鋼鉄乙女フォビドゥンフルート (小金井はらから)
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プロローグ
プロローグ『Very old leader=LOVE』


★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート プロローグ『Very old leader=LOVE』

 

 それなりに科学技術が発展して、それなりに世界に緩やかな平和が流れていたある時代のこと。

曖昧な表現しかできないのは、『それ』がもう12年程前の話で、当時幼すぎた私にはおぼろげな記憶しかないからだ。

あの頃の私はまだあまりにも子供だった、無知だった、世の中の綺麗な所しか知らなかった、愚かだった。

 とにかく、そんなぬるま湯のように穏やかだった世界は、これだけは忘れもしないあの日、何の前触れもなく、急速に、急激に、それはもうズタボロに壊された。

 『Very old leader』。

それは一説ではこの星に、地球に、遥か昔から根付いていた存在とされたことから『古い先導者』という名を冠することになった。

軽いアナグラムで、世間では『Very old leader』は後に『LOVE(ラヴ)』と略されていった。

あんな災害が『愛』の名前を賜っているなんて、本当に皮肉以外の何物でもないと思う。

 あれはかつて宇宙からやってきたのかもしれない。

あれは地底に存在していたのかもしれない。

あれは海底に存在していたのかもしれない。

或いは、あれは生命の負の感情が腐り落ちて産まれてきたのかもしれない。

ある日突然人間社会に顕現したLOVEは、正体不明の醜いモンスター。

黒い輪郭、動植物を模したかのような巨大な影。

奴らが姿をはっきりと現した2XXX年6月2日、後に歴史上に『平和の落日』として名を刻まれた最低最悪の厄日以降、世界各地のありとあらゆる研究施設で考察が為されているが、未だ詳しい生態は不明。

ただ一つ判明しているのは、LOVEが人類を無差別に攻撃する、人類にとっては明確な『敵』であること。

平和の落日、日本列島の一つ・北海道釧路市に出現したLOVEは成す術もない人類を虐殺し、自然を焼き尽くし、破壊の限りを尽くした。

 そう。

LOVEはあの日、世界を壊した。

私がそれまで極々平穏に生きていた街を壊した。

私の世界を、壊した。

私の全てを、壊した。

私の全てを、私からありとあらゆる『愛』を奪い去ったのだ。

 

「……ママ……パパ……」

 

 幼い私の茫然自失ともとれる掠れた声が、焦土にぽつりと響き渡っていた。

静寂に満ちてしまった世界は、それだけ命が失われたことを意味していた。

 目の前に広がるのは、気が狂いそうになる程の鮮烈な赤、赤、赤。

何故、私は生き残ったのだろう。

何故、私は連れて行ってもらえなかったのだろう。

紅い血溜まりの中、私はそればかりを想っていた。

激痛なんて、とっくのとうに忘れていた。

胸にこびりつくのは、喪失感と虚脱感。

たったそれだけだった。

 母も、父も、血色に染まってぴくりとも動かなかった。

ただ、冷たくなるばかりだった。

私を愛してくれていた家族は、もう私と同じ世界には存在していなかった。

 

「……あ……」

 

 ぽつり、と声が洩れた。

一人きり、私はただ、血みどろになりながら肩を震わせていた。

ただただ、大粒の涙が零れ落ちて。

 

「……あ、あ、ぅ、あああああああああ!」

 

 慟哭が、響く。

こんなに大きな声を上げたのは、産声以来かもしれない。

そして、きっと。

これが、私にとって最後の感情爆発なのだろう。

心がゆっくりと死に行く音を聴きながら、私はそんなことをぼんやりと考えていた。



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第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』
天内裕太


★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その1 天内裕太

 

 少年は、ぼんやりと思案していた。

この星の歴史、なんてらしくもなく真面目な事柄について。

 中学3年生、受験期真っ只中である彼は、生まれてこの方、歴史の授業にはあまり真面目に取り組んだ試しがない。

だからと言って、彼は学業成績の悪い劣等生というわけでもなかった。

学校で定期的に行われていたテストや模試ではそこそこの点数は叩き出せていたし、何事も要領良くそつなく器用に、スマートにこなせるタイプなのだ。

ただ、少しばかり不真面目というだけで。

それでも今は、彼は不思議と歴史に想いを馳せていた。

 12年前の6月2日。

『平和の落日』と称されている地獄の日。

『Very old leader』――LOVEが北海道の釧路市に突如として現れて、散々殺戮と破壊の限りを尽くしたと言われている厄日。

当時北海道札幌市に住んでいた彼は、当たり前のように自らの身を守っていた平穏を享受していた。

今でも彼は、もし自分が幼少期に何かの間違いで札幌ではなく釧路に住んでいたら、と考えると背中の辺りがぞわぞわと悪寒で支配される思いに陥ることがある。

 彼が平和の落日の惨劇を遠い世界の出来事として受け止めた後も、LOVEは世界各地に出現して暴れ回るようになった。

やがて彼の身の回りの世界の平穏すらも脅かされるようになった頃、各国政府は立ち上がった。

LOVEを撃退する為に、5メートル級の人型ロボット兵器を開発したのだ。

 名前は、『フォビドゥンフルート』。

言葉の意味は、『禁断の果実』。

フォルムは女性的で、二人乗り仕様という少々変わった仕組みになっている。

それも、男性パイロットの『アダム』と女性パイロットの『イヴ』が二人一組になって胸部のコックピットに搭乗するというものだ。

アダムとイヴはコックピットの隣席に座り、アダムとイヴの片手が繋がれていないとフォビドゥンフルートは動作しない仕組みになっている。

イヴは機体と感覚を繋げ、同調し、全体的なシステムのコントロール・制御を担当。

アダムはイヴがコントロールしている機体のメイン操縦を担当する。

機体に加わるダメージはイヴに幻痛や不快感として直接伝わる為、アダムは常にイヴの身体のことを考えて機体を動かさなければならない。

更に、操縦が完璧に成立する為にはアダムとイヴの意識がぴったり同調することが必要。

同調数値が高ければ高い程、パイロット同士の心が通えば通う程、フォビドゥンフルートは戦闘能力を発揮することができる。

パイロットの片方だけでも感情が不安定になったり、信頼関係に亀裂が入ると機体は機能を停止してしまう。

また、トリガーとして、フォビドゥンフルートを起動する為にはまずアダムがイヴの身体の一部にキスをしなくてはいけない。

 そんな不可思議な構造のロボット・フォビドゥンフルートを擁する軍の部隊が各地で活躍することで、現在世界はLOVEの脅威に晒されつつもある程度は平穏を取り戻せていた。

地下には避難用のシェルターが存在し、有事の際は一般市民はそこにすぐさま避難することができるからだ。

 そこまで考えた所で、少年は小さく息を吐く。

真冬ということもあって冷えた空間に、その息は白を纏って空気に触れた。

 少年は、集中する為に、気持ちを切り替える為にぱちんと自分の両頬を軽く叩く。

黒髪に、血色を思わせる紅い瞳。

良く映える白い肌、細身ながらそこそこ筋肉の付いた男性的な体つき。

同年代の一般的な少女が見たらきゃあきゃあと騒ぎ出しそうな甘く整った顔立ち。

通っている中学校の制服である学ランを纏ったその少年は、鋼鉄製の狭い空間内に居た。

 目の前には、一点の光がちかちかと光るモニター。

一人乗りの席で、少年は頬から放した手でレバーを握り、アクセルを踏む。

彼はロボットのコックピットの中に居た。

と言っても、世間で英雄視されるフォビドゥンフルートの内部では無い。

彼が搭乗しているのは、フォビドゥンフルートのパイロット用の、軍が所有する一人乗りの訓練機だ。

 少年は、フォビドゥンフルートのアダムとして選出された存在だった。

13歳の時に、学校で行われた健康診断の内容からパイロット適性を認められ、本人の強い希望もあって軍に入った。

しかし、少年はLOVEの歴史も、フォビドゥンフルートの仕組みも、時々思い返さなければ思い出すことができない。

そもそも彼は、今まで一度たりともまともに正式なフォビドゥンフルートを動かしたことがない。

 何故ならば。

ーー彼には、関係ないからだ。

 

「おい! 聞こえてるのか天内裕太(あまうち ゆうた)! 指示に従え! 一人で突っ走るな! 訓練機でその速度だと――!」

 

 コックピットに内蔵された通信機越しに、中年男性の唸るように低い怒鳴り声が響く。

それを聴いて、少年はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

今のは軍の上層部からの通信だ。

通信内容ははっきりと少年に聴こえていた。

感度良好、少年の五感は全部正常。

しかし、天内裕太と呼ばれた少年は声に従う気などまるで無かった。

裕太は北海道稚内市に拠点を構える局地戦闘部隊に所属している。

彼は局地戦闘部隊に配属されてから一度も、上からの命令に従ったことがなかった。

 

「さーって……そろそろかな?」

 

 裕太はぺろりと舌なめずりをする。

まるで、獲物を前にした肉食獣のように。

 片足でペダルを踏めば、訓練機のアクセルがかかった。

途端にスピードが出て、調子が良くなる。

建造物等の障害物を素早く避けて、弾むような足取りで裕太は訓練機を前に、前にと進める。

モニターに表示されている、一点の光に向かって。

 光に近付くにつれ、裕太は自分の気分が高揚するのを肌で感じた。

自分は自分が思っているよりも遥かに子どもなのかもしれない、と裕太はふと思い立って苦笑を浮かべる。

と言っても、実際裕太はまだ15歳のほんの子どもなのだが。

 鼻唄でも歌い出しそうな程に上機嫌のまま、裕太はより速く、速くと乗っている訓練機のスピードを上げていく。

しばらくして、彼は光の正体を、目標を発見した。

廃ビルにぐるぐると蔦のように巻き付いている、黒い蛇の如き影。

それが、裕太が狙っていた目標――LOVEだった。

サイズは小型。

爬虫類を人より苦手とする裕太は、LOVEの禍々しさに不快感を露骨に示し、うげ、と舌を軽く出した。

 

「さーせーん、一般市民の避難って、もう済んでるんすよね?」

 

 裕太が通信機の向こうに、自分の行動を非難した軍の教官に問いかける。

自分は教官の言葉を散々無視しておいて、彼は一方的に自分の用件だけは済まそうとするのだ。

何とも自分勝手だ、と自分で自分がおかしくなって、裕太はまた笑った。

通信機越しで困惑したような声を上げる教官の名前を、裕太は未だに覚えてすらいなかった。

 

「済んでるが……って、おい! 天内! まさか貴様、いつものアレをまたやる気じゃ――」

 

「済んでるんすねー。あざーっす」

 

 望み通りの返答に満足して、裕太はすぐさま通信をシャットアウトする。

基地では今頃、教官が頭を抱えていることだろう。

その様子を想像すれば、裕太はまたしても笑い声を上げたくなった。

 ここからは、裕太の常套手段だ。

機体の右腕に握られていた巨大ランスの切っ先を何の迷いも無く蛇型LOVEに突き付ける。

それから、そのまま狩りをするかの如くランスをLOVEの胴体に突き刺した。

 LOVEが耳を塞ぎたくなる程に醜い、地獄の底から響くような咆哮を上げびちびちとその身体を跳ねさせる。

槍と言うより、銛で魚を射止めたような物だった。

 だが、まだ裕太は油断はしていない。

彼は知っていた。

今までパイロットとして潜り抜けてきた戦闘の中で、嫌と言う程思い知らされてきていた。

LOVEがこれぐらいの一撃で呆気なく屠られる程に弱い存在では無いことを。

だから。

 

「さーせーん! 天内裕太、脱出ポッド、勝手ながら使用させていただきまーす!」

 

 高らかに宣言してから、あ、と裕太は通信をつい先程自らの手で切ってしまっていたことを思い出す。

最早別に、誰にも申告する必要は無いのだ。

後は、いつも通りやるだけ。

 ふ、と口角を上げ、裕太は目の前の赤いボタンを押した直後、すかさず青いボタンを押す。

途端に裕太の目の前が真っ暗になった。

脱出ポッドに彼の身体が包まれたのだ。

続いて浮遊感、そして勢い良く落下する感覚。

スリルは満点、どこぞの有名テーマパークの絶叫マシンも顔負けだと裕太は太鼓判を押したくなる。

 そして裕太が、正確には裕太が入った脱出ポッドが路面に衝突した頃。

裕太は脱出ポッドの小窓から外を見渡し、裕太というパイロットを失ってもなお蛇型LOVEにランスを突き刺し悠々と立ちそびえる機体に向かって、指で拳銃を作るようなポーズをとって。

 

「はい、ばーん」

 

 裕太が人差し指をくいっと上に上げた瞬間。

先程まで、裕太が乗っていた機体が轟音と共に弾け飛んだ。

つまりは、爆発したのだ。

捕えていたLOVE共々。

 

「……へへっ。楽勝。ミッション、コンプリート。ってね」

 

 裕太はこつん、と脱出ポッドの扉を片手の拳で数回叩く。

そうして扉が開いた瞬間流れ込んできた空気は煙たくて、目の前の廃ビルは燃え盛る赤い炎に包まれていた。

 確かに今日も平和を守ることができた。

でも、教官にはまたいつものように怒られるだろうと思い立ち、どう逃げ延びるか裕太はしばし思案する。

LOVEを倒せたのだから、大目に見てくれてもいいのにとも裕太は思って、ぐ、と伸びをした。

 裕太がLOVEを退治する時にもっぱら使う手法は、機体の自爆である。

本来そんな無茶な作戦を実行するパイロットはいない。

何故なら、女性パイロット――イヴの痛覚がフォビドゥンフルートと同調していて、機体が爆散する、なんて真似になったらイヴに精神崩壊レベルの後遺症が残るからだ。

 しかし、今の裕太には関係が無かった。

裕太が先程まで乗っていた機体は正式なフォビドゥンフルートではなく、一人乗り用の訓練機なのだから。

 裕太はフォビドゥンフルートのパイロットだ。

でも、13歳で晴れて世界の平和を守る正義の味方になった、アダムである彼にパートナーのイヴは居ない。

裕太には、誰かと協力して勝利を手にする、なんて心理は良くわからなかった。

女の子を大事にする、気遣う、ということも裕太にとっては面倒な行為だった。

 裕太がLOVEと戦う理由は、たった一つ。

自分の存在を、自分だけの力で証明する為だ。

その為には、足手纏いのイヴなんて裕太には要らなかった。

裕太は、自分一人だけでLOVEを根絶やしにするつもりだった。

自分が生み出した炎を前に、裕太はぽつりと呟く。

 

「……オレは、オレなんだから」



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シンデレラ・コンプレックス

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その2 シンデレラ・コンプレックス

 

「また訓練機を駄目にしたな! 天内! しかも火事を起こすなんて……!」

 

 北海道稚内市の対LOVE局地戦闘部隊本部の説教部屋。

狭い室内のパイプ椅子に座りながら、少年・天内裕太はガミガミと直属の教官に怒鳴られていた。

教官は、鬼のような形相で裕太を見下ろしている。

それでも裕太は反省の色を1ミリも見せず、へらりと軽薄に笑うばかりだった。

それがますます、教官の怒りの感情を助長させる結果となる。

 

「さーせーん。でもLOVE倒せたんだから別にいいじゃないっすかー」

 

 頭の後ろで両手を組み、裕太は悠々と、飄々と言葉を発する。

教官の額に青筋がぴくりと立つのを見ても、裕太の態度は変わらない。

こんな光景は、局地戦闘部隊にとっては最早日常茶飯事となっていた。

 

「良くないんだよ! まったく、毎度毎度お前は……! パイロット適性値だけは高いと言うのに……お前みたいな問題児、初めてだ!」

 

 教官の怒鳴り声に、裕太は作り笑いを返すばかり。

これもいつものこと。

適当に聞き流し、適当にはいはいとやり過ごせばいい。

重く捉える必要は無い。

 自分は何一つとして間違ったことはしてないという自負が、裕太にはあった。

あのLOVEを倒せなかったら、もっと酷い惨状が生まれていたかもしれない。

訓練機を自爆させるのは確かにやり過ぎだったかもしれないという自覚くらいは裕太にもあったが、それくらいの攻撃力がないとLOVEは黙ってはくれないことも裕太は知っていた。

 しかし、裕太が乗っていたのが訓練機じゃなくて正式なフォビドゥンフルートだったのならば、爆発のダメージはパートナーのイヴに全て幻痛として襲い掛かる。

そうなれば、裕太のパートナーとなったイヴは只では済まないだろう。

裕太がフォビドゥンフルートに乗せてもらえない理由は、このパートナーを顧みない戦い方の所為だ。

パイロット適性を認められて二年、未だに裕太の前に彼のパートナーを買って出るイヴは現れていない。

 教官が長い長い溜息を吐き出し、剛毛気味の頭をがしがしと掻く。

筋骨隆々でがっしりとした体格の教官はそれだけで威圧感がある風貌を持っていたが、裕太は今まで彼に怯んだことは決してなかった。

 

「全く……天内藍司(あまうち あいじ)がお前くらいの年齢の頃は、もっと……!」

 

 唐突に耳に入った名前に、裕太の思考回路が一瞬で停止する。

裕太の表情筋が固まる。

へらへらと浮かべていた作り笑いが引き攣るのが、自分でもわかった。

 天内藍司。

それは、裕太の実兄の名前だった。

歳は裕太より10も上。

藍司は裕太と同じく、フォビドゥンフルートのパイロット・アダムだ。

もっとも、藍司には世界で初めてフォビドゥンフルートを起動させた男なんて箔が付いているのだが。

 13歳でパイロットに選出されて、LOVEを殲滅し続けて、『平和の落日』という絶望に支配されていた世界にある程度の平和と文化的な生活を再びもたらした英雄。

それが、天内藍司へ対する世間からの評価だ。

天内藍司のお蔭で、人類はLOVEの襲撃に怯えながらも、昔と同じように食事を摂ったり、学校に行ったり、働いたり、表面上は普通の生活を過ごせている。

 大人達は、昔から口々に裕太に藍司がいかに偉大な人物だったのか説いてきた。

いつだって、裕太は藍司と比較されてきた。

同一視され、勝手に失望される日々を過ごしてきた。

 それは、裕太の藍司に対する劣等感を、コンプレックスを刺激するには充分すぎる仕打ちだった。

裕太だって、人の何倍も努力してきたつもりだった。

天才なんかじゃない。

努力して、訓練して、がむしゃらに足掻いて、もがいて、今の天内裕太が居るのだ。

子どもの頃から志願し続けて、藍司と同じく13歳の時にようやく努力が実ってフォビドゥンフルートのパイロットに選出された。

 しかし、そこでも誰も裕太自身を天内裕太という一人の人間として見てはくれなかった。

誰も天内裕太を見ようとしない、天内藍司の弟しか見てくれない。

そんな環境に晒された裕太は、すっかり鬱屈した承認欲求と自己顕示欲の塊として育ってしまった。

 裕太にとって、藍司と比較されることは一番の地雷だ。

誰も自分を認めてはくれない。

だったら、自分だけの力で自分を認めさせなければいけない。

そう思い立って、裕太はたった一人で戦う道を選んだのだ。

 

「ちょーっと、失礼っ!」

 

 ふと、張り詰めた説教部屋の空気に場違いな、明るく弾む声が響いた。

それと同時に、ばたんと鉄製の扉が勢い良く開く。

 裕太が視線を音のした方に向けると、そこにはぶかぶかの軍服を着たやけに小柄な少年が立っていた。

あどけない顔立ち、ふわふわのオレンジ色の猫っ毛。

くりくりと大きな瞳は、あまりにも真っ直ぐに裕太と教官の姿を映している。

小学生くらいだろうか。

それなのに、どうして大人が着るような、パイロットを管理する軍の上層部が着るような軍服を彼が着ているのか。

裕太は不審に思い、流石に眉を僅かながら顰める。

 

「う、宇賀神さん!?」

 

 少年の姿を確認した途端、裕太に説教をしていた教官はパイプ椅子からひっくり返るように立ち上がり、少年に勢い良く敬礼した。

あまりにも珍しい光景に、裕太はぽかんと口を開ける。

『宇賀神』と呼ばれた少年はにっこりと屈託なく笑って、裕太に近付いて来た。

 

「よっす! 君が天内裕太くんだな! はじめまして!」

 

「……はあ……どうも」

 

 少年が裕太に躊躇いなく手を差し出す。

握手のつもりだろうか、と裕太はこの状況に戸惑いつつもその手を握る。

柔らかく、体温が温かい。

しばらくして少年は手を放し、裕太を見上げて来た。

 

「おれは宇賀神剛(うがじん ごう)! 対LOVE戦闘部隊北海道本部の司令官だよ! こう見えても、42歳なんだぜ?」

 

 宇賀神剛と名乗った少年の台詞に、裕太はぴしりと固まりそうになった。

42歳。

自分の父親でもおかしくない年齢だった。

だが、剛はひどく童顔で身長も150センチ程しかない。

アンチエイジング、なんてレベルでは言い表せない程に剛の姿は違和感の塊だった。

 自分らしくもなく困惑していることに気付き、裕太は少しばかりばつが悪くなった。

他人のペースに乗せられるなんて、自分の柄ではないのだから。

何故かすっかり委縮している教官を尻目に、剛はにこやかに裕太に向かって語り掛けて来た。

 

「おれはね、君を引き抜きにきたんだ! ほら、君みたいなすげーヤツが局地戦闘部隊所属なんて勿体ないじゃん? もっとさ、どかーんと派手な舞台で戦ってみたくない?」

 

 予想外の剛の言葉に、裕太は目を丸くした。

一方で教官は、飛び上がる程に驚いて、ひどく焦った様子で剛に意見する。

 

「冗談でしょう、宇賀神さん!? こいつを都会に送り出すなんて有り得ない! 今日の惨状も知っているでしょう!? もし札幌みたいな場所でこいつが暴れたらどれだけの建造物が!」

 

 だが、教官の必死の説得は、虚しいだけだった。

剛は、教官の言うことに一つも耳を貸さず、只真っ直ぐに裕太を見つめてくる。

気付けば、裕太もまた剛から視線を逸らせなくなっていた。

ひとしきり見つめ合ってから、剛は思い出したように身を乗り出して、裕太に問いかけてきた。

 

「あ、でも裕太くん。一個だけちょい聞かせて? 君さ、どんな女の子がタイプ?」

 

 突拍子もない質問に、裕太は少々呆気に取られる。

女の子の好み。

それはパートナーとしての、イヴとしての理想なのか。

それとも、純粋に異性の好みなのか。

疑問はあったが――答えは割と、すんなり出てきた。

 

「……王子様、みたいな人」

 

 裕太の言葉に、しん、と場が鎮まる。

剛が、栗色の大きな瞳をまんまるにして裕太を見つめた。

それでも、裕太は恥ずかし気もなく、只ひたすらに自分の理想を語った。

 

「颯爽と現れて、退屈なオレの世界を変えてくれるような……そんな、理想の王子様みたいな人を、オレは、ずっと求めてます」

 

 言うなれば、お姫様願望。

シンデレラ・コンプレックス。

それは、普通は少女が理想の男性を求めて抱える願望だ。

だけど、その願望は天内裕太という少年にもあった。

胸がきゅんと鳴るような、甘い恋がしてみたい。

少女漫画で見るような、運命的な出会いをしてみたい。

勿論相手は女性だ。

シンデレラ・コンプレックス持ちの裕太と言えど、流石にそっちの趣味までは無かった。

誰も自分を見てくれない息が詰まるこの世界から自分だけを救い出してくれる白馬の王子様みたいなヒロイン。

そんな物に、ずっと裕太は恋焦がれてきた。

元々裕太は年頃の少年にしては珍しく、少女漫画や恋愛ドラマといった乙女チックな物を好む傾向にあった。

女の子みたいな物に憧れるのは、男性としてあまりにも完璧すぎた実兄・天内藍司へのコンプレックスなんて物も少なからずあるのだろうと裕太は自分では分析している。

 裕太は、剛の返事を待った。

恐らく剛は、自分の言葉を聞いて引くだろう、と僅かな緊張も胸に秘めながら。

それでも剛はあざとく首を傾げて、無邪気に笑うだけだった。

 

 

「そっか!」

 

 それだけの反応。

あまりにも自然に自分の好みを受け入れられて、裕太は少々拍子抜けしてしまう。

そんな裕太に、剛は更なる言葉をぶつけてきた。

 

「じゃあさ、王子様を求める裕太くん。これは知ってる?」

 

「……なんすか?」

 

 そして、剛は裕太の目を真正面から見つめて言った。

はっきりと、自信を持って。

その唇の動きが、何故か裕太の目にはスローモーションに映った。

 

「愛情を知ったモン同士が乗るフォビドゥンフルートは、無敵なんだぜ?」



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王子様との出会い

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その3 王子様との出会い

 

 桜が、あまりにも綺麗に咲き誇っていた。

裕太は携帯電話を掲げ、カシャッと音を立てて桜並木の写真を撮る。

雲一つ無い青空に桜色が映えて美しかったから、さらにもう一枚。

裕太はこういう綺麗な物や、可愛らしい物が好きだった。

胸がきゅん、と甘く高鳴る気がするから。

 携帯電話の画像フォルダをタップして、写真の出来栄えに満足して裕太は僅かに口元を緩める。

そこで、こんなことばかりしていては流石に遅刻するかと裕太は思い直す。

初日から遅刻は、きっとまずい。

そう思って、裕太は少しばかり駆け足で、ペースを上げて、今日から自分が入学することになる高校へと向かった。

 雪月(せつげつ)高校。

急に進学先が決まったものだから、正直高校の情報は裕太にとってはかなり曖昧な物だった。

 裕太はあの日、対LOVE戦闘部隊北海道本部司令官を名乗る宇賀神剛の誘いに乗った。

LOVEの出現頻度が今までより多い場所で戦うスリル、憧れのフォビドゥンフルートに乗れるかもしれないという高揚感。

もっともっと戦うことができるのならば、自分の強さを、力を、存在を、自分だけの名前を証明できるかもしれないという強い期待。

そんな誘惑だらけの条件は、裕太にとってはあまりにも甘美で、呑む以外の選択肢は無かった。

 只、地方住まいだった裕太が突然札幌のような都会で暮らすことになるのは流石に少し困った。

幸い雪月高校の学生寮暮らしが決まったのだけれども、新しい生活に不安が全く無いわけではない。

部隊の基地は札幌にあるのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 子どもの頃は、裕太だって札幌に住んでいた。

しかし、いつからか息苦しさを覚え、小学5年生辺りから親戚の家を頼ってこれまで稚内で暮らしてきたのだ。

もう、『ほとぼり』も冷めていればいい。

涼しい顔をして走りながら、裕太は胸の奥で必死に懇願していた。

 とん、とん、と軽い足取りでアスファルトの地面を蹴って、裕太は校門を潜る。

足の速さと運動神経には、自信があった。

 昇降口の所で、靴袋を取り出し、内履きを引っこ抜く。

雪月高校の靴は学年ごとにカラーリングが決められていて、1年生は赤いラインが入っている。

ラッキーだ、と裕太は密やかに口角を上げた。

有名な童話・『赤い靴』を彷彿とさせて、童話等にロマンを感じる裕太からして見れば、少しだけ気分が高揚するからだ。

 靴を履きながら、裕太は赤い靴のあらすじを脳裏に過ぎらせる。

そう言えば、踊り狂って最後は足を斬られるというなかなかに怖い話だったと。

どこかの子供向け絵本だと、赤い靴はヒロイン・カーレンのデザインが可愛いと評判が良かったな、とまで思考回路が脱線したところで。

 

「あ! もしかして君が天内藍司の『弟』!?」

 

 スニーカーを指定の靴箱に放った瞬間、そんなテノールがきん、と昇降口に響いた。

一瞬にして、ずしん、と頭の中に重い石が落ちてきたような感覚に襲われ、裕太の表情から笑顔が消える。

 ――『ほとぼり』が、全く冷めていない。

それは裕太にとって、一番恐れていた事態だった。

いきなり最大の地雷を踏まれてしまった。

どんな表情を浮かべていいのか、わからなかった。

自分に声をかけてきた男子生徒の顔は、まともに見ることすらできなかった。

 そうやって、只々立ち尽くしていたのが間違いだった。

気が付けば裕太は、大勢の生徒に囲まれていて。

 

「うそ! 天内藍司ってあの『英雄』でしょ!? 弟が雪高に来るってほんとだったんだ!」

 

「これで札幌の平和は約束されたも同然だな!」

 

「お前もフォビドゥンフルートに乗るんだろ!? やっぱ兄貴みてえに強いの!?」

 

「あの人の弟だもんな、期待してるぜ!」

 

「やだ、結構かっこいいじゃん! テレビで見た天内藍司もイケメンだったし、やっぱり血!?」

 

 生徒達の口々から、身勝手な感想が紡がれていく。

彼らの声が耳に届く度に、裕太の心には真っ黒なインクが落ちて、染みが広がっていくような感覚に襲われる。

自分の全てが、心ごと真っ暗闇に突き落とされていくような思いだった。

 やめて欲しかった。

自分は、自分だ。

兄がどうとかなんて、関係ない。

自分にはちゃんと、『天内裕太』という名前がある。

どうして誰も、自分のことを裕太という名前で呼んでくれないのか。

自分は、『オトウト』なんて名前ではない。

自分が強い理由に、兄は関係が無い。

戦闘シミュレーションを毎日毎日血反吐を吐くレベルで何度も何度も繰り返したり、実戦で鍛えたから、今の自分が居るというのに。

血とは、何か。

それは冗談で言っているつもりだろうか。

だとしたら、全く笑えないつまらない寒い冗談だ。

 ――何で。

何で、どうして、誰も自分のことを見てくれないのだろうか。

裕太は俯いたまま、確かに絶望する。

だから、札幌は嫌いだった。

天内藍司が生まれ育った街だから、嫌でも藍司の噂が纏わりつく。

だから、自分は逃げ出したのに。

どうして自分は、いつまで経っても兄の呪縛から逃れられないのだろう。

 裕太は、黙ったままスニーカーを靴箱の奥に乱暴に押し込む。

俯いて、自嘲気味に笑ってから、裕太はその場から逃げるように駆け出した。

感じの悪い人間だと思われるかもしれなかったが、もう全てがどうでも良かった。

自分を英雄の弟としか見ないような相手にどう思われようが、もう、何でもいい。

 中途半端に履いた赤い靴を引きずって、裕太は走って、走って、ひたすらに走った。

後ろの雑音をなるべく頭に入れないように、早くこの窮屈な世界から抜け出す為に。

それが、いけなかった。

 

「危ない!」

 

 それは、誰の声だったか。

最初に裕太に声をかけた男子生徒の物だったのかもしれない。

 危ない。

何が。

いっぱいいっぱいだった裕太の頭に、疑問符が浮かぶ。

それは、階段を大分駆け上がった頃に聴こえた声だった。

 あれ、と裕太は違和感に気付く。

世界が、確かに傾いていた。

後ろから何かに引っ張られるような感覚。

 ああ、そうか、と裕太はどこか冷静な思考回路で考えた。

靴を中途半端に履いていたから、それで走ってたから、うまく階段を登れなくて。

自分は今、落ちているのだと。

階段から落ちたら、痛いのだろうか。

流石に頭を打ったら命に関わるのだろうか。 

でも、まあ、何とかなるかも――。

 なんて、楽観視して、目を閉じてひたすら衝撃に備えていたら。

裕太の腕が何者かにぐいっと強く引っ張られ、バランスを崩していた身体を引き寄せられた。

少しばかり身体が浮く感覚。

ぽすん、という音がした。

覚悟していた衝撃は来ない。

代わりに、何かに包み込まれるような優しい感触があった。

誰かに、受け止めてもらえたらしい。

 裕太はゆっくりと目を開ける。

その時、彼は確かに驚愕した。

受け止めてもらえたどころの騒ぎでは、なかったのだ。

 

「……は……?」

 

 思わず、裕太の口から間抜けな声が洩れた。

結論から言うと、裕太はお姫様抱っこをされていた。

ジト目気味の青い瞳と、裕太の赤い瞳がばちっと合い、視線を交差させる。

 肩まで伸びた栗色の、さらさらとしたボブショート。

前髪を纏める星型の黄色いヘアピン。

両頬に点在する可愛らしいそばかす。

 さらに結論を言うと、裕太は。

140センチ程の小柄な女の子に、お姫様抱っこをされていたのである。

 あまりの状況に、裕太は言葉を失う。

なんと、言ったらいいのだろうか。

なんて、言ったらいいのだろうか。

至近距離に、その少女の顔がある。

感情が、全くもって追いつかない。

 見ると、少女は制服の上に緑色のジャージを着ていた。

雪月高校はジャージも靴と同じく学年ごとに色が違う。

緑は確か、2年生の色だ。

となると、この少女は裕太にとっては上級生ということになる。

こんなに小さいと言うのに。

そもそも、何故こんなにも小さな少女が自分を軽々と抱き上げているのだろうか。

 

「……あの」

 

 裕太の声が、震えた。

 

「……なんで?」

 

 それが何に対するなんで、なのかは裕太自身にもわからなかった。

小さな先輩は、無表情のまま呟く。

 

「私、60キロまでは持てるから」

 

 どれだけ怪力なのか、と裕太は一瞬驚愕する。

少女があまりにも男前すぎて、裕太はまたしても言葉を失った。

それでも、またしばし見つめ合ってから裕太はぽつりと呟く。

 

「……オレ、61キロあるんすけど」

 

 いやいや、自分も自分でそこではない。

裕太はとうとう自分にまでツッコミを入れたくなった。

でも、頭が上手く回らない。

小さな先輩は、少し首を傾げて、何か考える素振りを見せてから言った。

 

「じゃあ、私、きっと強くなったんだと思う」

 

 もう、どこから突っ込めばいいのか。

裕太の頭は完全に混乱していた。

それでも、何とか我に返ろうとする。

まず、自分は彼女にお礼を言うべきではないのかと。

そこで、口を恐る恐る開いた瞬間。

 

「白砂(しらすな)、すっげー! 天内藍司の弟をお姫様抱っことか、さすがじゃん!」

 

 今度こそ、それは裕太に最初に声をかけてきた男子生徒の声だとわかった。

理解できた。

また、心臓の辺りが黒い靄で覆われる。

胸が苦しい。

だから、そういうのはやめて欲しいのだ。

 急に、『白砂』と呼ばれた小さな先輩に触れられている箇所全てが、一斉に不快感を訴えた気がした。

ギャラリーが、またしても好き勝手に騒ぎ出そうとする。

 やめろ、やめてくれ。

本当なら、そうみっともなく叫び出したい気持ちでいっぱいだった。

白砂の手を振り払ってでも、また逃げ出そうとした時。

 

「……別に」

 

 白砂の、静かな、凛とした澄んだ声が雑音だらけの空間に響いた。

 

「誰が誰の弟だとか、そういうの、興味ないし意味ない」

 

 白砂は、裕太の瞳を真っ直ぐに見つめながら、そう言った。

はっきりと、言ってのけたのだ。

 がつん。

裕太の頭を、ハンマーか何かで強く殴られたような衝撃が襲った。

裕太の心臓に、何かが突き刺さった。

例えるなら、弓矢の矢。

いや、そんな生易しい物ではなかった。

散弾銃で、容赦なく撃ち抜かれたようなものだった。

ズタボロになった心臓を、ぎゅうっと掴まれてとどめを刺される。

体温が、急上昇する。

それに伴い、顔が赤くなる。

 白砂が、裕太の身体をそっと降ろす。

それから、全てに興味がなさそうに白砂はすたすたと早足で階段を登って行った。

 裕太はその背中を、ぼうっと見つめていた。

白砂の揺れる短い後ろ髪を、ただひたすらに見つめていた。

 もう、群衆の雑音は完全に裕太の世界からシャットアウトされていた。

頭の中で、ただ白砂の先程の台詞が壊れたように繰り返し繰り返し、エンドレスで再生されている。

 嘘だろう。

裕太は、思わず唖然とした。

こんなに、呆気ない物だったなんて。

こんなシチュエーション、あまりにも出来過ぎている。

完全に、自分の心が『白砂さん』の物になった感覚。

 見つけた。

見つけてしまった。

自分の、理想の王子様を。

赤い靴かと思っていたそれは、シンデレラのガラスの靴だったのかもしれない。

 天内裕太、15歳。

微塵も、そんなつもりで高校生活に思いを馳せていたんじゃないのに。

 ――恋に落ちたのが、はっきりとわかってしまった瞬間だった。



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恋情大暴走

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その4 恋情大暴走

 

 白砂さん。

白砂さん、白砂さん、白砂さん。

下の名前も知らないのに、この『白砂』というワードは天内裕太の心と脳に深く深く刻み込まれた。

白砂と出会って、うっかり恋に落ちて。

ぼんやりした気持ちのまま自分の教室に行って、ぼんやりと自己紹介をして、ぼんやりと入学式に出て、ぼんやりと学生寮の自分の部屋に辿り着いた頃。

他に、寮にどんな人々が住んでいるのかも確認せず、完全に使い物にならなくなった裕太にとあるメールが届いたのは、入学初日の夜7時頃。

 

『まだ学校に慣れていないだろうから、数週間はフォビドゥンフルートのことは気にせず高校生活を謳歌したまえ!』

 

 それは、北海道部隊司令官の宇賀神剛からのメールだった。

まだ部隊の基地にも挨拶をしに行かなくても良いらしい。

そんな能天気なことでいいのだろうか、と裕太は少し首を傾げる。

北海道部隊の隊員がどれくらいの戦力なのか、裕太はまだ何も知らない。

自分がのうのうと過ごしているうちにLOVEが現れても対処できるくらいには強いのだろうか。

 と、言っても。

裕太は長い溜息を吐き出し、先程まで弄っていた携帯電話を放って、自室のベッドにどさりと倒れ込んだ。

今の自分では、絶対に戦力になんてならないだろう。

今の自分は多分、白砂という一人の少女のことしか考えられないのだから。

下の名前だけでも訊いておけば良かった、なんてそんな後悔ばかりがぐるぐると脳を支配する。

自分はもう、恋する乙女なんて馬鹿にはできないなと裕太は天井を仰ぎながら苦く笑う。

 白砂にとっては、何気ない一言だったのかもしれない。

自分が誰の弟でも、興味がないと、意味がないと彼女は言った。

だけれど、その言葉は、天内裕太にとって確かに救いだった。

 もしかしたら。

もしかしたら、白砂と言うあの先輩だけは、自分を、天内裕太としてのただの自分を見てくれるんじゃないか。

そんな期待を込めて、裕太はゆっくりと目を閉じ、浅い眠りについた。

その日の夢には、恐らく白砂が出て来たのだと思う。

 

 

 

 

 朝、登校して、自分の席に雑に鞄を置いてから、裕太は2年生のフロアに足を向けた。

廊下を隅々まで見回して、教室を一つずつ確認して。

白砂は小柄だし、ジャージを着ていたし、すぐにわかると思った。

事実、三つ目の教室に差し掛かった所で――彼女を見つけた。

あの涼しげな横顔は、陽の光に反射する黄色い星型のヘアピンは。

裕太が恋をした、白砂という少女だった。

 白砂は、ノートを机に広げ、教科書を黙々と読んでいる。

恐らく、授業の予習をしているのだろう。

真面目な人なんだろうか、と裕太は白砂の人物像に思いを馳せる。

 裕太は惚けたように、白砂の横顔に夢中になってしまう。

そんな裕太の視線が、あまりにも熱かったからだろうか。

白砂が、不審に思ったのか裕太の方に顔を向けた。

どきん、と裕太の心臓が勢い良く跳ね上がる。

白砂は、無表情のまま席を立ち、裕太に近付いて来た。

 白砂に見上げられて、裕太は柄にもなく緊張するのがわかった。

近くで見ると、本当に白砂は背が小さい。

裕太より30センチは背が低いと思う。

それなのに、凛としたこの格好いい佇まいは何なんだろう、と裕太は疑問に思う。

それに、至近距離で見ると本当に白砂は可愛らしい顔立ちの持ち主だった。

 かっこいいのか、可愛いのか。

結局のところ、自分が彼女に対して何を言いたいのかまるでわからない。

 

「何か用?」

 

 裕太の好きな声が、裕太の耳に届く。

 

「誰かに用事?」

 

 声も出せない裕太へ対する白砂の質問が、変えられる。

 

「……あ、えと、その、白砂さんが」

 

 しどろもどろになる裕太に、白砂は首を傾げる。

 

「私が、何」

 

「いや、あの……何、してんのかなって」

 

 顔を真っ赤にしつつある裕太に、白砂は淡々と告げた。

 

「普通に、授業の準備してるんだけど」

 

「……あ……そうすか」

 

 撃沈。

ばっさりと、会話終了。

裕太は本来饒舌で口が上手く、喋るのは得意な筈だった。

なのに、恋心を抱いている少女を相手にするとこんなにも上手く行かないなんて。

 それでも何とかもっと、少しでも会話を続けたくて裕太が口を開いた時、無情にもチャイムが校内に響き渡った。

白砂は身を翻して、裕太から離れて行く。

裕太はまたしてもその背中を見つめることしかできなかった。

 2年C組。

白砂のクラスがわかった。

今はそれだけでいいことにしよう、と裕太は必死に自分で自分を納得させる。

だけど、下の名前だけでも訊いておけば良かったと、心底後悔はしていた。

 

 

 

 

 明くる日も、また明くる日も。

裕太は白砂という少女を学校で探し続けた、求め続けた。

 

「白砂さん、それ教材っすか? オレ持ちますよ!」

 

「平気。私、力結構あるから。それは君が一番良くわかってるでしょ」

 

 撃沈。

会話終了。

けれど、裕太の存在を白砂が覚えていてくれた。

その事実は、素直に裕太の心を弾ませた。

 

「白砂さん、どこ行くんすか? あの、もし良かったらオレも一緒に――」

 

「女子トイレだから、ついてこないで」

 

 撃沈。

 

「白砂さん、昨日のドラマ見ました? ほら、あの三角関係が――」

 

「あんまりそういうの、興味ない」

 

 また撃沈。

それで。

 

「白砂さんっ!」

 

 今日は、購買で白砂を見かけた。

チョコデニッシュを手に、白砂は裕太を見上げる。

相変わらずの無表情。

でも、裕太は彼女のそういう所が好きだった。

ぎゅ、と裕太は自分の制服の裾を片手で掴む。

本当にらしくもなく、勇気なんかを貰う為に。

 

「今から、昼飯っすか?」

 

「そうだけど」

 

「……あの」

 

 言わなくちゃ、いけない。

今の状況は、絶対に自分にとってチャンスなのだから。

そうして、裕太は勇気を振り絞って告げた。

 

「オレと一緒に、食べませんか」

 

「他の子と約束してるから、無理」

 

 撃沈。

ここまでばっさり断られると、いっそ清々しい。

乾いた笑いと、深い溜息が裕太の口から無意識の内に洩れてしまった。

白砂は、そんな裕太を真っ直ぐに見つめて。

 

「何か、相談事?」

 

「え」

 

 予想外のことを訊かれ、裕太は固まる。

これって。

これって、もしかして。

本当にチャンスなのではないだろうか。

驚いているのか嬉しいのかも良くわからないままに裕太がこくりとぎこちなく頷くと、白砂は友人らしき、これまた小柄でおとなしそうな少女へと向かって行って。

二言三言その少女と会話を交わして、やがて裕太の元へ戻って来た。

 

「お待たせ」

 

 無表情で、淡々とそう述べられて。

自分は、もう今日死んでもいいかもしれない。

うっかり裕太は、そんなことすらも思ってしまった。

もう、恋愛脳と言われようが、何を言われようがどうでも良かった。

なりふりなんて構っていられなかった。

只々好きなだけだった、白砂という少女のことが。



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告白

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その5 告白

 

「いただきます」

 

「い、いただきます」

 

 白砂と裕太は、購買のパンを抱えて屋上へとやって来た。

屋上に行こうと提案したのは、裕太からだ。

幸い今日は晴れだったし、屋上なら誰かに邪魔をされる可能性も少ないのでは、と考えた結果だった。

目論見通り屋上に人気はなく、裕太は無事に白砂と二人きりで昼休みを過ごせることになった。

夢みたいだ、と裕太は喜びを全身で噛み締める。

どきどきと、心臓が甘く、どこまでも甘く高鳴っていた。

白砂はそんな裕太の気持ちなど知らず、その場に座り込むとぴりっとチョコデニッシュの袋を破って呟いた。

 

「それで?」

 

「へ」

 

「何を、相談したいの?」

 

 その言葉に、あまりの嬉しさにぼうっとしていた裕太は慌てて我に返る。

白砂と昼休みを過ごせるというシチュエーションに目が眩むばかりで、相談事の内容を全く考えていなかったのだ。

そんな物は建前で、只彼女と一緒に昼食を食べたかっただけだと言っては、怒られてしまうだろうか、と裕太の心に焦りが生じる。

白砂は、自分なんかとではなく友人であるあのおとなしそうな少女と昼休みを過ごそうとしていたのだから。

裕太が言葉を探している中、白砂は袋からパンを取り出しじっと青い瞳を裕太に向ける。

 

「君、1年生でしょ。学校に慣れなくて困ってるとか?」

 

「あ……はい、まあ、そんな感じ、っす」

 

 嘘は、言っていなかった。

裕太には、まだ友達が居ない。

教室に居れば誰もかれもが兄である天内藍司のことばかり聞いてきて鬱陶しいから、裕太は毎日白砂のことだけを追いかけているのだ。

 

「別に、無理して全員と仲良くする必要なんてないんじゃないの」

 

「へ」

 

「私だって、まともに話せる人間、衣笠(きぬがさ)しかいないから」

 

「キヌガサ?」

 

「さっき、私が話してた小さい子」

 

「ああ……」

 

 『白砂さんも、小さくて可愛いっすけどね』。

とは、言わないでおいた。

裕太は必死で言葉を喉の奥に飲み込む。

身長のことに触れると、怒られそうな予感がしたからだ。

彼女にだけは、嫌われたくない。

白砂が、チョコデニッシュを一口齧ってから告げる。

 

「自分が理解してほしいって思ってる人間にだけ理解してもらえれば、それでいいんじゃない」

 

 それはそうだと、裕太も思った。

今の裕太は、白砂にさえ認めてもらえれば、それだけで良いのだから。

それだけで、裕太の全ては救われる。

あまり白砂ばかりに喋らせるのも申し訳ないと思い、裕太は気になった事柄を白砂にぶつけてみる。

 

「……白砂さん」

 

「何?」

 

「オレのこと、『君』って呼んでますけど……オレの名前わかってます?」

 

「わかってない。興味ないから」

 

 撃沈。

これは裕太にとってはかなりのショックだった。

いや、でも、これから知ってもらえればいい。

そうやって、何とか前向きになろうとする。

 

「……あの、オレ、天内裕太って言います」

 

「そう」

 

 本当に興味なさそうに、白砂はもう一口パンを齧る。

その素っ気ない態度にうちのめされつつも、裕太は彼女が自分をいつか『裕太』と名前で呼んでくれるのを期待していた。

それから。

 

「白砂さん」

 

「今度は何」

 

「……天内藍司って、知ってますか」

 

 これを訊くのに、裕太は少し躊躇ってしまった。

だけど、これを確かめておかないと、裕太はこの気持ちを確かな物にできない。

だから。

これは、どうしても必要な質問だったのだ。

白砂が淡々と応える。

 

「知ってる。史上初、フォビドゥンフルートを動かしたアダム」

 

「そいつが、オレの兄だってことは?」

 

「知ってる。入学式の日、周りが騒いでた」

 

「……天内藍司のこと、どう思ってます?」

 

 裕太は思わず、恐怖で震えた。

どうしようもなく、心臓がばくばくする。

先程まで感じていた甘ったるい胸の高鳴りが嘘のようだった。

気持ちの悪い汗が項を伝う。

 本当に、彼女に出会ってからの自分はどうかしてしまったようだった。

もっと自分は余裕のある人間だとばかり思っていたのに。

白砂という少女の前だと、そういうのが全部崩れて、壊れてしまう。

やがて白砂は、裕太の目を真っ直ぐに見て言った。

 

「私達の今の生活を確立させてくれた恩人。感謝してる」

 

「……それだけ?」

 

「それだけ」

 

 拍子抜け、だった。

それでもまだ不安で、裕太は更に彼女に問い詰める。

 

「オレがその天内藍司の弟だってこと、どう思ってます?」

 

「どうも、思ってない」

 

「……いや、なんかあるでしょ。例えば兄が凄いから弟も凄いのかな、とか、自分達を守ってくれんのかな、とか」

 

「どうとも、思ってない」

 

 白砂が、またパンを齧る。

そして。

 

「君がフォビドゥンフルートに乗っても乗らなくても、その力で誰かを守っても守れなくても、結果を出したのは君でしょ。頑張ったか頑張らなかったのかは君の問題でしょ。兄は関係ないんじゃないの」

 

 裕太の心臓が、どくんと一際大きく脈打った。

胸を支配していた恐怖が、晴れていく。

曇っていた心に、光が差し込むようだった。

それは、まるで、雨上がりに虹がかかったようで。

天内裕太の全てが、肯定されたも同じだった。

 何で。

どうして自分は、彼女ともっと早くに出会っていなかったのだろう。

いや、違う。

自分はきっと、彼女と出会う為だけに生まれてきたのだ。

駄目だと思った。

好きだ。

自分は彼女のことが、本当に好きだ。

やっぱり自分は、この人でなければ駄目なのだと、裕太は痛感していた。

 

「白砂さんっ!」

 

 つい、裕太は声を張り上げてしまった。

その勢いのまま立ち上がって、裕太は白砂を見下ろした。

白砂は、眉一つ動かさず裕太を見上げている。

 

「白砂さんの、フルネーム、教えてください」

 

「……白砂桐(しらすな きり)」

 

 桐。

桐さん。

素敵な名前だ。

綺麗な名前だ。

好きだ。

その名前も、文字列も、語感すらも好きだ。

 

「……桐さん。白砂桐さん」

 

 ぎゅ、と裕太は両の手のひらに爪を立てる。

緊張する。

こんなのは、初めてのことだった。

でも、言いたい。

言いたい言いたい言いたい。

今、言いたくて言いたくて仕方がない。

自分は、白砂桐という少女のことが。

 

「桐さん、好きです。オレと、付き合ってください!」

 

「嫌です」

 

「早っ!?」

 

 ちょっと待って!

と、叫びたくなるぐらい心臓が暴れ出すのがわかった。

いくら何でも、早くはないだろうか。

普通もうちょっと迷ったり動揺しないものだろうか。

自分はそこまで魅力が無いのだろうか。

自分で言うのも何だが、顔は悪くないつもりだ。

裕太は傍から見れば情けない程、桐に縋りつくように声をかける。

 

「オレのこと、嫌いっすか!?」

 

「別に、天内のことは嫌いじゃない」

 

「オレが年下だからっすか!?」

 

「そういうのも、どうでもいい」

 

「じゃあ、何で!?」

 

 いつの間にか、桐が手にしていたチョコデニッシュは最後の一欠片まで食べ終えられてしまっていた。

桐が、ゆっくりと立ち上がる。

いつものように、真っ直ぐに、裕太の瞳を表情を少しも変えないまま見据えて。

 

「私、恋愛とか、そういうの、興味ない」

 

 昼休み終了の予鈴が鳴る。

それは、裕太にとっての戦いの終了を報せるゴングのような物だった。

 

「ごちそうさま」

 

 それだけ言って、桐は屋上を後にする。

裕太は一人、その場に取り残されて。

がくん、と膝から崩れ落ちてしまった。

苦しかった。

ここにきての失恋は、あまりにもきつかった。

でも。

でも、別に自分のことが嫌いというわけでないなら。

桐が恋愛に興味がないだけなら。

自分が、興味を持たせればいいだけの話ではないのだろうか。

ぐ、と裕太は右の拳を握り締める。

そのまま拳を、天に掲げて。

 

「……っ、絶対! 振り向かせてやるからなーっ!」

 

 青空に叫んで、裕太は闘志をめらめらと燃やす。

こんなに何かに熱くなったのは久しぶりのことだった。

その心が燃え盛る音は、この恋がまだ終わっていないということをありありと示していた。



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リーダーの心労

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その6 リーダーの心労

 

 神名清文(かみな きよふみ)、20歳、花鳥(かちょう)大学法学部3年生。

それが、青年の基本設定。

神名清文、20歳、対LOVE戦闘部隊北海道本部隊長。

それは、青年の特殊設定。

 パイロット選出時の年齢は15歳。

清文が高校1年生の頃だった。

パイロットとしての適性値の高さは、そこそこ。

精神面の強さ、作戦遂行能力、状況判断能力等を買われて部隊のリーダーを命じられている清文だったが、正直誰かが代わってくれるものなら代わってくれと叫びたい気持ちでいっぱいだった。

けれども、北海道部隊の中でリーダーをやりたがるお馬鹿な少年達にはいどうぞ、なんてノリでリーダーを任せてしまえばどんな惨状になるか清文は容易く想像できるので、頭が只々痛くなる思いだった。

 なんだって、北海道部隊の隊員は一癖も二癖もある連中ばかりなのだろうか。

そう嘆く思いを込めて長く溜息を吐き出すと、清文はぱらぱらと捲っていた資料をリビングのローテーブルの上に放った。

それから、銀髪に染めた頭をがしがしと掻く。

普段からリーダーとして苦労することが多く、大学の友人から『白髪増えそうだよね』と悪気無く言われたことが心に刺さり、開き直って、社会人になるまではこの色に染め続けることに決めていた。

只でさえ目つきの悪い眼を細め、清文は一人暮らし中のアパートで、185センチもある身体をソファに投げ出す。

 視線の先は、先程まで目を通していた資料。

北海道部隊における新入隊員の天内裕太について書かれている資料だった。

 天内裕太。

『英雄』・天内藍司の実弟。

兄と同じく13歳の若さでパイロットに選出され局地戦闘部隊に仮配属されたはいいものの、身を顧みない攻撃的な戦法から彼のパートナーを務めるイヴは結局現れなかったらしい。

中学生活最後の一年間なんか、一人乗りの訓練機を駆り出してLOVE相手に自爆を繰り返すとんでもない問題児だったそうだ。

 清文は頭痛を覚え、額を片手で押さえる。

どうしてこう、司令官の宇賀神剛は変わった人材ばかりを北海道部隊に連れて来るのだろうか。

またリーダーの自分の負担が大きくなりそうで、ずきずきと頭が痛む。

ただでさえ、アクの強い北海道部隊をまとめるのは骨が折れると言うのに。

 両手で頭を抱えたくなって、少し項垂れて。

ややあってソファから身を起こし、歩を進めて清文は冷蔵庫を開けた。

そろそろ司令官の剛が天内裕太を基地に連れて来る頃合いかもしれない、と清文は思案する。

フォビドゥンフルートに裕太が乗るとすれば、空きがある機体は『ドッグウッド』という名前の純白の機体しかない。

しかし、ドッグウッドはフォビドゥンフルートの中でもかなり特殊な機体だ。

それに、ドッグウッドのイヴは――。

 

「キヨちゃん、だーめ。昨日もサークルの飲み会だったんでしょ? 飲み過ぎは体に悪いよ?」

 

 突然清文の背後から、鼓膜を擽るソプラノが聴こえた。

 

「おー……」

 

 生返事をして、清文は手にしていたビール缶を、自然と冷蔵庫に戻す。

戻した、所で。

 

「……って、うおわああああああああ!?」

 

 気配を感じて振り返って、清文は野太い悲鳴を上げた。

冷蔵庫を乱暴に閉めて、後退って、背中が閉めたばかりの冷蔵庫にぶち当たる。

 清文の目の前には、にこにこと満面の笑みを浮かべている、長い桃色の髪をツーサイドアップに纏めた、フェミニンなワンピース姿の美少女が立っていた。

清文は彼女を知っている、良く知っている、知り過ぎている。

毎日毎日、嫌でも知る羽目になる。

何故ならこの少女は、清文の行く所行く所に必ずと言っていい程に現れるのだから。

 清文は恐怖を必死に押し殺し、全力で少女に向かって怒鳴った。

それでも、青い顔だけは隠せもしなかったが。

 

「なんっで、てめえがここにいんだよ! 桃坂!」

 

「来ちゃったー」

 

 少女はえへへ、と嬉しそうに笑う。

見る者が見ればときめいてしまいそうな程に魅力的な笑顔だったが、生憎清文には通用しなかった。

 

「来ちゃった、じゃねえよ! てめえいい加減にしねえと警察呼ぶぞ!」

 

「キヨちゃん、今日もかっこいいね!」

 

「話を聞け!」

 

 今度こそ頭を抱えて、清文は溜息を吐き出す。

少しでも少女から離れたくて、清文はよろよろとその場から移動した。

 少女の名前は、桃坂恋花(ももさか れんか)。

歳は清文の一つ下。

花鳥大学経済学部2年生。

清文のフォビドゥンフルート搭乗におけるパートナー、つまりはアダムである清文にとってのイヴである。

 更に特筆すべきは、恋花が清文のストーカーであることだろう。

清文と恋花は、決して恋人同士などではない。

高校の時に二人は出会い、初対面で恋花は清文に『何でもするから結婚してください!』だなんて色々と順序をすっ飛ばした、トチ狂った台詞を吐いて清文を困惑させたのである。

驚いた清文は当然ながらその場で恋花を振ったのだが、それでも恋花は決して諦めなかった。

いついかなる時も清文に声をかけてきて、手作りや手編みや手縫いのあれこれを一方的に差し出してきて、いつの間にか連絡先やら住所を把握して、『神名さん』呼びがいつからか『キヨちゃん』呼びになって。

今では、一人暮らしの清文のアパートのドアの鍵をピッキングで開けて忍び込む術も身に着けてしまった立派なストーカーである。

恋花の存在は、清文にとって恐ろしい物でしかなかった。

最近は錠前を付けるか本気で悩んでいるのだが、それすらも突破されたらもう逃げ場はない、と考えるとやはり怖くてたまらなかった。

 何も、アダムとイヴが必ず恋仲である必要は無い。

意識が同調できれば、単純に相性が良ければ、フォビドゥンフルートが動かせればそれだけでいいのだ。

北海道部隊でも正式に恋愛関係なのは一組しかいない。

恋仲になりそうでなっていないのが他に二組いる程度。

司令官の宇賀神剛はちょっと特殊で、北海道部隊の面々には『愛情』の素晴らしさを、パートナーを思いやる気持ちの大切さを説いているけれど、他の部隊のアダムとイヴなんてもっとビジネスライクな関係だと清文は噂では聞いていた。

 だから清文も、恋花とはそんな淡泊な関係でいいと思っている。

そもそも、自分をストーキングする変態を恋愛対象として見られるわけがなかった。

清文が冷蔵庫から離れると、今度は恋花が無遠慮に冷蔵庫を開ける。

 

「じゃあ、今日はある物でちゃちゃっと夕ご飯作っちゃうね。麻婆豆腐と中華スープでいい?」

 

「何でてめえは毎日毎日俺んちでメシ作ってくんだよ! っつーか人んちの冷蔵庫事情把握すんな!」

 

「だってキヨちゃんにちょっとでも美味しいごはん食べてほしいんだもーん」

 

「だもんじゃねえっ!」

 

 これ以上恋花と話していたらいくら上層部に評価してもらっている自分のメンタルも只では済まないだろう。

そう判断して、清文は恋花との会話を取り止めた。

フォビドゥンフルートに乗って戦うことに誇りはあった。

だが、そんな清文でもたまに色々なことが嫌になる時がある。

主に桃坂恋花という一人の少女のせいで。

 ただでさえパートナーがストーカーで変態で彼女面をしてきて振り回されているというのに、おまけに問題児まで北海道部隊に入ってきたら、自分の心労はどうなるのだろうか。

剛も、今一度そこのところをちゃんと考えて欲しい。

溜息を吐いて、清文はソファに腰掛ける。

上機嫌で調理器具を取り出している恋花をちら、と横目で見て、また溜息が零れた。



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奇妙な師弟関係・誕生?

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その7 奇妙な師弟関係・誕生?

 

 雪月高校1年B組所属・江崎彰久(えざき あきひさ)は、幼馴染で親友の森永八尋(もりなが やひろ)に連れられて、隣のクラス・1年C組の教室にやって来ていた。

今、学校中で話題の人物・天内裕太の居る教室。

 八尋は、教室の前で腕を組んで仁王立ちをしている。

今まさに、敵陣に飛び込もうとせんばかりの勢いだった。

八尋のオレンジ色に染めた明るい髪が、廊下の蛍光灯に照らされていた。

 そんな八尋の姿を見て、背が高く彫りの深い彰久の顔に、焦りの色が浮かぶ。

彰久は、気が立っている八尋をなるべく刺激しないよう恐る恐る生まれつき低めの声で問いかけた。

 

「八尋。本当に行くのか? やめておいた方が……」

 

「なんだよ、アキは怖気づいたのかよっ」

 

 彰久が止めようとしたら、ぎゃんっと八尋は彰久に噛みつく。

ここ最近の八尋のイライラは、彰久にとって、見ていて実にはらはらするものだった。

八尋は彰久を睨みながら、ぎゃあぎゃあと喚き散らす。

 

「英雄の弟だか何だか知らねえけど、どいつもこいつもあいつをちやほやし過ぎなんだよっ。だからあいつは調子に乗って基地にも挨拶に来ねーんだよっ!」

 

 どうどう、と八尋を宥めるように彰久が苦く笑う。

 

「それは宇賀神さんの意向なんだろ?」

 

「だーかーらっ! そういうのがあいつを甘やかしてんだよっ!」

 

 ぶすっと不満げに唇を尖らせて、八尋は1年C組の教室を再び睨んだ。

それから、彼は悔しそうな声を絞り出す。

 

「……オレだって、フォビドゥンフルートのパイロットなのに!」

 

 始まった。

彰久は頭の隅でそう思い、また苦く笑う。

溜息が零れそうになったけれど、ここで溜息なんて吐いたらまたこの短気な幼馴染に噛みつかれるのは目に見えていたから、やめておいた。

付き合いが長いというのも、恐ろしい。

 

「そもそも、13歳でパイロットに選出されたからって何だよ! オレが適性値を認められたのは小5の頃だぞ!? 確かにちゃんとフォビドゥンフルートに初めて乗ったのはオレも中1だったけど、あいつよりもオレの方が凄いんだからなっ!」

 

「……ああ、うん、そうだな」

 

 とりあえず、波風を立てないように彰久は相槌を打っておく戦法を取った。

 八尋は、対LOVE戦闘部隊北海道本部所属、フォビドゥンフルート『ファレノプシス』のアダムだ。

何度もパートナーのイヴと協力して、北海道の危機を救ってきた。

そこは素直に、彰久だって凄いことだと評価していた。

八尋は、彰久にとっても確かに昔からヒーローと言っても良い存在だった。

負けん気が人一倍強すぎることと、突っ走りやすいことと、自信家すぎることと、単純すぎて、というよりも馬鹿すぎて作戦の主旨を時々理解できないことがあるのが玉に瑕だけれども。

 対する彰久は、フォビドゥンフルートの整備士見習い。

一応基地に出入りする許可ぐらいは貰えているけれど、八尋のように前線で戦っているわけではなかった。

彰久にだって、戦士達を見送ることしかできない自分にもどかしさのような気持ちはあったけれど、自分には縁の下の力持ちのようなポジションが一番合っていると思ったから、不満はない。

不満というか、心配な点を挙げるとすれば、八尋のこの猪突猛進ぶりだろうか。

 

「いいか、アキ。あいつがこれ以上ナメた態度取らないようにオレがここで一発厳しくだな!」

 

「ああ、わかったわかった」

 

 頭に血が上りやすい、精神的に幼い親友に表面上は頷きつつも、彰久はどうやってこの場を諫めようか頭をフル回転させていた。

同じ部隊に所属するパイロット同士なのに、いきなりトラブルを起こしてはまずいだろう。

八尋とは対照的に、彰久は冷静で比較的思慮深い性格の持ち主だったのである。

正反対の二人だが、だからこそバランスが取れているのか、二人はこれまで親友という関係を築けていた。

彰久が八尋を本格的に制止すべく声を掛けようとする。

そんな、時だった。

 

「きっりさーーーーん!」

 

 やけに、上機嫌な声が廊下に響いた。

反射的に、八尋と彰久は声のした方に視線を向ける。

そこでは。

 

「桐さん桐さんっ! じゃーんっ! これ、なーんだ!」

 

「紙」

 

「惜しいっ! ショッピングモールのチラシっすよー! ここのアイス屋さん美味しいらしいっすよー? しかも次の日曜日だとカップルに嬉しいサービスがあるとか! 桐さん甘い物好きでしょー? いっつもお昼菓子パンっすよね! 桐さんは美味しいアイス食べられてハッピーだし、オレは大好きな桐さんとラブラブデートできて超ハッピー! これってwin-winじゃないっすかー? ねえねえ、行きましょうよ、オレとデートしましょうよー!」

 

「次の授業移動だから」

 

「ああもう、つれない桐さんも素敵っす!」

 

 ぽかん。

そんな言葉が似合う程、八尋と彰久は唖然としてしまった。

問題児と噂の天内裕太が。

英雄の弟と注目の的の天内裕太が。

八尋が目の敵にしてた天内裕太が。

……デレデレだった。

それはもう、飼い犬のように。

 

「……露骨」

 

 八尋が、やや引き気味に呟く。

『お前もパートナーに片想いしてた頃は割とあんな感じだったぞ』。

彰久はそんな言葉を、必死で胸のうちに留めておいた。

これ以上、八尋を怒らせるのは状況から考えてまずい。

 そんな中、やけにファンシーなチラシを片手に、白砂桐に呆気なくあしらわれた裕太が教室に入ろうとする。

そこで、八尋は我に返ったようだった。

 

「おいっ! お前っ!」

 

「へ? オレ?」

 

「そーだよ、お前だよっ!」

 

 八尋に勢いが戻る。

裕太が、八尋に視線を向けた。

サラサラの黒い髪、赤みがかった瞳、先程のデレデレっぷりさえ目撃されていなければ女子がこぞって夢中になりそうな整った甘い顔立ち。

そんな裕太の意識が、八尋に集中する。

 彰久の脳内で、警鐘が鳴っていた。

ここまでついてきておいて、八尋を止められなかったからだ。

八尋が、誇らしげに自分の胸をどん、と叩いて裕太に向かって言った。

 

「オレは森永八尋! 北海道部隊所属、れっきとしたフォビドゥンフルートのパイロットだ!」

 

 八尋の言葉に、裕太が目を丸くする。

それから、ああ、と小さく頷いた。

 

「ああ、同僚か」

 

「同僚じゃねーよっ! 新入り! 先輩と呼べっ! お前まだ基地に挨拶にすら来てないだろっ! いいか、今日はお前に言いたいことが――」

 

「八尋くん?」

 

 ふと、第三者の声が廊下に響いた。

八尋の肩がびくっと跳ねる。

振り返ると、手提げを持った女子生徒が八尋の後ろに立っていた。

艶やかな長い黒髪を腰元まで伸ばした、紫がかった瞳の下のホクロがどことなく色っぽい、スタイルも良い美人。

その整った容姿から、雪月高校ではちょっとした有名人の3年生、佐久間陽夏(さくま ひなつ)である。

陽夏は不思議そうに首を傾げながら、八尋に問いかける。

 

「教室にいねーと思ったら、こんなとこで何してんのさ。っつーか、八尋くんが江崎くん以外と一緒にいんの珍しいな。友達?」

 

「友達なんかじゃねーよっ! ってか、オレがアキ以外に友達いないみたいな言い方すんのやめろ! 大体お前こそ、何でこんなとこにいんだよ」

 

 八尋の生意気な態度を気にする素振りも見せず、陽夏は手提げを軽く掲げて八尋に差し出す。

 

「こないだ借りた漫画返しに来たんだけど」

 

「……あ、そっか」

 

「ん。ありがとな。私も感想とか色々話したいし、今日の昼、一緒に飯食おーぜっ」

 

「おー」

 

 八尋が陽夏から漫画の入った手提げを自然な動作で受け取り、陽夏がにっと無邪気に笑う。

この二人も仲良くなったものだ、と二人の紆余曲折をずっと近くで見てきた彰久は、しみじみと感慨に耽っていた。

陽夏がひら、と八尋に向かって手を振って去って行く。

八尋がぼうっとその背中を見つめていると、がし、とその肩が何者かに掴まれた。

犯人は、裕太だった。

 

「今の、誰?」

 

 興味津々、といった様子で、裕太が目を輝かせる。

何がそんなに面白いのか、と八尋は困惑し、僅かに後ずさった。

それでも、裕太は八尋に詰め寄って行く。

 

「今の、3年生の先輩でしょ? 靴のカラーリング青かったもん。何であんなナチュラルに会話してたの?」

 

 矢継ぎ早に質問してくる裕太に、八尋が気圧されてどんどんとたじろいでいく。

八尋の頬は、仄かに赤みを帯びていた。

 

「……っ、陽夏は、その、オレの、フォビドゥンフルート乗る時の、パートナーで……」

 

 普段ハキハキと喋る八尋の声のボリュームが、珍しくダウンしていく。

やがて、八尋は視線を少し泳がせて。

 

「……オレの……彼女、だよ……」

 

 その言葉を言った途端。

八尋が裕太に攫われた。

裕太が八尋の片腕を引っ掴んで、全速力で廊下を駆けて行って。

混乱した八尋の叫び声が廊下に響く。

彰久は床に転がった手提げを回収しつつ、見えなくなった二人の影を見つめて。

次の授業が始まる前に八尋が帰って来れればいいな、と漠然と思うしかなかった。

 

 

 

 

 森永八尋は、完全に混乱していた。

どうしてこうなったのか、まるでわからなかった。

八尋は、裕太に人気のない階段の踊り場の壁際に追い詰められていた。

自分が裕太を追い詰めてギッタンギッタンにするつもりだったのに、これでは立場が真逆である。

何故自分が攫われたのか、理解できない。

裕太はがっしりと八尋の両肩と掴んで訊ねた。

 

「どうやって、落としたんすか」

 

「は?」

 

「年上彼女、どうやって振り向かせたんすか!?」

 

 裕太は、きらきらとその赤い瞳を輝かせている。

何故か、口調も舎弟チックな物に変わっている。

驚くばかりの八尋に、裕太は捲し立てるように質問をぶつける。

 

「告白、どっちから? ぶっちゃけどこまでの関係? チューしました? しましたよね? なんてったってアダムとイヴのカップルっすもんね!? フォビドゥンフルート起動の時のキスの位置も、当然唇なんでしょ!? ね!? ね!?」

 

 裕太に詰め寄られ、八尋の顔がぶわあっと赤くなる。

何故そこまで突っ込んだ質問をされなければいけないのか。

何故ここまでストレートに恥ずかしいことを聞けるのか。

 その質問の数々は、とても八尋にとっては答えられない物ばかりだった。

八尋は別に、陽夏との関係のあれこれについて誰かに知られても問題は無い。

 しかし、自分と違って陽夏はどうなのか。

陽夏が気にするかもしれない。

陽夏に嫌な思いをさせることだけは、避けたかった。

女子はそういうことに対してデリケートだと聞くし、ただでさえ八尋と陽夏は二つも歳が離れているのだから、陽夏が周りから変な目で見られているかもしれない。

これ以上、陽夏を傷付けたくないというのは、紛れもなく八尋の本心だった。

 八尋の動揺もよそに、裕太はうんうんと勢い良く頷き出した。

 

「いいっすよね、年上! オレの好きな人も年上なんで! ゾッコンっすから! メロメロっすから! 身近に年上女子を落とせた人がいるのってマジ心強いっす! 色々参考にしたいんで、これから『師匠』って呼んでもいいっすか!?」

 

「はあ!?」

 

 師匠とは、何の師匠だ。

八尋は呆気に取られ、思わず大声を出す。

そう呼ばれることに、あまり悪い気はしない。

でも、展開が急すぎて何が何やらわからない。

 裕太を黙らせたくて近付いたのに、むしろベラベラ喋らせる結果になってしまった。

しかも、裕太がアタックをしていた相手が『白砂桐』という事実も、八尋にとっては少々問題だった。

色々なことが起こり過ぎて、ややこしい。

 とりあえず、興奮気味の裕太を一旦黙らせようと八尋が口を開いた、丁度その時。

――警報が、学校全体に鳴り響いた。



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愛の在り方

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その8 愛の在り方

 

 警報が、鳴っていた。

耳を塞ぎたくなるような不快な警報音が人々の脳をノックする。

裕太の中の何かが、ゆっくりと覚醒していく。

 この警報音は、LOVEが現れた証拠だった。

その事実を認識した時には既に、八尋は駆け出していた。

八尋もフォビドゥンフルートの正式なパイロットだ。

機体に乗って、戦おうとしているのだろう。

 裕太も気を引き締めて、八尋の後を追いかける。

どうやら裕太の方が足が速かったらしく、危うく八尋を追い越しそうになったが、基地の正確な位置を知っているのは八尋の方だろう、と考え直して裕太は少しだけペースを緩めた。

並走してくる裕太を見て、八尋がぎゃんっと怒鳴る。

 

「何でついてくんだよっ!」

 

「そんなつれないこと言わないでくださいよー、同僚でしょー?」

 

「同僚じゃねーよっ! 先輩と呼べっ!」

 

「ういーっす、師匠!」

 

「その呼び方はやめろっ! っつーかお前、まだパートナーいないだろっ!」

 

「いざという時は訓練機使うんで、オレのことは心配しないでくださーい!」

 

「はあああ!?」

 

 八尋の怒鳴り声を聞き流しながら、裕太はゆっくりと不敵な笑みを浮かべた。

これは、チャンスだ。

自分だけの、自分自身の力を証明できる絶好のチャンス。

北海道部隊の初陣にしては、悪くない。

ここで派手にLOVEを一人だけで倒してしまえば、天内藍司よりも自分の方が勝っているのだと、認めさせてやれる気がした。

周りのうるさい連中を、全員黙らせたかった。

そうなると、八尋にも負けていられない。

恋愛の師匠として敬いたい気持ちはあったが、それとこれとは話は別だ。

 そう言えば、自分が頑張ったという話が伝わったのなら、桐も少しは自分に興味を持ってくれるのだろうか。

不純な動機が含まれているな、と自分でも思ったけれども、裕太は確かな高揚感に身を焦がせる。

戦場は、いつも裕太にとっては、自分の存在証明の場だった。

 

「八尋くんっ!」

 

 裕太にとって聞き覚えのあるアルトが廊下に響く。

長い黒髪を靡かせて裕太達の後ろから廊下を駆けて来たのは、八尋のパートナーで恋人の佐久間陽夏だった。

陽夏の姿を見て裕太は一瞬ペースを更に緩めようかとも思ったが、思いの外陽夏は足が速く、すぐに裕太達に追いついた。

八尋が、陽夏に向かって声を上げる。

 

「陽夏っ、これ、LOVEだよな!?」

 

「うん、メール来てたっ! 出現場所もナビが示してる! 飛行ユニットかっ飛ばして向かえって!」

 

「おうっ!」

 

 二人の会話を聞きながら、この二人はどんなフォビドゥンフルートに乗るのだろうか、と裕太はぼんやりと思う。

裕太にだってフォビドゥンフルートに憧れる気持ちはあったが、戦えるのならば別に今まで通り訓練機でも構わない。

『天内裕太』が戦えれば、それだけで良かった。

パートナーに、特にこだわりがあるわけじゃない。

司令官の剛は『愛情』が大事だと言ってたけれど、裕太が愛情を注いでいるのは、生憎フォビドゥンフルートには関係の無い白砂桐だけだった。

冷めた感情と熱い恋情がゆらゆら心の中で蠢いている奇妙な感覚を覚えながら、裕太は八尋達について行った。

 

 

 

 

 初めて訪れた北海道部隊の基地は、裕太が元いた局地戦闘部隊の物とは比べられない広さだった。

エレベーターで地下を下って行った先に広がっていたその空間に、裕太は確かに圧倒される。

札幌ドームよりずっと広いのであろう。

こんな物が都市部のずっと下にあるというのだから、裕太は感嘆の声を洩らしそうになった。

 八尋達は、到着するなりフォビドゥンフルートの格納庫へと走って行った。

作戦支持はコックピットで通信機から聞くつもりらしい。

 自分はどうしようか、と裕太は思案する。

訓練機もフォビドゥンフルートの格納庫に置いてあるのだろうか。

だとしたら、八尋達にもっとついて行くべきだったか。

慌ただしい基地内を、裕太は一人だけ特に緊張感もなくぶらつく。

そんな時、背後から声をかけられた。

 

「お、見つけた。お前って、新入りだろ? 剛さんの言ってた。天内裕太だっけ?」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、少し長めの髪を一つに括ったラフなスーツスタイルの男性が立っていた。

誰だ、と裕太は僅かに警戒心を露にする。

整備班や索敵班の人間であれば、今の状況だともう少し忙しない様子を見せている筈だ。

男性はひらっと裕太に手を振って近寄って来る。

 

「ぼーっとした顔すんなって。今、割と切迫した状況なんだぜー?」

 

「……それ、あんたが言います?」

 

「はは。何だ、結構生意気なのな」

 

 生意気、と言いつつさして気にも留めてない様子で、男性は笑う。

 

「オレ、伊波翔真(いなみ しょうま)。にじゅーろくさい社会人。男性誌の出版社で働いてまっす。一応、フォビドゥンフルート『スピランセス』のアダムでーす」

 

 26歳でアダム。

少し珍しいケースに、裕太は少しばかり妙な顔をした。

通常、フォビドゥンフルートは思春期の少年少女が一番起動させやすいと聞く。

そういう人間の複雑な心情の変化が、大きなエネルギーを産むんだそうだ。

こういう大きな部隊のリーダーともなると20歳前後の人間が抜擢されることも多いと聞くが、彼がリーダーなのだろうか。

しかし、翔真は裕太の頭の隅に浮かんだ可能性をすぐさま否定した。

 

「あ、言っとくけどオレはリーダーじゃねーよ? そういう器じゃないんだわ」

 

 翔真が軽く笑って、人差し指で頬を掻く。

読めない相手だ、と裕太はますます警戒心を募らせる。

局地戦闘部隊に居た頃は散々教官をこの生意気で不遜な態度で引っ掻き回し悦楽を得ていた裕太だが、翔真といると逆に自分が引っ掻き回される気分になりそうで、どことなく嫌な予感がしたのである。

 

「アダムなら、何でこんなとこにいるんすか? 格納庫行った方がいいでしょ。もうLOVE出現してんだし」

 

「お前も、アダムだろ? お互い様じゃね?」

 

 な、と念押しするかのように笑顔を向けられ、裕太は何と言ったらいいかわからなくなって押し黙った。

それはそうだと思ったが、裕太にはまだ正式なパートナーが居ないのだから。

そんな裕太を見て、翔真は軽く笑う。

 

「難しい顔すんなよ。似た者同士、仲良く格納庫行こうぜ。マイペースマイペース」

 

 そう言って伸びをして、翔真はゆったりと歩き出す。

裕太が思えた義理ではないが、こんなにのんびりしていて大丈夫なのだろうか、と裕太は少し不安になる。

とりあえず、自分が何をしたらいいのかもまだ良くわかっていないから、おとなしく裕太は翔真の後を追った。

 

 

 

 

「……うわ……」

 

 

 格納庫に着くなり、裕太の口から思わず声が洩れた。

フォビドゥンフルートが、5メートル級のロボットが6体も並んでいたからだ。

こんなに集まるものなのか、と裕太は大きな部隊の設備に感心する。

こうも沢山のロボットが集まると、基本少女趣味の裕太でもロマンを感じてしまうのだ。

女性的なフォルムのロボットではあるけれども。

しかし裕太はどちらかと言うと乙女的思考だから、この線で間違ってはいないのかもしれない。

 

「裕太。あれがオレとオレのパートナーの機体な。名前はスピランセス」

 

 翔真が人差し指をすっと動かす。

その先にあったのは、淡い紅色のカラーリングが目を引くフォビドゥンフルート。

腕や足に目立った装飾は施されていない。

近くに巨大な銃器が並んでいる所を見るに、後方支援型のフォビドゥンフルートなのだろう。

裕太がスピランセスに見惚れていると、翔真がぽつりと呟いた。

 

「オレのパートナーさ、6歳の女の子なんだわ。最近小学生になったばっか」

 

「……は?」

 

 裕太の喉の奥から変な声が出た。

6歳でイヴ。

そんな事例、聞いたことが無い。

前代未聞すぎる。

一体どんな天才児なのだろうか。

いや、それよりもそんな幼女とフォビドゥンフルートに乗っているこの伊波翔真という男は――。

裕太がじっとりとした視線を翔真に向けると、彼の思惑を察した翔真がぷ、と吹き出した。

 

「おいおい、そんな目で見んなって。オレ、幼児趣味とかじゃねーから。それだけは絶対にありえねーから。あの可愛いパートナーちゃんに手を出すまで落ちぶれるくらいなら死んだ方がマシだから」

 

「……ほんとっすかあ?」

 

「ほんとほんと。ってかそのパートナーちゃんさ、オレの娘なんだよね」

 

 また、裕太の口から変な声が出そうになった。

親子でアダムとイヴ。

確かに同調は容易くできるかもしれないけれど、そんなケースを裕太は今まで聞いたことがなかった。

 

「つっても、血は繋がってないんだけどさ。まあ、オレにも色々あったんだわ」

 

 そう言って、翔真は括った髪を親指と人差し指で弄びながらフォビドゥンフルート『スピランセス』を見上げる。

 

「裕太はさ、誰かを愛したことある?」

 

 唐突な翔真の問いかけに、裕太はつい凄まじく怪訝な顔をしてしまった。

先程からずっと、翔真の意図が読めないのである。

 

「別に恋愛だけに限らないさ。家族愛、友愛、敬愛。愛って色々あるだろ? どれでもいい。何かを強く想ったことあんのかなーって」

 

「……伊波さんも、宇賀神さんみたいに愛情は強いーとか言うんすか?」

 

「ははは、剛さんもうそんなことお前に言ってたのか。あの人ほど愛情至上主義じゃねーけど、オレも一応は愛っつーのは大事だと思ってるよ」

 

 翔真が、髪を弄ぶ手を止める。

飄々とした笑みこそ浮かべてはいたが、翔真は静かな声で言った。

 

「オレは、元々パイロットの適性値が高いわけじゃない。ごくごく普通の一般人として過ごしてた。でも、今はこうしてフォビドゥンフルートに乗ってる。クレイジーブルーム注射を受けて」

 

 その言葉に、裕太は一瞬息を呑んだ。

『クレイジーブルーム注射』。

パイロット適性を飛躍的に向上させることができる措置。

一方でリスクも非常に大きく、投与後の生存率は僅か10パーセント。

裕太も、噂では聞いたことがあった。

まだパイロットの数が出揃っていなかった頃、戦力を増やす為に各地で行われたらしいが、結果は散々。

実際に生存した人間を見たのは、裕太にとって今が初めてのことだった。

 

「何でオレがそんなことしたと思う?」

 

 翔真が、強張っていた裕太の顔を覗き込んで来る。

裕太は、あまりのことに何も言えない。

それでも、翔真は優しく笑った。

 

「答えはわりかし単純さ。じゃあ正解発表、それは娘を守る為。オレが娘を愛してるから」

 

 そうして、話が愛に戻るわけか。

そう、裕太は何とか話の内容を呑み込もうとする。

でも、いくら愛してるからと言ってそんな、命の危険を冒してまで戦いたいと思えるものなのだろうか。

裕太の頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。

戦えたとして、その先でも戦死の危険は纏わりつくと言うのに。

 

「オレがさっき暇そうにしてたのはさ、裕太、お前を待ってたからなんだわ」

 

「……オレを?」

 

「そ。何となく聞いておきたくて。誰かを愛したことあんのかなーって」

 

「……愛……」

 

「もし、一瞬でも誰かの顔が浮かんだんならさ。あれ、見とけよ」

 

 翔真が、くいっと親指をスピランセスとは別方向に向ける。

そこに立っていたのは、純白の機体。

裕太がその機体の名前を訊ねようとした時、その白いフォビドゥンフルートに変化が生じた。

がしゃん、がしゃんと音を立ててフォビドゥンフルートが変形する。

二足歩行の乙女から、四足歩行の獣の姿。

 

「……っ、ビースト・モード……!?」

 

 裕太は驚きのあまり、大声を上げた。

暴走形態『ビースト・モード』。

フォビドゥンフルートは本来なら、イヴが制御している機体をアダムが操縦する仕様になっている。

でも、女性パイロット・イヴが単独で機体を操縦することも一応はできる。

それはイヴに全身の血液が沸騰するような苦痛を与え、身体に多大な負担をかけ、フォビドゥンフルートは鋼鉄の乙女の姿を解いて凶暴な獣の姿に変わってしまう。

それが、ビースト・モード。

つまりあのフォビドゥンフルートの中には、イヴしかいないということになる。

 アダムが足りていないと言うのなら、自分が居るのに。

裕太は呆然と、獣の姿で出撃して行った白いフォビドゥンフルートを見つめることしかできなかった。

 

「パパ!」

 

 ふと、甲高いソプラノが響いた。

スピランセスの、翔真のフォビドゥンフルートのコックピットのハッチが開いて、中から小柄な少女が顔を出していた。

栗色のふわふわの髪をツインテールにした、オーバーオールを着たあどけない顔立ちの女の子。

6歳の娘がイヴという翔真の話が真実だったということに、またしても裕太は驚く。

少女は翔真に向かって手を振り、声を掛けてくる。

 

「パパ遅いぞ! わたし達が早く行かないと街がたいへんなことになっちゃうんだからな!」

 

「おー、わりわり。今行くわ」

 

 ひらひらと愛娘に向かって手を振って、翔真は裕太に笑いかけた。

 

「あの子がオレの娘。伊波ほたる(いなみ ほたる)。可愛いだろ。惚れてもいいけど惚れたら三発ぐらい殴らせろよ」

 

「……いや、オレ好きな子いるんで。オレ結構一途なんで」

 

「そ?」

 

 翔真が、くるっと裕太に背を向ける。

裕太は脳裏に、桐の姿を思い浮かべていた。

確かに裕太の想い人・桐は小柄ではあるが、確かに彼女は裕太よりも年上で、格好いい所だって沢山ある。

ロリータ・コンプレックス扱いは勘弁してほしかった。

翔真が人差し指で、地面を指す。

 

「訓練機なら、ここからエレベーターで二階降りた所にある。ま、頑張ってオレ達についてこいよ。お前の愛の答えは、きっとすぐそこにあるからさ」

 

 愛の答え。

結局翔真が自分に何を言いたいのか、何を伝えたいのか、裕太にはわからなかった。

真意を問う暇もなく、翔真はほたるに駆け寄って、彼女の髪にそっとキスをした。

フォビドゥンフルートの起動のトリガーは、アダムがイヴの身体の一部にキスをすることだ。

場所は問わないとのことだが。

 

「じゃあ踊ろうぜ? お姫様」

 

「うんっ!」

 

 気取ったようにほたるの手を取り、翔真がスピランセスに乗り込む。

キスがきっかけだったのか、スピランセスの顔の部分に灯りが点いている。

まるで、命を吹き込まれたかのように。

スピランセスのハッチが閉まる。

それから程なくして、スピランセスは傍らに立てかけられてあった銃器を二丁手に取って出撃して行った。

 愛。

裕太は確かに桐のことを愛している。

しかし、今そのことが関係はあるのだろうか。

確かに桐を想えば何だってできるような気になる。

先程は翔真の親としての愛情に戸惑ってしまったが、自分も桐絡みで何か大きな決断を迫られたら、この命を投げ出してしまうのかもしれない。

それくらい、好きだとは思う、けれど。

 妙に頭がぐるぐるしていた。

胸がざわつくというか、裕太の心の奥で嫌な予感が渦巻いていた。

気付けば裕太は、エレベーターを探しに駆け出していた。

こんなことをしている彼は、何だかんだでやっぱり愛についての答えを得たかったのかもしれない。



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親愛のキス

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その9 親愛のキス

 

 格納庫で、北海道部隊リーダーの神名清文はわざとらしいくらいに大きな溜息を吐き出した。

 

「毎度毎度思うけどよ、俺、この瞬間マジで憂鬱なんだよ」

 

 一方で、清文の前に立つ、彼のパートナーを務める桃坂恋花は嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

「えー、私はキヨちゃんとちゅーできて嬉しいけどなあ」

 

「変な言い方すんのやめろっ! 口にキスしてるわけじゃねーんだから!」

 

「だってこんな時でもないと、キヨちゃんちゅーしてくれないし」

 

「念の為に言っとくが、俺達決して付き合ってねえからな?」

 

 不本意ながら恋花を前にしている清文は、恋花からふわふわと放たれる恋情に思わず頭痛で倒れそうになった。

彼女と話していると、いつも清文は頭が痛くなる。

 何故、自分達はパートナーという関係なのだろう。

時々清文は本気で疑問に思っていた。

清文は別に、恋花のことをどうとも思っていないというのに。

 はあ、と二回目の溜息をついて、ぐしゃ、と自分の銀髪を少し掴んでから清文は恋花を見やる。

当たり前ではあるが、昨日とは違うタイトスカートを履いていた。

桃坂恋花が神名清文に笑いかける度に、彼女の名前と同じく桃色の髪が揺れた。

 そう言えば、と清文は遠い記憶を思い出す。

まだ清文と恋花が高校生だった頃、清文が黒髪ロングのグラビア雑誌を教室で男友達と読んでいたら、恋花は次の日黒髪に染めてきたことがあった。

いつから見ていたんだ、という恐怖と戸惑いはあった。

けれど、それ以上に、自分の為なら本当に何でもしそうな桃坂恋花という少女に、何というか妙な危機感、のような物を覚えてしまったのだ。

 『何でもするから結婚してください』。

それが、彼女の最初の告白。

彼女の言葉に嘘はないと、長年の付き合いでわかってしまっているのだから、嫌になる。

それでも絶対に恋花とは結婚はしないと、清文は決めているのだが。

 恋花が黒髪に染めて来た後、『そういうのは要らない』と清文が怒鳴れば、恋花は徐々に髪の色を戻して自分に笑いかけてきた。

ある時は、清文がどちらかと言うと髪が短めの女の子がタイプだと男友達と話していたら、恋花はばっさりと長かった髪を切ってきた。

女は、髪を大事にするものではないのだろうか。

恋花の行動は、いつだって清文を困惑させた。

どうしてこんなにも恋花が清文のことしか考えていないのか、清文にはまるで理解ができなかった。

『そういうのやめろ馬鹿』、と怒鳴れば、『じゃあキヨちゃんの好きな長さまで伸ばすね』、と恋花は特に気にしていないように笑ったものだった。

 そうして月日が経って、恋花の髪もそれなりに伸びて。

つまり、それくらい長く清文は恋花と一緒に時を過ごしてきたことになる。

 清文は、心労で痛む頭を押さえながら、恋花を睨む。

『言っておくが自分は中学の頃そこそこモテていたんだ』と文句をたまに言いたくなった。

けれど、恋花が現れてからはさっぱりだ。

恋花がまるで自分の彼女のように振舞うからだ。

そこのところを、恋花はちゃんとわかっているのだろうか。

 なんて、いつまでも恋花の笑顔を睨んでいても意味はないし、何も事態は進展しない。

今は、LOVEを撃破することだけを考えなければいけない。

自分がリーダーなのだから、しっかりしなければならないのだ。

気持ちを、切り替える。

森永八尋辺りが、また突っ走って暴走しなければいい、と清文はまたしても頭痛の種に頭を悩ませる。

まあ、八尋はパートナーの佐久間陽夏のことは大事にしているし、行き過ぎた無茶はしないだろうが。

 そう言えば、新入り――天内裕太は、どうするのだろう。

搭乗可能性があった純白のフォビドゥンフルート、『ドッグウッド』はビースト・モードで出撃したばかりだ。

ここでも訓練機を突っ込ませて自爆、なんて真似はやめてもらいたいけれど。

 考えるのは後だ、と今度こそ意識を集中させる。

 

「桃坂」

 

「はーいっ」

 

 静かな声で清文が名前を呼べば、恋花は嬉しそうに目を閉じた。

口にキスをするわけではないのだから、いちいち目を閉じないで欲しい、と清文は呆れ果てる。

呆れつつも、清文は恋花の右肩に手を置いて、左頬に軽く唇を押し付けた。

唇が触れた瞬間、二人のフォビドゥンフルート――『モーニンググローリー』がゆっくりと起動音を鳴らすのがわかった。

清文が恋花から離れ、青いカラーリングが特徴のシャープな機体を見上げる。

モーニンググローリーの両腕の部分が、双剣に変形していく。

機体に触れると、胸部のコックピットのハッチがガシャンと開いた。

 

「行くぞ、桃坂。いつまでも浮ついた気持ちでいるんじゃねーぞ」

 

「うんっ! 今日もキヨちゃんとの愛の力で頑張っちゃうよっ!」

 

 そういうのが浮ついてると言うのだ。

とは思ったが、これ以上相手をしていても疲れるだけだとも思ったから、恋花を無視して清文はモーニンググローリーに乗り込む。

着座し、レバーを片手で握り締める。

 恋花もそれに続き、上機嫌のまま隣席の清文と片手を繋いだ。

こうしないと、フォビドゥンフルートは動かせない。

不快感はあったが、いちいち緊張感の無い恋花にばかり構ってはいられない。

自分達の意識がゆっくりと同調していくのを確認してから、清文はコックピットのハッチを閉めた。

 そうして、清文はいつものようにモーニンググローリーを出撃させる。

ナビ画面が示す、LOVEの出現位置に向かって。

この世界の、平和を守る為に。

誇りを胸に、戦う為に。



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愛情のキス

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その10 愛情のキス

 

「あの子、新入りだったんだな」

 

 格納庫で自分達の機体を前に、パートナーで恋人でもある佐久間陽夏の突拍子もない台詞を聴いて、森永八尋は目を丸くして首を傾げた。

 

「あの子?」

 

「八尋くんがさっき話してた友達の子。一緒に基地まで走って来ただろ」

 

「だから、友達じゃねえって。っつーか他の男の話すんなっ」

 

 後半うっかり洩れた本音に八尋は、はっと息を呑んでしまった。

自分は何を子どもみたいなヤキモチを焼いているのだろうか。

馬鹿みたいだ、と恥ずかしくなってつい八尋は口ごもる。

 陽夏を見れば、陽夏もまた頬を赤らめていて、目が合った途端視線を逸らされた。

勝ち気な陽夏のこういうしおらしい所を見られるのは自分だけなんだと思ったら、気分は良かったけれども。

 陽夏は、自分が守ってやらなくちゃならない。

八尋がそう思うのは、毎日のことだった。

陽夏は高校3年生だと言うのに子どもっぽいし、無防備で危なっかしいし、寂しがり屋だし、甘えん坊だし。

周りの人間は八尋のことを、常日頃『凄い馬鹿』だの『メンタルが小学生男子』だのと色々と言ってくるが、八尋から言わせてみれば陽夏の方が自分よりずっとずっと子どもっぽいのだ。

はっきり言って、八尋がついていてやらなければ陽夏は駄目だという自負さえ八尋にはある。

『年上なんだからもっとしっかりしろよな』、と八尋はいつも言っているけれど、本当はそんな陽夏のことをめちゃくちゃに可愛いと思っているし、凄く好きだとも思う。

もっともっと甘えてほしいって思うし、弱い所は全部見せてほしいし、本当に自分なしじゃいられなくなってしまえばいいのにと何度も何度も考えてしまう程だ。

容姿だけは大人っぽい陽夏を綺麗だ、とか美人だ、とか言う声は良く聞くけれど、八尋にとっての陽夏は、どちらかと言うと『凄く可愛い女の子』だった。

思いっ切り、ドロドロに甘やかしてやりたくなるくらいに。

 陽夏のことが、好きだ、大好きだ。

ただドキドキするだけじゃない。

何だか、ふわふわしてキラキラして弾むような気持ちになるけれど、同時に危うく泣きそうになってしまうくらい、切なくて苦しくて胸が締め付けられそうになることもある。

女子なんかにこんな気持ちになる日が来るなんて、八尋は陽夏と出会うまでは想像もしたことがなかった。

自分は陽夏が好きで、陽夏も八尋が好きだと言ってくれて。

八尋が初恋を叶えられたのは凄いことなのだと、時々しみじみと思う。

陽夏とこういう関係になれるまで、それはそれは、色々ありはしたけれど。

 

「……陽夏」

 

 八尋が名前を呼ぶと、陽夏が何かを察したのか、恥ずかしそうにぎゅ、と目を閉じた。

どくん、と八尋の心臓が跳ねる。

胸のドキドキを隠せないまま八尋は陽夏の両肩にそっと手を添えて、そのまま唇と唇をちゅっと重ねる。

未だにキスをする度に心臓が破裂しそうになるくらい緊張するけれど、同時に心の何かが満たされる感覚に陥る。

 八尋は只、何というか、陽夏が近くにいる証が欲しかった。

自分より先に、大人にならないでほしい。

なんて思ってしまう自分は、まだまだ子どもってことなんだろう。

悔しいけれど。

 とっくに二人のフォビドゥンフルート――『ファレノプシス』は起動準備が整っていた。

オレンジ色と紫色のツートンカラーの機体。

八尋の髪の色と、陽夏の瞳の色が合わさった機体。

所謂近接戦闘向きの機体で、両腕の拳を纏うごつごつとした装甲が、ヒーローらしいロマンを感じられて八尋も陽夏も好んでいた。

 合わせていた唇を離すと、陽夏と至近距離で目が合って、八尋の心臓がまた暴れた。

それは陽夏も同じだったらしく、陽夏の顔にますます赤みが差す。

そういう所がまた可愛くて、照れ隠しのように八尋は陽夏の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。

 

「八尋くんっ」

 

「ん?」

 

 八尋が視線を落とせば、嬉しそうに笑う陽夏の姿。

陽夏は、右腕の拳を軽く掲げていた。

 

「がんばろーぜっ」

 

 にへ、と陽夏が無邪気に笑う。

彼女のこの屈託の無い笑顔を、八尋は愛していた。

 

「おうっ」

 

 八尋も自然と笑顔になって、陽夏の拳にこつんと自分の左腕の拳をぶつける。

二人してファレノプシスに向き合って、共に乗り込む。

絶対勝とう、と誓う。

他でもない自分達の力で。

自分達がこの部隊で一番、同調数値が高いのだから。

 八尋が敵視していた天内裕太が今どうしているのかは気になったけれど、とりあえず。

今は陽夏と一緒に目の前の敵をぶっ倒す。

一点突破、これしかなかった。

決意を胸に、八尋は陽夏との絆の証を、ファレノプシスを出撃させた。



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執着のキス

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その11 執着のキス

 

 衣笠奏美(きぬがさ かなみ)は、格納庫でばくばくと高鳴る心臓を何とか落ち着かせるのに必死だった。

フォビドゥンフルートのパイロットに選出されて大分日が経つけれど、未だに奏美にとって戦闘は慣れないし怖い。

北海道部隊で一番精神面が弱いのは、奏美だった。

おとなしくて怖がりで、引っ込み思案で恥ずかしがり屋でおどおどしていて。

でも、こんな自分でもできることがあるのなら、守れる物があると言うのなら、精一杯頑張りたかった。

 ふと、いつも一緒に居るクラスメイトの女子の存在が奏美の脳裏を過ぎった。

白砂桐。

彼女は今、大丈夫なのだろうかと。

高校に入って、些細なきっかけから一緒に居てくれるようになった女の子。

友達と言える程に距離が縮まっているわけではないけれど、奏美にとってはとても大切な存在だった。

奏美と同じく身長も体格も小さいのに、とても凛としていて、格好良くて、いつも堂々としていて。

そんな姿に、素直に憧れた。

奏美は人との関わり方を良くわかっていない癖に一人になるのは怖いけど、桐はそうではないらしい。

桐は、どこか周りに心を閉ざしている。

いつも無表情な桐の瞳に、この世界はどう映っているのだろう。

彼女の横顔を隣で見つめながら、奏美は毎日そんなことばかりを考えていた。

そう言えば最近、桐が1年生の男子に良く話しかけられているのを見かけた。

桐がその少年のことを奏美の前で話題にしたことはないけど、どういう関係なんだろうと疑問には思っていた。

 彼は、知っているのだろうか。

桐が、今――。

 

「かーなみっ」

 

 ぽん、と突然奏美の頭に手が置かれ、くしゃっと髪を撫でられる。

奏美が目線を上にやると、赤いツンツン髪の少年がにこにこと笑っていた。

彼の名前は、小坂響希(こさか ひびき)。

奏美とは同い年で、フォビドゥンフルートに乗る際のパートナーで――奏美にとっては、生まれて初めての友達だ。

響希に頭を撫でられたところで我に返り、奏美は申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「あ……えと、ごめんね、響希くん……こんな時だって言うのに、集中しなくちゃいけないのに……」

 

「ええってええって。どーせ白砂のこと考えとったんやろ。奏美はほんまにあの男前のこと大好きやなー。オレ、なんか妬けるわー」

 

 おとこまえ。

その言葉に、奏美は不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせる。

確かに格好いいけれど、桐は確かに女の子だ。

その表現は、奏美にとっては不思議な物だった。

やがて、小さな声で奏美はおどおどと告げる。

 

「白砂さん、には……憧れてるけど……ちゃんと響希くんのことも……大好き、だよ……?」

 

「うっわ! あかん! 完全にミスったわオレ! 今の録音しておけば良かったわ! ……後で、『大好き』っていっぱい言うてな?」

 

 響希の片手が、ゆっくりと下りて奏美の頬を撫でる。

手つきは優しかったけれど、奏美は触れられていることに何となく緊張してしまった。

 響希と奏美が友人関係を築くようになってそれなりの時間が経つけれど、どうして響希がここまで自分のことを可愛がってくれるのか、それが奏美にはどうしてもわからなかった。

明るくて、他人に気を遣わせなくて、空気が読めて、色々考えてて、いつも沢山の男の子に囲まれてる響希。

どう考えても自分と世界が違う響希が、どういうわけか自分に声をかけてくれて、色々あってアダムとしてパートナーになってくれて。

長いこと一緒にいるのに、わからないことだらけだった。

 自分は、ひょっとしなくても響希の友達失格なんじゃないだろうか。

少し、しゅんとして俯いてしまう。

 

「あー、そんな顔せんといて。何度も言うとるけど、オレ、奏美やないと駄目なんやで?」

 

 何でわかったの、とびっくりして奏美が響希を見上げると、響希は奏美を安心させるかのように明るく笑っていた。

響希は凄い、と奏美は常々思う。

奏美は響希のことを何もわかっていないと言うのに、響希は奏美のことを何でもわかってしまう、察してしまうのだ。

時々、心を読めるんじゃないかとまで疑ってしまう程に。

 

「何でわかるんやろー、って顔しとるなー」

 

 響希が愉しそうに目を細めて、奏美の頬を撫でていた手をさらに下へと下ろす。

首筋をするりと撫でられて、奏美の背中をぞくぞくと良くわからない感覚が駆け上がった。

 

「何でやと思う?」

 

 奏美の顔を覗き込む響希の瞳は、確かに試すような色を含んでいる。

 

「わ……わかんない……」

 

「そか。せやったら考えてやー、奏美の答えが出るまで」

 

 響希が奏美の肩に手を置いて、くるりと奏美の体の向きを反転させる。

ああ、そうか、と奏美は慌てて気持ちを切り替えようとする。

自分達はこれから、フォビドゥンフルートを起動させなければいけないのだ。

 

「ちょーっとごめんなー?」

 

 奏美が緊張して、ぎゅ、と胸の辺りを押さえていると、自分の長いポニーテールが片手で避けられたのがわかった。

露になった項に、響希がちゅっとリップ音を立ててキスをする。

そのまま吸い付かれて、奏美の心臓が跳ねた。

 フォビドゥンフルート起動の為のキスは、いつまで経っても慣れない。

唇同士のキスじゃないと言うのに、何だかいけないことをしている気分になる。

 響希は絶対、もっと可愛い女の子にキスをできた方が嬉しいだろう。

だから奏美は、ごめんなさいと響希にいつも謝りたい気持ちでいっぱいだった。

 そう言えば、誰かとキスをしたことがないと以前響希に話したら、彼は嬉しそうに『そういうのは大事にとっときーや』と笑っていた。

大事に、と言われても。

自分なんかに、そんな機会が訪れるなんてとても思えない。

 ぼんやりと逃避していたら、ぺろ、と項を熱い舌で舐められて、また全身を何かがぞわぞわっと駆け上がった。

もういいんじゃないか、と奏美は少しだけ羞恥で泣きそうになる。

どうして、いつも響希はこうして触れ合う時間を長く取るのだろうか。

それすらも、奏美にとっては迷宮入りの事案だった。

 

「……何でやと思う?」

 

 息のかかる距離で囁かれて、奏美は自分の肩がびくりと跳ねるのがわかった。

本当に、響希は自分の心が読めるんじゃないだろうか。

 

「わ……わかんない……です……」

 

「ほな、それも考えといて」

 

 最後にちゅっともう一度奏美の項に唇を強く押し付けると、響希は奏美の頭をよしよしと愛おしそうに撫でてきた。

 

「ん、今日もええ子ええ子。行こ、奏美っ」

 

「が……頑張ります……」

 

「ははっ、そんな気張らんでもええって。オレは目立つのも戦うのも好きやけど、奏美に無茶させんのは、あんま好きやないねん」

 

「あ……ありがとう……」

 

 響希が笑って、奏美がこくこくと頷いて。

二人は搭乗するフォビドゥンフルート――『トランペットヴァイン』を見上げた。

目が痛くなる程に赤いカラーリングが目を引く、両手に付けたカギ爪と、鋭く尖った足が特徴的な機体。

 これに乗って、奏美は響希と一緒に戦わなければならない。

誰かを守りたい。

自分を大切にしてくれている響希に迷惑をかけたくない。

 響希に手を引かれ、奏美はコックピットに乗り込む。

怖い気持ちは、今日も格納庫に置いて行くと決めた。

繋がれていない方の片手をそっと自分の左胸に置く。

心臓の鼓動は、先刻よりは幾分か落ち着いていた。



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懇願のキス

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その12 懇願のキス

 

 普段の桧垣雲雀(ひがき ひばり)という少女は、とても責任感が強くしっかり者の優等生である。

クラスでは委員長を務めており、青みがかった髪を三つ編みにして眼鏡をかけた文学少女然とした風貌は、彼女の真面目さを如実に示していた。

 しかし、今の雲雀にそんなしっかり者の面影など無い。

顔をこれでもかと言うくらい真っ赤にして、心臓をばくんばくんと、激しく高鳴らせて。

自分は今日死ぬのだろうか、とパニック寸前の頭で雲雀は考えた。

フォビドゥンフルートのパイロット・イヴである雲雀は、機体に搭乗する前、いつもいつもそんなことばかり思ってしまう。

戦う前に死ぬなんて間抜けにも程があるけれど、それくらい雲雀にとってはこの儀式は一大イベントなのである。

 雲雀は恐る恐る、目の前に立っている自身のパートナーの少年を見上げた。

 サラサラの黒髪、自分と同じく眼鏡をかけた真面目そうな男の子。

――格好良い。

凄く、すっごく、格好良い。

雲雀の頭の中は、そんなワードばかりで占められていた。

雲雀にとって、彼は誰が何と言おうと確かに『王子様』なのだから。

眼鏡越しから覗くきりっとした瞳と雲雀の目が合うと、彼は――駿河奈緒(するが なお)は、はっとして、困ったように目を逸らした。

 その途端、雲雀の心に激しい焦りが生じる。

ずっと見つめてしまって、変だっただろうか、気持ち悪かっただろうか、不快な思いをさせてしまっただろうか、嫌われてしまったらどうしよう。

恥ずかしくて、申し訳なくて、雲雀は静かに目を伏せる。

すると自分の眼鏡が危うくずり落ちそうになったから、慌てて片手でくいっと位置を整えた。

 雲雀が奈緒に片想いしてから、もう4年くらいは経った。

中学の時に同じクラスになってから、ずっとずっと雲雀は奈緒だけを目で追いかけ続けてきた。

そんな奈緒とどういう奇跡かフォビドゥンフルートに共に乗るパートナーになって。

それだけで、もういっぱいいっぱいなのに。

 どうしてフォビドゥンフルートを起動させるのに、キスが必要なんだろうか。

いや、嬉しいけれど、たまらなく嬉しいけれど、奈緒の唇が自分の身体のどこかに触れているというだけで雲雀は気絶しそうになるのだ。

それに、奈緒はきっと雲雀なんかにキスなんてしたくないだろうし、迷惑をかけていることだろう。

 駿河奈緒は、非常に無口な少年だ。

物静かで、落ち着きがあって、でもごくまれに耳に届く小さな声は凄く綺麗に響いて。

口数が少ないけれど、いや少ないから、その言葉の一つ一つには妙な説得力があって。

クールに見えて意外と熱い所もあって、好きな物には一生懸命で、志がまっすぐで、男らしくて。

真面目で、頭が良くて、とにかく雲雀にとっては格好良くて素敵な男の子なのだけれど、可愛い所も色々あって。

例えば奈緒は、良く食べる、凄く良く食べる。

高校3年生の男子にしてはそんなに背が大きな方じゃないのに、もりもり食べる。

もう、その胃袋まで雲雀にとっては愛おしかった。

 こんなに好きなのに、いや、好きだからこそ、未だに奈緒との接し方が良くわからなくて。

『無口な彼を落とす100の方法』、みたいな恋の本ももう随分と読み込んでいるけど、あまり実践できてはいない。

もう、好きすぎて苦しかった。

どうにかなりそうだった。

 ちら、と雲雀は横目で自分達のフォビドゥンフルート――『ブライダルベール』を見やる。

白銀の機体に少し黒いラインが入っている、銃撃戦メインの機体。

これに乗って、雲雀と奈緒は何度も何度も戦ってきた。

戦闘中はそれどころじゃないから普通に会話もできるし、作戦も実行できる。

けれど、日常生活で大好きな彼と何をどう話せばいいのかまるでわからない。

 もう一度、こっそり雲雀は奈緒を見る。

また目が合う。

奈緒の顔がさっと桜色に染まって、彼はまた雲雀から目を逸らした。

いつまで経っても、キスが行われる気配はない。

どうしようもなく、雲雀まで緊張してしまう。

 ――陽夏ちゃんは。

ふと、同い年で幼馴染の、ついでに彼氏持ちの親友の存在が雲雀の脳裏を過ぎった、

佐久間陽夏は、いつもどうやって森永八尋とキスをしているんだろうか。

もっとも、幼い頃から面倒を見てきた大切な大切な可愛い親友があんな単純馬鹿なお子様と付き合っている事実は、雲雀としてはまだ認めたくないことなのだが。

 

「ブライダルベールー、どったのー? 起動してないみたいだけど何かあったー?」

 

 格納庫に響いた放送に、奈緒と雲雀は揃ってびくっと反応した。

司令官の宇賀神剛の声だった。

何かあったと言いますか、何も起こってないと言いますか。

どうしよう、と雲雀の頭の中がぐるぐると回る。

やっぱり、奈緒は自分なんかにキスをするのなんて嫌なのだろうか。

 ――なんて、思っていた時。

ぐいっと雲雀の左手が強い力で引っ張られた。

その拍子に、雲雀の三つ編みが揺れる。

え、と雲雀が声を出す暇もなく、奈緒は引き寄せた雲雀の左手の手のひらにちゅっと唇を落としていた。

雲雀の全身の血液が、かあっと顔に集まった気さえした。

色々と沸騰しそうで、キャパオーバーだった。

 

「…………ごめん…………」

 

 小さな声で呟かれた奈緒の謝罪の言葉に、雲雀はぶんぶんと勢い良く首を横に振った。

『いいえ、むしろありがとうございます!』と言いたい気持ちでいっぱいだったが、流石に気持ち悪いと思われるだろうから言えなかった。

 奈緒はいつも、雲雀の手のひらにキスをする。

手の甲じゃなくて手のひらと言うのは何だか変わっているとは思ったけれど、雲雀は奈緒にキスしてもらえるならばもう何でも良かった。

 気付けば、ブライダルベールの起動準備が整っていた。

慌てて雲雀が乗り込もうとすると。

 

「……桧垣」

 

 奈緒が雲雀の名前を呼んだ。

雲雀の心臓が跳ね上がる。

正確には苗字だけれど、奈緒の綺麗な声で呼んでもらえるのならば、もう何でも良かった。

そして、奈緒は静かに、けれどはっきりと告げた。

 

「…………俺が、守る、から」

 

 ――その言葉は、雲雀の既にボロボロだった心臓を完膚なきまでに打ちのめした。

奈緒の言葉の破壊力は、殺傷力は、LOVEの攻撃よりも鋭い物があると雲雀は考える。

まだ戦闘が始まってすらいないのに、雲雀はくらりと倒れそうになった。



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私が生きる理由

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その13 私が生きる理由

 

 12年前の6月2日、『平和の落日』。

私は、全てを失った。

私の全ては、確かに壊れた。

私の心は、確かに死んだ。

 どうして私達家族はあの日釧路に、絶望の最中に居たのだろう。

後悔したって、もう遅いのだけれど。

 あれからもう12年も経ってしまったのか、と私は私のフォビドゥンフルートに搭乗しつつ、ぼんやりと考えた。

隣席は、無人。

これはそういう機体なのだ。

 12年も経ったと言うのに、自分の身体がこの歳にしてはひどく小さいことに、多少のコンプレックスはあった。

その代わり、色々と鍛えてきたから、力はあるけど。

 父を、母を失って、息の仕方がわからなくなって、声の出し方を忘れて。

感情がゆっくりと死んで行って、記憶が日に日におぼろげになって、落ち行く所にまで落ちて行った日々の中。

自分が生きているのか、死んでいるのかすらも曖昧になっていたあの日。

私は、『彼』と出会った。

病室に閉じこもってばかりだった私は、両親の知り合いだという大人達に連れ出されて、ぼうっと歩いて。

その先に彼は居た。

 純白の乙女の姿をした彼は、状況を理解できていない私をコックピットの内部に招き入れて、不器用ながらも語り掛けてきた。

人格は男性だと言うのに、姿は乙女だなんて、不思議だね。

以前そんなことを彼に言うと、彼は一気に不機嫌になってしまった。

ひどいことを言ってしまったと思う。

それでも、彼のぶっきらぼうな声は優しかったけれど。

 私が出会ったのは、世界で唯一、意思を持ったフォビドゥンフルート。

実験的に、人間の意思を植え付けられたフォビドゥンフルート。

『平和の落日』の犠牲者の中で最も『生きたい』という想いが強かった少年の人格が宿ったフォビドゥンフルート――『ドッグウッド』だった。

とは言っても、彼は生前の自分の記憶は曖昧だと言う。

データとしてフォビドゥンフルートのコックピットで目覚めてから、彼の人生は始まったのだと、彼は言った。

 それでも、自分と同じ心の傷を抱えた彼の存在は、死にかけの私にとっては救いだった。

私が私の両親の知り合いがフォビドゥンフルートの開発者だと知ったのは、彼と交流を重ねて大分時が経ってからだった。

 

「おい」

 

 彼の声が、コックピットに響いた。

低い男性の声。

初めて会った時はもう少し幼い声をしていた覚えがあるのだけれど、時が流れるにつれて恥ずかしくなったらしく、大人達に頼み込んで声色を変えてもらったらしい。

それにしては、野太くしすぎだと思うけど。

限度と言う物を知らないのだろうか。

これはこれで、彼らしいけれど。

 

「あんま、飛ばしすぎんじゃねーぞ」

 

 口調は荒いのに、私を気遣う色が含まれた彼の声に、私はこくりと小さく頷いた。

 

「私は大丈夫。どっくんは、前だけ、敵だけ見ていて」

 

「……おいコラ、その『どっくん』って呼び方やめろって何度も言ってんだろーが。かっこ悪いだろ」

 

「そうかな、可愛いと思うんだけど」

 

「可愛くねーよっ! くそっ、そういうんじゃなくて、もっと俺を男として――じゃなくて、そうでもなくて、ああもうっ」

 

 彼が、ドッグウッドが、私に言わせるとどっくんが苛立たしげな声を上げた。

彼は私と違って随分と感情が忙しい。

短気で、喧嘩っ早くて、荒々しくて、でも意外と真面目で、責任感も強いし、戦いへの覚悟もある、ひた向きと言うか、真摯な所だってある。

私は彼の、そういう不器用なまっすぐさを深く信頼していた。

 だから、私は、彼に乗ることにしたんだ。

彼と共に、戦うことにしたんだ。

どっくんは、最後まで反対したけど。

 戦いで傷つくのも、死と隣り合わせなのも、別に怖くない。

私はもう、全部失っている。

今更、私がどうこうなることで怖い物なんてない。

パートナーがいない状態でイヴである私が単独でどっくんを動かすのは危険だと、司令官の宇賀神さんには散々言われてきた。

 だけど、パートナーなんて要らない。

どっくんがついていてくれる。

それだけで心強いし、私は充分戦える。

全身の血液が沸騰しそうになる程の苦痛にも、とうに慣れてしまった。

 宇賀神さんは愛情が大事だと、馬鹿の一つ覚えみたいに言ってくるけれど。

死ぬのは別に怖くない私は、ただひたすらに、誰かを愛する感情だけが恐ろしかった。

両親を愛したように、もし私がまた誰かを愛してしまったら、必ずそれに『終わり』の恐怖が付き纏う。

 また、失ってしまうのが怖い。

あの日経験した喪失感を、もう味わいたくない。

だから、いつも私に控えめながら優しく笑いかけてくる小柄でおとなしい彼女と友達になるのも怖い。

私には、彼女が私におずおずと向けてくる友情を真っ直ぐに受け止める勇気はない。

 でも、どっくんは、機械の命だ。

人間とは違う。

うまくいけば、永遠にだってその命は続くかもしれない。

私が守り続ける限り、私が傷付けさせない限り、どっくんの命に、終わりは来ない。

 

「行こう、どっくん――私の親友」

 

 静かに、彼に語り掛ける。

 

「私達の力で、全部終わらせよう」

 

 もう、私のように心をズタボロにされる存在が現れないように。

全てを失った私と友達になってくれた、無機質なようで温かい確かな命の為に。

私は。

 ――白砂桐は、ドッグウッドのイヴとして、戦うんだ。



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手負いの獣

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その14 手負いの獣

 

「さーてっと……」

 

 基地で拝借した巨大ランスを握り締めた訓練機に乗り込んで、天内裕太はぺろ、と舌なめずりをしていつも通り不敵な笑みを浮かべる。

今回出現したLOVEは、蜘蛛の姿をしていた。

サイズは小型。

街外れの森の中に巣食っている。

気持ちが悪い、と不快感を明確に抱きつつも裕太は辺りを見回した。

LOVEが暴れたせいか、機体の足元のあちこちに木々が倒れている。

自然破壊も甚だしい。

 

「はいほーい! みんな聴こえるー? 剛さんでっす! LOVEのデータは送っといたよね? ハートはいつもの手筈で雲雀ちゃん見つけといて! んじゃ、現場の指揮はモーニンググローリーに任せた!」

 

「了解!」

 

 通信機から、司令官の宇賀神剛の明るい声が聴こえてきた。

ハート。

LOVEを完全に倒すには、LOVEの体内のどこかにある核、『ハート』を破壊しなければいけない、と裕太も局地戦闘部隊に居た頃は散々言い聞かせられていた。

裕太はいつも自爆してLOVEを倒していたのだから、あまり意識したことはなかったのだが。

そこまで考えて、訓練機である為に自分だけLOVEのデータを送られていないことに気付き、裕太は小さく舌打ちをした。

 まあ、どうでもいいかもしれない。

どうせいつも通り自爆してしまえば、すぐ終わるのだから。

 とは思ったが、ここは大自然の中だ。

下手に火事など起こせばまずいことになるのは容易に想像できる。

 仕方なく息をつくと、裕太は一番後ろに下がって、北海道部隊のフォーメーションを確認した。

時折モニターに映るパイロットの顔情報を見て、頭脳をフル回転させてそれらをまとめて、メンバー構成を覚える。

 まず、前衛が三機。

 センターポジションを陣取っているのは、両腕が双剣になっている青くシャープな機体『モーニンググローリー』。

モニターの反応によるとこの部隊のリーダー機らしい。

アダムは北海道部隊リーダーの神名清文。

銀髪で、目つきが悪くて、どこか苛立っているような顔をしている。

何となく、雰囲気が今までの教官に似ている、と裕太は思った。

モーニンググローリーのイヴは桃坂恋花。

清文とは対照的に、緊張感のないニコニコ顔で、名前の通り桃色の長い髪をツーサイドアップにまとめている可愛らしい少女だった。

もっとも、裕太にとっては白砂桐の方が何億倍も愛くるしいのだが。

このモーニンググローリーが全機に指示を出して戦うらしい。

裕太に従う気は毛頭なかったが。

 モーニンググローリーの右隣には、両腕の拳を纏うごつごつとした装甲が目立つ、オレンジ色と紫色のツートンカラーの機体『ファレノプシス』。

この機体のアダムとイヴは裕太には馴染みがあった。

裕太が一方的に恋愛の師匠扱いしている森永八尋と、その恋人の佐久間陽夏。

後で起動の時、どこにキスをしたのか根掘り葉掘り八尋に聞いてやろうと裕太の悪戯心が疼く。

 モーニンググローリーの左隣には、両手に付けたカギ爪と、削ぎ落されたかのように尖った足首が目を引く赤い機体『トランペットヴァイン』。

アダムは小坂響希。

機体と同じく真っ赤な髪が特徴の威勢が良さそうな小柄な少年で、どうやら関西弁を話すらしかった。

イヴは衣笠奏美。

栗色の長い髪をポニーテールにまとめた、おとなしそうな小柄な少女。

奏美の顔を見た瞬間、裕太は確かに驚愕した。

彼女が裕太の想い人・白砂桐の友人だったからだ。

まさかそんな身近にイヴが居たとは思っていなかった。

後で職権濫用して根掘り葉掘り桐について色々と情報を探ろう、と裕太は密かに決意する。

 フォワードはこの三機で攻めるらしい。

 次に後衛の二機。

 二丁の拳銃を構えているのは、淡い紅色の機体『スピランセス』。

アダムは、先程裕太が格納庫で遭遇した伊波翔真。

イヴは、翔真の愛娘・伊波ほたる。

裕太の予想通り、スピランセスは後方支援タイプだったらしい。

仰々しい銃を構えて、LOVEから距離を取っている。

 後方のもう一機は、白銀の機体にやや黒いラインが入った『ブライダルベール』。

両腕を良く見ると、砲になっているようだった。

銃撃戦メインの機体らしい。

アダムは、やや黒髪と眼鏡越しの鋭い目つきが特徴の、滅多に声を発さないらしき少年・駿河奈緒。

イヴは、青みがかった黒髪を三つ編みにまとめて、これまた眼鏡をかけている真面目そうな少女・桧垣雲雀。

雲雀の顔を見て、裕太は違和感を思い出す。

先程剛が、雲雀に『ハートを見つけておいて』と言った旨の台詞を口にしていたからだ。

どういうことだろうか。

 裕太が首を傾げていると、モニターに一瞬映った雲雀が眼鏡を外して、じっとLOVEを見つめた。

雲雀の青かった瞳が、銀色に輝く。

 

「――見つけました! ハートは喉の奥です! 巣の状態を見る限り、糸を吐き出す瞬間があると思われるので、皆さんそこを狙ってください!」

 

 再び眼鏡をかけた雲雀が叫んで、画面が切り替わる。

一瞬見えた眼鏡をかけている雲雀の瞳は、青色に戻っていた。

各機体が、当たり前のように戦闘態勢に入る。

 ぽかん、と裕太は口を開ける。

雲雀は、何故かハートの位置が一瞬でわかる能力を持っているらしい。

ハートの位置は普通、戦闘中に攻撃を何度か重ねて探るものだと裕太は聞いていた。

位置がわかったのは、雲雀のあの瞳が関係しているのだろうか。

 裕太が困惑している間にも、八尋と陽夏の機体・ファレノプシスが沈黙しているLOVEに突っ込む。

 

「おっしゃ! 行くぜ陽夏! ぶっ飛ばすぞ!」

 

 八尋の声が響く。

次に聴こえたのは、清文の怒鳴り声だった。

 

「バカ! 八尋てめえ、いきなり突っ走んじゃねえ! まずは動きを見て――」

 

「うおわあ!?」

 

 清文が言い終わらないうちに、八尋と陽夏のひっくり返った声がコックピットに反響した。

これまでおとなしくしていた蜘蛛型LOVEが、糸を吐き出したのである。

その瞬間、翔真とほたるの機体・スピランセスが銃弾を口内に向けて発砲したけれど、思いの外LOVEは素早く巣を駆けてそれを避けた。

LOVEの口は既に、閉じられている。

八尋達のファレノプシスは、白い糸でぐるぐる巻きにされていた。

 

「うげー、べたべたする……」

 

 陽夏が不快そうな声を上げる。

次いで八尋が焦った声を出した。

 

「っ、わりい陽夏! 大丈夫か!?」

 

「ん、へーきへーき。けど八尋くんはいい加減人の話聞けよな」

 

 機体のダメージはイヴに降りかかるから、糸の気持ち悪さはイヴに直接伝わってしまう。

お姫様には憧れるけれど、イヴにはなりたくないな、と裕太は漠然と思った。

 

「……森永。……指示に従え。……暴走するな」

 

 八尋を非難するかのように、奈緒が静かな声で呟く。

奈緒の隣では、雲雀が親の仇を見るかのような形相でわなわなと震えていた。

 そんな中、響希と奏美の機体・トランペットヴァインがカギ爪でファレノプシスを纏う糸を切り裂く。

解放されたファレノプシスを見て、響希は笑った。

 

「あはは、八尋は相変わらずアホやなー! 世話焼けるわー。考えナシにも程があんでー?」

 

「な……っ、響希さんにだけは言われたくねーっす!」

 

「ありがとな、奏美ちゃん。手、ベタベタしねえ?」

 

「い……いえ、私は、その……平気、です……」

 

 トランペットヴァイン組とファレノプシス組の会話がひと段落したタイミングを見計らって、翔真が口を開く。

 

「うーん、そう簡単にハートは破壊させてくんねーのな。奈緒達はどう? いけそう?」

 

 翔真の言葉に、奈緒がぼそっと答える。

 

「……あのLOVE、意外と動きが速い。……けど、誰か止めてくれればいける」

 

 奈緒の呟きに反応したのは、清文だった。

 

「よし、前衛組! 一気にかかれ!」

 

「キヨちゃんにつっづけー!」

 

「うるせえ桃坂!」

 

 モーニンググローリー、ファレノプシス、トランペットヴァインが一斉にLOVEに攻撃を仕掛ける。

巣を伝ってLOVEが後退していくが、モーニンググローリーが双剣で次々に巣を切り裂いていく。

やがて、画面越しに清文がにっと笑ったのが裕太の視界に映った。

 

「ばーか。やっとかかったな」

 

 かかった。

どういう意味だ。

裕太は不思議に思ったけれど、その疑問は案外すぐに解決した。

 裕太は忘れていた。

最後の一機のフォビドゥンフルート。

四足歩行の純白の獣・『ドッグウッド』の存在を。

 そう言えば、誰が乗っているんだろうか、と裕太は首を傾げる。

先程からドッグウッドのパイロットだけは一言も会話に参加しないから、情報を頭に叩き込めない。

 追い込まれたLOVEの背後から、ドッグウッドが顔を出し、その体に思い切り噛み付いた。

LOVEが醜い悲鳴を上げる。

 口を開け、ハートが剥き出しになる。

スピランセスとブライダルベールの後衛組が銃を構えた。

でも。

 

「みんな! だめ! 避けて! なんかざわってきた!」

 

 幼い悲痛な叫びが響き渡る。

ほたるの声だった。

衝動的に、裕太は飛行ユニットを用いてさっと訓練機を上空へ舞い上がらせた。

地上に見えたのは、白い糸を大量に吐き出すLOVEの姿。

ドッグウッド以外の全ての機体が糸まみれになる。

これでは再始動までに、時間がかかるだろう。

 

「……っと、だったらこれもう、オレがやるしかないでしょ……!」

 

 ぺろ、ともう一度舌なめずりをして、裕太は巨大ランスを構え、LOVEの口内目掛けて突っ込んだ。

幸いLOVEはドッグウッドが押さえていてくれる。

これならいける。

――と、思ったのだけれど。

 狙いが、外れた。

巨大ランスはLOVEの黒い表面を引き裂き、押さえていたドッグウッドの装甲を僅かに傷つけた。

一瞬、女性が息を呑む音がした。

もしかして、ドッグウッドのイヴの声だろうか、と裕太は焦る。

機体を傷つけたと言うことは、ドッグウッドのイヴに直接痛みを与えてしまったことになる。

謝ろうと裕太が口を開いた瞬間。

 

「……うえっ!?」

 

 ドッグウッドが、裕太の乗る訓練機に噛み付いてきた。

 

「ちょ……待って待って待って!」

 

 必死に抵抗しようとじたばたと裕太は訓練機の両腕を動かすけれど、訓練機の腕が、巨大ランスの切っ先が機体に当たる度、ドッグウッドの態度はより攻撃的な物になった。

やがて、ドッグウッドと訓練機は揉み合いになって、木々をなぎ倒してごろごろと転がって行って。

 裕太が息を整えた頃、我に返った頃、裕太の視界には傷だらけのドッグウッドが倒れているのが映った。

まるで手負いの獣だ。

 ここまで転がったということは、コックピットの中もぐちゃぐちゃに揺れたということで。

幻痛どころじゃない、本当に怪我をしたはずだ。

 幸い裕太は要領の良さを発揮し、うまく躱してほぼ無傷ではあった。

代わりに訓練機は、もう使い物にならないくらいにボロボロになってしまったが。

 

「ああ、もう! ちょっと、何やってんすか!」

 

 慌てて裕太は訓練機を降りて、ドッグウッドのハッチをどんどんと叩く。

その時、違和感を感じた。

 

「おい! おい、しっかりしろ! おいったら!」

 

 低く野太い男性の声がコックピットの中から響いていた。

おかしい。

裕太の頭が、違和感に支配される。

ビースト・モードになってるということは、ドッグウッドの内部にはアダム――男性パイロットはいないはずだ。

女性パイロット・イヴだけでフォビドゥンフルートを動かす暴走状態がビースト・モードを指すのだから。

 だから。

だから、男の声がする筈はないのに。

 何故だろうか。

裕太は心臓の辺りがざわつくのを感じた。

先程、ドッグウッドのイヴが一瞬だけ声を上げた瞬間。

少しだけ、裕太の心に不安が宿ったのだ。

絶対に聴こえる筈がない声が、した気がしたから。

 そう。

聴こえる筈はない。

筈がないのに。

なのに、何で。

何で、こんなに――。

 裕太がハッチを、もう一度ノックする。

かしゃん、と音を立ててドッグウッドのハッチが開いた。

その奥で。

ドッグウッドのコックピット内で、血だらけで倒れているのは。

 肩まで切り揃えられた栗色のボブショート。

いつも、彼女の髪の美しさに見惚れていた。

赤い血に染まった、黄色いヘアピン。

いつも、陽の光を反射するそれが眩しかった。

辛うじて元の色がわかる、緑色のジャージ。

裕太は、この色を良く知っている。

 少女が、ドッグウッドのイヴが、頭から血を垂れ流しながらゆっくりと顔を上げる。

裕太がいつも夢中になっていた青い瞳が、裕太の姿を捉える。

 

「……き、り……さん……?」

 

 裕太の喉から洩れた声は、やけに情けない色を乗せていて。

こんな所に、いる筈がなかったのに。

裕太の目の前に倒れているのは、裕太が傷つけてしまったその相手は。

――裕太の最愛の存在、白砂桐だった。



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オレの想いを受けてください

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第一話『プリンセス・ミーツ・プリンス』その15 オレの想いを受けてください

 

「おい、桐! 桐、平気か!?」

 

 野太い声が、天内裕太と白砂桐しか居ない筈の狭いコックピット内に響いている。

この声は、誰の物なのだろう。

裕太の頭は、完全に混乱していた。

 桐が、当たり前のように口を開く。

コックピット内の『誰か』と、会話を交わす。

 

「平気。どっくんこそ怪我は?」

 

「俺は大したことねーよ! てめえ、血だらけじゃねーか!」

 

 コックピットの隅に倒れていた桐が起き上がり、ふらつきながら席に着座しようとする。

再びバランスを崩したその体を、裕太は慌てて手を伸ばし支えた。

 

「桐さん……なんで……」

 

 裕太の声は、震えていた。

桐は、最早裕太にとって見慣れてしまった冷たい瞳を裕太に向ける。

 

「……早く出てって。邪魔」

 

「邪魔って……桐さんが、そんな……ドッグウッドの、イヴだなんて……オレ、知らなくて……何で……」

 

 何で、言ってくれなかったんですか。

何で、一人で乗ってるんですか。

訊きたいことは、色々あった。

でも、言葉にならなかった。

 桐に触れている箇所から、ゆるゆると伝わる生暖かい感触。

血の感触。

初めて触れた命の感触。

 

「天内。出てって」

 

 名前を呼ばれて、裕太の肩がびくりと跳ねる。

いつもは嬉しいそれが、素直に喜べない。

 

「……っ、桐さん、一人でコレ動かすつもりっすか!? 無茶でしょ、ビースト・モードはイヴの身体にすっげー負担かけちまう!」

 

「一人じゃない。どっくんが傍にいてくれる」

 

 どっくん。

先程も桐はその名を口にしていた。

居る筈のない、男性の声に向かって。

 

「ドッグウッド。実験的に人間の意思を植え付けられた世界で唯一のフォビドゥンフルート。私の、世界で唯一の親友」

 

 桐は、淡々と裕太に彼女の真実を述べる。

ドッグウッド。

どっくん。

この機体が、白砂桐の親友。

意思を持ったフォビドゥンフルートなんて、裕太は聞いたことすらなかった。

『ドッグウッド』の声が、コックピットに響く。

 

「桐、やめろ! こんな傷だらけの上にビースト・モードを発動させれば、お前は……っ!」

 

「私は平気。どっくんは私が守る。……さっき、沢山傷付けてごめんね」

 

「だから、俺のことは気にすんなって……!」

 

 桐と、ドッグウッドが会話を重ねる。

裕太は、置いてきぼりのまま。

 ――そんな場合じゃないのに。

本当に、桐をこんなに傷付けたのは他でもない裕太自身だと言うのに。

桐とドッグウッドの間にある強固な信頼関係に対して。

つまらない嫉妬心が、裕太の中で疼いた。

 

「桐さんっ」

 

 体勢を整えようとする桐の腕を引き寄せ、裕太は桐が自分と向かい合うようにする。

桐の両肩を掴んで、裕太は懇願するように呟いた。

 

「オレと、乗ってください」

 

「な……っ!? てめ……っ!」

 

 裕太の言葉に反応したのは、桐ではなくてドッグウッドの方だった。

ドッグウッドが怒鳴り出すのを遮って、裕太は桐に必死に語り掛ける。

 

「どうしても戦いたいなら、オレをこのフォビドゥンフルートに乗せてください。オレを、あんたのアダムにしてください……っ」

 

「自爆する気?」

 

 桐の冷えた声に、裕太の言葉は止まる、止められる。

桐は、何の感情も籠っていない瞳で裕太を見ていた。

 

「神名さんが言ってた。君は、中学時代訓練機を片っ端から自爆させてLOVEを倒してたって」

 

「……もう、そんなことしねーっす! だってこの機体でそんなことしたら、桐さんが――!」

 

「私はどうでもいい」

 

「――え?」

 

 迷いなく告げられた言葉に、裕太は固まる。

桐は、こめかみを伝う血をジャージの袖で拭って、言った。

 

「何で私が君をさっき攻撃したか、わかる?」

 

「それは……オレが桐さんを傷付けちまったから……」

 

「違う」

 

 澄んだ声。

桐はいつものように、射貫くように裕太を見据えた。

 

「私がどっくんに乗ってるのは、どっくんを守る為。無責任なパイロットに任せて、どっくんを下手に傷付けたくないから、壊したくないから戦うの。どっくんは私の大切な友達。君の巨大ランスは、さっきどっくんの装甲を傷付けた。それがどうしても許せなかった。私は、私の友達の為なら、命だって捨てられる」

 

 裕太は息を呑んだ。

裕太もそうだったし、コックピット内に響くドッグウッドの声もそうだった。

桐の覚悟が、悲しいまでに本物だったから。

桐の、友達を、ドッグウッドを想う気持ちが本物なのだと嫌と言う程突き付けられてしまったのだから。

 誰かの為に戦うなんて、裕太は想像したことがなかった。

裕太はいつも、自分の為だけに戦ってきた。

自分の存在証明の為だけに戦ってきた。

周りの人間はどうでも良かった、みんな敵だった。

平和や未来などに、特別執着はなかった。

 宇賀神剛は、言っていた。

愛情を知った者同士が乗るフォビドゥンフルートは、無敵なのだと。

正直、それを聞いた時、裕太は内心馬鹿馬鹿しいと思っていた。

でも、裕太は愛を知ってしまった。

桐に出会って、愛を知った。

初めて誰かを本気で心から好きになった。

これが愛情なんだって、今ならはっきり言える。

 伊波翔真は、愛の答えはここにあると言っていた。

ならば、自分のやることは一つだ。

裕太の心に、再び決意の炎が宿る。

 

「オレと乗ってください、桐さん」

 

「嫌。アダムなんて要らない。君がどっくんを傷付けない保証はない」

 

「……オレはっ!」

 

 思わず裕太は、声を荒げてしまった。

少しでもこの激しい想いが、無感動な桐に伝わってほしくて。

自分でも子どもだと思ったけど、もう溢れ出した感情は止まらなかった。

 

「オレは桐さんが何でイヴやってんのかとか、何でフォビドゥンフルートと友達なのか、全部、全然わかんねーけど、オレはちゃんと桐さんのこと知りたい、ここで逃げたくない」

 

「何で」

 

「そんなの、オレが桐さんのこと大好きだからに決まってんだろ!」

 

「私は天内のこと好きじゃない」

 

 わかっていた言葉。

桐は、最初から天内裕太になんて興味が無い。

でも、桐はドッグウッド以外の全てに対して無関心だった。

優劣が、無かった。

そんなその他大勢に天内裕太を入れてくれたことが。

天内裕太を変な肩書きで見なかったことが。

天内裕太を天内裕太として見て、その他大勢のカテゴリーに入れてくれたことが。

――裕太は、何よりも嬉しかったのだ。

 

「いいよ、それでも! オレが好きならそれでいいんだ! それでいいけど、桐さんが傷付くのは嫌だ。桐さんがこのフォビドゥンフルートを守りたいように、オレも桐さんを守りたい」

 

「君に守れるわけない」

 

「守るよ!」

 

 裕太は叫ぶ。

その途中、何故だか泣きそうになった。

それから。

 

「桐さんの為なら、オレは――命だって捨てられる」

 

 桐が、ドッグウッドに対して言った言葉。

自分だって、そのくらい、桐のことを想っている自信が裕太にはあった。

ふと、翔真の存在がまたしても脳裏を過ぎる。

今なら、わかる気がした。

自分がちゃんと、桐のことを愛しているということが。

 裕太はそのまま桐の両頬に手を添える。

屈んで、桐に顔を近付けて。

 

「……好きです、桐さん」

 

 もう、何度目かわからない告白を口にして。

ちゅ、とかなり強引に、裕太は桐の唇を奪った。

桐が、一瞬目を見開く。

ドッグウッドが焦った声を上げる。

 次の瞬間。

暗かったドッグウッドのコックピットに、ぱあっと明かりが灯った。

裕太が、ドッグウッドのアダムとしてシステムに認められた証。

 唇を離すと、桐はいつもの冷めた目で裕太を見ていた。

一瞬何か言いたげだったけれど、桐は裕太を突き飛ばして着座する。

 

「おい、桐!?」

 

「どっくん。今は、あのLOVEを片付けるのが先」

 

 ドッグウッドもまた何か言いたげだ。

けれどそれを敢えて無視して、裕太も桐の隣席に座りそっと彼女の手を握った。

途端に、桐の意識が脳内いっぱいに流れ込んでくる気がした。

これが、パートナーと同調するということ。

初めての感覚。

どきどきして、ざわざわして。

自分の意識が、自己主張が、桐の意識を塗り潰そうとする。

同調が、うまくいかない。

 ――ふざけるな。

今までの自分を、殺せ。

自分しか見えてなかった自爆野郎は、もう全部殺してやる。

抱え続けてきた尖がった承認欲求も、コンプレックスも、もう全部どうでもいい。

全部全部、白砂桐という一人の少女への愛に換えてやる。

そのくらい、自分は本気なんだから。

 そう裕太が決意した瞬間。

桐の意識と裕太の意識が、上手く溶け合って。

同調が成功したのを、肌で感じた。

 

「いくよ、天内」

 

「……っ、はい!」

 

 桐が、大好きな桐が、自分のパートナーとして自分の名前を呼んでくれる。

それだけで、裕太はもう胸がいっぱいになったけれど。

いつまでも感動しているわけにもいかないので、裕太はレバーを握ってフォビドゥンフルートを起動させる。

 四足歩行の獣が、がしゃんがしゃんと変形していく。

二本の脚で立って、鋼鉄の乙女が凛と佇む。

この姿は、きっと裕太が恋をした桐に似ている。

ふと、裕太はそんなことを思った。

純白の乙女――ドッグウッド。

裕太と桐が揃うことで、初めてこの姿で戦場に立てたのだ。

 ひしゃげた訓練機からドッグウッドは巨大ランスをひったくる。

戦闘態勢、準備完了。

 ドッグウッドは一気に駆け出し、巨大ランスの切っ先で、次々と糸に囚われた仲間達を解放していく。

自由の身になった他の機体が、蜘蛛型LOVEに一斉に攻撃を仕掛ける。

 LOVEがまた口を大きく大きく開け、糸を吐き出そうとする。

それでも、ドッグウッドの方が速かった。

同じ手には引っかかってやるつもりはない。

一直線に進み、ドッグウッドは巨大ランスの切っ先をLOVEに突き付ける。

 ふいに、裕太は思い立った。

いつの日かフォビドゥンフルートに正式に乗れたら、一つだけやりたいことがあったのだと。

風の噂で聞いたことがある。

戦闘部隊の中には、士気を高める為に固有の必殺技名を持っているフォビドゥンフルートも在るのだと。

だから、今名付けよう。

初めてフォビドゥンフルートに乗れた記念に、初めて愛する人と戦える記念に。

 

「桐さんっ! 必殺技とかあったらかっこよくないっすか!?」

 

「どうでもいい。そういうの、天内に任せる」

 

「はーいっ!」

 

 桐と短く言葉を交わし、レバーを握る手に力を込め――裕太は叫んだ。

自分の、自分達の、必殺技は――。

 

「……っ、ドルチェ・エクスプロージョン!」

 

 爆発させろ。

今までのような機体なんかじゃない、胸に燻ぶるこの熱い甘い感情を、そしてLOVEの命の核を。

この槍で、全部弾けさせてしまえ。

憧れの技名なんかを叫んで、裕太は巨大ランスを直進させる。

 口を開けたまま固まっているLOVEの喉の奥の、剥き出しのハートに、思い切り、容赦なく槍を突き刺す。

ばん、と大きな音がして派手にハートが弾けた、爆発した。

直後、黒いLOVEの輪郭が、緩やかに崩壊していって。

――やがて、その闇は空気に溶けて行った。

 

「……はー……」

 

 LOVEを、倒した。

初めて、正式なフォビドゥンフルートで、正式なパートナーと一緒に。

その充実感で、裕太はずるずると席にもたれかかってしまう。

 そうか。

パートナーと協力して戦うと言うのは、こういうことなのか。

思っていたより、悪くはない。

 でも、正確には自分達は三人組か。

どうせなら、桐と二人っきりが良いのに。

なんて、戦いが終わったからか裕太が呑気に構えていた時だった。

 

「天内」

 

 いつの間にか、桐が無表情のまま裕太の目の前に立っていた。

傷だらけだと言うのに、その姿はやけに凛々しい。

凛々しい、を通り越して威圧感すらも感じさせる。

そんな所も、裕太には魅力の一つではあったが。

裕太が言葉を待っていると、桐は裕太にとって信じられない言葉を発した。

 

「さっきの、私のファーストキスだった」

 

「へ」

 

 裕太が、固まる。

あれが、桐のファーストキス。

つまり、自分が桐の初めてを奪ってしまったことになる。

そんなの、嬉しい以外の何物でもない。

 しかし、喜びに浸る間もなく。

裕太の顔面に重い衝撃が走った。

殴られた、と認識するよりも先に次々に桐の鉄拳が裕太に襲い掛かってきて。

結局裕太はボロボロの桐と同じくらい桐にボコボコにされて、桐と揃って戦闘後病院送りになった。

 桐のことを、裕太はまだ何もわかっていないし何も知らない。

けれど、何を知っても好きだと思える自信はあったし、もうこの気持ちは止められないとすらも思った。

自分に愛を教えてくれた桐の為に、荒んでいた自分を変えてくれた桐を守る為に、自分は戦おう。

そう、決意したのは紛れもない事実で。

 ――こうして、天内裕太の北海道部隊での日々が幕を開けたのだった。



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第二話次回予告&登場人物紹介その1(北海道部隊パイロット)

『鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話次回予告』

 

どーも! 天内裕太っす!

北海道部隊に配属されて、なんと愛しの王子様・桐さんとラブラブパートナー関係!

……って、思ったんだけど、桐さんの親友にしてオレの機体のドッグウッドがオレの恋路を全力妨害!?

日常生活ではオレの携帯電話にデータを移動させてオレを監視・撃退とかもうなんなんすかあ!

は!? ドッグウッドも桐さんのことが好きって……え、マジで!?

幼馴染属性なんかに負けてたまるかー!

見せろ、年下の意地!

 

 

次回、鋼鉄乙女フォビドゥンフルート!

 

第二話『恋敵・ビバーチェ』!

 

次回もオレと桐さんのラブラブロマンスを見てくださいねっ!

 

 

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート登場人物紹介①

 

 

・天内裕太(あまうち ゆうた)

 

雪月高校1年生。

175cm。

一人称は『オレ』。

容姿:黒髪赤目の美少年。

 

本作の主人公。

対LOVE戦闘部隊北海道本部司令官・宇賀神剛の引き抜きにより局地戦闘部隊から北海道部隊に転属されたフォビドゥンフルートのパイロット。

純白のフォビドゥンフルート『ドッグウッド』のアダム(暫定)。

パートナーは白砂桐。

飄々としていて生意気で不遜で自信家。

ノリが軽くてチャラくて自由奔放。

いつもへらへら笑っており、基本的に周囲に対してはナメた態度を取る。

実兄は世界で初めてフォビドゥンフルートを起動させた英雄・天内藍司(あまうち あいじ)。

パイロットとして、人間として、男性としてあまりにも完璧すぎた兄に激しいコンプレックスを抱えている。

その内面は繊細で、承認欲求の塊。

局地戦闘部隊にいた頃は自分一人の力を誇示する為に訓練機を乗り捨てて自爆させる無茶苦茶な戦法でLOVEを撃破してきた。

その為上層部からの評価は軒並み『問題児』。

本人も自覚している。

兄へのコンプレックスからお姫様願望を拗らせており、退屈な日常から自分を連れ出してくれる白馬の王子様のようなヒロインとの運命の出会いを求めていた。

雪月高校入学初日に理想的な出会いを果たした桐を『運命の王子様』認定してころっと恋に落ち、彼女の前では周囲が引く程デレデレになる。

桐に猛アタック中だが全く相手にされていない。

でも恋愛面に関してはやたらとポジティブでめげない。

乙女思考で、少女漫画や恋愛映画などを好む。

同い年で同じ部隊のアダム仲間で年上彼女を落とした存在である森永八尋を『師匠』と呼んで一方的に慕っている。

学生寮暮らしで、実家にはあまり帰りたくないらしい。

また、兄の話もあまり語りたがらない。

北海道部隊に転属後の初陣で桐がドッグウッドのイヴだと知り、抑えきれない感情のままに強引に彼女のアダムになる。

しかし、当のドッグウッドからは全面的に認められていない。

 

 

〇備考

 

モデルは『弱虫ペダル』の新開悠人くん。

今作の男性キャラはほとんど弱虫ペダルの影響を受けています。

弱虫ペダル大好きなんですごめんなさい。

イメージは『ヒロイン』・『お姫様』・『駄犬』・『乙女』・『黙っていればイケメン』。

桐にとんでもなくゾッコンなわんこ。

生意気でコンプレックスを拗らせていて桐しか見えていない裕太が成長できるのかどうか、見届けてくださると嬉しいです。

あと、一応もう一人の主人公であるドッグウッドとの関係なんかも。

桐への恋が成就するのかもそのうち。

 

 

・白砂桐(しらすな きり)

 

雪月高校2年生。

145cm。

一人称は『私』。

容姿:栗色ボブショート、星型の黄色いヘアピン、そばかす、制服の上に学校指定の緑ジャージ着用、常に青いジト目。

 

本作のヒロイン。

フォビドゥンフルート『ドッグウッド』のイヴ。

12年前の6月2日、釧路で起こったLOVEの襲撃による『平和の落日』の唯一の生存者。

愛していた両親を目の前で失い、桐もまた心身共に深い傷を負い、周囲に心を閉ざし衰弱していたが、同じ心の傷を抱えたフォビドゥンフルート『ドッグウッド』との出会いによって生きる気力を取り戻した過去を持つ。

ドッグウッドを親しみを込めて『どっくん』という愛称で呼んでいるが、本人からは反発されている。

物静かで思慮深い性格で、基本的に無表情・無感動。

淡々としていて感情の起伏に乏しい。

というより過去の悲惨な体験のせいで感情がほとんど死んでいる。

ザックリしていて大雑把。

そのせいか言動がいちいち男前。

そんな彼女も唯一心を開いた親友であるドッグウッドの前だと軽く微笑んだり、穏やかな対応を見せる。

平和の落日の一件から考え方がやや自己犠牲的。

特にドッグウッドが絡むとそれは顕著になる。

また、大切な存在を失う恐怖から、他人の好意や友情を拒絶する傾向にある。

ドッグウッドを極力傷付けないよう、彼が壊れないよう、彼を守る為にイヴに志願した。

以来自分の身も顧みず暴走状態ビースト・モードで戦い続けてきた。

ドッグウッドを守ろうと己を鍛え続けてきたのでかなりの怪力だったりする。

自分に底なしの愛情を注いでくる天内裕太には一貫して無関心。

裕太の想いに応える気はゼロ。

ドッグウッドにも恋愛感情を抱かれているのだが、そちらには全く気付いていない始末。

学校ではクラスメイトの衣笠奏美と行動を共にしているが、友達と言える程親しい関係ではない。

奏美からは友達になりたいという想いを向けられているが、その純粋な気持ちを怖がっている。

それでも奏美に狂気的な愛情を向ける小坂響希を警戒したりと、奏美に対して思う所が全くないわけでもない様子。

桃坂恋花に対しては何故か容赦がなく、暴走しがちな彼女を鈍器でぶん殴って昏倒させることも多々あるが、恋花からは好かれている。

学生寮暮らし。

好物は甘い物。

LOVEとの戦闘中、ドッグウッドを傷付けた裕太に憤り、彼の搭乗する訓練機と揉み合いになった末に彼にドッグウッドのイヴだと知られる。

感情を爆発させた裕太に強引にファーストキスを奪われ、なし崩し的にパートナーに。

裕太がパートナーになったことには特に興味はないが、自身のファーストキスが奪われたことにはぶち切れて病院送りにする程度の乙女心(?)は持ち合わせている。

 

 

〇備考

 

外見のモデルは『フリクリ オルタナ』の辺田友美ちゃん、またの名をペッツちゃん。

中身はオリジナル。

イメージは『ヒーロー』・『王子様』・『男前』。

主人公にデレない系絶対零度ヒロイン。

裕太にもドッグウッドにも全く恋愛感情を向けていません。

ドッグウッドに対する感情は純粋な友情と信頼。

彼女の抱える傷についてはそのうち。

彼女を取り巻く恋の行方や、衣笠奏美との友情がどうなるのかも見届けてもらえれば。

 

 

・ドッグウッド

 

精神年齢17歳。

一人称は『俺』。

機体は純白。

 

本作のもう一人の主人公。

世界で唯一、実験的に人間の意思を植え付けられたフォビドゥンフルート。

12年前の『平和の落日』の犠牲者の中で最も『生きたい』という想いが強かった少年の人格が宿っている。

生前の記憶は曖昧で、自分の本当の名前すらも思い出せない。

しかし、平和の落日によって深い心の傷を負ったことははっきりと覚えている。

同じ傷を抱える白砂桐とは唯一無二の親友で、桐の心を救った存在だが、彼もまた桐の存在に救われている。

性格は短気で粗暴で喧嘩っ早い。

感情の起伏が激しい。

口が悪く、不器用でぶっきらぼう。

荒々しい獣性を持つ。

その一方で真面目かつ硬派。

責任感が強く勤勉。

真摯かつ紳士。

桐に密かに恋愛感情を抱いており、10年以上も一途に片想いしているがドッグウッド本人の性格と、桐との関係が壊れるのを恐れて想いを告げられずにいる。

また、異種間恋愛であることにも深く思い悩んでおり、自分の気持ちが通常ならば叶わぬ恋であることを痛感している為に一人で葛藤している。

桐には『どっくん』という愛称で呼ばれているが、そう呼ばれるとむず痒いし桐には自分を異性視してほしいので反発している。

そんな中ぽっと出の癖に桐にストレートに好意をぶつけ、あまつさえ大事に大事にしてきた桐のファーストキスを奪った天内裕太に激しい嫉妬心と敵愾心を向けている。

 

 

〇備考

 

モデルは『弱虫ペダル』の銅橋正清くん。

イメージは『騎士』・『純情』・『漢』、『忠犬』。

一話では影が薄いのですが一応今作のもう一人の主人公です。

裕太が桐を王子様扱いする主人公なのに対し、彼は桐をお姫様扱いする主人公。

桐とは絶対的な信頼関係で結ばれています。

そこに裕太が入る余地があるのか、桐に恋愛対象として見てもらえる日が来るのかとかもぼちぼち。

裕太と恋の火花をバチバチ散らせる予定。

ドッグウッド(ハナミズキ)の花言葉は『私の想いを受けてください』。

これは裕太の桐に対する想いでもあり、ドッグウッドの桐に対する想いでもあります。

 

 

・神名清文(かみな きよふみ)

 

花鳥大学法学部3年生。

185cm。

一人称は『俺』。

容姿:銀髪、灰色の瞳、目つきが悪い。

 

対LOVE戦闘部隊北海道本部隊長。

双剣を駆使する近接系フォビドゥンフルート『モーニンググローリー』のアダム。

パートナーは桃坂恋花。

フォビドゥンフルート起動時のキスの位置は頬。

常識人で苦労人なツッコミ気質のチームリーダー。

伊波翔真以外のアダムがバカとヤンデレとコミュ障なので頭を抱えていたら転属されてきた天内裕太まで問題児で胃痛がマッハ。

おまけにパートナーの恋花による執拗なストーキング行為に辟易しておりもう泣きたい。

口が悪く、割と暴力的。

恋花に対しても罵声を浴びせたり制裁を加えることもあるが全く効かないのでいつ警察に駆け込もうか真剣に悩んでいる。

そんな毎日の中でもLOVE相手に怯まず戦っていける辺りメンタルは強靭。

頭の回転が速く、状況判断能力に長け、現場を責任を持って指揮している。

自分が平和を守るパイロットであることには強い誇りを胸に抱いている。

また、何だかんだで面倒見も良く、変人揃いの北海道部隊をうまくまとめ上げている。

バスケサークルに入っており、身体能力は高い。

バイトもいくつか掛け持ちしており社交性もそこそこ。

雪月高校卒業生で、一つ下の恋花とは彼女の高校入学時からの付き合い。

初対面でプロポーズしてきた恋花に対しては『顔は可愛いしスタイルも悪かねーけど肝心の頭がおかしい』という評価を下している。

北海道部隊のアダムの中では唯一パートナーのイヴに愛情らしき愛情を抱いていないが、何故かモーニンググローリーの戦闘能力は部隊随一。

大学近くのアパートに一人暮らし中。

毎日のように恋花が不法侵入してせっせと家事を行うのが怖くて怖くて仕方がない。

恋花を真面目に『気持ち悪い』と思っているが、それでも恋花に全く情を抱いていない、というわけでもないらしい。

 

 

〇備考

 

モデルは『弱虫ペダル』の黒田雪成くん。

ガチで苦労してるリーダー。

ボケボケ揃いの北海道部隊の貴重なツッコミ役。

恋花との関係がどうなるのか、のんびり見てやってくださると嬉しいです。

頬へのキスの心理は『親愛』。

清文が恋花にちゃんとそんな温かい感情を抱いているのかどうかはとりあえずノーコメント。

モーニンググローリー(アサガオ)の花言葉に『固い絆』というのがあるのですが、とりあえずこいつら付き合い自体は長いです。

 

 

・桃坂恋花(ももさか れんか)

 

花鳥大学経済学部2年生。

160cm。

一人称は『私』。

容姿:桃色髪ツーサイドアップでピンクの瞳の美少女。

 

フォビドゥンフルート『モーニンググローリー』のイヴ。

パートナーは神名清文。

天真爛漫で人当たりが良い美少女。

人懐っこく賑やか。

コミュニケーション能力が高く、常に周囲に笑顔を振りまいている。

が、好意を寄せる清文が絡むと頭の螺子が10本ほど外れてしまう。

清文を盲目的に熱愛するストーカー。

清文曰く『ド変態』。

今作のヤンデレ枠その1。

清文を『キヨちゃん』と呼んで心から慕っているが、当の本人からはうんざりされている。

毎日のように清文に告白しては思いっ切りフラれているが決してめげない不屈の闘志を持つ。

厄介な恋する乙女。

雪月高校卒業生で、高校入学時に一つ上の清文に一目惚れし、初対面でプロポーズして彼をビビらせた。

以来一途に清文だけを文字通り追いかけ続けている。

最初は一目惚れだったが、今は内面含めた清文の全てが好き。

毎日毎日清文への行き過ぎた愛を暴走させ献身的なアタックを欠かせない。

清文への愛情・恋情のみが彼女を形作っている節があり、時折それ以外の感情が欠落している素振りさえ見せる。

その為イヴ最年少で感受性が高い伊波ほたるからは『何を考えているのかわからない』と怖がられている。

恋する乙女仲間の桧垣雲雀とはウマが合う部分があるらしく、彼女の恋愛相談に度々乗っている姿が見られる。

白砂桐には日々容赦なくぶん殴られているが、彼女のことを好いている。

アダムだとヤンデレ仲間の小坂響希と仲が良い。

また、桐に熱烈な好意を向ける天内裕太にも興味を持っている様子。

清文が所属するバスケサークルにマネージャーとして参加中。

メイド喫茶でバイトしている。

たまにメイド姿のまま清文のアパートに押しかける。

マンションで一人暮らし中だが、清文の元で過ごす時間の割合の方が多い。

清文が恋花を愛していないにも関わらずモーニンググローリー組はリーダーを張れる同調数値を叩き出しているが、これは恋花の清文への愛が深すぎることと、恋花のとある特殊な経歴が関係しているらしい。

 

 

〇備考

 

モデルは強いて言うなら『ハッピーシュガーライフ』の松坂さとうちゃん。

今作の女性側のヤンデレ。

突き抜けた恋する乙女を書きたかった。

献身的で尽くすタイプのヤンデレ。

わりとドM。

清文への恋が実るのか、彼女の過去に何があったのかなど、のんびり見てやってくださると嬉しいです。

モーニンググローリー(アサガオ)の花言葉の一つに『私は貴方に絡みつく』というのがあるらしいです。

 

 

・森永八尋(もりなが やひろ)

 

雪月高校1年生。

175cm。

一人称は『オレ』。

容姿:オレンジ髪、ヘイゼルの瞳、割と童顔。

 

拳で戦う近接戦闘向きフォビドゥンフルート『ファレノプシス』のアダム。

パートナーは佐久間陽夏。

フォビドゥンフルート起動時のキスの位置は唇。

パートナーの陽夏とはれっきとした恋人同士で、北海道部隊のアダムとイヴでは唯一正式な恋仲。

天内裕太の隣のクラスの男の子。

フォビドゥンフルート整備士見習い・江崎彰久とは幼馴染で親友。

明朗で負けん気が強い。

裕太とは別方向で生意気。

小学5年生にしてフォビドゥンフルートのパイロットに選出された経緯もあって、自分の実力に自信を持っている俺様気質。

頭がかなり悪く、周囲からの評価は揃って『とんでもないバカ』。

精神的に幼く、メンタルが小学生レベルと言われることもしばしば。

良く言えば子供のように純粋。

猪突猛進な気性故に戦闘で突っ走りやすく、リーダーの神名清文の頭痛の種になっている。

が、パートナーの陽夏への愛情は本物。

独占欲はいっちょまえでめちゃくちゃヤキモチ焼き。

本人達は否定しているが、陽夏とは正真正銘バカップル。

陽夏としょうもないこと(冷蔵庫のプリンを勝手に食べたなど)で頻繁にケンカしているが、お互い単純なのですぐに仲直りする。

同い年のアダムで周りにちやほやされている裕太を敵視していたのに、年上彼女の心を射止めたという理由から裕太には一方的に恋愛の師匠扱いされるハメになって困惑している。

陽夏との関係を先輩の小坂響希にはぐいぐいいじられており、反発している。

実家暮らしで、兄や姉に囲まれて育った我儘な末っ子だが、年上の恋人のはずの陽夏に対してだけは世話を焼くなどお兄さんぶった態度を取っており、陽夏に頼られたり甘えられるのが好き。

陽夏と結ばれるまでかなり色々あったらしいが、それを裕太に根掘り葉掘り聞かれると恥ずかしがって言葉を濁してしまう。

陽夏の親友である桧垣雲雀にはあからさまな敵意を向けられており、雲雀を怖がっているが、同時に陽夏にとって大切な存在である雲雀に嫉妬していたりもする。

雲雀のパートナーである駿河奈緒に『教育係』として面倒を見られているが、八尋本人にその自覚はなく、奈緒をなめきっている。

そのことが雲雀の敵意にますます繋がっていることには気付いていない。

 

 

〇備考

 

モデルはびっくりする程に『弱虫ペダル』の鏑木一差くん。

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』のゾロメくんの影響もちょっと受けてます。

外見のモデルは『白と黒のアリス』のネロくん。

イメージは『THE 男の子』。

陽夏との関係は『裕太と桐とはまた違ったボーイ・ミーツ・ガール』を意識してます。

八尋も愛を知って強くなりました。色々ありました。早く陽夏との馴れ初めを書きたい。

唇へのキスの心理は言わずもがな『愛情』。

ファレノプシス(コチョウラン)の花言葉は『あなたを愛します』。直球。

 

 

・佐久間陽夏(さくま ひなつ)

 

雪月高校3年生。

163cm。

一人称は『私』。

容姿:黒髪ロング、右目の下にホクロ、瞳の色は紫、かなりの美人。

 

フォビドゥンフルート『ファレノプシス』のイヴ。

パートナーは森永八尋。

八尋の二つ年上の恋人で、八尋との同調数値は北海道部隊で一番高い。

北海道部隊のイヴの中で最も身長が高く、最もスタイル抜群の美人でモテるのだが、中身は小学生男子を思わせる程に無邪気。

勝ち気で男勝りな性格。

一方で寂しがり屋かつ甘えん坊。

口が悪く、『~だぜ』、『~じゃねーの』など男の子言葉を多用する。

幼少期の一人称は『俺』だったらしいが、本人曰く黒歴史。

少年漫画やボーイッシュな物が好き。

運動神経抜群。

学業成績は悪くはないが、戦闘においては八尋同様脳筋な所がある。

桧垣雲雀とは幼馴染で唯一無二の親友。

ある理由から雲雀を非常に大切に想っており、雲雀を自分の『小さいお母さん』と称している。

雲雀とは性格、趣味、雰囲気、異性の好み、好意を寄せる相手へのアプローチ方法などありとあらゆる面で対照的なのだが不思議と仲は良い。

あまりにも仲が良すぎるので八尋から百合的な疑いをかけられ嫉妬されていたりする。

駿河奈緒の雲雀への想いに気付いており、雲雀が奈緒にベタ惚れなのもあって二人の恋路を何かと後押ししている。

白砂桐を何故か良く気にかけている。

八尋より年上だが、彼には甘えまくっている。

八尋の前でだけ年頃の少女らしい面を出す。

時折年上の包容力を見せて八尋をドギマギさせているのだが、本人は無自覚。

八尋の全てにゾッコンで、いつも自然体でぶつかってきてくれる彼を深く信頼しているし愛している。

そんな彼女も八尋に惚れるまでかなり色々あった。

八尋が初恋で、八尋と出会うまで恋愛なんて一生しなくていいとまで思っていたんだとか。

親友兼保護者代わりの雲雀には八尋との交際を認められていない。

基地内ではイヴ最年少の伊波ほたると良く一緒に遊んでいる。

学校近くのアパートに一人暮らし中で、料理が得意。

八尋の好物は陽夏の作るオムライスだったりする。

 

 

〇備考

 

外見のモデルは『フリクリオルタナ』の矢島聖ちゃんことヒジリーちゃん。

中身はオリジナル。

書く上で注意したいのは『男口調と乙女心のバランス』。

唯一のバカップル。

八尋が陽夏に惚れて強くなったのと同様、陽夏にとっても八尋との出会いは大きな物です。

八尋に出会って陽夏は『女の子』になりました。

ちなみに八尋は陽夏には最初っからタメ口。年の差ありますが。

親友の雲雀との出会い、友情にも色々触れたい。

 

 

・伊波翔真(いなみ しょうま)

 

26歳。

178cm。

一人称は『オレ』。

容姿:ちょっと長めの黒髪を一つに括っている、基本的にラフなスーツスタイル。

 

後方支援型フォビドゥンフルート『スピランセス』のアダム。

パートナーは伊波ほたる。

フォビドゥンフルート起動時のキスの位置は髪。

男性誌の出版社で働く社会人。

ほたるの父親だが、彼女と血の繋がりは全くない。

それでもほたるを自分の娘として純粋に愛している。

北海道部隊のメンバーでは一番の恋愛上級者だが、現在は育児に家事に仕事に戦闘と多忙なシングルファーザーなので恋人はいない。

理想の恋人のタイプは『ほたるの母親になってくれる人』。

飄々としており、気配り上手で察しが良く空気も読める良きパパ。

全体的に視野が広い。

北海道部隊のパイロットの中では最年長なので周囲に頼られることが多く、本人も周りのパイロットを可愛がっている。

饒舌で堅さがなく気さく。

とっつきやすさと読めなさが混在したような性格。

北海道部隊の面々を温かく見守っており、時に悪ノリして年下の少年少女をからかう一面も。

常にどこか余裕のある態度を取っているが、その陰で血の滲むような努力を重ねている。

元々パイロット適性値が高くなく、ごく普通の一般人として日常を享受していたが、ほたるを守る為に生存率10%のクレイジーブルーム注射を打ってまで彼女のアダムに志願した過去を持つ。

それでも適性自体は北海道部隊の中では一番低い。

ほたるを自分の命よりも大切に想っており、彼女の幸福を何よりの願いとしている。

だからと言って甘やかしすぎているわけでもなく、ほたるが悪いことをしたらちゃんと叱る時もある。

駿河奈緒とは家が近所で、兄弟のように育った関係。

本人も奈緒の兄貴分的存在を自負しており、明け透けに接している。

性格上周囲との交友関係に悩んだり、桧垣雲雀への想いに戸惑う奈緒の背中を良く押している。

小坂響希が衣笠奏美に向ける狂気と執着に勘付いており、度々響希が行き過ぎないようそれとなくストップをかけている。

新入りの天内裕太のことも気にかけている様子。

結構料理上手。

 

 

〇備考

 

モデルは『弱虫ペダル』の手嶋純太くん。

なんかこう、スパダリ(スーパーダーリン)っぽいキャラを作りたかった。

というわけでこいつだけ無駄にスペックが高い。

ほたるの為にごはん作るし勉強教えるし髪乾かして梳かすし必死に稼いでおもちゃ買うし夜は絵本の読み聞かせするし休日は仲良く一緒に遊びます。

そんでもって戦闘の際はほたるに負担がかからないように頭をフル回転させます。

人間じゃない。

はらからは欠点のないキャラに魅力はないと思っているのでこいつにも欠点はあるはずだし作ってるつもりなんですけどあんまりそれが目立たない気がします。

ほたるとは一切恋愛感情が絡まないし、翔真に恋人ができる予定も一切ありません。そういうやつです。

髪へのキスの心理は『思慕』。

ほたるのことが可愛くてしゃーない。

スピランセス(ネジバナ)の花言葉も『思慕』。

ほたるとの出会いや育成過程についてはそのうち。

 

 

・伊波ほたる(いなみ ほたる)

 

風見鶏小学校1年生。

105cm。

一人称は『わたし』。

容姿:栗色髪ふわふわツインテール、基本オーバーオール。

 

フォビドゥンフルート『スピランセス』のイヴ。

パートナーは伊波翔真。

翔真の血の繋がらない娘。

翔真と血縁関係がないことを幼いながらに理解しつつ、彼を自分の父親として純粋に慕っている女の子。

史上最年少のイヴ。

感受性が異常に豊かで、時にLOVEの行動パターンをも先読みすることができる。

桁違いの適性値を持つが故に、翔真に引き取られる前は研究施設で非人道的な人体実験を受けていた過去を持つ。

翔真に愛情を注がれて育てられた結果、現在の性格は明るく素直で裏表がない。

純真無垢を絵に描いたような女の子。

特撮ヒーロー番組が好きで、正義感が強い。

大好きな特撮『フルールヒーロー』の主人公の影響で、口調が『~だぞ!』、『~だからな!』など微妙に男の子っぽい。

地球の未来と平和を守る為に戦うことに情熱を燃やしており、LOVEとの戦闘においても大好きなパパと一緒なので怖がらずに立ち向かって行く。

翔真の多忙さを頭ではわかっており、なるべく我儘を言わないよう、彼を困らせないよう努力はしてるのだが本質では年相応に甘えん坊。

自分を包み込んでくれる母親に憧れており、北海道部隊のイヴ陣に母性を求めている節がある。

母親の存在に憧れる理由には、翔真に自分のことは気にせず自由な恋愛をしてほしいという想いも込められている。

同じ目線で一緒に遊んでくれる佐久間陽夏、何かと世話を焼いてくれる桧垣雲雀に懐いているが、一番理想の母親として見ているのは不思議な温かさを持つ衣笠奏美。

気に入った女性に『わたしのママになるか!?』と詰め寄るのが癖。

お前がママになるんだよ。

一方で、周囲との関わりを嫌う白砂桐や、何を考えているかわからない桃坂恋花に対しては少し苦手意識を抱いており、怖がっている。

学校での友達は多いのだが、年上に対してはやや人見知りしがち。

 

 

〇備考

 

モデルは強いて言うなら『ペルソナ5』の佐倉双葉ちゃん。

今作のロリキャラ担当。

血の繋がらない親子の愛情ネタに弱いからそういうのが書きたかったんです。

何度でも言いますが決して翔真との関係は恋愛じゃありません。

翔真に引き取られた経緯や、他のイヴ達との交流もぼちぼち書いていきたいです。

 

 

・小坂響希(こさか ひびき)

 

雪月高校2年生。

160cm。

一人称は『オレ』。

容姿:赤髪ツンツン頭、三白眼、八重歯。

 

カギ爪で攻撃する近接戦闘向きフォビドゥンフルート『トランペットヴァイン』のアダム。

パートナーは衣笠奏美。

フォビドゥンフルート起動時のキスの位置は項(首筋)。

関西弁を話す豪快で派手好きな少年。

明るく元気なムードメーカー気質。

目立つことが好き。

身長が低いことはそれなりにコンプレックス。

ちゃきちゃきした性格で、お喋り好きでコミュ力おばけ。

バカそうに見えて色々考えており、空気が読めるしフォローも上手い。

そんな中、部隊で唯一の彼女持ちである森永八尋を先輩の権限でからかい倒していたりする。

結構スケベで、他のペアの恋愛事情にお節介を焼いたり、男性陣だけ集まっている場面で恥ずかし気もなくエロ本を広げたり、等身大の男子高校生を地で行く。

実家暮らしで、家では弟や妹の面倒を嫌な顔一つせずに見る家族想いの良きお兄ちゃん。

パートナーの奏美を狂気的に溺愛している以外はごく普通の善良な男の子。

奏美への愛情は拗れて病んで修復不可能なまでに歪んだ異常な愛情。

今作のヤンデレ枠その2。

本人曰く『恋はする物じゃなくて落ちる物』。

奏美への態度は非常に優しく、彼女を常に気にかけデロデロに甘やかしており、奏美からも生まれて初めての友達として全幅の信頼を寄せられている。

自称奏美限定トップブリーダー。

が、勿論友達で終わる気なんて更々ないし全力で外堀を埋めて奏美の逃げ場をなくしている。

奏美のことなら何でもわかる、と自負しておりその姿はさながらエスパー。

奏美が自分に依存するように仕向けたり、彼女が性的な知識に極端に疎いのをいいことに所構わずセクハラしている。

上記のどこか螺子が飛んだ言動により、奏美と近い存在である白砂桐には警戒されており、リーダーの神名清文の頭痛の種の一つだったりする。

響希自身も奏美が憧れを向けている桐を警戒している所がある。

ごく数人にしかバレていないが、フォビドゥンフルート起動のキスの際、密かに奏美の項にキスマークを付けている。

 

 

〇備考

 

基本的なモデルは『弱虫ペダル』の鳴子章吉くん。

思想のモデルは『なるたる』の高野文吾くん。

足首を削ぎ落としてでも好きな相手を自分の物にしてしまいたいとかそういうやつ。

今作の男性側のヤンデレ。

ヤンデレ担当でエロ担当。

今作で一番頭がおかしいのがこいつ。

項(首筋)へのキスの心理は『執着』。

好きで好きでたまらない気持ちの表れ。

トランペットヴァイン(ノウゼンカズラ)の花言葉は『豊富な愛』。

奏美に執着するようになったきっかけもそのうち。

 

 

・衣笠奏美(きぬがさ かなみ)

 

雪月高校2年生。

140cm。

一人称は『私』。

容姿:栗色髪ポニーテール、大きなリボン。

 

フォビドゥンフルート『トランペットヴァイン』のイヴ。

パートナーは小坂響希。

白砂桐のクラスメイト。

病的なまでに内気でおとなしい女の子。

極度の引っ込み思案でおどおどした性格。

小動物的な雰囲気を纏っている。

自己評価がとても低く、ややぼんやりしている所がある。

これでもマシになった方で、響希と友達になる前は対人恐怖症に近いレベルだった。

今でも響希以外との男性との接し方は良くわかっていない。

生まれて初めての友達である響希を心から大切に想っているが、彼が自分に向ける狂気的な愛情、執着には全く気付いていない。

響希の度重なる策略と念押しのせいで、響希に少し依存気味。

桐とはふとしたきっかけからいつも行動を共にしているが、友人と呼べる程親しい間柄ではない。

佐久間陽夏と桧垣雲雀の女の友情に憧れており、自分も桐と心を許し合える友達になりたいと願っているが、桐からはその純粋さを恐怖されている。

母子家庭で、家では仕事で忙しい母親に代わり家事全般を担当している。

同じような境遇の伊波ほたるに対しては母性を垣間見せることも多く、ほたるからも懐かれている。

感情の起伏がゆったりしており、怒り方がわからない。

恋愛という感情についての認識も曖昧。

精神面が北海道部隊の中で一番弱いが、そんな自分の弱さを自分の一部として受け入れ向き合おうとする心も持ち合わせている。

自己肯定感がまるで無い為自己犠牲的な考えに陥りやすく、他の存在の為に自分の全てを投げ出せる危うさがある。

他人と関わる機会が少なかった為、性知識に異常なまでに疎く、響希から頻繁にセクハラをされてもまるで危機感を覚えない。

その為周囲からは真剣に貞操を心配されているが、至って無防備に響希の前で隙を晒してしまっている。

 

 

〇備考

 

はらからのヤンデレ×内気萌えが火を噴くのがトランペットヴァイン組。

マスコットでエロ担当で母性担当でもある良くわからんキャラ。

響希に飼い慣らされてるし飼い殺されてる。

何でパイロットになったのか、とか桐との友情は実るのか、とかもそのうち。

響希との関係もじわじわ書いていきたいです。

 

 

・駿河奈緒(するが なお)

 

雪月高校3年生。

165cm。

一人称は『俺』。

容姿:黒髪眼鏡男子、目つきが鋭い。

 

銃撃戦メインのフォビドゥンフルート『ブライダルベール』のアダム。

パートナーは桧垣雲雀。

フォビドゥンフルート起動時のキスの位置は手のひら。

とても寡黙で、暗くて地味で存在感がない男の子。

他人との距離の測り方がいまいちわかっていないコミュ障。

友達は少ない。

言葉で示すよりも行動で示すタイプ。

割と男らしい。

というか脳筋。

頭は良い。

どちらかと言うと物静か。

真面目でひた向き。

北海道部隊で一番の大食漢だが自覚はない。

やや天然ボケ。

自分を表に出さない為に落ち着きがあるように見られがちだが、その胸中には激しい感情と情熱を秘めている。

パートナーの雲雀とは中学時代からのクラスメイト。

雲雀に好意を寄せているが、意識しすぎてなかなか距離が縮まらない。

雲雀の自分への想いにも気付いているが、何故彼女が自分を好きになってくれたのかがわからず、幻滅されるのが怖くて告白できずにいる。

伊波翔真とは兄弟同然に育った仲で、北海道部隊のパイロットで唯一彼を『翔真』と呼び捨てにしている。

翔真のことは深く信頼しており、彼に相談事を持ちかけるのはしょっちゅうで、翔真からも気にかけられている。

翔真にからかわれてわかりやすく機嫌を損ねることも多々ある。

司令官の宇賀神剛から、森永八尋の『教育係』を命じられている。

我儘で言うことを聞かないお子様な八尋の扱いに苦労しつつ、いざという時は鉄拳制裁で黙らせる。

アダムの高校生組では最年長な為、しばしばまとめ役となるがそちらでもやはり苦労はしている……けど困ったらとりあえず全員殴り倒す。

学生寮暮らし。

 

 

〇備考

 

モデルは『弱虫ペダル』の青八木一くん。

無口でコミュ障でほんとは誰よりも熱い、雲雀の運命の王子様。

手のひらへのキスの心理は『懇願』。

自分の恋人になってほしいと願う気持ちの表れ。

ブライダルベールの花言葉は『願い続ける』。

雲雀との恋路、翔真との関係、他のアダム達との絡みもそのうち。

 

 

・桧垣雲雀(ひがき ひばり)

 

雪月高校3年生。

153cm。

一人称は『私』。

容姿:青みがかった黒髪を三つ編みに纏めて肩から前に垂らしている、眼鏡っ娘。

 

フォビドゥンフルート『ブライダルベール』のイヴ。

パートナーは駿河奈緒。

生真面目でしっかり者な学年トップの成績を誇る優等生。

世話焼きな委員長タイプの女の子。

繊細で女の子らしい、というより完全に乙女。

コテコテの少女趣味で夢見がちなロマンチスト。

読書家で、恋愛小説を特に好む。

少女漫画も好き。

北海道部隊ではお姉さんキャラとして気丈に振る舞い周囲の面倒を見ている。

が、パートナーにして想い人の奈緒が絡むと一気にポンコツになってしまう。

奈緒にベタ惚れしており、奈緒を前にするとこれでもかと赤面してしどろもどろになり、好きすぎて接し方がわからない。

その好意はかなりわかりやすく、北海道部隊では周知の事実。

奈緒の惚気話をさせると、とても早口になりつらつらと奈緒の魅力を捲し立てる為、この状態の彼女は『乙女モード』として周りに恐れられている。

佐久間陽夏とは幼馴染で、正反対のタイプながらも唯一無二の親友。

陽夏の保護者を自負しており、彼女とは姉妹のような関係でもある。

陽夏を大切に想うあまり、彼女が恋をした相手である森永八尋を激しく敵視している。

八尋と陽夏の交際を認めておらず、八尋にとっては最大の恋の障害。

また、大好きな奈緒が八尋を気にかけていることも彼女の八尋嫌いに拍車をかけている。

何故かLOVEの弱点・ハートの位置を一瞬で見抜く特殊な『眼』を持つ。

普段の瞳の色は青だが、ハートを視た時は瞳が銀色に輝く。

いつもかけている眼鏡は、その能力を制御する為の物。

幼い頃は病弱だった。

 

 

〇備考

 

今作の眼鏡っ娘要員。

裕太とは乙女同士気が合うかもしれない。

何で奈緒にこんなにゾッコンなのかもそのうち。

彼女の能力の秘密、陽夏との関係とかもぼちぼち。

八尋にとっては姑。



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第二話『恋敵・ビバーチェ』
彼が生きる理由


★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その1 彼が生きる理由

 

 少年はただ、生きたかった。

生きていたかった。

 少年はまだほんの子どもだった。

まだ見ぬ輝かしい未来に何度も思いを馳せたし、憧れもした。

将来の夢だって、きっとあったのだろうと思う。

それなのに、こんな幼いうちにあっさりと、唐突に命が終わってしまうなんて。

 激痛と苦しみと絶望の中、少年はただ必死に願った。

生きたいと。

もっと、生きていたいと。

ただひたすらに、生へ執着して、生を渇望して、少年はボロボロの手を虚空へと伸ばして。

その手は誰にも掴まれることなく、少年は涙を流しながら息絶えた。

――その筈、だったのに。

 少年は再び、目を覚ました。

少年の意識は、魂は、まだ失われてはいなかった。

只、肝心の肉体はとっくのとうに滅んでしまっていたのだけれども。

 12年前の、平和の落日。

その犠牲者の中で、もっとも生を求めた人間の残留思念が巨大ロボット兵器『フォビドゥンフルート』に植え付けられた実験用機体『ドッグウッド』。

少年はそんなイレギュラーな存在として二度目の生を歩むことになった。

 確かに生きたいとは願った。

だけど、少年はもう自由に歩く脚も、誰かと触れ合う手もとうに失ってしまった。

いつかは誰か、この機体のパイロットに選ばれた人間に道具のように扱われ、この白い装甲を傷付け、戦いに身を投じるだけの日々が待っている。

 女性的なフォルムが特徴のフォビドゥンフルートなんて身体も望んじゃいなかった。

少年はれっきとした男だ。

それなのに、こんな乙女の姿は、屈辱にも程がある。

 少年は望んでいた筈の生を手にした。

けれど、少年には家族の記憶も元の自分の経歴も何も残されていなかった。

覚えているのは、生への純粋な執着と、あの日の惨劇に抱いた確かな絶望と哀しみ。

 生きたかった。

でも、こんな形では生きたくなかった。

 矛盾した想いに囚われて、機械と化した少年が動くこともできずに格納庫に放置される日々を過ごしていたある日。

 少年は、一人の少女に出会った。

白砂桐。

大人達に連れられて少年の前に現れたその少女は、『平和の落日』の唯一の生存者だった。

少年と同じ境遇、少年と同じ傷を抱えた少女。

 桐の瞳を初めて見た瞬間、少年は言い様のない感情に支配された。

生気を失った、ぼんやりとした瞳。

彼女は、死を望んでいる。

望まぬ生を与えられて、虚無的な日々をただ過ごしている。

 少年にはわかった。

少年だからこそわかった。

だから、放っておけなかった。

 大人達の意図はわからなかったけれど、少年はぎこちなく桐をコックピットの中に招き入れた。

機体のメンテナンス以外で誰かが少年の中に入って来るのは、初めてのことだった。

 何を言えばいいのかはわからなかった。

少年はそんなに饒舌というわけではない、器用でもない。

ただ、思いついたままの言葉を、桐に投げかけていた。

 桐は最初は無反応だった。

少年もどうすればいいのかはわからなかった。

 でも、自分と重なる世界にいるこの小さな少女を、少しでも救いたいという感情は本物だった。

 それから少年と桐は、毎日コックピットの中で僅かな交流を繰り広げるようになった。

 言葉すら失っていた桐が、初めて少年の言葉に小さな返事を返してくれた時。

あまりにも綺麗な澄んだ声に、良くわからない心のざわつきを覚えた。

 感情が死んでいたはずの桐が、少年の境遇を知って、少しだけ心を開いてくれて。

初めて少年の前で軽く微笑んでくれた時。

失った筈の心臓が締め付けられるような想いがした。

 桐と言葉を交わす度に、桐の心に少しでも触れることができたような気になる度に。

少年の心のどこかが確かに痛みを訴えた。

 ある時、少年はついに気付いてしまった。

世界で唯一自分を本当の意味で理解してくれる彼女のことを、白砂桐のことを、自分は愛してしまったんだということに。

 ああ、そうか。

少年は思った。

自分は――ドッグウッドはきっと、白砂桐と出会う為だけに再び生まれてきたのだと。



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味方になれない

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その2 味方になれない

 

 天内裕太が北海道部隊の初陣で白砂桐にボコボコに殴り飛ばされてから、約一週間が経とうとしていた。

病院送りにされた裕太は仕方なく静養することになって、ようやく明日退院の身だ。

 裕太の乗っていた訓練機と揉み合いになって負傷し、同じ病院に搬送された桐は昨日退院したらしい。

入院中、桐は一度も裕太に会いに来やしなかったが、そんなことでいちいちめげる程裕太は後ろ向きな男ではなかった。

 思いっ切り殴られズタボロにされたからと言って裕太の桐への熱い恋心は揺るがない。

相変わらず裕太は桐に周りが引く程に惚れ込んでいたし、裕太の桐への乙女心は燃え上がる一方だった。

 裕太の士気が上がったのは、彼が桐のファーストキスを奪えたからということもある。

そんなことをしたからには、それ相応の関係を築かなくてはならないだろう、と裕太は楽観的に考えていた。

退院したら、また桐に話しかけよう、ぐいぐい攻めようと裕太は恥も外聞もなく決意する。

 それに、裕太と桐はフォビドゥンフルートのアダムとイヴ、つまりはパートナーだ。

合法的に桐の傍に居られる理由ができたこと、桐と一緒に居られる時間が増えることに、裕太の口元は緩む一方だった。

 裕太がそんな浮ついた気持ちを抱えながら、病室のベッドに寝転んで、司令官の宇賀神剛に寮から持ってきてもらった少女漫画を何となく読んでいた頃。

 

「よっす、裕太。元気?」

 

 ひょこっと、病室にもうすっかりお馴染みの人影が姿を現した。

ひらっと裕太に向かって手を振るスーツ姿のその人物に、裕太は体を僅かに起こして軽く会釈する。

 

「ちわっす、伊波さん」

 

「翔真でいいって」

 

「ども、翔真さん」

 

 裕太の病室を訪れたのは、伊波翔真。

フォビドゥンフルート『スピランセス』のアダム。

北海道部隊のパイロットでは最年長。

 裕太が初めて基地を訪れてから彼のことを気にかけていた翔真は、仕事で忙しい日々の中でも合間を縫ってちらほら裕太の見舞いに訪れていた。

最初は裕太も翔真のことを読めない相手だと少しばかり警戒してたけれど、いざ平時で話してみると翔真はフランクで話しやすく、会話を回すのも上手く、一週間も経った今ではすっかり裕太は翔真と打ち解けている。

そもそも、わざわざ見舞いに来てくれる相手を冷たく突っ返せる程裕太は非情ではなかった。

 しかし翔真と司令の剛はしばしば見舞いに来てくれてはいたが、裕太は初陣後すぐに入院した為、まだまともに部隊の仲間に挨拶ができていない。

基地の内部も良く把握しておらず、次に行った時には迷うんじゃないかと不安になってしまう。

そうならないように、パートナーである桐が付きっ切りで案内してはくれないものかと、裕太は甘い幻想に浸っていた。

 

「裕太、今日はガキどもも連れてきたぞー」

 

「ガキども?」

 

 翔真の言葉で、裕太は唐突に現実に引き戻される。

翔真は誰のことを指して言ってるのだろう。

子供というと、翔真の娘の伊波ほたるのことだろうか。

 裕太が首を傾げていると、翔真の背後から裕太の記憶に焼き付いているオレンジ色の頭がひょこっと顔を出して。

思わず裕太は声を弾ませた。

 

「あっ、師匠!」

 

「その呼び方やめろ!」

 

 裕太が瞳をきらっと輝かせると、裕太が一方的に恋愛の師匠として慕っている少年――森永八尋は顔を赤らめながら裕太に怒鳴りつけてきた。

 八尋はこれまで一度も裕太の見舞いに来たことがなかった。

同い年のアダムで年上女子に恋い焦がれる仲間同士、もっと親しくできないものかと裕太は密かに期待する。

裕太からすれば、積もる話は山ほどある。

 八尋が来てくれたのが思いの外嬉しくて裕太が何から話そうか考えていると、ふと八尋の隣にもう一つ人影を見つけた。

背が高くて、割と彫りの深い顔立ち、それに雪月高校のブレザーの制服を着ている少年。

少年に、見覚えはあった。

だが、誰なのかまでは思い出せない。

 

「んーと?」

 

「……ああ。俺は江崎彰久。八尋の幼馴染で、一応フォビドゥンフルートの整備士見習いだ。よろしくな、天内」

 

 少年の自己紹介を聞いて、ああ、と裕太は納得する。

八尋の友達、江崎彰久。

裕太と八尋の初対面時に八尋の隣に居た少年。

道理で見覚えがある筈だった。

彰久も対LOVE戦闘部隊に関係のある人間だったのか、と裕太は世間が自分が思っているより狭いことに少々驚く。

 

「言っとくけど、オレが来たくて来たんじゃねーからなっ! アキがお前に話があるって言ったんだからついてきてやっただけだからなっ!」

 

 八尋が、びしっと裕太に人差し指を突き付けて怒鳴る。

そのヘイゼルの瞳は敵意で焦げていたが、裕太はそれを笑って受け流す。

 しかし、そこで裕太の時が一瞬止まった。

彰久が、自分に話があるのだと言う。

何を話題にされるのか、裕太にはまるで心当たりがなかった。

 裕太が彰久の言葉を待って黙っていると、彰久は少し気まずそうに話を切り出した。

そんな顔をされれば、流石に裕太でも少し緊張してしまう。

 

「その……天内。お前の携帯電話、この前の戦闘で壊れただろ?」

 

 彰久の硬い声に、裕太はそう言えば、と思い出す。

ドッグウッドと揉み合いになった時の衝撃で、携帯電話からガキッ、と嫌な音がしていた気がすると。

特に深い付き合いをしている人間も居ないし今まで気にしていなかったけれど、自分の携帯電話はどうなったのだろうか。

そんな裕太の疑問は、わりかしすぐに解消されることになる。

 

「お前の携帯さ、俺が直してるんだ。部隊の機密事項とか、外部に漏れたら困るから」

 

 彰久が携帯電話を直せるという事実に、裕太は素直に感心する。

フォビドゥンフルートの整備士見習いだと言うからには、機械の扱いは得意なのかと。

 

「それで、先にお前に謝りたくて」

 

「謝る?」

 

 唐突に彰久の口から出てきた穏やかじゃない言葉に、裕太は思わず眉を顰めて聞き返してしまう。

彰久は、やけに神妙な面持ちで裕太に告げた。

 

「俺は、多分お前の味方にはなれないと思うから……だから、ごめん」

 

 味方になれない。

それはどういう意味だろうか。

裕太は思わず困惑する。

同僚のような間柄なのに、何故そんなことを言われなければいけないのか。

裕太に頭を下げている彰久から放たれる空気が重い。

裕太だけでなく、八尋も少し戸惑ったような顔で彰久を見ている。

唯一、翔真だけがそんな少年達を生温かく見守っていた。



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心の砦

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その3 心の砦

 

「お、清文さんこんちゃーっす」

 

「こ……こんにちは……」

 

 大学の講義を終えて、北海道部隊リーダー・神名清文は北海道部隊基地の会議室へと足を踏み入れる。

そこまでは良かった。

いつも通りだった。

 問題は、ソファに後輩パイロットの衣笠奏美が座っていること。

学校の教科書らしき本を読んでいる。

いや、それも別にいい。

 本当の問題は、奏美のパートナー・小坂響希が奏美の膝に頭を預けて、そればかりか腹にぎゅうぎゅう甘えるように抱きついていることだった。

 

「……何してんだ?」

 

「あ……えと……世界史の予習、です……」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 清文の口をついた疑問に、奏美は世界史の教科書を手にしたまま首を傾げた。

奏美の頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。

彼女は、この状況をあまりにも当然のように受け入れ過ぎている。

危機感が無さすぎる。

違和感を感じていないのだろうか。

 清文の記憶が確かであれば、響希と奏美はまだ正式な恋仲ではない筈だ。

このシチュエーションは、色々と大丈夫なのだろうか。

つい心配になって、清文は溜息混じりに奏美に声を掛ける。

 

「衣笠、お前痴漢とかに遭ったら抵抗できないタイプだろ」

 

「ちかん……?」

 

「大丈夫やでー、清文さん。奏美に手ぇ出すヤツは、オレが全員潰したるんで」

 

「いや、お前が一番危ねえんだよ!」

 

 思わず清文が響希に怒鳴ってしまうと、響希ではなく奏美がびくりと身を竦ませた。

か弱い小動物のような仕草に、清文の心に僅かな罪悪感が芽生える。

そんな怯えた顔はしないでほしい。

何も怖がらせたくてこんな大声を出しているわけではないのだから。

 一気におどおどし始めた奏美の膝から頭を起こした響希が、よしよしと小さな子どもをあやすように奏美の頭を撫でる。

しかし、清文から言わせてみれば響希が奏美にとって一番の危険人物だった。

 

「清文さんは、もう行ったんすか? 例の新入りの見舞い」

 

 ふと、響希が顔を清文の方へと向けてそんなことを問いかけてくる。

例の新入り。

天内裕太のことだ。

 北海道部隊の初陣で、訓練機を駆って他の機体についてきて、なし崩し的にドッグウッドのアダムになった男。

その上LOVEの攻撃で危機に陥った清文達を助けて、イヴの白砂桐と共に裕太はLOVEを見事撃破した。

戦いのセンスはあるのだと思う。

 そんな一週間前の出来事を思い出しつつ、清文は首を小さく横に振る。

 

「行ってねーよ。色々忙しくて。そういうお前らはどうなんだ」

 

「オレは別にええかなーって感じで行っとらんです。奏美は白砂の見舞いには毎日行っとったよな?」

 

「あ……はい。でも、天内くんのお見舞いは……なんて声をかければいいのかわからなかったから……行ってないです……ごめんなさい……」

 

 ぺこり、と申し訳なさそうに奏美が清文に頭を下げる。

奏美は、桐のことが随分と大事らしい。

桐が奏美をどう思っているのかは、清文にはわからないけれど。

 

「別に責めてねーよ。そういや、今日は翔真さんが八尋と彰久連れて見舞いに行くっつってたかな」

 

「……にしても、剛さんもえらいひっどいこと考えるよなあ」

 

「あ? ひどい?」

 

 響希の脈絡のない発言に清文は首を傾げる。

そんな清文をよそに、響希は平然と奏美をぎゅーっと強く強く抱き締める。

いちいち過剰なスキンシップに、清文はとうとう小言も放棄して顔を青褪めさせた。

本当のことを言えば、今すぐ奏美に『逃げろ』と言ってやりたいくらいだった。

響希は奏美を抱きしめたまま、つまらなそうに言葉を連ねる。

 

「だって剛さん、わんこの白砂への気持ち知っとるんやろ? それなのにあの新入り送り込むとか、ひどくないすか? 大事にしてきた女の子がぽっと出の男に取られるんやで? オレがわんこの立場やったら気ぃ狂っとるわ」

 

「安心しろ、お前はすでにクレイジーだ」

 

「えー、なんすかそれー」

 

 響希の抗議の声を無視して、清文も考えてしまう。

わんこ、というのはドッグウッドの愛称のことだ。

もっとも、ドッグウッド本人は気に入っていないけれど。

それも当然だけれども。

 でも、どうして宇賀神剛は天内裕太をドッグウッドのアダムにしようだなんて思ったのか。

確かに桐の戦い方は、ビースト・モードは危険だ。

桐の身体に、あまりにも負担がかかり過ぎる。

激痛が全身を支配する感覚なんて、清文には想像すら出来なかった。

でも、それは桐自身が望んで決めたことで。

 それに、清文や剛に翔真、響希、桃坂恋花と――あと、整備士見習いの江崎彰久は知っていることだけれど、ドッグウッドは桐に確かな恋愛感情を抱いている。

通常ならば報われない恋。

それを誰よりも痛感しているのは、他ならぬドッグウッド本人だ。

叶わない恋に苦しむドッグウッドを追い詰めるような真似を、『愛情』を何よりも重視している剛がどうして。

 

「多分、他に拠り所が必要だと考えたんじゃないかなあ」

 

「拠り所?」

 

 唐突に第三者の声が響いて、清文は振り返って。

そこに居た人影を見た瞬間、心臓が凍り付くような錯覚が清文を襲った。

 

「うぎゃああああ!? 桃坂、てめえいつから俺の後ろにいやがった!?」

 

「えへへー、私とキヨちゃんはずっとずーっといつまでも一緒だよっ!」

 

「気持ち悪いこと言うんじゃねえよ! って、おいこら抱きつくな!」

 

 悲しいことに見慣れてしまったピンク髪。

清文は認めたくないけれど清文のパートナーを務める少女・桃坂恋花がいつの間にやら清文の背後をとっていた。

油断も隙も、彼女の前では見せてはいけないと言うのに。

 

「あ……桃坂さん、こんにちは……」

 

 奏美がおどおどと恋花に挨拶をする。

『こんな変態に挨拶する必要なんざねえぞ』。

そんな言葉を全身で清文は表現していたが、恋花は清文に抱きつきながら奏美に満面の笑みを向ける。

 

「かなみん、こんにちは! 今日も可愛いね! その可愛さ、響希くん以外の前で見せちゃ駄目だよ?」

 

「さっすが桃姉! わかっとるやんけ!」

 

 『かなみん』とは恋花が奏美に対して使う愛称、『桃姉』とは響希が恋花に対して使う愛称だ。

響希と恋花は、恋愛観において気が合うのか仲が良い。

響希が嬉しそうにソファから立ち上がり、清文達に近寄って恋花とハイタッチを交わす。

こいつらと来たら、と清文は頭痛でくらりと倒れそうになった。

 

「意気投合してんじゃねえよ、このヤンデレコンビ!」

 

 清文が思い切り怒鳴っても、『ヤンデレコンビ』呼ばわりされた恋花と響希は動じる素振りを見せない。

清文の怒号は、彼の怒りの対象に唯一入っていない奏美を怯えさせてしまう結果になるだけだった。

 

「それで桃姉、拠り所ってどういう意味や?」

 

 響希の声に、恋花がにこにこと笑いながら、ついでに清文の腕に自分の腕を絡めながら言う。

 

「あれ、知らない? ほら、桐ちゃんってうちの部隊じゃ、精神面だと二番目に強いの。一番は私のキヨちゃん!」

 

「誰がいつお前のもんになったんだよ!」

 

「でもね、それはドッグウッドくんが居る時の話なんだよね」

 

 清文の抗議は完全無視し、恋花は話を続ける。

依然として清文にくっついたまま。

そして、恋花はまるで何でもないことのように言った。

 

「桐ちゃんの精神はね、ドッグウッドくんが壊れたら、一瞬で崩壊する状態にあるんだよ」



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ライバル登場

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その4 ライバル登場

 

 とりあえず、裕太には突っ込みたい所が色々とあった、あり過ぎた。

退院日の早朝、病室を後にしようとしている裕太の前に立ち塞がっているのは、気まずそうな顔をした整備士見習いの江崎彰久。

そう言えば昨日病室を訪れた時も彰久はこんな顔をしていたな、と裕太は頭の隅で思った。

 

「……えーと……彰久くん?」

 

 とりあえず、彼の名前を呼んでみる。

言いたいことはわかっている、とでも言うかのように彰久が静かに頷いた。

 

「……オレのケータイ、こんなデザインじゃなかったはずなんだけど」

 

「……知ってる」

 

 彰久が裕太に差し出しているのは、修理を済ませたという裕太の携帯電話。

確かに色は白かったと思う。

でも、前の名残があるのは色だけだ。

 デザインが、大分昔に流行った犬語がわかる玩具のように可愛らしいフォルムになっていた。

全体的に、犬を彷彿とさせる姿。

 更に言えば、スマートフォンだった筈の裕太の携帯電話はガラパゴスケータイになっていた。

畳めるのである。

しかも畳む所の両淵に牙のような鋭い物が付いている。

何より裕太が突っ込みたいのは、携帯電話にブレスレットのように腕に装着できるパーツが付いていること。

 何なんだろうか、この物体は。

これは本当に携帯電話と呼べる代物なのだろうか。

北海道部隊の携帯電話は皆こういうデザインなのだろうか。

 修理なんてレベルじゃない。

最早改造レベルだ。

 

「……何でこんなデザインなの?」

 

「……持ってみればわかる」

 

 彰久が、有無を言わせない勢いでその携帯電話もどきを裕太に押しつけて来る。

躊躇いながらも、裕太がそれを手に取ってみる、と。

 

「うわっ、ちょっ!?」

 

 ガシャン、と大きな音を立てて。

まるで手錠でもはめられたかのように、携帯電話もどきのブレスレット部分が裕太の左手首に巻き付いてきた。

急に息苦しさを覚えて、裕太は驚いて彰久を見上げる。

 

「彰久くん!? なんか巻き付いたんだけど!?」

 

「……そういう仕様だからな」

 

 仕様。

いや、桐の腕にも八尋の腕にもこんな物は絶対に付いていなかった筈だ。

裕太が何から抗議したものかと迷いながらも口を開いた頃。

 ――がぶ。

 

「いってえ!?」

 

 唐突に、裕太は左手に突き刺さるような鋭い痛みを感じた。

見れば、携帯電話もどきが勝手に畳まれていて、先程確認した牙が思い切り裕太の肌に刺さっていたのである。

 

「ちょっと! ちょっと彰久くん!? なんか痛いんだけど!?」

 

「痛くしてんだから当たり前だろーがッ!」

 

 裕太の言葉に応えたのは、すっかり片付けられた病室に響いたのは、彰久の声ではなかった。

やけに野太い重低音。

 裕太は、この声を確かに知っている。

確実に聴いたことがある。

こんな所では響く筈のない声。

でも、実際に響いている声。

 

「……ドッグウッド……?」

 

「呼び捨てにすんじゃねえッ! 一応精神年齢上はてめーより一歳上なんだッ!」

 

 ぎこちなく裕太が名前を呼ぶと、裕太の嫌な予感は当たってしまった。

純白の携帯電話もどきから響く声は、裕太がこの北海道部隊で愛しの桐と共に乗る筈の機体――ドッグウッドの物で。

 

「え!? は!? 何でオレのケータイから……っ!?」

 

「データを、転送できるようにしたんだ」

 

 そう告げたのは、事態を静観していた彰久だった。

困惑する裕太に、彰久は淡々と解説する。

 

「お前の携帯電話に、ドッグウッドの精神データをいつでも転送できるようにした。これからドッグウッドは、普段、お前の生活の一部として腕に装着される。防水仕様も付いてるし、ドッグウッドの意思が別媒体か、本体――『フォビドゥンフルート』に集中するか、俺が許可しない限り、それはお前の手首から離れない」

 

「え、嘘、なんで!? オレ頼んでねえよそんなこと!?」

 

「ドッグウッドが、そうありたいって願ったんだ」

 

「へ?」

 

「ドッグウッドは、一応俺の友人だし……俺は、こいつの望みなら叶えてやりたかったんだ」

 

 自分の意思は完全無視か。

裕太は混乱し切って、いよいよ放心寸前だった。

彰久とドッグウッドがどれだけ仲が良いのかは知らないが、渦中にいる自分の気持ちも少しは考えてもらえないだろうか。

そう突っ込みたかったけれど、とりあえず手首に巻き付かれたドッグウッドに離れてもらうべく、裕太は彼に呼びかけてみることにする。

 

「……すんません。離れてもらえます? あと噛まないでもらえます?」

 

「……じゃあ、お前、もう桐に近付かねえって言えるかよ」

 

「は? 桐さん?」

 

 桐。

何の迷いもなく親しげに、当たり前のように呼び捨てにされた最愛の人の名前を聞いて、確かに裕太の心に嫉妬心が湧き上がったのが自分でもわかった。

 

「桐とパートナーにならねえ。なったとしても桐に好意なんて抱かねえ。桐への想いは諦める。ましてや二度とキスなんてしねえ。そう誓えるかよ」

 

「……いや、誓えるわけねえじゃん。オレ、桐さんのこと大好きだし――」

 

 がぶ。

 

「いっっっってえ!?」

 

「なーにが大好きだ! テメーに桐の何がわかるってんだ!」

 

「はあ!? なんすかそれ!? そりゃ今はそんなにわかんねーかもしれねーけど、これからわかればいいっしょ!? オレは桐さんのこともっと知りたいよ、好きなんだよ、桐さんと、もっと一緒に――」

 

「ざっけんな!」

 

 がぶっ。

 

「いってえ!!!!」

 

「テメーは……テメーは、別にいいだろ! 別に桐じゃなくてもいいじゃねえかッ! お前はいくらでも自由に恋愛できるじゃねえか! 何で……何で、よりにもよって桐なんだよ!?」

 

「はあ!?」

 

「俺には……俺には、桐しかいないのに……ッ、何で……!」

 

 まずい。

直観的に、裕太はそう思った。

何故だか、凄まじく嫌な予感がしていて。

 そんな中、ドッグウッドが苦しげな声を吐き出す。

 

「俺は……っ」

 

 やっぱり、苦しそうな声だった。

何が、そんなに辛いんだろう。

突然の出来事に色々といっぱいいっぱいになっている裕太に、ドッグウッドは決定的な一言を叩きつけた。

 

「俺だって……っ、いや、俺は! ずっと前から、桐のことだけが好きなんだよ……っ!」

 

 世界が、壊れる音がした。



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厄介な監視員

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その5 厄介な監視員

 

「……おいコラ。どこに行く気だ。てめえ」

 

 ぎくっ。

色々ドッグウッドや彰久に言いたいことはあれど、このままでは学校に遅刻すると判断し、裕太は彰久と並走して雪月高校に登校した。

 ギリギリ間に合って、一時間目を終えた休み時間。

席を立った裕太の耳に、地を這うような低音が響いた。

 

「えーと……癒しを求めてちょっと休憩? みたいな?」

 

「どこの誰に癒しを求めに行く気だこの野郎」

 

「……なんすか。わんこには関係ないっしょ」

 

 がぶっ。

 

「痛い! 痛い!」

 

「わんこって呼ぶんじゃねえ! 『ドッグウッドさん』だ!」

 

「あー、はいはい! すんませんっした、わんこ先輩!」

 

「誰がわんこ先輩だ!」

 

 傍から見れば一人でぎゃあぎゃあと騒いでいる裕太を、明らかにクラスメイト達が奇異の視線で見ている。

このままでは周囲の裕太への『残念なイケメン』度の認識はますます高まってしまうことだろう。

別に裕太は桐以外にはどう思われてもいいのだが。

 彰久の『味方になれない』という発言はこういう意味だったのか、と裕太は一人嘆息する。

彰久は、裕太ではなくドッグウッドの恋路を応援しているのであろう。

 まさか裕太も、ドッグウッドが桐に恋愛感情を抱いているなんて思いもしなかった。

確かにドッグウッドのコックピットに入った時、やけに二人の絆が強いな、とは思った。

それこそ、凄まじく嫉妬心が膨れ上がるくらい。

 けれど、桐はドッグウッドのことをはっきりと『親友』だと言っていたし、心のどこかで二人の関係はあくまで友情という意味での繋がりだと裕太は期待していた。

現実はそこまで甘くないらしい。

折角休み時間に桐にアタックをかけようと思っていたのだが、こんな近くに監視員のドッグウッドが居るのでは噛まれて噛まれて邪魔されまくりだ。

 

「……あのさ。桐さんは知ってるの。あんたの気持ち」

 

 ぽつり、と少しの不安と共に裕太が呟けば、ドッグウッドは数秒黙ってから、ごく少量のボリュームで言い捨てた。

 

「……知らねえよ。言えるわけねえ」

 

「……じゃあさ。桐さんは……桐さんは、あんたのこと好きなの?」

 

 この台詞を吐いた直後、裕太は確かに緊張した。

答えを聞くのが怖かった。

何と言うか、桐とドッグウッド、二人の間には裕太じゃ入り込めないような温かい絆があるような気がしたから。

 

「……違う。桐は誰も好きじゃない。俺のことなんて、ただの『親友』としてしか見てない」

 

 その言葉に、ほっと裕太は胸を撫で下ろす。

良かった、まだ桐の心の『恋愛』のスペースに、自分が入り込める余地はある。

そんな裕太の安堵の感情を感じ取ったらしく、ドッグウッドがぎゃんぎゃん喚き出す。

 

「だからって、桐がてめーを好きになるっていう意味じゃねーからな! っつーか、そんなの俺が許さねえ!」

 

「なんすかそれ! 桐さんの感情は桐さんの自由っしょ!?」

 

「そうだけど、テメーみてえなチャラい野郎に桐が好きなようにされんのだけは俺は我慢できねーんだよ!」

 

「チャラくねえっすよ! こう見えても本気っすよ!」

 

 またしても、裕太とドッグウッドは口論を繰り広げる。

まったく、こんな頭の固い恋敵と四六時中一緒だなんて、自分のストレスはどうなるのか。

どうしたものかと危うく裕太から舌打ちが洩れそうになった頃、廊下に、裕太は自分が今一番会いたい人物の姿を見つけた。

 栗色のボブショート、星型のヘアピン、ジャージにスカート。

それだけで心がきらきらと弾むものだから、自分は恋に関しては相当単純なのだろうと裕太は小さく笑う。

 

「きっりさーーーーんっ!」

 

 駆け出して、教室の戸の所に相変わらずの無表情で立っている愛しの王子・白砂桐に裕太は勢い良く抱きつこうとする。

けれど、その前にがぶり、と携帯電話が畳まれて。

ドッグウッドの鋭い牙が容赦なく裕太の肌を突き刺す。

 

「あいたたたたたた」

 

「何一人で悶えてるの」

 

 桐が、冷めた目で裕太を見て来る。

しかし久々にこの視線を向けられると、裕太は逆に正直ぐっと来る物があった。

 

「いや、一人じゃねえっす……わんこ先輩の野郎が……」

 

「わんこ先輩って呼ぶな!」

 

「まあわんこ先輩はどうでもいいとして、桐さんどうしたんですか!? もしかしてオレに会いに来てくれたんすか!?」

 

「君とどっくんに会いに来た」

 

 自分だけじゃなかった。

ドッグウッドもだった。

同列だった。

少しショックを受けてしまったが、桐が自分にも会いに来てくれたという事実も確かだったので、裕太の心は浮き立ちそうになる。

 そんなデレデレ状態の裕太に、桐は淡々と用件を述べる。

 

「司令から伝言。今日、基地に行って隊員とある程度挨拶してこいって。案内は森永に頼んである」

 

 森永。

『師匠』のことか、と裕太は少し浮かれてしまう。

八尋と仲良く過ごせるのならば、こちらとしても万々歳だ。

けれど。

 

「桐さんは一緒に来てくんないんすか?」

 

「私はその間、訓練。どっくん、その時データをシミュレータに転送してもらえる? 一緒に訓練しよう」

 

「……おう」

 

 ドッグウッドが、ぶっきらぼうに返事をする。

何だろうか、この気持ちは。

裕太を面白くない感情が襲う。

ドッグウッドから解放されるのは嬉しいけれど、その間ドッグウッドは愛しの桐と二人っきり。

この置いてけぼり感は、釈然としない。

 

「じゃあ、確かに伝えたから」

 

 それだけ言って、桐は颯爽と身を翻す。

かっこいい、と裕太は確かに胸をときめかせた。

相変わらず自分の王子様はかっこいいのだと。

 どこまでもクール。

どこまでもデレない。

けれど、だからこそ燃える物もある。

裕太が妄想に浸ろうとしていたら、ドッグウッドの唸るような声が響いた。

 

「……お前、今、桐相手に変なこと考えたろ」

 

「なんすかー、わんこ先輩ってば紳士ぶっちゃって。どうせわんこ先輩も結構ムッツリ――」

 

 がぶっ。

血が噴き出すんじゃないかって程、ドッグウッドは裕太に全力で噛み付いた。



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言いたい、言えない

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その6 言いたい、言えない

 

 基地内に設置された訓練用のシミュレータに自分の全ての意識が転送されたことを理解し、ドッグウッドは静かに覚醒する。

クリアになる世界。

見慣れた無機質な空間。

一人用だからかフォビドゥンフルートのコックピットよりは狭いその世界に、ドッグウッドにとって世界で一番大事な少女は居た。

 

「――ねえ、どっくん」

 

「ん?」

 

 桐が、ゆっくりとドッグウッドに語り掛ける。

この綺麗な響きの声が、ドッグウッドは好きだった、大好きだった。

子どもの頃から、少しも変わっていない声。

自分はいつまでも声が幼いのが恥ずかしくて、極端に声を低くカスタマイズして貰ったのだけれど。

 

「データ転送できるならさ、私の携帯に来れば良かったのに」

 

「……はあ?」

 

 何を言ってるんだ、桐は。

ドッグウッドにもし表情があったのならば、恐らく思いっ切り顔をしかめていたことだろう。

でも、桐は当たり前のように言う。

 

「そうすれば、私とどっくんはずっと一緒にいられるでしょ」

 

 その言葉は、ドッグウッドにとってあまりにも甘い響きだった。

そうすることができれば、どんなにいいか。

桐ともっと一緒にいられれば、桐ともっと沢山の時間を共有できれば、どんなに幸せなことだろう。

――でも、できない。

 

「……できるわけねえだろ」

 

「どうして?」

 

「……その……お前は女の子、なんだから」

 

 もごもごと言葉を紡ぐと、桐は一瞬目を丸くして――それから、くすっと笑った。

 

「優しいね、どっくんは」

 

「や、優しくねえよっ!」

 

「優しいし、紳士だ」

 

「……紳士でもねーよっ」

 

 ドッグウッドにもし心臓があったのなら、ばくばくどきどきとそれはそれはうるさく高鳴っていたことだろう。

桐がこうして笑いかけてくれる相手は、ドッグウッドだけだ。

桐の笑顔を見ることができるのは、世界にドッグウッドしかいない。

一度感情が死んだ桐が、ドッグウッドにだけは心を開いてくれる。

それだけで満足しなきゃいけないのに、ドッグウッドはこの笑顔を見ると、もっともっと、と桐を渇望してしまう。

 こんな自分が、嫌いだった。

桐はドッグウッドを優しいと言ってくれる。

親友だと信頼してくれる。

 けど、ドッグウッドは桐が思ってくれている程綺麗な存在じゃない。

桐を異性として意識してしまう。

愛してしまう。

肉体が無いから桐を大事にできているだけで、自分がもし普通の人間だったら、きっと、桐を――。

 

「……なあ」

 

「なに?」

 

 今度は、ドッグウッドから語り掛けた。

 

「……俺、あいつに……もう勝手なことさせねえから」

 

「あいつ?」

 

「……天内裕太だよ。もう、お前に変に近付かせない。キスだって……させない」

 

 あの日の、桐のファーストキス。

ドッグウッドじゃ絶対にできないこと。

ずっとしたくても、できなかったこと。

それを、天内裕太は容易くやってのけた。

桐の大事な物を、簡単に奪った。

天内裕太には、それができたから。

自由に動く身体があったから。

ごく普通の人間だったから。

 

「何だ。心配してくれてたんだ。大丈夫、もう気にしてない。天内のこと、スッキリするまで殴れたし」

 

「そういう問題じゃねえよ! ……女には、大事なもんだろ」

 

 思わず、ドッグウッドは声を荒げてしまった。

桐が気にしていなくても、自分は気にする。

それでも、桐は緩く首を横に振った。

 

「大丈夫。元から甘いファーストキスなんて夢見てなかったし。私、恋愛なんて一生する気ないから。興味ないし」

 

 桐の放ったその言葉で、ずしん、とドッグウッドの心に何か重い石のような物が圧し掛かる。

天内裕太の一方的な恋愛感情が報われる可能性が少なくなったのは、嬉しい。

けれど、それはドッグウッドの想いが届かないことも意味している。

 ――もしも。

もしも自分が、彼女を好きだと言ったら。

愛していると言ったら。

桐は困るだろうか。

拒絶してしまうだろうか。

それとも、受け入れてくれるだろうか。

こんな浅ましい自分のことを。

 

「天内がどっくんのステイメンだって、正式に決まったわけでもないでしょ。システムがそう認識しただけ。宇賀神さんが操作すれば、パートナー関係なんて簡単に解除できる。私はどっくんさえ傷つかないなら、パートナーなんて誰でもいい。私のことは心配しないで」

 

 違う、違うんだ。

もういっそ、叫んでやりたかった。

 自分はそんなに優しい存在じゃない。

桐を心配している振りをして、桐を独占したくてたまらないだけで。

桐が自分以外の誰かの物になるなんて、考えただけで気が狂いそうになって。

桐のことが、ずっと、好きで好きで、愛していて、おかしくなりそうで。

 

「……桐」

 

「ん?」

 

「俺は、お前が――」

 

 好きだ。

いっそ、吐き出してしまえば楽になるのかもしれない。

自分にはそうすることしかできないのだから。

 それくらいなら、許されるのかもしれない。

自分には桐を傷付ける、汚す体は何もないのだから。

 この感情をぶちまけてしまいたい。

桐に少しでも自分の本当の想いをわかってもらいたい。

 そして、できることなら。

もし叶うのなら。

桐にも、自分を、愛して――。

 

「俺は、お前が……傷つくのは、嫌だからな」

 

「ありがと、どっくん。でも私は、そんな優しいどっくんだからこそ、ちゃんと守りたいよ」

 

 ――言えない。

全てを失った桐から、『親友』という唯一の拠り所を奪うことなんて、ドッグウッドには出来やしなかった。

 何より。

世界で一番大事な相手に、何があっても幸せになってほしい相手に、自分が全てを捨ててでも愛したい女の子に。

戦うことしかできない機械の自分だけを愛してくれだなんて、そんな残酷なこと、言えるわけがなかった。



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師匠と一緒!~モーニンググローリー組編~

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その7 師匠と一緒!~モーニンググローリー組編~

 

「というわけで、師匠! 案内お願いしまーっす!」

 

「何でオレが……」

 

 基地に向かうエレベーター内で、裕太は嬉々として自らが師と仰ぐ存在――森永八尋の背中をばしばしと叩いた。

八尋は、心底鬱陶しそうに項垂れている。

 

「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないっすかー、オレと師匠の仲でしょー?」

 

「どういう仲だよ!? っつーか、師匠って呼ぶな!」

 

 ぎゃん、と八尋が裕太に向かって威嚇するかのように吠える。

狭いエレベーター内で八尋の声が反響する。

それでも裕太の機嫌が良いのは変わらない。

 今日は厄日かと言う程に疲れた日だった。

ドッグウッドが鉄壁ガードとして活躍したせいで、桐に全くと言っても良い程近付けなかったのである。

 別に恋愛面のアタックを抜きにしても、パートナーとして歩み寄りも必要なのではないか?

そう言っても、ドッグウッドは全然聞き入れてはくれず。

 ドッグウッドから解放されたというだけで大分裕太としては気が楽になったし機嫌も良くなったけど、今頃ドッグウッドは愛しの桐と二人きり。

羨ましい、妬ましい。

 ヤキモチを胸中で燻ぶらせ募らせた頃、エレベーターが止まった。

目的の階に到着してしばらく歩いて八尋が扉を開いた先に待ち受けていたのは、大きなテーブルをソファが囲む広い部屋。

 恐らく、会議室なのだろう。

 

「お、来たか」

 

 出迎えたのは、背が高くて銀色の髪の毛が目立つ、目つきの悪い青年。

裕太は何とか彼の名前を思い出そうとする。

 

「見舞い行ってやれなくて悪かったな、新入り。俺は神名清文。この部隊のリーダーだ」

 

 そうだ、リーダーだ。

裕太はようやく記憶の糸を手繰り寄せることに成功する。

モーニンググローリー、前衛の青い機体に乗っていたアダム。

 

「どもっす、清文さん! これからよろしくお願いします。天内裕太です。裕太って呼んでください!」

 

「おお、裕太。よろしくな。こないだの戦闘では助けられた。礼言っとくわ。けどな」

 

 ぎろ、と清文が裕太を睨む。

その眼光の鋭さに、裕太は一瞬固まった。

自分は何か悪いことをしただろうか。

 ふと、清文が裕太の黒髪を片手で強く鷲掴んできた。

それから、がくがくと裕太の頭を揺らして。

 

「いいか? てめえ、この部隊に来たからにはくれぐれも勝手な真似するんじゃねえぞ? 調子乗って突っ走ったりしたらぶっ飛ばすかんな? そこの八尋みたいなアホ行動起こしたらてめえタダじゃ置かねえぞ?」

 

「あ、アホってなんスか! オレはアホじゃねえッスよ! オレ結構頑張ってるでしょ!?」

 

 八尋がぎゃんぎゃん騒ぎ始めたが、清文が空いた片手で八尋のオレンジ頭もぐしゃっと掴んだ。

 

「テメーは良く考えてから頑張れっつってんだろうがよいっつもよ! こないだだって真っ先にLOVEの糸にぐるぐる巻きにされてたのはてめえだろうが! この脳味噌エターナル小学生野郎が! 作戦と人の話聞けよクソが!」

 

 口が悪い。

頭上から罵声を浴びせられた裕太と八尋は、頭を強く揺さぶられていることもあって視界がぐらぐらし着実に気持ちが悪くなってくる。

清文は、そんな高1男子コンビをきつく睨みつけた。

 

「いいか、ガキ共。これ以上俺に負担かけるなよ!? アダムがバカとヤンデレとコミュ障ばっかだなんて地獄、もうこりごりだからな!?」

 

 ひどい言われ様だ、と裕太はまるで他人事のように考える。

もしかして自分も入っているのだろうか。

 バカ呼ばわりされる程頭が悪いわけでもない。

 確かに桐のことは好きだがヤンデレとまではいかない気がする。

 コミュ障というわけでもないのに。

 裕太がぽかん、としている間に、高1コンビの頭が解放される。

くらっと倒れそうになって、裕太は慌てて我に返った。

ふと見れば、清文も清文で怒鳴り疲れていた。

 

「……はぁ。とりあえず、俺からの挨拶はこれでしまいだ。後はスタッフさん方に迷惑をかけないように基地を見て回って――」

 

「ねえねえ、キヨちゃん。私の紹介はー?」

 

「へ? ……って、うおおおおおお!?」

 

 突然、清文が奇声を上げた。

化け物でも見たんじゃないかというレベルの絶叫。

ホラー映画も真っ青だ。

 気が付けば、ピンク髪の可愛らしい少女が清文に後ろから抱きついていた。

でも、そんな一般男子の目からすれば羨ましいとも言える状況なのに清文の顔面は蒼白だ。

 

「何でここにいんだよ桃坂!? 確かに尾行されてる気はしてたけど撒いたはずだよな!?」

 

「勿論愛の力でここにいるよ、キヨちゃんだーいすき!」

 

「気持ち悪いこと言うんじゃねえ変態っ!」

 

 清文と少女のやり取りを、裕太はきょとんとした顔で見つめてしまう。

一方で八尋は、『またか』とでも言いたげなちょっと引いた顔で二人を見ていた。

置いてけぼりだった裕太に、少女が笑いかける。

 

「こんにちは、裕太くん! 私、桃坂恋花! モーニンググローリーのイヴだよ! 好きな人はキヨちゃんです! 座右の銘は『押して駄目なら押し倒せ』!」

 

「犯罪じゃねーかッ!」

 

 清文が桃坂恋花の頭を思いっ切り引っ叩く。

女相手だと言うのに随分と容赦が無い。

突然始まった夫婦漫才に、裕太は首を傾げる。

 

「えーと……お二人は、恋人ッスか?」

 

 ふと、裕太の思ったことが口をついて出た。

こういう部隊でリーダーを張れるだけの実力を持っているのだ。

それなりの信頼関係はあるんだろう、と思ったのだけれど。

清文が、かつてないくらいに険しい顔をした。

 

「違う。断じて違う。違うからな。アホな勘違いしてんじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」

 

「やだ、キヨちゃんったら……照れちゃって……」

 

「変な誤解生む言い方してんじゃねえよこのストーカー女! 警察突き出すぞ!」

 

 ぱしん、と小気味よい音を響かせて清文が恋花の頭を引っ叩く。

でも、恋花は何をされても平気そうににこにこしていた。

 色々と凄い人だ、と裕太はどう反応すべきか困ってしまう。

助け船を出すかのように、八尋がとんとん、と裕太の肩を叩いてきた。

 

「……行こーぜ、天内。桃坂さん暴走したら厄介だし。清文さんキレるとマジでこえーし」

 

「裕太って呼んでくださいよー、師匠!」

 

「……ああもう、裕太」

 

「はーいっ!」

 

「あっ、てめっ、こらガキコンビ! この女をほっとくんじゃねえ!」

 

 清文が怒鳴っても、無視をして裕太と八尋は共にこの場から退避しようとする。

すると。

 

「あ、そうそう裕太くんっ」

 

 恋花が、何でもないことのように裕太を呼んだ。

退避中にちら、と裕太は恋花の方を振り向いてみる。

 

「桐ちゃんのこと、よろしくね?」

 

 そう言って、恋花はにっこりと裕太に笑いかけて。

言われるまでもないことだと思ったけれど。

 

「……はいっ」

 

 ここではっきり言葉にしなきゃ男じゃない気がして、裕太ははっきりと返事をしてその場を去った。

 

 

 

 

「ねーねー、師匠」

 

「あ? んだよ」

 

「清文さんと桃坂さんって、何でリーダー機張れてるんすか? 清文さん、桃坂さんのことめちゃくちゃ嫌ってるっぽかったけど」

 

 別に情がないからと言ってフォビドゥンフルートが動かせないというわけではないけれど、それでリーダーを張れるかどうかは話は別だ。

何で、あんな感情の方向が一方通行すぎるペアがリーダー機なのか。

一番平均年齢が高いからって理由でもなさそうだが。

首を傾ける裕太に師匠が言う。

 

「良くわかんねーけど、桃坂さんがエリートだからじゃねーの」

 

「エリート?」

 

「そ。桃坂さんはうちの部隊で唯一の前線経験者」

 

 え。

つい、固まってしまう。

 

「……前線って、釧路?」

 

「ああ。『ハルクズレ』……だっけな。あの人、中学時代そこにいたらしいから」

 

 LOVEが出現して以来、その最初の出現場所となった釧路はLOVEの巣窟と化している。

そんな釧路を解放するべく、今も日夜戦い続けてる特殊前線部隊『ハルクズレ』。

選ばれた精鋭しか所属することのできない部隊。

そこに、あの桃坂恋花という少女が居た。

 

「何で、そんな人が今うちの部隊に?」

 

「オレも知らね。あの人、昔のことあんま話さねーし」

 

「……ふーん」

 

 ただにこやかで底抜けに明るい恋する乙女かと思ったけれど、そうでもないらしい。

清文と恋花は、実際どういう関係なのだろう。

二人はどんな出会いをしたんだろう。

気になることは山ほどあるけれど、これから知っていけばいいのかもしれない。

そう楽観的に捉えて、裕太は八尋の後をついて行った。



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師匠と一緒!~トランペットヴァイン組+伊波ほたる編~

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その8 師匠と一緒!~トランペットヴァイン組+伊波ほたる編~

 

 オペレーター室、格納庫、一通りの場所を八尋に案内して貰って、次に裕太が辿り着いたのが食堂。

八尋はさくさくと速いペースで案内していたが、やる気がないのかどこか施設の紹介は淡々としていた。

早く終わらせたいオーラが見え見えである。

裕太も裕太で、場所さえ覚えられれば何でもいいのだから特に気にしてはいないのだが。

 食堂では何人か基地のスタッフが席に着いていて、あちこちから良い匂いが漂っていた。

匂いに刺激され、くう、と裕太の腹まで僅かに鳴る。

 

「……あれ?」

 

 ふと、裕太は見知った人影を見つけた。

奥の方の席に、小さな小さな人影が二つ。

長い栗色の髪をポニーテールにしたおとなしそうな小柄な少女、その少女の肩に頭を預けてうとうとしているふわふわのツインテールが目立つ幼女。

桐の友人だと裕太が認識している衣笠奏美と、伊波翔真の愛娘の伊波ほたるだった。

 桐の友達。

となると、お近づきになって損は無いのではないだろうか。

裕太の心が、ぽーんと弾む。

 

「きーぬがーささんっ!」

 

「あ、やめとけバカっ!」

 

 軽いノリで裕太は奏美に声をかける。

後ろから八尋が何やら言っていたが、彼が何をそんなに焦っているのか裕太は理解できなかった。

まあいいか、と改めて奏美達に目を向けると、奏美はびくっと肩を震わせて、おどおどと身を縮こまらせた。

ほたるはぱっちりと目を開け、不思議そうに裕太の顔を穴が開くくらい真っ直ぐに見つめてくる。

 

「おまえ、だれだ?」

 

 ほたるが、不思議そうに小首を傾げる。

幼い無垢な子どもの可愛らしい仕草に、裕太は心のどこかが癒されるのを感じた。

 

「オレ、天内裕太。この部隊の新入り。翔真さんから聞いてない?」

 

「しんいり……ゆーた……あ、わかったぞ! パパがさいきん話してるからな!」

 

 ほたるがきらっと瞳を輝かせる。

そのまま興味津々といった様子で、ほたるは身を乗り出して裕太の顔を覗きこんでくる。

 

「わたしは伊波ほたるだ! スピランセスのイヴだぞっ! パパといっしょにせいぎとへいわのために戦うヒーローだ! よろしくな! ゆーた!」

 

「ん、よろしくー。はい、握手っ」

 

「うん、あくしゅっ!」

 

 裕太がほたるに手を差し出すと、ほたるは何の警戒心もなく小さな手で裕太の手を握って来た。

もしかして自分は案外子どもの扱いが得意なのだろうか、と裕太は一瞬奇妙な感覚に陥る。

それとも翔真が色々気を回してくれたからほたるもそんなに自分のことを警戒していないのだろうか。

 

「ほたるちゃん、今日翔真さんは?」

 

「パパならまだお仕事だぞっ! だから、かなみに遊んでもらってたんだ!」

 

 ほたるが奏美の細い腕にぎゅっと抱きつく。

奏美は、未だに戸惑ったように目を伏せていて。

その顔は、ひどく真っ赤で。

 

「あ……あの……あの……私……衣笠奏美……です……トランペットヴァインのイヴで……よ……よろしく……お願い……します……」

 

 ぺこり、と奏美が頭を深々と下げる。

途切れ途切れの台詞。

どもって、つっかえて。

見た目通り、随分と大人しい人だと裕太は反応に困る。

これは、彼女から桐の個人情報を引き出すのは苦労しそうだと裕太は予感を巡らせる。

そんな時、ぷう、とほたるが頬を膨らませて奏美の両肩に手を置き、弱い力で彼女を揺さぶった。

 

「むう、かなみ、声がちいさいぞ! そんなんじゃLOVEに勝てないぞっ!」

 

「あう……ご……ごめんね……ほたるちゃん……」

 

「もう、しょうがないな! でもわたし、かなみ大好きだぞ! やさしくて、あったかくて、ママみたいだ! なあ、ほんとにわたしのママにならないか?」

 

「そ……それはちょっと……」

 

「なんでだ? パパいけめんだぞ?」

 

「えと……そういう問題じゃなくて……人を好きになる気持ち、とか……よくわかんないし……私なんて……その……恋とか、できないと思うし……」

 

 おどおどびくびくと言葉を紡ぐ奏美を、ほたるはごくごく不思議そうに見つめていた。

その視線が眩しいかのように、奏美が俯く。

 人を好きになる気持ちがわからない、と彼女は言った。

だとすると。

裕太の疑問がそのまま言葉になる。

 

「衣笠さんは、パートナーとは恋人じゃないんすか?」

 

「え? えと……響希くんは……私の、初めての友達で……凄く大切……だけど……響希くんには……私なんか……合わないよ……」

 

「衣笠さんって自己評価低い系っすか? 結構可愛いと思うんすけどねー」

 

「……え……あ、あの……っ」

 

「ま、オレにとって一番可愛いのは桐さんっすけど! 衣笠さん、桐さんと友達っしょ? なんか桐さんの好みのタイプとか、好きなデートスポットとか、知ってることあります?」

 

 『友達』。

裕太がその言葉を口にした瞬間、奏美の大きな瞳が揺れた、気がした。

何をそんなに戸惑っているんだろうか。

あうあうと言葉に詰まる奏美。

その瞳には僅かに寂しさが宿っていて。

何かまずいことを言ってしまっただろうか、と裕太が自分の発言を復習しようとした時。

 

「かーなみっ!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 どたどたと、背後から騒がしい足音が聞こえたかと思えば、突然何者かが思いっ切り裕太の横っ腹を強い力で殴った。

そのまま裕太は突き飛ばされ、ついでとばかりに片足をぎゅうっと踏みつけられる。

1HIT、2HIT、3HIT。

ダメージ炸裂。

 何だ、何が起こった。

裕太が横腹をさすっていると、真っ赤な髪の小柄な少年が奏美にぎゅうぎゅう抱きついてるのが視界に映った。

奏美は少しびっくりした顔をしながらも、彼の背中に手を回して抱擁をぎこちなく受け入れていた。

そんな中でも、赤髪の少年が裕太の足を踏む力は強まるばかり。

全体重をかけているんじゃないかと疑う程だ。

 

「すまんなー、奏美。ちょーっと担任の説教長引いてなー。寂しい思いさせたか?」

 

「だ……大丈夫だよ……あの……ほたるちゃんが一緒にいてくれたから……」

 

「おー、ほたるちゃんおおきに! せやけど、まーた奏美に『ママになってくれー』とか言うたんやないやろな?」

 

「ん、言ったぞ? でもだめだって! なんでだ?」

 

「なんでもやー。もうそんなこと奏美に言うたらあかんでー?」

 

「なんでひびきがだめだって言うんだ? かなみのことだぞ?」

 

「そりゃ、奏美はオレのもんやからなあ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんやでー。よーく覚えときー」

 

 ぐしゃぐしゃ、と赤い頭の少年――確か、『響希』がほたるの頭を撫で回す。

声色は優しかったけど、どこか言い知れぬ圧を感じた。

 その間も、響希の片腕はしっかりと奏美の腰に回っていた。

奏美は、緊張した様子でありながらも嫌がる素振りは見せない。

まるで、それが当たり前とでも言うかのように響希の腕の中に収まっている。

オレのもん。

やはりこの二人はそういう関係なのだろうか。

でも先程、奏美は響希をただの友達だと言っていた。

 ――それよりも、まず踏まれている足が痛い。

 

「あのー……痛いんすけど……」

 

 弱々しくも、裕太が抗議の声を上げる。

ようやっと、響希が裕太を見やる。

きょとん、と。

人の足を踏んでおいて響希は平然としていた。

 

「あー、新入りやっけな、お前。天内裕太、やったか。白砂のこと好きなんやっけ?」

 

「へ? あ、はい……そうっす」

 

 あまりにもさらっと自分の恋心を指摘されて、流石に裕太も恥ずかしくなってしまう。

でも否定する理由もないから頷くと、響希は探るような視線を裕太に向けてきた。

 

「白砂のこと愛しとる? 白砂以外目に入らん、興味ないって言えるか?」

 

「……言えます、けど」

 

 何の躊躇もなく、裕太は返事をする。

彼の桐への愛情は、揺るがない事実なのだから。

そこで初めて、どこか張り詰めていたような異様な空気が、やっと和らいだ気がした。

何となく感じていた圧が、消える。

 裕太の足から響希の足が離れて、響希がにこっと人懐っこそうな笑顔を裕太に向ける。

 

「ならええわ! オレ、小坂響希! トランペットヴァインのアダムや! よろしゅうな、裕太! 仲良くしよ? あ、オレ雪高の2年生やねん。わかんないことあったらオレに聞いてやー!」

 

「……へ? あ、はい。よろしくっす!」

 

 無遠慮に片手を掴まれ、無理矢理握手させられ、ぶんぶんと上下に手を揺さぶられる。

明るくて気のいい先輩、という認識でいいのだろうか。

それにしては、先程まで肌で感じた不穏な空気は何だったんだろう。

小坂響希――不思議な人だ。

 

「八尋は裕太の案内かいな。八尋が他のパイロットの面倒見るなんてなー。人って成長するもんなんやな。兄ちゃん感動したでー?」

 

「な、なんスかその言い方! オレをガキ扱いしないでくださいよっ。響希さんだってちっこいくせに!」

 

「ちっこい言うなやアホ!」

 

「事実っしょ!」

 

 ぎゃあぎゃあと、八尋と響希が言い合いを始める。

その間に、ほたるはまた奏美に甘えていた。

奏美が愛おしそうにほたるの頭を撫でる。

相変わらず腰に回っている響希の手のことは、奏美は特に気にしていないようだった。

ただの友達にしては、この二人は距離が近すぎる。

 

「ああもう、響希さんのばーかっ! ほら、裕太。行こうぜっ。ここにいるとチビがうつる!」

 

「うつらへんわ!」

 

 響希に悪態をついて、八尋がずるずると裕太を引きずっていく。

何となく裕太がぱたぱたと手を振ってみると、ほたると響希が手を振り返してくれた。

奏美は、ずっと恥ずかしそうに俯いていたけど。

 

 

 

 

「だから、やめとけって言ったろ」

 

「へ?」

 

 食堂を後にした所で、八尋が苦々しく口を開いた。

何のことだろうか、と裕太は疑問符を頭の上に浮かべる。

 

「あんま、衣笠さんに必要以上に近付かねー方がいいぞ。響希さんにひどい目に遭わされっから」

 

「え、マジっすか?」

 

「マジ。さっきだってお前足思いっ切り踏まれてたろ。あの人、衣笠さんには何でかやたら過保護なんだよ。普段は明るいし、オレもうまくやれてっけど……オレ、時々あの人のこと良くわかんなくなる」

 

 過保護。

それにしては、何だかもっとどろついた、ぎらついた感情が見え隠れしたような気がした。

ふと、裕太の脳裏を神名清文の言葉がリフレインする。

もしかして。

 

「あ、そっか。あの人が『ヤンデレ』か!」

 

「は?」

 

 勝手に納得した裕太を見て、微妙に鈍いらしい八尋だけは怪訝そうに眉を顰めていた。



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師匠と一緒!~ブライダルベール組+佐久間陽夏編~

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その9 師匠と一緒!~ブライダルベール組+佐久間陽夏編~

 

「……んで、ここが資料室な」

 

「資料室?」

 

 食堂の傍の通路を歩いた先にある部屋の前で、八尋が足を止めた。

それに倣って、裕太も立ち止まる。

 

「学校でいう図書室みたいなもん。スタッフがLOVEの研究に使うことがほとんどだけど……オレ達パイロットって学生がほとんどだろ。だから、ここで勉強してもいいらしい。……オレは、あんま使ったことねーけど」

 

「あー、師匠はそっすよね。付きっ切りで教えてくれる専属家庭教師いますもんねー」

 

「は? 家庭教師?」

 

 裕太の揶揄を含んだ発言に、八尋は眉を顰め怪訝そうな顔をする。

対する裕太は、にまにまと口元をそれはもう緩ませていた。

それから、裕太は肘で八尋の肩をつんつんと小突きながら弾む声を上げる。

 

「だーって、師匠には佐久間さんいるじゃないっすかー。お部屋でドキドキ! いけない個人授業! とかいっぱいしたんでしょー? ねえねえー?」

 

 にやにやと裕太がからかえば、八尋の顔が見る見る内に真っ赤になった。

それから、八尋は勢い良く裕太に掴みかかる。

それでも裕太は、そんな照れなくてもいいのになあ、と笑うばかりだ。

 

「な……ななな何言ってやがんだてめえ!! そ、そそそそんなわけねえだろ!? お、オレらは別に、そんな、えっと……!」

 

 完全に気が動転しているのか、八尋が盛大にどもる。

そんな八尋を見て、裕太はますます笑みを深めた。

 

「そんなって、どんなっすかー? オレは授業したんでしょって言っただけっすよー? 何想像してるんすかー?」

 

「へ!? あ、う……と、とにかく! お前にそういうこと教えてやる義理は……!」

 

「……うるさいぞ」

 

 ふと。

ぼそり、と第三者の声が聴こえた。

 裕太と八尋は、揃って声のした方を見る。

いつの間にか資料室の扉が開いていて、二人より10センチ程下に、頭が見えた。

 でも、何よりも目を引いたのは。

その人物のブレザーの制服にべっとりと付着した鮮やかな血の色で。

 裕太と八尋は同じタイミングで震え上がって。

次の瞬間、思わず裕太は震えた声を洩らした。

 

「さ……殺人鬼……!」

 

「……馬鹿か。……美術の時間に赤い絵の具が跳ねただけだ。……帰ったら洗う」

 

 僅かに怒気を含んだ声でぼそりと呟いてから、その少年は呆れたように溜息を吐き出した。

黒髪に眼鏡、鋭い目つき。

裕太は確かに彼に見覚えがあるのだが、なかなか名前が出て来ない。

 

「……案内か」

 

「ああ、そっすよ」

 

 眼鏡の少年が、八尋に声をかける。

それから彼は、裕太を無表情で見上げた。

 

「……天内、だったか」

 

「え、はい」

 

「……駿河奈緒。……ブライダルベールの、アダム」

 

 それだけ。

それだけ訥々と告げると、駿河奈緒は裕太達の横をすたすたと通り過ぎていって。

そのまま、去って行ってしまった。

 

「……へ? マジで挨拶あれだけ?」

 

 裕太があまりに淡泊な反応に呆気に取られていると、八尋も肩透かしを食らったような顔をしてから、んん、と唸った。

 

「駿河さん、すっげー無口なんだよ。オレも未だにあの人が何考えてんのか全然わかんねー。けど裕太、気を付けろよ。桧垣さんの前で――」

 

「あれ、八尋くんじゃん」

 

 八尋の台詞を遮るように、裕太にとっては聞き覚えのあるアルトが聴こえた。

その瞬間、八尋の顔が僅かに赤みを帯びる。

見れば資料室の入り口から、ひょこっと黒髪ロングの美人こと八尋の恋人・佐久間陽夏が顔を出していた。

 

「……よっす」

 

 八尋が雑に片手を挙げる。

それに対して陽夏は人懐っこく笑いかけた。

 

「お疲れっ。そっか、今日一緒に帰ってくんねーんだなって思ったら、天内くんの案内してたんだな」

 

「それは……その、悪かった。陽夏は、勉強か?」

 

「おう。一応受験生だしな」

 

 気安く明け透けに言葉を交わす恋人達。

その仲睦まじさに裕太がわかりやすくニヤニヤしていると、それに気付いた八尋がばつが悪そうに裕太を睨んだ。

しかし、裕太からしてみれば八尋に睨まれても怖くも何ともない。

 そこで、裕太は自分が陽夏に未だ挨拶をしていないことを思い出し、慌てて頭を下げた。

 

「どーも。オレ、天内裕太っす。この度北海道部隊に配属になりました。どーぞよろしく」

 

「ん。八尋くんから聞いてるかもしれねーけど、私は佐久間陽夏。ファレノプシスのイヴだ。そんでもって、なんつーか、私は……八尋くんの物だよ。よろしくな」

 

「お! 言ったっすね! 師匠の物っすかー! へー! つまりどういうことっすか!? アレっすか!? ぶっちゃけ師匠とはどこまでの関係? 大人の階段登っちゃったり――」

 

 陽夏の照れを含んだ発言に裕太が食いつく。

その勢いで陽夏に詰め寄る裕太の側頭部を、八尋はフルパワーで殴り飛ばした。

今日の裕太は噛まれたり足を踏まれたり殴られたり散々である。

ほとんどが自業自得なのだが。

 頭を押さえた裕太が八尋を見れば、八尋は茹蛸のように顔を真っ赤にいていた。

陽夏も微妙に顔を赤らめ数秒視線を彷徨わせていたが、やがて誤魔化すように資料室の奥に声をかけた。

 

「あ、あー……雲雀ちゃん! 新入りの天内くん来てるぜ! 挨拶しとけ!」

 

「え、天内くん?」

 

 可愛らしい澄んだソプラノが聴こえたかと思えば、今度は三つ編み眼鏡の少女がひょっこりと顔を出す。

少女を見て、裕太は彼女が以前の戦闘でLOVEのハートを一瞬で発見していたことを思い出し、やや首を傾げる。

だが裕太が情報を整理するより前に、眼鏡の少女が裕太に会釈をしてきた。

 

「こんにちは。お見舞いに行けなくてごめんなさい。私は桧垣雲雀。ブライダルベールのイヴよ。何か困ったことがあったら、遠慮せず聞いてね」

 

 優しく微笑む雲雀。

それに裕太は確かな好印象を覚える。

子どもっぽい身長の割に、雲雀はしっかりした人物のようだった。

気を良くした裕太が、ここぞとばかりに質問をぶつけてみる。

 

「あ、はい。じゃあ質問! 情報量少なすぎるから聞きたいんすけど、桧垣さんのパートナーの駿河さんってどんな人っすか? なんか、あんま喋んなくて地味で目立たないって印象しか今のところないんすけど――」

 

「あ、バカ、裕太!」

 

「地雷踏んだ! 今、君地雷踏んだ!」

 

 唐突に、裕太の台詞を遮って八尋と陽夏が焦ったように騒ぎ出す。

思わず裕太が固まる。

何かまずいことを言ってしまっただろうか。

 裕太が自分の発言を復習する前に、目の前の雲雀が黙り込んでしまっていることに気付く。

雲雀は、唇をきゅっと固く結んで、俯いて、それからばっと顔を上げて。

 

「――そんなことない」

 

 はっきりと。

 

「へ?」

 

 裕太を見据えて。

 

「駿河くんは、宇宙で一番かっこいい」

 

 凛とした声で。

 

「……はい?」

 

「まあまず見た目が明らかに王子様なのは周知の事実なのは置いておくとして、いや、ここは置いておかない方がいいよね。まずあのきりっとした目つき。私は緊張してなかなか視線を合わせられないけど、いつも真っ直ぐに目の前の物を見据えていて、捉えていてとてもかっこいいよね。あと眼鏡越しの瞳がまるで宝石みたいに輝いていて凄く綺麗。もうそれこそ直視できないくらい。存在が宝石って言えばいいのかな。勿論駿河くんの一番かっこいい要素は外見じゃなくてその内面。一見クールで物静かで落ち着きがある感じの人に見えるでしょ? それはそれでかっこいいんだけど、駿河くんの場合はちょっと違って、ああ見えて熱いハートを秘めていて」

 

 ――駿河奈緒へのはち切れんばかりの愛情を、滾々と語り始めた。

裕太の時が一瞬にして止まる。

 何だ、これは。

確かに情報量が少ないとは言った。

しかし、ここまで重量オーバーな愛情たっぷり惚気話は望んではいなかった。

 これはいつ語り終わるのだろうか。

愛の言葉の数々に押し潰されそうだ。

 裕太は理解した。

桧垣雲雀は、真面目そうに見えてとんでもない『乙女』だと。

 

「くそっ! 逃げろ八尋くん! こうなった雲雀ちゃんは最低一時間はかかる! ここは私が食い止めるから!」

 

「バカ! お前を置いて行けるわけねえだろ!」

 

 気がつけば八尋と陽夏も裕太からしてみれば勝手に愛の劇場を展開している。

そんなことをしている暇があったら自分を助けてほしかった。

 結局、裕太は。

雲雀から逃げ切れず、奈緒へのありがたい愛の言葉を拝聴し。

一時間半くらいは、資料室の前から身動き一つ取れずにいたのだった。

 とりあえず、雲雀が奈緒にとんでもなくベタ惚れだということ。

それだけは、嫌と言う程わかってしまった。



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束の間の幸せ

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その10 束の間の幸せ

 

「おい、どこ行く気だてめえ」

 

 裕太の基地への挨拶も一通り終わって、八尋とも別れて。

寮へ戻ろうか、とも考えたが、ふと思い直して方向転換した瞬間。

地を這うような低い声が、裕太の鼓膜に届いた。

 

「ありゃ、もう戻ってきちゃったんすか、わんこ先輩。桐さんの訓練もう終わったんすかー?」

 

「てめえに関係ねえだろっ」

 

 桐の名前を出せば、ドッグウッドがわかりやすいくらいに不機嫌そうに怒鳴る。

裕太が桐と関わるのが、相当嫌なのだろう。

だからと言って、裕太は桐を諦める気などさらさらないのだが。

 

「べっつに。桐さんにアタックかけようなんて今は思ってないっすよ。ただちょっと、オレもシミュレータで訓練したくって」

 

「あ? 訓練?」

 

「そ。オレ、入院してたっしょ? 体なまってんすよ。それにオレは転属してきたばっかだ。周りに振り落とされねーようにも、人の倍は自主練しねーと」

 

 そう言うと、ドッグウッドが急に黙り込んだ。

どうしたというのか、と裕太は怪訝に思い、ドッグウッドに声をかける。

 

「……何黙ってんすか?」

 

「……いや、お前、自主練とかするタイプなんだなって」

 

「そりゃするっしょ。オレのこと何だと思ってんすか。オレは強くなりたい。その為には努力しなくちゃなんない。当然のことじゃないっすか。それにオレは、桐さんを守るって誓いましたからね」

 

 そう言うと、ドッグウッドはまた数秒黙って。

 

「……桐に戦闘で負担かけたら、マジでその皮膚噛みちぎるからな」

 

「うわっ、シャレになんねー!」

 

 ようやく、いつもの調子に戻った。

いつもと言っても、まともに会話したのは今日が初めてなのだが。

 そう、裕太は強くなりたい。

桐を守れるくらい強く。

桐が、ドッグウッドだけでなく、裕太のことも頼ってくれるように。

 

 

 

 

「うーえ、吐きそう……」

 

「てめえ、ここで吐くんじゃねえぞ。今、俺このシミュレータと感覚共有してるんだからよ」

 

「あ、マジで? じゃあ吐いちゃお」

 

「てめえ!!」

 

 基地内にある戦闘訓練用シミュレータルーム。

裕太はその中の一人用シミュレータの内部にいた。

 訓練機を直接駆って戦闘の感覚を学ぶのではなく、仮想空間に意識をダイブさせて急上昇・急降下訓練や旋回訓練など、基地内部のような限られた空間じゃできない訓練を行う。

広い世界で自由に動けるというのは良いことなのだが、自由すぎて時々酔ってしまう所が玉に瑕だった。

 裕太ですら、未だにこの感覚に慣れてはいない。

新人パイロットの頃はゲーゲー吐いていたものだ。

 ドッグウッドに吐瀉物をぶつけるのは相手が恋敵と言えど流石に悪いと思い、今日の訓練を終えようと裕太はシミュレータを機能停止させる。

すると、腕に巻き付かれた携帯電話に明かりが灯った。

ドッグウッドの意識もまた、こちらに転送されたということだ。

 またしばらくドッグウッドと一緒。

正直、気が滅入りそうになる。

そんなことを考えながら、裕太はシミュレータルームを後にした。

 

「さーて、食堂行ってなんかつまみ食いでもしよーっと。訓練の後は腹減るんすよねえ」

 

「ああ? お前今吐きそうとか言ってただろ」

 

「それとこれとは別っすよー。オレ、育ち盛りなんでっ」

 

 そんな他愛もないことを話しながら、裕太はドッグウッドに監視されながら、エレベーターに乗り込む。

そこで、食堂へ足を踏み入れた所、で。

 

「あ」

 

「……あ」

 

 吐き気が完全にどこかへ吹き飛ぶ音がした。

 

「……っ、桐さぁん! って、あいたっ! あいたたたたた!」

 

 何か食べ物の良い匂いがすると思えば、ジャージ姿の桐が調理場で何かを作っているのを見つけた、見つけてしまった。

こんな所で桐に出会えたのも裕太としては嬉しいし、家庭的な桐の姿を見られたことにも素直に胸が高鳴る。

だから駆け寄って抱きつこうとしたのだけれど、その前にドッグウッドに思いっ切り左手を噛まれた。

あまりの痛みに、裕太は蹲って悶えた。

 

「桐、お前こんな時間まで残って何やってたんだよ」

 

 ドッグウッドが硬い声で桐を問い詰めると、桐がばつが悪そうに目を逸らす。

 

「……訓練場で、訓練機使って訓練」

 

 ぽつりと桐が呟く。

途端に、ドッグウッドが焦ったような声を上げた。

 

「あれだけシミュレータで訓練しといて訓練機も使ったのかよ!? 無理すんじゃねえっていつも言ってんだろうが!」

 

「……うん。ごめんね、どっくん」

 

「……素直に謝んじゃねえよ」

 

 また、二人の世界。

裕太の胸中を面白くない感情が支配する。

目の前で交流を見せつけられれば当然ながら妬いてしまう。

もし裕太がドッグウッドと立場が逆だったのならば、今頃ドッグウッドの肌に思い切り噛みついていたことだろう。

 そう言えば、この二人はどういう経緯で親友という関係を築いているのだろうか。

気にはなったが、それよりも今は二人を引き離したくて裕太は割り込むように桐に話しかける。

 

「桐さん、何作ってるんすか?」

 

「訓練の後、お腹空いたからチャーハン作ってる」

 

「おおっ! いいっすねー! オレ、チャーハン大好物っす! オレ達結婚したら相性バッチリなんじゃないすかー?」

 

「天内と結婚する予定は全くないよ」

 

 撃沈。

さらに、迂闊に『結婚』なんてワードを出したせいでドッグウッドがぎりぎりと噛んできて激痛が裕太を支配していた。

そんな裕太を冷めた目で見ながら、桐が口を開く。

 

「天内」

 

「あ、はい。なんすか?」

 

「天内もお腹空いたなら、これ、食べる?」

 

 そう言って、桐は皿によそっていたチャーハンを指して。

突然降って来た想い人の手料理イベントに、裕太はドッグウッドによって与えられてる痛みすらも吹っ飛んだ気がした。

 

 

 

 

 桐とテーブル越しに向かい合って座って、裕太は目の前に置かれたチャーハンに向かって両手をぱちんと合わせる。

 

「いっただきまーす!」

 

「いただきます。……何でそんなニヤニヤしてるの」

 

「だあって、愛しの桐さんの手料理ですもん! これってなんか新婚さんみたいで――あいたたた、わんこ先輩、痛い! 痛い! 飯くらいゆっくり食わせて!」

 

 吹き飛んだはずの痛みと戦いながら、裕太はチャーハンを口に運ぶ。

優しい甘じょっぱさに、裕太は思わず泣きそうになった。

 大好きな想い人の美味しい手料理を食べられるなんて、男冥利に尽きるにも程がある。

でも、ただ一緒に食べているだけじゃ寂しいので、何とか話題を探す。

 

「そういや、桐さんって何でいっつもジャージなんすか?」

 

「変?」

 

「変っていうか素敵っすけど……あ、もしかしておっぱい小さいの気にしてるとか? 体型ごまかしてる感じ? 大丈夫っすよー、オレそういうの気にしないしむしろ貧乳の方が――痛い! 痛いっす! わんこ先輩! 許して!」

 

「……言っとくけど、私Cカップはあるから」

 

「え、マジで!? ……痛い! 痛い!」

 

 裕太の左手に先程からドッグウッドの牙が突き刺さってくる。

でもそれよりも、不意打ちのバストサイズ情報のせいで桐相手にいかがわしい妄想をしてしまいそうな自分が居ることも確かだった。

 良く良く注意すれば、ドッグウッドの身体もまた熱くなっているようだった。

まるで、熱暴走を起こしているかのように。

やはり結構ムッツリなのではないか。

しかし今これを言えば左手が本格的に使い物にならなくなりそうだから、その言葉は裕太の胸の内だけに留めておくことにした。

 バストサイズを思いがけず知ってしまった今、何となく緊張して、妄想を有耶無耶にしたくて、裕太は逃げるように食堂のテレビのリモコンを手に取った。

何か話題のネタに繋がる楽しい番組でも放送されているかもしれない。

でも、ぷつ、と音を立てて点いたテレビに映ったのは。

 

「……うわ……」

 

 思わず、そんな苦い声が裕太の喉の奥から洩れた。

 テレビの画面に映っているのは、廃墟の数々。

あちこちに燃え広がる炎。

精鋭部隊ハルクズレのフォビドゥンフルートにカメラでも搭載させたのだろうか。

 前線――釧路の戦場が、テレビで中継されていた。

あそこでのLOVEとの戦いが終わらない限り、世界に未来はないだろう。

今こうして呑気に裕太が食事をしている間にも、戦いは進行している。

 裕太の気分が確かに重たくなる。

平和の落日が起こった場所、釧路。

裕太は詳しいことは知らないけれど、釧路の街並みはあの日から変わらずボロボロなままで――。

 がたん。

ふと、裕太の思考が中断された。

目の前で、ひどく大きな音がした。

向かいの席に座っていた、桐の姿がいつの間にかなくなっていた。

 いや、違う。

桐は――。

 

「――桐さん!?」

 

「桐ッ!!」

 

 慌てて裕太も席を立つ。

裕太の目の前では、桐がひどく息苦しそうにしながら倒れていたのだった。



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傷跡

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その11 傷跡

 

 桐が、倒れた。

息苦しそうに、ぜえはあと浅い呼吸を繰り返して、肩を小刻みに震わせて。

 ドッグウッドにとっては、それは当たり前のことだった。

あんな映像を、前線の、釧路の映像を見てしまったのだから。

 あの場所は、桐にとっては悲劇そのもので、絶望そのもので。

つまりは、トラウマの塊。

それは、ドッグウッドにとっても同じことだった。

いつもは淡々と、気丈に振る舞う桐の抱える傷と弱さ。

それをわかってやれるのは、この場ではドッグウッドただ一人しかいなかった。

 

「桐さんッ! 桐さんッ!?」

 

 裕太が桐に駆け寄り、その小さな身体を抱き起こす。

ドッグウッドの心に怒りの感情が宿る。

桐に触るなと言ってやりたかった。

 でも、言えない。

今この瞬間、桐に直接的に何かをしてやれるのは、天内裕太だけなのだから。

 

「どうしたんすか!? 具合悪いんすか!?」

 

「あんまり揺さぶんじゃねえ! 大声も出すな! 早く医務室に連れてけ!」

 

 ドッグウッドが声を張り上げると、裕太は一瞬はっとした顔してから、唇をきゅっと固く結んで桐を軽々と抱き上げた。

所謂、お姫様抱っこ。

そのまま裕太は、桐を抱いたままその場から駆け出す。

 ――ちくしょう。

 途端に、ドッグウッドっは心が黒く染まっていくような感覚を覚えた。

身体は白いというのに。

でも。

 ――ちくしょう、ちくしょう。

 何故、今桐に触れているのが天内裕太なのだろうか。

どうして、今桐を助けてやれるのが裕太しかいないのだろうか。

 ――ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 ドッグウッドに真っ当な肉体があれば、きっと悔し涙が出てた。

桐のことが大事なのに、大切なのに、ドッグウッドは桐に対して何もできない。

桐が苦しんでいるのに、みっともない嫉妬心に囚われる自分を、ドッグウッドは嫌悪することしかできなかった。

 

 

 

 

 医務室に駆け込んで、裕太は桐をベッドに優しく寝かせる。

どうしてこんな時に限って医務室に誰もいないんだ、と裕太は苛立ちの赴くまま舌打ちをした。

もう夜も遅い時間で、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 桐の顔を覗き込めば、桐は目を閉じたまま相変わらず苦しそうに呼吸していて。

 

「わんこ先輩、噛まないでくださいね」

 

「は……?」

 

「桐さん息苦しそうなんで、ジャージ脱がします。下心とか全くありませんから。信じて」

 

「は!? おい、やめ――」

 

 ドッグウッドが思いっ切り焦った声を上げる。

でもそんなことにすら構ってられず、裕太は桐の襟まできっちり閉められたジャージのチャックを下ろす。

これで、少しでも呼吸が楽になれば――。

 

「……え……?」

 

 次の瞬間、裕太の喉の奥から洩れた声は、何とも間抜けな物だった。

だって、こんなの予想していなかったから。

 普段はジャージで隠れている桐の首筋から鎖骨にかけて、痛々しい傷跡が刻まれていた。

この前の戦闘で負った傷ではない。

それにしては、傷が古かった。

 

「見ちゃったんだ?」

 

 唐突に。

裕太と桐とドッグウッドしかいない医務室に、幼い声が響いた。

言葉を失っていた裕太がゆっくりと振り返ると、扉の所に小柄な人影。

司令官の、宇賀神剛が立っていた。

 

「宇賀神さん……桐さんの、この傷……」

 

「うん。おれがちゃんと話す。その前にチャック閉めてあげて。桐ちゃんにとっては、多分見られたくない傷だから」

 

 その言葉に裕太の心臓は嫌な意味で痛んで、裕太はぎこちなくまたジャージのチャックに手をかけ傷跡を隠した。

 

『そういや、桐さんって何でいっつもジャージなんすか?』

 

『変?』

 

 つい数分前に交わした会話が、裕太の頭の中で何度も何度も繰り返し再生される。

自分は。

もしかしなくても、ひどいことを聞いてしまったのではないだろうか。

また、裕太の心臓がきりきりと痛む。

 剛がゆっくりと裕太達に歩み寄り、ベッドに横たわる桐の頭を優しく撫でた。

 

「12年前の、平和の落日は知ってるよね。裕太くん」

 

「……はい」

 

 北海道釧路市をLOVEが襲い、人々を虐殺した地獄のような厄災の日。

その名残が、先程テレビで放送されていた。

 剛が、裕太を見つめる。

その瞳は、いつもの朗らかな物と違ってどこか真剣な光と哀しみを湛えていた、気がした。

 

「桐ちゃんは、平和の落日の唯一の生き残りだ」

 

「…………え…………?」

 

 か細い声が、裕太から洩れた。

自分がここまで弱々しい声を出せるとは思っていなかった。

でも、それくらいの衝撃だった。

 脳を直接鈍器で叩かれたような感覚。

意味を全て受け入れるよりも先に、剛は桐の真実を語っていく。

 

「その身体の傷は、平和の落日で負った物だ。平和の落日で愛する家族も友人も失った桐ちゃんは、心身共に深い傷を負ったんだ。でも」

 

 剛が一旦言葉を区切る。

彼の視線は、ドッグウッドに注がれていた。

 

「ドッグウッドくんが、桐ちゃんを救った」

 

「わんこ先輩、が……?」

 

 剛が、大きく頷く。

ドッグウッドは、何も言わない。

 

「フォビドゥンフルート『ドッグウッド』は、実験的に、人間の意思が植え付けられたフォビドゥンフルート。でもただの自我じゃない。平和の落日で最も『生きたい』と強く願った少年の残留思念が植え付けられているんだ」

 

「え……じゃあ……」

 

「そう。ドッグウッドくんも、桐ちゃんと同じ。平和の落日の痛み、苦しみを経験している。桐ちゃんと同じ傷を抱えた、桐ちゃんの唯一にして最大の理解者なんだ」

 

 言葉が、出なかった。

桐が抱えていた物。

桐が背負い込んでる物。

裕太が知りたかった物。

桐とドッグウッドの絆。

全部が、裕太の想像の遥か上を行く物で。

裕太の入り込む隙なんて、パッと見はなくて。

 こんな自分は、桐の為に何ができるんだろう。

何を、してやれるんだろう。

 

「裕太くん」

 

 名前を呼ばれる。

 

「桐ちゃんのこと、ちゃんと好き?」

 

「はい」

 

 けど、それだけは、はっきりと言えた。

あまりにも間髪入れずに返事をしたから、剛がくりくりとした大きな瞳を丸くする。

それから、剛は柔らかく笑った。

 その時。

警報音が、基地に響き渡る。

これは、LOVEが出現した証だ。

 剛の顔つきが、一瞬にして険しい物に変わる。

 

「じゃ、おれ司令室に行くから。後でね、裕太くん」

 

「……はい」

 

 そう言って、剛は姿を消した。

けたたましい警報音の中、桐が流石にうるさかったのかゆっくりと目を開ける。

意識を、取り戻す。

そのまま、桐は迷わず上体を起こした。

 

「桐さん!」

 

「桐、大丈夫か!?」

 

「……平気」

 

 ぽつりと零して、桐は完全にベッドから起き上がる。

裕太は思う。

この小さな身体に、彼女はどれだけの決意を抱えているのだろう。

 

「行こう。どっくんも、天内も急いで」

 

 あんなに苦しい思いをしたばかりだと言うのに、桐はまだ戦おうとする。

LOVEのせいでこれ以上誰かが傷つくのが嫌だから?

それとも、あの日裕太に言ったように、ドッグウッドをただ守りたいから?

医務室から立ち去る桐の背中を見送ってから、裕太は。

 

「わんこ先輩」

 

「……んだよ」

 

「オレは、桐さんのこと何もわかってない。けど、だからこそもっと知りたい。わかりたい。オレは、何があっても桐さんのこと好きだ」

 

 そう言って、裕太が駆け出すと、ドッグウッドは。

 

「……馬鹿野郎」

 

 苦しそうに、そう吐き出した。



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宣戦布告

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その12 宣戦布告

 

『ねえ、ドッグウッドくん』

 

 幼い桐の声が、ドッグウッドの脳裏に響く。

 

『ドッグウッドくんって、名前が長いよね』

 

 どこまでも、無邪気な声。

 

『あのね、仲が良い人のことは、あだ名で呼ぶこともあるって宇賀神さんが言ってたよ』

 

 それで、桐は。

 

『んっと……ドッグウッドくんだから……』

 

 彼に。

 

『どっくん……って、呼んでもいい?』

 

 

 

 

「わんこ先輩、聞いてます? それとももうフォビドゥンフルートに意識移しちゃった?」

 

 裕太の声が聴こえてきて、ドッグウッドは我に返る。

裕太は、駆け足で格納庫へ向かっているようだった。

相変わらず、警報音がうるさい。

 桐は大丈夫だろうか。

ドッグウッドは、先に行ってしまった親友のことを想う。

倒れたばかりなのに、すぐに戦うことになるなんて。

 

「聞いてる。何だよ」

 

「いや、ちょっとした疑問なんすけどね」

 

「あ?」

 

「何で、あんたは桐さんに『好き』って言わねーのかなって思って」

 

 何で。

思わず口を噤んで、ドッグウッドの胸中に苛立ちが募る。

こんな台詞を簡単に口に出すから、ドッグウッドは天内裕太が大嫌いだった。

 

「……言えるわけねーだろ」

 

「何で?」

 

「何でって」

 

 そんなの、当たり前の筈なのに。

 

「……俺は、桐の友達だ。たった一人の友達だ。桐の拠り所だ。俺がこの身勝手な気持ちを告げて、それを桐が拒絶して、桐から『友達』を奪って、この関係が壊れちまうのが、この温かい片想いが終わるのが、俺は怖い」

 

 正直な、臆病な気持ちをドッグウッドは吐き出す。

 そうだ、自分は桐の親友でいなくちゃならない。

自分じゃ桐を幸せにできない。

でも、友達でいることぐらいならできる。

 だから。

こんな自分にできる精一杯で、少しでも桐に安らぎを与えたくて。

 

「……馬鹿じゃね?」

 

「……は?」

 

 裕太が突然、ぴたりと立ち止まる。

エレベーターはすぐそこだと言うのに、裕太は乗り込もうともしない。

 

「別に、フラれたからって恋が終わるわけでもないでしょ」

 

 平然と、天内裕太は言う。

 

「そうだとしたら、オレの桐さんへの恋は何回終わってんだって話ですよ。オレが今まで何回桐さんにフラれてると思ってるんすか?」

 

「……っ、お前は! 別に失うもんがないからいいだろ! 桐に何回フラれても、お前には別の道がいくらでもあるだろ!? 桐にフラれた所で、怖くも何ともねえだろ! お前には自由な恋愛ができるだろ! けど、俺には桐しか――」

 

「そーかもしんないっすね」

 

 じと、と裕太が携帯電話型のドッグウッドの身体を睨む。

不満そうに、不服そうに。

 

「オレの初恋は、幼稚園の時。相手は隣の家に住んでたシホちゃん。明るくて、可愛らしい女の子でした」

 

「……は?」

 

「けど、シホちゃんは兄貴にベタ惚れで、オレなんか全然興味なくて……すぐにフラれましたよ」

 

 はあ、と苦い溜息を吐き出して、裕太は語り出す。

突拍子もない裕太の話に、ドッグウッドは上手く反応ができなかった。

 

「初めて彼女ができたのは、中学1年生の時。相手はクラスメイトの中野さん。告白されて、一ヶ月付き合ってました。でも、中野さんはほんとは兄貴のファンで……兄貴とお近づきになりたいから、オレに声をかけたってだけでした」

 

 天内裕太が自嘲気味に語るのは、自由な彼の恋愛遍歴。

自由なようで、兄という呪縛に憑りつかれた恋愛遍歴。

 はは、と裕太が乾いた笑いを洩らす。

いつものへらへらした笑みとは、何かが違った笑みだった。

 

「兄貴は、天内藍司はね、すっげーイケメンで、性格も良くて、おまけに『英雄』でさ、めちゃくちゃモテてるんですよ。オレはそんな兄貴とずっと比較されてきて、ずっとうんざりしてきた。自由な恋愛、オレにはできるのかもしれない。実際恋愛ならぽつぽつしてきた。桐さんが初めてってわけじゃない。でも全部駄目だった。誰もオレを見てくれない。オレを天内藍司の弟としか見てくれない。オレを愛してくれる人なんて、この世のどこにもいなかったんですよ」

 

 愛してくれる人間が、いない。

その響きに、どこか痛々しさを覚えた。

そしてそんなことを言う裕太の声には、確かな苦しみが乗っていた気がした。

 

「でも、オレは桐さんに出会った。桐さんはオレをオレとして見てくれた。オレのことはまだ愛してくれてない。でも、桐さんならオレが頑張ればいつかはオレを本当の意味で愛してくれるかもしれない。オレは、それに希望を持っていたい。どんなに断られても、フラれても、オレは桐さんを諦めたくない。桐さんは、オレにとってたった一つの希望だから。……こんな風に思えたのは、初めてだから」

 

 そこまで言って、裕太は再び駆け出してエレベーターに乗り込む。

それから、ドッグウッドに向かって悪戯っぽく笑う。

 

「っつーわけで。わんこ先輩にも負けないっすよ? わんこ先輩がうじうじしてる間に、オレがガンガンアタックして桐さんのハート、ゲットしてみせますから」

 

 ――やはり、こいつはとんでもない馬鹿だ。

そんな確信すらドッグウッドにはあった。

 でも、胸の奥がぐるぐるするような感覚を、ドッグウッドは今覚えてる。

この気持ちは、何なのだろう。

 自分でも。

何一つ桐に温かい物を与えてやれない身体の自分でも。

機械でも、桐とは何もかもが違っても、簡単に触れることができなくても。

この十年以上抱え続けてきた気持ちを口に出しても、許されるんだろうか。

失くしたはずのドッグウッドの心臓が、痛いような苦しいような、不思議な感覚を訴えている気がした。 



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駄犬と忠犬コンビ

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その13 駄犬と忠犬コンビ

 

「遅いよ」

 

 格納庫の『ドッグウッド』の前に裕太が駆け寄ると、裕太よりずっと先に到着していた桐が責めるような言葉を彼にぶつけた。

もっとも、裕太は桐のそんなクールな所に惚れ込んでいるのだが。

 相変わらずの無表情で、桐は裕太を見つめている。

この真っ直ぐな眼差しを、裕太は愛していた。

 

「じゃ、ちゃっちゃとフォビドゥンフルート起動させてLOVE倒しちゃいましょうか!」

 

「うん」

 

 そう言って、裕太は小柄な桐の両肩に手を添えて。

少し屈んで、ちゅ、と唇を重ねた――のだけど。

 直後、がぶり、と裕太の左手に思いっ切り痛みが走った。

それこそ血が出るのではないかと思うくらい。

 

「痛い! 痛い! わんこ先輩、痛い! っつーかまだオレのケータイにいたんすか!? てっきりもうフォビドゥンフルートの方に行ってるのかと――」

 

「るっせえ色ボケ駄犬が! てめえ桐に手ぇ出すんじゃねえよ! 口にキスする必要はねえだろうが! 口に!」

 

 裕太とドッグウッドがぎゃあぎゃあ言い争っている間にも、桐はすたすたとコックピットのハッチに向かっている。

そのあまりの男らしさに、裕太は噛まれていることも忘れて惚れ惚れする。

でも。

 

「桐さん」

 

「何?」

 

「オレ、キスしたんですけど、怒らないんすか?」

 

「別に、一回されたなら二回も三回も同じことでしょ。どうでもいいよ」

 

 冷めている。

なんと男前なのか。

そういう所が、裕太は好きなのだけど。

 

「……あの、さっきはすみません」

 

「何が?」

 

「その……テレビで、嫌なもん見せちゃって」

 

「別に」

 

 桐がハッチに触れると、ゆっくりとコックピットが裕太達を迎え入れようと動き始める。

そのまま、桐は淡々と言った。

 

「私に悪いと思うなら、もうどこにもあんな惨劇を起こさないよう、戦うようにして。君、覚悟できてる?」

 

「できてますっ!」

 

「そう、ならいい。けど、どっくんに余計な傷負わせたら、潰すから」

 

「はーいっ!」

 

 園児よろしく素直に挙手して桐の命令を受け入れる裕太を一瞥してから、桐は『ドッグウッド』に乗り込みイヴの座席に身を落ち着ける。

裕太も隣席に座り、桐の片手を優しく握ってゆっくりと意識を同調させた。

この感覚は、未だに裕太にとっては不思議な感じはしたが、どこか安心する気持ちもあった。

 

「おい駄犬、桐に負担かけたら許さねえからな」

 

 コックピットの内部に、ドッグウッドの低い声が響く。

裕太はそれにあはは、と笑い返して。

 

「任せてください。オレの愛、見せてやりますよ。って言うか、わんこ先輩的にオレの呼び方『駄犬』で決定? なんかイヤなんですけど」

 

「うるせえ、てめえなんざ駄犬で充分だ」

 

「えー、もうちょっとなんかこうかっこいい……」

 

 裕太が駄々をこねていると、遮るように桐がばっさりと告げる。

 

「呼び方なんてどうでもいいからとっとと行くよ。それに天内はわりかし『駄犬』呼び似合ってる」

 

「はーい! オレ、もう桐さんだけの犬でいいでーす! わんわん!」

 

「てめえ!」

 

 桐の言葉に手の平をくるっと返した裕太に、ドッグウッドがぎゃんぎゃん怒鳴る。

それこそ犬が吠えているかのように。

裕太よりドッグウッドの方が見かけやら何やらいろいろと犬っぽいとは思ったが、裕太からしてみれば桐が認めてくれるのなら犬呼びでももう何でも良かった。

 ぎゅ、と裕太が片手でレバーを握り、『ドッグウッド』を発進させる。

初陣の時は早くLOVEを倒さなくてはいけないという気持ちでいっぱいだった為にあまりじろじろとは見れなかったが、ここがフォビドゥンフルートのコックピット。

目の前の画面上にLOVEの反応を示す点が映ってる。

これが、ナビ機能というやつなのだろう。

 『ドッグウッド』の飛行ユニットを使って反応のある方向へ裕太達が向かっていると、画面上に別の反応が増えた。

神名清文達、他のフォビドゥンフルートの反応だ。

 

「はえーな、裕太。まだ基地に残ってた感じ?」

 

 スピランセスから飄々と語りかけてくるのは、伊波翔真。

モニターに映る翔真の顔に向かって、裕太は一つウインクを飛ばした。

 

「へへ。そんな感じっす。新入りにしては根性あるでしょ?」

 

「自分で言うんじゃねーよクソガキ」

 

 裕太を光の速さで罵倒したのはモーニンググローリーに乗っている清文。

相変わらず口が悪い。

 清文の台詞に苦笑いしてから、裕太はナビ画面を確認する。

町外れに一つのLOVEの反応。

サイズは小型。

これなら被害は少なく済みそうだ。

 しばらく移動してから、裕太達は直にLOVEの姿を目の当たりにする。

住民の避難も済んでいるであろう街の中で、唸っているその姿は。

 

「……犬……?」

 

 黒い、四足歩行のシルエット。

犬型LOVE。

『ドッグウッド』のビースト・モードがそのまま黒く染まったようなものだった。

 

「なんか、アレお前らみたいだな」

 

 翔真が、少し楽しそうに呟く。

 

「お前らって、どのお前らだ? パパ」

 

 不思議そうに首を傾げるほたるに、翔真が優しい声色で語り掛ける。

 

「ん? 裕太とドッグウッド。あいつらって駄犬と忠犬コンビって感じだろ」

 

「はあ!? 何ふざけたこと言ってんだ伊波さん!?」

 

 ぎゃんっと怒鳴ったのはドッグウッド。

やはり犬らしく吠える相手だ、と翔真はおかしくなって笑った。

ごめんごめん、と口では謝りつつも笑いを噛み殺しきれない翔真に、ドッグウッドはぎゃあぎゃあと文句をぶつける。

裕太は桐の犬でもいいので特に文句はなかった。

 

「ああもう、翔真さんまでアホみたいなこと言わないでくださいよ。……桧垣、ハートは?」

 

 清文のその一言で、戦場の空気が一瞬にして切り替わる。

戦闘モード、開始。

こういう緊張感は、裕太としては悪くなかった。

 雲雀が、眼鏡を外してLOVEを見つめている。

いつもは青いその瞳が、今は銀色に輝いていた。

あの眼は何なのか、とやはり裕太は首を傾げるばかりだった。

 

「見つけました。ハートは腹部にあります!」

 

「よし! 戦闘開始! まずは後衛部隊、砲撃頼んだ! 八尋、また勝手に突っ走んなよ!」

 

「わかってますって!」

 

 完全に全員のスイッチが入ったような空気。

ぱらららっ、と銃声が響く。

奈緒と雲雀の機体・ブライダルベールが犬型LOVEに向かって発砲した音だ。

だけど、LOVEは醜い唸り声を上げて弾丸の雨を素早く避ける。

避けただけならまだ良かった、のだけれど。

その速度のままLOVEは後列にいたブライダルベールに一直線に襲い掛かって、その右肩にがぶりと噛みついた。

 

「……っ、あぁぁああああ!」

 

「っ、桧垣ッ!!」

 

 雲雀が痛々しい悲鳴を上げる。

痛覚がシンクロしている肩を思いっ切り噛まれたのでは、当たり前だ。

 続いて奈緒にしては珍しく焦った声。

奈緒はこんな風に声を張り上げることもできるのか、と裕太は一瞬この場に似合わないことを考えてしまった。

 

「てめ……っ、雲雀ちゃんに触ってんじゃねーよッ!!」

 

 怒鳴り声を上げたのは、佐久間陽夏。

八尋と陽夏の機体・ファレノプシスが全力でLOVEをそのごつごつした拳の装甲で殴り飛ばし、ブライダルベールからLOVEを引き剥がす。

LOVEはその場に転がり、一瞬腹部が露出する。

そこに見えたのは、石が埋め込まれたかのような出っ張り。

あれが、ハートなのだろう。

 すかさず小坂響希と衣笠奏美の機体・トランペットヴァインがハートを破壊しにかかるが、それよりも早くLOVEは起き上がってしまった。

あからさまに危害を加えたら先程のブライダルベールの二の舞になると判断したのか、トランペットヴァインは大人しく引き下がる。

 

「桧垣、大丈夫か!?」

 

 切迫した奈緒の声。

それに対して、雲雀は弱々しく笑みを返す。

 

「……大丈夫。心配しないで。こんなのへっちゃらだから」

 

 そんな雲雀に、奈緒は苦しそうな、悲しそうな表情を向けた。

 

「……ごめん。……俺が、もっと気をつけていれば……」

 

「そんなことない。駿河くんに落ち度なんて、あるわけがないから」

 

「……桧垣」

 

「ん?」

 

「……次からは、ちゃんと守る」

 

 ぼんっと効果音が聴こえたような気がした。

それくらいの勢いで、雲雀の顔が一瞬で真っ赤になる。

 あれはずるい、とモニター越しに裕太は思う。

ああいう台詞、桐に言われてしまえば自分だってイチコロだ。

もうとっくにイチコロではあるが。

 翔真と陽夏も、奈緒と雲雀のそんな様子をモニター越しに見て苦笑いしていた。

 

「でも、厄介だねえ。あのLOVE。結構攻撃性が高いみたい。下手に手を出したら、こっちが襲われちゃうよ」

 

 厄介と言いつつ、緊張感のない声でそう言ったのは桃坂恋花。

実際表情もいつも通りにこにこしている。

彼女が表情を崩す日は来るのだろうか、と裕太はふと疑問に思った。

 

「せやなあ、誰かアイツを引き付けてくれれば、ハートの位置もわかりやすいしすぐにやれるんやけど」

 

 響希の台詞に、裕太は自分の頭の上に電球マークが浮かぶのがわかった。

こういう展開を、彼は待っていたと言っても良い。

 

「だったら、オレに任せてください! 攻撃性の高さなら、オレも負けてねえっすよ?」

 

 まだ部隊に参加したばかりで、フォーメーションも決められてない自分達『ドッグウッド』なら、自由に動ける気がしたからだ。

だからそんなことを言ってのけた裕太を、全ての機体が振り返って見つめた。

 

「はあ!? てめえ、桐を危険な目に遭わす気かよ!」

 

「大丈夫っすよ、わんこ先輩。桐さんも、わんこ先輩の装甲も絶対に傷付けさせない。さっきシミュレータで色んなケースの動き試したばっかりですからね。調子いいんすよ、オレ」

 

 ね、と念押しするように笑顔を裕太が浮かべても、ドッグウッドは承諾する台詞を吐いてくれない。

でも、今の裕太には不思議と自信があった。

 

「天内」

 

 桐が、静かに声を発する。

 

「本当に、任せても大丈夫?」

 

「はいっ! オレを信じてください、桐さん!」

 

「そう。じゃあ、信じる」

 

「おい、桐!?」

 

「誰かがやらなくちゃいけないんでしょ。だったらやるよ」

 

 淡々と答える桐に、裕太の気分が高揚するのがわかる。

自分もそろそろ良い所を見せなければいけない。

 

「よし、じゃあ頼んだぜ、裕太!」

 

「っしゃあ! 任せてください清文さん!」

 

 返事と共に、巨大ランスを構えて『ドッグウッド』は犬型LOVEに斬りかかる。

LOVEの反応速度は速い。

すぐに斬撃を躱してその鋭い黒い爪をこちらに向けてくる。

 けれど、裕太だって負けちゃいない。

すかさず爪を避けて、LOVEの背後に回り込んだ。

 

「どーよ、桐さん。うまいもんでしょ!?」

 

「無駄口叩いてないで、攻撃続けて」

 

「はーい!」

 

 笑顔で桐に返事をしてから、裕太はLOVEと攻防を続ける。

斬って、躱して、回り込んで、突いて、躱して。

 疲労感が次第に裕太を襲ったが、こういうギリギリの状況はやはり嫌いではなくて。

攻撃的と言うか、自分は好戦的なのだろうと裕太は分析する。

血が滾るのをはっきりと感じる。

 そして、何度目かの攻防を重ねた後、裕太はLOVEの隙を突いて力一杯その黒い図体を上空へと高く高く蹴り上げた。

ああ、そうだ。

これも、折角だから必殺技として名前を付けてしまおう。

裕太の口角が上がり。

 

「……っ、恋敵・ビバーチェ!!!!」

 

 活き活きと、天まで高く。

邪魔な恋敵を超スピードで放り出すように。

それが、今の蹴り技の名前。

『わんこ先輩』が存在するからこそ生まれた名前。

恋は障害が多ければ多い程燃える。

そう思うと、裕太は妙な気持ちになった。

 

「必殺技炸裂! っつーわけで誰かお願いします!」

 

「はいよっ、任せな!」

 

 裕太の声に応えてくれたのは、翔真だった。

スピランセスが銃を構える。

続いて、ほたるの弾む声。

 

「いっけー! フルール・バンバン!」

 

 それが、伊波親子の必殺技の名前なのだろう。

スピランセスが、たんたん、と数発引き金を引く。

弾丸はLOVEの腹部にあるハートを撃ち抜き、粉々に破壊し――LOVEは、たちまち空気に溶けて霧散した。

ミッション、コンプリート。

 

「勝ったー! 桐さん、桐さん、惚れ直しました?」

 

「そもそも君に惚れてない」

 

 撃沈。

そうだよなあ、と裕太は静かに項垂れる。

まあ、桐がこういう反応をするのはわかっていたことだった。

 けれど。

桐は、淡々ととんでもないことを言った。

 

「でも、今日の天内は良く戦ったと思う」

 

「へ」

 

「お疲れ」

 

 そう言って裕太に顔を向ける桐は、いつもの無表情だったけれど。

労りの言葉が、優しい言葉が、妙に裕太の胸に沁みて。

 

「え……へ、あ……はい……どうも」

 

 つい照れてしまって、裕太はこんなヘタレな反応をすることしかできなくなってしまった。

そのまま裕太は脱力して、自分の座席に寄りかかる。

ふと、コックピットの天井を見上げて。

 

「わんこ先輩」

 

「んだよ、駄犬」

 

「桐さん、優しいっすね」

 

「そんなこと、とっくに知ってる」

 

「オレ、桐さんに褒められちゃいました」

 

「だから何だよ」

 

「この調子でガンガン好感度上げてくんで、先輩がうじうじ悩んでる間にオレが桐さん掻っ攫っても、文句言わないでくださいねー」

 

「な……っ」

 

「二人とも、何の話してるの」

 

 明らかに焦った声を上げたドッグウッド。

一人だけ状況を理解していない桐。

そんな桐に。

 

「なーんでもありませんっ」

 

 裕太は、上機嫌に笑顔を向けた。



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愛しい君へ

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その14 愛しい君へ

 

 戦いが終わって、北海道部隊はそれぞれ基地に戻って。

ドッグウッド達フォビドゥンフルートは、格納庫に収容されていく。

『ドッグウッド』の身体を地面に落ち着けて、桐との同調を切った裕太は、桐に甘い言葉をかけて、即座にばっさりフラれて少々意気消沈しながらコックピットを出て行った。

 桐も座席から身を起こし、立ち上がっている。

後はドッグウッドも、裕太の携帯電話に意識を移して、彼を監視すればいい。

それだけで、いいはずなのに。

 

「……桐」

 

「なに?」

 

 ドッグウッドが名前を呼べば、桐は優しく振り向く。

その表情があまりにも穏やかで、ドッグウッドはぎゅっと苦しい感情に襲われた。

多分、これが『愛しい』という感情なのだろうと思う。

 どうして、自分は今、桐に声をかけているんだろう。

自分は今、桐に何を言おうとしているんだろう。

ドッグウッドは思案する。

 ドッグウッドの脳裏を、裕太の挑発的な台詞がぐるぐる渦巻いている。

桐とはずっと一緒なんだと思っていた。

心のどこかで、自分はこの状況に甘えていた。

でも、もしいつか桐の気持ちが誰かに動いたら。

例えば、天内裕太に動いたりなんかしたら。

 そこまで考えて、ドッグウッドは我に返る。

何を考えているんだ、自分は。

自分が、桐に何をしてやれる?

 自分は確かに桐が好きだ。

『好き』なんて言葉じゃ足りない。

世界の誰より、桐のことを愛している。

 桐は自分に沢山の物を与えてくれた。

数え切れないくらいの幸福をくれた。

温かい物、優しい物、自分が諦めていた全部をくれた。

 自分はいつも桐に与えられてばかりだ。

でも、自分は桐に何一つ返せない。

 ドッグウッドが桐をどれだけ好いていようと、彼は桐に何もできない。

どれだけ愛の言葉を並べ立てても、それだけで終わってしまう。

ドッグウッドが桐を直接的に幸せにすることなんて、不可能なのだ。

 例えばドッグウッドが桐に『好きだ』と想いを告げたとする。

桐は当然、困るだろう。

今までずっとただの親友としか見て来なかった男に、恋愛対象として見られていると知ったならば。

桐は困惑するに決まっている。

桐は恋愛になんて興味が無い。

ドッグウッドとの温かい友情を大事にしたいだけなのだから。

それなのにドッグウッド自身の身勝手な気持ちをぶつけるなんて、彼には出来やしない。

桐が大事にしている時間を、壊したくない。

 万が一、桐がドッグウッドの想いを受け入れてくれたとしても。

だからと言って、ドッグウッドは桐を幸せにはできない。

 ドッグウッドは機械だ、フォビドゥンフルートだ、戦闘兵器だ。

桐とこうして会話を交わすことはできる。

でも、ドッグウッドにはそれしかできない。

 例えば今日のように桐が過去のトラウマに苦しんでも、優しく抱き締めることもできない。

大丈夫だと頭を撫でる為に伸ばす腕も、そっと触れる手も、ドッグウッドは持っていない。

 ドッグウッドは、桐と真っ当な恋愛関係を築ける立場には居ない。

触れ合うことも、唇を重ねることも、何もできない。

優しい未来が待っているわけじゃない。

温かい家庭なんて、絶対に築けない。

だから、ドッグウッドは桐に人並みの幸せも何も与えてやれない。

 それだったら、裕太と恋に落ちた方がよっぽど桐は人としての幸せを得ることができる。

それでも。

 

「桐」

 

 名前を、呼ぶ。

どんな物よりも、愛おしい名前を。

それでも、ドッグウッドは。

 

「俺は」

 

 桐が、好きで、好きで好きでどうしようもなくて。

 

「俺は、お前と……」

 

 桐を好きになったこと自体を、後悔したことなんて一度もなくて。

 

「……俺は、お前と……幸せに、なりたい……」

 

 空気に触れた言葉は、ひどく苦しげで、切なげな物だった。

そんなの無理だってわかっている。

わかっているけど、望まずにはいられない。

 こんなことを言ったら、桐を困らせるだけだって、ちゃんとわかっている。

ちゃんとわかっている。

でも。

でも、とか、けど、とか男らしくない単語ばかりがドッグウッドの世界を支配する。

 

「どっくん」

 

 桐が、穏やかな声でドッグウッドの名前を呼ぶ。

呼んでくれる。

 

「私は、どっくんのおかげで、とっくに幸せなんだよ」

 

 そう言って、桐は優しくドッグウッドに笑いかけた。

――ああ、ほら。

そうやって、彼女は簡単に彼を救うのだ。



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トモダチ

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その15 トモダチ

 

「彰久くん、みーっつっけた!」

 

 格納庫で江崎彰久がスパナを弄っていると、急に背中をばしんと強い力で叩かれた。

振り返ると、そこに居たのは彼の友人の恋敵。

 

「天内か。お疲れ」

 

「裕太って呼んでくださーい」

 

「……裕太。お疲れ」

 

「どーも。……じゃなくて!」

 

 天内裕太が笑顔を作ったかと思えばすぐに泣きそうな顔になって彰久に掴みかかる。

今日の裕太は、安定していない。

まあ、理由はわかりきっているけれど。

 

「何なの、これ!? すっげー邪魔なんだけど!?」

 

「……まあ、そうだろうとは思った」

 

 ブレスレット型携帯電話を指して必死に訴えかける裕太を見て、彰久は苦く笑うことしかできない。

裕太には悪いけれど、彼がどっちに味方するのかなんて、もうとっくのとうに決まっていた。

 

「うー、折角愛しの桐さんとのラブラブパートナーライフが待ってると思ったのにぃ……」

 

「白砂さんを好きになったのは、ドッグウッドの方が先だからな」

 

「そんなの運命の歯車がちょっと狂ってるだけでしょ!? 好きになったタイミングなんて関係ないじゃん! それはどうしようもないことじゃん! オレだってちゃんと桐さんのこと好きなんだよ!? なのにさあ……!」

 

「でも、俺はドッグウッドの友人だしな。友人は、裏切れないだろ」

 

 裕太が彰久の制服の襟を手放して、力が抜けたようにずるずるとその場に座り込む。

その表情は、どこか拗ねた色を含んでいた。

 

「……俺はさ、昔から機械が好きだったんだ」

 

 ぽつり、と彰久が零すと裕太はゆっくりと顔を上げる。

まだ裕太は、不機嫌そうな顔をしていた。

 

「分解とか、改造とか、機械いじりがとにかく好きで……フォビドゥンフルートにも憧れてた。小5の時、幼馴染の八尋が適性を認められて、俺も整備士に志願したんだ」

 

 あの頃の八尋は色々浮かれて調子に乗っていたよなあ、と彰久は思い出し、八尋に振り回されていた記憶にまた振り回されそうになって溜息が出そうになる。

でも、今重要なのはそこじゃない。

 

「そこで俺は、ドッグウッドに出会った。あいつは口は悪いし不器用だ。けど、白砂さんのことは何よりも大切に想っていた。心がある機械なんて初めて見たし、俺にはドッグウッドとの出会いは衝撃的な物だった。ほっとけなくて、何かと理由を付けて声をかけている内に、あいつも少しずつ心を開いて……今みたいな友人関係を築けるようになった。と言っても、あいつの方が精神年齢上は俺より一歳年上なんだけどな」

 

 裕太は茶々を入れることもなく、黙って彰久の話を聞く。

意外と根っこは真面目なのか、と少しばかり彰久は感心した。

それでも彰久の立場は揺るがないのだが。

 

「あいつと関わる内に、俺はあいつの為に何かをしてやりたいと思うようになったんだ。あいつに、少しでも幸せを、自由を、生きてる楽しみを与えてやりたくなった。最初は色々な小説の文章データをあいつのデータベースに送ることから始めた。少しでもあいつの世界を広げたくて。それで、今は――お前の『携帯電話』を造ったというわけだ。元々発想はあったし、試作品もいくつか作ってた。白砂さんの携帯電話にデータを入れるつもりだったんだけど……それはドッグウッドが白砂さんの生活を気遣って頑なに拒否した。俺はドッグウッドの、そういう所を気に入っている」

 

「……それで、オレに白羽の矢が立ったわけ?」

 

「……まあ、そうなる」

 

 ふーん、と面白くなさそうに言ってから、裕太は立ち上がり、ぐっと一回伸びをした。

それから彰久を見上げ、呟く。

 

「仲良いんだ」

 

「まあな。それで、俺は……」

 

 一瞬、彰久は口を噤みそうになる。

ここから先は、確実なことは言えない。

彼の希望でしかないからだ。

 

「……俺は、いつか。ドッグウッドにちゃんとした身体を造ってやりたいと思っている。できるだけ人間に近くて、できるだけ自由に動ける、そんな身体を。あいつが白砂さんを抱き締められる身体を」

 

 裕太の表情が一瞬険しくなる。

構わず、彰久は続けてみることにする。

 

「……と言っても、今の俺には技術も金もない。しがない整備士見習いだしな。でも、フォビドゥンフルートが……あの巨大ロボットが動くこの世界なら、俺の理想も叶う気がするんだ。だから、頑張りたいと思っている」

 

「……ふーん」

 

 裕太が、じっと彰久を見上げて来る。

彼の赤い瞳は、やけに真っ直ぐだった。

やがて、裕太はにっと不敵に笑って。

 

「んじゃ、オレは彰久くんがその身体とやらを完成させる前に、桐さんを振り向かせてみせますよ。そうすりゃオレの勝ちだ」

 

「できるのか?」

 

「できるって信じてなきゃ、こんなことは言えないっしょ。よーし、明日からもアタック頑張ろーっと!」

 

 裕太がにこにこと笑みを浮かべながら、くるっと踵を返す。

随分と立ち直りが早い奴だ、と彰久は苦笑いを浮かべる。

これは、ドッグウッドにも強敵が現れてしまったかもしれない。

 

「裕太」

 

「んー?」

 

「……俺は、四六時中ドッグウッドと一緒にいられる身じゃない」

 

「それは彰久くんのせいでしょー?」

 

「……まあ、そうなんだが……その、ドッグウッドのこと、よろしく頼む。あいつに、少しでも広い世界を見せてもらえると……嬉しい」

 

 彰久の言葉に、裕太はぱちぱちと瞬きを繰り返す。

でも、すぐに彼は僅かに微笑んだ。

 

「……恋敵のこと任されるって変な感じだけど、まあ考えとく。また明日ね、彰久くん」

 

「……ああ。また明日、裕太」

 

 明日は八尋も誘って、彰久とドッグウッドと八尋と裕太の四人で昼休みを過ごしてみようか。

少しくらい、年頃の少年らしい思い出をドッグウッドが経験しても、罰は当たらないだろう。

そんなことを考えながら、彰久はスパナをくるりと一回転させた。



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研修、スタート

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その16 研修、スタート

 

 北海道部隊に裕太が転属して二回目の戦闘後、彼は司令官の宇賀神剛に司令室に呼び出された。

携帯電話の中に入っている、ドッグウッドも一緒だ。

 何かの説教だろうか、また何かをやらかしてしまっただろうかなんて真っ先に考えてしまう裕太は、まだ局地戦闘部隊に居た頃の問題児気分が抜けていないのだと思う。

エレベーターを降りて、裕太がドッグウッド共々司令室に足を踏み入れると。

 

「やあやあ! 待ってたよ! 裕太くん! ドッグウッドくん!」

 

 至って屈託の無い天真爛漫な笑顔を浮かべた剛に迎えられた。

この調子ではどうやら、説教の類じゃなさそうだ。

裕太はほっと胸を撫で下ろす。

 これで実は滅茶苦茶に怒っています、などという事態だったら剛は相当恐い人物ということになるが。

ふと見ると、椅子に座っている剛の横には北海道部隊リーダーの神名清文と、そのパートナーである桃坂恋花が控えていた。

恋花は清文の片腕にぎゅうぎゅうと抱きついていて、清文はうんざりした顔をしている。

 美少女に迫られておいて何をそんな嫌そうな顔をしているのだろう、と裕太は首を傾げる。

そんな裕太の心情を清文が知れば、すぐさま裕太を殴り飛ばしていたことだろう。

 

「えーっと、用ってなんすか? 宇賀神さん。説教っすか?」

 

「ううん、説教とかじゃないよ。ちょっと、裕太くんとドッグウッドくんにしてもらいたいことがあって」

 

「俺にも?」

 

 ドッグウッドが、怪訝そうな声を上げる。

裕太にとってもいまいちぴんと来ない。

何だろう、新入りということで何かの雑用でも頼まれるのだろうか。

しかしそうなると、ドッグウッドまで頼まれる必要性がわからない。

確かに裕太とドッグウッドは四六時中一緒の身ではあるのだが。

 裕太が立ち尽くしていると、びしっと剛は裕太達・駄犬と忠犬コンビに人差し指を突き付けてきた。

 

「ズバリ、君達にしてもらいたいことは研修!」

 

「……研修?」

 

「そう。と言っても、ただの研修じゃない。『愛』を知る為の研修! 君達にはね、愛を知って成長して、強くなってもらいたいんだ!」

 

「……はあ……」

 

 いきなり愛、と言われても。

宇賀神剛のことを最初に愛情至上主義と称したのは誰だったか、と裕太は何となく記憶の糸を手繰り寄せる。

確か、伊波翔真だったように思える。

 

「と、いうわけで、裕太くんとドッグウッドくんにはこれから我が部隊の各ペアに引っ付いてそれぞれの愛を学んでもらいます!」

 

「引っ付く……?」

 

「第一弾は、清文くんと恋花ちゃん! リーダーペア、裕太くんとドッグウッドくんにちょっと愛を教えたげて!」

 

「は?」

 

 呆気に取られたような声を上げたのは、清文だった。

しばらく、剛の言葉を頭の中で反芻でもしているのだろうか、清文はぱちぱちと目を瞬かせて。

それから、数秒フリーズして。

 

「はああああああああ!?」

 

 司令室どころか、基地中に響くんじゃないかと言う程の大声を上げた。

愕然とする清文に、恋花はますます身を寄せ密着して。

 

「えへへ。これからよろしくね、裕太くん、ドッグウッドくん!」

 

 清文とは正反対に、何にも気にしてないかのように至って無邪気に裕太達に笑いかけたのだった。

――これが、裕太とドッグウッド、駄犬と忠犬コンビにとっての愛を知る研修の始まりだ。



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第三話次回予告&登場人物紹介その2(宇賀神剛&江崎彰久)

『鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第三話次回予告』

 

どーも! 天内裕太っす!

いつも清文さんのことが大好きな桃坂さん。

口を開けば『キヨちゃん』、『キヨちゃん』、もしかして清文さんの存在が世界の全て?

そんな桃坂さんって、一体全体どうして清文さんのことを好きになったの?

桃坂さんがオレ達に教えてくれる『愛』って一体なーに?

 

 

次回、鋼鉄乙女フォビドゥンフルート!

 

第三話『魔女は毒林檎に砂糖を塗す』!

 

次回のオレ達、どーなっちゃうの?

 

 

 

 

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート登場人物紹介②

 

 

・宇賀神剛(うがじん ごう)

 

42歳。

148cm。

一人称は『おれ』。

容姿:ふわふわオレンジ色の猫っ毛。ぶかぶかの軍服。

 

対LOVE戦闘部隊北海道本部司令官。

どう見ても小学生にしか見えない容姿だが、れっきとした42歳、らしい。

外見も幼ければ中身も幼く、天真爛漫で明朗快活。

いつでも屈託の無い笑みを絶やさず、北海道部隊のムードメーカーを自称している。

ムードメーカーと言うより、周りからはマスコット的存在として扱われがち。

軍の中ではかなり立場は上らしいが、普段はそんな威厳を微塵も見せない。

『愛情』を何よりも重要視しており、北海道部隊のパイロット達にも『愛』を一番大事にしてほしいと望んでいる。

その姿勢は周囲にもっぱら『愛情至上主義者』と言われる程。

本人の性格も博愛的で、誰でも幸せになれると信じている。

袖がぶかぶかなので一部の人間にしか知られていないが、左手の薬指に結婚指輪を嵌めている。

昔はもう少し背が高かったらしいが……?

 

 

〇備考

 

みんなを導くショタ司令官。

ノリの軽い司令。

部隊のみんなとは友達感覚。

彼の抱える秘密、彼の嫁についてはそのうち。

 

 

・江崎彰久(えざき あきひさ)

 

雪月高校1年生。

180cm。

一人称は『俺』。

容姿:青みがかった黒髪。彫りの深い顔立ち。

 

対LOVE戦闘北海道部隊のフォビドゥンフルート整備士見習い。

『ファレノプシス』のアダム・森永八尋とは幼馴染で親友。

八尋からの愛称は『アキ』。

ドッグウッドとも友人関係にある。

明朗で騒がしい八尋とは対照的に、歳の割に落ち着きのある性格をしており、基本的に冷静。

比較的常識的な思考回路の持ち主で、幼い頃から八尋には振り回されてきた。

それでもパイロットとして戦う八尋を人として尊敬しており、彼の良き理解者。

ドッグウッドのことも常に気にかけている。

色んなことを気にかけすぎてちょっと胃痛持ち。

機械いじりが大好きで、機械に並々ならぬ情熱と愛情を注いでいるが、昔メカトークを八尋に繰り広げたらドン引きされたのが軽くトラウマになっており、普段は自制している。

ドッグウッドの恋路を応援しており、彼が自由に動ける身体を造るのが夢。

 

 

○備考

 

モデルは『弱虫ペダル』の段竹竜包くん。

八尋というキャラクターが出来上がったと同時に必然的に出来ました。

ドッグウッドの味方。

1年生トリオでは唯一落ち着いた男の子。

多分色々苦労する。



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第三話『魔女は毒林檎に砂糖を塗す』
桜散る季節、桃咲く季節


★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第三話『魔女は毒林檎に砂糖を塗す』その1 桜散る季節、桃咲く季節

 

 あれは、桜の綺麗な季節だった。

自分の髪と同じ色の花弁が散る様を眺めながら、私もいつかこの桜のように呆気なく散るのだろうかと、冷めた頭で私は考えていた。

 あの頃の私には、何もなかったから。

ただ、生きていただけ。

生かされていただけ。

そこには何の夢も、光も希望も無かったんだ。

 ああ、でも正確には私は桜とは違った。

『桜』ではなく『桃』を姓に持つ私。

桃は桜より長く咲く。

決して潔くは散らない。

そのしぶとさが浅ましくて私らしいな、と笑いたくなったのを覚えている。

 真新しいブレザーの制服。

それには何の愛着も湧かなかった。

 ただ、桜並木を人波に流されるまま歩いていた頃。

どこからか、賑やかな声が聴こえた。

 私には、どうでもいいことだった。

きっと、私とは別の世界の出来事だと思ったから。

 だけど、特にすることもなかったので、私は歓声の聴こえる方向へとふらふらと足を運んだ。

何となく。

ただ、何となく。

今思えば、それすらも運命だったのかもしれないけれど。

 辿り着いたのは、雪月高校第二体育館。

そこでは、男子生徒達がバスケットボールの試合をやっていた。

ボールが床をだんだんと叩くドリブル音、ギャラリーの華やかな歓声。

ああ、やっぱり私とは別の世界だ――。

 そう、思っていた時。

私の視界に、『彼』は映った。

背が高くて、目つきが悪くて。

そう言えばあの頃の彼はまだ髪を染めておらず黒髪だった。

 彼は、誰よりも真剣にボールを追っていた。

それでいて、純粋に今を楽しんでいた。

シュートが決まれば、ガッツポーズをして、仲間らしき人達と肩を組んでいた。

 私は思った。

あの人は、『生きている』。

精一杯、今を生きている。

心を許せる友人と屈託なく笑い合えている。

 私とは、違う。

私とは、何もかもが違う。

 感情の全てが揺さぶられる感覚があった。

同時に、全身が熱くなったような気さえした。

心臓の鼓動が高鳴る、胸の奥がざわつく。

 もし。

もし、あの人の傍に居られたなら。

居ても許されるのなら。

私も、生きることを知ることができるのだろうか。

こんな私でも――人になれるのだろうか。

 何故だろう。

どうしようもなく、あの人の近くに居たくて、胸がきゅうっと苦しい。

 ぼうっと彼を見つめていたら、ころころと足元にバスケットボールが転がって来た。

何の気なしにそのボールを手に取ったと同時に、彼が私の方に駆け寄って来た。

近い距離で彼を見ると、心臓がますます騒がしくなった。

 

「わり、ボールこっち投げてくれ」

 

 言われるがまま、ボールをひょいっと彼に投げると、彼はやっぱり活き活きと笑った。

 

「サンキュ」

 

 声を聴く度に、耳が蕩けそうになった。

もっと。

もっと、彼の声を聴いていたい。

もっと話したい、もっと近くに居たい。

 ボールを手にした彼は、踵を返してしまう。

待って。

行かないで。

私の傍に居て。

私に、生きる喜びを教えて。

 どうしよう。

どうすれば、あの人の傍に――。

 

「あ、あのっ!」

 

 咄嗟に、声を張る。

彼が、不思議そうに振り返る。

顔に熱が集まって、心臓はばくばくとうるさい。

 それでも、彼を繋ぎ止めておきたくて仕方がなかった。

だから、私は。

 

「……っ、何でもするから、結婚してください!」

 

 彼が、ぽかんと目を丸くする。

彼が手にしていたバスケットボールが床に滑り落ちる音が、やけに大きく響いた気がした。

――それが、私、桃坂恋花とキヨちゃんの出会いだ。



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フェアリーガーデン

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第三話『魔女は毒林檎に砂糖を塗す』その2 フェアリーガーデン

 

「おはようございまーす!」

 

 朗らかな、弾んで澄んだソプラノが響く。

そんな挨拶を口にした桃坂恋花の後に続いて、天内裕太はブレスレット型携帯電話に意識を転送したドッグウッドを引き連れ『店内』へと足を踏み入れる。

 店を飾るふわふわとした装飾。

全体的に漂うほんのりと甘い香り。

そしてふりふりひらひらの――メイド服を着た可愛い女の子達。

 天内裕太15歳&ドッグウッド17歳。

生まれて初めて、『メイド喫茶』なる物に足を踏み入れてしまったのだった。

 とは言っても、裕太にもドッグウッドにも断じてそういう趣味は無い。

裕太の方に仄かに『メイド服が可愛い』という印象があるだけで、二人には心に決めた白砂桐という少女が居る。

 では何故、二人が今こんな場所に居るのかと言うと。

 

「あのー……桃坂さん?」

 

 店内をじろじろと見回しつつ、裕太は恐る恐る前を歩く恋花に声を掛ける。

すると、恋花は人懐っこい満面の笑みを裕太に返した。

何故彼女はいつもこんなにまで曇りのない笑顔ばかり浮かべていられるのか、と裕太は思わず一瞬たじろいでしまう。

 

「恋花でいいよー、裕太くん!」

 

「あー……恋花さん?」

 

「なあに?」

 

「……ここは?」

 

 当然の疑問。

それに、恋花は。

 

「ここはメイド喫茶『フェアリーガーデン』だよー。私のバイト先です!」

 

「はあ……」

 

 恋花は、相変わらずにこにこしているわけだが。

いきなりこんな場所に連れて来られても、流石の裕太だって困惑してしまう。

ドッグウッドは、先程から黙ったままだ。

 裕太とドッグウッドが恋花の傍に居る理由は、まあ、ざっくり言えば司令官の宇賀神剛にそうするように言われたからである。

愛を知って成長する為の研修、とやらの為に。

色んな愛の形を見るのがいい、といった風なことも剛は二人に説いていた。

 でも恋花の傍に居るだけで、簡単に愛の一つの形みたいな物がわかるんだろうかと裕太は疑問に思ってしまう。

 今日は土曜日。

恋花はこの日にバイトを入れているらしく、裕太とドッグウッドはその様子を見学することになっていた。

 

「あ、れんれんおはよー」

 

「若葉ちゃんおっはよー!」

 

 裕太がぐるぐると色々なことを考えていると、メイドの一人が恋花に近付いて来た。

黒髪をセミロングに伸ばした、眼鏡をかけたいかにも清楚な雰囲気の女性。

『れんれん』とは、恐らく恋花の愛称なのだろう。

 

「あ! 恋花が神名以外の男連れてる! 浮気か!?」

 

 今度は、茶髪をサイドテールに纏めた身長150センチメートル程の小さなメイドがぱたぱたと駆け寄って来る。

彼女の顔立ちも、身長相応に幼かった。

『浮気』というワードに過剰反応することもなく、恋花は笑ってサイドテールの少女の発言を受け流す。

 

「まさかぁ。ほら、部隊の新人パイロットさん。研修でしばらく一緒にいることになったの」

 

「あ……どうも、天内裕太です」

 

 ぺこり、と二人のメイドに裕太は頭を下げる。

数秒経って裕太が頭を上げた所で、恋花はにこにこしながらメイドコンビを彼に紹介した。

 

「裕太くん、こちらの眼鏡の美人さんは花鳥大学経済学部の綾瀬若葉(あやせ わかば)ちゃん。こちらのちっちゃい子は花鳥大学文学部の小湊きらら(こみなと きらら)ちゃん。私のバイト仲間でお友達。と言っても二人とも私より一歳上なんだけど」

 

「綾瀬です。よろしくね、天内くん」

 

 若葉がひどく綺麗に裕太に微笑みかける。

その物腰は随分とお淑やかで、裕太はふと彼女がさぞかしモテるタイプの女性であると邪推した。

大人の女性、そんな言葉が似合う。

 

「お前も恋花達と同じでフォビドゥンフルートに乗るんだな。頑張れよ! 困ったことがあったら人生の先輩である私に相談するといい! 私にお任せだ!」

 

 きららが、あんまり無い胸を張って得意気に言う。

バストサイズに言及したら引っ叩かれるのが目に見えていたから、裕太は当たり前ではあるが口を噤んだ。

 きららは若葉と違って幼い感じだ。

発言から察するにしっかりしている部分もありそうなものだが。

 二人の顔と名前を覚えようと裕太が情報を整理していると、恋花が眉をハの字にしながらぱちんと両手を合わせた。

 

「裕太くんごめん、今日人手が足りないから厨房のお手伝いお願いできる? 簡単な作業だけでいいから!」

 

「へ? あ、はい。別にいいですけど」

 

「良かったあ。じゃあ、お願いね! それじゃ、私着替えて――」

 

「あ、厨房の場所教えてもらってもいいすか? ……あれ? っつーか、何でわんこ先輩さっきから無反応――」

 

「あ、おい馬鹿っ!」

 

 途端に、ドッグウッドがひどく焦ったような声を上げる。

ああ、そうか、と裕太はややあって納得する。

いきなり喋る携帯電話なんてものが現れても、若葉ときららを困惑させてしまうのだから。

 だけど、裕太の心配は杞憂に終わったようだった。

というより、予想斜め上の出来事が起こった。

 

「……その声、ドッグウッドたん?」

 

「はい?」

 

 ぽつり、と声を洩らしたのは清楚眼鏡美人の綾瀬若葉。

若葉は俯いて、肩を震わせている。

 一体、どうしたと言うのか。

裕太の思考が纏まるよりも先に、若葉はがばっと裕太に詰め寄り、携帯電話型ドッグウッドを両の手に取った。

 

「会いたかったよドッグウッドたん! 何その可愛いミニマムボディ!? 桐ちゃんとは最近どうだい? っっくーーーー! 異種間恋愛最高! 人外×少女は萌え!」

 

「だああああ! やめろ綾瀬さん! 弄るな握るな顔が近い!」

 

 突然の若葉の豹変ぶりと、ドッグウッドの慌てっぷり。

今身に起きている出来事に裕太はぽかんとすることしかできない。

空気を破ったのは、きららの呆れたような深い溜息だった。

 

「あーあ……始まった。また、若葉の悪い病気だ」

 

「え……っていうか、お二人共、わんこ先輩と知り合いなんすか?」

 

「そりゃそうだよー」

 

 裕太の疑問に応えたのは、恋花だった。

恋花は小首を傾げて、笑顔で言った。

 

「だって、若葉ちゃんもきららちゃんも北海道部隊の元イヴだもん」

 

「……えっ」

 

 さらっと、とんでもないことを言われてしまった。



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背負う想い

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第三話『魔女は毒林檎に砂糖を塗す』その3 背負う想い

 

「……ったく……何で俺がこんな目に遭わなくちゃなんねーんだよ……」

 

 深い深い溜息を零して、神名清文はファミリーレストランのテーブルに突っ伏す。

そんな彼に、憐れみの視線が二つ注がれていた。

 

「新入りの件、苦労してるようだね、キヨ」

 

 清文の向かいの席から、黒髪にそばかすが特徴的な青年が心配そうな声を飛ばす。

彼の名前は、山裾悟志(やますそ さとし)。

清文の大学の同期で、ついでに言うと幼馴染だ。

 性格は真面目で品行方正、研究熱心、紳士的。

見ている方が眩しくなる程のひた向きさを持つ男。

そういう所が一緒に居て時々窮屈に感じることもあったのだが、付き合いがすっかり長くなった今となっては悟志の優しさのような物を清文は深く信頼している。

 

「キヨちゃん、元気ないね。パフェおごろっか? ここのチョコレートパフェすっごく美味しいよ?」

 

「俺はお前と違って甘党じゃねーよ、バーカ」

 

 もう一度溜息を吐き出せば、えへへ、と隣の席から恥ずかしそうに清文にふんわり笑いかけた金髪碧眼の男は緒方周(おがた あまね)。

悟志と同じく清文の大学の同期で、清文達とは高校の頃からの付き合いだ。

 海外の血を引いている影響で身長がひどく大きい……のに中身はひどく幼い。

人よりのんびりしていて、人とワンテンポずれてて、一言で言えばド天然。

そんな所に清文は何度も振り回されてきたが、まあ、今は周の純粋さはわりかし清文にとっては清涼剤だった。

ちなみに、かつて清文に『白髪が増えそう』と悪気なく言った友人とは、何を隠そうこの周のことである。

 

「宇賀神さんも、何でこう俺にばっか無茶振りしてくんだよ。愛を教えろ? 知らねーよそんなもん。第一俺は桃坂を愛してねーよ」

 

「え、そうなの? 恋花ちゃん優しいし可愛いのに」

 

 周が、チョコレートパフェの生クリームをスプーンで掬いながら、とんでもないことを言ってのけた。

清文はがばっと身を起こし、怒鳴るように声を張り上げる。

 

「あのなあ、本当に優しい奴は嫌がってる相手をストーキングしねえし、厳重に鍵をかけたはずなのに家に不法侵入して勝手に人んちの冷蔵庫事情を把握したりもしねえんだよ! てめえにはあの変態がどう映ってんだ! そのガラス玉みてーな目は実はビー玉か何かか!」

 

「キヨちゃんひどい……」

 

 しゅん、と周が俯く。

しかし俯きつつも周はぱくぱくとパフェを口に運んでいるのだから、別に大したダメージでもないのだろう。

 

「まあ、確かに色々大変そうではあるけど……キヨは、桃坂さんのことがそんなに嫌いなのかい?」

 

 悟志が、アイスティーの氷をストローでからん、と混ぜながらそんな言葉を清文に投げかける。

嫌い。

そんな単語を、はっきりと言ってしまえれば楽なんだろうけど。

清文は逡巡した末、ぽつりと呟いた。

 

「嫌い……っつーか、気持ち悪い。理解できない」

 

 桃坂恋花と初めて出会ったのは、清文が高校2年生で、恋花が高1年生の春。

第一印象は、『結構可愛い女子』、くらいなものだった。

恋花が、とんでもないことを言うまでは。

 何故彼女はいきなりプロポーズなんてしてきたのか。

何故どれだけ拒絶しても彼女の愛情表現は日に日にエスカレートしていくのか。

何故。

 

「何で俺なんだよ……」

 

 がっくりと項垂れ、そのまま重力に従ってまた机に突っ伏す。

よしよし、と周が清文の頭を撫でてきた。

男に撫でられても全く嬉しくないのだが。

 

「でも、キヨは凄いよ」

 

 そんな悟志の声が、上から降って来る。

 

「ボク達はもう戦えないけど、キヨはいつも一番前で、色んな人を引っ張って、立派に戦ってるんだから」

 

「悟志……」

 

「愛は教えられないかもしれないけど、キヨならパイロットとして大事なことをその新入りに教えてあげられるんじゃないかな」

 

 顔を、上げる。

見れば、悟志だけでなく周も穏やかな表情を浮かべていた。

 ――悟志と周は、北海道部隊の元パイロットだ。

悟志は綾瀬若葉というパートナーと、周は小湊きららというパートナーと組んでかつては清文や恋花と一緒に戦っていた。

 周ときららは幼馴染だ。

ぽやぽやしている周を、はきはきしているきららは毎日引っ張っている。

 悟志はパッと見は清楚で優等生じみた若葉を『本当はだらしないんだ』と呆れ顔をしては小言を言って言い合いになっている。

それでも、悟志がパートナーの若葉を大事に思っているのは一目瞭然だった。

 だからこそ、悟志は『戦わない道』を選んだのだから。

それはきっと、周も同じで。

 悟志と周は、色々あって今は部隊から退いている。

だから。

 

「……悪いな二人とも。つまんねえ愚痴言っちまって。桃坂は相変わらずわけわかんねーし、新入りも癖のあるやつだけど、俺も頑張るわ」

 

 そう言って、清文はブラックコーヒーに口をつける。

そうだ。

 自分は、こんな程度で音を上げてなんていられない。

自分は、戦わなくちゃいけない。

後輩を育てなきゃいけない。

 自分は、リーダーなんだから。

悟志と周の分まで、自分はしっかりやらなくちゃいけないのだから。



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壁ドン

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第三話『魔女は毒林檎に砂糖を塗す』その4 壁ドン

 

「え、天内くんって今、恋花さん達のメイド喫茶で働いてるの?」

 

「八尋くん情報によるとそうらしいぜ。つっても、厨房の仕事らしいけどな。女装じゃなくて」

 

「……いや……その心配は全くしてないけど……」

 

「若葉さんもきららさんも元気かな。会いてえな」

 

 昼休み、昼食を食べ終えた佐久間陽夏は、教室で親友の桧垣雲雀と他愛もない話をしている途中、ふと脳裏を過ぎった話題を振ってみた。

話の中心に居るのは北海道部隊の期待の新星・天内裕太。

 彼の情報を、陽夏はパートナーで恋人の森永八尋から逐一伝えられている。

情報というか、愚痴を聞かされている。

 いつもは江崎彰久をはじめとした周りを振り回す側の八尋が、型破りな裕太にはどうやら逆に振り回されているらしい。

その事実は、陽夏にとっては新鮮で面白い物だった。

なんてことを直接八尋に伝えてしまえば、八尋は怒るだろうけれど。

 それから、陽夏が何となく興味を惹かれているのは裕太が彼のパートナーになった白砂桐にぞっこんだということだった。

桐は相手にもしていないようだったが、どこか自分の世界を閉ざしている傾向にある桐にストレートに好意をぶつける存在というのは珍しい気がしたからだ。

 裕太の恋が報われても報われなくても陽夏はどっちでもいいのだが、ある事情から彼女が常日頃気にかけている桐の世界が裕太の登場で少しでも広がるのならば嬉しい物があった。

 

「研修でこれから各ペアに順番にひっついてくんだってな。でも愛なんて、簡単に教えられるもんなのかな」

 

 ぽつりと陽夏が零せば、雲雀の頬に赤みが差した。

まあ、何を考えているかなんて長い付き合いの陽夏ならば大体予想がつく。

 

「あ……愛……そ、そんな……私がうまく喋れるのかな……」

 

「どの口が言ってんだ、コラ」

 

 いつもいつもパートナーにして想い人の駿河奈緒へのヒートアップ惚気オーバードーズを自分達にかましてくる癖に、と陽夏は溜息を吐きたくなる。

要は、雲雀はどれだけ自分が乙女なのか全然自覚していないのである。

 自分も八尋のことは愛しているが、ここまで乙女になりたくはないものだと陽夏はふと思う。

理由は単純に、恥ずかしいからだ。

 というか、そもそもそんなに好きだと言うのならばさっさと告白してしまえばいいのに、とも陽夏は毎日のように思っていた。

 

「ってかさ、雲雀ちゃん。さっきから気になってたけどこの雑誌何?」

 

「うえ!? ……え、ええと……勉強! そう、勉強してたの!」

 

「勉強ねえ……」

 

 雲雀の机の端っこに置かれていたのは、いかにも女子中高生向けの華やかな雑誌。

陽夏のような小学生男子並みの嗜好の人間が読めば砂糖を吐き出しそうな見出しの数々が表紙を飾っている。

 雲雀のことだからどうせ、奈緒と上手くお付き合いできる方法を探っていたのだろう。

奈緒と雲雀がそういう関係になるのにこんな大層な雑誌は必要ないのだが、その気持ちは本人達の口からちゃんと言わないと意味はないのだから見ている側としてはもどかしい。

 何の気なしに陽夏はその雑誌を手に取り、パラパラと捲ってみる。

やはりと言うか、彼女の肌には合わない情報ばっかり載っていた。

 

「壁ドン特集って何だよ。雲雀ちゃんこんなことされてえの?」

 

「へ!? あ……そ、その、ちょっと強引にされたいな、なんて気持ちはあるけど……べ、別にしなくても、そんな、傍にいてくれるだけで……」

 

「……八尋くんとの付き合いもそこそこ長いけど、壁ドンなんて今まで一度もされたことねーぞ」

 

 そこまで言って、しまった、と陽夏は思った。

雲雀の表情が、一気に険しくなったからだ。

眉を顰めて、雲雀は滾々と言う。

 

「……されてたなら、私が今頃あのクソガキに殴り込みをかけてた所よ。言っておくけど、私、陽夏ちゃんとあのガキンチョが付き合ってるのまだ認めてないからね!? あんな単純馬鹿に、私の大事な陽夏ちゃんを任せられるわけないじゃない! あいつが陽夏ちゃんを大事にできるはずないんだから! 頭悪いしデリカシーないし猪突猛進だしメンタル小学生男子レベルだし!」

 

 始まってしまった。

八尋と陽夏は三年程前から男女のお付き合いを始めたのだが、そのことを陽夏が雲雀に報告した際の雲雀の茫然自失っぷりは筆舌に尽くしがたいものだった。

それこそ、雲雀が危うく気絶しかける程に。

 まあ、雲雀は陽夏の保護者のようなものだし、大事にされているというのも陽夏としては悪い気はしない。

八尋が単純馬鹿でデリカシーがなくて猪突猛進でメンタルが小学生男子レベルと言うのも正直ぐうの音が出ない。

でも。

 

「んー、けど、八尋くんはああ見えて結構私より大人な所あるぜ?」

 

「嘘だあ……」

 

 雲雀は、まだ何か言いたげだ。

このままじゃいつもの説教地獄に突入しかねない。

 何か、別の、話題を――。

と、陽夏が懸命に話のネタを探して辺りを見回した頃。

 

「あ、駿河くんだ。おーい、駿河くーん」

 

「うえ!?」

 

 救世主が登場した。

廊下を歩く奈緒の存在を確認し、陽夏は席を立って手を振って声をかける。

 雲雀も反射的に変な声を上げて席からがたんと立ち上がった。

その顔は見る見る内に真っ赤になって、体は縮こまりそうになっている。

本当にわかりやすい、と陽夏は苦笑する。

 でもこのタイミングで奈緒が来てくれて助かった、と陽夏は心の中で彼に礼を述べた。

奈緒は陽夏と雲雀の存在に気付くと、ぺこりと会釈をしてから教室に入ってきた。

 

「購買帰り? すげー量だな」

 

「……そうか?」

 

 首を傾げた奈緒の手には購買の袋が抱えられており、今にも中身のパンが溢れそうだ。

奈緒は非常に良く食べる。

特に焼きそばパンとメロンパンが好きだ、というのは雲雀情報で陽夏も知っていた。

どちらも購買の人気メニュー。

 奈緒自身に自覚は無いが、彼は雪月高校じゃ五本の指に入る程の大食漢だ。

もしかしたら購買のメニューも全部制覇しているのかもしれない。

 ふと、奈緒の視線が陽夏の背に隠れている雲雀に向けられる。

途端に、奈緒の顔が仄かに赤くなった。

何を言おうか逡巡した素振りを見せてから、ぽつり、と奈緒が呟く。

 

「……その……桧垣……肩、大丈夫か?」

 

「え、へ? か、肩、ですか?」

 

「……この前の……戦闘で……噛まれてたから」

 

 奈緒の気遣うような声色に、雲雀は相変わらず顔を真っ赤にしたまま、ぶんぶんと激しく首を横に振った。

その拍子に、彼女の三つ編みが揺れる。

 

「だ、大丈夫! あんなの幻痛だから、痛いのなんて一瞬だったし! 今はもう全然問題ないよ!」

 

「……そうか……良かった」

 

 そのまま、二人の間に気まずい沈黙が訪れる。

奈緒は元々無口だが、雲雀は話題を探し過ぎて逆に何も喋れなくなっている。

 どうして、この二人はこんなにもどかしいのだろう。

そこまで陽夏は考えて。

 

「えいっ」

 

 どん。

ふと思い立って、陽夏は雲雀の前に立っていた奈緒の背中を思いっ切り押す。

ばさ、とパンの袋が大きな音を立てて床に落ちる。

突然の出来事にバランスを崩した奈緒は、雲雀にぶつかり――そうになるのをすんでの所で止めて、雲雀に覆い被さるように壁に手をついた。

 つまり。

壁ドン、完成。

 奈緒と雲雀の顔の距離が近い。

奈緒は真っ赤になって固まってるし、雲雀に至っては可哀想なくらいに口をはくはくさせて頭から湯気を出していた。

 そして。

ばたん、と大きな音を立てて雲雀が倒れた。

 どうやら緊張しすぎて気絶したらしい。

……やり過ぎたか、と陽夏は少々後悔した。

 しかし、自分の八尋との経験上、恋人というものは結構密着しなきゃいけないものである。

今の内に初心な親友に耐性をつけて欲しいのも事実だった。

 

「……っ、桧垣!? 桧垣ッ!」

 

「んじゃ、駿河くん。後のことは任せた」

 

「……ちょっ……佐久間!!」

 

 突然倒れた雲雀を抱き起こす奈緒にひらっと手を振り、陽夏はとりあえず教室を出る。

……あの二人は、いつ付き合えるのだろうか。

どうやら先は長そうだ。



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