afnすとーりー:キツネノボタンとの日々 (hiden456)
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晩御飯に
ブロッサムヒル、時刻は夕刻。
騎士宿舎併設の食堂はダベる花騎士や早めの夕食や晩酌を楽しむ花騎士、夜勤前に何か腹に入れておこうとする花騎士でそこそこ賑わっている。
騎士団長である自分もまた、あと少しの書類仕事の休憩と現実逃避も兼ねて早めの夕食を食べに来ていた。
おや、あそこに居るのは。
揺れる大きな狐耳、さらに大きな2本の尻尾、彼女はキツネノボタン。我が騎士団の第一副団長でもある。
メニューの前でうんうん唸って、一体どうしたのだろうか。
「あ、団長。おつかれおつかれー」
こちらに気づいたキツネノボタンが振り返りそう言った。
まだ仕事はあと少し終わってないのだが。まぁそんな事より、キツネノボタンは何を悩んでいるのだろう。
「晩御飯にしようと思ったんだけど、きつねうどんといなり寿司、どっちにしようか悩んでる」
深刻な悩みでは無いようだ。
「わたしは真剣。どっちも食べたい、悩ましい…」
両方頼めば良いではないか。
「きつねうどんは小さいのが無い。二人前はちょっと多い」
そう言われメニューに目をやる。ハーフサイズがあるのは…素うどんだけか。
「でもそれにはおあげが乗ってない。うーん…」
ふむ。それなら。
「団長、わたし、良い事思いついた」
多分思いついた事は同じような事だと思うが、先に言ってもらおう。
「団長、おうどん多い分、食べてくれる?」
自分が思いついたのはキツネノボタンがハーフのうどんを頼み、自分がきつねうどんを頼んで油揚げを分けてあげるというものだったのだが、ここは言わないでおこう。
「あ、でも団長おうどん半分じゃ足りないよね。団長、何かご馳走させて?」
それには及ばない。むしろ夕食を自分が出してもかまわないのだが。
「そんな、悪い。」
いつも前線で戦ってくれる皆に団長ができる事と言えば
「そう?」
じゃあこうしよう。自分は食べたいものを適当に頼むし、きつねうどんも頼む。少し多いので食べてくれないか。
「団長いつも優しいのにたまに素直じゃない」
口調とは裏腹にぱぁっと笑顔を輝かせるキツネノボタン。
完全にお互い様だと思うが。そうと決まれば、注文を済ませてしまおう。
うどんといなりずし、そしておひたしやみそ汁の乗ったお盆を適当な机に置き、キツネノボタンに奥の席を勧める。
「団長のを分けてもらうんだから、隣に座る」
それもそうか。隣に座るキツネノボタン。おおきな耳がゆらゆら揺れ、つい見とれてしまう。
「どうしたの?」
特に隠す必要も無い。可愛いキツネノボタンに見とれていたのだ。
「…団長、皆に優しいのは別にいい。でも、それはわたし以外に言わないでね?」
素直に可愛いと言う評価を他の花騎士に全くしないのは難しいだろう。だが、誓って、自分の第一副団長はキツネノボタンだけだ。
真っ赤になったキツネノボタンはフードで顔を隠して
「団長、おうどん伸びる。先に食べなさい。」
そう照れ隠しのように言ったのだった。
いなりずしを食べるうちに落ち着いたらしいキツネノボタンが、こんな事を言い出した。
「あ、団長、わたしがおうどん食べたら間接キスになる」
たしかにそうだが、だがそもそもキツネノボタンとキスは何度もしているし、いまさら気にするような事だろうか?
「そうなんだけど、団長は何も感じない?」
そうすこし悲しそうな顔をするキツネノボタン。
決してそんな事は無い、とあわててて否定する。
…そして改めて意識するとむしろ少し気恥ずかしい。自分が食べているうどんをこれからキツネノボタンが食べるのだと考えると、少し顔が熱い。
「団長、顔赤い。そっか、えへへ」
隠し事などできないな。そう言って彼女の頭に手を伸ばし、そのままぽふぽふと撫でる。
「ねえ団長、キツネノボタンの事、好き?」
好きだし愛してるが、皆に見られるかも知れないこんな場所で言わせるのを止めてくれるともっと好きになるかもしれない。そうなるべく不敵なふりをして強がったのだが
「団長、意地悪♪」
そうキツネノボタンは満面の笑みで返してきた。
意地が悪いのはお互い様だが、どうも彼女には勝てる気がしない。
話は変わるのだが、彼女の十八番、魔力付与による治癒および活性化、本人の言うところの『元気にする』についてなのだが。手からも口からもできるのだが、口からするのは自分以外にはしないで欲しいと言うのはわがまなのだろうか。そう切り出してみる。
「そっか、団長、やっぱり気になるよね」
そりゃなる。業務上その対象になりうるのは大抵が同性の花騎士だとしても、やはり第一副団長の唇は独り占めしたい。
「そもそも、口からは魔力を抑えるのも大変だから、失敗したら大変な事になる」
昔周りの人間が片っ端からおかしくなっていたと言う彼女の魔力。今はかなり的確に制御できているようだが、やはり失敗する事も…完全に無いとは言い切れないのだろうな。
「失敗したら大変大変。でもそっか、団長はわたしの事そんなに独り占めしたいんだ、なるほどなるほど」
そう何かに納得したようなしたり顔のキツネノボタン。
「団長はわたしの事、好きなんだよね?」
さっきあまり人前で言わせないで欲しいと言ったばかりなのだが、これは自分のわがままでもある。素直に認める。
「わかった。衛生面の問題もあるし、よっぽどじゃないと口からは団長以外にしない。それに口と口は団長だけ。口と口とは他の誰ともした事無いし、する気もない。これでおっけー?」
安心した。だがもしそうすれば目の前で救える命があった場合は、躊躇はしなくて構わない。
「分かってる。あとワルナスビさんとラークスパーさんはその方が手っ取り早い時はぺろってする事もあるけど、良い?」
あの二人なら仕方ないな。妬けてしまうが。しかし、変な事を言って悪かった。
「ううん、好きな人の事を全部独占したいのは普通の事だって思う。わたしも団長の事、独り占めしたいし、独り占めされたい」
こちらには好きと言わせるくせに、本人の愛情表現はどこか遠まわし。そんなわがままで傲慢な、だが自分の事を間違いなく大好きなキツネノボタン。そんな分かりにくい愛情表現もちゃんと伝わっている事に気づいたのか、少し赤くなりながらキツネノボタンはまだたくさん残ったうどんのおわんを奪い取り、こう言った。
「でも、お仕置きに、後でいっぱいちゅーさせなさい」
まだ仕事が残っているのだが…。と言うか魔力を抑えるのが大変な彼女のキス、それは仕事どころではなくなったりはしないだろうか。
「じゃあ、わたしも手伝ってあげる。終わったら、ご褒美にちゅーさせなさい」
お仕置きとご褒美が同じ内容と言うのは大層背徳的である。
そんな事を思いながら、晩御飯の続きに手を付けるのだった。
ちなみに、うどんもほとんどキツネノボタンが一人で食べてしまったせいで
「食べ過ぎて苦しい、苦しい…団長の部屋で休ませて…」
…こんな感じに、残りの仕事は彼女を見守りながら、一人でする事になったのは別のお話。
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ちゅーするだけ。
キツネノボタンと二人きりになれた。彼女の事を抱きしめて、尻尾を触る。
「おー、これ好き、好き♪」
背中と後頭部をさわさわ、尻尾をもふもふ、少し体を離して彼女と目を合わせた。
「団長?」
首をかしげる彼女に顔を近づける。
「ん」
目を閉じて口を突き出した彼女の唇に自分の唇を重ねた。
「ん~らんちょー」
キツネノボタンが舌を伸ばしてきて自分の唇の触れる。そのまま口の中に進入しようとする彼女の舌を拒まず受け入れ、しばらくさせたいようにさせる。
歯茎や舌をぺろぺろと舐められ、舐められた所がじーんと熱い。
さっきの続きで頭を撫でながら尻尾も撫でる。こんなにもふもふなものを押し付けられるのは正直ご褒美でしか無いので、彼女はこれをお仕置きに使うのは止めた方が良いのではないのだろうか、そんな事を思ってると
「らんちょぉ、わらしのつばのんでぇ」
キスを続けながらキツネノボタンがそんな事を言ってきた。ならば飲ませて貰おう、そう返事の代わりに自分の口の中彼女の舌をちゅーっと吸う。
「んーだんちょぉ、だんちょう、んんんー!」
切なげに唸る彼女の声と、甘い唾液と甘い吐息、その全てを思い切り吸い込む。
「ぷは、だんちょう、よくばりぃ」
口を放した彼女に見られながら、少なくない魔力のこもった唾液を飲み干す。頭の奥が痺れたような快感に襲われ、彼女の事を見つめる事しかできなくなる。
「むう、団長強引。仕返ししてあげる、舌、出しなさい」
言われるがままに舌を出す。キツネノボタンがそれに吸い付き、ちゅーーっと思いっきり吸われた。目を閉じ彼女の背中に手を回して只管その暴力的な快楽に耐える。
キツネノボタンは、こちらにいろいろ教えなさい、と言っただけあって、キスのテクニックもすぐにラーニングし自分のものにしてしまう。おかげで、いつまでたっても勝てる気がしない。だがそんな彼女の上達が嬉しくもあり、ついいろいろと試してしまうのだが。
やがて満足したのか彼女が口を放したので目を開ける。
「団長、好き、好き」
そうこっちの目を見ながら言った彼女が微笑む。
自分もキツネノボタンの事が大好きだ。恥ずかしいのであまり頻繁には言わないが。
「団長、もっとわたしのつば、飲みたい?」
こう言った時点でもう自分に選択肢なんて残っているのだろうか。
飲みたいといえばその通りになるだろうし、拒否すればお仕置きとして飲まされそうだ。
「流石団長。よく分かってる」
そう悪戯っぽく微笑むキツネノボタンに今日も振り回される。こんな幸せがいつまでも続くようにと祈るのだった。
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ご褒美
「あ、いい所に来た。ご褒美をあげる」
朝、人気のない廊下でこちらを見つけたキツネノボタンが駆け寄ってくる。ご褒美、と言われても、特に何かした覚えは無いのだが。
「団長はいつも頑張ってる。だからご褒美」
ありがとう、何をくれるんだろう。
「団長、ちゅーして良い」
その前と後にキツネノボタンのつばが飲みたいと言ったら飲ませてくれるのだろうか。
「ひょっとしてお疲れ? 元気にして欲しい?」
そう言って首を傾げるキツネノボタン。耳ごと揺れるその仕草はどこか蠱惑的だ。
しかし疲れているかと聞かれればそうかもしれない。今日もこの後何の進展も無さそうな会議で、その後は討伐任務だ。
「でも団長、その会議って別に副団長や花騎士が出席しても良いやつだったよね」
それこそ無駄の極みだ。ただでさえ建設性の欠片もない上に花騎士が出る必要性も無い会議に、何が悲しくてうちの団員の貴重な時間を使わせなければならないのやら。
「ふふ、団長優しい。やっぱりご褒美あげにきて良かった」
そう言ってキツネノボタンがきょろきょろと周りを見回し、誰も居ない事を確認した後に、こちらを見つめて黙る。
ほっぺたが少し膨らんでいるのはきっと唾液を溜めてくれているのだろう。
何となく無言のまま彼女の頭をぽふぽふと撫でる。
「んー」
キツネノボタンも手を伸ばしてこちらを撫でようとしてくる。屈んで彼女より目線を下げる。
「むふー」
こちらをわしわしと撫でながら満足げなキツネノボタンの顔を眺めながら彼女の唾液が溜まるのを待つ。もうこれだけで会議を乗り切れそうなほどだ。
「ん」
キツネノボタンが唇を突き出して目を閉じる。溜まったらしい。
彼女の背中に手を回し、こぼさないようにそっと下からキスをする。
「ん、んんっ」
とろりとした彼女の唾液を口移しされる。量そのものは口にいっぱいとまでは行かないが、結構な量だ。
そして、その唾液が触れた端から身体が異常を検知する。口に含んだ彼女の唾液から立ち上る魔力と彼女の香り、その両方にクラクラ来る。
「ぷは、団長、味わって飲んでね」
そう笑顔でこちらに微笑みかけるキツネノボタン。意を決して口の中で彼女の唾液を拡げる。
舌の上から舌の舌や上あご、外側の歯茎まで、彼女の唾液が広がると共に砂糖の詰まった頭陀袋で全身を殴打されたかのような暴力的な多幸感と、心の底から活力がみなぎってくるのを感じる。正直効き目が強すぎるのではないか。
「団長、飲みなさい」
そう促され、まずは一口。食道と胃を通り越して尻まで痺れるような錯覚を覚える。二口目、頭の奥が痺れる。彼女の赤い瞳を見つめながら三口目、痺れの全てがクリアになり残ったのは幸福と愛しい彼女への想いだけだ。こっちを見つめる彼女と改めて目を合わせ、自らが正気である事を確認する。耳まで熱いがおそらく大丈夫、理性を奪われたり魔力に酔ったり狂わされたりはしていない。少なくとも主観では。
「美味しかった?」
最高だ、これで晩まで頑張れる。夕食はいなりずしにしよう。
そう言ってキツネノボタンをぎゅーっと抱きしめる。
「当然わたしも一緒だよね」
当たり前だ。さて、会議に行ってくる。
「おー。いってらっしゃーい」
笑顔の彼女に見送られ、騎士団長としての生活に戻るのだった。
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金平糖
執務室に戻ってくると、キツネノボタンが一人、金平糖を食べていた。
「ん、あむ、ぽりぽり、しゃくしゃくしゃく」
一粒放り投げた金平糖が重力に従い一瞬静止した後に、彼女のかわいらしい口に収まる。
しばらく眺めて居たら、彼女と目が合った。
「ん、団長、おかえりおかえりー」
こっちを向いたキツネノボタンはすぐに金平糖に戻ってしまうかと思われたが、そのままこう切り出す。
「団長も食べる?」
もらえるのなら。そう言って手を差し出したが、キツネノボタンは一粒摘まんだ金平糖をこちらに渡そうとしない。
「団長、お口、開けなさい」
それは恥ずかしいのだが。
「はやく、あーんする」
有無を言わさず、こちらに身を乗り出すように手を伸ばして来るキツネノボタン。
恥ずかしい以外に断る理由も無い。仕方なく口を開けると、そこに金平糖が一粒放り込まれた。
「むふふ」
何故か得意気なキツネノボタンを眺めながら口の中で金平糖を転がす。
「美味しい?」
痛いほどではないがとげとげした金平糖の舌触り。小さくない表面積から感じるのは素材の甘み。
甘いだけと言えばそうなのだがどうしてなかなか悪くない。
「団長、噛んで食べないんだ」
せっかく彼女に貰えたのだから、味わって舐めているだけだ。…舐めながら喋るのもあまり行儀は良くない気もするが。
「なるほどなるほど…。団長、金平糖、今から返してって言ったら怒る?」
別に怒りはしないが、まだあるのだからそちらを食べれば良いのでは無いだろうか。
「団長で味付けした金平糖、食べさせて」
そう言って彼女はこちらの返答も聞かずキスをして来た。
さっきまで金平糖を噛んで食べていた彼女の唾液も舌も、驚くほど甘い。
「ん、んちゅ…らんちょー…こっちに渡しなさい」
突き入れられた舌がこちらの口を弄るように蠢き、彼女の舌と唾液に溶け残った金平糖のしゃりしゃりした甘味がこちらの舌を覆っていく。
たとえ漏れ出る魔力が無かったとしても長く抵抗はできなかっただろう。
別に渡すのが嫌だった訳ではないが、舌の下に隠したそれを暴かれるのにほとんど時間はかからなかった。
「はむっ見つけた、見つけた。おとらしく寄こしらさい」
そのまま彼女に口の中から金平糖を強奪され、唇と舌が離れた後も、魔力の残滓かじーんと口が腫れたように熱い。
「団長から奪った、怪盗キツネが盗んじゃった」
こちらを見ながら満面の笑みを浮かべるキツネノボタン。全く、敵わない。
この小さな怪盗に心まで盗まれてしまった団長はいったいどうすれば良いのだろう。そんな事を思いながら、荷物を片付け始めるのだった。
強盗キツネ
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雪の日
「おー! 団長、雪、積もってる! すごい!」
そうはしゃぎながら駆け回るキツネノボタン。今日は朝から冷えると思っていたがこのせいだったのか。
幸い石造りで頑丈な城の構造上、城壁以外は特に雪かきの必要は無い。その上ブロッサムヒルでは雪が積もると言ってもそこまで大量に積もる事はあまり無いため、雪かきの文化自体もあまり無いのだが。
そんなこんなで、珍しく膝まで埋まる程度に雪が積もったブロッサムヒルの騎士団拠点、その中庭をキツネノボタンと歩いていた。
「団長団長、わたしもゆきだるま、作ってみたい。前はワルナスビさんの壊しちゃったから、今度はわたしが作ってみたい」
こうしてキツネノボタンと過ごす冬も二回目だ。一度目の冬は初めての雪に興奮したり、、ワルナスビの雪像を壊したりとなかなか愉快な冬だったが、今回も飽きたりはしていないらしい。
「後、雪合戦。花騎士さんを集めて、訓練の一環とかで、やってみたい」
ビバーナムが喜びそうだ。彼女以外にも、多国籍なうちの騎士団において、ウィンターローズ出身者はそういう競技は他より強いのだろうか。そのうち予定に組んでみても良いかも知れない。
「そこ、団長、何か居る!」
そう言ってこっちに駆け寄るキツネノボタン。
立ち止まり、何が見えているのか雪の下を凝視する。
「…ここ!」
そのまま彼女は勢いよく跳ねて、頭から雪に突っ込んだ。
…肩まで埋まった上に尻尾がもそもそと揺れているが、大丈夫なのだろうか。
「ぷは。団長、これ何だろ」
そう言ってキツネノボタンが雪の下から掘り出したのは、ピンク色の体毛のリスだった。
…これはクルミのオトモではないのか? しかしこの様子では他にもコルチカムやエピデンドラムのオトモもどこかで望まぬ冬眠をしているかも知れない。
とりあえず、その子は後で返してこよう。
「そうする。…うう、寒い、寒い」
首を縮こまらせながらこちらを見上げるキツネノボタン。
そりゃ雪の中に突っ込んだのだから当然だろう。
髪の毛や耳、服についた雪を払って、赤くなったほっぺたに手を添える。
「おー、感謝感謝。団長の手、温かい」
どういたしまして。
鼻の頭も赤いのはしもやけのせいだけでも無いらしく、
「ご褒美に、ちゅー、させてあげる」
そう言って目を閉じたキツネノボタン。
ご褒美ならキツネノボタンからして欲しいのだが。
「わたしがされたいの。団長、早くしなさい」
いつもと変わらない彼女の傲慢なおねだりに苦笑しながら口づけをするのだった。
後に、オトモが行方不明になった花騎士たちに頼まれ、キツネノボタンがもっと雪に刺さって探す事になったのは別のお話。
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お気に入りの抱き枕
もう少しで開花なのでそれまでに書き貯めた秋桜を整形してアップしようと思って始めたシリーズなので、キツネノボタンと団長の関係に齟齬が発生する可能性はありますが、あまり気にしない方向で…。
流石に討伐任務の後のデスクワークは堪える。時刻はもう深夜だ。だが今日までが締め切りの書類をなんとか片付け提出を終えてきた。今にも落ちそうになる瞼をこじあけ、崩れ落ちそうな身体を引きずり、自室のベッドに突っ伏す。
そのままただ心と身体を休めようと、目の前にあった黄金色のもふもふに抱き着いた。
「うわ、団長。なに、なに?」
その尻尾の主でありベッドを占拠して寝ていたキツネノボタンが慌てた声を出すが、言葉を返す気力も無い。
もっふりと柔らかな毛並みと温かな彼女の体温、そして慣れ親しんだ匂い。落ち着く…。
「むう、団長、お返事しなさい」
そう彼女が不服そうに言うが、もう限界だ。自分の胸の中でうねうねと動く尻尾を押さえる気力すら怪しい。
「団長? どうしたの、大丈夫? 団長?」
だんだん口調が心配そうになってくるキツネノボタン。
大丈夫だ、そう安心させようと口を開こうとするが声が出ない。
「ひょっとして、もう寝てる?」
しゅるりと胸の中から彼女の尻尾が抜け、キツネノボタンがこちらに向き直った…のだと思う。目がもう開かないので気配で察するだけなのだが。
「団長、寝てる。…そっか、お仕事おつかれさま」
そう言って、彼女の小柄な手がこちらの頭に触れ、優しく撫でられる。
時々生意気で時々傲慢ですらある無垢な彼女の、慈しむような手つき。これを独り占めできるだけで今日頑張った甲斐があると言うものだ。
起きたらお礼をしよう。今はこのまま意識を手放そう。そう思って居たのだが
「団長…ちょっとだけ、サービスしてあげる。んっ」
そう言って、唇にぺろりと彼女の舌が触れる。
途端に頭を限りなくやわらかな金づちで殴られたかのような衝撃が走った。
身体の疲れが吹き飛び、思考もクリアになり、ついでに急激に覚醒する。あまりの衝撃に思わず目を見開いてしまう。
にも拘わらず手は無意識に彼女を抱き寄せ、そして、目を開けた彼女と目が合ってしまった。
「…っ! 団長、起きてたの?」
ルビーのように深い赤味を帯びた彼女の目が、驚きと羞恥に彩られながらこちらをじっと見つめて来た。
…ほとんど寝てた。元気にされて、目がさめてしまった、そう誤魔化すことなく答える。
「あわ、あわわ…団長、忘れなさい!」
そう言って真っ赤なキツネノボタンに今度は乱暴なキスをされる。忘れるも何もこんな事をされたらより深く刻み込まれそうなものだが、いつものように目を閉じ彼女を抱き寄せ、彼女の傲慢な愛と唇を受け入れるのだった。
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寝起き
朝、温かな布団と微睡の中で、キツネノボタンのぬくもりを感じる。
「団長、えへへ」
特にこちらに何かをするでもなく、寝る前に横向きに向かい合って抱きしめたままの彼女が先に起きていたようだ。
腕と胸に触れる彼女の小柄な体は柔らかいのだが、無意識に抱き寄せる腕に力が入ってしまう。
「ん、団長、起きてる?」
多分もうすぐ目が開く。意識は大分覚醒してるのだが、まだもう少しだけかかりそうだ。
「むふふ」
こちらの胸や頬に頬ずりするキツネノボタン。思わず顔がにやけてしまう。
それを見咎めたのかキツネノボタンが
「団長、起きてる。お返事は?」
そう問いかけてきた。返事をするため口を開く。なんとか声は出そうだ。
…おはよう、キツネノボタン。別に起こしてくれても良かったんだぞ。
「団長の寝顔、堪能してた。可愛い」
全く、敵わない。普通男が可愛いなどと言われて嬉しいものなのだろうかと思っていたが、彼女に言われたら何故か納得してしまう。
「それよりも団長、起きたならちゅーして良いよね、んーー」
唇を近づけて来るキツネノボタン。流石に寝起きは自分の口臭がしないか気になる。そう言って彼女を引き留めた。
謝罪するように頭を撫でながら、もう片方の手で口を覆い、自分の息の匂いを嗅ぐ。
「別に気にしないけど」
こちらが気にするのだ。…多分大丈夫だ。
「待たされたお仕置き、団長、仰向けになって?」
そう言い、布団の上でころりと押し倒される、もとい転がされる。
仰向けになったこちらの上に覆いかぶさるように乗るキツネノボタン。
さしたる重みは感じないが、これで自分はキツネノボタンから完全に逃れる事ができなくなってしまった。
「ふふふ、その通り、今朝の団長もわたしだけのもの。んちゅー」
そのままキツネノボタンの腕がこちらの首に回され、そしてキスをされる。
「ん、はむ、だんちょー」
はむはむとこちらを食べるようにむしゃぶりつき、唇がしっかりとくっついたと思えば小さな舌が伸びてきて、こちらの舌に絡みつく。
特に魔力を込めたりはされてる様子は無いが、正直もう純粋なキスの腕で彼女に勝てる気ががしない。その上、こちらの後頭部はしっかり布団に押し付けられているため、逃れる事は不可能だ。
だが、彼女にいろいろ教えなさいと言われた手前、ここで負けを認める訳にはいかない。
彼女の腕はこちらの首に回されており、手の自由は効く。その手で彼女の後頭部と腰を撫でる。
「むふー…あむ、ちゅっ」
心地よさそうな彼女の耳と尻尾も触って行く。
「ん、んんっ!? だんちょぉ、それはひきょうぅ」
何が卑怯な物か。そう白々しく、彼女の隙を突いてその舌に仕返しをしてゆく。
舐め回し、吸い上げ、抵抗の素振りがあれば耳を尻尾を攻め、切なげな彼女の舌を丹念に味わい尽くす。
「ん、やら、らめ、だんちょう、んむ、んんんー!」
こちらは押し倒されているのだから、こちらから唇を放す事はできない。
「ん、んむ、んむ、じゅっ…ん、だんちょぉ、だんちょぉ…!」
可愛らしい反応に満足し、耳から手を放し彼女の頭を自由にする。
「ぷは、ん、はぁ、んむぅ……」
口を放して息を吸い込むキツネノボタンに、団長はキツネノボタンのもののはずだったのだが、などととぼけた事を言ってみる。
「…団長、きちく」
そうつぶやいたキツネノボタンは少し布団にもぐるように身体ごと下がり、こちらの胸に頭をぴたっと押し付けた。鼻先に彼女の耳が当たっている。
そのまま耳にしゃぶりつきたい衝動もあったが、それは我慢し、彼女の背中に手を回し慈しむように撫でる。
まぁ、キツネノボタンがキスをしながらこちらの身体の他の部分を触られたら、きっと同じようにされるがままになってしまう。そう、彼女にネタばらしをする。これでもう同じ手段は使えない。
「なるほどなるほど。でも、わたし団長にちゅーするのも好きだし、こうやって一方的にされるのも、別に嫌いじゃない」
嬉しい限りだ。これからも、毎日キスをしよう。団長が勝てなくなるまでキスをして、最後にはキツネノボタンに一方的にキスをされる事になっても、キスをしよう。そう彼女に伝える。
「わかった。でも、それは違う。団長もわたしとちゅーして、もっとわたしの気持ちいい所、研究しなさい。そうしたら、団長も上手になって、ずっと、団長に教えて貰える」
それもそうだな。二人で一緒に、もっと上手になろう。
「もちろん、ちゅー以外も、よろしくね、団長」
こちらこそ、よろしく頼む。そう言ったところで時計を見る。
……そろそろ、起きないとまずい。と言うか今日の予定に対して、朝食の時間が残っているか怪しい。
「あ、ほんとだ」
そのまま二人でばたばたと着替え、騎士団長と花騎士の生活に戻っていくのだった。
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ブラッシング1
まだできてないらしいですよ。
最近キツネノボタンの抜け毛が気になる。
と言っても別に髪の毛の事やハゲたりしている訳ではなく、単に季節の変わり目で、尻尾の毛が生え代わっているだけなのだが。
「んむぅ」
今日もこれから討伐任務だが、執務室の出入り口付近で、彼女は自分の服についた毛を払えなくて困っているようだ。
「団長、手伝って?」
そう言われ、引き出しから取り出したエチケットブラシでキツネノボタンの上着をわしわしとなぞる。
尻尾ごと触るとふわふわした毛だが、こうして1本ずつ見ると、つややかでコシがある分、その辺に散らかると割と存在感のある毛である。
そんな事を思いながら彼女の上着から一通り毛が落ちたのを確認し、彼女に見る事を促す。
「ん、ありがと。綺麗になった。団長優しい」
しかし、これでは毎朝の準備も大変だ。少し根本的な対策をした方が良いのではないか。
「どういう事?」
こういうのは丹念なブラッシングしかないだろう。そう猫や犬を連れた花騎士から聞いた事がある。ついでにコンペイもブラッシングしよう。
「団長、わたしの事、そんな風に思ってたの?」
不服そうなキツネノボタンだったが、こちらも出撃の準備にと上着を着ようとしたら急に押し黙って複雑そうな顔を始めた。
一体どうしたのだろうか。
「団長、わたしの毛、ついてる…」
自分の上着が彼女の毛まみれだった。
少し遅刻気味に始まった討伐任務を終えた、夕方と言うには少し早いくらいの微妙な時間。いつものように損害は軽微だったので、同じ任務に参加してた他の花騎士はブロッサムヒルの城壁で解散している。
特に損害が無い花騎士は各々夕飯や酒盛りにそのまま町に繰り出し、服を汚してしまった花騎士や風呂に入りたいであろう花騎士たちは一緒に拠点まで戻って来た。
そんな彼女らと分かれ、第一副団長と二人、あと1匹が執務室に戻りつく。
なんだかんだで皆が無事でここに帰ってくると、帰って来たと言う気がする。
「団長、おつかれおつかれ。お茶、入れたら飲む?」
そう珍しくキツネノボタンが言う。お茶なら自分が入れるのだが。キツネノボタンは何が飲みたい?
「むぅ、これからわたしの尻尾、ブラッシングしてもらうつもりなんだから、団長のお世話、させなさい」
そういう事か。なら断るのも悪い。ではその間自分はお風呂を沸かして、ついでにコンペイと遊んで居るとしよう。
「団長、えっち」
違う。と言うか任務帰りなのだからキツネノボタンもシャワーくらい浴びたいだろう。
「まぁ、そうだけど」
今日討伐に行った花騎士はもう皆休みだし、緊急の用事が入らない限り自分も予定を空けてある。だから、団長の部屋でお風呂に入ってゆっくりして欲しい。駄目か?
「…わかった。団長も一緒に入る?」
それは堪らなく魅力的な提案だ。
風呂を沸かすと言ったが、私室の小さな風呂を沸かすにあたって付きっ切りで燃料を投入したりする必要は無い。
高価ではあるが、絡繰や魔力を使った道具などの恩恵は実に素晴しいものだ。…害虫討伐の遠征中は薪でお湯を用意したり煮炊きする事は多いので、こうして拠点に居るとそのありがたみを感じる訳なのだが。
「~~♪」
キツネノボタンも、お湯を沸かしながら尻尾をこすり合わせている。…そのせいで地面や彼女の服の背中に毛玉が付いている…そして地面の毛玉にコンペイが興味を示しているのだが、大丈夫なのだろうか。
背中を眺めてるこちらに気づいたのか、キツネノボタンが振り返って
「むふふ」
そう微笑んでまた前を向く。
まぁどうせ着替えるので良いか。そう思い、彼女を背中から抱きしめる。
「団長、毛、付いちゃう」
そう言いながらも笑顔のキツネノボタン。
二本の尻尾がわさわさとこちらに甘えるようにすり寄ってくる。…当然毛まみれになるのだが、知った事では無い。
彼女の尻尾の付け根に指を這わせ、そのあどけなさの残る顔に口付けようとした所で、薬缶が沸く。
それで一瞬動きが止まったこちらに
「んっ」
彼女の方から口づけられる。
元々討伐は早く終わったので疲労は大したこと無いのだが、そんな疲労すら溶けるように無くなる。…風呂に入るモチベーションが下がらないか、少し心配なほどだ。
「団長、お湯沸いた。紅茶で良いよね?」
軽いキスを終え、彼女がそう言う。
あぁ、構わない。
足元からコンペイを抱き上げ、ソファーまで行く。一足先にブラッシングをしながら紅茶を用意するキツネノボタンを眺める事としよう。
流石にコンペイは身体のサイズもあるからか大した量の毛は取れないが、それでも一応毛替えの季節だけあって、毛の塊が少し取れる。
「ん、熱い、熱い…」
一度ポットを温めたお湯を捨て、茶葉の上からギリギリまで沸かし続けたお湯をポットに注ぐキツネノボタン。さらに保温カバーまでかけ、砂時計をひっくりかえす。
「これでよし」
割と本格的に淹れてくれるらしい。
こちらを振り返り、膝の上でくつろぐコンペイを見て
「むぅ、うらやましい」
そうつぶやいたキツネノボタン。コンペイを片膝に寄せ、片方の膝を開ける。
「団長?」
お茶が入るまでの時間はゆっくりするのが作法、だそうだ。
「それもそっか。えへへ、団長、好き、好き」
キツネノボタンはソファーに倒れ込み、仰向けにこちらの膝に頭をのせて来た。
頬を撫で、脇腹を撫で、こちらにさらけ出されたお腹も触る。
「んん、団長、くすぐったい…♪」
彼女の身体を触る手が抱き寄せるように掴まれた。
空いてるもう片方の手で彼女の耳を触る。
「気持ちいい、もっと、団長」
こちらの腕に頬ずりしながらそうねだるキツネノボタン。
もっとしたいのはこちらもやまやまなのだが、そろそろ紅茶が濃くなりすぎないか?
「…んむぅ」
砂時計からほぼ砂が落ち切っているのを見て、キツネノボタンはややめんどくさそうに身体を起こす。
まぁ、たまにはゆっくりしようじゃないか。まだ夕食までも結構時間はあるのだから。
続く!
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ブラッシング2
前の続きです。キツネノボタンとお風呂の前に茶をしばくだけ
「そう言えば団長、お風呂は見なくて良いの?」
紅茶を2つのカップに交互に注ぐキツネノボタンにそう聞かれる。
便利なもので、沸かしっぱなしの風呂はいいぐらいの温度になったら止まるような仕掛けが施してある。なので心配は無用だ。一応ちゃんと止まっているか後で見に行くつもりだが。
「わかった。あと、お茶菓子、何かある? 用意、忘れてた」
そう言われ、コンペイを膝から下ろし、棚を開ける。ビスケットならあるのだが……きっとぽろぽろこぼれるからキツネノボタンは気に入らないだろう。
「他のがあるならそっちの方が良い」
では、この間ベルガモットバレーで買ったちょっと高級な金平糖にしよう。
「! 団長、それ、わたしに隠してた!」
キツネノボタンものすごく不満そうにポットをぶんぶん振る。ラストドリップを絞っているのか、ただ憤慨しているのか微妙な所である。
てっきり知っていると思っていた。
「うう、団長の薄情者……」
そんなに悲しかったのか。高級そうな包み紙に覆われた金平糖を袋ごと彼女に差し出す。
「……それでわたしの機嫌、治ると思ってる?」
拗ねたように頬を膨らますキツネノボタン。だがしっかりちゃっかりと金平糖は受け取ってくれた。
物で釣るつもりはないが、未開封なのは見てくれたら分かると思う。
「ん、ほんとだ」
キツネノボタンと一緒に食べようと思って置いておいたのだ。
それに、言い訳する訳じゃないが、同じ騎士団にヒメリュウキンカやステラも居る、それにコデマリも居る。
「うん、みんな良い花騎士」
彼女らも、この金平糖のことは知らない。
「まぁ、知ってたら残ってないよね」
納得するしかないメンバーを挙げたとは言え、これで納得される彼女らもどうかと思うのだが。
とにかく、そういう事だ。だから機嫌を直してくれ。
「むう、しょうがない。団長がこんなお宝を隠してた事にも、気づいて盗んであげられなかった事も不満だけど、許してあげる」
なんとか機嫌を戻したキツネノボタンは金平糖を開け、皿にころころと何粒か出した。
「おー、なんか変な色、金色みたい」
和三盆を使った金平糖だそうだ。色や透明感を重視する花騎士からの受けは悪そうな気もするが、最近は変わり種の金平糖も増えているらしい。
「これは団長の分。コンペイの分は……」
言われて、別の棚から犬猫のお供用のおやつを取り出して差し出す。スパイスや塩分を使ってない干し肉であって、古くなってさえいなければ人が食べても問題無いものらしい。大分スキラの猫やイヌタデの妹に食べられたのだが、まだそこそこ残っている。
だがキツネノボタンは
「金平糖より出て来るの、早かった」
と少し不服そうに言った。
自分のオトモ相手に嫉妬する彼女がなにやらおかしくてふきだしてしまい、せっかく直してくれた機嫌がまた斜めになる。
「団長、ひどい。これは立場の再確認、お仕置きが必要」
そう言って彼女はコンペイのおやつをひったくり、こちらに尻尾を向けた。
彼女の自分に対するお仕置きは尻尾で挟む事である。
素直に尻尾の間に顔を差し出す。
もふりと両側から挟まれ、ふわふわで心地よい感触と、任務に行った後でお風呂にまだ入っていない彼女の香り、そして抜けたであろう毛に顔を包まれる。やはりこれはお仕置きにならないのではないかと思うが、言ったら今後して貰えなくなりそうなので、黙っておく。
「反省した?」
コンペイの分のおやつも別の皿に開けた彼女にそう問われる。
すまなかった、許してくれ。そう答えると
「むふふ」
満足そうに尻尾からこちらの顔を開放し、こちらに向き直るキツネノボタン。
その手にはさっき団長用と言われたて出していたのよりかなり多めの金平糖が盛られた皿が持たれており
「お茶、入った」
そう告げた。
ちなみに口に少し抜けた毛が入った……。
ローテーブルに並べられたお茶を持ち上げ、まずは香りを楽しむ。そしてふーと息で冷まし、一口口に運んだ。
紅茶自体にあまりこだわりは無いのだが、貴族や紅茶好きの花騎士に出す事もあって一応一通りの道具に、そこまで悪くない茶葉は用意しては居たのだが、それを紅茶に親しみがある程度には育ちの良いキツネノボタンが、丹念に入れてくれただけあって、自分で入れた紅茶より美味しく感じる。
「どう? 美味しい?」
そう自信満々の顔でこちらを見上げるように聞いて来る。ああ、うまい。そう答える。
「当然、だってキツネノボタンが淹れたから」
そう渾身のドヤ顔をしながらソファーの隣に腰掛けるキツネノボタン。
こんな紅茶が飲めるならサンドイッチも作ってティーパーティーをしても良いかも知れない。
「サンドイッチ……! 団長、作ってくれる?」
ああ、時間が取れるかは分からないし、誰を誘えるか、あるいは二人きりかは分からないが、やろう。
キツネノボタンはいなり寿司のほかにサンドイッチも好きらしい。いなり寿司は比較的分かりやすいが、サンドイッチには何を挟んだら良いのだろう。
「団長が作ってくれるなら何でも嬉しい、でもお茶会なら胡瓜。あとハムや卵も良い、わたしのために作ってくれるの、楽しみ、楽しみ」
そう興奮したように言って、紅茶を口に運ぶキツネノボタン。
「ん、美味しい」
干し肉と格闘するコンペイを眺めながら彼女がこちらにしなだれかかってくる。
カップをソーサーに置き、彼女の頭頂部と耳に頬ずりをする。
「ふふ、団長甘えん坊さんだ」
カップを片手で持ち、もう片方の手でこちらに抱き着いて来るキツネノボタン。
別に良いではないか。他の花騎士が居る前ではあまりこんな事もできないのだから。
「わたしは別に気にしないけど。だって団長はわたしのものだし」
示しが付かない、と言う事もあるのだ。キツネノボタンだって、ワルナスビに弟子入りできた暁には皆にかっこいい怪盗として見られたいだろう。
「それもそうか。別に他の花騎士にどう思われても気にしないし、団長はわたしだけのものだけど、皆の団長だもんね」
そういう事だ。その代わり、2人っきりの時はキツネノボタンも好きなだけ甘えてくれて良い。
「そう? じゃあ、ここはキツネノボタンだけの場所。コンペイにもあげない」
そう言ってこちらの膝の上にだらっと腹這いになるキツネノボタン。
呼ばれたのかと思って顔を上げたコンペイだったがそうではないと分かるとすぐに干し肉に戻る。
キツネノボタンの上にこぼしては危ないのでこれでは紅茶が飲めないのだがな。そんな事を言いながら彼女の背中や尻尾をさわさわと撫でた。
「むふー、団長に撫でられるの、好き、好き。気持ちいい、しかも団長の膝を独り占め、最高……♪」
それは良かった。こちらも実はキツネノボタンの柔らかい身体がふとももに当たっているのは気持ち良いのだが、それも言わないでおく。
「今度は団長の何処を独り占めしようかな。あ、団長、金平糖取って?」
お行儀が悪いぞ、そう言いながらも一粒金平糖を摘まみ、彼女の顔に近づける。
彼女はそれをはむっとこちらの指から口で受け取り
「はむ、ん、こっちも美味しい。でも、団長に食べさせてもらうと、もっと美味しい。」
と言ってくれた。こちらも一粒取り、口に放り込む。普通の砂糖より風味深いのにどこかさっぱりとした、不思議な味わいだ。和三盆と言うと粉のきめ細かさも売りだと思っていたが、溶かすからあまり関係無いのだろうか。
「団長、砂糖の事も詳しいの?」
ほとんどアズキやコムギの受け売りだ。
そんな事を言っていると風呂場から風鈴のようなちりんと言うベルが鳴る。
「お風呂、湧いたみたい」
そのようだ。ちょっと見て来るので膝の上から降りてくれないだろうか。
「やだ♪」
何故か笑顔でそう拒否された。
湯沸かし止まって無かったら熱湯風呂になるのだが。
「んむぅ、紅茶、冷める」
不服そうにこちらの膝から降りるキツネノボタン。
風呂の湯沸かしがきちんと止まっている事を確認したら戻ってくる。
「そっか、ならいい。さっさと行って来なさい」
膝の上から降りる事を渋った割には投げやりなその態度に苦笑しながら風呂場を見に行くのだった。
(風呂に入るどころかブラッシングにたどり着けない)
つづく!
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騙されやすい二人:コデマリとキツネノボタン
他の花騎士が絡んでくる話はシリーズとして独立させようか少し悩みます。
外での用事を終え執務室に帰りつくと、部屋の鍵……と言うかドアが少し開いていた。
一応副官クラスの花騎士には執務室の鍵は渡してあるのだが、一体誰が執務室に入り込んでいるのだろうか。気になってつい聞き耳を立ててしまう。
「ん、手伝ってくれて感謝感謝。今回の書類は結構多い」
「私も団長様に用事がありましたから、全然かまいませんよ。それより少しお腹がすきました」
どうやら執務室に居るのはキツネノボタンとコデマリのようだ。
割とレアな組み合わせに、少しだけ様子を見守る事にする。
と言うのも、キツネノボタンは最近後輩ができたとは言え、元々ワルナスビとラークスパー、あと何かと世話を焼くルコウソウ以外の誰かとべったり会話している所はあまり見ない。
コデマリに至っては特別仲が良い花騎士が居るのか、実は知らなかったりする。
コデマリもキツネノボタンもそれなりに社交的な性格はしているし、意外と物怖じしないと言うか人見知りをするようなタイプでは無いのだが、そんな二人が一体何を話しているのか、非常に気になる。
「手伝ってくれたお礼に、こんな話を教えてあげよう。満開の花の木の下には、死体が埋まってる」
いきなり何を言い出すのだ。
「それ、聞いたことがあります。確か、その血を吸い取って、ほのかなピンク色に色づくってこの間誰かが言ってました」
話が繋がってしまった。
「そうなんだ、理由までは知らなかった、勉強になる」
「それなら、こんな話はどうですか?団長様は、月を見たら狼に変身するそうですよ」
「え、なにそれ、初めて知った。団長も、月に反応するんだ」
確かに月を見ていたら不思議な気分になる事はあるが、変身なんてする訳がない。
「もって事は、キツネノボタンさんも何かに変身するんですか?」
「わたしは変身はしないけど、満月見てたら魔力が変な事になる。団長もそうなのかな?」
「流石団長様、団長様に世界花の加護があったらすごい花騎士になってたと思います」
「確かに、団長はすごい。頭も良いし、意外と体力もある、それに優しい。まぁ本人には内緒だけど。あとすごく物知り、月のうさぎは怪盗ロマンのしもべだって教えてくれた」
そんな風に思ってくれていたとは。
だが、適当な事を吹き込んだ事を後悔するも遅い。キツネノボタンもコデマリも基本的に人を疑わないのだ。
「そうなんですか!? 私もうさぎさんの恰好をする事がありますけど、そうしたら怪盗さんを呼び寄せたりできるでしょうか」
「それ、良い考え。怪盗ロマンを呼び寄せるのは無理でも、大怪盗ナイトシェード様は呼び寄せられるかも。今度やってみて?」
「わかりました! キツネノボタンさんの分のうさぎさんイヤーも用意しますね」
「そうなるとわたしは耳が4つになる。ワタチョロギさんとかもそうだけど、その場合、狐がメインなの? それとも兎になるの?」
「どうなんでしょうが? あ、団長様の机にクッキーが。 食べても良いんでしょうか?」
「食べかすのこぼれるクッキーはあんまり好きじゃない。それに、勝手に食べると怒られる。わたしの金平糖あげるから、これで我慢しなさい」
「わーい」
……もうそろそろ良いだろうか。ドアをノックする。
「誰? 団長は今留守。第一副団長が要件を聞く」
その団長の帰還である。ただいま、キツネノボタン、それにコデマリ。
そう声をかけ執務室に入る。
「おかえり団長、今日の書類、そこに置いてある」
「おはえりぁはいらんちょうさま、おじゃまひてまふ」
団長の椅子を占拠したキツネノボタンと、律儀にこちらを振り返ったものの、ほお袋でもあるかのように金平糖を詰め込んだコデマリ。
とりあえずキツネノボタンの持ってきてくれた書類を見る。あとはこちらの仕事のようだ。
「んっがりがり、ぷは、所で団長様、机の上のクッキー、もらっても良いでしょうか?」
喋れる程度に金平糖を咀嚼しそう聞いて来るコデマリ。実はキツネノボタンのためにこぼしにくい一口サイズのものもあるのだ。書類仕事が終わったら皆で食べても良いだろう。
「おー。待ってて良かった。わたしも書類、手伝う」
「私もお手伝いできる事があれば、なんなりと言ってください。金平糖を食べたばかりなので、頑張れます!」
なら、事務仕事も楽しく手早く終わらせられそうだ。
こうして、団長と花騎士たちの日常が過ぎていくのだった。
もっと長々と都市伝説の話をしようかと思っていたのですが、脱線しそうだった上団長が突っ込み担当だった
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ダークモンドホワイトデー:大所帯
白黒の稲荷寿司。丁寧に油抜きをした後、白いものはうすくち醤油を使い揚げの色を薄く仕上げ、黒いものは黒砂糖をたっぷり使って黒糖稲荷に。
今日は厨房を占拠して第一副団長にホワイトデーのお返しを作っている。
と言っても自分が使える厨房などどこにでもある訳ではなく、また
「団長、何作ってるんですか」
「おいなりさんなの」
ふらっとやって来たエノテラに、割と早いうちからこちらを観察していたウサギゴケが説明の手間を省いてくれる。
そろそろ自分もできればおしゃべりに参加したいのだが。黙々と油揚げに酢飯や具を詰め込むのに少し飽きて来た。少し気合を入れすぎて、何故か1人分どころかちょっとした遠征部隊の1食分ほどの量を作っている。
「だんちょー、私の分はー?」
すでに酔っ払っているホップに、具に使った枝豆の残りを指さす。
「やったー! おつまみだぁー! これでもっとお酒を……ひっく」
ホップはそれで良いのだろうか。そして、コデマリあたりが来たらどうやって我慢してもらえば良いのだろう。そんな事を考えてながら、ひたすら揚げに米を詰め込む。 いくら作っている数に余裕があるとは言え、第一副団長のために作っている以上、一番に完成品を渡すのはやはり第一副団長ではならない気がする。ちなみに、普通に花騎士皆のためのお返しは別で用意してあるし、第一副団長のためのお菓子もまた別で用意しているのだが。
「後輩、立場の確立、困難。ヘナ、身をもって経験」
「アニソドンテアさんは気にしてないみたいだけど、トリトニア調査隊もそういうのってあるの? 大変、大変」
「クコとヘナ、仲良し。トリトニア調査隊、家族。でも、周囲、関係誤る。ヘナの事、お姉さん呼称。クコ、ぷんすか……なの」
ヘナとキツネノボタンと言う微妙に珍しい組み合わせの二人組がこちらにやってくる。
「くんくん……甘辛く煮た油揚げとお酢の匂い……! 団長、いなり寿司作ってる!」
「にぃに、料理中?」
とうとう第一副団長のキツネノボタンに見つかってしまった。ヘナの分もちゃんとある。
「そっか、ホワイトデー、今日だった。団長、流石。分かってる」
「にぃにの手料理、ワイルド希望!」
ではヘナの分は肉の手巻きにでもしようか。
それはそれとして、キツネノボタン。そう、第一副団長に呼び掛ける。
「なぁに、団長」
次に自分が何を言うか、完全に分かり切った、余裕の笑顔。
ハッピーホワイトデー。そう言って、白黒の稲荷寿司を盛りつけた皿を差し出した。
「えへへ、ありがと。皆の前で渡されるとは思って無かったけど、嬉しい、嬉しい」
それは良かった。すぐにキツネノボタンにが見つからなかった時のために弁当箱も用意していたのだが、洗い物が減ったと思っておこう。
「食べて良い?」
もちろんだとも。むしろ、そうしないと他の花騎士へのホワイトデーのお返しが解禁できない。まぁこのあたりは気分的なものなのだが。
「ふふ、じゃあ、いただきます。でもその前に手洗う」
そう言い、流し台で蛇口を捻るキツネノボタン。
さて、あと少し稲荷揚げと寿司飯が残っている。
これを詰めてヘナに肉を用意したら自分もいったん休憩にして、他の花騎士へのホワイトデーのお返しを解禁しよう。
「メラメラ、団長に一番にホワイトデーのお返しを貰えるなんて、嫉妬してしまいます」
「ほぇ? 私はもう貰ったよー?」
枝豆を詰め込む酔っ払ったホップと多分もうすぐ酔っ払いになるエノテラがが何か言っている。
副団長クラスのホワイトデーのプレゼントは全部鞄に詰めて持ち込んでいるので実はすぐ渡せるのだが。
と言うか一人ずつ訪問したり呼び出したりするようなものでも無いのですぐ渡せるように準備していたと言う方が正しい。
「にぃにの鞄、パンパン?」
そしてそのはち切れそうなかばんをヘナがしゃがみこんでつついている。……多分はじけたりはしないと思うが、少し怖い。
「ヘナ、承知」
そう言いつつくのをやめるヘナのため、薄く切った肉に塩コショウを振り、コンロで炙ったフライパンに油を引く。なんだかこっちの方がメインディッシュっぽくなってしまったのは気のせいなのだろうか。
「団長、タオルちょうだい」
そう言うキツネノボタンに片手で手ぬぐいを渡したのち、適当に温めたフライパンに肉を載せる。じゅわーと良い音がする。
「ウーちゃんもお腹すいたの」
フライパンをじっと見つめるウサギゴケ。当然ウサギゴケの分もある。が、もう少しだけ待ってくれ。
「ひょっとして、わたしの事待ってる?」
すっかり大所帯になってしまった群がる花騎士たちを見まわし、お皿を手に困ったように首をかしげるキツネノボタン。まぁ大体そんな感じである。
「むぅ。見られながらだと、味分からない……」
普段はマイペースで、そう言う照れとは無縁そうな彼女が赤面しながら白い方の稲荷寿司を一つ持ち上げ、口に運ぶ。
「ん、あむあむ……ん、上品な味。悪くない。次はこっち」
次に黒糖稲荷に手を付けるキツネノボタン。
「むふふ、甘い。ちょっとベタだけど、嫌いじゃない」
そう、こちらを見上げ、言葉の上ではそんなでもないが、嬉しそうに感想を言ってくれた。
「もう良いですか? エノテラはおつまみを要求します」
横から首を突っ込んできた自由人。とりあえず焼けた肉を海苔と酢飯で巻き、手巻き寿司にする。
手巻き寿司と稲荷寿司は一応今この場に居る花騎士の分くらいはありそうだ。エノテラにそれと稲荷寿司を数個盛り付けた皿と、はち切れそうな鞄から取り出した袋も手渡す。
「なんですかこれ」
一応こっちが本来のホワイトデーのお返しだ。
「そうですか。ありがたく受け取っておきます」
ちなみに中身はワインの小瓶とマカロンである。
「あ、全部わたしのじゃないんだ」
そう稲荷寿司を見ながらキツネノボタンが少し残念そうな声を出す。また作ってあげるのでそんな声出さないでくれ。
「団長団長、ウーちゃんお腹ぺこぺこなの」
そう言ってきたウサギゴケにエノテラと同じように盛り付けた皿と、鞄から取り出した袋を渡した。
「ありがとうなの」
そのままヘナと枝豆片手に爆笑していたホップにも寿司とホワイトデーのお返しを配ったところで、
「団長、よく考えたら、わたしの分、少なく無い?」
そう不服そうにキツネノボタンが言ってきた。確かにそう思うのも不思議はないだろう、彼女だけ鞄から取り出した分のお返しは貰えていないのだから。だが、それもちゃんと用意している。
持って来た時より幾分萎んだ鞄から、キツネノボタンのためのお菓子を取り出す。中身はワインで有名な葡萄の産地で売っていた葡萄味の金平糖だ。ちなみに、矢鱈すっぱかったりはしない事は味見済みである。
「おー、団長ありがと」
後手巻きも食べるだろうか。
「一応貰う。でも、キツネノボタンは団長の特別。だからみんなと同じなのは、ちょっと足りない」
そんな事は無い。その証拠に皆を見るように言う。
「んぅ?」
こちらを見て首をかしげるヘナが食べているのは、白いヨーグルト味のマカロンだ。
皆に配った「お菓子」は、特に苦手の無い限りマカロンで統一している。
「知ってる、その意味は確か、特別な存在、だったよね」
少なくとも騎士団の花騎士は、とりわけ副団長を任せられる花騎士は皆特別だ。だがキツネノボタンだけはプレゼントが金平糖。金平糖をキャンディーの仲間ととらえた場合、その意味は、まぁ察してくれると助かる。
「キャンディーの意味は……そっか、なるほどなるほど」
まあそういう訳なので、この場であまり追及されるとこちらも恥ずかしいから、これをもって許してくれ。
「どうしよっか」
すっかい機嫌の良くなった笑顔で、だがどこかもったいぶるように悪戯っぽく笑うキツネノボタン。
「団長も飲みましょう。後片づけなんてポイです」
「そーそー、今日は出撃も無いしさー、もう宴会にしよーよー」
そう言ってグラスを押し付けて来るエノテラとホップを見て、キツネノボタンは
「そういう事なら、浮気しない限りは許してあげよう。でも、あんまり羽目を外したら……いろいろわからせてあげる♪」
そう言いながら金平糖の袋を開けるのだった。
3倍返しを、と思うとまだ2倍。
不足分はどうやって返そうか
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