仮面ライダーデュオル (マフ30)
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登場人物(随時更新)

双連寺ムゲン(イメージCV:小林親弘)

 

 仮面ライダーデュオルに変身する少年。城南学園高等部所属。

 狼のような剣呑な雰囲気と鋭い目つき、後述する怪力などが災いして、学園では危険人物扱いされているがルックスそのものは整っている。髪の色は灰色。

 外見に反して、性格は穏やかで気さく、誠実かつお人好し。普段は口数控え目だが親しい者や趣味の合う相手とは饒舌になる。大らかな性分なので、他人の趣味趣向にも寛大で他人に迷惑が掛らなければ良しと大抵のことは平気で受け入れられる。

 

 カナタとハルカのことは世界でたった二人の親友と言って憚らず、とても信頼している。反面、この二人に危害を及ぼす存在や明確な敵意を感じとれた相手には物腰が一変して容赦なく、攻撃的なものになる。

 喧嘩や暴力は嫌いだが喧嘩の力量はずば抜けており、周囲の地形を利用したり、プロレス技を実用的に効率よく使うなど驚くほどに実戦慣れしている。

 

 スチール缶を片手で握り潰す。重さ100キロに近いスクーターを振り回すなど、常人離れした怪力と頑丈で怪我の治りも早いある種異常な体の持ち主。

 趣味がソロキャンプでバイト先の喫茶店メリッサではキッチン担当なので炊事など生活力は思いの外ある。

 

 普段は中古のベスパを移動手段に用いている。スクエアフレームのメガネを掛けているが視力は良好。双子に目つきが悪いからとプレゼントされたものを気に入って伊達眼鏡をするようになった。

 ※外見のモデルはデュラララの平和島○雄。

 

 

 

天風カナタ(イメージCV:種田梨沙)

 

 ムゲンの親友で双子の姉。明るいオレンジ色のセミショートの髪をサイドテールに束ねている。成績優秀、スポーツ万能で快活で涼しげな振舞いで学園でも人気は高い。モデルのような抜群のスタイルを誇る。

 

 実際は弟のハルカと共々、幼少時からの経験もあって他人にまるで関心や興味がなく揉め事を避けるために知り合い以上、友人以下の距離感で接することを心掛けている。

 

 実際の彼女の性格はと言うと快活さはそのままに少し腹黒く、愉快におどけて人を食ったような言動も見せる。同時に自己研鑽を怠らないストイックな性分で覚悟を決めた時の行動力には目を見張るものがある。クーを含めた四人組の中ではリーダーシップを発揮してまとめ役になることが多い。周囲に流されずに自分で良く考え、我が道を行くタイプなので実は流行りものなどには若干疎い。

 

 バイト先では接客担当。制服のクラシカルなメイド服姿を一目見るためにやって来るお客も少なくない。たまにキッチンのアシストに回ることもある。

 ※外見のモデルはFGOの女主人公(○だ子)

 

 

天風ハルカ(イメージCV:内田雄馬)

 

 ムゲンの親友で双子の弟。中性的でクールな印象が強いメカクレ男子。髪は姉に比べると少し赤みがあるオレンジ色。

 

 カナタと同様に他人に関心はなく、ムゲン以外の友人も必要ないと思っているが情報はお金以上に価値があるという考え方の持ち主のため情報の収入源のために人付き合い自体は浅く広くこなしており、交友関係は幅広い。

 

 冷静かつ爽やかで八方美人ギリギリなほど誰にでも優しく振舞えるが素はシニカルで計算してボケることもあるなど意外にもユニークな一面も持っている。サブカルチャーなどの知識も豊富。 

 

 こちらも姉と同様に文武両道で尚且つ、ムゲンの存在があるため霞みがちだが実は腕っ節もなかなかの実力を持っている。また本人は認めたがらないが芯では義侠心に篤く熱血漢。

 

 バイト先では接客担当。制服の執事服姿は年齢を問わず女性客に好評を得ている。カナタのようにキッチンに回ることはないが店長の依頼もありで事務や仕入れ管理、新メニュー開発の企画なども担当している。

 ※外見のモデルはペルソナ3の主人公(キ○ロー)

 

クー・ミドラーシュ(イメージCV:阿澄佳奈)

 

 アーティファクトと呼ばれる魔術道具を作成する技術に長けたギギの民と呼ばれる一族の女性。褐色の瑞々しい体と青紫の長い髪が鮮やかなエキゾチックな雰囲気の美女。

 異なる無数の世界を旅する道中で魔人教団の暗躍やそれに立ち向かう仮面ライダーの存在を知り、協力していたレジスタンスたちの依頼を受けて仮面ライダーを探す過程で物語の舞台となる世界へ辿りついた。

 

 黙っていれば神秘的でミステリアスな印象を持たれるが、賑やかで人懐っこい愛嬌のある性格をしておりリアクションも大きいため、見た目とのギャップに驚かれることも多い。

 基本的には善良な人間なのだが作製したアーティファクトの性能からも分かるように物事の危険などで常人との価値観の差があるところも散見して、時に彼女の基準でとんでもない行動を実行に移す危なっかしい一面も持っている。

 

 しかし、魔術師としての腕は本物で煙の使い魔であるスモークゴーレムを始め、彼女が自作して持ちこんだアーティファクトの数々は高性能な物が揃っている。また作中世界の技術や道具に対する理解や呑み込みも早く、思わぬ運用方法を思いつく意外な発想力の持ち主。現在はカフェ・メリッサの住み込み従業員として生活している。重度のケチャラー。

 

 

有栖川ユキヒラ(イメージCV:子安武人)

 

 ムゲンたち四人がアルバイトをしているカフェ・メリッサの店主。

 通称・シスターと呼ばれるオネエ系の男性。

 古代ローマの王族を彷彿とさせる、濃くて麗しい美貌とダビデ像の如く鍛えられた肉体の持ち主。

 ハイテンションでお喋り。独自の美意識に則り行動しているため、時に類を見ない変人に思われることもあるが自分に絶対の自信と克己心を持つタフガイでもあるため、基本何事にも動じない。

 

 表向きの言動こそ、エキセントリックなものではあるが年長者であるため、若者たちの生来を第一に考えて適切な助言を送ることのできる人格者。また世話焼きで気の回る性格であるため、さり気なく相談役を買って出たりすることもある。

 料理だけでなく、日曜大工から服飾関係まで本人曰く物作りにかけては万能の天才と豪語するレベルの手先の器用さの持ち主。また前職のうちの一つにFBI捜査官があると自称するなど経歴には謎が多い。

 

忍野ユノ(イメージCV:田野アサミ)

 

 都内にある竜胆女学院の生徒。ムゲン達と同学年。腰まで伸びた漆のように黒い髪と鮮やかな真紅の瞳が印象的な凛々しく活発な少女。

 勢い任せな一面もあるが義侠心に篤い姐御肌で面倒見の良い性格をしており、学友たちからの要望もあり学院のトラブルシューターのような活動をしている。学院の部活動には所属していないが剣道三段の腕前で運動神経も良い。

 

 偶然出会ったムゲンに一目惚れする形で城南学園に押し掛けてきたのを契機にメタローに関連する事件に関わるようになっていく。

 ムゲンたちと知り合う前からメタローが起こした騒動の記憶を忘れることなく覚えており、正体こそ知らないがデュオルの存在のことも認識している希有な体質の持ち主。

 普段は学院の制服であるベストとスカートの組み合わせの上に赤いスカジャンを着ている。

 

※外見のモデルはFGOの魔○アーチャー

 



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ライダーデータ(随時更新)

『仮面ライダーデュオル:スタンダードフォーム』

 

■パンチ力:1t

■キック力:1.5t

■ジャンプ力:20m

■走力:100m9秒

 

 ライダーメモリアを使用せずに変身した場合のデュオルの姿。

 待機形態であり、出力不足なため少し性能の良い防護服程度のスペックなのだが変身者であるムゲンの戦闘力が高いため、例外的にある程度ならメタロー相手にも抵抗できる。

 

 黒いアンダースーツに双肩や胸部など各部にアッシュグレイの武骨な装甲を纏ったフォルムをしている。

 仮面は額から伸びる短い二本のアンテナ、青い複眼のような双眸とカマキリの頭部を模したように鼻先に位置する部位が鋭角に突き出たシャープなデザイン。

 

『デュオルドライバー』

 

 クーが通りすがりの仮面ライダーから渡されて、ムゲンに託された変身ベルト。

 両端に拳銃の撃鉄とトリガーのような機構が備わったグリップがついたバックルにクリアブルーのカバーで覆われた風車が特徴。

 両端のグリップを引っ張ることでバックルがスライド展開して二基の風車とメモリアを挿入するカードスロットが露わになる。

 右側のトリガーを引くことでフルスパートと呼ばれるエネルギー最大開放形態となり各ユニゾンアップフォームでの必殺技を繰り出せる。左側のトリガーの仕様は現時点では詳細不明。

 

『Dブレイカー』

 

 クーが過去に作成した十字架型のマルチウェポン。

 単発式の大口径ライフルモードと銃身がスライド、銃床部分から柄が伸び、片刃のブレードが展開したスピアモードの二形態を使い分けることが出来る。

 

 

『ビッグストライダー』

 

 ギギの民が作成したバイク型のアーティファクト。

 牡牛をモチーフにした長大な二本の角を備えたフロントカウルが特徴の大型二輪ビークル。最高時速は520km。

 金属製の分厚い隔壁に突撃しても傷一つ付かない頑丈な装甲を持ち、オンロード型の外見ながら山道などの悪路でも問題なく走破可能。反面、狭い道や入り組んだ道は不得手としている。

 

 

『マイティアーツ(1号×クウガ)』

 

■パンチ力:15t

■キック力:25t

■ジャンプ力:60m

■走力:100m6.5秒

 

 デュオルのユニゾンアップフォーム。デュオルの基本形態。

 仮面ライダー1号と仮面ライダークウガの特徴が組み合わさった外観をしている。

 

 技の1号と2000の技を持つクウガの戦闘技術を断片的に継承しており、徒手空拳を主体とした白兵戦に特化したスペックを持っている。

 また自在跳躍と称される大気さえも足場にしてジャンプ移動が可能な飛蝗を彷彿とさせる俊敏さとクウガの封印エネルギーを再現した高熱を帯びた攻撃で相手の動きを拘束する能力を持っている。

 

 必殺技はスペリオルライダーキック。

 

 

『エリアルファンタズマ(スカイ×ゴースト)』

 

■パンチ力:7t

■キック力:15t

■ジャンプ力:100m

■走力:100m5.5秒

 

 デュオルのユニゾンアップフォームの一つ。

 スカイライダーと仮面ライダーゴーストの特徴が組み合わさった意匠をしている。

 スカイとゴーストの能力の断片を継承しており、飛行・浮遊能力や物体を透過することが出来る。飛行時にはスカイライダーのマフラー同様にパーカーの裾が延伸してロングコート状に変化する。

 

 上記の特殊能力や素早さを活かしたトリッキーで変幻自在の戦法を得意とする。また純粋な攻撃力は低めだが武器の扱いにも長けており、幅広い戦術に適応出来る。

 透過能力は敵の攻撃さえも無効化することが出来るが同時に自分も相手をすり抜けてしまうため、反撃することも出来ないデメリットも抱えている。

 

 

 必殺技は参式オメガドロップ。

 

『エレクトロキャスター(ストロンガー×ウィザード)』

 

■パンチ力:24t

■キック力:30t

■ジャンプ力:55m

■走力:100m7秒

 

 デュオルのユニゾンアップフォームの一つ。

 仮面ライダーストロンガーと仮面ライダーウィザードの特徴が組み合わさった意匠をしている。

 ストロンガーとウィザードの能力の断片を継承しており、高い威力を持つ電気攻撃と様々な効果を持つ魔法を使用する。魔法を使用する際は右手の中指に装備したキャスターリングを媒介にして行い発動までの手順はウィザードのそれを踏襲している。

 強力で距離を選ばない攻撃手段と魔法による応用性の高い補助能力を併せ持つ反面、消耗も激しく、長時間の戦闘には不向き。

 

 必殺技は超電ビッグハンドストライク。

 

『ストロングオウガ(2号×響鬼)』

 

■パンチ力:45t

■キック力:35t

■ジャンプ力:40m

■走力:100m8秒

 

 デュオルのユニゾンアップフォームの一つ。

 仮面ライダー二号と仮面ライダー響鬼の特徴が組み合わさった意匠をしているが全体的にはマジョーラ風の体色や隈取りを思わせる顔の紋様など音撃戦士系統に酷似している。

 攻撃力と防御力に優れた格闘戦特化形態で変身者の資質も加わり無尽蔵のスタミナと自然治癒力も強化されている。

 ユニゾンアップフォームでは唯一、専用武器を装備しており凄まじいフィジカルと組み合わせて、真正面から敵を捩じ伏せる戦法を得意としている。

 反面、身軽さや素早さは低め。また他のフォームのような特殊能力は持っていないので絡め手を使ってくる敵を相手にするのは不得手としている。

 

音撃棍・猛火。

両端に鬼石が付いた深緑色の六尺棒。デュオルの意思に応じて自在に従来の二本一対の音撃棒や多節棍へと変形する。必殺技使用時には音撃鼓の代わりに猛火を用いて対象を拘束する。

 

必殺技は音撃拳・百烈剛火

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ここから先、ちょっとした事情で先行情報を一部公開という形式になっているのでネタバレが嫌な方は見るのをお控えください。

 

 

『■■■■■■■■■■■』

■パンチ力:55t

■キック力:75t

■ジャンプ力:80m

■走力:100m5秒

 

レジェンドライダーの力に依らない変身者であるムゲンの個性を力の源にしているオリジナルのフォーム。変身時はスタンダードフォームの装甲が一度弾け飛び、裏返るように反転して再装着される。

 仮面は額から一角獣のような真紅の角が伸び、口元は獣の牙を思わせるギザギザのラインが走ったフェイスガードで覆われたデザイン。複眼の色は黄金。

 漆黒の装甲とアンダースーツの表面のあちこちに電子回路のような紋様・ブレイズサーキットが浮かび上がっており、焼けた鉄を思わせる緋色の光を放っている。

 ブレイズサーキットを介して、全方位から最大出力で金属も溶かす超高熱波スカーレットノヴァを自在に放つことが出来る。加えて派生技に熱波を口元に集中させて放つスカーレットシャウトが存在。

 

 大きな特徴の一つとして腰の部分から蛇腹型の長いメカニカルな尻尾が生えている。この尻尾はスクラップテールと呼ばれ、デュオルの意思で自由自在に動く。ドリルのように回転して貫通力を上昇させたり、盾や防護壁の代わりにすることも可能。

 両手の指先にはシザーネイルと言う鋭利な爪が施されている。爪が緋色に輝くと高熱を帯びて分厚い鉄板をも斬り裂く切れ味を解放する。

 

 このフォームへと変身するとアドレナリンの過剰分泌を筆頭に全知全能が戦いと敵を倒すことのみにへと無意識に向き易くなるという問題がある。さらにそれが暴走状態ではない正常稼働のために改善する余地も無いというピーキーな仕様でムゲンへの負担も大きい。

 また全身が絶えず超高温を帯びており、味方であっても迂闊にデュオルの体に触れることが出来なくなる。

 総括するとこのフォームは変身者のムゲンすらも消耗品にして、確実に敵を殲滅するための絶大な力の具現化。そして、ムゲンが密かに願っている大切な人たちを巻き込まず(巻き込めない)にどんな敵が相手でも勝つための理想の姿を歪な形ながら叶えられる鬼札的な存在。

 隠されていたフォームではあるが実は最初期から変身が可能であった形態であり、皮肉にもムゲンの実力を最大限に発揮できる無二の形態である。

 

 

必殺技は灼熱の足刀蹴りを叩き込むインフェルノスパイカーと炎の拳を杭打ち機のように連続で打ち込むベルセルクノッカー。

 



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敵勢力紹介(随時更新)

敵勢力紹介(随時更新)

 

 

 

魔人教団/高次元生命体メタロー

 

 

 

 数多に存在する平行世界に侵攻を仕掛けた謎の勢力。

 その正体はとある世界の人類たちが一握りの科学者たちの実験に巻き込まれて生身の肉体を失い、物質化した魂とも呼べる不老長寿の新生物へと昇華した存在。不思議な色彩を持つ火の玉のような形をしている。最大の特徴が人間など別の知的生命体と同化することによってさらに強力な能力を持つ怪人体へと変貌することが出来る。

 同化後は素体となった生物の主導権を完全に握ることが出来るがメタローの個体によっては様々な事情で本来の持ち主へ主導権を委ねてしまうパターンも確認されている。

 精神同期と呼ばれる能力で全てのメタローが仲間のメタローが得た情報や思考を共有することが出来るので謀叛や反逆行為などは実質行えない。

 統括長ネメシスや前線司令官である死奏剣など、一部のメタローはハイ・メタローと呼ばれる上位種へと進化を遂げており、彼らは任意の人間体への擬態能力や自力での他世界への移動が可能となっている。

 

 

 

統括長ネメシス(イメージCV:櫻井孝宏)

 

 魔人教団の実質的な首領であり、かつて自分がいた世界の全人類を大規模実験でメタローへと変貌させた始まりの天才の一人。

普段は秘匿された教団本拠地に座して、同胞である全てのメタローの管理統制を行っている。焔獄の魔人を思わせる異形の姿をしているがこれはあくまで姿隠しの偽装であり怪人体、人間体共に現段階では不明。

 威厳と余裕を併せ持ち、掴み所のない不思議な佇まいではあるが同胞たちへの親愛と信頼は厚く、身内には穏やかで寛容。反面、自分たちが完全な生命体であるという自負と自信が強く、それに相応しい振舞いは出来て当然と言う考えが固定化されており、その足並みに追いついていけない者へは酷薄かつ冷淡なリアクションを見せることも多々ある。

 現時点ではその能力など全てが未知数だが敵対者が仮面ライダーである限り、自陣営は負けないという絶対の自信を持っている。

 

 

 

クルージーン(イメージCV:山路和弘)

 

 魔人教団が誇る上位怪人集団・死奏剣(カルテット)のメンバー。実質的なリーダー格で曲者揃いのメンバーを実力一つで纏めている。

 冷徹で隙のない狩人のように仕事を確実に達成する強者だが、同時に気障でシニカルな言動も多い伊達男。仲間に対しては面倒見も良く、適切な言葉による叱咤激励を欠かさないマメな一面もある。

 人間体は高級スーツを着こなすスキンヘッドが映える鋭い眼光が印象的な英国人風の男性(ぶっちゃけ、ジェイ●ン・ス●イサム)

 怪人体は現時点では不明。

 

 

ツムカリ(イメージCV:坂本真綾)

 

 死奏剣の一人であるハイ・メタロー。

 戦闘と血飛沫が何よりも好きな戦闘狂であり、平時はダウナーだが血の気は多く沸点も低いため、よく仲間達に弄られる。

 口の悪いぶっきらぼうではあるが強い者こそが至上であり、尊ぶ存在という信条を持っており例え敵対者でも自分が認めた実力者には礼節や敬意を払うなど侠客めいた義理堅さを持っている。

 人間体は烏羽色の黒髪が美しいタバコが似合う中性的な女性。紅いレザージャケットに野太刀を背負うと言う特徴的な外見をしている。

 怪人体は現時点では不明。

 

 

アロンダイト(イメージCV:神奈延年)

 

 死奏剣の一人であるハイ・メタロー。

 陽気でおちゃらけた言動が目立つ、豪快な無法者。快楽に弱く、自分の欲望に素直なろくでなしだが、その実力は高くクルージーンからの信頼も篤い。レーヴァテインとは気が合うため、よく一緒に行動している。

 力任せに暴れて大破壊を好むが同時に戦士としては気風が良く、自分から進んで卑劣な手段は行わない潔さがある。

 人間体は山のような筋骨隆々の大男。上半身裸の肉体にはトライバルタトゥーに似た彫り物が施されており、大きなカウボーイハットを被っている。

 怪人体は現時点では不明。

 

 

レーヴァテイン(イメージCV:丹下桜)

 

 死奏剣の一人であるハイ・メタロー。

 あどけない無垢な少女のような言動が目立つがそれは侵略先で肉体を乗っ取った素体が幼い少女だったことが大きく影響しているだけに過ぎず、本性は残酷な生粋のサディスト。  

 他者、特に男性をたぶらかし、甘やかし、弄ぶのが大好き。自分の目的のためならどんな手段も辞さない残忍さを内包している。

 そもそも、人間体に幼女の姿を選んだのもその外見がもたらす相手の油断や憐憫といったメリットを考慮した結果である。本来の彼女は優れた観察眼を持ち、頭の回転も早い切れ者。

 人間体は白いワンピースが似合うピンク髪をした妖精のような可愛らしい少女。先述したように、無邪気な幼子のような振舞いは演技に近しいのだがそれはそれで他人を嘲り翻弄するには最適なのでレーヴァテイン本人は大いに楽しんで天真爛漫な少女になりきっている様子。

 怪人体は現時点では不明。

 

 

観察者ニュー(イメージCV:蒼井翔太)

 

 魔人教団と協力関係を結んでいる謎の人物。

 観察者という役目を与えられているが自分の趣味趣向を優先して時にはメタローさえも退屈しのぎの玩具として利用するなど、傍若無人な振舞いが目立つ。

 緑の長い髪と鮮血のような真っ赤な瞳が特徴的な中性的な美形の青年。

 飄々としていて、穏和な物腰をしているがその本性は非常に傲慢で嗜虐的。特に相手を精神的に弄び、憔悴させてから甚振るなど人間の感情を逆手に取った手法を好む。

 その正体は仮面ライダーZOが戦ったネオ生命体。それと限りなく同一の別存在。本作のニューは自分が生まれ落ちた世界において創造主の望月博士を真っ先に吸収、知識を手に入れて自己改造によりオリジナルが持っていた欠点を克服しているなどの差異がみられる。

 戦闘時にはドラス・ビヨンドと呼称する怪人形態へと変貌する。見た目はオリジナルのドラスの体表がより甲殻化したZOやJに近い姿になっている。

 マリキュレイザーなどオリジナルとほぼ同様の戦闘能力の他に手の甲から生成するブレードや両の掌から発射するより強力なマリキュブラスターという武装を持っている。

 反面、戦闘経験自体が少なく一度劣勢を強いられると精神的動揺が大きく目立ち、本来の能力を満足に発揮できないといった欠点も見られる。

 

 

 



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デュオルマテリアル(裏設定&小ネタetc)

以前のあとがきで触れたように作中の登場人物や各話の小ネタなど様々な裏設定を作者が書き出す場所となっております。
完全に雑記帳のようなスペースですので本編に影響とかは全くありません(たぶん)
でも、見ているとデュオル本編がほんの少し深いとこまで想像を掘り下げて読み進められるかもしれません(キャラクターのプロフィールやプライベートな日常などなど)
本編進行に合わせてちょくちょく更新していこうかと思います




双連寺ムゲン

誕生日……4月27日

血液型……0型

身長……181cm

趣味……ソロキャンプ・釣り(食料調達目的)

好きな食べ物……白身魚のフライ

苦手な食べ物……カリフラワー

 

その他

一人暮らしの自宅は1Kのトイレと浴室が別々になっているそこそこ立派なアパート。これは部屋が事故物件で格安のお陰。日常生活は母親の遺産と自分のバイト代で食い繋いでいるので普段はマメに節約してるが気を抜くとすぐに金欠になる。

メタローとの戦いが始まって以降、バイトを抜け出すことが増えたがシスターの好意でデュオルとして活動中はバイトの一部として時給が発生している。

カナタとハルカの影に隠れているが勉強の成績は中の上程度にはある。

最初期案では異世界から漂流してきたデュオルに変身する力を持った記憶喪失のホムンクルスって設定でした。イメージとしてはSSSS.GRIDMANの裕太をもう少し無機質な感じにしたキャラ。ムゲンの過去の内容や天然の怪力持ちだったりと浮世離れしたフィクションのキャラクター要素を多めに持っているのはこの名残です。

色々と試行錯誤した結果、現在の普段は穏やかでお人好しだけどカナハル姉弟に危害を加える奴絶対殺すマンに落ち着いた感じです。

身体能力及び一部戦闘スタイルのモデルはプロレスラーの飯伏幸太選手&ケニー・オメガ選手。

 

天風カナタ

誕生日……12月13日

血液型……A型

身長……163cm

趣味……ボルダリング・映画鑑賞

好きな食べ物……きのことチーズのリゾット

苦手な食べ物……塩辛

 

その他

天才肌で基本的に何でもすぐに習得してしまうが本人は達成感を感じられる地道にコツコツとした作業が好き。

実は負けず嫌いで出来ないとか無理でしょとか煽られると結構ムキになりやすい。

運動神経は良いが武力はからっきし。逃げ回るのは得意。

最初はもっと正統派なクーデレ系ヒロインを目指していたのに気が付いたら滝さんや一条さんポジに就いてるアグレッシブガールに超変身していました。

 

天風ハルカ

誕生日……12月13日

血液型……A型

身長……173cm

趣味……パズル全般・読書

好きな食べ物……麻婆豆腐

苦手な食べ物……脂っこい食べ物

 

その他

クールキャラポジだけど、三人の中では一番涙もろい。

見かけによらず動物好きで本人も動物に懐かれやすい。ただし、死別するのが精神的に辛いのでペットを飼うというつもりにはなれないタイプ。

実は初期案ではツンデレで独占欲の強い愛が重い系の双子の妹だったりしました。

本編序盤でクーやシスターに対して若干壁を作って用心深かったりしていたのはその名残だったりします。

 

クー・ミドラージュ

誕生日……2月8日

血液型……O型

身長……168cm

趣味……機械弄り・アーティファクト作製・ゲーム

好きな食べ物……ケチャップを使った料理全般

苦手な食べ物……貝類

 

その他

 

 

有栖川ユキヒラ(トォール・アーキスト)

誕生日……不明

血液型……AB型

身長……190cm

趣味……日曜大工・ゲーム

好きな食べ物……アクアパッツァ

苦手な食べ物……素人が基礎も出来てないのに余計なアレンジを加えて残念な仕上がりになった料理のような何か。

 

その他

本名の元ネタは元東映プロデューサーの平山亨氏。

 

忍野ユイ

誕生日……8月1日

血液型……B型

身長……158cm

趣味……スポーツ全般・アコースティックギター

好きな食べ物……すき焼き

苦手な食べ物……苦いもの

 

その他

 

 

 




第一弾はレギュラー三人のプロフィールやキャラ設定の裏話などなど。残り三人は今後の後半戦のお楽しみですねww


投稿しておいて何ですが、本当にこれ需要とかあるのか不安がぬぐえませぬぞ……(汗)
肝心のデュオル本編ですが現在ちょっと各話の構成やストーリー進行具合の調整をしているのでもうしばらくお待ちください。2クール目の締めの話の内容は出来上がっているのですがそこに至るまでの道筋の整合性や無理すぎな展開がないかの確認作業中でございます。

あと、作者の個人的な欲求で大変申し訳ないのですがハーメルンで楽しませていただいてるオリジナルライダーSSに刺激されてデュオルとは別の作品をちょっと考案中。
拙作のデュオルがどうしてもレジェンドライダーありきな仮面ライダーなので、時間が無いのは承知の上ですがどうしても完全オリジナルというものを書きたくなってしまいまして(照)


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本編
第0話 デュオル、無彩色の戦士


 どうも、皆様は初めましてマフ30と申します。
 この度、お気に入り登録させてもらっている様々なオリジナルライダー作品に感化されて思い切って自分の妄想を曝け出す、もとい自分もオリジナルライダーのSSを投稿して見ることにしました。

 何分、初めてのことで文章構成など至らぬ点も多々ある拙作になると思いますが生暖かい視線で見守っていただけると嬉しいです。

 また本作はところどころでメタフィクションを含む設定や、作中においてもそれに関連した台詞や地の文がありますので、そういった要素が苦手な方はブラウザバックを推奨いたします。


 

 そこはまさにこの世の地獄だった。

 木々は圧し折れ、野花は踏みにじられ、何かが爆ぜた残火が未だ揺らめく一面の廃墟

 

 当然である。

 何故ならば、つい数分前までこの一帯は夥しい数の異形の怪人たちがひしめき合う地獄絵図と化していたのだ。

 改造人間。グロンギ族。ミラーモンスター。アンデッド。ワーム。

ドーパント。ファントム。インベス。ロイミュード。スマッシュ。

 厳密にはそれらはその姿形と力の一端を再現した模造品。 

粗悪乱造の量産品、知識あるものであれば再生怪人とも称される者たちであった。

 けれど、その数の暴力とも言える異形の大軍は力なき人々を自由と平和を容易く打ち壊していった。

 

 一つの世界とは言わず、数多くの世界でその暴虐は猛威を振るっていたのだ。

 

 女が一人、そこにいた。

 金の刺繍が施された紅いローブのような旅装を纏った年若い女だ。

 褐色の肌をした麗しい女性。

 名はクー。クー・ミドラーシュ。

 世界に平穏を取り戻すために、とある者たちを探す旅路を流離う、余人からは魔術師とも呼ばれる一族の者であり、つい今しがた異形の者たちに襲われかけた当人だ。

 

 

「すごい……あれだけいた怪人たちをたった一人で」

 

「こんなところか」

 

 彼女の視線の先にはトイカメラを首に提げた黒いスーツを着た青年が立っていた。

 

 どこか悠然と否、不遜と言う言葉の方が適しているだろうか?

 只者ではない佇まいの青年は事実、もう一つの姿と力を以ってクーを襲う怪人たちをたった一人で蹴散らしたばかりなのだ。

 

 彼の名は――。

 

 

「ああっ、仮面ライダー! やっと見つけた! 私はずっと貴方を探していたのです! 貴方の力をどうか貸して下さい!」

 

 クーはまるで父親に駆け寄る幼子のように歓喜と安堵の想いを溢れさせて青年の元へと近づいていく。

 彼女とその仲間たちがある日突然始まった侵略に遭遇して以降ずっと探し求めていた存在がいま目の前にいるのだ。

 自由と平和の守護者。例え、架空の存在という形でしか成立していない世界であっても人々の心に勇気を与えてくれる仮面の英雄たち。

 

 

「おい、お前がギギの民のクーでいいのか? お前も世界を渡れるそうだな」

「は……はい! 私を……私たちレジスタンスを御存知なのですね? 良かった。それなら話が早いです。どうか一緒について来て下さい!」

 

「こいつを受け取れ」

「きゃうっ!? あの、これは?」

 

 クーの素性を確認した青年は何かが入った古びた革鞄を投げ渡した。

 

「ある男から頼まれた。確かに届けたぞ。生憎だがこれで今回の俺の役目は終わりだ」

 

「そんな!? どうしてです! お願いです。私たちと一緒に戦って……いえ、私たちを助けて……お救い下さい! だって、貴方は仮面ライダーなんでしょう?」

 

 突然の言葉にクーの困惑と嘆きは大きいものだった。

 今にも泣き出しそうな震えた声で青年に詰め寄ると彼は少し眉をひそめながら口を開いた。

 

「……確かに俺は――の仮面ライダーだ。けどな、俺はお前の探している仮面ライダーじゃない」

 

 一際強い風が吹き、青年の言葉の一部は聞き取れない。

 だが、確かに自分を仮面ライダーだと認めた青年は困惑するクーにさらに話を続けた。

 

 

「どういうことですか?」

 

「今回の事件(ものがたり)の幕を引くのは俺じゃない、別の誰かがいるってことだ。前提として、そいつじゃなきゃダメらしい。まあ、俺たちも奴ら魔人教団に横槍くらいは入れてやるさ」

 

「そんな……じゃあ、私はこれからどこへ向かえば良いのやら」

 

「安心しろ、詳しい行き先はいまお前に渡したそのベルトが導いてくれるそうだ。あと、一緒についているオマケも失くすなってことだな。どうだ、やるべきことは大体分かったか?」

 

 青年に言われてクーが鞄の中身を確認すると不思議なバックルのベルトと一緒に複数枚のカードのようなものが入っていた。

 

「……あのぅ、本当に一緒に来てはくれないのですか?」

 

「そう落ち込むな、少なくとも旅の目的はハッキリしただろう? これは特別に俺からの餞別だ。遠足の片道代金くらいは払ってやろう」

 

 

 青ざめたような顔のままのクーを見兼ねて、青年が何気なく片腕を軽く振ると彼女の目の前に突然、ゆらめく銀色の幕のようなものが出現した。

 

「え……え、え、えっ!? なんですかこの銀色のゆらゆら! あの、ちょっと仮面ライダー!?」

 

「じゃあな、せいぜい頑張ってこい」

 

 あろうことか銀色の幕は状況を呑み込めていないままのクーの前にゆっくりと迫って来た。

 

「困りますぅ! こういうのは心の準備がですねえ! ああ、もうっ! なんて人なんですか、信じられない! 大体なんですか、そんな派手で悪趣味なピンクのシャツ着ちゃってこの――」

 

 予想も出来ない展開の連続でついにフラストレーションが爆発したクーが自棄になって喚き散らし青年への文句を言い終える前に世界の壁を超える力を秘めたオーロラカーテンは彼女を別の世界へと転送させた。

 

 

「ピンクじゃない、マゼンタだ」

 

 青年はクーがこの世界から消え去り、別の世界へと移動したことを見届けると誰もいない視線の先に不服そうに呟いた。

 

 

「あれだけ騒げるなら問題ないだろう。さて、俺も行くか」

 

 

 そして、独り残った青年もまた再度出現させたオーロラカーテンを通り抜け、静かに彼だけの物語に舞い戻っていく。

 

 彼もまた旅の途中だからこそ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは私たちが生ける世界と限りなく近く、限りなく遠い――ありふれた世界で始まる物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜のことだ。

 その日、人知れずささやかな流星雨が降り注いだ。

 もちろん、宇宙から流れ落ちた本当の隕石の類ではないが、この世界の運命を左右する祈りと力が秘められた大いなる星々に違いはない。

 

 

 そして、ほぼ同時刻――。

 

 

「ダメだぁ……馴染みの娘たちは全員カラ振りかよ、ケチクセえな」

 

 酒臭い吐息と共にうだつの上がらない嘆きが漏れる。

 人気のない夜の歓楽街の路地裏をくだびれたスーツ姿の男がツー、ツーと通話の切れた音が物寂しく鳴りっぱなしのスマートフォンを持ったまま、とぼとぼと歩いていた。

 

「お客捕まえられなきゃまた便所掃除に逆戻りかぁ……あーあー、楽して稼げると思ってたのに騙されたぜ。いや、俺は顔も超良いし、コミュ力もあるんだから大成しないわけがないっしょ! やっぱアレよ、世界が悪いわコレ! 政治家とかマジでファ●ク! いっひははは!」

 

 彼の名は藤島。冴えない三流ホストをしている若い男だ。

 甘い期待と浅い考えで勢い任せに夜の世界に飛び込んだものの、予想とは正反対の自他共に厳しく過酷な業界をまともに渡り歩くことも出来ずに日々を適当に生き、そのくせ欲望だけは一級品と言う始末の悪い類の人間だった。

 

 

『――ネエ、そこのキミ』

 

「う、ん? おわっ! 火の玉!? なにこれCGかなにか?」

 

『キミ、この世界が嫌いなんだよね? もしも、キミの手で壊せるとしたらどうする?』

 

 突如として藤島の目の前に現れた拳ほどの大きさの虹色に発光する火の玉は朗々とした口調で囁き始めた。

 

「やべえなアンタ、なに魔王的なすげー系? あはは! いや、でも警察沙汰みてーなのはオーナーにキレられるしなー」

 

 酔っていることもあってか、藤島は驚きや困惑こそあるが面白半分に謎の火の玉と会話を続け始めた。これが悪魔の誘惑であるとも知らずに。

 

『私が手を貸せばそんなものは全て、全て、塵芥だとも。全てを壊し、キミの思うままに創り変えてしまえばいい。世界を壊す快感は病み付きになるぞ』

 

 唄うような語りが徐々に藤島の意識を蝕んでいく。

 倫理観や理性を腐らせ、彼と言う男の根底にある欲求を甘美な言葉で揺さぶり刺激していく。

 

「で、でもよぉ……俺、法律とか政治みたいな小難しい座り仕事とかやりたくねえし。金持ちで、美人で後腐れない女を沢山呼び込める能力とかならサイコーだけどさあ!」

 

『バカだなぁキミは。一度壊せば、あとはキミの望むがままさ。女も金も酒も望むモノは全て好きに手に入れれば良い』

 

「う、う……うん? あれぇ?」

 

『そうだ……望むモノ全てを蜘蛛糸で絡めとれ、蜘蛛の巣に蒐集せよ』

 

「ァ……――アア、ア、ハイ」

 

『さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

「ア…ァ…アアアアアアアア!!」

 

 揺らめく炎が僅かに猛けり、その光景を無防備に見ていた藤島の意識はあっという間に謎の火の玉に掌握されてしまっていた。おぞましい本性を露わにした火の玉はゆっくりと藤島の肉体に入り込むと彼と融合し――いや、彼を侵略して全く別の存在として変貌を遂げていく。

 

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

 妖しげな光が収まるとそこには一つの異形が立っていた。

 本来ならばこの世界に存在してはならない異物。

 この世界を滅ぼす、やって来てしまった脅威。

 

『やれやれ、怪人共が空想でしかない世界と言うのは実に面倒だな。既存の連中は駒として使えないからこうして我々が直接手を下さなくてはならない』

 

 細く、鋭く、禍々しい体色をした異形はけだるげに呟く。

 大きく伸びをすると背中から伸びる八本の何かがしなる。

 

『だが、それがいい。それでいい。下劣な生物どもに魔人教団の御業と我らという万物における最高の生命の素晴らしさを布教してあげられるのだからねえ』

 

 どこまでも傲慢に、どこまでも優越的に異形は嗤った。

 

『とは言え、やはり肉の身体は不快だな、それに煩わしい。暫くはこの汚物の好きなようにさせてやるとしよう。思う存分、この世界に傷を負わせて壊しやすくしておくれよ』

 

 その言葉を最後に異形の姿は藤島のものへと戻り、自らをメタローと名乗った存在の意識は彼の精神の奥底へと潜伏していった。

 

 

 高次元生命体。

 それがメタローを名乗った彼らの在り方。

 己たちを魔人教団と呼び、暗躍する世界を越えてやって来た恐るべき侵略者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内にある学校施設が密集するエリアの一角に建てられた城南学園高等部。

 冬の期末テストも終わり、残すところ進級を控えるだけになったこの時期は殆どの生徒たちも穏やかに、そして賑やかに学園生活を謳歌していた。

 そのなかでも1-Bの教室の盛り上がりは連日のことながら目覚ましいものだった。

 何故ならこの教室にはクラスメートだけでなく、学園全体においてもかなりの関心を集める生徒が二名、いや正確には三名いたからだ。

 

「天風さーん! 放課後、よかったら私たちとカラオケいこーよ!」

「駅前においしいスイーツ売ってるお店できたんだって一緒に行ってみない?」

「お願い天風さん! また部活の助っ人に来て下さいませんかー!」

 

「クス♪ うれしいですけど、ごめんね。また今度、では!」

 

 女子生徒たちの騒がしい取り巻きを藍色のセーラー服を踊らせながら軽やかに抜け出し、涼しげでたおやかな笑顔を見せる、明るいオレンジ色のセミショートの髪の一房をサイドテールに束ねた快活な雰囲気の少女、天風カナタ。

 

「天風くん、俺の髪だけど形変えるならこの雑誌の中だとどれが良いと思う?」

「よお天風、暇ならこれから俺たちとゲーセン行こうぜ!」

「バッカ! 俺らと焼き肉っしょ! デカ盛り完食で無料だってよ」

 

「わるい、今日のとこは先に帰るよ。それと、このページならこれなんて似合うんじゃない?」

 

 同じように男子生徒たちの輪の中心にいるのはカナタと比べるとやや赤みのある前髪で右眼が隠れ気味の中性的でクールな雰囲気の少年。天風ハルカもまた爽やかな笑顔と立ち振舞いで人混みの輪をするりと突破すると教室から出ていってしまう。

 

 美少女と美少年の双子の姉弟。

 二人揃って成績優秀、スポーツ万能で教職員への信頼も篤く、他者への面倒見も悪くないという完璧超人な存在が学園の有名人として騒がれるのはある意味当然でもあった。

 

 けれど、入学から現在に至るまでこの姉弟とお近づきになり友達と呼べる間柄まで関係を発展させた人間は一人を除いて誰もいなかった。

 この二人はあくまで友達未満知り合い以上という距離感で他の人間たちと接している。勿論、そうとは誰も気付いてはいないが。

 

「あーあ、また逃げられたよ。天風さんたちまたアイツと一緒に帰るのかな?」

「おかしくない!? なんであんな不良もどきがあの二人のこと独占してるわけ」

 

「双連寺君でしょ。彼、口数少ないしなに考えてるか分からないから近寄り難いんだよね。あとメチャ顔コワい!」

「くっそぉー恨めしいぜ! どっちか片方ならまだ許せるけど総取りとかよ、独占禁止法はお飾りかよ!?」

 

「なあ、もしかして天風さんたちアイツに何か弱みでも握られてるんじゃないのか?」

「……あり得る。もしそうなら許さねえ、双連寺の奴……ぜってえ許さねえ! でもアイツ怖い」

 

 

 天風姉弟が立ち去ってしまった教室では毎度のことのように振られてしまった生徒たちによる、ある生徒に対して羨ましさ混じりの恨み言の愚痴り合いが始まった。そこには陰湿な陰口とまでにはいかないが大なり小なり嫌悪と畏怖の感情が含まれていた。

 

 クラスの生徒たちは知らない。

 それら全ての発言がまさに仲を深めたいと思っている双子たちに筒抜けに悟られていることを。知られながら嫌悪や不快感さえ抱かれず、教室の中の誰の一人も関心すら寄せられていないことを。

 

 

((本当にみんな、くだらないのばっかり))

 

 

 カナタとハルカは特に言葉に出さずとも双子揃って同じ感想を別段特別でもない自分たちの話題で飽きもせず騒ぐ教室の生徒たちに抱きつつ、どこ吹く風と言わんばかりにその場を後にした。

 

 

「待たせたね、ムゲン」

「お勤めご苦労様でーす」

 

 昇降口には部活やアルバイト、遊びに繰り出すなどそれぞれの放課を過ごすために急ぎ足になる生徒たちで溢れていたが一カ所だけ、不自然に人の密度が少ない空間があった。

 そこにいる一人の生徒の姿を確認すると姉弟は屈託のない様子で声を掛けた。

 

「ん。お前らもお疲れ、有名人はいつも大変だな」

 

 すらりと伸びた細身の、けれど良く鍛えられた体躯と灰色の髪にスクエアフレームのメガネを掛けた少年が二人に気付いて返事を返す。

 顔立ちこそ端整だが目つきはどこか荒み、少し剣呑で狼か野犬のような雰囲気の彼は低く穏やかな声色で二人を迎えた。少年の名前は双連寺ムゲン。地方の片田舎から進学してきたものの、近寄りがたい佇まいと時折見せる人間離れした身体能力のせいで殆どの生徒からは怖がられている天風姉弟の唯一の親友であり、学園のちょっとした有名人その三である。

 

 

「やれやれですよ。まあ、カナタさんは日々自分磨きを欠かしていないので当然の帰結かな?」

「カナねえ、意識高いね」

「そういうハルくんだってちゃんと悩める少年A君にアドバイスしてたじゃない。気配り上手のイケメンムーブかな?」

「雑誌のモデルさんの中から無難そうなのを選んだだけだよ。悪いけど、そこまで本気で取り合ってたわけじゃないから」

「うわっ、腹黒ーい、冷血鬼畜男子だったかー」

「ハイハイ。お好きなように言ってなよ」

 

 三人揃って校門を抜け、他の生徒たちの姿も見かけなくなってくる頃にはカナタとハルカは教室にいた時とは打って変わって、生き生きした表情で仲睦ましい姉弟だから出来る遠慮のないやり取りを途切れることなく賑やかに交わしていく。

 真ん中を歩くムゲンは傍から見れば姉弟の歩調に合わせて進むのでどこか窮屈そうに見えるが二人の会話を聞きながら満足げな様子で口元を緩めていた。

 これが彼らの何気ない日常の象徴だった。カナタとハルカが楽しそうに丁々発止の取り留めのないお喋りを繰り返し、ムゲンはそれを花を眺めるように和んだ態度で見守るのが定番だった。

 

 

「ところでムゲンはさっきからなにを一人で嬉しそうに笑ってるのかな?」

「いやぁ、この光景を動画にして学校でオークションでも掛けたら一ヶ月くらいバイトしなくても暮らせそうだなって思ってなぁ。天風姉弟の貴重なプライベートムービーだ」

 

「ムゲンくーん……あんまり似合わない冗談言ってるとカナタさんのお仕置きプレゼントしちゃうけど、いいのかな?」

 

 軽くからかうつもりで口が滑ったムゲンに快活美少女な笑顔はそのままに目だけ全く笑っていないカナタの視線が突き刺さる。

 

「あーっと……具体的には?」

「首輪つけて一緒に登校かな? 私たちのペットですってね、リードは私が引いてあげるから安心してね」

「ムゲン、一応謝った方がいいぞ。ウチの姉はこういう時本当にやる行動力の人だから」

「だな。そういうわけで冗談が過ぎた。悪かったよ。この通りです、お許しください」

「うむ。いまの私は仏並みに寛容なので特別に許してあげましょう。くふふ♪」

 

 ふふん、と胸を張って得意げに言ってみせるカナタにムゲンはわざとらしく胸を撫で下ろし、ハルカは呆れたように苦笑する。

 入学してすぐにあることが縁で知り合ったこの三人は片やハイスペックリア充双子。片や地方から遠路遥々やってきた怪しい噂が満載の顔コワ男子という学園カーストも理性蒸発しそうな異色の組み合わせで気付けば毎日こうして行動を共にする間柄になっていた。現在ではアルバイト先も三人揃って同じ喫茶店という集団行動具合である。

 

 

「で、今日はバイトもないわけだけどお前らは何か予定でもあるのか?」

「同じく、暇人だよ。でも」

「何もしないで家に直帰というのもなんだか物足りないかなぁ」

 

「どっか飯でも食いに行くか?」

「うーん……その手の誘いを断って教室出てきたからな」

「そりゃあ、鉢合わせは気まずいな」

「気にしすぎも良くないけど最近この界隈よろしくない噂も多いしね。見てこれ、また女の人が誘拐されたって」

 

 そういって、カナタは隣を歩くムゲンにスマホに表示されたニュースサイトを見せた。

 三日前から夕方から夜間にかけて若い女性を狙った誘拐事件が多発しており、居合わせた男性には負傷者も多数出ているという。

 

「うっへえ、内蔵やられてる人もいるじゃねえか、これ。惨いことする奴がいたもんだ」

「一晩に三人も攫ってるケースもあるんだ。グループ犯かもね」

 

 三人が身近な場所で起きている、どこにでもある事件に関心を寄せている時だった。

 丁度、曲がり角に差し掛かったところで反対側から走ってきていた紅い旅装の女性と出会い頭にぶつかり合ってしまった。

 

「きゃう!?」

「おっと! すみません!あー……怪我してねえですか? アーユーオーケー?」

「は、はい。こちらこそ」

 

 女性――この世界に辿りつき、仮面ライダーを探して奔走していたクーはムゲンに正面からぶつかった拍子に大きな尻もちをついてしまった。

 ムゲンの方はというと一目見て外国人だと分かるオリエンタルな風貌の女性に少し動揺しながら、ぎこちない口調ではあるが迷わず手を差し伸べて彼女を起こした。

 

「あのーつかぬことをお聞きしますが、この辺の住民さんでしょうか?」

「はあ、一応」

 

 実のところ、この世界にきて早三日なんの進展もないばかりかちょっとしたトラブルにまで見舞われて進退窮まったクーは幸運を信じて偶然出会ったムゲン達にある問いかけをする決意を決めた。

 

「不躾なのですが、この近くに大きなおもちゃ屋さんってないでしょうか? もしくはそういった類の記録や蔵書が見れる場所のようなものを急ぎで探しているんですが?」

「ホビーショップが入ってる大型デパートなら向こうの方角にありますよ。図書館は逆方向に、そっちはそろそろ閉館時間かもしれませんけど」

「なるほど! ありがとうございます! 大変助かりましたとも、それではごきげんよう!」

 

 運を呼び寄せたとばかりに目当ての情報を手に入れたクーは深々と一礼した後に三人の手を一人ずつ取ってブンブンと力強い握手をすると脱兎のように駆け出して行ってしまった。

 

 

「……なんだいまの?」

「海外からのマニアさんじゃないの。日本人より好きな人は熱入れるって言うし。っていうか、初見でムゲンの顔見て驚かなかった人ってレアじゃない」

「俺の顔のことはほっとけ、ハルカ」

 

 嵐のような勢いの謎のオリエンタル美女とのコンタクトに呆気にとられる三人だったがカナタがふと足元に何かが落ちていることに気が付いた。

 

「あれ? なんだろ、これ」

「どしたのカナねえ」

「これ、落ちてたんだけど」

「変身ヒーローっぽいのが写ったカードだな? 見慣れないけど、ご当地ヒーローかそいつ」

「海外の番組のとか? さっきの人のでしょ、きっと」

「マニアじゃなくて、玩具メーカーとかの業者さんだったのかな? 商談に使うものとかなら大変なんじゃないかな?」

 

 心配そうにクーが走っていった方向にカナタが視線をやるとそこにはもう彼女は見えなかった。

 

「走れば追いつけるか……ぶつかったの俺だし、ちょっと届けてくる」

「あ、ムゲン待てって! オレも行くよ」

「二人とも、こっちの道の方が早いとおもうけど!」

 

 意を決したムゲンはカナタからカードを受け取ると軽快な足取りでクーの後を追って走り出した。

 

 カナタが拾った不思議な素材で作られたカードには緑の仮面に赤いマフラーをなびかせた銀のグローブをした戦士の姿が写っていた。そう、人類の自由と平和の守護者。仮面ライダー1号の姿が。

 

 

 

 

 無事にハルカに教えられたおもちゃ屋に辿りつき、仮面ライダー探しのための手がかりがないかと店内を見て回ったクーだったがすぐに愕然とした様子で店の外へと出て来てしまった。

 

 

「これは……思っていたより、マズいですよー」

 

 店内には確かに様々な変身ヒーローや関連するアイテムやありがたいことに過去に放映されたシリーズの年表などの資料ポスターまで掲載されていた。

 バトルフィーバーJを第一作とするスーパー戦隊シリーズや宇宙刑事ギャバンを皮切りに現在も最新作が放送されているメタルヒーローシリーズ。

 ウルトラマンに牙狼、意欲作を近年に至るまで定期的に多数発表しているピー・プロダクションヒーローシリーズなど様々な特撮番組の商品が店頭に並んでいたが肝心の存在が影も形もなかった。

 

「仮面ライダーを探すどころか、この世界……石ノ森章太郎さんが存在してなかったかもですぅー!?」

 

 クーは頭を抱えて狼狽した。

 彼女が同胞たちと共に散り散りになりながら彼らを探す旅に出て様々な世界を渡り歩く中で仮面ライダーが虚構の存在だった世界は確かにあった。

 けれど、そんな世界でも彼らの勇姿は確かに見る者への憧憬として心に刻まれ、信仰と言う形で魔人教団の侵略を阻む障壁として機能していたケースも確認されている。

 だが、この世界のように原作者、石ノ森章太郎と彼が発表した星の数にも迫る数多の作品群の存在が一切見当たらない世界というのは前代未聞の事態だったのだ。

 

 さらに途方に暮れる彼女に更なる不運が舞い込む。

 偶然にも同じ世界に来訪した彼らとの遭遇は余りにも早すぎた。

 

(おやぁ? この女は確かギギの民の……嗚呼、これは幸運だ。素敵な土産を持ち帰れるぞ)

 

 異形の魔手がクーを次の標的として狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 クーの後を追いかけていたムゲンたちだが結局おもちゃ屋付近では彼女を見つけることが出来ずに仕方なく、周辺をしらみつぶしに探して回っていた。

 

「先回り出来ると思ってたけど、見当たらないね」

「閉館時間のこと伝えたから先に図書館の方に行ってたとか?」

 

 ハルカが首を傾げて、反対方向にある図書館の方まで探しに足を伸ばしてみようかと人通りのない高架下の駐輪場を通りかかった時だった。

 

 

「いた! あれそうじゃない!」

「おーい、そこのお姉さーん落としモンですよお!」

 

 運良く三人は慌てた様子で走るクーを見つけて、大声で呼びかけながら駆け寄っていった。

 

「ダメっ! こっちに来ちゃいけない、急いで離れてください!」

 

 血相を変えて逃げるように走っていたクーはムゲンたちの存在に気付くと張り裂けそうな声で叫んだが時遅しであった。

 薄暗い高架下の天上から気味の悪いノイズ混じりの声と共にその異形は四人の前に姿を現した。

 

『オ、女……ォンナダァ! それも二人も、俺好みの良い女だァ!』

 

「きゃあっ!? なにあれ、蜘蛛人間!? ハルくんあれ、コスプレとかじゃないよね?」

「これ、冗談じゃ済まないタイプだぞ……ッ」

 

 

 突然、目の前に飛び込んできた現実離れしたショッキングな光景にカナタは思わず冷や汗を浮かべて身構えた。

 

『そこの彼女たち、ちょっとあ・そ・ぼ――SYAGAAAAAAAAAA!』

(紅いローブの女は私の取り分だ。不服はないね)

 

 高所から飛び降りたのにも拘らず、足音一つ立てずに着地した異形はカナタが叫んだようにまさに蜘蛛と人間が融合したような黄色と黒の毒々しい体色をしたグロテスクな怪人だった。

 熊手のような細長く鋭い手足とは別に背中から伸びる細長く硬質な八本の脚を揺らしながら、スパイダーメタローは狂気を孕んだ哄笑を上げる。

 

『ウッス! ァヒャヒャヒャヒャ! ボクちゃんたちはサンドバックにしちゃおうかな?』

 

 人知を超える存在との予想もしなかった遭遇に恐怖と混乱で動けなくなっている双子とここに至るまでの必死の逃亡で疲労困憊と言った様子のクーの前にスパイダーメタローがジリジリと迫る。

 

「待て、待て、待て! ちょっと待った! まあ、落ち着こうぜ蜘蛛のお兄さん。とりあえず、平和的に話し合おうぜ。なにも終電間に合わないとかそういう事情じゃなさそうだ!」

 

 ムゲンが大げさなリアクションで三人を庇うように飛び出したのはそんな時だった。

 ムゲン自身もこの状況が呑み込めず、捲し立てる言葉にも明らかな動揺が見られる。

 

『……あ?』

「俺が何を言いたいかって言うとだな、そんな気合入れた格好してるとこ申し訳ないけどまずは冷静に話し合わないかってことだよ。暴力沙汰だけはやめようぜ? あんなもんお互いに良い気分し――!?」

 

 駄目で元々ながら、必死に平和的手段を提案するムゲンをスパイダーメタローは鬱陶しい小バエでも追い払うように大きく振った腕で殴り飛ばした。

 

『うっぜえ』

 

 火薬が爆ぜたような音を立てながらムゲンの身体は人形のようにスパイダーメタローの後方へ向かって吹き飛ぶと駐輪場に止めてあった無数の自転車や原付バイクを薙ぎ倒しながら10数メートルほど先に転がり落ちて、糸が切れた様に動かなくなった。

 

「ムゲェーーン!?」

「酷い……なんてこと」

 

 カナタは絶句して声もあげられず、ハルカは絶望に満ちた声を上げた。

 無関係の人間を巻き込んでしまったクーが無力と自責に顔を歪める様を愉しみながらスパイダーメタローは再び歩みを開始した。

 

『さぁて、頭のおめでたいおバカちゃんはたぶん死んだっしょ? じゃ、ここからは俺とお姉ちゃんたちとのサービスタイムとイッちゃいますウゥウウウ!』

 

「この、ギギの民……舐めるんじゃ――!?」

 

 命をまるでガラクタか何かのように扱う卑劣なメタロー。

 何度となくその凄惨な暴虐を目の当たりにし、少なくない仲間をも奪われてきたクーは敵わないと分かっていながら、怒りに震えて抗うために懐から何かを取り出そうとして、思わず固まってしまった。

 

「「……うそ」」

 

 さっきまで他愛のない会話を交わして、当たり前に続くと思っていた日常と大切な友人を一度に奪われたと思っていたカナタとハルカは声を揃えて目の前で起きているもう一つの異常事態に唖然とした。

 

 

『あ、そーだ。残ったメカクレのガキ、お前は有り金全部俺に寄こして、ここ全裸で土下座するなら無傷で見逃してやってもいいぜ?』

 

 スパイダーメタローはまだ気付かない。

 この三人の意識が自分に向いていないことを、先程まで遠くで香った血の匂いが徐々に近づいていることをまだ知らない。

 

『あのさ……さっきからナニ黙って人の顔見てんだよ?』

「――後ろ」

『はあぁ?』

 

 三人の指摘に怪訝な風にスパイダーメタローが後ろを振り返った時にはもう遅すぎた。

 そこには簡単に殴り殺したと思っていた筈の少年があろうことか重量90キロはある壊れたスクーターを両腕で高々と持ち上げて、鬼気迫る表情で立っていたのだ。

 

「だぁりゃあああああ!」

 

 裂帛の気合と共に渾身の力でムゲンが振り下ろしたスクーターを背面から不意打ちで食らったスパイダーメタローは堪らずアスファルトの地面に倒れ込んだ。

 

『ギィ……なんッ!?』

「人間舐めんなよぉぉ! ハルカァ! カナタとその人連れで急いで逃げろ! で、さっさと警察呼んでくれえええ!」

 

 うつ伏せに倒れ込んだ異形にムゲンはすかさず組み付くと相手の片足を両足で挟み、同時に両腕で頭部を抱え込んで絞め上げる。ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロックと呼ばれるプロレス技を仕掛け、全身全霊の力でスパイダーメタローを押さえつけて、声の限りに叫んだ。

 

「だけど、お前残してなんて! それに頭から血ぃ出てるぞ!」

「慣れっこだ! 俺は大丈夫だから行けって! お前らはこういうとき知恵回るだろ?」

「バカ言わないでムゲンも一緒に来て! 私たちがムゲンのこと見捨てて逃げるなんて出来ないよ!」

 

 どういうわけか普通に生きているムゲンの姿に我に返ったカナタ達だが矢継ぎ早に飛び出したムゲンの信じられない提案に感情的な声を返す。こんな荒っぽいムゲンを見るのは初めのことだったのだ。二人の胸中は謎の怪物以上に自分たちの知らないムゲンの姿に不安でざわついていた。

 確かに人よりも力持ちだとは思っていたがこんなにも暴力的な彼を見て、ここでムゲンを置いて行ってしまったら、彼が何か恐ろしいモノになってしまうのではないかと案じずにはいられなかった。

 

「知ってるけど、カナタがやってくれなきゃ共倒れ! 心配するな、マウント取って、STF決めてやってんだ! 命懸けで粘ればこの化け物相手でも10分くらいは押さえ込んでられる……たぶん!」

 

 血塗れ、汗まみれのボロボロの姿でスパイダーメタローに食い下がるムゲン。

 その雰囲気はカナタたちがよく知る平時のどこか抜けたところがあり純朴な様子とはまるで別人でまさに親しき者のためにどんな相手にも獰猛に立ち向かう荒ぶる番犬といった激しい気性である。

 

『ざけやがってテメエ! お前は内臓グチャグチャに掻き出してぶっ殺してやる! ア゛ア、もういい! 女なんて腐るほどいるし、そこのJKもスッキリするまでボコって殺してやるよ! どいつもこいつもぶっ殺してやるよ、キィヒャッハハハハ!』

 

「やってみろよ! あの二人にだけは意地でも手ェ出させねえ。死んでもこの腕放しやしねえぞ! 死ねるかよ、死なせるもんかよおおおお!」

 

 スパイダーメタローの力に溺れ、心まで怪物になり果てた下衆の極みと言える言葉にムゲンの怒りは臨界点を超えた。

 自分だけならどんな侮蔑も恥辱も挑発も許せはしないが耐えることは出来る。

 けれど、この醜い怪物はよりにもよってカナタとハルカのことをいま目の前で口汚く嘲笑った。

 

 それだけは許せない。

 

 双連寺ムゲンにとっての大切な世界の要とも言える人たちへの愚弄だけは誰であろうと許しはしない。強く硬い不屈の意志でムゲンは脆弱な人の身体一つで異形の怪物に食い下がり続けた。

 

 

「あっ……急になに!? ベルトがひとりでに!?」

 

 その時だった。

 ムゲンの想いに呼応するかのように突如、クーが持っていたあの革鞄の中身がまるで意思を持つかのように浮き上がり飛び出すとスパイダーメタローを弾き飛ばし、ムゲンの腰に勝手に巻きついた。

 

 

『ギャン!?』

「おわっと!? なんだこいつ、いきなり巻きつきやがったぞ!」

 

 それは変わった形状のベルトだった。

 両端に拳銃の撃鉄とトリガーのような機構が備わったグリップがついたバックル。その中央に設けられた風車のようなギミックが透けて見える青い丸型の不可思議なパーツが目を引く不思議なベルト。

 

 

「そんな……この子が、そうなの? いえ、分かる気がする――彼がそうなんだ」

「あの! あの変なベルト貴女のですよね? 何なんですかアレ!」

 

 問い質すカナタの言葉はクーにはどこか上の空。

 ついに探していた者との接触に震えるクーは同時にこれから起こる全ての事柄の責を背負う覚悟を静かに胸の中で決めると先程からおっかなびっくりな様子でベルトを触っているムゲンに向けて叫んだ。

 

「ムゲンさんでいいんですよね! そのベルトを使ってください。きっと、使い方は直感で解るはずです。そのベルト……デュオルドライバーが他ならぬ君を選んだのならば! それは戦うための力です!」

 

「ハァ!? この状況で何言って――いや、待てよ……なんか解るぞ?」

 

 無茶苦茶なことを言って来るクーに文句を言い掛けて、ムゲンの口から言葉が途切れた。彼女の言う通り、まるでいつか夢で見た光景のように彼の脳裏にこのベルトの使い方が浮かび上がったのだ。

 

『散々邪魔しやがって、お友達の目の前でグロテスクにしてやるからな!』

 

「全くよぉ……俺、喧嘩とか暴力とか大っ嫌いなんだけどな。アンタがどうしても平和的にいけないって言うんなら仕方ねえよな。思う存分やってやる」

 

 体勢を立て直したスパイダーメタローを前にムゲンは無造作に額から流れる赤い血を拭いながら悪態をつくと、腹を括るかのように少しだけ震えていた手を強く握りしめた。

 

 

「変身――!!」

 

 両の拳に力を込めて、気を吐きながら短く叫ぶとムゲンの身体をベルトから溢れだした光と風が包み込み一瞬のうちにその姿形を戦うため力の化身へと変えさせた。

 

「うそ……ムゲンがすごいことになっちゃってる」

「変な夢なら醒めてくれよ、いや、ホントに」

 

「やっと、見つけた。今度こそ本当に巡り会えたんですね」

 

 その光景を目の当たりにしていたカナタたちが唖然としながら三者三様の思いを漏らす中でムゲンを包む眩い光が晴れていく。

 

 そこに佇むのは黒いアンダースーツに双肩や大胸筋など各部にアッシュグレイの武骨な装甲を纏った戦士の威容。

 そして、その戦士の顔はムゲン達が拾ったカードに写っていたヒーローのように特徴的なフルフェイスの仮面で覆われていた。

 ムゲンが変わった戦士のそれは額から伸びる短い二本のアンテナ、青い複眼のような双眸とカマキリの頭部を模したように鼻先に位置する部位が鋭角に突き出たシャープなフォルムが特徴的な灰色の仮面だ。

 

 その名はデュオル。

 いまはまだ無彩色の仮面の戦士。

 

『いくぞ、俺! ゴング鳴らせェ!!』

 

 自分を奮い立たせるように硬い硬質の胸板を数度叩き、心の中に戦いの鐘の音を鳴り響かせてデュオルは仕切り直しとスパイダーメタローに猛然と挑んでいく。

 

『シャアアアアア!』

 

『痛ッ……らああああ!』

 

 

 ほぼ同時に駆け出したデュオルとスパイダーメタロー。

 腕のリーチを活かして先手を取ったスパイダーメタローの振り下ろしの一撃をデュオルは咄嗟に両腕で受け止めた。変身した状態でも異形から繰り出される力は常人を遥かに上回り、思わずデュオルからは苦悶の声が漏れた。だが、今度は吹き飛ばされることなくしっかりと踏み止まる。

 瞬間、デュオルは変身している我が身が確かに目の前の怪物に立ち向かえる力を秘めていることを瞬時に理解すると完全に攻めの姿勢に気持ちを切り替えた。

 

『このォ……! ダリャア!』

 

 追撃が来るよりも先に相手の膝小僧を踏み抜くように蹴りつける。

 大きく前に姿勢を崩したスパイダーメタローのこめかみに素早く諸手打ちを叩き込んで怯ませる。

 そのまま一気に首に腕を回して密着するとその腹部を何度も拳を撃ち込んでいく。その動きは明らかに手馴れており、誰かと戦うという行為に迷いがないどころか洗練されている領域だった。

 

『ゴエッ!? は、離せよおおお!』

 

 連続で撃ち込まれる重い衝撃にスパイダーメタローは悶絶する。だが、予想外の抵抗に苛立ったこともあり、力任せに四肢を振り回していとも簡単にデュオルを引き剥がしてしまう。

 拳を叩き込んだ回数に比べて、相手にダメージを与えていないことにデュオルは微かに焦りを感じだ。本来の力の三割も発揮できていない、いまのデュオルではまだ異形の怪人スパイダーメタローとの戦力差は歴然だった。

 

 

『ハァ……ハァ……まだまだぁ!』

 

 けれど、例えどれだけ力の差があろうともデュオルの戦意は衰えない。

 呼吸は荒いが冷静に相手の間合いや出方を伺いながら再び一直線に全速力で駆け出した。

 

 

『ワンパターンなんだよぉおおお! 今度はさせねえしいい!』

 

 先の同じように真正面から突っ込んできたデュオルを迎撃すべくスパイダーメタローの背中から生えた二本の脚が勢いよく伸びる。

 攻撃の射程は完全に自分の有利、上手くいけばデュオルを串刺しにできると勝利を確信してメタローは嬉々とした笑い声を上げる。

 

『ハアッ! ダッシャアアアア!』 

 

 スパイダーメタローの目論見は大きく裏切られた。

 なんとデュオルは鋭い脚が自分に突き刺さる寸前で大きく跳んで空中で一回転すると開いた自らの両足でスパイダーメタローの頭部を挟み込んだ。

 

『そん……なばああああああ!?』 

 

 信じられない身のこなしを見せられたスパイダーメタローは驚愕の声を上げながら更にバク宙のような回転を決めるデュオルの動きに巻き込まれて脳天から地面に叩きつけられた。

 自分一人の力で足りないのならば足し算をすればいい。時には相手の体重を利用する。

 そして――。

 

『もう一丁ォオオ! こいつも食らっとけええええ!』

 

 見事な変形のフランケンシュタイナーを炸裂させたデュオルは間髪入れずにスパイダーメタローを壁際まで追い込むとそのまま助走をつけてダメ押しとばかりに顔面目掛けて飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 

『ガッハ――!?』

 

 デュオルの一撃は至近距離にそびえる硬いコンクリート壁とに挟み込まれプレスされる形で決まったことでスパイダーメタローに入るダメージは単純計算でおよそ二倍。衝突の威力で砕け散ったコンクリートの破片を浴びながらスパイダーメタローは力なく大の字で倒れ込んだ。このように時に地形も利用する。

 未だ戦闘力でスパイダーメタローに大きく劣るデュオルだが、使えるものは何でも使う戦法でこの予断を許さない危機を覆して見せた。

 

 

『ぐお……あああっ!? ゼエ……ゼエ、聞いてないよぉ、どうなってんだよお、オイイイ!?』

(これは良くないな。ここは退くことをお勧めしよう。いや、しろ)

『う、ウッス……!』

 

 予想もしなかった反抗。

 思いもしなかった劣勢。

 信じられないことばかりの状況にすっかり戦意を消失した藤島の意識を見かねて、メタローは逃亡を選択した。ふらつきながら、どうにかこうにか立ち上がると口から登山用のロープのような太さの糸を吐き出して、一目散に逃げ出すと夕闇の摩天楼へと消えていった。

 

 

 

『とりあえず、逃げてったか? にしても、なんだこの恰好? 一生脱げないとか無いよな?』

 

「ムゲン、大丈夫? 頭痛いとか、気持ち悪いとかない? ちゃんと私やハルくんのこと分かるよね?」

『心配すんな。久々に本気で体力使ったけど……俺は平気だよ」

「はぁぁぁ、死ぬかと思った。ありがとなムゲン。お前がいたからオレたちみんな助かったよ」

『よせって、照れるじゃん。俺だって、二人が居ないとお先真っ暗なんだ、必死になるさ」

 

 構えを解いて、心底くたびれた様子の声を出したデュオルに自分たちの知るムゲンの空気を感じて、カナタは駆け足で彼の元へと近づくと無我夢中でその無事を気遣う。

 

 カナタとハルカの声を聞いてようやくギリギリの状況だったが危機が去ったと感じたデュオルは変身したままの状態でその場に座り込むとホッと胸を撫で下ろした。

 

「仮面ライダー……こんな形で出会えるなんて」

 

『なに? 仮面……俺のことか?』

 

 感激した様子で奇妙な呼び名で自分に話しかけてくるクーにデュオルは呼吸を整えながら首を傾げて問い返した。

 

「はい。その称号こそがいまの貴方の名前です」

 

 

 仮面ライダーデュオル。それは二つの力を重ね、結びし者。

 こうして、彼――双連寺ムゲン/仮面ライダーデュオルの物語は幕を開けたのだ。

 

 




 一応補足と言いますか冒頭に出てきた彼なんですが一応名前の明言こそ伏せましたけど、完全にジオウでもやりたい放題にやってた彼です(汗)
 本人も言っていたように今回の登場は本作の景気づけみたいなものなので本編には出てこないと思います(多分)

 あと、あらすじとかで気付いている方もいるかと思いますが本作のコンセプトはぶちゃけるとウルトラマンオーブを仮面ライダーでやってみた!な感じです(汗)
 今回はクウガで言うグローイングフォームにあたるスタンダードフォームのみの登場で終わりましたが次回からは二人の仮面ライダーの力を使った強化形態もガンガン出してくつもりですのでご期待ください。


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第1話 ユニゾンアップ! いま、二つの力を重ね結べ!!

皆様ご無沙汰しております
どうにか、日曜日までに投稿できました(汗)
ちょっと長くなっていますがよろしくお願いします


「はぁ……ひぃ……痛てえよ。クソ、なんなんスかあいつ、聞いてないっスわ!」

 

 

 デュオルに撃退された藤島は泣きじゃくりながら、隠れ家にしている郊外の使われていないスタジアムに逃げ帰っていた。

 自分の肉体の中に潜むもう一つの人格であるメタローへ怒りの抗議をするが当のメタローは予想していなかった敵の出現に高速思考の最中でそれどころではなかった。

 

(あれは確かに仮面ライダーだった。どういうことだ? この世界の技術力ではあれが誕生する可能性はゼロだ。連中の中には個人であるいは専用のマシンを駆使して世界を越える能力を持つ者もいるが教団が未だに接敵したことのない個体? 何れかのフォームチェンジ? 否、であればあの出力の低さはなんだ? やはり、この世界で誕生したライダーだというのか?)

 

「ねえ、聞いてんのかよ! さっきからごちゃごちゃと俺の頭の中にまで響いてるんですけど、うるせ……ぎえああああああ!?」

(口を閉じろ、私が思考中なのだ。それになんなの無様な有様は?)

 

 無視されたことに腹を立てて、喚いていた藤島だがメタローの冷たい声と共に突如、猛烈な頭痛に襲われて汚れた地面をのたうち回った。

 

「だ、だって……あんたがこの世に敵はいないなんて言ったのにあんな強い奴が出てくるなんて聞いてなかったじゃんよ!」

(窮鼠猫を噛むだと言いたかったのかい? 馬鹿も休み休み言うのだな。戦力差は圧倒的だった。体勢を整えて適切に攻め返せば容易に撃破できる相手だったのだよ)

 

 涙目になって言い訳をもらす藤島をメタローは冷徹に詰る。

 実際、藤島が主導権を握っていた状態だったスパイダーメタローもまたデュオルと交戦時には全力の力を見せてはいなかった。

 藤島とムゲン、人間としての意思の強さが先の戦闘では明暗を分けていたのだ。

 

(同胞への伝達を先に済ませるべきだろうか? 否定である。完全生物に最も近い我々があのような矮小なモノを脅威と認めるわけにはいかない。我々、教団の威光になびかぬものは早急に処分する。それが優先事項)

 

「ちょっ、待!? またあいつに喧嘩を売りに行くんスか? 俺、嫌っすよ! そんなことよりもっと楽しいことに……ひぎいぃいいいいいいい!? い、痛い! いたい、イタイ、なにこれ! あ、頭が割れっるうう!?」

 

(残念だがキミに好きにさせてあげるお楽しみの時間は終わりだよ。自我を失いたくなかったら、籠の中のネズミのように大人しくしているんだね)

 

 まるで頭蓋骨に良く研いだ電動ドリルで孔を開けられるような激痛に苛まれて藤島の意識は失神し、完全にその肉体を掌握したメタローは怪人態に変貌する。

 

 

『今度は私の番だ。お手並み拝見と行こう、仮面ライダー』

 

 不敵に嗤うスパイダーメタローがスタジアムから仰ぐ夕闇の空には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされて、恐怖と苦痛に悶える呻き声がいくつも聞こえていた。

 

 

 

 高架下での戦闘の後、ムゲンたちは自分たちが体験した信じられない出来事について詳しい事情を知っている様子のクーから話を聞くためにちょうど定休日で無人であるアルバイト先の喫茶店メリッサへと足を運んでいた。

 

「どうぞ、適当にどこかに座ってください。一応、店の中の物は動かさないで下さいね、シスター……ここの店長が勘のいい人なのでバレるかもしれないので」

「は、はい」

 

 ハルカに促されて、恐る恐る近くのテーブル席に座ったクーは深く被った煌びやかな紅のフードを取ってその素顔を露わにした。

 青紫の長い髪と翡翠色をした大きな瞳。目尻には朱色のアイシャドーのような化粧が施されて、褐色も相まって異国情緒溢れる美貌を醸し出している。何よりも目立つのはお伽噺の妖精のように尖った形をした耳だ。

 

「ムゲンはこっちで手当てしてあげるから傷口洗っておいで」

「もう血も止まったからいいって。心配すんな」

「ダメです。ほら、消毒だけでもしてあげるから、早くいく」

「ホントに大したことないんだけどなぁ」

 

 倉庫兼従業員の休憩室として使用している二階から救急箱を持ってきたカナタに最初に殴り飛ばされた時に負った傷の処置を受けるムゲンを待って三人は話しを聞く体勢を整えた。

 

 

「じゃあ、クーさんでしたっけ? 早速ですけど、色々と教えて下さい。聞きたいことは山ほどありますけど、あの怪物みたいなのはなにか? ムゲンが変身した仮面ライダーってのは一体何なのか? そして、貴方は何者なのか? その辺は特にしっかりと」

 

「最初に私がこれから話すことは貴方たちの価値観からすれば、夢物語の類かと思います。ですが全ては真実のことなのです。それを肝に銘じておいてください」

 

 真剣な面持ちで切り出したクーに三人は無言で頷く。

 

「まず、私はギギの民と呼ばれる魔術師の一族の者です。この世界とは違う世界から来た者です」

「ハハッ……不味いな。いきなりファンタジー全開のがきた」

 

 思っていた以上にドリーマーなクーの自己紹介に乾いた笑いが漏れるムゲンとは対照的にハルカは僅かに沈黙して憶測を纏めるとクーと自分の認識との答え合わせを始めた。

 

「つまり、極端な話し文化や生活様式がまるで違う異世界。オレたちが暮らしているこことすごく似てるけど、微妙に何かが違う、例えば年号が令和じゃない別の何かにすり替わっている平行世界みたいなものがあって貴女はそのどこかから来たってことでいいんですか? 」

「ええ、その解釈で間違いないかと」

「いまのでそんなに理解できたのかハルカ!?」

「ガチオタの有識者みたいにはいかないけど、まあ近頃のライトノベルや漫画にそれとなく目を通していればそういう知識も入ってくるし。ムゲンそういうのに縁ないもんなあ」

「はぁ……へぇー」

 

 実はもう脳が彼女の話への理解が追いついておらずオーバーヒートがチラつき出しているムゲンは目を泳がせながら感心のため息をもらす。

 

「あの、魔術師っていうのは? 私のイメージでは魔法の杖に空飛ぶ箒な感じですけど、もっと錬金術師のような学者寄りなものです?」

 

「この世界は自然界に溢れる魔力が薄いので私自身は大したことは出来ないのですがこのように……」

 

 次いでカナタの疑問にクーは懐から千夜一夜物語に出てくるようなオイルランプを取り出すと優しい動きで揺らして見せた。

 

「煙が人みたいな形になった?」

 

 するとランプの口先から青白い無臭の煙がもくもくと溢れだして人型になると器用にカウンター席の椅子と持ち上げて、そのまま寸分違わず元の位置に戻して見せた。

 

「これはスモークゴーレム。主に護身用や旅先での障害物撤去などに用います。と、まあこんな感じで我々ギギの民は魔術道具……アーティファクトと呼びますがそれらの道具を用いて旅する者たちです。世界と世界を行き来するのにも専用のアーティファクトを用いていました」

 

 魔術師と言う奇妙な生業も含めて自分の身分を説明したクーは本題を切り出した。

 

「問題はここからです。そうして、旅の最中に訪れたある世界で我々は魔人教団と名乗るあの恐ろしい者たちの侵略同然の危険な活動を知ったのです」

「教団は教団でもあの蜘蛛人間を見るに思いっきりカルト教団みたいな感じでしたけど、あの人たち目的ってなんですか?」

 

「残念ですが教団の正確な目的や詳しいことは私たちにも分かりません。ですが彼らは様々な世界で人知を超えた力を持つ怪人たちを使役しては傍若無人の限りを尽くしています。そして、中にはそのまま破壊されてしまった世界もあるそうで」

 

「穏やかじゃねえな」

 

 本来なら麗しく愛嬌のあるクーの表情に憤りと哀悼による陰りが入り、魔人教団と呼ばれる集団の凄惨さがムゲンたちにもひしひしと伝わってきていた。

 それは夕暮れ時に遭遇した他人のことを何とも思わぬスパイダーメタローの傍若無人さからも分かることだった。

 

「クーさんのことや魔人教団っていう危ない人たちのことは分かったよ。それでそこに仮面ライダーっていうムゲンが変身したあのヒーローみたいなのはどう関わってくるんです?」

 

「確認ですけど、みなさん本当に仮面ライダーをご存じないので?」

 

「全く」

 

 念押しとばかりに真剣な表情で質問を投げかけるクーにムゲンたち三人は口を揃えて言い切った。

 

「彼らは自由と平和を守る強き戦士たちです。そして、数多の世界の中には紛れもなく実在する希望です」

 

 クー曰く。

 仮面ライダーとは文字通り、仮面で素顔を隠して人知れず人の世の自由と平和のために悪と戦う者たちのことを言うと言う。

 数ある世界の中には石ノ森章太郎という一人の萬画家の手によって産み出された半世紀近くに及ぶ長い間多くの人々に愛されている空想のヒーローとして存在する場合もあったという。

 出会う事こそ叶わなかったが実在して魔人教団と戦っている仮面ライダーがいた世界にも訪れたこともあったという。

 

 

「彼らと魔人教団の間にどんな因縁があるのかは定かではありませんが教団が使役する怪人たちは本来仮面ライダーの敵として存在する者たちの複製品のようなのです。先程の蜘蛛の怪人は初めて見るタイプでしたが。そこで我々ギギの民は侵略に抵抗する現地の人々が結成したレジスタンスに協力して一族散り散りに分かれて味方になってくれるライダーを探す旅に出たのです」

 

「そんなことが……」

「夢みたいなお話だけど、あんな場に出くわしたら信じるしかないかな」

 

 ハルカとカナタは自然と同じ動きで首を傾げながらクーの話を受け入れた。

 既に親友が変身した仮面ライダーと怪人の戦いすら見届けた以上、現実を脅かす空想から目を背けることは出来なかった。

 

「クーさんよ。いまの話を聞くにその仮面ライダーってのはあの蜘蛛のバケモンに対抗できる強い奴らってことでいいんだよな?」

「はい。一人だけ、この世界に飛ばされる前に出会えた唯一のライダーも凄まじい強さで怪人たちを蹴散らしていました」

「なら、コイツは不良品だぜ? それか選ぶ奴を間違えてる。さっき戦ってみて分かるが俺が変身した時はまるでダメージを与えられなかった。なりふり構わず暴れたお陰で一応退散してくれたけど、次に本気で襲いに来られたらみんな仲良くお陀仏だ」

 

 ムゲンはどこか他人行儀、よそよそしい態度でそう告げた。

 戦った本人だからこそ、メタローの超常の力とデュオルの非力さを誰よりも理解しているからこその言葉だった。

 

「悪いこと言わないから早いとこ選ばれるべき本物のライダーになる奴を探した方が良い」

「ムゲン?」

 

 まるで自分は、自分たち三人は力不足だから見切りをつけろと催促しているようにも取れる言い草にカナタは不審な視線を送った。

 

「いえ、先も言いましたがベルトが選んだのは間違いなく貴方ですよ、ムゲンさん。この世界の貴方以外の誰にもそれは使えません。嘘だと思うのならお二人も試してみてはどうですか?」

 

 けれど、クーは動揺する様子もなくそう提案してみせた。

 彼女も感覚的ではあるが解っていた。不完全な状態のデュオルでメタローを撤退させた変身者であるムゲンの勇気と意思と火事場の馬鹿力とも言える人間的な底力の大きさを。

 

 

「冗談だろ? んじゃ、ほれハルカ」

「えー…………はい、カナねえ」

 

 無造作にムゲンから手渡されたデュオルドライバーをハルカは困った顔で受け取るとしばらくの無言無表情を経て、何事もなかったかのようにカナタへとパスした。

 稀に発生する双子の弟からのキラーパスにカナタは黒い笑顔でジリジリと詰め寄った。

 

「待ってハルくん! いま、おかしいところがあったよね?」

「いや、多角的検証で言ったら同じ男のオレよりも別人で女のカナねえがやったほうが効率も良いかと」

「では、どうぞカナタさん。思い切りやってみてください」

「ちょっ、まだやるとは……あーもう、分かったよ!」

 

 適当に理の適った言い訳を並べられ、間の悪いことに悪意のないクーの言葉に逃げ道を失ったカナタは珍しく声を荒げて立ち上がると凛と気合を入れて構えて見せる。

 

「ふー……へ、変っ身ん!」

 

 大きく深呼吸して、それっぽく大仰に腕を振ってポーズと共にカナタは叫ぶ。

 彼女を待っていたのは恐ろしいほどの静寂。ベルトも見守るムゲン達もうんともすんとも言わずに真顔で食い入るように彼女のことを見つめている。

 するとカナタは小刻みに震え出したかと思うと見る見るうちに恥じらいから顔が真っ赤に染まっていく。

 

「こらぁ! せめてなにかリアクション取りなさいよ、あんたたち!」

「あ、はい。そうだね、意気込みは伝わってきたよ。カナねえ」

「いまの変なポーズなんだ、あれ?」

「小さい頃に見てたのはそれっぽいポーズして変身してたでしょ! 気合を入れるあれよ!」

 

 思わぬ大火傷に普段の快活美少女のイメージをドボドボに崩壊させながらうろたえるカナタの可愛らしさにクーは少しだけ口元を緩ませると、またすぐに毅然とした顔に戻ってムゲンに話し出した。

 

「まあまあカナタさん落ち着いてくださいな。どうですかムゲンさん。ご覧のように他の者では何も起こりませんでしたでしょ?」

「そりゃあ、そうだったけど」

「加えてもう一つ。高架下でのデュオルは本来の力の半分も発揮していない状態だったのです」

 

 

 

「……そこんとこ、詳しく」

 

 初めて明かされた情報にムゲンの顔つきが一気に引き締まった。

 身を乗り出して、クーの話の続きに耳を傾ける。

 

 

「先程お話しましたように仮面ライダーは一人ではなく、複数人が存在します。デュオルはそんな彼らの力の一端を組み合わせて戦うライダーなのです。その鍵となるのが皆さんが拾って下さったライダーメモリアです」

 

「これか?」

「はい。私も口伝で知ったのですがそのカードに写っているのが仮面ライダー1号。始まりの仮面ライダー。そして、いま私の手元にあるのがこちら仮面ライダークウガのメモリアです」

 

 そう言って、クーは金の二本角と赤い体の戦士が写ったメモリアを一号のメモリアと並べるようにテーブルに差し出した。

 食い入るようにメモリアを眺める三人だったがすぐにカナタとハルカの二人はクーの説明と目の前にある二枚しかないメモリアの矛盾に気付く。

 

「ふーん……あれ、でもちょっと待って」

「大勢いるはずなのに、なんで二枚だけしか?」

 

「ぐぬぅん!」

 

 すると喉を雑巾でも絞るよう捻られたような声がクーから飛び出して、ダラダラと冷や汗が流れ始めた。

 

「あの、クーさん? いまあからさまにギクって顔しませんでした?」

「いえ、あの……」

「怒らないから、正直に話してみて下さい」

 

 

「だって……私だって! 好きで無くしたわけじゃないんですよ! あの悪趣味ピンクシャツライダーがよりにもよってあの大きな塔に、スカイツリーでしたっけ? あそこの頂上なんかに移動させるから、それも夜に! バランス崩して私も落っこちて、たくさんあったメモリアも強風に流されてバラバラに飛んでいちゃいましたとも! そうですよ、私が悪ぅございますよ。ごめんなさーい!」

 

 懺悔と怒りと悲しみの怒涛の独白。

 この世界に飛ばされて早々に見舞われたトラブルにクーは思わず涙目になって吼えた。

 あの日、メタローの初出現と同時刻に起きたささやかな流星雨の正体は高所から強風で何処かへと飛び散ってしまった無数のライダーメモリアであったのだ。

 

「そんなベタな」

「というかスカイツリーから落ちたって」

「よく生きてたね? そのご愁傷さまです」

 

 見かけによらないクーの逞しさに妙に感心しながらも、三人はより一層困難だらけの現状を冷静に受け入れた。

 

「すみません。つい取り乱してしまいました。兎に角、辛うじていま手元にあるこの二枚のライダーメモリアを組み合わせればデュオルは本来の力を発揮できるのです」

 

「……なるほどね」

 

「むしろ、私は先程の戦いで本来なら勝ち目のない能力差だったスタンダードフォームのデュオルであそこまで戦えたムゲンさんの戦士としての力量に驚くぐらいでした。なにか武術や格闘技でも修めておいでなのですか?」

「うん、あれにはオレたちも驚いた」

「確かにね。力持ちなのはわかってたけど、なんていうか慣れがあったように見えたかな」

 

「別に、俺はただのどこにでもいる高校生だよ」

 

 ついに触れられた話題。

 クーの疑問と双子たちの戸惑いに僅かに不機嫌になった様子でムゲンは言葉短く答えた。

 

 

「ムゲンさん。その学生さんに敢えて無理をお願いします。どうか世界のために……このままでは魔人教団に虐げられるか弱い人々のためにどうか一緒に戦ってください!」

 

「あのなぁ」

 

「ライダーを探す旅の途中で私の仲間も既に何人かは教団の手によって帰らぬ人になりました。仲間たちのためにも、罪のない人たちのためにもどうか、正義の心を燃やして人類の自由と平和のために戦ってください!私もお役に立てることがあるなら何でもやります! だから、どうか……どうか」

 

 深々と頭を下げるクー。

 強く握り締められた手には犠牲になった家族のような仲間たちへの無念と悔しさが滲み出ていた。

 

「どうする、ムゲン?」

「あのクモの怪物に襲われた後だと、他人事みたいには出来ないけど……決めるのは他でもないムゲンだよ」

 

「なにが正義だ……そういうのを担ぎ出してくるから嫌なんだ」

 

 決して代役になってやれない申し訳なさを心苦しく感じながら声を掛けてくるカナタとハルカの言葉にも反応せず、押し黙っていたムゲンの口からポツリと零れた一言は恐ろしいほど感情が宿っていない暗い声だった。

 そして、ムゲンは急に立ち上がると何も言わずに裏口の方へと歩き出してしまう。

 

「あ! ど、どこへ行くんですか?」

「少し、一人で考える時間があってもいいだろ? それからな、一つ言わせてもらってもいいかいクーさん」

「え……?」

 

「あんたらは気楽に正義だ弱い者のためだとか言うがよ。その正義感や弱い者のためにって思って一度だけ……そう、たった一度だけでも拳を振るった結果。何もかもに見捨てられて、裏切られて、どん底まで突き落とされた奴はどうすればいい?」

 

 理不尽への怒りのような。

 理不尽への諦めのような。

 理不尽への恨みのような。

 

 形容し難い情念が煮詰まって、まるで別人のように淀んだムゲンの眼差しを向けられてクーは即座に返す言葉が出てこなかった。

 

「は……い?」

 

「あんたは正義の心を燃やせだなんて当然みたいに言うがよ、俺にはそんなものとっくの昔に燃えカスになってるよ」

 

 心の底から絞り出すような苦しい声でそう言い残して、ムゲンは裏口から店の外へと出て行ってしまった。

 

 時間にして1分弱。

 けれど、まるで何時間も経過したように感じた重い沈黙が三人の間に流れた。

 

「ハルくん。ここはお願い」

「……分かった。カナねえ、任せたよ」

 

 

 時間が止り、世界が凍結してしまったような空気を破って、カナタは意を決してムゲンの後を追いかけると店の外へと出ていった。

 

「ごめんなさい。彼の事情も何も知らないでこちらの事情ばかりを押し通すように話を進めてしまいまって」

「まあ、仕方ないでしょ。例えば初めて出会って仲良くなった天涯孤独の人にご兄弟はいますかって質問をしてしまっても、いくら無礼だったとしてもそれは不可抗力だ。一度目はどうしようもないことですよ」

 

 

 理屈で考えたら、迷惑千万でしかない自分の言動を省みて深く落ち込むクーに店に残ったハルカは何でもないような平然とした物腰でそう宥めた。

 

「あの、ハルカさんはムゲンさんのこと追い掛けなくてもいいんですか?」

「カナねえが付いているから大丈夫。それに貴方を一人にするわけにもいかないでしょ」

 

 前髪に隠れがちな右眼でクーを覗き込むハルカの落ち着いた視線には同情よりかはむしろ警戒に近い念が入っていた。

 何気ない平和な日常を壊したのはメタローと言う怪物以外にもクーと言ういまだ謎の多いこの異邦からの来訪者も同じだという認識を簡単に解くほどこの双子たちは自分たち以外の世界を信用はしてはいなかった。

 

「もし、差支えなかったらムゲンさんの過去に何があったのか教えていただいても?」

「さあ、オレもカナねえも知らないから」

「知らないんですか?」

 

 ハルカが何食わぬ顔で答えるのでクーは思わず大いにビックリして聞き返してしまった。

 

「なにか不味いですか? 友達でいることとその友達の過去に何があったかなんて関係はないでしょ? ムゲンが自分から話さないってことはそれ相応の意味がある。だから、これからもオレは触れるつもりもないしね」

 

「信頼され合っているんですね、三人は」

「信頼と言うか、オレたち双子の世界にムゲンの方が適応しているというか」

「はあ……?」

 

 独自の言い回しをするハルカにクーは首を傾げた。

 不意に会話が途切れて、目に見えて不安そうにそわそわし始めたクーを見かねてハルカは力強い語気で告げ始める。

 

「そんなに心配しなくてもムゲンはやるよ。必ずやる」

「えっ……つまり、それは」

「クーさんが何かしらムゲンの地雷踏み抜いたのは確かだけど。それはそれ、これはこれ。ムゲンはそういう奴だから、あんな見た目だけど誰よりもお人好しで義理堅いんだよ。一度乗りかかった船なら、嵐に遭ったとしても最後まで付き合うよ」

 

 

 そう言って、ハルカはニタリと澄ましたように笑って見せた。

 普段はどこか冷やかに自分たち姉弟とムゲンの三人以外の世界を観察している彼には珍しい、友への揺るがぬ信頼を誇らしげにする本当の笑顔だった。

 

 

 

 一方、その頃。

 ムゲンはメリッサの近所にある公園にいた。

 

「なんて厄日だ……どうっすかなこれから」

 

 これからどうすればいいのかを決めかねて、浮かない顔で空を仰いで思案に暮れていた。

 自分のこれからよりも案じることは別にあり、あまり明晰ではないと自嘲する自分の頭で勘案していると大急ぎで誰かが走ってくる足音がムゲンの耳に聞こえてくる。

 

「ハァ……ハァ……やっと見つけた。ムゲン、歩くの早い」

「カナタ?」

「ねえ、ムゲン。一番大変なのはムゲンなんだから、私たちがあれこれと騒ぐことも筋違いかもだけど、やっぱりあんなの見せられたら放ってはおけないよ」

「わかってる。誰かに押し付けていいものじゃないってのは。それに世界だ罪のない人々だの前に、なんとかしないと自分たちの生活だって壊されるだろ」

 

 真剣な眼差しで自分に向き合うカナタにムゲンはあっさりと自分の胸の裡を明かした。

 

「でも、それでもムゲンだって怖いでしょ?

 

「どうだろ? 昔、もっと怖い目に遭ってたしな……別に化け物相手にやり合うのは腹括ってるし、まあなんとかなると思う。俺が気にしてるのはそっちじゃなくて、あのな……さっきの俺のことカナタは怖くなかったか?」

 

 誰かと戦うことは慣れていた。

 痛みや傷にも慣れていた。

 けれど、心から大切に思うその人達に恐れられてしまうことには慣れていなかった。  

 

「ムゲンが?」

「あの姿になっている時、身体が羽根みたいに軽く感じてシュタイナーも余裕で決めれるくらい信じられないくらい体が動けた。はっきり言ってあの時の俺、完全に人間やめてた」

 

 自分の身体が他人と比べて常識離れしているのはよく分かっていた。

 それがデュオルという仮面の異形に変わっている時は輪をかけて異常な存在になってしまう。

 自分が自分で戦って傷つくことは些細なことだ。

 けれど、身も心も怪物に成り果てた自分のことでカナタたちに不幸になること、カナタたちに忌み嫌われてしまうことは簡単に受け止められる話ではなかった。

 

 

「なんて言えばいいのか、そのだな……もしも怖くて不安があるとするなら」

「私たちがムゲンのことを怖がって離れていったらどうしようって思ってる?」

 

「や……違っ、そういうんじゃ」

「あのね、ムゲン。今更それくらいでムゲンのことを怖がるわけないでしょ? 初めて私たちがムゲンと出会った時のこと覚えてないのかな?」

 

 

 カナタは胸に手を当てて、ムゲンと初めて出会った入学したての四月の出来事に思いを巡らせながら優しい声で語りかける。

 

「人間やめてた? ムゲンが? 知ってます、分かってます、問題ありません。まず、私は封を開けていないスチール缶を片手で握り潰すことが出来る人間を世界中でムゲン以外に知りません」

「俺、そんなことしたっけ?」

「うん。それは見事にくしゃっと潰してたかな。確かにあれは人生初体験の驚きだったよ。でも、それでも私たちはムゲンのことが好ましいって思ったの。ムゲンのこと知ってることも、まだ知らないことも沢山あると思うけど、それも全部ひっくるめて、私たちはムゲンが良いと思ったからこうして毎日一緒にいるんでしょ?」

 

 胸を張ってカナタは断言した。

 真夜中でもあたたかく輝く燦々としたお日様のような笑顔を見せて。 

 

 

「とにかく、ムゲンは柄にもなくあれこれ迷ったり悩んだりせずに、いつものムゲンでいればいいんだよ」

「あのカナタさんや、なんかちょっとバカにされてる気がするんですがそれは?」

「うんうん。そういう反応できれば無問題かな。それと私たちはムゲン一人だけに背負わせるつもりないからね。出来る範囲は限りあるかもだけど、最後までちゃんと支えてあげるよ」 

 

 得意げに作った握り拳をまるでエールを送るようにそっとムゲンの胸に押し当てて、カナタは言い切った。

 

「お前ら双子はこういう時、言っても聞かないもんな。お陰で気が楽になったよ。だから、俺も好きにやってみる」

 

 そう言って、ムゲンは吹っ切れた笑顔を見せた。

 迷いや憂いは晴れて、上手くやれるか不安はあるが、それでも自分を信頼してくれたカナタのためにも半端なことは出来ないと静かに腹を括った。 

 

 

「くふふ♪ まあ、大船に乗ったつもりで安心しなさ……」

 

 気軽な様子でムゲンの背中を叩いて、メリッサへと戻ろうとした時だった。

 

「え? ちょっ……きゃああああああ!」

 

 まるでムゲンにはストロボ写真のようにゆっくりと断片的に見えた光景だった。不意に暗闇から放たれた蜘蛛の糸にカナタの身体が絡みつき、上空へと引き上げられていく。

 

「な……にっ? カナタァアア!」

 

 彼女の悲鳴が届き、咄嗟に上に視線を回すと見覚えのある異形が街灯の上に立っていた。

 

『こんばんは。手荒な真似をしてすまないね、仮面ライダーくん』

「お前、さっきのクモ野郎!」

『こうした方がキミの能力の最大値を観察できると判断したからね。ありきたりな台詞だが彼女を返して欲しかったら郊外にあるスタジアムに来るんだね』

「おい! 待て、いまから付き合ってやるからカナタは置いていけ!」

 

 まるで狩りで仕留めた獲物を誇らしげに見せつけるように拘束したカナタを掲げると、スパイダーメタローはムゲンに一手打たせる暇も与えずにその場から逃走してしまった。 

 

 

『断る。言っただろう、彼女は人質だ……来なければ彼女の身に何が起きるか保証はできないのであしからず』

 

「……絶対潰す」

 

 

 殺意に近い怒りを腹の底から湧き上がらせて、ムゲンは大急ぎで駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまねえ! あの蜘蛛野郎にカナタが連れていかれた!」

「はあ! 嘘だろ!?」

 

 決死の形相でメリッサへと駆け込み戻ってきたムゲンが告げた言葉にハルカも血相を変えて飛びあがった。

 

「なあ、クーさんよ。さっきはこっちの手前勝手ばっかり言って悪かった。だから、もう一度コイツを貸してくれ」

「ムゲンさん……いいんですか? 私はありがたい限りですが貴方はもう後戻りできませんよ?」

 

「構うかよ。元々、俺一人なら別になんだって構わなかったんだ。けど、あのクモ人間はやっちゃいけないことをやってくれた。もう自分のことでウダウダ言ってる暇はない」

 

 クーの忠言を真摯に受け止め、それでも構わないとムゲンは頭を下げた。

 

 

「ムゲン、お前もしかして」

「なあ、ハルカ。こう言っといてあれなんだけどさ、一つだけ頼んでもいいか?」

「ああ! なんだよ、言ってくれ」

 

 

 本当はこの一言を口に出すのはムゲンにとって少し怖かった。

 けれど、足踏みをしている時間はない。

 どんな答えでもいい、ただ自分へのケジメ、区切りとしての意味でムゲンはハルカに尋ねた。

 

「これから先、俺は連中と戦って勝つためならどんなエグイこともやるかもしれない。こういう時の喧嘩ってのはどんな無様晒しても最後には勝たなきゃいけないもんだから。それでも、まだ友達でいてくれるかな? 気を遣わなくていい! 本当の気持ちを教えてくれ」

「分かった。それなら、もうとっくに決まってる。答えは――これだ」

 

 ハルカは迷いや動じる気配もなくムゲンの傍まで寄ると軽く小突く程度の勢いでその腹にグーを打ち込んだ。

 

「ぐえっ。 え? え? え!? なんで俺いま腹パンされたの?」

「ムゲンがアホだから」

「そのアホに分かるよう解説を求む!」

 

 間の抜けた呻き声を出しながら、慌てふためくムゲンにハルカは不敵に薄っすらと笑って静かに力強く語りだした。

 

「まだ友達? バカ言わせるな、オレたちはどこまでだって友達だ。そうだろ?」

「ハルカ……っ」

「理屈じゃないさ。オレにも上手く言えないけど、ムゲンと友達じゃなくなる選択肢なんてオレにも、カナねえの中にも欠片もありはしないんだ。だから、大丈夫だ」

「ハルカ、お前……なんかキャラちがうぞぉ」

「ほっとけ。オレだってあれこれ思案した結果なんだよ」

 

 ムゲンに指摘されて、確かにらしくないことをしている自分に照れながらもハルカはこれから長く険しい戦いに挑まなくてはならない親友の背中を強く強く押し出した。

 

「オレたちや周りのことは心配するな。もしも、お前が気色悪い虫人間みたいになってもしっかり受け止めてやる。だから、ムゲンは全力で思う存分やりたい様にやってやれ」

「おう……応ッ! サンキュな、最高に気合が入る一発で背中押された気分だよ」

 

 カナタとハルカ、二人の掛け替えのない友達の言葉を受けて迷いも恐怖も吹き飛んだ。

 ムゲンは澄み渡る星空の心地でクーに宣言する。

 

「じゃ、そういうわけだクーさん! 前言撤回! もう一度だけじゃない、アンタが探し続けていたモノとは違うモノになるかもしれないが最後まで責任もってやりきってやるさ、仮面ライダー」

 

「ありがとう。ムゲンさん、貴方に……いえ、貴方と貴方の掛け替えのないご友人に最大限の感謝を」

 

「そういうわけで時間がない! あの腐れ蜘蛛が言ってたスタジアムに大急ぎで行かなきゃならないんだがクーさんワープみたいなの使えない?」

「瞬間移動は無理ですが移動手段でしたらとっておきのがございますとも!」

 

 思い当たるフシがあるクーは二人を手招いて店の駐車場へと向かう。

 

「そぉーれ! シャラララーンっと!」

 

 クーのランプから溢れ出る煙の中から現れたるは巨大な鋼鉄の駆動二輪。

 それは牡牛を象った純白の大きな双角を生やした頑強なフロントカウルが印象的な黒と緑の配色の大型バイクだ。

 

「うおわっ!? デカいバイクでたー!」

「ここまでくるとますますアラビアン・ナイトだな」

 

「銘はビッグストライダー。私たちギギの民が作ったアーティファクトの一つ。これは友人から譲られて足に使っていた物ですがこの時代の似たような物よりかは断然優れ物かと」

「ありがてえ! 遠慮なく使わせてもらうぜ。じゃあハルカ、行ってくる」

 

「気をつけてな。姉ちゃんを頼んだ」

「当然! お前の分までしっかりぶちのめしてやらぁ!」

 

「俺たちもなるべく急いで追いかけるから!」

「なら、俺のべスパ使え! 昨日から店の隅に置いてある。これ、鍵!」

「よし。上手くいったら、満タンにして返すよ」

「洗車も頼むぜ。んじゃ、お先に!」

 

 重く厚いエンジン音を轟かせて、ムゲンを乗せた純白の双角で夜闇を裂いて駆け出す。

 

「ははっ……調子乗んな、ったく」

 

 あっという間に遠くへと走り去っていくムゲンを少し悪態つきながら、ハルカは安心したように見届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパイダーメタローが指定したスタジアムは郊外という立地に加えて老朽化も目立つため、取り壊しの目途も立たずに時間から捨て置かれたような人気のないものだった。

 痛みの目立つ入場用ゲートをビッグストライダーの角で薙ぎ払いムゲンは堂々とスタジアムの中へと乗り込んだ。

 

 

 

「来てやったぞ、バカ蜘蛛。カナタ返せ」

 

『お早い到着でしたね。ようこそ、仮面ライダー』

 

 少年は牙を剥き、蜘蛛は嗤う。

 

「挨拶はいらねえよ。あんたとはこれっきりの付き合いだ。それよりも早くカナタを出せ」

 

『おお、怖い。慌てなくても彼女には手など出し――』

「カナタの無事を証明しろって言ってんだ。口を動かすのは後にしろ」

 

 スパイダーメタローの喋りを遮って怒り心頭のムゲンは静かな口調で言い放つ。

 

『我慢が出来ない子供ですねえ。私の上を御覧なさい』

 

「なっ、趣味悪いことしてんな。どこに……いた、カナタ! 大丈夫か!」

 

 言われるがままに頭上を見上げて、ムゲンは一瞬青ざめた。

 そこにはスタジアムいっぱいに張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣とまるで羽虫のように蜘蛛糸に雁字搦めに縛られて囚われの身になっている誘拐されたと思われる数多くの女性たちの悲惨な有様だった。

 そして、その中に口元まで蜘蛛の巣で覆われて喋ることもできない状態になっているカナタもいた。

 

「うぅ……むぅ……んぅう」

 

『これで納得ですか? 彼女やこの素体である愚か者が拉致してきた他の人間たちはキミが私に勝利できたのなら解放するなり好きにしてあげるといい。私には必要のないものだ』

 

「随分と紳士的なんだな。こういう時って大抵人質にするもんだと思ってたよ」

 

『そんな下卑たことはしませんよ、少なくとも私はね。何故なら、未だ肉の身体に縛られた愚かな人間と比べたら我々メタローは生命体として圧倒的に優れているのですから!』 

 

 まるで舞台役者のような朗々とした語り口でスパイダーメタローは謳う。

 夕暮れに戦った時とはまるで物腰が違うその様子にムゲンはいまこうして話している存在こそがこの世界にやってきた侵略者、その人格だと直感で察した。

 

『ですが、残酷なことにキミに油断や手加減と言ったものを施すことは出来ませんよ。キミが仮面ライダーを名乗る以上、我々の教団にとってそれは対処しなければならない問題ですので』

 

 

「買い被ってもらっているとこ悪いけど、これでも俺は善良などこにでもいる高校生だ。そんな歴史の偉人さんみたいに大層なお題目を掲げて世紀の偉業を成し遂げるだなんてレベルのことは無理な話だ。たぶん、あんたらが警戒している程やばい奴じゃないと思うぜ」

 

『先程の暴れっぷりに反して、随分と謙虚な発言ですね』

 

「それに個人的に名前も顔も知らない人たちの自由と平和のために戦えとかどうにも釈然としなくてね。今更、正義の味方面しろだなんてのは論外だ」

 

『ふぅむ、敵ながら拍子抜けですが身の程を弁えることはいいことです。捻り潰し甲斐は激減ですけれどね』

 

「けどな! 世界で二人だけの大切な友だちのためなら、俺はなにが相手でも戦えるぞ。もしも、俺たちのいつもの日常を土足で踏み荒らす気なら、神様だろうとそいつは俺の敵だ」

 

 敵意を剥き出しにした爛々とした眼でムゲンはスパイダースパローを睨みつけた。

 

『なんともまあ我欲塗れな啖呵だね。それが仮面ライダーに選ばれた者の発言とは聞いて呆れるよ。この世界の命運に同情を禁じ得ないとも、この紛い物風情め』

 

「ハン! そんなもん俺が一番承知してんだよ。なんせ先輩方の力を借りまくってなんとかしろって話だぜ? これが偽物、紛い物じゃなくて一体何だって言うんだ。模造品の方がまだマシだぜ?」

 

 スパイダーメタローの痛烈な皮肉をムゲンはあっけらかんと笑い飛ばして悔しがるどころか清々した様子で肯定する。

 

「ただまあ、約束したばかりなんだ。例え偽物で終わろうと、半端者にだけはならない。いまの俺にはその約束だけで十分だろ? あと、大事なことをあんたに言ってなかったな」

 

『なんでしょう?』

 

「その気色悪い手でカナタに触ったんだろ? あんたは全力でぶっ潰すの確定だから、よろしく頼むわ。じゃあ、始めようぜ」

 

 あっさりと手短に宣戦布告を告げるとムゲンの顔は瞬く間に戦う者の面構えに変わった。

 ムゲンはデュオルドライバーを装着すると両端のグリップを強く引く。するとバックルの左右がスライド展開して中央の風車と連なるように配置された二つの風車とカードスロットが姿を見せ、ムゲンは迷いのない動作で二枚のライダーメモリアを装填する。

 

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

 最初の変身とは異なり、ドライバーから流れる勇ましい電子音声と共に二基の風車がゆっくりと回転を始め、淡い光を放ち始めていく。

 ムゲンは呼吸を整えると一度、体の前面で両腕を斜めの平行線めいた形で構える。そして、武術の型のような動きでゆっくりと円を描くように大きく両の腕を広げていく。

 

「変身――!!」

 

 曇りなき心で覚悟を決めると邪悪を破る気合の入った声と共に左腕を勢い良く斜め上に振り上げた。

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 電子音声が高らかに鳴り響き、ベルトから溢れる緑と赤の二色の眩い光の奔流がムゲンに纏わり、彼の肉体を戦うための存在へと変えていく。

 

 

『これが……本当のデュオルか』

 

 そこに現れたのは先刻とは全く姿の異なる、本来の力を発現させたデュオルの威容。

 仮面ライダー1号と仮面ライダークウガのそれぞれの意匠が組み合わさった姿へと文字通りの変身を遂げていた。

 

 黒いアンダースーツに隆起した筋肉を模った真紅のプロテクター。

 手甲と脛当ては闇を裂くように力強い輝きを放つ白銀。

 背中には飛蝗のものを想起させる一対の緑の翅模様。

 全身の側面を奔る金色の二本のラインにはリントの古代文字が刻まれている。

 そして仮面の形状こそ変わりはないが黒く染め抜かれ、その双眸は赤く染まり、二本のアンテナは黄金に変わっていた。

 

 これが1号とクウガの力を重ね結んだデュオルのユニゾンアップフォーム。

 その名もマイティアーツ。

 嵐の男の背中を見つめ、完全独走に挑む新たなる疾風だ。

 

 

『成程、それが借り物を継ぎ接ぎした我々にとっての新しい敵ですか? よろしい、キミという個体をこれ以上見過ごすのも後顧の憂いと言うもの。なので……ここで死ね』

 

『応よ、掛って来い! けど、まずはぁ!』

 

 スパイダーメタローが身構えた瞬間にデュオルは大きく跳躍すると相手を跳び越えて一目散にスタジアムの屋根を覆う巨大な蜘蛛の巣を目指す。

 

『なにっ!?』

 

『よっと! 悪いだけど、俺にとってはこっちが最優先だ』

「ぷはっ……ムゲン!」

 

 力任せにカナタを縛る蜘蛛糸を引き千切るとそのまま観客席へ着地して、彼女を安全圏に奪い返した。

 

『ごめんな、カナタ。大丈夫だったか?』

「怖くなかった……は嘘になるけど、必ず何とかしてくれるってのは知ってたからね」

 

 たははと苦笑いを浮かべて、カナタは安堵の声を漏らす。そして、デュオルの姿をまじまじと見ながら少し意地悪そうに聞き返した。

 

「ところで、さっきの変な動きなにあれ?」

『いや、あれは……気合を入れるあれだよ』

「そっか。じゃあ、大事だね」

 

 カナタは小さな声でカッコいいじゃんと呟いて、感謝を込めてサムズアップをムゲンに送った。

 

『さぁて……んじゃ、お前とハルカの二人分も含めて、きっちりぶちかましてくる』

「気をつけて。明日も学校あるんだからね」

「だな」

 

 戦いに臨むデュオルにカナタは頑張れとも負けるなとも言わなかった。

 そんな言葉は必要が無いからだ。

 いま誰よりも頑張って、誰よりも心を奮い立たせて、誰よりも命を懸けて前へと進んでいるのは双連寺ムゲンなのだと知っているからこそ、彼女は当たり前の激励は送らない。

 自分にできる第一の、そして何よりも大切な役割……ムゲンがただの少年でいられる、いつもの日常の寄る辺として在ろうと彼女もまた恐るべき空想に負けないように心を強く持ってその背中を見守る。

 

 (不思議なもんだな。変身した途端に長編映画を二本同時に観せられた気分だ)

 

 ユニゾンアップ完了時の刹那にメモリアを介してムゲンの脳裏には二人のライダーの記録が刷り込まれていた。

 

 人生を狂わせられながらも、世界のために戦い抜いた男たちがいた。

 始まりの男は己の絶望を呑み込み、誰かの希望のために有象無象の巨悪と戦い続けた。

 青空の男は誰よりも優しい心を摩耗させ、その手を血と涙でいっぱいに染めながら誰かの笑顔のために戦った。

 

 自分は世界のために戦えない。

 自分は正義のために戦えない。

 自分は名前も顔も知らない誰かのために戦えない。

 

 一歩、また一歩と足を進めるごとに己の小ささと不甲斐なさを痛感する。

 自分で言っておきながら、紛い物という言葉が心にどうしようもなく深く突き刺さる。

 彼らと比べれば自分は呆れるほど愚かで未熟で身勝手で、こんな自分に命運を委ねなければいけないこの世界にとってみればさぞかし落胆するだろう。

 

 

(だけど、悪いな……それでも俺は約束したんだ)

 

 そうだとも。

 永久に本物とは並び立てない模造品であろうとも自分は誰でもない二人と約束したんだ。

 自分らしく、最後までやり遂げると他でもないあの二人に誓ったんだ。

 

(先輩方……こんな不出来な後輩ですけど、どうか長い目で最後まで見届けて下さい)

 

 人類の自由と平和のために戦う覚悟なんて到底背負っていけないけれど、この世界で何よりも大切な二人の友のためならば、例え魔人が相手でも恐れることなく戦える。それが双連寺ムゲンという男だ。

 胸に深く刻み込んだ想いで熱く燃え滾るこの魂だけは紛れもなく本物だといまここに改めて、世界に示そう。

 

『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!』

 

 裂帛の気合を込めて、両の拳をカチ合わせる。

 仮面纏う己であり、受け入れた大いなる力の称号を名乗る。

 

「いけぇ! ライダー!」

 

 一緒に明日を切り拓いていく大切な友の声を背中に受けて、勇気は凛々限界突破。

 いま此処にこの世界を守る仮面ライダーが真の意味での爆誕を果たした。

 

 

 

『だりゃあああああ!』

 

 猛然とスタンダードフォームとは比べ物にならない速度で走り出すデュオル。

 

『目障りな……寄るな!」

 

 対するスパイダーメタローは背中から伸びた八つの蜘蛛脚の先端から糸をマシンガンのように斉射する。

 一撃一撃が岩壁に穴を穿つような糸弾が無数にデュオルにぶち当たり、おびただしい火花と煙が飛び散るがデュオルは痛みに怯むことなく肉薄する。

 

『オリャアアア!』

 

 紫煙を突き破り、弾丸のように迫りくるデュオルの双眸が強く赤く輝き、雄たけびと共に繰り出されたエルボー・バットはスパイダーメタローの脇腹にめり込むとその異形が僅かに浮き上がった。

 悲鳴もろくに上げられず、悶えるスパイダーメタローに間髪入れずにデュオルの怒涛の連撃が炸裂する。

 

『フウン! オオオウリャア! カッ飛べ!』

 

 片手で頭を掴んでの顔面への頭突き。

 胴への目にも止まらぬ拳の三連打を経て、投げっぱなしの一本背負いで壁にぶつかるように投げ飛ばした。

 

『調子に乗るなよ、小僧!』

『ぐおおっ!? やるな、前と動きがまるで違う』

 

 だが、スパイダーメタローも黙ってはやられない。大回転して飛んでいくが姿勢を制御すると両手から蜘蛛糸を伸ばし、まるでスリングショットのように反動をつけて自身を射出するとデュオルに両足蹴りを叩き込む。

 よろめく、デュオルに反撃させまいと加えて八本の脚を総動員して乱れ突きの応酬を仕掛けた。

 

『こいつはキツイな! あんたらを相手にするには普通の対人の喧嘩と考えちゃ命取りになりそうだ』

『理解するのが遅すぎるな。それに貴様の命をいただくのはこの槍の如き脚ではないのだよ』

 

 およそ、人間の身では繰り出せない人外の技を二本の腕で必死に捌くデュオルだがそれでも受けきれない攻撃が肩や太腿を掠り、全身に痛みが駆け巡る。

 四方八方に意識が散り、どうしても生まれた僅かな隙をスパイダーメタローが見逃すという愚を犯すこともなく、がら空きになってしまった脇腹に必殺の力を込めた蹴りが放たれる。

 

 刹那、岩盤が崩れるような轟音が響き、二人の動きが止まった。

 見守るカナタも息を呑む中で先に声を上げたのはスパイダーメタローの方だった。

 

『貴様……わざと受けたな!?』

 

 左脇腹を狙ったスパイダーメタローのミドルキックは確かに命中していた。けれど、その威力は完璧に直撃する寸前で先にぶつかったデュオルの右拳に勢いを殺され、大きく力を削がれた形であった。

 

『まあ、あんたの攻めがド定番すぎたからよ。 絶対に本命があるとは読めてたさ…』

『小癪なマネをオオオォォォ!』

 

 軽く煽れたことが癇に障ったスパイダーメタローが激情に駆られ、串刺しにしようと背中の脚の一本を振るうがそれよりも早く、デュオルは脇と片腕で固めたままの敵の脚を軸に錐もみで回転しながら倒れ込む。ドラゴンスクリューを決めてスパイダーメタローを豪快に地べたに転がした。

 

 元々ムゲンの持つ優れた喧嘩の技量にマイティアーツの能力によって引き出される1号とクウガの戦闘スタイルを踏襲した動きが加わりいまのデュオルは圧倒的な白兵戦能力を発揮してスパイダーメタローを寄せ付けなかった。

 

『残念だったな。なんならあんたもプロレス観戦でもしてみればどうよ? 戦いにおける一手先ってのが学べるぜ』

 

『いぎいいい!? 認めない……私が、私たちメタローがこんな人間などという旧世代の生物に後れを取るなどあってはならない!』

 

『うおっぷ!? これも糸か……ぐうう!?』

 

 片足を庇いながら、のたうち回るスパイダーメタローも劣勢を強いられながらまだ諦める様子は微塵も見られず次なる手として口と八つの脚から蜘蛛糸を霧吹きのように大量に撒き散らした。

 降り注ぐ雨水の全てを避けられないように噴霧のような蜘蛛糸は確実にデュオルの手足にも纏わりついて動きを鈍らせていく。

 

『最後に笑うのはこの私! メタローだと思い知れ!』

 

 そして、視界さえ遮られて機敏に動き回っていたデュオルの動きが止まった瞬間にその片足に蜘蛛糸ががっしりと巻き付いた。

 

『ぐおお!? 痛っ……のわああああ!?』

 

『このまま一晩かけてじっくりと叩き殺してやろう!』

 

 蜘蛛糸で拘束されたデュオルは糸を千切る間も与えられずスパイダーメタローに力任せに振り回されて、硬い壁や鉄柱に容赦なく全身を叩きつけられる。

 たちまち、傷だらけになるデュオルを嘲笑いながらスパイダーメタローは攻めの手を一向に休めようとはしなかった。

 

『だが! 一手先、だったな? 貴様に確定的な死をくれてやろう!』

『ガッハッ! あ? やっべ……!?』

 

 このまま、この攻撃を永続させることに成功すれば容易く相手を仕留められると判断したスパイダーメタローだったが、いやらしく口角を吊り上げ全てにおいてデュオルに勝るためにより確実な、より完璧な殺害手段を選択する。具体的に言うならば近場の鉄柱を引き抜くと先端を杭のように切り落として、槍投げの要領で投げつけたのだ。

 

「ムゲエエエエン!」

 

 辛抱堪らずカナタは叫んだ。

 宙をまるでバドミントンのシャトルのように行ったり来たりに振り回されるデュオルでは逃げ場はない。足場も何もない以上軌道を変えることも拳や足で鉄柱を弾き落そうにも背後を向いた状態では姿勢も変えられない。

 串刺しにされるデュオルを想像して、カナタは胸が締め付けられるような不快な感覚に襲われる。

 

 けれど、カナタは忘れていた。

 いまのムゲンが変身しているのは仮面ライダー。

 人の心を以て、人に非ざる力を振るい、人を救う者。

 人間の常識で不可能なことだと思われようとも彼らには可能にすることなど造作もないと!

 

『トオオッ! 舐めてくれるなよォオオ!』

 

 杭と化した鉄柱がデュオルの身体を貫通する寸前にデュオルはなんと何もない宙空を、大気を蹴って跳んで見せた。大外れとなった鉄柱は何もない空を穿ち誰もない観客席に大きな音を立てて突き刺さる。

 カナタもスパイダーメタローも何が起こっているのか理解できずに宙を踊るように跳ぶデュオルを見入ってしまっていた。

 

 

『あぶねー。ハハッ! こいつは良いな、コツも掴んだぞ!』

 

 それは飛行に非ず。浮遊に非ず。まるで飛蝗のような鋭敏な跳躍だ。

 小石のような僅かな足場から、大気という本来ならば触れずのものすらも足場にしてデュオルは縦横無尽に跳びはねてスパイダーメタローを翻弄する。

 

 

『ふざけているのか、貴様ぁあああああ!?』

 

『常識なんて通用しないんだろ、あんたも! いまの俺もなあ!』

 

 草が生い茂る野原を難なく跳び跳ねる飛蝗のように軽快に大気を蹴りに蹴って跳び回ったデュオルはスパイダーメタローの背後を捉えると前方一回転して浴びせるボディプレス、巷ではファイヤーバード・スプラッシュと呼ばれる技で勝ち誇っていた異形を大地沈める。

 

 

『ガホッ、ゲホッ……これがこの仮面ライダーの力というのか? こんな紛い物の分際が』

『あんたよ? 確かに俺は紛い物の自覚アリだがよ、敵のてめえが気安く連呼してんじゃねえぞ!』

 

 個人的に癪に障る怒りを乗せて追撃の右ストレートが放たれる。

 だが、その際にデュオルの拳には微かに炎が揺らぐようなオーラが発現した。

 

『ぐおおおあ!? あ、熱い……それに身体の自由が!?』

 

 拳を受けたスパイダーメタローの腹部には焼けた鉄色に輝くリントの古代文字が刻まれていた。そう、クウガがグロンギ族に止めの一撃を繰り出した際に浮かび上がる物と同じものだ。

 原典であるクウガは封印エネルギーを注ぎ込むことで相手を確実に葬り去っていたものだがデュオルのそれはあくまでも能力の断片的な模倣。

 焼けるような熱の痛みで対象の動きを一時的に封じるスタン効果に留まるものだがそれはいまのデュオルに絶好の好機を生み出した。

 

 

「カナねえ、怪我してないかい!?」

 

「ハルくん! それにクーさんも! 私は平気」

 

「すごいな。あれが本当のデュオルか!」

 

 丁度その時、ムゲンの後を追いかけていたハルカとクーもスタジアムに到着してカナタの元へと駆け寄り、決死に戦うデュオルに意識を向ける。

 

「ムゲンさん! 右のグリップのギミックを使ってください! 大技、決めちゃえます!」

 

『わかったぁ! コイツだな』

 

 

 クーの声に従ってデュオルはドライバーの右グリップの撃鉄を起こして、トリガーを引いた。

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

 勇壮な電子音声が響くと中央の風車が激しく回り始めて星のような眩い光を放ち、デュオルの全身に全力全開の力を漲らせる。

 

『いくぞおおおおお! ウオリャアア!!』

 

『ぶっ……があああああ!?』

 

 電光石火の勢いで駆け抜けたデュオルは瞬きする間もなくスパイダーメタローの眼前に迫ると渾身のアッパーカットで上空へと打ち上げた。

 

『嗚呼……私は終わった。精神同期を実行。我が同胞よ、私の知識を、恐怖を、警告を鑑みよ。対象への脅威認定の検討を推奨する。対象の名はデュオル』

 

 自ら張り巡らせた蜘蛛の巣を突き破り、ぐるぐると回転しながら上昇する相手を追ってデュオルは力強く跳躍する。スパイダーメタローを余裕で抜き去り遥か上空へ跳び出して目標を見据えた。

 そして――。

 

『受け取りな! こいつが俺のフィニッシュ・ホールド!』

 

 

 宙空にて大気を蹴ること、その数実に三段。

 稲妻のような軌道を描きながらの急降下。

 

 加速! 

 加速!! 

 加速!!!

 

 空を駆け、風を切り、雲を破るデュオルの体躯はまさに迅雷の矢の如く。

 スパイダーメタローを射程圏内に捉えた瞬間にデュオルは一回転して飛び蹴りの態勢に入ると雷鳴のような雄たけびを上げた。

 

『スペリオルライダアアアァァキイィ―――ック!!』

 

 落雷のような衝撃と音が周囲一帯を揺らし、一条の閃光が夜空を裂いて、スパイダーメタローを撃ち抜いた。

 

『グヌオアアアアアアアアア!?』

 

 

 壮絶な断末魔と共にスパイダーメタローは爆発四散して夜空に消えた。

 寄生されていた藤島の方はというと一足先に着地していたデュオルに受け止められて、意識消失したままではあるが命に別状はない様子だった。

 

 

 

「ふー……やっと終わった」

 

「ムゲン! ナイスファイトー!」

「お疲れ、約束通りに洗車して満タンだな。ツイてないよ」

 

 急に静まり返った静寂に戦いを勝利で納められたことを悟ったデュオルが変身を解いて一息入れているとカナタたちが走って駆け寄ってきた。

 

「じょーだんで言ったのにマジでやってくれんの? あざますだな、ハルカ」

 

 二人の顔をみてようやくムゲンも顔をほころばせて気の抜けた構えで軽口を叩いて見せた。

 どうにかこうにか、最初の試練を彼らは乗り越えたのだ。

 

「ムゲンさん。それにカナタさん、ハルカさんも不祥な私ですがこれからもどうかよろしくお願いします」

「こちらこそ、頼みますクーさん」

 

「けど、随分と暴れたねムゲン。攫われた人たちも蜘蛛の巣から降ろさないといけないし、これはみんなで徹夜かな?」

 

 勝利の喜びも束の間、カナタが戦いの後片付けを危惧したそんな時だった。

 突然、真夜中だというの四人が目も開けられないくらいの強い勢いで光り輝く風が吹き荒び始めたのだ。

 

 

「なんだこれ!? 二人とも大丈夫か!」

「どうにかね!」

「でも、これって……うそ?」

 

 程なくして風は止んだが、目の前の光景に三人は言葉を失った。

 何故なら、あれだけデュオルとスパイダーメタローが暴れてボロボロに荒れ果ててしまったスタジアムは傷一つ残らず綺麗に修復されていたのだ。

 それだけではなく、あの巨大な蜘蛛の巣も忽然と消え去り、攫われていた人たちは気を失ったまま地べたに転がっていた。

 

 

「クーさん! これってどういうこと?」

「恐らくは世界の修復力です」

 

 ハルカの問いにクーは静かに聞きなれない単語を用いて回答した。

 

「本来、この世界にとってメタローの力は存在してはいけない力です。その力が今回世界に大きな実害をもたらしました。けれど、ムゲンさんがその病原菌とも言えるメタローを倒したことで世界がこの世界を自らの力で癒した結果だと考えられます」

 

「つまり、全部無かったになったってことかな?」

「……そうかもしれない。ここ来る途中でまさかと思って確認した時にネットに投稿されていた怪人の目撃動画が軒並み削除扱いされてる」

 

「けどまあ、その方が助かるよ。俺としては一々建物やらの弁償代とか考えずに戦えそうだ」

「クス……確かにそうだね。借金まみれのヒーローじゃちょっと格好つかないかな?」

 

「ただし、これだけは覚えておいてください。今回は世界にとって擦り傷程度の被害だったからここまできれいに修復されました。けれどこれがもしも人間にとっての致命傷に当たるような大きな損害になったときは」

 

「この世界が死を迎える、か……肝に銘じて、油断せずに行こう」

 

 噛みしめるように決意するムゲンに双子も真剣な顔で頷いた。

 そんな時だった。スタジアムの大型照明に引っかかっていたのだろうか。

 カードのような何かが一枚、風に吹かれてムゲンたちの元に降ってきた。

 

「おい、これもしかして」

「はぁい! ああ、これは幸先が良いですよ! まさしくライダーメモリアの一枚ですとも」

 

 ムゲンが拾い上げたメモリアに写る戦士は橙の仮面に黒い眼、パーカーのような衣装を纏っていた。その名は仮面ライダーゴースト。人類史に刻まれた英雄偉人の魂と共に命を燃やして戦った戦士。

 

 後日談ではあるが、攫われた人たちはハルカが行った匿名の通報で駆け付けた警察に無事に保護され、藤島の方は重要参考人として事情聴取を受けたが証拠不十分という事で釈放。その後の消息はムゲンたちにも分からずじまいとなった。

 

 

 

 

「それはそうと流石に腹減って限界だ。どっか食べに行きたい」

「いいね。この時間だとファミレスぐらいしかやってないけど、どこ行く?」

 

「今日はムゲンが決めていいよ。頑張った特権でさ」

「なら、ラーメン食いたい。駅裏の隅っこで屋台がやってるの見つけたんだよな」

 

「良いんじゃない?」

「俺一人だとこの目つきで酔っ払いに喧嘩売られるからな。今日は四人寄れば文殊の知恵だで安心して食える」

「えっと……四人って私も? それにラーメン?」

 

「気の利いたアレンジだけど、それこうときに使う諺じゃないからねムゲン」

「そういうことだから、クーさんも行きますよ? ご馳走しちゃいます」

 

 戦い終えて、いつものどこにでもいる高校生三人に戻ったムゲンたちは困惑するクーを引き連れて賑やかに歩き出した。これは彼らにとって長い長い戦いの物語の最初の1ページ。

 

 

 

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました
次回はリアルの都合もあって少し遅れてしまうかもしれませんので申し訳ございません

ご意見ご感想などいただけますと作者のライフエナジーになるかもしれません(汗)



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第2話 世界が変わるということ(前編)

お久しぶりです。
時間が空いてしまいましたがようやく本編最新話更新させていただきました。

自分でキャラメイクしておいて、こんなことを言うのも変ですが気付いたら変な奴しかいない(汗)




 双子の話をしよう。どこにでもいる双子の姉弟だ。

 彼女と彼、二人は生まれた時からとても仲が良かった。

 性格も好き嫌いもそれぞれ違ってはいたが、姉が好むものを弟も好ましいと受け入れ、その逆もまた然りというほどに姉弟は親しく気が合った。

お互いがお互いを自分の半身だと信じて疑わないほどに深い絆があり、親愛があったのだ。

 

 いつでも姉(弟)が何を考えているのか手に取るように解ったし、例え遠くに離れていても弟(姉)が何をしているのか予想すればそれは見事に的中する。

 二人だけが居れば満足だった。最高の理解者であり、どんな苦楽も共に乗り越えられる。お互いに相手の全てを受け容れられた。極端かつ異常と思われるかもしれないが一つの部屋に二人して全裸で暮らせと言われても、双子はそのようにするだろう。

 他者からの理解も、共感も、赦しも必要ない。ただそれほどにこの双子たちは互いのことが尊かった。姉弟はとても小さな、それでも理想の世界を幼い頃から築き上げていた。

 

 保育園に上がった頃、双子は大人たちから他の友達も作りなさいと言われた。

 何故? 必要を感じられなかった。欲しいとも思わなかった。二人で遊び、学び、楽しく過ごす毎日はとても眩しいのに。

 何処に行っても、誰に出会っても、双子という身の上だけで必要以上に珍しがられて、面白がられて、比較される。

 好意にしろ、悪意にしろ、まるで自分たちだけが見えない檻か虫籠の中に入れられて見せ物にされている様で不快で堪らなかった。

 双子の姉弟愛は更に深まり、拒絶の態度すら出さなかったが結局他人の友達を作ることはなかった。

 

 

 小学三年生のことだ。初めて、双子はクラスを別けられた。教師や両親は明言こそしなかったものの、人為的なものが働いたことは聡い双子にはすぐに察知できた。

 地獄のような一年だった。虚しさを埋めるために両親の目を盗んではよく同じ布団で一緒になって仲良く眠った。両親が家を留守にしがちな環境もあり、その年は密かに一緒に湯船に入りお互いを慰め、励まし合って耐える日々だった。

 そして、二人で相談した結果、同じような妨害をされないために周囲には誰にも悟られない様に他人とは知り合い以上、友人未満の間柄で接することに決めた。

 作戦は成功。四年生からは再び同じクラスになることができた。

 

 中学を卒業する頃には二人の世界は既に完成されていた。

 相も変わらず、周りの人間は自分ではない誰かを、何かを、意味もなく比べては届かないと羨んで、優れていれば妬んで、劣っていればと喜んで、好き勝手なことを言っている。己自身を磨いて高みを目指せばそれでいいはずなのに。

 すでに双子と周囲を隔てる世界の壁は分厚く強固になっていて、二人はごく稀な一部を除いて、目に映る他人は全て同じ顔したマネキン同然で別段興味も関心も覚えないようになっていた。

 

 

 そして、高校一年生の春のことだ。

 良い意味でよく目立つ双子が入学早々に生意気だと不条理極まりない理由でガラの悪い上級生に絡まれていた時のこと。姉と弟、適当に実力行使でもして抜け出そうかと目配せし合っていた時のことだ。

 

「すいません先輩方。二人に用があるなら悪いんですけど俺の方が先客なんで後にしてもらっても? 待ち合わせてたんですよ、ここで」

 

 灰色の髪に、目つきの悪いまるで人食い狼のような佇まいの男子生徒が適当なことを言いながら割り込んできた。片手には何故か未開封の缶コーヒー。

 同じクラスだったとは思う。いつも独りでいる口数の少ない生徒だ。

 ちゃんと声を聞くのはもしかしたら、この時が初めてだった。

 

 腹を立てた上級生が割り込んできた男子生徒の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らして凄んでいた。双子がややこしくなった状況をどう収めようかと恨めしく闖入者を睨んだ時だった。

 

 男子生徒が胸ぐらを掴む上級生の手首を掴んだと当時に――。

 けたたましい金属がひしゃげる独特の音が怒声を黙らせた。

 

「しまったな。力入れる手を間違えた。まだ飲んで無かったのにもったいねえ」

 

 男子生徒の手にしていたスチール缶がまるで使い古した紙コップのように握り潰されていた。圧迫されて噴き出した熱々のコーヒーが顔面に掛ったと言うのに上級生は口を馬鹿のように開けたまま唖然として固まっていた。

 

「で、この手放してもらってもいいですか? 学ラン新調したばっかなんですよ。ダメそうなら全力で外させてもらいますけど、問題ないですよね? 千切れたりはしないと思いますんで……たぶん」

 

 死んだ魚のように生気の無い瞳で睨み、口角を薄ら吊り上げていう男子生徒の異様さに上級生と取り巻き数人は悲鳴も捨て台詞も言う余裕さえなく、一目散に逃げ去っていった。

 

「しまったなぁ。やっぱり飲み切ってからのが良かったな……百円、大金だもんな」

 

 男子生徒は人が変わったように穏やかでどこか間の抜けた物腰で無駄にした缶コーヒーを嘆きながら何事もなかったかのように立ち去り始めたので、双子たちは思わず声を掛けた。

 

 こういうトラブルは初めてではなかった。

 その度に横から勝手にやって来て、頼んでもいないのに場を収めて、恩着せがましく友人関係なり、私的な報酬なりを求めてくる者が過去にも何人か居た。けれど、いま目の前にいるこの生徒は何もしてこない。それが不思議で不可解で釈然としなかった。

 

「たまたま居合わせたからやっただけで深い理由はないなぁ。あと、天風さんたちってなんか二人でいる時の方が楽しそうだからさ、必要ないのに間に踏み込むのも無粋だろ?」

 

 男子生徒はしばらく悩んで考えた末にそんな風に簡単に答えた。

 

「俺も新天地で新しい連れでも作って面白おかしくって思ってたんだけど、気持ちの方がどうもそういうの受け付けない感じみたいでな。まあ、好きは人それぞれだし、問題ないだろ。てめえの自由だ」

 

 双子にとって、初めての言葉。初めての興味ある人間。

 そして、彼こそ後に双子にとっての初めてで唯一の最高の友達。

 

 

 

 

 

 デュオルとスパイダーメタローとの戦いから一夜明けて、天風家のダイニングではカナタとハルカがいつも通りに二人で朝食を摂っていた。両親は現在海外へ長期の出張中である。

 

「あのさ、カナねえはあの人のことどう思ってる?」

「クーさんか……すごいことに巻き込んでくれたことには思うところありだけど、そんなのを言い出したらキリがないからね。なにより一番大変なムゲンがやるって言ったんだよ。最後まで付き合うさ」

 

 八分ほど食べ終えたところでハルカの方から切り出したのはクーの話題だ。悪気はないとはいえ、双子にとって彼女は魔人教団と同じく平和な日常を壊した招かれざる客という認識は簡単には拭えていなかった。

 

「いや、まあそれは俺も当然なんだけどさあ。そうじゃなくて、あの人個人のことはってこと」

「悪い人じゃないんじゃないかな。まだ、用心はするけど……あの人はあの人で苦労してきたのは嘘じゃなさそうだし」

 

 クーに対して不信感が消えないハルカとは対照的に、カナタはとはいえと前置きをして思いの外余裕のある笑みを浮かべ話を続ける。

 

「それに私たちのことを珍しがったり、あれこれと必要以上に詮索するようなことしてこない点は好印象だよ。ふふっ、それはそっか……あっちの方は異世界を旅する遊牧民で魔術師なんだから私たちなんて普通に見えるよ」

 

「カナねえはそう考えるわけな」

「なにか不満なとこがあるの? あ、言わなくて良いよ、当てるから。そーだな……ふむ、私たち三人の関係が変えられちゃうとか危惧してるとか?」

「……ご想像にお任せする」

「図星って顔に出てるぞぉ、弟よ」

「説明しなくてもいいから」

 

 よほど事前に準備をしておかないと、お互いの心の中はこんな風にお見通しだ。こういうとき仲が良過ぎると少し気まずいとハルカは渋い顔をした。

 

「心配しなくても、私たちとムゲンは変わらないよ。変わったりしません」

「カナねえ、それ本気で言ってる? いくらオレたちの事情を優先してもらったとはいえいま現在、双連寺家があまりにもベタな恋愛ゲームか、過激さに定評のある少女漫画みたいな状況でも?」

「なりません。ならないから。絶対ない。ムゲンはそんなお猿さんじゃありません」

「若い男と女が狭い部屋で二人っきり……何も起きないはずもなく」

 

 ハルカの意味深な発言に今度はカナタの方がどこか投げやりな早口で答えて、コーヒーを飲み干した。顔が少し紅いのはコーヒーが熱いからではないだろう。

 世界でたった一人の親友の貞操を心配しながらハルカはふいにムゲンの家のある方角を眺めた。

 

 

 ほぼ同時刻。

 目を覚ましたムゲンはむくりと寝袋から身を起こして、大きな欠伸を漏らした。

 死闘を繰り広げた身体は少しだるく、場所によっては痛みも残ってはいたが病院の世話になるほどの物ではない。むしろ、過去にはもっと酷い怪我や痛みなんて幾らでも経験済みだ。それよりも気になるのは1ルーム気ままな一人暮らしのはずの我が家に聞こえるもう一つの寝息の方である。

 

「ビックリするほど何も起きなかった」

 

 ちょっぴり虚しい顔をしてムゲンは未だに本当なら自分が潜り込んでいるはずの布団で気持ちよさそうに眠っているクーに目をやった。

 昨日の怪人との激闘で思っていた以上に本当に疲労困憊だったのだろう。体力も気力も煩悩も満ち溢れているはずの男子高校生がご立派なものをお持ちの褐色美女と狭い一つの部屋で一緒に寝ると言う夢のような状況でありながら、ムゲンはドキドキもムラムラもすることもなく寝袋に入ってから秒で寝付き、朝までぐっすり熟睡していた。

 

 

 そもそも、事の起こりは昨日の戦闘後、四人が無事にラーメン屋の屋台で食事を終えて帰路についたときのことだ。

 

「そういえば、クーさんってどこに寝泊まりしてんの? ビジネスホテルとか?」

「いえ、特に宿を取ってはいないんですがこの街はいい宿営地がたくさんあるので不便しなくて助かります」

 

 すごい自身に満ちた彼女に三人は直感で嫌な予感を覚えた。

 

「なんせ、水道が確保できて火を起こさなくても灯りがあり、お手洗いまで完備されているんですから! もう怖いものなしですよ、ホラあそこにも良さそうなベストポイントが!」

 

 クーが誇らしげに指を刺したのは三人の予想通りに街のあちらこちらに点在する公園のことだった。

 

「嫌な予感してたけどやっぱ公園かよ!?」

「クーさん、残念だけどあそこは泊まるとこじゃないかなぁ」

 

「そうなんですか? 以前別の場所で厄介になった時は先達の男性が居ましたが? ルーキーか、って食べ物まで分けてもらっちゃいました」

「うん、ホームレスのおじさんだね。懐の広い人で良かったですよ、マジで」

「とにかく、今夜は違う場所に泊まりましょう、クーさん」

 

 そんなやり取りがあり、両親不在とはいえ他人の目が多く万が一見つかって変な噂が経つと不味い一軒家住まいの天風家ではなく、アパートに一人暮らしのムゲンが彼女を引き取って同じ部屋で夜を過ごすことになったのだ。

 

 

「へにゃ? ああ、おはようございますムゲンさん」

「ども。おはようございます」

「お布団までお借りしてしまって感謝感激ですよぉ。お礼と言ってはなんですがもしもムゲンさんが獣欲に負けて寝てる私の肢体にあれやこれやしていたとしても水に流してあげますからねえ。ご存知ですか、こういうの床上手って言うんですよぉ?」

 

「大丈夫です、寝袋入ってから信じられないくらい爆睡したんで」

 

 すらりと伸びた瑞々しい褐色の生足をアピールしながら、得意げに身をくねらせておどけるクーにそういう意味の言葉じゃねえよ。というツッコミは口にしなかったがムゲンは渇いた顔で動じることなく身の潔白を主張した。

 

「むしろ、自分の雄としての機能が不能なんじゃないかなって、不安に駆られています。あと、なんか昨日とキャラ違くないですクーさん。もしかしてキャラ被ってましたか?」

 

「あー……たはは。ええ、まあ、事が事なので私なりに一応、厳かな態度で臨まないと信じてもらえないだろうし、何よりも色々なことに失礼だとは思ってですね。はい、正直なところ、いまの私が素のクー・ミドラーシュという女です。呆れましたよね?」

 

「面食らいはしましたけど、そんなもんでしょ? 何より、これから短くない付き合いになりそうなんだし、素でいてもらった方が俺たちも気が楽ですかね」 

 

 騙していたというほどではないが世界を担うような大事を託しながら人柄を偽って三人に接していたことへの罪悪感で曇った顔をするクーをムゲンはあっさりと受け入れた。

 

「適当に朝飯作るんで、その間に着替えててくださいよ」

「は、はい。ごちそうになります」

 

 あまりにも平然としたその様子にクーが反対にきょとんとしているとムゲンは慣れた様子で通路と一体化したキッチンで朝食を作り出した。

 

「お待ちです。味の方は……まあ、不味くはないと思います」

「あっはー! これ絶対に美味しいやつですって! ではでは、いただきます」

 

 本日の双連寺宅の朝食はごはんに豆腐とわかめの味噌汁。残り物のブリ大根。魚肉ソーセージとジャガイモのマヨ炒めだ。

 昨日初めて食べたラーメンと同じように放浪生活が長く食に飢えているクーは目を輝かせて食べ始めた。

 

「あのー失礼ですがムゲンさんのお宅って食べ物にかける赤いヤツあります? 別の世界で偶然食べてすごく美味しかったんですけど何て名前か分からずじまいで」

 

「赤いの? ジャムじゃねえよな? 紅ショウガはマニアックだし……それってケチャップのことか?」

「ああ! それです、それ! 厚かましいですがちょっとお借りしても?」

「はいよー」

 

 しばし食べ進めて、そんな頼み事をするクーにムゲンは冷蔵庫家からケチャップのボトルと取って彼女に渡した。

 

「うはぁー……また巡り会えるとは思ってもみませんでしたよケチャップちゃん! キミのことは絶対に忘れませんからねえ」

 

「んな、大げさな……って、おぉ!?」

 

 大喜びでボトルを抱きしめるクーを面白そうに笑っていたムゲンだが次の彼女の行動に思わず身を乗り出して驚いた。

 

「はぁむ! んー、美味ッ!」

「……その組み合わせ、美味しいんですか?」

 

 炒め物は鉄板だし、白いご飯はまだ予想できた。けれど、クーは出汁が染み込んだブリ大根にまでケチャップをたっぷりとかけるとご満悦といった感じで食べだした。彼女が二口目の真っ赤に染まった大根を口に運ぶのを見届けてから神妙な顔でムゲンは尋ねてみた。

 

「んぐっ? あの、もしかして私ってば変な食べ方なんでしょうか?」

 

 普通のことだと思っていた趣向が奇異に思われていると察したクーはケチャップのボトルと我が子のように大事そうに抱きしめたまま不安そうな声を漏らした。

 その姿にムゲンはバレないように小さく息を吐いてから、彼女と同じように大根に少量ケチャップを掛けて食べてみた。

 

「うん。まあ……流石にブリ大根にぶっかける人は初めて見たけどクーさんが好きなんでしょ? じゃあ、それでいいですよ。好きなモノは好きなんだから、それに嘘つくのが正しいって言うのも筋違いでしょ、誰に迷惑掛けるわけじゃないし」

 

 味の方はご想像にお任せするような合体事故っぷりだが、彼女にとっては好きな味なんだと思えば自然と返す言葉は決まっていた。

 

「ムゲンさん……なんか懐広いってよく言われませんか?」

「俺が? 知らなかったな、そいつは光栄だ。あ、でも一応外の飯食う店では控えた方がいいですよ」

「はい! 肝に銘じて、これからもケチャップちゃんLOVEを貫いていきますとも!」

「……今夜、チキンライスでも作りましょうか?」

「なんですかそれ? 美味しいやつですか!?」

「白飯に鳥肉とか色々入れて、ケチャップぶち込んで炒めるやつです。月末であんま金ないんで魚肉ソーセージになりますけど」

「是非ともお願いします!」

 

 思っていたよりも深かったクーのケチャラー度数に押し負けてそんな提案をしたムゲンに彼女は姿勢を正して深々と頭を下げてくるほどだった。

 嘘偽りのないクーと言う女性の人柄があまりにも無邪気で自由気ままな猫のようなのでムゲンもそんな賑やかな空気に当てられてか珍しく顔を大きくほころばせて笑っていた。

 

「ハハッ……お安いご用で」

「ムゲンさん、なんだか楽しそうですけどもしや私の食事って笑えるほど珍妙だったり!?」

 

「いやさ、誰かとこんな風に笑って朝飯食うのなんて久しぶりだったんでね。俺こそありがとうですわ」

 

 ハルカの心配は杞憂に終わり、双連寺家ではこんなふうに賑やかな朝を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 無数に存在する世界のどこか一つ。

 そこに高次元生命体メタローの誕生の世界、現在では魔人教団の本部が在りし世界にて。

 

『我らが同胞からの精神同期から得られた敵対者への対処の件を決議したいと思う』

 

 殺風景な広間に無数の不思議な輝きを放つ火の玉が次々に出現していく。

 その全てがメタローだ。彼らに唯一の例外を除いて地位や身分はない。彼、彼女らの全てが等しく完全に近しい知的生命体メタローなのだ。

 

『デュオル……新しい仮面ライダー。かの世界でアレが出現することは異なことだ。第三者の介入も視野に入れて行動する手も一手ではある』

 

『笑止。所詮は既存の塵芥どもの力を借りねば戦えぬ半端者、些事である』

 

『だがだが、しかし融合素体が愚物だったとはいえ同胞が敗れた事実を軽視することはできない』

 

『相手は一人だ。かの世界を早急に破壊すればいかに仮面ライダーとはいえ無用の案山子よ。相手にしなければいい』

 

『統括長。号令を――』

 

 現れた新たなる敵対者デュオルへの対処の方針を巡って様々な意見が乱れ飛ぶ中である者がその場に置いて唯一人型をしている存在へと指示を仰いだ。

 

『我々メタローは一にして無数なる完全生物。およそ、有機生命体などに全力を出す必要もない。けれど、件の仮面ライダーが我ら魔人教団の一大事業の邪魔をするのならば、戯れとして遊んでやるのも超越した者である我々の務めであろう』

 

 一にして無数を謳うメタローたちの中にあってその膨大な意見や考えを推考判断して全体の行動を決定する指揮権を持つ存在。それがこの統括長であり、魔人教団の長であった。

 

『委細承知。全ての総体に精神同期による伝達を開始する』

 

「いやぁ、素晴らしい余裕ですね。しかしだ……アナタ方が言うところの旧き知的生命体の間ではそれは慢心と言うネガティブな要因だとご存じでない?」

 

 静かな湖面に石を投げ入れるように、その声は広間に響いた。声の主は青年にも少年にも思える、若く美しい男だ。

 クセのある長い髪は毛先が森のような緑に染められ、両目は宝石のように赤く、どこか神々しさすらも感じられる佇まいをしている。

 

『貴殿か。観察者とは言えこの場にまで立ち入っても良いとは言っていないぞ』

 

「ひどいな。ボク、仲間ハズレとかされると傷ついちゃいますよ。あと観察者は堅苦しいのでちゃんと名前で呼んで下さい。もしかして、完全生物であるアナタ方がボクの名前を忘れちゃいましたかぁ?」

 

『ではニューよ、先程貴殿は慢心と言ったがその問いに対する返答をしよう。これは慢心ではなく余裕だ』

 

無垢な子供のようにニコニコしているニューと呼ばれた男に統括長は更に揺るぎの無い自信に満ちた口調で付け加える。

 

『我らは一にして無数。無数にして一。故に不出来な同胞が一欠片砕かれようとも何でもないのだよ。むしろ、不要を取り除き精度を上げたとも解釈出来よう』

 

「あはは。すごい理論だ。固有の名も異なる姿形も捨てながら、個我だけは残して混ざり合っていると言うのにその同胞が一人消滅したことがアナタ方にとっては指の爪を切って捨てた程度のことですか。ボクのような寂しがり屋な生命体では理解は出来ても共感はできないな」

 

『ほう、メタローに……教団に今更になって異を唱えると言うのか?』

 

 サーカスにはしゃぐ子供じみた高笑いを上げながら、どこか挑発的な発言を続けるニューにその場にいたメタローたちが即時殺気を向ける。

 

「そうとは言っていない。むしろ、ボクはキミたち教団の活動理念には大いに共感するよ。全世界を一枚の絵画として捉えたら、いまの世界たちは実に無駄が多すぎる。だからこうして頭を垂れて、跪いて信者の端くれになったんだよ。キミたちはボクの在り方を気に入ってくれて観察者だなんて地位を与えてくれたわけだけど」

 

『そういうことにしておいてやろう。それからなニューよ、我々は戯れてはいるが侮りはしていない』

 

「へえ?」

 

『在り方が違うといえど、我らと同じく完全生物に等しい貴殿には教えてやろう。既に統括長は必勝の力を得て、万事に備えるためにあと一つ存在するであろう力の残りを探させている。敵が仮面ライダーである限り、敵対者に勝利はない』

 

 その言葉に欺瞞があるようにはニューにも思えなかった。

 どんな仕掛けを用意しているのかは定かではないが敵対者が仮面ライダーである限り、必ず成功する侵攻。どんな過程を辿ろうと必ず勝利で終わる戦い。であるならば魔人教団にとってライダーとの戦いとはまるで――。

 

「成程。つまり、キミたちにとっては仮面ライダーとの戦いはあくまでも余興といったところなのかな?」

『否定はしない』

 

「ならば、ボクも少しその余興に飛び入り参加でもしてこようかな?」

 

 

 底無しの脅威に晒される世界。

 いま、正体不明の観察者もまた遊行を気取り物語へと参入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもと変わらぬ午前の授業をこなし、昼休みなったムゲン達は学園内にある食堂棟で昼食を食べながら、今後について話し合うことにしていた。余談だが、登校中に顔を合わせてすぐムゲンがカナタからしつこく一夜を過ごしたクーとのあれこれを問い質されたのはご愛嬌だ。

 

「その前に朝から気になってたんだけど、その指輪なにかな? カナタさん、キミがそんなのしてたおぼえがないんだけどなぁ」

 

 心なしかドスの効いた静かな口調でカナタがムゲンの右手の人差し指を手に取った。その指には見慣れぬアンティーク調の指輪がはめられていた。

 

「ん? これなあクーさんが今朝くれた。あの人の持ってる変なランプの簡易版だってさ。ベルトと牛みたいなバイクが収納されてるんだとさ」

「四次元ポケットかよ」

「ケチャラーのド○えもんはちょっとなんだかなあ。と、いうわけなんですけど納得してくれたわけカナタさんや?」

「そういうことね。左手の薬指にするんだぞ!って教えてあげようか迷ってたからスッキリしたよ」

「勘弁して下さい。本当に自分でも愕然とするほどの超熟睡で終わったんです」

「結局めっちゃ気になってるじゃん。ごめんなムゲン、ウチの姉がムッツリの妄想女子で」

「ちがうから!」

 

 朝の時は余裕のある態度を取り繕ってはいたがやはりカナタの方も自分ではない異性の人間がムゲンと親しげになり、自分から遠のいてしまうのではないかと気が気ではなかったようだ。

 

「話戻すな? とりあず、あのバケモンの仲間が悪さしてれば俺が行ってぶちのめすとして、他に何やればいいと思う?」

「そもそも、なんで魔人教団っていうのがやってきたのも謎のままだ。世界征服なんてベタすぎるものじゃないだろうし」

「こういうときは箇条書きにして書き出してみよう。ほら、二人もじゃんじゃん思いついたこと言って」

「そーだな……」

 

 手早くスケジュール帳とペンを用意したカナタに促されて二人は無造作に思いついた解決しなければならない問題と今後の課題になりうるものを出し合い、以下のようなものが挙げられた。

 

・バケモンが出たら倒す

・ライダーメモリアと呼ばれるカード探し

・魔人教団の目的の把握

・学生生活との両立を上手くやるコツ

・クーのこれからの住居

 

 

「まあ、何より最初にどうにかしないといけないのはあの人の家問題か」

「クーさんは橋の下でも大丈夫みたいな謎の自信に満ち溢れてたけど、こっちが気まずいからねえ。ちなみにムゲン的にあと何日ぐらいなら誤魔化せそう?」

 

 三人が一番気がかりになっていたのはクーの生活拠点についてだ。本人がどう思っているのかは定かではないか昨夜の様子からこちらで工面しなければ橋の下あたりにベテランホームレスさんもビックリなダンボールハウスの宮殿でも建築しかねない。

 

「ハッキリ言って、あの二日ぐらい持てば奇跡だ。昨夜はデカイ家電のダンボールにクーさん隠してゴリ押しで乗り切ったけど何度も使える手じゃない」

「そうだな。もしも誰かにバレたら、もれなくムゲンも終わるからな」

「うん。一人暮らしの男子高校生が国籍不明の若い褐色美人を勝手に連れ込んで同棲してたとか即刻退学&国から何かしらの法的お裁きが下るかな?」

「お前ら縁起でもないこと言わないでくれねえ? あー……いや、むしろこっちから退学してフリーになった方が色々と動きやすいかもなぁ」

 

 ムゲンも改めて昨夜の自分の状況が青少年にはレッドゾーン過ぎることだったとを痛感して、乾いた笑いしか出ない。それどころか、学生の本分さえも明後日の方向へと投げ捨てる勢いである。

 

「こらこら。ムゲンも投げやりなこと言わないの」

「別にもう誰が悲しむわけでもないし。仕事も最悪シスターに泣いて懇願すれば正規で雇ってくれるだろ? ダメならもう身体捧げるって手もある」

「それだ」

 

「それだ。じゃないわよ、鬼かなハルくん?」

 

 ハルカのあまりに清々しい肯定にカナタは軽くゲンコツを作ってツッコミを入れる。

 

「違うから、そうじゃなくて。オレに考えがある」

「マジか?」

「ムゲンは学校終わったらクーさんに落ち合えるように連絡しといて。で、カナねえは昼からの授業のノート取っといて、授業には出るけどオレはプレゼンの内容考えるから、たぶん頭には入らない」

 

「プレゼン?」

 

 カナタとムゲンが不思議そうな顔をしてお互いを見合っているのを尻目にハルカは昼食の残りをかき込むとスマートフォンで何やら資料集めを始め出した。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 とあるビルに入った小さなオフィスにて、若い女は何らかの薬品で大人しくさせた犬の足を手際良くナイフで切りつけた。迷いのない一筋の切傷からじわりと真っ赤な犬の血が流れ出す。

 

「痛いかもしれないけど、死にはしないから許してね」

 

 カーテンを閉め切り、薄暗くなった一室で電気スタンドの橙色の灯りがぼんやりと犬の傷口を照らす。体毛を濡らし溢れ出る鮮血に女は懺悔の言葉を口にしながら、腹の音を鳴らして舌舐めずりをする。

 

「ずりゅるるるるるるうぅ!」

 

 女は何の躊躇いもなく血が流れる犬の傷口に口づけするとまるで器いっぱいに注がれたスープを飲み干すかのように犬の生き血を啜りだした。

 

「んあぁっ! おいしい……ごめんなさいね。もう数日したらちゃんとご主人様のところへ帰してあげるからね」

 

 女は吠えることも出来ずにぐったりしている犬へ艶っぽい声色で呟くと再び、身震いをしながら、まるで恋人と熱烈な接吻を交わすかのような激しさで血を啜る。その異様な姿はさながら現代の吸血鬼だ。

 

 

 一人の女の話をしよう。

 上羅エリという女には誰にも言えない秘密があった。

 彼女は生物の血液を飲むことが至上の喜びと言う秘めたる趣向を持っていた。

 最初にそれを自覚したのは小学五年の図画工作の授業で自分の指を彫刻刀で切った時のことだ。人差し指から止めどなく溢れる真っ赤な血を止血のために慌てて指をくわえ込んだ彼女はその瞬間におよそ人としては禁断の業に目覚めてしまった。

 

 鉄の風味と人肌の温かさ、そして血液特有の塩気――生まれて初めて気付かされたこの世のものとは思えない旨味に舌が絶頂を覚えた。それまでの人生で味わったどんな食べ物、飲み物よりも美味しかった。母が作る好物のオムライスやコンソメスープなんかが泥団子に思えてしまうほど血液は彼女にとって美味しかったのだ。それ以来、おっかなびっくり家族や周囲の目を盗んでは自らを傷つけて、その真っ赤な御馳走を堪能した。

 

 けれど、それも高校生の頃には満足がいかなくなっていた。

 エリは自分の血の味には飽きてしまっていた。そして、禁断の欲求は加速していく。

 大学生になり一人暮らしをするようになってからは生肉や鮮魚を買ってはその血を啜った。細菌や寄生虫などから起こりえる感染症などの病気の心配も脳裏に浮かんだが人体の神秘が成せる奇跡か、吸血衝動にも似た底無しの欲求がそれを上回り、彼女は大学を卒業するまでの四年間、風邪一つとして病気の類に罹るとこはなかった。

 

 

 そして、現在……迷子のペット探し専門の探偵をしている上羅エリは見つけ出した迷子の犬猫を薬物で大人しくさせては命に別条のない程度の傷口を作り、生のぬくもりが色濃く残る生き血を啜る日々を送っている。

 この仕事と身分は彼女の欲求を満たすには打ってつけだった。依頼人には保護したときに怪我をしていたので知人の獣医を介してこちらで治療させてもらった。自分は動物が大好きで好きでしていることだから治療費は請求しないと伝えると依頼人は大喜び。探偵としての信用も得られ次の仕事……別の生き血にもありつける最高の飯の種だった。

 

 

 けれど、彼女は未だ人間の生き血を啜ることだけは決心がつかなかった。

 この期に及んで彼女は恐れていたのだ。自分のこの醜悪な趣向が人間社会に晒されてしまう事を。親しい間柄の人間からも、見ず知らずの他人からも関係なく罵られるのが、糾弾されるのが、恐れられるのが嫌だったのだ。

 それが彼女の中に残された僅かな理性によるものか、罪の意識から逃れるための甘えなのかは定かではない。

 

 ただ一つ言えるのか上羅エリはいま、自分が生きるこの世界を嫌っていた。自らの好きなことを好きだと言えない不自由な世界。理解者を得たくてもそれを許してくれない融通の利かない世界が嫌で不満で……壊れてしまえと願う夜さえもあった。だが、その望みはある日突然に叶えられる機会を得る。

 

 

『さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

「ア…ァ…アアアアアアアア!!」

 

 揺らめく炎が僅かに猛けり、不気味に輝く火の玉がゆっくりと上羅エリの肉体に入り込むと彼女と融合し――いや、彼女を侵略して全く別の存在として変貌を遂げていく。

 

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

 彼女の個人事務所に溢れていた光が収まるとそこには大きな針のようなストロー状の口吻。大きな翅に手の甲から一本の太い針のような物が剥き出した腕を持つ、赤い異形が立っていた。

 

『これが私? 嗚呼、嗚呼ァアア……なんて醜いのかしら!』

(受け入れなさい。貴女はいま世界を壊せる力を得たの)

 

『いいえ。いいえ! 違うのよ、私は嬉しいの! もしも地上の何よりも卑しい願いを持って、こんないけないことをしているこの私が血の伯爵夫人のような麗しい姿だったのなら羞恥の余り自害しようかと思ったけど、ご覧になってよ! この吐き気を催すようなおぞましい姿を!』

 

 エリであった怪人は事務用本棚のガラス戸に映る自分を見て狂喜乱舞したように自分の中にいるメタローへとまくしたてる。

 

『まさしく、上羅エリという低俗な人間の性根を形へと変えたようだわ! ありがとう、この醜い怪物の姿だからこそ私は人間と言う枷を壊して思う存分にやりたいことをやれるのよ!』

 

(誇りなさいな、エリ。そして、邁進しなさい。その心の奥底で蠢く願いを思う存分果たしても世界は貴女を罰することはできないのだから。さあ、我々のために世界に傷を刻みなさい)

 

 歓喜に打ち震え、彼女は耳障りな不愉快な音を奏でながら醜い翅を羽ばたかせる。

 異形の名はモスキートメタロー。最低の吸血鬼がここに顕現した。

 

 

 

 

 

 

 メリッサの近くにある、あの公園にてムゲンたちはクーと落ち合って彼女の今後の逗留先についての話を切り出した。

 

「私があの喫茶店の住み込み従業員ですか?」

「学校を出る時に電話でシスター……店長には口添えしてあります。クーさん本人に会ってから本格的な審査って形にはなりますけど、色々考えてあそこがベストかなと」

「あの店舗元々普通の民家を改装したものらしいから、水回りもしっかりしているし、下手な賃貸やホテルよりずっと快適だと思いますよ」

 

 ハルカの考えた作戦は現在カフェ・メリッサで空席が出ている平日午前のアルバイト枠にクーを入れ込み、そのまま店舗を住居にしてしまおうというものだった。

 

「私は棚からぼたもちな話でありがたい話なのですがその、何から何までご迷惑ばかりで心苦しいといいますか」

 

「まあ、そこはお互い様だからな。まず俺が怪物退治で出払う事が多くなれば別の働き手がいるし」

「それにオレたちもどこか気兼ねない周りには秘密の拠点がないとこの先苦労すると考えたから行動したまでです」

「肝心なのはここからシスターにOKもらわなきゃいけないってことだしね」

 

「とりあえず、簡潔にクーさんのこの世界における身分や日本に長期滞在する理由とかを捏造全開のプロフをまとめましたので、大急ぎで覚えて下さい」

 

 そう言って、ハルカは午後の授業中に設定編集したクーの偽プロフィールの書類が入ったクリアファイルを手渡した。それなりの厚みである。

 

「えっと……これは一体?」

「異世界の魔術師が世界救う間、住み込みでバイトさせて下さいとは口が裂けても言えないでしょ? なので今後オレたち以外の他の人と接触する時はそこにあるような生い立ちを経た人間を演じていただければと……できますよね?」

 

「がんばりまーす!」

 

 NOとは言えない凄みのあるハルカの眼差しにクーは大急ぎで脳細胞をトップギアにして渡されたプロフィールを頭に叩きこみ始めた。

 

「ところでずっと気になっていたんですけど、皆さんが仰っているシスターって人はどんなご婦人さんなんでしょう」

 

「……まあ、会えば分かるかと」

「大丈夫。行けば分かるさ、クーさん」

「なにも心配することはない、かな」

 

 蝋人形のような固まった表情で口を揃える三人にクーは背筋に悪寒が走るのを覚えた。この三人は何かを隠している。自分を謀っているのだと直感で理解できた。

 

「ちょっ!? あからさまになんか空気変わりましたよね! お三方本当に大丈夫なんですかぁー!?」

 

 不安が尽きないクーを引っ張りながら三人は慣れた様子で裏口からメリッサへと入っていく。目の錯覚かクーには既に一度入ったことのある平凡な喫茶店から不穏なオーラのような物が漂っているように見えた。

 

「おつかれさまです。シスター」

「バイト組、ただいま到着しましたよ」

「お、お邪魔しま……」

 

「Booyah! 待ってたわぁ子猫ちゃんども! 今日もゴリゴリに商うわよォ!」

 

 店の中にはまるでミケランジェロのダビデ像を彷彿とさせる荘厳な肉体美を持ち、古代ローマの王侯にも勝る濃ゆい美貌を持った屈強な成人男性がパープルカラーのドレスシャツとフリフリのエプロンを身に纏って優雅に佇んでいた。

 頭は耳までお洒落なターバンで包まれ、腰には何故か世界最強のナイフと名高いククリナイフを帯びている。

 

「イヤァオ! 事情はハルカちゃんから聞いているわ。ウチで住み込みで働きたいんですってねぇ? まずは自己紹介よ、アタシは有栖川ユキヒラ。でも、その名は既に価値なきものよ。今後は何時如何なる時でもアタシのことはシスターとお呼びなさい。それが出来ない輩はこの店で働く資格はないわ」

 

「あの、えっと、あの……あっはははは」

 

 ある意味、メタローよりも理解不能にして空前絶後の未知との遭遇にクーは笑うしかなかった。それだけにこのゴリゴリな肉食系オネエなメリッサの店長のインパクトは凄まじかった。

 

「安心なさい。カフェ・メリッサにおいて、シスターという言葉には麗しき店主たるお姉様の意味があるの、だから遠慮せず気軽に言いなさいな」

 

「あ、はい。クー・ミドラーシュと言います。よろしくおねがいします」

 

 当然のように頬を撫でられて、品定めされるようにまじまじと見てくるユキヒラもといシスターの距離感にクーの思考回路はすでに半壊状態だったが、自分の住処がかかっていることもあり何とか返事を返す。

 

「ところで、お腰になんだか凶悪なモノをぶら下げているように見えるのですが?」

 

「んまぁ! これに食いつくなんてお目が高いわね。安心なさい、これは当店の人気メニュー、シスターの特上サンドイッチに使うローストビーフを切り落とすためのものよ!」

 

「そ、そうなんですね」

 

 滑らかに空を斬るそのナイフ捌きはどう考えても一介の喫茶店経営者が成せる技ではなく、特別な訓練を受けたであろう代物だとは思ったが恐ろしくてクーにはそれを聞く勇気はなかった。

 

「ちゃんと毎日熱湯とアルコール消毒を施しているから怖がる必要はなくってよ。衛生管理は飲食店の基礎中の基礎、よぉく覚えておくことネ」

「はい! 多分一生忘れませんとも!」

 

 次いで色気と渋みのある無駄に良い声で耳元で囁かれ、クーは成るように成れとかしこまることを捨て本能に従うことにした。

 

「さて、じゃあここからは真面目なお話をしましょうか。もうすぐお店も開けなきゃいけないから手短にネ」

 

 クーをカウンター席に座らせるとシスターは高揚さを捨て、落ち着いた声で不意を打つように質問を始め、見守る三人にも緊張が走った。

 

「概ねはハルカちゃんから聞いてはいるけれど、日本の不思議な民俗学や都市伝説を研究するためにやってきたけど、来日早々に置き引きに荷物や有り金全部盗まれて途方に暮れていたと、大変だったわね」

 

「いえ、本当にお三方には感謝しきれません」

「アタシは門外漢だけど、そういうものって都会なんかよりも地方の方がいろいろと眠ってそうな感じがするのだけれど、どうなの?」

 

「それは……」

 

 作戦の立案者でもあるハルカも予想をしていたが手痛いところを突くシスターの問いかけにクーは僅かに言い淀む。

 

「なあ、不味い空気なんじゃないのか」

「電話口に相当、住み込み従業員の利点をアピールしてみたけど、やっぱり色々と怪しいところが多すぎたか」

「素直に洗いざらい話すのも手かもだよ。シスターなら協力してくれるかも」

 

 三人が小声でひそひそと事の成り行きを心配している横でクーは姿勢を正すと小さく深呼吸して滔々と語り始めた。

 

「神話や伝承のような説話というものは土地やそこで暮らす人々の生活の営みに根付いているものと私どもは考えています。確かにおっしゃる通り文献や遺跡などは古くからの自然や建造物が残る地方にこそより確実に存在している可能性は高いです」

 

「そうでしょう?」

 

「けれど、古くから言い伝えられている口承文芸というものは先人達が何かへ向けた戒めであれ、祈りであれ、信仰であれ、その地に暮らす人間が次の時代の人間へと語り継ぐために形を変えて、時に派生を増やしながら静かに息づいているものと思っています。ですので、こんな都会だからこそ得られるものがあると私はここへやってきました」

 

 それはハッタリでも思い付きの出まかせでもなかった。既に多くの世界が神秘を手放し、科学文明による発展を遂げた今も尚、森羅万象に宿る神秘の息吹を感じ取り魔術と言うお伽噺のような秘術を取り扱うギギの民である彼女の一族としての信念だった。

 

「成程ね、とても興味深い話を聞かせてもらったわ。いいわ、ムゲンちゃんは兎も角カナタ&ハルカちゃんが放っておけないと連れてきたんだものね、その事実を以って信用としましょう。ただ一つ、クーちゃん……お手を見せなさい」

「手、ですか?」

 

「よく目は口ほどに物を言うって言うけれど、アタシは手を視るの。その人がなにを想い、何を積み重ねてきたのか……人の手は正直に物語ると思っているのよ」

「ど、どうぞ」

 

(本当に数奇なこともあるのネ)

 

 不安そうに差し出されたクーの掌をじっくりと観察しながらシスターは一人、運命を感じるように何度も頷いていた。

 

 

「その……どうでしょうか、てん……シスターさん?」

「合格と言っておきましょう。ようこそ、クー・ミドラーシュ。アタシの世界へようこそ」

「ありがとうございます! 一生懸命働きますのでお願いします!」

 

 シスターの気品ある柔和な微笑に、クーは熱砂を焦がす太陽のような眩しすぎる笑顔で返した。

 

「頼もしいわね、可愛くて元気のいい子は大好きよ。仕事は少しずつ覚えていってもらうけれど、接客とキッチンどっちもいける両刀として鍛え込んであげるから覚悟なさい」

「りょう? 二刀流ですね、浪漫がありますね、頑張りますとも!」

「シスター……よそじゃセクハラですからね」

「あらあら、カナタちゃんは手厳しいわね。ドロドロに煮詰まったエスプレッソみたいな姉弟愛をお持ちなのに、つれないわ」

「くふふ♪ シスターの世界とはニーズもジャンルも住み分けされていますので」

 

 そんなこんなで現時点で最優先で何とかしたかった問題を無事にクリアできた三人はホッと胸を撫で下ろし、ムゲンとハルカは無言でガッツポーズからの堅い握手を決めていた。

 新たな仲間を加えたカフェ・メリッサの一同はそれぞれの仕事着に着替えると午後の営業に取りかかった。

 

 

 

 

 港付近にある街の一角は騒乱に包まれていた。

 その惨劇はなんの前触れもなく開始されたのだ。

 

「だ、誰か! 助けっ……て、ぇ」

 

 一人は異形の腕に首を掴まれて高く吊るされていた。

 

「あ……死にたく、な……ァ」 

 

 一人は注射針のような口吻を頸動脈に突き刺されて大量の血液を抜き取られていた。

 

『ンンン美味ジイイイイイィィ!!』

 

 待ち望んだ甘露を飲み下し、おぞましい異形が周囲の騒音を掻き消すような感嘆の雄叫びを上げた。生き血だ。夢にまで見た人間の生き血をいま上羅エリだった怪物はその口吻と喉で飲んでいるのだ。

 

「ひいいやああああ!」

 

 何の前触れもなく空から降って来て、突然に無差別に歩行者を襲い、吸血行動を始めたモスキートメタローによって平穏だった街は一瞬で地獄絵図に塗り替えられてしまった。

 

『ああっ!? 逃げちゃいやよおおお!』

「がぁ……あああああ!?」

 

 腰を抜かしながら逃げようとしていた女性の背中に向けてモスキートメタローが空いた片腕を伸ばすと手の甲の針がパイルバンカーのように勢い良く射出されて女性を串刺しにした。

 真っ直ぐな針には釣り針のような、かえしが付いていて手の甲に引っ込むと同時に女性は引き摺られるようにモスキートメタローの手の内に連れてこられる。

 

 

『熱くて! 濃くて! 美味しさと感激で頭が沸騰しちゃいそうだわ!』

(まだ生きている様だけど、飲み干さなくていいのかな?)

 

 瞬く間に三人の人間の生き血を堪能したモスキートメタロー。けれど、彼女は襲った人間の命を取ろうとはしなかった。吸血した血液も致死量には至らない様にギリギリのラインで抑えてある。

 

『だって、だってだってだって! 死んだら! この人も生き血も、あの人の生き血ももう飲めないじゃない! そんなのは嫌なのォ!』

(そう。貴女思っていたよりもずっとずっと卑しいのね。好きよ、そういう愚か者)

 

「いやあ、すごいですね。まさに惨劇。まさに暴虐。地獄の使者の様だ」

 

 そんな時だった逃げ惑う人の波に逆らってニューと呼ばれた件の男がモスキートメタローの前に現れたのは。

 

(観察者殿。なんの御用かしら?)

「統括長さんの許しも得たもので、少し遊びにきちゃいました」

『……あなたの血は美味しくなさそう』

 

 さっきまで興奮のあまりに息まで切らして暴走していたモスキートメタローはまじまじとニューを見て、ぼそりと呟いた。

 

「ふはは! 舌が肥えた吸血鬼さんだ。確かにボクとしてもその大きな注射針のような口で血を吸われるのはご勘弁ですね。代わりに差し入れをあげますのでそれでご容赦下さい」

 

 ニューはそんな態度をむしろ気に入ったと言わんばかりに腹を抱えて笑うとモスキートメタローに赤と緑の液体がそれぞれ入ったプラスチック製の試験管を渡した。

 

「使い方は簡単です。二つの液体が混じり合えばお助けヒーローが颯爽登場です」

 

『これ、片方はあなたの――』

 

「おっと! 企業秘密の薬液ですのでお口にチャックをお願いしますね。じゃないと、こちらで縫い合わしちゃいますよ」

 

 何かに気付いたモスキートメタローが不用意は発言を言い終える前にニューの右腕がその顔面を鷲掴みにした。

 彼の腕は一瞬のうちに筋肉質な異形の腕へと変化していた。強いて言うならば真鍮色。金色と言うにはあまりにも毒々しい魔人の腕だ。

 

『ひぎっ!? 怖い! 怖い怖いこわいいい!?』

(落ち着きなさいエリ。貴女は貴女のしたいことだけを考えればいいわ)

 

 頭蓋を握り潰されそうな怪力と美しい風貌の内面に隠された悪鬼羅刹のような闘争本能を垣間見たモスキートメタローは足をバタつかせて子供のように怯え泣き叫んだ。

 

「あーあ、怖がられちゃった」

 

(この半身は上物なの、余計なことをして質を落とさないでもらえるだろうか?)

 

「言われなくてもここから先は観察に努めるつもりですよ。では、仮面ライダーさんによろしくお伝えください」

 

 

 どこか嘲笑うような視線を送りながら、やりたいことを一方的に済ませたニューはエレベーターで上昇するかのように棒立ちで浮遊してビルの屋上へと登ると忽然と姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 開店したメリッサのこの日の客入りはそこそこだった。

 クーが加わり、どこか賑やかさが増した店内でお客たちがコーヒーや軽食を楽しんでいるとBGMとして流してある有線ラジオの音楽が途切れて、動揺を隠しきれないアナウンサーの声が聞こえ出した。

 

【番組の途中ですが緊急速報をお伝えします。ただいま都内○○に不審な姿をした人物が現れ、歩行者を無差別に襲う傷害事件が発生しました。目撃者の情報によりますと犯人は蚊の着ぐるみのような物に身を包み――】

 

「なあ、これって」

「はい。きっと魔人教団です」

 

 飛び込んできたニュースに店内にいたお客たちも途端にざわつきだし、スマホで仔細を確認する者、食べかけで会計を済ませて足早に立ち去ろうとする者など慌ただしくなり始めた。

 

「あら、物騒ね。場所もここから遠いってわけでもないし、今日はもうお客も望めないかしら」

 

 店内に静けさが戻る頃には先程までいたお客たちは全員退店して、一瞬にして閑古鳥状態だった。その有様にシスターは入口の扉に掛けてあるプレートをOPENからCLOSEDに裏返した。

 

「ねえ、ムゲンちゃん」

「はい?」

「今日はもう上がっていいわ。用心に越したことはないからカナタちゃんのこと家まで送ってあげなさいな」

「わーかりました。んじゃ、カナタお言葉に甘えて行くぞ」

「うん! じゃあ、みんなお先に失礼します」

 

 どうやって抜け出そうかと案じていたところに思いがけないシスターの嬉しい言葉に飛び乗ってムゲンとカナタは大急ぎで帰り仕度を済ませて店を出た。

 

「ハルカちゃんは悪いけど、残ってクーちゃんの研修に付き合ってちょうだい。帰りはなんならアタシが送ってあげるわン」

「ど、どうも」

 

 一方で残されたハルカはある意味で、油断できないたった一人の戦いに臨むため決意を新たにしなければならなかった。

 

 

 クーの言葉通りに本当に指輪から召喚できたビッグストライダーにムゲンとカナタはタンデムしてニュースで言っていた地域を目指していた。

 

「どうやって抜け出そうかと思ったけど助かった!」

「ホント! でも、まさかこんな堂々と暴れるのがいきなり出てくるなんて」

「確認するけど、本当に一人にしても大丈夫なんだよな、カナタ?」

「ムゲンの足手纏いにはならないよ、約束する。それに誰かしらいれば小間使いで絶対に役に立つから」

 

 三人で決めたことながら、やはりカナタやハルカが鉄火場にサポーターとして同行することが心配なムゲンにカナタは真摯な眼差しと言葉で覚悟を示した。

 どんな苦境でも三人で乗り切ろう。そう約束して、戦えない者なりに足掻くと腹を括ったのはムゲンだけではないのだ。

 

「俺ぁ、友だちのことをそう言う風に言いたくねえんだけどなあ」

「ふーむ……じゃあ、カナタさんは相棒ということでよろしく!」

「お、おう。そこ、ヒロインとかじゃなくていいんだな、お前」

 

 後ろに乗っているので表情は分からないがとてもやる気と自信に満ちたハツラツとしたカナタの声にムゲンは少しだけ照れ気味に戸惑った。

 

「昔、恋人よりも友だちの方が俺の中ではランク上だって言ってたのは誰だったかな?」

「よく覚えてんなカナタ。分かった、もう言わねえから……後ろは任せるな」

「ドンと来いだよ!」

 

 その言葉に確かに、後ろに控える彼女こそ世界中で一番頼りになる相棒の一人だと噛みしめたムゲンは戦意を叩き起こして愛機の速度を上げて、まだ見ぬ敵を探して道路を駆けた。

 

 

 

 港付近、倉庫地帯にて。

 

 

 

「ムゲンあれ!」

「おっしゃ! このまま突っ込むから掴まれ!」

 

 大小様々な倉庫が建ち並ぶエリアで作業員たちに襲い掛かっているモスキートメタローを発見したムゲンはビッグストライダーのアクセルを全開にして猛突進を仕掛けた。

 

『キイイイ!? 何なのよ、邪魔をしないで! 私は血を飲みたいだけなのよォ!』

 

「それが大問題だろ。あんたの言い分を聞く気はねえ……来いや!」

 

 ギリギリで羽ばたいてビッグストライダーの体当たりを回避したモスキートメタロー。ムゲンはカナタに襲われていた作業員たちの誘導を任せるとドライバーを装着して相対した。

 

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

『トオリャァ!』

 

 素早くメモリアをセットして走り出すと同時に変身完了したデュオルはモスキートメタローが身構えるよりも前にその胸部に鋭い逆水平の手刀を打ち込んだ。

 

『げぶうっ!? ひ、酷い!』

(エリ、彼は貴女の夢を邪魔する悪い人よ。どうするかは、分かるでしょ?)

 

 

 突然の襲撃者に驚くエリの人格にメタローが甘く優しい声で囁いた。

 生き血を吸うことを邪魔する人。明確な敵対者であるとデュオルを認識したモスキートメタローは全身から敵意を溢れださせた。

 ゆらりとデュオルを一瞥すると本物の蚊のように小刻みに背中の翅を羽ばたかせて威嚇を始める。

 

『ねえ、仮面のあなた。あなたの血はどんなお味? 飲ませてよぉおおおお!』

『飲めるもんなら……飲んで、見ろォ!!』

 

 手の甲の針を剥き出しにして刺突を繰り出してきた右腕をデュオルは最小限の動作で捌きながら、逆に手首を掴む。そのまま一歩踏み込んで懐深くに潜り込むとモスキートメタローの身体を担ぎ上げるようにふわりと地面から引き離した。

 

『トオォリャアアアア!』

『ぐひぃ……こ、このおおおお!』

 

 ガラ空きになった胴にデュオルは強く握り締めた拳の連打を叩き込む。

 モスキートメタローはたまらず両目を飛び出させながら悶絶するがデュオルの次の攻めが来る前に慌てて飛行して逃れた。

 

『あ! おい、飛ぶなよバカ!』

『シャアアアァアアア!』

 

 慌ててデュオルもジャンプして追いかけるがその行動を待っていたかのようにモスキートメタローは急旋回して体当たりを決めて弾き飛ばす。

 軽自動車がぶつかったような衝撃を食らったデュオルはめげずに自在跳躍を駆使して、倉庫の壁や大気を蹴って再度追撃を試みる。

 けれど、蚊独特の滅茶苦茶で予想できない軌道で飛翔して襲い掛かるモスキートメタローに翻弄されて、手痛い反撃を何度も受けてアスファルトに叩き落とされてしまう。

 

『ぐおっ!? があ! クッ……クーさんにもらったとっておき、使ってみるか!』

 

 ふらつきながら立ち上がったデュオルはすかさずベルトの右側にあるユーティリティボックスと呼ばれる収納機能に携行されたクーお手製のアーティファクト・Dブレイカーを取り出して構えた。

 

『十字架? 嫌味のつもりかしら、そんなものでええええ!』

『ライフルモード……食らってみな!』 

 

 純白に青いラインが走る十字架を模った大口径ライフル型の武器を構えて、上空から降下してきたモスキートメタローに向けて発砲した。だが、撃ち出された光弾は狙いから大きく外れて明後日の方向へと飛んで行ってしまった。

 

『む……ま、まだまだ! この、当たれって! だぁークソッ!』

 

 ギリギリで転がって攻撃を回避したデュオルはめげずにDブレイカーを乱射したが放たれた弾はモスキートメタローに掠りもしなかった。接近戦では圧倒的な強さを見せるムゲンだが残念なことに射撃の腕前はお粗末だったことが思わぬところで露呈してしまった状態だ。

 

『あっはっはっは! へ・た・く・そ』

『テメエがうろちょろするからだろうがよォ! 蚊取り線香10ダースぐらい焚いてやろうか!』

 

 余裕綽々で空をブンブンと飛び交いイヤミったらしく煽りの言葉を浴びせてくるモスキートメタローに声を荒げるとDブレイカーを手放して、持ち味を活かすとばかりに自在跳躍で周囲を飛び跳ねて相手を撹乱しながら素手での攻撃を試みる。

 

『煙なんかよりも! 血を頂戴よおオオオオ』

『グウウ……アアア! 放せこのッ!?』

 

 しかし、どんなに大気を蹴って空間を跳躍することが出来るデュオル・マイティアーツでも自由自在に空を飛行できるモスキートメタローには分が悪く、紙一重で避けられてしまう。さらにあべこべに首を掴まれたデュオルはモスキートメタローの滅茶苦茶な飛行に巻き込まれて全身を倉庫の壁やシャッターに叩きつけられる。

 

『ええ、お望み通り離したわ』

『のおわあああああ――!?』

 

 トドメとばかりにかなりの上空から逆さまの状態で落とされて、受け身も取れずに無様に地面に強打してしまう。普通ならば即死である自重が自らに襲い掛かる落下による強烈な痛みにデュオルは思わず掠れた呻き声を漏らして身体を仰け反らせた。

 

『この……ハァ、ハァ……やり辛れ』

 

 どうにか身体を起こしたデュエルだがダメージは大きくすぐには立ち上がることが出来ない。呼吸をするたびに微かに血の味を口内に感じながら、蹲ったままどこからか聞こえてくるモスキートメタローの耳障りな翅音を警戒することしか出来なかった。

 

 投げ落とされた場所は倉庫群からは少し離れた波止場。

 周囲には身を隠す建物も積み上げられたパレットなどもなく、いつどこからモスキートメタローに襲われても不思議ではない死角の無い戦場は圧倒的に不利だ。

 

 ただ波の音と、不愉快な虫の翅音、そして未だに苦しそうなデュオルの荒い息遣いだけが聞こえていた。十秒、三十秒、一分が経っただろうか……それから更に数十秒が経った頃だ。一向にしゃがみ込んだまま立ち上がれないデュオルに勝機を感じたモスキートメタローが動いた。

 

『――もらったわ!』

 

 上空からデュオルの後ろ位置に急降下してきたモスキートメタローはそのまま地上を一直線に背後を狙って襲い掛かった。

 

『そうかい……俺もだよ!』

 

 モスキートメタローの鋭い口吻が背中を心臓狙いで刺し貫く寸前でデュオルは瞬時に跳び上がり、身体を捻って奇跡的に避けて見せた。

いや、これは奇跡ではない。苦しげに蹲っていた状態からモスキートメタローに悟られない様にしゃがみ込んだ姿勢へと体勢を変えていた時点で既にデュオルの迎撃準備は終わっていたのだ。

 

 最大のピンチを最高のチャンスに塗り替えて、デュオルは衝動的に脳裏に浮かんだその技の名を叫んだ。

 

『ライダー! ニーブロックッ!!』

『がッ……ハ、ァ!?』

 

 獰猛な肉食獣が狙った獲物を横腹から喰らいつくようにデュオルの膝蹴りが無防備になったモスキートメタローの鳩尾に直撃。加えて背中は肘打ちで押さえつけるようにロックを決めることでデュオルの繰り出した渾身の膝蹴りは牙が肉に食い込むように深々とモスキートメタローの異形にめり込んだ。

 

 これこそは技の1号の異名を誇る仮面ライダー1号が編み出し、伝家の宝刀ライダーキックと共に数々の怪人たちを葬った48の技の一つだ。

 

『こいつは没収だぜ!』

『ぎいいいやああああ――!?』

 

 デュオル会心の一撃で呼吸も出来ないダメージを受けたモスキートメタローは両腕で腹を抱えながらゴロゴロと転がった。ようやく掴み取った好機を逃すことなくデュオルはまだ起き上がれないモスキートメタローの両脇を踏み押さえ、注射針めいた口吻を両手でしっかり握り締めて力任せにもぎ取った。

 

『ひっ……ひん! ヒィイイイ! い、痛いわ……それにこれじゃあ血を、血を吸えない!』

(観察者の力を使うのは癪だけれど、優先すべきは我々の無事よ。アレを使ってみなさい)

『わかったわ』

 

 口元から流血のように光の粒子を垂れ流して耐え難い痛みに泣き喚くモスキートメタローはデュオルから逃げながらニューから渡された二本の試験管を地面に投げつけた。

 

『なんだ……沸騰してるのか? いや、こいつは!?』

 

 後を追いかけるデュオルの目の前で二種類の薬液が混ざり合うと、瞬く間に薬液は泡立ち、信じがたい光景を目の当たりにしたデュオルは思わず足を止めた。なんとブクブクと膨らみ続ける泡の中からグロテスクな人型の異形が無数に湧き出し始めたのだ。

 

「GAAAAAAA!」

 

 怪人態のメタローよりも、もっと生物的で不気味なそれは二本の触角を額から生やしたバッタ型の怪人たちだった。だが、彼らからは知性のようなものは感じられない。

 彼らはデュオルを見て何かに勘付いたような反応を見せると次々に甲高い声で獣のような咆哮を上げ出て猛然と襲い掛かってきた。

 

 そして、その成り行きを遥か遠方から眺めている存在がいた。

 

「お、成功だ。そうだな、飛蝗男と呼ぶには不出来だし、デミホッパーとでも名付けてあげようか。さて、集団戦はどう切り抜けるのか、お手並み拝見だよ、仮面ライダー」

 

 高層ビルの屋上の端に腰を下ろしたニューはどこから仕入れたのか、カップに入ったポップコーンを口に運びながらデュオルの戦いを観戦していた。

 

 

 

 舞台は再び波止場に戻る。

 無数のデミホッパーと対峙するデュオルは一対多数という戦況を前に僅かに放心していた。けれど、すぐにこの状況を理解すると明らかに戦意が滾り、全身に力が入る。

 

『多勢に無勢で袋叩きか? よりにもよって、俺相手に?』

「GAAAAAAAA!」

『出直してこい! 虫けら風情がよおおおおお!』

 

 怒りというよりも苛立ちに近い刺々しい感情を爆発させてデミホッパーたちを迎え撃つデュオルの暴れ振りは並みの激しさではなかった。

 囲まれるよりも前に一匹を集中攻撃して完膚なきまでに叩きのめし、そのまま別の個体へと投げつけて相手側の動きを邪魔しつつ障害物が多い倉庫群へと戦場を移動。

 

『この手応え……頭数が多いのが売りの雑兵どもってことか』

 

 一度に複数人が仕掛けられないような状況を作り出し、可能ならば相手同士の攻撃の誤爆を誘いながらデュオルは慣れた様子で次々にデミホッパーたちを蹴散らしていく。

 仕留められたデミホッパーは敗れると死体も残さず融解して、次々に数を減らしていった。その手際の良さは戦いのセンスが良いというよりは数え切れないくらいの経験を得て体に染みついた慣れの動きと言った方が相応しい鮮やかな立ち回りだった。

 

『お! 槍かこれ? こういうのは大歓迎だよ、クーさん!』

 

 移動しながら暴れ回る道中でデュオルはDブレイカーを拾い直す。そのまま、銃型形態を変形させるとDブレイカーの銃身が後ろへ引っ込み、代わりに銃床部分から柄が伸びる。そして、銃身が隠れた十字架の縦のアームからはグレイブに似た片刃のブレードが展開した。

 

『解体してやらぁ! エセバッタども!』

「GAA……AAAA!」

 

 Dブレイカー・スピアモードを構えたデュオルは風車のように振り回し豪快な斬撃を浴びせまくり、デミホッパーたちを一気に斬り伏せていく。

 そして、最後の一匹を力の限りに刺し貫いて全滅させるとモスキートメタローの行方を探したが本命の方は既に海上の方角へと飛び去ってしまっていた後だった。

 

『フゥー……フゥー……逃げられた。なんだよあの蚊ァ、春もまだなのに元気良すぎだろ』

 

 大きく肩で息をしながら、恨めしげに海を睨みつつデュオルは変身を解いた。

 相性の悪い相手に苦戦を強いられたムゲンはうんざりした顔で文句を垂れつつ、あきらめてカナタと合流するために波止場を後にする。

 

 

「ムゲーン! 大丈夫だった!」

「悪い。痛み分けで逃げられた。あれだな、虫よけスプレーとか買っとけばよかったぜ」

 

 作業員を逃がした後、パニック状態で収拾がつかなくなっていた襲撃跡地へ救急車の手配など出来る範囲の事後処理とフォローに奮闘していたカナタの元へ戻ったムゲンは苦笑いして軽口を叩いて強がってみせたが言ったそばから、ふらついて転びそうになる。

 

「おっと……ごめん、嘘です。結構ボコられた」

「周りに誰もいないから、少し休みなよ。ほら、ひざ貸してあげるから」

 

 ムゲンを支えながら人気のない倉庫の軒下まで移動したカナタはその場に座って自分の膝をぽんぽんと叩いて、横になるようにムゲンに言った。

 

「いや、その辺に寝っ転がってれば十分――」

「カナタさんの、膝枕を、使いなさい」

「……恐縮です」

 

 疲れよりも気恥ずかしさが勝って遠慮するムゲンだったがものすごく優しい笑顔でにじり寄るカナタの重い圧にあっさりと根負けする。そーっとカナタの健康的に引き締まり、ほどよく柔らかな膝に頭を乗せたムゲンは彼女のぬくもりをすぐ傍で感じたこともあってか気を張っていた全身の力がゆるりと抜けて、日向ぼっこでもしているように顔を緩ませた。

 

「すっげ落ちつく。カナタさん、流石のお膝でございますよ」

「ん、素直なことはいいことです。それにこれぐらいはやらせなさい。私としては全然足りないつもりなんだから」

「そんなことないさ。実感したよ、カナタがいなきゃ今回俺……相当ヤバかった」

 

 自分を見下ろすカナタの顔をまじまじと見て、ムゲンは安心しきった笑顔を作って見せながらそう言った。いつも五月の風のように涼やかで快活な姿で周囲を惹きつけるカナタの口元から微笑みが消えていた。それがムゲンには見過ごせなかった。

 

「ホントに?」

「逃げ遅れた人や、怪我した人やらに気が散ってたぶん、二回くらいは死んでたよ」

 

 何でもそつなくこなしてしまう才女の仮面を被っているが真実はというと常にストイックに最高の自分をイメージして自己研鑽を怠らない努力家なカナタと言う少女の本当の顔をムゲンは知っている。

 だから、うっかり命を落としかねない危険地帯で身を守る盾も鎧もない彼女がただの女子高生がやれる領域を超えて手助けをしてくれたのに、そんな風に力不足を悔やんで落ち込むような顔は見たくなかった。

 

「くす……そっか、じゃあ命の恩人だね」

「おう。そんなわけでこれからも命は預けとくからよろしく頼む」

 

 やっと、笑顔が戻ったカナタを見て。

 やっと、誰かに頼ることに慣れてきた自分を受け入れて。

 ムゲンはようやく、完全に吹っ切れたように肩の力が抜けた気分だった。

 

「ねえ、今度の相手はそんなに強かったの? ムゲンでも勝てないくらい?」

「どっちかというと、戦い難いって感じだな。本物の蚊みたいに無軌道に空飛ぶもんだから、鬱陶しいったらない」

 

 自分の頭を撫でながら尋ねてくるカナタの言葉にムゲンは戦ってみて実感した所感を素直に伝えた。やはり、いくら跳躍に優れていても自由に飛行する相手には分が悪い。その上、鳥とは違ってひたすらに神経を逆撫でしてくるような不規則な軌道は困りものだった。

 

「みたいだね。私の方からも外れて変なとこに飛んでく弾が何度も見えたよ」

「はずいから触れて欲しくなかったんですけど、カナタさんや」

 

 更に、唯一の対空手段である射撃がムゲン痛恨の技量不足で役に立たないのは手痛かった。その上、カナタにも的を外しまくっていたことがバレていたことにムゲンは激しく狼狽する。

 

「今後の課題は課題でしょ? そこはカナタさんも心を鬼にしてツッコミます。つまりさ、敵が飛ばなきゃムゲンが勝てそうなんだよね?」

「まあ、大丈夫だと思う」

「んー……うん。ふむ、あれならいけるよね、よし」

 

 地上に引きずり降ろせば勝機はある。

 ムゲンの宣言を聞いたカナタの瞳に天啓が閃いたような輝きが宿った。ムゲンを膝枕したたまま、きょろきょろとまわりを見渡しながら、彼女は持てる知識を総動員して反撃の糸口を模索する。

 

「おーい、カナタ? なんか一人で納得してるみたいだけど、何する気だ?」

「ムゲン。カナタさんには策があります」

 

 

 凛とした声でそう告げたカナタは自信に満ちた不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 




区切りのいい場所までと書き進めていたら、かなりの長さになってしまいまして、ここまでお付き合いいただいた皆様、誠にありがとうございます。
どうしても冗長になりがちなのでもう少しコンパクトに纏めてみたいものです(汗)

どうでもいいけど、シスターのCVは子安武人さんをイメージしてますぞ(荒川アンダーザブリッジは特に意識はしてないはず)

次回もよろしくお願いします。



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第3話 世界が変わるということ(後編)

皆様、いつもお世話になっております。
今回もどうにかこうにか最新話投稿となりました。

よろしくお願いします。


 双子の話をしよう。

 初めて自分たちの予想を外れた言葉を告げた少年に出会ってから、双子は彼を観察することにした。事前に調べてみたが彼の名前が双連寺ムゲンで、遠方の地方からやってきたということぐらいしか分からなかった。

 なので、彼と言う人間がどういう人物なのかを知るにはその行動や他人との繋がりを観察するのが一番だと双子は考えた。

 

 けれど、その観察から得られる情報も微々たるものだった。結論から言うと彼もまた独りでいるのがデフォルメのような人間だったのだ。

 素行の悪い不良と言うわけでも、言動が暴力的なわけでもない、むしろ口数少ないながら二人が見る限り彼は誰に対しても穏やかな話し方で接しているようだった。ただし、どちらかと言えば強面と言うべきか、特に目つきが悪く死んだ魚のように覇気がないせいか、話しかけた側の生徒が勝手に怖がっているという印象はある。

 

 休み時間も食事を済ませたら静かな場所へ行き、特に何もすることも無く無為に過ごしていた。まるで他の誰かの邪魔にならない様に賑わいや騒がしい場所から離れるようにも見えた。

 そんな風に彼を観察している内に双子の胸の中に思ったのは自分たちに彼はどこか似ているのでは? という一つの考えだった。

 ただ異なりを覚えたのは自分たちが周りの人間が疎ましいので姉と弟の一対で在ることに拘っているのに対して、彼は――双連寺ムゲンと言う少年には周りの人間や世界への疎ましいと思っている素振りさえ感じられなかったことだ。

 まるで彼はそこにいるだけの意味しか持たない空気、もしくは燃え尽きた灰のような虚ろさがあった。

 

 双子は気がつけば彼のことが気になって仕方がなかった。十五年間もの間、自分たち以外の人間など誰も彼も同じ顔のようにしか見えなかった他人にここまで興味を引くのは双子にとって初めての経験で、初めて感じる胸の高鳴りがあった。

 彼とじっくりと話がしてみたい。そう考えながらも、なかなか行動に移せずにいた双子であったがその機会は存外に早く訪れることになった。

 

 

 

 四月。城南学園高等部一年生・スポーツテスト当日。

 

「よし、それじゃあ各自二人一組になって順番に測定を行うように」

 

 体育教師の号令で生徒たちはばらばらと動き出し、古くからの友人や高校で出会い親しくなった者同士それぞれでペアを作っていく。春のスポーツテストの日のことだ。

 ある意味で友達がいない陰キャでボッチ属性の人間にとって地獄のようなイベントが好機となった。

 

「双連寺、オレと組んでくれないか?」

 

 雑音のように聞こえる周囲の男子生徒たちの誘いの言葉には目もくれず、案の定少し浮いていてまだ一人だったムゲンにハルカは迷わず声をかけた。

 

「ありがたいけど、天風……くんは俺でいいの?」

 

 周囲のざわめきや姉の方に気を使って少し間を置いてハルカのことを君付けしながら怪訝そうにするムゲンにハルカはニッと強気な笑みを見せた。

 

「あんまり実力差がありすぎるとパートナーが可哀そうだろ。このクラスでオレと互角に競り合えそうなのは思うに双連寺だけみたいだからな。で、ついて来れそうか?」

 

 ハルカはなんの躊躇いも無く、キメ顔でそう言ってのけた。

 残念なことに長年の特殊な人付き合いの方法が災いしてか、弟の方はここ一番で絶妙に他人との距離の詰め方がおかしかった。

 

「……うん。そだな――言っておくが俺は山育ちだ。お前の方こそ、俺の全力に乗り遅れてくれるなよ」

 

 少し反応に困った顔を見せるもムゲンは即座にキメ顔とキメ声を作って応えた。

 後に、天風ハルカは語る。「男子高校生特有のバカなノリに救われた」と。

 

 結果としてハルカは学年総合成績第三位にランクイン。女子からの人気を不動の物とした。

 一方でムゲンはソフトボール投げで力み過ぎによる大暴投が響き、学年総合成績第七位に収まった。そして同時に握力計を片手で握り壊すと言う前代未聞の伝説を作り、生徒の間でより一層恐怖されることになったという。

 

 紆余曲折がありながらも、こうしてハルカはムゲンとの接点を作ることに成功した。そして、弟が突破口を開いたことで姉の行動も迅速な物だった。

 それはその日の昼休み、食堂棟でのことだった。

 気がつけばハルカが姿を消し、少し気にはなりつつもいつものように人気の少ない隅っこの席でムゲンが昼食を食べ始めた時のことだった。

 

「ヘーイ! おいしそうなもの食べてるじゃないか、ムゲンくーん! カナタさんと50/50の秘密の取引をしてみないかな!」

 

 いつも持参している弁当箱を勢いよくテーブルに置いて、ムゲンの向かいの席に座りながらカナタはご機嫌なテンションで話しかけてきた。

 姉の方も残念なことに初めて興味を抱いた本命の相手の前では他人との距離の詰め方を絶妙に間違えていた。

 

「……うん。そだな――ハルカも呼んでフリーマーケットな感じでもいいなら」

 

 しばし席を外し、お茶を注いだ二人分のコップを持ってきながら、少し苦笑いを浮かべてムゲンは楽しみそうに応えた。

 後に天風カナタは語る。「あのフォローがなかったら高校生活ちょっと終わってたかな」と。

 

 けれど、けれど、こうして彼と繋がりを得た双子は半ば押しかけ纏わりつく形で双連寺ムゲンという少年と日々の行動を共にするようになった。

 まだお互いに、これが友達と呼べるものなのか実感も確証も持てないままに。

 

 

 

 

 閉店後のメリッサ店内にて――。

 

 打倒モスキートメタローのためのロケーション・ハンティングを済ませてカナタとムゲンがメリッサに戻ると居残り組のハルカとクーも一緒になって早速、作戦会議に入った。ちなみにクーが住み込みになったことでシスターは連絡用の予備のスマートフォンを彼女に貸して既に帰宅していた。

 

「それじゃあ、私の思いついた作戦を説明するよ。最終的には空を飛ぶ敵を飛べない様にするものなんだけど、これは一発逆転なんて都合のいいものじゃなくて、積み重ねが物を言う代物です。つまり、私たち四人で……勝ちに行くよ」

 

 一呼吸を置いて、カナタの口から告げられた気合の一言に三人の顔つきも引き締まる。

 

「おうよ! リベンジマッチだ」

「ドンときやがれです!」

「それでカナねえ、具体的にはどんな段取りでいくの?」

 

 ハルカの問いにカナタはタブレット端末に表示した地図アプリを三人に見せながら順を追って説明を始めた。

 

「まずメタローが次に現れたら、ここの倉庫だらけで袋小路になってるこの行き止まりのポイントに誘導するんだけど」

「任せろ。あの蚊、イカれたヤバい奴だったけど、たぶん煽ればムキになって追い掛けてくるタイプだ」

「そっか、じゃあ誘き出す手段はムゲンのアドリブにお任せします。その道中に二つばかりトラップを設置するんだけど、いやぁ我ながらちょっと発想が石器時代過ぎるとは思うんだけど、これを使います」

 

 そういうとカナタは店の観葉植物の鉢に敷かれた玉砂利の一つを手に取ってみせた。

 

「石? いや、確かに弓矢鉄砲なんてないし、あっても俺じゃ当たらないと思うけど……流石にこんな石ころはどうだよ?」

 

「そうだね、確かにこんな小さな石一個じゃ当たってもどうってことないだろうね」

「ああ、そういうことね。でもカナねえ、どこで数を調達する気なの? この辺の神社やお寺に忍び込んで拝借するのはちょっと罰あたりじゃない」

 

 不安そうな顔をするムゲンとは対照的にハルカの方は姉の狙いに勘付いて、その罠を用意するための問題点を指摘した。

 

「そこは穴場の目星をつけてあるよ。クーさん、一つ確認したいことがあるんですが?」

 

「なんですか?」

「クーさんのランプって色んな物が質量や大きさ無視して収まっていますけど、空き容量みたいなものってどれくらいありますか? できたら石ころを台車に二杯分ぐらいの空きがあれば幸いだったり」

 

「おお! 私も分かっちゃいましたよ! ご安心くださいな、台車と言わずトラック満杯に詰めても余裕ありです。人類最古の一斉射撃をぶっ食らわせてやりましょう!」

「あー……クーさんのリアクションで俺も分かったわ。石ころのショットガンぶっ放すわけな」

 

 会話の中に散りばめられたヒントから罠の全容を察したムゲンはカナタの発想に恐れ入ったと苦笑した。カナタの考えた罠と言うのは一度に散弾銃さながらの広範囲におよび大量の投石を飛行するモスキートメタローに浴びせようと言うものだった。

 

「ふふん! それもデュオルのパワーでね。でも、それも陽動なんですよ、これが」

 

 彼女の言う通り、デュオルの常人離れした腕力からの投石は通常の比ではない。けれど、カナタはさらに不敵に笑って本命の存在を仄めかす。

 

「そうだな。もし上手く命中して地上に落とせてもまた飛ばれたら意味がない。オレ、たぶんカナねえのプランの全貌理解できたと思うんだけどさ」

「聡いねハルくん。こういうときに私たちって説明とか省けて助かるよねー」

「ついでに、不安材料言ってもいい? 肝心の本命の罠はどうするの? 確か、トリモチっていま本業の猟師さんしか買えないよ」

「カナタさんに抜かりなしだよ。いやぁ、日本のホームセンターバンザイと言っておくよ」

 

 ハルカの懸念も想定の中とばかりにカナタはニタリと笑って肩を竦めた。実のところ既にメリッサへと戻る道中に目当ての品がホームセンターで難なく購入できる品だと言うことは端末で調査済みだったのだ。

 

「さて、ムゲンが手傷を負わせたとはいえあのメタローがいつまた暴れ出すか分からないから明日から下準備のために行動開始と行こうと思うんだけど、ムゲン!」

「はいよ!」

「ムゲンは体が資本だからしっかり休んで英気を養って……と、言いたいところですが特別ミッションを与えます」

「任せろぃ! で、何やればいいんだ? さっき言ってた石ころ集めならトラックと言わずにダンプカー一杯にでもかき集めるぜ?」

 

 力仕事なら任せろと肩を回して意気込むムゲンにカナタは意味深に顔を近づけると意図したような甘い声で告げた。

 

「あのね、ムゲン。ムゲンくんは素敵で楽しい大特訓のはじまりだよ?」

「は……い?」

 

 文字通り、ムゲンにとって忍耐と根気が物を言う避けては通れない苦行の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 上羅エリの個人事務所にて。

 

「痛い。痛いわ……嗚呼、とっても痛い」

(安心なさい。いまの貴女ならその程度の傷、明日の日没までには回復するわ)

 

 デュオルとの戦闘で逃げ帰ったエリは口元を口裂け女のように包帯を巻きつけた状態で事務所のソファーに身を横たえていた。

 時計の針の音と彼女の呻き声だけが聞こえる部屋のなかでそんなエリを慰めるようにメタローは優しく囁いてくる。

 

「ええ。けど、違うのよ。妖精さん……痛いのは私の心なの」

(それは罪もない人たちを襲い、その生き血を手当たり次第に飲み漁ったことへの罪悪感かしら?)

 

 メタローからの常識的な視点からの問いにエリは身を引きつらせながら、狂ったような高笑いを上げ出した。そして、両腕で自らの体を掻き抱くと身震いしながら喋り始めた。

 

「きひっ……ひいあっはっはっは! 違う、違う、違うのよ! 犬や猫さんたちに悪いことをしちゃったなあって思ったの! 人間の生き血に比べたらあんなに不味い血のために痛い思いをさせちゃったなあって! エリはいまとってもとおっても後悔しているのよぉ」

 

(貴女、芯から怪物だった様ね。可哀そうによくもまあ長い間ずっと自分を隠して生きてきたのね。辛かったでしょう、窮屈だったでしょう? でも、もう何も遠慮することはないのよ)

 

「この溢れる想いを誰にも晒せなかったわ。どうせ言っても理解されないと思っていたから、傷つくのが分かっていたら何も言えなかったし、誰にも言えなかった。でも、人間じゃない妖精さんの貴女には何を言っても平気だわ」

 

 ずっとずっと我慢してきた。

 否定されるのが怖くて、拒絶されるのが怖くて、理解されないのが怖くて。

 上羅エリには本当の意味で分かりあえる人間が誰一人も居なかったのだろう。

 

(そうね。我々なら貴女のこともおもしろい物だと許容しましょう。おぞましくも価値ある物だと力を貸しましょう)

 

彼女の世界を、彼女が自分の意思で他者に打ち明けられる機会と言うものがあったのかは定かではない。そこに彼女の血飲への理解があったのかも誰にも分からない。

 

「うん! うん……うん! 本当にありがとうね妖精さん。私もお礼にたくさんがんばるわ! 貴女の望みを叶えるお手伝いをしてあげる。どんな風に壊れてしまうのかは分からないけれど、頑張ってこの青い星が、空が、海が、全部ぜんぶ血塗れの真っ赤っかになってしまうほどに世界に傷をつけてあげる。傷だらけにしてあげる!」

 

 だが、結果としてついに上羅エリは同じ世界の人間の誰にもその本性を明かすことがないままに、理性と言う枷を全て解き放った。

 そうして生まれた無垢にして壊れた吸血鬼は異世界からの侵略者の甘言のままに世界に牙を向け続ける。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 朝早くから郊外にある人気のない古びたスタジアムから乾いた銃声が絶えず鳴り響いていた。デュオルとスパイダーメタローが戦いを繰り広げたあのスタジアムである。

 幸いなことにモスキートメタローの凶行は一躍大きな騒ぎとなり、ムゲン達が通う高校も生徒の安全を最優先として臨時休校となった。

 そのため、ムゲンは半ば強制連行という形で早朝から課題である射撃の大特訓の真っ最中だった。

 

『だー……やっと三十個か、終わる目処が見当たらねえぞ、おい』

 

 灰色の戦士の姿。そして、その傍らには大量のピンポン玉が入った公園によくあるゴミ箱が置かれていた。

 スタンダードフォームの状態で用意したピンポン球を空高く放り投げてはそれをDブレイカーで狙い撃つという気の遠くなるような反復練習をかれこれ三時間近く行っていることになる。

 

「よォ! やってるなムゲン。ほら、飯届けに来たぞ」

「サンキューな。うん……なんか多くねか?」

 

 そんなことをしていると大きな包みや荷物を携えたハルカがスタジアムに顔を見せ、ムゲンも変身を解いて、差し入れの多さに首を傾げながら小休憩に入った。

 

「そりゃあ、昼と夜用だそうだからな。あと、お前の家からランタンとかシュラフとかも持ってきたぞ」

「泊まりがけでやれってか!? 流石に夜までには全部撃ち落とせるって……たぶん」

「ちなみに進捗は?」

「朝六時半から初めて全体の三割ってとこか」

「おぉー頑張ってんじゃん。うん、ごめんなムゲン。追いピンポン玉だ」

 

 正直なところ、まだあまり上達していると胸を張って言えずに目を泳がせるムゲン。そんな彼に若干の申し訳なさを感じながらハルカは持参した紙袋に入っていた百個近い追加のピンポン球をゴミ箱に流し入れた。

 

「うっそだろ! ほぼ二倍じゃねえかよ。っていうか、こんなにどこでピンポン玉仕入れてきたんだよ? 卓球屋さんが商売にならねえぞ」

 

「卓球屋さんってなんだよ。いや、昨日の中に卓球部の知り合いに捨てるようなのないかって聞いたら中等部の方にも声掛けてこれだけまとめて首尾良くもらえたんだよ」

「くそ、人気者はすげえなホントに」

 

 頭を抱えて飛び跳ねて騒いだり、項垂れたりとかなりナーバスになっているムゲンにエナジードリンクを渡しながらハルカは至極真っ当な意見を交えつつ励ました。

 

「大変だろうけど、折角もらった武器も使いこなせないんじゃ宝の持ち腐れだろ? スキルアップは大事だ」

「それはそうだがよ……だからって、カナタのやつ人質まで取るか普通?」

 

 そういって、珍しくムゲンは不服そうにいじけてみせた。

 実のところ、彼はカナタによってやる気と気合を出させるために大事な私物を差し押さえられていた。

 

「ちょっと良いテント隠されたくらいで大げさな」

「テントコットな! 高床式で山でも海でも、なんなら田んぼの真ん中だろうと、どんな場所でも安心にキャンプできる優れもんだ!」

「熱弁されてもなぁ。ムゲンの尻に火をつけてでも早く上達してもらいたいと願ってのことだと思うから、見逃してやってくれ」

 

 いつものなら絶対にハルカやカナタにはしないであろう語気激しめの荒ぶる態度で訴えるムゲン。それだけ、彼はアウトドアな趣味に熱を入れて、以前からさり気なく布教もしているわけなのだが残念なことに天風姉弟にはそこまで浸透していない。

 

「その素早く上達の参考までになにかアドバイスはねえのか?」

「練習あるのみだろ。気合とガッツだ」

「意味一緒じゃねえか! いまどきプロレス業界でもそんなゴリラ脳な体育会系理論ねえよ!」

「こういうのは兎に角数こなして体に上手くやるコツを覚え込ませるのが定石だろ。バイトのソフトクリームを上手く巻くのもそうやって覚えたじゃん」

「アレかぁー……思い出すだけでも胃がもたれてくる」

 

 約一年前のメリッサでバイトを始めたばかりの甘く苦い記憶が蘇り、ムゲンは渋い顔を浮かべた。あの時は純粋に上手くやるコツを体に馴染ませるのにも苦労したがやたらと密着して手取り足取り教えてくるシスターの圧にも恐怖したことを鮮明に思い出しそうになって慌てて首を振った。

 

「さて、あんま長居してもムゲンの特訓時間を浪費させるだけだから、オレはお暇するぞ」

「はあ!? 帰るの? ここで一緒に特訓に付き合ってくれる流れだったろうよ? この状況で俺のこと一人にさせるわけか、孤独な戦いを続けろと?」

「あのなぁ? 言っとくがオレはオレでこれからたった一人の戦場なんだよ」

 

 何故か薄情な態度の友人に文句を言うとハルカは何故か足元を微かに震わせながら恨めしそうな顔で逆にムゲンを睨んだ。

 

「カナねえはクーさん連れて罠の準備に出払ってる。さてここで問題だ。メリッサは学校と違って休みにはならない、客も入る。シスター一人じゃ流石に手は回らない。となると、その相手は誰がすると思う? そう、オレだ!」

 

 まるでどこかの構文みたいな言い回しでヤケクソ気味にハルカは笑っていた。

 それはまるで自分の死に場所を悟った孤独なソルジャーだ。

 

「オレが丸一日、シスターと二人っきりであの店を支える日なんだよ。あの美しき肉食獣のシスターと仕事中も休憩中もずっと二人きりだ。オレは今日、自分の尻の無事を何度神様に祈り続けなきゃならないと思う?」

「ま、まあ……シスターは良い人だから大丈夫でしょ。オカマだけど。ケツくらいなら俺も撫でられたことあるし、スキンシップだって」

「店のパソコンのネット履歴にメカクレ・イケメンって残っていてもまだそう言える?」

 

 神も仏もないんだと言いたげな、絞り出すような声でハルカはぼそりと言った。

 現実は非情である。

 

「……お互いに幸運を祈ろうか」

「分かってくれて、ありがとう。じゃあ、ムゲンも根詰めすぎないようにな」

 

 そう言い残して、ハルカはハルカで覚悟を決めたのか謎めいた爽やかな笑顔でスタジアムを立ち去った。

 また一人になったムゲンは誰かと話したことで胸の内がスッキリしたのか肩の力を楽にした様子で再びDブレイカーを手に取る。

 

 

『そうだな。みんなも頑張ってんだ……だったら、俺が泣き言なんざぁ言ってる暇はねえよな!』

 

 私たち四人で勝つ。そう言ったカナタの言葉を思い返して、気合を入れ直したムゲンは無心になってピンポン球を狙い撃つ特訓を再び邁進し始めた。

 

 

 

 

 

 東京郊外・とある河原にて。

 

「よいしょっと! ふぃー……これでようやく最低限は確保できたかな」

「カナタさんお疲れ様ですぅ。一杯目は無事に言われたポイントにセット完了ですよ」

 

 平日でさらに都内で凶悪事件が発生したこともあってオフシーズンでもアウトドアを楽しむ家族連れや、釣り人がちらほら見かけるこの河川も今日は人っ子一人見かけない。

 絶好の採取場所となったこの場所でカナタはクーを伴って朝早くから作戦に使う投石に丁度いい大きさの石集めに勤しんでいた。

 

「でも、これ本当に二回分も要りますか? 一杯だけでも十分な気が……」

「いえいえ。二回するのが肝なんですよ。いくらグロいモンスターになると言っても、この間の蜘蛛お化けもそうでしたけど、思考そのものは人間です。なら、二回同じ罠があれば当然三回目もあると無意識にでも地上に警戒が向きます。可能な限り、頭上への注意は薄くしてもらわないと困ります」

 

 自信あり気にそう持論を語るその姿はジャージに軍手に首にはタオル。学園の彼女に憧れを抱いている生徒たちが見たら卒倒してしまうような格好だ。

 

「ありがとうございます。おっと、もうこんな時間か……もう少し集めておきたかったけど切り上げかな」

「十分な気がしますけど? ちょっと、カナタさん! う、腕のとこあちこち切れてますよ!」

 

 首筋を伝う大量の汗を拭きながら、一応の成果にまずまずと笑みをこぼすカナタの袖をまくっていた白い腕からは採集中に尖った岩などで切ったと思える生傷が遠目で分かるくらいについていた。

 

「これ? 手や指は軍手でカバーできるけど、腕の方はねえ。まあ、ちょっと汗が染みて痛いくらいだから平気へーき」

 

「はあ……でも、ちゃんとケアしないと跡が残りますよ」

「もちろん。そこまで無頓着なことはしませんよ、とはいえお気遣い感謝です。さて、じゃあそろそろ移動して肝心の秘密兵器を買いに行きましょうか。第二ポイントへのトラップ設置もありますしね」

 

 けれど、カナタはというとクーの心配に感謝しながらも他人の目など知ったことかとばかりに晴れやかな笑顔を浮かべて飄々とした構えだ。

 

「ええ。こんなことを言ったら失礼かもですけど……カナタさんって意外と行動派なんですね? てっきり、参謀といいますか昨夜の様子だとどっしり構える軍師ってイメージでした」

 

 ランプに小山を築いた石ころを収納して、道すがらにクーは不意に自分が抱いていたものとは随分と違っていたカナタのイメージを素直に本人に伝えた。

 

「私は私が納得できるまでは手を抜かずにやる主義なだけですので。でも、それはそれで恰好良いですね。ホームセンターでそれっぽく見える鞭もついでに買っておきましょうか?」

 

 その言葉にカナタは一瞬きょとんとした顔を浮かべるも、すぐにいつもの涼やかでどこか掴みどころのない笑みを見せて、おどけてみせた。

 

「買えるんですか!? この世界のホームセンター恐るべしですよ!」

「どうでしょう? 材料くらいは揃えられるかもですよ」

 

 身を乗り出してオーバーリアクション気味に驚くクーの姿を面白がって、カナタはさらにニシシと悪い笑顔でとぼけてみせる。

 彼女も無自覚ながらハルカとムゲン以外の他人にこんなことは普段なら絶対にしない行為だ。

 

「クーさんがどう思っているかは知りませんが私、意外とあくせくと動き回るタイプなんですよ。座して、あれこれと手配するのはどっちかというとハルくんの得意分野ですし」

 

「そうなんですか?」

「はい。なにしろ、私たち双子揃って困ったことに他人と言うものをほぼ誰も信用していないタチでして、大事なことは自分でやっておかないと気が済まないんですよ」

 

「はあ……はい!? もしや、私もその他人のカテゴライズに入れられてる感じですか? いや、普通はそうですよね、だってまだ知り合って一週間も経ってなぁーい」

 

 さらりと教えられた爆弾発言にクーは自分でノリツッコミのような掛け合いをしながら盛大に仰天した。

 

「あはは! やっぱりクーさんって面白い人ですね、さっすが魔術師さんです。ドン引きされて気まずい沈黙が流れるかと思いました」

「いやぁ……それほどでも。というか、割と現在進行形で心臓バクバクしてますけども。あのぅ、もしや過去に厄介な詐欺師とか怪盗気取りのサイコ野郎みたいな輩の被害にでも遭いました?」

「そういうわけではないんですけどね、まあ双子なんて間柄で姉弟仲良く生まれてしまうとこれはこれで苦労することもあるんですよ。性別も違うし、あんまり見た目も似てないのに不思議なものですよねえ」

 

(髪形と服装をとっ替えてたら入れ替わっても気付かないとは口が裂けても言えねえですよ)

 

「正直なところ、本当はこんなことも他人には絶対に話したりはしないんですからね。こんな気まぐれはムゲン相手にハルくんとぶっちゃけて以来です」

 

 そう口にして、カナタは別段大した話でもない様に自分たちの少し特異な生い立ちとムゲンとの出会いを話して聞かせた。

 

「なんとなく、お三方が友人の領域を超えて運命共同体みたいな一体感の理由が分かりましたとも。そりゃあ、ムゲンさんがなんでもホイホイと受け入れちゃう懐広い感じになるのは納得です」

 

 何の躊躇いもなく打ち明けられた個性的と言うべきか、闇のような物を抱えた双子の過去とムゲンとの出会いを聞かされたクーはしばらく何とも言えない様な顔をしていたがこの数日目の当たりにしてきた彼らのありのままの姿を思えばと自然と受け入れた様子を見せていた。

 

「そこなんですけど、ムゲンは最初からいまみたいな感じでしたよ。幾らか、他を寄せ付けないオーラは出してたかな?」

「あれ天然物なんですか! お腹や生足出して爆睡してた女が目の前で食事をケチャップ塗れにして美味しく食べだす光景ってこうして自分で声に出して言ってみると相当にやべー女だと震えているんですが」

「おっと、それは初耳かな? あとで詳しくお聞かせ下さい」

 

 うっかり口が滑ったクーはすかさず反応したカナタの凄みのある、いい笑顔にYESともNOとも言えずに愛想笑いで押し通した。

 

「でも、クーさんの言いたいことは尤もです。ムゲンの大らかさはなんなんでしょうね。私たちが目の前でキスしても、アリかナシかで言ったらアリだろう。愛が無いより、たくさんある方が良いに決まってる。だなんて、平気の顔してるんですよ……自分たちのことを棚にあげますがちょっとドン引きでした」

 

「キスって……あのキス? 口づけ、接吻のキス? ご姉弟でデスか?」

「はい。まあ、小さい頃からよくやってましたし、親愛の印で。ただ、あのときは値踏みといいますか、どこかでちょっとムゲンのことを試してたんだと思います」

 

 顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げるクーを尻目に少しだけ、悪いことをしたと反省したような顔をしてカナタは語る。

 それはスポーツテストの日の後の出来事。

 彼女たちがムゲンに不思議そうに思われながらも拒絶も否定もされず、かと言ってへりくだって取り入ろうという素振りもなく、ただありのままを受け入れられていたように接されて間もない頃の話である。

 

「十五年も必死になって守ってきた私たち双子だけの世界をそんな簡単に変えてしまってもいいのかな? 私たちを真っ直ぐにまっさらに見てくれるこの男の子は本当に私たちに相応しい人間なのかな……いえ、きっとあの時は私たちがムゲンに相応しいのかなって気持ちだったのかも」

 

「一生の中に本当の理解者に巡り会える機会と言うものはそう巡って来るものではありません。人によってはその機会さえ与えられない物だと思います。でも、お三方はその機会を掴めた……まだ三日もろくに時を過ごした私が言うのも変ですが、カナタさんたちは何と言うか三人でいるのがすごくしっくりとくる感じがしますよ」

「だと、嬉しいんですけどね」

 

 そんなカナタの告白にクーは本来の陽気でおちゃらけた態度を改めて、真摯な口調と態度で返した。それは彼女自身も一族の中でどこかズレたはみ出し物として生きてきた経験もあっての共感からのものでもあった。

 

「およ? でも待って下さいよ、こんな大事なお話を私なんかにしちゃって良いのです?」

「今更それを聞いちゃいますか? そんな赤の他人には絶対に口にしない様なことを教えちゃうぐらいには信頼してますよってことです」

「あっはー! 嬉しいこと言ってくれますねぇ、おねえさん照れちゃいますよ。これはアレですか、世界を超えて結ばれる友情! みたいなものでしょうですかね」

「なんというか、私たちと同じ匂いがするというか……同じ穴の狢みたいな空気を感じるってことにしておこうかなって感じですけどね」

 

 カナタの思いきった告白はクーの出自があまりにも現実離れしていたことで生まれた気紛れだったのかも知れない。この告白が、自分たちが秘めたるものをかつてムゲンに行ったように他人へ勇気を出して曝け出すこの行為が吉と出るか凶と出るかは分からない。

 ただ、いま彼女が言えるのは思いの外動揺することもなく、むしろノリノリで便乗するように食いついてきたクーの裏表のない、ちょっと鬱陶しいくらいの態度がどこかで心地良かった。

 

「いいじゃないですか! どんな形であれ、気持ちがかより合う人がいるということは最の高なのですよ! にっひっひっひ!」

「お付き合い次第では内心で分厚い氷の壁を打ち建てる可能性もあるとは思っていて下さいよ、クーさん」

「ご安心ください! 私の熱々のハートで大穴開けて突破してあげますので」

「はは……それは楽しみ、かな?」

 

 

 僅かに、けれど確実に心から歩み寄って距離を縮めたカナタとクーは足早に都内に戻ると無事に目的の品物を買い揃えてモスキートメタローの襲撃に備えた。

 余談だがホームセンターでは罠に最適なサイズの玉砂利がお手頃価格で大量に売られており、思わずカナタが聞いたこともない様な声を出しながら本気で悔しがったのは二人だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 日が傾き始めた夕暮れ刻、事態は動き出した。

 SNSをチェックしていたハルカからモスキートメタローが街中に出現した報せを受けた三人は各自行動を開始した。

 カナタとクーは無事に所定の位置に辿りつき、変身を済ませてビッグストライダーを駆るデュオルは茜色に照らされる街中を疾走する。

 

 そして、運良く罠を張り巡らせたエリアから程近い場所でモスキートメタローの発見したデュオルは牽制にDブレイカーを乱れ撃ちしながら早速挑発を仕掛けた。

 

『見つけたぜ、吸血鬼! 俺の血は吸ってくれないのかい?』

『浅はかね、そういえば降りてくるとでも思っているのかしら?』

 

 まともに戦えば圧倒的に不利だと思い知らされたモスキートメタローはデュオルを見るなり一目散に飛翔して空中に逃げた。

 戦場を離脱される前にとデュオルはここぞとばかりにプロレスラーのマイクパフォーマンス顔負けの煽り発言を矢継ぎ早に浴びせていく。

 

『あれだけ節操なしに貪り漁っておいて、俺の血は飲めないってか? こっちは首筋も腕もアルコールで拭いて準備万端なんだぜ! 来いよ、エセ吸血鬼!』

『いま……なんて言ったの?』

『エセ吸血鬼って言ってやったんだよ! だって、そうだろ! こないだの時は散々、人間の生き血、生き血って喚き散らしといて殴り倒されそうな相手の前じゃ小バエみたいにうっとうしく飛び回るだけの半端野郎にエセってつけて何が悪いんだよ』

 

 上羅エリの根幹ともいえる事柄を徹底的に愚弄されてモスキートメタローは分かりやすく激昂の色を見せていた。

 

『こ、のッ……私にとって血を啜ることがどれだけ神聖なことなのか知らないクセに! あんただってこの間は私にボコボコにされていたじゃない! どうせその仮面の奥じゃ怖くてガタガタ震えて鼻水でも垂らしてるんでしょう、可哀そうにねえ!』

『そう思うんなら、俺の血を吸うついでに仮面剥ぎ取って確かめてみろよ、出来るもんならなあ! あと、そこはお前の鼻血を啜ってやるくらい言うところだろ? 吸血鬼キャラ演じる余裕も無くなってきたみたいだな』

 

 強がってみせるモスキートメタローの神経を逆なでするように声色まで調子よくあれこれと変えて挑発し続けるデュオルは的確に敵の精神的地雷を踏み抜いていく。

 

『演じる? いまの私が演技ですって言うの! ふざけるな……ふざけるな! お前なんかに何が分かるのよ!!』 

『さあ? で、あんた俺の血を吸うことが出来んの? ハッ、どうせ出来ないんでしょう?』 

『ギィイイィ! シャアアアァアアアァ!!』

 

 おそよ、双連寺ムゲンなら絶対に言わないであろう、どこまでも他人を舐め切り嘲るような調子で浴びせられた煽りについにモスキートメタローはぷっつん切れて怒声を浴びて突っ込んできた。

 

『ついて来いよ! 吸血鬼の底意地を見せてもらおうじゃないか!』

『舐めるんじゃないわよ、小僧! あんたの血は一回きりでいいわ……ミイラみたいに干乾びて砕けて塵になるぐらい生き血も体液も吸い尽してやる!』

 

 デュオルは敵が誘いに乗ってくれたことに内心一安心しながら、悟られない様にスピードを調節してモスキートメタローをカナタが指示したトラップコースへと上手く誘導することに成功した。

 

 あっという間にビッグストライダーはコンテナや倉庫が多く立ち並び、クーが隠れ潜む最初のポイントへと到着する。

 

「ムゲンさん! パスでーす」

『ナイス! そうりゃあああああ!!』

 

 物陰に隠れていたクーのスモークゴーレムに投げ渡された石ころが大量に詰まった投網を受け取ったデュオルは片手で勢い良く自分を追い掛けるモスキートメタローに投げつけた。

 

『ぐううう……子供の悪戯みたいなことをしてぇ、どこまで人をコケにするのよおお!』

 

 一瞬、モスキートメタローの視界を埋め尽くすような大量の石が叩きつけられる。古代の戦争では人力でも大量の敵を屠るだけの猛威を振る、投石というシンプルかつ実用性に溢れる攻撃はマイティアーツの強靭な腕力が上乗せされて、バカにならないダメージを与えた。

 

『俺が満足するまでに決まってるだろ? それともニンニクのほうが良かったか?』

『キィエエアアアアアアア!』

 

 あまりにも古臭い罠を用いられたことに加えて、古典的なドラキュラのような扱いで小馬鹿にされたモスキートメタローはますます怪物染みた奇声を上げながらデュオルを猛追する。既に脳内に響く、メタローの注意や実力行使の制止は藤島のような小物ではなく、上羅エリが強靭な妄執の持ち主だったことが災いして意味をなしていなかった。

 

 

『そろそろか、薄暗くなってきたけどクーさん大丈夫かな』

「ムゲンさーん! おかわり一丁でぇーす!」

『ハハッ! 毎度ありー!!』

 

 デュオルの不安を吹き飛ばすような明るい声が夕闇から聞こえてくる。

 最初に石を投げ渡すとクーはスモークゴーレムに乗って、巧みなランプ捌きで低空飛行しながら大急ぎで第二ポイントへと駆けつけていた。

 

『ぎゃん!? よりにもよって二回もこんな石っころを……ちょっとは加減なさいよォ!』

 

 二度目の投石。今度はモスキートメタローの反射が一枚上手となり、初弾ほどの成果は挙げられなかったがそれでも怒りのボルテージはさらに上がり、同時に冷静さはほぼ瓦解していた。

 

 

 そしてデュオルはモスキートメタローを誘導したまま最終ポイントの行き止まり地点へやって来る。

 デュオルは気取られないように暗くなり視界が悪くなり始めたビルの屋上に視線をやった。

 カナタの姿は見えなかったが代わりにチカチカと何かが微かに二回光を放った。恐らく、ペンライトかスマートフォンの画面を使った準備は出来ているとの合図だ。

 

『背水の陣のつもりかしら? こんな場所じゃ小細工やうっとうしい悪戯も仕込めそうにない様だし、万事休すね。あなたに反撃はさせない、チクチクと針山みたいに刺し殺した後でゆっくりと血を吸ってあげる』

『そういうビッグマウスはよぉ、ちゃんと成果を見せてから言えよな!』

 

 ビッグストライダーを降りたデュオルは空中で浮いたままのモスキートメタローにDブレイカー・ライフルモードを構えて対峙した。

 正直なところ、あれから続けた特訓でそれなりに上達してきた自覚はあるがまだ全てのピンポン玉は撃ち落とせていない。

 腕前に対する自信は八割、いや七割と言ったところだろう。デュオルの内心に不安は尽きない……しかしだ。

 

『きっひいっはっはっは! またその玩具? 前に掠りもしなかったのを忘れたの? 懲りないわね、お馬鹿さん』

『そうだな。実のところ、俺って謙虚だから自分に対しては基本過小評価なんだよな。ぶっちゃけ、一か八かだ』

 

 苦笑い気味に漏らすデュオルだが、その声に弱音は感じられない。モスキートメタローもそれに勘付いて、何を仕込んでいるのかふるいを掛けるように詰る口調でお返しとばかりに煽り立てる。

 

『あら憎たらしいだけど思っていたけど、可愛いところあるじゃない。神様へのお祈りの時間ぐらい待っていてあげましょうか?』

『あんたに可愛がられてもいい迷惑だぜ。それに神頼みなんてしなくても、俺にはそんなもんより頼りになる仲間がついてんだ。そして……大事なシメをその仲間たちに託されたいまの俺はなんだって出来るさ』

『そう、じゃあ……その仲間たちにお別れを言えない不幸を嘆きなさい』

 

 デュオルが仮面の奥で大胆不敵に口角を吊り上げて、気炎を吐くとモスキートメタローはそのあまりの自信を不審に思い、後方を含めて地上に警戒しながら、投げ槍のような鋭い勢いで突っ込んできた。

 

『シャアアアァアア――!!』

『カナタァ!』

 

 急降下を開始したモスキートメタローの位置を瞬時に見定めてデュオルは叫んだ。

 

「それッ! 決めちゃえムゲン!」

 

 瞬間、倉庫の屋根に潜んでいたカナタが何かしらの液体が入った黄色いゴミ袋を上空に放り投げた。すかさず、デュオルは狙いを定める。

 肩の力を抜き、目を凝らして的を狙い、ほんの僅かに呼吸を止めて、引き金に指を掛ける。

 すると胸がすくような銃声が周囲に反響した。

 

『な、なにを……ひんっ!?』

 

 暗夜に霜の降る如く、無心で引き絞られたトリガー。

 放たれた光の弾丸は見事にカナタが投げた本命の罠を撃ち抜いたのだ。

 ゴミ袋は小気味良く飛び散って、中に入っていた赤いどろりとした液体がモスキートメタローの背中から全身に纏わりつく。するとガクガクといびつな上昇と降下をした後にモスキートメタローはあえなく地上に墜落した。

 

『なにが起きたの? ど、どうして急に飛べなく……この赤い変なのは何なのよ!?』

『俺だって知るかよ! ただ、これだけは言っておくぜ。地上にようこそ』

 

 翅を羽ばたかせれば、させるほど大気に触れて急激に硬さを増していく謎の液体に慌てふためくモスキートメタロー。

 彼女を戦慄させる液体の正体はホームセンターで簡単に購入が出来るプライマーと呼ばれる錆止めなどに用いられる塗料だ。そこに希釈用のシンナーとプライマー硬化剤を加えたミックス液は最初こそ粘度の薄い液体だが物体に付着することでボンドよりも遥かに早く乾燥・硬化する性質を持っている。故に鳥の翼とは異なり、高速で羽ばたくことで飛行する蚊の翅ならばその効果は絶大である。

 

『待ちわびたぜ! いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 みんなの協力のお陰でようやく敵を自分の土俵へと引き摺り降ろせたデュオルが拳を高らかに拳をカチ合わせて、反撃の狼煙を上げる。

 

『や、やってやるわよ!』

 

 何度も飛行を試みたが思うように翅を動かせずに困惑するモスキートメタローだったが迫るデュオルを前に自暴自棄になりながら、抵抗を試みる。

 だが、先の戦いが物語るように戦いの流れは明らかにデュオルに傾いていた。

 

『オオウリャアアア!』

 

 ランニング式ラリアットのモーションから相手の顔面を殴り抜けるようなデュオルの鉄拳にモスキートメタローの体はその場でぐるんと一回転して崩れ落ちた。

 その流れを途切れさせるデュオルではない。ここから始まる怒涛の連続攻撃はまさに圧巻の光景だった。

 

『オラオラオラ! 虫退治の始まりだぜええ!』

『ぎぃえ……ぐえええ!?』

 

 まだ立ち上がれずにいたモスキートメタローの片足を両腕で鷲掴みにしたデュオルは力任せに振り上げると、相手の体が異様な唸りを上げて持ち上がりそのまま近場にあった倉庫の壁に叩きつけられる。

 

『こいつも食らいなあ!』

 

 そこから更にデュオルは張り付いたように壁にめり込んだモスキートメタローに空気を裂くような切れ味のミドルキックの連打とダメ押し気味に豪快なローリング・ソバットを痛快に叩き込んだ。

 

『おぼっ……あああああ!?』

 

 強烈な蹴りの直撃を受けたモスキートメタローは倉庫の壁を突き破って瓦礫と共に吹っ飛ばされる。

 

『ば、バカにしてええ!』

『おわっ! ムササビかよ!』

 

 追撃しようと真っ暗な倉庫の中に足を踏み入れたデュオルを飛行は無理でも巨大な翅をどうにか活用してモスキートメタローが繰り出した滑空めいたフライングボディアタックを食らってしまう。

 

『まだまだ! わたしの邪魔をする奴は死んじゃええええ!!』

 

 上手く反撃に成功したモスキートメタローは思い付きの攻撃に味をしめると三方にそり立つ倉庫の壁を次々に飛び移りながらデュオルの死角から、さらに勢いを増した滑空からの体当たりを繰り出す。

 

『甘い! トリャアアアア!』

 

 モスキートメタローの攻撃は撹乱からの間髪入れずに背後を狙った見事な攻撃だった。けれど、デュオルは背を向けた状態で襲撃の気配を察知すると大きく飛んで回避する。

さらに自分が立っていた場所をモスキートメタローが通過するのを見計らって背後から両脚で頭部をホールドするとそのままリバース・フランケンシュタイナーで後方へと投げ飛ばした。

 

『ウギュア!? こ、この……めちゃくちゃな動きばかりして!?』

『お喋りが過ぎるぜ。そのご自慢の口は血を吸うための物じゃねえのかい?』

 

 プロレス技を実戦向けにアレンジして駆使することに執念染みた気概を見せるデュオル。この荒々しい戦法に文句を垂れかけてモスキートメタローは硬直する。何故ならデュオル自身によって遥か後方へ投げ飛ばされたと言うのにそのデュオルが音もなく目の前に立っていたのだ。

 

『おいおい、どうしたよ? 蚊の羽音みたいに鬱陶しかった減らず口まで品切れかよ』

 

 挑発的な軽口まで叩かれて、怒り心頭のモスキートメタローだが、自分に残された奥の手の存在を思い出して、デュオルが先に仕掛けるまでじっと耐える。

 逆にデュオルの方は勝利を確信したのか饒舌に口が回り始めたように見えた。

 

『こちとら、昨日散々痛めつけられた分をやっと返し終わったぐ――』

『そこよォ!』

 

 悠々と指を鳴らしてトドメに入ろうとした僅かな余裕を狙って、モスキートメタローは手の甲のパイルバンカーを射出しながら右の拳をデュオルの喉笛目掛けて打ち込んだ。

 

『……こういうのはなあ、相手が攻撃を受け止めてから仕掛けるもんだ』

『キイィイィ!? まだまだぁ!』

 

 鉄板をも貫通する威力を持った腕のパイルバンカーはデュオルの喉を貫くギリギリの距離で二本の指に挟み止められていた。

 ヒステリックな声を上げて悔しがるモスキートメタローはあきらめずに残る左腕のパイルバンカーでデュオルを仕留めようと果敢に異形の腕を突き出した。

 

 ――だが。

 

『あんたの方こそ、学習しなって!』

『ぐうっへええあ!?』

 

 デュオルは真っ直ぐに突き出された敵の左腕をレールのように伝いながら全身を回転させると、中腰になって繰り出す重いローリングエルボーをカウンターに決める。

 予想もしていなかった反撃にモスキートメタローは体をくの字に曲げてその場に立ち尽くすことしか出来ないでいた。

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

『終わりだ――!』

 

 デュオルドライバーのライトトリガーを引いて、持てる力を最大開放にした状態でデュオルは静かに宣告した。

 

 素早く後退して間合いを詰め直したデュオルは短く酸素を吸いこんで一気呵成に駆け出す。

 

『スペリオル! ライダアアアァァキック!!』

 

 暗夜の地上に輝く円月を描くように繰り出された跳び回し蹴りが薙ぎ払うようにモスキートメタローに炸裂した。

 

『ギャウゥアアアアァァァ!!?』

 

 胴体を輪切りにされるような強烈無比な一撃を食らったモスキートメタローは膝から崩れ落ちるとそのまま爆散。理性を棄て去った狂気の吸血鬼はここに完全に倒された。

 

 

「やったねムゲン! お疲れさまー!」

「カナタやみんなのお陰だよ。それより、よくそんな足場の悪いところに隠れてたな。大丈夫か?」

 

 戦いの終幕を見届けて、カナタは倉庫の屋根の上から顔を出してムゲンに声をかけた。

 

「怖かったに決まってるでしょ! もう降りたいから、ムゲン着地任せるよ!」

「は? おい、まさか……待て待て待て!?」

 

 カナタはそういうと緩やかな傾斜のある倉庫の屋根に立ち上がると足元を確認しながらムゲンに目掛けて助走をつけて走り出した。

 

「とぉーう!」

「いらっしゃいませええ! じゃなくて、バカじゃねえのお前! 俺がキャッチできなかった雑なバッドエンドだったろ!?」

 

 あろうことか、ムゲンに受け止めてもらうことを当然に思いながらカナタは結構な高さのある倉庫の屋根から勢いよく大の字で飛び降りた。衝撃映像のあまりに心臓が口から飛び出しそうになりながら、しっかりとカナタのことを抱き止めたムゲンは戦い以上に緊張したと言わんばかりに彼女を窘めた。

 

「たはは。ごめんごめん……でも、ムゲンは絶対に受け止めてくれるって信じてたからさ」

「当ったり前だ。他でもないカナタだぞ? お前らだけはいつだって、受け止めてやるよ。俺だってそうしてもらってるんだ」

 

 多くは語らずとも二人の間で強く結ばれた信頼を確かめ合いながら、ムゲンとカナタはお互いによくやったと笑いあった。

 

「ねえ、この人どうしようか?」

「かなりの凶行を働きましたがメタローとして犯した行いは無かったことになっている筈です。被害に遭われた人たちも元に戻るでしょう。危険な人間かもしれませんが……」

「憑き物が落ちたとして信じて、放って置くしかないだろ。これ以上のことは俺たちも出しゃばっちゃいけないさ」

 

 戦いを終えて、再び世界を吹き抜けた修正力を秘めた光る風を確認してから、ムゲンたちは名前も知らぬメタローの素体となっていた上羅エリの処遇に一抹の不安を覚えながらもその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 ムゲンたちが立ち去ってから、どれだけの時間が経過したのだろう。

 意識を取り戻したエリは夢うつつな様子で周囲を見渡した。

 自分は何をしていたのだろう? よく覚えていないがとても充実した楽しい時間を過ごしていたような気がした。

 

「あ、私ったら血がでてる」

 

 ふと、自分の手に出来たかすり傷から血が滲んでいるのを見つけてエリは嬉しそうに傷口を舐めとった。

 

「ぐっ……おえ! え、えっ……へ? どうして? どうして、なんで」

 

 だが、味覚が血の味を認知した瞬間にどうしようもない吐き気が彼女を襲い。エリはその場で激しく嘔吐き、血をこれっぽっちも美味しく感じられない自分に怯えて動揺した。

 

「なんで、なんでよ……あっはっは! あっははははは!? どうしてしまったのよ、私は――」

 

 情緒が安定せず、泣きながら笑い。

 怒りたいのに涙が滝のように溢れて止まらない。

 自分が積み重ねてきた罪深い行いの全てが決壊した濁流のように脳内に押し寄せてくるような感覚に襲われて、上羅エリは冷たい地べたに寝そべったまま、号泣しながら壊れたように笑い続けた。

 

 メタローとして一度倒された副作用で正しい理性を取り戻してしまったが故の良心の呵責、その暴走なのかは彼女にも分からない。けれど、声がガラガラになるまで笑い続けて、目がショボショボになるまで涙を流し続けて、夜の闇がさらに深まったところで彼女はプツリと電池が切れたように大人しくなった。

 

「……こんなの、ちっとも美味しくない」

 

 もう一度、傷口から滲む血を舐めとって、エリは吐き捨てるように呟いた。

 それから、むくりと立ち上がった彼女は薄ら笑いを浮かべたまま覚束ない足取りで何処かへと歩いていく。

 罪の意識から最寄りの交番へ向かったのか、夜の穏やかな海へ向かったのか定かではない。

 何事もなかったように自分の探偵事務所へと戻り、変わらぬ日々を繰り返すのかもしれない。

 

 けれど、彼女はもう二度と何かの、あるいは誰かの真っ赤な鮮血を啜ることは出来ないだろう。

 凶行の事実は世界から痕跡を残さず無かったことになったとしても、モスキートメタローとして他人の生き血を心ゆくまで貪ってしまった彼女の体はその味と吸血衝動を忘れることは出来ない。

 同時に理性の枷が嵌め直されてただの人間に戻った上羅エリはもう二度と他人を襲って生き血を啜るなどという大それたことは出来ない。そして、もう不味いものだと認識してしまった自分の生き血や動物の鮮血は身体が受け付けないだろう。

 

 上羅エリはこれから先もずっと満たされず、癒えない衝動に苛まれながら、その特殊な吸血癖を誰にも打ち明けられずにどこまでも一人孤独に生きていくのだ。

 もしも、上羅エリがどこかでカナタとハルカのように自分ではない誰かに勇気を出して自らの世界をほんの少しの勇気を出して明かすことができていたのなら。

 そんな期待を抱いてしてしまえるような出会いに巡り合えていたのであらば、彼女はその異常性癖こそ赦されなかったとしても、違った人生を歩めたのかもしれない。自分という小さな世界を変えられたのかもしれない。

 いずれにしても、いまの彼女には何もかもが遅すぎた。

 

 

 

 デュオルとモスキートメタローの戦い、その一部始終を遠くからずっと見ていた者がいたことをムゲンたちは誰も知らなかった。メタローでさえその者の視線も気配も感知することは出来なかった。

 

「この世界の仮面ライダーはなかなか面白そうじゃないか」

 

 視線の主、観察者ニューは煌めく夜の街並みを見下ろしながら、楽しそうに無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「ボクも遊び甲斐がありそうで嬉しいよ。ああ、神様! この世界をもっともっと幸せにしておくれ!」

 

 ニューは両手を大仰に振り上げて、高らかに星空に願いを捧げる。

 

「どうせなら、うんと愛と希望にあふれたキラキラと眩しい世界になるといいねえ! 目指すならハッピーエンドだ! ボクはそうなってくれると嬉しいよ。ねえ、君もそう思うだろ?」

 

 ケタケタ笑って独り言を連ねるニューはおもむろに懐から一枚のカードを取り出して、そこに写された名前も知らぬ、仮面の戦士に語りかける。それは間違いなくライダーメモリアの一枚だった。

  

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 




ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
画面の前のみんなは絶対にプライマーを人にぶっかけちゃいけないよww
洗剤や石鹸じゃ簡単に取れないんだからね。

それでは次回もよろしくお願いします


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第4話 幻霊疾空! エリアルファンタズマ!!

 どうも、皆様いつもありがとうございます。
 最新話更新です。

 今回はどうにか一話完結で詰め込んだ結果、なんか昭和を決めたようなテンポの速さになってしまいましたがどうかご容赦ください(汗)


 三月のとある休日。

 本来ならカフェ・メリッサも絶賛営業中なのだが今日は入口の扉に掛けられているプレートはCLOSEDのままだ。

 実のところ、このカフェ・メリッサは客入りも悪くなく、喫茶店としての評判も良いのだが店長であるシスターの気まぐれにより、不定期でよく休みになることでも有名な店でもあった。

 そんな経営で大丈夫か?と思うところだが、シスター曰く喫茶店経営は本人にしてみれば趣味の道楽のようなもので本業は別にあるとのこと。

 なので、店のカーテンも閉まったままなのだがこの日に限っては営業中ではないのに店の中はなにやら賑やかな様子だった。

 

「男児ごはん! スタートォ!」

「やっふー!」

「テンションおかしくない?」

 

 メリッサのキッチンではエプロン姿のムゲンとクー、そして無駄にハイテンションな二人を冷めた目で見ているハルカがいた。

 きっかけはバイトにも慣れてきたクーが自分の料理のレパートリーも増やしたいとシスターたちに相談したことだった。結果、ノリと勢いだけでムゲンによる料理教室が本日開校する運びになったのだ。

 

 それだけなら、別段平和な話だったのだがこの二人、休憩中にふとした雑談から野営、すなわちキャンプという共通の趣味があるということが判明したことで流れが変わった。

 クーの場合はギギの民という一族のライフスタイルや長い旅路の都合、やむを得ない場合もあったのだがムゲンの方が共通の話題で盛り上がれる相手を見つけたことでかつてないほどに舞い上がり、陽気で騒がしいクーもそのノリに乗っかったことで、このようなお祭り騒ぎめいた空気が出来上がってしまったのだ。

 

「ムゲン先生! 本日のメニュー発表をお願いします!」

「オッケーイ! 我ながらこの顔に刃物とか確実にポリス案件な殺伐とした絵だが、どうか安心して欲しい!」

 

 伊達眼鏡の奥の瞳は野犬のように鋭いが物腰そのものは普段はダウナー気味なムゲンではあるが今日に限ってはまるでメタローとの戦闘中のように元気ハツラツとしている。

 そんな彼が良く研いだキッチンナイフを慣れた手つきでくるくると片手で踊らせていれば、傍から見れば料理は料理でも人間を解体する方を想像するだろう。

 

「今日、俺が教えるのはえーお米って洗剤で洗うんじゃないんですかぁーとか言っちゃう、脳みそタピオカミルクティー野郎&ガールでも必ず成功する簡単キャンプカレーだ!」

「あっはー! 絶対美味しいヤツきましたー!」

「あの、二人とも十秒で良いからクールダウンしてもらっていい? なんでオレも巻き込まれてるの?」

 

 本格的なお昼の料理番組のようなご機嫌なテンションで盛り上がる二人に冷や汗を浮かべながらハルカは何故このカオス空間に自分もパーティ入りしているのかを冷静に問い質した。

 

「ハルカ、カレーは嫌いか? ハヤシライス派だったか?」

「ハルカさんは美味しいカレーを食べたくないとおっしゃる?」

「カレーから一度離れろ! お前らが脳みそタピオカミルクティーじゃねえか! そうじゃなくて、なんで俺も生徒に組み込まれてるかってこと!」

 

 残念ながら、まともに質問に答えてくれそうにない心がフォレスト化している二人に語気を荒くしてハルカは突っ込んだ。

 

「カナタがなーお前が料理当番だとすぐにパスタとか蕎麦とか楽なものに逃げるから、ちゃんとしたのを仕込んでくれだってさ」

「カナねえ、やってくれたな」

 

 事の経緯を聞かされたハルカはこの場にいない姉に小さく舌打ちをした。いくら異常なほどに深い親愛を育み、仲が良いこの双子も戯れ程度には喧嘩もするし、悪態もつくのだ。

 ちなみにカナタはというと女子バスケットボール部の試合に助っ人参戦中であり、本日は不在だ。

 いつもの眩しく不敵な笑顔と弾ける汗、そして試合中に3Pシュートを連発して、男女問わずに多くのギャラリーをメロメロにしたそうだが、それはまた別のお話。

 

「まあまあ。私が言うのもなんですが炊事は覚えておいて損はないですよ。私なんてアーティファクト作りに青春を注いだばかりにこの世界へ来るまでの大半の食事が塩焼き、塩茹でという有様なので! まあ、いまの私にはケチャップくんがいるので無敵ですけどね」

「うん。クーさんはマジで頑張った方がいいよな。自分のためにも店のためにも」

「そう言えば、少し気になってたんだけど、ギギの民の人たちってみんなクーさんがムゲンに渡したDブレイカーみたいな武器作れるんですよね?」

 

 腕を組んで調理スキルの大切さを力説するちょっと可哀そうなケチャラー魔術師にハルカはふと思いついた疑問を尋ねた。

 

「クーさんがムゲンを見つけたから今更感もあるけど、あんな感じのすごい武器を量産してレジスタンスに配った方が対抗策としては効率が良かったんじゃ」

「あーそれはですねー……ギギの民は大昔から代々、武器とか兵器作るの下手くそなんですよ」

 

 Dブレイカーの性能や利便性を考慮すると実に理に適ったハルカの質問に対してクーは眉を八の字のように歪めて、ざっくばらんな態度でそう答えた。

 

「なにそれ?」

「なんて言ったらいいんでしょうね、イマジネーションの問題と言いますか、とにかく強い敵をやっつける武器みたいな発想そのものが思いつかないんですよ」

「価値観の差異ってことですか? 前に聞いたみたいに少数の遊牧民族なら余所と戦争とかになる可能性も少なかったでしょうし」

「そんなとこですね。日常生活に役に立つ便利なアーティファクト作製こそがギギの民の本領。実のところ、私が差し上げたアレも元々は樵さんのために作った斧やノコギリの代用品なのですよ。ムゲンさんは武器として上手に使ってくれているので流石としか言いようがありません」

 

「「は?」」

 

 まだあまり詳しくなかったギギの民の詳細を知り、感心しかけていた二人の耳に飛び込んできた信じられない真相にハルカとムゲンは声をハモらせて驚いた。

 

「いやいやいや! 樵の斧代わりってその発想は流石にぶっ飛びすぎじゃないか!?」

「普通、林業用の斧は変形しないし、エネルギーの弾丸も発射されない」

「ひっどーい! お二人まで一族の年寄りたちみたいなこと言わないで下さいよ。私は山には熊みたいな危険な動物もいるだろうから、獣避けになるギミックが付いていると便利だろうなって親切心でご覧の設計をしたまでなのに、失礼な話です」

 

 使用者に対してサービス精神豊富ながら、そのサービスの方向性が明らかに斜め上なクーのコメントに軽く絶句しながらもハルカは思い切って、彼女のアーティファクトについて根掘り葉掘り聞こうと決めた。

 

「ちなみに他にはどんなもの作ったことあるんですか、クーさん?」

「そうですね、子供やお年寄りが夜道や獣道で安全に歩けるように身に付けているだけで、周りから一切存在を認識されなくなる布地でしょ」

「はあ……」

「私のランプのプロトタイプになった水とか食糧とか大容量を収納できる小箱とか、不眠症用に音色を聞いた人を一発で眠らせる笛とかですかねぇ」

 

 聞いているだけで、明らかに物騒な代物の数々にハルカはおろかムゲンさえもそれらを彼女が考えている使用方法とは違う使い方についての危険性を察知して、少し顔が青ざめ始めていた。

 

「ちなみにそれっていまでも使えるんですか?」

「その辺が実のところ微妙なんですよねえ、前にも話したようにこの世界はアーティファクトの主な動力になる魔力が薄いので使える品もその稼働時間も全く以ってピンキリって感じですよ。ビッグストライダーはその問題をクリアしたものらしいので幸いでしたけど」

「なるほどねえ」

「このように私は良かれと思って便利な機能をちょい足しすると昔から頭の固い爺さまたちにガガの民みたいな物騒なもん作るなって、よく怒鳴られたものです。全然物騒じゃねえですよーだ!」 

「ん? ガガ? ギギじゃなくて、ガガ?」

 

 当時を思い返して、百面相のように表情を変えて声を張るクーの口から出たもう一つの気になる単語。ムゲンが聞き返すとクーはまだ話していなかったか、とばかりに少し呆けた表情をした後にそのガガの民と言う者たちについても説明を始めた。

 

「私たちギギの民みたいなのが実を言うともう一ついるのですよ。ガガの民と言いまして、そいつらは逆に武器や戦いに関する道具を作る職人集団だったと聞きます」

「会ったことはないんですか?」

「全く、一度も、影も形もなく。 大昔はギギとガガは一つの纏まった大きな部族だったとか、好戦的な連中で袂を分かち、二つの一族になった。みたいなことを子供の頃に聞いたようなこともありますし、とっくの昔に滅んだんじゃないですか? まあ、私みたいなラブ&ピースなアーティファクトを作る魔術師には無縁な連中ですしねえ」

 

(何となくだけど)

(クーさんが発明家としてぶっ飛んでるのは分かった気がする)

 

 言葉にはしなかったが、二人ともどうしてクーが一族の長老たちから叱責されたのかその意味が分かったようだった。

 平和的なギギの民の気性が少し裏目に出てしまっているのか、クーはそのアーティファクト作製技術の高さとは対象的に自らの作り出す道具の性能の良さが危険な用いられ方をした時にどれだけ恐ろしいのかに気付いていない可能性があったのだ。

 

「私の実家がらみの話はいいんですよお。そんなことより、早く本題を始めましょうよ! ほらほら、男児ごはんスタートですよぉ」

 

 横道に逸れ出した話題と小さくなった腹の虫でハッとなったクーはすっかり親密になった態度でムゲンの肩をゆらしてせがんだ。

 

「そうしますか。ちょっと話も脱線したし、昼飯に間に合うように飛ばすとしますか。今回作るカレーは美味くて簡単、洗い物も最小限に抑えた理想のキャンプ飯だぞ、なんせ鍋一つで出来るんだ。包丁とか要らん」

「ヒュー! その気遣い、全国のお母さんの味方ですよぉ!」

「たぶんだけど、その包丁泣いてるぞ」

 

 クーの歓声が飛ぶ中で無情にも即片付けられた店の包丁をハルカが哀れに思いながら、ムゲンは気合十分にキャンプカレーを作り始めた。

 

「材料は野菜ジュース一本と焼き鳥の缶詰、そしてカレー粉の三品! お好みでミックスベジタブルやチーズとかも入れて良し! 他にも自分だけのオリジナルトッピングを探してみよう!」

「これにはやんちゃなキッズたちもドキワクで大喜び間違いなし!」

「なあ、ムゲン……折角なら、普通のカレーの作り方教えてもらった方がありがたいんだけど。こういうのって基本が大事なんだろ?」

 

 もっともなハルカの要求に材料を紹介するムゲンの手が止った。

 無言でしばし、ハルカの顔を覗き込んで大きく息を吸い込んだムゲンが再び口を開いた。

 

「……今日の男児ごはんは簡単キャンプカレーをお届けしますッ!!」

「よし分かった。今回はオレが折れてやる」

 

 カナタに小言を言われるのを覚悟しながら、ハルカは親友の願いを叶えることを優先した。

 

「まあ、レシピって言ってもアレだ。いまの材料を分量間違えずに全部鍋に放り込んでよく煮込めば出来上がりだよ。焼き鳥缶は煮こごりも忘れずに入れろよ。これが旨味になるからな」

 

 慣れた様子で鍋に三人分の材料を投入していくムゲン。

 キャンプ飯レクチャーに拘っていただけあって、その進行具合はなかなか様になっていた。

 

「一応、そういう大事なポイントは存在するんだな。あって無いようなものみたいだけど」

「キャンプ飯の要点は持っていける材料や調理道具が限られる状況でどれだけ簡単かつ無駄を出さずに作れるかってところだからな」

「ムゲンさん、これってお鍋じゃなきゃダメですか?」

「いや、今回は屋内で作るから小鍋を用意たけど、実際はコッヘルみたいなキャンプ用の調理道具でやるのが正しいな」

 

 念のため持ってきた自分のキャンプ用具を例に見せながら、ムゲンは仕上げ用の調味料が入った缶詰めを楽々と素手で蓋を取り、小鍋の上に持ってきた。

 

「さあ! 最後にお待ちかねのカレー粉を投入するぞ。固形のルーと違ってちゃんと分量を量って入れないと味が大事故を起こすから注意だぞ」

「カレー粉なんて久々に見たな。あれ……なあムゲンちょっと待った」

「どした?」

「なんか、ムゲンの持ってるカレー粉ちょっと色変じゃないか? あと匂いも」

「はあ? ちゃんと賞味期限は確――」

 

 ハルカの指摘におもむろに手にしていた缶のラベルを見たムゲンが口を開けたまま凍りついた。黄色い缶には赤い文字でデカデカとからしと表記されていたのだから。

 

「間違えたああああああ! カラシだこれええええええ!?」

「えぇ……」

「なにごとですか? アクシデント発生ですかこれ!?」

「うん。ちょっと、正気ですか?って感じのアクシデントです」

 

 ムゲン、痛恨のミスと大絶叫。

 クーはびくりと驚き、ハルカは流石にドン引きせざるを得なかった。

 

「ごめんなさい、クーさん。大急ぎでカレー粉買って来るんで留守をお願いします!」

「ラジャーです!」

「不安しかないから、オレも一緒に行くよ。ほれ、ムゲンの財布」

「かたじけねえ」

 

 自身でも信じられないミスに動揺を隠せず軽くパニックになるムゲンを心配して、ハルカも彼のべスパの後ろに跨った。

 

「お二人ともいってらっしゃーい! でも、本当に早くして下さいな。私、これのために朝ごはん食べずに我慢してたんですからねー!」

「心得ましたあああ!」

 

 既にぐーぐーとお腹の虫がうるさくなってきているクーに見送られながらムゲンとハルカはカレー粉一個を買うために街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

その頃、休日の賑わいとは縁遠い静かで薄暗い路地裏にて、新たなる敵は生まれ落ちようとしていた。

 

『さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

「オオ……キタ! キタキタキタアアアァ!!」

 

 揺らめく炎が僅かに猛けり、不気味に輝く火の玉がゆっくりと青年・車田の肉体に入り込むと彼と融合し――いや、彼を侵略して全く別の存在として変貌を遂げていく。

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

『ギャッハッハッハ! いいね! 我ながら最高のボディになってくれたじゃねえか!』

 

 光が収まるとそこには迷彩柄の分厚い装甲を持つ、頑強な異形の姿あり。

 照準器のスコープのような単眼の頭部と戦車砲と一体化している右腕、まさに戦車が人型になったような特徴を持つタンクメタローは変貌した自分の姿形に満足したのか粗野な笑いを臆面もなく高らかに上げた。

 

彼の喜びは当然のものだった。

何故なら、この車田という青年は戦車をこよなく愛するが余り、自動車やトラクターと言った乗り物の部品をかき集めて戦車を自作してしまうほどの戦車狂だったのだ。

ただし、当然のことながら違法改造であり、臆面もなく公道でも乗り回すという問題児としても有名であった。

 

(融合はここに叶った。後はキミの好きなようにするといい。私は全ての思考を停止する)

『おいおい! 寂しいこと言うなよバディさんよ。折角こんなイカれた力を手に入れたんだぜ? 試し撃ちしないでどうするんだよ』

 

 車田と融合したメタローはそれまでのメタローたちとは違い乾いた口調で覇気のない提案を持ちかけ出した。

 

(私には必要ない。教団の大事業に異を唱えるつもりはない。けれど、私という個我はもう疲れ果てたのだ)

『なんだよ、付き合い悪いじゃんよ! 騙されたと思って俺に付き合えって、建物は10点、乗り物は50点、人間はそうだな……狙った奴に当てたら100点。関係ない奴を撃っちまったら-150点ってシューティングゲームを考えたんだよ、スカッとするぜ!』

 

 明確に積極的な侵略活動を行うつもりがないことを主張するメタローに対して、車田の精神はその危険で傍若無人な人間性を物語る狂気の遊びを思いつく有様だった。

 

(なんたる愚か、なんたる醜悪。それでいい、この世界の一欠片……その悪心こそが魔人教団に相応しい者の証明だ。私という精神は無用の物だ。頼む、もう嫌なのだ)

 

「まさか、魔人教団の者たちの中からそんな言葉を聞くとは思わなかったね。それは同胞たちへの裏切りになってしまうのではないのかい?」

 

 一つの肉体に二つの精神。

 押し問答を続けるタンクメタローの前に突然割って入って来る者が現れた。

 

『なんだよ、お兄さん。俺らのことを邪魔する気か? だったらその小奇麗な面ぁぶち抜くぞ』

「ボクは味方だよ。君の中のバディさんに確かめてご覧よ」

(観察者……ニュー。何の用だ。統括長へ私を密告でもするつもりか?)

 

 癖のある緑の長い髪の一房を弄りながら、和やかな微笑みを絶やさないニューにメタローは警戒した様子で脳内に話しかけた。

 

「ボクはあくまで気ままな観察者だ。ただ、どうにもこの世界に傷を与えるのに積極的ではない君という個体が気になってね。反旗を翻すというわけでもないようだし、何故だい?」

(反逆など不可能だ。我らは精神同期にて結ばれている一繋ぎの群体のようなもの。けれど、このように素体に全てを委ね。思考を放棄することは反逆の範疇には含まれない)

 

 高次元生命体メタロー。

 それは彼らの個体名であり、同時に種族を示す総称でもあった。

 彼らにはそれぞれの個人に相当する人格があり、個我がある。けれど同時に全ての思考や感情は統括長を中心に精神同期という固有能力によって全てのメタローが共有する仕組みとなっていた。

 

「なるほど、君たち高次元生命体の理屈ではそうなるわけか」

(重ねて答えてやろう。同胞と言ったな……バカなことを言うな。私たちの殆どがあの狂った連中共の被害者だ)

 

 他の仲間たちに知られるのを覚悟でこのメタローは怨嗟の念を隠すことなく、胸の内をニューに吐露した。

 

「いまので把握したよ。君たちはオリジナルではないんだね。始まりの天才たちに巻き込まれた側なのか。そして、人間であった頃の常識や理性を捨てきれずにここまできたか」

(何がおかしい! ある朝目覚めたその日に、私たちはありふれた日常も、人間としての人生も奪われたのだ。あの狂者たちの暴走で人間としての肉体を失くしてこの様だ! 否定も肯定も出来ずに選択の自由さえも与えられなかった!)

 

 目の前にいるメタローの有機生命体であった頃の身分を察して、ニューは哀れみにも似た笑顔を見せた。その嘲笑に当然のようにメタローは怒りを露わにした。

 その怒りの真相を知るには魔人教団を構成するメタローたちの起源をここで一部語らなければならない。

 元々、高次元生命体メタローが発生した世界は人類が文明社会を謳歌するごく普通の世界だった。けれど、その裏側で数名の天才たちが高度な科学力を行使して、とある実験を秘密裏に行っていた。

 それこそが生身の肉体を放棄して、生物の魂を物質化するという題材であった。そして、後に統括長とオリジナルと呼ばれる天才たちはその世界の優れた科学力と狂気の領域に達した叡智の限りを尽くして、神の御業に等しいその実験を成功へと導いた。

 かくして、天才たちは自分たちの生きとし生ける世界の生命体の全ての魂を肉体と言う檻から解放した。

 誰の許しも得ずに、一切合切の議論も選択の余地も与えることなく、全ての人類、全ての知的生命体を無理やりメタローへと変貌させたのだ。

 これこそが魔人教団の創成の真実だ。

 

(それから長い時間が過ぎた。統括長たちが謳う一大事業に付き合わされて、他の世界に侵略もした。長い、長い歳月の出来事だ。確かに我らには老いというものは無くなったのだろう、不死に近い長寿を得たのだろう。けれど、私はもう止めにしたいのだ。故にこその選択だ……納得したか、観察者よ)

「……ああ、良く解ったよ。ならば、ボクの実験にもピッタリだ」

『あん? テンメェ、なんだ――』

 

 終わりの見えない責め苦に近い生涯に燃え尽きたくてもそれが出来ないメタローの悲痛な訴えを聞き終えて、ニューは低い声色で語りかけながら、ゆっくりと歩み寄り始めた。

 

「パパの真似事じゃないけど、人体実験ってワクワクするよね?」

 

 タンクメタローが一瞬垣間見たニューの顔はまさにこの世に顕現した悪魔のようだった。

 

『おぉおおおおおおお!? うぅおおおおああああああ――!!』

(馬鹿な……この力は仮面ライダーのも――)

 

 けれど、不意に奇妙なカードを体内に無理やり埋め込まれたタンクメタローは抵抗することも出来ずに自らの奥底で噴き出す力の奔流に悶絶する。

 タンクメタローの全身には膨大なエネルギーとパワーが漲っていく。大きな負荷と代償を伴いながら。

 

「ライダーメモリア、拾い物さ。けれど仮面ライダーが元来、悪より生まれた正義の象徴ならばこのカードが力を与える対象がこの世界の新人君だけとは限らないよね。何故なら、メタローよ。この世界の側から見れば魔人教団こそが悪の怪人軍団に他ならないのだから」

 

『うおあああああああああああああああああああ!』

 

 ダイナマイトが大爆発するような雄叫びを上げながらタンクメタローの中からメタロー本人の人格や個我は一片の欠片も残らずに消滅していた。

 痛みも苦しみさえ近くすることは無い一瞬の出来事だったのだろう。

 

「おめでとう、名も知れぬメタロー君。お望み通り、自我なんてこれで塵芥と吹っ飛んだだろう、何せ赤子に劇薬を飲ませたようなものだったのだからね。さて」

 

『ハァ……ハァ……カァー! パワーがギュンギュンに漲って来るぜええええええ! なんだか知らねえがこの力、この姿、全部俺のもんでいいんだよな? 愉しみすぎてイッちまいそうだぜえええ!』

 

「成功のようだね。うん……いい感じだ」

 

 思っていた結果を確認したニューはその美しい顔をおぞましく緩ませて笑顔を浮かべた。

 打ち上げ花火のように右腕の戦車砲を上空に向けて連発するタンクメタロー。

 ライダーメモリアによって大幅に強化された呼吸する破壊衝動と化した怪人が平和な街に惨劇をもたらそうとしていた。

 

 

 

 

 

 休日の街は天候にも恵まれて、多くの人に溢れて賑わいを見せていた。

 数え切れない自動車が産卵期の魚の群れのようにせわしなく行き交う車道をムゲンとハルカが乗る中古のべスパも軽快に走っていた。

 

「いやぁ、我ながらちょっとどうかと思うミスだった」

「令和始まって以来の衝撃だったよ。あれはそう簡単に塗り替えられるものじゃないぞ」

「大袈裟すぎやしねえか?」

「普通は味とか値段とかラベルをよく確認してから買うだろう。レジでも商品名表示されるし、元々ムゲンはレシートちゃんと保管するタイプじゃん」

「仕方ねえじゃん。クーさんやハルカにキャンプ飯教えるの楽しみだったんだからよ」

 

 ゲンは後ろのハルカに心底悔しそうに答えた。

 普段、どちらかと言えば双子やクーたちの話の聞き手に回ることが多いムゲンがここまで自分が主体となってはしゃぐという姿は確かに珍しいものだった。

 

 

「なあ、余計なお世話かもしれないけど。あんまり仲良くなりすぎるのも考えものだぞ。きっと別れる時に辛いだけだ」

 

 そんなムゲンに少し申し訳なさそうにしながらも、ハルカははっきりとした意思を込めてそう返した。

 

「クーさんのことか?」

「文字通り、住んでいる世界が違うんだ。あの人にだって、本当に送るべきはずだった日常がある。この一件が全部片付いた時にさようなら、また何処かで会いましょうって簡単に再会できるわけじゃないだろうし」

 

 先のVSモスキートメタローの一件以降、カナタもクーと打ち解けていく中でハルカはまだ彼女との間に一線を引いていた。表面上に明らかにこそしてはいないが彼女への不審や警戒も解いてはいなかった。

 

「だから、親交は深めなくてもいいってか?」

「結果を考えるなら、オレはそっちの方がお互いのためだと思うけどね。ま、一応選択肢は多い方が良いだろ」

「そういうのも悪かねえとは思うさ。けど、俺はあの人も交えて四人やシスターとバカやりたいけどなあ。結果よりも、過程のほうが大事なこともあるぜ」

「……一理はあるだろうけど」

 

 ムゲンの言葉にハルカは微かにバツの悪そうに呟いた。

 彼自身、何も猜疑心が強いわけでも、性根が致命的に歪んでいるというわけではない。ただし、あまりにも素性不明な人物に対してそう簡単に心を許すほど不用心だということでもない。

 天風ハルカという少年は常にもしもの事態への備えや準備を怠らない慎重で理を重んじる性分なだけなのだ。

 

「じゃあ、聞くけどよ? ハルカはカナタと一緒になって俺のこと調べた間の時間は意味も価値も無いものだったのか?」

「なっ!? カナねえが喋ったのか?」

 

 けれど、そんな彼でも想定していなかったムゲンからの例え話にハルカは思わず体を揺らし、べスパの後部が大きくぶれた。

 ムゲンは慌ててハンドルを切って体勢を直しながら、飄々とした声でどこか面白がってさらに続けた。

 

「気付かないわけないだろ、お前らあの頃ホントに二人だけの世界でいつも一緒に行動してたんだから。加えて、俺は見事にボッチマンだったから誰かの気配なんてすぐに分かるさ」

「よりにもよって、いまそれネタバレするわけ? TVで露出多めの萌えアニメのCMが流れた時に唐突に母親がアレ、あんたの好きなやつでしょ?って話を振るレベルの所業だぞ。最悪だ」

「ハハッ! で、どうよ?」

 

 しばし、声にならない呻き声を上げていたハルカだったが、確かに鮮烈だった一年前の日々を思い出して、自分の気持ちをはっきりと口に出し始めた。

 

「宝の地図を広げて、大迷宮を探検してる気分だったよ。きっとカナねえもそうだ」

「長い! 映画の主人公かよ、もっとシンプルに」

「楽しかった! そうだよ、過程を思いっきり楽しんでたさ。これで満足? 全く、今日は厄日だぜ。降参だ……これからはちゃんとあの人とも前向きに付き合っていくよ、一応」

「無理強いはしないさ。ハルカの慎重なところに助けられてるのも本当だからな」

 

 ちょっと自棄っぱちになっているハルカを宥めながら、ムゲンは穏やかに言う。

 ムゲンもハルカのその慎重で自分では中々実行できない理詰めの行動には感謝が尽きないのも本当のことだった。

 

「そいつはどうも。これだけ照れくさいこと言わせたんだ。埋め合わせにちゃんと美味いの作ってくれよ?」

「お安い御用だ。食欲大爆発な絶品をご馳走してやるぜ」

 

 お互いに腹を割って話し合い、スッキリして買い物に臨もうとした矢先のことだった。

 突如として街中に木霊した轟音と地鳴りを起こしながら崩壊する一棟のビルにその場にいた人々は騒然となった。

 

「いまのなんだ!? 爆弾かあ?」

「違う……見ろアレ、煙の中に何かいる!」

 

『ヒャッホウ! 最高だぜええええ! ファイア! ファイア ファイア! 全弾命中ゥ~合わせて160点ゲットだぜ!』

 

 瓦礫を戦車砲からの砲撃で吹き飛ばしながら堂々と姿を現したタンクメタローは目の前を走る自動車やトラックを無作為に狙って何の躊躇いもなく砲撃して見せた。

 砲弾が車体に炸裂して、轟音と炎、瓦礫や車の残骸があちこちに飛び散り、賑やかな街並みは一瞬で凄惨を極める地獄絵図と化してしまった。

 

「やっぱり、メタローじゃねえか!」

「虫だけじゃなくて、戦車って兵器の姿も真似できるのか……にしても、イカれてる」

 

 数分前までは多くの人たちの笑い声や歓声に溢れていた街は悲鳴とクラクションや言葉にならない叫び声が飛び交う修羅場になっていた。

 そんな惨たらしい光景を喜劇でも見物するように尚も砲弾をあちこちに撃ち込みながらタンクメタローは自らが考案した悪趣味なゲームを愉しんでいた。

 

『ヒィイイイッハアアアアアァ! この破壊力! この火力ゥ! 戦車最高だぜ! カスな軽自動車共なんて片っ端からスクラップにすりゃあ、戦車が自家用車の主流になるんじゃね? いいなそれ、やってみよう。パンツァー・フォォォオオオオオ!』

 

「あのバカタレ、いますぐぶっ潰してやら! ハルカ、ちょっと行ってくる」

「分かった。フォローは任せろ! いいか、分が悪いと思ったら無理せず退くのも手だ。あいつがどれだけ暴れようと最後にお前が勝てればチャラだ」

 

 額に青筋を浮かべながら指輪からビッグストライダーとベルトを召喚したムゲンは既に臨戦態勢だった。

 そんなムゲンにハルカは彼の身命に重きを置くように念を押す。

 薄情なようにも思えるが、デュオルがメタローを倒せば、その被害や犠牲は無かったこととしてリセットされる。それがクー曰く本来、超常の力とは無縁なこの世界の修正力なのだ。

 

「それなぁ……後味的な意味であんま良い気分はしないんだけどな」

「気持ちは分かるけど、そこは割り切れ。こっちばかりは結果が全てだ。気をつけてな、ムゲン」

 

 ハルカの言う事に対して、ムゲンは理解はするが受け入れ難い心情を隠さずに表に見せた。当たり前の真っ当な人間のとしての感情。それはハルカも同じだ――けれど、こればかりは譲れないと意を込めてハルカは戦いに臨む親友に言葉短くエールを送る。

 そう、ハルカには確証があった。デュオルが勝利すればハッピーエンドは継続される。変わり映えのない日常は何も変わらず更新されて明日に繋がる。

 カナタやムゲンにも内緒で密かに事件が起きるたびに犠牲者や被害者の有無を事細かに裏付け調査を行ってきたハルカだからこそ、言い切れる確定事項だった。

 

 

「応ッ! やってやらあな!」

「北の方に廃車置き場がある! そこなら人気も少ないはずだ!」

「サンキューな、ハルカ!」

 

 個人的には結果をこそ重んじながらもムゲンの意を汲んで戦い易い場所を算出してくれたハルカの気遣いに感謝しながらムゲンは二枚のメモリアを展開したデュオルドライバーのスロットに装填する。

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 力強く構えてデュオルへと変身したムゲンはビッグストライダーで駆け出すと、戦車砲を次の目標へと狙いを定めているタンクメタローへ真正面から突撃した。

 

『そこの戦車男! 場外乱闘にしちゃやり過ぎだぜ!』

『あ? なんだよ、テメエは? 良いところなんだから邪魔すんじゃねえぞコラァ!』

 

フロントカウルと双角でタンクメタローを捕らえたまま、少し離れた廃車置き場へと猛然と突き進み始めた。

 

『悪いな、お前らの邪魔するのが仕事なんだよ! ちょっと面貸しな!』

『上等だよ、二輪野郎! 戦車が最強ってことをご教授してやるぜ!』

 

 大型バイクのビッグストライダーの突進にもさほど怯まないタンクメタローにそれなりに上達した腕を以って、Dブレイカーの弾丸を浴びせながらデュオルは一気に街中から離れていった。

 

 

 

 

 

 その場に残ったハルカは炎の匂いが漂う惨劇の後で善意から被害に遭った人たちの救助作業を行う人々に混じって出来る限りの事後処理に努めた。

 けれど、モスキートメタローの時と違い、尋常ではない力を誇るタンクメタローの戦車砲で滅茶苦茶にされたこの場では一人の少年の力はあまりにも無力だった。

 

「大丈夫ですか! もうすぐ救急車が来ますから、しっかりして下さい!」

 

 熱く焼けたような温度を保つ瓦礫を撤去することなど到底できない。

 泉のように傷口から流血する怪我人の治療などは論外だ。

 それでもデュオルとして戦うムゲンを支えると誓った友としての矜持だけでハルカは怪我人を誘導したり、救急隊員を先導したりと無力さを痛感しならも出来ることをやり続けた。

 

「だ……誰か」

「もう大丈――っぅ、ひどい」

 

 微かな助けを求める声を聞きつけて、廃車の影に隠れた瓦礫の山に埋もれた女性を見つけたハルカは女性の意識が途切れない様に大声を張り続けながら駆け寄った。

 けれど、彼女と彼女が身を呈して守った娘と思わしき小さな子供を浸す水溜りのような出血に思わず息を詰まらせてそう漏らした。

 

 

「お願い、します……この娘を安全なところに」

「は、はい! ハイ! 必ず、必ず! だから、貴女も頑張って、諦めないで!」

 

 直接の目視は出来なかったがハルカの見立てでは恐らく女性の下半身の殆どが瓦礫で潰されているのが見て取れた。夥しい量の出血と足の骨など粉々に砕けている気が狂いそうな痛みに襲われているにも関わらず、女性は泣き言一つこぼさずに娘の無事をハルカに託した。

 濃い血の臭いと女性の惨たらしい状態に胃の奥からこみ上げてきそうなものを必死に我慢しながら奇跡的にわずかな擦り傷を負っただけで気絶している女の子を預かったハルカは張り裂けそうなくらいの声を上げて救助の手を求めた。

 

「誰か! 手を貸して下さい! お願いします、ここにも人がいます! お願いします!」

 

「うぅ……おかあさん?」

「見るな! じゃ、ない……大丈夫、君のお母さんちょっと足を怪我しちゃったんだ。お兄ちゃん達が手当てするから、少しの間待っててもらえるかな?」

「おにいちゃん、お医者さんなの? おかあさん、痛くしちゃいやだよ」

「……うん。頑張ってみるよ」

 

 激しい動悸が止まらない。

 首筋や手首などで血管が脈打つ感覚が分かってしまうほどの心臓の鼓動に耐えながら無理やりに平静を装う。目を覚ました女の子を駆けつけた救急車の元まで送り届けるとハルカは短く荒い呼吸を繰り返しながら今一度、タンクメタローが滅茶苦茶にした平和だったはずの街を見渡した。

 

「何が敵を倒せば全部チャラだよ……ふざけんな! 馬鹿じゃねえのオレ!」

 

 痛いほど両手を握りしめて、ハルカは数分前の自分へと怒りをぶつけた。

 何も出来ない無力さと情の欠片もない機械のような考え方をしていた自分に心の底から腹が立って仕方がなかった。確かに彼は、天風ハルカは姉共々に他人には興味は無い。だからといって、罪のない人が傷つく姿に、苦しむ姿に、何も感じないような冷血漢では決してない。

 

「結果が全てなわけねえだろ、こんなん見せられて! あの子に安っぽい言葉しか送なかったクセに何様なんだよ、大馬鹿野郎! クソ! クソォ……!」

 

  むしろ、逆だ。本人は自覚がないのかもしれないし、認めないのかもしれないがハルカは目の前で起きる理不尽に対して他人だからと傍観者に徹するような立ち振舞いはできないようなタイプの人間だった。

 怪我や病気のような直接的な物にしても、別れや不条理と言った感情的な物に至るまで痛みや苦しみに注意深く敏感で、だからこそ他者に対しても様々な理由付けを行ってはさり気なく手を貸せる少年だった。

 

「すみません! オレにも手伝わせて下さい!」

 

 女の子の母親の救助はまだ難航しているようだった。

 それを確認するや否や、ハルカの両脚は動き出していた。

 

「よし。そっちを押してくれ! 瓦礫に巻き込まれない様に気をつけて! せーのでいくぞ!」

「せーのおおお!」

 

 同じように集まってきた人たちと協力し合ってハルカは懸命に瓦礫を押し続ける。

 全て、リセットされる無為で無意味な徒労でも、自分と言う人間に良心があり、血が通っている限り、見過ごすことなんて出来るはずがなかった。

 

「やったぞ! まだ息がある! 担架持って来て! 止血とバイタルチェックの準備急げ!」

 

 やっとの思いで瓦礫を取り払えたとき、女性はまだ生きていてくれた。

 デュオルが勝ってくれれば、全てが救われる結果が待っている。

 けれども、ハルカには彼女を見殺しにしないでいられたことが本当に嬉しかった。

 

 慌ただしく搬送されていく女性を見届けながら、ふと視線を足元へ移すとハルカは細かい瓦礫の間に挟まった見覚えのあるカードを見つけた。

 

「ハァ……ハァ……これ、まさか?」

 

 無我夢中で瓦礫を取り払いカードを拾い上げたそこには確かに既にデュオルが所持しているライダーメモリアと似た新たな仮面の戦士の勇姿が写されていた。

 

「やっぱり、そうだ。ムゲン、そうだな……結果は大事だぞ。でも、全てじゃなさそうだ」

 

 結果よりも尊い過程がある。

 無数にある正しさの中の一つを噛みしめながら、ハルカは友が戦う廃車置き場の方角を睨んだ。

 

「いかなきゃ!」

 

 そして、疲労が残る体に鞭を打ってハルカは走り出した。

 友の勝利を確かな物へとするために、名前も知らない他人たちの平和な日々を取り返すために。

 

 手に入れた新たなるライダーメモリア。

 そこに写されし戦士は八番目の男。

 拳に正義を、心に大空を――彼こそは、はるかなる愛のために戦った男。

 

 

 

 

 

 

 一方、ハルカが教えた廃車置き場までタンクメタローを連れてきたデュオルだったが戦況は雲行きが怪しかった。

 

『オラオラ! 蜂の巣なんてケチなことは言わねえよ、挽肉にしてやるから覚悟せいや!』

『誕生日のクラッカーみてえに景気良く撃ちやがって、その装填速度は可笑しいだろ!』

 

 威力もそうだが、乗り物としての戦車のそれを遥かに上回る連射性能を誇るタンクメタローの砲撃の猛威にデュオルは圧倒されて、爆発による熱と衝撃に翻弄されながら直撃を避けるの手一杯だった。

 

『コソコソと隠れやがって……ハン! なら、俺の方から会いに行ってやるよ』

『なッ!? 足がキャタピラみてえになりやがった!? どわああああっ!?』

 

 廃車の物陰に隠れながらDブレイカーでなんとか反撃を試みるデュオルに痺れを切らせたタンクメタローは脚部を二足歩行から無限軌道に変形させると山のように積まれた廃車をまるで雑草でも踏み潰すかのように進軍を開始する。

 

『キャタピラじゃねえ! 履帯じゃあこのド素人がああ!』

『知るかよ、戦車オタク! テメエみたいに素人に塩対応だから、戦車なんてドマイナーで不人気な乗り物なんだよ!』

 

 デュオルの知識不足の驚きのコメントを細かく嫌らしく指摘しながら、タンクメタローは難攻不落の移動砲台と化して、戦車砲の乱れ撃ちで追い詰めていく。

 そんなタンクメタローの態度にも腹が立ちデュオルは大慌てで跳び回りながら更に煽るように悪態を飛ばす。

 

 

『オイオイオイ……決めたぞ、お前仕留めたら1000点だ。ぶっ殺るぉおおおおす!!』

『ぐぅおぁあああああ!? この、舐めんなよ!』

『ウサギかこの野郎!』

 

 誘いに乗ったタンクメタローは怒りに任せて狙いもつけずに砲弾を撃ちまくる。その嵐のような砲火に押されながらも、狙い通りに付け入る隙が出来たデュオルは一か八かの攻勢に打って出た。

 マイティアーツの自在跳躍を活かして、爆風で周囲に飛散した小石程度の瓦礫を足場に八艘飛びよろしく、俊敏な高速移動で敵の攻撃を掻い潜ってその懐へと飛び込んだ。

 

『どっちかって言うと、バッタだよ! オリャアアア!』

『ガァ!? こ、この……ぶへあ!?』

 

 飛び降りながらの踵落としてタンクメタローの砲撃姿勢を崩すと、間を置かずに硬い身体に機関銃のような勢いの連続パンチを叩き込む。

 

『この間合いは俺のもんだ!』

『ぐっ……ヘヘ! そうでも、ねえぞ?』

 

 さらに大きなスコープのようなタンクメタローの頭部にエルボーを打ち込み続ける。デュオルの猛攻に苦痛のうめきを漏らすタンクメタローだが不敵にそんな意味ありげな言葉を囁いた。

 デュオルがそれに気付いて警戒するが時はすでに遅く、二人の足元にカランコロンと冷たい金属の何かが落ちる音が聞こえ、次の瞬間には手榴弾の爆発がデュオルを飲み込んだ。

 

 

『ガァアアアア!? 熱ッ……ぐぉおお、あああ――爆弾まで持ってやがった』

『ギャッハッハッハ! 文字通り、虫の息かよバッタ野郎! 俺の方はァピンピンしてるぜえ? 戦車は最強だからな!』

 

 全身を黒焦げにしながらデュオルは爆風に吹き飛ばされて、力なく地面を転がった。

 一撃で大ダメージを負い、傷んだマリオネットのようなぎこちない動きでどうにか立ち上がったデュオルを炎の中から現れたタンクメタローが嘲笑う。

 

『馬鹿みたいに硬い装甲してやがる……くっ、手応えあった筈なのに全然ダメージ通ってないぞアレ』

 

 自らの強固な装甲に絶対の自信を持つからこそ、敢行できる自爆攻撃で優位に立ったタンクメタロー。さらにデュオルは気付く余地も無かったがニューが埋め込んだライダーメモリアで能力を底上げされていたタンクメタローはメモリアから得たさらなる力でデュオルを苦しめる。

 

『出血大サービスでよ、もう一つすげえの見せてやるよ! 火ャッハアアアァ!

『紫の……炎? おわあっ!?』

 

 右腕の戦車砲から噴き出した激しい紫炎が廃車の包み込むと瞬く間に焼き尽くした。

 それは紛れもなく鬼幻術・鬼火と呼ばれる仮面ライダー響鬼の技であった。

 

 

『何か知らんが変なあんちゃんに変なカードぶっ込まれたら最高なのが超最高って感じだぜ!!』

『まさか、メモリア……おいおい、メタローまで強化するなんて聞いてないぞ』

 

 デュオルの力の源であるはずのライダーメモリアがまさか魔人教団の手に渡り、あまつさえメタローを強化していた事実に驚きを隠せないムゲンは仮面の奥で顔を歪めた。

 

『さ・て・と! もっと楽しめるかと思ったが大したこと無かったなバッタ野郎? あ、そうだ。ぶっ殺す前に聞いといてやるわ、爆死と焼死どっちが良いよ?』

『そういうのはぶっ殺した後に言うもんだぜ? ぐお――!?』

『俺も知ってるぜ、映画とかのお約束だもんだ。だから、これで予防だ』

 

 空元気の軽口を叩いてみたデュオルの胸元に熱を帯びたタンクメタローの砲身が強く突きつけられる。

 絶体絶命、砲弾を撃ち込まれるにしろ、火炎で焼かれるにしろ一撃を食らえばタタでは済まない。

 

『あん?』

 

 文句のない勝利にタンクメタローが勝ち誇りかけたその時、遠くから近づくエンジン音が二人の耳にも届いた。

 

「うおおおおおおおおお! ムゲンからどけぇええええええ!」

『ぐおわ――こ、この俺が単車に撥ね飛ばされるだとォ!?』

 

 廃車置き場の外壁を突き破り、ハルカが駆るビッグストライダーが突如として戦場に乱入してきたのだ。

 雄叫びを上げるハルカが操るビッグストライダーの双角が不意を突いてタンクメタローを後方へと吹っ飛ばす。

 

『ハルカ!? 助かったけど、今回はマジでここから離れろ! 流れ弾でミンチになるぞ!』

「ミンチになんかになっていられない。これをお前に届けて、あの戦車野郎が鉄クズになるのを見届けるまではな」

 

 かなり無謀な自らの行動に冷や汗を浮かべながらハルカはデュオルに手に入れたライダーメモリアを手渡した。 廃車置き場に偶然ビッグストライダーが乗り捨ててあったから良かったものの、今日のハルカなら恐らく、生身でも突入していただろう。それぐらい、ハルカの打倒タンクメタローの願いは固かったのだ。 

 

『日に二枚も見つかるとはな……ところでハルカ、なんかあった? 面構えがなんか違う気するぞ?』

「今日は厄日だからな、理屈とか捨てて馬鹿やってみたくなっただけだよ」

『そうかい。ま、そういう日もあるわな』

「だろ? それよりムゲン、これで別の組み合わせが揃った。早速使ってみろよ? そして、勝ってくれ」

 

 死と隣り合わせの戦いの場に突っ込んだことへの恐怖を抱えながらも、どこか吹っ切れたような澄んだ笑顔を見せるハルカの姿に奮い立ったデュオルは託されたライダーメモリアを持つ手に力を入れ直して、立ち上がる。

 

 

『ああ、任された!』

 

 両サイドのグリップを引いて、ドライバーのギミックを展開すると既に装填されたライダーメモリアを抜き取り、新たな組み合わせの二枚へと交換する。

 

【スカイ!×ゴースト! ユニゾンアップ!】

 

 電子音声が勇壮に二大戦士の名を叫び、二基の風車がゆっくりと回転を始め、淡い光を放ち始めていく。

  

「ネクスト・ライド――!!」

 

【エリアルファンタズマ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 電子音声が高らかに鳴り響き、新たなる力の名を告げるとデュオルの周囲に無数の橙色に輝く目玉を象った不可思議な紋様が浮かび上がる。そして、後を追うように黄緑色の旋風が巻き起こる。

 旋風が竜巻のようにデュオルを包むと、ゆらゆらと浮かぶ紋様が風に流れてデュオルの体に重なってその姿形を変化させていく。

 

『ハアッ!』

 

 両腕を大きく振り、デュオルが陰陽師の印結びのような動きで構えると黄緑色の旋風が弾けて、第二のユニゾンアップフォームの姿が露わになった。

 胸部装甲に刻まれた目を象った紋様、ブレストクレストやアンテナの代わりに額から伸びる湾曲したブレードアンテナなどゴースト・オレ魂の姿を踏襲しながらも、全身の体色は鮮やかなライトグリーン。

 そして黒いパーカーの裾は真紅のファイヤーパターンで染め上げられている。

 これがスカイライダーと仮面ライダーゴーストの姿と力を受け継いだエリアルファンタズマの全貌である。 

 

「デュオル……頼んだぜ、ムゲン!」

『ッしゃあ! いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 命を燃やしていくような闘志を放ち、デュオル・エリアルファンタズマは俊敏な動作で難攻不落のタンクメタローに挑む。ハルカにとっては初めて目の当たりにするデュオルとして戦うムゲンの姿。そんな凄絶な光景を友として固唾を飲みつつも、決して目を逸らさずに見届けようとする。 

 

『姿が変わったぐらいで調子乗んなや! 食らえや、ファイア!』

『ああ、解るぞ。こいつの力、やってやるさ! セイリィィィング・ジャンプ!!』

 

 姿に変わったデュオルに臆することなく、自慢の戦車砲を発射するタンクメタロー。相対するデュオルはすかさず、眼前で交差した両手を勢い良く振り下ろして大地を蹴った。

 瞬間、エリアルファンタズマのパーカーの裾がロングコートのように延伸。デュオルの体は重力を無視して、浮遊した。

 

『飛んだぁ!? だが、外さなきゃいい話だろうがよ!』 

『お前と一緒でよ! こいつは一味違うみたいだぜええ!』

 

 初弾を回避したデュオルに驚愕しながら、取り乱すことなくタンクメタローは照準を合わせて次弾を放った。だが、胸の紋様が淡い光を放つとデュオルの肉体は薄っすらと透明になると、幽霊のように砲弾がすり抜けていった。

 

『透けたぁ! ごふううあ!?』

『景気よく大砲をぶっ放してくれたお礼だ。反撃開始とさせてもらうぜ!』

 

 物理攻撃を無力化する出鱈目なデュオルの能力には流石に驚きを隠せず、狼狽えるタンクメタローに風を切るようなハイキックが炸裂する。

 更にタンクメタローが反撃しようと手足を動かそうとする度に先手を取ったデュオルの足刀蹴りが次々に拳銃の早撃ちのような速度と精度で繰り出されて、鋭い衝撃で迷彩柄の異形を打ち抜いていく。

 

 自由に空を飛び、幽霊のようにあらゆる物体を透過して変幻自在の戦法で敵を翻弄する。

 これこそが天翔ける幻霊、エリアルファンタズマの真骨頂だった。

 

 

『クソッ! だがな、そんな弱っちい攻撃じゃ何発食らっても意味ねえんだよ!』

 

 しかし、タンクメタローは首を摩りながら殺気立った猛獣のように叫んで無理やりに右腕を構えた。

 確かに相手の主張するようにエリアルファンタズマはマイティアーツと比較して速さに勝る代わりに力で劣っていた。

 依然として決定打に欠けるデュオルに自分が負ける要素はないと優位を信じて疑わないタンクメタローは至近距離で砲弾を撃ち出した。しかし、砲口から火を噴いて発射された砲弾はあろうことか、タンクメタロー自身の顔面に直撃した。

 

 

『ぶがああああっ!? お、俺は……何をされたんだ?』

 

 タンクメタローはまだ気付いていなかった。

 自分が狙いを定めて砲弾を撃つその僅かな一瞬にデュオルが詠春拳にも似た目にも映らない技巧でタンクメタローの右腕の狙いを大きく逸らしていたことを。

 

『来いよ……種明かしをしてやるぜ?』

『このッ! ふざけんな!』

 

 

 

 顔面を黒く煤けさせながら状況が呑み込めないタンクメタローをデュエルは不敵な調子で挑発した。

 感情的になって滅茶苦茶に戦車砲を棍棒のように振り回すタンクメタローの動きを素早く合理的な身のこなしで全て防ぎ切ると同時に確実に反撃へと繋いでいく。

 

 一撃一撃は軽いものかもしれないが途切れることなく、尚且つ的確に装甲の薄い関節部や四肢の繋ぎ目に叩き込まれるデュオルの拳が着実にタンクメタローを疲弊させていく。

 

『確かに今度のデュオルは力は弱いらしい。けど、それがどうした?』

 

 足元がよろめき始めたタンクメタローに戦意の火を尚も激しく猛らせながら、デュオルはDブレイカーをスピアモードに変形させて両手持ちで構えた。

 その曇りのない刀身にタンクメタローの姿を映しながら、デュオルは飛翔と共に自らの体を独楽のように回転させた。

 

『足りない力を補う方法は、幾らでもある!』

『ぐがあああああああ!?』

『ハアアアアア! ダリャアア!!』

 

 デュオルが回転浮遊しながらタンクメタローの周囲を旋回すれば、Dブレイカーの刃がその強固な装甲を物ともせずにズタズタに切り裂いていく。

 畳み掛けるように間合いを測って着地したデュオルはDブレイカーの石突きを片手で握り直すと、そのまま力任せに大振りで円を描いて振り回す。刃渡りの長いブレードが遠心力で力を増しながら一太刀、二太刀と重く強い斬撃を浴びせていく。 

 

『やめろ……俺のボディに傷を付けるんじゃねええええ!』 

『舐めてんのかテメエ! 何を手前勝手なことを言ってやがる!』 

 

 自らの暴虐を棚に上げて、身勝手極まりのない戯言を吐くタンクメタローに怒りを爆発させたデュオルは渾身の前蹴りをその腹部に叩き込むとDブレイカーを高く掲げて飛び上がる。

 そして、迷いのない白刃でタンクメタロー自慢の右腕の戦車砲を根元から斬り落とした。

 

『ひいいぎいいいいい! お、俺の……大砲がああああああ!?』

 

 戦車の華である砲身を失ったことが余程の絶望だったタンクメタローは人目も憚らずにジタバタと地面をのたうち回って嘆きの絶叫を上げる。

 

「いまだ……やっちまえ、ムゲン!」

『応ともッ!』

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

 必勝の機を垣間見たハルカの叫びに呼応してデュオルはライトトリガーの撃鉄を起こして引き金を引いた。

 中央の風車が逆巻いて、デュオルの体に最大出力の力が迸る。

 

『オオメダマ! トオオッ!!』

 

 そう叫ぶデュオルの前方には光り輝く巨大な目玉のようなエネルギーの球体が形成されていく。

 デュオルはオオメダマと名付けたエネルギー球をタンクメタローに向けて思いっきり蹴り飛ばした。

 

『うおっ!? あひ? ど、どこ狙ってやがぁあああああ!?』

 

 異様なプレッシャーを放ちながらタンクメタローに迫るオオメダマだったがデュオルのコンロトールが悪かったのか大きく狙いが逸れて遥か大空の果てへと飛んで行ってしまった。

 肩透かしな攻撃をタンクメタローは馬鹿にするが、その瞬間にその体は後ろからの強い衝撃に押し出されて地上から引き剥がされてしまう。

 それはオオメダマにタンクメタローが気を取られた一瞬の隙に地面を透過して背後に回り込んだデュオルの仕業だった。デュオルはタンクメタローをアルゼンチンバックブリーカーの態勢で捕らえたまま、セイリングジャンプを発動して一気に青き大空へと飛び立った。

 

 

『良かったな戦車野郎! 戦車のくせに空飛ぶなんてお前ぐらいのもんだぜ!』

『ぐおおおおおおお!?』

 

 パーカーの真紅のファイヤーパターンを風に躍らせながら、超スピードで急上昇するデュオル。その凄まじい速度により発生する風圧と衝撃でタンクメタローはまともに抵抗すること出来ずに雲の上まで連れていかれる。 

 

 

『ここらで良いか! フィニッシュ・ホールドといこうじゃねえか!』

『な、なにをする気だ……ぁぐう!?』

 

 水平線が見えてしまいそうな大空でデュオルは滑らかな身のこなしで体位を組み替える。

 タンクメタローの左手首と右足首をそれぞれ片手でガッチリと掴んでホールドすると全身全霊の力で腰の部分を蹴りつける。

 

『参式! オメガドロオオオォォォ――プ!!』

 

 まるで矢を番えて、強く弦を引き絞った弓のような体勢でタンクメタローの体をロックしたデュオルは地上を目掛けてミサイルのような勢いで一気に急降下を決めた。余りも凄まじい電光石火のスピードにデュオルがタンクメタローの体をホールドする接地面の三点は空気摩擦により晴天に瞬く三ツ星の流星のように赤い輝きを放つ程である。

 

『ガッ……アアァ―――――!?』

 

 全身に襲い掛かる強烈なGの前にタンクメタローはバラバラになりそうな激痛に苛まれているにも関わらず悲鳴すらも上げる余裕が無かった。だが、ギリギリで目に映る視界に飛び込んできた光景に絶句する。デュオルには前もって用意していたとっておきの仕掛けがあったのだ。

 

『あれはさっきの……まさか、嫌だ! う、嘘だあああ!』

 

先程、デュオルが大きく狙いを外したと思われたオオメダマはデュオルの後を追うように大空をどこまでも上昇を続けていたのだ。そして、いままさにデュオルとタンクメタローの落下線上に重なっていた。

デュオルの本当の狙いと自分に待ち受ける運命を悟り、タンクメタローはみっともなく泣き喚いた。

 

『終わりだ!』

『ギャァ……ゥアアアアアアアアアアア!?』

 

デュオルにホールドされたまま、一切の減速もなく隕石の如く巨大なエネルギーの塊であるオオメダマに真正面から激突したタンクメタローは空き缶のようにペシャンコに圧し潰されると上空で大爆発を起こして、ここに破れ去った。

 

 

『ただいま! こいつで一件落着だ』

「お疲れ。ありがとな、ムゲン。よく勝ってくれたよ」

 

 世界を修正する風の中で気を失った車田を雑に掴んだまま大空から帰還したデュオルにハルカは感慨深く、改まって礼を言った。そんなハルカの様子に何かあったことは察しながら、デュオルは仮面の奥で口元を緩めると誇らしげに言う。

 

『余裕だぜ。なんせ頼もしい味方に恵まれてるからな、俺』

「そいつは良かった」

 

 そんなデュオルの言葉にハルカは思わずはにかみながら、少しだけ誇らしげに胸を張る。

 そして、お互いの健闘を称え合うように静かに拳と拳を突き合わせて掴み取った勝利に喜んだ。

 

 

 

 

 

「せっかくの休日だっていうのに大変だったね二人とも」

「まあ、バタバタしたけど二枚も新しいメモリア手に入ったし、結果オーライだろ?」

 

 戦い終わった帰り道。

 騒ぎをネットニュースで知って駆け付けたカナタも合流して、三人はカフェ・メリッサへと続く道を歩いていた。街並みはすっかり元通りに修正されていて、変わらない平和な光景がハルカにはいつも以上に価値あるものように映って見えた。

 

「それにしても、ここまできれいさっぱり戻るのってありがたいけど、ちょっとだけ空しいね」

「なんで?」

「だって、誰もムゲンが体張って頑張てるんだってこと知らないんだよ? 友達としてはそりゃあ複雑だよ。私たちのムゲンはこんなにすごいんだぞってさ」

「あー……まあ、変に騒がれたり、身バレする心配ないから十分なんだぞ」

 

 そんな風に自分たちだけ記憶している語られぬ戦いとムゲンの功労について、カナタは少しだけ釈然としない様子だった。かつてのハルカならムゲンの意思は置いておくとしても、きっとカナタ以上にその意見に同意したのかもしれない。

 

「いいじゃん。オレたちが覚えてるだけで充分さ。それに何も変わらないを守るんだ……見返りとかを求めるのはナンセンスだよ」

 

 そう言って、彼らしく合理的に、ちょっとだけ青臭い感情を詰め込んだ言葉を二人に聞かせるとハルカは爽やかに笑った。視線の先には偶然にも見つけたあの母娘の姿があった。

 もうただの他人--自分が忌避する誰でもない赤の他人の母娘の幸せそうな姿を優しい眼差しで一瞥すると二人に聞かれないように一人小さく呟いた。

 

「全く……ホント、ひどい厄日だったよ」

 

 

 

 

 

 

「クーさん、たっだいまあ! 見てくれよ、メモリア二枚も手に入ったぜ!」

 

 意気揚々とカフェ・メリッサへと帰ってきたムゲンたちはスカイライダーと仮面ライダー響鬼のメモリアをひらひらとチラつかせて店の中へと入っていった。

 

「おかえりなさい、お二人ともー……あ、カナタさんもどうも。で、カレー粉は買えましたか?」

 

「「あ……」」 

「カレー粉? なにそれ?」

 

 だが、三人を出迎えたのは夕暮れまでずっとムゲンの言いつけ通りに作りかけのキャンプカレーを守護して何も食べていないクーだった。心なしか、いつも陽気で爛漫とした顔はやつれて血の気が引いている。そして、ムゲンとハルカは何のために街に出たのかを完全に忘れていたことに気付いて、青ざめた顔で固まった。

 

「ムゲン……どうする?」

「……いくぞ」

 

 忘れていたなんて決して言えない空気に冷や汗を流してハルカが尋ねるとムゲンは腹を括ったような低い声で呟くとデュオルドライバーを装着した。

 

【スカイ!×ゴースト! ユニゾンアップ!】

 

「変し――」

「「それはダメッ!!」」

 

 あろうことか、デュオル・エリアルファンタズマに変身してカレー粉を買いに行くという暴挙に出たムゲンをカナタとハルカの二人が全力で阻止する。

 変身完了を待たずにジャンプしていたムゲンの両足を二人が掴んだことで、ムゲンはノーガードで顔面から地面に激突する。

 

「ぶうぅへえええ!?」

「いくら何でもやっていいこと悪いことがあるでしょ!」

「すまん、ムゲン。今回はオレも同罪だ」

「あの……カレーは?」

 

 二人の取り乱しっぷりに全てを察したクーは燃え尽きたようにその場に立ち尽くして、うわ言のようにカレーと呟き続ける有様だ。

 

「頼む、行かせてくれ! アイス買ってきてやるから!」

「ダメです!」

「あの……何でもいいから私に美味しいもの下さいなあああああ!」

 

 四人揃っただけでこんなにも騒がしくなるこの少しだけ変化を見せた日常を受け入れて、ハルカはやれやれと笑うと三人を尻目に店にカレールーのストックがないのか一人探しに倉庫へと向かった。

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 




一応言いますと作者は戦車のことドマイナーな乗り物とは思ってませんからね
むしろ、ガルパンとか大好きですし

ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!


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第5話 JKぬらぬらクライシス(前編)

皆様、いつもお世話になっております。
最新話更新しました。ちょっとサブタイトルが妙なことになっていますが作者は元気ですww(サブタイ考えるのって難しいですね)

今回はタグに学園って付けときながら全く舞台となっていなかった学校パートでございます。


 四月上旬。

 桜の花が咲き誇る、新たな始まりの季節。

 広大な敷地内に小中高と大学部が密集している城南学園も新学期に入りそれぞれの区画で新入生を迎えて、学生たちは思い思いに青い春を謳歌していた。

 ムゲンたちが通う高等部でも新しいクラス編成が昇降口に貼り出されて大勢の生徒たちで大変な盛り上がりを見せている。

 

「無事に今年も三人一緒のクラスだね」

「これで一安心だな」

「全くだ。忙しい一年になりそうだしな」

 

 2-Aのクラス名簿に自分たち三人の名前があるのを確認したカナタとハルカはホッと胸を撫で下ろした。過去に大人たちの無慈悲な策略(本人たちはそう思っている)で離ればなれにされた苦い経験があるだけに、ムゲンを含めた三人でまた一年間を過ごせる喜びは余人が考える以上に大きな物だった。

 

 

「あ、あの……双連寺くん」

「ん? おー、図書委員の。えっと、宮前さんでよかったっけ?」

「はい。いつもご利用ありがとうございます」

 

 ふと、三人の背後からムゲンの名を呼ぶ、少し上擦った声が聞こえた。振り返るとそこには藍色のきめ細やかな髪が鮮やかな、小動物系の女子生徒が立っていた。

 彼女の名前は宮前ナギコ。三人と同じく高等部二年生であり、本好きが興じて城南学園の総合図書委員に所属している、生粋の文学少女だ。

 

「えっとですね、双連寺さんがリクエストしていた本が入荷されたのでお知らせしようと」

「ありがとう。わざわざ報せてくれなくても良かったのに」

「その、わたしも皆さんと今日から同じクラスでしたので、そのご挨拶も一緒にしたかったから。改めまして、一年よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくな」

「はい。でも、前みたいに本棚の位置をずらしたりするのはダメですからね」

「うぐっ……その節は本当にすみませんでした」

「ムゲンさんはそれを除けばとても良い利用者さんですので、またのお越しをいつでもお待ちしています」

 

 ナギコはまるで著名な図書館勤めのベテラン司書のようにしゃんと背筋を伸ばして深く一礼して、挨拶をすると友人を待たせているからと一足先に校舎内へと向かって行った。

 すると彼女の姿が見えなくなるのを見計らって、カナタとハルカは興味津々にムゲンへと詰め寄り始めた。

 

「珍しい、私たち以外でムゲンに話しかける子なんて初めて見たよ」

「しかもあんな小柄でゆるふわな感じの、まるで住む世界が違う子なのに。ムゲン……なにか弱みとか握ってないよね?」

「お前らじゃあるまいし、俺はそんな悪辣な頭脳は持ってない」

 

 まるで悪魔の触角と尻尾でも生やしそうなニヤツいた笑顔で言う二人にムゲンはやれやれと一息つくと彼女との接点を話し始めた。

 

「昼飯以外は休み時間も俺は二人と大体別行動してるだろ?」

「オレたちを独占すると周りからの風当たりがキツいって理由でね。オレたちは全然気にしてないのに」

「俺は余計なトラブルはゴメンなんだよ。で、校舎の図書室や一棟建ての学園図書館にも寄るんだけど、宮前はそこらでよく受け付けやってるから、自然と顔馴染みになったのさ。彼女、本が関わると人が変わったみたいに肝が据わる感じみたいでね」

「あと、本棚ずらしたってどういうこと?」

「別に大したことじゃ……図書館の本棚と本棚の間隔が狭かったから。余裕あるほうの棚をこう、数センチ押してたらうっかり見つかってなあ」

「蛮族。脳筋。ゴリライズ。狼か野犬はまだいいけど、ゴリラ化は不味いって」

「俺は正真正銘のホモ・サピエンスだよ」 

 

 そんな会話をしながら昇降口の混雑が空いてくるのを待っていると今度はまるで熊のような大柄の男子生徒が底抜けに明るそうな調子でムゲンに目掛けてやってきた。

 

「よお、ムゲーン! 喜べ、俺たち同じクラスだぜ! 楽しくやろうぜ、マイフレンド!」

「お前も一緒かぁ、ガクト。俺は、そんな呼び方されるほど、お前と親密になった覚えはない」

 

 軽いノリで親しげにバシバシと背中を叩く男子生徒にムゲンは呆れながらも満更ではない顔で答える。

 一方で普段はその見た目と昨年のスポーツテストで明らかになった怪力振りから大半の生徒には避けられているムゲンを相手に馴れ馴れしいくら近い距離感で接しているガクトと呼ばれた生徒の態度にカナタたちは面食らっていた。

 

「細っけえこと気にすんなって! 同じクラスなら今年の体育祭は俺たち伝説作れるぜ! お、天風のツインズもいるじゃんか、あっはは! 巽ガクトってんだ、むさ苦しいかもしれねえがよろしく頼むわ!」

「あ、あぁ……」

「どもども」

「そんじゃま、俺ぁ他のツレのとこにも顔出してくるからまた教室でなあ!」

「おう、またな」

 

 まるで冬眠前の熊に出くわした心地で呆気に取られた様子のカナタがムゲンに話を振った。人付き合いはそつなくこなすが、基本的に殆どの個人というものを気に掛けない天風姉弟にとって、巽ガクトのキャラの濃さと体格に負けない押しの強さは予想外に驚きの対象だった。

 

「ムゲン……今度のあの面積広めの彼はなにかな?」

「あれもまあ、偶然知り合った顔馴染みの知り合いの一人だな。ちょっとノリが軽いし、大雑把なとこあるけど、悪い奴じゃないよ。少なくともカナタたちが毛嫌いするタイプじゃないのは俺が保証する」

「体育祭で伝説作るって言ってたけど、あからさまにパワータイプでしょ彼?」

「言っとくけど、あの図体で去年のスポーツテスト総合二位だぞ、あいつ」

「嘘ッ……オレ、負けてる!?」

「本人は動けるデブとしてカロリーの暗黒面に囚われた奴らの希望の星になるとか変なこと言ってたけど、脂肪のしの字もない筋肉だるまだぜ?」

 

 愕然としているハルカに更なる追い打ちを掛けるように面白そうにつけたすムゲン。人は見かけに寄らないをダイレクトに体験したような二人はいつもの自由気ままな風のような不思議な佇まいを大きく崩して驚くばかりだ。

 

「それにしても、ガクトねえ」

「ガクトかぁ」

 

 なにより彼の名前に、芸能界で一際存在感を示す同名の人物のことを思い出して二人はしみじみと世界はまだまだ広いなと学んだようだった。

 

「なんて言うか、パワフルな男子だったね」

「うん。ムゲンが狼なら、あっちは羆な感じだった」

「どっちにも失礼だとは思わないのかねえ、お前さんたちは?」

「いやー私たち無個性で人畜無害な一般生徒の羨望の眼差しだと思ってほしいかな」

「ハハッ! どの口が言うんだよ、二人揃ってカルピスの原液にエナジードリンク混ぜたようなキャラしてるくせに」

「失敬な。キリマンジャロの天然水で淹れたダージリンくらいの清らかさは持ってるよ」

 

 ヘビー級のカルチャーショックからやっと立ち直って教室へ向かい始めたムゲン達。多少収まったとは言え、下駄箱付近でもまだ多くの生徒たちがごった返す雑音の中で奇妙な会話が自然と三人の耳に入ってきた。

 

「ねえ、聞いた? また大学部で出たんだって例やつ」

「うそでしょ、この学園ヘンタイばっかじゃん、ウケるー」

「変態? なんのこっちゃ?」

「大学で何かあったのかな」

 

 スマホで何かの動画を見ながら大はしゃぎする女子生徒たちを不思議がっていると、堅そうな雰囲気の男子生徒が三人を気にかけたのか近頃、城南学園全体で話題になっている騒ぎを教えてくれた。

 

「君たち知らないのかい? 最近、学園全体でちょっと騒ぎになってるだよ。なんでも大学の講堂で学生が何人も下着一枚で寝落ちしているのが見つかったとか、不謹慎な話だよ」

「え、それって女性もだったり?」

「……男子学生に比べれば節度はあったそうだけど、動画も出回って一時期は大変だったらしい。火消しが迅速だったのが不幸中の幸いだったって、教えてくれた友人は言ってたけど」

「へー……春先で浮かれてんのかねぇ」

 

 大学部とはまるで接点も無かったムゲンは殆ど他人事のように聞き流して、カナタたちと教室へと向かった。

 

「おう! 来たなムゲーン! やったな席前後ろだぞ、運が良いぜ。俺がいる限りは居眠りなんてさせねえぜ? あー……俺が寝ちまったときは壁になってくれな? だっはは!」

 

ムゲンたちが教室に入るとすでに殆どの生徒たちは揃っており、特にガクトの周りには彼を慕う男子生徒たちが集まって雑多な会話で盛り上がっていた。

 

「ちょっ……ガクトくん、双連寺にそんなこと言ったらヤバいって」

「狩られるぞッ」

 

 けれど、ムゲンの姿を見た瞬間に大半の生徒が血相を変えて自分の席へと戻っていく。ムゲンが何かをしたと言う訳ではないがやはり大抵の生徒がその腹をすかせた狼染みたオーラに物怖じしてしまっていた。

 

「なんだぁ? お前らビビりすぎだろ、ちょっと顔がヒットマンみてえで、トランプの束を素手で千切る程度のバカ力なだけじゃねえか、なあムゲン」

「大きなお世話だよ。あとソウレンジとタツミなんだから運もクソもなく前後続くだろ。 寝るのは勝手だけど、言っとくがお前の図体じゃ俺なんて案山子だぞ?」

「それもそうかぁ! んじゃあ、寝てたらモーニングコールしてくれ。俺もしてやっから、闘魂注入で」

「真面目に授業受けるって選択肢はねえのかよ。あと、そのモーニングコールは却下だ。路上プロレスが始まったと勘違いされる。一応言っとくがもし決行したら、俺はグーで返すからな」

 

 そんな中でガクトは他のクラスの男子の中では唯一、ムゲンのことを恐れる様子もなく能天気で楽天家を地で行くような構えでじゃれついてくる。ムゲンの方も彼の人となりを知っているからか、大雑把な明るさには敵わないと悟っているからか、邪険な物言いこそしているが自然体な笑顔を見せて、楽しそうに相手をしていた。

 

「ふーん」

「へー」

 

 そんなムゲンの姿を自分たちは自分たちで男女問わず自然に出来上がった取り巻きたちの応対をしながら、自分たち意外の誰かと仲良くしているムゲンにカナタとハルカはなんとも複雑そうな顔をしていた。

 その日は何も起きることもなく、新たな出会いにそれぞれで親睦を深めながらムゲンたちは無事に高校二年生最初の一日を終えることなった。

 この時はまだ学園内で一人ほくそ笑む者の存在に誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 三日後、朝から城南学園高等部は大騒ぎになっていた。

 なんと、ある三年生の女子生徒が校舎内でどういうわけか全身をローションのようなぬるぬるの液体に塗れたまま、気絶した状態で発見されたのだ。

 

 不謹慎ながら、可愛さも美しさも絶頂期なリアルJKが顔から足のつま先まで全身が透明な謎のぬらぬら塗れで服に至ってはぐっしょりだ。透けているところは思いっきり透けて見えてしまうその状態。発見した場所に居合わせた女子は騒然とし、男子は興奮のあまり歓声に沸いたのも事実だ。良心は抹殺されて煩悩のままに画像、動画撮影した者も一人二人ではない。

 天国と地獄が一緒に押し寄せたようなそのセクシーでコープスな事件は一瞬で学園全体の大ニュースとなった。

 

「なんかすごいことが起きちまったな」

「うーん……明らかに不可解だけど、これメタローの仕業かな?」

 

 緊急の全校集会。

 とはいえ、件のぬらぬらJK本人も何が起きたのか覚えていない。どうして学校の校舎内にいるのかも分からないの一点張りでパニックになっているそうで、学園側からは学生らしく節度と常識のある行動を心掛けるようにと注意を促すような話が伝えられただけだった。

 

 食堂棟の片隅で昼食の合間に話し合うムゲンたちはメタローに関連した事件とも考えたが余りにも毛色が違う今回のケースに困惑するばかりだった。

 

「ハルくんのことには何か情報来てないの?」

「いまのところはまだ何も。噂のぬるぬるの先輩がパニックになってる動画が流れてくるだけ」

「男子はさー自分がパンツ一丁のぬるぬるで放置されたらって考えたことあるのかな、全くもう」

 

 恐らく、その場にいた殆どの脳細胞が一時的に下半身にお引っ越ししていた男子生徒たちにカナタは鼻息荒く憤慨した。

 

「まあ、エロの爆発力が人類の発展を支えたのも事実だから、大目に見てやってよ。それに動画を見る限り、女子も動画撮ってる生徒はチラホラいるね」

「はあ? 野郎が実用のために撮るのは分かるけど、なんで女子までそんなことするんだよ?」

「ちょっと待ってな……SNSも同時進行でチェックしてるんだから。ああ、なるほど」

 

 場所が場所故に無音かつ他人から横見されないように視線を高速移動させて流れ込んでくる掻きこみをチェックして、ハルカはこれまたしょうもなさそうに溜息をついた。

 

「この先輩、見た目が良いから結構遊びや交友関係も派手だったみたい。頭の悪い表現するなら陽キャのパリピ勢って感じ?」

「カースト上位のリア充をそうじゃない女子たちが嫉妬や株下げるために動画拡散ってわけか? 浅ましいやら、怨讐深いのやら」

「ホント、くだらない。そんなことするなら自分を磨く方法の一つも考えればいいのに」

 

 実際、自分が思う最高の自分を作り上げるために毎朝一杯の黒酢や筋トレなど日々是精進なストイックな生活を送っているカナタは心の底から軽蔑しているような声で呟いた。

 

「新学期早々に穏やかじゃないけど、オレたち絡みの事件性は……」

「ん? ハルカ、どうした」

 

 リピート再生される動画を閉じようとしていたハルカだが、ふと気になる物を見つけて、無言になって液晶画面を凝視し出した。

 

「いや……変なカードみたいなものがぬるぬる先輩のそばに見えたから、メモリアかと思ったんだけど、どうも違うな。なんかの店のカードかな?」

「そうじゃないの? 仮にもホストクラブや夜のお店の名刺だったら、もう大問題になってるでしょ?」

「だな。まあ、早いとこ騒ぎが収まってくれるのを願おうぜ」

 

 この時のムゲンのささやかな願いとは裏腹に、あろうことか城南学園高等部では一週間のうちに同じような事件が立て続けに三件も起きてしまった。

 事件の当事者となった女子生徒はいずれも見た目が良く、周囲からの人気も高い所謂上位カーストというカテゴリーに入るような、順風満帆に学校生活を送っている生徒ばかりだった。

 

 普段の素行は生徒によってまばらではあるが、過去に目立った問題を起こす程の経歴の者はおらず、最初の女子生徒と同じように何がどうなっているのか本人も分からないと言うばかり。

事件を調査している教員たちも完全に手詰まりとなり、世間体を気にすることも限界が近く警察に本格的な調査を依頼するという噂が生徒たちの間でもまことしやかに囁かれつつあるそんなある朝のことだった。

第五の事件は最悪の形で発生してしまった。

 

 

「嘘だろ……こんなのありかよ」

 

 救急車の赤いランプの光が一定間隔で視界を遮り、壊れたラジオのように男女の区別なく様々な声と言葉が絶えず耳に流れ込んでくる喧騒の中でムゲンは図書室がある校舎のすぐ隣に建てられた特別棟裏の軒下に割れたガラス片を被って倒れている宮前ナギコと巽ガクトの姿を愕然とした様子で見つめていた。

 

 それは朝のHRが始まろうとしているのにまだ登校してきた気配のない二人のことをクラスメートたちが噂している時だった。突然、他のクラスの生徒が2-Aに駆け込んできて『ガクトとナギコが揃って特別棟の裏で倒れている。図書室前の廊下の窓が大きく割れていたから、そこから落ちたのかもしれない』と衝撃的な一報を持ちこんだのだ。

 

 教室内はまるで火薬が一斉に爆ぜたような驚きと恐怖の騒音に包まれた。そのパニックの中でムゲンはカナタとハルカと一緒になって大急ぎで事件発見現場へと向かい、嘘のような本当の光景を目の当たりにしてしまった。

 

 特別棟の裏手には連絡を受けて駆けつけた救急隊員や警察の他に既に多くの生徒による人だかりが出来ていた。けれど、血相を変えて走ってきたムゲンの剣幕に驚いて自然と道が開けたおかげで、三人はムゲンを先頭にまるで海を割ったモーセのように事件現場を最前列で見ることが出来た。

 

 意識の無い二人はムゲンたちが特別棟裏に到着してすぐに救急車に乗せられて搬送されていった。幸いなことにガクトがナギコを庇うように強く抱きしめたような体勢で落下して、ガクトが咄嗟に受け身を取ったことで微かな裂傷こそあれど血塗れの惨たらしい状態ではなかったようだ。けれど、二人が落下したと思われる場所にはハルカが先日動画内で見つけた不思議な魔法陣のような物が描かれたカードと同じ物が落ちていたのを三人は見逃さなかった。

 

 さらに過去の四件とは違い。今回は事件の真相究明に繋がる、幾つかの手がかりが残されていた。まず第一に何故か鍵が開いていた図書室からは大容量のローションが置かれっぱなしになっていたと言う。そして、学校側から連絡を受けたガクトの家族に寄ると昨夜ガクトは家には一度も帰宅しておらず、さらにバイトも急用が出来たからと急な断りを入れて休んでいたのだと言う。

 

 これらの事実から、誰もが巽ガクトが一連の事件の犯人だったのではと言う疑念を持って当然の状況が完成してしまっていた。

 恐らく、ナギコを夜の図書室に誘い出して乱暴しようとしたところで誤って二人とも二階から落下してしまったのではないだろうか、という憶測が誰にでも組み立てられてしまう。

 新学期早々に起きた衝撃的事件と思わぬ人物が容疑者として浮上したことによって、2-Aはおろか高等部全体を例えようのない不安で震撼させた。

 

 

 

 

 

 

 第五の事件の発生と、思いもしなかった容疑者が同校の男子生徒という、始まって以来の事態に城南学園高等部は教職員達の緊急会議のために全クラスで午前中までの自習となった。

 事が事だけに軽はずみに騒げずにほぼ全ての学年とクラスが異様なほどの静けさに包まれている中で2-Aの教室だけは張り詰めた緊張感が漂っていた。

 

「どう考えても、あの巽が犯人でしょ! 先輩たちも全部あいつの仕業だったんだよ! 最低、マジで変態のクソ野郎じゃん!」

 

 一人の派手な見た目の女子生徒、沼倉がガクトを犯人と決めつけて、クラス委員長の制止も効かずに怒鳴り散らしていた。どうやら、最初の被害者の上級生とは仲の良かった間柄のようでそれだけに犯人には強い怒りを抱いていたようではあったが、まだ警察の調査や重要参考人の域でしかないガクトへの言葉としては些か言葉の過激さの度が過ぎていた。

 

「よく知らんけど、あいつ一年の頃から女子にモテたいとかずっと言ってたんでしょ! どう考えてもそれ犯人で決まりみたいなもんじゃん! 性欲おばけかよ、レイプ魔じゃん! そうだよね、ちがう?」

 

「た、たしかに巽くんってちょっとデリカシーないとこあったよね、ね?」

「二月のバレンタインの日も義理でいいからチョコくれとか騒いでたんじゃなかったけ? わたしクラス違ったからよく知らないけど?」

 

 八つ当たりがしたいのか、それとも同調圧力でも掛けて自分の考えた結論の支持を求めたいのか、そんな風に威圧的で独善的な言葉の数々をぶちまける沼倉。そんな彼女の言葉に感化されるように、クラスの女子たちはひそひそと普段は気にも留めないような冷静に考えれば犯行動機にもならないことを言い出し始めた。

 それでいて、誰もが矢面には立ちたくないのであくまで匿名希望という都合のいい言葉の盾に隠れて安全圏からの誹謗中傷は見苦しささえも感じられる。

 男子生徒たちはそんな一部の女子生徒たちの姿に憤慨して、険しい表情を浮かべるものの、状況と言う真実がある手前、誰も強く反論できないでいた。

 

「ねえ! ケーサツになんか聞かれたらみんなしてガクトは怪しかったって言おうよ! じゃなきゃ、先輩やみやなんだっけ……あいつも可哀そうじゃん! そうでしょ!」

 

 沼倉はまるで自分が教室の女王か真実の番人気取りな様子で我が物顔での振舞いを省みないばかりか更にエスカレート。後先のことなど知ったことかとばかりにそんな強要染みたことまでクラスメートたちに提案し始める始末だ。

 

「ガクトじゃない。あいつはそんな姑息な策なんて思いつけない」

「仮にそうだとしても、状況証拠が揃いすぎてるだろ? 下手に庇ったら、マジでムゲンの居場所まで無くなるぞ」

 

 沼倉の演説めいた根拠のない誹謗中傷を続ける傍らでムゲンとハルカは小さな声でやり取りを交わす。

 

「ハルカ、頼む。ちょっとだけでもいいから、あのバカ女黙らせて、ガクトが犯人みたいな流れを抑えてくれないか?」

「無茶振りにも程がある……それに言いたきゃ自分で言えばいいじゃんか」

「俺が言っても焼け石に水だ。むしろ、余計に状況が悪くなるって忠告してくれたのはハルカの方だろ?」

「……どういう風の吹きまわしなのか、洗いざらい後で教えてくれよな」

「もちろんだ。――ごめん。ありがと、ハルカ」

 

 滅多に見ないどこか他人行儀で殊勝なムゲンの態度に只事ではないこと、自分は詳しく知らないが巽ガクトは犯人ではないという十分過ぎる確証を感じたハルカは誠実さを溢れさせたような声を教室中に行き渡らせながら、凛々しい面持ちで立ち上がった。

 

「ちょっとみんな落ち着こう。警察だってまだ巽君や宮前さんとも話してない状況で下手に素人のオレたちが探偵の真似事をしても迷惑になるだけだと思うんだ。それよりもまずは二人の無事を祈る方が先じゃないかな?」

 

 そう言って、切り出したハルカは悪目立ちしている沼倉が反論する余地を与えずに矢継ぎ早に、仮に巽ガクトが犯人だったとして先んじて大学部で起きていた似たような事件との関係性の不可解や、いままでは人通りのある目立つ場所で発見されていた状況と今回の発見現場との違いなど落ち着いて考えればすぐに見つけられる差異などを分かりやすく真摯な口調で説明した。

 

「そういえばそうだよな! いままでは昇降口とか登校や朝練で絶対に通る場所だったのが今回は天風くんが言ったみたいになんか変だよ!」

「こんなこといったら失礼だけど、ナギコさんってこれまで事件に遭った娘みたく派手でもないし、真面目で大人しい子だよね」

「うん。好みの女の子狙ってたのならジャンル違いでおかしいよね」

 

 クラスの中心人物ではないが、一年生の頃から注目されて男女問わずに人気が高いハルカの落ちついて考えようという鶴の一声は見事に作用した。多くの生徒たちが過去四件と今回の事件の内容を比較して、ちょっと落ち着いて考えれば簡単に解けてしまう間違い探しのような明確な違いに気付いて口々にガクトの犯人説に疑問を呈し出した。

 

「い、いや……でも、実際に巽のやつがあの子と一緒に倒れてたのはハルカくんも見たんでしょ!? じゃあ、やっぱり一番怪しいのは巽じゃん」

 

 一方の沼倉は自分の天下だった教室の流れが一変したことと、内心悪くないかもと異性として狙っていたハルカがまさか自分の主張に異を唱えるとは思っておらずに明らかに動揺していた。だが、往生際悪くまだ自分の怒りと屈折した正義感の正当性を主張しようとしていた。

 

「え……うそ! なにこれ、やだっ!」

 

 そんな時、突然一人の女子生徒が場の空気を破るように大きな悲鳴を上げて席から飛び上がった。

 

「天風さん、どうしたの!?」

「みんな、ちょっとこれ見てよ! ほら、これ!」

 

 悲鳴の主はまさかのカナタだった。

 これにはハルカの大立ち回りに内心ガッツポーズをしていたムゲンも息を呑んだ。

 何故なら、彼女がクラスメートにこれ見よがしに手にしていた物は既にSNSや生徒間の噂話などから情報が出回り、過去四件の現場と今回の事件現場に落ちていたことが公になっているあの魔法陣が描かれたカードと同じものだった。

 

「机の中に入ってたんだけど、こんなの私が朝教室に入った時は入ってなかったよ! ねえ、誰か何か知ってる人いないかな?」

 

 手を微かに震わせて、怯えた顔で教室にいる者たちに悲痛な顔で尋ねるカナタに答える者は誰もいない。あちこちで、青ざめた顔をして生徒が何人か首を横に振って知らないと伝えているので精一杯だ。

 

「ねえ! お願い、誰か私の机の近くで変なことしていた人見かけてない? 今日は結構早くから学校にきてたんだけど、お手洗いに行ってた間とか何か見かけていた人いない? 誰もいないの!?」

 

 いつもの快活さも、晴れた空のような笑顔も曇らせて、次の標的はお前だと宣告するような不気味なカードを机の中に仕込まれて怯えるカナタの姿に男子はおろか女子たちも胸を痛めた。

 趣味の悪い悪戯なら度が過ぎているし、もしも本物――すなわち犯人がこれまでの現場に残したカードと同じ物だと言うのなら、ガクトは冤罪。濡れ衣を着せられているということを暗に示している。

 

「本当にいないんだね、そっか……うん。私はみんなを信じるよ、急に騒いでごめんね」

 

 そう、少し涙声になりながらみんなに謝るカナタの姿にクラスメートの殆どが胸をしめつけられる思いだった。沼倉とその一派なのか最後までガクトに疑いの眼差しと侮蔑を向けていた少数の生徒たちも気の毒そうな顔を浮かべている。

 カナタはそれを瞬時に一瞥して、変わった反応をする生徒が教室の中にはいないことを確認すると不安から弟であるハルカの傍に身を寄せるように思わせて、おもむろにすっかり支持率が暴落した沼倉の近くまで歩いた。

 

「でも、それならこのカードはみんなと一緒に外に出た間に誰かが私の机に入れたってことだよね?」

 

 その声色、鋼の剃刀のように重く鋭い調子となって。

 その双眸、弾丸を装填した銃口のように仄暗く、冷たくなって。

 

「なら、これを仕込んだ真犯人は少なくとも巽君じゃないのは決まりだよね? 違うかな」

「あ、あぁ……そう、じゃないっ?」

 

 道化のように口元だけをにこやかに緩めて、有無を言わさぬ静の威圧を纏った笑顔で自分を見上げてくるカナタの凄みに気圧された沼倉は完全に先程までの気勢を削り取られて、引きつった声で同意した。

 カナタはそんな彼女の焦りに満ちた目から決して視線を逸らすことなく、笑顔のまま睨みつけながら、先程からずっと喧しい雑音を垂れ流し続けていた口に封をするように人差し指を当てた。

 

「あと、もう一つ……そろそろ、黙りなよ」

「ひ……! ぁっ……はい」

 

 語気は柔らかで、声質は心地良い。けれど耳元でぞわりと反響する明確な怒りの籠ったカナタの囁きに、沼倉はトドメを刺されたかのように言葉にならない悲鳴を漏らして大人しく椅子に座るとその後は一言も口を開かなかった。

 

 完全に流れを変えた天風姉弟の声掛けにより、2-Aでは余計なことはせずに事態を警察などプロの専門組織に委ねて、意識不明のまま搬送されたナギコとガクトの無事を祈ろうという結論で纏まった。

 

 そんなことをしているうちに担任教師が会議から戻り、生徒たちは午前で下校と言うくだりとなった。帰り際にカナタはそれとなくカードについての報告をすると更なる予想外の事態に頭を抱える担任に対して、教職員達の負担を痛いほど理解している模範生徒の顔で悪戯の可能性もあるので親類の警察関係者に個人的に相談してみるので学校側には伏せておいて欲しいとさり気なく頼み込んで余計な介入を防ぐとハルカ、ムゲンと連れ立って早々に下校した。

 

 

 

カフェ・メリッサにて――

 

「そんな感じで大変でしたよ。まあ、こっちもあの騒々しい人に一発かましてあげたのでそこはすっきりしたけどね」

「災難でしたね、お三方。でも、その事件ますます気になりますね」

 

 午前の営業時間が過ぎて、準備中のメリッサの店内でカナタはクラシカルなメイド服姿のクーに学校で起きた事件の詳細を語り終えたところだった。

 

「クーさんもやっぱり、そう思います? で、そろそろ話してもいいんじゃないの、ムゲン?」

「ああ、クーさんもいた方が良いと思ったから帰りの道中も何も聞かなかったんだぞ」

 

 僅かに不服そうに眉間にしわを寄せてカナタとハルカはずっとスマホを弄って何かの調べものをしていたムゲンに詳しい事情を話すように催促した。

 

「教室でハルカに言ったみたいにガクトの人柄考えて、ありえない――だけじゃ二人も納得しないだろうから、ちょっと付け足すが一応他言無用にしといてくれるか」

 

 ムゲンはそう断りを入れてから話し始めた。

 

「あいつの家、親父さんが病弱らしくてな。早いところ一人前に家庭を持って安心させてやりたいし、実家も支えてやりたいって話してたんだよ。そんなやつがあんな短慮なことはしないだろ」

「ふーむ、筋は通るよムゲン。でも、あの後ちょっと小耳にはさんだけど、巽君が結構女好きというか軟派な感じでよく女子に声をかけてたのは本当のことみたいだし、それだけで鵜呑みには私は出来ないかな」

「だと、思う。俺もあいつの家の事情はガクトが勝手にベラベラ話してきたことだから、それだけならあそこまで頑なにはならなかったよ」

「というと、まだ何かあるんだな?」

 

 クーがサービスで淹れてくれた出涸らしの紅茶を飲みながらムゲンは昨年出くわしたある出来事を話し始めた。

 

「たまたまガクトと一緒になった昼休みに、チャラい大学生たちに絡まれてる女子を見かけたことがあってな。俺の目から見ても超可愛い女子だった記憶がある。でだ……俺がどうしよかって思ってたら、ガクトが一目散に駆け出して、腹ぁ空かした熊みたいな迫力で大学生共を追い払ったことがあった。そしたら、助けられた女子はよ、顔真っ赤に蕩けさせて如何にもいまので惚れちゃいましたな感じだよ」

「実は内緒で付き合っている彼女がもういたから、白だと?」

「いいや、ガクトはその女子の身を案じて、心配したり慰める言葉ばっかりかけて人通りの多い場所まで送ってそれっきりだった。彼女になってくれどころか、変な男に捕まらないでイケてる彼氏見つけろよ。だなんて一言余計なことまで去り際に大声で言ってたよ」

 

 お人好しと言うべきか、人が良いガクトの姿を思い出して、ムゲンは小さく肩を竦めた。だがすぐにムゲンが話すガクトについての証言に矛盾を感じたカナタたちは揃って首を傾げて、口を挟んだ。

 

「ちょっと待って、ムゲン。早く結婚したい巽がムゲンにも分かるくらい好意を向けてくれている女子に、しかも見た目も可愛いそんな子に口説き文句言わないなんて変だろ?」

「おう。だから俺も言ったよ……あの子逃がしたら、お前一生独身かもよって」

「オレだったら、ムゲンに言われたくないって即反論するだろうな」

「ほっとけ。したらよ、ガクトの奴なんて言ったと思う?」

 

 どこか敵わないなと羨望の眼差しを向ける様な口調でムゲンは続きの言葉を紡ぎ出した。

 

「あの子はその場の空気に酔ってまともに自分を見てれてない。そんな時に恩着せがましく彼氏面するのはダサいことだ。もしも、あの子に惚れて彼女になって欲しいなら正々堂々とぶち当ってハートを掴んでこそイケてる男だろ……だってさ」

 

 あんまりにも真っ直ぐで自信に満ち堂々とした立ち振舞いだったガクトの様子を思い返してムゲンは思わず小さく吹きだしていた。

 

「もう分かったと思うけど、ガクトって男は行動の基準をイケてるか、ダサいか決めてる節がある。そして、そのイケてるとダサいの判別は限りなく真っ当で善良なものだと思うよ。だから、あいつはやってないって俺は思ったんだ」

 

 言い終えてからしばらくするとムゲンは更に若干気まずそうな顔で続けた。

 

「まあ、あれだ……結局のところ、理論的な証拠なんて一つもない、俺の主観での判断だ。ただ、それでも敢えて言わせてくれ。俺はゲス野郎をぶちのめす力はあるけど、そいつを表舞台に引きずり降ろす知恵はお粗末なもんだ。だから、二人にとっては他人のあいつのためなのは承知で俺に力を貸してくれ」

「何を急に改まって言うかと思えば、ムゲンこそ春の陽気で本当に頭がクラムチャウダーにでもなったのかな?」

「巽のことはよく知らないけど、ムゲンの頼み事をオレたちが断る理由があると思ってるのか?」

「ありがとな二人とも。急がないと、いくら男子達には慕われていても人の悪評はあっという間に広まって収拾付かなくなる」

 

 カナタとハルカにとって、友人と知り合いの境界線の分厚さを理解しているからこそ、どこかで躊躇いがあったムゲンの不安を杞憂にするように二人はシンクロした動きでグッと親指を立てる仕草を決めると大船に乗ったつもりでいろと強気な笑みを見せつけた。

 

「それに私のとこにもカードがあるんだから、もう他人事じゃないからね」

「あれには本気でビビったぞ。でも、カナタが偶然あの場で机の中にカードがあるって気付いてくれたお陰で教室の流れも変えられたからな。不幸中の幸いだよ」

 

 教室内で起きてしまった第六の犯行予告と考えていい、不気味なカードの出現。

 カナタの身を案じれば危惧すべきものだが、先の状況では一発逆転の武器になったことも事実なのでムゲンは複雑な顔を浮かべた。

 しかし、一番不安な心境のはずのカナタは何故か急に目を泳がせて、困ったような苦笑いをしはじめた。

 

「たはは。実はあれさ……狙ってたんだよね」

「どういうこと?」

「いやーこの変なカードなんだけど、実は最初のJKぬらぬら事件が起きる二日前から私のところにあったんだよね」

「はあああああああああああ!?」

 

 寝耳に水なカナタの告白に今度はムゲンが驚いて飛び上がった。

 ハルカの方はというと、双子の姉のリアクション具合から彼女が何をしてこういう状況になったのかを何となく察して、質問を投げかけた。

 

「カナねえ、念のため詳しい説明を求めようか? いつ、どこで、誰が?」

「誰かは不明。いつかは先に言ったように始業式の二日後に私の下駄箱にね。ただね、私ったら他の女子たちの間で流行ってるメッセージカードかゲームの類かなーって思ってね。興味なかったし、本当に大事な用なら直接声かけてくるでしょって思ってさ、その日の朝のうちに学校の机の奥に突っ込んでそのままだったんだよね」

 

 カナタのイメージとは想像がつかないズボラな対応にムゲンとクーは開いた口が塞がらなかった。当のカナタ本人も自分のあんまりにも興味のないことへの雑な対処に顔を上気させて照れ笑いを浮かべていた。

 

「カナねえって昔から流行りモノとかに弱いというか、本当に無頓着だもんね。我が道を行くを全力で実行しているみたいな」

「なんにしても、あれだ……カナタがハッタリかましてくれたお陰で可能な限り、ガクトの誤解と悪評は抑えられたんだ。これは本当に奇跡に近い」

 

 まさに思わぬ幸運を呼び寄せたカナタの行動と未だ正体不明の魔法陣が描かれたカード。そのカードをまじまじと見つめながら、ずっと三人の話の聞き手になっていたクーが急に口を開いた。

 

「――カナタさん、そのカードちょっと見せてもらっていいですか?」

「え、ええ……どうぞ」

「ほっほーう。今度はムゲンさん、メモリアどれか一枚貸して下さいな」

「分かりました。けど、急にどうしたんですかクーさん」

「魔術師の勘なんですけど、この魔法陣みたいな模様どうにも気になりまして」

 

 カードを手に取り目を凝らして観察し、続いてライダーメモリアと比べたり、二枚を近づけたり離したりとまるで検査実験みたいな動作を繰り返したクーはうんうんと頷くと真面目な表情で三人に告げる。

 

「ビンゴ! 微かですがこのカードにメモリアが共鳴するような反応があります。そして、その際に魔力の気配も起こりがありました」

「ってことはつまり――」

「はい。このカードは別のライダーメモリアを起因とした力を付与された簡易的なアーティファクトモドキのようなものです。この魔法陣の様式からしてそうですね……空間と空間を繋ぐ効果辺りでしょうか、分かり易い言葉で説明するならワープの類です」

 

 普段はおちゃらけていて、浮世離れしているところもあるがアーティファクトのような不思議な道具や装置のことになれば、魔術師の顔をばっちりと見せるクーの観察眼は見事にこの謎めいたカードの正体をほぼ解析してみせた。

 

「でも、メモリアってムゲンというか仮面ライダーじゃなきゃ使えないんじゃ?」

 

 カナタの疑問に先月の戦いを思い出したムゲンとハルカはハッと顔を見合わせた。

 

「いや……例外についこの間、出会ったばっかりだ」

「あの戦車男だな。これでメタローが関わってる可能性も出てきた」

 

 以前戦ったタンクメタロー。あの怪人もどういう経緯か手に入れたライダーメモリアで能力強化をした状態で活動していた。同じことが二度起きたとしても不思議ではない。

 

「なんとなく、事件解決の糸口が見えてきた感じですね。聞いていた限り、先に大学で発生していた事件と、お三方の学校で起きたぬらぬら事件と微妙に違うのが引っ掛かりますけど」

「模倣犯とか色々と考えられるけどまずはオレたちの学校で起きている事件を優先しよう」

「そうだな。ガクトが目を覚まして二、三日もすればすぐに警察の事情聴取が始まる。その前に速攻で犯人とっ捕まえないと元も子もない」

「けど、クーさんのおかげで最初に考えていた方法で何とかなりそうかな?」

 

 一刻の猶予もない緊迫した状況だが、三人の顔はどこか明るかった。

 まるで迷い込んだ迷宮の地図でも見つけたような希望を掴み取った構えである。

 

「はえ? 私何かしました?」

「このカードが何なのか突きとめてくれたじゃないですか? まさに魔術師さんの凄ワザです」

「にひひ、うれしいこと言ってくれるじゃないですかぁ。でも、それと事件解決とどういう繋がりが?」

「元々、事件が学校で起きている以上は犯人も学校に必ず姿を見せるはずだから先手を打ってこちから乗り込む算段だったんですよ。ただ気掛かりだったのがこのカードに予告状以上の意味があったのかってポイントでした」

 

 自分が思わぬ功労を挙げていたことに満面の笑みで舞い上がるクーにハルカが自分たちが練った作戦を説明し始めた。何を隠そう、今回はまだまだ彼女にも協力してもらう必要があったからだ。

 

「その不確定要素を消してくれたのがクーさんのファインプレーです。たぶん、犯人は事前にこのカードが目星を付けた女子生徒の持ち物になるように細工をして、強制的に夜の施錠された学校に転移させたんだと思います」

「カナタは机の奥に入れたまま忘れてたから、何も起きなかったみたいだしな。不思議がって興味本位で手元に置いておかないと意味がないって言うのは随分と博打にみえるが」

「どういう意味があるのかは知らないけど、ぬるぬるにしたい相手は他にもいるからカナねえ一人に拘る必要はなかったと考えるのが妥当だろうね」

「欲張りな奴だな。ところでカナタ、もう一つちょっと頼みがある」

「どうしたの? にしても遅いな。そろそろ準備完了してもいい頃だけど……お、来たね」

 

 ムゲンからの頼み事を聞きながらカナタが腕時計を確認していると裏口から誰かが入って来る物音がして、三人は待っていましたと立ち上がる。

 

「イヤァオ! 待たせたわねぇ、子猫ちゃんども! ド変態異常性癖者に社会のルールを教えてやろうじゃないのよ!

 

 美麗な歩きで姿を現したのは何故か警察官の制服に身を包んでルネサンス彫刻のようなポージングを決めるシスターこと、カフェ・メリッサ店長の有栖川ユキヒラであった。

 

「げえー、シスター! なんですかその格好!? その歳でコスプレはキツイですって!」

「キツかねぇって! そもそもアンタ、あたしの年齢知らないでしょう。それに御覧なさいこの制服の完成度、我ながら会心の出来だわ」

「え……それ、手作りなんですか? ご、ごめんなさい、私ますます寒気が……」

「言ってなさいな、半人前のファニーガール。あたしは物作りにおいてはジャンルを問わない万能の天才なのよ。そうね、現代のアルキメデス、あるいはダ・ヴィンチと呼んでもいいのよ、クーちゃん」

 

 そういって、麗しのポーズを決めるシスターからはダビデ像やミロのヴィーナスに匹敵する神々しいオーラが溢れるようだった。

 

「シスター。無理なお願いを引き受けてくれてありがとうございます。他に頼れる人がいなかったので」

「俺からも、本当にご迷惑おかけしますが力を貸して下さい」

 

 どう見ても三十路後半はいっているだろう、屈強な古代ローマ人ルックな成人男性のコスプレにドン引きしているクーを尻目にカナタやムゲンは今回事情を説明して夜の学校への同行を快諾してくれたシスターに感謝の意を示した。

 

「そうネ。本来なら、あたしは親御さんから大事な子供を預かる保護者代理としてあなた達を諌める義務と責任があるわ。けれど、揺るぎない熱意と信念で走り出したティーンエイジャーの往く手を阻むほど、あたしは無粋じゃないし、出来たオトナでもないだけよ。気にしなさんな」

 

 打ち明かせない秘密と譲れない使命があるとはいえ、今回は無関係な人物に無理難題を押し付けてしまったことに一際罪悪感を覚えている三人。その内情を察してかシスター釘を刺しながらも、その行動力と意思の強さを穏やかに激励した。

 

「そもそも、あたしも十代の頃は色々と暴走したもんよ。それをあんた達の代ではやらせないというのも理屈に合わないでしょ? 任せなさい、あんた達には元FBI捜査官のこのあたしがついているわ!」

「ん? んんん!? FBI!? 捜査官!?」

 

 安心感を覚えること半端ないシスターのグッドスマイルに流されかけた驚異の前歴にクーは珍妙な唸り声を上げてシスターの顔とムゲン達の顔を高速で見返した。

 

「クーさんのリアクションは分かります。正直、オレたちも半信半疑ですけど」

「この人はシスターだ。それだけで奇跡を起こしてくれそうな凄みがあるだろ?」

 

 密かに洗脳でもされてるんじゃないかと思うほど、シスターに絶大な信頼を寄せた顔をしているハルカとムゲンにクーは少し頭を抱えたくなった。そして、カナタが担任を納得させるために言っていた親類の警察関係者という単語にふと嫌な予感がよぎる。

 

「あの、カナタさん? もしかして……」

「はい。警察関係者といっても、日本のとは一言も言っていないので追及されても無問題かな? それにこのカフェ・メリッサのみんなは家族でしょ?」

「短期決戦だあ! ぬらぬらJK大好きド変態を闇の中から引きずり降ろしてやるとするかぁ!」

「おおぅ……NYを思い出して、疼きが止らないわ! あの頃はタキちゃんと組んで凶悪犯相手に随分と暴れたわね。あれ、リュウスケちゃんだったかしら?」

 

 現役時代の凄春を回想して、打ち震えるシスターにやる気満々のムゲン達三人。

 本当にこの面子で大丈夫なのだろうかと、いつもは頼りになるカナタの不敵な笑みが今日ばかりは不安に感じるクーであった。

 

 

 

 

 

 

 灯りの無い暗闇の一室。

 何者かが手にしているスマートフォンの刺激が強い光だけが闇を照らしている。

 液晶画面に表示されたSNSのタブには城南学園高等部で起きた事件に関連した様々なコメントが濁流のように流れ込んできている。

 その中には――

 

【犯人は高等部のTツミGクトww】

【今度は2-Aの天風さんのところに変なカードが送られた】

【実は3年の■■先輩の自作自演?】

【天風さん、ハルカくんや同士を率いて抜き打ちで夜の学園の見回り決行予定?】

【女主人公キタ!】

 

 などなど、ネットの世界では嘘本当が玉石のように無責任に入り混じった膨大な情報が勢いが収まる様子もなく氾濫していた。

 暗闇に息を潜めるその者は特にカナタたちの動きに関連したコメントに注視すると嫌らしく笑って、下品な舌舐めずりをする。

 

「会いにきてくれて嬉しいよ、カナタちゃぁん。盛大にお出迎えしてあげるからね」

 

 真犯人は未だ姿を闇に隠して、カナタを待ち受ける。

 学び舎を恐怖と怪奇がひしめく大迷宮に改造して。

 

 

 

 

 

 

 人気もなく、風が吹く音さえはっきりと聞こえてくるような静寂に包まれた高等部校舎の昇降口にシスターに率いられたカナタたちは無事に到着していた。

 

「へえ、こんなところまで来るのは初めてだけど素敵な学校じゃないの?」

「はい。叶うなら、学校の雰囲気も素敵な物に戻って欲しいものです」

「わざとSNSに流したオレたちが夜の学校を巡視する情報は想定通り、かなりの範囲で拡散されている。上手くエサに引っ掛かってくれているといいけどな」

「まあ、ここまできたら後はもう出たとこ勝負ですとも! 気合入れて参りましょう!」

 

 シスター、カナタ、ハルカ、クーの四人は各々意気込んで慎重に夜の学校へと乗り込んでいく。だが、その場に肝心のムゲンの姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

 




最後に言っておく、今回は都合によりライダーも怪人も影も形もなかった。ごめんなさい(汗)

後半戦となる次回はいっぱい出番あると思いますので今後ともどうかよろしくお願いします


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第6話 JKぬらぬらクライシス(後編)

皆様、いつもお世話になっております!
今回も無事に最新話更新できました。


 

 あの日、僕の日常は変わった。

 それまでの僕はその他大勢の世界から見れば実につまらない奴だったのだろう。

 世界は不平等だ。いつだって、口やかましくて目立つ奴らの勝手気ままな言葉がそのコミュニティの一般基準にされる。

 つまり、真面目は退屈。物静かは根暗――といったように物事を上辺だけでしか推し量れない頭数ばかりが多い馬鹿共の意見が大衆の標準的な価値観になってしまうのだ。

 だから、この僕も学園内では退屈な根暗という評判を貼り付けられて細々と肩身の狭い思いをしてきた。

 

 今に見ていろよ。僕はいまの僕のままで十分にとても素晴らしく、有望な人間だって証明される日が必ず来るんだ。だから、いまの不遇は言うなれば潜伏期間だ。

 そんな風にストレスを溜める日々の中で偶然、あのカードを拾った。見慣れない絵柄だったのでその手のショップに売り払って小遣いの足しにしようかと思った矢先に、僕はカードに秘められた驚くべき力とその使い方を知った。

 

 カードの力で僕は退屈な現実でまるでライトノベルの主人公のようなチートキャラへと生まれ変わったんだ。どんな奴だろうと、どこに隠れようが逃げようが僕がその気になれば全ての行動が無駄になる。

 誰も僕には敵わない。しかし、僕は手に入れた奇跡の力でヒーローにも魔王にもなるつもりはなかった。そんな目立つことをすれば必ず、余計な敵が生まれる。それは本意ではない。やるならば一方的にするのがクールだと考えたからだ。

 だから、僕が望んだのはトリックスターだ。

 勝ち誇っている奴。自分は優れていると自惚れている奴。弱いくせに聖人ぶっている奴。そんな自分が物語の主人公だと痛々しく勘違いしているような奴らに闇の中を根城に相応の恥を与えてやるのが僕の願った配役だ。

 

 最初は夜遊びの繰り返しで脳細胞がチンパンジー以下に退化しているであろう、調子に乗った我が学園の汚点になりうる大学生たち。カードの力でいとも簡単に手に入れたスタンガンにアルコール度数の高い酒を巧みに駆使して、裸にすると夜更けの大学に転がしてやった。大勢の人間に取り囲まれて、見せ物のように失笑を浴びる連中の滑稽な姿は実に愉快爽快だった。

 

 次に懲らしめてやろうと思ったのが我が高等部で井の中の蛙のようにモデル気取りのビッチ共だ。こいつらも身包みを剥いで学園内の大通りに転がしてやろうと思ったところで転機が訪れた。

 僕に奇跡を与えたこのカードについて何かを知っているような素振りを見せる派手な髪色の男、ニューとか言ったか?

 

 兎に角そいつが僕を見込んで使い魔とか言って変な光の火の玉を連れて突然姿を現した。メタローと呼んでいたな。このカードが使えるという事、それは世界に選ばれた証だと。この腐った世界を変えてみないかと。我ながら当然だと思いもしたが、あまりにも都合よく出来過ぎている状況にいよいよ自分も正気を失ったかと思ったが何もかもが現実だとニューという男は断言した。

 

 僕としては決して自分と言う存在を露見させずに細々と活動をするつもりだったのでその提案には乗る気ではなかったのだが、方法は問わないし、彼が持ちこんだメタローを活用してくれれば後は自由だという事なので熟考の末に提案を受け入れた。

 メタローという使い魔は実に重宝するものだった。意思の疎通は可能だが覇気も自主性もない無気力な性格をしていて、全てを託すとある意味で職務放棄な欠陥品の使い魔ではあるが余計な口を挟まれないのはありがたい。

 それにメタローによって手に入れた新しい力は予想以上に素晴らしかった。

 ただ衣服を剥ぎ取るという原始的な行為以上に、クソビッチたちに効果的な恥辱を与えられるのだから。

 

 少々の想定外も起きてしまったが、それでも幸運の女神はこの僕を祝福してくれている。何故なら、本当なら一番初めに恥辱の限りを味合わせてやりたかったあの女。人気者なのをおくびにも出さない澄まし顔した双子の優等生――天風カナタがわざわざ向こうから、僕の領域へとやって来たのだから。

 

 

 

 

 

 

「面会時間ギリギリに来た俺も悪いけど、門前払いはないだろ?」

 

 カナタたちが夜の城南学園に向かった同時刻、ムゲンはガクトとナギコが搬送された病院にいた。クラスを代表としてなどと適当な方便を使って面接を試みたのだがガクトはほぼ容疑者に近い重要参考人と言う事で断られ、ナギコに至っては重篤な怪我を負っているわけではないが未だに意識が回復しないという事で彼女の方から何が起きたのかを聞きだすことも叶わなかった。

 

「まあ、そんなもんと覚悟はしてたけどなあ」

 

 頭を掻きながら周囲を見渡して、ムゲンはガクトがいる病室の位置を外から確認する。三階の個室。窓からは常夜灯と思わしき小さな光がカーテンから僅かに漏れていた。そして、幸いなことにまだマスコミのような取り巻きも少なく、時間が時間だけに病院の外の人目は限りなくゼロに近い状態だった。

 

「いいぜ、山育ちの本気を見せてやるか」

 

 目撃者が現れないことを祈りながら、ムゲンはガクトの病室の真下に位置する場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 その頃、あまり公言は出来ない特殊な方法で校舎内に入ったカナタたちはシスターを先頭に怪しい気配がないか注意しながら犯人の行方を捜していた。

 

「いまのところ、人の気配はないみたいだね」

「うちの高校、特別棟とか部室棟とか含めると結構広いし二手に分かれて捜した方がいいんじゃないか? 宿直のシステムはないけど、あまり時間をかけるのもマズイだろ」

「それも一計なんだけど、今回はよろしくないわね。ハルカちゃん」

 

 効率を重視するハルカの提案に待ったをかけたシスターはちょうど柱に掛けてある高等部校舎の地図を眺めながら語る。

 

「二人は勝手知ったる学園かもだけど、あたしとクーちゃんは土地不案内。それにお仕置き対象のローション大好きスケベ野郎がどんな奴か分からない以上、下手に分散するのは危険よ」

「なるほど。いつもはムゲンがいるから迂闊でした」

「でしょうね。まあ、ハルカちゃんたちはハルカちゃんたちでハイスペックだから、大抵のことは自力で切り抜けられると思うけど、それこそ噂のメタローちゃんが出てきたらひとたまりもないでしょ?」

 

 普段はいつもの三人の間でしっかりと役割分担が出来ているが故の盲点を指摘されてハッと反省するのもつかの間、シスターから聞き覚えのある意外な言葉が飛び出したことにカナタたちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。

 

「尤もで……ん?」

「あの、シスター?」

「いま、なんか変な単語を口にしませんでしたか?」

「だ・か・らぁメタローちゃんよ。アンタたちが絶賛戦ってる連中、今回もそいつが裏で糸引いている可能性があるから、こんな無茶してるんじゃなくて?」

「ぬぇえええ!? なんでシスターさんがそのこと知ってるんですかー!?」

 

 敵陣にて、油断も出来ない状況とは知りつつもクーの驚きの絶叫は学園中に木霊した。

 

「ちょ、ちょっとタイム! みんな輪になって下さい。緊急会議です」

「敵地で隙を晒すのはあまりよくなくてよ? カナタちゃん」

「色々な根底を覆す発言をたったいました人が言わないで下さい! あの、失礼ですけど、どこまで知っているんですか?」

 

 恐らく、普段の学園生活では絶対に見せないであろう、あわあわと困惑した表情をして両手でTの字を作って招集をかけるカナタ。

 シスターは優雅な佇まいでそんな彼女を面白半分にからかって見せる余裕の態度だ。

 

「そうねぇ、クーちゃんが異世界からやってきた魔術師ちゃんで、ムゲンちゃんがデュオルとかいう仮面のヒーローに変身して世界のために戦っているってことぐらいかしら?」

「ほぼ、全部!」

「一体……どうしてバレたんだ? あんなに細心の注意を払ってたのに」

「秘密の防犯カメラに全部記録されてたわよ」

 

 カナタほど驚きを表情には出していないが、青ざめた顔色で天を仰ぎみて狼狽するハルカにさらなる真実が突き刺さった。

 

「店の外以外にもそんなのあったんですか? 念のため、店舗の中はよく確認したのに」

「そりゃあね、あの店を開業するときに雇った従業員が店のお金を盗んだり、よからぬことをしなとも限らないって考えたから、仕掛けたあたししか知らない秘密のカメラだから気付けなくても無理はないわ。一応、言っておくけど何も最初からアナタたちのことを信用していなかったわけじゃないわよ。」

 

 経営者であり、雇い主という立場に就く人間としては当然な理由と用心深さ故にカナタたちの秘密とメタローの存在を知ってしまっていたシスター。けれど、彼はそんな世界を揺るがすような真実に触れたものとしては恐ろしく冷静かつ、この状況を楽しんでいる様な物腰であった。

 

「賢い子たちだとは思っていたけど、まだまだ爪が甘いわね。けど、可愛げがあってそっちのほうがあたしは好きよ」

「どうして、そこまで知っていながら……今まで何も言わなかったんですか? そして、何故いまになってこんなあっさりと白状したんですか、シスター?」

「そんな怖い顔してはダメよ、カナタちゃん。そうね、今までの沈黙もいまになっての告白も全てはタイミングかしら」

 

 バレれしまっていた事実と、それでもいつも通り何も変わらないシスターの立ち振舞いに言い様のない不安に襲われたカナタは険しい顔でその理由を問い質そうとする。

 彼女に対してシスターは実に簡単そうに腹の中を明かしだした。

 

「あたしだって、最初にカメラに映ったアナタたちの会話を聞いた時は驚いたわよ。でも、この目で見た以上は真実だと受け入れるしかない。そして、アナタたちが周りに秘匿しているようだったから、あたしもその意を汲んでさり気の無い手助けに留めていたわ」

「蚊のメタローが暴れた時に急に私とムゲンを帰らせたのも、助力のうちだったわけですか、参りました」

「あの、わたしに色々と世話を焼いて下さったのも……」

「クーちゃん、あんたはぶっちゃけ存在そのものがかなりフィクションしてるから、下手に取り繕わずに持ち味を活かしなさいな。そういうメルヘンな人なんだって、生温かく受け入れられるわよ」

「わっはー……シスターさん、いまの言葉鏡見てもう一回言って欲しいですぅ」

 

 何から何までお見通し。むしろ、自分たちがメタロー絡みの事件を解決しやすいように密かにお膳立てまでされていたことが判明して、三人は驚きや困惑さえも忘れてただ、ただ唖然とするしかなかった。

 

「もう勘の良いアナタたちなら察していると思うけれど、あたしがその猿芝居をやめたのはいまこの状況において、それが最善手だと判断したからよ。最大戦力のムゲンちゃんがこの場にいない中でアナタたちもあたし一人に遠慮して実力を出し惜しむのはやり辛いでしょ? 納得してもらえるかしら」

「……分かりました。こちらとしても、シスターが常日頃味方でいてくれるという状況は大変ありがたいですし、貴方を信じます」

「オーケー。素直なことは美徳よ。それに早速あたしの力が必要な展開みたいよ?」

 

 僅かに思案しながらも、これ以上の誤魔化しも意地を張るのも無意味だと考えたカナタはハルカを一瞥して、その表情から彼も同じ考えだと悟ると全てを受け容れる選択をした。

 

 彼女の見せた果断をお見事と微笑むと、いつもと変わらぬ愉快で妖艶な表情を引き締めて、シスターは暗い廊下の奥を見た。彼の視線の先には、なんと教室の机や大型定規に美術部の石膏像などが不気味な光を放ちながら学校の怪談よろしく独りでに浮遊して押し寄せてきたのだ。

 

「いきなり来たか、でもこれって確実に……」

「メタローが関わってますとも! そうなれば遠慮はいりませんですとも!」

 

 ハルカとクーがそれぞれ、言葉を繋ぎ合わせて真犯人の正体を確信すると身構えた。すると、三人を守るように素早くシスターが先頭に躍り出る。

 

「ここはあたしに任せなさいな。んふぅ! 聖ジョルジョの石膏像ね、相手にとって不足はないわ。あたしの極悪ドラゴンはそう簡単に鎮められないわよォ♪」

 

 シスターは引き裂くような勢いで警官の上着を脱ぎ捨て、ギリシャ神話の絵画顔負けの鍛え抜かれた上半身を惜しみなく曝け出して、空手の型にみられる三戦によく似た構えを取って迎え撃つ。

 

「待って下さい。待って下さい! シスター、この状況で脱ぐ必要ありますか!?」

「あら、お子様には刺激が強かったかしら?」

「何ら問題なく直視できますけど、露出狂が雇い主という現実に絶賛心を痛めています!」

「手厳しいこと言うじゃないの、カナタちゃん。でも、ごめんなさいネ……あたし、戦場では実は結構――凶暴なの♪」

 

 呆れるカナタたちをよそに獰猛な笑みを浮かべたまま、石膏像に正面からぶち当ると両腕を回して、ベアハッグを仕掛けた。

 

「存じておりまーす!」

 

 何を今更と言いたげな様子のハルカのツッコミと同時にシスターは砂糖菓子でも砕くかのように石膏像を純粋な膂力だけで粉微塵に粉砕してしまった。シスターはそのまま、残りの浮遊物もうねうねとした少し見ていると気分が悪くなるような独特の体捌きあっという間に叩き落として、犯人の仕掛けてきたトラップを無力化してしまった。

 

「さあ! 戦端は開かれたわよ、アナタたち。未だにビビって満足に挨拶も出来ない腰抜けドブネズミ野郎を見つけ出して、たっぷりとおもてなししてやるわよォ!」

「ひゃっはー! 今夜はわたしのゴーレムちゃんも存分に暴れさせてやりますよ!」

「二人とも、戦意が上がるのは良いけど夜分遅いのには変わりないんだからちょっと落ち着いて」

 

 大胸筋をブルブルと躍動させながら、シスターはその場のノリに焚きつけられて荒ぶるクーを引きつれて勇ましく駆け出した。

 

「あら……――」

 

 だが、走り出して数メートルも進まない内にシスターは暗闇の廊下に落ちていた何かを踏んでしまった。瞬間、足元に赤い光を放つ大きな魔法陣が浮かび上がり、まるで落とし穴にハマるようにシスターは姿を消してしまった。

 

「なっ、シスターが消えた!?」

「やられた。これみて、カナねえ」

「私のところに来たのと同じカードだね」

 

 件のカードを拾い上げて、冷や汗を浮かべるハルカ。四人団結して事件解決に当たろうとして早々に未知数ながら武力知力共に高いであろうシスターを真っ先に失うのは大きな痛手だった。

 あまりにも呆気ないシスターの離脱に三人が戸惑うのを見計らったかのように廊下のスピーカーから謎の声が聞こえてきた。

 

『すまないねえ、カナタちゃん。妙なイレギュラーには退場してもらったよ』

「メタロー……お前が一連の事件の犯人でいいんだな?」

『おやおや、意外と驚かないんだね。残念だよ、でもそういう空気読めない辺りが実に君たち姉弟らしくていいよね、褒めてあげよう』

 

 男性の声らしいが、酷くねちっこく、高圧的な雰囲気を感じる声だ。

 まるで、自分は全てを意のままに出来ると勝ち誇っているかのような喋り方で謎のメタローは三人に会話を続ける。

 

「やめてくれよ、お前みたいなのに褒められても恥なだけだ。あと、言っておくけどオレたちはかなり空気読めるほうだよ。空気読んだから、驚かないようにしてあげたんだぜ?」

「いろいろと器用なことで。シスターを何処にやったんですか?」

『いまは教えてあげられないよ。そんな怖い顔をしないでおくれよぉ、いつものスカした小生意気な顔をしてくれないとこっちもゲームに臨むのにモチベーションが上がらないじゃないか、カナタちゃん』

 

 期待していた反応が見られず、むしろ痛烈な皮肉交じりの返事を返されたことでスピーカーからの声は言葉選びこそ気品ぶってはいるが明らかな苛立ちが見て取れた。

 そして、未だ姿の分からないメタローは鼓膜にこべりつくような不快な声でもったいぶった提案を持ち出した。

 

「ゲーム?」

『簡単なゲームだよ。いまから制限時間一時間の間にこの高等部区画のどこかにいる僕を見つけ出せればカナタちゃんたちの勝ちだ。あの気持ち悪いのは解放してあげるし、僕も大人しく降伏するよ』

「そんな怪しさ全開の提案に素直に乗っかると思ってるのかな? 大体、私たちは貴方の姿だって知らない状況なのに? そんな雑な罠の誘い方、いまどき田舎のお婆さんでも引っ掛からないと思いますけど」

『この世に敵なしって思っているタイプかと思ったけど、意外と慎重で小心なんだね。僕は君たちとイーブンな条件で戦って勝ちたいからわざわざこんな提案をしてあげているんだけどね』

 

 ふてぶてしい物言いこそすれど、鼻息荒く早口でまくしたてるメタローにカナタは脳内を整理する余裕を得ると素早く聞き耳を立てた。もしも、放送室から直接スピーカーを使って話しかけているのなら、雑音が減るこの時間帯ならば機材の稼働音なりが流れ込んでくるはずだ。

 強かにすでにゲームを開始しているカナタの思惑を知ってか知らずか、メタローは気色の悪い欲望を垂れ流しながら、尚も摩訶不思議な術師気取りで話している。

 

『ほかのメスビッチどもはこっちが一方的に玩弄するだけで、満足したけど、君たちは例外だ。決定的な敗北を刻みこませてから、辱しめたいのさ。だからこそ、僕もこの場を移動するような不正は行わないし、平等に勝ち目を与えることを約束しよう。もちろん学園中に張り巡らせた仕掛けは罠として作動はするけどね』

 

 よく聞き耳を立てたが他の機械のような音は聞こえなかった。むしろ、メタローの声はマイク越しのどこかくぐもった雑味の感じられない、まるで肉声のような鮮明さがあった。

このことから、メタローの潜伏先として放送室は除外しても良いだろう。

 それを踏まえて、カナタは改めて選択肢などあってないに等しいゲームへの挑戦を表明する。彼女の後ろではハルカがクーに何かを耳打ちして、超特急で何かの作業をしていた。

 

「品の無い趣味をお持ちのようで。いいですよ、受けて立ちます」

『げひっ! おっと、失敬。良い返事をしてくれて感謝するよ。では、いまから一分後にチャイムを鳴らそう。それが合図だ』

 

 一分間の沈黙。不意打ちも警戒した三人だった何も起こらず瞬く間に60秒という時間は流れた。

 そして、ジャスト一分後に夜の学校にどこか不気味な圧力が混じるチャイムが響き渡った。

 

『ゲームスタート。幸運を』

 

 

 

 

 

 

 一方、厳重に扉の前に見張りが常駐する病室の中でガクトは大きな背中を小さく縮ませて沈痛な面持ちでずっと逃げ場のない不安と格闘していた。

 既に警察官から自分が置かれている状況を説明されていた彼の心中は穏やかな物ではなかった。迷惑をかけてしまう家族や、自分の人生、何よりも気がかりな宮前ナギコの安否。

 並みの人間ならば人目も憚らず、泣き喚いていても不思議ではない状況に身を置かれても苦心こそしても、じっと耐え忍ぶ彼と言う人間は強かった。

 そんな時だった。

 窓のガラスをコンコンと叩くような音が聞こえた。

 風で何かが当たったものだと思って、気にしなかったガクトだが再び、明らかにリズムを刻んで鳴る音に恐る恐るカーテンを開いた。

 

 

「よお、思ったより元気そうだな。中入れてくれるか?」

「ムゲン、おまっ何やっ――」

「静かにしろ。バレないように、そっと鍵を開けてくれ」

 

 なんとそこには病院の壁の凹凸や非常階段などを利用してよじ登って侵入したムゲンの姿があった。

 

「お前、どうやってここまで来たんだよ!? ジェット・リーみたいに上から降って来たのか?」

「クソ田舎の山育ちからしたら、ちょっと難しいロッククライミングみたいなもんだ。けど、確かにそっちの方が楽だったな」

 

 突然の来客に驚くガクトに軽く冗談を叩きながら、ムゲンはすぐに真剣な顔で本題を切り出した。

 

「いいか、人生で一番小さな声で答えてくれ、時間がない。あの夜、お前と宮前に何が起きたんだ?」

「……それは」

「ガクト、よく聞け。いま、俺やハルカたちで事件の真犯人を捜してる。だけど、ぐずぐずしていたら、お前が犯人扱いで一件落着ってクソみたいなシナリオが罷り通っちまうかもしれないんだ。覚えていることを全部話してくれ」

 

 ムゲンが保険のためと称して、こんな危険を冒してまでガクトの無実を先に証明しようとしたのには訳があった。

 何故なら今回の事件はこれまでのメタロー関連の事件と比べて特殊だった。タチの悪い悪戯のようなものから、一転運が悪ければ命を落としていたであろう危険な物へと豹変した事件の内容。

 明らかになったライダーメモリアが関わっている事実から、もしかしたらメタローがメモリアを手に入れて事件が過激になったのではなく、メモリアを入手して事件を起こしていた者にメタローが取り憑いたのではないかというケースが浮かび上がったからだ。

 もしもそうなれば、世界の修正がどこまで効くのかが定かではない。ガクトとナギコの平和な学園生活を守るためにも今回は探偵のような謎解きと真犯人の確保が重要だったのだ。

 

「その、だな……ナギコに相談されたんだ。突然妙なカードが下駄箱の中に入っていて、噂じゃローション塗れにされた女子生徒の傍に似たような物が落ちてたって話でよ。それでバイト休んであいつを家まで送っていく途中で変な光に包まれたと思ったら図書室にいた」

 

 尋常ではないムゲンの気迫に動かされて、ガクトは自分が体験した夢のように非常識なあの夜の出来事を話し始めた。

 

「暗くてよく見えなかったけど人じゃない妙なでかい奴がいた。むこうも、俺のことを見て驚いている様子だった。俺だけならぶっ飛ばしてやろうかとも思ったんだけどよ」

「気持ちはわかるよ。俺だってやべーやつがいたらまず一発食らわせて、その後で考える」

「けどなぁ、ナギコの方は完全にパニックになってて、声もあげられないって感じでよ。なんとなく、本命はナギコだなって野性の勘みたいなので気付いてたから逃げの一手さ」

「それで宮前を抱きかかえた状態で窓突き破って飛び降りたのかよ? 無茶しやがる」

 

 ガクトの思い切りがよすぎる行動にムゲンは賞賛しながらも、やれやれと苦笑した。

 

「褒めんなよぉ。死ぬほど痛かったけど、ちゃんと受け身も取ったからこの通りさ! ただなぁ、撒けたと思ったんだがどういうわけか追いつかれててよ、立ち上がる前にビリっと痺れたかと思ったらぶっ倒れてあの様だよ」

「スタンガンか何かだな……変なところはそれっぽい道具使いやがって、小汚ねえ」

 

 犯人のどこまでも陰湿な手口に憤るムゲンに今度はガクトの方が怖くて聞きたくても聞けなかった気掛かりを尋ねた。

 

「ムゲン、それよりナギコは大丈夫なのか? 怪我とかしてないか? 特に顔や目とか何ともなってないよなあ!?」

「デカい声出すな。大丈夫だよ、俺も病室には入れてもらえなかったけど、大した怪我はしてない。ちょっとショックが大きかったから寝込んでるみたいだけどな」

「そ、そっかあ! よかったぁ……いや、全然よかねえけど、ナギコのやつ本大好きだから失明とか一生もんの怪我とかしてなくて本当に良かったぁ」

 

 どかりとベッドに座り込んでガクトは心の底から安心したように安堵した。自分の方が未だにあらゆる方面から危機的状況だというのに彼は根っからのお人好しだった。

 

「ガクト、もう一つ大事なことを聞かせろ。そもそも、なんでお前と宮前って組み合わせなんだ? お前ら一体どういう関係だよ?」

「あーいや、それはよお……そのつまり、だな。こ、恋人というか、カップル的なだな」

 

 その問いかけに、ガクトはあからさまに照れくさそうにうろたえると、本当に消え入りそうな声でぼそりと呟いた。

 ずっと、ムゲンの中で腑に落ちなかった謎に対する、予想のしようがなかった思わぬ答え。ムゲンは思わず、初めてメタローに遭遇したときぐらいのショックを受けて一瞬完全にフリーズした。

 

「――マジにか。クッ……ハッハ、ガクトお前、面白すぎるぞ、おい」

「そんな笑う奴があるか。俺だって我ながら極端な組み合わせかなあ? とは思ってるんだよ」

「そこまでは思ってない。分かった、お陰で不可解だった疑問点が大体解けたよ」

 

 欲していた謎を解くために欠けていた全てのピースが手に入ったムゲンは病室の外に気取られないようにそろりと窓のサッシに足を掛けた。

 

「あとは任せろ。お前が宮前のために気張った漢気は無駄にゃしないさ」

「ちょ、ちょっと待てムゲン。俺には分からねえ、なんでお前そこまでしてくれんだよ? お前にとって俺ぁ友達でもないんだろ?」

「でも、いまはクラスメートだ」

 

 いくらなんでも行き過ぎているムゲンの行動に感謝以上に異質さを感じて戸惑うガクト。人として正しい反応をする彼に向けて、ムゲンは迷いのない声でさらりとそう答えた。

 個人的な区切りで彼を友達とは呼ばないムゲンだが、自分のことを危ぶんで遠ざけることがないガクトのことを得難い人間だと言葉にして伝えないだけで深く感謝していた。

 いくら、ムゲン自身が他人から孤立することや怖がられることに慣れていても、だからといってまるで平気なわけでもない、それがまだ正しく機能している人の心だ。

 

「あと、別にこっちにはこっちの事情があるんだ。何もお前や宮前のためだけにこんな無茶してるんじゃないから、そんなに気にすることはねえよ」

「その事情ってのはなんだよ? 天風たちのことか?」

「……色々あるけど、ガクトいいか? お前が宮前のためにしたことは正しいことだ。誰かのために身を呈して頑張った。正しい献身なんだ」

 

 数秒、きつく結ばれた口元が開いて出てきた言葉には普段の穏やかで大らかなムゲンからは想像がつかないほどに強く、頑なで、執念のような物が宿った重みがあった。

 ガクトも初めて見るような顔だった。怒りとも憤りとも言えない、別の何かが原動力になったものだ。

 

「ムゲン?」

「俺はその正しいはずの行いが何も知らない手前勝手な連中のせいで、胸糞な悪評で無神経に塗り潰されるのが気に入らないだけだよ」

 

 自分の言いたいことを伝えるだけ伝えると、ムゲンは早々に窓の外から足を踏み外さないように降下していくとあっという間に闇夜の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 城南学園高等部の校舎では重低音のエンジン音とガラスが次々に割れる音がけたたましく響いていた。

 

「今夜は優等生サボりの日だ! やっちゃいけないこと全部やるぞ!」

「クーさん、扉開けてるヒマないんで教室のガラス片っ端からぶち破っちゃってください!」

「お任せ下さいなぁ! でも、お願いですからわたしの手絶対に離さないで下さいよ!」

 

 学園の校舎内を所狭しと駆け廻るビッグストライダーには運転を担当するハルカと司令塔となるカナタがタンデム。さらにカナタに手を繋がれながら、スモークゴーレムに乗ってまるで凧か風船のように牽引されつつ、廊下側の窓という窓を破壊しまくるクー。

 

 先程ゲームが開始されるや否やクーが自分のランプとムゲンの指輪の物質保管空間を大急ぎで繋げて、こちらに召喚したビッグストライダーがあってこそ成立した即席の小型移動要塞化した三人はメタローとのゲームに勝つべく、一心不乱に次々に襲い掛かって来る学校の備品や用具を相手にしていた爆走していた。

 

「残り20分! この調子なら虱潰しに特別棟も合わせて全部の教室を回れるかな、どうよカナねえ?」

「家庭課室での包丁やフォークの一斉射撃や、音楽室の回転ノコギリみたいに飛んできたシンバルみたいなのがなければなんとかね! トランスポーター級の運転頼んだよ、ハルくん!」

「いやっはー……あれは本当に死ぬかと思いましたよ。というか、わたしの髪は一房ほどさよならバイバイしたんですがね! こうなったら伝説の弓兵よろしく、星だって落としてやる気合ですとも!」

「終わったら、私の馴染みの美容室紹介しますのでもう一頑張りですクーさん!」

「カナねえこそ、名軍師のナビゲート忘れないでよ!」

「しつこいようですが、この手も絶対離さないで下さいねカナタさん。わたし、自分が血と言う名のケチャップ塗れになるのはご勘弁ですので!」

 

 風を切り、本館と特別棟を二階で繋ぐ渡り廊下を駆け抜けながら、三人は決死の形相でお互いを鼓舞し合う。

 様々なイレギュラーが発生したとはいえ、ムゲン抜き、味方になったシスターが早々に離脱するという危機の連発の中でこのようにこの三人が息の合った連携を組めたのは一重に同じ困難に立ち向かった日々の積み重ねと、それぞれに癖のある人間性を持ちつつもそれを打ち明け、受け入れ、変わっていくという選択を選んだ勇気の賜物でもあった。

 

 

 

 

 

 

 けれど、けれど――そんな三人の奮闘を無碍にするように勝利の女神は浅ましくメタローを喜ばすように尻を振る。いや、メタローによって無理やり尻を振らされ、微笑みを強制されるといった方が正しいだろう。

 

『げひっ! この調子だと本当に時間内にここまで来ちゃいそうだね。そう、確かにこの学校の時計の中では間に合ってしまうだろう』

 

 ライダーメモリアの力で取得した万能とも言える魔法の力を駆使して、その空間内にある液晶画面で三人の行動をモニタリングしていたメタローは品の無い笑みで時計の時間を確認すると得意げに手を翳す。

 

『いけない、いけない。僕としたことがこの教室の時計だけ置時計だったから時間を揃えるのを忘れていたよ』

 

 一人でわざとらしく呟いて、メタローは持参していた学園の時計に比べて20分遅れていた置時計の針を進めた。20分ぶん進んだメタローの時計は当然ながらタイムリミットの一時間後を指し示す。

 

『はぁーい残念! 時間切れだよ、カナタちゃん! 君たちの負けだ。敗北、完敗、お悔やみを申し上げるよ』

 

 あまりにも姑息。

 あまりにも陰険。

 あまりにも滑稽な勝利宣言。

 最初から、カナタ達に勝たせるつもりのなかったメタローは幼児のワガママよりも劣りな身勝手な言い分を並べて、勝手に勝利者の優越に浸っていた。

 

 カナタたちが夜の学園に訪れた時点でメタローの目的は何が何でもカナタを自分のところに呼び込んで欲望のままに凌辱の限りを尽くすというものへと移り変わっていた。

 これまでのトリックスター気取りのゲームへの招きも全ては本気で勝利を掴み取ろうと奮闘する彼女たちを嘲笑い、心を圧し折るための矮小な企みの一つだった。

 

『ずっと、この時を待ち焦がれていたんだよ、カナタちゃん。さあ、君の絶望を見せておくれ!』

 

 わざわざ自分の姿を見せつけたくて、部屋の照明をつけるとそういって、メタローはその狭い空間でカナタに送ったカードと対となるコネクトの効果を持つカードの力を解放する。

 

 赤い光を放つ魔法陣が展開して、その中から不安そうに震えるように見える人間の指先が現れ始めた。

 

『げっひひひ! やあ、カナタちゃぁん! たくさん泣いて、よがって僕のおもちゃにな――ガアッ!?』

 

 我慢できずに長くぬめついた舌を飛ばして、魔法陣から強制召喚されている途中の手首に巻きつかせたメタローは辛抱たまらずに襲い掛かろうとして――あべこべに殴り飛ばされた。

 

 

 困惑する時間も与えられずに、メタローの視界を黒い塊が遮ったかと思うとその意識は強い衝撃に襲われて、僅かに暗転した。

 

 

 

 

 自分がつけた時よりも若干弱い照明の光にメタローの意識は十秒ほどの昏倒から覚醒した。けれど、目の前に飛び込んてきた光景に愕然として震えた様な呻き声を漏らした。

 

『ぐえ、えええ……な、な、ななな!?』

「お招きありがとよ。セーラー服じゃなくて悪かったな」

 

 狭く、廊下側には窓の無い理科準備室の中で自分をロッカーで殴り倒して末に足蹴にしているのは可憐でムカつくほどスタイルが良い天風カナタではなくて、今まさに獲物の喉笛を食い千切らんと猛る狼のような剣幕の灰色の髪の男子生徒だった。

 その顔にはメタローにも見覚えがある、ある意味で天風姉弟と並ぶ有名人だ。

 

『お前は確か双連寺! なんで、なんでっお前が出てくるんだよ! ふざける――グエッ!?』

「ご指名したのはてめえだろうよ。言っとくが俺のキャンセル料は高いぜ?」

 

 なんと、魔法陣から飛び出してきたのは別行動中のムゲンだった。

 ムゲンはメタローの姿を確認するや否や声も発すことなく急襲。手近にあったロッカーを投げつけて転倒させた。そのまま、天井の蛍光灯の一本を割れて折れるのもお構いなしに抜き取ると尖った先端をメタローの目玉ギリギリに突きつけて、マウントを取っていた。

 その上で、ムゲンは挑発するように自分をここに呼び寄せたカードをメタローにチラつかせた。

 

『それはカナタちゃんの下駄箱に仕込んだカード! どうしてお前が持ってるんだ? さっき、本人が持ってるのを確認したのに!?』

「うるせえよ、カエル野郎。俺らのバイト先には手先の器用な天才が二人もいてよ。速攻でレプリカ作ってくれたんだわ」

 

 そう言って、ムゲンは眼下の青くずんぐりとした異形を睨んだ。

 ぬめぬめした体表と不格好に長く大きなコブだらけのカエルの特色を持つフロッグメタローはまだ自分に何が起こったのか理解し切れていない様な反応を見せていた。

 

「そんなことよりも、教えろよ。なんでカナタを一番に狙ったんだ? 他の連中のことは置いといてやるよ、早く言ってみろ。 なあ、言えよ。こいつで目ん玉抉りだすぞ?」

『嘘だ……こんな、馬鹿力とは聞いていたがただの不良の腕力で、いまの僕が抑え込まれるな――イギッ!?』

 

 目を血走らせて、カナタを狙った理由を問い質すムゲンの剣幕に若干たじろぎながらも、たかが人間の分際でと激昂するフロッグメタローに問答無用の踏みつけが鳩尾目掛けて叩き込まれた。

 怒りのあまりに一周回って淡々とした機械のように落ちつき払った声でムゲンは問いかける。その様は怒声を上げて、獣のように暴れ回るよりも何倍も身の毛がよだつような恐怖を掻きたてる威圧感があった。

 

「お前のことなんてどうでもいいんだよ。人間でも化け物でも変態でも最低の屑でも好きにやってろ。俺が知りたいのはお前がカナタを狙った理由だよ。恨みでもあったか、あいつに非があるもんなら遠慮せずに言えよ、苦情はしっかりと届けてやる。ほら、胸張って言ってみやがれよ?」

『げひっ……ひひひ。そんなに聞きたいなら、言ってあげるよ』

 

 眼鏡のレンズ越しに爛々と輝く金色の瞳から放たれる殺気に内心竦みながらも、フロッグメタローはいまだ異形の力を得ている自分の優位を信じて、不穏な笑顔を見せた。

 

『ムカつくんだよ! あの女の自信満々で余裕ぶってる顔といい態度といい、勝ち組気取りで虫唾が走るんだよ!!』

 

 次の瞬間、折り畳まれて分からなかったカエル特有のバネのある鍛えられた両足でムゲンを蹴っ飛ばした。ムゲンは大きく飛ばされて、窓ガラスを突き破ると片足がギリギリで窓に引っ掛かった状態で宙づり状態になってしまう。

 

『だから、この力と姿を手に入れたときにイの一番でカナタちゃんに狙いを付けたよ。この舌で全身舐めまわして遊んでやったら、どんな反応するのか愉しみ過ぎて一睡も出来なかったくらいだ! だって、そうだろ? あの学園トップクラスの人気者の天風カナタが僕の姿にビビって泣き喚くかもしれないんだぞ? 鼻水も垂れ流すかな? 少しその気になって痛めつけたら失禁だってするかもしれないって妄想したら、日が暮れるまでが長過ぎて発狂しそうだったよ! だのに! あの女はこともあろうに、僕にはまるで興味がないってせせら笑うように、カードを教室の机に突っ込んで忘れてやがった!』

「分かった。もういい、喋るな。貴重なコメントありがとう、ゲス野郎」

 

 大音量で耳障りなだけの下手なヘビーメタルでも流れるラジオのように一方的で歪みきったカナタへの恨み辛みを吐き出すフロッグメタロー。

 目に映る上澄みだけしか知らずに身勝手極まりのない筋違いな怒りをカナタへと向けていたフロッグメタローの真実を確かめたムゲンは腹筋に物を言わせて弾むように理科準備室内にカムバックする。

 

『なっ……お前、本当に人間か』

「もちろん純度100%だぜ。DNA鑑定でもやってみるか? サンプルの血なら、いい感じに出てるしな。試してみろよ、理系野郎!」

『ごばあっ!?』

 

 顔や腕にいくつもの浅い切り傷を作りながらも、そんなものは気にもしない素振りでフロッグメタローに詰め寄るムゲンは力任せの喧嘩キックをぶちかまして、相手を廊下へと叩き出した。

 

「我ながら原始的な解決方法だと思うがよ、ここからは暑苦しいゴリゴリの筋肉的思考のオンパレードだ」

 

 眼鏡を掛け直しながらドライバーを装着したムゲンは迷わず引き抜いた二枚のライダーメモリアを挿入する。

 

【スカイ×ゴースト! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【エリアルファンタズマ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 黄緑の旋風を吹き荒ばせて、夜の学園に大空と幻霊を司る変幻自在の戦巧者が黒いパーカーを躍らせながら参上する。

 

『な、なんなんだよそれは!? 聞いてないぞぉ!』

『シンプルなもんだよ……俺はお前の敵だ』

 

 自分だけじゃなく、ムゲンまでも謎の仮面の戦士の姿に変わったことに激しく動揺して取り乱すフロッグメタロー。

 デュオル・エリアルファンタズマはそんなフロッグメタローに開戦の合図とばかりに風穴が開きそうな横蹴りを繰り出す。

 カナタを狙ったということだけでも怒り心頭だというのに、その上フロッグメタローの吐き気を催すような醜い感情を目の前でぶちまけられたデュオルはガクトとナギコにされたことへの怒りも重なって文字通り腸が煮えくりかえるほどの敵意を剥き出しにしていた。

 

『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 いつものように、戦士としての自分を奮い起こすための暗示のように掛け声を響かせるとデュオルは下衆の極みを具現化したようなフロッグメタローに突っ込んでいく。

 

『こんなのは僕の理想のやり方じゃないんだけどねぇ! やってやるよ!』

『お前の理想なんざ、ここからは一切合切許さねえよ!』

 

 腹を括って攻勢に転じたフロッグメタローは長い舌を巧みに操って槍のような乱れ突きをデュオルに仕掛ける。デュオルはそれを両手で円月を描くような動きで全て捌ききると反撃に掌底裏拳が入り混じった拳法式の連打をお見舞いする。フロッグメタローも反撃に慣れない動きで殴りかかって来るがデュオルはそれを軽くいなすと、逆に片手を捕らえて捻り上げると重い膝蹴りを食らわす。

 大きく後ろに跳んでどうにか攻撃から逃れたフロッグメタローはやはりまともに戦っては敵わないと一目散に逃亡を選んだ。

 

『く、くそっ! これだから野蛮人は始末がわ……おああああ!?』

 

 一歩一歩が驚異の歩幅で移動するフロッグメタローは後ろにデュオルの姿が見えなくなったのを確認してから、忌々しく悪態を吐こうとした。けれど、その瞬間に足首を何かに掴まれたことで背筋が凍るような恐怖を感じながら盛大に転倒した。

 

『なんか言ったか? 良く聞こえなかったからよ、もう一度俺の傍でハッキリと喋ってくれよ!』

 

 自分に何が起きたのか転がりながら自分の足元を見たフロッグメタローは廊下の床下から本当の幽霊のように透過状態でゆらりと姿を現したデュオルに声にならない悲鳴を上げた。

 

『ひぎっ――!?』

『追われる側になった気分はどうだ?』

 

 切れ味鋭い二段蹴りでフロッグメタローの顎下を蹴り上げて、強制的に立ち上がらせたデュオルはサンドバックに打ち込むような豪雨のような連蹴りを左側に集中させる。

 

『あがががががっ!? このぉおおおお馬鹿にするなよ!』

『うおっ!? クッ……手数は豊富そうだな』

 

 だが、フロッグメタローもやられてばかりではなかった。口から物に触れると爆ぜる高熱を帯びた泡の吐息・バブルブレスを吐き出してデュオルにダメージを与えると魔法の力で近場の教室の椅子や机をミサイルのように次々と撃ち出した。

 

『学校の中はあいつの弾だらけだな。 こいつもそんなに連続しては使えないし』

 

 最初の数発は拳や蹴りで叩き落としたが一教室分を撃ち尽くしても、フロッグメタローはすぐさまに隣の教室の椅子や机を弾丸にして再度攻撃を仕掛けてくる。

 幅の限られた廊下はもちろん、教室に逃げ込んでも自分を追尾してくる魔法を駆使した攻撃はデュオルとしても回避も迎撃もやり辛い厄介なものだった。

 いまは何とか仮面ライダーゴースト由来の透過能力で凌いではいたがこの一見無敵と思えた防御手段にもこちら側からも反撃できないという弱点以外に明確な制約があることをデュオルは体感していた。

 

『まさか、すりぬけ使うと呼吸できないとはな……早いうちに気付けて良かったと思うべきか』

 

 オリジナルである仮面ライダーゴーストは一度命を失った存在だったが故にその能力を万全に使えていたが、デュオルであるムゲンは生身の生者だからこそ、生命活動を司る大切な呼吸と言うものがまるで水の中にいるように透過能力を使用している時は出来なかった。

 

『どうした! さっきまでの威勢の良さはもうないのかい、ヒーロー! ダサいったらありゃしないよ、あの熊みたいな木偶の坊とどっちこっちだな!!』

『あ? いま、なんっつたオイッ!!』

『あの石頭の図書委員を襲った時にくっついてきたデカブツだよ! 本の扱いが乱暴だとか注意してきたあの女もウザかったがあの想定外のオマケは論外だったよ。まあ、上手く利用して都合よくデゴイにしてやったがねえ。可哀そうにこれから一生、異常性癖者のレッテルを貼って惨めに細々と生きていきたまえってねえ』

 

 上手い反撃の手段を考えていたデュオルだったが、調子に乗ったフロッグメタローが不用心に口を滑らせたその言葉に怒りのボルテージが振り切れると、心が突き動かすがままに椅子や机の集中砲火を掻い潜り真正面から対峙する。

 

『あいつを小馬鹿にしやがるのはその減らず口か? 勝手なことぬかしてんじゃねえぞ!』

『ゲッ!? こいつ、何する気だ!?』

 

 デュオルは突然、ジャンプして両手を天井に突き刺すと全身で屈伸するように渾身の力を入れて踏ん張った。

 最初はその意図が読めずに嘲笑っていたフロッグメタローだったがメリメリと音を立て出した天井を見て相手の正気を疑った。

 

『だあありゃあああああ!』

『うぅ……びゃあああああ!?』

 

 デュオルは自分たちが居る場所の天井を無理やりに引っぺがすと押し花でも作るかのような勢いで遠くにいたフロッグメタローを叩き潰したのだ。

 

『捕まえたぜ……ッシャア! とっておきいくぞぉおおお!!』

 

 降って来た天井の残骸に埋もれてのびているフロッグメタローの足をガッチリと両腕でホールドしたデュオルは豪快なジャイアントスイングをお見舞いする。

 

『ひぎぇえええええ! や、やめろよ! 放せ! この手を放せよおお!』

 

 技を掛けたまま、地上から僅かに浮遊して超高速回転するデュオルはまるでヘリコプターのプロペラだ。世界の修復力を逆手に取ったデュオルは意思を持った竜巻のようにジャイアントスイングのまま移動して、フロッグメタローを校舎の壁や柱に叩きつけまくった。

 

『おう! お望み通り、放してやるよおお!』

『ちょっ、待て! そっちは……あばああああっ!?』

 

 何度も頭を強打して悶絶しながら懇願するフロッグメタローの言葉の通りにデュオルは窓の外へとその手を放してやった。

 フロッグメタローはハンマー投げのような軌道を描いて校庭へと投げ出される。

 

『逃がしゃしないけどな! ダッシャアアア!!』

 

 さらにデュオルは外へと放り投げたフロッグメタローを追いかけて飛翔する。相手が地面に落下する前に追いついたデュオルは逆さまにしたフロッグメタローの頭部を両足で挟み、胴体を両腕で抱えると一気に急降下。

 とんでもない高度から繰り出されたデュオルのパイルドライバーによって、フロッグメタローは大地を揺らしながら頭部を打ちつけると、力なく大の字でその場に倒れ込んだ。

 

『ちくしょう……こんなクソゲーみたいな展開、認めないぞ。この僕は天風たちや巽とかいう木偶の坊なんかよりもずっとずっとすごいんだ。なのに……なのにぃいいい!!』

『寝言は寝て言え。陰に隠れてこそこそと悪さしてたテメエがあいつらよりも格上だなんて、怒りを通り越して笑えてくるぜ』

 

 手も足も出ない予想もしなかったデュオルと言う名の脅威に圧倒されて、容易く心が折れたフロッグメタローはそれまでの余裕ぶったトリックスター気取りの態度は欠片も見えずに、女々しく恨み言を吐き出すことしか出来なかった。

 呆れた醜態を晒すフロッグメタローに向けて、デュオルは渇いた態度で言い放った。

 

『ガクトの言葉を借りるなら、てめえこそが最高にダサい野郎だよ、変態ガエル。いいか、良く聞け、カナタもハルカもガクトだって才能とか持って生まれたポテンシャルだけを武器に満足して生きてる奴なんて一人もいるわけねえだろうが』

『げっ……ひいいい!?』

『どいつもこいつも、胸張ってなりたい自分になるんだって遮二無二に頑張ってるから、眩しいんだ。お前みたいな井の中の蛙とあいつらを一緒にするな』

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

 デュオルはフロッグメタローの胸ぐらを掴んで持ち上げたまま、ベルトのライトトリガーを引いた。ベルトの風車が輝きながら回転して、最大出力のエネルギーがデュオルの全身に迸る。

 

『こいつで事件解決だ。オオオリャアア!』

 

 片手で掴んだフロッグメタローを力任せに振り回して空高く放り投げるとデュオルはそれを追って自身も空高く飛翔する。月が夜闇を照らす空の戦場でデュオルは相手の片手片足を握り締めると弦を引き絞った弓矢の形でホールドすると一気に地上目掛けて落下する。

 

『参式ッ! オメガドロォオオオオオプッ!!』

 

『あぎゃあああああああ!?』

 

 裂帛の気合と共に急降下するデュオルは大気の壁を幾重も突き破りながら校庭のど真ん中にフロッグメタローを叩きつけた。地面が薄く凍った氷のようにあっという間にひび割れると二人の落下場所を起点に粉々に砕け飛んで大きなクレーターを作り、フロッグメタローは爆発四散して果てた。

 

『まさか、ただの人間にも使える代物だったとはな? コツみたいなものが要るのか?』

 

 目の前にヒラヒラと落ちてきた新たなライダーメモリアを手に入れて、デュオルは一人呟いた。

 メモリアに写る戦士は真紅の宝石のような鎧を身に纏い、魔法の指輪をかざした戦士。奇跡を織りなす魔法を振るい誰かの希望になり続けた男。仮面ライダーウィザードだ。

 

 

 

 

「さぁて、真犯人の面を拝もうか?」

 

 戦いが終わり、変身を解いたムゲンは足元に転がるフロッグメタローの素体になった人物の正体を確認した。

 

「こいつ、どっかで見たんだけどな……どこだっけ?」

「ムゲーン、お疲れー!」

 

 真犯人の正体はやはり城南学園高等部の男子生徒だった。

 けれど、目の前で気を失っている犯人の顔を見ても名前はおろか何年生かも分からないのでムゲンが首を傾げていると捕らえられたシスターを見つけ出したカナタたちが到着した。

 

「なあ、ハルカ! こいつ、犯人なんだけど名前分かるか?」

「どれどれ……ああ、この人だったか!」

 

 ムゲンに頼まれて、犯人の顔をペンライトで照らして確かめたハルカは思わず声を上げた。

 

「彼、川津っていう理科部の副部長だな。しかも、オレたち一度この人に会ってる」

「あ、そっか……始業式のときのあの人だこれ!」

 

 まるで接点がない犯人の素性だったが、カナタの言葉にムゲンも自分たちと川津の本当に些細な繋がりを思い出していた。何故なら、一番最初に大学で騒ぎになっていた事件を三人に教えたあの堅そうな雰囲気の通りすがりの男子学生こそがこの川津だったのだ。

 

「ところで、何でシスター上裸なの? あとなんかぬらぬらしてない」

「それは……」

「ムゲンさん。人間、知らないと言う罪と知りすぎる罠ですよ」

 

 ぐったりした様子で青ざめながらクーは放心したよう薄ら笑って呟き、カナタとハルカも死んだ魚のような目をして口をつぐんだ。

 何故なら、デュオルがフロッグメタローと戦闘中に理科室で無事にシスターを発見した三人だったのだが、その時のシスターがよりにもよって、荒縄でSM風に縛られた状態で宙吊りされていたのだ。

 ご丁寧にうるさかったのか目隠しと猿轡をされて、他の事件の被害者のようにぬるぬるのフロッグメタローの大量の唾液をぶっかけられていたものだから、その光景はシスターに悪意が無かったとしても、健全な若者にはトラウマになるのに十分な破廉恥限界突破の仰天映像だった。

 

 そんな事情は露とも知らないムゲンだが、この後にカナタの口からシスターが何もかも自分たちの秘密を知っていたことを教えられて、また別の意味で激しく狼狽えることになる。

 

 こうして、新学期早々に学園中を騒がせたいやらしい事件はこうして幕を閉じた。

 しかし、ムゲンたちが危惧していたようにメタローの力を用いて行われた犯行とその被害は無かったことに修正されてはいたが、川津が手に入れたライダーメモリアの力のみを使って行われた大学の事件はそのままの形で存在していた。

 

 それ故にムゲンたちはシスターが代表として川津を警察に突き出し、彼の自白と自宅から犯行に使われたスタンガンやアルコール類が発見されたことで本当の意味で事件を解決させた。

 

 

 

 

 

 

 ある日の放課後、先に教室を出て昇降口のそばでいつものようにカナタとハルカを待っていたムゲンはたまたまガクトと一緒になり、ぽつぽつと他愛のない会話をしていた。

 そんな中で例の事件の話題をガクトが口に出した。

 

「そういや、聞いたか? 例の大学の講堂で学生が素っ裸で寝てたとかっていう騒ぎ。犯人捕まったってよ」

「へー……勝手に酒でも飲んで酔い潰れてたんじゃなかったのか」

「なんかよ、高等部の男子がどういう手ぇ使ったのか分かんねえけど、あれこれやって昏倒させたんだとよ。ヒデェことする奴がいたもんだな」

「全くだ。はた迷惑にも程がある」

 

 あの後、川津は学校側から無期限停学処分を言い渡されたのだという。

 警察や学園側に語った犯行の理由はむしゃくしゃしてやった。馬鹿たちが偉そうにふんぞり返っているのが我慢できなかったと最後まで自分を省みるような言葉は彼の口からは出てこなかったという。川津という男は最後まで井の中の蛙のような男だったらしい。

 

「ところでよぉ、ムゲン。その怪我どうした?」

「単車でコケた。どっかの誰かさんが可愛い彼女さんと仲良く歩いてるのに気を取られて盛大にな」

 

 話題は変わり、フロッグメタローに蹴り飛ばされたときにガラスの破片で切った頬の傷をガクトに指摘されたムゲンは本当は本人から直接教えられたというのに、ちょっと得意げな口調でナギコとの仲をからかった。 

 

「げっほぉッ!? み、見てたのか? いつ、どこで!?」

「さあ、企業秘密だ。宮前のことなら俺もどんな子か少しは知ってるけど、ガクトとならお似合いじゃないか。大事にしてやんな」

「お、おう……嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、ありがとよ!」

「ああ、まさに美女と野獣だ。文化祭の出し物はお前ら二人主演でミュージカルでもやったらどうよ、このリア獣め」

「そっちかあああい! 目つきだけじゃなくて、口まで悪くなるとかどうしようもねえな!」

 

 カナタを真似るように黒い笑顔でにやつくムゲンにすっかりいつもの豪快で裏表のない朗らかなノリでツッコミを入れるガクト。彼のいうマイフレンドという関係ではないが、この二人は狼と熊と周りから例えられるように確かにお互いに規格外だからこそ息の合った組み合わせだった。 

 

「わりい、俺だ」

 

 スマホの着信音が鳴り、画面を確認したガクトは分かりやすいほどにやけた笑顔を浮かべてキョロキョロと周囲を見渡し始める。 

 

「顔に出てるぞ、ガクト。宮前さんだろ? 俺も素敵な飼い主たちがきたとこだ。また明日な」

「うん? あ、ああ……そうだな! じゃあな、ムゲン! 俺、行くわ! またな、マイフレンド!」

 

 ムゲンに背中を押されたガクトは屈託のない大声を張り上げて、大切な彼女であるナギコの元へと走っていった。相変わらず、自分にその呼び方を使うガクトにムゲンはやれやれと小さなため息をつくがそれに嫌悪の色は微塵もない。

 

「マイフレンドじゃねえっての。今回はバタバタしたけど、一応一件落着でなによりだ」

「言えてる。シスターにバレた時は心臓止まるかと思ったけど。それより、オレたちは飼い主とは随分な言い方じゃないのか、ムゲン?」

「そうだよ、ムゲンくぅーん。そこは両手に華でしょ?」 

 

 愉快そうな二色の声が後ろから聞こえるとムゲンの両腕をカナタとハルカが犯人を確保したぞとばかりに自分たちの腕に組ませた。

 

「カナタはいいとして、俺とハルカのカップリングはその筋の熱心な愛好家たちが暴動を起こしそうだからやめとこうぜ?」

「同感だ。まず、一番身近なところでシスターがスパーキングしそうで怖い」

「それもそうだねえ」

 

 三者揃って、なし崩し的に加わった強烈な味方であり、良き年長者のことを思い出して苦笑いを浮かべると学園を出た。メリッサへと向かう道すがらカナタとハルカはずっと気になっていたムゲンとガクトの関係にある一つの謎について思い切って問いかけた。

 

「あのさ、ムゲン……ちょっと聞いていい?」

「なんだよ、改まって」

「今回の事件で彼――ガクトくん。正直、私はすごく見直したよ。だからこそなんだけどさ」

「ん?」

「どうして、ガクトくんとは友達にならないの?」

「オレもそれは気になった。向こうはマイフレンドなんて呼んでるし、ムゲンが少し頑な過ぎないか?」

「お前らは自分のこと棚に上げてよくもまあ……いいか、こんな時でもないと言葉にして言えないか」

 

 実際のところ、自分たちに比べて明らかに付き合いやすそうなガクトのことを決して友達とは呼称しないムゲンの態度はカナタたちから見ても不可解だった。

 二人と顔をじっと見つめていたムゲンは少しだけ、どうすべきか迷ってから後になって言えずに後悔するよりはずっといいと考えて、心の中で言葉をまとめてから口を開いた。

 

「そんな難しい理由じゃないよ、単にガクトの知りあったのが去年の五月だっただけだ」

「……どういうこと?」

「五月って、まさか」

「その頃はもう俺にはカナタとハルカって友だちが居てくれたからな。量より質って言い方は変なのかもしれないけど――お前ら二人って友だちが居てくれるなら、俺は何も要らないよ」

 

 複雑な理由はなかった。でも、ムゲンにとっては深く大切な理由でもあった。

 傍から見れば異常な理由、拘りかもしれない。

 けれど、彼にしてみれば世界の何よりもこの二人っきりの友達が本当に本当に大切だったのだ。

 

「んー。何も要らないはちょっと大げさだな。友だちは二人だけで十分ってとこにしておこうか? だから、あいつは大切な知り合いだ」

「クス……なんだそれ? ムゲンのくせに生意気だぞぉ」

「ホント、これはペナルティだな。お望み通り、オレたち抜きじゃ泣いたり笑ったり出来ない体にしてやらないと」

 

 そんなムゲンの真摯な言葉にカナタとハルカの二人はあまりにも不意打ちだったのか、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。

 だが、続けて照れ隠しでとぼけるムゲンの言葉に普段の調子を取り戻した二人も気楽な感じに笑ってふざけだす。

 

「ハハッ! 望むところだ。余裕ぶっこいてると二人揃って俺に跪くことになるかもだぜ?」

 

 三人揃ってくだけた様子で笑いながらムゲン達は桜並木の道をいく。

 一歩前を進むカナタとハルカの後を追って満開に咲く桜を眺めながら歩くムゲンはふと足を止めた。ガクトとナギコが歩いていった方向へ向けて、捨てるのを忘れていた例のカードを細かく千切ると春風に乗せて高く放つ。

 

 どんな会話を交わすのかも想像が出来ない異色のカップルに祝福を!

 自分のような男には勿体ないような得難い大切な知人たちに幸福を!

 

 あっという間に舞い踊るように遠くへと飛ばされた細切れになったカードは紙吹雪のように、桜の花びらと一緒になって春のまぶしい空を彩った。

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 

 




今回もご覧いただきありがとうございました。
ちょっとだけ、ご報告……会社の技能研修が控えていまして、次回は少し投稿が遅れるかと思いますのでご了承ください。

それでは、ご意見ご感想お待ちしております。


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第7話 招雷魔導! エレクトロキャスター!!


皆様お久しぶりです。
どうにか技能研修も無事に修了して、花粉症と黄砂にドボドボになって予定よりも少し遅くなってしまいましたが最新話更新できました。
 


 

 ある週末のカフェ・メリッサ。

 夕暮れの店内は少し前まで学校帰りの学生や外回りのサラリーマンで席の殆どを埋めていた盛り上がりも冷めて、静かな時が流れていた

 既にラストオーダーの時刻も過ぎて、店の奥のキッチンではムゲンが一人でせっせと洗い物と格闘中である。

 ハルカもフロアから外れて隣接している小さな事務室で食材の発注確認などの座り仕事を行っている、いつも通りの風景だ。

 一つ違っているのは店の隅っこのテーブルに急設された相談室の存在だろう。

 

「――と、いうわけでミドラーシュ先生のお知恵をお借りしたいんです」

「あ、は……ははは。左様でございますか」

「クーさん。笑顔が怖いです。もっと自然に、リラックスして」

 

 店内の景観を壊さないよう配慮したデザインのパーテーションで仕切られたテーブル席ではクーとカナタが若い女性客と対面して何やら込み入った話をしているのだが先生と呼ばれるクーはガチガチに緊張して引きつった笑みを浮かべていた。

 

 事の始まりは三十分ほど前に遡る。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ! お一人様でしょうか?」

「あの、クー・ミドラーシュ先生はお見えでしょうか? 私、ここのサイトを見て、その……相談に来たのですが?」

「はい? お探しの人間は私だと思うんですけど、先生? はて?」

 

 来店した浅見という若い女性客が突然そんなことを言い出して応対するクーは自分の名前を知られていることはもちろん、いきなりの先生呼びに頭の上に?マークを大量に浮かべて大いに困惑した。

 カナタに助け船を出そうかと視線を後ろへ向けるとそこには待っていましたと期待に胸を膨らませる様な顔をしたシスターが飛び込んできた。

 

「ようこそ、いらっしゃいませお客様。すぐにご用意致しますのでお席にかけて少々お待ち下さい。クーちゃん、フロアはあたしたちに任せて、準備なさい」

「シスターさん? あのですね、そうは言われてもわたし何のことやらサッパリなんですけど? お二人は何かご存知ですか?」

「いや、オレたちも謎ですよ」

「でも、あのお客さんいまクーさんのことフルネームで言ってたよね?」

 

 意味が分からない謎の来客に三人が困惑する中で、一人だけ明らかに何か知っている様子のシスターがキッチンからムゲンを引っ張り出しつつ、三人をカウンターの中へと呼び寄せた。

 

「んふ♪ あのお客様はね、コレに引き寄せられてきた映えある第一号よ」

 

 小声で得意げに微笑むとシスターはスマホでカフェ・メリッサの公式サイトを四人に見せつけた。一見どこにでもある様式の喫茶店のホームページの一角には<東方の魔術師! 期間限定出張お悩み相談室!>という項目とドヤ顔でピースサインを決めるクーの画像があった。

 

「ちょッ! なんですかこれ、シスターさん!?」

「えーっと、心霊現象や未確認生物の影その他etc貴方の身の回りで起こる怪現象、誰にも相談できないそんな悩みを東洋の神秘を修めた若き魔術師がズバッと解決致します! うわぁ……胡散くせえ」

 

 素っ頓狂な声を上げて、驚くクーの横でムゲンが読み上げた特設コーナーの内容は如何わしいお店の謳い文句も真っ青な怪しさ全開の物だった。

 

「しかも、相談料に五百円」

「お金取るんだ。ハァ……失礼ですけど、納得のいく説明をお願いします。サイドビジネスにしては杜撰過ぎると思いますよシスター?」

 

 完全に事後報告な謎の新企画について、呆れ顔のカナタが四人を代表として先程から会心の笑みを浮かべている今日も紫のドレスシャツが眩しいシスターに問い質す。

 

「なによ、ノリが悪いわね。あなた達の長い宿題のために一計案じてあげたのよ?」

「というと? メタロー絡みの情報収集源の一つってことですか?」

「そ♪ 察しが良いわねハルカちゃん。SNSをメインにしているあなた達も悪くないけど、それだと少し後手に回りすぎるかなって思ってね。どうせ後手に回るなら、せめて大きな火事になる前の火種で発見したいでしょ?」

 

 指をピンと立てながら策士を気取ってで説明するシスターに四人は確かに一理あると考えて、続く言葉に耳を傾けた。

 

「だから、見た目のインパクト抜群でモノホンの魔術師のクーちゃんを広告塔に不思議で不安になるような出来事があればどんな些細な物でも相談に乗るわよってお触れを出してみたのよ」

「確かに効果的だとは思うけど、有料ってのはなあ……相談無料の方が誠実そうな気がしますぜ?」

「そのお人好しなのはムゲンちゃんだけの美徳にしときなさい。情報の精度も大事だけどまずはネタが集まらないと意味ないもの、そこは人間の心理をビンビンに刺激して煽りまくらなきゃいけないわ」

「それでこの期間限定の見出しですか? コンビニのスイーツじゃないんだから」

「ご名答ね、カナタちゃん。それにこの五百円にも意味があるのよ」

「え、そうなんですか?」

「人間ってね、タダって言葉に弱いように見えて実は一番警戒するのよ、裏があるんじゃないかなって。だから、ここで大事なのは赤の他人でもいいから相談したいレベルの案件を抱えている相手を可能な限り絞りこむことよ」

 

 商売人としての視点なのか、彼の人生観からの着想なのかは定かではないがシスターの語る金銭の額に左右される人間の行動と決断力の増減について、ハルカとカナタは気付かされるものがあったのか思わずハッとした表情を見せていた。

 

「それに気安すぎるとガゼネタの数も多くなるでしょうしね。かと言って、あんまり高額だともう警察とか私立探偵あたりに勇気を出して行った方が確実ってなるわ」

「まあ、そんな大事なら多分すぐにSNSとかにも出回るレベルの情報になるだろうし」

「だからちょっと勿体ないけど、悩みが解決するなら惜しくないなって妥協できるいい塩梅の金額が五百円なのよ。実際あたしがサイトを更新したのは昨日のことだけど、早速一人……釣れたでしょう?」

 

 ニッコリと慣れた仕草でウインクするシスターの言葉とこうして、実績を作ってしまった現実を突きつけられた時点でムゲンたちには反論の余地はなかった。

 実際、いくらメタローを倒せば帳消しにできるとはいえその被害を可能な限り未然に防げる手段は彼らとしても喉から手が出るほどに欲しいものだった。

 

「というわけだから、早いとこいってらっしゃいな、クー先生♪」

「まっ! 待って下さいってば! 理由は分かりましたけど、わたしの心の準備とか全然なんですけど?」

「カナタちゃん、フォローについて貰える? あなたのこと聞かれたら弟子だのマネージャーだの適当に誤魔化せば多分いけるから。彼女にとって何より大事なのは相談事を解決したいそれに尽きるっていう大前提を忘れなければ、よっぽど墓穴は掘らないものよ」

 

 シスターは水浴びを嫌がる猫のようにジタバタするクーの背中を押しながら、カナタに同伴を求めた。

 

「簡単に言ってくれますね。いきましょう、クーさん。覚悟を決めて、大魔術師を演じた方が案外楽かもですよ」

「うっへえー……文明社会おっかねえです」

 

 サイドテールにしているオレンジ色の髪を指で弄りながら、この局面を乗り切る攻め手をまとめたカナタはしゃんと背筋を伸ばすと、未だにぐずっているクーの手を取って颯爽を依頼人が待つ奥の席の即席相談室へと向かった。

 

「お待たせしました。それでは早速ですがご相談の内容をお聞かせ下さい」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ところであの、貴女は?」

「クー先生の教え子兼マネージャーのようなものと思っていただければ。天風カナタと申します」

 

 クーに同行してきた明らかに未成年なカナタの姿を浅見は怪訝の眼差しを送った。それを見越していたカナタは胸を張って涼しげな微笑を浮かべながら、そう自己紹介をした。さらに浅見の反応を窺うまでもなく、まるでクーとは長年のビジネスパートナーだと言わんばかりの自然な物腰で隣の席に座った。

 

「クー先生も会話は日本語で行えますが、来日して日が浅いものでして細かな部分で言葉の意味の取り間違えが起きないように私の方でフォローするようになっているんです。もちろん、相談の内容は守秘義務に則り堅く守りますのでご安心ください。必要ならば、私と先生の署名をした書類もご用意しますが?」

「お気持ちだけで大丈夫です。その、こういう霊媒師のような人のところへ行くのは初めてだったので身構えてしまって。では、お言葉に甘えて順を追って話しますのでよろしくお願いします。

 

 極度の緊張から借りてきた猫のように大人しくなってしまっているクーを尻目にカナタは自然体な話し方で無理のないデタラメな自己紹介を交えつつ、早々に本題を切り出した。  その咄嗟の状況でも周囲に違和感を与えないアドリブ力と場の空気に流されない堂々とした胆力は彼女の大きな強みの一つだとカウンターから様子を観察していたシスターも唸るほどの手際の鮮やかさだった。

 

 そんなカナタの進行に一定の安心を得た浅見は恐る恐る、言葉を選びながら彼女の職場で数日前から起こる不可解な現象を打ち明け始めた。浅見はこの近くにある特別養護老人ホームで働いているそうなのだが、その施設内で数日の間に昼夜を問わずに謎の停電が頻発しているのだという。

 それだけでクーとカナタも話の不可解さに気付いた。何故なら東京は一週間ほど前から雷はおろか雨すら降っていないのだ。さらに浅見が勤務する施設は緊急時に備えて自家発電の設備もあるのだという。既に馴染みにしている修理業者に点検してもらったが故障や機能不良の様子も見当たらなかったということで職員の間では不安が募っているのだという。

 

「貴重なお話ありがとうございます。他に何か気になったことはありませんでしたか?」

「そうですね……ちょっと思い当たらないかな。変な話なんですがどうしても施設が施設なので死が身近にあるせいか深夜になると霊感が強いって人は色々と視ちゃったとかいう話もするんですけど、今回のはどうもそういう類の物とは違う感じがしまして」

「そうですか……電気が使えないと本当に死活問題でしょうから、大変ですね」

「はい。うちは病院に比べればまだいいんですけど、それでも冷暖房はもちろん吸引機などが緊急時に使えなければ一大事になりかねません」

 

 身構えていた不安が杞憂に変わり、途中からかなり砕けた口調で話していた浅見だったが職場で起きる怪現象が人命に関わるものだと喋りながら再確認すると再び真剣な面持ちを見せた。

 

「わっかりました! 善は急げということでそちらの都合に合わせて出来るだけ早く、まずは現場を調べてみましょう。」

「え……そんなことまでしてもらえるんですか? てっきり、この場で占いみたいなことをしてくれるのかと」

「わたし、現場主義系の魔術師ですので実際の場所をこの目で見て確かめないとどうにもスイッチが入らないタイプでして。やっぱり、そういうのはご迷惑でしたか?」

 

 やっと調子が戻って、普段通りの陽気で自由奔放な振舞いが無理なく取れるようになったクーの声と言葉が不安で曇る浅見の顔を明るくさせた。

 

「い、いえ! とんでもないです! むしろ、先生ご本人が直接来て頂けるのなら先輩や施設長たちも納得してくれると思いますので是非!」 

「お仲間の方々にお伝え下さい。確かにこの世に不可解な現象は山ほどあるでしょう。ですがそれはあくまで我々人の世の理の枠の中でのことです。その枠をこの広い世界の理に合わせた時、私たちが不安に感じる不可解は世界にとって理解あるものとなるのです。ですから、それが悪意や害意あるものと決めつけて怯えるようなことはせずに落ち着いて、海原のような大きなものを眺める気で見守ることも大事ですよと」

「べ、勉強になります! じゃ、じゃあ私さっそく上司に報告して詳しい日程調整させていただきます! では、こちらどうぞ。本当にありがとうございます!」

 

 異国の踊り子のような明るさから一変、突然に高名な賢者のように理知的な発言を述べる、まるで万華鏡のようにコロコロと表情を変えるクーの無縫ぶりが本物に見えたのか、浅見は五百円玉を賽銭箱に投げいれる様な勢いで支払うと足早に店を飛び出して行った。

 

「だっはー! なんとかやりきったぁ!」

「お疲れ様です、クーさん。心配しましたけど、後半はナイスな貫録でしたよセンセー」

「我ながら、ちょっとこの人大丈夫かなって感じのこと言ってましたけどね」

 

 メイド服姿の二人はシンクロした動きで大きく息を吐くとぐったりと椅子にもたれながらお互いによくやったと力強くハイタッチを交わした。

 

「なかなかサマになっていたんじゃないの? 何はともあれ、こちらから謎の渦中に我が物顔で乗り込んでいける切っ掛けは作れたんだから、大きな一歩よアナタ達」

「確かに、今までみたいに部外者や傍観者の立場からあれこれ手を回して事件に関わるよりもこのスタイルならずっと楽に色々と動き回れる。ちなみにこの介護施設の停電騒動、SNS上ではまるでヒットしなかった」

 

 事務作業の傍ら、クーたちの会話を聞きながら補足の調査をしていたハルカはさらに件の介護施設周辺では街灯やネオンサインの光が長時間途切れると言う、似たような現象は数件起きていたと付け足した。

 

「これで当たりだったら、大したもんだな。この間シスターにバレてたって聞いた時は焦ったけど、やっぱり頼りになりますわ。流石、世界一未成年に優しいオカマ」

「あらやだムゲンちゃんったらぁ! 年上を口説くなんて、罪深い男ねえ」

「口説いてねえから、あんまり身体まさぐらないでください」

 

 シスターがお手柄だった自分に気を良くして、タコのようにムゲンに絡みついて戯れていると店の電話に早速浅見から連絡が来た。

 施設長からもよろしく頼みたいと、可能ならば明日の午前中からでも来て欲しいとのことだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、クーはムゲンを荷物持ちの弟子ということにして浅見が勤務する介護施設を尋ねていた。挨拶もほどほどに浅見に案内されて施設の内部に不審なところがないか見て回った二人は本命である外付けされた自家発電装置のある建物の裏手に来ていた。

 ちなみにクーの格好は初めてムゲン達と出会った時の紅い布地に金の刺繍が入った旅装姿だ。

 

「ほぉー、施設が大きいと機械も大きいですね。この世界の技術はホント、大したもんですよ」

「そうなんですか? クーさん、結構普通にこっちの暮らしに馴染んでるから、よその世界もこんなもんだと思ってたわ」

「なんせ、同じ場所に長くは留まらない流浪の民でしたからねえ。さて、それでは本格的に調べていきますか」

「了解だ。ちなみに建物の中はクーさん気になるところはありました? 俺は変な奴紛れてないか用心してみたけど、空振りでした」

「わたしの方も引っ掛かるものはなかったですね。配電盤も見せてもらいましたがそっちにも妙な力の介入のような物は感じられませんでした」

 

 何か発見出来たらすぐに声を掛けると浅見を下がらせて、クーは本格的に魔術師としての手腕を振るう準備に入った。

 ムゲンに持たせていた大きな革鞄にあらかじめランプから移しておいた道具を幾つか外に出していく。

 瑠璃色のアンティーク調の霧吹きに水と注ぐと、小瓶に入った黄色い液体を数滴垂らして、かき混ぜて薬液を調合すると自家発電装置とその周囲に吹きかけていく。

 迷いのない鮮やかな手際はクーの装いと相まってまさしく、お伽噺に登場する幻想的な魔法使いだ。現代社会の街中では明晰な科学捜査官のようにも見える。

 

「クーさん、それは?」

「魔法の識別液ってことですね。現地の水を希釈液に使用することでこの世界における異物になるものを割り出すんです」

「すまねえクーさん。理数系はサッパリなんだ。もうちょっと分かりやすくお願いします」

「しょうがないなぁ、ムゲンくんは。これで発電機やわたしのこと見てみてくーださい」

「ああ、クーさんしれっと国民的ネコ型ロボットのアニメ見たんですね」

 

 識別液と言われてもイマイチ想像がつかないムゲンにクーはからかうように某キャラクターの声真似をしながら鼈甲色のレンズをしたゴーグルを手渡した。言われるままにムゲンは自分の眼鏡を外して不思議なゴーグルをつけてみた。

 

「うおあっ! 青ッ! クーさん青いですよ!」

「ね? そんな感じで別の世界から来たわたしやメタローが由来の何かが痕跡として残っていればご覧のように青く見えるんですよ。消耗品型のアーティファクトなので魔力が薄いこの世界でもバッチリ使える優れ物ですので!」

 

 ムゲンの視界では周囲が淡い鼈甲色に見えるなかで、クーの全身がまるで刑事ドラマで指紋を発見するシーンのように青く見えていた。

 そして、彼女と同じように発電機の周りにびっしりと青い何かの痕跡が大量に残されているのを発見する。

 

「……何の足跡だろう。犬や猫じゃないな――ネズミかこれ?」

「ええ、おそらく。しかもかなりの数ですよ」

 

 もう一組のゴーグルを装着して、発電機を観察しながらクーはその足跡からこの場に群がっていた数の多さにも注目した。

 

「ネズミなんかが発電機に何の用だ? 揃いも揃ってピカチュウになりたかったわけじゃないだろ」

「ははーん。機械の隙間から無理やり何か刺し込んだ跡がある感じ、たぶん……電気を盗んでましたね、ここにいたネズミちゃんたち」

「普通死ぬだろって言いたいけど、メタローが生み出すなり弄ったネズミならワケないか。クーさん、こいつら追跡できる?」

「余裕でございますよ! 追う目標が分かっていれば、わたし特製のアーティファクトを持ってすればイチコロです!」

 

 クーはネズミの痕跡がついたコンクリートの地面の一部と僅かに削り取ると、これまた別の羅針盤に似た円型の道具を取り出す。欠片を中央にある受け皿部分に乗せると針がグルグルと回り始めて、ある方角を指して止った。

 

「準備OKです!」

「おっしゃ! いきますか、ネズミ退治だ」

 

 二人は浅見に適当な理由をつけて、施設を後にすると辛うじて使用できた追跡用のアーティファクトを頼りにメタローの気配がチラつくネズミたちを追った。

 

 

 

 

 

 

 その頃、カフェ・メリッサでは午前の営業を早めに切り上げたシスターが店をカナタたちに任せて、自分は店の裏でわざわざムゲンに置いていかせたビッグストライダーをメンテナンスしていた。

 主な構造は一般的な大型バイクと似通っているためか手際よく作業を終わらせたシスターであったが用心深く、周囲に人がいないのと確認すると不気味な笑みを浮かべてビッグストライダーのメーター部分のコントロールモニターを起動させてしまう。

 

「やっぱり、ちょっと見て気になっていたけどこの子本来の機能の半分も発揮できてないじゃじゃ馬じゃないの」

 

 シスターは慣れた手つきでタッチパネル式になっているモニターを操作して勝手にビッグストライダーのシステムを根掘り葉掘り調べ始め出した。

 

「クーちゃんは友人に貰ったとか話していたけど、どう考えてもこんな物騒な代物をギギの民の連中が作れる筈ないのよねえ? クーちゃんがカスタムを加えた? あり得ないわね、あの子の作品は意図せず凶器になりえる可能性は秘めていたとしても、狙ってこんな完成度の武装に至るってタイプじゃないわ」

 

 出自を含めて未だ謎が多いビッグストライダーとその開発者によって幾重にも仕掛けられたパスワードを勝手知ったる素振りで解除しながら、開発者の正体についてシスターは様々な考えを巡らせていた。

 

「ああ、もう。ムカつくぐらい手に馴染むわね。最後のセーフティ以外全部のロックが外せちゃったじゃないのよ。となると、やっぱりこの子を作ったのは――かしらね」

 

 悪態をつきながら、ビッグストライダーの隠された性能を発動させるためのセーフティロックを残り一つまで解除したシスター。軽やかに踊る彼の手はそこでピタリと止ると一つの結論に辿りつき、そしてどうしても外せない最後のロックの解除を諦めると静かにエンジンを切った。

 

「クーちゃん、あの子ったら……まだ何か隠しているようね。あたしが言えた義理じゃないけど、まだほんのちょっぴり用心する必要があるかしら」

 

 誰にも見せたことのないような険しい顔で自分に言い聞かせるように呟くと、シスターは再び普段と変わらぬ妖艶で華美な笑顔をまるで仮面を貼りつけるように浮かべ、店の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 クーのアーティファクトを頼りにメタローが使役したと思われる謎のネズミを追い掛けていたムゲンたちは介護施設の近くにある大きな地下水路の入り口に辿りついていた。

 ムゲンがスマホで調べたところ、地下深くにある大きな水槽に繋がっているらしい。

 

「この先か……ガチの下水道じゃなくてまだ良かったな」

「いまなら、勝手に入ってもバレないですし、サクサクと参りましょう!」

「え? あ、はい!」

 

 しんやりとした空気が仄暗い洞窟のような入り口と相まって不気味さを醸し出しているのを気にも留めずにクーはランタンに似た小型の照明をランプから取り出すと意気揚々と進み始めた。その思い切りの良さは汚水やヘドロが溢れていないか彼女を気遣い案じていたムゲンが驚くほどだ。

 

「クーさんって思ってたよりアクティブですね。女の人はこういう場所って汚いからNGって言いそうなもんですけど」

「そうですかぁ? わたし、むしろ何があるのか気になってウキウキしてるくらいなんですけど!」

 

 キャンプ用のペンライトで足元を照らしながら並んで歩くムゲンの言葉にクーは遠足を楽しむ子供のような無邪気さで答えた。

 カナタもいざという時は女子高生とは思えない行動力を見せるが彼女の場合は必要に応じてそれがベストだと判断した場合に限られる。

 けれど、クーの場合は純粋に知らない場所への期待と楽しみを原動力に歩みを進めている。まるで小さな子供が初めて来た知らない土地を探検と称して一日中でも駆け回るそれに似ている。

 

「異世界の遊牧民なんてやってりゃ、それぐらいの度胸は普通ってやつですか?」

「そういうのもあるんですけど、何よりもわたし自身が知らない場所や土地を訪れるのが好きだからでしょうね。ムゲンさんも子供の頃にありませんでしたか?」

 

 そういって、にへっと頬を緩めてクーはまだ平和に旅をしていた頃に訪れた数々の世界で見た景色や街並みに思いを馳せる。

 

「あの山の向こうを越えたらどんな街があるんだろう、あの長くどこまでも続く川の流れに沿って歩いたら、その果てに何が見えるんだろうとか……そういう未知への憧れみたいなの」

「――そうだな。きっと、俺にもそういう気持ちもあったんだろうな」

 

 地図や写真だけでは物足りない好奇心と探求心で歩んできたこれまでの道のりとその瞳に焼きつけた旅先のきらめく風景を思い返して、湿っぽい地下水路の暗い雰囲気を吹き飛ばすような満面の笑顔をクーは見せていた。

 心の底から楽しそうに語るクーの言葉に、ムゲンは寂しそうな沈んだ顔を闇に隠して、羨ましそうに小さく呟いた。

 

「でしょう! 人間、いつだって冒険心を忘れちゃダメですとも! 何か新しい発見をするっていうのは大成功でも、大失敗でも気がつけば最終的には楽しかったって笑えてくるものですし」

「そういう考え方はなかったなあ……さっそく、新発見だ」

 

 発明家・研究者としての側面が強いタイプの魔術師だからなのか、元々ポジティブではあるがまだまだ知らなかったクーの人間としての個性やガッツのある信条に触れて、ムゲンはしみじみとしていた。

 そして、内心いままではカナタやハルカが気を使って触れないでいてくれた自分の秘めたる部分もそろそろ打ち明けてもいいのかもしれないと思いを巡らせていた。

 

「それに! あるときは岩を枕にし、あるときは雨で身体を洗い、またあるときは木の根を噛んで旅を続けてきたお陰でわたしはケチャップくんと出会えましたしね!」

「言うと思った。また賄いでオムライス作ってあげますんで、今日は頑張って下さいよ」

「もっちろんですとも! 実際、今日のわたしは自分でも焦るくらいキレキレに冴えてると思いません? この調子でメタローの隠れ家もズバッと探し出してあげますと……も?」

 

 途中、入り組んだ道や枝分かれを経て、かなり奥まで進んだところで奇妙な音と無数の気配に二人の足が止った。

 

「でもなあクーさん……こういう、発見は出来たらしたくなかったな」

「おっおーう。意外とお早くご対面が叶っちゃいましたね」

 

 暗闇の奥で無数の小さな群体が不気味な双眸で二人を睨んでいた。

 それは数え切れないぐらいのネズミだ。しかも、それらは体の一部に機械的な改造と強化を施された醜悪なメカマウスの大軍団だった。

 

 突然の遭遇にムゲンが身構えながらペンライトの光を右から左へとスライドさせるとメカマウスたちは一斉に光を追って首を振り、訓練されたようにムゲンに視線を集中させた。

 あまりにも信じられない光景にムゲンとクーは寒気を感じるほどだ。メカマウスは普通の動物を越えた知性で二人のことを明確に特別な個体として判断している。

 次の瞬間、メカマウスたちはモーターの駆動音のようなものを水路内に反響させながら二人に狙いを定めると一気に襲い掛かって来た。

 

【スカイ×ゴースト! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【エリアルファンタズマ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 デュオルに変身したムゲンは魔鼠の軍勢に臆せず向かっていっく。

 

 

 

 

 

 地下水路の最深部。

 大きなコンクリートの柱が無数にそびえる、まるで神殿のような景観の人工池を人知れず工房化したメタローの拠点に貫頭衣のような白い恰好をした美しい青年は音もなく現れて、ここの主に気軽に挨拶を交わした。

 

「やあ! 随分と興が乗っているようだねぇ」

『おおっと、観察者さんじゃないか。その節はどうも、おかげで絶好調だい』

 

 観察者ニューにぶっきらぼうながらも親しげに返事を返した声の主こそがメカマウスたちを製造した今回の首謀者、マウスメタローだ。

 汚れた灰色の体色に無数に生えた長い尻尾、スパナに似た大きな杖を持つドブネズミの特徴が色濃く残る不気味な異形。

 素体となったホームレスの男性の意識を完全に乗っ取り、メタローが主体の人格であるこの怪人はムゲンたちに見つかることなく、長い期間を隠れ潜みながらこの拠点と手駒となる膨大な数のメカマウスを用意してきた曲者だった。

 

「その様子だと、キミはメモリアの力を上手く制御できたと見えるね。やはり、同じメタローでもやる気のあるなしで大きな差があるのかな?」

「おいおいおい……言葉には気を付けろよ、ニューさんよ。あんたには恩がある、このメモリアとかいうブースターを恵んでくれたのは感謝してる。だがいくら腑抜けたちとはいえ兄弟たちの悪口は見過ごせないぜ」

 

 陽気なラテン系の口調に怒りをチラつかせながら、マウスメタローは指先から小さな電撃を起こして見せた。このメタローもまたニューがムゲン達よりも一手早く見つけ出したとある仮面ライダーのメモリアを取り込んで強化を果たした怪人だった。

 

「おっと、失礼。非礼を詫びておくよ。まさか、キミのように温情深いタイプの個体もいたとは思わなかったんだ」

「そりゃあ、いくら高次元生命体とやらに人類総出で昇華したとはいえ、元は人間だったからな俺らもよ。気合入れて、神を気取ってる奴もいれば諦観のまま統括長の手足になるやつ、そして俺みたいに何も変わらないやつもいるってことだ。完全と不完全は時として表裏一体だ」

「成程。講義の内容としてはなかなか濃いね。次の受講日は何時かな?」

「ブッハハハ! あるかよ、そんなもん! あんた意外とユニークじゃないか、気に入った。さっきの失言の時に俺の可愛い子分たちに命じて穴だらけにしなくて良かったよ」

 

 どこか人間臭さを残した独自の価値観を披露しながら、追加のメカマウスの製造の手を休めないマウスメタロー。そんな彼との他愛のない会話にニューは適当に摘まみあげたメカマウスの一匹を手の上で遊ばせながら感情の読めない笑顔を見せていた。

 

「――だがな、ニューさんよ。他の兄弟たちはそう言う訳にはいかないらしいぜえ?」

「と、いうと?」

「たった今、統括長からの伝言が俺に流れてきた。観察者ニュー、至急教団本部へ顔を出せだとさ。聞いたぜ、観察者の領分をはみ出して派手に遊んでるそうじゃないか、あんた。お仕置きタイムだぞ。ヒュー、ケツをビシバシと引っ叩かれるかもだ」

「参ったな。ボクとしてはお行儀よくしていたつもりだったのだけれど、仕方ない。キミとの会話は楽しめた。それに免じて、大人しく出頭するとしますか」

 

 相変わらず、行動の意図が読めないニューへ送られた直接的な警告を冷めた口調で告げるマウスメタロー。従わないのならば交戦も止む無しと鋭い爪をわざとらしく見せつけて、口笛まで吹いて見せた彼にニューは吹き出して笑うと恭順の姿勢を示した。

 

「おっと、そうだ。置き土産に一つ……先程、厄介者がキミの根城に入り込んだみたいだよ。噂の仮面ライダーくんだ。キミのことを嗅ぎ付けたのか、仲間と一緒にここに入り込んだみたいだよ」

「おいおいおい! きたか。きちまったか? カァーったまんねえな! 俺の自慢のメカマウスたちでたっぷりと接待してやろうじゃねえか! なんて、侵入者は自律的に襲うようにプログラムしてあるから、今頃あいつら上物のチーズと思って齧りまくってるさ! 俺が拝むの連中が狩りの成果として持ち帰って来る仮面ライダーだった死骸よ」

「武運を祈るよ。では、また――」

 

 首を鳴らして、自分の戦力であるメカマウスを自慢するマウスメタロー。ニューは洒脱に手を振るって別れの挨拶を済ますとその体をまるで金属製の完全な球体のようなものに変化させ、あっという間に飛び去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『うぉおおおおおお! 逃げろ、逃げろ、逃げろぉおおお!』

「ムゲンさぁーん! もっと、高度上げてくださいな! こいつら、結構ジャンプしますよォ!?」

『無茶言わないでくれ! これでも天井スレスレだ!』

 

 その頃、デュオルは小脇にクーを抱えながら、暗く狭い地下水路内を決死の思いで飛行して逃げの真っ最中だった。勇んで変身して無数のメカマウスたちに挑んだデュオルだったが、小さな魔鼠の大軍団は想像を絶するほどの強敵だったのだ。

 小ささとすばしっこさ故に攻撃が当て難く、その上でメカマウス側はコンクリートや鉄さえも齧り切る強靭な歯や改造されて指先がドリルになっているタイプも多数存在しており、まさに多勢に無勢。

 デュオルもDブレイカーを風車のように高速回転させて芝刈り機のように相当な数を撫で切りにして対抗したがたちまち劣勢に追い込まれてしまった。

 視界の悪い水路内で餌に群がる蟻のように足元を攻められて、転倒したデュオルはあわや全身を穴だらけにされるギリギリでクーのスモークゴーレムに救われると正攻法では勝てないと離脱を図った。

 

『あのネズミども、どうかしてるぜ! コンクリートを角砂糖みたいに噛み砕くとかありえねえだろ! 下手したら今まで戦ったメタローよりずっとヤバい!』

「一体どういう改造したら、こんな出力だせるんだろう……気になりますねえ。なるほど、電気を盗んでいたのは自分たちで動力を確保するようにプログラムされたからでしょうか。それに惨い改造ですがかき集めたスクラップを流用した割には生身の部分への負担が少ない様子。それに見たところ一匹ごとに完全ハンドメイドとは拘りを感じますね」

『クーさぁん! 頼むから、いま職人根性出して解析とかしないでくれ! あと、純粋にばっちいから早くそいつ捨てなさい!』

 

 予想外の大ピンチ。

 けれど、珍しく動揺するムゲンとは対象的にいつの間にかデュオルの攻撃で弱ったメカマウスの一匹をちゃっかり拝借していたクーは反撃される危険性がないのを確認した上で一応生のネズミだと言うのに何の躊躇いもなく素手で掴んで熱心に観察していた。

 

 

 デュオルのドン引き気味の叫びを無数に重なる鳴き声で塗り消して、まるで大津波のように統率のとれた動きで二人を追撃するメカマウスの軍勢。キィキィと気味の悪い鳴き声が無数に迫るその行進は圧巻に尽きる。

 

「考えられるのはこいつらの頭目であるメタロー本体を倒すことか、一度この水路から脱出して体勢を整え直すかですが」

『ゆっくりと腰を据えて探索するか地図なりあればいけるけど、こんなのに追われてたら逃げるので手一杯だ! それにこんな物騒な連中を外に一度に外に出したらそれこそ手に負えないレベルの大騒動になっちまう! 一網打尽にできる弱点とか、そういう隙はない感じ?』

「……おや」

『何か分かったんですか?』

「ムゲンさん、もしかしたら敵の本拠地まで辿りつけるかもです」

 

 瞬きもせずにずっとメカマウスの全貌を把握するために目を凝らしていたクーは力強い声で答えた。

 

『どうすればいい!』

「まずは活きの良いこの憎いネズミくんを一匹ゲットしてください! こいつはダメです」

『やってみる!』

 

 クーの指令に従って、デュオルは低空飛行を止めると急反転してメカマウスたちの爪を食らいながらもどうにか蹴り散らした中から一匹を鹵獲した。

 

「お次は……こうッ!」

『なっ! 急に何してんだいクーさん!?』

 

 思わずデュオルは声を荒げた。

 何故なら、クーは突然自分の指の腹を噛んだかと思うと、目尻に涙を溜めながら血がついた表皮の一部を噛み千切ったのだ。

 

「痛ったたぁ……そいでほら。ネズミくんお手柄だねぇ、その戦果をご主人さまに褒めてもらいなよ」

 

 指に走る痛みにこたえながら、勝ちを確信したように口元を緩めたクーは慎重にほんの僅かに肉までも付着した自分の指の皮をメカマウスに渡して、解放した。

 するとメカマウスは手に入れた敵の身体の一部という貴重な武勲を大事に咥えたまま、この大手柄を主人に直接報告するために他の軍勢とは全く別方向へと駆け出した。

 

「あれを追い掛けて下さい! あいつが向かう先が本拠地です!」

『任せろ! クーさんの無茶、無駄にはしないぜ!』

「ふっふーん! 敵さん、随分なものを作りましたけど、ちょっと忠実に躾けすぎましたねえ、ネズミだけに」

 

 ネズミの習性や飼い主を持つ動物の本能を逆手に取った奇策で状況打破のチャンスを作ったクーはデュオルの片腕の中でにんまりとほくそ笑んだ。

 ライフルモードのDブレイカーの乱射でメカマウスの雪崩のような進軍を抉じ開けたデュオルは勇猛果敢にかっ飛んで突っ切ると巣へと戻るメカマウスを追跡する。

 

『一応聞くけど、噛んだ方の手でネズミ触ってないですよね? そうじゃなくても、帰ったらちゃんとうがいと手洗いですよ』

「流石にそこまでやんちゃじゃないですよ! それにムゲンさんが最前線でいつも体を張ってくれているんです。これぐらいはしなくちゃねえ、大人のおねえさんとしてカッコ悪いでしょ?」

『初対面の時と思うと、コメディ枠というかマスコットキャラみたいになってる気もしますけどね!』

「ひっどーい! そんなこと言うなら、思い切ってわたし一人で人気者になって関連商品とかスピンオフ作品とかで大儲けしてやりますからねえ!」

『ハハッ! そいつは困るなぁ……愛され癒しキャラとかで、どうか残留を考えてもらえると嬉しいですよっと!』

「そこまでいうなら仕方ないですね――なんて、お三方やシスターさんといる時間はとても心地が良いので頼まれたって居着いていますとも」

 

 見出した好機に気持ちを前向きにして、薄暗い闇の中を飛翔するデュオル。左腕の中にしっかりと抱えられたクーとゆるい軽口を叩き合えるほどに士気を高めて進んでいくとやがて、メカマウスが進む方向の奥がぼんやりと明るくなっているのに気付いた。

 

「ムゲンさん! たぶん、あの先がそうです!」

『よっしゃ! そんじゃあ、しばしお待ちを』

「え? あの、ちょっと!?」

 

 目的地が近付いているのが分かるとデュオルは急にクーを水路の脇道に優しく降ろしてしまった。

 

『すみませんが、これから乗り込むのはネズミの巣です。胸張ってクーさんを守りながら敵を倒してやるって宣言できればいいんですが、俺はそこまででっかい口は叩けないんでそこで待ってて下さい。たぶん、ネズミ共もすぐには追いついて来ないはずです』

「悔しいけど、お邪魔になるのはもっと嫌ですからね。ではなるべく早足で追いつくので出迎えお願いしますよ?」

 

 不満はあったがクーとしても、メタローとまだ残機があるであろうメカマウスを相手に自分を庇いながらの戦いをデュオルに強いるわけにもいかないと判断して、ここで別れることを了承した。

 

「わたしが預かっているアレ、お返ししないで大丈夫ですか?」

『いまはどの道使えないですからねぇ、魔術師のクーさんが持ってて下さいよ』

「わかりました。ムゲンさん、気をつけて行って来て下さいな」

『俺なりに頑張りますとも。それじゃあ!』

 

 クーの声援を背中に受けて、デュオルはふわりと宙に浮くとマウスメタローがいる最深部へと風のように飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

『ヘイヘーイ! 悪い子だな、まんまとしてやられやがってマヌケめえ!』

 

 マウスメタローは小粋な口調のまま、忌々しいと口元を歪めて招かれざる客を連れてきたメカマウスを握り潰した。マウスメタローが見上げる視線の先には黒と赤のパーカーを空中で踊らせるデュオルの姿があった。

 

『ドブネズミが随分とご立派な住まいで暮らしてるじゃねえか、家賃いくらだよ?』

『お前がデュオル。仮面ライダーか? もう、俺の子分達とは遊んだんだろ』

『お客のもてなしも出来ないバカネズミばっかりだったぜ。サーカスでも開けるくらいに教育を徹底したらどうだよ?』

 

 対面した両者は睨みあったまま、愉快そうな口調で砕けた言葉を飛ばし合う。

 デュオルはスピアモードのDブレイカーを片手に構え、マウスメタローもまだ大量に残るメカマウスたちを足元に蠢かせ、自身のスパナのような大杖を手に取った。

 

『ヒュー! ナイスな提案だな、俺のメカマウスはお利口揃いでね。すぐにレッスンを始めよう。お前を始末した後だけどな!』

『出来ないことは気軽に口にするなよな!』

 

 刹那、両者は殺伐とした戦意を剥き出しにして激突する。

 空中から突っ込んできたデュオルの振り下ろした刃の一撃とマウスメタローの大杖がぶつかり合い、火花が散る。

 そのまま、デュオルはメカネズミたちを警戒して浮遊したままの状態でマウスメタローと激しく切り結ぶ。

 

『このクソネズミめ! 近所の飢えた野良猫片っ端から集めて、団体ツアーでも組んで乗り込んでやりゃ良かったぜ!』

『ぐおっ!? 言うじゃねえか、お前。見逃してやるから、小劇場で役者でもやったらどうだよ!』

『勘弁するよ。これでも結構照れ屋なんでね!』

 

 地面スレスレの足払いの斬撃に気を取られたマウスメタローの顔面に重いヘリコプターキックが直撃する。頭をふらつかせながらもマウスメタローは手駒のメカマウスたちに指令を送り、防壁を形成するとデュオルの追撃を阻んだ。

 

『良いキックだ、痺れるぜ。お返しにお前も俺の強さに痺れてくれよ!』

『ギイィ!? で、電流だと!?』

『すごいだろ? 妙なカードを取り込んだらこの通りだ』

『また……メモリアか』

 

 壁となって斬られたメカマウスたちの屍を越えて、別のメカマウスの群れがDブレイカーに群がり動きを鈍らせた一瞬を狙って、マウスメタローの手から放たれた電流がデュオルを撃ち落とした。

 

『全機、覆い尽せ! 熱烈な歓迎をしてやりな!』

『ぬおっ……その数は単純に気持ち悪ぃんだよ! ぐうう、離れっがああああ!?』

 

 雷に撃たれたように、墜落したデュオルに工房の全てのメカマウスが襲い掛かった。必死の抵抗を試みたデュオルだが、電流を受けたせいで麻痺して思うように動かせない体ではその鈍色の怒涛の前にはあまりにも無力。

 あっという間にメカマウスたちに全身に群がられたデュオルは体の全てを攻撃されて、苦痛の声を上げた。

 

 地面を転がっても、身をよじらせても、メカマウスたちはデュオルの全身と言う全身を齧り、突き、引っ掻く。一撃一撃は微々たる威力、耐えられる痛みだが、一度に襲ってくる痛みの数の多さはまともな者ならば気が狂ってしまうような責め苦であった。

 

『頑張るねぇ、お前! ほぉうら、俺からのサービスだ!』

『ぬぅうあぁ……ぐおぉあああああ!?』

 

 さらに追い打ちを掛けるように浴びせられるマウスメタローの強烈な放電がデュオルを徹底的に痛めつけていく。

 纏わりつくメカマウスが電流を浴びる度に黒焦げになって死んでいくが、マウスメタローはまるで気にせずにむしろ、デュオルが苦しむのを楽しむように一定間隔で電流を放つ。そして、消耗品として扱っても支障の無い数がいるメカマウスも黒焦げになった傍から、第二陣、第三陣と途切れることなくデュオルを包囲して、終わることのない波状攻撃を仕掛けるのだ。

 

『ハッ……ハッ……ガッ……ァア、アア』

 

 反撃することも、飛行して逃げることも出来ず、まるで大気が攻撃してくるように全身を絶え間なく襲う痛みの前にデュオルはエリアルファンタズマの透過能力さえも使えない程に追い詰められていた。全身をビクビクと痙攣させながら、絞り出すような苦しげな呼吸でそれでも、諦めずにマウスメタローに近づこうとボロボロになってデュオルは地面を這いずる。

 そんなデュオルの執念にマウスメタローは脅威を覚えながらも、全てが自分に有利な状況もあって勝者の余裕を見せて声を掛ける。

 

『待てよ。待て待て、まだくたばらないのかよ? さては生粋のマゾヒストかお前?』

『知るかよ、そんなの。俺がやらなきゃ、誰がお前らをぶちのめすんだ? 誰が俺の友達や仲間を守るんだ? 俺が食い下がるなんてそんなシンプルな理由だよ』

『嫌いじゃないぜ、お前みたいなガッツのある奴はよ? いや、本当ホント』

『ぐぅうう……人の頭踏みつけて、吐くセリフか?』

『だ・が・よ? それって、お前は生きている限り、俺の兄弟たちを殺すって言っているもんだよな? それは反吐が出るほど嫌いなことだ』

 

 兄弟――すなわり、同胞である他のメタローたちへの独自の同族意識の下で敵対者のデュオルを絶対に放置する気はない絶対の殺意を見せるマウスメタロー。

 開いた右手に電気を発生させるとそれを限界までパワーを溜めていく。

 

『このネズミどもはこの世界で調達した手駒だ。だから、例え尊い命だとしても何億、何兆匹くたばったところで屁でもない。けれど、同じ世界で等しく同じ存在へと昇華した兄弟たちが殺られるっていうのはとても、とても悲しいことだ』

 

 地面に伏したまま動かないデュオルに纏わりつくメカマウスたちに攻撃を止めさせたマウスメタローは青白くスパークする右手で不気味な異形を照らしながら、処刑宣言をする。

 

『西部劇見たことあるか? 例えるならこいつはせめてもの情けってやつだ。痛みを感じることなく、一瞬で殺してやるよ、仮面ライダー。最後に言い残すことはあるかよ?』

『あるよ。ハン、ネズミ野郎……あんたモグリだな』

 

 息も絶え絶えながらも、いまだ戦意が失せた様子の無いデュオルの意味深な言葉に妙なざわめきを感じたマウスメタローは咄嗟に右手を背中越しに心臓目掛けて押し当てようと手を伸ばした。けれど、紙一重で透過能力を発動したデュオルはコンクリートの地面の中へと沈み込んで姿を消した。

 

『野郎ッ……どこへ消え!?』

『そりゃああああ!!』

 

 マウスメタローの背後から急浮上して飛び出したデュオルはそのまま相手をアルゼンチンバックブリーカーの体勢で捕らえるとメカマウスたちを振り切って一気に飛び上がった。

 

『あんな台詞吐く奴はな、大事なところで獲物を取り逃がすんだよ!』

『大した奴だ。だけどな、俺はなにも右手からしかビリビリが出来ないとは言ってないんだぜ?』

『ぐがあッ! 負けるかよ、このまま叩き落としてやらあっ!』

『最後の根比べだな! このまま黒コゲにしてやるよ!』

 

 一か八かの攻勢に出たデュオルだが、マウスメタローもただやられるつもりはなく全身から放電を炸裂させて抵抗する。デュオルが技を決めるのが先か、迸る電撃がその身を焼き尽くすのが先かそんな紙一重の攻防は地下工房に突然響いた謎の呪文のような声に止められた。

 

 

【コネクト! プリーズ!】

 

『うおっ!? 俺の体から……何が起きてやがんだよ、こりゃあ!?』

『魔法陣……もしかして!』

 

 マウスメタローの体の表面に突然展開された赤い魔法陣。

 謎の現象に困惑するマウスメタローをよそに何者かがコネクトの魔法を使って、その体内にあるライダーメモリアを摘出した。

 コンセントを抜いたようにプツリと途切れた電撃にデュオルとメタローが呆気にとられていると地下工房の入り口から彼女の不敵な笑い声が聞こえた。

 

「あっはー! 成功ですね、やったぜわたし!」

 

 奪い返したライダーメモリアともう一枚、淡い光を放つ仮面ライダーウィザードのメモリアを手にしたクーの姿があった。

 

「ずっと気になっていたんですよ。この間の学生くんはどうやってこのメモリアの力を使えたのかって? だから、夜な夜な色んな研究と実験を試していたわけですけど正解は意外と簡単でした」

 

 ヒラヒラと片手に持ったメモリアを遊ばせて、種明かしを始めるクーにメカマウスが殺到するがすかさずデュオルがその先頭に目掛けてマウスメタローを投げつけて防ぎ、彼女の傍に着地する。

 

「確証は出来ませんがそれは祈りです。力が欲しい、何かを成しえたい、必死で戦う仲間を手助けしたいといった純粋な意志の強さこそがメモリアの力を行使するための鍵なのかと……その感情が善悪お構いなしなのは少し問題かと思いますけどね」

『お見事です、クーさん。今日はホントに助けられっぱなしだな』

「言ったでしょ、たまにはカッコいいとこ見せましょうってね」

 

 屈託のない笑顔でクーは二枚のメモリアをデュオルに手渡した。

 一枚は先の戦いで手に入れた指輪の魔法使い、仮面ライダーウィザード。そして、いましがたマウスメタローから奪還したメモアリアに写る戦士は屈強な体躯と情熱の真紅を纏う彷徨の雷鳴。

 天地人の呼び声に応え、悪漢邪悪を蹴散らす正義の戦士、仮面ライダーストロンガーのメモリアだ。

 

「さあ、バトンタッチですよムゲンさん! 景気よく暴れちゃってくださいな!」

『おうよ! 反撃開始だ!』

 

 両サイドのグリップを引いて、ドライバーのギミックを展開すると既に装填されたライダーメモリアを抜き取り、新たな組み合わせの二枚へと交換する。

 

【ストロンガー!×ウィザード! ユニゾンアップ!】

 

 電子音声が高らかに二大戦士の名を叫び、二基の風車がゆっくりと回転を始め、淡い光を放ち始めていく。

 

「ネクスト・ライド――!!」

 

【エレクトロキャスター! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 新たなる力の名をデュオルドライバーが響かせながら、デュオルの正面に発現した紫電の魔法陣が動き出して、戦士の姿を変えていく。

 黒いアンダースーツの上に纏うはストロンガーのプロテクターを模した赤いクリスタルのような素材の分厚く逞しい胸部装甲。腰からたなびく白いマントに右手の中指には魔法の始動キーであるキャスターリングが黄金の輝きを放っている。

 漆黒の仮面の二本のアンテナは龍の角を思わせる荘厳な形状へと変化して、複眼を鮮やかな緑へと染め上げる。

 

『さあ! いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 紫電が弾けて、瞬く雷光がマウスメタローとその駒たるメカマウスたちを怯ませる。

 力強く双腕を振るう度に激しい迅雷は迸り、魔力がデュオルの全身に漲るのが伝わる。

 稲妻の如く闘志と宝石のように煌めく希望を両手に握りしめて、男は常闇の悪を討つ。これこそが猛き魔導士デュオル・エレクトロキャスターだ。

 新しいユニゾンアップフォームを手に入れたデュオルは疲弊した肉体に喝を入れるとマウスメタローとの決着に挑む。

 

『走れ! サンダービュート!』

『ぐぉおあ!? なんだそりゃああああ!?』

 

 デュオルの左手から激しい光を放ちながら迸る雷の鞭が遠距離から容赦なくマウスメタローを打ち据える。さらに龍の尾のように唸り暴れまわるサンダービュートはついでとばかりに地面にひしめく無数のメカマウスの軍団を蹴散らしていく。 

 

『い、いいねえ……バラバラにされそうな攻撃だぜぃ。それでこそ、殺し甲斐があるってもんなんだぜ! マウス共、仮面ライダーを齧り殺しちまいな!』

 

 デュオルの操る電撃の鞭の前に滅多打ちにされたマウスメタローだったが意地を見せて踏み止まると残存するメカマウスに総攻撃を命じた。

 

『そう何度も好き勝手に齧られるかよ!』

 

【ラッシュ! プリーズ!】

 

 右手のキャスターリングが光り、ウィザードの力を受け継いで使用できる魔法が発動する。

 高くジャンプしたデュオルが構えるDブレイカー・ライフルモードに魔法陣が重なると、デュオルの背後に無数の魔法陣が宙を覆い尽くすように展開した。

 Dブレイカーの銃口は魔法陣を通過することで背後に展開した魔法陣と同じ数だけ分裂複製されて城塞の砲門のように地上のメカマウスたちを狙う。

 

『一斉砲火だ! 吹っ飛びなあッ!』

 

『馬鹿な……滅茶苦茶しやがってえええええ!!』

「あっはー! 強烈ぅう! もっと、もっとファイヤ! ファイヤ!」

 

 まるで数十の落雷が同時に鳴るような轟音を響かせて、雨霰のような銃撃が降り注ぎメカマウスたちを問答無用で全滅させた。

 圧倒的な魔法の力が加わった花火のような砲火の嵐に空気がビリビリと震えるのを肌で感じていたクーは思わず歓声を上げて喜んだ。

 

 

『ようやく、一対一のサシの戦いが出来るな』

『ひでえことしやがる。汗水たらしてこさえた俺の城が更地だぜ……許さねえぞ、小僧!』

 

 怒りで顔を歪めながら、大杖を構えて突っ込んでくるマウスメタローをデュオルは両腕に雷電を纏わせて迎え撃つ。キレのある大杖の突きを一撃、二撃と紙一重で避けると三撃目を回し蹴りで弾き返す。

 

『トオォラッ! 殴り合いなら、こっちのもんだぜ!』

『があっ!? こ、このっ……あれだけ痛めつけてやったのに、どこにこんな元気残してやがった!?』

 

 抉じ開けた隙を逃さずにデュオルはマウスメタローの顔面に電撃を纏った豪快な裏拳の三連発をぶち込む。そのまま攻勢の流れを途切れさせることなく、大気を穿つような勢いで猛然と目の前の敵を殴り続ける。

 

『カラ元気に決まってんだろうが! こちとら、たたの人間が命懸けで突っ走ってんだ!』

『ごっぱああ、ぁあああーー!?』

 

 余力を残していたと疑ってしまいたくなるような暴れっぷりを見せるデュオルに恐れを抱くマウスメタロー。そんな彼に満身創痍なのを隠すことなく、男の意地だけで戦っていることをカミングアウトしたデュオルは力強く踏み込んだ渾身のボディブローをがむしゃらに叩き込んで吹き飛ばし、間合いを調整した。

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

『冥途の土産にとっておきのフィナーレをくれてやるよ!』

 

 ドライバーのライトトリガーを起動させて、光輝を纏って跳躍したデュオルは空中で大の字になって風車のように回転を始める。

 

『ウォオオオオオオオ――――!!』

 

 電力と魔力、二つの強大な力を全身にチャージアップしながら、高速回転するデュオルの雄叫びに呼応して地下工房に幾筋もの稲妻が放たれて、マウスメタローを急襲する。

 その稲妻の軌道はデュオル本人にすら制御できないランダムな攻撃故に敵対する者から回避と撤退という選択を限りなく零の領域まで簒奪する。けれど、この雷撃さえもまだエレクロトキャスターの最大のフィナーレを飾るための牽制に過ぎない。

 

 最大までエネルギーを充填するデュオルの正面に再び魔法陣が浮かび上がる。先程の物に比べるとさらに巨大な魔法陣だ。竜巻のような側転から前方回転を経て姿勢と狙いを定めたデュオルは魔法陣に向かって全力を振り絞った必殺の鉄拳を突っ込んだ。

 

 

『超電ッ! ビッグハンドォ!! ストライクゥウウウウウ!!!!』

 

 魔法陣を突き破り、超巨大化した渾身の拳が紫電を纏ってマウスメタローに叩き込まれた。

 それは雷神の振り下ろす神槌の如き雄々しさを伴って呆然と立ち尽くしていたマウスメタローを瞬く間に完全粉砕してみせた。 

 

『ぬぅぅぅぐおおおおおおおああッ!!?』

 

 マウスメタローは絶望の断末魔を上げながら大きな火柱のような爆発を起こして沈黙した。

 激闘の末に砕けて瓦礫の山となっていた不気味な工房は地下に吹き抜ける修正力の風の中で元通りの神殿のような厳かさを持つ地下貯水槽の姿に戻っていた。

 

 

「だぁー……今回はマジで体力使ったぁ」

「ご無事ですかムゲンさん?」

 

 二人とも地下水路をメカマウスに襲われたりしながら、必死になって駆け回っていたこともあって、グシャグシャに汚れてしまっていた。けれど、その表情は二人とも満ち足りていた。

 

「お陰様で紙一重で切り抜けました。今日はもうなんもする気になれませんけどね」

「ちょっと休んだら、帰りましょう」

「ですね。またネズミに追いかけられるのも嫌だしな」

「頑張ったご褒美に、ご飯でもご馳走しますよ。何時ぞやの朝ごはんのお礼です」

 

 よく戦ったムゲンを労うように明るい声でそんな提案をした。

 友人ではないが、それに限りなく近い大事な仲間同士という不思議な間柄のこの二人は良い意味でお互いに遠慮がないというかフラットな関係といった距離感の仲を深めていた。

 

「その前に銭湯だな。この格好じゃ、年季の入った町中華にも出禁になりそうだし」

「銭湯? なんですかそれ、また誰かと一戦交えるおつもり?」

「あー……お金払って入れるでっかい風呂屋みたいなとこです。風呂上がりのコーヒー牛乳とか美味いですよ」

「ほっほーう! そんなものがあるんですか? 面白そうですね、是非とも行きましょう銭湯! サービスにお背中ぐらいお流ししますよ?」

 

 ふざけ半分に女性の色香で誘惑するようにムゲンの耳元で艶のある声で囁いてみるクー。

 ムゲンは気の抜けた声を漏らしながらタオル一枚の彼女が男湯に乱入してくる姿を想像して思わず苦笑した。

 

「クーさんが男湯入ってきたらキッズの性癖が拗れそうだなあ。周りへの刺激強すぎるんでお気持ちだけで」

「おっと残念。ちびっ子たちに夢を見せてあげるのもやぶさかではなかったのですけどねえ」

「クーさん……この国、女の人も羽目外しすぎると痴女ってことで捕まりますから、気を付けてくださいね」

「マジですか!?」

「マジです。だから、お戯れはほどほどに。クー先生」

「うっへー! ムゲンさんまでその呼び方やめてくださいな。けっこう恥ずかしいですよ?」

 

 ムゲンとクーは他愛のない会話を気楽そうに交わしながら、ゆったりとした歩調で出口に向けて歩き始めた。

 二人が地上に出た頃にはすっかり日は傾き、茜色の夕焼けが街を優しく照らしていた。

 世界も二人をささやかながら労っているのか風も少ないこの日は絶好の銭湯日和だ。 

 疲労困憊、生傷だらけでくたくたの二人は満面の笑顔を浮かべて賑やかな雑踏に紛れていった。

 

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 

 

 





今更な感じもしますが拙作のオリジナルライダーのデュオルという名前
デュオとデュオル、二つの単語とその意味を組み合わせたネーミングだったりします

これからもよろしくお願いします。
ご意見、ご感想、いつでもお待ちしています!


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第8話 原典から来た異端者/ボクの名は

皆様、いつもお世話になっております
今週も無事に最新話更新となりました

ようやく、ずっと引っ張ってきた観察者ニューの正体解禁でございます


 魔人教団の本拠地では殺伐とした空気が張り詰めていた。

 無機質な大広間には膨大な数のメタローが浮遊して、その中央で悠々と構えるニューを取り囲んでいる。

 

『呼び出された理由は承知しているな観察者』

 

 統括長が口火を切った。

 多くのメタローが集うこの場において、唯一の人型を持つ統べし者である、彼。

 玉座に座したる、焔獄の魔人を思わせる威容と無双の力を持つ、彼。

 

「一応はね。けれど、間違った答えを述べて恥をかきたくないないから、何がキミたちの逆鱗に触れたのか改めて教えて欲しいね」

『何故、メモリアなる力をむざむざ敵に渡すような真似をした?』

「おや? 無駄に同胞を消費したことは罪に問わないのかい? てっきり、ボクはそちらをネタに糾弾されるものと思っていたよ」

『残念なことだが、我々の世界の総ての生命が等しくメタローへと昇華して幾星霜。肉の器に縛られた頃の生命の名残を捨てきれずに足並みを揃えられなかった者たちがいたのは事実だ。貴殿はそれらに一時、一瞬とはいえ存在意義と教団に属するだけの価値を与えた。それについてはむしろ、労うべきだろう』

 

 とぼけたように作り物の笑顔を貼り付けて、何食わぬ顔のニューに統括長は絶対零度の刃物のような冷酷な言葉を敗れ去った同胞たちへ手向けた。

 一つの世界の全ての生命を殆ど独断で全く新しい在り方の新種の生命へと変貌させた男の精神は常人のそれを遥かに逸脱していた。

 

『だが、しかしだ。無数の平行世界に存在して未だ抵抗を続ける仮面ライダーたち。その力を宿し、デュオルと言う新たな敵対者に力を与える道具の存在、貴殿はその件について報告はおろか独自にそれらを手に入れ、戯れのように浪費した。我々が納得する正当な理由がないのならば、ペナルティを科さざるを得ないな』

「いいとも。ペナルティの方を受けよう。そうだねえ、デュオルの首でも持ち帰ってくればいいのかな?」

『……正気か?』

 

 イエローカード相当の警告。

 いかに客員に等しい立場にあっても、見過ごせない数々の不可解な行動を罪科のように突きつけられた静かなる威嚇。それに対して、ニューはあまりにもあっさりとデュオルとの戦闘行為と言うリスクが高い選択肢を選んだ。まるで子供が一人でお使いに行くかのような気軽さのニューに統括官は疑惑の視線を向ける。

 

「まあ、そっちの方が簡単そうだからね。何より、メモリアについての独断専行は完全にボクの主義主張と趣味によるものだ。述べたところでキミたちに理解を得られるような合理的なものではないからね」

『フフッ……大きく出たな。それ程の自信があるのなら、自由にやりたまえ。だが、今回は詭計詭弁を弄して、我らが同胞を巻き込むことは許さぬぞ?』

「言われずとも、今回は全てをボク自身で執り成すさ。そろそろ、彼とじっくり遊んでみたいとも思っていたからね。あの世界に生まれた仮面ライダー、その実力を見せてもらうとするよ」

 

 体の芯から滲み出る禍々しい闘争心を抑えようともせずに、ニューは軽やかな歩調で踵を返した。

 

「では、また。吉報を待っているといいよ、ネメシス」

『――お手並み拝見といこう、■■■■■』

 

 久しく呼ばれていなかった彼自身に本来あった名前を呼ばれて、統括長はほんの僅かに押し黙った。けれど、刹那の動揺を悟られることなく皮肉交じりのお返しにニューの本来の名前を呼ぶ。

 ニューは統括長の言葉に振り返りもせずに我が道を往くようなふてぶてしさで手を振るとその場から立ち去っていった。

 

(傲慢なものだ。創造主さえも吸収したことで自らこそがオリジナルさえも超越したとでも思っているのか?)

 

 ニューの存在が教団本拠地から完全に消えてから、統括長――ネメシスは全てのメタローとの精神同期を隔絶して独りで黙々と魔人教団、ひいては高次元生命体メタローにとって最善手となる行動と選択を考え始める。

 自分たちメタローと並び立てるだけの素養を持つ完成度の生物だと判断した故に観察者という肩書を与え、同盟相手としてニューに自由な行動を許していた。

 けれど、ただ一人。オンリーワンであるが故の予測不能な彼の行動が教団にとっての獅子身中の虫になり得るとネメシスの双眸には映っていたのだ。

 

(こちらも、抑止力を示すべきか)

 

 様々な事象を考量しながらネメシスは魔人教団が誇る最大戦力である自身にとっても特別な朋友たちを招集する意思を固めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 行楽で全国が賑わう、毎年恒例のGWも今年は残すところ本日を合わせてあと二日となった今日この頃。この日はカフェ・メリッサのメンバーで近場に遊びに予定になっており、カナタとハルカの二人も店へと続く人気の少ない路上を歩いていた。

 

「GWといっても、殆どバイト三昧で終わったね。まさか、唯一の遠出になりそうなのもいつもの面々になるとは」

「その方がオレたちにとっては気楽じゃん。奇跡的にあそこにいる人たちはみんなオレたちを特別だなんて微塵も思わず接してくれる」

「そうだね。昔の二人ぼっちだった頃がちょっと懐かしく思えるくらいかな」

「いまはいまで色々と大変なこともあるけど、毎日が飽きないって、なんかいいよ」

「ハルくんに同じく」

 

 まだムゲンやシスターたちと出会う前の頃を懐かしがって照れ笑いを浮かべるカナタたち。目が回りそうな忙しさもありつつも、充実した高校生活を送れているのだと二人が噛み締めるように実感していた時だった。

 

「やあ、こんにちは」

 

 二人の往く手を塞ぐように細い路地のど真ん中に、思わず見惚れてしまうような美貌の中性的な青年が不意に現れた。

 

「は? あの……?」

「どちらの方が効率的か迷っていたけれど……よぉし、決めたぞ。キミは伝言板だ」

「ガ――!?」

 

 まるで小学生がするような無邪気で爛漫な突然の挨拶に二人が困惑するのもつかの間、中性的な青年――観察者ニューはその笑顔のままハルカの鳩尾を思い切り殴りつけた。

 短く爆ぜるような苦悶の息を吐き出して、ハルカの身体は数メートルは吹き飛ぶと背中から電柱に激突した。

 

「ハルくん!? あんた、なにして――グッ、ァ!?」

「うん。やっぱり、誘い出す餌なら囚われのお姫様でなくちゃねえ」

 

 微量の血を吐き出して、糸が切れたマリオネットのようにぐったりと崩れ落ちたハルカの姿にカナタの額にぶわっと冷や汗が浮かんだ。だが、怒りで我を忘れて思わずハルカを襲った相手に口撃することに意識が向いていたカナタもまた、加減して腹部に叩きこまれたニューの拳の前に成す術もなく昏倒してしまった。

 

 他愛ないとニューは絵画になりそうな微笑を零して、カナタを抱き上げる。

 通り魔的な電光石火の暴力にいまのカナタの脳裏は怒り一色に染め上げられて、目の前の危険に対して逃げると言う発想が出なかった。出ないようにニューに誘導されたといった方が正しいだろう。

 唐突な挨拶による天風姉弟の虚を突くことに始まり、全てはニューのプランニング通りの展開だ。強いて心配があるとしたら、先に殴ったハルカのことだ。力加減を誤ってうっかり殺してしまっていないかを確かめようとしたところ、背後で大きな物音がしてニューは足を止めた。

 

「あ、あんた! 一体何やってるんだ! 警察呼ぶぞ!」

 

 ニューが振り返った先には偶然にも通りかかったサラリーマン風の男が誘拐現場を目の当たりにしてスマートフォンを片手に自分を威嚇する健気な姿だった。

 

「いけないなぁ。ボクはこれでも気を遣って騒がしくならないように頃合いを見計らっていてあげたのに」

「う、動くな! 私はこれでも空手二段の有段しゃ……あは?」

 

 得体の知れない凄みを放つニューに尻込みしながらも男性はぎこちなく空手の型を構えて見せた。けれど、間髪入れずに下腹部から聞こえてきた肉を潰す生々しい音に愕然とする。

 

「キミを殺すことなんて、路傍の雑草を踏むのと同じくらい容易いんだ。でもね、ボクはそんな死体だなんて無駄な物を残すようなことはしたくないんだ」

「嘘だろ……あんたの手、俺の腹の中に入ってッ! そんな、冗談だよな……なあ」

「おじさん、キミの身体をもらうよ」

 

 男性の腹部の皮膚を、肉を、わざと力任せに突き破り片手を体内に突っ込ませたニューは天使のような笑顔を浮かべて、自らの能力を発動した。

 瞬間、サラリーマン風の男性は光の粒子のように分解されるとその毛髪の一本、爪の一欠片に至るまで生命全てをニューに吸収されてしまった。

 

「凡庸な情報量と能力だな。別に欲しくもなかったけれど、ボクの一部になったことを名誉に思うといいよ」

 

 何もなくなった空間にニューはつまらなそうに言う。

 最早、この世界には彼の遺体すらも痕跡として残らない。

 

「さて、とびきりの招待状を用意しなくちゃね。仮面ライダーくん」

 

 気を失ったカナタを抱え直したニューは遊園地にはしゃぐ子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、奪い取った彼女のスマートフォンを弄り始めた。

 

 いま悪魔の饗宴が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「やっはー! シスターさんも太っ腹ですね、育ち盛りの若者たち四人も連れて美味しいお料理食べ放題に連れて行ってくれるなんてー」

「ビュッフェって言いなさいな。大体、クーちゃんアンタそんなご立派なものぶら下げてまだ育つ気でいるわけ?」

「それはそれ! これはこれですよー! 食べられる時に食べる! これ、旅暮らしの鉄則ですので! いやぁ、一族のみんなで流離っていた清貧時代が夢のようです」

「まさに花より団子ね。いいわ、食べれるもんならこのアタシが肝を冷やすぐらいの食べっぷりを見せて御覧なさい」

 

 その頃、カフェ・メリッサではシスターとクーが三人の到着を待ちながら談笑していた。ふと、クーがギギの民の仲間たちと一緒にいた頃の話を口にしたのでシスターはさりげなくビッグストライダーの話題を振ってみることにした。

 

「ところで、あんたの一族ってあんなバイクまでハンドメイド出来ちゃうの? お金出すからクーちゃんオリジナルで一台作ってもらえないかしら」

「いッ? あはは……あれはですね、友人からの貰いもので別にメイドイン・ギギの民ってわけじゃなく」

「じゃあ、誰から貰ったのよ? アタシ、すっごく気になるんだけど? もしかして、好い人からのプレゼント?」

「ぬーん……なんと言いますかあいつは――」

 

 小細工は無用と一気に踏み込んで質問を畳みかけるシスターの勢いに揺らいでクーが分かり易いぐらい動揺して、何かを言いかけた時だった。

 

「良かった! 二人とも無事だな!」

「ムゲンさーん!? ちょっと、ハルカさんどうなさったんですか!?」

「……何が起きたの、ムゲンちゃん? それにカナタちゃんはどこに?」

「一大事だ。シスター、クーさん……カナタが攫われた」

 

 気を失ったハルカを背負って、店の扉を蹴破るような勢いで飛び込んできたムゲンは怒りのあまり額に血管を浮き上がらせながら、殺気立った声で口を開いた。

 

「待ち合わせ場所にも来てない、電話にも出ないもんだから二人の家まで行く道中でハルカがぶっ倒れていて、オマケにコレだよ」

 

 怒りが振り切れると却って物静かになるタイプのムゲンは早口ながら落ち着き冷めた口調で二人の前にカナタのスマートフォンに保存されていた動画を再生させながら見せた。

 

【やあ、これをみているはずの仮面ライダーくん。初めまして、魔人教団の者だよ】

 

 スマートフォンの画面にニューが撮影した自撮り動画が流れ始めた。

 画面の中でのほほんと笑うニューは気を失ったカナタの髪の毛を雑に掴んで腹話術の人形のように傍らに侍らせるという悪趣味な演出を見せつけながら、そう名乗ったのだ。

 

「これは……」

「ウソでしょ……そんなッ!?」

 

【キミとは色々と語らいたいがこの場はスマートにいこう。彼女は預かった。無事に返して欲しかったら、この端末の地図アプリに登録してある廃墟にまでおいでよ。キミと遊びたくてうずうずしているんだ】

 

 大胆かつシンプルな挑戦状。

 これまで何度もメタローとは戦ってきたカフェ・メリッサの一同だったがこんなにも直接的にデュオルを――仮面ライダーに標的を定めた相手は初めてだった。

 何れは訪れる日が来ると覚悟はしていたがそれがあまりにも早かった現実にクーは口元を押さえて声も出せずに動画を凝視していた。

 シスターはニューの顔を一目見るや否や、いつ何時も優麗な表情に明らかに驚愕の色を浮かべて、微かに震えていた。

 

【こっちの弟くんには端末を見つけやすくするための看板になってもらったよ。生きてはいるから安心したまえ。あと、時間指定はしないけど早めに来ることを推奨するよ。退屈しのぎの玩具がちょうど手元にあるからね。それじゃあ、アディオス・アミーゴ】

 

 微笑みや高笑い、幾つもの種類の笑顔だけをまるで仮面でも貼り返るようにコロコロ変えて、挑発と煽りを重ねた末にニューは最後に嘲笑を浮かべながら慣れ慣れしく気を失ったカナタに頬擦りをして動画が停止した。

 

「そういうわけだ。ハルカを看てやってくれ、俺はカナタを連れ戻しに行ってくる」

 

 口元から僅かに血を垂らしてまだ意識を失っているハルカを静かに長椅子に寝かせるとムゲンはカナタのスマートフォンの地図アプリを起動させながら踵を返して出ていこうとする。

 

「気をつけて下さいムゲンさん。こんなことしてくるってことはきっとそれ相応の自信がある実力者だと思います」

「ありがとございますクーさん。キッチリ、五人分の礼をぶちかまして殺りますよ」

「ムゲンちゃん。お願いだから、ビッグストライダーは置いて行って貰えないかしら?」

「なに言い出すんだシスター。時間がないんだってのは知ってるだろ、なのに俺の中古のボロで駄馬みたいな速さで行けってか?」

「デュオルには空を飛べる姿あったでしょ。今回はそれを使ってちょうだい。お願いよ、この通り」

 

 激励を送るクーとは対象的に不可解な要求を言ってきたシスターにムゲンは思わず飢えた獣のような視線で凄んだ。だが、そんなムゲンの尤もな怒りと不服を受け止めてなお、シスターは食い下がった。

 自分の両肩を掴んで頭を下げるシスターに只事ではない何かを感じたムゲンも思わず黙って息を呑んだ。

 

「そうしなきゃいけない理由があるんだなシスター?」

「ええ。きっとそれはこれからに繋がる大事な力になるわ。アタシの今までの人生に懸けて、誓いましょう」

「……分かりました。代わりにこれ片付けたら、遊びに行く埋め合わせに美味いもん沢山ご馳走して下さいよ」

 

 ムゲンにシスターの言葉の真意や理由は分からなかった。

 けれど、その覚悟は偽りがないと直感で判断するとその意を汲んでビッグストライダーが収められているアーティファクトの指輪をカウンターに置いた。そして、デュオルドライバーを装着しながら足早に裏口から出ていった。

 

【スカイ!×ゴースト! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【エリアルファンタズマ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 素早くデュオル・エリアルファンタズマに変身するとムゲンは即セイリングジャンプを発動させて大空へと飛び立った。

 

「あの、シスターさん急にどうしたんですか?」

「クーちゃん……いまは黙って一緒に来なさい。アタシの家に戻るわよ」

 

 一刻の猶予もない、そんな緊迫した状況で明らかに不審な行動を取るシスターにクーは物怖じすることなく問い詰めた。

 だが、そんな彼女の言葉を受け流しながらシスターはハルカを抱き上げて大急ぎで自分の愛車の元へと急いだ。

 

「あの動画の男……吐瀉物と糞をゴキブリと一緒に釜で煮込んだような最低の屑をアタシは知っている」

「なんと!? 一体全体どういうことですシスター!」

「……クーちゃん、お互いに手の内は全部明かしましょう。そうしなきゃ、いまのムゲンちゃんじゃあいつに勝てないわ」

 

 クーを乗せ、愛車であるランドクルーザーを発進させたシスターは吹っ切れたような口調で切り出した。

 

「デュオルだけじゃ足りない。もっと戦力をかき集める必要があるわ……その為にもビッグストライダーの秘密を教えなさい」

 

 

 

 

 

 

「さむ……ここ、どこ?」

 

 冷たく乾いた風に当てられて、カナタは意識を取り戻した。

 風だけでなく、周囲の空間も足元も五月の陽気が嘘のようにそこは薄ら寒かった。

 ぼやけた視界で周囲を見渡すと、どうやらいま自分がいるのはコンクリート製の廃墟か何かの中のようだった。酷く汚れて、散らかった資材やダンボールがそれを物語っている。

 

「え……はあっ!?」

 

 割れて、隙間風が入り込む窓ガラスに映る自分の姿にカナタは思わず悲鳴のような大声を上げて、ビクリと身体を跳ねさせた。

 何故ならいまの彼女は衣服を剥ぎ取られ、淡い水色のブラとショーツのみを身に纏ったあられもない姿なのだったからだ。殴られた場所なのだろう、程良く引き締まったカナタの白いお腹の一カ所が痣になっているのが痛々しい。

 その上、いまの彼女は両手首を縄で縛られて、天井の支柱に吊るされている囚われの身だった。

 

「どうなってるのよ……あいつは?」

 

 見知らぬ男に好き勝手に服を脱がされて下着姿にされたことに屈辱と恥ずかしさで顔を紅潮させながら、カナタは深呼吸を繰り返して状況の確認に努めた。

 

「……車の音、全然聞こえない。どこまで山奥に拉致したのかな?」

 

 窓の外から見えるのは一面の山と雑木林。耳を澄ましてみても風に乗って自動車の音や生活音のようなものは何も聞こえてこない。

 そして、自分が監禁されているこの場所はどうやら何かの工場跡のようだ。それも敷地の広さとしてはそれなりに広いようで会議室のようなこの部屋がある建物以外にも生産プラントを含めて、他にも何棟かの建物が確認できた。

 

「くっ、ぅ……ハルくん、大丈夫だよね」

 

 腹部から響く鈍痛に顔を歪めながら、自分よりも酷く襲われた弟のことを心配していると、カナタの前に全ての元凶があの気味の悪いくらいにこやかな笑顔で現れた。

 

「おはよう。少々、モラルの無い歓待ですまないねえ。一応補足しておくと、キミに性的虐待の類はしていないから安心してくれたまえ。興味ないんだ」

「それはどうも。イチイチ説明するのが既に気持ち悪いんですけどね、変態さん」

「嫌われちゃったね。でも、ボクはキミのこと好ましいと感じているんだよ、その度胸も含めてね」

 

 紳士を気取っているのか、カナタの対面に腰を下ろして慇懃な口調でニューはあっけらかんと答えた。しかし、次の瞬間には鬼灯のように真っ赤な眼でカナタを観賞するように見渡して、わざとらしく嗜虐的な口調で投げかける。

 

「キミはご覧の通り、縛られた囚われの身だ。そして、瑞々しく可憐な乙女の身体はその頼りのない僅かな布切れのみが守っている。だのに、そんな口を利いて蹂躙されるとは考えないのかい?」

「ええ、考えていない。私をレイプするつもりなら、別にこんな手の込んだことしなくても手近な場所でいくらでもできるでしょ? そもそも、性行為に興味はないと言ったのはそちらでしょ。私が思うに、貴方は自分の発言を簡単に反故にするような安っぽいことはしないと思うかな」

「喝采だ! キミ、良いよ。すごく、良い。天風カナタだったね? キミという個体の情報はしっかりとボクの記憶に永劫保存しておくよ」

 

 予断を許さない緊迫した状況に身を置きながらも、冷静で理知的な推察を行うカナタの聡明さと勇気ある精神にニューは拍手を送る仕草をして、顔を輝かせた。

 

「……何が目的なの? 貴方、メタロー? それとも魔人教団のボスかなにか?」

「何故そう思うんだい?」

「恥ずかしながらメタローに捕まるのは二度目だけれど、貴方は風格と言うか……佇まいのようなものが余りにも違いすぎる。少なくとも人外なのは確かでしょう? 普通、人間が人間を殴ってもさっきのハルくんみたいに吹っ飛んだりはしない」

「お褒めいただき光栄だねえ。では、改めて――ボクの名はニュー。キミたちが倒すべき敵対者、魔人教団の観察者さ」

 

 じっと、自分を睨んだまま警戒を解かないカナタに向けて、ニューは歌劇の花形のような手振りで高らかに名乗りを上げて見せた。

 初めて接触する、魔人教団の上役と思わしきニューのプレッシャーに柔肌を晒すカナタの肢体からしっとりと冷や汗が流れていた。

 

「観察者?」

「まあ、雇われ支店長のようなものだと考えてくれれば問題ないさ。ボクはメタローじゃあない。彼らに比類する者ではあるけどね。彼ら、自分たちが全ての世界で最も優れた生命体だと思っているから、ボクのような特異事例を見過ごせないらしい。だからこそ、上も下もない同格の存在に否が応でもしておきたいのさ」

 

 とても退屈そうにニューは自分と魔人教団との間柄を簡単にカナタに教えた。複雑な面持ちで次々に与えられる情報を整理している彼女にニューはいやらしくほくそ笑んで発破を掛ける。

 

「そんなことよりも、もっと知りたいことがあるでしょう? ボクが何をしたいのか、だ」

「……ムゲンを、仮面ライダーをおびき寄せるつもりじゃないの?」

「流石になぞなぞにしては簡単すぎたようだね。その通りだよ」

「一応警告するけど、観察者さん……貴方、惨殺されるわよ。本気で怒ったムゲンはブレーキが壊れたブルドーザーだから。貴方がハンバーグの生地みたいになるまで殺し続けても可笑しくないかな?」

「へえ、穏やかじゃないね」

 

 脅しではなく、当然の帰結として語るカナタの言葉にニューは上機嫌になって口笛まで吹いてみせた。

 

「つまり、キミの弟を襲い。キミ自身をこうして拉致して辱しめたボクの行動は効果的かつ最大限に仮面ライダーを怒りで燃え上がらせたと断言していいんだね」

「当然でしょ? どういうつもりか、正直わたしにも分からないけど……ムゲンは何より、誰より、わたしたちみたいな変わり者のために本気で怒ってくれるから」

「やったね! 計画通りだ。いやぁ、実に人間の感情は容易いよ! クッハハハハハ!」

 

 初めてメタローと遭遇した時のことを思い出しながら、荒ぶるムゲンの常人離れした暴れっぷりをニューに話してみせるカナタ。

 だが、ニューはその言葉を聞くと恐れおののくどころか力強くガッツポーズを決めて、その場で小躍りするかの如き勢いで楽しそうに喜び始めた。

 高らかに声を上げて笑うニューの姿は異質を通り越して異常とも映るリアクションだった。カナタの胸中は悪寒のような胸騒ぎがし始めていた。

 

「なにがそんなにおもしろいの?」

「だって! 楽しいじゃないか、ボクのことを憎悪して本気で殺しに来てくれる仮面ライダーを子供が虫を好奇心のままに嬲り殺しにするように痛めつけてあげるんだ! 悔しいだろうな、辛いだろうな、想像しただけで気が狂ってしまいそうだよぉ」

 

 声にこそ、昂りが盛られているが美しい笑い顔はそのままにニューは滔々とささやかな夢を語って聞かせた。

 

「ボクはね、ハッピーエンドが大好きなんだ。ボクによる、ボクのだけの、ボクのためのハッピーエンドさ!」

 

それはあまりにも醜悪で、あまりにも危険で歪みきったとある一匹の怪物の願いだった。

 

「あと一歩で届くかもしれない。もう少しで勝てるかもしれない。ほんのちょっと我慢すれば救われるかもしれない。そんな絶体絶命の窮地に輝く人間の意思による大きな力……そんな筆舌に尽くし難い奇跡をギリギリで踏み潰して台無しにするあの快感はきっと美女千人を一夜で抱くよりも心地良いものだ。クセになるんだよ」

「……馬鹿げてる」

「そうでもないと思うよ? キミたち人間だって、ギャップ萌えだっけ? 特にキミぐらいの年頃の若い個体たちはそういう様々な事柄や人物の落差ある一面や出来事に無上の喜びを感じるそうじゃないか? ボクの密やかな娯楽である悦楽も似たようなものさ」

「ふざけないで!」

 

 理解不能にして看過不可能な狂気の趣向を曝け出すニューに向かってカナタは思わず声を荒げた。

 

「おやおや、そんな険しい顔をすると勿体ないよ? お世辞ではなく、キミの顔の造形はボクも好ましいと感じる部類だ」

「貴方に、好まれたくないので」

「ふむ。もう少し、キミと会話をしてみたかったのだけれどここまでのようだね。それじゃあ、また」

 

 大きく肩で息をして自分を睨みつけるカナタの形相を残念がりながら、ニューは軽やかに立ち上がる。

 

「大人しくしているのなら、手出しはしないよ。けど、保険は掛けておこう」

 

 そう言ってニューは自分が座っていた今にも朽ちて崩れ落ちそうなガラクタの山に赤と緑の液体が入った二本の試験管を立て掛けた。

 それはかつてモスキートメタローに提供した尖兵デミホッパーを作り出すための薬液だ。

 

「なんのつもりですか?」

「ささやかなキミへのトラップだよ。試験管の中身が混ざり合えば素敵な遊び相手が生まれるから、気を付けることだ。ボクの制御なんて効かないから、デミホッパーはキミを喰い殺すと思うよ?」

 

 不安定な場所に立て掛けた試験官は確かに不意な衝撃や強風で簡単に倒れて割れてしまいそうだった。案に言葉にはしていないが逃げ出そうなんて考えは無駄だと警告しているのだろう。

 

「これ、前にムゲンが言っていたバッタの怪人たちの……貴方はいつから私たちのことを知っていたの?」

「さぁて? 過去に意味はないよ。嘆いても、悔やんでも、恨んでも、過去になってしまえば無意味だ。思い立ったら即実行。ボクはそれで奇跡を達成したのだから」

 

 何でもないような顔でさらりとそんな危険なことを言い放つニューにカナタは無言で青ざめた。笑顔ばかりの表情しか垣間見せないがこの人物がくだらない嘘や冗談を言いふらすタイプではないのはこの間に交わした精神を病んでしまいそうな会話で証明済みだ。

 

「ああ、そうだ。キミの目の前で仮面ライダーを嬲り殺しにするのも愉しそうだ。それとも、四肢を切断した状態でキミの犯すのを見せつけた方が愉快かな? ボク、生殖行為は無用だけれど、必要な部位程度いつでも生成できるんだ」

「その口、ムゲンに縫い合わせてもらえるといいですね」

「フッ……キミが望むなら、規格外のサイズでエクスタシーを体験させてあげてもいいんだよ?」

「奥歯で念入りに噛み潰しながら、食い千切ってあげますよ」

 

 徹底して、人の神経を逆なでするような下品な言葉を選択して吐き並べるニューにカナタは負けじと言い返した。そんな彼女の態度にニューはますます気を良くしたのか鼻歌を歌いながら埃っぽい廃墟の奥へと消えてしまった。

 残されたカナタは自分のみならず、ムゲンまで侮蔑され不快感で胸が込み上げる感覚を嫌と言うほど感じながら、あきらめないことに注力する。

 ニューの気配が消えてから、用心を重ねてカナタは頭の中で五分数えて行動を開始する。

 

「JKのネイル、舐めんじゃないっての」

 

 縛られて不自由な両手首をなんとか動かして、片方の手で天井から垂れるロープを掴んで出来るだけ張るともう片手の指の爪でナイフのように押して引いてを繰り返していく。

 可能な限り、揺れになりそうな動作を控えながら。しかし、体重を掛けたり、身をよじらせてロープに負荷がかかり、千切れやすくなるように思いつく限りの行動を実行していく。

 

「ハァ、ハァ……逃げたくても、裸足だしこんな恰好じゃ方角も分からないのに飛び出しても簡単に寒さで詰むでしょうよ。この肌寒さ、どんな山奥まで連れてきたかな?」

 

 地面から僅かに足が浮く程度の位置で宙吊りにされているせいで普通ならば何でもないような動きでひどく体力を使う。すぐに息が荒くなり、顔だけでなく体中が熱を帯びで玉のような汗が浮かび上がっていく。

 そんな状態で下着姿のカナタは身をくねらせて、仰け反ったり、よじったりするのだからまるで傍から見れば妖艶な動きで男を喜ばせるポールダンサーかストリッパーのようだ。

 ニューからしてみれば、多感な年頃の少女に恥辱を与えて愚弄することも計算の中だろうか。カナタは摩擦で指先が熱くなり、皮がすり減る痛みに耐えながら懸命に爪でロープを擦り続けた。

 

「みてなさい。一泡吹かせてやるんだから、あの変態」

 

 あの不審者の思い通りになってたまるかとニューへの怒りを燃やしながら、カナタは自身に気合を入れ続けて悪足掻きを止めなかった。

 

「でも、助かったよ……これが鎖だったり、足まで縛られていたら何も出来なかったけど、これなら逃げ出せ――」

 

 暗闇に僅かに灯る光明にすがるようにロープを切断することに集中していたカナタだったが何かにハッと気付くと急に動きを止めて固まってしまった。

 汗ばんだ身体を冷たい隙間風が容赦なく襲い、じわじわと体力を奪って行く。けれど、カナタは口元を真一文字に結びつけたまま、ある不安に駆られていた。

 ニューは何かの狙いがあってわざとこんな風に脱出できる隙を作っておいたのではないだろうか?

 

 最初の有無を言わせない通り魔的な襲撃から全ての言動や所作に至るまで全てがニューの描いたシナリオ通りになっているのではないかとこれまでの出来事を振り返っているうちにカナタは言い様のない疑心暗鬼に襲われて、体を動かすことが出来なくなってしまった。

 

「なにが、なにが正解なの? どうする……どうすればいい、私」

 

 ぶつぶつと消え入りそうな一人言を呟きながら、乱れる思考で懸命に打開策を考えるカナタだったが、そもそもニューという人知を超えた圧倒的な力を持つデタラメな存在一人のせいで名案が纏まらない。考えれば考える程に何気ない一挙手一投足に自信が持てなくなっていく。

 改めて、魔人教団そしてその仲間だと嘯くニューと言う人外の脅威を前にした人間の哀れなまでの脆弱さを痛感する。

 

「ダメだ……私一人じゃ、どうにもならないよ。ハルくん、ムゲン……たすけて」

 

 涙こそ、彼女自身の意地に懸けて決して零さなかったが絶体絶命の窮地に追い詰められて打つ手なしと悟ってしまったカナタは信じられないほどか弱く怯えた声で届かないと分かっていながら助けを求めた。

 無力と不甲斐なさに打ちひしがれるカナタ。

 けれど、彼女はまだ知らなかった。

 誰よりも、何よりも、いま世界で一番彼女の無事を願う彼が大空を弾丸のような勢いで駆け抜けている。怒りの劫火で腸を煮えくり返らせて、すぐそこまで迫っていることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

『ここだな』

 

 最短ルートを一直線に飛翔して、指定された県境の山奥にある廃工場に降り立ったデュオルは驚異的な速さで現場に到着した。

 感情の無い仮面からは窺えないが、デュオルの全身からは触れれば爆発するような殺気が絶えず溢れている。ハルカを傷つけられ、カナタを弄ばれたことはムゲンにとって自分のことよりも怒れる案件だ。いまのムゲンは例え相手が人間であったとしても加減と言うものをしないだろう。

 奇襲を警戒しながら敷地内を進んでいくと、大きな倉庫跡の真ん中でぽつんと佇んでいる人影を見つけて、デュオルは黙々とそちらへ向かい出す。

 クセの強い緑色の長い髪と宝玉のような真紅の目。

 白い民族衣装のような貫頭衣風の装いと息苦しさを覚えるような清々しい笑顔の美青年。

 そこにいたのは間違いなく、観察者ニューだった。

 

 デュオルとニュー。

 両者は音の無い乾いた風が吹き抜ける古びた廃墟でこうして初めて対峙した。

 

「やあ、初めましてだね。仮面ライダーデュオルくん」

『こんちわ』

 

 にこやかなニューにデュオルが挨拶を返すよりも早く、廃墟に轟く凄まじい打撃音。

 デュオルは一見すると生身の人間の姿をしたニューの顔面を一切躊躇することなく鉄のように硬く握り締めた拳で殴り抜けた。

 

「手荒いねえ、でもこいうのが欲しかったんだ。うん、うん……良い怒りだ」

『……このバケモンが』

 

 ニューは微動だにしなかった。

 普通ならば、鼻の骨が砕け血を噴き出しても可笑しくない威力の一撃を受けたと言うのに笑顔を貼り付けたままだった。

 その様子に得体の知れない気味の悪さを覚えながらも我が身を焼き尽くすような怒りの元凶であるニューを前にさらに攻撃を加えていく。

 

『くたばれッ!』

 

 ニューの顔面にぶつかったままの右腕を引きながら、すかさず左のフックを人体の急所である脇の下へとぶちかました。

 直撃の手応えを拳の感触で感じるとニューの反応を見ることなく、息つく暇も与えずに次の攻め手を繰り出す。

 相手の右膝を蹴り抜く。体勢を崩すだけなんて柔な物ではない。相手の膝を逆方向に折り畳むように踏み砕く勢いで蹴りを放つ。だが、それは届かなかった。

 

「キミ、悪くないよ。でも、まだまだかな?」

『――やるじゃないか』

 

 涼しい顔でニューは自分の膝を狙って飛んできたデュオルの蹴りに合わせて自分も蹴りを放ち真っ向から防いで見せた。

 これにはデュオルにも驚きがあった。けれど、だからといって戦意が揺らぐことは皆無だ。負けじとお次は相手を投げ倒そうと懐深くに潜って組み付こうとする。

 

「図に乗るなよな? 劣化生物め」

『うおっ!』

 

 だが、目にも止らぬニューの掌底にデュオルはダンプカーに追突されたような衝撃を感じながら大きく後退させられた。

 

「全く血の気の多い奴だなぁ。知的生命体の端くれとして初対面の相手と会話を楽しむつもりはないのかい?」

『俺がお前に言う言葉は限られてんだ。カナタを返せ』

「おっと!」

 

 大いなる実力の片鱗を見せつけて尚、余裕の様子なニューにデュオルは低空飛行で間合いを詰めると浴びせ蹴りを繰り出す。そのまま冷たく抑揚のない怒気に満ちた声で詰め寄りながら、拳打と手刀を嵐のように打ち込んで反撃の隙を与えない猛攻を仕掛ける。

 

『ハルカの借りも返さないとな。大量のおつりが出ると思うがそのままでいいぞ』

「キミは馬鹿だなぁ、算数も碌に出来ないのかい」

『なにっ!?』

 

 ニューはデュオルの乱撃を目視で選別すると拳には拳を、手刀には手刀と全てを同じ攻撃で相殺してしまった。精密機械のような常軌を逸した動きの前にデュオルも思わず焦りの声を漏らしてしまった。

 

「こんなのじゃ、全然足りないよ」

『ぬおおお! う、嘘だろォ!?』

 

 吐き捨てるような言葉と共に振り下ろされた大振りのニューの手刀を咄嗟に交差した両腕で真っ向から受け止めたデュオルはその重さの前に崩れるように膝を突かされた。

 

「まだまだいくよ?」

『ガァ――ッ!?』

 

 まるで大きな鉛の塊でも背負わされているような重い一撃に全身の力で踏ん張り耐えるデュオルの手首を掴んだニューはその肉体をぬいぐるみでも振り回すかのように軽々と持ち上げてしまった。

 綺麗な弧を描いてデュオルは背中からコンクリートの地面に叩きつけられる。

 

「ほらぁ! 早く立った、立った!」

 

 痛みにもがくデュオルを容赦なくニューは踏みつけようとする。

 間一髪で透過が間に合うも空振りした足が触れた地面は砕けて、歪なクレーターが出来上がった。

 

『なんなんだコイツ。あの細い体のどこにこんな力があるんだ』

 

 今まで戦ってきたメタローたちとは比べ物にならない強さの敵にデュオルにも動揺と焦りが、否が応でも芽生え始めていた。

 怪人の姿でもないのに、文字通り手も足も出ない。かつて戦った敵たちも飛行能力など相性の問題で苦戦したこともあったが単純な実力差――しかも、得意とする格闘戦で劣勢を強いられる現実を突きつけられて、怒りを燃料に我武者羅にぶつかっていたデュオルの内心も穏やかではなくなっていた。

 

「もうお終いかい? これじゃあ、期待外れだよ」

『お前の期待に応えるのは癪だがよ……こうなりゃ徹底的に楽しませてやるよ!』

 

 小首を傾げて、嘲笑うニューに仮面の内側で眉間に皺を寄せながら不屈の精神で果敢に立ち向かう。

 

 飛行して矢のように突撃するとニューの顔面を殴り抜けて翔け抜ける。そのまま速度を落とさないように旋回すると再びニューの背後に一撃を浴びせて離脱。ヒット&アウェイの連続攻撃を繰り返しながら、次第にデュオルはぐるぐるとニューの周りと円を描いて飛び交って行く。

 

「まるで小バエだねえ。万策尽きてヤケになったのかい? もっと、もっとこの世界の仮面ライダーの実力を見せてみなよ」

『言われなくても! こちとら偉大な大先輩の力と技を背負ってんだ! 舐めるんじゃねえェエエ!!』

 

 気合の雄叫びと共に旋回の速度を一気に加速させたデュオルは竜巻のような旋風を巻き起こしながら旋回の果てに発生させた小規模な嵐の中心にニューを捕らえた。

 これは紛れもなくスカイライダーが編み出した99の技に一つ、スカイ大旋回キック。その模倣だった。

 

『これでも……食らえぇええええええええええ!!』

 

 吹き荒ぶ強風による撹乱と旋回による遠心力を最大に活かしたタイミングでデュオルは仕掛けた。投げ槍のような勢いで繰り出された渾身の一撃がニューの後頭部に炸裂した。

 

『所詮はこんなものか。むしろ、他のライダーの力を借りなきゃ満足に戦えない模造品に相応しい実力なのだろうね』

 

 だが、完全に決まったと思われたデュオルの一撃を受けてもニューは――ニューだったソレは平然と立っていた。

 大旋回が起こした濃い砂ぼこりの中でニューは姿を変えていた。メタローとは趣が違うが明らかに人外の異形が際立つ怪人形態だ。

 

『それがお前の、ぐぅぅぅおおおおおわッ!?』

 

 起死回生の一撃が不発に終わった事実と本気の現れと見受けられるニューの怪人形態に離脱が僅かに遅れたデュオルの足首が真鍮色をした恐ろしい怪腕に掴まれた。

 棒切れでも握っているかのようにデュオルのことを好き放題に振り回して、ニューは何度も何度も地面に叩きつけて、ボロボロになるまで痛めつける。

 

『攻撃とは、こういうものだよ』

 

 そして、玩具に飽きた赤ん坊のようにデュオルを宙に投げ捨てた怪人体のニューは狙いを定めて肩に装備したマリキュレイザーから一条の閃光を発射した。

 

『オオッ――!?』

 

 凄絶な威力を秘めた青白いレーザーをまともに食らったデュオルは胸の装甲を大きく抉られながら無重力空間に投げ出されたかのような異様な軌跡を作って倉庫の屋根を突き破ると信じられない距離を吹き飛ばされて墜落した。

 

「その格好は……ライダー?」

 

 甚大なダメージを受けて、強制的に変身解除されたムゲンはそこで初めてニューの変貌した異形を目の当たりにして頭が真っ白になった。

 何故ならばその姿が余りにも他でもない自分も変身する仮面の戦士に酷似していたからだ。

 

 真鍮色、むしろ仄暗い黄金と言えばいいのだろうか。

 そんな唯一無二を強調するような体色をした甲虫を思わせる外殻で覆われた体躯。

 両肩から角のように天を衝く鋭い突起の装甲と鋭い爪を持つ手足。

 何よりも衝撃的だったのは血のように真っ赤な複眼のような双眸と異様に長く額から伸びた二本の触角を持つ顔だ。

 

『違うね。これは単に戦闘に適したボクの一つの姿にすぎない。オリジナルに倣って、ドラス・ビヨンドとでも名付けよう』

 

 だが、怪訝そうなムゲンの言葉に対してニューは自らの存在が仮面ライダーという欠陥だらけな存在とは違うモノだと強い意志を込めて宣告すると勝ち誇ったかのようにそう名乗りを上げた。

 

「メタローとは明らかに違う。お前は一体何なんだ?」

『そうだねえ。不出来な紛い物と言え、キミが仮面ライダーを名乗るのならば……ボクにはこの誇り高き名をこの世界に刻む義務がある』

 

 ボロボロに傷ついたムゲンの前に悠然と闊歩して見下ろすと、ドラス・ビヨンドは甘く優しい声を出しながら絶対者の貫録を見せつける。

 

『ボクの名はニュー。完全なる生物――ネオ生命体だ』

 

 完全生物を謳う暗き黄金の悪魔はそう自らの名を示した。

 かつて、たった一個体の侵略者として仮面ライダーと死闘を繰り広げた宿敵の再演者。

 原典からやって来た異端なる襲撃者。

 その力は筆舌に尽くし難いほどに強大だった。

 

 

 

 








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第9話 原典から来た異端者/機獣鉄人、起動!

どうも、ギリギリになりましたが何とか更新です(汗)

今回は色々と伏線回収とかでちょっと超展開気味ですのでお気をつけください。


 ネオ生命体。

 それはとある一人の天才科学者が生み出してしまった禁忌の生命。

 生物、無機物の区別なく地上の全ての物を取り込み自分の一部にしてしまう能力を持った完全という存在に限りなく違い生命体だった。

 しかし、それは愛憎の果てに暴走し自らのプロトタイプ=仮面ライダーZOとの戦いに敗れてこの世から潰えた。

 

 けれど、もしも――大樹の枝のように無数に広がり枝分かれした平行世界のどれか一つにソレと同一のモノが生まれていたとしたら?

 限りなく近く、限りなく遠い存在であるもう一つのネオ生命体がいたとしたら?

 

「驚くことはない。それこそがボクなのだから」

 

 妖精の歌声のような麗らかな声でソレは貴方に囁く。

 

 そうだとも。

 ボクの生まれた世界において、稀代の天才望月博士は狂気の人体実験など経ずともボクを創造してくれたんだ。

つまり、ボクはZOなる存在を知識でしか知らない。麻生勝という男がボクの世界にも居たのかは定かではないけれど、少なくとも彼を襲った悲劇はなかったのだ。

 故に、望月博士は狂気に堕ちることはなかった。

 理性ある天才のままでいたパパの愛を注がれてボクは育った。

人間は感情と言う不確定なものに振り回され、悲劇と喜劇の狭間で苦しみながら生きているとパパはよくボクに話して聞かせてくれた。望月氏との授業と言う名の語らいはとても楽しかったよ。人間の歴史や文明、社会を学ぶ時間も実に有意義だったと記憶している。

 

 だから、完全生物として生み出されたこのボクは人類を感情という苦しみの枷から解放するために行動を起こしたんだ。望月を最初の臨床実験の被検体として、吸収するとボクの身体の一部とした。

 彼の持ちうる全ての知識を彼の生命ごと取り込んだボクは自らを長時間の活動が可能になるように自己改造を決行。

 実験成功後、本格的な世界救済実験を開始すると365日と9日間を以って、ボクの世界の全ての知的生命体を吸収した。

 

「かくして、幾億の生命はボク、ネオ生命体の一部となることで感情という楔から永遠に解放されたのさ。以上が彼らは知る必要のない昔話さ。めでたし、めでたし」

 

 こうして、一つの世界を滅ぼした外典にして異聞のネオ生命体は平行世界を放浪する自由気ままな災厄となった。

 

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 カフェ・メリッサを出発して、シスターの愛車が止ったのは都内では珍しい自然を感じられる大きな公園があるエリア、その片隅にひっそりと建てられた古めかしい洋館だった。

 

「シスターさん……これ、巷で話題のシェアハウス的な何かですか?」

「なぁにバカ言ってんのよ、丸ごと一棟アタシの持ち家よ」

「えっへええー!? もしや、結構なお金持ちだったんですか! ブルジョワなリッチマン!?」

「オネエには色々あんのよ。それよりも、ハルカちゃんはとりあえず客間のベッドで休ませるから、クーちゃんは一緒に来なさい」

 

 映画に出てきそうなモダンな内装の玄関を抜けて、何部屋かある空き部屋の一つにハルカを安静に寝かせたシスターはそのまま、居間の隅に設けられた扉の先にある地下へと続く階段を下りていく。

 

「お屋敷の地下にこんな場所まで……ってえ! いや、ちょっと待って! おかしいですよ、なんですかここ!?」

 

 扉こそ洒落たデザインのものだったが、階段から先は極力人工物を排した石造りの空間が広がっていた。電気も通っておらず、ライトの灯りを頼りにシスターの後ろについて、最深部の開けた作業場のような空間に辿りついたクーはすぐにある異変に気付いて、血相を変えて声を上げてしまった。

 

「あら、流石に敏感ね。この工房の空気を肌で触れただけで気付けたのね」

「どうして? 確かにこの街にしてはこの一帯は自然があるようですけど……だからってこんな濃度の魔力がこの世界に溢れてるはずは!」

「それはね、ここがこの世界では数少ない魔力の吹き溜まりだからよ」

 

 クーの疑問にシスターはそうなのだから、他に理由はないとばかりに言い放った。

 この世界は魔力が薄い。ムゲンたちに常々言っていたクーだけにこの空間に漂う魔力の純度の高さと量に驚かずにはいられなかった。

 

「むしろ、それぐらい驚いて貰わないとね。この世界に来て、この場所を見つけて、ここまで仕上げるのに十年かけたんだから」

「シスター……さては、わたしみたいにこの世界の住人じゃないですね?」

 

おそらく、この空間で魔力を補給することが出来れば一定時間という制約付きながら、クーが作成した他のアーティファクトをこの世界で使用することも可能だろう。

 けれど、何よりもまず一介の人間であるはずのシスターがこんな場所を用意していた事実がクーには驚きを通り越して恐怖だった。

 万が一の事態に備えて、懐のランプを握りながら思い切って口に出したクーの質問にシスターは黙って首を縦に振った。

 

「――シスターさん、あなた一体何者なんですか?」

「ホントはもう少し段階を踏まえるつもりでいたのに、あの腐れド畜生のおかげで滅茶苦茶になっちゃったわ。これを見ればクーちゃんなら……いえ、ギギの民なら分かるでしょ?」

 

 そう言うとシスターはトレードマークになっている頭に巻いたターバンを外して見せた。髪と布に隠されていた妖精のように尖った耳も露わになる。自分の、自分たち一族のそれとよく似た形状の耳を目にしたクーは文字通り、目を丸くして驚いた。

 

「なっ!? その耳の形は……ガ、ガガガ!?」

「そうよ。アタシはガガの民、かつてそう呼ばれていた者の一員。名はトォール・アーキスト。流れに流れた世界の数々では古くはサンジェルマンとも呼ばれた、旧き魔術師よ」

 

 普段と陽気さと艶っぽさに溢れたオネエ口調を封じた落ち着き払った声でシスターは自らの出自を明かした。ギギの民と並ぶ、もう一つの魔術民族ガガの民。それがシスターこと有栖川ユキヒラの隠された正体の真相だった。

 

「まさか、本当に生き残りがいたとは」

「あら? 意外と驚かないわね。もしかして、アタシとは別の誰かと知り合いだったりするの?」

「ノーコメントでお願いします」

「まあ、アタシもギギの民なんて最後に出会ったのが49年前だから。お互いにそんなもんかしらね」

「ちょっと待った。気を悪くしないでもらいたいんですけど、シスター歳お幾つです?」

「72歳頃から意味のないものになったから、数えるのなんて忘れたわ」

「ババッじゃなくて……ジジイじゃないですか!?」

「お黙りよォ小娘ェ! せめでマムと呼びなさいな!!」

 

 完全に野太い野郎の声に戻ってシスターはクーを叱りつけた。

 とても重大な話をしていると言うのに、バカと天才は紙一重を地で行く系の二人なせいかどこか緩く、ユーモアな言葉を交えながら衝撃のカミングアウトは続いていく。

 

「若気の至りでね、無茶な実験やアーティファクトの試験運用繰り返している内に不老長寿になってたのよ。そのお陰で色んな物を見て回れたし、やりたいことも沢山出来たけどねえ」

「正直、驚きです。稀代の武器職人集団。一人でも陣営に引き入れれば民草が軍兵に勝てるとまで謳われたガガの民の人間が長い放浪の果てに最終的に喫茶店経営に落ち着いたと?」

 

 行動力の化身とかでは納得できない思い切りが良すぎるジョブチェンジにクーは冷や汗を浮かべながら尋ねた。

 

「昔、別の世界のパリで出会ったイイ男が言っていたのよ。食べると言う字は人が良くなると書くってね。豆腐の似合うナイスガイだったわ。それで閃いたのよ、そうだ茶店開こうって」

「ちょっと待って下さい。その理屈はおかしいのでは?」

「ご覧の通り、アタシってガチで作ることに関しては天才だから、料理だスイーツ作りだは速攻でマスターしてみせて、無事にメリッサ開店まで漕ぎ着けたってわけよ」

「うん。この人の存在がどうもおかしいですね、これ」

「本当のところ、アタシはガガの民としてはもう枯れ果てたのよ。最後に一件、とてもとても特殊な依頼を請け負ってね。全身全霊でその仕事を完遂したら、燃え尽きちゃったというかね。それっきりナイフ一本満足出来るようなアイディアが浮かばないわ。兎に角、ガガの民としてのアタシの利用価値なんてもうゼロに等しいの」

 

 どこか寂しそうな眼差しをするシスターを尻目にクーは重苦しい息を吐きながら殺風景な天を仰いだ。

 頭の中が情報過多でどうにかなりそうだ。よりにもよって、今や雇い主で貴重な信頼できる大人の仲間だと信じていた人間がまさかの異世界人。

 まさかの自分の一族と対を成す、滅びたと思っていたガガの民。

 ただでさえ、攫われたカナタと現れた強敵のことで頭を悩ませていたのに、あまりの超展開の連続で考えるのをやめたくなってくる勢いだった。

 

「どうして、こんな重大な秘密を唐突にしかもサラッと打ち明ける気になったんですか? 不自然すぎるでしょうに」

「仕方ないでしょ、まさかあの最低の屑が魔人教団とお友達ごっこしてこの世界に来るなんて流石のアタシでも予想できなかったわよ」

「あの動画の男の正体をシスターはご存じで?」

「何者かは知らないわ。でも、アタシが昔隠居先にしていた世界を滅茶苦茶に蹂躙したのは紛れもなくあいつなのよ」

 

 シスターは苦虫を噛み潰したような険しい顔で忌々しく吐き捨てた。

 彼の脳裏にかつての悪夢がフラッシュバックする。

 ネオ生命体・ニューは自らの世界の知的生命体を全て取り込んだ後に、一つの世界という枠を飛び越えて、様々な世界で自らの好奇心を満たすために暗躍を始めた。

 それは純粋な破壊であったり、姦計による破滅であったりと枚挙に及んだがその中の一つ、圧倒的な暴力による蹂躙を行った世界に有栖川ユキヒラを名乗る前のシスターも巻き込まれた経験があったのだ。

 

「アタシは幸いにも無傷で逃げ出せたけれど、あいつが暴れ回った跡地……それはもう惨いなんて言葉じゃ済まない悲惨な有様だったわ」

「そんなことが……でも、ムゲンさんなら! 仮面ライダーの力の前ならもしかして――」

「悔しいけど、あいつは強い。たぶん、いまのムゲンちゃんじゃどう足掻いても勝てっこないわ。だから、アタシは自分の秘密をバラしてでもあんたとビッグストライダーをここに連れてくる必要があったのよ」

 

 一縷の希望を期待するクーにシスターは冷淡な口調で現実を告げた。

 成長途中のデュオルでは、オリジナルとは違う独自進化を遂げたニューとの戦力差は歴然としていた。重たい沈黙の空気の中でデュオルの敗北と最悪の展開が両者の脳内に浮かんだ。

 

「そんなのって……って、もしかして、あの子のセーフティロックを弄りましたねシスター!?」

「最初に言っておくわ、それは! ごめんね! でも、しょうがないじゃないの! あんな大業物、一目見ちゃったら構いたくなるでしょ?」

「ぐぬぅ……同じ職人気質な者として否定できないのが悔しいような」

「あいつを撃退するために、使えるものは何でも使わなきゃダメなのよ。だから、早いとこあのバイクの本領を発揮できるように、ロック機能を解除しなさい」

「それは……」

「この際だからぶっちゃけ言うけど、あの技術系統は明らかにあんたらギギの民じゃなくて、アタシらガガの民の仕事そのものだったわよ! どういうことか洗いざらいぶちまけなさいよォおおお!」 

 

 何故かビッグストライダーのことになると露骨に口が重たくなるクーのもどかしい態度に痺れを切らしたシスターのシャウトがひんやりとした地下工房に響き渡った。

 

「やっぱ、何かあると思ってたけど……そういうことか。超展開にも程があるぜ」

 

 すると、二人の背後で不意に聞き慣れた声が飛んでくる。

 シスターとクーは揃って眼を見開いて驚いた。何故なら、ここに来る前の間もずっと気を失ってぐったりとしていたはずのハルカが険しい表情をして地下工房に姿を現したのだ。

 

 

 

 

 

「ネオ生命体……だと?」

『むぅ、思っていたより薄い反応だなぁ。ああ、そういえばこの世界は仮面ライダーという概念そのものが本来は無かったんだっけ?』

 

 自らの出自を明かしたドラス・ビヨンドは初めて聞く単語に困惑するムゲンのリアクションを見て残念そうに呟いた。

 

『そういうことならば仕方ないね。本当は恐怖で顔を歪めて逃げ惑う姿ぐらいは見たかったのだけれど、原始人に拳銃を見せても驚きは感じても恐怖は感じないと同じことだ』

「お前が何者かは知らねえし、知りたくもないが、その口振りからするとお前は先輩方の誰かしらと戦ったことがあるみたいだな」

『正確にはボクと似て非なるネオ生命体だけどね。ボクはそれを記録としてそのことを観測したに過ぎない。初めての相手はキミだから、安心したまえ』

「そいつは光栄だ」

『キミの戦い自体はずっと見ていたけれど、こうしてキミという個体を正面から識別するのは初めてだったのだけど……へぇー、ふーん』

「なに人の顔じろじろと見て気持ち悪いにやけ面してんだよ、腹立つぜ」

『いやぁね、面白い眼をしているなぁって思ってね。実に良い、この不可解がボクにとっては素敵な退屈しのぎになるよ』

 

 口元の血を乱暴に拭いながら、立ち上がったムゲンの姿にドラス・ビヨンドは嬉しげに口笛を吹いた。そして、ピンと立てた人差し指をくいくいと動かして見せた。

 

『さあ、遊びの時間は始まったばかりだよ? いまので全てを出し尽したわけじゃないよね』

「応とも。人間の底力を舐めるなよ?」

 

 ムゲンの眼差しに戦意の火が灯り、ベルト脇のメモリアホルダーから新たに二枚のライダーメモリアを抜き取ると素早く入れ替える。

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 自分を完全に格下と見くびり、余裕の態度を見せるドラス・ビヨンドにムゲンは屈することなく再変身をすると肩のマリキュレイザーによる光線に警戒しながら駆け出した。

 

『いらっしゃい!』

 

 くつくつと笑うドラス・ビヨンドの肩の砲門が煌めいた。

 無数のレーザーがデュオルを狙って放たれると次々に着弾して爆発を起こしていく。

 デュオルは爆風を発生させながら、何本もの火柱を作るマリキュレイザーの連射を掻い潜って、ドラス・ビヨンドに肉薄する。

 

 

『オォオオオ!』

『ハッハハ!』

 

 怒声と歓声が入り混じるのと同時に二人の拳が火花を散らして交錯する。

 それが合図となって、デュオルとドラス・ビヨンドはクロスレンジで激しい肉弾戦と展開した。拳の突きが、脚の薙ぎが、銃撃戦の如き勢いで繰り出される度に大気が抉れるような音が周囲に木霊する。

 だが、二人の白熱する戦いは一進一退の見事な攻防とは言い難かった。

 ドラス・ビヨンドはデュオルが一発の攻撃を自分に命中させる間に二撃、いや三撃は確実に打ち込んでいく。小技ゆえに一撃の威力こそ控えめだがデュオルはドラス・ビヨンドの攻撃を受けるごとに勢いを削られ、その動きにも精彩を欠いていく。

 デュオルの口からは苦しげな息が目立つようになり、繰り出す攻撃は回避される回数が増えていく。

 

『ガッハ!? こ、このッ!』

『どうしたんだい? 息が乱れているようだよ?』

『ぐぉ……気のせいだろ? だぁああああ!』

 

 顔面狙いのパンチを容易に逆張り手で弾いて、デュオルの脇腹にトーキックを突き立てながら、ドラス・ビヨンドはわざとらしい声色で問いかけてくる。

 そんな、やらしい挑発にデュオルは空元気と共に片手をついて、全身のバネを駆使した上段蹴りを仕返した。だが、デュオルの蹴りは寸前で掴み止められる。不味いと寒気を感じるよりも早く、ドラス・ビヨンドが捻りを加えて、腕を力強く振り上げるとデュオルの身体が錐揉み回転をしながら、大きく飛ばされてコンクリートの壁に激突する。

 ぶつかった衝撃に壁が耐え切れずに、大きな瓦礫の雨に叩き落とされたハエのように蹲っていたデュオルに降り注いだ。

 

『そんなものかい? ボクを失望させないでおくれよ!』

『ゼェ、ハァ……ぐう。この、野郎……余裕ぶっこきやがって』

 

 辛うじて瓦礫を吹き飛ばして脱したデュオルだがぐらりと体勢を崩して、その場でしゃがみ込んだ。腕力も、素早さも、反射速度も全てが自分の上をいくドラス・ビヨンドの猛攻撃の前にムゲンは自身と一番相性が良いデュオル・マイティアーツで挑んでも尚、歯が立たない事実に動揺が隠し切れなくなるほど追い込まれつつあった。

 

『キミが初めて、メタローと戦った時の姿……あれは素晴らしかったのに。ボクにもあれぐらい死に物狂いでぶつかってきてくれないと、退屈でおかしくなりそうだよ』

 

 対象的に、ドラス・ビヨンドはあからさまに手を抜いていることをアピールするような言動を見せて、デュオルを心身両面から掻き乱していく。

 

『それとも、エサをチラつかせてあげなきゃ本気を見せてくれない困った動物なのかな? こんな風にさ』

『おい……なに持ってんだ? お前』

 

 不意に、ドラス・ビヨンドが片手で手旗のように振る物がデュオルの視界に飛び込んできて、その口からは感情が失せたようなドスの利いた声が漏れた。

 

『なにって? 見ればわかるよね、バカじゃないの。いい声で泣いてくれたよ、彼女?』

 

 不遜にもドラス・ビヨンドは剥ぎ取って手元に置いておいたカナタの上着をデュオルにこれ見よがしに見せびらかせてきた。更に追い討ちをかけるように嘘も交えた卑劣極まる言葉で心を責めていく。

 カナタの服がこの場にあると言う事は暗に彼女の身にどういう事が起きたのかを示している。少なくとも、カナタは目の前のこの外道の手で身包みを剥がされるという辱しめを受けてしまった。もしかしたら、それ以上の恥辱さえもう既に時遅く、彼女を襲ってしまったのかもしれない。

 そんな無慈悲な事実が圧倒的な力で滅多打ちにされて、疲弊していたデュオルを突き動かす。まるで吹雪の前に消えかけていた小さな焚火を油田のど真ん中に投げ入れるように激昂したムゲンの精神は痛みと疲れで軋む肉体を無理やりに奮い立たせた。

 

『――――!!』

 

 獣の遠吠えのような人語にならない、怒号を吐き出しながらデュオルは一心不乱にドラス・ビヨンドという圧倒的な強敵に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

「ハルカさん!? ダメですよ、まだ寝てないと打撲なんてもんじゃないんですよ!」

「ご心配なく、クーさん。用意してもらってた鎮痛剤、六錠ぐらい一気したんで。悪い子でも真似しちゃ駄目だろうけど――そんな小さなこと、いまは関係ない」

 

 声を出す度に、微かに顔色を痛みで歪めながらも不退転の決意で立ち上がったハルカの覚悟は彼自身が何も語らずとも全身からヒシヒシと溢れるものがあった。

 

「ハルカちゃんのことだから、余計な説明は不要だろうけれど……どこまで聞いちゃったの?」

「シスターがオレたちを襲った得体の知れない男を吐瀉物と糞を釜で煮て云々のあたりから。スター性のあるプロフィールだとは思っていたけど、まさかシスターまで異世界の住人だとは驚いたよ」

 

 つまり、メリッサを出る時すでに意識を取り戻していたと言っているハルカに流石のシスターも仰天とした顔を浮かべた。

 

「今時のガキを舐めちゃいけないよ、シスター。ムゲンやカナねえはどうか知らないけど、少なくともオレは本来、赤の他人なあんたが偶然オレたちの秘密を知りました。子供たちが頑張っているので私も協力しますだなんて、話が上手くいき過ぎている展開を鵜呑みにして諸手上げて喜ぶほど素直じゃないんだ。絶対に何かしらの秘密を抱えているとは確信していたさ」

「……今回は一本取られたわね。お見事だわ、ハルカちゃん」

「ヤなガキですみません。でも、元々世界で姉弟二人だけさえいればそれで良いっていう捻じれた性格してたのがオレたちですから。ムゲンもだけど、貴方たちは規格外なくせに誰も彼もあったかすぎて自分でさえもちょっと忘れてたよ」

 

 用心深いと言えば聞こえはいいが、自らの歪な警戒心の強さにハルカは自嘲的な笑いを浮かべた。しかし、そこは現実的な性格のハルカである、前髪で隠れがちな右眼はすぐに引き締まり、本題を切り出した。

 

「それで、対策になりそうなものがあるんですよね? クーさん教えて下さい」

「あの、なんといいますか……そのですねえ」

「教えて下さい。教えてよ。教えろって、クーさん!」

「にゃぁあああ! 確かにビッグストライダーにはまだ解放されていない機能があります。ただ、そのセーフティロックを外す方法がわたしにも分からないんですよぉ!」

「はぃいいいい!?」

 

 滅多に出さないような大声を上げて詰め寄るハルカにクーはヤケクソ半分、申し訳なさ半分に負けじと叫び返した。

 そして、ランプからビッグストライダーを召喚すると一気にタッチ式のコントロールパネルを操作して、以前シスターがやったようにセーフティロック完全解除の最終工程まで持っていった。

 

「シスターさんが自分の秘密をぶっちゃけやがったので、わたしもお返しにぶっちゃけますけど、この子を作成したのはわたしの義兄です」

「クーさんの義理のお兄さん?」

「正確には、わたしの二番目の姉さんの旦那ですけどね。そいつも多分、ガガの民です。そして、わたしの魔術師としての師匠でした」

 

 憧れや、失望や、悲しみ。慕情や悔しさ、一言では言い表せない複雑な感情がドロドロに煮詰まったような声でクーは答えた。

 

「姉から聞いた話ですがユーサーは……ああ、義兄のことですけど捨て子だったそうで確証はないけど、作成するアーティファクトの性質からたぶん、ガガの民の子だったんだろうって爺さまたちの憶測なんですけどね」

「たぶん、その憶測は当たってるわよ。ビッグストライダーは確かに良い仕事しているもの。ユーサーって彼、同世代だったら対抗意識燃やしていたかもしれないわ」

「素敵な人でした。飄々としていて、それでいて有言実行する男気のある不思議な人で……わたしもこんな感じでどっちかという変わり者なので、似た者同士惹かれあうと言うか、よく懐いていて、だから姉さんと結婚した時は悔しかったです」

 

 簡潔に義兄ユーサーとの関係を語るクーの表情は夢見る少女のように華やかになったり、恋破れたように暗くなったりと忙しい。

 おそらく、彼女自身でも整理のつかないこの感情が今までビッグストライダーについて多くを語らなかった最大の理由だった。

 

「それからすぐにわたしは一族の集団から離れて一人旅を始めました。何と言うか、居辛くて、幸せそうな二人を見ていられなくて。ビッグストライダーはその時の餞別に貰ったものです」

「だから、あの時友人だなんて心なしか少し歯切れの悪い説明したんですね」

「ちょっとだけ、嘘ついてしまってごめんなさい。どうしても、割り切れないところがありまして」

「気にしてませんよ。話さないってことはその過去にそれ相応の理由があるものです。って、前にもこんなこと言いませんでしたっけ?」

「ええ、そうでしたとも」

 

 あの日と同じように、何でもないように答えるハルカの姿にクーはこの世界に来たばかりの事、三人に出会ったばかりの事を思い出して、彼らの器の大きさを思い出して、こそばゆそうに小さく笑った。

 

「あのーそれでですね、残念なことに肝心のロックの解除の仕方どころか手掛かりも何もわたしにもさっぱりなのですよ」

 

 そして、すぐにいつものおちゃらけた物腰の彼女に戻ると冷や汗をダラダラと流して、ハルカとシスターに泣きついた。苦い過去の思い出を打ち明けて、結束は深まったわけだが重要な案件は解決に向けて未だに一歩も進んでいなかった。

 

「しょうがないわね、三人いるんだから文殊の知恵よ! 思いつく限りの方法を試して意地でもセーフティを抉じ開けるわよ! いまのムゲンちゃんに勝ち目がない以上、それしかないわ!」

「りょーかいです! ムゲンさんとカナタさんが大変なことになる前になんとかしないと!」

 

 万策尽き気味のシスターとクーは実際問題何時間かかるのかも定かではない障害に立ち向かうべく、ビッグストライダーのコントロールパネルに押し寄せた。

 そんな中でハルカは静かに冷静さを欠いている二人を眺めながら、無言で腹を括るとゆっくりと口を開いた。

 

「駄目だ。待てないね」

「ハルカさん? あの、ちょっとなにをする気ですか?」

「二人が自信無い案件がすぐに片付くとは思えない。無い物ねだりしている暇は無いんだ……すみませんけど、こいつを外に出して下さい。オレはこのままのコイツで二人のところに行きます」

 

 痛みだけではない、揺るぎない意思が故に震える声でハルカはそう言った。

 

「バカなこと言うのは止しなさい。ハルカちゃんらしくもない。それに行ったところで何が出来るの? 言ったでしょ、ムゲンちゃんでも勝てない相手なのよ、本気で死ぬわよ」

「コイツには何度も乗ってる。だから、装甲の厚さもバカみたいな速度と馬力も把握している。囮代わりの的役でも、壁役でも出来ることはいくらでもあるさ」

「いくらなんでも無理がありますよ、ハルカさん! 相手は魔人教団でもやってない、一人で世界を滅茶苦茶にしたような奴なんですよ!」

「その化け物が暴れている場所で! ムゲンは一人で戦ってるんだろ! カナねえは一人で捕まってるんだろ! オレ一人がここで呑気に寝てるわけにはいかないんだよ!!」

 

 無茶だ。無理だ。らしくない。

 そんな当たり前な常識で自分を抑えようとするシスターとクーを相手にハルカは初めて、怒りを明確に露わにして叫んだ。

 

「大体、さっきから聞いてれば何なんだよ、あんたら? ムゲンじゃ勝てない? ムゲンじゃ無理だ? 言ってくれるじゃないか、シスター……オレから言わせれば、にわか知識で偉そうなこと言うなよな? あいつのことなら、オレたちの方が詳しいんだぜ」

 

 二人を振り払い、見たこともない激しさで感情を剥き出しにして他ならぬムゲンを軽んじたシスターにハルカは友として吼えた。

 

「もしも、ムゲン一人じゃ勝てないそれが事実だとしてもだ。だから、オレはいく。だからこそ、いかなきゃいけない! そんな相手が敵として立ち塞がるのなら、尚更オレは! あいつの友達として、肩を並べて戦わなきゃならないんだろうが!」

「アンタたちの友情は理解してあげたいわよ、でもね! 現実を見なさいハルカちゃん!」

「見てるとも。ムゲンを舐めんなよな、シスター。敵の注意を逸らす役割をする奴が居れば、ムゲンは勝てない相手だろうと、勝ちをもぎ取ってくれる。あいつ一人じゃ変えられない流れでも、例え小石程度の足掻き一つであいつはそれを勝利に繋げてくれるんだ!」

 

 理性と言う名の枷を嵌めて、ハルカを落ち着かせようと説得するシスターにハルカは燃え滾る想いとムゲンと言う男の底力を力説して反論した。

 例え、一年間ほどの付き合いだとしてもそれぐらいカナタを含めた彼ら三人の友情は深く結びついていた。友達と簡単に言葉や声にして言えるその意味の重さが常人のそれとは桁違いに大きいものだからこそ、ハルカは自らを苛む傷の痛みを度返しにして声を張り上げる。

 

「だから、二人ともどいてくれ。というか、どけよ! 第一に、ここで何もしないでいてムゲンとカナねえに死なれても、その時点で天風ハルカって人間も死んだも同然だ! だったら、駆け抜けたその先で三人揃ってくたばるか、三人で帰ってくるか、命懸けの大勝負だろォ!」

 

 小さく狭くとも、二人だけの綺麗な世界だった。

 それを開拓してくれた友のため、ずっとずっと一緒に生きて、数え切れない想いを分けあってきた親愛なる姉のため、狂えるほどの熱情の限りに往く手を阻む大人二人に叫ぶハルカは思わず、ビッグストライダーのコントロールパネルを殴りつけてしまった。その瞬間、奇跡は起きた。ハルカが起こして見せた。

 

【人類種のアクセスを確認。セーフティロック、解除。システム・オールクリーン】

 

 ビッグストライダーから電子音声が響き、エンジンが勝手に始動を始めた。

 

「うっそぉ!? 原始的アプローチが正解!?」

「やった……やったー! どういう理屈かわかんないけど、やったぜ! やっふー!」

「……マジか?」

 

 三者三様に驚き、喜んでいるとビッグストライダーのライトから緑色の光が放たれて、映画のようなスクリーンにメッセージが表示された。

 

【このメッセージが解放されたと言うことは我が愛弟子、クー・ミドラーシュに良き友人が出来たと信じて、私はこの大いなる力をキミに委ねようと思う】

 

 それはビッグストライダーの製作者であり、クーのかつての師であり、想い人であり義兄のユーサー・ミドラーシュが綴ったものだった。

 

【この力はギギの民でも、ガガの民でもない、ただの人類種が触れた場合にのみ解放されるようにプロテクトを施した。酷く、勝手な理由だがそれは我が義妹でもある彼女に直接的に戦って欲しくないためだ。そして、何よりも自由奔放な渡り鳥のようなあの子に、外の世界で巡り会った良き仲間が出来ることを願っての計らいだ。この力を託しても良いと彼女が判断できるだけの善良な誰かと縁を結べたという祝福の証だと私は思っている】

 

「まったく、もう……なにさ、お節介め」

 

【勇気ある人よ、力とは担い手によって変幻するものだ。悪心あらば怪物へ、良心ならば英雄へと心意気一つで容易く変貌する。貴方の心が清らかであることを祈っている。力を望む時、鋼の牡牛に叫び、その心を捧げろ。物語という名の檻に捕らえられて怪物に捻じ曲げられた、英雄だったかもしれない古の猛者の名を!そのキーワードは――】

 

 

 全てのメッセージ。明らかになったビッグストライダーの能力を取り急ぎ頭に詰め込んだハルカは傷ついた身体を押して鋼の機体に跨り、疾風のように駆け出した。

 

 掛け替えのない友と姉がいる戦場へと――!!

 

 

 

 

 

 

「よし、切れた」

 

 両手の指先を何本も赤くしながら、カナタは自分を吊るすロープを何とか爪で切断すると拘束から抜け出した。

 デュオルとドラス・ビヨンドとの戦いの騒ぎはカナタが監禁されていたこの廃屋にも聞こえていた。

 ムゲンの到着を知った彼女の行動は早かった。ドラス・ビヨンドの意識がデュオルに釘付けになるのだけでなく、ムゲンが近くにいるという安心感が不安と疑惑で身動きが取れなくなっていた彼女の背中を強く押したのだ。

 

「こんなものでも何も着ないよりはマシかな? 靴は脱がされなかったのが幸いだね」

 

 カナタは窓に残って垂れ下がっていた、汚れて黒ずんだ色のカーテンを外すと出来るだけ埃を振り払ってキトンのように下着姿の身に纏った。

 

「……混ぜれば、怪人が生まれるって言ってたよね。持ってる間がちょっと心臓に悪いけど、あの変態に借りは返さなくちゃだからね」

 

 自由の身となったカナタは慎重に余ったカーテンの布切れで二本の試験管をそれぞれ包むと懐にしまった。そして、激しさが増していく戦いの音にムゲンの身を案じながら、反撃のための独自行動を開始する。

 カナタには彼女の意地があった。

 ただのか弱い人の身とはいえ、無力だとは言わせない。

 あの人外の異常者の前では腕力で敵わない?、それは覆せない事実だ。

 けれど、天風カナタにはまだ振り絞れるだけの知恵と何人にも汚せぬ強き意思があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 カナタが監禁されていた建物のすぐ近くにある資材置き場ではデュオルの雄叫びが鳴り響いていた。

 

『ウォオオアアアアア!』

 

 怒り狂ったデュオルの拳が今度こそ、ドラス・ビヨンドの顔面に炸裂するとそのまま一気に殴り抜ける。ドラス・ビヨンドの身体がぐわんと一回転して体勢を崩したところを間髪入れずにデュオルは左のフック、そしてラリアット気味の豪快な振りの右拳を叩きつけた。

 

『このクソ外道がぁああ! カナタにナニしやがったああああ!』

『アッハハ! こうでなくちゃ遊び甲斐がないよねえ! それっ!』

 

 カナタがされた仕打ちに激憤したデュオルは先の苦戦が嘘のような驚異的な体捌きで圧倒的だった難敵と渡り合う。だが、そんな猛るデュオルを嘲笑うようにドラス・ビヨンドのマリキュレイザーが再び火を噴いた。

 

『ガッ……なんのぉおおおお!!』

 

 レーザーがデュオルの腕を貫通して僅かに血が飛び散ると、鉄分が焦げたような独特の臭いが漂った。熱した鉄の棒が刺さったままのような想像絶する痛みと熱にデュオルは襲われるが苦痛よりも怒りが勝るいまの彼はそんな攻撃を物ともせずに、無我夢中でドラス・ビヨンドを殴り続けた。

 

『テメエは、テメエだけは意地でもぶっ潰してやる!』

 

 ドラス・ビヨンドの肉体にデュオルの拳が激突する度に火花が上がり、孔を穿つように抉られた大気が異様な音を出して唸る。

 四方八方から繰り出される鉄腕の大嵐は並みのメタローならばそれだけで倒されてしまうぐらいの猛攻撃だった。けれど――。

 

『もっとだ。もっとおくれよ!』

『ごっぶッ!?』

 

 連続攻撃の僅かな隙間を縫って放たれた掌打がデュオルの腹部に捻じ込まれると仮面の口元から真っ赤な血反吐が漏れ出した。驚くべきことにドラス・ビヨンドはまだまだ健在だったのだ。

 

『いいね、やはり感情と言うものは人間にとって不確定要素とは言え素晴らしいエネルギーのようだ。操作性がもう少しシンプルだと言うことは無いのだけれどね』

『ぐっ……不死身かよ、こいつ』

『然り。少なくとも寿命などでは死なないよ。故に完全生物だ』

 

 蹲って、悔しさのあまり地面を叩くデュオルの眼前でしゃがみ込むとドラス・ビヨンドは得意げに答えた。更にデュオルを惑わす甘言は途切れることなく続く。

 

『ところで、ずっとキミを観察していて気になっていたのだけれど』

『黙れ! てめえと愉快にお喋りする趣味なんてねえよ!』

 

 立ち上がり様に放ったデュオルの蹴り上げを難なくいなして、ドラス・ビヨンドは言葉を紡ぐ。第三者が耳にすれば愕然とする言葉を。

 

『どうして、好きでもない人間たちを守っているんだい? キミはどっちかというとメタローに見出されるタイプの人間だよね。世界が壊れてしまえと思ったことがある輩の一人だ』

『適当なことぬかしてんじゃねえ! 風評被害で訴えるぞ!』

『生身のキミの目を見れば解ってしまうよ。キミは魔性に落ちるのが相応しい人間だ。だって、心の底に他者への憎しみや妬みがこべりついているよ?』

『……勝手なことを言うな』

『正直になりなよ。その仮面の奥でどんな顔をしているのか容易に想像できてしまうよ?』

 

 ドラス・ビヨンドはムゲンを指して信じられない人物評を語り始めた。

 およそ、普段のムゲンをよく知る者ならがつまらない冗談と笑い飛ばすような的外れな内容だ。けれど、そんな言葉を突きつけられてデュオル本人は即答で否定することをせずに僅かに躊躇いが見られた。

 

 そして、そんな二人のやり取りは間が悪いことに彼女の耳にも入ってしまっていた。

 

(どういうこと? ムゲンが世界を壊したいって、そんなのありえないよ?)

 

 資材置き場の一角にある物陰でカナタは飛び込んできたドラス・ビヨンドの言葉に思わず足を止めてしまった。反撃のために、元は大きなゴムの加工工場だった敷地内を何か利用できるものがないかと探索している途中で偶然に二人の戦闘に出くわしてしまったのだ。

 カナタの不安をよそにデュオルとドラス・ビヨンドの熾烈な戦いは続き、勢いは加速していく。

 

『確かに正直なところ、俺は俺の大事な友人二人さえ無事でいてくれたら、後の連中はどうでもいいと思っているのかもしれない!』

 

 ドラス・ビヨンドの両手首を掴んで、勢いを付けて踏み込んだデュオルの膝蹴りがその顔を歪ませる。

 

『だとしても! 俺は世界がブッ壊れて欲しいだなんて願いやしない! あいつらと一緒にいるのは他ならないこの世界だからだ!』

 

 続けざまに両足をドラス・ビヨンドの頭部に挟み込むように絡ませるとデュオルお得意のフランケンシュタイナーで固い地面に叩きつける。

 

『少なくとも、テメエみたいな奴を片っ端から黙らせるまでは俺は理不尽塗れだとしても、この世界を守ってやるさあああ!』

 

 クウガの力を発現させて、拳に揺らめく炎のようなエネルギーを纏わせたデュオルが地に伏したままのドラス・ビヨンドに目掛けて渾身の一撃を打ち下ろそうとした時だった。

 ドラス・ビヨンドの全身から無数の光線が放たれて、呆気なくデュオルの全身を撃ち抜いた。

 

 ドラス・ビヨンドのオリジナル機能、拡散マリキュレイザーの直撃を受けたデュオルは全身から噴水のように血を噴き出すと力なくその場に倒れ込んだまま、動かなくなった。

 

『あはは。あは、あっははははははははは! ごめんよ、本当はこれさえ使えばキミなんて簡単に片付くことだったんだよね。アッハッハッハッハッハ!!』

 

 じわり、じわりと止めどなく漏れ出す自身の血で出来た水溜りに濡れるデュオルを見下して、ドラス・ビヨンドは小さな子供がするように腹を抱えて無邪気に大笑いを始めた。

 これだ。この爽快感がたまらないのだ。

 

『ボクから見たらキミなんてものは所詮は藁の家なのさ。ちょっとその気になって、一吹きすれば呆気ないものだよ。クク……ハハハハハ!!』

 

 猟奇的な哄笑を上げながら、ドラス・ビヨンドは己と言う生命体が歓喜に震えているのを実感する。

 この愚かな下等生物は怒涛の反撃を行う、自分がこのネオ生命体に勝てるとでも思っていたのだろうか?

 脆弱な存在をまるで幼児が丹精込めて築き上げた砂山を蹴り壊すように一蹴する心地良さ。これこそが優越たる完全生物・ネオ生命体に許された至上の特権だとドラス・ビヨンドはおぞましき趣向を満喫して愉悦に浸った。

 

 

(嘘だ。嘘だよね……ムゲン。ムゲンッ!)

 

 一方でその光景を見てしまったカナタは震える両手で必死に口を押えて、息を殺していた。本当はいますぐにでもムゲンの傍に駆け出したかった。けれど、それは絶対に出来ない。非力ないまの自分が飛び出したところで残念だが足枷にしかならないのは明白だ。

 悔しかった。怖かった。どうしようもなく胸が締め付けられて苦しい。鼓動が痛いほど早鐘を打っている。

 しかし、いまはこうして耐え続けなければならないとカナタは自分に言い聞かせて事の成り行きを見守るしかできなかった。

 

『あはは……おーい。まさか、本当に死んじゃったの?』

 

 伏したままのデュオルを足の先でドラス・ビヨンドは寒気がするような邪気のない声で呼びかける。

 しかし、デュオルはピクリとも動かない。

 

『あーあー。もう壊れちゃったよ、思っていた以上に頑張るから少しはしゃぎ過ぎたかな?』

 

 使い物にならなくなった玩具を飽きて捨てるように、急に高揚感が失せたドラス・ビヨンドは無防備になると背中を向けて歩き始めた。

 

『おい……待てよ』

 

 だが、程なくして後ろから聞こえてきた未だ闘志衰えぬ声がその歩みを止めた。

 そして、その声は物陰に隠れて言葉にならない恐怖に震えて折れそうになっていたカナタの心を繋ぎ止める。

 

『へえ、咄嗟に急所は守ったのかい? やるじゃないか』

『ハア……ハァ……当然だろ。てめえ、俺を殺したら次はカナタを殺す気だろ? お次はハルカか?』

『その他大勢の無辜の人々かもしれないよ?』

『どうでもいいわけじゃないが……そこは余り気にはなってないんでな』

 

 そういって血塗れになりながらデュオルは拳を握り締めて立ち上がる。

 デュオルに、双連寺ムゲンにとって今も尚戦う理由は変わらない。

 カナタとハルカ、この二つ星のような眩い大切な友達の未来を守るために踏み出した戦いへの道だ。故に、それを脅かす者がいるのなら、それがどんなに強大な存在であろうとも何度でも彼は立ち上がる。

 例え、グシャグシャに蹴散らされて亡者のような無残な姿になろうともそれだけは変わらない。

 

『いいよぉ。ご褒美に首を捩じ切ってあの女の子のところへ連れて行ってあげるよ!』

『オォオオオオオッ!』

 

 想像以上に遊べる玩具を見つけられたことに打ち震えながら、しかし放置しておけば確実に看過できない脅威へと変質であろう可能性を見出したデュオルにドラス・ビヨンドは確かな殺意を露わにして襲い掛かった。

 鉄板すら容易く貫通する威力のドラス・ビヨンドの貫手が心臓目掛けて迫るも、デュオルは紙一重でそれを避けるとカウンターに鋭い肘鉄を鳩尾へと叩き込んだ。

 

『そうとも! 俺はまだお前にハルカの分もカナタの分もやられた借りを返しちゃいないんだ! 殺されたって意地でも死んでやるもんか!』

 

 死の瀬戸際まで追い込まれて、デュオルの動きは急激に洗礼され驚愕の技の冴えを見せていた。一方的に嬲り遊ばれていただけのドラス・ビヨンドの攻撃を達人じみた閃きで紙一重で回避し続ける。そして、間髪入れずの反撃の一撃を的確に決めていく。

 熱く赤い血を飛沫のように散らしながらその蹴りの一撃が、その拳の一撃が着実に届き始める。開戦直後は途方もなく遠かったドラス・ビヨンドとの実力いう距離を火事場の馬鹿力で急速に縮め始めたのだ。

 

『グッ……おいおい、キミ本当にただの人間かい?』

『純度百パーセントだけど、文句あるかよ!』

『ただの人間は、全身をレーザーで射抜かれたら普通死ぬんだけどなあ!』

『ガアッ!? こ、の……はな、せぇ!』 

 

 常人離れの生命力の強さを見せるムゲンを気味悪がりながらも、ドラス・ビヨンドは猛反撃を仕掛けるデュオルの隙をついて、その首元を掴み取った。どんなにデュオルが懸命に一撃、一撃を繰り返して抵抗しても桁違いの地力の差でドラス・ビヨンドは簡単に優勢を手にしてしまう。

 

『ボクは言ったよね? キミの生首を彼女に届けてあげるって、少し早いけど実行するとしよう』

『ア……カ、ァ……ッ!』

 

 そう言って、ドラス・ビヨンドは万力の力を右手に込めてデュオルの首を握り潰そうとする。

 激しい痛みと息苦しさにもがくデュオルの意識が遠退きかける。

 なんとか、この手から脱しなければならない。

 けれど、人体にとっての急所中の急所を絞められて思考が纏まらない。指先にも力が入らなくなっていた。

 痙攣するように小さく震えながら、デュオルの手は無意識にベルトの左の引き金に伸びていた。

 理由は彼自身にも分からない。だが初めて変身したあの時から、もしくはデュオルと戦い続ける日々の中でいつからか、無自覚にこのまだ使用したことのないデュオルドライバーのレフトトリガーの力の意味を何故だか知っているような感覚があった。

 しかし、同時にデュオルとしてソレを使ってはならないという忌避の念もムゲンの体には染みついていたような、まるで白昼夢を見ているような曖昧な感覚だ。

 

『さようなら、仮面ライダー。それなりに楽しかっ――!?』

『なん、だ……?』

 

 ドラス・ビヨンドが一気に手に力を入れかけた瞬間、風に乗って轟音が廃墟に響いた。

 僅か一瞬の動作の停止。その一瞬がドラス・ビヨンドのこれからの命運を分かつことをこの時はまだ誰も知らない。けれど、奇跡は邪悪なるネオ生命体の悪意を追い抜いて、この場に間に合ったのだ。

 

「うおおおおおお――――!!」

『なにッ!? ぐおっ!』

 

 錆びた鉄扉を突き破り猛進するハルカが乗るビッグストライダーはデュオルの首を掴む、ドラス・ビヨンドの左腕をカウルの双角で吹き飛ばしながら、戦場に堂々と参戦を果たした。

 

 

「間に合ったぞ……オレは間に合ったんだ。ムゲン、大丈夫か!」

 

 まだ健在なデュオルを見て、ハルカは小さくも誇らしげに呟いた。

 小石のような矮小な自分の足掻きがいま確かにムゲンを救い、希望を繋ぎ止めたのだ。

 

『おかげで、まだ首と胴は繋がってるよ。ハルカの方こそ何やってんだ! 危ねえぞ!』

「知ってるよ。大丈夫だよ、ムゲン。オレは……冷静さ」

 

 助けられたことに感謝しながらも、デュオルはハルカがやって来たことに血相を変えて驚いた。

 ハルカはそんなデュオルに落ち着き払った声で短く力強い眼差しで返す。それだけでデュオルには彼が何を言いたいのかすぐに理解した。ハルカは決して無策無謀でここに来たわけじゃないと悟ると急いですぐ傍に駆け寄る。

 

『何か、とっておきを持ってきたんだな?』

「きっと驚くぞ。反撃開始だ」

『誰かと思えば弟くんじゃないか。ひとりぼっちになるのが嫌で殺されに来たのかい、殊勝じゃないか』

 

 隻腕になりながらも、尚も余裕な様子のドラス・ビヨンドは二人の前に立ち塞がってハルカの心理を逆なでするような言葉で挑発するがハルカはそれを鼻で笑う。

 

「そうだな。オレたちはただの人間だから、いつかは死ぬんだろうさ! オレもムゲンもカナねえもいつかは死ぬ。お前とは違うからな。けど、少なくとも今日じゃない」

 

 限りある命を持つ生命体・人間だからこそ、何かのために懸命になれる大切さを身をもって学んだいまのハルカだからこそ人知を超えた怪物のような目の前のドラス・ビヨンドを前にしても怯むことはなかった。

 何よりも、ここにはムゲンがいる。双子だからこそ、カナタが逃げ出してこの場に潜んでいることも気配を感じ取ってすぐに分かった。いまこの場には自分たち三人が揃っている――だから、何とかなると確信があった。

 

『まさか、キミ一人ぐらいが加勢して何か出来るとでも本気で思っているのかい?』

「良いことを教えてやるよ。オレたちがそのまさかだ」

 

 ハルカはそう宣戦布告のように言うとビッグストライダーのコントロールパネルを操作して力を開放するための準備を整える。

 

「GET READY! アステリオスモード!」

 

 ハルカは通常のバイクでいう給油キャップ部分に設けられた牡牛を模したエンブレムを力強い叫びと共に殴りつけた。それが始動キーとなって、ビッグストライダーは牡牛の咆哮のような轟音を轟かせると緑の光を放ち出す。

 

『何が起こっている!?』

 

 ドラス・ビヨンドが怪訝がる間にハルカは光の粒子になってビッグストライダーと融合するとその鋼の機体が双輪持つバイク形態から勇壮な人型へと変形を始めたのだ。

 

 

【FORM UP! ビッグダイン・ゴー!!】

 

 電子音声が変形完了を示すもう一つの名を高らかに告げて、頑強なる鉄人がここに爆誕する。

 翠の稲妻模様を全身に巡らせた黒鉄の大鎧を纏ったような重装甲を誇る牡牛の双角を備えた闘士。

 厚みのある腕輪を着けたような剛腕、鉄柱のような両足の脚底には高速機動を可能とするローラーダッシュ機能が搭載されている。その雄々しき威容はまさに遥かなる巨山のような風格だ

 

 速き鋼はいま、静かに燃える熱情を秘めた少年の心を吹き込まれ強き鋼へと変わった。

 これこそが大いなる力、機獣鉄人ビッグダインの勇姿である。

 

『何かと思えばそんな木偶人形、すぐにガラクタにしてあげるよ!』

 

 未知にして未曽有の乱入者に自分の描いたシナリオを乱されたドラス・ビヨンドは苛立った声を上げて、ビッグダインを破壊しようと音もなく迫り、手刀を振り下ろした。

 

『バカな……ッ!?』

『言っただろう、オレたちを舐めるなよ』

 

 ドラス・ビヨンドの一撃は簡単にビッグダインに止められた。

 金属がひしゃげて捻じ曲がる歪な音が鳴る。ドラス・ビヨンドの左手を掴み取ったビッグダインは凄まじいパワーで異形の手をグシャグシャに握り潰して見せたのだ。

 

『ふざけるなよ、この鉄屑めっ……ガアアッ!?』

 

 憤るドラス・ビヨンドの言葉はその腹部にのめり込んだ杭打機のような強烈なストレートパンチで遮られた。

 

『まだだぜ。こいつは朝のお礼だ……タウ・カノン!』

 

 間髪入れずに廃墟に唸るけたたましい砲撃音。

前腕部分が変形したカノン砲から発射されたエネルギー弾がドラス・ビヨンドの腹部に風穴をぶち開けた。

 

『こんな、こんなことが罷り通ってたまる……ものか』

『悪いが押し通るぜ』

 

軽く見ていた機械人形に想像以上の手傷を負わされた事実に信じられないと放心するドラス・ビヨンドを遠くへ投げ捨てると、右腕の変形を戻して油断することなく構え直した。

 ガガの民が全能を奮って作り上げたアーティファクトの性能はハルカ達の予想を超える恐るべきものだった

 

『ほぉあああああ! ロボになったぞおおお!』

『どうだよ、すごいだろ?』

『カッコいいな、オイ! どうやって動かしてんだよそれ!? 腕は飛ぶのか? 胸からビームとか出るのか!』

 

 予想外にも程がある心強い援軍にデュオルはボロボロの状態にも関わらず、童心に帰ったような声を上げて狂喜乱舞した。予想通りのリアクションを見せるデュオルに粒子化して融合をすることでビッグダインの頭脳、そして神経の役割を果たしているハルカは得意げな声を上げた。

 

『兎に角、これでやっと本格的にムゲンの手助けができる』

『いまでも十分、受け止めてもらえるだけで救いになってたんだけどな』

 

 ハルカはずっとメタローと一人きりで命懸けで戦うムゲンの直接的な助けになれずにもどかしさを感じていた。

 ムゲンはただの自分を友達として受け止めてくれているハルカにここまでやらせてしまうことになってしまった未熟な自分を不甲斐なく感じていた。

 

『手一杯で不足だらけで悔しいのはお互い様だよ、ムゲン。でもいま、オレはお前の隣に立てるのが嬉しくて仕方ないんだぜ?』

『……実をいうとよ、一緒に戦えるとかなんかちょっと青春っぽくて俺も何気にテンション上がってるんだわ』

『じゃあ、小難しいことはいまは気にしないでいいさ。その方がムゲンらしい』

『ハルカがそう言うんなら、そうしてた方が良さそうだ』

 

 けれど、いまはそんな些細な拘りは手放そうと二人はそれぞれ戦士の仮面の奥で笑い飛ばした。

 そして、初めての共闘に熱く脈打つ胸の高ぶりに全てを委ねる。

 打破すべき敵は想像を絶するほどに強大だ……それでも、いまの自分たちならば決して負ける気がしない。 

 

『重ね結ぶのはライダーの力だけじゃないってことをアイツに教えてやろうぜ』

『おうよ! ハルカが居てくれるなら、何だってやれるさ!』

 

 デュオルとビッグダインは静かに拳をかち合わせて頷くと息の合った動きで先程から尋常ではない殺気を溢れ出しているドラス・ビヨンドに相対する。

 

『ボクの退屈しのぎの玩具程度の分際で生意気な態度が過ぎるんじゃないかな、低俗生物共の分際で!』

 

 ドラス・ビヨンドはすぐさま腹部と片腕を再生。更に右腕からは鋭い刃を生やすと余裕さを封印して、確実に息の根を止めるために二人を睨む。

 

『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

『ビッグダイン! エンゲージ!!』

 

 デュオルとビッグダイン、二人の戦士は並び立つと勇猛果敢に悪辣な金色の悪魔へと駆け出した。

 激闘は更なる白熱を増して、終局へと加速していく。

 

 

 




まさかのロボ参戦!やったね、オートバジンかわいい後輩だよww
ツッコミどころしかないかもしれませんが……だが、私は謝らない(汗)

後日、データを更新しますがビッグダインの見た目はギンガマンのブルタウラスなイメージです
設定ではTFもビックリな超変形してますww


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第10話 原典から来た異端者/いま、力を重ねて

 山奥の廃工場で戦士たちの雄叫びが轟き、漲る肉体と荒ぶる鋼がぶつかり合っていた。

 

『早いとこ片付けて、カナタを助けてやらねえとな!』

『それなんだけどよ、たぶん……カナねえは大丈夫だ』

『そうか? この屑に少なくとも服脱がされてんだぞ?』

『安心しろよ。それぐらいでカナねえは挫けねえ。双子のオレが保証する』

『だったら、予定変更だ。心おきなく、こいつを叩きのめすぞ!』

 

 旋風のような疾き蹴りと怒涛のような力強い文字通りの鉄拳を阿吽の呼吸で交互に繰り出しながらデュオルとビッグダインは戦意を高め合いながら目の前の強敵に果敢に立ち向かっていた。

 

『おいで。少し本気で遊んであげるよ』

 

 ドラス・ビヨンの体中の至るところから小さな角のような突起物が浮き上がると、拡散タイプのマリキュレイザーがデュオルとビッグダインに向かって放た。

 

『乗ってやるよ! タウ・バルカン!』

 

 ローラーダッシュを駆使して先行するビッグダインは無数のレーザーを正面から受け止めながら、機関銃になっている両手の指先から弾丸を乱射して応戦する。

 両者ともに互いの攻撃をまともに食らい火花を上げるが、攻防共にドラス・ビヨンドに分がありビッグダインが僅かに怯みを見せた。

 

『クソッ……コイツでも押し負けるのか!?』

『その玩具は興味深いけれど、このボクを侮ってもらっては困るな』

 

 放射され続けるレーザーの雨。その威力はもちろんだが持続時間の長さに困惑するビッグダインにドラス・ビヨンドは余裕の笑みを浮かべた。しかし、その驕りは鋼の人型の影から飛び出してきたデュオルに崩される。

 

『だぁあらああああ!』

 

 ビッグダインの肩を足場に力強く跳躍したデュオルは錐揉み回転しながらドラス・ビヨンドの背後に回り込むとそのまま頭部に蹴りを突き刺す。さらに着地するや否やの足払いを決める。

 

『ハルカ!』

『ジェットナックル! 吹っ飛べェエエ!』

 

 大きく体勢を崩したドラス・ビヨンドは咄嗟に意識を自身の間合いに侵入したデュオルに向けた。そうなることを見越したデュオルはやられる前にやれの精神で顔面へと回し蹴りを打ち込んで視界を塞ぐ。

 次の瞬間、ビッグダインの右腕が快音を鳴らせて有線式ロケットパンチとなって発射されるとドラス・ビヨンドを高々と殴り飛ばした。

 

『お見事! というか、ハルカってば技まで叫んでノリノリじゃん』

『こうやって名前言わないと使えない仕様なんだよ。オレはもうちょっとこう、クールにやりたい』

『そう言うなって、慣れると案外クセになるぞ? 俺がそうだった』

『チュートリアルの相手がこいつじゃなかったら、それぐらいの気でいられたんだけどな』

 

 ぶっつけ本番、それもハルカに至っては初陣というコンディションとしては最悪の状況で抜群の連携を披露する二人は軽口を叩き合いながら、気を引き締めて砂煙の先を見張った。

 

『やれやれ、このボクがチュートリアルかい? 虫けら共がいつまでも粋がれると思ったら大間違いだよ?』

 

 微かに何かが陽の光を受けて輝くのをデュオルとビッグダインが視認した時には鋭い斬撃が二人を襲っていた。

 

『うおっ!?』

『早いッ!? 次が来るぞ!』

 

 右腕から伸びたブレードを振るい、目にも止らぬ高速移動で横一閃に二人を斬り伏せたドラス・ビヨンドはその勢いで猛然と暴風の如き斬撃を浴びせていく。

 

『ほらほら! 頑張らないと犬のエサになってしまうよ?』

『器用な野郎だ。刃物なんて物騒な物よりも歯ブラシでも生やしていた方が有意義じゃねえの!』

『いいや。無駄に生きている命を刈り取るこの刃こそ、ボクにとっては最も有意義な代物だよ』

 

 ギリギリでDブレイカーを召喚したデュオルが白刃を受け止めると、激しい連刃の暴威に押されながらも切り結ぶ。まるで自分の手足のように巧みにDブレイカーを操るデュオルだが懐深く踏み込んで来るドラス・ビヨンドの前にリーチが取り柄の長柄では形勢は不利になる一方だ。不意に繰り出された裏拳で得物を弾かれたデュオルの眼前に刃の切っ先が飛び込んでくる。

 

『タウ・ソード! シャアアアア!』

 

 ビッグダインが背中にマウントされているバイクモードのハンドルグリップを引き抜くことで形成された杭のような刀身の武器が間一髪で割り込んでデュオルを守る。

 ビッグダインは加えて、左ハンドルのグリップも引き抜いた二刀流で参戦するとデュオルと共にドラス・ビヨンドを相手に剣舞のような激しい切り結びを演じる。

 風が唸り、火花散る二対一の剣劇はそれぞれの武器がぶつかり合い、一進一退の激しさを見せる。特にビッグダインのタウ・ソードは盾のように防御を担当していることもあって、数え切れないくらいの斬撃を受けて、相当な負荷がかかっていると思われた。

 

『次から次へと面白い機能があるようだけれど、数があっても性能はよろしくないようだねえ!』

『そろそろか……!』

 

 切り結びの衝突音にかき消されるような小さな声でビッグダインは呟いた。

 そう――ドラス・ビヨンドは気付いていない、タウ・ソードのグリップ部分に謎のゲージが搭載されていることを。ビッグダインは敢えて、防御に徹して敵の斬撃を受けていたのだ。ゲージは刀身が受けた衝撃の蓄積量を示している。

 そして、ドラス・ビヨンドの一気呵成な連続攻撃の前にそのゲージはあっという間に最大量に達していた。

 

『ムゲン! 頼む!』

『ハハッ……おうよ!』

 

 その僅かな言葉でムゲンはハルカが何を求めているのかを瞬時に理解した。ビッグダインを守る壁になるように躍り出るとDブレイカーをドラス・ビヨンドのブレードに絡ませるように組んで鍔迫り合いに持ち込む。

 

『初実験といこう、カウンターバッシュ!』

『のぉおお――!?』

 

 ドラス・ビヨンドがデュオルと競り合い、動きを止めた隙をついて、ビッグダインはタウ・ソードで刺突を繰り出しながらグリップの引き金を引いた。すると、大気を振動させながら、切っ先から放出された衝撃波が一点集中でドラス・ビヨンドを貫いた。

 くの字になって後方へと吹き飛ぶドラス・ビヨンドだがコンクリートの地面を抉りながら恐るべき力で踏み止まる。

 

『やってくれる! だが、その程度かい!』

『おぉわあ!?』

『耐えろォオオオ!』

 

 思わぬ反撃に驚きながらもドラス・ビヨンドは再び、高速移動で疾風のように二人を切り抜けるとそのまま首を切断しようとしゃがんで背を向けたままのデュオルに刃を振り下ろす。

 

『ムゲン、危ない!』

『なんのォ! 捕まえたぞ!』

『チッ……だったら、どうなんだい!』

 

 振り返っていては間に合わないとデュオルは背面のまま、頭上で両腕を交差するとドラス・ビヨンドの一刀を阻む。そのまま、相手の手首を掴んで距離を離されないようにする。

 デュオルの意図を察して、不愉快そうにドラス・ビヨンドは舌打ちをしながら腕に力を入れて無理やりに圧し切りにかかった。

 

『ハアアアァ!』

『同じ手に引っ掛かるとでも?』

『タウ・カノ――』

『無駄無駄!』

 

 横からビッグダインが動けないドラス・ビヨンドにタウ・ソードで斬り掛るも、読まれていた攻撃は容易く捌かれ、手にしていた武器の片方を遠くへ弾かれてしまう。ならばと、左腕を変形されて砲撃を決めようとするがカウンターにミドルキックの直撃をもらって横転する。けれど、一手先を読んでいたのは彼らの方だった。

 

『こいつはどうだよぉおおお!』

『フン! ただの投げだろう? 変形の一本背負いといったところかな、他愛ないね』

 

 転がるビッグダインを横目にデュオルはドラス・ビヨンドの手首を掴んだままの状態で力任せに投げ倒そうと仕掛けた。しかし、単調な攻めにうんざりしたような声でドラス・ビヨンドは桁外れのフィジカルを以って、姿勢を調整すると軽々と両足で着地してしまう。

 

『着地したな? バーカ!』

『なにっ……ぬぉおおおおお!?』

 

 相手の不敵な声にドラス・ビヨンドは不審を感じたが、その瞬間には彼の両足は無理やり地面から引っこ抜かれていた。綺麗なブリッジを築き上げて、デュオルの豪快なジャーマン・スープレックスが地を揺らして炸裂した。

 

『まだ……終わらないぜ! 吼えろ、ビッグダイン!』

『このッ! 放さないか、木偶人形めぇええ!』

『お望み通りに! 地獄行きだけど、恨むなよ!』

 

 二人の連携はまだ終わらない。

 無防備になったドラス・ビヨンドの両足を掴んだビッグダインが咆哮のようなメインエンジンの駆動音を轟かせてジャイアントスイングで上空に投げ捨てる。

 

『がっはああ――!?』

『ネオ生命体だとか偉そうしてるがよ、ただの人間を甘くみないことだ!』

 

 天井に激突して、跳ね返って落ちてくるドラス・ビヨンドを追って上空に跳んだデュオルは宙空にて、相手をアルゼンチン・バックブリーカーの姿勢でホールドすると一気に重心を落として落下速度を勢い付ける。

 

『デストロイ・クレッセントォオオ!!』

『あぁ……がぁああ!?』

 

 その一撃は三日月を砕くが如く。

 炸裂するはデュオルのオリジナル・ホールド。自在跳躍を応用して、通常の倍の落下速度で地面に着地したデュオルの衝撃がまともに伝達して、その両肩の上で担がれていたドラス・ビヨンドの身体が弓形に大きく反れる。その瞬間に、ドラス・ビヨンドの首、腹部、片足には途方もない負荷が押し寄せる。

 一拍の間を置いて、その腹部が引き裂かれるように割れて、緑色の血が噴き出した。二人がかりでようやく届いた有効打を無駄にはしないとばかりにビッグダインが更なる追い打ちをかけに出る。

 

『こいつも……食らえええッ!!』

 

 ビッグダインはその骨太で重厚な鋼のボディでジャンプすると屈伸運動を経て、勢い良く両足を揃えて降って来る。

 その落下地点にはハルカのアクションに呼応して、技を解いてデュオルにふわりと放り投げられたドラス・ビヨンドがあった。

 

『ゲッヴッアアア……ア!?』

 

 鋼鉄が重力に引き寄せられて地面と激突する、けたたましい音とドラス・ビヨンドの苦痛に満ちた悲鳴が響く。裂けた腹部に見事にぶち当たった重さを活かしたビッグダインのダイビング・フッドスタンプのド迫力な一撃はついにドラス・ビヨンドをぐったりと地面に伏させるに至ったのだ。

 

『……ァ、ァ』

『クッ!』

 

 絞り出すような微かな呻き声を短く漏らして動かなくなったドラス・ビヨンドを片足で踏みつけたまま、ビッグダインは右腕のカノン砲を向けて、息を呑んだ。デュオルもいつでも呼吸を整えながら間髪入れずに一撃を叩きこめるように身構える。

 誰かの一呼吸する音がひどく大きく感じるような張り詰めた空気の中で、密かに先程ビッグダインの手から離れたタウ・ソードの一振りを彼女が回収したのを誰も気付かなかった。

 

『――この手は、キミたちには使いたくなかったんだけどな』

 

 背筋が凍るような圧が籠った声がした。

 怒気も殺意もない、けれど……耳にした瞬間に恐怖で震えが止まらなくなるようなどこか無邪気な声と共にビッグダインはドラス・ビヨンドに逃げられないように足首を掴まれていた。

 

『ま、ず……ムゲェエエエン! オレを蹴っ飛ばせ! すぐにだあああ!』

 

 その行為が何のための物なのか、シスターからこの悪魔のような生命体の情報を僅かばかりだが得ていたハルカは鬼気迫る絶叫を上げてデュオルに乞う。

 

『なっ――クッ、ダリャアア!』

 

 何事かと戸惑うデュオルだが、只事ではない様子のハルカに刹那の速さで迷いを捨てると心苦しさは残るが望み通りにビッグダインを蹴り飛ばす。ドラス・ビヨンドの手が不気味に発光したのは僅か一秒足らず後のことだった。

 

『ハァ……ハァ……あぶねえ』

 

 ビッグダインと合身しているハルカは苦しさを覚えるほどの荒い呼吸を繰り返しながら、心の底から安堵したような声を漏らした。

 本当に、本当に間一髪だった。

 もしも、シスターからの情報がなかったら。

 もしも、ビッグダインと一体化していることで五感を共有していなかったら。

 もしも、ムゲンの行動が遅れていたら。

 自分はドラス・ビヨンドにビッグダインごと吸収されて終わっていただろう。

 きっと、生身の自分なら滝のような冷や汗を噴き出しているであろう、恐怖体験にハルカはこの一瞬の油断が命取りになる状況で、いま無事に生きていることを感謝せざるを得なかった。

 

『――ムゲン、大事なことを言い忘れてた。こいつはその気になれば生き物も機械もお構いなしに何でも吸収して自分の力の一部にするそうだ』

『悪い夢なら、すぐに醒めたい話だ。今しがた俺、すげえ組み付いてたぞ』

 

 恐るべきドラス・ビヨンド――否、ネオ生命体の能力を知らされて、デュオルも絶句するほかなかった。

 

『安心したまえ。この力はそう易々と連発は出来ない。それにキミたちにはもう使わないさ。それにしても、キミはボクの能力を把握していたようだ。つまり、ボクを識る誰かと知り合いと言う訳か?』

 

 不条理極まりのない能力相手にどうやって戦えばいいのか、ここに来て暗礁に乗り上げた二人の前に希望をチラつかせたのは他でもないドラス・ビヨンドだった。

 

『いや、この話題はいま持ち出すものじゃないね。それよりも、いまの行為には素直に謝罪を述べるよ。すまなかった』

 

 そして、あろうことかドラス・ビヨンドは二人に対して深々と頭を下げて非礼を詫びた。予想もしない行動にデュオルとビッグダインは困惑してどうしたらいいのか分からず、思わずその場で立ち尽くしてしまうほどだ。

 

『完全な生物であるこのボクがこんな勝ち方をしてはいけないからねえ。うん――うん。いけないことだ。原典の欠陥をも乗り越えたこのボクは原始的かつ王道の純然たる力のみによってキミたちを屠る義務がある!』

 

 確固たる自負を剥き出しにして、ドラス・ビヨンドは宣告する。予告ではなく宣告だ。

 先の謝罪は慈悲でも温情によるものでもなく。

 その真意はひたすらに突き抜けた優越種としての不遜と傲慢に満ちていた。

 

 群体・総体での全ての同胞があまねく完全生物として在ることを旨とするメタローとは決して相容れない、完全無欠の個という在り方こそがネオ生命体・ニューの譲れない矜持であった。

 

『遊びが過ぎたね。ここからは戦闘を始めるとしよう』

 

 力強く大地を踏みしめて、仁王立ちしたドラス・ビヨンドが両の掌をデュオルとビッグダインに向けて突き出した。

 

『狙いを定める必要はない……キミたちは仲良く灰になるのだから!』

 

 すると掌に出現した発射口から、より強力な破壊光線・マリキュブラスターが連射された。遠慮会釈のない無慈悲なエネルギー弾の乱射がドラス・ビヨンドの正面一帯を地獄絵図へと塗り替えていく。その破壊の凄まじさたるや、まるで地上にいながら爆撃機の空爆の凄絶さに勝るようなものだ。

 

『ぐううぅ……おおおおおお!?』

『ガッァアアアアアア――!?』

 

 あまりにも広範囲に無差別に渡って放たれるマリキュブラスターの破壊力の前にデュオルとビッグダインは成す術もなく爆風爆炎に呑み込まれて幾度も吹き飛ばされた。

 反撃しようにも、絶え間なく続く終わらない砲火の暴風雨に戦い続けで本来なら満身創痍でも可笑しくは無いデュオルはおろか、堅牢な装甲を誇るビッグダインまでもが一気に窮地に追い込まれていく有様だ。

 確かに、デュオルとビッグダイン――並び立つ戦士たちはドラス・ビヨンドと拮抗するだけの力を持っていた。けれどそれは接近戦と言う、あくまでも一側面での話だ。

 恐るべきことに完全生物を謳うネオ生命体。その汎用性は二人の予想を超えていた。廃工場の一角は瞬く間に黒煙で煤けた更地になり、ビッグダインもデュオルもボロボロになってそれぞれ膝を突き、うつ伏せで倒れ込んでしまっていた。

 

『ぬううっ……ここまでの強さだなんて。ムゲン、まだやれるか!?』

『やるっきゃないだろ。俺一人なら、間違い無くここでくたばってた。けど、ハルカ! お前が繋いでくれた。お前の力があったから、ここまで踏ん張れた……だったら、ここまで来たらどんなに見苦しく足掻いてでも、あいつから勝ちを獲るぞ!』

 

 それでも、彼らはあきらめない。

 世界のためではない。正義のためでも、平和のためでも、名前も顔も知らない多くの人々のためでもない。

 他でもない、いま目の前で共に傷つき、苦痛を分かち合う友の命懸けの奮闘のために二人は力を振り絞って立ち上がる。

 

『だよな……そうじゃなきゃ、オレの知ってるムゲンじゃないよな!』

『俺は、ハルカがこんなに熱血漢だとは正直思ってなかったよ。さては乗り物運転すると性格変わるタイプか?』

『さぁな? 知りたきゃ、免許取れる来年まで楽しみにしとけよ』

『ああ、そうするよ』

 

 空元気にやせ我慢で二人は不敵に軽口を叩くと、お互いを鼓舞すると拳を握りしめる。まだ何も分からない、知らない明日を手に入れるためにも立ち塞がる邪悪を退ける必要が彼らにはあるのだから。

 

『残念だけど、キミたちに明日は来ないよ。ここで終わりなのだからねえ』

 

 爆炎の禍々しい灯りに照らされておぞましい黄金を輝かせるドラス・ビヨンドは遥か遠方に位置するデュオルとビッグダインに破壊を巻き起こす掌を突きつけ、冷淡に告げる。

 

『どんなに足掻こうが、喚こうが、キミたち二人ではボクには届かない。さあ、もう死んじゃえよ』

 

 道端でうっかり蟻を踏み殺すような気軽さでドラス・ビヨンドは抹殺のためのマリキュブラスターを再び乱射する。迫りくる死を運ぶエネルギー弾を前にして、デュオルとビッグダインは裂帛の気合を放って一直線に駆け出した。

 

『うるっぇええええええ! テメエの頼みで誰が死ぬかぁぁああ!!』

『オレ達が勝ぁあああああつ!!』

 

 虎穴に入らずんば虎児を得ずの例えの如く、エネルギー弾の暴威に翻弄されるよりも前に前へ前へと進むことを選んだ二人は容赦なく襲い掛かる灼熱と爆風を掻い潜り、着実にドラス・ビヨンドへと近づいていく。

 けれど、そう簡単に相手が接近を許すわけもなくマリキュブラスターの勢いはさらに激しさを増して二人に牙を剥く。

 

 そうだ――まだ足りない。

 デュオルとビッグダインの二人が重ね合わせた力ではドラス・ビヨンドにはあと一手、近くて遠いその、あと一歩がまだ足りない。まだ重ねる力が欠けている。

 足りないもう一手が自分だと彼女が自覚しているかは定かではない。

 けれど、彼女はずっと二人の激戦の裏側で一人の戦いを繰り広げていた。誰も知らない孤独な奔走、けれどそれには意味はある。今この瞬間に何よりも大きな意味へと変わる。

 

 彼女はこの場所がゴムの加工工場跡だと気付くとすぐに動いた。弦に成り代わる、劣化していない強靭なものは残っていないかと――ボロ布を纏っただけのその身を擦り傷、掠り傷だらけにして、彼女はそれを手に入れた。

 次に発射場所を探した。敵に悟られず、尚且つ素人の自分でも確実に命中させることが出来る格好の場所は無いかと――多少の危険は省みない彼女の胆力が物を言い、その場所を見出した。奇しくもそこはいま現在、ドラス・ビヨンドが仁王立ちするその背後に位置する場所だ。もしも存在を悟られれば逃げ切れる保証はない。確実に一撃を撃たれれば命を落とす死と隣り合わせの瀬戸際の場所だ。

 そして、最後に彼女はタイミングを見定めた。確実にこの微々たる一撃が好機に変質するであろう絶好のタイミングを逸る気持ちを、大切な人たちか傷つく様を目の当たりにしながらも耐えて、耐えて、耐え続けて見定めた。眼を凝らして隠れ見続けた果てに、心を鬼にして静観を保ち続けた先に、その刻はやって来た。

 

『さあ、絶望に心折れる時だよ! キミたちはよくやったんだ……もう、楽になりなよ?』

 

 全てを見下して、甘い声で詰りながら二人への攻撃を止めないドラス・ビヨンドの背後にて、彼女はついにたった一撃の攻勢に転じる。

 

『何人集まろうとも所詮、キミたちは虫けらだ。虫けらがどうしてボクに勝てると思う?』

 

 耳障りな声が彼女の元へも嫌でも届く。怒りを鎮めろと、心に強く念じながら彼女は中央が大きく欠けた鉄柵の両端に分厚く長いゴム紐をきつく結び付ける。

 そして、矢の代わりにこっそりと回収したタウ・ソードを番えた。とっておきのオマケを括りつけたオプション付きだ。

 

『仲良く、二人で死ぬと良いだろう? どちらから死にたいかな? 選ばせてあげるよ。それとも二人同時が良いかい? 寸分違わず、首を刎ねるのも、心臓を握り潰すのもこのボクには造作もないことだからね』

 

 マリキュブラスターの砲撃による熱風が遠く彼女が潜む場所にも届く。素肌をいつもより多めに晒した手足がひりついて痛む。軽い火傷ぐらいは負ってしまったのかもしれない。

 だが、それがどうした!

 

 耐え忍ぶ時間は終わった!

 ここからは全力で心を燃やせ! 

 しかして、思考は常に氷のように冷静を保て!

 彼女は――カナタは自分へとそう念じながら疲弊した全身に力を漲らせて急造の弓モドキの弦を強く、強く、限界まで引き絞る。

 その状態を決死で維持しながら、精神を研ぎ澄ませて必中を成し遂げるために狙いを自分たち三人が打破すべき敵へと、ドラス・ビヨンドへと定める。

 

「私、自分の借りは自分で返す主義だからさ……受け取んなさい」

 

 いまこそ、カナタは拙くも、譲れない強靭な想いを詰め込んだ一射を放った。

 大地を割った救国の大英雄にも、龍さえ食らう大怪異を射殺した無双の武芸者にも、遠く及ばない一射だ。しかし、いまこの瞬間に矢として胸がすくような勢いで放たれたタウ・ソードはカナタの決意を汲むように真っ直ぐに狙いを目掛けて飛んでいく。

 そして――!!

 

『人間も、メタローも所詮は矮小な下等生物さ。このボク、ネオ生命体こそが真の完全せ――ッ!?』

 

 もう一撃で再び爆炎がデュオルとビッグダインを呑み込む寸前の時だった。

 ドラス・ビヨンドが自らの圧倒的な力とそれに翻弄される二人の無様に愉悦を感じているその時だった。

 全く予想していなかった三人目からの攻撃にドラス・ビヨンドの思考は停止した。

 突然の事態にデュオルとビッグダインも驚きのあまり、動きを止めた。

 カナタが全身全霊で繰り出したその一射はドラス・ビヨンドの背中から先のデュオルの攻撃で傷付いたままだった腹部を見事に射抜いてみせた。矢として放たれたタウ・ソードの先端が背中から貫通して、ドラス・ビヨンドの腹を突き破る。

 

『お、おおぉ……おおお!? 一体、何が……まさか!?』

 

 自分を襲った信じられない攻撃に大いに取り乱しながら、ドラス・ビヨンドは後ろを振り返り、視線の遠く先にいるカナタを確かに目撃した。

 

「ギャップが好きなんでしょ! おまけも付けといたから、その身でしっかりと味わうと良いよ!」

 

 滑稽にも見えるボロ布を纏いながらも、しゃんと胸を張り涼しげな強い笑顔を浮かべたカナタはドラス・ビヨンドを笑い飛ばしながら啖呵を切ってみせた。

 

『き、さまぁああああ……あ!?』

 

 ドラス・ビヨンドは無我夢中でタウ・ソードを引っこ抜くとマリキュブラスターでカナタを消し炭にしようとした。けれど、自分の体内で起き始めた異変と傷口から零れる赤と緑の液体の存在に気付いて、思わず思考を忘れてしまった。

 

「それ、あんたの制御も効かないんでしょ? だとしたら、いまからどうなっちゃうのかな?」

 

 タウ・ソードの先端にはあの二本の試験官が括りつけられていた。当然ながら、それらはドラス・ビヨンドを貫通した時に割れて、中身の薬液はその体内で混ざり合う。

 

「GAAAAAAAAAA!!」

『あぎゃああああ!? や、やめろぉぉぉおおおお! ボ、ボクの中で生まれるんじゃあ――んおおおおお!!?』

 

 無数のデミホッパーがドラス・ビヨンドの体内で発生して、獣欲のままにその肉体を内側から喰い破り広げていく。聞いたこともないような悲惨な悲鳴を上げながらドラス・ビヨンドはその場にのたうちまわって苦しみ始めた。

 

『ゴミ虫以下の貴様らが! このボクの肉体を食むだと? フザケルナ! 恐れ多いことだと何故分からないぃぃいいいいいいいいいいいいい!!』

「GAA……GAAAAAA!?」

 

 狂ったようなヒステリックな金切り声で喚きながら、ドラス・ビヨンドは自分の傷口にマリキュブラスターを撃ちまくり、自傷も厭わずにデミホッパーたちを殺し尽す。だが、その自殺行為によって、彼は大きく消耗して隙だけの情けない醜態を堂々と晒してしまった。

 

「ムゲエエェン! ハルくん! やっちゃえええええええ!!」

 

 カナタが張り上げる号令を合図にデュオルとビッグダインは正真正銘の大逆転の反撃に出た。ムゲンとハルカとカナタ、この三人の力が重なり合ってついに抉じ開けた勝利への道筋を阻む物は何も無い。

 

『おっしゃあああああ! 最高だぜ、カナタァ!』

『乗れ、ムゲン! ぶっ飛ばすぜ!』

 

 ローラーダッシュで一気に駆け抜けるビッグダインの背に騎乗して、デュオルはドラス・ビヨンドに肉薄する。

 

『タウ・カノン! ウオオオオオオォ!!』

 

 今までのお返しとばかりにビッグダインの両腕が変形して、エネルギー弾を撃ち出す。ドラス・ビヨンドのそれとは打って変わって、ハルカの人柄が如実に反映されているかのような無駄なく、正確な砲撃が確実に直撃して相手を弱らせていく。

 

『オオリャアアアアアア! も一丁ぉおおおお!!』

 

 ビッグダインの砲撃の間に跳び上がって急襲を仕掛けたデュオルのダイビング・エルボードロップがドラス・ビヨンドの顔面を叩くとその足元が大きくふらついた。立ち眩みを起こしたと思われる敵にデュオルは更に力の限りのアッパーを決める。

 

『がっばぁああ!? うぐっ……な、なにを!』

『どっせええええい!』

 

 顔面を歪めながら仰け反り、後ずさるドラス・ビヨンドに間髪入れずにボディブローを打ち込んで前屈みにしたデュオルはその両腕に自分の両腕を絡ませてガッチリとホールドした。

 

 不可解な動きに困惑するドラス・ビヨンドをデュオルはダブルアーム・スープレックスの動きで渾身の力で後方へと振り上げながら小さく跳ね上がる。

 

『スペリオル・アヴァランチャ――ッ!!』

 

 通常ならば後方へと投げるように叩きつけるところをデュオルはギリギリで堪えると、まるで大木槌を振り下ろすように反動を駆使して全力でドラス・ビヨンドを地面へと豪快に叩きつけた。

 

『ゲギャアアァァァ!!?』

 

 全てを呑み込み圧倒する雪崩のような一撃。

 真っ直ぐに串刺しになるように頭部を打ち付けるだけでなく、両腕を逆方向へと関節諸共圧し折る、凄絶なデュオルのオリジナルホールドの洗礼を受けたドラス・ビヨンドは経験したこともないような痛みの前に悶絶する。

 

 初めての劣勢。

 これこそがドラス・ビヨンド/ネオ生命体・ニューの知られざる弱点でもあった。この個体は天敵を知らない。強敵を知らない。本来であれば宿敵であるはずのZOとの戦闘はおろかこの日、この時に至るまで苦戦と言う物を知らなかった。

 全てが順風満帆の人生。挫折を知らぬ経験値不足の生命体だからこそ、一度窮地に追い込まれた事実にドラス・ビヨンドは自分でも信じられないぐらいに動揺して、体勢を立て直せないほどに精神をかき乱されていた。

 ドミノ倒しのように脆くも崩れ去っていくドラス・ビヨンドの精神的ショックによる明らかな挙動の乱雑さを察して、ビッグダインはここぞとばかりに切り札を切りにいく。

 

 

『タウロホーン・ブラスター!!』

 

 大地を踏み締める両脚からアンカーを打ち込んで機体を固定するとビッグダインは頭部の双角から翠色に輝く大出力のエネルギー波をドラス・ビヨンドに放った。

 

『ぐぅううあ゛あああああああ!』

 

 極太の光の奔流がドラス・ビヨンドに直撃する。

 両腕や腹部の風穴を回復するためのリソースを回す余裕もないドラス・ビヨンドは棒立ちで翡翠の光波をただ受け止めて耐えるしかない。

 だからこそ、デュオルもまたビッグダインが時間を稼ぐこの瞬間にずっと温存し続けてきた奥の手を以て勝負を仕掛ける。

 

『こいつで仕舞いだ!』

 

【ストロンガー!×ウィザード! ユニゾンアップ!】

 

 電子音声が高らかに二大戦士の名を叫び、二基の風車がゆっくりと回転を始め、淡い光を放ち始めていく。

 

「ネクスト・ライド――!!」

 

【エレクトロキャスター! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 紫電の魔法陣を突き抜けて、顕現した猛き魔導士!

 デュオル・エレクトロキャスターはフォームチェンジするや否やただ一撃に全ての力を注ぎ込む。

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

『全力全壊だああああああああ――――!!』

 

 稲妻と魔力を纏って車輪のように宙空で逆巻くデュオルに力が湧き上がる。

 一発で勝負を決める、その覚悟を表すかのように浮き出るように出現した魔法陣は通常の物よりも遥かに巨大だ。本来なら牽制のために無軌道に放たれる落雷すらも自らに収束したデュオルがいま必殺の拳を解き放つ。

 

『超電ンンッ! ビッグハンドォオオオ!! ストライクゥウウウウウ!!!!』

『こんなの、ボクは認めな――――』

 

 ドラス・ビヨンドを殴り潰すその雄々しき鉄腕の一撃はまさに巨人の鉄拳。あるいは宙天より飛来して大破壊を巻き起こす流星の如く。

 雷霆を握り締めた超巨大な豪腕を真正面から食らったドラス・ビヨンドは断末魔さえも上げられずに無残に爆発四散した。

 

 

 紫煙と雷電の残滓がゆっくりと晴れると戦場だった廃工場はまるで時間が止まったと錯覚するような静けさを取り戻していた。デュオルとビッグダインはドラス・ビヨンドは敵が完全に沈黙したのを確かめて、ようやく変身を解く。

 

「やっと、終わったぁ」

「死ぬかと思った……というか、絶対にオレの寿命は年単位で縮んだぞ」

 

 熾烈極まる戦いを勝ち抜いたムゲンとハルカはその場に寝っ転がると気の抜けた声を漏らしてホッと一息つく。それぐらい、今回の相手は想像絶する強敵だった。三人のうち、誰か一人でも足りなければ勝てない相手だった。

 

「二人とも、生きてるかーい?」

 

 浜に打ち上げられたセイウチのようにぐったりとしている二人の元へ聞き慣れた爽やかな声が届く。囚われの身から、自力で抜け出し勝利への最後の一手を埋めた影の立役者のカナタが自身も疲れた足取りでムゲンとハルカの元へと歩いてきた。

 

「カナねえ、すげえなその格好どうしたの?」

「しょうがないでしょ、あの変態に気絶してる間に服はぎ取られてたんだから。それとも、私の下着姿が見たかったかな? どうしてもっていうのなら、ご褒美にサービスしてあげようか?」

「いや、家でも結構それでうろついてるじゃんカナねえ」

 

「あのさ、そういうディープな話はご家庭だけでやってくれねえ?」

「えーホントにぃ? 実はムゲンが一番見たいんじゃないのかな?」

「……気を悪くしないでくれよ、カナタ。俺はその、もうちょっと恥じらいのリアクションが出来る子の方がタイプというかだな」

 

「プッ……ハッハハハハ! だってさ、カナねえ。残念だったな。カナねえは私の体に恥ずかしいところなんてないからって言っちゃうタイプだもんな」

「ハルくん、今夜私たちはゆっくり話し合う必要があるみたいだね」

「あー……カナねえ、オレ謝るから、そのガチトーンなのやめて」

 

 自然と始まる会話はとても他愛なく、取り留めのない雑談のようなものだった。けれど、こんな何気ないやり取りを三人はずっとしたかった。誰が口にするでもなく、取り戻した日常を実感できた。

 

「それにしても、まさかバイクがロボになるとはなあ」

「帰ったらもっと驚く新事実が山盛りだぞ。とりあえず、シスターの自宅がデカいお屋敷だった」

「なにそれ、 超気になる」

 

 気付けば、カナタも二人と合わせて円になるように寝転がって会話を続ける。

 三人が見上げる空は気付けば日が暮れかかり、一番星が瞬いていた。

 

「ところで、どうやって帰る?」

「流石に三人乗りは厳しいな」

「……二人とも高い所って平気か」

 

 くたくたで立ち上がる気力も残っていないカナタとハルカにむくりと起き上がったムゲンがぼつりと尋ねた。そして、得意げにスカイライダーとゴーストのメモリアをチラつかせる。

 

「機内サービスはないけど、極上の空の旅をプレゼントだぜ」

「ハハッ……ヤバそうだけど、興味深いな。よろしく頼む」

「……ありがと、ムゲン」

 

 正直に生身で空を飛んでいける貴重な体験に心を躍らせるハルカとは対照的にカナタはぎこちない表情でふとムゲンの腕や傷ついた体を観察してしまった。

 先程の戦闘でレーザーが貫通して血が噴き出した傷口があろうことか、既に塞がって驚くべき速度で自然治癒が始まっていたのだ。異常なまでの回復力。ドラス・ビヨンドの皮肉ではなく、これは常人の成せるものではないのは明白だった。

 ドラス・ビヨンドが言っていた意味深な言葉がカナタの脳内で残響のように浮上する。ムゲンはメタローに魅入られても可笑しくない、世界が壊れてしまえと願ったことがある人間だと。

 

「カナタ、どした?」 

「え、いや……何でもないよ」

 

 うっかり、心を曇らせる感情が顔に出ていたのかムゲンに心配されたカナタは慌てて笑顔を取り繕うと彼の背中を追う。

 

「あのな、カナタ」

「うん?」

「正直、今回本当にどうなるのか分からなくて、心底ゾッとしたけどさ。改めて、思ったことがあるんだけどさ」

「やっぱり、怖いよね……だって、誰もムゲンの代わりになれないんだもの」

「それはそうだけど。そうじゃなくてよ、俺たち三人なら……きっと上手くやれるさってな」

 

 穏やかならざる胸中のカナタにムゲンはそう言って、珍しく自信に溢れた満面の笑みを見せた。

 そして、傷だらけだが逞しく勇敢な背中を見せて前へと進んでいく。

 

「ムゲン。本当のムゲンはどんな人?」

 

 思わず声に出てしまったカナタのか細い声はムゲンには届くことなく、急に吹き抜けた風に呑まれて消えていった。今日という一日の終焉が近づき、まだ何も分からない、知らない明日が彼らにやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりとまだ片方しか再生できていない瞼を無意識に開くと、懐かしい景色が視界に入った。

 

「ここは……」

『もう目覚めたか。流石はネオ生命体だな。どうだね、懐かしき故郷の我が家の居心地は』

 

 よく知る者の声が聞こえて、ニューは状況を確認した。

 頭部の一部だけが辛うじて僅かに残った状態でニューはかつて、その命を繋いでいた生体プールの中に浸かり、再生治療を施されていた。

 

『ギリギリで貴殿の残滓を回収して、ここで治療を試みたわけだが断りもなくこの地に訪れたのは不躾だったかな』

「キミがボクを救ったのか……統括長、ネメシス。キミが直々に?」

『おや意外だったかな? 私としては貴殿のような希少な生命体があの場で散るは忍びない。盟友としてもね』

 

 冷淡な口調でネメシスは事も無げに答えた。

 魔人教団の実質的な首領である彼が直接行動を起こすなど異例の事態だった。

 

「この恩は直ぐにでも返すよ。ボクとしてもこのまま引き下がるわけにはいかないからね」

『それには及ばないよ。観察者ニュー、まずはゆっくりと傷をいやしてくれ給え』

 

 再戦を誓うニューをネメシスは朗々とした様子で窘める。まるでみすぼらしい弱者を憐れむようなどこか慇懃な雰囲気を醸し出して、さらに言葉を付け足す。

 

『貴殿との死闘を鑑みて、魔人教団もデュオルという仮面ライダーに対して警戒レベルを引き上げる選択をしたのだよ。それ故に私は統括長として死奏剣(カルテット)に招集をかけた』

「死奏剣、なんだいそれは? 随分と賑やかそうな一行そうだね」

『彼らは戦闘に特化した前線司令官だ。数多の世界に存在する仮面ライダーたちと交戦のために遠征の最中だったからね、貴殿が知らないのも無理はない』

 

 初めて聞く、魔人教団内に存在していた詳細不明の集団に不思議がるニューにネメシスはどこか得意げに語った。無理もない。ニューなどには語る気は毛頭ないが彼らこそ、ネメシスがまだ人類種であった頃から親交があった掛け替えのない朋友たち。その一握りであるのだ。

 

(ボクの知らない者たち。それも専門的な戦闘部隊とは……これは想像以上に警戒されているようだね)

 

 一方で、ニューは同盟者という肩書こそ持ち協力関係にある魔人教団がそんな物騒な集団を近くに呼び寄せる程度に自分は危険視されていることを感じる取ると不本意ながらも自重せねばと気を引き締める。

 

「で、彼らは有能なのかい?」

『語るまでもなく! 彼らは私と同じく高次元生命体メタローのその更に高みへと進化を果たしたハイ・メタローと呼ぶに相応しい傑物たちだ』

 

 少しでも情報を引き出そうと探りを入れるニューにネメシスは自らの至宝に等しい朋友たちを示して熱く謳う。

 

『今しがた彼らの到着には時間を要するだろうが楽しみにしているといい。魔人の本領をお見せしよう!』

 

 それは誇張でも警告でもなく、ありのままのネメシスの本音。嘘偽りのない強き友たちへの賛美の言葉だった。だからこそ、ニューは挑発も牽制の言葉も出せずに押し黙るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い向こうの平行世界のどれか一つにて――。

 寂寥とした廃墟の片隅で今日日珍しい電話ボックスにもたれ掛かっている一人の女がいた。

 烏羽色のセミロングの髪に、中性的な麗しい顔立ちの抜身の刃のような雰囲気を纏う女。けれど、その双眸は死んだ魚のように生気がない。

 真紅のレザージャケットに古めかしい拵えの野太刀を背負った奇抜な格好をしたその人は様になった所作でタバコを吹かしながら待ち人たちを待っていた。

 

「チッ……遅いんだよ、あんたら」

 

 手厳しい口調で言葉を飛ばす女の視線の先にはこれまた風変わりな一組の男女がいた。

 

「おっかねえな、ツムカリよぉ! うっへえ、折角の美人が相変わらずの仏頂面ときたもんだ。俺ちゃんのご立派様で蕩けた笑顔にしてやろうかい?」

 

 レザージャケットの女をツムカリと呼んだ男性は筋骨隆々な恵まれた体躯にどこか不釣り合いな愛嬌のある顔立ちをした軟派な山のような大男だ。上半身裸のその肉体にはトライバルタトゥーのような彫り物が彫られ、カウボーイハットを被り、山賊のような豪放な大笑いを上げて、彼女をからかう。

 

「去勢したいんなら、いつでも言いなよアロンダイト。その粗末な爪楊枝を斬り落としてやるさね」

「試してみるか? 三分後にはおたくが俺ちゃん専用の鞘になってるぜ?」

「ハァン? 一分で逝かせてやるよ」

 

 キツめの冗談を叩き合う彼らにとっては変わらぬ親しみを込めたやり取り。

 お互いをよく知るからこそのフレンドリーな触れ合いなのだがこうして戯れの遊戯とばかりに五回に一回は本気の殺し合いになるのも常だった。ツムカリがタバコの煙をアロンダイトの顔に吹きかけて挑発する。

 

 

「んもう! そんなお下品な言葉使っちゃダメっていつも言ってるでしょ」

 

 一触即発になりかけた二人をアロンダイトの肩に乗った花の妖精と見間違うような可憐な少女が諫める。

 

「そんなんだからアロンダイトは女の人にモテないんだよ。こんなに大きいくせにひんせいは欠片もないんだから」

「うわっはは! 褒めるなよなあ、レーヴァテイン」

 

 鮮やかなピンク髪の幼さが残るあどけない少女。レーヴァテインの名を持つ彼女は純白のワンピースに身を包むどこかの令嬢のような愛らしい容姿でプンプンと怒ったリアクションをして見せるとアロンダイトの頭をぺしぺしと叩く。

 

「レヴァンがいつでも甘やかしてあげるんだから、こんなオバサン放っておきなよ。ね♪」

「おっふっ……恍惚ゥ」

 

 しかし、レーヴァテインは無垢な幼子の雰囲気を突然一変させると淫靡な色香を漂わせ、くちゅりとアロンダイトの耳を熱っぽく貪るように舐めて愛撫すると甘美な声で囁き、ツムカリには見下したような眼差しを送る。

 

「ガキが色気づいてんじゃねえよ。可愛げのねえもんだ」

「よっと! にしし♪ だって、レヴァンは可愛いよりもうつくしい方がいいんだもん! ツムカリはどっちもないよね、敵を切り殺すことしか頭にない悲しいモンスターだもんね」 

 

 レーヴァテインは身軽に悪態をついていたツムカリの肩に飛び乗ると悪戯っぽい笑みを見せて露骨に煽っていく。

 

「おい……降りろ、このクソガキ」

「やーだよ! あ、白髪はっけーん!」

「あるわけねえだろうがよ! 尻ひん剥いて引っ叩くぞ!」

「あっはは! 怒ったおこったー!」

 

 最初は受け流していたツムカリだが直ぐに怒りの沸点を迎えるとレーヴァテインの首根っこを掴んで思い切り地面に叩きつける。けれど、レーヴァテインはツムカリの指先で逆上がりをする軽業で逃げ出すと再びアロンダイトの肩に着地する。

 

「なあ、脳みそ下半身の阿呆とませた色狂いのガキの活け造りなんて烏も食わないだろうが面白いとは思わないか?」

「「えー! つまんなーい!」」

 

 青筋を浮かばせて柔和な笑みを浮かべるツムカリにアロンダイトとレーヴァテインは声を揃えて不満そうに言い返した。ツムカリが本気になって背中の野太刀を抜くのも時間の問題だと思われた時だった。

 

「騒がしい声が聞こえると思ったら、いつからコメディアンに鞍替えしたんだお前たち」

 

 渋く鋭い男の声が三人を律した。

 

 三人が声の方向へと意識を向けるとそこには高級スーツに袖を通したスキンヘッドに鋭い眼光が印象的な英国人風の男性が花束を携えて闊歩して来た。 

 

「クルージーン、文句があるならこいつらボンクラに言うんだね」

「そのボンクラの駄弁に熱くなるようじゃ、お前さんもまだまだ修練不足だな。小魚でも食え、ツムカリ」

 

 クルージーンと呼ばれた壮年の男は一見すると四人の中で一番平凡な人間らしい、格好をしていた。けれど、その佇まいには常に一部の隙も無く、野獣の獰猛さと狩人の冷徹さを併せ持つ、手練れと言っても遜色ない覇気を醸し出している。何よりも彼の一声で好き放題にじゃれ合っていた三人が大人しくなったことがその実力を裏付けしていた。

 

「うわぁーい! クルージーン、ひさしぶり!」

「やあ、セニョリータ。お前さんの笑顔はいつも餓えた俺の心に潤いを与えてくれるな。だが、もう少し慎みを持った方がいいぞ。アロンダイトのお守りでバカが伝染したら始末に負えないからな」

「はーい!」

「良い子だ。いい女の条件の一つは他人の助言を素直に聞けることさ、覚えておけ。うん、似合ってるぞ」

 

 クルージーンは手にした花束からレーヴァテインに似合う白い花を一輪抜き取ると髪飾りのように挿してプレゼントする。

 

「惚れ惚れすんなぁ、伊達男。その花束なんだい?」

「久しぶりに我らの朋友と再会するんだ。洒落た手土産ぐらい用意するのが俺の流儀ってもんだ」

「マメな奴だな。俺ちゃんも見習って仮面ライダーの首の一つでも持ってこようと張り切ったんだけどよお、なかなか捕まんねえんだわな!」

「頼もしいな、アロンダイト。お前はそのままで十分に面白れえ男だ。バカで、バカみたいに強く、そして――やっぱりバカだ」

「あれ? 俺ちゃんだけ、なんか扱いが雑じゃね? グループ内でのイジメ、ダメ絶対だぜ」

「安心しろ。お前のバカは愉快なバカだ。それは俺たちとネメシスの心の清涼剤だ。つまりは要石に等しい。ただし、女を見る目はもう少し磨け」

 

 全幅の信頼を寄せていると伝えるようにクルージーンはアロンダイトと肩で抱き合うとゆらりと身を翻して、三人を一瞥した。

 

「では諸君。久しぶりの再会を嬉しく思う。宴の一つも興じたいが我らの朋友ネメシスがお待ちかねだ。故に我ら死奏剣――未だ遠き旅路を急ぐとしよう!」

 

 ニヒルに嗤うクルージーンに呼応して、ツムカリ、アロンダイト、レーヴァテインの三者もまた魔人の哄笑を高らかに上げてたった四人の行軍を開始する。先刻、軍隊も臣民も何もかもを鏖殺し尽くした一国の残骸である廃墟を後にして。

 

 さあ! 魔人の歌を奏でよう!!

 さあ! 死の音色を掻き鳴らせ!!

 さあ! 断末魔の大合唱を響かせろ!!

 

 我らこそが死奏剣(カルテット)――!!

 

 

 未曽有の嵐がやって来る。

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 

 




何時もお読みくださりありがとうございます。

次回ですがちょっと大事なお話になるのでもしかしたら再来週更新になるかもしれません。

世間はコロナウイルスで大変ですが、皆様も体調には気を付けて健やかにお過ごしください。


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第11話 アッシュ・プライド/正義と言う名の劇薬

お久しぶりです。
お待たせしました、どうにかこうにか日曜日に最新話更新できました。

ようやくのムゲンメイン回
ちょっと重い展開もありますのでご注意くださいな


 

 

 繁華街の路地裏。

 煌びやかな夜の街の別側面のような暗く湿っぽいこの場所で何者かが数名のガラの悪い男たちを相手に戦っていた。灰色のズタ袋のようなもので素顔を隠して、同じように白でも黒でもないどっちつかずな曖昧な灰色のツナギのような格好の男だ。

 いや、戦っていたと表現するには少し語弊があるだろうか、蹴散らすと言った方が正しいだろう。

 

「ぐええっ!?」

 

 拳打の一撃を食らったチンピラの一人が数メートルは後方へと吹き飛んで気絶した。他の者たちも灰色の男の攻撃を受ける度にマネキンのように勢い良く吹っ飛んだり、地面に叩きつけられればボールのように跳ねて昏倒した。

 あっという間にチンピラたちを一蹴されて、訪れる静寂。

 

「あ、ありがとうございます、助かりました! あなたグレイフェイスですよね!? ネットで貴方が映った動画見たことあります」

 

 物陰からその様子を見ていたくたびれた雰囲気の中年男性が飛び出して来て、グレイフェイスの目の前で大袈裟に土下座をして礼を言い始めた。

 元々、このチンピラ達はこの男性をオヤジ狩りしようと絡んでいたところをこの怪人物に成敗されたのだ。

 

「こ、これ少ないですがお礼をどうぞ……へ、へへ」

「そんなものは要らない。それよりも、貴方はこんなことになった原因は自分にも非があるとは思わないのか?」

 

 卑屈な笑いを浮かべながら財布から謝礼の紙幣を取り出した中年男性の手を払い叩き、グレイフェイスは圧の籠った声で詰め寄った。

 

「彼らの行為は許されない悪だ。けれど、毅然とした態度で彼らの行動を咎めることもなく、警察や周囲に助けを求めることも出来たはずなのにどうして抗うための行動を……正義を示さなかった?」

「へ? え、え、え……?」

 

 突如として、豹変した態度で自分を叱責する巷で噂の正義の味方に困惑する中年男性の胸ぐらをグレイフェイスは乱暴に掴みあげると軽々と持ち上げた。

 

「その弱さが悪を助長させるんだ。どうか、お覚悟を! そして、これからは正義を心に持って下さい!」 

「ひえぇえええ!?」

 

 激情に駆られた願いを叩きつけて、グレイフェイスは中年男性を投げ飛ばした。投げられた男性は綺麗な放物線を描いてゴミ袋の山に叩きこまれると白眼を剥いて気を失った。

 

「くそ……まだ上手く加減が出来ない。制御しなくちゃいけない、誰かに頼ってでも」

 

 残されたグレイフェイスは悔しそうな声で呟いて、微かに震える己が両手を睨んだ。彼の願いのために必要な分量以上に猛威を振るう怪力を恨めしく思うように。

 

「悪は許さない。けれど、正義を持てない弱さもまた……同罪だ。同罪なんだ」

 

 灰色の怪人物――グレイフェイス。

 彼は悪を挫き、弱きをも懲らしめる。

 世にはびこる理不尽や不条理が加害者と被害者……どちらにもあるからこそ絶えないのだと信じるが故に。

 

 

 ある少年の話をしよう。

 少年は恵まれていた。

 少年は家族に、才覚に、環境に、友人に、境遇に、恵まれていた。

 裕福ではないが貧困でない家庭。

 天才ではないが暗愚でない才能。

 

 信者というわけではないが少年の理想や主張に耳を傾けて共感を抱いてくれる周囲の数多くの友人たち。

 平凡だが良識ある両親に育てられた少年は正義感が強く、公明正大な人物に育った。幼い頃から、虐められている子供を見つければ当たり前のように助けに走り、困っている者がいれば迷わずに手を差し伸べる。少年の姿に虐めっ子たちはその行いを省みてくれた。周りの友人たちも彼に触発されて、善良であろうと誰に言われることもなく努めようとした。

 少年の行動と精神を周りの友人たちは素晴らしいことだと称賛してくれた。彼のようになりたいと誇らしげにしてくれた。だからこそ、少年は正義を信じていた。善行を行えば、必ずそれは成果となって返って来るものだと。

 

 少年が高校に進学してしばらく経ったある日のことだ。

 帰宅途中に中学生であろう、見るからに素行の悪そうな数人と気弱そうな生徒が一人という不穏な空気のする集団と出くわした。

 少年が気配を消して様子を見ていると中学生の集団はコンビニで大量の菓子やスマートフォン用のギフトカードを年齢には見合わない金額分を気弱そうな生徒の財布で購入していった。

 

 タチの悪いカツアゲの目にした少年は彼らが店から出るのを見計らって当然のようにその行為を咎めるために声をかけた。

 彼らの行動を一部始終目撃していたこと、支払いを押し付けられた生徒に代金を戻すことを理路整然に説いて注意した。中学生たちは突然現れて自分たちを叱責する少年に嫌悪の顔を隠すことなく詰め寄ったが人通りの多いコンビニの入り口付近で声を掛けられたこともあって、手荒な真似をすることも出来ず、よくある悪態と暴言を吐き捨てながら、標的にしていた生徒に金を押し付けて去っていった。

 反省の色が見られないのには心苦しかったがともあれ、また一つ善行を成した少年は明るく力強い声で暗い雰囲気のままの生徒に声をかけた。

もう、大丈夫だから心配するなと。

 

「余計なことをしないでよ」

 

 気弱そうな生徒から返って来たのは苛立ちに満ちたそんな言葉だった。

 戸惑う少年を余所に背の小さな男子生徒は捲し立てる。

 こんなことをされたら憂さ晴らしに連中にもっと酷い目に遭う。折角自分はお金で解決すると言う安全な手段で 連中から身を守っていたのに全部台無しになったと。

 少年は愕然としながらも、そのお金はご両親が必死で働いたものじゃないかと言い訳染みた反論をした。してしまった。

 すると今度は更に驚くべき発言が少年の心に突き刺さった。

 

「あのお金は、連中から身を守るために両親が僕にくれるお金なんだよ! 僕が虐められているのだってとっくに知ってるんだよ」

 

 少年は思わず耳を疑った。

 自分の常識を疑った。

 虐められている少年の両親は大手企業の役員と某所に勤める聖職者なのだという。だから、その息子が虐めを受けているなんてことが知られたら名誉に傷がつく。沽券に関わる。だから、騒ぎにならないように丸く収める手段として、金を渡してやり過ごせということだそうな。

 我が子が虐められているのを知っていて、虐めっ子を穏便にやり過ごすための金を渡す親がいるのか? どうして、学校なり警察なりに訴えない? 力になるやり方がおかしいだろう? 

 

 正しさは……正義はどこにある?

 少年が世間の歪みと理不尽に狼狽していると虐められっ子の生徒は心底軽蔑した眼差しを彼に向けてこういった。

 

「僕らみたいな弱い奴の気持ちなんて分からないだろう? あんたみたいなお節介の押し売りが一番ウザいんだよ」

 

 少年の弁明を待たずに彼は雑踏の中へと消えていった。

 その日から、正義を信じて疑わなかった少年の心には小さくも深い傷が残った。

 社会への憤りよりも、自分への不甲斐なさが勝った。

 力が欲しい。横暴にも、権力にも、不条理にも負けず、正義を貫いて伝播することができるだけの力が欲しい。

 けれども、少年はこうも思ってしまった。

 虐げられる者は果たして本当に非が無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 都内にある大型商業施設のスイーツバイキングの一席にカナタとクーの姿はあった。

 GW最終日。前日に思わぬトラブルに見舞われて大騒動だったカフェ・メリッサ一行は強敵ニューとの戦いに勝利した記念の打ち上げとして、シスターの奢りで焼き肉を堪能した後でこの二人は女子二人だけの二次会と称して、食後のデザートタイムを楽しんでいた。

 

 

「うまー! こっちの世界の食べ物は本当に美味しいもの揃いですねえ。特にこのパフェとやら! 果物まで盛り込まれてるとか、罰でも当たるんじゃないかってくらいの美味しさですとも」

「気に入ってもらったようで何よりかな? 私も流石にこういうところにお一人様で行く勇気はなかったから感謝してますよ、クーさん」

 

 生クリームやフルーツがこれでもかと盛られたジョッキパフェに舌鼓を打つクー。

 バイキングのメニューとは考えられない圧倒的ボリューム。店側のカロリーの暴力が怖くないなら食べてみろと言わんばかりの一品をお構いなしと幸せそうに頬張るクーの姿にカナタもつられて頬が緩んだ。

 

「ところで、クーさんって色んな世界を旅してきたんですよね?」

「そうですよ。獣耳の獣人だらけの世界やなんか変な果実とか自生している森だらけの世界は刺激的でしたねえ」

「今まで出会った人たちの中で見た目は私たちと変わらないのに怪我の治りがすごく早いとか、異様に力持ちな人達みたいな……有り体に言うと異種族みたいなのに出会ったことってあります?」

「むむっ……ひょっとして、ムゲンさんの体のこと気になってます」

 

 クーの指摘にカナタは我ながらあからさま過ぎたなと悔やみながら、愛想笑いで肯定の意を示した。

 昨日の死闘。自分だってまだニューに殴られた腹部が痛むと言うのに、一番の大怪我をしたはずのムゲンは昨日の今日だと言うのにピンピンした様子でいたのだ。

 レーザーだなんて物騒なものであちこち撃ち抜かれたというのに、一部に絆創膏を貼っただけでどうにかなるという回復力。

 知り合った当初から、丈夫だし力持ちだとは思っていたがここまでくると明らかに異常なムゲンの身体に色々と憶測を巡らさずにはいられなかった。

 

「ムゲンのこと、あれこれ疑うつもりとかはないんですよ? ただ……ムゲンが無茶しすぎたりしないか心配で、ハルくんに相談しようかとも思ったんだけど、あの子もあれで責任感強い子だから、なんというか、気負いあってみんなの間で変な空気にしたくなくて……その」

「カナタさん。大変申し訳ないんですが、わたしったらパフェの美味しさにケチャップ以来の味覚の文明開化を感じているのでここでの発言とか全く覚えてる自信無いんですがね」

 

 珍しく精彩に欠けるちぐはぐな物言いのカナタを気遣って、クーは何てことない明るい口調で暗にここでの会話は他言無用だと伝えると、カナタを安心させられる答えを述べる。

 

「結論から言いますと、ムゲンさんは間違い無くこの世界の人間ですよ」

「その証拠は?」

 

 カナタの尤もな質問に、クーは人目に注意しながらランプから鼈甲色のゴーグルを出して、説明を付け加える。

 

「地下水路のメタロー退治の時に使ったアーティファクトなんですけどね。識別液というものと併用することで対象がこの世界の物かそうじゃないかを判別するんですがムゲンさんには反応がありませんでした。ちなみにわたしやシスターさんにぶっかけるとそのゴーグル越しに青く見えます」

「なるほど。たはは……ありがとうございます、クーさん。折角の席に妙なこと聞いちゃって」

「いえいえ! 一応、お三方のお姉さんポジですので、これぐらい朝飯前ですとも! ぶっちゃけ、わたしもムゲンさんの頑丈さにはどういう仕組みなのかちょっと気にはなってましたし」

「案外、ムゲンもよく分かってないってオチもありそうですね」

 

 天真爛漫な笑顔で胸を張るクーの姿に肩の力が抜けたカナタは食べかけていたチーズケーキを頬張って、苦笑した。

 

「ムゲンさんのことです。大事なことはちゃんとお二人には話してくれますよ。ということで、飲み直しならぬ、食べ直しといきましょう!」

「はい! よろこんで」

 

 得意げにジョッキパフェを杯のように掲げるクーに合わせて、カナタはティーカップをそっと乾杯とくっつけると気持ちを切り替えて、甘味の誘惑に溺れることにした。

 クーと二人でシェアしながら、タルトやティラミスなど気になるスイーツを食べているとテーブルの横を通りかかった二人組に声を掛けられた。

 

「あれ、天風さんじゃん! やっほー」

「こんにちは。奇遇だね、ってことはないかな? ここ人気のお店だし」

 

 カナタが視線を向けるとそこには同じクラスの女子生徒二人組が立っていた。カナタは素早く、友人未満の知り合いモードに思考を切り替えると普段通りの涼しげな笑顔を見せる。

 

「モチッ! ここってば美味しいし、値段も高校生に優しくていいよね!」

「ところで、お連れのお姉さんと天風さんは一体どういったご関係で?」

 

 騒がしい二人組、泉田と須藤の意識は自然とカナタと一緒にいる、謎の褐色美女すなわちクーに向けられる。

 

「ああ、クーさんのこと? バイトの同僚さんだよ。残念ながらGWがほぼバイト三昧で終わっちゃたから、今日はささやかな女子会です」

「んぐ? おおっと! カナタさんのご学友さんでしたか? クー・ミドラーシュと申します! はじめまして、よろしくどうぞー!」

「こ、こちらこそ……あ、はい。日本語お上手ですねー……外国の方でいいんですよね?」

「すげー褐色碧眼美人とか漫画みたいな見た目してるわ。胸もすごいある……私らなんかより、おっぱい大きいわ! これが島国と世界の差!?」

「うん。事実だけど、心の声が肉声になってるから気をつけようね、泉田さん」

 

 自意識の無いクーのワールドワイドなボディスペックに危ないテンションの声を上げる泉田にカナタはスッとツッコミを入れる。

 カフェ・メリッサ一同はそれほど気にしていないが黙っていればまるで海の向こうのお伽噺に出てくるような異国情緒溢れる美貌の持ち主のクーである。実際のところ、外を出歩くだけで本人も無自覚ながら、老若男女を問わず注目を集める異彩の持ち主だ。

 何よりも、黙っていれば神秘的なオーラのある容姿なのに、中身がハイテンションの楽天家なものなのでそのギャップに大抵の場合相手の方が混乱をきたしてしまう。

 

「そういえば、天風さん知ってる? 昨日、この近くでグレイフェイスが出たんだって!」

 

 クーが適当に彼女たちに挨拶を済ましたところで、今度は須藤の方が効き慣れない言葉を口にして話題を切り替えた。

 

「グレイフェイス? ごめんなさい、私はちょっと詳しくないかな?」

「そうなんだ。先月くらいから、ネットとかでも目撃動画とかも投稿されていて有名になってきてるんだけどさ、なんていうか謎のヒーローみたいなの?」

 

 首を傾げるカナタとクーにまるで流行りのアクセサリーショップでも紹介するように須藤の話に熱が入り始めた。

 

「私もまだナマでは見たこと無いんだけどさ! 灰色のズタ袋被った感じらしいんだけど、街で恐喝とか喧嘩してる悪いヤツを退治して回ってるんだって!」

「それはまた殊勝なことで、まるでハリウッドのヒーロー映画みたいかな」

「でね! グレイフェイスの面白いところはさ、被害にあった人にも軽いお仕置きをするところなんだよ!」

 

 ぐいっとカナタたちに寄って、須藤は興奮気味に笑みを浮かべた。

 

「喧嘩両成敗って信念なのかな? とはいえ、街灯とか高いところに吊るしたりデコピン一発とか軽いものなんだけどね。まあ、そのせいで一部ではただの暴漢って非難している人もいるけど、虐めで自殺とか考えてた小学生とかが心から救われたってニュースにもなったぐらい、みんながグレイフェイスに応援の声を寄せてるんだよね!」

「あんたテンションあがりすぎぃ! ガチオタじゃん」

「えー普通だよ、もっとすごい人は自前でフィギュアとか作って動画にしてたし」

 

 謎の怪人物グレイフェイスなるものについて勝手に盛り上がる二人の会話は途中からカナタの耳には届いていなかった。

 

「変わった人がいるんだね……もっと、頑張ってるのがすぐ近くにいるんだけどさ」

 

 件のグレイフェイスについて、ちょっと過激な変わり者程度の認識だったカナタであったがこの数日後、彼女たちは思わぬ形でその謎のヒーローに関わることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 城南学園食堂棟にて――――

 

 午前の授業を終えたムゲン達は何時ものように学園の敷地内にあるこの大きな食堂棟で昼食を食べていた。

 この日はフロッグメタローの一件以来、天風姉弟とも親しくなったガクトとナギコも同席している。先の事件で知った二人の人柄に内心他人への警戒心が強い二人もムゲンのお墨付きという保証もあって、それなりに心を許すようになっていた。

 

「なあ、ガクト。俺のトンカツ一切れやるから、お前のグリルチキン分けてくれ」

「いいぞぉ。あー……お前の昼飯カツカレーだし、みそ汁のフタの上でいいか?」

「サンキュ」

「プロレスラーみたいなガタイの野郎共が新作ケーキを女子がシェアするみたいな感じのやり取りすんな。ってか、なによりオレを間に挟んでやるんじゃねえ、明らかにオレが異物混入みたいになってんだろ!?」

 

 ムゲンとガクトに挟まれて、心なしか肩身を狭くしているハルカが訴える。傍から見たらハルカの方が場違いな感じにすら思える窮屈な図だ。

 

「すまん、天風! 俺さぁ、左利きだから端っこじゃないと隣に肘が当たっちまって悪い気がしてよお」

「気遣いありがとう。けど、だからってオレを狼と熊のビースターズでサンドする必要性ないだろ?」

「流石に俺とガクトの並びは周りへの刺激が強いと思ってハルカで中和しようかと」

「私としては普段クールぶってるハルくんがうろたえるレアな姿が見えるから、必要性はあるよ」

「ムゲン、オレはそんな雑な万能薬じゃないからな。カナねえも煽らなくていいから! ほら、宮前さんなんか笑いすぎて箸止ってるじゃん」

 

 ガクトとナギコというイレギュラーが加わったことにより、生まれた想定外のやり取りに翻弄されてハルカは今までなら学園内では絶対に見せないようなコミカルなリアクションとツッコミの連続を強いられることになった。

 ふいに耳に入る周囲からのシャッター音が聞き間違いだと信じたいハルカであった。

 

「くっくく……ごめんなさい。その、ハルカさんってずっと落ち着いた人だと思ってたから、ビックリしちゃって」

「宮前さんは気にしなくていいよ。あと、オレへの認識はそれであってるから上書きは絶対にしないで欲しい」

 

 実は意外と笑い上戸のナギコは大笑いしてしまうのを必死に堪えていたせいか、顔を真っ赤にして小さくハルカに謝った。そんな律義な彼女にハルカは問題ないと手を振りながらぐったりと椅子にもたれ込む。

 

「はい。素敵な思い出と言うことで特別なフォルダに大事にとっておきます」

「え゛! ちょっと!?」

「クス、ナギコさん……けっこう言いますなぁ」

「だっはは! だろ? うちのナギコはすっげえからな」

「ガッくん……照れるから、声おっきいよ」

「「「ガッくん……!」」」

 

 一安心も束の間、思わぬナギコからのキラーパスに凍りつくハルカと愉快に笑うカナタとガクト。ムゲンはそんな友人たちの姿を眺めて、満足そうにしていた。

 

「食事中にすまない。双連寺ムゲンというのは君のことかな?」

 

 後ろからの声に振り向くとそこには一人の男子生徒がいた。

 学ランの襟をきっちりと正した、栗毛色の髪をした明朗とした雰囲気の生徒だ。

 

「俺が双連寺ですけど、なにかご用ですか?」

「自分は三年の御子神ヒジリって言うんだが、その……君に折り入って頼みごとのようなものがあってな。この後、時間はあるだろうか?」

「大丈夫ですけど」

「助かるよ。外で待っているから、食べ終えたらきてくれ。慌てて食べなくてもいいからな」

 

 ムゲンからの承諾を得たヒジリは少し申し訳なさそうな顔をして、食堂棟を出ていった。後輩であるムゲンたちに対しても、丁寧な言葉遣いで接する彼の誠実そうな姿勢に一同はきょとんと面を食らったがすぐに我に返って突然の出来事に色々な考えを巡らし始めた。

 

「いまのって、風紀委員長だよな?」

「はい。二年の前期から推薦もあってずっと委員長を務めているそうで、一年生の頃から学年の虐めや校則違反の数を減らしてきた実績持ちらしいですよ。図書館のマナー強化活動で何回かご一緒したことありますけど、上級生なのに話しやすくて面倒見の良い方でした」

「すっげえな、それ。で、そんな先輩がムゲンに何の用なんだ?」

「ムゲン、心当たりはないの?」

「ないぞ。もちろん、悪さした覚えもないからな?」

 

 ナギコの情報を元にあれこれをヒジリについての会話が途切れないハルカたち。肝心のムゲンはと言うとヒジリ本人はああ言ったが人を待たせている都合、大急ぎでカレーを平らげると早足で食器を返却する。

 

「そういうわけだから、行ってくるわ。 次って移動教室だろ、悪いが教科書持ってといてくれるか?」

「任せろ。何にも無いと思うけど、気をつけてな」

 

 ハルカたちに一声掛けると、ムゲンは急ぎ足で建物の外で待っているヒジリの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ヒジリの後ろについて三年生の教室が並ぶ廊下を歩くムゲンは少し居心地が悪そうな様子で真っ直ぐに背筋を伸ばして歩く彼の背中だけを見て気を紛らわせていた。

 片や信頼と実績を持ち誰からも好かれる三年の風紀委員長、片や根も葉もないとはいえ危うい噂が多い、周囲からは浮いた二年の異色の組み合わせである。奇異の視線に晒されるは慣れてはいたが落ち着かない。

 それにだ――。

 

「お! どうした二年のやべーやつ。ついに誰か殺っちまって連行されてるのか? 手錠忘れてるぞ!」

 

 制服をだらしなく気崩した生徒が下卑た笑いでひやかしのヤジを飛ばしてくる。こういう誹謗中傷にもムゲンは慣れてはいるが苛立ちを覚えないわけではない。

 ささやかに欠片程度の怒りを込めて睨んでやろうかと思った矢先のことだった。

 

「双連寺は俺の頼みでわざわざ一緒に来てくれたんだ。別に悪いことはしてないし、校則だって守っているぞ……お前と違ってな」

 

 ヒジリはヤジを飛ばした生徒ににこやかな表情で詰め寄ると学ランを内ポケットを強調しながら掴んだ。不可解な膨らみがあるのがムゲンからも見えたが、どうせ煙草でも入っているのだろう。

 

「髪の長さや気崩しは見逃すがこっちは上に報告してもいいんだが、困るのはどっちだろうな」

「真面目君だなぁ御子神はよ、センコーなんか怖かねえぜ?」

「誰が教師にチクるなんて言ったんだ? 俺はPTAやOB会に報告するつもりだったんだが、怖くないようなら校長あたりにも付け足しで報告しておくか」

「はあ!? いや、マジでやめてくれよ、冗談だろ!? 部活の先輩方にぶっ殺されちまう!」

「なら、どうすればいいかは分かるだろう? お前の将来のためでもある、よく考えてみろ」

 

 毅然とした姿勢を崩さず、至極真っ当な言葉と効果抜群の絡めての一言を投げかける御子神に相手はそれ以上、悪ぶることもなく素直に折れた。

 

「あー……二年のよ、悪かったよ。言いすぎた」

「いえ、気にしてないので。あざます」

 

 気まずそうに謝罪した上級生は観念した様子で肩を落とすと居辛さに耐えかねて早足でその場から去っていった。

 そんな一連の出来事にムゲンは実のところ夢のような現実味のない不思議な感覚を覚えていた。カナタとハルカ以外でこんな風に庇われるようなことは無かったからだ。

 白昼夢を見ていたような気分でいると、ムゲンはいつの間にか無人の風紀委員室に通されていた。

 

「すまない。嫌な気分をさせたな、俺の用件はすぐに終わらせるからもうちょっと我慢してくれ」

「ええ、いや……俺なんて庇っても何も得なんてしないですよ」

「ハハッ! 損得なんて考えもしなかったな。非があるのはアイツだったのは明らかだ。なら、風紀委員長の俺がもの申すのは当然だ」

 

 明朗で公明正大な振舞いがどこか眩しくて、思わず卑屈な物言いをしてしまったムゲンをヒジリは笑い飛ばした。

 

「それに俺の知る限りでは双連寺、君は風紀を乱したことはないし、一般的な真面目な学生だと認識しているよ」

「はあ……」

「これでも、風紀委員長として全校生徒の態度なんかは一通り把握しているんだぜ? 双連寺はもっと胸を張っていいんだぞ。まあ、去年の握力計をブッ壊した伝説は俺も驚かされたけどな」

「おっと……なんか、その、恐縮です」

 

 ヒジリの闊達な姿にムゲンはなんだか照れくさくなって、ぎこちない様子で小さく頭を下げた。同時に何故だが 言葉に出来ない嬉しさに震えた。

 正直なところ、御子神ヒジリと言う男はムゲンが初めて会うタイプの人間だった。もっと早くに出会いたかったタイプの人間だった。

 食堂でナギコが言っていたように彼は真面目で毅然とした強い意志をもちながら、堅苦しさは感じさせない誠実が擬人化したような爽やかな男だった。

 

「ただ、双連寺への相談なんだが……その伝説になった怪力がちょっと関わってだな。まあ、まずはちょっとこいつを見てくれ」

 

 ヒジリは明るかった表情を少し曇らせて、古くなった分厚い電話帳を取り出した。

 

「ぬうん!」

 

 気合の声を上げるとヒジリは驚くべきことに両手に持った電話帳を軽々と引き千切ってしまった。頑張れは恐らくは同じことが出来てしまうムゲンも余りにも簡単に分厚い紙の束を破るその驚異的な怪力の前に驚きを隠せなかった。

 

「これはまた……ストレス溜まってるってわけじゃないですよね。驚いたな」

「信じられない話かもしれないが突然にこうなったんだ」

 

 変わり果てた電話帳を片付けながらヒジリは困った顔で言った。

 何でも先月から自覚症状もなく突然にこんな人間離れした力が出せるようになったと言う。本人の細心の注意で体育の授業や日常生活でトラブルを起こさないように努力はしてきたがやはりふとした瞬間に力が勢い余って、ペンや小物を壊してしまうことがあるという。

 

「病院にも診てもらったんだが匙を投げられてな。なんとか誰かに怪我をさせることなく、今日までやってこれたんだが」

「それは、大変でしたね。気持ちは分かりますよ、俺も昔はそうだったんで……ところで異常が出だした頃に変わったものとか拾ったり見つけたりってしませんでしたか?」

「いや。特に身に覚えはないと思うが? 怪しいサプリの類でも出回ってるのか?」

「そういうわけじゃ……ちょっと例え話で。ないなら、いいんです」

 

 

 ヒジリの窮状にムゲンは余り思い出したくない過去を振り返って、にがましい顔を見せた。と、同時に以前のように未発見のライダーメモリアによる暴走を睨んだムゲンはそれとなく探りを入れてみたのだがヒジリはピンとこない顔をしていた。

 

「そこで質問したいんだが、力をコントロールするのに何か良いコツや方法は無いだろうか?」

「そうですね……」

 

 歯切れの悪い切り出しでムゲンは言い淀んだ。

 実のところ、ムゲンの場合は色々と波乱の数年間を過ごしている間に気付いたら慣れていたくちだった。けれど、自分を色眼鏡で見ずに正当に見てくれた上でメリットもないのに謂れのない誹謗から当たり前のように庇ってくれたヒジリの誠実さに思うところが山ほどあるムゲンとしてはどうにか彼の力になりたかった。

 

「実体験じゃないのは忍びないんですが胡桃みたいな硬いものを握ってセーフラインを身体に覚えさせるのは効果あるかもしれないですよ」

「ふむ。それは思いつかなかったな。早速、手ごろな物を探して試してみるよ、ありがとう。胡桃は難しいがゴルフボールでも何とかなるかな」

「あの……もしよけりゃ、空いてる時間で俺も手伝いましょうか?」

「いいのか?」

「バイトもあるんで、それほど気軽にってわけにはいきませんけど、昼休みとかは結構ヒマしてますんで」

 

 気持ちの良い笑顔で礼を言うヒジリにムゲンは咄嗟にそう申し出た。

 恩を返す。と言う訳ではないが、ほんの僅かな交流だがその僅かな間に御子神ヒジリという男の太陽のような眩い人間性は上手く言葉に出来ないが周囲の者に彼に肩入れしたくなる不思議な魅力があった。そのカリスマめいたものにムゲンも突き動かされてしまう何かがあったのだ。

 

「そう言ってくれると助かるよ。よろしく頼む、双連寺」

「……ども」

「うん? 俺の顔に何かついてるか?」

「あ、いや……なんか、先輩ってカッコいいですね、男気あると言うか。俺が女子ならラブレターもんですよ」

「ん? あ、ああ、ありがとう。その、確認しておきたいんだが、双連寺はもしかして恋愛の守備範囲が奔放なレベルに広いタイプだったりするのか? いや、個人の主義主張を否定する気は無いんだぞ」

「待ったぁ! 何を勘違いしたのかは敢えて言わねえけど、俺はちゃんと女子が好きっすよ!」

 

 信頼を寄せられて差し出されたヒジリの手に、ムゲンはややぎこちなく握手を返した。不意に宮前が言っていた彼の功績が脳内に浮かぶ。クラスはおろか学年内の虐めを減らしたというヒジリの人間力が本物であることを実感しながら、ムゲンは心のどこかで自分が惨めで浅ましく思えてしまうような気持ちを感じていたのは誰にも言えない秘密だった。

 

 

 

 

 

 

 それから、昼休みやバイトのシフトが無い日の放課後の合間を見て、ムゲンはヒジリの原因不明の怪力の調整に付き合うことになった。

 とはいえ、出来ることは些細な物で彼が風船や割れ物を壊さずに持ち続けていられるかを見守ったり、腕相撲や手四つと呼ばれるプロレスなどで見られる手と手による掴み合いでどれぐらいの力が掛っているのかをヒジリの感覚と肉体に覚えさせる単純な訓練ではあったが話を重ねる度に、自然体の彼の姿を傍から見ている度にムゲンは御子神ヒジリと言う人間の大きさを改めて知った。

 

 彼は今時珍しいぐらいに正義の人で、同時に献身の人だった。

 困っている気配のする者を見かければ下級生や学外の人でも迷わず声をかけ、虐めのような不穏な空気を察知すれば恐れることなく間に入って仲裁をする。

 ムゲンが驚いたのは、悪ぶった不良まがいの生徒もヒジリの人柄と高圧的にならない穏やかだが隙のない正論の前に観念したように恭順を示すところだ。

 ヒジリの周囲には彼が事件になりそうな事柄に踏み込むとすぐに加勢しようと寄り集まって来る友人達が多いことも不良くずれの者たちが降参する要因かもしれないが、全ては光のようなヒジリと言う人間のひたむきな姿勢があるからこその賜物だろうとムゲンは思った。

 

 だから、自分自身でも珍しく気付けばムゲンもヒジリに懐いていた。

 まるで自慢の兄貴か近所に住む憧れの兄貴分でも出来たような気持ちだった。

 

「ところで双連寺はよくあの双子のご姉弟と一緒にいるようだが、お姉さんの方が好きだったりするのか?」

「へあ? カナタのことですか? あいつは友達ですよ。んな、恋愛的な眼では見れませんって……絶対に尻に敷かれるだろうし」

「意外だな。じゃあ他に好きな女子とかは? 好みのタイプとか流石にあるだろ!」

「なんすか急にぃ? テンションおかしいですよ!」

「クラスのみんなが恋バナとかで盛り上がってたんだ。俺も混じりたかったんだが風紀委員の手前、盛り上がりすぎた話の中に入るわけにもいかなくてな……つまり、羨ましかった!」

 

 だから、気付けばハルカやガクトともしないようなバカバカしくて、くだらないような会話までするようになっていた。

 

「やるせねえもんですね、風紀委員も。でも、やんないですからね俺ぁ」

「そういうなよ。仕方ないから好みのタイプだけで勘弁してやるから、俺からいくぞ? ありきたりだがやっぱり胸が大きい子はいいな。我ながら夢を見過ぎてるかもしれないがこう……あまりの大きさに制服がカーテンみたいにゆらぐくらいに持ち上がるサイズの子と付き合ってみたい」

「あ、ずりぃぞ先輩!?」

「知らんなぁ? 兎に角、俺は言ったぞ、次は双連寺の番だ」

 

 滅多に見せないニヤニヤ顔のヒジリに降参したムゲンは眼を泳がせながら口を開いた。

 これはまだハルカたちにも明かしていない秘密の一つだったりする、

 

「俺はあれですね、俗に言う髪フェチなんですよ。特にヘアカラーなにそれ? みたいな穢れを知らない黒髪が最高に刺さりますね。風に流れるポニーテールとか正直、裸見るよりも興奮します。女子の裸とか見たこと無いですけどね。あと運動の汗や雨で濡れた黒髪も普段とは違った艶やかさと言うか色気みたいなものが醸し出されていて素晴らしいと思ってます、湯上りなんかは語るまでもなく。その場に居合わせられたら脳裏に焼き付けて、夢に出るように祈るぐらい尊いですよね。あとは――」

「ありがとう双連寺。もういいぞ、絶対に口外しないからちょっと落ち着こう」

「ええ? 先輩が振ったんですから、最後まで聞いて下さいよ。あと一時間は語れるんで」

「ハハッ! それは筋金入りだな。俺が悪かったから勘弁してくれ」

 

 開きかけたムゲンのパンドラの箱を慌てて閉じるとヒジリは冷や汗を拭って、くつくつと笑いだした。どこにでもある気の合う先輩後輩の他愛のない賑やかなやり取りだった。

 しかしながら、ムゲンにとってはそれすらも初めての体験だった。カナタとハルカの二人以外に友達なんて不要だと言い切るムゲンだが、この出会いには感謝しかなかった。やっと運が回って来たのだと自惚れてしまうぐらいに。

 だから、数日後にやって来る望まれざる出会いはムゲンにとって、より重く、より辛い試練として圧し掛かる。それをこの時はまだ誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕焼け空はまるで地獄の血の池でも氾濫したのかと思いたくなるような、異様なほどに禍々しい色彩だった。

 道行く人々はそんな空模様にある者は不安になり、ある者は珍しがり、ある者は無関心で昨日までと変わらぬ時間が流れていく。

 人の営みに激動は無く、言いかえれば日々の暮らしとはそんなもんだからこそ。大小様々な争いや悪行の火種もまた雑多に溢れていた。

 

 喧騒から少し離れた人気のない工事現場に出来たとある人だかりもそんな騒動の火種の一つだった。

 不良が多く、黒い噂が絶えない都内某高校の男子生徒数人と二人組の女子高生が対峙していた。ジャージ姿の方の女子生徒が長い黒髪をなびかせて、威勢のいい声を張り上げる。

 

「あんたら、ウチの後輩に粗相したそうじゃん? 警告は一度だけ、詫び入れな! そうしたら、今回は穏便に見逃してやろうじゃん」

 

 鬼灯のような紅い瞳を爛々とさせて啖呵を切る女子生徒は可愛がっている後輩に強引なナンパを仕掛けて、その上思い通りにならないとわざと転ばせて怪我をさせた不良たちに向けて強い口調で言い放った。その手には使い込まれた太い木刀が握られている。

 

「ヒッハー! カッコいいねぇ、先輩ちゃーん」

「よく見たら割と可愛いし、ここで後輩ちゃんと一緒に気持ち良くさせてやろうか?」

 

 不良たちは反省の色の欠片もなく下衆の極みのような笑いを浮かべて二人に卑猥な視線を送る始末だ。

 

「お、忍野先輩っ」

「いいから、安心しなよ。ウチもこういう救いようのないカス相手の方がシンプルで嬉しいんだ。巻き込まれないようにちょっと離れてな」

 

 怯える後輩に忍野と呼ばれた女子生徒は大胆不敵な笑みを見せて落ち着かせると、スッと一歩前に出て手荒くやりあう姿勢を見せた。

 

「キッシシシ! まじっすかぁー先輩ちゃん? 本気で俺ら相手に勝つ気でいるの?」

「あんたらこそ、ウチに勝てると思ってるわけ? それよか、全員進路は新宿二丁目になるんだ! メイクの心配でもしときなよ? なあ!」

「おっふぅぐううう!?」

 

 忍野はそう言うや否や電光石火の足捌きで踏み込むと一番大柄な相手の股間を容赦なく木刀による居合抜きのような一太刀で打ち抜いた。

 

「え? 雑魚くない? 手加減しなくていいんだよ」

 

 呆気なく崩れ落ちる不良を足場のように片足で踏みつけ、忍野はやんちゃな顔で挑発を決めた。

 

「このクソアマ! ボロ雑巾みたいにしてやるからなあ!」

 

 思いもしない先制攻撃と神経を逆なでしまくる手痛いパフォーマンスに一気に血が上った不良たちは一斉に襲い掛かった。忍野も冷静に相手たちとの間合いを計りながら木刀を構えて迎え撃とうとする。

 両者がぶつかり合うまさにその時だった。

 どっちつかずの正義の執行者がその場に乱入した。

 

「いけないな。お前たちは一線を越えた悪だよ」

「こ、こいつ!? グレイフェ……おげえあ!?」

「本当にいたのかよ! 聞いてねえぞ……ひぎっ!?」

 

 灰色の無貌。グレイフェイスは高所から跳躍により降って来るとあっという間に人間離れの怪力で不良たちを一方的に殴り倒して黙らせた。

 その人間と言うよりも野生動物のような力の猛威を思わせる暴れ方に忍野の方も呆気に取られてつい立ち尽くしてしまっていた。

 

「怪我は無いかい?」

「あ、ああ」

「先輩、すごい……この人、最近ニュースになっているグレイフェイスですよ」

 

 自分たちの無事を確かめるグレイフェイスに後輩の方は盛り上がっているが忍野の方は言い知れぬ不気味さに木刀を強く握り締めたまま険しい顔をしたままだ。

 

「助けてくれたことには礼を言うよ。けどさ、あんた……ちょっとやりすぎじゃん?」

「だと思う。それから、私からも言うことがある」

「へえ、なんだい?」

「君の方こそ、ソレは過剰防衛じゃないのかい!」

 

 そういって、グレイフェイスは忍野に向かって突っ込んでくるとチョップを振り下ろした。咄嗟に木刀で受け止めた忍野はその怪力に不味いと察して得物を手放すと身軽な動きで転がって距離を取った。残された木刀はけたたましい音を立てて壊れて、中から鉄芯を晒した。

 

「これはもう凶器だ。罪悪感はないのかい?」

「冗談! こっちはか弱い被害者抱えて来てんだよ? 意地でもウチが勝って、詫びさせなきゃこの子にとって理不尽ってもんでしょ!」

 

 グレイフェイスの指摘に忍野はクレバーだが一理ある反論を返した。彼女は血の気は多いかもしれないが筋の通らないことが許せない義侠心のようなものに溢れた女性なのだ。

 

「悪くない強い心だ。けれど、やはりその木刀は卑怯だ!」

「クッ……!」

 

 忍野の言葉に理解を示しながらもグレイフェイスは喧嘩両成敗の信念のもとに彼女に襲いか掛る。口では強がっている忍野だが一撃受けてみてその力が常人離れしていることを見抜いていたこともあり、万事休すな状況に顔を歪めて、せめての抵抗と痛みに耐えようと身構えた。

 

「だりゃあああああ!」

「ぐおっ!? お、まえは……チッ!」

 

 更なる乱入者の強烈なドロップキックにグレイフェイスは盛大に地面を転がり、そして思わず思考が停止した。

 

「工事にしては物騒な声が聞こえたから気になって顔出してみれば、とんでもないことになってんな。大丈夫かアンタ?」

「ッ……お、おう。ありがと」

 

 灰色の髪に金色の双眸の眼鏡の少年。

 そう、間一髪で現れたのは偶然にもこの場所が帰路の近くにあり通りかかったムゲンだった。

 

「邪魔をするな!」

「うるっせえ! あからさまな不審者に言われたかねえよ!」

 

 明らかに凄みを増して突っ込んでくるグレイフェイスにムゲンは真っ向から相対して力比べの体勢となった。

 

「お前がグレイフェイスか? クラスのみんなが盛り上がってたよ。ヒーローの真似事するなら全身タイツでも着てこいよなあ!」

「黙れ……これは真似ことなんかじゃなあぁぁぁい!」

「なっ!? マジかよコイツ!?」

 

 最初は互角だった二人の力比べは異様な闘志を剥き出しにしてきたグレイフェイスが一気に押し出して優勢な形になった。一方でただのイカれた変質者だと思っていた相手にまともな人間相手では負けるはずがないと自負していた力で押し負けている状況にムゲンは思わず焦った。

 

「さてはお前、メタローか!?」

「なんだそれは? 俺は……グレイフェイス! 悪を許さず、また正義を持とうとしない弱い者に仕置きする制裁者だ!」

 

 裂帛の気合でグレイフェイスはムゲンを投げ飛ばすと迷うことなく自らの在り方を傲岸に主張した。同時に彼の肉体が淡い光を放ったのをムゲンは見逃さなかった。自分がよく知る本来なら、この世界にはあり得ない力の気配と同じモノをムゲンはグレイフェイスから確かに感じた。

 

「こっちは正真正銘、メモリアの暴走だな。いいぜ、なら手加減はしねえよ」

 

 人間相手と加減していては手痛い被害を被ると腹を括ったムゲンは学ランを脱ぎ捨てて、本気の臨戦態勢に入った。

 

「なあ、あんた! 悪いがこれ、ちょっと持っててくれないか?」

「う、ウチか? いいよ、それ預かってればいいんだな」

 

 いきなり現れた乱入者のムゲンから突然眼鏡を渡された忍野は何故かしばらくその素顔を見入ってから、少し動転したような声を上げながら了承した。

 

「助かる。思い出詰まってるからよ、間違っても壊したくはないんだ」

「……オッケ。ウチに任せなよ、傷一つ付けずに守っててやる」

「サンキュ、知らない人」

 

 見ず知らずの自分の頼みを聞いてくれた忍野にムゲンは小さく笑って軽く頭を下げた。そしてメタローと戦うのと同等の感覚でグレイファントム相手に駆け出す。

 

「いくぞ、俺! でやああ!」

「容赦はしないぞ!」

 

 グレイフェイスとの距離を詰めるとムゲンは相手の間合いギリギリ一歩外で踏み止まって、迎撃の一撃を回避すると後の先となる、膝小僧への押し蹴りと命中させる。

 姿勢を崩したグレイフェイスの胸板に前腕を押し付けるように体当たりをぶつけて、怯ませると本命の薙ぎ倒すような回し蹴りと炸裂させる。

 

「この! いい気になるなよ!」

「黙りな。こっちは人間様相手の喧嘩なんざ勘弁したいってのに、世話焼かせやがって!」

 

 グレイフェイスとムゲンはお互いに殴り合い、両者とも相手の拳を受け流す互角の戦いをしながら駆け回る。二人ともがなるべく人目を避けたい思惑があったこともあり、工事現場の奥へ奥へと進みながら喧嘩と言うには技量の高い攻防を繰り広げる。

 

「いい加減にしやがれ!」

 

 しかし、戦いの優劣は人知を超えた怪人相手に戦いを繰り広げるムゲンに分があった。

 グレイフェイスの右ストレートを掴み取るとすかさず相手の片腕を絡め取るように脇で固めると膝蹴りを食らわせる。そのまま、一気に腹と顔を殴りつける二連打を決めるとサービスとばかりに重く鋭いソバットで蹴り込んだ。

 

 

「ぐああ!? ハァ……ハァ……こんなにも、強かったか」

 

 怒涛の連続攻撃を受けたグレイフェイスは瞬く間にボロボロとなり片膝を突いて、肩で息をしていた。意味深な言葉を漏らすグレイフェイスにムゲンは無言で近づくと有無を言わさずズタ袋を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。

 

「それだけはさせないぞ!」

「痛ってえ!? 舐めんなよ!」

「うおあっ!」

 

 

 しかし、それはグレイフェイスの誘いだった。ムゲンがズタ袋に触れた瞬間に手首を掴んで全力で握り締めた。

 思わぬ不意打ちと予想以上の痛みを与えてくるグレイフェイスの握力に苦しむムゲンだが相手を引き剥がそうと我武者羅に腕を振り回し、狙いも定めずに蹴りを放った。

 それはグレイフェイスにクリーンヒットするとその体を吹き飛ばした。同時にそのショックでグレイファントムのポケットからは使用用途が分からない二個のゴルフボールが零れ落ちた。

 

「は? え、これって……は? はあ?」

 

 足元に転がるゴルフボールに見覚えのあったムゲンはそれが意味する予想もしていなかった疑惑に頭が真っ白になった。

 信じられない現実とそんな現実を信じたくない自分の感情がミキサーに掛けられたようにぐちゃぐちゃになって脳内に渦巻き、大きな隙を晒してしまった。

 

「なんでこうなるんだろうな、双連寺」

「あんたこそ……なに柄にもないバカなことやってん―――うっぷ!?」

「バカなことじゃない。これは俺がずっとやりたかったことだ。やらなきゃいけないことだ!」

 

 自分の名前を呼ばれて我に返ったムゲンが顔を上げると無防備だったところに大量の砂を浴びせられ眼潰しをもろに受けてしまう。

 眼鏡をしていれば防げていたかもしれない不意打ちで満足に眼を開けられないムゲンを余所にグレイフェイスはその場から逃げ去った。

 彼の心に深く突き刺さった後悔と不甲斐なさに対する、彼が示した回答である言葉を残して。

 

「ダメだぜ先輩。そんな道は……アンタだけは絶対に渡っちゃダメな道だ」

 

 猛スピードでその場から離脱したグレイフェイス――否、御子神ヒジリの正義に踊り狂わされた姿に怒りとやり切れなさで顔を歪めたムゲンは重い口調で一人呟いた。

 正義と言う名の無情な道化師がまた誰かの人生を狂わせようとしている。よりにもよって、初めて同世代の人間で信頼と言う友情とは違った人間として大切な感情を持った相手がその蜘蛛の巣のような罠に掛ろうとしている。

 彼を止めなければならない。

 ショックで動揺している場合ではないと、ムゲンは見知らぬ他校の女子生徒に預けたままの眼鏡のことも忘れて走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 有栖川家屋敷――

 

 メリッサが定休日ということもあり、また万が一第三者に話を聞かれることを懸念したムゲンにこの場に呼び集められたカナタたちはそこで御子神ヒジリが巷で話題のグレイフェイスであり、不安通り何らかのライダーメモリアを所有していることを聞かされた。

 

「信じられない。そんなバカげたことするような人には見えなかったし」

「ムゲンに電話をもらってからグレイフェイスの方をちょっと調べてみたけどな。正直なとこ、かなり賛否両論って感じだな」

 

 屋敷の広く古めかしい趣のある居間でムゲンが出くわした詳しい話を聞かされたカナタたちは改めて顔色を変えて踊りた。とはいえ、事前に大まかな事情を知らされたハルカは短い時間でこの問題を解決するために役立つ知識にならないかとかき集めたグレイフェイスという存在にまつわる情報をみんなに伝えた。

 グレイフェイスは少なくとも一か月前、三月の終わり辺りから活動が見られたことと、つい先日にカナタがクラスメートから聞いた噂話の通り喧嘩両成敗のように街で見つけた問題を起こしている加害者と被害者の両方に制裁を与えるスタイルの自警活動を行っているようだ。

 その活動を目撃した部外者には特に危害を加えるようなことはしないのでその制裁の詳細がネットを通じて拡散されて、不安だらけの世知辛い社会に現れた救世主と讃える熱狂的なファンがいる一方で、見境のない危険な暴漢と変わりないと怯える声も目立つという。善悪の是非を問われる非常に取り扱いが難しい話題の人といった感じのようだ。

 

「なんていうか、イジメはイジメられる側にも問題があるって理屈を極端にしたような行動理由だな」

「うん……私が聞いた話にも助けられた人もいるのは確か見たい。だけど」

「先輩のやり方は絶対に罷り通っちゃダメなやり口だ。何よりもあの人が救われない」

 

 カナタが言いかけた言葉をムゲンが繋いではっきりと言い切った。

 その眼には普段のムゲンでは絶対にしないような強い怒りと憤りがこれでもかと煮詰まっているようだ。

 

「持て囃してる連中もすぐに自分にも危害が回ってくるって察して白々しく手の平を返す! 時間がない、すぐに先輩にバカやめさせねえと! クーさん!!」

「はい!?」

「先輩が嘘ついてたらそれまでだが、メモリアを持ってる様子は無かったのにさっき取っ組み合いになった時は確かにメモリアの気配があった。一体どういうこった?」

「それはわたしも……今の段階では皆目見当がつきません」

「ハッキリとした答えじゃなくてもいいんだ! クーさんの予想でも思いつきでもいい、なんかあるだろ!」

「落ち着きなさいな、ムゲンちゃん」

 

 いまにも噛みつきそうな剣幕でクーに詰め寄るいつもとは明らかに様子の違うムゲンをシスターが肩を掴んで窘めた。カナタとハルカも自分の知らない一面を見せるムゲンに息を呑んで見入ってしまっていた。

 

「ムゲンちゃん、あんたなんか変よ? 見て見なさいな、カナタちゃんとハルカちゃんの顔。衝撃映像すぎて顔面蒼白って感じよ」

「あ……わりい、二人とも。自分でもこうなると思って手綱握ってもらうために連絡したのに熱くなりすぎてたよ」

 

 まるで別人のような荒れた物腰の自分に軽くショックを受けている二人を見て、ムゲンは申し訳なさそうに謝った。一度深呼吸をして、落ち着くと自分の中でごちゃ混ぜになった気持ちを整理して順に説明を始める。

 

「前の川津と違って、先輩があんなことやってるのは性根が腐ってるとかじゃない気がするんだ。だから、なんとか平和的に解決したいんだ」

「それには反対する気はないけどね、ムゲン」

「どうして、そんなにあの先輩に肩入れするんだ? もしかして、実は昔馴染みの知り合いとか?」

 

 今までのムゲンには見られないメタローやライダーメモリアによって変質してしまった者への拘りがカナタたちにはどうしても引っかかっていた。

 これまでのムゲンは無法を働く怪人に立ち向かい、問答無用で倒して終わりというある意味でさっぱりしたスタンスだった。それが今回は明らかに違っているのがカナタたちには気になって仕方がなかった。

 二人の最もな質問に少し前から機会があるときに思い切ってみんなに打ち明けようと決めていたムゲンは踏ん切りをつけて口を開いた。

 

「あの人のいまの危なっかしい正義感を見てるとな、嫌でも昔の自分を思い出すのさ」

「それって……」

「言っても、俺の場合は先輩みたいに立派な人生なんて送ってないし、たったの一度でお先真っ暗になったわけだけどな」

「ちゃんと聞かせて、ムゲン。私たちはしっかりとムゲンのことを知りたい」

「俺の昔話はちょっと長いぞ? あと、面白いものじゃないからな」

 

 きっちりとそう断りを入れてから、ムゲンはカナタ達に今までずっと話そうとしなかった昔の話を聞かせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 なんて、雰囲気作ってみんなに話し始めたとはいえ俺にはそんな大層な経歴とかなんてないんだが。大きな転機は11歳の春になるわけだが、その前に少しだけ俺――まだ双連寺じゃなかった■■ムゲンがどういう子供だったのかを話そうか。

 

 家族は地方じゃそれなりに有名な大手グループが経営している大型ショッピングモールの店長をやってる父親が一人。母親は物心ついてすぐに病気で他界した。兄弟はこの時はまだいなかった。

 家族仲は良くはなかったかな、親父は仕事と自分が大事な人だった。家庭内暴力とかを振るってくるよりはマシだが自分や母親には無関心だったと思う。

 

 なんせ、身寄りのない孤児から血の滲むような努力でコネもなく、ただの実力と実績だけで支店長とはいえ大手デパートの店長の座にまでのし上がったのだから自分自身が誇らしくて、大切でも無理のない話だとは後々には思った。それに店長ってことは従業員の生活も背負ってるからな、自分の家族なんて二の次にでも嫌でもなるんだろうさ。

 そんな仕事を持つ人間を親に持って生まれたせいもあって小さい頃から転校が多くて、友達を作る、仲良くなるって意識は思えばこの頃からどこかで欠けていたのかもしれない。同時にアニメや漫画で出て来る親友ってのに薄っぺらで漠然とした憧れもどこかであったのかもしれないな。

 

 親父の店長就任が正式に決まって、西日本の■■県にある過疎化が懸念され始めたとある地方の町に引っ越してからは高校進学で上京するまでの長い時間をその土地で過ごした。ロクな思い出はなかったけどな。

 その町で暮らし始めて最初の二年はまあ、そんなに不自由や苦労はしなかった。俺の家自体はデパートの店長って身分から寂れて埃被ったような商店街の人間たちからは良く思われてなかったけど、ガキだった俺にまで悪口を言ってくる人はいなかった。

 何より、親父が経営するデパートがオープンして地域活性化に成功したもんだから無下に扱うわけにもいかなくなったみたいだったしな。

 ちょっと話が脱線したな。まあ、俺はその頃からあまり周囲の人間に歓迎されていない環境にいたって程度に覚えておいてくれればいいさ。

 

 本命の話に入ろうか?

 切っ掛けになったのは小学五年生に上がってすぐのことだ。

 学校帰りの通学路で近所に住んでいる友達が同じクラスのガキ大将気取りの生徒とその取り巻きにイジメられているのを見つけた。以前から都会からの転校生というのを理由に筋の通らないちょっかいを出されていたのは知っていたがあそこまで露骨にイジメられているのを見るのは初めてだった。

 別にその友達とは大親友ってわけじゃなかったけど、家も近所で向こうも転校生ってことでそこそこ親近感もあったから、俺は深く考えもせずに止めに入った。

 何より、聞いているだけでムカついてくる罵詈雑言を並べて、寄ってたかって一人を嬲るってやり方も気に入らなかった。

 

「くだらないことすんなよ」

 

 そう言って、割り込んだ俺にいじめっ子の連中は食って掛かってきたが丁度、時報が鳴るような夕暮れ時で仕事終わりの大人たちも目立つようになったこともあって、その日はあっさりと引き下がっていった。

 

「大丈夫か?」

「ありがとう。でも……」

「気にするな。今度、俺がピンチな時は助けてくれよ。友情パワーだ! なんてな」

 

 半泣きだった友達の■■の手を握って立たせると俺は少し得意げに笑って見せた。

 ■■はそんな俺にボロボロと泣いて、何も言わずに逃げ去るように自宅の方へと走って行ってしまった。

 それが俺が■■を見た最後の姿だ。

 俺が漠然とした正義感から助けた友達は次の日に、遠くの町へと転校していったのさ。

 後から聞いた話だがそいつが転校するのは二か月も前から決まっていたそうだ。

 友達だと思っていた■■は結果的にこれから俺に降りかかるであろう災難を知りながら、見て見ぬふりをして逃げ出したのだ。

 後の日々の中で■■のことを恨まなかったと言えば嘘になる。

 裏切られたような気持にもなったし、薄情者めと怒りも覚えたが冷静になって考えてみれば■■からしてみたら俺の方が遅すぎるお節介焼きだと恨めしく思えたのかもしれない。

 なにせ、今日一日耐えるだけで解放されるというのに、その最後の一日になって急に割り込んできて親友面してきたんだ。腹立たしかったかもしれない。

 

 次の日から、俺は自然とイジメの標的にされた。シンプルにそれまで憂さ晴らしにイジメていた奴が消えた代わりに、自分たちに楯突くムカつく奴が現れたのだから、こうなる流れは予定調和と言えばそうだ。

 気に入らないよそ者だった俺へのイジメはすぐに過激になり始めて、。上履きに画鋲を仕込まれる定番のネタから、集団での無視。ストレートな嫌がらせに口汚い罵声から、暴力。

 丁度、いじめられっ子を生意気にも庇ったヒーロー気取りのいけ好かない金持ちのボンボンという、誇張され改竄された悪のレッテルを張られた俺に味方は誰も居なかった。友達だと思っていた奴らは両手で数える以上はいると思ってたんだけどな。

 イジメの首謀者のガキが田舎特有の見えない影響力を持った元名士の家の者だってのも不味かった。片田舎じゃ警察や学校よりも下手したら発言力を持ったそいつの家の力も働いて、イジメの過激さはブレーキ知らずの勢いで加速していった。担任の先生も俺のことなんて居ないものとして扱うぐらいだ。

 

 だから、流石に俺も親父に泣きついたよ。

 助けて、お父さんってな。

 そしたらなんて返ってきたと思う?

 

「何をされてもお前は絶対に手を上げるな。手は打ってやる」

 

 親父が俺に言ったのはそれだけ。

 パソコンのディスプレイから顔を上げることもなく、片手間のような言い方の一言。

 もうちょっと親なら慰めるなり、励ますなりの言葉ないのかと思ったよ。

 代わりに俺に渡されるのは子供には不相応な額の金だった。

 封筒が直立するような札束と他所から雇ったお手伝いさん。それでお仕舞いだ。

 

 言いたいことは山ほどあった。

 それでも、自分は泣いている奴を守ったんだ。弱い者いじめから友達を守る、正しいことをしたんだと自分に言い聞かせて、そんな父親の言いつけを守った。

 

 連中は俺が反撃してこないと分かると更に付け上がった。

 石を投げられ、教室だろうとお構いなしに悪口を言われ、叩かれて。

 でも、それでも……唯一の家族の父親の言葉を信じて耐え続けた。

 だけど、何の変化も起きずに一週間が経った。

 その間、家に親父が帰ってくることはなかったし、電話をしても出てくれない。

 朝起きると深夜に手短なメールでの言葉が返ってくるだけだ。

 後で分かることだが仕事と並行してその間に親父が何をやっていたかと言うと詳しくは省略するけど、まあ普通の人の親ならまずしないような人でなしみたいなことをやってたよ。

 

 お手伝いさんも親父から必要なこと以外は喋るなと厳命されているからと、泣きつくことも出来なかった。

 むしろ、そんな目に遭ったからか俺は俺で意固地になって泣きも怒りもせずに無表情、無感情でいるようになっていった。

 ついでに、自分は何も悪いことはしていないのだからとイジメてくる連中への意趣返しとばかりに学校には休まずに登校してやった。それが面白くなかったのだろう、ある雨上がりの日のことだ。

 

 俺は人気の少ないガラクタ置き場に無理やり連れてこられた。

 生意気だ。その目つきが気に入らない。金持ちだからって威張るなよ。

 さっさと自殺でもして楽になれよ。お前のこと見てると目が腐るんだから責任とれよ。

 その日までにもう百回以上は吐きつけられた悪口と同時に不意打ちで俺はその辺に落ちていた蛍光灯で頭を殴られた。

 

 調子に乗ったガキってのは加減を知らない。

 蛍光灯が砕けるぐらいの勢いで殴られた俺は水溜りに音を立てうつ伏せで倒れ込んでしばらく動けなかった。その間にも連中のゲラゲラと笑う胸糞の悪くなる笑い声だけが鮮明に耳に響いていた。

 ゆっくりと上半身を起こすと水溜りが水鏡になって顔面を血と泥水でぐちゃぐちゃに汚れた惨めで情けない自分を映し出していた。

 どうして、俺はこんな目に遭っているんだろう?

 俺は、俺には誰も味方になってくれる人も居なくなるような……そんな悪いことをしたのかな?

 イジメられて泣いていた■■を、面白がって他人をイジメて楽しげに笑うこいつらのことが見過ごせずに助けに入ったことは間違ったことなのかな?

 あの時、自分を動かした正義感は正解の答えじゃなくて駄目な不正解?

 正しいのはこいつらの方?

 俺は許しを請わなきゃいけない悪い奴?

 

「よおぉ? 土下座して毎日五千円友達料でも払うんなら許してやるぞ?」

 

 肥満体のイジメの主犯が俺の頭を泥だらけの靴で踏みつけながら、鼻息荒く嗤いやがった。

 

 違う。違う、違う、違う!

 違うだろう!

 俺は間違ったことなんてしちゃいない!

 

 泣いて悲しんでいる奴を、一人きりで蟻のように群がる理不尽に苦しんでいる奴を助けることが間違いなもんか。罰を受けなきゃいけないような悪いことであるもんか。

 もしも、俺をゴミでも見るような目で見下して、ゲームでも遊ぶように暴力を振るうこいつらが正しい側だと正義が味方するのなら、俺は正義なんてものは大っ嫌いだ!! こんな下衆なことが正しいことだなんて、俺は認めない!!

   

「ああああああああああああああああ――――!!!!」

 

 心の中で自分を堅く硬く固く、親父の言葉を馬鹿正直に信じて自戒するように無理やりに抑えつけていた錠が音を立て砕け散ったような感覚が全身を駆け巡った。

 指が折れるぐらいに強く握りしめた拳で俺は目の前の喋るクソの塊みたいなそいつを殴りつけた。

 それが引き金になって俺は獣のように荒れ狂って、その場にいた奴ら全員を殴って殴って殴り続けて、それまで積もりに積もった怒りを燃料にして狂ったように暴れ回った。

 

 どんなことをしたのかははっきり覚えていない。

 分かるのは自分の両手が連中の返り血で真っ赤に染まって、騒ぎに気付いて止めに入った大人たち相手にも襲い掛かり11歳の子供が出せるはずのない馬鹿力で殴り飛ばして圧倒して、目の前に映る全てが敵に思えて、体が動く限りに殴り、蹴り、噛みついて人の形をした理不尽に抗った。

 暴れて、暴れて、それでも腹の底から湧き上がるドス黒い怒りの衝動は収まることもなく俺の体を無理やりにでも動かしていた。

 そして、最終的にたった11歳のガキだった俺は刺又を持った大人五人掛かりが束になったことでようやく取り押さえられて、その日の事件は幕を閉じた。

 でもな、これが始まりだった。

 俺にとって地獄の五年間の最初の一日目がこれだった。

 

 

 



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第12話 アッシュ・プライド/二つ星、出会えたなら

連休皆様いかがお過ごしでしょうか?
今週も無事に最新話更新できました。

前回に引き続き、前半はダークで重いですが後半は頑張って熱くなっているはずです(汗)


 夕闇に染まり出す都会の街並みを衆目から逃れるような動きで一つの人影が超人的な動きで跳び渡っていた。

 跳躍。跳躍。疾走。跳躍。

 常人では絶対に不可能な動きであるビルの屋上へと降り立った影の正体――グレイフェイスは肩で息をしながら、興奮した様子で自分の象徴でもある灰色のズタ袋を脱ぎ去り、御子神ヒジリの顔を晒した。

 

「くっ……どうして、こんなことに!」

 

 思わず感情的な声を上げてヒジリがビルの壁を叩くとコンクリートの硬い壁が容易く砕けて拳の形のクレーターが出来上がった。

 いま彼は無自覚ながら、その肉体は淡い光に包まれている。

 力強く、猛々しい真紅の光だ。それは紛れもなくライダーメモリアが生み出す、奇跡にも似た人の領域を超えた力の一端である。

 

「なんで! あんなところで双連寺に出会うんだ」

 

 ヒジリは頭を掻き毟って、先刻の運命の悪戯のような出会いを恨んだ。

 他人からしてみたら馬鹿げているか狂気の沙汰とも思われるかもしれない世に正義を伝えるためのヒーロー染みた自警活動。

 慎重に、用心をして行動した甲斐があって一カ月以上は足がつくことなく継続できたと言うのにまさかよりにもよって、御子神ヒジリとしてこの授けられた力の相談をした可愛い後輩に正体を知られてしまうだなんてお粗末にも程がある。

 

「双連寺に嘘をついた罰でも当たったんだろうか? いや、報いを受けるのなら俺にはもっと他に山程あるだろう。そもそも、あいつの好意を俺は最低の形で裏切ったんだ」

 

 ヒジリは初めてムゲンに相談を持ちかけた時に僅かに嘘をついていた。

 正確には彼自身がその体験をおぼろげにしか覚えていなかったので、悪意のある欺瞞というわけではないのだが。

 かつての経験から、ヒジリは常に悩みと無力を抱えて生きてきた。

 この世界は理不尽が多すぎる。人は平等を尊びながらも社会はヒエラルキーが数億年単位で積み重なった地層のように固定化されていて、身分や権力、力の貧富は凝り固まっている。

 

 そこは是非もないと、受け入れられる。

 ちっぽけな人間一人ではどうしようもできない人類全てにとっての命題だ。

 けれど、それを差し引いてもこの世界は善意が脆く、悪意は強いとヒジリは思うようになってしまっていた。持ち前の正義感を胸に、風紀委員としてあの手この手を駆使して学園内の問題に立ち向かった二年間。周りは自分の実績を称えてくれた。イジメのような行為は減り、学園内の雰囲気や学園外からのイメージも近年稀に見るぐらい清浄なものになったと。

 嬉しくは思うがヒジリは納得が出来なかった。そして、本当ならば学園中に声を大にして訴えたかった。

 

 では、何故! それらは消えてくれないのか。ゼロにならないのか。

 イジメも違反も、減少傾向にはある。けれど、一時でも無くなったことはなかった。自分や自分の信念に共感してくれる仲間たちが必死で活動しても、その想いや正義はどうしてこうも広く伝わって後に続いてくれないのか。もっともっと、力が欲しかった。

 見るものを鮮烈に引き寄せて、この背中を見て誰もが自らを追いかけてくれるような圧倒的な力が欲しい。何もかもが足りないとヒジリは公正明大な気持ちの良い人物を必死に保ちながら、いつしかその心の裡にはなりふり構わない力への渇望が生まれていた。

 

 祈りにも似た強すぎる思いが呼び起こしたのかある日、彼は夢のような不思議な体験をした。

 空から降って来たカードのような物が吸い寄せられるように自分の体に入っていったのだ。自分と引かれ合って溶け合うように、光の粒子になって一体化するように。

 しかしながら、委員会の活動が多忙な時期で疲れ切っていた当時のヒジリはその出来事を明確に覚えておらず、寝ぼけて見た夢の程度にしか思っていなかったのだ。

 故に彼の強い祈りによって発現したライダーメモリアの効果を正体不明の奇病か何かと勘違いしていた。

 

ライダーメモリアに映っていた戦士は真紅の拳持つ、もう一人の嵐の男。

 奇しくもヒジリが求めた大いなる力の体現者。

 孤独な一陣の風で終わるはずだった自由と平和を守る守護者の疾走を繋ぎ止め、次代へ連綿と続く大旋風へと昇華させた正義の系譜の立役者。

 力の二号。仮面ライダー二号のライダーメモリア出会ったことは必然であり、皮肉のようなことだった。

 

 数奇な運命から力を手に入れたヒジリはこうして悪を挫き、弱きを仕置きして、善を勧める歪んだ正義の制裁者グレイフェイスとしての活動を始めてしまったのだ。

 全ては名前も顔も知らない多くの人に悪意の誘惑に負けずに善意を軸にして強く生きることで誰もが理不尽な悲しみや苦しみに遭わない世界を作るために。

 

ヒジリは過去を追想して、自らを嘲笑した。

あんな風に意気込んでおいてその結果がご覧の有様だ。一介の高校生相手に苦戦をして、こうして正体まで露見してしまった。

 

「きっと、説得したとしても双連寺はこんなことに共感はしないだろうな。なら、どうすればいい」

『お困りのようだね』

 

 今後の進退を思案していたヒジリの脳内に自分のものではない声が響いた。慌てて周囲を確認すると目の前で突然に不思議な光を放つ火の玉が現れて、脳内へと語りかけてくるではないか。

 

『我々はメタロー。君が望む力を与えられるものだよ』

「メタ……それは双連寺が言っていた」

『クク。君のことをずっと見ていたんだ。その、傲慢なほどの望み、私は嫌いじゃないぞう? どうかね、我々――いや、私と手を組まないかね』

 

 ムゲンがこの謎の発光する知的生命体と思わしき存在の事を知っていたのにもヒジリは疑問と驚きがあったがそんなことは目の前で流暢に会話を行っている現物の前には些細なことだった。

 

「ちょっと待ってくれ。色々と想定外がありすぎて気が狂いそうだ。俺を見ていただって?」

『そうとも。君の願い。君の嘆き。君の憤怒。そして、夢を実現させるために動いた君の行動力。素晴らしいじゃないか』

 

 自分の常識を超える出来事の連続にパニックになりそうなヒジリの心の隙に付け込んでメタローは甘く、老獪な言葉を巧みに使い彼の裡へと深く、深くと入り込んでいく。

 

『君のプランは実に秀逸だ。善悪相殺……民衆に行動を徹底させるのに何が必要なのかを君は熟知している。だがね、まだまだ青いなぁ。完成度をより高めるためにはまだ足りないものがあると私は思うのだがね』

「そ、そうなのか? 一体なんなんだ」

 

 共感。肯定。無条件の理解と言う許容からの動揺を誘う改善点の提示。

 自ら狂気の沙汰と自覚していただけに、メタローの甘言は綿に水を垂らすようにヒジリの心の奥底にまで浸透していた。

 

『破壊だよ。クラッシュ&ビルドだ。君のその素敵な願いを確実に数多の民衆に思い知らせるには一度、全てを白紙にする必要がある。君だって、薄々は気付いているはずだ?』

「……一理はあると思う。けど、それは出来ない。どんなに上手くやっても犠牲がでるやり方だ。無関係な人を巻き込むわけにはいかない」

『君らしくない発言だねえ。では問おう。無関係、いいや無関心とは君が許せぬ正義を持てぬ弱者と同じく……いや、それ以上に罪なことではないか?』

「え……ま、待ってくれ。それは」

『君は賢い。だから、私の言わんとしていることを理解しているだろう? 分かりきった問題に、この期に及んで眼を背けると言うのかね? ここまでの事をやっておいて、手抜きをすると?』

「いや、まだ考える時間を……でも、そうだ。ずっと徒労だったんだ。俺の中の固定概念を壊して、限界を越えなきゃ。け、けど……上手くいくのか? 本当に俺の望みは叶えられるの、かな?」

『安心したまえ。我々の目的は叶うとも! 世界を壊すと言う、我が愛しき同胞たちの望みがね』

 

 天使のように繊細に、悪魔のように大胆に、メタローはヒジリの本来の願いと目的を捻じ曲げて都合のよい尖兵として調整していく。

 ただでさえ、自分の正体がムゲンにバレたことにより精神の平静を保てていなかったヒジリはメタローの悪意しかない洗脳に陥落しかけていた。

 

 

『さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

「ア…ァ…アアアアアアアア!!」

 

 目星をつけていたヒジリが既に抗える精神状態ではないと確信したメタローは仕上げに取り掛かった。揺らめく炎が猛けり、その光景に既に見惚れていたヒジリの意識はあっという間にメタローに掌握されてしまっていた。巧妙な話術で殆ど心を解放させていたヒジリの肉体に入り込むとメタローは彼と融合し――いや、彼を侵略して全く別の存在として変貌を遂げていく。

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

 光が収まるとそこには異形の影一つ。

 白に近い灰色をした古代ギリシャの勇者を思わせる姿に、両手にはそれぞれ漆黒の剣と盾が握られている。

 だがしかし、悪を滅ぼす正義の剣士然としたこのメタローの顔はまさかのピエロ顔ではないか。

 サーカスでひょうきんに戯れるあのピエロだ。

 二股帽子にメイクを施したような白一色の無機質な顔に双眸は黒一色。唇にあたる部位には血のような赤色が横一線を描いたようなおぞましい道化の頭部を持つ、ちぐはぐでアンバランスな意匠の異形。

 不気味で滑稽なその姿は正義と言う名の劇薬に狂い果てるまで踊らされているヒジリ自身の自嘲の念か、あるいは重なった悲劇と間の悪さから翻弄される彼を笑って愉しんでいるメタローのささやかな余興からの作用なのか。

 

 戦士にも、愚者にもなれないどっちつかずの哀れな道化師。

それこそが御子神ヒジリが変貌したクラウンメタローであった。

 

『さて、まずは君を悩ませる厄介者を片付けようじゃないか?』

『……許してくれ、双連寺。お前がどうしても邪魔なんだ』

 

 心を囚われ、悪魔の囁きを受け続けるヒジリの人格が据わった声で呟くとクラウンメタローは二号のライダーメモリアで大幅に強化された怪力に依る跳躍である場所を目指して闇夜に消えた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、有栖川家屋敷には鉛のような重い沈黙が包まれていた。

 ムゲンが語る彼の幼少期の理不尽や陰湿では言い尽せない惨たらしい過去に大人であるシスターやクーでさえ、慰めの言葉もかけることが出来ずにやりきれないといった渋い顔をして口を開くことが出来なかった。カナタとハルカも俯いて、ずっと黙り込んだままだ。

 

「とりあえず、こんなところで前半終了ってところか? 全く、我ながら笑い話にもらなない思い出だぜ」

 

 案の定、通夜か葬式のような空気になった一同を見て、ムゲンだけがシスターが淹れたコーヒーを啜りながら苦笑する。

 だが、そんなまるで他人事のようなムゲンの姿にカナタとハルカは突発的に詰め寄るとそれぞれの片手でその胸倉を乱暴に掴みあげた。

 

「ちょっと、お二人とも落ち着いて! 突然どうされたんですか!?」

 

 急な出来事に驚くクーを無理やり立たされたムゲンが片手で制してから、真っ直ぐに二人へと眼差しを向ける。

 

「だから、最初に言っただろ? 面白い話なんかじゃないってな。つまんねえ話聞かせやがって、みたいな苦情は受け付けないぞ?」

「ふざけないでよ……言えるわけないじゃない、そんなの」

「オレたちが怒ってるのはな。なんでお前が受けた理不尽塗れの話をムゲン本人がそんな呑気な顔で話せるかだよ!」

 

 カナタもハルカもその瞳には同情を越えた怒りや悔しさが宿っていた。

 幼いムゲンを襲ったあらゆる悪意、あらゆる不条理が憎いと思った。けれど――。

 

「ムゲンは悲しかったんじゃないの! 悔しかったんじゃないの? うん、悔しくて許せなかったはずじゃない!」 

「まかさ、しょうがないけどそういう奴らもいるから仕方ない。だなんて、受け入れたなんて言うんじゃないだろうな」

 

 何よりも、二人が不服だったのはそんな陰鬱を極めた町ぐるみの虐めを受けた筈のムゲンが、この場にいる誰よりも怒って、嘆いて、喚いても許されるはずのムゲンがなんてことのないような顔をしているのが許容できなかった。

 

「お前たちらしくねえな。まだ続きがあるって前提を忘れるなよな」

 

 怒れる二人の手を優しく解きながらムゲンは落ち着いた口調で答えた。居間のソファーに座り直すと大きく伸びをして、再び二人の目をじっと見て少し愉快そうな声で言う。

 

「とにかく今は最後まで俺の話を聞いてみな。一応、俺の中ではハッピーエンドで終わる話なんだ。納得できなくてぶん殴りたけりゃ、聞き終えてから好きにしな」

 

 あんまりにも場の空気に不釣り合いなムゲンの様子に困惑の色を見せるカナタたちの返事を待たずに彼は続きを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 俺が大暴れしてから一週間が経った。

 その間に俺の預かり知らぬところで色んな事が動いていて、俺も自分の身体に起きた劇的な変化に驚いていたりと目まぐるしいことになっていた。

 まず、俺自身のことなんだが我ながら完全に頭が真っ白になった状態で本能と怒りのままに暴れた結果、両腕を始めとしてあちこちの骨が折れていた。肉体が俺が振り絞って出した底力に追いつけなかったのが原因らしい。ついでに言うとその骨折が信じられない速度で完治もしたというオマケ付きで。

 この時は町から少し離れた大きな市民病院に担ぎ込まれたこともあって比較的マシな扱いと正当な看病を受けたよ。地元の町医師がやってる診療所は例の元名家様の一族らしくて、俺のこと出禁にしてたからな。市民病院に勤めている職員達は俺のことを気味悪がってはいたが差別もせずに接してくれた。

 とは言え、俺の境遇や理不尽なイジメの被害者だと知って救いの手を差し伸べてくれる人はいなかった。まあ、これはクソったれの身内が騒ぎが余所にバレるのを懸念して裏から手を回していた影響があったから、彼らに非はない。

 

 一方で、町での俺の認識は完全に切り替わっていた。それも最悪の方向へとだ。

 それまで腫れ物扱いだったのが恐ろしい危険人物扱いへとランクアップした。学校で俺がイジメられているのを知っていながら、二の舞になるのを恐れて知らぬ存ぜぬを決め込んでいた生徒や先生たちも、明確に俺に嫌悪や恐怖の感情を隠さなくなった。

 陰湿な嫌がらせは無くなったのと俺が念入りにボコボコにしてやったイジメの主犯だった元名家のお坊ちゃんはそれがトラウマになって引きこもりになったのはいまでこそ不謹慎だとは思うが清々した。

 

 問題はここからだ。

 結局、親父との約束を破った俺は退院してしばらく経ったある日に絶縁状を突きつけられた。お抱えの弁護士にも助力して作成された法的に効果を発揮するタイプの一級品の絶縁状だ。

 流石に内容は当時11歳のガキには理解は出来なかったが不味い状況になっているのは肌で感じた。そんな俺の反応を想定していた親父はまるで息の根を止めるようにこんな風に言ってきた。

 

「十五歳までに内容を理解して、お前のサインを書き込んでおけ。それまでは養育のための金は出してやる」

 

 それだけ言ってさよならだ。

 いっそ、バカ野郎だの親不孝者って頬でも引っ叩いてくれたらまだ親らしく感じたんだが向こうは恥晒しの厄介者にそんな労力や気配りをするのも無駄だと思っていたと見える。

 こうして口に出して語っていくと改めて呆れるほどゾッとする俺の元親父だけど、コレで終わらないのがあの人のえげつないところだ。

 親父は俺の知らないところで町の人間と秘密の交渉をしていた。

 今回の暴力事件は外部に漏れるとお互いに良くない案件だから口止め料を条件に無かったことにしてくれと。そして、俺はもう■■家の人間ではないから親父と会社に今後、俺にまつわるどんな問題が発生した場合においても一切持ち込まないで欲しい。その代わりに俺のことは好きなように扱ってくれても構わないって言う密談だ。

 まあ、簡単に説明すると一種の人身御供だな。

 ■■家――というか、親父が自分と家族よりも大切な仕事を守り抜くための生贄やデコイにされたわけさ、俺は。

 

 え? 一人息子をそんな風に扱ったら元も子もないって?

 確かに、常識的に考えればそうだよな。だけど、あの頃は町の連中も親父もついでに俺もどいつもこいつも頭のネジが吹っ飛んだみたいに歯止めがないまま狂っていた。

 まず、町の連中はその条件を受け入れた。

 そして、親父は交渉成立から三日も経たない内に養子を迎え入れた。自分と同じで天涯孤独だけど、才覚豊富な俺よりずっと年上の高校生だ。名前や顔は会ったこと無いから知らねえけどな。

 俺が相続するはずだった遺産やら権利やら諸々は全部その義理の兄にあたる有望な後継ぎ様に譲渡された。親父が一時期、仕事と並行して夜遅くまで手を打つと俺に言っていたのはこの養子を選りすぐるのとさっきの絶縁状を作るためだった。

 この事実は高校進学する寸前に気付いたことなんだけどな、あの時親父が俺に言っていた「手を打つ」って言葉は俺を助ける手段じゃなくて、最初から自分を守るための意味を持った言葉だったのさ。

 全く、自己愛が強すぎて悲しくなるどころか呆れて笑えてくるぜ。

 結局、■■ムゲンはただ一度きりの正義感に突き動かされた行動が切っ掛けで、イジメられ、町の人間から危険人物扱いされて、ついでに実の父親からお前は不用品になったからもう要らないって廃棄処分されたのさ。

 俺が前にクーさんに正義の心を燃やせだなんて言われてそっぽ向いた気持ちもちょっとは分かるだろ? 

 別に性悪説とか小難しいこと主張するつもりはないがよ、正義の味方だなんて口が裂けても名乗りたくなかった。それぐらい、本当にあんな目に遭うのは懲りたんだよ。

 

 さて、俺の聞いた人が食欲不振、不眠症待ったなしの昔話もクライマックスに入っていくから、もうちょっとだけ辛抱してくれよ。悪いな。

 なんだかんだで、11歳にして身内から棄てられた俺は町の外れにある空き家へと摘まみ出された。一応、町の外っていう世間の目や倫理問題に助けられて身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんは派遣してもらっていたから野垂れ死にすることはなかったけど、こっから先は中学卒業まで続く、喧嘩の日々が始まることになる。

 というのも、引き籠りになったイジメっ子君には兄貴がいた。

 そいつが弟に輪をかけたような見栄っ張りでな、仇打ちをしないと気が済まないって毎回のように徒党を組んで喧嘩仕掛けてきやがった。

 ただ前と違っていたのは俺の方も自分を取り巻く状況に自棄になった狂犬状態だったからよ、喜んで喧嘩だ、決闘だのを片っ端から買い尽してやっていた。

 

 ほぼ毎日、毎日、イジメっ子兄の取り巻きや腕に覚えのある奴らが俺一人を狙って襲い掛かって来た。何度もボロボロになりながら、俺はそいつらをありとあらゆる手を尽くしてぶちのめす日々だ。

 連中に負けない為に、強くなる為に、色々と学んで身に付けた。

 Yourtubeとかの動画サイトで格闘技やプロレスの動画を漁りまくって、ネットで人間の急所や喧嘩の体験談とかも見て回った。覚えた技を試しながら、たまにミスって痛い目を見ながらずっとずっと喧嘩を繰り返す。

 数年に渡る闘争の日々で数え切れないぐらい怪我もした。骨折みたいな大きなものだって、複数回はあったと思う。

 ただ、何でかは分からないがその度に俺の身体はどんどん丈夫になって、握力を筆頭に力もどんどん強くなっていった。傷つけば傷つく度に今度は壊れないとばかりに強化していく感じだ。傷を作るごとに、痣を作るごとに、俺は強くなった。

 そんなこんなで一対多数の喧嘩と言う名の戦争を繰り返している内に周囲の俺への認識はもう一段階変化した。

 

 いつしか俺は誰からも町に居座るこの世の物とは思えない力を持った凶悪な怪物のように扱われ。そして、俺に復讐するために徒党を組んで襲い掛かるゴロツキたちはそんな怪物を退治するために果敢に立ち向かう勇者様ご一行みたいな認識へとすり替わっていった。

 みんなが俺のことを怖がって、消えてくれって訴える眼で見てきた。 

 俺の視線の動き一つ、手足の動きの一つに命の危機を感じるように怯えていた。

 そんなんだから早めに家事を覚えて、親父の命令で俺の面倒を見にくるお手伝いさんには早い段階でもう来なくていいとこちらから申し出て、自然と俺は本当に一人ぼっちになっていった。

 血も涙もないような話だけど確かに鉄パイプを捻じ曲げたり、大の大人を片手で振り回すガキいたら怖くなるのも当然だ。化け物にだって見えるさ。人間が平和に暮らす寂れた町で俺だけが人間じゃなかった。見た目も同じ、喋る言葉も同じ、傷口から流れる血の色だって同じなのにな。

 

 えーっと、流行りのゲームでよくある集団で大きな獲物を倒すやつがあるだろ。

 そう、レイドボスだったか?

 退治されるべき怪物みたいな扱いにされて、自分自身もその在り方を流されるような感じで受け入れて、だったら意地でも負けてやれないと死に物狂いで抗って。

 今なら言えるけど、俺も連中も引き際を間違えたんだよ。越えちゃいけない一線を越えて、意地を貫いた結果が五年近くに渡る不毛な争いってわけだ。

 正直、俺も中学生になる頃には自分が正しいとか、連中が誤ったことをしているとかそんなことは考える気力も失せていた。

 

 嬉しいも悲しいも、苦しいも楽しいも――何もかもがどうでもよく思えて、考えられなくなっていた。考えたくもなかった。

 俺を動かすのは俺のことを狙って襲ってくる奴らを必ずぶちのめしてやるって腹の底で燃え上がって、手足を無理やりにでも動かそうとする怒りだけだった。

 結果から言うと、最終的に俺は俺でやりすぎた。

 どっかで立ち止まって考えることが出来ればまた違った結末があったのかもしれない。だけど、俺はそれを放棄して被害者面をするにはあまりにも多くの人を傷つけ過ぎていた。

 どちらも酷い加害者で、どちらも酷い被害者って結果を残して小学五年生の時から中学卒業まで続いた馬鹿げた争いは痛み分けで終わったんだ。

 

 ちょっと横道に逸れるけど、キャンプを始め出したのもこの頃だな。

 日曜日にまで喧嘩仕掛けに来る暇人共が家にまで押しかけて来るのが鬱陶しくなって、少し遠くの人気のない河原で一晩野宿してみたら、居心地良くてな。

 それから休日の殆どは早朝から遠方の野山に繰り出して、ひっそりと独りでキャップか野宿か分からないようなことをやっていた。

 人里を避けて、隠れて暮らす昔話の赤鬼みたいにしている時がその頃の俺には唯一、人間でいていい時間だった。

 もっとも、その時間でさえ泣いたり笑ったりも出来なかったけどな。

 何もかもが手遅れでその頃には俺の心はどうしようもなく擦り減って、灰のように燃え尽きていたんだと思う。

 そんなこんなで味気のない灰色の中学生活をやり過ごして、無事に城南学園に合格した俺は逃げるようにあの町を去って、いまに至るってわけだ。

 思えば小学校時代から振り返っても、大暴れした日以降は体育祭も修学旅行も行事ごとは全部、自主欠席。卒業式も不参加の思い出もクソもない五年間だった。

 

 言い忘れるところだった。

 例の絶縁状は上京する一日前にきっちりと元親父に叩きつけてやった。

 最初で最後に親父だった他人の顔面を全力で殴りつけてやって、あいつの血をインクにして捺印してな。

 別れ際の言葉はお互いに何も無かった。

 本当にろくでもない親子だよ。

 

 俺は上京した日から晴れて母方の姓と母さんが個人的に残してくれていた僅かばかりの遺産だけを譲り受けて、双連寺ムゲンとして生きていくことになったわけだ。

 

 

 

 

 

 

「あー……喉渇くな。柄にも無く喋りすぎた。シスター、コーヒーのおかわりもらいますよ」

 

 あらかたの過去を言い終えたムゲンはシスターの返事も待たずにカップにコーヒーを注ぐと一口で飲み干した。

 そして、浮かない顔で周囲を一瞥した。

 ムゲンの予想通りの反応がそこにはあった。

 カナタもハルカも怒りを通り越して、放心したように立ち尽くしていた。クーは声こそ押し殺していたが青く大きな瞳からボロボロと涙を流して泣きじゃくっていた。シスターも普段の陽気さは消え失せて、片腕を服がしわになるほど強く手で握り、やり切れない顔で唇を噛んでいた。

 

 みんなの沈痛な顔を見て、ムゲンは小さくため息を吐いた。

 絶対にこうなると思っていたから、ずっと自分の過去は可能な限り喋りたくはなかったのだ。この何よりも得難い、やさしい人たちに胸が締め付けられるような嫌な思いはしてほしくなかったから。

 

「さてと、堕ちるとこまで堕ちた俺の昔話……大逆転のエピローグに移るとしますかね」

 

 その言葉に四人全員が体に電流が走ったように顔を上げてムゲンを見た。

 カナタとハルカは居ても経ってもいられずに、再びムゲンに詰め寄ってジロリと険しい目をして睨んでいる。

 

「ムゲン……ッ」

「おいおい、怒るなぁ。最近の映画じゃエンドロールの後に絶対にこんな感じでどんでん返しが流れるだろ? これから俺が話すのは嘘偽り、誇張表現一切なしの俺の本心だ。それを忘れないでくれ」

 

 ムゲンは微動だにせず、静かに熱の入った眼差しでカナタとハルカのことを見つめて語り始めた。絶望のどん底にまで転げ落ちていった彼を拾い上げてくれた救いの物語を。

 

「上京した俺を待っていたのは俺のことを見ても襲っても来ない、石も投げてこない、目線を逸らして舌打ちもしてこない大勢の人でごった返したこの大都会だった。正直、呆気に取られたよ」

 

 都会は冷たいところだと勝手に思い込んでいただけに肩透かしだったとムゲンは笑った。

 

「そもそも、数え切れないぐらいの人間で溢れているんだから俺みたいなガキ一人に関心なんて寄せないわな。それでも道を尋ねればスーパーのおばちゃんなんかは優しく教えてくれる程度に人情もあって、あんなに安心できたのは何年振りかって感じだった」

 

 クーも泣きやんでちゃんとこちらの話を聞き出したのを確認するとムゲンはどこか苦しげな笑顔を浮かべて、言葉に熱を込めながら喋るスピードを上げ始めた。

 

「でもな、それ以上誰かに歩み寄るのがどうしても出来なかった。怖さとか諦めとか、色々と不安がこみ上げていったのもある。何よりもまた同じことの繰り返しになるのなら友達とか知り合いとか作る意味が見出せなかった」

 

 入学して最初の頃は見ず知らずのムゲンの事が珍しくて、話しかけてくれる生徒もそれなりにいた。ムゲンもそんな彼らと親しくなりたくて言葉を出そうとして、どうしても声が出なかった。口が開けなかった。

 身も心にも深く刻まれた苦しみがムゲンを縛り付けて許さなかった。

 再び受ける裏切り、拒絶、痛み、幼い頃に味わった地獄のような経験がフラッシュバックして、ムゲンを逃がしてはくれなかった。

 だから、すぐにムゲンには無口で何を考えているのか分からない近寄りがたい人間と言う認識が生まれて、近づこうと考える人間はあっという間に居なくなった。

 

「俺は俺で自分を変えようって頑張れたら良かったんだけどよ、恐ろしいもんで独りきりで満足だって考えちゃってよ。あの頃の俺は本当に燃え尽きた灰だったのさ」

 

 新天地の高校に入学してから一週間。

 ムゲンは無為で無意味な時間を送っていた。自殺だなんて手段は御免だが、だからといって夢や、やりたいことなんて見出せずに、ただ呼吸をして生きている。無駄に命数を浪費して、ゆるやかに死ぬために生きているそんな廃人のような生き方だった。

 

「真っ暗闇の中を当ても無く彷徨って、底無し沼の奥へと自分からゆっくりと深みへと向かって行くような毎日だった。いつ、名前も顔もよく分からないクラスのみんなが昔みたいに俺を化物を見るような恐怖と憎しみに満ちた目で見てくるのかと思うと怖かった」

 

 だから、空気のように生きていた。

 炎も熱も失った、何の役にも立たない燃えカスの灰と同然の生き方を強いられたわけでもないのに選んでいた。

 消えて居なくなってしまえる機会があるのなら、それに身を委ねてしまいたい。

 もしも、道を歩いているときに突然トラックや電車が自分に目掛けて突っ込んできたのなら素直に受け入れられただろう。

 それぐらい、ムゲンが心に負った傷は重篤で生きる意欲さえ希薄だったのだ。

 でも、世界は最後の正念場でムゲンを見捨てはしなかった。

 ムゲンにとっては太陽よりもあたたかで、満月よりも優しげな、奇跡の眩さを放つ運命の二つ星と巡り会う機会を与えてくれた。

 

「そんな時だった。クラスの人気者だった双子が揃って威張った上級生に絡まれてるのに出くわしたんだよな」

 

 紛れも無く初めて言葉を交わしたあの日のことを話しているムゲンの声が心なしか嬉しそうになったのをカナタとハルカはすぐに気付いた。

 

「完全にあの日のデジャブを感じて立ち去ろうとしたんだ。けどよ、意味分かんねえ理不尽な文句を吐き並べる上級生の声が嫌でも耳に入ってきて、なんて言うのか血が騒ぐというか、勝手にこの手が力み出してさ……自分でも知らない内に脅かしてやるための缶コーヒー買って、乗り込んでたよ」

 

 理由なんて、分からないし説明も出来なかった。

 ただ一つ言えるのはムゲンの体は覚えていた。

 あの日のように理不尽を見過ごせずに立ち向かう事が間違いなんかじゃないと命を燃やして暴れた遠い記憶のことを。

 それがムゲンの心が辛い記憶と封をして目を背け続けていたとしても、その肉体は理不尽を許せずに敢然と抗った幼い日の彼の選択と痛みを誇らしいものだと刻み込んでいた。

 

「一騒動の後でお前たちは俺のことをあれこれと調べたり観察してただろ? 最初は戸惑ったし、警戒もしたけどすぐに杞憂だって分かったよ」

「どうして、そんな風に思えたの?」

「そりゃあ、五年間も敵意や嫌悪感を剥き出しにした連中と殴り合ってたからな。その手の居心地の悪くなる気配は何気に聡いんだぜ、俺」

 

 カナタの当然の疑問にムゲンは得意げに答えて見せた。

 

「すぐに分かったよ。この双子たちは純粋に俺のことが面白そうなやつかもしれないから、付き合って楽しめるかどうか調べてるなって」

 

 普通ならば、不愉快に感じるかもしれない当時の天風姉弟の行動。けれど、灰のようにくたびれ果てていたあの頃のムゲンにはそれが新鮮で嬉しく思えていたのだ。

 

「実を言うと俺もそんなお前たちを見守るのが楽しくて仕方なかったんだぜ?」

 

 笑いを堪えきれずに震える声でムゲンはあの日を回顧しながらカナタとハルカに言った。二人の反応が新鮮で興味深くて、意識せずにはいられなかった。

 明日はどんなアプローチで自分を観察するのだろう。こんな自分を眺めて、何を思うのだろう。少なくとも敵意や悪意のようなものは感じられない不思議な双子たちは自分に何を思い、何を望んでこんなことをするのだろう。いつしか、ムゲンは天風姉弟の行動に胸の高鳴りを感じていた。

 

「そしたら、スポーツテストの日のコンタクトだ。嬉しくて、気がおかしくなりそうだったよ」

 

 ハルカに突然声を掛けられて二人一組のペアを組んで、その後にカナタも加わって一緒に昼食を食べた。その日から何となく気が付けばムゲンはカナタとハルカと一緒にいるようになった。

 

「いまだから言うけど、あの日は家に帰ってから嬉しくて情けないぐらい一人で泣いてたよ」

 

 玄関のドアに崩れ落ちるようにもたれ掛かって、熱い涙を堪えることなく気が済むまでムゲンは泣いたのだ。嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎて、泣いた。

 双子たちの真意は全て読み取れていたわけではないが、何となくムゲンには分かっていた。カナタとハルカが下心や打算から自分に声を掛けたわけじゃなく、単純に構って遊んだら面白そうと言うある意味純粋で奔放な興味本位で歩み寄ったことを感じとっていた。

 

「それでも、色々と考えるのは止めなかったぜ? これからも二人と一緒にいても本当にいいのかなって。無い知恵を絞って一晩よく考えて……結局俺は二人に委ねることにしたんだ」

 

「え……?」

「なに言ってるのかちょっと分かんないかな、ムゲン」

 

 困ったように笑うムゲンが口にした予想外な言葉にカナタたちは首を傾げてその意味の真意を尋ね返した。

 

「つまり、昔のトラウマで自分のことも信じられなくなってた俺は一か八かでお前たち二人に好き勝手に振り回されてみようと思ったのさ。その結果――最後の最後で俺は賭けに大勝ちした」

 

 自分にだけは本当の素顔を見せてくれるカナタとハルカに振り回されて過ごす日々はムゲンにとって、全てが新鮮で幸せだった。

 人間はいつだって不自由な世界で建て前と方便を着込んで生きている。

 けれど、この二人はそんな不自由な世界でしょうがないと頭を垂れて生きるのではなく、世界にひと泡吹かせてやろうと自由の意味を逆手にとって最大限に自分たち流で奔放に鮮烈に生きている。   

 何せ、半端な覚悟じゃ殆どの人間相手に猫被って姉弟二人だけの世界を作り上げて生きるなんて真似できやしない。

 

「二人を見ていて、価値観をブッ壊されたよ。それからいい意味で世界が広がった。人並みに合わせて生きていかなくても良いんだって気付かされたんだ」

 

 太陽も月も空さえ無くても、大地の上で自分の力だけで輝いてやると吠える星のような我が道をいく二人の在り方にムゲンは救われた。

 二人がムゲンに取ったリアクションは彼に対しての肯定でも否定でも無く。共感とも少し違う。自分たち、二人だけの世界に受け入れることだった。

 ただそこに居ても許される、それが何もかもに拒絶され、捨てられた過去を持つムゲンには本当に心癒される救いの手だった。

 

「カナタとハルカに出会えてから、また毎日が楽しく思えるようになった。明日が来るのが待ち遠しく感じられるようになった。ああ、そうだよ……俺は誰でも無い二人にハッピーエンドにしてもらえたんだ」

 

 自分たちの出会いの裏側でムゲンがそんな風に思っていただなんて知る由も無かった二人は鳩が豆鉄砲でも食らったように驚いて、それから二人揃って、瞳を熱く潤ませて何も言えなかった。

 

「この先の人生は分からねえ。でも、俺は何時だって胸を張って言えるんだ。カナタとハルカ、二人に出会えて友達になれたあの日から……それだけで俺の人生はハッピーエンドなんだってな!」

 

 迷いなく、誇らしげに言い切って、ムゲンは大きく頷いた。

 

「以上。めでたし、めでたしだ。満足したか?」

「ムゲン……重いよ、バカ」

「全くだ。オレたち、そんな大層なこと思ってなかったぜ」

 

 カナタとハルカは必死に涙を堪えながら、熱い吐息交じりに震える声でそう言って二人して思わずムゲンに抱き着いた。ずっと、こんな風に思われていたなんて予想外にも程がある。けれど、他でも無いムゲンに――自分たちの唯一の親友にそんな風に思われていたことが感無量だった。

 

「あれだ。価値観の相違ってやつ? 俺はそう思ってるけど、別にお前らが変に気負う必要はないって話。むしろ、ワガママを言うならいつも通りの三人でいられることを願うよ」

「芸能人夫婦が離婚した時の定番の理由じゃないか、縁起悪いぞ」

「いいんだよ。それこそ人間、気持ちの持ちようで何だってポジティブに捉えることもできるってもんだ。人間研究学者みたいなのに話してやったら貴重なサンプルケースだって褒められるかもよ?」

「クス……それは思いつかなかったなあ」

 

 どこか自信満々でおどけるムゲンにカナタとハルカはくだらないとにこやかに笑っていた。変わらない、いつもの日常のいつもの三人の在り方に自然と戻っていた。

 

「ムゲンさぁあああああん!」

「おおっと!? クーさん!?」

 

 すると今度はもう待たなくていいだろうとまたボロボロと泣きじゃくって、鼻水まで垂らしたクーが猛然とムゲンに抱きついてきた。

 

「ごめ゛ん゛ざい゛いいいいい! わたし、ムゲンさんがそんな辛い思いしていたとは知らずにあ゛んな゛ごどおおおお!」

「いいって、大丈夫。クーさん、大丈夫だから落ち着いて! もう気にしてないから、むしろ今この状態の方が気になるんですけど!? 鼻水がね! 俺の顔近くに迫ってるのォ!」

「お休みになったら、一緒にキャンプしましょ! 楽しいヤツ! すっごい楽しいヤツ! わたし全力で盛り上げますから!」

「オッケー! 楽しみにしてるから、クールダウンして鼻水拭いて下さいクーさぁん! 口に迫ってる! 迫ってるから! 俺はそこまでマニアックじゃないからァ!」

「寂しい時はいつでも呼んで下さいねえええ! わたし、抱き枕ぐらいにならなってあげますからぁああああ!」

「ひゃぁー……やっぱ、気恥ずかしいなこういうことするの。そう、でだ。御子神先輩のことだがよ」

 

 感極まって暴走したクーを何とか引き離して落ち着かせると、火照りを覚える頬を手で扇ぎながら、ムゲンは気持ちを切り替えて早急に解決しなければならない問題を切り出した。

 

「つまり、あの人はなんて言うかガキの頃の俺の成功したパターンと言うか、あの時期に近くにいて欲しかった感じの人って言うかさ」

「シンパシーを感じるから放っておけないんでしょ?」

「そう、それだ! 流石カナタだよ。最近はさすカナって言うんだっけ?」

「ムゲン……まだなんか照れ隠しでカラ回ってるぞ。深呼吸してみ?」

 

 過去話と一緒にカナタたちに対する恩情や慕情と言った大ボリュームの想いを全部吐露したことがまだ少し照れ臭くて、ぎこちないムゲンをハルカが苦笑しながらなごやかにツッコミを入れる。

 その手はすでに素早い動きでスマートフォンを操作して、親友のために情報をかき集めに掛っていた。

 

「兎に角、まずはグレイフェイスもとい御子神先輩を見つけ出すことだね。でも、向こうもムゲンが正体に気付いたってこと分かったんだよね? だったら……」

「カナねえが予想した通りになってると思うぞ? グレイフェイスの目撃情報があった」

 

 ハルカは発見した画像付きの書き込みを二人に見せた。グレイフェイスの目撃情報は意外な場所を写していた。

 

「おいこれ……メリッサじゃん!?」

 

 ムゲンが驚きで声を上げるのも無理はなかった。何故ならグレイフェイスが現れたのは他でも無いカフェ・メリッサが写っていた。

 

「やっぱりね。御子神先輩はムゲンを待ってるんだよ。正体を知られた以上は何とかしないと都合が悪いから」

「ありがたい。探す手間が省けたな……まずは先輩をとっ捕まえないと始まらないからな」

「オレもいく。ちょっと手荒だけど最悪ビッグダインを使えば確実に身柄は確保できるだろ?」

「悪い、ハルカ。今回は俺一人で行かせてくれないか? 色々と言ってやりたいこともあるからな」

 

 玄関へと向かうムゲンに同行しようとするハルカをムゲンは引き留めた。

 

「それよか、みんなで先輩を捕まえた後のことを考えておいてくれないか? 説得はしてみるつもりだけど、自信無いからよ」

「分かった。オレたちだって自信はないけど、知恵を出し合ってみるよ。気をつけてな」

「ムゲンちゃん。アタシからもいいかしら?」

 

 ムゲンの想いを汲んだハルカは肩をすくめて、不本意ながら了承と伝えるとその背中を強く押し出した。すると、音も無くハルカの後ろに立っていたシスターもムゲンへと言葉を投げかける。

 

「ムゲンちゃんの身体のことだけど、人間ってね視覚や聴覚の機能を失うと残った器官が欠けた場所を補うように異常に優れることがあるそうよ。その人をちゃんと生かしてあげられるように肉体が守ろうと頑張るんだって」

 

 シスターは怪力に始まるムゲンの肉体の秘密に一つの仮説を立て、気休めになればとそれを話して聞かせ始めた。

 

「だから、ムゲンちゃんの身体の強さも丈夫さも傷の治りの早さも全部……アナタの身体が貴方に生きていて欲しいと願っての働きなんじゃないかとアタシは思うわ。だから、余り自分を過小評価するのはおよしなさいよ。良いオトコよ、ムゲンちゃんは。アタシがお墨付きをあげちゃう程度にはね♪」

「それは……気合入れていかなきゃ、男がすたるってもんですね。ありがとうございます!」

 

 ワザとらしいくらいにキメ顔で投げキスを送るシスターにも見送られてムゲンは胸を張って飛び出すとビッグストライダーを駆ってメリッサへと向かった。

 

(もしも、ムゲンちゃんの症例をカテゴライズするのなら後天的突然変異。噛み砕いて表現するのなら……ミュータント。この世界にただ一人の異形ということになるのかしら?)

 

 ムゲンを見送りながらシスターの胸中はその実穏やかではなかった。

 

(超常の力無きこの世界で、唯一の例外……ただ一人の異形に相当する少年が仮面ライダーになる。そんなところまで原典たちを再現させなくてもいいでしょうに)

 

「アタシが言えた義理じゃないけど神様って、本当に悪趣味ね。誰かさんも含めて」

 

 

 

 

 

 

 カフェ・メリッサの近くにある小さな公園にグレイフェイスは佇んでいた。

 既に餌は撒いた。必ず、彼は――ムゲンは自分に会いにやって来るという自信があった。すると、狙ったかのように近づいてくるバイクのエンジン音。

 

「会いたかったぞ、双連寺」

「先に逃げたのは先輩だろ、海外ドラマに出てくるめんどくせー女みたいなこと言うんじゃねえよ」

 

 静まり返った夜の公園でグレイフェイスとムゲン。

 正義と言う名の気まぐれな概念に翻弄された光と影のような二人は再び対峙した。

 

「あんたの性格からして、言っても聞かないかもしれないがもう一度言うぞ。こんな、先輩に似合わないこと今すぐに止めろ。これ以上進めば破滅しか待ってないぞ」

「この期に及んで俺を気遣ってくれるのか? ありがとう、双連寺。でも、もう遅い」

 

 断言したグレイフェイス――御子神ヒジリの体が不気味な光を放つと瞬時に異形の姿へと変貌した。剣と盾を持つ、おぞましくも滑稽な意匠のクラウンメタローだ。

 

「メタロー!? いや、メモリア持ってたんだもんな、連中が嗅ぎ付けて巣食っても当然か」

『彼から、お前のことを聞かされたぞ。ずっとこの世界のために戦っていたんだな。なんて勿体ない力の使い方をしていたんだ双連寺は? この世界から醜い悪を取り除くことだってお前になら出来たと言うのに、お前は何もしなかったんだな?』

「生憎だが俺は世界だ、正義だのためになんて戦う気はゼロなんでね」

『失望したよ。お前は真面目な生徒で可愛い後輩だ。俺の邪魔さえしなければ監禁する程度で許してやろうと思っていたが、正義溢れる世界のための犠牲になってもらうしかないな』

 

 メタローの素体にされ、只でさえ不安定だった心を抱えていたヒジリはその精神を汚染され完全に歪んだ本来の彼とは異なる人格でムゲンを責めるような言葉を浴びせてくる。

 だが、そもそも戦う理由がまるで違うムゲンはその詰るような言葉を簡単に払いのけると、デュオルドライバーを装着した。

 

「奇遇だな。俺もあんたがメタローになっちまった以上はまずはぶっ飛ばす! ありがとよ、事情がシンプルになってやり易くなったぜ」

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 自らの過去をみんなに打ち明けて、負い目などから解放されたムゲンはいつもより、ずっと力強く迷いのない動きでデュオルに変身すると、既に剣を振り上げて迫って来るクラウンメタローに挑んでいく。

 

『俺は俺が願う世界のためにお前だって制裁する! もう言葉なんかじゃ止らないぞ! 俺が、このクラウンメタローが成そうとすることを悪行だと思うのなら力づくで捩じ伏せて見せろ!!』

『望むところだ! かかって来い! 仮面ライダーが相手になるぞ!!』

 

 拳を交えることに葛藤や迷いはないと二つの人知を超えた者たちは激突する。

 それはなんと数奇な巡り合わせか、仮初とはいえ技の一号と力の二号の力を手に入れた者たち同士の戦いでもあった。

 上から斬り裂こうとするクラウンメタローの黒剣を上段蹴りで薙いだデュオルは片手で防護の構えを取る敵の黒盾を抉じ開けながら正拳突きを叩き込む。

 

『なんのォ!!』

 

 一歩の後退で踏み止まったクラウンメタローが異形を赤い光で包みながら――ライダーメモリアの力を引き出して袈裟切りを繰り出した。デュオルは横っ跳びで回避したが背後にあった普通自動車は重く鋭い剣撃でチーズのように寸断されると爆発炎上してしまった。

 

『おいおい……怪力にも限度があるだろ』

『シャアアアアア!!』

 

 すぐに体勢を直して、斬り掛って来るクラウンメタローの黒剣に細心の注意を払いながらデュオルは迎撃する。

 ライダーメモリアとメタローという人外の力が混ざり合い驚異的な怪力を発揮するクラウンメタローの黒剣は大斧の威力も有しながら、片手剣の小回りも損なわれていないという出鱈目な武器になっていた。

 アウトドアを嗜むからこそ、斧の切れ味と一撃の重さを知っているデュオルはその危険度を察して冷や汗ものだった。何せ、場合によっては簡単に片腕が飛ぶのだ、恐ろしいどころの騒ぎではない。

 

「なんだいまの爆発!」

「あれなに! TVの撮影かなにか!?」

「すげえ、ヒーローみたいなのと怪人が戦ってる!」

 

 加えて、カフェ・メリッサがあるのは住宅街。自動車の爆発で二人の戦いに気付いた付近の住人達が大騒ぎを始めてしまった。

 

『チッ……ついてこい、デュオル! 人が集まってこられたら満足に戦えない、仕切り直しだ!』

『名案だな』

 

 無関係な人々を巻き込むのを良しとしないクラウンメタローは跳躍か飛行か分からないような驚異のジャンプ力で飛躍するとその場を離れた。デュオルもそれを追いかけて、二人は夜の魔天楼を跳び駆けながら戦いを継続した。

 

『この辺りなら文句ないだろ! オォオオオ!!』

『そうだな。じゃあ、改めてその命を貰うぞ!』

 

 やがて二人は閑散とした教会に辿りつくと余計な憂いを捨てて、しのぎを削り合う。

 巧みな剣捌きで斬撃の嵐をデュオルに見舞うクラウンメタロー。唸りを上げて閃く刃が教会の壁や街灯を次々に寸断していく。

 剣と盾を的確に扱い、攻防共に隙のない戦い方をするクラウンメタローにデュオルは自在跳躍を活かしたヒット&アウェイに切り替えて対応する。

 降り注ぐ矢の雨、あるいは投擲された槍の濁流のような連続の飛び蹴りを浴びせ続けて、クラウンメタローが疲弊するのを待つ。

 

『小賢しい真似を! 正々堂々と戦って見せろ!』

『ハン! 善悪相殺だなんて、見境のない暴漢みたいな馬鹿やってるくせに口を開けば綺麗事かい? 欲張りすぎなんだよ!』

 

 クラウンメタローがどんなに剛剣を振り回しても飛燕のような身のこなしでデュオルはそれを巧みに避けてはカウンターの一撃を浴びせていく。大半は盾や剣で防御できるが姑息とも思える戦法にクラウンメタローは苛立ちを募らせる。

 

『欲張りなものか! むしろ、今までの俺が甘かったんだ! イジメも違反も言葉で説いて止めさせても根本的な解決にはならなかった!』

 

 叫びと共に唐竹割りの一撃が異様な唸りを上げてデュオルを襲う。どうにかクラウンメタローの右手首を掴んで食い止めるがすかさず正面に構えた黒盾を叩きつけられる。

 

『ぐうっ!? だから、痛い目を見せて躾けるってか? ペット相手にしてるんじゃないだぜ、IQ下がってんじゃねえの?』

 

 ダンプカーに追突されたような衝撃を受けて、苦悶しながら吹き飛ばされるデュオルが地面を転がりながら、体勢を戻す。だが、視界を前に向ければそこには追撃に黒剣を振り下ろすクラウンメタローが眼前にあった。慌てて不格好に横に転がってかわしたがデュオルだが、寸前までいた場所には斬撃によって巨大な亀裂が出来ていた。

 強がってみせるが状況は悪かった。手数で攻めて、押してはいるが一撃をもらえば形成をひっくり返される。それぐらいクラウンメタローの攻撃力は尋常ではなかった。

 

『悪とは不愉快な雑草だ。根から根絶しないとダメなんだ。スクラップ&ビルド……彼がが教えてくれた! 全てを破壊して真っ白の更地にしないと何も変わらないんだ!』

『バカを……言うな!』

 

 デュオルの言葉など聞く耳持たないとメタローに吹き込まれた過激なプランを救世への妙案とばかりに叫ぶクラウンメタロー。

 そんな信念も何もかもを失って、御子神ヒジリとしての強さをかなぐり捨ててしまっているクラウンメタローにデュオルは真正面から殴りかかった。

 

『ふざけんなよ! 更地にするだぁ? あんたはみんなに悪意に流されない正義感の強い心を持つように変わって欲しかったんじゃないのか! やるべきことが違うだろ!』 

『お前に何が分かる! 俺のやり方じゃ所詮は微々たる成果しか出せなかったんだ。必死になって一人、二人をイジメから助けても、別のところで違う問題で苦しむ人たちが五人、六人だって現れる。新学期が始まってすぐに起きた理科部副部長の不祥事だって、俺や風紀委員は無力だった。被害に遭った生徒たちの力になってやれなかった』

 

 デュオルの拳を堅牢な黒盾が阻む。だが、デュオルは力強く全身の力を乗せると無理やりに拳打を突き通す。

 しかし、クラウンメタローは黒剣こそ手から落とすも、負けじと驚異の怪力を武器にデュオルを殴りつける。仮面の複眼が微かにひび割れて、両膝が崩れ落ちかけた。

 

『だからって! 思い通りにならないからって暴力に頼ったら、あんたが戦ってきたイジメと何が違うって言うんだよ!!』

『ごっはあぁ!?』

 

 デュオルは倒れない。

 脳みそが揺さぶられ、視界かぼやけていようとも意地でクラウンメタローに立ち塞がると両腕に力を込めて、山突きと呼ばれる技で相手の胴に二つの拳を同時に叩きつけた。

 

『一度しか言わないからよぉく聞け! 俺もなガキの頃にひどいイジメにあったよ! それも切っ掛けはなんとなくの正義感で別のイジメられっ子を庇ったことへの当てつけさ!』

『なに……っ!?』

『だから! 先輩に会って、当たり前のように庇ってもらった時は色んな気持ちが湧き上がって心臓バクバクだったよ! ありがたかったし、もっと早くに知り合いたかったって悔しくもあった!』

 

 クラウンメタローの剛腕と黒盾を駆使した攻撃を紙一重で捌き、カウンターの拳打を何度も打ち込みながらデュオルは御子神ヒジリという陽の光のような善人に出会って感じた感情を躊躇わずにぶちまけていく。

 

『俺と似たようなことを信じられないくらいデカイ規模でちゃんとした信念でやってる先輩が……それを理解して味方してくれている連れが大勢いる先輩が、羨ましくも思えたさ。だから、いまのあんたを見てると腹が立って仕方ねえ!!』

『そんな……ぐぉああああ!?』

 

 デュオルの拳にリントの刻印が炎のように揺らめくエネルギーと共に浮かび上がり、渾身の力を以って放たれた鉄拳が黒盾を破壊して、そのままクラウンメタローも殴り飛ばした。

 

『強い自分を取り戻せ! 先輩はただの先輩のままで十分に誰かの希望だったのを思い出せ! そんな上辺だけの力に自惚れたままのあんたじゃない筈だ!』

『俺は……俺は、俺は……ぁああああああ!!』

 

 こんなことを叫んで訴えても無駄かもしれない。徒労に終わるかもしれない。それでも、デュオルは――ムゲンは初めてカナタやハルカでも無いこの人を助けたいと思った。自らの心に従って、自分に思いつく精一杯の策がこれだった。

 ハッキリ言って、こんな勢い任せの作戦に自信はない。けれど、デュオルに不安はなかった。何故なら、もう自分はあの日のように一人ではないんだから。自分には世界の誰よりも心強い最高の親友が二人もいるんだ。

 だから、ちょっとの失敗ぐらいこれっぽっちも怖くなかった。

 吹っ切れたデュオルの心からの叫びが運命を味方に従えたのか、ヒジリの精神は大きく揺さぶられて、頭を押さえながら激しくもがき苦しみ絶叫を上げた。

 

『まだ目覚ましが足りないんなら、こいつでどうだ!』

 

 もう一押し。そう直感したデュオルは足元に転がっていた黒剣を何を思ったのかクラウンメタローに目掛けて思いっきり蹴飛ばした。

 黒剣は切っ先を光らせて矢のように飛んでいくと、そのまま真っ直ぐにクラウンメタローの額に突き刺さった。

 

 瞬間、時間が止ったように辺りは静まり返った。

 クラウンメタローもピタリと動きを止めて固まってしまい。デュオルも固唾を呑んで様子を窺う。

 

『くっ……思った以上に過激だな。普通なら死んでるぞ、双連寺』

 

 クラウンメタローはそう言いながらギリギリで額に僅かに刺さるだけで留めた黒剣を引き抜いて構え直すと明らかに禍々しさが抜け落ちた声で言った。

 

『気分はどうだい、先輩?』

『あまり良くないな。でも、憑き物が落ちたと言うべきか……肩が軽くなったと言うか楽な気分だ。一体何をした?』

『深い意味はないぜ。単純に情けねえあんたに気合を入れてやっただけだ』

 

 デュオルが語るようにいまの行動に大きな意味も、効果も無い。

 しかし、頭部と言う生命体において知能と思考の要である場所に攻撃を受けたことにより奇跡的にクラウンメタローは一時的にメタロー本人と素体であるヒジリの精神の同化が遮断された状態になっていた。

 

『随分と愚かなことをしていたみたいだな、俺は。丁度、右手には剣がある……ケジメをつけて自害する選択もあるが、それはいまこの場においてはそぐわないんだろうな』

『分かってんじゃないか。さあ、先輩。決着をつけよう。ここまで来たらあんたの言う通り、力のぶつけ合いが一番健全で効果的な解決方法だぜ?』

 

 一時的に正気に戻った心の状態のクラウンメタローにデュオルは迷わずに言い放つと傷ついた体に気合を漲らせて構えた。

 デュオルはヒジリの抱える負の感情を片っ端から追い払うかのように、お互いの全てをぶつけ合い、清算するための決闘を望んだ。

 

『何から何まで苦労をかけてしまったな双連寺。その言葉にいまは全力で甘えさせてもらうよ』

『望むところだ。秒殺されるような体たらくは見せないでくれよ?』

 

 デュオル/ムゲンとクラウンメタロー/ヒジリは異形の顔で軽く笑い合うとゆっくりと身構える。これは譲れない想いを示す戦い。

 ヒジリは無力さに迷走して、偶然手に入れた力に溺れて乱心してしまった贖罪のために、ムゲンはメタローという邪悪の魔性に魅入られてしまった人を助けたいと感じる初めて芽生えた自らの願いのために。

 

『覚悟しろ! 双連寺ぃいいいいいい!』

『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 空が白み始めた薄闇の中でデュオルとクラウンメタローの最後の激突が始まった。

 黒剣による素早い横薙ぎの一閃をデュオルはスライディングですり抜けると、そのまま相手の股下を通り抜けて背後を取る。

 

『だりゃああああ!』

 

 クラウンメタローの首根っこと腰の帯を掴んだデュオルは力任せに相手を投げ飛ばす。教会の壁に叩きつけられたクラウンメタローは苦しみながらもすぐに立ち上がると追撃しようと迫るデュオルを何とか斬りつけて後退させる。

 

『そんなもんかよ! 気合入れやがれってんだ!』

『言われなくてもやってやるさ!』

 

 斬撃をフェイクにデュオルに蹴りを入れるクラウンメタロー。呻き声を漏らしながら、デュオルはすぐさま反撃に鞭のように左腕を大きくしならせて強烈な裏拳を食らわせる。

 

『うおおおおおおお!』

『ぬう……あああ!?』

 

 だが、クラウンメタローは先程とは比べ物にならない粘り強さで食い下がるとデュオルを十文字に斬りつけてがむしゃらな体当たりで吹っ飛ばす。

 地面を転がるデュオルを一点に見つめてクラウンメタローは黒剣を強く握り締めると切っ先を突き立てて、一気に駆け出した。

 

『受けてみろ双連寺……これが俺の全てだぁあああああああ!!』

『ガ……ァ……ッ――!』

 

 弾丸のように肉薄したクラウンメタローの黒剣による刺突が立ち上がったばかりのデュオルの腹を刺し貫く。血飛沫が飛び散って、剣を握る手には肉を裂き、臓腑を貫くような感覚が生々しく伝わってくるような気がした。

 

『許してくれ、双連寺……!!』

 

 恨みっこなしの勝負だと誓ったが、クラウンメタローの口からは罪悪感に苛まれた申し訳なさそうな声が漏れ出した。

 

『いいぜ! 勝つのは俺だからな!』

『なにッ!?』

 

 しかし、次の瞬間に自分の手首をガッと掴まれる感触にクラウンメタローは心臓が止るような襲撃を受ける。黒剣の刃による刺突で仕留めたと思ったデュオルは上半身をギリギリまで捻ることで裂傷を負いながらも紙一重で貫通は回避していた。

 

『俺のとっておきだぜ!!』

『ぐっ……がああああああ!?』

 

 寒気がする様な凄まじい音を立てて、クラウンメタローの右手首がくの字に折れ曲がった。人間離れした天然の怪力を誇るデュオルならではの握撃である。

 

『世界は……あくまでついでだけど、俺が必ず守り続けてやる!』

 

 改めて決意した声で叫びながらデュオルは右手を庇ってふらつくクラウンメタローに怒涛のラッシュを畳み掛けに入った。

 初撃は相手の両手首を掴んでの目にも止らぬ速さで繰り出す飛び膝蹴り。続けて、着地するのと同時に相手の顎下に掌底のアッパーカットをぶちかます。

 

『だから先輩! あんたは助け続けろ! 暴力なんて使わずに助けを求めたくても怖くて声も上げられずに苦しんでる奴らを助け続けろ! 地道に駆け回るのは得意だろ!』

 

 ガラ空きになったボディへとデュオルは言葉と共にマシンガンのような連続パンチを送り届けるとトドメに秘密の得意手である前宙踵落としを頭部に炸裂させて、クラウンメタローを石畳に沈めた。

 

『これで終わりだ』

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

 戦いの幕引きを告げる電子音が響いて、デュオルは強く大地を蹴って遥か高く、後方へとジャンプした。

 

『スペリオルライダアアアアアァァァキイィ―――ック!!!!』

『うおあぁぁぁあぁあぁぁぁ!?』

 

 夜空を貫く一条の流星のような輝きの蹴撃がクラウンメタローを打ち抜いた。

 爆散した異形により噴き上がった火炎が夜明けを招くように闇を照らして、この数奇な運命に振り回された二人の死闘はここに終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……ここは、そうだ俺は……ッ!」

 

 夜明けの冷たい大気と朝日でヒジリは目を覚ました。

 体を起こすと全身が酷く痛む。

 すぐ近くに人の気配を感じて顔を向けると見知った男が自分と同じように傷だらけの状態で立っていた。 

 

「よお、起きたかい」

「双連寺……ってことはさっきのことは悪い夢じゃないんだな?」

「どこまで覚えてるんだい、先輩」

「……頭の中がスムージーみたいな気分だ。記憶がぐちゃぐちゃだが、確かグレイフェイスなのがお前にバレて、通報されるのを恐れて襲い掛かってこの様だ」

「合格ラインだ。安心したよ」

 

 これまでのケースのように世界の修正力が働いてヒジリがメタローとして活動していた時の記憶は失っていることを確認してムゲンは胸を撫で下ろした。とはいえそれは先の戦いで想いをぶつけ合った対話も白紙になったということだ。

 更にどうやら、長い期間ライダーメモリアを使って活動していた影響からか記憶の混同も起きているようだった。しかし、クラウンメタローとして撃破され同時にライダーメモリアも抜け落ちたことで正常な理性を取り戻したヒジリは冷静に自分が犯してきた所業を整理していくと覚悟を決めたように呟いた。

 

「警察に行くよ。俺はやってはいけないことをやってしまった」

「なんだそりゃあ? 知らないな」

「庇う必要はない。グレイフェイスのことだ……本当にバカなことをした」

「グレイフェイスねえ。こいつのことか?」

 

 グレイフェイスとしての活動を恥じて、自首する決意を固めていた。

 そんなヒジリにムゲンはその象徴ともいえるズタ袋を拾い上げるとバイクの鍵にキーホルダー代わりに付けているファイヤースターターで火を点けた。

 

「何してる?」

「グレイフェイスってヒーロー気取りのマヌケは残念ながらたったいまお亡くなりになった。迷宮入りだな、半世紀後には都市伝説かもよ」

 

 ズタ袋を焼き捨てたムゲンはそう言って、とぼけたように笑って見せた。

  

「もう、この一件はこれでお仕舞いにしようぜ。あと先輩を悩ます力は綺麗さっぱり消えたよ。何なら腕相撲して試してみるか?」

「やめておくよ。マッチみたいにへし折られそうだ。けど……悪いことをしたら、反省と罰則を受けないと。風紀員として他の生徒もずっと取り締まってきた。俺だけが例外でいい筈はない」

「反省はしてるだろ? なら、罰の形をちょっと変化球にしたって悪くはないはずだ」

 

 頑なに社会的な罰を受けるつもりでいるヒジリにムゲンは朝日を背に浴びながら、毅然とした態度で待ったをかけた。

 

「先輩がいなくなると、学校の風紀が乱れる。それは勘弁だ。だから、罪滅ぼしをしたいんなら一番有意義な行動で清算すりゃあいい。あと、これは何度だって言ってやろうと思ってる言葉だけど、よく聞いてくれ先輩」

 

 ヒジリの迷いや罪の意識を振り払うように、ムゲンは大きく息を吸い込むと真剣な面持ちで喋り始めた。

 

「あんたはいまの在り方のままでいてくれ。例え、心無い言葉を浴びせられることになっても、自分の無力に打ちのめされることになっても、イジメや理不尽に襲われている奴に当たり前に手を差し伸べて助けようとする、バカ正直な正義の人でいてくれないか」

「双連寺……」

「胸糞悪いイジメを受けてきた俺だから言うんだ。先輩の姿が救いになる奴が俺たちの学園の中に……世の中に、絶対に一人は必ずいるんだよ! あんたのひたむきで誠実な言葉と行動に勇気づけられて苦しいけど、もうちょっとだけ頑張ってみようって奴が必ずいるんだ!」

 

 次第に熱くなってくる胸を押さえて、ムゲンは湧き上がる想いを不慣れながら必死に言葉にしてヒジリにぶつけていく。遠い昔に理不尽に苦しんだ自分だから言える悲痛な願いが宿った言葉だ。

 

「だから、俺を信じて……変わらないでくれ。今日も、明日も、明後日もずっと! あの日、廊下でなんてことなく俺の味方をしてくれた優しくて、眩しい先輩でいてくれ! 頼む……!!」

 

 矢継ぎ早に言い終えて、ムゲンは深く頭を下げた。

 自分に打てる手はこれで全部出し尽くした。これで上手くいかなければ後はカナタとハルカ頼みだと、ヒジリの返答を待つ。

 

「顔を上げてくれ、双連寺……それは本来俺がしなくちゃいけない行為だよ」

 

 一秒がひどく長く感じる沈黙を破って、ヒジリの声がムゲンの耳に届いた。

  

「まだ特訓に付き合ってもらった礼も返してなかったからな。俺の罪を一旦お前に預けるよ。もしも、俺の頑張りが足りないと思ったら、いつでも警察に突き出してくれ。それでもいいか?」

「……もちろん」

「ありがとう、双連寺。変だな……お前にはなんだかもっとたくさん大切なことを言われて、気合を入れ直された気がするんだが?」

「先輩が気合を入れ直してくれた事実があるなら、それでいいと思いますよ。んじゃ、俺はこれで」

 

 

 重い枷から解放されたような清々しい表情に、微かに慚愧の色を滲ませたヒジリの言葉にムゲンはその言葉を待っていたと嬉しそうに頷いた。

 その日からほどなくして、グレイフェイスの熱狂は呆気なく冷め切り、あっという間に騒ぎは風化していくことになる。そんな日常――不自由な世界の中で御子神ヒジリは再び、自分らしい正義を胸に秘めてまた進み出す決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 ヒジリと別れたムゲンはシスターの屋敷を目指して、朝焼けの街を一人で歩いていた。

 メモリアによって付与された怪力に苦しめられたおかげで、その体はまだボロボロだ。ヒジリには誤魔化していたが脇腹なんて結構深く裂けていて、実はめちゃくちゃ痛い。超痛い。

 だが、その足取りは軽かった。

 まさか夜が明けてしまうことになってしまったが、いまは急いで自分を待ってくれている人達に会いたい。そう思えば痛みなんて気にもならず、歩調も速くなっていく。

 みんなはちゃんと待っていてくれるだろうか。もしも、徹夜で寝ずに自分のことを待っていてくれていたのなら嬉しい反面、ちょっと申し訳ない気もする。

 そんなことを考えていると、もうムゲンは屋敷の目の前にまでいた。

 

「たっだいまー! ムゲンさん、大勝利だぜー!!」

 

 ムゲンは疲れも痛みも感じさせない満面の笑顔を浮かべると元気いっぱいに扉を開けて屋敷の中へと入っていった。大切な仲間たちと共に進む今日に無限の期待を抱いて。

 

 正義の心ゆえ、一人の少年は全てを失い全てから棄てられた。

 長く辛い一人ぼっちの戦いの末に星のように煌めく二人の――いいや、もう少し多くのかけがえのない仲間に巡り会えた。

 

 だから彼は此処に一人、誓いを立てる。

 世界のためには戦わない。

 正義のためには戦わない。 

 

 けれど、一握りの大切な人たちのためならば神様とだって戦おう。

 不自由で理不尽だらけの世界でも、みんなと一緒に生きる世界なら、纏めて全部守ればいい。

 いつまでも、どこまでだって戦おう。

 いつまでも、どこまでも。

 もうこれ以上、誰にも変えられない灰の誇り。

 

 少年の名は――双連寺ムゲン。

 あるいは色彩の戦士――仮面ライダーデュオル。

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 




今回のお話でようやっと1クール相当までのお話が終了です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
レギュラー陣の秘密や過去やらこれで一通り明らかにすることが出来たのでこれからは肩の力を抜いた軽めの話も書けていけたらいいなあ。

とりあえず、次回か、次々回のどちらかはコメディ多めの日常回の予定です
これからもよろしくお願いします。


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第13話 サイキョウの敵?

今週も無事更新完了。
前回のあとがきでちょっと予告したように今回はコメディ回のようなでございます。
キャラ崩壊多いです。パロディもあります。新キャラもいるよ(汗)
それでも読んでいただければ幸いです。


 

 爽やかな風が吹き抜ける、五月のある日のことだ。

 ウチは初めて、恋をした。

 理由? 一目惚れだよ。他に細かい御託なんているっての?

 妙な輩に襲われたウチと後輩の前に颯爽とぶっ込み決めてきたあの兄ちゃん。

灰色の髪と金の瞳をした狼みたいなタフでワイルド!それでいて、どこか渇いて寂しげな雰囲気のあの顔がハッキリ言ってウチ史上最高にクールだったわけ。まさに、脳裏に焼き付いて離れないレベルだよ。こんなこと言うのは小恥ずかしいけど、うっかり気を抜くとあの顔が浮かび上がって惚けちゃうぐらいなんだ。

 我ながら、こんなのウチらしくないなと呆れるよ。

 けど、この胸の高鳴りは嫌いじゃない。

 

 というわけで、名前も居場所も知らないがウチは惚れた相手に告白すると決めた。

 ヒントは預かり物のこのメガネだけ。

 前途は多難だけど、それがどうしたと言ってやる。

 だって、恋ってのはそれぐらい試練があった方が燃えるじゃん?

 

 

 

 

 

 

 クラウンメタロー戦から数日後、帰りのHRを終えたムゲンたちがいつものように三人で下校している時のことだった。

 

「んー……今朝から気になってたんだけど。ムゲンさぁ、なんか足りなくない?」

 

 ムゲンのことをまじまじと見ながら、カナタがふとそんなことを言い出した。

 

「俺は一人っ子だぞ?」

「違う、そうじゃない」

 

 大真面目に答えるムゲンにハルカが姉に代わってすかさずツッコミを入れた。

 

「気のせいかな? なんだかね、パーツが欠けているような」

「カナねえの言う通り、確かに違和感がある気がする」

 

 カナタとハルカは二人でムゲンのことをもう一度よく見返してみる。

 適当に切り揃えられた灰色の髪、狼のような鋭い金色の双眸に整ってはいるが剣呑な雰囲気の顔立ち。これでも出会った頃に比べると随分と穏やかになったものだ。

 長身の引き締まった肉体も手伝って、相変わらず初見の人間ならば恐怖で竦んでしまいそうな男である。

 

「急になに言い出すんだお前ら。別に俺はいつもと一緒だって……ぇ?」

「「あ……」」

 

 息の合った動きで揃って首を傾げる不思議なカナタたちに苦笑しながら、ムゲンはおもむろに片手で眼鏡の位置を直そうとして――盛大に空振りした。

 そこで初めて、三人はやっと足りない何かを思い出した。

 

「ぬぅううわぁああああああ! メガネがなぁあああああい!?」

 

 本来ムゲンにあるべきパーツの一つ、スクエアフレームのメガネがないことに気付いた三人。特にカナタたちにプレゼントしてもらった大切な品を紛失してしまったムゲンのショックは尋常ではなく、飢えた獣の遠吠えのような絶叫を上げた。

 周りにいた他の生徒たちはムゲンの鬼気迫る叫び声に驚いて、蜘蛛の子を散らすように昇降口周辺から居なくなってしまう始末だ。

 

「全然気が付かなかった。ムゲン、いつからか分かるか?」

「そうだ……あの時だ! せんっ……グレイフェイスと殴り合いになった日!」

「ちょっと待って、それ何日前のお話かな?」

「風呂とか、寝る時に気付くだろ?」

「仕方ねえだろ、それどころじゃなかったし。俺、視力自体は超良いんだから! 思い出したぁ! あそこにいたジャージの姉ちゃんに預けてそのままだわ!!」

 

 奇跡的にメガネの行方を思いだすことに成功したムゲンにカナタとハルカも流石にちょっと呆れていた。

 

「ムゲン、それはないぞ」

「手渡された人もすっごく困ってるよそれ」

「……どうすりゃいいと思う?」

「「その人を捜すしかないと思う。謝罪のためにも!」」

 

 メタローと戦っている時でさえしないようなうろたえた様子で顔を曇らせるムゲンに二人は声を揃えて常識的な回答を告げた。

 気を取り直して、三人はムゲンがメガネを預けたという名前も知らないジャージの女性を捜すプランをじっくり考えるためにも今日はバイトのシフトは入ってはいないがまずはカフェ・メリッサへ向かうことにした。

 すると校門の前では赤いスカジャンを着た他校の生徒と思わしき少女が三人を待ち構えていた。

 

「よおっ! やっと見つけたよ、アンタ」

「おお!? マジかよ、こんな運が良いことあるのか!」

 

「ムゲン知り合いなの?」

「あの、制服……いろいろ弄ってるけど、竜胆女学院のだよな」

「うちの学園とも深い交流してるあの女子高?」

 

 腰まで伸びた漆のような艶のある黒髪を風に躍らせて、二カっと笑う女子生徒は奇跡的なことにムゲンが先日、工事現場で偶然助けたその少女・忍野だった。

 預かったメガネを得意げに片手で掲げる忍野にムゲンは大喜びで駆けよって、深々と頭を下げてお礼を伝える。

 

「ありがとうございます。本当なら俺の方から会いに行かなきゃならないのに、無礼ばかりですみませんでした」

「気にしてないさ。あと、タメ口でいいよ。たぶん同い年だろ? それよか、アンタの名前ぐらい聞きたいねえ。ちなみにウチはユノって言うんだ。忍野ユノ」

「そういうことなら。双連寺ムゲンだ。ホント、助かったよ?」

 

 

 軽く自己紹介を交えながらムゲンがメガネを受け取ろうとすると、どういうわけかユノはその手をひょいっと後ろに下げてしまった。

 意図が呑み込めずに頭に?を浮かべるにムゲンにユノは小さく咳払いをして、心なしか顔を上気させながら、意を決したような面持ちで言葉を投げかけた。

 

「ウチはこのメガネ一つ手掛かりに、名前も知らないアンタの居場所を数日かけて、必死に探しまわった。アンタがあの時に大切なものだって言ってたからね」

「恐縮です。でっかい借りが出来たよ」

 

 何か念を押すような言い回しをしながらムゲンの目を見て話すユノは彼が人の話をおざなりに聞くようなタイプの男でないと確認して、やっとメガネを手渡した。

 

「あちこち駆け回ってウチはこうしてアンタに辿りついた。これでウチのアンタへの熱意は本物だってことは信じてくれるよね?」

「もちろん。この恩は忘れないさ。ちゃんとしっかりとお礼を返させてくれ」

「よしっ。じゃ、じゃあ……いまからウチが言うことをひやかしだなんて思わずに聞いてくれるか!?」

「お、おう」

((え? えっ?))

 

 ムゲンの真摯な態度に気を良くしたユノは声のトーンをハネ上げさせながら、ぐいっと顔をムゲンに近づけて、真剣な眼差しを向けて言った。

 戸惑うムゲンの傍らでカナタとハルカは突然過ぎる展開といまこの場に漂う、甘酸っぱい感じの空気を瞬時に察して、戦々恐々としながら事の成り行きを見守った。

 

 

「アンタ、ウチの男になりな」

 

 日が暮れかかる五月の少し冷たい風に背中を押されて、ユノは言葉短くムゲンに向けて思いの丈の全てをぶつける愛の告白を決めてみせた。

 

((なにぃぃぃぃぃ!?))

 

 天風姉弟に電流走る。

 声こそ出さなかったものの、カナタとハルカは目の前の光景に信じられないといった様子で驚いた。ムゲンが見ず知らずの女子生徒に告白されるなんて、下手したらスパイダーメタローに初めて遭遇したあの日よりも驚くべき事態である。

 

「……それは本当に俺じゃなきゃ駄目なもんかい?」

「だめ。ムゲン……ムーさんじゃなきゃダメだ」

 

 自分のすぐ後ろでカナタたちが無声映画のように声を出さずにあたふたしているのを知ってか知らずか、しばらく黙り込んでいたムゲンは緊張から解放されて小刻みに息継ぎを繰り返していたユノの少し潤んだ紅い瞳をじっとみて、覚悟を問うような強張った声で尋ねた。

 

((ムーさん……だと!?))

 

 ムゲンの問いにユノはきっぱりと自分の意思を示した。

 さりげなく、自分だけの愛称でムゲンを呼んでいることをハルカたちは見逃さなかった。

 他人の行動にかつてないほど動揺しながら、二人は渦中の人であるムゲンがどんな返答をするのかと目を見開いて彼の方を見た。

 

「分かった。不束者だけど、俺でよければ好きにしてくれ」

 

 即答である。

 ぺこりと小さく頭を下げて、ムゲンはあっさりと数分前に名前を知った程度の関係であるユノの告白をあっさりと了承してしまったのだ。

 

「「ムゲェエエエエエエン!?」」

「おわっ!? ビックリした。急にどうしたよ、二人とも?」

 

 傍から見たら無計画無思慮にもほどがある対応にカナタとハルカは即座に鬼の形相で詰め寄り、ムゲンは別人みたいな二人の姿に目を丸くして驚いた。

 

「いやいやいや! そっくりそのままムゲンに返すよその言葉!」

「そんな簡単に決めていい案件じゃないだろ。そっちの忍野さんだっけ? その人もこんな即答じゃ逆に不安にさせ……」

「うおっしゃあああああ! やったぁあああ! アーちゃん、見てたいまの? ウチ、やったわ!」 

 

 ハルカたちの憂いを明後日の方向へと蹴り飛ばすようにムゲンの返事に満足したユノはご機嫌なテンションでガッツポーズを決めながら元気に飛び跳ねていた。

 そして、校門の方へと指を指しながら上機嫌で声をかけると、門の陰からブレザータイプの竜胆女学院の制服を着たプラチナブロンドの髪をした大和撫子然とした女子生徒がこちらも心底呆れた様子で姿を現した。

 

「オッシー、ごめん。アサギさんは押し寄せる情報量に頭が沸騰しそうです。ってか、あんたら本当にそれで良いんですか!? 小学生でもこんな雑な成立の仕方ないですよ!」

「細かいこと気にすんなって! お互いが納得してればOKだろ、なあムーさん!」 

「ユノさんの友達? 正直、出会って五分もせずに決まった間柄だ。彼女を心配するのはもっともなことだと思うけど、どうか安心して欲しい。俺も友達は大切だ……だから、ユノさんやその仲間を悲しませるような不義理は絶対にしない、約束する」

「え……あ、はい」

 

 アーちゃんと呼ばれる女子生徒はハルカに負けず劣らずなツッコミスキルで暴走特急状態のユノに待ったをかけようとするが横から話に割り込んできたムゲンの怖い顔から繰り出される謎の壮烈な空気っぽいものが感じる先生に流されるように頷いてしまった。

 

「よっしゃ、記念にとりあえずどっか遊びにいってくるわ! ムーさん、付き合ってくれるよな?」

「当然だ。どこまでだって一緒にいくよ」

「あは! 気持ちの良いこと言ってくれるじゃん! そうゆことだからアーちゃん、付き添いありがとな! バーイ!」

 

 友人を納得させたユノはおそらく体が感じるがままなノリでそんなことを言い出すと、ムゲンを従えて颯爽と駆け出した。

 

「ムゲン! お前だけでもちょっと落ち着いて考えろって! 絶対に可笑しなことになるから」

「心配すんな、ハルカ。俺は大丈夫、それにお前らやクーさんたちにも迷惑はかけないから。任せとけ!」

「もうすでに任せられないからぁ! 待ちなさいバカムゲン!」

 

 言いたいことだけ言い尽すと、ムゲンはムゲンで謎の自信満々な様子でハルカやカナタの制止も聞かずにユノの後を追って走り出してしまった。

 まるで焚火にニトロでもぶち込んだようなハイテンションで無鉄砲なムゲンは初めてで普段ならば何なく制御できるはずのカナタたちにも手に負えない状態だった。

 二人がまさかのまさかでムゲンの方も本当に恋は盲目とばかりに舞い上がっているのかと疑い出した時だった。

 

「……まさか、シスター以外の人間相手に身売りする日が来るとはなぁ」

((うん……?))

 

 あっという間に見えなくなってしまったユノとムゲン。

 けれど、去り際にムゲンの口からポツリと聞こえた消えそうな声。その呟きを聞き逃さなかったカナタたちは静かに素早く、脳細胞をフルスロットルにしてこの超展開の連続ばかりな騒動に隠された真相について一つの推理を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、城南学園から飛び出したユノとムゲンはお互いに俊足の持ち主だったことも幸いして、あっという間に繁華街の一角についていた。

 賑やかな人だかりに混じっていることもあって二人は歩調を緩めて、ぽつぽつ自分のことを話しながら適当にぶらついていた。しかも、ユノの希望でちゃっかり手は握っている。

 

「へー、ムーさん喫茶店でバイトしてるんだ。今度寄ってみてもいい?」

「いいけど、俺はキッチン担当で奥に引っ込んでるから出会って話したりはできないぞ?」

「そっかぁ、残念。でもムーさん料理出来るんだね、スゴイじゃん」

「ユノさんは驚かないか。大抵の人はこれ話すとマナーの悪い客を料理する係?って聞かれるんだけどな」

「あっはは! 一昔前のホラー映画じゃん! おススメのメニューにハンバーグとかあったら、覚悟しなきゃだ」

「その前に、店長がキャラ濃いからそっちに気をつけた方がいいな。詳しくはお楽しみってことで」

「やばい。超いってみたいわ、ムーさんのバイト先」

 

 黙っていれば凛々しい顔立ちをほころばせ、愉快に笑うユノにムゲンもつられて静かに笑い、思った以上に二人の仲は悪くない感じだった。

 クーとも少し違う、他人と壁を作らない大雑把だが不快感を感じさせない人懐っこさを持つユノの人柄も手伝って、彼女とムゲンはあっという間に打ち解けたように見える。

 

 先程から、好きな物や休日の過ごし方などユノの方から話のネタはどんどん投げ込まれていったので沈黙とは無縁だった二人の間にほんの少しの無音が流れて、自然と繋ぎ合った二人の手に力が入る。

 

「あ……っ」

「……ん」

 

 殆ど同じタイミングで行われたそれに気恥ずかしくなったのかユノとムゲンは揃って自分たちの体温が上がるのを感じながら、そっぽを向けあってしまった。

 傍から見れば甘酸っぱくお可愛いアオハルな光景である。

 

 いまユノとムゲンの胸の奥では声にならない万感の思いで溢れていた。

 想いのままに勢い任せに飛び込んだユノとそれを当たり前のように受け止めたムゲン。ベストマッチな二人は寸分違わないタイミングで心を埋め尽くす自分たちだけの特別な想いに耽る。

 

(まさか本当に彼氏ができる日が来るなんて!)

(まさか本当に舎弟になる日が来るなんて……)

 

 アンジャッシュ――!

 まさかの圧倒的勘違い。空前絶後の残念なすれ違い通信ここにありである。

 この二人、実のところベストマッチなカップルどころか、告白が行われた時点で致命的な認識の食い違いを起こしたままそれに気付くことなくこんなところまで大暴走をしているだけなのだ。こうなった主な原因はムゲンにあるのだが――。

 

(この姉ちゃん、しれっとメリッサにまで押しかけるつもりかよ? やるな。流石はヤンキーのヘッドだ。木刀に鉄芯なんて仕込んでる奴はそれなりのレベルってことか……だがな、俺にはそんな魂胆お見通しだぜ)

 

 残念ながら、この男まるでお見通し出来ていない。

 双連寺ムゲン。彼女いない歴=年齢。は言うに及ばず、小学五年生から中学卒業まで喧嘩尽くしの灰色の青春を過ごした彼は恋愛のイロハや恋心の欠片も知らない恋愛クソ雑魚ライダーの称号を送られても可笑しくないポンコツであった。

 更に間が悪ことに初めて出会った時の状況からムゲンはユノのことを恋する乙女ではなく、女子高を統べる腕に覚えのあるヤンキーのヘッドと思い込んでいる始末だ。

 

(俺を下僕に従えたつもりみたいだがそれ以上好き勝手させねえぜ? メガネの借りを返したら、カナタやハルカたちに厄介事が降りかかる前に意地でも縁切りしてやるからな。それまでは鉄砲玉でもなんでも使われてやるよ。それにしても……)

 

 そのため、ユノ一世一代の愛の告白をムゲンは彼女にとっての都合の良い舎弟か下僕になれよ的な宣言と勝手に解釈したまま、誤解が誤解を呼びまくり、いまのような状況に至るのだ。

 加えて、ムゲンはカナタたちに危害が及ばないようにすごく意気込んでいる。どこまでも面倒臭い状況である。厄介なことにこの二人の関係性を拗れさせる大きな要因がもう一つあった。

 

(なんて、綺麗な髪してやがるんだ……悔しい、見惚れちまうッ!)

 

 この男、ご存知のように重篤な髪フェチである。

 なんて運命の悪戯なのか、忍野ユノはそんなムゲンのよく訓練された髪への鑑識眼を感嘆させるような見事な黒髪の持ち主だった。

 正直、ムゲンの本心とは裏腹なここに至るまでの色ボケしたような浮ついたリアクションの殆どがユノの黒髪に魅了されて、思考回路がバグを起こしていたといっても過言ではない。

 

「ちょっと小腹空いたし、落ち着けるとこ行こうよ。ムーさんはどっかリクエストある?」

「ユノさんが食べたいところでいいよ」

「ホントか? 気ぃ使って無理してるとかはダメだからな?」

「全然。むしろ、ユノさんのこともっと知りたいから。ユノさんの好きなところがいいな」

「……ずるいぞ、それ」

 

 彼氏面した残念な髪フェチのポンコツが不意に口喋った天然たらしワードが思わずクリーンヒットしてしまったユノは顔を真っ赤にしながら、嬉しさを隠しきれずに衝動的にムゲンの胸に顔を埋めた。

 

(クッ……何のそぶりも見せずに懐に入り込まれた!? やべー女だ。刃物でも突きたてられていたらと思うと背筋が凍るぜ)

 

 違う。そうじゃない。

 

「ムーさん、そういうの嬉しいよ。嬉しいけど……二人っきりの時以外は禁止な?」

「あ、ああ。調子に乗りすぎた……ごめん」

「や、でも。ウチとムーさんの二人だけのときは、たくさん言ってもいいからな」

(ヒャッホォォォウ! いま! いまの黒髪のたなびく動き……最高だぜ! も一回見てえな、風吹かないかなぁ風ッ!)

 

 上目遣いではにかんで、ユノは胸と頬を焦がす熱の心地良さに満足そうにムゲンに伝えた。普通ならあまりの糖度にブラックコーヒーがダース単位で必要な場面かもしれない。だが、この場に限りそれらは無力だ。なにせ、この二人の間に発生しているのは甘い空間ではなく、名状し難い混沌だ。  

 

(それにしても二人だけの時はたくさん逝け? オイオイ、俺のことを人間サンドバッグにでもして、拷問カーニバルでも開催する気かよ。とんだサディストの化身だな……俺の心までは好きに出来ると思うなよ!)

 

 なにを囚われのヒロインが言うようなセリフを脳内でのたまっているんだと言いたくなるようなムゲンと、そんな裏事情など露知らず惚気まくっているユノの凸凹コンビはお互いの誤解に気付かないまま、賑わう繁華街の喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 時間を少し巻き戻そう。

 ユノとムゲンが唐突に走り去って行った城南学園の校門に取り残された三人。

 カナタとハルカ、そして――。

 

「あの、初めまして。桜庭アサギって言います。この度はうちのオッシーが本当、なんかすみません」

 

 すでにくたびれた様子でアサギと名乗った少女は居辛そうに自分と同じように置いてけぼりにさえたカナタたちに一応の流れで謝った。

 

「気にしないで。オレたちの方こそ、ムゲンが予想してなかった行動したもんだから面食らって引き留められなかったし」

「それよりも、あの忍野さんってどういう人か教えてもらってもいいかな?」

「オッシーは悪い子じゃないんですよ、世話好きで学校じゃみんなに慕われてますし。ちょっと大雑把で勢い任せ過ぎるところがあるだけで、今回も一目惚れしたからさっきの彼の居場所を探し出して、どれくらいマジなのか教えて告るって突っ走っちゃいまして、ええ本当に小学生男子でもやらないようなゴリ押しで」

「うん。その理屈はおかしい」

 

 軽くアサギから忍野ユノという少女の人となりを聞かされた二人は内心、本当にノリ任せなゴリ押しめいた先程の告白を思い返して冷や汗を浮かべた。

 

「これからどうしましょう? あの二人、どっかでクールダウンさせないと絶対に人間関係の脱線事故起こしそうな予感しかしないんですが? 友人としてはオッシーの想いが実ったこと自体は嬉しいんですけどね」

「うーん……それがね、アサギさん。私たちのムゲンなんですが、どうも変な勘違いしている可能性がありまして」

「去り際に呟いていた言葉から察すると、ムゲンはあの子の告白を恋愛的な意味じゃなくて……悲しいことに子分になれ的な解釈をしていると思われ――いや、思ってる!」

 

 僅かなヒントだけでいまは遠く離れているムゲンの呆れた勘違いをほぼ完全に予想していたカナタとハルカ。流石のムゲンへの理解力を発揮していた二人はその憶測をそのままアサギにも教えた。

 

「うっそでしょ!? い、いや……青春真っ盛りの高校生ですよ、私ら? 流石にムゲンさんでしたっけ? あの人もそこはちゃんと異性に告白されたって認識はするでしょう?」

「ムゲンが私とハルくん以外の人間をそう易々と好きになるわけないじゃないですか!」

「すみませんがオレたちのムゲンをその辺の下半身の緩い男と同じと思わないでくれないか!」

「なにこの揺るぎない自信、こわい」

 

 当然のようにそのありえないすれ違いを苦笑して否定するアサギに二人はくわっと目を見開き揃って彼女を睨みつけながら、ここぞとばかりに自分たちとムゲンの友情を全力で示した。

 二人の尋常ではない迫真の後方保護者面アピールにアサギは子羊のように震えながら消えそうな声でツッコムが二人の説を信じる以外の選択肢は残っていなかった。

 

「とにかく、まずはあの二人を追いかけよう。もしも誤解が分かって最悪、刃傷沙汰にでも発展したら大変だからね」

「ムゲンならブルドーザーで轢かれるでもしなきゃ大丈夫だとして、問題は二人をどうやって見つけるかだな。あの感じだと携帯で連絡してもたぶん誤魔化されるだろうし」

「おたくの友達、ちゃんと人類ですか? じゃなくて! 居場所なら私が分かりますよ!」

「本当ですか?」

「しょっちゅう振り回されるのでGPSで追跡できるようにこっそり、オッシーのスマホの設定弄ってあるので!」

「……アサギさんも苦労されてるんですね」

「はい」

 

 今回、完全に貧乏くじを引かされたカナタとハルカは同じくユノに日頃から振り回されている模様のアサギと共に駆け足でムゲン達のいる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、ユノとムゲンの凸凹カップル(偽)はユノのお気に入りである和の趣が心を落ち着かせる店構えをした老舗の商店街の近くにあるとある甘味処にいた。

 

「いいとこだな」

「そうだろ? ファミレスとかも賑やかで好きなんだけどさ。こう、まったりできる和やかな空気がクセになるのさ」

「きびだんごと黒みつ抹茶パフェおまちどうさま。ユノちゃん、こっちの恰好良い人どうしたの、彼氏さん?」

「あは、秘密ですよ。いただきまーす」

「はい。ごゆっくり」

 

 注文した甘味を持ってきた店員と親しげに会話を交えながらユノはしっかり手を合わせて、グラスに盛られたパフェをパクつき始めた。

 

「ムーさんも食べなよ。ここは何でも美味いからさ。子供の頃から通ってるウチが保証する!」

「そりゃ楽しみだ。いただきますっ」

 

 彼女の動作が大きいため、席に座ってからも穢れを知らぬ絹のように滑らかな長い黒髪が舞踊でも披露しているようにサラサラと揺れ動いており、ムゲンはユノの言葉通り文句なく美味しいきびだんごに舌鼓を打ちながら、食い入るように目の前の絶景を眼福と堪能していた。

 

(はぁ……暖色の照明に照らされる黒髪ってのも良いよな。借りを返すだけ仕事した後に一房ぐらい切って分けてもらってもバチは当たら……ダメだ。いくら綺麗だからって髪だけ切って手に入れるなんて、そんなもん下着泥棒と一緒だろうが。髪ってのはその人と共にあるからこそ輝くんだろうに、いくら良すぎる髪をお目にかかれたからって初心を忘れるな。いくらなんでも女性に対して失礼すぎる、恥を知れ)

 

 心配しなくてもこの男は絶賛恥をかき続けている。

 現在進行形でもっと初歩的なベクトルで失礼なことをしていることをこの男は気付いていない。

 

「あ、あのさムーさん……そんなに見られると食べ辛いんだけど、その」

「え? おおぅ、ごめん。その、思わず(髪に)見惚れてて。堪え性のない男で悪い」

 

 いつの間にかユノの黒髪を観察する余り、熱い眼差しを向けていると勘違いされて彼女からこそばゆそうに苦言を呈されてしまった。

 慌てて謝るムゲンだが、ここぞとばかりにわざとではないかと勘繰りたくなるような言葉をチョイスして更にユノを悶えさせていることをムゲンは露とも知らない。

 

「ふぁい!? いや、べ……別にそういうことならいいよ! 全然むしろもっと見ておくれよ」

「……本当?」

「本当!(マジかよ! ウチってば、自覚なかっただけでもしや美少女なのでは? おいおい、自分のスペックに末恐ろしさを感じるじゃん。それよか……)」

 

 一方で、ユノのほうも残念な髪フェチポンコツ野郎に振り回される悲劇の少女と言うとそうでもなく、彼女は彼女で負けず劣らずな認識のすれ違いと根本的な問題が浮き彫りになり始めていた。

 

(やっべー。この後のこと全然考えてなかったじゃん。というか、ついノリと勢いにムーさんが褒め上手なのも手伝ってこんなところまで来ちゃったけど、告白してからのことこれっぽっちも考えたこと無かったわ。恋人って何するんだ? 二人で稽古とか?)

 

 そう、何を隠そうこの恋する少女・忍野ユイ。

 告白することばかりに意識を向ける余り、実は今に至るまで告白してからどうするかを一切考えずにノープランでここまで来ていたのだ。

 運と偶然に助けられたとはいえ今までの糖分過多な甘酸っぱいイベントも全てがノリと勢いの賜物である。その向う見ずな思い切りが良すぎる生き様はまるで止ることを知らないマグロのような爆走精神である。

 

(軽く甘いもん食って解散ってのは流石に不味いよな。家に連れて行って、晩飯でもごちそうするか、一人暮らしで自炊してるって言ってたし……いや、絶対に家が大騒ぎするし、姉ちゃんあたりがからかってくる)

 

 スプーンをくわえながら、全く白紙のこの後のことを考えだしたユノの対面で無言になった彼女の動きにムゲンもまた眼光を鋭くさせて思考を巡らせる。

 

(腹ごしらえさせたから、そろそろ来ると思っていたけどついに来たか……さあ、どこのどいつに俺をけし掛けたいんだ? お前の敵は誰だ? 暴走族かチンピラか……ヤクザ相手となると俺も無策じゃ少し不味いから、リスク回避の算段を練らないとな)

 

 当然ながら斜め上の誤方向である。

 全く以って見当違いの懸念だ。ここまで来ると鈍感を通り越してサイコパスめいた危うさすら感じるがこの男、実のところこうみえて特殊な半生を送ったことも手伝って本心では自己評価がかなり低い。そのため、自分が誰かに――ましてや異性に特別な好意を向けられると言う発想そのものが思い浮かばないと言うことに僅かばかり留意しておく必要がある。

 だからといって、この勘違いの方向性は世の女性からしたら論外であることは間違いないわけなのだが。

 そんなこんなでユノとムゲンがそれぞれ思惑をあらぬ方向へと迷走させ合っていると店の外が何やら騒がしくなっていた。

 

「なんだろ? ムーさんちょっと見て来ていい?」

「ああ。すみません、お会計お願いします」

 

 どうも只事ではない気配を感じてユノが店の外に出てみると、そこには一人の着物姿の年配のご婦人が倒れていた。

 

「婆ちゃん、どうしたの! どっか痛いの!?」

「あ、あの人が後ろから急に私の鞄を……」

 

 老婦人がそう言って指差す方向にはフルフェイスのヘルメットで顔を隠したひったくり犯がロードバイクに乗って悠々と逃走している姿があった。

 

「あのメット野郎だね! この……ッ、ムーさん!?」

 

 お年寄りを狙った卑劣なやり口に怒りを覚えたユノがすぐさま後を追いかけようとした矢先、黒い影が猛スピードで彼女を横切った。それは二人の会計を済ませて、店内から外の状況を聞いていたムゲンだった。

 

「ユノさんは婆さんに救急車やら警察呼んでやってくれ! こっちは任せろ!」

「頼んだ!」

 

 波長の合ったやり取りでお互いにやるべきことを分担する二人。

 任されたムゲンは商店街の人混みを無理やりに進んで逃げようとしているひったくりのロードバイクが本領のスピードを発揮できていないことを見立てると人で溢れる往来を避けて、思い切って商店街を形成する一軒の店舗の屋根によじ登るとパルクールよろしく、軒並ぶ店と店を器用に伝って一気にひったくり犯を追い抜いた。

 

「これで御用だ!」

 

 商店街の出口にひったくりが走って来るのを待ち構えて一気に飛びかかったムゲンの雪崩式のドロップキックの前にあえなく沈黙した。

 夕暮れの大捕物に商店街が騒ぎになる中で捕まえた犯人を駆けつけてきた近所の交番の駐在に押し付けたムゲンは足早にユノのところへと戻って来た。

 店の店員に老婦人を任せて自分を追いかけてきたユノに再会したムゲンは取り返した鞄を見せて、安堵の息を漏らした。

 

「逃げられなくて良かったよ。ユノさんがすぐに様子見に行ってくれたお陰だったな」

「流石! ウチの彼氏だぜ!」

 

 そして、彼氏(虚構)の勇姿に誇らしげなユノの口からついに問題の一言が飛び出してしまい。魔法の時間が途切れて終わってしまうように、二人の間で大迷走を続けていた拗れた誤解が明らかになってしまった。

 

「ん!? 舎弟じゃないのか、俺!?」

「は……?」

「え?」

 

 お互いの口から思いもよらない言葉が飛び出したことに流石に何かがおかしいと気付いた二人は怪訝な顔をして両者ともに相手を見合った。

 

「「「遅かったか……」」」

 

 聞き慣れた三色の声に二人が振り返るとそこにはカナタ、ハルカ、アサギの三人が背の順できれいに並んで物陰からじっとこちらを見ている不思議な光景が広がっていた。

 

「アーちゃん!?」

「お前らなんでいるんだい!? 頼む、俺なんか勘違いしてるみたいなんだけど、分かる人いたら教えてくれ!」

「残念だよ、ムゲン」

「いまのオレたちはあまりに無力だ」

「オッシー……運命と向き合う覚悟、ある?」

 

 ここにきてやっと自分が何かしらのよろしくない勘違いをしていると気付いて、慌てるムゲンを余所に手遅れを悟った三人は何故か意味深に二人のことをじっと見つめる姿勢を止めずに疲れ果てた口調で力なく呟いた。

 

「なに変なこと言い出してんのアーちゃん?」

「なんでもいいから、そこで意味深に覗き見してないでこっち来いよ」

 

 これから残酷な世界とお恥ずかしい自分と向き合うことになるとは思ってもないユノとムゲンはそんな三人と面白い生物でも見るような不思議そうな視線で眺めていた。自分たちの方が第三者から見たら遥かに面白い生物だとは微塵も思わずに。

 

 

 

 

 

 

 運命の刻、来る。

 などと、大袈裟に言うことではないが人気の少ない場所へと連れてこられたユノとムゲンはそこでカナタたち三人から両者の勘違いと認識のすれ違いについての説明を聞かされた。

 

「すると……ユノさんの告白ってのはその、服従命令とかじゃなくて、あの、恋愛的な……巷で有名なLOVE的な告白だったってこと?」

「そうだよ。というか、普通はそうとしか考えないだろう。ごめんムゲン、ひくわー」

「ごめんなさい、忍野さん。こういうわけだから、お詫びに今回はムゲンのことをボッコボコにしても構わないから、一連の騒動は穏便に収めてくれないかな?」

 

 一言一句丁寧に自分の誤解とユノの真意を説明されたムゲンは自分の無礼な考えの数々と恥だらけの煩悩を後悔するあまり、燃え尽きたように真っ白になって立ち尽くしていた。

 そんなムゲンに代わって平謝りな天風姉弟から、全ての食い違いを聞かされたユノもまたしばし無言で立ち尽くしていた。

 

「オッシー。釈然としないかもだけど、オッシーもちょっとせっかち過ぎたのも原因だからね?」

「なら、仕切り直しってことでもいいんだよな」

 

 黙りっぱなしの友達を心配するアサギのなだめるような言葉を遮って、ユノは沈黙を破る。

 

「ムーさん。いま答えを聞かせてくれなくても良い。けど……やっぱりウチは今日と言うこの日に自分の想いを伝えたい。だから、もう一度だけ言うよ?」

「は……はい!」

 

 漆のような黒く長い髪を風に流しながら、凛々しい眼差しを微かに熱で潤ませて、ユノは真っ直ぐにムゲンの金色の眼を見つめて、後に続く言葉を紡いだ。

 

「最初は単純に顔に惚れた一目惚れだった。けど、今日ちゃんとムーさんって男と一緒にいてみて確信した。やっぱウチ、ムーさんのこと好きだわ!」

「…………え」

 

 気持ちよさそうに頬を紅潮させながら、彼女は満面の笑みでためらいなく言い切った。

 とても爽やかでさっぱりした笑顔だった。

 

「ま、そもそもウチは男女関係なく面白いやつは大好きだからね! それに……なんだかんだで他人を放っておけないお人好しでちょっと抜けてるとこが気に入ったよ」

 

 そう言いたいことだけ言い終えるとユノは赤いスカジャンとムゲンお墨付きの見事な黒髪を翻して、颯爽と背を向けて歩き始めた。

 

「またそのうち遊びにくるよ。そのときは今度こそ、ウチに惚れさせてやるから覚悟しな! ハハッ、なんてね。じゃあな!」

 

 眩しい笑顔を見せて嵐のような少女、忍野ユイは三人の前から去っていった。

 一方で、そんなユノの純真で情熱的な告白を改めて受け取ったムゲンはと言うと。

 

「…………うっそでしょ」

 

 顔はおろか全身指の先まで一瞬で真っ赤になったかと思うと、ぼそりとそう言い残してオーバーヒートを起こして、その場にぶっ倒れて完全に気を失った。双連寺ムゲンの生まれて初めての手も足も出ない完全敗北の瞬間である。

 

「ちょっおおっと! ムゲェェェェェェン!?」

「やばい。めっちゃ熱いよ、カナねえ。知恵熱かな?」

「……この子、こんなにポンコツだったけ?」

 

 この後、カナタとハルカにとりあえずカフェ・メリッサに担ぎ込まれて目が覚めるとこっぴどく叱られたのは言うまでも無い。

 それから、女心や色恋沙汰を少しは学べと少女漫画や恋愛小説をナギコ経由で大量に渡されたとかいないとか、真相は定かではない。

 

 

 

 

 

 

 ムゲンたちと別れたユノとアサギの二人は自分たちの自宅がある方角に向けて、すっかり日が落ちた静かな路地を歩いていた。

 

「いやー……まっさか、こんなことになるとはねえ。我ながら傑作だよ!」

「なんでもそうやって楽しめるのはオッシーのすごいとこですね。アサギさんはとても、とても疲れましたけど」

「ごめんって。ちゃんと埋め合わせはするから機嫌直しておくれよ、アーちゃん」

「約束ですからね」

 

「もち! でも、まさかひったくりとっ捕まえることになるとは思わなかったよ。あのメット野郎、よりにもよってフルフェイスのメットなんて被りやがって情けないったら」

「ヘルメットおじさんに何か思い出でもありましたっけ?」

「あ……やっぱ、アーちゃんも忘れてるか。ってか、ウチだけが覚えてるの間違いか?」

「何のことです?」

「なんでもないよ、忘れてくれ。ちょっと、会えたら礼を言いたい人がいるんだけどなって話し。大したことじゃないよ」

 

 そう言ったきり、ユノは口をつぐんで何も言わなかった。

 自分たちが暮らすこの街の、もしかしたら世界の平和を守るために戦ってくれている仮面の者の存在と、そんな彼に出会えたならみんなを代表して覚えている自分がお礼の一つも言わなくてはと考えているだなんて、声にするには憚られる。

 なんせ奇妙な風が吹く度にまるで時間が巻き戻ったかのように何もかもが綺麗さっぱりそんな出来事は最初から無かったことになっていて、みんなの記憶も白紙にされているのだから。

 

 傷ついた世界を癒す修正の力を秘めた光る風。

 その風の中で、彼女は何故か全てを覚えていた。

 この秘密をまだ誰も知らない。

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
次回からはまた通常運転に戻るはずです(汗)

今回から本格参戦の竜胆女学院コンビ、見た目的な元ネタは分かる人には分かるかと思いますが某ぐだぐだな二人組です。誰だか分かるかな?(白目)

ところで作者の活動報告に本編とは別に作品や各キャラクターの裏設定とかちょっとした番外編みたいな小話を投稿して見ようか悩んでいるのですが、需要ってありますでしょうか?

これからもよろしくお願いします!


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第14話 烈鬼剛腕! ストロングオウガ!!

 

 ムゲンが忍野ユノに告白されたその日の夜のこと。

 天風家のリビングでは夕食を終えたカナタとハルカがソファーに背中合わせで座り、寛いでいた。

 

「それにしても、どうしようね」

「それにしても、どうしような」

 

 息ぴったりのリズムでお互いにもたれ合い、振り子のようにゆれる二人は似たような言葉を呟いて、少しだけ浮かない顔をした。

 

「まさか、ムゲンをあんなに好きになる人が出てくるなんてね」

「ムゲンには悪いけど、高校の間はそんな奴絶対にいないと思ってたけど、他校からの刺客は読めなかったよ」

「なんて声をかけて上げるのが一番いいかな?」

「オレとしては、あんな話を聞かされた後じゃムゲンには幸せになってもらいたいよ。騒がしいけど、悪い子じゃなさそうだったし」

「同感。ちょっと、私たちも経験したことのないタイプだったね、彼女」

 

 二人の胸中につい先日、本人から聞かされたムゲンの不幸なんて言葉では片付けられない過酷な過去の話が浮上した。

 

「そうだね。むしろ、あんな過去を持ってるムゲンが幸せになっちゃダメだなんて未来なら、ムゲンが良くても私たちが許さないかな」

「カナねえなら、そう言うと思ったよ。オレもだから。でも少しだけ、ムゲンと一緒にいられる時間が減るのはもどかしいけど」

「ハルくんと同意見だよ」

 

 かつての天風姉弟なら、ユノという部外者に対してこんな柔軟な考え方は出来なかっただろう。きっと、ムゲンを含めた自分たち三人のためにあらゆる手段を尽くして、彼女の恋路を妨害して、排除していた。

 でも、それはあくまでかつての話だ。クーという異世界から流れてきた仲間を迎え予想外だらけの非日常を経験した二人は数年前ほど、無関心でも辛辣でもなくなっていた。

 

「ねえ、ハルくん……世界にはさぁ、変わった人たち大勢いたね」

「……オレたち、思ってたよりも普通かもな」

 

 むしろ、出自も過去も人柄も、てんでバラバラな人達との出会いと交流を経て、双子という生まれからありふれた奇異の目に晒されて、自分たちだけの世界を囲って生きてきた二人は自分たちが踏み込んでいる世界の広大さに一抹の戸惑いとジェラシーのようなものを感じで本調子ではなかった。

 更にそんな自分たちがムゲンにとっては長い間救いとして思われていた事実が重なって自分たちの在り方に言い様のない迷いが生まれていた。

 

「「……調子狂うな」」

 

 二人の口からは寸分違わないタイミングで憂いを帯びたため息が出た。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 土曜のこの日、ムゲンはクーと一緒に奥多摩方面の森林にいた。

 というのも、昨日ムゲン達がいない間にカフェ・メリッサに怪現象絡みの相談客が来訪していたのだ。

 なんでも、数日前から山林で熊や猪とも違う奇怪な生物の目撃情報や前例のない頻度での崖崩れや地滑りが相次いでいるので霊能・オカルト分野からのアドバイスが欲しいとの依頼だったそうだ。

 奇怪な生物という情報にメタローの暗躍を疑ったクーの判断で迷わず依頼を請け負い、早速二人で探索に赴いたと言うわけだった。

 

「いい景色だなぁ……こんな用事じゃなかったら、近場にあったキャンプ場で魚でも獲ったり出来るんだけどなあ」

「遠い目をしておられる。あ、はは……ムゲンさん、寝不足みたいですけど、大丈夫です?」

 

 生い茂る木々が途切れた隙間から広がる明媚な風景を眺めながら、そう漏らすムゲンの目には如何にも睡眠不足ですと主張するように隈が出来ていた。

 

「かくかく、しかじかでカナタたちの言いつけ通りにとりあえずネットで恋愛モノのあれやこれやを見てたら寝るの遅くなりまして」

「いいじゃないですか、青春していて! それで乙女心などは学べましたか?」

「それなんですけどね……映画や連続ドラマは長ったらしいからまずはその手のジャンルで手早く見れそうなアニメとかゲームの動画を見てみたんですけど」

「ほうほう」

「なんか、どれもこれも顔と声の良い兄ちゃんが歯の浮くような気障な台詞言って次回に続くみたいなノリであんまり参考にならなかったというか」

 

 諦めと虚しさとが入り混じったような深いため息をついてムゲンは首を回してゴキゴキと関節を鳴らした。

 

「はあ……ま、まあなにせ恋愛事情ですし、一朝一夕で実らないのはどの媒体でも一緒ってことでしょう。それに最終的に告白してきたその女の子に返事を返すのはムゲンさんご自身ですし、そこまで周りに流される必要もないじゃないですか?」

「実を言うと、一番悩んでるのはそこなんですよ」

「むむ? 私でよければお話ぐらい聞きますよ? 一人で抱え込んでるのは一番の毒ですし」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 女性から告白されると言う男子であるなら諸手を上げて喜ぶべき大イベントを経て、肝心のムゲンは普段からは考えられないほど気落ちしていた。

 おどけてやっているわけでは無さそうな深刻な面持ちを見て、年上のお姉さん目線でからかい半分だったクーも只事では無いなと近場の切り株に腰掛けて、勤めて優しい口調で問いかけてみた。

 

「俺はその、前言ったみたいに愛の少ない家庭で育ったもので誰かを好きになるってイマイチ……いや、全然分かんなくて。ただ俺みたいなのに珍しく好意的に接してくれた彼女の気持ちを無碍にするのも失礼な気がするし、なんて答えればいいのか、さっぱりなんです」

「つまり、その忍野さんのこと好きじゃないけど、ごめんなさいって断るのも気が引けると?」

「まあ、そうなるというか……はい、そうです」

「いけませんね、ムゲンさん。それはよくないですね、ダメダメのダメです。卑怯です」

 

 数奇な人生経験の弊害から人並みの情動がどこかで欠けているムゲンの煮え切らない言葉をクーは珍しく強めの語気でバッサリと切り捨てた。

 

「……ですよね。自分でも悪手だなぁとは感じてはいるんです」

「それは良かった。もしも、妙案とでも思っているようならムゲンさん相手でも蹴っ飛ばしてましたよ!」

 

 思わず目を丸くして驚いたムゲンだが、内心誰かに言ってもらいたかった言葉がクーから返ってきたことで苦しげだが満足したような笑顔を浮かべた。

 クーは最近になって知ることが出来たムゲンの陰惨な過去も鑑みて、その考えこそ否定したものの、ならばどうすべきかを彼女なりに親身になって話し出した。

 

「いいですか、ムゲンさん? 恋と言うのは戦いです、ラブ・イズ・ウォーです! 勝って喜ぶ乙女もいれば、負けて唇を噛み締める乙女もいるのです! 魔術師として一人前になったその日に告ろうとしたら、相手の方からまさかの結婚&子供も授かった報告+相手は自分の実姉な鬼コンボを食らったこのわたしのようにね!」

「クーさん……クーさんが先に目から熱いものを流すのは違う気がする」

「おっと失礼。ですからね、ムゲンさんがその女の子のことを良かれと思っているのなら勇気を出して断るのも誠意ですよ。ビンタかグーパンは覚悟しておいてもらいますけど、女子にはそれぐらい色恋沙汰とは一大事なのです」

「殴られるのには慣れてますよ。ありがとうございます。なんとなく踏ん切りがついた気がします」

 

 クーからの助言を受けたムゲンはしばし考えてから、納得したように答えた。けれど、その声にはまだふわついた曖昧さが残る、あくまで妥協点を見つけたような様子なのは一目瞭然だった。

 

「そも。ムゲンさんの場合はそれ以前の初歩的な問題だと思いますよ? 一応デートっぽいことはしたんですよね? その時に、なんかこう燃え上がるようなパッションっぽい何かとか感じませんでした?」

「うーん……それはその」

 

 無礼千万な勘違いからの相手の弱みを探るのに注力していたのと、ユノの素晴らしい黒髪に見惚れていたとは口が裂けても言えないムゲンだった。

 けれど、もしも――もしも昨日、彼女の髪に胸を躍らせて、血を熱くさせていたのがもしも、活気のある屈託のない笑顔を浮かべていた彼女を見ていたから感じた高鳴りだったのなら、自分はどうなのだろう。

 

 口元を真一文字に結んでムゲンは今一度自分の心と向き合った。自分は彼女・忍野ユノとの関係をどうしたいのだろうと。

 滑稽な勘違いはあったものの、彼女と一緒にいるときの空気は嫌いではなかった。やんちゃで血の気の多そうな物腰はちらほらあったけれど、自分にはあまりない太陽のような明るさと清廉さに敬意のようなものを抱くくらいだ。自然と彼女のことをユノさんと呼んでしまっていたのもそこに起因するのだと思う。

 確かに自分は心の中でユノのことが気になっていた。

 これが好意なのかと問われたら、まだ明確に答えることは出来ないがもっと彼女のことを知りたいと、簡単に縁を切るのは嫌だと思っている双連寺ムゲンがいた。

 ただ同時に愛も恋も知らぬ荒んだ過去を持つ人間だったからこそ、自分が彼女に相応しいのかと不安に押し潰されそうなムゲンがいるのも事実だった。

 

「実は……これはある意味でムゲンさんには恋人になるか、ならないかよりもハードな選択肢かもしれませんけど、もう一手だけ策がありますよ」

 

 黙ってはいるが唸ったり、しかめっ面になったりと百面相であれこれと思い悩むムゲンを見かねて、クーがもう一つの助け船を出したのはそんな時だった。

 

「まだあるんですか!?」

「ムゲンさん、思わぬところで本当に鈍感な恋愛ヘタクソ男子ですね」

「ぐうの音も出ないなぁ」

「これもある意味使い古された常套文句なんですけどね、まずはお友達からと言うやつです」

 

 クーの助け船を聞かされて、ムゲンはハッとなるとすぐに彼女が自分に言ったハードな選択と言う言葉の意味を理解して思わず大笑いした。

 

「確かに、これは難題だ。難題なんでいまは先送りにします。メタローをぶん殴ってればすっきりして考えも纏まるかもしれませんし」

 

 友達という存在を特別視している自分だからこそ、悩ましい問題に一時白旗を上げてムゲンはここに来た本来の目的へと意識を切り替えることにした。

 

「ムゲンさんがそういう方針で行くのならそうしましょう。ここで答えが出るまでウダウダしていたら本当に日が暮れるかもしれないですしね?」

「今日のクーさんなんか辛辣ぅ!」

「にゃっはは! お姉さんの愛の鞭だと思ってくださいな。ここまで能弁垂れて言うセリフじゃないですけど、天国と地獄どう転んでもムゲンさんたちの実りにはなりますから、あとはご自身が納得できるかどうかです。がんばって!」

「そんじゃあ、まずはメタロー退治を頑張るとしますか!」

 

 気持ちを切り替えた二人はのどかな山林を更に獣道深くへと進んでいった。

 奇しくも森はざわめき始め、遠くからは地鳴りのようなものが聞こえ出していた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、カフェ・メリッサは珍しく閑古鳥が鳴いており、シスターたちは暇を持て余しているぐらいだった。

 だからこそ、昨日からの悩みがまだ払拭しきれていない天風姉妹にとってはこののんびりとした時間が却って辛かった。

 いっそ大忙しなら、変な悩み事なんて心の隅っこに追いやってバイトに打ち込めると言うのにそれも封じられるとはまるで厄日のようだ。

 そして、そんなカナタとハルカのぐずついた雰囲気をシスターが察せないわけもなく。

 

「こんなに暇なのも久しぶりね。二人とも座りなさいよ、今日は特別にここで軽めのコーヒーブレイクとしましょう」

 

 シスターはやや強引に二人をカウンター席に座らせると自慢のコーヒーを淹れた。一般的な喫茶店の提供価格に見合った特別高級というわけでもない珈琲豆ではあるが淹れる者の技術がそんじょそこらとは桁違いだ。

 香ばしく、すっきりとした苦みと、透き通ったキレのある味わいのレギュラーコーヒーはシンプルだが質が高い。

 

「いつも飲んでるものだけど」

「シスターのコーヒーは絶品ですね。バイトがここでよかったです」

「褒めてもそんな気軽にバイトの時給は上げないわよ? 通算千回ぐらい褒め称えてくれたら考えるかもだけど? で、お悩みのようだけど、どうしたわけよ」

 

 微かに憂いを帯びた表情でコーヒーを啜る二人に、まどろっこしいのは好きじゃないとばかりにシスターは言葉を投げかけた。

 すると二人はドキリと肩を小さく跳ねさせた後、思い切ったように重い口を開き始めた。

 

「昔からずっと二人して私たちはその……スペシャルなものだと思ってました。勉強できたし、スポーツも上手くて、あと自慢じゃないけど揃って顔も悪くないし」

「そうね。それをナチュラルに口に出来る肝の太さも大したものよ、アンタ」

「けど、クーさんやまさかのシスターまで異世界の住人でおまけに前回ムゲンの昔話を聞いてなんて言いますかその――」

「調子に乗ったガキ丸出しで生きてきたんだなって思うと、なんか恥ずかしくて」

「あら、別にいいじゃない。ガキなのは本当でしょアナタたち。公では車も乗れないし、お酒も窘めない。えっちなお店も入れない、束縛だらけのお子様よ。もちろん、ムゲンちゃんもね」

 

 カナタとハルカで繋ぎ合わせて声にした彼らの悩みの種。しかし、シスターはそれを当たり前のことで普通なことだと言うように肯定的に受け止める。

 

「だけど! ムゲンは……ムゲンのことを思うと、私たちはどうしようもなく身勝手で自分の都合しか考えてなかった」

「それはなに? 今までのアナタたちは自分たちと同類だと思って仲間に入れてあげていたムゲンちゃんが実はずっとずっと立派だったから、気不味くて顔向けできないってことかしら?」

「そういうわけじゃありませ……っ! そういうわけだったのかも……しれません」

 

 妙に棘のある語気のシスターの言葉に思わず声を荒げかけて、カナタはしゅんと黙り込んだ。

 自分でも無自覚に覆い隠して直視しようとしていなかった悪性の腫れ物のような本音をぴたりと当てられて感情を抑えられなかった。

 浅ましい劣等感。困難に立ち向かい続けていたムゲンへの羨望。

 そんな彼を友達だと歓迎しながら、どこかで自分たちをより照らすための舞台装置にしていたのではないかという自分たち自身へと疑心。

 三人の友情を根底から揺るがす問題に本能的に助けを求めるようにハルカに視線を向けたがハルカも自分と同じように心の裡に沈殿していたおぞましい本心の断片たちを言い当てられたことで恥辱に顔を歪めて、自分とも視線を合わせてくれなかった。

 

「シスター……私たち、どうすればいいと思いますか?」

「さあ? アナタたちはどうしたいのよ」

 

 藁にもすがる気持ちで言葉を絞り出したカナタにシスターはあっけらかんと切り返した。

 

「それが分かったら、苦労しないですよ」

「アナタたちの問題でしょう? なら、アタシの答えはカナタちゃんとハルカちゃんの答えにはどう足掻いても成りえないのよ。カンニングみたいなズルは禁止。もしも、ムゲンちゃんに本当に負い目を感じていると思っているのならアンタたちの本音一つでぶつかるのが礼儀でしょう」

 

 返す言葉が何も無かった。

 一度は思わず立ち上がったカナタも墜落する鳥のように力なく座り直して、ハルカと揃って俯き伏せてしまっている。

 

「でもね、ムゲンちゃんって本当にアナタたちよりずっと立派かしら?」

 

 突き放すだけ突き放して、シスターは突然そんな風に言い始めた。

 

「確かに何もかも、誰も彼もの間が悪かったとは思うわよ。けどね、話を聞く限りじゃあムゲンちゃんだって十分に問題ありよ。だって、怪物と見られるのを甘んじて受け入れて、それでも暴れることを選んだんでしょう。あの子の地元が古い価値観に縛られた異常地帯だったとしても、あの子の振るった暴力で不必要に傷ついて、悲しんだ人は多いはずでしょ。第三者の視点から見ればムゲンちゃんだって短慮なお子様よ。丸く収める方法はいくらでもあったわ。外野が過ぎたことをあれこれと騒いでも無粋だけれどね」

「あの、シスター。おっしゃっていることの意図が読めないんですけど」

 

 今度は客観的に過去のムゲンの行動についての批判を始めるシスターにハルカの方が折れて素直に彼の真意を問う。

 

「アンタたちとムゲンちゃんの三人なんてアタシたち大人から見たら揃ってお可愛いどんぐりの背比べにも程があるわって話よ」

「つまり、等しく世間知らずな子供だと言いたいので?」

「大正解♪ よく解ったわね。えらい、えらい」

「急に露骨に子ども扱いしなくてもいいんじゃないですかな?」

「だって、アナタたちってなまじとっても優秀で完成されちゃってるんだからこれぐらいオーバーアクションしないとちゃんと伝わらないじゃない」

 

 硬く厚みのあるシスターの掌で交互に撫でられて、二人は少し口元を尖らせて抗議したがシスターはお構いなしとにんまり堀の深い顔を緩めていた。

 

「いいこと、いまのアナタたちがどれだけ自分たちを過小評価しようとも一年前のムゲンちゃんを救えたのはアナタたち以外に出来なかったことよ? それから、昨日今日でアナタたちは自分たちの至らぬ点に気付けたのでしょう。なら、お次に控えているのは当然それをどうやって改善するかでなくて?」

「わかってますよ。だけど、その方法が分からないから立ち往生してるんじゃないですか」

「おバカ。なら、もう正解への第一歩を踏み出せているじゃないの」

 

 カウンターから身を乗り出して自分たちの不甲斐なさに憤るカナタにシスターは軽くデコピンを放って、はっきりと宣告した。

 

「人生って旅路の前に立ち塞がる課題の正解がそんな簡単に見つかったら苦労しないわよ。だから、大いに悩んで迷いなさい。立ち往生してる? 素敵じゃない! もっと回り道や坂道を行きなさいな、アンタたち」

 

 その言葉は迷いの袋小路に陥っていた二人の心に会心の一撃を決めるように突き刺さった。

 

「思えばアンタたち、バイトに雇った時から大きなミスや失敗も皆無な良い子ちゃんたちだったわね。それも素敵なことよ、けどね……失敗や間違いを乗り越えてこそ人は大きく成長するのよ。挫折も過ちもジャンジャンやりなさいな。それらは全ていけないことではないのよ……いい? 弱さや間違い、挫けて立ち止まってしまった時に何もせずに匙を投げだすことがいけないことなのよ」

 

 それは常命の人間よりも遥かに長い歳月を生きて、幾多の失敗と試練に膝を突きながらもその度に苦心と落涙を重ねながら、大きな壁を飛び越えて進み続けてきた漢だからこそ言える重みが伴った言葉だった。

 

「アタシだって、最初から人様にお金もらえるようなコーヒーを淹れられるわけじゃなかったわよ? 全部ほっぽり出して逃げ出したくなる日もあれば、眠れない日もあったわ。でも、それって非効率な遠回りでもあっても間違いではないと思うのよね。カナタちゃんとハルカちゃん、そしてムゲンちゃんだって何も変わらないわよ。昨日今日出来なくても分からなくても……あきらめなければいつかは出来る。それが人間の長所だと思わなくて?」

「はい。言葉で表現するのはまだちょっと難しいですけど、ね? ハルくん」

「ああ。折角双子に生まれたんだ。ムゲンが俺たちのことを誇ってくれるように、知恵を絞って精進してみますよ。シスター、相談に乗ってもらってありがとうございました」

 

 いまはまだ答えが分からなくても、それすら追い求めることは難しいことではない。

 幼いことから、何事も簡単に出来てしまったし、自分たちなりに努力して己を磨いてきたからこそ挫折や限界以上の困難とは縁が薄かった姉弟は問題を抱えたまま、長い時間をかけて探し歩くという手段が分からないでいた。

 

「いつもの怖いもの知らずの笑顔に戻れたじゃないアンタたち。さてと、もう一頑張りするとしましょうかね」

「お客さんが来てくれたらですけどね?」

「オレたちが働きだして初めての赤字になるかもな。来年から記念日にしてみます?」

「んま! 心の棘を抜いてあげたと思ったらもうこの言い草ぁ? らしくて素敵じゃないの♪」

 

 曇天の雲が散った青空のような笑顔を取り戻したカナタとハルカ。

 でも、今日からは違うのだ――この姉弟だって、悩んで迷って躓きながら、もっと大きくなれる。まだまだ未熟な原石たちなのである。

 

 カランコロン――!と勢いよく扉が開けられ、丁度いい所で来客があった。

 気分を入れ替えて商いに邁進しようと三人が振り返るとそこには――。

 

「こんちわ! ムーさん、きちゃったぜえ!」

 

 今日は長い黒髪をポニーテールに纏めて、赤いスカジャンを纏う快活娘。

 凛々しくも愛嬌たっぷりな笑顔を見せる噂の少女がそこにいた。

 

「「オッシー!?」」

「お、早くもあだ名で呼びとは嬉しいじゃん。カナっちとハルっちもその格好似合ってるよ! いやぁ、美人はなに着ても様になるねぇ」

 

 意中の相手のムゲンならいざ知らず、昨日初対面で僅かな会話を交わしただけの自分たち相手にもこの距離感の恐るべきコミュ力を発揮するユノに軽いカルチャーショックを受けて二人は固まった。

 

「あん? もしかして、準備中だったかい? 不味いようなら出直すけど……ってか、ムーさんは今日休みだった?」

 

 対してユノはと言うと自分で適当に好きな席に陣取るとメニュー表をしばらく見渡してからようやく、閑散とした店内やムゲンの気配がないことを不思議がるマイペースっぷりだ。

 

「残念だったわね! ムゲンちゃんはいまはお留守よ、いらっしゃいませお客様ァ!」

「うわっは! アンタさんがムーさんが話してくれた面白い店長さんだね! 二丁目系かい、驚いたよ! にしても、渋くてなかなか色男じゃん、声も美声ときたもんだ。そりゃあ、ムーさんがあれこれ店と一緒に自慢するはずだよ」

「あ、あらそう? 流石アタシたちのムゲンちゃんねぇ」

 

 さらにユノは古代ローマフェイスで威嚇と接客を同時にこなすシスター相手にも全く物怖じしないでけたけた笑って挨拶をする有様だった。

 むしろ、殆どの客が圧倒され店内ではお行儀よくせざるを得ないオーラを放つシスターの美貌というか迫力にも動じないユノにあべこべにシスターの方がペースを崩されているようだった。

 

「えーっと店長さんの名前……へえー有栖川ユキヒラか! 無作法者かも知れないけど、今後ともよろしくお願いしますユキヒラさん!」

「シ・ス・ター! アタシのことはみんなそう呼ぶの、お分かり?」

「んあ? ウチ、客だし何て呼んでも自由でしょ? 素敵な響きの名前じゃないですか、ユキヒラさん」

「シスターって呼べっつってんだよ、小娘ェ! あんたの言い分は正論かもしれないけど、ここはアタシの店! つまり、アタシの国で、アタシが法律よ? こんだけ言えば理解出来るでしょ?」

「雨ん中を傘をささずに踊る人がいてもいい。そういうもんでしょ?」

「詩的な気分出して言ってもダメだかんな小娘!」

 

 普段の優美で気品のあるオネエ口調を崩壊させながらシスターは格好つけてそれっぽい台詞を言うユノに盛大にツッコんだ。

 運命の出会いは実はここにもあった。

 有栖川ユキヒラ。本名トォール・アーキスト。ガガの民としてこの世に生を受けて早百年以上のこの麗人にとって人生初めてとなる性格的な意味での天敵との遭遇であった。

 

「いいじゃん。ユキヒラって名前、ウチは語感も良くて好きだよ? それにお客のこと小娘とか言っちゃう人間の言うことには大人しく従えないねぇ?」

「ぐぬぬ……心に決めた素敵な殿方になら名前呼びも許すのに、なんたってこんなケツの青い小娘に名前呼びされなきゃいけないのよ、んもぅ!! で、注文はどうすんの?」

「えーっととりあえずカレーと飲み物は……フッ、店長さんのおすすめをいただこうじゃないさね」

「フン……良い度胸ね、その気概は嫌いじゃないわよ」

 

 多分、何かを深く考えているわけではないが調子よくこちらのやる気を出させるような言い回しでオーダーを頼むユノの姿勢は気に入ったシスターは熟練の腕でコーヒーを入れてカレーライスとセットで彼女のテーブルに差し出した。

 長年の試行錯誤と修練の末に辿り着いた小学生のちびっ子すら魅了するシスター自慢の一杯だ。目の前の小娘もさぞ驚嘆してガブ飲みするに違いないとシスターは心の中でほくそ笑む。

 

「どうぞ。今日はサービスにコーヒーおかわり自由にしてあげるわ。アタシの絶品を存分に味わいなさい」

「いただきま……あ、やべ。ウチ、苦いのダメだったわ」

 

 無情にも、自慢のコーヒーはユノの口に運ばれる前に大量の砂糖を投下され、コーヒー牛乳よりも甘ったるい何かに魔改造されてから飲み干された。

 

「ひぎぃいいいいいいいいい!? テメッ……このガキッ! どんだけ砂糖ぶち込んどんじゃあああああ!!」

「いやー出されたものは全部食べなきゃってこと考えると、この手に限るわけでさ。ごめんちゃい」

 

 シスターは頭を抱えて、滅茶苦茶に仰け反りながら狼狽えた後に、自分の生業が接客業だということも忘れて、美味しそうにカップを傾けるユノに食ってかかった。

 対するユノは流石に申し訳ないのか変な律儀さを見せながら平謝りするが憤怒のシスターの剣幕にはそれほど動じていない肝の太さを見せつける。 

 

「せめて、一口ぐらいは苦くても飲みなさいよお馬鹿ァ!! ってか、んなにどばどば砂糖入れたら太るわよアンタァ!? 女子の端くれでしょうよ!」

「シスター落ち着いてください。フレンドリーさが限界突破してますけど、彼女一応お客様です」

「オレたちもまだそこまで付き合いがあるわけじゃないけど、悪意や悪気は欠片もないんです」

 

 先程の大人の余裕と威厳は夜逃げでもしたのかというぐらいの壊れたテンションで荒ぶるシスターを二人で宥めながら困ったように笑っていた。

 個性爆発した彼らを見ていると、本当に自分たちがどれだけ自分の殻に閉じこもって勝手に拗ねていたのかと思うと何故だか可笑しくて仕方なく思えるぐらいに、いつもの自分たちを取り戻していた。

 

「稽古後で腹減ってるし、こんなんじゃ太らないって! 平気へーき!」 

「オッシー、なにか部活でもやってるの?」

「部活にゃ入ってないけど、まあ剣道をそこそこ……最近は小学生のちび助たちに教える側だけどね。大したもんじゃないさ」

「むっ……ちょっと、手ぇ貸しなさい」

 

 カナタの指摘にユノは手をひらひらと振りながら照れ臭そうにそう答えた。

 大したことじゃないと珍しく謙遜する彼女の掌をふと一瞥したシスターは急に無言で掴むとまじまじと観察し始めた。 

 

「ちょっ!? あんまじろじろ見んなよ、ユキヒラさん! 恥ずいじゃん、セクハラだぞおっちゃん!」

「なにが大したもんじゃないよ。この竹刀ダコだらけの手……半端者じゃ到達できない代物よ」

 

 一応、生物学的には男性の相手にいきなり手を握られたことに慌てるユノを尻目にシスターは真面目なトーンで呟いて彼女の手の内を撫でた。

 彼女の手は竹刀ダコだらけの無骨な手だった。何度も皮がめくれて、爪が割れて、それでも竹刀を握り続けなければ到達できない鍛え続けられた剣士の手をしていた。

 

「アタシはね、人を判断する時に手を視るの……アンタのこの手、これで年頃の娘の手とかお笑いよ。爪のお手入れぐらいしなさいな」

「ウチの姉ちゃんみてーなこと言わんでくださいよ、ユキヒラさん」

「でも、この手は業物ね。努力はもちろん苦労や研鑽を怠って成るような手じゃないわ。フン……アンタのことは小憎たらしいけど、アタシのコーヒーへの冒涜はこの手に免じてチャラにしてあげるわ。ごゆっくりお寛ぎくださいな、お客様」

「お、おう」

 

 への字口に口元をひん曲げながら、シスターは真摯な声でそう言うとユノへと優麗な所作で一礼した。お転婆を通り越して、がさつな無法者のような言動のユノに苛立ちを隠せないシスターではあるが彼女のその手から、彼女が上辺だけの人間でないことを見抜くと渋々ながら認めて歓迎した。 

 常人とは比べ物にならないぐらいの長い歳月の中で多くの人と出会いと別れを経てきたシスターは確かに人を見る目が備わっていた。

 シスターがカウンターの定位置へ戻ったところでそれまであまりの人の変わりようにきょとんとしていたユノが僅かにしおらしい声で話しかける。

 

「ユキヒラさん……あの」

「今度はなぁに?」

「カレーおかわりしてもいい? あと、なんか甘い飲み物ないですか? バナナジュースとか?」

「ギャッテム!! アンタねえ、いまアタシがちょっといい雰囲気にしたのになんで秒で台無しにするわけえ!? あと食うの早くない?」

 

 いつの前にか平らげて空になったカレー皿を片手に持って、おかわりをねだるユノに折角メイキングしたムードも何もかもを滅茶苦茶にぶっ壊されたシスターは頭をカウンターに盛大に打ち付けて、怒りのあまりついに吼えた。

 

「いや、とても美味しかったもので我慢できずに……もしかして、一人一食限定メニュー?」

「イヤァオ! 嬉しい言葉ありがとうございますですよ! でも、バナナジュースて!? あんたカナタちゃんと同い年の女子でしょ? JKでしょ!? もうちょっとハイカラなもんオーダーしなさいよ、カフェオレとか!」

「バナナジュース美味しいじゃん! 農家さんに失礼だろ? 生産者さんへのリスペクトが大事な商売なんじゃないの?」

「ちょくちょく正論で突っ込んでくるやめなさいよ! こ、この遠慮知らずのアホガールがああああああ!」

 

 どうやっても手綱を握れないマイペースなユノに翻弄されっぱなしで悪戦苦闘するシスターだったが、そのフリーダムっぷりについに根負けし始めて思わず半泣きなるというまさかの事態になっていた。

 

「こんなに他人に振り回されるシスター初めてみたよ」

「あの人にも手に負えない人がいるんだな」

「ハルくん。世の中、私たちよりもすごくて変な人たちがいっぱいたね」

「本当な。間違えたなら戻ればいいし……オレたちも変わってみるのも面白いかもな。これからでも遅くないはずだよ」

 

 子供の口喧嘩のような騒々しいやり取りを白熱させるシスターとユノを見守りながら、カナタとハルカは拍子抜けしたように顔つきを緩ませた。

 そして、二人仲良く思うのだ。メタローとの戦いの中で無意識に肩に力を生きて張りつめていた心を少しだけ緩めて、今よりもう少し……ちょっとずつ、自分たちが以前はくだらなくて必要ないと思っていた世界に触れてみようと。

 

 

 

 

 

 

 その頃、奥多摩の山中の探索していたムゲンとクーは少々大変な事態に遭遇していた。

 

「ひゃああああああ! ムゲンさん! もっとダッシュダッシュ!! わたしのゴーレムくんもファイトォー!」

「山の坂道だぜ、これでも精一杯やってるよ!! あ、やっべ!」

「なんです!?」

「このまま真っ直ぐ進むと崖かも……」

 山の急勾配を小脇にクーを抱えて、ムゲンが猛スピードで駆け下りている。抱えられたクーはと言うと滝のような冷や汗を浮かべながらランプから召喚した煙の使い魔・スモークゴーレムを操ってムゲンが走りやすいように前方の岩や大枝といった障害物を全力で撤去している。

 あれから、更に山林を進んでいた二人であったが突如として地鳴りがしたと思えば大きな山崩れと山頂から転がって来る巨大な大岩に遭遇して、決死の大逃亡の真っ最中であった。

 すぐ後ろから押し寄せる土砂と大岩、さらに二人の前面は茂みに隠れて崖のようになっていた。

 

「なあああ……あっ! ムゲンさん、一か八かでわたしのこと放り投げちゃってください!」

 

 万事休すと思われた瞬間に何かに閃いたクーが突然そんなことをムゲンに提案した。

 

「バカ言うなよ! 死んじまいますよ!」

「地面にぶつかる前に拾ってくれればいいんですって! いいですか、崖から飛んでから投げて下さいよ!」

「おお! そういうことな! やってみる!!」

 

 最初はクーの策が分からずに声を荒げて反論したムゲンだが続けて言われた言葉で彼女が何を思いついたのかを察すると目の前の崖へと向かって敢えてスピードを上げて駆け出した。

 

「「せーの!!」」

 

 クーを両手持ちで抱え直して、ムゲンは思いっきり崖から飛んで、落下が始まる前に彼女をありったけの力で上へと放り投げた。

 

「変身――!!」

 

 そして、大急ぎでデュオルドライバーを腰に装着して変身する。

 メモリアを挿入せずにそのキーワードを認識したドライバーは淡い光を放ってムゲンを灰色の戦士へと変えていく。

 

『よっと!! クーさん、大丈夫かい?』

「だっはー……生きてるって感じしますねえ」

 

 スタンダードフォームに緊急変身したデュオルはなんとか無事にクーをキャッチして麓の河原へと着地した。

 

『もう一つ、良いニュースがあるよクーさん。今回の依頼は当たりだった』

 

 ひきつった笑みを浮かべるクーをそっと降ろしながらデュオルは全身に戦意を巡らせて後方にそびえる山へと意識を向ける。

 自分たちを目掛けて転がって来た大岩がまるで意識して眼前へと振って来るとその正体を露わにした。

 

『GRRRRRRRRRRRR!!』

 

 ゴツゴツした丸みのある大岩からワニのような凶暴そうな顔と太く長い手足が生えて、地鳴りのような咆哮を上げた。

 ナックルウォークと呼ばれるゴリラのような構えでデュオルを威嚇するのは岩石の異形・ストーンメタローである。

 

『よお、いつからメタローは自然破壊に転職したんだ?』

『黙れ、小童。我らが一大事業の達成のためよ。何も人を襲い、恐怖と絶望を伝播させるだけが世界を壊す手段では無いのだよ』

『気になるな。お前らの目的とやら、もう少し詳しく教えてくれよ』

『敵方にそこまでする義理はない。何より、我らが大敵……お前はここで死ぬ運命よ!!』

 

 僅かな問答を交えるとストーンメタローは四足歩行の肉食獣のような走法を駆使して、その巨体からは信じられない速度でデュオルに襲い掛かる。

 

『クッ……ぬおわあ!?』

 

 予想以上の速さで肉薄してきた相手の攻めに不意をつかれたデュオルは回避が間に合わずに頑丈なストーンメタローの体当たりに撥ね飛ばされて錐揉み回転しながら大地に叩きつけられた。

 

「ムゲンさん!?」

『その程度か! 我らが同胞を何人も屠ってきた割には柔だな。欠伸が出るぞ』

『なら、これから寝たくても寝れないぐらいの眠気覚ましを見せてやるよ!』

 

 ストーンメタローが勝ち誇ったように笑い、標的をクーへと向けようとする。

 しかし、砂煙が立ち込める中から飛び出してきたデュオルは敢えて低出力の待機形態であるスタンダードフォームのまま相手の鼻っ面に一撃を入れるとクーを守る城壁のように勇壮に仁王立ちした。

 

『四つ目……こいつの初お披露目といこうか!』

 

 ベルトのメモリアホルダーから二枚の初使用となるライダーメモリアを引き抜くとデュオルは展開したスロットにそれぞれを装填する。

 

【2号!×響鬼! ユニゾンアップ!】

 

「ネクスト・ライド――!!」

 

【ストロングオウガ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 メモリアを読み込んだデュオルドライバーの二基の風車が力強い光を放ち回転を始めるとデュオルの周囲に雷神が背負う円輪に連なった太鼓のようなオーラが出現して激しい鼓音が響き始めた。

 そして打ち鳴らされては波紋を描く、視覚化された勇ましく清らかな音色を無数に身に纏ってデュオルの姿が変貌していく。

 

『ハアアアァァ……ダァアアリャアアア!!』

 

 気合一声!

 左腕を思い切り嵐を巻き起こすように豪快に一振りすると幾重に重なった音の陣幕が吹き飛んで猛き戦士の異形あり!!

 

 頑強な鋼のような二本の鬼の角と紅い隈取りめいた紋様にて模られた顔を持つ、まるで金剛力士を思わせる逞しき体躯はマジョーラと呼ばれる独特の体色をしている。

 両腕を守る籠手は右が深緑、左が深紅と異なる二色で彩られ、左胸には風車を思わせる形の白銀の胸当てを装備したアンシンメトリーが異彩を放つ勇ましき姿だ。

 

 これこそがデュオル・ストロングオウガ!!

 豪放磊落な陽気さの奥底で悪への怒りの火を燃やし続け、疾風のように地獄の軍団の悉くを蹴散らした第二の快男児、仮面ライダー二号!

 そして泰然自若とした心構えで太古より人の暮らしを脅かす魔を清め、その背中を以って迷える若人たちへと明日と夢と道を繋ぎ守り続けていった飄々とした偉丈夫、仮面ライダー響鬼!

 どこまでも強く、頼れる雄大な好漢たちの力を受け継いだ剛力無双の大戦士がいま巌の大怪異と激突する!!

 

「これが新しいデュオルの力……いける! ぶちかませぇムゲンさん!」

『応ッ! いくぜええええええ!!』

 

 クーからの激励を背中にもらい、デュオル・ストロングオウガが全身の筋肉を躍動させて爆進を開始する。

 その一歩はまさに山をも平らげる荒鬼を思わせる力強さではないか。

 だが、しかし――ストーンメタローも恐れるものかと真正面から突進してぶつかり合う腹積もりだ。

 

『小癪なぁああああああ!!』

『でえああああああああ!!』

 

 両者の雄叫びが重なると同時にデュオルとストーンメタローは豪快な体当たりをぶつけ合う。その衝撃波が僅かな間を置いて周囲に広がると川の流れは乱れ、大気はビリビリと震える。

 

『トオオオオ! 来いよ、オラアァ!!』

 

 激突の反動で後方へと跳んで下がったデュオルは間を置かずに渾身の力でストーンメタローを殴りつけると、プロレスラーの意地の張り合いよろしく、お前もやってみせろと胸を叩いて挑発した。

 

『な……舐めるなよ、小童がああああ!!』

 

 スタンダードフォームとは桁違いの怪力に内心愕然とするストーンメタローであったが目の前で恐れ知らずに自分を煽って来るデュオルの大胆不敵さに触発されて負けじと石柱のような大腕で殴り返した。

 力自慢の二人は体力や疲弊など知ったことかと男の、あるいは戦士としての意地と誇りを懸けたしばき合いを繰り広げる。

 殴ったら、殴り返す。単純明快な原初の力比べ。

 血が湧き肉躍る大馬鹿野郎共の祭典のようでもあり、回避も防御も返し技も無粋の極み。己の肉体で受け止めて相手よりも自分は強いのだと見せつける。

 傍から見れば愚かな蛮行。

されど益荒男二人が相対すれば、避けては通れぬ侠道。

 

『ハァ……ハァ……GAAAAA!!』

『ガアッ!? ま…だ、まだぁああああああああ!!』

 

 一撃全力の殴り合いを決め合うこと既に六度。

 あまりの衝撃の余波で小石が砕けて足元が砂場になるほどの激しさで凌ぎを削り合う両者にも微かに疲れが見えだした時のことだ。

 戦況が動く。

 もつれる様な動きで何とかデュオルを殴り抜けるストーンメタローだったが殴るや否や返ってきた反撃のハイキックをまともに受けて視界が揺れた。

 

『ぐ……おお!?』

『だらしねえな! もう終わりかよ? だったら、好き放題に暴れてやるぜ!!』

 

 たじろいで反撃してこないストーンメタローに気勢を吐くとデュオルは今までのダメージなど知らぬ存ぜぬな生気に満ちた声を張り上げて、怒涛の攻勢に転じる。

 

『音撃棍! 猛火! ハアアアァ!!』

 

 デュオルの手の内で燃え上がった火炎が弾けると両端に翠の鬼石を備えた六尺棒型の武器、音撃棍・猛火が召喚される。

 デュオルは両手に構えた猛火を西遊記の孫悟空よろしく巧みに振り回しながらストーンメタローへと飛び掛かる。

 

『うおりゃあああ! ハァイヤ! ソラソラソラァ!!』

 

 唐竹割りの如く振り下ろした棍撃を肩に受けて傾くストーンメタローの脛へと素早くショートレンジの下段攻撃を打ち込んで怯ませる。

 相手が足元の痛みに気を取られて視界がぶれた瞬間を狙い澄まし、一度大きく息を吸い込んだデュオルは顔面へと機関銃のような連続突きをお見舞いする。

 

『うっぐう!? だが、所詮は羽虫のような威力! その得物も我からしたら爪楊枝よ!』

『そうかな! こっからは大先輩リスペクトだぜ!』

 

 片手で目元を押さえながら武器破壊を狙って攻撃を繰り出すストーンメタロー。しかし、デュオルは仮面の奥で勝ち気に笑ってこのストロングオウガの専用武器である猛火の本領を披露する。

 

『この手応え!? まさか……ぬおあ!?』

 

 自分の石造りの拳が猛火を捉えたというのに物を壊した感覚が無さすぎる。訝しんでいたストーンメタローの顔面を重なる二つの衝撃が襲う。

 距離を取って相手を確認したストーンメタローは目を見開いた。そこには二本の棒型の武器へと変化した猛火を太鼓の撥のように構えたデュオルがいるではないか。

 その威容はまさに音撃棒・烈火を振るい魔化魍を鎮める響鬼の写しだ。

 

『良い音は響きそうにないがガンガン打ち鳴らすとするか!』

『させん! カァアアアア!!』

 

 デュオルの好きにはさせぬと、ストーンメタローは口から無数の尖った岩を吐き出して迎撃を試みる。だが、勢いに乗ったデュオルは全弾を器用に猛火で叩き落とすと敵の間合いへと侵入する。

 

『てりゃああ! おりゃあ! よぉおおおっと!!』

 

 デュオルは両手に握る猛火をエスクリマあるいはカリとも呼ばれる遠国の武術に似た動きを駆使して操ると夕立のようなけたたましい連続攻撃を浴びせていく。

 敵の攻撃を一方で防ぎ、抑えて空いたもう一方の猛火で打撃を食らわせて、ジリジリと消耗させていくと威力を重視したストーンメタローの大振りの一撃を大きく跳ねてかわしつつ、背後へと回る。

 

『乱れ打ちだぜぇええええええええ!!』

 

 その巨躯故に簡単に背後を振り向けないストーンメタローの弱点をついて、ガラ空きになった背中を太鼓代わりにデュオルは伝承の雷神にも負けない豪快な乱打を叩き込む。

 

 

『ぐぎゃああああああああ!? こ、んな……こんな小僧っ子なんぞにいいい!!』

『ぬおおッ!? 自力でも転がれたか……ぐっ!』

 

 劣勢を強いられるストーンメタロー。

 だが、やられっぱなしと言うわけではない再び体を丸めて一塊の大岩になると猛回転を開始してデュオルを弾き飛ばす。そして、今度こそ哀れな肉塊に轢き潰してやろうと凄まじい威圧感を放って襲い掛かる。

 

『いいぜ! 雌雄を決しようじゃないか! 頼むぞ、猛火!』

 

 下手な攻撃ではこの状態のストーンメタローには太刀打ちできないと悟ったデュオルは小細工を弄さずに敢えて真っ向から挑む覚悟を決める。

 すると猛火はその闘志を汲むように第三の形態を披露する。

 音撃棍に一定間隔で火焔が七つ燃え上がったと思えば猛火はその姿を多節棍へと変えていた。デュオルは新たな形態の猛火を片手で持つと思い切り振り回し始める。

 

『死ぬがよい! 小童ぁぁぁあああああああ!!』

『打ち砕く――!!』

 

 砂塵を巻き起こし、大地を揺らして転がって来るストーンメタローが自分の間合いに入った瞬間にデュオルは多節棍の猛火を全力で振り下ろした。

 一見すればどの形態よりも脆く非力に見える多節棍だが、それは誤りである。

 鞭のしなやかさ、棒の硬さ、棍の回転、その三つを揃えた多節棍の破壊力は想像を絶する領域で跳ね上がる、故に――!!

 

『ぐおわあああああ!? 信じられんッ!? 我の堅牢な肉体が……ああ!!』

 

 その一撃は石を砕き、岩を断つ。

 縦一閃に大きな亀裂のような損傷を受けたストーンメタローはデュオルを轢き潰す前にたまらずあらぬ方向へと脱線して倒れ込んだ。

 

『いくぞ、デュオル! 鼓ぃ鳴らせェ!!』

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

『ソリャアアアア――!!』

 

 この好機を逃す手はないとデュオルは一気に勝負に出た。

 デュオルドライバーのライトトリガーを引いて、最大出力を解放すると清らかな火焔を纏う猛火を槍投げのようにストーンメタローに投げつける。

 相手に突き刺さった猛火は強い輝きを放ちながら響鬼が持つ音撃鼓・火炎鼓の役割を担うように巴紋の拘束陣へと変化してその動きを完全に封じ込めた。

 

『音撃拳・百烈剛火ァアアアアアアアアア――――!!!!』

 

 双腕の筋肉を盛り上がらせて、デュオルは深緑と深紅の拳から猛り荒ぶる炎を噴き上げて拳打の大旋風を叩き込んでいく。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァアアアアアアアアア!!!!』

 

 裂帛の気合と共に文字通りに百の灼熱拳を清めの音諸共に乱れ浴びせたデュオルは呼吸を整えて残心を行う。

 

『馬鹿なぁぁああああああああああああああ!?』

 

 巴紋が弾けるとストーンメタローの全身には無数の亀裂が走り、粉微塵に爆散して果てた。木端が風に吹かれて飛んでいくと、後に残るのはのどかな川のせせらぎと小鳥の囀りが微かに響いていた。

 

「一丁上がり!」

「お疲れ様です、ムゲンさん」

 

 離れて戦いを見守っていたクーにムゲンはグッと親指を立てて、無事の勝利をアピールした。その顔には先刻のような迷いや不安のような淀みのない晴れやかさがあった。

 

「今日は色々とありがとうございました。おかげで決心もつきましたよ」

「おお! それは良かった。で、付き合っちゃうんですか?」

「ん……それは彼女とまた出会った時のお楽しみと言うことで」

 

 面白そうに頬を緩めて自分を覗き込んでくるクーにムゲンはあまり見せない、照れたような表情で苦笑いだ。

 

「クーさんが居てくれて良かったよ。流石にこの手の悩みはハルカたちには相談できないんで」

「おや? 珍しいですね、お三方の普段の間柄を思えばらしくない」

 

 戦いが終わり、自分一人では解決できない難題に対しての答えを見出して口が緩んだのか普段以上に自分の本音を出すムゲンの言葉の意外さにクーは思わず首を傾げた。

 

「なんていうか、今日の俺、前半は狼狽してばっかりでなんか残念って言うか情けない感じだったでしょう?」

「まあ……いつもの歳不相応の頼りになる感じは薄かったですね。想像絶する鈍ちん恋愛クソ雑魚ボーイでしたし」

「それです。なんて言うか……カナタとハルカにはあんまカッコ悪いとこは見せたくないんですよね。二人の前ではなんて言うかタフガイな自分でいたいと言うか……あいつらが他にも掃いて捨てるようにいる数え切れない他人の中から俺を選んでくれたことへと恩返しというか、お前らの人を見る目は間違いじゃないぞって証明し続けたくて」

 

 どう考えても片意地張っているだけのような小さなこだわりから出た言葉の気恥ずかしさを自覚してムゲンは末尾を小声にしながら、改めて自分の中でウェートを占める双子たちの存在の大きさを吐露した。

 過去をみんなの前に打ち明けてから、良い意味で年相応の青くさい一面を見せるようになったムゲンがおもしろ可愛くて、クーは小さく笑うと得意げに小指を立てた右手を彼の目の前に出した。

 

「では、ムゲンさん。契約を結びましょう。いまお聞きしたことは私の口からはお二人に絶対に話しませんとも」

「助かります。じゃあ……」

「「指切りげんまん――っと」」

 

 ささやかな、けれど心を許した仲間同士だから出来る約束を交わすムゲンとクー。

 しかし、組ませた小指を放してからクーは真面目であたたかな眼差しでムゲンを見ながら言葉を送る。

 

「でもムゲンさん。人生の先輩として助言しますけど、弱みを晒してこその友情という考え方もあるのも、何処かで覚えていてくださいね。大丈夫、あの二人はちょっとやそっとのことでムゲンさんを幻滅したりしませんよ。お三方の友情のトライアングルに割り込んでいい感じに収まったわたしが保証します」

 

 青紫の髪をふわりと揺らして、クーは大人の聡明さと少女の爛漫さのどちらも併せ持つ不思議な魅力を放つ笑顔でムゲンに語りかけた。

 気軽な友人であり、要所においては頼れる後見人である絶妙な立ち位置にいる彼女だからこそ言える助言にムゲンはじんわりと染み込む真心のようなものを感じた。

 

「そうでいて欲しいです」

「そうですとも!」

「クーさん。これからも頼りにしてます」

 

 気がつけば昼下がり。

 思っていたよりも早く一件を片付けた二人は雑談に盛り上がりながら帰路へと付いた。

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー! 一件落着ですとも!」

「カナタたちもお疲れー! 土産買ってきたぞ、近場だけど」

 

 昨日のような夕暮れ時にカフェ・メリッサに戻ってきたクーとムゲンは意気揚々と表の玄関から店内へと入って行く。

 

「おっかえり、ムーさん!」

「んん!? ユノさん!?」

 

 店内で呑気にくつろいでいるユノの姿を見つけて、ムゲンは思わず固まった。

 彼女への告白への回答は決めていたものの、まさか昨日の今日で再会するとは思っていなかったもので虚を突かれたムゲンは途端に顔を赤くしてしどろもどろに狼狽しはじめた。

 

「おっす! 邪魔してるわ。ここの店いいな、上手いし店長さん面白いしさ。今日はご馳走になりましたユキヒラさん!」

「シスターって言いなさいよぉ! こんのアホガール!」

 

 カウンターではあれから結局今に至るまで居座っていたユノの言動に振り回されて、完全に参っているシスターがハルカに抱き着いて泣き崩れていた。

 

「何が起きたんだ? こんなシスター見たこと無いぞ」

「後でゆっくり聞かせてあげるよムゲン」

「すごかったぞ。いや、この状況もすごいけどな」

「それは楽しみだな。うん……楽しみだ。ふー……よし」

 

 吹っ切れてすっきりした顔で自分たちを出迎えるカナタとハルカの顔を一瞥して決心をつけると真剣な顔でユノに向き合った。

 

「ユノさん……ちょっと、外で話せる?」

「……いいよ」

 

 ユノを店の裏に連れ出したムゲンは両手を強く握りしめて、気を抜けば貝のように固く閉じそうになる自分の口を必死に抉じ開けて、彼女の告白に対する答えを告げた。

 

「昨日の告白のことだけど……俺は恋愛とか疎くて、正直誰かを好きになるって気持ちも分かんない男なんだ。だから、その手前勝手な話だとは思うんだけど――トモダチからでもいい、かな?」

 

 友達とは双連寺ムゲンにとって、自分を底なしの絶望から拾い上げてくれた救い主に等しかった。

 友達はカナタとハルカの二人だけで充分だと決め込んでいたムゲンにとってそれは他者には理解できないかもしれないが大きな決断だった。

 

「恋人とか、色恋沙汰とか全然分かんないし……幻滅されるかもしれない。だけど、昨日一日ユノさんと一緒にいる時間で君のことをもっと知りたいと思ったんだ」

 

 自分をマイフレンドと呼んで好意的に接してくれる巽ガクトにも線引きをするほどの拘りと信念を捻じ曲げて――否、自分を変えることを選んで出せた言葉だった。

 ムゲンがこの言葉に至れたのは、この答えを選ぶことが出来たのはひとえに凍り付いた孤独を日々を越えて、輝ける出会いに巡り会えたからだ。誰かとの出会いが知らず知らずのうちにムゲンを少しずつ、それでも確実に変えていた。

 そして、何よりも忍野ユノという少女をもっと知りたいというかつて、天風姉弟が自分に抱いたものと同じ想いを持ったからだ。

 

「あー……うん。その、以上になり、ます。最後まで準備のない男で悪い」

 

 まごつきながら、いまの自分の想いをユノに伝えたムゲンは彼女の返答を待つ。

 するとユノは満足したように紅い瞳を細めるとしゃんと背筋を伸ばしてすっと右手を伸ばした。

 

「実を言うとウチもムーさんと同じでね。恥ずかしいけど、付き合ったてからどうするかなんてサッパリでここまで突っ走っちゃったんだ。だから、トモダチからで大歓迎さ! 一緒にあれこれ探していく方がずっと面白そうだしね!!」

「ありがと、ユノさん」

「スキありっと!」

「へ……!?」

 

 眩しい屈託のない笑顔を見せてユノは爽やかにムゲンの提案を受け入れて、握手を求めた。

 彼女の右手に少しぎこちなくムゲンは自分の右手を重ねて握手をした。すると、ユノは突然に空いた左腕でムゲンを抱き寄せて、分厚い胸板に顔を埋めてから喜びを隠すことなく上目遣いで柔らかく微笑んだ。

 

「にへへっ……これからよろしくな、ムーさん」

「なっ!? は、はいッ!!」

 

 思わぬ大胆さを見せるユノのスキンシップに立場が逆転したようにムゲンの方があたふたと顔を真っ赤にして挙動不審なことになっていた。

 それでも、いまにも破裂してしまいそうな心臓の鼓動がどこか心地よいと感じられる気持ちがいまのムゲンには芽生えていた。

 

 一連のやり取りをシスターたちにすべて覗き見されていて、この後二人は散々にからかわれることになるのだがそれはまた別のお話。

 

 変われば、変わる。

 そんな言葉が意味するように戦いと出会いと安らぎが入り混じった非日常の中で少年少女たちは成長していく。

 

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度は此処までと致しましょう。

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました!
新フォーム登場に伴い、ライダーデータと登場人物紹介も少し更新しましたのでよろしくお願いします


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第15話 スクールハザード/不可視の思惑

皆様お久しぶりです。
三月になって一時的にですがリアルの時間に余裕ができたので本当に久しぶりですがデュオル本編更新することが出来ました。
こんなぐだぐだな作者ですがどうか今後ともよろしくお願い致します。


 

 五月のある土曜日。

 城南学園高等部の敷地内では部活動に励む学生たちで賑わっていた。

 小中高と大学部までが概ね一カ所に集まっている都合、広大な敷地面積を誇る学内には体育館も複数棟建てられている。その中の一つで行われている女子バスケの練習試合の中に赤いユニフォームを着たカナタの姿もあった。

 

「天風さん、頼んだ!」

「OK! それッ!」

 

 大混戦のコート内で仲間からパスを受け取ったカナタは普段の涼しげな雰囲気とは別人のようなアグレッシブな勢いと素早いドリブルで相手選手たちをすり抜けるとレイアップシュートでゴールを決めた。

 

「カナタさん、ナイスー! でも、かなり相手さんたちとぶつかるぐらい競り合ってたけど大丈夫?」

「ハハッ、助っ人で呼ばれたんだもの……点とらなきゃだからね。無問題かな?」

 

 大粒の汗を拭いながら勝ち気な微笑みを見せるカナタに闘志を刺激されたチームメイトたちの猛攻を加わり、この試合を城南学園高等部のバスケ部は勝利することが出来た。

 帰宅部のカナタではあるがこんな風にクラスメートや顔見知りの頼みに応じて部活の助っ人に参戦するのは入学当初からよくあることだった。

 

「ありがとね、カナタさん! 公式戦前でどうしても勝ってチームの士気上げたかったら快勝できて先輩たちも喜んでたよ」

「どういたしまして。私も無事にお役目達成できて肩の荷が下りたよ」

「ウチのチームはお昼からもう一戦あるけど、かなり時間が空くからしっかり休んでおいてよ」

「りょーかい。お言葉に甘えてちょっと飲み物買ってくるよ」

「いってら~!」

 

 バスケ部のクラスメートから今後の予定を聞いたカナタは持参していたコインケースを持ってこの場を離れて、お気に入りの飲み物が売っている自販機が置かれた第一体育館までストレッチをしながら移動する。

 

「キエエエィイイイ!!」

「小手ェエエ!面ェエエンンンアアアアァ!!」

 

 少し歩いて校舎の近くにある第一体育館に到着するとこちらでは剣道部が試合をしているのか同じ女子高生が発しているのか信じられないぐらい熱い雄叫びが木霊していた。

 

「すごい気合いだね。ムゲンもここまで激しいシャウトは滅多に出さないんじゃないかな?」

 

 真剣勝負の鬨の声と竹刀がぶつかり合う激しい音が合わさって轟く熱狂の音にカナタが感心している時であった。

 

「忍野ォ!! あんた絶対に勝ちなさいよ! 負けたら校舎裏だからね!!」

「ファーーーイトォオオ! 忍野、負けたらもう二度と数学のノート見せてあげないんだから分かってるでしょうね! 勝てええ!!」

「……あれぇ?」

 

 応援の声の中になんだか自分の知り合いの名前が混じっていたような気がして、カナタは好奇心も手伝ってじっくりと試合の様子を覗き込んだ。

 

「くぉおおおああああああ!!」

 

 館内に一歩踏み込んだ瞬間にカナタはビリビリと肌を震わせるような剣道試合の気迫に思わず圧倒された。高校生同士の部活動だと正直少し軽く見ていたというのが直前のカナタの本音だったのだがそれは目の前で相手と切り結ぶ白の道着と白袴の剣士の戦いぶりに覆された。

 

「やぁあああああ! 胴ォオオオオオオオ!!」

 

 その白い剣士は同時進行で行われている他の試合中の生徒たちと比べても飛び抜けた実力者だというのが素人目でも分かった。

 裂帛の気合。そして、面を打つために僅かに上がった相手の両腕の隙を見逃さずに間髪入れずに振り抜かれた逆胴は真剣なのではと錯覚するような鋭さで防具を捉えて、瞬く間に勝敗を決していた。

 

「よくやった! 後は任せない!」

「一年、ちゃんと先輩の動き見て覚えるように気合入れなさいよ!!」

 

 白い剣士はどうやら団体戦の中堅だったようでその後、副将と大将戦が行われてその学校の剣道部――竜胆女学院剣道部は崖っぷちから逆転勝利を収めることに成功したようだった。そして、いつの間にか本気で観戦していたカナタが予想した通り冴えた剣碗を見せていた謎の白い剣士の正体はというと――。

 

「ふいー! 応援ってか味方に脅迫されて試合するとかナシでしょ先輩!?」

「あんた強いのにタマに変な技とか構えやって負けるからでしょ!」

「だってウチ部員じゃないしー!!」

 

 汗でしっとり濡れた漆のような黒髪を元気よく振り回しながらユノは先輩の部員と押し問答を繰り広げていた。後で聞いた話だがこの日、竜胆女学院剣道部は先鋒・次蜂を経験の浅い一年生に担当させていたという。

 なんでも負けてもいいので試合の場数を踏ませるのが目的らしい。そこからが中堅を務めるユノの大仕事で彼女を筆頭に副部長、部長の三人が一本を確実に取り、逆転勝ちで次に進むという恐ろしく力任せな作戦が遂行されていたのだという。

 

「へー……カッコいいじゃん、オッシー」

 

 

 

 

 その頃、いつもなら大忙しの午前の時間だが本日はシスターの野暮用によりカフェ・メリッサは臨時休業というわけで入口にがCLOSEDのプレートが掛けられていた。

 だが、店舗の二階にあるクーの住居を兼ねたスタッフの休憩室では家主のクーに特に休日に予定が無かったハルカとムゲンが加わってTVゲームに盛り上がっていた。

 

「おおい! デカい牛きてんぞ! 避けろって!」

「まだです。この敵、初撃のモーション遅いので……ウリャっと! ほら怯んだ!」

「クーさん、どもです。いくぜ、部位破壊」

 

 遊んでいるのは戦国死にゲーと呼ばれる難易度高めのアクションRPG。

 後ろから自分のことのように興奮して口を出してくるムゲンの声を流してクーとハルカは余裕の表情とコントローラー捌きで大型液晶画面の中で暴れ回る牛頭の妖怪を攻撃している。

 クーが操作する二刀流の女武芸者とハルカの持ちキャラである大鎌使いの武者が見事な連携で敵キャラクターの体力ゲージをゴリゴリと削っていく。

 一番熱くなっているのは二人の後ろであぐら組んで観戦しているムゲンなぐらいにクーたちはこのゲームをやり込んでいる様子だった。特にクーの腕前は素人目に見てもすぐに分かる程に卓越していた。

 

「にしても、まさかクーさんがこんなにゲーム得意だったとは驚いたな」

「それな。たぶん、いまオレたちの誰よりも上手いぞ」

「うぇっへへ♪ 照れますなぁー! このままマルチのイベントクエストで伝説作っちゃいますか?」

 

 褒められて満面の笑みを浮かべながらクーの指先は精密機械のようにコントローラーを操作して、画面の向こうでは二刀流から得物を大木槌に持ち替えた女武芸者が情け容赦なく大型妖怪を殴打して完全に討ち果たしていた。

 

「負けフラグにしか聞こえないすごい自信だ」

「これで普通にクリアするからヤバいんだよなクーさん」

 

 発明家気質のギギの民だからこそ成せる技なのか思わぬ才能を開花させたクーにムゲンとハルカは呆れるほどに感心していた。

 

「ところで、カナタさんはご学友の部活?とやらの助っ人に行ってるんですよね」

「ええ。今日はバスケの練習試合だったかな」

「気になってたんですけど、お二人は応援とか行かなくていいんですか?」

 

 以前、簡単に作れるアウトドア料理教室をやったときも別行動を取っていたカナタとムゲン、ハルカたちが気になったクーは何の気なしにそんなことを話題に出した。

 

「あー……前は行ってましたよ、俺もハルカも。でもな」

「オレがいくとギャラリーが試合を真面目に観なくなるから来るなって言われてそれっきりです」

「モテ男税だな。ちなみに俺は普通に理由も告げられず出禁にされました。世知辛いもんです」

 

 言葉とは裏腹にムゲンはソファーに寝転がってリラックスしてハルカに続いてクーの疑問に答えた。すると画面から目を逸らさずにハルカが苦笑しながらムゲン出禁の真相を説明し始める。

 

「そんな課税あってたまるか。というか、ムゲンの場合は応援するときガチトーンで物騒な単語叫ぶから周りが怖がって集中できないからって聞いたぞ?」

「やれとか、いけやら、沈めろとか言ってるだけだぞ?」

「ムゲンさん、残念ですがたぶん周囲には殺れとか逝けって聞こえているものかと」

「心外だな。俺は本気でうちの学校の勝ちを願って応援していたのに世間は偏見と誤解に満ちてるぜ」

 

 そんなことを気落ちした声で言うムゲンだが途中で明らかに笑ってしまっており、どうやら自覚はあったようだ。

 

「さて、そんなこと言っている間にこのクエストはクリアしちゃいましたけど、ムゲンさんホントに交代しなくていいんですか?」

「俺ねえ、こういう動きの激しいゲームやると酔うんですよね」

「おや、意外」

「ポ○モンとかもうちょっとゆったりしたのは出来るんですけど。それにコイツはクーさんとハルカのプレイを観戦している方が面白そうなんで後ろからエールやら野次やら飛ばさせてもらいますよ」

「野次は飛ばさんでいいって」

「ではでは♪ お言葉に甘えてコントローラーを独占させていただきましょう! お昼からは三人でポケ○ンのレイドでもやりましょうよ。わたしのタスキ装備のミ○ッキュちゃんの強さを見せてあげます」

「この魔術師、現代文化を満喫しすぎでは!?」

 

 ギラギラした眼差しでほくそ笑むクーのあまりにもこの世界への適応力とエンジョイ度に普段はクールなハルカも驚きを隠せなかった。

 

「いや、俺のラプ○スの方が強いぞ、クーさん」

「ムゲンは顔に似合わず可愛いやつ使ってるのな?」

「可愛くても強いからいいじゃねえか!」

「ダメとは言ってねえから! あと、オレのオー○ンゲこそが最強だから震えて昼を待つんだな」

 

 くだらない会話を交わしながら三人はまったりと休日を満喫していた。

 出会ったばかりの頃は心の底で警戒して境界線を張っていたこともあった面々だったが様々な戦いや出来事を共に乗り越えてきたことで自然にいまではこんな気楽な関係が築かれていたのだ。

 

 

 

 

「あちー……こんなに陽気が良くなるなら扇子か団扇でも持ってくるんだったぁ」

「おつかれ。サムライガール」

「冷ってぇえ!? ぬおっ!?カナっちじゃん! 奇遇だねえ、あんたも部活かい?」

 

 体育館の手洗い場でユノが季節外れの暑さにうだりながら顔を洗っていると忍び寄ってきたカナタが氷のように冷えた缶ジュースを無防備な首筋にくっつけた。

 水飛沫を上げて飛び上がったユノは最初は剣道部の先輩か同級生の仕業と思って怒りの表情を浮かべていたが振り向いた視線の先にいる悪戯っぽく微笑むカナタをみると明るくにこやかな調子で話しかける。

 

「私は助っ人だけどね。さっきの試合すごかったよ、はいこれ陣中見舞いというやつです」

「サンキュ! だはー生き返る!!」

「シスターの目に曇りなしだったね。素人の私がみてもオッシーの動きだけ桁違いにキレがあって見惚れちゃったかな」

 

 二人はどこかで座って話そうと適当な場所を探すために歩きながら会話を続けた。

我慢できずにもらったオレンジの炭酸飲料を一気に半分ほど飲み干して、幸せそうにふやけているユノにカナタは先程の気迫みなぎる彼女の侍然とした剣道の腕前に対する感想を率直に伝えてみた。

 

「にへへ……褒めてもなんもでないよ? ま、剣道(こいつ)だけは唯一真面目にずっとやってきたことだし、褒めてくれるのは素直に嬉しいよ」

「剣道、大好きなんだね」

「んー……そだね。じいちゃんの付き合いで時代劇見たのが切っ掛けで気付いたらここまできて――痛ってえッ!?」

「オ、オッシー!? どうしたの?」

 

 しみじみと自分と剣道の出会いや想いを静かに熱く語っていたユノだったが突然片足を上げた格好で大声を出しながら飛び跳ねた。

 

「なんか踏んじゃった……超痛いんだけど!?」

「うわっ。オッシー、画鋲踏んでるよ。あそこの張り紙を留めてたのが風で外れちゃってたのか、災難だね」

 

 一本足で着地して、引きつった顔でカナタにしがみついて慌てるユノ。予防接種に興奮する子犬のように騒がしい彼女を宥めながらカナタがその足裏を確認すると土踏まずの真ん中に壁から不慮に落ちて転がってしまった画鋲が深々と刺さっていた。

 

「マジかよ!? どこのどいつだ画鋲使いやがったのは! フツー、セロハンテープとかじゃん!」

「裸足でぺたぺた歩いてるオッシーも落ち度はあるんだけどね。ここで抜いても血がたくさん出るとマズイし、校舎が近いから保健室で手当てしよう。当直で誰かいるから鍵も借りれるだろうしね」

「いいの? ありがとなカナっち」

 

 青ざめた顔で怒るユノに少々正論を説きつつも、カナタは放ってもおけないと彼女を抱き上げて高等部校舎を目指すことにした。自分からユノに深い意味もなく話しかけに行ったことに始まり、ここまでの行動も全てかつての天風カナタという少女では考えられなかったことだろう。多くの出会いや完璧だと思っていた自分に芽生えた迷いや疑問と向き合って自然と変わり始めた賜物といえる歩み寄りだった。

 

「な、なあカナっち……ありがたいんだけど、お姫さま抱っこで移動ってのはどうよ?」

「あー! 忍野さんが城南の美人さんに抱かれて運ばれてますよ、先輩!」

 

 だが、そこは清涼快活な佇まいの奥に結構な腹黒い一面を潜ませているカナタである。演劇部の花形のような凛々しい振舞いでユノを抱えて、颯爽と通路を歩くものだから自然と注目を浴びることになる。見た目だけなら白袴を纏う凛とした勇ましい黒髪の剣術小町なユノと赤いノースリーブのバスケユニフォーム姿のカナタなので良く映えるというのが罪なところでもあった。

 

「なんですって!? 忍野ォ! アンタ今度は何やったのよ!?」

「いいなー! この際性別は関係なしにあんな顔の良い人に抱っこされてー!」

「くそぅ……ユノのくせに生意気だぞぉ!! サイドテールの美人さん、あとであたしも抱いて下さーい!!」

「ほらー女子高特有のひやかしキタよ」

「ちょっと足を怪我してしまったみたいで。忍野さんとは知り合いでして、保健室で手当てしてきますのでお借りしますね」

 

 またユノが何か騒ぎを起こしたと思って殺到して、容姿端麗なカナタを目の前に何名か我欲に負けて脱線する竜胆の剣道部の面々を慣れたようにあしらって二人は静かな校舎の中へと消えていった。

 

「なあ、ちょい……やっぱり、これウチが見せ物みたいで無理だぁ。おんぶにしてくれ!」

「えーいいじゃん。それとも、やっぱりこういうのもはじめてはムゲンにやってもらいたかったとか? クス、意外と乙女だねオッシー?」

「はじめてって!? き、気軽にそんなこというんじゃないよ! あれか、えっちか! カナっちはえっちか!?」

「こらこら、人のことをそんなイケないお姉さんみたいに言うんじゃありませんよ♪」

 

 人気のない廊下には赤面してうろたえるユノの騒がしい声とそんな彼女をからかって遊んでいるカナタの嬉しそうな声が不思議な二重奏を響かせていた。

 

 

 

 

 無事に当直の教師から鍵を借りることが出来たカナタは静まり返った学園の、これまた落ち着かないぐらい無音の保健室でユノの足の手当てをしていた。

 

「はい。これでよしっと。次からはちゃんと試合終わったら体育館シューズか何か履いて移動しなよ?」

「わ、分かったよ。あんがとな、カナっち」

 

 幸いにも画鋲が刺さったユノの足の裏は出血も少なく消毒と絆創膏、患部の場所が場所のため軽くテーピングを巻くぐらいの処置で済んだ。カナタのちょっとしたお説教に冷や汗を浮かべながらユノは平謝りである。

 何となくぎこちない空気の妙な沈黙の間が流れる。正確にはカナタはいくらでも話そうと思えば話せるのだがどうもユノが何かを言いたいらしく、ずっと黙った状態で器用に表情だけをころころと変えては落ち着きなくしているのだ。

 

「――あのさ! カナっちはその……ウチのことあんまり嫌ってないってことでいいのかい?」

「へ……なんで?」

 

 どうしても大事な用件ならユノの気性的にこの場で口にするだろうと思ったカナタは敢えて自分からは何も問わずに片付けをしていたが意を決して開かれたユノの口から出た言葉が余りにも素っ頓狂だったことで思わず珍しく間の抜けた声で聞き返してしまった。

 

「いや、だってさ……カナっちとハルっちからしたらウチってよく考えたらいきなり押しかけてムーさん分捕ろうとしている泥棒ネコ的な存在じゃん? やっぱり、面白くはないんじゃねえのかなって思ったわけさ」

 

 普段の威勢の良さは何処へやら。

 ユノはムゲン太鼓判の黒髪を指でくるくる弄りながら、しおらしい物腰でそんなカナタ達三人への気遣いを見せてきたのである。あまりにも突然で呆れてしまうほど律義というかおかしな人情味のある発言にカナタは思わずお腹を抱えて大笑いしてしまった。

 

「オッシーってば、もっとヤンキー一直線かと思ってたのにホントに硬派というか真面目ちゃんだね」

「笑うこたねえじゃん! ウチはウチなりに聞くかどうか悩んだし、気合入れたんだぞ!? 思いついたのはついさっきだったけど」

「気にしてないよ。オッシーだから、私とハルくんもゴーサイン出したんだから。自信持っていいかな?」

「ホントか!?」

 

 どうやら一筋縄ではいかない繊細な人間関係が結ばれていることをこれまでのムゲンたち三人のやり取りを見てなんとなく察していたからこそ、勇気を振り絞って尋ねたユノであったが返ってきたのがビックリするほど気優しいものだったもので拍子抜けであった。

 

「折角だから私も逆に質問するけど、ムゲンのどこを好きになったのかな?」

「顔! メガネ外してる時とかマジで好みなんだわ。ゾクゾクするね」

「それは知ってる。ほ、他には……ない、もしかして?」

「……これ、ウチが勝手に思ってるだけかもしれないやつだけどさ、ムーさんは他人の良いところや綺麗なところを見つけて褒めてくれるよなって、そこは良いと思った。あと、丈夫で元気なのも」

 

 本当に小学生どころか保育園児レベルの好意の理由を躊躇い無く主張するユノに思わずカナタも苦笑いだった。けれど、念を押して問われたことでユノがよく考えてから自分に聞かせてくれたムゲンに惹かれたポイントはカナタの胸を強く響かせるものであった。

 

「そういえば……あの日もそうだったっけ」

 

 ユノの言葉にハッとなったカナタは嬉しそうにほんの少し昔を思い返していた。確かに彼女の言葉の通り、知り合ったばかりの頃に意地悪く値踏みをするためにムゲンの目の前で実の弟であるハルカとキスをして見せた。

 自分たち姉弟にとってはごく普通の愛情表現で絆を確かめ合う形だが世間一般的には偏愛の領域のスキンシップもムゲンは愛が深いのは良いことだと受け止めてくれていた。

 そんな風にムゲンは他人の美点を見つけ出すのが結構得意なのだ。それが幼い頃から人間の悪意や心根の醜さを見てきたことで発生した反動であったのなら心苦しいものなのだが。

 

「オッシーって、本当に予想外の女の子だね」

「なんだよそれぇ? アウトってやつか? カナっち怒りの鬼の姑モードってのかい?」

「失敬な。私なりに褒めて応援してあげてるんだよ」

 

 どこか皮肉っぽく聞こえるがそれは間違いなくカナタなりのユノへの感心の証だった。まだ完全には認めたくはないが彼女にならいつかの将来にムゲンを任せてもいいだろうという気持ちだった。

 

「にへへっ……なら、ありがたいね!」

「さて、そろそろ戻るとしようかな? オッシーお昼はどうするの?」

「弁当持ってきてる。先約ないならせっかくだし一緒にどうよ? 自慢じゃないけど実家が総菜屋だからおかずは美味いぞ!」

 

 ベッドの上に胡坐をかいてけたけた笑いながら思わぬプロフィールを明らかにするユノにカナタは一拍の間を置いて目を丸くした。

 

「そうなの!? たはは……本当にギャップの塊だ――っ!?」

「あん? どうかしたか、カナっち?」

「なんだか、校庭の方が変に騒がしいかなって……これは不味い気がするかな」

 

 女二人の腹を割った会話のお陰で一気に距離感が近くなり始めたカナタとユノ。

 つい最近まで他人から学んだり、影響を受けることなんて稀にしかないと冷めた考え方を持っていただけに得難い時間を楽しんでいたのも束の間。カナタは微かに聞こえる悲鳴のような騒音と肩が重くなるような妙な雰囲気を外の方から感じて、表情を険しくさせた。

 

 

 

 

 ほんの数分前。

 高等部校舎前の運動場でも多くの生徒たちが部活動に励んでいた。

 明らかに部外者と思われる浪人生風の男がそんなグラウンドのほぼ真ん中に忽然と現れたのはそんな時だった。

 

「……ここでいいか」

「あの、何かご用ですか? すみませんけど、俺たち部活の練習中で悪いんですけどそこどいてもらえないですか? あぶないっすよ」

 

 立ち尽くして動かない男に戸惑いながら生徒たちが遠慮がちに声を掛けた。刃物のような危険物は持っていないようだったから、十数人ほど集まって行った選択だった。勇気を出して声を掛けた生徒たちの問いかけに男は暫く沈黙を続けたがゆっくりと口角を吊り上げて口を開いた。

 

「ここを実験場とします。君たちはモルモットです」

 

 無意識に寒気を覚えるようなノイズ混じりの声を出す男の体が極彩色の光を放ち、あっという間におぞましい異形の姿へと変わっていく。

 青黒く爛れた外皮を持つ大柄で両肩が不自然など肥大しているグロテスクな怪人だった。さらに嫌悪感を掻き立てるようにブクブクに膨れ上がった肩にはそれぞれで大きさや虹彩の違う目玉が埋め込まれてギョロギョロと動いていた。そして、粘土を丸めたような飾り気のない頭部にはあるべきはずの双眸は無く、イソギンチャクのような触手が蠢く大きな口だけが生えた形容し難いものだった。

 

『実験開始を宣言する。私の洗礼を甘んじて受けなさい』

 

 人間が怪物に変貌した光景に一瞬でパニックになって逃げ惑う生徒たちに青カビの怪人モルドメタローは理知的だがどこか猟奇的な感情を孕んだ声で淡々と告げて、全身から色濃い青い霧のようなカビを容赦なく散布した。

 特殊な青カビはとめどなくグラウンドの一部分に濃密に広がり、逃げ遅れて吸い込んでしまった者たちはバタバタと倒れていく。

 

『有効範囲、効果発生時間――予想範囲内。第二段階への移行時間の計測を……おや?』

 

 無機質な機械のように青霧のようなカビの中で倒れた者たちを観察していたモルドメタローだったが次のステップとなる症状が予想外に早く現れてきたことに嬉しさを感じてか両肩の単眼を細めていた。

 恐ろしいことにカビを吸って倒れた者たちは皮膚が青黒くなって、ゾンビのように理性を失い目に入った正常な第三者の人間を襲うカビ人間と変質してしまったのだ。

 カビ人間は焦点の定まっていない眼差しで手当たり次第に正常な人間を標的に襲い掛かって行く。その光景はまさにバイオハザードと言える地獄絵図のようなものだった。

 

『即効性は予想外に良好。善哉』

「おめでとう。素晴らしい能力を持つ怪人体を手に入れることができたようだねえ」

『貴方か……ご覧の通り、計画は順調なのだがなにか?』

「相変わらずメタローの諸君はボクが嫌いのようで悲しいよ。手筈通りに手伝ってあげるのだから邪険にしないで欲しいなあ」

 

 自らが有する青カビの性能が上々なことにそこはかとなく機嫌のよいモルドメタローの背後でわざとらしい拍手が鳴る。無貌故に全身でどこか白けたような所作を見せて肩の眼球で手の鳴る方を見ると森のような緑髪赤眼の美しき人影が何食わぬ顔でそこにいた。

 

 

 

 

 カフェ・メリッサでだらだらとゲーム三昧の午前を過ごしていたクーたち。

 何の気なしに時計を見たムゲンはおもむろに立ち上がってリラックスモードの二人に声をかける。

 

「もう昼飯時だな。二人ともなんか作るけどリクエストあるか?」

「おいしいやつをお頼みします!」

「ムゲンが楽に出来るやつ」

「おー、んじゃオムライス辺り適当に作るわ。クーさん、ご飯炊いてます? 冷や飯でも可ぁ」

「ありますともー」

 

 雑なオーダーに雑に答えながら下の階へと降りたムゲンは冷蔵庫から食材を取り出して手際よく準備を済ませ、いざ包丁を握ろうとした時だった。店の固定電話が鳴り響いた。

 

「はい。カフェ・メリッサです。申し訳ございません、本日当店は臨時休業でして――」

【カナタから伝言だよ! 誰でもいいから聞いてくれ!!】

「――は?」

 

 受話器から聞き覚えのある声がなにやら鬼気迫った様子で叫んでくるのでムゲンは首を傾げつつも耳を傾けた。

 

【高校にメタローが出た! 変なカビみたいなものをバラ撒いて吸った連中を操ってる。まるでゾンビ映画だよ。大急ぎで来てくれ、カナタが危ない!! 聞こえたな、頼んだよ!!】

「なんだそりゃ!? おい、ちょっ……いまの声って。ハルカ、クーさん! ヤバいことになった!!」

 

 捲し立てるような謎の救援メッセージに戸惑いながらもムゲンはメタローのワードに瞬時に気持ちを切り替える。そして、大声で二階の二人にも緊急事態を知らせた。慌てて下に降りてきた二人にムゲンは先程の電話の内容を伝えた。

 

「またお三方の学校にメタロー……しかも、今度は白昼堂々とは」

「記憶リセットされるとは言えカナねえが代理人に連絡させたってことは一刻を争う状況ってことだ。ムゲン、急いでくれるか?」

「任せろ! 二人もここからフォロー頼むぞ!!」

 

 阿吽の呼吸で役割分担とカナタの置かれた状況を予測した三人。

ムゲンは即行で店を飛び出してビッグストライダーで弾丸のように学園に向かい、ハルカとクーは特別な改装を施した店の事務室へと入った。

 

「ここを本格的に使うのは初めてだけど、上手くいってくれよな」

「ご安心を! シスターとハルカさんとわたしで弄繰り回した自信作です! ほら、いい感じに稼働してますよぉ♪」

 

 一般的だった事務室は三人によって少しずつデュオルのサポート用にリフォームされていた。いまではマルチモニターが設置された他に、シスターの屋敷の工房によって一部が使用可能になったクーのアーティファクトなども組み込まれてスパイ映画に登場するような作戦司令室のように変貌を遂げていた。

 

「ムゲン聞こえるか? こっちは飛ばしたドローンゴーレムってアーティファクトで後ろからモニタリングしてる。いまから先行させて最短ルートをナビするから付いてきてくれ」

【頼んだ。それにしてもこのインカムもなんだよこの性能、これ特許取れるだろ? 魔術師すごいな!】

 

 マルチモニターには街の監視カメラをクーが特別な技術でジャックした映像などと一緒に走行中のムゲンを追尾する空中映像が映し出されていた。

 

「ムゲンさん、わたしはもう一基のドローンゴーレムを学校の方へ飛ばして様子見しますので、何か分かりましたらお伝えします」

【お願いします! 出来たらカナタがどこにいるのか見つけてくれるとありがたい】

「ええ、やってみますとも!」

 

 現代の技術に異世界の魔術の力を組み込んで完成させたクー特製のアーティファクトを新たに導入して、カフェ・メリッサの一同はバックアップを充実させてメタローとの戦いに挑むように進歩を始めていた。

 

 

 

 

 ドローンゴーレムの先導を受けながら学園へ急ぐムゲンのビッグストライダーをビルの上から密かに観察する怪しい影があった。

 

「いっておいで、デミリザード」

 

 人影は不気味な液体が入った二本の試験管を投げ落とすといやらしくほくそ笑みながら事の成り行きをどこから持参したのかクリームパンを頬張って見物を始めていた。

 地上に落下した試験官は当然ながら砕け散り、中身が混じり合うと液体が泡立ちやがてそこからは新たな異形の怪物が生まれ落ちる。

 

「GAAAAA!」

「おわ!? なんなんだよ、おい!!」

 

 狂ったような鳴き声が聞こえたかと思うと謎の異形は走行中のムゲンを横から飛び掛かって襲撃した。車体から投げ出されたムゲンは咄嗟に自分に組み付いてきた謎の存在をクッションにしたことで衝撃を和らげたが完全な不意打ちにあっという間にマウントを取られて地面に押さえつけられてしまった。

 

「邪魔だこの野郎!」

「GAA!?」

 

 だが、簡単にやられ放題になるムゲンではない。青緑色をした異形の首にどうにか腕を回すとネックロックの要領で一気に締め上げる。呼吸を封じられたことで動きが鈍り、謎の襲撃者はムゲンからの蹴りもあり引き剥がされてしまった。

 

【大丈夫かムゲン!? メタローか!】

「なんとかな。で、だ……俺の目の前にいるやつだがよ、トカゲだな!」

「GaAAAAAA!!」

 

 インカム越しに心配するハルカに応じながらムゲンは目の前の相手に戦意を向けた。そこにいて、自分を威嚇してくる相手の姿はまさに二足歩行をする人型に近い大きなトカゲだった。これこそがデミリザード。

 

「なんか見覚えのある雰囲気するんだよなこのトカゲ。それもすげえムカつく思い出のやつ」

【強そうか?】

「やってみないと分かんないな。全く……この忙しい時になんてこった」

 

 ただでさえカナタの安否が分からずに慌てているのに嫌がらせのように現れた正体不明の怪物に苛立ちを募らせるムゲン。カフェ・メリッサで状況を見つめていたハルカは脳内で冷静に状況を整理しつつ、ここで思い切った作戦を打ち立てた。

 

【……ムゲン、コイツはオレが引き受ける。魔法使えるデュオルになってオレをそこに転移させてくれ】

「その手があったか! 頼むぜハルカ!」

 

 手短にまとめたハルカの言葉で作戦の全貌を理解したムゲンは一転、明るい調子に盛り返してドライバーを装着。先手を打って生身のままデミリザードを喧嘩キックで蹴り飛ばして隙を作ると改めて二枚のメモリアをベルトに装填した。 

 

【ストロンガー!×ウィザード! ユニゾンアップ!】

「変身――!!」

【エレクトロキャスター! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 ベルトの双つの風車が回り、紫電を迸らせて変身完了したデュオル・エレクトロキャスターは腰のマントを翻しながら魔法陣を展開してその中に自分の腕を突っ込んだ。

 

『よし、来てくれ……ハルカ!』

【コネクト! プリーズ】

 

 誰かの手を掴む感触を得て、デュオルは右手のキャスターリングを輝かせながら思いっきり引っ張ると魔法陣を経由してハルカが戦場となっている人気のない街の一角に瞬間移動を果たした。

 

「成功! 物は試しだな」

『ハルカ、じゃあよろしく任せたぞ!』

「ああ。カナねえをよろしくな」

 

 選手交代とばかりにハイタッチをして、この場を離脱するデュオルを見送ってハルカは横転したままのビッグストライダーに駆け寄ると牡牛のエンブレムを力強くタップした。

 

「GET READY! アステリオスモード!」

 

 ハルカと融合したビッグストライダーは緑色の輝きを放ち巨獣の咆哮のような轟きを上げて変形を開始する。

 変形中の状態を狙ってデミリザードは爪を突き立てて襲ってくるが分厚い鋼鉄の拳が弾丸のように発射されてそれを殴り返す。

 

【FORM UP! ビッグダイン・ゴー!!】

 

 有線式のロケットパンチを巻き取って、人型となった猛き牡牛は力強く構えた。

 黒鋼に翠の稲妻模様が迸るビッグダインの姿となったハルカは獰猛にこちらに敵意を向けてくるデミリザードと静かに対峙した。

 

「GRAAAAAAA!!」

『いくぞ――ビッグダイン・エンゲージ!!』

 

 トカゲを思わせる足音も立てない素早い身のこなしで接近するデミリザードを五指から連射するタウ・バルカンで迎え撃つビッグダインだが相手は被弾するのも気にせずに突っ込んできて噛みついてくる。

 

『クッ……美味くもないだろ。離れろ、タウ・カノン!』

「ガバッ!? シイイイイヤ!!」

『やるな。怪人って言うよりは本当にデカい獣だ。いや、爬虫類か』

 

 鋼鉄のボディにお構いなしに牙を突き立ててくるデミリザードの腹部にビッグダインは左腕を変形させた大口径の銃口を押し付けてエネルギー弾を叩き込む。煙を上げて吹き飛ぶデミリザードだがただではやられまいと鞭のようにしならせた尻尾の一撃を浴びせてビッグダインにもダメージを与える。

 

『なら、こっちは人間らしく技に頼ろうか』

「GRAAAAA!!」

『シャッ! ハッ!』

 

 両の拳を握り締めて、堅牢な装甲に覆われた巨体に似合わない軽快なステップを刻み始めたビッグダインは野性的な荒々しい動きを武器に突っ込んできたデミリザードをキックボクシングを思わせる闘法で迎え撃つ。爪の切り裂き攻撃を片腕でガードすると左のローキックで姿勢を崩し、顔面にジャブを打ち込む。

 

「ギャウウゥ……GAAAA!」

『シャアアッ! これもオマケだ!』

 

 鼻っ面を押さえて悶絶するデミリザードに今度はビッグダインの側から畳み掛けに出た。

 バルカンで牽制しながら懐に入り込むと重い右フックをぶつける。更に自分の喉笛に目掛けて迫る反撃の爪を最小限の拳の動きで叩き落して逸らすとそのまま裏拳を力強く振り抜く。鋼の巨腕の直撃を受けたデミリザードは独楽のように回転しながら建物の壁にぶつかった。

 

「フゥー! フウゥー!! GRAAAAAAAAA!!」

『甘い。 タウ・カノン!』

 

 殺意を燃え上がらせて、這うような低姿勢で肉薄してきたデミリザード。

 足を潰して一気に仕留めるつもりのようであったが咄嗟に敵の思惑を呼んだビッグダインはデミリザードが到達する前に自分の足元の地面を砲撃。

 強烈な爆風によってデミリザードは枯れ葉のように上空に吹き飛んだ。落ちてくる相手をビッグダインは両腕でガッチリと捕まえると大技を仕掛けにいく。

 

「ギッァアアアア!?」

『トドメだ! タウロホーン・ブラスター!!』

 

 両脚からアスファルトの地面にアンカーを打ち込んで機体を固定。

 ビッグダインは頭部の双角から翠色に輝く大出力のエネルギー波をゼロ距離でデミリザードに浴びせた。

 

「ギャアッガアア……アアア――――ッ!?」

 

 大瀑布のような極太のエネルギーの奔流の直撃を受けて、デミリザードは跡形もなく消し飛んで撃破された。

 周囲に他の敵が隠れていないかを確認してからビックダインはハルカと分離してバイク形態へと戻った。

 

「戦闘終了っと。オレもそこそこやれるじゃないか」

 

 まだそこまで慣れていない戦闘をそつなくこなしたハルカはビッグストライダーにもたれて照れ臭そうに一人で苦笑した。たった一人で最前線で奮闘するムゲンにはまだまだ及ばないものの、少しはその負担を肩代わりできるだけの力を手に入れたことが彼には密かに嬉しかったのだ。

 

「けど、足の要がビッグストライダーしかないって言うのは今後の課題だな」

 

 ムゲンの後を追いかけようと休む間もなくハルカは車体に跨りながら少し渋い顔を浮かべていた。デュオルのマシンであるビッグストライダーが同時にハルカが非常時に使う戦力であるということは取り回しが複雑かつ面倒ということでもあった。

 

「この辺は近いうちにクーさんやシスターに相談だな」

 

 今日のようにエレクトロキャスターで呼び出すという手段もあるがそれも手間のかかる話である。仮面ライダーに変身出来なくとも共に戦いデュオルを支える戦力を整えてきたカフェ・メリッサの一同ではあるがまだまだ改善の余地があることを痛感しながらハルカは愛する姉と親友を追いかけて城南学園へとビッグストライダーで走り出した。 

 

 

 

「確かあの個体はハルカとかいう名前だったね」

 

 ハルカが走り去っていってから暫くして、デミリザードを急襲させた人物が愉快そうな笑みを浮かべてビルの上から浮遊して降りてきた。

 

「彼、面白そうだね。取るに足らない虫と思っていたけど、手間暇をかければボクの良い玩具になりそうだねえ」

 

 そう言って、観察者ニューは傲岸不遜が滲み出るような微笑みを浮かべていた。

 一度は退けた強敵ネオ生命体ニューではあったが彼もまたこうして表舞台へと再登壇を果たして自らの愉悦を満たすために暗躍を開始する。

 

 モルドメタローの放出するカビによってゾンビのようなおぞましい姿に変えられた生徒たちによって阿鼻叫喚となった学園。安否が分からないままのカナタと水面下で独自に策謀を巡らすニュー。

 一刻の猶予を争う緊迫の状況の中でデュオルは蒸気機関車の如き勢いでビルとアスファルトの峡谷を駆け抜けて青黒いカビで煙る学園へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 





少し言い訳になってしまうのですがVSレイダーにつきましては少し休止かつ外伝という立ち位置に分けることにしました。本編が進んだか必ずこちらも更新しますのでどうかご了承ください。

それではご意見・ご感想をお待ちしております。


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外伝
夏回 真夏の夜の悪夢!?


今回は夏のコメディ回ということで本編とは一切関係のない他愛のないお話となっております。時系列や細かい設定などもお構いなしです。それから何の脈絡もなく作者の別作品である仮面ライダービャクアのキャラクターも登場しておりますのでご了承ください。
(注)デュオル組とビャクア組の面々はお互いに顔見知りという間柄になっております。

作者の別作品『仮面ライダービャクア』の詳細はこちらから。
https://syosetu.org/novel/257215/


 灼熱の太陽の熱気と虫たちの大合唱が煩わしくも胸を高ぶらせる季節。

 いまは8月。夏真っ盛りである。

 これはそんな夏のある夜に、とある二つの学校が共同で催した林間学校で起きたささやかなお話である。

 

 

 某県に存在する古い木造校舎を改築した林間学校用の施設には今日出会ったばかりだが林業体験や渓流下り、昼食のカレーライス作りなどを経て打ち解け合った両校の生徒たちが校庭に集まって賑やかに会話に花を咲かせていた。すると二人の生徒が朝礼台に登壇してハイテンションに声を張った。

 

「えー……親愛なるクラスメートのみんな! ひと夏の夜、楽しんでますかー!」

「お待たせしました今夜のメインイベント! 二校混合メンバーで行く恐怖の肝試し大会を始めたいと思いまーす!! 事前にくじ引きで決めた三人一組のチームで正門前に集まってくださーい!!」

 

 二人の言葉に生徒たちの早くもテンションが振り切れた歓声が返ってくる。

 レクリエーション係を担当するカナタとハルカの司会進行で開会宣言が切られた一度しかない青春の思い出作りに生徒たちのボルテージも一気に最高潮へと達していた。

 

「それでは本日の肝試しのルール確認を行いまーす!」

「各チームに渡してある地図を頼りに奥にあるお堂を目指してください。そこに自撮り棒付きのカメラが置いてあるので記念写真を取ってきて下さいね。帰り道は地図に詳しく記されていますが行きのルートとは違いますのでご注意です」

「なお! 安全を考慮してコースには何台かのカメラを設置してモニタリングしていますのでハメを外しすぎないように楽しんでくださいねー!!」

「レクリエーション担当として二学期になったら親愛なるクラスメートが減っている様なことが起きないことを切に願っているのでご協力をお願いします」

 

 爽やかに、華やかにルールを説明しながら生徒たちへ悪びれることのないブラックジョークを挟むカナタとハルカ。見目麗しい双子の姉弟に目を奪われていた生徒たちもこれには苦笑いだ。

 全体の雰囲気を盛り上げながら締めるところは締めていく二人の司会進行を経ていよいよ肝試し大会は始まった。

 二人のアナウンスに従って、時間差で生徒たちが順番に肝試しのコースへと繰り出していく。そんな生徒たちの中に長身でスタイル抜群ながら存在感が薄い黒髪メカクレの女子生徒がいた。

 

「肝試しかぁ……クフフ、永春くんと一緒のチーム♪ 安心してください、何が来ようと沙夜が守護りますので♪」

「あはは、ありがとう沙夜さん。でも、怖がらせ役も人間だからほどほどにね」

 

 少女の名は望月沙夜。

 その隣でやる気に満ち溢れる彼女を苦笑しながらも優しく見守っている少年の名は常若永春。ちょっとだけ不思議な秘密を持った二人は付き合い始めたばかりの恋人同士でもあった。

 

(幽霊妖怪の類なんて恐れるつもりは毛頭ありませんけど、虫とかに驚いて永春くんに抱きつく位はいいですよね……ふふ、ふへへへ)

 

 目元が漆のような美しい黒髪で隠れた彼女が暗がりでほくそ笑むともれなく上質なホラー映画なのだが本人の名誉のために黙っておこう。

 彼女をご存知の方ならお分かりのように望月沙夜は今日一日最高に浮かれていた。

 秘密のお仕事で普段は多忙でなかなか一緒にいることが難しい永春に今日は朝からずっと密着できたところに暗がりである程度羽目を外しても許される肝試し大会。

まさに僥倖である。

 だが、何もかもが上手くいくかと言うとそうは問屋が卸さないのが人生だ。

 

「問題は……彼ですね」

 

 そういって沙夜は視線の先で永春のそばにふらふらと寄って来た身長181cmの灰髪メガネの筋肉を一瞥した。

 

「若ぁ……今夜はよろしくな」

「おっとと、ムゲンもね。沙夜さんも一緒だし、何が来ても安心だよ」

「そうか。そうだな……あいつも強いからな」

 

 体操服の袖を捲り、逞しい二の腕を露わにしながら現れたのは今回沙夜たちと同じチームになったムゲンだった。永春は気が付かなかったが本日の彼は心なしか元気が無く、筋肉もしぼんでいるようだ。

 

(だ・か・ら! 距離が近いんですってば! おのれ双連寺ムゲン)

 

 目の前で永春の背中にもたれかかり、大型犬のようにだらけているムゲンに沙夜は静かに嫉妬めいた感情を燃やす。実はこの三人は奇妙な三角関係を構築している間柄でもあった。

 簡潔に説明すると最初の出会いの事情によりムゲンが永春に深い恩義と信頼を感じているのでよく懐いた番犬のようなことになっていて、それに永春の彼女だった沙夜が少し強めのヤキモチを焼いていると言う様相である。青く甘酸っぱいものだ。

 

「ムゲン、永春くんから離れてください。熱中症になったらどうするんですか」

「俺は歩くサウナかナニかなので? 男同士だぞ、若のこと寝取ったりしねえから安心しろって前から言ってんだろ」

「なっ……なにを不埒なことを言うんですかムゲンは! お昼の川にあった滝にでも打たれてやらしい煩悩を払ってきたらどうですか」

「いや、どう考えてもそういう発想に至れるお前の方がムッツリじゃん」

「喧嘩を売ってくれているのなら、買いますよ」

「二人とも仲良くしなよ。いや……ある意味で仲良いのかな、これ?」

 

 永春の言葉通り、沙夜とムゲンは喧嘩するほど仲が良いを実践しているのだ

 事実、この二人のやり取りはお互いの実力や人となりを知っているからこそ出来るものだった。

 

「ねえ、見た。あの子……望月さんだっけ、大人しそうな子だと思っていたけど双連寺くんにあんな強い言葉を」

「なんて勇敢で怖いもの知らずな女子なの!?」

 

 だがしかし、関係者からしたら微笑ましい光景なのだが何も知らない一般生徒達には衝撃映像であった。片や人間離れした怪力で一部では危険人物扱いされているムゲンと可愛いが地味で存在感が薄く幽霊のようだと言われている沙夜が対等に、どちらかというと彼女の方がやや強気に言い合っているのである。

 

「あのメカクレちゃん……さては双連寺と同類なのか?」

「嘘だろ!? いやでも、天風さんたちがそうみたいにあの子も只者じゃないのか」

「危ねえ。俺、ちょっとタイプな見た目だったしあとで声かけようと思ってたんだよ」

「命拾いしたな。お前たぶん、半生分の徳を使ったぜ」

 

 こうして、本人たちの知らないところであらぬ誤解と風評は深くなっていくのであった。

 そうこうしている間に肝試し大会の参加者はどんどん捌けていき、いよいよ最終組のムゲンたちのチームも正門をスタートしていった。

 

「夜の林道って結構雰囲気あるね。ところでその……」

「あの……ムゲン、何やってるんですか?」

 

 永春と沙夜の二人は揃って自分たちの間にいるムゲンを見た。

 そのムゲンはというとまだ出発したばかりだと言うのに冷や汗をダラダラと流しながら二人の手首をガッチリと掴んで迫真の表情を浮かべていた。

 

「えぇ? いや、何って……二人がはぐれて迷子にならないように繋ぎ止めているだけだけど?」

「ムゲン……あなたまさか幽霊とかダメなんですか?」

「ダメとは言ってない。ただ物理攻撃の効果がなさそうな正体不明のオカルト的な存在とは致命的に相性が悪いだけだ」

 

 沙夜が言い終えるよりも前にまるで彼女の言葉を遮るように恐ろしく早口で冷静な口調でムゲンは答えた。

 

「それが幽霊が苦手って言うんだよ」

「うるせえええええ! その二文字を安易に口にするな! 言霊って概念を知らないのか! あいつらが引き寄せられてきたらどうするんだァアアア!!」

 

 初めてメタローと遭遇した時ぐらい必死なムゲンの叫びが木霊する。

 明かされてしまったムゲンの意外な秘密に二人には電流が走った。

 それは安全確認と称して、肝試し全体の様子をモニタリングしていたあの二人も――。

 

 

「あっはははははははは!!」

「クッハハハハハハハハ!!」

 

 宿泊施設の一室で肝試しの様子をチェックしていたカナタとハルカの二人は揃って見目麗しい顔を盛大に崩してゲラゲラとムゲンのカミングアウトに爆笑していた。

 

「う、嘘でしょムゲン! 家賃安いからって事故物件に住んでるくせにお化けダメって信じられない」

「B級のホラーや一昔前のSF映画の方がエグいシーンあるはずなのに面白すぎるだろ!」

 

 普段はクールなハルカさえも目に涙を溜めての抱腹絶倒である。

 二人揃って思いもしなかったムゲンの弱点が笑いのツボにクリティカルヒットしていた。

 

「そっかぁ……ムゲン、幽霊苦手かぁ」

「ごめんなムゲン。先に謝っとくよ、本当にごめん」

 

 ひとしきり大笑いした二人は憐れむような優しい眼差しをモニターの向こうの親友に向けた。

 

「沙夜さんとムゲンは今更ただの肝試しで怖がるはずないと思ってスペシャルコースを用意しちゃたんだよね」

「この日のためにクーさんのアーティファクトまで借りてきたからな」

「残酷なことだけど、私たちももう後には引けないからね。というわけでムゲン、沙夜さん、永春くん」

「「この夏最高の恐怖を楽しんできてね♪」」

 

 新しい玩具を見つけた無垢な子供のような眩しい笑顔でカナタとハルカは遠隔操作出来るクー謹製のアーティファクトの作動スイッチを押した。

 最恐の夜がいま始まりを告げた。

 

 

 その頃、沙夜と永春は自分たちの手首を掴みながらも足取りが重いムゲンを引きずるように兎にも角にも暗い林道のコースを進んでいた。

 

「とりあえず、歩きにくいのでこの手を離してもらえませんかムゲン」

「……お前、人の心あるのか?」

「大袈裟! 大体あなた強いんですから何を臆することがあるんですか」

「かくとうタイプがゴーストタイプに勝てるわけねえだろおお!」

 

 ムゲンの戦士としての力量を知っているからこそ、沙夜は少し語気を強くして窘めるが当の本人は普段の勇ましさが嘘のように半泣き気味の震えた声で自分の無力を叫ぶ。

 

「ムゲン、それたぶん沙夜さん分かんないから。いや、ボクは分かるんだけどさ」 

「フェアリータイプだからって余裕こきやがって……羨ましい!!」

「その区分けやめてもらえませんか! 私が痛々しい不思議ちゃんみたいに思われるでしょ!?」

「二人ともちょっと落ち着こう。ムゲン、苦手なのは分かるけど進まないと終わりも来ないよ?」

 

 ムゲンと沙夜。

 この仮面ライダーという別の顔を持つ二人はお互いに戦士として信頼しているが故に同業者特有の気安さから他の知人友人たちと接する以上に砕けた――悪く言うと雑な態度になりがちになるという不思議な関係も持っていた。

 それが今回は余計に作用して二人はまだ一般の生徒たちと共通の肝試しコースをギャーギャーと口喧嘩スレスレに騒ぎながら進んでいた。

 

「若……すまねえ。幽霊なんて非現実的だって自分に言い聞かせてはいるんだけどよ、いざ戦うことを想定したら恐怖が芽生えちまうんだ……情けねえ」

「そんなこと言うものじゃないよムゲン。誰にだって嫌いな物や苦手な物はあるんだから」

(まず戦闘が発生する前提なところが間違っているのでは? それはそれとして永春くん、優しい……さては御仏でしょうか)

 

 急にシリアス全開な空気を出し始めたムゲンに冷めた眼差しを送る沙夜の横で永春が優しい声で語りかけ始めた。

 

「そんなに怖いなら、こういうのはどうだろう? 沙夜さんにも、ムゲンにも毎回事件が起こるたびに守ってもらってるからね……今夜ぐらいはボクがムゲンを守るよ」

「若……お前」

「ムゲンみたいに喧嘩は強くないけど、壁になるのは得意だから」

「ありがとう……俺、進むよ。お前の想いを無駄にはしねえ」

「ああ。信じてるよ」

 

 永春の勇気が秘められた言葉に突き動かされたムゲンは自分を鼓舞して立ち上がった。

 そして、男の友情を感じ合った二人はおもむろに力強く抱擁を交わした。

 常若永春――彼はごく普通の少年ながら変人もとい個性の強い人間に好かれやすいナニかと懐の広さを持っていた。

 

「交わさなくていいですから! 永春くんまでなにやってるんですか! 離れなさい。離れて。離れろ」

「ご、ごめん沙夜さん。なんかノリで思わず」

「仕方ないですね。ムゲン、私に策がありますからお互いに適切な距離を取って早いところ一周回って終わらせますよ。それでいいですね」

「かたじけない。どうすりゃいい?」

 

 永春とのハグを先に奪われたことに釈然としない沙夜だったが彼との楽しい夏の思い出を満喫するには大きな図体をして生まれたての小鹿のように震えているムゲンを何とかしなければと思い、助け船を出すことにした。

 余談だがムゲンと永春の抱擁を目撃した一部の薔薇を愛でるマエストロたちが熱いものを感じたと言う。

 

 ムゲン達が出発してから暫くして、最先頭で肝試しにチャレンジしていたチームの生徒たちがぞくぞくと戻ってきていた。彼らの話題はあることで持ちきり状態だった。

 

「なあ……双連寺たちのチームにすれ違ったか?」

「お前らも見たのか? あれはヤバかった。頭が真っ白になったよ」

「まさか双連寺があんなことになってるなんてな……肝試しよりも寒気がしたぜ」

「双連寺の顔……あれは人間としての尊厳を完膚なきまでに粉砕された顔だ!」

「あのメカクレちゃんは一体何者なんだ!? いや、それ以上に一緒にいた常若って奴の方がイカレてる……あんな状況であいつ涼しい顔して笑ってやがったぜ」

「きっとあいつが一番やべーんだよ」

 

 何も知らない生徒たちの間で誤解と風評の連鎖は加速していく。

 果たして、肝試し中のムゲン達に何が起きているのだろうかというと――。

 

 

 暗い林道を三つの人影が進んでいく。

 それは紛れもなくムゲンたちだ。

 

「永春くん虫寄ってきてないですが? 懐中電灯持つのいつでも交代しますからね」

「大丈夫。沙夜さんも道に石とか窪みが多いから転ばないように気を付けて」

「で、では……もう少し近くに行ってもいいですか?」

「うん。できたら、ボクもそっちの方が嬉しいかな」

 

 ライトを持って道を照らす永春とその隣に寄り添って密着する沙夜。隙あらばラブコメの波動を感じさせている。そして、少し距離を開けて歩くのが両手を縛られ腰に縄を巻かれて犬の散歩のように彼女に連れられているムゲンだ。

 

「……なんか違くね」

 

 求めていた救いと明らかに趣がことなるソレにやっとムゲンは感じていた違和感を言葉にして訴えた。

 

「これなら適切な距離が取れる上にムゲンも常に私との繋がりを感じられて安心でしょう?」

「腰に縄は百歩譲ってだ。手首はこれ俺、完全に罪人じゃん」

「驚かされたら反射的に手が出るかもって心配していたのはムゲンでしょう? 意外と似合っていますよ。ほら、ちゃんと手綱は握っていますから安心してキビキビ歩いてくださいね」

「ウソつけ! 今まで申し訳ないと思って気ぃ使ってたけどな、沙夜おめえ若と肝試しデートみたいなのしたいから俺が邪魔者で仕方ねえんだろ!」

 

 一応不甲斐ないという自覚があって謙虚にしていたムゲンだったがついにその言葉を沙夜に向かって口にした。

 

「仮にも肩を並べて戦った大切な戦友にそんな失礼なこと思う訳ないじゃないですか心外ですよ。私はただコースを回り終えるまでの間で良いから透明な空気みたいな限りなく無に近い存在になればいいのにって思っているだけです」

「本性を現しやがったな! けどよぉ、年がら年中リアルガチの妖怪みたいな連中と戦ってるお前が今更ただの肝試しでキャー!なんて可愛らしい声を上げて驚けるわけないよな?」

「くっ……紛れもない事実だから辛いッ! ごめんなさい永春くん! 私も色々と葛藤したんです。けれど、確かに作り物のお化けの急襲でか弱い乙女のような悲鳴を上げるような白々しい真似はできません。こういうシチュエーションで頼りになる女でごめんなさい!!」

「いや、その……ボクは沙夜さんと一緒に何かできるなら大概のことはすごく楽しいからね」

「若ァ! 良い奴だなお前!!」

 

 仲が良いのか、悪いのか。

 喧嘩しているのか、夏の変なテンションで盛り上がっているのか。

 道中、他の脅かし役の生徒たちが不気味な物音や釣竿に吊るしたこんにゃくなどの仕掛けを放ったのだがこの三人は主にテンションが壊れ気味のムゲンとそれに刺激される沙夜が原因で話している間にそれらを全てスルーして前半を終えてしまった。

 三人は気がつけはスタート前に言及されていた古びたお堂に辿りついてしまっていた。

 

「あれ、もう折り返しか? カナタとハルカがプロデュースした割にはぬるいな……さては後半に地獄を見せる気か」

「みたいですね。怖い云々は置いておいて、どんな仕掛けが来るかと身構えてはいたんですけど味気なかったです」

「……うん、そうだね。係の子たちのがんばり、ボクは忘れないよ」

「こいつで写真撮れって言ってたな。よし、二人とも並びな。若が中央で俺と沙夜が両サイドで文句ないよな?」

「妙案ですね」

 

 三者三様で違う思いを抱きながら三人は記念写真を取るように置いてあるカメラを見つけると永春を真ん中にしてパシャリとシャッターを切った。

 

「これでよしと。ではムゲンが冷や汗の流し過ぎで脱水症状にならない間に帰りましょう」

「沙夜さん、言い方。もっとこう、思い遣りとかね」

「……いや、割とマジであるかもしれねえから急ごうぜ。ほれ、握れ」

「ムゲン、本当に嫌なんだね」

 

 事前に各チームに配られた地図を広げて戻り道を確認していた沙夜と永春に相変わらず下手人状態のムゲンはついに自ら縄を沙夜に掴ませると指定されている道に気持ちを向けていた。

 だが、ここからが天風姉弟プレゼンツの恐怖の特別コースの始まりだとはムゲン達は気付くはずもなかった。地図は彼らの物だけ違う道順が記されていたのだ。

 そんな罠が仕掛けられているとも知らずに三人は進み出してしまった。安全確認という名目で設置されているカメラの向こう側でカナタとハルカが天使のような悪魔の笑顔で見守っているとも知らずに。

 

 

 暗い夜道にライトの灯りがポツンと一つ。

 三人の足音とささやかな虫の鳴き声、風に揺れる木々のざわめきがどこか寂しげに響いていた。

 

「夜風が強くなってきたのでしょうか? なんだか涼しくなってきましたね」

「本当だね。ところでムゲンに聞きたいんだけど、そもそもどうしてお化けダメなの? 化神みたいな怪物系は平気なのに」

 

 夜の森林が放つ何とも言えない雰囲気を肌に感じながら戻り道を進んでいた三人。

 無言で進むのも気味が悪いと思って永春が話題のネタを振った。

 

「俺だってホラー映画とかは作り物だって分かってるから平気だよ。それでも怖いってことはそういうことだよ」

「……はい?」

 

 さっきみたいにムゲンが騒がしい勢いで申し訳ないが笑ってしまうようなことを言うと思っていた永春は余りにも神妙な顔つきで言うムゲンに間の抜けた返事を返してしまった。

 

「それはムゲン……視たってことですか? ちょっと詳しく聞かせてください。本当に不味い事態ならアドバイス出来ると思いますけど」

「四年前だったと思う。まだ地元にいた頃な」

 

 嫌な予感を感じながら続きを促す沙夜にムゲンは僅かに目を泳がせながらも覚悟と決めて口を開いた。

 

「ダムの近くでソロキャンプしてたんだ。ただそのダムってのが大昔に村一つを沈めて作ったって代物でな」

「嘘でしょ!?」

「当たり前だけど、当時の村人たちはちゃんと移住済みだからな。流石に生き埋めってわけじゃない。じゃ……ないらしいんだけどよ」

 

 その日のことを思い出しているのか、顔色を更に悪くさせながらもムゲンは続きを話していく。最初は呆れていた沙夜と永春もすっかり彼の話を聞き入っていて固唾を呑んで耳を澄ませた。不覚にも周囲に謎の煙が立ち込めて、複数の気配が発生していることにも気付かずに。

 

「真夜中にバシャバシャって水の音で目が覚めてよ。最初は近くにある川に夜行性の獣でもいるんだと思ってたんだけど、どうも一匹じゃないしみたいだしおまけに笑い声みたいなものまで聞こえてくる」

「そ、それって近くでキャンプしていた他の人たちじゃ――」

「残念だけど季節は冬の初めだ。ついでにその頃の俺は他人がいるような場所でキャンプなんてしてなかった。独りになれる場所が欲しくてキャンプしてたような物だったからな」

「音の正体はなんだったんですか?」

 

 大真面目に滔々と語るムゲンの雰囲気にいつしか事の顛末が気になり始めていた沙夜が続きを求める。

 

「その日は月の光が明るかったからバレないようにライトもつけずにそっとテントから外を覗いてみたんだ。したらよ……古臭い恰好の子供たちがその川で水遊びしてたんだよ。もうすぐ雪が降る時期に短パン、タンクトップとかでだぞ?」

「……確かに怪異の類と考えるしかないですね」

「うん。で、ムゲンはどうしたの?」

 

 冷や汗を拭いながら語るムゲンの言葉に二人は否定するようなことは無かった。

 化神のような怪物とは別に説明のつかない様な怪異や幽霊とはまた非なる怪現象に心当たりがあったからだ。

 

「いや、流石にそりゃあもうナイフ握り締めて寝袋被って朝になるのを震えて待ったさ。けどな、オチってわけじゃないんだけどよ。結局そこから一睡も出来ずに陽が昇ってきたから思い切って外に出たんだよ」

「ムゲンはさあ、本当は怖いものないんじゃないの?」

「怖かったけど、どう足掻いても外に出ないと始まらないだろ!」

 

 当時から思い切りが良すぎる行動力に沙夜と永春が唖然としている中でムゲンはそんな奇妙な一夜の結末を明かし始めた。

 

「俺が幽霊見た場所にそもそも川なんて無かったんだよ」

「は?」

「え!?」

「茂みで気付かなかったけど、この近くに昔は村があったよって記してる石碑みたいなのがポツンと建ってたんだよ。たぶん、誰かが個人的に建てた物だと思う。ま、そんな感じで尻尾巻いて逃げ帰ったよ。」

 

 引きつった笑みを浮かべながら自分が幽霊を苦手とする理由を説明したムゲンに二人はトドメを刺されたかのように絶句していた。恐怖のとは言わないがまさかここまでしっかりした心霊体験を話されるとは思ってもみなかった。

 

「沙夜さん、どう思う?」

「幽霊と言うよりも沈んでしまった村の残留思念のような物と言えばいいのでしょうか? 日本には付喪神という概念もありますし、それの拡大解釈ではないですが在りし日の村の光景が人知れず幻のように再生されていたのをたまたまムゲンが見てしまったと考えるのが妥当かなと思います」

「お前すげえ喋るな。急に多弁になったからそっちのほうがビックリしたぞ」

「ムゲンが恐怖を払拭できるようにあれこれ理由付けしたんでしょうが」

「悪いわるい。いやーでも確かに専門家?に話したおかげか少しは気が楽になったよ」

 

 霧のような煙が更に濃くなっていたことに三人はまだ気付けていなかった。無臭なのだし、只でさえ暗いのだ無理もない。だが、それはついに彼らの前に姿を現す。

 

「良かったね、ムゲン。でも、確かにホラーしているお化けよりも真冬に薄着で水辺にいる子供なんてみたら焦るよね」

「だろ! 今でも思い出すぜ、ほらちょうどこんな感じの(・・・・・・)いかにも昭和なランニング姿でさ……ぁ?」

 

 気が緩んで少しずつ笑顔を見せていたムゲンが何気なく傍に見えた存在を指差して、ショックで凍りついた。

 音もなく目の前に現れた10歳ほどの青白い肌の薄着姿の子供が確かに見えてしまっている沙夜と永春も信じられないとばかりに言葉を失った。

 誰に声を掛けられたわけでもなく、謎の子供は俯いていた顔を上げて――。

 

『ああああああああああああああ』

 

 両目がくり抜かれて、血涙を流す凄惨で恐ろしい顔を三人に見せつけておぞましい大声を上げて見せた。

 

「出たァアアアアァ!!!?」

「ヌギャアアアアアアアアア!!!!」

 

 永春とムゲンは揃って顔面蒼白となって絶叫した。

 更にムゲンは本能的に身体が動き、両手の縛る縄を引き千切るとそのまま全身全霊でお化け全開な存在を殴りに行った。

 

『ああああああああああ』

「スケスケだぜぇええああああああああ!?!?」

 

 ムゲンの強烈な右ストレートは子供の体をすり抜けて後ろにあった木を叩く。

 自慢の物理攻撃が本当にこうかがない。現実にムゲンのパニック度は容易く100%を超えていった。

 

「くっ……退避です! 急いで!!」

「ちょっぉおお!? さ、沙夜さん!?」

 

 唯一冷静だった沙夜が咄嗟に永春の手とムゲンの首根っこを引っ張って駆け出した。

 正しい判断。最善の行動。

 しかし、それは同時にクーが遊びで作ったアーティファクトによって発生した煙の幻たちが跋扈する特別肝試しコースへの突入を意味していたことになるのだ。

 

「出たよ! 本当に出た! まさにジャパニーズホラーって感じの!?」

「なんだよ! お前らだって逃げてんじゃん!!」

「あんなの急に出てきたら誰だってそうするでしょ! しかもこっちの攻撃が――」

 

 前髪から覗く紫色の瞳に焦りの色を見せながら二人を先導して走る沙夜だったが目の前に広がる光景に思わず絶句した。

 

『『『『『ああああああああああああああ』』』』』

 

 目の前には恐ろしく醜い幽霊、怪物、クリーチャー、お化けのオールスター軍団が立ち塞がっていた。カナタ、ハルカ、クーが事前にあらゆるホラー映画や妖怪などの資料をリサーチして設定した恐怖の具現がリアリティのある人工音声による奇声を上げてムゲン達を威嚇する。

 

「お化けいっぱい出てきたぁあああああ!!」

「学校の怪談だ!学校の怪談!学校の怪談どぅわぁあああああ!?」

「三回言わなくてもいいですから! 二人とも一か八かで突っ切って逃げますよ!」

「それもれなく全滅エンドに入ったりしねえか!?」

「こっちが触れないなら、向こうからも触れない……はず!」

「沙夜さんそこは断言して欲しかったぁあああああ!!」

「ごめんなさぁああああい! でも沙夜もこれで結構限界なんですって! だって、攻撃効かないってズルじゃないですかぁあああ!!」

 

 ついに最後の砦だった沙夜すらもちょっと涙目になって理不尽な恐怖体験に文句を叫んだ。三人は大いにビビり、叫び、パニクって暴れ馬のように逃げ回っていた。

 

 

 一方その頃、モニタリング中のカナタとハルカはと言うと――。

 

「イエス!イエス!イエス! ハッホォ―――イ♪」

「やったぜ! クーさんにも大成功メール送信っと」

 

 双子仲良く小躍りして意気揚々とハイタッチして盛り上がっていた。

 この二人、この手のイベントの黒幕枠に置くと恐ろしく厄介である。

 だが、逃げ惑う三人に起こったある異変をモニターで発見したハルカが眉をひそめた。

 

「……カナねえ、ちょっと確認。一体だけ、ムゲンたちに触れているのがいるけどあんなの設定した?」

「え? いや、あんなのは記憶にないかな?」

「ということはつまり……?」

「「怪人かも!?」」

 

 ここで予想外のハプニングが発生した。

 携帯での連絡が出来ないこともあって、二人は部屋を飛び出してムゲンたちの元へと向かった。

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 三人が煙で出来たホラーたちから逃げ回っていた最中にこちらでもトラブルが起きていた。

 

「ゼエ……ハァ……二人とも、ちょっと待った。は、速い……ッ」

 

 息を切らして走るスピードがガクッと下がっていく永春。

 日頃から鍛えている沙夜と色々と規格外のムゲンと比べてごく普通の一般人でしかない永春の体力に限界が来ていたのだ。

 

『キッヒヒヒ! こんな山奥に馬鹿な子供たちがいたものだ。まずはお前だな!!』

「うえっ!? な、なんだぁ……うおおお!?」

 

 謎の声と共に伸びてきた触手のような髪の毛が永春の足首に巻きついて彼を物凄い勢いで引っ張り出したのだ。

 

「永春くん!?」

「若ァ!!」

「「どこのどいつだぁああああ!!」」

 

 永春を襲った謎の異変に沙夜とムゲンは恐怖を感じながらもスイッチが切り替わった。

 急ブレーキを掛けたかと思うとそのまま激しい勢いでUターン。

 そのまま幻覚のホラーたちを振り払いながら何かに手繰り寄せられる永春を追いかけていく。

 

「見つけた。永春くんを返せ!」

『な、なんだお前たち!? 俺が怖くないのか! 俺はメタ――』

「やかましぃいいいい!」

『ぶへええええ!? こ、このふざけるな!』

 

 永春を追いかけた先にいた巨大な毛むくじゃらの顔のような塊が何かを言いかける前に静かに怒る沙夜が飛燕のような軽業で蹴りと決め、狂騒状態のムゲンはヤケクソ気味に拳骨を叩き込んだ。

 

「永春くん大丈夫で……きゃあ!?」

「沙夜さん!? ムゲンも!!」

 

思いもしない先制攻撃に怯んだ謎の存在であったが負けじと無数の髪の触手を伸ばして沙夜とムゲンまでも拘束してしまった。

 

『飛んで火にいるなんとやらだ! このまま俺の自慢の髪で絞め殺してやるとするか?』

 

 謎の存在。

 否、まるで妖怪・釣瓶落としにも似た不気味な異形のホラーメタローは宙吊りにした沙夜たちを縛る髪の毛に力を込める。

 

「ぐぁあ……このッ!」

「苦し……ム、ムゲン!?」

 

 身動きも取れずに訳も分からないまま窮地に陥る二人だったがただ一人、気を失ったように静かで動じないムゲンに不穏な気配を覚えた。

 

「……おまえ」

『なんだぁああ? 今更怖くなって命乞いか!? いーやーだーよぉおおお!?』

 

 全身に巻きついた異形の汚れて癖のある髪の触手をムゲンは渾身の力でなんの脈絡もなく引き裂いた。ムゲンを嘲笑うホラーメタローであったが突如として、自慢の髪を千切られた痛みと驚きで絶叫を上げる。

 

「なんだこの枝毛だらけの脂ぎった汚い髪は?」

『は……はい?』

「俺の見立てじゃあ、ちゃんと手入れすれば光るものがあるって言うのによ……それを、それを地べたに引きずって汚れ塗れにしやがって」

「あの、ムゲン……なに言ってるの?」

「……永春くん。私、分かっちゃったかもしれません。いまのムゲンの状態」

 

 情緒不安定気味に意味不明なうわ言を言いながらゾンビのようにホラーメタローに近付いていくムゲンの威圧感にどよめく二人と怪人。

 そんな中で沙夜だけが艶やかな黒髪を揺らしてその異変の正体に気がついた。

 双連寺ムゲンを時折暴走させる極度の拘りの存在を思い出したのだ。

 

『く、くるな小僧! クソ! なんだ……何なんだよ一体!?』

「テメエ!コノヤロー!! せっかくの黒髪をこんなぞんざいに扱って良いわきゃねえだろうがあああああ!!」

 

 一人の残念な髪フェチの魂の咆哮が夏の夜に轟いた。

 髪フェチの信念が幽霊への恐怖を上回り、阿修羅とか凌駕しちゃった精神状態のムゲンは怒り狂ってホラーメタローへと襲い掛かった。

 その激しさは空腹で殺気立った野生の熊のような獰猛さに近かった。

 

「おお! お前殴れるじゃん! 殴れるならこっちのもんだ! 髪のお化けが何だってんだよ! お前にシャンプー&リンスはもったいねえんじゃああ!!」

『や、やめろ変態!! 俺はホラーメタロー! 貴様らを恐怖で震撼させてこの世界を壊す侵略者なんだぞ!!』

「「「え?」」」

 

 矮小な人間の愚かな抵抗と思って自ら名乗ったホラーメタロー。

 不幸にも彼は自分から自らが入る棺桶の蓋を開けてしまった。

 

「ムゲン! 変身しますよ!」

「応さ!」

『なん……だと!!?

 

 拘束から抜け出した沙夜は左手首のブレスレットから取り外した白い鴉を模った魔道具・怨面を構えてムゲンに叫ぶ。

 対するムゲンも散々殴ったホラーメタローを喧嘩キックで後退させるとデュオルドライバーを腰に装着した。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 白鴉の怨面を沙夜が素顔に纏うと昨日と同じように妖しき光の後に彼女の全身に赤い蛇紋の痣が浮かび上がり、膨大な神通力と共に苦痛や怨の念が流れ込んでいく。

 

「クゥ……ア、ァ、ゥアア――……――変身!!」

 

 その二文字が強く響いて、白光の風が吹く。

 彼女の強い戦意を巻き込んで。

 

『我が名はビャクア! いざ、お覚悟を!』

 

 白風は止むとそこには白亜の山伏風の鎧を纏った戦士の姿がった。

 彼女こそ古来より怪異・化神から人々の平和な暗いを影から守る御伽装士の一人。

 仮面ライダービャクアである。

 

 その隣でムゲンも二枚のライダーメモリアをベルトのスロットに挿入して演武のような動きと共に勇ましく叫びを上げる。

 

【2号!×響鬼! ユニゾンアップ!】

「変身――!!」

【ストロングオウガ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 メモリアを読み込んだデュオルドライバーの二基の風車が力強い光を放ち回転を始めるとデュオルの周囲に雷神が背負う円輪に連なった太鼓のようなオーラが出現して激しい鼓音が響き始めた。

 そして打ち鳴らされては波紋を描く、視覚化された勇ましく清らかな音色を無数に身に纏って剛腕の戦士の姿をしたデュオルが現れる。

 

『なんだって!? 仮面ライダーだとぉお!?』

 

 並び立つ天狗と鬼の姿を模った二人の仮面ライダーの姿にホラーメタローは恐れ慄いた。

 

『喜べよ! お前への夏ボーナスに二人もいるぜ!』

『馬鹿なこと言ってないでサクッと倒しますよ。私たちの林間学校の夜はまだこれからです!!』

 

 言うや否やビャクアは先陣を切って突撃する。

 ベルトの霊水晶から退魔七つ道具の一つ、天狗の羽団扇を召喚すると一駆け。自分たちを襲って伸びてくる髪の触手を羽団扇で短剣を振るうが如く次々と切り払う。

 

『道は作りましたよ』

『ありがてえ! いっくぞおおおお!!』

 

 安全な突入コースを与えられたデュオルが猛牛のような走りからの体当たりをぶち当てるとホラーメタローの顔だけの巨体がけたたましい勢いで転がった。

 

『いい気になるなよ!! 轢き潰してやる!!』

 

 しかし、ホラーメタローも負けじと反撃に出る。

 伸ばした髪で全身を包み込むとそのまま転がって突っ込んできたのだ。

 更にその巨体が転がる度に髪に土や岩、木の枝なのが絡みついて巨大化していく。

 

『ぐう……おおお!! やるじゃねえか!!』 

 

 巨大な塊となったホラーメタローのぶつかりを真正面から受け止めたデュオルに強烈な衝撃が襲い掛かる。だが、怪力自慢のストロングオウガは一歩も譲らずにその場に踏み止まった。

 

『無駄だ! 無駄だ! このまま虫けらのように潰してくれる!!』

『負けるかよ! 沙夜、手伝ってくれ!!』

『手伝いますけど、もう少しスマートにやりませんか? こんな風に……カンラ!』

 

 デュオルの背後で細い木の枝の上に立ったビャクアが羽団扇を振るうとホラーメタローを囲むように白い竜巻は発生する。激しい突風はホラーメタローの全身を覆う髪を巻き込んだ土木ごと解いて無力化してしまった。

 

『やぁあああああ! ムゲン!!』

『うぎゃあああ!? この俺を蹴り上げたぁ!?』

 

 自慢の質量攻撃を容易く無効化されてしまったホラーメタローが唖然としている隙をついてビャクアが夜を翔ぶ。一足飛びで相手の脳天に蹴りを入れた彼女はそのまま刺すような連続蹴りを浴びせながら大玉転がしのように遠くへと運んでそのまま上空へと思い切り蹴っ飛ばす。

 

『お見事! 負けじと俺も……こうだ!!』

『アギャ―――!?!?』

 

 パスされたボールのように無防備に飛んできたホラーメタローにタイミングを合わせて飛んだデュオルはありったけの力を込めた右拳での下段突きを繰り出した。

 爆弾が爆ぜたような音を立てるその威力はホラーメタローの頭部にクレターが出来るほどの破壊力だ。

 

『締めにいくぞ! 折角のゲストだ。今夜は沙夜がゴングを鳴らしてくれ!』

『何の話かわかりませんけど。お終いにするのは賛成です』

 

 二人の仮面ライダーはいまが勝機だと全身全霊の力を漲らせて仕掛けた。

 

『そんじゃあ……飛んでけぇえええええ!!!』

 

 まずはデュオルがホラーメタローの生い茂る髭を乱暴に掴んでジャイアントスイングで豪快に振り回して星空に届かんばかりに相手を放り投げる。

 

『退魔七つ道具が其の漆! 韋駄天の鎧下駄!!』

 

 ビャクアの両足に朱色の天狗下駄のような足鎧が装着されて彼女は風に舞う羽毛のような軽やかさで夜空へと駆け出す。

 

『オン・カルラ・カン・カンラ! いざ、勝負です――!!』

『ぬぅうううう!! こんなはずではなかったのにぃいい!!』

 

 目にも止らぬ指捌きでビャクアは退魔の印を結び、烈風のようにホラーメタローへと肉薄する。その白影の数は七人――!!

 

『退魔覆滅技法! 乱鴉一陣!!』

『こんな馬鹿な話がある、かぁ……ぬぉおおああああああ!?』

 

 影分身によりその身を七つに分けたビャクアの繰り出す、寸分違わぬ七撃同時の蹴撃がホラーメタローに炸裂した。

 その強烈無比な奥義の前にホラーメタローは打ち上げ花火のように爆裂四散して潰えたのだった。

 

『お疲れ』

『いえ、戦いでは頼れる同業者のお陰で随分と楽できましたよ』

『嬉しいこと言ってくれるじゃねえか……ま、同感だ!』

 

 メタローの宿主を無事に回収して地上に着地したビャクアにデュオルは軽く拳を突き合わせてお互いの健闘を称え合った。ほどなくして、ムゲンたちは駆けつけてきたカナタ達とも合流してネタばらしを受けて、世にも恐ろしく騒々しかった夜は静かに更けていったのである。

 

 

 翌日、朝食を済ませたムゲン達は他の生徒たちよりも一足先に昨夜撮影したお堂での記念写真を眺めていた。

 

「いやーみんな良い顔で写ってるね。気が早いけどこれは卒業アルバムにも随分と貢献できたんじゃないかな?」

「勘弁してくれ、こっちは本当に魂か何か大事なものが抜け落ちるかと思ったぞ」

「ええ、本当にメタローまで出てきて参りました。それにお二人の写真が無いのも少し寂しいです

「そういう反応が出てくると思ってオレとカナねえの分はカメラ設置の時に撮影済みだ」

「ハルカたちって本当にこういうの抜け目ないよね。なんて言うか敵にだけは回したくないよ」

 

 他の生徒たちも様々なリアクションの姿を写真に残しており、肝試しの後に消灯時間ギリギリまで盛り上がっていた大富豪大会などムゲンたちにとって今回の林間学校は最高の夏の思い出の一つになっていた。

 

「あ、ムゲンたちのもよく撮れてるよ!」

「本当だな。なんだよ、ムゲンもピースなんてして案外ノリノリじゃないか」

「「「はぁ?」」」

 

 何気なくムゲンたちが撮った写真を眺めて言ったハルカの一言に三人が首を傾げた。

 

「どうしたの三人とも? ハルくんが変なこと言った?」

「ピースなんて出来るわけねえだろ。だって、俺はそのとき両手縛られてるんだぞ」

「ちょっ、ちょっと見せてください!」

 

 不穏な空気が漂う中で緊張した面持ちで三人が写真を見てみるとそこには確かに永春の首の隣。ちょうどムゲンが背後から手を伸ばしたかのように見える位置で何者かの指によるピースサインが写っていた。

 

「ぬっへあああああ!? やっぱりなんかいたぞアソコぉおおお!?」

「マジかよ……え、なにこれ。ボクなんか憑かれてるの? 呪われるパターン!?」

「大丈夫です! 永春くんは何が相手でも私が守ります! 安心してください、私の実家はお寺です! 寺生まれのSですから!!」

「マジか沙夜!? よっしゃ若ァ林間学校終わったら直でいくぞ。ご両親に挨拶も出来るだろ、良かったなぁ!!」

「ムゲンは来なくていいですから! 自分で何とかしてくださいよ!!」

 

 再びパニック状態へと陥る三人。

 真実は深い森の夜の中。

 この世の中には人の常識の通用しない不可思議な何かでまだまだたくさん溢れている。

 君たちも夜を舐めてはいけないよ。

 By天風カナタ&ハルカ。

 

「「「世にも奇妙な物語風にまとめるなぁああああ!!」」」

 

 





今回の登場人物の言動は本編とは一切無関係のものでございます(笑)
というわけで夏のギャグ回如何だってでしょうか?
酷暑の日々、少しでも皆様の清涼剤になれば幸いです。

ご意見・ご感想お待ちしております。


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特別編 デュオルVSレイダー!!/8月32日 常夏少女喧嘩紀行

こちらではお久しぶりです。
気が付けば最後の更新が五月の中旬ということで作者としても慙愧の念が絶えないばかりなのですがこうして再び最新話の投稿をするに至りました。
こんなダメダメな作者ですが今年もよろしくお願いします。

そして、ようやくの最新話なのですが今回から数話ほどは特別編と銘打ちまして
自社コラボといったら変なのですが作者が本作とは別に投稿していました大ちゃんネオさんの仮面ライダーツルギのスピンオフ作品に当たる仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダーとのクロスオーバー編となります。
いつにも増してメタフィクション要素や発言の連発で困惑することもあるかもしれませんがハイパーバトルビデオのような気持ちで読んでいただければ幸いです。

※特別編の時系列は本編よりも進んでおり、キャラクターの一部に少々不可解な台詞がありますので予めご留意ください。

大ちゃんネオさんの仮面ライダーツルギはこちらから

https://syosetu.org/novel/216700/

とても素敵なスペシャルゲストも――全ては読んでみてからのお楽しみです。




 合わせ鏡が無限に広がる不思議な空間。

 そこに入れる者は限られている。

 

 鏡の向こう側の世界ミラーワールドにおいて特別なその場所に一人の少女がいた。

 腰まで伸びた深い黒髪に清楚で可愛らしい黒いセーラー服を纏った不思議な少女だ。

 明るそうな性格をしていると思われる大きな瞳にその美貌はまるで天使のよう。あるいは諸人を狂わせて破滅させる妖艶な悪魔のそれかもしれない。

 

「おや? これはまた珍しいお客様ですね。ここには本来限られた人しか招かないのであなたも本当は無粋な痴れ者として処分してしまうのも吝かではないのですが――今回は特別に不問にしてあげましょう。私は今回、スペシャルゲスト。宴に招かれた来賓のような立場ですので♪」

 

 鏡の世界の少女は万華鏡のように表情を変えて、他でも無い貴方にそう告げた。

 

「初めましての御方はこんにちは。顔見知りのお得意様はいつも応援ありがとうございます♪ 私はアリス。譲れない願いを持った女の子たちに夢を叶える機会をプレゼントするキュートでセクシー、純情可憐な女の子――清く正しい、何処へ出しても恥ずかしくのないライダーバトルの管理者です♪」

 

 無垢な純白の微笑みを浮かべつつ、邪な暗黒の嘲笑を作りつつ、アリスは他ならぬ貴方に自己紹介を済ませると無数の合わせ鏡の一つを眺めながら、滔々と貴方へと語りかけ始めた。

 

「ところであなたは夢幻泡影という言葉をご存知ですか? 10秒以内にお答えて下さい」

 

 突然の謎かけ。

 貴方の耳元には10から1までカウントするアリスの甘い美声が囁くように聞こえてくるのかもしれない。

 

「ふふ、時間です。見事正解を答えたお利口さんのあなたは私が特別によしよしって頭を撫でてあげます。不正解だった哀れな愚か者さんにはお仕置きとしてその空っぽの頭を踏んでさしあげるので今すぐ跪いて下さい。あ、いっけなーい! それじゃあどちらにも垂涎のご褒美になっちゃいますよね。アリスちゃんたらサービス精神豊富な有能管理者さんなのでついつい熱烈で思わせ振りなファンサをするところでした。キャハ♪」

 

 スカートをふわりと翻して華麗なターンを決めたアリスはまるで仄暗い深淵のような眼差しを貴方に向けて、人を食ったような言動を続ける。

 

「夢幻泡影という言葉はその文字たちが示すようにどれもすぐに消えてしまうはかないものといった意味です。全てのものは実体がなく空であるということから人生の儚さの例えにも用いられる場合もありますが魅惑の女教師アリスのプライベートレッスンはまたの機会にしておきましょう」

 

 パン!っと大きな音を鳴らしながらアリスは両手を合わせると合わせ鏡だけが星の数ほどある空間にふわりと浮かんですらりと伸びた両足を優雅に組む。

 

「これから始まるほんの小さなお話もまさに真夏のある日に起こった夢幻のように曖昧で、簡単に形を失う泡や影のように儚い物語だと思ってください。信じるか信じないかはあなた次第というやつです」

 

 可憐でどこか幻想的な笑みを浮かべながらアリスが小気味良く指を鳴らすと貴方の意識は暗い、暗い闇に呑まれていく。でもどうか安心して。怖がることは何も無いのです。

 

「それでは、数奇な偶然で混じり、重なり、交わってしまったありきたりな仮面の幻想奇譚のはじまりです♪」

 

 

 

 

 

 

 日本の何処かにある地方都市・聖山市。

 この街の裏側には鏡の世界【ミラーワールド】とその異境に棲息する恐るべき怪物たち【ミラーモンスター】が存在することを多くの人間は知らない。

 そして、鏡の世界で微笑む不思議な美少女アリスが運営を執り仕切る禁断の祭典・ライダーバトル。ミラーモンスターと契約を結び、超常の力を振るう仮面の騎士たちが願いを叶えるために最後の一人になるまで熾烈な争いを日夜繰り広げていることもまた大衆の預かり知らぬところだ。

 以上の概要に加えて、付け足すのならこのライダーバトルは『仮面ライダー龍騎』とは関係のない外典のライダーバトルであることも本来は大きな差異ではあるのだが、今回のところは大きく触れないでおこうと思う。大切なことは『ミラーワールド』が存在する世界が一つではないと言うことにあるのだ。

 

 

 8月31日。

 世の学生たちからしたら概ね夏休み最終日。

 燃えるような日差しと晴天の空の下で聖山市の街を横断する一級河川・凪河の流れに沿ったとある河川敷ではちょっとしたお祭り騒ぎが起きていた。

 

「うおぉおおおお!! 往生しやがれ喜多村ァ!!」

「にはははは!! たーのしー!!」

 

 白昼堂々と柄の悪い男たちと人懐っこい笑顔が眩しい少女がけたたましい蝉の鳴き声を掻き消すような怒号と高笑いを上げて喧嘩合戦を繰り広げていた。

 恐るべきことに戦況は手入れの施されていないボサボサの銀髪を振り乱す女子高生、喜多村遊の優勢だ。顔面を容赦なく殴られることも恐れず躊躇わず、まるで極上の獲物たちを喰い散らす飢えた獣のように押し寄せる男たちを殴りに殴る。

 腕に覚えのある不良たちと殴り合う遊の顔は貸し切りの遊園地ではしゃぎ回る子供ように満面の笑みだ。

 

「まだまだ足りないぞぉ! もっと本気で襲ってきなよ! わたしはこんなんじゃ満足できないんだよおおお!」

 

 遊は心の底から喧嘩を楽しんでいた。

 誰かを殴ることではなく、殴り合うことが彼女に生きる意味に値する喜びを感じさせてくれる。彼女は所謂バトルジャンキー。それも筋金入りの戦闘狂と呼ぶに相応しい常人とは大きくズレた感性の持ち主だ。

 平凡な日常においては人懐っこく、誰とでも自然体で接する陽気な性格の少女だ。しかし、その実は中学一年生で偶然に不良少年と殴り合いをするまで自分の誕生日ですら心から笑うことが出来ずに偽りの笑顔を貼り付けて生きてきたような人間である。

 

「だらしないな、君たちィイイ! 不良だなんて恰好つけてるぐらいなら、もっとわたしを楽しませておくれよ!!」

 

 けれど、自らの真理に触れて正しい自分を得たいまの彼女はいつだって心からの笑顔を浮かべることが出来る。その最たる行為が他者との本気の戦闘行為だ。特に素手と素手との無骨で原始的な殴り合いの喧嘩が何よりの大好物だ。

 鼻血を乱暴に拭いながら、遊は激を飛ばしながら屈強な男たちを次々に殴り倒していく。

 この夏休みに遭遇したとある出会いを経て、遊には少々ただの人間相手には物足りないと感じることも増えてきたのも事実である。

 

「ムフー! 暴れた暴れたー……だいたい満足!!」

 

 気が付けば全ての不良たちを撃破した遊は勝利の雄叫びを満足度相応に上げると高校の制服を着たまま凪河を水浴び代わりに一泳ぎ。

 暴れた後にすぐに血や汗を洗って流せるので夏場は川や海の傍で喧嘩するのに限ると鼻歌を歌いながら近場の自動販売機で飲み物を買って一休みを始める。

 

「ぐ……ぁあ……なんてこった。なんで転校した先でもこんなにも強い奴が、それも女でいやがるんだ」

 

 ジュースを飲みながら橋の下で涼んでいると不意に聞こえた殴り倒した不良の一人の気になる呟きに遊の意識は向けられた。

 

「君、転校してきたんだ? え、なになに……前に住んでたところにも喧嘩が強い人がいたんだ。それって近く?」

「な、なんなんだよ急に?」

「んー……最近ちょっとただの人間相手じゃ欲求不満でねえ。プロでも素人でもいいから兎に角強い人を探しているのさ」

 

 遊の突然の食いつきに驚く不良だが当の彼女はお構いなしに目を輝かせて、違う街にいる強敵の話をねだる。

 

「アイツは強いとかそういう次元じゃなかった。俺はダチの頼みで何度か加勢したぐらいでそんな因縁はなかったけど、いまでも思い出そうとすると身体がビビって震えちまう」

「には! そんなに強いんだ……いいね」

「どんな事情であんな数年も続く戦争になったのかは知らねえが奴はお前みたいにいつも独りでやり合ってやがった。あんなのが同じ人間だとは俺は思いたくないぜ」

「うん! うん! それでそれで他には?」

「ステゴロの腕前は言うに及ばず。さては改造人間じゃねえのかって錯覚するほどイカれた体した奴でよ……単車で突っ込んできた相手を真正面から受け止めて、単車ごと放り投げやがった。それだけじゃない、軽トラあるだろ? あのドアを片手で引っぺがして振り回すんだ。正直、いま俺が五体満足でいるのが不思議なぐらいだ」

「には……にははは」

 

 不良の話を聞いて言う間に遊の顔はこれ以上ないほど紅潮して蕩けきっていた。全細胞がまだ見ぬ強敵に焦がれてゾクゾクと疼きを上げるものだから、夏の酷暑にお構いなしに全身がガタガタと期待と歓びで震え出す。

 

「喜多村、お前もとんでもないセンスだがそれでもアイツ程じゃねえよ」

「名前、教えてよ! あと、どこに住んでるの!」

「■■県の■■って田舎だよ」

「え……と、遠いなぁ。そっか……そんなとこかぁ」

 

 爆発寸前の火山のように興奮していた遊はそこ一言で一気に鎮火してしまった。不良が前に住んでいた地方は聖山市からは遥かに遠く、流石の遊でも簡単に行ける距離ではなかった。意気消沈する遊ではあったが続けて、不良は含みのある笑いを浮かべて意外な言葉を放った。

 

「だがな、もしかしたらそいつはいま東京にいるかもしれないぞ」

「どゆこと?」

「昔のダチと偶然レインで駄弁ってたときに小耳に挟んだんだがなんでも親とも上手くいってなかったそいつは東京の高校に進学するって二年前に上京したんだとよ」

「へえ……それは嬉しいお知らせだ。で、もったいぶらずに名前も早く教えておくれよ!!」

「俺たちの間じゃ灰の獣(グレイモンスター)とか、喧嘩無双だぁ、エセジェイソンだと好き勝手呼んでたが確か――■■ムゲンって名前だったはずだ」

「■■ムゲン……か。よし、東京いこう!」

 

 不良から教えられた男の名前を復唱する遊は膨らみ続ける期待に駆られて居ても立ってもいられずに心の思うままに走り出していた。

 

「ありがとね! 君もまた喧嘩しようじゃないか!」

「ハン……精々ぶちのめされてミンチになってきやがれ!!」

 

 キラキラの笑顔が止らない遊は不良の嫌味を選別に貰いながら大慌てで自宅に戻って準備を始めた。といっても、道中の銀行で纏まった金額の現金を引き出して、鞄に数日分の着替えと財布と携帯電話を放り込んで動きやすい私服に着替えておしまいと言う簡単過ぎる旅の準備だが彼女にとっては準備万端だ。

 

「よお、遊じゃん! どっかいくの?」

「やっほー佳奈!」

 

 駅へ向かう途中で彼女は数少ない友人である日吉佳奈に出くわした。

 ピンク髪に三白眼が印象的な親友はこれからデートなのか気合の入ったコーディネイトの服装をしていた。

 

「ちょっとねえ、東京行ってくるよ!」

「は? トウキョウってあの東京か? なんで!?」

「にはは! 強い人がいるみたいだから喧嘩しに会いに行ってくるのだよ!」

「いや……バカかお前、明日はもう新学期始まるぞ!」

「それじゃ、電車に乗り遅れると大変だからまた九月に会おう!」

「ふざけんなバカ遊! 明日が九月だアホォ――!!」

 

 決意は揺らぐことなく、遊は佳奈の声を振り切って駅へと駆け出していった。

 この喜多村遊という少女、自覚は薄いが不良のレッテルを貼られており学校にも殆ど顔を出さずに繁華街の路地裏といった危険な香りのする場所で日夜荒っぽい連中たちとの喧嘩に励むちょっと困った少女でもあった。

 

「いざ東京! 見つけるぞ、■■ムゲン君! お願いだから、わたしが会ったこともないすっごく強い人でいておくれよー!」」

 

 こうして、無事に駅の改札を通って電車に飛び乗った遊は聖山市を出発すると何度かの乗り継ぎを経て、東京行きの列車に乗り込んだ。

 日が暮れて外の景色がとっぷりとした茜色に包まれたころに列車は長く真っ暗なトンネルに入った。延々と続く漆黒に昼間の喧嘩の疲れが出たのか彼女はうつら、うつらと船を漕ぎ、やがて眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 8月31日。東京。

 蝉の鳴き声は忙しなく行き交う人々の喧騒で掻き消え、夜空の星の瞬きよりも街の人工的な灯りの方が強く輝く都会の一角でのことだ。

 とある人気の少ない路地を小学生ほどの男の子が一人で歩いていた。

 夏休み最後の一日を友達と思いっきり遊んで過ごしたのか、幼さの残る細い腕はこんがりと日に焼けていた。

 

「こんばんは、ボク。こんな夜道を一人で歩いていたら危ないわよ」

 

 女の声が少年を呼び止める。

 少年が声の聞こえてきた方角を振り向くとそこには白装束の女の人が立っていた。美人だが陰があり、どこか幸薄そうな雰囲気の漂う女性だ。

 夜とはいえまだまだ蒸し暑い八月に女は白いコートに白いシャツ、白いパンツと顔以外の全身を気味が悪いくらい白を纏っていた。

 

「夏休みは楽しかったかしら? そういえばボクは何歳になるの? お姉さんにも君ぐらいの弟がいるのよ」

「あの、そのぅ……小学二年の7歳です。誕生日は来月だから」

「そうなんだ。うふ、ふふふ……嬉しい! うれしいわ、うれしいわ、うれしいわ!!」

 

 明らかに不審だとは思ったが少年は女性の纏う言いようのない威圧感に逆らえずに素直に質問に答えてしまった。少年の年齢を聞いた女は花が咲いたような笑顔を急に浮かべると奇声交じりの高笑いを上げ始めた。

 

「え? え、え、え――!? な、なに?」

「ユイトのお友達になってちょうだい。永遠に……ずっとずっと、鏡の国で、あの子の夢の中で、いつまでも。そうよ、ボクくんの時間をあの子にちょうだい!」

 

 口元を細い三日月のように歪めて女は嗤う。

 不意に不気味な光が女から溢れ出したと思うとその体がこの世のものとは思えない異形へと変わっていく。茶色交じりの黄金をしたまるで鳳凰の如き荘厳な姿をした異形だ。

 

『弱き命よ。この世界を壊すための贄となれ――我らの為に。我ら魔人教団の為に!』

 

 女が人の姿から異形へと変わると同時に、その声は低い男の物へと変わった。

 肉体の主導権が彼女から彼女に宿った別世界からの侵略者である彼の物へと移ったのだ。

 

「オバケ? 怪物!? や、やだ……誰か助けて!!」

『諦めろ。この女の妄念にその命を捧げるのだ』

 

 機械仕掛けの片翼を持つ鳳凰の意匠を持つ騎士のような怪人。

その名はフェニックスメタロー。

 

「う……ぅわぁあああああ!?」

 

 恐怖で錯乱する少年に無慈悲ににじり寄るとメタローは彼をこの世ではない何処かへと連れていくために、その異形の手を伸ばす。

しかし、尻餅をついて泣きじゃくる少年に尖った指先が触れる寸前にフェニックスメタローの顔面を何者かの蹴りが掠めた。

 

「夏休みの最終日に人攫いとは悪趣味な奴だな。やらせねえよ」

『何だ貴様は? いや……私をメタローと知って攻撃したお前はこの世界で唯一の敵対者だな?』

 

 寸前でバックステップを踏んで蹴りを回避したフェニックスメタローが愚かな乱入者を睨みつけると、黒のワークシャツ姿の灰色の髪の少年は狼のような金色の瞳で負けじと一般人なら恐ろしさのあまりパニックを起こしてしまうであろう怪人に挑戦的な眼差しを向けた。

 

「大正解だ。お前らの勝手がそう簡単に通ると思うなよ?」

 

 少年とフェニックスメタローの間に滑り込んだムゲンは相手の攻撃を警戒しながらデュオルドライバーを装着する。

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 緑と赤の光の奔流を纏ってデュオル・マイティアーツへと変身したムゲンは間を置かずにフェニックスメタローに殴りかかった。

 

『フン! 乱暴な男だな』

『誘拐犯に言われたかねえよ。テメエ……10歳にもならないガキばっかり何人も攫ってなに企んでんだ?』

 

 矢のように飛んできた右ストレートを裏拳で弾いたフェニックスメタローだったが間髪入れずに繰り出されたデュオルの足刀蹴りをギリギリで片翼で受け止めるとそのまま数メートルの後退を余儀なくされた。

 

「ムゲン! 大丈夫!? 」

『問題ねえ! その子を頼んだぞ、カナタ!』

「まかせて。この周辺、誰もいないみたいだから遠慮はいらないよ!」 

『心得たぜ! サンキュな!』 

「いっちゃえデュオル! ゴング鳴らせェ!!」

 

 両者が睨み合っているとムゲンの後を追って走ってきたカナタが素早く状況を把握しながらガクガク震えたまま放心状態でへたり込んでいる少年を抱き上げるとその場から避難させる。

 アクティブに的確にデュオルが戦いやすいように可能な限りのサポートを行うカナタは走り去りながら、いつもの決め台詞を代行して自分たちの世界のために戦う親友に最高のエールを送った。

 

『そういうことだ! 今度こそ爆散させてやるから覚悟しろ!!』

『何度やっても無駄だ!』

『うおおッ!?』

 

 尊大に鳳凰の翼を思わせる双剣を構えるフェニックスメタローを相手に腰を落とした構えでジリジリと対峙して並走するデュオル。

 機会を見計らって鋭い手刀を繰り出すが相手も上手くそれを手にした得物で防いだ。反撃とばかりに何かに触れると爆発する黄金の羽根吹雪を受けてデュオルは火花を上げて地面を転がってしまう。

 

『クソ……また逃げやがったか?』

 

 すぐに立ち上がって敵の姿を探すデュオルだがフェニックスメタローの姿はおろかその気配さえ忽然と不自然なほどに消失していた。あてもなく近場を索敵しながら駆け回っていたデュオルがカーブミラーの背後に立った時だった。

 

『隙だらけだな!』

『なっ!? ぐおおっ……鏡ィ!?』

 

 カーブミラーの鏡の中から飛び出してきたフェニックスメタローの翼剣がデュオルを切り裂いた。首を狙った二撃目をギリギリで受け止めたデュオルは相手の見せた摩訶不思議な能力に素っ頓狂な声を上げる。

 

『トリックがバレてしまったな。まあいい……ここで殺すことにしよう、仮面ライダー』

『奇遇だな。俺も今夜で終わらせたいと思ったところだ!』

 

 白羽取りの状態から、敵の振るう刃をレール代わりに両手を滑らせて諸手を打ち込んだデュオルだが寸前でフェニックスメタローは再び鏡の中に逃げ込んでしまった。そして、一方的に羽根吹雪の攻撃を放ってデュオルを襲う。

 

『悪足掻きは止せ。お前にこちら側へ干渉する手段はないのだろう?』

『ぐうぅッ! 何かないか……何かねえかッ!! 何か……待てよ!』

 

 勝ち誇るフェニックスメタローの金色の羽根吹雪を苦戦しつつ凌ぎながら、何とかこの危機を打ち破ろうと頭を働かせるデュオル。すると土壇場の状況でデュオルは自分が持っている未使用の二つの力の存在を思い出した。

 

『だったら、この二枚で大勝負といこうじゃねえか!』

『ンンン!? ――それは!?』

 

 ベルトのメモリアホルダーから新たな二枚のライダーメモリアを引き抜くとデュオルは展開したスロットにそれぞれを装填する。それはいつ手に入れたのかムゲン自身も覚えのない、まるでこんな時のために最初から存在していたかのように手札に加えられていたライダーメモリアたちだ。

 

【龍騎!×セイバー! ユニゾンアップ!】

 

『ネクスト・ライド――!!』

 

【ワンダフルリッター! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 メモリアを読み込んだデュオルドライバーの二基の風車が力強い光を放ち回転を始めるとデュオルの周囲には長方形の大きな13枚の鏡が出現してぐるぐると回転を始める。

 鏡には見知らぬ鎧を纏ったデュオルの姿が映っており、それらが眩い光を放つ度に現実のデュオルに鏡の向こう側にある鎧が次々に装着されていく。

 鏡の出現と同時に地表に浮かび上がった魔法陣から火柱が噴き上がるとその炎は竜の形に変化して騎士にも似た姿のデュオルに降り注ぐと黒一色だった体色がまるで命が吹き込まれたように色づいて、新たなるユニゾンアップフォームが爆誕する。

 

『騎士なんてお堅いナリは我ながら似合わねえとは思うがな!』

 

 13の鏡が一斉に砕け散り、夜闇の中で煌めきを放ちながらデュオルは力強く構えた。

 その姿は西洋の騎士を、東洋の武者を、そして異世界の剣士を――剣を操りし者たちの姿形を組み合わせた威風堂々たるものだった。

 黒いアンダースーツの上から右肩は赤龍を模った装甲に覆われ、左肩には古き魔術書を模った肩当て型の召喚機ブックバイザーを装備して、胸部は龍騎に似た意匠の飾り気のない白銀のチェストアーマーで固めている。

 頭部は額の剣のような角・ソードクラウンが無いセイバーのような仮面の意匠となり、代わりに後頭部から楔形の刃が尻尾のように連なって伸びた自在剣ソードテイルが垂れ下がっている。

 

 これこそがデュオル・ワンダフルリッター!

 激動の時代に、欲望と願いが錯綜するミラーワールドで自らも迷い苦しみながら、争いを止めるために戦いの坩堝に挑んだ仮面ライダー龍騎!

 混迷の時代に、悪意と策謀で綴られた最悪のシナリオの結末を覆すために未知なるワンダーワールドを烈なる剣技と燃える勇気で進む仮面ライダーセイバー!

 異界であろうと、形なき脅威が相手であろうと臆すことのない強き意志を秘めた男たちの力を受け継いだ驚くべき騎兵が夜天に暗躍する金色の怪鳥人を切り裂く!!

 

『悪いなメタロー! 不躾かもだがお邪魔するぜ!』

 

 想定外のデュオルの新フォームの出現に鏡の向こうでたじろぐフェニックスメタロー。一方のデュオルは新しい力に興奮しながら万年筆のペン先を模した手甲に組み込まれたデッキホルダーから栞型のアドベントマーカーを引き抜くと左肩にあるブックバイザーにセットする。

 

【SWORDVENT】

 

 仮面ライダー龍騎のそれとよく似た電子音声が響くとブックバイザーの表面がまるで本物の本の表紙のように開かれて両刃の大剣が召喚された。炎のような刀身を持つソードドラグーンを片手に担いだデュオル・ワンダフルリッターは何時ものように脳裏に流れ込んできた龍騎とセイバーの情報を信じて、迷うことなくフェニックスメタローがいるカーブミラーに飛び込んだ。

 

『驚いたな。まさか本当に鏡の向こう側の世界なんかがあるなんて』

 

 視界に広がる全てが鏡に映ったように反転した世界を見渡してデュオルは感嘆の息を漏らす。

 合わせ鏡のような不思議な景色が何処までも続く空間を経てデュオルは無事に本来この世界に存在するはずのないミラーワールドへの移動を成功させた。

 それはミラーワールド、そしてワンダーランドといった現実世界とは異なる空間で活躍する二大ライダーの力を継承しているワンダフルリッターだからこそ成せる次元移動能力だ。

 

『おのれ! よりにもよってここまで追いかけてくるとは!』

『残念だったな。逃げずにあの場で戦ってればこんなことにはならなかったのによお!』

 

 夜風も真夏の暑さも――およそ自然現象の一切が感じられずに耳鳴りのようなあの不思議な音色だけが響く、薄ら寂しいミラーワールドの路上で再び対峙するデュオルとフェニックスメタロー。

 

『そう言う問題ではないのだがな! 順番が狂ってしまったが先に始末してやろう!』

『出来るもんならなぁあああ!!』

 

 意味深に狼狽しながらも、より一層デュオルへの殺意を強めて襲い掛かるフェニックスメタローにデュオルもソードドラグーンを両手で振り上げると敢然と立ち向かう。

 剣の扱いは素人だが持ち前の怪力でまるで棒切れのように軽々と大剣であるソードドラグーンを振り回してデュオルは二振りの翼刀を巧みに操るフェニックスメタローと激しく切り結ぶ。

 

『オオオオオリャア!!』

『キエヤアアアア!!』

 

 デュオルの荒々しい横薙ぎの剣閃を軽やかに飛んで回避したフェニックスメタローは空中から猛禽類のような激しい猛攻撃を仕掛ける。

 

『やるじゃないか! すぐに逃げる腰抜けだと思ってたぜ!』

『ほざけ! 我が宿主の妄念を成就することが我らが教団の目的のために最効率だと判断したまでの結果だ。貴様の方こそ達者なのは口ばかりなのではないかな!!』

 

 飛行、あるいは浮遊能力で上空から絶え間ない斬撃を浴びせながら嘲笑するフェニックスメタローの動きをデュオルはソードドラグーンの幅広い刀身を盾として使いながら、目を凝らして見定める。

 

『これはどうかな!』

『それだ!』

 

【GUARDVENT】

 

 背後の上空から必殺の一刀を振り降ろしてきたフェニックスメタローに好機を見出したデュオルは別のアドベントマーカーを素早くブックバイザーに挿入すると何を思ったのかそのブックバイザーで相手の攻撃を受けたのだ。

 

『なんのつも……っぷおわああ!?』

 

 フェニックスメタローも困惑するデュオルの行動。

 だが、その意味はすぐに判明した。

 敵の刃を受けながら、再び表紙が開かれたブックバイザーからは光の原稿用紙が無数に溢れ出して障壁となってフェニックスメタローを押し返したのだ。

 これこそがワンダフルリッターのガードベント・ペーパーウォールだと気付いた時には手遅れだった。

 

『ダッシャアアアァ!!』

『ぐがっ――!?』

『終わらせるぞ!!』

 

 巨人の一刀と錯覚するようなデュオルの重い斬撃がフェニックスメタローを叩き落とした。地面に叩きつけられてバウンドした相手にデュオルは更に容赦のない刺突を繰り出した。

 

『ンンンオオオオオ!! フハッ! ハッハハハ!! 残念だったな! これしきでこの私は倒せんよ!!』

 

 しかし、フェニックスメタローも手強かった。

 ミサイルのような迫力で突き放たれたソードドラグーンの切っ先を掴み取ると舗装された地面を砕きながらも力づくで踏み止まったのだ。未だに底が見えない高い実力と数々の能力を誇りながら金色の鳳凰は不遜に嗤う。

 

『そりゃあ良かった――なああッ!!』

『ンンンッ!?』

 

 だが、デュオルは間髪入れずに剣から手を放すと全身全霊の力を込めてその柄頭を思い切り殴り抜いた。

 

『これでも笑えるもんなら、笑ってみな?』

『ゴッハア――!?!?』

 

 

 元々ムゲンが秘めている桁違いの馬鹿力で押し出されたソードドラグーンはその刀身を掴み止めているフェニックスメタローの両手を無理やりに抉じ開けて、深々と胴体を串刺しに貫いた。

 だが、フェニックスメタローは過去倒してきたメタローのように爆散することはなく、一瞬その全身が鏡のようにヒビ割れると無数の黄金の羽根を散らして霧散してしまった。

 

『なんだよ……結局また逃げやがったか』

 

 完全に周辺から気配が消え去り、幻術か影武者か――不思議な能力を用いてまんまと逃亡した敵にデュオルは悪態をついた。

 実のところ、あのメタローと交戦するのはこれが最初ではなかった。

 数日前に偶然にもフェニックスメタローが小さな男の子たちを攫っていることを知ったムゲンたちではあったが今夜のように相手はデュオルと積極的に戦うことはなく、すぐに逃げ去ってしまっていたのだ。

 

『こんな鏡の中に現実と殆ど変らない空間があるなら、そりゃあ逃げるのも楽だろうよ』

 

 ソードドラグーンを片手で担ぎ、いま一度ミラーワールドをまじまじと見渡しながらデュオルは納得したように呟いた。ここまで追い詰めたのは初めてだったこともあり、本当なら徹夜で探しまわっても良かったのだが――。

 

『やっぱり、大先輩と一緒でこの姿でも時間制限はあるわけか……ッ!?』

 

 ジリジリと不愉快な音を立てて、徐々に粒子化を始める指先を見ながらデュオルは少し肝を冷やしたように呟く。例え仮面ライダーに変身していてもミラーワールドに滞在できる時間は限られている。その法則がこの【デュオルの世界】には存在するはずのないミラーワールドにおいても適応されていたのだ。

 

『SYAGRAAAAAA!!』

『なんだコイツ!? でかい蛇か!!』

 

 デュオルが足早に現実世界へ戻ろうとすると暗がりから突然何かが襲い掛かってきた。口から毒液を吐きながら、デュオルを捕食しようと牙を向ける巨大なミラーモンスター。メカニカルな外観の紫色のコブラのようなそれは紛れもなくあのベノスネーカーだった。

 

『このッ……あっちいけ!』

 

 執拗に噛みつき攻撃を仕掛けてくるベノスネーカーをソードドラグーンでがむしゃらに斬り払うと一気に両断しようとするが周囲から感じる複数の気配に踏み止まる。

 鏡写しの夜の街を見渡せばそこには原典と変わらずかつての住人たちもまた再現されていた。

 

『オイオイ……これじゃあまるで怪獣映画じゃねえかよ』

 

 圧巻の光景にデュオルは思わず振り上げた大剣を静かに下ろして絶句した。

 無機質な満月が浮かぶ空を舞い踊る赤い龍と漆黒の蝙蝠。

 無人の街を跋扈する緑の猛牛、鋼色のサイ、白き猛虎。

 命の鼓動を感じられない水辺には朱色のエイに橙色をした蟹。

 他にも無数のミラーモンスターたちが突如として東京の街に出現した謎のミラーワールドには棲息していた。

 

『なんて魔境だよ……こりゃあ、大人しく帰った方が良さそうだな』

 

 魔人教団と戦うようになって大抵の非現実的な存在には慣れっこになっていたデュオルでもこの光景には驚くしかなかった。

 既にこの場に留まれる時間も残りわずかなこともあり、デュオルは迷うことなくミラーワールドから逃げるように退去した。

 

 

 

 

 現実世界に戻ったムゲンは少年を無事に家まで送り届けていたカナタと合流して、ミラーワールドの存在を話すとこれからどうするかを近くの公園で相談していた。

 

「鏡の中に別の世界とは……まるでメルヘンな童話だね。他にムゲンが気付いたことはあるかな?」

「人間はいなかったな。けど、メタローとは別の怪物たちがウヨウヨいた」

「ムゲンが変身しても限られた時間しか入っていられないとなると簡単に探索ってわけにもいかないし、ちょっと困っちゃうかなこれは」

 

 ムゲンから聞かされた身近にある異世界の話をすんなりと受け入れたカナタはミラーワールドについてはそこまで深く関心や驚きを持つことはなく、逃げ足の速いフェニックスメタローをどうやって捕まえるかに心を砕いていた。

 平行世界からの侵略者に、数々の異世界を旅して渡り歩いてきた仲間まで持つムゲンやカナタたちにとって鏡の世界と言う存在は驚きこそあれど、すんなりと受け入れられる非日常の範疇であった。

 

「ムーさん! カナタ! お疲れー!」

「今回のメタローに憑かれた人の身元が分かったよ」

 

 チーム・メリッサの司令塔であるカナタがオレンジ色の髪を指でくるくると弄って今後の活動方針を考えていると別行動中だったハルカとユノが賑やかな人通りの中からやってきた。

 こちらの二人はフェニックスメタローの行方を掴むための大きな手掛かりとなる宿主の情報収集を行っていた。奇しくも数日前に白装束の女がメタローに変化して子供を攫う姿をユノが目撃していたことで今回は早いうちに身元を割り出すことが出来ていたのだ。

 

「よくやったなハルカ! で、あの女の人どこの誰だ?」

「名前は神崎シキ。絵本作家をやっているみたいで、業界では期待の新人って感じで注目されていたみたいだな」

「ユノさんが本人見てたからって、よくこんなすぐに見つけ出せたな」

「そのあたりはSNSのお陰だな。似顔絵付きで恩人にお礼がしたいから目撃情報を求めるって触れ回ったらすぐに突き止められたよ。想定よりも簡単だった」

 

 感心するムゲンにハルカは涼しい顔で答えると小さく得意げに笑ってみせた。その隣ではハルカの多芸っぷりを改めて見せつけられたユノが呆気にとられた顔をしている。

 

「いやいや、楽に言うけどさ……ウチの雑な説明からよくあんなクオリティ高いイラスト描くよなハルっち。カナタもだけど、ホントに何でもござれだねえ」

「そこはまぁね。色々とほどほどに上手に出来る自信はあるけど、オッシーみたいにその道を極めたガチ勢には敵わないよ」

「またまた~! あ、それでさムーさん。この作家先生のことだけどちょっと気になることが分かってさ」

 

 澄まし顔のハルカの背中をバシバシ叩いて褒めながら、急に真面目な顔になったユノは今回のメタローの行動に繋がるかもしれない神崎シキの家庭事情についてムゲンとカナタに話し出した。

 

「歳の離れた弟さんがいるらしくてね。名前は……あーっと、ハルっち!」

「神崎ユイトくん。どういう理由かまでは分からなかったけど、長期入院しているみたいだな」

 

 無駄にキリっとしたユノの声に振られたハルカは相手方が姉弟ということもあってか少し同情的な顔をしながら神崎シキの弟の名を告げた。

 

「……ねえ、ハルくん。その弟くんって歳いくつか分かる?」

「たしか7歳って話らしいけど」

 

 神崎シキおよびフェニックスメタローと少年の会話を聞き取れていたカナタたちは彼女の弟であるユイトの年齢を聞いてハッと顔を見合わせた。

 

「襲われてた子供と同い年だな」

「うん。もしかしたら、今日までに誘拐された子供たちも同い年かもね。共通点があるのなら、あのメタローが狙っている人間や誘拐のルールみたいな規則性が見えてくるかも」

「にしても鏡の国がどうとかも言っていたし今回のメタローは随分と回りくどいことする奴だな」

「鏡か……二人ともちょっとこれ見てくれないか?」

 

 メリッサへ向かう道すがら、ムゲンが見つけたミラーワールドやそこに棲息するミラーモンスターたちの存在を聞かされたハルカは先程から小脇に抱えていた一冊の本を二人に見せた。

 それは神崎シキのデビュー作である絵本だった。鏡の世界に迷い込んだ主人公がどんな願いも叶える魔法のアイテムを手に入れるためにモンスターたちと戦いながら大冒険を繰り広げるという内容のものでDRAGON KNIGHTというタイトルが表紙に綴られている。

 

「ふーん……いまの絵本ってこんなに絵とか凝った感じになってるんだ」

「子供騙ししてないって言うか、フツーにカッコいいじゃんな! ウチ、この白いドラゴンみたいなのとか好きだぞ。いろんなトコから刀みたいなの飛び出してるし」

「ユノは少年の心を持ってるねえ。私はそこまでピンとこないかなぁ」

「そっか? 人形とかで売ってたら、ウチうっかり買っちゃうかもだけどな」 

「なんていうか、メカとかロボっぽいテイストなのに妙に生々しい感じがするのがすごい絵だとは思うんだけど、ちょっと苦手と言うか」

 

 絵本のページをめくるカナタの横からにゅっと顔を出すユノは目をキラキラと輝かせて描かれているモンスターたちにテンション高めに盛り上がっていた。神崎シキの画力は確かに年齢の枠を超えて感性のマッチする読み手の心を掴んで離さない魅力を秘めているようだった。

 

「著者近影の顔写真が載っていたから図書館で借りてみたんだ。何か手掛かりになりそうなものがあるといいんだけど」

「なぁームーさんはどいつが好きよ? この青い隼みたいなのも背中にキャノン砲みたいなの背負っててカッコいいぞ! あれ……ムーさん?」

 

 お気に入りの漫画の最新話を読んでいるように興奮気味なユノが無邪気な笑顔でムゲンにも推しを尋ねてみるが当のムゲンは神妙な顔つきで絵本の中のモンスターたちを見入っていた。

 

「どうなってんだい……ますますワケが分かんなくなってきたぞ」

「ムゲンもしかして、なにか何か見つけたの?」

「この絵本に載ってるモンスターだけどな、あの鏡の向こうの世界に実際にいた連中ばっかりだ」

 

 眼鏡を掛け直して、お手上げとばかりに乾いた笑いを漏らすムゲンに三人は揃って首を傾げた。そして、カナタの問いかけに自分がミラーワールドで目の当たりにした光景を思い出しながらそう答えた。

 神崎シキが創作した絵本に描かれたモンスターたちは全てミラーモンスターとして鏡の中に存在しているものだったのだ。

 

「いや、俺の見た限りユノさんが言ってる全身刃物の白いドラゴンやキャノン砲背負った青い隼みたいなのはいなかったけど、この紫の大蛇みたいなのは俺を見るなり襲ってきたやつだ」

「ウチはもう何が起きてるのかサッパリなんだけど、カナタはどうなのさ?」

「メタローになったことで自分の絵本の世界を再現したとか色々と想像の翼は広げられるけど……判断するには証拠や情報が足りな過ぎるかな?」

 

 ユノの言葉にカナタはしばらく考え込んでからポツリと答えた。この時、実のところカナタの関心はミラーワールドの発生の原因よりかはそこに住まうミラーモンスターたちが野性動物に近いものなのか、メタローの手下なのかにあった。

 

「ムゲン、このモンスターたちにも敵として襲われたら勝てる自信ある?」

「余裕だ!って言いたいところだけど、時間制限ってのがネックだな」

「だよね」

 

 思い切って尋ねた質問に対するムゲンの返事にカナタはたははと苦笑い。今回の事件はいつもに増して、みんなで手分けして解決すべきことは多いようだ。

 

「課題は山積みだけど今日のところはクーさんたちにも事の詳細を報告して解散だな。流石に夜も更けてきた」

「まさか夏休み最後の日までメタローに振り回されるとはなあ。アイツらも休んでりゃいいのに、さては休日出勤もザラにあるブラック企業だな」

「誰かがストライキでも起こしてくれればいいのにねえ。あ……それっぽいのをやられたばっかりか、敵さんたち」

 

 特殊な案件の敵の前に困惑しながらも、こちらはこちらで一筋縄ではいかない面子ばかりのムゲンたちは軽口を言い合いながら静かに闘志を燃やしていた。

 

「やることメモ書きしてくれれば、ウチ学校サボって調べとくけど――」

「ユノもちゃんと学校行きなさい。夏休みの宿題、手伝ってあげたでしょう? ちゃんと行ってるかアサギさんにも確認するからね」

「ひゃー……参ったねぇ。ちゃんと行くから、アサギに言うのは堪忍してくれ」

「クス。素直でよろしい」

 

 ガックリと肩を落としてうなだれるユノを微笑ましく眺めながら、ムゲンたちはカフェ・メリッサに戻ってクーやシスターたちに事件の状況を伝えるとそれぞれの家路についた。

 

 彼らにとっても色々なことが起こった激動の夏休みはこうして、新たな騒動を抱えたまま終わりを迎えたのだ。

 

 

 

 

 8月32日。

 スマホのアラームよりも少し早くにムゲンは目を覚ました。

 

「ふわぁぁ……あちぃ。八月も今日で終わりだって言うのに敵わねえな」

 

 スマホの画面に表示されたカレンダーを確認する。

 今日は8月32日。夏休み最後の日だ。

 幸いなことに夏の宿題は7月の内に全て終わらせてあるし、今月の家賃も払ってあるから何の気兼ねもない一日を過ごせるだろう。

 

「一日だけでもいいから、クーラー全開にした部屋で布団被って寝てみたいよ」

 

 密やかな夢を一人語りながら、ムゲンは洗面所に行くと蛇口から流れる水に頭から突っ込んで寝汗と一緒に眠気を吹っ飛ばすと朝食の準備をしながら身支度を整えていく。

 連日こうも暑いと食欲も失せてしまう。だが、朝の食事は大事だと言うことを長きに渡る一人暮らしの生活で実感しているムゲンは朝食だけは欠かさず食べることにしている。   

本日は海釣りで釣ってきた魚の切り身が入ったお手製の海鮮味噌汁に昨夜の冷飯と氷を放り込んで雑炊っぽく仕上げたものを一気にかき込んで胃袋に詰め込んだ。

 

「さて。貴重な夏休みを台無しにしやがったバカメタローをぶっ飛ばしにいくとするか。真夏の男子高校生の怒りを舐めるなよ」

 

 そんなことを言いながら、いますぐにでもキャンプに行けそうな私服に袖を通したムゲンは自宅を出た。

 

 8月32日。

 双連寺ムゲンのいつもと変わらぬ朝の風景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「にはは! 改めて、やってきたよ東京!」

 

 ボサボサの銀髪を都会の夏風に揺らして、遊は向日葵のような弾ける笑顔で喜びの声を上げる。

 実際は昨日の深夜には東京に到着して、格安のビジネスホテルで一泊していたわけなのだが彼女としては本日この瞬間が真の東京初上陸であった。

 

「やっぱり聖山市とはなんかいろいろとすごそうだよね。美味しい物もたくさんありそうだ。おっといけない、脱線するとこだった」

 

 聖山市も地方都市としては栄えている方だがやはり大都会である東京はスケールが違う。行き交う人々の喧騒の大きさといい、空高くそびえるビルの一棟といい、あちこちから香る美味しそうな料理の匂いといい――全てが遊にとっては初めての素敵な刺激だった。

 つい、様々な誘惑に目移りしそうになる気持ちを落ち着かせると遊は本題である人探しを始めた。

 

「夏休み中だから学校にいる可能性は低いけど、とりあえず学生さんっぽい人に聞いていくしかないよね」

 

 ホテルにチェックインしてから眠りに就くまでに具体的に■■ムゲンなる人物を探す方法を考えていた遊ではあるが手が掛りが名前と地方からの転校生ぐらいしかないので悩んだ挙句に都内にある高校を巡って、その場にいた生徒たちに片っ端から聞き込みをするという手段を選んだ。

 

「さてさて、最初は城南学園ってとこに行ってみようかな……んー?」

 

 地図アプリを開いたスマホを片手にウキウキと胸を躍らせながら東京の街を歩いていた遊だったがふと、入り組んだ路地裏に続く横道の方から誰かの声のようなものを聞いて立ち止まった。

 喧騒に負けないように耳を済ますと薄暗い路の向こうからは何やら困惑したような女性の声がする。そこで彼女は直感で気付いた――自分がよく出くわす事がやはりというか東京でもあるのだなと。

 

「んー、気付いて知らないふりは気分悪いしね。それに噂の彼とヤる前に準備運動は大事だよね」

 

 数秒考えてから、正義感よりも単純に喧嘩がしたいという欲求に突き動かされた遊は鼻歌を口ずさみながら声のする方へと駆け足で向かって行った。

 

「ねえ、いいでしょ外国人のお姉さーん。俺たちが東京案内してあげるってば」

「そうそう。異文化コミュニケーションってやつ? キヒヒ!」

「で、ですからねー! わたしってば観光客でもなんでもないですし、ぶっちゃけもう何か月もここで暮らしてるんでガイドとかノーセンキューなんですけど」

 

 遊がしばらく薄暗い横道を進むと予想通りに若い女性がガラの悪そうな男たちに言い寄られていた。それも女性の方は青紫の豊かな髪を持った褐色肌の外国人である。

 

「いいから! 俺らと一緒に来いって! 楽しいこと教えてやるからよ!!」

「ちょっ!? だーもう! この手、放してもらえませんか痛いんですが!」

 

 丁度絶好のタイミングで男たちが褐色の女性に手荒な手段に走ったのを確認して、遊は口角を喜びで吊り上げた。流石に口だけの男たちは殴れないがこうなってしまえば遠慮はいらない。

 

「すみませーん! どりゃああ!!」

「ぶっほおお!?」

「――はい? ってか、どなた!?」

 

 人懐っこい声に視線を向けたチンピラの一人の顔面を問答無用で遊は殴り飛ばすと待ってましたと嬉しそうに笑って間に割り込んだ。

 信じられない乱入者のエントリーに、手首を掴まれていた褐色の女性――買い出し途中だったクーも目を丸くして驚くばかりだ。

 

「な、なんだよ小娘オメーはあ!?」

「この女と一緒にハイエースに引きずり込んでブチ犯すぞオイ!!」

 

 一撃で沈められた仲間を見ながら怒りを爆発させるチンピラ達に遊は二カっと笑って拳を構えた。

 

「おねーさんはわたしの後ろに下がっててもらっていいですか? 喧嘩するついでにお助けします!!」

「逆では!? とはいえありがとうございますです。知らないお人!」

「にははは! たぶんねー!!」

 

 お互いに初めて出会ったとは思えない阿吽の呼吸でボケとツッコミのようなやり取りを交わすクーと遊。そして、遊の方はと一気に殺気立って向かってきたチンピラ達を相手にガンガンと殴り合いを仕掛けていった。

 

「ムフー! お兄さんたち東京のチンピラなんでしょ? そんな弱くて恥ずかしくないのかい?」

「東京のチンピラが強くなきゃいけない理由があんのかよ!? ワケ分かんねえこと言いやがって、この女やべーぞ!?」

 

 相手たちから二、三発ほど殴られたりもしたがまるで歯ごたえのない相手に遊は身勝手極まる思いの丈をぶつけた。彼女の中ではRPGのノリで都会のチンピラや不良たちは強いと言う図式が勝手に出来上がっていたので、ちょっと全力で殴っただけでKOされてしまう彼らに深い憤りを感じていた。

 

「ヤロォ……ぶっ殺してやる!!」

 

 あっという間に全員を殴り倒して、ちょっと不完全燃焼気味の遊が後ろに下がらせたクーに声を掛けようとした時だった。

 最初に殴り飛ばされて気絶していた男が目を覚ますと自棄になってポケットからナイフを取り出して突っ込んできたのだ。

 

「あぶない! 後ろで――」

「おっ?」

 

 それに気付いたクーが大声を張り上げるよりも速く。

 強張った表情のクーを見て、異変に気付いた遊が後ろを振り向くよりも速く。

 狼のような鋭い金色の双眸が薄暗がりを駆け抜けた。

 

「よぉ、俺の大事なツレにこんな玩具で何しようとしてたんだ?」

「ぐ、が……あばば!?」

 

 パキンと変な金属音が響くと男の持っていたナイフが根元から圧し折れた。

 同時に我を忘れて怒っていた男は急に現れた少年に片手でアイアンクローよろしく顔面を掴まれるとそのまま両足が地面から離れて高々と持ち上げられてしまう。

 

「ムゲンさん! ナイスなタイミングでしたよぉ! たすかりましたぁ」

「シスターのお使い帰りに災難でしたね、クーさん。そこのあんた、この人を助けてくれたんだろう? ありがとな」

 

 クーたちを襲った男を片手で持ち上げながら威嚇しつつ、ムゲンは穏やかな表情で事情が呑み込めずに間の抜けた顔をしていた遊にお礼を言った。

 そして、刃が折れたナイフを男から取り上げるとソレを相手が見えるように眼前にチラつかせる。

 

「弁償しろっていうんなら弁償するがよ。こっちもクーさんの迷惑料を払ってもらう義務があるよな? 俺は平和的にいきたいと思ってるんだがどうだい?」

「ひぐうう!? わ、悪かったよ。金もいらないし、もうそこの二人にもちょっかい出さないよ! だ、だからこの手を放してくれ!!」

「よし。物分かりがよくて助かるよ」

 

 素手、それも片手でナイフを圧し折った常識外れの握力を目の当たりにして顔面蒼白になって許しを乞うチンピラを解放するとムゲンはクーと遊を連れてさっさと表通りへと出ていった。

 

「俺は双連寺ムゲンって言います。こっちはクーさん。クー・ミドラーシュって俺のバイト仲間でして、危ないところをありがとうございました」

「はい! 本当に危機一髪のところを助けてもらって感謝です。お名前聞いてもよろしいですぅ?」

「いやいやぁー。わたしもいい運動させてもらったわけだし! そんな全然気にしないでおくれよ」

 

 強面の見た目の割に礼儀正しくちゃんとしている感じのムゲンに内心面食らいながらも遊は持ち前の人懐っこさで朗らかに笑って自然体でいた。

 

「わたしは喜多村遊って言うんだ。ちょっと、東京に人を探しに来たのだよ」

「ご苦労なこったな。遊さんには恩があるし、俺たちで良かったら出来るところで力になるぜ?」

「ハイですとも! クーの恩返しってやつです!!」

 

 個性的が過ぎる人間に免疫がありすぎるせいか、戦闘狂の片鱗をチラホラと見せている遊の感性のズレなどに未だ気付かない二人は彼女のことを純粋に親切な人と見受けてそんな風に申し出た。

 すると自己紹介からずっとムゲンという名前が頭の中で反響していた遊はにへらっと危うげな笑みを浮かべて、爛々とした視線を他でも無い双連寺ムゲンに向けた。

 

「それがねー、わたしが探している相手ってばムゲン君かもしれないんだよね? にはは!」

 

 こうして、双連寺ムゲンと喜多村遊――出会うはずのない二人は邂逅を果たした。

 この出会いにどんな運命の歯車が動き始めるのか、まだ誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本の何処かの深い森にある古びた洋館。

 一見すると廃墟のようにも思えるが内装は隅々まで手入れが行き届いており、誰かが暮らしている気配があった。

 そんな摩訶不思議な雰囲気が漂う洋館の一室に、まるで花の妖精のような可憐な少女の姿があった。

 

「にしし♪ そっかそっかぁ……この世界にミラーワールドなんてものができちゃったんだ」

『はい。私がこの女を仮初の肉体として取り憑き、怪人体を得てからすぐに何の前触れもなく出現したのです。幸いなことに現在の段階ではこちらの活動に重宝しているのですが……不可解なことが多く、貴方様に個別に報告致した次第です。レーヴァテイン様』

 

 幼く透き通ったような美しい肢体を純白のワンピースで包み、鮮やかなピンクの髪をふわりと揺らすレーヴァテインと呼ばれた少女の形をした大いなる存在。

 彼女は魔人教団が誇る最強戦力・死奏剣の一員にして、統括長ネメシスの最愛の朋友の一人。高次元生命体メタローの中でも、更なる高みへと昇華した上位種ハイ・メタローだ。

 

 フェニックスメタローから精神同期を用いた交信で謎多きミラーワールドの存在を知った彼女は大きなソファーに座って、可愛らしく足をパタパタと振りながら無垢な笑顔を見せる。

 

「フェニックス。あなたが見つけたミラーワールドはきっと、とっても珍しくておもしろいものよ。だから、絶対に閉じさせたらイケないんだからね?」

『ハ……ハッ! 承知いたしました』

「いまレヴァンも調べ始めているけど、すっごく興味深いわ。まるでヒミツのお花畑を見つけた気分よ。だ・か・ら――あなたは細胞の一欠片になろうとも生きて、その花園を閉じないように努めてね。約束よ?」

「……必ずや、お言いつけを守るよう全力で努めます」

 

 畏まりながら交信を終わらせたフェニックスメタローとの精神同期を止めたレーヴァテインは知的好奇心を狂おしいまでに刺激するイレギュラーな存在の発覚に天使のような甘い声で笑いながら、心の感じるままに無邪気に踊り始めた。

 

「なんだなんだぁ? 随分とご機嫌じゃないかレーヴァテイン?」

 

 彼女の上機嫌な声を聞きつけて、広間にはもう一つの大きな人影がドカドカと入ってきた。テンガロンハットを被った山のように巨大な筋骨隆々の刺青の男。レーヴァテインと同じく死奏剣の一人にしてハイ・メタローへと昇華した大戦士アロンダイトである。

 

「ええ、アロンダイト。聞いて聞いて、なんとこの世界に絶対にあるはずのないミラーワールドができてしまったのよ! とってもおもしろいことよ?」

「ミラーワールドだあ? そりゃあ、お前がここに来る前に侵略していた世界の仮面ライダー共が戦場にしていた場所の名前じゃなかったか?」

「よく覚えていたわね。やっぱり戦いに関することはアロンダイトのミミズよりも小さな脳ミソにもちゃんと記憶されるのかしら?」

「だっははは! お前じゃなかったら、すり潰した後に肉団子にして食ってやったぜ! 可愛いナリで良かったなぁ。おら、抱いてやるから俺ちゃんのとこにきな」

 

 慇懃さと物騒さが歪に同居した彼女たち流のユーモアあふれる会話が交わされていく中でタブレットのような端末を操作して調査を同時進行していたレーヴァテインは感心したような顔を浮かべると、定位置になっているアロンダイトの肩に飛び乗った。

 

「あの世界はね、最初からそこにあるものじゃなくて一定の条件が揃わないと開かれない蜃気楼みたいにあやふやな異世界なの。そして、いまレヴァンたちがいるこの世界だと絶対に出現しないはずのものだったわけ……ここまではいいかしら?」

「オーケーオーケー! まだついて来れてるぜ。つまり、絶対あり得ないことが起きちまったからビックリ仰天ってこったよな? 例えるならあのツムカリがお淑やかなお嬢様みたいな虫も殺せない性格になっちまった的な」

「ぷっ……あっははははは!! とっても素敵な例えだわアロンダイト。そう、その通り♪」

 

 四六時中いつも辛気臭い顔で煙草をふかし、殺気を飛ばしているような悪友が小虫に怯えて泣きじゃくる姿を想像してお腹を抱えて笑い転げるレーヴァテイン。ひとしきり大笑いしてから、彼女はアロンダイトの耳元で囁くように話題の本題に入っていく。

 

「なんでか生まれちゃったミラーワールドも不思議なんだけど、もっと摩訶不思議なことはいまこの世界にはもう一つ、ミラーワールドが存在しているのよ」

「はあ?」

「恐らく、フェニックスが見つけたのは色んな要因が作用しあった影響で偶然にできてしまった不出来なイミテーション。亜種ミラーワールド……うーん、ちょっとカッコ悪いからアナザーミラーワールドとでも呼んでおこうかしら」

 

 小首を傾げながら、レーヴァテインはそんな風に謎めいた鏡の世界に仮の名前を付けた。

 

「待て待て! 最初の頃からしつこいぐらいにあり得ないとか絶対に不可能だとか言ってたのが一つの世界に二つもあるだなんて可笑しいじゃねえか? 東京にあるのが紛いものなら、本物はどこにあんだよ?」

 

「一応場所はいま判明したところ。でもぅここはキーポイントに違いないけど、出向いて調べるまでもないかしら? あくまでもアナザーミラーワールドの謎はアナザーミラーワールドの内側で完結されたものだと思うかなぁ」

「一体何なんだよ? 俺ちゃんもう頭痛くなってきたんだけど?」

「トリガーとなったのは聖山市というこの世界には存在しないはずの街で行われている外典のライダーバトルよ。今回の一件においてはこっちのものが正しい存在であるミラーワールドと表現するべきかしら?」

「だぁああああ! 分かる言葉で説明しやがれ、俺ちゃんにはもうお手上げだ」

 

 自分にだけ解る言葉であれこれと説明なのか、確認なのかも分からなくなってきた難解な言葉を並べてばかりのレーヴァテインについて来れなくなったアロンダイトはソファーに寝っ転がると昼寝を始めた。

 

「そうだね、もっとシンプルな言葉を使うと――スペシャルサンクスっていうことよ。にしし♪」

 

 何処かに、あるいは誰かに真摯な声色で呟いて、レーヴァテインは尋常ならざる集中力でアナザーミラーワールドに秘められた謎の数々をじっくりと解明するゲームへと耽り始めた。端末の画面に視線を落とす前に鏡のように世界を映す洋館の窓ガラスへと一瞥の微笑みをプレゼントして。

 

 

 

 

 

 

「全くその通りですよ。アリスちゃんたちは手厚く歓待されるべきゲスト。そちらがホストだというのに、まるで私たちが騒動の原因のような言い草をして気に入らない似非ロリっ娘がいたものですねえ」

 

 合わせ鏡が無限に広がる不思議な空間で語り部を担う少女が黒い微笑みを浮かべる。

 

「とはいえ、こちらもイレギュラーを出してしまったのは事実でしょうか? 全くあの朗らかバトルジャンキーはどうして物語の枠組みを飛び越えて東京(あんな)ところにいるんでしょうね」

 

 漆黒を纏う鏡の世界の少女は耽美な仕草でたゆたいながら、彼女もよく知る銀髪の少女の姿をとある鏡から眺めながら、深いため息をひとつ落とした。

 

 交わるはずのない二つの物語が入り混じり

 綴られ始めてしまった白昼夢のような小奇譚

 蜃気楼のような奇妙なお話はまだ始まったばかりである

 

 

 




ということで始まりましたコラボ回
世界観がいまのところよく分からないかもしれませんが次回の序盤には
分かりやすい説明を入れるつもりですのでそれまではご容赦ください(汗)

大ちゃんネオさんにおかれましては喜多村遊をこんな形でデュオルに絡ませること、そして仮面ライダーツルギにおいて重要なキャラクターであるアリスのゲスト出演のオファーを快く許可して頂き本当にありがとうございました。

この場を借りてお礼を申し上げます。


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