灯台に兎が火を燈す (疾風怒号)
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灯台に兎が火を燈す





サベージさんがドクターの事を『君』と呼ぶのか『あなた』と呼ぶのか『ドクター』としか呼ばないのか分からないんですよね、判明したらすぐに修正します。








【Dr.Lighthouse】、それが俺の名前だったらしい。此処(ロドス)にいる人達は皆俺をそう呼ぶのだから、そうなのだろう。

 

それは分かった、いや、今はそれしか分からない。

 

 

「……灯台、か」

 

 

ぎぃと軋む椅子に座り込み、自らについて思考する。

あの馴れ馴れしい少女___アーミヤが言う通り、俺が本当に原石病という感染症の研究者で、その研究が感染者達に治療方法、つまり分かり易い形の希望を与えられる存在であったのなら、今の俺はただの廃灯台、木偶の坊、模造品、ハリボテ、何の役にも立たないゴミクズだ。

 

俺のもう一つの役割として戦闘時の指揮を担う事もあったらしいが、数日前のチェルノボーグからの撤退戦は散々だった。目覚めて直ぐで右も左も分からず引き摺り回される様な状況の中、記憶が無いのだから出来ない事もミスもあって当然だと声高に叫びたかったが、戦場の熱と息苦しさ、すぐ隣で手を引く死の冷たさの前にそんな意思は圧殺される。誰もが必死だったのだ、怪我を押して俺を庇ったオペレーターがいて、血を吐きながらボロ刀を振り回す暴徒がいて、誰もが必死だった。

 

だからあの時も今も『記憶が無い』などという言い訳は通用しないし、そもそも、俺に弱音を吐く権利は無い。

1日でも早く記憶を取り戻し、皆の知る(身体を)Dr.Lighthouseに戻る(返す)、それを皆が望んでいる、それを期待して俺を助けに来た、そうでなければチェルノボーグで死んでいった人間が浮かばれない。

 

それが出来ない、もしくは諦めるのであれば、俺は真に無価値だ。

 

そうして俺の部屋だったらしい一室で、これも俺の物だったらしいノートを読み漁るのだが。

 

 

「……何を書いているんだ、これは」

 

 

読めない、まるで読めない。

どうやら俺が思っているよりDr.Lighthouseは曲者だったらしく、一面にびっしりと数式の様な何かや何処の物とも知れない言語、記号の羅列が隙間無く並んでいる。昨日読んだ一冊は俺でも読める物だったというのに、これは何だというのか。

 

一通り目を通してからノートを投げ出し、合皮のソファーに深く背を預けた。細い窓から差し込む西陽が埃を浮かばせている。これは不味い、記憶の手掛かりと言えば今の所この部屋にしか無いというのに、その殆ど___ごく一部のメモやノートを除く___を俺は理解出来ない。自分が残した物を読み解けないとは、情けなさで泣きたくなる。どん詰まりの状況、重い沈黙の中で唯一きゅらきゅら回る換気扇が鬱陶しい。

 

ささくれた気を落ち着けようと眼を閉じた所で、機密性の高そうな引き戸が開け放たれた。

 

 

「やっほー!ドクター……ってアレ、寝てるの?」

「……起きている」

 

 

無遠慮に歩み寄り俺の隣に腰掛けたのは、錫色の髪にピンと立つ兎の耳を生やした女性だった。名をサベージ、本名では無いのだろうがどうでも良い、少なくとも呼び掛ければ反応するし、受け答えも意思疎通も出来る。

距離感の近いきらいがあるが、軽い悪友の様な振る舞いは不快では無い。……本当は事務的に接してくれた方が楽なのだが、それを本人に言うのは憚られた。少なくとも悪意がある訳ではないのだから。

 

 

「何か用事が?」

「ううん、何か手伝う事はあるかなーと思って」

「…………無い、俺は何も出来ないからな」

 

 

ふぅん、と零した彼女が俺の顔を覗き込む、何が楽しいのかにこにこ細まる柔和な眼が、フードと庇で二重に囲われた影をみとめると

 

 

「えいっ」

 

 

思い切り捲り上げた。突然広がった視界に光が突き立ち、思わず眼を瞑って抗議する。

 

 

「何を……!」

「おりゃ!」

 

 

開いた口に素早く何かが放り込まれ、反射的に口を閉じる。唾液が吸い込まれる感触と共にその固形物はほろりと崩れ、酸味の混じった甘さが広がった、……糖源だ。当たり前だが甘い、一口サイズだからと言って一オペレーターが携帯する物ではないと記憶しているが、俺の知らない事情が有るのだろう、きっとそうだ、流石に備品をくすねる真似はしないと信じたい。

 

 

「大丈夫だよ、自分で買ったから」

「それは良かった」

「根を詰めるのもいいけど、イライラするくらいなら何か食べること」

「はい」

 

 

無味乾燥な返事でも満足したのか、俺の髪をぽんと叩いて笑みを深める。陽を浴びる顔があまりに眩しい物だからフードを被り直そうとして、その手を止められた。

 

 

「……部屋の中でくらい、フードは脱ぎなよ?」

「『これ』は俺の顔じゃない、放っておいてくれ」

「駄目、目に悪いし。記憶が戻った時に困っちゃうよ」

 

 

一瞬無視してやろうかとも考えたが、確かにDr.Lighthouseの身体に負担をかける訳にはいかない。彼には悪いが、少しの間顔も借りてしまう事にしよう。今度は返答すらしなかったがそれでも満足するのか、髪を軽く梳かれる。

その態度があまりに自然なので、思い切って聞いてみる事にした。

 

 

「Dr.Lighthouseとサベージは、仲が良かったのか?」

「良かったと思ってるよ。勿論、アーミヤちゃんもね!」

「そうか……、尚更早く、彼に身体を返さないとな」

 

 

彼女は、少しだけ悲しそうに眉根を寄せた。

 

 

「……そうだね。わたしはよく分からないけど、頑張ってたよ。……だから大丈夫、焦らないで」

 

 

近寄っていた顔を離して、「それにね」と続ける。

 

 

「わたしは、君とも仲良くなりたいし、力になりたいんだ」

「……俺と?」

「うん」

「俺はDr.Lighthouseの偽物だ」

「それでも良いよ、それでも、今は君が『ドクター』で、私は今のドクターを見てる」

 

 

上手く言葉が出なかった。口籠った俺を、あの細まった銀鼠の眼が真っすぐに射抜く。

 

 

「Dr.Lighthouseはいない。ここにいるのは。君なんだよ」

「でも」

「君は偽物なんかじゃない、Dr.Lighthouseでもない、君は君、わたしの知らないドクター。……だから、また仲良くなろう」

 

 

そう言い切ったサベージの顔が余りに眩しいものだから、胸元が熱くなったように錯覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"〜〜〜〜〜!」

 

 

場所は変わって宿舎、兎のぬいぐるみに顔を埋めて叫んでいるのは他ならぬサベージだった。

本来なら多くの人が屯する一室だが、ここ数日の間消して少ない損害を負い、ドクターを奪還した都合上ロドス所属のオペレーターは多くが出払い、ここにいるのは外部(レム・ビリトン)所属の彼女だけだ。故に彼女の奇行を咎める者はいない。

 

 

「どうしてあんな事言っちゃったんだろう……」

 

 

(ドクター)が少しだけ笑ってくれたのは良い。そのつもりで声を掛けたし、ずっと張り詰めた顔をさせてしまうのは悲しい。だからアレはアレで良かったのだ。

問題は自分自身、あの後話す事も無くなり別れてから、自分が思っていたより気取った、尚且つ大胆な真似をしていたのではと思い至ってからはこの有り様である。思い出しては悶え、冷静になってから一頻り叫び

『気にする事はない』と自らに言い聞かせ、しばらくしてまた思い出す無限ループ。

 

 

「変な人だと思われてたらどうしよう……、アレも苦笑いだったんじゃ…………、はぁ…………」

 

 

それでも、一応は笑ってくれたのだと考えれば嬉しくもなるのだから……とまで考えると今度は別の意味で叫び出したくなる。というよりまた叫んだ。約80デシベルをぶつけられ続けたぬいぐるみの顔が不満げに潰れているが、叫び声はしばらくの間止みそうにない。

 

 

 

 









サベージさんをすこれ(遺言)







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