雪蓮リテイク (にゃあたいぷ。)
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冒頭.

 世界が崩れ落ちる感覚があった。

 必死になって作り上げていた砂上の楼閣が今、指の隙間から零れ落ちる。

 正直な話、私は当主なんて立場は性に合っていなかったんだと思っている。我儘で、自分勝手で、好き放題にやっておきながら中途半端な覚悟しかなくて、私は、どうして当主になんかなってしまったんだろうと思う。母様が亡くなって、引き継いだ椅子は窮屈で仕方なかった。なにをするにしても駄目だと言われて、孫呉の主なんだからと諭される。私はもっと自由に生きたかった、ただ真っ直ぐに前だけを向いて駆けたかった。なりふり構わず我武者羅に突っ走りたかった。

 それでも私が居心地の悪い立場を我慢できたのは、孫呉の大地を共に駆けたいと思える仲間達が居たからなんだと思っている。腰を据えて、守る為の戦いをする。その為には考えなくてはいけないことがたくさんあって、悩まなくてはいけないことがたくさんあって、私の器では掬い切れない仲間を守る為に我慢することを覚えた。そして悉く思い知らされるのだ、私には守る戦いは性には合わない、と。孫呉の当主という立場は、あまりにも守るべきものが多すぎる。それこそ雁字搦めに絡め取られて身動きが取れない程に。

 こんな立場なんて、さっさと誰かに譲り渡したいと思っていた。

 

 ――母様が亡くなってから、ずっと思い続けていた願いは成就する。

 

 母様の墓参りで受けた毒矢が身を蝕んでいる。

 周りから不穏な気配を悟られぬように、今は独り部屋に閉じ篭っている。

 寒い、凍えるようだ。独りでいると体が冷たくて、内側から腐り落ちる。人肌が恋しかった、寒くて、誰かに温めて欲しかった。でも、それは叶わない。叶えてはいけない。きっと心がポッキリと折れてしまうから、吐き気と発熱に心を蝕まれながら独りで堪える。手足の先が痺れる、水差しで喉を潤すことも困難だった。まるで身体の中に何本もの熱い杭を打ち込まれたかのようで、今までがどれだけ自由に生きていたのかを思い知らされる。心の枷よりも体の枷の方がキツかった。母様からは何度も油断するなって言われていたのに、この様だ。本当に情けなくて涙が出る。ああ、これは、本当に駄目っぽい。死を明確に感じ取る。死ぬしかない、と嫌でも思い知らされる。でも信じられなかった、信じたくなかった。たった一本の矢を受けただけで、本当に死んでしまうのか。咳をする、何度か吐いた。死にたくない、と心が訴える。まだ生きていたい、と魂が訴える。やっと孫呉の土地を取り戻して、まだまだこれから先を見据えていて、冥琳、蓮華、シャオ、一刀、もっと一緒に居たい。孫呉の行く末は輝かしい、羨ましい。狡い、私だけがその場所に辿り着けないなんて、私だけを置いて行っちゃうなんて、嫌だ、死にたくない。私はまだ生きたい。死ぬことが怖いんじゃない、私だけが置いていかれるのが怖かった。皆と一緒に歩めるなら、本当は王じゃなくたっていい。孫呉の当主として強い姿を見せるとか、本当はどうだって良いのだ。ただ一緒に居たい、皆と共に歩みたかったから私は孫呉の当主を引き継いだ、そして当主らしく生きようと決めた。なのに、どうして、私だけが、その為に私は頑張ってきたと言うのに。皆と一緒に居たいから、皆と一緒に草原を賭けて、あの丘の向こう側を見てみたかったから、私は……嗚呼、狡い。卑怯だ。嫉妬する。妬ましい、羨ましい。

 でも、安心していることもある。

 狙われたのが私で良かった。もし仮に蓮華やシャオが狙われていたら、私はきっと正気では居られなかった。震える身体で笑みを浮かべる、自分の身を抱き締めながら涙を零す。もう家族を失うのは嫌だった。そうだ、そうだった、私は何故、当主になったのだろう。義務感もある、責任感もある。でも、私が戦う理由は常に守る為だった。蓮華とシャオの未来を守る為に、そして孫呉の家族を守る為に、一刀を守る為に、私は戦ってきた。

 嗚呼、そうだ。と微笑む、私は生まれた時から不自由だった。

 母様と一緒に居た時だって、いつも振り回されて、振り回す側に立てたと思ったら皆、私のことを雁字搦めに束縛する。いつも私は不自由だった。結構、私って苦労人じゃないの? 苦笑する、そして、まだ死ねない。と思った。妹二人はまだ頼りないから私が守らないといけない。少なくとも明日までは保たせる、保たせなくてはならない。体が重い、体が寒い。辛い、もう寝てしまいたかった。寝る訳にはいかない、寝ると死ぬ。その確信があった。大丈夫だろうか、私が居なくなった後の孫呉は。大丈夫なのだろう、きっと妬ましいほどに大丈夫なはずだ。私は所詮、戦狂いだから、居なくなっても痛手にはならない。嗚呼、悔しいな。もう寝てしまおうか、いや、それは流石に許されない。せめて明日の戦が始まるまで、できることなら明日の戦が終わるまで、この身、この心にある全てを焚べて生き繋ぐ。早く明日になって、そして戦いの熱狂で、この苦痛の何もかもを忘れさせて欲しい。

 なぜなら私はまだ孫呉の当主で家族を守る責務がある。

 だからまだ死ぬ訳にはいかない。

 

 

 明けて早朝、我らが孫呉の前には北方から侵略する曹操軍の陣が広がっていた。

 将兵の末端に至るまで自信に漲る敵陣を前に、つい感心して「流石の威容ね」と本音が溢れる。

 ことすれば弱音とも取られ兼ねない発言だったが――

 

「それは孫呉も同じだ。兵は将を映す鏡だからな」

 

 ――と冥琳が返す。間の良いやつ、ほんといつでも私を助けてくれる。

 

「田舎の猛獣だって? ふふ、その通りなんだけどね」

 

 これが最後か、と思って最後くらいは、いや、最後だからこそと思って軽口を返すと冥琳は苦しそうに口元を食い縛っていた。

 もう、そんな顔をするもんじゃないでしょ? どうせなら良い顔で送り出して欲しいわね。

 

「それでも私達の土地よ。誰かの好きなんてさせないわ」

 

 だから、じっと見つめる。

 ちゃんとしなさい、と叱咤するつもりで、冥琳は眼鏡を掛け直すと「そうだな」と短く返した。

 もう、私の方が苦しいのに、どうして私よりも苦しそうな顔をするのかな?

 

「さて、ビビってるわけにもいかないし、皆に気合を入れてこないとね」

 

 辛気臭いのは嫌だから、なによりも私が持ちそうにないから先を急いだ。地面を踏みしめる、踏み出した足に力を込める。一歩、進む度に死が近づいてくるのがわかった。油断をするとすぐに倒れてしまいそうだった。正直、もう体の感覚の半分以上が役に立っていない。だってほら、私に付いてくるお人好しの顔がもうよく見えない。気配だけは感じ取ることができる。こんなにも体調は最悪だっていうのに感覚だけは鋭敏に働いていた。特に死の気配には敏感になっている。一歩、また一歩、と前に進んだ。肩を貸そうか? と声を掛けられても振り払った。死の淵へと、この世の最果てへと誘われるように歩を進める。

 

「雪蓮……」

 

 辛気臭いのは嫌なのに、一刀ですらも私のことを心配する。心が折れそうになるから、縋りたくなるから、本当にもう止めて欲しい。ここで心がポッキリと折れてしまえば、今までの私の努力が台無しになるじゃない。折角、頑張って耐えているのにさ。

 

「一刀、貴方はもう立派な呉の重臣でしょう? しっかり前を向いて」

 

 励まして欲しいのは私の方だってのに、どうしてみんな私の足を引っ張ろうとするのかな。景気良く送り出して欲しいものだ、最後の晴れ舞台なんだからさ。

 

「もう、時がないみたいね。さあ、お喋りはお終いよ」

 

 左腕をだらりと下げて、足を引き摺るように赴いた。

 その到達点、私が見る最後の景色。この先に私が望んだ未来がある。

 悔しくて仕方ない、本当に羨ましい。

 道半ばで果てるのが、こんなにも悔しかったなんて思いもしなかった。

 蓮華、シャオ、幸せにならなかったら絶対に殺してやる。

 

「呉の将兵よ、我が朋友達よ」

 

 さあ最後の力を振り絞れ、残り滓の命は今、ここで使い果たすべきだ。

 

「我らは亡き孫文台が悲願、揚州統一を成し遂げた。この地を袁術の手から取り戻したのだ」

 

 大きく息を吸って、吐き捨てる。

 想起するのは今まで辿ってきた孫呉の歴史、私、雪蓮の足取りだった。

 地面を確と踏み締めて、南海覇王の宝剣を抜き放った。

 もうあと幾許かの命、だが、と未練を断ち切るように宝剣を敵陣に向けて振り払った。

 

「今、愚かにもこの地を欲し、無法にも大軍を以て揚州の安寧を脅かそうとする輩がいる。曹操は傀儡の皇帝を封じ、自らは魏国の王を名乗り、この天下を欲しいままにしようとしている。天を欺く所業は、まさに董卓の再来」

 

 我ながら難しいことを言っているな、と思う。

 気に食わないから倒すで良いじゃん、とか。相入れないから殺し合う、とか。そんあ理由で良いじゃん、とか。もう面倒だからさっさと攻め込まない、とか。

 そんな簡単な動機、簡単な理由で良いじゃんって。

 

「左様な逆賊の徒に、これ以上、一歩でも我らの母なる大地を穢される訳にはいかん」

 

 でも、それじゃ格好が付かない。

 蓮華が、シャオが、一刀が、そして皆が私の背中を見ているから。

 みっともない真似なんて出来るはずもなかった。

 

「我らが孫呉の血脈を継ぎ、大陸に覇を唱えられるかは、まさにこの一戦にかかっている」

 

 だって考えてみなさいよ。皆の瞳に映る最後の勇姿が情けなかったら、そんなの嫌じゃない。

 

「皆、死力を振り絞れ。逆徒を討ち滅ぼし、地平の彼方へと追い返すのだ。我らには代々の英霊の加護がある」

 

 さあ、あと少しだ。

 体よ保て、最後まで格好を付けさせろ。

 もう膝が笑い始めているが、意地で立ち続けてやる。

 

「己に誇りを持て、魂魄を猛き炎と燃やせ」

 

 さあ行け、孫呉の勇士達よ。孫呉の家族達よ。

 

「いざ、勝利へ。咆哮せよ」

 

 今まで私は皆に背中を見せてばかりだったから、

 

「孫呉の魂は不滅であることを曹操に、いや天下に遍く知らしめるのだ」

 

 最後くらいは皆の背中を見送ってあげるわよ。

 

 

 曹魏との戦は、孫呉の大勝に終わったようだ。

 戦の趨勢が決まるまで冥琳に支えて貰って、そして今は冥琳の腕の中で蓮華とシャオが駆け付けてくれた。

 梨晏もいる、一刀もいる。愛すべき人がここにいる。

 

 死に際が、こんなに寒いなんて知らなかった。

 ずっと蓮華のことを待ち続けていた母様は、とても冷たくて寒かったに違いない。今にも閉ざされてしまいそうな深淵の中で、凍えるような吹雪の中をじっと耐え忍んだ。それだけで母様の凄まじさが良くわかる。最後の最後まで仁王立ち、屍になってなお生きて、娘を待ち続ける母様のように苛烈には生きられない。全ての点において、私は母様には及ばないって思っていた。

 でも、最後の最後で私は母様よりも恵まれているな、と思った。

 情けないと笑われるかも知れないけども、死の間際、私には人肌の温もりがあった。

 

「雪蓮姉様っ、シャオはここにいるよ!」

「雪蓮、安心しろ! 蓮華もシャオもいる! 冥琳も、梨晏も……!」

 

 ああ、わかる。皆が居るのがわかるよ。辛くて苦しいはずなのに、どうしようもなく温かった。

 

「でも……もう、お別れね……さっきから、母様の……顔が、ちらついてるわ……」

 

 もう死んでも良いかなって思えるくらいに、幸せな気がした。

 それからはもうなにを話したのか、よくわからない。伝えなくちゃいけないって思っていたことがたくさんあって、でも、どこまで話したのか覚えてなくて、思いついたことを片っ端から話していたような気がする。ああ、本当に私は幸せだったんだな、って思った。こんなにも愛おしく思える人がいっぱいいて、愛おしく思いながら看取られることができる。

 やっぱり死ぬことは怖くなかった、私は英雄になれなくても良かった。

 

「孫呉には……強い子達がいる。だから、少なくとも明日の心配は、しなくていい……」

 

 怖いのは独り、取り残されることだった。

 ああ、死んだらどうしようか。母様を迎えに行ってあげなきゃ、きっと寂しがっているだろうから。否定するだろうけども、猛獣からも避けられるあの母様だ。あの世でもきっと避けられているに違いない。

 だから、私が寄り添ってあげよう。冥琳と蓮華、シャオが来る時までは。

 

「それじゃあまたいつか、ね」

 

 意識が途切れる、闇の中へ。

 何処までも永遠に、悠久に続く深淵の奥深くへ。

 

 

 ――……――――…………――……――――。

 …………――…………――――――……――…………――――……。

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 ――………………――……――――…………――。

 …………――……――――……――……――………………。

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 ……――…………――――――……。

 ――…………――――……。

 ――……――……――………………――――。

 

 

 黒天を切り裂いて、天より飛来する一筋の流星。

 その流星は天の御使いを乗せ、乱世を鎮静す。

 眉唾な話だ。あの時は母様の単なる思いつきだと鼻で笑っていた。

 

 

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 ――゜――……――………………………………。…………。

 ……――。――゜……………………゜――…………。――…………。

 ゜……――………………゜……――。――。――……。

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 ……。…………゜……――……。――…………――……゜――……゜――……。…………。

 ――…………。……………………。……――……゜………………。

 ――………………――。……――…………――…………――…………。

 ゜――……――。……――………………――――。

 

 

 長く眠っていたような気がする。どれだけの時間が過ぎたのか分からない。

 ふよふよと何処かを漂っているかのように思えば、ひゅーっと落ちているような感覚もあって、もしくは何処ぞへと流されているかのように思えた。薄っすらと目を開くと星空が見えた。なんとなく懐かしい感じがした。空を飛んでいる、星空が眼前を駆け抜ける。どうやら私は星空を流れているようだ。流れ星というのは、こんな気分なのかも知れない。目の前にあった星空が遠のいていく感覚がある、どうやら私は落ちているようだ。このまま落ちるのだろうか、だったとして、私にはどうすることもできない。手足が動かないのだから仕方ない。身を委ねるままに落下する。此処は何処なのだろうか。ああ、そうだ、この星空を私はよく知っている。

 揚州の星空だ、孫呉の星空だ。私は此処で生きて、戦い。そして散ったのだ。

 落ちる、堕ちて、そして、衝突する。

 

「きゃあっ!? あ、あれ……?」

 

 掛け布団を蹴飛ばして、ガバッと飛び起きた。

 両手を見る、握っては開くを繰り返す。左腕を見てみたが矢傷の痕はない、もう一度、ギュッと握り締める。

 肉体には血の通う感覚があった。

 

「い、生きてる……の?」

 

 手を胸に当てると心臓の鼓動がする。手で顔を触る、少し違和感はあるが、どうやら私の体のようだ。

 

「あ、あはは……なにが起きているのかしらね?」

 

 へたり、と力が抜け落ちるように寝台に身を委ねた。

 そして大きな息を吐き出した。生きている、よく分からないが生きている。

 ぎゅっと両拳を握り締めて、噛みしめるように肉体の感触を感じ取る。

 私は今、生きている。

 

「姉様、大丈夫っ!?」

 

 ガチャッと部屋に飛び込んできた蓮華の姿を見て、その壮健な姿にはらりと涙が流れた。

 

「ね、姉様?」

「いえ、大丈夫よ。なんでもないわ、いえ……なんでもはあるわね」

 

 拙い足取りでふらりと歩み寄り、そして妹の体をギュッと抱きしめる。

 

「ほ、本当にどうなさったの!? おかしいわ!?」

「うん、ごめんなさい。でも少しだけ、こうさせてくれないかしら?」

 

 どうして生きているのか分からない。

 なんとなしに幼く見える妹の姿、違和感は多い。

 でも、私は生きている。

 それで良い、その事実があれば充分だ。

 今はただ人肌の温もりを感じていたかった。

 

 

 




七天系列。

死ぬ気で生存戦略での呉の動向を整理するついでに揚州と荊州関連を書き始めてみるといった感じ。
タマツバキにも手を付けたい。
チラ裏のは半年程度放置していたものなので気が向いたら進めます。


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第一篇.

 昨晩、天より二対の流星が地上に降り落ちた。

 ひとつは呉郡のいずれかに落ちたという話であり、もうひとつは此処、私の屋敷に落ちたのだと云う話だ。

 しかし屋敷には傷ひとつ付いておらず、妹の蓮華が訪れた時にも屋敷の中から淡い光が漏れているのが発見されている。そして、その光に私は心当たりがあった。天の御使い。北郷一刀と初めて出会った夜、彼は光の球体に包まれていた。それと同じ現象が私にも起きていたのだろうか。そうなると私は二人いることになっちゃうけど――いや、今の私は一人だ。今日まで生きていた私の記憶がある、経験がある。それと同時に道半ばで死んだ私の記憶と経験もある。二つは混ざり、溶け合った。それが感覚で分かる。どちらも私で、今は同じ存在になった。

 長く生きていた分だけ、未来から飛んできた私の意識が強いみたいだが、未来の私と現在の私で辿った軌跡に齟齬が生じていることを分かる。わかりやすい点をひとつ上げれば、私には妹が三人いる。蓮華(れんふぁ)小蓮(しゃおらん)、そして緋蓮(ふぇれん)の三人だ。未来を生きた私には四女の緋蓮は居なかった。それは幼くして亡くなったのか、この世界にだけ産まれたのか分からない。ただ分かるのは、この世界が未来で生きた私の世界と別物だということだ。失った過去は取り戻せない。それでも新たに手に入れられるものはあると信じて剣を手に取る。

 柄にもなく細々としたことを考えたが、要は難しいことを考えるのが面倒になったという話だ。

 

 練兵場に出る、そして剣を振った。

 雑念を振り払うように、しかし余計なことを考えるのは私の性分なようで無心になるのは難しい。

 二つあったという流星の内で片方が私のことだとすれば、もう片方は恐らく、天の御使い。つまり、北郷一刀と云う事だろう。そして其の者は今、劉耀に保護されている。致し方ないと云えば、致し方ない話。屋敷に流星が落ちたということで私は自宅での療養を言い渡された。そんな私に流星が落ちたことを知らせず、代わりに探索へと出て行ったのは(さい)粋怜(すいれい)の二人、劉耀配下の太史慈と名乗る存在に先越されたという話だ。

 あの時は私が出て行くことで梨晏(りあん)、今はまだ太史慈と呼ぶべきか。彼女に先んじて一刀を保護することができた。

 仕方ない、過ぎたことは仕方ない。しかし焦燥する気持ちはあった。

 

 太史慈の下であれば、酷い目に合うことはないと思う。

 しかし劉耀本人はさておき、劉耀配下はゲスが多いと未来の太史慈からの話で知っている。天の御使いを手に入れたことで彼女達の動きにも変化が現れるかもしれない。それで二人の身に危険が及ぶ可能性もある、だから少しでも早くに一刀と太史慈を手に入れたい気持ちがあった。振るう剣筋に乱れが生じている。この時の私は全盛期の一歩手前、全盛期は太史慈と一騎打ちをした時で、それから先は孫家の当主としての責務を果たす為に鍛錬を怠っていたこともあって肉体は衰えていた。

 がむしゃらに振り回す剣は精彩に欠ける。

 

「ねえ、雪蓮。付き合ってあげよっか?」

 

 ふと声を掛けられる。振り返ると粋怜(すいれい)が自らの得物を構えていた。

 名は程普、字は徳謀。孫堅軍の双璧を成す宿将の一人。その武芸は後の呉軍でも五指に入る腕前を持っている。

 そんな彼女からの申し出に私は二つ返事で承諾し、刃を交わす。

 

「……えっ?」

 

 真正面から切り込む一撃に、粋怜が驚きに声を上げた。

 槍を縦に構えて守る彼女に軽く三回ほど打ち込んだ後、すり抜け様に更に一撃、背後を取ってから首筋に剣を添える。

 たったそれだけで勝負が決まった。

 

「不意打ちになってしまったかしら?」

「……えっ、あ」

「もう一度、最初から始めましょ」

 

 首筋に添えた剣を引いて、距離を取る。

 向き直った時、粋怜は先ほどよりも真剣な顔付きで重心を低く保った。今度は不意を突くことがないように、ゆっくりと距離を詰める。剣を構えたまま、相手の挙動を(つぶさ)に観察する。呼吸は小さく、細く保った。距離を詰める、じりじりと地面を擦るように、相手の出だしを窺った。粋怜の喉が動いた、半歩、距離を取られる。何故、間合いを広げるのだろうか。距離を取られた分だけ、それ以上に間合いを詰める。粋怜が歯を食い縛る、まだ一合も手合わせしていないのに全身から汗を流していた。その間、私は粋怜の動きを観察して、予測する。今の構えから、どのような動きをしてくるのか、できるのか。相手の攻撃を予測しながら、その攻撃への対処を考える。何度も構えを変える粋怜に、引き出しが多いなあ、と感心しながら距離を詰めた。思わず、口元が綻びる。

 フッ……という呼吸と共に粋怜が突き出していた槍を、身を捩るだけで回避し、そのまま柄を握って粋怜の体を引き寄せた。そして、僅かに姿勢を崩した喉元に剣の切っ先を突きつける。

 やっぱり、うん、誰かとの鍛錬は良い。余計なことを考えずに済む、ただそれだけに集中できる。

 

「ありがと、良い鍛錬になったわ」

「……あ、はい…………」

 

 呆然とする粋怜に声を掛けて、剣を鞘に戻した。

 あまり意識はしていなかったが、度重なる戦は確実に私の実力を上げていたようだ。

 それこそ現時点での粋怜が叶わぬ程に。

 

 今なら、もしかすると母様にだって通用するかも知れない。

 

「ちょっと見ねえうちに随分と腕を上げたじゃねえか」

 

 パンッと力強く背中を叩かれる。

 その衝撃に懐かしいという思いと、少しは手加減してよという思いが、同時に湧き上がった。

 軽く咳をしながら振り返ると、母様が嬉しそうに笑っていた。

 

「どうだ? 俺ともいっちょやっておくか?」

「……ええ、お願いしても良い?」

 

 少し前なら怯んでいた言葉、しかし今の私は太史慈は勿論、呂布や夏侯惇といった猛者を知っている。

 彼女達と刃を交えた経験が、母様の圧力に抗う術を身に付けていた。呼吸をひとつ、萎縮せず、心を弛緩させる。気負うのは良い、しかし緊張しては駄目だ。相手の圧力に飲み込まれてはならない。自分の呼吸、自分の空間を意識し続ける。そして相手は真っ直ぐに見つめる。相手は巨大だ、しかし、その輪郭すらも捉えられないようでは勝ち目はない。相手は強いと認めれば良い、そして自分の実力に相応しい分だけ自信を抱けば良い。

 あるがままに受け入れる、それが強敵と対する一歩目だった。

 

「ほう……」

 

 母様が剣を構える、ビリビリと肌を刺す威圧感に臆しそうになる。とばっちりを受けた粋怜は表情に怯えが見える。

 

「ふう……」

 

 これが等身大の母様だと受け入れて、私も同じ構えを取った。

 この威圧感は狂虎と呼ばれた母様が数多の戦場を乗り越えて練り上げてきたものだ。今の私に対抗しうる術はない、だから受け止める。真正面からしっかりと相手を見つめる。距離感を見失うな、その威圧感に目を逸らすな。確と視る、それだけを意識する。意識を尖らせる、枝の先を削るように集中した。針の穴に糸を通すように意識を収束させる。

 母様という難攻不落の牙城を打ち崩す為に、視線で気取られないように急所を探る。見定める。

 

「これ、お主らは何をやっとる」

 

 戦意が最高潮に達して、後は飛びかかるだけとなった時、水を差すように声を掛けられる。

 

「親子で殺し合いでもするつもりか?」

 

 私達の間に割って入ってきたのは雷火(らいか)

 祭と粋怜に次ぐ古参の一人であり、孫呉の内務は彼女に一任されていると言っても良い。正に大黒柱とも呼べる存在だ。

 そんな彼女は私を一瞥した後、「炎蓮(いぇんれん)様」とまだ呆れが残る様子で母様に呼び掛ける。

 

「今し方、連絡が入りました」

「うん?」

「黄巾党の一軍が呉郡北部に侵入し、幾つかの村で略奪に働いたようで御座います」

「……ここまでだな」

 

 母様は剣を鞘に収めると軍議の開催を宣言した。

 宿将達が慌ただしくなる中で蓮華が呆然としているのが目に入る。

 どうやら先程の試合を見ていたらしく、私と母様の戦意に気をやられてしまったようだ。

「蓮華、行くわよ」と言いながら肩を叩けば、はっと気が付いたように妹が呼吸する。

 思えば、この時期に蓮華が此処にいることはなかったか。

 

 どうしてそうなったのか、理由を知っている。

 蘆江郡に行くはずだった蓮華の代わりに小蓮が皖城の城代を務めており、緋蓮と明命(みんめい)が補佐として送り出された。蓮華の代わりに緋蓮が送り出されることになったのは、偏に緋蓮の方が小蓮の扱いが上手く、そして戦場での強さは蓮華を遥かに上回っていた為だ。その上で内務に関してもソツなく熟すことから蓮華よりも緋蓮が優先された。

 蓮華には政務を学ばせる為に今、雷火が付きっ切りで指導している。

 

 だから、なんというか、彼女の覇気が少し足りないのは、そういう訳だ。

 一刀が居てくれれば、ぶん投げてやるのに。そう思ってしまう今日この頃だ。

 

 

 



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第二篇.

 黄巾の乱、それは大陸全土を巻き込んだ民草による叛乱のことだ。

 乱に参加した民草が黄巾を被っていたことから黄巾党と呼ばれるようになり、その数は数十万という規模にまで及んだ。最初こそ強い信念と結束を持っていたかも知れないが、膨れ上がった規模のせいか、元が飢饉に苦しんだ民草のせいか、最終的に彼らの行動からは明確な正義が削ぎ落とされ、蝗のように他人の資産を食い潰す畜生以下の賊と成り果てる。

 未来では、この乱が起因となり、漢王朝は衰退した。

 私が死んだ時点で既に皇帝は曹操の傀儡に成り果てていたし、そう遠くない未来には漢王朝は滅んでしまったはずだ。孫呉、曹魏、蜀漢の内、何れかが天下を統一した暁には皇帝を名乗る未来もあったに違いない。

 

 さておき、今は軍議中。此処は評定の間だ。

 玉座には母様が腰を下ろしており、私を含めた七人の側近が一堂に会している。謀略組は冥琳(周瑜)(陸遜)の二人、内務組は雷火(張昭)。武官組は私の他に(黄蓋)粋怜(程普)になる。こうして見ると懐かしい顔ぶれだ。懐かしいと思うには少し不思議な感じもするが、しかし、この面子で一処に集まるというのが珍しかった。今、見返すと、この時から雷火(らいか)には風格があり、(さい)粋怜(すいれい)の二人には少々若さのようなものを感じる。年長者としての自覚を持つのは母の死後か、今はまだ面倒見の良い先輩といった風格だ。(おん)もあまり雰囲気に変わりない。現在と未来、この中で最も雰囲気が変わっているのは冥琳(めいりん)のようだ。まだ若く、青臭さが感じられる。まあ上手く隠しているようだけど? なんというか自分は天才という自負がある為か、(魯粛)にあった傲慢さが薄っすら感じられた。

 ふぅん、へえ、そうなんだー。と私がほくそ笑んでいると「どうした?」と冥琳に首を傾げられた。「なんにもありませんよー」と笑い返せば、冥琳は何か言いたそうに私のことを睨み返してくる。

 そんな態度を取る彼女が、可愛く思えた。

 

「炎蓮様。賊の数は如何程にございますか?」

 

 冥琳を見て楽しんでいると祭が話を切り出した。

 これで冥琳は私から意識を外し、「ああ、冥琳」と母様から名指しされたことで完全に軍議へと意識を向ける。ああん、勿体ない。もうちょっと楽しみたかったのに。でもまあ未来のように余裕ある姿も良いが、今のように適度な緊張感を持って張り切る姿もそれはそれで良いものだった。

 ふふん、と上機嫌に思いながらも軍議に耳を傾ける。

 

「呉郡に入った黄巾賊は、最初こそ千程度の軍勢だったが今や総勢五千に膨れ上がっているとのことです」

「五千か……!」

 

 想像以上だったのか、冥琳からの報告を聞いた時に祭が驚きの声を上げる。

 実際、五千ともなれば、単なる賊退治では済まされない。数だけを語れば、準備を万端に整えてきた山越を相手にするのと変わりない兵力だ。穏は策を巡らせているのか考え込むような仕草を見せており、雷火は遠征にかかる物資のことを考えているのか難しい顔をしている。

 その中で、首を傾げるように蓮華(孫権)が口を開いた。

 

「千が五千とは、どうしてそこまで増えたのでしょうか?」

「黄巾党は襲った場所で農民を吸収しているらしいわよ。それでどんどん兵力を増やすのよ」

 

 まったく同じ質問をしたなあ、と感慨深く思いながら答えると「おおっ」と何故か周りから感心の声が上がった。

 

「……なによ?」

「……いや、なんでもない。今回の略奪ではほとんどの民は乱に加わることなく、呉郡へ逃れたそうだ」

 

 冥琳の情報に、当然じゃ、と雷火が鼻を鳴らす。

 

「孫呉の民はかような乱に加わるほど、愚かではないからの」

「……それでは、賊はどうして増えたのでしょう?」

 

 蓮華の質問に答えたのは、またしても冥琳だ。

 

「襲撃の成功後、戦果の拡大を狙って、徐州廣陵郡から続々と援軍が送られているそうだ」

 

 そうして情報交換が行われていく中で、未来でも私は黄巾賊の黒幕を知らなかったことを思い出す。豫州や荊州でも、此処揚州と同じように襲撃を仕掛けられている以上、ある程度の戦略眼を持つものが指揮を執っているはずだ。この図面を書いているのは誰なのか、どのような人物なのか、考え込んでいる内に軍議は終盤へと進んでいた。

 

「俺の庭での狼藉を見過ごすわけにはいかんな」

「……戦ね、母様」

 

 蓮華の静かな声に、応、と母様が声を上げる。

 

「蝗共を一匹残らず踏み潰してくれるわ!」

 

 そう宣言すると母様は皆に命を下し、拝命した者は弾けるように動き出した。

 留守居役は雷火と穏、これは前世と変わりはない。従軍するのは私の他、冥琳、祭、粋怜、そして――

 

「おい、蓮華、一緒に行くぞ」

「は、はい!」

 

 ――蓮華が選ばれた。

 緩いノリの孫呉にて、律儀に拱手する妹の肩にポンと手を乗せる。

 蘆江郡に行かなかった彼女に実戦の経験は前世ほどにはない。

 だから身を強張らせるのも仕方ないのだろう。

 

「大丈夫よ」

 

 ただ一言だけ告げる。

 妹は孫呉の教えも戦の心構えも知っている。そして乗り越えられることも知っていたから安心して背中を押した。

 それにいざという時は私が守ってあげれば良いのだ。

 

 

 歴史は変わっている。

 都城である建業を発った数日後、黄巾党が占拠した街の近くに到達した。此処までは歴史に変化はない。相手が城塞に立て篭もり、籠城戦の構えを見せるのもまた然りだ。

 だが、次に冥琳(周瑜)から齎される情報で未来と齟齬が生じる。

 

「……実は炎蓮(孫堅)様。先日、徐州から賊を追ってきた官軍が、一戦交えたそうなのです」

「んん?」

 

 母様は訝しげに眉を顰めた。あ、これは覚えていると思って軽い気持ちで口を開いた。

 

「あ、そう。それでその官軍は負けちゃったのかしら?」

 

 この問いかけに冥琳(めいりん)は首を横に振る。

 

「いや、違う。官軍は二千の兵を率いて、賊を軽く撃退したようだ」

 

 その冥琳からの報告に(黄蓋)は「なんじゃ、官軍にもできる奴がおるじゃないか」と声に出し、粋怜(程普)は「へえ、形だけかと思ったら……やるじゃない」と呟いた。あれ、私の知っている歴史では官軍は一万の兵を率いても勝てなかったはずだけど、気のせいだっただろうか?

 

「……でも打ち破ったのなら、どうして倒し切れなかったのかしら?」

 

 蓮華の疑問に冥琳が答える。

 

「どうにも、その官軍は洛陽からの援軍のようでして、補給の為に一時撤退したようですね」

「数も少なかったようじゃし、賊が散り散りになるのを嫌ったのかも知れんな」

「城塞に籠られたから手出しができなかっただけかもね?」

 

 祭に続く、粋怜の言葉に「そうかも知れません」と冥琳が答える。

 

「実際、私達の軍勢を見かけてから撤退を開始したようです」

「なんじゃそれは手柄を譲るとでもいうのか?」

「それは兵力の損耗を避けただけかも知れませんが……」

 

 この世界の官軍は頼れる? いやはやそんなまさか――とはいえ歴史が変わっているのは事実か。

 

「どちらにせよ、賊は警戒を強め、城塞にて守りを固めてしまったようです」

「やれやれ最後の面倒ごとは儂らに押し付けよって……」

 

 そこまで言って、ふと思いついたように祭が告げる。

 

「その官軍に使者を送って、我らの後詰めを頼めんかの?」

「……官軍なんて、いても邪魔になるだけじゃ?」

「いや、その官軍は攻城戦の備えはなくとも野戦なら頼りになるのじゃろう?」

 

 敵も籠城を選んだからには援軍の当てがあるじゃろう。と続ける祭に「確かに」と冥琳は首肯した。

 この時、確か前の私は使者を送ることに賛成した記憶がある。使えるんなら使って損はないわよね、とか、そんな軽い調子で。そして母様は使者を送ることには反対した。そう判断した母様の気持ちが今なら分かる。黄巾党に孫呉の圧倒的な力を見せつける意味もあったのだろうが、それだけではなかった。母様は良くも悪くも義理堅い。通すべき筋は通す性格をしていたから、あの時の母様は官軍に借りを作る選択を嫌ったのだ。

 借りとは安売りしてはいけない、袁術の犬を経験した身としては心の底から思う。

 

「冥琳、援軍はいらないわ。孫呉の力を見せつける良い機会じゃない」

「だが雪蓮……」

「よくぞ言った、雪蓮! それでこそ孫文台の娘だ!」

 

 母様は私の頭をくしゃくしゃとしながら「援軍が到着する前に、城を落とせば済むことよ!」と嬉しそうに笑ってみせた。

 

「されど炎蓮(いぇんれん)様……」

「冥琳、これは我らの戦ぞ! 賊に庭を荒らされ、官軍を頼ったとなっては孫呉末代までの恥よっ! それが一度、官軍が破った相手となってはな!」

「そうよ、冥琳。ここで二度と呉に手出しできないように徹底的に叩き潰してあげるわ」

 

 母様の言葉に私も乗っかると冥琳は溜息を零して、「わかりました」と短く告げる。

 

「どちらにせよ勝負は急がねばなりません」

 

 冥琳はこの場にいる皆を流し見て、続ける。

 

「敵の増援も気掛かりですが、なにより賊の支配を長く許せば、民にも動揺が広まり、呉郡における孫家への信頼も揺るぎかねません」

「応、せっかく官軍が初撃で崩してくれたんだ。孫呉の将兵が後始末程度も朝飯前にできなくてどうする」

 

 母様の言葉に「そうね」と粋怜も乗っかった。

 官軍が与えた被害のことも考えたら今回の戦は前よりも楽なものになるはずだ。

 いや、油断は禁物か。歴史は変わる、その前提で動いた方が良い。

 

「されば、すぐにでも城攻めに取り掛かりますか?」

「そうだな……」

 

 祭の言葉に同意し、母様は少し考え込んでから蓮華を見つめた。

 

「おい、蓮華。先程からほとんど喋っておらぬではないか、何か意見はないのか?」

 

 私が? と動揺する蓮華を母様は面白そうに眺める。

 

「ククッ、何もないのか? 孫家の娘ともあろうものが情けない」

「………………」

 

 律儀にも蓮華は考え込み始める。

 そういえば蓮華の戦の才覚って、どうなのだろうか? 未来では私の前で総指揮を執らせたことはほとんどない。とはいえ確か思春(甘寧)の錦帆賊と戦った時は勝利したんだったか。よくもまあそんな無茶をしたものだ、と思うくらいの武勇伝を聞かされたことは覚えている。

 そんなことを考えながら暫く蓮華の様子を窺っていると、ぶつくさと小声で呟き始めた。

 

「……兵力は五千、敵も五千。練度は上だから真正面からぶつかることができれば、誘き寄せるのは? 駄目、官軍に一度、打ち破られて警戒されているわ。土竜攻めをしている時間はない。夜を待って侵入、する時間もないわね。囮部隊を出して、別方面から搦手で攻撃……それだと普通の攻城戦と変わりないわ……」

 

 そうして呟き続けること数十秒、「遅い!」と堪え切れず母様が口を挟んだ。

 

「蓮華、次は何か一つ、案を出すようにしろ」

「は、はいっ!」

 

 頭を下げる蓮華に「正攻法で行くなら搦手はありだな」と再度、蓮華に問いかける。

 

「ところで蓮華、貴様ならどのように配置する?」

「もう母様、急がないと駄目なんでしょ? 蓮華をからかって遊んでいる暇なんてないわよ」

「良いから言ってみろ。採用するかは俺が決める」

 

 見ていられなくなって止めようとするも母様は私を無視して、蓮華に問いかける。

 もうっ、と頰を膨らませるのも御構いなしだ。

 

「……真正面からは母様と姉様が攻め立て、祭と粋怜は搦手を攻撃するのは如何でしょうか?」

「どうだ、冥琳?」

「ふむ。この相手ならば、それで十分だろうな。二箇所を交互に攻め、敵の指揮を混乱させるか」

「だとよ、良かったじゃねえか」

 

 そう言うと母様は蓮華の頭をくしゃりと押し付けるように撫でる。

 

「まあ、正面から一気に叩き潰してやるのだがな!」

 

 その言葉に側近の全員が驚き、母様を見つめた。

 ちょっと待って、母様。ちょっと待って。今のって蓮華の作戦を採用する流れじゃないの? 今回は特にグダグダしている様子もなかったし、絶対その流れになると私思ったよ?

 あ、なるほど。私、分かっちゃった。そういうことだったのね。

 

「母様、最初から全軍で真正面から突撃するつもりだったでしょ!?」

「応! 雪蓮も母心が分かってきたじゃないか!」

「分かりたくなかったわよ! ああもう、皆、急いで出陣の準備を!!」

 

 母様は一人でも突っ込むつもりよ、そう叫ぶ前に号令がかけられる。

 

「俺に続けぇえええっっ!!! うぉおおおおおっっ!!」

 

 この馬鹿母めぇッ!

 



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第三編.小覇王

 なし崩し的に始まった黄巾賊との初戦。

 城壁から雨のように矢が降り注ぐ中を母様が、何処から持ち出したのか梯子を担いで突撃する。

 そうだった、こういう人だった。と呆れの中に懐かしさが混じる。自分の命を省みない猪突猛進っぷりを目の前に含み笑いを零した。後続は冥琳(周瑜)に任せて、母様に置いてかれないように全力で駆け出す。前の時は呆気に取られるばかりで気づいた時には全てが終わっていた。片手に持った剣で降り注いでくる矢を打ち払いながら母の背中を追いかける。いやはや、改めて見ると本当にあり得ない。片手に梯子、片手に手綱、両手が塞がった状態で矢の雨の中、全力で先頭を走り抜けるとか勇敢を通り越して、ただの馬鹿だ。あの時、母様を叱りつけた私は正しかったと再認識。そして今から私も馬鹿をする。

 この戦は今の私が、何処まで母様の領域に近付けたのかを測る試金石になり得た。

 

「おおおおおおおおおっっ!!」

 

 そうこうしている内に母様は城壁の真下まで辿り着いていた。

 

「ハッハァー! 腰抜けどもめ、待っていろ! すぐにそこまで行ってやるぞっ!」

 

 ドスンと城壁に立て掛けられた梯子、そのまま勢いで乗り込もうとする母様の頭上を飛び越える。

 

「雪蓮ッ!? てめえっ!!」

「あははっ! 道を作ってくれてありがと、母様。先に行くわね」

「あ、こら! 待ちやがれッ!!」

 

 梯子には手を掛けず、引き抜いた剣を片手に握り締めながら城壁まで駆け上った。

 身軽さだったら前からでも負けてなかったわよ。城壁まで登り切れば、弓を持った敵兵が遠巻きに私を取り囲んだ。

 まあ、こうなるわよね。一笑し、小さく深呼吸をしてから構えを取る。

 

「さあ来なさい! 彼の覇王と比肩すると言われた孫伯符の武技を前に臆さないのならねっ!!」

 

 こんなことを素でやっていた母様に畏れを抱きながら覚悟を決める。

 

「孫伯符だって!?」

「まさか……狂虎の……!」

「孫策だ! 手柄首だ、討ち取れっ!」

 

 臆さないか、そんなものよね。

 なら武技で黙らせる、と剣を振り回した。私には母様のような膂力はない、力押しだけで軍を圧倒できるのは母様と呂布くらいなものだ。同じ手は使えない、なら的確に急所のみを狙って敵を仕留める。間隙を縫うように剣の切っ先で眉間を刺し、撫でるように首筋の頸動脈を切り裂いて、擦るように太腿の内側を傷付ける。常に自分が優位な立ち位置で居続けられるように駆け回り、時には力で剣を弾き飛ばして、囲まれないように細心の注意を払いながら城門の内側を目指す。壁下から飛んでくる矢が本当に良い仕事をしてくれる。この援護があるおかげで一歩、敵陣深くに踏み込めた。

 軽挙はなりませぬぞ! と(黄蓋)の声が聞こえたが前に進む足を止めるつもりはない。

 

「貴方達が愚図愚図しているせいよ! 攻め時は作ったわ! さっさと私の後ろに続いたらどうなの!?」

「言ったな、雪蓮ッ! 殴ってやるから、そこで待ってろっ!!」

 

 追いつけたらね、と更に敵陣深くまで突き進んだ。

 ここから先は階段を降りる。門の裏手まで、あと少し――だが、ここから先は祭の援護は受けられない。とはいえ、此処で立ち止まるという選択もない。駆け下りる、高さの強みを生かして敵兵を払いのける。体重を目一杯に乗せられたから余裕のある時には首を刎ね飛ばした。血飛沫を上げる、それを浴びた敵兵が臆するのを見て、その隙を突いて派手に殺した。階段を血で汚しながら最下段まで到達し、門まで辿り着いた。外から門を打ち付ける衝撃に、衝車をぶつけていることが分かる。出迎えてあげようかしら――恐怖が伝搬したせいか、遠巻きに囲む敵兵を見やって笑みを浮かべる。門を背に一振り、敵を牽制してから閂を思いっきり蹴り上げた。外れた門を思いっきり蹴りつける。開いた門の向こう側には、孫呉の兵。そして唖然とした顔を浮かべる冥琳(周瑜)粋怜(程普)の二人が立ち尽くしていた。

 その姿を見て、ほっとひと息を零す。

 

「あら、冥琳(めいりん)粋怜(すいれい)じゃない」

「おい雪蓮っ!」

 

 背後から襲いかかる敵兵を振り返らず、切り捨てる。

 

「ちょっと梃子摺っているみたいだったから迎えに来てあげたわよ?」

 

 そういって笑い掛けると冥琳は何か言いたそうな顔を浮かべた後、呆れ果てたように溜息を零して首を横に振る。

 

「……信じられんな」

「ふふ〜ん、ちょっとは見直した?」

「武勇にも驚かされたが、その人柄も信じられんよ」

 

 まあ、それは――と冥琳が人差し指で眼鏡を押し上げながら表情を緩める。

 

「大殿様にお任せしよう」

「……ん、それって?」

「こんの馬鹿娘があっ!!」

 

 ガツンと脳天に拳が突き刺さった。

 

「あだぁっ!!」

 

 眩く視界、くらりとくる衝撃にふらつき、そのまま背後を振り返れば、鬼の形相をした母様の姿があった。

 

「……か、母様? なんでもう、ここに居るのよ?」

 

 途中で振り切ったと思ったのに。

 

「馬鹿か? てめえが自分で此処に来たんだろが、なら俺が思い付かないと思うか?」

「ああ、なるほど。そりゃそうよね」

 

 今回は母様の真似をしてみただけだから、そりゃ分からないはずもないか。

 

「母様だって同じことをしようとしていた癖に〜」

「そりゃあれだ。俺は俺だ、お前はお前だ。俺には後継が四人も居るからな、無茶やって死んでも構わねえ。だが、お前には後継ぎが居ないだろうが」

「……蓮華(孫権)が居るもん」

「俺が産んだ子にてめえの責任を押し付けんじゃねえ」

 

 好きをしたけりゃ孫の顔を拝ませてからにしやがれ、と言う母様にむうっと頰を膨らませる。

 

「虎の子は虎じゃな」

 

 ただ一人、満足げに頷く祭に「狂った虎が二人も居たら雷火(張紘)が倒れるわよ」と粋怜が頭を抱えてみせる。

 

「それで母様、此処に来たのなら号令をかけたらどうなの?」

「ふんっ、一発じゃ足りねえが……それは後に回してやる」

 

 さっさとしろ、そう言って母様は私の背中を叩いた。

 

「え? 母様が号令を掛けないの?」

「ここはお前が落とした城だろうが、娘の功績を俺が欲しがるとでも思ったか?」

「いや、そうじゃないけど……」

 

 何かを言おうとして、やっぱりやめた。

 前を見る。呉軍の将兵、全員の意識が私達に向いていることを確認し、私は手で髪を払ってみせる。特に意味はない、ただそれっぽい姿勢を取ってみただけだ。

 でも、そういう強者っぽい立ち振る舞いは見て分かりやすい。

 

「どうしたの? 孫呉の兵は開いた門を前に御茶をする風習でもあったのかしら?」

「……ふん、全軍! 城内へ突入しろ!」

 

 空気を読んでくれた冥琳の号令で兵達が城内へと駆け込んだ。

 さて、私も――と彼らに続こうとした時、頭に大きな手が被さった。

 

「褒められた立ち振る舞いではなかったが……城を落としたことが褒めてやる」

 

 ぐしゃりと乱暴に髪を撫でられる。

 あ、駄目だ。不意打ちは狡い。顔を伏せて、下唇を噛んだ。今はまだ戦場、涙は見せてはならないと必死に堪える。泣きそうになるのを誤魔化すように振り返って、もう止めてよ、と不器用に笑ってみせた。「お、おう?」と動揺する母様の脇を抜けて、城内に攻め込んだ兵達に続いた。目元を拭う、泣いてない。泣いてないったら泣いてない。

 その後の制圧戦、疲れていたにも関わらず、剣筋は鋭く、体はとても軽かった。

 

 

 



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間幕.孫権仲謀

本日二度目。三度目はないです。


「母様、行きます」

 

 練兵場、まだ元服もしていない小振りの少女が南海覇王を見立てた剣を両手で握り締める。

 その相手を務めるのは呉郡太守、江東の狂虎と呼ばれる時の人、孫文台であり木剣を肩で担いで少女を手招きした。

 

「何時でも来い、緋蓮(ふぇれん)

 

 緋蓮と呼ばれた少女は返事をせず、目の色を変える。

 呼吸を悟られないように細く長く取り、姿勢は低く、前傾に保つ事で自らの逃げ道を断った。緋蓮の衣服は呉郡では珍しく肌を見せず、ダボついた衣服を好んでいた。ひらひらとした振袖は動き難そうで、履いた袴は足首まで隠している。正直に言って、動き難そうだ。姉様が言うには、あれの厄介さは実際に対峙してみなければ分からない、とのことだが彼女と手合わせしても私には理解できなかった。

 そんな衣服を風に靡かせながら緋蓮は大きく息を吸い込んだ。アレが来る、と耳を伏せる。

 

「キエエエエエエアアアアアアアアーッ!!!!」

 

 まるで猿が叫ぶような声に母様が僅かに顔を顰める。

 それと同時に緋蓮は前のめりに駆け出していた。緋蓮には母様や姉様のような膂力はなく、小蓮(しゃおれん)のような嗅覚も持ち合わせていない。それを補うように緋蓮は一太刀に全身全霊を費やす。上段に構えた剣に命を注ぎ込むように、体全身を剣に見立てるように彼女の一撃は常に捨て身だった。母様の振り払われる木刀には目もくれず、少しでも深く足を踏み込ませる。そして振り抜く、後のことは何も考えない。真正面から袈裟斬りに振り抜いた一撃を母様が木剣で受け止める。両手に握る剣に全体重、全存在を乗せることだけに特化した剣技は振り抜いた後、隙だらけになるのだが――意外なことに次なる一撃で彼女が仕留められることはほとんどない。僅かに反応が遅れた母様の一撃を緋蓮は身を捩ることで躱し、しかし踏み込んだ懐から一歩も退くことなく、次なる全霊の一撃を母様に叩き込んだ。母様は片手で剣を振るうことが多い、それは姉様も一緒だった。それは、それでも充分に剣を振り回せる膂力がある為だ。しかし緋蓮は剣を両手で握る、それは体を鍛えた後も続けていることだった。子供の体とはいえ、常に全体重を乗せた一撃だ。木剣と模擬剣がかち合った時、打ち払われたのは母様の木剣だった。

 そのまま腹を裂く位置に緋蓮の刃を潰した剣が添えられる。

 

 誰もが言葉を失った瞬間だった。

 一太刀を浴びせる。それは数多の戦場を潜り抜け、誰一人とて成し遂げられなかった偉業、それを元服前の少女が達成したのだ。

 歓声は上がらなかった。誰もが唖然として、言葉を発せなかった。

 

「……よくやった、もう小娘とは呼べないな」

 

 そう言って、母様が娘の頭を撫でる。

 緋蓮は擽ったそうにしながらも、嬉しそうに頰を緩ませた。

 それから間もなくして、緋蓮は元服する。

 

 

 姓は孫、名は権。字は仲謀。真名は蓮華(れんふぁ)

 江東の狂虎と呼ばれる孫堅を母に持つ四人娘の次女――ではあるのだが、その誰もを圧倒する武勇を私は受け継ぐことができなかった。雪蓮(孫策)、つまり姉様は母様が持つ戦の素質を十二分に持っている。妹の小蓮(しゃおれん)も戦場において、流れとも呼べる機微を嗅ぎ分ける嗅覚に優れた。そして四女の緋蓮(ふぇれん)は狂っていた。姉様が武芸の才能を引き継いだのだとすれば、緋蓮は母様の気性を受け継いでいる。飛び抜けた剣の才能を持っていない分、自らを省みない捨て身の剣によって母様に一太刀を浴びせることに成功している。いつか死ぬぞ、と母様に戦い方を咎められた時、いつかは死ぬよ、と緋蓮はさっぱりと笑って答えた。

 これが姉様だけだったのであれば、持って生まれた才能が違う、と思い込むことができた。しかし緋蓮は違う、彼女は意地と気合、それに根性を加えて、更に捨て身で挑むことで私には絶対に届かないと思った母様の牙城に手を引っ掛けた。あれは私にはできない、同じ事をしようとも思わない。自分の人生を鍛え上げることだけに費やすことで辿り着ける境地であるはずで――しかし、緋蓮は意外と政務もできる。それは雷火(張紘)を以てしても口を挟まぬ程であり、「もしや何処ぞの橋の下で拾ってきたのではあるまいな?」と母様に軽口を叩くこともあるくらいだ。それほどに戦場以外での彼女は知的で温厚だった。

 どちらかといえば文官より、どちらもできるなんて卑怯だな、と思う。端的に言って狡い。

 

 近頃は姉様も政務ができるようになっている。

 雷火(らいか)に言わせると、まだまだ、のようで「緋蓮様は政務を面倒臭がったりしませんぞ」と妹を引き合いに出すことが多い。しかし母様は姉様の居ない場所で「文官じゃあるまいし、細かいことは他の奴らに任せたら良いんだよ」と笑い飛ばしたところ、その事に雷火は顰めっ面を浮かべても反論はしなかったので認められているのだと思っている。そういえば小蓮も近頃、勉強を頑張っていた。元から要領の良い子だ、やる気を出したなら直ぐに身に付けるだろう。

 そこまで考えると、人生が嫌になってくる。

 他三人と比べて、私は劣っている。母様から受け継がれたものは少なく、真面目さだけを取り柄に剣技と勉学に励んできたけども、姉様は勿論、緋蓮にも届かない。武芸だけなら既に同等の小蓮、近い将来、追い抜かれる事になるだろう。いずれ政務も追い抜かれるに違いない。そう思うと生きているのが辛くなってくる。日に日に溜息の数が増えるのを感じる。

 私の勉強に付き合ってくれている雷火も、少し休まれてはどうか? と言われる程だった。

 

 休める筈がない。

 その分だけ緋蓮との距離が空き、小蓮に追いつかれると思えば、恐ろしくて休むことなんてできなかった。

 大丈夫、と雷火に告げて、先を促した。

 

 黄巾党が呉郡北部を攻め込んできた時、私は初めて戦場に出る。

 梯子を抱えた母様には圧倒され、一人で城壁に乗り込んで門を内側から解放した姉様に格の違いを思い知らされた。なんだかもう私なんて必要ないんじゃないかなって、そう思わされてしまう程に母様と姉様は圧倒的だった。姉様がまだ一太刀も浴びせられていない母様に、一太刀を浴びせた緋蓮もまた然り、頭を撫でられて喜ぶ姉様を遠目に眺めながら家族との隔絶した距離を感じた。

 私はきっと、姉様達と同じ場所には立つ事ができない。なら裏方に回ろうと心に決めた。

 

 仕置きを終えた帰り道、母様と姉様が何かを話していたのでなんとなしに聞き耳を立てた。

 

「俺の後継は雪蓮、お前だけだ」

「あ、私、孫呉の当主を継ぐ気はないわよ」

「……なっ! てめえ、反抗期か!?」

 

 軽い調子で当主の座を断った姉様が「違うわよ」と困ったように笑ってみせた。

 

「私は当主の器じゃないのよ。将として前線で好き勝手に暴れている方が孫呉の為になるわ」

「今んとこ、俺の後継ぎはお前しか居ないだろ。まさか緋蓮とか言うつもりじゃないだろうな?」

「それこそまさかよ。嬉々として死地に身を投じる当主は母様だけで充分よ」

 

 いつも後継にするって母様が言ってたじゃない、と姉様は微笑みながら母様の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「蓮華」

 

 瞬間、姉様が何を言っているのか理解できなかった。

 

「あの子の方が私なんかよりもずっと当主向きよ」

「正気か? あれはまだ、未熟だ」

「なら長生きしてよ。私が当主になっても蓮華までの繋ぎとしか思わないから」

 

 それだけを言うと姉様は馬を走らせた。

 待ちやがれ、と怒鳴る母様に振り返らずに風のように気ままに何処ぞへと駆け抜けていった。

 正直、姉様がふざけているとしか思えなかった。

 

 どう考えても私よりも姉様の方が当主向きだ。

 

 

 



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