宙が少女か、少女が宙か (銀ちゃんというもの)
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1.Regeneration

どうしてもこの場面からロクアカ二次創作を書きたかった。


 それの与える印象は生命への冒涜。それ一択である。あらゆる異能者の力を首元より全身に注入した化け物。隆起する肉塊に、視界に余る巨躯。C級軍用攻性呪文を超える炎を右腕から放射し、如何なる攻撃を喰らおうと瞬時に再生する。異能という神秘を魔術という奇跡にまで落とし込んだそれが倒れる事など到底想像つかない。

 しかし、最後は一人の男の何の変哲もない唯のナイフに頸動脈を切られて、再生すること叶わず崩れ落ちる事となった。

 

「そんな……馬鹿……な……ッ!? 天に選ばれたるこの私が……ッ!? 世界の祝福を受けているはずの……この私が……こんな……こんな所で……ッ!?」

 

 何もナイフひとつで倒れたという訳では無い、沢山の無数のナイフで出血させた結果だ。薬物の血中濃度の低下。あまりに常識的かつ、複数の異能を扱う強大な相手に冷淡に迷わずその手を使う手練さ。それらに天の智慧研究会 参入志願者(プロベイショナー ) バークス=ブラウモンは敗れたのだ。

 

 天の智慧を掴むべき自分がこんな所で死ぬはずなどないのに、何故、どうしてこんなことに。

 バークスは辛苦して、ただ一つの光のない宵闇に立たされる様な絶望を味わう事に、目から雫を垂らし、その雫の数だけ自問する。

 ──答えは終ぞ出ることは無い、何故なら。

 

「地獄でやってろ」

 

 先程ナイフでバークスを瀕死に追いやった濃い青の長い髪をした男の、悪鬼も底冷える冷然とした声を最後に命の火が掻き消えたから。

 

 

 

「……」

 

 青髪長髪の男──アルベルト=フレイザーは魂の抜けた文字通りの肉塊、バークスの人の物とはいえない死体を冷酷な青目で一瞥すると、バークスの異能が残した炎が照らし凍りついた硝子の円筒の残骸が影を揺らす部屋の一角、そこに向け歩き始めた。

 

 次第に見えてくるソレの姿。

 薄い透き通った桃色の大量の糸……いや髪が揺れる。一目見てすぐにわかる幼い白肌。柔な細腕で隠す所は隠して座り込み真っ直ぐに黄緑の視線がアルベルトを貫く。

 

「……貴様は、何者だ」

 

 同僚の帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー7《戦車》のリィエル=レイフォードより幼くも見えるそれに怪訝な瞳をして、アルベルトは問う。

 普通は保護の対象になるような少女、だが今この戦跡に居るには余りにも不自然なほど傷がなく、そもそもこの争いが始まる前はこの場所にこんな少女はいなかった。

 

「相手に名前を聞く時は先に自分から名乗るものだぜぃ役人さん。というかさっきまでこわーい魔術師さんに捕まってた幼気な少女にその扱いは酷ってもんよ」

 

 少女は余りに似合わない口調で幼さの残る、否幼さ全開の声で屈託のない笑みを浮かべる。

 アルベルトは名前を問うた訳では無い、無論それが含まれなかった訳では無いが本質は違う。そう、アルベルトはバークスとの戦闘中、異能の力を使えなくなった再生能力者の脳髄が燃やされ冷やされ砕け散った後だと言うのに見事再生を果たしこの薄い桃髪の少女へとなったのを見たのだ。

 

「答えろ。そういう意味ではないのは分かっているだろう」

 

 故に前例を遥かに超えた再生を見せた少女(不審人物)に今度は冷徹とも言える声で再度問うた。

 

「そう、言われてもなぁ。生まれつきの異能が普通より強かったとしかいいようがないんだけど。あと名前は秘密な、なんでかとな? そっちのがおもしれーだろう? 教えて欲しかったら決闘でもして勝ったらいいぜぃ。勝てる気がしねーがねぇ、私が、あはは」

「……」

 

「おーい、アルベルト、無事かー?」

 

 誠奇妙な口調ですごい勢いで煽ってくる後半は置いておいて、前半に関してはそう言われてしまえば反論することはできない。珍しく言葉に詰まるアルベルトの耳に腐るほど聞いた嘗ての戦友の声が聞こえる。どうやら向こうは上手くやったようだと考えた後、その声の方向に目を向けた。

 

 その戦友は少し長めの髪を後ろで括り、この場にあまりに不釣り合いなワイシャツ姿で体をボロボロにして帰ってきた。彼の背後には青髪の少女リィエルと艶やかな金色の短い髪の少女、今回の護衛、いや救出すべき相手、ルミア=ティンジェルも衣服がボロボロながら無事な様だ。

 

「何見てんだ? …………は?」

「知り合いか? なら丁度いい、此奴の素性を教えてくれ」

 

 単純なる興味で近寄ってきた彼──グレン=レーダスは驚きの声をあげ固まる。その反応に疑問を持つアルベルトはこの桃髪の不審人物とグレンが知り合いかと推測し質問を重ねる。

 

「知り合いって……何も……リサ?」

「あれまあ、よく見たらグレンじゃねーかい。せっかく、面白そうだったのに名前ばらさないでくれい」

 

 どうやら本当に知り合いだったらしくリサと呼ばれた少女はお久ぁと軽くグレンに挨拶をする。

 リサはグレンの後ろ、青髪の少女リィエルのいる所を驚いたように見て答える。

 

「おーリィエルちゃんまでいるのか、なんだ知り合い2人に会うとは偶然もあるもんだ」

「え? リサ? 何故ここに?」

「ああ、お前なんでこんなとこ……」

 

 リィエルとまで知り合いだったとはと流れについていけなくなってきたアルベルトは思考する。

 

「なんでか知りたいか。そうさなぁ、グレンもリィエルちゃんも私が異能者だって知ってんよな? 前、野宿してたらさー、寝てる間に人攫いに捕まっちまってえな。そこでぶっ倒れてるこの天の智慧研究会の参入志願者(プロベイショナー)の外道魔術師に売られたんよ、半月前くらいに」

「はあ!? マジか、大丈夫か?」

「おう、マジマジ。てか捕まってなかったらこんなとこいねえ。ここにいっぱい缶と脳みそあったろ? その脳みそみたいにしようと私の脳を嫡出しようとして私の再生に面倒臭がってるあいつマジで傑作だったぜ」

 

 どうやら再生の異能でも飛んだ頭のネジ迄は直せないようだ。外道魔術師に捕まって研究材料にされていながらそれを直ぐに笑い事にしている。

 

「……先生、この人は?」

 

 今更だがアルベルトと同じく流れに置いていかれていたルミアは状況を確かめようと質問する。するとグレンが説明を始めた。

 

「ああ、こいつは俺が特務分室に入る前からの知り合いでな。正確にはセリカの友達なんだが……」

 

 グレンの言葉を遮ってリサが続ける。

 

「おう、私はリサ=カミハ。唯の天涯孤独の孤児さ」




第三者視点でかくの。描写とか頑張った。褒めて。


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2.グレンとリサとアルベルト

書き書きしてたら4000文字を超したお話。
受験の問題で今回こそは暫く更新止まる……筈。



 燦々と降り注ぐ日の下でキャッキャウフフと白い肌が惜しげも無く晒され、水着の色が砂浜に着色する。艶美なる女体の生み出す神性の世界は正しく芸術である。水飛沫が少女達の艶やかなな髪を濡らし、青髪の少女の放つビーチボールが男子生徒と砂を弾き飛ばす。ここはサイネリア島のビーチですか? いいえ天国(エデン)ですと下品に鼻血を垂らして男子生徒がサムズアップする程の光景。

 そんな神秘の織り成す空間を前にビーチパラソルの下で寝そべる着崩したシャツを着たいかにも引率の教師といわんばかりの黒髪の男が白いローブにシャツ、サスペンダー付きのズボンに銀縁の丸眼鏡の研究者といった風体の青髪の男と、それと手を繋ぐ薄い桃の髪をし、子供っぽい衣装に身を包んだ年端も行かない子と話をしていた。まあ実際は教師がグレン=レーダスで、後の二人は怪しまれないよう変装したアルベルト=フレイザーとリサ=カミハなのだが。

 

「……成る程。これがお前の守りたかった光景か、グレン」

「さあな」

 

 三人はグレンの担当する生徒達が年相応の笑みを見せてはしゃぐ様子を眺めている。

 

「確かに、この光景は掛け値無しに尊い。……今回ばかりは、お前に謝罪せねばなるまいな。すまなかった」

「はっ、どうした。気持ち悪ぃな。らしくねーぞ?」

「……ふん」

 

 嘗ての戦友どうし互いに守った物を眺めながらの、とても昨日命を賭け戦いをした後とは思えないゆったりとした空気が潮風と波の音に乗る。

 そんな中やっとリサが口を開くが。

 

「ええ、えへへ、尊い、よくわかってるなぁアルベルト殿。私は今、射影機を持っていないことを後悔してますぜぃ……ぐへへ、あの白肌や豊満な胸の谷間……うへへ、私の姿なら飛び込んでも許されっかなぁ……げへへ」

 

 雰囲気ぶち壊しである。鼻血を垂らし、瞳を全力で開いて見た光景を、白い肌を、少女達の胸を、可愛らしい少女の麗しい声を、脳裏に刻まんとするそれには尊敬の意すら覚える。アルベルトの尊いとリサの尊いは決定的に違っている事に気付いているのかいないのか。どちらであろうと、とりあえずは鼻血流してやりきったと言った表情で我が人生に一片の悔いなしと灰になっている様に見えるリサは放置するのが吉だろう。触らぬ神に祟りなしである。

 

「……」

「……」

「しかし……グレン。どう思う」

 

 リサの台詞に無視を決め込んだグレンとアルベルト。そして少し声のトーンを落としてグレンのアルベルトが問う。

 

「どう思うって……そりゃー、ルミアとか、テレサあたりの水着姿は、やっぱ最高だって思う。順調に成長してるし、今だから持ってる青い感じってのもいい。俺、年下にゃ興味ねーけど、何かに目覚めそうだ……あ、白猫はもういーや。あれは多分、将来性もゼロ──」

「誰 が 水 着 の 話 を し ろ と 言 っ た……ッ!?」

 

 訂正、グレンもリサの同類である。

 いつも通りの冷淡な声に近寄り難い何かを孕ませて、2人に指を向けたアルベルトがこう言った。

 

「いいだろう。貴様の【愚者の世界】と、俺の【ライトニング・ピアス】の二重響唱(ダブル・キャスト)……どちらが速いか試してみるか?」

「じょ、じょーくよぉ、ジョーク! アルちゃんジョークだってばぁ……あは、あはは……だ、だからその物騒な指を引っ込めて欲しいなぁ……」

「そっそうだですぜぃ、じょーくじょーく、アルちゃん、本気にしすぎだぜぃ……。再生能力者も痛覚はあるんですぜぃ……だから……そのぅ……天下の往来で、異能者に異能を使わせないでくれません……か?」

 

 グレンとリサは息がピッタリ。二人とも見たことがない程に顔を真っ青に。滝のように汗を流して許しを乞う。

 

「こ、今回の一件で例の組織と戦いに進展があるか、だろ? そんなのお前も本当はわかってんだろ? あの組織とあまり争ったことがないリサでも予想が着く。何も進展しねえよ。自信を持って断言してやる」

 

 チッ、と舌打ち一つしたアルベルトは指を静かに下ろした。

 

「私でもそんくらいわかる。第一団(ポータルス・)(オーダー)》クラスの青髪も、参入志願者(プロベイショナー)のクソ馬鹿も、あいつら如きが組織の深奥に繋がる情報があるわけねーだろうて」

「…………」

「あの程度の連中が持ってるくらいなら、組織との抗争が建国有史以来続くもんか。お前もそれがわかっているからバークスの野郎を始末したんだろ? 出てくるとすりゃ、世界征服を目論んでいるのと、正体不明の『禁忌経典(アカシックレコード)』とやらに対する執着くらいさ」

「私の両親がこの世を去って1ヶ月後から追ってる代物だぞ? それも長いらしい私んちの歴史の本の最初らへんに名前だけ載ってるくらいだからなぁ。んなもん帝国有志レベルくらいで辿り着かれてたまるかよ」

「……そうそう、こいつの家の歴史書の最初らへんに……って。お前、俺も初めて聞いたぞ、それ!?」

「…………」

「いやーだってよー。名前しか載ってねーんだぞ? 言う意味あったかい? 私んちはどんくらい古いかわかってないんだしな。最悪古代レベルだぞ?」

「……ともかく。わけわからん連中だよな……自分自身ですら『禁忌経典』とやらが、具体的になんなのかわかんねーのに、なんでそれを渇望するんだ?」

「呪いにも似た強烈なカリスマを励起させる暗示呪文かもしれん。組織の求心力を高め、外部の協力者を募り、それらを手駒にして操り易くするためのな」

 

 昨日と同じように置いてかれているアルベルトだったがまあ今回の会話は理解ができて仲間外れにはされていないようだった。

 

「なるほど。それで末端の構成員や外部協力者には肝心要な情報を教えず、いつでもトカゲの尻尾切りができるようにってか? ……やれやれ、考えれば考えるほど吐き気のする組織だぜ……」

 

 空を仰ぎみたグレンの顔はとてもうんざりとしていた。

 リサはリサで、はぁ、とため息を着くと手をにぎにぎしたり体をクルクル回したり久しぶりに自由に動かせる身体の感覚を謳歌しているようだ。

 そんな中、鋭い目で怖い顔をしたアルベルトはグレンにツッコミを入れられると、途端に穏やかな青少年の顔にころりと口調を変えた。

 

「ははは、中々有意義な時間でしたよ、グレンさん」

「……は?」

「貴方の術式解釈の切り口は斬新だ。また、いつか貴方と魔術議論ができる日を心待ちにしていますよ。それでは、私はこの辺で……。ほら、グレンさんにご挨拶をしなさい」

「グレンお兄ちゃんさようなら、また遊んでね!」

 

 紳士然とした口調でそう言い。突如、アルベルトがリサに会話を振ると何時もの不思議な口調は何処へやら、見た目相応の元気一杯と言った子供の声色で顔でそう言った。

 

「ほら、行きますよ」

「はーい、お父さん」

 

 そう、まるで本物の親子のように話しながら去っていく2人を見てポカンと首を傾げるグレンであった。

 

 

 

 島中に退避命令が入ったからか、島中の店は締まり、伽藍堂となったサイネリア島の、さらに元々人気の少ない公園で、アルベルトとリサの二人は話していた。

 

「突然、振ってくんなよ。どう答えるか迷う時間なくてなかなか完璧な演技できなかったじゃねーかお父さん」

「誰がお父さんだ。やはり撃たれたいのか?」

「おう、ちょい、やめーや。私を撃っても何の得もねーから」

 

 額に指を突きつけられ途端に慌てるリサを呆れるように見て、こいつには【ショック・ボルト】一つ撃つのも馬鹿らしいとばかりに指を下げる。

 リサはそれを見て安心したように周囲を見渡し。

 

「それにしても……こんな所に連れてきて何の用だい? ……ま、まさか。私を襲おうってんじゃ。くっ体は屈しても……ぶべっ」

「阿呆か」

 

 リサのボケは最後まで言い終わることなく、アルベルトに引っぱたかれ、とてもその見た目の女の子の出しては行けないような音に代わった。

 

「お前……本当にわかってるのか?」

「つててて、舌噛んじまったじゃねーかい。すぐなおっからいいけどよ……おう、わかってるわかってる。私が魅惑て……ひっすんません指向けんな、私の立場がヒジョーにめんどっちいつーことじゃろう?」

「俺の上司に炎の魔術が上手い奴がいる。そいつに脳髄焼いてもらえ、そうすればきっと頭が治る」

「ひでえ! それで死にはしねえけど、死ぬほどの苦痛がはしるじゃねーのかい!? ……んで、当たりなんか外れてんのか?」

「……当たりだ。貴様は今、非常に面倒臭い立場に立っている……グレンのお陰でお前が孤児で、常日頃から旅をしていて、グレンの担当する学級の生徒達と同年代な事が証明されている。それなだけにお前には家がない、だからと言っても孤児院に連れていきにくい」

「おう、そうだな。背も顔も胸も成長しないのか日頃悩んで旅を続けていたぜ」

 

 ボケたリサを無視してアルベルトは続ける。

 

「……しかし、アルフォネア氏と付き合いが有るともグレンから聞いている。だからお前をアルフォネア氏に預けることにした。それまでは俺と行動を共にしてもらう」

「ひゃー、どうしようー。明らかに私よりも強そうな男性と昼夜を共にするなんて……優しく……してくださいね」

「馬鹿か。で、わかったな」

「おう、わかったぜぃ」

 

 何時までも何処までも、巫山戯倒すリサに冷ややかな視線を浴びせながら確認をする。

 そう、このリサとい少女。九つの頃親を亡くし、天涯孤独の身になってから一族の本を持ち歩きつつ。日頃、旅に身を委ね、旅に住まっていたのだ。その道すがら出会ったのがセリカ=アルフォネアらしい。二人の出会いはグレンにさえよくわからないとか。

 

 一体全体、何時からもっていたのか、捕まっている最中はどうしていたのか、リサのカミハ一族しか読むことの出来ないという分厚い本を手に開いて。旅の最中に覚えたのか、何処かの民族の伝統舞踊の物らしき特徴のある鼻歌を口ずさむ。

 アルベルトが少し本を覗き込むと、見覚えのある文字が書いてあるはずなのに、いざ一文字一文字を理解しようとすると何故か理解することが出来ない不思議な代物。まあ魔導書の類にはよくある物だ、と吸い込まれそうになった思考を切り捨て、いつも通りの冷淡な表情でリサに出発する旨を伝えた。




次回があるといいね!!


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3.永遠者

次は先、次は先、言っておきながら書いてしまった第3話。


 フェジテ、セリカの屋敷、その玄関。

 薄桃の少女と金髪の女が向かい合っている。

 

「よう、お久ぁ。元気かいな、セリカ」

「おう、久しぶりだな。元気だったぞ。お前も元気そうだな、リサ」

 

 数ヶ月ぶりにあった2人は、心が通じあった親友の様。

 

「既に色々聞いてるぞ。大変だったな」

「そりゃあ、あったりめーだぜ。昔わざと悪徳貴族の屋敷に売られて悪人を鏖にするなんて事はやったが、今回みてーなこった初めてよ」

「そうか。まあ、上がれ」

「おう、あんがと」

 

 屋敷の奥に入っていくセリカ=アルフォネアに続くリサ=カミハ。両者、初めから笑顔で、仲がいいことが伺える。

 居間に案内されたリサは遠慮なく椅子に腰掛ける。

 

「ほら、紅茶だぞ。感謝して飲めよ」

「ん、せんきゅー」

 

 机に二人分の紅茶を置いたセリカはリサと向かいの席に着く。

 

「お前と会うのは、ほんと久しぶりだな。……半年ぶりくらいか?」

「そんくらいじゃないかい? それにしてもまさかグレンが魔術講師やってるなんて驚いたぜぃ? 人は変わるもんなんだなぁって」

「ははは、そうだな……」

 

 久しぶりに出会った友人が元気そうだと安心したリサは、グレンについての話を始める。

 半年前、あの頃グレンはまだ魔術に失望していた。

 どう声をかければいいか、少し迷ったのが懐かしいと笑う。

 

 暫しの沈黙が流れ、セリカが口を開いた。

 

「お前は……『正義の魔法使い』に憧れていた子供の頃も、私が辛い思いをさせてしまった頃も、それからも。3つ全部知っているんだもんな……そうだよな。の癖してお前グレンより年下だし」

「グレンがあの学院に入ってから、とある用事でフェジテの外に出ていたセリカが、自殺に失敗した私を見つけたんだっけか。あんときゃ助かったぜ。そっからグレンと知り合ったんだよな……懐かしいな」

「あの時から、お前は、いやお前も、変わらないな」

「あー、うん、そか。原因は違えど、私も永遠者(イモータリスト)な可能性があるんだよなあ、ははは」

「ああ、そうだな」

 

 魔術師の悲願の一つを生まれつき、叶えている2人は乾いた笑みしか浮かばない。永劫の時を生きる苦しみは既にセリカが経験しているからだ。

 

 そう、リサも永遠者な可能性があるのだ。

 親を亡くすほんの少し前から姿形が変わらない。

 9年前、親を無くし、一人大陸を彷徨ったリサはその間、魔獣に襲われ、だがそれでも死ねない。獣に食われだがそれでも死ねない。空腹、餓死……できない。焼死……焼切る前に再生する。

 明らかに再生の力を超えた不死にも近い力で、楽にもなれず、苦しんでいた。

 その生の中で、先祖代々の魔導書を片手に、魔術には自分を殺す術があると信じた。

 なら、肉体の滅びが無いのなら、魂を滅ぼせばいいと、白魔【サクリファイス】──換魂(かんこん)の儀式で大爆発を起こして、派手に死んでやろうかと、模索して自殺を決行した。

 しかし、爆発はしたにはした。しかも、想定以上の大爆発が発生した。だが、その爆心地で、一糸まとわぬ姿で目を覚ますこととなった。霊魂への損害は零。流石に魔力は食われまくりマナ欠乏症とはなっていたが、そんなことはどうでも良かった。なぜ失敗したのか、混乱に陥った思考を冷静にさせるため、自分の親指を食いちぎった。それが久しぶりの食事となった。

 すぐさまもう一回、魔術方陣を組んで、また、大爆発を起こした。次に目覚めた時は夜の帳がリサの身体を包んでいた。またもや、想定以上の大爆発が起きたと見られる巨人の足跡の様な爪痕に……無傷。肉体の損傷は無論。霊魂の一欠片も減っていない。

 何故、何故と悩み魔術方陣が間違っていないか、布ひとつ纏わない体を冷やす夜の冷気などものともせず、そんな事を調べ尽くし、しかしどこも間違っておらず。出た結論は本当に『偶然』。それ以外言いようのない結果に、自棄を起こし、もう一回、魔術を儀式を行おうというところで、大爆発の音を聞き駆けつけたセリカに誰何(すいか)された。

 セリカは新しく見つかった遺跡からの帰り道だったという。

 その時のリサはリサ自身気付かなかったが大粒の涙を流し、その頃知り合ってもなかった赤の他人のセリカに抱きついた。苦悩を吐いた。

 それからは、近くの街でセリカが買ってきた衣服を身に纏い、セリカの屋敷に一ヶ月世話になり、また旅に出たのだが。

 

「……グレンはあと一日くらいで帰ってくるよ」

「そうか」

「私は少しここに世話になっていいかい? 銀行に質素な一軒家買っても余った金で一生暮らせる位は預けてあるが……流石に今すぐ出ていく気にはなれんくて」

「いいぞ? というかいい加減定住しろよ。お前に会いたくてもどこにいるか分からないと本当に不便なんだぞ?」

「そいつはごめんなぁ。そういう性分なんだぜ。生まれつき」

「一軒家くらい買ってやるし、なんならここにずっと住んでてもいいんだぞ? どうだ? グレンと私とお前で住まないか?」

「うんにゃ、御遠慮しとくぜ。仲睦まじい親子の間に入るのはちょっとなぁ。家も自分で買うさね。だがまあ、フェジテに住むのもいいかもしれんか」

「おお! お前も遂に引っ越すのか!」

「引っ越すってなんだそいつぁ。あれかい? 今までは、旅に住んでたってか?」

「正解だ。……よいしょっと……善は急げ、だ。こんな物件はどうだ?」

「おま、早いな。この展開予測してたんか!?」

 

 そう、今まで何処に隠していたのか、不動産のビラを取り出すセリカに驚く。

 そして、ビラを覗き込んだリサがさらに驚く。

 

「高すぎんだろが、馬鹿かい! 私の貯蓄ぶっ飛ぶわ! 何サラッと貴族屋敷選んじゃってるんだぜ!? 金銭感覚どうなってんだい!?」

 

 チラシのセリカが指さす先にあったその物件は、射影機で移された、それひとつ見るだけで高額と分かる程の豪華で豪奢な屋敷。街にあるような二階建ての一軒家の平均価格から桁が3個ほど違う。何言ってんだこいつはと頭を抱えるリサにセリカは悪戯が成功した子供の様な顔を浮かべて。

 

「はははっ、冗談だよ。私が勧めたいのはこっちだ」

「セリカがやると冗談に聞こえないということを学ぶべきだと思うぜ?」

 

 再度、指を指した先を警戒しつつも見ると今度こそはまともな物件。

 地上二階、地下一階。魔術師としては研究用の地下が欲しかったリサには願ってもない家だ

 価格も良心的。中古というのは気にならない。ただ1つ異彩を放つ文字が書かれていた。

 事故物件。

 前の家主が正体不明の変死を遂げたらしい。

 

「こりゃーあれだ」

「おう、あれだ。楽しんでこい」

「いやー、あんがと。呪いで死んだ地縛霊なんてそうそう調達できねっから」

 

 そんな無責任なセリカの言葉に喜ぶリサ。別に虐められて嬉しい趣味がある訳ではなく、彼女の家の眷属秘呪(シークレット)に関係するのだが、今はいい事だろう。

 

「喜んでくれて何よりだ。明後日くらいに不動産行くか?」

「おう! 今から楽しみだぜぃ!」

 

 酒でも呑み始めたのか、声が騒がしくなる。

 勿論、方や金髪に紅玉(ルビー)の瞳を輝かせる家主(セリカ)の声、方や草原の様な黄緑色の瞳に長い薄桃の髪を持つ少女(リサ)

 鮮やかな四色を揺らして、からから、ころころ、夜の帷が降りてからも、日が変わってからもセリカ邸には笑い声が響いた。内に秘める、暗い感情は、酒に酔わせて眠らせて……。

 

 

 翌朝、2人が二日酔いに苦しんだのは語るまでもないだろう。




セリカの口調むずかしい。


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4.phantom 1

今回まさかの5000文字ごえ。
ちなみにここから「phantom」の名前が付く話が終わるまでが作者最大級の黒歴史。正直読まなくてもいいレベル。


 きぃっと少し古いからか扉を開けるだけで音がする。

 木製の扉の隙間より差し込む光と、少女の影。

 影と光は飛び散り木の床に乾いた血液が被さって、壁に掛けられた絵画は顔を歪めて少女を凝視している。

 木造建築の家のなのだが、壁の木目全てが瞳に見えて少し恐ろしい雰囲気を醸している。

 

「うっわぁ……。心霊現象が起こりますと言わんばかりなもんじゃあ、ねえですかい」

 

 愚痴りつつも扉を更に開けて、その家の中に入る少女─リサは買った事故物件を早速覗きに来たのだが、明らかに可笑しい空間に若干の呆れを孕んだ顔で扉を……閉めた。

 再び、闇に支配された空間。外が昼か夜か判断がつかない程、光が、無い。

 

 一応、扉の取っ手をもう一度回し開こうとしてみても、何故か空くことは無い。きっとこの扉は魔術……いやそれ以外の手段であったとしても無理やり開けると余計に危険なことが起こるのだろう、何があるかは知らないが、とだるそうに長方形に紙を切った札を取り出すと口をごにょごにょと動かして微かに口から漏れた声が呪文を唱える。

 

 札が日輪の様に発行して闇に包まれた室内を包み込む。未だ瞳孔が開いており、閃光弾に焼かれたかの様に白い視界を窄める。

 

 札の仕組みは有事の際に使われ、通常は学院に貯蔵されている《魔導師の杖》と同じ、予め1つの魔術式が組み込まれており、規定の呪文を唱えると明かりが灯る。呪文を即興改変して短くすることも出来ないが、一部を除き、カミハ家の眷属秘呪(シークレット)以外、人並みに扱える魔術がないリサにとってありがたい代物だ。

 

 一瞬、リサの視界に、モノクロの奇妙な男性の顔が大きく写り込むがすぐ消えた。それをハイハイテンプレテンプレとクスリと笑い一蹴するリサ。それにはこの現象を作り出した霊も少し怯えたのではないだろうか。

 

「とりま……地下室(楽しみ)は後に取っておいて、先に1階と2階を廻るかね」

 

 呟きを残して礼儀正しく靴を脱いで玄関に置き、その場去って行った。

 リサにとって土足は厳禁なのである。

 

 

 

 リサが玄関から1番近い木で作らてた片引き戸を開けるとそこは便所だった。死臭が漂うので直ぐに閉じた。自作した圧縮凍結保存してある御札型の巻物(スクロール)を解凍して数枚貼り結界構築、封印した。

 

 

 

 その向かいの部屋を開けるとそこは居間だった。

 寂しく佇む木製の丸椅子と机、二つとも年季を感じさせるお爺さんと言った感じの木材出できている。机の上にはスープ皿が置かれている。そして壁の1箇所にはカーテンが掛けられ、恐らく後ろは窓があるのだろう。

 ただ、それだけの空間だった。

 

 少し気になり近寄ったリサが皿の中を覗くと赤い液体で満たされていた。

 まるで絵の具をいっぱいいっぱいに詰めたかのようなそれ、それにリサは指を突っ込み。

 

「文字通りの絵の具じゃねーかい!」

 

 鉄の匂いがしないことに気付いていたリサは怯えることも無く皿を持ち上げて床になげつけ叩き割った。

 バリンッと大きな音を立てて割れ散る皿には赤い絵の具が付着し、破片破片がまるで花弁の様。

 そしてその音に呼応するように、どた、どたどたどたと何か大きな生物の足音が2階、いやリサの真上にあるであろう部屋から聞こえる。

 

「あれま、誰か起こしちまったかな」

 

 不穏な気配が流れるも臆することなく、大して気にしない様子で、次はカーテンを引いた。

 

 

 ──リサの視界に移ったものは瞳、耳、鼻、指、一体誰のものなのか、大量の人体部品で埋め尽くされた外はぐちゃぐちゃで。あまりにおぞましいそれらは人の正気を削り、吐き気を催させる。狙ったかのように圧力で圧迫されていた黄緑の瞳が破裂した。

 まるでお前もこうなるぞと暗示するように。

 

「あー……うん、すまんな。私、目が潰れてもすぐ再生すっから、示されてもどうでもいいんだわい」

 

 肉塊達が少しガッカリした様に見えたのはリサの幻視だろう。

 

 

 

 用が無くなったからと居間を後にし、外に出てまた玄関に直接繋がる廊下へ出た。

 玄関をちらりと見てみるといつの間にかリサの靴が消えていた。

 

「うっわ、私なんかの靴盗んで何するつもりなんだか。変態なんかい、この現象作った幽霊は」

 

 逃がさないと伝えたかったつもりなのかと思われるが、単純にただ引かれただけの幽霊さんが可哀想に思えてくる。

 

 

 

 リサが、階段に1番近い1階最後の部屋に入ると、そこは台所だった。

 何故か視界が少しぼやけるため、近寄ってものを確認しようと踏み出すと足に違和感。

 裸足の可愛らしい少女の足には割れた皿の破片が突き刺さっており、よく見ると床に大量の皿の破片が散乱していた。

 

「つってーよ」

 

 痛覚が正常に存在しているリサは痛みをきちんと感じるのだ。霊的ではなく物理的、これが初めて、ここの幽霊がリサの顔を歪ませた瞬間だった。

 

 リサは白い破片を引ん抜くと床に投げ捨て、足の再生を見届けると、床に散らばる皿達を黒魔【ゲイル・ブロウ】で端っこに吹き飛ばした。

 哀れな皿達は抵抗することも出来ず部屋の端で大きな音をたてて集まった。

 

 まずコンロの上に置かれた深鍋を調べようとリサが蓋を開くと中に詰まった、歪めて叩き潰したかのような成人男性のものと見られる顔が目を見開き、その歪んだ目でリサを視界に収めると、リサに向けてごぼっと血を吐き出した。

 

「うわっ……! うえぇ……服に着いちまったじゃねーか、くそ。うわ……何だこの血はよ! 妙にネチョネチョしてるし……無駄に染み込むし……体まで濡れて……うわぁ」

 

 少しも怯える様子なくいリサだが、まだ気持ち悪くて顔を歪められたと満足そうな顔でもう一発、血反吐を吹いて再び眠りについた。

 

 ぷちんっ……何かが切れる音がした。

 

「《こん・にゃろう・ふっ・ざけん・なぁぁあああ》!!」

 

 心霊現象に巻き込まれている者とはとても思えない大声で、即興改変した錬金【アシッド・ミスト】を行使。リサが大の苦手な錬金術だが、怒りに任せたお陰の即興改変。そんな理不尽な憤怒の嵐にみまわれた哀れな鍋と肉は、元が肉体とは思えないほどドロドロに融解し、そんな肉体も飛び散ってリサに付着する。

 しゅうっそんな音をたてて酸が少しリサの服を溶かすがほんの小指ほどなのでリサは気にも停めなかった。

 

「ひっ。なんか、とてつもねー執念を感じるぜい……いやほんとな。どうすらいんだよ……。下着まで血塗れなんだが……うっへぇ……気持ちわりぃ……」

 

『霊より物質に怯える』、日頃より神秘に身を置く魔術師故か、それともリサが特質なだけか、どちらもか。まあ、ここまで色々な事が起きておいて恐慌に堕ちない者は、魔術師といえどそこまで多くはいないだろう。誰であろうと少しは困惑するはず。

 そんな『普通』は気にも留めず、赤く染った画布(キャンバス)にも見える灰色かったパーカーに似た服と、黒に近い色をしたスカートにはもはや思考の端にも存在しないかのように、台所の食器棚などを物色して。

 

「ちっ……なんもねえや……」

 

 落ち込むリサ。

 

 

 

 物色を終えて廊下に出ると視界に吐き気を催す程、美しい(きもちがわるい)何かが映った()()()()

 正直どうでもよかったリサは無視して二階へ上がる事にした。

 木造りの急な軋む階段を、ぎしぎしと哭かせながら登る。

 一階と二階の境界、階段の中心部、そこから、世界が赤黒く塗り変わった。入口の物とは違い、まだ乾いてない新しい物。勿論、台所の絵の具などではなく、正真正銘の鉄が香るそれ。壁に床に天井に、一面に塗りたくられた嘗て人の体内を循環していたであろうそれ。急勾配な階段が更に滑りやすくなったため、壁に手をついたリサには血液が暖かく感じられた。首を傾げて手を離してみると、触れていた場所に残るには手の跡では無く嘆き苦しむ男の顔。リサの記憶が間違っていなければそれは玄関でテンプレテンプレと流した男の顔が10歳も20歳も老けた様な物。……いや、者。

 

「趣味、わっる……!」

 

 先程、生物の気配がした所に向かう途中だと追うのに悲鳴でもない声を大音量で言い放つリサに血出できた男の跡は少し顔を曇らせた。リサは既に見ていなかったが。

 

 

 

 二階には二つの部屋と二つの窓があった。無論窓の奥には人体部品。

 

「呪いの正体は、バラバラにされた人間か何かなのかいねぇ?」

 

 まあ、近い順に探索すればいいと取っ手に手をかけたリサを襲ったのは脱力感。まるで取っ手に体力を吸われる様な感覚に。

 

「はいはい、もう気づいてっから。幻覚を起こさせてるだけなんて誰でもわかっから」

 

 無視して扉を開いた。

 そこは書斎だった。

 三方を本棚に囲われ、歴史書魔導書医学書物語……etc、本のカバーで虹を作った芸術。本の世界、そう言わざるを得ない、普通なら圧倒される筈だがリサの視線はその本ひとつに釘付けとなった。

 まるで気付くなという程、色薄く、気配薄く、物理的に薄く、手に取ったリサがふっとカッコつけて息を吹いてホコリを払い。

 

「……ごほっ、ごほっ……ごほごほ……うぅ……」

 

 盛大にむせた。

 涙目になりつつ、落ち着いてから、一度、ふぅ……と息を着き、本の題名を見る。

 

『日記帳』

 

 黒いインクで書かれたその文字は掠れていて、だと言うのに読みにくいということは無かった。

 

「日記帳ぅ……? だれのだい?」

 

 興味を引かれ本を開いたリサは文章を読んでいく。

 

『聖歴1821年〇月〇日』

 

 だいたい30年前に書かれた物のようだ。

 

『日頃から毎日欠かさず付けていた日記帳だが、今日引っ越したことを境に新しいものに変えてみようと思う。

 引っ越したここは事故物件だとか何とかでだいぶ安かった。

 聞くと昔の持ち主が屋根裏部屋でバラバラになって見つかったらしい。事件は未だ迷宮入りだそうだ。暇が出来たら見に行ってみるといいかもしれない。

 それにしてもここはいい家だ。魔術研究用の地下室も書斎となりそうな大きな部屋もある』

 

 一頁目はこれだけだった。

 リサ次の頁を開くとそれは三日後の物だった。

 毎日欠かさず付けていたんじゃなかったのか、と 日記帳に白い目を向けるも、続きの文章を読むとその瞳は輝くものに変わった。

 

『今日は昔の持ち主がバラバラに見つかった屋根裏部屋へ行ってみた。

 幻覚か否か、バラバラの女の死体が見えた。

 あれは呪いかなにかだろう。明らかに切り口も何もかもがおかしかった』

 

 その次の記述は一年後、聖歴1822年の事。

 

『もう終わりだ。

 ここからは出ること─出来ない。

 あれは呪いなんておぞましいものではなかった。もっと単純──のだった。

 嫌──だ嫌だ、死────い、消え─くない。

 あ─は生─た───呪─だ。何が目──こ───幽───に────げよ──してい─』

 

 文章が終わる頃にはミミズがのたくった様な文字が多くなり何を書いてあるのかが理解できない。

 

「あーっくっそ。クソ重要な情報を適当に書くなよウマシカかこいつぁ!」

 

 危うく怒りに任せ、日記帳を投げ捨てそうになるのを抑えて次を開く。

 

『聖歴    年 月 日』

 

 もはや年月を書く精神さえ残っていないのか日記帳の年月の欄には何も書かれていなかった。

 

 その代わり──

 

『もう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ鉄は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌嫌嫌だ虹は色は灰色も緑はいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ鉄は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌嫌嫌だ虹は色は灰色も緑はいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ鉄は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌嫌嫌だ虹は色は灰色も緑はいやだいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだあかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか』

 

 一体、何を体験したのか。

 文字が乱雑に、ただ恐怖と狂気を書き連ね。

 その日の日記にはまだ白い場所を探すのさえも憂鬱になるほど一面に文字が黒く刻まれている。

 それはとても怖がりの幻覚とは一蹴できるものではなく、読む人間にまで恐怖を植え付ける。

 然しものリサも少し不安げな顔をしている。

 

 その表情とは裏腹に、リサは先程血液を吐きかけられた時以上に怒りに燃えていた。

 何故か、それはリサがこの頁を見て、流石に少し怯えた時にそれは起こった。

 

「きゃぁァァァアアアアアア!!!!」

 

 本が突如、甲高い女性の声で悲鳴をあげて、ごばっと開く本を口の様にして何処からか血を吹いた。

 そして、顔面に直撃した……勿論リサの。

 

「ははっははは……」

 

 カタカタと肩を震わせて笑うリサ。

 

「ははははははははははは!! くっそ……こん、ばか幽霊屋敷ぃ! テメーらは、人をビビらせんのに、同じことしかできねーのかい! ワンパターンなんだがよ! 今回に至っては鼻ん中に鉄の匂い充満して激痛が走ったわ!」

 

 床をバンバンバンと思いっきり踏み、怒りに任せて日記帳を地面にぶん投げる。

 

「《もーえろ・やーけーろー・ちっせー火ぃーで・むざんに・もーえーつーきーろ》ッ!」

 

 黒魔【ファイア・トーチ】。三節の呪文を態々、五節にまで伸ばして恨むをぶつけながら唱えるところは本当にイラついているのだろう。

 再び、今度は苦しむような音をあげて燃え尽きた日記帳は灰も残さず消えていった。

 

「あはははっ。くそ、怖がった私がばかみてーじゃねえかよ」

 

 リサはイラつきがままに書斎の戸を乱暴に開けて出ていく。

 次は二階のもうひとつの部屋だ。




参考にしたホラー作品はなにかと聞かれれば、まあIbとか、クトゥルフとか。

あと錬金【アシッド・ミスト】はさっき考えましたけどなんかこんな感じの術あった気がする……酸毒刺雨以外で。


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5.phantom 2

主人公の思考を表す語彙能力がないクソ作者です泣いていい?


 そこは寝室だった。

 ひとつのベットと、ひとつの小さめの机と椅子。

 現代日本人がみたら旅館の部屋とも言いたくなる部屋。

 ベットの上には白い布団と紺青の掛け布団。

 机の上には小さなランプが橙に淡く光っていた。

 

「んだよ。変な匂いがすんぞ」

 

 おぇ、と吐くマネをして鼻をつまみ匂いの原因と見られるベットの掛け布団を勢いよく捲りあげた。

 

 鉄、汗、そしてリサに覚えがない匂い。

 混ざった三つの匂いが悪化して充満して、最早鼻をつまむ事すら意味をなさなくなる。

 息すら吸いたく無くなる匂いに苦しみながら、ベットの上に転がるそれをリサは見た。

 

 苦痛に喘ぐ顔をしていた。

 まるでこの世の地獄を経験したかのような、楽にしてくれと言わんばかりの顔を。

 手を縛られていた。まるで所有権を主張されるように。

 どう見ても年端もいかない少女だった。

 もうやめてと叫ぶ幻聴がリサの耳に届いた。

 悶え苦しむその姿は一糸も纏っていなかった。

 生きていなかった。もう既に息絶えていた。

 

 ──そして何より、リサは視線を下ろした先にあるそれを見てこの家の現状を理解してしまった。

 

 下半身、いや股間から垂れ落ちる白く濁った液体とそれに混ざる少量の血液を見た。

 

「なんだよ。この家は……」

 

 足は太腿から先は無くなっていた。

 まるで逃がさない為のように。

 

「あっ! ああ! ……くははははっ。そういう事か、道理で……くくくっ……」

 

 狂ったように笑いだしたリサの瞳は一切笑っておらず、自分が血反吐をかけられた時よりも、本が吐いた血が鼻に入って苦しんだ時よりも、怒っていた。

 

「……初めにおかしいなと思ったのは、本当についさっきだい。日記帳に『昔の持ち主が屋根裏部屋でバラバラになって見つかった』と書かれていたつーこと。そして日記帳の持ち主が見た死体は女の物だったつーこと」

 

 ゆっくりと、誰もいない世界の中、独白をする。

 

「私は窓の外にバラバラの死体を見たよ。確かに、バラバラな死体だったさね。だけんなぁ、瞳の色に同じものはなかったんだい。つまりは全部、違う者の物ってこったろ?」

 

 どこまでも、口元の笑みは崩さずに。

 

「何人、この家で、怨念になるよーな死に方をしたんだろうなぁ。窓の外に見た部品で考えるとありゃ20人の分はあったんだ。あとあの鍋ん中の男にモノクロの男に額縁ん中の絵……そして、今私が見せられてる目の前の幻覚(おんなのこ)……なんだい? この家は。呪いの住処かなんかかぁ? 

 私が気付けない程の悪霊や怨霊つったら、それはもう、多すぎて、隙間ないから、何も分からない……そういう事かい」

 

 一人で何かを納得したリサは幻覚と判断した少女に触れた。

 ふわっと臭いも声も姿も、何処かに去っていってしまった。

 

「辛かったろうなぁ……私の予想じゃあ、お前さんが最初の亡霊だろう?」

 

 そう言って、もうここには用はないと部屋を出たリサは階段を降りて地下へ向かう、ここの元凶を確かめるために。

 

 

 

 カツンカツンと地下に降りる石の螺旋階段を下るリサの目に飛び込んできたものは、如何にも魔術師の研究室という場所。

 とても古い髑髏、魔獣の生きた心臓、人間の脳髄、処女の皮……。

 

「ちっ、前の持ち主は外道な魔術師てーことで確定だな。まあい……。

 

 ─────ッ!?」

 

 部屋の中心に立ったリサは、不自然に飾られた白紙の大きな額縁に吸い寄せられた。

 完全に体の制御は持っていかれ、リサよりも少し大きい絵に進行し……手を着けた。

 

 白紙を通り越して絵の中へと入っていく感覚に、リサは意識が白く埋まる気配と共に、現実と人が作った空想の境界を超えたのだ。

 

 

 

 白、白、白、白、白、白、上下左右前後全ての壁が白で埋まった部屋にリサは寝ていた。

 気が狂いそうになるほどの真っ白。光源もないのに明るく見えるのはここがそういう世界だからなのだろう。

 魔術的にも証明は可能な空間だから、リサは戸惑う事は無い。

 

「ここは……絵の……中かいな?」

 

 何処へ向かう事も無く、その声は掻き消え静寂をまた作る。

 リサの言うように、ここはまるで白紙の画用紙。

 

「さて……どうやってここから抜け出そうか……」

 

 そういい立ち上がったリサはもう一度、全体を見渡す。

 

「本当に何も無いなぁ……」

 

 困ったように頭を掻くと何かを思いついたようで、そうだっと広げた手の平を上に向けて拳で叩く仕草をする。

 

「何も無いなら作ればいいんだいっ!」

 

 そう言って永続付呪(パーマネンス)してある白魔【フィジカル・ブースト】に魔力をつぎ込み床を強化された拳で殴りつける。

 

 ばこっと壊れた床。

 

「ふぅ……これで、何も無い部屋から床が一部壊れた部屋に変わったぜ」

 

 あまりに阿呆らしい理論だが、正解だったようで部屋がぐにゃりと曲がり、今度は薄桃の壁に黄緑の床と天井というまるでリサの様な部屋になった。

 

 前の部屋とは違い、部屋には窓が三方に置かれており、ない一方は木材でできた扉があった。

 

「どーせ、窓の外にゃ、同じような光景が拡がってんだろうよ」

 

 向かって右側の窓に近づき、外を見るとそこはリサのいる部屋に似た空間。

 ただ1つ違うのはリサのいる部屋の何倍も大きく、リサの入っている部屋と同じようなものなのだろう部屋がそこからひとつ見えるのと、そして何より、熊のぬいぐるみが四、五匹徘徊していた。

 

「はぁ!? ──ッ!」

 

 驚いたリサは大声を出してしまい、それが窓の硝子を通して外にまで響いた。

 その音に気づいた熊のぬいぐるみ皆が一斉に窓の中に見えるリサを黒く混沌に満ちた瞳で凝視する。

 そして、てこ、てこ、てこ……。

 ゆっくりゆったりとリサのいる部屋に近づいて来た。

 

「……ッ!? くっそっ! やっちまった!」

 

 大きな音をたてて開く扉の音に振り向くと、一体どうして扉を開けられたのか、小さな熊のぬいぐるみが、何を持つことも無く小さな足で歩み寄る。

 

「あーもうっ、悪霊とっ捕まえて傀儡にしちゃろうとしていたんになしてこうなっとんじゃい!」

 

 リサが叫びながら左腕を横に薙ぐ。

 舞い落ちる粉雪、ハラハラと踊る極小の紙。

 

「《鬼神(おにがみ)共・亡霊共・従え》──ッ!」

 

 リサの響く声に呼応して、白雪は人形(ひとがた)と成り、風に煽られたようにパッと見て百は超える紙吹雪が物量をもってぬいぐるみを押し返す。

 刹那。

 ぬいぐるみに張り付いた人形が、轟っと燃え盛り、後には紙とぬいぐるみの灰だけが残る。

 

「ふぅ……あっぶね」

 

 額の汗を拭う仕草をして危機迫っていたという雰囲気を醸すリサの顔に浮かぶのは焦り。

 人形達は汗を拭った手を振り下ろすその行動ひとつでリサの手の中に戻り、圧縮凍結。

 手の中に残った小さな紙をパッと何処かに一瞬で隠す。

 それはまるで舞台を終えた役者を裏へ戻す様。

 

 リサが部屋から出ると一面に広がる灰の海。

 人形が仕留め損ねたのか有り得ないほどの速さで足を動かしてリサに飛びかかってきたぬいぐるみはリサが直々に【フィジカル・ブースト】を載せた拳で鉄槌を下す。

 すると最後の一体だったためか、倒れたぬいぐるみもぬいぐるみの灰もマナに還元され付近の壁や床に吸収されていく。

 ぬいぐるみの灰が消えて、前より見やすくなった黄緑の床にしゃがみこみ、人形の灰をどかして軽く魔術的な検査をするが何も分からない。

 

「まっ、そんなもんかねぇ」

 

 もとよりなんの意味もないと悟っていたため落ち込む様子も無し。

 

「さてさて……」

 

 まずはと部屋から出て左の方にあった筈の部屋へ向かうと、窓から見た時は見えなかったが扉の横に『正位置の間』と書かれた細い木の看板が掛けられていることに気付く。

 

「ふむ……?」

 

 疑問に思い、戸を開けたリサの瞳に飛び込んできた光景は酷いものだった。

 

 中央には、明らかに人の手首を結び吊るすための鎖とその先の手錠。

 如何なる素材が使われているかは与り知らぬが使い古されたような鞭が無造作に転がる。

 部屋の隅には四肢を拘束する用途のベット。

 右の壁にかけられた猿轡と小型のナイフ、ノコギリ。

 男性のアレに似たソレ。

 まあ……つまり、なんだ、その……あれだ。

 

「……えぇ……。これに遭った奴に同情するぜぃ……。持ち主も、よくこんなに拷問具集めたな……」

 

 その他、大量の拷問器具に若干頬を引き攣らせて一歩下がる。

 

「私、態と外道な奴らと繋がってる悪い貴族に売られて、その家滅ぼしたこたー何度もあるから、売られてそうそう拷問器具だらけの部屋へ連れてかれたこともあっけど……ここまで酷いのは初めて見たぜぃ……」

 

 そして扉をバタンと閉め、部屋から逃げた。

 

「いやまあ、毎度なにかされる前どころか、売られて隙が出来たら直ぐに、虐殺作業に入ってたからあんな器具も男も経験したことない

 がなぁ……くかか。初めては誰にも……いや、おにゃのこがいい」

 

 巫山戯、笑いつつも部屋から逃げたリサの視界に映ったのは、リサが初めにいた部屋とその奥にある別の部屋。

 その部屋にも看板がかけられているようでその文字を見ると『正直の間』と書かれていた。

 

「……あぁ? 向こうが正位置でこっちが正直ぃ? どーゆーこっちゃ」

 

 頭に疑問符を並べ、暫く思考に沈んでいたリサは取り敢えず中を見ないことには始まらないと取っ手に手をかけて中を見る。

 

()()()()には、明らかに人の手首を結び吊るすための鎖とその先の手錠。

 如何なる素材が使われているかは与り知らぬが使い古されたような鞭が無造作に転がる。

()()には四肢を拘束する用途のベット。

()()()の壁にかけられた猿轡と小型のナイフ、ノコギリ。

 男性のアレに似たソレ。

 まあ……つまり、なんだ、その……あれだ。

 

「前の部屋の物と位置が違うだけであるもん同じじゃねえかい!」

 

 その他の拷問器具も、リサの記憶の限りでは抜けた物も増えたものもなく、ただ位置が変わっただけだった。

 バタンッと大きな音をたてて扉を閉めて、再び思考に沈み込む。

 

「はぁ? この状態で謎を解けと申すの?」

 

 あまりにヒントが無さすぎるため、できることを片っ端からしてみることにした。

 

 再び『正直の間』に入ったリサは取り敢えず鞭で左腕を打った。

 

「つったあああああああ!!! ああもう、拷問器具のどれか使えば正解なんて考えは無しじゃ! 除外除外!!」

 

 左腕を抑えてしゃがみこみ悶えるリサはこの可能性だけは除外した。

 

「ふぅ……つてて……」

 

 長い時間をかけてやっと回復したリサは部屋から一歩出てブツブツと呪文を唱えた。

 

 突き出した左手から発生した炎で部屋全体が火の海と化す。爆風は扉からしか抜けることは出来ず、結果として術者のリサが莫大な風に煽られ、吹き飛び、壁に衝突し、首やら手首やら足やらがありえない方向にねじ曲がったのだが、それはリサの異能で一分も経たず元に戻る。

 

「やっちまった……爆風について考えてなかったぜぃ……」

 

 ふらりと再生した手足を動かし立ち上がり『正直の間』に戻る。

 するとそこには火も破片も無く、無傷でご健在な拷問器具達がリサを見て嘲笑っているようだった。

 

(まあ……この空間のルールなんだろうなぁ……)

 

 なんて、お気楽なことを考えながらも別で解決策を思考する。

 

「こっちが正直で向こうが正位置。拷問器具の正しい位置について言っているなら正位置が正しい思うかもしれんけどもこっちが正直。どっちも有り得そうなんだがなあ。だからあえて何も関係してこない初めの部屋に行くのもありかねぇ……」

 

 初めの部屋に歩を進めるリサはそんな事を誰に言うでもなく口にする。

 そして初めの部屋の扉を開けるといつの間にやらそこにそれはあった。

 ポツン……と佇むそれは……。

 

「はぁ? チン……What……?? おいどういうこったよ。なんでナニの形の拷問器具が部屋に置かれてるじゃい? なんなのだ? 御神体なのかい?」

 

 訳が分からないと頭を抱える。リサはまたもや熟考する。

 

 そんなリサが顔を上げると上から人を立たせたまま手首を吊るすためにしか思えない鎖と手錠の存在に初めて気付く。

 ふと……その考えを思いついてしまった。

 正直、嫌だが、正解だというのなら仕方がないと再び『正位置の間』にたどり着いたリサはナニらしきアレと鎖の位置、鎖の長さ調節機能と長さを確認すると『正直の間』に向かい、鎖の位置と長さとナニらしきアレの位置を『正位置の間』と同じに変えて、それ以外の拷問器具を部屋から持ち出し始めた。

 

「ふぅ……よいしょっとぉ! ベットを持ってくのがここまで疲れるとは思わなんだ……。だがこれで正解だったらいいなあ!! よいっしょっとこらしょっ!」

 

 最後の拷問器具、ベットを狭い扉から何とかだし終えると、空間が歪み始める。

 

「ここに置かれていたのは確かに家主が持っていた物だったんだろうなぁ」

 

 答え合わせだとばかりに口を紡ぐ。

 そして部屋から出した拷問器具類を一瞥して。

 

「確かにこの拷問器具共で拷問された奴らがこの屋敷には蔓延ってるんだろうがな、今回ここの空間を担当したやつぁーナニっぽいやつと鎖で拷問……いや虐待? まあどちらでもいい、それを受けたんだよ。

 正位置は本当にまんま正しい位置つーこと。

 正直は空間の担当が受けたのは全部ではない訳だった。だから全部あるのはおかしいんじゃよ。

 そしてしーかーも、正位置とは違う場所に物が置かれていたんよ。

 初めの部屋にあったアレで拷問を受けた訳じゃから正直の間にそれだけを正位置に置けばいい訳なのだね、ふむ。

 

 ……結構ヒント見逃してる感じが否めないのだけど勘が正解っぽくて良かった」

 

 最後に格好のつかない言葉を残して歪む視界に次はどんなのだと喜色を浮かべ次を待った。




こんかいのおさらい
いっぱいひんとはあった。りさがなにもしらべずさいていげんでわかっちゃっただけ。
りさはしょじょ。
さくしゃはとりっくもこたえあわせもなにもいんぱくとをうけるようなものをつくれないあたまよわよわ(泣)

あと、人形は大祓の紙でできたあれを想像していただけると有難いです。

というか強姦をうけて死んだ霊を見て笑ってるこいつはほんとなんなんだ。


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6.phantom 3

圧倒的表現力不足。
語彙力過不足。
文法はぶっ飛びました。


 石造りの壁に床、何処か古城を思わせる風景に、リサは絵画の中から出てこれたのかと思いかけたが、眼前に伸びる通路にまだここは絵画の中かと悟る。

 通路の先にある両開きの扉からこちらの足元に向けて一筋の炎を想起させる赤い絨毯が敷かれている。

 壁には一定間隔で銀の燭台が掛けられ、蝋燭がほんのり通路を照らす。

 

「はぁ……向こうさんは、誘ってきてんかい?」

 

 血塗れた足の跡もほんのり濡れているようにしか見えない。

 温めるように優しく包むように絨毯が冷えた素足に触れる。

 

「妙に高待遇じゃなあ? なして、んなんなんかい……なぁ、黒幕さんよ」

 

 ガチャリ、捻って開けられた戸の先に立つ男は小豆の色をしていた。

 痩躯な髪も瞳も服も、爪にまで小豆色のネイルアートが施されている。

 にっこり微笑む優男は編み込まれたマフラーを纏っていて、やはりこれも小豆色。

 廊下と同じく石と燭台で照らされた空間になんとも違和感が溢れる人物だ。

 

「こんにちは……可愛らしい訪問者さん」

「ふむ、可愛いとはようわかってるなぁ。で、なんでかい? と聞いとんだけども」

「そんなに、焦らないでくれたまえよ。まずは楽しい会話をしないかい?」

 

 くかかっと軽快笑ったリサは。

 

「断るぜぃ」

 

 言葉尻にハートマークが着く様な音程で、めいっぱい笑顔を作って断った。

 しかし、とても態とらしい笑みの中には少なからず憎悪の念が混じった声色でもある。

 

「おお、こわいこわい。あれだけしか無かった情報で……ボクが一体全体、何をやったかまで暴いてしまったのかな? 全く、頭がいいのか勘が鋭いのか……」

「御託はいいからよぅ……とっとと話さんと堪忍袋の緒がプッチンしちまうぜ?」

「そうだね……こんなに可愛らしいお嬢さんを待たせてしまうとは大人失格だ。なんで高待遇だったか、だけでいいのかな? お嬢さん?」

「だーかーらー、とっとと話せい!」

 

 なんとも不思議な問答に、リサは怒るように、優男は満足するように答え合う。いや、両者一方的に話す。言葉のキャッチボールは殆ど成り立っていないと言ってもいいだろう

 

 だが、もう満たされたとばかりにやっと優男の口が開かれる。

 

「それはね、そんな不思議なお嬢さんに……ボクが恋したからさ……」

「……はぁ?」

 

 きらりと星が瞬く幻覚が、男の片方だけぱちりと閉じられた瞳から落ちる。

 リサは訳の分からぬ事を言われてポカンと呆れ顔しか出来ない。

 そんなリサを見た優男は故にね……と続ける。

 

「君を、犯したい泣かせたい壊したい行為の果てには殺したい! ……それを考えるだけでゾクゾクする! 君の霊はどれほどボクを憎んで死ぬのかなぁ? ボクを憎む力はどれほどボクに力を与えるのかなぁ! ははっあはははっははは!!」

「……っ」

 

 突如狂ったかのように欲望をさらけ出した男に流石のリサも一歩引く。

 これだ、これがこいつの、このおかしな屋敷の正体だと考えながら、先手必勝とばかりにリサは紙を飛ばした。

 

「ふふっ、あはははははははは……ッ!! それは、東方の式神かい? ふふふっくくくっ!!」

 

 殺到する紙吹雪に優男は軽い障壁を張って対抗する。

 

「ああああっはははははは……っ!! うれしい、嬉しいよ!! 《君はボクと・同じようなことが・得意なんだね》……!!」

 

 嬉しそうに、即興改変の詠唱を唱えると、リサの身体に異変が起きた。

 左腕が捻じ曲がったのだ。

 ありえない方向に、肩の付け根から爪の先まで、ばきばきに関節は逆へ、皮膚は絞った雑巾のように捻れ、爪は二又三又へ割れる。

 

「……ぐぁっ! つぅってぇぇえよ!! ……こいつは恨みか、怨念か!! ……お前、もしかして!!」

 

 普段より霊を司るリサは己の身に起こった事態を瞬時に把握した。

 そして、男の正体も。

 

「はははっ、ご名答!! ボクの固有魔術(オリジナル)小豆色の悪霊(マイ・カラー)】、簡潔に説明するとボクの魔術特性(パーソナリティ)【意識の集中・密集】を扱い悪霊や怨霊と呼ばれるものたちの発する呪詛を他人へと集中させる! つまり君と同じく霊を司るんだ! 嬉しい! 嬉しいよ!」

 

 うわぁと若干顔色を悪くして、もう話すのも面倒だとばかりに何かを合図する様に指を鳴らす。

 

 パチンッと弾ける音と共に男の視界に大量の光の筋が映った。

 鋼糸(ワイヤー)だ。

 蜘蛛の巣が三次元的に張り巡らされたかのようにいつの間にか無数の糸が張られている。

 

「なっ……」

「死んどけ」

 

 捻じ曲がった腕を再生させつつ、無慈悲に、鋼線に驚き意識を持っていかれた男に告げる。

 

 するとなんの脈絡もなく、男の両腕が焼き切れた。

 呆気なく空を舞って、蜘蛛の罠に掛かった虫のように絡まる。

 

「えっ? うっぐ、ぎゃぁぁああああ!」

 

 恐る恐る断面を覗いた男は垂れ滴る己が血液を見て、思い出したかのように痛みに喘ぐ。

 

「……くはっ……なんだ? 君も恨みを扱う固有魔術を扱うのかい? はははっ何処までもおそろい……ッ!」

 

 ひとしきり苦しんで、必死の思いで魔術で傷を塞いだ男は、何故かそれまでピクリとも動かたかったリサを見て……言葉が途絶えた。

 単純にリサが割り込んできただけのだが。

 

「馬鹿かてめぇはよ……ああ、いや、すまぬ、馬鹿だったなぁ。ただ鋼線で切られただけなんつー阿呆みたいな事にさえ気付かないったー笑える」

「はぁ……? わいやー? どういう……」

「まあ無理もないかい? それだけ私の術に完璧にハマってたっちゅーこったな。

 で、お前さんは一体何処の外道魔術師じゃ? 

 吐けい、まさか、天の智慧研究会つー事はないだろうに、何処だい? とっとと情報はきんさい」

「はははっ、君はどこまで知っているんだ? はっ……もしかして! ボクを元々好きで追ってたストーカーか何かかい? 正解だよ。ボクは天の智慧研究会 第一団 《門》の一人、そして君、ボクが劣勢だとどこか勘違いしてないかな? ボクはまだいつだって君に呪詛を掛けられ……ッ!」

 

 再び何かをしようと少し動いた男に無数の傷が刻まれる。

 何故切れたのか、男はその理由を知るはずなのだがどうやろうとも思い出すことは叶わない。

 まるでその存在にモヤがかかったかのような、その事を思い出そうとしても意識が向かず散開する。

 魔術の中には記憶の封印という物もあるがそれとはもっと別物。

 

「はぁ? お前なんかが、よーく天の智慧研究会に入れたなぁ。……まー、外陣(アウター)なら大したこと知らねえよなぁ。じゃあ……とっとと死んでくれよ」

 

 軽い口調で言ったリサが再び指を弾くと両腕を失った男の四方に札が一枚ずつ浮遊、回転を始める。

 更に男の頭上に一つ、人型が出現すると、それに向けて存在が引っ張られるような錯覚に陥る。

 

「いんや、錯覚じゃなくてじーじーつーだぜぃ」

 

 如何なる方法を持ってして、男の思考を読んだのか、考える暇もなく。

 男は、男の魂は、肉体の死という現象と共に人型へ吸い込まれて行った。

 

 男の死亡とともに崩れていくこの世界。

 その中、男が吸い込まれた人型を指に挟み、リサは笑ってこう言った。

 

「そういやー、私の人型(こいつぁ)……式神ですらないんけどなぁ……はははっ。それにしても、幕開けあっけなさすぎやしね?」

 

 

 

 今回のこの騒動、その概要は何とも単純。

 男は自分の固有魔術の強化の為に、まず、空き家だったこの家に適当な、街で捕まえた娘を連れ去り、強姦した。

 娘が男を本気で憎しみ、恨んだ所で殺害する事で、怨霊を意図的に作ったのだ。

 その後も、家を買って入ってくる新しい家主を男は怨念で狂気に落として殺し、女は辱めて屈辱を味あわせて殺し。

 そうやって三十と数年、家を男が作った怨霊と、男が元々連れていた怨霊、悪霊で少しづつ満たしていった。

 男の歳は悪霊や怨霊達の呪詛が集まり作られた空間だったため、若々しく見えたというどうでもいい要素もあったのだがそれは置いておこう。

 

 ともあれ面倒くさい一仕事が終わったと、家の玄関より外に抜け出したリサは、久しぶりの本物の空気を目一杯吸って、未だ血で汚れた服に頭を抱える。

 

 その日は、未だ家に住み着いたままの怨霊共はほっておいてセリカ宅でゆっくりしたいと、いつの間にか帳が降りた暗い夜空の元、帰ったのだった。




というわけで作者もなんで始めたか分からない事故物件編は終わりです。
2話目でセリカの指さした不動産屋のチラシにあった事故物件から完全に脳内プロットですら存在しなかったという。
しかも、2話投稿した後に考えてたのは、普通に事故物件にいる幽霊をリサが未だ正体不明の眷属秘呪で捕まえて強制的に従えるだけというだけの展開だったのに、どうしてこう、ホラゲみたいな展開に?しかも伏線も展開も何もかもが適当という助けてくれ。

あとさ……知ってるか? この二次創作、原作の出来事に関わったの全体の約6分の1なんだぜ?


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7.定住の祝い

セリカの!!
口調が!!!
ムズすぎる!
そして今回超難産!!!



 事故物件、いや溜まった悪霊怨霊その他幽霊を須らく人形(ヒトガタ)にしまい込んだことで今は事故物件とも言われている霊の1匹もいやしない一軒家の中、眷属秘呪(シークレット)を無駄に活用して、あっという間に掃除して見せるリサはその様子を玄関で眺めていたセリカに呆れられていた。

 

「はぁ……どうして、お前はそう眷属秘呪と固有魔術(オリジナル)しか才能がないんだ? 武術の才もほぼ無いし……まるで眷属秘呪の為に生まれてきたみたいじゃないか」

「そう言われてもなぁ……だってよー、才能がないもんはないんだからしゃーないじゃんかい」

「といってもな……10年以上前から毎日欠かさず暇な時間に必ず魔力錬成しているのに魔力容量(キャパシティ)魔力濃度(デンシティ)も微量しか上昇なし、だけど霊魂に問題があるかと思いきや、欠陥皆無、寧ろ良好過ぎるくらいときた。お前、グレン以上にセンスないぞ……? ……眷属秘呪と固有魔術以外」

「いや、眷属秘呪に関しても家の本を信じるに、私相当な落ちこぼれらしいぜぃ?」

 

 はぁ、と心配するように溜息を着いてわしわしと強く薄桃の髪を撫でたセリカはまあいいと前置きをする。

 

「やっと定住するんだ。グレンと同じようにお前も娘みたいなもんなんだ、なんかあったら言ってくれよ?」

「うっす。相も変わらず心配性だよなぁ……セリカは、つーかセリカの過保護悪化してねえかい?」

「だってよーしょうがないだろー? 最近、グレンが……」

「はいはい、わーたから上がって話そうぜぃ。……居間にゃ何もねえが玄関で立ち話するよりゃ楽だろうてんな」

「おう、すまんな。邪魔する」

 

 楽しそうに笑みを浮かべたセリカを、あの出来事の最中には椅子と机とスープ皿があったはずの部屋へ招く。

 如何にも引越し仕立てと言わんばかりに伽藍堂の室内に少し木の匂いが漂う。

 

「まあ、椅子がねーたー言ってねーけんよう」

 

 そう訳の分からないことを宣うリサは、掃除している人形の中から少し数を削って椅子のようにする。

 紙が舞って簡易的な丸椅子を作り上げる光景なんとも不思議なもので、一つ一つ紙の先端まで行き届いた制御は、明らかに人間の演算能力でできる代物では無い。

 

「全く、この制御で落ちこぼれというのならなぜ400年私の目に止まらなかった?」

「さあ、日輪の国の方に家があったとは書いてあらあねぇ。どっからか記録がこっちの土地に移っちまってるしいなぁ……だいたい、向こうの式神たー似てりゃーいるが此奴らは本質はもっと違うんだぜぃ?」

「人の形を模して切った紙に霊魂を降ろすという制御術や相手の精神を支配するという所は式神に似ているが……お前のそれは下手すりゃ【ゲヘナ・ゲート】よりも外法かもしれんぞ? ……まあ、だからお前はそれをグレンの前であまりつかわないようにしているんだけど」

 

 ぽんっと突然虚空より取り出した本をパラパラと捲りリサの先祖の記録を見ているリサは五、六枚浮かせた人形を椅子替わりにしており、セリカの座る椅子とは大違いで、傍から見ると空気椅子をしながら足を組んでいるように見える。

 しかし、慣れているのか驚くことも無く、セリカは続ける。

 

「お前から聞いたこの家の黒幕の悪行よりも外道かもしれないぞ」

「うんにゃ……確定で永劫の無を与える【ゲヘナ・ゲート】よりゃ、輪廻に戻してやることも出来る私んはまだ大丈夫だろう?」

「それはそうだが、うん。…………まあ、それより……お前、これからどうするんだ? 私の勧めで定住したはいいがまだやる事は何も決まってないだろ?」

 

 これ以上は不毛だと悟ったセリカは話を変える。

 

「ああ、それなんだが……」

「ん? なんか、やること決めているのか?」

「私……グレンが務めてるとこ行けねぇかねぇ?」

「奇遇だな……ちょうど私もそれを提案しようとしていたところだ」

「今すぐは無理だぞい? 転入の為色々な書類が必要だったりするんじゃないかい? だったらもうちっと待てい、こっちの生活を安定させんことにゃ……まだ色々足りんからな」

 

 リサの考えていたことが自分と一緒だとわかると顔を明るく嬉しそうな色を見せたセリカをリサは少し止めにかかった。

 

「そうか、まあ、見た目はあれだがお前はグレンの担当してるクラスの奴らと同じ年齢だ。準備が整ったら言えよ? もしかしたらグレンとこに入れてやることが出来るかもしれんからな」

「おう、頼んだぞ? グレンが一体どんな授業をしてんか楽しみでしゃーないんよ」

「ああ、そうだ、忘れてた……」

「……?」

 

 くくくっ、と笑って見せたリサをみてセリカは思い出したかのように手を叩いて紙袋をリサへ手渡した。

 

「ん? んだいこれ?」

「引越し……? 祝いだ。まあ細かいことは気にせずまずは開けてみてくれ」

 

 そう言われて、感謝を述べつつ紙袋に入った箱を取り出し開くとそこには色とりどりのお菓子が入っていた。

 途端に輝くリサの瞳、今回この街に来て初めて見せた見た目相応の表情だ。中身はあれだが。

 

「おお! セリカ、あんがとう。こん菓子はなんてんだい?」

「うん? ああ、それは私に流行りとかはさっぱりだからまだ理解してそうなグレンに選んで貰ったんだよ。だから、グレンに聞いてくれ」

「おう、ほうか、グレンもふりゃよかっはのにゃぁ」

「私もそう言ったんだが……あいつ恥ずかしがって、ぷくく……」

 

 リサは遠慮なくお菓子を口にして、その時の事を思い出したセリカが思い出し笑いを始める。

 自由人同士の会話は黄昏時まで続き、1日が潰れることになるのだがそれは語ることでは無いだろう。

 

 この後、セリカが持ってきた酒を飲み始めてグレンが迎えに来たのは別のお話。




未だ明かされない眷属秘呪だけど諦めてね、もう少し先に明かすから……ね?


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8.表の裏では

原作5巻の内容を2394文字で終わらせる作者がいるらしい……。


 木造家屋や小屋が疎らに配置され、針葉樹の雑木林や古代の碑石遺跡が所々に点在する風景はフェジテの市街地の高級住宅街が並ぶ地域とは大違い。

 緑の牧草地が穏やかな雰囲気を齎しすここはフェジテ東地区の市壁外。

 

 そんな郊外の風景に溶け込むように、その馬がいない豪華な馬車は佇んでいた。

 

「やっぱり、あれかいな」

「……そうですね。僕の結界に反応があります。あの馬車で間違えありません」

「……ふむ、確かに血の匂いが強くなって来たわい」

 

 そこに近づく4つの影があった。

 1人は、濃い青の長髪から冷淡そうな瞳が覗く男──《星》のアルベルト。

 1人は、軽くフェーブがかかった髪が特徴の、爽やかな雰囲気を醸す少年──《法皇》のクリストフ。

 1人は、やんちゃ坊主の様な雰囲気の筋肉隆々の老人──《隠者》のバーナード。

 1人は、これまた黄緑の瞳に悪ガキの様な笑みを浮かべる可愛らしい撫子色の髪を後ろの下で二つに束ねた少女──リサ。

 

 宮廷魔導士団特務分室のメンバーに紛れたリサを合わせずも、何も知らない人間からすれば一見なんとも凸凹な組み合わせの彼らは馬車の客車の戸の前へ着くと周囲に注意を払いながら、アルベルトが扉を開けた。

 

「……う」

 

 その途端、辺りに蔓延した濃厚な血の噎せ返る様な匂いにクリストフが顔を顰める。

 

「うっわぁ……まるまる悪夢の再来ってやっちゃな、こりゃあ」

 

 客室内の地獄の様な有様に、リサが肩をすくめる。

 

 それらは、生前の姿が判別困難な程、身体を崩壊させた遺体が血を流しながら転がっていた。

 派手に血を噴出したのか、床や壁、椅子、天井までもがどす黒く血液で染まっている。

 

「ほう……典型的な『天使の塵(エンジェル・ダスト)』切れの禁断症状で死んだ中毒者じゃのう」

 

 慣れた様子で観察し、死体の状態からそれほど『天使の塵(エンジェル・ダスト)』が投与されていなかったという事を事も無げに語るバーナードは髭を撫でる。

 

「噂には聞いていましたが……こんなに酷くなるものとは。リサさんは……そんなに気にしていないようですが、平気なんですか?」

「ん? クリストフ、お前、『天使の塵(エンジェル・ダスト)』に関わるんは、初めてかい? まあ、私もあの正義野郎がやらかした時に巻き込まれただけなんじゃがなぁ。あん時に、慣れたぜ」

「そ、そうなんですか……」

 

 ははは、と笑ってみせるリサに少し引いたのか、頬をひきつらせるクリストフは答える。

 

「……以前も、こういう事件があったんですよね? 当時の僕はまだ新人だったから、深くは関わっていませんが……」

「……安心しろい。私なんて関わったんは巻き込まれた所だけだい。それ以上は避けたんよ」

「今から1年余前の話になるな」

 

 くくく、とまた笑って見せたリサにアルベルトが補足説明した。

 

「あの一件で、随分と特務分室の仲間も減ったのう。リサちゃんが正義野郎と呼んだ物狂い1人のせいでな。……ところで、リサちゃん、何度も言うが、特務分室に入ってわしの……」

「いい加減枯れろ、ジジイ……その若い女の子がいいっつー思考にゃ賛成だがなぁ。そんなジジイに朗報だが、今回私が特務分室でもないのに参加したんは……」

「リサちゃんが学院に入るから、アル坊からの報告でこれはいい駒になるかもしれないわと笑っていたイブちゃんが、ルミアちゃんの護衛がリィエルちゃんだけでは少し不安だからと予定より早く特務分室に入れようとして、これはその試験かっこ仮かっこ閉じ、じゃったか? わし、知ってる」

「ちぇ、知ってたんかい。まあ、いい……そういうことだが……」

 

 突如、リサの言葉が途切れる。

 4人の間に先程までの穏やかな空気は消え去り、緊張が走った。

 

「おい、お前達、気付いておるかの?」

「ええ、わかっています、バーナードさん」

 

 その言葉を合図とするように、いつの間にかどこから集まったのか如何にも農民といった出で立ちの人間達が大勢で4人を遠巻きに取り囲んでいた。

 彼らはどこか機械的な動きで鋤や鍬や鎌などを構え、虚ろな瞳で視界に収めた4人に近寄ってくる。

 

「かぁ───ッ! この状況から察するに、あいつら、絶対『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者じゃぞ!? ぐっは、面倒臭ッ!?」

 

 バーナードがうんざりした様に頭を抱える。

 

「あいつらって、やたらとしぶといから嫌なんじゃよなぁー」

「めっさ同意だぜぃジジィ……。正直、不死者共のがよっぽど楽」

「この馬車を調べてからの、この襲撃……僕達は案外、この事件の真相に近づいているのかもしれないですね」

「いやぁ、わからんぜぃ。クリストフ、あんなあ、意外とちかよってるう思うても実は事件はグレンの前で起こってた……なんてこったよくあらかんな」

「なんで、グレン先輩名指しなんですか……」

「そりゃあ……」

 

 そこで会話にアルベルトが割り込んだ。

 

「無駄口を叩くな、翁、クリストフ、リサ。詮索は後だ。今は切り抜けるぞ」

 

 静かに一喝されると同時に、中毒者達が一斉に、信じられない速度で迫ってくる。

 

「ち──」

 

 アルベルトが予唱呪文(ストック・スペル)時間差起動(ディレイ・ブート)、それを更に二反響唱(ダブル・キャスト)すると黒魔【ライトニング・ピアス】の閃光が二閃、空間を突き、中毒者二人の脳天を正確無比に射抜く。

 

「《高速結界展開(イミッド・ロード)》……──ッ!」

 

 クリストフの実家、フラウル家が誇る、宝玉式結界魔術が、中毒者達を焼き、重力場で押しつぶす。

 

「ぬんっ……!」

 

 ひらりと閃くバーナードの極細の鋼糸(ワイヤー)が、中毒者を絡め取り、血の花を咲かせる。

 

「《我に耳を傾けよ・心無き者は下僕に・傀儡共は糸を切る》……! テメーら、同士討ちしてろい!」

 

 奇妙な呪文を唱え、いつの間にやら手一杯に持った、宝石の様な石を割って、その粉を周囲に振りまくリサが出した命令に中毒者達が従う。

 

 表舞台の裏で行われていた狂気的な劇は、今、苛烈を極めていた……。




本編で解説出来なかったリサについてのコーナ 第1回!
その栄えある第1回の内容は……ダダダダ……タタンッ!!
リサについて……ヒューどんどんぱちぱちー!!

リサ=カミハ
性別:女
得意な魔術:固有魔術(オリジナル) 眷属秘呪(シークレット)
苦手な魔術:得意な魔術以外(1部例外あり)
好きな物:若い女の子
嫌いな物:百合に挟まる男
異能:再生能力?

10歳になる前から成長が止まっており、セリカ曰く、「リサも永遠者(イモータリスト)かもしれん」との事。
作者の書く女の子で、胸のサイズが特に言われていなかったら絶壁と思って頂いて結構です。というかそう思ってください。作者は胸が無い方が好きです。
薄桃色の長髪と、黄緑色の瞳を持つ。
あと、何よりおかし……特徴的な口調で話します。
人の呼び方は基本的に呼び捨てで、あとはその場のノリと勢いで変えたりする。バーナードだけはジジイ呼ばわり。
グレンの軍属時代の関わり合いとかはきっと後ほど書くと思うます。

それでは!
次回の解説コーナーでは何をやるのでしょう!
「知らねえよ」とツッコミが返ってきそうですが、さらばっ!ごきげんよう!!


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再生と天文神殿
9.遺跡への道


難☆産


 吸うだけで生き返るような澄んだ空気と、一面に広がる緑の農地。

 そこに走る一筋の街道が、坂とくだりを緩やかに繰り返し、うねうねと曲がり畝り地平線へと消えていく。

 遠くを見遣れば、遥か彼方に連なる山々と、白い布を被せるように化粧する雪。

 羊が草を食み、鳶が鳴く。

 美しく、穏やかな道をアルザーノ帝国魔術学院の生徒を乗せた馬車がパカラッパカラッと走っていた。

 

「あいつら……何が目的だ……? 何を企んでやがる。……セリカだけでも怪しいのに、リサまで来るとは……こりゃ絶っ対ぇ、ロクでもない狙いがあるに違いない」

「そ、そんなに疑わなくても……。きっと、先生を助けてあげようっていう、親切心でお二人は来たんですよ」

 

 紺青の空の元、馬車の手網を引くグレンがブツブツと言う様子を、手網操作の補佐として横に腰かけるルミアが苦笑いしながら宥める。

 

「いーや、ありえないねー。あいつらはな、俺以上に物ぐさというか、ワガママでフリーダムな奴らだぞ? それに、リサに至っては、セリカ以上に来る必要がねえし……本当に興味がある物以外面倒臭がって、世界が滅んでもやらないあいつらが何かを企んでないと思うか……?」

「そ、そうなんですか……?」

「ああ……そんなあいつらが、セリカは昔の友人の形見を持って、リサはとっさに揃えられる限りの物を全て装備してご同行だと……!? あ、ありえねえ……」

「あ、あはは」

 

 本気で怯える様子を見せるグレンに曖昧に笑いかけるルミアを尻目に、背後に据えられた硝子の小窓から馬車内を覗き込む。

 

(そもそも……問題はそれだけじゃねえんだ……)

 

 グレンは、酷く強ばった雰囲気を醸す光景をに内心溜息を着いて、此度、如何にしてこうなったのか、ふつふつと湧くように思い出すそれに空を仰いだ。

 

 

 

 今回、魔術論文未提出の為、クビになりかけていたグレン。

 それをどうにか足掻き逃れようとしている所を、学院長に勧められた観光名所ともなるような古代遺跡、『タウムの天文神殿』の調査を引き受けたグレンは人件費削減の為、生徒たちを連れていこうというロクでもない計画の末、『タウムの天文神殿』へ馬車で立候補した生徒数人と向かっていたところなのだが。

 道中、御者とこっそり入れ替わり、バレないように馬車を操縦していたセリカが近道を行こうと街道を外れた当初予定していなかった道を通り始めた。

 しかし、人の領域となった街道を大きく外れ、今も尚、魑魅魍魎共が跋扈する魔獣の領域に近づいた事でシャドウ・ウルフと呼ばれる『魔』を冠する獣に遭遇してしまった。

『恐怖察知』という能力を持つシャドウ・ウルフ達は、魔獣に怯える生徒たちを襲ってもいい『獲物』と判断して牙を向けたのだ。

 文字通り『魔』の手からから生徒たちを守るため、馬車より空中で回転しながら地面に降り立ったグレンは足を捻り悶え、そこで隙を着く様にシャドウ・ウルフ達がグレンへ襲いかかった。

 そこからは、セリカが昔の友人の形見の剣を持ち出し、無双したり。

 薄桃の髪をした少女が馬車の誰も注意を向けなかった空間から現れたりとどんちゃん騒ぎの末に現在に至るわけなのだが。

 

 セリカとリサが加わった馬車内の状況は最悪だった。

 セリカに怯えた生徒達はセリカとその膝に腰かけるリサからなるべく離れた席に集まってしまっている。

 男子生徒は男の意地で平然を装い、女子生徒は怯えきって、中には人の背中に隠れてしまっている者もいた。

 ルミア、システィーナ=フィーベル、リィエルなど、セリカと認識がある生徒を除いて萎縮しきってしまった生徒達を見て、現状に溜息を着いたシスティーナは、鼻歌交じりに謎の薄桃の少女に本を見せるようにしながら我関せずと余裕の笑みを見せるセリカへ、場を軽くしようと話しかけた。

 

「えーと、アルフォネア教授……? ……えー、そのー。どうして今回の遺跡調査に?」

「……ん? ……理由か? 理由……そうだな……」

 

 ふと、本に落としていた視線を外し、窓枠越しに御者の席へ目を向ける。

 そして、くすりとなにか笑ったと思うと。

 

「なあ、リサ。……なんでだっけ?」

「はぁ? なして、話題を突然降るんよ。セリカが誘ったんだろうて……」

 

 リサと呼ばれた薄桃の少女に話しかけた。

 するとリサはなんとも不思議な、見た目からは想像もつかない様ないつもの口調で笑いながら会話をするものだから一瞬、生徒達の注目を集める。

 

「そうか……そうだったな。……なんとなく、なんとなく参加しただけだ」

 

 リサの答えに満足とばかりに本へ視線を戻したセリカは答える。

 

「な、なんとなく……ですか?」

「そ。なんとなく、だ」

 

 理由を話すことは無いと、遠回しに拒絶を感じる口調で「なんとなく」としたセリカに、このままでは話が続かないとシスティーナがまた話題を振る。

 

「え、えーと……その、教授の膝に座っている子は一体誰ですか? も、もしかして教授のお知り合いの子供とか……」

「ああ、こいつか。……こいつはリサ=カミハ」

 

 そこまで伝えると目線でリサへ自己紹介するように促す。

 

「おう、私はリサってんだい。グレンとセリカの知り合いだ……後はー、そこん子とリィエルとも面識はあるな……。お前は……グレンから聞いてーぞ、システィーナだっけかい……? よろしくなぁ」

「う、うん……よろしく」

 

 まさかあのグレンが、知り合いに生徒の話をするとはと少しびっくりしたシスティーナはそこの子と言い、目線でグレンの隣、ルミアへ指を指したリサに、挨拶をするとリサも黙り込み、またもや沈黙がやってくる。

 

「ああ、えぇ、あーっと……あっそうだ! 教授! ちょっと聞きたいことがあるんですけど!?」

 

 何としてでも場の雰囲気を変えようとシスティーナが必死になって会話を続ける。

 

「……ん?」

「さっきの魔獣退治の件なんですが、なんでわざわざ剣を使ったんですか? 教授なら、普通に攻性呪文(アサルト・スペル)を使えば、もっと簡単に……あああ、あと! リサちゃんはさっきどこから出てきたのかな? 凄いね! 私達より歳が下なのに」

「……? いや、だって……あの位置で私が攻性呪文(アサルト・スペル)ブッパしたら、お前達まで吹っ飛んじゃうじゃん? 地形も霊脈(レイライン)も変わっちゃうだろうし……」

「私はお前達と同い年だぞい?」

「……え、えぇ……」

 

 反応に困る答えが二重になって帰ってきた事に頬をひくひく引き攣らせ、システィーナは続ける。

 

「そ、それにしても、たった1人であれだけの数の敵を撃退しちゃうなんて……凄いなーっ! 憧れちゃうなーっ!?」

 

 この2人を同時に相手するのは、自分には余ると悟ったのかセリカ1人へ声をかけるも……。

 

「ははは、フィーベル。お前、私のこんな噂を知らないか?」

「え?」

「曰く……セリカ=アルフォネアは、たった一人で数万の敵国軍を皆殺しにした……ってな? それと比べたら、あんな雑魚共……くっくっくっ……」

「え、……ええー……そ、それは本当の話で?」

「……さぁ、どうだったかなー……? どっちだと思う?」

 

 悪戯っぽく、冗談とも本気ともとれる態度で笑うセリカ。

 

(う……逆効果だわ)

 

 掌で顔を覆い、溜息をついたシスティーナは、特に珍しくもないいつも通りの態度に、それは今は(まず)いんだと悩む。

 今のやり取りで、生徒達はさらに萎縮していまい、セリカとの距離が離れていく。

 セリカもセリカで、生徒達を脅かして楽しんでいる節すらあるのだ。

 

 笑い声を悪戯気に零して、生徒達をチラ見するセリカを見ると確信犯なことが伺える。

 そしてなんと、リサと言う少女までもが、この現状を面白おかしく思っているのか、セリカの膝の上を傍観席に、舞台を覗くかの様に眺めていた。

 

 あの弟子(グレン)にしてこの師匠(セリカ)あり、しかもその知り合いまでこうと来た。

 

 どうしたものかと(あぐ)んでいたシスティーナを他所に、今まですやすやと眠っていたリィエルが座席の片隅で身を起こした。

 

「……ん……? ……セリカ、リサ?」

 

 朧気な瞳を擦って、起きたばかりで重いはずの体で軽々と座席を超えて。

 

「……2人もくるの?」

 

 セリカの隣の席へ、リサの位置を一瞬羨ましそうにしながらボサボサの青髪をそのままに、飛び乗り、2人へ顔を寄せた。

 

「おう、リィエルちゃん。こないだぶりだねぇ……私達も一緒に行くこったしたかんな。よろしくなぁ」

 

 セリカの分も代わりにとリサが答える。

 

「……そう。……何を読んでいるの?」

 

 直ぐにリィエルの興味は2人からセリカの読む本へと移っていた。

 

「これか? これはな……『メルガリウスの魔法使い』っていう童話さ」

「ん? “左手に魔法を打ち消す赤い魔刀……右手に魂を食らう黒い魔刀……夜天の……”」

「“……夜天の乙女が課した十三の試練を超えて、十三の命を得た、魔煌刃将アール=カーン。ついに……魔王にすらその刃を向けて”……『メルガリウスの魔法使い』の序章の山場さねい」

 

 ゆっくりと読む、リィエルを補助するようにリサが続け、リィエルの疑問に先回りする。

 

「そう、いわゆる主人公の『正義の魔法使い』が登場するのは第二章から。それまでは魔王とその配下の魔将星達がいかにして魔王の(もと)に集い、天空城を作り上ったか……という話しね。中でも魔将星が一柱、魔煌刃将アール=カーンは序章の狂言回し的な役割をになっているわ」

「ほう……詳しいみたいだな?」

 

 セリカが感心したように、リサが「あれま、説明取られちまった」と残念そうに、システィーナを流し見た。

 

「え? あ、はい……私達メルガリアンにとっては、この本も重要な研究資料ですから……それにこれはただの童話はありません、著者のロラン=エリトリアが帝国各地の神話、伝承を纏めて独自解釈の下、編纂した古代の神話大成でもあるんです」

 

 すると、セリカがくすりと笑い、本を掲げて言った。

 

「これは子供の頃、グレンが好きだった本でな……今回の旅の途中の暇つぶしに、何か本をと思って書架を漁ったら懐かしいこれが出てくたんだ。……なあ、リサ、お前にも読んでやったこと、覚えているか?」

「おう、覚えてら。懐かしいなぁ……確かあん頃は、グレン、“僕も将来、正義の魔法使いになるんだー”って……」

「……えっ? い、意外だわ。先生がそんなものを好んでいたなんて……魔術は人殺しの道具だーなんて豪胆する先生なら、真っ先に下らないって言ってそうですけど……」

 

 システィーナは昔のグレンという、システィーナの知らない驚きの姿に驚いた。

 

「今はヒネちゃってるがな。確かに魔術は人殺しの道具という一面をもあるが、決してそれだけじゃない……あいつも、腹の底ではわかっちゃいるんだろうが……」

「先生……。そういえば……アルフォネア教授はグレン先生の魔術の師匠で、母親代わりなんですよね。先生は子供の頃、どういう子だったんですか?」

 

 と聞いたシスティーナへ、生徒達へ語られたグレンの人生。

 

「純粋で、真っ直ぐなやつだったよ。こんな私の傍に置いておくには勿体ないくらいに」

 

 そうして語り始めたセリカに時折混ざって言葉を入れるリサ。

 

 十数年前、ひょんな事で任務中にグレンを拾った事。

 グレンと過ごした思い出。

 とある事情で出かけていたセリカが拾ってきたリサに対する反応。

 グレンが、幼いながらにリサが魔術を自在に操るのにも憧れていた事。

 グレンは魔術より武道の才の方があった事。

 錬金術の実験で瞳を輝かせたグレン。

 偶に訪れるリサに、セリカから教わった魔術を喜んで見せていた事。

 グレンからのプレゼントの赤魔晶石。

 

 輝かしい学生時代を終えたあとのことは、言葉を濁して、複雑な表情。

 

「だからな……お前達には、本当に感謝しているんだ」

 

 グレンが、また元気にバカできるのは生徒達のおかげだと、感謝を述べるセリカに生徒達は悟った。

 セリカに関する様々な噂があり、近代魔術史に名前が出てくるのが序の口な伝説的な人物であろうと。

 自分達と同じ人間なのだと。

 

 緩和され、しかしまだシリアスムードな馬車の雰囲気の中、一人巫山戯る者がいた。

 それは薄桃の髪を揺らして、腰掛けていたセリカの膝から唐突に飛び降りると、リィエルに抱きつく。

 

「なぁリィエルちゃんや、今日同じ天幕(テント)で寝ようぜぃ!」

「……? 別にいいけど」

「やったぜ……! 無垢な美少女とひとつ屋根の下だい!」

 

 喜色を示し、リィエルの髪に指を通し、梳くように撫でるリサになされるがままのリィエルを堪能するリサ。

 

 そんなムードを真っ向から壊したリサを見てシスティーナはさらに悟った。

 似た者師弟より、こいつ(リサ)が1番ヤベー奴だと。




いやぁ……難産ですねそうです難産です。
HELLSING買って読んでたから遅々として書くのが進まなかったわけじゃありません……!!
原作に添わせると、オリキャラのセリフを挟むのが難しくなるんです……!
後、原作に描写が引っ張られるんです!!


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裏話

 これはほんの少し、本当に少し前のお話

 

 

「なぁ……」

「なんだい?」

 

 薄暗く不気味な石造りの地下室で、怪しい雰囲気を醸しながら楽しく茶を飲む二人の女がいた。

 

 片方は、夕暮れに輝く稲穂にも似た艶やかな金の髪と、美しくも紅い月が水に反射する様に揺らめく澄んだ赤眼。優しく微笑む麗しく整った貞淑な雰囲気を持ちながら、黒い衣装から覗かせる艶美な肢体は妖しく艶かしい色を仄かに漂わせる。

 ──セリカ=アルフォネア、灰燼の魔女とも呼ばれ畏怖される大陸に名高き最高峰の魔術師。

 

 片方は、咲き誇る撫子が如く、光に透いた髪を後ろの下で二つに束ねる。まだ土から顔を出したばかりの植物の様な若々しい嫉妬(黄緑)の瞳。大人しくしていれば将来は美しいより可愛いと呼ばれそうな丸っこく守りたくなる容姿だが、常に浮かべる悪戯を楽しむ悪ガキの笑みは髪が男ほど短ければ性別を見間違える程、男勝りな強さを感じる。

 ──リサ=カミハ、これでも年齢は見た目よりも五つ以上違う魔術師

 

「いや……グレンがな……」

「……グレンが、どうしたんだい?」

 

 そう始めた途端、今まで浮かべていた笑みを消して真剣な眼差しを向けるセリカにリサも真面目な顔を作る。

 二人の間に流れる空気は張り詰める。

 緊迫した沈黙に、リサがごくりと唾を飲み込んだ。

 

「グレンが……暫く生徒たち数人と遺跡に出かけるんだ。1週間程らしいが、1週間もだぞ? そしたら私はグレン分が足りなくて死んでしまうかもしれん」

「いやそんなことかい! ……無駄に緊張して損したぞい」

 

 さも、重大案件とばかりに打ち明けたセリカに、国の危機とかそういうとんでもないことが打ち明けられるのではと覚悟したリサは懇親のツッコミを入れた。

 

「いや何言ってんだ! グレンに……グレンに1週間会えないんだぞ!?」

「ばーか! 今どき、兎でも寂かろうと死なねーわい!!」

 

 必死の形相のセリカをどうしてくれようと溜息をつくリサの言葉を無かったことにしてテンションアゲアゲでセリカが続きを紡ぐ。

 

「まあ……と言うわけで、グレンにこっそり着いていこうと思うんだ。楽しみだよな! リサ、お前も少しでもいいから準備しとけよ?」

「おい待ちいな。先に、なして私がセリカと共に、グレンに着いてく前提なのか答えてもらおうかい?」

「え、来ないのか……? お前も、そろそろあの学院に編入という形で入るんだから……そこの生徒と、しかも同じクラスになるかもしれん子達と知り合っておいた方がいいだろうと思ったんだが……」

「先にそいつを話すべきだったと思うぜぃ。まあ、面白そうだし……着いてくが……。で? 結局、グレンに着いてく理由はなんなんだい?」

「はぁ? それはさっき、グレン分が足りないからと……」

「そうかい? 他に理由がありそうな気もしたんだがなぁ……まあ本人がそうだと言うなら言及はしないさねぇ」

「……」

 

 一瞬押し黙ったセリカは少し深刻そうな色を顔に浮かべたあと。

 

「……おっしゃ決定だな。早速準備するぞー……グレンのやつ驚くかなー」

 

 すぐに無邪気そうに笑うセリカを尻目に、何を持って行ってやるか……昔みたいに私を見て驚いてくれるだろうかと準備するものを頭に浮かべていくリサは茶の入ったコップを一口かたむけた。



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10.眷属秘呪

がっこお休みだから物書く時間いっぱいあるのに自己満足用の主従百合しか書いてなかった私は現在ネムネムなのです……っ!
そして今日になって自分がシリアスを書けないことに気付いたのですよ……はい、Twitterにも投稿しましたがやっすい台詞を吐かせることすら出来ない想像力皆無の趣味人はここです。


 馬車にゆらりゆらりと揺られて琥珀色の空の下。

 ここら一体で最も空に近い崖の上に神殿は待ち人を待つかのように静かに佇む。

 崖からの情景はとても一口に言い表すことの出来ない絶景。

 遥か遠くは緋色に染まった黄昏の連峰が麓の湖に反射して映される。

 崖下は金色の麦穂を連想させる一面の緑だった草原。

 それらに劣ること無く神殿は存在を誇示する。

 

 周囲に並び立つ柱の中心に半球体の奇妙な建築方式で建てられた姿はなんとも神聖さを感じさせた。

 

「あれが……『タウムの天文神殿』か……」

 

 壁面には謎の幾何学模様がびっしりと刻み込まれている光景を前に、生徒の誰もが感慨深そうに圧倒されて静かな風が流れる。

 

「……おいおい、お前ら。ぼぉーっとしてる場合じゃないぜ?」

 

 だがあくまで、生徒は。

 グレンは空気を破るようにパンパンと手を叩いて野営の指示を出し始めた。

 

 リィエルと共に哨戒の任を任されたリサは風に紙を撒いて周囲の安全を確認しつつリィエルについて歩き始める。

 

 後ろでグレンの悲鳴が聞こえたがまあ気の所為気の所為と鼻歌交じりに哨戒(おさんぽ)を始めた。

 

 

 

 翌日、昨夜(ゆうべ)寝袋ごしにリィエルに抱きついて寝れたから美少女分補充できて元気いっぱいと心做しかお肌ツヤツヤのリサは野営地に設置された守護結界に非常時の戦闘員として待機班の仲間入りを果たしていた。

 

「─────♪」

 

 待機・連絡班のリンとセシルとテレサに奇怪な目で見られながら本を読んでいた。

 本といっても例の一族のあれではなく、セリカに貸してもらった『メルガリウスの魔法使い』。

 一頁一頁を噛み締め堪能する様にゆるりゆるりと読んでいる。

 

「あ、あのーリサさん?」

「……んー? ああ、馬車内でも言うたがどう呼んでも構わんぞい……つーか私はおまんらと同い年だかんなぁ。畏まる必要は皆無だい」

 

 そこに女顔の少年、セシルがリサを()()()()()話しかけた。

 

「じゃ、じゃあリサさん……えっと……その浮いているのはなんですか?」

 

 視線の先にはリサが寝そべる人の高さより上げた無数の人形(ひとがた)

 奇怪な視線の原因は十割これである。

 セシルを抜いた女子生徒2人も興味津々に会話を聞いていた。

 

「……ああ、これかい? こいつぁー私の眷属秘呪(シークレット)さね」

 

 人形の布団から顔を覗かせたリサは説明する。

 

「眷属秘呪……? それってなんだっけ……」

「確か、固有魔術(オリジナル)の一種ですね……魂の魔術特性(パーソナリティ)を術式に組み込む固有魔術と違って血液のマナ特性──魔力特性(スペシャリティ)を組み込む魔術でしたっけ……?」

「へぇ……テレサ、よく知ってるね!」

 

 首を傾げたセシルとリンにテレサが記憶を漁って出した解説にリサが付け足す。

 

「正解だよ……テレサちゃん、グレンもきちんと先生できてんのなぁ……はははっあいつがなぁ……。

 さあ、説明の続きだい……眷属秘呪は魔力特性を術式に組み込むだーけーに、先祖代々発展させられんだい。私ん家は旧古代中期頃からあるなーんて書物に残っちゃぁ、いるが本当かどうかは知りゃせん……そん頃からあんだってんなら、超魔法文明とやらの時期と重なってんよなぁ」

「なんか……すごいんだね」

「そ、その頃からあったのならそれ、古代魔術(エインシャント)なのでは無いですか……? 

「いんや、今は少なくともただの近代魔術(モダン)さね」

「それにしてもその位、大昔から残ってるなら、相当凄い、洗練された物になってるんですよね……?」

「……物が凄くたって……扱えにゃー意味が無いんだぜぃ……」

「え、えぇ……」

 

 哀愁漂う雰囲気で返された生徒らはどう返すべきか迷って答えが見つからず沈黙が訪れる。

 

「まあ、この眷属秘呪は東方の式神術を基礎に作られててんなぁ……外法に近いんだが、人形に降ろした霊魂の深層領域の完全支配、それどころか精神世界を術者の物に塗り替えるバケモン魔術でさぁ……魔力供給も霊魂が勝手にやってくれっから魔力容量(キャパシティ)がめちゃんこ少ねー私にも扱えるんよね。

 霊魂の意思は完全に奪うんし、偶に魔力を魂ごと使い潰して輪廻にも戻れん消滅って事になるんけんな……」

「え、それってだいぶ凄いんじゃ……深層領域の完全支配って暗示する為の詠唱なしで霊魂の心を操作すればいいって言うことだよね……? しかも術者本人は魔力消費なし……」

「はははっ、言ったんろ? 物が凄くても扱えにゃ意味ねぇんよ……私はあらかじめ人形に刻んだ術を1回起動させるのが限界さねぇ……ははは」

 

 乾いた笑いを零したリサに、どうすべきかまた迷った生徒達。

 再び訪れた沈黙にひゅぅと酷く虚しい風が吹く。

 遠くの歌声が聞こえるのではという程の静けさに耐えかねたのかリサが話を逸らす様に沈黙を破る。

 

「なぁ……お前さんら……。グレンは、ちゃんと学校でやっていけてるかいな?」

「……ええ、グレン先生はとてもいい授業をしていますよ。システィーナと毎日恒例のように喧嘩してるのが有名で「あれがないとなんだか不満」や「1日に1回は見ないと面白くない」などという人までいるんですよ……」

「わぁお、思ったよりイキイキしてやがんなぁ……」

 

 ふふふと笑うテレサとくくくと笑うリサのテンションに完全に置いていかれたセシルとリンはどうしようかと互いに顔を見合わせる。

 

「ああ、今度お前らの学校に編入すっかんな。よろしく」

「そうなのですか。よろしくお願いしますねリサさん」

「おう、よろしくなぁテレサちゃん」

「え、えと……よろしく、リサ……?」

「よろしくリサさん」

「よろしくな……リンちゃん、セシルちゃん」

「……って、セシル()()()!? 男ですよ……?」

 

 珍しく大人びた微笑みで返すリサの発言は最後の最後で悪戯顔に変わった。

 男だと言うのにちゃん付けされたセシルは驚き抗議する。

 

「ああ、セシルちゃん……セシルちゃん人間の存在の証明は認識だって聞いたことあるかい? なら、私からしたらセシルちゃんは女の子にしか見えんかんな、つまるとこセシルちゃんは女の子だい……! 異論は認めんぞい」

「なんでさっ」

「あら、セシル()()()……今度ドレスを着てみません……?」

「テレサ何言って……っ」

「う、うん……可愛いと思うよ?」

「……リンまで……」

 

 がくっと項垂れるセシルを笑うリサ。

 完全に打ち解けた三人とリサはグレン達が神殿から帰ってくるまで楽しく笑いあっていた。



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11.不思議な本

Twitterから手を離せない不思議な現象に見舞われました


 遺跡の調査開始から三日ほど経過した。

 その間、リサは待機組として楽しく談笑したり、探索組として妖精や精霊が霊脈(レイライン)の影響で存在が変質し、狂化した狂霊(きょうれい)と呼ばれる者達を蹴散らしていた。

 

「つまり──宇宙からやってきた侵略者(エイリアン)の仕業だったんだよ!?」

「な、なんだってーッ!?」

 

 日中は遺跡内を調査しつつ最深部へ向かう、夜の帳が下りる頃に野営場へ戻り、星が砂のように広がる夜空の下、焚き木の橙の明かりが彼らを包む中、団欒をする。

 

「カッシュさん……そ、それは一体、どういうことですの……ッ!?」

「今日、第七霊廟の壁画を見て思ったね! あの不思議な怪物の意匠……古代人はきっと宇宙からの侵略者に支配されていたんだ!」

「まぁ……確かに古代人の星辰信仰ってんは家の歴史を見るとわかんだがな……どーやら、外宇宙の存在を崇めてたらしいっちゃらしんだが、その考えはなかったぜぃ。この星の外の存在が異形じゃないっつー確率のほーが低そうではあるんし、可能性としちゃでけえんじゃねーかい……?」

「だろ、リサちゃんもそう思うだろ……!」

 

 リサは例の本を元に、学会に出ていない情報まで知っている事もある。そんなリサは、古代文明を瞳を輝かせて語るシスティーナにちょくちょく口出ししては、裏付けする証拠を入れたり、矛盾点を指摘するものだから、大層気に入られた。

 そして、そのシスティーナの語る内容に絆されれしまった生徒達は毎晩毎晩、独自の説を展開して意見をぶつけ合う。

 その議論に律儀に、楽しそうに参加してはシスティーナに対する様に、口出ししては裏付けや補足説明を入れていく内に見た目も合わさり、皆の妹扱い。無論、リサが彼らと年が同じということを理解した上で始まった事なので、元々見た目より下の年齢に扱われる事に忌避感を感じないリサはその扱いを楽しそうに受けている。

 

 ちなみに、リサが、家の本に書いてある内容が正しければ……と付け足して話すことが多く。その『家の本』とやらを見せて欲しいとシスティーナが興味がままに迫ったが、読めるならと渡されてどうやろうとも読めない内容に頭痛を覚えて返したという出来事もあった。

 

 ゆっくり議論を重ねる間、料理上手のリンが夕餉の支度と配膳をして、リサがリンのオドオドした口調に可愛いなーと笑う。

 

「それにしても、リンちゃん可愛くて料理上手とか最強じゃねーかい……? 将来、いい嫁さんなるじゃろなぁ……くくく、気になる人はいるんか……?」

「っ……!? き、気になる……えっ、えっあ……えっ……あぅ……」

 

 リサの隣に腰を下ろしたリンはニヤニヤ顔のリサにからかわれ、顔を赤くする。

 

「いやぁ……女の子の恥ずかしがる顔はやっぱえーなー……射影機持ってくりゃぁ、良かったんに……なして忘れたんか私……」

「……前々から思ってたのですけど、どうしてリサはそんなに中年男性の様な思考回路なのですか……?」

「……え、ああ……どうしてだろーなぁ…………生まれた時から……? いや、あん時は普通にノーマルだった……旅に出てから……? もっと前か……親が死ぬ前……? いつからだ……あれ、ほんと私が男より女が好きになったんは何時からだい……!?」

 

 どこまでもおっさん思考のリサへ白い目を向ける生徒の中、誰もが気になっていたことを意を決して聞いた張本人、テレサは本当に分からないと言った様子のリサに困惑する。

 

「そういえば……リサの『家の本』とやらはどういうものなのですの……? 何時も、何処から取り出しているのかが分かりませんし……先程、システィーナに貸すのを見ましたが……」

 

 場の雰囲気を直そうと今度はウェンディが話題転換に乗り出す。

 

「……ん、ああ、こいつかい?」

 

 そう言って虚空から取り出した本を見やすい位置に持っていく。

 

 本の題名を読もうとした一同は、えも言われぬ違和感に眉をひそめた。

 

「え、ええっと……リサはこれが読めるの……?」

「読めっか読めんかで言われんなら、『読めん』」

「ならどうして……」

「ただおまんらとは読めんの意味が違うんよ。おまんらは『線が描かれているだけに見えて意味にどうしても繋がらない』、私は『文字だと認識しているが題名が知らない言語で読めない』つーことよ。私は歴史を勉強してん訳じゃないから元々読めん、【リード・ランゲージ】も使えんの。

 だかんな、最近……ったって今の言語が利用されてる範疇だが……その範囲の物のもんだけ読んでる訳なんよ」

「じゃあ、私達は……その、最近の物っていうのは……」

「読めんのごめんな……どーいう仕組みかーわからんけど、私んちのもん以外読めんようになってるらしいん」

「どういう仕組みか分からない……? まさかと思いますけどそれ、古代魔術(エインシャント)では……? 眷属秘呪(シークレット)そのものは近代魔術(モダン)になっていても、その本に付呪(エンチャント)された物は……」

「ああ、そうだぜぃ……この本に付呪された機能は家のもん以外読めん魔術と、当主の意思で現したり消したりできる魔術、頁数が明らかに見た目より多い魔術、絶対劣化しない魔術に、本そのものが異常な強度を誇って壊れると消失して当主の意思でまた取り出せる魔術……こいつ1冊に魔術師共が興味を示して狂喜乱舞する程の古代魔術(エインシャント)てんこ盛りなんよね……研究する気はねーがねぇ……。

 ははは、ぼくのかんがえたさいきょうの~~……かよ」

 

 自分で言いながらも頬を引き攣らせるリサに古代魔術の異常さを思い知らされた生徒達。中でも、本のジャケットが一体何で作られているか考えようとしてもすぐに意識を霧散させられる事に気付いた生徒はあまりの奇妙さに吐き気を覚え(正気が減って)、料理を作った本人の前で戻さないように必死で口を抑えている。

 

「と、まあ……ここまで話したんけど少し嘘が入ってる。

 正確には、んなに沢山魔術が付呪されてんじゃぁなくて、人口精霊(タルパ)って知ってっか? 一歩間違えりゃ廃人確定の禁呪法なんだがな、簡潔に説明すりゃ擬似霊素粒子(パラ・エテリオン)っつー粉を振りまいてそこに特殊な魔薬(ドラック)で空想上の存在を『そこにいる』って暗示認識させて投射させるつー、魔術則『等価対応の法則』を使って一人で神や悪魔を創造するもんなんだが……この本はな、どうやら家の当主の深層意識下に存在し続けて、常に当主がこの本をここに出したいと思考した時に『ここにある』と強制認識させてこの本に関する機能含めた情報全てを空気に投射するっつーまぁ……なんてんだ……聞いてるだけでイタタッってなりそうなもんを実現した代物っつーか、擬似容量(パラ・キャパシティ)はどうなってんだっつーか、魔術法則を何個か無視してそうな気もしなくもない代物っつーか…………ああ、もうっ、話してるだけで頭が痛あなってきたんよ……! だいたいこういうんは持ち主も最強設定もりもりの黒歴史の塊だろうに、なして私は役に立つのがあまりに特殊条件下で……くぅ……あっリィエルちゃん慰めてっ!」

 

 異常な情報量を投げるだけ投げてリィエルに頬擦りしている変態(リサ)を尻目に、世の中には理解できないものが沢山あると学ばされた生徒たちはリサの話を頭の外に出す様に議論を再開した。



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12.(ふろ)より団子(おなご)

スマホちゃんが絶不調なので久しぶりのパソコンからの投稿。


「リサ、一緒に行こう……?」

「なんだい、リィエルちゃん……んな夜更けに、どっかリィエルちゃんと私二人っきりで行こういうんかい……? はっ! まさか青か……ごふっ、ぅ! ちょいまちぃくださいシスティーナ様、じょーだんじょーだん……だかんな、頭手刀でたたくのやめっあっ、馬鹿になる、脳細胞が……っ」

「あんたは、リィエルに……なんて言葉を教えようとしてるの……ッ!」

 

 システィーナは手刀をやめて不安そうに溜め息を着く。

 

 セリカ曰く、ここ、『タウムの天文神殿』付近は霊脈(レイライン)的には旧火山帯であるそうで、火山と言えば……そう、風呂。探せばあると思ったなどと言って温泉の湧く場所を探し当ててきたセリカは【氷のルーン】で温度を調節した風呂を提供したのだ。

 そして今夜。既に天幕(テント)に入り、就寝している時間帯ではあるがこの時間帯に露天風呂に浸かりたい、星空を見ながら風呂に浸かろうと女子生徒の誰かが言い出したのが始まりだった。

 そこは魔術師の卵といえど若い少女経ち、直ぐに女子生徒全員に情報が伝達、風呂の用意を早急に済ませ全員で浸かりに行こうという段階になって誰もがすっかり忘れていた存在の名をリィエルが口にした。

 全員が今思い出したという顔で固まり、リィエルとシスティーナが忘れられていた存在、リサを呼びに行ったのだが……これだ。

 多少予想していたとはいえリィエルの身に危険が及ばないか少し不安なシスティーナであるがいつの間にやら変えの服までそろえたリサを見て思考を断ち切る。

 

「さぁ、れっつごーだぜぃ!」

「ん、行こう」

 

 青髪と桃髪の少女が姉妹のように手を繋いで仲良く歩いていくのをシスティーナは後ろから追っていった。

 

 

 

 岩に隠れた秘湯に湯煙が揺蕩う、まるで人を魅了し睡眠へと誘うようだ。

 わいわいきゃいきゃいと姦しい声と熱に浸かり、肌色を瞳に納めるリサは湯を注意深く眺めていたためか、揺らめく水の中に慌てるように苦しむように沈むグレンの姿を見つけた。

 流石に雰囲気から覗きに来たのではないというのを悟ったには悟ったが、自分はともかく女子生徒たちに見つかればどうなるかは自明であるだからと言って救いの手は伸べないがと独り思案する。

 そんなことよりどんなことより女子(おなご)の柔肌を心に刻むことを目標とするリサは六人の美少女をあくまで怪しまれない程度に観察する。

 

(ふむ……やっぱ、リンちゃんはおどおどした感じが可愛ええなぁ……しかし、だーが、だがなぁ、やはり私はリィエルちゃん派よねい!)

 

 (よこしま)な思考を加速させるリサは正座をしてなお、身長故に口元までお湯に浸かりそうで、隠すべき場所も何もかもが沈み、透いているはずのお湯が揺れて霞み、首から下の幼い体は誰も見ることができない。

 

 胸の大きさで盛り上がる少女たちを観察していたリサは男性の声が耳に入った。グレンの物だ。

 

「だぁああああああああああああああああああ──っ!?」

 

 息が持たなくなったのか、大きな水の音を上げて水面から飛び出たグレンが空気を吸って生き返ったなどと発言しているのに事前にグレンが沈んでいることを知っていたリサは背を向ける。

 いくら幼少期に共に風呂に入ったとはいえ、流石のリサでも見られたら恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。羞恥という感情は存在しているらしい。

 

「……正解(ビンゴ)

「……な に が?」

 

 水中で聞こえた少女らの話から胸のサイズ(なにか)を予測していたグレンの成し遂げた声色に続いて青筋を立てたシスティーナの凄まじい魔力が魔術となってグレンへとぶつけられる光景を背にリサはゆるりと湯を裂くように移動して見事、リィエルの隣へたどりつくことに成功する。

 

 そう、システィーナ(邪魔者)の意識がグレンへと向いている今、リサはさりげなく近寄り純粋無垢なリィエル(獲物)の胸に触れても誰も気づきはしない……と思っていた頃がリサにもあった。

 

 リィエルとリサの前に立ちはだかる艶やかな肌色を見た途端、リサは戦慄した。

 グレンの悲鳴と少女達の乱闘の中、己にまで意識を向けることができる人間がいたのだと。

 誰なのだと、その足から胸のしっかりとした凹凸を過ぎて視界に映った金髪にリサには最も予想がついていない人物であったことを知る。

 

「ふふっ……リサ? やっていいことと悪いことはあると思うよ?」

「……ひゃい」

 

 一糸纏わぬ天使(ルミア)が微笑み諭す光景にいつもの態度はどこへやら、リサは赤面して素直に従うしかなかった。




全裸美少女の微笑みに悪は敗れた。
パソコンで書こうとするとキャラがブレそうになる。そしてなによりルミアの口調と性格がムズい。


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13.今にも落ちてきそうな星々

頭の中でリサにリィエルを襲わせたらいつの間にかリサが受けになって口調直されて下半身が使い物にならなくなって調教されてた……なんで?リィエルちゃんこわひ。

そして今回も難産というかなんというかはい、特大の眠気の中書くものじゃありませんね。


 リサはその短い半生、その半分を、天球を屋根に過ごしてきた。

 

 獣がはびこる領域で、高く聳え立つ木々の中で、彼方まで見渡せる若い草原で。

 

 幾度も幾度も、飽きるほどに。

 

 丸い月も、赤い月も、月が無い夜も。

 

 吸い込まれる夜空に恐怖を、希望を、失望を、憧れを抱いたこともある。

 

 だから、だからこそなのだろう。

 

 タウムの天文神殿最深部──大天象儀(プラネタリウム)場、その幻想的な宇宙空間に誰よりも魅せられた。

 

 圧倒的な星雲が恒星が流星がリサの心を魅了した。

 

 

 

 

 

 遺跡探索開始から六日目、最深部へと至り、恐らく最後となるだろうその日。

 システィーナが天象儀(プラネタリウム)装置で星空を見たいと言ったことが発端だったが、まさかここまでいいものが見れるとは思わなかったとリサは思考する。

 柄にもないことを考えていると思ったリサは自分ができる調査に移る。

 

 背後で、システィーナに頼まれセリカが天象儀(プラネタリウム)装置を黒魔【ファンクション・アナライズ】で解析する様子を流し見つつ、綺麗に丹精込めて磨かれたであろう半球体の部屋の壁にびっしり刻まれた碑文を自分の本と見比べて類似点を探す。

 

 鼻歌交じりに、百合妄想で鼻血を垂らしつつ、呑気に調べていると……それは本当に突然起きた出来事だった。

 

 きん……きん……──と魔力反響音が響いたかと思うと、一瞬床の紋章がなぞられるように蒼く光る。

 何があったのかと光の元──天象儀(プラネタリウム)装置の方向を見やると傍らに立つ呆けた様子のシスティーナとルミアよりも先に。

 奇妙な挙動で駆動する天象儀(プラネタリウム)装置が視界に思考に入る。

 

 天象儀(プラネタリウム)装置のアームが天象儀(プラネタリウム)を映し出し……先程の様に映し出された星辰は狂ったように暴走回転を始める。

 あまりに速く、もはや見えるのは銀の筋。

 銀の線が一点を中心に円を描く。

 呆然とそれを見ていたリサの視界の端で天象儀(プラネタリウム)装置がゆっくりと動作を止め、星空が消失──

 

「な──ッ!?」

 

 呆然と見上げるリサはグレンの声で我に返る。そして、グレンの視線の先、大天象儀(プラネタリウム)場の北の空間を見ると。

 

 また……目を奪われた。

 明らかにワープゲートの類のそれに驚いた。

 虚空に三次元的に投影されて、先には漆黒を孕むそれに対して湧いた自分の感情に。

 

 システィーナの驚愕の声も、遠くに聞こえる。

 その機能がどのように考えようと疑似容量(パラ・キャパシティ)オーバーという思考にも至らない。

 

 ただ、ゆらりとふらりと扉へセリカが駆け出すのを追うことしか考えられなかった。

 グレンの制止も、遥か彼方。

 空間へ、一寸先の闇へとセリカに続いて足を──踏み入れた。

 

 

 

 別に、セリカが心配だから追ったわけではない。

 セリカの言う《星の回廊》を並走して駆け抜けるリサは思う。

 好奇心、興味、喜び。

 リサを喜色が支配する。

 そうだ、この先には何か望むものがあると思ったのだ。

 ただ漠然とした何か。

 人から離れて暮らしてきたリサだからこその野生の勘なのかもしてない。

 何が待ち受けるのかはわからない、でもそれでも一度道を外せば落ちてしまいそうな回廊をかける。

 外せば迷う夜空の樹海の一本道をひたすらに抜ける。

 彼方に見える光の門、それをくぐる寸前、リサが見たものは。

 なにか、懐かしいと焦るセリカの横顔だった。

 

 

 

 濃厚な死の気配。

 苛烈で、強烈で、リサが扱う気配。

 ここに居てはいけないと告げる本能。

 ただ二人には関係がなかった。

 

「──《邪魔だ》ッ!」

「《耳を貸せ・聞き従え・下僕共》!」

 

 セリカの放つ放つ【プロミネンス・ピラー】の即興改変。地上で扱えば果てまで届きそうな業火の柱が圧倒的制御力でリサを除いた他を悉くに焼き滅する。

 リサの眷属秘呪(シークレット)を応用した即席の霊魂支配が悪霊の心を壊し操り使い捨てられる。

 

《星の回廊》を抜け出た先の空間、そこは魔術師の物と思われる無残な死体がゴロゴロと転がる地獄だった。

 しかし焦るかのように進むセリカの手によって干乾びた臓腑を引き摺りながら近寄るミイラも、何もはまっていない眼下で這い寄るミイラも、焼け飛び氷結し、道が開かれた。

 大量大量と悪霊乱獲、浄化どこらか恨みを増やして傀儡(みかた)を増やすリサにより狂気がより強い狂気に塗りつぶされていく。

 

「セリカ……なんここ?」

「知るか……っ、だけど覚えてるんだ!」

「はぁ……? どーいうこっちゃ」

「わからない……けど私はここに来たことがある。思い出したんだよ……ッこんなの目覚めてから初めてだ! 確かに私は昔、あの《星の回廊》を行き来したことがある!」

「なんだ、そりゃーよかったんかい……? いや良かったんよな、今までセリカが見つけられんかった過去の手がかりだんな」

「ああ、やっとこれで……これで」

「…………」

 

 はて、どうしたのだろうと暗い雰囲気を纏うセリカを見てリサは悩む。けれどすぐにグレンに解決してもらおうと思考を眼前に戻す。

 自分の意見では他人と違いすぎて間違えさせてしまう、それはこの世に生まれ落ちたその瞬間からついている性のようなもの。

 リサは人の悩みを解決できる立場にない。いつからかそう考えていたリサは、愚痴を聞いても聞くだけ吐き出したいことを聞く立場に回ったとしても教えを垂れる立場になったことはない。

 今もそう、どうしようとリサにはできないのだろうとセリカの悩みを聞く前から思い込んで聞くことをやめる。そしてセリカを一番理解しているであろう人間に役目を投げつけた。内心ガンバと付け足して。

 ただリサに今できることは好奇心に飲まれるがままセリカを手伝うことしかできない。そう思っている。

 

「要するに投げ出してるだけなんだけんなぁ……はぁ。心を読む魔術だけんも練習すっかい? それとも眷属秘呪の応用で……」

「……どうしたんだ?」

「うんにゃ、なんでもないぜぃ」

 

《門番の詰所》の悲劇喜劇はまだ始まったばかり。

 




ふにゅ……ただセリカと共に星の回廊に突っ込ませたかっただけなのになんだろうこのダイジェスト感。


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14.噛み合わない

原作成分増し増しの増し。
上手くオリジナル要素を書いてそのうえで結果的には同じ状態に持っていく物書き能力を私にください!!!!!



 遺跡探査において素人以下の悪手を打ったリサとセリカを救い出すためにシスティーナとルミアとリィエルを連れて、野営地を己の生徒たちに託して、星々の下に延びる道を過ぎた先にやってきたグレンは、呆気に取られていた。

 そこは、恐怖を湛えて無念に満ちている土地だった。

 

「ひ──ッ!」

「なっ……なんなんだ、ここは……。こいつら、魔術師か……? しかも全員……」

 

 床に侍るように転がる魔術師のミイラ。ごろごろ転がる彼らに気付いて怯えるシスティーナを気遣う余裕すら生まれない亡者と怨嗟が織りなす阿鼻と叫喚の写し絵。

 そして彼らには。

 

(なんだ……? この傷は……外的損傷が激しすぎる。焼かれたにしても損傷にしてもどれも被害が大きい……恐らく、これがこいつらを殺したはずだ……つまり、誰かに殺された……誰に? ミイラの状態から察するに相当時間がたってるみたいだが……)

「……くっ」

 

 グレンが深く考え込んでいる間にも、漂う穢れは気分を悪くさせる。頭を押さえて片膝をつき、苦しむが、教え子の前で動揺する姿を見せては不安を煽ってしまうと気合で立ち上がる。

 

「さぁて、行くぞ、お前ら! さっさとセリカ達探して、こんな辛気臭いとこ、おさらばしようぜ?」

 

 震える拳を握り、自分を奮い立たせる様に意気込む。

 元気を装っているともとれる発言と共に、彼らはまず、帰るための物と思われる小型モノリスの調査を始めた。

 

 

 

 システィーナの呪文行使、ルミアの胆力とリィエルの精神面の成長を感じつつ、グレンは塔ともいえる建物を進む、時折落ちているリサの紙とセリカの足跡を辿って辿って、そこに着いた。

 眼前の通路の先のアーチ状の出入り口の奥から轟音が聞こえる。それは今まで行く手を阻んできたミイラの上げる憎しみとは違い明らかな魔術行使の音。

 

「先生!? 今の音は……」

「ああ、多分、セリカの魔術だ……戦っているのか?」

「急ぎましょう、先生!」

 

 一斉に駆け出したグレン達、勢いのままにアーチを潜り抜け……。

 

「な──ッ!?」

 

 グレンの眼下に闘技場のような広間が広がる。円形のフィールドのあちこちで炎が激しく燃え上がり、フィールドの向かいの遥か向こうには黒光りする巨大な門が照らされ、そびえていた。

 

「はぁぁあああああ──!」

「うおりゃぁ!」

 

 セリカとリサが無数の亡霊、亡者達と戦っていた。

 グレン達が今まで通ってきた道とは比にならない程穢れた空間。

 セリカは悪霊とミイラの津波を右手の剣で振るった数十閃もの斬撃が掴みかかる群れをバラバラにし、左手で上位のB級攻性呪文(アサルト・スペル)三重唱(トリプル・スペル)

 セリカの背を守るリサは、何処から出したのか、グレンよりは拙い手付きで鋼糸(ワイヤー)を手繰って有象無象を切り裂き、いつの間にか出現した紙の式神がリサの合図で浄化の炎(濃い悪意)で塗りつぶし精神を崩壊、無力化させて配下に加える。

 ただ、明らかに息はそろわずチグハグとした連携と言えない戦闘。リサの式神をセリカが誤って切り裂く場面も見られる。

 孤高の魔王然としたセリカは何かを焦っているのか魔術に華がない、足を引っ張らないように全力を出しているリサはそれでも追いつけない様で一心不乱に我武者羅に力を振るう。

 

「ったく、いつまでも未練ったらしく現世にしがみつきやがって……いいだろう、地獄に落ちろ、雑魚共」

「ああ、えぇ!? ……ちょいまちいよ、セリカ今そん術使っちゃあ──ああもうっ《帰》!」

 

 ぱちんっ、とセリカが指を鳴らした途端にリサが焦る。

 いつの間にかそれを構築したのか、部屋のあちこちに作られた霊点(レイ・スポット)を繋ぐように黒い魔力線が床を這って五芒星陣を形成する。その最中(さなか)、リサの鋼糸が溶ける様に人形(ひとがた)に戻り、リサの手の平に集まっていく、幼い柔肌に触れた傍からどこかに消えて行くが、間に合わない。

 半数も仕舞われないうちに霊的な奈落が形成された。

 

「フン……虚無への片道切符だ。受け取れ、有象無象」

 

 召喚儀【ゲヘナ・ゲート】と呼ばれる禁呪、現世に縁なき霊的存在を、虚無へ引き摺り堕とす外法。

 

『嫌ダッ! 嫌ダァアアアアアアアアアアア──ッ!』

『助ケテッ! ソコニハ、堕チタクナイィィイイイ!!』

『ドウシテ、嫌ダァアアア!!』

「あぁあああ……! 私の道具がぁああああ!!」

 

 蔓延る無数のミイラと悪霊、ついでとばかりに避難させるのが間に合わなかったリサの人形からぽとぽとと善悪混ざった何一つ発さない霊が吸い込まれていく。

 どちらかというと悪霊より、心の壊れた霊に冒涜を感じさせられる。

 

 混ざった誰かさんの悲鳴はその場の誰もが気付かないフリをした。

 

「ふん……私の邪魔をするからだ……」

「あ、ああ、くそぅ……収支プラマイゼロじゃねぇかい……。邪魔してねーだろい……私頑張ったのに……せっかく、大量収穫だと思うたんに……うぅ……」

 

 苛立つセリカの舌打ちと、リサの両手両足をついて落ち込む姿のみが残る。

 いや、よく見るとハラリハラリと指揮性を失った大量の紙吹雪が降ってきていた、リサの目先に落ちた空っぽの人形(うつわ)に悔し涙が数滴染みる。どうやら本気で悔しがっているらしい。

 

「セリカ、リサ……!」

「…………グレン、か? どうしてここに……?」

「そりゃこっちのセリフだ! お前ら、なんでこんな所にのこのこ来てんだよ!?」

 

 やけにのろりとした仕草で振り返ったセリカの覇気無い顔を近づける様に胸倉をつかんだグレンの怒声が響いた。

 

 未だショックから立ち直れていない様子のリサはリィエルに撫でて慰められている。

 

「俺は別にお前のことなんか心配してねーが、皆、お前のこと、心配してたんだぞ!? 別に俺は心配してねーけど!」

「せ、先生……二度も言わなくったて……」

「とにかく、とっとと帰るぞ? ……ったく、余計な手間かけさせやがって……」

 

「リサ、なんで行っちゃったの? 心配……? した」とリィエルに慰められつつ説教されるリサの方も少し向いて不機嫌でありながらもどこか安堵したグレンに、突然セリカがうれしそうに言う。如何にも張り付けたような表情だ。

 

「なぁ、グレン! 聞いてくれ! やっと……やっと見つけたんだ!」

「はぁ……? 見つけた……何をだよ?」

「私の、失われた過去のてがかりだ!」

「……何?」

 

 一刻も早くこの場から離れたかったグレンは予想外の言葉に硬直する。

 やっと復活したリサは膝を払う仕草をした後、彼らの会話をリィエルの隣で静かに聞いていた。

 

 ここに辿り着いた時に聞いた話をもう一度、頭でまとめつつ、自分の目的のことにも思いを馳せていた所だった。

 

「それにな、グレン! ここがどこだかわかるか!?」

「どこって……どっかの『塔』見たいだったが……?」

「ふふん、ここはな……実は、アルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮なんだよ!」

 

 ご機嫌な様子のセリカが両手を広げてくるりと回ったセリカの一言に、リサは「それ聞いてねぇぞ」と思考を止める。

 

 ここに来るまでリサはセリカが黒魔【コーディネイト・ディティクション】を使って位置、座標を調べている様子など見ていなかった。否、セリカが全力で突っ走りすぎて追い付くのに必死でセリカの様子を確認する余裕がなかった。

 

 じゃあここはセリカすら攻略できていない、地下10階から49階の《愚者への試練》なのかと考えたが、すぐにそれはないと判断する。何故なら、セリカが居たとはいえ、リサが無傷でここまでこれた理由がわからない。しかし、1階から9階の《覚醒への旅程》とも判断できなかった、もしその階層ならセリカは幾度も数え切れないほど訪れているはずだ、何よりその階層は魔術学院の学生実習に使われる程の難易度の筈だ。

 

 ならばどこなのだと考えるリサの耳に驚くべき情報が入る。

 

「しかも、ここは地下89階……」

 

【コーディネイト・ディティクション】で確認したんだと遅れてリサの耳に入ってくる。

 89階、恐ろしく深い階層に困惑するリサを他所に、セリカは高揚した様子で続ける。

 絶望的なまでに長い道程、無限に湧く強力な守護者、膨大な量の罠、周期的に構造も罠の配置も変化してテレポーターも地図も無駄になる始末、それが地下10階から49階までの《愚者への試練》それを大きく凌駕する89階までたどり着いたセリカはやっとこの迷宮の謎が、自分自身の不死の使命の記憶の謎が解けると喜ぶ、やはり声の言う通りだったと譫言の様に。

 そしてそのまま、黒光りする門へと歩み寄る。

 

「駄目だ」

 

 グレンは手を伸ばしてセリカを掴む。

 

 帰るぞ、と強く言われたセリカは何故だと狼狽える。グレンは必死に、家族(セリカ)を引き留めようと説得する。

 

「ここに来たとき、ここの連中は、誰かを酷く恨んでいた。誰を恨んでいるんだと思っていたんだが……さっきの戦いを見て確信した。連中はお前を見て恨んでいたんだ」

 

 リサも先程のことを思い出す。確かに、セリカを恨むかのような言葉を発していた。リサには邪魔だ、『あの女』が憎いとしか言わなかった亡者共はセリカにははっきり『貴様が』憎いと言っていた。

 

 しかし、そのことを想起する視界の端でセリカが駆け出してしまう。

 焦るように嫌なことを振り返りたくない様に顔をゆがめて走り出す。

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・五素は五素に・象と理を紡ぐ(えにし)は乖離せよ》──ッ!」

 

 黒魔改【イクスティンクション・レイ】、万物を無に還す崩壊消去の光の衝撃波が放たれ、門を直撃。眩い光に目を窄めさせられる──しかし。

 

「な、なんで……だ、よ……?」

 

 門は無傷。毅然とセリカを拒む。

 

「なんでだよッ!? なんで壊れてないんだッ!? くそッ! これじゃあ、この門の向こうに行けないじゃないかッ!」

「セリカ、霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)を忘れたんかいな……古代の建物には大体かかってんだろうて、どうやろうと壊れんよ」

 

 門を悔し気に叩くセリカを前に、何かを言おうとするグレンより先にリサが理由を言う。

 その存在を固定して物理的、魔術的干渉を完全にシャットアウトさせる古代魔術(エインシャント)

 古代人の建造物には高確率でその処理が施されているため変化、破壊を受け付けないのだ。

 

「離せ! 離せよ、グレンッ! 私は──」

 

 拳を門へ叩きつけては打ち付けるセリカの手を、追いついたグレンが掴み取る。

 慟哭するように叫ぶ様子を眺めていたリサは不意に、どこからか声を聞き取る。

 

『その尊き門に触れるな、下郎共。愚者や門番がこの門、潜る事、能わず。地の民と天人のみが能う──汝らに資格無し』

 

 闇から染み出す様に、そいつは闘技場の中央に現れた。

 丈長の緋色のローブを纏い、その奥は深淵を孕み窺えない。光一つとして存在していない不気味な気配に気圧され、セリカは身構えてしまう。

 軽く見ると、システィーナとルミアも魔人の異質を感じ取り少し怯えている。リィエルすら、牙の様な警戒心を剥き出しに、剣を低く構える先で剣先を震わせる。

 あれはまずいと本能が告げる。肉食獣を前に投げられた赤子の様な絶望を、あれに感じる。まるで闇が人を形どった魔人。

 どうしようとも敵わない、そんな予感に。

 

「……はっ! 誰だ、お前……?」

 

 セリカは気付けなかった。

 そこまで冷静さを失う程に自分の謎を渇望しているのかとリサは考えるが、何かが引っかかる。言い表すことが出来ないがもっと別の感情な気がしてならなかった。

 

「まぁいい。話がわかりそうなやつで、ちょうどいい。おい、お前。この門の開け方を知ってるか? 知ってるなら教えろ。じゃないと消し飛ばすぞ」

『……貴女は……ついに戻られたか、(セリカ)よ。我が主に相応しき者よ』

「……は?」

『だが……かつての貴女からは想像も付かないほどのその凋落ぶり……今の貴女に、その門を潜る資格無し……故に、お引き取り願おう』

「何を……何を言っている……ッ!? お前は私のことを知っているのか!?」

「去れ。今の汝に用無し」

 

 あれはもしや記憶を失う前のセリカを知ってるやつなのではと考えるリサはセリカから視線を外し、グレン達や自分の方向を見てきた魔人に反応する。

 形容出来ない禍々しさを纏った赤と黒の双剣を構えたその姿にすぐさま動けるように構えをとる。

 

『愚者の民よ。この聖域に足を踏み入れて、生きて帰れると思わぬ事だ……汝達は只、我が双刀の錆と為れ。亡者と化し、この《嘆きの塔》を永久に彷徨うがいい……』

 

 莫大にして絶対的とも言える殺意がグレン達へ雪崩込む。

 

 システィーナもルミアもリィエルも怯えて顔色を悪くさせる。

 飲み込まれんと気を強く持とうとリサは、無理やり笑みを作り誤魔化そうと躍起になっていた。

 

「もういい! 話す気がないなら、強引に聞き出すまでだっ!」

「ばっ──ッ!? よせッ!? セリカ──ッ!」

 

 まるで何も感じていないセリカは突貫してしまう。

 どこまで焦っているのか何がそうさせるのか、考える暇はリサにない。しかし、好機だと思った。

 

「《くたばれ》ッ!」

『……まるで、児戯』

 

 リサはセリカが魔術を振るうその瞬間くらいは魔人の意識が一点へ向かってくれるだろうと、左手の赤い魔刀で【プロミネンス・ピラー】を掻き消す光景を尻目に固有魔術(オリジナル)を自分へ発動させた。

 

『そのような愚者の牙に頼むとは──なんという惰弱。何時が誇る王者の剣はどうした? かつての汝は既に死んだか?』

「──はっ! 対抗魔術(カウンター)の腕は中々だなッ!?」

「違うぞ、セリカッ! わからないのか!?」

 

 一定の威力規格(レベル)を超えた攻性呪文(アサルト・スペル)打ち消し(バニシュ)不可能ということを忘れたセリカは打ち消しできるはずのないB級軍用魔術を打ち消されたことに違和感を抱くことなく次に真銀(ミスリル)の剣を振りかざした。

 

「はぁああああああああああ──ッ!」

 

 その中、全員がリサのことを忘れていた。

 正確には意識することができなくなっていた。

 システィーナ、ルミア、リィエル、グレン、セリカは勿論、あの魔人さえ意識することができない。

 その事実に気付くことなくことは進む。

 

「そのクソ生意気な首を刎ね飛ばす! 知りたいことはその首に直接聞いてやるッ!」

『借り物の技と剣で粋がるか──恥を知れ』

 

 魔人とセリカが交差する。

 金属の響きが甲高い音を上げる。

 

「な──。な、なんだ……これ……どうなって……?」

 

 狼狽えたセリカは振り返り、魔人へ剣を構え直す……も、その構えには先程までの風格が感じさせられない。

 

「な……なんで、私の術が解呪(ディスペル)されて……? い、今、何を……?」

 

 セリカの行使していた術。物質に募る思念、記憶情報を読み取り、自分へ一時的に憑依させる白魔改【ロード・エクスペリエンス】が解けていたのだ。

 

『我は、その剣の真なる主に敬意を表する。今の一合いで理解した。その剣の主……今は亡き、見知らぬ愚者の子よ……人の身で、よくぞその領域まで練り上げた……天位の御座にある我といえど、その剣に宿る技には畏敬を抱かずには居られぬ……。

 (それ)が故に、その冒涜が許せぬ、(セリカ)よ……ッ! 汝は何処まで堕ちた? 我は汝に対する失望と憤怒を押さえきれぬ……ッ!』

「くそ……ッ! 《雷光神の戦鎚よ》──ッ!」

 

 白熱する戦いの中、リサはゆっくりゆっくりとその時を待つ。

 誰もかもがリサがここにいたことすら忘れて薄れ散る気配に気付けない。

 

 舞台(せんじょう)では魔人の刀がセリカを掠め、魂が抜け落ちたように四肢を投げ出し倒れている。

 魔人の刀がセリカの首筋に据えられ、あと一歩で首が落ちるその瞬間……。

 

「っざけんな、クソがぁあああああああ──ッ!!」

 

 耳を劈く六連の銃声。グレンの拳銃早撃ち(クイックドロウ)からの連続掃射(ファニング)は六つの線を描いて魔人へ迫る。

 

『ぬ──ッ!?』

 

 しかし、何が偶然か。何が正史から外したのか。

 魔人の心臓部を射抜かんと吸い込まれた弾丸六発()()()()()()()

 

 超絶ともいえる技巧。全弾丸を六閃で弾いた魔人は警戒するように大きく飛び上がりグレンから距離をとる。

 

 

 しかし──

 

『な──』

 

 地面に着地したその瞬間、魔人の心臓が一本の細剣(レイピア)に貫かれていた。




この場面!!
セリカの行動が目立つし止められなさすぎてリサを全然入れられないのですよ!!!!
リサがオリジナルを使う描写は次回にしたかったのにこのままじゃ多大原作コピーになってまうと急遽突っ込んだ次第です助けて。


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15.灼熱の球体

眠過ぎて投稿する方ミスった……。
そのくらい眠いの、まあ原因はクトゥルフシナリオを夜遅くまで作ってた私にありますが。
なので短いでしゅがゆるちておじひ。


『な──』

 

 地面に着地したその瞬間、魔人の心臓が一本の細剣(レイピア)に貫かれていた。

 

『……意識を散らす魔術か。そして、爆裂の魔術で鉛玉を飛ばす魔導器か? 猪口才な……二度目はないと思え……』

 

 しかし、即座に離れた魔人は毅然としている。

 

「なっ、どして倒れんのかい……? 貫いたってんになんで……」

 

 狼狽するリサを前に、急かされるようにグレンは拳銃を再装填しようとするも、その隙を与えられる訳もなく。

 

『よかろう! 愚者の牙で何処まで抗えるか、存分に試すがいい!』

 

 一歩でグレンの眼前まで来た魔人は無情にも魔人が一度魔刀を震えばグレンは肉塊となる距離にいる。

 

「システィ!」

「《集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えよ》──ッ!」

 

 ルミアの異能を載せた黒魔【ブラスト・ブロウ】が魔人を穿たんと迫る。

 

『……児戯』

 

 それすら魔人が振るう刀に触れた途端霧散する。

 

「嘘!? ルミアの力を載せても駄目なの!?」

「問題ない──いいいいやぁああああああ!」

 

 その隙に魔人へと迫り、懇親の一撃を振るったリィエル。魔人はその斬撃を左の魔刀でうけるもリィエルの剣はボロボロと崩れ落ちる。

 

『ぬ──ッ!?』

 

 リィエルの錬金術によって作られた大剣は魔刀によって崩される。それを本能的に察知したが故の本命は迫る傍ら回収したセリカの真銀(ミスリル)の剣。

 切り上げた一閃が、魔人をバッサリと裂き吹き飛ばすも……。

 

『──見事なり。真逆、愚者の民草らに二つも持っていかれるとは……未だ我も未熟、か…………む、二度目は効かぬぞ』

「うがぁっ……うぐっ」

「リサ──ッ!?」

 

 ふわりとグレン達から離れた場所へ降り立った魔人が余裕を持ってまた同じ固有魔術(オリジナル)を使って迫っていたリサに右の魔刀をもって答える。

 

 右肩から先を切り離されたリサは後方に吹き飛ばされながら酷い虚脱感に襲われる。

 

 しかしそれも一瞬の事、離れた腕は着地と同時に再生しきり、虚脱感も消失。

 急激に力を失い気絶したセリカとは違い絶好調に戻っていた。

 

『意識を散らす魔術に、我が右の魂喰らい(ソ・ルート)が効かぬ訳ではないというのに起き上がる奇妙な力……』

 

 ボソボソと魔人が何かを悩むように呟く。

 

『……行くぞ、愚者の子らよ。わが攻勢捌いて見せよ……《███──》……』

 

 魔人が聞いたこともないような言語を話す。すると頭上に真っ赤な球体、否。縮小化された炎と熱の塊、太陽のように燃え盛る物体が形成される。

 

 グレン達はあれが何かを知っている。よく使っているもの、魔術だ。

 確かに魔術だと言うのだが。

 

「う、嘘だろ……お前、どっからそんなに魔力をひねり出した……ッ!?」

 

 そう、どこからあれほどのことを成し得る魔力を出したのかが分からない。

 

 唖然としているリサをよそにグレンは思考を加速させる。

 

(あれが魔術だと言うのなら、俺の固有魔術で封殺できる。だが、今あれを封殺してどうする? その後はどうする? 俺達まで魔術を失って……)

 

『《──████》……逝ね』

 

 固有魔術使用を躊躇ったグレン、その一瞬で魔人の魔術が完成してしまった。

 

 一際輝く灼熱の球体が全員を焼き滅ぼさんと輝き全てを飲み込もうと…………。

 

「……え?」

 

 気付けば、色も音もない空間に立たされていた。

 時間が停止したような空間で、色彩を持つものはグレン達だけ。

 

「何が起こったんかいな、これ……」

「わからん……」




今回誤字確認すらしていない。


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16.リサの煩悩

更新遅れた理由は別に新版クトゥルフルルブ読んでたりクトゥルフシナリオ作ってたわけでもTRPGリプレイ見てたわけでも性癖どストレートな小説を読んでいたわけでもMHWしてたわけでもないです信じてください。

最近ダイジェスト感すごいのよね……リサを上手く原作に関わせる能力がないの……サンタさん私に物書き力をください。


「何が起こったんかいな、これ……」

「わからん……」

 

 音も、色彩も何もかもが時を刻むのを止めた世界。

 全てが灰色の空間でグレン達だけが色と音を有して停止した時間の流れから外れていた。

 

『……貴方達。こっちよ。早く来なさい』

 

 不可解な出来事に困惑する彼らの背後から声が聞こえる。

 

「な──」

 

 振り返った一同はさらに困惑することとなる。

 

 どこか退廃的な雰囲気を漂わせる声の主はあの魔人と同様にとても人間とは言えなかった。

 尽きているともしたくなるような暗さの白髪と赤目、そして背中から生えている異形の翼。一体どうすればそうなるのだろうか、そう考えるものは翼のことではない。深海魚を捻じ曲げて形成したかのような翼よりも何よりもだ、とリサは自分の見えてるそれが本物なのか幻視かを疑う。

 己が狂ってしまったが故の者なのか、死の寸前に狂気に堕ちたというのか……否、リサはそれ程までには死を恐れていない。寧ろこれからいつ死ねるか分からない悠久の年月を送る事となるのなら死ぬ機会があるのなら死んでしまおうとさえ思っている。それ程までに永劫とは辛いものだ。身近な女性を見てそれを知っているが故に死への欲求は強い。

 ならば、それは本物の確率が高い。

 そうあっても疑いたくなるものがその声の主の少女にはあった。

 

「ね……ねぇ……貴女……なんなの……?」

 

 システィーナがその場全員の代弁をしようとする。

 リサだけでない、その疑いたくなるものは共通の疑問だ。

 

「貴女……どうして……? どうして、ルミアと同じ顔なのよ……ッ!?」

 

 震える声で言い放ったその一言にリサはやはり私は正気だったと安心する。その場にいる全員が同じ幻覚(きょうき)を見ているのならそれは幻覚ではなく共通の認識、そこで幻覚を見ていない正気の人間がその場において狂気となるのだ。

 だから、システィーナの言葉が全員の気持ちの代弁だと言うのなら己も同じだ。

 大丈夫、狂っていない。

 

 今も尚、理解の及ばぬ状況に思案するグレンらを急かすように走らせたその少女をリサも追いながら、落ち着いたからか全く関係の無いことを考える。いつも通り、おちゃらけた内容を。

 

 すなわち、この人外娘、おっぱいでけえなー……と。

 

 

 

 闘技場から脱したグレン達は魔人からかなりの距離を離し、焦燥が少しの余裕へと変わった頃、例の少女は名無し(ナムルス)と名乗った。

 隠す気のない偽名に嘆息をつくグレンは、気絶したセリカを背負いながら先導するナムルス後を追っていく。

 

 時折背後を確認すると、何処か忙しなく視線を動かすリサと眠そうなリィエルが一応油断なく背後を警戒する様子が目に入った。

 よく見てみるとリサの視線はルミアとナムルスの胸を交互していたが、それは見なかったことにした。

 

 灰色の世界はいつの間にか色彩を取り戻している。

 音は振動するように戻り、時間は正しい流れになっている。

 

 リサは欲望と向き合いつつもまた別のところでここで起こった矛盾と違和感について考えていた。

 別に胸の大きさに貴賎はないなんて考えていた訳では無い、断じてないのだ。

 

 魔導第二法則により時間停止によるグレン達と世界に流れる時間の矛盾、それの帳尻合わせの為に今回の場合グレン達の時間が世界の時間と合うまで停止するはずなのだ。

 そのはずが、いつの間にか時間は戻ったというのにリサ本人が停止した気配がない。

 それが違和感の正体だ。

 

 こんなことが出来るのはリサの知る限りセリカの固有魔術(オリジナル)の【私の世界】くらいなものだ。あれはセリカの【万理の破壊・再生】などという異常な魔術特性(パーソナリティ)時晶石(クオーツ)と呼ばれる貴重かつ希少な……しかも消耗品、そんなものが必要となる。

 そして起動には、時の天使の名を冠する『ラ=ティリカの時計』と呼ばれる魔導器を必要とする

 

 だと言うのに、目の前の異形の存在は事も無げにやってのけた。全く不思議でしょうがないと、しかしあの冒涜的な翼からしてまず人外なんだしまあ異常なこともあるもんなんだろうと納得する。リサ本人も再生能力に関しては異常だからだ。そう納得でもしないとやっていけない。

 

(そいや……ラ=ティリカ(時の天使)が本当にいるってんなら、やってのけるやもしれんなぁ……)

 

 バックでグレンがナムルスを質問攻めにする様子を後目にそんなことを考えていた。

 

 何やら、グレンの質問に答えないのは、言わないのではなく言えないとか。

 その中に入っていた「知らないことが最良の結果を招くこともある」にはリサも同意する。

 リサの家の例の本、あれをリサは必死で読み進めているが、読めば読むほど気持ち悪く悍ましい吐き気がするという感情に苛まれていくのを感じていた。内容は禁呪に近い気持ち悪いものはあるが、それではあそこまでの不快感は感じないだろうという程のものに見舞われるのだ。常人が読めば数ページで発狂待ったなしだろう。発狂するくらいなら知らない方がいいこともある。

 そういうものだとリサは個人的に理解した。

 どこか意味は違う気もしたが。

 

「……ったく、まったくわけのわからんぞ、この偽ルミアめ」

『そう。じゃあ、一つだけ教えてあげるわ。……この私について』

 

 納得できなかったグレンへポツポツとつぶやき始める。

 なんでも、今のナムルスは世界各地の遺跡に通う霊脈(レイライン)に縋り付く残留思念みたいなものだとか。遺跡に通う霊脈(レイライン)に縋る存在だから、この国遺跡なら何処でも姿を現せるだとか……。

 

 まるで知りたいこと聞きたいことからかけ離れた答えに舌打ちをしたグレンをルミアが窘める。

 

「お礼がまだでしたね……どうもありがとうございます、ナムルスさん。私たちのこと助けてくれて。ナムルスさんがどうして私と同じ姿をしているのかわからないけど……同じ姿をしているからかもしれないけど……私、なんだか貴女が他人のような気がしないんです」

 

 ひょっとしたら前世で姉妹だったのかもしれませんねと、ルミアが救ってくれたお礼を告げるとナムルスは敵意と憎悪を載せた視線を向けた。

 

『私はね……貴女のことが大嫌いよ、ルミア。姉妹だなんて反吐が出る。貴女だけ、さっき死ねば良かったのに……』

 

 場に緊張が走る。ルミア以外全員が臨戦体制を整えた。

 リサは札を構えすっとナムルスを見つめる。その時、ナムルスがリサの札を見て一瞬うかべた表情は驚愕、そしてなんとも言えない表情。言葉に表すなら嘘だろお前……だろうか。何となくリサは札を見て反応したナムルスはここらでは珍しい魔術を使うということだけで驚いているようには見えなかった。

 

『……大丈夫よ。彼女に危害を加えるつもりは無いわ。……ていうか、この身体(からだ)じゃ何も出来ないし……ただの愚痴よ』

 

 緊迫するグレン達へ投げやりに答えたあと、ナムルスはルミアに向き直った。

 

『今の貴女にこんなことを言うのは筋違いだって、私もわかっているわ。……でも、言わずにはいられない……貴女さえいなければ……ッ!』

 

 本当に何かあったのか、それともルミアでは無いまたよく似た人物がやらかしたことなのか……ルミアと知り合って少ししか経っていないリサには優しい娘というイメージしかないために判断がつかない。

 

 再び先導するように進み始めたナムルスを追う。

 

「貴女は……とても優しい人なんですね」

 

 ルミアが投げかけた言葉にナムルスが反応するがリサは別の思考に至る。

 

(ルミア……こりゃ優しい娘とかそんなレベルじゃあない、学院のマドンナとか天使とか呼ばれてファンクラブとかできるレベルの天使やないかいこりゃ……学院入ったらファンクラブ探してみっかねぇ)

 

 要約して聖人君子かよとルミアの異常性に内心ツッコミを入れる。

 

 頭を冷やすと言って虚空に消えたナムルスもだけれど、気になる考察すべき点が増えたとリサは頭を抱えた。

 この遺跡と魔人、そしてあのナムルスという少女そのものにリサの家の本を書いた御先祖の目的があるのではそう思えてしまうのだ。



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17.異能は悩みの種にして、新たなる疑問もまた面倒なり

タイトルのネタが切れてきた。


 ナムルスが消えて、セリカが目を覚ました。

 何時になく弱々しく力がない様子で、弱音を吐く。

 何やら、魔人の魔刀は魂を喰らう類の代物だったらしい。セリカのエーテル体(霊魂)の多くをあの魔刀に食われてしまったというのだ。

 もう二度と、魔術を行使できなくなるかもしれないほどの損傷だそうだ。

 それを聞いたグレンは否定する。しかしその顔に笑みは浮かばない。浮かべない。霊的な感覚を扱う魔術に於いて、霊魂の状態は大きく影響を及ぼす、少なくともこの場にいる全員が理解しているであろうことだ。だから決して笑うことが出来ない。

 

 なにか話から妙な疑問が浮かぶリサだが、疑問が何か焦りで纏まらない。

 ただ今はセリカの意識が戻ったことを喜びながらもあの魔人から逃げるしかないのだ。

 

 カツカツと足音がやけに耳に響く。

 珍しく自分も疲弊しているらしいとリサは思った。

 斬れて再生した右腕はやけに絶好調だが、それ以外はだるい。そこで思い出す。リサ自身もセリカの言うあの魂喰らいの魔刀に切られたという事を。

 そこで纏まらなかった疑惑の招待へ辿り着いた。

 何故リサはここまで影響が少なく済んだのだと。

 セリカはたった掠り傷であそこまでの目に合っている。疲弊している。なのに、腕を肩から斬り落とされた自分は何故平然とたっていられる。

 

 気合い? 

 それでどうにかなるのは物語の主人公だけだろう。

 それともあの魔刀の魂喰らいは斬る位置や型に何か条件が? 

 可能性がない訳では無いがそんな面倒くさい事を争いの最中にいちいちやる程の欠陥品など役に立たない。

 じゃあ……正体不明の再生の異能が霊魂ごと……? 

 馬鹿らしい、それこそ最もありえないことだ。

 

 そうしてリサは思考を切り捨てた。

 あっれまーいつの間にかナムルス戻ってきてんなーと、いつものような楽観思考に切り替えた。

 

 

 

「……来たな」

 

 グレンの一言の意味を既に一同は理解している。

 重圧かつ濃厚な気配を発している者が背後から迫ってきている。

 例の魔人だ。

 

 距離はあろうと目的の場所へ辿り着くまでに向こうに追いつかれてしまう。そう無慈悲にナムルスが告げた。

 

「俺が、ここに残る。お前達はセリカを連れて、何とかこの地下迷宮から脱出しろ」

「だ、駄目です! 先生も一緒に……ッ!」

『そうよ。何を言っているの』

 

 そんなやり取りの中、小声でリサにシスティーナが話しかける。

 

「ねぇ、リサ。『メルガリウスの魔法使い』……読んだことあるのよね?」

「えっ? ……いや、まああるっちゃあ、あるが……」

 

 唐突なことに困惑するリサにシスティーナは続けた。

 

「色々と察しがいいリサなら、これで気付いてくれると思うの……魔煌刃将アール=カーンにあの魔人似てると思わない?」

「は? ははは、いやいや……えー……いやいや……アール=カーンといやぁ……左と右手に魔法を打ち消す魔刀に魂を喰らう魔刀……はは……えぇ……いやーえ……うん。

 ……言いたいこったわかったんよ、でもまさかそれに賭ける気かいな?」

「ええ、だから今から先生達に説明するの、補助してるかしら」

 

 そうシスティーナは微笑み、顔に気合いを入れる。

 自ら囮になると宣言するグレンを止めようと争うナムルス、そんなやり取りへ話しかける。

 

「……先生。

 どうせ逃げられないなら……戦いましょう、皆で。あの魔人と。あの魔人を私達で打倒しましょう。全員が生き残るには……それしかありません」

 

 どこか怯えながらも強く勇気を振り絞ったような顔で話しかけた。

 

「馬鹿か、お前は……ッ! 勝てるわけねーだろ!?」

 

 あの魔人の強大さを知ってるがゆえに、余裕などないグレンはシスティーナに喰ってかかる。

 勝算があるのなら全員で戦ってもいいがあの不死をどうしようもないと。

 そしてナムルスすらグレンに同意する。

 

「お言葉ですが……あの魔人の不死性……恐らく、崩せます」

「……は?」

『えっ?』

 

 しかしそれにシスティーナは反論した。

 

「私の推測が正しければ、ですが……あの魔人には恐らく弱点があります」

 

 呆然と目を丸くするグレンとナムルス。

 

「あぁ、グレン……システィーナの言うことが正しけりゃ倒す方法はある。そしてこん提案私は正しいと思うてる……とても偶然たー思えんしな……まあ、最後まで聞いてやってくれよ」

「……あ、ああ、そうか」

 

 そうしている間にも、システィーナは背嚢から取り出したその本。

『メルガリウスの魔法使い』をぱらぱらめくり出した。




一つの作品書いている途中に別の物書き始めたら自分は片方、乃至は両方をエタるタイプだなあと思いつつ書きました。でも書きたいものいっぱいあるのでネタをグツグツ釜で茹でて仕込んでおく。突如書きたい欲が暴発して両方エタるなんてことがないように頑張らなければならない。
なーんて考えてたら1750文字しか書けませんでした。


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18.徒然とかけ離れた現状

更新遅くなった理由?
なろうで某邪眼の妖精さん読んでたからですが??
(開き直った)


 リサは自分の道具共(ひとがた)の調子を整えていた。

 リサの眷属秘呪(シークレット)はグレンの【愚者の世界】の効果範囲内でも使うことが出来る。だが一部を制限されている。

 

 それはグレンの【愚者の世界】が第四工程の魔術起動(スタートアップ)をシャットアウトするものであるから。リサの手に入った瞬間からずーっと『五工程(クイント・アクション)』の、第五工程の識域解放(オープン)を保たれているこの異常な魔術は自由に操作可能なのだ。しかし、リサが霊魂の依代にしている紙は一種の魔道具でもある。物の『擬似意識領域(パラ・キャパシティ)』を使い行使される魔道具は作成段階で第三工程、識域改変(インタベーション)までしか成立していない。そのため魔道具としては封殺されてしまう。要するに【愚者の世界】の効果範囲内ではリサの眷属秘呪は紙でペチペチつんつんするしか脳が無くなるのだ。鬱陶しいったらありゃしないが、実践中にそれは無いだろう。敵もリサを哀れと見てしまう。

 いや、やりようによっては出来ないことは無いがそんな余裕、リサにはない。

 

『例え【愚者の世界】が使われようと女の子に悪戯(いたずら)できる』というキャッチフレーズを作ってグレンに白い目をされたことはまた別のことである。

 

 

 さて、此度の戦い。魔人との決戦に選ばれた場所は空中庭園、迷宮内のと先に付くが。グレンが地下庭園と評した所だ。

 

 所々に作られた高さ違いの広場が階段で繋がれ入り組んで迷宮内の階段迷宮とも言える。溝が掘られており、嘗てはそれが水路であり、噴水池から伝って鮮やかで澄んだ水が流れていたのだろう光景を想像するのも容易い。

 ここを再現しきれたらどれほど美しいだろうか。柄にもなくそうリサは考えを巡らせながらぼんやりと全体を見回す。

 

 ルミアの傍らに侍るシスティーナは直ぐ真横だ。三人の控える広場のテラスから見下ろすと少し離れた所に頭上を見上げるグレンと真銀(ミスリル)の剣を携えたリィエルが見える。

 

 あー今日もリィエルちゃん可愛いな、と緊迫した空気を少しでも緩めてやろうかという思惑で発する直前、前々から近づいて来ていた強い威圧の中心が現れる。

 

『退かず、我に立ち向かうか。愚者の民ながら潔し……』

 

 今にも見えそうな気配を纏った魔人の一言一言で心が弱いものならば気絶してしまうのではなかろうか。いや、それならあの気配を正面から受けた時点で視界はブラックアウトしているだろう。相も変わらず不思議な言葉使いしてんな……。

 と少し余裕が出来た頭で阿呆らしいことを二つ並列で考えるという妙なところで妙な技術を操るリサ。そんなリサには言葉に関してブーメランが飛んできてもおかしくない。リサよりはマシな言葉使いだと言う事実をリサが自覚しているのかは不明である。

 

『敵わぬと知り、殺せずと知り、我に牙剥くその蛮勇は愚か。だが、天晴れ。せめてもの褒美に、苦の無き死を与えようぞ』

 

 その話もっと詳しくと言いたいところであったがグレン達を生還させるためにも死ぬ訳にはいかないリサは口を塞ぐ。空気を読む時は読むのだ。表面上は。

 

「そうかねえ? まったく届かねーわけじゃないと思うがなぁ?」

 

 ゆっくり歩み寄って来る魔人へグレンが小馬鹿にしたように言い放つ。内心汗ダラダラだろうし目眩もするだろう。そんな状況でよく言った後で褒めてやろうと飽くまで気楽な思考をかえずリサはそのカマかけを最後まで見送ろうと眺める。

 

 あの魔人は、『メルガリウスの魔法使い』に登場するアール=カーンに似ている。

 アール=カーンという魔将星の特徴は魔術を打ち消す魔刀と魂を喰らう魔刀の他にも存在する。

 邪神が課した試練を乗り越えることで得た十三の命。()の魔将星は作中で七回殺されている。そして先程、グレンの弾丸とリィエルの一閃で二回。つまり合計九つ命は失っている。

 つまり──

 

「何せ──てめぇの命の残数(ストック)は、後、四つ……だろ?」

『…………』

 

 グレン達へと近づいてくる魔人の歩みが止まる。

 

「さぁ……バカ騒ぎも、終いにしようぜ?」

 

 よく思いつくものだ、とリサはシスティーナのくぐってきた死線の数が気になってくる。

 リサのような特殊な環境下に置かれていたわけでもなし、安全かつ安寧そうな学び宿で一体どうしてこの状況でここまで思考が回ったのか。誠に不思議でならない。後で聞いてみるか、面白い話が聞けるかもしれないと、隣で緊張した顔を浮かべる白銀の髪の少女を横目で見た。

 

 グレンは見栄とハッタリの言葉をかまして攻撃の機会を窺うかのように動いている。

 

 正直、この鎌かけが外れたというのならグレンらを全員逃がして一人残るのも手だと思っている。というより、それ以外に生還ルートが残されていない。

 理由は不明だが、あの魔人の魂を喰らう魔刀はリサに意味をなさない為に、時間稼ぎをして最も死亡確率も少なく長時間戦っていられるだろうからだ。

 それに、今はグレンを値踏みするように睨む魔人はきっと色々知っているだろうから。聞いてみるのもいいかもしれない。

 

『良いだろう。我が真なる主すらしらぬ秘中を、汝等がいかに知ったかは与り知らぬが……精々足掻け、愚者の民草共よ。その郡の力を以て、見事、我を四度殺してみよ』

 

 と、魔人の声が響く。

 どうやら鎌かけに勝ったらしい。

 四度殺すという確証すら得ることが出来た。だからこそ心に少しはゆとりが生まれるだろう。

 

 あとは狩る。

 それだけだ。

 そう思ってリサは己に与えられた役割を果たす為、思考をこの争いへと向けた。




この主人公この回で一言たりとも話してねぇ……しかも周囲きょろきょろ見回しまくって一番落ち着きがないのですが。


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19.落ち込んでも仕方ない

Apexしたりシャンフロ読んだりしてました……いや、してます。

今更ながらタイトルとかあらすじとかどうしてこんな厨二病臭いものにしてしまったのかと後悔する今日この頃であります。あらすじ直しても構わないか???構わなくないよなぁ……デスヨネー。


 グレンが魔人の右へ、リィエルが魔人の左へと回る。

 グレンの拳が右の魔刀と交差し捌かれ、リィエルの剣撃が左の魔刀と衝突し撃ち落とされる。

 魔術により人外ともいえる身体能力を持ってしてなお、魔人は危なげなく二人の猛攻を優雅な剣舞でいなしていく。

 それでも喰らわんと噛み付くように右の魔刀に拳が、左の魔刀へ剣が相手をする。

 

 右の魂喰らい(ソ・ルート)、一回傷を付けられれば終わる魔刀を相手をするのは、グレンの魔力で強化した拳でなければ手数が足りない。

 左の魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)、接触するだけで魔術を打ち消す魔刀の相手をするのは、真銀(ミスリル)の剣を扱うリィエルでなければ身体に付与した魔術を消されてしまう。

 

 故に二人は左右自分の持ち場を維持する。

 そしてそれができるほどの二人の連携は魔道士時代を共に戦い抜いた連携の賜物というやつだろう。

 

(システィーナの話じゃ、剣は決まった方じゃねと効果を発揮できない……だったかい。よくまぁ、こんまで好条件が揃ったもんだねぇ、んで、それを殺さず生かす二人もすげぇなぁ……)

 

 単純にその戦いに見惚れていたリサは、足でグレンと柄でリィエルが吹き飛ばされた瞬間に一瞬反応が遅れる。

 1番厄介なリィエルへ瞬時に魔人が向かうが……雷光三閃、システィーナが放った黒魔【ライトニング・ピアス】が魔人を襲う。

 ルミアの異能が載ったその魔術は、空気を電離させて迫る。

 

『いと、小賢し!』

 

 初撃をかわし、二射三射を薙ぐように打ち消す。

 

 間髪入れず、リサは無数の人形(ヒトガタ)を雪崩の如く魔人へ迫らせ、物量で視界を塞ぎ込む。

 魔人は全てを薙ぎ払う気に離れなかったのか少し離れたその瞬間、雪を切り裂くように、隙にルミアによって治癒されたグレンとリィエルが魔人へ襲いかかる。

 

『愚者共もなかなか、やる……』

 

 魔人が戦いを楽しむ様子を見せてくる。

 

 その時、グレンがリィエルへ合図を送り、互いの位置を入れ替えたグレンが拳銃を引き抜いた。

 リサの目には拳銃を抜く手が霞んでみれる程の技巧。

 

『させぬ』

 

 しかし左の魔刀が拳銃を弾き、銃口が逸れる。

 飛び下がったグレンは再び銃口を向けるも落ちた撃鉄(ハンマー)が音を響かせるだけだ。

 

 その間のリィエルへ襲う攻撃はリサが補助して防いでいく予定だったが意外とリィエルへの攻撃は来ることは無かった。

 来たところで、何分(なにぶん)、紙でできた人形(ヒトガタ)に霊魂を押し込めて手先とするリサの術は材質的にも魔術的にも右の魔刀とは相性が悪い。何せ、切られれば魂を食われてしまうのだから。現世に生きる生物ではなく、既に死してしまっている霊魂のため余計だ。

 本当に少しの手伝いにしかならなかっただろう。

 ある意味、グレン一点へ焦点を当ててくれて良かったと言える。

 

 拳銃を無力化したと思ったのだろう魔人はリィエルへと意識を向けて……その瞬間、空間を震わせる文明の利器の破裂音、魔術を扱わない道具の音。即ち拳銃の雷鳴である。

 もとより科学的機構で作られた拳銃に魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)は通用しない。

 

 グレンの拳銃から放たれたトリプルショット、魔人へ飛ぶ三つの弾丸はその右手へ、右の刀へと吸い込まれ、吹き飛ばす。

 

 そして咆哮をあげる獣のように叫びながらリィエルは剣で魔人を吹き飛ばす。その直前、グレンの言った「まずは、一つ」、その宣言通りに命を一つ落とす。

 

 魔人は即座にこちらへ迫る……訳でなく、先にグレンによって飛ばされた刀を拾いに行こうとするも……。

 

「白猫ッ! 今の読み通りだッ! 行けッ!」

 

 グレンの合図でシスティーナが【ゲイル・ブロウ】を使い転がる刀をさらに吹き飛ばす。

 

『小癪な……ッ!』

 

 刀を拾うために体制を崩していた魔人は更に放たれた残弾3発全てを打ち込むグレンの攻撃を跳ねてかわすがそれにより姿勢を大きく崩すこととなる。

 魔人からはどのように見えたのだろう。炎の渦だろうか。詠唱が終わりルミアが起動した【セイント・ファイア】、高等浄化呪文が触媒の香油に引火しシスティーナの【ゲイル・ブロウ】にのって吹き荒れて魔人を飲み込む……。

 

 余談だが、高等浄化呪文、即ち幽霊悪霊などなどを浄化するそれは勿論リサの術にも有効だ。戦闘中にも関わらず、出し惜しみなく出した人形が中身を無くして落ちていくのを眺めて本日最高峰の落ち込みを見せている。瞳の光は既になく、髪すら心做しか色艶落ちたように見える。

 辛うじて少し生き残ったのを目撃してほんの少し瞳に光を反射する鮮明さを取り戻した……と思いきやその光はあまりの光景に浮かべた涙の雫のようである。

 

 さて、魔人を包み込んだ聖火は目くらましであり、視界を失った魔人の眼前に炎を割って現れたリィエルの斬撃が本命である。

 

 体制を崩させて視界を失わせ不意をつく、またもや驚くべき連携だがリサはそれを賞賛するよりも戦闘に意識を向けるべく泣きたいと告げる本能を抑え込むので精一杯だ。

 魔人の命の二つ目を取ることに成功する喜びより、これ私要らなかったんじゃねぇのという気持ちと、いいことという名の人形(ヒトガタ)大量入手の後にはわるいことというなの人形(ヒトガタ)大量消費があると、人生の苦楽を共にしてきた術はこうも脆いものかと再び思い知らされる二重苦に瞳はさらに濁った。

 それはもう、たった今魔人が唱える太陽の魔術の光を持ってしてもハイライトが齎されない程に。

 

 視界の端でグレンが固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】で魔術の起動を封殺し、リィエルが動揺の好きに入るように斬撃を浴びせようとして弾かれ、しかしそこで詠唱を終わらせたシスティーナの【ライトニング・ピアス】が左胸を穿つ。

 恐るべき速さで命を三つ奪うことに成功したそれを見て、やっと自分の出番が来たのではと言う発想に至ったリサは固有魔術を起動した。

 それもルミアの異能に手伝ってもらって。

 

 

 

 グレンと魔人が会話を繰り広げる。

 グレンが【愚者の世界】の効果を偽り、それを信じ込ませて有利な状況を作らんとする。

 効果を聞いた魔人が驚愕してグレン達を障害と捉え。

 猛攻が開始されんとした時。

 

『むぅ……ッ!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!?』

 

 魔人が驚きの声をあげてある一点から魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)を振いつつ飛び退く。

 離れた位置へ着地した魔人が元にいた場所へ集まる様にしかしモヤがかかる姿を現したリサはこう言った。

 

「正確にゃあ、意識を散失させる。寧ろ、私自身を認識する意識をちりじりにして消えたと同義までちっさく無数にしんに、どして場所を掴めんだい、最近はこいつに関しても落ち込むこと多いんなぁ……」

 

 私ん家に潜んでた天の智慧研究会のクソ外道は私と真反対みたいな魔術特性(パーソナリティ)してたし。と呟いたリサは残り少ないが確かにあったはずの人形を何処かに散らして、人形の存在すら意識をさせない忘却そのものがのような魔術を駆使してまた忘れ去られ魔人への猛攻を始めた。

 

「グレン達は少し休憩なぁ、三つの命を仕留めた勇者達を少しばかしでも休める大役を任せちゃあくれんかいな……つーかこれ以上は私いらない子感に潰されそうなんよ」




ここから先、少し設定を語るだけなので無視してどうぞ。ガバガバ感には目を瞑ってね?

Q.つまりどういうこと?なんで【愚者の世界】効果範囲内で発動できたの?

A.この後多分解説すると思いますが出てきたので解説します。
リサの魔術特性【意識の錯乱・散失】を利用したもので効果は、
ある生物の認識することが可能な対象の事に対する思考を纏めにくくさせる。即ち〇〇について考えようとしてもその〇〇がなにか分からないし……あれ、何を考えていたんだっけ?状態に簡単に陥らせまくる魔術。
これにより罠に意識を向けさせなかったりと使っているわけで、某リサの家にいたクソ外道が途中数秒前に認識した鋼糸(ワイヤー)の存在を忘れて何言ってるんみたいな反応したのはこれが原因なわけですね。
で、この魔術、行使している最中は強弱を自在に操れるわけで、魔人に不意打ちした時に現れたのはできるだけ効果を落とした状態にして姿を見せたわけで魔術をキャンセルした訳では無いのです。

ちなみにですが、あの眷属秘呪、深層意識の完全支配とかそれ地味にパスで深層意識を繋げているわけで、その深層意識を繋げているつまり自分の深層意識といっても過言じゃないものが大量に消えていく。つまり心が崩れ削れて入れていくような喪失感、相当なデメリットがあるのですよ、えぇ。


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21.不穏と疑問と……

そろそろ、原作を先に読むこと推奨の文字を入れるべきな気がしてくる私の語彙力に涙が……。


「チィッ……!」

 

 嗚呼、斯くも相性が最悪といっていい程の者が存在しているのが不思議でならない。

 

 失念、とは中々に辛いものだ。己だけで完結していたが故に、魔人の魔刀の片割れが魂を喰らうものであったが故に、本当に簡単すぎる。

 もう片方の魔術をねじ伏せ消し去る物の存在を忘れていた。

 

 どうやら相当に焦っていたのかもしれない。

 馬鹿で余裕を持った発想に戻るというのが定着しすぎていて内心の乱れを見向きもしなかったリサは、右の魔刀だけでない、左の魔刀もリサの眷属秘呪(シークレット)と異常に相性が悪いということを忘却していた。

 忘却の術の使い手が物事を忘却するとはなんとも皮肉な話である。

 

『……愚者の子よ、あの愚かしき者の末裔か……』

 

(うん? ……どうゆー? いやいや、それより、馬鹿かい……? わたしゃ馬鹿なのかい……?)

 

 再生とグレンほどで無いにせよ実践で培ってきた勘で、斬っても断っても裂いても、骨で刀を受けて流し再生し浮かべた人形(ヒトガタ)で上空、【愚者の世界】効果範囲外から魔術行使し残り少ない数を減らしつつ、魔人へ噛み付いて断たれて、しかし絶対に右の魔刀を拾わせない立ち回りを演じ切る。

 その必死の抵抗は、必死であれど必ずの死ではなく、特異たる再生能力で、確かにグレンらへ僅かばかりの癒しの時間を与えていた。

 

「リサ……っ! こっちはもう万全だ……! 悪ぃな、待たせた!」

 

「……っ! いんや、割り込んだんは私であってだぁなぁ!?」

 

「んな事はいい、今度こそやるぞ……ッ!」

 

 あれ、これは私また殆ど役に立たなかったか、いやいや、グレンたちの疲弊はほんの微量に回復したし……と戦闘に入り込む連携が見事なグレンたちを後目に本格的に学び舎で鍛え直した方がいいと考えたリサは自分を叱咤し戦へ食らいついた。

 

 

 

 剣戟の響く最中(さなか)、セリカは目を覚ます。

 

 それは寝かされたテラスの下に広がる光景である。

 

 無傷でありながら反比例するように疲弊したリサ、満身創痍ともいえるリィエル、ボロボロで致命傷こそないが片膝をつくグレン、治癒限界のギリギリまで使用された治癒魔法、肝心のルミアとシスティーナもすでにマナ欠乏症。過激で惨劇な、大きな戦いを容易に想起させる姿だ。

 

 それはその先で立ち振る舞う者である。

 

 セリカが意識を暗くする前より、その時から依然として健全な振る舞いを崩さない魔人は、グレンたちの状態が故に更なる威圧を醸している。

 

 しかし、辛うじて保たれた拮抗も破れる寸前の様で、何かを悟ったように跳躍し高所に着地した魔人に顔色を変えるグレンたち。

 

 浮かぶはセリカは知らないが既に三度目の顕現たるあの太陽の魔術で、しかし諦めず間に合わないという言葉を捨てて魔人へ駆けるグレンへ投擲された魔人の刀が…………───。

 

 

「……0(ヌル)ッ!」

 

 セリカは、そこに居た。

 

 息子(グレン)の危機に時間停止の固有魔術(オリジナル)異形の翼(ナムルス)に止められ阻まれ、そして力を与えられて、行使して、そこに現れた。

 

 グレンへ迫った刀は弾き飛び、魔人は胸を穿たれる。

 

「はぁー……はぁー……ああ、そうさ……後悔なんてあるわけない……」

 

 そう、セリカは満足気な顔を浮かべる。

 

 四つめ、最後の命を奪われた魔人はどこか満足気に。

 本体の影だとかいずれ、また剣を交えようぞだとか、果てには門の先でまつなどという不穏を残して消失した魔人にリサは内心鍛え直しをよりハードなものにする方針に変えながら聞かなかったように耳で流す。

 

 そんなことよりも、眼前で倒れたセリカを回収すべく、未だ残る高揚と不安と、新たに生まれたやる気と疑問を胸に、歩き出した。




最新刊読んで気分が高揚してたからその熱意を文字で発散した。後悔はしていないが、少し一気に進めすぎたことは反省している。つまり、ショートカット突っ走りすぎた!!!
だけどこの巻分とっとと終わらせないとモチベーションが……。

多分次回終わったら閑話挟む……かな???そうしたら七巻のないように入ります。


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22.目覚めても知ってる天井

日常パートの方が書きやすいけど矛盾も起きやすいのはなんで????

疲れすぎて誤字修正ゼロ侍で御座る。


 リサは帰りの馬車は爆睡していた。

 それどころか天文神殿からの帰還後の記憶が曖昧であった。

 

 これまでに無い事態に遭遇したからか、敵が天敵すぎたからか、人形(ヒトガタ)を失いすぎたが為に精神が一時的に不安定になっているのか、それとも再生しすぎたのか。

 

 どちらにせよ辛うじて馬車に乗ったことまでで記憶が途絶え、次に認識したのが窓の外から小鳥の囀りが聴こえるセリカ邸の一室であったことにかわりない。

 

 少し体にズレのような違和感が残るが、思考は冴え、体調も凡そ絶好調である。

 

 欠伸を噛み殺してベットから這い出でると、服は寝巻きに代わっていることに気づく。自分で着替えた覚えがない為、おそらくセリカ辺りが着替えさせてくれたのだろう。

 

「あー……今何時だぁ……いや、何日経ったっつー質問が先かねぇ……」

 

 取りも敢えずと家主に会いに行くことにしようとしたリサは、付近の机に服が畳まれて置かれていることに気づき目を擦りながら近づき、先に寝巻きを着替えることにした。

 

「あぁ……起きたのか? お前、全然起きなかったから生徒達(あいつら)心配してた、ぞ……」

 

「んー、いんや言うほどじゃぁないさね……疲れも嘘みてーに消えてやがる。それにしてもなんだい? 私の事心配してくれたのか……?」

 

「は、え? うん? ば、馬鹿言え、あいつらが心配してたと……」

 

「誰もグレンが私を心配してたかなんて言ってないがなぁ……ぷくくく……そん反応……あれれぇ? グレンは私を心配してくれてたと見える」

 

「いや待て、ちょっと待て、着替えに出くわしたことにノータッチで煽り返されると俺が困る……! 服を切ろ服をっ! ……ってあれ……うん?」

 

 下着まで用意されていたため、寝ぼけてからか順々に着替えればいいものを一旦一糸まとわぬ姿へとなっていたところで偶然にも扉を開けて入ってきてしまったグレン。そして思わず直ぐに目を閉じ、聞こえてくる煽りに困惑しつつも返答を返して……しかしそこで違和感にグレンが気づく。

 

 そう、リサには一応、羞恥心がある。

 それは積年の慣れ、幼い頃からたまに会っていたし、共に風呂にも入っていたというのもありグレンに裸体の背を見られても対して気にはしない……が、正面は流石に顔を赤くする。

 揶揄って遊ぶキャラではあるが、羞恥心を隠しきれるレベルの人間ではない。着替え中に入られたら流石に慌てる。

 では、どうしてここまで堂々としているのか……気になってしまったグレンがうっすら瞳を開くと……もう既にそこにはいなかった。

 

「……!?」

 

 これはどう言う手品だと、固有魔術(オリジナル)かと、今まで確かに前方から聞こえていたはずのリサがいない事実に目を見開いたグレンの直ぐ後ろから声が聞こえた。

 

「くく、あー面白いぜ……答え合わせ、欲しいかい?」

 

 リサの声である。

 そして、未だに困惑するグレンをよそに、返答を待たずその『答え合わせ』とやらを始めた。

 

「私思ったんよねぇ……グレンって主人公気質っちゅーかなつーかそんなかんじだろね、こういう場面に出くわしそうな人種の人間じゃんかい? だから予め『場所』と『姿』と『声の位置』を散失……を中途半端に、部屋の中にいる程度の認識だけ残して扉の裏ら辺で着替えることにより、入ってきた瞬間に人は『私が着替え中、まだ裸』という事だけを認識して目を閉じる。

 すると、そう認識して瞳を閉じたせいで目の前に居るものだと思い込んで部屋のどこから出ているか分からない『声の位置』が、前方からかと思い込んでしまうことになるって訳だぜぃ……あとは察せるよねん? 

 まぁ、これ、あまりに精緻な操作しすぎたせいで魔力つきかけたんけどにゃ……」

 

 魔術起動の魔導器の変わりとなる今や数が減ってしまった人形(ヒトガタ)達を宙に遊ばせてリサは言った。

 

 余談だが、リサの固有魔術(オリジナル)起動用の魔導器はそこまで貴重な素材が使われていない、素材は紙と血液だけだ。紙を人形(ヒトガタ)に切って血文字(ルーン)を書き込む。眷属秘呪(シークレット)の性質上、肉体の一部とも言っていい人形(ヒトガタ)を魔導器とすることで魔力の消費を押さえ込んでいるのだ。

 

 グレンの反応を一通り楽しんで、満足したリサはとっとと服を纏って寝ていた間のことを問うことにした。

 はーこいつは……と頭を抱える様子のグレンが、まだフェジテに帰ってきて一日しか経っていないことを伝え、てっきりもっと寝ていたと思い込んでいたリサは内心驚いた。

 

 その後居間でセリカに出会い、礼を告げる。

 そしてあの場所で、無理に魔術を使ったセリカは自分では魔術的に診ることが出来ないから肉体的には大丈夫なのはわかっているが一応医者に行くといいと言われて違和感も気の所為のような気もして、リサは朝食を貰って家へ帰ることにした。

 セリカは居てもいいんだぞと言うが申し訳なさが先立って帰路に着く。

 

 まだ朝早い街は、それでも人がちらほら居て、グレンもそろそろ魔術学院に行かないと白猫に怒られてしまうと準備をしていただけあってか、学院の生徒と思われる制服に身を包んだ若い少年少女が歩いていた。

 

「ふうむ、あんれ、私ってーいつ頃から通うんだったかい? まぁいっか、まだ少し先んことさねぇ……」

 

 少し待ち遠しく感じるのは、あの生徒達とまた会えるからだろうか、と少し浮かれてそろそろ家が見えるという位置で立ち止まる。

 

 リサの視界には見覚えのある青が映った。

 長く、冷たい印象を覚える色で、それの持ち主はそう、アルベルトである。

 

 だれか待ち人を待つようにそこに立って居て……。

 

「いや、あそこ家の前じゃんかい?」

 

 リサに気づいたアルベルトが視線を向けてこちらへと歩み寄ってきた。

 

 

 

「おはよ、アルちゃんや……で、朝早くからどしたのかいな? 朝から彼女とデートでもあったのん? そ、れ、と、も、私と一緒に美少女観察散歩……あっいや待てストーップストップよ……指を額に向けるな指を……」

 

 用事があるようなアルベルトを家にあげたリサはここぞとばかりに揶揄う。すると明らかに【ライトニング・ピアス】が予唱呪文(ストック・スペル)されている指を向けられ、ひぇ……と両手を上げる。

 自業自得である。

 

「まあ、いい……それより、例の任務……王女の護衛の任についてだが、あのあの学院に入る日程が決まった」

 

「おお! そういやまだ決まってなかったんなぁ……さっき何時からだったか思い出そうしても道理で思い出せん訳だぜ」

 

 素早く居間に案内し、椅子を引いて座るように促しながら話す。

 

「一週間後だ……学院の『社交舞踏会』も近いから早めに馴染んで護衛としてできることを増やして欲しい……とこのことだ」

 

「一週間後ったーまた早いんねぇ……まーりょーかいだ。ところで……今更なんけど、私まだナンバーを貰うどころか室長さんと大した顔会わせもしてないんけど任務貰っていいん?」

 

「そこはある細かな事情があるのだが……一番は特務分室連中としてなんのナンバーを与えるのか……そして『自分を推薦したイヴが舐める時は私も辞める』などという条件を元に入ったお前の扱いをどうするのかなどだな」

 

「まぁ……その件はほら……うん」

 

「因みに、候補には《正義》があがっている」

 

「にゃんでぇ!?」

 

 人形(ヒトガタ)に持ってこさせた茶をあまりのことに制御を誤りひっくり返す。床へ陶器が衝突したような甲高く割れる音が聞こえた事で驚きが冷静さ……を通り越してやっべぇと言わんばかりの顔になるリサはこのあとの掃除のことは未来の自分へぶん投げた。

 

「……というのは冗談だ」

 

「ア、アルちゃん冗談も言うのね……」

 

「《隠者》の翁にこういう時は冗談を言って和ます物だと言われたから試してみたが……」

 

「あーうんあのジジイの仕業でっか……」

 

 と、そこで特に用事も無くなったアルベルトは立ち上がる。

 

「あれ、これ話すためだけんに来たのかいな? もうちょいゆっくりしてってもいーんだぜぃ?」

 

「いや、この後も任務があってな」

 

「あーうん、噂にゃ聞いてたが《星》様は大変だねぇ……これほとんど家にあげた意味もなかったが……あぁ、この菓子くらいは持ってけぇな。こっちが室長さんへでこっちがアルちゃんの分」

 

 そういうと人形(ヒトガタ)を操って紙の袋をアルベルトへ差し出す。

 

「……ありがたく貰おう」

 

「そりゃあ良かった……気をつけてなぁ」

 

 そうしてアルベルトを見送ったリサは散らばった陶器の破片と茶の残骸を目にして……過去の自分を精一杯に恨んだ。




実際ナンバーっておそらく今後合わせて空いてるのって《愚者》と《女帝》と《正義》と《塔》と《世界》しか思い浮かばないんですよね……。いや、イヴさんが辞めるタイミング考えると《太陽》と《剛毅》と《節制》と《月》と《運命の輪》も空席ですね……。
逆に埋まってて原作に出てないのは《殉教者》と《悪魔》でしたっけ……。

リサに向いてるのは……なぜかは言いませんが《死神》《悪魔》《月》《塔》《審判》《世界》でしょうか……。


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雷撃と社交舞踏会
23.薄桃色を呼び水に煩悩と母性が招来された


別のお話書いていて更新遅れましたという建前と、エペと魔術と何より読みたい小説とでほとんど何もしていなかったという本音。
今欲しい本は無の書とかデイヴィッドコンウェイの魔術理論篇とか??その前に結構前からTwitterでも言ってる古事記も読んでおきたいしなんなら他の神話も読みたいの沢山あるし。
本格的にオカルト知識学んだら創作の幅が広がる……はず。
ひとまず金欠をどうにかしたい。


「今日は転入生を紹介するぞー……こないだの遺跡調査に参加したやつは覚えてると思うが、新しくお前らの学友となるリサ=カミハだ……リィエルタイプのやつだが仲良くしてやってくれ」

 

「いや、リィエルちゃんとき一体何があったのん?」

 

 グレンの唐突なる編入生紹介と、リィエルより幼く薄桃の髪をした少女のツッコミが教室へ響く。

 ちなみにこのタイミングでクラスの男子と一部女子は美幼女の登場に歓声を挙げる準備をしている。

 

「まぁいいか……私の名前はリサ=カミハです。得意な魔術は固有魔術(オリジナル)眷属秘呪(シークレット)です苦手な魔術はそれ以外ですよろしくお願いします」

 

「お前、標準語喋れたの……!?」

 

「意識すらあ喋れるわい!」

 

 しかし、突如始まる下手な漫才の方が面白いのでは無いのだろうかという会話と、教室に漂うシラケた空気。

 いつもなら美少女の登場だなんだと騒がしくなる男子生徒も、黄色い声をあげる女子生徒もなんなのだこれは、と首を傾げる。

 

 開始早々、リィエルの時とはまた違った意味で収集つかなくなってきそうな雰囲気にグレンは、ごほんっとわざとらしく咳をして。

 

「あの、その、なんだ? 標準語じゃなくてもいいからもうちょっと自己紹介してくんね?」

 

「あー……年齢はみんなと同い年、体重は知らん身長も知らん、九つくらいから変動しないから測るの飽きた。ただ合法にもなってねぇから合法ロリとは言わせねぇぞ?」

 

 あの自己紹介の情報の少なさにツッコミが入らないということはリィエルの時に何かあって感覚が狂ったなと察したリサは、後でその時のことを誰かに聞いてみるかと思いつつ、自己紹介を続けた。

 

「家は……どっちの方だったかんなぁ……うん、場所は何となーくわかるけど地方とかなんやかんやは全部忘れたよ……えーっとなんだぁ? 後はここに入った理由とかか? セリカにそろそろ定住しろ、ついでに学院通うか? と誘われたからな、試験はどうにか突破した」

 

「まぁ、うん、なんだ……リィエルの時と比べたら普通に聞こえるな……」

 

 グレンの言葉に生徒全員が内心肯定した。

 

 編入生の自己紹介というものが普通一体どういうものなのかと悩むグレンの耳に一人の生徒の声が聞こえてくる。

 

「……えーっと、質問、よろしくて?」

 

 空気を改善しようと思ったのか、しかしリサは知らないがリィエルの時のことがあるからか少し慎重にウェンディが手を挙げた。

 

「ん? どしたん?」

 

「差し障りなければ教えていただきたいのですけど……先程、アルフォネア教授のお誘いでこの学院へ来たとの事ですし、あの時も共に馬車にやってきて……いや、正確には元から居ましたが……アルフォネア教授やグレン先生とどのようにして知り合いになられたのでしょうか……?」

 

「ああ、それなー……えーっと……結構前な? 数年前、紆余曲折あって自爆しようとしたらな、助けられた。その後、セリカん家で少し世話んなったからそんときグレンと会った」

 

 教室全員の心に疑問符が浮かぶ。

 自爆しようとしたら助けられた、なる重いシリアスじみたワードを笑顔で語られたらそりゃ誰もこうなるのだ。

 

 引き気味のウェンディが席について、更に不思議なことになった空気にどうすべきかと頭を回転し始めた。

 

 その後の誰かの質問も、笑顔でパワーワードが返ってくる現状のせいで、空気を変な方向へ持っていく効果しか持たなかった。

 

 飛ばした質問は形容しがたいの返答となり返って来る。

 そんな、なんとも言えない空気感を切り開く一手が投じられた。

 そう、リィエルの時もぎこちない空気感からクラスを救い出した救世主、カッシュだ。

 

「リサちゃん、そろそろ『社交舞踏会』っていうのがあるんだけど……こんなかなら誰と組みたいー?」

 

「んぇ……舞踏会? 誰と組む……んー……あぁ」

 

 頼むからここで変なこと言ってくれるなよと願うグレンの思いは……

 

 ルーゼル、そう呼ばれる生徒の方に指先が向けられた瞬間砕け散った。

 

「───……っっっ!!」

「ち、ちなみに……どうして?」

 

 女子に初めて共に踊りたいの類義語を言われたルーゼルは、一人涙を流し言葉にならない叫びを上げつつ震え喜んだ。

 そして、誰が発したのか、教室の中の誰かの声にリサはゆっくりと返答を返す。

 

「いやぁ……同類の匂い? 会場の隅で射影機構えて共に美少女について語り合ったら盛り上がりそうなそんな仲間の感じが……いやぁ、別に私は男女どちらも踊れっからリンちゃんとかでも良かったんだけんなんか同好の士の予感が……」

 

 おっさん思考の百合違法ロリとか最高と思います、などなどと何らかの形で大きく反応するだろうと、ルーゼルの行動を誰もがそう予測した矢先、先程までの涙はどこへやら、彼は静かに立ち上がり、教壇の前、否、リサの真ん前へ歩み出てきて右手を差し出した。

 

 そして、ふっと微かに笑みを浮かべて言う。

 

「同士リサよ……いや、心の友よ……後で学院の美少女巡りツアーをしよう」

 

 どうやら彼の琴線へ触れたらしく、もはやリサを見る澄んだ瞳は、女子を見るものではなく、同士、同じ志を胸に戦う者のようである。

 

 その言葉を受け取るやいなや、リサは彼の右手にパンッと右手を合わせて握手する。

 そして、くすりと微笑んで言った。

 

「……ああ、ありがとう、後で頼むぜぃ……。そして、美少女について存分に語ろうではないか」

 

 そう言ったやり取りが交わされた後、ルーゼルは再び静かに席についた。

 

 なお、クラスの数人の男子はツアーへ参加したいとルーゼルへ申し出ていたとか。

 

 

 

 あまりに理解不能を呼び水に不可解と不可思議の混ぜるな危険を混ぜる事態となった所を、グレンが頭を抱えてどうにかこうにか持ち直し、何とかしてリィエルの時のように、あの時は失敗したが、リサなら皆と一緒に魔術の実践授業で体を動かせばきっと仲良くなってくれるだろう馴染んでくれるだろういやお願いだから馴染んでくれと願い、早めの時間に組んでいた魔術実践授業の時間やって来てしまった。

 

 そして、リサが魔術で的当てをする番になってやっとリサの魔術の下手さを思い出した。

 リサは二百メトラ先の的に命中させるほどの技術は無く、良識はあるが先程の光景を作り出した後だと不安が込み上げてどうにか変なことはしないでくれとグレンは切に願うのだった。

 

「……」

 

 静かに左指先を的へ向けて呪文を唱えようとするリサ。

 先程もまでの雰囲気があっても、気になるものは気になるようで、グレンの生徒たちも静かにどれほどの腕なのかと固唾を飲んで見守る。

 

「《幼き雷精よ・微弱たる紫電を以て・無比に・無邪気に・疾く駆けよ》」

 

 五節、恐らく黒魔【ショック・ボルト】の改変と思われるその術は、弱々しい電流とともに空間を抜けて、六つに電気の線が分離して、それぞれの的に当たると共に消えた。

 

「ええぇ……? なに今の?」

 

 意図のわからない行動に、代表してシスティーナが質問する。

 

「ドッキリレベルの電流の強さに変えた代わりに消費を抑えられてなおかつ500メトラ以内なら見ていなくても一度飛ばす場所を指定したら障害物すら避けて飛んでってくれるように改変した黒魔【ショック・ボルト】……名ずけるなら黒魔改【スペサファイ・ボルト】」

 

「つまりどういうこと?」

 

「錬金術で作った剣をぶっ飛ばしてるリィエルちゃんに負けたかーなかったから、昔嫌がらせ用に必死で改変した魔術を大人気なく行使したんね」

 

「【ショック・ボルト】じゃだめなの? あとその背で大人は流石に……」

 

「【ショック・ボルト】じゃ、当たんねぇからなぁ!」

 

 その背丈で大人は無理あると言う言葉を遮って、あまりに情けないセリフをドヤ顔で語るリサ。

 ホーミング機能といい、作成理由からしての消費魔力の節約といい、なかなかに悪戯用という意味では完成した術であると理解したシスティーナだが、ここまで緻密な術を【ショック・ボルト】を的に当てられないリサが行使できた理由が気になった。

 そこで、グレンが答えを告げる。

 

「お前……普通使役してる物の演算能力を借りてまで真剣にやるものか……? というかそれ普通にズルだぞ?」

 

「使役じゃなくて深層領域まで支配してっから私みたいなもんだかんな、ズルくないズルくないセフセフセーフ」

 

 と言いながらリサは目を逸らす。

 

「つーか、この距離なら走って殴った方が早くねえかい?」

 

「それは当たらないお前だけだ……あーあれだ、もっかい【ショック・ボルト】でやれ」

 

「……えー」

 

 若干、頬を膨らませながらもブツブツと呟いた呪文が終わると共に飛び出た雷光は、滝を登って龍へ昇華する鯉が如く、遥か上空へと登って行った。

 

「「「…………」」」

 

 リィエル以外からの暖かくなった視線にもめげずに第二射……は的の方へ飛んだはいいものの的を掠めることなくその後ろへと虚しく飛んで行った。

 

「「「…………」」」

 

 第三射、第四、第五、第六。

 

「あ゛ぁぁああぁ!?」

 

 ガッテムとばかりに地団駄を踏むリサへの視線は皆、優しいもので、女子の極一部はそれはもう我が子を見るような、新たな扉を開いて母性を感じている。

 そしてその母性は、我が子を虐める悪い大人を見るような視線をグレンへ、リサがこうなった原因のグレンへと……。

 

「なんでこうなった……」

「あはは……」

 

 グレンの小さな呟きがギリギリ聞こえる距離、すぐ側で控えていたルミアの困ったかのような笑いがやけにグレンの耳に残った。




いつも以上に酷くないかと言われたら毎度難産だし今回も難産なのですと言い訳を叫ぶしかない。


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24.桃色

エペしたり、エペしたり、色々読んだりとしていました。いや、比率が逆ですね読書>エペでしたわ。
何はともあれ更新くそ遅くなったマジ申し訳。


舞踏社交界の準備に大忙しの学院を歩いていると、なにか、どうも噂がでまわっているらしく、自分の耳に届かないことから「私ん事じゃなけりゃいんだけどなぁ」と不安げに、しかしそこまで気にすることなくリサは廊下を進む。

 

どうも視線が複数刺さっている割には、周囲を見回しても姿が見当たらないところを見るに、自分の噂という可能性も高そうだと考えてしまう。

自分の立場を転入後、自己紹介の際、社交界の相手は誰がいいかという問に対して、変態紳士(モテない奴)を指さしたことから、噂の歪曲で自分達にも可能性があるのではと思う生徒もいるのではないかという可能性も、『ペアの居ない転入直後の美幼女』という客観的事実を考慮すると有り得てしまうのが面倒くさいところである。

 

リサ(美少女好き)ルーゼル(変態紳士)という同士と同盟を結ぼうとしたというものが事実であれ、どういう話も歪曲するものだ。

 

ならば今でまわっている噂の正体も歪曲されて伝わっているのなら、元にたどり着くのがなかなかに大変だと思ったリサは。

 

「……あぁ……なるほろ。ほんとに主人公気質やんな……」

 

ふと中庭を覗いて噂の正体に辿り着いたのだと直感的に察した。

同時に自分へ向いた噂ではなかったと安堵もした。

 

蓄音機から流れる『交響曲シルフィード第一番』と、それに合わせて踊る男女。

その二人の踊り、『シルフ・ワルツ』に懐かしいなと、ふと、今は亡きグレンの元同僚の少女を思い浮かべた。神聖という境界で区切ってしまったかのような、見惚れる世界を作り出す可憐で情熱的な踊りを踊る二人はもちろんリサの知る人物。ルミアとグレンである。

 

王宮仕込みかと思われるルミアの気品溢れる足運び、そしてどこか型破りな踊りを踊るグレン。

型破りなのも当たり前な話しで、グレンが過去に習ったのは『シルフ・ワルツ』ではなくその原典『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』という南原の遊牧民の精霊舞踏である。正式に踊れば第一演奏(エル・プリマル)から第七演奏(エル・せプティーモ)まででしたら躊躇いや痛覚などをなくし、戦への喜びや勇気を与える踊り、それを最後に第八演奏(エル・オクターヴァ)で効能を鎮める。そんな魔的な舞踏であるのだ。

 

そんな無粋なことは抜きにして、この場面を楽しもうかと、じーっと踊りを眺めるリサの姿に、踊ってみたいのか憧れているのかと勘違いした男子生徒が突撃して見事大破、撃沈した光景は、踊りに見惚れる中庭の人間には知る由もない出来事である。

 

 

 

さて、そんなリサがあのペアが出来上がった原因を知ったのは今回の任務を聞いてからであった。

 

倉庫外の木造倉庫にグレンと共に足を運び、魔術的に閉ざされた戸を、グレンが鍵のルーンで解錠、僅かに空いた扉の隙間から倉庫内へ入る。

ナンバーは与えられていないとはいえ、任務に駆り出されることになったリサはグレンの元同僚達とその室長に会うついで……というよりこちらの方が本題なのだが、任務の作戦会議をしに来たというわけである。

 

組織の長以外とは知り合いというなんともこれでいいのだろうかという状態にはあったが、忙しく顔合わせの暇がなかったらしく、それも仕方ないかとそれぞれに一癖も二癖もあり、扱いずらそうな特務分室のメンバーをまとめる若い燃えるような赤が印象的な女の人を見た。

 

それはもうじとーっと、「なによ」とでも言い返してきそうな瞳を見て……内心、その冷徹で他人を嘲笑するような顔を破顔させて赤面させたらさぞかし可愛いだろうなとそう妄想したところで、誤魔化しの効かないだらけた笑みを浮かべそうになったリサは、すぐさまリィエルへ抱きつき頬擦りをすることで誤魔化した。

なお、向けられたジト目は無視することとする。

 

「あっ……忘れてたぜぃ」

 

そう言いながら今度はキリッとした態度でリィエルから離れて特務分室室長の前へ着くそして。

 

「遅ればせながら、はじめまして……帝国宮廷魔導師団特務分室所属、見習い?仮入室?のリサ=カミハ、ただ今参上仕りました。イヴ=イグナイト室長、どうぞお見知り置きを……」

 

と、普段からはとても想像もつかない丁寧語でやっと叶った室長とのご挨拶をしているが、まさにぴしゃっとしていますという顔をしておきながら、リサ(こいつ)は十数秒前まで同僚で同性の少女に頬擦りしていた変質者である。

だが伊達に変人揃いの特務分室の長を務めちゃいない、イヴも少し呆れながらも表情には出さず冷ややかな鉄仮面を崩さない。慣れているかのように流し、まだ口を開こうとしていたリサの言葉を待った。

 

「と、言っても。互いに結構前から名前も立場も認識しあってっから……今更感あんよね……あーなんてよびゃいいん?イヴちゃん?室長サマ?それとも名前と苗字の最初の発音がイだからいーちゃんとか?」

「……はぁ」

 

グレンとは違い特務分室で、良い意味でも悪い意味でも曲がらず生きていけそうな、そして即戦力となる少女になんとも言えない溜息を着く。

冒頭からこれを見せられちゃ、上司ということを主張するのも面倒になってくるというものだ。

 

また一つ増えた特務分室メンバー(頭痛の種)に、なんとも言えない気持ちになっていた。

 

 

 

「イヴちゃんじゃぁのー」

 

なんでも件の社交舞踏会開催中に世間的には病死したことになっているエルミアナ(王女)……ルミアの暗殺を天の智恵研究会が企んでいるためそれを餌に組織の第二団(アデプタス)地位(オーダー)》の《魔の右手》ザイードを捕らえようという室長の作戦を聞いて、グレンが学院に情報を流し社交舞踏会の中止することを提言したりと色々ある間に眠気が頂点を迎え、会議が終わる頃には眠り出してしまったリィエルを背負って帰っていくリサをイヴは眺めていた。

 

ちなみにリサは進言こそしなかったがグレンの案が最適であると思っている。というより、室長以外は皆どこかでそう思っているだろう。手柄をとることを目的としている室長がああなってしまった理由も実はリサは把握していた。それも、グレンの元同僚の少女、セラ=シルヴァースが亡くなるあのジャティス(正義野郎)の起こした事件、あの時に何があったのだろうと軽く軍を洗ったからである。結果イグナイトの黒さに可哀想は可愛いとは迂闊に言えねぇなとなったようだ。

 

さて、リサを眺めていたイヴだが、その内では既に、軍の上層部に現在仮入室状態のリサを推薦する過程を思い浮かべていた。

性格も、アレだが、悪魔や元正義のようなやからでもなく。

技量も、魔力容量(キャパシティ)魔力濃度(デンシティ)に見合わない代物を持っているし、なりより特殊な眷属秘呪(シークレット)も持っている。

サバイバル性も、もとより一人旅をしていたことから十分であるし、何より異能のお陰でそうそう死ぬことは無い……というよりも異能が死なせてくれない。

さらに、相当な裏事情を把握してるため物分りもいいだろう。

 

万年人手不足の特務分室が、こんな優良物件を欲しがらない筈もなく、もとよりリサにこの仕事へ誘う前からある程度現場で動きを見て、ナンバーを与える気であった。

 

では何が問題なのか、それは簡単である。推薦を終えて、リサが無事ナンバーを拝借することにはなるだろう……しかし、上層部連中は彼女の特務分室に入室する絶対条件、「イヴ=イグナイトが上司ではなくなったら辞める」を通してくれるだろうかという事だ。何事も万が一がある。何よりあの父親がそんな条件を通してくれる気がしない……という今後を思っての憂鬱である。

 

リサが何故そのような条件を提示したのかは彼女と比較的仲がいいグレンすらわかっていない様だった。

 

また思考の読みにくい部下を抱えることになるのかと、溜息を着いたイヴはその場を去っていった。

 

 

 

一方その頃リサはすやすやと健やかな寝顔を湛えるリィエルを背負ってフィーベル亭へ向かっていた。

 

途中お持ち帰りしてしまおうかという欲望に揺られたがさすがのリサも良心と、このまま送り届けねば明日の朝システィーナとルミアが心配してしまうと真っ直ぐ歩いていた。

 

「ほわぁ、あっと!!」

 

随分と長い悲鳴をあげながら走っていた少女が転んだ。よく見ると暗闇で見えにくいが小石が転がっていたようだ。リサによく似た薄い桃色の髪を乱れさせ、顔面から地面へダイナミックダイブしている。どうやらファーストキスを地面に取られたようである。いや、この少女のファーストキスはもう昔のことかもしれないが、そんなことはリサの気にすることではない。

 

転んだ拍子に落としたらしい財布を、リィエルを落とさぬように広い、少女へと近付く。

随分と幼い身体である。無論リサよりは大きいが、それでも年齢はまだ下の子だろうと推測する。

 

「いたた……」

「だいじょぶかいな?ほれ、財布。夜も遅いんから、走ったら怪我すんぞ……?つーか時間的に言うと外に出てる時点でおかしいがね」

「ありがとうございま……す?」

 

立ち上がり、ようやく見えた少女の面は童顔である。可愛らしく好みの顔をしている。

もう夜も夜、日を跨ぐか跨がないかの瀬戸際だ。そんな時間に走っていた少女は自覚していたからか、だからこそ自分より幼げな少女が爆睡したそれより少し年上に見える少女を背負い、道を歩いている異常事態だというのに、リサからなんの違和感も浮かばない、その事実に気付き驚愕を浮かべたのだ。

何故このような異質な存在が、会話するまでなんの違和感も、いや、ちょうど己が転ぶ原因となったであろうすぐにそこの道端に落ちている小石のように当たり前かのように捉えていたのかと。

 

「ああ……さすがに会話をしたんら術も効き目が薄いかねぇ。まあいいか……」

 

パチンと指を弾いたリサは、固有魔術(オリジナル)で自分の存在感を更に薄くして違和感を誤魔化して続ける。

 

「はよ帰んなあね、親御さんが心配してるよ」

「あ、あぁそうでした……修道院の皆が心配してるだろうし怒られちゃいますね。ありがとうございました……えーっと……マリア=ルーテルです。また会えたらお礼をさせてください……!それでは……」

 

すっかり術中にハマった少女……マリアは違和感を忘れて夜の闇の向こうへと消えていった。

 

「ルーテル……?ルーテル、ねぇ……なんだったか、どっかを……何かを探した時に聞いたような……まぁ、後ででいいか……」

 

今はまず、と今度はリィエルごと、その場から認識を薄めて……薄めて……消えたようにいなくなった。

 

「とっととリィエルちゃんを届けねば……」




本当に……話の内容が行き当たりばったりすぎる……プロット用意してるのに何故……???

マリアに会わせようとして強引感のあるこのタイミングだぞ……もっといい場所はなかったのかと聞かれても他に用意したらこの話の必要性が消失してしまいかねないのである……。


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25.襲撃は彼方から

更新くそ遅れた上に短いの……。
べ、別にApexやってて遅れたとかじゃないんだからね!勘違いしないでよね!!


『社交舞踏会』会場、学院会館の屋根の上。

 

 器用に、怠けるように、暇そうに、ゴロゴロと寝転ぶ影。

 任務故に舞踏会へ参加出来ないリサは時折「がー」だとか「あー」だとか「うー」などと奇声を漏らしつつ愚痴を吐いていた。

 

 どれほどそこで寝転んでいるのか、華やかな薄桃の髪は指揮性を失ってボサボサになっていて、纏う特務分室の礼服までシワが入っている。

 

 そんなリサだが、一応やることはやっていた。会場含む学院全体を人型(ヒトガタ)との視覚共有でよーく覗く。

 もしもルミアが暗殺されるなんて言うことがないように、不自然なまでに盛り上がり始めた会場内を重点的に。

 

「あーくっそーいいなー……楽しそうに踊ってんなぁ」

 

 ローアングルに設置してあった迷彩色の人型に、花園が映るのではと期待していたのは舞踏会開始前、ドレスのスカートは通常長いことに気付いてこの世の終わりを悟ったのが開始直後のこと。

 

 既に特務分室の同僚(話し相手)は、先程イヴの采配で接近してきていた敵の迎撃に向かった。

 少し覗いてみると氷使いの女の子に、魔闘術(ブラック・アーツ)使いの筋肉、慢心してなきゃ強そうな悪魔召喚士、と精々リサが戦って勝てるのは魔闘術使いくらいであろうという手練の三人組。

 

「知ってるかアイツら、あんなに強そうなくせに精々第一団( ポータルス)(・ オーダー)》レベルなんだぜ? 天の智慧研究会は頭おかしいんか?」と、そのクラスすら勝てる相手が少ないことに軽く落ち込み、手札を増やした方が今後のためだなとリサは今一度学習させられた。

 

 

「だーくそ、あまりに暇すぎる……グレンの様子でも覗────」

 

 突如、リサの言葉が途切れる。

 リサに頭から全身へ刺すような痛みが迸る。

 

 だがそれ以上のことは分からない。

 分かるはずもない。

 何せ、その一瞬で、もしリサが普通の人間だ(異能を持たなか)ったのなら、死んでいたのだから。

 そんな一撃を貰ったのだから。

 

 

 

 

 

 

「────────ッ…………!?」

 

 破壊された部位の修正途中にも関わらず、頭の再生が済み、意識が戻ったと同時にバネに弾かれるように立ち上がった。

 

 少なくとも意識を失っていた時間は三十秒以内だと会場の人間の動きを位置から推定。

 今度は攻撃の主を人型に残された情報から特定する……必要も無い、再生途中の跡、電撃が迸ったあとのようなリヒテンベルク図形が首から下に無数に枝分かれしているのを見れば何が起こったなどと一目瞭然だ。

 

「黒魔【ライトニング・ピアス】……? はははっ、なんよこれ……方向、距離、そこから推定できるのは私の索敵範囲外からの……攻撃、つまりおいおい、嘘だろい? ……1000メトラ以上の距離からの狙撃ぃ……!?」

 

 冗談みたいな狙撃はアルちゃんだけにしてくれよ……と内心零してイヴに緊急事態を伝えようとするも繋がらない。

 ならアルベルト達はと仕様としても応答無し……というよりこれは。

 

「通話用魔道具が阻害されてる……くそっ念話もかいっ! ……あっいや、いけるか?」

 

 リサはアルベルトの付近にある人型を動かし振動させる。『こちらリサ、異常あり、1000メトラ以上先、狙撃、通話阻害、対応指示、求む』、と聞こえるように、慎重にしかし急いで。

 

 次に向こうの人型と振動を共鳴させたリサ側の人型が震える。

 

「……危険せ……は? …………」

 

 ボソボソと、初めての試みであるからか、相手の音声がよく聞こえないことに歯噛みしながらも「一度、殺された」と短く返答する。

 

「あの、の指示……くお前……くは補完…しい、注意し、行っ……こい」

 

「りょーかい」

 

 『あの女の指示は、曰くお前の役は補完らしい、注意して、行ってこい』……そう、ゴーサインが出たからにはと、アルベルト付近の一枚を残して、現在戦場となっている三箇所に配置した人型全てを狙撃のきた方向へと飛ばす。

 そして本体(リサ)もそちらへと駆け抜け始めた。




そして確実に次回も遅れる。
なぜかって?
今回の襲撃自体、原作に沿わせ過ぎではないだろうかと執筆していたものを全ボツの上で急遽書いたものだからなのです。
一応の設定は考えていてもプロット皆無!
さぁ、プロット書きのお時間だよん!!!


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26.呪いは寄生を侍らせて

今回なんと驚愕の四千文字以上。
珍しいけど実際短い、毎回五千文字越せるように頑張るべきか……。


「ふんっ…………がぁっ!?」

 

固有魔術(オリジナル)で隠れた状態からの奇襲、不可避なはずの一撃をやっとこさで見つけた狙撃の犯人へ、人型(ヒトガタ)で形どった擬似的な金属の刀を斬り下したリサは予想外の反撃に吹き飛ばされた。

 

右足に電流が駆け回るような感覚に意識が明滅しながらも立ち上がり、固有魔術を解き、リサはその青年を見た。

 

「かっ……はぁ、おいおい……どー私の一撃を防いだん…………なんて聞くんは野暮か、なーよくもまぁ面倒なことしよって……」

 

「いや……別に、こちらへ来なくてもよかったんだよ?面倒なら、あそこにいればよかったのに」

 

赤黒い髪の青年の周囲に近ずいた舞う落ち葉がパチンッと音を立てて紫電と共にが弾けるのを見るに、そういう結界の類いかとリサは納得した。

 

なるほど、確かに結界があればリサの固有魔術など関係なく、接敵を許さないだろう。

 

「そもそも、ボクの目的は君と争うことじゃないんだよ……だから大人しく屋根の上に帰ってボクの狙撃で苦しんでいてくれるとありがたいなって思うんだ」

 

「はは、御免こーむるよ……私にそんな趣味はねぇぜ。とっとと、任務に戻りたいからはよ捕まるかどうにかしてくれん?」

 

パチンッと指を弾いたリサは青年とリサを囲うように、木々の間に通ったワイヤーにかけられた認識阻害を解く。

 

ただお前を囲っているという威圧を見せるだけ、そうとしかいえない行動ではあるが、まだまだ罠がおると思わせ、相手の行動に制限がかかることを願いつつ到着と共に配置した罠に掛けた術を解いたのだ。

 

「ふむ、研究会と君との交戦記録を見たりしたけど……その固有魔術は本当に不思議だよね……強力すぎる。

君の能力……その式神にその異能……それらにピッタリと合っていたという以外で解説がつかないよ」

 

「そりゃ……お褒めに預かりドーモ。さて、そんな固有魔術が使える私を前にしたお前は大人しく投降する気は──」

 

「そっちこそ……ボクに捕まる気はないかな?」

 

「……は?」

 

なんの価値もない自分に何を……と言おうとしたところで留まる。

そうだ、最近、自分の異能の特異性が極端に現れたのだった。そう、魂の再生としか思えない現象である。

あれからリサは幾度か検証して、それが副作用にせよ本作用にせよ本当に起こっているという結果を得たのだ。

 

だが、それをこいつらは知らないはずである。

 

「バークス=ブラウモンが残した資料によると、『一切再現性のない異能』……いや、彼はそれでも抽出する手段を探していたようだけど」

 

そして思い出す。

いや、眼前の青年が思い出させるように、『リサを欲する理由』を説明する。

それはもう、わざとらしく、淡々と。

 

バークス=ブラウモン、この間、マヌケにも捕まって売られて、自分を異能研究の材料に使ってきた参入志願者(プロベイショナー)のことか……と、そういえば、異能を抽出するかなんかして自分に打ち込み複数の異能を一時的に得たとか何とか。

 

そこまで思い出したリサは「あっ」と内心理解してしまう。そんな施設で長い間入れられていたというのにその資料とやらの結果で再現性なしと来た。天の智慧研究会(こいつら)が興味を持たねぇわけないよなぁと。

 

そう、納得出来る理由があるから尚更わざとらしさを指摘できない。

 

「そもそもあの結果から再現できるとは…………というのはいい、とにかく君の異能、大導師様の()()()()()()……どう?拐われてみる気は……」

 

「そりゃもう可愛い美少女が助けに来てくれるう言うんなら……ん?なんでそう、役に立てうん?…………あっ、いや、あぁクソッおめぇまさか、そうだ、争う気はないって言ってたな……で、長々話す意味は?答えは時間稼ぎ、チィ……まんまとはめてくれやがって……!!」

 

ふと湧いた疑問より、こいつの目的が先だと、時間稼ぎが目的なら、すぐに会場に戻るべきかと思案するも……。

 

「うんうん、ボクはあの人から、ちょっと時間稼ぎをしてくれとね、頼まれているんだよ……おっと安心しなよ、王女の命には関わらないさ」

 

それを見透かしたように意味深な言葉を吐く。

 

「はっ信じられっかい……そん『あの人』とやらも合わせて情報を吐きやがれ」

 

「うーん信じてくれなさそうだなぁ……そろそろ君、すぐにでも殺しにかかってきそうだし少し自己紹介……シャルン、天の智慧研究会 第一団(ポータルス)(・オーダー)》のシャルン=ザイクトルン覚えてくれると嬉しいな」

 

別に覚えられてもちっとも嬉しくなさそうな、どうでもよさげな表情で青年、シャルンが左手を構えて。

 

「さて……」

 

リサを見下すような。

無様な様を楽しむような。

檻に入っていることにも気付かない動物を見て愉しむような笑顔で──。

 

「帰ろっかな」

 

「───は?」

 

あまりにあっさり、撤退を宣言した。

 

……。

 

…………?

 

「──いや、イヤイヤイヤ、私がお前を逃がすと思ってるお気楽思考をお抱えになられてんなら今すぐ捨てな?」

 

「はは、追えると思ってる楽観主義者ならその思想、すぐに破棄することになるよ?」

 

そう言ってシャルンは後ろを振り向いて去ろうとして。

しかし、逃がすまいと右足を踏み出そうとしたリサは異変に気付く。

全く動かないのだ、数秒前まで機能していた右足が。危うく転びそうになる間にもシャルンはワイヤーを切って先に進もうとする。

 

「はぁ……ああ!じゃあ…………ふんっ!!」

 

「うん?」

 

その状況で冷静に、左足が動くかの確認をする。

動く、ならば……と、リサがとった手段は再生能力者としては常識的で……。

 

後ろで何が行われているのか気になったのか、それとも単純に右足の機能を失って転ぶリサを見て愉しもうとしたのか、シャルンが振り返った先で、リサは。

 

「はは、ははは。……強引すぎないかな?」

 

鮮血が舞う。

 

誰から?

リサから。

 

誰がやった?

リサが。

 

何をしたか?

簡単だ動かないなら一度切って再起動すればいい。

 

足が動かないなら、物理的に切って、一度状態をリセットすればいい。

 

見れば、この短い期間にもう足は再生しきっていて、靴を履いた切り落とされた足が地面に転がっている。

 

「あー邪魔だなぁこるぁ……」

 

片側に靴がないとバランスが不安定で面倒くさいからか、律儀に落ちた足から靴と靴下を脱がして履いてる。

 

だが、そんなリサの周囲には大量の紙吹雪が渦巻いてリサを守るように、シャルンを逃がさぬようにヒラヒラと舞い踊る。

 

「でー、撤退が……なんだっけぇ?」

 

その一言で、紙吹雪がシャルンに殺到する。

 

「チッ……」

 

軽く舌打ちしたシャルンは一節唱えて魔術を行使し、シャルンは電撃を自分を中心に巻いて、人型を弾く。

果たしてそれをする必要性は、結界の容量を超える物量だったのか、ただ咄嗟の判断か。

 

そんなことは気にはしていられない、リサは宝石のようなものを上へ弾くとそれを人型が包んで、包んで、弾けて、明らかに通常の威力の倍の火力の【ライトニング・ピアス】がシャルンへ発射される。

 

「《伝雷よ》!……《杭を桐に、桐を縫い針に》!」

 

しかし、一節、たったそれだけの詠唱で極太【ライトニング・ピアス】はシャルンを避けるように逸らされる。

 

そして、シャルンから、雷の球体による弾幕が放たれた。

 

「……何発放ちゃ、気が済むんだいてめぇはよ……」

 

あまりの物量にリサは思わず数歩下がって雷を避ける。

 

だが、頭に、腕に、足に次第に被弾の回数が増えていく。再生のゴリ押しも、疲弊しちゃ意味が無い……そういえば、よくよく考えてみればリサを引きつけるために足止めのためにこいつはいるわけで……。

 

「あんれぇ……私、のせられてんね?」

 

「……うん、思考回路が単純すぎて助かったよ」

 

本当に、と心底バカを笑うような憐れむような瞳でリサを見ていたシャルンは「でも、もうお終い」と呟くと……リサの手足が勝手に動き始めた。

 

「……は?おいおい効果は停止じゃなあくて支配と操作!?何を起点に……電撃、衝突部位に神経に微細な電流……でも、残る訳が……ああ、基盤が呪いかいな!?」

 

「いやぁ、どうしてこの数秒で真実に辿り着いたくせに、さっきまで誘導されていることに気付かなかったのか……どういう思考回路?」

 

「はは、さっきのお前の電撃の弾幕……私の頭に当たってたよな?それできっと無意識的に誘導……」

 

「いや、君、そのタイミングでボクの電撃が当たってたの足だけだったよね?」

 

暗に「ボクは操ってない君が阿呆なだけだ」と告げられたリサは少し涙がじわっと来ていた。

 

「少し泣きそうなんけど……?あ、待て、お前はさっきの弾幕で私の頭に当ててたのに思考を操ってない、あはは、頭は操れないかそれなりの準備がいると見れる!」

 

「うん、そうだね、でも、今回はもう……関係ない」

 

操作されたリサの両手が目をくり抜いて再生を阻害するように指を眼孔にはめ続ける。

リサには指から腕へ血潮が伝う感覚が嫌にはっきりと伝わってきた。

 

「はっ……くっそ……」

 

「目が見えなかったら、さすがに追えないでしょう?それにボクもそろそろ戻らないと、君のお仲間さんが来ちゃうから…………またねぇ」

 

「シャルン……覚えたかんな……次会ったときゃ……ってもう位置的に聞こえてねぇか……」

 

人型で逃亡したシャルンを追ったがすぐに撒かれて、その代わり彼が20メトラ程離れた頃、肉体の制御はリサに戻ってきた。

 

「……最低でも20メトラ圏内は操れるん……と次までに対抗策ねっとかんといかんねぇ」

 

面倒くさそうに、でも少し楽しそうに、リサは口にして血だらけになった全身を軽く見て、ため息を吐いた。

 

すると、突然、肩に手が乗ってきて。

 

「ひょぇ!?」

 

慌てて振り向くと見えたのは筋骨隆々の……。

 

「チッ……ジジイか……可愛い子が血だらけの私を心配して声をかけてきてくれたのかと……」

 

「ひどい……!わし、心配してやってきたというのに……。残念ながら、可愛い子に囲まれてるのは現在グレ坊だけじゃよ」

 

少し大袈裟に答えた老人は《隠者》のバーナードである。

 

「……ところでリサちゃん、事の発端はアル坊から聞いておるが現在は……」

 

「あージジイ……それよりグレンの方でなんかなかったか?アイツが言うには今回のは私を会場から逸らすため、時間稼ぎらしい……慌ててねぇってことは特に問題はねぇかい?」

 

「そうじゃのお…………ふむ、ともかくアル坊とクリ坊のとこ戻るか」

 

少し悩む仕草をしてバーナードは学院会館へと向けて歩き出し、リサもそれに続いた。




誰がとはいいませんが、昆虫は禁忌教典より魔王を崇拝しています。


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27.“本”は何が為に

 会場に歓声が飛ぶ。

 歓喜の拍手が響いて、会場を包む熱気がさらに増すような気もした。

 

「異常すぎんか……? 例年以上としか言いようがにゃぁ」

 

 まぁ、この盛り上がりのお陰か、女子生徒に囲まれ目を白黒させるリィエルちゃんなんて珍しいものが見れたのだがと学院会館屋根上でリサは訝しげにつぶやく。

 それでも、此度の任務の標的、室長がザイードを確保した、なんて報告がありあっさりと片付きすぎてなんとも違和感を感じずにはいられないのだ。

 

 そしてダンスコンテストの決勝目前とはこういうものなのかと欠伸を零した。

 

 

 

 熱気も何もが最高潮。

 無事決勝も終わり、グレンとルミアのペアが優勝だとか、次はルミアが優勝したカップルに貸し出される妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)というドレスを纏ってグレンと踊るとかそういう情報を人型(ヒトガタ)越しに入手しては笑って楽しんでいたリサの意識は、アルベルトからの「イヴからの応答がない」の一言で任務のものに切り替わった。

 

 明らかなる緊急事態に他のメンバーの行動は早い。

 

「リサ、お前はイヴがザイードと黒幕を捕らえたと言っていた部屋にクリストフと向かえ」

 

 そんな命令に応えてクリストフと共に件の部屋へ歩を進める。

 

 

「なぁ、クリストフ…………先輩? まあいいか面倒い……クリストフ、この社交舞踏会なんか違和感……なかったかい?」

 

「もう遅いし今更ですけど呼び捨てで構いません……違和感、ですか?」

 

 部屋の前へやってきた二人は慎重に戸を開けて、中を見る。

 ザイードともう一人の男が捕えられるなか、そこにいるはずのイヴはやはりいなかった。

 

「あー……違和感なぁ、会場が熱に浮かされてーみてぇな、妙に盛り上がるようなんない?」

 

「……うーん、あっアルベルトさんから連絡が来ましたので、少しお待ちください」

 

 リサの言葉に引っかかったのか、少し悩むような素振りを見せたクリストフはだが、そこで来たアルベルトからの報告に一度思考を止める。

 

「えーっと……リサさん、あれに載せられたレコードのタイトルを教えていただけると」

 

「うん? …………うー……シルフィード……ああ、こりゃ編曲(アレンジ)あわせて会場で流れてるのと全く同じだぁね。んーこら、誰か聞いてたんかね、それが回りきって針が内側まで来てらぁ……」

 

「…………………………リサさん、どうやらそれ、正解のようです!」

 

「それってぇなんのこった?」

 

「先程リサさんが言っていたその、違和感とやらです。アルベルトさんがたまたま出会った女子生徒の方が先にその違和感の正体に気づいていたようです」

 

「それがさっきの連絡かい……?」

 

「はい、向こうに情報を伝えるのですこしお待ちを……ああ、リサさんも回線に接続して貰えますか? アルベルトさん、バーナードさん! こちらクリストフです…………────

 

 

 

(魔曲、ねぇ……どーりで()()()()()()()()()()()()()んぁって)

 

 魔曲、女子生徒(システィーナ)がいち早く違和感の原因を突き止め、たまたま出会ったアルベルトに報告したそれは、音楽に変換した魔術式。心に影響を与え、精神を支配するそれは、あまりにこの会場での暗殺、つまり記憶を消して(誰にも見つからないように)標的を殺す。それに最も適している形と言える。

 

 それに今回の編曲の元になった第八番までで構成される『交響曲シルフィード』の原典『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』のような呪歌は元々その系譜、そういえば、“家の本”にそんな感じのが大雑把に書かれていた気もしなくもないなーと、眼前の状態をぼんやりと見る。

 

『交響曲シルフィード』第七番を終え、会場にはやはり沢山の人影。

 しかし、()()()()は数人しかいない。

 

 第七番にあわせて第八番を踊っていたシスティーナとアルベルト。

 そしてそれを見て転機を効かせ、『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』の第八演舞を踊ったグレンと、共に踊るルミア。

 そして第七番が終わるまでに会場に入り込んだリサだ。

 

 なぜ第八番が精神防御の役割を果たしたのか。

 それは原曲の『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』にある。

 原典における第八演舞(エル・オクターヴァ)という舞踏は、第一演舞(エル・プリマル)から第七演舞(エル・セプティーモ)までの心を狂戦士とする演舞の締め、追儺(ついな)儀式とも呼べる最後の心から祓う、鎮めるといった意味を持つ。

 

 だからこそ、その場において、会場外で精神防御を固めたバーナードとクリストフとリィエルを除き、第八番を踊りもせず精神防御を固めずに何事も無かったかのように魔術を使うための左手を前方へ伸ばすリサと、その腕の先、拳銃を突きつけられていると同等の状態で余裕たっぷりに曲の余韻に浸かる指揮者が異様であった。

 

「え、な、なんですか……? これ……」

 

「ルミア! 貴方、無事!? ちゃんと正気!?」

 

 困惑と異様な空間に顔を青ざめるルミアと、それに駆け寄るシスティーナ。

 いつからこの術にかかっていたのかと狼狽えるグレンに答える、アルベルト。

 

 それを一瞥したリサはさて、と指揮者へ話しかける。

 

「なー、余裕そうに突っ立っちゃってぇいいんかい?」

 

「……よくぞ、我が《右手》から逃れた」

 

 右手で構えていた指揮棒をゆっくり落とした指揮者はそう告げる。

 

 睥睨するその瞳は冷え冷えとしている。

 

 ようやく繋がったと言うグレンに、システィーナが魔曲の概要を伝える。

 魔曲は心を支配する魔術であり、古代魔術(エンシャント)であり、魔法遺産(アーティファクト)であると。

 

 すると指揮者、ザイードは得意げに、我が家には代々魔曲の秘儀が刻まれた石が受け継がれてきたと、使い方や運用法は研究し尽くされていると彼は語る。

 

「私は七つ全ての『魔曲』を奏で聞かせることで、その場に居合わせる全ての人間の意識と記憶を掌握できる! 余すことなく、全てだッ! そうすれば、いかなる凄腕の護衛がつこうが関係ない! 『暗殺』など、容易く行える! そうだろう!?」

 

 両手を広げて、笑みを浮かべて、高らかにそうザイードは叫ぶ。

 

 精神を操り、記憶を消して、意識をその人間を支配する。

 

 バレることなく、自分以外を手駒にして、暗殺する。

 

 それも、白昼堂々と。

 

「……で?」

 

 そう、リサがつぶやく。

 

「もう一度言うぞ? 今度は聞き漏らさないよう、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれぇよ? 

 余裕そうに突っ立っちゃってぇいいんかい? なぁ、黒幕、魔の右手、ザイード」

 

 ああ、そうである。

 

 死霊の精神を操るリサの家のように生きた人の精神を操り、死霊の怨念あわせた記憶を消すリサの家ように生きた人の記憶を消して、死霊の意識を霊魂を支配するリサの家ように生きた人間の意識をその人間を支配する。

 

「気付いてんだろう? お前」

 

 だって、さっきからこっちを見る目が鋭いしな、とリサは零す。

 

「余すことなく? 全てぇだ? 何言ってんだい」

 

 古代魔術の時代から、今に至るまで、それを記述した本を精神に、深層意識に埋め込むまでして今まで伝えてきた家系がある。

 

 その家が、カミハ家が、果たして、精神防御に疎かになるだろうか。

 

 禁呪ともいえる代物を扱い、あまつさえ当主の心に“本”を、強制的に植え付ける一族が。

 

「お前の精神支配は届いてねぇ、これっぽっちもなぁ」

 

 ──否、精神支配魔術、精神攻撃。ましてや、自分と同系統の物など、効くわけがないのだ。




追儺、ついな、おにやらい。
豆まきとかそういう悪いものを追い『払う』こと。
西洋の魔術思想で五芒星の小追儺儀礼とか儀式前に払う?清める?ものがあったり。地の五芒星の書き順とか知らへん。

ちなみに今回というよりこの原作でいう七巻の内容における本小説で重要なところは今回の最後のシーンしかないという。


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28.調子に乗ると、結果はすぐに見えてくる。

ロクアカ最新刊を買ってきて読んだ日はその興奮を胸にぐっすりねまちた。
しゅごかった……。


「で……」

 

 リサが言葉を漏らしたのは、学園の北、迷いの森。

 先程にまでの場面はどうしたのか。

 

 あれは圧倒的強さを見せる場面だろう? 

 

 精神支配が全く効かない? 

 

 相手の最大の切り札を潰した? 

 

 ならば、どうしてこのような場所にいる? 

 

 答えは至極単純。

 

「切り札封じてだからどうしたってぇ話なんよなぁ!!!」

 

 全くもって、そうである。

 

 再生能力による強硬策と、人型(ヒトガタ)を操り大物臭を漂わせてはいるが、その正体は簡単。

 

 魔力容量(キャパシティ)つまりどれほど魔力があるか、魔力濃度(デンシティ)つまり一定の魔力でどれほど火力が出せるか、そのふたつどちらもゴミクソ。

 

 グレンのような魔術特性(パーソナリティ)を持っている訳でもないのに黒魔【ショック・ボルト】の一節詠唱すらできないド三流。

 

 要するに魔術師としての廃残。

 

 人型に刻んだ魔術の起動、それを持って黒幕を倒すか。

 そう思った矢先に湧いて出てくる思考。

 微細な振動で声を読み取れる式神が精神支配を受けて自分の影響下から外れて所有権を握られる可能性があるのだ。

 

 人型どもは魔道具の分類のようだが、実態はリサの魔術触媒()()()()()()

 魔道具には『擬似意識領域(パラ・キャパシティ)』が使われるがこいつらのはモノホンの精神である。

 ついでに霊魂の精神をギタギタのメタメタに絶望させ心を壊した代物である。

 これがどうして他者に指揮権を奪われまいと思うか。

 

 実際、リサの人型に押し込めた霊魂は精神防御皆無である。リサはまだ一度もなかったが、“家の本”には、式神の権を奪い取られたなどと書かれていたりする。

 

 病は気から、というのならば、深層意識の改編を必要にする魔術、更には精神を支配するものを扱うものとあっては心が揺れただけで大ピンチだ。

 嫌な予感がして即、人型を引っ込めたリサはたちまち再生しか取り柄のない今のところ不死の少女それだけだ。

 

 下手に魔術を使えないリサは固有魔術(オリジナル)すら黒幕から意識を外すことにしか使っていない。

 

 なんということでしょうびふぉー(before)あふたー(after)、盛大にドヤ顔かまして実際はほぼ詰みである。

 

 完璧なる馬鹿、盛大なる阿呆。

 道化として崇めても宜しくてよとリサはほろり涙を流す。

 

 嗚呼、天にましますロクでもねぇ神格共よ、てめぇらが昔の戦争で這い出てきた邪神の眷属の主だとか、そういう以前に“家の本”に現代の言葉ででさえたまにロクでもねぇロクでもねぇって書かれてるから少なくともこの星にとっちゃおめぇらが邪悪な神だって知ってんだよ。

 

 知られてるんだから少しは私を助けるという善行を積み上げ給えよ。

 善意を見せろよ! かむ(come)!! 

 

 と、救済願えど邪悪は応えやしない。

 そもそも応えられたらられたで二百年前の戦争の再来である。

 

 けっ、と悪態ついてリサは見たくもない現実を見返した。

 

 

 それは正しく現実とは思いたくない地獄であった。

 灼熱と極寒が両立して筋肉バカと脳筋戦車が拳と刃を切り結ぶ。

 

 魔曲に心を絡め取られて操られるイヴをバーナードとリサが。

 グレイシアという名の天の智慧研究会の氷の魔術師をクリストフが相手をしている。

 

「あぁああぁぁぁ…………っっ!! 再生……やっぱクソだぁねクソ!!」

 

 グレンとルミアとアルベルトとシスティーナがザイード討伐のために動いているせいで、残りの相手をせねばならないのである。

 

 魔曲のせいで魔術の起動工程の五つのうちの三つ目、識域拡張(インタベーション)が妨害されまともに魔術を扱えないクリストフとバーナードが、代わりに魔道具を消費して対抗する中、魔術が使えるリサは防御を任されるか、否である。

 

 結界の術を継ぐクリストフの家、そちらのがリサのド三流魔術より効果がある。というよりは、リサのド三流魔術ではこの場では何の役にも立たない。

 

 よって、リサは損壊無視で再生に任せてイヴに弱々しい魔術を当てていた。

 

 少し離れたところでゼトという脳筋の敵と少年漫画なバトルを繰り広げるリィエルを見て後で頬擦りすると誓い。

 

 グレイシアという氷の魔術師に惚れられたらしいクリストフが受ける極寒の狂愛に一瞬羨ましいと思った思考を正して眼前を見直す。

 

 嗚呼──今一度、言わせてもらおう。

 

「切り札封じてだからどうしたってぇ話なんよなぁ!!!」

 

 このザマである。

 

 標的の中で最も秀でたものの最高の切り札を封じた? 

 

 だからどうしたというのだ、それ以外で地獄に堕ちていたら、それこそあまりに滑稽だろう。

 

 グレンはどうしてこんな地獄を乗り越えてきたのだろう。

 大切な人を失うまでよく耐えたなあいつ。

 

 今一度、家族のような立場の人間を見直したリサは、涙を堪えて、文字通り脳死(脳を焼かれて)しつつも、この一時を終えた後の時間に希望を抱いて。

 

 苦労の原因を作りやがった室長サマを殴りにかかった。

 

 

 

 そんなこんなで事件は解決、大団円……とは問屋が卸ちゃくれない。

 厄介事という物は、事に遭う人間の事情を考えないからこそ厄介な事なのであり、それはツタのように人生に絡み付き多大な影響を与えることもあるのだ。

 果たして、それが今に始まった事なのだろうか。

 

 それは『社交舞踏会』のその帰り道のことである。

 グレンはリィエルシスティーナルミアの三人娘をリーベル邸まで送り届けに行っているため一人で帰路に着いているのだ。

 件のシャルン何某とかいう天の智慧研究会の外道魔術師殿と戦闘している最中、グレンに接触してきていたという天の智慧研究会のエレノア=シャーレットという魔術師について教わっている情報を整理しながら歩いていた。

 

 ふと、視界がボヤけたリサは横によろめいた。

 

「…………?」

 

 パチクリと目を開け直すとボヤけはまだ確かに存在して全てにモザイクがかかったかのように見えてしまう。

 

「っ……!」

 

 明らかに異常だ。

 全身が吐き気を訴えている。

 見てはならない。

 脳が視神経に叫んでいる。

 

「ぐっ……うぅぅ……っ!」

 

 押し寄せる不快感に頭を抱えて目を瞑って、しゃがみこむ。

 頭を抱えて激しい頭痛に耐えて……耐えて耐えて耐えて。

 

 痛みが有頂天に達した。

 そうリサは何故か確信した。

 気絶するする寸前だ……そんな、瞬間のこと。

 

 一瞬、リサの脳裏に怪物の姿がよぎる。

 それはあまりに気味が悪く、直近で同じように気味の悪い物を見たことがあるような気もする。

 

 あのような代物を。

 一体どこで。

 

 ああ、そうだそれは、()()()…………。

 

 …………。

 

 …………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 いつの間にか、リサを渦巻いた不快感は過ぎ去っていた。

 

 天を仰ぐ。

 

 時刻は先程とそう変わらない。

 

 幻覚だったのか、判断も何もかもがままならないまま、首を傾げたリサは足早に家へ帰って行った。



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