Evill cut of Blade (玲司)
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第一話「軍人」

スパロボ大好きな作者の想像・妄想詰め込みまくりの作品ですので、細かい部分は突っ込まず、ノリと勢いを楽しんでいただければなぁっと思います。

さて、開始前のあいさつはこんなところとして、第一話をお楽しみください。


 

 

果てしなく広がる宇宙の中に

     

無限の可能性が眠っていた

  

人類は月に初めて到達してから数十年経つと

     

とある発見をした。

   

それは、新しいエネルギー体であった。

 

 

 

人には感じられない程の細かさで振動し、淡い光と共にエネルギーを放っていた。

 

大きなエネルギーを内包し、それは無機物同士、有機物同士をくっつける特性がありながら、ガラスとステンレスには溶けない性質を持っていた。

 

その力を利用して人類は、(かね)てより夢見ていた人型機動機を開発し宇宙に向けての繁栄を目指していた。

 

この話は、そんな時代の中に生きる少年の戦いと『NEOV(ノーヴ)(NEW ENERGY OF VIVERTION):振動新エネルギー』をめぐる物語である。

 

 

 

静かな住宅街を一つの人影が歩いていた。春の夕方と呼ぶには少し相応しくない様な明るい時間の町並みの中、子供が家への帰り道ではしゃいでいる光景が何度か目に付く。

 

そんな心休まる光景を不機嫌そうな顔で歩いている少年がいる。詰襟姿で、少々身長は低めではあるがⅢとローマ数字の学年章が襟に取り付けられている。胸に輝くネームプレートには、『清流零夜(せいりゆうれいや)』と書かれている。

 

そして、一軒の家に入る。

 

その住宅街の中でも大きな家に入って行く、その家には『清流』とステンレスプレートに掘られたネームプレートが玄関フェンスを支える塀に取り付けられていた。

 

「・・・ただいま」

 

ポツリと一言挨拶するとそのまま物音を立てないように自分の部屋を目指す。玄関傍にある階段を上り二階へ、上がりきると直ぐの部屋のドアを開ける。

 

自室である。

 

完璧には入らず、廊下から上着とワイシャツを投げ入れ、鞄も投げ入れる・・・前に紙袋の包みを取り出してから投げ入れる。投げ入れた際に、上着はベッドにボスンという普通には想像出来ない音を立てて着地した。

 

自室の隣にある部屋のドアを開けて中に入る。其処は、キッチンになっている。一階にあるキッチンとは違いオーブンレンジが三つ、業務用の銀色の大型冷蔵庫に色とりどりの調味料が壁に取り付けられたスパイス棚に並べられている。

 

紙の包みの中から取り出したのは料理雑誌だった。それをパラパラとめくり、気になる料理の部分を読んで、スクラップしていく。

 

スクラップ帖に収録すると、それを棚に戻す。

 

そして、冷蔵庫の中身をチェックする。牛乳、卵、ジャム、フルーツ・・・etc、etc。

 

作るつもりでいるお菓子に足りない材料をメモに書き出していく。一通りメモに書き出し終わると、それを調理台の上に置いて自室に戻る。取り合えずズボンを取り替え、制服を乱雑にハンガーに掛け、洋服掛けからジャケットを取り出し羽織る。

 

そして一階にある、食事を作る共有キッチンに向かうと壁にかけてあるホワイトボードを見る。隅に書かれた古ぼけた夕食当番の名前が二つ。そして、足りない物と書かれた冷蔵庫に常備してある中で尽きかけている食材のメモを暫し眺める。

 

「ん~・・・麻婆にでもしようかな・・・」

 

冷蔵庫を開けての中にある豆腐を手に取りながらポツリと呟いた。豆腐のパックの賞味期限は明日になっている。どうせ使うなら早く使ってしまった方が良いなという考えが過(よ)ぎり夕飯のメニューを麻婆豆腐に決定する。

 

「さて、ちゃっちゃと行くか」

 

手に持った豆腐を冷蔵庫に収めると、財布の中身を確認する。一万円札が入っているのを見ると、問題ないなと呟き玄関に向って歩みを進める。

 

 

―――――Rrrrrrr

 

 

電話が鳴った。玄関から最奥まで繋がる長い廊下の中腹に設置してあるカラーボックスの上に置かれているちょっと古めの電話の受話器を取る。

 

「はい、もしもし?」

 

決まり文句を少々不機嫌気味に一言。

 

『零ちゃーん、やったよぉおおお!』

 

耳を(つんざ)く様な大声が受話器から飛び出してきた。

 

声の主は零夜の義理の姉、瞳であった。何やらとても興奮しているらしく。キャーキャー騒いでいる。

 

「どうしたの、義姉(ねえ)さん・・・」

 

やや対応に困り気味に状況を尋ねてみる。

 

『勝ったのよ!真琴ちゃんが、優勝したの!!』

 

どうやら、瞳の妹である真琴が、部活の大会に出るとは聞いていたがそれで優勝したようであった。電話の向こうではまだ、わぁわぁ、と興奮冷めやらぬ様で騒いでいる。

 

『それでね、お祝いの料理とケーキ用意してね!』

 

一番伝えたかったらしい部分を喋り終わると、ツーツーツーと無機質な電子音が鳴り響き電話のディスプレイには通話時間が表示され受話器を置くとその数字は消えた。

 

「・・・・」

 

少々、沈思する。

 

「・・・しかたないな」

 

ポツリと呟くと、自分の部屋に向かう。そして、自室のクローゼットに隠してある非常用金庫からお金を少し財布に入れる。

 

「よし!」

 

夕食の買出しに出かけるのであった。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

日差しが更に傾き掛けた頃、零夜は商店街を歩いていた。

 

町の中心部には大型のショッピングセンターがあるのだが、零夜は昔から馴染みのこちらの方が好きなので、調味料や家事の便利道具以外(主に食料)はこちらに買いに来ている。

 

商店街はアーケードになっており、入り口のアーチには「おいでませ、作家 (ひじり)の生誕の地へ」と幅狭しと書かれている。

 

さてと・・・と一言口にしてから商店街を右左と見回しながら、ゆっくりと歩く。

 

「おう!零ちゃんそんな顔してどうしたい?」

 

大声で真っ先に声を掛けてきたのは、魚屋「うおいち」の大将だった。

 

「あ~・・・いえ、義姉の妹が何やら部活の大会で優勝したみたいで・・・」

 

簡単に説明すると、大将は腕を組んで大きく頷いた。そして、何かを思い立ったように、空の笊(ざる)をどかして、その下の発泡スチロール箱を開けて見せてきた。その中には大きな赤い魚が入っていた。

 

「たい?」

 

魚の名前を呟く。

 

「おうよ!しかも、真鯛よ!旬よ!」

 

威勢の良い大将の声が近くで響く。それを少々眺めて。

 

「いくら?」

 

値段を聞いてみる。

 

「特大サイズだからな、五千ってところだな!だけど、零ちゃんだから大負けで二枚六千でいいよ!」

 

その値段を聞いて、零夜は鯛を少々見つめながら考える。また奥さんに怒られないだろうか?などと何度か顔を渋くしてみたり少し緩めたり考え、決断すると何かを諦めた様に顔を上げる。

 

「三枚もらうよ」

 

「毎度!」

 

鯛は氷のびっしりと詰まった発泡スチロール箱に入れられビニール紐で縛られると、「後で返してネ」とタグがつけられたカートに乗せられ零夜に渡される。

 

料金を渡して零夜は次の店に向かう。八百屋、肉屋を巡り帰路に着く。もう少しのんびりと買い物を楽しみたかったが、あまりにゆっくりしていると姉たちが帰ってきてしまうと思い早々に家に戻ったのだ。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

家に着くと、早速料理へと取り掛かるため自分のエプロンを付け台所に立つ。年季の入った染み付きのエプロンを零夜はとても気に入っていた。義姉から送られたプレゼントでありいい加減捨てなければと思いつつも未だに愛着をもって使っている。

 

食材達を桶に泳がせ、包丁とまな板を準備する。愛用の五本の包丁が収まった刃物のラックから出刃包丁を取り出し鯛の下拵(したごしら)えに入る。

 

バリバリと音を立てながら鱗を削ぎ落とす。

 

『ピンポーン』

 

インターホンが鳴った。

 

その電子音に先まで上機嫌であった気分を害されながら、エプロンの裾で手を拭きつつインターホン用の受話器を取る。モニターに映る人物は一人の少女であった。

 

『ただいま!』

 

元気な帰宅の挨拶だが、零夜はその人物の顔を見るなり益々気分が悪くなる。

 

「此処はお前の家じゃない」

 

ぴしゃりと言い放つ零夜の言葉を受け、一瞬きょとんとしたものの少女はケラケラと笑いはじめる。

 

『いつもの事じゃない?早く開けてよ!』

 

その言葉を受けて、盛大なため息を一つ吐くと玄関に向かった。

 

サンダルを履いて玄関を開けると、入り口の門で大きなトラベルバッグを二つ転がしている少女が立っている。

 

「久しぶりね、零夜」

 

眩しいほどの笑顔を見せてくる少女に対し、太陽も逃げ出しそうなほどの暗く不機嫌な顔を零夜は見せた。

 

「何なんだよ、その荷物はよ・・・美栄」

 

少女の名前は 有栖川美栄(ありすがわみえい) 零夜と同い年で幼馴染である。小学校に入ってからキッズモデルとして活動を開始して、現在では女子中学生スーパーアイドルと言われながら芸能活動していて、学校に来るのも月に半分も来れば良いほどであった。そして、まずは荷物についてツッコミを入れる。

 

確か、一週間ほどハワイあたりでグラビアの撮影に行くと言っていた事を思い出す。

 

「何って・・・引越しの荷物よ?今日から此処で暮らすって話だったじゃない?」

 

平然と話しヅカヅカと家の中に侵入する美栄。その言葉に少々硬直してから、まるで油の切れた機械のようにゆっくりと美栄の姿を追った。目に入った後ろ姿は両手でトラベルバッグを持ちながら階段を上っている。

 

「おいおい、ちょっと待てよ!」

 

肩をつかんで美栄を静止させようとする。しかし、美栄はその手をスルリと解くと流れるように誘導し、その手にバッグの取っ手を握らせる。

 

そんな零夜を見てか、見ないでか、美栄は階段を上り続ける。それに()かれる様に階段を後ろについて上っていく。中途半端なところに置けば邪魔になる、かと言って下ろすと色々と五月蝿い幼馴染が何をしでかすか分からないので、取り敢えず階段を上りきるまでは従っておくことにする。大量に物が詰められているであろうトラベルバッグは中身を確認してみたくなるほど重い。

 

そんな零夜を置いて、さっさと二階へ行ってしまう。

 

 

追いついた先は、現在ゲストルームとして使われている部屋であった。まぁ、ゲストルームといえば聞こえは良いが、実質ただの空き部屋である。零夜の記憶が確かであれば部屋の中にあるクローゼットに来客用の布団が二組仕舞ってある以外何もない殺風景な部屋のはずである。

 

扉を開け目に飛び込んできたのは床に敷かれた絨毯であった。そして、他にクローゼットにモダンなデザインのテーブル、大きな本棚である。零夜の知らない内に空き部屋は改造されていた。

 

驚きと呆然が交じり合いながら、ショックと言うべきか、衝撃と言うべきか、精神的に何らかのダメージを受けていると。

 

「はいはい、淑女(レデイ)の部屋に恋人でもないのに長居しないでね」

 

直ぐに部屋から追い払われてしまった。

 

そんなことに納得いかず、暫し腹を立てていたが、料理の事を思い出し直ぐにキッチンに戻るのであった。

 

それから程なくして、義姉『瞳』とその妹『真琴』が帰ってきた。帰ってくるなり、二人は零夜の手を取り、喜びを振りまいた後、仲良く浴室に向かった。一応義姉に美栄の事を尋ねて見ると「教えてないよ。反対するから言うなって、聖ちゃんに言われてたし」と返された。その言葉に本日二度目となるなんとも言い難い気分になり、げんなりしながら料理を仕上げに掛かった。

 

『ピンポーン』

 

インターホンが鳴った。料理をほったらかしにしたくないので出ない。義姉と妹は出ない。それはそうだ、まだ入浴中なのだから。居候は、出ないであろう。そういう性格ではないから。半引篭もりの兄は如何だろう?出ないだろう、少なくとも自分が居ると分かっているなら自分に用事がある客意外は対応しないからだ。

 

つまり、自分が出るしかないのだ。

 

再び玄関に向かう。どうせ来る人間など大体同じ、幼馴染の武智であろうと高を括って玄関を開ける。

 

玄関を開けると思考が停止した。さっきと同じような状況が繰り返されていた。

 

少女が立っている。自分が知らない人間ではあるが、大きなトラベルバッグを二つ両脇に置いて、マジマジとこちらを見ていた。

 

「あ・・・あの・・・」

 

先に口を開いたのは少女だった。流れるような黒髪に、細いボディライン。美栄に似ている体型だがこちらの方が少々背が高いようである。

そんな事を思いながらも、状況把握と目の前の人物の考察から我に返る。

 

「すみません、ココは清流さんのお宅でしょうか?」

 

少々強張り、緊張した面持ちで尋ねてきた。

 

「あぁ、そうだけど。誰の客かな?」

 

取り敢えず荷物には触れずに尋ねてみる。

 

そう聞くと、『すみません』と言いながら深々と頭を下げてくる。

 

「あの、美栄ちゃんの従姉妹(いとこ)で、今日から住まわせてもらう有栖川環(ありすがわたまき)と言います」

 

その言葉は零夜を再び凍りつかせた。少し前に幼馴染が居候すると言われた。まぁ、多少は仕方ないかとも思った。芸能活動が忙しい上に彼女の両親の仕事は何か忘れたが忙しい仕事なのは知っている。だが、ここに居る人間は零夜の記憶に全くない。そんな人物が自分の知らないうちにここに住むことになっているのだ。

 

「え・・・と・・・」

 

驚きが大きすぎて反応できない。しどろもどろになりながら何をするべきか考えようとしていると

 

「あら、環ちゃん?早かったね」

 

そう言いながら、零夜の後ろから声が聞こえた。それは瞳の声だった。バスローブ姿で、まだ風呂から上がったばかりである事を物語るように、濡れた髪をふき取りながら奥から歩いてくる。パタパタと立つ足音が近づいてくる方向をなるべく見ないようにしながら、零夜は尋ねた。義姉には顔が見えないように、環と呼ばれた少女と壁の間に視線を移す。そんな零夜の微妙な反応に気付いたのであろう、瞳は後ろから零夜の肩に圧し掛かるように環を零夜越しに見た。零夜は何も言わず顔の筋肉を硬直させ、真っ赤になりながら外側へと少し顔をそらした。背中に感じる柔らかい感触とシャンプーとボディソープの甘い香りがいやに気になる。

そんな様子を見ながら環は口元に手を当ててクスクスと笑った。その小さな笑い声が聞こえると、零夜はさらに首を移動させた。環からは顔が半分ほど見えるくらいになり、耳が完全に赤く染まっている。

 

「さて、紹介するわね零ちゃん!」

 

ポンと軽く瞳に肩を叩かれ、それに大きくビクリと反応すると、環を真正面から見る形になった。顔を逸らせないので、苦し紛れに視線のみ外した。

 

「この子は、有栖川 環ちゃん。美栄ちゃんの従姉妹で、お父さんとお母さんが海外に仕事で出かけてる間ウチで預かる事になったの!」

 

義姉の持つ、独特なゆっくりとした口調で、環の簡単な紹介がされる。目の前の人物をチラリと見て、目が逢うか、逢わないかで視線を逸らす。そのまま、瞳の手から逃げるように身を翻し、一、二歩進んでから一言。

 

「わ、わかった!」

 

早く逃げたい衝動に駆られながら一言返した。

 

だが、

 

「荷物運んであげてね?」

 

義姉の一言が離脱より先に掛かった。その言葉に心の中で一つため息を付くと、なるべく義姉は見ないように、視界に入れない様に環に近づき置いてある大きなトラベルバッグを持ち上げる。

 

「とりあえず、二階に運ぶから!」

 

何とかひねり出せた一言を言って、環が頷くのを視界の端で確認すると一気に階段を駆け上り少々乱暴に置いた。

 

ゴトと大きめの音が響き、それに隠れるように荒く息をつく。それから少々遅れて階段を上ってきた環を、俯きながら確認すると美栄が陣取っている部屋だけを教えて、逃げ出すように階段を下りた。

 

「ねぇ!」

 

二階の階段口から環が語りかけてきた。顔だけを向けて視線を逸らす。これだけの反応を返すと、視界の端に映る少女はとてもうれしそうに微笑んだ。

 

「また、よろしくねっ!」

 

左手を軽く振って今度こそ逃げ出した。キッチンに逃げ込むと、とても熱い顔を魚臭い濡れタオルで拭った。わけが分からないほど顔が熱い、喉が渇く。いつもの義姉のからかいを受けるよりもとても熱い顔の輪郭を、指先で軽くなぞった。やはり熱くわけが分からない状況を頭の中で整理しようとしても何も分からないまま悶々としていると、不意に再び鼻を突いた魚臭さで冷静に戻った。冷静さをさらに取り戻す為に、大きく息を吸い、盛大に吐く。そして、途中で止まっていた料理を再開する。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

夕暮れを通り越して夜になった清流家の食卓には零夜の作った料理が並べられている。テーブルの中央に鯛の姿作りが堂々と陣取り、両脇には同じサイズの土鍋が二つ置かれている。そして、上座に真琴と環それから、美栄、兄聖夜、瞳の順番で据わり、一番下座に座っているのは零夜で、その隣には幼馴染の武智(たけち)が座っている。

 

「んで、何で武智も居るわけ?」

 

当然の疑問を今日一番の仏頂面で尋ねた。その言葉に武智は「ふっふっふ」と笑いながらこう告げるのであった。

 

「いつものこと!」

 

サムズアップと満面の笑みを見せる。零夜と違い体つきが良く、単発に纏められた髪。ぱっと見、利発かつスポーツマンにも見える容姿である。そして回答に口から盛大にため息を吐き出す。「聞いた自分が馬鹿だった。」そう言う様に不機嫌そうな顔で土鍋に手をかけた。

 

土鍋の蓋を持ち上げるとその中は真鯛の炊き込みご飯になっていた。鯛の身を解してかき混ぜよそいながら全員に配る。だが、聖夜には出さなかった。

 

「酒だろ?」

 

そう言いながら、零夜は食器棚へと向かった。食器棚の中を見回しながら、グラスはどれを渡そうか悩んだ。

 

「焼酎な」

 

聖夜からの短い要求だった。

 

その言葉を聴いて、ウイスキーグラスを手に取り、その中に冷凍庫の内にある、ロックアイスを二つ、三つ放り込む。そして、調味料棚の真下に置いてある四合瓶(720ml)の焼酎と一緒に渡した。中身は約半分ほど入っている。

 

そして、コンロに掛かった鍋に入った何かを大きな平皿によそうと聖夜の目の前に置いた。

 

「おぉう!」

 

それを見て聖夜は喜びの声を短く上げたが、女子からは嫌な視線が送られた。

 

皿に盛られていたのは、鯛の大きな頭と十センチ程に切られた焼き長ネギ二本と同じ位の大きさの豆腐二切れであった。

 

「さて・・・」

 

短い咳払いを混ぜて、聖夜が切り出した。格好を付けたかったのであろうが、あまりにもラフな格好と無精髭でイマイチ決まらない。そんな様子を見て、零夜と瞳はクスクスと笑っている。

 

「今日から家族が増えることになったけど、それに関して皆で軽い挨拶でもしようか?」

 

そう言い終ると、焼酎をグイっと煽る。

 

「まぁ、家主として俺から行くぞ?」

 

もう一杯焼酎を飲むと「ぷはぁ!」と息を吐いて、咳払い。そして、喉を鳴らして調子を図る。

 

「此処の家主である、清流聖夜(せいりゆうせいや) だ。年は二十七で一応小説作家をやってる。困った事があったら相談に乗るから気軽にね?」

 

そう軽く挨拶して次の人物に視線を送る。その視線に気付き次の者は軽く頷いた。

 

「私は、聖夜ちゃんの妻の、清流 (ひとみ) です。年齢は同じで、中学からの付き合いです。ご飯で食べたいものがあったらリクエストしてね」

 

瞳の挨拶が終わると今度は、向いに居た人物がめんどくさそうに口を開く。

 

「(義)弟の、清流 零夜(れいや) ・・・。年は十五、家事の半分は俺の担当だから何かあれば俺のほうに言ってくれてもいい」

 

言い終るとプイとそっぽを向いた。その反応に環は歓迎されていないのかと不安になったが、直ぐに美栄が耳打ちしてきた。

 

「恥ずかしがりやなんだよ、顔に似合わずね」

 

美栄の囁きが聞こえたのか、睨みつける零夜。だが、美栄はそんな表情に対して嘲笑で返した。

 

美栄の表情に面白くなさそうな顔で、零夜はまたそっぽを向いた。

 

「えっと・・・瞳お姉ちゃんの妹の、内藤真琴(ないとうまこと) です。一つ下の十四歳、毎週のゴミ捨てと時々お料理の手伝いしてます」

 

少々、零夜と美栄のやり取りに困惑した様子で自分の紹介を済ませる真琴。そんな真琴に隣の瞳が一言、小さな声で大丈夫だよとやさしく呟いた。

 

「んじゃ、次は俺ね?零夜の一番の親友 工藤武智(くどうたけち) ね。年はまぁ言う必要ないと思うけど同じ十五。趣味は格闘技観戦と料理食べることと昼寝!」

 

自分の簡単な紹介を済ませると、武智は再び食事にガッツク。そんな様子を見て聖夜は、「ブレないな~」と言葉を漏らした。

 

「じゃあ、みんなのアイドル、有栖川 美栄。細かいプロフィールはWebでチェックしてね?」

 

一番簡単な自己紹介だった。その自己紹介に「やる気ねぇ~」と武智が呟いた。

 

零夜と武智と幼馴染という事は、自然と年も知っていれば、聖夜達とも関わりがある上、アイドルもやっているのだから確かに知らない者はいないだろう。

 

そして、次の者に移った。興味津々といった様子で真琴は、その人物をみて。零夜は興味無さ気にそっぽを向いている。

 

「え・・・と・・・。有栖川 環です。美栄ちゃんの従姉妹で、小さい時は此処に来た事もあります、聖夜さんは覚えててくれてました。これか(しばら)くの間お世話になります。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします!」

 

しっかりとした挨拶を終えると、真琴はパチパチと拍手をし、美栄が「よかった」などと言っている。そんな中、玲司は始終そっぽを向いていた。

 

「そういえば・・・・」と環が話を切り出した。

 

「お父さん、とお母さんは?」

 

それはこの場に居ない、聖夜と零夜の両親についてだった。いくら聖夜が成人しているとはいえ、この家の家主は二人の両親だったはず、と。

 

「―――この家は兄貴の家だ」

 

静かに口を開いたのは零夜だった。その口調は鋭くどこか攻撃めいていた。

 

「親父達は仕事に掛かりきりでね?まぁ、家主は名義上親父達だが、実質は俺なのよ」

 

「ワーカーホリックな親持つと苦労するねぇ」と呟きながらカラカラと聖夜は笑っている。

 

 

Pipipipipipipipipi――――――

 

 

電子音が響いた。携帯電話の通常着信よりも機械的で、無機質な音であった。

 

それに反応したのは零夜だった。

 

ベルトに付けられたホルダーから取り出したのは、旧式携帯電話よりも無骨なデザインの機械であった。太いアンテナにカラー表示もされないほど、旧式に見えて大きなドット文字を映し出すディスプレイ。それにダイヤルツマミがついている事から、通信機だと見て取れる。

 

そのディスプレイを少し見た後、零夜は通信機を耳に当てる。

 

一、二分ほど当てた後、零夜は顔色を変えて部屋を飛び出した。

 

「零夜君・・・如何したんですか?」

 

驚きながら、環は誰となく尋ねた。

 

「んん、アイツは軍人だからね」

 

飲み途中だった焼酎を強引に飲み込んでから、聖夜は答えた。

「・・・軍人って」

 

困惑した表情を環は浮かべた。

 

「知ってるだろ?少年軍人。小学校六年から高校卒業までの学生従軍兵。それにこの界隈の人間は知ってるけど、世界で採用されてる、|進化型外骨格機動人型汎用車両《しんかがたひとがたきどうはんようしやりよぅ》・アドバスドビークル(AV)と、|専門特化型戦闘用人型外骨格兵器《せんもんとつかがたせんとうようひとがたがいこつかくへいき》・スペシャルバトルフレーム(SBF)の開発者だからねぇ」

 

なみなみと注がれた焼酎をまた煽る。

 

「開発者って!えっ!?でも、平気なんですか?軍人なんかしてて、心配じゃないんですか!」

 

事実が受け入れられないのか、叫ぶ環。思わず立ち上がってしまうほど興奮しながら。

 

「心配ではあるよ?でもね、みんな判ったんだけど・・・アイツが信念捨てない限りやめはしないって、ね?」

 

薄く笑い、これからどうなるのかが楽しみなように聖夜は告げた。

 

ほかの者たちは、一欠けらも心配していないように食事を続けている。いや、目を背けているのであろうと環には取れた。大切な家族が呼び出しで飛び出て行くのだ。事件での出動で有るか無いかはともかく、帰ってくると思い最悪の結果を思わないように。

 

 

 

――――― それから約二時間

 

 

 

時計の針は二十時半を過ぎていた。

 

 

 

――――Rrrrrr

 

 

 

清流宅の廊下に設置されている電話が電子音を響かせた。

 

「はい、清流です」

 

電話に出たのは台所仕事を途中で切り上げた瞳が電話に出た。

 

その様子を聖夜は一瞥。他の者はテレビに夢中になっている。

 

「―――、うん、うん、わかった」

 

三分ほどの受け答えのあと、リビングに顔を出す。瞳に気付いてる者は居ない。そんなことは如何でもよさそうに、自分の中で区切りを一つ付ける為咳払いをする。

 

「零ちゃん、あと十分くらいで帰ってくるって!」

 

瞳の元気な言葉が聞こえると、真っ先に反応したのは真琴だった。目を爛々と輝かせながら、「ほんと~!」と叫ぶと、リビングから姿を消した。その様子を、やれやれ。と呟きながら聖夜。武智と美栄は「ふ~ん」と他人事。環は、どういった反応をすれば良いのか判らず、きょろきょろしていた。

 

「私、外に居るね!」

 

そう言って、さっき出て行ったと思った真琴が戻って来た。だが、その衣装は変わっている。色の少し汚れた白い胴着に漆黒の袴。その容姿はパッと見、剣道か合気道を嗜んでいるであろう事を誰にでも連想させる。

 

「はいはい」

 

少し困った様に瞳が返事をすると、旋風のように真琴は何処かへ向かった。

 

その様子にさらに困惑する環を察してか、武智がリビングのカーテンを開けると、庭にてチョロチョロと真琴が動いていた。何かを引き摺っているが薄暗く良くわからないが、どうやら物干し用のポールらしき物を動かしている。そして、納得したのか、表情は何とかわかる位置で満足そうに大きく頷くと今度は、窓に近づいてくる。そして、壁を弄ると庭がパァっと明るくなった。

 

庭の四隅に設置された照明灯の白く強い光が、昼間のように庭を明るく照らす。

 

その中央に、竹刀を脇ともう一本向かい合うように置いて真琴は正座し、目を瞑る。

 

「これって?」

 

不思議な情景に戸惑う環。そんな環に寄り添うように、美栄は隣に立った。

 

「この家の伝統・・・と言うか、ほぼ日課ね」

 

苦笑しながら美栄は言った。

 

「日課?」

 

繰り返す環。

 

「そう、一年の間。零ちゃんと真琴ちゃんで剣道の試合を行って、真琴ちゃんの勝率が五パーセント以上になったら何でも一つ言う事聞くって言うルールでね」

 

答えを瞳が引き継いで答える。その顔はとても楽しそうにしながら。

 

「五パーセントってことは・・・去年の勝率は?」

 

「三パーセント、結構がんばったんだけどね」

 

武智が苦笑しながら答える。零夜が居なくなってから、真琴の剣道に関しての話はした。中学一年生だった去年。新人ながらも実力で先輩達を下してレギュラーを獲得。そして、大会を勝ち抜き全国大会を優勝。今日も大会に出場して優勝をもぎ取ってきたという。そんな彼女でも勝率が二桁も行かない相手なのだ。どれほど強いのか?ただの興味心であってもそそられる話であり、それが今目の前で見られるというのだ。

 

 

―――少しして

 

 

玄関門を開けて零夜が帰ってきた。明かりに照らされたその顔には少々擦ったような痕がある。

 

しん、と空気を張り詰めて正座する真琴。そんな彼女を見てから、困ったように腕を組んでから、息を一つついて一言。

 

「試合で優勝して気分良いんじゃないの?」

 

とりあえず、話を切り出すための一言。

 

「そうだね、でも・・・これで勝てれば今日は言う事なしの一日になるから」

 

真琴は目を閉じたまま答えた。

 

「わかった、手加減しないからな」

 

切っ先が自分の方に向けられた竹刀をそっと取る零夜。

 

中段に構え、神経を研ぎ澄ます。その気配を読み取り真琴も構えを取った。

 

二人とも防具を着けず、方や胴着、方や私服で、切っ先が触れ合うか、触れ合わないかの範囲まで互いに距離を詰める。

しん、と静まり返る

 

 

パ・・・カシュ・・・カシュ・・・パ・・・パ・・・

 

 

互いに一歩踏み込んだり、退いたりを繰り返し、竹刀の切先が乾いた音を立てる。

 

「てえぇぇぇぇぇぇ!」

 

気合を発し、真琴が竹刀を振り上げ突進する。

 

初手一擲(いつてき)の一撃を見舞う。その攻撃は、長く彼女を見てる者からすれば最良の時にしか出せない一撃と分かるほどのものであった。

だが、それは零夜には届かなかった。

 

攻撃が当たると思った瞬間、零夜は身を少し反らし竹刀を弾いて見せた。

 

その防御に戦慄を覚えながら、真琴は後退り構え直した。

 

幾ら博打の一撃とはいえ簡単に避けられた事にショックを感じながら、心を落ち着かせる。

 

 

 

ザ・・・

 

 

 

切先が触れ合う程度にまた距離を合わせる。カタカタとお互いの竹刀が音を立てあい出方を伺う。

 

「キィエエエエエイ!」

 

気合を掛ける真琴。それとともに一歩踏み出す。それに合わせて零夜は一歩退いた。

 

 

――――パン

 

 

手首のスナップを効かせて零夜の竹刀を弾く。弾いて出来た隙間に打突を捻じ込む、ほぼ突きに近い攻撃は零夜の額を捕らえている。

 

 

――――パァン

 

 

と乾いた竹刀の弾ける音がした。

 

勝負は決した。

 

真琴の攻撃が当たると思った瞬間に、零夜の攻撃が真琴の腹部を撫で振り抜いていた。

 

「ほい、お終い!」

 

竹刀を肩に担ぐように身で肩をトントンと叩きながら、さっさと零夜は撤収してしまった。

 

暫く真琴は立ち尽くし、大きく息をすると庭の片付けを始める。

 

「また、負けたか・・・今日こそは、と思ったんだけどねぇ」

 

残念そうに呟きながら、武智はリビングを出て行く。

 

他の者もほぼ武智と同じような反応をしながら、散り散りになっていく。環は、真琴の片付けをじっと見つめ、片付けを終えた真琴が帰ってくると、少々茶目っ気を混ぜながら「負けちゃった」と一言呟いてから、溜息を去り際に小さく吐いて消えた。

 

「さぁ、お風呂入っちゃって!」

 

瞳からバスタオルを押し付けられ、環は風呂場へと向かった。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

「何で他人をこの家に住まわせるんだ!」

 

自分と兄の姿以外がないリビングで零夜は語気を強く聖夜に言葉を吐いた。

 

「いいじゃない、賑やかな方が。それに、家で飯食う人数なんて今までに一人増えただけよ?」

 

のんびりとした口調で聖夜はニマニマと笑いながら零夜の反応を楽しむように見つめている。

 

「他人なんて、いらないんだ・・・」

 

零夜はその言葉を残してリビングから出て行ってしまった。静まりかえるリビングで聖夜は一つ大きく溜息を吐いた。

 

「コミュ障め」

 

どこか楽しそうに呟くと聖夜は、頭をバリバリと掻いた。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

翌朝

 

 

AM06:28

 

 

リビングにて早朝から人影があった。零夜だ。

 

人数分の朝食をダイニング・リビングテーブルに並べていた。

 

 

「おはよう」

 

一番先に顔を出したのは瞳だった。エプロンを付けていたが、朝食の準備は殆ど零夜一人で終わらせていて、微妙な顔をしていた。冷蔵庫の当番表を見れば、其処には瞳と名前が書かれているからだ。

 

「帰ってきても、まだ寝てるみたいだったから作っちゃったよ」

 

苦笑交じりで零夜は答えた。彼の日課である早朝の走りこみと刀の修練、それを朝五時頃から行っているのだ。

 

「起こしてくれれば良いのに、零ちゃん最近忙しいんだから」

 

唇を尖らせ瞳が抗議する。その様子を見ながら、玲司は彼女の朝の決まりである、カフェオレを渡す。それを一口飲んでから、怪訝そうな顔を浮かべた彼女を確認してから、ガムシロップを渡す。チョッとした零夜の意地悪、コレもいつもの事である。

 

そんないつものやり取りを終えて二人で苦笑する。

 

「おっはよ~ござ~ま~す!」

 

バスタオルで髪をワシワシと拭きながら真琴が入ってきた。キャミトップにホットパンツ姿というラフな格好であるが、体に凹凸が乏しい為か全く色気を感じない。

 

「アイスミルクティー」

 

零夜の腕に胸を押し付けながら注文するが、押し付けても寂しい膨らみにもなってない膨らみに苦笑しながら零夜は返事をして、ミルクティーを作り始める。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

AM07:22

 

 

学校組みの朝食、身支度を終えて学校に出発する。

 

環の学校に置く荷物が多々ある為、美栄が無理やり荷物を零夜と武智に持たせている。程なくして学校に到着すると、零夜に環を任せ、真琴は部室に寄ると別れ、武智と美栄は一足先に教室に向かった。

 

 

 

職員室

 

 

「はい、確かに引率ご苦労様」

 

職員室の一角にて零夜は担任に環を会わせていた。先日此処に挨拶に来た話を道すがら聞いた。そして、担任と会うのは二度目だということも、同じクラスになったということも。聞かなくてもいいと思いながらも、環が勝手に話す事を止めもせず聞き流しながらここまで来ていた。

 

「んじゃ、俺はこれで・・・」

 

仏頂面で零夜は職員室を出て行こうとする。

 

「ちょっと待って、零夜君」

 

 

出て行こうとしたが呼び止められる。もちろん相手は担任だ。

 

同年代より少々身長が小さめな零夜と同じ、いや零夜よりは多少大きめの身長。ピッシリとしたスーツを着ている新任女性教師、高橋 雫(たかはし しずく)が少々不機嫌そうな顔でこちらを見ている。零夜の顔が更に不機嫌で歪む前に紙の束を差し出してきた。それにはびっしりと文字が羅列されている。

 

「学校始まって二週間で集まった君に対しての苦情・抗議文!」

 

週刊誌程の厚さの紙束をパラパラとめくりながら流し読みをする。どれも似たり寄ったりな文面に呆れながらとあるところまで移動する。無論この紙を処分するのだからシュレッダーだ。

 

ホチキスで留めてあるのも気にせず投入する。普通ならばホチキスの針を取り除かなければいけないが、この最新式のシュレッダーはホチキスの針は勿論、ディスク系統、空き缶程度なら金属すら易々と裁断して見せるのだ。

 

紙の束は、独特の機械音と共に千切りに変化していく。

 

「なんてことを!」

 

涙目になりながら、雫は零夜を後ろから怒鳴りつける。

 

「ざっと読んだ。くだらない事ばかりだし、いらないから捨てた」

 

そう告げて、零夜はさっさと職員室を後にした。そんなやり取りを見ながら環は零夜という人物が段々と分からなくなってきた。ただ、内と外では大分違う人間だということが分かった。

 

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

教室

 

 

暫く時間が経って、現在三時限目が終わった処であった。クラス朝礼から零夜は机に突っ伏して寝ていた。時折、担当教科の先生に起こされ、問題を解かされたりしたが、全てを即答しては元に戻っていた。この零夜の状態を環は武智と美栄に尋ねると「いつものこと」と返された。

 

「はい、皆席について~!」

 

手を鳴らし席に着くことを促しながら、雫が教室に入ってきた。

 

全員が席に着いた事を確認し、点呼。それが終わるといつの間にか零夜が教壇に立っている。

 

「そんじゃ、現代日本軍事の授業始めるぞ」

 

やる気の無い声に、それを体現したように眠そうな顔つきで頭を掻きながら、零夜が号令を促した。その合図にクラス委員が授業開始の挨拶を告げた。

 

 

「そんじゃ、一年からの何度も繰り返しになるので、掻い摘みながら簡単に復習と解説をしていきます」

 

チョークを握り黒板に日付を先ず書き記す。

 

「繰り返しなら受けても仕方ありませんよねぇ!」

 

クラスメイトからの野次が飛んでくる。

 

「いいよ、それなら授業点をあげない上に廊下に立つっていう特典もあげるよ」

 

野次に対して冷静に返す零夜。

 

「さて、法律の改正により、日本も自衛隊ではなく、軍隊を持つようになり。更には軍への就職参加年齢を十二歳まで引き下げ、通常の学校に通っていながらも特定の時間などに従軍し、緊急時には任務を受けて現地に向かうようになって十年近く経つ訳なんだが・・・こういう風になる原因となったのはなんだか分かる人?」

 

誰と無く答えるように零夜は促したが、誰も答えようとはしない。間違うのが嫌だというより、答えてなるものかという空気が全体的に流れている。

 

「ほいほ~い!」

 

そんな中一人手を上げた。それは武智であった。

 

「はい、武智君」

 

チョークで武智を指す。

 

「ロボット犯罪の増加で~す」

 

さも当然の如く武智は答えた。

 

「それは、正確ではないな」

 

零夜は武智の答えを聞いてから、一つ咳払いをして続けた。

 

「現代に於いて、エネルギー産業はビッグビジネスの一つなのだが、その中でも今注目されているのは、此処二十年ほどで発見されたエネルギー。NEOV(ノーヴ)を使ったモノだ。そして、約十年ほど前にコレを利用できるようになり、クリーン且つ物質的には小量なのに大量のエネルギーを保有しているコイツを欲する国は多々あるわけだ。だが、問題はそれなりにあって、地球では一部の限られた部分でしか見つからず、大量に発見される月に行くにも大分先進国じゃないと行けない訳だ」

 

ポリポリと頭を掻きながら、話を進めていく。

 

「という、エネルギー欲しさに産出国、研究国を襲うテロが増えたわけだ。その際に破壊された大型建築物を効率よく再建するために、人体外強化外骨格(エグゾクスオーバーアーマー)人体外強化外骨格が開発され、それをテロリストが使い、防ぐために更に強力で同じコンセプトのモノを開発し、鼬ごっこで今に至るわけだ」

 

そう言いながら、零夜はふと窓の外に視線を落とす。校庭に大きなトレーラーが侵入してきていた。「はて?」と思いながら様子を眺めていると、十人程の作業着を着た人間が降りてきて、教職員用昇降口と体育館に向かって小走りしている。そして、その人物達は補修工事とは程遠い物を腰に挿し、全員がボストンバックらしきものを所持していた。

 

「どうしたん、せんせ?」

 

ふざけ混じりで武智が尋ねてきた。

 

「・・・・」

 

武智の言葉など聞こえていない様子だった。ポケットの中から通信端末を取り出し弄る、そして、何かを確信したように顔を上げる。

 

「全員、机を固めてロッカー前に送れ、あと全部のカーテン閉めて待機。何があっても動かない事!」

 

そう言って零夜は自分のロッカーの中からスポーツバッグを取り出すと、教室から飛び出した。

 

ぽかんと暫しクラス中がした後、武智の説得により、零夜の指示をこなすのであった。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

教室を飛び出した零夜は、階段を何の迷いも無く飛び降りた。踊り場の手摺り中央まで落ちるように跳び、手を突くと方向を百八十度回転させ、下の階に階段に足を着くことなく着地する。そして、目当ての教室のドアを乱暴に開けた。

 

突然の乱入者に教室内が凍りつく。

 

「真琴ついて来い!」

 

ヅカヅカとシューズのゴムが床に叩きつけられる度に音を鳴らし、零夜は真琴の席の隣に立つとノートを取る為にシャープペンを握っていた右手を強引に掴み掛かる。

 

「コラ、清流!貴様が幾ら軍に属していると言っても・・・」

 

担当教科の教員が零夜を怒鳴りながら近づいてくる。大柄ながら国語教師で柔道部の顧問を担当している中年の教員だった。

 

そんな彼をゆっくりと見据えながら零夜は、軽く口を開く。

 

「・・・・・・」

 

とても小さな声で何かを呟いた。

 

「なんだ!」

 

零夜の態度がよほど気に入らなかった為、もう一度怒鳴りつけた。

 

「うるさい」

 

静かに零夜の口から吐き出された言葉は、とても冷たいものだった。

 

その言葉を発した瞬間、教員の頭にカッと血が上ったがそれからの行動よりも速く零夜が動いた。

 

教員の片腕を掴みそのまま後ろへ抜けて腕を捩じ上げながら床に叩き伏せた。物凄い叩きつけられる音を聞いた生徒達の顔が歪んだ。教員の呻き声が、ざわつく教室中であっても確りと響いた。

 

「清流・・・お前こんな事して・・・」

 

零夜を床に伏せたまま睨み付けてくる。

 

「・・・こっちは忙しいんだ、黙ってくれる?」

 

これ以上の問答は要らないと言う様に、教員の米噛みに黒い拳銃を押し付けた。それは、とあるゲームをプレイしたことがある者なら見覚えのある拳銃ベレッタM92であった。

 

「・・・こ、こんな!」

 

教員が大声を上げた瞬間だった。

 

 

 

―――バン、バン、バン

 

 

 

三発の炸裂音が響いた。ベレッタの銃口からは、薄い煙が昇り、床に小さな穴が三つ開いていた。

 

「あんた俺のこと嫌いなのは知ってるけど、これ以上口きくなら本当に頭に穴空けてあげるよ?」

 

冷やかな声色でそう伝えた。目に灯るのは決意の炎等ではなく、冷酷な殺意に近い感情であった。

 

「・・・・・・」

 

無抵抗を選んだ教員は、自分の体裁などもう微塵も取り繕うことも無く、『コクコク』と頷いて見せた。

 

それを確認すると、零夜はスッと立ち上がり、拳銃を脇のガンホルダーに仕舞う。

 

「無駄に時間を使った、行くよ!」

 

真琴の手首を掴み零夜は教室を飛び出した。零夜の行動に驚き、引っ張られながらついて行く真琴だったが、三年生の教室がある上の階に行く階段の踊り場でその手を振り解いた。

 

「待ってよお兄ちゃん。何がなんだかわかんないよ!」

 

そう真琴が怒鳴ると零夜は立ち止まって、ヤレヤレと言いたげに溜息を一つ吐くと窓の外を指差した。其処には繋ぎを着た男達と大きな幌トラックが校庭に居た。

 

「今週の予定には、工事関連の人間が来ることはない。急遽の予定も入ってない」

 

数人の作業員達が体育館の周りを囲み立ち始めた。それを見て零夜は「ヤバイな・・・」とボソリと呟いた。

 

「とにかく、急ぐよ。俺の勘違いで済めば一番だから」

 

教室に零夜が戻ると指示通りにカーテンは暗幕まで閉められ、机は一まとめに教室の中央後方へ送られていた。

 

「よし、ちゃんと動いたな」

 

教室の様子を眺めながら、掃除用具いれへ近づく。掃除用具いれの戸を開きながら、中をしげしげと見まわず。

 

「・・・あと、十人ほどでパントリー行ってこい。今日はカレーの筈だから弁当とカレー2クラス分、あと食器も持って来い」

 

掃除用具いれの中に何かを見つけたのか、底をゴソゴソと弄っている。

 

「なんで、お前の!」

 

クラスの男子生徒が毒づいた。その言葉に零夜は鋭い視線を飛ばしたが、直ぐに頭を振った。

 

「やれやれ、説明が・・・」

 

呆れ気味に理由を口にしようと立ち上がり向きを直したところだった。

 

『緊急全校集会を行います。全生徒、職員は体育館に集合してください。繰り返し―――』

 

スピーカーから放送が流れた。唐突なその放送に、周りの教室からブーイングのような声が漏れ出している。

 

「えっと・・・じゃあとりあえず・・・」

 

戸惑いながらも、雫は生徒たちに指示を出そうとしていると、それを察したのかクラス委員達が動き始める。

 

「行く必要はない」

 

そんな状況を直ぐに止めるよう零夜は冷たく言い放った。玲司を見る人物たちの目に映ったのは、冷たい表情の零夜だった。くだらないと一言吐き捨てながら、用具いれに向きを直した。

 

「お前何様なんだよ!」

 

先ほど零夜に突っかかっていたクラスメイトが零夜の胸倉を強引に掴み、用具入れに背中から叩きつけた。背中に衝撃を受けても零夜は顔色一つ変えず、いや、むしろさらに冷たい瞳で相手を見据えた。

 

そのことが気に食わず、顔を怒りに一層歪め息を荒くしている。

 

「俺の事なんて如何だって良いけど・・・今の放送、誰先生だ?」

 

その問い掛けが波紋を呼んだ。

 

クラス中が顔を顰めだしたのだ。

 

「校長でも教頭でもないだろう?今年来た新任だとして、何でそんな役目を負う必要がある?」

 

零夜の言葉に顔から一瞬怒りが消えたが、再び怒りに顔を戻すクラスメイト。

 

「だから、何だってんだよ!」

 

零夜の言葉に対して明確な答えが見つからなかったのか、それより零夜の答えになってない答えが気に食わなかったのか、ただ怒りを拳にして思い切り後ろに振りかぶった。

 

「やめとけって」

 

振り下ろされる寸前の腕を後ろから武智が抑えた。

 

「・・・」

 

武智を睨みつけてから、バツが悪そうに拳をポケットに仕舞い込み教室の隅に移動していった。

 

「教壇周りから退()いておけ、危ないから」

 

零夜が手をひらひらと振って指示をしてから、然程間を置かずに教壇の一部が「バカリ」という音を上げて開き、黒板の底辺も僅かに開いた。

 

「さて・・・俺のことが気に食わないならそれでいいが、俺に怒るのは俺の予測が見当違いであってからにしてほしいんだ」

 

まるで宗教の演説のように、悠々と歩きながら言葉をばら撒く零夜。そして、開いた教壇の部分に達する。

 

「そこで、だ」

 

開口部に手を突っ込み平たいビニールパッケージを取り出す。

 

「クラス委員と先生、あと志願者には、アサルトスーツに着替えて欲しいんだけど?」

 

笑みを浮かべた問い掛けには、抗い難い力が込められている気がした。

 

「俺は着るぜ」

 

間を置かず立候補したのは武智だった。

 

「私たちも着ておくわ」

 

そう言葉を発したのは美栄だった。その両腕は環と真琴の肩をしっかりと抱いている。

 

その様子を見ながら零夜は顔を顰めた。

 

「あなたの指示に従った方が良いことは分かってるわ。それに貴方が守ってくれるんでしょ?」

 

美栄の言葉に観念した。と、言うように一つ重いため息を吐く。そして、「他の奴は着るのか?」と聞くように視線を送ったが、誰もが首と手を勢いよく振って答えた。

 

「じゃあ、早速裸になれ」

 

そう言って人数分のスーツパックを観察台に乗せると零夜は詰襟とワイシャツ脱ぎ捨てた。

 

「は、裸って!更衣室使って良いんだよね?」

 

零夜の言葉に一番に反応したのは、雫だった。耳を真っ赤に染めながら手をバタバタと振り回している。

 

「俺が居なくても着替えられるなら良いけど?どうせ教員資格試験の時なんて流してるんだろ?」

 

その言葉は核心を突いたようだった。赤い顔が一気に青に変わり、グサッと矢が刺さったように見えた。

 

「男子女子半々でカーテン使って壁になって頂戴。どっちだろうと覗いたと分かった人はウチの会社の力で社会から抹消してもらうわ」

 

サラリと恐ろしい事を美栄は言いながら、セーラー服のリボンに手を掛けた。軽く視線を強めクラスメイト達に壁を作るように促すと、あわてた様子で壁を作り始めた。

 

「それじゃ、どうやって着るのかしら?」

 

壁が出来上がった頃には、美栄は既に下着姿になっており、雫と環、真琴を含む女子メンバーは未だにシャツすら脱いでいない。

 

「犬に噛まれたと思えば良いんだよ、それに非常時知識は覚えといて損はないし!」

 

豪快にケラケラと笑っている武智は、女子たちとは逆にスパーンと臆面もなく全裸になった為、少しは恥ずかしがれと腰にタオルを巻かれていた。

 

「それじゃ、先ずはパックを開けるんだ」

 

着付けの為に零夜は既に全裸になっていて、パックを開けてみせる。

 

空気の抜けた風船のような状態のスーツを見せる。

 

「先ずはネックガードにもなってる金具を持って足を入れるんだ」

 

二つの金具を持ちながら、零夜は足を中に入れた。スーツ自体は特殊な合成素材で出来ている。そして、中に入っているのはメインスーツとガーターナックルである。

 

「なんか、ネチャネチャ音してるんだけど?」

 

奇妙なものを見るような視線で雫が訴えてきた。

 

「保護剤だ。そのまま詰めると時間経過で劣化するから特殊な保護剤と一緒に詰めるんだ」

 

伸びきったビニール袋の様なスーツに零夜は片足づつ入れ込み、体を這わせながらスーツを固定する。装着されたスーツは弛んでとても身を守るものには見えない。

 

「見たことアンのとは違うなぁ」

 

ポツリと武智がつぶやいた。

 

「そうだな、ここまで着たら、ちょうど後ろぐらいにスイッチがある。これを押すと・・・」

 

零夜は首の後ろに手を回すとボタンを押し込む。『カチリ』と音が聞こえると弛んだスーツは一瞬にして体に密着する。

 

「あの・・・零夜君・・・」

 

体を縮こまらせ、下着姿を正面からは分からない様ブラウスで隠しながら、雫が尋ねてきた。

 

「やっぱり、下着脱がなきゃだめかな?」

 

まだ諦め切れない様子で聞いてくる。それに対して零夜は一つため息を吐いて、面倒そうに口を開く。

 

「このスーツは着用前提として全裸であること、着用しての装着は出来ないことはないけど、着用時に下着を着けていると下着が浮き出るのと最大限の機能が発揮されない場合があることを考慮して全裸着用なんだ」

 

簡単な説明とガーターガントレットの装着方法を説明しながら零夜はスポーツバッグの中に忍ばせていた、太腿に巻くタイプのガンホルダーと先程、真琴の前で使っていたベレッタを取り出す。

 

「あの、零夜君・・・。」

 

遮りの外から気弱そうなクラスメイトが声を掛けてきた。壁の隙間から零夜が相手の確認をすると見た目の印象から臆病な小動物を髣髴とさせる。

 

「何かあったか?」

 

壁になっているクラスメイトたちの間を抜けながら、零夜は尋ねた。話しかけて来た方へは一切顔を向けず。黒板へ向かい、裏を確認する。

 

「あの・・・多分、移動してないのはココだけだと、思う」

 

零夜は黒板の後ろにある何やら機材らしきものを弄っている。その言葉に対しては軽く「ふぅん」と頷いただけだった。クラスメイトは零夜の顔を見ると、チラリと自分の方を見てから話を続けろと言いたげに少しの間じっと視線だけで見つめた。

 

「えと、放送が少し前から・・・あの・・・この、クラスだけ指定してるのに変わったよ」

 

おどおどとした口調での報告を聞いてから、「ふん」と一つ頷き、次には「給食の方は?」と機械のように何一つ他に興味を持たないという様に聞いてきた。

 

「まだ、戻ってきてないよ。・・・でも、ちゃんと行ったと・・・思う」

 

頼まれた当人でも監督でもないので、最後は自信無さ気に消えるような、か細い声になってしまう。

 

「わかった、ありがとう。たすか・・・」

 

「零ぃ!こっち来て!」

 

零夜の言葉を遮るように、美栄の大声が響いてきた。その言葉に一つため息を吐いて、軽くクラスメイトに「困ったな」と言いたげな微苦笑を見せると遮りの向こうへと歩き出す。

 

「そうだ」

 

遮りの先に消える前に零夜は振り返り、

 

「パソコンの電源を入れておいてくれ」

 

一言残して遮りの中に入ってしまった。

 

(普段は黙ってるか、怒ってるのに・・・)

 

零夜のいつもとは違う様子に、クラスメイトは驚き少々戸惑った。

 

遮りを抜けると、スーツを何とか身に纏ったクラスメイト達が居る。しかし、女子メンバーは、前をシャツで隠している。

 

「・・・」

 

じとっと中を見回し、何かを訴えたい様な顔をしている女子たちを見て一言。

 

「下着ぐらい片付けた方が・・・」

 

零夜が口を開くと

 

「んな事、後にしとけ!」

 

美栄の何処から取り出したか分からないハリセンで顔面上半分を叩かれる。

 

叩かれた部分を摩りながら、零夜は言ってみろと言いたげに視線を送った。その視線にはハリセンに相当な威力があったのか、少し涙が浮かんでいる。

 

「・・・ピッチリしすぎてるのよ・・・コレ・・・」

 

美栄らしくない細い声で零夜の耳元で囁いた。

 

「何で小声なんだ?」

 

不可思議な顔をして美栄に一言。グラビアで大分布面積の少ないビキニ着たこと有るだろと言いたかった。だが、美栄はこちらを睨み付けて一切喋ろうとしない。

 

「上から服着ればいいじゃん」

 

その言葉に愕然とした表情で美栄は固まった。

 

「ま、何でも良いが壁やってくれてる奴らが大変だから、さっさとしてくれ。あとはなるべく上着だけにしとけ動きやすさの為に、な」

 

そういって零夜はさっさと壁の外へと出て行ってしまう。

 

壁の外に出て、パソコンの方を見やると丁度自動起動ソフトも含めすべて立ち上がったところだった。

 

「丁度良かったな、ありがとう」

 

クラスメイトに礼を簡単に言って、パソコンの席へつく。

 

「うぅん・・・コレくらいしか出来ないし・・・」

 

パソコンの中に入っているソフトを開く。そのソフトは通常学生では開くことの出来ない起動時にパスワードを必要とするモノである。

 

「ん・・・コレで大丈夫、か・・・」

 

ソフトを起動し終えると、今度は黒板の裏を調べ始める。

 

「其処には、何が・・・」

 

後ろから尋ねられる。チラリと見やると先程のクラスメイトだ。

 

「ん、見たいか?」

 

少々意地悪ぽく零夜は尋ねた。普段学校では不機嫌な顔しか見せていないので、その表情を間近で見たクラスメイトは顔には出さなかったが、驚いた。

 

「・・・うん」

 

驚きをなるべく表に出さない様に、ゆっくりと頷いた。

 

「そうか」

 

零夜は黒板を完全に開いて見せた。黒板は音も無く開いて天井と平行線に並んだ。今まで黒板があった位置に見える収納スペースには普段なら間近で見ることは、ほぼ皆無な物が綺麗に陳列されていた。

 

「良く見ておけ近藤。中学以上且つ、学生軍人が四人以上居る学校では非常時用武装が特定の場所に設置されてるんだ」

 

「はひっ!」

 

零夜が言い終わってから少ししてからクラスメイトは反応した。まるで何かに弾かれたような驚いたに近い反応を見せた。

 

「ぅん・・・名前間違ったか?」

 

アゴに指を当て記憶の中でクラスメイトの名簿を思い出す零夜。そんな途中でクラスメイトは手をブンブンと振って間違ってないと慌てながら言った。

 

「清流君に名前、っていうか・・・ちゃんと呼ばれたの、初めてだったから・・・」

 

俯いて恥ずかしそうに呟く近藤を不思議に思いながらも、零夜は必要な装備をラックの中から取り外していた。

 

取り出したのはインカムを九機、グロックを九丁、P90サブマシンガンを四丁、TARを四丁、それとイサカM37を一丁、レッド、オレンジ、ブルー、イエローのケースをそれぞれ一つずつ取り出す。

 

「お、カッコイイ」

 

取り出し、床に置いた銃火器をいつの間にか武智が嬉しそうに眺めていた。

 

「ハンドガンとマシンガンかライフルを持っておけ。あと、誰か一人はショットガンだ。使い方は全員の装備が決まったら教える」

 

零夜は着替えたメンバーが装備を見ている合間に、ベルトキットとハーネスを装着し各所にナイフを装着していく。

 

「取り敢えず、ハンドガンは人数分あるのね?」

 

マガジンが装填されていないグロックを美栄はスライドカバーを引きながら動作確認、もとい弄り回していた。

 

「そうだ。ほかの武装もあるが、弾数を考えるとこんなもんが妥当だろう。」

 

あーだ、こーだ、と議論しているクラスメイト達を尻目に零夜はインカムを取り付け、スーツが収納されていたところからジャケットを取り出す。肘程度程の袖と短い裾の灰色ジャケットを羽織り、アーミーブーツを履く。そして、最後にスポーツバックの中から、ベルトキットと全長およそ六十センチ程の黒塗りの鞘に収められた短刀を二本取り出し腰に挿す。

 

「零夜」

 

武智がP90を握りながら声を掛けてきた。各々が武器を選び終わったらしく、それぞれハンドガンとも一丁銃を握っている。

 

「おう」

 

短く返事を返し、銃の使い方をレクチャーする。幸い武智が飲み込みが早く、直ぐに扱いを理解した後、零夜と一緒に他のメンバーに教え、始終雫は半泣きで「何でこんなことに・・・」と呟いている。

 

そして、

 

「俺はこれから支部と連絡取ってくる。俺が戻るまで絶対教室に誰も入れるなよ?」

 

語尾を強めて念を押す零夜。その言葉に「?」とクラス中が首を傾げた。

 

「ケータイで連絡取れば良いじゃん」

 

そう武智が言ってポケットから携帯電話を取り出した。本来持ち込みは原則規則違反になっていて、雫がそれを止めようと一瞬声を出そうとしたがそれをやめた。

 

「ん?」

 

電話のディスプレイに映るのは圏外の二文字だった。

 

「通じないだろ?」

 

半ば呆れ気味に零夜は言った。

 

「妨害されてるんだよ、だから俺が連絡取りに行ってくる」

 

そう、気だるげに呟く様に口から言葉を吐き捨てると頭だけ廊下へ出して左右を確認する。

 

「待てよ!」

 

クラスメイトが強く声をかけた。その言葉に零夜は頭を掻きながら、溜息を吐き振り向いた。

 

「まさか外に呼びに行くとか言わないよな?」

 

その言葉に呆れてまた溜息を一つ。

 

「戦闘経験も無いド素人置いて、外にいけるわけ無いだろうが。非常回線が軍属には教えられてんの、それで連絡取るんだよ」

 

少々語尾が強くなってきている。零夜としてはいち早くこの状況を打開したいのだろうが、なかなか邪魔されて進まない事に苛付いてきていた。これ以上険悪になるのは好ましくないと、武智が「早く助け呼んでくれよ?」と冗談口調で零夜を送り出した。そのやり取りは、他人がなんとなく入り込めないような合間で行われ、零夜は廊下へ出ていった。

 

「さて、素人なりに頑張ろうや?」

 

軽い調子で武智は手に握ったP90の銃口を天井に向け構えたまま。教室の廊下側壁に背中をつける。この状況に於いても邪気も緊張も感じさせない武智にすっかり怒気を抜かれていた。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

なるべく姿勢を低く、壁に背中をつけながら零夜は移動していた。

 

一度階段を上り三階へ向かってから、また降りていた。高い場所から体育館を確認すると人数こそ変わっていなかったが、二階の外周廊下に立っている人物達がバラつきはあるが決められた方向を警戒していた。

 

そんなことを思い返しながら、移動していると目的地に着いていた。其処は生徒は普段立ち入らず、教職員の殆ども立ち入らないであろう場所、校長室であった。

 

ドアノブに手を掛けると鍵が掛かっている。当然なのだが、鍵が掛かっていることに落胆する。

 

「やれやれ・・・」

 

溜息をつきながら、ホルダーから銃を抜くと一応持ってきていた消音器(サプレツサー)を銃口にセットする。

 

「開けとかないのが・・・悪いんだからな!」

 

キーシリンダーに一発発砲。シリンダーに穴が開いたのを確認してドアノブを回す。手応えの無い回転のあと、呆気なく扉が開く。

 

校長室に入り、念のため扉にワイヤーを巻きつけ、固定し、立派な執務用の机へと移動する。ローラー付きの革椅子を退かし、床につけられている格納式コンセントを掴み引き上げた。其処にはプラグジャックがついていた。

 

「さて、壊れてなけりゃ良いけど・・・」

 

プラグジャックと通信機を繋ぐ。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 

 

日本軍極東支部   中央司令室

 

 

最大三十人体制でオペレートする中央司令室は正面に大型モニターと三列になっていて、オペレーター席が段々になっている。そして一番高い場所にある総司令席で羊羹を食べながら玉露を啜っている壮年の人物がいる。身に着けている軍服を階級が理解できる者が見れば分かるであろう。その階級は准将のモノである。

 

この人物が、日本軍極東支部支部長 矢島 幸三(やしま こうぞう) である。

 

目の前のシート備え付けモニターの前にはポータブルDVDプレイヤーを置き『美栄全国ツアー夏の陣』とタイトルつけられた映像を再生している

 

「支部長、零夜君から非常回線にて通信が入ってます」

 

支部長席の直ぐ下に位置している三つオペレーター席の内一つに座っていたオペレーターがインカムを指差しながら直接呼びかけてきていた。

 

「ふぅん、珍しいな非常回線とは・・・」

 

映像を止めて、通信を繋ぐ様に手で合図を送り、黒い通信用受話器を取った。

 

『すみません、支部長。異常事態が起きたので連絡しました』

 

通信の向こうから聞こえる零夜の声は何処となく焦っているように聞こえた。任務中の非常時であっても声色を殆ど変えない零夜の声が変化しているのを珍しく思いながら、一口玉露を啜った。

 

「話してみなさい」

 

急かす訳でも、のんびりとでもなく事態を尋ねた。

 

『はい、本日一一四〇(ヒトヒトヨンマル)を過ぎた辺りに予定にない工事関係者が校庭内に大型トラック一台を伴って進入。目視した人数はおよそ二十。通常回線がダウンしていたため連絡しました』

 

ふぅむ、と唸りに近い声を出しながら幸三は思考を巡らせた。そして、指で二、三度トントンと米神を叩くともう一度短い唸りのような声をあげる。

 

「よろしい、責任はこちらで取ろう」

 

オペレーターに手配せで合図を送る。

 

「好きにやりたまえ、チーム全員とフル装備、あとメインを君の分と副長君の判断で()()()()()送ろう」

 

零夜の反応を楽しむように、ニヤニヤと笑いながら告げる。通信の奥で零夜が息を呑む声が聞こえたような気がする。

 

『・・・しかし、それでは少しオーバーかと』

 

少々零夜の困惑した声が聞こえる。それを聞いて楽しそうに幸三は顔を歪めると、別回線を開く様コンパネを叩く。

 

「零夜、いつも言っているだろう。一番良いのは万事に対処出来る様動かして、取り越し苦労なら一番良いと」

 

その言葉に観念したような溜息が一つ聞こえると、「直ぐに救援を送る」と一言告げ、零夜との回線を切り、新たな回線を開く。回線を開いた先は零番特殊部隊と通信モニターの端に表示されていた。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

支部との通信を終えた後、零夜は放送室に向かった。

 

雑然と置かれた放送機材を片付けながら、委員会が集まって使う多目的スペースに乱雑に格納された中から発掘した機材の中から、野外用の通信ケーブルを取り出し、アクリルガラス越しの放送スペースに設置してある機材に繋ぐ。

 

「さて、と・・・」

 

ケーブルを流しながら教室へと向かう。大分時間を取られたと時計を見ると十分程片付けに使っていた。

 

 

 

教室の前まで来ると、念のためにケーブルの残量を確認する。約三割ほど消費していた。十分な量は残っているうえ順調だと思いながら片隅で、断線していないかと懸念しながら教室の扉の脇にそっとケーブルの巻尺を置いて、扉に手を掛ける。

 

「ただいま」

 

教室の扉を開けて中に入る。確か武智が警戒していた筈だが、と思いながら教室の扉を潜った時だった。

 

――――ジャコ

 

零夜の米神に冷たい感覚が走った。

 

目の前にはクラスメイト達が一塊になって、両手を頭に付けていた。零夜が用意した武装のすべては一塊になって教卓の上に置かれている。

 

ゆっくりと横目を使いながら、零夜は冷たい何かを押し付けている相手の方を見る。息を荒げながら中年男が拳銃を突きつけている。その見えた顔中には蚊にでも刺されたような赤い斑点が浮き上がっている。

 

「いやぁ・・・悪い・・・抵抗できなかった」

 

情けなく武智が笑っていた。

 

(ふぅむ・・・武装させても素人では足止めすら無理か)

 

などと考えていると、銃口で米神を小突かれた。

 

「おい、武装を外せ!」

 

銃口を向けたまま指示してきた。どうやら最低限の事ぐらいは教えられているなと思いながら零夜はガンホルダーに手を伸ばした。

 

「待て!」

 

零夜が行動を開始しようとすると制止され、ムスっとしながらも顔を見られないように動きを止めた。

 

「背中を向けて外せ!」

 

その言葉に一つ小さな溜息を吐いて、男に背中を向けた。そして、一言「よし」と聞こえると再び装備を外し始めた。一通り装備を外し終わると、今度は両手を頭に付けてグルグルと回らされた。装備している物など強化スーツしかないのだが、念入りに零夜を見て、また「よし」と言いスーツを脱ぐように急かされた。

 

「そうそう、こんなことしたってどうせ直ぐにけりつくと思うよ?」

 

スーツの留め具になっているネックガードに手を掛けながら零夜は呆れたように言った。首の真後ろに有るボタンを押せば直ぐに器具が外れて脱げるのだがわざと手間取っているように、カチャカチャと金属音を立てる。

 

カキンとボタンが深く押し込まれる音が静かに響いた。ズルリと留め具の外れたスーツが腰の辺りまでずり落ちる。

 

「後ろにも警戒してないと寝首かかれるよ?」

 

悪意の篭った零夜の笑顔を見て、男は顔に嫌悪を浮かべ直ぐに後ろを振り返った。カーテンで外を隔離した窓には何の変哲も無かった。だが、男は直感的で窓に気配を感じ銃を構えながら近づく。

 

「単独ってのは、残念だったねぇ・・・」

 

零夜は誰にも気付かれないほど小さな声で呟いた。

 

ガダン―――と教室前後の両扉が音を立てて吹き飛ばされた。その音に驚き身を縮こまらせる生徒達、音に驚きながらも男は音の方へと振り返った。

 

「残念だがチェックメイトな?」

 

細身の男が、振り向き途中だった犯罪者の男の首筋にナイフを当て、拳銃のスライドカバーをガッチリと掴んでいる。そして、銀髪の女が後頭部に拳銃を押し当てていた。

 

「さて、形勢逆転だな?」

 

怪しく零夜が笑みを浮かべると、スーツはズルリとすべて落ちた。

 

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

時間にして十分ほど過ぎたであろうか、クラスをほんの僅かな時間占領していた男は、あっさりと気絶させられ、教室の隅に拘束された。そして、新たな侵入者二人の自己紹介が終わって給食を食べていた。

 

「ふ~ん、零夜の同僚の豊住 幸男(とよすみ ゆきお)さんと、フィオナ・ヴぁ~・・・」

 

カレーを掬っていたスプーンの手を止めて二人の名前を武智は読んだが、まだ覚えきれていない為か、覚える気がないのか途中で迷うように言葉を伸ばしていた。

 

「ヴァーレン・H(ホルスト)・緋月」

 

短く次の言葉を零夜が続けた。

 

因みに零夜の格好は仲間の二人が持ってきた軍で正規採用されている戦闘スーツを着込み、装備も先よりも攻撃的になりバッグに入れていた短刀を二振り腰に挿している。

 

カレーにがっついている二人をまじまじと武智は見た。まぁ、彼以外の人物も注視しているのだが。

 

男の方は、身長が180cm前後。がっしりとした筋肉で全身が覆われていて、白と黒の入り混じった短髪に無精ひげを生やした精悍な顔立ち、腰の両脇にガンホルダー、後ろに二本のナイフを挿している。そして、個人の趣味なのであろう強化合成素材で出来ているであろうガントレットを填めている。

 

女の方は身長170cm前後。アッシュブロンドの髪を後ろにポニーテールでまとめている。顔立ちは外人顔で零夜に聞いたところによるとロシア人と日本人のハーフらしく、何処と無く日本人面影が漂っている。体つきはとてもバランスが取れていて、メリハリの付いた体型に「すげぇ・・・」と一部の男子から声が漏れているほどだ。そして、腰にスコーピオンを一丁備え付けている。二人は最低限の装備は外さないといって先の武装はつけていて、教卓の上には二人が持ってきた二丁のタボールが置かれている。

 

「さて、今後の話だが・・・」

 

零夜はタブレットに学校の見取り図を展開する。

 

「屋上に福町が待機してる」

 

幸男が見取り図の屋上に書かれている貯水タンクを指差す。

 

「ここに居たテロリストを一人排除したんだったよな」

 

確認のために零夜が一言言うと

 

『その通りです零夜』

 

耳に付けている軍用の通信機に福町の声が響いた。

 

福町 長平(ふくまち ちょうへい) 零夜の所属する部隊の副隊長で、隊の中で狙撃兵を担当している。細身で短髪のメガネを掛けた好青年あり、隊の中で指揮系統の要も担っている。

 

聞こえた声に安堵を覚えつつ、タブレットを今度は体育館から校舎に阻まれ見えない道路を中心に映し

 

「ここに香織と利夫が待機してるんだな?」

 

確認に指差すと

 

『は~い』

 

『その通り』

 

と、返事が返ってくる。

 

但馬 香織(たじま かおり) 零夜の属する隊の通信士でありこういう火急の時意外では基地の外には出ない。今回は移動拠点のために出張ってきている。

志藤 利夫(しとう としお) 零夜の属する隊の中で幸男と同期で古株である。主に後方支援を得意とする彼は今回学校の外で非常待機している。

 

その声を聞き「フン」と嬉しそうに零夜が鼻を鳴らし、地図の中心を体育館に移した。

 

「さて、始めますか」

 

零夜の一言を受けて幸男とフィオナは唇を拭った。

 

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

 

体育館に繋がる連絡通路の校舎側に零夜は立っていた。武装は一切解除せずに両手を挙げている。

 

ゆっくりと歩みを進める零夜を四つの銃口が狙いを定める。

 

『武装はAKですね、スコープとレーザーサイト両方装備してますよ』

 

屋上に張っている福町からの通信が聞こえる。スコープは如何だか分からないが、自分の腹に四つの赤い点が昼間なのに付いていることから余程高性能なレーザーサイトが使われていることぐらいは分かる。

 

無表情のまま一歩、一歩とゆっくり歩みを進める。連絡通路を半分ほど過ぎると武装した男達は体育館の入り口を開けて、下にいる二人が零夜の側面に移動する。

 

『なるべく早く行きます・・・ご武運を・・・』

 

福町からの通信が途絶える。

 

開かれた入り口をゆっくりと潜る。

 

即座に入り口は閉ざされてしまった。中は一階、二階ともに暗幕が下ろされ窓の端から漏れるように入る日の光と一部光が灯った水銀灯が光源で薄暗くなっている。中央に学校関係者が集められ、その周りを覆面で顔を隠した八人の武装集団が囲っている

 

「良く来たね、死神さん?」

 

その中でも、ステージに立っていた男が零夜に声をかけてきた。他の者達と武装は変わらないが、武器に手を掛けていなかった。

 

視線を鋭くしながら、零夜はゆっくりと腋のガンホルダーに手を伸ばす。その行為を見ながら警戒し、銃を構えるが相手は一向に撃ってこない。

 

銃のグリップに手が掛かる。

 

グリップを握り、引き金(トリガー)に指を掛ける。

 

「其処までにしておいたほうが良い」

 

引き抜く寸前で止められた。もっと手前で止められるかと思ったが。このタイミングで止めるという事は、こちらが本気で撃つ気が無いことを確信した上に狙いを付けられてからどの様な行動をするかで、人質すら無視して制圧する可能性を見抜いたからだろう。

 

諦めたように、手を放すとガンホルダーのベルトを外し、ゆっくりと床に置いた。そして、一つ溜息を吐いて、目の力を抜いた。

 

「最初から電撃作戦で来れば、俺達を止められたんじゃないか?」

 

テロリストが気を抜くようにゆっくりとした口調で尋ねてくる。

 

「犠牲厭わないなら、最初からそうしたけど・・・なるべく犠牲出さずにクラスの連中の安全も確保しなきゃだったからなぁ」

 

気だるそうに零夜は答えた。周囲の様子は零夜へ向けた銃口が下へと下がってきている。張り詰めていた緊張が少しずつ緩んでいる。

 

「外の仲間と連絡取れれば簡単だったんだけど・・・篭城しても無駄そうだったからねぇ」

 

苦笑しながら零夜は続けた。

 

その言葉に武装集団の顔がほんの少し緩んだ。

 

 

 

 

――――ガシャン

 

 

 

 

暗幕の一部から少しの光が差し込んできた。

 

「鵜呑みに話聞くとは馬鹿だねぇ」

 

驚いて上を見上げ悲鳴にも似た声とざわつきが起こる中、消えるようにポツリと零夜は一言呟いた。

 

 

 

 

――――パシュン

 

 

 

 

小さな音が聞こえた瞬間に体育館内は眼前が真っ白に染まるほどの光に包まれ、それから逃れようと目の前に手を翳した瞬間に、今度は耳に突き刺さるような音が襲ってくる。鼓膜が破れそうな音を逃れるために耳を塞ぐがそれをも無視して音は入り込んでくる。

 

その最中、二階の窓ガラスを突き破り二つの陰が侵入する。

 

無論、幸男とフィオナだ。二人は侵入すると携帯していたタボールをテロリスト達に撃ち込み無力化していく。

 

その間に零夜はパニック状態の生徒達の内、何人かに無理やり自分を認識させて、周りの生徒も連れて体育館から出て行くように促す。悲鳴にも似た声を上げながら零夜が指示した生徒は周りの生徒の手を繋いでノロノロと出口に向かって移動を始めた。

 

生徒の約半分程が逃げ出したところで、零夜がテロリストを確認すると幸男とフィオナが拘束を始めていた。

 

「お前らどうせ終わりだ!」

 

視界が潰れ、肩と太腿から血を流しているテロリストが喚いているのを聞いて、呆れながら盛大な溜息を吐いて近寄る。

 

「全員殺ろぉ、ぶへっ!」

 

テロリストのアゴを零夜は思い切り蹴飛ばす。歯が数本抜け落ち口から血を流しテロリストは気絶した。ヤレヤレと思いながら「はて」と首をかしげた。そういえば外のトラックはどうなったのかと。

 

『零夜、スグ其処から離れてください!』

 

福町の声が耳を叩いた。

 

『トラックの積荷、やはりSBFです!起動してます!』

 

体育館の日差しが遮られ黒い影が半分ほど体育館を飲み込んでいる。

 

「利夫は!」

 

耳に填めている通信機を押さえながら零夜は怒鳴り声を上げる。

 

『起動してます。ですが、生徒達の避難が終わらないと二次被害が!』

 

そう言われて出入り口へ目をやると、まだ少数の生徒が残っている。

 

「てめぇら!何行儀良く出入り口使ってんだ!横窓も使ってとっとと学校の敷地内から出ろ!」

 

零夜の怒鳴り声が響くが、それ以上に大きな音と揺れが生徒達を襲いパニックを煽った。揺れの原因を突き止めるべく周りを見ると体育館の天井を突き破って巨大な機械の腕が侵入してきている。

 

「幸男!」

 

零夜の呼び声が倒壊しつつある体育館に響く。

 

『あと三分だ、避難が遅いもっと訓練強化が必要だな』

 

通信の声に混じって舌打ちが聞こえてくる。

 

「フィオナ!」

 

『コッチも誘導で手一杯。でも、相手さんは貴方に夢中みたいよ!』

 

フィオナの通信の向こうから生徒達の悲鳴が聞こえてくる。それに「喧しい!」とフィオナの怒鳴り上げている。

 

「俺に夢中ね・・・」

 

腕と穴の隙間から見える機械の頭と目が合った。腕は零夜を目指してどんどん侵入してくる。それを見据えながら零夜は出口と逆方向に走り出す。

 

「鬼さんこちぃらぁ!」

 

右手に拳銃を握り、腕に向かって乱射する。キンキンと音を立て、火花を散らしながら零夜の撃った弾丸は弾かれる。だが、零夜の思ったとおりに腕はついてきた。零夜がこんな事をしなくともついてきたかも知れないが、自分の存在をアピールするのは他に目を向かわせない為に重要だと、頭の隅で考える。

 

ステージの方に向かって全力で駆ける。右手に握っていた拳銃の弾丸を撃ち尽し、ホルダーに収める。次に左手で銃を抜き取り非常口にもなっている側面ドアの窓に銃弾を打ち込む。三発目を撃ちこみ終ると窓ガラスが弾け割れる。なるべくガラスを残さないように弾丸を撃ち込み終わると、目の前に機械の手が壁の如く進路を遮る。機械の体が半分以上体育館を無理やり破壊しながら侵入している。

 

捕まええようとする手が零夜を包み込むように握られていく。それをすんでの処で手と手首の隙間に体を滑らせ辛くも逃げ延びる。だが、脱出出来て確認した背後にはもう次の手が迫っている。

 

『伏せろ、零夜あぁぁぁぁぁ!』

 

通信とは別に、体育館の外から空気を震わす男の叫び声が響いた。

 

 

 

―――ガギィィィンン

 

 

 

機械の体はあらぬ方向へ吹き飛んだ。

 

 

そのままバランスの崩れた鋼の体は体育館の半分以上を下敷きにして倒れた。半分だけ何とか残った体育館を見ながら、「新たに建設した方が早いか?」などと思いつつ零夜は吹き飛んだ機体と反対側を見る。日の光の関係で姿はほぼ陰になっているが見間違う筈がない。日本軍で正規採用されている現在の日本正規採用人体外強化外骨格、通称・略称SBFの中で最も最先端の万能型人型機動外骨格『ガルダ』が直立している。

 

 

『零夜、此処は下がれ。後は俺が・・・』

 

 

こちらを見つめる緑色の光に頷いた。

 

 

空気を震わす外部スピーカーを通じて聞こえた声の主は利夫のモノで間違いない。零夜が頷いたのを確認してガルダは頷き、サムズアップで答えた。

 

校舎側へ零夜が走る中、起き上がったテロリストの機体。腕の装甲でなんとなく機体の判別は付いていたが、その容姿でもう一度機体を零夜は識別した。

 

ガルダの一世代前の万能機体、『バトルメタル』である。だが純粋機ではなく肩部と膝下の装甲が分厚い物に変更されている。

 

『改造機か、最近のテロリストは金とコネ持ってるな!』

 

両腕をボクサーの様に固め一気に距離を詰める。テロリストの機体は右腕を大腿部外側に這わす。装甲の一部がパクリと開いてその中に手が吸い込まれる。其処は武器格納スリットである。武器が近距離、遠距離であろうと関係ない。ガルダは右肩を相手に向けてタックルを入れる。

 

 

 

―――ゴガァアン

 

 

 

ものすごい音を立てて二機が激突した。利夫の駆るガルダの右肩の形状は変形し、体当たりを貰ったバトルメタルは胸と右肩の装甲が変形し、右肩が後方へと曲がっている。

 

『なっ・・・フレームがイカれた?』

 

バトルメタルのスピーカーから声が漏れた。歪んだ状態の右肩が多少動くものの、完全な機動が出来ないバトルメタル。スリットの中に収納されていた武装はハンドガンであったが、現在は零れ落ちている。指は何とか動いてはいるがほぼ死んだ片腕は戦闘不能だった。

 

『チィ!』

 

スピーカーから舌打ちが漏れ、左手首に格納されている短剣を取り出し逆手に構えている。

 

『かぁ・・・!バトルメタルの装甲にグラディウスの格納フレーム使ってるのかよっ!』

 

ガルダのスピーカーから声が漏れた。流石にただ手に入れるだけでも難しい軍用外骨格を持っているだけではなく装甲とフレームまで改造されていたのだ、嫌な声の一つも漏れるだろう。

 

ナイフとはいえ武装した相手を前にして、利夫はガルダのリアスカートから短分子カッターを取り出し両手に装備する。

 

「香織、スキャニングは出来るか?」

 

指揮運搬車にて待機している香織に回線を開く。

 

『ちょっと無理ですよ、今回は通信妨害用装備しかしてきてないですよ。それに、スキャナなんてこんなトレーラーじゃ装備できないですよ?』

 

その返答に「むぅ・・・」と唸る。機体の状況的にもこちらが負けることはほぼ皆無ではあるが、何しろ改造されている機体だけに、自爆装置など変な装置が付いていてはたまらないから、念押しに使いたかったが、無ければ仕方ない。

 

『首筋のケーブルを狙え、メインカメラが明滅してる。どっか重要なケーブルに繋がってる可能性がある』

 

通信スピーカーから零夜の声が響いた。

 

その声が示した事に注意してモニターに映る相手を利夫は注視する。確かに、零夜が言った通り、バトルメタルの瞳にも見えるメインカメラは明滅している。だが、明滅と言うには遠く二、三秒に一度一瞬だけ明かりが落ちる程度であった。

 

「はいはい、簡単に言うねっどうも!」

 

両腕はほぼ自然に近い形でバトルメタルに一気に肉薄する。相手からして右に緩やかに弧を描く様に。ガツガツと音を立ててグラウンドを削る

お互いの攻撃が届く距離に近づく。メギメギと音を立てながらバトルメタルの右腕が稼動する。だが動いたのはほんの僅かな角度動くと「ブシュリ」と音を立てて黒い液体が漏れ出す。

 

「メチャクチャな改造のツケだな!」

 

漏れ出した油圧オイルを受け止めながら黒く染まるガルダ。バトルメタルのナイフが液体の合間を縫ってガルダに迫る。

 

「っまいんだよ!」

 

バトルメタルの攻撃に対して、カウンターで攻撃を返す。だが、ガルダの攻撃も紙一重で(かわ)された、だがガルダのカッターはクルリと手の中で方向を変えた。

 

「防御出来ねぇだろ!?」

 

無理やりカッターの切先を頭部と胸部の隙間、首部に切先を突き立てる。激しい火花を散らしながらメインカメラが激しく明滅する。

 

「おまけぇだぁ!」

 

もう一方のナイフも反対側の首筋に突き立てる。火花は一瞬だけ激しく散り、メインカメラが黒く沈むと共に、関節や排気口から灰色の煙を吐き出しながらバトルメタルは立ち膝の姿勢で沈黙する。 

 

「おぉ・・・零夜の言ったとおりだな」

 

感嘆を漏らしながら、俊夫はカッターを無理やり首筋から引き抜きリアスカートに仕舞う。

 

バトルメタルを仰向けに寝かせ、護送増援が到着するまで逃げないように機体の中で見張ることとなった。学校の方はとりあえず、生徒達は各々の教室に戻り、軍の医療班が到着し、軽いメディカルチェックと事情聴取が終わるまで待機となった。

 

ガルダの目を通して足元を利夫が見ると安堵に泣く者、腰が抜けて立てない者、逃げ出す時に怪我をした者など様々な要因で下はまだ混乱していた。

 

『利夫、大丈夫か?』

 

モニターの片隅に『SOUND ONLY』と表示されて通信回線が開いた。通信相手の名前がローマ字の下に小さく表示されている零夜だ。

 

「ぅうん?大した事は無いぞ、右肩の装甲が少し歪んだくらいで汚れ以外は何にも」

 

零夜の言葉を受けて、改めて機体のパラメータを確認する。CPUの報告するダメージは先の装甲が歪んだダメージ以外には何も報告されてはいない。もしかしたら外から見ると何かダメージを受けているのかもしれないと思い、機体の精密自動診断システムを立ち上げる。

『いや、タックルしてたし・・・フレーム不具合大丈夫かなって?』

自分を心配しているのか、機体の心配をしているのか。その問い掛けに少々俊夫は顔を歪めた。

「ん、特に問題は・・・」

 

―――ギイイイィィィガァァア

 

突然金属の轟音が響いた。「何事か」と誰もが音の方を見た。其処ではガルダがバランスを崩し倒れていた。ただバランスを崩したのではない、左腕の肘が何かにより強引に破壊され、生徒用昇降口からは煙が立ち込めている。

 

『利夫!』

 

零夜の声が響いた。

 

何かとてつもない力に急にぶん殴られたような感覚に襲われながらモニターに警告音がひっきりなしに流れている。その中でも利夫の目を奪ったのが右腕が無くなった事、そしてレーダー範囲外からの攻撃の文字列であった。

 

「福町、生徒と教員を学校の校舎を背に逃げるように指示しろ!香織、方向だけでも割り出せるか?」

 

機体のパラメータが先ほどから右腕の異常を訴えて五月蝿いのを強制切断し、右肩の装甲(アーマー)を無理やり引き剥がして、首と膝の装甲などを器用に使って瞬時に左腕に対SBF用のワイヤーで吹き飛んだ右腕を装甲として巻きつけ、即席の対応を図る。

 

『機体のデータからすると、現在の方向から右前方!』

 

目を大体の予測をつけて方向を見る。

 

 

―――チカッ

 

 

何かが煌いた。そう思った瞬間には、機体が衝撃と共に大きく揺さぶられる。

 

「ぬぅおおおおお!」

耳を劈く衝撃が生み出す金属音とAIの生み出す警告音が鳴り響く中、機体が倒れそうになるのを長年の感から何とか堪える。モニターには右脇腹に被害甚大、装甲・フレーム破損と映し出されている。

 

その、やかましい警告を強制的に切りながら、光った部分を最大望遠のカメラに収める。其処には真黒な機体が長い筒を持って立っていた。

 

『敵影確認できるか?』

 

零夜の声が何とか利夫の耳に入った。

 

「細かいところは不明だが、砲撃仕様の機体が商店街辺りに張り付いてやがる!」

 

通信回線を味方の通信を全受信に設定する。幸男、フィオナ、福町の怒鳴り声が良く聞こえてくる。「あぁ、みんな無事か」と一つ息を漏らすとカメラの望遠を通常に戻し防御姿勢を取る。相手が何処を狙うかなんて分からないが、とにかく撃たれてから反応は出来ないと思い、とにかく防御を固めた。

 

『利夫、俺が出る。ソレまで頼む!』

 

零夜からの通信が再び入った。今度は音声のみでなく映像も受信している。映像に映る零夜の姿は軍のアサルトスーツにフルフェイスヘルメットを被っている。そして、零夜を取り囲むように機械の壁が並んでいる。

 

「出るったって、どうするんだよ?」

 

三度目の砲撃が利夫を襲った。今度は腕に巻きつけた装甲に当たったが、左肘に負荷が掛かり過ぎていると警告が鳴り響いた。

 

『持ってきてるのは俺のだろ、なら近づける!』

 

モニターマップに00と記された光点(ブリツプ)が映し出される。零夜の機体に火が入った事が確認出来た、だが相手の砲撃は後どれだけ続くかわからない、最悪零夜が出てきた時点で潰されてしまうかもしれないと、頭の中で過ぎった。

 

四度目の砲撃が襲ってきた。今度は然程(さほど)衝撃は無かった。だがモニターがすべて砂嵐で埋め尽くされ、ステータスには頭部破損と映し出される。頭部が完全に吹き飛ばされたかと思ったが、システムは何とか接続されてはいる反応があることから、弾丸を受け止め潰れたと勝手に推測する。どうせ降りなければ破損状況など詳しく分からないのだ。それより、今は此処で時間を稼ぐ案山子をやっている方が重要なのだ。

 

『利夫、上からの対衝撃備え!』

 

零夜の声が警告音の合間を縫って聞こえる。砲撃などもう関係ない、体の何処に当たろうとこの機体ならコクピットだろうと自分が死んでも完全に砲弾を受け止めると信じている。だから、今は零夜の言った衝撃に備える為下半身のショックアブソーバのパワーレベルを最大に設定する。

 

 

―――ガガァアアアン

 

 

利夫のガルダを上から衝撃が襲う。瞬間的に両肩のダメージが最大まで振り切れると肩のフレーム異常とモニターが警告を告げる。だが、そんなことを気にもしなかった。マップレーダーでは利夫のアイコンと零夜のアイコンが一瞬重なり、すれ違った、零夜が出撃した。今の状況はこれだけ分かれば良い。

 

 

利夫のガルダを蹴って、零夜のガルダは高く飛翔する。

 

シンプルな造り、余計な造形物をすべて外した様にシンプルな利夫のガルダに対し、零夜の駆るガルダは少し違っていた。頭と両肩の装甲は後ろに向かって伸びスタビライザーも兼ねている。膝の装甲は前面に突き出し、体各所にはブースターが増設されている。

 

増強されているレーダーが敵機を捕らえた。カメラの望遠でも敵を捕らえる。商店街の出口付近の大十字路に片膝を付いて遠距離射撃用のランチャーを構える射撃用SBF『ガンナー』、近くには薬莢が落ちている。

 

「俺の町を・・・!」

 

奥歯をグッと噛み締める。

 

ブースターを思い切り噴かす。バチバチと青白いスパークを放ってから小さな光を上げて機体は急加速した。普通のジェットエンジンとは違う、電磁推進によりジェットエンジンよりは出力が劣るものの小型且つ周りへの物理的影響を最小限に抑える新型ブースター、プラズマブースターの噴射光は青白い光を残して突き進む。

 

 

―――チカッ

 

 

商店街の一角が煌いた。ワイプ状態の敵を映す画面ではランチャーが紫煙を噴いていた。警告音が鳴ったと思った瞬間には機体が、瞬間噴射口(インパクト・ブースター)を使って身を捩っていた。紙一重で弾丸を躱し、更に加速する。ガンナーの頭上で機体を反転させ、背中のブースターを地面に機体を叩きつけるように噴かす。弾かれるように急降下したガルダは四つん這いに近い形でアスファルトの上に着地する。だが、運動と位置エネルギーを殺しきれずにアスファルトに付いた手足は着地した地点から少しでも離れまいと勢いを殺す為アスファルトを砕きながらガリガリと削り取る。

 

長い砲身を上手く操れないガンナーは、その場にランチャーを投棄してこちらへと振り向きながら腰に装着したショートソードを右手に引き抜く。

 

「そんな機体で・・・!」

 

クラウチングスタートの様に体のバネを生かしてアスファルトを蹴りこむ。削られた場所が今度は軽く沈んだ。全身のバネが伸びきる瞬間にブースターを全開で噴かす。

 

 

―――バゥ

 

 

と音を立てて両肩と背中、両脹脛のブースターが光を放つ。消えたように錯覚するほどの急加速。零距離まで一気に距離を縮められたガンナーは胸部の強制廃熱口から熱風を排出しながらバックステップで距離を取りながらショートソードを振りかぶる。

 

「っそいンだよ!」

 

頭部バルカンを単射で六発、左人差し指のトリガーに管制を預けて放った。ガンナーの右手はソードを握ったまま固まった。ガルダの撃った弾丸の全てが肘の中に吸い込まれ、其処から近い装甲を内側から叩いたのだ。中で何が起きたか容易に想像できる。人間で言えば神経に当たるケーブルなどが弾丸で引き千切られたのだ。

 

そのまま体を押し付けてガルダはガンナーを押し倒す。物凄い衝撃が周囲を襲い、商店街のアーケードを破砕しながら機体はアスファルトを砕き進み、二機に近かった建物は軽く罅が入った。

 

 

―――グウォォォォォォォ

 

 

ジェネレータの回転数を上げてガルダを押し返そうと廃熱煙を上げながら、機体を押し退けてきている。

 

ガンナーの頭部が此方の胸部を向き始めた。それを合図にモニターとコクピットに警告が流れ始める。

 

「ロックオン?バルカンか!」

 

急いで左腕を脹脛(ふくらはぎ)のスリットに回し、格納スペースからスティックを取り出す。スティックを握ると、画面の端にコネクトと表示される。機体のパラメータを表示する画面にアクセスと表示され「Eバイパス接続」とその画面に大きく映し出される。

 

「っのぉ!」

 

スティックをガンナーの首筋に突き立てる。スティックはガンナーの首筋に近づくに連れてその先端に変化を起こした。青緑色の光を灯し、ソレはただのライトの様な光から、凝固し刃となってガンナーの首にその刀身を埋めた。

 

 

―――ジュ

 

 

刃が触れた部分が融解していく。『ゴポリ』と水に浮き上がる気泡のように、幾つものケーブルと金属骨格が溶け合い生み出した気泡。ソレが見えた瞬間にはガンナーの瞳は色を失い機体全体が沈黙していた。

 

 

―――バクン

 

 

沈黙したことに一つ安堵の息を零夜がついた瞬間、ガンナーの胸部ハッチが開き搭乗者が機体から転げ落ちるように逃げ出した。

 

「あ・・・待て!」

 

零夜も慌ててテロリストを追いかけようとガルダにコックピットハッチより下に手を構えさせ、降りる準備をする。

 

コクピットハッチを開いた瞬間零夜は凍り付いてしまった。

 

「あ・・・」

 

テロリストがゴムエプロンを巻いた中年男に見事に袈裟固めを喰らい、中年女性が馬乗りになって蠍固めを極められていた。

 

マスクを剥がされ情けないほどの苦悶の表情を浮かべながらしゃべる事も出来ず、逃げられない苦しみから逃れるように顔だけを歪めていた。

 

その光景になんとも言い難い思いを胸に刻みながら、ゆっくりとガルダから降りる。念の為、拳銃を準備してから近づいた。

 

「おぅ、零ちゃん!」

 

魚屋の大将が満面の笑みを浮かべ、ソレに気付いた肉屋のおばちゃんの営業スマイル。そしてテロリストは顔を真紫にしながら泡を噴いていた。

 

「ソレもらえる?」

 

活きが良かったであろうテロリストを指差しながら、困惑気味に注文する。

 

「おうよ!我等が商店街に害をなした上に逃げ出す不届きモンを丁度〆たとこだ!持ってきな!」

 

まるで鮮魚を扱う勢いで気持ちよく応えた大将は、おばちゃんに合図して退くように仕向けると、今度は女将さんを呼んで商品輸送用のゴムロープでテロリストを縛り上げ渡してきた。

魚を〆たり捌いたりするのが得意な人は、人〆るのもお得意なのねぇ。などとつまらない事を思いながら、零夜は半笑いと言うより引きつった笑みを浮かべて〆られたモノをガルダの左手に乗せる。

 

「とりあえず、俺の方で被害調査を要請しとくからソッチの方にちゃんと報告して下さいね」

 

安堵半分、呆れ半分な顔で、コクピットに乗り込みながら大将に言うと「おぅよ!」と威勢の良い一言を返してきた。その返事に余計顔を引きつらせながらハッチを閉じる。

閉めた瞬間は真暗になり、パラメータモニターが表示されると、ほんの数テンポ差で全天球型のモニターが外の様子を映し出す。商店街の店主達が少し離れた場所から手を振っている。ガルダのカメラライトを車のハザードランプの様にチカチカと明滅させて、学校に向きを直した。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

学校に戻ると、軍の医療部隊と護送隊が到着しテントを張って検査をしていた。生徒達が長蛇の列を作って並んでいるのをなんとも嫌な気分になりながら、チームメイトの誘導に従ってガルダを校庭の隅に鎮座させる。

 

護送隊員と簡単な引き取り手続きをして分かれると、今度こそ安堵の一息を吐いてガルダの足を背もたれにペタリと座り込んだ。

 

「お疲れ」

 

タバコに火を点けながら、幸男がゆっくりと歩いてきた。その声に気付きながらも顔は地面を向いたまま無言で手を上げて返事をした。その返事に鼻で笑いながら隣に腰を下ろした。

 

「ふーっ・・・」

 

天を仰ぎながら、幸男はタバコの煙を細く吐き出した。タバコを咥え直し幸男は零夜をチラリと見やる。零夜は頭をまだ下に向けたまま溜息を度々吐いている。疲れているように見えるがそれだけではないだろう、きっと今回の事をとても悔やんでいる様に幸男には見えた。

 

なんとも気が重くなるほど零夜は沈んでいる。

 

「・・・・・」

 

鼻から煙を噴出しながら、幸男は強い力で豪快に零夜の頭を鷲掴みにする。その瞬間零夜が「わっ!」と小さな驚きを漏らした。掴んできた手を両手で反射的に零夜は掴んだ。だが、全く跳ね除けようとする力の入っていない零夜の手は、簡単に幸男の手に弾かれた。

 

「おめぇは、いっつも悩みすぎなんだよ。ちったぁ今日の事を自分の手柄だと誇れよ!」

 

怒った様な強い口調で叩きつけるように幸男は言い放ちながら、ガシガシと零夜は頭を撫でた。というよりは盛大に掻き毟ったという方が近かった。

 

「・・・ごめん」

 

消えるような小さな声で零夜は呟いたが、電源が生きていた通信マイクがその声を拾って幸男の耳に届けた。

 

「ったく・・・お前はよ・・・」

 

また、ガシガシと幸男は零夜の頭を撫でる。

 

 

―――ッド

 

 

零夜の足の間を割って石ころが転がり込んできた。ふと、顔を上げるとその途中で『カン』と壁にしていたガルダの装甲が音を上げ、零夜の頭に軽い衝撃が走った。そして、近くに石が落ちた。

 

顔を上げると息を荒げ、顔に幾つか傷をつけた生徒が三人程こちらを睨みつけていた。いや、ただ睨みつけているだけじゃない、手には石を握っている。

 

「っな!」

 

その光景に驚きながら、幸男の口からタバコが零れ落ちた。相手に戦闘意思があると直感が幸男に戦闘態勢を取らせたが、幸男を後ろに従える様に零夜は前に出た。「この場は何とかする。」そう言う様に横顔を見せた。

 

その顔には先程までの弱さなど微塵も見せていない。

 

表情を固める。表情は怒りで良い威圧して自分に視線を向けることを第一に、腹に力を込める、爆発させる、誰もに聞こえるように。

 

「そんな石ころで何が出きんだよ!」

 

怒鳴り声を上げる零夜。その言葉に一瞬怯んだが生徒達だが直ぐに表情が戻り睨みつけてくる。だが、そんな威圧は零夜に一つも影響を与えない。

 

「お前のせいなんだよ!今日の事全部!」

 

石を一つ握り締め思い切り投げつける。

 

『ヒュ』と風きり音を立てた石は、零夜の米神を軽く抉って弾かれた。『たらり』と垂れた。赤い筋を一直線に描いて顎から滴る血が、零夜の足に垂れさらに地面へと吸い込まれていく。より一層視線を強める。

 

「殺せると思ってるのか?」

 

声を重くして零夜は問いかけた。

 

「・・・おっお前が生きてるから、戦争が起こるんだ!」

 

逃げる様に生徒は吠えながら、また石を零夜に投げつける。今度は零夜の右目の上。額の端に当たった。二度連続で石が当たったことに生徒達はざわついた。「やった!」という歓喜の声。「うわぁ・・・」という悲惨さを物語る声など様々だ。そして、零夜の顔にまた一つ赤い筋が目を通って出来上がった。

 

「んのぉ!」

 

我慢ならないと幸男が腰に手を回し携帯している拳銃をホルダーから引き抜く為、手を掛けたが零夜が手を上げて無言のまま制止する。その言葉に「・・・だけど」と呟いて舌打ちを合図とするように幸男は手を離した。

 

「・・・じゃあさ、俺が死ねば納得すんの?」

 

馬鹿者を嘲笑うように零夜は口にした。その言葉に生徒達はぎょっとした。そんな表情なんて如何でも良さ気に、自分の首に零夜は手を回す。ネックガードを外して両袖を帯の様に腰で結ぶ。そして、腰に挿してある二刀小太刀を生徒達の足元に投げる。

 

「俺が生きてるからって言ったよな?なら殺せよ。その覚悟があるから石投げてきたんだろ」

 

両手を大きく広げながら、零夜はにじり寄るように、一歩、一歩と歩みを進める。その行動に二人が逃げた。だが、一人は小太刀を一つ取って鞘から抜いた。磨き抜かれた刀身が生徒の表情を目のみであるが鏡の如く鮮明に映す。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

「何なんだよあいつ等!」

 

少し遠い場所、校舎内の自分のクラスから状況を見ていた武智は怒りながら腰を上げていた。軍の医療班達が来てから気がやっと抜ける状況になって「ぼぅ」としていたのだが、ふと零夜の事が気になって姿を探してみればこの状況だ。

 

「武智!」

 

近くに居た美栄も状況に気がついて、武智よりも先に立ち上がっていた。

 

美栄に急かされる様に武智は教室から飛び出す。早く外まで行かなければ、そう思っていた二人だがその足は廊下に出て直ぐに止まってしまう。其処には環と福町が立っていた。

 

「何やってんだ福町さん!」

 

外での事なんて知らないだろうと頭の隅で思いながらも、こんな所に居る福町毎外に行こうとノンストップで脇を駆け抜ける、が

 

 

―――パシ

 

 

福町に武智と美栄は捕まってしまった。温和な優しい顔で確りと武智と美栄の手を掴んでいる。しかも力んでいる様子が無いのに、振り解こうと腕を振っても手が外れない。

 

「ふっちゃん放して、外で零夜が大変なのよ!」

 

暴れる美栄であったが、そんな事は無意味と言わんばかりに簡単に床に座らされてしまった。その光景に「美栄大丈夫?」と環が駆け寄る。その中で武智は焦りの顔から怒りの顔に表情が変わる。

 

「怖い顔しないで下さいよ武智君」

 

暴れだそうとする武智を両手で取り押さえながら福町は続ける。

 

「外のことなら通信でわかってます、外には仲間も居ますから大人しくしてて下さい」

 

にこりと微笑む福町の笑顔と声色には不思議な威圧が篭っていた。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

大きく腕を広げながらゆっくりと近づく零夜に生徒は戸惑っていた。握った小太刀をまるで安い映画に出てくるヤクザの様に構えながらジリジリと後退していた。

 

「出来ないならさっさと刀を置け、所詮その程度覚悟なんだよ」

 

呆れながら、零夜は髪を掻き揚げた。冷たい視線が生徒を射抜くと奥歯を『ガチリ』と噛み込みゆっくりと肘を引いた。荒い呼吸が口を開けた状態から、窄吹(すぼぶ)くような形に変わりひゅうひゅうと空気の抜ける音を上げている。

 

「うああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!」

 

怒声と共に生徒は駆けた。適当で構わない、当たれば肉と皮が裂けるだろうと、切れればそのまま零夜が死ぬであろうと。

 

 

 

――――ヒュパ

 

 

 

小太刀が一線を描いた。その一線は零夜の左鎖骨から胸筋の終わり位まで縦に筋を描き其処から先は筋から溢れる鮮血が延長線を描いている。

 

「おいおい、皮ぐらいしか斬れてねぇぞ?」

 

呆れたように零夜は言葉と共に溜息を吐いた。傷口に自分の左掌を当てて直ぐに離すと赤い筋が掌に写っている。

 

ソレを見てさらに一つ溜息を吐いた後、相手を見ると小太刀を握った手が、いや、全身がガタガタと震えていた。さらには、滝のような汗を流しながら目は定まっていない上、何かを念仏の様に唱えている。

 

「・・・んだぁ、実際に斬ってブルッたのか、情けない」

 

オーバーな外国人の様なリアクションを零夜は見せた。自分が斬られて傷を負ったことなどそっちのけで、まるで転んで多少の擦り傷が出来たほどにしか感じていないように見えた。

 

その言葉に我に返ったのか、生徒は「ハッ」と気が付いたように驚いた顔を見せて再び奥歯をかみ締める。刃に乗った血がゆるゆると滴りながら。

 

「黙れ、お前のような人殺し・・・俺が殺してやる!」

 

少しだけ冷めてしまった血を再び沸かすように生徒は怒鳴った。

 

「んで、俺殺したらハッピーエンド?ないない、ムリムリ!」

 

ゲラゲラと笑う零夜は気が振れた様にも見えるが、実際生徒達の何人かは気付いたように顔が青ざめている。今までのショック、零夜が斬られたショックとは別の意味で。

 

「浅かったからなんだ、挑発してどうなるって・・・」

 

 

 

――――黙れ!

 

 

 

声が響いた。ソレは零夜の声ではなかった。当の本人はキョトンとした顔で声の発生源を見ている。生徒は声にびくりと驚きながら、声の聞こえた方を向いて見る。其処には中年の軍人に両腕を掴まれた少女が必死に抵抗しながら唸っていた。

 

「殺してやる!お兄ちゃんにそれ以上傷作ったら殺してやる!」

 

完全に血が沸騰している真琴が牙を剥いて叫んでいた。

 

「何言ってんだよ二年が・・・俺はコイツを殺して・・・」

 

思わぬ横槍に驚きながら反論を試みるが、

 

「五月蝿い!お兄ちゃんに・・・お兄ちゃん達に救われて・・・何も出来なかったくせに文句付けんなバカァ!」

大粒の涙をボロボロと零しながら、叫ぶ真琴に驚き気落されながらも、腹に力を込めて、恐怖で崩れそうな足を踏ん張り口から言葉を発しようと込み上げる感情を増幅させる。

 

 

 

――――パン

 

 

 

乾いた音が響いた時だった。生徒の首は思わぬ力により振られ、驚きのまま小太刀を放し、ぺタリとその場に尻餅をついてしまった。

 

「どんな理由が有ったって・・・そんな事、許されないわよ!」

 

涙を流しながら雫が生徒の顔を思い切り叩いていたのだ。その予想外の横槍に今度は完全に放心状態になっていると、急いで雫は着ているジャケットを脱いで零夜の傷口に宛がう。きっと今日のような事が無ければ暫くは、まだ新品で通せたはずのスーツジャケットは今や赤色に染まりつつあった。

 

「おいおい、せっかくのスーツが・・・」

 

「―――うっさい、黙れ!」

 

これ以上言葉なんか聞いてやるものか、という心の声が聞こえてきそうな勢いで返される。汗や涙でグズグズになった顔など微塵も気にせず必死に傷口を押さえている。

 

やれやれ、と呟くのを堪えながら溜息を吐きつつ周りの状況を確認すると、小太刀と生徒の方には幸男が対応していて、生徒達はざわつきながらも医療班達に有無を言わさない様な命令じみた指示に従っている。

 

「そんじゃ、センセ応急処置の為に零君貰ってくよ?」

 

いつの間にか二人の側にフィオナが立っていた。来たのも何時の間か分からないが、零夜の記憶ではつい先ほどまでアサルトスーツだった筈なのに今は野戦服を着ている。

 

「え、えぇ・・・」

 

驚いたのか、気の抜けた声で雫は返事すると、「ありがとうございます」と返事を返したフィオナはすっと零夜の側に立ちその体を持ち上げた。

 

「ちょ!フィオ!」

 

思わず零夜は声を上げた。それはそうだ、ただ体を持ち上げられるならまだしも、完全にお姫様抱っこされたのだから。抵抗しようにも、体勢的に力の入らない零夜は力持ちの彼女への抵抗を止め、耳まで真っ赤になりながら俯いた。

 

「超特急で飛っばすよ~!」

 

まるで漫画ならば誇張の土煙が飛び出しそうな勢いで、フィオナは弾かれたように走り出した。

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

保健室

 

 

お姫様抱っこのまま、零夜は保健室に連行された。現在医療班のお陰で人一人居ないここのベッドの上に置かれると、屋外と唯一繋がる窓全てのカーテンをフィオナは閉めた。

 

そして、彼女のベルトキットに常備されている簡易メディカルキットを零夜の枕元に置いて、今度は薬品棚の鍵を壊して漁っている。

 

「ほっといて良いよ、学校の方が終わってから診てもらうし」

 

取り敢えず抵抗すればそれなりの力を以って取り押さえられる事は分かっているので、現状抵抗する意志無しと見せながら放って置いて欲しいと長い付き合いからなら分かるだろうと踏んで言ってみる。

 

「駄目だよ、傷跡残っちゃうんだから」

 

欲しい薬品が見つかったのか、ワゴン台車に乗せてベッド脇まで運んでくる。ワゴンにメディカルキットを乗せると、全て道具が揃っている事を確認し「ムフー」と怪しい笑みを浮かべる。そして、じっくりと零夜を眺めながら両手に医療用のゴム手袋を填める。

 

「始めるよ」

 

抵抗するつもりも無かったが零夜の顔の下半分を掴み、フィオナは零夜の顔を消毒液を含ませた脱脂綿で丁寧に傷口から血の跡まで拭き取り始める。そして、一通り拭き終わると今度は洗眼薬の洗眼容器二つの底を抜いて零夜の両目に当てると、その周りを液体絆創膏で接着する。

 

「何も、ここまで・・・」

 

少々戸惑って零夜が口を開くと

 

「徹底的にやらないと、色々危ないんだよ。応急治療技能持ちの私に全部任せなさい」

 

元より抵抗する気は失せているのだが、力ずくで押さえつけるフィオナ。零夜の口を塞ぐついでに頭をガッチリと手で固定すると、零夜の両目に貼り付けた容器の中に、市販の眼球洗浄薬を流し込む。『とぷとぷ』と流し込まれる半透明の黄色い液体が零夜の視界を染め上げながら奪っていく。殆ど何も見えない中で視界の中で動く物体はフィオナであることは当たり前であるが、ちゃんと見えない事が何と無く怖かった。

 

「さてと・・・患者さん、チクっとしますよ?」

 

フィオナの手が零夜の左胸の傷口近くを何かを探るように摩っている。

 

「いいよ、どうせ薬が来れば直ぐだしさ・・・」

 

嫌がる零夜を尻目に、フィオナは麻酔薬を打った。小さな「チクリ」という痛みが走ると零夜の顔が少々歪み、フィオナは「少し待つわよ」と言って注射器を片付けに入る。

 

 

―――ガラララ

 

 

保健室の年季が入った引き戸が鳴った。音の方向へフィオナは顔を向けつつ、同じように動きそうになった零夜の頭を押さえつける。

 

「ふぅん・・・ここだったか」

 

其処には野戦服を着た初老の男が立っている。柔和な笑みを浮かべ「ほ・・・」と一息を吐いていた。まぁ、零夜には見えないが。

 

「支部長、こんな所ま―――」

 

姿が見えなくても、聞きなれた声で誰が来たかは直ぐに分かる。体を浮かせて、支部長へ向きを直そうとした零夜を、完璧なタイミングでフィオナは押さえ込み「どぞどぞ」と近くにあったパイプ椅子を広げた。

 

「すまんね」

 

軽く挨拶をすると『ギギ』と軋み音をパイプ椅子は上げた。

 

「しかし、なぜ支部長はこんな所へ・・・」

 

フィオナに取り押さえられながら、零夜は尋ねた。その様子に苦笑しながら支部長は口を開いた。

 

「いつも通りで良いよ零夜、フィオナも。此処には居ないことになってるからねぇ」

 

短く揃えられた髭を摩りながら幸三は告げた。そうしている合間にフィオナは傷口の縫合準備を進めている。三日月のような針を持ちながら、キットに収納されている、赤、青、白、の糸の中から青の糸を取り出して針に通す。

 

「はい・・・師匠(せんせい)。」

 

溜息を吐くように零夜は返事をした。幸三は零夜が入隊した時からの付き合いで、今の立場に立つ前は零夜の教官であった。公の場ではきっちりと上下関係を露にするのだが、零夜が如何に下士官として振舞っても、今のように付き合いの古い者しか居ない場所では普段よりも砕けた態度を取るのだ。その為か上司というより悪友のような態度で接してくるので断り辛い頼み事などを平然と要求されたりする。

 

「零ちゃん(くつわ)いる?」

 

そう言いながらフィオナは手にハンカチを握っている。

 

「なんで?」

 

視界に映る大きな塊に応える。

 

「麻酔は手順通り使って効いてる筈だけど、痛いとき叫ばれると嫌だし気が紛れるよ?」

 

その言葉に口を歪めながら、「わかった」と言って口を大きく開ける。その口に折畳んだハンカチを口の中半分程に詰め込み、零夜が噛み締めるのを確認すると「やるよ」と声で合図する。傷口の端から針を静かに刺す。零夜の顔色を見ると少し眉が動いたがさほど大きな反応が無いことから、麻酔はほぼ予定通り効いていると確信すると、素早く一気に縫い進める。時間にして五分未満で傷口の縫合は終わった。

 

「なぁ、フィオナいい加減目のコレ外してくんない?自分でやったら大惨事になりそうなんだけど」

 

いい加減我慢できなくなってきたのか、少々焦りが混じったような声で零夜はフィオナに尋ねた。

 

「ほいほい」

 

フィオナは軽く返事をすると、容器の中に脱脂綿を詰め薬品を吸い取ると、ゆっくり容器を肌から剥がす。ひんやりとした感覚が目全体に残り、霞む視界で目つきが悪くなりながらも、瞬きを繰り返し少しずつ目が見えるようになってくる。

 

そして、何とか見えるようになって来た所で幸三の声が聞こえてきた方を見る。

 

「なっ・・・・」

 

思わず驚いてしまう。幸三は確かに其処に座っていた、が、その後ろに武智、美栄、環、真琴、雫が立っている。各々の表情を見て逃げ出したくなりながら、一人の表情にとても嫌なものを感じる。あからさまに怒っているのだ。武智が

 

「よし!殴る!」

 

掛け声と共に武智は零夜に飛び掛った

 

 

 

◇     ◇     ◇

 

 

 

学校から帰れる頃には午後四時を回っていた。零夜の傷は今や跡形も無くなっている。学校関係者全体への事情聴取が始まった頃に零夜のもとにノーヴを使用した薬品が届いた。コレは安直にノーヴ薬と呼ばれているのであるが、主に生物の負った傷などを殆ど接合し治す効果がある。つまりは骨折や傷口など接着すれば治るものに使えば簡単且つ瞬時に治るのだ。

 

薄赤い日の光が差し込む中で学校には軍で発注した工事業者がトラックで入り乱れながら修理工事を行っている。

 

土煙の上がるグラウンドの側を通って校門を抜ける。家まで送ると福町達がしつこく食い下がってきたが「大丈夫」と零夜が言い張り、校門までとなった。

 

「じゃ、此処までで・・・」

 

ぶっきらぼうに零夜が言い放つと「では」と福町とフィオナは挨拶した。

 

夕日に照らされた零夜の横顔を真琴が覗くと、とても軍人には見えなかった。瞼は閉じ気味で覇気が全く無い顔、家に居る時でどんなに疲れたと言っている時でもこんな顔は見た事なかった。

 

「そんじゃ、気を付けてな。零夜」

 

零夜の腰を「パン」と幸三が叩いた。それに嫌な顔をしながら頷いた。

 

トボトボと歩き出した零夜に釣られて、一同が歩き出す中で幸三は一人の手を取った。武智でなく、美栄でなく、環の手を。

 

「え・・・あ、の・・・」

 

無論、環は戸惑った。

 

「美栄ちゃんと武智には頼んであるんだけどよ?零夜の事見てやっててくれ」

 

やんわりと微笑みながら幸三は告げた。

 

「意地っ張りで怖がりで、よわっちぃ癖に人に頼るのが下手な馬鹿を、さ・・・」

 

軍人の顔ではなく、子供を心配する親のような顔で幸三は言葉を紡いだ。

 

「・・・あの、私は何処まで出来るか分かんないですけど、でも、側に居てあげようとは思います」

 

やんわりと環は戸惑いながら返事を返した。

 

その言葉に幸三は微笑んだ。そして、一礼して環は零夜達の輪に混ざった。

 

「良いんですか?隊長あんな事言われたって知ったら怒りますよ」

 

呆れ気味に福町が呟いた。

 

「良いんだよ、心配なんだも~ん」

 

ふざけながら呟く幸三に福町とフィオナは苦笑した。

 

 

 




お楽しみ頂けたでしょうか?

この作品は中学生の頃より、ちょいちょい書いては、構成直してを繰り返している作品です。

プロット自体は完結しているのですが、こういう文章の方では完結していない作品です。

全部自分で書き上げようと思うと難しく、キャラクターを上手く動かせない自分が恨めしく思います。

そして、作品を発信して完結させられればと思いこの度投稿しました。

更新はPSO2より遅いとは思いますが、気に入られた方がおられましたら二話でお会いいたしましょう。




スターウォーズEP4をBGMにしながら


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