」

 

あまり悪い気はしないのだが、こう面と向かって言われるとやはり恥ずかしい。

 

「それでさイサカ」

 

「ん?どうした?」

 

「イサカおねえちゃん」

 

「馬鹿!それは相手が子供だからであってだな・・・その・・・えっと・・・」

 

私がオドオドしている中ヤマダは笑っていた。

 

「くそ・・・馬鹿者ぉっ!」

 

 

神社に近づくにつれ屋台が増え、らしい雰囲気になってきた。私はひとつの屋台が気になった

 

「イサカ・・・どうした?」

 

「いや・・・なんでもない」

 

「あの屋台か、ほら行くぞ」

 

「いや、こんな歳になって屋台なんて・・・それに私は組長だぞ・・・」

 

するとヤマダは私の両肩を優しく掴み言った

 

「俺といる時くらい・・・組長じゃなくて一人の女性としていて欲しいんだよ。」

 

「っ・・・」

 

まったく、調子が狂う・・・だがヤマダが私を地位や名誉の余計なものなく一人の女として見てくれているのは素直にとても嬉しかった。

 

「わかった・・・」

 

「御座候ってなかなか渋いものが好きなんだな、冷めちまうから帰りに買って帰ろうか?」

 

「うん・・・」

 

その後境内に入り一通りお参りをした、御籤を引こうとしたが人が多く辞めておくことになったが、御籤の所に羽衣丸のウェイトレスがいるのには驚いた、奴は何をやっているんだ・・・私たちは屋台での買い物を終え帰路に着く。暗い夜道を月明かりだけが照らす、そんな中ヤマダは立ち止まって言った

 

「悪かったな、着物を着てくれだなんて無理言って」

 

「いいんだ、気にするな。だが次にこれを着るには何時だろうな」

 

「そんときは俺も着物を着るよ、それとイサカ・・・これ」

 

ヤマダが小さな箱を取りだした。それが何かはすぐにわかった

 

「お前・・・」

 

「ああ、俺は君が本気で好きだ。結婚して欲しい。」

 

「・・・馬鹿・・・馬鹿者・・・もっと早くに言え・・・馬鹿・・・」

 

「イサカ・・・」

 

「勿論だ。私の方こそよろしく頼む・・・」

 

 

[完]



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模擬空戦

著 5145/A6M5

 

私とヤマダの式はゲキテツ一家幹部、組員、私のシマの住人総出で行われた、そこまで大きくしなくていいと言ったのだが皆が「いいや!やる!」と言って聞かなかったのだ。ユーハング流でいきたいというヤマダたっての希望で私はまた着物を着ることになり、今回はヤマダも着物だった。化粧直しも終え新郎新婦として入場する直前、ヤマダは私を見て一言だけ言った

 

「綺麗だ・・・」

 

その後は説明するまでもない、普通に式は進んだ。式を終えたあとの飲みの席では、幹部達が次々に声をかけてくれた。

 

「まさかイサカとヤマダが結ばれるなんて思ってなかったっすよ・・・末永くお幸せにっす!」

 

「イサカみたいなカタブツと結婚するとはなぁ・・・ヤマダ、しっかりやれよ!」

 

「・・・おめでとう。ヤマダ、イサカ」

 

「まったく、あたしらに黙ってず〜っと付き合ってたわけ?報告くらいしなさいよ〜」

 

「おめでとう、イサカ、それにヤマダ。末永くお幸せに。」

 

私達が皆に礼を言っていたら、サダクニが来た。

 

「ヤマダ・・・これからも組長をよろしく頼む。」

 

「はい。自分を今までこんなにいい環境に置いてくれた貴方には心から感謝しています。自分はとても幸せです。」

 

「ああ、私もお前と組長が結ばれて良かったと思っている。末永く幸せにな。そして組長、本当にご立派になって・・・・」

 

「そう言って貰える日が来るとはな・・・・私もお前には感謝している、今までありがとう、そしてこれからも副官としてよろしくな。」

 

そう言うと皆は好き好きに酒を呑んでいた。夜も遅くなり皆一人、一人と帰り出す、私が式用の化粧を落とすため廊下を歩いていると、レミが向かいから歩いてきた。

 

「イサカ、あんな良い旦那さんで良かったっすね。」

 

「ありがとう、私には勿体ないくらいの男だよ。」

 

「けどお似合いじゃないっすか。ちなみにコトはもうおすませで?」

 

「聞くな・・・」

 

「その様子じゃ済ませた様っすね、本当に末永くお幸せにっす。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そして私は化粧を落としてもらい、いつもの化粧へと戻った。と言ってもいつもは何もつけずに口紅を塗っているだけなのだがな・・・着物姿のままで格納庫へ降りると、ヤマダが整備班の者達に祝われていた。

 

「まさか班長と組長が付き合ってたなんて・・・おめでとうございます!」

 

「この前神社でお会いしましたね。おめでとうございます!」

 

「みんなありがとな・・・まあ結婚したからと言って何か変わる訳でもない、今まで通り楽しくいこうや」

 

「はい!」

 

私はその様子を格納庫の階段から見ていた、そしてヤマダが上がってくるのをまち問いかけた。

 

「ヤマダ、今何か欲しいものはあるか?この前の指輪の礼だ、何か送らせてくれ。」

 

「そうだな・・・じゃあ整備班の連中のツナギと工具を新品にしてやってくれないか?」

 

「お前は何も要らないのか?」

 

「俺はお前をお嫁さんとして迎えることが出来ただけでいいんだ、自分の好いた人がそばに居てくれる。これ以上の幸せがあるか」

 

「そうか、わかった。整備班の連中のことは任せておいてくれ。」

 

「ありがとう。俺はちょっと着替えてくるよ、着物だと動きづらくてしょうがない、それに・・・」

 

「それに、なんだ?」

 

「特別な姿は特別なままにしておきたいからな。」

 

「ぬかせ、私も着替えてくるよ。」

 

そう言うと私は着替えに部屋に戻った、急いで着替えるとすぐに格納庫へと走って戻る。

 

「おい!整備班!」

 

「はい!なんでしょうか組長」

 

「ヤマダが最近欲しいと言っていたものはないか?」

 

「班長がですか・・・?うーん、そういえば最近五二型無印が欲しいと言っていましたね・・・」

 

「確かに言ってたな、けど班長は性能が違う機体を編隊に入れるのはダメだからってずっと我慢してました。」

 

「班長は二一型と五二型が好きって自分で言ってたからな・・・あと五二型のユーハングでの塗装指示書が見つかった時は格納庫の中で凄く喜んでいましたよ。」

 

「よし・・・ありがとう、格納庫にまだ空きはあるか?」

 

「はい!」

 

「よしわかった。感謝する。」

 

私はまた急いで部屋へ戻るとレミへ電話をかけた。

 

「もしもし〜あっ、イサカっすか?どうしたんすか〜こんな時間に〜」

 

「すまない。頼みがあるんだがいいか?」

 

「どうせヤマダに何か贈りたいって話でしょ〜?」

 

「その通りだ、五二型無印をこちらに一機送って貰えないか?ヤマダが昔から欲しがっていた零戦なんだ。組の都合で奴には二一型しか乗せてやれなかったから贈ってやりたい。」

 

「あいあいっす。明日の朝持って行ってあげるっすよ〜」

 

「面倒かけて済まないな、助かる。」

 

そして私は部屋へと戻りまた布団を敷いた。寝巻きへ着替え枕元へ座って待っているとヤマダが来た。今日一日疲れたのだろう、とても眠そうだった。

 

「イサカ・・・今日はどうする?」

 

「お前そんなに疲れているのに・・・私が横にいてやるから今日はゆっくり寝ろ、もう私達は夫婦なんだ、二人が健康な時にまたすればいい。」

 

「すまないな・・・」

 

そう言うと私は布団に入る、ヤマダも入ってきた。するとヤマダは私を抱き寄せた。突然で驚いたが私も抱き返す。

 

「こうして寝させてくれないか?」

 

「ああ・・・好きにしろ。」

 

そして私達は眠りについた。

 

 

次の日の朝、私はヤマダの腕の中で目が覚めた。結局やつは手を離さずに寝たのだ。温かい腕だった、今日は仕事を休みにして貰えたのでこのまま居ても良かったのだが、昨日レミに五二型の配達を頼んだのを思い出した。ヤマダを起こさないように腕から抜けようとしたが、こいつ思い切り抱き締めたようで抜けられない。どうしようか悩んだ結果、私はヤマダの顔を抱き寄せ口付けをした。その瞬間ヤマダは起きた、想定通りだ。何か言おうと口を離そうとするヤマダに強引にまた口付けをし、私は言った

 

「朝だぞ、私は少し用があるから出ていってくる。12:00に滑走路にきてくれ。」

 

「ああ・・・わかった」

 

奴は信じられない様な顔をして自分の唇を触っていた。何をやっているんだか・・・私だって自分から口付けくらいはする。そんな事より五二型だ、着替えを済ませ自室に戻るとレミからちょうど電話がかかってきた。

 

「おはようっす。今からそっち向かうっすね〜」

 

「ああ、頼んだ。ありがとう」

 

「お気になさらずっす〜」

 

さて、レミのシマからここまでは時間がかかる。ヤマダに朝ご飯でも作ってやるかと台所へ降りていった。組員たちの食事の時間とはズレた時間だったので誰も居ない。私は手を洗うとエプロンをつけ卵を割りボウルに移して溶いた。そしてフライパンを火にかけ薄く油を引き卵を流し込む、箸でかき混ぜつつ塩コショウをほんの少しかけて味をつける。スクランブルエッグだ、ある程度固まったのを確認し日を止める。パンを焼きその上にスクランブルエッグを乗せ、冷蔵庫からマヨネーズを取り出そうと振り返ると廊下からヒソヒソ話し声が聞こえた

 

「サダクニさん・・・あの人美しすぎませんか?」

 

「料理がここまで上手いとは私も知らなかった・・・お前本当にいい嫁さんを持ったな・・・」

 

「尊すぎて自分鼻血が出そうです・・・」

 

ヤマダとサダクニの声だった、気付かないふりをして冷蔵庫からマヨネーズを取り出しパンにかける。自室に戻ろうと廊下に出たところで案の定ヤマダとサダクニが居た。

 

「くっくくくく組長!!これは決して覗き見をしようとしたのではなくてですね!!あっおいヤマダ!!失神するな!何!?普段着+エプロン姿が良すぎる?やかましい!早く起きないかっ!」

 

「何やってるんだお前達・・・」

 

サダクニにヤマダを部屋まで運ばせた。サダクニが部屋を出ると同時にヤマダが目を覚ます。

 

「う・・・うぅん。あっイサカ!えっエプロン!?いやっ!そのっ!」

 

「馬鹿者、少し落ち着け。ほら、お前の為に作ってみたんだ。食べてみてくれ、コーヒーもある。」

 

「い・・・いただきます・・・」

 

ヤマダはパンをひと口かじるとコーヒーを飲んだ。ずっと黙ってわなわなと震えている。そんなにまずかったか・・・

 

「お・・・おいしい・・・美味しいよイサカ」

 

「ほんとうか・・・?」

 

「ああ、本当に美味しい・・・また作ってくれ・・・」

 

「ああ、また好きな時に言え。じゃあ、私は少し準備があるから失礼する。滑走路の約束、忘れるなよ?」

 

「ああ、わかってるよ。」

 

ヤマダもせっかくの休みなので自室で零戦のプラモデルを作るという、小さい物でもとにかく零戦である。どれだけ好きなのだろう・・・そんな事よりだ、私は滑走路へと走っていった。ちょうど五二型が降りる所だった、時間は11:30、どれだけゆっくり寝ていたんだ・・・とにかく時間的には丁度いい。私は着陸した零戦に手信号を送り滑走路横の広場に駐機するよう促す、タキシングと冷却運転を終え。操縦席から降りてきたのはレミだった。

 

「ふぁ〜あ、おはようございますっす。」

 

「もう昼前だぞ・・・とにかくありがとう、カネはもう送ってある。」

 

するとレミは悪い顔をしていた、なにか悪巧みをする時の顔である。

 

「イサカ〜、ちょっとお願いがあるんっすけど」

 

「なんだ?あ、少し待ってくれ。ヤマダがもう来るはずだ。」

 

ヤマダは格納庫から滑走路へ出てきた、キョロキョロしていたが私とレミ、五二型を見て駆け寄ってくる。とても嬉しそうな顔だった。

 

「レミ、おはよう。」

 

「もう昼っすよ・・・こんちわっす」

 

「それよりこの零戦は・・・?」

 

「お前のだ」

 

「え?」

 

「私からの指輪の礼だ、編隊飛行の事を考えて我慢してくれていたようだが・・・お前ほどの操縦技術ならむしろ好きな機体に乗ってくれた方がいい。受け取ってくれ。」

 

「あ・・・ありがとう・・・ありがとう・・・」

 

「男の癖にこんな所で泣くな・・・」

 

「泣いてなんかねえよ!目から汗が出てるだけだ!!」

 

「それを涙って言うんっすけどね・・・」

 

「乗ってもいいか?」

 

「あ、その前にちょっとお願いがあるんっすけど良いっすか?」

 

そういえばそんな事を言っていたな・・・何を言い出すつもりだレミ・・・

 

「ヤマダの空戦技術は天下一品、それはあたしも目で見てわかってるっす。けど実際にあたしとヤマダは空戦をしたわけじゃない、」

 

「ああ、そうだな。」

 

「だからひとつ、あたしと模擬空戦をやって欲しいんっす。」

 

「・・・断る。」

 

「・・・どういう事っすか?あたしじゃ相手にすらならないと?」

 

不味い空気になってきた・・・ヤマダの馬鹿、もう少し考えてモノをいえ・・・

 

「そうじゃない、レミの腕は俺も良く知っている。模擬空戦をしたいという気持ちも正直ある。」

 

「じゃあ何故っすか?」

 

「レミが女だからだよ。」

 

「・・・?」

 

「男と女じゃ力や体力、精神力も違う。全てが女が劣ってる訳では無いのはよくわかっているが、それでも差がある。それに男は女を守るのが役目だ。俺はたとえ模擬空戦でも女を傷つけたくない、しがない整備員のくだらない流儀だ。許してくれ。」

 

「なるほど・・・そういう事ならわかったっす!」

 

「ふぅ・・・一時はどうなることかとひやひやしたぞ・・・」

 

「イサカ、いい夫を持ったっすね。」

 

「ああ。」

 

「じゃあ、うちのシマの戦闘機隊のエースを出すっす。そいつらはレミ組とはまた違う組織なんっすけど、そこの隊長があたしと知り合いなんっすよ。そいつもヤマダと手合わせしてみたいっつってるらしくて・・・せめてそいつと模擬空戦して貰えないっすか?」

 

「ああ、それならOKだ、何時にする?」

 

「三日後、またこの滑走路に集合でどうっすか?」

 

「OKだ、じゃあ。三日後にな。」

 

「了解っす、向こうの隊長とエースにはあたしが伝えとくんで、ヤマダ達は何もしなくて大丈夫っすよ〜。それじゃさいならっす!」

 

そう言うとレミは帰ろうとした、だが・・・

 

「忘れてた、乗ってきた戦闘機はヤマダのだった・・・ヤマダ、送って貰っていいっすか・・・?」

 

「だろうな!」

「だろうな!」

 

 

 

 

 

三日後、言っていた通り模擬空戦が開催された。ヤマダがまた飛ぶ、そこそこ有名な戦闘機隊のエースが出るという事で住民が多く集まり、滑走路の周りは人でごった返していた。すると格納庫からヤマダの五二型が出てきた、プロペラがレッドブラウンに塗装されスピンナーのみが緑になっている。機体はこの前見つけた塗装指示書の通りに塗装され、尾翼部分には61-120と黄色い文字でマーキングされていた。零戦を定位置に停めたヤマダは私を見つけると走って来た、飛行帽と上にあげた飛行眼鏡が案外似合っている。

 

「どうだ?かっこいいだろ?」

 

「ああ、だが尾翼の61-120っていうのはなんなんだ?」

 

「これはユーハングで精強を誇った部隊の番号と同じなんだよ。120は何番目に配備された機体かを表す。そして正確には61じゃなくて261、第261海軍航空隊『虎部隊』ってんだ。」

 

「なるほどな・・・今日の相手とはどうなんだ?」

 

「見て見ないことには分からないが・・・隊長とはあったことがある。とてもいい人だった。」

 

そう言っているとレミの零戦、クロの零戦、戦闘機隊の隊長、今回の対戦相手のエースパイロットの順番に降りてきた。エースの機を残して滑走路横の駐機場に移動してもらう。発動機が止まると皆降りてきた。まずは戦闘機隊の隊長とヤマダが握手を交わす

 

「お久しぶりです。隊長さん」

 

「久しぶりだな、今回お前の相手をするやつはプライドが高いが確かな腕を持っている。用心しろよ。」

 

「敵が敵の心配してちゃ世話ないですよ、よろしくお願いします。」

 

「ヤマダ、無理言ってすまないっすね。よろしくっす。」

 

「気にしないでくれよ、レミ」

 

そう言って1度別れ試合の準備に入る、試合開始は1時間後という事になった。私は1度も挨拶に来ない対戦相手に腹立たしさと、不安を感じていた。

 

「イサカ、機銃弾を抜くの手伝ってくれないか?」

 

「ん?何故だ?」

 

「機体を少しでも軽くしたいんだ。今回は模擬空戦だから弾はいらないだろ」

 

「わかった」

 

そう言うが早いかヤマダはパネルを外しドラム弾倉を取り外していた。その弾倉を受け取り弾を抜きとる。私は前々から疑問に思っていた事をヤマダに聞いてみた。

 

「なぜドラム弾倉のせいででかいフェアリングがある無印がいいんだ?性能を求めるなら急降下制限速度が上がった甲、13.2ミリ機銃と防弾板が搭載された乙の方がいいんじゃないか?」

 

「へへ、やっぱりそう思うかい?」

 

「ああ、」

 

「じゃあ、イサカは今の二一型を紫電改に乗り換えろって言われたら迷わず乗り換えられるか?性能は圧倒的に上だぜ?」

 

「いや・・・無理だと思う。」

 

「それと一緒だよ、俺は五二型が好きなんだ。モノの選択条件で良い悪いと好き嫌いは全く違う。命を乗せて空を飛ぶんだ。一番好きな機体でいくのが当然だろう?」

 

「ああ・・・そうだな。」

 

「ま、そう言うくだらない拘りだよ。さあ、7.7ミリ機銃の弾も抜いちまうぜ。」

 

弾を抜き終わると試合開始15分前になった、ヤマダは機体を目で見て点検する、私はそれを眺めていた。するとヤマダが話しかけてきた。

 

「イサカ、エナーシャハンドル任せてもいいかい?」

 

「え・・・?だが私は回す側はあまり慣れていないぞ?」

 

「いいんだ、それでもイサカにやって欲しい。」

 

「わかった・・・乗れ」

 

「よし・・・整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

私はエナーシャハンドルを差し込み口に突っ込み力一杯回す、キーーーンという聞きなれた音が響き渡り、回転数が上がったところで私はハンドルを抜き取り叫ぶ

 

「コンタクトーーーっ!!」

 

カチッ・・・バラッバラッバラッバラッバラッ・・・バラバラバラバラバ

 

一発始動、五二型の特徴である推力式単排気管から白煙が吹き出し力強い爆発音とともにプロペラの回転が安定する。私は機体の後ろに回りエルロン、ラダー、エレベーターの動作を確認する。その後乗降ステップを機体に押し戻し、フラップが確実に動作しているかを外からも見てやる。全て正常なことを手信号で送り、私は手旗を持ってタキシングを誘導し滑走位置へ案内した。いくら視界の良い零戦と言えども駐機状態では流石に見えにくい、そのため旗を目印にするようにタキシングして貰うのだ。滑走位置へ機を停めると車輪止めを置き私は機にもう一度上りヤマダに話しかける。

 

「滅多なことは無いと思うが・・・気をつけろよ。」

 

「ああ、対戦相手からの挨拶が無いのは妙だったな・・・気をつけるよ。あと、君との写真もちゃんと計器盤に止めてある。」

 

「馬鹿・・・バレないようにしてくれよ?」

 

「ああ、じゃあ行ってくる。」

 

対戦相手の機体は隼三型乙だった、水メタノール噴射装置を備えており、機体の軽さから縦方向の旋回戦では向こうに分がある。ロール性能は互角と言った所だろうか。私達は両機の無線を下でも聴けるようにし、不正が無い事を確認出来るようにした。レミ、私、隊長がその無線機が置かれた机の前の席に座り、準備は完了だ。だが私は少し無理を言って席を1度外し機体の下に行く、車輪止めをはらうために待機していた整備員と話をし、その役を変わってもらった。そこで大きな号令がかかる。

 

「発進許可よろし!整備員車輪止めはらえ!高度1000クーリルで戦闘開始!発砲は禁止!決着は下で判断することとする!行け!」

 

私は車輪止めをはらい、リボンネクタイをとりそれを大きく振った。離陸するのを確認してから席に戻る。両機の無線を聞いてみると、何か会話をしていた。

 

「ヤマダ!お前には絶対負けねえ・・・」

 

「いきなりそれは失礼じゃないか?俺とて負けるつもりはない!」

 

高度1000クーリルはあっという間だ。両機が散開し空戦が始まる。最初に後ろをとったのは隼だった、だがヤマダはラダーを蹴って機体を滑らせながら上昇し巧みに後ろにつく、だが発射するまもなく相手もロールして逃げる。白熱した空戦が何分も続いた、そしてヤマダが旋回を始めた、相手も当然それを追う。すると・・・ヤマダの機が消えた。見物人達もどよめいている。だが消えたのではなかった・・・次の瞬間、ヤマダは隼の後ろにピッタリと張り付いていた。もう照準も何も無い、機銃の発射レバーさえ引いてしまえば隼は吹っ飛ぶ。

 

「勝負あったっすね・・・」

 

レミが言う、その通りだった。隊長が無線で呼びかけた

 

「両機に告ぐ、勝負あった!ヤマダの勝ちだ!だが二人とも素晴らしい試合だったぞ、降りてこい!」

 

「了解!ありがとうございました。」

 

そしてヤマダは相手の隼の前に躍り出た、勝負は着いたのだから何も問題はなかったのだが・・・私は妙な胸騒ぎを感じ、無線で呼びかけようとしたその時

 

「うわあああああああああ!!!!」

 

隼の機首から弾が出た、奴は撃ったのだ

 

「馬鹿野郎が・・・」

 

ヤマダの声が聞こえる、機銃の発射音は鳴り続けているが機銃弾はヤマダには当たらなかった。

 

「やると思ったぜ馬鹿が!水平儀をよく見てみろ!」

 

「なっ・・・」

 

ヤマダは前に出た時に機を真っ直ぐ飛ばさず、微妙に滑らせていたのだ。正面に向かって撃った弾は当然横に流されていく、ヤマダは奴を試したのだった。

 

「殺し合いがしたいのなら直接言え!レミや隊長さんを通すな!他人に迷惑をかけないのなど当然だろう!?なぜお前は命のやり取りすらこんな卑怯な方法でやろうとする!?お前が俺を恨む理由はなんだ!」

 

「お前の存在全てだ!整備も出来て操縦もできる!何度お前に空賊を倒すチャンスを奪われたか分からない!お前は邪魔なんだよ!!!」

 

「そんなくだらない事が理由か!お前みたいな嫉妬心の塊が俺と同じ土俵に立とうとしていること自体反吐が出る!!」

 

「なんだと!?」

 

「お前には守りたい物が何も無いんじゃないか?自分の力を得る為だけに全てを捨てているんじゃないか?」

 

「くっ・・・」

 

「そんなくだらない人間と同じように扱ってもらいたくねえな!俺は守りたい物がある、だから空戦も整備もやるんだよ!」

 

「うるさい・・・うるさいっ!!!!!」

 

「今すぐお前を叩き落としてやりたい所だが取り敢えずお前は降りて隊長さんとレミに謝れ!お前がどれだけお前の隊の看板に泥を塗ったか、どれだけレミの顔に泥を塗ったかわかっているのか!?」

 

「ちくしょう・・・ちくしょう!!」

 

そう言うと隼は急降下を始めた、真っ直ぐ地面へ向けて降下していく、奴は自爆する気だ・・・群衆の悲鳴が聞こえる。だが次の瞬間、零戦が隼の前を横切った。隼は慌てて体制を建て直した。

 

「なっ・・・何しやがる!?」

 

「お前の覚悟はその程度か!!そのまま俺を巻き込んで死ぬ勇気すら無いのか!?そんな甘い覚悟のお前に死ぬ権利など無い!!!とっとと滑走路に降りろ多馬鹿野郎が!!!」

 

「・・・・・」

 

二機は滑走路に降りてきた、ヤマダの機体に私とレミ、隊長が駆け寄る。降りてきたヤマダを私は抱き締めた。

 

「また無茶して・・・馬鹿者・・・」

 

「悪かったよ・・・イサカ」

 

「本当にすまないっす。あたしが変なこと言わなければ・・・」

 

「ヤマダ、本当にすまない・・・この責任をどうとったらいいか・・・」

 

「レミも隊長さんもなにも悪くないよ。取り敢えず奴の機を見に行ってくれないか?少し静かすぎる。」

 

「ッ・・・!?」

 

隊長が走っていく、レミと私はそれに続いた。風防をこじ開けると、パイロットは今正に腹を切ろうとしているところだった。間一髪隊長がナイフを取り上げ操縦席からパイロットを引きずり出す。地面に横たわったパイロットにレミが平手打ちをしようとした・・・だがその手を掴んだのはヤマダだった。

 

「ヤマダ・・・離してくださいっす!」

 

「レミ・・・すまないが、この男に今一番ムカついているのは俺だ。」

 

「っ・・・悪いっす。」

 

ヤマダはパイロットの胸ぐらを掴み無理やり立ち上がらせた。パイロットは何も言わなかった。

 

「いいか、よく聞け。俺はこの事に関してはキッパリ忘れる。だからお前はお前が今できる事をしろ。」

 

「・・・・・・」

 

「聞こえたのか!?返事くらいしろ!!」

 

「・・・はい」

 

「・・・無駄死にするな」

 

「・・・・・」

 

そう言うと、パイロットは隊長とレミの前に立ち深深と頭を下げていた。その後のことは任せて欲しいと言われたので私達は何も干渉しなかった。群衆にもハプニングを詫び帰ってもらい、隊長とパイロットは先に帰っていた。夕方、レミが帰るときに少し話す機会があった。

 

「悪かったっすね・・・ヤマダ、それにイサカも」

 

「お前の責任じゃない。気にするな。」

 

「ああ、レミはなんにも悪くねえよ。」

 

「そう言って貰えるとありがたいっす・・・あの馬鹿のことは任してください。それではまたっす。」

 

そう言うとレミは深深と頭を下げ帰って行った。

 

 



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爆装零戦隊

著 ヤマ

 

空賊・・・こう1口に言っても色々なのがいる。数人程度のもどきに近い団体から数百人に及ぶ大空賊まで。

 

私のシマはまた空賊に狙われていた。どうやら街はずれの工廠を狙っているようなのだ・・・迎撃戦を展開するのもいいのだがそれだと空賊殲滅まで時間がかかる。やはり空賊の基地を叩き、滑走路を使えなくしてしまう方が効率も良いしあとからそこを別の空賊に使われる事も無い。だが・・・一式陸攻では非常に速度が遅く今回空賊が使っている紫電改に簡単に追いつかれてしまうという問題点があった。いや、爆弾を懸吊している時点で速度が落ちてしまうのは仕方がないのだが、爆撃機ではイザと言う時爆弾を捨てて空戦する事が出来ない・・・そんなこんなで私は頭を悩ませていた・・・何かいい方法は無いものかと格納庫に降りていくとヤマダの声が聞こえた。

 

「レミ、ちょっといいか?」

 

「どうしたんっすか〜?」

 

「いや、五二型の胴体下にこれが取り付けれるか確認させて貰いたいんだよ。」

 

「なんすかそれ?」

 

「爆弾懸吊架よ。」

 

それを聞いて私はヤマダの元に駆け寄った。

 

「ヤマダ、その話詳しくしてくれないか?」

 

「お、イサカじゃないか。いいぜ」

 

「そもそもばくだんけんちょうかってなんなんっすか?」

 

「爆弾懸吊架ってのは零戦に爆弾を取り付ける時に使うアダプタだ、勘違いしてる奴が多いんだが二一型や五二型はこれ無しでは爆弾を腹下に抱えられないんだよ。」

 

「へぇ〜、そうなんっすね。」

 

「これを零戦の腹下にボルトで止めてから爆弾を取り付けるんだ。」

 

私はこれを使って空賊の基地に爆撃をすることを思いついた、だが懸吊架分空戦性能が落ちてしまう・・・何とかならないかと考えていたが、ここはヤマダに聞こうと思い聞いてみた。

 

「ヤマダ、その爆弾懸吊架ごと切り捨てるような機構を作ることは出来ないか?今回の空賊の基地を叩くのに使いたいんだ。」

 

するとヤマダは待ってましたとばかりに胸を叩いた。

 

「言うと思ったぜ、ちょっと来てくれ。」

 

そしてヤマダは奥の格納庫へと私達を案内した。その先には十機程のカバーがかけられた零戦が並んでいた。ヤマダはそのうちの一機のカバーを外した。

 

「こいつを使わないか?」

 

「これは・・・」

 

「まさか・・・五三型っすか!?」

 

「よく気付いたなレミ、その通りこいつは五二型丙の発動機を水メタノール噴射装置付きの栄三一型に変更した零戦五三型だ。ユーハングでは水メタノール噴射装置が上手くいかなかったそうだがこっちじゃ俺が改造して使えるようにしたんだ。」

 

「ちょっと待て、五三型は五二型丙の機体を使っているんだから爆弾懸吊架は居る筈だろう、爆弾を直接抱けるようになったのは六二型からじゃないのか?」

 

「そこは俺の腕の見せ所よ、」

 

そう言うとヤマダは工具を取り出し零戦の下へ潜ると中央のパネルを外し、別のパネルへと付け替えた。

 

「こうやって六二型のパネルを取り付けれるように改造してあるんだ。爆弾投下機構自体はあるからこれで二十五番爆弾を抱けるぜ」

 

「普通に六二型を作れば良かったんじゃないのか・・・」

 

「そこは浪漫だよ!あと、五三型はレミに一機あげようと思ってな。」

 

「あたしにっすか?」

 

「ああ、昔亡くなった仲間は五三型を買いたがっていたんだろ? こいつで墓参りに行って喜ばせてやりな。」

 

「あ・・・ありがとうっす・・・」

 

「良いってことよ、それでイサカ、こいつを作戦に使ってみるかい?」

 

「ああ・・・ぜひ使わせてくれ!」

 

「よしっ決まりだな。五三型には俺も乗ろう。」

 

「急降下爆撃出来るのか?」

 

「一応元搭乗員だぜ?」

 

「ちょっと待って下さいっす。」

 

 

 

 

 

 

 

俺は次の作戦で五三型に乗ることになった。そしてその話をしているとき、レミが声を上げた

 

「ちょっと待って下さいっす。」

 

「どうした?」

 

「ヤマダ、五三型の操縦経験はあるんっすよね?」

 

「ああ」

 

「あんたが断るのはわかってるっすけど・・・あたしと模擬空戦してくれないっすか?」

 

そう言うとレミは頭を下げた、俺はレミがそうするだろう事はわかっていた。

 

「いいぜ」

 

「ヤマダ、いいのか?」

 

「今回は勝手が違う、それに・・・レミも昔の仲間の事を忘れられないんだよ」

 

「ありがとうございますっす・・・ショッぱい操縦したら・・・承知しないっすからね?」

 

「望む所だ・・・いつやる?」

 

「今すぐでもいいっすよ。」

 

「よしっ・・・」

 

「ふぅ・・・滑走路整備員総員退避!滑走路を開けろ!」

 

俺は五三型を滑走路へ押して行った。レミも零戦の出撃準備をしている、彼女の零戦は五二型無印、軽快性では明らかに劣る・・・さてどうやって戦うかな。

 

「ヤマダ・・・」

 

「どうした?レミ」

 

操縦席でぼーっとしているとレミが話しかけてきた。

 

「無理言ってすまないっす。ただ、昔の仲間が欲しがっていた五三型が・・・抜群の腕のパイロットの操縦で飛んでると思うと・・・」

 

「いいんだ、何も言うな。」

 

「ヤマダ・・・」

 

「無理はするなよ?」

 

「あんたに言われたくないっすよ!あと・・・エナーシャ頼めないっすか? あいつもよくエナーシャ回してくれてたんっすよ・・・」

 

「わかった、」

 

そう言うと俺は操縦席から飛び降りエナーシャハンドルを持ってレミの機体の下に着いた。するとレミの綺麗な声が響いた

 

「整備員前離れ!スイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

俺は差し込み口にハンドルを突っ込み力いっぱい回した。

 

キーーーーーーン

 

回転数約80回転毎分・・・そろそろだ、ハンドルを抜き取り思い切り叫ぶ

 

「コンタクトーーーっ!!!」

 

カチッ・・・

バラッバラッバラッ・・・

バラバラバラバラ・・・・・・

 

発動機に火が入る、俺が整備した栄二一はいい音を出していた。レミがこちらに敬礼をした、俺はそれに敬礼で返し自分の五三型の操縦席に戻ろうとする、すると

 

「ヤマダ、お前の五三型のエナーシャは私が回すよ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

操縦席に座り俺も大声で叫ぶ

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャスタータ回せーーーっ!!」

 

回転数が上がる、俺はイサカの声を待った。

 

「コンタクトーーーっ!!」

 

クランク軸とエナーシャスターターを直結させるハンドルを引く、軽い衝撃と共にプロペラが回転を始めるのですかさずメインスイッチを「両」位置にしてスロットルを少しだけ開ける。

 

バラバラバラバラバラバラ・・・

 

一発始動、このまま五分ほど暖機運転をする。その間に計器類をチェック、空での故障は即命取り。そして五三型には他の型にはないチェックポイントがある。

 

「水メタノール残量良し。噴射装置切」

 

そう、水メタノール噴射装置だ。栄三一型は本来この装置を取り付ける予定で生産された発動機、だがユーハングは使いこなせずに既に生産した栄三一型から装置を外した発動機を栄三一型甲、栄三一型の生産工程から装置を省いた仕様を栄三一型乙として採用してしまった。だが俺は昔この装置を実用に耐えうるものにしたんだ・・・その時尋ねてきたのがさっき言っていたレミの仲間の奴だった。

 

そんなことを考えているとレミから無線が入った。

 

「ヤマダ、離陸するっすよ」

 

「了解。先に上がってくれ。」

 

そして俺はレミが離陸したのを確認してからスロットルを開いた、勿論水メタノール噴射装置は切ったままだ。ラダーを踏んで機を真っ直ぐに保ち操縦桿を引くと五三型は離陸した。

 

「フラップ上、主脚上、トリム調整、発動機正常。」

 

一通りの確認を終えると俺は飛行眼鏡を外し風防を閉めた、前方には先に離陸したレミの五二型が見える。高度が500クーリルに達したところでレミが大きくバンクを振った。空戦開始だ、

 

「行くぞ!レミ!」

 

「望むところっす!」

 

俺はスロットルを思い切り開けてレミを追いかけた。噴射装置は使わない、レミは機体を裏返し急降下。俺も当然それを追う、

 

ミシミシミシッ・・・

 

機体がきしみ体にはGがかかる。

レミが旋回をやめ直線飛行に移る、が、即座にエルロンを切り機体の向きを変え後ろに着くことを許してくれない。翼端が短くなりロールレートが上がった五二型だからこそできる切り返しの速さだ。俺はわざと逆向きにエルロンを切り重量を利用して落ちるように後を追った。

 

「やるじゃないっすか・・・その重い五三型であたしに着いてくるなんて。」

 

「へへっ、まだまだ追うぜ?」

 

するとレミはエレベーターをめいいっぱい上げ宙返りの体制に入った。左捻り込みで後ろに着くつもりだ、俺はわざとレミ機の後を追った。

 

「ヤマダ!これで終わりっす!」

 

五二型のラダーが動いた瞬間を俺は見逃さなかった。同じようにラダーを蹴っ飛ばしスロットルを絞って失速させる。五二型が目の前で落ちるような挙動を示す中、俺も全くおなじ動きをしていた。

 

「あ・・・あれ?ヤマダ!?くっ・・・」

 

流石にレミも感がいい、後ろにつこうとしていた俺を見てすぐにラダーで機を滑らしかわす。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

そう言うと俺は緊急ブーストをかけて一気に近づいた。レミはエルロンを切り滑らせ旋回を始める、当然後を追う。すると風防のすみに黒い影を見つけた、旋回を続けつつ目を凝らしてみるとそれは零戦二一型だった、敵か味方か・・・近づいてくる二一型に目を凝らしているとドブロク団のマーキングが目に入った、敵だ。

 

「レミ、後ろは任せるぞ?」

 

「へ?なんの事っすか?」

 

「二時方向敵機、二一型五機だ。」

 

「了解っす。ヤマダ、墜とされるんじゃないっすよ!」

 

「馬〜鹿こけ、いくぞ!」

 

二一型に向かい合う形で上昇姿勢を取る、十三ミリの完全装填をしてスロットルレバーを開け接敵の時を待つ・・・二一型が急降下に入った、俺達に気づいたのだろう。俺達は気付かないふりをしてそのまま飛び続ける、二一型が上に被さり曳光弾が光った瞬間にラダーを蹴って射線をずらし二一型をオーバーシュートさせる。

 

ゴォォォォォォ!

 

発動機の音を唸らせて二一型が前を通り過ぎていく、今度はこっちの番だ。

 

「レミ!着いてこいよ!」

 

「あいあいっす!」

 

機体を裏返し二一型の後を追う、二一型は格闘戦性能が高いがロールが遅い、切り返しのタイミングを今か今かと待つ・・・

 

キィ・・・

 

相手のエルロンが逆向きに動くのが見えた、レティクルを覗き敵の機が真っ直ぐになる一瞬を狙って発射トリガーを引く

 

ダダダダッダダダッ!!!

 

二十ミリと十三ミリが火を吹いた、7.7ミリなら相手に当たった時にカンカンカンと金属どうしが触れ合う音がするのだが・・・

 

ガン!ガン!パァンッ!!パァンッ!!

 

俺が積んでいるのはどちらも炸裂弾だ、遅延信管を設定してあるので機体外板を貫いて内部で爆発するようにしてある。

 

ドォッ!!

 

一機が燃料タンクから火を吹いた、やはり後期零戦の魅力はこの高火力だろう。一機墜ち他の敵は散り散りになる、レミと俺はあえて編隊を解き敵を追った。重武装の五三型とヒラヒラと舞える五二型では戦い方が違うからだ。

俺は一度高度を取り雲へ入る、そしてまた機体を裏返し急降下した。雲を突き抜けた瞬間レティクルいっぱいに二一型の翼が広がる

 

「じゃあな」

 

ダダダッダダダダッ!!!

ガンッ!ガンッ!パァンッ!

 

二一型の翼が折れて尾翼が吹き飛んだ、切り揉み堕ちてゆく敵機を見ながら後ろにつこうとする二一型を振り切るべく急降下する。格闘戦性能で劣る俺が格闘戦に応じるは愚策だ、今回はヒットエンドランで行かせてもらおう。もう一度上昇すべくエレベーターをあげたらレミが一機撃墜していた。

 

「ヤマダには負けないっすよ!」

 

「誰と戦ってんだ・・・残り二機だ!」

 

「一機は貰うっす!」

 

レミは下を飛ぶ二一型の後ろにピタリと着けた、格闘戦性能では流石に二一型に劣る五二型であそこまで追従できるのはレミだからこそ出来るんだろう。俺は後ろにつこうとしていた二一型を見つけた、ちと厄介である。

 

「しゃあない、馬鹿に付き合ってやるよ!」

 

ラダーを蹴っ飛ばし格闘戦へ持ち込む、二一型はまんまと後ろに着いてきた。ここからは俺の腕の見せ所だ。機首を上げエルロンを切りラダーを蹴った。バレルロールで二一型の後ろに着く。敵はロールして逃げようとした

 

「遅いっ!」

 

ダダダッ!!

 

レティクルに捉えた二一型の尾部を目掛けて機銃を叩き込む。ガンガンガンという音と共に尾翼がすっ飛んだ。撃墜確実・・・横を見るとレミの五二型が二一型を撃墜したところだった。

 

「ふぅ・・・とんだ邪魔が入ったな。どうする、一回降りて仕切り直すかこのまま続けるか。」

 

「へへ・・・何言ってんすかヤマダ」

 

「ん?どういうことだ」

 

「あたしの完敗っす。とりあえず降りましょう?」

 

「・・・ああ」

 

俺はスロットルを絞り降下した、五二型が着陸したのを確認してこちらも着陸する。冷却運転を念入りに行い発動機を止め車輪止めを置いた。久々に乗った五三型は少し重かったが、こいつに合った戦い方をしてやれば必ず答えてくれるいい機体だった。飛行帽と飛行眼鏡を外すとレミが駆け寄ってきた。

 

「ヤマダ、ほんとにありがとうございましたっす。」

 

「お安い御用さ、けどどうして負けだなんて言ったんだ?レミは俺によくついてきてたじゃないか?」

 

「ヤマダ、あんた水メタノール噴射してないでしょ?」

 

「・・・・いいや」

 

「隠さなくても良いんっすよ〜、重量級の機体に馬力が足りていない五三型の馬力を補うのが水メタノール噴射装置、それを使わずしてあそこまであたしはピタリとつけられてたんっすよ、あたしの完敗っす。」

 

「すまん、騙すつもりは無かったんだが・・・」

 

「なんかヤマダらしいっすね、これであたしもスッキリしたっす!」

 

 

 

 

私は滑走路から二人の模擬空戦を見ていた、二人とも見事なものだ・・・。当の二人は降りてきて会話をし終えたように見える、私は話しかけた。

 

「お疲れ様だな、満足したか?レミ」

 

「十分っすよ、ありがとうございましたっす。」

 

「それは良かった、ところでヤマダ」

 

「なんだ?」

 

「今回急降下爆撃するわけなんだが、搭乗員の教育をお願いできないか?前の戦いで急降下爆撃を担当した搭乗員は即席だったからあまり命中精度が良くなかったんだ。」

 

「教育かぁ・・・わかった、やってみるよ。」

 

「決まりだな、よろしく頼む。」

 

「あたしは何をすれば良いっすか?」

 

「本来レミ組の方は空賊に狙われてないから基地で寝ててくれてもいいんだが・・・レミは私と爆装零戦の直掩機を率いて貰えるか?」

 

「了解っす〜」

 

 

 

数日後、私は訓練を見るために滑走路にいた。すると教育を受けている組員が私を見つけ挨拶をしてくる。

 

「組長、お疲れ様です!」

 

「お前達こそお疲れ様だな。どうだ?教官はしっかり教えてくれているか?」

 

「はい!あの方は教え方がとても丁寧で人柄もいいので我々の士気も上がります。」

 

「そうか、それは良かった。」

 

そう言っているとヤマダが来た、滑走路の端にある黒板の前に立ち組員達へ一礼する。

 

「今日は実機に信管を抜いた爆弾を取り付け離陸及び急降下訓練を行います。よろしくお願いします。」

 

「よろしくお願いします!」

 

「皆さん腰を下ろしてください、離陸動作と上昇時に注意事項がありますのでそれを解説します。」

 

ヤマダのやつ、教育の時に敬語なのか・・・まあ奴には奴なりの考えがあるのだろうし放っておくか。

 

「まず、25番爆弾を抱いた零戦は上昇力がグッと落ちます。爆撃機ではありませんからね、ちなみに皆さんは増槽を抱いて離陸したことはありますか?」

 

「あります!」

 

「ありません・・・」

 

「なるほど、ちょうど半々くらいの割合ですね。」

 

「解説お願いします!」

 

「はい、まず増槽を抱いて離陸したことがある方ならわかると思いますが、零戦は全く上昇しなくなります。普段迎撃に上がる感覚で操縦桿を引いてしまうと確実に失速します。普段よりゆっくりと引くようにしてください、本日は練習ですので、失速しそうになったら躊躇なく爆弾を捨ててくださいね。では、各自離陸準備してください。」

 

そうヤマダが言い終わると、皆散り散りに戦闘機の元へ歩いてゆき発動機を回し始めた。特に問題なく訓練は進み、夕方近くになった頃、

 

「以上で本日の訓練は終了です、各自しっかりと休息を取ってください。ありがとうございました。」

 

「ありがとうございました!」

 

訓練が終わったようだ。私はヤマダに話し掛けた。

 

「お疲れ様だな。」

 

「イサカか、ありがとう。人に教えるのは難しいものだな」

 

「いい感じだったと思うがな、ん?」

 

私は滑走路の端に子供を見つけた、こんな所に子供がいるのは珍しい。そもそも組の土地なので本来入れないはずなのだが・・・私はヤマダに子供がいることを伝え元に歩いていき注意しようとした、

 

「こら、こんな所に入ってきちゃだめだぞ。」

 

私がそう言うと子供はこちらを向いて

 

「ごっ、ごめんなさい・・・」

 

「お母さんやお父さんはいないのか?」

 

そう言うと後ろから親らしき男が走ってきた。

 

「こらーー!こんな所で何やってるんだ!帰るぞ!」

 

「お前が父親か?」

 

「はい、ご迷惑をかけて申し訳ありません。」

 

「いや、問題ない。気をつけてな」

 

そう言って帰そうとすると、ヤマダが子供の事を呼び止めた。

 

「ボク、なんで滑走路の脇になんかいたんだい?」

 

「ごーにがた・・・見たかったんだ。」

 

「ここに来たのはなんでだい?五二型はわざわざここに来なくても見れるだろう?」

 

「お父さんから・・・ヤマダって言う人が乗ってるごーにがたの話を聞いて・・・見たいと思ったんだ・・・」

 

「お父さん、その話は本当ですか?」

 

「はい・・・申し訳ありません!」

 

私はその時ヤマダが笑顔を見せたのを見た。

 

「よし・・・ボク、ちょーっとここで待ってな。」

 

そう言うとヤマダは格納庫の中に走っていった。すると、中で五二型の発動機を回しタキシングで出てきた。私達の前に止まると1度発動機を止め降りてくる。

 

「ボク、おいで」

 

そう言うとヤマダは子供を抱えて操縦席に乗せた。

 

「お兄ちゃん・・・ありがとう!」

 

「どうって事ないさ、けどお兄ちゃんとの約束だ。次からはお父さんと一緒においで。あそこの格納庫の扉を叩いて『ヤマダさんいますか?』って言ったらお兄ちゃんがまた五二型に乗せてあげるよ。」

 

「うん!わかった!」

 

「お父さん、」

 

「はい!」

 

「今度来る時は、イサカの二一型の話もしといてあげてくださいね?」

 

「・・・はい!ありがとうございます!」

 

「ボク、気をつけてな!」

 

「お兄ちゃんありがとう!」

 

「五二型かっこいいだろ?」

 

「うん!ごーにがた大好き!」

 

そう言って子供を見送るヤマダを私は見ていた、姿が見えなくなるまで見送るとまた私は話し掛けた。

 

「ヤマダ、なぜあんな優しい対応をしたんだ?普段ああ言うのが来たら追い返しているじゃないか、」

 

「あの子とあの子の父親は真っ直ぐな目をしていた、あの子はいいパイロットになるよ。」

 

「なるほどな・・・」

 

 

 

 

一週間後、作戦決行の日となった。作戦は視界の良い昼に出発することになっていたので、私は組の建物の中を歩いていた。すると、爆戦隊の宿舎から怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「貴方みたいな優秀な搭乗員を・・・爆戦なんかに乗せて無駄死にさせるなんて!」

 

無駄死に・・・?どういう事かと私は聞き耳を立てた。

 

「なんてことを言うんだ!」

 

そう言ったのはヤマダの声だった。だが怒鳴り声は続く。

 

「俺は昔居た航空隊で爆戦が次々に敵機に撃墜されるのを見た!爆戦は全く回避動作ができない・・・それはベテランでも変わりない!貴方は戦闘機に乗るべき人だ!」

 

「馬鹿者!」

 

「っ・・・」

 

「貴様は周りの直掩戦闘機の事を忘れたのか!?」

 

「しかし・・・俺が前にいた航空隊では!」

 

「貴様が昔居た航空隊で何があったかは知らないが、我々爆戦隊をまだ無駄死になどと言うのなら貴様がここに居る資格はない!直援戦闘機隊を信じることも出来ないような人間は編隊には要らない!」

 

「ですが・・」

 

「貴様のことは良く覚えているぞ、急降下訓練の時もよくやっていた。なのに何故今更こんなことを言う!?」

 

「俺には守りたい家族が居ます!だから確実に空賊を叩ける爆戦隊に志願した・・・ですが撃墜されるリスクが高いのも爆戦隊、俺が死んでもせめてヤマダ教官だけは生きて帰って頂きたいのです!俺の死を家族に伝えて頂きたいのです!」

 

「この大馬鹿野郎!」

 

ヤマダはその搭乗員の事を殴った、止めに入ろうかと思ったがヤマダは目から涙を流していた・・・

 

「そんな悲しいことを言うな・・・ここに居る爆戦隊搭乗員全員、俺が引き連れて帰ってきてやる!だから二度と死ぬなどと言うな!」

 

「教官・・・」

 

「俺からイサカ組爆戦隊搭乗員全員へ命令だ!」

 

「はい!」

 

「きちんと目標を定め爆弾を投下しろ!敵機に絡まれたら捨てて空戦をしろ!貴様らの目的は死ぬことでは無い!そして・・・生きろ!以上だ!」

 

「はい!!!」

 

私はそれを聞いてそっとその場を離れた、あそこまでやらせれば爆戦隊の戦果は期待できるだろう。私はほっと胸を撫で下ろし、自室に戻った。すると、ヤマダが部屋のドアを叩いた。

 

「イサカ、今いいか?」

 

「ああ、いいぞ。」

 

そう言って私はヤマダを自分の座っているソファーの横へ座るよう促した。

 

「イサカ、俺は正直に言って怖い。」

 

「どうした、急に」

 

「へへ、なんでだろうな。俺はイサカの今の生活が壊れてしまうのが怖い。だから戦いに行く、けど戦いに行って死ぬのも怖い。矛盾してるよな」

 

「ふふ、お前らしいな。」

 

「そうか?」

 

「ああ、お前は自分の事じゃなくて先に私の生活の事を心配した。本当にお前はお人好しだな。」

 

「・・・」

 

「お前の事は私が守ってやる。だからお前も私の事を守ってくれ。」

 

「イサカ・・・」

 

「お互い様だ、」

 

「ああ!」

 

「さあ、格納庫へ行くぞ。出発の時間だ。」

 

 

 

俺が格納庫の階段を降りて爆戦隊の元へ行くと、教えていた組員たちがわらわらと集まってきた。そして俺の前に立つと

 

「ヤマダ教官に、敬礼!」

 

皆が俺に敬礼をした、俺も敬礼で返しこう言った。

 

「私は・・・絶対に死にません。そして君達を死なせもしません。今日はよろしくお願いします。」

 

「よろしくお願いします!教官!」

 

「私達の目標は空賊基地の滑走路及び格納庫です。レミ率いる直援戦闘機隊の援護を受けながら、イサカ率いる制空戦闘機隊が制圧した空賊基地上空から急降下し爆弾を投下、基地機能を失わせるのが目的です。」

 

「はい!」

 

「では、行きましょうか。」

 

「ヤマダ教官!」

 

皆が戦闘機の元へ行く中、俺を呼び止めたのはさっき俺と怒鳴り合いをしていた搭乗員だった。

 

「どうしましたか?」

 

「先程の御無礼をお許し下さい。そして、ご武運を」

 

「気にしていませんよ。本日貴方は私の列機です、後ろの索敵は頼みましたよ?」

 

「はい!」

 

俺は自分の五三型の元へ歩いて行った。既に発動機は回っており、機体腹下には25番爆弾、左右翼下には50ボットル増槽が懸吊されていた。その準備をしたのは俺が整備のイロハを教えた整備員達だった。

 

「ヤマダ班長!」

 

「お前ら・・・」

 

「機関良好!整備にも問題ありません!」

 

「よし・・・俺達爆戦隊の命はお前達整備班に預けたぞ」

 

「はい!」

 

すると、整備班の連中の足元から子供が飛び出してきた。見覚えのある顔だった。

 

「ヤマダのお兄ちゃん!」

 

「ボク・・・」

 

「勝手に入ってきてごめんなさい!頑張ってって言いたくて・・・」

 

「そっか・・・兄ちゃんは絶対帰ってくるからな。また五二型に乗せてやるからな、約束だ。」

 

「うん!やくそく!」

 

「よし!」

 

そして俺は操縦席に座り計器類を確認した、車輪止めをはらってもらいタキシングで滑走路に出る。高度をとるのに時間がかかるので爆戦隊は一番最初に離陸するのだ。滑走路に出て編隊離陸の準備をしていると、イサカとレミが走ってきた。

 

「ヤマダ!」

 

「どうした?」

 

「私が先に行って敵をたたき落としておいてやる。心配するな!」

 

「途中の援護はあたしらにお任せ下さいっす!」

 

「ああ・・・頼りにしてる!」

 

二人が離れたのを確認し、使用燃料タンクを胴体内燃料タンクに切替える。旗振り合図を目視し発信許可を確認。列機に手信号で離陸する旨を伝えスロットルを開けた。

 

ゴォォォォォォ!

 

発動機の音を聞きながら当て舵を取り操縦桿をゆっくりと引く、しんどそうに零戦は離陸した。

 

「ごめんな・・・ごめんな・・・」

 

俺は重荷を抱かせた零戦に詫びながら高度を上げる、トリムを調整し列機がついてきてることを確認し編隊を揃える。無線ダイヤルを捻りレミに無線を繋ぐ、直援戦闘機隊と連携をとるためだ。

 

「レミ、聞こえるか?」

 

「感度良好、ハッキリ聞こえるっすよ。」

 

「よし、援護頼むな。」

 

「お任せ下さいっす。そろそろ1500クーリルに到達するんでヤマダら爆戦隊はゆっくり昇って来てくださいっす。イサカたちは先に向かってるっす。」

 

「了解。」

 

そして俺はダイヤルをもう一度捻り爆戦隊に繋ぐ。

 

「皆さん、聞こえますか?」

 

「ハッキリ聞こえます!教官」

 

「了解です、増槽燃料タンクは左右懸吊タイプですので上手く左右を切りかえて偏らないように気をつけてください。巡航速度で飛行していればあと二十分程で無くなるはずですのでその時は切り離してください。」

 

「了解しました!」

 

そして俺は最後にイサカに無線を繋いだ、

 

「イサカ、聞こえるか?」

 

「ああ、はっきり聞こえる。どうした?」

 

「いや、何でもない。気を付けてな。」

 

「任せておけ、じゃあまた後でな。」

 

「ああ」

 

そして俺は燃料残量を確認した、色々話しているうちに増槽の燃料が無くなったので使用燃料タンクを翼内燃料タンクに切替え増槽を投下する。機は幾分か軽くなった、列機も続々と増槽を捨て出す。すると列機から無線が聞こえてきた。

 

「敵機だ!!右後ろ上方!」

 

「左前上方からも敵機!太陽を背負って飛び込んでくる!」

 

見てみると確かに敵機が居る、するとその瞬間敵機は火を吹いた。撃墜したのは直援戦闘機隊、増槽をつけたまま空戦機動をやってのけていた。

 

「バカ!空戦中は増槽を捨てるのが決まりだろう!弾を喰らったら火達磨だぞ!」

 

「あんな奴らどってことないっすよ〜」

 

「バカヤロ・・・」

 

さらに30分ほど飛び続けるといよいよ基地が近づいてきた。俺は列機に無線で1列編隊を組むように指示した。間隔を開けるようにもう一度指示しレミに無線を送る。

 

「レミ、ハヤテ(制空戦闘機隊の隠語)と合流し援護頼む。」

 

「了解っす。1発かましてきちゃって下さいっす!」

 

「ああ、任せろ!」

 

スロットルを開けペラピッチを低に設定する、2000クーリルほどまで高度を取ったらエルロンを切り機体を裏返して操縦桿を引き急降下に入る。五三型に爆弾照準器はない、感覚が頼りだ。 スロットルを絞り目標を見据えて急降下する。俺の後ろと横、上は全て直援戦闘機隊、制空戦闘機隊に預けた。もう何も心配する事は無い。

 

「っ・・・!!」

 

強烈な風圧で動かなくなる操縦桿を必死に押さえつけ、所定の高度まで急降下するのを待つ、高度計を見ながらその瞬間を待った。

 

1000・・・800・・・600・・・300クーリル!!

 

「てやぁっ!!」

 

ガシャンッ!!

 

俺はフラップをいっぱいに開きダイブブレーキ代わりにする。その瞬間に爆弾投下索を倒し爆弾投下だ。機が軽くなる・・・風圧に負けじと操縦桿を力いっぱい引きながらスロットルを開けフラップを閉じ水メタノールを噴射する。凄まじいGが体を襲うがここでの失神は死を意味する。

 

「うおおおおおおおお!!!」

 

大声を上げながら操縦桿をさらに強く引きつける。

 

ゴォォォォォ!!

 

けたたましい発動機の唸りと共に機首を上げた五三型は速度を一気に高度に変換し上昇する。その瞬間、自分の下にあった格納庫で爆発が起こった。投下成功だ、俺は即座に高度を取り制空戦闘機隊に合流した。

 

「ヤマダ、よくやった!お前の教え子たちも成功させているぞ!」

 

「良かった・・・あいつら上手くなりやがってよ!」

 

「さあ、あとは残った敵を叩くだけっすよ!」

 

「了解!」

 

敵機は紫電改だった。馬力では負けているが格闘戦性能は五三型とタイくらいか・・・俺は一気の紫電改に狙いを定め急降下した。

 

キィ・・・

 

相手のエルロンが動く、回避動作をしようとしているのだろうがもう遅い。

 

「じゃあな!」

 

ダダダダッ!

 

敵機のエレベーターが吹っ飛ぶ。そのまま上空に戻ろうとすると後ろに紫電改がつけていた。地面が近かったので変な動きをすることも出来ず俺は急降下した。紫電改は構わずに撃ってくる。ラダーでかわしながら飛んでいたが、俺はふとあることを思いついた。

 

「これができるか!!!」

 

俺は操縦桿を思い切り前に倒しプロペラが地面の砂を巻き上げるくらいまで高度を下げた。紫電改もついてきたがあえなく地面と接触し堕ちた。

 

「俺を追いかけようなんて百年早いっての」

 

そのまま上空に戻ると教え子たちが空戦をしていた。後ろにつかれていた五三型を見つけ援護に向かう。

 

「教え子には触れさせねえぞ!」

 

スっと後ろについて機銃発射トリガーを引く。紫電改は燃料タンクから火を吹きながら離脱して行った。

 

「教官!」

 

「言ったでしょう?誰も死なせないって。さあ、敵機はあと三機です!行きますよ!」

 

敵機のいる方に飛ぶと無線が入った

 

「こっちの一機はあたしが貰うっす!」

 

「私も一機貰うぞ!」

 

「しゃあねえ、俺も一機で我慢してやるよ!!」

 

イサカは二一型で紫電改の前に出た、かと思うと機を失速させ後ろへ周りそのまま撃墜。一方レミは後ろにピタリと張り付き二十ミリを叩き込んだ、尾部が折れる。一機撃墜だ。

 

「負けてらんねーな!」

 

最後の逃げようとする紫電改を緩降下でおう、回避行動を取ろうとする紫電改をレティクルいっぱいに捕らえ、機銃を撃った。

 

ダダダダッ!ダダダダッ!

 

ガン!ガン!パァンッ!

 

発動機から火を吹き切り揉み落ちていく紫電改を見た、俺は完全に終わったことを隊の皆へ伝え巡航高度を取り帰路へ着いた。一番最初に声をかけてきたのは愛する妻、イサカだった。

 

「お疲れ様だな・・・本当によくやってくれた。」

 

「イサカこそお疲れ様。制空戦闘大変だっただろう。」

 

「ヤマダ、お疲れ様っす〜」

 

「レミもな、ここまで護衛してくれてありがとう。爆戦隊を代表して礼を言うよ。」

 

「教官!」

 

「君は・・・」

 

「お陰様で爆撃は成功しました!ありがとうございました!」

 

「それは良かったです・・・では、帰りましょうか。」

 

「はい!」

 

「了解っす!」

 

「そうだな。」

 

 

 

・・・・・零式艦上戦闘機五三型、今回は本当に世話になった。まだまだ任務で酷使することもあるだろうが、その分俺はこいつを十分に可愛がってやろうと思う。

 

 



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護衛

著 ヤマ

 

イジツでの物資輸送手段は空路だ、それも大きな荷物は速度の大して早くない飛行船で輸送しなければいけないのだから達が悪い。ある日私達イサカ組とレミ組は、タネガシからアレシマへ向けて戦闘機の部品を輸送する飛行船の護衛を担当する事になった。

 

「イサカ〜」

 

「どうした、ヤマダ」

 

「今度護衛の仕事を受けたんだろ?着艦できるんかい?」

 

「ああ、問題ない。」

 

「そっか、しっかしあの飛行船に護衛戦闘機三機ってうちの商会は頭おかしいんか・・・」

 

「飛行船が狭いから仕方あるまい・・・飛行船の着艦に着艦フックを使う飛行船なんてもう私達くらいしか使っていないさ。」

 

「貧乏は辛いな・・・」

 

「とにかくだ、私とお前、そしてレミの三人で護衛しきらなければアレシマに部品が届かなくなって迷惑がかかる。しっかり頼むぞ。」

 

「ああ!」

 

出発二時間前、格納庫で荷物の整理をしていると扉を叩く音が聞こえた。そして

 

「ヤマダさんいますか?」

 

「ああ、入って待っていろ。」

 

私は親子を格納庫の中に通すと、ヤマダを呼びに行った。ヤマダは五二型に向かって何か言っていた。

 

「また頼むな・・・俺下手くそだから無理させちまうけどさ・・・」

 

「ヤマダ!」

 

「うわぁっ!イサカか・・・」

 

「何やってるんだ、あの子が来てるぞ。」

 

そして私達は親子と会話した。あとから聞いたが子どもの名はテツというそうだ。

 

「すみません、何度も何度も・・・」

 

「お父さん、そんな気にせんで下さい。自分も貴方の息子さんと話せて楽しいですから。」

 

「お兄ちゃん!ごーにがたってこうとおつって言うのがあるんだよね!」

 

ヤマダは子どもの頭を撫でた。

 

「おっ、よく知っててえらいな〜。ちなみにお兄ちゃんの五二型は何かわかるかな?」

 

「えっとね・・・むいん!」

 

「えらいぞ〜、ちなみにテツくんは何が好きかな?」

 

「えっとね・・・きいろいおびが入ったおつが好き!」

 

「黄色い帯の乙・・・ユーハングの筑波海軍航空隊の機体だ!?」

 

「うん!図鑑で見たんだ〜」

 

私はふっと気になったことを聞こうとした。

 

「テツくん、二一型は好きかな?」

 

「にいちがたも好きだよ!」

 

「どの機体が好き?」

 

「えっとね・・・ヤマダさんが作ったはいいろのやつ!」

 

「あれなんだね〜。よしっ、ちょっとおいで」

 

そう言うと私はテツを自分の区画へ連れていった、当然二一型改はそこに鎮座している。いつ見ても格好がいい

 

「かっこいい!」

 

「かっこいいだろう?よし、お姉ちゃんに捕まって」

 

そう言うと私はテツを操縦席に座らせてやった。今日は改で出撃する予定だったので、操縦席には落下傘が敷いてあり尻を痛める心配もない。

 

「すごーい!」

 

「操縦桿を握ってごらん」

 

「いいの!」

 

「激しく動かしちゃダメだぞ?」

 

「はーい!」

 

テツの目は輝いていた。するとヤマダがふてくされていた

 

「五二型にハマらせようと思ってたんに〜」

 

「子供かお前は!」

 

「ぶ〜」

 

まったく・・・私はテツを操縦席から降ろした。そして

 

「なあテツくん、二一型の方が良かったよね〜」

 

「五二型だよな!」

 

「う〜んとね!どっちもすき!それからお兄ちゃんもお姉ちゃんも好き!また色々おしえてね!」

 

こりゃあ一本取られた、私とヤマダは二人してテツの頭を撫でた。すると父親が

 

「本当にいつもありがとうございます。お仕事の途中なのに・・・」

 

「いいんだ、小さいうちに色んな経験をさせてやらないとな。」

 

「ありがとうございます・・・」

 

私とヤマダは親子を見送り、格納庫で二人きりになった。

 

「イサカ・・・」

 

「なんだ?」

 

「いや、なんでもない。やっぱり綺麗だと思ってな。」

 

「何だいきなり・・・ありがとう。」

 

「さあ、出発の時間だぜ?」

 

 

 

 

 

俺は飛行船の発着甲板を見据えてスロットルを絞った。着艦許可信号を確認して着艦体制に入る。上下左右共に狭いからあまり無茶はできない・・・速度を60キロクーリルで保ちながらゆっくり降りて行く。

 

「許可よろし!着艦フック下ろし!着艦します!」

 

甲板後部を少し超えたあたりで操縦桿を引き機種を上げ、尾部を地面に近づける。軽いショックがあった、着艦フックが制動ワイヤを掴んだのだ。ワイヤが伸びきったところで零戦は停止する、すぐにワイヤを外してもらいタキシングで駐機場所まで移動する、ふと見るとそこには既に二機の零戦三二型が止まっていた。護衛戦闘機は俺とイサカ、レミ、そしてここにいる二機のパイロットの五人って事か・・・するとその零戦のパイロットらしき男が走って来た。

 

「他の飛行船に、乗っておられたことがあるとですか!?」

 

「いえ、飛行船に着艦したのは今日が2回目です。ゲキテツ一家から護衛任務に来ましたヤマダです。よろしくお願いします。」

 

「タネガシ輸送商会所属のイトウです!」

 

「貴方の愛機は?」

 

「手前っかわの三二型です!」

 

「奥の三二型のパイロットは?」

 

「今仮眠を取っております!」

 

「いい心がけですね。おっと、私の仲間が到着したようです。」

 

レミとイサカが着艦して駐機場所に戦闘機を止めた。二人が駆け寄ってくる。

 

「着艦はやっぱり慣れないっす・・・あれ?先客がいるんっすね。」

 

「イトウです!よろしくお願いします!」

 

「レミっす〜」

 

「イサカだ、よろしく頼む。」

 

「作戦室はこちらになってます。皆さんに用意出来た部屋もせまっ苦しいところですが・・・アレシマまで三日間、往復六日、どうか辛抱ください。」

 

本当に狭い所だったが文句は言えない、とりあえず作戦室に集まって空賊の出やすい場所を確認することにした。

 

「げっ・・ここシロクマ団がでる空域じゃねえか・・・」

 

「しかもこっちにも空賊のマークがあるっすよ・・・」

 

「アレシマまでどれだけ空賊が出る空域を通るんだ・・」

 

いくら最短距離とはいえリスキーすぎる・・・まあ俺たちはあくまで雇われた側だ、仕方あるまい。しばらくすると作戦室にイトウともう一人男が入ってきた。恐らく仮眠をとっていたと言うパイロットだろう。名はケンジというらしい。すると

 

「ヤマダさん、あんた今まで何機撃墜したんですか?」

 

えらく高圧的だったが、俺は気にせず答えた

 

「十機以上は堕としたと思います。」

 

「俺はあんたが気に食わねえ、あんたの戦い方が気に食わねえんだ。なんでお前なんかと一緒に仕事をしなくちゃならねえんだ?」

 

「貴様・・・言わせておけば!」

 

「イサカっ」

 

俺はイサカを静止した、その時俺は奴のスカーフに書いてある文字を見た。ユーハングの武将の言葉だった。

 

「宮本武蔵・・・ですか」

 

「それがどうした?」

 

「武蔵は戦いの中で何度か逃げています、そして勝てない相手とは決して戦わなかった・・・それも戦い方のひとつかもしれませんね。」

 

男の表情が険しくなった。そして声を荒らげて言う

 

「俺は自分の戦い方をするだけだ!」

 

「私もそう思っています。妻に、仲間にまた会いたいから・・・護衛任務中、よろしくお願いします。」

 

まったく・・・なんの敵意だ。俺は自分の部屋に戻り服を着替えた。そして工具箱を持って駐機場所に降りていく。するとそこにはレミとイサカが居た。

 

「ヤマダ、大丈夫っすか?」

 

「今はな・・・ただ嫌な感じだな」

 

「気をつけろよ・・・連携を欠く味方は敵よりも敵になる。何よりやつならお前を狙ってくる可能性もある・・・用心しろ。」

 

「ああ、ありがとうな。」

 

そして俺は自分の五二型のカウリングを外した、プラグコードを抜き取りプラグを1本ずつ外して焼け具合を見る。確認していると一番下のシリンダーのプラグが濡れ気味だった。これはまずい・・・

 

「飛行船で高いところに上がったから冷えて吸入管の燃料が落ちてきて溜まり気味なんだ・・・イサカ!レミ!君らの発動機も急いでバラすぞ!」

 

「わかったっす!」

 

「わかった!」

 

2人の発動機もバラしてプラグを抜く、案の定一番下のプラグは濡れ気味だった、綺麗に拭き取り刺し直す。プラグのカーボンを焼きとる意味も込めて発動機を回す事にした。

 

「イサカ、レミ、悪いが発動機の始動頼めるか?カーボンを焼ききらないといけないんだ。」

 

「了解っす!」

 

「了解だ。」

 

三人で発動機を回し回転を上げる、カーボンを焼ききれるくらいまで回したら止め、これを3機分行い発動機を組み直しカウリングをつけた。危なかった・・・

 

「ヤマダ、あのままほっておいたらどうなっていたんだ?」

 

「プラグに火花が散らなくなって掛からなくなるな、これからは時々プロペラを手で回してやって燃料を行き渡らせてやってくれ。発動機が直接壊れるわけじゃないが緊急発進が多い俺たちにとっちゃ死活問題だろう?」

 

「確かにそうっすね・・・やっぱヤマダを連れてきたのは正解っす。それにしてもこの飛行船の整備班は何をやってるんっすかね?」

 

「確かにそうだな・・・私達の戦闘機まで見てくれる手筈になってるんだが、こんな初歩的なミスを犯すとは・・・」

 

「なーんか妙っすね・・・ただこの商会はゲキテツ一家とも繋がりが深いっすから、恐らくこれは個人の仕業・・・となるとやっぱり」

 

「レミ、それはまだ確定じゃねえ。それに腐っても同じ滑走路から飛び立つ奴なんだ、とりあえず余計な心配しないでおこう。」

 

そうして俺達は自室に戻り休むことにした、部屋に入って暇をしていると船内放送が掛かった。

 

「空賊の接近を確認、護衛戦闘機隊搭乗員は直ちに発艦せよ。」

 

俺は格納庫へ降りて行くと、戦闘機に飛び乗り点検をする。それが終わると大きく手を振りエナーシャを回してもらい発動機を回した、俺が一番最初に発艦準備が終わったようだった。

 

「先発艦します!」

 

するとイトウの声が飛んできた。

 

「ご武運を!私も直ぐ追います!」

 

フラップを下げてスロットルを開き、発艦する。飛び上がると言うよりかは投げ出されるような感覚で俺の零戦は夜空に舞った。空賊は後ろから来ていた。

ひぃ・・・ふぅ・・・みぃ・・・六機だ!機首をそちらに向けヘッドオンの体制を取り上昇する。近づいてくる敵機を見据え機体を確認する、今回は鍾馗だった。相手の曳光弾がパッと光る、機体を即座に裏返し操縦桿を引き付け相手をオーバーシュートさせた。上を通過する鍾馗を見ながら突き上げ体制で一撃を入れる。

 

「相手が悪かったな」

 

発射トリガーを引く、20ミリと7.7ミリが火を噴く。

 

パァンッ!

 

鍾馗の燃料タンクが爆発した。すかさず俺はエルロンを切り敵の射線から離脱する。すると前からレミとイサカ、イトウ、そして例の男が飛んできた。

 

「ヤマダさん!遅うなって申し訳ねえです!」

 

「私達の分も残しておいてくれたか?」

 

「もう2機目をねらってるじゃないっすか〜」

 

「まったくお前ら・・・行くぞ!」

 

俺は見定めた一機の鍾馗の後ろに着いた。急旋回で逃げようとする鍾馗だが旋回性能でゼロに勝てる戦闘機は無い。ぴたりと食らいつくがまだ機銃は撃たない。敵との距離を目視で測る、70・・50・・30・・10・・・

 

「そこだっ!」

 

ダダダッ!カンッ!カンッ!カンッ!

 

弾がぶつかるのが目で見て分かる距離まで接近してトリガーを引く。俺の零戦から放たれた曳光弾が光り、敵は火を吹き落ちていった。撃墜確実・・・周りを見るとイトウが後ろにつかれていた。何とか回避しているが動きがぎこちない、恐らく空戦の経験が全く足りていないのだ。俺はスロットルを開けスナップロールで鍾馗の後ろに付き撃墜した。イトウに無線を入れる。

 

「大丈夫か!?」

 

「はい・・・ありがとうございます!」

 

「よし!空賊撃退も終わったようだし、帰るぞ」

 

着艦し駐機場所に愛機を止める、イトウの方を向くとケンジがイトウを怒鳴りつけていた。

 

「またお前はあんな情けない飛び方しやがって!」

 

「すみません!」

 

「今度あんなことしやがったら承知しねえぞ!」

 

ケンジはまだぶつくさ文句を言いながら自分に部屋に戻っていく、イトウがこちらに気づき歩いてきた。

 

「お世話になったとです・・・ヤマダさんは本当に上手かですね。」

 

「そんな事はありませんよ。それよりいつもケンジさんはあんな調子なんですか?」

 

「お恥ずかしながら・・・私が未熟もんですから十分にあん人の列機も務まらねえもんで。」

 

「・・・イトウさん。あなた一度私の列機になってみませんか?」

 

「ええ!?だども・・・そげなこと・・・」

 

「安心してください。今此処の戦闘指揮を取っているのはイサカなんです、列機も彼女の独断で決められる。どうですか?1度だけでも」

 

「わかりました・・・よろしくお願いします!」

 

そうして俺はイサカに連絡し列機変更の連絡を各員に回してもらった。あまり良いやり方ではないが、このままではイトウがうかばれない。

 

「イサカ、すまんな。無茶させて」

 

「いいんだ、何か考えあっての事だろう? イトウだって大切な戦力だ、無駄なストレスをかけたくないからな。」

 

「ありがとう。」

 

俺が部屋に戻って休んでいると、レミが部屋に入って来た

 

「ヤーマダっ」

 

「レミか・・・どうした?」

 

「これ、あんた身に覚えあるっすか?」

 

レミが差し出したのはビスだった、全く身に覚えはない。

 

「いや、知らないな。こんなものどこにあったんだ?」

 

「あんたの五二型の7.7ミリ機銃に詰められてたっす。」

 

「なっ・・・!」

 

「ヤマダ・・・本当に気をつけて下さいっす・・・」

 

「ありがとう・・・一つだけ頼みがあるんだがいいか?」

 

「なんっすか?」

 

「絶対に一人では動かないで欲しい。」

 

「約束するっす。」

 

そして俺はイトウの部屋の扉を叩き格納庫におりてくるように伝えた。俺は先に格納庫に降り待っていると、イトウが来た。

 

「小隊長、用事ってなんとですか?」

 

「小隊長なんて呼ばないで下さい、私はそこまで偉くありませんよ。ところでイトウさん、貴方空戦の経験はどれくらいありますか?」

 

「いえ、ケジメとしてそう呼ばせてください。それがその・・・つい1か月前にココに付いたばかりで全然経験が無かとです。今まではゲキテツ一家のフィオさんとローラさんが護衛に着いてくださっていたので何とかなっとりましたが、ヤマダさん達に変わってからはさっきみたいにさっぱりで・・・」

 

「フィオさんやローラさんとケンジさんはどんな感じでしたか?」

 

「ケンジさんは今みたいなふうじゃなかったとです・・」

 

成程な・・・これで全て合点がいく。フィオさんやローラさんが護衛につかなくなれば戦闘機隊の立場で1番上なのはケンジという事になる。その所にまたゲキテツ一家から俺達が送られたから、とりあえず幹部でもなんでもない俺にケンジがやたら当たってきているというわけだ。だが考察すればするほど馬鹿らしくなってくる。ケンジがいかにしょうもないヤツなのかがわかるだけだ。

 

「わかりました・・・イトウさん。今から少し飛びませんか?」

 

「ええ!?でも任務でも無いのにそげなことしたら・・」

 

「そんなに遠くには行きませんよ。飛行船の周りで一通りの空戦機動をやってみて下さい。確認したいことがあるんです。」

 

 

 

 

 

私が飛行船内の酒場に行き席に腰を下ろすと、隣にレミが座ってきた。外を見ているとレミが話しかけてくる

 

「今からヤマダとイトウが飛ぶらしいっすよ」

 

「そうなのか?」

 

「はい〜、空戦機動を確認したいって言ってたっす。」

 

「ならここから見えるかもしれないな。どれ、ひとつじっくり見てやろうじゃないか。」

 

しばらくするとヤマダの五二型とイトウの三二型が編隊を組んで飛んでいるのが見えた。

 

「そろそろ始まるっすよ〜」

 

ヤマダが大きなバンクを振ったあと垂直上昇に入る。イトウもそれを追った、次の瞬間ヤマダが木の葉落としを決めた。私は正直イトウはここで引き離されると思っていた・・・ところがどっこいだ、イトウはヤマダにすこしぎこちないながらも着いていくではないか。

 

「あら、イトウなかなかやるじゃないっすか〜」

 

「うむ・・・やはり実戦経験の不足なのだろうな。」

 

しばらく二人は空戦機動をしていたが、まもなく着艦したようですぐに見えなくなった。そして数十分後、ヤマダとイトウが酒場にやってきた。

 

「イトウさん、今日は非常に上手でしたね。あれが実戦でもできるようになれば完璧です。次に空賊の襲撃があった時は実戦訓練といきましょう。」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

私は二人に話しかける。

 

「ヤマダ、イトウ、いいものを見させてもらった。ありがとう。」

 

「面白かったっすよ〜二人とも〜」

 

「ありがとうございます!ゲキテツ一家の幹部の人にそげな事言うてもらえるなんて鼻が高いです!」

 

「ありがとうな、二人とも。」

 

「イトウ、お前はヤマダに信頼されているようだな。」

 

「ええ?自分なんぞまだまだです・・・」

 

「信頼してない相手の目の前で木の葉落としなんてしないっすよ〜 ねえヤマダ?」

 

「ふふ、どうだろうな。」

 

ヤマダは静かに酒を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

二日目の昼、俺が酒場で飯を食っていると船内放送が鳴り響いた。

 

「護衛戦闘機隊直ちに発艦せよ。空賊接近中。」

 

俺は格納庫へ走り降りて行く、すると既に俺の五二型とイトウの三二型の発動機が回っていた。不思議に思っているとイトウも階段を駆け下りてきて驚いていた。

 

「なして発動機がもう既に回っとるとですか?」

 

「わかりませ・・・いえ、わかりました。」

 

戦闘機の操縦席からイサカとレミが顔を出した。先に降りて発動機を回してくれていたのだ。

 

「どちらも計器類正常だ、回転数も問題ない。」

 

「エナーシャめちゃくちゃ重かったっす〜」

 

「君らは・・・」

 

「ほら、早く行ってこい。今回の空賊は三機、お前達だけで十分なはずだ。」

 

「恩に着る!イトウさん、行きますよ!」

 

俺とイトウは操縦席に飛び乗りシートベルトを閉める。そして俺は飛行眼鏡をつけイトウに手信号で発艦することを伝えタキシングで滑走路に出た。発艦許可信号が光る、スロットルをめいいっぱい開け俺達は発艦した。空に投げ出される感覚はまだ慣れない、大きくバンクを振り編隊を組むとイトウに無線を入れた。

 

「イトウさん」

 

「はい!」

 

「今日貴方は初陣の気持ちでいてください。弾を撃てなくても構いません、敵機を墜とせなくても構いません、私から絶対に離れないでください。」

 

「わかりました!」

 

敵機は紫電三機だった、自分たちより若干下を飛んでいる。ダイブして突っ込むか・・・俺は小刻みにバンクを振り機体をひっくり返して急降下する、イトウを見るとしっかりと着いてきている。

 

「上出来だ!」

 

紫電を目前に捉えたら発射トリガーを引く、零戦の銃口から曳光弾が光り敵機に吸い込まれた。火を吹き一機の紫電が落ちていく、他の二機は散開した。右に回った紫電に狙いを定めて急旋回する、機体がきしみGが体を襲うがそれでも操縦桿を引き付けた。レティクルに紫電が入る、

 

「2機目っ!」

 

発射トリガーを引き機銃を叩き込んだ、エルロンが吹っ飛びバランスを崩し落ちていく、次は左だ。機首を向けフルスロットルで近づきレティクルに捉える。ドッグファイトをしようと紫電が機体を捻ったが、もう遅い

 

「3機目ぇ!」

 

紫電は火を吹き切り揉み落ちていった。周囲を索敵し何もいないのを確認してから飛行船に戻り着艦する。イトウは離れずに着いてきていた。タキシングして駐機場所に止めるとイトウが走ってきた。

 

「お疲れ様でした!やっぱり小隊長は上手かとです!私は何も出来ませんでした・・・」

 

「そんな事はありませんよ、貴方は私を見失わなかったでしょう?」

 

「はい!」

 

「ならば上出来です。また明日飛行船の周りで空戦機動の確認をしましょうか、それと私が思う射撃のコツもお教えします。」

 

「よろしくお願いします!」

 

やはりイトウのスジは悪くない、空戦の経験をもっと積ませてやれば奴は化けるだろう。

 

 

 

 

アレシマに着くと半日休暇が出たので、私はレミとヤマダを連れて街に出た。特に何をするという訳でもないが、飛行船の中でいても仕方がないだろう。

 

「あたしあそこのお店でパフェ食べたいっす!」

 

「いいんじゃないか?」

 

「よし、今日は俺の奢りだ、二人とも好きなだけ食べな」

 

「いいのか!?」

 

「いいんっすか!?」

 

「ああ、いつも世話になってるしな。」

 

「やった!」

 

「やったっす!」

 

私は店に入るとパフェと紅茶を注文した、レミも同じように注文する。ヤマダはチーズケーキを注文していた。

 

「ここのパフェほんと美味しいっすね」

 

「ああ、味がしつこすぎないのがまたいい」

 

「チーズケーキうめえ・・・」

 

無駄話をしつつ食べ終わる、紅茶を飲みながら話をしていたが店に長居しすぎるのもよくない。席を立って私とレミが先に店を出ると、会計を済ませたヤマダがガックリして出てきた。

 

「どうした?」

 

「お前ら食いすぎだぁ!」

 

「えっへへ、奢りだって言うからつい」

 

「ぐすん・・・」

 

そして私たちは市営駐機場所に行ってみる事にした、どんな戦闘機があるのか見てみようという話になったのだ。

 

「なあ、あそこに止まってるのってカナリア自警団の紫電じゃないか?」

 

「ほんとうだな・・・」

 

近づいて見るとオレンジ色の髪をした女の子が下でうんうん唸っていた。ヤマダが声をかける

 

「どうしたんですか?」

 

「うわぁっ! すみません! いや実は、紫電が故障してしまって・・・色々調べたんですが原因が全く分からないんです。」

 

「発動機関係では無いのか?」

 

「色々見たんですが発動機ではなさそうなんです・・・」

 

「すみません、お名前を聞いても?」

 

「カナリア自警団所属 リッタです!」

 

「リッタさんですね。今ざっと見た感じ確かに発動機には問題がありません、ですが燃料吸入管が湿っていないのでどうも気化器に問題があるように見えます。側面パネルを外させていただいてもよろしいですか?」

 

「よろしくお願いします・・・あなたのお名前は?」

 

「タネガシ整備工場整備班長 ヤマダです。よろしくお願いします。」

 

ヤツめ、上手く肩書きを作ったな・・・にしてもここまで細かく手を貸すとは、このお人好しめ。

 

「うーん・・・リッタさん、スロットルレバーを押してチョーク操作を行っていただけませんか?」

 

「はい!」

 

カチッカチッカチッっと燃料パイプに圧力がかかる、

 

「ここまでは燃料が来ていますからもしかすると・・・」

 

ヤマダがカバンから工具を取り出した。

 

「お前いつも持ち歩いているのか!?」

 

「ああ、役に立ってるだろ?」

 

ヤマダが素早い手つきで気化器の一部分を分解した、そしてリッタに差し出すと説明をしだした。

 

「ここの背面飛行用弁が噛んでベンチュリが塞がれて発動機に気化した燃料が送られなくなっていたんです。弁のゴムパッキンが傷んでいますがここからイヅルマ程度であれば問題ないでしょう。帰ったらすぐに交換してあげて下さい。」

 

「うわぁ!ありがとうございます!助かりましたぁ!」

 

「いえいえ、お気を付けて帰って下さいね。」

 

「あの・・・もしよろしければ貴方の乗っている機体を教えて頂けませんか?今度見せて頂きたいんです!」

 

「零式艦上戦闘機 五二型無印です。タネガシに立ち寄られた際は是非私の整備工場へ遊びに来てください。」

 

「ありがとうございます!では、急ぎの用がありますから失礼します!」

 

「エナーシャ回しましょうか?」

 

「お願いします!」

 

ヤマダがエナーシャを回し発動機が回る、リッタはこちらを向き敬礼するとそのまま飛んで行った。

 

「終わった終わった〜」

 

「終わった終わったじゃ無いっすよ〜、ほんとヤマダはお人好しなんっすから・・・」

 

「全く、もう夕方だぞ・・・」

 

「これは晩御飯もヤマダの奢りっすね〜?」

 

「ちぇっ、わかったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

俺は休暇が終わり飛行船に戻っていた、すぐに出発するそうだ。にしてもイサカとレミのやつ、俺の奢りだからってしこたま食いやがって・・・そんなことを考えながら自室に戻り靴をいい加減に脱ぎ捨てベッドに寝転んでいると、扉が急に開いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「またお前は靴を脱ぎ散らかして!それにそんな格好で寝るな!」

 

「うわぁっ!イサカか・・・」

 

「うわぁじゃない!ほら靴を揃えろ!その服で寝るな!」

 

「はいぃぃぃ!」

 

「ヤマダの部屋に行こうって誘ってきたんっすよ〜」

 

「なっ!ちがっ!そんな事言って・・・」

 

「あれ〜?イサカがとは言ってないっすよ〜?」

 

「馬鹿者ぉっ!」

 

結局ベッドに俺とイサカが肩を並べて座り、向かいのイスにレミが座った。無駄話をしつつ帰りの護衛の話をしていると、また部屋の扉を叩く音がする。

 

「小隊長、今良かとですか?」

 

「イサカとレミも居ますがよろしいですか?」

 

「はい、失礼します。」

 

「どうぞ、座って下さい。」

 

「ありがとうございます。」

 

「それで、用はなんですか?」

 

「はい、ケンジの事なんですが・・・」

 

「ケンジ・・・あのヤマダにずっと突っかかってる奴のことか。」

 

「そうです。アレシマの酒場で聞いたのですが、奴は空賊と手を組んで小隊長を墜とすつもりです。」

 

「どういう事っすか、それ・・・」

 

「私もたまたま聞いただけなのですが・・・今日の夜、アレシマの空賊が攻めてくるそうです。その時ケンジが先に出撃して空賊と合流、ヤマダさんだけを狙うようです。」

 

「そんな・・・ヤマダ、お前は次空賊が来た時に出撃しちゃだめだぞ!」

 

「いや・・・出よう。」

 

「なんでっすか!?あんた墜とされるかもしれないんっすよ!?」

 

「そんな汚い真似されて黙っていられるか・・・俺がケンジを撃墜してやる。」

 

「小隊長!」

 

「どうしましたか?」

 

「自分にやらせてください!」

 

俺は驚いた、イトウがそんなことを言うとは思ってもみなかったからだ。

 

「いいんですか?」

 

「タネガシ輸送商会所属のパイロットとして、所属先の名を汚すやつは黙って見過ごせんのです。小隊長、こんな事を言うのは厚かましい話ですが、後ろで見ていて貰っても良かとですか?」

 

「無茶はしないと約束して下さいますか?」

 

「はい!」

 

「わかりました、恐らくイトウさんの言う通りならもうすぐ警報が鳴るはず・・・」

 

その瞬間船内放送が鳴り響いた、

 

ーーーー護衛戦闘機搭乗員 発着甲板に急げーーーー

 

「行くぞ!」

 

「了解!」

 

「あいあいっす!」

 

「はい!」

 

格納庫へと駆け下り自分の戦闘機に飛び乗り、整備員に頼んでエナーシャを回してもらう。自分で整備した戦闘機はやはり安心感が違う、イサカとレミ、イトウの零戦も問題無く発動機が回る。ケンジは既に出た後のようだった。イトウ、俺、イサカ、レミの順に甲板に並ぶ。

 

「小隊長!発艦します!」

 

「了解!」

 

「レミ、行くぞ!」

 

「おまかせっす!」

 

いっせいに発艦すると空賊が十機程周りにいた、ケンジは普通に空戦をしている。するとイトウは空賊のうちの一機に狙いを定め加速した、当然俺も続く。敵機に近づいたところでイトウの零戦から曳光弾が光った。それと同時に空賊の五二型が火を吹いた、イトウも上手くなったものだ。レミとイサカも順調に敵を墜としていく、すると俺の五二型の尾部に軽い衝撃が走った。

 

「イトウ!俺の後ろだ!」

 

「はい!」

 

俺の後ろにはケンジの三二型が居た、すると無線が入る

 

「ここであんたが撃墜されても残骸は空賊の五二型と一緒だ・・・よく言うだろ?木の葉を隠すなら森へってな」

 

「うるせえ、馬鹿」

 

ダダダッ!ダダダッ!

 

「イトウ!貴様!」

 

撃墜は無理だったか、だが俺の一瞬の無線で後ろの射撃位置にまでつけたんだ。上出来だろう。俺も後ろに回ろうとするとイトウから無線が入った。

 

「小隊長!手さ出さんでください!こいつだけは許せねえんです!」

 

「よし、待ってるぞ!」

 

「お前みたいな根性無しに俺が墜とせるのか?」

 

そういうとケンジは急上昇した、イトウもそれを追う。そしてケンジは垂直上昇から木の葉落としをした、だが・・・

 

「貰った!・・・え!?」

 

「後ろだ、馬鹿」

 

ダダダッ! パァンッ!

 

イトウの三二型から放たれた弾が吸い込まれ、ケンジの三二型の燃料タンクが火を吹いた、落下傘が開くかと思ったがタンクが爆発し三二型は墜ちていった。

 

「イトウ!よくやった!」

 

「こっちも片付いたぞ」

 

「さっさと帰ろうっす〜」

 

着艦すると商会の会長が歩いてきた、険しい顔で立っている。俺は駐機場所に零戦を止め、会長の前に立った。

 

「報告します!護衛戦闘機隊隊員ヤマダ、私情によりケンジ搭乗員を撃墜しました!処分をお願いします!」

 

「小隊長!」

 

「ヤマダ!」

 

「ヤマダ!」

 

俺はこうすることを腹に決めていた・・・だが、会長から出た言葉は意外そのものだった。

 

「なんの事かね?」

 

「は?」

 

「ヤマダくん、それにイトウくん、そしてゲキテツ一家イサカ組イサカ組長、レミ組レミ組長。」

 

「はい!」

 

「空賊と手を組むような愚か者を成敗してくれたことに感謝する。私もケンジの愚行には気付いていたが確証が無く止められなかった。本当に申し訳ない!」

 

なんと言えばいいかわからず俺は突っ立っていたが、イサカが口を開いた。

 

「今回の件はお互い様という事で済ませましょう。我々とて事を大きくするつもりは無い。」

 

「感謝します・・・」

 

そういうと会長は一礼をして階段を上がって言った、するとイサカ、レミ、イトウがいっせいに俺の方を向いて言った。

 

「馬鹿!!!!!」

 

「小隊長があんなこと言っちゃいけねえです!私がやったのに!」

 

「またお前はお人好しばかりして!」

 

「ほんとっすよ!何考えてるんっすか!」

 

「わ・・・悪かったよう・・・」

 

「全く・・・ところでイトウ。」

 

「はい!イサカさん、何でしょうか?」

 

「どうやってケンジの後ろに着いたんだ?」

 

「左捻り込みです、小隊長が一度やっているのを見て。夜密かに練習しておりました。」

 

「左捻り込み!?あたしでもできるか出来ないかなんっすよ・・・」

 

「イトウ、俺は鼻が高いぞ!よくやったな!」

 

その後は何事も無くタネガシに到着した。飛行船輸送の護衛担当にイサカ組とレミ組から何人か組員を派遣することになり、イトウには戦闘機隊隊長の名が与えられた。

 

「小隊長・・・お世話になったとです!また機会があれば、ご一緒させて下さい!」

 

「こちらこそ世話になった。元気でな、イトウ。」

 

「これからの護衛任務は任せたぞ。」

 

「美味い酒があったら是非うちの事務所まで送ってきてくださいっす〜」

 

そうして俺達は組へ帰った、そしてイサカと話したのは、やはり地べたに敷かれた布団が安心するという話だった。愛する妻と二人で寝ることが出来る喜びを噛み締め、俺は眠りについた。

 

〜完



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零式艦上戦闘機

著 ヤマ

 

ある日私が部屋で書類整理をしていると、突然電話が鳴った。

 

「イサカだ、」

 

「ニコだ・・・少し頼みがある。」

 

ニコから頼みとは珍しい・・・

 

「どうした?」

 

「私の機体の整備をヤマダに頼みたいんだ、この前被弾したのを治してから少し調子がおかしい。」

 

「わかった、こっちまで来れそうか?」

 

「大丈夫そうだ、すぐにでも頼みたい。」

 

「わかった、伝えておくから急いで来い。」

 

「感謝する」

 

私は受話器を置くと格納庫へ降りていった、すると珍しく発動機が格納庫の整備区画で回っていた。すると珍しくない声が聞こえてくる。

 

「ヤマダ〜、あたしの五二型なんかおかしいんっすか〜?」

 

「ちょっと待てって、今音聞いてんだからさ!」

 

そもそもレミは昼になればここに遊びに来ている、クロのやつは大変だろう・・・構わず階段をおりていくとヤマダがちょうど発動機をとめた。

 

「ふぅ・・・レミ、最近回しすぎただろう?」

 

「うっ・・・やっぱバレたっすか?」

 

「当たり前だ、一回発動機下ろすぞ!レミは今日泊まっていけ。」

 

「ええーー!?今夜は新しい酒を買いに行く予定なんっすよ〜」

 

「馬鹿、五二型が可哀想だろが!」

 

その会話を聞きながら私はヤマダの方へ歩いていき要件を伝えた、するとヤマダは驚いた顔をした。

 

「ニコさんが!?珍しいな・・・」

 

「急な話で悪いんだが・・・整備できるか?」

 

「出来ると思う、おーいレミ!酒かっ喰らう暇があったら下ろすの手伝え!」

 

「いやぁ〜その酒まだ残ってるっす〜!!!!!」

 

「私も手伝うよ・・・」

 

 

 

 

 

 

俺は格納庫の奥から工具箱とジャッキを持ってレミの五二型の前に立った。とりあえずレンチでカウリングを止めているチャックのナットを外しカウリングをばらす。それと同時にイサカに胴体側面パネルを外してもらい、発動機台座を露わにする。

 

「ヤマダ、側面パネルが外れたぞ。」

 

「了解。レミ、ジャッキにエアを送ってくれ〜」

 

「は〜いっす」

 

カリカリカリカリカリカリ・・・

 

「OK、ストップ。」

 

発動機の周りにあるカウリング支えに当てるようにジャッキを止めて支えにする、発動機の重さが掛かったままでは台座からボルトを外せないのだ。イサカに場所を代わってもらい機体側面から手を突っ込んでメガネレンチでボルトを外す。

 

「イサカ、これで反対側のボルトも緩めて貰えないか?」

 

「わかった、普通に外せばいいんだな?」

 

「ああ、ケガしないようにな」

 

12本のボルトと配線の類が外れると発動機の重さは全てジャッキにかかるようになる。ボルトを完全に引っこ抜き無くさないように箱に放り込んだ。翼から飛び降りジャッキの方に周る。

 

「レミ、奥から整備台を持ってきてくれないか?」

 

「どんなやつっすか?」

 

「あの発動機台座と同じような形だ。」

 

少し待っているとレミが台座を持ってきてくれた、エアを抜きジャッキに乗った発動機を台座に付け直す。これで手元の高さに発動機が来るので整備がしやすくなった。作業の邪魔になるカウリング支えもここで外しておく。

 

「ふぅ・・・じゃあばらすかぁ・・・」

 

先ずはプラグコードを全て引っこ抜く、そしてプロペラピッチ調整ワイヤーも外し部品掛けに引っ掛けた。配線の類が外れたので次はシリンダーヘッドを分解していく。

 

「ヤマダ、まさか14気筒全部外すんっすか・・・?」

 

「当たり前だ!ほら、工具はあそこにあるからレミも手伝ってくれ。」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

とりあえず俺はプロペラ減速室、気化器と過給器、そして手前と奥にあるプッシュロッドを全て外した、その後にボルトを緩め吸気管と推力式単排気管を全て外す。ここまでバラバラにすればあとは簡単だ。

 

「レミ、イサカ、いいかい?ここまでばらばらになったあとは簡単なんだ。シリンダーを手でもって回すと・・・」

 

きぃっ・・・

 

っと言う音がしてシリンダーが回る、意外かもしれないが栄のシリンダーはねじ込み式で、位置はシムを挟むことで調整されてる。

 

「へぇ〜!面白いっすね!」

 

「ねじ込みだけで耐えられる物なのだな・・・」

 

「面白いだろ?とりあえずこれを14気筒分やっていくぞ。」

 

そして全てのシリンダーを外し並べた、ちなみに今発動機本体からはピストンヘッドとコンロッドが露出している。クランクシャフトは外していない。今回は必要ないからだ。俺はシリンダーヘッドを一つ一つ丁寧に見て行った、そして

 

「レミ、どのくらいの高度で回しすぎた?」

 

「大体1200クーリルっすね・・・過給器を変速した時にちょっと・・・」

 

「やっぱりな、これを見てみ」

 

俺はレミとイサカの前に二つのシリンダーを置いて中を指でなぞるように言った。二人はなぞるとあることに気づく。

 

「こっちはなんか傷がついてるっすね。」

 

「逆にこっちは綺麗だな・・・ヤマダ、発動機の不調の原因っていうのはあのキズなのか?」

 

「ご名答、多分レミが過給器を変速して発動機を回しすぎた時に過給器のインペラーが過回転になって遠心力に負け欠けて。その破片が吸気管からこのシリンダーに吸い込まれてピストンに噛んでこのキズが着いたんだ、幸いでっかい破片じゃなかったからキズですんだんだろう。せっかくだし過給器の中身も見せてやるよ。」

 

そして俺は過給器をべつの作業台の上に置いてインペラーカバーを外した。案の定カバーの内側は傷だらけだった。

 

「うわっ・・・傷だらけっすね・・・」

 

「このキズはその破片のせいなのか?」

 

「ああ、欠けた破片がここで暴れたんだよ。その証拠にインペラーのここの先っぽが無くなってる、それから気化器の導管と吸気管が傷だらけだな・・・」

 

「あたしが壊しといてなんっすけど・・・直せそうっすか・・・?」

 

「問題ないさ。キズが着いたシリンダーと吸気管と気化器、ピストンヘッドと過給器インペラーとインペラーカバーを変えればいい。ただ・・・」

 

「ただ、どうした?」

 

「栄二一型のシリンダーの在庫が今無いんだよ・・・うちの組って二一型ばっかりだから栄一二型の在庫はあるんだが・・・ニコさんの五二型の故障がシリンダー関係じゃなければいいんだけどな。」

 

そういうと外のもう暗くなりかけた滑走路に一機の五二型が降りた、ニコさんの機体だった。俺が旗を持って合図しそのままタキシングで格納庫まで入ってきてもらう、零戦が止まると風防が開きニコさんが顔を出した。毎度思うがデカい・・・

 

「お久しぶりです、ニコさん。」

 

「ああ・・・私の零戦を見て貰えないか?」

 

「話は伺っています、とりあえずこちらへどうぞ。」

 

ニコさんの話によると、主翼に被弾したのを修理してから機体が真っ直ぐ飛ばない気がする。との事だった。

 

「わかりました、とりあえず見てみます。」

 

「頼む。」

 

主翼の裏側と表側を入念に調べる、すると外板パネルが1枚分不自然に凹んでいるのを見つけた。

 

「ニコさん、被弾したのはここですか?」

 

「レミやイサカと同じ接し方でいい、ニコでいい・・・そうだ、そしてそこを交換した。」

 

「わかった・・・少し待ってくれ。ちなみにこの五二型はどうやって手に入れたんだい?」

 

「ユーハングの工廠跡から状態が良かったのを持ってきて使っている」

 

「了解、少し調べてみるよ・・・」

 

そうして俺は外板パネルを外した。そしてその後尾翼の方に周り、塗料で埋まった銘板を探した。ユーハングが作った来たいなら必ずどこかに銘板があるからだ。

 

「あった・・・レミ、そこのヤスリを取って貰えないか?」

 

「はいっす、ヤスリで何をするんっすか?」

 

「ここをけずって金属銘板を出すんだ。」

 

そして俺は銘板の塗料を剥がし文字を読んだ、やっぱりだ。

 

「ニコ、これは五二型無印じゃないよ」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「この銘板をそのまま読み上げるぞ。『零式艦上戦闘機五二型 中島6532号機 甲』」

 

「甲ってなんすか?」

 

「五二型には無印 甲 乙 丙っていう武装でのバリエーションがあるんだ。レミや俺が使ってたり、今イジツで作られている五二型は全て無印なんだが、ユーハング時代の機体には甲乙が混じっている事がある。」

 

「甲だと何が違うんだ?」

 

「甲は無印までの0.5ミリ厚の外板を0.7ミリにして急降下制限速度を上げた機体だ。それから二十ミリ機銃がベルト給弾式の九九式二号四型機銃になってる。」

 

「待て、私の五二型は100発ドラム弾倉だぞ」

 

「それが面白い所なんだ、零戦はユーハング時代に三菱と中島で生産されていた。そして五二型の機銃にベルト給弾式の機銃を採用する話になって、同時に外板増厚の機体改修案もまとまった時、一つ問題が浮上したんだ。」

 

「どんな問題っすか?」

 

「中島で生産された甲には二号四型機銃を積めなかったんだ。」

 

「ええ・・・何故だ?」

 

「機銃の安定供給が難しかったんだ。だから中島の五二型甲は外板パネルが0.7ミリになった事以外、五二型無印の特徴をそっくりそのまま引き継いたんだよ。」

 

「なら、私がずっと無印だと思っていたこの機体は」

 

「中島製の甲型だったんだ。今までの修理だと恐らく問題はなかったんだろうが、今回パネルを一枚ごっそり変えたからそこだけ厚さが足りず強度不足が出て歪んだんだろうな。さっき外したパネルに若干だがシワがいってる。」

 

「直せそうか?」

 

「何とかしてみるさ・・・思い入れのある機体だろう?ニコ」

 

「ああ、よろしく頼む・・・」

 

そして作業に取り掛かろうとすると、さっきから姿が見えなかったイサカが格納庫に顔を出した、そして

 

「お前達!まさか夜通し作業をするのにご飯を食べないわけではあるまいな?」

 

そう言ってイサカが格納庫の上の控えスペースに手招きする。全員で上がってみると美味そうな料理が並んでいた。

 

「イサカ、まさか全部自分で?」

 

「ああ、是非食べてくれ。」

 

「やったぁっす〜!」

 

「ありがとう・・・」

 

「その前に!全員手を洗ってこい!」

 

「はぁーい」

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜美味かった・・・イサカ、ご馳走様。」

 

俺はイサカに礼をいい、控えスペースを見渡した、すると奥の方に何かがある。気になって見てみるとそれは栄二一型のシリンダーだった、よく思い出してみると自分は一時期交換パーツをここに置いていた事がある。その時に忘れていったのだろう・・・湿度が高いイジツでは金属は一瞬で錆びてしまうから、とりあえずサビ落としからだ。

 

「ヤマダぁ〜、シリンダー何とかならないんっすか〜?」

 

「レミ、喜べ。シリンダーあったぞ。」

 

「マジっすか!?やったぁ!」

 

とりあえず表面のサビをヤスリでこそげ落とし、シリンダーの中を確認する。どうも状態が宜しくないが、この程度のサビならヤスリで削って落としてコーティングしてやればいいだろう。とりあえずシリンダーの形を変えないように慎重にヤスリでサビを落としていく、レミとニコはずっと横で見ていた。

 

「楽しいっすか?」

 

「ああ、俺の手で修理した零戦がまた飛ぶんだ。そんな嬉しくて楽しいことは無いよ。よし、サビは落とし終わった。」

 

「コーティングってのはどうするんっすか?」

 

「大して時間がかからないから後回しだな、ニコの五二型甲の修理を先にやるぞ〜」

 

ニコの零戦の方に歩いていく、主翼をよーく見てみると少し角度が浅く歪んでいた。恐らく下面パネルの強度が足りなかったから重さがかかって耐えられなくなったんだろう。

 

「よしっ・・・ニコ、そこの鉄板とハンマーを取ってくれないか?」

 

「これか?」

 

「ああ、ありがとう」

 

その時丁度イサカが皿を洗い終えて降りてきた、とりあえず俺は鉄板を翼内部の桁にあてがいハンマーで何度か叩いた。歪みを治す為だ。

 

カーーーンッ!!!カーーーンッ!!!

 

「えええええ!?ヤマダ!正気っすか!?」

 

「何やってるんだ!?」

 

「ええ・・・」

 

「まあ見てなって、レミ。そこの棒取ってくれないか?」

 

「は、はいっす・・・」

 

俺はハンマーと鉄板を置くとその鉄棒を骨組みと骨組みの間にあてがった。ピッタリハマる、自分で自分を褒めてやりたくなった。

 

「歪みの修正はこれで終わり〜」

 

「はやい!!!」

 

「あまり派手に歪んでなかったからな」

 

そう言うと俺は自分のコレクションの中から五二型甲のパネルを1枚引っ張り出した。持っておきたいがこいつだって実際に使われた方が本望だろう。俺はニコの五二型にそれをあてた、吸い込まれるようにピタっとハマる、そのまま沈頭鋲でとめた。

 

「ニコ、これで五二型は真っ直ぐ飛ぶはずだ。明日の朝にでも試験飛行してみよう。」

 

「恩に着る。ありがとう。」

 

「さて・・・」

 

そしてレミのシリンダーを持っていきコーティングを済ませる、過給器インペラーやその他必要な部品も持ってきてレミの五二型の前に置いた。

 

「さあ、組み直しだ組み直し〜」

 

とりあえずシリンダーをねじ込んでいく、適量のシムを挟み位置を調整しつつ14気筒全てを組み終わった。レミとイサカはなんだかんだ楽しそうだ。あとは前後のプッシュロッドを組み付けていく。

 

「それはどういう役割を受け持ってるんだ?」

 

「これはシリンダーの上のバルブタイミングをとってるんだ、吸気→燃焼→排気のタイミングとピッタリ合うようにバルブが開閉しないといけないからな。」

 

プッシュロッドを組み終わると、プロペラ減速室を取り付ける、それが終わるとプラグコードを取り回していく。

 

「このコードはどこに刺さるんっすか?」

 

「それは一番下だな、コードは1シリンダー分の二本をたばねてプッシュロッドの外側に据え付けてある金具に通して取り回してくれ。」

 

「あいあいっす〜」

 

それが終わると吸気管を取り付ける、新品だからとても綺麗な部品だ。これを取り付け終わると中間台座を取り付け排気管を取り付けた。

 

「本当にシリンダーごとに排気されるんだな・・・」

 

「そう、基本的には1シリンダーに1本で取り付けられている。ところで、推力式単排気管で速度が増加した理由って知ってるか?」

 

「確か、排気によるロケット効果だったか?」

 

「それもある。けど本当の効果は、機体表面の僅かな段差に空気がぶつかって出来る渦を排気によって吹き飛ばすことで空気摩擦抵抗を減少させることが出来たのが大きいんだ。」

 

「ほう、それは初耳だな・・・」

 

「けどこの排気のせいで外板がデロデロに汚れるから機体洗うの大変なんっすよ・・・」

 

排気管を取り付けたら次は過給器を取り付ける、クランクシャフトから出たギアに噛み合うように過給器を取り付けた。

 

「やっぱ一段二速過給器だよなぁ・・・」

 

「二一型は一段一速だから1300クーリルくらいでブーストがゼロになってしまうんだよ・・・二一型改なら一段二速だからいいんだがな・・・」

 

「そもそもマイナスブーストってなんなんっすか?」

 

「マイナスブーストってのはシリンダー内が負圧、つまり空気を発動機が吸っている状態の事だ。次にゼロブースト、これはシリンダー内が大気圧と同じ、過給器が無ければここが吸入できる空気の限界点だ。ここまでは正確にはブーストがかかってない状態なんだよ。」

 

「じゃあブーストされてる状態ってのはなんなんっすか?」

 

「シリンダー内が加圧、空気を押し込んでいる状態の事だ。これがあって初めてブーストがかかった状態になる。地上付近でこれをすれば出力向上が見込めるんだが・・・上に上がると空気はどうなる?」

 

「薄くなるな。」

 

「じゃあ同じ空間の空気の中に含まれている酸素の量は?」

 

「減るっすね・・・あっ!」

 

「そういう事だ、同じ空間の酸素量が少ないから加圧して酸素濃度を地上に近いものにしてやる必要がある。それでも栄二一型は離昇出力1030馬力、高度2000クーリル二速全力出力980馬力で、過給器が働いていても60馬力ロスしてる。航空機に使われる過給器ってのはどちらかといえば地上で出たのと同じ出力を維持する為についてるって言う面があるんだよ。」

 

「ちなみに栄一二型だとどうなんだ?」

 

「離昇出力1100馬力、高度1000クーリルで980馬力だ。恐らく高度2000クーリルだと800馬力くらいまで落ちるだろうな。これは同じ発動機と気化器を積んでる零戦一一型や一式戦隼一型でも同じだ、栄一二型は1500クーリル以上は厳しいだろう。」

 

そうして過給器を組み付ける、次は気化器だ。ダウンドラフト式の気化器は天地寸法が大きくなるデメリットがあるが、ベンチュリや吸気管を太くする事が出来る分出力が上がる。ユーハングの空冷発動機の戦闘機でアップドラフト式の気化器を装備したのは栄一二型、ハ25を搭載した一式戦一型零戦一一型、二一型のみだ。

 

「ヤマダ。この前言っていたが、ダウンドラフト式とアップドラフト式と言うのは何が違うんだ?」

 

「ちょうど手元にあるし説明するか。まず栄一二型に装備されているアップドラフト式過給器、昇流式とも言うな。これは零戦二一型のカウリングを見ればわかるように空気下から取り込むタイプだ、気化器の中では空気は上に動くようになるからアップドラフト式って言うんだよ。」

 

「どういうメリットがあるんっすか?」

 

「まずフロート室、気化させる燃料を貯めておく部屋を低く設置して燃料を重力で供給できる。これによって天地寸法を抑えられるからダウンドラフト式よりもコンパクトになる。」

 

「逆にデメリットは?」

 

「空気が上に動くってことは空気の動く速度を早くしないとガソリン粒を発動機に送ってやることが出来ない。だからベンチュリや吸気管を細くして流速を早くしてやらないといけないんだ、ホースのさきっちょを潰して水を出すと勢いよく出るだろ?あれと同じ原理だ。だがこの細い吸気管とベンチュリの分パワーをロスする。」

 

「成程っす・・・じゃあダウンドラフト式のメリットはなんすか?」

 

「ダウンドラフト式、降流式ってのは空気が重力に従って下向きに動くタイプの気化器だ。五二型のカウリングを見たらわかると思うが空気採り入れ口は上に移動しているだろう?流速はある程度保証されるから吸気管やベンチュリを太くして体積効率を上げることが出来る、これによって馬力が上がる。」

 

「デメリットはあるのか?」

 

「当然だ、まずフロート室に燃料を送る際にポンプが必要になって天地寸法が長くなっちまう。それから、長時間放置するとフロート室から吸気管に燃料が行って下のシリンダーに溜まるんだ・・・この前飛行船であったカブるってやつだな。長時間放置じゃなくても燃料の粒が下に行き気味になって濃い混合気が下のシリンダーに供給されることもある。これはシリンダーを痛める原因になるな。」

 

そう言い終わると気化器を取り付け、発動機が組み上がった。説明しながらやっていたのでもう朝も近い・・・横を見てみるとニコが休憩用ベンチで爆睡していた。

 

「風邪ひくぞ・・・」

 

そう言ってイサカが毛布をかけてやった。発動機が組み終わったのでレミの五二型の修理もあと一息だ。カウリング支えをボルトで止め発動機をジャッキに載せる。五二型の前に転がしていくと俺はジャッキの位置調整をイサカに任せ、工具を持ってレミと一緒に翼の上に登った。ジャッキを上げてもらってカウリングを定位置に持ち上げる、その後ボルトを取り出しイサカに言った。

 

「いいかい?こういう力のかかる部分のボルトは対角線上に閉めるんだ。とりあえず四本のボルトで四隅を仮止めするぞ〜」

 

「わかった」

 

そして四本のボルトで発動機を仮止めすると、ボルトを対角線上に閉めて行った。緩むと大変なのでここは念入りに組み付ける。配線類を接続しカウリングを取り付けチャックを閉める。

 

「終わったーー!」

 

「お疲れ様だな、ヤマダ」

 

「ありがとうございますっす!」

 

「とりあえずニコの五二型共々外に出て飛んでみよう。ニコを起こしてあげてくれ。」

 

「ニコ〜起きろっす〜」

 

「ん・・・うぅ・・・ん」

 

俺とイサカで五二型を滑走路に押して行った、並べて待っているとレミとニコがでてきた。

 

「とりあえず組み上がった。ニコ、レミ、エナーシャを頼む。」

 

「ええ〜、あたしにも乗せてくださいよ〜」

 

「バカタレ、俺が組んだ飛行機で他人に死なれちゃ胸糞悪ぃだろうが!」

 

「ちぇ〜」

 

そうして俺は発動機を回してもらい、レミの零戦で飛んだ。過給器を変速したり少し過回転にしてみたりと色々やったが異常は無い。完璧だった。

 

「よし、レミ。もういつでも全開にしていい、だが約束してくれ。絶対に無茶をしないって。」

 

「わかったっす・・・本当にありがとうっす!」

 

そしてニコの零戦でも飛んだ、トリムタブを調整し真っ直ぐ飛ぶことを確認してからニコに引き渡す。

 

「ニコ、これで完璧に治った。また不具合があったら持ってきな、多分こいつは普通の整備じゃ悲鳴をあげちまう。」

 

「ありがとう・・・感謝する。」

 

零戦はデリケートな飛行機だ。命を乗せて飛ぶ飛行機だからこそ、整備は完璧にしてやらないといけない。俺はそういう信念を持っていつも整備に当たっている。

 



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愛機

著 ヤマ

 

航空ショーから数日がたったある日、俺はいつもの滑走路へ着陸した。タキシングで格納庫へ戻り回転を上げプラグのススを飛ばす。冷却運転を終えスイッチを切り愛機を休ませてやる。愛用の飛行帽と飛行眼鏡を7.7ミリの装填レバーに引っ掛け、計器盤にとめたイサカと俺とレミの写真を見る。今日も無事に帰れたという安堵感を覚え、操縦席から降り風防を閉めた。ふと周りを見るとレミとイサカの五二型改と二一型改が見当たらない。おそらくどこかへ出かけているのであろう。俺は格納庫の扉を開けっぱなしにし、ホースを持ってきて愛機に水をかけた。

 

「今日もありがとうな。」

 

戦闘機が話すはずもないのはわかっている、だがそれでも俺は愛機に話しかけながら洗う癖が抜けないのだ。それに愛機の翼に上ってスポンジで胴体側面の排気汚れをこそげ落としてやるとき、今日機体にかけた負荷が手に取るようにわかる気がする。洗浄を他人任せにする輩がいるが、自分の無茶な操縦に耐えてくれている愛機を洗ってやるくらいしてやれなくて戦闘機乗りといえようか?

 一通り汚れを洗い落とし空を見上げると、夕陽に照らされた二一型改と五二型改が見えた、レミとイサカだ。だが二一型改の様子がおかしい。やたらプロペラの回転が遅いのだ。本来の着陸コースに乗らずフラップを下ろして脚を出す様子を見て俺はただ事ではないことを悟り、手旗で着陸許可を出した。失速寸前の速度で着陸する、発動機は完全に止まっていた。俺は操縦席に駆け寄りイサカが下りてくるのを手伝う。

 

「何があったんだ?」

 

「わからない…ついさっき何かが折れたような音がして発動機が止まったんだ」

 

話しているとすぐにレミが着陸して走ってきた。

 

「イサカ!大丈夫っすか!?」

 

「ああ・・・だがかなり怖かった。それよりお前の五二型改も大丈夫なのか?水メタノールが吹けないとか言っていたが・・・」

 

「そうなんっすよ、残量はあるのに吹けなくなって・・・危うく発動機が焼き付くところだったっす。」

 

「わかった、取り敢えず五二型改から見てみよう。水メタノール噴射装置に何かあったのなら取り替えればいいだけだしな。」

 

そして俺は五二の側面パネルとカウルフラップを取り外し、気化器と過給器の間に連結されている水メタノール噴射用のパイプを抜き取った。パイプを見た感じでは詰まっている様子はない。気化器の中身を覗いて見ても異物があった形跡は無いのだ。

 

「おかしいな・・・水メタノールのホースと気化器に異常はない。レミ、操縦席に入ってもいいか?」

 

「いいっすよ〜」

 

操縦席に乗り込むと何かが焼けたような匂いがした。ふと気になりレミに質問をする。

 

「レミ、水メタノールが吹けなくなった時なにか音が途切れたりしなかったか?」

 

「音っすか・・・?発動機の音で全く分からなかったっす・・・」

 

「そうか、ありがとう。」

 

俺はイサカに工具を取るように頼みいくつか渡して貰った。さっさと座席を前にたおし機体後部に潜り込むと真っ暗なことに気づき、レミに懐中電灯で操縦席から機体後部を照らしてもらう。酸素ビンの隣に据え付けられた水メタノールタンクを調べてみると水メタノールが残り少なかった。こうなると答えはひとつだ。

 

「レミ、イサカ、帰りに空賊に絡まれたかい?」

 

「よくわかったっすね、確かに4機に絡まれたっす。」

 

「ああ、大したこと無かったが一撃離脱をするから追いつくのに時間がかかったな・・・」

 

「OK、少なくともレミの五二は水メタノールを発動機まで送るためのポンプが焼き付いたんだ。タンクを取りつける時に油圧線を引っ張るのが大変だったから電動モーターポンプにしたんだが・・・あの決戦の時から間が空いてるから古くなってきてたんだろうな。在庫はあるから交換しとくよ。」

 

「有難いっす・・・」

 

するとレミは五二型のカウリングに手を置いてうっすらと涙を流した、そして

 

「ごめんなさいっす・・・無理させて・・・」

 

そう言う気持ちは痛いほどわかった、自分の愛機が自分の操縦で壊れたかもしれないのだ。だが今回は違う、俺はレミの頭に手を置き優しく撫でた。

 

「気にするな、たまたまレミが操縦してただけだ。レミのせいじゃねえよ」

 

「ほんとっすか・・・?」

 

「ああ、ほんとだ。」

 

「五二・・・怒ってないっすかね・・・?」

 

「ああ、むしろいつも被弾なく帰ってきてるんだ。五二はレミに感謝すらしてるだろうさ、これからも大切にしてやってくれ。」

 

「もちろんっす・・・ヤマダが作ったこの五二型改、ずっと乗り続けるっすよ。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

さて・・・問題はイサカの二一型改だ、何かが折れた音がして発動機が止まったのなら問題は発動機の中身ということになる。だがこいつの発動機はP&W R1830ツインワスプ、換えの部品はいくつか用意してあるが果たしてどこが壊れているのか・・・うだうだ言ってても仕方が無いので発動機を下ろすことにした、もう夜が近いが明日は昼から輸送機の直援任務がある。とりあえずレミには組の部屋で寝るように言い、二一型の発動機を下ろそうと発動機整備台を持ってきた。点火プラグスイッチが切であることを確認するため操縦席に上ろうと二一型に近付くと、操縦席から声が聞こえた

 

「うっ・・・ううっ・・・」

 

操縦席の横に立ちそっと声をかける。

 

「イサカ」

 

「ヤマダぁ・・・」

 

イサカは涙を流しながら抱きついてきた。とりあえず二人で翼からおりたが、イサカは俺の腕の中で泣き続けていた。

 

「うっ・・・私のせいでっ・・・二一がっ・・・」

 

「機械はいつか壊れる、それを直すために俺みたいな整備士が居るんだ。コイツは絶対に直してやる。」

 

「ほんとう・・・?」

 

「約束だ。だからほら、もう泣かないでくれ。」

 

「うん・・・」

 

イサカが落ち着いたので、俺はクレーンで発動機を吊って機体に上り、結合している11本のボルトを外した。少し固着していたので発動機の背面を足で蹴っ飛ばして外す。整備台に再度固定してカウリング支持棒を外す、ちなみにツインワスプは栄一二型よりも103ミリ直径が太い。そんな事を考えつつ減速室と背面補機類を全て外し、シリンダーを分解していく。すると第4シリンダーを外した時に金属の破片が出てきた。かなりでかい・・・

 

「どうだ・・・原因はわかりそうか?」

 

「ああ、大体見当は着いた。」

 

そして前列シリンダーを全て外す、するとピストンの飛び出し方がおかしい。これはもう確定だろう。

 

「イサカ、ちょっとこの板を持ってくれないか?油がもってるから気をつけてな。」

 

「わかった、」

 

前列シリンダー中央の蓋を外す、するとその瞬間中央からイサカの足元に向かって大きな金属の塊が落ちようとしていた。

 

「危ない!」

 

俺はイサカを後ろに突き飛ばした、間一髪金属塊はイサカの足には当たらず俺の足にあたる。

 

「くっ・・・」

 

「ヤマダ!大丈夫か!?」

 

「ああ・・・おお痛てぇ。」

 

俺はその金属塊を拾い上げた、クランクシャフトのセンター部分だ。

 

「ヤマダ、それは?」

 

「栄やツインワスプのクランクシャフトって三分割できるんだよ、その三つは確実に結合されてるんだが・・・どうもその結合部分が折れたみたいだな。見た感じここが・・・イテッ」

 

俺は折れた金属の突起で指を切った、まあよくある事なんだがな。血をツナギで拭いて作業をしようとすると

 

チュッ・・・

 

イサカが俺の指先を咥えた、しばらく傷口を吸ってそれを床に吐き捨てると、イサカは言った。

 

「馬鹿者、そのまま作業したらバイ菌が入るだろう。こっちへ来い。」

 

「あ・・・ああ・・・」

 

そして格納庫の隅の部屋で傷口を消毒してガーゼまで当ててくれた。しかも作業に支障ない薄手のガーゼとテープでだ。

 

「ありがとう、イサカ。」

 

「どうってことは無い、傷口から何か変な感じはしないか?」

 

「ああ、大丈夫だ。作業に戻ろうか」

 

「頼む。」

 

作業台にもどり後列シリンダーを外し、発動機全体を点検した。見た感じへし折れたクランクシャフトが暴れた形跡があるが、後列シリンダーは何とか使えそうだ。イサカは不安そうな目で発動機を見ている。

 

「どうした?」

 

「いや・・・私のせいで壊れたと思うとすごく申し訳なくなってな・・・」

 

「言ったろう、機械はいつか壊れる。命のやり取りに使われる戦闘機なら尚のことだ、イサカは何も悪くない。」

 

「そう言って貰えると・・・嬉しい。」

 

しかしこのくらいの間で金属疲労で折れるほどやわなクランクシャフトじゃない、それに見た感じ何かねじれたような折れ方をしている。ピストンがシリンダー内で焼き付いて止まったのならシリンダーに傷があるはずだがそれもない。

 

「イサカ、折れる音の前に何か異変は無かったかい?」

 

「うーん・・・そうだ、物凄い高音の音がした。金属同士を擦れ合わせたような・・・」

 

「OK、」

 

そして俺は発動機から外した過給器のギアケースを見る、案の定だ・・・ギアが熔けてボロボロになっている。

 

「イサカ、原因はこいつだ。」

 

「過給器・・・?」

 

「そう、こいつの軸が焼き付いたんだよ。ほら、このボールベアリングの玉が砕けた跡がある。こいつのせいで過給器が焼き付いてクランクシャフトに負荷がかかって折れたんだ。」

 

「なんで急にベアリングが壊れたんだ・・・?」

 

「ちょっと待ってな・・・スタンドン社のベアリングだぜこれ、ほらあのスタンドン石油の子会社の。ほんとあそこは自社のデモ戦闘機には力を入れるくせに一般向け製品はクソだな。」

 

「ちなみに他の二一型や五二型に使ってるベアリングはどこのだ?」

 

「確かタネガシの外れの工場で下請けのおっちゃんたちが手作り・・・ん!?」

 

俺ははっと気づいてレミが寝ている部屋に飛び込んだ。

 

「レミ!」

 

「ぎゃーーっ!どうしたんっすか!?」

 

「君の故郷の大人たちが作ってるのは服だけか?」

 

「えーっと・・・確かべありんぐ?も出稼ぎで作ってるはずっすよ?あたしが話を通したタネガシ外れの工場で」

 

「よし!ありがとう!」

 

俺は格納庫に戻るとイサカに事情を説明しスーツに着替え、タネガシ外れのその工場へ向かった。工場に到着した時は20:30を回っていただろうか・・・工場内にはまだ明かりが灯り生産ラインが動いていた。うちの組からはそんなやたら大量の注文は出していない・・・俺は工場の扉を勢いよく開けた。

 

「夜分遅くに失礼する!」

 

工場内はざわめいた。当たり前だ、急にスーツ姿の男女二人が入ってきたのだから。

 

「この工場の責任者は居るか?」

 

「いません・・・随分前に帰られました」

 

「それならなぜ君たちは生産ラインを動かしているんだ?」

 

「工場長からの命令だからです・・・そうしないと賃金を出さないって・・・俺の後ろにはゲキテツ一家がいるんだぞって・・・」

 

驚きだ、俺が話そうとするとイサカが俺の前に出た。

 

「その話は本当か・・・?」

 

「はい・・・」

 

「わかった、ありがとう。」

 

あ〜あ、ここの工場長イサカを本気で怒らせたよ・・・すると空いた扉からポニーテールでパジャマ姿にサンダルのレミが入ってきた。着替えもせずにここまで走ってきたようだ。

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・今の話・・・本当っすか・・・はぁっ・・・」

 

「確かです・・・」

 

「あいつ・・・許さないっす・・・」

 

まあいい、工場長の後始末は2人に任せよう。俺は話を続けた。

 

「君たちの今の賃金はいくらだ?」

 

「半日働いてパンひとつ買えるくらいです・・・故郷との往復の輸送機代を引いて家族を養う分を残すと貯金も何もできません・・・」

 

「よし、賃金は今の10倍出そう!」

 

俺は言った、工場内がまたざわつき始める。

 

「とりあえず話を聞いてくれ。まずさっき言ったように賃金は今の10倍を保証する!そして君たちの故郷との移動にかかる金もこちらが出そう!」

 

「それなら私たちは何をすれば・・・?」

 

俺はイサカの顔を見た、イサカはこちらに好きにしろと目配せをする。俺は笑いながら言った。

 

「俺たちの元で戦闘機に使うベアリング、ゴムパッキン、ピストンリングを作ってくれ!君たちの作った製品にはいつも世話になっている!そして・・・こんな作業環境で働いていたことに今まで気づけなかった愚かな自分を許してくれ。」

 

俺は深深と頭を下げた。あんな素晴らしい耐久性と精度を持ったベアリングが機械製作の大量生産品では無い事など簡単に見抜けたはずなのに・・・ベアリングやピストンリングが妙に安いのはこういうわけだったのだ。

 

「なぜ貴方が頭を下げるのですか、頭をあげてください。」

 

「改めて本当に申し訳なかった。ここの工場の労働環境と賃金の向上を約束する。だからこれからもあの上質な部品を作り続けてくれないか?」

 

「お任せ下さい。貴方のお名前を教えて頂いても?」

 

「ヤマダだ。後ろにいる二人は知っているだろう?」

 

「ふふ、さっきすごい形相で走って行かれましたよ。これは期待出来そうです。」

 

「なっ・・・ふふ、そうだな。これからもよろしく頼む。」

 

そして俺は手を差し出した。

 

「こちらこそ。」

 

向こうの代表者は俺の手をしっかりと握り直した。

 

その後格納庫に戻るとレミとイサカの姿が見えない、何をしにどこへ行ってるかは考えないでおこう。俺はスーツを脱ぎツナギに着替えた

 

「やっぱりこっちやな」

 

兎にも角にも発動機の修理だ、だがどうせこのR1830はもう使えない。後列シリンダーとコンロッド、ピストンはダメージが無いがこれはローラさんの二一の予備部品として取っておくのが得策だろう。とりあえずすぐに修理が終わるレミの五二を先にすることにした。

 

座席を前に倒し機体後部に潜り込む、座席に電灯を引っ掛け灯りを確保し水メタノールタンクに据え付けたモーターポンプを外す。

 

「真っ黒やんけ・・・今までお疲れさん。」

 

そして倉庫からもってきたモーターポンプと付け替え、配線類を接続し水メタノールを補充する。手動ポンプで配管に圧力をかけてやったあと、動作確認のために発動機を回す。こういう時セルモーター始動は本当に楽なのだ。その前に正面にでっかい送風機を置いて零戦に向けて風を送る。これをやらずに長時間試運転をすると発動機が熱くなりすぎてしまう。

 

「燃圧よし、油圧よしっと」

 

キュルルルルルルル・・・バラバラバラバラバラ・・・

 

セルモータースイッチを長押しして点火プラグに点火、発動機に火を入れる。今回は試運転だがついでだ、点火スイッチを(左)(右)の位置に移動させて回転数の上下を見る。発動機後部左右の小型磁石発電機が劣化していると切り替えた時に回転数ががくんと落ちるか発動機が止まってしまうのだ。今回は左右とも規定値内だったがどうも右側の磁石発電機が弱ってきているようだ。アイドリングを済ませ発動機が適当な熱を持った所で水メタノールを噴射してみる。ちゃんと噴射できていればシリンダー温度が下がるはずなのだ。計器盤に増設したスイッチを切り替える。

 

「OK、ちゃんと吹けてるな。」

 

それを確認したら発動機の回転を上げる。点火プラグにこびりついた煤を焼ききってしまうためだ。そしてメインスイッチを切り発動機を止める。風防を開け操縦席から降りようとすると目の前にはさっきのパジャマにポニーテールのレミの顔があった。

 

「ヤーマダっ」

 

「うわっ!帰ってたのか。」

 

「さっき帰ったんっすよ〜、あたしの五二はどうっすか?」

 

「今修理が終わったよ。もういつでも全開で飛んでいい。」

 

「あざっす!」

 

「さあ、朝になる前にイサカの二一の発動機を載せ替えるぞ〜」

 

「今度は何に載せ替えるんっすか?」

 

「まあ見て見りゃわかるさ」

 

俺は格納庫の奥から一基の発動機を持ってきた。俺が趣味で作っていつか自分の二一型に積もうと考えていた自信作だ。格納庫の隅で寝ているくらいなら実際に使ってやった方が発動機も喜ぶだろう。

 

「そいつをのせるんっすか?」

 

「ああ、俺の自信作だ。それよりイサカは?」

 

「なんか寄るところがあるっつって別れたんっすよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないっすかね〜?」

 

するとすぐにイサカが帰ってきたが・・・なにかいつもと服装が違う。そしていつもの飛行眼鏡を掛けていないのだ。

 

「どうだ、似合うか?」

 

そう言って駆け寄ってきたイサカは浴衣を着ていた。寄り道というのはこれを受け取りに行っていたのか・・・俺はあまりの出来事に無言で立ちすくんでしまった。

 

「ああ・・・すごく・・・似合う・・・」

 

「ヤマダ、固まっちゃってるっすよ。」

 

「えへへ・・・似合うか。再来月の夏祭りにでも着ていこうと思ってな。」

 

しばらくその場で話した後、イサカは着替えに部屋へと行った。俺は気を取り直して発動機にチェーンを巻く。位置を合わせて引き上げる準備をすると、俺はレミに頼み事をした。

 

「レミ、すまんけど奥の部品倉庫から二一型用のカウリングを持ってきてくれないか?軽いから1人で大丈夫だと思う。」

 

「あれ?さっき外してたカウリングは使えないんっすか?」

 

「ああ、さっきまでのはR1830用のカウリングなんだ、栄一二型は1830より直径が103ミリ細いんだよ。だからさっきまでのカウリングは合わない。」

 

「ええー、全然違和感なかったっす・・・」

 

「そりゃあこのカウリングとローラさんの二一型改のカウリングは俺が徹夜でアルミ板を叩いて曲げて引っ張って作ったワンオフ品だからな。太さを感じさせないようにするには苦労したぜ・・・」

 

「流石っすね・・・二一型用のカウリングでいいんっすよね?」

 

「おう、悪いな。」

 

サンダルにパジャマでポニテのレミはオフ感が凄かった・・・とりあえずチェーンを巻いた発動機を引っ張り上げてエンジン懸架台にあてがう。位置合わせを終えてボルトを締めようと翼に上がると、着替えを終えたイサカが下りてきた。

 

「遅くなってすまない。」

 

「気にするなよ、ちょうど良かった。そこのラチェットレンチ取ってくれないか?」

 

「ほら、」

 

「ありがとう」

 

そして発動機を止めている11本のボルトを締め上げていく。飛行中に緩みでもすれば大変なのでボルトに抜け止めを塗布し力いっぱい締めた。過給器の後ろに付く磁石発電機を固定し側面パネルを片方だけ取り付けた。

 

「反対側は閉めないのか?」

 

「ああ、こいつがちゃんと動くかチェックしないといけないからな。」

 

そう言って俺は配管類と電装、ワイヤーをすべてつないだ。そのまま操縦席に乗り込むと、イサカが翼に上ってきた。

 

「ここで見ててもいいか?」

 

「ああ、プロペラ後流で吹っ飛ばされないようにな。」

 

そしてまずは手動オイルポンプで発動機内にオイルを循環させる。ポンピングの負荷が大きくなったことを確認したら、次は燃圧だ。スロットルレバーを倒してスロットルバルブを開き燃料を送る。2~3回開けば問題ない。するとレミがカウリングを抱えて戻ってきた。

 

「ヤマダー、カウリングはここに置けばいいっすか~?」

 

「ああ、ありがとう。」

 

「今から試運転っすか?」

 

「ああ、」

 

「あたしもイサカの横行くっす!」

 

そして二人を横目に見ながら操縦桿を足で上げ舵にし、点火プラグスイッチの切位置を確認してセルモーターのスイッチを長押しする

 

キュルキュルキュル・・・・

 

セルモーターによってプロペラが回る、その瞬間にスイッチを両位置へ移動させる。

 

バラバラバラバラ・・・!!

 

始動成功。回転計は1500回転をピタリとさしてアイドリングをしている。この時にスイッチを左右位置に移動させ回転の上下を見た。右位置1470回転安定・・・左位置1468回転安定・・・両位置1500回転で安定。磁石発電機は正常に動作している。次は各温度計器類の確認だ、油温45℃安定。シリンダー温度175℃安定。排気温度800度安定・・・上出来だ。次は水メタノールを噴射する、正常に動作すればシリンダー温度が下がるはずだ。水メタノール噴射装置のスイッチを入れる。シリンダー温度が下がり始めた、170℃・・・160℃・・・158℃安定。OKだ。ここでやっとスロットルレバーを操作し回転数を上げる。

 

ゴォォォォォォ・・・・!!

 

発動機がうなりをあげてプロペラの回転速度が上がる。回転計を見ながらプロペラピッチ操作レバーをハイピッチにしていく。自転車でいうトップギアの状態にするのだ。こうすると回転数が安定する、栄一二型の定格回転数は2500回転だが水メタノール噴射装置を追加し、クランクシャフトとピストン、コンロッドを栄三一型の強化品に交換した(ボア・ストロークは一二型~三一型まで変更がないので理論上は流用できる)おかげでこいつは2700回転まで回転を上げることが可能になっている。シリンダー温度185℃安定、その油温は微動だにしていない。我ながらよくここまで仕上げたものだ。必要な確認作業を終えたので発動機を止める、するとイサカが話しかけてきた。

 

「今回の発動機のスペックはどうなんだ?」

 

「へへ、すごいぜ?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

栄一二型改

 

離床出力

1400馬力

 

公称出力

1200馬力

(二速フルスロットル・ブースト+250mm・水メタノール噴射時)

 

最高回転数

2700回転 (ブースト+250mm・水メタノール噴射時)

 

過給器

一段二速遠心式メカニカルスーパーチャージャー

 

ボア・ストローク

130mm×150mm

 

減速比

0.6875

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほぼ栄三一型じゃないか・・・」

 

「そんなことないぞ、零戦二一型に収めるために気化器はちゃんとダウンドラフト式だ。このあとの微調整は俺がやっておくから二人は寝な、 明日は直援任務があるんだろう?」

 

「すまないっすね、おやすみなさいっす!」

 

「おう、おやすみ・・・っ!」

 

チュッ♡

 

「おやすみ、ヤマダ。」

 

「あーっ!イサカずるいっすよ〜」

 

「夫にキスをして何がずるい?」

 

「ぶぅ〜」

 

全く・・・とりあえず発動機はちゃんと動くことが確認できた。1度シリンダーヘッドを開けて確認するか・・・

 

そうこうしているともう夜明けになっていた。俺は側面パネルを取り付けカウリングを固定し、滑走路の外に二一型を持って行って発動機を回した。上げ舵をとりブレーキをいっぱいに踏み付ける。

 

「油温よし、シリンダー温度よし、燃圧よし、フラップ動作よし・・・いっちょ行くか!朝イチ試験飛行だ!」

 

ゴォォォォッッォォッッォ!!!!

 

 



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零式艦上戦闘機 五四型

著 ヤマ

 

 格納庫の床にごろんと転がる金星発動機とぼろぼろの機体を見て、俺は頭を悩ませていた。さっきの胴体着陸でプロペラがゆがんでいる、こんな状態では機体自体も使えないだろう。だがパイロットの感じから見るに大切に愛着を持って乗ってきた戦闘機のようだ、どうにかしてやれないものか・・・そうこうしているとイサカとレミが駆け下りてきた。

 

「ヤマダ、さっきの不時着した五四型は・・・・これか・・」

 

「発動機が落っこちちゃってるじゃないっすか~ ヤマダ、まさかこれを治すとか言わないっすよね?」

 

「いや、治す」

 

「正気っすか? こんなのどうやったって・・・」

 

「どうにかしてやらないとかわいそうだろ・・・それに貴重な五四型だぜ?」

 

「ケンザキ一家も使っていなかったか?」

 

「あれはよく調べたら六四型だったんだよ。イジツで現存する五四型はこれ一機だ。」

 

「五四型と六四型は何が違うんっすか?」

 

「五四型は五二型丙の機体を使ってて、六四型は六二型の機体を使ってるんだ、違いは機体一体型爆弾懸吊架の有無と水平尾翼部分の構造強化くらいだ。」

 

「なるほどな・・・とりあえずどうするんだ?」

 

「機体を調べてみるよ、使えるのなら使ってやりたいしな。」

 

そう言って俺は機体を分解する準備をした、零戦の機体は三分割できるのだ。工具を持ってきて風防を外し、操縦席から機体中央分割部分のボルトを外す。ラチェットレンチを当てて緩めていくがどうもねじが固い。嫌な予感がした、本来ならここのボルトはすっと緩む。緩み止めにシーリングされてるのかと思ったが引っこ抜いたねじは何の加工も施されていない。こうなると答えは一つだ、機体が主翼部分を中心としてひん曲がっている。それに被弾も多い、尾部は穴だらけだ。零戦の機体はモノコック構造・・・機体内の梁で圧縮応力に耐え、外板で引っ張り強度を出す構造だ、ここまで穴が開いてしまったらもう使えないだろうが、とりあえず分割部分のボルトをすべて引っこ抜いた。いつもならすっと外れるが・・・俺は機体後部の外板を足で蹴っ飛ばした。

 

「ふんっ!」

 

ガシャ・・・

 

「うわっ!びっくりしたっす・・・」

 

「わるいわるい、二人は何をやってるんだ?」

 

「金星を整備台に固定してたんだ、こっちのほうが見やすいだろう?」

 

「助かるよ、はぁ・・・」

 

「どうしたんっすか?」

 

「この機体はもう使えそうにない、新しく機体を持ってこないと・・・」

 

「水平尾翼はどうだ?」

 

「外してみようか・・・」

 

そしてボルトで結合されている水平尾翼を取り外した。手で持ち上げて簡易的にゆがみを確認する。

 

「どうだ?」

 

「大丈夫そうだ、エレベーターはハフを張りなおせばOKだろう。」

 

機体が使えないと分かれば見るものは発動機だけになる、だが俺は工具を持ってもう一度操縦席に潜り込んだ。

 

「何やってるんっすか?」

 

「レミも手伝ってくれ、計器盤とスロットルレバー、フットペダル、そのほかにも使えそうな部品は外していく」

 

「なんでまた、ごそっと新しい機体にするんっすからわざわざそんなことしなくても・・・」

 

「これを見てみな」

 

そう言って俺はフットペダルを取り外してレミに手渡した。

 

「なんか改造されてるっすね・・・」

 

「そう、本来零戦のフットペダルは足置き部分が回転しない。つまり踏んだら足首が無理な方向に曲がるんだ、慣れたらどっちゅうことはないんだが足首が固い搭乗員にとってはつらいだろうな。」

 

「じゃっこれはこの機体のパイロットが自分で改造したんっすかね?」

 

「多分な、溶接ビードの置き方が不規則だから少なくとも仕事をしてる人間のやったことじゃない。フットペダルの固定ボルトもなめ気味だった、不慣れな手つきでやったのがよくわかる。」

 

「よっぽどこの機体に乗り続けたかったんすね。」

 

そして計器盤を取り外し裏を見てみると・・・・

 

【もしこいつを手に入れた方がいるのなら、五四型をよろしくお願いします。イジツ・1945.5.4.Hori・・】

 

組み立てる直前にドライバーの先端ででも掘ったのだろうか、その文字からは錆が流れていた。名前らしき部分は掘っている途中で何かがあったのだろう、掘り終えれていなかったが、よほどこの機体に思い入れを持って作ったということは痛いほど伝わって来た。そこの刻印を傷つけないように計器盤を取り外すと、次はA.M.C操作レバーを取り外す。そのあとは外せる機器類をすべて外し0番隔壁の発動機懸架部分を確認する。

 

「今度は何をやってるんだ?」

 

「どっち向きに応力がかかって折れたんだろうと思ってな・・・あーそういうことか。」

 

「どうだったんだ?」

 

「ここをよく見てみな」

 

俺は0番隔壁の固定ボルト部分を指さした。左向きにねじれたように取り付け部分にクラックが入っている。

 

「折れたというかねじ切れたように見えるな・・・」

 

「あれ?この向きってカウンタートルクと同じ向きじゃないっすか?」

 

「ご名答だレミ、こいつは重さで折れたんじゃなくてカウンタートルクの応力に耐え切れずに折れたんだよ。」

 

「それならどうするんだ?同じ機体を持ってきてつけたのならまた同じような時期にねじ切れてしまうだろう?」

 

「それは問題ないよ」

 

そう言って俺は金属の端材を持ってきてあてがった。

 

「こうやってボルトの周りに端材を溶接して強度を出してやればいい、とりあえず先に発動機を見てみよう。」

 

三菱 金星発動機、こいつに搭載されているのは・・・・発動機背面のシリアルナンバーを確認する。

 

【63001】

 

これは驚いた、金星六三型の最初の製造番号である。金星は本来六二型までであるが、どうやらこの金星はこいつのために改良されたようだ。インジェクターへの配管を追ってみると、シリンダー一本一本に配管が伸びている。つまりこいつはシリンダー内(筒内)に直接ガソリンを噴射する方式である。金星六二型では筒内噴射方式ではなく吸気管内の圧縮空気に霧状にした燃料をスロットル操作にのっとって常に一定量噴射する方式であったが、この筒内噴射方式を水メタノール噴射装置と併用したのであれば今までの常識を覆すほどの冷却効率を実現でき、出力向上を見込めるだろう。だが吸気管をよく見てみるとこちらにもインジェクターがある。どうやらこの機構は実用化できぬまま、早く機体に搭載するために従来の吸気管を用いたのだ。今までこのシリンダーに刺さったインジェクターはただの邪魔者としてしか見られていなかったに違いない。

 

「ヤマダ、発動機はどうだ?」

 

「あ、ああ。とりあえずばらしてみようか。外回りを見た感じはどうにかなりそうだがなぁ・・・」

 

ひん曲がったプロペラを取り外し、減速室カバーを取り外した。プラグコードとインジェクターをすべてひっこ抜き、プッシュロッドを取り外していく。

 

「やたらプッシュロッドが多いっすね?」

 

「そう、三菱の発動機はプッシュロッドを全部前に配置したんだ、これを動作させるカムを全部共用にしてバルブタイミングをより正確にしようとしたらしいんだが後列シリンダーまで伸びる角度のきつい長いプッシュロッドのせいであまり役に立たなかったようだがな。」

 

「ほえ~、難しくてよくわかんないっす・・・」

 

プロペラ減速室の中身を確認してみると、胴体着陸でプロペラが曲がった衝撃からか軸が歪んでいた。だが幸いクランクシャフトまではゆがんでおらず、彗星三三型の金星のプロペラ減速室を流用すれば大丈夫そうだった。一旦自室に戻り業者に注文を出してから格納庫へと戻ると、イサカが何かに気づいたようだった。

 

「ヤマダ、過給機の出口のところによくわからない切れ目があるぞ?」

 

「ん?どれだ?」

 

「ここだ、その本来の取り付け位置の横に不自然な切れ目がある。」

 

「これか、ん?この切れ目の長さって・・・」

 

俺は自分のコレクションの棚の中から一つの排気タービンを持って行った。その切れ目の部分に排気タービンの圧縮空気が出ていく部分をあてがうとぴったりだった。

 

「そのでんでんむしは何だ?」

 

「でんでんむしって・・・これは排気タービン!」

 

「確か排気ガスで空気を圧縮するんでしたっけ?」

 

「大雑把に言えばそうだな、排気ガスをこっちのブレードに当てて回転させる、そうしたら軸で連結されたこっちのブレードが回転して空気が圧縮されるんだ。この排気タービンは五式戦のやつだから・・・定格回転数約20000回転だな。ちなみに普通の栄についてるような遠心式メカニカルスーパーチャージャーの定格回転数は約15000回転な。」

 

「かたつむり・・・じゃなかった、その排気タービンを付けたらどうなるんだ?」

 

「今までは良くて一段二速、つまり一つの過給機のインペラーの回転速度を変えて圧縮率を上げてたんだ。」

 

「それだとダメなんっすか?」

 

「ダメじゃない、画期的なことだったんだが・・・二人ともチャリ乗ったことあるか?」

 

「ある、」

 

「あるっすよ」

 

「じゃあ話が早い、ギアを変えたときに低いギアより高いギアのほうが速度が出るけどペダルは重くなるだろ?」

 

「そうだな。」

 

「メカニカルスーパーチャージャーは発動機のクランクシャフトからギアで加速させてインペラーを回してるんだ、それで変速してインペラーの回転速度を上げるとチャリで高いギアにした時と同じことが起きる。機械的損失っていうんだけどな。発動機の出力が落ちる。だからむやみやたらにインペラーを変速するわけにはいかないんだよ。」

 

「排気タービンだとそれがないのか?」

 

「ああ、排気ガスの圧力を利用するから多少の排気抵抗の増加はあるがな。」

 

排気タービンを取り付けると二段二速式過給器になる。つまり遠心式過給器で圧縮した空気を更に排気タービンで圧縮するのだ。この際、排気タービンは常に回りっぱなしで下の遠心式過給機の変速で圧縮率を増減させる。排気タービンを回しっぱなしにすることで低高度では排気タービン分のブースト圧を常に得られるうえに、高高度ではスーパーチャージャーを変速することによって地上でのブースト圧には劣るものの最低大気圧分の過給圧は確保することが出来る。

 

とりあえず排気タービンを横に置きシリンダーを分解して行く、全てのシリンダーを外しずらりと並べてみると、今まで酷使されてきたことが信じられない程に綺麗な状態だった。ピストンもピストンリングをはめ直してやれば使う事が出来る。発動機の状態は減速室を除いて最高の状態だった。だがもう夜が近い・・

 

「ヤマダ、そろそろ寝るぞ」

 

「あたしもう帰るの面倒なんで泊まってっていいっすか?」

 

「そうだな、そろそろ寝るか。レミ、酒を飲みすぎるなよ?」

 

「は~いっす」

 

 

 

次の日の朝、イサカの作ってくれた卵焼きを食べ終えると俺はまた格納庫に降りて行った。レミはいったん組に戻るというので、ついでにこっちに戻ってくるときに彗星三三型の減速室を受け取ってくるよう頼み、それを見送ってから作業を再開した。とりあえず発動機本体と過給機をバラバラにして灯油で洗浄する、図面で背面の状態を見てみると過給機と排気タービンを取り付けてもなお少しだけスペースがあった。

 

「セルモーター始動にしてやるか~」

 

方針も決まったし発動機本体にはもうほとんど手を加える場所がない。減速室が届くまで何もできないので、俺は機体の在庫の中から六二型の機体を引っ張ってきた。とりあえずジャッキアップする。

 

「イサカ、ちょっと操縦席に上って脚を下ろしてもらってもいいか?」

 

「ああ、わかった。」

 

脚を下ろすといっても発動機が載っていないので油圧ポンプは使えない、どうするかというと脚のロックを解除し脚自体の重量ですとんと下すのだ。

 

「いいぞ~」

 

ガシャン!

 

脚を下ろすとすぐに主翼上面の外板を外す。零戦の脚は一本のオイルラインで開け閉めをしている、これを電動モーターに置き換えてしまおうと思っているのだ。何故なら金星発動機が駆動するオイルポンプの油圧はそこまで高くなく、排気タービンの軸にオイルを潤滑させた場合焼き付きがおこる可能性が高いから。油圧が低いのはユーハングの戦闘機では珍しいことではない。とりあえず脚の開閉に使われていたオイルラインと駆動装置をごっそり外す。

 

「それを外してしまうのか?」

 

「ああ、電動モーターに置き換えて軽量化しようと思ってな。」

 

「野暮な質問かもしれないが・・・お前の零戦でもそれをやればいいんじゃないのか?」

 

「俺は多少性能が劣っていてもなるべくオリジナルの状態で乗りたいからな。」

 

とりあえず駆動されていた部分に電動モーターをはめ込む、いつかこういうことをすると見越して俺はポン付けできるよう台座を作っていた。まさかこんなことで役に立つとはな・・・・配線類をバッテリーに伸ばし、今までの駆動系レバーと配線をつなぎなおす。とりあえずバッテリーに直接外部電源コードを接続し動作確認をする。今回尾輪のオレオはそのままにしておいた。

 

「イサカ、脚を上げてみてくれ~」

 

「了解。」

 

ウィィィィィン・・・・

 

いつもとは全く違う音を出して主脚が格納されていく。トルク不足が心配だったが問題はなさそうだ、

 

「脚下げ動作を頼む!」

 

「OK」

 

さっきと同じ音を出して脚が下がってきた。念のために何度か動作させてみたが問題はなさそうだ。

 

「OK!イサカ、もう降りてくれて大丈夫だ!」

 

「昨日外していた計器盤やスロットルレバーはつけなくていいのか?」

 

「そりゃつけるが・・・頼めるか?」

 

「さすがにそのくらいは心得てるぞ、任しておいてくれ。」

 

「OK、フットバーのねじが舐めかけてるから慎重にな。」

 

几帳面なイサカならまあ大丈夫だろう、とりあえず計器盤とスロットルレバーを渡して俺は水平尾翼を外した。昨日機体から外した水平尾翼と取り換えてワイヤー類を接続する。

 

「イサカ、悪いがエレベーターを動かしてみてくれないか?」

 

「わかった。」

 

キィッ・・・キィッ・・・

 

「OKだ!ありがとう。」

 

「ヤマダ、この計器盤の裏・・・」

 

「ああ、そのまま取り付けておいてくれ。」

 

「わかった。」

 

そして俺は昨日のぼろぼろの機体の外板で使えそうな部品がないか探した。なるべく強度に関係のない部品・・・水平尾翼のフィレットだ!そう思い立ってフィレットを持って行って新しい機体にあてがう、当然だがぴったりだった。これも使ってやるか、そうして水平尾翼を取り付けると、イサカが操縦席から顔をのぞかせた。

 

「取り付け終わったぞ、このフットバーすごく踏みやすいな。」

 

「だろう? あ、溶接するからもう降りてきてくれていいぞ」

 

「わかった、」

 

そして俺は昨日言っていた端材を0番隔壁のボルト穴にあてがい溶接をしてくっつけた。強度を確保するため完全溶け込み溶接をする。四隅すべてに加工を施すとこれで機体本体の作業は終わりだ。ちょうどいいタイミングでレミが帰ってきた。

 

「減速室って意外と軽いんっすね」

 

「ギアしか入ってないからな、どれ、ちょっと見てみていいか?」

 

レミが持って帰ってきてくれた減速室を受け取る、プロペラ軸を手で軽く触ってみて回転を確かめた。とてもいい・・ベアリングを見てみるとタネガシの刻印があった。この前の工場のベアリングが使われているのだ。

 

「よし・・・機体の塗装は後回しにして先に発動機を組むか。」

 

「待て待て、その前にお昼にするぞ。今日は焼きそばだ。」

 

「酒はあるっすか?」

 

「発動機の組み立てに慢心は厳禁だから酒はだめだぞ、レミ」

 

「いつもならあまあまのヤマダが珍しいな。」

 

「そんな殺生な~」

 

 

 

お昼を食べ歯を磨くと、俺は発動機のクランクシャフトをはめ込み中央部分を組み上げた。この辺は栄と大して構造に違いはない。コンロッドとピストンヘッドをクランクシャフトに接続し中央部分にオイルをまぶす。中央部分にプッシュロッドを取り付けたときレミに声をかけた。

 

「レミ、シリンダーにインジェクタを刺しておいてくれないか?」

 

「おしゃけ・・・飲みたいっす・・・」

 

「今日の午後で発動機を組み上げれたら酒を好きなだけおごってやるよ・・・・」

 

「やったぁっっす!」

 

よし、レミが作業を終えるまで俺は補器類をいじる、まずはセルモーターをクランクシャフトにかませた。その次に過給機を組み立てておき排気タービンを接続できるよう準備をしておく。すると意外と早くレミから声がかかった。

 

「終わったっすよ~」

 

「早っ!ありがとさん。」

 

「お酒っお酒っ~」

 

「わかったわかった・・・」

 

レミから一本一本シリンダーを受け取りオイルを塗ったうえで中央部分に固定していく、この時事前に組んでおいたプッシュロッドをシリンダーヘッドに合わせてはめる。圧縮上死点・・・・バルブが開くタイミングでシリンダーが圧縮工程に入っていては発動機が壊れてしまうので、クランクシャフトを手で回してカムの位置を調節しバルブクリアランスをしっかりと取る。それがokなら次は燃料供給ホースをインジェクタにつないでいく、これも弁が開閉するタイミングと噴射のタイミングを完璧に合わせるためにカムと弁を綿密に調節する。それを終えるとやっと栄の整備と同じくプラグコードの接続に入れるのだ。ピストンに各二本点火プラグを刺しコードを取り回す、後ろにプッシュロッドがないため補器類へのパイピングがスムーズに行えた。

 

「ほら、」

 

イサカが図ったかのように後ろから吸気管を渡してくれた。

 

「おお、ありがとう。」

 

それをシリンダーに接続する、そしてそのあとは排気管を接続していくのだが今回は少し形状が特殊な排気管を接続する、排気タービンに向けて排気ガスを流すために少し複雑な取り回しになっているのだ。今回機体下面の排気管4本の排気をタービンに流し空気を圧縮させる。本来は排気ガスすべてをタービンに流すのがいいのだが、機体側面はプロペラ後流で気流が乱れる(スリップストリーム)ので推力式単排気管を削除したくなかったのだ。排気管を取り付け終えると発動機の前に回り減速室を接続する。そしてプロペラを取り付けるため、俺はイサカにプロペラを取ってくるように頼んだ。

 

「ヤマダ、これってあの機体についてたプロペラか?」

 

「半分正解だ、プロペラブレードと中身の可変ピッチ機構は交換したがプロペラスピンナーはあの機体のを使ってる。」

 

「なるほどな・・・」

 

プロペラを取り付けガワだけ見れば完成のような状態になった。だがまだ作業は終わらない、背面に戻るとまずは遠心式過給機を取り付けた。クランクシャフトとギアをつなぎカバーをつけると、そのさらに後ろに排気タービンを取り付け排気管からの配管をつなぐ。出口からの排気は機体中央部分の排気管に合流させ気化器と同じ原理で流速を上げ抜けをよくした。次に圧縮された空気の導管を吸入官へとつなぎ、その接続部分に水メタノール噴射装置をつなぐ。これで発動機は完成だ。

 

「出来た・・・・」

 

「お疲れ様っす~」

 

「ありがとうな、もう少しだ、頑張ろう。」

 

一度発動機から離れ機体のほうへ行くと、0番隔壁に据え付けられたオイルタンクを取り外した。

 

「オイルタンクを外してしまっていいのか?」

 

「ああ、六二型は機体後部に燃料タンクを増設できるんだが、今回はそこをオイルタンクとして使うよ。排気タービンをつけたからここにスペースがないし、重心位置が狂うからな。」

 

そしてやっと発動機を機体に固定できる時が来た、ワンオフ製作した発動機懸架に発動機を固定し、チェーンをかけクレーンで発動機を持ち上げると懸架を〇番隔壁にあてがい10ミリボルトでしっかり固定した。もちろん回り止めも塗布する。チェーンを外し配管と電装系を接続し終えると、レミとイサカが真っ黒に塗装されたカウリングを持ってきた。

 

「へへ、昨日吹き付けといたんっすよ~」

 

「ちゃんと耐熱塗料だからはがれる心配もない、取り付けを頼む。」

 

「ありがとよ・・・」

 

三人がかりでカウリングを取り付ける、五四型のカウリングは曲面から飛び出した独特の空気取り入れ口が目立つ。発動機を取り付け終えると側面パネルや機銃点検パネルなどをすべて装備し、銀の機体に黒のカウリングの五四型が姿を現した。

 

「これはこれでよさげだな・・・」

 

「ダメっすよ、あたしとイサカで塗装は決めてあるんっすから!」

 

「ええ??いつの間に?」

 

「いいからちょっと出ててくれ、5時間後にな!」

 

急に格納庫から追い出されてしまった・・・まあいい、今回の金星発動機のスペックはこうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

三菱 金星六三型発動機(改)

 

出力 

ブースト+400 mmHgで

1速1,750馬力(2,000 m)2速1,630馬力(5,800 m)

 

緊急ブースト+500mmHgで

1速1,800馬力(2,000 m)2速1,720馬力(5,800 m)

 

過給機

二段二速

(遠心式メカニカルスーパーチャージャー

+遠心式ターボチャージャー)

 

定格回転数

2600rpm(最高回転数2680rpm)

 

ボア×ストローク

140mm×150mm

 

その他

水メタノール噴射装置

(噴射を止めることは不可、完全連動制御)

 

筒内直接噴射方式

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

少し前にも言ったように変速できるのはスーパーチャージャーのみで排気タービンは常に回りっぱなしである。2000馬力には届かなかったが、なかなかいい感じに仕上がったのではなかろうか。

 

 

そうこうしていると5時間がたった、外はもうすっかり夜だ・・・・俺が格納庫に降りると、そこには上面が濃緑色、下面を明灰白色に塗装され、黄色い敵味方識別帯が主翼に輝く五四型があった。側面で塗装が切れ上がっていない、こいつぁ三菱仕様だ。

 

「二人とも・・・この塗装って・・・」

 

「あの古い機体の塗装がはがれた部分を見てみたら、この二色があってな・・・私は不時着した時の塗装にしようって言ったんだがレミがきいてくれなくて・・・」

 

「絶対こっちのほうがいいっすよね!ヤマダ!」

 

「ああ・・・すげえ似合ってる・・・よし、発動機を回してみるか!」

 

俺は操縦席に上ると座席に座った。まずはスロットルレバーを押し燃料をインジェクターに送る。カシャンっカシャンっと2.3度繰り返すと次は右側の手動油圧ポンプで発動機やタービンに油圧をかける、初始動なので100回以上ポンプを操作し、やっと発動機をかけれる状態になる。俺は頭の上で大きく手を振りプロペラが回ることをレミとイサカに知らせた。退避したのを目視で確認すると操縦桿を足で巻き込み上げ舵にする、そしてセルモーターのスイッチを入れた

 

ウィィィィン・・・・

 

プロペラが回るのを目視で確認すると、点火プラグスイッチを(両)位置へ移動させる。

 

カチッ・・・バラバラバラバラ・・・・!!

 

新しくくみ上げた金星発動機に火が入り、アイドリングさせつつ計器類を確認する。すべて正常だった。スロットルレバーをフルスロットル位置にすると爆発音とともにこんな音が聞こえてくる。

 

キィィィィィィィン・・・・

 

排気タービンが回っている証拠だ、ブースト計を見ると+300mmHgで安定している。異常はない。スロットルをアイドリング位置に戻し、プラグスイッチを(左)(右)へ移動させ回転数の上下を見る、左右とも回転数‐30rpmで安定。磁石発電機は異常なしだ。俺はスイッチを切り操縦席から飛び降りた。

 

「どうだった?」

 

「成功っすか?」

 

「・・・・サイコーだよ!この発動機!」

 

そして俺たち三人はタネガシ中の飲み屋で飲み歩いた。財布に大打撃を食らったのは言うまでもない。

 

 

 

次の日の朝、機銃弾を全て装填し滑走路で発動機に火を入れた。カラの増槽燃料タンクを両翼下に吊り下げ機体中央の爆弾懸吊架には25番爆弾の模倣品を取り付けた。落下機器類が正常に動作するか試験するためだ。イサカに随伴飛行を頼み、レミには万一の時のための消化器を持っていてもらった。

 

「発進する!」

 

「了解!ヤマダ!フルスロットルにするなよ!いくらお前の作った栄一二型といえども引き離される!」

 

「了解〜」

 

俺はスロットルを80パーセントほどまで開けると離陸した。高度500クーリル程でまずは増槽投下試験だ、大きくバンクを降り増槽を投下することをイサカ機に伝えると、スイッチを押し投下する。

 

カシャッ・・・

 

電子レリーズなので若干の遅延はあるが問題なく動作した。次は爆弾投下機構の試験だ。またバンクを降って合図をする、次は爆弾をひっかけているフックを直接動かすので多少力が必要だ。

 

ガシャ!

 

機体が明らかに軽くなる。爆弾投下機構も正常だ。

 

「ヤマダ!どちらも正常だ!」

 

「了解している!高度をあげるぞ!」

 

「了解!私は離脱する!」

 

「OK!ありがとう!」

 

「気をつけてな!」

 

そして機首を上に向けスロットルを開ける。タービンの甲高い回転音が大きくなり、ぐんぐん高度が上がっていった。1200クーリルでスーパーチャージャーを変速する。大気圧近くまで落ち込んだブーストがまたプラスブーストまで跳ね上がり出力の段突きとともに機体が加速する。3300クーリルまで登るとやっとブーストが大気圧まで落ち込んだ。排気タービンがよく効いている、水メタノール噴射装置にも問題は無い。急降下制限速度は六二型と同じ770km/hで変わっていない。一通りやることも終えたので俺は着陸した。

 

「どうだったっすか?」

 

「完璧だよ、持ち主に連絡してやってくれ。」

 

「了解っす〜」

 

「ヤマダ、お疲れ様だな。」

 

「ありがとな、イサカ。」

 

「気にするな、お前の性格はよく知っている。どうせあれを見たら治すと言うと思っていたさ。」

 

「へへ、お見通しかよ。」

 

「当たり前だ、お前の妻だぞ?」

 

「いい嫁さんだよ全く・・・」

 

そして俺は機体を洗ってやり、カバーをかけて受け渡しの準備を全て整えた。よく晴れた空から覗く太陽に照らされて、カバーから突き出した20ミリと13ミリが光を反射していた。

 



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長距離侵攻戦

著 ヤマ

 

よく晴れた朝、私はヤマダの身支度の手伝いをしていた。タネガシ輸送商会から声がかかり、イトウとヤマダともう1人の新人パイロットでタネガシ郊外で輸送船の邪魔をする空賊対策の戦闘部隊の援護に着いて欲しいという依頼が来たのだ。私も行きたかったが組の仕事を投げて出ていくことは出来ない、だからこうしてできることをしてやろうとしているのだ。

 

「私が作っておいたおにぎりは持ったか?着替えは?航空時計の時刻は正確か?増槽はちゃんと落ちるか?整備はちゃんとしたか?燃料はあるか?」

 

「イサカ、心配しすぎっすよ〜」

 

「そ・・・そうか?」

 

「そうっすよ、ヤマダだったら地べたを這ってでもかえってきますって。」

 

「その言い草は酷いな、レミ」

 

「あれ?ヤマダはそんな簡単に野垂れ死にするんっすか?」

 

「意地でも帰ってきてやるよ。」

 

「頼もしいが、無茶はするんじゃないぞ?」

 

「任せといてくれ、じゃあ・・・行ってくる。3週間で戻るからな」

 

そう言ってヤマダは飛行眼鏡をかけた。調子のいいエンジン音と共に奴の五二型は朝焼け空へと舞う、脚を格納すると大きなバンクを振って進路を変えた。私とレミは機体が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

離陸した俺は使用燃料タンクを胴体内燃料タンクから増槽燃料タンクに切り替えた。タネガシ輸送商会から伝えられた俺達の基地はタネガシからも空賊の基地からも相当遠い場所にあった。どうも使える基地がそこしか無いらしいのだが、なんでそんなガバガバの状態で空賊を叩こうと思ったのかが甚だ謎である。イサカ手作りのおにぎりをむしゃむしゃ食べながら8時間ほど飛び続けると、やっと目的の基地が見えてきた、燃料タンクは全てほぼカラだ。基地に着陸する、そこには零戦と隼ばかりが並んでいた。飛行眼鏡と飛行帽を装填レバーにひっかけ五二型の風防を開ける。

 

「小隊長!お久しぶりです!」

 

「イトウさん、お久しぶりです。これから3週間よろしくお願い致します。」

 

「こちらこそよろしくお願いします!今回御一緒するタケダを紹介しますので指揮所にいらしてもらっても構わんとですか?」

 

「わかりました、すぐ行きます。」

 

そう伝えると俺は計器盤にとめてある三人の写真を飛行服の胸ポケットに収め、愛機に車止めを挟み指揮所に向けて歩いていった。

 

「失礼します。」

 

そう言って指揮所の扉を開くと大勢の搭乗員がいっせいにこっちを見た。すると1人の大柄な男が話しかけてくる。

 

「お前がヤマダか?イトウから話は聞いてる。3週間よろしく頼むぞ。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。」

 

「小隊長!こっちです!」

 

指揮所の中の1室に入ると1人のとても若い搭乗員が座っていた。

 

「初めまして、タケダです。よろしくお願い致します。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。長距離任務は久々ですので私に不備があった場合は遠慮なく言ってください。ところであなたの愛機は?」

 

「零戦二二型甲です。」

 

「では、私達と違って燃料に余裕を持って行けますね。良かったです。」

 

「増槽を抱かないといけないのは同じですがね・・・よろしくお願いします!」

 

すると、指揮所の前に集合がかけられた。今回あくまで俺は普通の搭乗員であるため指示にはしっかり従う。

 

「卑怯にも、空賊は無防備な飛行船を襲い、我々の血と汗と涙の結晶である特産品を奪った!我々は今日より一週間、空賊基地への攻撃を行う!異論のあるものは無いな!?」

 

皆静まり返っている、当然だ。

 

「よし!戦果を期待する!敬礼!なおれ!」

 

「かかれ!!」

 

そして俺はイトウとタケダを呼び地図を開いた、コンパスと縮尺定規を用いて計算する。

 

「オフコウ山がこの距離で・・・100キロクーリル、だから基地のあるカタルカナルまでは約425キロクーリル・・・無理だ、こんな距離じゃ戦えない・・・」

 

カタルカナルはユーハングがつけた地名だ、ユーハングの戦地と地形が似ているからという理由で付けられたそうだがなんとも変な名前である。それはどうでもいいが・・・850キロクーリル、これは零戦や隼の航続距離とほぼ同じだ、片道約三時間、こんな距離では絶対に戦えない。

 

「貴様ヤマダと言ったな!」

 

いきなりそう言われ胸ぐらを掴まれた。

 

「はい・・・」

 

「何故そういうことを言う?気合を入れれ!」

 

ガンッ・・・

 

「士気が下がる!二度というな!」

 

思いっきり殴りやがった・・・口から流る血を拭きながら俺は機体に落下傘を積み込んでいた。するとイトウが走りよって来る。

 

「小隊長!なしてあんなこと言うたとですか?それとも小隊長は、カタルカナルを知っておられるのですか!?」

 

「知らない、だが425キロクーリルという距離は容易に想像が着く。片道約三時間、しかも敵機を警戒しながらの三時間だ。帰りの燃料の事を考えれば、カタルカナルの上空で戦えるのはせいぜい30分少々、どんな戦いになるかは・・・想像が着く。」

 

そして早速出撃命令が出た。三人で編隊を組み離陸する、離陸すると俺は胴体内燃料タンクから増槽燃料タンクにタンクを切りかえた。高度を上げつつ時たま背面飛行をして下を確認する、下側は戦闘機の1番の死角だからだ。そうこうして飛んでいると増槽の燃料は二時間半程で無くなる。左主翼燃料タンクに使用燃料タンクを切り替えると、投下桿を引き増槽を捨てた。被弾する確率がいちばん高いのが主翼なので、そちらからさっさと使わないといけない。周りの隼や零戦も続々と増槽を捨てた、そろそろカタルカナルの空域に入る。目を凝らして荒野の果てを見ていると空賊の機体が見えた。ヴォート・シコルスキー・エアクラフト F4Uコルセア・・・敵機はシコルスキー15機だ!だが誰も機体を動かさない、敵機を見つけていない様だった。

 

「小隊長!敵機です!」

 

イトウから無線が入る、ちゃんと気づいていたようだ。

 

「了解!」

 

そして俺は速度を高度に変え、7.7ミリを完全装填した。使用燃料タンクを胴体内燃料タンクに切り替えると、大きくバンクを振って7.7ミリを撃った。「敵機発見」の合図だ。それに気付いた他の小隊は一気に散開し高度を上げた。俺は列機に対して大きくバンクを振り後ろを任せ、1機のシコルスキーに狙いを定めて急降下する。相手は気付き逃げようと舵を切る、こっちはフラップを開き急減速してシコルスキーの後ろに張り付いた。とっさにスロットルレバーにある機銃切替スイッチを指で弾き7.7ミリ機銃のみを発射する。

 

ダダダダッ!!

 

至近距離から100発ほど叩き込むとシコルスキーの燃料タンクから火が出た。20ミリは100発しかないので至近距離まで近づける時、つまり長い射撃タイミングがある時はなるべく7.7ミリを使いたいのだ。1機を追いかけて高度が下がった、過給器を1速へ変速し少し遠くに離れ高度を取り直す。1200クーリルほどまで高度を上げ過給器を2速へ変速するとシコルスキーはほとんど味方の部隊に撃墜されていた。だがそれと同時に味方の機影が数機見えない、撃墜されたのだ。高度をとって機種を向けると1機のシコルスキーが見えた、前後左右に敵機が居ないのを確認するともう一度ダイブする、相手も馬鹿ではない。スロットルを開けて逃げるシコルスキーの後ろにつく、旋回を開始したシコルスキーに偏差を取り20ミリと7.7ミリを撃つ。本来偏差射撃はやらないのだが燃料の関係もあるし早く仕留めたかった。

 

ダダダダッ!

 

弾は当然真っ直ぐ飛ばない、その曲がって飛ぶ弾の事も計算に入れて撃たないと撃墜などとても無理だ。

 

パァン!

 

20ミリがシコルスキーのエンジンに当たる、エンジンから火を吹いたシコルスキーは離脱していく。もう一度周りを見渡し敵が居ないことを確認するとバンクを振って列機に空中集合をかけ、帰路に着く。

 

「小隊長!お疲れ様でした!」

 

「イトウさん、お疲れ様です。久々に私の列機に着いていただきましたがどうでしたか?」

 

「やっぱり小隊長は上手かとです、ついて行くのが大変でした!」

 

「私より上手い搭乗員はいくらでも居ますよ、では帰りましょうか。」

 

使用燃料タンクを胴体内から主翼燃料タンクに変え、高度を取る。ある程度の高度をとったらA.M.C.(オートミクスチャーコントロール)を操作して混合気の燃料の比率を最低に、スロットルを20パーセントほどの開度に調節しその後ゆっくりとプロペラピッチを操作、ハイピッチにする。高高度では空気が薄く空気抵抗が少ないために出来る技だ、ユーハングの搭乗員達もこうして長距離を飛んでいた。

 

地図を取り出しコンパスと縮尺定規で航路を計算し基地を目指す、基地付近上空に差し掛かると手回しハンドルでクルシー(クルシー式無線帰投方位測定器)を回転させ針の振れる方向に機首を向け飛び続けると基地が見えてきた。一度後ろを確認しイトウとタケダがついてきていることを確認、そのまま高度を下げ着陸コースに乗る。フラップと脚を出し大きくバンクを振り地上整備員達に着陸することを知らせ、静かに着陸した。そのままタキシングで駐機場所に機体を止めると、冷却運転をする。するとイトウとタケダが駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様です!小隊長!」

 

「お疲れ様です、二人とも愛機の冷却運転はどうしたんですか?」

 

「整備員に任せてきました。ここでは地上整備員が居ますので、」

 

「それは感心しませんね、愛機の手入れくらいは自分でやってあげなさい。今までも、今後も命を共にする大切な愛機でしょう?」

 

「はい・・・次からは自分でします。」

 

「わかって頂ければいいんです、では晩ご飯にしましょうか。」

 

そんな生活で2週間程がすぎた、だがどうも様子がおかしい。空賊基地をおおよそ3週間で叩ける見通しで編成された部隊のはずなのに、空賊の援護が日に日に勢いを増しているのだ。そんな時に指揮所の上官の部屋の前を通りかかった。何か話し声が聞こえてくる、俺は聞き耳を立てた。

 

「戦果が上がっていません・・・部隊長」

 

「そんなことはわかっている、こうなればあれを言うしかないか・・・」

 

「良いでしょう。代わりの搭乗員などイジツには沢山居る。」

 

何やら物騒な話をしているが・・・変なことをさせられるのはごめんだと思いながら俺は部屋に戻って寝た。

 

次の日・・・

 

「貴様らも知っての通り!我々は搭乗員の撃墜率が非常に多い!このままでは戦果は期待できない!!!」

 

皆ざわついている、急にこんなことを言われたのでは誰もが驚くだろう。

 

「その為!!被弾して帰艦が困難な場合は敵基地に留まり自爆するように!!!多少なりともの戦果は期待できる上、貴様らも無駄死ににはならない!これは命令だ!!」

 

「敬礼!解散!!」

 

心底ゾッとした、普通はこんなことを搭乗員に対して言わない。そのことを考えつつ出撃の為に機体の準備をしている時、イトウが駆け寄ってきた。

 

「小隊長!何をそんなくらい顔をしているのですか?」

 

「いえ・・・さっきの司令長官の話が心に残っているものですから・・・」

 

「どういうことですか?」

 

俺は胸ポケットからイサカとレミと俺の写真を取り出しイトウに見せた。

 

「会ったことがあるでしょう?妻と親友です。飛行中に疲れたと思ったらこの写真を見ます。この二人の為にも、私は死にたくありません。」

 

「今・・・なんと言いましたか!?」

 

「・・・」

 

俺は何も言い返さなかった。こういう商売をしている人間の前で生きて帰りたいというのは臆病だと言われても仕方の無いことだからだ、俺には到底理解できない、だが価値観は全く違うのだからそれを否定することも出来ない。

 

 

俺が危惧した最悪の出来事は、それから三日後に起こった・・・

 

カタルカナル上空で空戦中、俺たちの列から離れてシコルスキーを追いかけたタケダが主翼燃料タンクに被弾したのだ。敵機を追いかけタケダを助けた後空中集合をかけた、主翼内燃料タンクに被弾しており、漏洩も始まっていなかったため。その時はまだ帰ろうとしていたのだが・・・飛行中急にタケダが機体をこちらに寄せてきて手信号を送ってきた。よく見てみると無線アンテナ線が切れている、手信号を読み取ってみると。

 

燃料残量少 脚故障 帰還見込薄 戻ル

 

戻って自爆する気だ・・・俺は咄嗟に手を前で交差し「許可出来ない」の手信号を送る。そして燃料残量を手信号で伝える様に伝えた。

 

オフコウ山マデ 帰還見込薄

 

それならどうにかなりそうだ・・・そのまま飛び続けろと手信号を送った、しかしタケダは首を大きく横に降り、こちらに敬礼をして機首を反転させた。

 

「やめろーーーーーッ!!!!!」

 

俺はタケダの前に出ると大きく機体をバンクさせ制止した。しばらくタケダは逆向きに飛び続けていたが、考えを変えたのか機首を元の向きに戻した。俺はタケダの横に並ぶと掌を上にして手を上下に動かした。「高度上ゲロ」の手信号だ、高高度は空気が薄いためその分空気抵抗が少なく長い距離を飛べる。それに万が一発動機が止まっても滑空が可能だ。次にA.M.C.を最低になっているかを確認させ、俺は風防を開けた。風向きを常に確認し、追い風の時はスロットルを絞るよう、向かい風の時はスロットルを開けるよう細かく指示を手信号で送る。そうこうして2時間超、荒野の澄んだ空の切れ目に基地の鉄塔が見えた。もう10分も飛び続ければ基地だ。タケダも笑みを浮かべている、

 

バラバラバラバラッ・・・カラッ・・・カラッ・・・

 

タケダの二二型のプロペラが止まった。タケダは何度も何度も再始動しようと試みるがその努力虚しくタケダの二二型は高度を下げていった。それを追うように俺とイトウは高度を下げてゆく、タケダは荒野の地表に機体を胴体着陸させた。その上空で俺は風防を開け力の限り叫ぶ。

 

「直ぐに救援を呼んでやる!!何とか耐えろ!!!」

 

「タケダーーーッ!!頑張れーーーーッ!!!」

 

 

そしてすぐさま基地に向け全速力で帰還する。着陸すると直ぐに救援班に着陸地点を記した地図をわたし救援を送った。

 

30分後・・・

 

「不時着地点に・・・タケダ搭乗員の姿はなく・・・」

 

救援班が言葉を詰まらせた。

 

「どうした!?」

 

「その地点には・・・食いちぎられたかのような血痕のみが残っていました!」

 

俺は悔しかった、救援班に礼を言い指揮所に戻ろうとすると・・・

 

「小隊長!なして自爆させてやらなかったとですか!!タケダは得体の知れんもんに殺されるより、敵さ突っ込んで華々しく散った方がずっと幸せだったはずです!!!」

 

「・・・あの時点では助かる可能性があった。」

 

「本気で助かると思ってたとですか!?」

 

「分からない!だが自爆をすれば確実に死ぬ!!死ぬことなどいつでも出来る。生きるために努力をするべきだ」

 

「どうせ!!自分なぞこの先ろくな死に方は出来ません!もし自分が被弾したら・・・潔う自爆させて下さい!!」

 

「イトウ!貴様はまだ分からないのか!?」

 

「っ・・・」

 

「貴様に家族はいないのか?貴様が死ぬ事で悲しむ人間は居ないのか?それとも貴様は天涯孤独の身の上か!?」

 

「・・・」

 

「答えろ!!!」

 

「タネガシに・・・嫁が居ます・・・」

 

「奥さんは貴様が死んでも悲しんでくれないのか?」

 

「・・・いいえ。」

 

「それなら死ぬな!!どれだけ苦しいことがあっても・・生き延びる努力をしろ!!」

 

後にも先にもイトウを怒鳴りつけたのはこの時が最初で最後だ。だがいいことか悪いことかははっきり言えないが、そのあと俺達は長距離任務に着くことはなくなった。答えは簡単だ、空賊がこちらの基地を叩くようになってきたのだ。迎撃に上がるために常に上空を警戒している日々、周りの搭乗員もどんどん死んで行った。そんなある日司令官が蒸発した・・・だがそんな事を気にしている場合では無い。こちらは迎撃にあがり着陸して燃料を入れまた次の襲撃へ備える。そんなサイクルを繰り返し遂に帰宅予定の日になった、100人超が収集された搭乗員はついに俺とイトウのみとなった。司令官は事実を隠蔽するためこの事を誰にも報告せずに増援も期待できない。本来であれば任務完了の電報と共に帰還できるはずだった・・・だがそうはいかない。こんな状態ではトンズラすら出来ないのだ。今日も電索を確認し敵機機影を探した。その日の夕方、俺が愛機の操縦席で写真を眺めていた時だった。

 

「小隊長」

 

「どうしました?」

 

「もう備蓄の燃料がなかとです・・・」

 

「・・・イトウさん」

 

「はい」

 

「あなた航路計算は出来ますか?」

 

「出来ます。」

 

そして俺は立ち上がるとイトウの三二型の燃料タンクを満タンにし、増槽を取り付けそれにも燃料を注いだ。

 

「小隊長!何しとるとですか!?」

 

「貴方の三二型は胴体内タンクに燃料が残っています。今他のタンクにも補充しましたのでこれでタネガシまでは帰れるでしょう。故郷に帰りなさい。」

 

「だどもそんなこと!!」

 

「貴方の妻は貴方の帰りを待っているでしょう?早く帰って顔を見せてやりなさい。」

 

「だども小隊長はどうするとですか!?」

 

俺は笑いながら言った。

 

「私は貴方に何度も命を救われました。貴方が列機にいたから私はここまで生き残れたんですよ。私はそれで十分です、備蓄の燃料はあと一回零戦の胴体内タンクを満タンにするくらいは残っています、私はここで迎撃をしながら増援を待ちますよ。」

 

「貴方の大切な人はどうするとですか!?」

 

「ガタガタ言うな!とっとと帰れ!!ここで俺と言い争っている間に空賊が来たら貴様の燃料も足りなくなるんだぞ!」

 

「小隊長・・・」

 

「早く帰れ!!俺の事はいいから!」

 

「っ・・・絶対に助けに来ますから!」

 

そう言ってイトウの三二型は飛び立って言った、まあ救援なぞ来ないだろう。俺もイトウも向こうでは死んだ報告をされているはずだ・・・さて、俺は備蓄の燃料を全て愛機に注ぎ基地の周りを散策した。迎撃で撃墜された味方の戦闘機の残骸から燃料タンクを取り出し残量を確認する。漏洩をしていたりもするが無傷のタンクをどうにかこうにか探すのだ。

 

「翼内に残ってるな・・・」

 

そうして残骸から燃料を回収していると、とりあえず零戦本体のタンクは満タンにすることが出来た。だがまだたりない・・・タネガシへは増槽タンクをぶら下げてやっとだ。イトウが到着するまではあと約7時間・・・往復15時間、俺の命運も尽きたか・・・すると電索が反応を示した。シコルスキー6機・・・やるしかない、やらなければここで俺は野垂れ死にだ。

 

迎撃のため自分でエナーシャを回し発動機をかけ空中に上がる、1機のシコルスキーに狙いを定め急降下した。

 

ダダダっ!!!

 

一機撃墜、だが後ろにはシコルスキーがまた張り付いていた。右に左にと旋回をして振り切ろうとするが1機を振り切ると別の1機が張り付いてくる、逃げ続けているとついに機体後部に衝撃が走った・・・ピタリとつかれたのだ。

 

「くっそォ!こんな所で死ねるか!!」

 

左捻り込みをしようとしたその瞬間・・・

 

ガガガガガッ!!!!

 

増援!?いや違う!この機銃の音は・・・俺は後ろを振り返った。そこには飴色に日の丸を描いた二一型と、濃緑色と灰色に塗り分けられた五二型が居た。

 

「帰りが遅いと思って来てみれば!!」

 

「空戦上等のヤマダがどうしちゃったんっすか〜?」

 

「イサカ!!レミ!!」

 

「話はあとだ!さっさと片付けるぞ!!」

 

俺は左捻り込みでシコルスキーの後ろに着いた、

 

ダダダっ!!

 

20ミリを叩き込む、そのまま一度離脱すると後ろを守っていたレミが援護射撃をした。

 

「いただきっす!!」

 

ドォッ!!!

 

前に居たシコルスキーが火を吹いた。撃墜確実、上空ではイサカが片付け終えた後だった。とりあえず基地に三人で着陸する。風防を開け翼から下りるとイサカとレミが抱きついてきた。

 

「心配したんだぞ!!馬鹿者!」

 

「遅いっすよ・・・バカバカ!」

 

俺は二人を抱き返すと、気になっている事を二人に聞いた。

 

「すまんな・・・ところで帰りにイトウを見なかったか?」

 

「見たも何もついさっきすれ違ったばかりだ、手信号で慌てて今の状況を伝えて来て反転しようとしてきたから私が制止して帰らせたんだよ。」

 

「そうそう、イサカが昨日からずっとヤマダは、ヤマダはってソワソワしてたんっすよ〜」

 

「すまないな・・・見ての通りな状態だ。」

 

「その話はつけてきた、輸送商会も空賊を甘く見ていたようだ。」

 

「やっぱりな・・・どうすんだ?」

 

「それが、この話を電話で話してたんっすよ、そしたらたまたまニコがその話を聞いてて『私の組で空賊を潰す。』つって戦闘機隊を派遣したんっスよ。どういう風の吹き回しっすかね?」

 

ゴォォォォォォォォォォ!!!!

 

すると上空を五二型の大編隊が通過した、それと同時に大きな箱が超低空飛行の零戦から投下されてきた。

 

「これは・・・増槽タンクと燃料か!?よくもまあこんなに・・・」

 

「私が頼んだんだ、どうせ増槽も何も無いんだろう?」

 

「ああ・・・ありがとう!」

 

「さあ、帰るっすよー」

 

三人の機体に増槽を取り付け離陸準備をした。燃料コックを胴体内燃料タンクに切りかえ発動機を回す・・・俺の五二型はセルモーターでは無いのでエナーシャを自分で回さなければならない。操縦席背もたれ裏に固定されているエナーシャハンドルを取り外し機体から降りようとすると、二人が笑顔で下にいた。

 

「ほら、エナーシャハンドルを貸せ。」

 

「あたしらが回してあげるっすよ〜」

 

「助かる・・・」

 

俺は操縦席でシートベルトを閉め操縦桿を足で手前に巻き込み大きく手を振った、

 

「整備員前離れ!スイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

キィィィィィン・・・

 

エナーシャスターターの回転数が上がる、俺はその音に耳をすませ二人の声を待った。

 

「コンタクトーー!!!」

 

エナーシャとクランクシャフトを繋ぎスイッチを(両)位置へと変える。

 

ガコンっ・・・カチッ・・・バラッバラッバラッ・・・

 

少しだけスロットルレバーを前に倒し燃料を送る。

 

バラバラバラ・・・!!!!!

 

乾いた爆発音がリズム良く響く、発動機始動だ。

 

「OKだ!イサカ!レミ!ありがとう!」

 

二人はこちらに敬礼をすると自分の機体に戻って行った、俺はフットバーを思い切り踏み込みブレーキをかけアイドリングをする。磁石発電機の動作を見て、発動機が温まったところでブレーキを外し滑走路に出る。本来なら試運転を更に行うが燃料がギリギリの為今回はそのまま飛ぶ。後ろを確認するとレミとイサカが後ろに並んでいた。風防を完全に開け座席位置を高くして飛行眼鏡をかける。ここの滑走路は舗装されていないのだ、大きく手を振って離陸することを伝え当て舵を当ててスロットルを開く。

離陸すると脚を上げ使用燃料タンクを増槽へと切りかえた。風防を閉めて飛行眼鏡を外す。燃料残量も問題なし、発動機も正常。なんの問題も無く高度を上げていく、すると無線が入った。

 

「ヤマダ!」

 

「イサカか、どうした?」

 

「その・・・お、おかえり。」

 

「おかえりなさいっす。」

 

「・・・ただいま。」

 



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妬みの感情、愚かなり。

著 ヤマ

 

「燃料よし!二番機出ろ!」

 

「発動機異音!班長どうしますか!」

 

「滑走路の端に寄せろ!後ろの機の出撃を優先だ!」

 

「次で最後の一機です!」

 

「了解!チョークはらった!出ろ!」

 

一通りの戦闘機を捌き終えた、空賊がタネガシの空域に数団体出たのでイサカ組の機体を全機送り出したところだ。そして俺は汗をタオルで拭き取ると、五二型の操縦席に座り発動機を回し飛行眼鏡をかけた。

 

「班長!行くんですか!」

 

「今回は数が多いからな!故障で帰ってきた機体は俺が前教えた基準通りに見て修理か廃棄かで分けておいてくれよ!」

 

「はい!ではご武運を!」

 

そして俺は離陸する、イサカが向かった方は基地から北北東に真っ直ぐだ。しばらく飛んでいると不調で発艦が少し遅れた若い搭乗員が見えた、近くにより無線で呼びかける。

 

「ボーヤ大丈夫か!?顔色が良くないぞ?」

 

「大丈夫です・・・ただ、自分空戦で弾を打つのは今日が初めてで・・・」

 

「緊張してるか!?」

 

「はい・・・」

 

「よし!それでいい!」

 

「は?」

 

「緊張感の無いやつはタダの馬鹿だ、今日は君は俺の後ろに着きな!」

 

「でも自分だと足を引っ張ってしまうかもしれませんよ・・・」

 

「今日1日俺の足を引っ張って生き延びてイサカ組に貢献できるのなら俺にとってなんの不利益でもないさ。」

 

「そうです・・・ね、よろしくお願いします!」

 

「誤射って俺をぶち抜くなよ?」

 

「善処します!」

 

そしてしばらく飛んでいくと敵と乱戦になっているうちの組の機体が見えた、敵の数はもう残り少なかったが後ろを気にしつつ一機の機体に目標を絞った。

 

「行くぞ!ボーヤ!」

 

「はい!」

 

急降下し照準に敵を捉えた、狙いを定め機銃を発射する。

 

ダダダっ!ダダッ!

カンッカンッカンッ!

 

ドォン!

 

一機撃墜!もう一度後ろを振り向くと左斜め後ろに敵機が見えた。ふと思いつき無線を送る。

 

「ボーヤ!後ろの一機に気づいているか!」

 

「今言おうとしたところです!」

 

「俺が後ろについてやる!お前が撃墜してみろ!」

 

「いいんですか!」

 

「経験だ!いけ!」

 

ボーヤはグイッと機首を反転させ敵機に向け加速した。俺はしっかりと後ろを守ってやる、敵機まであと100クーリルという所でボーヤは機銃を打った、いくらなんでも遠すぎだ。無線で注意をしようとしたらなんと敵機が火を吹いて落ちていった。

 

「ボーヤ!君の弾かい!?」

 

そう言って斜め前を見ると見覚えのある零戦が飛んでいた。主翼に入った赤いラインと波模様・・・イサカの愛機だ。

 

「私だ!来るのが遅いぞ馬鹿者!」

 

「悪かったよ!敵はあと何機残ってる!?」

 

「さっきので終わりだ!」

 

「了解!じゃあ帰ろうか? ボーヤ!編隊は組めるな?」

 

「はい!心得ています!」

 

「OK」

 

そして俺とイサカとボーヤで3機編隊を組む、俺だけ五二型で少し違和感だがまあ問題は無い。燃料に注意しつつスロットルを操作し基地へと帰りついた。

とっくに外は暗くなっていた。 風防を開け五二型から下りると、ちょうどそこにはボーヤが立っていた。

 

「本日はありがとうございました!」

 

「お疲れさん、どうだった?初めて弾を撃った感想は。」

 

「敵機と距離が全然離れているのに緊張してすぐ撃ってしまいました・・・恥ずかしいです」

 

「まあ、その辺は何度も出撃して慣れるしかないな。ほっとんど初めての空戦で死ななかったんだ、それだけでも上出来だよ。」

 

「ありがとうございます! その・・・」

 

「どうした?」

 

「また機会があれば列機につかせていただいてもよろしいですか?」

 

「俺なんかで良けりゃいつでも来い。そういや名前を聞いてなかったな。」

 

「はい!よろしくお願いします! 失礼、申し遅れました。自分はリキヤと言います。」

 

「よろしくな、リキヤ」

 

「こちらこそ。」

 

そして俺は汗をかいた服を着替え、テラスに向かった。そこから見えるタネガシの夜景は絶景なのだ、道中冷蔵庫からラムネを1本取り出して親指でフタを開ける。吹き出さないように開けるのには少しコツがいるな。そしてテラスへ通じる扉を開けると、そこにはイサカが居た。

 

「イサカ、ヨコいいか?」

 

「ああ・・・ラムネ1杯貰ってもいいか?」

 

「はいよ」

 

「今日も生きて帰れた事に乾杯だ」

 

「そしてこうして話せることにもな。乾杯」

 

そして2人で肩を並べてテラスから夜景を見た。そしてまたイサカの方を向くと、イサカは物悲しそうな目で夜景を見ていた。

 

「どうした?イサカ」

 

「いや・・・何でもない。ゲキテツ一家に入る時に描いていたくだらない理想を思い出していただけだ。」

 

「・・・聞きたいな、その理想を。」

 

「いつか・・・この世界に生まれてくる子供達が不自由なく過ごせる世の中を作りたい。親を亡くすようなことが無い世界を作りたい。そんな事だ」

 

「その話、ノッたよ」

 

「馬鹿を言うな、私達はマフィアなんだぞ。カタギの世界にまで手を出すことは・・・」

 

「だから何だ?」

 

「え・・・?」

 

「マフィアだろうがカタギだろうが、理想を追い求める権利は誰にでもある。俺達には力もあるし優秀な仲間も居るんだ、その理想、叶えられる所までやってみようじゃないか?」

 

「ヤマダ・・・」

 

「俺は君の理想を実現させるためには全力で協力するよ。」

 

「ああ・・・ありがとう。」

 

「活き活きしている君が一番綺麗だ」

 

「ふふ・・・そうだ、コレを渡したかったんだ。」

 

「これは・・・懐中時計?」

 

「ああ、私のこの時計の修理や調整を頼んでいる行きつけの時計屋で買ったんだ。その・・・これを肌身離さず持っててほしいんだ・・・迷惑・・・か?」

 

「そんなことは無いさ、ずっと大切にする・・・ありがとう。」

 

そして俺はイサカを自分の方へ引き寄せ強く抱き締めた。そして頭の後ろに手を回し、長いキスをした。

 

「んっ・・・んんっ//」

 

口を離すとイサカは頬を赤らめて抱き着いてきた。

 

「急に口付けするな・・ばか・・・」

 

「ばかでいいさ」

 

そのまま俺達はテラスで抱き締めあっていた。するとテラスの扉が突然開いた。

 

「はぁ〜疲れたっす~イサカ〜ちょっと話がっt・・・・お二人さん。お邪魔したっすね〜」

 

俺とイサカはサッと離れると、レミの頭を1発づつはたいた。そして話をする。

 

「なんだ!レミ!」

 

「いってて・・・悪かったっすよ〜イサカ~、そんなに怒らないでくださいっす。」

 

「怒ってない!要件を言え要件を!!」

 

「めっちゃ怒ってるじゃないっすか・・・」

 

「怒ってない!」

 

「二人とも落ち着け・・・レミ、何かあったのか?こんな時間に言いに来るってことは相当の急ぎのようだが?」

 

「そうそう、飲み屋に行かないかって誘おうとしたんっすけど・・格納庫で若いノンがヤマダのこと呼んでたっすよ?」

 

「わかった、二人は飲みに行くのかい?」

 

「行こうと思ったっすけど、やっぱヤマダが作業してる横で酒を飲むっす~」

 

「ひっどいなぁ・・・」

 

そして俺たちは格納庫へと降りて行った、格納庫の中には今俺が個人の趣味でレストア中の零戦一一型前期が置いてある。その横には修理を頼まれて預かっている二一型の初期型が置いてあった。どちらもエルロンの前後重量不均等の対策のための突出型マス・バランスが外観の大きな特徴だ。一一型は通常の零戦より一枚上の第四カウルフラップから突き出た排気管が特徴なのだが俺が引き取ったときはなんと二一型の排気管が流用されていた、これでは一一型後期になってしまう。だから排気管を鉄板をたたいて作り直したのだ、今は作業はほとんど完了し塗装をするだけだ。ユーハングで一番最初に零戦を運用した海軍第十二航空隊、通称十二空の塗装にしようと思っている。すると整備班の後輩が話しかけてきた。

 

「ヤマダさん、お疲れ様です。」

 

「おう、お疲れ。ところで俺を呼んでたようだがどうした?」

 

「ええ、あの二一型のことなんですが・・・あれってドルハ自警団から預かったんですよね?」

 

「ああ、なんか自分とこのではどうしようもできなかったからどうのこうのって言われてな。」

 

「すみません・・・自分ではもう無理です・・・せっかく任せていただいたのに・・・」

 

「まてまて、急に謝るな。まずはっきり理由を説明してみろ。」

 

「はい・・・ドルハって雨がほかの地域に比べて多く降るじゃないですか。けどイジツのほかの地域では雨が少ない、ドルハで雨に打たれたこいつの機体の中身に水がたまったんです、どうせ風防半開きで放置でもしていたんでしょう。そしてその水がたまったまま湿度の高いイジツの気候で放置して運用し続けたらどうなるかなんて・・・」

 

零戦の超超ジュラルミンは腐食に弱い、そして雨に慣れていないイジツの人間が雨対策なんて知るわけはないのだ。後輩に言われるまま後部胴体を見てみると見るも無残なことになっていた。外板はきれいだ、どうせ向こうの修理工場やらなんやらで外板だけうまくつぎはぎをしたんだろう。

 

「発動機やその他の部分の整備は完璧にしました。ですがこの錆だけはどうしようもないんです・・・」

 

そう言って申し訳なさそうな顔をする後輩の背中を俺は軽くたたくと言った。

 

「よしよし、お前はここまでよく頑張ったよ。この後部胴体は外して新品と付け替えよう、お前には今度外板の修復の仕方を教えてやるよ。ちょうど一一型でやったしな。」

 

「ありがとうございます・・・」

 

「そう悲観的になるな、無理なもんはだれがやっても無理なんだよ。そんだけ本気で機体を直そうとしたお前は十分立派だ。今日は遅いからもうゆっくり寝な。」

 

「はい!ヤマダさんは組長とレミさんとごゆっくりですね~」

 

「うるさいうるさい、早く寝ろ!」

 

そう言って俺は後輩を追い返すとさっさと後部胴体を取り換えた。塗装まではしないと言ってあるので防腐塗装だけを施し端のほうに置く、そのまま作業を終え寝ようとすると、レミが話しかけてきた。

 

「もう寝るんっすか~」

 

「飲みすぎだ・・・正直全然眠くないがな。」

 

「あたしらもっす~ ねえイサカ?」

 

「ああ・・・ただすごく頭が痛い・・・」

 

「そりゃあれだけしこたま飲んだらそうなるわな・・・ちょうどいいや、二人に面白いもんをみせてやるよ」

 

そう言って俺はさっき取り換えた後部胴体を持ってきた。

 

「外はすごくきれいに見えるがな・・・」

 

「だろ?じゃあちょっと外板をはがすぜ?」

 

そうして外板をはがすと腐って無くなったメインフレームの残骸が姿を現した。

 

「うわっ・・・なんだこれ・・・」

 

「中に水が溜まって湿気も相まってジュラルミンが腐ったんだよ、それを外から外板だけ溶接でつぎはぎしたんだろう。ほらっ」

 

そうして俺がその外板周りをたたくと簡単に穴が開いた。次いで尾翼を外そうと中身に手を突っ込んでみるとボルト穴が見当たらない、

 

「レミ、ちょっとこの中照らしてみてもらってもいいか?」

 

「どうぞっす~」

 

中をよく確認してみると尾翼が溶接されていた、取付穴が腐ってにっちもさっちもいかなくなったから苦肉の策として溶接したんだろう。

 

「これは・・・ひどいなぁ・・・ドルハ自警団の機体みんながこうだと思うとすごい気の毒だ」

 

「だが、ボルトだと飛行を繰り返すと緩む可能性もある。ここは溶接でもいいんじゃないのか?」

 

「飛ぶだけならな・・・意味がないように見える設計にはすべて意味がある。零戦は尾翼を取り外すことで簡単に昇降舵をメンテナンスできるんだ、それに溶接するということは尾翼が被弾した時に尾翼部分だけを取り換えるということが出来ない。」

 

「そうなのか・・・」

 

「そうだ、それともうひとついい音聞かせてやるよ」

 

そして俺はレストア中の一一型のエナーシャを回し発動機をかけた、やろうと思えば零戦の発動機は一人でかけることが出来るのだ。そうして操縦席に飛び乗るとイサカとレミを操縦席の横に呼ぶ。どの戦闘機にも言えるが戦闘機の発動機に消音装置なんてものはない、シリンダー内の爆発音は排気管を通って直接外に噴出してくる。環状排気管のこの零戦一一型や隼一型は「まだわずかにまし」であるが推力式単排気管である五二型や隼三型はひどいもんだ。俺は自分の声すら聞こえにくい操縦席からレミとイサカに叫ぶ。

 

「今から回転を上げるから音をよく聞いててくれよ!」

 

ゴォォォォォォォォ!!!

 

「過給機の音がほとんどしていないように聞こえるが!?」

 

「あと爆発音が子気味いいっすね!」

 

「二人とも正解だ!」

 

そうして俺は一一型の発動機を止め操縦席から降り、二人に缶コーヒーを渡す。レミは普通のやつ、イサカにはブラックだ。

 

「おお、ありがとう。」

 

「ありがとうっす~」

 

「いい音してただろ?」

 

「ああ、だが私の二一型でも同じような音がしている。やはりお前の整備技術が高いってことだな」

 

「へへ、そうかい?過給機の音がほとんどしないのは過給機の回転軸の芯がしっかり出ていることとオイルがしっかり回ってる証拠なんだ。あれはウン万回転で回ってるから風切り音がするのは仕方ないが カラカラ とか キンキン っていう金属同士が接触するような音がしてる機体がイジツには多いんだぜ?」

 

「けどしっかり整備してないと動かないんじゃないんっすか?」

 

「動きはするんだよ。人間と違ってある一定以上の基準を満たせば文句言わず動作はするんだ、けど確実に痛むし性能は発揮できない。いいかい?整備できないっていうのは決して悪いことじゃない、知識がないのなら当然だ。ただし何か異変を感じたら必ず俺たちみたいな整備ができる人間に言ってくれ。命にかかわる故障かもしれないし機械にとってもいいことは一つもないからな。」

 

「ああ、頼りにしているぞ。」

 

「今度うちの組員にもこっちで見てもらうように言っとくっすね~」

 

「待て待て、できることはそっちでやってくれよ?」

 

「わかってるっすよ~」

 

「あと、意外にみんなやるんだがオイル交換のときに横着して古いオイルに新しいオイルを足すなよ?油もんはいいもの悪いものを混ぜると悪いものになる性質があるからな。」

 

そう言い終えると電索が反応を示し警報が鳴った。どう見てもご来客ではなさそうだ・・・だがすぐ出撃できるのは爆弾懸架装置をつけたままの五三型だけ。仕方あるまい。すると整備班たちが爆弾懸吊架を外そうとしている。俺はまずイサカとレミに声をかけた

 

「イサカ!レミ!悪いが五三型で迎撃する!準備をしてくれ!」

 

「了解!」

 

「あいあいっす!」

 

そして工具を出して懸吊架を外そうとする整備班に叫んだ。

 

「懸吊架は付けたままでいい!発動機を回せ!早く!!」

 

「ですがこれがついたままだと・・・」

 

「多少の速度低下はやむを得ん!先手を打つのが優先だ!何をグズグズしている!急げ!!」

 

そうして俺は愛機である五二型から飛行帽と眼鏡をとると、一機の五三型に飛び乗った。後ろでは警報を聞いた組員たちが続々と始動準備をしている。

 

 

 

 

私はヤマダに言われるまま一機の五三型に飛び乗ると座席を上げ飛行眼鏡をかけた。発動機はすでに回っている、ヤマダ率いる整備班は本当に優秀だった。そのまま手で合図して車輪止めをはらってもらうと滑走路に出て離陸する。いつもの二一型と違い少し重い零戦に戸惑いながらもバランスタブの角度を調節し機をまっすぐにする。朝日を背に電索が示した方向に向け高度を上げてゆく、ふと後ろを振り向くと一機の五三型がついていた、大きくバンクを振る五三型をみて私は確信した。

 

「ヤマダか!」

 

無線機のチャンネルをそろえる暇がなく、声を聴くことはできないがあれは確実にヤマダが操縦する機体だ。やつは利き足の左のラダーを強く踏むきらいがある。だからバンクを左右同じ角度で振るのが苦手なのだ。ヤマダが後ろについてくれているのなら心強い。そのまま私は高度を上げ続けた、会敵までにはまだ少し時間がかかる。高度1200クーリルで過給機を変速し水メタノールを噴射する、そのまましばらく飛び続けると前下方に十数機の機影が見えた。ヤマダがまだ後ろについていることを確認すると、13.2ミリ機銃の完全装填をして試射をしながらバンクを振る「敵機発見」の合図だ。機を裏返し急降下に入ると機種が見える

 

「嘘だ・・・」

 

私は機体を見て戦慄を覚えた、それは決して敵の数にではない

 

「P-51D ムスタング・・・!」

 

編隊を組んで飛んでいる5機の彗星の護衛には数機の紫電と、2機のムスタングがついていた。すると左の雲から数機の五三型が飛び出して機銃を発射した。一機の彗星が堕ちムスタング2機は散開する、私はムスタングに狙いを定め後ろに付こうとした。私の前を通り過ぎたムスタングを見すえて機体を反転させる、後ろに着いたと思うとすぐ相手は遠くに離れていってしまった。馬力が違いすぎる・・・そのまま紫電を数機撃墜すると、また私の視界の下の端に入った。今度こそ・・・私は後ろにいるヤマダのことを何も考えず垂直降下したムスタングに向け機銃を打つ

 

ダダダッ!ダダダッ!

 

ムスタングが燃料タンクから火を吹いた。それを見届けた後に後ろを見ると、レミがもう一機のムスタングに貼りつかれていた。援護に向かおうと機種をそちらに向けると主翼に弾がカスった、さっきのムスタングは撃墜できていなかったのだ。機体を滑らせ射線をかわす、そのときレミはムスタングを何とかふりきったようだった。私もどうにかふりきらなければいけない、操縦桿を思い切り自分の方に引き付けた・・・が、操縦桿が全く動かない。速度計を見ると120キロクーリル、垂直降下の速度が乗ったままで舵が重くなったのだ。真後ろにはムスタング、もはやこれまでか・・・

 

「イサカ・・・すまん・・・」

 

そうハッキリと私の耳に声が聞こえた。その次の瞬間私とムスタングの間にヤマダの機体が滑り込んできた。ヤマダはモロに機銃弾を受け降下していく・・・

 

「ヤマダ!!!!!」

 

私は速度が落ち舵が効くようになった五三型で、レミと共にムスタング2機を低空での旋回戦に持ち込み何とか撃墜した。上を見ると敵機はおらず、皆帰ろうとしていた。私はヤマダの機体が地表にあるのを確認し、すぐ基地に戻る。機体から飛び降りるとレミがこちらに駆け寄ってきた。

 

「イサカ!ヤマダが!」

 

「わかっている!救援機急いでくれ!!頼む!」

 

「その必要は無いぜ」

 

「クロ!」

 

クロが自分の五二型からヤマダを引っ張り出すと救護班に引き渡す。私は基地の人混みをかき分け担架に駆け寄った、

 

「ヤマダ!!!返事しろ!頼むから返事しろ!!」

 

「組長!急ぎますから離れてください!」

 

「イサカ!落ち着いてっす!」

 

サダクニとレミに静止され私は担架から手を離した。まずはクロに礼を言う

 

「はぁ・・・はぁ・・・クロ、ありがとう。」

 

「どうってこたないさ。まあ奴も何回か怪我しては生きて帰ってんだ、今回も大丈夫だろうよ。」

 

「そうだと・・・良いんだが・・・」

 

「あいつは本当にお人好しだぜ・・・レミも一度やつに助けられているしな」

 

「そう・・・っすね。」

 

「まあ俺達が悲観的になっても仕方ない、イサカ、お前はあいつの処置が終われば医務室に行ってやれ。」

 

「恩に着る・・・ありがとう。」

 

そして私は格納庫に行くと、ヤマダの愛機である五二型の操縦席に乗った。計器板を見ると、前に私とレミとヤマダの三人で撮った写真が磁石でつけてあった。私はその写真を手に取り眺めた。いつも私やシマの住人達のことを気にかけてくれている、優しい夫・・・私は自分の無力さが情けなかった。操縦席で蹲っていると、優しく肩を叩かれた。顔を上げると、レミが居た。

 

「イサカ、医務室に行きましょ?」

 

「うん・・・」

 

「こーら!あんたがしっかりしないでどうするんっすか! ヤマダがそんな顔を見たらあいつ、心配してなんにも出来ないっすよ。あいつの為にも、しっかりしてあげてくださいっす。」

 

「そう・・・だな、ありがとうなレミ。私は何時も皆に助けられてばかりだ。」

 

「そんな事ないっすよ。あんたがしっかりカネの管理をしてくれてるからゲキテツ一家が回ってるんっす、それに空戦の時の時間管理と危険予知も優秀。イサカも充分人の役に立ってるんっすから、人に何かされることを後ろめたく思う必要は無いっす。」

 

そう慰めてくれるレミと2人で歩いていると、医務室の前に着いた。扉を開けると、サダクニと若い男に見守られてヤマダはベッドで寝ていた。

 

「ヤマダ!」

 

私が駆け寄り呼びかけるが・・・ヤマダは返事をしない。

 

「なあ・・・ヤマダ、悪ふざけはよしてくれ・・・ほら、お前は一一型の塗装がまだなんだろう!?なあ!返事をしてくれ!!」

 

「組長!落ち着いてください!ひとまず処置はしましたが・・・弾をモロに受けていました、今夜あたりが山でしょう・・・。」

 

「そんな・・・」

 

「イサカ・・・」

 

「すまないが・・・ヤマダと二人にしてくれないか?」

 

「わかったっす。」

 

二人きりになったのを確認すると、私はヤマダに話しかけた。

 

「なあ、私達楽しかったよな。ケンザキ一家と揉めてから結婚して・・・着物も着たし浴衣も見せた、長い距離を一緒に飛んだこともあったしお前のご飯を私はいっぱい作ったな・・・私達、まだちょっとしか一緒に過ごせてないじゃないか・・・もっと一緒に過ごそうよ・・・なあ・・・ヤマダ・・・お願いだから・・・死なないでよ!ヤマダぁ!うわああああ!!」

 

「組長!」

 

「なんでいつもこうなるのはヤマダばっかりなんだ!なんで!!何で私じゃないんだ!なんで!!なんで!!!」

 

「組長落ち着いてください!」

 

「イサカ、落ち着いてくださいっす!」

 

「はぁ・・・はぁ・・・すまない・・・」

 

私はあいているベッドに腰を下ろすと、さっき居た若い男が口を開いた。

 

「すみません!自分があの時断るべきでした!」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「私はリキヤといいます。出撃するとき、ヤマダさんは自分のことを見つけるとこういったんです『俺と機体を代わってくれないか?13.2ミリ機銃と防弾版が外してあって機体が軽いお前が乗ってる五三型のほうがいい、お前が防弾版のついてるほうに乗ってくれ、安心感が違うぞ』って・・・・」

 

「じゃあ・・・ヤマダはお前の五三型と交換していたということか?」

 

「はい・・・すみません!自分がもっときっぱり断るべきでした!」

 

「出て行ってくれ・・・」

 

「しかし・・」

 

「頼む・・・出て行ってくれ・・・」

 

そしてまた私はまた病室でヤマダと二人きりになった、どれだけ待ってもヤマダは目を開けない。すると、私はヤマダの服のポケットから鎖が垂れ下がってるのを見つけた。これは・・・ ポケットに手を突っ込み取り出してみると私がテラスで渡した懐中時計だった。蓋を開けるとそこの裏にはヤマダの血のついた私の写真が小さな磁石でとめられていた。恐らく機銃弾を受けた瞬間これを見ていたのだろう・・・

 

「ばか・・・」

 

そして私はその懐中時計をそっとヤマダのポケットに戻し、格納庫へと降りていった。そこにはクロとレミが居た。

 

「イサカか」

 

「今日の敵について、何かわかるか?」

 

「残念ながらまだ何も・・・撃墜したムスタングを見たんっすけど、ラウンデルも何も書いてなくって・・・すんませんっす。」

 

「いや、良いんだ。レミ、クロ、本当にありがとう。」

 

「どうってことは無いさ、俺はやつに借りがある。」

 

「初耳っすね〜、どんな借りがあるんっすかー?」

 

「あいつは昔捨て身でレミを守った、こんな大きな借りがどこにある。」

 

「クロ、それって」

 

「かっ、勘違いするなよ?大事な頭を守ってくれたから借りって言ってるだけだぜ?」

 

「ふふ、2人とも今日は上の部屋で寝てくれ。私は少し格納庫ですることがある。」

 

「辛いと思うっすけど・・・気をしっかり持ってくださいっす。おやすみなさい」

 

「ああ、ありがとう。おやすみ。」

 

そしてヤマダが作ってくれた二一型のもとへと歩いて行った、することがあるといったのは嘘だ。特に何もすることはない、ただ一人になりたかったのだ。機体の周りをゆっくりと歩いているとふとおかしなことに気づいた、エルロンにあるバランスタブがない。二一型はエルロンの後ろに板がついており、これで機体のわずかな傾く癖を調節するのだ。本来は何度も試験飛行を繰り返し度合いに合わせてペンチで曲げ角度を調整するのだが非常に時間がかかる、エルロンをよくよく確認してみるとバランスタブがあった場所に切り欠きと小さなロッドのようなものがあった。

 

「エルロントリム・タブか・・・なぜわざわざこんなことを・・?」

 

「組長? こんな時間に何を?」

 

「ん、お前は・・?」

 

「失礼しました、ヤマダさんの後輩のキヨシです。ヤマダさんのことは本当にお気の毒で・・・」

 

「そうか・・お前こそこんな時間に何を?」

 

「ヤマダさんに頼まれてた発動機が届いたのでそれを倉庫になおしていたところです。」

 

「遅くまでご苦労だな・・一つ聞いてもいいか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「この機体・・・なぜバランスタブからトリムタブになっているんだ?」

 

「ヤマダさんが取り替えていましたよ、組長のあの波塗装の二一型のエルロンとラダーもこれになっているはずです。」

 

「本当か・・ヤマダはこれについて何か言っていたか?」

 

「自分が取り付けを手伝ったんですが・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ヤマダさん、なぜわざわざ点検箇所が増えるこれに変えるんですか?」

 

「これだとイサカの好きなタイミングで補正度合いを変えれるからさ・・・やっぱ空戦がやりやすくなるんよ・・・俺あの子にゃ絶対死んでほしないからさ・・・こっちでもできるだけのことはしたいんよな。けどあの子絶対に家にいてくれ言うても聞いてくれへんやん? まあしゃあないけどさ、あの子かってそりゃ若い時に大変なことやってはるんやしさ・・・あ、ごめんな余計なことばっかりくっちゃべって。」

 

「いえ、ヤマダさんは本当に組長のことがお好きなんですね。」

 

「そらせやでお前・・・あんなええ子絶対おらんぞ?メシはうまいしかわいいしかっこいいし・・・あ、でも俺の好きな御座候あげられへんのだけが不満かな、ほらあの子甘いもん苦手やからさ。」

 

「ぞっこんですね・・・このほかにすることはありませんか?」

 

「うーん・・・もうないかな、あ、けど今度栄三一型甲を二機仕入れといてくれへんか?」

 

「何でです?あ、ヤマダさんのあの61-120に積むんですか?」

 

「ドアホ、俺の五二型の発動機は一生もんじゃ。そうじゃなくてレミの雲塗装の五二型とサダクニさんの五二型に積むの!」

 

「なんでまた?」

 

「どうもあの二人の零戦の音がよくないんだよ、多分バルブタイミングとかバルブの芯がわずかにずれてきてる。ユーハングだとそういうのは捨てて新しいのにしてたらしいんだが・・・こっちだとそうもいかないだろ?だから発動機を修理してる間のつなぎの発動機としてな。」

 

「そうですね・・・ヤマダさんはほんとに優しいですね。シマの住人の戦闘機の整備もすごい格安でやってるし・・・」

 

「あれはな・・・チョーっとあくどいことしてるけどな。」

 

「ええ?」

 

「自警団とか、商会とか、そういうとこにちょっと吹っ掛けてんだよ。大きい整備も請け負ってやるから金出せってな。ジャッキで機体を持ち上げれるような工場ってあんまないからな。それで得た大きい利益をシマの住人の修理に回してやってるんだ。俺が住人からもらってる額はお前らの給料分くらいだよ。」

 

「え・・じゃああなたの給料は?」

 

「さすがにちゃんと計算に入れてるよ。ただまあ必要最低限って感じかな、今のあの一一型みたいにレストアするときとかは説明してちょっと多く取ったりするけどな~ まあお客さんの理解あってこその商売と趣味だよ。」

 

 

 

・・・・・・って言ってましたね、操縦席に乗ってみてください。トリム調整用のダイヤルがあるはずです。」

 

「あいつがそんなことを・・・わかった、少し乗ってみる。ありがとう。」

 

「では自分はこれで・・・難しいと思いますが気を落とさずに頑張ってください、あの人ならきっと大丈夫ですよ。」

 

そう言って建物に戻っていくキヨシを見送ってから、私は二一型の足置きと手掛けを出した。操縦席横に立つと風防をガラッと開ける、手掛けに手をかけ操縦席に座ると、左に見慣れないダイヤルがあった。

 

「これが・・・」

 

そのダイヤルをよく見ると刻印があった、

 

離陸 ココ

巡航速度 ココ

空戦 適時調整

 

ヤマダの字だった、なんども飛んで調整したんだろう。ダイヤルのつかみ部分は塗装が剥げていた。

 

「ヤマダ・・・ありがとう・・・本当に・・・」

 

 

 

 

 

 

「イサカ!起きてくださいっす!なんでこんな所で寝ちゃってるんっすか・・・」

 

「ん・・・んあ? 朝・・・?」

 

「朝っすよ!零戦の操縦席で寝る人がどこに居ますか!」

 

「悪い・・・あいてて・・・」

 

「早く起きて下さいっす!ヤマダが・・・ヤマダが!」

 

「ヤマダが!?」

 

私はレミの言うことも聞かず医務室へと走っていった、扉を力任せに開けるとそこにはサダクニが居た。

 

「組長、ヤマダのやつ何とかヤマはこえました・・・まだかろうじて話が出来る程度ですが・・・」

 

「イサカが・・・来てるんですか?サダクニさん・・・」

 

「こらヤマダ!まだ寝てなきゃダメだ!」

 

「ヤマダ!!」

 

「ごめんな・・・あんな事しか出来なくてごめんな・・・イサカ・・・」

 

「良いんだ・・・もう良いから・・・もう謝らないでくれ・・・」

 

「本当は・・・すぐにでも戻りたいんだが・・・」

 

そういうヤマダにサダクニは言う

 

「駄目だ!お前はまだ傷口が塞がってないんだ!あと2日は安静にしないと!」

 

「でも・・・」

 

私はおもむろにベッドの横の椅子に座るとヤマダの頬に手を当てキスをした。

 

「んっ・・・///!?」

 

「お前が復帰したい気持ちはよくわかる、私だって正直戻ってきて欲しい。けどお前の体が第一だ、私は絶対に会いに来てやるからここで安静にしておいてくれ・・・いいな?」

 

「ああ・・・」

 

「アツアツっすね〜?」

 

「う・・・うるさい・・・」

 

「レミ・・・クロは居るか?」

 

「ここに居るぜ、大丈夫か?」

 

「君のおかげだよ・・・俺を機体から引っ張り出して運んでくれたんだってな・・・」

 

「大変だったぜ?」

 

「感謝するよ・・・」

 

「クロ、それにサダクニさん・・・俺がいない間、イサカをよろしく頼む。」

 

「あれ?ヤマダ、あたしの心配はしてくれないんっすか〜?」

 

「レミはクロがいつもしっかり守ってるから心配はしてないよ・・・なぁクロ?」

 

「当たり前だ・・・恥ずかしいから言わせないでくれ」

 

「愛いやつ愛いやつ〜」

 

「ばかっ!レミこんなとこでくっつくな!」

 

「ふふ・・・あっそうだ」

 

「どうした?」

 

「撃墜した機体は調べたか?」

 

「調べたっすけど・・・ムスタングにはラウンデルも何も無かったので意味は無いっすよ?」

 

「いや・・・ムスタングはどうでもいい、紫電の操縦席は見たか?」

 

「一応見たぜ?」

 

「どんなだったか覚えているか?」

 

「大体は・・・」

 

「じゃあ照準器は何だった?」

 

「見た事ないタイプだったっすね・・・」

 

「それでいい・・・それはジャイロレティクル式照準器だ、ユーハングの技術じゃない。」

 

「なんでそんな物が紫電に?」

 

「それを扱える会社はイジツに一社しかない・・・」

 

「それは何処なんだ?」

 

「サウス・リドンバーグ社」

 

「ちょっと待て・・・どこかで聞き覚えが・・・」

 

「そりゃそうだ、三日前。エアレースに出ると決めた時に一番目立っていた企業だったからな。」

 

「ああ、確か私たちは承諾したな?」

 

「ああ・・・ある程度大規模なエアレースだったから心配はしていなかったんだが・・・まさかいち企業にしてやられるとはな」

 

「どうするんだ?参加を辞退するか?」

 

「そうなったら向こうの思うつぼじゃないっすか・・・向こうの目的はこっちの技術を披露させないようにして仕事を減らすのが目的っすよ」

 

「・・・辞退はしないさ。」

 

「じゃあどうするんだ?お前は今怪我をしているんだから出れないんだぞ?」

 

するとヤマダは私の肩に手を置き真っ直ぐな眼差しで見つめて言った。

 

「君が出るんだ・・・」

 

「私が!?」

 

「ああ、君なら大丈夫だ。」

 

「ちょっと待って下さいっす。イサカが出るのは構わないんっすけど、機体はどうするんっすか?一段一速の二一型じゃ、いくらイサカの腕があっても・・・」

 

「一段一速でいいんだ、イサカ。俺がレストアしていた一一型があるだろう?アレを使え」

 

「何故だ?推力式単排気管の五二型の方が有利だろう?」

 

「空戦ならな」

 

「どういう事だ?話が見えないぜ?」

 

「エアレースってのは高度200クーリル程度で飛行してタイムを競うんだ、つまり酸素濃度は地上とほとんど変わらない。」

 

「そうか!それなら一段一速で少しでも軽い方がいいということか?」

 

「そういう事だ、クルシーや着艦フック、水メタノールタンクやセルモーターが無いあのオリジナル一一型なら機体もより軽い・・・だが・・・」

 

「どうしたんっすか?」

 

「あの一一型はまだ塗装とバランスタブの調整が全く終わっていないんだ・・・本当は俺が調節したいんだが・・・ご覧の通りだ。」

 

すると、サダクニが立ち上がった。

 

「私で良ければ塗装はしよう。確か資料は格納庫に置いてあると言ったな?」

 

「サダクニさん・・・」

 

私も腹を括った、

 

「調整は私が実際に乗ってしよう。何度かやったことはある。」

 

「イサカ・・・本当にすまない、俺がこんなとこになったばっかりに・・・」

 

「謝るには私の方だ、またお前に辛い思いをさせてしまったな・・・エアレースは確か二日後だったな?」

 

「ああ・・・二日後、インノのはずれの荒野で行われる。一一型の事は頼んだぞ・・・」

 

「任せておけ。クロ、レミ、すまないが手伝ってくれないか? 組長、作業しに行きましょう。」

 

「わかったっす」

 

「わかったぜ」

 

「わかった」

 

そうして部屋を出ようとすると、

 

「イサカ・・・ちょっとだけ俺の横にいてくれないか?」

 

「わかった、サダクニ。すまないが作業を頼む、私もすぐに行く。」

 

「わかりました、ごゆっくり。」

 

そして私はまたヤマダのベッドの隣に座った。ヤマダが体を起こそうとするが、私はそれを静止する。

 

「こら、起きちゃダメだ。」

 

「うう・・・クソっ・・・ちくしょう・・・!」

 

ヤマダは泣いていた、私はヤマダの手を握る。

 

「どうした?傷が痛むか?」

 

そんなことではないのは百も承知だ、ヤマダはそんなことで涙を流すヤワな人間ではない。

 

「俺がもっと操縦上手けりゃ・・・イサカにあんな思いをさせずにすんだのに・・・ちくしょう・・・」

 

私はヤマダの手を両手で握った、

 

「お前は悪くない・・・だから自分を責めるな。」

 

「ごめんな・・・ごめんな・・・」

 

「じゃあ私は作業してくる、動いちゃダメだからな?また夜会いに来てやる。」

 

そうして部屋を出ると、クロが走って戻ってきた。

 

「どうした?」

 

「ヤマダに言い忘れたことがあってな。」

 

少し気になり部屋の外で聞き耳を立てていると、クロとヤマダの話し声が聞こえてきた。

 

「ヤマダ、ひとつ言い忘れたことがある。」

 

「どうした?」

 

「俺のことも使え。」

 

「ふふ・・・じゃあ早速使わせてもらうとするか。」

 

「なんだ?」

 

「恐らくエアレースについて書類が届いているはずだ、それを持ってきて欲しい。」

 

「わかった、いいか?安静にしてろよ?」

 

「ああ、」

 

そうして私は格納庫へと降りていった。作業スペースには一一型が鎮座しており、排気管などのマスキングも終わっていた。

 

「組長、ちょうど今から塗装するところです。」

 

「そうか・・・じっくりサダクニの腕を見るとしようか」

 

「貴方の零戦の塗装をしたのは私ですよ? まあヤマダには劣るでしょうが・・・」

 

「ふふ、期待しているぞ。」

 

 

 

 

・・・・・・・・夜

 

作業を終え、約束通りヤマダの寝ている病室に向かう、扉をノックする。

 

「ヤマダ、入るぞ。」

 

「イサカか、いてて・・・どうだい?一一型は」

 

「馬鹿起きるな!そのまま寝てろ。塗装は終わった、えーっと・・・かいぐんだいじゅうに・・・何だった?」

 

「第12海軍航空隊だ、ユーハングで零戦が一番最初に配備された部隊だよ。」

 

「あのエルロンに着いている突起物は?」

 

「あれは突出型マス・バランス。エルロンの前後重量不均等を調節する為に後付けされた部品だ。」

 

「お前が持っている一一型の資料写真にはこれは着いていないが?」

 

「そうだ、一一型の時代ではこれはまだ必要かどうかわからなかったんだ。結果的には必要だったんだがな。」

 

「じゃあ・・・あれはお前の趣味か?」

 

「お、ご明察だな。」

 

「全く・・・さっきまでエアレースの資料を読んでいたのか?」

 

「ああ・・・なかなかメンツが濃いな、ただ今回はあくまでも零戦のみの参加だ。」

 

「サウスリドンバーグは五二型か・・・」

 

「やっぱり不安かい?」

 

「正直すごく不安だ・・・」

 

「・・・大丈夫、君の腕なら負けないさ。」

 

 

 

 

 

 

・・・・・翌日

 

「ふあ〜あ、よく寝たっす〜」

 

「やっと起きたか、今日は飛行試験で一番時間がかかるっつったろうに・・・」

 

「悪かったっすよ〜クロ〜、昨日ヤマダに書類を渡しに行ってたっすけど。あいつ何か言ってたっすか〜?」

 

「俺には特に何も、ただメモを預かってる。まだイサカとお前のことばかり心配してたぜ。」

 

「あいつらしいっすね〜、イサカとサダクニはどこに行ったんっすか?」

 

「もう外で準備を始めてる、早く行かないとまたどやされるぞ?」

 

「まーずーいっす〜!」

 

 

私は一一型の操縦席に座った、するとクロがメモを渡してくる。そこには沢山の注意事項や目安の数値、機体のクセまでもがびっしりと書かれていた。

 

「クロ、これは?」

 

「昨日の夜ヤマダが徹夜で書いたみたいなんだ、目の下にクマ作って『これで多少はやりやすくなるんじゃないか?』とか言ってやがったよ。」

 

「あいつ・・・」

 

「ほら、しっかり調整を頼むぞ?」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そうして私は風防を全開にし飛行眼鏡をかけた。サダクニがエナーシャハンドルを持って機首の下に立った、私は大声で叫ぶ。

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

キーーーン・・・・

 

「コンタクト!!」

 

バラバラバラ・・・・

 

発動機が回った。そのあとはすぐに油圧計に目をやる。燃料がないか、燃料系統に故障があると発動機はすぐ止まるが、油圧が上がらなくても発動機は焼き付くまで回るからだ。スロー暖気運転を続けながら油圧と燃圧をしっかりと確認する、ヤマダがレストアした栄一二型だと心配はないだろうが、念には念をだ。ヤマダのメモをしっかりと確認しながら計器類を確認していく。メモによると一一型の正常な油圧は4kg/㎠、燃圧は0.32kg/㎠が各回転数を通じて不変である、油温は40℃~50℃が正常だ。油温はオイル冷却器のシャッター開閉でコントロールできるのだが、正常な整備がなされていればそうそう上下するものではない。もちろんヤツの整備した発動機の油温計は45℃をピタリと指している、

 

「組長、発動機の調子はどうですか?」

 

「完璧だ・・・試運転に入る。」

 

点火プラグスイッチを「両」位置から→「右」位置→「左」位置へと移動させそれぞれ位置での回転数の上下を見る。磁石発電機が正常に動作していれば回転数はほとんど上下しない。落ち幅は一定で至って正常だった。それが確認できたら、タキシングで滑走路に出る。フットペダルを踏み込みブレーキをかけ、視界確保のため座席をめいいっぱい上にあげる。大きく手を振って離陸することを合図した。

 

「零式一号艦上戦闘機一型、発進します!」

 

ヤマダに見せてもらった資料映像の言葉を復唱してみる。横をふと見るとレミ、サダクニ、クロがこちらを向いて敬礼をしていた。私も敬礼で返す、さらにその斜め前を見ると、医務室の窓に見慣れた顔を見た。ヤマダだった。ベッドから体を起こし、こちらに向け敬礼をしているのだ。私は届く訳もないのに大声で叫んでいた。

 

「馬鹿者ーーーっ!そんなになってまでこちらを心配するな!!完璧にしてやるから!!一一型は完璧にしてやるから!!貴様はそこで待っていろーーーっ!!」

 

発動機の音で自分の声もろくに聞こえないなか、叫び終えると私はヤマダの方をもう一度しっかりとみて敬礼をした。そしてスロットルを開け操縦桿を手前に引き、零戦一一型は離陸した。

 

 

 

・・・・・地上

 

「サダクニ、ヤマダは意識を取り戻してからはどんなだったんだ?」

 

「どうもこうも、開口一番に『あれ・・・サダクニさん・・・イサカは?イサカは無事ですか!』と言ったよ。」

 

「あいつらしいな・・・」

 

「普通なら自分の心配をするような怪我だが・・・人間性と言うのかな、ああいうのは。」

 

「あいつはいい意味で馬鹿っすからね〜」

 

「組長は組長で、ヤマダは?ヤマダは?ってずーっと医務室に張り付きっぱなしでな・・・」

 

「そりゃそうっすよ、あの二人普段ずっと一緒にいるんっすよ?しかも体を張って自分を守った男が生死の境をさ迷ってるんっす、心配にならないわけがないっすよ。」

 

「誰だってあいつがあんなことになったら心配するさ。あいつはよく俺の戦闘機も気にかけてるからな。」

 

「あれ、クロもヤマダに戦闘機見てもらってるんっすか?」

 

「ああ、1回あいつに整備してもらったらもうほかの整備士には変えれねぇよ。」

 

「あいつが整備した戦闘機ってホント滑るように飛ぶっすもんね・・・」

 

「そうだな・・・おい、イサカが離陸するぞ!」

 

 

 

 

 

・・・・・空中

 

「くっ・・・スリップストリームのせいか!左に流れる・・・」

 

ラダーとエルロンを駆使して機体をどうにかまっすぐ飛ばすが、バランスタブが普段どこまで大きな役割を持っているかがよくわかる。とりあえずスロットル50パーセント程度で機体を真っ直ぐにした状態で操縦桿の傾きとラダーの踏み具合を体に叩き込んだ。スロットル100パーセント状態で真っ直ぐ飛行するように設定してしまうと、巡航速度で飛行している時常にラダーを踏まないといけなくなってしまうからだ。

長く飛行しても仕方がない、すぐに戻ってバランスタブを調整しまた飛ばなければならないので着陸体制に入る。バランスタブの調節が終わっていないこの機体での着陸は非常にリスキーだ、着陸時に横滑りしているという事は死を意味する。ラダーの踏み加減と操縦桿を動かすことに全神経を集中させ着陸する。ブレーキを踏んで機体を止め、風防を開けて叫ぶ。

 

「左エルロンのバランスタブを下に10度、右エルロンのバランスタブを上に5度、ラダーのバランスタブを右に15度で頼む。また直ぐに飛ぶ!」

 

「左エルロン終わったぞ」

 

「右エルロン完了っす!」

 

「ラダーOKです。」

 

「了解!ありがとう。」

 

こうして最初は10度単位で、さらに細かく次は1度単位に調節して曲げるのだ。何度も何度も飛んでは戻り、飛んでは戻りを繰り返していると、もうすっかり夕方になっていた、私を含め皆もうヘトヘトだ。だがそのかいあってほとんど完璧と言えるくらいまで突き詰めることが出来た。私は最後の飛行を終え、着陸すると発動機を止めた。

 

「皆、本当にお疲れ様だ・・・おかげで真っ直ぐ飛ぶようになったぞ!」

 

「やったあっす!イサカ、お疲れ様っすね!」

 

「お疲れ様だな、」

 

「組長、お疲れ様でした。」

 

「おまえたちのおかげだ・・・本当にありがとう。私はこの事をヤマダに報告してくる、」

 

そう言って皆と別れると、私は一人ヤマダの居る病室に向かった。

 

「ヤマダ・・・入るぞ?」

 

そのままベッドへと歩いてゆく、ベッドの横の椅子に座りヤマダを見ると、満足そうな顔をして眠っていた。私はヤマダの頬に手を当て、優しくなでた。

 

「ちゃんと飛んだぞ・・・お前が直した一一型だ、ちゃんと飛んだぞ・・・」

 

そうして毛布を正し、ベッドの枕元にラムネを一本おいてやり私は病室を後にした。話がしたかったがヤツも疲れているのだろう、仕方があるまい。自室に戻り、ヤマダに懐中時計を渡したテラスに出た。グラスにラムネを移し、煌々と光る街の明かりを見ていた。

 

「イーサカっ」

 

「レミか・・・お前も一杯どうだ?酒じゃなくてラムネだがな」

 

「たまには酒以外も飲みたいっすね~ いただくことにするっす」

 

私はレミにグラスを手渡しラムネを注いでやった。

 

「ありがとうっす」

 

「そのラムネ、ヤマダが作ったやつなんだ。」

 

「そうなんっすか?」

 

「自分の五二型の自動消火装置の炭酸ガスを砂糖水に吹き込んで作ってたんだ。」

 

「ええ・・?」

 

「私も最初は驚いたが・・・うまいんだ。しかも私に合わせて砂糖を少なめにしてあるらしい。」

 

「じゃあ一口・・・・ほんとだ、ほんのり甘くてうまいっすね。」

 

「またあいつと・・・ここでラムネを飲めるかな・・・」

 

「あいつならきっとこのまま回復するっすよ、イサカは心配しすぎっす。」

 

「そうだな・・・そうだけど・・・早く一一型が飛んだことをヤマダに言ってやりたいよ・・」

 

「明日の朝にでも行ってみましょ? あのメモを書いてた疲れがどっと出たんっすよ、きっと。」

 

「そうだな・・・なあレミ、」

 

「どうしたんっすか?」

 

「もし私が死んだら・・・ヤマダは泣いてくれるかな・・」

 

「・・・多分ヤマダがここにいたらこういうと思うっすよ」

 

「・・?」

 

「『死なせない』ってね」

 

「ふふ・・・そうだな。ありがとう、お前と話せて気が楽になった。明日はどうする?」

 

「インノに行く準備をしないといけないっすから、あたしとクロはいったん組に戻るっす。朝ヤマダの顔を見たら帰るんで、昼にインノへの航路で合流しましょう?無線のチャンネルはイサカ組のにあわせておくっすから。」

 

「ああ、わかった。道中気をつけてな。」

 

「イサカもっすね、今回一一型には軽量化のために機銃も何もないんっすから」

 

「ああ、ありがとう。」

 

「じゃ、あたしは部屋に戻るっす。あんまり外にいすぎると、風邪ひくっすよ?」

 

「もう寝るさ、おやすみ、レミ」

 

「おやすみっす、イサカ」

 

私はレミを見送ると、服を着替えて布団に入った。一人では少し広すぎる布団に戸惑いながら、私は眠りについた。

 

 

 

・・・・・・翌朝

 

私は目を覚ました、布団から出て洗面台へ向かい歯を磨いて顔を洗う。いつもの耳飾りをつけ飛行眼鏡を取ろうとするが・・・私はふと思いつき、飛行眼鏡を持たずに身支度を済ませた。そのまま格納庫に駆け下り、ヤマダの五二型の風防を開け操縦席をのぞく、そこの機銃装填レバーには、サダクニにかけなおしてもらっておいたヤマダの飛行帽と飛行眼鏡があった。

 

「ヤマダ・・・お前の飛行眼鏡、借りるぞ・・!」

 

そうしてヤマダの飛行眼鏡を頭の上につけると、台所に行った。二人分のおにぎりを作り、ヤマダの病室に向かった。

 

「ヤマダ、」

 

「イサカ・・・!いててて・・・一一型、よくあそこまで仕上げたな。」

 

「こら寝てろ!傷口が開くぞ!お前の整備技術が高いからだ。ほら、お前の好きな海苔おにぎりだぞ。食べれるか・・?」

 

「わざわざ作ってきてくれたのか・・すまないが枕元に置いておいてくれないか?目が覚めてから全然食欲がないんだ・・・」

 

「そうか・・・だが少しでも食べて栄養を取らないと・・・」

 

私はあることを思いついた。おにぎりをかじり細かくかみ砕くと、ヤマダの頬に手を添え口をつけた。消化のいいおかゆを作ってやればよかったのだが今は仕方がない、口移しだ。

 

「んっ・・・んんっ・・!?」

 

「ぷはっ・・・!これだと幾分か食べやすいか?」

 

「ああ・・・食べやすい・・・食べやすいよ・・・」

 

「そうか、それはよかった・・・ってこんなことで泣くな!男だろう!」

 

「ばかやろ・・・男だから泣いてんだ・・・」

 

すると医務室の扉がひらいた、

 

「ひどいっすよイサカ!一緒に来るって言ってたじゃないっすか!」

 

「しまった!ついうっかりしてて・・悪かった・・・」

 

「二人で何してたんっすか~?」

 

「べっ!別に何もしてない!」

 

「ふ~ん?」

 

「レミ・・・」

 

「どうしたんっすか~ヤマダ~ らしくない声出しちゃって~」

 

「悪かったな・・・らしくなくて。君とサダクニさんの五二型なんだが、どうも発動機の音がよくないんだ。」

 

「そうなんっすか?まあヤマダが言うなら間違いはないっすね。」

 

「もしかしたら大した故障じゃないのかもしれんが・・・妙な胸騒ぎがするんだ。すぐにでも点検してやりたいところなんだが俺は御覧の通りだ。だからすまないが今日君は俺の61-120を、そしてサダクニさんには格納庫の右奥にある五二型を使うよう言っておいてもらえないか?」

 

「わかったっす!」

 

「それから・・・クロ。」

 

「なんだ、ばれてたのかよ」

 

「戦闘機乗りは常に周囲の警戒は怠らないんだよ」

 

「周囲の警戒は怠らない戦闘機乗りがイサカと何をしてたか今ここで言ってやってもいいぜ?」

 

「ごめんなさい。」

 

「で、用件はなんだ?」

 

「君の五二型なんだが、左の磁石発電機が弱ってきている。この後時間がないだろうから、とりあえず格納庫にいるキヨシってやつから新品の磁石発電機を受け取れ。そしてインノについたら、君たち全員でベッグって子を訪ねるんだ。電報は送っておいた、俺の連れだと言えば面倒見てくれるから・・・」

 

「磁石発電機、そんなに心配するほどのことか?」

 

「長距離飛行は、無事に目的地に着くことが一番難しいんだぞ?それに、君の戦闘機を見ているひとりの整備士としてお願いだ。」

 

「わかったよ・・・ベッグってやつだな?」

 

「ああ、それと」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「イサカを・・・よろしく頼む。」

 

「任せておけ、じゃ、俺たちはいったん帰るぜ。」

 

「ああ、レミ、クロ、気を付けてな。」

 

「ヤマダも、早く治ってもどってくださいっね。さいならっす!」

 

レミとクロが病室を後にしたら、また私とヤマダだけになる。すると、ヤマダが口を開いた。

 

「イサカ、」

 

「どうした?」

 

「俺の飛行眼鏡、使いやすいか?」

 

「ばれていたか・・・お守りとして使いたいんだが、迷惑か?」

 

「そんなことないさ、持って行ってくれ。」

 

「ああ、じゃあ私は準備をするからこれで・・・」

 

「ああ、頑張れよ!」

 

「任せておけ。」

 

そうして椅子から立ち上がり歩き出すと、ヤマダのベッドから小さな声が聞こえてきた。

 

「ちくしょう・・・こんな体じゃぁ・・・自分の妻を抱きしめることすらできねえや・・ちくしょう・・・!!」

 

私は振り返り、またヤマダのそばに立った。

 

「お前にはできなくても私にはできる、」

 

そして私はベッドの横で膝をつき、ヤマダの体制を変えさせないように上半身を密着させヤマダを抱きしめた。

 

「そう自分を責めるな・・・お前は悪くない・・」

 

「イサカ・・・イサカぁ・・!」

 

ヤマダはまた泣いていた、子供のように私を抱きしめてきた。よほど悔しいのだろう。よほど情けないのだろう。私の言葉でなどでは到底慰めることはできない。私はヤマダが私を抱きしめることをやめるまで、ずっと強くヤマダのことを抱きしめていた。

 

 

 

・・・・・旅立ち

 

「組長、燃料補充完了しました。いつでも出れます。」

 

「わかった、サダクニ、ヤマダの指定した五二型はどんな具合だ?」

 

「まるで私が乗ることを想定してたかのような座席の位置と調整具合でした。感服です・・・」

 

「そうか、では行こうか。空戦ではない戦いに。」

 

「はい、行きましょう。」

 

一一型に増槽を取り付けると、操縦席に乗り込み風防を全開にし飛行眼鏡をかけた。エナーシャハンドルはキヨシに回してもらい発動機を回す。

 

「ご武運を!」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そうして滑走路に出る、サダクニが離陸位置に居ることを確認し手を振って離陸を合図する。そしてスロットルを開け操縦桿を手前に引き、一一型は離陸した。高度を上げ、巡航適正高度に辿り着くとスロットルを20パーセント程度に絞る、プロペラピッチ操作レバーを用いてピッチをハイピッチにしてゆき回転数を1250rpmに調節したら、A.M.Cレバーを思い切り手前に引き、M.Cレバーを用いて混合気の燃料比率を最低にする。すると速度は83キロクーリル程度に落ち着くので、後は航路を間違えないように飛行するだけである。

飛んでいると、レミとクロの五二型が見えた、無線のチャンネルは合わせてあるので、こちらを送信に設定し無線を送る。

 

「レミ、聞こえるか?」

 

「バッチリっすよ〜」

 

「良かった、ここからインノまでは約二時間だ。」

 

「あいあいっす、まあゆっくり行きましょ。」

 

そうしてかれこれ二時間飛び続けるとインノの滑走路が見えてきた、私達は少し早めに到着したからだろう。会場となるはずの滑走路には誰も居ない。着陸して戦闘機を事前に指定された格納庫の中に収める。そうしてベッグと言う人間を訪ねようと格納庫の扉を閉めると、隣の区画の作業スペースから声が聞こえてきた。私は三人に少し確認してくることを伝え、スペースを覗く。

 

「もう!どうしてこのネジは錆び付いてるのだ!?」

 

「仕方ないじゃない、この戦闘機、ずーっとここに置いてあったんでしょ?」

 

「外れないのだーー!」

 

不正行為が無いよう作業区画はオープンになっているのだ。

 

「真昼間から騒いで・・・何があったんだ?」

 

「うわっ!びっくりしたのだ・・・」

 

「驚かせてすまない・・・これは、五二型乙か?」

 

「へぇ〜、これを見ただけで機種を当てれる人間がべッグ以外にもいるのね・・・」

 

「・・・べッグ?」

 

「私がべッグなのだ!昼過ぎに零戦だけで編隊を組んだ一行が来るって言われてるから待っているのだ!」

 

「私はロイヤルよ、嫌だって言ったのにべッグの用事に付き合わされてもううんざり・・・」

 

「そうなのか・・・ロイヤルだな、よろしく。」

 

そう言ってべッグがいた事を伝える為に格納庫の扉を開ける。するとそこでは一一型の前でレミとクロが酒を飲んでいた、サダクニは奥の方で荷物の整理をしている。

 

「何やってるんだ・・・」

 

「うわぁあああ!零戦一一型なのだーーーっ!?」

 

「また始まったわ・・・」

 

「イサカ、まさかそいつがべッグなのか?」

 

「ああ・・・そうらしい。」

 

「ちょっと見てもいいのだ?一一型なんてすごく珍しいのーだー!」

 

「別に構わないが・・・」

 

「ありがとうなのだー!」

 

べッグは機体をすみずみまで舐めるように見ている。クロとレミはわたしの方に歩いてきた。

 

「大丈夫なんっすかね・・・」

 

「ヤマダが指名したんだ、大丈夫だろう・・・たぶん」

 

「ごめんなさいね。べッグは珍しい機体を見るといつもああなっちゃって・・・貴方達は明日のエアレースに参加するの?」

 

「ああ、ヤマダと言う男ががべッグに連絡をつけているはずなんだが・・・」

 

「そうなの?ちょっと待っててね。べッグ〜?」

 

「なんなのだ?」

 

「あなた、ヤマダって人から連絡を貰ってるんじゃないの?」

 

「貰ってるのだ!一一型と五二型の集団の面倒見てくれって・・・ん?これは一一型・・・横にあるのは五二型・・・もしかして貴方達が・・・?」

 

「そうだ、私はゲキテツ一家イサカ組組長。イサカだ。」

 

「ヤマダの連れなら問題ないのだ、怪盗団アカツキのべッグなのだ!ヤマダにはタネガシで飛燕の部品が無い時世話になって以来の仲なのだ!」

 

「あら、ヤマダってのはそこまで信用出来る奴なの?」

 

「ちょっと馬鹿だけど問題ないのだ!」

 

「そういう事なら・・・私は怪盗団アカツキのリーダー、ロイグよ。よろしくね」

 

「よろしく頼む。早速で悪いんだが、クロの五二型に磁石発電機を取り付けてやってくれないか?」

 

「ヤマダから聞いてた通りなのだ、任せるのだ〜」

 

そうしてクロの五二型をベッグに預け、私たちは宿へ向かう。予約できていなかったのでとれるか心配だったがロイグがすでに取っていてくれたようだった。

 

「あんまりいい宿じゃないけど・・・一日だけならここで十分だと思うわ。格納庫で作業するなら荷物を置いてからね。」

 

「わざわざありがとう。ところで、怪盗団とヤマダにいったいどういう接点が・・?」

 

「あいつがこっちに部品を売りに来た時に、さっきのベッグって子の飛燕を修理したのよ。ベッグですら頭を抱える故障を直した上に、怪盗仕事で敵をまくのに協力してくれたからちょくちょく連絡を取ってるってわけ。」

 

「あいつの顔広すぎるだろう・・・」

 

全員部屋に荷物を置き、そのあとすぐに一一型のオイルを交換するために格納庫へと戻った。宿から格納庫までは大体十分ほどだ。

 

「イサカ~」

 

「どうした、レミ」

 

「一一型の整備が終わったら酒買いに行ってきてもいいっすか~?」

 

「迷子になるなよ・・?」

 

格納庫へ戻り一一型にかけていたカバーを外しオイルを抜いた。流れ出るオイルを見ていると、夕陽に当たったオイルに金属片が写った。

 

「ちょっと待て!」

 

私は反射的に叫びオイルのコックを閉めた。受け皿にたまっているオイルを見ると、やはり細かな金属片がある。とりあえず受け皿を変え、受け皿に金属片がないことを確認しまたオイルを抜く。だがやはりオイルには金属片が入っている・・・

 

「これは・・・プロペラ減速室が怪しいのだ。」

 

そう言うベッグの指示に従い、全員総出でカウリングを外しベッグがプロペラ減速室を外した。

 

「う~ん・・・おかしいのだ、ギアに欠けも何もないのだ。これはもしかしたら・・・発動機内部の問題・・・イサカ、もしかしてこの一一型は組みたてなのだ?」

 

「ああ、昨日各種調整を終えたばかりだ。」

 

「その調整のとき、暖気運転は何分やったのだ?」

 

「いつも通り5分前後だ」

 

「多分そのせいなのだ・・・各部分に当たりが出ていない状態で短い暖気運転、それで調整のために一日中飛ばしでもしたら・・・この金属片の量だと多分一つか二つのシリンダーに傷が入ってるのだ。」

 

最悪だ・・・ここまで来て・・・

 

「一一型の発動機の部品は基本的にハ‐25と共通なのだ、一応取り替えることが出来るシリンダーの部品はある・・・ただ、ベッグは栄を分解したことはないのだ・・・簡単な部品交換程度ならさっきのクロさんのやつ見たいにできるけど、シリンダー部分まではとても・・・」

 

「エアレースの出走は明日の五番目・・・エアレースの開始は正午、今から発動機をばらして組みなおす時間は無いっすよ・・・そもそも誰が分解できるんっすか。」

 

「この街に整備士はいないのか?」

 

「こんな辺鄙な街にそんな豪華な人間はいないのだ。」

 

「組長・・・参加を辞退すべきでは・・・」

 

辞退・・・?ここまで来て・・?

 

「私がやる・・・ベッグ、工具を借りてもいいか?」

 

「イサカ!?」

 

「お前・・・」

 

「どうせ誰もできないんだ、私はヤマダの作業を間近で見ている。どうせならやれるだけやってからあきらめよう」

 

「そうっすね・・・やりましょう!」

 

「仕方ねえな・・・」

 

「組長・・・ご立派です・・・」

 

「私も協力するわ。」

 

「乗り掛かった舟なのだ!」

 

ベッグが工具を持ってきたがここにクレーンはない、やぐらを組んでチェーンで発動機を外すしかない。私は奥に行くと上着を脱ぎ飛行眼鏡を外した、インナーも脱いでシャツの腕をまくり手袋を外すとポケットに突っ込んだ。一本のピンで目にかかる髪を上にまとめ、脱いだ上着とインナーを一一型の操縦席に投げ込んだ。

 

「あたしも上着はぬぐっすかね~」

 

「おいレミ!ここで脱ぐな奥のほうでやれ!」

 

「いまさら何言ってるんっすか~クロ~」

 

「いいから!」

 

いつも通りのやり取りをしている二人を横目に、サダクニと協力して機体から発動機と発動機懸架台を外す。本来は絶対にやってはいけないが、今は緊急事態だ、発動機懸架台を整備台の代わりに使う。もう外は真っ暗だ、備え付けの作業スペースの明かりだけでは少なすぎる・・・どうしたものかと悩んでいると、作業スペースの前に三機の戦闘機がタキシングで止まった。機種は・・・鍾馗と飛燕、隼三型だ。次の瞬間強い光がこちらを照らした。

 

「これで明かりは問題ないわね?だいぶん作業スペースは狭くなっちゃうけど・・・」

 

「大変だって聞いて助けに来てあげたわよ?感謝なさい?」

 

「クフフ・・薬の実験台がこんなにいるわ。」

 

「そうか・・・鍾馗や飛燕には前照灯があるのか・・・ありがとう。ところであなたは?」

 

「あら失礼、リガルよ。頑張ってるそうじゃない?ベッグは部品を取りに帰っているわ。朝までにはなんとか・・・帰ってこれるはずよ。帰りには部品を積んでて身動きが取れないけど、レンジとモアが援護につくから心配はないと思うわ。」

 

「カランよ、よろしく。」

 

「恩に着る・・本当にありがとう。」

 

そうして私はプロペラ減速室を外した、ヤマダが話しながら分解している姿を必死に思い出し作業を進める。減速室を外しプラグコードをすべて引っこ抜く。私にはヤマダみたいにすべての刺す場所を暗記できない、マジックでコードに小さく番号をふっていった。それを終えると過給機と吸入管、排気管を外す。懸架台に固定したままだと取り回しは最低で非常に外しにくかった。だがそんなことを言っている場合ではない、皆の助言を受けながら分解していく。シリンダーヘッドを外せるまでに分解が済んだのは朝になってからだった。

 

「やっとここまで・・・だがベッグがまだ帰ってきていないのか・・・」

 

「組長・・・」

 

ガガ…ガガガ‥…

 

「無線が入ってるわ!はい、ロイグよ!」

 

「ロイグ!今三機のムスタングに追われているのだ!!レンジとモアが応戦しているけど・・・かなりまずいのだ!!」

 

「なっ・・!私たちもすぐに行くわ!」

 

「何かあったのか!?」

 

「ベッグ達がムスタングに追われてるのよ!」

 

「そんな!すぐに出ないと!」

 

「ちょっと待つのだ・・・また一機近づいてきたのだ!」

 

「またムスタングなの?」

 

「違うのだ・・・真っ赤なラウンデル・・長い主翼・・増槽・・飴色・・あれは・・・零戦!?」

 

私は確信した。あいつだ・・・あいつだ・・・!

 

「ヤマダ!!!」

 

「うそでしょ!?」

 

「あいつ・・・・」

 

「あ!ムスタングが引き返していったのだ!」

 

「よかった・・・もうすぐ到着しそうなの?」

 

「あと五分くらいなのだ、いそぐのだ!」

 

 

 

五分後、私は朝日が照らす滑走路に目をやった。まずは飛燕が、その次に隼一型が、鍾馗が着陸した。最後に着陸したのは・・・・飴色に塗られ、主翼端に「日の丸」と言われるラウンデルを描いた、エルロンが取り替えられた見慣れた二一型だった。だが一つだけ私が最後に見たときから変わっている点がある。尾翼の部隊表記が「Al‐l‐129」となっている。空母瑞鶴戦闘機隊所属機のマーキングだ・・・私は機体に駆け寄った。するとガラッと風防が開く。

 

「あいててて・・・傷口開いたかもしれん・・・」

 

聞きなれた声だった、私は主翼から飛び降りた男に駆け寄った。

 

「ヤマダ・・・お前・・!!」

 

「へへへ・・遅くなったな・・うっ!!」

 

ヤマダはその場で崩れた、私はさらに近寄る、ヤマダの腰からは血が出ていた、さっきの空戦機動で傷口が開いたのだろう。

 

「馬鹿者!くそ、だれか包帯を持ってきてくれ!」

 

「そこに寝かせて」

 

「何!?」

 

「いいから。」

 

「大丈夫だ、カランは危なっかしいが腕は確かだぜ。」

 

「レンジの言う通りなのだ、安心するのだ。」

 

「…わかった。」

 

「よくこんな傷口で飛ぼうと思ったわね・・・」

 

「とりあえず包帯で止血の準備して・・・ぷすっとな」

 

「ぎゃあああああっ!!!!」

 

カランは何を思ったのかヤマダの傷口に針を刺して薬品を注射した。当然だがヤマダは叫ぶ。

 

「おい!ヤマダ!!」

 

「フフ・・もう痛みも何もないはずよ?念の為包帯は巻いておくわね」

 

「ほんとだ・・・なんともねえぞ・・・」

 

「本当か!?嘘じゃないな!?嘘だったら承知しないからな!?」

 

「本当だよ・・・イサカ、よくここまで頑張ったな。」

 

「うん・・うん・・・」

 

すると、サダクニがヤマダを殴った。

 

「安静にしていろと言っただろう!」

 

ヤマダはよろめく。

 

「すみません・・・・」

 

「二度も組長に心配をかけて・・・私も心配したぞ・・・この大馬鹿者!!」

 

「馬鹿野郎・・・無茶すんじゃねえよ」

 

「悪かったよクロ・・・」

 

「ヤマダ!」

 

「レミ・・・」

 

「あたしもいろいろ言いたいことはあるっす、それに一発くらいぶんなぐってやりたいっす。ただ・・・今日だけは、発動機の横で酒を飲むことをOKすることを条件に許してやるっす。」

 

「はは・・・わかったよ。」

 

「おかえりなさいっす。」

 

「おかえり、ヤマダ。」

 

「ああ、ただいま。」

 

 

 

 

「感動の再開のところ悪いけど・・・時間がないわよ?」

 

時計を見ると時間は7:00、試運転の時間を考えると組み立てには2時間ほどしか使えない。

 

「二時間ありゃ十分だよ。」

 

そう言って工具を持ったのはほかでもない、ヤマダだった。栄一二型の所に歩いてゆき、クランクシャフトを手で一回転させた。

 

「これだ、」

 

そう言ってひとつのシリンダーを外し筒の中を手でなぞる。私はその作業を横で見ていた。ヤマダのいつもの見慣れた手つきだ。

 

「べッグ、シリンダーを貰っていいか?」

 

「どうぞなのだ〜」

 

「ありがとよ」

 

シリンダーを取り替えると、すごい勢いでボルトを締めこんでいく。気がつけば栄一二型発動機はほとんどが組み終わっていた。

 

「サダクニさん、クロ、やぐらの準備をお願いします。」

 

「わかった、」

 

「たく・・・待ちくたびれたぜ。」

 

「もう組めたんっすか~?」

 

「ああ、暖気運転の時間を伝えれなかったのは本当に悪かったな・・・」

 

「まあ仕方ないっすよ、とにかくお疲れ様っす。」

 

「まだまだ、機体に組み付けて試運転をしないと安心はできない。イサカ~」

 

「どうした?」

 

「寝な、ちょっとでも」

 

「でも、まだ手伝えることが・・・」

 

「ダメだ、君は今日のパイロットなんだぞ。少しでも寝ておくんだ。組みあがったら起こしてやるから。」

 

「わかった・・・ありがとう。」

 

私は格納庫の奥でパイプいすを並べ目をつむった、寝心地は悪いが仕方ないだろう・・・・

 

 

 

 

 

ガヤガヤ・・・ガヤガヤ・・・・

 

「ん・・・んん・・?」

 

私は大勢の人の話し声で目が覚めた、時計を見てみると12:15だ、エアレース自体はすでに始まっている。飛び起きて作業スペースに行ってみると、人だかりができていた。

 

「ヤマダ・・・なんだこの人だかりは?」

 

「一一型が珍しいらしくてな・・・」

 

「エアレース主催者です!いやーこんな素晴らしい機体の整備作業なんて見ないわけにはいかないでしょう!ほらヤマダさん、続けてください!」

 

「うるせえよ!このためだけに開催を遅らせるなんて前代未聞だぜ!?」

 

「そんな怒らずに・・・特別に、そのままコースを一回だけテストフライトさせてあげますから!参加者の皆さん?いいですよね!?」

 

オオオォォ----ッ!!!!

 

「仕方ねぇなぁ・・・一回だけだぞ!?」

 

「一体何をせがまれてるんだ?」

 

「タキシングしてくれってさ・・・試運転のために飛んだらエアレース参加者に軒並み見つかってな・・・」

 

「私がかけてもいいか?」

 

「ああ、乗りな!」

 

私は操縦席に乗り込むと、いつものあの掛け声を言う。

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

ヤマダがエナーシャを回す、私は操縦桿を足で巻き込み、スロットルに手を置きヤマダの声を待った。

 

「コンタクトォーーー!!」

 

レバーを引きスロットルを少しだけ開ける、カラカラ・・というクランク軸の回転音は、やがてバンバンバンという爆発音に代わっていった。

 

「すげえ・・・ほんとに一一型が動いてる・・・」

 

「俺、もう今日レースでこいつになら負けてもいいや・・・」

 

皆笑顔でこちらを見ているなか、人だかりの隅に険しい顔つきの男集団がいた。肩にはS・Rのワッペン・・・サウスリドンバーグの人間だった。だがそんなことはひとまずどうでもいい、私は油温、油圧、燃圧をよく確認し、回転を上下させつつ入念に暖気運転・試運転を行った。ヤマダは操縦席の横で私の試運転シーケンスをにやにやしながら見ていた。発動機の爆音に負けないようにヤマダに向けて叫ぶ。

 

「何かおかしなところでもあるのか!?」

 

「そうじゃねえよ!自分が整備した戦闘機になんのためらいもなく乗ってくれるからうれしいだけだ!」

 

「お前の整備を疑うのならだれの整備も信用できなくなる!」

 

「ありがとよ!もう飛んでも大丈夫だ!音が滑らかになってきた!」

 

「了解!」

 

ヤマダが主翼から降りるのを見届けると、私は飛行眼鏡をかけた。半分閉まっていた風防を全開にし座席を上げる、下をのぞきつつゆっくりとブレーキを緩め、タキシングをして滑走路に出た。人だかりを横目にスロットルを開け操縦桿を引く、ある程度高度を取るとひとつあることを思いつき、低空飛行に移った。滑走路の真上を飛行しつつ、人だかりの皆が一番見やすい位置で操縦桿を思いきり引き宙返りに入った。宙返りの頂点でラダーを蹴りスロットルを絞って操縦桿を倒した「左捻りこみ」・・・・かつてユーハングの凄腕パイロットのみが出来たといわれる技術だ。だがこんなパフォーマンスをしている場合ではない。私はそのままコースへ向かった。

 

 

 

・・・・・・・地上

 

「おおすげえ!左捻りこみだ!」

 

「すげえって・・ヤマダがイサカに教えてたんじゃないっすか~」

 

「ヤマダは何でもできるのだ~」

 

「待て待て、それはおかしいぞ」

 

「でも間違ってないっすよね、この前なんてスピットファイアの整備もしてたし、空戦もするし、あーでも寝相が悪いっすね。」

 

「うるせえ・・・ん?」

 

俺は妙な気配に気づいた、クロとレミに目で合図をすると人込みからすっと抜け出し格納庫の中へと戻る。幸い誰もいなかったが・・・・

 

「ヤマダ、あんたも気づいたっすか?」

 

「ああ、ちょっと気を付けたほうがよさそうだな。」

 

「俺はほかのチームの格納庫を見て回ってくる、」

 

「あたしも行くぜ。」

 

「レンジ・・・だったか?どういう風の吹き回しだ?」

 

「あたしは基本カネにならないことはしないが・・・裏でこそこそやってると思われると気分がよくないんでね」

 

「わかった、じゃあヤマダ、レミ、後のことは頼んだぞ。」

 

「気をつけてな。」

 

「また後でっす~」

 

なぜ俺たちが参加することは何から何まで面倒ごとが多いのだろうか・・・・

 

 

 

 

・・・・・・空中

 

「あそこは本番だともう少しバンク角をつけるか・・・」

 

私はコースを飛び終えて滑走路へ向かっていた、今回のエアレース。コースがパイロンではなく渓谷なのだ、渓谷に張られた煙幕と煙幕の間をいかに早く飛行するかを競い、翼端で煙を引けば引いた秒数タイムをマイナス0.01。早くコースをクリアするだけでなく、翼端から雲を引くような早い旋回も求められるのだ。必然的にハイG旋回を繰り返す必要がある。そのまま滑走路に着陸しタキシングで格納庫に戻る、発動機の回転を上げプラグのススを飛ばすと発動機を止めた。

 

「いやーーー素晴らしい飛行でした!ではエアレースを始めていきましょう!」

 

私が飛行眼鏡を外し操縦席から降りると、ちょうど一人目の出走者が飛び立つところだった。渓谷飛行なので待機列からは飛行してる飛行機が見えない、出走を待つ私たちに知らされるのは刻々と進むストップウォッチと、各戦闘機のコクピットに据え付けられた小型カメラの映像だけである。観客としてみている人間は渓谷を縫うように飛ぶ戦闘機を見下ろすことが出来るが・・・一機目は個人参加の零戦三二型だ、煙幕を勢いよく突き破った瞬間にストップウォッチが進みだす。一発目のパイロットは速度を稼ぐ作戦のようだ、翼の短い三二型では雲を引くのが難しいという判断だろう。こういう映像を見ていると緊張してしまう。

 

「イサカ、君は映像をよく見てな。ただし操縦の様子を見るんじゃない、砂塵の舞い方をよく見るんだ。」

 

「なぜだ?」

 

「恐らくだが・・・二番目に出走する機体はトライアル中にストールする。」

 

「ええ・・?」

 

「まあ見てな。」

 

一発目の三二型のタイムは1分2秒001、煙を引いたことによるボーナスはマイナス0.7秒、やはり短縮された後期零戦では煙は引きにくいのだろう。二機目は五二型だった、煙幕を突き破りタイム計測が始まる。だがコース中盤に差し掛かったあたりで発動機から煙を吹いて渓谷の下に着陸してしまった。救出のためにしばし待機時間が長くなる。

 

「やっぱりな、」

 

「なぜああなってしまったんだ?」

 

「さっきの三二型が巻き上げた砂塵を気化器に吸い込んだんだよ・・・よし、これでいいだろう。」

 

ヤマダは一一型の側面パネルをはめなおした。

 

「何をしていたんだ?」

 

「気化器の接続部分にあるフィルターを二重にしたんだ。こういう速度を競うために持ってこられた戦闘機は吸入抵抗を減らすためにそういうフィルターを外している、砂塵を発動機が吸い込んでそれがシリンダーまで届けば・・・」

 

「ああなる・・ということか。」

 

そう言い終わると、ヤマダの目が細くなった、

 

「そういうことだ・・・・で、さっきから格納庫の裏でこそこそしてるのは誰だ?」

 

「チッ・・・」

 

「おっと、逃がさないぜ?」

 

レンジが逃げ道をふさいだ、後ろに逃げようとする男の前にはヤマダと私がたっている。すると、レミとロイグが現れる。

 

「逃がさないわよ?」

 

「これはなんっすかね~?」

 

レミとロイグがちらつかせたのは、エアレースでは使用禁止のオクタン価120相当・超ハイ・オクタンガソリンのパッケージだった。

 

「やっぱり細工されてたのは燃料か、どーりで変だと思ったぜ」

 

「どういうことだ?」

 

「こいつらは俺たちのために準備されたガソリン供給ラインに流れているガソリンを、82オクタンの低質ガソリンに入れ替えてたんだよ。これを見てみな。」

 

そう言ってヤマダがポケットから取り出したのは、SR社のロゴが入った点火プラグだった。

 

「これはお前たちの五二型から拝借してきた点火プラグだ!そしてこっちが、貴様らと同じ試運転をするように指示した隣の格納庫の人間から借りてきた点火プラグ!同じ燃料で同じ試運転をして、この差はおかしいよなぁ!?」

 

SR社の点火プラグはきれいなきつね色だ、それに比べて普通の点火プラグはすすで真っ黒だった。シリンダー内できれいに燃焼していない決定的な証拠となる。それにしてもいつの間に点火プラグを盗んできたのだろう・・?

 

「ややこしい構造しててSR社の戦闘機は分解しにくいのだ、やっぱりタネガシで整備された戦闘機のほうがいいのだ!」

 

「ほんっとに、ぐちゃぐちゃしたプラグコードが全く美しくないわ!」

 

「さあ、もう言い逃れはできないぜ!?洗いざらいはいてもらおうか!」

 

「お前の整備工場の評判がいいのが・・・気にくわなかったんだ!!」

 

私は唖然とした、理由がとてもくだらないのだ。

 

「空戦もできる、整備もできる、そんな人間がいる整備工場にみんな仕事が流れていく・・・俺たちみたいなメーカーは商売あがったりだ!だからこのレースでお前たちを負かして、少しでも評判を落として仕事を自分たちのところに流れてくるようにしたかったんだよ!!まあ・・・いまさら俺を問い詰めたところでもう遅いがな。」

 

「どういうことだ・・?」

 

「もう俺たちと手を組んだ空賊があの会場に向かっている・・・・機銃を積んでいない奴らの機体が襲われたら‥どうなるかな?」

 

「っ・・・!」

 

パァンッ・・・・ ドサッ・・・

 

「くだらないことをぐちゃぐちゃうるさいんっすよ・・・」

 

「レミ!お前・・!」

 

「ん?ああ、安心してくださいっす。カランに作ってもらった麻酔弾っすから~」

 

それを聞くとほっと胸をなでおろし、私は自分の頬を叩くと、指示を出した。

 

 

「ベッグ!レンジ!リガル!三人はこの後の出走者に事情を伝えてくれ!」

 

「わかったのだ~」

 

「仕方ねぇなぁ・・」

 

「仕方ないわねぇ」

 

 

「ロイグ!レミ!カラン!お前たちは今すぐレース会場に飛んでこのことを伝えてくれ!」

 

「任せといてくださいっす!」

 

「わかったわ!」

 

「了解よ」

 

 

「サダクニ!クロ!モア! お前たちはこの傍の住民を避難させてくれ!」

 

「わかりました!」

 

「了解」

 

「了解です!」

 

 

「そして・・・ヤマダ!」

 

「はい・・・なんですか組長!」

 

「行くぞ!!」

 

「・・・OK!!」

 

 

私は格納庫に走って戻ると、ヤマダが乗ってきた飴色の二一型に飛び乗った、飛行眼鏡をかけセルモーター始動の発動機をかける。後ろを見るとヤマダが悶えていた。

 

「しまった!一一型には機銃がねえんだ!!」

 

「そうなると思ってさっきかっぱらってきて積んでおいたぜ、問題なく使えるはずだ。」

 

「クロ・・!お前!」

 

「61-120をレミに貸してくれてる礼だ、エナーシャは回してやる、ほら、早く行ってこい!!」

 

「ああ、ありがとう!!」

 

問題はなさそうだ、私はタキシングで滑走路に出る。ヤマダが後ろについたことを確認して離陸した。脚を上げると風防を閉め、久しぶりに乗る愛機の感触を確かめながら高度を上げていく。すると、続々とアカツキの面々、レミ、サダクニ、クロが集まってきた。私は無線のチャンネルを合わせ指示を送る。

 

「敵機は紫電とムスタング!どちらも高空での機動では劣るが低空での性能は圧勝だ!旋回戦で勝負しろ!アカツキの皆は機体の砂塵対策は大丈夫か!?」

 

「私たちはここを拠点に活動しているのよ?なめないでもらいたいわね」

 

「ふふ・・そうだったな。よし! ヤマダ、レミ、クロ、サダクニ!!ゲキテツの名に懸けてこの空戦、必ず勝って帰るぞ!!」

 

「怪盗団アカツキ!行くわよ!!」

 

一同「了解!!」

 

 

 

 

私は前から向かってくる敵機を見つけ、高度計を見た。200クーリル・・・ここは私たちの空だ!

 

「ヤマダ!!」

 

「どうした!」

 

「後ろは・・・任せたぞ?」

 

「・・・任せておけ!」

 

その言葉を聞くと同時に、操縦桿を倒しラダーを蹴った。一番前のムスタングに狙いを定めて急降下、レティクルに広がったムスタングめがけて機銃を発射した。

 

「先手必勝!!」

 

ガガガガッ!! ドォン・・・!

 

ムスタングは機銃掃射をもろに受ける、一機撃墜。すぐに隣の紫電に照準を定め操縦桿を引き一気に後ろについた、だがそこの左下にもう一基の紫電を確認した。

 

「イサカ!下のはもらうぜ!!」

 

私はバンクを振って了解の合図をし、前を飛ぶ紫電を照準にとらえた、機体を急降下させ逃げようとするが低空での旋回戦で零戦に勝る機体はない。10クーリルほどのぎりぎりまで接近し機銃を発射する。

 

「この愚か者共め!!」

 

ガガガガッッ!!!

 

紫電は火を噴き落ちて行った。私はヤマダの後ろにつき無線を飛ばす。

 

「ヤマダ!お前が前になってみろ!空戦の腕が落ちてないか見てやる!!」

 

「見てろよ!!」

 

ヤマダは同高度にいるムスタングめがけて急加速した。ムスタングは当然逃げようとする。往年の名馬も低空で相手の戦略にはまってしまえばただの駄馬だ。旋回と馬力で引き離そうとするムスタングにヤマダと私はピタリとついて行った。

 

「じゃあな!!」

 

ダダダダッ!!!バキッ・・・

 

ヤマダは一機ムスタングを撃墜した、私も信じられないが・・・・最初期の零戦がムスタングを撃墜したのだ。周りを見るとほかの皆も敵機を片付け終えていた。私は無線で滑走路に着陸することを伝え、皆はインノの滑走路に着陸した。

 

 

「早速で悪いんだけど・・・私たちはお暇させてもらうわ。」

 

「目立つと面倒だからな・・・共闘できてよかったよ。また機会があれば、よろしくな。」

 

 

「ヤマダ、またそっちに遊びに行くのだ!」

「もうあんな大けがで空を飛んじゃ駄目よ?」

 

「ゆっくり来いよ?またなカラン、ベッグ。」

 

 

「レミといったわね?あなたの射撃のスタイルはとても美しかったわ。また会う時が来たら・・また見せて頂戴?」

 

「そんなに言われると照れちゃうっすね・・・また会いましょうね!」

 

 

「あの・・・サダクニさんでしたよね・・ご迷惑でなければニコさんによろしくお伝えください。さようなら。」

 

「任せておけ、さようなら。」

 

 

「クロだったな、レミのことしっかり守ってやれよ?また機会があれば列機になってくれ。」

 

「言われなくても守ってやるさ。また機会があればな。」

 

 

私たちは戦闘機に乗り込むアカツキの面々に向け、敬礼をした。そして暁に向けて飛んで行く機体が見えなくなるまで敬礼を続けていた。

 

 

 

 

しばらくするとエアレースの主催者が歩いてきた。

 

「今回はこんなことになってしまい本当にすみませんでした。しかも助けていただいて・・・私がこんなことを言うのもおかしいですが、またエアレースがあれば参加していただいてもいいでしょうか。」

 

すると、ヤマダが口を開いた。

 

「今回はあなたは悪くない、むしろまた誘ってくれ。突貫じゃなくて、ちゃんと仕上げた機体で参加してやるからさ」

 

「ありがとうございます・・・もうお帰りで?」

 

「ああ、もう帰る。機体にたまった砂塵を洗ってやらないといけないからな。」

 

「もう少しお話しさせていただきたかったです・・・道中お気をつけて。本当にありがとうございました。」

 

 

主催者との会話を終えたヤマダの肩をたたき、私は話しかける。

 

「さあ、帰ろう。」

 

「ああ、そうだな。」

 

私たちは滑走路に機体を並べた、するとレミがヤマダの一一型へと歩いてゆく。

 

「ヤーマダっ」

 

「どうした?」

 

「61-120に乗ってくださいっす、一一型には私が乗るっすから」

 

「いいのか!?」

 

「はい~ あんたの零戦なんっすから当たり前じゃないっすか~」

 

「ありがとう・・・やったぁ!!」

 

そう言って61-120に乗り込むヤマダは満面の笑みだった。私は一度AI-I-129の操縦席から降りると、エナーシャハンドルをもって機体の下にもぐった、

 

「イサカ、何やってるんだ?」

 

「お前の61-120はエナーシャ始動だろう?誰が回すんだ?」

 

「じゃあ・・・久々に頼めるか?」

 

「任せておけ。」

 

私はハンドルを差し込み声を待つ。

 

「スイッチオフ、整備員前離れ!エナーシャ回せ!!」

 

いつもと変わらない、重いハンドルを力いっぱい回す。甲高い回転音が響き渡る・・・適正回転数になったらハンドルを即座に引き抜き叫んだ。

 

「コンタクト!!」

 

次の瞬間プロペラがゆっくりと回りだすが、発動機に火が入った瞬間にプロペラの回転は加速する。プロペラ後流に飛ばされないように操縦席に上りヤマダの始動シーケンスをながめた。

 

「どうした?」

 

「なんでもない。そうだ、飛行眼鏡を借りっぱなしだったな。」

 

「帰ったらでいいさ。」

 

「すまないな・・・」

 

そうして私はAI-I-129の操縦席に戻る。こちらはセルモーター始動なので指導は容易だ。飛行眼鏡をかけ後ろを見ると全員キレイに一列に並んでいた。私は風防から手を出し大きく手を振り離陸することを伝えた。スロットルをゆっくりと開け操縦桿を前に倒し尾部を持ち上げる。速度が50キロクーリルを超えてから操縦桿をゆっくりと引くと零戦は飛び上がった。後ろを確認し全員がついてきているのを確認してから、バンクを振って合図を出し、私たちはタネガシへと機首を向けた。

 

 



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居酒屋

著 ヤマ

 

「やまらぁ〜しゅきぃ〜 何れいっつももっとくっついてくれないんだぁこの愚か者ぉ〜・・・ひっく 」

 

「イサカ飲みすぎだ!レミ、なんで俺がトイレに行ってる一瞬の間にこんなに飲ませたんだ!?」

 

「私じゃないっすよ!?ヤマダが行ったら急にイサカが酒を頼み出したんっすよ!」

 

「ねぇ〜もっとくっつこうよぉ〜」

 

「公衆の面前でやるな!」

 

「やらぁ〜いまがいい〜!ヤマダがいい〜!」

 

「あーーもう!仕方ねえな!」

 

俺はインノのエアレースから帰って、行きつけの居酒屋にレミとイサカを連れて飲みに来ていた。その結果がこれだ。俺はイサカの肩に手を置いて引き寄せると、腰に片手を回して頭にもう片手を置きイサカを強く抱き締めた。

 

「えへへ〜、あったかい・・・」

 

「なんだかんだやってあげるあたりヤマダも優しいっすね。はい、あんたの好きなカルピスチューハイっすよ。」

 

「ありがとよ、今無理だからそこに置いといてくれ。」

 

「はーいっす」

 

「ねぇ〜ヤマダ、ねぇ〜」

 

「子供か! どうした?」

 

「もう怪我痛くないのかぁ〜?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。傷も塞がってきたしな。あと1日もすりゃ傷口は完全に塞がるってサダクニさんに言われたよ。」

 

「よかったぁ・・・ごめんっ!言い過ぎたっ!ヤマダはすごく頑張ってたのに!うえええん!」

 

「泣くな泣くな!レミ、助けてくれーー」

 

「仕方ないっすねぇ〜、ほらイサカ、こっちへおいでっす〜」

 

「やだっ!ヤマダがいい!」

 

「て、言ってるっすけど?」

 

「愛いやつめ・・・」

 

そうしてなんだかんだしているとイサカは俺の肩に寄りかかって眠ってしまった。おこさないように気をつけながら、鶏皮をつまみに大好物のカルピスチューハイを飲む。

 

「くっはぁ〜!うめぇー!」

 

「ほーんと、あたしらと同い年とは思えないくらい趣味嗜好がおっさんっすよね〜」

 

「悪かったな、おっさんで。」

 

「別に怒ってないっすけどね。それよりあれを聞かせてくださいよ。」

 

「あれってどれだよ」

 

「どーやってこんな大怪我抱えてインノまで飛んだのかをっすよ!すーっごく気になってるんっすから!」

 

俺はイサカを膝枕して乱れた髪を軽く整えてやり、完全に寝たのを確認してから話し始めた。

 

「どうもこうも・・・・・・

 

 

 

 

俺はベッドから、滑走路から飛び立つイサカの一一型を見届けた。寝転び目を瞑ると、さっきまでの疲れがどっと出たのかすぐにぐっすり寝ちまったんだ。そして夜近い時間に目が覚めた、勿論病室にはサダクニさんもイサカも居ない。完全に目が覚めちまって何もすることは無かったからベッドから半身起こしてイサカに貰った万年筆でメモ用紙に落書きしてたな・・・

そしたら急に医務室のドアが空いてよ、誰が入ってきたかわかるか?・・・ん?ちゃうちゃう、なんとニコが入ってきたんだよ。しかも猫を抱いて!びっくりしたぜ?それでそのままニコはベッドの隣のイスに座ったんだ。

 

「サダクニから連絡を貰った・・・大丈夫か。」

 

「わざわざ見舞いに来てくれたのか・・・?」

 

「ああ、特別にねこを触らせてやる・・・早く元気になれ。イサカが心配するぞ。」

 

にゃ〜ん・・・にゃお、にゃ〜ん

 

「ふふ、可愛いなこの子。わざわざありがとうな、ニコ。」

 

「私こそ来るのが遅くなってすまないな、じゃあ仕事の途中でよっただけだから私は帰る。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そして俺はニコを見送ってまたベッドに寝転んだんだ。病室での寂しさったらねえぜ・・・そしたらまたすぐに扉が開いたんだ。

 

「ヤマダ!大丈夫なの!?」

 

「うわあっ!ローラさん!?」

 

「イサカを守って撃たれたって!?大丈夫!?」

 

「落ち着いてください!自分はこのとおり大丈夫ですから!」

 

「あら、ほんとね・・・あなたほんとに無理しすぎよ!」

 

「妻の前でくらいカッコつけたかったんすよ・・・体に穴が開きましたけどね。ハハ・・・」

 

「ハハ、じゃないの!貴方が死んだらイサカがどれだけ悲しむか・・・」

 

「すみません・・・」

 

「妻想いも程々にね・・・?」

 

「そりゃ無理な注文ですよ・・・貴方もフィオさんが大変になっていたら俺と同じことするでしょ?」

 

「まぁ・・・ねぇ?それと貴方、私に対してももう敬語じゃなくて良いわよ。気を使いすぎてもしんどいでしょう?」

 

「そうですか・・・ありがとう。ローラ。」

 

「こちらこそ、家族を体を張って護ってくれてありがとう。あ、あなたとイサカも別の意味での家族だったわね。」

 

「そう・・・だな。」

 

「じゃあ、私はお暇するわ。お大事にね?」

 

「ありがとう。さようなら」

 

ローラとは意外に長く喋っていたんだな、もう夜もふけてきてさ・・・そろそろ眠いなと思ったんだ。寝転んで布団を被って寝ようとしたんだがその時

 

ゴトッ・・・パリンッ・・・!

 

俺の枕元に置いてあったイサカのくれたラムネが落ちて割れたんだ、その時に凄い胸騒ぎがしてな・・・。1回は気にしないで寝ようとしたんだが、居てもたってもいられなくなって俺はベッドから飛び起きて自室に戻って服を着替えた。飛行眼鏡はイサカに貸していたからな、予備の飛行眼鏡を取って格納庫におりてAI-I-129に増槽をつけた

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす。飛ぶ以前にその一連の動作で傷は痛まなかったんっすか?」

 

「めちゃめちゃ痛かったぞ。ちゃんと傷がふさがってないから包帯が傷に触れるし・・・」

 

「はぁ・・・良くやったっすね・・・」

 

 

 

 

で、結局そのまま飛んだんだが・・・離陸のとき操縦桿引いたらGが下にかかるだろ?あのときに傷口が痛くてな・・・まあ結局そのあとはいつもの長距離飛行と一緒だけどな・・・

 

 

 

・・・・って具合だよ。」

 

「じゃあじゃあ、ベッグやレンジ達を助けたときはどうやったんっすか?」

 

「いやそりゃいつも通りの空戦だぜ?」

 

「でも、ヤマダってあたしらと違って人一倍多く飛ぶじゃないっすか~ なんか面白い話ないんっすか~?」

 

「面白い話っつったってなぁ・・・」

 

すると、カウンター席から居酒屋の店長の声が聞こえてきた。どうやら酔った客に絡まれているらしい。ここの店長とは顔なじみだ、助け舟を出してやるか・・・

 

「レミ、ちょっと行ってくる。イサカを頼む。」

 

「ここはイサカ組だからイサカが対応しないといけないんっすけどね・・・」

 

そうしてイサカをレミに任せると、カウンター席へと歩いて行った。

 

「店長、一杯くれ。」

 

「ああ、ヤマダさん・・・」

 

「何ならお前!俺は今その店長と話をしてるんだよ!」

 

「だから奥の戦闘機は売れないと言ったでしょう!?」

 

「俺は金は出すっつってんだ!何が問題なんだ!?ええ!?」

 

奥の戦闘機・・・俺がよく面倒を見ている紫電改だ、

 

「あれは妻との思い出が詰まった戦闘機です!何と言われても売れません!!」

 

「あぁ!?」

 

酔った客は店長につかみかかろうとしている。俺は止めに入る。

 

「やめろ、」

 

「なんじゃ!?」

 

「こっちの台詞だ。このよそモンが、人が大切にしてるもんをカネではたこうとしやがって。」

 

「お前に関係なかろうが!?ええ加減にせんと痛い目見るで?」

 

「もういっぺん言うぞ、やめろ。」

 

「やめんわ!お前表出ろや!」

 

「ヤマダさん!いけんです、こんな酔っ払い気にしないで!」

 

「店長、あんたこそいけんよ。こいつがいると酒がまずくなるぜ?」

 

そう言って俺は酔っ払い客のほうを振り向く、すると男は急に殴りかかってきた。

 

「死ねやぁ!!」

 

「ふん!」

 

ドサッ・・・・

 

「しばらく寝てろ、」

 

そうして男を店の外につまみ出すと、俺は席に戻った。

 

「すまんな、レミ。」

 

「いいんっすよ~ ていうか、早く聞かせてくださいよ!」

 

「だ~か~ら~話すことなんて無いって言うとろうに・・・」

 

「じゃあじゃあ、何でもいいから面白い話してくださいっす!」

 

「面白い話ぃ・・?」

 

何か言おうとしたとき、俺の視界に黒いものが入った。

 

ゴンっ・・・

 

「ごはっ・・・」

 

イサカの頭だった。目を覚ましたのだ。

 

「頭が痛い・・・ヤマダ、何をやっているんだ?」

 

「いたい・・・」

 

「何やってんすか・・・」

 

そのあとは結局愚痴を言い合いながら酒を飲み交わした。久々の平和な夜であった。

 



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零戦のすべて

著 ヤマ

 

「無い・・・か、すまない。わざわざ探してくれてありがとう。」

 

私は電話の受話器を置く、タネガシ中の本屋に電話したが無い。仕方ないだろう、もう10年も前に出版されたユーハングの経済学書の写し・・・そんな骨とう品をいまだに扱っている本屋などイジツ中どこを探しても。そうしてそのまま仕事に戻った。いつもの飛行眼鏡と違う普通の眼鏡をかけフロント企業の支出収入を計算し計算機に打ち込む、相も変わらず部屋での仕事は景色の代わり映えもなく・・・そうしていると目も痛くなる。眼鏡を外しハンカチで頬の汗を拭いた。すると部屋の戸を叩く音がした

 

「イサカ、入っていいか?」

 

「ああ、」

 

「目が赤いぞ・・?大丈夫か?」

 

「少し長く書類仕事をしすぎた・・少し休めば治る。気にするな。」

 

「そうか・・? そうだ、これ。」

 

ヤマダはそう言って小包を差し出した。私はそれを受け取る。

 

「なんだ、これ?」

 

「開けてみな。この前ポロッカに五二型の修理をしに行ったときに見つけたんだ。」

 

私は小包の封を切り中身を取り出す、それはつい先ほど私が探していた経済学書だった。ところどころに破れがあるが仕方ないだろう。

 

「ヤマダ・・これ・・!」

 

「ポロッカでたまたま寄った本屋にあったんだ。多少傷があるが・・・」

 

「いいんだ・・・ありがとう。」

 

「ああ、ちなみにそれはどういう本なんだ?」

 

「タイトル通り経済学だ。読んでみるか?」

 

「いや、遠慮しとくよ・・・ん?」

 

そう言ってヤマダは窓の外を見た、私も席から立ち上がり外を見ると滑走路に人だかりができている。

 

「しまった、一一型を直してる格納庫の扉が開けっ放しなんだ・・・ちょっと行ってくる。」

 

「私も行く、今日の仕事はほぼ終えたからな。」

 

私とヤマダが格納庫へ下りていくと、一一型の周りの整備班のやつたちが一斉に話しかけてきた。

 

「ヤマさん!こんな極上の一一型どこで見つけたんです?」

 

「こりゃ骨とう品ですよ・・・」

 

そういう言葉をさえぎってヤマダが言う

 

「ほ~ら散れ散れ!各自作業に戻る!」

 

「発動機回してくださいよ!一回だけ!」

 

「だ~め~だ!まだ作業が残ってるだろ!」

 

「ちぇ~・・・」

 

組員たちが作業用の格納庫に戻ったのを見て、私はヤマダに話しかけた。

 

「私も久しぶりに一一型の音を聞いてみたいんだが・・・」

 

「じゃ、ちょっとだけ作業を手伝ってくれないか?」

 

「ああ・・・!」

 

私はヤマダについて格納庫に入った、いつも私たちの戦闘機を整備しているのは組員たちの戦闘機を整備をしている格納庫とは違い、ヤマダの趣味の場だ。私やサダクニ、来た時だけだがレミやニコ、クロの機体もヤマダはこの格納庫で整備してくれている。こっちに中に入ると少し乾燥した空気が肌を触る。金属が錆びないように乾燥した空気になっているのだ。

 

「のどが乾いたら遠慮なくいってくれよ。」

 

「ああ、ところで作業っていうのはなんだ?」

 

「奥の六四型を整備するんだ。」

 

「あのカウリング・・・まさかラプトルのか?」

 

「違う違う、前にも言ったろ?ラプのやつは五四型だって。これはケンザキ一家が中継地点にしてた空の駅にたまたまあったんだよ。空の駅のオーナーに話を聞いたら、調子がよくないが動く。ずっとここに置いてても使わないから持って行ってくれって言われてな。うれしくって持って帰っちまった。」

 

「そうなのか・・・こいつはどこが悪いんだ?」

 

「それがな・・・オイルを変えたら途端に調子がよくなってよ・・・」

 

「なんだそれ・・」

 

「こっちがびっくりだ、とりあえず一一型とロクヨンを洗いたいから二機とも外に出そう。」

 

そうして私とヤマダは二機を押して外にもっていった。零戦はブレーキさえかかっていなければ人力で押すことが可能なのだ。二人だと少々厳しいが、空戦をしている人間の腕力があれば不可能ではない。二機を外で並べると、ヤマダがホースと洗剤、そしてスポンジを持ってきた。

 

「ついでに私のA-I-I-129も洗っていいか?」

 

「それじゃ俺の61-120も洗うか。」

 

また二人で二機を外に運び出す、一時的にではあるが一一型・二一型・五二型・六四型が並んでいるのだ。圧巻である。上着を脱ぎワイシャツの腕をまくると、ホースで機体に水をかけ、洗剤をつけたスポンジで機体を洗ってやる。排気管の後ろや機銃口、主脚周りなんかは特に汚いので念入りにこすってオイルやすすを落としてやるのだ。ある程度汚れを落とし終わり、泡を水で洗い流しているとき。ヤマダはじっと機銃を見ていた。

 

「何を見ているんだ?」

 

「いや。この六四型、機銃の中心がずれているように見える・・・洗い終わったら他の機体を直して試射してみるか。ついでに明日試験飛行もしてみよう。」

 

「私も乗っていいか?」

 

「ああぜひ乗ってくれ、前のときは横で見てただけだったもんな。」

 

そうして洗い終えた機体を格納庫に戻し、ロクヨンを滑走路に移動させる。私が特徴的なカウリングを眺めているとヤマダが急に主翼の上に寝転んだ。

 

「あらよっと」

 

「何やってるんだ・・・」

 

「機銃がどっち向いてるのか大雑把に見てるんだ。前はコンクリの壁・・・撃っちゃうか。」

 

「え?」

 

そういうが早いかヤマダは外部電源をバッテリにつなぎ、機銃カバーを外した。そして操縦席に飛び乗りトリガーを引く。

 

ダダダダッ!!

 

「ぎゃあああっ!」

 

壁間際から悲鳴が聞こえてきた。

 

「誰だ!?」

 

「あたしっすよ!急にぶっ放すなんて何考えてるんっすか!?」

 

「わるいわるい・・・お詫びに乗せてやるからさ・・・な?」

 

「ロクヨンにっすか?」

 

「ああ、」

 

「仕方ないから許してあげるっす。」

 

そうするとヤマダはコンクリの壁についた弾痕を見に行くと、何かをメモしてこちらに戻ってきた。

 

「機銃、ズレてなかった・・・」

 

「良かったじゃないか。ゲホッゲホッ!」

 

「イサカ、風邪か?」

 

「さっき戦闘機を洗ってた時に濡れたからな・・・大丈夫だ。」

 

「ダメだ、ほら上着着て。レミ、本当にすまないが俺の部屋で布団を敷いておいてくれないか?」

 

「仕方ないっすね〜」

 

私はヤマダに上着を着せられた、心配そうな眼差しをこちらに向けるヤマダを見て。私は何かすごい安心感を覚えた。すると・・・

 

「イサカ、ほら。」

 

「なんだ? ゲホッ!」

 

「部屋までおぶってってやるよ。ほら、早く。」

 

「そこまでしてもらわなくても大丈夫だぞ・・・」

 

「だーめーだ。ほら、病人は黙って言うこと聞く!」

 

「ヤマダのくせに・・・」

 

私はヤマダにおぶわれて部屋に向かう、ヤマダの背中は大きく、とても暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

俺はイサカをおぶって部屋に行く、部屋に行くと既にレミが布団を敷き終えていた。

 

「イサカ、下ろすぞ。」

 

「ん・・?・・ああ、ありがとう。無理させたな。」

 

「そんなことはないさ、ほら。」

 

イサカを布団に下ろし、飛行眼鏡と上着を預かる。ひとまず風呂まではスーツのままで寝てもらうことになるが・・・仕方ない。まずはレミに礼を言う。

 

「レミ、急にすまなかったな。わざわざありがとう。」

 

「気にしないでくださいっす。ほかに何かすることはあるっすか?」

 

「いや、特にないさ。ところで、なんで今日はうちに来たんだい?」

 

「ああ!忘れてたっす。イサカに頼まれてあんた宛の荷物を持ってきたんっすけど・・・イサカ寝ちゃったっすね」

 

「すー・・すー・・・」

 

イサカはいつもと変わらない寝顔だった。だが少し耳と頬が赤い、俺は後輩に頼んだ氷水を張った桶と小さなタオルを受け取った。しっかりと布団をかけてやりイサカの枕元に腰を下ろした。レミにも布団の横に座るように促し、二人でイサカの寝ている蒲団の横で胡坐をかいた。

 

「すー・・すー・・・ヤマラァ・・・レミィ・・・サダクニィ・・・もうたべれない・・・」

 

「どんな夢見てんだよ・・・あーもう、手を握るなって・・・仕方ねえな・・」

 

タオルを氷水につけて片手できつく絞り、イサカのでこに置く。心なしかイサカの頬が涼しくなった気がした。

 

「そうだ、ヤマダ。イサカから預かってた荷物なんっすけど・・・」

 

「持っててくれ、多分イサカはサプライズしてくれるつもりだったんだよ・・・どうせあと数十分でご飯の時間だ。いつもはイサカが作ってくれてるんだが、今日は俺が飯を作るよ。俺が作りに行ってるうちに渡しておいてやってくれ。」

 

「わかったっす。」

 

そうして俺は台所でおかゆを作り、卵焼きを作った。おかゆにこぶを載せてお盆に乗せると、二人のところへと運んだ。

 

「お待たせ~」

 

「おっ、噂をすればきたっすよ。ヤ~マダ~」

 

「噂されてたんかい・・・ほらっ、俺にゃこんなくらいしかしてやれねえが・・・おかゆと卵焼きだ。」

 

「この前飲ませてくれたあの酒はないんっすか~?」

 

「病人の前で出せるわきゃねーだろ・・・あーでも、レミ、ちょいとその酒瓶借りるぜ」

 

「え?ええ、いい・・っすけど?」

 

俺は酒瓶の酒を少し長めの蒸しタオルにしみこませ、固く絞った。そしてそれをイサカの首に巻きつけ軽く結んだ。

 

「ヤマダ、これは?」

 

「へへ、喉風邪の時はこれがきくんだぜ?」

 

「おしゃけ・・・おしゃけ・・・あたしの・・・」

 

「明日ちゃんといいの買ってやるからさ・・・」

 

「やくそくっすよ・・・?」

 

「わかったわかった・・・」

 

「ヤマダ・・・ちょっと喉が楽になったよ。」

 

「そうかい?ほら、冷めないうちにおかゆも食っちまいな。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そうして三人でおかゆと卵焼きをほおばり、急須の茶も飲み終えた。すると、イサカが手元から小包を取り出した。

 

「ヤマダ、これ・・・」

 

「おお、これは?」

 

「開けてみてくれ。」

 

封を切り箱を開けると、飛行眼鏡が入っていた。俺が前から使っていたのとまったく同じものだった。

 

「飛行眼鏡じゃないか!いいのかい!?」

 

「ああ、あの時お前に借りた飛行眼鏡、結構汚れてたからな・・・」

 

「ふふ、そんなの気にしなくてよかったのによ。」

 

「それでその・・・もしよければお前のあの飛行眼鏡、もらってもいいか?」

 

「あんなのでいいのか?」

 

「ああ、」

 

「いいよ、あんなので良けりゃ使ってやってくれ。」

 

「ありがとう・・・!」

 

すると、レミが物言いたげな表情でこちらを見ている。

 

「レミ、どうした?」

 

「なんで二人だけで良い感じになってるんっすかー」

 

「わ、悪い・・・」

 

「ぶー、じゃあアタシ、一回ヤマダに聞きたかったんっすけど、それ応えてもらってもいいっすか?」

 

「あ、ああ。いいぜ?」

 

「じゃあ、零戦の各型の特徴を教えて欲しいんっすよ。アタシ自分の五二型しかほとんど乗ったことないから・・・知識としても、お願いするっす。」

 

「それは私からも聞きたいな。ヤマダは各々の型を詳しく説明してくれたことは無いからな・・・」

 

「わかったよ・・・じゃあ一一型からな?」

 

 

 

・・・・・・・・

 

零戦一一型

こいつは正確には十二試艦上戦闘機の増加試作機なんだ。まだ試作して問題点を洗い出さないといけない栄一二型を搭載した十二試艦上戦闘機を中国戦線に送り、そこで正式採用して

 

零式一號艦上戦闘機一型

 

になったんだ。まだ型式を数字ふたつで表すことが決定される前だったから変な名前だろ?そんで、中国戦線で採用されたこいつらには課題が残ってた。

 

・Gがかかった時に主脚が飛び出す。

 

・同じくGがかかった時に20ミリ機銃が出なくなる。

 

・空戦時に筒音、シリンダーの温度が過剰に高くなり発動機が焼き付く。

 

これらの不具合は入念なテスト飛行を重ねて改善が行われた。それから出撃したところで大戦果を挙げ、いわゆる零戦無敗伝説ってのが始まったんだ。

 

一一型の外観上の特徴は、

 

・第四カウルフラップから突き出た集合排気管

(7号機と27号機以降の型では二一型と同様のものになっている。)

 

・着艦フック、クルシー式無線帰投方位測定器が未装備

(7号機と27号機以降では装備、もしくは装備可能に準備工事がされている。)

 

・二一型以降の翼端折畳み機構も無い

 

・ブレーキへのオイルパイプの取り回しが異なる

 

・操縦席への空気採り入れ口の形状が異なる

 

・20ミリ機銃のカバー開口部が角型

 

と言う四点だ、それと勘違いしてる人間が多いんだが、零戦一一型は艦上戦闘機じゃなくて局地戦闘機として作られたんだよ。

 

 

 

零戦二一型

 

こいつも採用された当初は、零式一號艦上戦闘機二型って名称だったんだ。命名規則が変わってから二一型になったんだ。そして二一型になってから、零戦の特に大きな問題点が露呈したんだ・・・

 

・急降下するとフラッターが発生し、動翼が吹き飛んだあと機体が空中分解してしまう。

 

・127号機からは動翼の操作を用意にするために修正舵を取り付けていたが、それの取り付け強度が弱く急降下するとそれがちぎれ飛び主翼の外板がもげる。

 

・エルロンの前後重量不均等によりエルロンに異常な振動が発生しエルロンがもげる。

 

どれも零戦の極限まで切り詰められた強度設計が祟ったんだ。

・一つ目の問題点は機体の構造強化で解決した、機体の強度が高くなればフラッターも起きにくくなるからな。

 

・ 二つ目の問題は、既に製造されている機体は修正舵取り付け部分の構造強化で、その後の機体は今まで通りのトリムタブに戻すことで解決した。

・三つ目の問題は、既に製造されている機体は突出型マスバランスを増設して、その後の機体はエルロン内部のマスバランスを大型化して前後重量を適正化したんだ。

 

 

そして二一型の外観上の特徴だな。

 

・着艦フック、クルシー式無線帰投方位測定器、翼端折畳み機構の艦上戦闘機に必要な装備品の追加

 

・排気管が第五カウルフラップに移動

 

・ブレーキへのオイルパイプの取り回しが以降の形に

 

これはまず、三菱の二一型の特徴だ。二一型は長い事生産されたから小さな違いが沢山ある。

 

 

次は中島でライセンス生産された初期と中期の二一型の特徴だ。

 

・プロペラスピンナーが三菱の物に比べて細長い

 

・計器版上部の形状が若干違う

 

・機体側面のステンシル(機体の情報が表記されている)に製造年月日の欄がある。

 

・中期〜の二一型の特徴、20ミリ機銃が三二型〜二二型無印まで搭載された携行弾数100発で短銃身の九九式一号二型機銃に変更された。

 

 

以上だ、最後は中期〜後期に中島で製造された二一型の特徴だ。

 

・中期の二一型はプロペラスピンナーが中島の五二型無印・甲と同様の若干大型の物になっている

 

・後期の二一型はプロペラスピンナーが五二型乙以降のものと同じ大型の物になっている。

 

・無線アンテナが五二型以降の短い物と同様の物になっている

 

・濃緑色と明灰白色の塗り分けが水平尾翼まで切れ上がっている

 

・一部の機体のみであるが二二型甲以降に搭載された九九式二号三型機銃を搭載した。

 

以上だ、二一型は俺が好きな零戦の型なんだよ。あのカウリングの気化器空気採り入れ口、かっこいいだろ?・・・悪ぃ、脱線した。次は三二型だな。

 

 

 

零戦三二型

 

こいつが開発された理由は、零戦二一型以前の型で問題になっていた事の解決のためだ。零式二號艦上戦闘機一型の名称で開発が進められていたがその途中で命名規則が変更されたため、正式名称された時は零式艦上戦闘機三二型となったんだ。それと面白いことに、零戦三二型として海軍に正式採用されたのは機体の生産が全て終了してからなんだ。

 

そして、二一型以前の型で問題になった点は、

 

・一段一速過給器搭載の栄一二型に起因する高高度性能の劣悪さ。二一型の飛行可能高度上限は10000mであるが、プラスブーストでカタログ出力を発揮できるのは5000mまでであり、空線で有利に立回ることが出来るのはさらに低い3000m程であった。

 

・水平飛行時の速度の遅さ。

 

・20ミリ機銃の命中率の劣悪さと携行弾数の少なさ。零戦一一型、二一型が搭載していた九九式一号一型機銃は発射速度が遅く重力に負けて弾道が放物線を描いてしまい命中率が非常に悪かった。そして一艇につき60発しか携行出来なかった。

 

・12mもある長い翼に起因する横転性能の悪さ。仕方ない部分もあるが、反トルクに逆らって機体を傾ける右ロール動作が特に遅かった。

 

だ、これらを解決する為にされた対策は

 

・発動機を一段二速過給器を搭載する栄二一型へ換装。高度約3500mで一速から二速へ過給器を変速することでインペラーの回転速度が変化し、空気をより圧縮出来る。その他にも気化器の変更などにより出力が向上したため、水平速度も若干向上した。

 

・翼内機銃を九九式一号一型機銃から一号二型に変更し携行弾数が100発に向上した。

 

・翼端を片側50cmずつ切り落とし11mとし角型に整形、横転性能と生産性の向上を図った。

 

なんだ、まず結論から言ってしまうとこれらの改良は高高度性能以外大きな改善にはならなかった。

 

・翼端を切り落としたことによって横転性能が上がったが、角型の翼端というのは航空力学的に良くない形であり、当初期待したほどの速度は得られず、そして格闘戦性能も低下した。だが海軍はある程度の速度向上がなせていたことを見込み、正式採用した。戦局が優勢であったという条件もある。

 

・九九式一号二型機銃は携行弾数こそ増えていたものの、それでも新人搭乗員は一斉射で撃ち尽してしまい、ベテラン搭乗員でも5斉射程度もたせるのが限界であった。そして銃身が伸びた訳ではなかったため発射速度は低いままであり放物線を描く弾道は変わらなかった、苦肉の策として機銃本体の取り付け角度を少し上にすることで対策したが、それでも大きな改善にはならなかった。

 

てな具合だ、それでも速度と高高度性能、横転性能の向上を高く評価する現場の声もあり最初はそこまで不遇ではなかった。だがその後始まったラバウル→ガダルカナル上空への超長距離飛行で弱点が露呈したんだ。栄二一型換装によって胴体内燃料タンクが小さくなり航続距離が減少した、これのせいで三二型はガダルカナルへ飛行することが出来なかったため、新型機であるにも関わらず本土練習航空隊の練習機に回されてしまったんだ。その後ガダルカナルにより近いブーゲンビル島ラエに基地が完成したがその頃には三二型の生産は終了していたうえ、戦局が揺らいでいたためにほとんど利用されることは無かった。

 

次は三二型の外観とその他の特徴だな。

 

・角形に成型され短くなった主翼、三二型の一番の特徴。

 

・発動機変更に伴ってプロペラ直径が大きくなった。

 

・九九式一号二型機銃に変更された事による主翼パネルラインの変更及び大型化したドラム弾倉を覆うための涙滴状のフェアリングの追加。

 

・発動機換装によるカウリングの全面設計変更。気化器空気採り入れ口が上方に移動し全長が長くなり、絞込みが強くなった。

 

・エルロンがリブ(骨組み)一つ分短縮され、フラップとリブ一つ分隙間が空いた。

 

・計器版のブーストメーターと筒温計の位置が逆転した。

 

だな、あと三二型には数機だけだが30ミリ機銃を搭載した型や、二二型以降に搭載された長銃身の九九式二号三型機銃を搭載した型も極小数存在するぜ。ユーハングに唯一残っている三二型は主翼の機銃を九九式二号三型機銃に換装した非常に貴重な型なんだ。

 

 

 

二二型無印・二二型甲・一二型

 

まず二二型は三二型で問題となった航続距離の低下を回復させる為に発動機は栄二一型そのまま主翼を零戦二一型と同じに戻して翼端折畳み機構も復活、翼内燃料タンクを増設して航続距離を回復させた型だ。主翼以外に三二型との違いはほとんどないが、強いて特徴をあげるとするなら

 

・現用飴色と緑迷彩採用の過渡期に製造されていたので応急迷彩仕様が多い。

 

くらいだ。

次は二二型甲な、これもまた一つだけだが大きな変更点がある。

 

・二二型無印までの九九式一号一型・二型機銃から、銃身を延長し発射速度を高めた九九式二号三型機銃に変更、これにより主翼の点検口等のパネルラインが変化し銃身が主翼から前に大きく突き出した。

 

これだな、九九式二号三型機銃は発射速度が改善されて以前と比べて格段に命中させやすくなった。これは現場の搭乗員にも好評だったそうだ。だが携行弾数はドラム弾倉であるがゆえ100発から変更が無く、弾不足感は解消できなかった。

 

次に一二型な、これは二二型甲の最終生産機10機ほどに充てられた型式だ、陸上基地で運用するための言うなれば一一型の機体に栄二一型を搭載した型だな。ただし一二型として正式採用された訳ではなく二二型と区別するために三菱が暫定的に着けていた名称である可能性が高い。海軍の公文書には二二型・二二型甲の文字しかないからな。一二型の特徴は

 

・翼端折畳み機構、着艦フックの撤廃、ただし翼端は短縮された訳ではなく一一型の主翼に戻ったと言うのが適正か。

 

これだ、外観を見るだけだと違いは全く分からない。しかも二二型・二二型甲が空母に搭載された事は稀で、ほとんどがラバウルやその他陸上基地で運用されたために翼端折畳み機構や着艦フックを使った事すらない機体がほとんどだ。

 

そして最後に二二型シリーズの少しマニアックな特徴だが、

 

・エルロントリムタブ(補助翼修正舵)が復活した。

 

これもあるな。

二一型以来の復活だったが次の五二型では翼が再度短くなったからか元に戻されてる。さて、次はお待ちかねの五二型無印・甲・乙・丙だな。

 

 

 

 

五二型無印・五二型甲・五二型乙・五二型丙

 

まずは五二型無印な。これは当然だが以前の型からの速度向上、横転性能向上を主目的として設計されたこの後の五二型の元祖となる型だ。まずは変更点だが

 

・排気管を環状集合式排気管から推力式単排気管へ変更。

(ただしごく初期の実戦評価機体(仮称五二型とは別)は量産品の排気管の生産が間に合わず三二型と同じ排気管とカウルフラップ・カウリングとなった。)

 

・排気管の変更に伴うカウルフラップの完全再設計。エンジンカウリングは気化器空気取り入れ口左右に補強材が追加。

 

・主翼を再度11mへと短縮。ただし三二型と違い翼端は円形に成形されたためエルロンが翼端まで達した。これに伴って急降下制限速度が667km/hに引き上げられた。

 

・リブ一つ分エルロンが再度延長されフラップとの隙間がなくなった。(二一型とエルロンのリブの数が同じとなった。)

 

・発動機への消火装置が廃止され、主翼燃料タンクに炭酸ガス噴射式自動消火装置が追加された。それに伴って操縦席後部の酸素ビンの隣に炭酸ガスビンが追加された。

 

・無線機が三式空一号無線電話に変更され、それに伴ってアンテナが短くなった。

 

・機体によるが、部品不足のためクルシー式無線帰投方位測定器が省略された。

 

・後部機体内部への防腐塗装が省略された。

 

・着艦フックが省略された型が存在する。

 

 これらの改修が施された仮称零式艦上戦闘機五二型(二二型甲第904号機を改造)はテスト飛行で最高速度565㎞/hを叩き出したんだ。これは同じ発動機を積み、重量で54㎏軽かった三二型からは20km/h、二二型からは25km/hの速度向上であり、大きな成功といえるだろう。当然のように航続力と水平面での格闘戦性能は低下したが、このころになってくると格闘戦性能はさして重要な項目とはなっていなかったんだ。このテスト結果を聞いた海軍は五二型として正式採用した。すぐに三菱に量産を命じ、中島にも準備を整え次第量産に入るように命令した。中島で作られた零戦は二一型、五二型無印、後述するが五二型甲、五二型丙、六二型ってことだな。

 

三菱で生産された五二型無印の特徴は

 

・機体上面色は暗緑色、下面色は明灰白色。

 

・塗分けは底のパネルラインに沿って一直線となっており、真横からよく見る、または真下から見ないと明灰白色が確認できない。

 

・プロペラスピンナーが短い。

 

・初期の機体は排気管後部の耐熱板が無く、下面にある四本の排気管が長い。

 

・中島製の機体に比べると耐熱板が小さい。

 

・防腐塗装である青竹色が省略された。

 

・操縦席内部の塗装が濃い緑

 

・機体側面に描かれる製造番号などのステンシルから製造年月日の項目が消去された。

 

こんなもんだ、写真で見ると塗分けが全く違うからすぐわかるぞ。

次に中島で生産された五二型の特徴だな。

 

・基本的に機体上面色は濃緑色、下面色は明灰緑色。

 

・側面から見ると下面色が水平尾翼に向けて切れ上がり、テールコーンに向けてなだらかに落ちている。かっこいい

 

・プロペラスピンナーが若干長い。かっこいい

 

・比較的中期生産型まで下面の排気管は長いものが用いられていた。

 

・主脚格納庫内部へは青竹色が塗布されたが、フラップ裏側への青竹色塗装が省略された。だが末期生産型になるとすべての青竹色塗装が省略された。

 

・操縦席内部はごくごく薄い黄緑色。

 

こんな具合だな。ちなみに俺が使ってる61-120と決戦の時に作ったレミの61-121、ニコの61-130は中島塗装な。

 

 そしてこれは大きな特徴なんだが、ユーハングの暦で昭和19年4月以降に製造された中島の五二型無印(三菱では既に生産終了していた)には「栄二一型」じゃなくて「栄三一型甲/乙」に発動機が変更されてる。詳しい機体番号はわからないが、少なくとも中島第5357号機ではシリアルナンバー31262、栄三一型甲が搭載されているので5300番台以降の五二型シリーズとそれ以降はすべて栄三一型甲/乙が搭載されていると考えてもらって差し支えない。

 

 

次に五二型甲、こいつは急降下制限速度のさらなる引き上げに成功した型だ。特徴は

 

・三菱製の五二型甲は主翼機銃が九九式二号四型機銃に変更された。これは給弾方式がベルト式に変更されたものだった。これによって携行弾数が125発になり、主翼の銃身根元にフェアリングが追加された。

 

・機銃変更に伴い、三菱製五二型甲は主翼下面のドラム弾倉を覆っていたフェアリングが無くなりパネルラインも変化した。

 

・機体外板パネルが0.2ミリ分厚くなり0.7ミリとなった。これによって急降下制限速度が740km/hに引き上げられた。

 

・前述のとおり発動機が栄三一型甲・乙に。

 

以上だ。

 

機銃の項目で三菱製はっていう注脚を入れたのは、中島製の五二型甲は機銃の変更がなく九九式二号三型機銃のまま生産されたからなんだ。というのも、最初に海軍が開発したベルト給弾の機構がGで弾が詰まるっている使い物にならない品物で、急遽三菱が開発したのを用いたんだがそれを大量生産する間がほとんどなかったからなんだ。グズグズしてる間に五二型丙まで改修が進み、そのタイミングでようやく中島にも二号四型機銃がいきわたるようになったって感じだな。だから中島製の五二型甲は外板が分厚くなっただけで外観からは全く違いが判らないんだ。

 

 

次に五二型乙、これは三菱でしか作られていない。特徴は

 

・機首向かって左側の7.7ミリ機銃を撤去し13.2ミリ機銃に変更。それに伴って弾薬補給口とガス抜き穴の形状が変化。

この13.2ミリ機銃はアメリカのブローニングM2機関銃を無断コピーしたものだったが意外に性能がよかった。

 

・それに伴ってカウリング向かって左の機銃発射口が大きくなった。

 

・プロペラのカウンターウェイトが円柱形から扇形に変更されたためプロペラスピンナーがさらに大型化。

 

・風防正面硝子に45ミリ防弾硝子追加

 

・左右主翼下面に150リットル増槽を一つづつ懸吊出来るように燃料配管引き通し。これは改造で五二型無印・甲の一部にも施された。

 

・栄三一型発動機に対応するためカウリングの天地寸法が増加

 

こんな感じだな。たまに中島製の五二型乙ってのを聞くが、あれは中島で後期に生産された五二型甲で風防正面硝子の防弾ガラスはあるが13.2ミリ機銃が搭載されていないんだ。

 

 

五二型シリーズでは最後だな、五二型丙だ。こいつの特徴は

 

・機首向かって右側の7.7ミリ機銃が撤去

 

・主翼20ミリ機銃の外側に13.2ミリ機銃を増設。それに伴って主翼上下面のパネルラインやフェアリングの位置と数が大きく変化した。

 

・主翼下面にロケット弾懸吊レール追加

 

・増槽を紫電や雷電などと同様の四点支持式に変更したため懸吊架や振れ止め金具の大きさと位置が変化

 

・着艦フック・クルシーがほとんどの機体で省略

 

・操縦席の座席が変化

 

・45ミリ防弾ガラスが後ろにも装備

 

・20ミリ防弾鋼鈑が背中部分に追加。

 

てな具合だ、これだけ聞けば防弾も武装も強化された型に聞こえるが・・・発動機の出力は一切向上していないんだ。なのに全備重量で+300kgされたもんだから運動性能はがた落ち。岩本哲三氏や谷水竹雄氏が強化された武装やロケット弾を駆使して戦果を挙げていたが大きな性能低下は隠せなかったんだ。機動性を少しでも生き返らせようと13.2ミリ機銃や防弾板を外して出撃した機体も多い。

 

ここでちょっと補足として栄三一型発動機の説明をするぜ。

 栄三一型は栄二一型に水メタノール噴射装置を取り付けたうえでカムを誉との共通品に変更し、プロペラ減速比を変更した発動機で、五二型丙に搭載されて零戦五三型となる予定だったんだ。けどこの発動機を五二型無印に搭載して速度を計測したところ最高速度が5km/hしか向上しておらず、またプロペラ減速室やクランクシャフトの故障が頻発したために急遽水メタノール噴射装置を取り除いたものが栄三一型甲、甲のプロペラ減速比を栄二一型と共通化したのが栄三一型乙として採用された。結局水メタノール噴射装置搭載は失敗に終わり、出力向上が必須だったはずの五二型丙以降の重武装の零戦は以前までと同じ1000馬力少々の栄で飛ばざるを得なくなったんだ。

 

 

 

六二型(六三型)

 

次は零戦六二型だな。こいつは戦闘爆撃機として運用するための改修が施された零戦最後の量産型だ。ちなみになんだが零戦六二型ってのは仮称なんだ。海軍で兵器として正式採用されていないんだよ。こいつの特徴は

 

・爆弾懸吊架が機体に埋め込まれた。これに伴い爆弾懸吊フックと増槽用燃料ホースが露出し爆弾振れ止め金具が追加された。

 

・クルシー、着艦フック、防腐塗装が完全に省略

 

・一部に木製部品を使用

 

・急降下爆撃のために、水平尾翼の構造強化

 

こんな感じだ。ただし振れ止め金具や懸吊架埋め込みは現地改造でほかの型の零戦にも行われているから一概に言えないな。この型になってもついに発動機の出力向上はなかったんだ。零戦は、重い重い250キロ爆弾や500キロ爆弾を抱きかかえて飛び立っていったんだよ。

 

 

 

五四型(六四型)

 

これは有名だな、栄発動機を捨てて金星発動機に交換し起死回生を狙った零戦だ。特徴は

 

・金星発動機搭載によるカウリングの完全設計変更

 

・それに伴うプロペラとプロペラスピンナーの変更。これらは彗星三三型から流用された。

 

以上だ、ちなみに五二型丙の機体に金星を搭載した試作一号機・二号機が五四型と呼称され。量産する際は六二型の機体に金星を搭載し六四型とする予定だったそうだ。この機体は完全に不足していた栄の出力を補い、五二型並みの空戦性能を呼び戻した。だが結局はすべてが遅すぎた・・・そのころには金星発動機の生産ラインは爆撃され壊滅し、量産に入る前に終戦を迎えたんだ。

 

 

 

 

・・・・・・・

 

「こんなもんでいいか?」

 

「ああ、とても貴重な話を聞けたが・・・レミが寝てしまったな。」

 

「だな・・・五二型シリーズの話聞いてから満足して寝ちまったんだな。」

 

「どうする?おこすか?」

 

「いや、俺が布団持ってくるわ。クロにも連絡しとくよ。」

 

「すまないな、」

 

「気にすんな。風呂は・・今日は辞めといたほうがよさそうだな。パジャマもついでに取って来るな。」

 

「ありがとう。」

 

そうして俺は立ち上がり、部屋を後にした。

 

 

 



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「零戦」と「一式戦」

著 ヤマ

 

「お疲れ様です!ヤマダさん!」

 

「おう、おつかれ。」

 

そう言って後輩達を見送るヤマダを見つけ、私は奴の元に歩いて行った。ヤマダは私に気付くと手を挙げて合図をする、私達は少しヤマダの61-120の翼の下で話をした。

 

「ヤマダ、明日から私と出撃してもらってもいいか?」

 

「いいぜ、任務はなんだ?」

 

「飛行船直援任務だ、私のフロント企業の都合で第二羽衣丸の直援を条件に安く物資を輸送してもらうことになった。二番機について欲しい。」

 

「第二羽衣丸ってことは・・・コトブキ飛行隊と共同任務か、日数は?」

 

「片道二日だ」

 

「了解。羽衣だったら着艦フック使わなくていいから楽だ〜」

 

「ふふ、確かにそうだな。じゃあ明日よろしくな。」

 

「ああ、任せとけ。」

 

 

 

 

翌日・・・・・

 

「脚下ろし!フラップよし!着艦します!」

 

俺はスロットルを絞り機種を少し上げ、ゆっくりと降下して羽衣に着艦した。艦上戦闘機として設計された零戦は失速速度が37キロクーリルととても遅く、こういう狭い場所へ着艦するのがとても楽なのだ。五二型だと翼端が短縮されているため取り回しが更にいい、まあ羽衣くらい広い船内だとあまり関係はないんだが・・・

着艦し整備班に誘導された駐機場所に機体を運び、冷却運転をして発動機を止める。油温や筒温が正常に下がっているのを確認したら、飛行眼鏡を外し首にかける。そのまま立ち上がって機体から降りた。

 

「ご苦労さまです、ありがとう。」

 

チョーク(車輪止め)を置いてくれる整備班に礼を言うと、俺はイサカの元へ歩いていった。

 

「私はマダムルゥルゥに到着した事を報告してくる、ジョニーズサルーンで待ち合わせよう。先に行っていてくれ。」

 

「わかった、マダムルゥルゥによろしくな。」

 

そうして俺はジョニーズサルーンへ向かい、ドアを開けた。

 

「いらっしゃいませ。」

 

「どうも、カルピスチューハイ一つお願いします。」

 

「かしこまりました。」

 

紫髪のウェイトレスに注文を言うと、俺は店内に誰も居ないのを確認すると、四人用のテーブル席に腰を下ろした。しばらく待っていると、

 

「お待たせしました。」

 

「ありがとうございます。」

 

そうして受け取った酒を飲みながら席でぼーっとしていると、何人かの話し声と足音が聞こえてきた。声には聞き覚えがある。

 

「そんでさ!キリエが後ろに着いたのに弾外してやんの!」

 

「うっさいバカチ!風が強かったから機首が流されたの!」

 

「はいはい、喧嘩しない〜」

 

「撃墜スコアの話も良いが、二人とも機体の整備費も考えろ。マイナスになったらまたお前たちの給料が無くなるぞ!」

 

「は〜い・・・」

 

サルーンの扉が勢い良く開いた、最初に前に居たのはキリエだった。

 

「リリコさん!パンケーキちょうだい!」

 

「あたしカレー!」

 

「はいはい、ただ貴方達がいつも座ってる席には先客がいるわよ?」

 

そう言ってウェイトレスは俺を指さした、俺は少しうつむき加減だった顔を上げる。挨拶しようとすると、先に向こうから話し始めていた。

 

「あ!ヤマダじゃん!?」

 

「あら、お久しぶりですわね。」

 

「ケイトは驚いている。」

 

「久しぶりだな。キリエ、エンマ、チカ、ケイト、それにレオナさんにザラさん。お久しぶりです、今日から四日間お世話になります。」

 

「なるほどな、先に駐機されていた五二型はお前のだったのか。ところで隣にあった二一型は?」

 

「私の妻の機体です。もうすぐここで落ち合う予定なのですが・・・マダムと話が長引いているのでしょう。」

 

「妻・・・そっか!ヤマダ奥さん居たもんね!」

 

「ああ、覚えていてくれたんだな。キリエ」

 

「あったりまえじゃん。あんたの奥さん見てみたいな〜」

 

「もうすぐ見れるさ。とりあえず俺はここを退けるかね」

 

「そのままでいいわよ、私達が少しズレるわ。」

 

「すみませんザラさん、気遣い感謝します。」

 

「そんなに固くならなくていいわよ〜」

 

するとサルーンの扉がゆっくりと空いた、イサカだ。イサカ入り口で少しキョロキョロすると俺を見つけ、歩いて来た。するとコトブキの六人はわざと俺の横を空けて席に着いてくれた。レオナさんがイサカを俺の横へ手招きする。

 

「レオナさん・・・ですね。ありがとうございます。」

 

イサカはていねいな言葉遣いで礼を言う。

 

「気にするな、それより色々話をしたい。軽くここでご飯でも食べながらどうだ?」

 

「問題ありません。」

 

「ふふ、そう固くならないでくれ。いつもの感じで大丈夫だ、イサカもヤマダもな。」

 

そうレオナさんは言ってくれたので、俺たちは少し気が楽になった。俺は首から飛行眼鏡を取り机の端に置く、するとそれを見たキリエが言う。

 

「ヤマダ、そのゴーグルつけにくくないの?ちょっと大きいけど・・・良かったら私がいいゴーグル紹介してあげよっか?」

 

「はは、ありがとうなキリエ。だが俺はこれがいいんだ、これは俺の妻がくれた大切な飛行眼鏡なんだよ。」

 

「じゃあ、イサカさんがあげたってこと?」

 

「ああ、私がヤマダにあげたんだ。そして私が使ってる飛行眼鏡は元々ヤマダのやつだ。」

 

「お二人共本当に仲がよろしいんですね、幸せそうに見えますわ。」

 

「ありがとう、エンマ。」

 

そして俺は酒を飲み干した。皆が食事をとり終えると、レオナさんが机の上に航路図を広げ輸送任務についての説明を始めた。まあ要約すると、基本的には飛行船内で待機しといて空賊が来たら出撃っていうのをくりかえす感じだ。その説明を受け終えた後、基本的な分隊ペアが発表される。コトブキ飛行隊とは機体が違うので俺とイサカは不動でペアだ。その他部屋などの一通りの説明を受け終えた後、俺は駐機場所に降りていった。愛機の事を今一度点検しておきたかったからだ。イサカはレオナさんとザラさんに捕まっていた、どうなるかは考えないでおこう。

 

駐機場所に降りて行き機体のステップを出そうとすると、金髪の小柄な少女が歩いて来た。

 

「よっ、ヤマダだったか?」

 

「はい、本日から四日間お世話になります。ヤマダです。失礼ですが、貴女は?」

 

「羽衣丸整備班整備班長、ナツオだ。コトブキの連中から聞いたがお前は整備もできるそうじゃないか?」

 

「はい・・・と言っても海軍機専門ですが。」

 

「良いじゃねーか、この61-120はお前の愛機だろう?」

 

「はい、そうです。」

 

「いいねえ、色んなとこにこだわりを感じるぜ・・・ちょっと発動機回して貰えないか?」

 

「構いませんよ。」

 

そう言って俺はステップを伝って機体に乗ると、手順を踏み発動機を回そうとする。するとナツオ班長が下から叫ぶ

 

「エナーシャハンドル貸しな、回してやるよ。」

 

「いえ、こいつはエナーシャスターターじゃ無くても始動させることが出来るんです。良ければナツオ班長が始動させてみますか?」

 

「いいのか!?」

 

「ええ、折角ですからね。」

 

俺は機体から飛び降り、ナツオ班長に操縦席を譲る。班長にセルスターターの使い方を伝え発動機を回してもらう。子気味良い爆発音を響かせ、俺の61-120の栄三一型甲は歌をナツオ班長に聞かせていた。最近手に入れた栄用のセルモーターもちゃんと動作したようでほっとした。そしてナツオ班長は発動機を止めた。

 

「いい音だな、しっかり整備されてるのがわかるぜ。」

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄です。」

 

「よせよ、さっきっからそんな硬い話し方。私が話しにくいじゃねえか、私お前でいこう。」

 

「わかったよ、ナツオ・・・」

 

「それで良いさ。」

 

そうしているとキリエとエンマが駐機場所に降りてきた。恐らく暇なのだろう・・・ 無理もない、飛行船は飛びっぱなしでどこにも降りないから空賊が出ない限りする事はほとんどない。

 

「エンマって空戦の時フラップ出してる?」

 

「後ろに着いた時は出していますわ、けれど速度が欲しい時は閉じますわね。」

 

「やっぱりそうするよね〜、あ、ヤマダじゃん!おーい」

 

「キリエ、それにエンマか。どうした?」

 

「ヤマダって空戦の時、空戦フラップ出してる?」

 

「出してないな〜」

 

「やりにくくない?」

 

「まず零戦には空戦フラップが無いからな。」

 

「そうなんですの?」

 

「ああ、まあ操縦席に座ってみたらわかるよ。61-120の操縦席に座ってみな。」

 

そう言ってまずはエンマを操縦席に乗るよう促す、乗ったのを確認したら俺も主翼に登りエンマに解説をした。

 

「エンマの右側にあるレバーがフラップ操作レバーと主脚操作レバーなんだ、隼みたいに操縦桿にスイッチがないだろ?」

 

「ほんとですわね・・・操縦桿はただの棒ですわ。」

 

「そゆこと、フラップ操作レバーを操作したら動かした分だけフラップに角度が着くんだ。」

 

「そう言えば零戦とか雷電は隼とか鍾馗みたいなフラップじゃないね。」

 

「スプリットフラップってやつだな。ちなみに隼って言ったが隼三型は零戦とほぼ同じフラップになってるぞ。」

 

「そうなんだ!」

 

「キリエもこいつの操縦席に座ってみるかい?」

 

「うん!」

 

そしてキリエとエンマが交代する、俺はまたエンマと同じ事を解説した。

 

「じゃあ零戦は基本的に着陸と離陸の時にしかフラップを使わないの?」

 

「いや、空戦の時も使うことはある。離陸の時の角度よりちょっと浅いくらいにフラップを出して格闘戦をする事はあるぞ。」

 

「へぇ~、ん?ヤマダ、この女の人ってさっきの人だよね?」

 

キリエは計器盤に貼ってあったイサカとレミと俺で撮った写真を指さして言った。

 

「ああ、そうだ。」

 

「もう一人の人はこの前ザラにしこたま飲まされてた人だね・・・」

 

「ああ」

 

「いいね、こういうの! そうだ、操縦席見せてくれたお礼と言ってはなんだけど隼に乗ってみる?」

 

「いいのか!?」

 

「うん!」

 

そして俺はキリエとエンマ、ナツオに勧められ発動機まで回させてもらうことになった。キリエの隼の操縦席に乗り込む。

 

「始動の仕方、わかる?」

 

「ああ、何べんか扱ったことがある。」

 

「じゃ、大丈夫だね!」

 

まずは手動ポンプを前後させポンピングし燃料を送り、燃圧3.5キロほどになったら動作をやめる。次に計器盤横の小さなハンドルを回しカウルフラップを全開に、プロペラピッチ操作レバーを手前に引きピッチを最高に、ミクスチャコントロールスロットルを手前に目いっぱい引き燃料をニッチ(濃)に、点火プラグスイッチを閉に、そして操縦桿を足で巻き込み尾部が浮かないようにする、最後にスロットルレバーを数回あおりその後一割ほど進めた場所で止める、そこまで終えると手を振ってナツオに合図を出す。

 

「整備員前離れ・・・じゃなかった、始動準備ー!」

 

ナツオがエナーシャハンドルを回す。甲高い回転音が鳴り響き、ナツオの声が聞こえた。

 

「点火ーーッ!!」

 

点火プラグスイッチを両位置へと移動させ、ペダルを踏んでクラッチをつなぎ発動機が始動する。バラバラバラという子気味良い爆発音はよく整備された栄・・・じゃないハ25の音だった。数分間アイドリングを続け、発動機を止めると機体から飛び降りる。キリエに礼を言った。

 

「いい機体だな、ありがとう。」

 

「こっちこそありがと!」

 

「やっぱり手慣れてますわね。あまり乗らない戦闘機の発動機を一発始動させるなんて。」

 

「そんなことないさ、ありがとうな。」

 

「ところでずっと気になってたんだけど、始動の前にスロットルレバーをあおって一割で止めるのはなんで?」

 

「発動機を始動させるときには通常よりも混合気を濃くしてやらないと始動にくいんだ。スロットルを煽ったら気化器とシリンダーの間に濃い混合気が滞留するだろ?そうしたらシリンダーに普段よりもより濃い混合気が送り込まれることになるから発動機が始動しやすくなる。始動に失敗したらカブるって言うのはその濃い混合気のせいでプラグがしめる事なんだ。」

 

「へえー、そうなんだ!」

 

「私も説明したぞ?キリエ?」

 

「えへへ・・・」

 

「人の話を真面目に聞けねえやつァエナーシャハンドルケツに突っ込んで掻き回してやっぞ!?」

 

「ごめんなさいっ!」

 

「まあまあ・・・そうだエンマ、俺の五二型の発動機回してみるか?」

 

「いいんですの?」

 

「ああ、あんまり零戦に触れる機会もないだろ?」

 

「ええ、まあ・・・ではお言葉に甘えて、よろしいです?」

 

「ああ、もちろん。」

 

そして俺は機体のステップを全て出し、エンマに踏む順番と翼の上で足を置いていい場所を伝え、主翼前縁に立ち補助しながら操縦席に誘導した。

 

「あら、ありがとうございます。」

 

「いえいえ、どうぞ。」

 

そうしてエンマが操縦席に座るのを確認すると、俺はキリエに上がってくるように目配せした。キリエはナツオに説明されながらステップを登って俺の横に立つ、

 

「エヘヘ、私零戦の始動を見るの初めてじゃないんだ〜」

 

「そうなのか?」

 

「うん。昔ね、サブジーが良く乗せてくれたの!」

 

「そっか・・・ちなみにその型は?」

 

「無線アンテナが無い三二型!」

 

「おお!そりゃユーハングから持ってきたんだろーな。」

 

「なんでそんなのわかるの?」

 

「今度サルーンで詳しく説明してやるよ。ナツオもどうだい?」

 

「ああ、行かせてもらう。」

 

そしてもう一度エンマの方を向き、話しかけた。

 

「説明した方がいいかな?」

 

「ええ、どこがどこだかさっぱり・・・」

 

無理もない、そして俺は説明を始めた。

 

「OK、まずは操縦席右下の小さいハンドルを回してカウルフラップを全開にする。」

 

「はい、」

 

「そしたら次に、その手前の(オイル冷却器シャッタ)って書いてあるハンドルを右に回転させてシャッターを全開にしてくれ。」

 

「これはなんですの?」

 

「オイル冷却器に当たる風量を調節する為のシャッターだよ。隼一型だと環状冷却器だからこういうのはないもんな・・・」

 

「確かにそうですわ・・・次は何を?」

 

「次はスロットルレバーの下のプロペラガバナ操作レバーをめいいっぱい引いてプロペラピッチをハイピッチにして」

 

「かしこまりましたわ。」

 

「よし、次は左上にあるミクスチャーコントロールを手前に引いて混合気の燃料比率をニッチに。」

 

「はい、」

 

「最後にスロットルレバーを二、三回ポンピングして全閉にしてくれ。一割で止めちゃダメだぞ。」

 

「しましたわ。」

 

「よし、整備員前離れ!」

 

俺は大声で周りに伝える。本来は操縦者が言うが、今回は特別だ。

 

「じゃあ計器盤の左下のトグルスイッチを上にあげて。」

 

ウィィィィィン・・・

 

セルモーターでクランク軸が回る。

 

「よし、点火プラグスイッチを両位置にして」

 

カチッカチッカチッ・・・バラ・・・バラ・・・

 

「ちょっとだけスロットルレバーを押して!」

 

バラッ・・・バラバラ・・・バラバラバラバラバラ!!

 

そうして栄三一型甲は始動する。

 

こちらもしばらくアイドリングした後、発動機を止めまたエンマを補助しながら俺とキリエ、エンマは機体から降りた。

 

「ありがとうございました。セルモーターと言うのは便利ですわね。」

 

「だろ?栄専用品のセルモーターを探すのは苦労したぜ・・・」

 

「本当に好きなんだね・・・今度でいいから、エナーシャ使った始動も見せてもらっていい?」

 

「ん?あっちの二一型は今エナーシャ始動だぞ。」

 

俺はAI-1-129を指さした。今回はゲキテツ一家として目立たないために、マーキングがされている波模様の二一型ではなくこちらのAI-1-129の二一型で来ているのだ。

そしてこの前こいつのセルモーターが焼き付いたため今回の任務に間に合わせるために急遽エナーシャスターターをつけたのだ。

 

「ほんと!?見てもいい!」

 

「あれは妻の機体だからな・・・都合よくイサカが降りてくれば良いんだが」

 

すると、足音と共に聞き覚えのある声がした。すると次の瞬間、「なにか」が俺に後ろから抱きついてきた。

 

「ヤマダぁ!!・・・ひっく」

 

「うわっ!イサカ!? なんでこんなに飲んだんだよ!」

 

俺はイサカを取り敢えず剥がそうとしたが、次は前から抱きつかれてしまった。

 

「ヤマダぁ・・・えへへ・・・あったかい」

 

「もーーう!なんでこうなった!?」

 

するとザラさんとレオナさんが走ってきた。騒ぎを聞き付けてかチカやケイト、更にはマリアさんとアンナさんまで来てしまった。

 

「きゃっ!ちょっと見てマリア!あの二人ラブラブよ?」

 

「ほんとね〜、これはいいものが見れたわ!」

 

「そういう事もしてるのかしらね?」

 

「しっ!声が大きい! もう操舵室に戻るわよ!」

 

「わかったわよ・・・」

 

次はザラさんとレオナさんが言う。

 

「遅かった・・・」

 

「ごめんなさいね〜、飲みながら話そうって言って誘ったんだけど・・・こうなっちゃって。」

 

「ザラ!飲ませすぎだ!本当に済まない、ヤマダ・・・」

 

「いえいえ気にしないで下さい。ほらイサカ!しっかりしろ!」

 

「んん・・・むにゃむにゃ・・・」

 

「寝るなーーーーッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

夜・・・

 

部屋で寝転んでいると館内放送が入った、空賊が来たらしい。約8機・・・丁度いい、羽衣だと一機撃墜ごとに報酬が出る。飛行眼鏡を持ち駐機場所に駆け下りる、イサカも同時に降りて来た。コトブキも走ってきたがこっちが先に出撃して滑走路を開けた方が良さそうだ。ナツオにはコトブキの発動機を先にやるように目で合図した。

 

「イサカ!乗れ!」

 

俺はイサカに二一型に早く乗るよう伝え機体の下に潜る。

 

「了解!」

 

そうして主脚に引っ掛けてあるエナーシャハンドルを掴み、イサカが一連の動作を終えるのを待つ。

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

エナーシャハンドルを機体向かって左下の差し込み口に突き立てエナーシャを回す。音を聞いて回転数が80回転になったくらいでエナーシャを外し

 

「コンタクト!!」

 

バラッ・・・バラッ・・・バラバラバラ!!!

 

プロペラの回転が安定したのを目視で確認すると、イサカの手信号も確認してチョークをはらう。イサカに敬礼して俺は61-120に向けて走っていく。

 

 

「へぇ〜あんな感じなんだ・・・いいな、息ピッタリって感じで。」

 

「キリエ!早く乗れ!」

 

「ごめーん班長!」

 

 

61-120も発動機を回す、無線の周波数をコトブキと揃え無線が使えるように調整すると、タキシングしてイサカの後ろに着く。イサカが手を大きく振るのを確認するとフラップを下げ直ぐに発艦できる体制を整えた。イサカの二一型が発艦する。俺は風防を全開にし飛行眼鏡をかけ座席を一番上にあげ、滑走路左右の発艦信号灯を確認する。

 

カチッ・・・

 

赤から青に信号灯が変わる。スロットルを前に押してラダーで調節しながら羽衣から発艦した、一瞬だけ機体が沈むが直ぐに体勢は整う。右側の配電盤スイッチを操作し編隊灯を点灯させ、操縦席内部の電灯も光らせた。それを素早く終えると主脚を格納し、フラップを上げる。向こうの編隊灯と月明かりを頼りにイサカの後ろにつくと、羽衣の周りを周回するコースに乗りコトブキの発艦と空中集合を待つ。

 

「夜空は慣れないな・・・」

 

「仕方ないさ、俺が空賊でも空戦しにくい夜に襲うと思う。」

 

「まあそうだが・・・気合い入れて行くぞ!」

 

「おう!」

 

コトブキが空中集合を終えると俺達も合流する。六機編隊から少しズレたところで二機編隊を組み、レオナさんの指示を待つ。

 

「空賊は8機! 機体は不明! 空中衝突と残り弾数に気を付けろ!」

 

「かしこまりました。」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

「おっけー!」

 

「了解した。」

 

「よし・・・コトブキ飛行隊、一機入魂!」

 

その掛け声と同時にコトブキは左右に散開した。俺とイサカは直進しながら高度を上げ正面からの一撃離脱を狙う。燃料をリーンバーン(薄)からニッチ(濃)にし、オイル冷却器のシャッターを半分閉めた。夜空だと外気温が冷たくて冷えすぎてしまうからだ。7ミリ7機銃を完全装填し試射をする、今回7ミリ7機銃の弾薬ベルトから曳光弾を抜いてあるので敵機に気づかれる心配はない。正面に空賊の機体が見える。次の瞬間イサカが大きくバンクを振った、そして機体を裏返し急降下に入る、俺もそれに続く。

 

スロットルを絞りスロットルレバーの機銃スイッチを中立位置に移動させ、トリガーに指をかけた。薄い雲を突き破った瞬間、イサカの二一型が機銃を発射した。

 

ダダダダッ!!!

 

イサカが一斉射を終え離脱した瞬間俺も機銃を撃つ。

 

ダダッ!!ダダダッ!! バキッ・・・

 

20ミリが命中したようで敵機の翼が吹っ飛ぶ、空賊の機体は隼二型だった。撃墜確実・・・すぐにイサカの後ろに着く。イサカの二一型には水メタノール噴射があるので上昇が鋭い。こちらも過給器を変速し負けじとそれに続く。

俺達の左右ではコトブキが何機か既に堕としている、残り約3機か・・・そしてふと後ろを見るとチカキリエ分隊が後ろにつかれていた。後ろにつこうとしている様だが旋回性能に大差ない隼同士だからか少し苦戦しているようだった。

俺はバンクを振って7ミリ7機銃を発射し助けに行くと合図をイサカに送る。機首をそちらに向けイサカが後ろに居ることを確認すると、空賊の後ろにスっと詰め寄る。前のコトブキに夢中で後ろに全く注意を向けていない。好都合だ、スロットルレバーのスイッチを弾き7ミリ7機銃のみに切り替えると10クーリル程まで接近しトリガーを引いた。

 

バババババ!!! パァンッ!!

 

隼の燃料タンクが火を噴く、そのまま離脱し周りを見ると、全機撃墜したようだった。皆の編隊灯を頼りに編隊を組むと羽衣へ帰還する。コトブキが着艦し、イサカが着艦するのを確認してから、俺はフラップを下ろし脚を出してスロットルを絞り着艦した。

 

「キリエ!チカ!あれほど後ろに気をつけるように注意したろ!」

 

「ごめん・・・レオナ。」

 

「でも一機撃墜したもん!」

 

「そういう問題じゃない!」

 

俺は冷却運転を終えると発動機を止めた。次に主翼下面のピンを引っ張り出し駐機場所の床から伸びているワイヤーをそこに掛け張りを調節する、羽衣が大きく向きを変えた時に動かない様にだ。それを終えるとイサカが横に歩いてきて俺にコーヒーを手渡してくれた。

 

「お疲れ様だな。」

 

「ありがとさん。」

 

そのコーヒーを飲み干すとサルーンへと歩いてゆき席へ座る。するとキリエとチカが駆け寄ってきた。

 

「ねえヤマダ!何機撃墜した?」

 

「一機・・・だったかな?」

 

「待て、最初に私の後に続いて撃った時に撃墜していたから二機じゃないのか?」

 

「あれはイサカの一斉射あっての撃墜だから俺個人の撃墜としてはカウントしない。」

 

「ヤマダってさ〜、あんまり撃墜スコア気にしてない感じ?あ、カレーじゃん!リリコさんサンキュー!」

 

「確かにね〜、勝ちの証拠になるんだしもうちょっと気にしたりしないの?」

 

「うーんじゃあさ、10対10で空戦するとするぞ?」

 

「うん、」

 

「こっちは一機だけ撃墜されて、向こうは全滅した。これはどっちが勝ち?」

 

「そりゃこっちに決まってんじゃん!」

 

「だよな。じゃあ、こっちで撃墜された一機が自分だったらどうする?」

 

「あ、う〜ん・・・」

 

「何機撃墜しても堕とされたらそれで終わり・・・だから俺は何機堕としたかよりもどれだけ生き残れるか、何機味方を助けたかを重視するかな。」

 

「そういうもんなのかな?」

 

「まあ人それぞれだと思う。ただ、君たちも絶対に無理はしちゃダメだぞ。」

 

「は〜い。」

 

「でもヤマダって機体に撃墜マーク描いてるよね?」

 

「あれは飾り、かっこいいだろ?」

 

「かっこいい・・・のかな? 私よくわかんないけど、私の尾翼のマロちゃんも可愛いっしょ?」

 

「あれは可愛いな〜」

 

そうすると俺はイサカに目で合図し、もう暫くコトブキの面々と話したあと駐機場所へと二人で降りていった。

 

 

 

A1-1-129の横で俺とイサカは腰を下ろした。夜も遅い、朝には目的地に到着する。俺は酒を取り出し小さな盃に注ぎイサカに渡した、そして俺の分も入れる。そしてもう二杯、杯に酒を注いだ。

 

「ヤマダ、その二杯は誰の分だ?」

 

「こいつらさ。」

 

そう言って俺はA1-1-129と61-120の前に杯を置いた。

 

「イサカ、その杯をもってこっちに来てもらって良いか?」

 

「ああ、」

 

イサカと俺は杯を持って二機の零戦の前に並んだ。そして俺は言う。

 

「敬礼!!」

 

左手に杯を持ち、俺とイサカは零戦に向け敬礼をした。

 

「直れ!」

 

そして俺は杯を一口で飲み干し、それを床に落とす。イサカも戸惑いながらそれに続いた。

 

パリンっ・・・パリンっ・・・

 

杯は割れる。俺は敬礼から直ると、杯の酒を二機の零戦の主翼にかけた。

 

「敬礼!!」

 

俺とイサカはもう一度敬礼した。

 

「直れ!」

 

俺は敬礼から直ると、イサカと一緒に二機の間で腰を下ろした。

 

「悪かったな、なんの説明もなくこんな事させて。」

 

「良いんだ、だがどうして?」

 

俺はメモに書いてある今日の日付をイサカへと見せた。

 

「これがどうしたんだ・・・?」

 

「今日はユーハングで零戦が初めて地面を蹴って空を舞った日なんだ。言うなれば零戦の誕生日だな。」

 

「そういう事だったのか。」

 

「イサカ、零戦は最強の戦闘機じゃない。」

 

「どうした、お前らしくもない。」

 

「防弾も弱く、馬力も高くない、高高度でも機敏に動けない。」

 

「確かにそうだが・・・」

 

「それでも君は零戦を愛機としてる。俺はそれが嬉しいんだ。だから零戦で死なないで欲しい、零戦の操縦席は棺桶じゃないから・・・」

 

俺は立ち上がって二一型の主翼を擦りながらゆっくりと回りを歩いた。そしてイサカの方を振り向くと、イサカは俺の前に詰め寄ってきた。

 

「・・・お前も」

 

「ん?」

 

「私も死なないから、お前も・・・死なないでくれ。」

 

そう言うイサカは俺の袖を掴んで強く握りしめていた。俺は言った。

 

「ああ、約束だ。」

 

 

 

 

 

翌日 朝・・・

 

オウニ商会の荷物の受け渡し、受け取りを問題なく終え、帰りは俺たちの荷物をタネガシへと運ぶ形となった。荷物の積み込みを見届けるとすぐに出発した。しばらくは自分の部屋で荷物の整理をしていたが、昼ご飯を食べるためにサルーンへと向かった。

 

ジョニー

「いらっしゃい。」

 

ヤマダ

「あれ、今日はジョニーさんだけなんですか?」

 

ジョニー

「いや、彼女は今休憩してるだけだよ。何にする?」

 

ヤマダ

「俺は・・そうだな、カレーをお願いします。」

 

ジョニー

「イサカさんは?」

 

イサカ

「私はハンバーグを。」

 

ジョニー

「毎度どうも。」

 

そう言って俺とイサカは席に座った、するとイサカが話し始めた。

 

イサカ

「ヤマダ、ちょっと気になったんだが」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

イサカ

「隼と零戦ってどっちのほうが強いんだ?」

 

ヤマダ

「ええ・・・難しいこと聞くなぁ・・・」

 

イサカ

「とりあえず隼一型と零戦二一型という条件でだが、ヤマダ的にはどう思う?」

 

キリエ

「そんなの隼に決まってるじゃん! あ、ジョニー、パンケーキ頂戴!」

 

ジョニー

「はいはい。」

 

コトブキの六人と、マリアさんとアンナさんが入ってきた。

 

マリア

「あらキリエ、それは聞き捨てならないわ?」

 

アンナ

「そうよ、隼三型ならともかく隼一型と二一型ならわからないわよ?」

 

キリエ

「そっか、マリアとアンナは零戦乗りだったね・・・」

 

ケイト

「ユーハングの文献によれば零戦のほうが若干性能が上。」

 

ザラ

「これは模擬空戦で確かめてみるしかないんじゃない?」

 

レオナ

「ザラ・・・だが誰と誰が飛ぶんだ?」

 

ヤマダ

「ストップ、レオナさんなんでやること前提なんですか?」

 

レオナ

「それはだってヤマダ・・・私も少し気になる・・・」

 

ヤマダ

「はぁ・・・」

 

エンマ

「模擬空戦の適任って誰なんですの?とりあえずキリエとチカは真っ先に除外ですわね・・・」

 

チカ・キリエ

「エンマひどい!」

 

エンマ

「貴女方には空戦が出来てもそのあとの報告が出来ないでしょう?」

 

チカ・キリエ

「ぐぬぬ・・」

 

アンナ

「ケイトはどう?空戦の腕もあるし報告もできるだろうし」

 

ケイト

「ケイトは問題ない。」

 

ザラ

「こっちは決まりね~。」

 

ヤマダ

「じゃあこっちは二一型の持ち主のイサカに出てもらおうかな・・?」

 

イサカ

「まあ言い出しっぺだからな・・わかった。」

 

そしてご飯を食べ終わると、ナツオに事情を説明し後ろのハッチを開けてもらった。イサカはケイトと模擬空戦の打ち合わせをしているので俺は二一型の点検をする。

 操縦席に乗って発動機を回す前の一連の確認作業などを終えておく。向こうではケイトの隼が発動機を回していたので、俺はエナーシャハンドルをつなぎプロペラ回転半径内に人がいないのを確認しエナーシャを回す。回転数を普段より少しだけ高めに回し、主翼に前から登って操縦席に飛び乗りクラッチをつなぎ点火プラグスイッチを両位置へ動かす。

 

バラバラバラ・・・!!

 

発動機を回すと脚で操縦桿を巻き込みつんのめらないようにする。ラダー、エルロン、エレベーターを動かし動きを確認すると、打ち合わせを終えたイサカが歩いてきた。

 

「ありがとう、調子はどうだ?」

 

「ああ、発動機は好調だ。ただ公平を期すために後付けした水メタノール噴射装置のポンプ配線は抜いといたぞ。」

 

「了解だ。」

 

「武運を。」

 

そうして操縦席をイサカと変わり、チョークをはらって機体から離れる。この時たまたま発艦信号機が点検中だったので俺は赤と白の手旗を持って滑走路に駆けて行った。ケイトへはナツオが手旗で信号を出している。俺は手旗を頭の上で大きく振りタキシングを誘導する。ケイトが発艦したことと滑走路上に誰もいないことを確認すると手旗を自分の胸前で平行に振り「発艦許可」の合図を出し、俺も滑走路の端に退避した。

 

ゴォォォォォ…!!

 

栄一二型の発動機の唸り声とともに二一型の尾部が浮く。さすが艦上戦闘機なだけあり隼より少し早めに尾部が素早く浮くのだ。俺は首にかけていたタオルを振りイサカを見送った。残念ながら飛行船のハッチから空戦をすべて見るのはむつかしい。だがコトブキの面々、ナツオ達整備班、マリアとアンナ、そして俺は少しでも空戦機動を見ようと開いたハッチの後ろギリギリに座った。

 

ヤマダ

「さて、どっちが勝つかね~」

 

キリエ

「ヤマダはどっちが勝つと思う?」

 

ヤマダ

「う~ん、技量にものすごい差があるとは思えないから機体性能で勝負がつくだろうが・・・」

 

ナツオ

「ちょうどいい、ヤマダ。ここでこいつらに隼と零戦の差を説明してやってくれないか?」

 

ヤマダ

「ほんなら・・・ちょうどいいや。ケイトとイサカが上昇しだしたな。キリエ、零戦と隼の一番大きな違いはなんだ?」

 

キリエ

「えーっと・・・プロペラの枚数?」

 

ヤマダ

「そう、隼のほうが枚数が少なくて直径が小さい。空気をかく面積が零戦は隼のおおよそ1.5倍以上の差が出るんだ。プロペラが三枚になった隼二型以降でも直径が小さいから1.2倍くらいの差がある。これはすごく大きな差だ。あれを見てな」

 

イサカとケイトが並んで上昇する、しばらく上昇するがケイトはイサカに少しずつだが離されて行く。

 

チカ

「ケイトが離されてる!」

 

ヤマダ

「重量は隼のほうが圧倒的と言っていいほど軽い。この差はプロペラがかき出す空気の量の差なんだ」

 

するとイサカとケイトは急旋回を始めた。ちょうどいい

 

ヤマダ

「よし、隼と零戦の機首とラダーの動きをよく見てみな。」

 

キリエ

「零戦はラダーを小刻みに操作して機首を操作してるけど・・・隼はラダーの動かし方がほぼ一定・・・?」

 

ザラ

「あら、キリエ意外と洞察力があるのね~」

 

キリエ

「意外は余計だよ!」

 

ヤマダ

「ははは・・まあキリエ。大正解だ、主翼の面積や形は零戦と隼に違いはあれど性能に大きな差はない。だがラダーの面積は大きな違いだ。隼のラダーはすごく大きいから一定半径の旋回のときすごく有利だ。多分戦闘機乗りに分かりやすく言うと・・・すわりがいいっていうかな。」

 

レオナ

「確かに小刻みにラダーを動かした覚えはないな・・・」

 

急旋回を終えた二機は次に急降下に移った、そして機首を上げ二機が水平飛行にうつった。

 

ヤマダ

「よし、次は速度と胴体形状についてだ。隼と零戦の胴体形状の共通点は何かわかるかい?」

 

マリア

「後ろに向かって細くなってることかしら?」

 

ヤマダ

「そう、この形状は航空力学的にも正しいが決定的に違うところもある。隼は直線的に絞られているが零戦は紡錘形に絞ってあるんだ。ほら、ちょうど今二機が並んだからよく見てみてくれ。」

 

チカ

「ほんとだ!零戦のほうが丸っこいんだね!」

 

ヤマダ

「そう、これは零戦のほうが有利な形なんだ。プロペラ後流の抵抗を減らすには機体を後ろに向けて絞らなければいけないんだが、隼は少し絞りすぎた状態になってる。推力式単排気管を並べて気流を胴体からはがれにくくした隼二型後期以降ならともかく集合式排気管の隼一型と隼二型前期はそれが出来ない。胴体自体が生み出す抵抗は零戦のほうが小さいからそれが最高速の差につながってるんだ。」

 

そう言い終えると後ろについたイサカが緊急ブーストでケイトにグイっと近づく。するとケイトが逆G旋回を始めた、イサカは一瞬それに追従しようとするが。すぐにエルロンを動かし機体をひっくり返すと自分は正G旋回をするように修正し追いかける、感覚を狂わされずに追えるのはさすがだ。逃げるケイトを追うイサカという構図になっている、ケイトはエルロンを使って左右に機体をロールさせ追従を振り切ろうとするが、イサカはケイトに完璧に追従する。

 

レオナ

「珍しいな、ケイトが振り切れないなんて。ロールレートは隼のほうが高いはずなのに・・・」

 

ヤマダ

「あれは俺が零戦のエルロンをちょっと改良したんですよ。」

 

チカ

「え?それってずるくない?」

 

ヤマダ

「ちゃんと二一型についている機能だから大丈夫だよ、なるべくいい状態の戦闘機同士でやらないと意味がないだろう?」

 

エンマ

「で、その機能はなんですの?」

 

ヤマダ

「エルロンバランス・タブ だ、エルロンが動いた向きと逆向きにバランス・タブが動いてエルロンの操舵力を軽減する。主翼が長くロールレートが低い二一型のロールレートを少しでもましにしようと行われた対策だったんだ。」

 

アンナ

「私の二一型にはそんなのなかったわよ?」

 

ヤマダ

「ええ、二一型の127号機以降数機にのみ採用された機構ですから。これがちぎれ飛んだせいで二一型は墜落事故が増えてしまったんです。」

 

レオナ

「ええ?そんな機構で大丈夫なのか?」

 

ヤマダ

「はい、自分は二二型で用いられた取り付け部分が強化されているエルロンを用いましたから。」

 

ザラ

「自分の大切な妻を死なせるわけにはいかないもんね~?」

 

ヤマダ

「そういうことです。さあ、そろそろ二人が勝負を決めにかかってるようですよ。」

 

するとイサカがケイトをオーバーシュートした。

 

キリエ

「ああっ!イサカさんミスった!?」

 

ヤマダ

「いや・・・違うな。」

 

ケイトが後ろにつこうとした瞬間、イサカの機体は失速し左向きに落ちるような挙動を示す。そのまますぐ機体の体制を整えるとケイトの後ろにピタリと張り付いた。

 

エンマ

「勝負ありましたわね・・・」

 

チカ

「あの技何!?」

 

ヤマダ

「左ひねり込み」

 

キリエ

「何その技?」

 

ヤマダ

「カウンタートルクと零戦の失速特性を利用した高等技術だ、俺がイサカに教えたんだぜ。」

 

そうして俺はまた手旗を取り旗信号で着艦とタキシングを誘導する。機体が止まると俺は直ぐに操縦席に駆け上がった。

 

「イサカ、お疲れ様だな。左ひねり込み、見事だったぞ。」

 

「ありがとう。私も負けたらヤマダに申し訳ないと思って必死だった・・・」

 

「本当によく頑張ったな。ほら、」

 

俺はイサカを手で補助し零戦から下ろすと、操縦席に飛び乗り冷却運転とプラグのスス飛ばしを終え発動機をとめた。皆でとりあえずサルーンで事後報告をしようと言うことになりサルーンに集まった。

 

ケイト

「イサカ氏、今回は模擬空戦に協力してくれたことを感謝する。そして早速だが報告。旋回性能・急降下制限速度共に互角、上昇力と水平速度は零戦の方が有利。だがケイトが振り切ろうとしても振り切れなかった、イサカ氏の操縦技術に完敗だ。」

 

イサカ

「こちらこそ協力感謝する。そして報告だが私は隼の機首のすわりの良さに驚いた。零戦だと何度か修正舵を当てて旋回していたが隼は機首がとても安定していたし、これが実戦だったならそのすわりの良さで一瞬の射撃機会も逃すことは無いだろう。今回私が勝てたのは実戦ではなかったからだ。改めて礼を言う、本当にありがとう。」

 

そう言い合うと二人は握手を交わした。理詰めというか、誠実な二人だからここまで丁寧な感想を聞くことが出来たのだろう。

 

イサカ

「そしてヤマダ、お前にもこの場を借りて礼を言う。お前の完璧な整備のおかげでこうして思う存分に検証を終えることが出来た、本当にありがとう。」

 

ヤマダ

「よせやい、俺はイサカが不満なく飛べてりゃそれで十分なんだよ・・・」

 

ケイト

「ケイトもこの場を借りてナツオ班長に礼を言いたい。いつも正確で丁寧な整備、感謝する。」

 

ナツオ

「お世辞はいらねーよ、仕事だからな。」

 

 

 

そう言ってまた皆で部屋に戻り各々の時間を過ごした。幸い空賊の襲撃もなく無事にタネガシに到着し、荷降ろしと戦闘機の搬出も終えた。俺達はコトブキの面々に礼を言って別れを告げた。

 

ヤマダ

「マダムルゥルゥ、ドードー船長、サネアツ副船長、それに他の皆も、本当にお世話になりました。」

 

イサカ

「今回荷物の輸送を引き受けてくれたことは感謝している。またもし機会があればよろしくお願いしたい、我々も戦力として惜しみなく手を貸す。」

 

ルゥルゥ

「お疲れ様だったわね。また機会があれば内容次第だけど協力してあげるわ。」

 

レオナ

「コトブキ飛行隊としても礼を言う、君達ふたりがいてくれたお陰で空賊撃退が大分捗った。それに君達の腕を見て隊員たちの士気も多少は上がっただろう。また機会があればよろしく頼む。」

 

イサカ

「ああ。何時でもという訳には行かないが、予定さえ組んでくれれば手を貸す。本当に世話になった。」

 

ナツオ

「お前らは戦闘機の整備をある程度自分でやってくれたからこっちの負担がやたら増えなくて助かったぜ。ヤマダ、隼に乗りたきゃ連絡寄越しな。私の隼に乗せてやるよ。」

 

ヤマダ

「ありがとう。時間がありゃナツオもこっちに遊びに来な、歴代の零戦を見せてやるよ。」

 

ある程度の会話を終え、羽衣の出発時間になった。

俺とイサカは羽衣へ向け敬礼をし、見えなくなるまで見送った。

 

「さあ、帰るか。」

 

「ああ、そうだな。」

 

すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ヤマダーー!イサカーー!」

 

「しまった!イサカ、逃げろ!」

 

「なんで!?」

 

俺とイサカは走り出す。その理由は簡単だ。

 

「ヤマダーーっ!珍しい酒買ってきてくれたんじゃないんっすかー!?」

 

「忘れてたーーーーっ!」

 

「じゃあ居酒屋奢りの約束っすよねーーーっ!?」

 

よく走りながらあそこまで叫べるものだ・・・

 

「逃がさないっすよーー!?」

 

「銃はやめろーーーーーッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 



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共同戦線

著 ヤマ

 

「だからいらないって言ってるでしょう・・・」

 

「そう言わずに!試乗だけでもしてみてください!」

 

「いりませんって。帰ってください。」

 

「今までにない速度を体験してみようとは思わないのですか?」

 

「思いません。ていうか体感したことあります。」

 

「ではなぜそんな旧型の戦闘機にこだわるのですか?」

 

「悪かったな旧型の戦闘機で!帰れ!!」

 

そう言って俺は販売員を追い返した。急に押しかけてきて人の愛機を貶すとはなかなか頭のおかしい販売員だったな・・・

 そうして俺は組員の機体の整備を終えると、61-120の隣に腰を下ろした。

 

「えらくご立腹だったっすね~」

 

「さっきの男は誰だったんだ?」

 

「おお、幹部会は終わったのかい?」

 

「ついさっき終わったっすよ~ そこでなんっすけど、燃料とオイル分けてくださいっす・・・」

 

「はいはい。イサカ、さっきの男は震電改のバイヤーだよ。」

 

「震電改・・?」

 

「イケスカ動乱のときにイサオが乗っていたジェットエンジン積んだ震電だよ。」

 

そう言って俺はレミの五二型のオイルを抜くと、オイルを足した。そして抜いたオイルを一応確認する。今日は珍しくレミが使っているのは雲塗装の五二型ではなく61-121だった、しばらく動かしていなかったからか少しだけ金属片が出ているがこの程度だと問題なさそうだ。ついでに水メタノールも追加しておく。

 

「ふう、終わったぞ。」

 

「ありがとうっす~」

 

「今日はなんで61-121なんだ?」

 

「いや、なんとなくっす。」

 

「そ、そうか・・・」

 

そして俺は二人にコーヒーを渡すと格納庫の中の椅子に三人で腰を下ろした。するとイサカが聞いてくる

 

「ヤマダ、さっきの震電改の話、なんで話も聞かずに断ったんだ?」

 

「ジェット機を導入するメリットが薄いからさ。」

 

「そもそもジェット機ってどういう仕組みなんっすか?」

 

「えーっとな、ものすごく大雑把に説明すると・・・・

 

ジェットエンジンを横から見るとする。左側が吸気側、右側を排気側としよう。

 

まずはジェットエンジンの中には大小さまざまなタービン(羽根車)がついたでっかい軸があるんだ。まず左側から空気を吸い込むと、その空気は手前のタービンによって圧縮される。その圧縮された空気はエンジンの中心部分にさらに何枚かのタービンによって圧縮されつつ進んでいき、気化された燃料(主にケロシン)と混合され圧縮された混合気となるんだ、それがエンジン中央部分(位置に違いあり)にある燃焼室に入ると点火プラグによって着火され燃焼する。その際に生まれる燃焼エネルギーを後ろに噴出させ推力を発生させるのがジェットエンジンだ。ちなみにこれは軸流圧縮式っていう方式な。

 

・・・・って感じだ。」

 

「これのメリットはあるのか?」

 

「ああ、まず燃えるものなら何でも燃料にできる。」

 

「ある意味一番大きなメリットだな。」

 

「次にプロペラとかその他の装備が必要なくなるから軽量化できるし、外側を流線形に成形できるから空気抵抗も減少し結果的に速度が稼げる。プロペラ機とはけた違いの推進力を生み出せるからな。」

 

「いいことじゃないっすか~」

 

「ただし、これらは燃料を安定して供給できる環境と燃料を大量に買える財力あっての話だ。」

 

「ではデメリットを教えてもらおうか?」

 

「燃費が悪い。ジェットエンジンは雑に言ってしまえば大量の燃料を燃やしながら後ろに投げ出して前に進んでいるようなもんだ。レシプロエンジンとは段違いの燃料を食う。」

 

「まあ当然と言えば当然か・・・」

 

「もう一つはとても高い工作制度が必要なことだ。」

 

「どういうことっすか?」

 

「ジェットエンジンってのは、いうなればでっかい排気タービンだ。やってることは違うが内部構造は似ている点が多い。仮にタービンブレードがほんの少しでもぶれて回転していたとしよう。そのぶれは遠心力で増幅されタービンブレードはジェットエンジンの内壁に当たって壊れる。そうならなくても設計通りの推力を生み出せない。」

 

「ほえぇ・・デリケートなんっすね。」

 

「そういうことだ、うちにあんな大食いを運用する余裕はないし、俺はプロペラ機がいい!!いや、零戦がいい!!!」

 

「最後はお前の好みじゃないか・・」

 

「まあ、あたしもレシプロ機がいいっすかねぇ。そうだ、今からイヅルマまで飛ばないっすか?うまい酒があるらしいんっすよ~」

 

「いいな、行こう。」

 

「じゃあ私は戦闘機を取り換えてくるかな・・・」

 

「ゲキテツマークがあったら不味いもんな・・・AI-1-129か?」

 

「ああ、先に滑走路に出ていてくれ、すぐ出ていく。」

 

俺とレミはタキシングで先に滑走路に並ぶ。

ちなみに俺が決戦の時レミに作った五二型の尾翼番号、61-121は俺の61-120の連番だ。ただ俺の61-120は上面色がオリーブドラブに近い色なのに対し、レミの61-121は中島の暗緑色を忠実に複製した塗料で塗装してある。さらに言うと61-120は俺の好みでプロペラスピンナーが上面色でプロペラがレッドブラウンであるが、61-121はプロペラスピンナー/プロペラ共にレッドブラウンだ。そしてイジツではユーハングのラウンデル「日の丸」を施してある戦闘機はとても少ないのであるが、それを逆手にとって俺が整備する零戦は特殊な場合を除いて必ず日の丸を描いている。

暫く待っているとイサカのAI-1-129が格納庫から出てきた、手信号を確認し俺達はスロットルを開け離陸する。離陸し風防を閉めた瞬間に雨が降ってきた、曇り空へとすぐ変わってしまったので急いで編隊灯と室内灯を点灯させ無線でレミとイサカに状況を聞く。

 

「イサカ!レミ!寒くないかい?発動機に異常は無いかい?」

 

「大丈夫だ!ありがとう。」

 

「こっちも問題ないっすよ〜」

 

「了解、おかしくなったらすぐに言うんだぞ!」

 

「了解。」

 

「了解っす〜」

 

単座戦闘機にとって雨は大した脅威では無い。ただし「雨」が脅威では無いだけで、曇り空は大きな脅威だ。曇り空では平衡感覚も何もかもが失われるので、しっかりと計器類を確認しながら機体の直進を確認しながら飛行する。すると

 

ガンッ!ガンガンッ!

 

俺の61-120の翼端に何かがぶつかる音がした。すぐにそちらを向きエルロンを軽く操作してみたが壊れている様子はない。キツネに包まれたような気持ちでイヅルマに向けて雲の中を飛行を続ける。高度を上げて雲の上に上がればいいのだが、イサカのAI-1-129の過給器は一段一速であるのでなるべく高度はあげたくない。しばらく飛行していると

 

シュンシュンシュン!

 

俺の目の前を曳光弾が通り過ぎ、目の前をケツから火を吹く砲弾のような機体が通過した。

 

「震電改だ!!イサカ、レミ、離脱するぞ!」

 

俺は大きくバンクを振り7ミリ7機銃を完全装填し試射しつつその空域から離脱する。三機編隊を崩さないよう三人で離脱し、敵を探す。右前の空に30ミリ機銃の銃身が光った、敵だ。俺は機体をひっくりかえし射線から機体をずらす。

 

「ムカつくエンテ翼見せてくんじゃねえよ!」

 

高速離脱する震電改にテイルスライドで機首を向けると機銃のトリガーを引いた。

 

ダダダダッ!!

 

「チッ!当たらねえか!」

 

「ヤマダ!ジェットに追いつくのは無理だ!雲に紛れて離脱するぞ!」

 

「そうっすよ!早く編隊灯を消すっす!」

 

「向こうには簡易的なレーダーがついてた!雲に紛れてもなんの意味もねえ!」

 

「そんな・・・じゃあどうするんだ!?」

 

「どうするってったって・・・」

 

このままグズグズしていると30ミリ炸裂弾で主翼だか胴体だかを木端微塵のされるのは時間の問題だ。その時俺はさっき翼端に感じた衝撃を思い出した、もうかけるしかない。

 

「イサカ!レミ!編隊灯をつけて風防をしっかり閉めろ!」

 

「何する気っすか!?」

 

「賭けだ!」

 

そう言って俺は機首をさっき来た方向に向ける。後ろ、前、上、下、全神経を研ぎ澄ませて敵機が来るか注意しておく。

 

「頼む・・・頼む・・・!」

 

祈りながらスロットルを開け飛び続ける。後ろを見た瞬間、遠くの空にジェットが噴出するアフターバーナーの光が見えた。

 

「ヤマダ!お前の後ろにいるぞ!」

 

「イサカ!レミ!逃げろ!」

 

「でも!」

 

「早く!!!こんな所で得体の知れない戦闘機に撃墜されて死にたいのか!?」

 

「ふざけたこと言ってんじゃないっすよ!あんたの後ろに着いて三機小隊組んでるって事はあんたの背中を守るってことっす!あたしらは離れないっすよ!」

 

「レミの言う通りだ!策があるのなら早くやれ馬鹿者!」

 

「あんたら・・・」

 

すると俺が待っていた音が聞こえてきた。

 

ガンッ!ガンガンッ!ガンッ!

 

「しめた!」

 

それと同時にまた震電改が突っ込んできた、ラダーを蹴っ飛ばし射線を回避する。レミとイサカも上手く回避する、また震電改が俺達の前をかすめ急降下で絞っていたスロットルを開けアフターバーナーの光が強くなる。次の瞬間

 

ガッ!!

 

という音と共にアフターバーナーが消え、震電改は降下して行った。それを見届けると俺達はヒョウの雲を抜けた。

 

「ふぅ・・・とんだ災難だったな。」

 

「ヤマダ、賭けってこのヒョウの中に飛び込むことだったんっすか?」

 

「ああ、ジェットエンジンはヒョウに強くないからな。」

 

「そうなんっすね・・・」

 

「ヤマダ!」

 

叫んだのはイサカだった。

 

「私はお前が怪我していなかった時すごく寂しかったんだぞ!もう私はお前から離れないからな!・・・頼むからもう私を一人にしないでくれ。」

 

「悪かったよ・・・すまなかった。」

 

「ほんっとバカ夫婦っすね・・・ところでヤマダ、なんでジェットエンジンはヒョウに弱いんっすか?」

 

「ジェットエンジンに必要なのは燃料・空気・熱だ、さっき震電改は急降下の為にスロットルを絞ってヒョウの中に飛び込んできたろ?これによってエンジンはアイドリング状態になって、エンジン自身で熱を生み出せなくなったんだ。このせいでエンジンの推力は失われてエンジンが止まったんだよ。ヒョウの中は雨より寒いからな。」

 

「だがさっきのガっ!っていう大きな音はなんだったんだ?」

 

「多分吸気側から吸い込まれたヒョウがタービンブレードを壊したんだろう。ジェットエンジンはレシプロエンジンと比べてデリケートだからな」

 

「なんかいいのか悪いのか分からないっすね・・・」

 

「環境が整ってればいいエンジンだけどな、やっぱり俺は零戦が良い。」

 

そう言っていると俺達はイヅルマの飛行場に到着した。幸いイヅルマでは雨が止んでいたので、冷却運転を終え発動機を止めて機体から降りる。念の為全員の機体を簡単に点検したが、異常は無い。

すると滑走路に派手な塗装の六機の紫電が降りてきた、カナリア自警団だ。伸縮構造の主脚を出し綺麗な三点着陸で滑走路に接地する、翼面荷重が高くて機首が重く前方視界がしこたま悪い紫電で着陸を綺麗に決めるのは容易ではない。

 

「イヅルマの自警団じゃないか。見事な三点着陸だな」

 

「俺も紫電であそこまで綺麗に着陸できる自信はないぜ・・・」

 

そして街に向けて歩いて行こうとしたら、駐機を終えたイヅルマ自警団がこちらに向けて歩いてきた。

 

リッタ

「ヤマダさん!お久しぶりです!覚えてくれてますか?」

 

ヤマダ

「リッタさん。ご無沙汰ですね、よく覚えていますよ。」

 

アコ

「イサカさん、お久しぶりです。」

 

イサカ

「久しぶりだな。団長。」

 

シノ

「レミ、久しぶりね!」

 

レミ

「シノさんじゃないっすか〜、久しぶりっすね〜」

 

アコ

「地獄に仏とはこのことです。皆さんのような助っ人が欲しいと思っていたんです、話だけでも聞いていただけませんか?」

 

ヤマダ

「何かあったんですか?」

 

リッタ

「それがですね・・・」

 

エル

「立ち話もなんですし、私達がいつも紫電を止めている格納庫に移動しませんか?」

 

アコ

「それがいいですね、皆さん着いてきてください!」

 

イサカ

「ヤマダ、また面倒事に巻き込まれたんじゃないか、これ・・・」

 

ヤマダ

「迂闊に興味を示すような返事をするもんじゃないな・・・」

 

レミ

「酒が離れていくっす・・・」

 

そうして俺達はカナリア自警団の格納庫へと案内された、どうやらカナリア御一行は俺たちの機体を見つけてわざわざ着陸してきたらしい。まさにとんでもないタイミングでイヅルマに来てしまったわけだ・・・

 

タキシングで格納庫の中へ進み紫電の横に零戦を止める。紫電は零戦の実質の後継機となってしまった局地戦闘機で、カナリア自警団が用いている紫電一一型は大馬力の誉発動機を搭載し、20ミリ機銃を翼内に二門、ガンポットとして翼の下に二門装備している。比較的高翼面荷重の迎撃戦闘機であるが、自動空戦フラップを装備し雷電よりも身軽な身のこなしで活躍した、欠点を改善した紫電二一型、通称紫電改が有名すぎて影が薄いが、紫電も立派な名戦闘機だ。

 

アコ

「突然本当にすみません。実は今イヅルマ全体が6機の震電に襲われているんです、私たちも必死で応戦しているのですが紫電や雷電などの戦闘機では速度が足りなくて追い払う程度はできても撃墜までいけないのが現状なんです。」

 

ヘレン

「すごく速かったよね~」

 

リッタ

「私たちも必死に戦闘機を整備して応戦しているのですが、私たちの専属だったジノリさんが長期出張に出てしまっていて整備の手も足りていないのが現状なんです。私とエロガキだけでは半日で六機もさばききれません・・・」

 

ヤマダ

「エロガキ・・?」

 

シノ

「自警団として情けないけど、性能が足りなくて迎撃できないというのは事実・・・何とか手を貸してもらえないかしら・・・」

 

レミ

「どうするっすか~?」

 

ヤマダ

「俺はいいぜ、イヅルマで何かあったら部品の供給が止まるしな・・・」

 

イサカ

「仕方ない・・・燃料代はそっちで持ってもらうぞ?団長」

 

アコ

「・・・ありがとうございます!」

 

ヤマダ

「だがちょっと待って下さい、紫電や雷電でも追いつけ無い様な震電に俺らの零戦がどうやって追いつけって言うんですか?」

 

アコ

「長い航続力を活かしてイヅルマに来る輸送機等の着陸、離陸を援護して欲しいんです。やはり援護されて離着陸できる方が心強いでしょうから。飛んで頂きたい時は私から連絡させて頂きますので・・・」

 

イサカ

「そういう事か・・・」

 

レミ

「ってことは空戦が長引くことも考えて増槽が欲しいっすね・・・」

 

ヤマダ

「ちょーっとまて、紫電の増槽って四点支持式木製増槽だぜ?俺たちの零戦の増槽は一点支持式アルミ増槽だ、四点式は懸吊できない。」

 

イサカ

「確かに・・・どうにかならないか?」

 

ヤマダ

「いやまあパネルを取り換えたら懸吊出来るが・・・まあとりあえず増槽なし燃料満載で上空哨戒してみよう、それで不備が出てきたらまた考えればいい。」

 

アコ

「すみません・・・とりあえず私とエル、ミントさんは部長にこのことを報告してきますのでリッタさんシノさん、ここの格納庫を案内してください。ヘレンさんはおやすみなさいですね。」

 

リッタ

「わかりました!ヤマダさん、皆さん、行きましょう。」

 

そうして俺たちは格納庫の奥のほうへ案内され、どこに何があるかなどを説明された。工具類は自由に使っていいそうだ、寝床などはここのそばの宿泊施設を貸してくれるそうで、まず不自由はない。するとレミが話しかけてきた

 

レミ

「ヤ~マ~ダ~、ひとっ走り酒買ってきていいっすか~?」

 

イサカ

「ヤマダ、私も組に電報を入れてきてもいいか?しばらく帰れなさそうだしな・・・」

 

ヤマダ

「わかった、またここに戻て来てくれな。」

 

そう言ってレミとイサカは町のほうへと歩いて行った。するとリッタさんが話し始める。

 

リッタ

「まさかヤマダさんたちと共同任務になるとは思いませんでした!」

 

ヤマダ

「私もです、よろしくお願いしますね。」

 

シノ

「ヤマダ、あなた普通の話し方にしなさいよ、ここの人間はみんなあなたより年下か同い年よ?」

 

リッタ

「自分もそうしてくれたほうが気楽でうれしいです・・」

 

ヤマダ

「そうか・・?」

 

すると奥から少年が走ってきた

 

ハヤト

「リッタさん、やはり貴女の紫電の調子がどうもよくないんです・・・」

 

リッタ

「治りませんか・・・どうしよう」

 

ヤマダ

「リッタ、紫電見てみてもいいか?」

 

リッタ

「ぜひお願いします!」

 

ハヤト

「俺でもわからなかったんだぜ・・?」

 

シノ

「まあ貴方は黙ってみてなさい。」

 

そうして俺はリッタの紫電のカウリングを外し発動機の外観を確かめた。馬鹿みたいだがこういうわかりやすいところを見落とす可能性は高い。だが今回は外観に異常はなかった、これは実際に動かしてみるしかないか・・・

 

ヤマダ

「リッタ、紫電の発動機を回してみてもいいか?」

 

リッタ

「それで原因がわかるならお願いします!」

 

ヤマダ

「あんまり期待せんでくれよ・・?」

 

そうして俺は紫電の操縦席に乗る、紫電はまだ火星発動機搭載用のスペースを用いており操縦席は意外に広い。風防を全開にしリッタに合図を送る。

 

ヤマダ

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

少し重い回転音とともにエナーシャスターターの回転が上がる。

 

リッタ

「クラッチつなげー!!」

 

おお、ここだとコンタクトと言わないのか。メインスイッチを両位置へと移動させスロットルを開けると発動機が回る。栄より少し重い回転音を響かせ発動機がアイドリングする。よく耳を澄ませるとどうも吸排気タイミングと点火タイミングが合っていないようだ。吸気が遅いので十分に圧縮されず排気が早いので爆発できる混合気が外に吐き出されてしまう。風防から顔を出し排気管を見るとほぼ火炎放射器だ。これは・・・大体見当がついたので発動機を止めた。

 

リッタ

「どうでしたか・・?」

 

ヤマダ

「発動機を下ろそう、これは機体につけたまま修理できる内容じゃない。」

 

ハヤト

「何だったんだ?」

 

ヤマダ

「多分プッシュロッドを押すカムが削れてるんだ。吸排気バルブの開閉タイミングがおかしいし開き方が十分じゃない。ハヤト、君を疑うつもりは全くないが本当に全部確認したかい?」

 

ハヤト

「いや、発動機を下ろすまではしてない・・・」

 

ヤマダ

「大変な作業だもんな。だがな、戦闘機の異常は搭乗員が一番早く気付く。それを早く取り除いてやるのが整備士の仕事だ、いいかい?今後こういうことがあったら絶対に完全に修理が終わるまでは出撃させないでくれ、整備士が搭乗員を殺すなんて嫌だろう?」

 

ハヤト

「わかった・・」

 

ヤマダ

「よし。だがな、ちょっとスロットルを操作しただけだが君の熱意は伝わってきたぞ。スロットルワイヤの張りは完璧だったし機内もよく整備されてる。これからもがんばれよ。」

 

シノ

「それにしてもヤマダのとこは始動前の掛け声も違うのね・・」

 

ヤマダ

「そうなのか?」

 

シノ

「ええ、私たちだと。前離れ、スイッチオフ、回せ、ってだけだからね。ちなみにクラッチつなげはなんていうの?」

 

ヤマダ

「コンタクト、それかコンタークだな。」

 

そうしているとリッタが発動機を下ろす準備を終えてくれていた。四人で協力して発動機を下ろし完全に分解する、そうこうしているとイサカ、レミ、そしてアコが帰ってきた。

 

レミ

「早速やってるっすね~」

 

イサカ

「発動機の不調か?」

 

ヤマダ

「ああ、けどこの発動機すげーぞ。中身がめちゃめちゃきれいだ、大切にされてる証拠だな。」

 

そうして完全に分解した発動機の部品の中からカムプレートを取り出しリッタとハヤトに見せた。

 

ヤマダ

「ほら、ここの山が若干削れてる。こうなったら交換しないといけないが・・・替えの部品はあるか?」

 

アコ

「それが・・・今部品の納品が遅れていて部品がないんです・・・」

 

ヤマダ

「まさか発動機の不調のままで出撃してた理由って・・・!」

 

リッタ

「それが理由です・・・すみません。」

 

ヤマダ

「弱ったな・・・ん?」

 

俺は格納庫の奥で埃をかぶっている発動機を見つけた。どうも見覚えがある。

 

ヤマダ

「リッタ、あそこに転がってる発動機は?」

 

リッタ

「え・・?ああ、あれは栄ですよ。ここだと誉とか火星ばかりだから使い道がなくて・・・」

 

ヤマダ

「いや、もしかしたら・・・!」

 

前に大きく張り出したプロペラ減速室から栄二〇型以降なのはわかっていた。俺は銘板部分の埃を手で払う、だが銘板が削れてわからない。なのでシリンダーの間に手を突っ込みシリアルナンバーを探す。くぼみを見つけそこを指で擦り埃を拭い取りシリアルナンバーを読む。

 

No.315561

 

しめた!そうして俺はリッタ達の元へと戻って行った。

 

リッタ

「ヤマダさん、どうしたんですか?」

 

ヤマダ

「リッタ、あの栄をバラすぞ!」

 

イサカ

「待て待てヤマダ、誉と栄に何の関係があるんだ?確かに同じ中島製の発動機だが栄は十四気筒、誉は十八気筒で気筒数から何から何まで共通点は無いだろう?」

 

ヤマダ

「あるんだよ、それが。」

 

そうして俺達は栄を分解する、イサカも前に一一型をバラしたからか中々手馴れた手つきで作業を手伝ってくれた。レミもせっせと工具を手渡してくれる。さっきの誉とおなじように完全にバラバラにすると、俺はまたカムプレートを取り出し誉のカムプレートと合わせた。

 

リッタ

「同じ・・・?」

 

ヤマダ

「そう、栄三一型からはプロペラ減速室の一部とカムプレートを誉と共通品に変えられてんだ。これを使おう。」

 

そうしてカムを取り替え、発動機を組み直す。オイルなどを入念に巡らせクレーンで発動機をつって機体に組み付けた。スロットルワイヤを張り直し各種配管を接続する。試運転ができる頃にはもう夕方になっていた。

 

ヤマダ

「やっと試運転できるぜーー」

 

レミ

「酒酒酒ーー!」

 

イサカ

「お疲れ様だな、ヤマダ。にしてもお前は毎度毎度発動機をばらしてる気がするんだが・・・」

 

ヤマダ

「気の所為・・・気の所為だよな?」

 

そうしてまたリッタに声をかける。

 

ヤマダ

「リッタ、お疲れ様だな。」

 

リッタ

「ヤマダさんの方こそ、本来は自分がしなくてはいけないんですが手伝いまでしていただいて本当にありがとうございました!」

 

ヤマダ

「気にするな、俺だって半分趣味みたいなもんだ。さ、、乗りなリッタ、試運転やるぞー」

 

リッタ

「え?自分がやっていいんですか!?」

 

ヤマダ

「ああ、君の紫電だろ?こいつの元気な声は、君が一番よく知ってるはずだ。」

 

リッタ

「ありがとうございます!」

 

そうしてリッタは操縦席に乗る、俺はエナーシャを持ち合図をする。

 

ヤマダ

「いいぞー!」

 

リッタ

「前離れ~!スイッチオフ、回せ~!」

 

紫電のエナーシャスターターはとても重い、思い切り力を込めて回し回転が上がってからハンドルを抜き取り叫ぶ

 

ヤマダ

「コンタクト!!」

 

カチッ・・・バラバラ・・バラッバラッ・・・

 

音が途切れがちだ・・・また別のところか・・?

 

バラッバラッ・・・バラバラバラ!!!!

 

リッタ

「やった・・やったあ!!」

 

ヤマダ

「ふぅ・・・燃料が回りきってなかっただけかぁ」

 

誉は十八気筒、栄の十四気筒より四気筒多く直径が太い。栄よりも重い音がするが抜けのいい爆発音は共通だ。寿発動機からの流れをくむ中島の傑作発動機の一つである。

 

イサカ

「やはり音が違うな。栄のほうが軽く回ってる気がする。」

 

レミ

「アタシは栄の音のほうが好きっすかね~」

 

ヤマダ

「一応誉も寿発動機からの流れをくむ中島の名発動機だぞ。寿→栄→誉って感じの流れだ。」

 

イサカ

「この前五四型や六四型に積んでた金星発動機は中島じゃないのか?」

 

ヤマダ

「あれは三菱の発動機だな。ちなみに十二試艦上戦闘機の一/二号機に搭載された瑞星発動機、紫電の兄貴分にあたる水上戦闘機強風に搭載された火星も三菱の発動機だぞ。」

 

レミ

「零戦は三菱なのに中島の発動機を積んだり中島で生産されたり、やたら中島にベッタリっすね・・・あそうだ、皆さんお酒どうぞっす〜」

 

ヤマダ

「ああ、それには理由があってな・・・ってレミ!待て!!」

 

俺は止めたが遅かった、作業を終え気が緩んだイサカ、アコ、リッタ、シノがレミが勧めるようなつよーい酒を飲めば次に起こることなんて決まっている。幸いリッタとシノは寝るタイプの人だったが・・・

 

アコ

「ちょぉ〜っと長く飛べるからなんだって言うんれすかぁ〜?長く飛べれば偉いんれすかぁ〜?ひっく」

 

ヤマダ

「アコ!?ちょっと落ち着け・・・」

 

アコ

「じゃあれれすか!?長く飛べれば良いってんなら戦略爆撃機なんかすごーーい偉いことになりますよね!?深山とか!!!どかーん」

 

イサカ

「だいじなのは、航続力なんかよりも旋回性能だぞ〜」

 

アコ

「そうれす!素早い身のこなし!そして、いちごパンツ!どうぇぇ・・・」

 

レミ

「意味わかんないこと言ってる人はほっといて、ヤマダももっと飲むっすよぉ〜?」

 

ヤマダ

「いらねえよ!俺はカルピスチューハイかユーハング酒しかのまねーの!」

 

イサカ

「ヤ〜マ〜ダ〜、ね〜え〜」

 

ヤマダ

「イサカ!?大丈夫かよ・・・!?」

 

レミ

「イサカいい飲みっぷりっすね〜?」

 

ヤマダ

「アホか!のーまーせーるーなーーー!!」

 

イサカ

「ひっく・・・ヤマダぁ・・・」

 

ヤマダ

「あーーもう!何だ!?」

 

イサカ

「また・・・レミとお前と私とで一緒に飛ぼぉ・・・? 三人で話しながら・・・飛びたぁい・・・」

 

ヤマダ

「わーかった!わかったよ!約束な?」

 

イサカ

「うん、やくそく・・・」

 

レミ

「それほんとっすかぁ・・・?楽しみっすねぇ・・・」

 

ヤマダ

「もーーーう!君ら酔ったら寝る癖やめろお!!!」

 

アコ

「ヤマダさんもそう思いますよねぇ・・・?」

 

ヤマダ

「旋回性能とかより見た目のカッコ良さだ。」

 

リッタ

「やっぱり紫電ですよねぇ??」

 

ヤマダ

「いーやそこは譲れねえ、何がなんでも零戦五二型!」

 

イサカ

「何を言ってるんだァ・・・零戦二一型に決まってるだろう!?」

 

レミ

「イサカこそ何を言ってるんっすかぁ・・・ヤマダの言う通り五二型に決まってるっすよォ!」

 

アコ

「いちごパーーンツ!!!!!」

 

そうして格納庫の地べたで寝てしまった皆に毛布をかける。さすがに全員を宿舎に運ぶのは無理だった・・・そうして俺だけが宿舎で寝るのもお門違いだと思い俺も毛布を持ってきて地べたで寝た。イサカの横に腰を下ろすと、イサカが酔って赤くした頬のままこちらを向いて俺の腕を掴んできた。場所はともかく幸せな事だ、そのまま寝転び目を閉じた。

 

 

 

 

 

「あゝ・・腰いてぇ・・・」

 

そうして俺が目を覚ましたのはやはり格納庫の地べただった。当たり前だが・・・イサカを軽くゆすり起こす。

 

イサカ

「ん・・んあ・・・ヤマダか・・」

 

ヤマダ

「大丈夫か?体冷えたらいけんから毛布は持ってな。おーいレミ、起きろー!」

 

レミ

「んん・・おはようございますっす・・・」

 

そうして二人を起こし格納庫の外に出たが・・・・

 

ゴォォォ・・・・!!!!!

 

普通に飛ぶような高度とスロットルの開度ではない。この音は・・・ベンツ系統か?もう一機居る、この音は・・・jumo213!? そうして見上げるとメッサーシュミット一機と長鼻のドーラが一機こちらに向けて急降下してきた。

 

ヤマダ

「格納庫に入れ!!伏せろ!!!」

 

イサカ

「なんだ!?」

 

レミ

「どうしたんっすか!?」

 

ヤマダ

「いいから!!」

 

そう言って俺がレミとイサカを格納庫の中へ押し倒し自分も倒れこんだ瞬間・・・

 

ガガガガガガッ!!!!

 

二機が機銃を叩き込んで来た。機銃を一通り撃った二機は一度大きく距離を取る・・・というか少し離れた格納庫へ向け機銃掃射するため遠くに離れてゆく。

 

ヤマダ

「カナリア!!!早く起きろ!!」

 

アコ

「何ですか今の音!?」

 

ヤマダ

「説明は後だ!紫電を出せ!!俺たちも出る!!」

 

そう言って俺は61-120に飛び乗った、発動機を回し急いで滑走路に出る。さっきの機銃掃射を聞いてか滑走路ではほかの自警団の雷電や紫電が出撃しようとしているが、朝イチでオイルが下のシリンダーにたまり発動機がなかなか回らないようだ。俺がタキシングで一番近い滑走路に出ると、整備員が話しかけてきた。

 

整備員

「この滑走路は舗装されてないうえに短いぞ!向こうの滑走路を使え!」

 

ヤマダ

「何クーリルだ!!」

 

整備員

「はぁ!?」

 

ヤマダ

「滑走路有効長は何クーリルだ!?」

 

整備員

「約120クーリルだ!」

 

ヤマダ

「十分だ!!」

 

俺は後ろについているイサカとレミに手信号でここの滑走路を使うことを伝え、三人で三機編隊を組み離陸準備をする。

 

整備員

「ここを使うのか!?」

 

ヤマダ

「ああ、早く他の自警団の整備に行ってやれ!上空は守っておいてやる!!」

 

整備員

「ど・・どうなっても知らねえぞ!」

 

そうしてまた大きく風防から手を出し手信号で空母発艦のやり方をすることを伝える。地上では発動機の音が非常にうるさく無線がほとんど使えないのだ。後ろを振り向き了解の手信号を確認するとブレーキを思いっきり踏み込んだ。操縦桿を脚で巻き込みスロットルを半分くらいまで開ける、発動機の回転数が2000回転くらいになったのを確認するとブレーキを解除する。ラダーを踏み当て舵を当て直進を保ちつつ尾部を持ち上げていく、速度が50キロクーリルを超えたら操縦桿を引き離陸する。零戦は艦上戦闘機なので100クーリルもあれば離陸できる。三機編隊を維持しつつ無線を使って二人に呼びかける

 

ヤマダ

「二人とも!メッサーとドーラは旋回戦に弱いがロールが早い、速度も速いから高度有利を取るぞ!!」

 

イサカ

「わかった!」

 

レミ

「お、カナリアの連中が離陸してきたっすよ~」

 

俺たちの三機編隊の横でカナリア自警団が六機編隊を組む、大きくバンクを振って手信号で無線をそろえるように合図する。

 

アコ

「私たちはほかの自警団の離陸の安全を確保するために上空哨戒をします、ヤマダさん達は迎撃をお願いします!」

 

イサカ

「了解だ!」

 

ヤマダ

「機影だ!300クーリル先!!上から突っ込んでくるぞ!」

 

俺たちは滑走路の上からそれて荒野の地帯に移動すると、上から突っ込んでくる二機の射線をかわす。

 

ガガガガガッ!!ガガッ!!!

 

ドーラもメッサーもプロペラ軸に沿ってモーターカノンが搭載されている。口径がでかいので当たったらたまったものではない、

 

レミ

「どうやって撃墜するんっすか~?」

 

ヤマダ

「離脱した後の切り返しを狙う。」

 

レミ

「了解っす~、ヤマダ、ついていくっすから墜とされるんじゃないっすよ!」

 

ヤマダ

「誰に向かって言ってんだ~、行くぞ!!」

 

離脱した二機を目で追う、地表にそこそこ近いがまだだ、もう一度高度を取り突入してくる二機を避ける。モーターカノンの発射音はほんとに恐ろしい。二機が横を通過した瞬間にフラップを少し出し操縦桿を明一杯ひきつける。

 

ヤマダ

「うおおおおおお!!」

 

Gで失神しないように声を出しながら旋回する。機首を逆に向け離脱していく二機を追うが、ここでは撃たない。回避機動で失ったエネルギーを回復させつつ二機が機首を上げる瞬間を待つ。

 

ヤマダ

「今だっ!!」

 

ダダダダッ!ダダッ!!

 

機首上げ動作をワンテンポ遅れて行ったドーラに狙いを定め機銃を打つ。胴体後部燃料タンクに当たったが火は吹かない、撃墜はならなかったが離脱していった。それに続くようにメッサーも離脱していく。航続距離が短いメッサーとドーラだから燃料タンクをやられたら長く空戦はできないのだろう・・・

 

イサカ

「ヤマダ、あの二機は?」

 

ヤマダ

「恐らくだがメッサーシュミット BF109-fとフォッケウルフ FW190 D-9」

 

イサカ

「聞いたことない・・・ユーハングの機体ではないな?」

 

ヤマダ

「ああ、とりあえず帰ろうぜ・・・寝起きの空戦は疲れるよ・・・」

 

レミ

「お疲れ様っすね~」

 

そうして上空哨戒をしていた自警団の戦闘機に大きくバンクを振って合図をすると、俺たちは着陸して格納庫に戻る。いつも通り冷却運転を済ませメインスイッチを切った。操縦席から降りてイサカとレミと話す。

 

ヤマダ

「二人ともお疲れさん。」

 

イサカ

「お前こそお疲れさまだな、それに昨日はすまなかった。」

 

ヤマダ

「ん?何が?」

 

イサカ

「私たち、また酔いつぶれていただろう・・・?」

 

ヤマダ

「ああ、気持ちよさそうに寝てたぜ。」

 

レミ

「言わないで下さいっす・・・」

 

イサカ

「しかもお前気を使ってか私達と同じ場所で寝ていただろう・・・?体は大丈夫か?」

 

ヤマダ

「気にすんな。今日はちゃんと宿舎の布団で寝ような?」

 

イサカ・レミ

「・・・うん」

 

そうして朝イチから無理をさせた零戦のオイルを足して燃料を補給した。タイヤを足で押し空気圧をしっかり確認すると、車止めを置いた。

 

レミ

「ヤマダ〜、ドタバタしてもう昼に近いっすけどご飯食べに行かないっすか?」

 

ヤマダ

「いいな、どこに行きたい?」

 

イサカ

「ビフテキが食べたい・・・」

 

ヤマダ

「よし、ビフテキ屋行くかぁ〜」

 

 

 

 

 

 

 

・・・食後

 

イサカ

「いやー、美味かったな。」

 

レミ

「やっぱりビフテキには赤ワインっすよね〜」

 

ヤマダ

「肉が分厚くて美味かったな〜」

 

ご飯を食べ終えて格納庫に向かって歩いていると、市営駐機場のそばで急に声をかけられた。

 

???

「すみませーーん!!さっきここの上空で空戦をしていたパイロットを探しているんですが・・・」

 

イサカ

「ヤマダ、私たちの事じゃないか?」

 

ヤマダ

「多分な・・・」

 

レミ

「どうしたんっすか〜? 見たところ記者みたいっすけど」

 

???

「はい、私さすらいの事件記者サクラと申します。先程イヅルマ上空で空戦をしていた零戦のパイロットを探してるんですが・・・」

 

ヤマダ

「俺達だ。何か用かい?」

 

サクラ

「貴方達でしたか! いやー見事な空戦でした、是非取材させて頂けませんか?」

 

ヤマダ

「すまないが俺達はそういう柄じゃないんだ・・・失礼する。」

 

サクラ

「そんな事言わないで〜!!お願いします、ちょっとだけでいいんです!」

 

そうして格納庫へ向けて歩いて行くがサクラは離れる気配が全く無い、結局俺たちが戦闘機を止めている格納庫までついてきてしまった。

 

サクラ

「お願いします!ほんの少し記事を書かせていただくだけでいいんで・・・す・・・」

 

ヤマダ

「遠慮するっていってるじゃないか・・・ん、どうした?」

 

サクラ

「AI-1-129で二一型・・・61-120で五二型・・・間違いない!! 貴方ヤマダさん、隣にいるのはイサカさんとレミさんですよね!?」

 

ヤマダ

「ああそうだ、だが何で知ってるんだ?」

 

サクラ

「この前ロイグさんと会った時に聞いたんですよ、なるほど〜貴方なら空戦でメッサーとフォッケを撃退するのも納得です・・・」

 

イサカ

「そういう事か・・・変な縁もあるものだな。」

 

ヤマダ

「はぁ〜・・・で、何を答えればいいんだ?」

 

サクラ

「は?」

 

ヤマダ

「・・・取材だろ?」

 

サクラ

「そうだそうだ!えーっとですね・・・まずヤマダさんは何者なんですか?」

 

ヤマダ

「整備士だ。」

 

サクラ

「いやいや、あんな空戦の腕があるのにパイロットじゃないって言うんですか?」

 

ヤマダ

「ああ、俺は別に空戦の腕で稼いでるわけじゃないからな。」

 

サクラ

「はぁ・・・あ、しまった!他の予定があるの忘れてた・・・また伺っても良いですか?」

 

ヤマダ

「まぁ・・・わかったよ。」

 

サクラ

「ありがとうございます!ではまた!」

 

そう言ってサクラは去っていく、騒がしい奴だった・・・そうして61-120の機体に付いた油汚れを拭き取ろうと機体の下へ潜るとイサカとレミが居た。姿が見えないと思ったらこんなところにいたのか。

 

ヤマダ

「びっくりした、何やってるんだ?」

 

イサカ

「お前が何時もやってるから、たまには手伝おうと思ってな。それにしても五二型は下面の排気汚れが特に酷いな。」

 

レミ

「けどあたしの61-121とか雲塗装だとここまで黒いスジは入ってないんっすよね、なんでヤマダの61-120だけこんな派手に汚れてるんっすか?」

 

ヤマダ

「そりゃこれのせいだな」

 

そう言って俺はエンジンカウリング下側から突き出た四本の排気管を軽く叩いた。

 

レミ

「あれ?四本のうち三本の排気管が長いっすね?」

 

ヤマダ

「流石五二型を愛機にしてるだけあるなレミ、その通りだ。こいつの下部排気管四本のうち三本は初期の五二型の排気管を使ってる。これはタイヤ焼損の原因になるってんで改良されて、レミの61-121とかみたいな短い排気管に変わったんだ。」

 

イサカ

「タイヤ焼損って・・・大丈夫なのか?」

 

ヤマダ

「タイヤの空気圧をちょっとだけ低くして、排気管の排熱で丁度いい空気圧になるように調整してんだ。だからバーストとかは今まであったことは無いな。それにこの排気管はちょっといい事があるんだよ」

 

レミ

「いい事ってなんっすか?」

 

ヤマダ

「最高速度が短い排気管より1〜2クーリルくらい速くなるんだ。あと発動機を回した時白煙が派手に出るからかっこいい」

 

イサカ

「なんで速くなるんだ?」

 

ヤマダ

「推力式単排気管ってのは、排気ガスを後ろに直接排気してロケット効果を得るっていう風に説明されるよな?」

 

レミ

「そうっすね。」

 

ヤマダ

「それも確かにそうなんだが、もうひとつ大きな効果がある。排気ガスを後ろに流すことで機体の僅かな段差で出来る空気の渦を後ろに吹き飛ばして抵抗を減らしているんだ。」

 

イサカ

「小さな空気の渦ってのはそんなに不味いものなのか?」

 

ヤマダ

「ああ、その空気の渦は機体を後ろに引っ張るからな。それでこの長い排気管が効いてくるんだ。61-121の排気管を見てみな。」

 

そう言って俺は61-120の隣に止めてある61-121の下に潜り排気管を指さす。

 

レミ

「明らかに短いっすね〜、あとほぼ下向きに排気してる?」

 

ヤマダ

「そう、この排気管の角度だと二一型とかと同じような角度で排気が下に出ていくんだ。次に61-120の排気管な」

 

また61-120の下に戻る。

 

イサカ

「よく見ると長いだけじゃ無いな、機体下面に流す様に成形されているんだな。」

 

ヤマダ

「やっぱり二人ともそういう観察眼をしっかり持ってるな。その通りだ、この長い排気管は機体下面にも排気を流す形になってるんだ。本当に僅かだがこれのおかげで最高速が上がる。」

 

そう言って話していると、リッタが走ってきた。えらく慌てている。

 

リッタ

「ヤマダさーん!!」

 

ヤマダ

「どうしたリッタ?」

 

レミ

「汗だくじゃないっすか、ほらこれでふくっす。」

 

イサカ

「だ、大丈夫か?」

 

リッタ

「ありがとうございますレミさん、大丈夫です・・・それよりヤマダさん!早くこっちに来てください!すごい戦闘機が!!」

 

そう言われるがまま格納庫の裏にある荒野をしばらく行くと、着陸したフォッケウルフが見えてきた。風防が空いているのを見ると、どうもパイロットは救助されたらしい。こんな機体を捨てて行くなんて良くやるものだ・・・

 

リッタ

「あれです!フォッケウルフです!!」

 

ヤマダ

「おお、俺が燃料タンク撃ったやつか・・・ん?これFW190じゃ無いぞ・・・」

 

リッタ

「え?これって所謂、長鼻のドーラじゃないんですか?」

 

ヤマダ

「よく見てみな、尾部がドーラよりも長い。それに主翼のこの長さ・・・こりゃTa152 h-1だな。」

 

イサカ

「ヤマダちょっと待ってくれ、さっきからFWだのTaだの、一体なんのことなんだ?」

 

ヤマダ

「フォッケウルフ FW190ってのは、ルフトバッフェの戦闘機でな。クルト・タンク博士が設計した名戦闘機だ。零戦とかと同じ空冷エンジンを搭載したA型、地上攻撃型のF型、長距離戦闘爆撃機のG型、液冷エンジンに換装したD型が居るんだ。」

 

イサカ

「だから最初お前がこの機体を見た時、D-9と言ったんだな。」

 

ヤマダ

「そうだ、だがD型では性能向上はあったものの高高度で運用するには与圧キャビンなどが無かったんだ。だからそれをさらに進化させた高高度戦闘機型 FW190 Ra-4 ってのを開発することになった。このとき設計者のクルト・タンク博士はFW190で培った功績を認められて、Ra-4に自分の名前のイニシャルであるTaを入れることを許可された。だからRa-4はTa152 h-1っていう名称で採用されたんだ。」

 

レミ

「じゃあ、これがそのTa152 h-1って事っすか?」

 

ヤマダ

「そういう事だ、こいつ見たところ俺が撃った所以外被弾してないな・・・まてよ?もしかしたら!」

 

俺は152の下に潜り込みボルトを緩めると、エンジンカバーを開きエンジンの状態を確かめた。一発の弾痕も無い、オマケに気化器空気採り入れ口には防塵フィルター付きだ。これは良い拾い物である、俺は操縦席に上り燃料残量計を見た。思った通りただの燃料切れ、持ち主には悪いがイヅルマを襲ったのはこの152でチャラにしてやる。

 

ヤマダ

「リッタ、燃料を持ってこれるか?」

 

リッタ

「え?ええ、持ってこれますが・・・」

 

ヤマダ

「じゃあ頼めるか?とりあえず100リットル。レミ、悪いが持ってくるのを手伝ってやってくれないか?」

 

レミ

「仕方ないっすね〜」

 

リッタ

「いえ、運搬用の車があるので大丈夫ですよ!ちょっと行ってきますね!」

 

そう言ってリッタは格納庫の方へと走ってゆく、俺は機体を隅々まで点検し発信機などが無いかを確認し、念の為無線機と機体搭載レーダーも外して捨てた。

 

イサカ

「ヤマダ、プロペラスピンナーに穴があるがこれは何だ?」

 

ヤマダ

「それは30ミリモーターカノンの発射口だ。こいつの武装は強力でな、MG151 20ミリ機関砲二門とMK108 30ミリモーターカノン一門だ。」

 

イサカ

「30ミリ!?凄いな・・・」

 

ヤマダ

「それだけじゃない、こいつの風防正面ガラスは70mmで、背面の防弾鋼板は20mmだ。」

 

イサカ

「それだけよりどりみどりで操縦性は大丈夫なのか?」

 

ヤマダ

「こいつが搭載するjumo213Eエンジンは最高出力1750馬力、さらにMW50水メタノール噴射装置と2段3速過給器を搭載してる。低高度から高高度まで何でもござれさ。しかも長い主翼と高いアスペクト比のお陰で低空での旋回性能も高い、零戦には劣るがな。」

 

イサカ

「紫電の誉とほぼ同じ出力を発生する上にそれに2段3速過給器って・・・」

 

ヤマダ

「化け物さ、はっきり言って。ただしこいつは燃料を食うし俺たちは操縦に慣れてない。一応持ち帰るがあまり出番は無いかもな・・・誰か乗ってくれねえかな〜この戦闘機!」

 

レミ

「あれ、ヤマダ乗らないんっすか〜?」

 

ヤマダ

「俺零戦がいいもん・・・」

 

イサカ

「私も零戦がいい・・・」

 

レミ

「あたしも零戦がいいっす・・・ってじゃあどうするんっすか!」

 

ヤマダ

「まあ持って帰ってから考えようぜ。お、丁度リッタが来たな。」

 

リッタがガソリンを車に積んでやってきた、ついでに気になっていることを聞いておくか・・・

 

リッタ

「お待たせしました!とりあえず100リットルのガソリンです」

 

ヤマダ

「ありがとう。ちなみにここのガソリンのオクタン価はいくらかわかるかい?」

 

リッタ

「はい!街では基本92オクタンですが、自警団は120オクタンのガソリンを使っています!これも120オクタンです。」

 

ヤマダ

「そうか・・・じゃあこいつはもっと性能を発揮するかもな。とりあえずこれ、誰が操縦して持って帰る?」

 

イサカ

「ヤマダでいいんじゃないか?」

 

レミ

「そりゃあヤマダっすよね?」

 

リッタ

「ヤマダさんよろしくお願いします。」

 

ヤマダ

「はぁ〜い・・・」

 

そう言って俺が操縦席に乗り込もうとすると、俺たちが歩いてきた方から一人、高身長の女性が歩いてきた。

 

???

「面白そうなおもちゃ持ってるじゃない?ヤマダ、あなた零戦一筋じゃなかったの?」

 

ヤマダ

「その声は・・・ロイグ!?」

 

ロイグ

「久しぶりね。貴方怪我はもう何ともないのかしら?」

 

ヤマダ

「ああ、もうなんともない。それよりどうして君がここに?」

 

ロイグ

「サクラって記者に情報を貰いに来たらたまたまあんたらの零戦が見えてね、格納庫のガキンチョに聞いたらこっちに向かったって言うから来てみたのよ。それより何よこのおもちゃ?」

 

ヤマダ

「フォッケウルフ Ta152 h-1 今イヅルマで暴れ回ってる震電の迎撃用に使おうと思ってるんだが、搭乗員がいなくてな・・・」

 

ロイグ

「貴方が乗ればいいじゃない?」

 

イサカ

「言っても無駄だ、こいつは零戦以外に乗らない。」

 

ロイグ

「はぁ・・・ちょっと乗ってみてもいいかしら?」

 

ヤマダ

「へ?ああ、まあとりあえずイヅルマの滑走路に運ぼうと思っていたし、別にいいぞ。」

 

ロイグ

「ありがとね。」

 

そうして俺は外でエンジン始動を見守る。ロイグは俺たちがプロペラ回転圏内に居ないことを確認しエンジンをかけた。

 

キーン・・・ドドドドド!!!

 

過給器の回転音と共にV12気筒のjumo213液冷エンジンが息を吹き返す。星型エンジンとは違うこもった爆発音を響かせTa152は離陸した。全長は零戦と余り変わらないが、思い切り絞られた機体のせいでやけに細長く見える。それを見送り俺たちはリッタが乗ってきたトラックに乗る。リッタが運転、レミは助手席、俺とイサカは荷台だ。

 

「イサカ、」

 

「どうした?ヤマダ」

 

「今使ってる二一型に何か気になるとこはないか?」

 

「ふふ、お前のお陰でなんの問題も無い。安心しろ。」

 

「そうか、良かった・・・」

 

「少し心配しすぎなんじゃないのか?」

 

「そりゃ心配するさ、俺のせいで君が死んだら・・・」

 

スッ・・・

 

そこまで言うと俺は揺れる荷台の上でイサカに抱き締められた。イサカは暖かかった。

 

「大丈夫だ、お前は自分の腕に自信を持っていい。それにお前はこの前言ったな、『零戦の操縦席は棺桶じゃない』と。」

 

「ああ、確かに言った。」

 

「そんな事を人に言う奴が整備を怠るわけが無いだろう。私はお前を信頼している。そんなに心配するな。」

 

そう言ってイサカは俺を強く抱き寄せ口付けをした。彼女の唇は柔らかく、彼女の髪の毛はほんの少し汗に濡れていた。

 

レミ

「お二人さ〜ん、もうそろそろ着くっす・・・またお邪魔したっすね〜」

 

リッタ

「レミさん、何があったんですか?」

 

レミ

「知りたいっすか〜?」

 

リッタ

「ええ、気になります!」

 

ヤマダ・イサカ

「レミ!!!!!」

 

俺たちは格納庫に着くとすぐに滑走路に向けて走ってゆく。すると丁度ロイグのTa152が着陸アプローチをしている所だった。慣れない戦闘機だからか、ロイグはいつもの三点着陸ではなく二点着陸を行いタキシングで格納庫に入れる。

 

ロイグ

「すごいわねこの戦闘機。馬力が桁違いよ、コレクションとして持って帰ったらベッグが喜ぶかもねぇ・・・」

 

ヤマダ

「しかも高高度でも出力が落ち込まないしな。持って帰るか?コイツ」

 

ロイグ

「いいの?」

 

ヤマダ

「ああ、ただし六機の震電を撃墜し終えたらだ。協力してくれるかい?」

 

ロイグ

「仕方ないわね・・・レンジ!早く来なさいよ!」

 

レンジ

「どうせこうなると思ったからアタシは嫌だったんだよ!面倒事にばっかり首突っ込みやがって・・・」

 

レミ

「まあそう言わないで下さいっすよ〜、人助けだと思って。」

 

レンジ

「いやまあ・・・仕方ねえなぁ・・・ 今回はクロはいねえのか?」

 

レミ

「どうっすかね?クーロー!」

 

ヤマダ

「レミ、お前自分で組を頼むって連絡入れてたろ・・・?」

 

レミ

「そういやそうだったっすね・・・恥ずかしいっす〜/」

 

ヤマダ

「まあそういう事だレンジ、すまないな。」

 

レンジ

「仕方ねえなぁ・・・」

 

そうして結局ロイグとレンジを迎えて震電の迎撃にあたることをアコに伝え、宿舎を用意してもらった。すると、16:30に輸送機が着陸するので16:00あたりから二機でいいので飛行場上空を直援してくれとの依頼も受けたので俺は15:00くらいにイサカを誘い格納庫へ歩いて行く、レミはレンジとロイグと酒を飲み交わしていた。

俺は格納庫で愛機を洗う、イサカもA1-1-129を洗っている。

 

「さ〜ら〜ばラバウルよ〜、また来るま〜で〜は〜」

 

イサカが歌いながらユーハングの民謡、[ラバウル小唄]を口ずさんでいた。

 

ヤマダ

「おお、ラバウル小唄か。」

 

イサカ

「お前がよく歌っていただろう? メロディが好きなんだ、ユーハングの零戦搭乗員はこれを歌っていたんだろう?」

 

ヤマダ

「ああ、ちなみに二番はどんなのか知ってるかい?」

 

イサカ

「赤い夕陽が波間に沈む〜、果ては何処ぞ水平線よ〜 だろう?」

 

ヤマダ

「あ、そっちなのか。」

 

イサカ

「他の歌詞もあるのか?」

 

ヤマダ

「ああ、それもいい歌詞なんだ。」

 

イサカ

「少し歌ってくれ、ぜひ聞きたい。」

 

ヤマダ

「じゃあ、少し失礼して・・・

 

 

船は出て行く 港の沖へ

 

愛しあの子の うちふるハンカチ

 

声を偲んで心で泣いて、両手合わせて「ありがとう」

 

 

・・・こんな歌詞だ」

 

イサカ

「本当にいい歌詞だな。あ、そろそろ滑走路に出るか。」

 

ヤマダ

「了解、乗りな。ステップ押し戻してやるよ」

 

イサカ

「助かる。」

 

そう言ってイサカが乗ったのを確認すると乗機用ステップを全て押し戻した。俺は足掛けだけを出し翼の上に乗ってから足でステップを機体に押し戻して操縦席に乗り込んだ。二人ともセルモーター始動なので整備員は必要ない。タキシングで滑走路に出ると、空いている滑走路で二機編隊を組み離陸準備を終えた。

前に着いたイサカの手信号を確認し機体同士の間隔を一定にして離陸した。主脚を上げフラップを格納し下を見ると滑走路のわきに子供が集まってこちらへ手を振っていた、紫電や雷電ばかりの滑走路から零戦が飛び立つのが珍しいのだろうか?するとイサカから無線が入った。

 

イサカ

「ヤマダ、滑走路のわきの子供たちが見えるか?」

 

ヤマダ

「ああ、見えてる。」

 

イサカ

「輸送機が来るまで少し時間もある、サービスしてやらないか?」

 

ヤマダ

「いいな、とりあえず低空飛行だな」

 

イサカ

「よし、行くぞ!」

 

そう言って降下するイサカを追ってこちらも降下する。子供たちの目の前を減速し低空飛行すると、俺たちは風防を開け子供たちに手を振り返した。そのまま垂直上昇し背面飛行をすると、速度を稼ぎイサカと横並びになり宙返りを見せた。もう一度低空飛行で子供たちの前を飛び風防を開け手を振ると、俺たちは高度を上げ本来の任務に戻った。

 

イサカ

「子供たち、嬉しそうだったな。」

 

ヤマダ

「ああ、零戦が珍しいのかな?」

 

イサカ

「さあな、それより昨日のメッサ―とTa152はなんだったんだ?」

 

ヤマダ

「わかない・・・ただ格納庫を狙ってるあたり完全に確信犯だ。イヅルマは面倒なことになっているな・・」

 

イサカ

「まあ乗り掛かった舟だ、私たちもできるだけ協力してやろうじゃないか。」

 

ヤマダ

「そうだな・・・お、輸送機が来たぜ~」

 

滑走路に向かってくる輸送機のほうに飛んで行き並行飛行する。機体はダグラスDC-3だった、おそらく中島がライセンス生産していた機体の設計図がそのままこちらに来たのだろう、もしかしたらイヅルマでP&W R1830-75がまた手に入るかもしれない。そうしたらまたイサカのAI-1-129に積んでやろう・・・そんなことを考えながらDC-3の着陸を見届ける。すると少し遠くに機影が見えた。

 

ヤマダ

「イサカ、機影だ。10時の方向。」

 

イサカ

「了解。」

 

そして俺たちは高度を少しづつ上げて滑走路から離れ迎撃の準備をする。次の瞬間機影から曳光弾が光った。

 

イサカ

「震電だっ!」

 

ヤマダ

「なんでか知らんが一機だけだ!行くぞ!」

 

そうして俺たちは左右に散開した。まっすぐ突っ込んでくる震電を横目に見ながら操縦桿を引き右旋回に入る。震電も逃げようと左旋回するが低空で零戦に勝てる戦闘機はない。俺はロールして左旋回に切り替え震電の真後ろに付く、旋回中にも震電はじわじわ前に離れていくが、俺の目的は今すぐ撃墜することではない。旋回中上からダイブしてくるイサカを確認すると俺はまたロールして震電の後ろから離脱した、それを見て油断した震電が水平飛行に移る。

 

イサカ

「油断大敵!!」

 

ダダダダッダダダッ!!  ドォン・・!!!

 

イサカは震電の発動機と主翼に機銃を叩き込む、機銃をもろに食らった震電は火を噴き落ちて行った。

 

ヤマダ

「お見事~」

 

イサカ

「お前こそうまく後ろについたな。とりあえず帰るか、」

 

ヤマダ

「ああ。」

 

そうして俺たちは滑走路に着陸する。子供たちがまだいたので俺たちは子供たちから一番近い滑走路に着陸する。タキシングで格納庫に戻るときまた風防から子供たちに手を振ってやる。格納庫に戻ると冷却運転をして発動機を止めた。

 

イサカ

「お疲れさまだな。」

 

ヤマダ

「イサカこそお疲れ。」

 

するとレミが走ってきた。

 

レミ

「も~ずるいっすよ!楽しそうに曲技飛行したあげくに震電を一気撃墜しちゃうなんて~」

 

ヤマダ

「悪かった悪かった・・・」

 

レミ

「まあいいっすよ。許してあげるっす。それより~」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

レミ

「二一型の主翼の折り畳み方を見せてほしいんっすよ~、そういえば見たことないなと思って!」

 

ヤマダ

「はいはい、おーいイサカ―!」

 

二一型に乗って機体備え付けの航空時計を調節しているイサカに声をかける。

 

イサカ

「なんだ?」

 

ヤマダ

「レミが主翼折り畳み機構を見たいって言ってるんだが、ちょっと折り畳んでいいか?」

 

イサカ

「ちょっと待ってくれ、私も見たい。」

 

ヤマダ

「あれ?イサカ見たことねえのか?」

 

イサカ

「ああ、折り畳む必要なんてないからな・・・」

 

ヤマダ

「まあな・・」

 

そうしてイサカが降りてくるのを待ち俺たちは二一型の主翼下に潜り込んだ。

 

ヤマダ

「いいかい?まずはここのパネルを押してロック解除レバーを出すんだ、このときエルロンがニュートラルになっていないと傷つけちまうから気を付けてな。」

 

そうして俺は小判型のパネルを押しロック解除レバーを出した、

 

ヤマダ

「次はこのレバーを軽く手前に引っ張ってロックを解除する。そしたらこいつを押し上げれるんだ。」

 

俺は二一型の主翼を押し上げて既定の位置まで動かすと、ガチッという音がして主翼端がロックされる。

 

ヤマダ

「こんな感じだ、簡単だろ?」

 

レミ

「もうちょっと複雑だと思ってたっす・・・こんだけのことだったんっすね。わざわざありがとうっす!」

 

ヤマダ

「いえいえ、わかってもらえたのならこっちとしても満足だよ。」

 

イサカ

「こうやって畳むのか・・・これで強度に問題がないというんだからすごいな、よく考えれば翼端が壊れたことは今までただの一度もなかった。」

 

ヤマダ

「まあこの機構自体すごい単純なもんだからな、重量もほぼ増えてないし強度低下もなし。ただしこの翼端折り畳みはユーハングの空母エレベータでのクリアランス確保が目的であって、グラマンやシコルスキーみたいに搭載機数を増やす工夫じゃない。まあ俺たちにはあんまり関係ないけどな。」

 

そうして俺たちは宿舎に戻り、食堂でご飯を食べると部屋に戻り寝ようとした。俺は部屋で紅茶を飲みながら零戦の取扱説明書を読んでいると、部屋の扉をノックする者が居た。

 

ヤマダ

「どうぞ、」

 

イサカ

「ヤマダ。」

 

寝巻き姿のイサカだった、俺はベッドに座るように促した。

 

ヤマダ

「どうした?もう寝るんじゃなかったのかい?」

 

イサカ

「いやその・・・一緒に寝てもいいか・・?」

 

ヤマダ

「勿論だ。」

 

俺はイサカの分の紅茶も用意して渡した。甘い物が苦手なイサカの為に砂糖は少なめだ。美味しそうに飲むイサカを見て俺は安心感を覚えた。

 

イサカ

「ヤマダ、私は今回の震電がパフォーマンスのようにしか思えない。もっと別の・・・別の事が目的のような気がしてならないんだ・・・」

 

ヤマダ

「俺もそんな気がする・・・震電六機で地上攻撃なんて部が悪すぎるからな。正直言って俺は怖い。」

 

イサカ

「私も同意見だ・・・すまないな、こんな事言ってしまって。」

 

すると、また扉をノックする音がした。

 

ヤマダ

「誰だい?」

 

レミ

「あたしっすよ、ちょっといいっすか?」

 

ヤマダ

「ああ、廊下は寒いだろ。早く入りな。」

 

レミ

「失礼するっす。」

 

そうしてレミもベッドに腰かける。さっきと同じようにレミの分の紅茶を入れて渡す。

 

ヤマダ

「レミ、どうしたんだい?」

 

レミ

「ヤマダ、イサカ、あたしにはあの震電がパフォーマンスにしか思えないんっす・・・近いうちに爆撃機なんかが大編隊で来るような気がして正直あたしは怖いっす・・・」

 

イサカ

「ちょうど私達もその話をしていたんだ、だがそのことをここで心配しても仕方ない。私達も気をしっかり持って構えようじゃないか。」

 

ヤマダ

「やっぱりイサカはしっかりしてるな、流石俺の妻だよ。」

 

イサカ

「やめろ・・・恥ずかしいじゃないか。」

 

レミ

「確かにそうっすね〜、そう言えばあたしずっと気になってたんっすけどひとつ聞いていいっすか?」

 

イサカ・ヤマダ

「なんだ?」

 

レミ

「お二人さん子供はまだなんっすか〜?」

 

俺とイサカは飲んでいた紅茶を同時に吹き出した。

 

イサカ

「こっ・・・子供ぉ!?」

 

ヤマダ

「子供・・・かぁ・・・」

 

レミ

「二人とも慌てすぎっすよ〜」

 

ヤマダ

「まあ、子供は俺達が戦闘機から降りてからだな。」

 

イサカ

「そうだな・・・私達がもう少し落ち着いたら、私達が理想を実現してから・・・だな。」

 

ヤマダ

「ああ、そうしないと子供の面倒も見れないしな。イサカ、その時はよろしくな。」

 

イサカ

「ああ、任せておけ。」

 

レミ

「あつあつっすね〜」

 

ヤマダ

「そういうレミはどうなんだ?」

 

レミ

「どうって、何がっすか?」

 

ヤマダ

「クロとだよ。」

 

レミは俺たちと同じように紅茶を吹き出した。

 

レミ

「いやっ・・・クロと・・・って・・・いやそんな、ええ〜、いや・・・ええ〜」

 

レミは顔を真っ赤にしてベッドの上で転げ回っている。

 

ヤマダ

「イサカ、こりゃ俺たちよりバカ夫婦が出来るかもしれないぞ(ひそひそ」

 

イサカ

「ああ、まああの二人だといい夫婦になれると思うがな(ひそひそ」

 

そうしてレミはベッドから起き上がり俺たちの方を向いてはっきりと言った。

 

レミ

「今はまだっすけど・・・いつかあいつとは・・・って思ってるっすよ。恥ずかしい事聞かないでくださいっすよ〜」

 

ヤマダ

「さっきのお返しだよ。そうだよな、君らだとお似合いだもんな〜」

 

レミ

「うるさいっすよ!もーうー!」

 

そうしてしばらく話すとレミは部屋に帰って行った。俺とイサカは布団に入ると、手を繋いで目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

イサカ

「ヤマダ!何時まで寝てるんだ馬鹿者!起きろ!」

 

ヤマダ

「んん・・・おはよぉ・・・」

 

イサカ

「おはよぉ・・・じゃない!もう9時だぞ!起きろ!」

 

そうして俺とイサカは身支度を整え廊下でレミと合流すると格納庫に降りていった。すると別の格納庫に増設ランチャーレールに夕弾を懸吊した雷電がいたが、必要無くなったのか整備員が横でランチャーレールごと外していた。

 

ヤマダ

「おぉーすげえな・・・夕弾だ」

 

イサカ

「夕弾?」

 

ヤマダ

「敵爆撃機の上空で投下して破片を散らばせて損害を与える一種の爆弾だ。零戦でも五二型丙から懸吊できるようになってるぞ。」

 

すると格納庫内に緊急放送が流れた。

 

「敵爆撃機編隊確認、今すぐランチャーレールを取り付け夕弾を装備して迎撃せよ。」

 

整備員

「今終わったとこだぞ!?」

 

整備員

「また20機も作業するのか・・・」

 

そして整備員はランチャーレールを雷電に取り付け出す。何をやっているんだ・・・

 

ヤマダ

「こんな事してる場合じゃないぜ・・・ランチャーレールなんかいいから早く出さないと!!!!」

 

レミ

「でも、夕弾の方が強いんっすよね?」

 

ヤマダ

「じゃあなぜ夕弾をランチャーレールごと外したんだ!?迎撃に夕弾を使いたいなら、懸吊したまま敵機発見の知らせを待ってるべきだったんだ!!こんな時に攻撃されたら、ひとたまりもない・・・」

 

するとまた緊急放送が流れる。

 

「上空直援搭乗員、直ちに迎撃に当たれ。」

 

俺達は格納庫で自分の愛機に飛び乗ると発動機を回し滑走路に出た、ロイグとレンジも一緒だ。隣の滑走路には同じく迅速に出撃準備を終えたカナリア自警団が居る。俺達は滑走路を開けるためにすぐに離陸した、空で編隊を組み無線のチャンネルを合わせる。

 

ヤマダ

「アコ、敵機は何機居るんだ?」

 

アコ

「爆撃機らしき機影が十機、直援戦闘機が二十機、高度約1000クーリルを飛行中です!」

 

ヤマダ

「了解!」

 

イサカ

「ヤマダ、私達は20ミリの携行弾数が少ない!爆撃機はカナリアの紫電とロイグのTa152に任せよう!」

 

ヤマダ

「そういう事だ、アコ団長。ロイグ。しっかり援護するから爆撃機は頼むぞ!」

 

アコ

「了解!」

 

ロイグ

「わかったわ!」

 

その連絡を終えると、俺は混合気の空燃比をリーンバーンからニッチにする。すると後ろから雷電隊と紫電改隊が合流して来た。雲の向こうに敵機が見えた。震電が五機、メッサーが五機、グラマンF4Fが十機だ、だが肝心の爆撃機は機影から機種が分からない・・・中翼配置なのは分かるが・・・そうしていると機影がハッキリとしてきた。俺は7ミリ7機銃を完全装填し試射をする。

 

ヤマダ

「ミッチェルだ・・・」

 

イサカ

「ミッチェルって・・・B25か!!」

 

ヤマダ

「ロイグ!カナリア!ミッチェルは旋回機銃が全面にある上に焼夷弾だから燃えやすい!死角は真上と真下だ!気をつけろ!!」

 

アコ

「わかりました!皆さん行きますよ!」

 

カナリア一同

「了解!!」

 

ロイグ

「面白そうじゃない・・レンジ!貴女ヤマダたちの足を引っ張るんじゃないわよ!」

 

レンジ

「誰に向かって言ってんだ!!」

 

レミ

「震電とメッサーは後ろの雷電隊と紫電改隊に任せて、あたしらはグラマンを狙いましょ〜」

 

ヤマダ

「了解、行くぞ!」

 

雷電隊、紫電改隊がメッサーと震電にダイブしていくのを確認して俺たちはグラマンへダイブする。俺、イサカ、レミ、レンジはそれぞれ目標を定め、上から機銃を叩き込んだ。三機のグラマンが火を噴き、一機はきりもみ落ちていく。

 

ヤマダ

「レンジすげえな、装甲板が厚いグラマンの特徴を見抜いて真上から操縦席を打ち抜きやがった・・・」

 

イサカ

「お前が言っていた、隼の機首のすわりの良さをよく理解しているからこそできる芸当だな。」

 

レミ

「感心してないで早く片付けて爆撃機のほうに行くっすよ!」

 

ダイブした勢いを利用し散開したグラマンの後ろにピタリと張り付く。20ミリを節約したいのはやまやまだがシコルスキーよりグラマンは装甲板が分厚い、10クーリルほどまで接近して20ミリと7ミリ7機銃を叩き込む。

 

ダダダダッ!!! パァンッ!!

 

一機のグラマンのエレベータを吹き飛ばす。俺たちがしているのは戦争ではないからわざわざ搭乗員を殺す必要はない、今目の前から機体が消えてくれればよいのだ。だから動翼やフラップなど「飛ぶことに」必要な部分を壊せばいい。操縦席を狙うのはあくまでも最終手段だ。俺は後ろにつかれていないことを確認するとイサカの二一型の後ろに援護に回る。

 

イサカ

「後ろは任せたぞ!」

 

ヤマダ

「任された!」

 

そうして後ろを索敵すると一機が近づいてきていた。

 

ヤマダ

「後ろに一機だ!」

 

イサカ

「前にも一機居る!そっちは頼むぞ!!」

 

ヤマダ

「あいあい!」

 

離脱していくイサカを見送り後ろのグラマンをぎりぎりまで引き寄せる。

 

「あんたたちは習わなかったのか?」

 

操縦桿を引き上昇姿勢に入る、当然グラマンも追って登ってくる。ぐっと近くに来たグラマンを横目に操縦桿を左手前に倒し失速させるとグラマンの後ろにつく。こっちを見失ったのかグラマンは水平飛行に移った。その瞬間に俺はトリガーを引く。

 

ダダダダッ!!! ドォン・・!

 

「『ゼロと格闘戦をするな』って。」

 

そのまま三人のほうへ飛ぶとちょうどグラマンを撃墜し終えたところだった。

 

イサカ

「皆揃ったな・・じゃあカナリアたちの援護に行くぞ!」

 

レミ

「レンジすごいっすね~ 12.7ミリ機銃でよくグラマンを墜としたっすね。」

 

レンジ

「おかげで残りの弾がすくねえよ・・爆撃機のほうではあんまりお役に立てねぇかもしれねえぜ。」

 

ヤマダ

「危ないと思ったらすぐ離脱しろよ・・・」

 

そうこう言っているとミッチェルが見えてきた。何機か撃墜されたようで6機に減っているが、イヅルマの滑走路までもうあまり距離がない。

 

イサカ

「ヤマダ!どれをやる!?」

 

ヤマダ

「とりあえず一番後ろのやつだ!」

 

そうして緊急ブーストで思い切り近づくと、旋回機銃をよけるように機体の上につく、機体を裏返してダイブし発動機を狙って弾を叩き込んだ。反対側の発動機にはレミとレンジがダイブしている。

 

ダダダダダダ!!!ダダダダッ!!

 

少し長めに機銃を打ち続けそのまま下に離脱して旋回機銃を振り切る。横を見るとレミの61-121が主翼燃料タンクから尾を引いていた。

 

ヤマダ

「レミ!離脱しろ!!」

 

レミ

「まだ20ミリが残ってるんっすよ!」

 

ヤマダ

「馬鹿野郎!燃料タンクはカラが一番あぶねえんだ!!早く離脱しろ!!」

 

レミ

「っっ・・・・わかったっす・・!」

 

そうして俺は下からまたミッチェルに機銃を叩き込み撃墜したが前の編隊とまた離れてしまった。とりあえず離脱し少し離れたレミの場所まで行きレミを守るような形で四人で編隊を組む。

 

イサカ

「どうするんだ・・・零戦だともう追いつけないぞ・・・」

 

ヤマダ

「とりあえず終えるだけ追うしかない。カナリアとロイグを信じよう・・・」

 

そう言った瞬間に前からゆっくりと機体が近づいてきた。Ta152だ。

 

ヤマダ

「ロイグ!?」

 

ロイグ

「ミッチェルはあと3機残ってるわ・・・私は弾切れよ・・・」

 

ヤマダ

「そうか・・・とりあえずレミの後ろについてくれ、囲むように編隊を組む」

 

ロイグ

「わかったわ・・・」

 

そしてしばらく飛ぶと上空にミッチェルに機銃を打ち込んでいるカナリア自警団と雷電隊・紫電改隊が見える。だが雷電と紫電改は最初よりかなり数が減っており、弾切れで離脱する機体も多かった。イヅルマの滑走路まであと1000クーリル地点、ミッチェルの爆弾槽が開いた。

 

イサカ

「爆弾槽が・・・!」

 

レミ

「ヤマダ、一機でも落とさないと・・・!!」

 

ヤマダ

「この高度差だと旋回機銃に落とされるのがオチだ・・・それに20ミリもない・・・」

 

レミ

「でも!!」

 

ヤマダ

「それより俺たちももっと離れるぞ!爆風やら破片に巻き込まれたら死ぬ!!」

 

そうして機首をイヅルマから少し違う方向に向け離脱し始めると・・・・

 

ヒュゥゥゥゥゥゥン・・・・ドォォォン・・・・!!!!!

 

イサカ

「ああっ・・・!!」

 

ヤマダ

「畜生・・・!!」

 

ミッチェルは爆弾を投下し終えると離脱していく。カナリア自警団は追おうとするが、俺はそれを止めた。

 

ヤマダ

「待て!!追うな!!!」

 

シノ

「何故よ・・・あんなことされて・・黙って見過ごせっていうの!?」

 

ヤマダ

「君たちの紫電の燃料の容量を見てみろ!深追いするな!死にたいのか!?」

 

アコ

「帰還します・・・!」

 

俺たちは滑走路の上を低空で飛び状況を確認する、幸い民家には爆弾は当たらなかったようであるが、滑走路と格納庫はめちゃくちゃであった。滑走路は使えないので俺たちはイヅルマ市営の民間用滑走路に降りた。幸いこちらは爆撃の被害にあわなかったが有効長が短く隣接する格納庫がない。

 機体から降りると俺はレミに胸ぐらをつかまれた。

 

レミ

「なんであの時行かせてくれなかったんっすか・・・あたしはまだ100発以上20ミリが残ってたんっすよ・・・!!なのになんで!!」

 

イサカ

「レミ!落ち着け!」

 

レミ

「イサカは黙っててくださいっす!ヤマダ!なんで行かせてくれなかったんっすか!!」

 

シノ

「ヤマダ!!なんであの時私たちを止めたのよ・・!!」

 

ヤマダ

「いい加減にしろ!!」

 

レミ・シノ

「っ・・!!」

 

ヤマダ

「君たちがあの時思い思いの行動をしてどんな結果を招いたと思う!?その時の感情だけで行動を決めるんじゃない!!」

 

そう言って俺はレミの手を振りほどくと61-121の外板を確認しに歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

レミとシノはヤマダを追っていこうとした。

 

レミ

「待てっす!ヤマダ!!」

 

シノ

「そうよ!まだ話は終わってないわ!!」

 

イサカ

「二人ともやめろ!」

 

私は二人の肩をつかんだ。

 

レミ

「止めないでくださいっす・・イサカ」

 

イサカ

「私からも言わせてもらう、いい加減にしろ。」

 

シノ

「低空で早々に離脱したあなたたちに何がわかるのよ!ヤマダもしょせん腰抜けなのね!?」

 

パァンッ・・!!

 

私はシノの顔をはたいた。

 

イサカ

「貴様今の言葉をもう一度言ってみろ・・・」

 

アコ

「イサカさんやめてください・・!」

 

イサカ

「お前たちはヤマダが誰のために離脱と言ったと思っているんだ!あのまま貴様らがミッチェルを追いかけていてみろ!旋回機銃に撃ち抜かれるか?燃料切れで荒野に墜落か?」

 

シノ

「くっ・・・!!」

 

イサカ

「レミ、お前もだ!あの時尾を引いたまま行ってみろ!どうなる!?旋回機銃で気化したガソリンに引火して大爆発か!?自分が撃った機銃の薬莢の熱で引火して火達磨か!?」

 

レミ

「でも!・・・でもそうならなかったかもしれないんっすよ!?あと一機でも撃墜できてたら被害は変わってたかもしれないんっすよ・・!!」

 

シノ

「そうよ!自警団として敵を目前にして逃げるなんて・・!!」

 

イサカ

「レミ!!シノ!!貴様らはまだわからないのか!?」

 

そう言って私はヤマダのほうを指さした、私たちの機体を一機一機丁寧に調べる目には涙が浮かび、いつもの優しい口元は固く一文字に結ばれていた。

 

イサカ

「お前たちの気持ちもわかるが、あいつがどんな気持ちで離脱を指示したか・・・どれだけ今あいつが苦しんでいるか・・・それくらい理解してやれ・・・」

 

ロイグ

「貴方たち、ヤマダがどんな顔で爆撃された滑走路の上を飛んでたか見た・・・?あいつ、風防をたたきながら泣いていたわよ・・・よほど悔しかったのね。」

 

イサカ

「あいつだって辛いんだ、辛い中であの指示を出したんだ。あいつは本来イヅルマとは関係ない・・・無視して逃げてもよかったんだ。なのにリスクをしょって迎撃戦にまで協力した、そんな人間をまだ腰抜けというのか?」

 

シノ

「・・・悪かったわ。」

 

レミ

「・・・ごめんなさいっす。」

 

イサカ

「謝罪なら私じゃなくてヤマダに言え。」

 

そして私はヤマダのほうへ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はみんなの機体を一機一機調べた、するとハヤトがこっちに走ってくる。

 

ハヤト

「ヤマダーーー!!大丈夫かーーーっ!?」

 

ヤマダ

「大丈夫だ!!お前こそ大丈夫なのか?」

 

ハヤト

「はあっはあっ・・・何とか大丈夫だ。」

 

ヤマダ

「そうか、早速で悪いがここにアルミの板とリベットはあるか?」

 

ハヤト

「なんでそんなもんがいるんだよ?」

 

ヤマダ

「俺の61-120は垂直尾翼、レミの61-121は主翼、イサカのAI-1-129は後部胴体、ロイグのTa152は水平尾翼と後部胴体、レンジの隼はエンジンカウリングにそれぞれ被弾してる。本来なら外板を引きはがして張り替えるんだが今はそんなことをしている暇はない。アルミ板で補修をしたいんだ。」

 

ハヤト

「そういうことか・・使えそうなのがあるか探してくる、カナリアの紫電も頼めるか?」

 

ヤマダ

「ああ、わかった。」

 

そうして俺はカナリア自警団の紫電を見て回る、かなり接近して機銃を撃ったのであろう。尾部や主翼は穴だらけであった。一通り見終えると俺は自分の愛機の主翼に座った。するとイサカがこっちへ歩いてくる、俺は飛び降りようとしたがイサカはそれを止め俺の横へと上ってきた。

 

ヤマダ

「レミとシノ、なんて言ってた?」

 

イサカ

「気にするな、お前は悪くない。」

 

ヤマダ

「いや・・そんなことねえよ、俺は逃げた。」

 

イサカ

「あんな状況だったんだ。仕方ない、本当に気に病むな。」

 

ヤマダ

「でも・・・」

 

すると俺はイサカに抱きしめられた。

 

イサカ

「お前もお前でわからずやだな・・・もういいから、黙ってろ。」

 

ヤマダ

「イサカ・・・」

 

そして俺はイサカの腕の中で泣いた。イサカは黙って俺を抱きしめたままでいてくれた。

 

イサカ

「少しはすっきりしたか?」

 

ヤマダ

「・・・ああ、ありがとう。」

 

そうして俺たちは主翼から飛び降りた。

 

ヤマダ

「これからどうするかだな・・・・こっちで迎撃戦をするだけだといつになってもきりがない。」

 

イサカ

「そこは、お前の好きな戦闘機の特徴を使うしかないんじゃないか?」

 

ヤマダ

「航続距離・・・か?」

 

イサカ

「違う違う、爆弾を懸吊できることだ。実は基地の場所に心当たりがあるんだ。」

 

ヤマダ

「地図があればいいんだがな・・・」

 

イサカ

「地図・・・あ!」

 

そういうとイサカはAI-1-129の風防をガラッと開けると上半身を突っ込み何かをまさぐっている。

 

イサカ

「あった!」

 

そしてイサカは地図を主翼の上で広げた、俺はイサカと一緒に地図を見る。

 

イサカ

「ここがイヅルマだ、ここの周りには渓谷とかばっかりで基地を作れるような場所はどこにもない。だが少しだけここから視点をずらしていくと・・・ここだ、メッサ―や震電の航続距離を考えるとこの平地しか考えられない。」

 

ヤマダ

「確かにそこ以外は渓谷とか山ばっかで戦闘機の離着陸が出来そうな場所はないな・・・いっちょ偵察に行ってみるか。」

 

イサカ

「馬鹿者!危険すぎるだろう・・・」

 

ヤマダ

「だが誰かが行かないと・・・」

 

レミ

「じゃあ・・私が行ってもいいっすか・・?」

 

ヤマダ

「レミ!?」

 

レミ

「さっきは本当に悪かったっす・・・あんたのこと何にも考えてなかった・・」

 

ヤマダ

「気にすんな。それより、偵察は俺が行く。君らにそんな危険なことはさせられない。」

 

レミ

「でも・・・」

 

そう言って食い下がるレミの肩を持つと俺は言った。

 

ヤマダ

「君がイサカを助けてやってくれ。サダクニさんがいない今、イサカを安心して預けられるのは君しかいないんだ・・・頼む。」

 

レミ

「・・わかったっす、絶対に生きて帰ってきてくださいっす・・!!」

 

そうして俺は航続距離の比較的長いAI-1-129に乗り込んだ、増槽がないので航続距離が怖いが、この場でこいつより航続距離の長い戦闘機はない。攻撃を終えて戦闘機を使った後の今ならもし見つかった時上がってくる迎撃戦闘機も少ない。すべての燃料タンクに燃料を満たすと発動機を回した。

 

イサカ

「無茶はするなよ・・・!いいな!?」

 

レミ

「絶対に帰って来てくださいっす・・・!!」

 

ロイグ

「本当に一人でいいのね・・?」

 

レンジ

「なんでも一人で抱え込むんじゃねえよ・・・馬鹿野郎」

 

アコ

「ここまでしてもらうことになるなんて・・・本当にすみません、よろしくお願いします。」

 

エル

「お世話になります・・・くれぐれもご無事に。」

 

ヘレン

「気を付けてね~」

 

ミント

「お気をつけて・・・」

 

リッタ

「機体の補修はお任せください。お気をつけて」

 

シノ

「さっきは悪かったわ・・・気を付けてね。」

 

ヤマダ

「ありがとう・・・ありがとう・・・!!」

 

そう言って俺は敬礼をすると、スロットルレバーを前に倒し滑走路から離陸した。脚を上げてフラップを収納すると、両手で風防を閉めた。高度を1000クーリルにとるとラダートリム、エルロントリム、エレベータートリムを設定しプロペラピッチをハイピッチにする。スロットルを2割ほどに絞りA.M.C.操作レバーを手前に引っ張り燃料をリーンバーンに。イサカに借りた地図を膝の上に広げ、航路と対地速度を計算しながら二時間ほど飛行するとイサカの言っていた平地に到着する。風防を開け機体を傾け目を凝らして地上を見る。平地はそこそこの面積があったので真ん中を貫くように飛んでいると、きれいに舗装された滑走路といくつかの対空砲が見えた。格納庫が横にあり、おそらく戦闘機はそこに格納してあるのだろう。ミッチェルは滑走路の脇の広場に置かれていた、もっとしっかりと偵察したかったが燃料がギリギリなので仕方なくあきらめ機首を反転させ帰路についた。

 

「イサカ・・・やっぱ君はすげえよ・・・」

 

???

「・・・その声はヤマダか?」

 

急に無線に男の声が入った。すると雲の中から一機の五二型がこちらに寄ってきた。

 

ヤマダ

「サダクニさん!?」

 

サダクニ

「お前イヅルマで迎撃戦をしているんじゃなかったのか?」

 

ヤマダ

「すみません、話すと長くなるので一つだけ私の頼みを聞いていただけませんか?」

 

サダクニ

「よくわからんが・・・相当急ぎのようだな。わかった、言え。援軍か?」

 

ヤマダ

「いえ、自警団にゲキテツ一家が手を出すとなるといろいろと面倒なことになります。そうではなくて私の格納庫の奥に置いてあるP&W用の二一型のカウリングと二二型の外翼燃料タンク、アルミ製110ボットル増槽をイヅルマに送ってほしいのです。私は燃料の残量がないのでもうイヅルマに戻らなければなりません。」

 

サダクニ

「わかった、だが本当に危なくなったら連絡を入れるんだぞ。それから・・・組長を頼む。私も心配だからな。」

 

ヤマダ

「お任せください。ではよろしくお願いします。」

 

サダクニ

「全く・・・遠くのシマの管理のために飛んでいたらまさかお前と会うとはな・・・頼んだぞ!」

 

そうしてサダクニさんと別れまた航路を計算しながら帰る。あたりが暗くなってきたので平地から遠く離れたことを確認し編隊灯を点灯させ室内灯を灯した。もう既に主翼燃料タンクを使い切り胴体内燃料タンクも残りわずかだ・・・仮に航路を間違えても、ここで敵機に出くわしても死ぬ。タイミング悪く雨まで降りだしやがった

 

「イサカ・・・君の作る卵焼きが食べたいよ。」

 

独り言を言いながらひたすらに飛び続ける。するとイヅルマの街の明かりが見えてきた。

 

「帰った・・・帰ったぜ・・・!!」

 

俺は滑走路の誘導灯を頼りに滑走路に着陸した。61-120、61-121が止めてある横にタキシングで機体を止め、冷却運転をして発動機を止めると機体から飛び降りた。すると

 

イサカ

「ヤマダ!!」

 

イサカが61-120の主翼の下から飛び出してきた。

 

ヤマダ

「イサカ・・まさかずっとそこにいたのか!?」

 

イサカ

「遅い・・遅いぞ!ばかものぉ・・!! ううっ・・よかった・・無事に帰ってきて・・・」

 

ヤマダ

「ごめんな・・・心配かけたな・・」

 

そういってイサカの頭を優しくなでていると、また横から声がした。

 

レミ

「・・遅いっすよ・・・ばか・・・」

 

ヤマダ

「レミ・・・ただいま」

 

レミ

「おかえりなさいっす。」

 

イサカ

「ヤマダ、食堂に来てくれ、腹も減っているだろう?」

 

そう言われて俺は食堂へ行った。扉を開けると、皆がいた。そして食卓には俺の大好物の卵焼きとおにぎりが並んでいた。

 

ヤマダ

「おおお!!卵焼きとおにぎりだ!!!」

 

ロイグ

「卵焼きとおにぎりだ!!!じゃないわよ!」

 

レンジ

「そうだぜ!心配ばっかりかけやがって!!」

 

アコ

「無事でよかったです・・・ひとまずご飯食べて休んでください!」

 

シノ

「ほら、あなたたちの席はちゃんとあるわよ。」

 

シノがそういうと、エプロンをつけたイサカが急須の茶を持って入ってきた。

 

イサカ

「いつまで立っているんだ、早く座れ。茶は入れてやる。」

 

ヤマダ

「ああ・・ありがとう・・!!」

 

そうして俺は久々にイサカの手料理を食べた、そして偵察の内容を事細かに伝え風呂に入り、滑走路のそばに用意された簡易宿舎に泊まった。

 

イサカ

「ヤマダ・・・本当にすまないな、辛いことばかり任せる形になってしまって・・・」

 

ヤマダ

「いいんだ、君がいれば俺はそれでいい。君こそ大丈夫か?」

 

イサカ

「ああ、私のほうは大丈夫だ。さあ、もう寝よう。」

 

ヤマダ

「ああ、おやすみ。」

 

イサカ

「おやすみ。」

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

イサカ

「ヤマダー!お前宛に荷物だ!」

 

俺はイサカの声で起きた、身支度を整え宿舎から出ると巨大な荷物を不思議そうに見ているレミとイサカが居た。

 

ヤマダ

「おお・・・仕事が早いな、流石イサカを育てたサダクニさんだけあるぜ。」

 

レミ

「これなんなんっすか・・・?」

 

ヤマダ

「二一型のP&W用のエンジンカウリング、110ボットルアルミ増槽、そして零戦二二型の外翼燃料タンクだ。」

 

イサカ

「じゃあAI-1-129にまたR1830を積めるのか!」

 

ヤマダ

「ああ、少しでも馬力があった方がいいだろう?」

 

イサカ

「ああ・・・感謝する!」

 

レミ

「ヤーマダっ」

 

ヤマダ

「どうした?レミ、嬉しそうに」

 

レミ

「その発動機本体はどうやって手に入れるんっすか〜?」

 

ヤマダ

「今から街で部品屋をハシゴするつもりだが・・・?」

 

レミ

「はぁ〜・・・どうせそういうこったろうと思ったっすよ。こっち来てくださいっす。」

 

そしてレミは臨時で建てられた格納庫に俺を連れて行くと、叫んだ。

 

レミ

「リッターー!例のヤツ出してくださいっす〜」

 

リッタ

「レミさん!わかりました!お任せ下さい!」

 

そうしてリッタは格納庫の奥から台車に乗せた発動機を持ってきた、これは・・・

 

ヤマダ

「すげええ!P&W R1830-75じゃないか!」

 

レミ

「えっへっへ〜 ヤマダが喜ぶと思って、街の部品屋で手に入れといたんっすよ〜」

 

ヤマダ

「すごいじゃないか・・・よく見つけたな〜これ!」

 

レミ

「大変だったんっすよ〜?あんたを心配するイサカをなだめながらの買いもんだったっすからね〜」

 

イサカ

「おいレミ!余計な事を・・・」

 

リッタ

「そんな事言って、レミさんも心配そうだったじゃないですか〜!それよりヤマダさん、この発動機ってそんなに凄いんですか?」

 

ヤマダ

「ああ、R1830の後ろに-75ってあるだろ?これはR1830の中でもどういう仕様だってのを表してるんだ。」

 

リッタ

「へぇ〜!じゃあこの-75って何馬力くらい出てるんですか?」

 

ヤマダ

「一段二速過給器搭載で1350馬力だ。前まで搭載してたのは-35だから150馬力稼げた事になるな。」

 

イサカ

「またあの馬力で飛べるのか・・・嬉しいな。」

 

ヤマダ

「ふふ・・・じゃあ早速作業するか!イサカ、レミ、手伝ってくれ。」

 

イサカ

「ああ、勿論だ!」

 

レミ

「さあ、油臭い作業の始まりっすよ〜」

 

そうして俺は臨時格納庫の一角を借りて作業を始めた。AI-1-129を3人で押して格納庫の中に運び込むと、配線類を全て外し発動機を下ろす準備を整え発動機架を0番隔壁に固定している10ミリボルトを緩め発動機架ごと取り外す。それを作業場所に置くと、次は発動機架から発動機を取り外すために、背面の11本のボルトを緩めた。

 

イサカ

「ところでこの栄一二型改はどうするんだ?水メタノール噴射とか栄三一型のカムとか色々とこだわっていたが・・・」

 

ヤマダ

「まあとりあえず置いておこう、持って帰るなり売るなりは後で考えればいい。」

 

そして発動機を付け替える、こいつは一枚のアダプタをかませるだけで栄とR1830を取り換えられるようになっている。最初は余計かと思ったが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

レミ

「よしっ・・・ヤマダ、全部締め付け終わったっすよ~」

 

ヤマダ

「了解、じゃあ・・・もう一回やぐらで発動機を持ち上げるか~」

 

そう言って俺たちはまたやぐらを組んで発動機を持ち上げ0番隔壁に固定しなおした。そして排気管カバーを取り外す、栄よりもR1830のほうが排気管が太くカバーを取り付けないといけないほどの隙間がないからだ。

 

イサカ

「やはりほんの少しR1830のほうが太く見えるな。」

 

ヤマダ

「まあそこは仕方ないな・・・カウリングでうまくまとめてるから勘弁してくれ」

 

イサカ

「ああ。だが二人とも何か忘れてないか?」

 

レミ

「酒!!」

 

イサカ

「愚か者」

 

ヤマダ

「そういやもう昼だな・・・」

 

そういうとイサカはAI-1-129の下に座ると、包みに包まれたおにぎりをふるまってくれた。

 

レミ

「塩加減が絶妙っす~」

 

ヤマダ

「握り具合も最高だ~」

 

イサカ

「ふふ、そうかそうか。」

 

俺たちはイサカの作ってくれたおにぎりを平らげると、また作業に戻った。早く作業を終わらせて基地攻撃の作戦を練らないとまた爆撃される可能性が高い。そして俺は朝届いた荷物の中から二二型の外翼燃料タンクを取り出した。

 

イサカ

「燃料タンクか?」

 

ヤマダ

「ああ、零戦三二型で発動機が栄一二型から栄二一型に変更されたときに胴体内燃料タンクが小さくなって航続距離ががくんと減ったんだ。だからそれを改善するために二二型以降では主翼両端に8ボットル燃料タンクを増設したんだよ。今回コイツを組み込もうと思ってな。」

 

イサカ

「待て待て、私のは二一型だろう?そこには主翼の桁が通っているはずだ。」

 

ヤマダ

「ところがどっこい」

 

そう言って俺はAI-1-129の主翼下に潜り込み外板を外した。

 

イサカ

「桁が・・無い?」

 

ヤマダ

「ああ、こいつは二一型の主翼主桁に一部二二型の内骨格を接合してある。燃料が足りなくなったら今みたいに外翼燃料タンクを増設するつもりだったんだ。まさかこんなところで役に立つとはな・・・強度確保大変だったぜ?」 1

 

レミ

「じゃあ、このAI-1-129は二一型の胴体とカウリングと主翼に二二型の主翼内骨格の一部と動翼、五二型のアンテナとプロペラスピンナー、20ミリ機銃は九九式一号二型で一艇100発ドラム弾倉、発動機はR1830-75ってことっすか・・・・?」

 

ヤマダ

「ああ、結構頑張っただろ?」

 

レミ

「あんた頭おかしいっすよ・・・」

 

ヤマダ

「そりゃどうも」

 

そうして俺は燃料タンクを既定の場所に収めるとバンドで締め付け固定した。燃料ホースと切り替えコックのワイヤを接続し外板を戻して装備は完了だ。

 

ヤマダ

「イサカ、操縦席で切り替えコックを操作してみてくれ。」

 

イサカ

「わかった、まず右外翼燃料タンクにするぞ。」

 

ヤマダ

「動作OK、次に左外翼燃料タンクに切り替えてみてくれ。」

 

イサカ

「切り替えたぞ。」

 

ヤマダ

「よし、動作OKだ。」

 

レミ

「カウリングを取り付ける準備が終わったっすよ~」

 

ヤマダ

「ありがとう、レミ。」

 

そうして俺達はエンジンカウリングを取り付け側面のパネルをはめた。

 

イサカ

「完成だな・・・」

 

ヤマダ

「ああ、まあ後部胴体のこの修正跡は気に入らねえけどな・・・・仕方ない。」

 

レミ

「まあ今はどうしようもないっすよ・・・とにかくお疲れ様っす。」

 

ヤマダ

「じゃあ・・・試しに飛ばしてみるか!」

 

そして三人で滑走路まで仕上がったばかりの機体を押してゆき、滑走路の端に機体を止め車輪止めを置く。そしてふと滑走路の脇を見ると何時しかの子供たちが集まっている。俺は子供たちのほうに歩いて行った。

 

ヤマダ

「何見てるんだい?」

 

子供

「えっとね・・・あのぜろせんが飛ぶのを見たくて!」

 

ヤマダ

「そっか、零戦はすきかい?」

 

一同

「うん!」

 

イサカ

「せっかくだ、近くで見せてやったらどうだ?」

 

ヤマダ

「そうだな、よしみんなおいで。」

 

そういって俺は子供たちを零戦のそばに連れて行った。目を輝かせて零戦を見ている子供達を見ていると、リッタとハヤトがアコの紫電を押してやってきた。

 

ハヤト

「あれ、ヤマダじゃんか。こんなとこで何やってるんだ?」

 

ヤマダ

「零戦の試験飛行だよ。そっちは紫電に何かしたのかい?」

 

リッタ

「オーバーホールをしたのでその試運転です!あと五機同じことをしないと・・・良ければ一緒に飛びませんか?」

 

レミ

「あ、じゃああたしも61-121飛ばしていいっすか?」

 

ヤマダ

「どうせなら皆で曲技飛行でもやるか。イヅルマの人たちも不安に駆られてるだろうし、多少は気晴らしになるだろ。」

 

リッタ

「いいですね!皆を呼んできます!」

 

イサカ

「じゃあ私たちも準備をするか。」

 

ヤマダ

「ああ、そうだな。」

 

そして俺とレミは子供たちがまた滑走路わきに戻ったのを確認すると、61-120と61-121の発動機を回しタキシングで滑走路に出る。そして発動機を回したイサカのAI-1-129の後ろについた。

 

ヤマダ

「イサカ!こっちはもういけるぞ!」

 

レミ

「アタシもおっけーっす!」

 

イサカ

「了解!」

 

そうして離陸滑走をするイサカに続き俺たちも離陸すると、三機編隊を崩さないようにゆっくりと高度を上げていく。

 

ヤマダ

「イサカ、R1830の調子はどうだ?」

 

イサカ

「問題ない、燃料タンクも切り替えてみたが滞りなく潤滑してる。」

 

ヤマダ

「そうか、よかった。」

 

レミ

「流石ヤマダっすね~」

 

ヤマダ

「やめろやめろ、さっそろそろ演技開始と行こうじゃないか。」

 

俺たちの三機の零戦はユーハングで謡われた「海鷲」の如くイヅルマの空を舞った。一通りの演技を終え、離陸してゆくカナリア自警団をバンクで見送った後着陸した。

 

ヤマダ

「イサカ、一通り飛んだがそれでも異常はないかい?」

 

イサカ

「ああ、何の問題もない。ただほんの少し油温が高い気がする。」

 

ヤマダ

「本当か、少し見てみる。」

 

そう言って俺はまずオイル冷却器空気取り入れ口を確認した、すると・・・

 

ヤマダ

「イサカ、ちょっと来てみな。」

 

イサカ

「なんだ?あっ・・!」

 

イサカは風量調節シャッタを半分閉めた状態で飛んでいたのだ。

 

ヤマダ

「これじゃオイルも冷えねえよ~」

 

イサカ

「ふふ・・・確かにそうだな・・ハハハ!!」

 

レミ

「イサカにしては珍しいっすね~ふふふ!」

 

ここまで笑ったのも久しぶりだ。俺たちはその後、疲れ切った体を休め戦闘機の翼も休めた。そして夜。ついに作戦会議となった。

 

 

 

 

・・・・・夜

 

アコ

「それでは・・・作戦会議を始めさせていただきます。イサカさんヤマダさん、よろしくお願いします。」

 

イサカ

「よろしく頼む。まずは使う戦闘機だが。カナリア自警団の紫電六機、我々の零戦を三機、ロイグの鍾馗、レンジの隼で行こうと思っている。」

 

ヤマダ

「カナリア自警団の紫電は100ボットル増槽を腹下に、ロイグの鍾馗とレンジの隼は50ボットル増槽を両翼下面に、俺たちの零戦は110ボットルを腹下に抱いて航続距離に余裕を得る。ただし紫電は航続距離が短いから増槽とは別で機体後部に増設燃料タンクを取り付けて航続力を稼ぐこととし、これを活用するように。」

 

イサカ

「次に武装だが、紫電は通常通り20ミリ機関砲4門のみ。鍾馗と隼も同じく12.7ミリ4門と2門だ。」

 

ヤマダ

「最後に俺たちの零戦だが、両翼下面に60キロ爆弾をアダプタを介して取り付け戦闘爆撃機として運用する。この爆弾は滑走路横に駐機されているミッチェル爆撃機を破壊するのに用いる。」

 

イサカ

「次は当日の行動についてだが・・・ひとまずこれまでで何か質問はあるか?」

 

リッタ

「ロイグさんの乗機が鍾馗なのは何故ですか?Ta152の方が火力も性能も高いはずですが・・・」

 

ヤマダ

「Ta152だと増槽燃料タンクが入手できない、航続距離が足りないんだ。それに武装が強力と言っても携行弾数がそれほど多くないから長時間の空戦には向かない。」

 

リッタ

「なるほど・・・了解しました。」

 

イサカ

「他に質問は無いか?」

 

・・・・・

 

イサカ

「無いようなのでその日の行動について説明させて貰う。まずは出発は午前5:00、各自この時間には必ず機体の発動機を回してすぐ離陸できる様に準備をしておくように。」

 

レンジ

「げっ!5時!?」

 

ロイグ

「バカ、静かになさい。」

 

イサカ

「離陸し次第変態を組む。一番前にロイグとレンジの二機編隊、その後ろに私・ヤマダ・レミの三機編隊、最後尾にはカナリア自警団の六機編隊だ。そして敵基地に向けて飛行するが、この後は必ず増槽燃料タンクの燃料から使うようにしてくれ。 編隊を組む途中に各自機体に異常がないかを入念に確認すること、無いことが望ましいがもし不調があれば即引き返すように。」

 

アコ

「私達の紫電はどういう順番で使えば良いですか?増設燃料タンクを使ったことがなくて・・・」

 

ヤマダ

「紫電の場合は、増槽燃料タンク→増設燃料タンクという形で使ってくれ。言うまでも無いと思うが増設燃料タンクは胴体後内部に搭載されるから被弾すると燃える可能性が非常に高い。十分に気をつけて空戦をしてくれ。」

 

アコ

「了解しました。」

 

イサカ

「良いか? 敵基地上空にたどり着く前に恐らく電索で我々は発見されているはずだ。迎撃に上がってきた戦闘機を直援部隊が撃墜してもらう訳だが、この時の目的はミッチェルと滑走路への爆撃であるのであくまでも我々零戦部隊から追い払うことに集中してくれ。」

 

ヘレン

「あまり離れたらいけないってことだね〜」

 

イサカ

「そういう事だ。迎撃戦闘機を追い払いつつ基地上空に到着したら、ロイグとレンジで基地の周りにある対空砲を全て破壊してくれ。それと同時に私がミッチェル爆撃機に、ヤマダが格納庫に、レミが滑走路に緩降下爆撃を行う。これが成功してもまだ滑走路上や格納庫内にまだ戦闘機が残っていた場合我々が無線で通達するので、リッタとヘレンが機銃掃射で一掃してくれ。」

 

ヤマダ

「当然だが増槽燃料タンクはどれだけ燃料が残っていても空戦前に投下してくれ。投下不良があった場合は直ぐに戦線離脱すること。それとレミには言ったがカラの燃料タンクが一番危ない、僅かに残ったガソリンが燃料タンク内で気化すると機銃弾一発でも燃えるか最悪爆発する。被弾する可能性が高い主翼燃料タンクを早く使いたい気持ちは分かるが空戦の時は必ず胴体内燃料タンクを使ってくれ。」

 

イサカ

「爆撃及び地上攻撃を終えたら後は迎撃戦闘機を全機叩き落として帰投する、空戦の目標時間は10分。ただし各自肝に銘じて置いてもらいたい、この滑走路に着陸するまでが作戦行動だ。一機も欠けて帰投する事は許さない。私からは以上だ。」

 

ヤマダ

「燃料タンクやオイル系統に被弾した場合、どれだけ機銃弾が残っていようが離脱するように。戦闘機の替えは何とでもなるが君たちの命の替えは何処にもない。全員無事で帰れるようにこちらも努力する、だから皆もあくまで自らの命を優先して行動するようにしてくれ。俺からも以上だ。」

 

レミ

「アタシから一ついいっすか?」

 

イサカ

「ああ、」

 

レミ

「恐らく今回迎撃に上がってくる戦闘機はグラマンF4Fのみのはずっす。撃墜した残骸を見ていたんっすけど震電やメッサーはどうもハンドメイド生産品みたいで、あたしらが行くときまでに増備できるほどの生産能力はあちらにはないっす。」

 

ヤマダ

「F4Fか・・・この前の空戦を見た感じ一撃離脱に徹する厄介な戦法を使っていなかったから問題はないかと思うが油断はしないように頼む。そして紫電はF4Fと格闘戦は絶対にしないように、二機編隊での一撃離脱戦法を徹底してくれ。」

 

イサカ

「他に質問はないか?」

 

・・・・・・・

 

イサカ

「よし、ではこれにて作戦の概要の説明を終わる。作戦決行は明日。皆戦果を期待する。解散」

 

そうして皆は風呂に入り寝る支度をした。だが俺は皆が宿舎に入ったのを見届けると格納庫へと向かった。

 

???

「こんなとこでなにしてるんっすか?」

 

???

「まあ予想はしていたがな。全く馬鹿者め」

 

ヤマダ

「レミ・・イサカ・・・」

 

レミ

「全く何やってるんっすか~、明日は朝早いのに。」

 

ヤマダ

「いや、零戦の爆弾投下機構をもう一度チェックしておこうと思ってな。」

 

イサカ

「それだけじゃないだろう? ホースとスポンジなんか持って。」

 

レミ

「アタシらも手伝うっすよ。」

 

ヤマダ

「ちぇ、全部お見通しかよ。」

 

そうして俺は爆弾投下機構の動作をチェックする。三機とも動作は正常だ、そして俺たち三人はいつものように機体を入念に洗ってやった。

 

ヤマダ

「明日は・・・よろしく頼むな。」

 

そう独り言を言いながら機体を洗う瞬間が俺は好きだった。三機を洗い終えると俺たちは61-120のそばに腰を下ろした。

 

イサカ

「ヤマダ、ありがとう。」

 

レミ

「ヤマダ、ありがとうっす。」

 

ヤマダ

「どうした、改まって。」

 

イサカ

「お前がいつも戦闘機を整備してくれているから私は安心して飛べる。お前には感謝しかない。」

 

レミ

「そうっすよ、あんたが時に強くあたしたちを引き留めてくれるから無駄死にしなくてすんでる。あたしからも感謝しかないっす。」

 

ヤマダ

「いいや、礼を言うのは俺のほうだ。イサカ、君は野垂れ死ぬかコソ泥になるかのクズだった俺を拾ってくれた。レミ、君はよその組の俺によくメシを奢ってくれたな。俺は・・・君たちに出会って初めて人の優しさに触れたんだ。」

 

イサカ

「何を言うか、お前はもう十分すぎるほど恩を返している。さあ、明日も早い。もう寝よう。」

 

レミ

「あんたよく覚えてるっすね~。そうっすね、もう寝るっす。」

 

そうして俺たちは三人で宿舎に戻り、瞼を閉じた。明日はいよいよ運命の時だ。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝 午前3:30

 

俺は布団から出るとすぐに身支度を整え格納庫へと向かった、格納庫の横の寝室で寝ているハヤトを起こす。

 

「起きろ~!」

 

「んあ・・・もう朝か。」

 

「先に準備始めとくぞ。」

 

そして俺は増槽燃料タンクを全機の下に取り付けた。支度を終えて出てきたハヤトに全機への燃料補給を頼むと、俺は零戦の主翼下面にアダプタと共に60キロ爆弾を取り付けた。

 

「ごめんな・・・こんなもん抱かせて・・・」

 

「ヤマダ!燃料補給終わったぞ。」

 

「了解、じゃあ滑走路に並べるぞ~」

 

そうして俺たちが滑走路に機体を全て並べ終えた時には、もう4:30を回っていた。一番最初に出てきたのはカナリア自警団だった。ハヤトがカナリアに紫電の調子について細かく説明している。俺は三機の零戦の風防を開け座席を一番高い位置に移動させた。61-120の座席を上げ終え主翼から飛び降りると、イサカとレミが何かを持って出てきた。

 

ヤマダ

「もう発動機の暖気運転だけで何時でも行けるぞ。」

 

イサカ

「ありがとう。それと、これ。」

 

ヤマダ

「これは?」

 

イサカ

「柿の葉寿司だ、飛んでる途中に食べてくれ。」

 

レミ

「アタシからはこれっす。」

 

ヤマダ

「これは・・ラムネか?」

 

レミ

「そうっす、これも飛んでる時に飲んでくださいっす~」

 

ヤマダ

「ありがとう・・・じゃあ俺からはこれをあげるよ。」

 

そう言って俺は機体の中から羽毛入りの上着を取り出し二人に渡した。

 

ヤマダ

「これを着ると上空でも暖かいぞ。普段飛ぶ時とかに是非使ってくれ。さあ、そろそろ発動機を回そう。」

 

そう言って俺たちは手でそれぞれの愛機のプロペラを何度か回転させると機体に乗り込む。ステップはロイグとレンジに押し戻してもらった。燃料残量計を指さし確認すると、スロットルを押して各燃料タンクに圧力をかける。エルロン、ラダー、エレベーター全ての動作を確認し、カウルフラップを全開にしてから発動機を回す。

 

「総員前離れ!メインスイッチオフ!」

 

ウィィィン・・・バラバラバラ・・・!!!

 

いつも通り、発動機を回すとおおよそ5分ほど暖気運転をする。それを終えるとスロットルを前に押して全開に、次にアイドリングにまで戻し異音がないかを確認する。次はプロペラピッチ調節レバーでプロペラガバナ(プロペラ調速機)を操作しプロペラピッチが正常に変わるかを見る。そこまで終えたらもうあとはフラップを下げ出撃を待つだけだ。イサカにもらった時計を開き時間だけを見る。

 

4:58・・・4:59・・・5:00・・・!

 

ロイグとレンジが離陸滑走を開始する。すぐにイサカも滑走を開始した、一定距離を保って離陸する。脚を上げ、フラップを直すと高度を取る。1000クーリルほどに高度を取り燃料比率をリーンバーンに調節する、前回の偵察の時と違い今回はロイグとレンジについていけばいい分気持ちは楽である。飛行も安定したのでチャンネルを合わせイサカに無線を入れる。

 

ヤマダ

「イサカ、聞こえるか?」

 

イサカ

「ああ、はっきりと聞こえる。奇遇だな、私もお前に無線を飛ばそうと思っていた。」

 

ヤマダ

「なんだい?」

 

イサカ

「いやその・・いつか言っていた子供の話なんだがな、子供が出来たら移動手段をどうしようかと思ってな。いくら授かりながらでも全く移動しないわけにはいかないからな。」

 

ヤマダ

「今かよ・・・安心しろ、ちゃんと複座の二一型がある。君に不自由はさせないさ。」

 

イサカ

「お前・・・」

 

ヤマダ

「幸せにしてやろうな。俺たちと同じ不幸を繰り返さないように・・・」

 

イサカ

「・・ああ。」

 

レミ

「お二人さん、そういうのは二人っきりの無線のほうがいいんじゃないっすか?」

 

ヤマダ・イサカ

「レミ!?聞いてたのか!?」

 

レミ

「お二人さんずーっとアタシら零戦隊の無線で話してたっすよ、いいじゃないっすか~子供。あたしも見てみたいっすよ。」

 

イサカ

「いや・・・うん・・なぁ?ヤマダ・・」

 

ヤマダ

「あ・・ああ・・・なぁ?イサカ・・・」

 

レミ

「子供出来たら言ってくださいっす、あたしも抱っこしたいっすよ~」

 

イサカ

「おちょくるなぁ!馬鹿者ぉ!」

 

ヤマダ

「恥ずかしいからやめてくれ・・レミぃ・・・・」

 

レミ

「この前のお返しっす~」

 

そう言っていると基地が近づいてきた。俺たちは気を引き締め無線を調節し直すと、操縦桿を握り直した。少し早めに増槽を捨てる。

 

ロイグ

「滑走路が見えたわ!」

 

レンジ

「機影が見える!ひぃ・・・ふぅ・・・みぃ・・・四機だ!」

 

アコ

「了解!カナリア自警団、行きますよ!」

 

カナリア一同

「了解!」

 

そう言ってカナリアは俺たちの直援のためのリッタとヘレンを残して増槽を捨てグラマンの方へとダイブしてゆく。二機編隊を組んでダイブして行くと、一瞬の内にグラマンを撃墜した。

 

イサカ

「流石だな、カナリア自警団。」

 

ヤマダ

「ああ、さ!俺達も負けてらんねーぞ!」

 

そうして先にロイグとレンジが増槽を捨てダイブし対空砲火に機銃を浴びせる。副産物的にではあるが離陸滑走をするグラマンを数機撃破していた。

 

レミ

「対空砲破壊確認したっす!行けるっすよ!」

 

イサカ

「了解!行くぞ!!」

 

そうして俺たちはそれぞれの目標に向けて機首を据え、リッタとヘレンに後ろを任せてスロットルを絞り降下を開始した。俺は格納庫が目標だ、高度を下げながら投下するタイミングをよく図る。早くに投下し過ぎれば目標に当たらず、遅過ぎれば爆風で俺ごと吹っ飛ぶ。格納庫の屋根が近づいてきた

 

100クーリル・・・80・・・60・・・40・・・20・・・

 

「今だっ!!!!!」

 

ガシャンッ!

ヒュゥゥゥゥゥゥン・・・ドォン!!ドォン!!

 

「よしっ!」

 

次の瞬間俺は隣で滑走路に爆撃したレミの方を見る、レミはまさに今爆弾を投下したところだ。滑走路の真ん中に爆弾は落下し、見事に滑走路を破壊した。

 

レミ

「よっし、成功っす!」

 

そしてイサカの方を見る、イサカの二一型の下ではミッチェル爆撃機が炎に包まれ煌々と燃えていた。大成功だ。

 

イサカ

「よしっ!!!」

 

爆弾を捨て身軽になった俺たち三機は高度を上げる。格納庫にグラマンは居なかった。

 

ヤマダ

「機影だ!グラマン約20機!!」

 

イサカ

「待てヤマダ、F4Fに交じって別の機体が居ないか・・・?」

 

レミ

「シルエットがちょっと違うっすね・・・まさかF6F!?」

 

ヤマダ

「いや違う・・・あれは・・・FM-2か!!」

 

イサカ

「FM-2?」

 

ヤマダ

「F4Fをゼネラル・モーターズがライセンス生産した型だ、カーチス・ライト R1820 サイクロン搭載で約1250馬力!」

 

レミ

「またやっかいな・・・」

 

イサカ

「どうするんだ?」

 

ヤマダ

「イサカ、君の二一型のR1830-75 ツインワスプの方が馬力は上だぜ?」

 

イサカ

「ふふ・・・やる事は決まったな!」

 

イサカはいつも通り、高度をとって一撃離脱からの格闘戦に持ち込むつもりだ。俺がスロットルを全開にすると、レミが水メタノールを噴射しグンと加速した。

 

ヤマダ

「負けてられんな!」

 

俺も緊急ブーストで二人に続く。地上攻撃を終えたロイグとレンジも加わった。

 

ロイグ

「うわーいっぱいいるわ!」

 

レンジ

「グラマンばっかりじゃねえか・・・もうコリゴリだぜ」

 

アコ

「皆さん二機編隊を崩さないで下さい、行きますよ!」

 

全員散開し空戦開始だ、機体を裏返し下を通過するグラマンを追う。案の定グラマンは右旋回と急降下で逃げようとするが、五二型はロール性能と急降下制限速度が二一型よりも速いことを忘れているのだろうか?高度1500クーリル、速度120キロクーリル以下の格闘戦で零戦に勝てる戦闘機など何処にもない!

 

ヤマダ

「まずは一機!」

 

ギリギリまで近付き機銃を叩き込む、昇降舵を吹き飛ばすと俺は直ぐに離脱し他の敵を追う。ちょうどイサカが居たので後ろに着き二機編隊の体形になる。イサカはFM-2を追っているところだった。

 

イサカ

「ヤマダ!あれやるぞ!」

 

ヤマダ

「了〜解!」

 

イサカは馬力差を利用してわざとFM-2の前に出る、イサカの後ろに俺が着いていることなど露知らずのFM-2は必死になってイサカを追った。二一型が右旋回から鋭く左旋回に切り返す、追い切れないFM-2が水平飛行に移った瞬間、

 

ヤマダ

「もう一機!」

 

ダダダッ!!!

 

腹下の燃料タンクに弾が当たったらしくFM-2は火を吹き落ちて行く。

 

イサカ

「よくやった!周りも殆ど撃墜し終えた様だな・・・」

 

11機で20機を相手すると言えど、こちらは凄腕ばかりだ、空中戦は一瞬で終わる。迎撃戦闘機ももう上がってくる気配は無く、滑走路からは炎が上がっている。完全勝利だ。

 

イサカ

「ヤマダ、お疲れ様だ・・・」

 

ダダダッ!!!

 

ヤマダ

「イサカ!?」

 

イサカ

「クソ!燃料タンクをやられた、離脱する!」

 

ヤマダ

「あのヤロー・・・」

 

俺は離脱していくFM-2を追った、どうも最後の一機らしい。

 

レミ

「ヤマダ、前は頼むっすよ!」

 

ヤマダ

「了解!!」

 

そうして俺たちはFM-2にダイブする。照準器いっぱいに敵機の主翼が入った瞬間

 

ヤマダ

「墜ちろォ!」

 

ダダダッダダダダッ!!!!!

 

FM-2は堕ちてゆく。これで完封だ。

 

ヤマダ

「イサカ!大丈夫か!?」

 

イサカ

「とりあえず・・・ひとまず編隊を組むぞ!」

 

帰路につき来た時と同じ形で編隊を組みなおす。

 

アコ

「イサカさん、大丈夫ですか!?」

 

イサカ

「ああ、身体は何とかな・・・」

 

ロイグ

「燃料は大丈夫なの!?」

 

イサカ

「恐らく足りない・・・」

 

レンジ

「ヤマダ!何とかならないのか・・・!?」

 

ヤマダ

「そんな事言ったって・・・」

 

イサカ

「良いんだ、ヤマダ。私が油断したのが悪かったんだよ。」

 

ヤマダ

「良いわけあるか!・・あれ、ちょっと待てよ・・・?」

 

レミ

「どうしたんっすか・・・?」

 

ヤマダ

「イサカ、燃料切替コックが一つ多くなってないか!?」

 

イサカ

「ええ・・・?胴体内、右翼、左翼、右外翼、左外翼・・・あ!胴体後部!?」

 

ヤマダ

「それだ!それに切り替えてくれ!」

 

イサカ

「おお・・・この残量なら帰れそうだ!」

 

レミ

「ヤマダ、何でそんなのがあるんっすか?」

 

ヤマダ

「いや、すっっかり言うのを忘れてたんだが・・・R1830は栄よりも118キロも重いんだ。単純に載せ替えただけだと重心が前に寄るから胴体後部に50ボットル燃料タンクを増設したんだ・・・すっかり忘れていた。」

 

イサカ

「118キロ・・・レミ二人分だな、」

 

レミ

「あたしそんなに重くないっすよ!」

 

イサカ

「ふふふ!」

 

ヤマダ

「ハハハ!」

 

帰りは何事もなく、増槽を懸吊していたので燃料にも余裕をもって帰還することが出来た。誰もかけることなく・・だ。だが結局俺たちに攻撃を仕掛けてきた組織も、メッサーシュミットとTa152の二機も何もわからないままに終わってしまったので、何ともむず痒い出来事で終わってしまったのが悔やまれる。昼過ぎに滑走路へ着陸し冷却運転を終え発動機を止めて機体から降りると、ロイグとレンジが駆け寄ってきた。

 

ロイグ

「じゃあ申し訳ないけど私たちはお暇させてもらうわ、目立っちゃうとまずいからね・・・」

 

ヤマダ

「ああ、また会おうな。」

 

レンジ

「今度は面倒ごと持ってくるんじゃねえぞ!」

 

ヤマダ

「はいはい・・・」

 

ロイグ

「じゃあTa152も有り難く頂戴していくわ、じゃあね~」

 

そう言ってロイグとレンジは去ってゆく。そのあとはカナリア自警団と今後について少し話した後、とりあえず片付けやらなんやらをしようということになって臨時の格納庫やらを片付けていると、見覚えのある女性が歩いてきた。

 

ヤマダ

「なぁ・・イサカ・・・あの人ってさ・・・」

 

イサカ

「ああ・・・メモを持っているしカメラも持ってるぞ・・・」

 

レミ

「これはさっさとずらかったほうが・・・」

 

サクラ

「に が し ま せ ん よ ?」

 

ヤマダ・イサカ・レミ

「終わった・・・・」

 

そして俺たちはカナリア自警団と共に二時間以上質問攻めにされた、おまけに写真まで撮られてしまい、その写真はイジツ全国紙に載ったのでタネガシでは一か月以上幹部たちにいじられたおされることに・・・・

 

ヤマダ

「やっと終わった・・・」

 

イサカ

「もうへとへとだ・・・」

 

レミ

「酒・・・」

 

そしてカナリア自警団ともう一度話し、目立たたないうちに(結局手遅れであったが)帰ることになった。別れの言葉を交わし荷物をまとめ宿舎から出ると、一人の男が歩いてきた。

 

???

「すみません、あなた方がこちらの零戦の搭乗員の方ですか?」

 

ヤマダ

「はい、そうですが・・?」

 

館長

「突然申し訳ありません、私はカシマシで戦闘機博物館を運営しているものです。もしよろしければこの三機を三日ほど私の博物館の特別展示スペースに展示していただけませんか。この三機はとても有名なんです・・・私の博物館を救ってやると思って、お願いします!」

 

ヤマダ

「はぁ・・・・わかりました。」

 

レミ

「カシマシに行けるんっすか!?」

 

イサカ

「カシマシに何かあるのか?」

 

レミ

「酒っすよ酒!カシマシにはうまい酒があるんっすよ!!やったあ!」

 

ヤマダ

「そういうことか・・・じゃあ我々は出発の準備をしますので少々お待ちください。カシマシはどうせ帰り道ですしこのまま向かいます。」

 

館長

「ありがとうございます・・・!必要ないと思いますが護衛もつけさせていただきますのでこのまま離陸して向かってくださって結構です。それではまた後程・・・」

 

そして零戦に乗り込もうとすると、シノとリッタが歩いてきた。

 

シノ

「ヤマダ・・・本当に世話になったわね、またいつでも遊びに着て頂戴。」

 

リッタ

「あの栄一二型、タネガシに送っておきますね。またいつでも来てください!」

 

ヤマダ

「ありがとう。また時間があれば自警団のほうにも顔を出すよ。またな!」

 

そうして俺たちは離陸するとカシマシへ向けて飛んだ、離陸して巡航速度に合わせたあたりで横から護衛と思われる戦闘機が出てきたが、何か見覚えがある・・・・零戦五四型と隼三型乙・・・

 

ヤマダ

「ラプトル!?快人!?」

 

快人

「ヤマダぁ!?」

 

ラプトル

「護衛しないといけない三機の零戦ってのは君たちだったんだね。」

 

イサカ

「ラプトル、その後体は大丈夫なのか?」

 

ラプトル

「もう問題ないよ、あの時は世話になったね。」

 

レミ

「空から零戦が降ってくるなんてびっくりしたっすよ~ いや、冷静に考えたら当たり前っすね。」

 

ヤマダ

「なにボケかましてんだ・・・それよりラプ、五四型の調子はどうだい。」

 

ラプトル

「何の問題もないよ、やっぱりあんたさすがだね。噂で聞いてただけあるよ。感謝する。」

 

ヤマダ

「そりゃよかった、また何かあったら遠慮なく持ってきな。」

 

快人

「俺の三乙も持って行っていいか?」

 

ヤマダ

「本来は専門外だが・・・まあいいさ、三乙を受け入れてくれる修理工場もねえだろ。ははは!」

 

そうして馬鹿話を楽しみながらカシマシの滑走路に着陸しようと高度を下げる。

 

ラプトル

「それじゃあ僕たちの任務はここまでだ、また会えるといいね!」

 

快人

「じゃあな!」

 

俺たちも別れの言葉を言うと、カシマシの滑走路に着陸した。博物館と滑走路は直結していたみたいで、職員の案内に沿ってタキシングでそのまま展示スペースへと機体を進めて発動機を止める。目の前には既に大勢の見物客が居た。とりあえず写真の邪魔にならないように機体から速やかに離れると、少しだけ遅れて到着した館長と話をする。

 

館長

「本当にありがとうございます・・・三日分の泊まる場所は用意してありますので、カシマシを観光するなり博物館を見るなりご自由にお過ごしください。それでは私は博物館の事務作業がありますのでこれで失礼させていただきます。」

 

ヤマダ

「ありがとうございます。それでは、」

 

そうして俺たちは三日間、カシマシを観光したりレミの酒場はしごに付き合ったり、イサカの本屋巡りについて行ったりと、久々の平和な日々を満喫していた。そして最終日、展示している俺たちの零戦への質問でも受け付けようと思い博物館へ行く、いくつかの質問に答えると、赤いちゃんちゃんこを来た白髪の老人に話しかけられた。

 

老人

「この零戦の持ち主は・・・お前か?」

 

ヤマダ

「はい、私です。失礼ですが貴方は?」

 

老人

「名乗るほどの人間ではない・・・なに、私も昔零戦で戦っていてな。」

 

ヤマダ

「そうなんですか、ちなみにどの零戦で?」

 

老人

「三二型だ。」

 

ヤマダ

「三二型ですか、いい機体ですよね。ロールも早くて、」

 

老人

「お前は・・・私が昔零戦に乗せた小娘と同じ目をしているな、」

 

ヤマダ

「そうですか・・ちなみにその子は今何を?」

 

老人

「わからない・・・私はその子の前から消えるしかなかったからな。」

 

ヤマダ

「そうなんですか・・・」

 

老人

「時間を取らせてすまなかったな、失礼する。」

 

ヤマダ

「すみません、せめてお名前だけでも教えていただけませんか。」

 

老人

「・・三郎・・・」

 

小声だったので聞き取れず、俺は何か狐に包まれたようだった。その日の展示も無事に終わり、俺たちは館長に礼金を受け取ってくれと言われた、だが俺たちはそれを拒否しタネガシへと帰った。サダクニさんやクロとの久々の再会を喜び、一連の騒動は終わった。だが俺は、メッサーシュミットとTa152のあの二人と、近いうちに刃を交えることになる気がしてならない。

 

 



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飛行甲板

著 ヤマ

 

「ヤマダァ!!起きろ!いったいどこで寝ているんだ!!」

 

その声で俺は飛び起きた。その瞬間に体はバランスを崩し零戦の主翼から地面に転落する。全身が痛い。

 

イサカ

「何をやってるんだ馬鹿者・・・」

 

ヤマダ

「ぐええ・・・61-120を全バラして疲れてんだよ・・・」

 

イサカ

「だからって二一型の主翼の上で寝ることは無いだろう。それより、仕上げたのか・・・この二一型。」

 

ヤマダ

「ああ。見ての通り零戦二一型、塗装は中島第5153号機 尾翼番号AI-3-102、第一航空艦隊第五航空戦隊空母『瑞鳳』所属機だ。」

 

今回の機体の出どころは少し面白い。イジツで生産された零戦ではなくユーハングの工廠跡で放置されていた零戦なのだ。だから瑞鳳所属機「仕様」ではなく、本当に瑞鳳元所属機なのである。俺が工廠跡に探索(まあ火事場泥棒のようなものだが・・・)に行ったとき、建物の奥の部屋で埃をかぶって眠っていた。

 

イサカ

「もう問題なく飛べるのか?」

 

ヤマダ

「ああ、もう何の問題もない。」

 

イサカ

「そうか、お疲れさまだな。」

 

工廠跡から引っ張ってきたときは、外観こそまともだったが中身はひどいありさまだった。どうやら三点着陸に失敗してドカンと降りたらしく主脚はゆがんで動作せず、尾輪のオレオも故障していたのだ。その修理で工廠に入ったのだろうが何らかの原因でそのままにされ放置されていたのだろう。

 

イサカ

「結局どこを修理したんだ?」

 

ヤマダ

「ああ、とりあえず主脚と尾輪。外板の張り直しと錆が入っていた主桁の交換だな。主桁の強度が危うい状態で飛ばすわけにはいかない。」

 

イサカ

「発動機は大丈夫だったのか?」

 

ヤマダ

「いや、流石に再稼働はできなかった。ながいこと湿気たイジツの気候にさらされてたおかげで全体に錆が回ってたんだ。だから発動機はイジツで製造された栄一二型に乗せ換えたよ。」

 

イサカ

「そうか・・・」

 

ヤマダ

「あ、でも気化器は原型機のやつを使ってるぞ。なるべく原型の機体部品を使ってやらないともったいないからな~ せっかくだし乗ってみるか?」

 

イサカ

「いいのか?」

 

ヤマダ

「ああ。もちろんさ。とりあえずAI-1-129も引っ張り出してくる、先に乗って待っててくれ。エナーシャは俺が回すよ。」

 

イサカ

「ああ、頼んだぞ。」

 

そう言って俺は格納庫からAI-1-129を押してゆきAI-3-102の横に並べる。イサカが操縦席で準備を終えたのを確認すると、右主脚に立てかけてあるエナーシャハンドルを取り出し機首下に立った。

 

イサカ

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

ハンドル先の金具を機体の金具にかみ合わせ両手でハンドルを力いっぱい回す。

 

キィィィィィン・・・・!

 

毎分80回転を超えたところでハンドルを引き抜く。

 

ヤマダ

「コンタクトーーッ!!!」

 

操縦席内でイサカが接続索を引きクランクシャフトとエナーシャを連結する。プロペラがゆっくりと回り出し、聞こえる音はエナーシャ回転音から乾いた爆発音へと変わった。俺はAI-3-102の主翼へと昇る。プロペラ後流に吹き飛ばされないよう踏ん張りながらイサカに話しかけた。

 

ヤマダ

「調子はどうだ?調整はちゃんとやったんだが」

 

イサカ

「油温が少し高い気もするがすぐに収まるだろう。大丈夫だ。」

 

ヤマダ

「了解、不調があれば何なりと言ってくれ。」

 

イサカ

「ふふ、そう心配するな。」

 

そして俺は主翼から飛び降り、AI-1-129に乗り込むと発動機を回した。こいつは発動機が栄じゃないから計器類も普通の零戦とは違う。それをそつなく乗りこなしたイサカはやはり流石だ。イサカの手信号を確認すると、滑走を始めるイサカにあわせて俺もスロットルを開けた。

 

 

 

めも カイチで零戦を撃墜したヤマカゼ飛行隊、ヤマダの仕上げた零戦と仕様が近似していたことからヤマダがウッズ社長に呼び出されカイチに向かう速度が上がり、操縦桿を軽く引くと二機の零戦は離陸した。しばらく高度を取ってから俺は無線で確認を取る。

 

ヤマダ

「どうだ?油温は下がったか?」

 

イサカ

「ああ、問題ない。空戦機動をしても問題なさそうか?」

 

ヤマダ

「主桁は交換して外板も張り替えた、もう新品並みの強度がある。気にせずぶん回せ!」

 

イサカ

「じゃあ遠慮無くっ!」

 

そういうが早いかイサカはスナップロールで機体を横転させ急旋回に入る、こちらの後ろを取ろうとしているがそうはいかない。俺は左旋回で迫るイサカを見ながら後ろギリギリまで引き付けると、零戦の苦手な右へ機体を横転させ右旋回で逃げる。案の定イサカはワンテンポ遅れた。

 

イサカ

「少しくらいは後ろにつけると思ったんだがな・・・」

 

ヤマダ

「まあこっちのほうが馬力高いし、何より補助翼修正舵があるからな。普通の二一型よりかはロールが早いぞ。」

 

イサカ

「ロール速度が違うなというのは私の勘違いじゃなかったか。」

 

ヤマダ

「ああ、乗り比べると確実にそっちのほうがロールは遅いだろうし操縦桿もそっちのほうが重いだろうな。」

 

イサカ

「ちょっと悔しい・・・」

 

ヤマダ

「なんだそりゃ・・・そろそろ降りるか。」

 

イサカ

「ああ。」

 

そして俺たちは滑走路に降り立つ。プラグのススを飛ばし発動機を止めると、サダクニさんが焦った表情でこちらに向けて走ってきた。

 

サダクニ

「組長!大変です!」

 

イサカ

「落ち着け、どうしたんだ?」

 

サダクニ

「ガデン商会、ウッズ社長から電話があったのですが・・・撃墜した空賊の零戦がヤマダの整備した零戦の特徴と似ている。至急確認に来てくれ、とのことです。」

 

ヤマダ

「はぁ!?俺は空賊の零戦を整備した覚えはないですよ!」

 

サダクニ

「そんなことは分かっている、だが少しでも疑いをかけられている以上行って確認しないとこちらとしても顔が立たん。」

 

ヤマダ

「分かってますが・・・クソ腹立つ・・」

 

イサカ

「ウッズ社長からは他に何か言われているか?」

 

サダクニ

「はい。普通の滑走路に着陸されると面倒なことになるのでガデン商会の屋根、ひこうかんぱん・・?に着陸しろとのことです。」

 

ヤマダ

「飛行甲板です、それって余計目立つんじゃ・・・」

 

イサカ

「まあ向こうの言うことだ、何か考えあってのことだろう。」

 

サダクニ

「組長が会合を行う予定だった企業や組合にはすでに連絡をつけ予定を開けてあります。ヤマダと一緒に行ってやってください。」

 

イサカ

「助かる、ありがとう。ヤマダ、早く準備していくぞ。」

 

ヤマダ

「ああ、すまないな。」

 

そう言って俺たちは準備を整え、タネガシからカイチに飛んだ。61-120は完全分解して整備中なのでイサカはAI-1-129で、俺はAI-3-102で向かう。目立たない・・・といえばある意味目立たないが、ユーハングの日の丸は付けてる機体は少ないのである意味目立つ。

 

イサカ

「ヤマダ、気を落とすなよ。絶対にお前が関与してるわけがないんだからな。」

 

ヤマダ

「そう言ってくれると心強いよ・・・はぁ」

 

イサカ

「向こうもこちらを呼ぶということはあくまでヤマダの零戦じゃないというていで考えているんだろう。何かあれば私も説明してやる、気をしっかり持て。」

 

ヤマダ

「ああ、ありがとう・・・」

 

そうして俺たちはカイチ上空に到着した、指定された座標を見ると確かに飛行甲板がある。

 

イサカ

「どうする?お前が先に着艦するか?」

 

ヤマダ

「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。」

 

俺は適度に高度を下げると飛行甲板と並行に飛び風防を開けて座席位置を高くする、スロットルを絞り拘捉鈎(着艦フック)と脚を出した。これは「着艦ス」の合図となる。甲板上に整備員らしき人影がいるのを確認すると、プロペラピッチを低ピッチに固定するとスロットルを慎重に操作し速度を70キロクーリル程度に保ちながら「敵意ナシ」の合図として大きくバンクを振る。ぐるりと旋回し甲板に正対するとフラップを下げ高度をさらに下げた。程よい速度まで下がると零戦は風と重力に負けて勝手に高度が下がりだす、その状態になれば失速しないように注意しつつ操縦桿をほんの少しだけ引き機首を上げるのだ。飛行甲板の端に三点で着陸をすると、直ぐに制動索を拘捉鈎がつかんだ。

 

ヤマダ

「ぐええっ」

 

40キロクーリルほどから急に停止させられるので体は前に投げ出されるような衝撃がかかる。対気速度の速い飛行船に着艦するのとはわけが違うのだ。だがここでゆっくりはしていられない、イサカを待たせているので甲板上に居た黒髪の少女の手旗に従いエレベータまでタキシングし発動機を止め拘捉鈎を機体に巻き上げると、機体から降りて車止めを置くと翼端を折りたたんだ。

 

ヤマダ

「OKです、エレベータ下げれます!」

 

???

「はい!」

 

エレベーターが下がり下の格納庫らしきところに降りると、機体を奥に押してゆく。

 

???

「貴方がヤマダさんですね?」

 

ヤマダ

「はい、失礼ですが貴女は?」

 

エリカ

「ハルカゼ飛行隊のエリカです。」

 

ヤマダ

「エリカさんですね。よろしくお願いします。」

 

エリカ

「こちらこそ、もう一人の方の着艦誘導を手伝っていただいてもいいですか?」

 

ヤマダ

「もちろんです。」

 

そういって俺とエリカはエレベーターに乗ると甲板上に戻った、俺は首にかけていたタオルを広げて合図をする。イサカが着艦コースに入りゆっくりと降下してきた。一つ目の制動索はつかめなかったが二つ目の制動索をつかんで停止した。エリカが手旗でエレベーターまで誘導すると、俺は車止めを置き翼端を折りたたんだ。

 

ヤマダ

「イサカ、着艦はどうだった?」

 

イサカ

「狭い上に失速ギリギリで飛ばないといけないからなかなか難しかったぞ・・・やはり普通の飛行場が楽だな。」

 

ヤマダ

「ははは・・まあそれには同意するよ。」

 

エリカ

「こんにちは、イサカさんですね?」

 

イサカ

「ああ、そうだ。」

 

エリカ

「では社長のところにご案内いたします。」

 

エリカに連れられてガデン商会の中を歩いてゆく、部屋の前を横切ったときにゴミでも見るような目線を部屋にいた飛行隊から浴びせられた。まあ仕方あるまい。

 

エリカ

「こちらです。社長、連れてきました。」

 

社長室に入ると目の前には大柄な男がいた。ガデン商会と仕事をしたことは無く社長の顔を俺は知らないが、これが社長ならなかなかいかつい社長である。

 

ウッズ

「お前がヤマダか。」

 

ヤマダ

「はい、今回は空賊の零戦が俺が整備した零戦に似ていたと?」

 

ウッズ

「そう早まるな。お前のことはルゥルゥから聞いている。そんなことをする奴だとは思っちゃないがきちんと調べてみないとこちらとしても示しがつかない。だから呼んだだけだ。そう心配するな。」

 

イサカ

「だから言っただろう?」

 

ヤマダ

「はぁ~・・・死ぬかと思ったぜ・・・」

 

そうして俺たちはウッズ社長と少し話をすると、残骸を保管している場所まではハルカゼ飛行隊が案内を引き継いでくれると言うことになった。ウッズ社長と別れハルカゼ飛行隊と合流する。

 

ユーカ

「よろしくお願いします!ハルカゼのユーカでっす!」

 

ヤマダ

「よろしくお願いします。」

 

イサカ

「よろしく頼む。」

 

ベル

「ひとまず私たちが、撃墜した残骸のところまでご案内させていただきます。」

 

ヤマダ

「お願いします。私としても自分の名に泥を塗られたままでは納得いきませんので。」

 

そして俺たちはガデン商会から少し離れた倉庫まで案内された。その道中

 

イサカ

「ヤマダ・・・あそこのでか耳頭巾・・」

 

ヤマダ

「どうした、見覚えがあるのか?」

 

イサカ

「ああ、エアショーで見たときから気になってはいたんだが・・・あれはルワイ組の跡継ぎだ。確か名前は・・・ガーベラ」

 

ヤマダ

「ルワイ組!?なんでそんなのがここに・・・?」

 

イサカ

「わからない・・・」

 

ヤマダ

「うーん・・だがこっちに敵意があるようには見えないし、それまではこっちも普通に接しよう。変な疑いをかけても失礼だしな。」

 

イサカ

「ああ、確かにそうだな。」

 

そうして俺たちは倉庫の前についた。青髪の高身長の少女とユーカが倉庫の扉を開けた。

 

ユーカ

「いくよ、ダリア!」

 

ダリア

「ばっちこい!」

 

大きな扉が開くと、そこの真ん中には日の丸が描かれた一機の零戦の残骸があった。ぐしゃぐしゃにつぶれてはいるが燃えてはいなかったようで塗装ははっきりと確認できる。

 

エリカ

「自由に見てもらって構いません。調べてみてください、不正をしていないことは私たちが証人となります。」

 

ヤマダ

「助かります。」

 

そして俺とイサカは残骸の前に回った、カウリングはくしゃくしゃになっているが気化器空気取り入れ口が上にある。それに胴体内燃料タンクが小さい。これは三二型か二二型だ。

 

イサカ

「ヤマダ。この機体、翼端折り畳み機構が無いぞ。」

 

ヤマダ

「じゃあ三二型か?」

 

イサカ

「いや、折り畳み機構が無いというか・・・これを見てくれ。」

 

イサカに手招きされて翼端を見に行く、くしゃくしゃになった翼端の形は12mの主翼の形だが・・・主翼折り畳み機構の部分がずさんに溶接されているのだ。強度には問題ないだろうが、俺はこんな修理は絶対にしない。

 

ヤマダ

「これが俺の修理した零戦と似てるだぁ・・・?ケンカ売ってんのか?」

 

イサカ

「ヤマダ、落ち着け。」

 

すると格納庫の外に数人の男が立っている。

 

???

「君だね?僕の手を煩わせた戦闘機を空賊に売ったのは?」

 

ユーカ

「うわっ・・・ヤマカゼ飛行隊のサカキ・・・」

 

サカキ

「空賊の戦闘機を整備するなんてとんだ整備士だねぇ?」

 

アカリ

「なんてこと言うんだよ!この人たちは・・・」

 

サカキ

「じゃあなんでこの零戦に赤い丸が描かれているんだい?このマークを描くのはこの人の整備した戦闘機だけだと言うじゃないか?」

 

イサカ

「貴様言わせておけば!この零戦はヤマダが整備したものじゃない!」

 

ヤマダ

「はぁ~・・・・おいガキ」

 

サカキ

「ガ・・ガキ!?」

 

ヤマダ

「お前は確かこの機体を墜とすのに『手を煩った』んだってな?」

 

サカキ

「いやっまあ・・多少はねぇ?」

 

ヤマダ

「悪いが俺は整備した戦闘機を墜とされたことがないのも自慢でね、こんなのに手を焼くようなパイロットに墜とされるような人間のは請け負ってないつもりだが?」

 

サカキ

「そ・・そりゃあんたの見込み違いなんじゃないのかなぁ?」

 

ヤマダ

「そうか、じゃあ今すぐ俺と模擬空戦でもしてみるか?俺ならあんたなんて7ミリ7機銃ででも墜とせるぜ?」

 

サカキ

「なっ何を根拠に!」

 

ヤマダ

「じゃあ今すぐにでも試してみるかい?」

 

サカキ

「ふ・・ふん!ヤマカゼ飛行隊は整備士となんて空戦しないんだよ!」

 

ヤマダ

「そうかい・・・で?用件はそれだけか?」

 

サカキ

「ッ・・・・」

 

ヤマカゼ飛行隊なる一行はどこかへ歩いてゆく。

 

アカリ

「へっ、明後日の方向に一昨日来やがれっての!」

 

ヤマダ

「はは・・・まあそのくらいにしといてやってください。」

 

そして俺はもう一度機体を見に戻った。しかし、見れば見る程ずさんな整備だ・・・

 

ヤマダ

「お前も大変だったろう・・・ご苦労だな。」

 

イサカ

「どうした・・・いや、聞くまでも無いか。」

 

ヤマダ

「見れば見る程ずさんな管理だよ・・・」

 

そして俺はハルカゼの面々に礼を言うと倉庫から出た。確かに俺が整備した戦闘機では無い、だが確固たる証拠は無いのだ。世の中は人情や主張だけが通る程甘くはない、いくら俺や俺の仲間が証言しても、俺の仲間が証言している以上ここではなんの信用も無いのだ。

 

ベル

「私たちは貴方のでは無いと言う考えに賛成ですが・・・どうやって証拠を見つけ出せば良いでしょうか・・・」

 

ヤマダ

「難しい問題ですね・・・極端な話ですが要は私の評判です。空賊なんかを迎え撃てるようなパフォーマンスが出来れば一番いいですが、都合よくそんなことは無いでしょうね。」

 

エリカ

「情報によると赤い丸を描いた零戦はあと四機ほど居たそうです。」

 

イサカ

「四機!?まさかあの機体を撃墜した時、取り逃したのか?」

 

エリカ

「はい、そう聞いています。」

 

ヤマダ

「嫌な予感がしますね・・・」

 

そう言いながら俺たちはガデン商会の建物へと戻る。

 

ウッズ

「どうだった?」

 

ヤマダ

「はい、調べてみましたが確実に私の整備した零戦ではありません。ただ・・・」

 

ウッズ

「ただ、なんだ?」

 

ヤマダ

「空賊の零戦はあと四機ほど生き残っているそうです。そちらを処理できなければまた同じような疑いをかけられる可能性があります・・・」

 

ウッズ

「それで、お前はどうしたいんだ。」

 

ヤマダ

「ここに暫く残ってその空賊を叩きたいのです。当然お仕事の邪魔は致しませんので。」

 

ウッズ

「まあ・・・空賊がこっちに来ているってのは俺らにとっても問題だ。そこのハルカゼを使っていい、しっかりやってくれ。」

 

ヤマダ

「ありがとうございます・・・!」

 

ユーカ

「ウッズ社長〜!お仕事ですか!?」

 

ウッズ

「ああそうだ、金は少し待ってろ。それと無茶するんじゃねえぞ!修理代でマイナスにしたら承知しねえからな!」

 

ユーカ

「はーい!」

 

俺はひとまず機体を納めさせてもらった格納庫に行くと、エレベーターで二機を飛行甲板上にあげた。そしてウエスをつかむとAI-3-102の前に回る。イサカも着いて来た。

 

イサカ

「何をするんだ?」

 

ヤマダ

「オイルの状態を見ときたくてな、外すの手伝ってもらえるか?」

 

イサカ

「ああ、もちろんだ。」

 

イサカがそう言ってスパナを取りに行ったその時

 

バーーーンッッ!!!!!

 

イサカ

「何だ!?敵か!?」

 

ヤマダ

「俺今日で転落二回目だぜ・・・」

 

俺たちが飛行甲板上の扉の方を見るとハルカゼ飛行隊の6人が立っていた。

 

ヤマダ

「どうしました?皆さんお揃いで」

 

エリカ

「何かお手伝いできることがあるかと思って。」

 

ガーベラ

「私達も手伝える事ありますか〜?」

 

ヤマダ

「ありがとうございます。それじゃあユーカさんとガーベラさんは向こうの脚立を、エリカさんとベルさんは工具箱を・・・」

 

ウゥーーーーー・・・!!!!!

 

ユーカ

「空賊!?」

 

ヤマダ

「早速お出ましか・・・ハルカゼの皆さん、発進したら上空で集合です!」

 

ユーカ

「はい!あと、敬語じゃなくて良いですよ。ヤマダさん達年上だし・・・」

 

ヤマダ

「じゃあ君達も敬語じゃなくていい、言い難いだろう。」

 

ユーカ

「うん!よろしくね!」

 

ヤマダ

「ああ!さあ急げ!空賊は待ってくれないぞ!」

 

そう言って俺はAI-1-129の主翼を伸ばした。すると

 

イサカ

「ヤマダ、お前がAI-1-129に乗れ。」

 

ヤマダ

「ええ!?でも・・・」

 

イサカ

「私がエナーシャを回すと時間がかかる、ここは効率優先だ!」

 

ヤマダ

「了解!」

 

そしてイサカが合図をするのを待ちエナーシャで発動機を始動させる。始動を確認すると俺は直ぐにAI-1-129に乗った。セルモーターを回し発動機を回す。準備が出来たことを大きく手を振って知らせると、イサカはスロットルを開けて滑走を始めた。俺はフラップ下げ動作をしながらそれに続く。ハルカゼの隼三型が合流して来た。

 

ヤマダ

「ユーカ、残りの四機の機種はわかるかい?」

 

ユーカ

「えっと・・・二二型が一機、二一型が二機、三二型が一機って聞いた!」

 

ヤマダ

「了解、君たちは二二型と二一型を頼んでもいいか?」

 

ユーカ

「わかりました!」

 

イサカ

「ヤマダ!」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

イサカ

「後ろは・・・任せたぞ?」

 

ヤマダ

「任せとけ。行くぞ!」

 

ユーカ

「よーし、ハルカゼ飛行隊!一機団結!」

 

そして俺たちは左右に散開する、俺たちが機首を立て直した瞬間前からダイブしてきた四機の零戦が俺たちの間を通り過ぎて行った。

 

ヤマダ

「イサカ!!三二型だけを狙うぞ!」

 

イサカ

「了解だ!」

 

反転してきた三二型の後ろにイサカがつくと機銃を打つ、命中弾はなかったが三二型は速度を失う。

 

イサカ

「ヤマダ!いまだ!」

 

そう言ってイサカは機体を滑らせ俺の射線からずれる。俺は照準器いっぱいに広がった三二型の主翼に向けて機銃を叩き込んだ。

 

ダダダダッ!! バキッ・・・!

 

三二型の主翼が吹き飛んだ、イサカの後ろにつきハルカゼ達のほうをめざす。すると空賊の二一型が俺の前に躍り出た、イサカを撃とうとしたのだろうが俺がいることに気付き回避を始める。こいつを追っていたユーカとエリカは高度を取るため離脱して上昇している途中だったのだ、二一型は緊急ブーストで俺から逃げようと左にロールした。まあ普通の零戦同士ならそれで振り切れるだろうが・・・

 

ヤマダ

「逃げれると思うな!!」

 

こちらもブースト引手を引きラダーを踏み操縦桿を倒してスナップロールで二一型を追う。このAI-1-129が搭載しているR1830は1450馬力、栄一二型の1.5倍の出力があるのだ。操縦桿を引きながら二一型の後ろぎりぎりに接近する。確かに主翼には日の丸が書いてあった。

 

ヤマダ

「じゃあな!」

 

ダダダダッダダッ!!!

 

二一型は機体中央で真っ二つに砕けた、流石二十ミリである。

 

エリカ

「ありがとうございます!」

 

ヤマダ

「どうってこたないさ。さあ、残りの二機のところに行こう!」

 

イサカ

「ヤマダ、あと3分でケリをつけるぞ。」

 

ヤマダ

「何かあるのか?」

 

イサカ

「向こうの雲の濃さと風向きから考えて五分後には雨が降る。着艦が難しくなるぞ。」

 

ヤマダ

「流石イサカだな、了解!!」

 

ユーカ

「ヤマダさん!私とエリカはダリアとガーベラのほうに行くから、ベルとアカリのほうは頼むね!」

 

ヤマダ

「あいよ!」

 

そして俺はイサカを前にして編隊を組みなおすと、100クーリルほど先で空戦をしているベル、アカリ、二二型を見据えた。すると次の瞬間イサカが機体を裏返しダイブしていった。俺も当然それに続く、アカリたちは二二型ともつれていた。すると少し離れて追っていたベルから無線が入った。

 

ベル

「ヤマダさん!イサカさん!アカリにはまた別で指示を出します、安心してダイブしてきてください!」

 

イサカ

「了解だ!ヤマダ、遅れるなよ?」

 

ヤマダ

「任せろ、行くぜ!」

 

イサカはスロットルを開けパワーダイブに移った、二二型がぐんぐん近づいてくる。だがアカリの隼はに二型の後ろから離れようとしない、

 

ヤマダ

「ベル!アカリはなんで離脱しない!?」

 

ベル

「アカリ!上!上!!」

 

間一髪アカリはダイブしていったイサカをよける、だがイサカもアカリをよけた為に射撃位置につけなかった。

 

イサカ

「くっ・・・!ヤマダ、頼んだ!!」

 

ヤマダ

「頼まれた!」

 

下に離脱していったイサカの位置に俺が滑り込む、パワーダイブでイサカに追いつかないようにするため少し絞っていたスロットルを全開位置にしてギリギリまで近づく。二二型にも確かに日の丸が書いてあった。

 

ヤマダ

「俺の機体を真似したのが運のツキだ!」

 

ダダダダダダッッ!!! ドォン!!

 

二十ミリの弾倉に命中したようで機体は大爆発を起こす、破片にぶつからないように離脱するとイサカの後ろに戻る。ユーカ達も二一型を撃墜し終えたところだった。

 

ヤマダ

「皆無事かい?」

 

ユーカ

「ハルカゼは無事だよ〜」

 

イサカ

「私も大丈夫だ。」

 

ヤマダ

「了解、帰ろうか〜」

 

俺とイサカは来た時と同じように甲板に着艦した。まあ空賊の機体は撃墜できたのですぐに帰っても良かったのだが暗かったのでウッズ社長の計らいで部屋を用意してもらい、一晩泊まることになった。俺は着艦した機体を格納庫の中に下ろしハルカゼ達にとりあえず休む事を伝えると、イサカと二人で社長が用意してくれた部屋に入った。

 

イサカ

「ふう、偽物がどうのこうので大変だったな。」

 

ヤマダ

「ああ、なんか無駄に疲れた気がするよ。空賊のくだらないお遊びで良かった。」

 

イサカ

「ふふ、お前の機体を完全に模倣できる人間なんて居ないだろう?」

 

ヤマダ

「まあな、さあ、もう寝ようぜ・・・」

 

イサカ

「ああ、おやすみ。」

 

ヤマダ

「おやすみ。」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・翌朝

 

俺たちはさっさと準備を整え、カイチを立つことにした。空賊を処理し終えた以上あまり長居する理由もないし、イサカは今日の午後にパーティに呼ばれているそうなのだ。一応向こうの企業からの依頼で行先を言ってはいけないらしく言って貰え無かったが、まあイサカのことだから下手なミスはしないだろう。

 

アカリ

「イサカさん、昨日はすみませんでした。すぐに謝りたかったんだけど・・・」

 

イサカ

「どうして避け無かったんだ?」

 

アカリ

「追うのに夢中で無線を聞いていなかったんです・・・」

 

イサカ

「なるほどな・・・良いか?空戦の基本は状況判断だ、無線、自分の目、音、全てに感覚を研ぎ澄ませて敵を探し味方との連携をいかにうまく取るかが勝利に繋がる。」

 

アカリ

「はい・・・」

 

イサカ

「ふふ、そう固くなるな。別に怒っている訳では無い。お前の空戦の腕は悪くなかった、これからも頑張れ。」

 

アカリ

「・・・ありがとう!!」

 

そして俺たちはハルカゼとウッズ社長に別れを告げると、機体に乗りタネガシへの帰路に着いた。偽物の事はウッズ社長が説明してくれる事になった。願ったり叶ったりである。タネガシに付くとイサカは戦闘機を変え直ぐにパーティに向かうそうだった、用意をしているうちに俺の方でもイサカの戦闘機の準備を終えておく。

 

イサカ

「じゃあ行ってくる、私がいない間サダクニと一緒にシマのことを頼む。」

 

ヤマダ

「任せとけ、気を付けてな。」

 

イサカ

「ああ。じゃあエナーシャを頼む。」

 

そして俺はイサカの乗った波模様の零戦の機首下に回る。

 

イサカ

「整備員前離れ!メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!!!」

 

キィーーーーーン・・・

回転数が上がるとハンドルを引き抜いて叫ぶ

 

ヤマダ

「コンターク!!!」

 

プロペラが回転を始める。シリンダー内で爆発が始まるとプロペラの回転は加速し安定する。滑走路へタキシングするイサカを誘導すると、俺は首に巻いているタオルを頭の上で大きく手を振りイサカを見送った。

 

ヤマダ

「さて、イサカに頼まれた書類の処理するかぁ・・・」

 

 

 

数時間後

 

ヤマダ

「ああああああああ!!目が痛い!! イサカぁ・・・いくらなんでも量多いぜ・・・サダクニさんはシマの見回りだし、レミは宴会だっつうし・・・俺零戦いじりてえよ〜!!!」

 

束になった書類を片っ端から確認し数値をまとめハンコを押してゆく。すると机の上の電話が鳴った。

 

ヤマダ

「はい、イサカ組事務所。」

 

???

「ヤマダさんですね?」

 

特に要件も言わず、電話に出た声をすぐ俺だと認識した。どうやら普通の「お客様」じゃ無さそうだ。

 

ヤマダ

「はい、失礼ですが貴方は?」

 

???

「イサカさんをパーティに招待した者です。貴方は戦闘機の整備技術に長けているそうですね?」

 

イサカをパーティに誘った人間・・・

 

ヤマダ

「まあ人並み以上の技術はあるだろうが・・・」

 

???

「ヤマダさん、貴方なら今の状況を理解出来るでしょう?私と取引をしませんか?」

 

してやられた、イサカは今この電話の相手のパーティに居る、人質に取られたわけだ・・・だが俺はこの声と喋り方に聞き覚えがあった。零戦を操る人間なら一度は耳にした事がある伝説の空賊の一人、「零戦胡蝶」・・・その娘だ、イサカが住民への護身武器の輸送で何度か取り引きしていた「ミヤビ興業」だ。

 

ヤマダ

「失礼だが、貴方はミヤビ氏か?」

 

???

「・・・・・・」

 

ヤマダ

「どうなんだ?」

 

???

「答える義理はありません。取り引きをするかしないか・・・あなたの選べる答えは1つしかないはずです。」

 

ヤマダ

「ひとまず内容を言え・・・」

 

???

「私の戦闘機の整備をして頂きたいのです。」

 

ミヤビ興業・・・そして戦闘機、間違いない。ユーハングで製造された「零戦五二型」、零戦胡蝶の愛機の事だ。ミヤビ興業は裏で空賊行為をしている噂がある。別にミヤビ興業が本当にそれをしているかはわからないが・・・もし本当だった場合、俺は伝説の空賊の戦闘機を整備したことになってしまう。

 

ヤマダ

「断る。」

 

???

「あら、良いのですか?イサカさんは今私の居る隣の大部屋で食事を楽しんでおられます。」

 

ヤマダ

「待て、そもそも妻は関係無いだろう。頼むなら直接来て俺に言え!!」

 

???

「貴方は自分の身内とシマの住民の機体しか整備はしないと聞きます・・・少々荒っぽいですが、これが確実であると判断したまでです。私とてイサカさんを手に掛けたくはありませんよ?」

 

ヤマダ

「くっ・・・卑怯者めが・・・」

 

???

「お好きにお言いなさい。さあ、ではもう一度貴方にチャンスを与えましょう。引き受けますか?引き受けませんか?」

 

どうする・・・ここで引き受けなければイサカがどうなるか・・・だが・・・っ!!

 

ヤマダ

「・・・断る。整備士として、俺の機体を正しい事に使ってくれている人への敬意として。空賊行為をしている可能性がある人間の戦闘機を手にかける事は出来ない・・・」

 

???

「そうですか・・・残念です。ふふふ・・・貴方、またイサカさんに会えればいいですね。」

 

ヤマダ

「クソっっ・・・妻に手を出すな!!」

 

???

「私は貴方にチャンスは与えたつもりですが?ふふ・・・彼女の顔が苦痛に歪む姿、あなたは想像出来ますか?」

 

ヤマダ

「やめろ・・・やめてくれ、俺の大切な妻なんだ・・!!殺すなら俺を殺せ・・・!!!たった一人の俺の妻なんだ!!!!!」

 

???

「ふふふ・・・ふふふ・・・ん? 失礼、こちらで少し余計な事をした人間がいましたようで、ひとまずイサカさんは・・」

 

ヤマダ

「おい待て、話はまだ・・・」

 

ガチャッ・・・ツーーーツーーー

 

 

ヤマダ

「クソ!!!!!」

 

俺は壁を思い切り殴り付けた。

 

ヤマダ

「クソ・・・イサカ・・・」

 

俺はすぐに格納庫へ駆けおり、零戦に飛び乗った・・・だが肝心の場所がわからない。AI-1-129の操縦席にある地図を開くと、二一型の最大行動範囲をコンパスで引く。飛んで言った方向を思い出し扇形に絞る、だがそこには食事ができるような施設どころか街すらない。こうなればしらみつぶしだ、扇形の中をブロックに分けて空の駅を点で示し航路に線を引く。全ての準備と燃料補給を終え、今すぐにでも滑走路に出ようとしたその時

 

イサカ

「何やってるんだ・・・?」

 

俺は操縦席から転がり落ちるように出ると、その声の方に走っていった。

 

イサカ

「うわっ、どうした?」

 

ヤマダ

「イサカ!」

 

そして俺はイサカに抱き着いた、

 

イサカ

「なんだなんだ!」

 

ヤマダ

「何でもない・・・なんでもねえよ!」

 

俺はイサカを強く強く抱きしめた。それにしてもミヤビ興業・・・とんでもないことを考えやがる。そして俺にふっかけたあれが失敗した以上、第二第三の手を下してくることも考えられる・・・ミヤビ興業とおおっぴらに取引をしているイサカに今言う訳には行かないが、俺だけでも警戒しておかないといけない。

 



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盗難事件 前編

著 ヤマ

 

俺はその日の作業を終えると、格納庫の電気を消し部屋へと向かった。扉を開けるとそこにはイサカとレミが居た、遊びに来ているようだ。

 

ヤマダ

「よっ、レミ」

 

レミ

「おじゃましてますっす〜」

 

そして俺はイサカの横に腰を下ろす。

 

イサカ

「お疲れ様だな。酒とラムネ、どっちにする?」

 

ヤマダ

「ありがとう、ラムネを貰おうかな。」

 

そして俺はイサカにラムネを注いでもらう。一杯飲むとふと気になったことを聞いてみた。

 

ヤマダ

「イサカ、指示書の駐機場所を二機分開けておくようにっていうのはなんだったんだ?」

 

イサカ

「ああ、明日カナリア自警団からアコとシノがこちらに来るんだ。」

 

ヤマダ

「ほえ〜、なるほどな。」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・翌朝

 

俺はイサカを起こさないようにそっと布団から出ると、格納庫へと降りていった。誰にも見られない必要は無かったのだが、朝からアコとシノが来ることになっていたし早めにコトを済ませておきたかったのだ。そして準備を終え、コトを始めようとすると・・・

 

???

「何をやってるんだ?」

 

ヤマダ

「どわぁっ!!」

 

イサカ

「そんなに驚かなくてもいいだろう・・・?」

 

俺がコソコソしているのに気づいてそっとつけてきたようだ・・・まったくこの子に誤魔化しは効かない。

 

ヤマダ

「ああ・・・ちょっとこいつの試運転をしたくてな。」

 

カバーを剥ぎ取るとその下にはピカピカの栄一二型発動機があった。工廠跡を探索している時に見つけたのだ。

 

イサカ

「これは?」

 

ヤマダ

「ユーハングで製造された栄一二型だ、ほぼ奇跡的だが使えそうな状態で残ってたんだよ。点火プラグとコードをこっちの規格品に交換した以外は完全にオリジナルだぜ?」

 

そこまで言い終え、発動機をテストベンチに組み直そうとクレーンを用意していると滑走路に見慣れた五二型が着陸した。だがどうも音がおかしい、俺はイサカを連れてその五二型が着陸したあたりに走っていった。それはレミの雲塗装の五二型だった。

 

ヤマダ

「レミ!朝早くからどうした!?」

 

レミ

「げっ・・・ヤマダぁ・・・」

 

ヤマダ

「げってなんだ!それより発動機の音がおかしいぞ!?とりあえずあっちの格納庫に入れてくれ!」

 

そしてレミのタキシングを誘導して格納庫に五二型を入れて貰うと、しばらく発動機をアイドリングしてもらった。やはり音がおかしい。

 

ヤマダ

「発動機を一度止めてくれ!」

 

レミ

「了解っす!」

 

そしてレミは操縦席から降りてきた、イサカが汗をかいているレミを見てタオルを取りに行ってくれる。そのうちに俺はレミに色々話を聞いた。

 

ヤマダ

「こっちに遊びに来たのはこのせいだったんだな?」

 

レミ

「そうなんっすよ・・・業者がいいピストンがあるって言うから変えさせてみたら、それからどうも様子がおかしくって・・・出力が出ないっていうか・・・」

 

ヤマダ

「なんでまたそんな業者に・・・」

 

レミ

「ウチのシマのそばにあるちっちゃい会社だったんっす、ちょっとでも経営の助けになればと思って・・・」

 

ヤマダ

「優しいな・・・ただ発動機の音がおかしいとなりゃ大問題だ。もしかしてだがピストンはその業者オリジナル品か?」

 

レミ

「そうらしいっす。見た感じ雑さとかは見えなかったんでつけてもらったんっすけど・・・」

 

ヤマダ

「ふ〜む・・・なんか胡散臭いな、ちょっとカウリング外すぞ!」

 

そして俺はレミとイサカと協力してカウリングを外すと、試しに一番上のシリンダーのヘッドを外してみた。これを外せばピストンが見える。よくよく見てみるとピストンにはあるべき溝が無かった、バルブの逃がしだ。これが無いともし過回転を起こした場合一瞬で発動機がオシャカになる。幸い一番上のシリンダーは問題なかったが、発動機の音がおかしく出力が出ていないということはどこかに問題があるはずだ。それよりもうひとつ気になる点がある

 

ヤマダ

「レミ、こいつに元々着いていたピストンはどうなったんだ?」

 

レミ

「その業者が引き取ったっすね・・・もしかしてまずかったっすか?」

 

ヤマダ

「クソ!!!!」

 

俺はシリンダーヘッドを床に叩きつけた。

 

イサカ

「ど、どうした!?」

 

ヤマダ

「これは・・・これは俺の整備してた発動機じゃない・・・」

 

レミ

「それって・・・!!」

 

ヤマダ

「そうだ、これは栄二一型ではあるが全くの別モンだ!してやられたぜクソッタレ!!」

 

つまりこういうことだ。戦闘機のピストンを変えると言って戦闘機ごと1度預かる、その間に発動機ごと外して別の同じ発動機に換装し依頼主に引き渡すのだ。早い話発動機を盗まれたのだ。

 

レミ

「すまないっす・・・!!アタシが迂闊に預けなければ・・・」

 

ヤマダ

「いや、君は悪くない。善意に漬け込んだこすい犯罪だよ・・・とりあえずこのゴミは取り替えだが・・・」

 

イサカ

「たしか今ここに栄二一型は無かった・・・」

 

ヤマダ

「ふぅ・・・じゃあこいつだな。」

 

そして俺は分解整備中の61-120の栄三一型甲を軽く叩いた。

 

レミ

「それはあんたの61-120のじゃないっすか、そんなのダメっすよ!貰えないっす・・・ 大丈夫っすよ、代わりの発動機が見つかるまで61-121に乗っとくっすから。」

 

ヤマダ

「何言ってんだ、君のその五二型は君の一番の愛機だろう。」

 

レミ

「で・・・でも・・・」

 

ヤマダ

「気にするな、61-120の発動機は一機予備を注文してある。俺はAI-3-102があるからアシにも困らない。」

 

レミ

「それでも・・・ダメっすよ!あんたの愛機の心臓を・・・」

 

ヤマダ

「マフィアにとって使ってるモノは一つのブランドになる、君トレードマークであるこの五二型が使えない事の方がよっぽど不味いんだぜ?それに・・・」

 

イサカ

「任せておけ、もうその業者の建物は特定した。とっとと発動機を載せ替えるぞ、殴り込みだ。」

 

ヤマダ

「よしきた、レミ、そういうことだ。」

 

レミ

「二人とも・・・」

 

そして俺たちは作業にかかった。イサカもレミも何度か作業に立ち合っているので手早く済む、それでもワイワイ話しながらやっているので時間はかなりかかった。発動機を載せ替えて配管類を接続し、プロペラも取り換えて試運転をし問題がないことをしっかりと確認すると三人で一度腰を下ろした。

 

レミ

「悪かったっす・・・二人ともありがとうっす。」

 

ヤマダ

「いいってことよ、それより良かったじゃねーか。」

 

レミ

「何がっすか?」

 

ヤマダ

「俺の61-120の発動機にはセルモーターがあるからな、スクランブルがいくらか楽になるぞ。」

 

すると俺たちの前に見覚えのある人影が映った、するとイサカが耳打ちしてくる。

 

イサカ

「ヤマダ、そういえば今日アコとシノが来るって話していたよな・・・私の完璧な予定が・・・あわわわわ・・・」

 

ヤマダ

「イサカ、落ち着け・・・?」

 

すると一人がこちらに向けて歩いてくる。逆光で顔が見えないが、銀髪にぺたんぬ・・・

 

シノ

「全く・・・なんの出迎えもないとはご挨拶ね?」

ヤマダ

「悪かった、それがかくかくしかじかで・・・」

 

説明中・・・・・・・

 

アコ

「こちらでも被害が出ましたか・・・」

 

イサカ

「どういうことだ?」

 

アコ

「私たちは今被害が急増している部品窃盗のことを伝えようと思ってこちらに来たんです。電話だと回線傍聴で向こうに聞かれる可能性があるので直接出向いたのですが、遅かったようですね・・・」

 

ヤマダ

「ちょっと待て、被害が急増?じゃあほかの場所でも?」

 

シノ

「ええ、私たちが確認しただけでもイヅルマ、ラハマ、カイチ、アレシマ、イケスカ、ドルハで・・・」

 

レミ

「そんなに派手に動いてたら、どっかで尻尾くらいつかめてるんじゃないんっすか?」

 

アコ

「それが、どこも交換されて不調が出てから気づくことが多いらしくて・・・そのころには交換された工場はもぬけの殻・・・」

 

ヤマダ

「はぁ・・?あんなゴミに乗せ換えられて誰も気づかないのか?」

 

シノ

「あんたがおかしいのよ・・・」

 

イサカ

「待て、それならなおのこと急いだほうがいい。レミの五二型の発動機を盗り終わったんだ、もぬけの殻になるのも時間の問題だ!」

 

ヤマダ

「そういうと思ったよ、レミ!」

 

レミ

「どうしたっすか!?」

 

ヤマダ

「試験飛行が出来てないから何が起こるかわからない、十分注意するんだぞ。」

 

レミ

「了解っす!」

 

そして俺たちは戦闘機のほうに駆けていく、イサカはAI-1-129ではなく波塗装の二一型のほうに行った。ここは俺たちのシマだ、久々にこいつの出番が来たってことだな。

 

イサカ

「整備員前離れ!メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!!」

 

エナーシャハンドルを掛け金に突っ込み力いっぱい回す。回転数を上げるとハンドルを引き抜くと俺は叫ぶ。

 

ヤマダ

「コンタクトーー!!」

 

二一型のプロペラの回転が安定したのを見届けると、ステップを押し戻して俺はレミの五二型の方へといった。セルモーター始動なのでもう既に発動機は回っている。

 

ヤマダ

「不調はないか!?」

 

レミ

「完璧っすよ!感謝するっす!」

 

ヤマダ

「OK!!」

 

そしてアコとシノのほうに走っていく、アコの紫電の発動機はシノがエナーシャを回して回っていたがシノの紫電はエナーシャを回す人間がいないからだ。

 

ヤマダ

「シノ!乗れ!」

 

シノ

「ええ!」

 

そしてハンドルを掛け金に突っ込む、シノの合図を待った。

 

シノ

「スイッチオフ!回せーっ!!」

 

ヤマダ

「コンタクト―――!!」

 

紫電のエナーシャは重い、プロペラの回転が安定すると、俺はAI-1-129のほうへと走った。ステップを押し戻す人間がいないので操縦席に手早く飛び乗ると、計器類を確認してカウルフラップを開け発動機を回した。しばらく暖気運転をするとすでに滑走路に出て待って居る4人の後ろにつくと、皆で離陸した。

 しばらく飛んでいると、事前にイサカが調べてくれた建物が見えてくる。が、あんな小さな建物では戦闘機全体を整備することなど到底不可能だ。やはりそもそもが盗難目的だったのだろう。

 

イサカ

「すぐそばに平地がある!そこに降りるぞ!」

 

一同

「了解!」

 

俺は上空警戒をして、全員が着陸したのを確認してから俺も着陸する。

 

イサカ

「相手は窃盗団だ、何をしてくるかわからない・・・用心しろよ。」

 

レミ

「こういうのはアタシの得意分野っすよ・・・こっちっす。」

 

工場のような建物の裏手に回ると、鍵のかかっている扉をけ破った。

 

ヤマダ

「うらぁっ!」

 

全員で中に乗り込むが・・・もう既に部品や戦闘機はなくもぬけの殻だった。

 

イサカ

「クソ・・・してやられたか。」

 

アコ

「何か証拠が無いか探してみましょう・・・」

 

そして俺たちは散り散りに工場内を散策する。めぼしいパーツはすべて持っていかれていたようだったが、俺は隅っこのほうであるものを見つけた。

 

ヤマダ

「このビス・・・メートル規格でもクーリル規格でもねえぞ・・・」

 

レミ

「それってつまり?」

 

ヤマダ

「少なくともユーハングの戦闘機の部品じゃない。窃盗団は自分たちの戦闘機を仕上げるために部品を窃盗するんじゃなくて、売りさばくか全く別の戦闘機を仕上げるために部品を窃盗しているんだろう。」

 

アコ

「待ってください、それだとレミさんの五二型の発動機は・・・」

 

ヤマダ

「もう売りさばかれてる可能性も・・・十分ある。」

 

レミ

「そんな・・・」

 

ヤマダ

「辛気臭くなっても仕方ねえ、とりあえず探せるだけ証拠をかき集めるぞ。」

 

そして俺は別の区画に足を進め、そこで気になる写真をみつけた。

 

ヤマダ

「これは・・・」

 

イサカ

「ヤマダ!!危ない!」

 

ヤマダ

「えっ・・」

 

ザンッ・・・・

 

「ぐうっ・・・」

 

俺の目の前には、腰から血を流すイサカが映っていた・・・・ 犯人は舌打ちをして逃げて行くが今の俺にそんな事はどうでもよかった。

 

ヤマダ

「おい・・・イサカ!!!」

 

倒れるイサカを支え、傷口を手で押さえつける。内臓までは達していないようだが傷口が広い・・・出血が止まらなかった。

 

ヤマダ

「レミ!!ヘアバンドを!!ヘアバンドを貸してくれ!!!」

 

レミ

「どうしたんっすか~そんなに慌てて・・・イサカ!?」

 

ヤマダ

「早く!!」

 

シノ

「貸して!!ヤマダ、イサカを地面におろして!!アコ、早く帰りの機体の準備をして!!」

 

アコ

「は、はい!!」

 

シノ

「ヤマダ、あんたはイサカを呼び続けて!!意識がなくなったら終わりよ!」

 

ヤマダ

「イサカ!!しっかりしろ!なんでこんなことを・・・」

 

イサカ

「ふふ・・・この事件だと私よりお前のほうが重要だろう・・・絶対に犯人を見つけてくれ・・・」

 

ヤマダ

「だからって・・・俺が切られてりゃよかったんだ!死ぬなよ!!イサカ!!」

 

イサカ

「ああ・・・かはっ!!」

 

シノ

「イサカ!もう喋らないで!!ヤマダ、紫電に運ぶわよ!!」

 

ヤマダ

「わかった・・・イサカ!!おい!しっかりしろ!!」

 

シノはレミのヘアバンドをイサカの傷口に当て、自分の上着できつく縛り付けた。幸い出血はそれで抑えられた・・・だが早く傷口をふさがないといけない。

 

レミ

「ヤマダ!アコ!シノの紫電を援護してくださいっす!あたしは先に戻って医者をよんどくっすから!!」

 

ヤマダ

「恩に着る!」

 

そしてイサカをシノの紫電へ運び込むと、アコの紫電のエナーシャを回し俺はAI-1-129に飛び乗った。発動機を回し先に離陸して上空警戒をする。すぐにアコも上がってきた。

 

アコ

「ヤマダさん!機影です!!」

 

ヤマダ

「なっ・・・」

 

その機影はグラマンF6F ヘルキャットだった。この戦闘機を使っているのなら落ちていたビスがインチ規格であったことにも合点が行く。俺は高度を取った。

 

アコ

「ヤマダさん!来ます!!」

 

ダイブしてきたF6Fはアコの紫電やシノとイサカの乗った紫電には目もくれず、俺だけに照準を合わせM2ブローニングを発射した。

 

ヤマダ

「狙いは俺だけってか!?」

 

機体を滑らせて射線から逃げる、下に離脱していったF6Fはその勢いで俺の後ろを取ろうと旋回してきた。

 

ヤマダ

「俺の妻に牙向けて・・・」

 

F6Fの主翼から曳光弾が光る、その瞬間操縦桿を前に倒しこんで逆G旋回に入った。一気に頭に血が上り視界が真っ赤になる。

 

ヤマダ

「俺が大切に整備した戦闘機から部品盗んで・・・」

 

F6Fは俺を追おうと機体を裏返し旋回してくる、速度が乗っている状態だとF6Fは結構な旋回を見せるが幾度かの空戦機動を繰り返して速度が落ちたF6Fは大回りで旋回をする。それを見た俺は下の頂点に達した瞬間スロットルを絞り機体を失速させる、F6Fが勢い余って俺をオーバーシュートしたのを見た瞬間、操縦桿を倒しこんで失速から回復するとスロットルを全開にしF6Fの後ろについた。

 

ヤマダ

「タダで帰れると思うなクソ野郎が!!!」

 

ダダダダッ!!! ドォン・・・!!

 

目の前で飛ぶF6Fに俺はありったけの弾を叩き込んだ。20ミリが命中したF6Fは木っ端微塵に爆発四散した。

 

アコ

「ヤマダさん・・・話を聞かなくてもよかったんですか?」

 

ヤマダ

「・・・・・・」

 

タネガシに戻ると、イサカはすぐに医務室に運ばれた。サダクニさんが俺の方へ歩いてくる。

 

サダクニ

「ヤマダ・・・組長はお前を庇ったそうだな。」

 

ヤマダ

「はい・・・すみません!!俺がもっと注意してりゃ・・・俺が切られてりゃよかったんです!!」

 

サダクニ

「馬鹿者!!」

 

俺はサダクニさんに胸ぐらをつかまれた。

 

サダクニ

「お前が切られていたら・・組長はどれだけ悲しむか!!組長はお前を恨んでいると思うのか!!」

 

ヤマダ

「・・・・・」

 

サダクニ

「早く窃盗団を見つけろ・・・私からはそれだけだ。」

 

ヤマダ

「はい・・・」

 

サダクニさんは建物の中に戻っていく、俺は医務室に駆けこんだ。

 

レミ

「ヤマダ!!」

 

ヤマダ

「レミ!イサカは・・・イサカは大丈夫なのか!?」

 

レミ

「安心してくださいっす、あんたが最初に傷口を抑えたおかげで出血多量にはならなかった、少なくともあんたが機銃弾ブチ込まれた時よりは軽いっすよ。8針は縫ったっすけどね・・・」

 

イサカ

「ヤ・・・ヤマダ・・・・」

 

ヤマダ

「イサカ!!起きるな!傷口が開くぞ!!」

 

イサカ

「ふふ・・・あの時お前は・・・何を見たんだ?」

 

ヤマダ

「俺の・・・俺の61-120だ。」

 

レミ

「それって・・!!」

 

ヤマダ

「ああ、恐らく今まで盗まれた戦闘機の部品も零戦に限るもののはずだ。」

 

シノ

「さっき電話で確認したわ、確かに被害にあっていたのは零戦の部品だけだったわ。」

 

レミ

「じゃあ・・・窃盗団はヤマダの61-120を模倣しようとしてる・・・?いったい何のために?」

 

ヤマダ

「恐らくだが・・・レミやニコの五二型をまねるとすぐにばれる。君たちはかなりの頻度で飛び回っているからな。」

 

イサカ

「確かに・・・ヤマダは普段から飛んでるわけじゃない。だが時たま目立ったことをするから名前はそこそこ知れてる。ゲキテツ一家とのつながりを持たせたままある程度目立たず好き放題やれるのは・・・ヤマダの61-120が適役って事だろう。」

 

レミ

「せこい手考えるっすね・・・」

 

ヤマダ

「とりあえずこういうことはそういう業界の人間に聞くのが手っ取り早いぜ・・・イサカ、傷が完全に治るまで安静にしててくれ。本当に済まない。」

 

イサカ

「私だって・・明日にでも・・・!」

 

ヤマダ

「頼む・・・!俺は自分の妻っである君すら守れなかったんだ。せめて傷が治るまでの間くらい絶対安全な場所に居てくれ・・・頼む!!」

 

俺は自分が情けなかった。自分の一番大切な人すら守れなかったのだ・・・

 

レミ

「ヤマダ・・・あんたは十分にイサカを守ってるっすよ。でも、アタシもイサカが傷が治らないうちに出撃するのは反対っす。」

 

イサカ

「だが・・・」

 

レミ

「大丈夫っすよ、ヤマダがなんかしでかしそうになったらアタシとクロで止めるっすから。」

 

イサカ

「頼んだぞ・・・ヤマダは熱くなると何をするかわからないからな・・・」

 

レミ

「わかってるっすよ~。じゃ、あたしは出ていくんで二人でごゆっくりっす~」

 

レミは俺だけを残して部屋から出ていく。俺はイサカに話しかけた。

 

ヤマダ

「イサカ・・・大丈夫か?」

 

イサカ

「心配するな。麻酔が効いて痛みはもうほとんどない、血も止まった。」

 

ヤマダ

「そうか・・・本当にすまない、俺がぼさっとしていたばっかりに・・・本当にすまない。」

 

イサカ

「私は何度もお前に助けてもらった・・・ふふ、これでチャラだぞ?」

 

そう言ってイサカは俺の方を向いて笑う。

 

ヤマダ

「ああ・・・ああ・・・!!」

 

イサカ

「おいっ泣くな!くっつくな!!おいっ!!」

 

 

 

 

 

 

そして俺は格納庫に降りて行った。調べないといけないことがある。

 

レミ

「ねっ?イサカ元気だったでしょ?」

 

ヤマダ

「ああ、そんなことよりすまないな。君のヘアバンド・・・ってもう復活してる・・・?」

 

レミ

「あったりまえっすよ、常にストックは確保済みっす!」

 

クロ

「うそつけ、持ってこさせたくせに。」

 

レミ

「えっへへ・・・」

 

シノ

「それよりヤマダ、レミがイサカに何をしたか知ってる?」

 

ヤマダ

「いや?」

 

レミ

「シノサン・・・ダメっす・・・」

 

シノ

「傷口の消毒が必要になったとき、たまたま手元に消毒液が無かったのよ。だからこの子、酒を口に含んで傷口にかけたのよ。」

 

アコ

「かなり痛がってましたよね・・・第一どれだけ強い度数のお酒を飲んでたらあんな傷口にしみるんですか・・・」

 

ヤマダ

「レ~ミ~??」

 

レミ

「緊急事態だったんっすよ~!!」

 

クロ

「ちなみに消毒液はレミが酒を置いていた棚の下にあったぜ。」

 

レミ

「クロぉ~~」

 

ヤマダ

「ふぅ・・・皆、本当にありがとう。」

 

俺は首にかけた飛行眼鏡を取り、頭を下げた。

 

シノ

「頭を上げなさい、私たちは当然のことをしたまでよ。」

 

アコ

「そうですよ!それに奥さんのことをここまで想えるのも素敵だと思いますよ。」

 

レミ

「あんたはいつも自分を追い込みすぎなんっすよ、ほら、頭上げてくださいっす。」

 

クロ

「お前はほんとに・・・頭を上げろ、馬鹿野郎。」

 

ヤマダ

「ほんとにあんたらは・・・」

 

そして俺はレミの五二型からおろした栄二一型を持ってきた。

 

レミ

「これって・・」

 

ヤマダ

「ああ、すげかえられた栄二一型だ。なにか手掛かりがあるかもしれないからな。」

 

そして俺は分解し始める、過給機を外しシリンダーを分解してゆくが、すでに嫌な雰囲気満載だ。最初に見たようにピストンにバルブの「逃がし」が無いうえにシリンダーが傷だらけ、アルミ鋳造のシリンダーブロックは加工精度の低さゆえか表面がザラザラだった。

 

ヤマダ

「見れば見るほどゴミだぜこれ・・・」

 

レミ

「まあ・・・過給機を変速するときも違和感あったっす。何か手掛かりはあったっすか?」

 

ヤマダ

「全くない、この辺の部品は複製品とかじゃなくて廉価版の市販品だ。これはほんとにいろんな意味で『ただのゴミ』だな。」

 

そして俺は電話のもとに行くと、ある人物に電話をかけた。

 

ヤマダ

「もしもし?」

 

???

「もしもし?あらヤマダじゃない、どうしたのよ?」

 

ヤマダ

「突然すまんなロイグ、最近そっちの方の仕事で新顔が出てきたって話を聞いたりしてないか?」

 

ロイグ

「そいつらを直接見たわけじゃないけど、最近零戦の部品盗難が増えてるそうじゃない?もしかしてそれかしら?」

 

ヤマダ

「まさにそれだぜ、インノの方でもあったのか?」

 

ロイグ

「ええ、ただあいにくあんなコソ泥私たちは興味がなくってねえ・・・そういえば一機、発動機を盗まれた二二型がうちのアジトのそばに転がってるわよ。邪魔でしょうがないわ・・・」

 

ヤマダ

「その二二型、機体の状態はどんなだった?」

 

ロイグ

「う~ん・・・ちょっと待っててね?ベッグ~!!」

 

・・・・・数分後

 

ロイグ

「お待たせ。今ベッグと軽く確認してきたけど機体自体の状態はそんなに悪くないわよ。持ち主はどーも新しい機体を買ったようでねぇ・・・計器類は全くないけど・・・」

 

ヤマダ

「機体がしっかりしてりゃ十分だ、その二二型こっちに送ってくれないか?」

 

ロイグ

「しっかたないわね~ 輸送機を手配するのにちょっと時間かかるから届けるのは明日くらいになっちゃうけどそれでもいい?」

 

ヤマダ

「明日届きゃ十分だ、ありがとう。」

 

ロイグ

「了解、じゃあまた明日ね~」

 

ふう・・・ある意味ラッキーな収穫である。おそらくこれからは窃盗団捜査で夜間行動も増えるだろう、集合排気管の機体は重要になってくる。

 

レミ

「ヤマダ、なんで二二型をわざわざ?ここにいる全員戦闘機はあるっすよ?」

 

ヤマダ

「五二型、紫電は推力式単排気管だろう?おそらくこれからは夜に動くことが多くなる、そうなると単排気管はまずいんだ。」

 

シノ

「何が問題なのよ?」

 

ヤマダ

「排気管の長さが短いから、全速運転をした時に排気炎がモロに出る。夜だと自機の位置を知らせているようなもんだ。」

 

アコ

「確かに単排気管の出口部分に炎がある事はありますね・・・」

 

ヤマダ

「そういう事だ、場合によってはアコとシノにも集合排気管の機体に乗ってもらうことになる。あいつらは俺の妻を傷付けたんだ、絶対に許さない・・・」

 

レミ

「気持ちはわかるっすけど・・・冷静に頼むっすよ?」

 

ヤマダ

「すぅっ・・・はぁ〜・・・そうだな、悪い。とりあえず今日は寝るか、アコ、シノ、レミ、君たちは泊まっていきな。」

 

アコ

「ありがとうございます!」

 

シノ

「あら、ありがとう。」

 

ヤマダ

「ただ、君たちはわざわざ協力せず明日にでも帰ってくれてもいいんだぞ。マフィアと自警団が手を組むのはまずいんじゃないのか?」

 

シノ

「どうせ乗りかかった船よ、最後まで付き合ってやるわ。」

 

アコ

「気になさらないでください。全力で協力させていただきます!」

 

ヤマダ

「恩に着る。ありがとう。」

 

レミ

「そういや寝るのはまたいつもの部屋っすか?」

 

ヤマダ

「いや、今日は俺の布団を使いな。」

 

レミ

「ヤマダはどうす・・・ああ、わかったっす。」

 

そして俺たちはシャワーを浴びて服を着替えた。シャワー室では隣から「おっぱいなんて飾りなんだから〜!!」とかなんとか聞こえてきたが俺は気にしない・・・気にしない!俺はそのままイサカの病室に行った。

 

「イサカ、入るぞ。」

 

「ああ、入れ。」

 

そして俺はイサカの隣の椅子に腰かける。来る途中に冷蔵庫から取ってきたラムネをグラスについでイサカに渡した。

 

「ありがとう。」

 

「本当にキズは痛まないのか?大丈夫か?」

 

「ふふ、心配しすぎだ。もう痛みは無い、あと二日も安静にしていれば抜糸できるそうだ。」

 

「そうか・・・良かった。」

 

「レミが言っていただろう、お前が傷口を直ぐに押えてくれたから血が止まるのも早かった。結局私はお前に助けられた訳だな・・・ふふ、マフィアの幹部ともあろう人間が情けないな。」

 

「助けられたのは俺の方だ、君は何も情けなくない。本当にありがとう・・・」

 

「ヤマダ、こっちに来い。」

 

そう言って手招きするイサカの方に体をちかづけると、俺はイサカに抱きしめられた。彼女の手は力強かった。

 

「イサカぁ・・・!!」

 

「全くお前は・・・早く犯人を捕まえろ、いいな?」

 

「ああ・・・勿論だ。」

 

「お前なら約束は守る・・・私はそう信じている。さあ、早く自分の部屋に戻って寝ろ。」

 

「俺の布団はレミに貸してきたんだ、今日の俺は君の付き添いだよ。」

 

「全く・・・馬鹿者が・・・」

 

そして俺はイサカが寝たのを確認すると、壁にもたれかかって毛布だけを膝にかけ眠りについた。

 

 

 

・・・・・・翌朝

 

ガンッ!!

 

「ほぐぅっ!?」

 

俺は椅子の上でバランスを崩し、後頭部を強打して目が覚めた。やはり背もたれも何もない丸椅子で寝るのは無理があったようだ、横ではイサカが寝ていた。俺はそっと毛布を整えると、二二型に搭載する発動機を整備するために部屋から出ようとした。

 

「えぐっ・・・ううっ・・・」

 

イサカの声だった。俺はベッドの横に戻った。

 

「こんな大事な時に・・・私は何もできない・・・」

 

「いいから・・・もういいから・・・」

 

大事な時にけがで何もできないのは本当に悔しい。俺だって機銃弾ブチ込まれた時はその状態だった。

 

「ヤマダぁ・・・すまない・・・本当にすまない・・・」

 

「謝るのは俺の方だ、君は怪我が治るまでは安静にしていてくれ・・・怪我が治ったらまた一緒に飛ぼう。な?」

 

「・・・うん。約束だぞ!絶対だぞ!」

 

「ああ、もちろんだ。」

 

 

 

そして俺は格納庫へと降りていくと、格納庫の奥に眠らせてあった発動機を出してきた。作業場にもっていくとカバーを剥ぐ。

 

レミ

「それ、二二型に乗せる発動機っすか?」

 

ヤマダ

「ああ、排気管が長いから切り詰めないといけないがそれ以外は仕上がってる。」

 

レミ

「ていうかこれって・・・・」

 

ヤマダ

「ああ、P&W R1830-75 ツインワスプ AI-1-129に乗せたのと同じ発動機だ。」

 

レミ

「なんでこんなのがこっちにもあるんっすか・・・」

 

ヤマダ

「ダグラスDC-3は双発輸送機だからな、一機から二機ぶんどれるぜ。」

 

レミ

「何馬力出てるんっすか~こいつ。」

 

ヤマダ

「離昇出力1350馬力だな。」

 

レミ

「栄二一型からさらに200馬力上乗せっすか・・・」

 

ヤマダ

「ああ、あの工場のそばで襲ってきた戦闘機はグラマンF6F ヘルキャット だった。P&W R2800 ダブルワスプ搭載で2000馬力級の機体だからこっちの発動機の出力も少しでもある方がいい。」

 

レミ

「2000馬力・・・うらやましいっす・・・」

 

すると格納庫の前の滑走路に巨大なコンテナを吊り下げたB-17が降りた。そこの操縦席から降りてきたのはロイグだった。コンテナを先に滑走路に設置させ切り離すと、そのすぐ前にB-17が降りた。もはや曲芸である。

 

ロイグ

「お待たせ~」

 

ヤマダ

「待て待て待て、こっちのB-17のほうが気になるわ!」

 

ロイグ

「盗みに入ったところで駐機してあったからついでにいただいてたのよ。零戦って前後しか分解できないじゃない?ユーハングの輸送機だと機体がすっぽり入らないのよ、ほかのやつにならそのまま吊って持って行ってやるんだけどあんただとそれじゃまずいでしょ?」

 

ヤマダ

「わざわざわりぃな・・・」

 

ロイグ

「ところでイサカは?あんたたち大体一緒にいるじゃない?」

 

ヤマダ

「それがよ・・・」

 

説明中・・・・

 

ヤマダ

「ってわけなんだ、ほんっと情けねえよ・・・」

 

ロイグ

「なるほどねぇ・・・そんなに気にしちゃダメよ、あんたは悪くないわ。イサカに顔を見せてきてもいいかしら?」

 

ヤマダ

「ああ、そこの扉から入って左手だ。」

 

ロイグ

「ありがと、二二型はもう勝手に下ろしてくれていいわよ。」

 

ヤマダ

「おお、ありがとな。」

 

そして俺はレミと二人でコンテナの後ろに回ると、鎖を切って後ろの扉を開けた。そこには二分割された二二型の胴体がぴっちり詰められていた。

 

レミ

「うわぁ・・・こんなふうにコンテナに突っ込むんっすね。」

 

ヤマダ

「普通は胴体だけくれなんていう奴いないからな・・・」

 

そして俺たちはアコとシノ、整備班数人で機体を格納庫の中に運ぶとコンテナを滑走路からどかした。

 

レミ

「これだけ見たら二一型と二二型の区別付かないっすね・・・」

 

ヤマダ

「結構違うもんだぞ?いやまあAI-1-129だとエルロンとラダーに二二型のを使ったからあいつは例外だが・・・」

 

ロイグ

「とりあえずイサカにはお土産でラムネを置いてきたわ。じゃ私は帰るわね?」

 

ヤマダ

「ああ、すまないないろいろ面倒ばっかり。」

 

ロイグ

「いいのよ、その代わりたまにはこっちにも遊びに着て頂戴。」

 

ヤマダ

「仕事の手伝いは勘弁してくれよ?」

 

ロイグ

「やっぱだめかぁ~」

 

ヤマダ

「あたりめ~だろ、まあ珍しい機体とかの情報がありゃそっちに流してやるよ。」

 

ロイグ

「さっすがヤマダ!よろしくね~」

 

ヤマダ

「はいはい・・・」

 

そしてロイグは飛び立っていた。俺たちは格納庫に戻る。

 

ヤマダ

「とりあえず見てみるか・・・」

 

ぐるっと機体を見てみるが、つい最近まで使われてた機体というのは本当のようですこぶる状態がよかった。カウリングごと持っていかれているようだがどうせR1830を載せればカウリングは使えないのであまりが出なくてラッキーぐらいのものだ。

 

レミ

「そういえばヤマダ、たしかAI-1-129って二一型だからアップドラフト式っすよね?」

 

ヤマダ

「ああ、そうだな。」

 

レミ

「けどこの前ダグラスDC-3を見たんっすけど見た感じダウンドラフト式だったんっすよ。で、さっき見てたR1830もダウンドラフト式だったじゃないっすか。もしかして気化器かえてるんっすか?」

 

ヤマダ

「鋭いな、AI-1-129はF6Fの気化器をアダプタかませて使ってるんだよ。ダブルワスプはアップドラフト式だからな。」

 

レミ

「ちょっと待ってくださいっす、じゃあまさかここにR2800 ダブルワスプがあるんっすか?」

 

ヤマダ

「あるぞ?」

 

シノ

「話に全くついていけないわ・・・」

 

アコ

「あの人たちはプロですから・・・」

 

ヤマダ

「悪い悪い・・・ところで二人は紫電以外に乗ったことあるか?昼の行動なら紫電でもいいんだがさっき言ったように夜には集合排気管の機体に乗ってもらうことになる。それに空の駅が無い方面に行くなら自動的に航続距離の長い機体で出てもらうことになるかもしれない。もちろん君たちが慣れた機体でないといけないから無理にとは言わないが。」

 

アコ

「私はないですね・・・自警団に入ってからはずっと紫電でした。」

 

シノ

「私もないわね・・・」

 

ヤマダ

「まあ仕方ないか・・・OK、宣伝効果もあるだろうしカナリア自警団の紫電で出てくれ。なに、俺たちは日の丸の機体で出るからゲキテツ一家と行動ってのはばれねーよ。」

 

そして俺はR1830を持ってきた。今回は栄二一型に戻す気はないので発動機懸架台もR1830専用のものを使う。カウリングももちろんワンオフ品だ。

 

レミ

「なんでそんなのあるんっすか・・・普通零戦の発動機を乗せ換えるなんて考えないっすよ。」

 

ヤマダ

「まあ最近ユーハングのじゃない戦闘機もちらほら出てきてるしな・・・栄発動機は確かに素晴らしいがそういう戦闘機を相手にするには馬力が足りない。もしもに備えて予防線は張っておきたいんだよ。」

 

レミ

「あんたも抜け目ないっすね~」

 

ヤマダ

「まああくまで予防策だよ、とっとと作業始めるぞ~」

 

俺たちは分割されていた機体を組みなおすと、ジャッキアップした。外装の塗装はよくわからないマーキングが施されていたので、シノとアコに頼んで塗装をすべて剥ぎ落してもらった。その間に俺は補助のオイルポンプと重心位置適正化用の燃料タンクを胴体内に設置した。補助のオイルポンプを設置するのは、もし発動機についているオイルポンプが破損してもフラップの上下と主脚の展開が出来るようにである。増設燃料タンクの緊急燃料排出口を機体の外に取りまわすと、やぐらを組んで発動機を機体に取り付けた。

 

レミ

「ひゃ~っ、朝からやってたはずなのにもう4:00っすよ。」

 

ヤマダ

「マジか!とんでもねえな・・・」

 

レミ

「とっとと試運転しちゃいましょ~」

 

ヤマダ

「あとは計器類の取り付けだけだからな・・・ちょっとだけ待ってくれよ。」

 

そして銀一色になった機体の操縦席に乗り込むと、操縦席に引っ張ってきた配線・配管と計器類を接続する。とりあえず発動機を回してみないことにはカウリングも取り付けられないし機体の塗装もできない。俺たち四人で銀色の二二型を滑走路に引っ張り出した。

 

???

「一日でここまで仕上げたのか。」

 

レミ

「イサカ!?」

 

ヤマダ

「何!?」

 

イサカ

「流石だな。ヤマダ」

 

ヤマダ

「馬鹿!寝てなきゃダメだろ!!」

 

イサカ

「こんなのを見ておとなしくしてる方が無理だろう、幸い痛みはない。少しでも動かないと体がなまってしまうからな。」

 

ヤマダ

「だからって・・・本当に大丈夫なのか?」

 

イサカ

「ああ、そんなことより早く発動機を回してくれ、な?」

 

ヤマダ

「・・・ああ!」

 

レミに頼んで格納庫から外付けバッテリを持ってきてもらってる間、操縦席で配線や配管の接続をもう一度確認しておく。スロットルレバーを前後させ燃料配管に圧力をかけ、オイルの手動ポンプを動作させオイルラインにオイルを満たすと一度操縦席から降りる。

 

イサカ

「プロペラ、回そうか?」

 

ヤマダ

「だめだめ、怪我人は安静にだ。」

 

イサカ

「ふふっ、そうか。」

 

手でプロペラを回してガタなどが無いかをよく確認する。本来零戦二二型は住友ハミルトン社のプロペラを用いているが、AI-1-129とこの二二型は発動機が違うのでプロペラも違う。零戦のプロペラよりほんの少し直径が大きいのだ。肉眼で見てはっきりわかるような差ではないが・・・

 

イサカ

「今回の二二型も発動機をR1830にしたのか?」

 

ヤマダ

「ああ、なんだかんだで予備部品も流れるようになったしな。とりあえず試運転しねーとな。」

 

イサカ

「私の怪我が治ったら乗ってもいいか?」

 

ヤマダ

「もちろんだ。」

 

そうこうしているとレミがバッテリを持ってやってきた。

 

レミ

「重たいっすね~これ。ジャンパコードの長さこれで足りるっすかね?」

 

ヤマダ

「まあたぶん行けるだろ。よっこらせ」

 

機体の下にもぐってパネルを外し、機体内バッテリにジャンパコードを接続する。これで準備は完了だ。

 

レミ

「アタシが発動機回してみてもいいっすか~?R1830の零戦まだ乗ったことが無いんっすよ~」

 

ヤマダ

「まあ今回の作戦のときはレミにこの二二型を使ってもらおうと思ってたし、別にいいぞ。」

 

そしてレミは二二型の操縦席に乗り込んだ。俺は操縦席の横に立つとレミに油温、回転数、ブースト圧の詳細を伝え(R1830だと栄と適正温度などが違う)主翼から飛び降りた。二二型から十分離れるとレミに合図を送る。

 

ヤマダ

「いいぞーー!!」

 

レミ

「了解っす!!」

カラカラッ・・カラッ・・バンッバンッ・・バラバラバラバラ・・・!!

 

ヤマダ

「よっし・・!!」

 

イサカ

「ふふ・・お前は本当に嬉しそうな顔をするな。」

 

ヤマダ

「そ、そうか・・?」

 

イサカ

「ああ、見てて気分がいいぞ。さあ、私は部屋に戻るかな。」

 

ヤマダ

「付き添うよ。」

 

イサカ

「いや、大丈夫だ。ただ一つだけ頼みがある。」

 

ヤマダ

「なんだ?」

 

イサカ

「また一緒にラムネを飲んでくれ。それだけだ。」

 

ヤマダ

「ああ、もちろんだ。」

 

そうして戻っていくイサカを見届ける、去っていくイサカの足取りは少し弱々しかった。俺は発動機を止めたレミのほうに駆け寄る。

 

ヤマダ

「どうだった?」

 

レミ

「ほんのちょっとだけ油圧が弱い気がするっすけど、ほかはヤマダが伝えてくれた通りだったっす。」

 

ヤマダ

「油圧は補助ポンプを回せば安定するからな、ほかには何かなかったか?」

 

レミ

「操縦桿を動かしてラダーを踏んだっすけど、動作は問題なかったっすね。あとはもう仕上げに入っていいと思うっす。」

 

ヤマダ

「了解、じゃあとりあえず今日は俺のおごりだ。飯を食いに行くか!」

 

アコ

「いいんですか!?」

 

シノ

「いいの?」

 

ヤマダ

「ああ、手伝ってくれてるお礼だ。」

 

その後、酒代と飯代で俺の財布が涼しくなったのは言うまでもない・・・・・

 

 

 

 

「くっそ・・・しこたま喰いやがって・・・」

 

俺は三人と別れると、医務室に向かって歩いて行った。ラムネの瓶をもって扉をノックする。

 

「イサカ、入るぞ。」

 

「ああ、いいぞ。」

 

ラムネをテーブルに置くと俺は隣の椅子に座った。

 

「ふう・・・おつかれだな。」

 

「ありがとう、傷の具合はどうだ?」

 

「明日には抜糸できるそうだ。傷口が思いのほか早く繋がっているらしい」

 

「そうか・・・ほんとによかった。」

 

「ただまあ傷口が完全に塞がったわけじゃないから空戦には出れない・・・すまないな。」

 

「謝ることじゃないさ、ただレミの発動機盗難から窃盗事件の話が全く出てないんだ。恐らく・・・もう完成してる。」

 

「そんな・・・」

 

「あとはもう俺の信用の問題だ、それに・・・」

 

「それにどうした?」

 

「五二型はどうでもいい、問題はF6Fなんだ。」

 

「F6F・・・確か2000馬力級の戦闘機だったな。」

 

「ああ、しかも速度が乗るほど旋回半径が縮む厄介な機体だ。簡単に格闘戦に乗る馬鹿だったらいいんだが・・・」

 

「全く・・・馬鹿者。」

 

イサカが俺の手を握る、温かく細い。だが零戦を振り回すその腕はたくましい。

 

「お前なら負けない、大丈夫だ。もしお前を墜とすとしたら、それは私だ。」

 

「おお、それは聞き捨てならねえな?」

 

「お前が道を踏み外したとき、私はお前を墜とす。だからお前も私が道を踏み外したら・・・撃て。」

 

「・・・ああ。」

 

「だから必ず生きて帰ってこい、いいな。」

 

「・・・・ああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・翌朝

 

ヤマダ

「レミ・・・クロ・・・それにアコとシノ、君らまさか徹夜したのか?」

 

起きて格納庫に降りていくと、錆止め塗装を終えて明灰白色に塗装された二二型があった。まだ完成しているわけではないが、ここまで進んでいれば今日中にでも機体は完成するだろう。

 

レミ

「あぁ・・・ヤマダっすか・・・・どうっすか?いい感じでしょ・・・・へへ」

 

クロ

「塗料の類はお前が机の上にほりだしてあったのと同じのを使った・・・ふあぁ~あ」

 

アコ

「上面塗装用のマスキングもしておきました・・・むにゃむにゃ」

 

シノ

「塗料も作ってあるわ・・・ふぁ・・」

 

ヤマダ

「ありがとう・・・・ありがとう・・・!!」

 

四人の布団を用意して四人を寝させると、俺はまた格納庫に戻った。四人が必死にここまでやってくれたんだ。何としてでも完璧に仕上げなければならない。スプレーガンに塗料をいれて準備をしていると、聞き覚えのある声がした。

 

サダクニ

「私も手伝おう。」

 

ヤマダ

「サダクニさん!?」

 

サダクニ

「少しでも早くこいつを完成させないといけないんだろう?」

 

ヤマダ

「はい。」

 

サダクニ

「なら早く手を動かせ。私は警戒帯と部隊標識用の塗料を作っておく。」

 

ヤマダ

「感謝します・・・」

 

一時間ほどで機体上面の濃緑色を吹き付けると、塗漏れやムラが無いことをよく確認する。半渇きの状態でもう一層吹き重ねてマスキングをはがし乾燥を待つ。すべての作業を終えたころにはまた夕方になっていた。連日医務室の堅い椅子で寝たからか、俺も疲れがたまっていた。

 

???

「起きろ、こんなところで寝るな馬鹿者。」

 

ヤマダ

「あ・・あぁ・・・サダクニさん・・・」

 

???

「サダクニならとっくに仕事に戻っている、気になってきてみればやっぱりだこの大馬鹿者。」

 

ヤマダ

「え・・・えぇ・・・?」

 

???

「私だ!!寝ぼけすぎだ!」

 

ヤマダ

「イ・・・イサカ!?」

 

イサカ

「そうだ、ほら起きろ・・・」

 

俺は目をこすりながら立ち上がる、目の前にはイサカが居た。

 

イサカ

「綺麗に仕上げたじゃないか・・・『X-133』」

 

ヤマダ

「へへ・・・あとはカウリングをつけるだけだぜ。」

 

イサカ

「手伝おう、」

 

ヤマダ

「大丈夫なのか?」

 

イサカ

「今朝抜糸してな・・・こんな具合だ。」

 

イサカがシャツの裾をめくりあげ、傷口を見せた。はっきりと跡が残ってしまっている。

 

ヤマダ

「イサカ・・・この跡・・・」

 

イサカ

「消えないらしい、まあ仕方あるまいさ。」

 

ヤマダ

「本当にすまない・・・・君にこんな・・」

 

次の瞬間イサカは俺を抱きしめた。

 

イサカ

「私は知ってるぞ・・・お前も体は傷だらけだろう。」

 

ヤマダ

「俺はいいんだよ・・・だが君は・・・」

 

イサカ

「私の体をお前以外が見ることは無い・・・そうだろう?」

 

ヤマダ

「だからって・・・すまない・・・本当にすまない・・・!」

 

イサカ

「いいんだ、いいんだ・・・・」

 

そして俺はイサカと二人でカウリングを固定した。R1830の気化器は栄よりも導入口が立っているのでカウリングは少し大きくなるが、そこは腕の見せ所である。特徴的な切り立った形の空気取り入れ口も再現した。

 

イサカ

「直径が74ミリ太くなっているとは言えなかなか格好はいいものだな?」

 

ヤマダ

「そこは俺の腕の見せ所だぜ?」

 

イサカ

「フフ、確かにそうだな。」

 

サダクニ

「組長ーーー!!抜糸してから一日は動いてはいけないと言ったでしょう!!戻りますよ!」

 

イサカ

「しまった!そういうことだ、あとは頼んだぞ!!ヤマダ!!」

 

ヤマダ

「ああ・・・ああ!!任せておいてくれ!」

 

 

 

 

 

 

そして俺は機体を格納庫の外に出すと。操縦席に飛び乗った、レミたちは夕ご飯を食べているのでこっそりと試験飛行だ。

 

「油圧よし、燃圧よし、プロペラピッチ動作よし、カウルフラップ開、オイルクーラーシャッタ開、エルロン動作よし、ラダー動作よし、エレベーター動作よし、プロペラピッチロー・・・・・整備員前離れ!メインスイッチオフ!!」

 

ウィィィィィン・・・・カラカラカラ・・・

 

セルモーターで発動機のクランクシャフトが回る。メインスイッチを[両]へ移動させる、それと同時にスロットルを押して燃料を送る。

 

バラッバラッバラ・・・バラバラバラバラ・・!!!!

 

「よっし!!よし!!」

 

プラグスイッチを切り替えて磁石発電機の動作を確認すると、ブレーキを解除しタキシングで滑走路に出る。スロットルを開けて離陸した。主脚とフラップを上げて混合気を調節すると次はプロペラピッチをフリーにしてスロットルを操作し回転数が上下しないことを確認する、零戦はプロペラにかかる負荷が大きくなるとプロペラピッチが深く変化し発動機の回転数を一定に保つのだ。これがプロペラピッチフリーのときにスロットルを増速しても発動機の回転数が増加せず速度のみが変化する理由である。ふと下を見ると医務室の窓からイサカがこちらに敬礼をしている。滑走路ではレミ、クロ、アコ、シノ、サダクニさんがタオルを振っていた。

 

「みんな・・・・ありがとう!!ありがとう!!!」

 

俺は大きくバンクを振ってそれに気づいているという合図を送る。そしてプロペラピッチを低に固定するとスナップロール、宙返りなどの一通りの高負荷機動をして異常が無いことを確認する。最後にフラップと脚を出して着陸した。

 

レミ

「抜けがけとはずるいっすよ〜」

 

クロ

「しっかり仕上がったようだな。」

 

アコ

「あんな状態だった機体がここまで・・・凄いですね。」

 

シノ

「よくやるもんね・・・ここに運ばれて来た機体は幸せ者だわ。」

 

ヤマダ

「みんなのおかげだ。ありがとう。」

 

 

 

 

すると突然格納庫の電話が鳴った、ここの電話にかけてくるのは俺の知り合いに限られている・・・まさか!

 

ヤマダ

「もしもし!?」

 

キリエ

「あ、ヤマダだ!みんな〜!ヤマダは格納庫に居るよ!」

 

ヤマダ

「キリエ!まさか61-120か!?」

 

キリエ

「何で知ってるの!?そーなんだよ、61-120って書いてある五二型が空賊を追い払ったあとの私達を襲ってきたんだ!ついさっきだよ!みんな疑うもんだからヤマダに直接かけようって事になってさ〜」

 

ヤマダ

「大丈夫だったか!?」

 

キリエ

「私達は大丈夫だけど・・・ヤマダまさか61-120盗まれたりした!?」

 

ヤマダ

「いや、そいつァ偽モンだ。61-120は今分解整備中なんだよ!とにかく気をつけてくれ!」

 

キリエ

「わかった、みんなにもしっかり説明しとくから安心して!」

 

ヤマダ

「ありがとう、恩に着るぜ!今度パンケーキ食いに行こうな。」

 

キリエ

「やったーー!約束ね!」

 

ヤマダ

「ああ!」

 

そして受話器を置くとまたすぐに電話が鳴る。

 

ヤマダ

「もしもし!」

 

???

「小隊長!今何しとるとですか?」

 

ヤマダ

「イトウさん!」

 

イトウ

「お久しぶりです!さっきF6Fの大軍を率いてる五二型が横を通ったとですが、尾翼に61-120があったもんで・・・」

 

ヤマダ

「そいつは偽物です・・・実際に襲ったっていう情報もあるので十分注意してください。そいつらはどっちのほうに向かいましたか?」

 

イトウ

「了解です。そいつらはカイチのほうに向かいました。小隊長もお気をつけて・・・」

 

ヤマダ

「ありがとうございます。」

 

俺は受話器を置くと四人に言った。

 

ヤマダ

「カイチに行くぞ!ニセモンが動き出した!」

 

レミ

「了解っす!」

 

俺はAI-1-129とX-133に増槽を取り付けた。そして格納庫の奥から五二型丙以降用の四点支持増槽を引っ張り出すと、アコとシノの紫電に取り付けた。カイチ方面に向かったということはカイチに降りているわけではない、空の駅で給油しているときに襲われてはたまったもんじゃないのだ。先にアコとシノの紫電の発動機を回して滑走路で待機してもらい、俺はAI-1-129に、レミはX-133に飛び乗って発動機を回し滑走路に出る。

 

アコ

「先に出ます!」

 

ヤマダ

「了解!」

 

二人の紫電が離陸したのを確認すると、俺はレミに手信号で合図し離陸した。二一型と二二型は本来発動機が違い最高速度や加速性も違うため編隊飛行には向かないが、今回はどちらもR1830なのでスペックはほぼ同等(アップドラフト式・ダウンドラフト式の違いやカウリング形状により微妙な差異はある)なのでスロットルをそろえて綺麗な編隊が組める。

 

ヤマダ

「ちゃんと試運転はしたが、調子はどうだ?」

 

レミ

「問題ないっす、にしてもこれ馬力があるっすね~」

 

ヤマダ

「栄二一型・栄三一型甲は離昇/最高出力1130馬力だからおおよそ200馬力上乗せだ、体感的には結構大きいだろーな。」

 

レミ

「けどアタシ翼端が長い二一型とか二二型苦手なんっすよ~ 前一一型に乗ったっすけど、ロールが遅いじゃないっすか?」

 

ヤマダ

「ったく・・・ロールしてみな。」

 

レミ

「へ?」

 

ヤマダ

「いいからロールしてみな。」

 

レミは二二型をロールさせる。ここで二二型のロールがなぜ改善されているかを説明しておこう。二二型のエルロンにはバランス・タブがついている。例えば操縦桿を右に倒し右エルロンが上に動くと、操縦桿の動作ワイヤの動きがエルロン内部でロッドによって変換されバランスタブは下向きに動く。するとバランスタブはエルロン本体が動こうとする方向にエルロンを押すのだ。これによってエルロンの動作が軽くなり操作がしやすくなることで結果としてロールが早くなる。つまり操作が軽くなっているだけで厳密には動作が早くなっているわけではない。当然主翼自体が短縮されている三二型や五二型には敵わないので、そこは注意だ。

 

レミ

「すごいっすねこれ、動作が軽いっす!」

 

ヤマダ

「まあ五二型とかには敵わねーけどな・・・逆に一一型、二一型、二二型は縦旋回が優秀なんだ。」

 

レミ

「あー、確かにそうっすね。一回イサカと模擬空戦をしたんっすよ、アタシが後ろを取ったらイサカは縦旋回で逃げるんっす。で、その縦旋回について行ったら二周くらいでイサカと反航戦になっちゃうんっすよ。けど逆にイサカがアタシの後ろを取ったときはロールで逃げてシザースに持ち込むとイサカはアタシの切り返しにはついてこれないんっすよ。」

 

ヤマダ

「敵を知り己を知れば百選危うからず・・・イサカも君も、よく分かってるな。」

 

レミ

「えへへ・・・けど結局決着ついたことないんっすけどね~」

 

ヤマダ

「そうなのか?」

 

レミ

「後ろにつく、偏差とる前に射線からずれる、の繰り返しでなかなか・・・へへ」

 

ヤマダ

「なるほどな~」

 

そうこうしているとカイチ付近の空域に差し掛かった。遠くに町が見えるがそちらの方では特に異常はないようだった。月明かりの中で空戦をするのは好かない、できることなら完全に暗くなってしまう前に安全な場所に着陸するか決着をつけたい。目を凝らして索敵をする。

 

シノ

「二時方向下に敵機!!」

 

ヤマダ

「確認した!F6Fが5機の前に五二型が一機・・・似せるなら仲間の機体もせめて似せろよ・・・」

 

レミ

「そういう問題じゃないっすよね!? どうするんっすか?生きたまま引っ張ります?」

 

ヤマダ

「いや、いい。」

 

アコ

「いいんですか?動機も何も聞けないですよ?」

 

ヤマダ

「ああ、今まであの偽物がおこした事件を片っ端から調べてたが全て目的はない。愉快犯なんだ。」

 

レミ

「じゃあ61-120を模倣したのは・・・」

 

ヤマダ

「恐らくまったくの偶然、都合がよかっただけだろう。」

 

レミ

「こりゃぁ・・・ねえ?」

 

ヤマダ

「ああ、遠慮なく後ろからぶっ放せるってこった!」

 

アコとシノは速度を載せた一撃離脱をかけるために機首を向けて高度を上げる、俺とレミは増槽を捨てると雲に紛れて緩降下で速度を稼ぎ編隊の上に忍び寄る。

 

ヤマダ

「レミ!行くぞ!」

 

レミ

「了解っす!」

 

機体をひっくり返して急降下する、五二型はどうでもいいとして馬力で負けているF6Fに対して速度有利で仕掛けないのは愚策である。速度が死ぬ前にできる限りF6Fを片付けなければならない。雲を挟んで照準器に薄く映るF6Fの主翼めがけて7ミリ7機銃と20ミリを叩き込んだ。

 

ダダダダッダダッ!!!

 

二機のF6Fは火を噴いて落ちてゆく、固いF6Fも真上から20ミリを食らえばひとたまりもない。

 

レミ

「一機もらったっす!!」

 

ヤマダ

「後ろの三機はアコとシノに任せる、五二型に行くぜ!」

 

レミ

「了解!!」

 

逃げる五二型を追う、どうも零戦にはなれていないのか機動性を生かし切れていない。あっと言う間に後ろにつけた。

 

ヤマダ

「出直してきやがれ!!」

 

偏差も何もいらない距離まで詰めると機銃を撃つ、ダダダダッ!!!といういつもの発射音のあと、五二型は爆散した。アコとシノもF6Fを片付けたようだ。

 

レミ

「あっけなかったっすね・・・」

 

ヤマダ

「日の丸ひっさげた零戦のるなら俺に顔出せってんだ。ははは!」

 

空戦で時間がかかることは無い、一瞬の射撃機会も逃すことはしないのでよほど実力が拮抗していたり防弾能力に差が無い限りは一瞬で終わる。

 

ヤマダ

「レミ、シノ、アコ、ありがとうな。先に帰っててくれ。」

 

レミ

「ヤマダどっか行くんっすか?」

 

ヤマダ

「カイチでイサカにラムネ買って帰ってやろうと思ってな。」

 

レミ

「そういうことっすか~、わかったっす。お気をつけて。」

 

ヤマダ

「ああ、また後でな。」

 

 

 

 

そして俺はカイチに降りるとラムネを買う、その他の買い物と燃料補給を済ませたころにはもう暗くなっていた。機体に乗って発動機を回し夜空に飛び立つ。月明かりに助けてもらうために雲の上まで上がるとプロペラピッチをフリーに設定しスロットルを絞って巡航速度にした。

 

「もうすぐ帰れるからな・・・イサカ・・・」

 

俺は朝からの疲れでうとうとしていた。戦闘機の長距離飛行でたちが悪いのは、両手を放してもトリムさえしっかり設定していれば飛べてしまうことだ。

 

ゴオォォォォォ・・・・・

 

この音は恐らく爆撃機・・・?おそらく輸送任務か何かだろう。何も気にせず飛んでいたが・・・

 

ダダダダッ!!ビシュッ・・・・

 

「・・・・!?」

 

俺の太ももに衝撃が走った。俺が爆撃機のルートと交差するように飛んでいたからなのだろうか、防護機銃を撃ちやがったのだ。太ももを貫いた一発の銃弾は操縦席を貫き機体内に転がった。7ミリ7機銃の徹甲弾だったからよかったものの、出血が止まらない。激痛も襲ってきた。

 

「ああああ!!!!」

 

痛みに耐えるため、意識を失わないために大声で叫んで気を保つ。ここの周りには空の駅が無い、何とかしてタネガシまで飛ぶしかない。

 

「こんなとこで死ねるか・・・・」

 

首のタオルを外して左手で太ももを縛り付ける。だがそれでも出血が止まらない、目の焦点が定まらなくなってきた・・・

 

「クソが・・・・俺は約束したんだ・・・必ず帰るって・・・・」

 

そこでふと俺はあることを思いついた、零戦は電熱服を着たときにそれを動作させるための電極がある。これに金属の針金を刺してショートさせタオルに火をつけて傷口を焼いてふさぐのだ。グズグズしていると血が足りなくなって何もできなくなる。

 

「やるしかねえか・・・」

 

電極に針金を突っ込み自分の手前に持ってくると、太ももからタオルを外し血で濡れていない部分を針金にかぶせショートさせる。

 

バチバチバチッ・・・ボッ・・!!

 

火はついた、まずは左手で傷口を無理やり密着させる。そこに火を当てた。

 

「ぐぅっ・・・ぎゃあああ!!!!」

 

痛みと熱さが同時に襲う、二/三度意識が飛びかけたが、ここでくたばればイサカとの約束も果たせない。何としてでも生きなければならない・・・

 

「ああっ!!・・・はぁっ・・はぁっ・・・」

 

上の傷口は何とか塞いだ、抜けた側の穴をふさぐのは物理的に不可能なのでタオルを風防の外で振って火を消し、畳んで傷口の下に敷き自分の体重で止血できるようにする。だが問題は着陸だ。横風が吹いていればラダーを踏んで機首を安定させないといけないがこの脚じゃもうラダーは踏めない。トリムタブで必死にバランスを取りつつ飛びそうな意識を無理やり引き戻してタネガシへと飛ぶ。滑走路が見えた。

 

「よし・・・あとは着陸・・・」

 

着陸ルートに乗っている余裕などない、前から離陸の戦闘機が来ないことを祈りつつフラップと脚を下げて着陸態勢に入る。減速して揚力が減ると地面に向けて引っ張られる力が強くなる、するとまた傷口に激痛が走る。

 

「ぐぅっ・・・あぁ・・・っ!!」

 

速度を見誤ったか機体を地面にたたきつけるような着陸になる。最後にありったけに力を振り絞ってブレーキを踏む。スロットルを絞って燃料をカットし発動機を止めると、風防を開けて立ち上がろうとした、だが足に力が入らない。俺の名を呼ぶ声がしたのが聞こえたが俺は答えられず、意識は遠のいていった・・・・・・・

 



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盗難事件 後編

著 ヤマ

 

 

1944年7月1日/大日本帝国海軍鹿屋飛行場

 

・・・・・・・・・・

 

「山田さん、山田さん?」

 

俺は聞き覚えの全くない声に呼ばれていた、目を開けるとそこは零戦の操縦席の中だった。周りでは整備員があわただしく動き、発動機を回している。俺の乗っている二一型の発動機はまだ回っていなかったが、とりあえず今話しかけて来ている人に応対しなければならない。

 

「はい、失礼しました。意識がもうろうとしていて・・・」

 

「はは・・・本日直掩を務めさせていただきます。宮部久蔵一飛曹です。よろしくお願いします。」

 

直掩・・・・?ああ、俺は今から特攻に行くのだ。俺の二一型の下には250キロ爆弾が装備されている、先ほど杯を割りこの機体に乗ったのだ。そんなことも忘れているのか・・・情けない。俺はこの大日本帝国の搭乗員、海軍少尉だ。

 

「よろしくお願いします。宮部教官」

 

「敬語は辞めてください、私は士官であり貴方より階級は下であります。」

 

「いえ、大学出身の搭乗員はすぐに少尉の階級をもらえるのです。私が宮部教官に敬語を崩して話せるほどの人徳はありません。」

 

俺は大学在学中に学徒出陣・・・今まで兵役を免除されていた大学生や高等教育学生を海軍搭乗員として採用する制度にのっとり海軍搭乗員となった。筑波海軍航空隊で厳しい訓練のさなか、宮部教官には随分と世話になった。特攻志願書に丸を書き、急降下訓練を経て俺は今・・・・鹿屋飛行場にいる。

 

「ですがそれでは階級制度というものが・・・」

 

「では命令だ、宮部一飛。私に敬語を使わせよ。」

 

「・・・はい。」

 

「訓練の際はお世話になりました・・・本日はよろしくお願いします。私は教官のような操縦の腕はありません、必ず敵艦に体当たりを成功させ戦果を挙げて見せます。戦果確認もよろしくお願いします。」

 

「貴方のような優秀で誠実な人達が特攻に行くというのはとても残念です・・・よろしくお願いします。」

 

そこで宮部教官との会話は終わった、整備兵にエナーシャを任せ発動機の試運転を済ませ地上整備員の案内に従ってタキシングで滑走路に出る。爆弾がしっかり懸吊されているかを確認し風防を開け、地上で「旗振れ」をして見送ってくださる上官や同期に手を振りながら離陸する。

 スロットルを絞ってプロペラピッチを深くすると跡は編隊から外れないよう慎重に操縦桿とラダーを操作して飛ぶ。海軍第721航空隊・・・別名「神雷部隊」。直掩戦闘機の翼端は敵の注意を引くように、俺のような未熟な搭乗員の編隊飛行の補助として白く塗られている。

 

・・・・イサカ

 

ふと一人の女性(?)の名前が脳裏をよぎる。情けない・・・こんな大切な局面で女など。俺は雑念はすべて捨てた。

 

「・・・・約束だぞ!!絶対だぞ!!」

 

約束・・・?俺は女と約束をした覚えなどない・・・だがその声は編隊飛行中ずっと頭から離れなかった。

 

「・・・・私の怪我が治ったら、乗ってもいいか?」

 

女が戦闘機だと・・・?馬鹿な・・・

 

「ヤマダ!!後は頼んだぞ・・・!!」

 

何だ・・・なんなんだこの声は・・・!!!!

 

「うわあああ!!!!なんだ!?なんなんだ!?俺は大日本帝国海軍戦闘機搭乗員!!山田・・・俺の・・・おれは・・・?」

 

すると突然二一型の発動機がオイルを噴いた。それと同時に発動機の回転が不安定となりスロットルを開けても速度が維持できない。

 

「くそっ・・・このポンコツが!気合を見せろ・・!!」

 

横を飛ぶ宮部教官の五二型の軌道を頼りに何とか編隊を維持するが、油圧が下がってきた。すると・・・宮部教官がふとこちらを向き、「帰還セヨ」の手信号を送ってきた。そのころには速度が全く維持できなくなり編隊から遅れつつあった、だがそれでも俺は戻りたくなかった。

 

「いやです・・!!宮部教官・・!宮部さん・・・!!」

 

だがそんなことを言っている場合ではなかった、速度は下がり続ける一方・・・俺は地図を開き近くの島を探した、こんな時間飛んでいればもう鹿屋には戻れない。傍にあるのは・・・喜界島だった。俺はそこに機首を向けると機体を軽くするため250キロ爆弾を捨てた。

 

ガシャッ・・・

 

機体が軽くなる、下がりつつあった油圧を補助すべく手動ポンプで油圧をかけると喜界島に向け必死に飛んだ。

 

「ヤマダ、死ぬな!必ず生きて帰れ!死んだら私は承知しないぞ!!!」

 

またあの女の声だ・・・一体なんなんだ。俺は・・・俺はなんなんだ・・・

すると上空に機影が見えた、グラマンだ・・・もう俺になすすべはない。運が悪かったのだ。敵にやられるくらいなら潔く海面に突っ込んで自爆しよう。俺は機体を裏返し海面に向かって急降下した、グラマンは俺を追うまでもないと判断したのか上空で反転した。だがここまでしてしまえばもう生きて帰ってもなんの意味もない・・・ここで死んでしまおう。

 

「ヤマダ!!!貴様はまだ分からないのか!?」

 

俺はそこでハッとした、俺はここでは死んではいけない・・・すぐに機首を引き上げ水面ギリギリを水平飛行する。翼と地面などの距離が近いと効率よく揚力が発生するのだ、敵機が戻ってこないことを祈りつつ喜界島をめざした。イサカ・・・世界が違うが、俺は絶対にここでは死んではいけない。妻の元へ帰るため、たとえ四肢がなくなろうとも生きて帰らなければならない。そのまま飛んでいると、燃料がカラになる寸前に喜界島が目に入った。あと数分飛べば・・・

 

カラカラッ・・・カラッ・・・

 

発動機が止まった。俺はすかさずフラップを下ろして機体を海面に不時着させると、上着を脱ぎ足に括りつけた。鱶(ふか)は自分より大きなものをけっして襲わないという性質がある。上着で自分自身を大きく見せるのだ、機体が沈み出した時、俺は海面に飛び込んだ。夏とは言えど冬の海は寒い・・・

 

「死ねるか・・・ここでくたばってたまるか!!!!!」

 

時々叫びながら必死に喜界島をめざして泳ぐ、4時間ほど泳いだか・・・喜界島の浅瀬に辿り着いた。俺は生きている。フラフラと立ち上がると、基地の方向に向けて歩いて行こうとしたが、俺は途中で倒れてしまった。薄れゆく意識の中で、俺はイサカの声を聞いた気がした・・・・・

 

 

 

 

 

よくやった・・・。

 

 

 

 

 

 

「ヤマダは・・・・まだ目を目を覚まさないか?レミ」

 

「まだっすね・・・本当に悪かったっすイサカ、あたしらが一緒に動いていればこんなことには・・・」

 

「お前は悪くないさ、気にするな。」

 

イサカとレミの声がする・・・俺はどうやら助かったようだが体が動かない、さっきの夢はなんだったんだ・・・そんなことはどうでもいい。意識がなくても声だけが聞こえるというのは本当らしいな・・・

 

「全くこの馬鹿者が・・・・なんで単独で動いたら怪我をして帰ってくるんだ・・・本当に・・・・この・・大馬鹿者が・・・・ヤマダぁ・・・・ううっ・・・・」

 

「イサカ・・・でもこのバカ、本当によく帰ってきたっすよ。生きて帰るって約束は果たしたみたいっすね・・・・怪我してどうすんっすか・・・ヤマダのバカ・・・」

 

なんとかして声を出したいが・・・・するとイサカが俺の手を握った、見える訳では無いが手の感覚だけはわかったのだ。

 

「早く目を覚ませ・・・お前の整備でないとどうもしっくりこん・・・今日で3日だ、こんなにも休暇を与えた覚えはないぞ・・・馬鹿者が・・・」

 

「イサカ・・・こんな時になんなんっすけど、前ちらっと言っていた戦闘機の部品盗難はまだ続いてるんっすか?」

 

「ああ、今度は色んな戦闘機に手を伸ばしたようだが粗悪品の部品と取り替えるという手口は変わっていない。同一犯・・・と言うよりかはこの前の団体が一部だけだったというのが正しいな。」

 

なっ・・・まだ続いているのか!?こんなことをしてる場合ではない・・・俺はなんとか体を動かそうとする。

 

「ヤマダ!?」

 

イサカの手を必死に握り返した、だが俺にはまだそれしか出きない・・・・

 

「お前・・・もっと早く握り返せ・・・馬鹿者が・・・!!」

 

何もない、暗い闇の中で鉄の壁に向かってもがいているようだ。それでも諦められるわけがない、必死にもがき続けていると目の前がゆっくりと明るくなってきた・・・・

 

「うぅっ・・・イサカ・・・・?」

 

「ヤマダ!!!貴様・・・・!!」

 

明るくなった視界の中には、イサカの綺麗な髪と耳飾りが映った。

 

「馬鹿者・・・大馬鹿者が・・・・!!」

 

「イサカ・・・イサカ・・・!!」

 

「お前が寝ていた3日間・・・無断欠勤扱いだぞ!!この大馬鹿者!!!うわああああ!!」

 

「悪かった・・・悪かったよ・・・・イサカ・・・!!」

 

俺を抱きしめ泣きじゃくるイサカを俺はあるだけの力で抱きしめ返した。この温かみをどれだけ待ちわびたことか・・・二度と離したくない、俺の妻だ。

 

レミ

「ヤマダぁ・・・本当に悪かったっす!あん時あたしが着いてってりゃこんなことには・・・・」

 

ヤマダ

「レミは悪くねえよ・・・くっそあの爆撃機、なんの確認もせずに旋回機銃ぶっぱなしやがって・・・・」

 

イサカ

「爆撃機?」

 

ヤマダ

「ああ・・・機種は確か・・・『四式重爆』」

 

レミ

「ちょっと待ってくださいっす、そいつってもしかして無塗装のジュラルミンむき出しだったっすか?」

 

ヤマダ

「ああ、そんな感じだった。月明かりをよく反射していたぜ?」

 

イサカ

「レミ・・・ビンゴかもな。」

 

レミ

「AI-1-129の中に残ってた弾のお陰っすねぇ・・・」

 

イサカの表情が怒りの表情へと変化した、どうやら俺が撃たれたのは誤射では無かったらしいな・・・・

 

ヤマダ

「なにか心当たりがあるのか?」

 

イサカ

「お前が撃たれた7ミリ7機銃だが、空賊がよく使うような低品質の弾だった。そういう店には心当たりがある、色々当たってみたら最近旋回銃座用に弾を買ったのはその四式重爆に対してだけだった。」

 

レミ

「おまけにウチのシマの滑走路の離着陸の履歴を調べてみたらその四式重爆があんたが帰ってくるほんのちょっと前に離陸してるんっすよ。」

 

イサカ

「滑走路の管理者に話を聞いてみたら、四式重爆の中には戦闘機の部品らしきものがぎっしり・・・本来ならきっちり梱包された上で輸送するはずなのにおかしいと思わないか?」

 

ヤマダ

「確かに怪しいが・・・それだけだと俺を意図的に撃ったという証拠にはならないぜ?」

 

レミ

「話はこっからなんっすよ、昨日たまたまヤマダを訪ねてきた住人がいたんっす。その人がなんと四式重爆の機内での会話を聞いたんっすよ。」

 

ヤマダ

「は!?どうやって?」

 

イサカ

「無線のダイヤルの周波数がたまたま一致したらしいな。本当に運が良かったんだよ。」

 

レミ

「『飴色の二一型、間違いない。コクピットを撃て。』」

 

ヤマダ

「なっ・・・?」

 

イサカ

「お前は狙われたんだ・・・」

 

ぼさっと飛んでいた俺が悪いがそんなことはあとから言われて初めてわかる。恐らく五二型の件であの集団に目をつけられたのだろう。うかつに遠出が出来なくなったわけだ・・・

 

レミ

「にしても傷口を焼いて塞ぐなんてよくやったっすね~」

 

ヤマダ

「めちゃめちゃ痛かったぞ、しかも下側の傷口は塞げなかったしな・・・」

 

イサカ

「あんな夜中に帰ってきては医者もいない、レミの酒で消毒して私が包帯で縛り付けた。お前が気絶していて助かったぞ、麻酔などなかったからな。」

 

ヤマダ

「そうか・・・また迷惑かけちまったな。」

 

イサカ

「全く・・・回復したらどつき回してやろうかと思っていたが、そんな気も起きない。この大馬鹿者め・・・・よく帰って来たな。」

 

ヤマダ

「ああ・・・ありがとう。イサカ、君はもう傷は大丈夫なのか?」

 

イサカ

「自分の心配をしろ・・・私はもう大丈夫だ。」

 

そしてイサカとレミは仕事に向かう、俺は医務室で寝ていたが何もすることなく・・・松葉杖を使って左足に体重をかけないことを条件に外出は許可されたので、格納庫まで行くとAI-1-129の様子を見に行った。7ミリ7機銃弾は俺の斜め前から風防と太ももを貫いて操縦席の床板で止まったようだ。防弾のない零戦では当たり前のことだが・・・とりあえずガラスの交換だけで済むだろう。

 

イサカ

「ここに来ると思ったぞ・・・カナリア自警団が盗難の情報をこちらに横流ししてくれているが、どこでも窃盗が急に増えたせいで部品が足りていないみたいなんだ、どうする。うちならまだ部品を大量に取り寄せることはできる。」

 

ヤマダ

「いや、部品のストックはまだある。それにうちは大手から部品を卸ろしてもらってるわけじゃないから少なくともここは品薄にならない。」

 

イサカ

「抜け目がないな・・・とりあえず四式重爆のことから犯人を追っているが何の手掛かりもないんだ、すまない。」

 

ヤマダ

「いや、君が謝ることじゃない。俺たちが思っているより窃盗団は大きい団体で動いているんだろう。」

 

すると滑走路に見覚えのある機体が降りた。

 

ヤマダ

「ローラ!」

 

ローラ

「ローラ!じゃないわよ!あなたたち何回怪我すれば気が済むの!?イサカもヤマダも!」

 

ヤマダ

「うっ・・・すまない・・・」

 

イサカ

「すまない・・・」

 

ローラ

「まったくもう!・・・ところで、部品盗難の話なんだけど。」

 

ヤマダ

「何か情報が!?」

 

ローラ

「ええ、盗まれた部品は闇市に回されて空賊の戦闘機の部品として使われているようよ。戦闘機本体を根こそぎ奪うと目立ってしまうから部品だけにしてるのでしょうけど・・・おそらく部品をすげかえられてても気づいてない人もいるから、もっと被害は大きいでしょうね。」

 

すると滑走路にレミの五二型が降りたかと思うと、レミがこっちに走ってきた。

 

レミ

「ヤマダぁーーー!!大変っす!!」

 

ヤマダ

「どうしたどうした、そんなに慌てて・・・」

 

レミ

「あんたが整備してた二一型が急降下のときに空中分解したんっすよ!!」

 

ヤマダ

「なっ・・・!?」

 

レミ

「早く来てくださいっす!って・・・無理っすよね・・・・」

 

ヤマダ

「いや、行く」

 

イサカ

「馬鹿者!お前そんな怪我で・・・」

 

ヤマダ

「俺の整備した機体が空中分解したんだぞ!?俺が頭を下げに行かなくてどうする!」

 

イサカ

「っ・・・わかった、ただし無理はしないことだ!いいな!?」

 

ヤマダ

「わかってる・・・」

 

俺はX-133に乗り込む、AI-1-129は風防の修理が終わっていないからだ。ラダーを試しに踏んでみる、左足に痛みはあるが無理ではない。いけそうだ。

 発動機を回して飛び立つと、レミの案内で空中分解があったというところへ向かう。そこは荒野のど真ん中だった・・・ ぐしゃぐしゃにつぶれた二一型を見て、操縦席の「人だったモノ」に手を合わせ機体を調べる。レミ組の子分たちが遺体を素早く処理してくれたので腐臭などの心配はなかったが、いい気分ではない。この搭乗員は孤児あがりのイサカ組の部下だった。まじめで勤勉な奴で、戦闘機の異常にもよく気付くいい奴だった。

 

ヤマダ

「本当にすまなかった・・・。」

 

イサカ

「そう思うのなら早く原因を見つけてやろう・・・お前のミスなのか、他の原因なのかを。」

 

ヤマダ

「・・・ああ。」

 

空中分解の原因は大体絞られてくる、だが真面目なこいつが二一型の急降下制限速度を超えるとは思えない。機体表面や主翼をよく見てみたが・・・ふと気になってエルロンを調べてみた。

 

ヤマダ

「あ・・・あああ・・・・!!」

 

俺は信じられないものを見た、俺はこいつの二一型のエルロンはバランスタブ付きのものに取り換えている。それは作業記録などを見れば証明できる。だが、空中分解したこの機体は・・・トリムタブだった。

 

イサカ

「ヤマダ、どうした?」

 

ヤマダ

「この二一型も・・・盗難被害にあってる・・・」

 

すると亡くなったヤツと仲の良かった搭乗員が来た、俺は搭乗員の両肩をつかんだ。

 

ヤマダ

「この人は・・・いつこのエルロンになっていましたか!?飛ぶ前の目視点検でエルロンのすげ替えは気付くはずなんです!!」

 

搭乗員

「今朝からです・・・俺も気づいたので最近の部品盗難じゃないのかと注意しましたが、『ヤマダさんに申し訳ない』といって申告せずそのままここに練習に・・・」

 

俺は機体のほうに戻るとエルロンを持ち上げる、案の定エルロンの前淵の重りの重量が足りない。これだとエルロンを操作した瞬間にエルロンが異常振動を起こして空中分解を起こす・・・

 

ヤマダ

「馬鹿野郎が・・・・なんですぐに言いに来なかったんだ・・・・馬鹿野郎が!!!!」

 

組員全員の機体を毎日見ることが出来ない・・・当たり前だがこんなことがあったときはすぐに言わないとこんなことになる。俺は悔しかった・・・もう一度そのエルロンを見てみると、ハフに塗られた塗料の下にもう一層塗料が見えた。

 

イサカ

「ヤマダちょっと待て、そのエルロンの下の色・・・・見覚えがある。」

 

ヤマダ

「なっ・・・!?」

 

イサカ

「私とレミで一度撃退した空賊の機体の色と同じだ・・・少し話を聞きに行く価値があると思わないか?」

 

ヤマダ

「ああ・・・だがどうやって?」

 

イサカ

「空賊のアジトがどこにあるかは私たちが完璧に把握しているんだ・・・零戦に爆弾を抱かせて滑走路を爆撃、アジトの中から逃げ出した空賊どもをレミ組と私の組で片っ端から確保するのはどうだ?」

 

ヤマダ

「面白そうだ。じゃああいつを使うか・・・」

 

俺たちはもう一度亡くなった搭乗員に手を合わせ頭を下げると格納庫へと戻った。左足は相変わらず痛かったが今はそんなことを気にしている場合では無い、早く手がかりだけでも掴まないと被害は増える一方だ。俺は格納庫から六二型を持ち出した。少し前にやった爆撃任務だと五三型を使ったので、こいつを実際の運用として使うのが今回が初となる。

 

イサカ

「六二型か、確か戦闘機では無いんだったな?」

 

レミ

「ええ?そんなことあるんっすか?」

 

ヤマダ

「零式艦上戦闘機六二型、分類上は戦闘機だよ。ただこいつは爆弾を抱いて敵艦に爆撃を行った後に制空戦闘の援護に行くって言う運用をされたんだ。イサカはおそらくそのことを言っているんだろう?」

 

イサカ

「ああ、たしか・・・戦闘爆撃機だったか?」

 

ヤマダ

「そうだ。この六二型には30キロ爆弾、60キロ爆弾、250キロ爆弾、500キロ爆弾のいずれかを懸吊できる。今回は空賊のアジトを爆撃するんだ、500キロ爆弾を使おう。」

 

レミ

「ひょえ〜重そうっすね・・・」

 

そして三人で作戦を話し合う、地上での空賊の確保はレミ組に完全に任せることにしてイサカ組の組員は制空戦闘に専念することになった。俺・イサカ・レミ・クロで爆弾をアジトに放り込み、サダクニさんには制空戦闘機隊の指揮をとってもらう事になった。作戦決行は・・・明日だ。

 

 

 

 

・・・・・夕方

 

ご飯を食べ終えた俺は格納庫に戻る、倉庫の奥の在庫から零戦の風防ガラスを取り出しAI-1-129の操縦席に乗ると、ぶち抜かれて割れたガラスの抑えのネジを取り外しガラスを交換した。

 

「ごめんな、痛かったよな・・・今直してやるからな。」

 

嘘のようだが左足に空いた風穴はかなり塞がり痛みもほとんど引いていたが・・・

 

「いてて・・・」

 

操縦席から降りて主翼から地面に飛び降りた時、少し痺れるような痛みが走る。やはり完全には治っていないし、戦闘爆撃のあとの引き起こしで傷口には激痛が走るだろう。

 

「まだ・・・痛むか?」

 

「イサカ・・・」

 

「全くお前は、AI-1-129の風防を交換していたのか?」

 

「ああ、いつまでも怪我したまんまだったらコイツも可哀想だろ?」

 

「だから先に自分の心配をしろと言っているんだ、全くお前は無茶ばかりして・・・」

「そんな心配しなくて大丈夫だ・・・と言っても無駄だな、本当に心配かけたな。」

 

そしてAI-1-129を一度奥に直すと、作戦で使う六二型を持ってくる。

 

「イサカ、ちょっと乗ってみてくれ。発動機の試運転をしたいんだ。」

 

「ああ、わかった。」

 

六二型は五二型丙の機体下面に爆弾懸吊架を埋め込み水平尾翼の構造を強化した機体だ。それまでの零戦と違って爆弾を切り離した後爆弾懸吊用のアダプタが残らないので空戦性能が低下しないという利点がある。水メタノール噴射装置が無いので発動機の出力が足らず長時間の旋回戦は苦手だが、燃料を使えばエネルギー保持率が馬鹿みたいに悪いわけではないので一撃離脱で速度を乗せた後に短時間の旋回戦で決着をつければそこまで劣悪な性能の戦闘機というわけではない。その代わり防弾と武装は非常に強力で乗った時の安心感は凄い。

 

「整備員前離れ、メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

六二型は五二型丙と操縦系統は変わらない、いつもの手順で発動機を回し回転数などを一通り確認するとプラグのすすを飛ばし発動機を止めた。するとシマの住人が飛び込んできた。

 

住人

「はぁっ・・・はあっ・・・イサカさん!!」

 

イサカ

「落ち着け、どうした?」

 

住人

「今街の酒場で空賊らしきヤツらが暴れてるんです・・・!ヤマダさんを出せがどうのこうのって・・・」

 

イサカ

「なんだと? 今すぐ行く、ありがとう。ヤマダ、行くぞ!」

 

そして俺とイサカは酒場へと駆け込む、そこでは15、6の少年が空賊三人に殴られていた。

 

ヤマダ

「待たせたな、ガキ相手に本気になるクソ空賊共」

 

空賊

「やっと来たか!! お前の部品を売るって言ったこのガキがすぐ壊れる部品だけ売りやがってバックレようとしてな、お前に部品を弁償してもらおうと思ってな?」

 

ガキ

「は・・・離せ!!!」

 

空賊

「お前が言ったんだろうが!? ヤマダの使ってるのと同じ部品を売ってやるってな!」

 

ヤマダ

「そうかよ・・・じゃウチの戦闘機一機でどうだ?」

 

ガキ

「なっ・・・?」

 

そして俺はウチの組の予備機の二一型が一機タネガシの滑走路にある事を伝えた。そして店主と客に詫びを入れ酒一本分の金を置いて行く、そのまま格納庫に戻ろうと酒場を後にした。空賊にタダで戦闘機をやるわけなどない、大切に整備した二一型を失うのは心苦しいが空賊が帰る前に「片付け」なければならない。するとガキがこっちに走ってきた。

 

ガキ

「あのっ・・・助けてくれて・・・」

 

俺はガキの顔を思い切り殴った。

 

ヤマダ

「馬鹿野郎!!俺はてめぇを助けるためにやったんじゃねえよ。」

 

ガキ

「で、でも・・・」

 

ヤマダ

「マフィアってのはな、顔で商売してんだ。お前を助けるためにあいつらに頭を下げるなんて出来ねんだよ。」

 

ガキ

「なら俺なんて知らないって・・・言っても良かったんじゃ・・・?」

 

ヤマダ

「さぁなぁ・・・そんな事は今お前に言われて気づいたぜ。じゃあなクソガキ、もう馬鹿なことすんじゃねえぞ。」

 

そう言って俺はイサカと一緒に格納庫に戻る道を歩いていた。

 

イサカ

「なんで私よりお前の方がカッコつけてるんだ・・・」

 

ヤマダ

「ご・・・ごめん・・・?」

 

イサカ

「全く・・・じゃあ飛行場に空賊を片付けに行くか。」

 

ヤマダ

「ふふっ、ああ。」

 

イサカ

「私がX-133に乗ってみてもいいか?」

 

ヤマダ

「おう、じゃあ俺はAI-1-129を使おうかな。」

 

イサカ

「ふふ・・・約束を果たしたな。」

 

ヤマダ

「?」

 

イサカ

「怪我が治ったら一緒に飛ぶ・・・そう言っていただろう。」

 

ヤマダ

「ああ、確かにそうだな。ただ俺の足の怪我はまだ治ってねーけどな!ははは!!」

 

イサカ

「ははは!!じゃない馬鹿者め!・・・ふふふっ」

 

俺とイサカは笑い会うと、格納庫の中からAI-1-129とX-133を滑走路に出した。12mの主翼を持つ二機は夕陽に照らされて佇む、イサカはX-133に、俺はAI-1-129に乗りこむ。

 

「ヤマダ、もういけるか?」

 

「ああ、飛ぼう。空賊が帰っちまう。」

 

「了解。」

 

イサカに続いて離陸すると、機首を滑走路のほうへと向けた。タネガシに来た人間が使う滑走路と俺たちが普段使っている滑走路は別だ。滑走路を目下にとらえると、ちょうど空賊が帰ろうとしているところだった。イサカのふったバンクの合図で俺たちは離陸した空賊の機体にダイブした。

 

「ごめんな、俺の二一型。」

 

ダダダッ・・・バキッ!!

 

零戦のもろさを実感する、7ミリ7機銃が主翼を数発貫くとたちまち燃料タンクが火を噴く、20ミリが胴体に当たれば機体は木っ端微塵だ。イサカも一機を撃墜する、ついでだ、ここで最後の一機も落としておく。

 

「イサカ!前行け!」

 

「了解!」

 

イサカはすぐに最後の一機の後ろにつく、俺はその後ろにピタリとつく。イサカが仮に弾切れや不具合で離脱した際のバックアップだ。

 

ダダッ!!ダダッ!!

 

タップ撃ち・・・連射をして銃身が過熱した後に連射をすると機銃が詰まる。それを防ぐためにトリガーを引く時間を短くして対応するのだ。空賊はほどなく荒野に落ちて行った。悪いがここのシマでゲキテツ一家にケンカを売った、運が悪かったのだ。

 

「帰ろうか、イサカ。」

 

「ああ、久々に飛んだが・・・やはり空はいい。お前の整備した零戦に乗って飛ぶ空は最高だ。」

 

「ありがとう。どうだ? 二二型は、まあ発動機はツインワスプだが・・・」

 

「同じ発動機のAI-1-129と比べても若干加速と速度の伸びがいい気がする。カウリングの形状の影響か?」

 

「栄二一型に変わってからカウリングが絞り込まれたからな。にしてもまあ俺が色々AI-1-129の部品を二二型のに変えたからX-133とAI-1-129の違いはほぼ発動機と塗装だけだな、ははは!」

 

「ふふっ、AI-1-129のエルロンを変えたのを知ったのはお前が怪我をしていた時でな・・・ちゃんと礼を言えていなかった。ありがとう。ヤマダ」

 

「よせやい・・・俺は君が安心して飛べればいいと思っただけだよ。」

 

そして俺たちは滑走路に着陸し、機体を軽く洗ったあと格納庫に収め眠りについた。久々のイサカと寝る夜である、幸せな温かみを横に抱えながら目をつぶった。

 

 

 

 

 

・・・・・翌朝

 

俺は朝早めに起きると、六二型を滑走路の一番後ろに四機押して並べた。500キロ爆弾を懸吊した六二型は滑走距離が長くなる、他の制空戦闘機隊の軽い戦闘機と同じように上昇するため一番後ろから離陸し滑走距離の終点を揃えるのだ。並べ終えて増槽燃料タンクを取りに格納庫に戻ると電話が鳴った。

 

「はいもしもし?」

 

「ヤマダ!!あんた怪我が治ってたのなら連絡くらいしなさい!ほんっと心配ばかりかけないでよ!!」

 

「シ・・・シノ!?」

 

「そうよ!あの日あんたは帰って来ないし、レミからあんたが怪我して寝たきりっていう連絡があったっきり何も無いのよ?ドタバタしてたのはわかるけど一声くらいかけてくれてもいいじゃない?」

 

「すまないな・・・ふふ、けっこう心配してくれてたんだな。」

 

「なっ・・・そんなんじゃないわよ!アコにも伝えておくわ、もう無理はしないように!!」

 

「はぁ〜い・・・」

 

「じゃあね、またこっちに遊びに来なさい。」

 

「ああ、朝早くからありがとうな。」

 

そう言って電話を切ると、レミとクロが部屋から降りてきた。

 

クロ

「一人でやるなっつってんだろ・・・手伝うぜ。」

 

レミ

「クーロ、言っても無駄っすよ〜」

 

クロ

「たしかにな。」

 

ヤマダ

「悪い悪い・・・じゃあクロはそこのジャッキにセットしてある500キロ爆弾を六二型の下面に固定してくれ。爆弾先端の風車を回さないようにな。」

 

クロ

「了解、フックに引っ掛ければいいんだな?」

 

ヤマダ

「ああ、失敗したら吹っ飛ぶから気を付けてな。」

 

クロ

「わかった、」

 

レミ

「アタシは・・・ヤ〜マダっ、誰か来たっすよ。」

 

そう言ってレミが指さした方を見ると、イサカがいた。長い足と短く切られた黒髪は美しい。

 

イサカ

「はぁ・・・お前たちご飯はどうする気だ?」

 

ヤマダ

「そういやなんにも考えてなかったぜ・・・」

 

イサカ

「そうせそんなことだろうと思ったぞ。ほら、お前達の分の航空弁当だ。六二型の操縦席に乗せておく、高度1000クーリルを超えるまでに食べてくれ。」

 

ヤマダ

「ああ・・・ありがとう・・・」

 

レミ

「ありがとうっす。ヤマダ何泣いてんっすか〜?」

 

ヤマダ

「だって・・・イサカの弁当食うの・・・久しぶりでよ・・・」

 

そして俺は150ℓ増槽を主翼に懸吊する、六二型は胴体中央部分に爆弾を吊る関係で普段の位置に増槽を懸吊することが出来ない。左右主翼下面に普段の半分の容量の増槽を懸吊するのだ。

 

ヤマダ

「レミ~、燃料入れてくれ~」

 

レミ

「了解っす~」

 

クロ

「ジャッキ使っても重てぇ・・・」

 

イサカ

「ヤマダ、何かすることはあるか?」

 

ヤマダ

「じゃあ機首13.2ミリの弾入れるか、レミ、クロも手伝ってくれ~!」

 

六二型・・正確には五二型丙から機首の7ミリ7機銃が廃止されている。三式十三粍固定機銃は米国M2ブローニング機銃の無断コピー品だが、7ミリ7より威力が高く優秀な機関砲となっている。四人で弾を積み込み終わると、制空戦闘機隊が続々と滑走路に整列し始めた。サダクニさんがいろいろと指示し、出撃準備を進めている。すると戦闘機隊の搭乗員がこちらに歩いてきた。

 

搭乗員

「今日はよろしくお願いします。全力で護衛させていただきます。」

 

ヤマダ

「こちらこそよろしくお願いします。機体の調子はどうですか?」

 

搭乗員

「快調であります。では、御武運を。」

 

前では制空戦闘機隊が発動機を回している。俺はレミとクロの機体のエナーシャを回すとイサカの機体の下に入った。

 

イサカ

「整備員前離れ!メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!!」

 

キィーーーン・・・・

 

ヤマダ

「コンタクト―――!!!」

 

発動機の回転が安定したのを見届け俺は自分の機体に戻る、サダクニさんにエナーシャを頼もうかと思っていたが後輩たちが既に発動機を回してくれていた。

 

後輩

「ヤマダさん、発動機に異常ありません。」

 

ヤマダ

「すまんな、ありがとう。」

整備員と操縦席を代わると、ブレーキを思いきり踏み込んでスロットルをあおる。プラグのススを飛ばし回転が安定したのを確認すると足元の確認用窓から爆弾がちゃんと吊られていることを確認すると操縦席を一番高い位置にセットし飛行眼鏡をかける。前の制空戦闘機隊が離陸していくのを見ながらイサカの合図を待つ。その前にフラップを20度まで下ろす、これをしないと重い爆弾と増槽を抱いている六二型はまともに離陸できない。

 

クロ

「ヤマダ!!」

 

ヤマダ

「どうした!?クロ!」

 

クロ

「今度無茶しやがったら承知しねーぞ!!イサカだけじゃなくレミにも心配かけやがって!!」

 

ヤマダ

「わかってるよ・・・お前も心配症だな!!」

 

クロ

「うるせー!!」

 

前の制空戦闘機隊がはけだしたころ、風防からスッと伸びた手を見つける。大きく左右に振られたその腕を確認すると俺たちはスロットルを全開まで開けた。それをしても耐荷重ギリギリを懸吊した六二型はなかなか離陸しない。

 

ヤマダ

「ごめんな・・・帰ったらちゃんと整備して洗ってやっからな・・・」

 

そっと操縦桿を引き離陸すると、直ぐに主脚を格納しフラップを上げる。離陸してからは空気抵抗を少しでも減らさなければ加速が出来ない、いつもの感覚で操縦桿を引くとあっという間に失速してしまう。かなり浅い角度で機首を維持しトリムタブを設定する。上空で待機してくれている制空戦闘機隊に合流すると編隊を組んで一路目的地に向かう。

 飛んでからも暇になることは無い、燃料コックを主翼増槽燃料タンクに切り替えて容量をしっかり確認しながら左右を切り替える。均等に使わないと機体に余計な負荷をかける事になるからだ。

 

レミ

「ヤマダぁ~」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

レミ

「戦闘爆撃ってことはアタシらこのお荷物捨てた後は空戦できるんっすよね?」

 

ヤマダ

「ああ、制空戦闘機隊に合流する手はずになってる。」

 

レミ

「空戦が楽しみっすよ~、空賊のアジトってことはいっぱい上がってくるんっすよねたぶん~」

 

イサカ

「油断するなよ、レミ。いくら相手が空賊といってもどの戦闘機を使っているかわからないんだからな。」

 

レミ

「わかってるっすよ~」

 

増槽燃料タンクの残量には常に目を光らせなければならない。右の残量が半分になったところでコックを左に切り替える、今回誘導はサダクニさんに任せているので航路計算をしなくていいのはかなり気が楽だ。

 

ヤマダ

「クロ、聞こえるか?」

 

クロ

「ああ、はっきり聞こえる。」

 

ヤマダ

「言わなくてもいいと思うが・・・レミを守ってやってくれ。」

 

クロ

「誰に向かって言ってんだ、お前こそしっかりイサカを守ってやれ。」

 

ヤマダ

「ふふっ、ああ。」

 

そうこう言っていると増槽燃料タンクが左右ともカラになった。外翼燃料タンクにコックを切り替え増槽を捨てる、これだけで相当軽くなるのだ。当然だ、300キログラムが一気に抜けるのだから。

 

レミ

「やっと機体がちょっと軽くなったっす~」

 

イサカ

「やはり耐荷重ギリギリの零戦は重かったな・・・」

 

するとサダクニさんの零戦がバンクを振り7ミリ7機銃を撃った、「敵機発見」の合図だ。俺は半装填で留めていた機首の13.2ミリ機銃を完全装填し胴体内燃料タンクにコックを切り替える、風防がしっかりと閉まっていることを確認して備える。すると一斉に横の零戦が増槽を捨てた。

 

レミ

「始まったっすよ!!」

 

イサカ

「周りは任せたぞ・・サダクニ」

 

前からダイブしてきた機体は零戦二一型だった。まあエルロンがそれだった時点でだいたい察しはついていたが・・・あのエルロンを使っているならこの空賊の対策は簡単だ。

 

ヤマダ

「イサカ!レミ!クロ! もし爆撃地点についても空賊が引っ付いていた時はそのまま急降下しちまえ!」

 

イサカ

「なぜだ!?急降下中なんて一番の的だろう!?」

 

ヤマダ

「イサカ、あの空中分解した二一型を覚えているか!?」

 

イサカ

「あ、ああ・・覚えているが?」

 

ヤマダ

「こいつらはあの二一型と同じエルロンを使ってんだ!俺たちの急降下にはついてこれない!」

 

イサカ

「そういうことか・・了解!!」

 

二一型はエルロンの前後重量不均等が原因で空中分解事故を起こしている。そしてその対策が施されるまで二一型に課せられた急降下制限速度は・・・約540km/hだ。主翼が長く抵抗が大きいため急降下した時の加速も六二型とは違う。

 

イサカ

「降下地点だ!行くぞ!!」

 

俺たちは機体を裏返し急降下に入る。カウルフラップを閉じスロットルを絞ると重力に引っ張られ六二型は加速し出す。何も考えずついてきた空賊の二一型が俺の横で一機バラバラになった。無理をするからだ・・・馬鹿め。射爆照準器をしっかりと覗き滑走路を狙う。

 

1000・・・800・・・600・・・400・・・200・・・今だ!!!

 

ガシャンッ・・・・・・!!

 

機体が軽くなる、速度は700km/hに達していた。六二型は水平尾翼が強化されているのでこの速度からの引き起こしでも機体はびくともしない。機体は・・・・な。

 

ヤマダ

「うおおおおお!!!!!」

 

強烈なGで失神しないように声を上げながらスロットルを開け操縦桿を思いきり引き付ける。爆風の範囲から逃げないといけない。

 

クロ

「ヤマダ!うるせえ!」

 

ヤマダ

「これやらねーと失神すんだよ!今度は俺たちのターンだ、行くぞ!!」

 

俺はイサカと二機編隊を組むと低空にまで高度を墜とした二一型を狙う。爆弾が爆発してめちゃくちゃになった基地から逃げ出す空賊の残党をレミ組の地上部隊がどんどん捕まえていた。

 

ヤマダ

「うわぁ・・・すっげえ。」

 

レミ

「アタシの組は腕っぷしが自慢なんっすよ~」

 

ヤマダ

「流石だな、レミ」

 

イサカ

「私たちも行くぞヤマダ!こっちは連携で勝負だ。」

 

ヤマダ

「おうよ、任せとけ!!」

 

低空で速度を失った二一型をどんどん片付けていく。ある意味地上で逃げだした奴らは幸運かもしれない、この空で撃墜されることはほとんど死を意味するのだから。空賊を片付け終えると、俺たちは地上で活躍してくれたレミ組の組員たちに大きくバンクを振った。今できる最高の敬意の表し方だ。

 

イサカ

「ふう・・・帰ろうか。」

 

ヤマダ

「ああ、そうだな。」

 

レミ

「もうへとへとっすよ~」

 

クロ

「メシが喰いたい・・・」

 

ヤマダ

「お前イサカの航空弁当食ってねーのか!?」

 

クロ

「いや、すごくうまかったが・・・腹減った。」

 

ヤマダ

「空戦の腕もいっちょまえだが食い意地もいっちょまえだな・・・」

 

軽くなった機体で高度を上げ、サダクニさん達と合流する。皆バンクを振って快く迎えてくれた。

 

サダクニ

「組長、お疲れ様です。」

 

イサカ

「私だけじゃなくて皆にも言ってやってくれ。皆の協力が無ければ爆撃を成功させることすらままならなかった。ありがとう。」

 

すると俺の横に一機の二一型が寄ってきた。出撃前に話しかけてきた搭乗員だった。

 

搭乗員

「ヤマダさん!お疲れ様です、爆撃お見事でした。」

 

ヤマダ

「ありがとうございます。貴方も見事な空戦でしたよ、あなたの機体を整備できると思うと鼻が高い。」

 

搭乗員

「もったいないお言葉です・・・ありがとうございます!」

 

燃料タンクを外翼タンクに切り替え編隊を組む。空賊たちからの「お話」を聞くのはレミ組に任せてくれということなので、明日一日は久しぶりにイサカと二人でゆっくりとした一日を送れそうだ。

 

ヤマダ

「イサカ、明日の朝格納庫の裏の水場に来てくれ。面白いものを見せるよ。」

 

イサカ

「ほう?それは楽しみだ。」

 

ヤマダ

「かなり珍しいもんだが・・・俺たちにとってはすごく馴染みがあるかもな。」

 

イサカ

「そこまで言われると楽しみが無くなってしまう、明日に取っておこう。」

 

そして俺たちは滑走路に降りた。六二型を先に格納庫にいれると、他の制空戦闘機隊の二一型を別の格納庫の駐機位置に移動させる。機体の事後整備を後輩たちに任せ、俺たちは自分が乗っていた六二型を洗ってやった。排気管の後ろについた汚れをこそげ落として薬莢排出口から出ているすすを綺麗に落とす。それが終われば夕陽に当てて天日干しだ。水滴を完全に飛ばしてやらないと機体が腐食してしまう。

 

ヤマダ

「よっし・・綺麗になったべ」

 

イサカ

「なあヤマダ、六二型のカウリングなんだが少し上下に大きく無いか?」

 

ヤマダ

「ああ、水メタ噴射を搭載する関係で気化器への空気導入口がでかくなったからな。」

 

レミ

「ていうかスピンナーもやたらでっかくないっすか?」

 

ヤマダ

「それも正解だな。五二型乙からだがでかくなってる。プロペラピッチ変更機構が大型化したからな。」

 

そして綺麗になった六二型を格納庫に戻した。

 

ヤマダ

「よし、飯でも食いに行くか!」

 

クロ

「俺も出すぜ、ヤマダ。」

 

ヤマダ

「マジか、助かる!」

 

イサカ

「何にするんだ?」

 

レミ

「寿司とかどうっすか〜寿司〜」

 

ヤマダ・クロ

「あんな高いのん食えるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

・・・翌朝

 

俺は一足先に布団から出ると格納庫の裏の水場へと歩いていった。浅瀬に「それ」は浮かんでいる。俺はその機体にかかっているカバーを剥ぎ取った。それと同時に俺は叫ぶ。

 

ヤマダ

「ベッグ!ロイグ!居るのはわかってんだ、出てこい!」

 

すると後ろから二人は出てきた、そりゃそうだ。俺たちが使う滑走路に堂々と降りて格納庫の横にあの目立つ機体を止めていればいやでも気づく。

 

ベッグ

「もしかして・・・その二式水戦ってヤマダのなのだ?」

 

ロイグ

「私はそんなこったろうと思ってたけどね・・・」

 

ヤマダ

「仮にこれが俺のじゃなかったとしてだ、フツー俺達ゲキテツ一家の関係者しか使わねー滑走路に堂々と機体を止めるか?」

 

ロイグ

「えっ? あそこってタネガシの滑走路じゃないの?」

 

ヤマダ

「そうだとしたら俺があんなに好き勝手機体を飛ばせるわけねーだろ・・・」

 

聞いてみれば目撃情報だけを頼りにこの二式水戦を見つけ盗んでやろうと来たらしい。うちの格納庫の裏手にある時点で俺の機体だと気付きそうなもんだが。

 

ヤマダ

「とりあえず帰った帰った、今日はイサカと二人で過ごせる貴重な休日なんだよ。」

 

ベッグ

「せめて飛んでる所を見たいのだ〜!」

 

ヤマダ

「今度見せてやっから!お互い怪我も治って久々の休日なんだ、二人にしてくれ!」

 

イサカ

「まあ良いじゃないか、飛んでるところくらい見せてやろう。」

 

ヤマダ

「むがああああ!! なんでこうなるんだよ!!」

 

そしてイサカ、ロイグ、ベッグを連れて機体のそばによる。

 二式水上戦闘機は島に飛行場を設営し終えるまでの間の制空戦闘用に開発されたのだ。海も川も無いイジツでは何の需要もなく無用の長物と化してしまい、設計図すらどこにあるかわからない代物だったが工廠跡を漁っていた時に設計図と寸法票が出てきたので、零戦二一型を改造して製作したのだ。ここの格納庫の裏に水場があったのも幸運だった。こいつの愛称は「下駄履き零戦」だ。

 

イサカ

「面白いものというのはこれのことか・・・お前が見ていた零戦の写真集で見たことがある。」

 

ヤマダ

「格好いいだろ?」

 

ロイグ

「水の上から飛べるってロマンあるわねぇ、性能的にはどうなのよ?」

 

ベッグ

「見た感じ下の浮きは切り離せないのだ?」

 

ヤマダ

「ああ、下の浮き・・・フロートは切り離せない。」

 

二式水戦は零戦の主脚、尾輪を撤去してフロートを取り付けた水上戦闘機だ。フロートがついたことによって機首のすわりが悪くなるのを防ぐためにラダーが大きく改修されている、その他に増槽を懸吊出来なくなることの対策として主フロート内部に330リットル燃料タンクを搭載しているが、それら以外はほとんど零戦と変わっていない。

 

ロイグ

「あら?二式水戦には20ミリは無いのかしら?」

 

ベッグ

「ベッグも気になってたのだ、20ミリの銃口が無いのだ~」

 

ヤマダ

「ああ、こいつには20ミリも7ミリ7機銃も積んでない。主翼・胴体内の機銃取付台や薬莢排出口は残したままだがこの機体に機銃を搭載する予定はない。」

 

イサカ

「ふふ、お前の言いたいことはなんとなくわかるぞ。あくまでこの機体はユーハングの技術を忘れてしまわないための遺産として残したいんだろう?」

 

ヤマダ

「ああ、今空戦で使ってるAI-1-129、AI-3-102、X-133、61-120、61-121、61-131の機銃もいつか下ろす予定だ。」

 

ロイグ

「なんでそんなもったいない・・・イジツで機銃が無い戦闘機なんて何の役にも立たないわよ?」

 

ヤマダ

「だろーな、だがいつかはあいつらにも限界が来る。その時は普通使える部品をはぎ取って他の機体に乗せ換えるんだが俺はそんなことをしたくない。いつでも飛べる状態にして保存してやりたいんだよ。零戦はユーハングの技術の結晶だ。」

 

ベッグ

「それだけヤマダはあいつらが大切なのだ・・・それもいいと思うのだ!」

 

イサカ

「私も賛成だ、あいつらには思い入れがある。それに機体によってはヤマダが必死にユーハングで活躍していた時を再現したのもある。一線を退く時期になったら機銃を下ろして大切に保存してやろう。」

 

ヤマダ

「ああ・・・だがイサカ、君の波模様の零戦はいつまででも前線で張れるように整備してやるよ。いや、ゲキテツ一家の幹部の機体は一機たりとも一線を退かせてやんねーよ、ハハハ!!」

 

イサカ

「ほう? 期待しているぞ。ふふふっ」

 

俺はイサカを操縦席に乗せる。俺はもう何度か操縦しているので操縦安定性は確認済みだ。

 

イサカ

「おお、7ミリ7機銃が無いとすっきりしているな。それに照準器もないのだな。」

 

ヤマダ

「ああ、あくまで二式水戦のポテンシャルを再現したかったからな。飛行に必要が無い機銃や照準器、爆弾懸吊機能も無い。」

 

イサカ

「ん・・・? セルモーター始動か、ここだけはオリジナルと違うんだな。」

 

ヤマダ

「本来なら浅瀬に引き上げてエナーシャを回した後に水の中に押し込むんだがな・・・そんなことしてられないだろ?」

 

イサカ

「まあ・・そうだな。発動機回してみてもいいか?」

 

ヤマダ

「ああ、勿論。」

 

ユーハングで運用されていた時、二式水戦は空戦で失われるよりも低気圧などの自然災害で失われることのほうが多かった。アリューシャン列島にまだ飛行場が完成していなかったとき、ユーハングは島の住人たちと交流をし時には物資をバナナなどの果実と交換しながら二式水戦を整備し運用したのだ。基本的に水から上げることは無いので給油などは不便ではあったが、そこそこの水深があれば離着陸が可能な二式水戦は活躍した。零戦から受け継がれた機動性は素晴らしく、20ミリの火力で爆撃機や時には単発戦闘機を撃墜しユーハングの空と海を守った。

 

カラッカラッカラッ・・・バラバラバラバラ!!!!

 

発動機を回すとプロペラ後流によってすさまじい水しぶきが後ろに跳ね上がる。水面をフロートで進むのははタイヤで地面を駆けるよりも抵抗が大きいので加速が少しだけ遅いが持ち前の大きな主翼に風を受け二式水戦はふわりと空に浮かび上がる。引き込み脚が廃止されその分軽くなっているので、フロートがあっても乾燥重量は200キログラムしか増加していない。

 

ロイグ

「へぇ?以外に軽く飛ぶものね、もっともっさりした動きかと思ったわ。」

 

ヤマダ

「あいつはほぼ零戦だ。全備重量だと零戦から122キログラムしか増えてないんだぜ?」

 

ベッグ

「零戦が増槽を抱いた時のほうが軽いのだ?」

 

ヤマダ

「ああ、なんならあいつは機銃を搭載してない分さらに軽い。」

 

そこそこ高度を取ったイサカは空中である程度の空戦機動を行う、主翼の下に大きなフロートを吊った二式水戦はそのシルエットに見合わず蝶のように空を舞った。二式水戦の着水速度はおおよそ111キロ、フロートによって主翼下面の気流が乱れるにもかかわらず零戦の失速速度とほぼ同じなのだ。こういう所をとっても二式水戦がいかに優秀な改造機だったかがわかる。

 

ベッグ

「ベッグも欲しいのだ~!」

 

ヤマダ

「じゃあ設計図の写しをやるからあとは自分で何とかしてくれ・・・」

 

ロイグ

「悪いわね~ ベッグのわがままを聞かせるだけになっちゃったわ」

 

ヤマダ

「そのまま持っていかれるよりかはましだからな・・・」

 

イサカは十分に減速し着水する、大した広さは無いのであまり真ん中の方で止まると離陸できなくなってしまうがそれを心得てくれていたようで端ギリギリのところに着水し止まった。水にバシャバシャと入ってゆきフロートを押して機体を座礁させる。イサカが操縦席から飛び降りてきた。

 

イサカ

「飛んでしまえばフロートがあることを忘れてしまうくらい軽く動くな、少々ならフラップを下げて揚力を稼げる。敵が爆撃機であれば20ミリで爆散させられそうだ。」

 

ヤマダ

「いい機体だろ?」

 

イサカ

「ああ、機体の格好も特徴的で私は好きだ。海がイジツにもあれば運用の余地もあったかもしれないな。」

 

ヤマダ

「まあ無いものをねだっても仕方ねーよな。それでなイサカ、何か気付かないか?」

 

イサカ

「ん? よくできているとは思うが・・・」

 

ヤマダ

「俺のコレクションがついに 一一型・二一型・三二型・二二型無印/甲・五二型無印/甲/乙/丙・五三型・六二型・二式水戦と揃ったんだ、栄発動機を搭載したA6Mシリーズが全部そろったんだよ。」

 

イサカ

「全く・・・で、いつやるんだ?」

 

ヤマダ

「え?」

 

イサカ

「え?じゃないだろう、その機体全て駆り出して編隊飛行でもするつもりだったんだろう?」

 

ヤマダ

「・・・イサカ!」

 

イサカ

「おいっ!こんなところで抱き着くなっ!!」

 

ヤマダ

「搭乗員集めから始まるな~!いつやる?誰に見せる?楽しみだぜ~」

 

イサカ

「子供か!!別に私は今日でもいいぞ?」

 

ヤマダ

「流石に気がはえぇよ・・・部品盗難の事件がひと段落したらやろうぜ!」

 

イサカ

「ふふっ、ああ。」

 

 

 

 

そしてロイグ達と共に滑走路の方へ戻る、ついでなのでイサカにも鍾馗を見せてやってくれとロイグに伝えると快く了承してくれた。

 

イサカ

「機首から本当に急に細くなっているんだな・・・ 隼よりも頭でっかちに見えるが操縦性はどうなんだ?」

 

ロイグ

「操縦安定性は最高よ、水平尾翼よりも後ろに突出した垂直尾翼のおかげですわりがいいから一撃離脱もし易いわ。なんならちょっと乗ってみる? どうせ私達も暇なのよ。」

 

イサカ

「良い機会だしお言葉に甘えようかな・・・」

 

ベッグ

「仕方ないのだ、ベッグがエナーシャを回してあげるのだ〜」

 

そして俺は機体をぐるりと見回る、すると主翼燃料注入口に開けた後があった。普通の事ではあるが横に零れたガソリンがまだ新しい。そしてその横にこびり付いた粉は甘かった。

 

ヤマダ

「ロイグ!この鍾馗、いつ燃料を補充した?」

 

ロイグ

「えーっと、ここに来る前だから朝かしらね。あっ丁度いいわ、燃料分けてちょうだい?」

 

ヤマダ

「ああ、満タン分けてやるよ・・・これを見てみな。離陸は中止だ。」

 

イサカ、ロイグ、ベッグは一斉に燃料給油口をみる。粉に気づいたイサカが指で掬って舐めていた。

 

イサカ

「うっ・・・甘い?」

 

ヤマダ

「ああ、ただの砂糖だ。」

 

ロイグ

「砂糖?そんなもの盗んでないわよ?」

 

ヤマダ

「疑ってねぇよ・・・こいつは燃料タンクに砂糖を入れられてるんだ。」

 

ロイグ

「変なイタズラするわね・・・」

 

ヤマダ

「ユーハングで流行ってたんだ、自動車のガソリンタンクに砂糖を入れたらエンジンが壊れるってな。」

 

ベッグ

「確かに砂糖をエンジンが吸ったら中で焼き付いて壊れてしまうのだ、悪質なイタズラなのだ!」

 

ヤマダ

「まあそんなことは滅多にないんだがな・・・この砂糖を発動機が吸いたかったら主翼内燃料タンクを使い切らないといけない、それに吸ったら焼き付く前に気化器のパイロットスクリューに砂糖が詰まって燃料が行かなくなり発動機が空中で止まるぜ。誰かと一緒に飛んでなかったら荒野の真ん中で寂しく野営だな。」

 

ロイグ

「ここからインノまでは地味に遠いから・・・ありがとねヤマダ、結構大量に分けてもらうことになりそうだし燃料代はちゃんと払わせてもらうわ。」

 

そして機体の全てのタンクからガソリンを抜き新しいガソリンに入れ替えた。抜いたガソリンの中には案の定砂糖が入っていた、ガソリンと砂糖は混ざらないのですぐに分かるのだ。ついでにオイルもと思いオイルを全て抜くと俺はオイル交換の時に必ずやっている事をしに行った。

 

イサカ

「何してるんだ?」

 

ヤマダ

「オイルを灯油で洗ってるんだ、この後フィルターで濾したらオイルに入った不純物だけが出てくるんだよ。」

 

イサカ

「ほう・・・いつもこんな手間のかかることをやっているのか?」

 

ヤマダ

「空冷エンジンの戦闘機はオイル命だからな、それに簡単に見つけれる変化を見落として愛機を殺したくないだろ。

 

イサカ

「今度でいいからやり方を教えてくれないか?私も自分で交換する時に出来るようになりたい。」

 

ヤマダ

「勿論いいぜ、自分の愛機の不調は自分が一番気づくからな。」

 

イサカ

「私も少しでも自分で整備点検出来るようにしないと愛機に申し訳が立たないからな・・・それにお前の事を少しでも手伝えるようになりたいんだ。」

 

ヤマダ

「嬉しいよ・・・君は本当に良い女性だ、誇りに思う。」

 

そして濾したオイルを捨て、フィルターを見てみる。若干の金属粉が見えるが好調の範囲だろう。だが・・・これは金属粉じゃない・・・?

 

ヤマダ

「イサカ、これなんだと思う?」

 

イサカ

「うーん・・・砂か・・・?」

 

ヤマダ

「まずいな・・・」

 

そして俺たちは一度ロイグとベッグの元へ戻ると事情を説明し鍾馗を格納庫の中に入れ、分解作業を始めた。貴重な休日が結局作業で終わることになりそうだ。

 

ヤマダ

「すまないなイサカ、せっかくの休日なのに・・・」

 

イサカ

「気にするな、私はこうしてお前と話せているだけでも幸せだ。」

 

そしてパネルを全て外すとカウリング取り付けステーを全て外す。陸軍機はスナップオンパネルになっており発動機全体を露出させるには少し手間がかかるのだ。簡単な整備ではスナップオンパネルで十分だが、大掛かりな作業の時は零戦のようなカウリングの方が有利である、それぞれ一長一短だ。

 

ロイグ

「まさかヤマダが私の鍾馗をばらすことになるとは思わなかったわ。」

 

ヤマダ

「怪しいところを見つけた飛行機をそのまま帰す訳にはいかねぇだろ・・・ウチは海軍機専門なんだがな。」

 

ベッグ

「嘘つくななのだ、零戦以外がここに入ってるの見た事も聞いたこともないのだ!」

 

ヤマダ

「いちおーフィオの紫電とかシアラの雷電も整備したことあるんだがな〜 あいつらなかなかここに持ってこねェんだよ・・・」

 

そして発動機を露出させるととりあえず気化器を外す。砂と来れば大概の原因はここにある、インノの方に飛んだヤツは大体こうなっているのだ。

 

ヤマダ

「どーせこんなこったろうと思った、ロイグ、最近砂嵐かなんかにあたっただろ。」

 

ロイグ

「今日飛んでたら一回出くわしたわ・・・死ぬかと思ったわよ。」

 

ヤマダ

「恐らくそんとき砂を吸ったんだよ。で、その砂の圧力でぶっ壊れたのがこれだ。」

 

気化器の導入経路には砂やホコリ、火山灰などを発動機の中に吸い込んでしまわないようにメッシュが張られている。だがロイグの鍾馗はそのメッシュに穴が空いていた。これでは砂をもろに吸い込んでしまう、飛んだ時間がまだ短かったので助かったが、このまま飛んでいると発動機の中が傷だらけになり使い物にならなくなっていただろう。

 

ヤマダ

「さあー問題だぜ、タネガシは海軍機が多いから陸軍機の部品を扱ってる店は少ないんだ。どーするか」

 

イサカ

「虱潰しに店を回るしかあるまい・・・他の気化器の部品を流用できたりしないのか?」

 

ヤマダ

「あー・・・その手があったな。出来るか見てみよう。」

 

部品在庫から気化器の部品を持ってくる、あてがってみたが所謂似て非なるもので流用は不可能だった。結局1日かけて部品屋を回り1つだけ残っていた鍾馗の気化器の部品を持って帰ってきた、世の中上手くいかないもので気化器本体でしか売ってもらえなかったのだ。

 

ヤマダ

「むがぁぁぁぁ〜 まあ仕方ねえか〜」

 

ロイグ

「ちゃんとお金は出すわ・・・結構痛いわね・・・」

 

ベッグ

「色んな部品があったのだ〜」

 

結局作業が全て終わったのは夕方になってからだった。組み直してカウリングを取りつける前に試運転だ、ロイグに操縦席を任せエナーシャを持って機体の下に潜る。

ロイグ

「始動準備ー!!」

 

ヤマダ

「点火ーーっ!!」

 

鍾馗に搭載されているハ109は栄発動機のボアストロークを増大させた発動機である。空冷星形14気筒のままでボアストロークを増加させ出力向上を狙ったという点では、三菱の瑞星発動機と金星発動機(火星発動機)の関係性に似ている。海軍の機体に採用されていないのでハ番号名称しかないが、鍾馗に驚異的な上昇力と速度を与えた名発動機だ。

 

イサカ

「調子よく回っているように見えるが!!」

 

発動機の音が大きいので叫ぶようにしないと会話が聞こえない。

 

ヤマダ

「恐らくもう問題ない!!ロイグ!!!」

 

ロイグ

「はいは~い!」

 

そうして発動機を止めてカウリング類をすべて組みなおす。ベッグが居たのでかなりはかどったがそれでも組みあがったころには日が暮れかけていた。

 

ヤマダ

「ふぅ・・・終わった終わった~」

 

ロイグ

「悪いわね・・・貴重な休日だったんでしょ?」

 

ヤマダ

「まぁ~気にすんな。またなんか解決できなかったら持って来いよ、見てやっから。」

 

ベッグ

「ベッグの仕事が減るのだ~!」

 

そうしてロイグ達を見送ると、散らかった格納庫をイサカと二人で片付けた。工具などをすべて工具箱に直し床にこぼれたガソリンやオイルを綺麗にふき取る。すると

 

イサカ

「ヤマダ、あの二式水戦とAI-3-102で街の上を編隊飛行してみないか?」

 

ヤマダ

「いいな、面白そうだ。住人たちは何人気付くかな。」

 

イサカ

「見てもらいたかったら日が暮れる前に行くぞ!どっちが先に空に上がれるか競走だ!」

 

そう言ってイサカは二式水戦の方へと駆けていく、子供のようにはしゃぐイサカの意外な一面に驚きながら俺は機体に飛び乗った。後輩にエナーシャを任せタキシングで滑走路に出た。

 

ゴオォォォォォ・・・!!!

 

開けた風防から水滴が入ってくる。上を見上げるとイサカの操縦する二式水戦が低空で飛んでいた。俺も急いで離陸する、日が暮れてしまっては着陸・着水がやりにくいのだ。

 

イサカ

「ふふっ、私の勝ちだな。」

 

ヤマダ

「そんなに二式水戦が気に入ったのかい?」

 

イサカ

「ああ、このユニークな外観と機動性が特に気に行った。これからもたまに乗ってもいいか?」

 

ヤマダ

「ああ、もちろんだ。」

 

速力の遅い二式水戦に合わせスロットルを絞り綺麗な二機編隊を組む、零戦と二式水戦の編隊など聞いたことが無いがこの組み合わせの編隊飛行もなかなかオツなものだ。二式水戦には零戦にある頭部保護支柱やクルシーが無く風防内部がスカスカである。地味な利点だがアンテナ支柱しかないので二式水戦は後方視界が半端ではなく良いのだ。

 

イサカ

「ふぅ・・・日も落ちてきたな。」

 

ヤマダ

「あの水場には着陸案内灯とかないからそろそろ帰るか。真っ暗になられたら着水できねーぞ。」

 

イサカ

「ああ、ありがとうな。ヤマダ」

 

ヤマダ

「いいんだよ、むしろ気に入ってくれて俺のほうが嬉しいくらいだ。」

 

そして俺たちはそれぞれ着水・着陸すると、明日の身支度をしておくと眠りについた。

 

 

 

 

・・・・・翌日

 

次の日になったと言ってもレミが聞き出した情報を持ってくるまでは何もできない、にしても捕まった空賊の行く末が気になる。コンクリ詰めにされて空賊どもが消えでもすればそれはそれで話のネタにはなるが・・・あまり深くは考えないでおこう。格納庫に降りていつも通り機体の整備をする。予備の発動機が届いたので61-120はもう稼働可能な状態にある、AI-1-129と同時に61-120も入念に整備しておく。やっと俺の本来の愛機で飛べるのだ。

 

イサカ

「61-120、もう飛べるのか?」

 

ヤマダ

「勿論だ、栄三一型甲が意外になくてな・・・探すのに苦労したぜ。」

 

イサカ

「こっちだと三二型があるからな・・・」

 

ヤマダ

「栄三一型甲だと誉と共通部品があるから生産でも有利なはずなんだがな~、イジツはよくわかんねーや。」

 

プロペラスピンナを機体上面色と同じ色に塗装し、日の丸の白い縁は無い。荒野であるイジツだと上面色が緑の機体は目立ってしまうが、どうせ日の丸をつけている時点で目立ちまくっているのだ。仕方あるまい。すると珍しく朝早くにレミが駆け込んできた。

 

レミ

「いやー、なかなかオイシイ情報が聞けたっすよ~」

 

ヤマダ

「一応聞くんだが・・・空賊の皆さんは?」

 

レミ

「企業秘密っす~」

 

ヤマダ

「はい・・・」

 

レミの話によると、窃盗団はいろいろな空賊に盗んだ上質な部品を売りつけ交換で出た質の低い部品を盗んだ機体に取りつけていた。なかなかに空賊に高圧的な態度で接していたこともありコロッと吐いたそうだ。結局のところ模倣犯のような輩だらけで、大きなつながりのある組織がやっているわけではなかったようだ。悔しいかなその都度調べて締め上げるしか方法はなく、俺の機体から部品を持って行っていた奴らも俺たちが片付けたF6Fで終わり、腹立たしいが・・・部品盗難はこれからもなくならないだろう。

 

ヤマダ

「なーんか・・・釈然としねーなぁ・・・」

 

レミ

「まあ仕方ないっすよ・・・」

 

ヤマダ

「まあ空賊程度の資金力ならそうでもしねえと機体を運用できねーんだろう。」

 

イサカ

「まさかこんなもやもやした形で終わるとはな・・・」

 

レミ

「まぁ・・・ねぇ・・・」

 

イサカ

「はぁ・・・ヤマダ、搭乗員は何人いるんだ?」

 

ヤマダ

「へ?」

 

イサカ

「零戦を全機飛ばすって話だ。こんなもやもやした形で終わるのもしゃくだし最近いざこざが多くてシマの住人も元気がないんだ。少しは派手なことをやってみようじゃないか?」

 

レミ

「じゃあついでにアタシのシマの上も飛んでくださいっす~ 子供らも喜ぶと思うんで!」

 

ヤマダ

「よっし・・・やるか!」

 

そして話し合いと予定の確認の結果。一一型はローラ、二式水戦はイサカ、二一型は俺、三二型はニコ、二二型はサダクニさん、二二型甲はクロ、五二型無印はレミ・・・・までは決まったがそのあとが足りない。どうしたものかと悩んでいると電話が鳴った。

 

ヤマダ

「はいはい~」

 

シノ

「ずいぶん気の抜けた返事するわね・・・」

 

ヤマダ

「いろいろひと段落ついて疲れてんだよ・・・なんかあったんかい?」

 

シノ

「いや特に何もないわよ、何してるのかなと思っただけでね・・・盗難事件のこと、何か手伝えることはあるかしら?」

 

ヤマダ

「・・・ああ!大ありだぜ!今すぐこっちに来てくれ!」

 

シノ

「そんなに急ぎなの・・?わかったわ、アコとそっちに行くわね。」

 

よし、これで五二型甲、五二型乙の搭乗員は確保できた。あとは五二型丙、五三型、六二型だ、後三人・・・・

 

イサカ

「コトブキ飛行隊の何人かに仕事として頼んでみないか?彼女たちなら腕も確かだ。」

 

ヤマダ

「そうするか、だーがだれを呼ぶか・・・」

 

レミ

「キリエ、エンマ、レオナさんでどうっすか~? 一人はしっかりしてるかどうかは微妙っすけど、三人とも操縦の腕は確かっすよ。」

 

イサカ

「私から連絡しておこう、どうせ今日は急すぎてできないだろうな・・・レミ、明日開催のビラを作ってシマにバラまいてやってくれないか?」

 

レミ

「あいあいあっす~!」

 

そして俺は一一型~六二型まで、全ての機体を格納庫の前に引っ張り出すと一機ずつ機体を洗ってやる。全ての機体の発動機が好調なのはチェック済みだからあとは見た目をビカビカにして展示・飛ぶだけだ。

 

クロ

「似たような機体ばっかりだな・・・」

 

ヤマダ

「うるせーな、皆個性があるんだよ!ってか来てたのか、クロ」

 

クロ

「ああ、全く。道具貸せ、俺も手伝うよ。」

 

ヤマダ

「マジかよ、助かるぜ。」

 

一一型から二二型甲までを洗い終え、五二型シリーズに入る。

 

クロ

「二二型甲ってのに俺が乗るのか・・・」

 

ヤマダ

「ん?五二型シリーズのどれかのほうがよかったかい?」

 

クロ

「いや、新鮮だから悪い気はしねえよ。にしても五二型は無印から乙までの違いがさっぱり分からねえよ・・・ヤマダ、お前どうやって見分けてんだ?」

 

ヤマダ

「五二型無印は主翼下のドラム弾倉のフェアリング、五二型甲は20ミリ機銃の根元のフェアリング、五二型乙は13.2ミリ機銃のでっかい銃口だな。」

 

クロ

「言われてみれば・・・全然わかんねぇ・・・」

 

ヤマダ

「まあイジツだと五二型は無印ばっかりだからな・・・さ、とっとと洗うぞ。もう昼過ぎだ、ちんたらやってたら日が暮れちまう。」

 

結局すべての機体を洗い終えたのは夕方近くなっていた。だが夕陽に照らされて滑走路に佇む名機達は、どこか嬉しそうに見えた。機体についた水滴を乾かすために外に出しておこう。そう思って格納庫の扉を閉め、外に止めた零戦シリーズを眺めていた。これで酒が飲めるくらいに・・・美しい。

 

シノ

「ヤマダ!来たわよ!!」

 

ヤマダ

「びっくりした!!」

 

アコ

「零戦が全部・・・すごいですね。」

 

シノ

「で、私たちは何を手伝えばいいのかしら?」

 

ヤマダ

「明日ここにある零戦全て駆り出して編隊飛行するんだ、だからシノには五二型甲を、アコには五二型乙を飛ばしてほしんだよ。」

 

シノ

「まさか・・・それだけ?」

 

ヤマダ

「おう!!」

 

シノ

「おう!!じゃないわよ!」

 

結局シノには数分間どやされ続けたが、なんだかんだで引き受けてくれることになった。優しい。ずっと連絡と予定のすり合わせをしてくれていたイサカと、ビラをばらまいていたレミが作業を終えて戻ってきた。すると滑走路に見覚えのある隼が三機降りた。今日電話して今日来るとは・・・

 

レオナ

「レミ、久しぶりだな。」

 

レミ

「お久しぶりですっす~、おへやではしるくん。しっかり使ってくれてるっすか~?」

 

キリエ

「うわぁ~ どうせこんなことだろうとは思ってたけどすごい数の零戦だね・・・」

 

エンマ

「お久しぶりですわね、イサカさん。」

 

イサカ

「久しぶりだな、元気そうで何よりだ。」

 

そして明日のことを説明すると、キリエが少し暗い顔をしていた。

 

ヤマダ

「キリエ、どうした?」

 

キリエ

「いや、乗る機体はもう決まってるんだよね・・?」

 

レオナ

「キリエ、いくら知り合いといっても仕事は仕事だ。わがままは許さないぞ。」

 

俺は羽衣の中でキリエが言っていたことを思い出した。なるほどそういうことか。

 

ヤマダ

「ああ、決まってる。キリエ、君が乗るのは三二型だ。」

 

キリエ

「え・・?」

 

レオナ

「事前の連絡ではキリエは五二型丙だときいているが・・・」

 

ヤマダ

「さあ、そんな電話はした覚えがないですよ。レオナさん。」

 

エンマ

「良かったですわね、キリエ。」

 

キリエ

「ヤマダ、ありがとう!」

 

ニコに乗る機体が変更されたことを連絡すると、キャットフードを一袋請求されてしまった。まあ急なことだし仕方が無いだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・翌日

 

午前中は機体の展示、午後からがデモフライトだ。零戦だけということで展示には大して人は集まらないと思ったがそんなことは無かった。滑走路は一一型や五二型丙、二式水戦など数が少ない機体を一目見ようと人がとんでもなく大量に押し寄せたのだ。前日連絡でここまで集まるか・・・・・

 

ニコ

「ヤマダ、キャットフードはどこだ。」

 

ヤマダ

「ああ、これでいいか?」

 

ニコ

「ああ、感謝する。」

 

ローラ

「よくこんなに零戦を集めてるわね・・・」

 

ヤマダ

「何機かは実戦にぶっこんでも問題ないからな。実戦に投入できなくてもこういうデモフライトはできるように整備してある。」

 

午前中の展示は何のトラブルもなく終了し、いよいよデモフライトだ。その時俺はご飯を食べ、格納庫の中で搭乗員休憩用に並べて置いたイスをベッド代わりに寝ていた。コトブキやカナリア、ローラにニコも零戦を見に行っていたので休憩用の椅子は空きがいっぱいあったのだ。

 

ヤマダ

「むにゃむにゃ・・・ふがっ・・・」

 

イサカ

「起きろ!!もう時間だぞ!!」

 

ヤマダ

「ふがっ・・・あとごふん・・・」

 

イサカは俺が頭を載せていた椅子を思いっきり引いた。

 

ゴンっ!!

 

ヤマダ

「がはっ!!」

 

イサカ

「目が覚めたか?」

 

ヤマダ

「はい・・・さめました・・・」

 

イサカ

「全く・・・空中での編隊の形は連絡したとおりだ。頼むぞ。」

 

ヤマダ

「了解、気を付けてな。」

 

イサカ

「お前が整備した機体なんだ、心配はしていない。頑張ろう。」

 

展示場所から滑走路に向けタキシングで出る。二一型と二二型無印はあえてP&W R1830-75 ツインワスプ搭載のAI-1-129とX-133を展示したのだ、こんなこともできるというデモの意味も込めているがまずツインワスプを入手できる経路がほとんどないのでまずこんな依頼は来ないだろう。

 

ヤマダ

「皆、無線のチャンネルは伝えたとおりか!?」

 

一同

「OK!」

 

ヤマダ

「よし、無線指示が聞き取りにくいとまずいのでここでは敬語は省き端的な文章で伝えることにする。ローラ、離陸してくれて大丈夫だ。皆もあとに続いてくれ!」

 

AI-1-129、X-133は発動機の出力とプロペラ直径が違う、当然加速性能も違うので他の機体に接触しないようにスロットルを入念に微調整しながら離陸した。ピシッと横一列の編隊を組むと二一型と一一型の間を一機分だけ開けた。

 

ヤマダ

「イサカ、いいぞ!!」

 

イサカ

「了解!!」

 

少し高度を取って待機していた二式水戦が一一型と二一型の間に滑り込んだ。

 

イサカ

「ふふ、お待たせ。ヤマダ」

 

ヤマダ

「ああ、おかえり。イサカ」

 

シノ

「仲睦まじいわね~」

 

エンマ

「この前見たときから何も変わっていませんわ・・・」

 

レミ

「毎回毎回こんな感じっすよ~」

 

キリエ

「いいじゃん、ねえ?」

 

レオナ

「ふふ、少しうらやましい・・かな。」

 

アコ

「あれ?レオナさん何か思う人でもいらっしゃるのですか?」

 

レオナ

「自分でもわからない・・・というのが本音だ、気にしないでくれ。」

 

サダクニ

「組長・・・立派になられて・・・」

 

クロ

「もう見慣れてきたぜ・・・」

 

ニコ

「かわいいものに囲まれたい・・・」

 

ローラ

「すっかり熟年夫婦ね~」

 

そして事前に決めていたコースを編隊を時々組み替えながら飛び、折り返して滑走路に戻ろうとした時だった。

 

レミ

「ヤマダ~」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

レミ

「後ろ、お客さんっすよ。」

 

後ろをふと見ると空賊の隼二型が三機、追ってきていた。

 

ヤマダ

「なんでこんな時に・・・サダクニさん!クロ!」

 

クロ

「どうせそんなこったろうと思ったぜ・・・機銃弾が積んである時点で嫌な予感がしてたんだ。」

 

サダクニ

「私はいつでもいいぞ。」

 

ヤマダ

「他の皆は全力離脱!編隊を崩しても構わないが空中衝突だけは無いように!空賊は俺たちが片付ける!」

 

イサカ

「ヤマダ、サダクニ・・・気をつけろよ・・・」

 

レミ

「クロ、無茶するんじゃないっすよ!」

 

ヤマダ

「ああ、ありがとう。」

 

サダクニ

「組長もお気をつけて。」

 

クロ

「無茶をするんならヤマダのほうがあぶねぇよ。」

 

二一型、二二型無印、二二型甲と主翼の長い零戦が編隊から飛び出て急旋回をする。他の機体には機銃弾を積んでいないか、機銃自体を搭載していないのだ。

 

ヤマダ

「もう編隊とかいらないですよね・・・ご自由に空戦してください!」

 

サダクニ

「お前はおおらかというか・・・援護は任せたぞ!」

 

クロ

「ヤマダ、無茶すんじゃねーぞ!」

 

プロペラピッチを低に固定し燃料をニッチに、スロットルを開けてヘッドオンで下をかすめた隼を追うように急旋回をする。悪いが敵の素性も知らずに空戦を仕掛けてくるなど馬鹿としか言えない、低中高度で主翼が12mの零戦に旋回戦を挑んで勝てる機体などいない。それは敵が隼でも変わらない。

 

ヤマダ

「イベントの邪魔しやがって・・・最高の締めだぜクソが!!」

 

ダダダダッ!!ダダッ!!

 

ロールで逃げようとする隼に20ミリを叩き込む。隼の主翼はどの型になっても3本桁であり強度が高くない、零戦の主翼強度も高いわけではない(むしろ被弾に関しては防弾タンクが無い分弱い)が炸裂弾が当たれば主翼は木っ端みじんになる。

 

ヤマダ

「ふぅ・・・サダクニさんもクロも終わったっぽいな。」

 

サダクニ

「私は普段五二型を使っているが・・・二二型も悪くないな。」

 

ヤマダ

「その二二型は発動機が違いますからね。普通のやつより機敏に動きますよ。」

 

クロ

「俺はロールが早いから五二型の方がいいぜ・・・」

 

他の機体より遅れて俺たちは着陸した。三機編隊を崩さないように着陸するのは熟練の搭乗員でないとできない、サダクニさんもクロも相当の手練れだからできたのだ。タキシングで格納庫に向かうがその道中柵の外からいろんな人たちが手を振ってくれている。俺は風防を開け座席を思い切り上げると大きく両手を振り返した、ブレーキと尾輪を足だけで操作し上手く格納庫の中に入るとプラグのススを飛ばし発動機を止めた。

 

ヤマダ

「やりきった~!!」

 

イサカ

「本当にやりきったな・・・お疲れ様、ヤマダ。」

 

一同

「お疲れ様!」

 

ヤマダ

「みんな・・・」

 

キリエ

「よくここまで零戦をそろえたと思うよ・・・それにここまでパイロットを集められたのもヤマダの人望のたまものだよ!」

 

エンマ

「私も貴重な体験をさせていただけて感謝していますわ。少しは夢のお役に立てまして?」

 

レオナ

「私も隼以外の機体を飛ばせるというのは新鮮で楽しかった。感謝している、ありがとう。」

 

シノ

「ほんと最初はどうしてやろうかと思ったわ・・・怪我してたのによく頑張ったわね、お疲れ様。」

 

アコ

「私たちの地域でもこういう催しをやってみたかったので参考になりました。ヤマダさんの夢の手伝いが出来たのでしたら光栄です。お疲れさまでした!」

 

ローラ

「機体の整備の仕事をしながらよくここまで自分の機体を整備したわね・・・お疲れ様。」

 

ニコ

「機体が不調の時はいつも世話になっているな・・・ありがとう。」

 

サダクニ

「全く心配ばかりかけてとんでもない部下だが・・・お疲れ様だな。」

 

クロ

「いつも無茶ばっかりするとんでもねえ奴だが・・・なんだかんだ世話になってる、今回はお疲れだな。」

 

レミ

「人一倍人のこと気にして、人一倍お人好しで、人一倍馬鹿夫っすけど・・・いい奴っすよね。お疲れ様っす!」

 

イサカ

「誰よりも戦闘機を大切にする、誰よりも優しい私の自慢の夫だ。本当にお疲れ様だな。」

 

ヤマダ

「皆・・・俺のわがままに付き合ってくれて本当にありがとう。本当に・・・本当にありがとう!!」

 

 

 

 

 

 



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羽衣での災難

著 やま

 

ヤマダ

「ふぁぁぁぁ・・・むにゃむにゃ・・・ひゃぁぁ・・・」

 

イサカ

「んん・・・すぅ・・・んん・・・」

 

レミ

「二人して何寝こけてるんっすか!!起きてくださいっすーー!!」

 

最近色んなことが立て続けに起こっていたが、一段落して気が抜けたのか寝坊することが多くなった。だが今日は珍しくイサカも寝坊したのだ。

 

イサカ

「何!?もうこんな時間なのか!?」

 

ヤマダ

「1分遅れも10分遅れもかわんねぇ〜よぉ・・・もうちょっと寝ようぜイサカぁ・・・」

 

イサカ

「まぁ・・・たまにはいい・・・かもな。」

 

レミ

「それは今日以外にしてくださいっす・・・はーやーくー起きてくださいっすーーー!!」

 

珍しく早起きなレミに叩き起され、服を着替え格納庫に降りていった。俺まで叩き起されたということはゲキテツ一家の動きでなく比較的個人的なことであろう。

 

ヤマダ

「どうしたんっすか〜?」

 

レミ

「キャラが被るんでその話し方やめてくださいっす・・」

 

ヤマダ

「悪い悪い、で今日は何があったんだレミ。」

 

レミ

「昨日の夜ローラから連絡があったんっすけど、タネガシの外れに海軍飛行場跡が見つかったみたいなんっすよね。」

 

ヤマダ

「ローラ組が見つけたんならローラ組でユーハングの置き土産を持ってきゃいいのに・・・なんかあるのか?」

 

レミ

「それがね、飛行場自体は風化してあんまり使い物にならなかったんっすけど格納庫があったそうなんっすよ。」

 

ヤマダ

「ほう?」

 

レミ

「まだ中は見てないらしいんっすけど、使えそうな機体があるか見極めてほしいって言ってるんっす。幹部皆来るんっすけどヤマダの意見も聞きたいらしいっすよ~」

 

ヤマダ

「そういうことか、わかった。」

 

ゲキテツ一家で集まるわけで、今回俺はAI-3-102を使って向かうことにした。イサカとレミのいつもの機体に混ざって飛ぶ飴色の零戦はすごく目立つがまあいいだろう。ゲキテツ一家の人間なのにゲキテツ一家のマークがどこにもないというのも面白いものだ。

 

 

 

 

・・・・・飛行場跡上空

 

イサカ

「あまり降りたくないが・・・あの滑走路に降りるしかあるまい。ヤマダ、上は任せたぞ。」

 

ヤマダ

「了解、いつもみたいに三点着陸すれば機体はいたまね~よ。零戦の主脚と尾輪のオレオは頑丈だからな。」

 

そして降下するレミとイサカを横目に俺は上空哨戒をする。着陸して機体を止めたのを目視で確認してから俺も着陸態勢に入る。スロットルを絞って速度を200km/hほどに落としてから主脚を展開する。高度と速度がゆっくりと現象し始めるのでプラップを下げて揚力を稼ぎ、操縦桿をそっと引き付けて機首を上げながら120km/hほどの速度で3点着陸をする。ドスンと落とすと負荷がかかってしまうのでふわりと地面におろすのだ、艦上戦闘機の強みは離着陸が非常に簡単なことだ。

 

レミ

「あいつホント丁寧に着陸するっすよね・・・」

 

イサカ

「あいつは零戦が好きで好きでたまらないのさ。」

 

風化した滑走路はガタガタだった。タキシングで滑走路の脇に機体を移動させるとイサカとレミの方へ行く、他の幹部たちはまだ来ていなかった。

 

ヤマダ

「格納庫ってたぶんあれだよな?」

 

イサカ

「かなり大きいな・・・数十機はありそうだが、どれだけ使える機体が残っているかだな。」

 

ヤマダ

「金さえ出してくれれば修理するんだがな~」

 

レミ

「どうせまた零戦だけは持って帰るんでしょ?」

 

ヤマダ

「・・・・たぶん。」

 

イサカ

「張り切って早めに来てしまったが誰もいないな・・・」

 

ヤマダ

「にしてもここは湿気てるなぁ・・・零戦とかの超々ジュラルミンなんてもう朽ちてんじゃね~か・・・?」

 

すると他の幹部たちが続々と降りてきた。フィオとシアラの紫電、雷電なんて何時ぶりに見ただろうか・・・・

 

ローラ

「早いわね・・・」

 

ニコ

「もう見たのか?」

 

ヤマダ

「いや、まだだよ。」

 

フィオ

「まだ開けないのか?」

 

イサカ

「お前たちを待っていたんだ全く・・・」

 

格納庫の横引きシャッターを開けると、比較的原型をとどめた機体が何十機と止まっていた。70年ほどの時を経て日があたったのだ。

 

シアラ

「埃っぽいわね・・・使える機体なんかあるの?」

 

ローラ

「それを今から見るのよ・・・」

 

格納庫の中に放置されていたのは雷電、紫電改、零戦だった。当時ユーハングでは紫電改や雷電で編成する予定であった部隊にも零戦を配備していた。雷電や紫電改の生産は遅々として進まなかったからだ。希少性が高いのは当然紫電改や雷電であるが、これらは部材の質が落ちたころに生産された機体がほとんどであり、不純物が多く混ざっている金属はもろく朽ちるのが早い。

 

シアラ

「雷電は使えそうなの~?はやくみてちょうだいよ~」

 

ヤマダ

「あいよ」

 

5、6機が並べてあった雷電を丁寧に見るが、どれも主翼の桁が朽ち果てており飛ばせるような機体は無い。かろうじて発動機は使える可能性があるがこれらをレストアするのであればイジツで生産された火星を新品で買い取って搭載しても値段は変わらない。

 

ヤマダ

「残念ながらこのままだと使えそうにないな・・・主桁を作り変えて胴体の外板を張り直し、発動機を新品に乗せ換えれば使えるだろうがそこまで金をかける気はあるかい?」

 

シアラ

「そんなにしてまで乗りたいと思わないわよ、結局ゴミばっかりってことじゃない。あ~あ、来て損した。」

 

レミ

「わざわざヤマダに見させといて流石にそんな言い方ひどいんじゃないっすか?」

 

ヤマダ

「レミ・・いいんだ、間違ったことは言ってない。悪いなシアラ。」

 

そしてシアラは早々と帰ってしまった。使えない機体を持ち帰る気はないので雷電からはさっさと離れ紫電改を見に行った。

 

フィオ

「紫電改はどうだ?使えそうなのあるか?」

 

イサカ

「少しは待てフィオ・・・」

 

5機ほどが並べてあった紫電改はすべて完璧に朽ち果てていた。修理不可能だ、だがその奥に妙な機体がある。

 

フィオ

「ヤマダ、奥に一機紫電があるぞ!」

 

ヤマダ

「けどガンポットが無いぜ? あーでもそこそこ状態がいいな・・・持って帰るかい?」

 

フィオ

「そうさせてもらおうかな、輸送機を手配してくる!」

 

そういうが早いかフィオも飛んで行った。まあ帰ってくるだけましだろうが・・・

 

イサカ

「あいつめ・・・」

 

レミ

「にしても紫電ってこんなスマートだったっすか?」

 

ヤマダ

「こりゃ紫電一一型乙だな。」

 

イサカ

「紫電に九九式20ミリを二門主翼内に搭載した型だったな?」

 

ヤマダ

「確かそうだったはず・・・かな、俺もよくわからね。」

 

レミ

「熱の差がすごいっすね・・・」

 

ヤマダ

「そんなことより奥の零戦を見に行こうぜ!」

 

イサカ

「子供かお前は!」

 

雷電や紫電改の間を潜り抜け大量の零戦のところへと行く。二一型と五二型が大量に置かれており、おそらくこの部隊の主力であり練習機でもあったんだろう。二一型はすべて後期生産型で、九九式一号二型改100発ドラム弾倉搭載の機体ばかりであった。アンテナは三式空一号無線機用の短いアンテナになっており、プロペラスピンナーは一部が五二型用の大きなスピンナ―になっていた。おそらく部品を使いまわしたのだろう。

 

レミ

「使えそうなのあるっすか~?」

 

ヤマダ

「無い!」

 

ほぼすべての機体の主桁は朽ちて原型を保つのが精いっぱいの状態であり、稼働しない紫電改や雷電の代わりにたくさん出撃したのだろう、発動機もボロボロだった。

 

レミ

「ええ・・・じゃあどうするんっすか?」

 

ヤマダ

「残骸を持って帰って治す!」

 

イサカ

「ふふっ、いつも通りだな。」

 

外板に使われている超ジュラルミンと主桁に使われている超々ジュラルミンは腐食具合に差がある。外板は比較的原型をとどめているここにある零戦だが、恐らく超々ジュラルミンの主桁はミルフィーユ状に腐食しているだろう。持って帰ったら主桁はすべて張り直しだ。

 

イサカ

「やっヤマダ!!ちょっと来てくれ!!!」

 

ヤマダ

「どうした・・・・・?」

 

イサカが驚き指をさしている二一型には見覚えがあった・・・いや、どこかで乗ったことのあるような雰囲気さえ醸し出している。機体の腹下には爆弾懸吊架が装備されている。

 

イサカ

「この機体だ!!操縦席を見てみろ・・・」

 

操縦席をのぞき込むといやにきれいな状態だった。予想通り主桁の超々ジュラルミンは朽ち果てハフの類は風化して無くなっていたが、その外観からは想像もつかないほどに操縦席内部は塗装の剥がれもなく錆もなかった。いろいろとみているとスロットルレバーのところに何か紙切れが挟まっていた。

 

ヤマダ

「なんだ・・・紙・・宛先がある、手紙か・・?」

 

 

 

宛 井坂・・

 

私ガ家二送ッタ軍刀、軍服ハ私ノ父二言ッテ金二換エナサイ。君ト一晩シカ過ゴスコトノデキナカッタ夫ナドハヤク忘レテシマイナサイ。私ナドヨリ貴女ノ今後ノ人生ノホウガ大切ナノデス。モウプロペラガ回ッテイマス、私ハ行キマス。アリガトウ、サヨナラ、サヨナラ。

 

大日本帝国海軍少尉 山田・・ 1945年8月15日

 

 

 

イサカ

「気味が悪い・・・ユーハングでは『ミョウジ』と『名前』が分かれていたのは本で読んだが・・・名前が消えてしまっているがミョウジ?が私たちの名前と全く同じじゃないか・・・」

 

本当に気味が悪いが・・・この機体とこの手紙がここにあるということはこちらの山田さんは生き残ったのだろうか。だがこの時に戦闘機に乗れていたということは恐らく20前後・・・今はもうこの世にはいないだろう。それに仮に生きていたとしてこちらの世界に残っている可能性は限りなく低い。

 

ヤマダ

「実は・・・俺はこの前寝込んでた時に夢を見たんだ。」

 

イサカ

「あの太ももに穴が開いたときか?」

 

ヤマダ

「ああ、その夢の中で俺は・・・この二一型に乗っていた。」

 

イサカ

「何・・?」

 

ヤマダ

「腹下に爆弾を抱いて・・・途中で発動機が不調を起こした。そのまま海面に不時着して、『キカイジマ』まで必死に泳いだんだ。そこで目が覚めた。」

 

イサカ

「お前が意識を失って寝ていた時・・・一度だけ声を出したんだ。確か二日目の晩だった、私はお前の寝ているベッドの横で花を取り換えていた。」

 

ヤマダ

「まさか三日間ずっと寝ずに看病してくれてたのか・・・!?」

 

イサカ

「私とレミが交代でな、それでお前は寝ているときこういった。『私にもっと腕があれば、妻のもとへ帰れたかもしれませんね。』と・・・」

 

ヤマダ

「俺がそんなことを・・?」

 

イサカ

「急に私の手を握って、声は小さかったがはっきりとそう言っていた。結局お前はそのあと丸一日目を覚まさなかったが・・・」

 

ヤマダ

「なんでだろうな・・・」

 

イサカ

「ヤマダ、もしかしてお前の父母どちらかがユーハングだったりはしないのか?」

 

ヤマダ

「それはねぇな・・・年齢が若すぎる。」

 

イサカ

「そうか・・・もう何も気にしない方がよさそうだな。」

 

ヤマダ

「そうだな・・・この二一型、しっかり綺麗にするか。」

 

イサカ

「この機体をか?」

 

ヤマダ

「ああ、こんな事ほぼ奇跡だしな。」

 

そうしてフィオが手配して来た飛行船(輸送機では無理と判断したらしい)に手早く紫電一一型乙と零戦数機を積み込み、俺たちは戦闘機でいつもの家へと帰った。家に着いた時にはもう夕方になっていた。荷下ろしを終えほとんど「残骸」と化した零戦を格納庫に入れる。使えそうな部品はなるべくオリジナルの部品を使いたいのだ。そうしないとユーハングの置き土産からわざわざ復元する意味が無い。

 

ヤマダ

「とりあえず使えるのは使うが・・・錆び始めてるから外板も交換だな。」

 

イサカ

「操縦席の中身はそのまま使えそうか?」

 

ヤマダ

「ああ、ただ主桁を取り換えないといけないから一旦分解はするがな。」

 

イサカ

「操縦席の部品は私が外しておこう。」

 

ヤマダ

「助かる。」

 

主翼に負荷をかけてしまえば朽ち果てた主桁は耐えれない、比較的原型を留め錆も進行していなかった胴体にバンドをかけ機体を吊り上げると作業を始めた。とりあえず重量のある主脚や燃料タンク、機銃を取り外し外板を剥がす。

 

イサカ

「ヤマダ、これは何だ?」

 

そういってイサカが差し出したのは小さなモールス信号送信機だった。

 

ヤマダ

「小型のモールス信号発信機だ、こっちだともう使われてないがな。」

 

イサカ

「モールス信号・・?」

 

ヤマダ

「トン・ツーの組み合わせで文章を作るんだ。解読に時間がかかるのが欠点だが構造が簡単なのでユーハングではよくつかわれたんだ。ただまあ・・・この機体にあったってことはこれは戦果確認に使われる予定だったんだろうな。」

 

イサカ

「どういうことだ?」

 

ヤマダ

「特攻の戦果確認にモールス信号を使ったんだ。」

 

レミ

「そもそもの話、特攻って何なんっすか?」

 

ヤマダ

「爆弾を抱いて敵艦に体当たりするんだ。」

 

レミ

「・・・え?」

 

ヤマダ

「自爆攻撃だよ。成功することは死を意味する。」

 

イサカ

「その考えは理解できないな・・・」

 

ヤマダ

「いろんな考えがあるしな・・・家族のために、恋人のためにと若い命が海に散っていった。」

 

イサカ

「それで・・その特攻とモールス信号になんの関係があるんだ?」

 

ヤマダ

「まず敵艦を発見したらモールス信号で『トン』の信号を連続して打つ。これが敵艦隊発見の合図だ。そのあとに『-・-・ ---・- 』を打つんだ。」

 

レミ

「えーっと、ツー、トン、ツー、トン、ツー、ツー、ツー、トン、ツーっすか?」

 

ヤマダ

「我敵艦二突入ス」

 

イサカ

「なっ・・・」

 

ヤマダ

「それを打ったら、スロットルを開けて操縦桿を左手で握り右手で発信器を押し続けるんだ。」

 

レミ

「ツ―――――――って続くわけっすよね?」

 

ヤマダ

「ああ、それが途切れた時間を見て突入成功したかどうかを判断するんだ。短いタイミングで途切れれば対空砲火や敵機に撃ち落とされたということになる。」

 

イサカ

「まず体当たり攻撃というのが理解できないが・・・戦果確認のために機体を随伴させたりはしなかったのか?」

 

ヤマダ

「そんなことをしたら戦果確認機も撃墜されちまう。ユーハングはそこまで切羽詰まった状況だったんだ、上からの命令だから生きたくても生きれない。そんな状況だったんだよ。」

 

イサカ

「それにしたって・・そんな・・・」

 

ヤマダ

「やめだやめだこんな話・・・まあ俺が体当たりは許さない、帰還をあきらめるのは許さないという理由がちょっとはわかってもらえたかな。はは・・・」

 

操縦席の部品をすべて外し外板も外す、丸裸の状態にして前後を分割することでやっと本格的な作業が始まるのだ。外板を良く調べると濃緑色と明灰白色が見える、本当に最末期の二一型のようだ。

 

レミ

「この二一型はどうするんっすか~?」

 

ヤマダ

「まあ~こいつが実際に飛んでた時と同じ仕様にしようと思ってる。作戦に使うかは別だが・・・こいつらは搭乗員達と一緒に必死に戦ったんだ、戦いが終わったからと言ってボロ雑巾みたいに捨てられたら浮かばれねえだろ?」

 

イサカ

「お前らしいな、ちなみに他の機体に興味は無いのか?」

 

ヤマダ

「零戦以外って事かい?」

 

イサカ

「ああ、」

 

ヤマダ

「まぁ興味が無い訳では無いが・・・好きなのはやっぱり零戦だな。」

 

イサカ

「ふふ、まあうちの組だと昔から五二型か二一型ばかりだからな。」

 

ヤマダ

「まあそれもあるけど・・・君とレミが乗っている機体だからだよ」

 

レミ

「ん? 最後なんて言ったんっすか?」

 

ヤマダ

「なんでもね〜よ。」

 

 

 

 

 

・・・・・二週間後

 

ヤマダ

「あーやっぱダメだ・・・」

 

外板などの修理は殆ど終わり、あとは発動機を乗せるだけとなった。イジツでは栄一二型が生産されているのでそれを乗せてしまえばいいのだが、折角だしあの格納庫にあった残骸からかき集めたそこそこ使えそうな部品を組み合わせてユーハングの部品だけで組んだ栄を仕上げようとしたのだ。理論上はもうなんの問題も無く稼働するはずなのだがどうもオイル漏れが収まらない。

 

イサカ

「どうしたんだ?」

 

ヤマダ

「イサカか、お疲れさん。いや、発動機からオイル漏れが止まらないんだよ・・・」

 

イサカ

「原因が分からないのか?」

 

ヤマダ

「ああ、それに出力が上がらないしアイドリングが安定しない・・・仕方無いがこの発動機は使えないな。」

 

そしてテストベンチから発動機を下ろし倉庫にしまった。栄発動機はオイル漏れが常であったと言うのは周知の事実であるが、安定した機械工作技術と職人が育ったイジツでは部品同士の接合精度が上がりオイル漏れはほとんど無い。結局こちらで生産された栄を載せカウリングを固定し二一型が完成した。

 

イサカ

「尾翼番号721-115・・・この塗装の二一型は初めて見たな。」

 

ヤマダ

「濃緑色+名灰白色の五二型と同じ塗り分けの二一型は末期生産型にしかないからな、意外に似合うだろ?」

 

イサカ

「ああ、パッと見だと五二型と見分けがつかないな。」

 

ヤマダ

「よっし・・・飛んでみるか!」

 

イサカ

「待て、どうせならAI-3-102と一緒に飛ばさないか?」

 

ヤマダ

「いいな!新旧塗装の二一型の編隊飛行・・・しかも二機ともユーハングの機体のレストア機だ、やろう!」

 

そして俺は721-115を滑走路まで押して行く、オリジナルの発動機を使えればエナーシャスターターも使えたのだが今回はもうセルモーター始動だ。正直に言ってしまうとクラッチハンドルの点検の必要が無くなるのでこちらの方が楽なのだが、やはりロマンは大切である。

 

イサカ

「ヤマダ、エナーシャを頼む。」

 

ヤマダ

「了解。あっそうだイサカ」

 

イサカ

「どうした?」

 

ヤマダ

「こっちでクラッチハンドルを引いてみてもいいか?」

 

イサカ

「新鮮でいいかもしれないな・・・頼む」

 

ヤマダ

「おっけい。」

 

イサカ

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!」

 

エナーシャハンドルを掛け金に引っ掛け回転数を上げていく。回転数が80回転を超えたらエナーシャを掛け金から外しクラッチハンドルを引き叫んだ。

 

「コンタクトーーー!!」

 

カラッカラッカラッ・・・バラバラバラバラ!!!!!

 

いつも入念に整備しているだけあって一発始動だ。車止めをはらいタキシングできる旨を手を振って伝え俺は721-115に乗り込んだ。セルモーターで発動機を回し先に滑走路に出ていたイサカに続く。

 

ヤマダ

「イサカ、行けるぞ!」

 

イサカ

「了解!」

 

バラバラバラ・・・ゴォォォォォォ!!!!!

 

発動機と過給器の回転が上がり機体に強い風が当たる、ゆっくりと尾部を持ち上げるとイサカに続いて飛び立った。しっかりと主桁等を張り替えたこともあって非常に調子がいい。

 

イサカ

「調子はどうだ?」

 

ヤマダ

「すこぶる良い、ほらよっ!!」

 

スロットルを開けAI-3-102の隣に並ぶ。風防を開けて手でグッドマークを作り大きくバンクを振った。

 

イサカ

「はしゃぎすぎだ、馬鹿者・・・ふふっ」

 

ヤマダ

「ははは!!」

 

イサカもこちらに大きくバンクを振る。笑いながらしばらく二機並んで飛ぶと、イサカが提案をしてきた。

 

イサカ

「ヤマダ、二人で並んで宙返りをしてみないか?ピッタリ並んで宙返りをするのは意外と難しいんだ。」

 

ヤマダ

「よっし・・・こりゃ俺の腕の見せ所だな。」

 

イサカ

「私も負けてられないな・・・いくぞ!」

 

綺麗な横並びになると、イサカの手信号で操縦桿を引きつける。横並びになっている位置からズレないようにスロットルを小刻みに調節し、ラダーを細かく踏み直して接触したり横滑りしないようにする。一周綺麗に回れた時は快感であった。

 

イサカ

「何を安心した顔をしているんだ?あと二周だぞ?」

 

ヤマダ

「やってやるよ!ははは!」

 

結局三周目は失速ギリギリで二人ともフラップを出して宙返りをしていた、馬鹿な事をしたものである。

 

イサカ

「ふぅ・・・もう少し速度が欲しかったな。」

 

ヤマダ

「そうだな・・・ははは!」

 

イサカ

「ふふふっ」

 

そうして二人で飛んでいると、少し向こうで見覚えのある機体が飛んでいた・・・レミの五二型だ。たまたま空賊に囲まれていたようで空戦をしている、イサカも気付いたようで手信号で向かう事を知らせてきた。だがその心配も無駄だったようでレミは瞬く間に空賊を叩き落としこちらに向かってきた。

 

レミ

「お二人さ〜ん」

 

イサカ

「見事な空戦だったな、お疲れ。」

 

レミ

「ありがとうっす〜」

 

そしてレミに先に滑走路に降りるように言い、俺たちは上空で待機していた。すると突然着陸体勢でいたレミの機体のプロペラが止まった。

 

イサカ

「レミ!?」

 

ヤマダ

「レミ!?」

 

幸い接地寸前だったので着陸に支障はなかった。俺とイサカはさっさと着陸し機体を止めるとレミの方へと駆けて行った。

 

ヤマダ

「レミ!大丈夫か?」

 

レミ

「びっくりしたっす・・・」

 

イサカ

「接地寸前で助かったな・・・だがレミの機体に積んであるのは元々ヤマダの61-120の発動機だろう?そう簡単に不調が出るとは思えないが・・・」

 

カウリングを外し発動機を確認するが大きな問題は見つからない、だが機体がとても熱い。本来そこそこの高度で空戦をすれば上空の冷たい空気で発動機は相当冷却されるのでここまで熱を持つことは無い。だが・・・

 

ヤマダ

「レミ、カウルフラップはちゃんと開けて空戦したか?」

 

レミ

「あっ・・・急に来たんで忘れてたっす・・・」

 

ヤマダ

「それだな・・・」

 

イサカ

「どういう事だ?」

 

ヤマダ

「えっとな・・・」

 

発動機が異常な熱を持つと故障する。という事は周知の事実であるがどのような原因で故障が起きるかまで理解している人間は少ない。ノッキング(異常燃焼)、バルブタイミング異常など発動機が直接壊れてしまうような故障は当然起こるのだが、その前に起こるのは「パーコレーション」だ。気化器のフロート室や燃料ラインにあるガソリンが熱で蒸発し気泡となり燃料の流れを止めてしまうのだ、気化と蒸発は違う。燃料の供給が止まった発動機は当然止まる。

 

ヤマダ

「いくら急でもカウルフラップは開けて空戦は絶対だぞ。今回は着陸中で良かったが空戦中にでも起これば致命的だ。」

 

レミ

「ごめんなさいっす・・・」

 

ヤマダ

「今度から気をつけてな。ちゃんと扱ってやれば俺の整備した機体は負けね〜からよ。」

 

イサカ

「口を酸っぱくして搭乗員に空戦前はカウルフラップを開けろと言っていたのはそういうことだったんだな。私も勉強になった。」

 

ヤマダ

「まあこれは燃料ラインが冷えれば蒸発したガソリンは液体に戻ってなんの問題も無く動くようになるさ、あと数分したらいっぺん回してみればいい。」

 

レミ

「感謝するっす~」

 

イサカ

「それでレミ、今日は何の用だ?」

 

レミ

「そうそう、久々にゆっくり居酒屋にでも行かないっすか?」

 

ヤマダ

「いいな、ていうかそんな話を持ってくるならクロも誘ってやれよ・・・」

 

レミ

「いや誘ったんっすけど『どうせ酒だけ飲んで終わりだろ』っつって言われちゃったんっすよ~」

 

ヤマダ

「はは・・・じゃあ俺がちょっくら呼んでくるよ、二人は先に居酒屋行っとくかい?」

 

イサカ

「いや、待っておく。早く呼んできてやれ。」

 

ヤマダ

「悪いな、」

 

そうして俺はAI-1-129に乗り込んで発動機を回すとレミ組の方へと飛ぶ、クロはレミ組の事務所にいるはずだと聞いたので事務所の前の滑走路を目指して飛んでいるとレミ組の機体らしき五二型が前から飛んできた。ゲキテツ一家のマーキングがあったので安心して飛んでいたが・・・・

 

ダダダダッ!!!

 

ヤマダ

「うおっ!?」

 

射線をかわし、五二型の土俵に乗らないよう縦旋回と横旋回で逃げる。

 

ヤマダ

「くっそーー!!こういう時にマークが無い機体は不便だぜ!!」

 

縦旋回と横旋回を駆使し五二型の後ろにぴったりと張り付くと、バンクを振って敵意はないことを示す。手信号でクロに会いに来たことを伝え、滑走路に降りた。発動機を止め事務所の中に入っていく

 

ヤマダ

「クーロー、居るか~?」

 

クロ

「ここにいる、なんだ?」

 

ヤマダ

「おう、いやイサカとレミと飲みに行かねーかって話だよ。久々にどうだ?」

 

クロ

「お前も来るのか?」

 

ヤマダ

「ああ、勿論だ。」

 

クロ

「なら・・・行くか。」

 

そしてクロの五二型を出しに滑走路の脇に行く、なんだかんだでクロも自分の機体をきれいにしているようで、排気汚れが見当たらない。

 

ヤマダ

「おお、きれいにして使ってんだな。」

 

クロ

「まあな・・・そうだ、最近発動機の出力が落ちてる気がするんだ。軽くでいいから見てくれないか?」

 

ヤマダ

「ほう?それなら飲みに行った後しっかり見てやるよ。お前が機体の不調なんかで死んだらレミに申し訳が立たねぇからな。」

 

クロ

「頼む。」

 

そしてクロの機体の発動機を回そうと機体に近づくと、さっきの五二型の搭乗員らしき若い男が歩いてきた。

 

???

「お前がさっきの二一型の搭乗員か?」

 

ヤマダ

「ああ、そうだ。」

 

???

「さっきはすまなかった。お前もゲキテツ一家だったんだな。」

 

クロ

「ヤマダ、何かあったのか?」

 

???

「クロさん、実はさっき・・・」

 

ヤマダ

「いや、何でもないよクロ。」

 

クロ

「?? そうか・・・?」

 

そうして俺はクロの機体の発動機を回し、彼のもとへ行った。

 

ヤマダ

「さっきは悪かったね。」

 

???

「こっちこそ急に仕掛けて悪かった。どこにも被弾は無いか?」

 

ヤマダ

「ああ、にしても君実戦に行ったことないだろ?」

 

???

「なっ・・・どうしてそれを!?」

 

ヤマダ

「撃ち始めるタイミングが早すぎだ。俺も最初は良くやらかしたよ、まあ何回か実戦に出れば慣れてきて撃つタイミングもわかってくるさ、がんばれよ。」

 

そう言って立ち去ろうとすると、男が何か考え込んだ顔をしていた。少し待ってみて、男の口から出た言葉は・・

 

???

「・・・・初めて会ったあんたにこんなことを言うのもおかしな話だが、俺に空戦を教えてくれ!」

 

ヤマダ

「はぁ!?」

 

???

「頼む!個人の実力が高いレミ組で俺だけが浮いている・・・そんな状況は嫌なんだ!頼む!」

 

ヤマダ

「んなこと言われたって・・・レミに許可ももらってないし・・・」

 

???

「頼む!この通りだ!!」

 

ヤマダ

「はぁ・・・わかったよ。じゃあ都合のいい時にイサカ組の格納庫に来な。」

 

???

「・・・ありがとう!!」

 

ヤマダ

「君の名前は?」

 

レイジ

「俺、レイジって言います!よろしくお願いします!!」

 

ヤマダ

「俺はヤマダだ、よろしくな。」

 

そうして急いでAI-1-129のもとに戻ると、急いで発動機を回し暖気運転を終わらせた。

 

ヤマダ

「悪いなクロ、遅くなった。」

 

クロ

「あいつはレイジ、機体を操るスジは悪くないが実戦経験がない。」

 

ヤマダ

「どうした急に・・・」

 

クロ

「頼まれたんだろ?空戦を教えてくれって。」

 

ヤマダ

「何で知ってんだよ・・・」

 

クロ

「裏工作がウリのレミ組だ、読唇術くらいはあるぜ?」

 

ヤマダ

「お前が一番こえぇよ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・いつもの滑走路

 

そうして二人でいつもの滑走路に着陸し機体を格納庫に収めると、イサカとレミが待ってくれていた。

 

イサカ

「遅いぞ、馬鹿者。」

 

ヤマダ

「悪い悪い・・・レミ組でいろいろあってな。」

 

レミ

「ありゃ、うちの組員がなんかしたんっすか?」

 

クロ

「レイジに『空戦を教えてくれ』ってせがまれてたぜ。」

 

レミ

「えーっ!あのバカ、よりによってヤマダに頼んだんっすか?」

 

クロ

「ああ、」

 

レミ

「ええ・・・まあ確かに最近空賊とかが居なかったっすから教えてあげられなかったっすけど・・・」

 

ヤマダ

「最近入ったやつなのか?」

 

レミ

「つい最近っすよ~ 悪いっすねヤマダ、迷惑ならもちろんアタシから言ってやめさせることもできるっすけど・・・」

 

ヤマダ

「まあ一度いいって言ってしまったしな。それに操縦の基礎はしっかりしてるからあとは実戦経験だけだ、そんなに苦ではねえよ。」

 

そして四人でいつもの居酒屋に行く、店に入って店主に挨拶をするといつも四人で座るテーブルに行った。靴を脱いで胡坐をかいて座る。

 

ヤマダ

「それでよクロ、発動機の調子が悪いっていつからだ?」

 

クロ

「一週間前くらいか・・・スロットルを開けてからワンテンポ遅れて加速するようになってな、どこが調子が悪いというより全体的にやれているような気がするんだ。」

 

ヤマダ

「確かクロの機体を点検したのが一か月前、総飛行時間はだいたい120時間だよな・・・多分全体的に汚れがたまっているんだよ、普通に飛んでたら溜まるような汚れだから別に異常でも何でもない。帰ったら分解清掃してやるよ。」

 

イサカ

「待て、お前まさかどの機体をいつ点検したか覚えているのか!?」

 

ヤマダ

「俺が整備した機体だけだがな、整備した後の事も整備士の責任だ。」

 

そうしてしばらく飲み、会計を済ませるといつもの格納庫に戻る事になった。だが俺は少し部品を買ってから帰ろうと思い、三人に先に帰っておいてくれないかと伝えると、イサカが一緒に着いてきてくれることになった。

 

イサカ

「何を買うんだ?」

 

ヤマダ

「ん?パーツクリーナーと点火プラグ」

 

イサカ

「クロの機体に使うのか、」

 

ヤマダ

「ああ、綺麗に洗浄してリフレッシュしてやらねーとな。」

 

そうして買い物を終え、二人で帰り道を歩いていると前から若い男二人が走ってきた。どこかで見た顔だなとは思ったそのまま行かせようとすると。イサカが突然二人を呼び止めた。

 

イサカ

「待て、お前達。」

 

二人の男は立ち止まった。

 

イサカ

「お前達は最近私の組に入ったものだな、名を名乗れ。」

 

ケンジ

「ケンジです!」

 

モリタ

「モリタです!」

 

イサカ

「こんな時間にここを彷徨いているとは、休憩時間で出歩いたあと帰り道がわからなくなったのか。案内してやるから着いてこい!」

 

二人を連れて帰り道を歩いて行く、だいたい察しはついた。この二人は最近サダクニさんの元で操縦訓練を受けている新入り二人だ。恐らく訓練が辛くて逃げ出そうとしたのだろう。

 

イサカ

「ヤマダ、AI-1-129がある格納庫で何か言ってやってくれないか、引き止めたあとのことは何も考えていなかった・・・」

 

ヤマダ

「まじか・・・」

 

そして格納庫に到着すると、三人を入れ電気をつけた。

 

ガシャンっ・・・

 

モリタ・ケンジ

「おお・・・」

 

ヤマダ

「俺たちの組の主力戦闘機、零式艦上戦闘機二一型だ。見た事くらいはあるだろう?」

 

モリタ

「我々は零戦に乗る為にゲキテツ一家に入ったのです。ですが訓練では九六戦にしか乗れなくて・・・」

 

ケンジ

「ばか!」

 

モリタ

「あっ・・・」

 

まあそういう事だったのだろう。気持ちは痛いほどわかるが・・・ここは少しいい思いをさせてやるか。

 

ヤマダ

「乗ってみろ。乗り方はわかるな?」

 

ケンジ・モリタ

「良いのですか!?」

 

ヤマダ

「ああ、」

 

ケンジ

「失礼します!」

 

ヤマダ

「機銃は機首に7.7ミリを二門、主翼に二十ミリ二門を搭載し瞬発火力は申し分無しだ。この機体は少し違うが貴様らが乗る機体は栄一二型を搭載し940馬力を発生する。」

 

モリタ

「この機体はヤマダさんの機体ですか?」

 

ヤマダ

「いや、こいつは俺の妻の機体だ。」

 

ケンジ

「えっ、じゃあ最近イサカ組長が結婚したって言う噂は本当だったんですか!?」

 

ヤマダ

「結構前だぞ・・・よし、二人とも降りてこい!」

 

二人は機体から降りるとこちらを向いて立った。いい目をしている。

 

ヤマダ

「貴様らが何故あんな所を走っていたのかはわかっている。理由は聞かないでおいてやるが、ここで決めろ。このまま逃げ出して実家にも戻れずクソみたいな人生で終わるのか、ここに戻って人の役に立つ人生を送るのか。」

 

ケンジ・モリタ

「・・・俺は!!家が貧乏で少しでも親の負担を減らしたくてここに来ました!!もう一度よろしくお願いします!!」

 

ヤマダ

「よし、それでいい。」

 

そして二人とサダクニさんの所へ行き、事情を説明して二人を宿舎に帰した。サダクニさんに「お前は甘すぎるんじゃないか」と言われた、確かに甘いかもしれないが・・・貴重な戦力となり得る人間を逃すのも勿体ない。

 

イサカ

「なぁ・・・ヤマダ」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

イサカ

「私が結婚するというのは・・・それほど意外な事なのか?」

 

ヤマダ

「さぁな、するもしないも君の自由だったんだ。他人の目なんて気にしなくていいんじゃないか?」

 

イサカ

「ふふ・・・そうだな。」

 

そしてクロの機体を見るべく格納庫へと戻る、自分で言うのもなんだがずらりと並んだ零戦は見事でとても美しい。

遅くなったことを二人に侘びるとクロの機体のカウリングを外し発動機を露出させるとプラグコードを全て抜き、シリンダーヘッドを分解する。案の定バルブとピストンにすすが溜まっていた、蓄積したすすが熱で焼き付きバルブが閉じても微妙な隙間が空いていた。これでは圧縮が落ち規定の馬力が出ない。

 

ヤマダ

「クロよ、今度からは飛行100時間でこっちに持ってきてくれねーか?」

 

クロ

「この前は120時間って言っていなかったか・・・まあお前が言うなら従うよ、わかった。」

 

ヤマダ

「すまんな、どうも最近オイルの質が安定しないからすすが出る時でない時があるんだよ。こっちのシマの機体は出撃毎に点検してるからいいんだがそっちだとそうもいかねーからな。」

 

イサカ

「お前の61-120や私のAI-1-129もそのオイルを使ってるのか?」

 

ヤマダ

「いや、61-120・イサカの波塗装の二一型・AI-1-129・俺のコレクションの機体は違うオイルを使ってる。俺の馴染みの奴から卸してもらってる特性品だぜ?」

 

レミ

「なんかズルくないっすか〜?」

 

ヤマダ

「適材適所って奴だよ、君らみたいな連日飛ぶような機体は劣化が遅い鉱物油を使ってなるべく交換サイクルを長くするんだよ。けど俺のコレクションの機体とかいつでも見れる所にあるイサカの機体には劣化が早くても性能を引き出せて機体にも優しい植物油を使うんだ。」

 

レミ

「しょくぶつゆ・・・?」

 

ヤマダ

「雑に言っちまえば菜種油だ、劣化が早いのが弱点だが粘度が程よくて機体の金属にも優しいんだよ。」

 

イサカ

「AI-1-129とかAI-3-102に乗った時に甘い匂いがするのはそのせいか?」

 

ヤマダ

「ああ、砂糖を焼いた時みたいな匂いがするだろ。」

 

イサカ

「それはその匂いだったのか・・・」

 

ヤマダ

「とにかくクロ、オーバーホールするから三日くらい預かるぞ。」

 

クロ

「わかったよ、わざわざすまねぇな。」

 

そうしてレミとクロは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・三日後

 

機体の消耗部品を取り換え汚れを全て落とし、試運転も済ませたクロの五二型が朝日に照らされている。大きな異常もなく三日は少し言い過ぎたかと言った具合であったが、お陰で満足のいくまで各部のすり合わせを行えた。

 

ヤマダ

「ほいよ、もうぶん回しても平気だぜ。」

 

クロ

「ありがとう。」

 

ヤマダ

「ところでレイジのヤツは?」

 

クロ

「嬉しそうな顔してこっちに来る準備してたぜ。」

 

ヤマダ

「そうか、そんなに嬉しいもんなのかな・・・」

 

しかし困ったことがあった、俺は今日からおおよそ五日間コトブキと共に羽衣丸を護衛しなければならない。何を運ぶかなどの詳細は聞いていないが、フロント企業の契約を成立させるために護衛を条件に提示したらしいのだ。

 

ヤマダ

「ってことでレイジにもう少ししてから来るように伝えてくれないか?」

 

クロ

「わかった、こっちでもなるべく実戦に連れて行けるようにはしてみる。」

 

そうしてクロを見送ると、出ていく準備をして格納庫へと降りて行った。今回はAI-1-129とAI-3-102で行く事にした、最近61-120を動かせていないのがとても残念であるが低速での着艦が要求される訳であるから仕方ない。

 

イサカ

「今日は飴色の二一型二機で行くのか、お前の61-120が最近出番が無いな・・・」

 

ヤマダ

「まぁ仕方ねぇよ・・・」

 

イサカ

「そうだヤマダ、今回はお前がAI-1-129に乗ってくれないか?」

 

ヤマダ

「え?どうしたんだ急に」

 

イサカ

「飛行船に降りる時にあいつだと頭が重くてな・・・」

 

ヤマダ

「了解、一応燃料タンクで重心位置は調節してるんだがな。やっぱり感覚の違いはわかるもんか。」

 

イサカ

「悪い訳では無いのだがな・・・よし、今日の羽衣丸の停泊地はラハマだ。少し長旅になるが・・・昼過ぎには到着しないといけない、行くか。」

 

ヤマダ

「こっからだと大体巡航速度で五時間くらいか、今から飛んだら到着は13:00くらいだな。長旅は大歓迎だ。」

 

そしてイサカのAI-3-102に増槽を取り付けて燃料を補充する。AI-1-129は胴体内・主翼・主翼外側・機体後部に燃料タンクがあるので少々燃費が悪いP&W R1830-75でも五時間程度なら増槽は必要無い。はなから空戦目的で出撃する時は機体後部燃料タンクに燃料を入れなければ良いのだ。

 

イサカ

「エナーシャ回せ!!」

 

ヤマダ

「コンターク!!」

 

もう始動も手馴れたものである。植物油を用いて良くなじませた発動機は一発で始動する、質の良いピストンリングを使っているのでオイル下がりも少なく回転は直ぐに安定する。俺もAI-1-129に乗り込んで発動機を回すと滑走路に出た。

 

イサカ

「離陸するぞ。」

 

ヤマダ

「了解〜」

 

低ピッチ固定でゆっくりとスロットルを開けてゆく。機体の速度が出れば操縦桿を前に倒し機体後部を浮かせ、離陸した。

 

ヤマダ

「使用燃料タンク胴体後部、混合比率リーンバーン、プロペラピッチフリー、スロットル開度20パーセントっと・・・」

 

イサカ

「使用燃料タンク増槽に切り替え、プロペラピッチフリー固定、計器類問題無し・・・」

 

お互い必要な事項は声に出して確認する。航路計算は前に居るイサカがしてくれているが、もし何かあった時に備え俺も航路計算はしておく。目印のほぼ無い荒野はユーハングで言う海と同じ。航路計算を間違えれば死ぬ事もありうる。俺たちは戦闘機乗りでもあり船乗りでもあるのだ。

 

ヤマダ

「オイルプレッシャー問題無し、シリンダー温度安定、ブーストプレッシャーマイナス50、問題無し。」

 

イサカ

「油温問題無し、燃料混合率安定、回転数正常、吸入圧力-50、問題無し。」

 

ヤマダ

「イサカ、そっちは大丈夫か?」

 

イサカ

「至って快調だ、ラハマまであと4時間50分。ゆっくり行こう。」

 

ヤマダ

「ああ、あっ!航空時計航空時計っと・・・」

 

二一型の一部には計器盤に航空時計がある。俺はイサカから貰った懐中時計を取り出し航空時計の時間をピタリと合わせた。

 

イサカ

「その時計、ずっと使ってくれているのか・・・」

 

ヤマダ

「勿論だ。一ヶ月に一回程度の調整が必要だが時間も正確だしな。」

 

ラハマまでは時間がかかる。しばらく飛んでいると雲の中に入った、旋回計などを確認し機体が横滑りしていないことを確認すると配電盤のスイッチを操作し編隊灯と尾灯を点灯させた。

 

イサカ

「くうっ・・・方向感覚がわからなくなりそうだ・・・」

 

ヤマダ

「零戦の計器類を信用するしかねぇ・・・落ち着いて行こう。」

 

三時間半ほど飛んだだろうか、雲をぬけ編隊灯を消したイサカが増槽を切り離した。

 

イサカ

「ふう・・・あと少しだな。」

 

ヤマダ

「ああ。体調に乱れは無いかい?」

 

イサカ

「ああ、問題無い。お前は大丈夫か?」

 

ヤマダ

「バッチリだ、ありがとう。」

 

俺は胴体後部燃料タンクと外翼燃料タンクを使い切り、燃料コックを主翼燃料タンクに切り変えた。R1830で増えた重量によって前にずれた重心位置を正すために搭載した胴体後部燃料タンクがこんな形で役に立つとは思わなかった。若干増えた重量は1450馬力のR1830-75が引っ張ってくれるので、性能低下は全く感じられない。むしろ馬力は上がっているので運動性能は上がっているように感じる、零戦はパワーウェイトレシオが低いのだ。

 

 

さらに一時間とすこし飛び続けると、ラハマの街が見えてきた。既に羽衣は出発準備をしており、ハッチが空いていた。

 

ヤマダ

「もうそのまま着艦しちまおうか」

 

イサカ

「了解だ。」

 

脚を出して羽衣の着艦コースに乗る、大きくバンクを振り着艦する事を伝えるとフラップを下げスロットルを絞り着艦する。羽衣の格納庫は準備中でバタバタしていたが、事前に連絡をしていたのもあってスムーズに駐機場所まで行く事が出来た。

 

ヤマダ

「よっこらせっと・・・イサカ、長旅お疲れ。」

 

イサカ

「お前こそ、お疲れ様だな。」

 

ナツオ

「真っ昼間から見せつけるんじゃねえよ。」

 

ヤマダ

「ナツオ、久しぶりだな。今日から三日間よろしくな。」

 

ナツオ

「お前にはしっかり整備を手伝ってもらうからな?」

 

ヤマダ

「あいよ、任せといてくれ。」

 

イサカ

「ヤマダ、私はマダム・ルゥルゥの所に行ってくる。20分後あのサルーンで落ち合おう。」

 

ヤマダ

「ああ、わかった。マダムによろしくな。」

 

そして俺はナツオとしばらく話した後時計を見てナツオに後で来ることを伝え、サルーンに向かう。コトブキの皆もそこにくるそうだ。俺はサルーンの扉を開けるとコトブキの面々はまだ来ていなかったようだったが、イサカがすでに待ってくれていた。するとイサカの隣に茶髪の男がすわり、何やらなれなれしく話しかけている。

 

???

「俺はアドルフォってんだ、あんたイかしてるぜ。名前は?」

 

イサカは無視していた、当然である。

 

ヤマダ

「俺の妻に何か用か?」

 

イサカ

「来るのが遅いぞ、ヤマダ。」

 

ヤマダ

「悪いな、ところでこいつは?」

 

イサカ

「知らん。」

 

ヤマダ

「で、あんた。俺の妻になんの用だ?」

 

するとサルーンの扉が開き、神父のような男が茶髪の男に声をかけた。

 

???

「アドルフォ、お前は懲りないな・・・」

 

アドルフォ

「なんだよ、たまにはいいじゃねえか。相変わらずお堅いねぇ。」

 

フェルナンド

「お前はたまにじゃないから言ってるんだ。すまなかったな、俺はナサリン飛行隊のフェルナンド。そっちはアドルフォだ、三日間よろしく頼む。」

 

アドルフォ

「えっ、じゃあ仕事を一緒にするってのは・・・」

 

フェルナンド

「この二人だ、」

 

コトブキともう二組いるというのは聞いていたが、こんな男が居て大丈夫なのか・・・するとまたサルーンの扉が開き、コトブキの面々が入ってきた。

 

キリエ

「あ、おっさんたちここにいたんだ~」

 

エンマ

「あらあら。ヤマダ、あなた何をしましたの?」

 

ヤマダ

「なんにもしてね~よ」

 

チカ

「そっちじゃないよ、こっちのおっさんも山田てーの!」

 

ヤマダ

「は!?」

 

アドルフォ

「アドルフォ山田だ、さっきは悪かった。よろしくな。」

 

ヤマダ

「ああ、よろしくな。あと謝るなら俺じゃなくて俺の妻にしてくれ。」

 

アドルフォ

「すみませんでした・・・」

 

イサカ

「見ず知らずの女にずけずけと話しかけることが出来る根性だけは評価してやる。今後気をつけろ。」

 

アドルフォ

「はい・・・」

 

ザラ

「最近ナオミとはどうなの?」

 

アドルフォ

「いつも通り、自由奔放に飛び回ってるよ・・・はぁ」

 

ヤマダ

「待て、あんた妻がいるのか?」

 

アドルフォ

「ああ、一応な。」

 

ヤマダ

「そうか、その人も戦闘機乗りなのか?」

 

アドルフォ

「ああ。」

 

ヤマダ

「そうか・・・大切にしてやれよ。」

 

アドルフォ

「まぁ・・ああ、」

 

キリエ

「ナオミと最近うまくいってないもんね~、愚痴ばっかり言ってるし。」

 

ヤマダ

「自分の妻との時間くらい大切にしてやれ。ただでさえいつ会えなくなるかわからねえ仕事してんだ、後悔するぞ。」

 

そうこう話しているうちに羽衣は高度を上げ、巡航高度についた。揺れも少なくなり移動も楽になったかという所で俺はふと思い出してイサカを呼び駐機場所へ戻った。

 

イサカ

「急にどうしたんだ?」

 

ヤマダ

「発動機を回さないままで高度だけが上がったからな・・・下のシリンダーのオイルを抜いておこうと思ってな。」

 

星形エンジンはそのシリンダー配列上、どうしても下向きに角度がついているシリンダにオイルがたまってしまう。しょっちゅう飛ばしているならオイルはシリンダー側壁にへばりついたままでいてくれるが、丸一日も放っておけば下のシリンダーにはオイルがたまってプラグが浸かり火花が飛ばなくなってしまう。

 

ヤマダ

「ナツオー!台借りるぞ!」

 

ナツオ

「そっちにある!勝手にもってけ!」

 

イサカと協力してまずはAI-1-129からだ、カウリング固定に用いられているターンバックルを緩めエンジンカウリングをがばっと外す。発動機が露出するのでとても整備がしやすい、零戦の利点の一つだ。カウリングを横に置くとプロペラを数回手で回す、これである程度オイルを側壁に戻してやるのだ。

 

イサカ

「プラグ外すぞ。」

 

ヤマダ

「ちょいまち」

 

オイル受けをシリンダーの下に置いておき、オイルが床に飛び散らないようにする。

 

ヤマダ

「いいぞ~」

 

イサカがプラグを外すとオイルがほんの少しだけ垂れてきた、ひどいときはここからオイルが滝のように流れ落ちる。ある程度自然に流れ落ちるのを待つと、次はでかい注射器のようなものでオイルを吸い取る。シリンダー内部にオイルは必要だが、こんななみなみとは要らない。溜まったオイルを適度に抜くとプラグを戻し発動機を回す。

 

イサカ

「ヤマダ、いいぞ。」

 

ヤマダ

「了解」

 

ウィィィン・・・カラカラッカラッカラッ・・・・

 

ヤマダ

「あ~ ガソリンまで流れ落ちてやがる・・・」

 

吸入管に溜まった混合気が冷えてガソリンが液体に戻り、それがシリンダーに流れ落ちているのだ。ハードスタートとなり発動機に負担がかかってしまうが、セルの回転時間を長くしてガソリンを燃やし切ってしまうしかない。その前に・・・・

 

ヤマダ

「イサカー!!すまんが新しいトレーを機首の下においてくれないか?」

 

イサカ

「置いたぞ!」

 

そして操縦席の小さなレバーを引き、気化器空気導入管の中に流れ落ちたガソリンを排出する。これを残したまま始動動作を続けるとどんどんガソリンが溜まり、最悪静電気で発火する。機体もろとも火だるまだ。

 

ウィィィン・・・カラッカラッカラッカラッ・・・バラッバラッ・・・

 

少しずつシリンダーに火が入り始める、それと同時に排気管からもうもうと白煙が出てきた。オイルとガソリンが燃えているのだ。

 

バラッバラッバラッ・・・バラ・・バラバラバラバラ!!!!

 

大きく白煙を噴いたのち、プロペラの回転が少し加速し安定した。すべてのシリンダーに火が入り、余計なガソリンとオイルが燃え切ったのだ。しばらくアイドリングさせるとすすを焼き切ってしまうためにブレーキを思いきり踏み込みスロットルを開けた。

 

ゴォォォォォォ・・・!!!

 

何度か回転をあおりレスポンスに異常がないかを確認する。全く異常はなかった。発動機を止め機体から飛び降りる。

 

ヤマダ

「さて・・・全く同じことをAI-3-102でもやるか・・・」

 

イサカ

「まぁ・・・そうなるな。」

 

幸いAI-3-102は派手にオイルが下がっておらず、始動に手間はかからなかった。栄発動機のシリンダーが熱を持ちやすいという特性がいい方向に働いたようである。

 

イサカ

「メインスイッチオフ、エナーシャ回せー!!!」

 

ヤマダ

「コンターク!!」

 

バラッバラッ・・・バラバラバラバラ!!!

 

さっきとはスイッチを入れた時の音が明らかに違う、ちゃんと火花が飛び混合気に引火している。一応磁石発電機やその他補機類の動作も確認してみたが問題はなかった。イサカが発動機を止め機体から降りてきた。

 

イサカ

「絶好調だ。」

 

ヤマダ

「あったりまえよ、俺の整備だぜ?」

 

イサカ

「ふふ、そうだったな。」

 

なんだかんだしているうちに日は沈み、月明かりが外を照らしている。何もなければいいとのんきなことを考えていたがそうもいかず、船内に空賊の襲来を伝えるサイレンが鳴り響いた。

 

ヤマダ

「初日からかよォ・・・」

 

イサカ

「まあ仕方ないさ・・・行くぞ!」

 

コトブキが発艦する前に甲板を開けてやらなければならない、数が少なく一機はセルモーターの俺たちにとってスクランブルはお手の物だ。

 

ヤマダ

「イサカ!乗れ!!」

 

イサカ

「よっ・・・と・・メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!!!」

 

ヤマダ

「コンタクト!!!」

 

温まった栄発動機は非常に素直に火が入る。ブレーキを踏んだことの合図をもらうと車止めをはらい自分のAI-1-129に飛び乗る、コトブキとナサリンの面々も発進準備をしているが、こちらの方が圧倒的に早い。

 

ナツオ

「ヤマダ、イサカ、先に出ろ!!」

 

ヤマダ

「了解!」

 

イサカ

「位置についた!ヤマダ!」

 

ヤマダ

「ブーストプレッシャーOK、オイルプレッシャーOK、回転数問題なし、イサカ!行けるぞ!!」

 

イサカ

「発艦する!!」

 

二機の飴色の零戦は羽衣から月夜に舞い上がった、雲の上では月明かりを遮るものはなく視界はいい。編隊灯を点灯させイサカと二機編隊を組むと、空賊がいるという方向に向けて高度を上げつつ羽衣艦橋からの無線を聞いた。

 

アンナ

「空賊は6機、零戦五二型の編隊です。ヤマダ、あんた今日は二一型だけど大丈夫なの?」

 

ヤマダ

「しょっぱなから不安になるようなこと言わんでくださいよ・・・私は妻より先には死ねませんからね。」

 

マリア

「私たちもあんたらが死ぬとこなんて見たくないんだからね、せいぜい頑張りなさいよ?」

 

ヤマダ

「羽衣に損害出したら俺がおこられるんだよ・・・」

 

イサカ

「無駄話をしている場合じゃないぞ!二時方向下に五二型の編隊だ!!」

 

ヤマダ

「今日は何分だ?」

 

イサカ

「6分でどうだ?」

 

ヤマダ

「了解、行くぞ!!」

 

馬力が違うので俺たちは編隊を解き真上から五二型の編隊に襲い掛かった、月を背負い照準器に広がった五二型の主翼に向けて機銃を打つ。

 

ダダダッ!!

 

いくら機体性能が上がっていても上からの奇襲はひとたまりもない、まともに銃撃を食らった五二型は火を噴き落ちて行った。自動消火装置で火は消えるが穴の開いた主桁に強度はない、バラバラになる。撃墜確実だ。向こうではイサカが一斉射を浴びせた機体が爆散している。

 

イサカ

「次だ!」

 

ヤマダ

「あいよ!」

 

散開する五二型のうちの一機を追いかけピタリと後ろに着く、防弾装備のまだ無い五二型に20ミリを使い切ってしまうのも勿体ないのでスロットルレバーのスイッチをはね7ミリ7機銃のみに切り替えると限界まで近付き発射した。

 

ババババババッ!!! カンッカンッ!!

 

目の前の五二型の動きが急に止まり速度をあっという間に失っていく、パイロットに当たったのだ。

 

ヤマダ

「悪く思うなよ。」

 

機首を上げ羽衣の方へ戻ると、残りの機体をコトブキとナサリンが片付けていた。

 

アドルフォ

「星一つ!」

 

キリエ

「おっさん後ろ!!」

 

エンマ

「頂きましたわ!」

 

それぞれの無線と爆発音が聞こえ、あっという間に空賊は殲滅された。見事なものである。

 

イサカ

「ヤマダ!大丈夫か?」

 

ヤマダ

「大丈夫だ、イサカは大丈夫かい?」

 

イサカ

「私は大丈夫だ、何機撃墜した?」

 

ヤマダ

「とりあえず二機だな、イサカは?」

 

イサカ

「私は二機撃墜の共同撃墜一機だ、20ミリを使い切ってしまった。」

 

ヤマダ

「やっぱ100発だと不足気味だな〜」

 

そうこう言いながら羽衣に戻ると、レオナさんから無線が入った。

 

レオナ

「先に着艦するか?」

 

ヤマダ

「いえ、俺たちの方が着艦操作が楽ですからコトブキとナサリンが先に行って下さい。」

 

レオナ

「了解、ありがとう。」

 

羽衣の周りをぐるぐると飛んでコトブキとナサリンの着艦を待つ。艦橋ギリギリまで主翼を寄せれるかやっていると、イサカとアンナさんに怒られてしまった。

 

イサカ

「馬鹿なことをするな・・・」

 

アンナ

「なにやってんのよ!」

 

マリア

「すご〜い・・・こんなに寄せれるもんなのね〜」

 

コトブキとナサリンが着艦した。

 

ヤマダ

「イサカ、先に降りてくれ。」

 

イサカ

「了解。」

 

そしてイサカに続いて着艦すると、冷却運転や各種点検を済ませシャワーを浴びて倒れるように寝てしまった。初日からの出撃で相当疲れていたようである。

 

 

 

 

 

・・・翌朝

 

ヤマダ

「ふあ〜あ・・・」

 

昨日はほとんど眠れず、眠い目を擦って駐機場所まで降りていくと自分で持ってきたウエスで機体の油汚れをふき取ってやった。飛行船に搭載されている水は限られているので機体を洗うのに使う事は出来ない。二機の二一型には申し訳ないがしばし我慢である。

 

ヤマダ

「昨日はありがとうな。」

 

プロペラを手で回しオイルを戻したあと、主翼のパネルを開けて九九式一号二型改二十ミリ機銃の100発ドラム弾倉を取り替える。昨晩二機目を撃墜した時に二十ミリを温存したのでまだ20発ほど余りがあった。これは別で保管し後日装填し直す。7ミリ7機銃も同様に使いかけのベルトを取り外し新品のベルトに入れ替える。

 

ヤマダ

「これでよしっと・・・メシ食ったらコトブキの隼の整備も手伝わされるだろうし、ここの整備班の手を煩わせないためにも自分らのは自分でやっとかねーとな」

 

陸軍機と海軍機では弾薬から使用オイルなど違いが沢山ある、不慣れな整備士の手を煩わせて作業効率を落とすのは1番の愚策なので出来ることは自分で済ませてしまうのだ。

 

ヤマダ

「サルーンに行くかぁ・・・」

 

そうして格納庫の階段を上がると、イサカが降りてきた。

 

イサカ

「ヤマダ、おはよう。一体何をしていたんだ?」

 

ヤマダ

「ちょっとAI-1-129の点検をな、イサカは何を?」

 

イサカ

「私もAI-3-102の点検をしようと思ってきたんだが・・・ふふっ、遅かったようだな。」

 

ヤマダ

「はは・・・サルーンに行くか。」

 

イサカ

「ああ、そうだな。」

 

サルーンの扉を開けると整備班とコトブキ、ナサリンの二人と大賑わいであった。

 

チカ

「昨日は結局星0じゃーん!おっさんがいいとこ持ってくから〜」

 

アドルフォ

「最初に撃墜かっさらってったのはあの兄ちゃんと姉ちゃんじゃねえか!俺ァ一機しか落とせてねぇよ!」

 

ヤマダ

「悪かったな、先に撃墜かっさらっちまって。待っててやっても良かったぜ?」

 

アドルフォ

「うるせーよ!」

 

イサカ

「威勢は一丁前だな。」

 

アドルフォ

「一応これでも戦闘機乗りやってんだぜ?」

 

ナツオ

「つーかチカ!撃墜0じゃ〜んじゃねえ!無駄な旋回しやがって、ハフが痛むだろーが!」

 

相変わらずの大騒ぎである。朝からよくここまで元気が出るものだ・・・

 

リリコ

「ご注文は?」

 

ヤマダ

「卵焼きと白ご飯で。」

 

イサカ

「目玉焼きとトースト頼む。」

 

リリコ

「かしこまりました。」

 

ウェイトレスに注文をし、イサカと二人で席に着いた。まもなく注文した料理が届き二人で食べ始めた。するとジョニーさんが話しかけてくる。

 

ジョニー

「君たちも大変だねぇ・・・これは僕からのサービスだ。」

 

そうして机の上には暖かいお茶が置かれていた。

 

ヤマダ

「ありがとうございます。」

 

イサカ

「ありがとう。」

 

ジョニー

「いやいや、機体の管理まで自分でしてくれるからナツオ達は喜んでいるよ。あと二日、よろしくね。」

 

ご飯を食べ終えお茶を飲み干すと、俺は格納庫へと降りていった。イサカはコトブキのめんめんに捕まって色々話を聞かれている。

 

 

 

ヤマダ

「ナツオ〜っ、手伝いに来たぜ〜」

 

ナツオ

「おお、早速で悪いがキリエとチカの隼の動翼を外してくれ。」

 

ヤマダ

「あの二人よくハフをやるなぁ・・・」

 

ナツオ

「出撃10回につき1回は張り替えてるよ・・・お前んとこはどうなんだ?」

 

ヤマダ

「こっちは20回に1回くらいのサイクルかな。よっし、外れたぞ〜」

 

ナツオ

「サンキュー、おーいお前ら!ハフ貼り直しだ〜」

 

整備班

「おっす!喜んで!」

 

ヤマダ

「居酒屋かよ・・・」

 

そしてそのあとは他の機体のオイル交換、機体に飛び散ったオイルを拭き取っていた。するとキリエ、チカ、エンマが降りてきた。

 

ヤマダ

「おお、三人ともどうした?」

 

キリエ

「いや、あんまりにも暇だからなにか手伝えること無いかな〜って・・・」

 

エンマ

「嘘を言わないの、修理費が痛いから手伝ってチャラにしてもらうって言ってたじゃありませんの・・・」

 

チカ

「あたしもそのつもりで来たんだけど・・・手伝える事はなさそうだね。」

 

ヤマダ

「まぁ〜ぶっ壊した時は大人しく修理費払ってプロに直してもらいな、ナツオや整備班たちだってこれでメシ食ってんだからな。」

 

キリエ・チカ

「はぁ〜い・・・」

 

ナツオ

「ヤマダ〜、頼んでたオイル交換もう全部終わったんだったか?」

 

ヤマダ

「ああ、終わったぜ〜」

 

ナツオ

「それなら機体のプロペラを手で回して来てやってくれ。」

 

ヤマダ

「あいよ〜」

 

そうして隼のプロペラを手で数周回す。零戦と原理は同じだがプロペラが二枚なので回すのに手間取った。なんとか6機のプロペラを回し終えるとコトブキのあとの3人が降りてきた。

 

ヤマダ

「あれ、イサカは?」

 

レオナ

「昨日の疲れか部屋で横になると言っていたよ。」

 

ヤマダ

「そうですか、ありがとうございます。」

 

すると空賊接近の警報が鳴り響いた。コトブキは今直ぐには出れない・・・イサカは起きてくるとしてもナサリンのおっさんぐらいは引連れていくか。

 

ヤマダ

「レオナさん、おっさん二人は!?」

 

レオナ

「アドルフォは酒を飲んで寝ている・・・私達も後を追うから先に行ってくれ!!」

 

ヤマダ

「あのバカが・・・」

 

AI-1-129に飛び乗り発動機を回す、ナツオがすぐにハッチを開けてくれた。

 

ナツオ

「発艦配置よーし!!発艦ー!!」

 

ヤマダ

「発艦します!!」

 

そうして昼の空に飛び上がると無線に耳を傾けた。

 

マリア

「機影は二機、機種は不明です!」

 

アンナ

「ヤマダ、あんた一人で片付いちゃうんじゃない?」

 

ヤマダ

「機体によりますよ・・・ナサリンのおっさんには言っといて下さい。今度酒奢れって!」

 

そしてピッチを固定しスロットルを開ける、数キロ先に機影が見えた。

 

ヤマダ

「くっそー!一人だと心細いぜ・・・」

 

敵機は飛燕だった。物凄い勢いでこちらに迫ってくる、ヘッドオンだ。

 

ダダダッ!!ダダダッ!!!

 

ヤマダ

「くぅっ!!」

 

間一髪機体をすべらせ一斉射をかわす。正直言って俺はヘッドオンが大嫌いなのだ。飛燕は速力を使って逃げそのまま反転してきた。俺はわざと後ろを向けギリギリまで一機の飛燕を引きつける。

 

ヤマダ

「残念でしたァ!」

 

操縦桿を押し込んで機体を失速させ即座に飛燕の後ろに着く。向こうには俺が消えたように見えるのだ。

 

ヤマダ

「さよならだ、」

 

ダダダダダダッ!! ガンッ!!!

 

機体中心とラジエータをめがけ機銃を叩き込む、冷却水を引いた飛燕はそのまま離脱して行った。残りは一機だ。

 

ヤマダ

「クッソ・・・雲がかかってて見えねぇ・・・」

 

すると前から一機の機影が見えた。だがその機体が醸し出す雰囲気は懐かしく暖かい物だった。

 

ヤマダ

「イサカ!!」

 

イサカ

「すまない!遅くなってしまった!」

 

ヤマダ

「さすが俺の整備した機体だぜ、エナーシャ始動で一発だったろ!」

 

イサカ

「ああ!それよりもう一機はどこへ!?」

 

ヤマダ

「雲に隠れたみたいだ!!用心してくれ!」

 

するとナサリンのおっさんが一人来た、同じように状況を説明し索敵していると・・・

 

イサカ

「内海!!上だ!!」

 

おっさんに向かって急降下していたのはさっき冷却水を引いた飛燕だった。弾は無いようだ・・・体当たりか!?

 

ヤマダ

「くっ・・・」

 

何とか機種を向け進行方向に二十ミリを撃ち込む、おっさんの回避行動と二十ミリが命中したお陰で空中衝突は免れ飛燕は爆散する。これだけ索敵しても居ないということはもう一機は逃げたようだった。

 

ヤマダ

「おっさん、大丈夫か?」

 

フェルナンド

「大丈夫だ、恩に着る。」

 

そして俺たちは羽衣に帰る。おっさんを先に着艦させいつも通りイサカに先に着艦してもらう。

 

イサカ

「すまないな、いつもいつも最後まで待たせて・・・」

 

ヤマダ

「いいんだ、気にしないでくれ。」

 

着艦するために減速し脚を出すイサカの周りを巡航速度で飛行する、だが今回は嫌な予感がしていたので速度は早めに設定して巡航していた。どうやらビンゴのようだ。俺はスロットルを開け高度を取る、イサカだけは俺が敵機に体当たりしてでも守り抜く。俺はイサカに指輪を渡した時そう誓ったのだ。

 

ヤマダ

「どこだァ・・・?」

 

すると少し先で飛燕独特のシルエットが見えた。間違いない。

 

ヤマダ

「行かせねぇぞ!!」

 

機種を向け急降下すると速度を利用して雲に紛れ飛燕の後ろに近づく。相手は気付いていないようだ。

 

ヤマダ

「奇襲するならもうちっと上手くやんな。」

 

残りの20ミリを叩き込み飛燕を撃墜すると、俺は着艦した。

 

レオナ

「すまない、まさかこんなところでやられるとは思わなかった。」

 

ヤマダ

「気にしないで下さい。この為に私達は乗っているんですから。」

 

そうして機体を止めてワイヤで固定すると、イサカが駆け寄ってきた。

 

イサカ

「流石だな。ありがとう。」

 

ヤマダ

「気にすんな、それより疲れは取れたかい?」

 

イサカ

「ああ、もう大丈夫だ。何かすることはあるか?」

 

ヤマダ

「昼飯、食いに行こうぜ。ちょうど羽衣も街につく。停泊時間はそれほど長くないから船の中でゆっくりしよう。」

 

イサカ

「ふふ・・ああ。」

 

サルーンに行くと皆考えは同じのようでコトブキの皆が居た。仕方あるまい、2時間程度の荷下ろしのみの停泊なら船の中でいたほうがずっとましだ。注文を終えて咳につくと俺はイサカに話しかけた。

 

ヤマダ

「イサカ、コトブキの皆に何を聞かれてたんだ?」

 

イサカ

「色々聞かれたぞ、どんな機体を使ったかとかどんな距離を飛んだかとかな・・・」

 

キリエ

「そうそう、ヤマダにも聞きたかったんだ。ヤマダって墜とされたことあんの?」

 

レオナ

「キリエ!お前は・・・」

 

ヤマダ

「はは・・いいんですよレオナさん。」

 

キリエ

「だってさっきもあんなに敵機を墜としてたんだよ?気になるじゃん!」

 

ヤマダ

「墜とされたも何も、墜とされまくってるぞ。」

 

イサカ

「キリエ、一つ補足しておくがヤマダが墜とされたのはすべて私を庇った時だけだ。」

 

チカ

「それってどういうこと?」

 

イサカ

「一回目は私が組い・・知り合いに空戦を教えていた時だ。私が敵を見失い後ろを取られたとき、ヤマダがそこに滑り込んだ。」

 

エンマ

「それって・・・」

 

ヤマダ

「あんときはびっくりしたぞ、後ろから鉄の弾がひゅーって飛んできて体がずばーってな。ははは!」

 

キリエ

「それってそんな笑い事じゃないんじゃ・・・」

 

イサカ

「私がヤマダの妻になろうと決意したのはその時だ。その後しばらくしてから正式に結ばれた。」

 

ヤマダ

「あんときは必死だったんだよ・・・イサカが死ななくてホント良かったぜ。」

 

チカ

「何回もってことはこの後も墜とされてんの?」

 

イサカ

「空賊と揉めたとき、空賊が基地を直接襲ってきた。それの迎撃で熱くなった私が後ろを取られたんだ。そのまま振り切れずもうだめかと思った時に被弾していたのはヤマダだった。」

 

ヤマダ

「撃たれた瞬間意識もうろうとして何とか不時着、そのあと目を覚ましたらイサカが医務室に飛び込んできてよ・・・」

 

イサカ

「丸二日目を覚まさなかったからな・・・まったく。長い居眠りなどして・・愚か者。」

 

ヤマダ

「わるかったよ・・・どっちにせよ君に怪我が無くてよかった。」

 

エンマ

「ヤマダ、わたくしも一つ気になることがあるのですが質問よろしくて?」

 

ヤマダ

「ああ、いいぞ。」

 

エンマ

「墜とされないまでも、負傷したことはあるのかしら?」

 

ヤマダ

「さっきの撃墜された時をのぞいたらつい最近に一回・・・」

 

キリエ

「ええ・・どこを怪我したってのよ・・・」

 

ヤマダ

「太ももにスパーンと一発な・・はは」

 

エンマ

「大丈夫だったんですの・・?いやまあ大丈夫だったからここにいるわけですけど・・」

 

イサカ

「こいつ、傷口を焼いて塞いで帰ってきたんだ。」

 

ヤマダ

「俺は約束したからな。」

 

ザラ

「あら、何を約束したのかしら?」

 

ヤマダ

「妻の元に必ず生きて帰る。と約束したんです。」

 

イサカ

「そういっている人間が私の身代わりになろうとしてはいけないだろう・・・馬鹿者」

 

ヤマダ

「いやまあ・・・ははは・・」

 

 

 

 

そしてご飯を食べ終え、機体に異常が無いかもう一度見るために格納庫に降りた。するとハッチが開き一機の三二型が着艦してきた。それと同時に降りてきたアドルフォがその機体のパイロットに話しかける

 

アドルフォ

「ナオミ~!」

 

ナオミ

「ナオミ~じゃないわよ!久々に帰ってやろうと思ったら仕事を手伝ってくれってあんた頭おかしいんじゃないの!?あたしだって休みたいっつーの!」

 

えらくどぎつい女が出てきたものだ、俺は気にせず機体の点検を続ける。一通りの点検を終えるとさっきの搭乗員が話しかけてきた。

 

ナオミ

「あんたが新顔?」

 

ヤマダ

「はい、ナオミさんですか?」

 

ナオミ

「そんな年も離れてないんだ、ナオミでいいよ。それよりあんたの名前は?」

 

ヤマダ

「ヤマダだ、まさかと思うがアドルフォの妻って?」

 

ナオミ

「あたしよ、それにしてもヤマダってあのバカとおんなじ?大変ね~」

 

アドルフォ

「なっ、どういうことだよそれ!」

 

ナオミ

「どうもこうもないわよ、そのまんまでしょ。マダムと話してくるからそれじゃ~ね」

 

嵐が過ぎ去ったような空気感だった。アドルフォはしょげている、まあ久々であろう妻との再会があれなんだ、仕方あるまい。何か声をかけてやろうとすると肩を落としてサルーンに戻っていった。

 

ヤマダ

「あいつも大変だなぁ・・」

 

そして俺はAI-1-129に飛び乗ると操縦桿を動かしバランス・タブが正常に動作しているかを確認した。同じようにAI-3-102のバランス・タブの動きも確認する。どちらも問題はない。そうこうしているうちに船は出た。またラハマへ一日半の旅だ。金も出るし護衛も悪くないな。そうして機体から降りると少しめまいが襲う、どうも昨日から体調が良くないのだ。こけそうになったところをイサカに支えられた。

 

イサカ

「おいっ大丈夫か!?・・ヤマダ、少し休んだらどうだ?」

 

ヤマダ

「おっと・・・すまない。」

 

イサカ

「すまないって・・・本当に大丈夫なのか?」

 

そう言うとイサカは俺の額に手を当てた、

 

イサカ

「うわっ!けっこうな熱だぞ・・・どうしてこんなになるまで黙ってたんだ!!」

 

ヤマダ

「いや・・・ちょっと体調が悪いくらいにしか思ってなくてさ・・・」

 

イサカ

「馬鹿者!!早くこっちへ来い・・・」

 

俺はイサカに肩を支えられ、部屋に連れていかれた。ベッドに寝かされるとイサカはすぐに濡れた手拭いを額に乗せ周りを片付けてくれた。

 

イサカ

「ふぅ・・・半日も寝ればよくなるだろう。他の皆には私から伝えておく、私も特段用事がなければ着いていてやるから早く治す事だ。」

 

そうしてイサカは皆にこの事を伝えに行ってくれた。数分後部屋に戻ってきたイサカは湯気の立つ紅茶といくつかのりんごを持っていた。

 

イサカ

「全く・・・この紅茶はエンマから、りんごはコトブキの皆からだ。」

 

ヤマダ

「嬉しいねぇ・・・ありがとう。」

 

イサカ

「起き上がれるか?」

 

ヤマダ

「ああ、それくらいは大丈夫だ。」

 

そしてベッドで上半身を起こし、紅茶を飲んだ。

 

ヤマダ

「美味しいな・・・それにいい香りだ。」

 

イサカは内ポケットからナイフを取り出しりんごの皮を向いてくれた。

 

イサカ

「ほら、食べられそうなら食べろ。」

 

ヤマダ

「いただきます。」

 

シャリッ・・・

 

ヤマダ

「すっげえ・・・紅茶を飲んだ後なのにまだ甘味を感じるぞ。糖度が高いな・・・」

 

イサカ

「そんなに甘いのか・・・?私も一切れ貰っていいか?」

 

ヤマダ

「勿論だ。」

 

イサカ

「いただきます・・・おおっ、本当に甘いな。」

 

ヤマダ

「だろ?ってかもう夕方か・・・」

 

イサカ

「少し寝ておけ・・・どうせまともに寝ていないだろう。機体の軽い点検は私がしておくから、ゆっくり休むんだ。いいな?」

 

ヤマダ

「わかったよ・・・ありがとうな、イサカ。」

 

イサカ

「気にするな。おやすみ。」

 

ヤマダ

「おやすみ。」

 

そして俺は眠った。久々に深い眠りにつくことが出来た気がする・・・

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリ!!!!!

 

空賊接近の警報で俺は目を覚ました。廊下では慌ただしくみなが駆け回っている。

 

ガチャッ、バァン!!!!!

 

イサカ

「AI-1-129を借りるぞ!!!」

 

ヤマダ

「待て、俺も・・・」

 

イサカ

「ダメだ!!安静にしていろ!空賊共め・・・すぐ片付けてやる!」

 

そうしてコトブキの面々やナサリン、ナオミは出撃して行った。俺はいてもたってもいられなかった。何のために俺は乗っているのか、だが制止された手前行く訳にも行かない。俺は羽衣の艦橋に行った、そこなら無線も聞こえる。

 

ヤマダ

「はぁっ・・・はぁっ・・・アンナさん、皆はどんな状況ですか・・・?」

 

アンナ

「ちょっバカ!あんたイサカさんに寝てろって言われてたんじゃないの!?」

 

マリア

「言っても無駄よ、どうせ聞きやしないわ。」

 

アディ

「コトブキ飛行隊と空賊、まもなく接敵します。空賊の数は・・・おおよそ30!!」

 

ヤマダ

「30!?」

 

アディ

「いや・・・増援らしき空賊がまだ来ます!」

 

マリア

「皆・・・しっかり頼むわよ・・・」

 

ヤマダ

「クソっ・・・こんな時に・・・!!アディさん、格納庫の方にもこの状況を逐一報告してくれませんか!?」

 

シンディ

「あんたまさか出る気じゃないでしょうね!?」

 

ヤマダ

「整備班を手伝うだけです!アディさん、お願いします!」

 

そう言って俺は艦橋を飛び出し格納庫の方へ向かった。

 

ヤマダ

「ナツオ!!」

 

ナツオ

「ヤマダ!?お前起きてて大丈夫なのか!?」

 

ヤマダ

「そんな事より・・・AI-1-129はちゃんと飛んだか!?異常はなかったか!?イサカは何か言ってなかったか!?」

 

ナツオ

「落ち着け、あの機体はなんの問題も無かった。いつも通り真っ先に飛び出してったよ。」

 

ヤマダ

「それは・・・良かった・・・」

 

するとマリアさんから格納庫に無線が入る。アディさんが繋いでくれたようだ。

 

マリア

「館内放送を繋いで報告するわ!ヤマダ、感謝しなさいよ!」

 

アンナ

「馬鹿なこと言ってないで!今からナサリンの二機が弾薬補充で一回帰還するわ!コトブキとイサカさんはとりあえず無事よ!」

 

ヤマダ

「サンキュー!」

 

そして帰還してきた紫電に弾薬を補充する。手伝うため降りようとするおっさんを俺は制止した。

 

ヤマダ

「乗ってろおっさん!!すぐ終わらせてやる!」

 

フェルナンド

「すまない!!」

 

ヤマダ

「よっし・・・行けるぞ!!」

 

ナツオ

「こっちも終わった!!」

 

紫電二機は発艦していく。するとまた無線が入った。

 

アンナ

「コトブキ皆が補充にために帰還するわ!!空賊の数は一旦減ったけどまた増援が来てる・・・」

 

コトブキの六人が続々と着艦してきた。ザラさんとキリエが被弾している。めくれ上がった外板を叩き直しつつ弾薬を補充していると、またナサリンの二人が戻ってきた。

 

アドルフォ

「弾を頼む!!燃料も!!」

 

待て・・・ここにこれだけの人数が帰っているという事は向こうはもうナオミとイサカだけ・・・するとナオミまでもが帰ってきた。

 

ヤマダ

「ナオミ!!俺の・・・俺の妻は!?イサカは今どうなってる!?」

 

ナオミ

「7.7ミリだけで応戦してくれてるわ!空賊のヤツら大して上手くは無いけど数が多いのよ!」

 

俺はどうしたい・・・俺は・・・

 

ヤマダ

「ナツオ!!!エナーシャ頼む!!」

 

ナツオ

「お前そんな体調で・・・!?」

 

ヤマダ

「妻が一人で戦ってんだ!このままじっとしてられるかよ!!」

 

ナツオ

「無理はするなよ・・・言っても無駄だな。乗れヤマダ!!」

 

ヤマダ

「おう!!」

 

AI-3-102に飛び乗ると始動準備を整えた。

 

ヤマダ

「整備員前〜離れ!!メインスイッチ断!!エナーシャー回せーっっ!!!」

 

ナツオ

「コンターク!!」

 

カチッ・・・バラッバラッ・・・バラバラバラ!!

 

計器類を点検するとすぐに発艦コースに行く。

 

ナツオ

「早く行ってやれ!信号はもう見なくていい!」

 

ヤマダ

「すまねぇ・・・発艦します!!」

 

空に飛び上がるとすぐに空賊が居た方に機種を向けた。体は相変わらずダルいがそんなことを言っている余裕は無い。一路イサカの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

マリア

「ヤマダ!!ヤマダ!?あんた格納庫に居ないの!?」

 

ナツオ

「あいつなら飛んでっちまったよ。」

 

アディ

「あんな状態で・・・!?」

 

ナツオ

「イサカの事になった時のあいつにゃ何言っても無駄さ。」

 

マリア・アンナ・アディ

「まぁ・・・ねぇ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「クソ!!埒が明かない・・・ナオミ、ナサリン、誰でも良いから早く戻ってきてくれ!!」

 

私は機体を必死に滑らせ振り回し敵の射線を回避し続けた。幸い一発も被弾は無いがそろそろ速度が苦しい。

 

「ヤマダ・・・お前ならこんな時どうする・・・?」

 

そうして後ろを振り向くと一機の零戦二二型が食らいついていた。急旋回に移ったりと何とかかわし続けるがそろそろ無理がある。

 

「ヤマダ・・・お前の必死に磨いた機体にキズがつくかもしれん・・・すまない・・・」

 

後ろにピタリと付かれ、一か八かの回避をするため敵をギリギリまで引き付けていたその時・・・

 

ダダダッ!!ダダダダダッッッッ!!!

 

バキッ・・・

 

最初の短射撃、それに主翼を的確に狙うあの射撃・・・まさか・・・

 

「イサカ!!よく頑張ったな・・・よく頑張った!!!」

 

「ヤマダ!?お前・・・なんで!?」

 

「そんなこたどうでもいい!!ここは俺が抑えといてやる!早く戻って弾の補充してこい!」

 

「すまない!!必ず戻ってくる!!」

 

私は戦線離脱し羽衣の方へと戻った。その途中ナオミとナサリンとすれ違い、着艦しようとするとコトブキが発艦するところだった。羽衣に降り弾薬を補充して貰っていると、ナツオに話しかけられた。

 

「ヤマダは、ちゃんとあんたを助けたかい?」

 

「ああ・・ああ・・ヤツは・・いつも私を助けてくれる・・・」

 

「その様子じゃ問題無さそうだ。さあ、20ミリと7ミリ7の補充も終わった・・・行ってやれ。」

 

「早いな・・・ありがとう。」

 

「ヤマダが全部整理しておいてあったからな。武運を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーもう!!数だけ多いな!!」

 

どれだけ慎重に運用しても20ミリは3機程度で使い切ってしまう。俺の周りで何機もの空賊零戦二二型が飛んでいる。

 

「ったく・・零戦をくっだらねえ事に使うなっての!!」

 

操作の軽いエルロンを利用し敵機の後ろを取る、7ミリ7を操縦席目掛けて叩き込んだ。

 

ババババッ!!!

 

急に機体の動きが止まりゆっくりと降下してゆく。

 

「悪いな。」

 

すぐに機体を動かし射線に入らないようにする。逃げつつ何機かを撃墜すると何やら見覚えのある翼端が見えた、ぶった切ったような・・・間違いない

 

ナオミ

「待たせたわね!あんたもイサカもよく頑張ったじゃない!」

 

ヤマダ

「空賊の増援は!?」

 

ナオミ

「あと数機で終わりみたいよ!無茶すんじゃないわよ全く。」

 

すぐにナサリンの皆も合流してきた。俺がしばらく逃げつつ機銃を撃っていると、ナオミの方にダイブしている零戦を見た。上から撃つ気だ・・・

 

ヤマダ

「ナオミ!!あんたの後ろ上方から敵機だ!!」

 

俺もそちらに機種を向けるが間に合わない、ナオミも回避しようとしているがあまりにも遅すぎた・・・すると

 

アドルフォ

「うおおおお!!!」

 

ダダダダダッッッッ!!ドォンっ!!!

 

二二型はアドルフォの機銃掃射を受けて爆散する。よく見るとアドルフォは主翼に被弾して煙を噴いていた。

 

アドルフォ

「俺はあんたを守るために生まれてきたんだぜ!」

 

ナオミ

「被弾してかっこつけてんじゃないわよ!!・・・ありがと」

 

アドルフォ

「ナオミ、今なんて・・・」

 

ナオミ

「あーうるさい!早く羽衣に戻んな!」

 

ちょうどコトブキも来たし俺とアドルフォは羽衣に向けて飛んでいた。すると前から一機の二一型が向かってくる・・・間違いない、イサカだ。

 

イサカ

「ヤマダ!大丈夫か!?」

 

ヤマダ

「何とかな・・・イサカ!」

 

イサカ

「なんだ?」

 

ヤマダ

「生きて戻ってこいよ・・・!」

 

イサカ

「ああ!」

 

俺はすれ違いざまイサカに大きくバンクを振った。イサカもこちらに大きなバンクで返し、操縦席が並んだ瞬間俺とイサカは敬礼をし合った。

 

ヤマダ

「アドルフォ、あれが俺の妻だぜ・・・いい顔してんだろ・・・?」

 

アドルフォ

「こんな時に惚気やがって・・・それよりお前しんどそうだぞ、大丈夫か?」

 

ヤマダ

「はぁっ・・はぁっ・・へへ・・・大丈夫さこんくらい・・・へへっ、俺が整備した二一型だァ・・・R1830がいい音させてたぜ・・・」

 

とは言っていても俺はかなり疲れていた。自分で言うのもなんだが無理をしたものである、早く帰らなければ・・・

羽衣の傍に着くと被弾しているアドルフォを先に着艦させ、俺も着艦した。だが俺は機体から這い出でることも出来ないくらい脱力感に襲われていた。とっとと機体を発艦コースからタキシングでどかし終えると、マリアさんとアンナさんが直接駆け下りてきた。

 

ヤマダ

「はぁっ・・・あれ、マリアさん・・アンナさん・・?」

 

マリア

「空賊の増援はもう来てないわ、あんたはとっとと休みなさいよ?」

 

ヤマダ

「イサカは・・・私の妻は・・・コトブキの皆は、ナオミは、ナサリンの皆は無事ですか・・・」

 

アンナ

「あんたそんなになってんのに自分の心配しなさい!ほら、早く出て横になりなさい!」

 

ヤマダ

「ちょっと待って下さい・・・せめて私の妻が来るまで・・・居させてください・・・」

 

マリア

「そんな身体であなた・・・」

 

アンナ

「言うだけ無駄よ・・・ヤマダ、無理はしないように!」

 

ヤマダ

「へへ・・・ありがとう・・・ございます。」

 

脱力感に襲われながら何とか操縦席から這い出し、主翼から下りるとオレオにもたれかかって座った。

 

ヤマダ

「AI-3-102よ・・・よォ頑張ってくれたな・・・」

 

そして俺はまた意識が朦朧としてきた、目の前の景色が歪み体を自分で支えるのすら辛い。風邪でも無理をしすぎたらこうなるんだな・・・するとコトブキの皆とナオミ、ナサリンが着艦した。最後に降りてきた飴色の機体を見て俺は心底安心した。無理やり起き上がりタキシングで駐機場所に来たイサカのAI-1-129の元へ行く。

 

ヤマダ

「二人ともよォ頑張ったな・・・よォ頑張った・・・」

 

キリエ

「うわっヤマダ大丈夫!?風邪なのに無理するからじゃん!!」

 

チカ

「二人っつってるけどイサカさんともう一人は誰・・・?」

 

発動機が止まった機体からイサカが降りてくる。

 

ヤマダ

「イサカ・・・よォ頑張ったな・・・」

 

イサカ

「ヤマダ!?お前そんなになって・・・早くこっちへ来い!!」

 

ヤマダ

「大丈夫だ・・・これくら・・・い」

 

ドサッ・・・

 

俺はイサカに支えられた。

 

イサカ

「くぅっ、お前私を助けて私に助けられていたら意味が無いだろうに・・・無理をして・・・馬鹿者が。」

 

マリア

「早く医務室へ!!早く!!」

 

イサカ

「すまない・・・」

 

そうして俺はイサカの肩を借り、医務室へと向かった。脱力感が凄く立っているのも辛い。

 

イサカ

「ヤマダ・・・お前の整備した機体だったから私は安心して空戦が出来たんだ、本当にありがとう。」

 

ヤマダ

「へへ・・・最後まで被弾なく戦い抜いてくれてんだ・・・俺は本望だよ。」

 

そして医務室に行くとベッドに寝かされた。医務室と言っても医者がいる訳ではなく簡単な薬とベッドがあるだけであった。俺は意識朦朧とし、そのまま気絶するように眠ってしまった。

 

 

 

 

 

イサカ

「ヤマダ・・・ヤマダ、起きろ?」

 

何時間眠ったのだろうか、身体の脱力感は消え何の苦もなくベッドから起き上がることが出来た。

 

ヤマダ

「うぅ・・・イサカ、俺何時間くらい寝てた・・・?」

 

イサカ

「9時間ほどだ、途中から顔色が良くなってきたが大丈夫か?」

 

ヤマダ

「ああ・・・脱力感も何もかも消えてる・・・」

 

イサカ

「単純な身体だな・・・あと二時間程度でラハマに着く、少しでも長く休んでおけ。」

 

ヤマダ

「ありがとな・・・」

 

イサカ

「礼を言うのは私の方だ、結局私はお前に助けられてばかりだな・・・」

 

ヤマダ

「何言ってんだ、君が先陣切って切り込んでいくから俺はそれについていけてるんだ。俺は君に頭が上がらないよ。」

 

イサカ

「お前がしっかりと零戦を整備してくれているから私も安心して命を乗せて飛べるんだ、お前には感謝している。」

 

ヤマダ

「改めて言われると照れるぜ・・・て言うかイサカ、九時間って事は君ずっと俺の傍に居てくれたのか・・・?」

 

イサカ

「ああ、私はしっかり寝れていたからな。」

 

俺は感極まり、イサカを抱き寄せて強く抱き締めた。

 

イサカ

「うわっ!どうしたヤマダ!?」

 

ヤマダ

「イサカ・・・ありがとう・・・ありがとう・・・」

 

イサカ

「もういい・・・もういいから・・・!」

 

俺とイサカは暫く抱き締めあっていた。そしてイサカは零戦に増槽を付けてくるといい立ち上がった。俺はそれを見送りまた横になる。すると入れ違いにチカとキリエが入ってきた。

 

キリエ

「ヤマダ!!」

 

ヤマダ

「びっくりした!どうした?」

 

チカ

「あんたイサカさんが帰ってきた時二人っつったじゃん?」

 

ヤマダ

「え・・・?ああ、言ったな。」

 

キリエ

「一人はイサカさんじゃん?もう一人は誰の事なの?」

 

ヤマダ

「AI-1-129の事だよ、機体と搭乗員は運命を共にする仲・・・どっちも労ってやらねーとな。」

 

キリエ・チカ

「ほんっと零戦バカだね・・・」

 

ヤマダ

「うるせーよ!」

 

キリエ

「えへへ、聞きたかったのはそれだけなんだ。ゆっくり休んでよ!」

 

チカ

「無理すんじゃないよ!」

 

ヤマダ

「ありがとな〜」

 

そして一時間ほど横になると、身支度を始めた。身の回りの荷物をまとめAI-1-129に放り込みに行く。

 

ヤマダ

「よっこらせっと・・・」

 

がっしゃーん!!

 

ヤマダ

「ん!?」

 

音に驚いて操縦席を覗き込むと荷物がシートベルトの金具と落下傘の金具にぶつかって落ちただけだった。いい加減なことはなるべくするものではない。

 

イサカ

「何やってるんだ・・・」

 

ヤマダ

「おお・・イサカか」

 

イサカ

「まったく・・・準備は終わったのか?」

 

ヤマダ

「今ちょうどな。イサカは?」

 

イサカ

「私も今終わったところだ、時間もちょうどいい。皆に挨拶に行くか」

 

ヤマダ

「ああ、そうだな。」

 

そして俺とイサカはサルーンへと行く、するとそこには珍しくマダム含め全員が居た。

 

イサカ

「マダム・ルゥルゥ、今回は仕事を引き受けてくださり感謝している。当初の予定通り私たちはこれでお暇させていただきたい。」

 

マダム

「貴方たちは良く働いてくれたわ、整備班の連中の評判もいい・・・また機会があればよろしくね?」

 

イサカ

「こちらこそだ。」

 

ナツオ

「ヤマダ、お前はほんとに無茶ばっかすんじゃねえぞ!」

 

アンナ

「イサカさんを大切にね。」

 

マリア

「死ぬんじゃないわよ。」

 

ヤマダ

「いやぁ・・ははは。皆ありがとうな。」

 

レオナ

「イサカ、君の冷静な状況判断には驚いたよ。是非参考にさせてくれ。」

 

ザラ

「色々大変でしょうけど落ち着いてね、フィオちゃんにもよろしく。」

 

ケイト

「また一緒に任務につけると嬉しい。」

 

イサカ

「こちらこそだ、的確な援護感謝する。」

 

キリエ

「ヤマダ、イサカさんを思うのもいいけど無茶しちゃだめだよ?」

 

エンマ

「無理ばかりしていては身体がもちませんわよ?時には休息も必要ですわ。」

 

チカ

「たまにはパーっと遊びにでも行きなよ!」

 

ヤマダ

「ありがとな。息抜きはちゃんとしてるから大丈夫だよ。キリエ、三二型に乗りたけりゃいつでも来な。」

 

ナオミ

「あんたたちはさっさと立ち回ってくれるから空戦がやりやすかったわ、また機会があればよろしくね。」

 

アドルフォ

「ヤマダ、いろいろ悪かったな。また仕事で一緒になれたら頼む。」

 

フェルナンド

「俺も同じ気持ちだ。仕事で組めたら、よろしく頼む。」

 

イサカ

「ナオミ、君の的確な射撃には驚いたぞ。援護も的確で本当に助かった。ありがとう。」

 

ヤマダ

「アドルフォ、嫁さんを大切にしてやれよ。フェルナンド、アドルフォのおもりをしっかりな・・」

 

そうして格納庫に降りるとイサカが先にAI-3-102に乗り込んだ、俺はエナーシャハンドルを持ち機首下に入ると手を上げて準備が整ったことを伝える。

 

イサカ

「整備員前離れ、メインスイッチオフ、エナーシャ―回せ!」

 

ヤマダ

「コンタクト―!!」

 

プロペラの回転が安定したのを確認すると俺はAI-1-129へと乗り込んだ。さっき適当に放り込んだ荷物を操縦席の下に収め発動機を回す。座席を一番上に上げて飛行眼鏡をかけ既に発艦準備を終えているイサカの後ろに行く。するとちょうどハッチが開いた。

 

ナツオ

「発艦配置よし!」

 

イサカ

「発艦する!」

 

そうして加速を始める機体を追って俺もスロットルを開ける。風防から見える羽衣の皆に手を振り俺たちは発艦した。

 

ヤマダ

「オイルプレッシャーOK、ブーストプレッシャーOK、使用燃料タンク後部胴体タンクに切り替え、機体異常なし。」

 

イサカ

「油圧正常、吸入圧力安定、使用燃料タンク増槽燃料タンクに切り替え、機体異常なし。じゃあヤマダ・・・帰ろう。」

 

ヤマダ

「ああ、本当にお疲れ様だなイサカ・・ゆっくり行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・タネガシ~アレシマ定期貨物飛行船

 

「なんでこんなに空賊が来るんだ!!」

 

「知らん!急げ!こっちも援護を出さないとやられちまうぞ!!!」

 

「・・・おい、何だ、あれ・・」

 

「何だ!?ん・・・?あれって・・・爆撃機・・・?」

 

「SBD・・・ドーントレス!?かなり上だな、なんでこっちに向かって飛んできてんだ・・?」

 

「ガガーッ、ガーッーーーーーい!!敵機直上!!!急降下ァーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 



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空中空母

著 ヤマ

 

「イサカ、疲れてないかい?」

 

「お前こそ、数時間前まで倒れていた人間が何を言う。」

 

「俺は大丈夫だよ、寝たら治った。」

 

「本当に単純なヤツめ・・・だがお前が助けに来てくれた時は嬉しかったぞ。」

 

「必死だったんだよ。いざとなったら風防空けて戻してたぜ。」

 

「頼むから私に心配かけないでくれ・・・お前にもしもの事があったら私はどうすればいいんだ。」

 

「君より先には死なないよ、絶対にな。」

 

「・・・約束だぞ。」

 

「ああ、約束だ。」

 

そうして俺とイサカはいつもの滑走路へと降りる。もうすっかり夜だ・・・俺たちは機体を格納庫に戻すと一先ず着替え、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

・・・翌朝

 

ザァァァァ・・・

 

「よっこいせっ・・・これで良しっと。」

 

俺はよく働いてくれたAI-1-129とAI-3-102をしっかりと洗い水気を拭き取った。あれだけ飛ばしても機体に異常はなく快調そのものであった。すると遠くから男二人が走ってきた。

 

ケンジ・モリタ

「ヤマダさん!」

 

ヤマダ

「おおーお前達か!どうだ、訓練は上手くいっているか?」

 

ケンジ

「はい!今日から九六戦を降りて零戦での空戦訓練に入る形になります!これも全てあの時引き止めて下さったヤマダさんのお陰です!」

 

モリタ

「ケンジのやつ、零戦に田舎のおふくろを乗せてやりたいってんで。すごく張り切ってるんですよ。」

 

ヤマダ

「いい事じゃないか、おふくろさんを乗せてやるか・・・親孝行は出来るうちにしとくんだぞ。田舎に行く時は一声かけろ、手土産を持たせてやる。」

 

ケンジ

「そんな!頂けませんよ・・・」

 

ヤマダ

「いいんだ、親にはいい思いをしっかりさせてやれ。」

 

ケンジ

「そこまで言ってくださるなら・・・ありがとうございます!」

 

モリタ

「では我々はそろそろ訓練の時間ですので失礼します!朝早くに失礼しました!!」

 

ヤマダ

「気にすんな。頑張ってな!」

 

ケンジ・モリタ

「失礼しました!ありがとうございます!」

 

気持ちのいい連中だ、あの調子ならめきめきと上達できるだろう。引き止めた甲斐があったというものだ。さっきまで洗っていた機体から水滴が無くなったことを確認すると格納庫に戻そうとした。すると・・・

 

「ヤマダぁーーーーっっ!!イサカは!?イサカは何処にいるっすか!?」

 

「朝っぱらからどうした・・・?イサカなら連日の疲れでまだ寝てる。要件は俺が聞くよ。」

 

「とにかく大変なんっすよ!あたしとイサカが仕切ってる貨物飛行船が攻撃されて!」

 

「貨物飛行船って事は・・・イトウが護衛に着いてる所か!?直援戦闘機が10機は配備してる、それでもやられたのか?」

 

「そうなんっすよ・・・それにイトウ達、急降下爆撃をされたって言ってて・・・」

 

「急降下爆撃!?飛行船にか!?」

 

「そうっす・・・おかしいと思わないっすか?」

 

「おかしいが・・・本人が見たのなら本当だろうな。確かに不可能な事じゃない。」

 

「にしても飛行船に急降下爆撃って・・・よっぽど恨みがあるんっすかね?」

 

「分からない・・・それより乗員は無事だったのかい?」

 

「何とか大丈夫だったっすけど、あいつらもう一個奇妙なこと言ってて・・・」

 

「なんだ?」

 

「『向こうには空母があるとです・・・弾切れで帰って行っても同じ機体が何度も来やがるんです・・・』って、どう思うっすか?」

 

「不可能なことじゃないからな・・・とにかく護衛について行ってやるしかないだろう。」

 

「それが・・・貨物飛行船は酷い被害を受けてて飛べそうにないんっす・・・それに向こうが本当に空母を持っていた場合あんなしょぼい飛行船じゃ全然足りないっすよ・・・」

 

「だよなぁ・・・どうしたもんか・・・ていうかアレだな、また飛行船に着艦するってことは失速速度が遅い主翼12mの零戦を使う事になるんだろうな・・・」

 

「ヤマダこの前二二型仕上げてたっすよね?」

 

「X-133か」

 

「あたしもし主翼12mの零戦を使わないとダメなんだったらアレがいいっす〜」

 

「五二型じゃなくていいのかい?」

 

「たまには違うのも乗ってみたいんっすよ〜」

 

「なるほどな、いいぜ〜」

 

しかし空母はこちらには無い。そもそもいつ使うか分からないようなものを常備しておけるわけが無いのだ。するとイサカが身支度をしっかり整えて降りてきた。

 

イサカ

「ヤマダ早いな・・・それにレミも、どうしたんだ?」

 

レミ

「それが・・・」

 

・・・・・説明中

 

イサカ

「何!?そんな事が・・・にしても空母か・・・」

 

ヤマダ

「あーちょっと待てよ・・・?」

 

俺は格納庫の奥の電話である人に電話をかけた。

 

ヤマダ

「もしもし?シノ〜?」

 

シノ

「あなたまた無茶したんですってね?レオナから聞いたわよ?」

 

ヤマダ

「げっ・・・もうそんなに話が広がってんのかよ・・・」

 

シノ

「あんたが行く先々で無茶するからでしょ、全く・・・で、今回は何よ?」

 

ヤマダ

「いやその〜空母一隻・・・借りていい?」

 

シノ

「何よそんなこと?空母くらい・・・空母!?」

 

ヤマダ

「そう、空母」

 

シノ

「あんたバッカじゃないの!?そんなの私の一存ではいどうぞなんて言えるわけないでしょ!」

 

ヤマダ

「そこを何とか頼む!こっちでどうしても必要なんだ・・・」

 

シノ

「まったく・・・理由だけでも説明しなさいよ。」

 

・・・・説明中

 

シノ

「なるほどね・・・それならこっちにも被害が及ぶかもっていう理由で無理やり引っ張り出せるかもしれないわ・・・とにかく!あんまり期待はしないようにね!空母なんて一隻出すの高いんだから!!」

 

ヤマダ

「すまない・・恩に着る!」

 

そして電話を切るとイサカ達の方へと向かった。

 

イサカ

「何をしていたんだ?」

 

ヤマダ

「シノに連絡してたんだよ、イヅルマは飛行船造船で栄えた街だからな、自警団から借りれないかって頼んだんだよ。」

 

レミ

「行動力はすごいっすけど・・・そんな簡単に申請降りるもんなんっすかね?」

 

ヤマダ

「わからん・・・ただ今は祈るしかないぜ・・・」

 

イサカ

「なるべく早く対策を打ってやらないとな・・・」

 

折り返しの連絡が来るまでは何もできない、俺はイサカ達に伝え忘れていたことがあるのを思い出した。

 

ヤマダ

「あっそうだ二人とも、ちょっと来てくれ。」

 

イサカ

「何だ?」

 

レミ

「どうしたんっすか~?」

 

そして俺はさっき洗ったばかりのぴかぴかのAI-1-129のところに行くと主脚のタイヤを指さした。

 

ヤマダ

「これこれ」

 

レミ

「タイヤがどうかしたんっすか?」

 

ヤマダ

「違う違う、こいつとX-133、AI-3-102のブレーキを変えたんだ。」

 

イサカ

「なんだと?昨日は必死すぎて何も気づかなかった・・・」

 

ヤマダ

「無理もないわな・・・カックンブレーキになりがちなドラムブレーキから制動の微調整がきくディスクブレーキに変えたんだ。これでブレーキを思いきり踏んでもらっても平気だ。」

 

イサカ

「何から何まですまないな・・・」

 

レミ

「前までだとブレーキかけたときにふらふらしたりしたっすからね、やりやすくなったのはありがたいっす。」

 

説明を終えると俺はふとAI-1-129のカウリングを見上げた。俺が一晩中叩いて成型したR1830用のカウリングだ。本来のカウリングと比べると前に長く直径も太いが・・・それでも美しく見える。

 

イサカ

「どうした?ぼーっとして・・・」

 

レミ

「ヤマダのことっす、多分二一型に見とれてるんっすよ・・・」

 

イサカ

「んー・・・変人め・・・」

 

イサカ

「ヤマダっ」

 

ヤマダ

「おおっと・・すまない、呼んだかい?」

 

イサカ

「二一型、いい機体だな。」

 

ヤマダ

「ああ、いい機体だ・・・」

 

イサカ

「私が何で二一型を愛機にしているか・・・話したことはあったか?」

 

ヤマダ

「いや、聞いたことないな。良ければ聞かせてくれ。」

 

イサカ

「最初は私もサダクニと同じ五二型がよかったんだ・・だがまだ組を持ってすらいないとき、格納庫でたまたま二一型を見つけてな。」

 

ヤマダ

「それがあの?」

 

イサカ

「そうだ、その二一型は見た目はボロボロの練習機だったが飛ぶには何の問題もなかった。まだ幼かった私は無理を言ってサダクニに『あれに乗りたい』と頼んだんだ。」

 

 

 

 

 

イサカ

「サダクニ、あの機体・・・飛ばせるか?」

 

サダクニ

「見た目には問題がないが・・・見てみよう。」

 

イサカ

「すまない。頼む。」

 

そのとき埃まみれの二一型が私の前に現れた。いつも見ていた五二型とは主翼の長さも違いカウリングも少し小さい・・・お前と出会う前の私でもそれくらいは分かった。そしてサダクニが機体を見る傍ら発動機の出力が五二型より劣ること、縦方向横方向の旋回は良いが横転性能が悪いこと、速度も劣ることなどを説明してくれた。それでも私はコイツがいいと思ったんだ。

 

サダクニ

「ひとまず・・・乗ってみるか?」

 

イサカ

「ああ、エナーシャを頼む。」

 

そして発動機を回すとまずは吸入圧力が250mmHgまでしかないことに驚いた。ずっとサダクニの五二型を借りていたからな、そして過給機が一段しかないこと、急降下制限速度が630km/hまでであることもサダクニに聞いた。ここまで聞いたら私もさすがに五二型にしておこうかと思った、だが・・・

 

イサカ

「スロットルをあおってみる!」

 

ゴォォォォォ・・・!!!

 

スロットルを押した瞬間に回転が上がる、まるで私の手と発動機がつながっているようだった。もちろん五二型などの反応が悪かったわけじゃない、だが私はこの時二一型で行こうと決めたんだ。翼端折り畳み等の使わない装備があることもわかっていたし他の組員たちと速度が合わせにくいこと、高高度の空戦において過給機が一段一速であれば不利であることもわかっていた。それでも私は自分の操作に素直に反応した二一型がいいと思ったんだ。

 

イサカ

「少し飛んでみてもいいか!?」

 

サダクニ

「気を付けて!!」

 

離陸してある程度高度を取ると一通りの機動をしてみた。その時私は未熟だったからな・・・速度を見ずに夢中になって操作をしていたら失速寸前まで速度が落ちてしまったんだ。

 

イサカ

「しまった!!」

 

普段ならガクンと翼端が失速し機動が乱れ、回復するのに時間がかかっていた、だが二一型はとても素直な挙動を示したんだ・・・何といえばいいんだろうか、私が機体に教えてもらっているような感覚だった。よくよく考えれば五二型と二一型の失速特性は大して変わらないからたまたまだったんだろう。それでも私にとってそれが初めて失速からスムーズに立ち直るという経験になったんだ。私は地上に降りるとこう言った。

 

イサカ

「サダクニ、私は二一型がいい。頼む、この機体を使わせてくれ!」

 

サダクニ

「分かった。ただしもう一度確認しておく、さっきも言ったようにこの機体は五二型とはほとんどすべての性能で劣っている、それでもいいのか?」

 

イサカ

「ああ、」

 

サダクニ

「もしかしたらこの機体では辛いと思う日が来るかもしれない。それでもこの機体でやっていけるのか?」

 

イサカ

「ああ、私はこいつがいい。」

 

サダクニ

「わかった、君の専用機にしよう。デザインは私が考えてある。」

 

イサカ

「・・・ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

ヤマダ

「なるほど・・・そういう経緯があったんだな。」

 

イサカ

「だから私は零戦の中でも二一型が特に好きなんだ・・・操縦もしやすいしな。」

 

レミ

「だからあたしと二人で行動してるときでも機体をこまめに点検したりしてたんっすね〜 大切にされててこの二一型も幸せモンっすね〜」

 

ヤマダ

「何言ってんだ、君もその五二型を大切にしているじゃないか。レミはなんで五二型にしたんだい?」

 

レミ

「あたしっすか〜?」

 

 

 

 

 

 

あたしがクロ達と一緒に組に入った時っす、イジツだと戦闘機は必須って事で首領が皆に一機づつ支給してくれることになったんっすけど・・・あたしだけ機体をなかなか決めれなかったんっすよ。

 

クロ

「レミ、機体は決めれたか?」

 

レミ

「全然決まらないっす・・・首領が勧めてくれた紫電と雷電はとりあえず乗ってみたんっすよ、けどなんかしっくり来なくて・・・クロはなんかこれがいいとかあるっすか〜?」

 

クロ

「そもそも乗ったこともねえから何が良くて何が悪いかなんてわからねぇよ・・・」

 

レミ

「そうっすよね・・・」

 

そんな時、ふと格納庫を覗くと零戦五二型がいっぱい止まってたんっすよ。まあつまり普通の組員達に支給されてた機体だったわけっす。戦闘機を選べたのはあたしだけ、つまりクロ達は自動的に五二型に乗ることが決まってたんっすよね。

 

レミ

「あたしも・・・クロ達と一緒の機体にするっすかね〜」

 

クロ

「何言ってんだ、少しでもいい機体に乗らねーと勿体ないだろ。」

 

レミ

「あたしはあんたらより上だとは微塵も思ってないっす。むしろ支えられてきた・・・あたしはあんた達とはあくまで対等でいたいんっすよ。」

 

クロ

「レミ・・・ったく、勝手なやつだぜ。」

 

レミ

「自由人っすからね〜」

 

そうして五二型を選んだは良いものの最初は苦労したっすよ。雷電ほど昇らないし紫電より速度は速くない、ローラの零戦二一型に格闘戦で勝てないんっすよ。

 

レミ

「うーん・・・やっぱ失敗だったっすかね・・・」

 

機動力が優れていると聞いてた五二型も、二一型と格闘戦して負けちゃって唯一の強みだった機動力も微妙になっちゃって・・・本気で悩んでたその時にクロに言われたんっすよ。

 

クロ

「レミ、五二型はロール性能がいい・・・らしい。それを使ってみろ。」

 

レミ

「ロール、つまり横転性能っすね?」

 

クロ

「ああ、俺もよく分からんが・・・お前なら出来ると思うぜ。」

 

そしてまたローラに格闘戦を挑んだんっすよ。一家の中で技術を磨く目的で何回か模擬空戦はしてたんでね、そんでクロに言われた通り後ろに付かれたら縦に逃げるんじゃなくてヨコに逃げる事を意識したんっす。

 

レミ

「クロ・・・あんたの言ったこと信じるっすよ!」

 

グイッ!!

 

ローラ

「しまった・・・!」

 

切り返しの速さを活かしてシザースに持ち込んだんっす。五二型は主翼の面積的に二一型よりも長くエネルギーを保持出来る・・・それを利用してなんとかローラを押し出して初めて模擬空戦に勝てたんっす。

 

レミ

「クロ!勝てたっす!勝てたっすよ!!」

 

クロ

「あんなざっくりしたアドバイスでよくここまで頑張ったな。流石だよ」

 

レミ

「あんなに期待されちゃったら・・・オンナは頑張っちゃうんっすよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

レミ

「正直言って五二型を選んだのはなんとなくだったんっすよね。けどずーっと使い続けるうちに愛着が湧いちゃって・・・何回も被弾して、その度機体を変えることも出来たんっすけどどうも出来なくて・・・今は大切な愛機っすよ。」

 

ヤマダ

「その君達を見て零戦が好きになった俺がいる訳か・・・変な縁だぜ全くよ・・・ははは!」

 

イサカ

「だから私達の機体を丁寧に整備してくれているお前には常に感謝しているんだ。」

 

レミ

「すぐに新しい部品に変えようとしないのが嬉しいんっすよね。」

 

ヤマダ

「経緯自体は今日初めて聞いたが二人とも相当機体を大切にしていたし、部品一つ一つに使い込まれた跡があったからな。」

 

そうして話していると昼も近づいていた。ご飯にしようかとしたその時折り返しで電話がかかってきた。

 

ヤマダ

「もしもしー」

 

シノ

「感謝なさい。私の付き添いを条件に空母一隻使用許可が降りたわ。」

 

ヤマダ

「マジか!?シノ、あんた一体どうやってまた・・・」

 

シノ

「あんたちょっと前にイヅルマで爆撃機の迎撃任務をしたでしょ?あの事を市長に話したらぜひ使わせてやれという事でね・・・良かったわね。」

 

ヤマダ

「感謝するよ。かなり無理言ってくれたんだろう、ありがとう。」

 

シノ

「気にしなくて良いわよ、それより今日の夕方にでも運んで行ってあげるわ。準備しておくこと!いいわね?」

 

ヤマダ

「ああ、本当にありがとう。座標は後で電報で送っておくよ。」

 

受話器を置くと二人にこれを伝えた。

 

イサカ

「何と・・・何事も言ってみるものだな。」

 

レミ

「それで空母をポンっと貸してくれるなんて・・・流石造船の街っすね、金があるっす。」

 

ヤマダ

「とりあえず・・・腹ごしらえして俺達もイトウの所に行こう。」

 

 

 

 

・・・・・昼食後

 

俺はAI-1-129、AI-3-102、X-133の各部点検を終え燃料を入れた。イトウの居る飛行船停泊所までは大して距離は無いが念の為である。増槽燃料タンクは向こうにあるから必要ないとして、こっちから連れていく部隊は戦闘機隊と艦爆隊だ。向こうが爆撃をして来るならこっちも爆撃で対抗するしかあるまい。

艦爆隊の大隊長は長年ゲキテツ一家に居る組員、俺と旧知の仲でもあるムカイだ。よく無茶な引き起こしをしては俺と喧嘩をしていたが爆撃の腕は確かだった。

 

ムカイ

「ヤマダさん、艦爆隊準備出来ました。彗星艦爆10機何時でも出撃出来ます。」

 

ヤマダ

「了解、今回は飛行船に対する爆撃という少し特殊な任務だが・・・確かな戦果を期待する。援護は俺たちに任せておけ。」

 

ムカイ

「よろしくお願いします。期待に答えられるよう尽力します。」

 

ヤマダ

「出撃まではまだ少し時間がある、少しでも身体を休めるように他の搭乗員にも伝えてやれ。」

 

ムカイ

「感謝します。」

 

航路計算から爆弾投下、そのあとの空戦まで一人でこなさなければならない爆装零戦と違い、爆撃機である彗星艦爆は操縦士とその他の仕事を行う銃手の二人で一人のペアとなっている。一人の仕事量が減る上に彗星艦爆は急降下爆撃を前提に設計されているので精度も段違いだ。実際俺は爆弾の選定や爆撃編隊の形等は完全にムカイを信用し任せている。それにしても要らないいらないと言われ続けた艦爆隊がこんな所で役に立つとは思いもしなかった。俺は格納庫に戻るとAI-1-129を点検する。

 

ヤマダ

「空気圧も・・・問題なし。」

 

タイヤを足で踏んで反力を確かめる。しゃがんで表面を見て表面が傷んでいないかをよく確認しブレーキホースにオイル滲みが無いかも見てから俺は立ち上がった。AI-1-129のカウリングを軽く叩く。

 

ヤマダ

「またよろしくな。」

 

そしてAI-1-129、AI-3-102、X-133の操縦席にラムネを置いておいた。そして電話をかける。

 

ヤマダ

「もしもし」

 

クロ

「どうした?」

 

ヤマダ

「今回の空母戦闘機艦載機数は40機、俺たちはイトウ達の戦闘機隊を含めて39機で行く。」

 

クロ

「ヤマダ、お前・・・」

 

ヤマダ

「来てやってくれ、俺がいるよりお前がいる方がレミも安心するはずだ。現地集合でいこう。」

 

そうして燃料注入口の蓋がちゃんと閉まっているかをもう一度確認しているとイサカとレミが降りてきた。

 

イサカ

「待たせたな、行こう。」

 

レミ

「久々の二二型っす〜」

 

ヤマダ

「問題は向こうがどうなってるかだな・・・」

 

戦闘機隊と艦爆隊に出発することを伝え先に離陸して貰った。俺たちは少し遅れてそれぞれ発動機を回し三機編隊で離陸した。

 

ヤマダ

「オイルプレッシャーOK、オイルテンプOK、フューエルプレッシャーOK、ブーストプレッシャーOK、インテークテンプOK、エキゾーストテンプOK、インボディタンクに切り替え、プロペラピッチフリー、機体異常無し。」

 

正直言って今回の任務は気分が乗らない。

 

ヤマダ

「はぁ・・・」

 

レミ

「どうしたんっすか~ヤマダ、ため息が多いっすよ~」

 

ヤマダ

「いや・・・俺爆撃機の護衛任務って好きじゃねんだよ・・・」

 

イサカ

「速度が遅いからか?」

 

ヤマダ

「いや、それは違う。零戦に乗って飛ぶのは俺にとって何の苦でもねえよ。」

 

レミ

「それならどうしてっすか?飛行船の護衛とかだといきよいうようと飛んでるっすのに。」

 

ヤマダ

「爆撃機の護衛はよ・・・こっちの遅れが直ぐに向こうの死につながるんだ。俺は何回も爆撃機の護衛をした、そのたびに敵機に撃墜された爆撃機のやつらがよ・・・頭に浮かぶんだ・・・皆泣いてなんかいねえ、無線で『ここまでありがとうございました』っていう奴もいた。最後まで敬礼して・・・墜ちていくんだ・・・」

 

レミ

「けどそれは・・・ヤマダだけが悪いわけじゃないっす・・・」

 

ヤマダ

「分かってる!そんなことは分かってるんだ!けど・・・けどよ・・・!!」

 

イサカ

「ヤマダ・・・」

 

ヤマダ

「悪い・・・取り乱した。」

 

しばらく飛んでいると巨大な飛行船が見えてきた、羽衣よりも一回りほど大きく発艦甲板が上下で二本ある。上が爆撃機、下が戦闘機だ。サッサと着艦し格納庫に機体を止めると機体から降りた。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

イトウ

「小隊長!お久しぶりです!」

 

ヤマダ

「イトウさん、お久しぶりです。奥さんとはどうですか?」

 

イトウ

「おかげさまで子供もできたとです。それより申し訳なかとです、我々が未熟なばかりに小隊長の手を借りることになってしまって。」

 

ヤマダ

「気にしないでください。今までよく頑張りましたね。」

 

イトウ

「小隊長直々に鍛えていただけましたので・・・後輩も優秀です・・・」

 

そういってイトウは格納庫の隅に目をやった、そこには搭乗員たちの写真と共に割れた飛行眼鏡や血で赤くなったマフラーなどの遺品が置かれていた。俺はそこの前に行くと飛行眼鏡を外し頭を下げた。

 

ヤマダ

「ご苦労様でした・・・」

 

イトウ

「SBDに体当たりしたやつもおったとです・・・私は・・・何もできんかった・・・!!」

 

ヤマダ

「よく頑張った・・・本当によく頑張りましたね・・・」

 

自分の飛行眼鏡をAI-1-129の7ミリ7機銃に引っ掛けると、カナリア自警団の二人と話しているイサカとレミの元に行った。

 

ヤマダ

「悪い、遅くなった。」

 

イサカ

「イトウは元気にしていたか?」

 

ヤマダ

「元気ではあったよ・・・元気ではな。」

 

シノ

「全く無茶言うんだから・・・」

 

ヤマダ

「悪かったよ、本当にありがとうな。」

 

リッタ

「飛行船への着艦はいつまでたっても慣れません・・・」

 

ヤマダ

「あれ?リッタ!?」

 

リッタ

「お久しぶりです!いやー実は自分彗星艦爆を見たことが無くて・・・シノさんの紫電の整備もかねて同行させていただきます!」

 

シノ

「どうしても来るって聞かないのよ・・・ヤマダ、軽くでいいから彗星を見せてやってくれないかしら?」

 

ヤマダ

「それは俺じゃなくてムカイに言う方がいいな、後で紹介してやるよ。」

 

リッタ

「ありがとうございます!夢にまで見たアツタ発動機の彗星だ~!」

 

ヤマダ

「えっ?」

 

リッタ

「えっ?」

 

ヤマダ

「うちの彗星艦爆は・・・彗星三三型だぞ・・・?」

 

リッタ

「ホントですか!?じゃあ金星発動機搭載の彗星が見れるんですよね!?感激ですーー!!」

 

ヤマダ

「君最早何でもいいんじゃねぇか・・・?」

 

そうして俺はムカイにリッタのことを話し彗星を見せてやってくれと頼みリッタを預けた。ムカイは昔っから彗星艦爆にこだわり続けたやつで、そのすきっぷりは異常である。奴は自分の格納庫に彗星艦爆を一一型~四三型までコレクションしているのだ。

 

ヤマダ

「マジお前頭おかしいよ・・・」

 

ムカイ

「零戦を全部集めてるお前に言われたくねえよ!!」

 

イサカ

「どちらかといえばどれだけ不利だとしても零戦以外を使おうとしないヤマダのほうが狂っているな。」

 

ヤマダ

「イサカぁ・・・」

 

そうして俺はまたイトウの元へ戻る、イトウの周りには俺が連れてきた搭乗員たちもいたが皆顔が暗い。あんなことがあったんだ。仕方あるまい、

 

イトウ

「小隊長・・私はもう自身がなかとです。たくさんの仲間を死なせてしまった・・・」

 

ヤマダ

「ふぅ・・・お前たちよく聞け!!」

 

俺はイトウの仲間と、俺が連れてきた後輩搭乗員たちに向けて叫んだ。

 

ヤマダ

「お前たちが乗っている機体はなんだ!?」

 

イトウ

「えっと・・零戦です?」

 

ヤマダ

「そうだ!いいか?いくら乱戦になろうがお前を撃てる戦闘機は一機しかいない、安心しろ。空戦機動で旋回中に撃った弾なんて当たりやしない、後ろにつかれた機体を振り切ることだけに集中しろ。そして必ず一対一に持ち込むんだ。」

 

後輩

「編隊空戦が基本ではないのですか・・・?」

 

ヤマダ

「勿論だ、だが乱戦になってしまえば向こうはこっちの一番機三番機なんてのは区別がつかない。空中衝突の危険があると思ったら無線で編隊を外す旨を伝えて自分のことを優先しろ。ただし基本は編隊空戦だ。」

 

後輩

「了解しました。」

 

ヤマダ

「さてと・・・最後にいいことを教えてやる。」

 

俺は自分の愛機、「AI-1-129」のそばへ歩いてゆきカウリングに触れた。そしてイトウ達の方を向く。

 

ヤマダ

「零戦は、一対一の格闘戦ではどの機体にも絶対に負けない。」

 

正直これは言いすぎだ、隼ならば旋回性能は互角だし紫電改や疾風が速度を利用して食いついてきたら防弾のない零戦はそれこそ木っ端微塵だろう。だが士気を上げるためには少々のウソもやむなしだ。

 

イサカ

「ふふ、気になってきてみれば・・・」

 

イトウ

「お久しぶりです!あの時はお世話になりました!」

 

イサカ

「私こそ助かった、良くヤマダの状況を知らせてくれたな。」

 

イトウ

「いえそんな・・」

 

イサカ

「さて・・・お前たち!」

 

イサカは俺の横に立ち彼らに向けて叫んだ。

 

イサカ

「零戦は逃げに転じたら負ける!自分が有利だと思えばそのまま攻めろ!」

 

そしてイサカは俺の方をすこし見ると彼らに向き直して言った。

 

イサカ

「攻めに転じれば・・・零戦は負けない!!」

 

ヤマダ

「整備は俺の後輩が責任をもって担当する!それぞれ早くに顔合わせをし意思疎通に尽力するように!戦果を期待する!!」

 

俺の後輩たちは既に輸送機に乗って到着し整備区画で配置についている。整備員との意思疎通は搭乗員の必須項目だ。整備員たちと別れ自分の荷物をまとめ部屋に放り込む。もう一度格納庫に戻るとレミに話しかけられた。

 

レミ

「ヤマダ~」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

レミ

「X-133って五二型に比べると機体の傾きが少ない気がするんっすよね、はんとるく・・・?が少ないってことなんっすか?」

 

ヤマダ

「ああ、えーっと、それならまずは地上でのタキシングと飛んでる途中に機体が左に傾く理由から言わないとだな。」

 

回転するものには必ず回転する方向とは逆向きの力がかかる。これが俗に「反トルク」「カウンタートルク」と呼ばれるもので、人同士が押し合った時に二人してバランスを崩すのと同じ作用反作用の法則だ。

 戦闘機の発動機は回転しているものなので当然カウンタートルクは生まれており、それを相殺するために発動機のクランクシャフトには「カウンターウエイト」がある。これはクランクシャフトと同じ重量を持ちギアによってクランクシャフトの回転と逆に回転しカウンタートルクを相殺するというものなのであるが、これがあっても発動機の半トルクは機体に影響を及ぼす。

 

ヤマダ

「まあ機体が傾くのはカウンタートルクよりもプロペラ後流の影響のほうがでかいけどな。」

 

レミ

「そうなんっすか?けどそれとX-133の傾きの少なさにどういう関係が?」

 

R1830-75に限った話ではないが、プラット&ホイットニー社の発動機は半トルク対策に力を入れているのだ。本来クランクシャフトと同じ速度で逆回転するカウンターウエイトをギアで増速しクランクシャフトの二倍の速度で逆回転させることでカウンタートルクの可能な限りの相殺を狙っている。

 

レミ

「そういうことだったんっすね~」

 

ヤマダ

「まあ機体の傾きはプロペラ後流の影響が大きいから、レミが言ってたみたいに『気がする』くらいなんだけどな。」

 

レミ

「主翼が長い分横転性能が悪いってのも影響してるのかもしれないっすね~」

 

ヤマダ

「言われてみれば・・・確かにそれもあるかもしれないな。」

 

作戦説明までにはまだ時間がある、そもそもなぜ何の偵察もなく作戦説明が出来ているかというとレミ組総動員で動いてくれていたからなのだ。俺たちがラハマから帰ってきている間に敵空母の出現位置を偵察し予想しているのだからさすが裏仕事担当である。だがいかんせん出現位置までが遠いのだ、爆撃機はSBD「ドーントレス」、そいつらの直掩戦闘機はゼネラル・モータース・カンパニー「FM-2 ワイルドキャット」だ。

 

イサカ

「ワイルドキャット? グラマンF4Fではないのか?」

 

ヤマダ

「零戦二一型と同じだよ、F4Fは後継のF6Fヘルキャットが出た後でもゼネラルモータースカンパニー傘下のイースタン航空機でライセンス生産されたんだ。」

 

イサカ

「三二型や二二型が出ても二一型が生産され続けていたのと同じなわけだな。」

 

ヤマダ

「そういうことだ、ただFM-2は発動機がカーチス・ライト R1820『サイクロン』に換装されてる。」

 

イサカ

「ほう?馬力は上がっているのか?」

 

ヤマダ

「1200馬力。零戦二一型と比較すると250馬力上、零戦五二型と比べると70馬力上だ。」

 

イサカ

「なるほどな、水平飛行では逃げられない可能性がある、十分注意しないとな・・・」

 

そう、F4FやFM-2は鈍重鈍足な戦闘機というイメージが大きい。だが意外と旋回性能は悪くなく防弾もしっかりしているので撃墜に時間がかかるのだ、一機に気を取られていると別のところから来た機体に撃墜される可能性もある。どんな機体を相手にしていても同じであるが油断は禁物だ。すると滑走路に見覚えのある機体が着艦してきた。

 

ヤマダ

「お、来た来た」

 

クロ

「悪い、遅くなった。」

 

ヤマダ

「いいってことよ。組のほうは俺がちゃんと人を回しといただろ?」

 

クロ

「ああ、急に来たから驚いたがな。それよりレミは?」

 

ヤマダ

「あっちで機体を見てるよ。行ってやってくれ。」

 

クロ

「レミー」

 

イサカ

「ヤマダ、お前が呼んだのか?」

 

ヤマダ

「ああ、貴重な戦力になるしレミも心強いだろうしな。」

 

そうして俺はAI-1-129の操縦席に入ると空母任務でとても大切な機器の確認をしなければならない。「クルシー式無線機当方位測定器」だ。俗にループアンテナといわれるもので、手動ハンドルでクルシーを回すことで母艦からの電波を受け取り計器盤にある航路計が母艦の方角を示す。

 

ヤマダ

「まさか空母で本当にこれを使うことがあるとはな~」

 

イサカ

「ユーハングではこれは部品が無くて使えないと聞いていたが、こっちだと使えるのか?」

 

ヤマダ

「ああ、イジツだと無線機の性能がびっくりするくらい上がっているからな。問題なく使える。」

 

イサカ

「それなら何時も何も考えず使っているが普通の無線電話機はどうしているんだ?当時の資料とかは私も興味があって読むが無線電話機は雑音ばかりで使えないと書かれているし、アンテナを切り落としてある零戦を見たこともある。」

 

ヤマダ

「ああ、みんな何か勘違いしてるんだがうちの零戦はすべて無線アンテナと無線アンテナ線は飾りだぞ?」

 

イサカ

「何!?」

 

俺はイサカを手招きし機体の下に潜り込んだ、増槽燃料タンク懸吊のときに邪魔にならないよう少し後ろにオフセットした部分に小さなアンテナ線が飛び出している。

 

イサカ

「これが・・?」

 

ヤマダ

「ああ、上のでっかい無線アンテナは飾りだよ。無線機は小型軽量なイジツの標準品に交換してる。零戦の本来の無線機はめちゃくちゃ重いからな。」

 

イサカ

「何も考えず使っていたが・・・そうだったのか・・・」

 

ヤマダ

「本当は上のアンテナは要らねえんだけどよ・・・無線アンテナをぶった切った零戦好きじゃないんだ・・・」

 

イサカ

「ふふ、そういうこだわりはお前らしいな。」

 

不必要であってもある方が美しいものがある、と俺は思う。

 

 

 

 

 

 

・・・・数時間後

 

イサカ

「皆揃っているか?」

 

イトウ

「直掩戦闘機搭乗員、全員集まっとるとです。」

 

イサカ

「よし、では明日の作戦の説明を行う。よろしくな。」

 

一同

「よろしくお願いします!」

 

イサカ

「うむ、まずは明日の作戦内容だ。当然皆理解しているとは思うが彗星艦爆隊の直掩、敵戦闘機のせん滅、こちらの空母の護衛だ。」

 

ヤマダ

「彗星艦爆は敵飛行船空母の強固な装甲を貫くため800kgの鉄鋼爆弾を抱いてゆく。それに加えて増槽燃料タンクも抱くので巡航速度が約260km/hと非常に鈍足になってしまうがその点は我慢してやってくれ。」

 

レミ

「敵戦闘機はゼネラル・モータース・カンパニー FM-2 ワイルドキャット、性能的にはこちらの方が若干上っすけど絶対に油断はしないようにっす。」

 

イサカ

「彗星艦爆隊を直掩する部隊は私率いる甲部隊とイトウ率いる乙部隊。こちらの飛行船を護衛するのはレミ率いる丙部隊だ。搭乗員割を今張り出すからそれぞれの部隊長のところで説明を受けてくれ。ただし乙部隊は甲部隊と作戦を共にするので私のところに集まるように。」

 

そうしてみな搭乗員割を確認しそれぞれの部隊長のところへ行く。すると俺はレミに話しかけられた。

 

レミ

「何であたしがお留守番なんっすか~」

 

ヤマダ

「レミのほうが迎撃戦上手いんだよ・・・それにこっちの動きも向こうの電索で直ぐ拾われる、そうなるとこっちにも戦闘機が来る可能性はある、飛行船空母護衛にも信頼のおける搭乗員にいてほしいんだよ。」

 

レミ

「あたしにここの空母の運命を任せてくれるんっすか・・?」

 

ヤマダ

「イサカや俺は彗星を援護しないといけない、君とクロ以外誰に任せるんだ?」

 

レミ

「えへへ、そんなに期待されたら応えないといけないじゃないっすか~」

 

ヤマダ

「丙部隊にはシノとリッタもいるからな。俺たちの帰る所は任せたぜ。」

 

そうして俺はイサカのところへ向かった。

 

イサカ

「遅いぞ。」

 

ヤマダ

「すまん、待たせたな。」

 

イサカ

「よし、では説明に入る。」

 

今回の作戦は彗星艦爆の護衛、ただし俺が割り振られている甲部隊は敵空母に近づいたとき乙部隊を残して彗星の編隊から離れ敵迎撃戦闘機をせん滅する。FM-2の行動範囲外から空母に向かわなければ作戦として成立しないうえにこちらも空母を使う意味がないので、必然的に長距離を飛行することになる。

 

イサカ

「ヤマダが整備した戦闘機だ、めったなことは無いと思うが機体に異常があった場合は速やかに帰還するように。体当たりや空中衝突は戦闘機乗りとして最大の恥と思え、全員帰還だ。戦果を期待する!!」

 

一同

「はい!!」

 

 

 

作戦説明を終えると皆食事をとって眠りについた。整備員と搭乗員はもうすっかり打ち解けたようで肩を組んで酒を飲む者もいた。そして深夜24:30、整備員も搭乗員もみな寝静まり、格納庫は静かに零戦が翼を休めるのみとなった。俺は軽い仮眠の後に格納庫に降りて行った。目視で皆の零戦を確認してゆく、決して後輩たちを信用していないわけではない。事実零戦達は完璧に整備されている、なかには機体の尾翼に意気揚々と勝利を祈願するメッセージを書く者もいれば自分が撃墜した機体の総数を後部胴体に描き込む者もいた。

 

ヤマダ

「お前達・・・大切にしてもらってるみたいだな・・・よかったな・・・」

 

機体を粗雑に扱う者もいる中、俺が連れてきた後輩搭乗員はともかくイトウの後輩たちまでもが大切に扱っているのは素直に嬉しかった。尾翼の撃墜マークなどを嫌う者もいるが俺はむしろ士気が上がるのでいいのではないかと思う。それよりも機体を粗雑に扱う人間のほうが俺は軽蔑する。イジツでは決して機体は使い捨てなどではないのだ。

 

イサカ

「どうせこんなことだろうと思ったぞ、ヤマダ。」

 

ヤマダ

「イサカ・・・悪いな。どうしても最後に見ておきたくて・・・」

 

イサカ

「ふふ、お前が部屋から布団を持ち出すのを見ていたからな。案の定だ。」

 

ヤマダ

「ばれてたか・・・部屋と仮眠室の気温が大して変わらなかったからな、仮眠室の方が誰もいない分広いしどうせどこで寝ても一緒だ。」

 

イサカ

「馬鹿者・・・私はお前と夜を明かしたかったんだがな・・」

 

ヤマダ

「そうだな・・・ちょっと待っててくれ、布団を・・・って」

 

俺が敷いた布団の横にもう一つ布団が敷かれていた。

 

イサカ

「どうせこんなことだろうと思ったんだ、一緒に寝よう。ここで、な?」

 

ヤマダ

「いいのか・・?」

 

イサカ

「どうせ部屋は狭苦しいんだ、どこで寝ても一緒だし・・・お前と一緒に寝れるのならそれでいい。」

 

ヤマダ

「・・・布団に行くか。」

 

そうして仮眠室の布団に入る、そこからはAI-1-129とAI-3-102がよく見えた。

 

イサカ

「・・・二一型は、美しいな。」

 

ヤマダ

「ああ、本当にな・・・」

 

イサカ

「速度は他の機体に劣るし防弾も無い、撃たれれば直ぐに荒野の塵となる・・・それでも私は二一型が良い。」

 

ヤマダ

「波模様の君の二一型、AI-1-129、AI-3-102、どれでも好きな時に使ってくれ。いつでも飛べる様にしておく。」

 

イサカ

「ふふ、お前の整備に疑問を抱いた事など一度もないさ・・・いつもありがとう。」

 

ヤマダ

「俺はすべきことをしているだけさ。組員も、妻も、俺の手で失いたくないからな。」

 

イサカ

「私は・・・いつでも、いつまでもお前の妻だ。」

 

そうイサカが言った瞬間、俺は我が妻を強く抱き締めていた。

 

イサカ

「おいっ急に・・・全く・・・」

 

抱き返される手は力強く、温かく、柔らかかった。俺たちは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

・・・翌朝

 

ヤマダ

「ふぁ・・・ん!?」

 

俺のすぐ横でイサカが服を着替えていた、

 

ヤマダ

「いっイサカ!?そっそこでふっふふ服をっ・・・」

 

イサカ

「今更何を言っているんだ・・・お前も早く着替えろ。」

 

ヤマダ

「まあそりゃあそうか・・・」

 

さっさと着替えて布団を部屋に放り込み俺は格納庫へ、イサカは搭乗員達の所へ向かう。

 

ヤマダ

「じゃあイサカ、また昼にな。」

 

イサカ

「ああ、私の背中はお前に任せたぞ。」

 

そうして俺は格納庫の方へと降りた。といっても彗星艦爆隊のではなく、ずらりと零戦が並んだ我が戦闘機部隊の格納庫だ。時計が9:30を回った時、整備員達が一斉に降りてきた。

 

ヤマダ

「皆、おはよう。」

 

一同

「おはようございます!」

 

ヤマダ

「君達の整備に搭乗員の命がかかっている。今一度出撃の準備と共に入念な試運転と確認を怠らないように!」

 

一同

「はい!!」

 

そうして俺はAI-1-129、X-133、AI-3-102の所へ行く、クロの五二型も含めここの四機は俺の受け持ちだ。何かあれば全て俺の責任・・・整備にも自然と気合いが入る。

カウリングを外そうとすると俺は後ろから肩を叩かれた、振り返るとイサカ達がいる。他の区画を見渡してももう整備員達のところに搭乗員が行っている。

 

イサカ

「全く、お前だけにさせないぞ。」

 

レミ

「いつもあたしらも手伝ってるじゃないっすか〜、あたしらが乗るんっすから、遠慮なく頼ってくださいっす!」

 

クロ

「簡単な作業なら手伝える・・・遠慮するな。」

 

ヤマダ

「君ら・・・ほんとに・・・ったくよ!」

 

そうして全員で整備点検・動作確認を済ませるとちょうど時間となった。整備員達がいっせいに発動機を回し機体から離れる。

 

ヤマダ

「よっし・・・俺達も行くぜ!」

 

イサカ

「よしっ・・・整備員前離れ!!メインスイッチ断!エナーシャー回せ!!!」

 

レミ

「ク〜ロっ、エナーシャ貸して下さいっす。」

 

クロ

「大丈夫だ、ヤマダがやってくれることになってる。お前は早く乗って準備を・・・」

 

レミ

「もうっ!クロのバカ!良いから早く貸すっす!」

 

あの二人は何をやってるんだ・・・仕方ない・・・

 

ヤマダ

「あー!機体に忘れ物をしたぞー!?」

 

レミ

「さあ、早く貸すっす!」

 

クロ

「レミ・・・頼む!」

 

全く世話のやける・・・俺はAI-1-129に飛び乗って発動機を回し、イサカの後ろに着く。少し遅れてイトウが並び、その後ろに続々と直掩機が並んだ。いよいよ出撃だ、座席を上げフラップを下げいつでも出れる状態を整えるとカウルフラップを全開にする。

 

ヤマダ

「ふぅ・・・いっちょ行くかね。相棒よ!!」

 

発艦信号が青となりイサカのAI-3-102が加速を始める。それに合わせて俺もスロットルを開けた。

 

ゴォォォォォォ・・・!!!

 

接地感が無くなり機体は空を舞う。しばらく飛行船の周りを飛び編隊を整える、爆弾を抱いた彗星艦爆の巡航速度は非常に遅い。スロットルを思い切り絞りプロペラピッチを調節し速度が出過ぎないように注意しつつ飛ぶ。

 

レミ

「ヤマダ!」

 

ヤマダ

「びっくりした!どうした?」

 

レミ

「イサカのことは任せたっすよ!」

 

ヤマダ

「任せとけ、イサカには傷一つ付けさせねえよ。」

 

レミ

「あと!あんたもちゃんと帰ってくること!!いいっすね!?」

 

ヤマダ

「ああ、約束する。」

 

そうして距離が離れたため空母待機のレミたちとの無線は出来なくなる。俺は無線のダイヤルをひねりイサカとだけの無線に切替える。

 

ヤマダ

「イサカ、聞こえるか?」

 

イサカ

「ああ、聞こえる。」

 

ヤマダ

「君だけは絶対に帰らせてやる。背中は任せてくれ。」

 

イサカ

「何を言う馬鹿者、お前も一緒に帰る。いや、全員一緒に帰るんだ。」

 

ヤマダ

「ああ・・・そうだったな。」

 

イサカ

「もし最悪の事になっても・・・お前は私が守る、だから必ず帰ってこい。」

 

ヤマダ

「俺は・・・腕が無くなろうが脚がなくなろうが、たとえ死んでも生まれ変わってでも君の元に帰るさ。」

 

そしてまったりと、敵には警戒しながら敵空母の方へ向けて飛ぶ。向こうの位置は偵察で大体の目星がついているので航路計算をしつつ燃料管理に注意して飛ぶだけだ。そうしてまたしばらく飛んでいると、イサカから全機に向けて無線が入った。

 

イサカ

「全機に告ぐ!敵空母まであと数十分の距離!乙部隊は引き続き直援、甲部隊は制空権の確保だ。私に続け!!!」

 

イサカ達は増槽を切り離しスロットルを開けた。俺も当然それに続く、敵空母はもう俺たちの目に入っていた。すると空母からわらわらとFM-2が上がってきた。

 

ヤマダ

「ひゃぁ・・・いるいる」

 

イサカ

「全員帰りの燃料のことを忘れるな!ここで空戦が出来るのはせいぜい30分少々だ!早急に片付けろ!艦爆隊を動きやすくするんだ!!」

 

俺はイサカの後ろについて上がってきた戦闘機を一機一機と叩き落していった。俺の機体は増槽燃料タンクのほかに後部胴体の増設タンクがある。ここで1時間は空戦しても帰ることはできる。20ミリを慎重に使い空戦していると無線が入った。

 

ムカイ

「ヤマダさん!ご苦労さまでした!!」

 

敵空母のほうを見ると彗星艦爆が爆弾層を開け急降下に入っている。それにまとわりつくワイルドキャットはイトウ率いる部隊が叩き落して艦爆隊を守り抜いていた、イトウ達は三二型であり継続空戦能力はないので爆撃が終わればすぐに帰る。

 

ヤマダ

「っしゃ!行けーーーーっ!!!!」

 

縦に編隊を組んだ彗星艦爆が爆弾を切り離す。数個軌道のそれた爆弾が見えたがおおむね命中、飛行船空母のハフに穴が開く。

 

イサカ

「退避ーーーっ!!!」

 

ドォォォォン・・・・・!!!

 

全員フルスロットルで空母から離れる。数秒後空母の滑走路部分から大きな煙と炎が噴き出し大きな衝撃波が機体を襲った、バランスを崩さぬよう揺れる機体を抑え込み振り返ると空母は大きく破壊されもうもうと火を噴いていた。FM-2も大概が逃げ去るか撃墜されて行き作戦は大成功であった。

 

ヤマダ

「ムカイ!!よくやった!!」

 

ムカイ

「へへ、うちの艦爆隊は優秀ですから。」

 

イサカ

「よし、艦爆隊および乙部隊は燃料に注意し速やかに帰還!甲部隊もしばらく上空哨戒をしたのち帰還する!皆よくやった!」

 

そうして俺たちは上空哨戒をする、母艦を失った敵部隊は逃げたり地上に降り足りと様々なことをしている。

 

イサカ

「ふう・・・何とかひと段落だな・・・」

 

ヤマダ

「お疲れ様。よくあんな大人数の部隊を動かしたよ。さすがだな。」

 

イサカ

「こんな作戦お前がシノに空母を借りれるかの打診をしてくれなければ成立しなかった・・・礼を言うのは私の方だ。」

 

そうして警戒しつつ飛んでいた、敵の機影は全く見えない。イサカ達の燃料はそろそろ危うくなる時間だ。

 

イサカ

「甲部隊帰還する!!皆本当によくやった!!」

 

そうして全員機首を自分たちの空母のほうに向け巡航速度に入る・・・・・後ろに耳を澄ませると何やら音がする、自分の星形発動機の音とは違うこもった音・・・後ろを振り向くと二機のスピットファイアがイサカに向けてダイブしてきていた。向こうはもう巡航速度用の設定にしている・・・・全く、また俺がこの役目か。

 

ヤマダ

「クソぉぉぉ!!!!」

 

まだ巡航速度に移っていなかったのが幸いだ、イサカのAI-3-102の上にかぶさるように機体を動かす。

 

イサカ

「ヤマダ!?お前何を・・・まさか!?」

 

バババババッッッ!!!!

 

ヴィッカーズ7ミリ7機銃が俺の機体を襲う、容赦なく銃弾は俺の体を襲い主翼の燃料タンクに穴をあけた。幸い満タンの外翼燃料タンクに被弾したので炎上はないが帰還はもう叶わない。俺は太ももと腰に弾を食らっている、動脈は外したようで出血は少ないが弾が体の中に残っているようで死ぬほど痛い。編隊から離脱する俺をイサカと他の機体たちが追ってくる。

 

イサカ

「全員注意、敵だ!!編隊を組み戦闘・・・」

 

ヤマダ

「ダメだ!!君たちは帰るんだ!!」

 

イサカ

「だが!!」

 

ヤマダ

「燃料残量を見ろ!!俺に嘘は言わせないぞ!?」

 

イサカ

「くっ・・・」

 

ヤマダ

「どうせ俺は燃料は足りない・・・奴らは俺が引き受ける!!君たちは帰るんだ!!!」

 

イサカ

「ならせめて私だけでも!!」

 

ヤマダ

「馬鹿野郎!早く帰れ!!燃料が足りなくなるぞ!!」

 

イサカ

「だが・・」

 

ヤマダ

「俺が一番失いたくないのは君だと言っただろう!!這ってでも・・・歩いてでも帰ってやる!!早く帰れ!!」

 

イサカ

「・・・・っ」

 

ヤマダ

「ここで全員犬死させる気か!!指導者なら切り捨てる覚悟も持て!!早く帰れ!!!またあいつらが来るぞ!!!」

 

イサカ

「甲部隊・・・帰還する・・・!」

 

搭乗員

「隊長・・・!!」

 

イサカ

「命令だ・・!!」

 

俺から編隊が離れてゆく、無線機も壊れたようで途中からイサカ達の会話が聞こえなくなった。

 

「来いよスピットファイア・・・」

 

前から二機のスピットファイアが来る、MK.Ⅰa・・・ごく初期のスピットファイアだ。ヘッドオンの銃撃をよけ格闘戦に誘いこむ、うまく乗ってきた。

 

「低空で零戦と格闘戦か・・・こいつは絶対に負けねえぞ!!」

 

風防を開けて飛行帽を投げ捨てる。照準器の割れたレティクルを引きはがし金属枠の原始的な補助照準をおこした。

 

「ったくよ・・・妻に怒鳴っちまった・・・ごめんな、イサカ・・・」

 

ひびの入った風防は視界の邪魔になる。開けたほうがましなのだ。

 

「行くぞ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・一週間後

 

あの出来事と作戦から一週間がたつ、あの後すぐに捜索部隊を送ったがヤマダも・・・AI-1-129すらも見つからなかった。格納庫の扉を開けるたび、ヤマダが61-120をいじっているような、AI-3-102を点検しているような気がしてならない。奴のいる日常は・・・今はない。

 

コンコンッ・・・

 

レミ

「イサカ、AI-1-129・・・見つかったっすよ。」

 

そういってレミが扉を開けた、どこか聞こうと立ち上がりレミを見ると・・・レミの手には大きな金属の板があった。

 

イサカ

「それは・・・なんだ・・?」

 

レミ

「これっす・・・・AI-1-129は・・・原型を留めてなかった・・・!!」

 

型式   零式艦上戦闘機二一型

製造番号 中島第6544号機

製造年月日

所属

 

イサカ

「ああ・・・あああ・・・・!!」

 

私はその場で泣き崩れた、何と言ったかも何をしたかも覚えていないが・・・落ち着いたと思えば私は部屋のソファーに腰かけレミの肩を借りていた。

 

レミ

「落ち着いたっすか?」

 

イサカ

「ヤマダぁ・・・零戦は負けないんじゃなかったのか・・・!!どんな機体にも負けないんじゃなかったのか・・・!!」

 

レミ

「スピットファイアの残骸もちゃんとあったっすよ・・・AI-1-129は不時着した後に砂嵐か何かに巻き込まれて・・・最初は砂に埋もれてぐしゃぐしゃで何かわからなかったっす。」

 

イサカ

「不時着!?ヤマダの遺体はなかったのか!?」

 

レミ

「血だらけの操縦席はあったっすけど・・・ヤマダの遺体はなかったっすよ。」

 

イサカ

「じゃああいつはまだ・・・!」

 

レミ

「落ち着いてくださいっす・・・荒野の真ん中、さんさんと照り付ける太陽に砂嵐・・・」

 

イサカ

「でも・・・でも・・・!!」

 

レミ

「イサカ・・・ヤマダは死んだんっすよ!!」

 

私は信じられなかった・・・いや、信じたくなかったのかもしれない。信じられるわけがないのだ。

 

イサカ

「すまない・・・しばらく一人にしてくれ・・・」

 

そして私はレミと別れ格納庫へと降りて行った。扉を開け中に入るとその目の前にはヤマダの大切にしている零戦が置かれている。どれも思い出深い。

 

「一一型・・・インノのレースでは世話になったな。知っているか?お前の発動機を私は一度分解したんだ。」

 

「二二型X-133・・・アカツキの奴等から機体だけをもらっていたな、R1830-75の馬力の恩恵は大きかったな。」

 

「六二型・・・耐荷重ギリギリの爆弾と増槽でよく耐えてくれたな。爆弾投下引手の位置が改良されていてとても使いやすかったな。」

 

「五二型無印61-120・・・私とレミで渡した機体だな、毎日毎日無邪気に飛んでいた。最近は任務の都合で全然乗れていなかったが・・・まさかそのまま逝ってしまうとはな・・・」

 

私は61-120のところで腰を下ろした。レミが持ってきてくれたステンシルをもう一度眺める、あいつが常に磨き大切にしていた機体の外板は衝撃で至る所にシワが入ったようだった。

 

「ヤマダ・・・まさかお前が胴体着陸とはな・・・」

 

こうして機体の下にいると61-120からヤマダが降りてくる気がしてならない。ヤツが整備しコレクションする零戦は全て日の丸に拘っていた。

 

「やっぱり機体本来の装いにしてやりてーしな。個人オリジナルの塗装を否定する気はねーけど・・・俺はやっぱり日の丸がいい」

 

いつもそう言っていた。全くあの馬鹿者は・・・

ゲキテツ一家のマーキングもどこかに入れておけと常に言っていたのに・・・だが私はシンプルだがわかりやすい日の丸も好きだった。しかしそのこだわりを持った整備士は今・・・居ない。

 

「嘘つき・・・」

 

61-120の主脚にもたれ掛かる。

 

「ヤマダぁ・・・私の前から居なくなるのが・・・早すぎるぞ・・・ううっ・・・」

 

私はうずくまって泣いた。今までないほどに泣いた。最愛の人間を失くした・・・

 

ポンッ・・・

私は誰かに肩を叩かれた。

 

イサカ

「ヤマダ!?」

 

キヨシ

「すみません・・・先輩では無いんです・・・」

 

イサカ

「お前は・・・キヨシか」

 

キヨシ

「はい、先輩のことは本当にお気の毒で・・・」

 

イサカ

「まだ信じられないよ・・・ところでどうした?」

 

キヨシ

「はい、AI-3-102の整備が完了したのでテスト飛行お願いします。」

 

イサカ

「わかった。ありがとう。」

 

キヨシ

「それと一つだけ気になることが・・・これを見てください。」

 

キヨシにあんないされAI-3-102の所へ行く。主翼燃料タンクの周りの点検口が空いており中が良く見える。

 

キヨシ

「これです・・・元来二一型には燃料タンクは無防備ですが、この機体には自動消火装置が追加されているんです。取り付けられた部分に溜まった埃の量を見る限り、かなり前から・・・」

 

イサカ

「何!?」

 

キヨシ

「これは少し前に先輩に聞いたのですが、五二型の自動消火装置は二一型にも装着できるよう設計されていたそうです。これはそれかもしれません。」

 

イサカ

「ヤマダ・・・あいつ・・・」

 

キヨシ

「先輩は本当に組長のことを大切になさっていたんですね・・・」

 

イサカ

「ああ・・・本当にいい夫だ。エナーシャ頼めるか?」

 

キヨシ

「はい。」

 

エナーシャを任せ発動機を回す。回転は安定しているし異常な振動もない。油温、筒温、燃圧、すべて問題なしだ。だが何か違う・・・これではないのだ・・・

 

ゴォォォ・・・・!!!

 

スロットルをあおる、特に異常はなく私の手の動きにしっかりと反応するし整備不良でよくある異音もない。機体は完璧な状態のはずだ。

 

イサカ

「少し飛んでくる。」

 

キヨシ

「お気をつけて!」

 

当て舵で直進を保ち離陸する。バランス・タブがよく効き操縦桿は軽いし意図通りに旋回する。何の不満もない、何の異常もない完璧な機体のはずなのに・・・私は何も満たされない。いつも飛ぶと気分はいくらかすっきりするのにもやもやだけが募っていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・一か月後

 

「・・・ん?ここは・・?」

 

俺は目が覚めると俺はベッドに寝かされていた、腰回りと頭には包帯がまかれている・・・どうやら助かったようだった。

 

「目が覚めましたか。貴方は一か月目を覚まさなかったんですよ?」

 

「何!?いててて・・・・」

 

「まだ動いてはいけませんよ!?傷口はまだ完全に塞がっていないんですから・・・」

 

「傷口・・・?はっ!俺の妻は!?俺の二一型は!?俺の仲間は皆無事に帰れていましたか!?」

 

「落ち着いてください・・・私は薬の仕入れから帰るときにあなたを見つけたから・・・」

 

「そう・・・ですか・・、失礼ですが貴女は?」

 

幸子

「幸子です。このちいさな街の診療所で町医者をやっているものです。」

 

ヤマダ

「ヤマダです。大変世話になったようで・・・」

 

幸子

「お気になさらないで、それより・・これ。」

 

幸子さんに手渡されたのはイサカがくれた懐中時計だった。真ん中に突き刺さっていたのは・・・

 

幸子

「これがあなたの太ももの動脈が傷つくのを防いでいたから・・・あなたは今生きているんです。」

 

ヤマダ

「そうですか・・・私の妻が・・・そうですか・・・」

 

俺はイサカに守られたような気がしてならなかった。

 

幸子

「あなたの零戦は元の場所にあります・・・そもそもどこで空戦していらしたんですか?」

 

ヤマダ

「タネガシとラハマのちょうど真ん中です。そもそもここはどこなんですか?」

 

幸子

「インノのはずれです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一か月がたつ、コトブキ、アカツキ、カナリア、ハルカゼ皆に些細な情報でもといっていたが一向にそのような情報はない。だが一つ収穫があった。生活はヤマダが担っていた整備班がキヨシに交代しいつも通りの生活に戻りつつあった。私の心の傷は満たされぬままだが・・・

 

レミ

「イサカ、全部持って帰ってきたっすよ。」

 

イサカ

「すまないな、面倒をかけた。」

 

レミ

「いいんっすよ、それにしても・・・あんなのどうするつもりっすか?」

 

そういいつつ格納庫に降りて行った、私が得た収穫・・・AI-1-129の残骸をすべて回収したのだ。

 

イサカ

「直す・・・」

 

レミ

「正気っすか!?こんな状態の・・・」

 

イサカ

「幸いヤツがうまく胴体着陸したのと真っ先に回収したおかげで発動機とカウリング、発動機架は少しの修理で使える・・・機体は新しく作ればいい。」

 

レミ

「けど・・・この機体って確か二一型の機体に二二型の主翼っすよ・・・?」

 

イサカ

「そこが問題だ・・・」

 

クロ

「ったく・・・そんなことだろうと思ったぞ。」

 

イサカ

「クロ!?」

 

クロ

「ヤマダがいつもいた部屋を探していたらこんなのを見つけた。業者の番号も書いてある。」

 

それはAI-1-129の図面と機体を発注した業者の電話番号だった。あの機体は・・・改造とは名ばかりの新造機だった。

 

レミ

「ひゃぁ・・・良くここまでやったっすね・・・・前部胴体なんて特注品じゃないっすか・・・」

 

零戦の前部胴体は分割できない。それは製造段階で接合されているからなのだが・・・二一型の胴体に二二型の主翼を「製造段階」で接合するよう特注していたのだ。これによって40ℓ外翼燃料タンクを装備した・・・

 

レミ

「いくらかかったんっすかね・・・」

 

イサカ

「わからない・・・だがこれがあれば・・・!」

 

サダクニ

「待ってください組長。」

 

イサカ

「何だ?」

 

サダクニ

「機体を作り直して同じ塗装を施す・・・発動機とカウリングがオリジナルということを加味してもその機体はほとんど別物です。それでもよろしいのですか?」

 

レミ

「サダクニさん、あんたなんてことを・・・」

 

サダクニ

「どうなのですか?」

 

イサカ

「あの残骸を直せるなら直したいさ・・!!だがあそこまで壊れた機体を補修するのは不可能だろう・・・なら作り直すしかないじゃないか!あの機体はヤマダが大切にしていた機体だ・・・どんな方法であれまた飛ばしてやりたいんだ!」

 

サダクニ

「よし・・・なら作業しますよ。」

 

イサカ

「え・・?」

 

クロ

「サダクニ、言われた通り業者にはもう連絡しておいた。残骸から使える部品を探すぞ。」

 

イサカ

「クロ、サダクニ・・・お前達・・!」

 

クロ

「せめて飛ぶことに支障がない部品くらいは元のやつから使ってやれ。」

 

イサカ

「ああ・・!!」

 

四人で探した結果損傷が少ないまたは全くなかった部品が見つかった。だが数は知れていた・・・

 

レミ

「えーっと・・・翼端折り畳み機構、主脚オレオ、尾輪、尾輪オレオ、ブレーキ、アンテナ・・・」

 

イサカ

「操縦席内は計器類の一部とスロットルレバーだけだ・・・脚の部品が多く使える状態で残っているのは脚を出さずに胴体着陸したからだな・・・」

 

レミ

「あいつが胴体着陸とか珍しいっすね・・・」

 

クロ

「恐らく原因はこれだな。」

 

クロが指さしたのは昇降舵マス・バランスだった。機体内部にあり本来は昇降舵と接続されているのだが7ミリ7が貫いたのか砕け散っている。

 

サダクニ

「このせいで昇降舵を操作できなくなったから主脚を出すのをあきらめてフラップを出して空気抵抗で機首を上げ、発動機とカウリングを守ったんですな・・・」

 

クロ

「だがなんでわざわざ・・・」

 

レミ

「もしかしたら・・・また乗るつもりだったのかもしれないっすね・・・」

 

イサカ

「どこまで零戦が好きなんだろうな・・・あの馬鹿は・・・」

 

レミ

「違うっすよイサカ・・・多分またあんたに乗ってほしかったんっすよ・・・あのお人好しは・・・」

 

イサカ

「全く・・・・馬鹿者が・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマダ

「インノのはずれ!?」

 

幸子

「はい、怪我が完全に回復すればインノの町までお送りさせていただきます。」

 

ヤマダ

「いや・・・今すぐここに送っていただけませんか?」

 

俺はアカツキのアジトから少しずれた座標を伝えた。

 

幸子

「こんなところに・・・?」

 

ヤマダ

「はい、傷口が塞がっていないのは分かっていますが・・・私はどうしても妻のもとに帰らなければいけないんです!」

 

幸子

「・・・わかりました。準備をしてきます。」

 

ヤマダ

「・・・ありがとうございます。」

 

幸子

「あなたの奥さんは幸せですね・・・」

 

ヤマダ

「私にはもったいないくらい素敵な妻ですよ・・・本当に私の宝です。」

 

そうして俺は洗濯してくださっていた服に着替え動かなくなった時計をいつものポケットに入れた。飛行眼鏡を首にかけベッドをある程度整えてから幸子さんが手招きする方へ歩いてゆき診察所を出た。するとそこには複座に改造された二二型と・・・・胴体の一部がピンク色の二一型があった。

 

ヤマダ

「幸子さん!これって・・・!?」

 

幸子

「私の旦那が使っていたと言われている機体です。」

 

ヤマダ

「幸子・・・あなたまさか・・・岩本夫人!?」

 

岩本徹三・・・ユーハングで零戦を駆り202機を撃墜した撃墜王だ。ラバウル時代の愛機二一型は桜の撃墜マークで機体後方が埋め尽くされており、イジツに残る数少ない書物で見れるその機体の写真の迫力たるや素晴らしいものであった。その機体が今・・・目の前にある。

 

幸子

「あら・・・こちらにも徹三さんをご存じの方がいらっしゃったのですね。そういえばあなたの零戦にも日の丸が描かれていた・・・不思議な縁ですわね。」

 

ヤマダ

「あの方は私のあこがれです・・・それよりあなたは何故こちらに・・・!?」

 

幸子

「・・・いろいろとありましてね・・・?」

 

ヤマダ

「失礼しました・・・」

 

幸子

「いいんですよ。この二一型・・・もう処分されたと思っていたんですけどね・・・こちらにありました、徹三さんの大切な形見です。」

 

ヤマダ

「大切にしてあげてください・・・貴重なものを見せていただけました・・・」

 

幸子

「ふふ、さあ行きましょうか?」

 

ヤマダ

「はい。お願いします。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体を業者に発注してから五日後、私は状態のいい九九式一号二型改をくれると言うのでロイグ達の元へ向かっていた。一か月たっても機体に対するモヤモヤ感はぬぐえないでいたが・・・贅沢なことも言えない。AI-3-102を飛ばし一路インノへと向かい、滑走路へと降りた。

 

ロイグ

「ヤマダは・・・見つかった?」

 

イサカ

「いや・・・」

 

ロイグ

「そう・・・とりあえずモノを受け取ってちょうだい?これ・・・ヤマダのなのよ。」

 

イサカ

「どういうことだ?」

 

ロイグ

「ユーハングオリジナルの機銃が欲しくてね・・・ずいぶん前にヤマダに相談したのよ。そしたら『誰かから盗まれたらたまったもんじゃねえからな・・・』って言ってこれをくれたのよ。」

 

イサカ

「そうだったのか・・・」

 

ロイグ

「結構気に入ってたんだけどね・・・返すわ。」

 

イサカ

「ありがとう・・・」

 

ロイグ

「ちゃんと撃てるように整備は欠かしていないわ、しっかり使ってやってちょうだい。」

 

イサカ

「ありがとう・・・ヤツも喜んでいるよ。」

 

ロイグ

「そう・・・ね、それよりあなた今零戦は誰が整備しているのよ?」

 

イサカ

「ヤマダの後輩がしっかりやってくれているよ。」

 

ロイグ

「それにしては・・・納得行ってなさそうね。」

 

流石泥棒を生業としているだけある。鋭い。

 

イサカ

「ああ、異常はないし調子もいい。だが何か違うんだ・・・」

 

ロイグ

「なるほどね・・・久しぶりに見せてもらってもいいかしら?」

 

イサカ

「ああ、勿論だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマダ

「お世話になりました。一か月間も本当に・・・」

 

幸子

「いいんですよ。それより早く帰ってあげてください。」

 

ヤマダ

「また会えたら、本当にありがとうございました。」

 

そうして頭を下げ、直ぐに頭を上げると・・・さっきまで目の前にあった二二型も幸子さんも居なくなっていた。

 

「ん・・?ん・・!?」

 

あたりをどれだけ見渡してもいない、それどころか降りた時のタイヤの跡すらも無くなっていた。

 

「待って、ほなら俺死んでんか・・?」

 

地面を思いきり殴ってみる

 

「いって・・・生きてる・・」

 

それに包帯もまかれている、夢ではないのだが・・・

 

「気にしない方が・・・吉かな・・・」

 

そうしてアカツキのアジトの方へ歩いてゆく、そうしてしばらく歩いていると滑走路が見えてきた・・・するとそこには見覚えのある機体が止まっている。他のどの機体にもない曲線美、細く長く伸びた主翼、そして飴色の機体・・・

 

「二一型だ!!AI-3-102だ!!」

 

俺は感極まって走り出した。あの機体があるということは・・・イサカがここに来ているということだ。機体に忍び寄り周りを見回す。ステップが出しっぱなしになっていた。

 

「よっこらっせっと・・・」

 

操縦席に乗り込む。よく手入れされているしイサカもきれいに使ってくれているようだ。機体から降りると外観をよく見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はロイグを連れて滑走路のほうに出ていく、すると機体のそばに人影が見えた。

 

イサカ

「ロイグ、誰かいる。」

 

ロイグ

「ベッグ・・・にしては身長が高いわね?」

 

銃を構えゆっくりと近づいてゆくが・・・私は銃を落とし立ちすくんだ。そしてその人影に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

俺は夢中で機体を見ていた、なんだかんだで1ヶ月ぶりの零戦だ。すぐにイサカに会いに行こうとしなかったのは・・・・これが夢だったと知るのが怖かったのかもしれない。

だがその不安はすぐに払拭されることになった。俺は後ろから急に抱きしめられた・・・スーツの模様、黒い手袋・・・そして背中に当たる金属の感触・・・・

 

 

 

「イサカ!!」

 

「ヤマダ!!」

 

 

 

俺はイサカに強く抱きしめられる。それに負けないくらい俺はイサカを強く抱きしめ返した。ずっと会えなかった悲しみを潰していくかのようにイサカと口付けをした。

 

イサカ

「んっ・・・んんっ・・・!」

 

ヤマダ

「んんっ・・・イサカ・・・本物だ、夢じゃない・・・」

 

どれだけ抱きしめ合ったかは分からない、周りの目も知らない、今目の前にイサカが居る・・・それだけが幸せだった。

 

イサカ

「お前・・・今まで何を・・・していたんだ・・・寂しかったんだぞ!一ヶ月も・・・私を一人にして!!ばか!ばかばか!!」

 

ヤマダ

「悪かった・・・本当に悪かったよ・・・」

 

イサカ

「死んだと思っていた・・・もう会えないと思っていた・・・そんな人間が目の前に戻ってきたら・・・怒る事すら忘れてしまうじゃないか・・・」

 

ヤマダ

「俺だって・・・君達があの後無事に帰れたか心配で心配で・・・」

 

イサカ

「あんな状況になってまで私達の心配をしていたのか・・・お前は本当に・・・お前は!!!」

 

俺はイサカにまた強く抱きしめられた、時間はかかったが・・・約束を破らずに済んだわけだ。そして俺はイサカに謝らなければいけない。

 

ヤマダ

「イサカ、すまなかった。あの時・・・俺は君を怒鳴りつけてしまった。」

 

イサカ

「今更そんな事・・・私こそすまなかった。あの時・・・私は何も出来なかった!」

 

ヤマダ

「そんなことは無いさ、君は立派な判断をした。流石の指導者だ。」

 

イサカ

「私はもう家族を失いたくない、頼むからヤマダ・・・死なないで・・・」

 

ヤマダ

「俺は絶対に死なない。約束したろ?」

 

イサカ

「危なっかしいんだ!お前はいつもいつも!」

 

ヤマダ

「ごめん・・・」

 

イサカ

「お前だけでも・・・最後まで私のそばに居て・・・」

 

ヤマダ

「わかった・・・わかったよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイグ

「まっっったく・・・ヤマダ!!」

 

ヤマダ

「なんだ?」

 

ロイグ

「なんだじゃないわよ!一ヶ月もどこに居たの?」

 

ヤマダ

「それがよ」

 

説明中・・・

 

説明を終えるとロイグの顔は驚いたような・・・恐ろしいような顔になっている。

 

ロイグ

「ヤマダ・・・その診療所ね・・・」

 

ヤマダ

「な・・・なんだよ?」

 

ロイグ

「み・・・見た方が早いわ・・・ついてきなさい。」

 

そうして歩き始めたロイグについて行く、イサカは俺の腕を握りしめていた。

 

ロイグ

「ここよ・・・?」

 

目の前に見えるのは確かに俺が居た診療所・・・ただそこはもう何年も何年も使われていないような建物だった。それどころか街自体が荒廃してる・・・

 

ヤマダ

「なっ・・・なんだよこれ・・・?」

 

ロイグ

「もうここは・・・そう、70年前から廃墟よ・・・?」

 

ヤマダ

「そんな馬鹿な・・・けど俺は確かにここで寝ていたぞ!!」

 

俺は崩れ落ちた扉を蹴破り中に入る、確かに間取りも同じだ・・・だが俺が寝ていたベッドはもう朽ち果て、シーツなどは見る影もなく形を留めているかすら怪しいような・・・そんな状態だった。

 

イサカ

「ヤマダ・・・これ・・・」

 

岩本幸子

 

イサカが指さしたのは名札だった、名札と言っても木に墨で書かれた簡単な物だが・・・それだけはやたらに綺麗で・・・幸子さんが着けていたものと同じだった。

 

ヤマダ

「幸子・・・さん?・・・うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

俺はふと奥の部屋を見て絶叫した、俺に話しかけてくれていた幸子さんの服を着た白骨遺体が・・・そこにはあった。

 

イサカ

「どうしたんだ・・・?うわああああ!!!!」

 

俺とイサカは抱き合って部屋から飛び出した。俺は誰に何をされていたのだろうか・・・

 

ヤマダ

「待て!じゃああれは!?あの二一型は!?」

 

俺は診療所から飛び出すと・・・そこにはロイグが立ちすくんで居る。

 

ロイグ

「こんな事って・・・」

 

ロイグの視線の先には・・・70年放置されていたとは思えないくらいに綺麗な二一型があった。隣の複座二二型はとっくに朽ち果てているのに・・・俺が見たのと全く同じ岩本徹三氏がラバウルで乗っていた二一型だ・・・

 

ヤマダ

「これってどういうことだよ・・・」

 

イサカ

「もしかしたら・・・この二一型は幸子さんを見つけて欲しかったのかも知れないな。そしてずっと待っていた・・・」

 

ヤマダ

「けどなんで俺を・・・」

 

イサカ

「零戦の使い方を誰よりも理解し、零戦を愛した・・・そして自分を駆った搭乗員に憧れを抱いたお前に・・・自分と幸子さんを見つけて欲しかったのかもしれない。」

 

俺は二一型の後部胴体に手を置いた、荒野の日に照らされた機体は暑い・・・

 

ヤマダ

「幸子さん、徹三さん、そして二一型・・・ちゃんと見つけましたよ。あなた方の生きた軌跡も・・・本当にお世話になりました。」

 

そうして俺は岩本さんの二一型を滑走路まで持っていく。

 

ロイグ

「どうするの?その二一型。」

 

ヤマダ

「一度タネガシまで持って帰って綺麗にして、幸子さんの遺骨と一緒に・・・焼くよ。」

 

イサカ

「そうか・・・お前の、好きにすればいい。」

 

そうして俺は岩本さんの二一型に乗り込んだ。機体内は三号爆弾投下用のレバーがある以外は特にほかの二一型とかわらない。

 

イサカ

「ヤマダ・・・エナーシャを貸せ。」

 

ヤマダ

「・・・頼む。」

 

ヤマダ

「メインスイッチオフ!エナーシャ回せー!!」

 

イサカ

「コンタクト!!」

 

岩本さんの二一型はあっけないくらい簡単に始動した。レスポンスにも異常はない。70年も放置されていたなどとは・・・ありえない。

 

イサカ

「ヤマダ、帰ろう。」

 

ヤマダ

「ああ・・・帰ろう。」

 

ロイグに礼を言い二人で離陸する。また零戦に乗るイサカが見れるなんて・・・幸せだ。岩本さんの二一型は三式空一号無線電話機のままでイサカと無線通信は出来ない。だがイサカは横に並んで度々こちらを見ては笑顔をくれる。それだけで俺は嬉しかった。タネガシに着くと手信号を送る。

 

「先二降リロ」

 

「了解」

 

イサカが降りたのを確認して俺も着陸する。やはり脚を出しての着陸は気分がいい。タキシングして何時もの格納庫に機体を入れ、機体から降りふと横を見ると新しい格納庫が増えている。なんだと思い中をチラっと覗くと俺は信じられないものを見た・・・だが今回は飛び上がるほどに嬉しい物であった。

 

「あ・・・ああ・・・」

 

「どうだ?機体は新しく作っているが・・・なるべく元の機体で使える部品は流用している。」

 

目の前には発動機が換装された二一型がある。俺が不時着で壊してしまった中島6544号號機が塗装を脱ぎ・・・そこに佇んでいた。

 

「6544・・・お前・・・」

 

「お前が発動機を守ったから・・・ここまで出来たんだ、ただ色がなかなかむつかしくてな・・・」

 

「守った・・・か、もし君が残骸を回収してまでもう一度乗りたいと思った時、発動機が壊れていればもう二度と発動機換装零戦には乗れないからな。ただ・・・まさかここまでやるとは・・・」

 

「この機体・・・前はお前が私に作ってくれていたが、今回は私からお前への贈り物だ。これからはお前が使え。」

 

「え・・・?」

 

すると俺はイサカに抱きしめられた。

 

「本当に・・・よく帰ってきたな・・・」

 

「イサカ・・・君は本当に何処まで完璧なんだ・・・本当に・・・」

 

そしてイサカは俺に機体の確認をするように言った。

 

「お前の目で確認してみてくれ。」

 

「ああ・・・」

 

操縦席は既に完成していた。乗り込んでみるとひとつあることに気付く。

 

「イサカ・・・もしかしてスロットルレバーと計器類は元の機体から?」

 

「よく分かるな。その通りだ。」

 

操縦席から下りると外観を見て回る、そして・・・イサカ達のはからいを見て俺は泣きそうになった。

 

「翼端折畳、主脚オレオ、尾輪オレオ、アンテナ、ブレーキ・・・あいつから使ってくれてるのか?」

 

「その通りだ、流石だな。」

 

「だって・・・ううっ・・・そんな・・・うれしいっ・・・こと・・・ないっ・・・」

 

「おいっ泣くな!」

 

「だってっ・・・俺もうイサカともAI-1-129とも会えないと思ってて・・・けどこうやってちゃんと再会できてっ・・・」

 

「全く・・・馬鹿者が・・・」

 

そうして俺はまず誰にも連絡を入れず、イサカと一緒に岩本徹三氏の二一型をしっかりと洗浄した。人が集まる前に葬ってやりたかったのだ。俺もイサカも何も言わず洗っていた。機体をすべて洗い終えると滑走路の先の広場で機体の燃料緊急排出口を開けた。

 

「イサカ、君が使ってる銃って十四式だったよな?」

 

「ああ、そうだ。」

 

「借りてもいいか?」

 

「銃嫌いのお前が珍しいな・・・ほら」

 

「ありがとよ。」

 

零戦二一型の横に幸子さんの遺骨を入れた箱を置き、俺は銃を腰に差すと

 

「敬礼!」

 

脇の下にスペースを開けず、手のひらを内側に向けた帝国海軍の敬礼・・・零戦搭乗員がしていた敬礼だ。他のところは知らないがタネガシではこの敬礼が主流となっている。そして俺は零戦から漏れた燃料に向け銃を撃つ。

 

パンッ!!

 

ガソリンに火が付きそれは瞬く間に零戦へと燃え移る。ごうごうと零戦は燃えた。

 

「岩本徹三さん、幸子さん、お世話になりました。」

 

俺とイサカが頭を下げる中、夕陽が上るイジツの空に煙は立ち上り、消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

燃えるものがなくなれば火は自然と消えた。俺とイサカは燃え残った残骸をやけどしないよう水をかけながら拾い集め滑走路の脇へと埋めた。

 

「良かったのか・・?あの二一型は何から何までユーハングオリジナル、お前から見れば何よりもオイシイ機体だろう。」

 

「いいんだよ、俺が持つにふさわしくない・・・あんなすごい機体、それに・・・」

 

「それに?」

 

「幸子さんと二人でいたいだろうしな。」

 

俺とイサカはまたAI-1-129がある格納庫に戻った。それにしてもよくここまで復元したものだ・・・主脚格納部やその他部分の青竹色塗装が終わっており、あとは外装の塗装をするだけという状況まで仕上がっていた。だがイサカの表情は暗い。

 

「どうした?イサカ、よくここまで仕上げたじゃないか・・・」

 

「それが・・・どれだけ点検しても異常がないのに発動機が回らないんだ。」

 

「そりゃ・・・妙だな。」

 

「それと他の機体もなんだが・・・キヨシがよく整備してくれている、何の異常もない・・・だが何か違うんだ!お前の整備した機体と何か違う・・・ずっともやもやしていたんだ・・・」

 

「そうか・・・本当に迷惑かけたな・・・」

 

「とりあえずAI-1-129を軽く見てみてくれないか?私はレミとクロ、サダクニを呼んでくる。驚かしてやりたいし・・な?」

 

「ああ、わかった。燃料とオイルは入っているんだよな?」

 

「ああ、お前なら大丈夫だろう・・・好きにいじってくれて構わない。」

 

「OK」

 

俺はジャッキアップされているAI-1-129の発動機を軽く見てみる、イサカの言う通り発動機周りに異常は見られないし俺が胴体着陸した時に壊れたであろう部分もきれいに補修されている。俺はすべての配線、配管が接続されていることを確認し操縦席に上った。

 

「いやそれにしても・・・ホント良くここまで作り直したなぁ・・・」

 

操縦席下を通る主桁には真新しい青竹色が塗られ、きれいなメタリックグリーンの輝きを放っていた。操縦桿を動かしてみるとちゃんとすべての舵が動くしバランスタブも問題なく動作している。完璧だ。

 

「すげえや・・・ほんとに・・・」

 

すると外から聞き覚えのある声が聞こえてきた、俺はそっと風防を閉めた。ちょっとしたいたずら心だ。

 

レミ

「イサカが久しぶりに嬉しそうな顔をしてるっすね~、AI-1-129の発動機が回ったんっすか~?」

 

クロ

「たぶんそんなところだろうな。」

 

サダクニ

「組長、結局どうされたんですか?」

 

イサカ

「いいから見ていてくれ。」

 

イサカが手を上げ合図をしたのを確認すると、俺は声を張り上げた。

 

「燃料残量よし!補助オイルポンプ作動!油圧よし!メインスイッチ断!!」

 

レミ

「ん・・・この声って・・・・・」

 

クロ

「この声・・・」

 

サダクニ

「この声は・・・」

 

セルモーターを回す。

 

ウィィィン・・・・

 

点火スイッチを「両」位置に。

 

パチパチッ・・・カラカラカラ・・・・

 

火花も問題なく散っている、オイルが溜まっているわけでもない・・・俺は直感的にスロットルを少し前後に動かした。

 

カラカラッ・・・バラバラッ・・・

 

燃料管にエアが残っていたのだろう。思い切り燃料に圧力をかけると燃料が噴射された。少しずつ火が入り始める・・・

 

バラッバラッバラ・・・バラバラ・・・

 

イサカ

「回れ・・・頼む・・・!!」

 

スロットルを少し多めに開けセルモーターを長めに回す。

 

バラッバラッ・・・バラバラバラバラ!!!!

 

排気管から白煙と炎を一瞬吐出し、AI-1-129は息を吹き返した。

 

イサカ

「やった・・・やった!!!」

 

レミ

「あのバカは・・・ほんとに・・・」

 

クロ

「重要な時に居ないかいいところだけかっさらっていくかのどちらかだな・・・本当に・・・」

 

サダクニ

「時間はかかったが・・・約束は破らなかったようだな・・・」

 

俺は発動機をある程度試運転し異常がないことを確認すると発動機を止めた、風防を開け出ようとすると、イサカが抱き着いてきた。

 

イサカ

「やっぱり・・・やっぱりお前を待っていたんだな・・・この機体は・・・」

 

ヤマダ

「胴体着陸しかしてやれなかった、発動機とカウリングしか守ってやれなかった俺を・・・この機体は許してくれたのかな。」

 

イサカ

「もともと怒ってなんかいなかったんだよ・・・お前をずっと待っていたんだ、この機体は・・・」

 

そして俺は機体から飛び降りた、それと同時にクロとサダクニさんに背中をたたかれた。

 

ヤマダ

「あいてぇ・・・」

 

クロ

「何があいてぇ・・・だ!一か月間もどこに居やがった馬鹿野郎!!どれだけの人間がどれだけ探し回ったと思っているんだ!?ったく、よく帰ってきたな・・・」

 

サダクニ

「一か月間もどこに居た!!何度イサカに心配をかけるつもりだ!?今度こんなことがあったら別れさせるぞ!?怪我は大丈夫なのか!?食事はちゃんととっていたのか!?本当に・・よく帰ってきた・・・!!」

 

イサカ

「サダクニ落ち着け・・・」

 

ヤマダ

「本当にご迷惑かけました・・・」

 

レミ

「ヤマダぁ・・・!!!」

 

俺はレミに後ろから抱き着かれた。

 

ヤマダ

「おいッレミ!?」

 

イサカ

「あっおいレミ!ヤマダから離れろ!」

 

クロ

「イサカ、安心しろ。」

 

イサカ

「どういうことだ? だ~か~らレミ!離れろ!!」

 

クロ

「ヤマダのやつ・・・お前に抱き着かれた時が一番顔赤くしてるぜ。」

 

イサカ

「なっ・・・」

 

レミ

「今回は一か月っすか!?あんたはどっかに行くと生死の境をさまよわないと気が済まないんっすか!?あたしに帰る所を任せておいて・・・帰ってこないなんてどういうことっすか!?」

 

ヤマダ

「本当にすまない・・・そうだ!それよりあの時イサカはちゃんと帰ってたか!?被弾してなかったか!?怪我してなかったか!?」

 

レミ

「あんたの心配する場所はいっつもズレてるんっすよ!もっと心配することあるでしょ!?」

 

ヤマダ

「旦那が妻を心配して何が悪いんだ!!」

 

レミ

「タイミングってもんがあるんっすよ!!」

 

イサカ

「二人とも落ち着け・・・な・・?」

 

レミ

「ふぅ・・・それよりどうするんっすか、」

 

イサカ

「何をだ?」

 

レミ

「ヤマダが生きて戻ってきた報告っすよ〜、私ら死んだもんだと思って片っ端から連絡入れちゃってて・・・今後誰かと会ったら絶対その相手パニックっすよ?」

 

イサカ

「それには私に考えがある、ヤマダ。」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

イサカ

「あと一週間でAI-1-129、X-133、AI-3-102、61-120の再整備は出来るか?」

 

ヤマダ

「余裕で出来るぜ。」

 

イサカ

「よし・・・ヤマダが帰ったこととAI-1-129の復活式典は一週間後のエアショーだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

四日後、変な話だが俺が生きている事がバレないようにタネガシから出ず。機体の整備を進めていた。AI-1-129の塗装は全て終わり、塗料の乾燥待ちだ。しかし俺は・・・

 

「やっぱり・・・61-120にもう空戦が出来るほどの余裕は無いな・・・」

 

外板がベコベコになっているだけでは張り替えればいい、だが61-120は俺がずっと毎日使っていた負担が出て・・・もう空戦機動は出来ない状態だった。

 

「今まで・・・本当にありがとうございました。」

 

俺は敬礼をすると、7ミリ7と20ミリ機銃を下ろし機首の7ミリ7の穴を五二型丙の部品を流用して埋め、九九式二号三型の銃身はダミーを取り付けた。この機体はもう空戦はしない・・・俺の大切な思い出として、飛ぶことだけを目的に生きてもらう。

 

「ほんまに・・・世話んなったな・・・ありがとうな・・・」

 

これからはエアショーで飛んでもらう。発動機自体は非常に好調なのだ。本当に61-120には世話になった。

 

そしてAI-3-102を点検する。キヨシは良くやっているし以上は特にない、だがひとつ忘れているものがあった。発動機のオイルだ。菜種油に入れ替えるとポンプを操作してオイルを潤滑させる。すると丁度イサカが来た。

 

イサカ

「どうだ? 整備の方は。」

 

ヤマダ

「AI-3-102がちょうど終わったところだ。乗ってみるかい?」

 

イサカ

「ああ、あの感覚が戻っているか・・・確かめたい。」

 

ヤマダ

「完璧に戻ってるよ。保証するぜ。」

 

イサカ

「それは・・・楽しみだ。」

 

エナーシャを回しイサカを送り出す。数十分後イサカは帰ってきた。

 

イサカ

「これだ・・・この感覚だ・・・」

 

ヤマダ

「な?」

 

イサカ

「やはりお前でないとダメだ・・・私は特に・・・な。」

 

ヤマダ

「そう言ってもらえると・・光栄だよ。そうだイサカ、AI-1-129を見てくれないか?」

 

そしてイサカと二人で格納庫を移動する、いろんな機体が所狭しと並んだいつもの格納庫も好きだが・・・AI-1-129のためだけに作られたこの格納庫の程よい大きさのほうが俺は好きだ。ただ格納庫から機体を出すときに翼端を折りたたまないといけないくらい狭いのはやりすぎな気もするが・・・仕方ない。

 

イサカ

「おお・・・もう塗り終えたんだな、これで完成か?」

 

ヤマダ

「ああ、もう塗料も乾燥したはずだ。」

 

イサカ

「それなら・・・飛ばすか?」

 

ヤマダ

「飛ばすか。何と飛ばす?」

 

イサカ

「X-133に乗ってみたいな・・・」

 

ヤマダ

「了解、じゃあAI-1-129の発動機を回しといてもらってもいいか?」

 

イサカ

「私がか?」

 

ヤマダ

「大丈夫だよ、こいつは素直だ。」

 

イサカ

「そうか・・・な・・」

 

俺はいつもの格納庫に駆け戻るとX-133の発動機を回しタキシングで滑走路に出ると、発動機を止めて車止めを置いた。その瞬間に横の格納庫からゆっくりと、自分の調子を確かめるかのようにAI-1-129が出てきた。堂々とした佇まいに長く美しい主翼・・・見た目の美しさではダントツで二一型と俺は思う。発動機を止め車止めを置くとイサカが降りてきた。

 

イサカ

「さあヤマダ。乗れ」

 

ヤマダ

「ありがとよ・・・」

 

俺はAI-1-129に乗り込み発動機を回した。機体が新しく作られたかどうかなんて関係ない、間違いなくこいつはAI-1-129だ。イサカ達の愛が詰まった・・・間違いなく最高の機体。これならなんの躊躇いもなく命を乗せて飛べる。

 

ヤマダ

「イサカ、先に・・・」

 

イサカ

「何を言っている。」

 

ヤマダ

「え・・・?」

 

イサカ

「今日の主役は、いや。今日からエアショーまでの主役は・・・お前達だ。」

 

ヤマダ

「イサカ・・・」

 

イサカ

「ほら、先に行け。」

 

ヤマダ

「・・・ああ!!」

 

俺はスロットルを開け離陸した。風防を閉め飛行眼鏡を下ろすと一通りの舵の効きを確かめるとラダーを踏む足の力を抜いた。旋回計の針玉を注意して見るが進路にブレはない。尾翼のトリムタブの調節も完璧だった。

 

イサカ

「どうだ、トリムタブの調節もちゃんと出来ているはずだ。まあお前程の精度は無いが・・・」

 

ヤマダ

「そんな事ない・・・完璧だ。」

 

イサカ

「そうか!?本当か!?」

 

ヤマダ

「ああ、嘘は言わない。本当に完璧だ。」

 

イサカ

「そうか・・・実際に飛べなかったから過去の機体から角度の平均値をサダクニと私でずっと計算していたんだ。仕様が近しいX-133で試したりもした・・・」

 

ヤマダ

「そこまでして・・・ほんとに君たちはバカだよ・・・本当に・・・」

 

イサカ

「ヤマダ・・・」

 

ヤマダ

「俺の事なんて忘れていてくれて良かったのに・・・全部俺の勝手にした事だったのに・・・ずっと覚えていてくれて・・俺・・俺・・・!」

 

イサカ

「お前のことを忘れられるわけないだろう・・!!そう簡単に忘れられたら私もどれだけ楽か!だが・・・どこかで繋がってしまっているんだよ!私を一番に思ってくれる人間を・・・忘れられる訳が無いだろう!」

 

ヤマダ

「イサカ・・・君が妻で・・・良かったよ・・・」

 

俺はある程度速度が乗ったことを確認すると、イサカに少し空戦機動をしてみると伝えた。するとイサカから思いもよらない提案が出た。軽く模擬空戦をしようと言うのだ、俺はいつもは断るのだが、今回はしてもいいと思った。

 

ヤマダ

「ついてこれるか!?」

 

操縦桿を思い切り倒し左旋回に入る。下半身に力を入れブラックアウトしないように旋回を続けるがイサカはピタリと着いてくる。ならばと俺は操縦桿を逆に倒しラダーを蹴飛ばして素早く横転した。そのまま右旋回に入る。ここでイサカは一歩遅れた。

 

イサカ

「くうっ・・・なかなかやるじゃないか!」

 

ヤマダ

「まだまだァ!」

 

スロットルを絞って操縦桿を引き機種をあげる。わざと機速を捨てイサカを前へと押し出した。

 

イサカ

「なっ・・・しまった!!」

 

慌ててイサカは左旋回へ入るがそれは折り込み済み。ラダーとエルロンで機種を軸に激しく横転していく機体の機種を左旋回をするイサカの方へと向けスロットルを開けた。だがそこに・・・イサカは居ない。

 

イサカ

「ヤマダ!かかったな!」

 

ヤマダ

「何!?」

 

イサカは左旋回と見せかけてすぐに右旋回へと切り返していたのだ。機速を失った俺は空中でほぼ止まった状態でイサカに腹を見せる事になった・・・完敗だ。イサカは得意気な顔をしてこちらを見る。

 

イサカ

「ふふ、惜しかったな。」

 

ヤマダ

「やっぱ君にはかなわねぇよ・・・」

 

イサカ

「相手をよく知る人間の前での騙し技は自殺行為だぞ。」

 

ヤマダ

「引っかかると思ったのに・・・」

 

イサカ

「ふふ、相手が私じゃなければ騙せていたな。」

 

ヤマダ

「さすがだぜ・・・」

 

イサカのいたずらな笑顔が俺にはとても輝いて見えた。とても・・・とても眩しい、今俺が乗る二一型は妻の力がなければ今此処に無かった・・・俺はイサカに一生頭をあげることの出来ない借りを作ってしまったわけだ。

 

イサカ

「ヤマダ、帰ろう。」

 

ヤマダ

「ああ・・・帰ろう。それとイサカ。」

 

イサカ

「どうした?」

 

ヤマダ

「ありがとう。」

 

イサカ

「ふふ・・・気にするな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・エアショー当日

 

エアショーの観覧者には、どうやって招待したのか謎なくらい綺麗にコトブキ・ハルカゼ・アカツキ・イサカとレミ以外の幹部・カナリアの皆が居る。俺はマスクとサングラスをかけエアショーの一般観覧者に混じって皆の会話を聞いていた。

 

キリエ

「やっぱりAI-1-129は滑走路のどこにも無いね・・・」

 

チカ

「アイツほんっとバカだよ・・・」

 

エンマ

「イサカさんもやり切れないでしょうね・・・」

 

ユーカ

「未だに信じられないよ・・・ヤマダさんが居ないなんて」

 

エリカ

「エアショーの時は意気揚々と準備していたものね・・・」

 

レンジ

「ヤマダのやつ・・・ったく、バカがよ・・・」

 

リガル

「死に方が美しくないわよ・・・いや、もしかしたら最高に美しい散り方をしていたかもしれないわね。」

 

ローラ

「ヤマダ・・・あいつ・・・」

 

ニコ

「・・・惜しい人間を亡くした。」

 

リッタ

「ヤマダさん・・・居ませんね・・・」

 

シノ

「いっつもなら機体の整備をしながら話しかけてきてたのにね・・・」

 

生きているのが申し訳ないとはこういう時に使うのだろうか、いや絶対に違う。いつもの格納庫に駆け戻るとイサカ、レミ、クロの乗る予定の機体の準備をしていた。

 

レミ

「いっしし、全員騙せてるっすよ〜」

 

イサカ

「大成功と言えば大成功だな。」

 

レミ

「今日はあたしが61-120っすよ〜、なんか五二型だと気合いが入るっす〜」

 

ヤマダ

「そりゃ嬉しいな。もういつでも出れるぜ。」

 

レミ

「さすが、準備が早いっす〜」

 

三機を送り出す。AI-3-102、X-133、61-120だ。今回はショーの時間はそれほど長くはない。

 

ヤマダ

「61-120で二一型と二二型に速度を合わせられるあたりレミやっぱ相当上手いな・・・」

 

編隊を組んで・・・と言いたいところだが三機編隊の形にはなっていない。イサカの隣が不自然に空いている。その理由は・・・言うまでもない。

 

リキヤ

「さあ、三機の軽やかな動きを見て頂いたところで本日の目玉は実は別であります!」

 

リキヤはナレーションが上手い、失礼だが意外な一面だ。ちなみにリキヤ達後輩搭乗員とキヨシ達整備班はAI-1-129の事は知っているが俺が生きていることはまだ知らない。俺は飛行眼鏡を首にかけ、AI-1-129を格納庫の外へと押して行った。観客席からここは死角でギリギリ見えない。翼端を伸ばすと発動機を回した。

 

カラカラッカラ・・・バラバラバラバラ!!!!

 

タキシングしながらゆっくりと、観客に機体を見せつけるように左右に振って滑走路に行く。今日の主役は俺だと言わんばかりに発動機の試運転も兼ねてスロットルを煽った。

 

リキヤ

「胴体着陸をした機体の残骸を丁寧に回収し、必要部品は全て新造して今此処に復活しました。零式艦上戦闘機二一型、AI-1-129!!!」

 

ラダーとブレーキを操作しながら風防を開け、飛行眼鏡をかけると座席をめいいっぱい上げた。一般観客は機体に、そうじゃない観客は・・・皆立ち上がり搭乗員に目を引かれている。

 

ヤマダ

「へへ、なんか嬉しいな。」

 

観客席の前をタキシングする時、大きく観客席に向けて手を振った。飛行眼鏡をかけてはいたが、何人かは俺だと認識できただろう。俺は滑走路の端で止まる。

 

リキヤ

「さあ、新製AI-1-129はどんなフライトを見せてくれるでしょうか!今テイクオフです!!」

 

俺はフラップを下げスロットルを開けた。ラダーを踏んで機を真っ直ぐに保ち機速140km/hで操縦桿を引く。AI-1-129はフワリと浮いた。フラップと主脚を上げ少し上で編隊を組んでいる三機の所へ上がる。

 

レミ

「派手な登場しちゃって〜」

 

クロ

「じゃあ俺とレミは降りるぜ、あとは任せた。」

 

ヤマダ

「ああ、任せといてくれ。」

 

レミとクロが降りて行く。

 

リキヤ

「61-120とX-133はここで退場となります。演技お疲れ様でした。皆さん拍手をお願いします!」

 

観客席からは拍手が起こる、だが「招待席」の皆は唖然としていた。そういえばイサカはリキヤに「ヤマダさんの乗ってらしたAI-1-129・・・良ければ俺に操縦させて下さい。」と言われ、断るのに困っていたそうだ。リキヤは誰がAI-1-129の操縦席に納まっていると思っているのだろう。

 

リキヤ

「それでは!!ユーハングで活躍した機体を完全に復元しもう一度空を飛ぶことが出来たAI-3-102、機体を完全に新造し生まれ変わったAI-1-129の超低空機動をとくとご覧あれ!!!」

 

俺とイサカは手筈通り高度を思い切り下げ、観客席のそばをローパスした。超低空、低中速ならば零戦は世界のどの機体よりも軽く動く。

 

イサカ

「右!」

 

ヤマダ

「左!」

 

二人離れるように急上昇をすると、空中でまた編隊を組む。R1830用のプロペラブレードはもっと大きい、だができるだけ外観を壊したくなかった俺はプロペラを短縮しリシェイプして形状を整えた。そのため発動機のトルク分加速性能は上がったが最高速度は普通の零戦二一型と大差ない。

 

イサカ

「ヤマダ、あれやるぞ。」

 

ヤマダ

「何周する?」

 

イサカ

「一周一発だ!」

 

イサカがスロットルを押し込み俺の隣に並ぶ、俺達は軽くバンクを振りそれを合図にフットバーを踏み込んで宙返りに入った。二一型で思い切り操縦桿を引けば小さな旋回半径で華が無い。すこし浅めに操縦桿を引いた。昇降計が激しく動き機速が落ちるが、大面積の主翼のお陰で失速はしない。頂点を越えてしまえば重力によって加速し機速は戻る。隣を見るとイサカはピッタリと寸分のズレもなく横に居た。

 

リキヤ

「美しい機動を見せて下さいました!!AI-1-129とAI-3-102でした!!!」

 

俺はイサカと編隊を組み会場の上を飛んでいた。俺はそんなつもりは無かったが、驚いたような不安なような顔をしていたのだろう。

 

イサカ

「どうした、そんな驚いた顔をして。」

 

ヤマダ

「なんでも・・・ないよ。」

 

イサカ

「安心しろ、私は何時までもお前のそばに居る。」

 

俺は自分の頬を抓った。実は今は全て夢かもしれない・・・そんな一松の不安が頭をよぎったがそんなことは無い。

 

イサカ

「ふふ、何をしているんだ。降りるぞ。」

 

編隊を崩さないようにスロットルを絞って減速し脚を出す。その後フラップを出し三点で着陸をした。タキシングをして格納庫前に戻ると機体を軽く洗い、一般観客が帰るのを待ってから「招待席」の人達をこちらへとイサカが呼んだ。だが俺はそれを聞き逃していたのでAI-1-129の機体を磨いている時に皆が来たのだ。

 

ヤマダ

「綺麗に磨いてやっかんな・・・」

 

そうして胴に描かれた日の丸を布で磨いている時に俺は皆の声を聞き振り向いた。その時俺は相当にやけていたらしい。

 

キリエ

「うわっ・・・このニヤケ顔は本物だね・・・」

 

ケイト

「ケイトは驚いている。」

 

ザラ

「いや・・・ホントこんな事ってあるのね・・・」

 

ベル

「とにかく良かったわ・・・」

 

アカリ

「ほんと変な人だね・・・」

 

ベッグ

「こんな機体作ろうとするのヤマダくらいなのだ〜」

 

ロイグ

「ほんっとに、イサカと再開した時はこれでもかってくらい泣いてた癖に今は笑ってるわ・・・」

 

モア

「ロイグ、もしかしてずっと知ってたんですか・・?」

 

アコ

「良かったです・・・本当に良かった・・・」

 

シノ

「後で一発殴ってやるわ・・・良く生きていたわね。」

 

AI-1-129と俺は皆に囲まれ質問攻めにあった。ローラとニコはレミに事情を聞いていたが俺は明日にでもキッついお叱りを受けるだろう。考えたくもない。俺はまず隠していたことを詫び、今は体になんの問題もないことを伝えた。しばらく皆と会話していたが皆仕事の合間を縫ってきてくれていたのでぼちぼちと帰っていった。皆帰り俺は一人になった。

 

「よっし、皆帰ったかな?」

 

イサカとレミは他の幹部たちと飲みに行き、整備班たちは仕事を終え自由時間に入っていたので今はこの滑走路を俺が一人で使える。俺は天日干しをしていたAI-1-129を滑走路の端まで押してゆき機体に乗り込んだ。

 

「ふぅ~・・・メインスイッチ断!燃料タンク胴体内良し!」

 

発動機を回し5分ほどアイドリング状態で暖気運転をする。エアショーでかなり高負荷運転をしたにもかかわらず異音も少しのばらつきもない。すすを飛ばすためにスロットルをあおり異常、異音が無いことを確認すると離陸滑走を始めた。操縦桿を押し尾部を浮かせると、速度が乗ったのを確認し操縦桿を引いて離陸した。

 

「脚上げ良し。オイル冷却シャッタ全開。回転数異常なし。プロペラピッチ低固定。吸入圧力問題なし。」

 

計器類を確認し高度500mほどに上ってから一通り飛び回る。300キロ以下の零戦の操縦桿は軽く一人で飛ぶ空はとても気分がよかった。

 

 

 

 



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Racing ZERO

著 やま

 

夏のすごく暑い日、格納庫には冷房が無いので汗だくで作業していたが、日中についに我慢出来ず俺は部屋に駆け込んで冷房をつけた。

 

「うぁぁ〜生き返るぅ・・・」

 

涼みながら部屋でゴロゴロしていると、イサカが入ってきた。

 

「格納庫に居ないから何事かと思ったらこんな所にいたのか、それにしても暑いな。私も少し涼もう・・・」

 

イサカも腰を下ろす、

 

「で、何かあったのかい?」

 

「ああ、これなんだが・・・」

 

イサカに見せらた紙は零戦限定エアレースの広告だった。

 

「これがどうかしたか?」

 

「いやその・・・ヤマダ、お前出る気は無いか?」

 

「俺が!?」

 

いつもこういう事はイサカの役目だ、それに俺はレースに出るようながらでは無い。断ろうとも思ったが・・・

 

「頼む!ほかのレースみたいな空中目標とタイムの合算なら私は得意だが、今回は純粋な順位を決めるレースなんだ・・・」

 

「そういう事か・・・ん?」

 

そこのレギュレーションには機銃の搭載はそのままで良いという事しか書かれていない、これは・・・

 

「イサカ、これって発動機はなんでもいいのか?」

 

「ああ、その辺は何も聞いていない。」

 

「じゃあAI-1-129で出るかな。」

 

そうして俺達は部屋を出るとAI-1-129の格納庫へと行く。こんなこともあろうかとではないが、俺はこいつに一つこだわりを盛り込んでいた。

 

「へっへ〜 イサカ、見てくれよコレ!」

 

俺が持ち出したのは主翼20ミリ発射口が埋められた外板パネルと二本の導風管だ。

 

「なんだ?これ・・・」

 

「まあ見ててくれって」

 

俺は主翼の20ミリ機銃を外し、パネルを付け替えた。そして操縦席に乗り込み7ミリ7機銃を外すと、二本の管をはめ込んだ。これでプロペラ後流を顔に当てていつでも涼むことが出来る。ついでに九八式射爆照準器もはずした。

 

「そういう事だったのか・・・」

 

「これだけで零戦はだいぶ軽くなるぜ〜」

 

俺は別に零戦に機銃が必要だとは思っていない。零戦の価値はそれでは無いと思うからだ。この物騒なイジツの空では無理だが、もし可能であるならば零戦からは機銃を全て取り払って飛行機として全力で飛べるようにしてやりたい。

 

「なんだか・・・嬉しそうに見えるな。」

 

「ん?」

 

「いや、私は零戦には機銃ありきだと思っていたが・・この機体は何か機銃を下ろされた事で積年の重みを全て捨てたような・・・そんなふうに見える。」

 

「零戦は敵を一機でも多く落とす為に生まれた戦闘機だが・・・自衛のための戦闘以外殆どなんの意味も成さないこのイジツでは、俺はこいつに純粋な飛行機として飛んでいて欲しい・・・そう思うんだ。」

 

「優しいな・・・お前は。」

 

「・・・偏屈なだけだよ」

 

「マフィアの一員のくせに銃は嫌いで空戦も嫌い、零戦の機銃も別にあってもなくてもどっちでもいい・・・」

 

「改めて言われると相当に変だな・・・ハハ・・・」

 

「その癖に私の事になるとすぐムキになって・・・すぐ怪我して・・・すぐ私を守ろうとして・・・自分の大切にしてた機体すら壊してまで私を守って・・・」

 

イサカが俺を抱き締めた。身長差がほとんど無いので彼女の顔は俺の顔の横に来る、綺麗な耳飾りを横目に俺はイサカを抱きしめ返した。

 

「本当に・・・よく帰ってきたな・・・ヤマダ・・・」

 

「イサカ・・・本当に心配かけたな・・・」

 

すると格納庫の扉が急に開いた。

 

「ヤマダーっ!ちょっとご相談なんっすけど〜!」

 

俺とイサカはサッと離れた。

 

レミ

「あっ・・・お邪魔しちゃったっすね〜」

 

イサカ

「で・・・なんだ、レミ」

 

レミ

「イサカ、目が笑ってないっすよ・・・」

 

ヤマダ

「で、ご相談ってなんだい?」

 

レミ

「このレースの事なんっすけど〜」

 

そうしてレミが持ってきたのはイサカに見せられたのと全く同じ広告だった。この広告はタネガシ中にばらまかれでもしているのか・・・

 

レミ

「でね、そのー」

 

ヤマダ

「どっちを使う? X-133か61-120か」

 

レミ

「話が早くて助かるっす〜 ヤマダはやっぱりAI-1-129なんっすか?」

 

ヤマダ

「ああ、それに今回のレースは航続力と速さ両方を競うロングランレースだ。増設燃料タンクがあるAI-1-129の方が有利だからな。」

 

レミ

「いやその〜最初は出ようと思ったんっすけど、ヤマダが出るならいいかなって・・・」

 

イサカ

「なんだそれ・・・」

 

レミ

「だって・・・あたしが出るよりヤマダが出る方が勝てそうじゃないっすか?」

 

ヤマダ

「俺はそういうの苦手なんだけどな・・・」

 

だが妙だ、何時もならこういうレースにはホイホイ出ない。それに俺にわざわざ選手として出てくれということは本当に滅多に無い・・・

 

レミ

「イサカ・・・このレースっすよね」

 

イサカ

「ああ・・・八百長疑惑がある問題のレースだ。」

 

ヤマダ

「まてまてまてまて、八百長!?」

 

悪いがそんなレースはまっぴらごめんだ。

 

イサカ

「ああ、前々から順位が綺麗に決まりすぎてて八百長疑惑があってな。一応この付近のエアレースのケツモチも私達だからちょくちょく注意してはいたんだが・・・」

 

レミ

「一回見て見ないとって訳っすよ。ちょうど今回私達以外にも新参が一人いるみたいでね。タイミングもバッチしって訳っす〜」

 

ヤマダ

「そういうことかよ、大変な話を引き受けちまったぜ・・・なあ6544」

 

レミ

「その機体に話しかける癖、どうにかした方が良いっすよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後・・・

 

結局俺はAI-1-129で出ることにした。当日会場に行くまで大した距離ではなかったが、機銃を下ろしてある俺をイサカとレミが援護してくれた。

 

ヤマダ

「やっぱ機銃を下ろした零戦は軽いぜ〜」

 

バンクをふって軽い操縦性に感動していると、イサカの声が響いた。

 

イサカ

「落ち着いて飛べないのかお前は!」

 

レミ

「まぁまぁ、たまには良いじゃないっすか〜」

 

イサカ

「まあ・・・仕事柄機銃を下ろした機体なんて乗れないからな・・・」

 

レミ

「それに今日は久々に空戦しなくていいんっすよ〜?たまには緩く行きましょうって。」

 

そう言いつつゆっくりと飛んでいるとスタート地点となる飛行場が見えてきた、流石にエアレース会場と言うだけあって綺麗に舗装されている。主脚に負担をかけたくなかったので二点着陸をした。

 

ヤマダ

「すげー、めっちゃ綺麗なとこだぜここ」

 

イサカ

「当たり前だ、私達が金を出して整備したんだからな。」

 

レミ

「じゃああたしはちょっと主催者と話してくるんでお二人さんは待機場所に行っといてくださいっす〜」

 

ヤマダ

「りょーかい」

 

バラッバラッバラッバラッ・・・

 

周りと少し違う音を響かせAI-1-129を待機場所へ連れて行く。しばらく冷却運転した後発動機を止めて俺は機体から降りた。

 

ヤマダ

「ふぃー、着いた着いた。」

 

そうして汗を一拭いするとすぐに全員に渡される増槽を装着する。この増槽と機体内部の燃料タンクを全て使い切ってしまう勢いで零戦の航続距離ギリギリの3490kmを往復するコースを飛ぶのだ。飛ばないといけない空域には赤い煙が地上から上がっている。高度はどこを飛んでも構わないが、ある程度の上空にはレース主催者が雇う監視役がおりショートカット等不正は出来ないようになっている。

 

イサカ

「ヤマダ、燃料入れ終えたぞ。スタートまであと二時間ほどあるし機体の簡単な点検は済ませておくからお前は休んでおけ。」

 

ヤマダ

「ありがとう・・・助かるよ。」

 

そうして冷房の効いた休憩室にでも行くかと思って歩いている。他の参加者の機体をザーッと見たがどれも速力があり軽量な五二型無印で、12mの主翼を持つ零戦は何処にもいなかった。

 

ヤマダ

「まあ・・・そりゃそうだわな・・・」

 

よく五二型で航続距離が減ったと言われるが、実は外翼燃料タンクのお陰で大して航続距離は減っていない。栄二一型・三一型甲発動機で燃費が悪くなったと言われるがそれはあくまで全力運転時のみで、巡航速度での運転時はほとんど燃費は変わらない。

 

ヤマダ

「悪いとは思わねえけど、みんな一緒だと芸がねえやな・・・ん?なんだあの人だかり」

 

一機の零戦のまわりに多くの人間が集まっている。俺もその傍に行ってみるとなにやら揉めているようだ。

 

「発動機が違う機体なんて参加していいわけねえだろ!」

 

「こんな機体見た事ねえぞ!?」

 

発動機が違う・・・心当たりありまくりだがとりあえず見て見なければ始まらない。俺は人だかりの隙間を抜い機体の側へと行く。

 

「ですから、この機体はユーハングで実際に試作された機体で・・・」

 

パイロットらしき人間の戸惑った声も聞こえてくる。俺は機体の見える場所に立つと成程と手を叩いた。

 

ヤマダ

「な〜るほど、ロクヨンかァ・・・」

 

???

「この機体のこと、ご存知なのですか!?」

 

ヤマダ

「ん・・・よく知ってる。」

 

パイロット

「こんな事あっていいのかよ!」

 

パイロット

「発動機が違うってのはどうなんだ!?金星なんて馬力が全然違うだろうが!」

 

???

「でっですから・・・」

 

ヤマダ

「ゴタゴタうるせえぞ!」

 

俺はしりごみするロクヨン搭乗員の前に立ち叫んだ。

 

ヤマダ

「どうもこうもこいつは零戦だ!!レギュレーションには発動機が何かとかは一切書いてなかった!どんな機体持ち込もうがこいつの勝手だろうが!」

 

パイロット

「だが・・・こんな機体見たことねえぞ!」

 

ヤマダ

「なんだ?じゃあレーサーの皆さんは負けるのが怖いのか?」

 

パイロット

「なんだと!?」

 

ヤマダ

「そもそもあんたらだって改造して馬力上げたりしてんだ!今更何言おうが関係ねえだろ!」

 

パイロット

「・・・」

 

ヤマダ

「とっとと失せろ!レース前の大事な時間に邪魔しにきやがって!」

 

前の人だかりを散らすと俺はロクヨンの搭乗員の方を振り向いた。俺より少し身長の低い女性だった。

 

???

「あっあの・・・ありがとうございました!」

 

ヤマダ

「気にすんな、それよりロクヨンなんてスゲーな。」

 

???

「ありがとうございます・・・あの・・・」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

???

「もし良ければ・・・貴方の機体も見せていただいてよろしいですか?」

 

ヤマダ

「ああ、いいぜ。」

 

そうして俺はその人を自分の待機場所へと連れて行く。どうも新規参加者と言うのはこの人のようだった。

 

ヤマダ

「ほれ、こいつだ。」

 

???

「すごい・・・でも、速度も重要なこのレースで二一型ですか?」

 

ヤマダ

「ああ、こいつは俺にとってどれよりも『いい機体』なんだ。こいつの発動機はP&W R1830-75 緊急最高出力1400馬力だから長い主翼はハンデにはならないさ。」

 

そう話していると操縦席で風防を磨いてくれていたイサカが降りてきた。

 

イサカ

「そんなに手の内を明かしてもいいのか?」

 

ヤマダ

「な〜に、どうせいつかはバレるんだ。それより君、名前は?」

 

ミキ

「ミキです。どうしてもこのレースの賞金が必要で参加したんですが、あんな感じで早速自信をなくしてしまって・・・機体の調子もあまり良くないし・・・」

 

イサカ

「ヤマダ、この人の事情は聞いておいてやるから機体を見てきてやれ。」

 

ヤマダ

「あれ、珍しいな?」

 

イサカ

「どうせ私が反対してもお前はこうしただろう?」

 

ヤマダ

「へへっ、まあな。」

 

そして俺はロクヨンの元へと走った。

 

ミキ

「えっあのっ・・・本当にそこまでして頂いて良いんですか・・・?」

 

イサカ

「気にするな。あいつは・・・ああいうやつなんだ。」

 

ミキ

「でも・・私は敵だし・・・」

 

イサカ

「あいつにとってそういうことは関係ないのさ。それより、君が賞金が必要だという理由を聞かせてくれ。なにか力になれるかもしれない。」

 

 

 

 

俺はロクヨン・・・零戦六四型の元へ行くと簡単に外回りを点検した。異常はない。

 

レミ

「ヤマダ〜」

 

ヤマダ

「おうレミ、早かったな。」

 

レミ

「一応主催者はあたしらとある程度信頼関係のある人間っすからね〜 八百長もその主催者が調べてくれって、それよりなんっすかこの機体。」

 

ヤマダ

「ミキって人の機体なんだ。調子が悪いってんでちょっと見に来た。」

 

レミ

「あんたほんと優しいのかバカなのかわかんないっすね・・・とりあえずエナーシャ貸して下さいっす〜」

 

ヤマダ

「サンキュッ」

 

そして俺は機体に乗り込むと主要機器の位置を一応確認しレミへと叫ぶ。

 

ヤマダ

「整備員前離れ、メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!」

 

レミ

「コンタクトーー!!」

 

バッバッバッバラッバラッバラッ・・・

 

ヤマダ

「確かにかかりが悪いけど・・・」

 

俺はスロットルを少し前後に動かしメインスイッチのオンオフを繰り返した。すると

 

バラッバラッバラッバラッ・・・

 

火がはいり始めた、あともう少し

 

バラッバラッバラバラバラバラバラ!!!!

 

回転が安定した。金星は栄と同じ空冷星型十四気筒だが栄よりボア(シリンダー直径)が10ミリ大きくなっている。これによってより多くの空気を圧縮し爆発させることが可能なので出力が高くなっているのだ。

 

※ただし金星発動機は瑞星発動機の発展形であり三菱製の発動機であるため、中島製の栄発動機との単純比較は出来ない。

 

発動機をしばらく回しているといくつかの気筒に火が入っていない感じがした。恐らく調子の悪さの原因はコレだろう。ここに来るまでずーっとスロットルを低い位置で保っていたのだろうか、プラグにすすが溜まっているのだ。

 

ゴォォォォォォ!!!!

 

発動機の回転を上げプラグのすすを焼き払う。それをいくらかしてもまだ一気筒火花が飛んでいないようだった。俺は発動機を止め機体から1度降りた。

 

レミ

「どうっすか〜?」

 

ヤマダ

「一番下のシリンダーの点火プラグにすすが溜まってる。カウリング外すから手伝ってくれないか?」

 

レミ

「良いっすよ〜」

 

結局どこに来ても機体をいじることになるみたいだ。前列一番下のシリンダーにはオイルが溜まりやすく、当然それを焼ききってやらなければすすも溜まる。下側のカウリングを外すとプラグを抜き取った。

 

ヤマダ

「やっぱり真っ黒だ・・・あれ?この番手って」

 

俺は急いで自分の待機場所に戻りスペアパーツの箱をあさった。

 

ヤマダ

「あ、やっぱりこの前買い間違えたやつと全く一緒だ・・・これ使うか」

 

そしてまたすぐ六四型の元へ戻りプラグを差し替えコードを戻した。これで問題ない筈だ。 俺はもう一度操縦席に乗り込んだ。

 

ヤマダ

「レミ〜!もっかい頼む!」

 

レミ

「仕方ないっすね〜」

 

もう一度発動機を回す。すすを飛ばし一度熱がはいっていた発動機は難なく回り、今回は全ての気筒に火花が飛んでいる。スロットルを何度かあおり発動機を止めて俺は機体から降りた。

 

レミ

「どうっすか〜?」

 

ヤマダ

「かなりいい感じだよ、こいつも大事にされてたんだろうな。」

 

レミ

「じゃああたしらも待機場所に戻るっすかね〜」

 

ヤマダ

「だな。手伝ってくれてありがとな。」

 

レミ

「気にしないでくださいっす〜」

 

俺たちはAI-1-129の所へ戻った。イサカは操縦席に乗り込んでまたなにか準備をしてくれており、ミキは主翼の下の影で涼んでいた。

 

ヤマダ

「戻ったぞ〜」

 

そういうとイサカが機体から降りてきた。ミキもこちらに気付いたようで歩いて来た。

 

イサカ

「ヤマダ、操縦席の下にラムネを入れておいた。そこまで高度は取らないだろうが冷えすぎたら味が落ちるから高度が低い時に飲んでくれ。」

 

ヤマダ

「ありがとうな。さて・・・こっちも発動機の試運転するか。」

 

イサカ

「そう言うと思ってプロペラは回しておいた、いつでもいいぞ。」

 

ヤマダ

「流石イサカだよ・・・そうだ、ミキ。」

 

ミキ

「はいっ!」

 

ヤマダ

「六四型はプラグがすすで汚れてただけだったよ。もう全力で飛べる。」

 

ミキ

「本当にありがとうございました・・・それにイサカさんにはお話まで聞いて頂いて・・・」

 

ヤマダ

「気にすんな、俺だって唯一まともに競えそうな人間が見つかって喜んでんだ。」

 

イサカ

「お前の事情もしっかりと聞かせてもらった。そこで提案だが・・・ヤマダ、この子を最後まで引っ張ってやってくれないか?」

 

ヤマダ

「最後まで編隊を組んでラストスパートで本気の勝負をするってか。」

 

イサカ

「そうだ、ここで私がお前に負けろと言うのは筋違いだろう。だが最後まで引っ張ってやるという提案ならお前も異議はあるまい?」

 

ヤマダ

「俺はそれでいい。だがミキ、君はいいのかい?」

 

ミキ

「エアレースは初めてでそこまでして頂くのは本当にありがたいです・・・是非お願いします。」

 

ヤマダ

「わかった、ただ最後は手加減しないからな?」

 

ミキ

「はい、こちらも全力で飛ばせて頂きます!」

 

イサカ

「ふふ、決まりだな。ヤマダ、そろそろ発動機に熱を入れておいたらどうだ?スタートまであと30分だ。」

 

ヤマダ

「じゃあお言葉に甘えて・・・レミ、悪いがミキの待機場所に行っておいてやってくれないか?」

 

レミ

「良いっすよ〜、ミキさん。行きましょうっす〜」

 

ミキ

「皆さん本当にすみません、何から何まで・・・」

 

イサカ

「困った時は助け合いだ。」

 

ヤマダ

「だな。じゃあミキ、スタートラインでな。」

 

レミ

「さあさ、こっちもこっちで準備しましょうっす〜」

 

そうしてレミとミキは歩いてゆく。俺は機体に乗り込んで補助ポンプを動作させた。

 

イサカ

「前に誰もいない、いいぞ!」

 

ヤマダ

「了解〜!」

 

ウィィィン・・・バラッバラッバラバラバラ!!!!

 

一発始動だ、全ての計器類が正常な位置をさしていることを確認し発動機に熱を入れるためにしばらくアイドリングを続けた。

 

イサカ

「どうだ?異常はないか?」

 

ヤマダ

「絶好調だよ。発動機も、君が作り直してくれた機体もな。」

 

イサカ

「そうか・・・お前が安心して乗れる機体になっているのなら本当に良かったよ。」

 

ヤマダ

「本当にいい機体だよ。それとイサカ、ミキの事なんだが・・・」

 

イサカ

「ああ、どうも母親が病気で床に伏してるらしい・・・治療のための金にここの賞金をあてにしてきたそうだ。あの六四型はリノウチで亡くなった親父さんの形見で、撃墜された機体を何とか母親が回収して業者に修復を依頼して今に至るらしい。」

 

ヤマダ

「ん・・・?リノウチで撃墜された機体?」

 

イサカ

「ああ、そう聞いている。」

 

ヤマダ

「そりゃ変だな。あの六四型の胴体や操縦席の部材は比較的最近のヤツだ、リノウチの時から飛び回ってるにしては綺麗すぎる。」

 

イサカ

「何・・・ ?ならミキは騙され続けていたのか?」

 

ヤマダ

「恐らく母親が機体を回収したのは本当なんだろう、ただ・・・恐らく機体の修復はできなかったんだろうな。」

 

イサカ

「じゃああの機体は・・・別物?」

 

ヤマダ

「発動機は年季が入っていた、恐らく境遇としてはこいつと似てるんじゃないかな。」

 

イサカ

「発動機とカウリング、使える部材は父親の機体からだが機体のほとんどは新造・・・か」

 

ヤマダ

「恐らく・・・まあ幸い機体はしっかりしていたし発動機にも異常はなかった。世の中には知らない方が幸せな事もあるさ。」

 

そしてスタートまで5分となった、待機場所から滑走路へ向け順に案内される。俺とミキは新参という事で一番後ろに並べられた。まあ当然だ。

 

スタート3分前、合図と共に皆が発動機を回し始める。どの機体もエナーシャ始動のようで整備員達がプロペラの隙間を縫って走り抜けていく。俺はセルモーターで発動機を回した。最後までそばに居てくれたイサカともしばしの別れだ。

 

イサカ

「じゃあ・・・気を付けてな。」

 

ヤマダ

「今回はそんな心配しなくても大丈夫さ、それより・・・八百長疑惑、しっかり調べてくれよ?」

 

イサカ

「ああ、任せろ。」

 

ヤマダ

「へへ・・・まあもしやってても今回の八百長は失敗だな。」

 

イサカ

「お前が勝つ、か。」

 

ヤマダ

「当たり前だ、二一型の実力見せてやる。」

 

イサカ

「ふふ、お前らしい。じゃあしっかり頼んだぞ!」

 

そう言ってイサカは車止めを持って離れて行く。俺はそれを見送るとシートベルトと落下傘を今一度確認しスタートの合図を待った。

 

バサッバサッ・・・!!!!

 

大きな緑の旗が振られる。スタートだ。

 

ヤマダ

「っしゃ・・・行くぜ!」

 

スロットルをあけ前で急加速するレーサー達に続き離陸する。飛行空域には前述の如く赤い煙が上がっている。俺は順位をわざと上げずいちばん後ろの機体の後ろにピタリと張り付いて上昇していた。すると手筈通りミキが横に並んだ。

 

ミキ

「ヤマダさん、よろしくお願いします。」

 

ヤマダ

「ああ。さって・・・ミキ、俺の後ろに付いてくれ。」

 

ミキ

「え、後ろですか?」

 

ヤマダ

「ああ、君の機体は俺の機体より燃費が悪い・・・君の機体の空気抵抗は俺が受け持とう。」

 

スリップストリーム・・・ミキの機体の受ける空気抵抗を俺が前で負担することによって向こうの機体の燃費向上が図れる。俺が前のレーサーの機体にビタビタに張り付いている理由もそれだ。すると前で一悶着ある。

 

ガッ!ガッッ!!

 

横並びになっていた機体が接触し始めたのだ。これ以上下位集団で紛れているのはこちらも巻き込まれる危険がある。

 

ヤマダ

「ミキ、君は今何速を使ってる?」

 

ミキ

「この高度ですからまだ一速です。」

 

ヤマダ

「了解、じゃあもう増槽の燃料を使い切る勢いでスロットルを開けていい。二速に変えろ、高度をとって一気に前に出るぞ!」

 

ミキ

「はい!!」

 

俺は操縦桿を引き高度を取った。ミキもそれに続く、高度を上げると空気が薄くなり燃費が上がるが機動性が悪くなるのでレーサー達は3000mほどの中高度で飛んでいる。

 

ミキ

「だいたいどのくらいまで高度を?」

 

ヤマダ

「6000mくらいかな。」

 

ミキ

「了解しました。」

 

R1830は二段二速過給器だ、6000mほどまで上昇しても二重のスーパーチャージャーのお陰でまだ変速をする必要はない。もっともそれは今回のような空戦を伴わない時だけだが・・・そうこうしていると高度6000に到達した。

 

ミキ

「6000mまで初めて上がってきました・・・雲の上からはこんなふうに見えるんですね。」

 

ヤマダ

「ああ、綺麗だろう?」

 

ミキ

「はい!」

 

プロペラピッチをフリーに、スロットル開度50パーセントで他の機体の巡航速度より早く設定する。空気が薄いことも相まって速度が乗る。これが出来るのは俺の機体には重量調整の為に増設燃料タンクが、ミキの六四型には水メタノールタンクによる容量減少対策の為の増設燃料タンクがあるからだ。

 

ミキ

「増槽タンク捨てます!」

 

ヤマダ

「こっちもだ。お荷物捨てりゃ更に速度がのるぞ!」

 

使用燃料タンクを外翼燃料タンクに切り替える。俺の機体は胴体内燃料タンクの容量145リットルに加え左右翼内燃料タンク合計440リットル、外翼燃料タンク左右合計80リットル、増設燃料タンク152リットルの合計817リットルの燃料を搭載出来る。これに330リットル増槽燃料タンクを加えれば優に4000kmは飛び続けることが可能だ。これは零戦二二型の単純航続距離にも優に勝る。

ほとんど操作の必要が無くなったししばらくは飛び続けるだけなので俺は無線を切った。そして操縦席の下からラムネを取り出し栓を開けた。

 

ヤマダ

「まさか・・・この機体で、この塗装で、もう一度飛べるとはな・・・」

 

正直不時着した時はもうダメだと思った。いくら俺でもあそこまでクシャクシャに潰れた胴体から復元は出来ない・・・だがイサカは、俺の妻はそれを代換新造という手段でやってのけた。

 

ヤマダ

「イサカ・・・この機体を特注するの高かっただろうに、新品にした方が安く済むのにわざわざあんな歪んだオレオを修理して、翼端折り畳み機構だって一緒に作ってもらった方が早かっただろうに・・・」

 

ラムネを一口飲む、その時ふと思いついて座席の下にもう一度手を滑り込ませると何かの箱が手に当たった。

 

ヤマダ

「何だ・・・?これ」

 

取り出して見るとそれは懐中時計の箱だった。箱を開けると俺がずっと持っていた機銃弾を受けた懐中時計がピカピカに修理されて入っていた。イサカが治してくれていたのだ。だがいつの間に・・・すると箱の奥にメモ書きがあるのを見つけた。

 

 

壊れた時計を持っていても仕方が無いだろう。修理しておいた、これからも大切にしてくれ。

 

 

ヤマダ

「ったくよ・・・どこまで完璧なんだ・・・」

 

レミに聞いたが、イサカはクシャクシャに潰れたAI-1-129を見てまっさきに「なおす」と言ったそうだ。普段なら非効率な事はとことん合理的に行くイサカが、目の色を変えてそう言ったそうだ。

 

ヤマダ

「このレース、絶対に負けねえぞ・・・!」

 

機体をひっくり返し下をよく目を凝らして見てみると、先頭集団に追いついたようだった。もうすぐ折り返し地点、折り返した瞬間に高度を速度に変え一気に前に出る!俺は無線の電源を入れた。

 

ヤマダ

「ミキ!もうすぐ折り返し地点だ!折り返しで旋回したら高度を速度に変えて先頭集団の前にでるぞ!」

 

ミキ

「了解しました!」

 

ヤマダ

「折り返し地点を超えてしばらく行けば渓谷に入る・・・そこで一気に後ろを引き離す!」

 

ミキ

「はい!!!」

 

折り返し地点の黄色い煙が見えた。それを目印に機体を傾けラダーを踏んで機種を向けてエレベーターを引き旋回する。それと同時に降下を始めた。先頭集団の前に出るべくどんどん加速していく。

 

ヤマダ

「ミキ・・・相手はアンダーグラウンドな連中だ。もしかしたら機銃を打ってくる可能性だってある。」

 

ミキ

「はい・・・」

 

ヤマダ

「覚悟は・・・いいかい?」

 

ミキ

「はい・・・私はどうしてもこのレースで勝たなければならないんです!」

 

ヤマダ

「よし・・・行くぞ!!」

 

雲を突き破り先頭に躍り出る。それと同時に渓谷区間が始まった、更に降下し渓谷に飛び込むと迫り来る岩壁の合間を縫い飛ぶ。

 

ヤマダ

「くっそ、思ったより狭い!」

 

機体を水平にする場所をよく考えなければ主翼の長い俺の6544は簡単に翼端をぶつけてしまう。俺とミキの後ろに張り付いているレーサー達はお構い無しに岩壁に主翼を接触させているが俺はそんなのは御免だ。

 

ヤマダ

「よ・・・っと、動きが軽いぜ!」

 

主翼内の燃料タンクをほとんど使い切り、今使っているのは増設燃料タンクの燃料だ。主翼内に機銃や燃料といった重量物が無い分軽くロールする。すると・・・

 

ダダダダッッ!!!

 

いつの間にかミキを追い抜かしたレーサーが俺に機銃を打ったのだ。

 

ミキ

「ヤマダさん!!!」

 

ヤマダ

「ったく・・・レースでしょうもないことしやがって、こっちは丸腰だぜ!?」

 

そうして俺は操縦席を引き機首を上げるとスロットルを絞った。機首が急に引き上げられた事によって主翼がエアブレーキの役割を果たしレーサーの機体に俺の機体が急接近する。レーサーはビビって避けたがそれによって岩肌に機体を激しくぶつけた。

 

ヤマダ

「バーカ、喧嘩売るなら相手選べってぇーの。」

 

スロットルを多めに開け再度先頭へ躍り出る。そこではミキが奮闘していた。とても綺麗に飛ぶ・・・正直空戦機動を除けばコトブキのキリエに匹敵するほどの正確さだろう。俺でもあれほど一瞬で機体を真っ直ぐに戻すことは出来ない。

 

ヤマダ

「すげえな・・・けどまだまだ甘い!」

 

綺麗な飛行とはつまりスキの塊。機体を戻すために一瞬速度が落ちた所を狙い俺はプロペラピッチを下げて前に出た。

 

ミキ

「うわっ!!」

 

ヤマダ

「すまん!遅れた!!」

 

ミキ

「いえ・・・大丈夫でしたか!?」

 

ヤマダ

「ああ、にしても君は綺麗に飛ぶな。」

 

ミキ

「飛行機は好きでしたから・・・母によく教えて貰っていました。」

 

ヤマダ

「教材が六四型か・・・羨ましいぜ。」

 

するとまた後ろからレーサーが追い上げてきた。俺は渓谷の隅で落ちてきそうな岩石を見つける。少々危険だが追っ手をまくには致し方なし・・・あれの下を行く!

 

ヤマダ

「ミキ!俺の後ろを離れるなよ!」

 

ミキ

「はい!!」

 

スロットルを開け岩石の下をくぐる。ここをくぐれば次のコーナーへのアプローチで速度を載せれる、ただし岩石が落ちればアウトだ。フットバーと操縦桿を微調整し機体を適正な角度に傾け岩石の下をくぐり抜けた。

 

ヤマダ

「よっし!」

 

ミキ

「抜けました!」

 

すると次の瞬間・・・

 

ゴゴゴゴゴ・・・!!

 

地響きと共に岩石が落下した。俺たちとおなじ所を抜けようとしたレーサー達が数機巻き込まれそれを見たレーサーは一度上昇して迂回しなければならなくなった。これでかなりの足止めになる。

 

ヤマダ

「さって・・・あとすこしすればゴールだ、ミキ。」

 

ミキ

「わかっています・・・勝負です!!」

 

ヤマダ

「っしゃぁ!!!」

 

俺は空になる増設燃料タンクから最後まで温存していた胴体内燃料タンクにタンクを切り替えピッチを低で固定しスロットルを開けた。ゴールまであとわずか・・・燃料はあと数分持てばいい、ミキも状況は同じだ。無線を切って迫り来る壁に沿うように旋回を繰り返す。ミキは俺が最初にやったようにスリップストリームにつき抜かすスキを伺っていた。

 

ヤマダ

「よくついてくるな・・・だがこれはどうかな!」

 

S字のコーナーを機体を縦にして一つのコーナーに見立て旋回する。風防のすぐ外に岩肌が来るがひるまず操縦桿を引き渓谷から飛び出した。あとはゴールまで直線だ。もう飛行場が見える

 

ヤマダ

「どうだ!!」

 

「!?」

 

ミキは俺の機動について来ていた。そして最後の直線になった瞬間、ミキはスリップストリームから外れ俺の機体のま横に並んだ。俺は自然と顔がニヤける。

 

ヤマダ

「そう来なくっちゃ・・・どっちの機体が優速かな!!」

 

 

 

 

 

イサカ

「二機同時に渓谷から飛び出した!!」

 

レミ

「ミキさんがヤマダにピッタリ食いついてるっす!」

 

イサカ

「ヤマダ・・・勝てよ・・・!!」

 

レミ

「ああっ!ミキさんがヤマダに並んだっすよ!!」

 

イサカ

「何!?」

 

ヤマダの機体とミキの機体はどんどん近づいてくる。チェッカーフラッグを持った人間の手に血管が浮き出た瞬間・・・ミキの機体とヤマダの機体がほとんど同時にゴールラインを駆け抜けた。

 

バサッバサッ・・・!!

 

私は審査員の声を待つ・・・ヤマダかミキか、どっちの方が先にゴールラインを超えたか・・・

 

 

 

 

 

俺はスロットルを開け250mmHgのブーストを得て直進した。だがいくら馬力で勝っているとはいえ主翼面積による抵抗はどうしようもなく、また六四型の推力式単排気管とスリップストリームの影響もあってミキの目線が俺より少し前にでる、その瞬間チェッカーフラッグが振られた。・・・俺の負けだ。

 

ヤマダ

「ふぃ〜・・・やっぱ零戦はすげえや。」

 

そして俺たちは指定された滑走路に降り発動機の冷却運転をし念の為カウルフラップを全開にして発動機を止めた。俺は機体から降りると6544のカウリングを軽く触る。

 

ヤマダ

「ごめんな・・・無理させちまったな。ありがとうな。」

 

もしかしたら空戦機動よりも発動機には負荷がかかったかもしれない。機体への不可もかなりのものだ。それでも6544は不具合ひとつ出さず俺に着いてきてくれた。

 

ヤマダ

「これからも一緒に飛ぼうな。6544いや、AI-1-129よ。」

 

すると観客席からイサカが走ってきた。そして俺に近付くと服の裾を掴んで悔しそうな顔をしていた。

 

イサカ

「負けるんじゃない・・・馬鹿者・・・」

 

ヤマダ

「やっぱり負けだったか・・・ごめんな、イサカ。」

 

イサカ

「いや、いいんだ。お前が無事に帰ってきてるんだから・・・それでいいっ」

 

イサカは俺に抱き着いた。俺も抱きしめ返す。確かに無事にイサカの元に帰ったのは久々だ・・・危険はほとんど無い任務だったが、イサカの顔を無事に見れるという幸せを噛み締めずにはいられなかった。

 

ヤマダ

「イサカ・・・」

 

イサカ

「ラムネ・・・ちゃんと飲んだか?」

 

ヤマダ

「ああ、すごく美味かったよ。」

 

イサカ

「よし・・・それでいい。」

 

するとミキとレミが歩いてきた。

 

ミキ

「ヤマダさん、ありがとうございました。私が勝ったというのが信じられません・・・最後まで引っ張ってくださったあなたのおかげです。本当にお世話になりました。」

 

ヤマダ

「俺のおかげだなんてとんでもない。最後までスロットルを開け続けた君の執念の、そんな君に最後まで応えてくれた六四型の勝利だよ。これは君の討ち取った勝ちだ。おめでとう。」

 

そして俺たちはゴールラインの方へと戻り全員が帰ってくる所を見届けた。皆の支度が整うと表彰が行われ、表彰台の一番高い所にいたのは当然ミキだった。ミキは賞金と優勝カップを受け取り皆に祝福されレースは終了した。

 

ヤマダ

「まあ、ロクな使い道もねえ俺に賞金が来るよりこの方が良かったのかもな。」

 

イサカ

「私としてはお前に勝って欲しかったぞ・・・」

 

ヤマダ

「ん?なんだって?」

 

イサカ

「何でもない!!!」

 

ヤマダ

「そっそう・・・?それより八百長はどうなったんだい?」

 

イサカ

「ああ、やはり何人かのレーサーが関わっていた。お前、レース中に後ろから撃たれなかったか?」

 

ヤマダ

「何度か確かに撃たれた。」

 

イサカ

「そいつが今回勝つ予定だったんだ。名簿から名前も判明してる・・・どうするかはお楽しみだ。」

 

ヤマダ

「ひええ・・・考えたくねえや。そういやレミとミキ、どこ行った?」

 

イサカ

「そう言われてみれば・・・」

 

二人でキョロキョロしながら機体の元に戻っていると飛行場の建物の影からミキの声が聞こえてきた・・・だがかなり焦っている。俺とイサカは死角から近付いて話し声に耳を立てた。

 

ミキ

「そんな・・・治せないってどういうことですか!?」

 

???

「これっぽっちの金じゃ治せない・・・ということですよ。」

 

ミキ

「そんな・・・でも最初はこのお金でいいって、だからここまで回収しに来てくれるって・・・」

 

???

「この金は今までの診察費です。手術をして欲しいならあと数百円ポンドは頂かないと。」

 

ミキ

「話が違います!それならそのお金も返してください!」

 

???

「あら、よろしいのですか?そうなると今までの診察費をふみたおす・・・ということになりますが」

 

ミキ

「そんな・・・」

 

俺はその話を聞いていて、すぐにでも飛び出して医者らしき人間をとっちめてやろうと思った。飛び出そうとしたその時イサカに手を引かれた。

 

ヤマダ

「いってーー!」

 

イサカ

「しっ!それよりあっちを見ろ。」

 

イサカが指さす方を見るとレミが銃を抜いて医者らしき人間の頭を狙っている。するとレミはこちらに手信号を送ってきた。

 

 

奴 ヲ 撃ツ 合図デ 彼女ノ 目ヲ 塞ゲ

 

 

俺とイサカは二人同時に了解の手信号を送り、合図を待つ。しばらくするとレミが手を挙げた。

 

イサカ

「今だっ」

 

イサカがミキを引き寄せ俺がミキの視界を防ぐように立ち塞がった。その瞬間銃声が響く。

 

パーーンッ・・・!

 

ミキをイサカに任せ俺とレミは男の死体に駆け寄る。レミが放った銃弾は見事に男の脳天を貫いていた。

 

ヤマダ

「ひっえぇ・・・」

 

レミ

「どうせこんなこったろうと思ったんっすよ。」

 

どー見てもフツーの拳銃で正確に脳天を貫く眼力、流石マフィアのトップをハッているだけの事はある。この眼力が操縦性の良い零戦と組み合わさるのだ・・・そりゃあれだけ正確な命中率にもなる。

 

ヤマダ

「コイツそんなに悪どいやつだったのか?」

 

レミ

「さっき見たでしょ? 大した腕も無いのに貧しい人間に金だけ要求するクズっすよ。よっこいしょっと」

 

レミはいつもの手袋をはめ男の手から金の入った封筒を取った。

 

レミ

「ヤマダ、悪いんっすけどこの死体の頭と血溜まりを隠しといてもらっていいっすか〜?」

 

ヤマダ

「生々しいお願いだな・・・いいけどよ・・・」

 

そしてレミは封筒を持ってミキの元へ歩いていった。

 

レミ

「ミーキさんっ、どーぞっす。」

 

ミキ

「レミさん・・・なんて事を・・・」

 

レミ

「まあ落ち着いてくださいっす。お母さんを預ける医者はあたしがちゃんと手配しといたっすから。」

 

ミキ

「それでも・・・こんな・・・」

 

レミ

「大丈夫っすよ〜麻酔弾で眠ってるだけっす。ミキさんこそ今まで大変だったっすね。」

 

俺がもう必死で血溜まりと死体の頭を隠しているのを見てイサカは苦笑いをしている。

 

ミキ

「本当に・・・何から何まで・・・新しいお医者さんには幾ら払えばいいんでしょうか・・・?」

 

レミ

「もうお金の心配はしなくて大丈夫っす。あたしが出すっすから、そのお金は今まで出来なかった事をするなり新しいものを買うなりの資金にして下さいっす。」

 

ミキ

「そんな・・・いいんですか?」

 

レミ

「勿論っすよ、貴女は今までも今回も十分頑張ったっす。もう自分の思う人生を歩んで良いんっすよ!」

 

ミキ

「ありがとうございます・・・ありがとう・・・レミさん・・・それに皆さんも・・・」

 

レミ

「泣かないでいいんっすよ〜」

 

ミキ

「私ずっとエアレーサーになりたかったんです・・・このお金で六四型をもっとちゃんと綺麗にして・・・エアレーサーでトップを目指します!」

 

イサカ

「そういう事なら心配するな、六四型の再整備はヤマダがやってくれる。私からは君が安心して身を置けるレーサーの保険団体に話を通しておこう。」

 

ヤマダ

「うんうん、その賞金はもっと自分の好きなこととかお母さんに使ってやりな。六四型はバッチリ仕上げてやるからよ。」

 

ミキ

「ありがとう・・・ありがとうございます・・・」

 

俺たちは泣きじゃくるミキをなだめ、とりあえずミキの機体をいつもの格納庫に持っていったあと、俺の複座零戦を使ってミキとレミでミキのお母さんをレミが話をつけた医者の元へと移す。それを終えるとミキは一旦仮の二一型を使って帰り、俺から修理完了の連絡が行ってから六四型を受け取りに来るという事になった。とりあえず皆は帰り支度をして帰路に着いた。

 

ヤマダ

「あー疲れた・・・やっぱり零戦は程よい速度で運動性と発動機の音を感じるに限るぜ〜」

 

イサカ

「変人め・・・それよりヤマダ。」

 

ヤマダ

「どうした?」

 

イサカ

「お前は本当にどうしようもない・・・上手くやったな」

 

ヤマダ

「どうしたどうした急に・・・」

 

イサカ

「お前はあのラストスパート・・・過給器を変速すれば優に前に出れたんじゃないか?」

 

ヤマダ

「やっぱり君は騙せなかったか・・・流石俺の妻だ。」

 

イサカ

「お前が一度、『R1830の二速フルブーストなら二段過給器の効果も相まってシリンダーに400mmHgで混合気を押しこめる。緊急出力1400馬力と零戦の軽量な機体が合わされば五四型であろうとちぎれる。』と言っていたのを思い出してな。全く・・・お前らしいな。」

 

ヤマダ

「ああいう事情が無ければ本気でやってたんだけどな〜」

 

イサカ

「ミキが立派にレーサーになった時、またやればいいさ。」

 

ヤマダ

「そうだな。それまでお預けかぁ・・・」

 

イサカ

「まあそう言うな。渓谷から飛び出してくるところはなかなかに格好良かったぞ。」

 

ヤマダ

「・・・そう?」

 

イサカ

「ああ、やはり6544はお前に託して正解だった。大切にして・・・お前にそんなことを言うのは野暮だな。」

 

ヤマダ

「大切にするよ・・・何よりもな・・・」

 

イサカ

「私よりもか?」

 

ヤマダ

「そんなわけねーだろ!零戦と人は別だぜ全く・・・」

 

イサカ

「すまないすまない・・・」

 

ヤマダ

「全く君は・・・どこまで愛おしいんだ・・・」

 

横に見えるイサカの顔を目に焼き付け、俺はAI-1-129の計器盤を軽く撫でる。俺にとってはどちらも同じ程に愛おしい・・・妻も愛機も、どちらもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイグ

「ベッグ!何よこの零戦・・・」

 

ベッグ

「三二型な〜のだ〜」

 

ロイグ

「そんなことはわかってるわよ!何でまたこんなのを拾って来たのよ・・・でっかい機体の残骸まで・・・これ何?輸送機??」

 

ベッグ

「この前ヤマダが発動機を載せ替えた零戦を作ってたから真似をしようと思ったのだ〜」

 

ロイグ

「そういう事ね・・・真似できたの?」

 

ベッグ

「無理だったのだ・・・どうしてもエンジンカウリングの造形ができない・・・あいつ頭おかしいのだ・・・」

 

ロイグ

「じゃあこの機体どうするのよ!?ヤマダに渡せば宝物でもここではゴミよ!?」

 

ベッグ

「ロイグだってつきのわぐま・・・?とか置いてるのだ!おあいこなのだ!!」

 

ロイグ

「とにかく!これは早くどうにかしてちょうだい!」

 

レミ

「いつもいつも騒がしいっすね・・・カランさんは借りたっすよ〜?」

 

ロイグ

「あら、いい所に来てくれたわね・・・この機体、R1830-92と一緒に持って帰らない?」

 

レミ

「うわぁ・・・ヤマダのためだけに揃えられたようなラインナップっすね・・・」

 

ベッグ

「ベッグが揃えたのだ!」

 

ロイグ

「揃えただけね!!」

 

レミ

「事情は察したっす・・・じゃあ頂いていくっすかね〜」

 

 

 

coming soon・・・



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