剣盾旅記録 (鳴神ハルキ)
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1、出会い

初投稿です。
ポケモン剣をプレイしていたらゲームでの旅を小説にしたくなる衝動と欲求に駆られ筆を執らせていただきました。

基本はゲームの流れに逆らわないつもりですがオリジナル要素も入れていきたいと思ってます。


『ポケットモンスター』縮めて『ポケモン』。

この世界に住む不思議な生き物。

空に、海に、大地に、森の中に、街の路地に、あの娘のスカートの中には流石にいないだろう。

 

ここはガラル地方、ハロンタウン。

広大な畑と沢山のウールーが暮らす牧場の町。

町はずれの森の近く、草木に囲まれた一軒家のリビングには一人の少年。その視線はテレビに映るスタジアムに注がれている。

 

 

『それではこれよりチャンピオンダンデとジムリーダーキバナによるエキシビションマッチを行います!』

『ウオオオオオオオオ!!!!』

 

 

テレビからあふれるばかりの歓声。

チャンピオンとジムリーダーによるエキシビションマッチ。ガラル地方中の人々の心をつかんで離さないその大勝負は当然少年の心もつかんで離さない。

 

『リザードン、『だいもんじ』』

『ジュラルドン、『ストーンエッジ』』

 

火の竜が空気の刃を放てばそれをものともせずに鋼鉄の竜は押し進む。鋼鉄の竜が自慢の硬さを誇る頭で突撃すれば火の竜は原子の力を呼び起こしその巨石を盾として突撃を防ぐ。

一進一退の攻防に一喜一憂させられる。少年も観客もその熱気に取り込まれていく。

そして会場の熱気が最高潮に高まったとき、

 

『いくぜリザードン!』

『荒れ狂えジュラルドン!』

 

『『ダイマックス!!!』』

 

『リザアアアアアア!!!!!』

『ジュラアアアアア!!!!!』

「ッ!!!」

 

歓声はすでに聞こえていない。少年はこぶしを握り締めその戦い、その雄姿を眼に焼き付ける。

【ダイマックス】、選ばれたトレーナーのみが使うことを許された強者の証。特殊なエネルギーによってポケモンを別次元の強さにまで引き上げるそれはまさしく奥の手。巨大化したポケモン同士によるバトルは迫力、緊張感、興奮、すべてが通常のポケモンバトルの比ではない。

 

『焼き尽くせ、『キョダイゴクエン』』

『踏みつぶせ、『キョダイゲンスイ』』

 

真のバトルはここからだといわんばかりにダイマックスしたポケモン同士による大技がぶつかり合う。

戦いはさらにその熱気を増していく。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

♪ピンポーン♪

 

「おじゃましまーす!」

 

呼び鈴の音とともにドアの開く音と元気のいい声が聞こえてくる。少年がスマートフォンから顔を上げ振り返るとちょうど声の主が入ってきた。

 

「お、アカツキ。それおニューのスマホか?」

「うん、この前発売したばかりの最新型。噂ではローブシンのパンチにも耐えられるらしいよ」

「なんだそれ、すごすぎるぞ!」

 

この少年の名前はアカツキ。数年前にこのハロンタウンに引っ越してきた12歳の少年だ。

そして入ってきた少年の名前はホップ。このハロンタウンに住む元気に手足の生えたような少年、年齢は同じく12歳。相棒のウールーと町を駆け回る姿は住民の笑顔の源である。

 

「というか、アニキのエキシビションマッチ観てたか?アニキの応援にはビシッとリザードンポーズを決めるんだぞ!」

 

そういってホップは左腕を掲げ人差し指と中指を離しながら親指を立てる。これがリザードンポーズ。人差し指と中指がその強靭な口を、立てられた親指がリザードンの立派な角を表している。現在ガラルの頂点に君臨するチャンピオンのリザードンを模した応援ポーズである。

二人が他愛もない話をしているとキッチンの方より眼鏡をかけた女性がやってくる。

 

「あらホップ君。今日は大事な日じゃないの?」

 

彼女はミズキ、アカツキの母親である。趣味のガーデニングは近所でも評判の腕前であり咲かせた花は数知れないカリスマガーデニング職人である。

 

「はい。だから走ってアカツキを呼びに来たんです」

「あれ、それって今日だっけ?」

「まったく…たまに抜けてるよなアカツキは。外で待ってるぞ、きっとアニキがプレゼントくれるからカバンは忘れるなよ」

 

お邪魔しましたー、と言ってホップは玄関から出ていく。

アカツキはスマホをポケットに戻すと自分の部屋に戻り素早く外出の支度をすすめる。

赤いポロシャツに白のニット帽子、少し古いがいい造りのカバン。カバンは父親が旅をしていた時に使っていたものである。

 

「…うん、今日もイケてるな」

 

鏡に映る自分の姿に納得の表情。この少年最近おしゃれに気を使いだした現代ボーイである。

家を出るとホップは庭でスボミーと戯れていた。このスボミーはミズキのポケモンであり庭の草木のお世話を任されている。

 

「おぉ、来たなアカツキ」

「おまたせ、構うのもほどほどにね。スボミーを怒らせないでよ」

「うっ、毒のトゲはもう勘弁だぞ」

 

このスボミーの特性は『毒のトゲ』、触れた相手を毒状態にする強力な特性である。以前ホップはスボミーが珍しいからと構いすぎた結果トゲにやられ毒を食らった過去がある。モモンの実大事。

それ以来しっかり距離の取り方を覚えたのか今はジョーロで水をあげている。気持ちよさそうに水を浴びるスボミーを見るとこっちまで気持ちよくなるなとアカツキは思った。

 

「それにしてもカバンデカすぎだぞ」

「父さんが使ってたんだこのカバン、これならどんなポケモンもらっても安心だよ」

「それもそうだな、じゃあ行くか」

 

支度を済ませた二人はダンデを迎えるために隣町のブラッシータウンへ歩き出した。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

しかしその瞬間二人を呼び止める声がする。何事かと二人が視線を向けるとそこには腕を組み仁王立ちで立ちふさがる一人の少女が。自信満々、威風堂々といったその表情の少女をこの町に住む住民で知らない者はいない。

 

「あたしを置いて何か楽しそうなこと考えてるわね。混ぜなさい」

「あ、ユウリじゃん。やっほー」

「しまった、ユウリを呼ぶの忘れてたんだぞ」

「ホップのアホ、ブラコン、ダンデさんの腰巾着」

「ぐっ、アニキの腰巾着…」

 

彼女の名前はユウリ、ホップの幼馴染でアカツキの家の隣に住んでいる。強気な性格と大胆な行動力でホップを引きずりまわすガキ大将(ジャイアン)である。

 

「それでこれから何しにいくの。ブラッシータウンに行くってことは電車でどこかに行くの?」

「今日はなんとアニキが帰ってくるんだ!それにポケモンを貰う約束してるんだぞ」

「え、それほんと!?ダンデさん帰ってくるんだ、嬉しいな~」

 

アカツキはまだダンデと会ったことはないがユウリは生まれた時から今までハロンタウン生まれハロンタウン育ち、当然ダンデとの面識もある。

ユウリも加えた三人は改めてブラッシータウンに向けて足を進めようとする。しかし、すぐ近くから何かをぶつけるような音と柵のきしむ音が聞こえてくる。

 

「ウールーだ、どうしたんだろ」

 

視線を向けるとそこには森への侵入を妨げる柵にむかって一心不乱に『たいあたり』をするウールーの姿が。

 

「おいおい、ウールーの奴柵に『たいあたり』をかましてるぞ。大丈夫か?」

「心配ないんじゃない?あそこの柵はかなり頑丈にできてるからちょっとやそっとじゃ壊れないわよ」

「あはは、ユウリならあの柵も壊せちゃいそうだね」

「二年前に半壊させた時は、ママに半殺しにされたわ」

「「えぇ…」」

 

行動力の化身ユウリ。僅か12歳ではあるがそのたぐいまれなるセンスと大人たちの目を掻い潜る周到性で大人たちを翻弄する悪ガキでもある。

 

「まあ心配しなくても大丈夫でしょ。それよりはやくダンデさんを迎えに行きましょ」

「それもそうだな。よし、ユウリにアカツキも隣町まで競争だ。そのデカいカバンでついてこれるか!」

「ホップには負けない!」

 

走りだそうと足を動かした二人だがあまりの重さに脚が持ち上がらなかった。走ろうとした反動でたまらず二人は地面に転んでしまう。何事かと二人が足に目を向けるとそこには鎖につながれた黒い球と足枷が。

 

「甘いわね、勝負は始まる前からすでに始まっているのよ」

「な、足に『くろいてっきゅう』が!」

「いつの間に着けたんだぞ!」

「あはははは、ダンデさんを迎えるのはあたしが一番になりそうね。二人仲良く地面に転がってなさい!」

 

高笑いをしながら少女は二人を置いて先に行ってしまう。とんでもない速さで小さくなっていく背中を見つめながら二人は溜息を漏らす。

 

「…相変わらず凄いねユウリは」

「ユウリの奴忘れられてたからその腹いせだな」

「あ、やっぱり?」

「あんなのに子供の頃から付き合わされてるんだ、いい加減わかるぞ」

 

ホップはあきれ気味に笑う。二人はなんとか足枷を外すとようやくブラッシータウンに向かい始めた。

二人がいなくなってからもウールーがたいあたりをする音は消えなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「科学の力ってスゲー」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

二人がブラッシータウンに到着する頃には既に駅前には人だかりができていた。その人の多さにアカツキが驚いていると既に到着していたユウリが声をかけてくる。

 

「あら遅かったわね二人とも、このまま来ないかと思ってたわ」

「ユウリィ!今日という今日はもう頭に来たぞ!おばさんに言いつけてやる」

「へ~、やれるものならやってみなさい。この前ホップが勝手に二番道路まで遠出してボコボコにやられてたのを助けてあげたのは誰だったかしら」

「ぐっ、それは言わない約束のはず」

「悔しかったら私より強くなることね」

 

食って掛かるホップを華麗に躱し逆に手痛い反撃をされる。なんだかんだでいいコンビだな、とアカツキは苦笑しながらそのやり取りを眺める。そろそろ二人を止めようかとアカツキが思案していると人だかりがワッと騒がしくなる。

 

「きゃあああ、ダンデさんこっち向いてください!」

「ダンデー、サイン頂戴!」

「お前はガラルの誇りだ!」

「ふふ、あいつも大きくなったもんだな」

 

駅からチャンピオンダンデが出てくる。常勝無敗、最強無敵、その経歴に黒星無し、公式戦無敗の男がついにその姿を現した。

初めて見るチャンピオンの姿にアカツキは言葉を失う。オーラが違う、そんな陳腐な言葉しか浮かばないほどにその男からは溢れんばかりのエネルギーが迸っていたのだった。

 

「すごい…これがチャンピオン」

 

アカツキが実物の迫力に言葉を失っているとホップが自信満々に声をかける。

 

「へへ、すごいだろうちのアニキは。」

「うん、すごいね。ほんとすごい。よくわからないけどとにかくすごいのだけはわかる」

「だろだろ!アニキはすごいんだぞ。お前やっぱり見る目があるんだな」

「はいはい、ダンデさん自慢は聞き飽きたから早く行きましょ。このままだとおばさんたちを待たせちゃうわ」

 

そうして三人は人だかりに近づく。するとダンデの声も聞こえてくる。

 

「ブラッシータウンの皆さん、チャンピオンのダンデです。これからも俺は皆さんのために最高の勝負をします」

 

「みんなもポケモンを育ててどんどんバトルしてください。そしてチャンピオンである俺に挑戦してくれ」

 

「俺の願いはガラル地方中のポケモントレーナーみんなで強くなることだからね!」

 

「リザアアアア!!!」

 

 

『わああああああああああ!!!!』

 

「生ダンデだー!」

「リザードンつよすぎぃいい!?」

「ダンデさんに憧れてポケモン勝負はじめました!」

 

「ありがとう!いつか戦えることを楽しみにしてるぜ!」

 

そう言ってダンデは自慢のリザードンポーズをとる。もはや興奮は最高潮、これがガラル最高のポケモントレーナーのなせるファンサービスである。言葉の一つ、動作の一つが人々を湧き立たせるのはダンデの持つ肩書きと人徳のなせる業だろう。

 

「アニキー!」

「ダンデさーん!」

「おぉ、ホップ!それにユウリちゃんも。世界一のチャンピオンファンたちがわざわざ迎えに来てくれたか」

 

ダンデが近づいてくると人の波がさっと引いていく。ホップとユウリは慣れたものだがアカツキはそうもいかない、ガラルで頂点のトレーナーが近づいてくるのだから緊張で喉は枯れ、手足はピンと伸び、瞬きさえできなくなってしまう。

 

「ホップ、お前背が伸びたな!ズバリ三センチ!」

「正解!さすがアニキ。無敵の観察眼だな」

「ユウリちゃんも大きくなったね。相変わらずやんちゃしてるのかな」

「先月ついにダンデさんの部屋に隠されていた本を入手しました」

「なに!?あの本を見つけたのかい。か、母さんには内緒に…」

 

チャンピオンダンデに一歩も引かない二人とは対照的にアカツキは借りてきた猫のように縮こまってしまう。しかしそんなアカツキをダンデが見逃すはずもなく声をかける。

 

「その瞳に髪の色…君がアカツキ君かい?」

「は、はいホップとユウリの友達をさせてもらってるアカツキです」

 

緊張に声が震えるアカツキ。頭はうまく働かず手足はこわばり目が回る、事前に考えていたことなどすべて吹き飛んでしまっていた。しかしそこはチャンピオン、そんなことには慣れっこなのか眉一つ動かさず手を差し出す。

 

「弟からあれこれ聞いてるぜ、カレーを作らせたらガラルで一番なんだってな」

「ホップ!?」

「ガラルで一番のトレーナーとガラルで一番のカレーのスペシャリスト。なら俺たちは対等さ」

 

差し出された手にアカツキの手は自然と伸びていく。繋がれた手は大きく、力強く、温かく、アカツキの緊張を解きほぐしていく。

 

「俺はガラル地方で最強にしてリザードン大好きな無敵のチャンピオン、人呼んで無敵のダンデだ。よろしくな!」

 

 

誰もが尊敬と羨望のまなざしを向けるチャンピオンはどこまでも底抜けに明るくまぶしい存在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主な改変点は、
エキシビションマッチはスマホではなくテレビで見ている
ホップの自宅に向かわず直接ブラッシータウンへ行く
ユウリの存在
くらいですかね。

主人公
名前 アカツキ
最近はファッションに興味が出てきている。カレー狂い。

主人公については現在これくらいしか考えてません。


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2、vsホップ

ノリと勢いで書いていると楽しいですけどまともなプロットとか考えた方がいいんでしょうか。


ブラッシータウンにてダンデとの対面を終えたアカツキ。興奮も冷めやらぬうちにホップとユウリ、ダンデの競争に巻き込まれながらも置いて行かれたダンデのリザードンに乗せてもらいまさかの逆転勝利を収めたのだった。そして現在はホップの家の庭でダンデのプレゼントを前に待機を命じられている。。

 

「アニキ、どんなポケモンをくれるのかな。すごくワクワクするぞ」

 

今かいまかと鼻息を荒くするホップ、興奮が抑えきれないのかバトルフィールドを駆け回る。

 

「まあダンデさんのくれるポケモンなら心配はないわね。きっとすっごく強くて可愛いポケモンに決まってるわ」

 

冷静なようで言葉の節々に期待の隠しきれていないユウリ、今日はいつものいたずら癖はナリを潜めおとなしくしている。

 

「………」

 

そして静かに黙り込んでいるアカツキ。

 

「どうしたアカツキ、さっきから黙ってて具合でも悪いか?」

「そうよ、こんなめでたい日に何か不備があるなんて許されないわ。この『ばんのうごな』でも飲んでおきなさい」

 

そういってユウリはカバンから紙に包まれた薬を取り出す。

『ばんのうごな』、それはどんな状態異常でもたちどころに治してしまうという漢方薬。しかし大型のポケモンですら見ただけで顔をしかめるほどの苦さをほこるその薬は使いすぎるとなつき度が下がると評判だ。

 

「体調は大丈夫だよ、だからその薬はしまってくださいお願いします。いや俺自分のポケモンって初めてでさ、楽しみな反面どうやって接したら良いか心配なんだ」

 

「なんだそんなことか。でも俺も初めてウールーを貰った時は興奮したからその気持ちわかるぞ」

 

うんうんと首を縦に振るホップ。すると何かを思いついたのかユウリはカバンを漁り始め一つの鈴を取り出した。

 

「ならアカツキにはこれをあげるわ」

「これは?」

「『やすらぎのすず』よ、これを持ってればポケモンと早く仲良くなれるらしいわ」

 

そういって鈴をひょいと投げる。慌ててアカツキが鈴をキャッチすると「チリン♪」と静かな音色が響き渡る。『やすらぎのすず』の音色は聴くものを落ち着かせポケモンとの絆を円滑に深めることができるという、その音色はアカツキの浮き立つ気持ちと不安を和らげてくれる。

 

「…ありがとうユウリ。ちょっと落ち着けたかな。でもこんなもの貰っていいの?」

「気にしなくていいわそれあたしが作ったものだし」

「何というか、ほんとう…ユウリの手先の器用さには感服するよ」

 

ふふん、と自慢げに語るユウリを感心したようなあきれるような目で見つめるアカツキはもう一度鈴の音に耳を傾ける。その静かな音色は心に安らぎを取り戻してくれる、製作者とは正反対だなという言葉は胸に仕舞った。

 

「遅れてすまない、やっぱり自宅では少し気が抜けてしまうな」

 

そうしているとダンデがやってきた。彼もまだ二十代、チャンピオンとして十分な強さと風格を漂わせているが自宅に帰り家族と過ごしているうちはチャンピオンではなくただのダンデなのだ。

 

「アニキ!プレゼントは!俺とユウリとアカツキにポケモンくれるんだろ!」

「落ち着け落ち着け、ちゃんと全員の分用意してあるから」

 

興奮の隠しきれないホップをドウドウと落ち着かせるとダンデは腰から三つのモンスターボールを取り出した。

 

「さあ、最強のチャンピオンから最高の贈り物だ」

 

「よく見ておけよ、最高のポケモンたちによる最高のアピールタイムだ!!!」

 

空を舞う三つのモンスターボールが綺麗な放物線を描き地面と接触する。すると中から三匹のポケモンが元気よく飛び出した。ポケモン達は飛び出すと同時に広大な庭に散り散りになっていく。

 

「草のポケモン、サルノリ!」

サルノリはある程度周りを見渡した後庭で一番大きな木に向かっていく、サルという名前に恥じぬ軽い身のこなしでスルスルと苦も無く木を登っていく。

 

「炎のポケモン、ヒバニー!」

ヒバニーは一心不乱にバトルフィールドを駆け回る。ヒバニーの足の裏は高温を発しており通った後には焦げ跡が残っている。

 

「水のポケモン、メッソン!」

そしてメッソンはサルノリの登っている木のすぐ傍にある池に向かって一目散にダイブ。気持ちよさそうにプカプカと浮いて遊んでいる。

 

三人は初めて見るポケモン達を夢中になって眺める。ちなみにメッソンの吐いた水がヒバニーに当たり庭中を疾走、飛び跳ねた拍子に木の上で遊んでいたサルノリに直撃しついでにきのみが落下、池に落ちてきたきのみに驚いたメッソンが泣き出してしまうというひと悶着があった。

 

「オーケー、みんな集まってくれ」

 

ひとしきりのアピールが終わったところでダンデの号令に従い三匹が三人の前まで集まってくる。

 

「さあ、だれを選ぶんだ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

三人で協議しあった結果まだポケモンを持っていないアカツキが最初に、二番目を決める壮絶なじゃんけんの結果ユウリが二番目に、ホップが最後に選ぶという順番に決まった。

 

「最初のポケモンは大事だからな。俺にはウールーがいるし先に選んでいいぞ」

「あたしにもヤミちゃんがいるから最初は譲ってあげる」

 

そんな友人たちに感謝しながらアカツキはポケモン達と向き合う。ポケモン達もアカツキをじっと見つめている。

誰を選ぶかしばらく迷っていると、ふとメッソンと目が合う。水辺で遊んでいるときの朗らかな笑顔、きのみに驚いて泣き出してしまった時の泣き顔、そして今選ばれるのかどうかと期待と不安がごちゃ混ぜになった顔。コロコロと変わるその表情が妙に頭から離れない。気がつくとアカツキはメッソンの前に膝をつき手を差し出している。

 

「俺と…来てくれないか?」

 

差し伸べてから気づく。初めてのポケモン、初めての選択、初めてだらけのことを前にして悪い想像がよぎる。もしかしたらこの手をはねのけられるかもしれない、そんなもしもを想像したアカツキは不安からつい目を瞑ってしまった。するとメッソンはなにを思いついたのか伸ばした手をすり抜けアカツキの腰近くまで移動するとその腰に掛けられた鈴を鳴らす。その音色にハッとなったアカツキが目を開くと自分の腰あたりで心地よさげにしているメッソンが視界に映る。メッソンもアカツキに気づくと自慢の健脚を活かして顔に飛びつく。

 

「わわ、わぷ。ちょ、ちょっとメッソン?」

 

アカツキは突然のことにたまらず倒れこんでしまう。冷たくひんやりしたメッソンの体は知恵熱で熱くなったアカツキを冷やしてくれる。心地いいなと思いながらふと目線をあげるとにやにやしたユウリとホップが見ている。

 

「あらあら、なかなか大胆ねアカツキ。告白みたいだったわよ」

「すごいぞ!やっぱりアカツキにはポケモンに好かれる才能があるんだな!」

「ちょっとユウリ、冷やかさないでくれ。俺だって真剣だったんだからさ」

「はいはい。まあこの分なら心配はなさそうね、いいコンビじゃない」

 

クスクスと笑うユウリを尻目に立ち上がると肩に移動したメッソンと目があう。

 

「改めて、俺でいいか?」

 

「メソッ!」

 

メッソンは強くうなづくと再びアカツキの顔に飛びつく。その様子を見ながらホップとユウリとダンデは笑っていた。

その後はユウリがサルノリを、ホップはヒバニーを選んだ。

サルノリはユウリのカバンに入っている色々な道具に目を輝かせユウリはそんなサルノリを見て目を光らせる。あれは絶対にろくでもないことを考えていると三人は直感した。

ヒバニーはホップとよく気が合ったのか一緒になって庭を駆け回っている。これほど似た者同士という言葉が似合うトレーナーとポケモンも珍しいだろう。

しばらくポケモン達と遊んだ後、アカツキの母親であるミズキやユウリの家族も参加したバーベキューパーティーを行った。星空の元、新米トレーナーたちは新しいパートナーと絆を育みながら夜を明かした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

翌日、ダンデに呼び出されたユウリとアカツキはホップの家に集まる。庭ではすでにホップとダンデ、そしてウールーとヒバニーが待っていた。

 

「来たな、さっそくだが三人にはポケモン勝負をしてもらう」

「急ですねダンデさん」

「いいじゃない、あたしもサルちゃんと一緒にバトルしたいわ。というかするわ早く準備しなさい」

「俺とウールーたちはもう準備万端だぞ!」

 

即断即決、こうと決めた時のユウリの行動は早い。サルノリとヤミラミをモンスターボールから出すとバトルに向けてストレッチを始める。あわててアカツキもメッソンを出すと、ひとしきりのストレッチを終える。バトルフィールドに集まるとダンデが激励の言葉を飛ばす。

 

 

「相棒のポケモンと長い夜を過ごしたんだ。大事なパートナーへの愛情と理解は深まったよな」

 

「いいか、ポケモントレーナー!自分とポケモンを信じろ!」

 

「お互いを信じあい、戦い続けて、いつか、」

 

 

「無敵のチャンピオンである俺のライバルとなれ!」

 

 

風が吹き、空気が震える。力強いその言葉にアカツキは胸が熱くなる。俺がチャンピオンのライバルに?そう考えるとさらに熱い何かが胸の中に灯った気がした。

 

「なんだよ!アニキと戦うのは俺だぞ!」

「…いいや、チャンピオンを倒すのはこの俺だ!」

「そうよ、ダンデさんを倒してガラルの頂点に君臨するのはこのあたしよ!」

「ははは、言うなポケモントレーナー。なら、今ここで自分たちの力を示してみろ!」

 

 

バトルフィールドに二人のトレーナーが向かい合う、初戦はアカツキ対ホップ。アカツキからすれば初めてのポケモンバトル、数でも経験でもあちらが上と不利は揺るがない。しかし、今は不思議と高揚感が勝っている。ドキドキが、ワクワクが収まらない。こんな感覚は久しぶりだな、と思うアカツキにホップが声をかける。

 

「アカツキ!今日からお前も俺のライバルだ!」

「うん!ありがとう!」

「俺はアニキの試合を欠かさず見ている!アニキの置いて行った本や雑誌もすべて読んだ!つまり、どうすれば勝てるかわかっている!」

 

そう宣言しホップはモンスターボールを取り出しバシッという小気味の良い音を響かせる。勢い良く振りかぶり投げ出されたモンスターボールからは白いもこもこしたポケモンが現れた。

 

「最初はウールーか…」

 

出てきたのは羊ポケモンのウールー、ホップの以前からの相棒だ。いつも以上に気合の入っていることを確認しながらアカツキもメッソンを繰り出す。

お互いにらみ合いが続いた結果先に動いたのはメッソンとアカツキだった。

 

「メッソン、『はたく』」

 

指示を聞き勢いよく飛び出したメッソンはウールーへと突進する。その場から微動だにしないウールーに疑問を感じながら勢いのついた手をウールーへと叩きつけた。

 

「やった!」

 

攻撃が当たり嬉しさを前面に出すアカツキ、メッソンも決まったと思ったのかにやりと口角をあげる。しかし、その余裕は一瞬で崩れる。叩きつけたメッソンの手はウールーの厚い羊毛に阻まれていたのだ。

 

「無駄だぞ!俺のウールーの特性は『もふもふ』、生半可な技はウールーには届かないぞ!『たいあたり』」

 

それを待っていた、とばかりにホップはウールーへと指示をとばす。ゼロ距離で放たれた『たいあたり』を受けたメッソンは吹き飛ばされてしまう。

 

「メッソン!」

 

「メソ!」

 

何とか空中で態勢を整え着地するメッソン。しかしまともに『たいあたり』を食らったせいか大きく顔をしかめている。

 

「ウールーは受けるのが得意なポケモン、攻撃を受け止めてからの反撃が得意なんだぞ」

 

「ウ~」

 

自信満々に声を張り上げるホップとウールー。自分たちの強みをしっかりと理解したその戦法にアカツキは身震いする。これがポケモンバトル、トレーナーとポケモンが一つになるとはこういうことかと思うと同時に自分の未熟さを痛感する。それを隙と判断したのかホップは畳み掛ける。

 

「ウールー、もう一度『たいあたり』」

 

先ほどとは打って変わり果敢に攻めてくるウールーに対してバトル初心者なアカツキは変化する状況に対応できずにいる。ひとまず自力で『たいあたり』を回避したメッソンは茫然としている自分のパートナーに向け指示をくれ!と激を飛ばす。

 

「…ッ!メッソン、『みずでっぽう』」

 

とっさに出した指示に従い水を吐き出す。勢いのついたそれは攻撃後で隙ができていたウールーへと直撃する。正面から水を浴びたウールーはたまらずトレーナーの元へと引き返していく。

 

「やるなアカツキ!でも次からはそうはいかないぞ、『まるくなる』」

 

ブルブルと水を払ったウールーは体を丸め羊毛にクルマってしまう。完全防御態勢に入ったウールーにまたもやアカツキの思考は停止する。直接攻撃は効かず水によるも今のウールーにはまともに通用しない、出せる手はないのかと考え込むアカツキに外野から声が飛んでくる。

 

「アカツキ、バトルするならちゃんと自分のポケモンの技くらい確認しときなさい」

 

ユウリの声にハッとする、メッソンには攻撃技以外にあと一つ技があることを思い出したアカツキは再びメッソンに指示を出す。

 

「メッソン、攻撃は無しだ。ひとまずウールーの近くまで近づいてくれ!」

 

パートナーの指示に従い接近しすぎない程度に距離を詰める。ウールーは丸くなったまま微動だにしない、完全に待ちの体制だ。唯一羊毛の生えていない顔も隠してしまっているのでこれでは手の出しようがないとメッソンが考えていると思いもよらない指示がとんでくる。

 

「出てこないなら引きずり出すんだ、耳元まで接近して『なきごえ』」

 

そう、いかに頭を隠したところでトレーナーの指示を聞くための耳はむき出しになっている。なるほどと感心したメッソンは一息で距離を詰めるとその大きな耳に『なきごえ』を叩きつけた。

 

「ンメェェェエ!!!」

 

突然の大声量にウールーはたまらず『まるくなる』を解除してしまう。しかし既にメッソンは耳の先まで接近している。

 

「ウールー!避けろ!」

「遅い!顔に向かって連続で『はたく』」

 

ホップの指示もむなしく羊毛に囲まれていない顔面に向けて大きく振りかぶられた手が叩きつけられる。かくして3発もの『はたく』まともに食らってしまったウールーは目を回してしまう。

 

「ウールー、戦闘不能。メッソンの勝ち!」

 

ダンデによって勝敗が宣言される。初めてのバトルに勝利したアカツキは大きく手を広げメッソンを抱きしめる。

 

「やったなメッソン!」

 

「メッソ!」

 

抱きしめられ、当然だと声を張り上げるメッソン。初めての勝利に興奮した彼らとは対照的にホップは倒れているウールーの元に駆け寄る。

 

「ごめんな、俺の判断ミスだゆっくり休んでくれ」

 

いたわりの言葉とともにモンスターボールへと戻したホップはアカツキを見つめる。初めての戦い、有利なのは確かに自分だったはずだ。しかし結果はアカツキの指示によって敗北、相棒を負けさせてしまった。それはひとえに油断、相手を押していたことと経験の差からくる慢心であった。ホップは自分の頬を強くたたく。もう油断はしないと喝を入れたホップがもう一つのボールを構える。

 

「俺にはもう一体相棒がいる!次こそは負けないぞ!」

「うん、来い!」

 

モンスターボールからヒバニーが飛び出してくる。先ほどのウールー戦とは変わりホップはすぐさま指示を出す。

 

「ヒバニー、『たいあたり』」

 

「ヒバっ!」

 

速い!そうアカツキが思った時にはヒバニーの『たいあたり』がメッソンをとらえていた。またしても直撃を食らったメッソンは今度は態勢を直せず地面に倒れてしまう。

 

「メッソン!」

「へへ、どうだアカツキ。ヒバニーの自慢のスピードは」

 

「ヒバヒバ!」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ね挑発をするヒバニー。ウールーよりも断然速いことを確認しメッソンにまだ戦えるかを確認すると元気よく立ち上がる。まだまだいける、と伝えてくる相棒を信じ次はこっちからだと指示をとばす。

 

「メッソン、『みずでっぽう』」

 

炎タイプには水タイプの技が効果は抜群、タイプ相性にのっとった堅実な指示をとばすとノータイムで技を放つ。さすがに相手も警戒していたのか技は回避される。

 

「タイプによる有利不利を既にわかってるのか!?」

「さすがにね、だから強気でいかせてもらうよ『みずでっぽう』」

「ジャンプして躱すんだ!」

 

間髪入れず放たれた『みずでっぽう』を軽々と飛び越えて躱す。脚力の強いヒバニーならではの回避方法にメッソンも舌を巻く。

 

「今度はこっちから行くぞ、『ひのこ』」

 

近づくのは危険と判断したのかホップも遠距離技で攻撃にかかる。連続で技を使い疲労していたメッソンに『ひのこ』が当たる。効果がいまひとつとはいえウールーとの戦闘による疲労も蓄積したメッソンがついには膝をついてしまう。絶好の機会を前にしてホップはとどめとばかりに指示する。

 

「これで終わりにするぞ。ヒバニー、全力で『たいあたり』だ!」

 

完全な隙を見せたメッソンにヒバニーが襲い掛かる、ヒバニーの足裏が過熱しさきほどよりもさらに速度を増す。ここまでかと誰もが諦めた時メッソンの体が青く光りだした。

 

「なんだ、この光は!」

 

青く光りだしたメッソンが腕を支えにしながらもなんとか立ち上がる。その目はまだ勝負をあきらめてはいないようだ。

 

「ダンデさん、あれはいったい?」

「あれは『げきりゅう』、ピンチに陥った時に発動するメッソンの特性だ。今のメッソンは水タイプの技が強力になっているぞ」

 

「考えろ、何か…なにか策はないのか」

 

土壇場で『げきりゅう』を発動させたメッソンの姿に感化されたアカツキも思考をフル回転させる。メッソンがなんとか立ち上がったとはいえその足が限界に近いことは確か、もはや動くことは困難であろう。そして加速した今のヒバニーに『みずでっぽう』を当てるのことも至難の業である。経験の少ないアカツキではこの状況を打破するほどの案が瞬時には浮かばない。万事休すかとヒバニーの姿を見つめていると先ほどのヒバニーの動きが思い出される、二発目の『みずでっぽう』を軽々と躱していたあの姿が。

 

「ッ!メッソン、『みずでっぽう』」

「させるか!躱せヒバニー!」

「ヒバニーにじゃない地面に向かって打つんだ!ジャンプして躱せ!」

「!?」

 

『げきりゅう』で強化された『みずでっぽう』が地面に向けて放たれる。水流の勢いに押され空を飛ぶメッソン、突然対象を見失ったヒバニーは急激なブレーキをかけようとするがもう遅い。上空に跳んだメッソンからすればそれは大きな隙、最後の一撃を放つために大きく空気を吸い込み力を溜める。

 

「いけぇ!『みっずでっぽう』」

 

「メッッッ、ソオオオ!」

 

メッソンの口から激流が解き放たれる。『げきりゅう』の力をすべて込めた『みずでっぽう』はヒバニーを飲み込むとすべてを押し流していく。

 

「ヒバニー!」

 

メッソンが地面に着地すると同時にヒバニーは激流から解放される。ホップがヒバニーに駆け寄ると既にヒバニーは大きく目を回して気絶していた。

 

「ヒバニー、戦闘不能。よってこの勝負アカツキの勝ち!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

戦闘が終わりポケモンを回復させるために一時休憩に入ってからもアカツキはしばらく放心状態だった。怒涛の展開がアカツキのキャパシティをオーバーしてしまったようだ。ソファーに座りボーとしているアカツキにホップが声をかける。

 

「おい、お~いアカツキ返事しろ~」

「っは!あれ、ポケモン勝負は!?どっちが勝ったんだっけ!?」

「落ち着け落ち着け、勝ったのはお前とメッソンだ」

「あ、はは。そうだったっけ」

「そ、今はポケモンを回復させてる。俺の相棒もお前のメッソンも休憩中だぞ」

 

ホップはアカツキの隣に座り込みバトルの後の顛末を語る。ダンデが追加の回復アイテムを買いに行こうとしたらしいがホップとユウリが断固拒否、どうやらダンデは極度の方向音痴だという。結果ユウリが自宅から持ち寄った薬とダンデがあらかじめ用意していたアイテムにより今はもう回復しているという。話がひと段落するとホップは不貞腐れたような表情へと変わる。

 

「俺には二匹もポケモンがいたのにお前に負けちまった、強すぎだぞお前とメッソン」

「俺もいっぱいいっぱいでさ、最後の方はよく覚えてないや」

「まったく、あんなスゲーバトルしたのに覚えてないとか抜けすぎにもほどがあるぞ。このこの」

 

ハハハと笑うアカツキをホップが捕まえげんこつでぐりぐりする、俗にいうげんこつドリルである。痛い痛いと言いながら戯れるその姿は先ほどまでの激闘が嘘のようだ。ようやくアカツキが解放されると気分が晴れたのかニカっと笑ったホップが手を差し出すとアカツキもその手を握り返す。

 

「今回は負けたけど、次はもう負けないぞ」

「次も俺とメッソンが勝つよ」

 

握ったその手は戦う前よりも強く結ばれている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょおっっと!あたしを抜きにしてなに青春っぽいことしてるのよ!」

「おお、ユウリいたの」

「全然気づかなかったぞ」

「ムキー!誰があんたたちのポケモンの治療をしたと思ってんのよ!」

「「すいません、本当にありがとうございます!」」

 

治療から帰ってきたユウリに速攻で土下座を決める二人。よろしい、とさっきまで二人が座っていたソファーをユウリが独占しふんぞり返る。

 

「それにしても二人ともいい勝負だったわよ。ついあたしも熱くなっちゃったわ」

 

二人のバトルを称賛するユウリ、そしてその目がアカツキを捉えた途端アカツキは蛇ににらまれたカエルのように悪寒に襲われる。

 

 

「次のバトル、楽しみにしてるわよ」

 

 

ハロンタウンイチの悪ガキ、ユウリとのバトルが今始まる。

 

 

 

 

 




名前、ユウリ。
見た目はデフォルト女主人公、常に大量の道具を持ち歩いている。


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3、vsユウリ

バトルがあっさりしすぎかと思いますがまだまだポケモン達のレベルが低いからだということでご容赦ください。


人生初のポケモンバトルを見事白星で終えたアカツキとメッソン、次に立ちはだかるはハロンのガキ大将(ジャイアン)ことユウリ。再びバトルフィールドのある庭に戻ると既にダンデとリザードンがバトルの準備を終えていた。

 

「アカツキ君、いい勝負だったぜ。俺もついリザードンと参加するところだったよ」

「ありがとうございます!」

 

「リザァアア!」

「メ…メソォ…」

 

ホップとのバトルを称賛するダンデ、まだまだ未熟なれどアカツキとメッソンのバトルになにかしら光るところを見つけたようだ。リザードンもメッソンの戦いを称賛するが王者の貫禄を放つリザードンにたじたじのようだ。

 

「ちょっとアカツキ~、ダンデさ~ん、あたし早くバトルしたいんですけど~」

「おっとすまないユウリちゃん。じゃあ次のバトルにも期待しているよアカツキ君」

 

期待している、とアカツキの肩強くたたくと審判をしにバトルフィールドを出ていくダンデ。無敵のチャンピオンに褒められたことでアカツキもつい頬が緩んでしまうがなんとか持ち直す。次の相手はユウリ、ホップ以上に油断のならない相手だということを認識しアカツキは気持ちを切り替える。

 

「いくわよ、サルちゃん!」

 

「ウッキ!」

 

ユウリの投げ出したボールからはこざるポケモンのサルノリが現れる。草タイプのサルノリはメッソンとは相性が悪いなと思うが他のポケモンを持ち合わせていないアカツキはメッソンを繰り出す。サルノリは手に持った木の枝で地面を叩いてメッソンを威嚇するが可愛いだけだ。

 

「サルちゃん可愛い~!『たいあたり』」

「ッ躱せ!」

 

そんな様子をスマホで撮っていたユウリがさっそく指示をとばす。不意を突かれる形となった『たいあたり』だがなんとかメッソンは躱す。

ふざけているようでふざけていない、ふざけていないようでふざけているユウリには油断も隙も無いと承知していたアカツキだからこそ指示を出せた。これがアカツキと同じバトル初心者だったならスルリと出された指示に反応できず直撃を食らっていただろう。

 

「あら、案外騙されないわね」

「そりゃあ毎日君の行動を見ていればね、警戒するよ」

「まあそうこなきゃこっちも面白くないわ、サルちゃん『えだづき』」

 

再びの指示にサルノリは持っていた木の枝を構えると走りだす。サル特有の身軽な移動法にかく乱されたメッソンは躱すことができずにサルノリの『えだづき』がヒットしてしまう。

 

「メッソン、大丈夫か!」

 

『えだづき』は水タイプに効果抜群な草タイプの技、そのダメージはホップ戦でくらった『たいあたり』や『ひのこ』の比ではない。メッソンはなんとか立ち上がるがかなりのダメージを食らってしまったようだ。

 

「今度はこっちからだ、『みずでっぽう』」

 

メッソンの放った『みずでっぽう』がサルノリを直撃する。効果はいまひとつとはいえ無事では済まない。

ならばとアカツキは連続で『みずでっぽう』を指示する。『たいあたり』や『えだづき』は近くにまで接近しなければ攻撃を当てられない技だということを見抜いたアカツキは遠距離攻撃主体の戦闘に切り替える。立て続けに放たれる水の弾幕にさしものユウリとサルノリもうかつに近づけない。

 

「やるわねアカツキ!」

「ホップとのバトルで学んだんだ!バトルはタイプの相性だけじゃない、ポケモンのスタイルに合わせた戦闘もあるんだってことを」

 

メッソンの『みずでっぽう』を躱しながら冷静に分析をするユウリ。こちらには確かに遠距離攻撃のための技はない。しかし、忘れてはいないだろうかサルノリにもほかのポケモンにはない武器が存在することを。

 

「サルちゃん、枝投げて!」

 

「ウッキ、キー!」

 

遠距離技はなくともサルノリには常に持ち歩いている木の枝が存在する。完璧なコントロールで投げられた枝は水の弾幕を貫きその先のメッソンを捉える。予想していなかった遠距離攻撃手段にアカツキもメッソンも驚きを隠せず水の弾幕は途切れてしまう。そんな隙を見逃さずユウリは一気に畳みかけにかかる。

 

「サルちゃん、『えだづき』」

 

投げられ、ブーメランのように帰ってきた枝をつかみなおしたサルノリは再びメッソンに接近する。

 

「く、迎え撃つよ『はたく』」

 

近接には近接、避けられないと判断したアカツキは『はたく』によるカウンターを狙う。

二つの技がぶつかり合い、相殺される。まさか不利な相性の技に飛び込んでくるとは思わなかったのかサルノリはぶつかった衝撃により枝を手放してしまう。その隙を見逃さなかったメッソンは『はたく』を放ったのとは逆のもう片方の手で『はたく』を繰り出す。顔面に『はたく』の直撃をくらったサルノリはたまらず吹き飛ばされ目を回してしまう。

 

「サルノリ、戦闘不能。メッソンの勝ち!」

 

「いいぞメッソン!」

 

何とか勝ちをもぎ取ったメッソンにアカツキは称賛の声をかける。事実、今の攻防はアカツキの指示に加えて技がぶつかった後にすぐさま自分の意志で『はたく』を使ったメッソンのおかげによるものだ。当然だ、とばかりに胸を張るメッソンだが『えだづき』を受け止めた右腕はまだしびれが取れていない様子だった。

 

「やるわね、特に今のメッソンには驚かされたわ。でもあたしにはまだ真打が残されてるのよ!行きなさい、ヤミちゃん!」

 

サルノリをボールに戻すと新しいボールを取り出す。そのモンスターボールではない緑と黒に彩られたダークボールから出てきたのはくらやみポケモンのヤミラミ。いたずらが大好きなヤミラミとユウリが手を組んだ時はハロンタウン中の大人が震えあがったものだ。

 

「先に動かれたらまずい、『みずでっぽう』」

 

ヤミラミは特殊なポケモンである、好きに動かれれば敗北は免れないと考えたアカツキは速攻にかかる。しかしユウリはにやりと笑みを浮かべると遅れながらも指示をだした。

 

「ヤミちゃん、『あやしいひかり』」

 

「ヤーミー」

 

メッソンが『みずでっぽう』を放つより早くヤミラミの『あやしいひかり』がメッソンを包み込む。怪しげな光にたまらず目を隠したアカツキが次に目を開いた時、メッソンは目を回しながら自分の頭を地面にぶつけていた。

 

「どうしたんだ、しっかりするんだ!」

「無駄よ、今のメッソンは混乱状態。自分も敵も分からない状態になってるわ」

「そんな、メッソンの方がはやく技を準備していたのに…」

「あたしのヤミちゃんの特性は『いたずらごころ』、状態を変化させる技を必ず先制させることができるのよ」

 

わけもわからず自分を自分を傷つける今のメッソンにアカツキの声は届いていない。ヤミラミがその様子を見てケタケタと笑う、まさしくいたずらが成功した時のいたずら小僧そのものだ。

 

「こうなったらもうおしまいね。ヤミちゃん、『ナイトヘッド』」

 

ヤミラミの目が赤く輝くとそこから黒い光が放たれる。避けることもかなわずそれに直撃すると小さな爆発が起こる、砂埃が晴れるとメッソンは目を回していた。

 

「メッソン戦闘不能、ヤミラミの勝ち。よってこの勝負ユウリの勝ち!」

 

「まあ、当然の結果ね!」

「いや、ユウリも一体負けてるじゃん」

「うるさいわよ、負け犬腰巾着」

「ぐはっ、負け犬腰巾着…」

 

勝負に勝ったユウリはついでにヤジを飛ばしたホップも戦闘不能に追い込んだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「………それでね、こうやって『きずぐすり』を染み込ませた包帯を巻いておくと普通に浮き掛けるよりも治りがよくなるわ」

「…へぇ、『きずぐすり』って吹きかけるだけじゃないんだね。でもこんなに少量でいいの、もっと使った方が早く良くなるんじゃない?」

「元がスプレータイプの薬なのよ、少量でも良くなるようにできてるの。使いすぎは人間にとってもポケモンにとっても毒よ」

「なるほど」

 

戦闘不能になったメッソンを抱えたアカツキは治療のためホップの家に戻る。

先ほど相棒のメッソンの傷口に多量の塗り薬を塗り付け人を殺せるような視線を受けたアカツキはおとなしくユウリの治療を見ている、メッソンはまだ染みているのか目に涙を浮かべている。

 

「はい、これで終わり。ちゃっちゃとよくなりなさい!」

 

ユウリは包帯を巻いたメッソンの右手をバシンと叩く。バトルではサルノリの攻撃を受け止め、先ほどはパートナーから薬を塗られ染みていた右手は悲鳴を上げメッソン本人も悲鳴を上げてしまう。

 

「あちゃー泣いちゃった。ほらご主人様、何とかするする」

「ええ、俺が!!?」

 

泣きわめくメッソンをアカツキに押し付けるとユウリとホップは次のバトルのため庭へと出て行ってしまった。

メッソンをあやしながらアピールタイムの時にも泣いていたなと思いアカツキは苦笑する。バトルでは頼りになる相棒だが意外と泣き虫なのだろうかと思うと愛しさが溢れてくる、これが…愛?いいえギャップ萌えです。

しばらく泣いていたメッソンだがポケモンバトルによる疲労と疲れからアカツキの腕の中で眠ってしまう。メッソンを起こさないようにモンスターボールへ戻すと二人のバトルを見るため庭へと足を進める。

 

 

ホップとユウリの戦いは終盤に差し掛かっている。ホップはウールーを失い、ユウリはサルノリが戦闘不能となり既にヒバニーとヤミラミによる一騎打ちが行われている。どちらも体のいたるところに傷がつき大きく息を荒げていてどちらが倒れてもおかしくはない。

 

「ヤミちゃん、『あやしいひかり』」

「食らうか、もう一度ジャンプして避けろ!」

「きた!そこで跳ぶのは予測済みよ、『かげうち』」

 

ヤミラミの『あやしいひかり』がヒバニーを襲うが跳躍することで躱す。しかしそれを予測していたユウリによる『かげうち』、突如ヤミラミが消えたかと思うとヒバニーの影の中からヤミラミが襲い掛かる。空中で避けることのできなかったヒバニーは抗うことができず倒れてしまう。

 

「ヒバニー、戦闘不能。よってこの勝負ユウリの勝ち!」

 

「アカツキに続いてユウリにも負けてしまったぞ」

「ふふん、当然の結果ね」

 

「ホップもユウリちゃんもいいバトルだったぞ」

「お疲れ様、最後だけだけど見てたよ。すごかったね」

「今の俺は惨めな負け犬…賞賛は不要だぞ」

「そうよ、負け犬なんて放っておいてあたしを称えなさい!」

「なんだと!」

「なによ!」

 

グギギギと互いににらみ合うホップとユウリ。本当にこの二人は仲がいいのか悪いのかとアカツキがクスりと笑うと同じように口に笑みを浮かべているダンデと目が合った、たまらず二人は吹き出してしま。庭にはいがみ合う二人と笑いあう二人の声が響き渡るのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「三人ともナイスファイトだった、どの勝負も思わずリザードンと参加しそうになるくらいだったぜ」

 

ポケモン達を休憩させているとダンデが全員を集めて褒め称える。実際、二人は経験があるとはいえ一人は完全にポケモンバトル初心者だった。しかし二人との戦いでアカツキはぐんぐんとバトルの腕をあげていった。これは二人も同感だと頷いた。知らぬは本人ばかりである。

 

「なあアニキ、俺もっともっと強くなりたい。だからポケモンジムに挑ませてくれ!」

「なるほど。ガラル地方最大のイベント『ジムチャレンジ』に参加したい、そういうことだな?」

「そうだ、ジムチャレンジ!俺もアニキみたいにジムチャレンジに参加したいんだ!」

 

『ジムチャレンジ』、それはガラル地方で一年に一回行われる戦いの祭典。ガラル地方各地に存在するプロジムリーダー八人に勝利し八個のジムバッジを手にしたものだけがチャンピオンと戦える『チャンピオンカップ』への挑戦状を手にすることができるのだ。ガラル地方中を巻き込んだこのお祭りはもちろんアカツキも知っている。しかしこのジムチャレンジは各地のプロジムリーダーなどの実力者や著名人に推薦された一部のトレーナーにしか参加することができない。

 

「わかった」

「本当か!やったぞ!」

「だが、そのためには条件がある。ユウリちゃんはもう心配いらないと思うがホップとアカツキはもっとポケモンに詳しくなるんだ」

「ポケモンに詳しく…ですか?」

「そうだ、そのためにもまずはポケモン図鑑を手に入れるんだ」

 

ポケモン図鑑とはポケモンの情報を自動的に手に入れそのポケモンの強さやタイプなどを見ることができるポケモントレーナーの必須アイテムである。当然ポケモンを貰いたてのアカツキとホップはまだ持っていない。

 

「ユウリちゃんは少し前に博士から図鑑を貰っている、だから参加の資格は十分だ」

「よし、ポケモン図鑑を貰うならポケモン研究所だな!」

「そのノリだホップ、博士にはこちらから伝えておくよ」

「よし、さっそく隣町まで競争だぞアカツキ!」

 

話を聞き終わると早速家を飛び出そうとするホップの襟首をユウリが掴んで止める。ぐぇ、とカエルがつぶされた時のような声をあげるホップ。

 

「はい、ちゃんとおばさんに伝えてから行きなさい」

「ぐ、いつも大人に隠れて色々やってる癖に…」

「あたしは敢えて言わないだけよ、悪戯するのを吹聴する馬鹿がどこにいるのよ。ほら、アカツキもおばさんに伝えてきなさい」

「わ、わかった」

 

 

こうしてアカツキの長い冒険の第一ページは幕を閉じたのだった。



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4、まどろみの森

人生初のポケモンバトルを終えたアカツキ。ダンデから『ジムチャレンジ』の推薦を受けるために次なる目標としてポケモン図鑑の入手を言い渡される。

 

「よし、俺はカーちゃんに伝え終わったぞ。次はアカツキのおばさんにだな」

 

小さな町なのでアカツキの家まですぐだと歩いて向かう途中ドカーンと何かの壊れる音がした。三人が急いで家に向かうと町から森へと続く道に作られていた柵が壊されていた。

 

「どうしてこんな…もしかして昨日のウールー?」

「あいつ昨日『たいあたり』してたもんな、まさか中に入ってったのか」

 

派手に壊された柵には何度も叩かれたような跡ができている。

 

「この柵を壊すなんて…一晩中『たいあたり』してたのかしら」

「それより不味いぞ、この先の森は誰であろうと入っちゃいけないんだ。前に森に入った博士の孫がひどい目にあったって話だ」

「大変だ、すぐにウールーを探しに行かないと!」

 

三人は顔を見合わせると無言でうなずき森へと走り出した。

森の中は昼間のはずがとても薄暗く、霧も出ている。早く見つけなければと逸るアカツキとホップをユウリが静止する。なんだかんだでこの中で一番強く経験を積んでいるのはユウリである、まあ経験とは主にいたずらや大人が引き留めるのを無視した危険な冒険なのだが。

 

「ユウリはこの森には入ったことあるの?」

「無いわ、柵を壊したときに入ろうかと思ってたけどお母さんにしこたま怒られて諦めたわ」

「その割にはあんまり楽しそうじゃないね。こういうところに来るの好きなんでしょ?」

「そりゃあ好きだけどこんな状況で楽しんでる暇なんか無いわよ、それに今はポケモンバトルの方が楽しいしね」

 

ユウリの指示に従い森を進んでいく。たまに草むらから飛び出してくるポケモンを時に静かにやり過ごし、時に逃げ出し、時に実力行使で対応していく。しばらく森を進んでいると森の奥からなにかの遠吠えのような声が響いた。体の芯にまで響いてくるその声にたまらず三人は足を止める。

 

「なんだ今のは、なにかの鳴き声か?」

「すごい鳴き声ね。これがポケモンの鳴き声なら多分相当強いわ」

「うん、今の声は何というかすごい力を感じたね」

「でも立ち止まってなんていられないぞ、こうしてるうちにもウールーが心配だ」

 

ホップの言葉に同意すると三人はさらに森の奥へと進んでいく。益々霧の強くなり数メートル先もまともに見えなくなる森にさすがのユウリも危険を感じえなくなってくる。これ以上は自分たちの手に負えないかもしれないとユウリが考え始めた時、少し開けた場所に出る。

 

「道が開けたけどもう何も見えないな」

「うん、なんだかちょっと嫌な気配もするね」

「さすがにここまでかしら。あとは大人にでも頼って……」

 

そうユウリが言葉を発した時霧の奥からなにかの足音が聞こえてくる。思わずその方向をみつめるとザッ、ザッという音が近づいてくる。三人はいつでもポケモンを出せるよう腰に手を伸ばし、モンスターボールを握り霧の先を見据える。

 

『ウルォーーード!!!』

 

ビリビリという音とともに空気がそして三人の体が震える。先ほど遠くから聞こえた声ですらその力を感じさせたほどの遠吠えだ。気が飛びそうになるのをこらえてボールからパートナーを呼び出す。

 

「いけ、メッソン!」

「頼むぞ、ヒバニー!」

「お願い、サルちゃん!」

 

三匹のポケモンが飛び出しすぐさま臨戦態勢を整える。霧によってまともに周りも見えない状態だがなんとか声の主の輪郭が見えてきた。青い体毛、橙色の長く編まれたたてがみ、逞しい四本の足で大地を踏みしめ悠然と歩くその姿は王者の風格すら感じさせる。戦いの口火を切ったのはホップとヒバニーだった。

 

「ヒバニー、『たいあたり』」

 

「ヒバッ!」

 

そのポケモンに一切おびえることなく走りだすヒバニー、先ほどのポケモンバトル以上のスピードを出し謎のポケモンに接敵する。そして『たいあたり』が直撃した瞬間、ぬるり…と謎のポケモンの輪郭が崩れると突撃したはずのヒバニーがポケモンをすり抜ける。

 

「え、こいつ…技が効いてないぞ?」

 

自分に突撃してきたヒバニーの姿を謎のポケモンはじっと見つめている。それを好機と判断したユウリが指示をとばす。

 

「サルちゃん、『えだづき』」

 

サルノリは持っている木の枝に緑色のオーラをまとわせ謎のポケモンに叩きつける。しかし、またしてもぬるりとその姿が崩れサルノリの技が不発に終わる。

今度は何かを感じたのか謎のポケモンが体を震わせると周囲の霧が濃くなる。先ほどですら数メートル先も見えなかった霧が濃くなり三人は自分と自分のポケモン以外判別ができなくなる。

 

「アカツキ、何も見えないけど大丈夫か!」

「うん、なんとかね。メッソン、『みずでっぽう』」

 

三人の中で唯一まだ謎のポケモンの輪郭が見えていたアカツキはメッソンに技を指示する。『たいあたり』や『えだづき』のような直接触れる技は不発に終わった。ならばと特殊技に分類される『みずでっぽう』で攻撃を仕掛ける。しかし、メッソンの放った『みずでっぽう』すら謎のポケモンの姿を捉えるには至らない。

 

「こいつ、無敵か!?」

 

謎のポケモンには物理技も特殊技も通用しない。その事実に三人も三匹も驚きを隠せない。こんなポケモンどうやって倒せばいいのかと考えを巡らせていると周囲の霧がさらに濃くなる。ついには自分の体すら判別不可能なほど霧が濃くなるとなぜか気が遠くなり三人は気を失ってしまった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「う…ここ、は」

「く、なんだか体が重いぞ」

「あたしとしたことがこんなところで気を失うなんて…」

 

未開の森、深い霧、そして謎のポケモン。これらから生じる極度の緊張感により三人は気を失ってしまっていた。三人が目を覚ますと周囲の霧は森に入った時と同じくらいにまで減っていた。ポケモンがモンスターボールの中に戻っていることを確認すると安堵の息がこぼれる。

 

「ホップ!アカツキ!ユウリ!」

 

そうしていると道の方からダンデが走ってやってくる、鬼気迫る表情だ。どうやらいつまでたっても研究所に来ない三人が心配になり探しに来たようだ。

 

「アニキ、方向音痴なのによくこれたな」

「珍しいこともありますね。いつもなら探しに行った自分が迷子になってたのに」

「お前たち…心配させたのに何を言ってるんだ!」

 

変わりのない弟と女の子に呆れながら怒気を強くする。三人は立ち入り禁止の森に入り気を失っていたのだ、今回は無事だったからといって次無事であるかの保証はない。旅を重ね、数多の遭難を体験したダンデはそれを知っている。鬼気迫るその声と表情に三人は素直に自分たちの非を認める。

 

「そ、そうだウールー。アニキこの森に入っていったウールーを知らないか!?」

「安心しろそれならほら」

 

ダンデの視界の先にリザードンと一匹のウールーが見える。間違いなく昨日柵に突撃していたウールーである。それを見た三人は安堵の息をつく。

 

「よかったな、霧に包まれたり変なポケモンと戦ったりしたけど無駄じゃなかったぞ」

「変なポケモン?三人とも何を見たんだ?」

 

三人はさきほど戦ったポケモンのことを正直に話す。普通の野生のポケモンにはない風格を醸し出し、どんな攻撃技も無効にしてしまう不思議なポケモンだと伝える。

 

「ふむ。それはもしかしてまどろみの森に住むといわれる幻なのか?」

「知ってるんですか?」

「いや、詳しいことは俺も知らない。だがお前たちがもっと強くなればいつかその正体がわかるかもしれないな」

 

チャンピオンすら知らないというポケモンと出会い、戦った事実に三人は沸き立つ。

 

「アニキには怒られたけどすごい体験だったな!俺の伝説の1ページになるぞ!」

「俺も俺も!」

「あたしもあたしも!」

 

そんな三人を見てダンデも過去に思いを馳せる。まだトレーナーになったばかりの頃は強い野生のポケモンに挑み何度もボロボロになったものだと、そのすべてが今の彼を形作っている。新しい体験はポケモンを強くし、トレーナーも強くする。ガラル地方の未来を見据えるダンデの胸は誇らしくなる。

 

 

「さて黙って森に入ったのはアウトだがポケモンを気に掛けるその勇気は認める、よくやったな!」

 

そういうとダンデはホップの頭を捕まえるとわしゃわしゃ撫でる。力強いその手で撫でられたおかげでホップの髪の毛はボサボサだ。

 

「うわぁ、アニキやめてくれ!恥ずかしいぞ」

「何を言ってるんだ、心配かけたんだから当然の報いだ」

 

いつもはアニキアニキと自慢げに語るホップだがさすがに誰かの目があるところでされるのは気恥ずかしいようだ。そんな仲睦まじい兄弟の姿を眺めながらユウリとアカツキはニヤニヤと笑う。

 

「アカツキ、ユウリ!アニキを止めてくれー!」

「いやいや」

「家族の問題によそ様が入り込むわけにはいかないわね。アカツキ、先に行ってましょ」

「そうだね」

「この薄情者ー!!!」

「リザードン!二人を頼んだぞ」

「リザァ!」

 

そうしてホップを置き去りにしたユウリとアカツキはダンデのリザードンに護衛されながら森を抜け、無事ハロンタウンに戻るのであった。

 

 

 

 

 



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5、新しい仲間

まどろみの森を抜け無事ハロンタウンに帰還したアカツキとユウリ。

 

「もう柵を壊して森に入ったりするんじゃないぞ」

 

「メェ?」

 

二人がウールーを仲間のところにまで連れて行くと仲間達も心配していたのかどんどんと集まってくる。仲間に何か言われているようだがくだんのウールーはポケっとした顔で首をかしげている、あんな場所に迷い込んでおいてこの態度とはよほど大物なのかそれとも天然なのだろうかとユウリと話しながら帰宅し、家の前で別れる。もともとはポケモン図鑑を貰いに行く旨を伝えるだけだったはずが随分と濃い体験をしてしまったと思いながらスボミーのいる庭を抜け、玄関をくぐる。

 

「ただいま」

「あらお帰りなさい、ダンデさんが心配してたみたいだけど大丈夫だった?」

「うん、でも森の中で不思議な体験をしてさぁ……」

 

一応ということでアカツキは母親に体を確認してもらったが特に外傷などはなかったようだ。それからポケモン図鑑を貰いに行く旨を伝えると既にダンデから連絡は来ていたようですんなり許可は下りた。少し多めのお小遣いと傷薬やモンスターボールを受け取るとアカツキは元気よく家を飛び出していった。

既にホップとユウリは町を出たと連絡が来ており急いで1番道路を進むアカツキ。基本は一本道のその道路を突っ切るだけなのだが運悪くウールーたちの群れに道が塞がれていた、野生のウールーと放し飼いにされているウールーが混同しているハロンタウンではよくあることだ。どうしようかとアカツキが悩んでいると少し戻ったところにある脇道のことを思い出す。普段はあまり使われないその道は野生のポケモンが出没する危険な道だが今のアカツキには頼りになる相棒がいる、あまりみんなを待たせるわけにもいかないと考えたアカツキは脇道へと足を踏み入れた。

 

「……今まで通ったことなかったけどこっちの道はあんまり人がいないな」

 

脇道は本道より少し狭く草木も多い、その分野生のポケモンの生息地にもなっているらしく偶に生物の息遣いが聞こえてくる。まどろみの森のように不思議な感じはなくこちらは日も差し風も通っているので自然の温かみを感じる。すると少し進んだところで茂みから一匹のウールーが顔を出してきた。もはやウールーは生活していて見ないことの方が珍しいハロンタウン民、見知らぬ道を進んでいたアカツキにとっては驚きよりも見知った存在と遭遇したことによる安堵の方が大きかった。

 

「ん?」

 

しかしそのウールーをよく見たアカツキは気づく。

 

「お前、もしかしてさっきのウールーか?」

 

「メェ?」

 

そう、先ほど森に入り込みなんとか町まで連れて帰ったウールーが今度はこちらにまで迷い込んでいたのだ。またこいつは…と思ったアカツキだが1番道路にはウールーもよく出没することを思い出す、事実先ほど道を封鎖していたのもウールーだったではないか。かといってこのままウールーを放置するのも忍びない、どうしようかと考えているとウールーが近くまで寄ってきて体を寄せてくる。もふもふとしたウールーの羊毛は気持ちがいい、ホップがよくウールーに抱き着いているのもうなづけると思っているとどうやらアカツキの腰についているものが気になる様子であった。

 

「『やすらぎのすず』、これが気になるのか?」

 

「メェェ♪」

 

『やすらぎのすず』をチリン♪と鳴らすとウールーは気持ちよさそうに鈴の音に耳を傾ける。右へ、左へと鈴に釣られて動くウールーに癒される。暫しの間ウールーと戯れるアカツキ。しかしチリンチリンと鈴を鳴らしすぎたせいか、ふとアカツキが周囲を見渡すと周りには一人と一匹を囲むポケモンの群れが出来上がっている。

ウールー、ココガラ、クスネ、ホシガリス、比較的一番道路で見かけられるポケモンだが数が多すぎる。20匹を超えるポケモンの群れに囲まれたアカツキは倒すことを諦め何とか脱出しようと考えを巡らせる。幸いポケモン達は鈴の音に心を奪われ目を閉じて完全にリラックスしている、何とか今のうちにと足を動かし距離を取るが突如としてその静寂は破られる。

 

「バリ…バリス!」

 

静寂を破ったのは、普段この一帯では姿が見られないホシガリスの進化系、よくばりポケモンのヨクバリスであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

突如として現れた進化系のポケモンにたまらずポケモン達は踵を返し散り散りに去っていく。そしてその場にはアカツキ、ヨクバリス、そして未だに鈴の音に耳を傾けるウールーだけが残った。

ポケモン達が消えたことでいくらか落ち着きを取り戻したアカツキだが目の前で強烈な存在感を放つヨクバリスを前に目を離すことができない。さきほどアカツキ達を囲っていたポケモンたちと比べて明らかに違う強さを誇るポケモン、進化したポケモンとはそれほどの強さを身に着けたポケモンなのだ。

 

「バ~リス、バリ、ヨクバリス!」

 

何を言っているかはわからないがどうやらヨクバリスは『やすらぎのすず』を御所望のようだと理解するアカツキ。モンスターボールを投げて捕まえるという手もあるがそんな隙すら見当たらない、明らかに自分たちよりも格上のポケモンだということを理解する。だからといってここで引くわけにはいかない、と鈴を握り締めたアカツキは空のモンスターボールではなく相棒の入ったモンスターボールを投げだした。

 

「いけ、メッソン!」

 

「メソ!」

 

挑んでくるとは思わなかったのかヨクバリスは目を丸くするがすぐに目を細めて小馬鹿にしたような表情を取る。ヨクバリスにとっては遥かに格下だとわかる相手の威嚇行為など怖くもないのだろう。

 

「メッソン、『みずでっぽう』」

 

先手必勝とばかりにすかさずメッソンに指示をとばす、吐き出された水の勢いは初めてのバトルの時よりもずっと強くなっている。ホップとユウリ、そしてまどろみの森であの謎のポケモンと戦ったことで強くなったのだ。そして『みずでっぽう』は避けるそぶりすら見せないヨクバリスにへと直撃する。これなら!と思ったアカツキだが、水が晴れた後には変わらず涼しい顔で立っているヨクバリスの姿が。

 

「そんな…」

 

驚きの隠せないアカツキを尻目にヨクバリスはその重い腰を上げメッソンへと突撃する、ただの『たいあたり』だが威力がウールーのものとは桁違いだった。避けることすらできずに『たいあたり』を受けたメッソンはそのまま樹に叩きつけられる、瀕死にはなっていないがもう動くことすら厳しいだろう。アカツキがヨクバリスを見るとヨクバリスはニヤニヤとした表情で近づいてきている。なんとかしようとするがもうアカツキにポケモンはいない、頼みの綱のメッソンは既に瀕死寸前だ。何もできない自分に悔しくなり手の中の鈴をさらに強く握りしめる。

 

『『やすらぎのすず』よ、これを持ってればポケモンと早く仲良くなれるらしいわ』

 

『気にしなくていいわそれあたしが作ったものだし』

 

大切な友人に貰った大切なもの、そんなものひとつすら俺は守れないのかとアカツキは唇をかみしめる。そうしている間にヨクバリスはアカツキの目の前まで来ていた。ここまでか、とアカツキが諦めた瞬間ヨクバリスは横から飛び出してきた白い塊に吹き飛ばされる。なにが起きたのかわからないアカツキがとばされたヨクバリスの方を見るとそこにはあのウールーが戦っている姿が見えた。

さっきまでのポヤポヤとしていたウールーの姿はなくヨクバリスの攻撃を自慢の羊毛で受け止め、反す刃で『たいあたり』を決めるウールーの姿があった。攻防は一進一退、攻撃を受け止めカウンターを決めるウールーと自慢のパワーでそれを押さえつけるヨクバリス。しかしヨクバリスの方が上手なのか徐々にウールーが押されていく、進化しているポケモンとそうでないポケモンではやはり地力が違うのだ。

勝負に見とれていたアカツキは気が戻るとすかさずメッソンの元へと走りバッグから『きずぐすり』を取り出し吹きかける、即効性の効き目のおかげかメッソンは何とか動けるまでに回復し立ち上がりアカツキを見据える。まだ戦えると訴えてくる相棒にアカツキも覚悟を決めるとメッソンへ指示を出す。

 

「メッソン、『みずでっぽう』」

 

「メッソ!」

 

ウールーとの勝負に夢中になっていたヨクバリスの顔面にメッソンの『みずでっぽう』が直撃するとその隙を見逃さずウールーは『たいあたり』を決める。さすがに二体の同時攻撃は効いたのかヨクバリスは後ずさる。その隙にウールーと合流し『きずぐすり』で回復させる。

 

「ウールー、一緒に戦ってくれるか?」

 

「メェェェエ~」

 

その声を同意とみなし一人と二匹はヨクバリスに立ち向かう。

ヨクバリスの攻撃をウールーが受け止め、メッソンの攻撃でひるんだすきにウールーがさらに攻撃を叩きこむ。初めてのコンビバトルに不思議な一体感を感じながらアカツキ達はヨクバリスを追い詰める。それに業を煮やしたヨクバリスは見かけによらないジャンプ力を発揮しウールーの上を取ると重力に従い落下する、『のしかかり』だ。

新しい技に反応できなかったウールーの対応が遅れ『のしかかり』が決まる瞬間、

 

「ウールー、『まるくなる』!」

 

「ッ!」

 

咄嗟に反応したアカツキの指示をきいたウールーが体を丸める。ホップのウールーが使っていたことを思い出し、きっと使えるはずだ、と出した指示は見事にヨクバリスの攻撃を受け止める。まさか受け切られるとは思っていなかったのかヨクバリスは驚愕を露わにする。ウールーはそのままヨクバリスの体をカチ上げるとそれを越えるほどの大ジャンプを行いさらに上をとる、ウールーの体が白いオーラに包まれると重力に従って落下する。そのままヨクバリスを下敷きにするとさらに速度は加速され地面へと強烈に叩きつけられた。ドシン!とひときわ大きな音が響き渡ると同時に砂埃がまき散らされる。

 

「くっ、ウールー!」

 

砂埃が晴れるとそこには目を回し地に倒れ伏したヨクバリスの姿があった、ウールーはヨクバリスの上から離れるとアカツキの元へ来ると鈴を握っている手に体を寄せる。

 

「はは、そんなに気に入ったのかこの鈴の音」

 

「メェェ~」

 

アカツキはメッソンをボールに戻すとウールーを連れて脇道を急いで抜ける、幸いヨクバリスのように強いポケモンには遭遇しなかったおかげかすぐに本道に戻ることができた。

ブラッシータウンの入り口にはホップとユウリが待っており汚れた姿のアカツキを見て驚く。

 

「どうしたアカツキ!」

「酷い傷じゃない、早く治療しないと!」

「俺のことはいいよ、それよりメッソンとこのウールーを早く回復させてあげたいんだ」

「そうか、なら研究所に行く前にポケモンセンターに行かないとな」

「あたしがポケモンセンターに連れて行くわ、ホップはダンデさんに伝えてきて」

「わかったぞ!」

 

ポケモンセンターに着いてからはジョーイさんにポケモンを預けユウリに擦り傷を治療してもらった後は大変の一言であった。鈴のためとはいえ圧倒的格上のポケモンに挑むなど命知らずだと怒られもした、主にユウリから。

 

「鈴なんてまたあたしに言えばいくらでもあげたわよ!そんなもののために命張るなんて馬鹿じゃないの!」

「ご、ごめん」

「まったく…はい!コレ!!」

 

そうして怒気と気恥ずかしさをごちゃ混ぜにしたような声をあげてユウリが何かを手渡してきた。アカツキがそれを受け取るとそれは水色に光る『やすらぎのすず』であった。

 

「これは?」

「あんたに鈴を渡した後ホップも欲しいって言ってきたからどうせならと思って三つ作ってきたの、水色はあんたの」

「作ってきたって…」

「さっき」

「えぇ…」

「もう出来てたのに貰ったポケモンごとの色を塗っただけよ」

 

メッソンを受け取ったアカツキには水色、ヒバニーを受け取ったホップには橙色、そしてサルノリを受け取った自分用の黄緑色に塗った鈴を取り出す。手先が器用で何でもそつなくこなすユウリだからこその贈り物だった。鈴は変わらぬ音色を奏でてくれる、心なしか波の音まで聞こえてきそうだとアカツキは思った。

 

「…ユウリ」

「…なによ」

「素敵な贈り物、ありがとうね」

「ッッッ!!!あーはい!どういたしまして!」

 

そういうとユウリは体ごと明後日の方向に向くとそれ以降アカツキと顔を合わせようとはしなかった。

傍若無人、自己中心、天真爛漫、周りを巻き込んでいく台風のようなユウリだがその心は誰よりも優しく友達想いの女の子なのだ。

 

そして数十分後ポケモン達は元気な姿でアカツキの元へと帰ってきた。

 

「メッソン、ウールー!よかった」

 

二匹を抱きしめその存在を確かめると一気に安堵感が湧いてきた。メッソンは言わずもがな、最後に『のしかかり』を受けたウールーも万全の状態にまで回復していた。

 

「ありがとう、二人のおかげで何とかなったよ」

 

「メソ」

「メェェ~」

 

そうしていると研究所から戻ってきたホップと話を聞いて飛んできたダンデがポケモンセンターに入ってくる。

 

「アカツキ!大丈夫か!?」

「アカツキ!無事だったかい!?」

「あはは、ふたりとも心配しすぎだよ」

 

ちなみにひとしきり騒いだ後ジョーイさんに怒られるのであった。チャンピオンの背中はそれでもまぶしかったという。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ウールー、ありがとね」

 

 

ポケモンセンターを出るとウールーを連れてブラッシータウンの入り口にまで戻る。ここまでお世話になったがウールーは野生のポケモン、ウールーにはウールーの生活があるのだと少し悲しみを感じながらもともと持っていた方の『やすらぎのすず』をウールーの首元に括り付けるとアカツキは別れを告げる。

 

「これでお別れだ」

 

そういって一番道路にまで一緒に行こうとウールーを引っ張るがびくともしない。驚きさらに力を込めるがウールーはその場を動かない、まさしく仁王立ち、ウールーに組む腕はないが。

しばらく引っ張ったり押したりとしたアカツキだがついには力尽きて地面にへたり込んでしまう。

 

「はぁ、はぁ、どうしたんだよウールー」

 

「メェェェ~」

 

アカツキが息を切らしながらウールーに尋ねるとウールーはその体をアカツキにこすりつける。

 

「ふむ、もしかしてウールーはアカツキの仲間になりたいんじゃないか?」

「えっと、そうなのウールー?」

 

「ンメェェェエ!」

 

過去一番に大きな鳴き声をウールーが上げる。アカツキがみんなを見渡せば無言でうなずいている。アカツキは立ち上がるとカバンから空のモンスターボールを取り出しウールーへと向けると最後の確認をとるとウールーも無言でうなずき返した。

 

「よし、いけ!モンスターボール!」

 

投げつけたボールがウールーに当たるとその口を開けてウールーが吸い込まれる。数度ボールが動いた末にポン☆という音とともにボールが動きを止める、赤い点滅もなくなり完全にゲットした証拠だ。

 

「これでゲット、できたのかな」

「ああ、見事なゲットだったぜ。このチャンピオンが太鼓判を押すほどのな」

「すごいぞ!こんなゲット俺初めて見たぞ!」

「まあ珍しいタイプではあるわね、おめでと」

 

 

 

 

三者三様の反応を受けたアカツキ。

頼りになる新しいポケモン、ウールーを手に入れた彼の旅はまだまだ続く。

 

 




アニポケを見て育った作者、友情ゲットさせたいなと思いこういった話にさせていただきました。作者はここあたりで普通に捕まえたウールーを最後まで使いました。

そしてこの物語は作者がソードをやった思い出をもとに書いていますのでもう捕まえるポケモンを決めた状態で書かせていただいています。

最後にヨクバリスが好きな皆様はごめんなさい!今回は完全に悪役にしてしまいました!


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6、ポケモン図鑑

新しい仲間、ウールーを手に入れたアカツキたちはそのあしでポケモン研究所を目指す。

 

「それにしてもアカツキもウールーを手に入れるとはな、俺のウールーともバトルさせたいぞ」

「俺のウールーも強いよ、多分ホップのウールーよりもね」

「お、言ったな?なら図鑑を貰ったらさっそく勝負だ!」

「いいぞホップ、その調子でどんどんバトルしていけよ。と、そろそろ研究所に着くぞ」

 

ブラッシータウン入口すぐの駅を抜け、まっすぐ東に進むと大きな紫色の屋根を持つ屋敷が見えてくる。何度か近くまで来たことはあるが入るのは初めてだなと思いながらアカツキ達はポケモン研究所に足を踏み入れた。入り口をくぐるとすぐ沢山の書物が目に入る。壁一面に並べられた本の数に圧倒される、するとダンデをめがけて犬型のポケモンが走り寄ってきた。ポケモンはダンデの周りをぐるぐる回って遊んでいるらしい。

 

「ちょっとダンデ君、今日は何の用事?」

 

すると二階の書斎から声がかかる。アカツキ達が顔をあげれば階段から一人の女性が下りてくる。髪を片方でまとめた所謂サイドテールといわれる髪の女性はダンデの顔を見るなり苦言をこぼす。

 

「まだ見ぬ最強のポケモンを知りたいとかそういう無茶はやめてほしいんだけど」

「よう、ソニア久しぶり!」

「ええそうね、久しぶりね」

「彼女の名前はソニア、そしてこのポケモンはワンパチというんだ。道に迷った俺を何度も助けてくれる頼れるポケモンさ!」

「イヌヌヌワ!」

「ワンパチじゃなくてわたしもなんですけど!」

「こんなのでも彼女の手料理はてばやく食べられてうまいんだぜ!」

「あーも!話聞いてよ!昔一緒にジムチャレンジに参加した時からほんとう人の話を聞かないんだから…」

 

自分のペースを崩さないダンデに頭を抱えるソニア、彼女もかつてはジムチャレンジに参加したことがあるらしい。そんなソニアはアカツキ達に気が付くと少し顔を赤らめながらコホンと息を整え、自己紹介を始める。

 

「はじめまして、私の名前はソニア。この研究所で博士の助手をしています」

「こちらはアカツキ、と知ってると思うが俺の弟のホップとユウリちゃんだ。ほらみんな元気に挨拶だ!」

「「「よろしくおねさーす」」」

「なんかノリ軽くない!?ダンデ君がいるといっつも調子狂うんだから!」

「冗談だって、久しぶりだぞソニア」

「ごめんなさいソニアさんちょっとした悪戯心です」

「俺はなんか二人のノリに合わせちゃって…すいません」

 

ホップはダンデとのつながりもあり、ユウリも既に彼女からポケモン図鑑を貰っている経歴から見知った仲のようだ。

ポケモン研究所の助手と聞いて堅苦しい人を連想したアカツキだったがダンデとのやり取りからそこまで気難しい人ではないと感じたようだ。4人のボケに晒され突っ込み疲れたのかソニアは息を切らせる、第一印象は「まじめな弄られ体質」だろうか。

 

「というわけでソニア、新米トレーナーになったアカツキとホップに色々教えてやってくれ」

「…まあ、それもわたしの仕事だもんね」

「俺は一足先に博士の家に行ってるから後は頼んだぜ」

「あたしももうソニアさんから一通りのことは教わってるからダンデさんと行っとくわね」

 

嵐のようなダンデ&ユウリペアが去ったことで研究所が静寂を取り戻す。とりあえず座ってと椅子に誘導されたアカツキとホップはソニアからトレーナーについて学ぶこととなった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……というわけでトレーナーにはきちんとポケモンについて正しい知識が必要ってわけね、わかった?」

「俺もっとウールーとヒバニーについて知りたいぞ!」

「俺もメッソンとウールーのこともっと知りたくなりました!」

「よろしい、じゃあ二人ともスマホを貸してくれる?」

 

そう言って二人のスマホを預かったソニアがいくつか操作をするとピロリン♪という音とともにスマホに新しい機能が追加されていた。

 

「これがポケモン図鑑、ちょっと前までは専用の機械だったんだけど最近ではスマホでもできるようななったのよね」

 

そういってソニアが自分のスマホを取り出し近くで遊んでいたワンパチに向けてカメラをあわせる。するとポケモン図鑑が自動で表示されワンパチについての細かなデータを映し出していく。

 

「すごいですね」

「でしょ、じゃあ次は自分のポケモンをスキャンしてみて」

 

そういわれてモンスターボールから出したメッソンにカメラを合わせると、メッソンについての詳細なデータが映し出される。

 

「メッソン、みずとかげポケモン。『おびえると タマネギ100コぶんの さいるいせいぶんを もつ なみだを ながして もらいなき させる。』ってお前そんな能力持ってたのか!?」

 

「?」

 

メッソンは首をかしげている、本人にも自覚はないようだ。

驚きの生態に仰天したアカツキは図鑑を再度見ていると説明欄の下に新たな項目ができていることに気が付く。

 

「ソニアさん、この下の項目は何ですか?」

「それはねポケモンの持っている技を確認する機能よ。モンスターボールとポケモン図鑑は連動しててね、持ち主の図鑑でポケモンの技を確認できるようになってるの」

「それは便利ですね」

「ただし、野生のポケモンや他人のポケモンの技はわからないようになってるから注意するのよ」

 

ソニアの忠告を心のメモ帳に書き記す。

改めて図鑑を見るとどうやらメッソンは『はたく』、『なきごえ』、『みずでっぽう』に加えて新しく『しめつける』を覚えたようだ。アカツキがしめつけるを指示してみると肩に乗り移ったメッソンが巻いているしっぽを伸ばしてアカツキの顔を締め上げた。

 

「うわぁぁ、痛い痛い!」

「はは、馬鹿だなアカツキ。お、ヒバニーは新しく『でんこうせっか』を覚えたんだな」

 

「ヒバ!」

 

ヒバニーはそれを指示と受け取ったのか目にもとまらぬ速さで動くとホップの胸めがけて突撃する。ホップはヒバニーを受け止めきれずに数メートル吹き飛ばされてしまう。

 

「うごご、ヒバニーお前いきなりはやめるんだぞ」

 

「ヒバ?」

 

指示に従っただけなのに、と首をかしげるヒバニーであった。

メッソンのしっぽからなんとか脱出したアカツキは次いでウールーをスキャンする。先ほどと同じようにウールーの詳細なデータと技データが表示されると、ふとアカツキは見慣れない技を見つける。

 

「あの、この『まねっこ』ってどういう技なんですか?」

「そうね、『まねっこ』なんて中々大会でも使われないし珍しいわよね」

 

『まねっこ』とは直前に出された相手か自分の技を即座にコピーして使うことができる技である。本来なら使えない技を使うことで相手の意表を突くことができる強力な技であるが同時にタイミングの非常に難しい技でもある。

 

「…そうか、ヨクバリスとのバトルで最後に使ったあれが『まねっこ』だったのか」

 

ヨクバリスを倒したシーンを思い出す。

ヨクバリスの上空をとったウールーの体が白く光ったかと思えばすさまじいスピードとなり上からヨクバリスを踏みつぶした光景が思い出される。今思えば不思議な光景だったがあれは『まねっこ』で直前の『のしかかり』をコピーしたものだったのだろう。このウールー、普段ののほほんとした態度とは裏腹にバトルになるととても機転が利くようだ。

 

 

「コホン、そのポケモン図鑑はわたしのおばあさまからのプレゼントだったりします。おばあさまは二番道路を越えた先にいるだろうからちゃんとお礼を言うのよ」

「わかったぞ!先に行って待ってるからなアカツキ!」

「ああもう…ソニアさん色々ありがとうございました。待ってよホップ!」

 

ポケモン図鑑を片手に飛び出していくホップ、遅れてアカツキも飛び出していく。その行動力に呆れながらも開いたままのドアを見てソニアは言葉をこぼす。

 

「はぁ、眩しいわね。…ダンデ君は立派なチャンピオン、あたしは博士の助手。あくまでも自称助手…なんかスッキリしないなぁ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ブラッシータウンを抜け二番道路にやってきたアカツキ、途中きのみショップに寄り道していたことでホップには完全に置いて行かれてしまった。

しばらく二番道路を進んだところでさすがに疲れたのか休憩に入る。既に時刻は昼を過ぎておやつ時に差し掛かっている、アカツキは適当な木陰に座り込むときのみショップで買い付けた新鮮なモモンの実を口に運ぶ。

 

「ん~、甘くてジューシーで美味しいな」

 

新鮮なきのみはやはり果汁が違うとばかりに噛めば噛むほどに汁が溢れてくる。一つ目の木の実を食べ終えたところで二つ目に手を伸ばしたアカツキだがどうにも木の実を入れた袋が見当たらない。まさかと思いあたりを見渡すと鳥のようなポケモンが袋を抱えて飛んでいる、貰ったばかりのポケモン図鑑を起動しカメラをあわせる。

 

「あれは…ココガラだな」

 

ことりポケモンのココガラにはきのみの入った袋は大きいようでふらふらとバランスが安定していない。

これならばと思ったアカツキは追跡を開始する、ある程度離れたところにココガラが下りると袋の中身を漁りだす。

 

「そこまでだ」

 

「ガァ!?」

 

オレンの実を咥えたココガラにアカツキは堂々と正面から挑む。

メッソンをボールから出すとココガラもオレンの実を口から外す、にらみ合いが続いた後先に動いたのはココガラだった。くちばしを鋭く尖らせたココガラの『つつく』がメッソンを捉える。飛行タイプの特徴をうまく使い攻撃からすぐに距離を取り空へと逃げだす。『はたく』を狙っていたアカツキだが相手が空に逃げては手の出しようがない。

 

「メッソン、『みずでっぽう』」

 

ならばと『みずでっぽう』を指示するが自在に空を飛ぶココガラにはなかなか命中しない。苛立つメッソンの集中が途切れたところで再びココガラの『つつく』がメッソンを捉え

またしても空中へと逃げたココガラは自分の爪同士をこすり合わせ爪を研ぎ始める、『つめとぎ』である。攻撃力と命中率を上げたココガラは次で終わりにしようと先ほどよりも速度を上げて突っ込んでくる。

しかし二度も使った攻撃を安直に使ったことをココガラは後悔することになる。

 

「メッソン、『しめつける』」

 

「メッソ、ソ!」

 

ココガラのくちばしを間一髪で躱したメッソンは丸められたしっぽを伸ばすと一気に巻き戻す。体の中心、羽ごと体を拘束されたココガラは必死に脱出を試みるが『しめつける』から抜け出せない。

 

「よし捕まったならこっちのものだ、連続で『はたく』」

 

『しめつける』による圧迫と『はたく』を連続で食らったココガラは次第に動きが鈍くなり、ついにはぐったりとうなだれてしまう。好機だと悟ったアカツキはカバンから空のモンスターボールを取り出す。

 

「今だ、モンスターボール!」

 

『しめつける』から解放されたココガラへモンスターボールを投げつける。ココガラの体が吸い込まれるとモンスターボールはカチ、カチ、と震えだし三回目の震えが終わると赤い点滅が消えて動かなくなった。

 

「よし、ココガラゲットだ!」

 

「メソソ!」

 

さっそくココガラを呼び出すと元気よく羽ばたいた後にアカツキの肩へと飛び乗ってくる。どうやらしっかり捕まえられたようだ。

 

「これからよろしく頼むぞ、ココガラ」

 

「ガァ!ガァ!」

 

 

 

 

新しい仲間を捕まえたアカツキ一行はその後メッソン、ウールー、ココガラとともに残ったきのみを食べると博士の家へと歩き始めるのだった。

 

 




ココガラ可愛いですよね、アオガラスもかっこいいですしアーマーガアは初めて見た時速攻でパーティー入りを決めました。



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7、本気の勝負 vsホップ

今回から地の文をアカツキの一人称に変えてみます。
理由として現在の三人称と一人称の混ざった分が個人的に「糞読みづれぇな、なんだこの駄文」と感じたので、実験としてアカツキの一人称視点だけに絞ってみます。他の方の三人称の作品を読むと「なんだこの語彙力わぁ」となり心が折れました。

読みやすくなった、逆に読みづらくなったと感じたことがあれば感想の方にお願いします。


ココガラを捕まえてからは快進撃の連続だった。二番道路には一番道路よりも手ごわいポケモンが多数生息していたが遠近に隙のないメッソン、受けにまわれば不落のウールー、空を自在に飛ぶココガラと隙のないパーティーとなった俺たちを止められるものはいなかった。

途中何度かトレーナーとも戦ったがホップやユウリほどの苦戦は強いられず勝つことができた、それと同時に自分たちが如実に強くなっていることを実感した。

 

二番道路を越えた先に研究所と同じ紫色の屋根をした屋敷が見えてきた。家の前ではすでに到着していたホップとダンデ、そして眼鏡をかけて杖をついた一人の女性が話をしていた。ホップは俺に気が付くとブンブンと手を振ってきたので少し駆け足で家の前へと走った。

 

「おやおや、新しいお客さんですね。私はマグノリア、ここでポケモンの研究をさせてもらっているわ」

「マグノリア博士はあのダイマックスを研究しているすごい博士なんだ」

「テレビとか動画でよく見ます、あのポケモンが大きくなるすごいやつですよね」

「ええ、まあまだダイマックスには謎の部分も多いけれどね。立ち話もここまでにして中に入りましょう、ユウリも待ちくたびれているわ」

 

屋敷の中に入れてもらうと屋敷の中には沢山の観葉植物が置かれている。植物の世話をしているおじいさんに話を聞いてみると、

 

「自分のしたいことではなく植物のしたいことをしてあげるんだ、そうすれば植物も応えてきれいに育ってくれる。ポケモンも一緒だよ」

 

と教えてくれた。なんと素晴らしい言葉、至言だと感動していると台所からユウリがなにかを運んできていた。

 

「やっと来たのね、はいはい早く座って。せっかくいれたのに冷めちゃうわ」

「いれたって、なにを?」

「紅茶よ、あたし博士に紅茶の淹れ方教わってるの」

 

そういって一人ずつ紅茶をカップに注いでいく、俺にはよくわからないがその動きは洗練されているように見える。

 

「……」

 

マグノリア博士は少し香りを嗜んだ後に紅茶を口に運ぶ。味わうように一口をかみしめながらゴクリと喉を動かす。シンとした空気にカップを置く音だけが響く。

 

「…どうでしたか、博士」

 

ユウリにしては珍しく緊張している、それほど難しいことなのだろう。

 

「腕を上げましたね、いい香りと味です」

 

「ッ! やった!」

 

ユウリは小さくガッツポーズを取り喜ぶ。途端に張り付いていた空気も弛緩しみな紅茶に手を伸ばす。さっそく砂糖を入れようとしたホップの手をユウリがはたき落とす。

 

「なんだよ」

「紅茶を飲むときはまず一口目は何も容れずに飲むの、そんぐらい知っときなさい」

「……知ってたか?」

「俺は散々博士に怒られたから覚えてたぜ。まあ、紅茶の味は未だにわからないがな!」

「ダンデったら、いつもポケモンのことしか頭にないのですから。少しくらい紅茶のことを知っていても損はありませんよ」

「俺は、母さんがたまに容れてるから少しだけ。まあそれくらいしか知らないけどね」

「なんだよ~、知らないの俺だけかよ」

 

ホップはがっくりと肩を落とすと溜息を吐く。実際俺も紅茶についてはよく知らないので言えることはない。ユウリの容れた紅茶はスッキリとした味わいだがよく葉っぱの味がした、素人口にはここまでしかわからないが十分美味しいと感じた。

それぞれが紅茶を楽しんでいると何かをホップは思い出したのか口を開く。

 

「そうだ博士、博士からもアニキに言ってくれよ。ジムチャレンジに推薦しロッテ」

「あらそうなの。ダンデ、どうして推薦しないのかしら?」

「ユウリちゃんはともかくホップもアカツキもポケモンを持ったばかりの未熟なトレーナーなんですよ」

「あらあら、でも貴方の願いはガラル地方中のトレーナーを強くすることじゃなかったのかしら?」

「あっ!そういえばそうでしたね。」

 

そうだったといわんばかりに手を叩く、そうするとダンデさんはこちらを向いてにやりと笑うとこう言い放った。

 

「よし、そういうことなら俺が推薦せざるを得ないくらいのすごいバトルをしてみろ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ダンデに互いのポケモンを回復してもらい外に出る。マグノリア博士の庭にあるバトルフィールドはホップの家にあるものより一回り大きく広いものであった。

 

「俺は最強のトレーナになる!」

 

「そのためには『ジムチャレンジ』への推薦状が必要なんだ!」

 

「アニキを納得させるために俺達の可能性をアニキに見せつけるぞ!」

 

ホップの声にうなずくと互いにバトルフィールドの端まで移動し向き合う。するとマグノリア博士とユウリも観戦に外に出てきた。

 

「若きトレーナーたちの戦い、わたしも見させてもらいますね」

「ズズッ…頑張りなさいよ~」

「ユウリ、優雅に紅茶飲んでないでちゃんと俺の伝説を見ておけよ!」

 

ふたりのコント漫才を見たところで俺はボールをつかむ、最初は空を自在に飛ぶこのポケモンだ。

 

「いけ!ココガラ!」

 

「ガァガァ!」

 

飛び出したココガラは力強く羽ばたき地面に着地する。ホップもバシッという小気味のいい音を響かせるとボールを投げる。

 

「ならこっちはお前だ!いけ、ウールー!」

 

ホップが出してきたのは相棒のウールー。もこもことした体毛は味方となれば心強いが敵にするとこれほど厄介なものもない。幸いあちらは待ちの姿勢、ならば遠慮なく『積ませ』てもらおう。

 

「ココガラ、『つめとぎ』から『つつく』だ!」

 

ココガラは爪をぶつけあいその鋭さを増し攻撃力を上昇させる。上がった攻撃力を上乗せした渾身の『つつく』はウールーの体毛を突き破りその本体を捉える。

 

「ウールー!『たいあたり』だ」

 

しかし負けじとウールーも『たいあたり』を当てる。本来ならココガラは攻撃を当てるとすぐさま空に逃げるはずだったがくちばしが体毛に絡みついたことで咄嗟に動けなかったようだ。思わぬ反撃をくらってしまい動揺するココガラだったが俺の声を聴くと動揺を取り戻した。

 

「ならもっと攻撃を上げるぞ『つめとぎ』!『つめとぎ』!」

 

空を飛ぶココガラにさらに攻撃を上げる指示を出す。さすがに焦るだろうと思いホップを見ると彼はにやりと口角を上げる。

 

「その技を貰うぞウールー『まねっこ』」

 

ウールーの体から紫色のオーラが噴き出し自分のひづめをこすり合わせて攻撃力を上げてきたことに驚く。安易に補助技を使いすぎたと思ったがもう遅かった。

 

「ウールー、とびはねて『たいあたり』だ」

 

自慢の跳躍力を発揮したウールーの『たいあたり』がココガラを捉える。強力な攻撃をくらったココガラは地面に墜落すると目を回してしまった。

 

「ココガラ戦闘不能、ウールーの勝ち!」

 

「よくやったぞウールー!」

 

「メェ~」

 

「ごめん、俺の判断ミスだった。ゆっくり休んでくれ」

 

ココガラを戻して次の手を考える。ウールーは既に攻撃力が上がっている、となれば正面からの対決は不利だと判断する。

 

「頼んだよ、メッソン!」

 

出したのは俺の相棒であるメッソン、唯一この状況を打ち破るための技が俺達には存在する。

 

「メッソン、『みずのはどう』」

 

「メソソ、メッ!」

 

メッソンが両手を構えると大きな水の球体を作り出し、それを投げつける。『みずのはどう』がウールーに直撃すると大きな爆発を起こす、これこそメッソンが新しく覚えた必殺技『みずのはどう』だ。『みずでっぽう』を超える高威力の特殊技をくらったウールーはなんとか立ち上がるが外から見ているだけでもそのダメージのほどがわかる。

 

「『みずのはどう』を覚えたのか、やられたぞ!」

「できれば最後まで隠しておきたかったんだけどね!」

「ウールーは…もう倒れそうだな。アニキ、ウールーは棄権にしてくれ」

「わかった。ウールー、戦意喪失。メッソンの勝ち!」

 

ホップはまだ倒れていなかったウールーを手持ちに戻してしまう。

 

「よかったの?」

「あぁ、これ以上はウールーもかわいそうだからな」

 

ホップのポケモンに対する優しさにはいつも驚かされる、うちのポケモン達は比較的バトル好きが多いためそういったこととは無縁だった。ウールーを戻したホップは次なるポケモンを繰り出した。

 

「いけ!ココガラ!」

 

「がぁ!」

 

「ホップもココガラを!?」

「ああ、ウールーもココガラも被るなんて奇跡だぞ!」

 

確かに、これで互いのポケモンはすべて公開されたがまさか三体中二体もポケモンが被るのは驚きであった。

気を取り直してバトルを再開させる。空を飛ぶココガラ相手には意表を突くか特殊技で攻めるしかないことは承知済みだ。

 

「メッソン、『みずのはどう』」

 

もう隠す必要のなくなった『みずのはどう』を惜しげもなく使う。投げ出した水球は一直線にココガラを目指すが躱され彼方へと消えていく。

 

「そんな大ぶりな攻撃は当たらないぞ、『つめとぎ』」

 

ホップのココガラも爪を研いで攻撃力を上昇させる。次いで『つつく』、ここまではココガラの基本戦法だ。メッソンとアイコンタクトを取ると『つつく』を躱さずわざと受けるよう指示をする。

『つつく』がメッソンに直撃するとココガラは空へと逃げていく。少し不審そうにしたホップだがチャンスだと思ったのかさらに追撃をかけてくる。

 

「ココガラ、『つつく』」

 

再度メッソンめがけて急降下を仕掛けてくるココガラに思わず口角が上がる。一度目の『つつく』を躱さずに受けたのはもう一度『つつく』を使わせるためだった。

 

「メッソン、躱して『しめつける』」

「ッ!しまった、止まれココガラ!」

 

ホップの指示はむなしくも届かずココガラはメッソンのしっぽに捕らえられる、ココガラとの戦闘で学んだ相手の攻撃をかわして捕獲する戦法はうまくいった。

 

「いけぇ!『みずのはどう』」

 

「メソソ、メ!」

 

しっぽに捕らわれたココガラに特大の水球をぶち込む、しっっぽで捕えていたメッソンにも多少のダメージが入るがココガラにはさらに致命的なダメージが入ったはずだ。

 

「ココガラ、『つけあがる』」

 

そう思っていたはずだったがまだココガラは倒れていなかった。攻撃の衝撃で緩んだ拘束から抜け出したココガラの『つけあがる』がメッソンを直撃する。『つけあがる』は自分の力が増しているほど威力の上がる技だったはず、一度『つめとぎ』を使っていたそれはかなりのパワーだった。

 

「メッソン、無事か?」

 

「メ、メソ…」

 

立ち上がるがかなりのダメージを受けてしまったようだ。ココガラの方を見ると今の一撃にすべてを使い果たしたのか既に目を回している。

 

「ココガラ、戦闘不能。メッソンの勝ち!」

 

「最後まで頑張ってくれたな、お前の頑張り無駄にしないぞ」

 

「ギリギリ、ギリギリの勝負がオレたちの好きな戦い方!」

 

「最後の一体が倒れるまで諦めないぞ!」

 

ココガラを戻したホップが最後のポケモンヒバニーを繰り出してくる。こちらは二体、そして相性でも勝っているというのにホップの闘志はさらに燃え上がっている。男と男の真っ向勝負、甘んじて受け入れたいが、

 

「休んでてくれ、メッソン」

「なるほど、戻すのも一つの手だな」

「うん、ごめんね」

「いいぞ、俺がお前だったらそうしてると思うしな」

 

相性で勝るメッソンをこのまま出してはおけず手持ちに戻す。こんなときでもホップの優しさは変わらないと思いながら、あと一体無傷で残っていた相棒を繰り出す。

 

「まかせた、ウールー!」

 

「メェェェ」

 

いつもののほほんとした雰囲気は成りを潜め、ウールーはやる気に満ち溢れている。先に動いたのはこちらだ。

 

「ウールー、『たいあたり』」

 

「ヒバニー、こっちも『たいあたり』だ」

 

ウールーとヒバニー両者の『たいあたり』が激突し互いに後ずさる。パワーは互角かと思っているとヒバニーはさらに仕掛けてくる。

 

「ヒバニー、『ひのこ』」

 

打ち出された『ひのこ』を避けようとしたウールーだったが僅かに『ひのこ』が体毛をかすってしまう。するとウールーの体毛が勢い良く燃え上がり炎熱に苦しんでしまう、まさかの事態に俺もホップも茫然としているとマグノリア博士から説明が入る。

 

「ウールーの体毛は隙間が多くて空気を含んでますからね、よく燃えるのです。特に『もふもふ』の特性のポケモンはその効果が大きくなりますね」

 

知らなかった、まさかウールーの柔らかい体毛がとても燃えやすくほのおタイプの攻撃が効果抜群になってしまうことを。それを好機ととったホップによるさらなる追撃が襲いかかる。

 

「ヒバニー、『にどげり』だ!」

 

「ニバ!」

 

飛び上がってきたヒバニーの両足がウールーの顔面を捉える。体毛に覆われておらず衝撃を軽減できなかった効果抜群の技にウールーは吹き飛ばされてしまう。

 

「ウールー!」

 

フィールドの端、俺の目の前にまでウールーが吹き飛ばされてくる。傷つき自慢の体毛は所々が焦げ付いてしまっている。見ていられなくなった俺がダンデさんに棄権を申し出そうとした時目を見開いたウールーが声を張り上げてくる。

 

「メェ!ンメェェ!」

 

「ウールー…でも」

 

まだ戦える、戦わせてくれと訴えてくるウールーに俺も覚悟を決めホップとヒバニーを見据える。

 

「…いけるか?」

 

「ンメェェェエ!」

 

「いけ、ウールー!『まねっこ』だ!」

「面白い、受けて立つぞ!ヒバニー、『にどげり』だ!」

 

ウールーの体からオレンジ色のオーラが飛び出し直前のヒバニーの動きをトレースする。蹴り上げたウールーの後ろ足と上空から降ってきたヒバニーの両足が空中で交差する。交差は一瞬、倒れたのはウールーだった。

 

「ウールー、戦闘不能。ヒバニーの勝ち!」

 

 

「ウールー…お前の気迫、よく伝わったよ。 ホップ!」

「なんだ!」

「今回も、俺が勝つ!いいや、俺達が勝つ!」

「いいや、勝つのは俺達だぞ!」

 

最後に投げ出したボールからメッソンが飛び出す。

ヒバニーとメッソン、互いに先のバトルによる疲労が残り息を荒くしている。長期戦になればどちらも不利になるとわかっているので速攻を仕掛ける。

 

「メッソン、『みずでっぽう』」

「躱して、『でんこうせっか』」

 

メッソンの吐いた水をぎりぎりでかわしたヒバニーの『でんこうせっか』がメッソンを吹き飛ばす。

 

「さすがだぞ!タイプの相性をばっちり理解しているんだな!」

「諦めるか!『みずでっぽう』」

 

再度吐かれた『みずでっぽう』をなんとかして回避したヒバニーが飛び上がり『にどげり』を繰り出してくる。

 

「それを待ってたよ!『しめつける』」

「力を込めろ!足の裏をもっと熱くするんだ!」

 

ヒバニーの足をしっぽで捕まえるが足裏の高熱にたまらず拘束を解いてしまいメッソンは蹴りをくらってしまう。またしても垣間見たポケモンの不思議な生態に焦りよりもワクワクが湧き上がってくる。二度目の技をくらったメッソンが膝をつく。

 

「そろそろ決着がつきそうだな」

「うん、でもさこの構図どこかでみたよね」

「ッ! まさか!」

「メッソンお前の力はそんなものじゃないだろ!もっと力を引き出すんだ!」

 

「メーソー! ソォォ!」

 

膝をついたメッソンの体から青い光が溢れ出す、今朝ホップと戦った時にも見た『げきりゅう』だ。追い詰められたポケモンの最後のばかぢからというべき力が絞り出される。

 

「メッソン!『みずでっぽう』」

「ジャンプして躱せ!」

 

強化された『みずでっぽう』はまさしく激流、すべてを飲み込もうとする水流をジャンプして躱すヒバニー。

おそらく次が最後の技だと悟る、メッソンもそれを感じ取ったのか既に両腕を構えて力を溜めていた。

 

「メッソン!『みずのはどう』!!!」

 

「ヒバニー!『にどげり』!!!」

 

『げきりゅう』の力を込めた『みずのはどう』はメッソンの体躯をも超える大きさとなった、ヒバニーの両足も高熱が臨界点に達したのか火を噴いて燃え上がっている。

 

 

「いけぇぇぇぇ!!!」

「やれぇぇぇぇ!!!」

 

二つの技がぶつかり合い、衝突は爆発を生む。ヒバニーの高熱により蒸発した水が水蒸気となりあたりを包み込む。どうか、どうかと祈りながら蒸気が晴れることを待つ。

ぼやけた視界の中で見えた影は一つ。

立っていたのは、メッソンだった。

 

 

「ヒバニー、戦闘不能!よって勝者アカツキ!」

 

ふっ、と足の力が抜け地面にへたり込んでしまう。みるとホップも腰を抜かしてしまったようで地面にへたり込んでいる。

くるりと反転したメッソンが胸に飛び込んでくる。腕を交差し、その小さな体を抱きしめる。

 

「ありがとう、ありがとうメッソン」

 

ただ言葉が溢れる。まだ出会って二日だがこの相棒を離したくないと思った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さすが俺のライバルだぞ」

 

バトルが終わればみんな友達、そんな言葉が脳裏をよぎるがもう俺たちは友達でありライバルだった。

 

「勝って嬉しい、負けて悔しい…」

「それを繰り返してオレ達強くなっていくんだな」

 

握手をして互いを健闘しあっているとパチパチと拍手が聞こえてくる。

 

「アカツキ!ホップ!なんて試合を見せてくれるんだ!」

 

ダンデさんは何かの封筒のようなものを差し出してきた。豪華な刺繍と蝋のようなもので口が固められた封筒だ。

 

「チャンピオンからの推薦状、お前たちに渡すしかないぜ!」

 

ニカっと笑ったダンデさんの笑顔が印象に残った。

 

「サンキュー、アニキ。俺もジムチャレンジで勝ち上がるぞ!」

「ありがとうございます、俺もがんばります!」

「ああ、若く粗削りだが素晴らしいバトルだった!俺もリザードンも全身の細胞がエキサイトしてやがるぜ」

 

チャンピオンにそう言われると照れるなと思っているとユウリとマグノリア博士も近くに来ていた。

 

「最後のもそうだったけどあたしとしてはウールーとヒバニーの対決がよかったわね」

「わたしは何とか最後に一矢報いたホップのココガラがよかったですね」

「アカツキ」

「ん?」

「かっこよかったわよ」

 

花の咲いたようなユウリの笑顔に一瞬胸が熱くなる。真正面から褒められたことで顔が熱くなり何故か恥ずかしさがこみあげてくる。

 

「あ、う、うんありがと」

「あら、照れた。照れたわね!」

「う、うるさいな照れてないよ!」

 

やはりユウリはこうでなければと口論するが先ほどの笑顔が頭から離れない。相手はユウリなのに。

そうこうしているとホップが興奮した口調で大きく叫ぶ。

 

「アカツキ!ユウリ!俺達鍛えあって三人でチャンピオンを目指すぞ!」

「「三人で?」」

「そうだ、三人で競い合ってさお互いのポケモンを育てるんだ!」

「三人で…いいねそれ」

「あたしも乗ったわ、あんたたちには負けないんだから!」

ホップの思いつきに同調したユウリがあることを思い付く、曰くすごく青春っぽいことだと。

それからホップ、ユウリと手の甲を重ねた俺たちは、

 

「俺は最強の!」

「あたしは頂点の!」

「おれは…最高、そう最高の!」

「「「チャンピオンを目指す!!!」」」

 

それぞれの『願い』、『想い』を夕暮れの星の空に誓い合った。

ちょうどその時星空の中から一つ、その星が流れて足元へと落ちてきた。なんだと思いよく見てみると不思議な石だということがわかる。

 

「お、おいユウリ、アカツキこれ『ねがいぼし』だぞ!しかもちょうどみっつ!」

「『ねがいぼし』ってなに?」

「『ねがいぼし』があればねあたしたちのポケモンもダイマックスできるようになるのよ」

 

「『ねがいぼし』は本気の願いを持つ者のところに落ちてくるという。お前たちの気持ちに引き寄せられてきたのかもな」

「ふふ、いいものですね若者のこういうところを見るのは。ホップ、ユウリ、アカツキ、その『ねがいぼし』を預けてごらんなさい」

「ああ!博士!俺たちにダイマックスの力をくれよな!」

「ええ、任されましたよ」

 

『ねがいぼし』を博士に預けたがまだ興奮も冷めやらない。熱が抑えられないのだ。

 

「まどろみの森では不思議なポケモンと戦ったし、なんだかすごいことが起きそうだぞ!」

「うん、今日一日でなんかすごい沢山のことがあったよね」

「はしゃぎたい気持ちもわかりますが明日からの冒険に差し支えますよ」

 

庭ではしゃいでいると二番道路から誰かがやってくる。あれはソニアさんだ。

 

「帰ってきたらなんか盛り上がってるわね」

「ああ、さっきまですごい勝負があったんだぜ!ソニアにみせられなくて残念だ」

「あはは、ダンデ君と一緒にジムチャレンジしてた時に散々みたっつうの…」

 

目線を下に下げソニアさんの顔が青くなっていく、口調からして幾度となくダンデさんととんでもないバトルに巻き込まれたのかが想像に難しくない。

 

「で、あんたたち晩御飯も食べていくんでしょ?」

「いいんですか?」

「いいわよ、わたし最近はやりの『カレーライスづくり』に嵌ってるから」

 

…………ほう?

 

「あ、これは…」

「不味いわね…」

 

ほうほう、カレーライス作り…とな?

 

「え、なになに?もしかしてカレー嫌いだった?」

「いえいえ、むしろ大好物です。楽しみにしています。あ、俺も手伝いましょうか?」

「あらそうなの、助かるわ。それじゃあ一緒に作りましょうか」

 

そうしてソニアさんと家の中に戻った俺はカレーライス作りに取りかかるのだった。

 

 

「そういえばホップ、アカツキはカレーライス作りが大の得意だって言ってたよな」

「ああ、アカツキのカレーはめちゃくちゃ旨いぞ。うまいんだけど…」

「うまいけど…なんだ?」

「アカツキ…カレーに関わると性格変わるのよね」

 

『きのみのすりつぶしが甘い!!!クラボの実はもっと荒くつぶして辛さを引き立てるようにしないと!!!』

『鍋の火加減が足りない!!!もっと手早く火を入れないと風味が逃げてしまう!!!』

『かき混ぜるスピードはもっと速く!丁寧に!!力強くしないとカレーに失礼です!!!』

『料理は愛情!!!カレーに対する愛情が足りていません!!!』

『ひぃぃぃぃぃ、もう勘弁して~~~』

 

「…ほら」

「ソニア…ファイトだ」

 

 

 

出来上がったカレーはみんなにとても好評だったが、しばらくソニアさんがカレーは見たくないというようになった。解せぬ。

 

 

 




カレーとか紅茶とか別に詳しくないですけど雑学知ってるとえらくなった気分になりますよね。
やっと日の目を見た主人公のカレー好き属性、多分唯一の個性だと思いますがこれからもなにか追加されるかもしれません。

そして変更点です。
『まねっこ』使用時のエフェクトを「桃色のオーラ」としていましたが、今回のお話から「○色のオーラ」と変更いたしました。コピーする技のタイプによった色とするつもりです。
前回までの『まねっこ』を「白いオーラ」と変更しました。


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8、ワイルドエリアの洗礼

ホップとの激戦を終え、みんなで楽しくカレーライスを食べた後はそのままマグノリア博士の家にお泊りさせてもらった。

『ジムチャレンジ』の開始は今日から五日後、既に開会式を行うエンジンシティにはプロジムリーダーや著名人に推薦を受けた腕利きのトレーナーが各地から集まっているらしい。

マグロリア博士の家で朝を迎えた俺たちはさっそくエンジンシティに向かうことにした。

 

「ねえあんた達、昨日不思議なポケモンと出会ったって言ってたわよね。あれどういうこと?」

 

朝食をごちそうになっているとソニアさんが昨日会ったポケモンについての話を聞いてきたので俺達三人の体験した限りのことを伝えた。

曰くそのポケモンは霧の中から現れ、あらゆる攻撃が無効化され、その姿と風格は王者のように優雅で力強かったことを。

 

「まあ、最後は気を失って覚えてないんですけど」

「なにそれ~」

 

興味津々だったソニアさんだが最後の最後を聞くと呆れた顔になってしまう。しかし本当だから仕方ない。

 

「ホップ、ユウリ、そしてアカツキ。これをお持ちなさい」

 

自室から出てきたマグノリア博士がなにか腕輪のようなものを差し出してくる。言われたとおりに腕に装着してみるととてもよく腕になじんだ。

 

「それはダイマックスバンド、昨日貴方達から預かったねがいぼしを埋め込んであります」

「おぉ、アニキと同じバンドだ!これで俺達も大マックスができるぞ!」

「おやおや、焦らないで。ダイマックスをするにはいくつか条件があるのだから」

「博士ありがとう!」

「ありがとうございます」

「俺も大事にします!」

 

 

「ふふ、貴方達にあげたポケモン図鑑を埋めるためにもこのガラルのいろんなところに行って、見て、聞いていらっしゃい」

 

優しく微笑みながらマグノリア博士が俺達を見送る。エンジンシティに行くために、俺たちはブラッシータウン駅へと赴いた。

 

 

「おや、ソニア。貴女は行かなくていいのですか?」

「わ、わたし?」

「まどろみの森で彼らが出会ったという不思議なポケモン、気になっているのでしょう?」

「あー、いやー、まあその…」

「はぁ、若きトレーナーたちが新しい一歩を踏み出したというのに貴女はそんなことでいいのかしら…」

「わ、わかった。わかりました!わたしも謎のポケモン調査のためにガラル地方をめぐってきますから!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ブラッシータウン駅に着くとお母さん達が待ち構えていた待ち構えていた、なぜ?

 

「あれ、かーちゃんどうしたんだ?」

「まったく、ヒバニーを貰った時からこうなるとは思ってたけど貰った次の日に行くとはさすがに予想外だったわ」

「そうよアカツキ、マグノリア博士がわざわざご連絡してくださったんだから」

「お~う、ユウリ~???無断で旅に出かけようとはいい度胸だな!??」

「マ、ママ!?」

 

頭にタオルを巻いてタンクトップの上から作業着を着ている女性はユウリのママ、色々なものを直す『修理屋』をしている町で一番頼れる人だ。

なんだか色々と言動がヤバい人だが比較的良い人だ。しかし、あのユウリが世界で唯一恐れるヤバい人でもある。やっぱりヤバい人だ。

 

「お母さんに一言もなしで色々してるのはいつものことだから許すがな~あ?今回ばかりは少しばかり急すぎるんじゃ、な・い・か・な~!??」

「ごごご、ごめんなさい!あ、あたしも反省してますから!」

「…ったく、ほら持ってきな」

 

そういって何かの入った大きなカバンを放り投げる。慌ててユウリがキャッチするとお母さんも同じものを俺に渡してくる。

 

「これは…」

「旅立ちのプレゼント、キャンプのための道具よ」

 

渡されたカバンを開くと中には調理用のガスバーナーや調理道具が一式、それにポケモン除けの施されたテントや夜に使えるランタンなどだった。

旅に出るとなれば必須なものだというのに昨日からの高揚ですっかり忘れていた。

 

「ジムチャレンジもそうだけど、しっかり体調にも気を付けるのよ」

 

「そうよ、ホップもダンデみたいに無茶しすぎるんじゃないよ」

 

「ッチ…無理すんじゃねえぞ」

 

お母さんたちに見送られ俺たちはエンジンシティ行きの電車へと乗り込む。母は偉大とはよく言ったものだ。

電車が動き出すと電車の窓から外の景色が見える。ふと見てみるとお母さんたちが手を振っている姿が見えたので急いで窓を開けて大きく叫ぶ。

 

 

「行ってきまーーーす!!!」

 

「かーちゃん!俺は最強のチャンピオンになってくるぞーーー!!!」

 

「ママーーー!!ありがとーーー!!!」

 

 

 

すぐに姿が小さくなっていく、俺たちの声は届いただろうかと話しているとやたらと顔の怖い職員さんが話しかけてきた。

 

「…他のお客様のご迷惑になりますので、こういったことは控えていただきますようお願いします」

「「「す、すいませんでしたーーー!!!」」」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

やたらと顔の怖い職員さん(顔とは裏腹にすごくいい人だった)に怒られた後はなるべく問題を起こさないように努めた。

スマホを使いエンジンシティの情報を探したり、ワイルドエリアのことを調べたりした。俺は行ったことがないがホップはワイルドエリアに行ったことがあるようだ。

 

「ワイルドエリアはな、ガラル地方の中央辺りをぐるりと占める広大な場所だ。沢山のポケモンが住んでてしかもすごい手ごわいらしいぞ」

「ホップは行ったことあるんでしょ?」

「俺はかーちゃんやアニキと安全なエリアでキャンプしに行っただけでよくわからないぞ」

「なあんだ、つっかえなーい」

「なんだと!」

「なによ!」

 

「……お客様、お静かにお願いします」

 

「「す、すいません!」」

 

 

しばらく電車が森を通過していると急に晴れた景色が広がる。外を見てみると見渡す限りの草原が広がっている。

 

「ホップ、ユウリ!これって!」

 

「ああ、ここが『ワイルドエリア』だ」

 

広い広い草原にぽつぽつと何かが見える。目を凝らしてみるとあれらはポケモンのようだ。すかさずスマホをかざしてみるとすぐに情報がでてきた。

 

「あれは、バルキー?知らないポケモンだね」

「俺も見たことないな」

「バルキーはエビワラーやサワムラーに進化できる中々珍しいポケモンよ。あんなポケモンまで生息してるなんて、さっすがワイルドエリアね!腕がなるわ!」

 

そういってユウリが立ち上がり腕まくりをしていると急に電車がブレーキをかけた。それに伴い、立っていたユウリが倒れそうになったが俺とホップが腕をつかんだことで事なきを得た、実に心臓に悪い。

 

「ユウリ、大丈夫?」

「え、えぇありがと。助かったわ」

「そうだぞ、危ないぞ」

「…うっさいわね」

 

いつもなら何か言い返すユウリだが声が小さくよく聞こえない。するとほかの乗客も気になり始めたのかざわざわと騒ぎ始めると車内放送が流れ始めた。

 

『現在、前方でウールーの群れが線路を塞いでおります。通行が不可能な状態となっておりましたので急ブレーキをかけさせていただきました。お客様方にはご迷惑をかけてしまい申し訳ありません、どうかご理解とご協力のほどをお願い申し上げます』

 

ピンポンパンポン♪となると車内放送が終了する。周りを見渡すと思っていたより乗客は慌てていない、今の放送からもこう言ったことはよくあるようだ。

 

「どうする?ウールーたちが動くまで待っとくか?」

「冗談、止まったのなら都合がいいわ」

「というと?」

「どうせならここからエンジンシティまで歩いていきましょ。いつかは冒険するんだし先に体験しておきましょ」

 

そのユウリの提案に賛成し俺たちは下車した。外に出ると他にも何人か降りてきている、腰のモンスターボールを見る限り俺たちと同じトレーナーのようだ。

これからどうしようか話し合っていると聞きなれた声が聞こえてくる、振り向いてみるとソニアさんが電車から降りてきていた。

 

「なんだ、ソニアじゃん」

「ソニアさんも来てたんですね」

「えぇ、おばあさまに言われたの。『若いトレーナーが旅立ったというのに、あなたはどうするの』って」

 

少し俯いてソニアさんが自嘲気味に話してくれた。

 

「…大変ですね」

「気にしなくていいから。それにあんたたちが出会ったっていう森のポケモンのことも気になるし、なにか分かればきっとおばあさまも認めてくれるわ」

「なるほど、大人って大変だな」

「手伝えることがあれば何でも協力しますからね」

「ありがと。じゃあお礼にエンジンシティまで道案内してあげるわ」

「おお、さすが大人だぞ!」

 

そうしてソニアが仲間に加わった一行はワイルドエリアを散策する。

広大に広がる草原は遠いエンジンシティが見えるほど広がっている。見えていることで近いと錯覚してしまうが地図で見るとかなり遠い、おそらく今日はキャンプとなるだろうとソニアさんが言った。

 

進んでいくと草原が終わり木々がまばらに生えているとことにやってきた。

 

「ソニアさん、道間違えてませんか?」

「こっちでいいのよ、ここから通った方が早くエンジンシティに着けるの」

 

さすが大人だと感心し林を抜けていくと突然目の前を何かが通って行った。驚いているとユウリがポケモン図鑑を開いている。

 

「あれは、ミツハニーよ」

 

はちのこポケモンミツハニーというらしい蜂の巣のようなポケモンは顔が三つもついている。説明を聞く限り三匹が固まって常に行動しているようだ。

ミツハニーはこちらを見つけると羽を震わしはじめる。なんだと思っていると木々の向こうからブンブンブンという風切り音が聞こえてくる。ま、まさか、

 

「ミツハニーの大群だぁ!!」

「「「うわぁぁっぁぁぁぁ!!!」」」

 

30匹を超えるミツハニーの群れ、昨日一番道路でポケモンに囲まれはしたがこれに比べれば生易しいと思えた。大量のミツハニーによる風切り音は体が震えあがり原子的な恐怖を感じさせる。

必死に逃げていた俺達だがなんと反対側からもミツハニーの群れが襲い掛かってきた。万事休すかと思った時群れの中から一匹大きなポケモンが出てくる。

ミツハニーより数段大きく下半身は蜂の巣そのもの、スカートのようにも見えるその姿はまるで女王だ。

 

「あれは、ミツハニーの進化系ビークインね。そうか、この群れは彼女の兵士ってことね」

 

囲まれてしまった状況にソニアさんが舌打ちをする。ビークインがなにかを指示するとミツハニーたちの動きが変わる。ゆっくりとこちらを包囲し始めたようだ。

 

「…あんたたち、まわりのミツハニー達を任せられる?」

「ソニア、何か手があるのか?」

「これでも元ジムチャレンジ参加者よ。わたしがビークインを倒すからそれまでお願いね」

 

そういうとソニアさんがボールを投げた。モンスターボールから出てきたのは研究所でも見たワンパチだった。

 

「こんなことなら他のポケモンも持ってくればよかったわね。ワンパチ、『スパーク』」

 

ワンパチの体をバチバチと電撃が覆っていく。電撃を纏ったワンパチの『スパーク』がビークインを直撃する、効果は抜群だ。

 

「よし、俺達もなんとかするぞ。いけ、ヒバニー!」

「お願い、ヤミちゃん!」

「頼んだメッソン!」

 

ユウリのヤミラミの『あやしいひかり』がミツハニー達を覆うと隊列を失いばらばらと散っていくとすかさずヒバニーの『ひのこ』がミツハニーを襲いどんどんとその体を墜落させていく。隊列を失っていなかったミツハニーが襲い掛かってくるが大きな的はむしろ当てやすい。

 

「メッソン、『みずのはどう』」

 

放たれた水の球体はミツハニー達に当たるとはじけその羽を鈍らせる、これならいける。ちらりと見ればソニアさんもビークインを押している。

 

「ビィィィィィ」ブゥンブゥン

 

それを見かねたビークインが新たな指示を出す、残っていたミツハニー達はビークインの体を遮るように集まっていく。これではワンパチの攻撃が当たらない。

 

「『ぼうぎょしれい』ってやつか、厄介ね」

 

ワンパチが近づけないでいるとビークインの体の巣に光が集まっていく。ミツハニー達がスッと移動し射線が明けられるとその光が放出される。調べてみるとどうやら『パワージェム』という技のようだ。

 

「く、ワンパチ『スパーク』」

 

『パワージェム』躱したワンパチが再び『スパーク』を行うがミツハニー達の壁によって阻まれてしまう。

なんとか俺達も援護をと思ったが残ったミツハニー達の足止めで精いっぱいだ。

 

 

 

「…あんまり、かっこ悪いところ見せられないわよね」

 

スッとソニアさんが額にかけていた眼鏡をかける。すると口に手を当ててなにかを考え始めている。

 

「あの壁はミツハニー達の集合体ミツハニー達はビークインの指令を受けて動いているじゃあ指令ってどうやって出しているおそらくビークインの出すフェロモンかしら多分そうねでもあの集合体でのなかでも指令はきっちり通っているわけだからなにか秘密があるはずよね…………」

 

ソニアさんがブツブツと何かを呟いている、こ、怖い。

そうしている間にもビークインとミツハニーによる攻撃がワンパチを襲うが縦横無尽に走り回るワンパチを捉えきれていない、すごい回避能力だ。

 

「っ! 見えた!」

 

眼鏡を外し汗をぬぐったソニアさんの目にはたしかな闘志が宿っている。

 

「ワンパチ、『スパーク』」

 

「イヌヌワ!」

 

再度の『スパーク』、ビークインはそれをみると巣へと光を集めていく。ダメだ、あのままでは壁を壊しきれなかったワンパチが返り討ちにあってしまう。

 

「ソニアさん!また『パワージェム』が来ますよ!」

「大丈夫、わたしとワンパチを信じなさい!」

 

『スパーク』の電撃がミツハニー達を焼くが突破するまでには至らない。にやりと笑ったビークインから『パワージェム』が放たれるかと思ったその時、

 

「ワンパチ、『ほえる』」

 

「グルルル、『イヌヌヌワン!!!!』」

 

ワンパチの小さな体から放たれたとは思えない大声量が周囲の音すべてを飲みこむ。その一瞬だけ、たしかに音が消えたかと思うと突然ミツハニーの隊列が崩れだす。

ビークインは驚きながらも『パワージェム』を放とうとするが隊列の崩れたミツハニー達が遮る壁となったことで慌てて発射をやめた。

 

「思った通り、指令はフェロモンと羽から出す音。風切り音を消し去ってしまえば指令はうまく伝わらないようね!ワンパチ、『ほっぺすりすり』!」

 

「ビ? ビィィィィィン!?」

 

その隙をついたワンパチがビークインに飛び移るとその頬をこすりつける。静電気を超える電気が送り流されたビークインはその体をしびれさせている。

ソニアさんはポケットからモンスターボールを取り出すとビークインめがけて投げつけた。

 

「行って!モンスターボール!」

 

吸い込まれたビークインが姿を消すとミツハニー達の動きも止まりその生末を見守っているとポン☆と気持ちのいい音が聞こえた。

 

「よし、ビークインゲットね」

 

「イヌヌヌワ!」

 

女王を失ったミツハニー達が散り散りと去っていく、なんとか窮地を脱したようで安心と同時に力も抜けてしまう。

 

「はぁ~、疲れたぞ」

「あたしも、なんか耳がキンキンするわ」

「まあまあ、ビークインも捕まえたし一見落着じゃない?」

「「「落着じゃない!」」」

「ご、ごめんってば~。わたしが昔通った時にはこんなビークインの巣なかったのよ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

その後林を何とか抜けると大きな池が見えてくる。どうやら今日はここでキャンプをするようだ。

俺たちはキャンプセットからテントを取り出し組み立てていく。ソニアさんの助言通り早めにテントの設営をしたことでなんとか日が暮れる前にテントを張り終えることができた。

思ったよりも大変だな、テント。

 

「明日はあの大きな橋を抜けていけばあとはエンジンシティまでまっすぐよ」

「本当か~、ソニアのことだからまたなにかハプニングが起こったりして」

「ホップったら、口が減らないんだから」

 

 

ワハハハハ、大変なことにも巻き込まれたがみんなで火を囲み星空の下で食べたカップ麺の味は忘れられないだろう。

 

 




はい、というわけでゲーム貯金が切れましたのでゲーム進めてきます。
小説書いて、ソシャゲ回してるとゲーム進める気力無くなりますよね。

よくわからないソニアの戦闘シーン、なんでこんなの入れたんだろうか。最初はイワークにボコられる洗礼だったはずなのに。


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9、ダイマックスの光

ワイルドエリアに到着して早々ビークインの襲撃にあってしまった俺達だがソニアさんと力を合わせて何とか切り抜けることに成功した。

キャンプで一夜を明かした俺たちはエンジンシティに向けて移動を始めていたが、如何せんまだ朝の6時少し過ぎだ。

 

「ふぁ…眠いね」

「そうね、いつもならまだベッドでごろごろしてた時間なのよね」

「わたしも…久しぶりのキャンプでちょっと鈍ってるかも」

「みんな情けないぞ!そんなことじゃチャンピオンにはなれないぞ!」

 

一昨日まではまだ自室のベッドでごろごろしていた時間だというのにホップの元気の良さは変わらない。思い返してみれば彼は毎日町を駆け回っていた気がする。

 

「あのホップの元気の良さの秘密を知りたい」

「毎日よく食べて、よく遊んで、よく寝てるからでしょ。あいつの生活スタイル昔からあんまり変わってないわよ」

「大人になるとちょっと眩しいわねあの子」

 

一人元気よくしているホップと俺たちの温度差がすごい。

しかしそこはまだ俺達も十代(ソニアさんを除く)、初めて見るワイルドエリアの光景を見るたびに興奮で眠気は冴えていった。

しばらく湖沿いを歩いていくと大きな橋が架かっている、おそらくあれが昨日ソニアさんの言っていた湖を渡るための橋なのだろう。

橋から見る湖の水はとても澄んでいて遠くのポケモンの姿を確認もすることができる。図鑑を使えば沢山のポケモンを知ることができる。

 

「お、あれはギャラドスだな。本物はでっかいな」

「あそこを飛んでるのは…ペリッパーだって、口大きいね」

「見てみて!あそこにいるのウパーよ!可愛くない!?」

「「あんまり」」

「あんたたち目ん玉腐ってるんじゃないの!?」

「ひぃ、理不尽!」

「あ、でもよく見れば可愛いかも。目のとことか」

「でしょでしょ!あたし捕まえてくるからちょっと待ってなさい!」

 

その後腕まくりをしながら湖に飛び込もうとしたユウリを何とかその場にとどめることに成功し、ついでにウパーがユウリの手持ちに入った。現在そのウパーの体にほおずりしているユウリを俺たちは息を切らしながら見つめる。

 

「はぁ、はぁ、何とかなったね」

「あぁ、メッソンが陸地近くまでウパーを追い詰めてくれたおかげだぞ」

「あぁ、可愛いわねウパちゃん。このぬぼーっとした目とかヌルヌルの体とか超可愛いわ」

「ウパ?」

 

捕まえるまでの手順はこうだ。

まず橋の上からメッソンを泳がせウパーを向こう岸まで誘導する、岸近くまで接近したウパーをサルノリが追い詰め、そして捕獲した。ちなみに一番大変だったのは湖に飛び込もうとしたユウリを力づくで止めたことだ、ホップと二人がかりでようやく互角というところにユウリのスペックの高さを実感する。

ウパーを捕まえてからは特に特筆すべきこともなくエンジンシティまでの道のりを歩いた。ソニアさんの言った通りまっすぐ進んでいったよりも早くエンジンシティに着くことができそうだと思っていると少し先の方角から突如として赤い光が空に上がる。

 

「なんだあの光!」

「行ってみましょ!」

 

光の立ち上がる場所まで走って向かったがすぐに光は途絶えてしまった。なんとか光の立っていた場所についてみるとポケモンとトレーナーが気絶していたので近くの木陰まで運んで話を聞いた。聞いてみるとどうやら野生のポケモンと戦っていると突如としてポケモンが巨大化し、そのまま自分もろともポケモンに蹂躙されてしまったらしい。

 

「巨大化って、まさか」

「ああ、ダイマックスのことだな!」

「ええ、ここワイルドエリアにはいくつかパワースポットといわれる場所が存在してね、そこにいる野生のポケモンがダイマックスする現象があるのよ」

 

ソニアさんの話によると本来ならばダイマックスには『ねがいぼし』と『パワースポット』二つの存在が必要不可欠だが、極稀にパワースポット近くに住んでいる野生のポケモンがダイマックスをしてしまうという現象が起こるらしい。いくつか事例が存在するが『ねがいぼし』なしでダイマックスするのか未だに謎らしい。

 

「ダイマックスする野生のポケモンか、俺ワクワクしてきたぞ!」

「ダイマックスしたポケモンは本当に危険よ、普通のポケモンとは比べ物にならないくらい強いのをわかってるの?」

「俺達にだってダイマックスバンドがある、こっちもダイマックスして対抗するんだぞ」

 

そういうとホップは腕に巻かれたダイマックスバンドを掲げる。確かにいまだ未知数な力だがこのバンドがあれば対抗することは可能だろう。

 

「はぁ、そういう考えなしなところがほんとダンデ君そっくり…」

「そうか、ありがとな!」

「褒めてないし…」

 

その後ダイマックスしたらしきポケモンを捜索したが見つけることはできなかった。

聞いた話では小さな鳥ポケモンだったらしいがダイマックスしたその身の丈は数十メートルにも大きくなったという、この広い平原にそのサイズのポケモンが立っていれば遠目からでもわかる。見つけられないということはもう元に戻ってしまったのだろう。

 

 

「とにかく、見つからないのならしょうがないわ。今はとにかくエンジンシティに急ぎましょ」

「仕方ないですね、登録も済ませないといけませんし」

「ちぇ~、ダイマックスしたポケモン見たかったのにな」

「ぐずぐず言わないの、ほら歩いた歩いた」

 

ホップは渋々といった態度でダイマックス跡地を後にする、本音を言えば俺も興味はあったがまずはエンジンシティに向かうのが先決だろう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ワイルドエリアは広大だ、文字通り地平線の先まで見渡すことができる。

そんなワイルドエリアと比べてみてもこの階段は大きすぎる。

 

「で、でかい!」

「はい、ここがエンジンシティ名物別名『心臓破りの階段』よ」

「ここ上るの大変なんだよな」

「どうもワイルドエリアから簡単にポケモンが入ってこられないように作られたらしいわね」

 

エンジンシティの入り口にまでついにたどり着いた。遠目からでさえその大きさは感じていたが近くで見ると二回りほど大きく感じる。確かに入り口には見上げるほどの大きな階段、その階段から左右に広がる壁は城壁ともいえる厚さと幅を持つ。人間の技術の神秘を感じた、科学の力ってスゲー!

 

「ほらー、アカツキー、置いて行っちゃうわよ」

「ごめん待ってよ」

 

感動していた俺を尻目に他のみんなは既に階段を上り始めていた、しかも既にかなり上まで登っている。そうして遅れて階段に足を踏み入れようとした瞬間突然吹き付けるような風が階段を叩きつける。

 

「ちょ、危ないわね」

「危うく階段踏み外しそうになったぞ」

「あーもー、まとめた髪が」

 

三者三様、ユウリはスカートを抑え、ホップは転びそうになったことで階段にしがみつき、ソニアさんは風で崩れた髪を直している。

風が吹いてきたのはエンジンシティのちょうど真正面、そちらを振り向くと空に向かって伸びる赤い光が見えた。

 

「こ、これって」

 

『ポォォォォォポォォォォ』

 

光の中から一匹のポケモンが現れる。見た目は確かに鳥ポケモン、ただしそのサイズが明らかに異常だ。

身の丈は十メートルを軽く越え二十メートルに届いているかどうかといったところ。羽ばたくだけで暴風を生み、周囲の木から木の葉が根こそぎ吹き飛ばされている。

暴風でカメラをあわせるのに苦労したがなんとかポケモン図鑑で捉えることに成功する。

 

「マメパト…体長は、0.3メートル?嘘つけ!」

 

現れたポケモンはマメパト、図鑑では平均的な体長は0.3メートルと書いてあるが見ての通り比べ物にならない。単純計算で70倍近い誤差などありえない。

 

「となると、こいつがさっき現れたダイマックスしたってポケモンか!」

 

先ほど聞いた鳥のポケモンという話からおそらくビンゴであろう。何とかしたいが巨大化したマメパトの起こす暴風に踏ん張るだけで精いっぱいだ。

 

「うぉぉ!すごいぞ!ダイマックスしたマメパトなんて初めて見たぞ!」

「言ってる場合じゃないでしょ!このままじゃ階段から落ちちゃうわよ!」

 

階段の上からホップの喜ぶ声とユウリの絶叫が聞こえてくる。たしかにこの状況では階段を上る三人の身が危ない、と考えているとソニアさんが暴風に負けないほどの大きな声で話しかけてきた。

 

「アカツキ!私たちは下に行けないわ!だからあんたがポケモンをダイマックスさせなさい!」

「無茶ですよ!俺ダイマックスなんてしたことありません!」

「いい!?よく聞きなさい!」

 

「ダイマックスしてるってことはここら一帯がパワースポットになってるの!時が来ればダイマックスバンドに力がたまって輝きだすからそうしたら「あ、なんか光ってきました!」それよ!あとはポケモンを一度出してからモンスターボールに戻せばなんとかなるわ!」

 

腕のダイマックスバンドが赤く光りだしたのでソニアさんの言う通り一度ポケモンを出す。

 

「頼んだ!メッソン!」

 

「メッソ……メソ!?」

 

流石にメッソンも目の前の巨大なマメパトに驚いたのか声を裏返らせている。振り向いたメッソンが「あれは無理」と訴えかけている、バトルに関しては血の気の多い相棒が既に涙目だ。

ダイマックスバンドの光がさらに強くなる、俺にもわかるほどのなにか大きな力が集まっていくことを感じる。

 

「メッソン!俺を信じろ!」

 

ダイマックスバンドをつけた右腕が光る。メッソンをボールに戻すと、バンドに集められたエネルギーのすべてがモンスターボールへと集まっていく。すべての力がモンスターボールに移行すると野球ボールサイズだったモンスターボールが両手でやっと支えられるほど大きくなる、体をぐらつかせながらなんとかモンスターボールを投げだした。

 

『メッェェェェソォォォォォ!!!!』

 

巨大化したボールから現れたメッソンが大きくなっていく、ついにはあの巨大だったマメパトと並ぶほどに大きくなった。大きくなった相棒に見惚れていると相手も敵の出現に警戒したのか巨大化した翼を広げて威嚇の意志を示すとすぐさまその翼を振り下ろした。

 

「うををぉおぉぉ!??」

 

先ほどまで吹いていた風がそよ風だったといわんばかりの竜巻が発生する。この時の俺は知る由もなかったが『ダイジェット』といわれる飛行タイプのダイマックス技だ。

背後の俺たちを守ろうとしたのかメッソンはその竜巻を正面から受け止める。ガリガリと嫌な音を立てるがなんとかその竜巻を受け止めた。

 

「えっと、えっと、これか。メッソン、『ダイアタック』!」

 

『メェェェソォォォ!!!』

 

ダイマックスしたメッソンが地面を殴りつけた瞬間、こぶしから打ち付けられたエネルギーが地面を通りマメパトの真下から放出された。

ダイマックスしたポケモンは通常の技を使えなくなる代わりにその溢れるエネルギーによって『ダイマックス技』という専用の技が使えるようになる。今の技はノーマル技が変化した『ダイアタック』だ。

その威力にたまらずマメパトが羽を広げて離脱する。明確な威力がわからないがかなりの痛手を与えたはずだ。

 

「よし、もう一発『ダイアタック』だ!」

 

殴りつけた地面からさらにエネルギーが放たれる。巨大化したマメパトに再度エネルギーが直撃し爆発を起こす。

 

「やったか!」

 

そんな俺の予想を裏切るよかのように爆風から無傷のマメパトが現れる。

『ダイウォール』、あらゆる攻撃を弾く無敵のバリアだ。直後、硬直しているメッソンに向けて放たれた『ダイジェット』が直撃する。先ほどのように腕で受け止めた時とは違い、体の真ん中を捉えた『ダイジェット』はメッソンの体を削り取る。

竜巻が収まるとメッソンはその場に倒れこむ、衝撃が地面を通り足元が揺れる。マメパトも満身創痍だがメッソンも戦闘不能直前、あと一度技を使うだけで精いっぱいだ。。

図鑑を確認し、残った技を確認する。見上げるとメッソンもこちらを見据えていた。

 

「……いけるか?」

 

『メェェソォォォォォ!』

 

大きくなってもその闘志に変わりは無かった。さすが俺の相棒だ。

 

「よし、これに全てをかけるぞ『ダイストリーム』!」

 

メッソンの口が最大限にまで開かれる。集められたエネルギーは水へと変換され放出される。『げきりゅう』で強化された『みずでっぽう』や『みずのはどう』すらも軽く上回る勢いと水量だ。

『ダイストリーム』を避けようとしたマメパトだが『ダイウォール』から立て続けに『ダイジェット』を使った反動がきたのか動けないでいた。

 

「いけぇぇぇぇ!!!」

 

あらゆるものを流し飛ばす激流に飲み込まれたマメパトがその姿を消す。激流が収まった後には雨が降り注ぐ。

水たまりに一匹の鳥ポケモンが落ちる。激流にもまれ、すべてのエネルギーを使い果たし傷だらけになったマメパトだった。

俺は静かにモンスターボールを取り出すと投げずに直接、触れるようにボールを当てる。抵抗することなくマメパトはボールに吸い込まれる。カチ、カチ、と手の中で震えたボールがその動きを止める。

 

「ゲット、だな」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その後いつの間にか元に戻っていたメッソンをボールに戻して階段をかけ上りエンジンシティのポケモンセンターに駆け込んだ。

メッソンもマメパトも大きく負傷しているものの安静にすればすぐに良くなるといわれて安堵の息を吐く。

 

「アカツキ、お疲れ様だぞ」

「ホップ…」

「お前もメッソンもすごくかっこよかったぞ」

「…ダイマックス同士の勝負って思った以上に大変だね」

「ああ、俺もソニアの言ってたこと理解したぞ」

 

『ダイマックスしたポケモンは本当に危険よ、普通のポケモンとは比べ物にならないくらい強いのをわかってるの?』

 

思い出す。たしかにあの大きさと強さは普通じゃない、自分の想像を大きく上回っていた戦いが今も瞼に焼き付いている。

 

「……よし、決めた!」

「どうした?」

「俺さ、もっともっとダイマックスをちゃんと極めたくなったよ。どんな力も使い手次第、俺がもっとうまく使えるようになればメッソンみたいに傷だらけにしなくてすむからね」

「そうだな、俺もウールーとヒバニーをもっと楽に勝たせてあげるようにならないとな!」

 

 

 

二人で待合室のソファから立ち上がりユウリとソニアさんの元へと向かう。

自分の半身たる相棒のためにもっとすごいトレーナーになろう、今はただそれだけを考えて強くなろう。

 

『ジムチャレンジ』開催まで、あと4日。




う、うーん。
一日筆をおいただけで最初書き方がわからなくなった。物書きって大変ですね。


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10、まだ見ぬライバル

エンジンシティに着いた直後に初のダイマックスバトルをおこなった俺とメッソン、そのあまりの迫力と強大さを実感した俺はさらにトレーナーとして強くなることを心に決めるのだった。

そしてバトルで捕まえたマメパトについてどうしようか考えた結果マグノリア博士に預けてみることにした。

 

「……はい、というわけでダイマックスしたマメパトを捕まえたんですが預かっていただけませんかね?」

『ええ、こちらとしても野生ポケモンのダイマックスは未だに不明なことが多いです。そのダイマックスしたというマメパトでしたらこちらで預かり存分に調査をしてみます』

「よろしくお願いします」

 

 

「というわけだ、マメパト。博士のところに行ってもあんまり無茶しないようにね」

 

「ポロッポー♪」

 

ポケモンセンターで一日しっかり安静にしたマメパトはもう元気いっぱいだ。昨日の戦いでかなりの負傷していただろうに、さすがポケモンセンターだ。

マメパトをモンスターボールに戻し、みんなの元へ戻ってからポケモン転送装置の場所へと赴いた。転送装置はとても奇怪な形をしていた。

 

「これは…なんだこれ」

「ロトム・インフォメーション、通称ロトミよ。ポケモンの通信や、主にポケモンリーグカードの編集に使われるわね」

「ポケモンリーグカード?」

「これよ、まあトレーナーの名刺?みたいなものかな」

 

そういってソニアさんから手渡されたのは一枚のブロマイドのようなもの、写っているのはダンデさんだ。

 

「アニキのリーグカードだな、俺も持ってるぞ」

「あたし持ってないわ、ダンデさんもう街には着いてるみたいだから会ったら貰っときましょ」

「まあ、こんな感じの自分の写真を加工したカードのことね。有名人のものほどレアなのよね」

「じゃあソニアさんのはどんなのなんですか?」

「わたしのはね……これよ」

 

ドドン!という効果音が聞こえてきそうなほど自信満々に出してきたリーグカードはラメなどの入ったおしゃれなものだった。

 

「さすが、ソニアさんのリーグカードはオシャレにできてますね」

「まあね、女の子としてはやっぱり自分の写真は綺麗に魅せたいし」

「でもアニキの方がかっこいいぞ」

「あんたはダンデさんのカードくらいしか知らないんでしょ」

「ふふ、まあこれは一般用。もっと力を入れたレアリーグカードも用意してるからいつかあんた達にも渡してあげるわ」

 

そうしてソニアさんから計二枚のリーグカードを受け取った。どちらもポーズや効果、ラメ加工など力が入っている。お洒落なリーグカード、俺も作ってみようかな。

さて、ひとまずリーグカードのことは置いておきロトミを起動させる。

 

『こんにちロ~、なにをしますロミ?』

「じゃあポケモンの転送をよろしく、場所はブラッシータウンのポケモン研究所ね」

『了解しましたロ~』

 

ロトミの中には文字通りロトムが入っていた。ロトムは電気タイプのなかでも特に珍しい電子機器に入り込むことができるポケモンだ。

最近のスマホもただのスマホではなくロトムを搭載したロトムスマホがノーマルだ。スマホの数だけロトムが?とかはあまり考えてはいけない。

 

俺は起動した転送装置にモンスターボールをセットし転送させる。これで博士の元に届いたはずだ。

 

「よし、アカツキの用事も済んだしさっそくスタジアムに行って登録してくるか」

「そうと決まれば即出発、一番乗りはあたしのものよ!」

「な、いつの間にかまた『くろいてっきゅう』が足に」

「これ取るの大変なんだぞ!」

「そのための『くろいてっきゅう』だも~ん!あ、ソニアさんはあたしと行きましょ」

「終わったらブティックとか一緒に巡ってみる?」

「賛成!都会のファッションも気になってたのよね!」

 

そういって俺達を置いてさっさと行ってしまった女子組を恨みがましく見つめながら、俺とホップは『くろいてっきゅう』をなんとか外しスタジアムに急ぐのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

エンジンシティはその名の通りエンジンでまわる街。

街のいたるところに蒸気を逃がす通風孔が設置されている、街そのものがエネルギーを生み出す発電所のような街だ。そして当然エネルギーで出来た街ならではの移動手段が存在する。

 

「これがその昇降機、街の下から上までを楽に行き来できるんだぞ」

「大きいね」

 

人が一度に十数人ほど乗れそうな大きな昇降機がむき出しのまま街の中央に設置されている。錆や劣化もあまり見られないところからしっかり手入れされていることがわかる。

 

「ユウリが見たら喜びそうだよね」

「ああ、あいつこういう機械いじるの好きだからな」

「多分もうこれに乗って上に行ってるだろうし俺達も行こうか」

「だな」

 

「リザァァァ!」

 

さっそく昇降機に乗ろうとした俺たちのところに一匹のリザードンが飛んでくる。周りの人たちもリザードンに驚いているが、すぐさまそのさらに向こう側からやってくる人へと視線が釘付けになる。

 

「あれはダンデさんだね」

「アニキ!」

「ようホップにアカツキ、少し見ない間に推薦状に相応しいトレーナーになったんじゃないか?」

「おう、ワイルドエリアを見て回った!ダイマックスも間近でみた!今の俺は一昨日までの俺じゃないぞ!」

「ハハハ、頼もしい弟だな!アカツキもこの調子で弟と高めあってくれよ」

「はい、頑張ります」

 

ダンデさんは嵐のように訪れ、嵐のように去っていった。本当に何時会ってもエネルギーに満ち溢れている人だ。

昇降機に乗り、街の上手まで一気に登る。昇降機から降りると目の前には大きなスタジアムが建っていた。

 

「これがエンジンシティスタジアム、ジムチャレンジの開会式が行われる建物だぞ」

 

まだ開会式まで三日あるというのに既にスタジアム周辺には沢山の人や出店が建っている。これが当日ではないというのが驚きだ。

この巨大なスタジアムに三日後、俺も足を踏み入れると考えただけで高揚してくる。

 

「ほんと、ハロンタウンもブラッシータウンも田舎だったんだんね」

「だな、でも当日はこの何倍も人が来るんだ。開会式の中継はそれこそ世界中の人が見る、考えただけでも感動で震えてくるぞ!」

 

「ビシッと行くぞ!世界が俺達を知るんだ!」

「うん!行こう!」

 

「んん~?君達も盛り上がってるボルね~?」

 

スタジアムまで走っていこうとした俺達に何者かが話しかけてくる。

くるりとそちらの方を向いてみれば目に入ってくるのはボールだった。しかもただのボールではない。頭にモンスターボールの被り物をした筋肉の塊、妙にガタイのいい謎の生命体が存在していた。

 

「…ホップ、知り合い?」

「おれ、こんな生命体知らないぞ」

 

二人で顔を見合わせるとスタジアムへと一気に駆け抜けた。

 

「酷いボルね~?あ、そこの君。モンスターボールあげるボルよ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おっそい!なにとろとろしてたのよ!」

「お前の仕掛けた『くろいてっきゅう』のせいだろ!」

 

スタジアムに着くと既に到着していたユウリとソニアさんと合流する。再開して早々元気な二人だ。

見渡すと俺達と同じ歳くらいの少年少女もいればそこそこ歳を重ねた人もいる。誰もかれもこのジムチャレンジへの参加資格を手にしている猛者ばかりなのだろうと思った。

まあ、トレーナー歴5日目の俺の目には誰が強そうかなんてのは全くわからないけど。

 

「とにかく、ちゃちゃっとエントリーするわよ。受付はあっちよ」

 

ユウリに急かされ俺たちは受付へと向かった。受付では俺達とそう変わらないくらいの少年がエントリーをしている最中だった。

しかし、派手だ。後ろ姿だけで派手なのがわかる。髪はウールーほどではないにせよもこもことしており、ショッキングピンクの服が目に痛い。腕を見ると高そうな腕時計に、さらにはダイマックスバンドまで装着している。一度見かけたらもう忘れられそうにない。

少年はエントリーが終わるとこちらに歩いてきた。俺とホップとユウリの顔を見てふっと笑うとそのまま通り過ぎて行った。

 

「なんだよアイツ…」

「なんかヤな感じ」

「ジムチャレンジ参加の方はこちらの方でお願いします」

 

ホップとユウリは少し怪訝な顔をしたが受付に急かされたのですぐに意識を戻す。

受付にダンデさんから推薦状を提示すると受付の人の目が見開かれる。

 

「おお!これはチャンピオンからの推薦状ですね」

「俺もだぞ!」

「あたしもよ!」

「なんと、ダンデさんが三人も認めたのですか!?」

 

チャンピオンの推薦状という言葉に周囲の視線が一気に向かってくる。それほどチャンピオンに認められるということはそれほど名誉なことなのだろう。

 

「貴方達は一体…」

「俺はホップ!ダンデの弟、そして未来のチャンピオンだぞ!」

「あたしはユウリ!名乗るほどの者ではないわ!」

「あ、アカツキです…」

「えっ、あっ、はい」

 

そんな周りの視線を気にすることもなく二人は声高々に自分の名前を叫ぶ。俺にそんな勇気はない。

受付の人がしばらく推薦状の確認を行ったあと、登録が完了した。

 

「お三方、全員のエントリーが終了しました。それではお好きな番号をお選びください」

「番号?」

「ええ、選んだ番号はジムチャレンジで使われるユニフォームの背番号として使われます」

 

なるほど、たしかに以前テレビで見たジムチャレンジでは選手のユニフォームに番号が振られていた。あれはこうやって決められていたのか。

 

「はいはい、じゃあオレは『189』だ!」

「じゃあアタシは『001』よ!」

「えっと、じゃあ俺は『114』でお願いします」

「はい、『189』『001』『114』ですね。登録完了しました」

 

その後ジムチャレンジ参加証の役目もあるチャレンジバンドを貰い、ホテルの案内状を貰った。どうやら参加者は無料でそのホテルに泊まれるらしい、太っ腹な大会運営だ。

 

「これからどうしよっか」

「あたしはソニアさんとブティック巡りでもしてくるわ」

「オレはもう一回ワイルドエリアで修行してくるぞ!」

「俺は街巡りでもしてくるよ、都会にはあんまり来たことなかったからね」

 

三人と別れた俺はとりあえずスタジアムをぐるりと見て回ることにした。

大きい、外から見ても大きなスタジアムだったが中はさらに広い、一部には入ることができなかったが観客席には入ることができた。当日にはこの何万人も入れそうな観客席がすべて埋まるのだろうと考えたが俺の想像力ではまだ不可能だった。

 

見るところも見たので受付のロビーで腰を落ち着けていると、一匹のポケモンがこちらめがけて走ってきた。

 

「うわ、なんだ」

 

「うららぁ!」

 

黄色と茶色と黒、なんとも不思議な色をしたポケモンだ。今はソファーに座っていた俺の足にしがみついている。

 

「ちょっとモルペコ、困らせちゃだめだよ」

 

どうすればいいかわからず右往左往していた俺のところに一人の女の子がやってきた。声からしてこの子がこのポケモンのトレーナーなのだろう。

俺はその子の格好を見て驚愕する。

なんてお洒落な恰好なんだ!

黒い髪をツインテールのように纏め、前髪を片方は下ろし片方をそり上げている。服もピンクのワンピースの上に黒のジャケット、靴はスパイク状のハイヒールときたものだ。

俺のようなひよっこオシャレかぶれの太刀打ちできる相手ではない。

 

「え!ちょ、ちょっとあんたいきなり地面に伏してどうしたん?」

 

女の子のあまりのおしゃれ力に圧された俺は地面にひれ伏してしまう。

そんな俺を心配してくれるあたりこのパンクな恰好とは裏腹に良い娘だなと直感する。

 

「い、いや、何でもないよ。ちょっと君のおしゃれ力に圧されただけだから」

「おしゃれりょく…?ようわからんけどとりあえず立ちあがり」

 

手を差し伸べてくれるあたりでさらに良い娘なのがわかる。さすがに地面に触れた手で汚すわけにもいかないので遠慮させてもらった。

膝に着いた汚れと手に着いた汚れをハンカチでふき取り、今度はこちらから手を差し出した。

 

「俺はアカツキ、よろしく」

「アタシはマリィ、よろしく」

 

マリィもそれに応えて手を出してくれた。トレーナー同士の礼儀、握手は大事だ。

 

「さっそくだけどこのこは君のポケモン?」

「うん、モルペコっていうの」

 

「うらら♪」

 

モルペコというポケモンは俺から離れるとマリィの足にヒシっとしがみつく。

 

「でもなんで俺のところに?」

「うちのモルペコ、強い人によう懐く傾向があるけん。アカツキの強さ、感じ取ったんやと思う」

 

強い人によく懐く、そういうポケモンもいるのかとまた一つ知ることができた。

とりあえずお近づきのしるしに乾燥モモンの実を上げるとすごい勢いで食べていった。

 

「すごい食いつきだね」

「モルペコ、食べるの好きやけん。空腹になると手が付けられんよ」

 

図鑑を確認してみるとどうやら電気・悪タイプのポケモンのようだ。時と場合によってフォルムチェンジという変身もおこなうというのには驚きだ。

しばらくマリィと立ち話をしていたが見た目とは裏腹にやはり普通の娘だということがわかってきた。モルペコの懐き様も見てとれる。

そろそろ街巡りを再開しようと思ったところでマリィにもお誘いをかけてみることにした。

 

「俺これから街巡りしてこようと思うんだけど、マリィも一緒にどう?」

 

少し考えたマリィだが答えはすぐに出た。

 

「遠慮しとく、アタシも行くとこあるし、それに…」

「それに?」

 

「チャンピオンに推薦されたトレーナーに弱みは見せたくないけんね」

 

そういってモルペコとマリィはスタジアムを出て行った。

どうやら既にチャンピオンに推薦されたという俺たちの顔と名前が流れているようだ、嬉しい反面緊張で少しお腹が痛くなってきた。

 

「さてと、じゃあ俺も行こうかな」

 

 

そうして俺はエンジンシティ巡りに繰り出すのであった。

 

 

『ジムチャレンジ』開催まで、あと3日




マリィの口調難しい。
博多弁の時もあれば、標準語と博多弁が混ざった時のようなときもあるし、初対面の時とか完全に標準語だったし。
こんなのどうすればいいんだ!(博多弁翻訳サイトで四苦八苦しながら)

変更点
モルペコの鳴き声をゲーム本編と同じ「うらら」に変更しました。


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11、エール団襲来!

エンジンスタジアムでエントリー登録を済ませた俺は、同じくジムチャレンジ参加者の少女マリィと知り合った。彼女と彼女の相棒モルペコと仲良くなったが別れ際に「チャンピオンに推薦されたトレーナーと仲良くはできない」(意訳)と言われてしまった、悲しい。

そんなこんなで一人でエンジンシティを回っていたがさすがは都会、見るものすべてが目新しくワイルドエリアで感じた興奮とはまた別の興奮を体験できた。

特筆すべきところはやはりバトルカフェ、トレーナーは店主とポケモンバトルを行い勝つことができれば一品プレゼントしてくれるという。

店主とミツハニーの繰り出す『あまいかおり』と『むしのていこう』に苦しめられたがなんとかウールーと勝つことができた。しかし、ミツハニーの繰り出すハチミツまみれになったウールーが機嫌を悪くしてしまった時は大変だった。

その後迷子になったポケモンの捜索を手伝ったお礼に『のどスプレー』を貰ったり、エンジンシティの路地奥にいた謎の青年に「まだ今じゃない、チャンピオンくらい強くなったらまた来なよ」と意味不明なことを言われたりした。応援してくれたのだろうか?

 

 

一日エンジンシティを堪能し、すっかり夕方になったのでホテルに向かうことにした。

貰った案内状に従いホテルまで来てみたがすごく大きい、『ホテル・スボミーイン』というエンジンシティで一番大きなホテルであった。このホテルも大会委員長の所有しているものだという。

ホテルに入ってみるとロビーの真ん中に大きな銅像が建てられている、剣と盾を手にした若者の銅像だ。銅像を見上げていると聞き覚えのある声が入り口から聞こえてくる、ホップとユウリだ。

 

「アカツキも帰ってきたのか、オレはワイルドエリアでさらに強くなってきたぞ」

「あたしはソニアさんとブティック巡り。さすが都会ね、ブラッシータウンの品ぞろえとは比べ物にならなかったわ」

「お帰り、俺も今来たところだよ」

 

今日一日の成果を語り合う。

ホップは池のポケモンを吊り上げようとしてギャラドスに襲われたらしく、辛くも逃げてこられたようだ。ワロタ。

ユウリはブティック巡りで一目ぼれした服を買おうとしたが都会料金には手が出せなかったらしい。ワロタ。

痛い痛い、ホップ首を絞めないで。ちょっとユウリ、足はソッチには曲がらない…アッ!!

人の失敗、笑うのダメ。でもマリィに街巡りを断られた話をしたら二人に笑われたので後で二人のカバンにカフェでもらったフエンせんべい(無包装)を放り込んでやろうと心に誓った。

二人にやられた首と足に喘いでいるとソニアさんがやってきた。ソニアさんは俺のことはスルーして銅像とガラルに伝わる伝説のことを話をしてくれた、面白かったけど酷いと思う。

 

「これはね、ガラルを救ったと伝えられる英雄よ」

「英雄…ですか?」

「大昔、ガラル地方の空に巨大な黒い渦、人呼んでブラックナイトが現れてね。あちこちで巨大なポケモンが出現してガラル地方を荒らして回ったんだって」

「世界の終わりみたいね」

「そのとき剣と盾を携えた若者が現れて各地のポケモンを鎮めたらしいわ。そしてこれがその若者、英雄をもとにして作られた銅像ってわけ」

 

改めて銅像を見上げる。

右手に剣を掲げ、左手で盾を構える勇ましい英雄の像。そういわれると先ほどまでより格好よく見えてくる。

 

「とは言っても英雄がどんな剣や盾を持っていたのかわからないし、そもそも黒い渦と巨大なポケモンの関連性も語られてないんだけどね」

 

まあ伝説というのはそういうあやふやのものだ、とソニアさんは話を締めくくった。

空に浮かんだ黒い渦、巨大なポケモン、剣と盾を携えた英雄。あの森で出会った謎のポケモンとはあまり関係がなさそうだと思ったがそれでも全くの無関係ということもないだろう。

その後、別のホテルをとっているといったソニアさんはホテルを出て行った。もう外も暗くなっているので俺達もチェックインしようと受付カウンターにまでいってみると受付には人だかりができている。

なにかあったのか近くの人に聞いてみることにした。

 

「ああ、なんかエール団とか名乗る集団がさっきから受付にいちゃもんつけててな。俺も早く部屋で休みたいんだがいい迷惑だよ」

 

確かに受付の前では奇妙な恰好をした集団がたむろしている。うーん、中々のファッションなのに勿体ない。

 

「我々、ジムチャレンジャー応援のためわざわざ都会に来たのです」

「ジムチャレンジャーたちと同じホテルに泊まりたいと思うのは当然のこと」

「なぜ我々は泊まれないのですか」

「ですから、現在警備の関係上不審な方のお泊りを制限させていただいておりまして、事前のご予約がありませんですと…」

「なんと!我々の誇り高いエール団衣装が不審だと!?」

「いえですから事前のご予約が…」

「我々、ジムチャレンジャー応援のためにわざわざ都会に来たのです」

「ジムチャレンジャー達と同じホテルに泊まりたいと思うのは当然のこと」

「なぜ我々は泊まれないのですか」

「あ、あれ?今話が一巡しませんでしたか?」

「話をそらさないでいただきたい」

「そうです我々、ジムチャレンジャー応援のために……」

 

なんだろう、彼らとフロントの人の話を聞いていると頭が痛くなってきた…

ホップとユウリ、その他周りの人たちの顔を見ても微妙に顔を歪めている。クレーマーというより話が通じていない、そんな感じだろうか

さすがにフロントの人も困っているようなので勇気を振り絞って彼らの前に足を踏み出した。

 

「なんですか、貴方」

「我々は今真面目にフロントの人とお話をしているのです」

「エール団の邪魔をするのならポケモン勝負ですよ」

「えっと、フロントの人も困ってますからちゃんと話を…」

「我々、邪魔をするならポケモン勝負といいました」

「そんな我らエール団の邪魔をするというならば」

「そのすごさをたっぷりじっくり教えーる!」

 

そうするとエール団と名乗る集団の中の男が腰のモンスターボールに手をかけた。すかさず俺も腰のボールを取り出しすぐに投げられるよう構える。

男はにやりと笑うとモンスターボールを投げだした。

 

「行くでーす、ジグザグマ!」

 

そう言って出してきたのはジグザグマ、図鑑で確認してみれば悪・ノーマルタイプのポケモンだ。

 

「いけ、ウールー!」

 

「メェェ~」

 

俺が出したポケモンは昼にもバトルカフェで頑張ってもらったウールー、ハチミツまみれになった体毛をお湯で洗って綺麗にしたばかりなので機嫌がいい。

 

「ジグザグマ、『たいあたり』でーす」

 

相手のジグザグマがウールーに向かってくる。しかしこちらのウールーは動かない、動く必要性がないのだ。

 

「ウールー、受け止めろ」

 

艶の増した体毛は以前にもましてふわふわとしている。この程度の『たいあたり』を受け止めるくらいわけがなかったのだ。

 

「なんですと!?」

「ウールー、『たいあたり』」

 

「ンメェェ!」

 

攻撃を受け止められ無防備な状態のジグザグマに渾身の『たいあたり』がクリーンヒット、一撃でジグザグマは目を回してしまった。

 

「ケ、ケンカを売っておいて負けた、俺めちゃくちゃみっともないな」

 

「どうだ、これで少しは話を……」

「われらエール団、仲間のためにすかさず戦います」

「仲間の敵、討たせてもらうわ」

「これもわれらの応援するジムチャレンジャーのため」

 

男に勝ちこれで話を聞いてくれると思っていると残っていた他のエール団が続けて勝負を仕掛けてきた。しかも三人がかりで。

 

「え、ちょっと…」

 

「行くでーす、ジグザグマ」

「行って、クスネ」

「行きなさい、クスネ」

 

出てきたのは先ほどと同じジグザグマと一番道路でも見たクスネ。たしかクスネも悪タイプだったはず。だが三対一はさすがに厳しいと思っていると人ごみの中からホップとユウリが飛び出してきた。

 

「ホップ様参上!助けに来たぞアカツキ!」

「ユウリ様参上!あんたにだけいい格好はさせないわよ!」

 

不敵に笑う二人の姿を見ただけで心強くなってくる。

 

「うん、お願い助けて!」

「「任せられた!!!」」

 

そういうとホップはココガラを、ユウリはウパーをボールから繰り出した。

 

「がぁがぁ!」

「ウパ?」

 

「エール団は負けないのでーす、ジグザグマ『たいあたり』でーす」

「「クスネ、『しっぽをふる』」」

 

「ジグ!ザグ!」

 

「「クスス、ネ」」

 

三匹の中から一匹だけ飛び出してきたジグザグマの後ろでクスネが『しっぽをふる』を使う。そのしっぽの動きに気を取られていたウールーへジグザグマの『たいあたり』がヒットする。

幸い、体毛の上からの攻撃だったので大事には至らなかったが完全にクリーンヒットの攻撃で危なかった。

 

「ココガラ、クスネに『つつく』だ」

「ウパちゃん、クスネに『みずでっぽう』よ」

 

フリーになっていたクスネ二体にココガラとウパーの攻撃が迫る。

 

「「クスネ、躱しな」」

 

「「クスス」」

 

クスネ達は『つつく』を華麗に躱し、『みずでっぽう』をギリギリで躱すとそのままその大きな尻尾でココガラ捕まえてしまった。

 

「なに!?」

「「クスネ、『ふくろだたき』」」

 

「「クスススス!!」」

 

「がぁ!??」

 

しっぽに捕らえられたココガラにクスネ二人掛かりでの『ふくろだたき』が炸裂する。いいようにボコられたココガラは何とか抜け出すが相当なダメージをくらってしまった。

 

「あたしたちのクスネは二体で一体!」

「この無敵のコンビネーションをどうにかしないと勝ち目はないわよ!」

「あらそう、ウパちゃん『しろいきり』」

 

「ウパー」

 

「「へっ?」」

 

ウパーの口から出た白い霧が二匹を包み込む。

こちらからも見えなくなってしまったが霧の中からクスネ達の戸惑いの声が聞こえてくる。どうやらかなり混乱しているようだ。

 

「で、でもこれじゃあんたたちのポケモンも攻撃できないでしょ」

「そ、そうよ、気にする必要はないわ」

「ウパちゃん、『みずでっぽう』」

 

「ウパー」

 

ウパーの放った『みずでっぽう』が霧の中のクスネ一体を捉える。霧の中から押し出されたクスネはその無防備な体を晒してしまう。

 

「そこだココガラ、『みだれづき』」

 

「がぁ!がぁ!がぁ!がぁ!がぁ!」

 

その隙を逃さずココガラ怒りの『みだれづき』がクスネを襲う。先ほどいいように攻撃されたことで怒っているようだ。

怒りの五連続『みだれづき』を食らったクスネはたまらず目を回し戦闘不能に陥る。

 

「ホップ、ナイスアシストね」

「お前もだぞユウリ」

 

二人は互いに右腕を上げてハイタッチ。未だに状況が理解できないでいるエール団を無視して霧の中のクスネを再度同じやり方で戦闘不能にする。

これで残るはジグザグマただ一体だ。男はクスネ二体が倒されたにもかかわらずこちらをしっかりと観察している。

隙が無い、が無いなら作るだけだ。

 

「ウールー、『まねっこ』」

 

「ンメェ!」

 

ウールーの体が青いオーラに包まれるとウールーが口から『みずでっぽう』を繰り出す。

ウールーから出たまさかの技に男もジグザグマも目を丸くする。『みずでっぽう』の直撃したジグザグマに止めを刺す。

 

「ウールー、『にどげり』」

 

「ンメェェ!」

 

ウールーのよく鍛えられた後ろ脚から放たれた『にどげり』がジグザグマを直撃、悪とノーマル二つの効果抜群で威力は倍の倍。ジグザグマも耐えられなかった。

すべてのポケモンを失ったエール団が後ずさりをする。突然勝負をかけられ、三対一を強いられそうになったこちらも引く気はない。

お互いに睨み合いが続いていたが、予想外の声が沈黙を破る。

 

「みんな、なにしてんの…」

 

全ての視線が声の主へと引き寄せられる。声の主は俺の知っている相手だった。

 

「あれ、マリィ?」

「「「「マ、マリィ!?」」」」

「あんたたちがジムチャレンジャーを気にするのはわかるけどさやりすぎだって」

「あ、あのぅ、その…えっと」

 

さっきまであれほど強気だったエール団の気迫が明らかに削げていく。まるで隠していた秘密がばれて怒られた時の子供のようだ。

するとマリィがこちらを向き、目が合うと深々と頭を下げてきた。

 

「ごめんアカツキ!エール団はアタシの応援団なんだけどみんな浮かれて迷惑をかけたみたい!」

「あ、うん。まあ俺はいいけど他の人とかホテルの人に迷惑をかけたのはちょっとね…」

 

そう俺が言うとマリィはエール団をキッと睨み付け大きく声を上げた。

 

「ほらみんな、早よ謝り!」

 

「うららぁ!」

 

「「「「ご、ごめんなさいでした!」」」」

 

マリィに怒られたエール団は深々と頭を下げると超スピードでホテルを出て行った。

あんなに大きな声を出すんだとマリィを見つめていると少し顔を赤くしてもう一度俺に頭を下げてきた。

 

「ごめんねアカツキ。みんなあたしの応援に夢中で他のジムチャレンジャーに迷惑かけてるみたいで」

「う、うん。まあ他の人たちに迷惑をかけないようにいってくれれば俺はそれで」

「ありがと、みんなほんとは悪か人やないんやけどね」

 

エール団が去りフロントには他の待っていた人たちが押し寄せていたので俺達はソファーのところにまで移動した。

その後ホップとユウリがマリィを紹介してくれと頼んできたのでフロントが空くまで四人で時間をつぶした。

特にユウリはマリィが気に入ったのかぐいぐいと距離を詰めたり、抱き着いたりしている。マリィはユウリの圧に圧されされるがままにされている。たまに助けを求める視線が飛んでくるがユウリをどうにかできるわけがないので目を逸らすと裏切り者!と言われた気がした。

 

 

その後チェックインを終えた他のジムチャレンジャーや一般客からお礼を言われたりもした。

 

「君たちやるね、さすがはチャンピオンに推薦されただけあるよ」

「ジムチャレンジでは負けねぇからな!」

 

「ありがとうね、これでやっとチェックインできるよ」

「ジムチャレンジ応援させてもらうよ!」

 

 

すこし気恥ずかしかったが勇気を出して彼らの前に出た甲斐はあったと思えた。

その後俺達がチェックインに行くとフロントの方にもお礼を言われた。

バトルでロビーを汚してしまったので掃除を手伝いますと申し出たがそこはホテルのプライドがあるようで「戦闘があった前よりも綺麗にします」と目に炎を燃やしていた。

 

チェックインを終えホップ、ユウリ、マリィと別れた後自分の個室に入る。広々とした個室に一人きり、なんというか久々に一人で落ち着けた気がした。

今日も一日色々なことがあったなと思いながらふかふかのベッドで一夜を明かした。

 

『ジムチャレンジ』開催まで、あと3日。




ユウリ「ウパちゃんが霧の中のクスネに攻撃を当てれた理由?」
   「勘よ!」

ウパー「ウパ?」


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12、カレーなる1日

余裕をもって話を書こうと思いジムチャレンジ開催までの日数を増やしたらネタがなくなってきたのでここいらで頭のおかしいカレー狂の一日を書こうと思います。

思い付きで『ジムチャレンジ開催まであと〇日!』とか書いたりするもんじゃないですね。


皆さんは『カレーライス』を知っているだろうか?

まあもちろんカレーライスを知らない人間がこの世に存在するとは思えませんが一応の確認です。人間が自己を覚知し始めたころから既にカレーは思考の中に存在するといっても過言ではありません。

『カレーライス』とはその名の通り『カレー』を『ライス』にかけて食べる食品です。もちろんライス以外にもパンで食べたり本場といわれるどこか遠い国では『ナン』といわれるパンの一種のようなもので食べるのが一般的だと言われています。

しかし、ここガラル地方はもとより多くの地方では『カレー』は『ライス』にかけて食べるものだということがもはや常識です。

もちろん『カレースープ』のようにサラサラとしたものや『カレーうどん』や『カレー蕎麦』、ひいては『カレーラーメン』のように食べ合わせる主食に合わせて形を変えることができるのもカレーの魅力の一つです。

しかし!やはり『カレー』は『ライス』にかけて食べてこそ輝くもの!!!

この世にカレー食品が数多に存在すれど『カレーライス』を超えるカレーの食べ方は存在しないと今!ここで!!断言しよう!!!

あぁ、『カレーパン』はまた別枠でお願いしますね。歩いているとき、片手で作業しているとき、ポケモンバトルをしているとき。どんな状況に陥ったとしてもカレーが食べられる『カレーパン』も至高の食べ方の一つと言えます。カリカリに上げたパンを噛み締めるとジュワっと溢れるカレーソース、甘く作られたパンが辛めのカレーに合う合う。揚げたて、作り立ての美味しさでは『カレーライス』に勝るとも劣らぬと言えよう。

 

……話が脱線しましたが『カレーライス』とはこの世に存在するあらゆる食品の最上位、いや頂点といっても過言ではありません。

知らない人間などいない、嫌いな人間などいない、食べたことのない人間などいない。

そう、『カレーライス』を食したことのない人間なんてこの世界には存在しないんです。

 

 

「アタシ『カレーライス』生まれてこん方食べたこと無か」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 

そう、そんな人間がこの世界に存在することなどありえなかったはずなのだ。

 

事の発端は少し前、エール団騒動の終わった次の日の朝だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ホテルでの快適な一夜を過ごし昨日の騒動で溜まった疲れも吹き飛んだ。

朝食に顔を出すと既に席を確保していたいつもの二人、そしてユウリに捕まったらしきマリィと三人でテーブルを囲む。なんとこのホテル宿泊費のみならず食事代も大会運営が支払ってくれるという、太っ腹すぎる運営に感謝しながらホップと大量の料理を注文してやった。

 

「…すごい量やね」

「あんた達朝からよくそんなに食べれるわね」

「まあ成長期だしね」

「タダより旨いものはないぞ」

 

さすがは一流ホテル、食事のレベルも一流だ。まあ他にホテルに泊まったことなんて数えるほどしかないんだけど。

ホップと二人で食べ進めていくと、ついに俺の待ち望んでいた一品がやってきた。

 

「お待たせいたしましたこちら、30種のスパイスを使ったビーフカレーでございます」

来タァァァァァァァ(ありがとうございます)

「アカツキ、逆だぞ」

 

昨日泊まっているときに調べてみて見つけたこのホテルの名物カレー。

30種類にも及ぶきのみをスパイスにし、じっくり一日かけて作っているらしいそのカレーは謳い文句に恥じない芳醇な香りとスパイシーな香りを醸し出している。

カレーがソースポットからライスの上にかけられた瞬間、これは『カレーライス』として完成する。スパイシーな香りと感動で目に涙が浮かんでくる。また一つ素晴らしいカレーライスの誕生に立ち会えたのだ。

 

「それじゃあ、頂きます」

 

目と耳で楽しんだ、ならば次はその味を確かめるために一口分のカレーとライスを均等にスプーンの上にのせて口へと運ぶ。何者も邪魔することのできない至福の時間、そのはずだった。

 

 

「そういえばアタシ『カレーライス』生まれてこん方食べたこと無かね」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 

耳がおかしくなったのかとその時は思った。事実口の中に運んだはずのカレーライスの味がいつまで経っても感じられない。鼻から抜ける芳醇な香りを捉えることはできたのだが、そこから生み出されるカレーとライスによる天井のハーモニーがいつまでたってもやってこないのだ。

俺はカレーとライスの味を感じとることができないままゴクリと嚥下した。

 

「…マリィ、今なんて?」

 

スプーンを一度テーブルの上に置く。きっと何かの聞き間違いだろう、それを確認するためカレーから一度意識を離しマリィへと意識を向ける。

 

「え、いや生まれてこん方『カレー』って食べたことないなーっt「キェェェェェェ!!!」えぇっ!?なんと!?」

 

わけがわからなかった。カレーを、食べたことが、無い?そんなことはあり得ない、生物としての理に反しているんじゃないか!?

俺の中の常識がガラガラと音を立てて崩れていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

まさかこの世界にカレーを食べたことのない生命体が存在しているなんて思いもしなかった。

今は朝食を終えて俺の部屋にみんなが集まっている。ショックでまともに立ち上がれなかった俺をみんなで運んでくれたらしいが記憶にない。

 

「えっと、ようわからんけどごめんね?」

「い、いや。気にしないでいいよ、マリィが悪いわけじゃないから」

「そうよ、マリィちゃんは気にしなくていいのよ」

 

少しおびえた様子のマリィをユウリがヨシヨシと撫でている。一緒にご飯を食べていた男が突然奇声を上げたうえに放心状態と化していたのだ、俺だって怯えるし交流を真剣に考える。ちなみにホップは頼んだ料理を一人で処理したらしくベッドの上で死体と化している。

宇宙開闢の瞬間から存在していたといわれるカレーを食べたことがないことに驚きはしたがさすがにもう落ち着いた。ならば俺にできることはないのかと考えた、答えはすぐに出た。

 

「よし、決めた。マリィ」

「な、なんと…?」

 

まだ少しその瞳には怯えが見え隠れしているが俺の言葉にちゃんと返してくれたようで安心する。そして彼女にいらぬ心配と恐怖を与えてしまった俺ができることなんて決まっている。

 

「俺の、オレの作ったカレーを食べてくれ!!!」

 

カレーの頂を目指す男…いや『漢』としての意地とプライドをかけてマリィに最高の思い出とカレーをプレゼントして見せる!!!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カレーの道は一日にしてならず。

マリィに自分史上最高のカレーライスを作り、最高の思い出をプレゼントすることこそ俺にできる唯一の償いだ。マリィに猶予を貰った俺はさっそくカレー作りのために街の食材売り場に足を運んだ。

 

「さすがはエンジンシティ、品ぞろえが段違いだ」

 

街の食品売り場はブラッシータウンとは比べ物にならないほど品ぞろえが豊富だ。あれこれと目移りしてしまうが今日はマリィのためのカレーだと頭を振り思考を戻す。

 

「具材はオーソドックスにニンジン玉ねぎジャガイモでいいとして、肉はミルタンクかケンタロスあたりが無難かな」

 

マリィはカレー初心者、であれば変化球を狙う必要などない。王道の食材をカゴに入れた後、肉の種類を選ぶ。代表的なミルタンク肉とケンタロス肉のどちらを選ぶか。

ミルタンク肉はケンタロス肉と比べて柔らかく、同じくミルタンクの乳から作られるモーモーチーズ辺りとの相性は抜群だ。反してケンタロス肉は筋が多くて硬いがいいエキスが出てカレー全体のレベルを引き上げてくれる。

 

「…今日はミルタンク肉にしておこう」

 

チーズとの相性も考え食べやすいミルタンク肉にしておく。もちろんモーモーチーズも忘れずにカゴに放り込んだ。

あとはスパイスとなるきのみの選別だ。今から作るとなればそれほど多くのきのみを調理する時間はない、恐らく10種類が限界だ。きのみの品ぞろえも申し分ないがやはり鮮度ではブラッシータウンのきのみ売り場に軍配が上がる。

 

「良い辛み成分のあるフィラのみ、水分と酸味が特徴のイアのみ、ミルタンク肉では物足りないうまみ成分を足すためのネコブのみ辺りかな」

 

ここいらのきのみはよく使われる定番の食材。特にフィラのみとネコブのみは外せない。

 

「辛さを引き上げるマトマのみ…これは数欠片もあれば十分かな。シュカのみの香ばしさも捨てがたいし、ッ!…あれはタンガのみ!あんまりきのみを炒る時間がないからスパイシーなきのみがあって助かった!」

 

激辛料理にも使われる赤いトゲが特徴のマトマのみ、炒ることで香ばしさが倍増するシュカのみと少しの量でも刺激的な味にしてしまうタンガのみがあれば使えるきのみの少なさを緩和できる。

 

「あとは…」

 

目を見据えてきのみ売り場の最奥を睨む。

鎮座しているのはその希少性とバトルでも活躍する場の多いとされる高級きのみ売り場だ。売り手をしているおじいさんの目も鋭い、盗みなどすれば一発で見破られそうだ。

足を踏み入れてその品ぞろえと値段に目を見開いた。

 

「あ、あれはチイラのみ!?それに辛さではマトマのみにも引けを取らないとされているヤタピのみも!!?」

 

今まで本でしかその存在を見たこともなかった高級きのみが鎮座している中で、売り場の中央、ガラスケースの中に飾られているあるきのみに目が止まる。

 

「ア、アッキのみ…」

 

地獄のような辛さに猛烈な渋みを兼ね備えたアッキのみ、カレーを奉ずるものとして一度は使ってみたいと思っていた伝説のきのみだ。値段を見ると目が飛び出そうだ、とてもではないが俺のお小遣いの手が届くものではない。

おとなしく普通のきのみ売り場に戻ろうとすると視界の端にあるものを捉える。

 

「『ワイルドエリアのきのみ分布図鑑』?」

 

高級きのみ売り場の端っこに置かれている一冊の本に目が付いた。どうやら売り物ではないようで鎖につながれている。

ページをめくってみると広大なワイルドエリアに自生するきのみが生る樹やヨクバリスやホシガリスの住む樹の情報が記載されている。ヨクバリスといえば一番道路で戦ったあの存在を想起させるが、彼らの本職はきのみ集めのスペシャリスト。交渉次第で貴重なきのみを手に入れることも可能だという。

俺は本の内容を隅から隅まで頭に叩きこむと、本を閉じ覚悟を決める。

俺が再度きのみ売り場から出ていこうとすると売り手のおじいさんが口を開く。

 

「…坊主、行くのかい?」

 

その言葉に振り返ってみるとおじいさんがこちらを見据えている。

 

「やめときなされ。ワイルドエリアは自然とポケモンの織り成す危険区域でもあるんだ。坊主みたいな若者にあの気候と立ちふさがる守護者(ヨクバリス)たちをどうにかすることなどできんさ」

 

カタカタと入れ歯らしき歯を打ち合わせて笑う。その言葉にはきのみを採取して数十年、という重みらしきものを感じた。まあ、きのみ売り場の入り口にそう書いてあっただけなんだけど。

 

「無理かどうかは問題じゃないんです」

「ならば、何故挑む?無理だとわかっていて、なお」

 

「美味しいカレーを食べさせてあげたい人がいるんです。そのために俺は行きます」

 

おじいさんに背を向け俺はきのみ売り場を後にする。

買った食材をホテルに預けるとワイルドエリアを巡るための足を準備する。レンタル自転車とウェアを借りエンジンシティの入り口を抜ける。

二日ぶりのワイルドエリアは依然として広大だ。遠目にはところどころに雲も見える、天気もいいとは言えないだろう。

不安な気持ちを押し込め頬を強く叩いて気合を入れる。自転車にまたがりグリップを握り、今草原を駆け抜ける!

 

「ワイルドエリアがなんぼのもんじゃい!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

前言撤回、ワイルドエリアの天候変化恐ろしすぎます。

 

「ぐぁぁぁぁ、雨が痛い!雷怖い!」

 

エンジンシティの入り口があるキバ湖東といわれる平原を抜けその先の坂を下ると橋が見えてくる。橋の前に立っていたバックパッカーの男の話ではここから先はポケモンの強さも段違いになるという。

橋を抜けると突然の嵐にさいなまれた。雨と雷雲で前がよく見えなかったが幸いこの天気のおかげか出歩いているポケモンがあまりいなかったのは幸運だった。そのまま嵐のエンジンリバーサイド、ハシノマ原っぱを駆け抜けると次は砂嵐が吹き荒れていた。ストーンズ原野、巨人の帽子ですれ違うポケモンに精神を削られながらも何とか切り抜けることに成功したが正直もう一度同じ道を通って帰れる自信がない。

げきりんの湖といわれる湖に到着すると自転車のパーツを取り換え水上を走れるように変形させる。湖の上を自転車で走り抜けるなんて正気の沙汰ではないがなんとかヤタピのみが自生しているという小島にたどり着いた。

 

「ここが」

 

なるべく音を立てずに上陸する。ここにも強力なポケモンが住んでいると本には書いてあった。

それほど大きくない島なので樹はすぐに見つかった。しかし不幸にもその樹にはポケモンが巣を張っているではないか。

 

「ウォーグルにワシボン、今の俺じゃあとても…」

 

ここまでかと諦めかけていると親ウォーグルと思われるポケモン達が声を荒げて巣を離れていく。巣には眠りについたワシボン達だけとなった。

 

「(これはチャンス!)」

 

静かに、そして素早く樹に接近しココガラをボールから呼び出す。ココガラは樹に生っているヤタピのみを二つも採集して戻ってくる。

 

「(お手柄だぞ、ありがとう)」

「(ガァガァ)」

 

ヤタピのみとココガラをカバンとボールに戻しすぐさま樹から離れる。親ウォーグルたちが戻ってきたのだ。俺は池に放置していた水上自転車にまたがり全速力で駆け抜けた。途中ギャラドスとかが追ってきたような気もするが覚えていない。

げきりんの湖をなんとか離脱しその勢いのまま砂嵐吹き荒れるワイルドエリアを抜けハシノマ原っぱまで帰ってくる。天気は相変わらず嵐のままだが今のままの方が都合がいい、雨と雷の音が自転車の音をかき消してくれるからだ。

次のターゲットはハシノマ原っぱに存在するというチイラのみ、通り抜けた時は気が付かなかったが小さな池の中の小島に生えているそうだ。嵐で氾濫する池を抜けるのは至難の業であったが途中現れたランターンが自転車の電気エネルギーを強化してくれたおかげでなんとかなった。凶暴で好戦的なポケモンばかりではないことを神に感謝した。

 

嵐の中、小島に佇む一体のポケモン。図鑑で確認してみた。

 

「エルレイド、礼儀正しく武人としての誇りを持つポケモン…」

 

さきほどのランターンと同じく優しいポケモンなのかもしれない、勇気を振り絞り一歩を踏み出した瞬間地面に一筋の亀裂が走る。エルレイドの腕から発せられた空気の刃だ。

 

『なんのようだ』

 

「ッ!テレパシー?」

 

『この離れ小島にわざわざ来るとは、それにこのような悪天候。このきのみが狙いだな?』

 

エルレイドは格闘・エスパータイプを併せ持つ珍しいポケモン。エスパータイプの持ちうるテレパシーという相手と心で会話できる力を持っているようだ。

少しどころではなく驚いたが話の通じる相手ということで気が楽になった、もしかすると話し合いでどうにかなるかもしれない。

 

「そうです、俺はどうしてもそのチイラのみが欲しくてここに来ました」

 

『己が実力の足りないことを知ってか?』

 

「そうです」

 

エルレイドは暫し考えた後チイラのみをこちらに放り投げる、しかも二つも。慌てて受け取るとエルレイドは踵を返して樹の下へ戻る。

 

『お前が腕を上げ、力をつけた時またここに来るがいい』

 

エルレイドはこちらへの興味を無くすと瞑想に入る。良くはわからないがただできのみをくれたことに頭を下げて礼を示す。帰りはなぜか湖が荒れておらず楽に帰ることができた。

あとはアッキのみだがこればかりはさすがに本にも入手場所は書いていなかったので諦めるしかない。

帰り道のエンジンリバーサイドでカムラのみを手に入れようとしてドラピオンに遭遇した。ヤバい。

 

「ドゥラララァァァ!!!」

 

鋏を勝ち合わせ威嚇してくるドラピオン、エルレイドの紳士さとは比べるべくもない。カムラのみは既に手に入れた、ならば後は逃げるだけだと自転車を漕ぐが進まない。

 

「あ、パンクしてる!」

 

自転車には『どくばり』が刺さっている。周りを見渡すとドラピオンの配下らしきスコルピが待機していた。どうやら奴らの仕業のようだ。

覚悟を決めて俺はすべてのポケモンを出す。

 

「メッソン!ウールー!ココガラ!」

 

「メッソ!」

「ンメェェ!」

「ガァガァ!」

 

襲い掛かるスコルピ達は一匹一匹が俺達と同じくらいの強さをしている。

しっぽの鋏をウールーが受け止めると体毛が切り裂かれる。ココガラの『つつく』は効果は抜群だが敵の数が多すぎて手が足りていない。嵐による雨のおかげでパワーアップしたメッソンとドラピオンが対峙する、『みずのはどう』を受け止めたドラピオンの『ミサイルばり』が襲う。メッソンは『みずでっぽう』で迎撃するが接近したドラピオンの『どくどくのキバ』を食らい猛毒状態になってしまう。俺が治療のために近づこうとすれば四方から『どくばり』が邪魔をする。

絶体絶命のピンチ、この嵐の中で俺の冒険は終わってしまうのかと諦めかけた次の瞬間、

 

「アーマーガア、『きりばらい』じゃ!」

 

「アァァァ、ガァァァ!!!」

 

突如突風が吹き荒れスコルピが吹き飛ばされドラピオンがターゲットを変える。

風の吹いた方向を向いてみると今の突風で雲の一部が晴れたのか光の中に黒く大きなポケモンが現れる、ガラル地方の空の覇者アーマーガアだった。

 

「お、おじいさん?」

「カカカ!坊主のここまでの冒険見せてもらったぞ。最近の若い者にしては度胸あるじゃねぇか」

 

カタカタと入れ歯を鳴らし現れたのはきのみ売り場のおじいさんがアーマーガアの背中から現れた。

 

「どれ、ちょいと揉んでやるわい」

 

「ドゥラァァァ!!!」

 

突如現れたアーマーガアにドラピオンは一歩も怯まず『ミサイルばり』を飛ばす。

 

「アーマーガア、『てっぺき』」

 

しかし瞬時に鋼鉄と化したアーマーガアの表皮はそんな針など受けつけない。それを見て悟ったドラピオンは飛び道具でダメならばと伸縮自在の腕を伸ばしてアーマーガアを捉えると『どくどくのキバ』を突き立てる。腕が伸びることを見たおじいさんは既に地面に降りている。

しかし鋼の体はキバすら通さず、逆にドラピオンのキバを砕いて終わる。

 

「ドゥラァ!?」

 

「終わりじゃ、『ブレイブバード』」

 

「アァァァァァ!!!」

 

自慢のキバをへし折られ驚愕しているドラピオンを無視しアーマーガアの体が青く燃え上がる。不死鳥のように燃え上がったアーマーガアの『ブレイブバード』を食らったドラピオンはたまらず戦闘不能に、嵐で氾濫する池へと落ちていった。ボスがやられスコルピ達も姿を散らしていく。ウールーは体毛を切り取られ、ココガラとメッソンも毒を食らっている。急いで『どくけし』を使い治療しボールに戻すとおじいさんが近づいてきていた。

 

「ありがとうございましたおじいさん」

「なに、わしが勝手にやったことよ」

「…もしかしてウォーグルが突然巣から離れだしたのはおじいさんの仕業ですか?」

「さて、あそこのウォーグルたちは気性が荒いからの。大型の鳥ポケモンの接近に気づいたのかもしれんの」

 

そういってアーマーガアに目線を向けるとアーマーガアがそっぽを向く、そうだと言っているようなものだ。

もう一度、深く頭を下げる。

 

「大変な状況を二回も助けてもらって、ありがとうございました」

「カカカ、まあいいってことよ。乗ってけ、自転車もう使えねえだろ」

「ッ!ありがとうございます!」

 

その後アーマーガァの背中に乗せてもらった。既に日が傾き、空は夕日に染まっている。ワイルドエリアの広大な自然と夕日に染まった空の光景は絶景の一言だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あんたほんと馬鹿じゃないの!どうしてカレーの材料買いに行ったら全身ずぶ濡れポケモンも瀕死に近くなってるのよ!」

「ごごご、ごめんなさい」

 

エンジンシティのホテルに帰るとユウリに怒られた、頭が揺らされて気持ち悪い。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

「うるさいわよ!どこの世界にカレーの材料とるために嵐と砂嵐突っ切る馬鹿がいんのよ!」

 

待って、本当に気持ち悪くなってきた。今日は朝ごはんしかまともに食べてないけどなんかせりあがって…

 

「…う」

「う?」

「う"お"ろ"ろ"ろ"ろ"ろ"ろ"」

「キャー!ちょっとこんなところで吐くんじゃないわよ!」

 

ロビーで吐いた。このあと滅茶苦茶(ホテルの人に)謝った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

場所は変わってまたもやワイルドエリア、ここは過去にホップも家族ときたという安全なキャンプエリアだ。

 

「で、なんでここに来たわけ?」

「オレもなんにも聞いてないぞ」

「…アタシも聞いとらん」

「ふっふっふ、それはこのためだよ!」

 

キャンプエリアで借りた大きな鍋とかまどを見せる。そう、最高のカレーをごちそうするのも大事だが今回の本当の目的は何だったか。そう、マリィの最初に食べるカレーを最高の思い出にすることだ。ならばみんなで作って食べたほうが美味しいに決まっている。最高に美味しいカレーを目指していて忘れそうになっていたが帰りにあの夕日の光景を見て思い出したのだ、そこに至るまでも大切だってことを。

 

「えっと、ここまでせんでもよかな?」

「マリィはそう言ってるけどモルペコはどう?」

 

「うららぁ!」

 

「だってさ!」

「いまのわかるのマリィちゃん?」

「えっと、『やりたい!』って」

「なんでアカツキがわかるのよ…」

 

事前にモルペコはきのみで買収済み、計画通り。ニヤ

 

「よし!みんなで美味しいカレーを作ろう!オー!」

「「オー!!!」」

「お、オー…」

 

「うららぁ!」

 

野菜類は手先の器用なユウリに任せて俺は今日手に入れたきのみを潰して炒っていく。うん、シュカのみとタンガのみの香りはやっぱり素晴らしいね。

 

「アカツキ、お肉はどれくらいに切ればよか?」

「一口大に。切ったらフライパンでさっと表面を焼いてうまみを閉じ込めるんだ」

「わ、わかった」

「おーい、アカツキ。水汲んできたぞ」

「ありがとうホップ、じゃあご飯を炊いておいてくれる?」

「了解だぞ!」

「ちょっと!玉ねぎが目に染みるんだけど!」

「ココガラ、野菜が飛ばないくらいに風を起こしてあげて。そうすればあんまり染みないから」

 

「ガァ!」

 

「あら、染みなくなったわ」

「なんか切った時に出る飛沫とかを飛ばせば染みづらくなるんでだって」

「よし!染みないならこっちのもんよ!」

 

みんなが指示通りに動いてくれたおかげでカレー作りはスムーズに進む。チラリとマリィを見てみればモルペコと一緒にミルタンク肉を切っている、心なしか嬉しそうに見える。

全ての材料の準備が整ったら大鍋に野菜を入れ火を通し、一度焼いたお肉を投入する。水はそこそこに大鍋にイアのみ数個ぶち込む。

 

「これは炒らなくていいのか?」

「イアのみは水分が多くてちょっと酸っぱいからね、水分の半分はこれから出すんだ」

 

その後、炒った8種類のきのみを鍋に入れる。しばらくすると色が濁りカレー特有の茶色に変化していく。

 

「はい、ここでみんなも一緒に混ぜて」

「よしきた!」

「あたしの腕を見せてあげるわ!」

「が、頑張るけん!」

 

「うららぁ!」

 

四人と一匹、五つの木べらで大鍋を囲み混ぜていく。

 

「ホップちょっと強いよ!ユウリは速すぎ!マリィはもうちょっと速めに、モルペコは最高!ちょうどいいよ!」

「なんかモルペコにだけ甘くない!」

 

「うららぁ!」

 

ユウリにどや顔を向けるモルペコ、それを見たユウリの手が一瞬木べらをへし折りそうになったが何とか自制してくれた。このカレーに木べらなんて入ったら台無しなので助かった。

順調にカレーをかき混ぜていくと色も濃くなり木べらも重くなってくる、水分が減ってきた証拠だ。あとは最後の難関、ズバリ

 

「よし、じゃあみんなで愛を入れるよ!」

「任せろ!俺のハートが一番だぞ!」

「あたしの愛が一番に決まってるでしょ!」

「え?え?愛?愛ってなんか?」

「愛だよ!カレーに対する愛情を込めるんだ!」

「「「せーの!」」」

「も、もうどうにでもなんね!」

 

「うららぁ!」

 

みんなで木べらを取り出しカレーに向かって愛を送るとみんなの胸から出た黄色いハートがカレーに吸い込まれていく。

 

「あー!今回もアカツキのが断然大きかったぞ」

「まああたしたちじゃアカツキのカレー愛には勝てないか」

「ふふん、もっと褒めてもいいよ」

「なんや…もう、わからん」

 

「うららぁ!」

 

ハートを取り込んだカレーが一層輝くと今まで見たこともなかった光の柱が上がる。こんなことは初めてだ!

 

「いつもよりすごいぞ!」

「これは期待できそうね!」

 

光が収まり、カレーが完成する。みんなで作った、マリィに贈る初めてのカレーの完成だ。

出来上がったカレーを炊きあがりのご飯に寄そう。いつもよりカレーの光沢もご飯も輝いて見える、自他ともに認める最高の出来だと確信する。

 

「どうぞ、マリィ」

「ありがとう」

「モルペコも」

 

「うららぁ!」

 

まずはやっぱりこの二人に食べてもらおうということで二人分をテーブルに用意する。見られて食べるのは恥ずかしかとマリィが言ったがもうガン見である、特にユウリはもう開かんばかりに開いている。

 

「ほらほらマリィちゃん、じゅる、早く食べてくれ、じゅる、ないとあたしたちが食べられないじゅるよ」

「うう、ユウリは目がえずかばい」

 

既にモルペコは夢中になってカレーを食べている。それを横目で見たマリィは目を閉じ、大きなひと口を運ぶ。ひと口を噛み締めている時間がとても長いように感じる。本当にマリィを満足させられる一品になっているのか不安な気持ちが湧いてくる。そしてマリィが目を開けるとスプーンを持っている手とは反対の手を口に当て小さく呟いた。

 

「…美味しか」

「…本当?」

「うん、こんな美味しかもん初めて食べたばい」

 

心底美味しかったと感想を残しすぐにマリィは二口目を口に運ぶ。一口目より素早く飲み込みすぐさま三口目に突入した。

 

「……はぁ~、よかったー!」

 

その顔を見ればわかる、本心からの言葉だということが。力が抜けて倒れそうになるが両隣にいたホップとユウリが体を支えてくれる。

 

「ありがと」

「さ、オレ達もはやく食べるぞ!」

「あたしもお腹ペコペコよ!」

 

「うららぁ!」

 

「あ、モルペコがもう一杯完食してる」

「早すぎるぞ!オレも負けてられないな!」

「ちょっとホップつぎすぎよ!あたしの分が減るじゃない!」

 

モルペコとホップとユウリが自分の分のカレーを我先にと争いあっている。みんながついでから俺もつごうかなと思っているとマリィに声をかけられた。

 

「ねぇアカツキ…」

「ん、なに?」

 

 

「最高の一杯やったよ、もう忘れられんたい」

 

花のように咲いたマリィの笑顔に少し吹き出しそうになるのをこらえる。

 

「マリィ…」

「うん?」

 

「口の周りにカレー付いてる」

「? /////ッッ!!!こ、こっちみんね!」

 

 

その後カレーをふき取り顔を真っ赤にしたマリィに死ぬほど追い掛け回された。今日一日でとんでもない体力を使ったがマリィの笑顔は忘れられそうにない。

 

 

 

『ジムチャレンジ』開催まで、あと2日。

 

 

 

 

 

「モルペコ!//『オーラぐるま』//!!!」

 

「うららぁ!!!」

 

「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

「ア、アカツキぃぃぃ!」もぐもぐ

「死んだかしら」もぐもぐ




祝!初一万字超え!
…おかしい、どうしてカレー作るだけの話が一万字超えに?後半のモチベ上昇がすごかったけどマリィの方言大丈夫だろうか…

あと作者はバーモンドのカレーくらいしか作ったことありませんのでカレー作りが雑なのは目を瞑ってくださいm(_ _)m


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13、嵐の中で

カレーなる一日を送った先日、雨風吹き付ける中自転車を漕いで走り回ったことによる当然の帰結というべきか俺は風邪を引いた。おかしい、カレーを食べたのだから風邪などひくはずがないというのに。

 

「そういうわけだからアカツキ、今日は寝とくんだぞ」

「…うーん、できればマリィ辺りに看病してほしかったよ」

「アホ、明後日にはジムチャレンジ開会式があるんだぞ。飲み物置いとくからちゃんと寝ておけよ」

 

そういってペットボトル入りの水を置いてホップが出ていく。まあ当然と言えば当然だ、明後日には世界中の人が待ち望む『ジムチャレンジ』が始まる。その直前に看病をして風邪を貰ったり、ましてや風邪にかかるなんてもってのほかだ。

幸いただの風邪らしく今日明日ゆっくり休んでおけば治ると医者は言っていたのでおとなしく休んでおこうと思い毛布に包まり眠りについた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深い深い眠りの中、少しばかり誰かの夢を見た。

 

 

ボクの周りには沢山の仲間がいる、この広い広い草原で沢山の仲間と暮らしているのだ。仲間に囲まれ毎日草原を駆け回りご飯を食べる、そんな充実した毎日を送っている。

しかし気象の変化が激しいこの辺りではそんな毎日が長くは続かない。日輪に照らされる心地のいい天気かと思えば、少し時間が経つと雨や雪に見舞われるなんていうことも珍しくはない。この広い自然ではその天候の変化を感じ取り生き延びる力が必要不可欠である。

幸いボクたちの種族はその力が他の生物よりもずっと優れている、人間たちの言葉を借りれば『じんつうりき』とでもいう不思議な力だ。仲間の中でも強い神通力を持つものが天気の変化を察知することで安全に別の場所へと移動ができる、そうやってボクたちの群れは特に危険にさらされることもなく生きてきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「んぅ…」

 

そんなところで目を覚ます、夢を見ていたようだ。寝て起きたばかりだからなのか鮮明に覚えている。沢山のポケモンに囲まれている夢だ。

 

「あれは…ワイルドエリア?」

 

夢の中に出てきた広い広い草原、そして移り変わりの激しい天候には思いあたりがある。ちょうど昨日その洗礼を自力で抜けてきたばかりなのだからすぐに当ては着いた。

ボーっと今見ていた夢のことを考えているとガチャリと扉の開く音が聞こえた。

 

「あら、アカツキ起きてたのね」

「ユウリ、お見舞いに来てくれたの?」

「まあそんなところよ。はいこれ、お腹すいたでしょ」

 

そういってユウリは小さめの土鍋を出してきた。中身はおかゆ、どうやらホテルの人に頼んで作ってもらったらしい。こんな個人的なオーダーにも対応してくれるなんてさすが一流ホテルだなとこのホテルの評価が二段階近く上がった。

 

「それ食べて薬飲んで、ちゃんと寝ときなさい」

「食べさせてくれないの?」

「あんたね……まあいいいわ、あんただけジムチャレンジ不参加なんて認めないもの。ちゃんと良くなるのよ」

「はーい」

 

同年代の女の子に看病してもらうなんて夢のようだ。本当ならこんなことを頼む勇気も無いのだがおそらくこの時は風邪でおかしくなっていたのだろう、後で死ぬほど恥ずかしくなるのが目に見える。

おかゆがお腹に入るとじんわりと少しずつ体を温めてくれる。食べおわると薬を飲んでもう一度毛布に包まった。

 

「じゃ、あたしは部屋に戻っとくわね。ちゃんと寝ときなさいよ」

「ありがと、おかゆ美味しかったよ」

「恥ずかしいから誰にも話すんじゃないわよ!!///」

 

バタンと大きな音を立ててユウリは扉から出て行った。満腹感とちょうどいい眠気が体を襲い、俺はもう一度夢の中へと落ちていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

また同じような夢を見ている。

 

 

群れのリーダーであるボスのしっぽはいつも艶々していてボク達子どもの憧れだ。

 

『ねえリーダー、ボク達のしっぽもリーダーみたいに綺麗になれるの?』

 

『ああ、なれるともさ』

 

『どうすればリーダーみたいに強くて綺麗になれるんですか!』

 

仲間の中でも特にやんちゃな子がリーダーに質問する、それはボクも含めたみんなも知りたかったことなので目を輝かせてリーダーを見つめる。

 

『そうですね…まずやはり神通力をうまく使えるようにならなければいけませんね』

 

『オレうまく神通力使えないんだよー!』

 

『アタシは最近石とか浮かせられるようになりました!』

 

『それは素晴らしいですね。もしかしたら君が次のリーダーになるのかもしれません』

 

『やったー!リーダーに褒められた!』

 

『ずるいぞ!オレだってなぁ…』

 

神通力をうまく使えるようになること、やはりそれが進化への近道なんだとみんなで語り合う。リーダーに褒められた子は嬉しそうにしっぽを右に左に震わしている、羨ましい。

 

『あとはそうですね…一番大切なことがあります』

 

『一番大切なこと?』

 

『はい、それは熱き炎の力を宿した石を手に入れることです』

 

石?皆一様に顔をかしげた。確かに自分たちは火を出したり炎を吐ける、だがそれは他の種族も同じこと。進化に石が必要など聞いたことがない。

 

『ワタシも昔、あるトレーナーに頂いたのですよ。このスカーフもその時に頂いたものです』

 

そういってリーダーのトレードマークである赤いスカーフを自慢げに見せつける。リーダーのスカーフはとてもオシャレなのでみんな次のリーダーに選ばれたときに欲しいと言いあっている。

 

『すげー!オレもその石とスカーフ欲しい!』

 

『とはいえワタシも長らく長を務めてきましたが石を見たのも数えるほど。進化したものは群れを分けて別れるのが常識ですからね』

 

強くなったもの達は群れを分けて新しい群れのリーダーになるのだという。それならば他にリーダーのような進化体を見たことがないのもうなずける。

 

『オイリーダー、天気が怪しくなってきたぞ』

 

『わかりました今行きます。…ではみなさんも頑張ってくださいね』

 

『『『はーい!』』』

 

 

群れを率いたリーダーの背中を見つめる、風でしっぽとスカーフがはためく。ボクもいつかあんな風に強くて格好いい存在になりたいなと思いながら。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そこまで見たところでまた目が覚める、まさか同じような夢を連続して見るとは思わなかった。

リーダーといわれていたポケモンには見覚えがある、黄色い体毛に大きくて立派な九本の尾が特徴のポケモンといえばただ一匹。

 

「キュウコン、それにその進化前のロコンか」

「なに調べとーと」

「ああ、今見てた夢に出てきたポケモンでさ……ってうわマリィ!?」

 

ビックリした。図鑑でポケモンを調べていると横からズイっとマリィが顔を出してきたのだ。あまりに自然に質問してきたので最初全く気が付かなかった、ちなみにモルペコはきのみを食べている。

 

「い、いつから?」

「ちょっと前。アカツキが起きて早々図鑑当たり始めたけん気になってしもうた」

「ああ、そう。って、俺今風邪ひいてるから早く出て行った方がいいよ?」

 

マリィに風邪を移してしまったりすれば俺はどう責任をとればいいのかわからない。結婚したのか?俺以外の奴と?

 

「大丈夫、お見舞いの品持ってきただけやけん」

 

「うららぁ♪」

 

「これって、ラムのみ?」

「そ、風邪の時はこれが一番効くけんね」

 

ラムのみは万能きのみとしても有名だ。バランスの取れた栄養素とすっきりした味で食べやすく、ポケモンの状態異常回復にも用いられるきのみだ。もちろんカレーにも使える。

マリィは少し危なっかしい手際でラムのみを剥いていく。俺が代わろうか、と質問すると「自分でやるけん!」と強く断られた。

しばらくして少し不揃いながら皮をむいたラムのみが出てきた。ちゃんとフォークも添えてくれている。

 

「うん、美味しい」

「よかった…」

 

ラムのみのすっきりとした甘さと渋みと辛みと苦みのする何とも言えない味がたまらない。すぐに最後の一個まで食べてしまい、最後の一個にフォークを伸ばした時モルペコが手を伸ばしている姿が見えた。

 

「…食べる?」

 

「うらら!」

 

最後の一つはモルペコと半分こした。きのみ一つ分を丸ごと食べたのでさすがにお腹が膨れ眠気もやってきた。

 

「じゃあ、アタシも戻るけん。お大事に」

 

「うららぁ♪」

 

「うん、ありがとうね」

 

マリィとモルペコが部屋から出ていき、またしても部屋に一人きりになる。特にやることもないので眠気に身を任せもう一度眠ることにした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

今度は見覚えのある光景を夢に見た。場所はエンジンリバーサイド、昨日散々通り抜けそしてドラピオンの群れに襲われた場所だ。

俺の記憶と同じく嵐が吹いている。雨と風に翻弄されながらロコンの群れをリーダーのキュウコンが先導している。

 

『みなさん、この先にある橋を抜ければ嵐を抜けますよ、頑張ってください』

 

リーダーの指示に従いロコンたちは嵐を抜ける、炎タイプの彼らにこの嵐はきついだろうとみているとそんな彼らを狙う刺客が現れる。

 

『スコルピ!ということは…!』

 

『ドゥラァァァ!』

 

「あれは昨日俺たちを襲ったドラピオン」

 

そう夢に出てきたドラピオンは昨日俺たちを追い詰めたドラピオン率いるスコルピ達の群れ、強力な毒で敵を追い詰める厄介な連中だ。

 

『くっ、嵐の中でさえなければ!』

 

『リーダー!この嵐では炎が弱まってスコルピ達にも対応しきれません!』

 

『みなさん!不得手でも構いません、炎ではなく神通力を使って対応してください』

 

毒タイプにはエスパータイプの技が効果は抜群、この悪天候の中でもリーダーのキュウコンは的確な指示をもってスコルピ達の群れに対処している。

 

『アタシの神通力を食らいなさい!』

 

あの神通力が得意と言っていたロコンがスコルピ達を薙ぎ払っていく、今更だがロコンの見分けがつくのは何故なのだろうか?

 

『おら!オレの神通力くらえ!』

 

『スコォ!』

 

『くそ、オレの神通力じゃ倒しきれねぇ!』

 

『ボクがフォローするよ!』

 

未熟なロコンの神通力ではスコルピを倒しきれていない。

その視点が高速に動く、恐らくこの視点の持ち主による『でんこうせっか』だろう。『でんこうせっか』を受けたスコルピはそれで目を回してしまう。

 

『助かった!』

 

『ボクたち二人で戦おう!』

 

『わかったぜ!』

 

神通力が得意なものはスコルピをなぎ払い、不得手な者たちは二人三人でスコルピに対応している。神通力で指示を出しているキュウコンやロコンならではのコンビネーションだ。

 

『ドゥラァ!!!』

 

しかしそんな状況に腹を立てたドラピオンがついに前線に姿を現した。

 

『あれが敵のボスです!一斉にいきましょう!』

 

『アタシの神通力をくらえ!』

 

神通力が得意な個体による連続の神通力攻撃を食らったドラピオン。しかし、

 

『ドゥララァァァ!』

 

『効いていない!?』

 

『そんな!?』

 

無傷で神通力を受け切ったドラピオンの『ミサイルばり』がロコンたちを襲う。神通力を得意とする個体が一度に吹き飛ばされたことでスコルピ達は勢いを増し、さらに『どくばり』を吐き出した。多数の『ミサイルばり』『どくばり』を食らい、ついにはロコンの群れが瓦解する。

後方でスコルピ達の相手をしていた幼いロコン達はなんとか『ミサイルばり』を食らわなかったが群れは既に瓦解寸前、視界は恐怖で震え切っている。ロコンの群れに一歩、また一歩とドラピオン達が近づいてくる。

 

『もう駄目だよ、おしまいだ…』

 

『そんな、リーダー達でさえ敵わないなんて』

 

それは違う、ロコン達の神通力は確かに強力だった。ただ、スコルピは虫・毒タイプなのに対してドラピオンは悪・毒タイプ。炎技を嵐で封じられ、ドラピオンには神通力が通用しないこの最悪の状況に陥ったことこそが敗因だったのだ。

それがわからないのは彼らがまだ幼かったことに加え、今まで自分達に適した天候・環境でばかり戦闘をしていたからだろう。天候が嵐でなければこの状況も変わったはずだ。

 

『みなさん…お逃げなさい』

 

『ッ!リーダー!』

 

なんとか立ち上がったリーダーのキュウコンが前に出る。既に多くの攻撃を食らったその体はボロボロでそこかしこに毒の針が刺さっている。もはや時間の問題だということが見てわかる。

 

『ワタシが時間を稼ぎます、みなさんは橋の向こう側に』

 

『そんな!リーダーがいないとボク達はこれからどうすればいいんですか!』

 

多くのロコンがキュウコンの言葉に声を上げる。群れをまとめる頼れるリーダーの存在は彼らの支えだったのだ。

キュウコンは顔を歪めるがすぐにドラピオン達に向き合い大声を上げる。

 

『走りなさい!!奴らがもう来ないところにまで!!!』

 

瞬間ロコン達の体が浮き上がり後方に吹き飛ばされる、キュウコンの神通力によりドラピオン達の射程圏外にまで飛ばされたのだ。

 

『ドゥララァァア!!!』

 

獲物が一気に減り激昂したドラピオンがキュウコンに襲い掛かる姿がみえた。

ロコン達は後ろを振り返らずにただただ走り抜けた。嵐の中を駆け、橋を越えた時、もはや群れは散り散りになってしまっていた。

 

 

『ぐぁぁぁぁ、雨が痛い!雷怖い!』

 

 

仲間を見失ったロコンが少しの間放心していると嵐の中に突っ込んでいく人間の姿が最後に見えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「俺じゃん」

 

夢から覚める、最後に出てきたの俺では?

なんとも後味の悪い夢だった。ロコン達の群れは壊滅し、残った子供たちも嵐の中で散り散りになり視点となっていたロコンは一人ぼっちになってしまった。

今の夢には現実味があった、もしかすれば昨日本当にあったことなのかもしれない。ということはあのロコン達は……

 

「…行かなくちゃ」

 

ベッドから抜け服を着替える。たとえ本当にただの夢だったとしても今は寝ざめが悪い、もう一度眠ることなどできないだろうと思った俺は真実を確かめにホテルを抜けた。

昨日自転車を借りた場所に赴きもう一度自転車を借りた、まだ少し頭が痛むが行動に問題はないだろう。

 

「よし、行くか」

 

エンジンシティから出て、ワイルドエリアを突き進む。

坂を駆け下り、エンジンリバーサイドへと進む橋のところまでやってきた。

 

「やっぱり、跡がある」

 

夢で見たロコンが座っていた場所には何か焦げたような跡が残っている。俺の夢はあそこで終わったがその後に何かあったのかもしれない。

橋を抜け、ドラピオンとキュウコンが戦った場所にまで行くことにした。昨日俺が襲われた場所にも近い、正直怖いが俺の目で見なければ気が収まらなかったのだ。

 

「…あ」

 

既に一日が経っている。嵐で痕跡も何も残っていないかもと思っていたが確かにそれは残っていた。

 

「リーダーのスカーフ…」

 

キュウコンが首に巻いていたリーダーの証。それがひときわ高い木の枝に引っかかっていた。ココガラを飛ばしてそのスカーフを回収する、手触りのいい赤いスカーフだ。

俺がスカーフを握り締めていると突然火の塊が飛んでくる、ココガラが俺を突き飛ばしたことで回避できた。

 

「なん……」

 

なんだと言いそうになり火が飛んできた方向を向くと一匹のロコンが俺を睨み付けていた。

 

「コン!コン!!!」

 

顔を大きく歪め、俺に敵意を向けてくるロコン。その姿には見覚えがない、夢の中で出てきたロコン達とは別のロコンなのだろうか?しかしどうみてもスカーフを握っている俺に敵意を向けているのは明白だ、つまり……

 

「お前が、あの夢を見せていたロコン?」

 

「コン、コン!!」

 

返答の代わりにロコンは火の塊を投げつける。不思議な火の塊、『おにび』という技だろう、以前テレビで見たことがある。

当たればやけど必至の火の塊を避ける。対話は不可能、おそらく怒りでこちらの声が届いていない、ならば。

 

「いけるか!?ココガラ!」

 

「ガァガァ!」

 

バトルしかない。

 

「ココガラ、『つめとぎ』から『つつく』」

 

ココガラが爪を打ち合わせ攻撃力を上昇させると高所から一気に急加速をしてロコンを捉える。

一撃を与えたココガラが空に逃げるが追撃がやってこない、ロコンをみると今の一撃ですでに膝をついている。

 

「おまえ…もしかして昨日から休んでいないのか?」

 

昨日の戦闘での傷がまだ癒えていないにも関わらず探していたらしい、既に体力は限界、立っていることさえやっとのようだ。

 

「コォォォォン!」

 

しかしそれでも倒れない、再びココガラではなく俺に『おにび』を打ってくる。バックステップで躱すが危険というほかない。だがココガラがフリーになるなら好都合だ。

 

「ココガラ、『みだれづき』」

 

ロコンの大きなしっぽを鷲掴みにしてココガラが何度もくちばしを叩きつける。それでもロコンは俺への攻撃をやめない。

 

「ッ?」

 

そしてここまでの無理が祟ったのか足がよろけ倒れる、地面が冷たくて気持ちがいい。

 

「ってそんな場合じゃない!」

 

風邪の熱と知恵熱によりそんなことを思ってしまうがなんとか起き上がる。

 

「なん…?」

 

しかし動けない、体が硬直したように動かなくなる。かろうじて動かせる眼球でロコンを見つめるとロコンの目が青白く光っている。

 

「『かなしばり』……?」

 

ロコン達の持つ神通力の一種、対象の動きを止める『かなしばり』だ。ココガラではなく俺に使ってくるあたり本当に俺だけしか見えていないらしい。

くそ、こうなったら!

 

「コン!?」

 

まだ昨日の嵐を引き起こした雲と風が残っている。俺が握りしめていた手を緩めるとスルリとスカーフが抜け落ち風に乗って空をかける。

ロコンは『かなしばり』を解いてスカーフへと一目散に走っていく。これでロコンの気も済むだろうと思っていると奴が姿を現した、ロコンは空に浮かぶスカーフを追いかけていてその出現に気づいていない。

 

「危ない!ココガラ、『つつく』!」

 

「ドゥラァァァ!」

「コン!?」

 

ドラピオンだ、ロコンを襲おうとしていたが間一髪ココガラの『つつく』がその腕をはじく。しかし全く応えていないのか、腕を振り上げるとココガラごと地面へと叩きつけた。

 

「ココガラ!」

 

今の一撃でココガラは戦闘不能に、なんて強烈な『はたきおとす』だ。

ロコンは恐怖で動けずにいる、昨日のトラウマがよみがえってしまったのだろう。そのロコンめがけてドラピオンの口から『どくばり』が放たれるがなんとか体を滑り込ませロコンを腕の中に回収する。よし、ちゃんとスカーフは回収しているな。

ロコンを腕の中から解放し、ドラピオンを見据える。近くで見てみれば全身傷だらけでキバも折れたまま、こいつも昨日アーマーガアにやられた傷が治っていないのだ。

 

「ロコン逃げろ!こいつは今、ここで倒す!」

 

そう決めるとメッソンとウールーを繰り出す。また熱が上がってきている感覚がするがメッソンの『みずでっぽう』で無理やり冷やす。

相手は手負い、自慢のキバも折れている。今が絶好のチャンスなのだ。

 

「メッソンは『みずのはどう』、ウールーは『たいあたり』」

 

メッソンの作った『みずのはどう』とウールーによる全身を使った『たいあたり』をくらいドラピオンもよろけるが腕の射程に入ったウールーに『はたきおとす』を繰り出してくる。

 

「ウールー、『まるくなる』」

 

しかしこちらのウールーもただでは受けない、丸めた体と体毛が『はたきおとす』の衝撃を完全に吸収し最小限のダメージに抑える。

 

「ウールー、『にどげり』!」

 

前足で地面をけり、後ろ足で強烈な『にどげり』を当てる。上体が吹き飛ばされたドラピオンだがその鋭い目は完璧にウールーを捉えている。

 

「不味い、避けろ!」

 

「ドゥラァァァ!」

 

後から知ったことだがドラピオンはキバの他に両腕のやしっぽのハサミからも毒を分泌させることができるらしい。

両ハサミを毒に染めたドラピオンの『どくどくのキバ』がウールーを捉えようとしたその瞬間、突然上体が動きを止める。ウールーはすぐさまドラピオンから距離を取る。

 

「『かなしばり』ロコンお前がやったのか」

 

ロコンを見てみれば目を青白く光らせドラピオンの動きを封じている。絶好の機会を逃したドラピオンが言葉にならない声を上げている。

 

「これで決める!『みずのはどう』!『まねっこ』!」

 

メッソンが作り出した水球と、そのメッソンを『まねっこ』して作りだされた水球を一つに合体させる。『かなしばり』で動けなくなっているドラピオンの体が特大の水球に飲み込まれる。

巨大な水しぶきが収まるとドラピオンは目を回していた。

 

「やった!倒し……た」

 

緊張がとけると同時に俺も倒れる。体が熱い、頭が回らない、少しずつ閉じていくまぶたの隙間からこちらに走ってくるメッソンとウールーと大きなしっぽが見えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

目を覚ますとホテルの自室にいました。

起き上がるとユウリにボコボコにされました。

口の中に『ばんのうごな』を突っ込まれました。

口の中に『ちからのこな』をぶちまけられました。

口の中に『ちからのねっこ』をすりつぶしたものを放り込まれました。

それら全てを『ふっかつそう』から煎じたお茶で流し込まれました。

死にました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

目を覚ますと口の中が地獄だった。たまらず寝台に置かれていた水で口を洗い流す。

 

「…っぷは」

 

水を飲み終え今は何時だと思いスマホを確認すると既に次の日のお昼になっている、たしか昨日ホテルを飛び出したのが昼の三時くらいだったはずなので丸一日近くたったことになる。

スマホを確認しているとガチャと扉が開く。

 

「おーい、アカツキ早く目を覚ませーって起きてたか」

「おはようホップ」

「その様子だと熱は下がったみたいだな」

「うん、なんか風邪ひく前より調子がいい気がするよ」

 

ベッドから降りて体を動かすが本当に体が軽い、背中に翼でも生えたようだ、今なら空も飛べそうだ。

 

ホップから話を聞くと昨日の夕方辺りに俺の部屋に入るともぬけの殻になっており、全員で捜索していると俺のスマホから連絡が入ったらしい。スマホからはメッソンとウールーの鳴き声だけが聞こえてきてどうしようかと考えていると突然全員の頭の中にエンジンリバーサイドの風景が頭に浮かんできたので行ってみると見事に俺が倒れていたらしい。ロコンの神通力の仕業かな?

大会運営に連絡を取り迎えを呼ぶという大事態にまで発展したらしい、寝ててよかったと思った。

その後一度目を覚ました俺に激昂したユウリが手当たり次第の漢方薬を突っ込んだというが記憶にない、口の中の苦みはそれが原因だったか。

 

「で、なんであんなことした」

 

話を終えるとホップの声色が突然変わる、いつぞやまどろみの森でダンデさんに叱られた時のような変化だ。俺もみんなに迷惑をかけたので素直にすべてを話す、夢のこと、ロコンのこと、ドラピオンとの戦闘のこと。すべてを聞き終わるとホップも溜息を吐いて呆れた目を向けてくる。

 

「つまり夢で見た光景のことが気になってワイルドエリアにまで行ったってことだな」

「そうです」

「……はぁー、こんな時はどうやって怒ればいいかわかんないぞ!教えてくれアニキ!」

 

ゴロンと横になったホップがダンデさんに縋るがここにダンデさんはいないので返答はない。

ホップはしばらくウンウン唸っていたが足をばねにして起き上がるとニカっと笑ってこういった。

 

「よし、難しく考えるのやめた!アカツキ!」

「なに?」

「お前はキュウコンの敵も取った!風邪も治った!結果的に良いことをした!」

「うーん、自分事だけどそれでいいのかな?」

「それでいい!オレが決めた!」

 

そういうとホップはスマホを取り出して二人に連絡を取る、話からして二人ともここに来るようだ。

 

「ならオレの説教は終わり、後はユウリとマリィから説教受けてくるといいぞ」

 

特大の爆弾を言い残してホップはさっさと部屋を出て行った。

え?こういう時は親友として一緒に怒られてくれるとかそういうのはないの?頭の中のイマジナリーホップが「そんなのないぞ」と言った気がした。

 

二人が来るまで気が重いなと思っているとカバンが動いているのが見えた。不審に思いカバンのファスナーを開けると大きな尻尾が出てくる、これは…

 

「ロコン!」

 

「コン!」

 

赤いスカーフを口にくわえたロコンがカバンから出てきた、どうやらカバンに入ってここまでついてきたようなのだ。

 

「でも、なんでこんなところに」

 

ロコンは少し悩んだ後口のスカーフをこちらに着きつけてくる、受け取れということなのだろうか。スカーフを受け取るとカバンの中にもう一度顔を突っ込む。その中からモンスターボールを取り出すとそのしっぽで上に打ち上げ自分に当てる、え?

ボールがロコンを吸い込むとベッドの上に落ちカチ、カチ、と動いた後ポン☆となり止まった。

 

「え? え?」

 

未だに事態が飲み込めないがどうやらロコンが仲間になったらしい。

その後部屋の扉を突き破ってきたユウリとマリィに真剣に怒られたが仲間になったロコンを出すとその可愛さにやられたのかしっぽをもふもふし始めた。計画通り。ニヤ

もふもふを堪能した後もう一回怒られた、なんでさ。

 

 

 

『ジムチャレンジ』開催まで、あと0日。

 




ネタがロコン捕獲しかなくなったので「じゃあアカツキ寝込ませればいいじゃん!」と思ってこうしました。
アカツキが夢を見たのは夢の最後でロコンとすれ違った時にパスがつながって勝手に神通力が発動して見せたものです、神通力は「何事も自由自在になしうる力」だし問題はないですよね!ね!

長かったエンジンシティの期間が終わりました、やっとジムチャレンジ開催ですね。


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14、ジムチャレンジ開幕

ロコンが仲間になってから一日が過ぎた朝、ついにその日はやってきた。

ジムチャレンジ開幕の日、世界が注目する『ジムチャレンジ』の開会式を一目見ようとエンジンシティには沢山の人が押し寄せてきていた。そしてこのホテルスボミー・インに泊まっている他のジムチャレンジ参加者も今は緊張でピリピリとしている。

支度を整えた俺がロビーに降りると既にホップとユウリが待っていた。

 

「おはようだぞ、ついにこの日が来たな」

「…なんか緊張してきたわね」

「ユウリも緊張するんだね」

「あたしを何だと思ってるのよ!」

 

いつもの二人とのやり取りで少しずつ緊張がほぐれていく、それでもやはり緊張はするものだ。今から怖くて仕方がない。

 

「いよいよオレ達の伝説がスタートするぞ」

「俺達の伝説…」

「そうだ、オレ達の中から次のチャンピオンが生まれる。これは絶対だぞ!」

 

ホップとの真剣勝負をした日に三人で交わした約束。

 

『俺は最強の!』

『あたしは頂点の!』

『おれは…最高、そう最高の!』

『『『チャンピオンを目指す!!!』』』

 

その直後、この腕に着けたダイマックスバンドにはめ込まれた『ねがいぼし』が降ってきたのだ。俺達の約束に込めた『願い』に引き寄せられたかのように。

 

「まあ、アニキに勝ってチャンピオンになるのはオレだけどな!」

「何言ってんのよ、ダンデさんに勝ってガラルを支配下に置くのはこのあたしよ!」

「…ユウリの目標変わってない?」

「言葉の綾よ。ダンデさんに勝ってあたしが頂点に立った時、それはガラル地方の全てがあたしのものになる瞬間よ!」

 

世界征服じみたことを恥ずかしげもなくユウリ。ホップと顔を見合わせてアイコンタクトだけで言葉を交わす、今俺達の心は一つとなった。

 

「「(こいつにだけはチャンピオンの座を渡すわけにはいかない…)」」

 

こんな邪知暴虐の限りを尽くす暴君がチャンピオンになったりでもすればガラル地方はおしまいだと心に誓った。

そしていつもの、

 

「よし、アカツキ、ユウリ!エンジンスタジアムまで競争だ!」

「甘いわね!勝負は始まる前から終わってるのよ!」

 

いつもの通り競争の始まりを合図したホップが我先にとホテルの出口へ走りだそうとする。そしてこちらもまたいつもの通りユウリが小細工で妨害しようとするが「甘い!」はこちらの台詞、それはもう見切った!

 

「ロコン、『かなしばり』」

 

「コン!」

「ヤミ!?」

 

そう、いつもいつも俺とホップに『くろいてっきゅう』の足枷をはめていたのはこのヤミラミだったのだ。腕に二つの足枷をもって待機していたヤミラミをロコンの『かなしばり』で拘束する、これでもう足枷はつけられない!

 

「ヤミちゃん!」

「ナイスだアカツキ!」

「ロコン、ホップにも『かなしばり』」

 

「コン!」

 

「なに!」

 

今までユウリもポケモンを使ってたし俺が使っても問題ないよね?

ホップは『かなしばり』に、ユウリは『かなしばり』で動けなくなったヤミラミを回収するために慌てている。

 

「じゃあね、俺は一足先にスタジアムに行っておくよ」

「ずるいぞ!」

「恥を知りなさい、恥を!」

「うるさいうるさい!特にユウリには言われたくないやい!」

 

二人を置き去りにしてホテルを出た俺は全速力でエンジンスタジアムへと向かった。

 

「…くす、こんな日までアカツキ達は楽しそうやね」

 

「うららぁ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エンジンスタジアムの前には既に大勢のお客が来ている、エントリーをしに来た四日前と比べてもその人数と出店の数は比較にならないほどだった。

人ごみをかき分けスタジアムの前まで進むと、そんな人ごみの中でも明らかに目立つ存在がスタジアム前に陣取っている。

 

「はぁ~い、ボクはボールガイぼるよ~。みんな今日の開会式を楽しみにしてたぼるか~」

 

エントリーをしに来た日にも見かけた謎のコスプレマンがいた。しかしあんな場所に陣取っているとはもしかしてあのコスプレマンは公式の存在なのだろうか。

そんな風に考えているとボールガイと名乗る謎の生命体が俺に目を付けたのか手招きしてくる、え?怖い。

 

「そこの君~、ボクと一緒に写真を撮りたいなら今のうちぼるよ~」

「結構です」

 

怖かったし写真を撮る気もなかったので足早にスタジアム内部に向かう。しかし回り込まれてしまった!

 

「冗談ぼるよ~。ところで君、チャンピオンに推薦されたジムチャレンジャーぼるよね?」

「ッ!どうしてそれを」

「もう有名になってるぼる、あの無敗のチャンピオンが推薦したっていう無名のトレーナーが三人もいるって関係者間ではその噂で持ち切りぼるよ」

「関係者間?あの、貴方って一体?」

「ボクは見ての通りこのジムチャレンジの公式マスコットボールガイぼるよ!」

 

そういってリーグカードとモンスターボールを押し付けてボールガイはまた人ごみの中へと戻っていった。勢いが強すぎる。

 

「えっと、とりあえずロビーに行ってこよ」

 

ひとまずあの謎の存在ボールガイのことは忘れてジムチャレンジ開会式に集中することにした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ロビーで待っていると人ごみにもみくちゃにされたらしいホップとユウリが疲れた表情で入ってきた。

 

「おぉ~、ロコンよくやったな。お前は頼りになるやつだよ」

 

「コンコン!」

 

一緒に入ってきたロコンが俺のところに一目散にやってきたので抱きしめ、その大きな尻尾の感触を確かめる。もふもふしていて炎タイプ特有の温かさに心がほっこりする。

 

「あ、ホップにユウリもお疲れだったね」

「…今後はポケモンの使用は禁止で」

「…さんせー」

「えー」

 

多数決でこれから競争におけるポケモンの使用が禁止になった、まあもう使う気はなかったからいいんだけど。

その後、エントリーを行った受付でユニフォームを受け取る。その背中には俺がエントリーをしたときに提示した『114』の数字がしっかりプリントされている。番号の理由?誕生日です。

更衣室で受け取ったユニフォームに着替えジムチャレンジの開会式を待つ。待機室には既に多くのジムチャレンジャーがユニフォームに着替えて待機をしていた。

 

「よっす、着替え終わったか」

「うん、ホップも似合ってるよ」

「当然だな!」

 

ホップの活発な印象とユニフォームという服装の相性は抜群だ、背中にプリントされた『189』の数字も似合っている。

二人で待機していると女子更衣室の方からユウリが出てきた。そしてなぜかぐったりしたマリィも連れて。

 

「おまたせ!」

「ユウリはともかくマリィはどうしたの?」

「さっき更衣室で見つけたの!一緒に着替えてきたわ!」

「…もうユウリとは絶対一緒に着替えんけん」

「そんなー!マリィちゃん許してー!」

 

マリィの顔色とユウリのいつもの行動から何があったのかは大体想像がつく。大方着替え中に体をまさぐったとかそんなところだろう、ユウリに気に入られた自分の可愛さを呪ってくれと心で合唱した。

 

 

それからしばらくたった後開会式が始まった。まずは大会委員長による挨拶の言葉らしい。

 

『私、リーグ委員長のローズと申します』

 

『お集まりいただいたみなさま、そしてテレビで見ている皆様も大変お待たせいたしました』

 

『いよいよ!ガラル地方の祭典『ジムチャレンジ』の開催です!!!』

 

『『『『うぉぉぉぉ!!!』』』』

 

大会運営委員長ローズの元、ついに『ジムチャレンジ』の開幕が宣言されたると待合室にも響き渡るほどの大歓声が聞こえてきた。

 

『ジムチャレンジ!!!』

 

『それは八人のジムリーダーに勝利し、八個のジムバッジを手に入れたすごいポケモントレーナーだけが!』

 

『最強のチャンピオンの待つチャンピオンカップに進めるのです!!!』

 

『それではガラル地方の誇るジムリーダーのみなさん!』

 

『その姿をお見せください!』

 

ローズさんがそう宣言するとジムチャレンジャーである俺達とは向かい側に位置する通用口から7人のジムリーダーが姿を現した。

 

 

『ファイティングファーマー!草タイプ使いのヤロー!』

 

逞しい腕と足腰、大きな日よけ帽子をかぶり優し気な笑みを浮かべる男。草タイプ使いのヤロー。

 

『レイジングウェイブ!水タイプ使いのルリナ!』

 

褐色の肌と水色の瞳を携え、水着のようなユニフォームを纏った女性。水タイプ使いのルリナ。

 

『いつまでも燃える漢!炎のベテランファイター、カブ!』

 

ベテランという言葉に恥じぬ熱き闘気とユニフォームを纏う姿は、まさしく漢。炎タイプの使い手カブ。

 

『ガラル空手の申し子!格闘エキスパートのサイトウ!』

 

ガラル空手を修める若き天才少女。心技体をそろえた格闘タイプの使い手サイトウ。

 

『ファンタスティックシアター!フェアリー使いのポプラ!』

 

杖をつき移動するその姿はまさしくご老人。しかし、魔術師ともいわれるこの人こそ一番油断のならない存在。フェアリータイプの使い手ポプラ。

 

『ハードロッククラッシャー!岩タイプマスターのマクワ!』

 

ヤローにも負けず劣らずの逞しい体格、大きなサングラスに隠された素顔は知る人ぞ知るらしい。岩タイプ使いのマクワ。

 

『ドラゴンストーム!トップジムリーダーのキバナ!』

 

トリを飾ったのは現ポケモンリーグ最強と名高いドラゴンタイプの使い手キバナ。自撮りしている。

 

 

『……どうやら一名来ておりませんが、彼らこそガラル地方の誇るジムリーダーです!』

 

ジムリーダーは本来八名、現れたのは七人。一人欠席しているようだが会場の熱気はとどまることを知らない。

 

「ジムチャレンジャーの皆様!出番ですので入場の準備を!」

 

待合室で開会式を観戦しているとリーグスタッフが呼びに来た、ついに俺達が見る側からあのスクリーンに映る時間が来たのだ。

 

「あ、ヤバい。なんか手が震えてきた」

 

ぶり返してきた緊張で手足が固まりうまく力が入らないでいるとホップが俺の手を力強く叩いた。

 

「ほら行くぞアカツキ!俺達の伝説を世界中の人が見るんだぞ!」

 

その言葉と叩かれた衝撃で震えは治まってしまった。こんな時まで底抜けに明るいホップの言葉に力を貰う。

 

「行くぞ!」

「うん、行こう!」

 

ホップと二人で通用口まで駆け抜ける、どちらが先に出場するのか競争だ!

 

「ほんとあの二人ってばあたしを置いて青春してるわね」

「ユウリ、アタシたちもはよ行こ」

「そうね…世界の美少女ユウリちゃんの姿を全人類がその目に焼き付ける時が来たのね!」

「そこまで言っとらんばい」

 

 

『それでは、若く新しい選ばれしジムチャレンジャー達の入場です!』

 

「俺が!」

「オレだぞ!」

 

他のジムチャレンジャー達を押し退け、我先にと通用口の出口を目指していると同じ考えの持ち主である他のチャレンジャー達も追いすがってきた。

 

「チャンピオンの推薦者にばっかりいいところは譲らねえぞ!」

「ふぉふぉ、若いもんにはまだまだ負けんぞ!」

「家族も見てる!ウチが一番に登場して見せるよ!」

「ねぇ、髪型決まってる!?ねぇ、教えてよ、ねぇ!?」

「ハハハ、なあアカツキ!」

「うん!? なに!?」

「楽しいな!」

「うん!」

 

そして通用口の終わり、歓声が溢れるスタジアムのコートまで、あと少しだ!!!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

開会式は無事閉幕し、俺達ジムチャレンジャー達もユニフォームから普通の服に着替えなおした。

既にジムチャレンジは始まり、我先にとジムを目指したものもいるというが俺達は一度ロビーに集まっていた。

 

「あれ?マリィは?」

「マリィちゃんなら先に行ったわ、『ここから先はライバル、次に出会ったら手加減せんけんね!』って言ってたわ。可愛い~」

 

マリィは先に行ってしまったのか、ここ数日一緒に居ただけだがもう長い間一緒に居たような感じに襲われる。

俺達もここからは敵同士、ジムチャレンジで鎬を削るライバルとなるのだ。

 

「よう、ここにいたかホップ!アカツキ!ユウリちゃん!」

「おぉ!アニキ見てくれたか!俺達の伝説を!」

「あぁ!通用口からケンタロスのように走って出てきたお前たちの勇姿はばっちりこの目に焼き付けたぞ!」

 

結局沢山のジムチャレンジャーにもみくちゃにされ誰が一番かはうやむやになってしまった、悔しい。

 

「やぁやぁ、君たちがチャンピオンに推薦されたトレーナーたちですね?」

 

ダンデさんとの話に割り込んできたのは何と大会運営委員長のローズさんだった、なんとこの人ガラル地方の企業のほぼすべてを所有するとんでもない人だという。ユウリのいうガラル地方の頂点ってチャンピオンではなくこの人ではなかろうか?

そんなことを考えているとローズさんの視線が俺達の腕に行く。

 

「ちょっと待って、既にダイマックスバンドをお持ちなんだ!」

「ああ!俺達がアニキに認められた日、空から『ねがいぼし』が降ってきたんです!」

「素晴らしい!あなたたちはねがいぼしに選ばれたトレーナーということですね!」

 

一人うんうんローズさんは唸っているとリーグスタッフが来て何かを話し始めた。

 

「ローズさん、そろそろお時間です」

「おお…それではみなさんジムチャレンジを頑張ってくださいね。今年のジムチャレンジは特に熱くなりそうですね」

 

それではごきげんよう、とローズさんは去っていった。さすが大会委員長、立ち話をしている時間も少ないのだ。

ローズさんが去り、一人になったダンデさんによるありがたい言葉を頂いた。

 

「いいかお前たち、まだリーグは始まったばかり」

 

「ポケモンを鍛えるのもそうだがまずはトレーナーである己自信を鍛えろ!」

 

それだけ言ってダンデさんもスタジアムを出ていく。しかしダンデさんが出た瞬間外がわぁ!と騒がしくなった、チャンピオンも大変だなあと思った。

 

「じゃあアカツキ!出発前に俺とポケモンバトルだ!」

「いいね!じゃあ三番道路で「待ちなさい!」っと、何、ユウリ?」

「ホップはもうアカツキと二回戦ったでしょ?だから今回はアタシに譲りなさい」

 

 

 

自信満々に自分と戦え!とユウリが言ってきた。ポケモンを貰ったあの日以来久しぶりにユウリと戦うことになった。

 

 



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15、旅立ちの旋風 vsユウリ

二話連続投稿です。
先に14話を見ることを推奨します。


ジムチャレンジ開会式を終え、ついにジムチャレンジがスタートを切った。

エンジンシティを出れば俺達もライバル同士、街を出る前にホップとバトルをしようと話していたのだがユウリと戦うことになった。

 

『アカツキと戦うのはオレだぞ!』

『いいえ、あたしよ!あんたはもう二回戦ってるでしょ?』

『じゃあその後にオレとだ!』

『あんたアホね、他のチャレンジャーもいるんだし手早くしなきゃ離されちゃうでしょ?ならどちらか一人だけよ、はい論破』

『ムキー!』

 

というわけで三番道路前のすぐ前でユウリとバトルをすることにした。最初のジムがあるターフタウンまで続く三番道路前には既に人だかりができている。

 

「はいはーい!これからジムチャレンジャー同士でバトルをするので場所を開けてくださーい!」

 

ユウリはその人だかりを裂いてバトルをするだけのスペースを作っていく、すごい胆力だ真似できそうにない。

 

「さあ、あたしたちの勝負を始めましょう!」

 

「チャレンジャー同士のバトルだってよ!」

「見に行こ!」

「さっそく面白いことするな!」

 

なんだかどんどんギャラリーが増えてきて俺達の周りには押し退けた人だかり以上の人だかりができている。

 

「ギャラリー多くない!?」

「いいでしょ!どうせポケモンジムではこんなの屁みたいなギャラリーの中で戦うんだから」

 

それもそうだ、この程度さっきの会場にいた観客と比べれば全然少ない。頬を叩いて気合を入れる、見据えるのは目の前のユウリだけだ。

 

「それじゃあオレが審判をするぞ!」

「おねがい!」

「頼んだ!」

 

「よし!勝負は三対三のシングルバトルだ!」

 

ホップの開始の合図に合わせて俺は最初の一匹を繰り出した。

 

「行け!ロコン!」

 

「コン!」

 

仲間になったばかりだがロコンの強さは理解している、頼んだ!

 

「あたしはこの子よ!いって、ヤミちゃん!」

 

「ヤミヤミ!」

 

ユウリが繰り出したのはヤミラミ、ロコンと同じく絡め手を得意とする厄介な相手だ。

 

「こっちからいくよ、『おにび』」

 

ロコンが念じると不思議な火の塊がいくつも生まれヤミラミの周りを取り囲み一斉に襲い掛かる、これは避けられない!

 

「ヤミちゃん、『かげうち』」

 

しかしそんな俺の戦略をあざ笑うかのように自身の影にもぐりこんだヤミラミが包囲を抜けだす。そのまま影ごと移動したヤミラミの爪がロコンに襲い掛かった。

『かげうち』をくらったロコンだが傷は浅く助かった、やはり油断ならない。

 

「ロコン、『でんこうせっか』」

 

ロコンが高速で移動しヤミラミへと迫る、ユウリはゴーストタイプにノーマルタイプの技を?と不思議がった様子だ。

案の定『でんこうせっか』はヤミラミの体をすり抜け不発に終わる。

 

「何がしたかったのかわからないけどチャンス!『ひっかく』」

 

体をすり抜け、背中をさらしたロコンにヤミラミの鋭い爪が迫る、そこだ!

 

「ロコン、しっぽで受け止めろ!」

 

「コン!」

 

ヤミラミの爪がロコンの六本あるしっぽの内、四本を使って『ひっかく』を受け止める。咄嗟に引こうとしたヤミラミだが残った二本のしっぽが腕に絡みつきもう逃げられない。

 

「ヤミちゃん!」

「ロコン!『おにび』!」

 

「コォォン!」

「ヤミィ!」

 

近距離で炸裂した『おにび』を食らいヤミラミは吹き飛ばされる、かなりの痛手になったはずだ。そしてダメージの他にもあったもう一つの狙い、

 

「ヤミィィィ!」メラメラ

 

「よし、『やけど』したぞ!」

 

『おにび』の真の狙い、相手をやけど状態にするのだ。発火した熱がヤミラミの体力を奪っていく。

 

「やるわね」

「狙い通りだよ!」

「じゃあこれを避けられるかしら、『あやしいひかり』!」

 

ヤミラミの真骨頂、『いたずらごころ』からの『あやしいひかり』だ。どんなに素早いポケモンよりもこの攻撃は早く発動する。

『あやしいひかり』をくらったロコンが目を回し、わけもわからず自分を攻撃し始める。

 

「くっ、戻れ」

 

正直まだこの極悪コンボをどうにかする手段は思いついていない、ダメージが増える前に一度ロコンをボールに戻す。

 

「あら、冷静ね」

「そうだよ、いけココガラ!」

 

「ガァ!」

 

新たにボールから出したのはココガラ、空を飛んでいるココガラにはヤミラミの爪もそうは届かない。

 

「ココガラ、『つつく』」

 

こちらの出方を待つヤミラミにココガラの『つつく』が直撃するが、なんとヤミラミは体を半分影に鎮めることで転倒を防いでいる。

 

「ヤミちゃん、『ナイトヘッド』!」

 

空へと逃げだしたココガラの背中めがけてヤミラミの『ナイトヘッド』が炸裂する。たまらずココガラが地面に墜落すると影に埋まったままのヤミラミがココガラの着地点を陣取っている。

 

「ヤミちゃん、『かげうち』!」

「ココガラ避けろ!」

 

オレの声は虚しくもココガラに届かず、ヤミラミの『かげうち』をくらったココガラは大きなダメージを食らってしまう。なんとか立ち上がるがもう羽根はボロボロになり飛び立てないほどに弱っている。

 

「決めるわ!『ひっかく』!」

「『つつく』で迎え撃て!」

 

既に飛び立つ力はない、ヤミラミを迎え撃つように指示するがココガラの短いくちばしよりもあちらの腕を含めた爪の方が射程は長い。先に攻撃が当たるのはココガラの方だと悟った瞬間、ココガラの短いくちばしが急激に伸び始める。オーラで作られた長いくちばしはヤミラミの爪よりも先にヤミラミに到達しその体を突き返した。

 

「今のは…」

「今のは『ついばむ』だな!この土壇場で『つつく』を『ついばむ』に進化させたのか!」

 

ホップの言葉通り図鑑で確認してみるとココガラの『つつく』が『ついばむ』に変化している。本当にこの土壇場で新しい技を覚えたらしい。

 

「いけ!『ついばむ』だ!」

「ヤミちゃん!『ナイトヘッド』!」

 

伸ばしたままのくちばしでヤミラミに追撃を仕掛ける。ヤミラミの目から出た『ナイトヘッド』とココガラの『ついばむ』が超至近距離でぶつかり合う。

二つの攻撃によって起こった爆発に巻き込まれたココガラとヤミラミがそれぞれの前まで吹き飛ばされてきた。

 

「ココガラ、ヤミラミ。共に戦闘不能!」

 

「ありがとう、休んでくれ」

「良い勝負だったわ」

 

それぞれポケモンを戻して次に出すポケモンを構える。

 

「驚いたわよ、あそこから巻き返すなんて」

「ココガラのおかげだよ、俺なんかよりもっとすごい」

「でもこの子はそうはいかないわよ、行ってウパちゃん!」

 

「ウパ!」

 

「いけ!メッソン!」

 

「メソ!」

 

互いに出したのは同じ水タイプ、同じ水棲のポケモンだ。だがウパーは水タイプの他に地面タイプも持っている、水技勝負ではこちらに分があるはずだ。

 

「メッソン、『みずでっぽう』!」

 

メッソンが口から勢いよく水を吐き出す、ウパーはその水を正面から受け止めたが全く応えていない。

 

「ウパちゃんの特性は『ちょすい』、地面タイプも入ってるから水技が効くなんて思ったら大間違いよ!」

 

「ウ~パ~」

 

『みずでっぽう』を無効にしたどころか元気の良さまで上がっている、これはかなりの出しミスであることを悟る。

 

「ウパちゃん、『マッドショット』」

 

その動揺を見逃さずウパーの口から泥の塊がいくつも発射される。泥の塊はメッソンに着弾すると高速で固まり始め動きを鈍らせる。

 

「なら『しめつける』だ!」

 

ウパーの動きを止めようとメッソンがしっぽを伸ばそうとするが固まった泥がそれを邪魔してしまう、なんて厄介な技だ!

 

「またチャンス!『マッドショット』」

 

「ウパー!」

 

メッソンは放たれる泥の弾幕を何とか躱すが体に張り付いた泥の重さでかなりスレスレだ。

 

「あっちの女の子の方が上手だな」

「いいぞ嬢ちゃん!もっとやっちまえ!」

「ウパーも頑張れー!」

 

「よしよしいいわね、このまま追い詰めるわよ!」

 

歓声に気を好くしたユウリがさらに畳み掛けるため技を止める。正直助かったが何をするつもりなのだろうか。

 

「ってこれは!」

「気づいたわね、『マッドショット』は攻撃であると同時にウパちゃんにとって都合のいいフィールドを作るための布石でもあったのよ!」

 

辺りはウパーの泥だらけと化している。

 

「『みずでっぽう』!」

 

さらに泥に水を追加することで辺りは一面泥沼状態、ウパーにとってはとても動きやすい環境になってしまった。

 

「『たたきつける』!」

 

動きやすさを取り戻したウパーが接近し大きなヒレをメッソンに叩きつけた。吹き飛ばされたメッソンが泥にうずまりその顔を泥で汚す。

 

「メッソン、ペッしなさい!ペッ!」

 

「メッメッ!」

 

顔に着いた泥を水で洗い流し、口に入った泥を吐き出させる。チラリとメッソンの口からでた長い舌が目についた。

 

「(メッソンの舌ってあんなに長かったんだ)」

 

俺が新しい発見に感心しているとパシャパシャと泥を駆けてウパーが迫ってきている。ウパーと向きなおし対策を考える。

水技は効かない、『しめつける』も泥でしっぽが伸ばせない。どうすれば勝てるんだ、と考えていると今見つけたメッソンの長い舌が頭をよぎる。…本当にいけるのか?

 

「これで終わりよ!『たたきつける』!」

「ええい、迷ってる暇はない!メッソン、『しめつける』!」

「『しめつける』はもう使えないわよ!判断を誤ったわね!」

「舌で『しめつける』だ!」

「なんですって!」

 

「メーソーーー!!!」

「ウパ!?」

 

予想以上に長かったメッソンの舌がウパーのヒレを絡めとる。今までしっぽばかりで『しめつける』をしてなくて気が付かなかったが舌でもできたのかと再び感心する。

 

「いけ!連続で『はたく』!」

 

ヒレを捕まれ逃げ出そうとするウパーの頬を連続で叩きつける。何度も何度もはたき続けられ、気が付くとウパーは目を回していた。

 

「ウパー戦闘不能!メッソンの勝ち!」

 

「うぉぉぉ!!あそこから巻き返したぞ!」

「すげぇぜ坊主!」

「メッソンすごーい!」

 

「くぅぅぅ、あたしの完璧な作戦があんなドッキリ戦法に破られるなんて…!」

 

ユウリは悔しそうにウパーをボールに戻す。このどろどろのフィールドは残されたユウリのポケモンにとっては悪環境だ、有効活用させてもらおう。

 

「あとはお願い!サルちゃん!」

 

「ウキ!…ウキィ」

 

どろどろのフィールドで動きづらそうにするサルノリ。ウパーほどではないがメッソンにとっては動きやすいフィールドであるので有利になるぞ。

 

「メッソン、『みずのはどう』」

 

『みずのはどう』を地面にたたきつけ泥ごとサルノリへ叩きつける。泥の波に巻き込まれたサルノリはたまらず逃げるが泥に足を取られ転倒してしまった。

 

「サルちゃん!」

 

泥を巻き込んだ『みずのはどう』をくらったサルノリはダメージを受けるとともに全身泥まみれになってしまう、これで恐らく動きも鈍るはずだ。

 

「って、『みずのはどう』でせっかくの泥が」

 

『みずのはどう』で作った泥の波戦法はうまくいったがせっかくの泥の大半を洗い流してしまった、勿体ないことをした。

 

「サルちゃん!『はっぱカッター』」

 

「『みずでっぽう』!」

 

サルノリの『はっぱカッター』を『みずでっぽう』で迎撃するが撃ちもらしたはっぱがメッソンに当たりそのまま押し切られてしまった。ウパー戦でのダメージも相まってメッソンは目を回してしまう。

 

「メッソン戦闘不能!サルノリの勝ち!」

 

「こんどは嬢ちゃんが勝った!」

「いいぞー!もっとやれー!」

「サルノリがんばれー!」

 

なんというかギャラリーって本当に自由だなと思った。

 

「さあ、最後の一匹を出しなさい」

「あとはお前だけだ、頼んだぞ!ロコン!」

 

「コン!」

「ウキィ!」

 

相性ではこちらが有利、全身泥まみれで動きも鈍っているが油断はできない。

 

「動きを止めるぞ、『かなしばり』」

「させないわよ、サルちゃん『ちょうはつ』!」

「なんだって!」

 

動きを封じようとしたロコンが神通力を発動させる前にサルノリが指を立てて『ちょうはつ』を仕掛けてくる、表情と相まって実にこちらの気に触れる。

 

「コン!コン!」

「ウキキ!ウッキぃ!」

 

『ちょうはつ』に乗ったロコンは好戦的になり変化技を封印されてしまう、これはかなりの痛手だ。

『おにび』と『かなしばり』が封じられた今、残されたのは『でんこうせっか』とあの技だけだ。

 

「サルちゃん!『はっぱカッター』!」

 

サルノリの放つ『はっぱカッター』が迫る、もう隠しきれないな。

 

「ロコン、『やきつくす』」

 

「コォン!」

 

ロコンの口からすべてを焼き尽くすような炎が吐かれる。相性もあり『はっぱカッター』はすべて燃やし尽くされ灰となって散る。

 

「『おにび』以外にも炎技を持っていたのね」

「できれば最後まで取っておきたかったんだけど『おにび』が封印されちゃったからね」

 

サルノリは『やきつくす』を警戒して近づいてこなくなるがこうなったらもうごり押しだ。

 

「ロコン、『やきつくす』だ!」

 

広範囲に炎を吐き出しサルノリを燃やそうと迫る。狙い通りサルノリの全身も炎に包まれ大きなダメージを与えたはずだ。

 

「よし!いいぞ!」

「サルちゃん!」

 

炎に包まれたサルノリ、効果は抜群なのだこれで終わったはずだと思った。

 

「そんな、なんで」

 

なんと炎を振り切りサルノリが突進してきたのだ。おかしい、こんなはずではないはずなのに!

 

「そうか、泥の装甲!」

「なるほど!よくやったわサルちゃん!」

 

「ウキィ!」

 

よく見てみるとサルノリの全身を包んで覆っていた泥が綺麗さっぱり消えている。泥の装甲が『やきつくす』の炎を防御し、乾燥したことで砂になり剥がれ落ちたのだろう。サルノリは本来のスピードを取り戻し迫ってくる。速い!

 

「いっけぇ!『えだづき』!」

 

「ウキィ!」

 

サルノリが腕を後ろに大きく振りかぶる。

先のヤミラミとの戦闘、混乱状態での自傷と広範囲の『やきつくす』で体力を失ったロコンでは受け切れないし避けきれない。『やきつくす』で反撃しようにもまだ技のインターバルで打つことができない。

 

「ウキィィぃ!!!」

「いっけぇぇぇ!!!」

 

ユウリとサルノリの声が完全にシンクロする、大きく振りかぶられた腕が振り下ろされる!

 

 

 

 

 

「あら?」

 

「ウキ?」

 

「あれ?」

 

「コン?」

 

振り下ろされた、そう振り下ろされたのだが……サルノリの手に枝がないのだ。サルノリが何度も腕を振るうがやはり枝はない。なぜ?

 

「枝ならさっきの『やきつくす』でなくなったぞ」

「…え?」

 

泥の装甲はサルノリの身を守ったがどうやら主武装の木の枝を守ることはできなかったようだ。えっと…

 

「ロコン、『やきつくす』」

 

「コォォォォン!」

「ウキィ!」

 

「サルちゃーーん!」

 

恰好の隙をさらしたサルノリにチャージの終わった『やきつくす』が襲い掛かる。効果は抜群だ。

 

「サルノリ、戦闘不能。よってアカツキの勝利だぞ」

 

しばしの間ギャラリーも声を失っていたが各所からパチパチと拍手の音がするとそれは大きな拍手の音になっていく。

 

「すごかったぞぉ!」

「ああ、最後は締まらんかったがいい勝負だったぞ!」

「サルノリもかっこよかったよ!」

 

ギャラリーにも褒められなんとか俺達も正気を取り戻す。

ロコンをボールに戻しフィールドの真ん中にまで進む、ユウリは顔をうつむけたまま俺の正面にまで来る。

 

「……今度は負けないわよ」

「そっちこそ、今度も俺が勝つよ」

 

バトルが終わればしっかり握手、次はこうもうまくいかないかもしれないが次もまた勝つと強がってみせる。

顔をあげたユウリは目のふちに涙をためて口をへの字に曲げて泣くのを我慢している、こんな表情のユウリを見るのは初めてだ。

 

「こ…今度…こ、そはあ、あたしが勝つんだからね!!一回勝ったくらいで、いい気にならないことよ!じゃあね!!!」

 

捨て台詞を残してユウリは三番道路に向かって走っていった。もしかしてユウリは今まで負けたことがなかったのだろうか?

 

「あいつ、今まで自分よりすげえ奴とは戦ったことなかったんだ。今回の負けはいい経験になるかもな」

「ホップ…」

「気にするな、オレ達はいっつもあいつに振り回されてたんだからな」

 

そういってホップは俺の肩を叩くと、三番道路にむかって走っていった。

 

「うぉぉぉ!ハロンタウンのホップが新しいチャンピオンだぞー!!」

 

去り際もホップらしい。

 

 

その後ギャラリーの人たちにいい勝負だったと褒められた、こういうのもいいものだと感じれた。

さらにそのあとリーグスタッフを要請して泥だらけになったフィールドの掃除を手伝ってもらった。放りっぱなしは俺の気が済まないというか罪悪感が半端じゃなかったからだ。

支度を整えた俺がエンジンシティを出たのはかなり後、他のチャレンジャーに差をつけられてしまったがやっと俺のジムチャレンジはスタートしたのだった。

 

 

 



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16、ガラル鉱山

 

 

ついに開幕した『ジムチャレンジ』

エンジンシティ出発の前に、ライバルとなったユウリとの真剣勝負をおこなったりもしたがなんとか勝利をつかむことができた。勝負後の後片付けやら何やらで他のチャレンジャーよりもだいぶ遅れてしまったがそれでも何とか出発することができた。

 

三番道路を抜ける途中、ソニアさんにも遭遇した。どうやらジムチャレンジ開会式を見たその足で、そのまま全国を回ってガラル地方の伝説を調べる予定だそうだ。ソニアさんには冒険の必需品ともいわれる『あなぬけのヒモ』を頂いたり三番道路に存在するエネルギープラントやガラル地方のエネルギー事情、それに伴うローズさんの尽力についてを熱く語ってもらったが10さいのぼくにはよくわかりませんでしたまる

 

三番道路を進み日も落ちかけてきた頃、俺はその終着点にたどり着いていた。

 

「ここがガラル地方の鉱山資源の多くを採出しているっていう『ガラル鉱山』か…」

 

三番道路とジムチャレンジ最初の目的地であるターフタウンを繋ぐ大きな鉱山脈、ガラル鉱山である。

内部は自然によって作られたエリアとローズさん率いる人間の手の開発によってされたエリアに分かれており、ジムチャレンジャーは人間によって作られたエリアを進んでターフタウンを目指してくださいとのことらしい。

しかし時間は既に夕暮れ、内部の鉱山員たちもそろそろ業務を終了するとのことで入り口は既に封鎖されてしまったらしい。

 

「さて今日はここらへんでキャンプかな」

 

鉱山前は危ないということなので少し戻った場所にある広場でキャンプをすることにした。見てみると他にも何人かキャンプをしている人影が見える、どうやら俺と同じようにここで待ちぼうけをくらったジムチャレンジャーのようだ。

 

「お、お前さんはチャンピオンに推薦されたトレーナーじゃねえか?」

 

俺がキャンプの準備をしていると誰かに声を掛けられる。振り返ってみると俺よりはずっと年上の…おじさん?

 

「えっと、そうです。そういうあなたは?」

「オレか?オレはマタハリ。同じくジムチャレンジャーのマタハリだ、よろしくな」

「マタハリさんですね、よろしくお願いします」

 

マタハリというおじさんと握手をする、見た目からして二十代といったところだろうか?

 

「おいおい、オレ達はもう鎬を競い合うライバルだぜ?マタハリでいいよ」

「それじゃあマタハリ、よろしく」

 

年上と思わせない気さくな話し方と態度につい俺もフランクな話し方になってしまう。俺はその後マタハリと二人でキャンプをすることにした。

 

「お!カレーとはいいチョイスだねぇ?しかもとんでもなくいい匂いだ」

「そういってもらえると助かるよ、ポケモンバトルはともかくカレー作りは大の得意なんだ」

「へへぇ、チャンピオンに推薦されたくせに謙虚だねぇ!このこの!」

「あ、今カレーかき混ぜてるところなんで邪魔しないでもらえます?」

「っとと、す、すまねえな」

 

大事な大事なカレーを作っている最中に肘打ちをしてきたマタハリを追い返す、このかき混ぜがどんなに重要なのか後でみっちり話しておかねばならない。

 

「…カレーのことになると怖ぇ奴だな、お前」

「そうですか?友達には『すごいぞ!カレーのことになるとアニキにも負けない気迫だな!』とか『あたしあんたとはカレーで競いたくないわ』とかは言われましたけど」

「今のお前の気迫に負けないって、お前の友達の兄ちゃんジムリーダーかなんかかよ…」

 

チャンピオンです、とは言わず出来上がったカレーをできていたご飯にかけて食べる。

 

「うわ、うめぇ!お前ジムチャレンジやめてカレー屋になれよ!オレ毎日通うし、ライバルも減っていいこと三昧だ!」

「本音漏れてるよ…うーん、58点かな」

「お前のカレー査定辛すぎねぇ?」

「マタハリの炊いたご飯がいまいち」

「手厳しぃなぁ!」

 

 

 

その後カレーにつられて鉱山員の人が集まってくるなどもあったが、マタハリの持ち前のコミュニケーション能力であっという間に友達になっていった。ホップとはまた違うタイプの明るい人だな。

 

「おう坊主、カレー旨かったぜ」

「幸いです」

「ただ量が少なくてよう、うちの若いのがあの様だ」

「うわぁ…」

 

鉱山員の人に班長と呼ばれている人に釣られて見てみると、カレー鍋に残ったカレーをこそぎ取ろうとしている。鉱山という肉体労働の大変な場所で働いている人達の空きっ腹に俺のカレーがクリティカルヒット、食欲で理性を失いかけているようだ。

 

「お前ら!みっともねぇ真似してんじゃねえぞ!」

「っは!俺たちは一体なにして…」

「…たくすまねえな坊主、大事なジムチャレンジの足止めしちまってよ」

「出遅れたのは自分のせいですし、鉱山を抜けたとしても夜遅くなってたと思います。昼から潜った方が安全です」

「じゃあ坊主に一応言っとくぞ。鉱山内部は俺たちが開拓した安全なエリアを通るがもちろん進入禁止のエリアもある、そっちはポケモンもうようよいるし絶対入るんじゃあねぇぞ」

「わかりました、忠告ありがとうございます」

 

ガラル鉱山内部の自然にできたエリアはまだ未開拓な場所もあるという。トロッコの線路などを引いているがまだまだ危険な場所も多いとのことなので気を付けようと心に誓った。

 

 

「あぁん?//アカツキの野郎//班長となぁにこそこそしてやがる?//」

 

「ヒック//もしかしてよぉ//鉱山内部の近道でも聞き出してやがんのかぁ//あぁん!?」

 

「マタハリのやつ、酔ってやがるな」

「お酒って怖いですね」

 

その後マタハリの悪酔いにも絡まれたりしたが、見知らぬ沢山の人達と騒ぐのも楽しいということを知った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

次の日の朝、鉱山が開いたので俺は早々に中に入ることにした。マタハリは二日酔いらしかったので置いてきた、こんな大人にはならないようにしよう。

鉱山の中では既に採掘作業が始まっていた、各所から機械などで岩盤を削る音が聞こえてくる。うるさいですねぇ…

 

「おう坊主、よく来たな」

「おはようございます、班長さん」

「どうだ、糞うるせぇだろ?」

「はい、班長さんの声も大きいです」

「ガハハ!言うようになったじゃねえか!」

 

班長さんといくらか軽い世間話をしたあと、この鉱山内部を進むルートを教えてもらう。基本は単純な一本道だがたまにポケモンを出現するので各自、自分で倒してくれとのそうだ。まあジムチャレンジで勝ち進むならこの程度で足踏みしている場合ではないということだろう。

 

「そういえば坊主よりも早く中に入っていった別の坊主がいたぜ?」

「別の坊主?」

「ああ、髪がパーマでよ全身ショッキングピンクの服を着た目立つ坊主だったぜ」

「あの人かぁ…」

 

ジムチャレンジのエントリーをした日にすれ違ったあの少年だろう。さすがにあのインパクトを見間違える人はいないと思う。

 

「ま、坊主も頑張れよ。応援してるぜ!」

「ありがとうございます!行ってきます!」

「危ないところに入るんじゃねぇぞ!」

「はーい!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うわぁぁっぁぁ!!!」

 

「トロー!!ゴーンン!!」

 

そう班長に言われて数十分後、俺はよくわからないポケモンの背中に乗せられ線路の上を走っていた。トロッコのようなそのポケモンを調べてみると、どうやらトロッゴンというらしい。そのトロッゴンに乗せられもう訳も分からずこのガラル鉱山内部を走らされている。

 

「降ろしてくれぇぇ!」

 

「トロー!ゴーン!」

 

俺を乗せて走るトロッゴンは実に楽しそうだ、心なしかどんどんスピードが上がっている気がする。

 

「なんで喜んでるのさ?」

 

図鑑で調べてみるとどうやらトロッゴンはその背中に石炭を集めたり、自分の体から生み出した石炭を乗せて走るのが大好きだという。俺が今乗っている背中には石炭が積まれていない。ということは一度石炭などを回収された後、もの悲しい背中にすっぽり入る俺がいたので詰め込んで走り出した、というところなのだろうか?実にはた迷惑というか…

 

「ん?」

 

トロッゴンのスピードにも慣れてきた頃なんだか焦げた臭いがし始めた。見てみるとさっきまで俺だけを積んでいたトロッゴンの背中に石炭が生み出されている、しかもところどころが赤くなっている。これ絶対危険なやつ!やけどする!

 

「お、降ろしてくれぇ!」

 

トロッゴンの背中をがたがたと揺らしなんとか止めようとしてみるが、石炭が燃え始めてからというものどんどんとトロッゴンのスピードは増していき止まる気配がない。

そのまま暴走トロッコと化したトロッゴンに揺らされていると前方になにか大きな岩が見える、なんだろうかあれは。

 

「ポケモン?」

 

図鑑を向けてみると反応が出た、ギガイアスという岩タイプのポケモンのようだ。体の各所に見えているオレンジ色の鉱石はエネルギーの結晶体だという。だがそんなことはどうでもよかった、このトロッゴンの前方にいるということは…

 

「止まってくれーー!!」

 

「ゴォォォン!!!」

 

今更前方の巨大な岩(ギガイアス)に気が付いたのかトロッゴンも慌て始める。だが加速したトロッゴンの体は止まることを知らず、そのままギガイアスへと激突してしまった。ドシャアアン!と大きな音を立ててぶつかったトロッゴンと俺は線路の上から弾き飛ばされる。しかしギガイアスは不動、なにかぶつかったのか?という反応だ。

 

「ぐへっ!」

 

「ゴォン!」

 

俺とトロッゴンは地面に投げ出される、なんとか止まったか。

ギガイアスは激突してきた俺達にも激突したことにも興味がないのかまたすぐに眠ってしまった。正直こんな大きなポケモンを相手にはしたくなかったので怒ってこなくて助かった。

 

「いてて、ここどこらへんだ?」

 

なんとか立ち上がりロトムスマホで現在位置を調べてみるが電波が届いていない、もはやロトムスマホではなくただのロトムと化している。周囲の状況を見てみるにどうやらここはまだ線路を引いただけの未開発のエリアらしい、つまり、

 

「迷っちゃった」

 

「ゴーン…」

 

迷ったという事実に俺は膝を抱えてうずくまってしまう。そんな俺にトロッゴンが申し訳なさそうに寄り添ってくれる、炎タイプなので温かかった。

 

「でもお前のせいでもあるんだよなぁ」

 

「ゴン!?」

 

ひとまずここから元の道に戻ろうとトロッゴンと一緒に線路沿いに進んでいった。随分遠いところにまで来てしまったようだが線路があるということは道は続いているということ、線路沿いに戻ればきっと戻れるはずだ。

 

 

 

このあたりはまだあまり人の手が入っていないということで野生のポケモンもわんさか出てくる。トロッゴンの進化前のタンドンやギガイアスの進化前のダンゴロ、岩タイプのポケモンが多く出てきたが俺とメッソンの敵ではなかった、しかしこう何度も戦闘があってはやはり疲れてしまう。

 

「……れる……いぼしはこんな……しょう…」

 

すぐ近くから人の声が聞こえてきた。おそらく鉱山員の人だろう、助かった!

 

「すいませーん、道を聞きたいんです…けど?」

 

声のした方に行ってみると確かに人はいた。ただし鉱山の人ではない。

 

「ん、なんですか君は」

 

 

 

そう、そこにいたのはノミと槌を片手に岩盤をせこせこと掘っているあのピンクが目立つ少年だった。

 

 




他のジムチャレンジャーをだそうかどうか現在思案中です。
ということで一番記憶に残ってたマタハリさんを出してみました、FGOのマタハリさんとは似ても似つかねえや。


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17、vsビート

ジムチャレンジ最初の関門、ターフタウンのポケモンジムに向かうためガラル鉱山を抜けていた俺はせきたんポケモンのトロッゴンに連れられ未開拓エリアへと迷い込んでしまった。

そんな俺が未開拓エリアで出会ったのはもこもこヘアーとピンク色の服が特徴的なジムチャレンジャーの少年だった。俺が彼と出会った時、彼はノミと金槌を片手にせこせこと岩盤を掘っていたのだ。怪しさ満点だが背に腹は代えられない、開拓エリアに戻るため彼に協力を申し出ようとしたとき、

 

「うん?そのチャレンジバンド、君もどうやらジムチャレンジの参加者のようですね」

「あ、うんそうだよ。君もジムチャレンジャーの一人…だよね?」

「ええそうです!ボクはあのリーグ委員長のローズさんに推薦を受けた言わばエリートオブエリート。君たちのような凡百な参加者とは違うんですよ!」

 

こちらに向き直ってきた彼は腕のチャレンジバンドを誇らし気に見せびらかせながらそう言い切った。たしかにあのローズさんから推薦されたというなら彼は本当に凄腕のポケモントレーナーなのだろう、自信満々な態度にも納得がいく。

すると彼は俺のことを訝しげに見ながらこんなことを言ってきた。

 

「ふむ、しかしなぜ君はこんな場所に来ているんです?怪しいですね…」

 

こんなところで岩堀をしている人に言われたくはないと思ったが言葉を飲み込む。俺はこの場所からでてさっさとターフタウンまで行かなければならない、道がわかる人がいるなら力を貸してもらいたいのだ。

 

「えっと、実はこのトロッゴンに…」

「ああそうかわかりましたよ、君の考えが!」

 

俺の言葉を遮りビシッと指をさしてきた少年はニヤニヤと笑みを浮かべながらこう言い放った。

 

「君もローズ委員長に気に入られるため『ねがいぼし』の採掘に来たというわけですね!しかし残念!その役目は既にボクが秘書のオリーブさんから直々に依頼を受けているんですよ!どこから委員長が『ねがいぼし』を集めているのか聞きつけたのかは知りませんがそうはいきません!…まあ、どうしてもというならボクの『ねがいぼし』採掘を手伝わせてあげましょう!委員長の役に立てられるのです、光栄なことでしょう!」

 

そうして彼からノミと金槌を押し付けられなぜか採掘作業を手伝わされることになってしまった。

 

 

コツコツコツコツ…

腕のダイマックスバンドとチャレンジバンドを外し、キャンプセットに入っている手ぬぐいを身に着けノミと金槌で岩盤を掘り進めていく…俺は一体何をしているんだろうか?ジムチャレンジのため道を教えてほしかっただけなんだけど。

 

「ほう、中々手際がいいですね」

「こういうのが得意な手先の器用な友達がいてね、その子の見様見真似だよ」

「ふぅん、まあボクほどではないですが中々優秀な人のようだ」

 

ビートと一緒に岩盤を掘ること一時間。ああ、ビートというのは彼の名前だ。いつまでも彼とかピンクのとかもこもこ頭とかじゃ呼びにくいから名前を教えてもらった。彼は名前を教えるときでさえも、

 

『ボクの名前を知りたい? エリートオブエリートであるボクの名前も知らないようでは君のジムチャレンジの結果も見えたようなものですね。しかし、ジムチャレンジに参加して最初のジムも突破できないというのはかわいそうですから教えてあげますよ。一度だけ、そう一度だけ教えてあげます。ボクの名前はビー……』

 

という過程が存在した。

ビートはエスパータイプのポケモンの使い手のようで『ねがいぼし』の発するエネルギーをエスパーパワーの力で発見し採掘する、という方法をとっている。俺はその作業の手伝いとして、あまり強くはないがエネルギーの反応がある場所の採掘を請け負った。やってみると意外と楽しく夢中になって掘っていたのだが先ほどふっと正気に戻った。こんなことをしている場合ではないのだが今の状況では非常に言いづらい、どうやって抜け出そうかと考えているとコツコツコツと掘っていたノミが突然キン!と硬いものにぶつかり弾かれる感触がした。暗くてよく見えないのでロトムスマホで照らしてみると明らかに岩盤とは違う色の鉱石が姿を現した。見覚えがある、これはあの日空から落ちてきたのと同じ『ねがいぼし』だ。

 

「ビート!『ねがいぼし』あったよ!」

「でかした!…ではなく、ふん、よくやってくれました」

 

ビートに『ねがいぼし』を渡すと手の中で転がしカバンの中へと入れていった。

 

「ふう、これでこのガラル鉱山にある全ての『ねがいぼし』を回収できましたかね」

「ちょうどよかった、なら道を教えてくれない?実は俺ここには道に迷って来ちゃってさ」

「おや、委員長に気に入られるために来たわけではなかったのですか。まあいいです、ミブリム、最後にこのあたりの『ねがいぼし』の反応がないか確かめてください」

 

ビートは最後の確認としてミブリムというポケモンに『ねがいぼし』の反応がないか指示する、どうやらこのポケモンの力で『ねがいぼし』を探していたらしい。

ちょうど採掘は終わったようなのでやっと本題に入ることができて安心した。この分なら今日のうちにターフタウンまで行くことができそうだ、と安心しているとミブリムが怪訝な顔をし始める。

 

「ミ、ミブ、リム」

 

「ん?新しい『ねがいぼし』の反応があると、しかもすぐ近くに?」

 

ミブリムがまた『ねがいぼし』を見つけたようである。しかもすぐ近くのようだ。

ミブリムが頭の突起で反応のある場所を指し示す。俺とビートがその方向を見てみればなんと指示したのは俺のカバンだった。

 

「俺のカバン?あぁ、もしかして俺のダイマックスバンドのこと?」

 

そうだ、俺も『ねがいぼし』を持っているのを忘れていた。採掘作業の邪魔になると思い取り外していたのを忘れていた。

するとビートが驚いたような顔をする。

 

「どうかしたの、ビート?」

「ふ、ふふ。なるほど、そういうことですか…」

 

ビートは顔に手を当て突然笑い始めた、俺がダイマックスバンドを持っていることがそんなに変なのだろうか?

 

「ああ、思い出しましたよ。その顔、暗がりでよくわかりませんでしたがあなたはチャンピオンに推薦されたトレーナーの一人ですね?」

「そうだけど、ビートには言ってなかったっけ?」

「あはは、なるほどここに来たのはそういうことですか。つまりそういうことですか」

 

先ほどからビートの様子が変だ、話が通じていない。ビートは俺を指さしてこういった。

 

「貴方は委員長に推薦されたボクを潰しに来たと、そういうことですね!」

「ええ!?違うよ、俺はただ迷い込んできただけで」

「それにダイマックスバンドまで。ええ、『ねがいぼし』を持っているトレーナーは痛めつけると決めているんです!」

 

突如豹変したビートがバトルを仕掛けてくる。ミブリムをボールに戻すとスーパーボールから別のポケモンを繰り出してきた。

 

「いいかい?チャンピオンよりリーグ委員長の方が偉いんだ、つまり委員長に選ばれたボクの方がすごいんです!」

 

ビートの言葉は流し聞きし現れたポケモンに図鑑を向ける、どうやらユニランというらしい。

 

「いけ!ロコン!」

 

「コン!」

 

ロコンを繰り出しこちらもバトルの態勢を整える、動いたのはビートの方だった。

 

「ユニラン、『ねんりき』」

 

「ユニー!」

 

ユニランの『ねんりき』によって周囲の石や岩が持ち上げられる、どうやらあれで攻撃するようだ。

 

「いきなさい!」

「させるか!ロコン、『かなしばり』」

 

飛んで来ようとした石や岩だったが『かなしばり』を受けたユニランの『ねんりき』が消失する。『かなしばり』には相手を拘束する効果の他にしばらくの間相手の技を使えなくする効果があるのだ。

 

「(でももうしばらくは『かなしばり』を使えなくなった、今のうちに攻める!)」

「ロコン、『おにび』」

 

ロコンの周囲にふわふわと火の塊が現れる、火の塊はユニランを取り囲むと一斉に襲い掛かる。

 

「よしこれで『やけど』状態に…!」

「甘い、甘いですね。ユニランにそんな攻撃は効きません」

「なんだって!」

 

何とユニランを包み込むゼリーのような液体が『おにび』を受け止め無効化している、これでは『やけど』状態にならない。

 

「ユニランの特性『マジックガード』です、この特性のポケモンには『どく』や『やけど』状態を防ぐ効果があるのです。こんなことも知らないとは、チャンピオンの人を選ぶ目も大したことがないということですね」

「なら『でんこうせっか』だ!」

 

『おにび』を防いだビートが特性の説明とともにダンデさんを侮辱する、カチンときた俺が『でんこうせっか』を指示してロコンがユニランへの距離を縮める。

 

「ユニラン、『まもる』」

 

しかしユニランが攻撃を無効化する障壁を生み出したことでロコンはその障壁にぶつかり弾き飛ばされる。

 

「そろそろ切れる頃ですね。ユニラン、『ねんりき』」

 

「ユニー!」

 

ビートは右腕に着けた金色の腕時計を見ると封印されているはずの『ねんりき』を指示する。なんとビートは『かなしばり』の切れる時間を計算していたのだ。

再び持ち上げられた岩がロコンを直撃する、岩タイプが効果抜群なロコンにはどうやらダメージが大きくなるようだ。

 

「大丈夫か、ロコン」

 

「コ、コン…」

 

ロコンは立ち上がるが声が震えている、かなりのダメージらしい。

 

「ロコン、『やきつくす』」

 

「コォォォン!」

 

ロコンの口から吐き出された火炎はユニランを包み込み熱によりダメージを与えていく、さらに炎により体を覆っていた液体が体積を減らしていく。

 

「ユニラン、『ねんりき』で炎を振り払いなさい!」

「いまだ、『でんこうせっか』」

 

ユニランは『ねんりき』で炎をかき消してしまうが体を覆っていた液体がかなり少なくなった、今がチャンスだと追撃を仕掛ける。ロコンの『でんこうせっか』がきまりユニラン体ごと吹き飛ばされてしまう。

しかしビートはにやりと笑い指示を出した。

 

「ユニラン、『ねんりき』で持ちこたえなさい。そこから『がむしゃら』です」

 

吹き飛んでいくはずだったユニランは自分の体を『ねんりき』で無理やり支えると体から白いオーラを出し始めロコンへと体当たりをかました。『がむしゃら』は受けたダメージが大きいほど力を増す技、ロコンはたまらず目を回してしまった。

 

「ロコン、戻ってくれ」

「おやおや、弱いトレーナーに使われるとポケモンもかわいそうですね」

「うるさい!いけ、ウールー!」

 

ビートの言葉に熱くなってしまうがそれでもポケモンを出す手は緩めない、ウールーは飛び出すと大きく鳴き声を上げる。

 

「ンメェェ!」

 

「ウールー、『たいあたり』!」

 

『ねんりき』で無理やり体を固定し、さらに連続して『がむしゃら』を使ったユニランは動くことができずまともに『たいあたり』を受けてしまいそのまま倒れてしまった。

 

「ふん、まああなたのポケモンにも見せ場くらいはあげないとね」

 

ユニランを戻したビートは別のボールから次なるポケモンを出してくる、今度はゴチムというポケモンらしい。

 

「ゴチム、『サイケこうせん』」

 

ゴチムの手から虹色の光線が放たれる、高密度に束ねられたエスパーエネルギーだ。

 

「ウールー、『まるくなる』」

 

ウールーは丸くなり『サイケこうせん』を受け止めるが次第に押されてしまう。

 

「持ちこたえてくれ!」

 

「ンン、メェェェ!」

 

ウールーは何とか光線を受け切りはじき返す。はじき返された光線はビートのすぐそばまで飛んでいくがビートは見向きもせずに指示を続ける。

 

「今です、『くすぐる』」

 

「チムチム!」

 

ゴチムがウールーに接近し、体毛の隙間からウールーの体をくすぐり倒す。ウールーは突然のくすぐりに対応できず、力んでいた力が抜け落ちてしまい膝をついて隙をさらしてしまう。

 

「『サイケこうせん』!」

「『まねっこ』!」

 

咄嗟に『まねっこ』で『サイケこうせん』をコピーするがゴチムの放った光線に次第に押されていき、ついに『サイケこうせん』がウールーの体に直撃する。

 

「ウールー!」

 

シュウシュウと体から煙を出しながらなんとかウールーは立ち上がる。物理攻撃にはめっぽう強いウールーだが特殊攻撃にはそこまで耐えることができない、後一撃でも喰らえばおそらくは倒れてしまうだろう。

 

「あのタイミングで『まねっこ』を使ったのは驚きでしたが、やはりあなた弱いですね」

「うるさい!」

「バトルにおいてトレーナーは常に冷静でなければいけません、感情を強く出すことなど弱いトレーナーがすることです」

 

ビートの言葉の一つ一つが俺の心逆撫でてくる。熱くなる気持ちが抑えられない。

 

「ゴチム、『サイケこうせん』」

「ウールー、『にどげり』!」

 

ウールーがゴチムに向かい蹴りを放つが、ウールーの足が届くことはなくゴチムの『サイケこうせん』を受け倒れてしまう。

 

「…ウールー、戻ってくれ」

 

ウールーまでやられてしまった。ビートの指示は的確で技の効果や特性をうまく理解してバトルをしている、まだまだ知らないことの方が多い俺では彼に勝つことができないのだろうか。

 

「頼んだ、ココガラ…」

 

ココガラを出すがゴチムの強力な『サイケこうせん』がココガラを捉えすぐさま戦闘不能にしてしまう。ついに俺に残されたポケモンは一体になってしまう。

 

「どうしました、もうバトルをする気力もなくなりましたか?」

 

もはや返す言葉も湧いてこない。俺の実力なんてのはこんなものだったのだ、今まではポケモンの頑張りや偶然に助けてもらっていたが一皮むけばこんなもの。推薦してくれたダンデさんの顔にも泥を塗ってしまう有様だ。

 

「……メッソン、お願い」

 

「メッソ!」

 

最後のポケモン、メッソンを出すが既に俺にバトルを続ける気力はなかった。

 

「ゴチム、『サイケこうせん』」

 

「チムチム!」

 

メッソンに『サイケこうせん』があたり吹き飛ばされる。なんとか態勢を整えたメッソンが着地すると俺に向かって指示を出せ!と言ってくるが俺にはもうどうすればいいのかなどわからなくなり指示ひとつ出すことができない。

 

「メッソ!」

 

メッソンはそんな俺に見切りをつけたのか一人でゴチムに突っ込んでいく。

メッソンが果敢に攻めるがビートの読みはその上を行き着実にメッソンを追い詰めていく、俺はそれをただ見ていることしかできない。再び放たれた『サイケこうせん』がメッソンを捉え、今度は態勢を整えることができず地面に倒れてしまう。

 

「ふん、そろそろ終わりにしますか」

 

ビートは腕時計で時間を見るとそう呟く、もう終わりにしようとゴチムに指示を出しゴチムは今までで一番大きな『サイケこうせん』を作り出す。地面に倒れ伏すメッソンに向けて特大の『サイケこうせん』が放たれそうになった瞬間それは再びその力を呼び覚ました。

 

「こ、これは…!」

「この光は…」

 

メッソンの体が青い光を放ち始める、ホップとの戦いで何度も俺を勝利に導いてくれたメッソンの特性『げきりゅう』だ。

その強く猛き光は、既に気力を失った俺の目に力をくれる気がした。

 

「もはや死に体で何ができるというんです!ゴチム、『サイケこうせん』!」

 

チャージされた『サイケこうせん』はまっすぐメッソンへと飛んでいく。メッソンは目を見開きその体を起こすと特大の『サイケこうせん』すら飲み込むほどの『みずのはどう』を作り出して相殺する。

 

「く、なんてパワーですか!」

 

「メッソ!」

 

「ッ!」

 

『みずのはどう』と『サイケこうせん』のぶつかった衝撃を利用しメッソンはゴチムへの距離を一気に詰めるとその長い舌を伸ばしゴチムの体を縛り上げる、『しめつける』だ。ゴチムを捕まえたメッソンはそのまま縛り上げる力を強めていく、あまりの力にゴチムは悲鳴を上げる。

 

「チ、チムチム!」

「メッソォ!」

 

縛り上げられたゴチムに口を開いたメッソンの『みずでっぽう』が炸裂する。『げきりゅう』で強化され、『しめつける』で避けることが許されなかったゴチムはそのまま目を回してしまった。

 

「あの状況から巻き返されるとは…!ですがボクにはまだ一匹ポケモンが残っています。いけ、ミブリム!」

 

最後に現れたのはあのミブリム、おそらくビートの切り札ゴチムよりもさらに強いのだろう。

 

「最近お気に入りの技ですよ。ミブリム、『チャームボイス』」

 

「ミッブ、リィィィム!」

 

ミブリムの口からピンクの波動が吐き出される、波動は音となり回避不能の攻撃としてメッソンに襲い掛かる。

 

「メッソ!」

 

その音波攻撃をメッソンは『みずのはどう』を地面にぶち当てることで起こした音と衝撃で相殺、ついでに『みずのはどう』は波となりミブリムにも襲い掛かる。

 

「ミブリム、『ねんりき』!」

 

波はミブリムを飲み込む直前で『ねんりき』に抑え込まれかき消される。あぁ…惜しかったな。

 

「あと一撃、一撃さえ当たれば終わりなのに…!」

 

ビートも後一撃が与えられずいる状況に憤っている。そうか…さっきまでの俺もあんな感じだったのか。あれでは勝てない、もっと冷静に的確に状況判断をしてバトルをしなければ勝てないと言っていたのはビートではないか。

 

「ミブリム、『ねんりき』」

 

「ミブ、リ!」

 

ミブリムの『ねんりき』は先ほどのユニランより強力らしく大きな岩すらも持ち上げてみせた。

 

「あははは!これで終わりです、つぶれてしまいなさい!」

 

ビートは感情をあらわにし岩をメッソンに向かって射出した。

 

 

 

「……『なみだめ』」

 

「!」

 

俺の口が無意識のうちに指示を出す。それを聞き届けたのかメッソンは目に涙をためて大きく泣きわめき始める。突然のことにビートもミブリムも動揺してしまい『ねんりき』のコントロールがずれ、岩はメッソンには当たらず飛んで行ってしまった。

 

「しまった…!」

 

「『みずでっぽう』!」

 

明確にさらした隙、俺がトレーナーとして培ってきた経験がその隙を逃すなと指示を出す。『みずのはどう』よりも溜めが少なくて済む『みずでっぽう』は、『げきりゅう』の効果で威力を底上げされミブリムを飲み込み吹き飛ばす。壁にまで飛ばされたミブリムはその体を岩盤に埋めながらもなんとか抜け出し立ち上がる。

既にどちらも大きなダメージを食らい立つのがやっと、次の一撃で勝負が決まる。

 

「ミブリム、『チャームボイス』!」

「メッソン、『みずのはどう』!」

 

ミブリムの口からピンクの波動が、メッソンの両腕から水を凝縮した波動が放たれぶつかり合う。もはやさきほどまでの気落ちなどどこかへ吹き飛んでしまった、自分のポケモンが頑張ってくれている姿を見て何もしないトレーナーなどトレーナー以下だということを思い出す。そうだ、今はただこの最高の相棒を信じて戦おう。

 

「いけっぇぇぇぇ!!!」

「負けるなぁぁぁぁ!!!」

 

「メッソォォォォ!!!」

「ミブゥゥゥ!!!」

 

二つの波動はさらに勢いを増すがついに二つの均衡は破れる、押し切ったのは『みずのはどう』だった。

 

「そんな!」

 

水の本流に飲み込まれミブリムが押し流される。そのまま壁へと強打されたミブリムは今度は立ち上がることもなく目を回して地面に倒れ伏した。

 

「メッソォ!」

 

ミブリムを倒した瞬間メッソンは大きく雄たけびを上げるが、直後すべての力を使い果たしたのか地面に倒れる。

 

「メッソン!」

 

メッソンに駆け寄りその体を腕に抱く。

 

「ごめん、ごめんな。俺が弱かったせいで…」

 

「メ、メッソ…」

 

気にするな、とそんな俺をメッソンが慰める。

 

「俺、もっと強くなるよ。お前のトレーナーとして相応しくなれるように…」

 

メッソンも疲れたのかそのまま腕の中で眠ってしまった。俺はメッソンをボールに戻し、ビートに向き合う。

 

「ッ!なんですかその目は」

「いや別に、俺が弱いってことを改めて実感しただけだよ」

「そうです、貴方は弱い!ポケモンへの指示を放棄するなんてトレーナー失格ですよ!」

「返す言葉も見当たらない、だからさ…」

 

「今度は絶対に勝つ。今回みたいに数の差でも、ポケモンの頑張りにも頼らなくていいように」

 

「! 貴方とあなたのポケモンの戦い方は記憶しました、もうボクが負けることなどありえない」

 

俺はビートとは別の方向に歩き始めた。トロッゴンの背中に乗って線路沿いに戻っていくと俺がもともといた開拓エリアにまで戻ってくることができた。なんだ、ビートに道を聞かなくてもよかったなと思った。

 

「ビート、次は必ず倒す!」

 

俺はガラル鉱山を抜けるため足を進め始めた。

 

 

 

 

 




ノミとハンマーで楽しく岩盤堀をしていた序盤の空気はどこへ…
まあ自分気分で書いてるからこうなったんだと思います、次回からはまた普通に緩くなっていくと思います。


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18、よくばりもの再び

アニポケで久々にちゃんとしたポケモンバトルが見れてダイマックスバトルが書きたくなってきました。



ガラル鉱山内部でジムチャレンジャーであるビートとバトルをし、自分の未熟さと力不足を思い知った。勝負では勝ったがこちらはポケモンを四体出してやっとの勝利、勝った直後にメッソンも倒れてしまったので実質負けみたいなものだった。

 

(もうみんなに無理はさせられない、もっと強くなるんだ)

 

勝負の後はトロッゴンの背中に乗って鉱山内部を駆け抜け、何とか鉱山の外に抜けることができた。朝に鉱山に入って、出る頃には既に昼過ぎになっていた。

ガラル鉱山からターフタウンまではもう目と鼻の先だがその前に今いるここ、一面の小麦畑が広がる四番道路を抜けなければならない。

 

「もう昼過ぎだしご飯にするか…」

 

ビートとのバトルでみんな消耗しきっている、無理をさせる前に休憩をはさむことにした。

みんなには出発前に購入しておいたポケモンフーズを、俺はいつも通りカレーを作ることにしたが…

 

「米がない…」

 

お米を買っておくのを忘れていた。旅において食料の買い込みは必須事項なことを失念していた。

仕方がないので買い置きしておいたカップ麺を食べることにしたのだがなんとも味気ない、体がカレーを求めている。しかしこの場にお米はないしパンもない、あるのはカップ麺とカレー用のスパイスや野菜や肉にきのみだけである。これでどうやって…

 

「…このカップ麺にカレーを?」

 

突然の悪魔的発想、カップ麺にカレーを放り込むという突飛なアイデアが浮かんできた。

 

「いやいや、カップ麺にカレーなんて合うわけが…」

 

その否定の言葉に俺自身のカレー知識が待ったをかける。

以前にも言ったことだがカレーとは主食に合わせて千差万別にその姿を変えられる万能料理、カップ麺にだけ合わないなどということはあり得ない。という結論を俺の中のカレー知識が導き出した。

というわけで出来上がったカレーにカップ麺をスープごとぶち込んで作り出した即席カレーラーメン、その味は。

 

「う、うまい!カップ麺のジャンクさにカレーの濃厚な旨味がマッチング、お米を一から炊くのに比べて手間も少ないしなにより3分で出来上がる圧倒的スピード!」

 

また一つカレーの新しい扉を開いてしまったことに感動が止まらない。夢中でラーメンをすすり残ったカレースープも残さず飲み干す、体に悪そうな濃い味が落ち込んでいた心に活力を与えてくれる。

ふとみんなを見てみると俺のカレーを見つめている、これは。

 

「お前たちもカレー食いたいのか?」

 

「メッソ!」

「メェェェ!」

「ガァ!」

「コン!」

 

「よぉし!ならみんなでカレーを作ろうか!」

 

ビートとの勝負で沈んだ心もカレーを食べれば回復、カレーは心も体も癒してくれる至高の料理だと改めて学ぶことができた。

メッソンが食材を綺麗に洗い、ココガラが鋭い爪で食材をカット、ロコンの炎で火の準備をしていざカレー作りを!

 

「メェェェ…」

 

爪も火も出せないウールーが落ち込んでしまったので一緒にカレーをかき混ぜることにした、俺がウールーの体を持ち上げてウールーは前足で器用に木べらを持ちかき混ぜていく。

 

「うまいぞ、ウールー。さすが俺のポケモンだ」

 

「ンメェェ!」

 

「メッソメッソ!」

「ガァガァ!」

「コンコン!」

 

他のみんなも混ぜたいとねだってきたので交代でかき混ぜあった。

ココガラが熱でへばり鍋の中に転落しそうになったり、ロコンが苦手な神通力で操ろうとして木べらがカレーの中に沈んでったりとトラブルもあったが何とかカレーは完成した。

お米はなかったのでポケモンフーズにかけて食べることにした。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「メッソ!」

「ウンメェェ!」

「ガァガァ!」

「コン!コン!」

 

みんなは夢中でカレーを食べる、よかった味に問題はなさそうだ。俺も一口食べたがなかなかの出来、ポケモンフーズカレー…略して『カレーフーズ』、これは流行る!

みんながカレーを食べているのを眺めていると近くの小麦畑がザワっと揺れる。ここは既に四番道路、ポケモンが出てきてもおかしくはない。

 

「みんな」

 

俺の言葉にポケモン達も気を引き締め小麦畑を見つめる。ざわざわと小麦をかき分け出てきたのは…

 

「ワッパ!」

 

「ワンパチ?」

 

小麦畑から出てきたのはこいぬポケモンのワンパチ。ソニアさんがワンパチを連れているのでよく覚えている。ワンパチはきょろきょろと辺りを見回し、ポケモン達の食べているカレーを見つけると一目散に走りこんできた。

 

「メッソ!?」

 

メッソンのカレーを瞬時に食べつくしたワンパチはすぐ近くのウールーのカレーに目をつける。

 

「メ、メェェ!」

「『ワッパァァ!』」

 

ウールーがカレーを守ろうとすればワンパチがその小さな体から大きな声を出す。これは前にも見た、『ほえる』だ。『ほえる』に驚いたウールーは俺のところにまで走ってくると後ろに隠れてしまった。そういえばハロンタウンでもウールー達を誘導するためにワンパチが牧羊犬として使われていたのを思い出す、ウールーにとっての天敵なのだろうか。

ワンパチは主のいなくなったカレーを食べつくすと次のカレーに目を付ける、しかし三度目はロコンが許さなかった。

 

「コン!」

「ワッパ!?」

 

ロコンの『かなしばり』によってワンパチの体が拘束されると身動きすら取れないワンパチをポケモン達が囲っていく。ウールーも囲みに参加していった。

 

「メッソ…」

「メェェ…」

「ガァ…」

「コンコン!」

 

「ワ、ワパ…」

 

直後、ワンパチは飯の怒りを受けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「で、お前なんでこんなことした?」

 

「ワ、ワパァ…」

 

どうやらワンパチは俺たちの作り出したカレーの匂いに誘われここまでやってきたらしい。周囲を見渡すとポケモン達がこちらを見ている、え、多くない?

 

「なんでこんなにポケモンが…」

 

「ワパワパ!」

 

ワンパチの話では最近ここに暴れん坊のポケモンがやってきて食料を奪っていくというのだ。そのポケモンはとても強くて自分達では敵いようがなく、ここ数日空腹で喘いでいるらしい。だからカレーの匂いに居てもたってもいられなくなったのか。

 

「ワッパァ……」

「ピカァ…」

「ライライ!」

「ブィ…」

 

「うぐぐ……」

 

野生のポケモン達がすがるような目つきで俺のことを見つめてくる。み、見るな、そんな目で俺を見てくれるな……

結局野生のポケモン達の眼力に勝てず、俺はその暴れん坊ポケモンを退治することになった。

 

 

暴れん坊のポケモンは美味しいものの匂いに釣られるということなのでカレーを作って待つことにした。

 

「あれチャンピオンに推薦されたトレーナーじゃないの?」

「なんでカレー作ってるの?」

「ポケモンジムの直前でおじけづいたとか?」

 

み、見るな、そんな目で俺を見るなぁ!

カレーを作っている俺を横目に見ながら他のチャレンジャー達が先に進んでいく。あぁ、こんなことをしている間にも他のチャレンジャー達との差が…

しばらくカレーを作っていると遠方からゴロゴロと何かが転がってくる。もしかして暴れん坊のポケモンだろうか?

 

「グメメェエ!!!」

 

転がってきたのはウールーなのだが、なんと止まる気配がないだと!?

大事なカレーを守るため俺は突っ込んでくるウールーを受け止めるため前に出る。ぐぅ、さすがポケモンのパワー。転がっていることも合わさって並の『たいあたり』よりも強力だ、だが。

 

「カレーをこぼさせるわけにはいくかぁ!」

 

「グメメェエ!?」

 

転がってきたウールーを投げ飛ばす。カレーには指一本、羊毛のひとつすら入れさせずこの窮地を脱した。

 

「みんな、押さえ込め!」

 

「メッソ!」

「ンメェェ!」

「コンコン!」

 

転がってきたウールーを数で押さえ込む。三匹に勝てるわけないだろ!

 

「えーと、あのう」

 

ウールーを押さえ込んでいると後ろから声を掛けられる。振り返ると日よけ帽子をかぶった優しい表情の男の人がいた、? どこかで見たような。

 

「あぁ!?もしかしてヤローさん!?」

「おや、そういう君はジムチャレンジャーですねえ?」

 

なんと現れたのはターフタウンのジムリーダーヤローさん、昨日開会式で見たばかりだ。

 

「そ、そうです!」

「やっぱり、昨日の開会式で見かけましたよ」

「あ、ともしかしてこのウールーはヤローさんの?」

「ええ、この子はうちのポケモンジムで飼っているウールーです」

 

「す、すいませんでした!!!」

 

ポケモン達にすぐさま指示しウールーを解放させる。さすがジムのウールー、あれぐらいの拘束では一つも傷がついていないことに安心した。

 

「本当すいません、ここに現れているという暴れん坊ポケモンかと思いまして…」

「おや、どうしてそのことを?ぼくもその調査に来てたんですよねえ」

 

ヤローさんの話では最近この辺りを通るトレーナーや農作物にもいくらか被害が出ているという。その調査で来たのだとか。

 

「えっと、カクカクシカジカで」

「なるほど、お昼ご飯を作っていたら野生のポケモンに…」

「ジムチャレンジのほうを優先しないといけないのはわかってるんですけど…」

「いえいえ、むしろいいですねえ」

 

えっ、と顔を上げてみるとヤローさんはとてもいい表情で笑っていた。

 

「よし、では君にこの件は預けましょう」

「え!どうしてですか?」

「ぼくもジムリーダーとして他のチャレンジャーのお相手をしないといけないんですけど、町の人に頼まれたこの案件も見過ごすわけにはいかないんですねえ。というわけでこの件を解決してくれましたら一番に君と戦うことを約束しましょう」

「いいんですか!」

 

ヤローさんがこの件を解決すればすぐに戦ってくれると申し出てくれた。既に俺はいくらか出遅れてしまっている、さらに最初のジムということでターフジムには既に多くの挑戦者が順番待ちしているらしい。その順番を飛ばしてジムに挑戦できるというならこちらにとっても好都合だ。

 

「あ、でも……」

「でも?」

「やっぱり遠慮しておきます」

「おや、それはどうして?今からでは結構待つことになると思いますよ?」

「出遅れたのは自分の責任ですし、それにこの件は俺が自分で解決しようと思ったことですから。他のチャレンジャーにまで迷惑をかけるわけにはいきません」

 

成り行きとはいえこれは俺が野生のポケモンから受けた案件、そのしわ寄せを他にまで及ぼすわけにはいかないのだ。

 

「あ、その代わりと言っては何ですけど今からジムの順番待ちに登録しておいてもらえますか?いつまでかかるかわからないので…」

 

ヤローさんは俺の申し出を快く承諾してくれた。ふぅ、これでなんとか心残りはなくなった。思う存分ポケモンの捜索に意識を向けられる。

 

「それではお願いしますね」

「ええ!任せてください!」

「ふふ……チャンピオンが推薦したというのもわかる気がしますねえ」

 

最後にヤローさんは何かつぶやきながらターフタウンへと戻っていった。さて、気を引き締めていくぞ。

 

「って、カレーの火かけっぱなしだった!」

 

カレーの火はメッソンが消火してくれていた、やっぱりお前は最高の相棒だ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヤローさんと別れてしばらく経った。お昼過ぎだった時間は既に夕方に差し掛かっている。

 

「今日は出てこないのかねぇ」

 

「ワッパ!」

 

ワンパチと二人暴れん坊が出てくるのを待つが如何せんなかなか出てこない。もはやカレーは出来上がってしまっている。

 

「やることないなぁ…」

 

「ワッパ…」

 

二人で暗くなってきた空の星でも数えようかと考えていたその瞬間、小麦畑からとんでもない速度で何かが接近してくる音が聞こえる。

ワンパチを見てみるとグルルル!と威嚇の態勢に入り始めた。おそらくビンゴだ。

小麦畑をかき分けついに暴れん坊がその姿を現した!

 

「お、お前は!」

 

「ワッパ!ワッパ!」

 

「バリ!バリス!」

 

何と出てきたのはヨクバリス、しかもなんだか見覚えがある。

 

「あ!お前一番道路で出会ったあの!」

 

そう、かつて一番道路で俺の『やすらぎのすず』を狙って現れたヨクバリスだったのだ。たしかにこいつの強欲さは並ではない、いくらでも食料を求めていくのだろう。

 

「お前なんでこんなところに!」

 

「バリィ? ッ!ババリス!」

 

俺の顔を思い出したのかヨクバリスの顔が驚愕に包まれる。かつて自分を降した謎の格下の登場に混乱しているようだ。

 

「いけ!ウールー!」

 

「ンメェェ!」

 

あの時ヨクバリスを降したウールーを出す、こいつの強さはあいつも知っているはずだ。

 

「ワッパ!ワッパ!」

 

「お前も協力してくれるのか?」

 

「ワッパ!」

 

ワンパチも俺に協力を申し出てくれた、あの時と同じ二対一だが俺もウールーもあの時の俺ではない!

 

「行くぞ、『たいあたり』!」

 

ウールーの『たいあたり』がヨクバリスを吹き飛ばすが意外に身軽なのかくるりと一回転して地面に着地をする。やはり強い!

 

「バリス!」

 

ヨクバリスが跳躍しウールーへとダイブする、『のしかかり』だがその技はもう知っている。

 

「ウールー、『まるくなる』」

 

あの時と同じようにウールーは体を丸め攻撃に備える。

 

「バリィ」

 

しかしその瞬間ヨクバリスの顔がニヤリと笑う、ヨクバリスはそのままウールーへとダイブすると小さなクレーターを作り出す。

 

「バリス!」

 

「ンメェェ!?」

 

ヨクバリスはウールーの体にのしかかったままその腕を首に回す。ブチブチと何かがちぎれるような音が聞こえてくるとウールーが突然慌て始め『まるくなる』を解除してしまう。ヨクバリスは『まるくなる』を解除したウールーの顔を殴りつけ近くの壁に叩きつけてしまう。

 

「ウールー、どうしたんだ!」

 

「ンメメエェェエエ!!」

 

ウールーが今までいたこともないほど怒りをあらわにする。ヨクバリスを睨み付けると奴は手のひらで何かを転がしてニヤニヤと笑っている。それは銀色で、丸くて、ちぎれた糸のようなものがついている…

 

「『やすらぎのすず』を!」

 

「ンメメメェェェ!!」

 

そうだ、ウールーの首にはユウリからもらった『やすらぎのすず』をかけていたのだ。さっきのブチブチという音は『やすらぎのすず』を通していた紐を引きちぎる音だったのか。

 

「ウールー、落ち着け!」

 

「ンメェェエ!」

 

鈴を奪われたウールーは怒りで我を忘れ、俺の指示も聞こうとせずヨクバリスに突撃する。それをヨクバリスが華麗に躱し逆に反撃を与える。吹き飛ばされたウールーはそれでも止まらず、がむしゃらに突撃を続ける。

 

「くそ、どうしたら…」

 

「ワッパ!!」

 

どうすればいいか途方に暮れているとワンパチが俺に向かって吠えてくる。

 

「ワンパチ、まずはウールーを正気に戻すぞ『ほえる』!」

 

ワンパチは争いあうヨクバリスとウールーのもとへ走りだす。二匹とも互いにしか目が言っておらずワンパチのことを少しも見ていない。

 

「グルルルル、『ワッパァァ!!!』」

 

「「!!?!?!?」」

 

ワンパチの『ほえる』の大声量に二体の動きが止まる。ヨクバリスもだがウールーは先ほどまでの怒りもその瞬間だけは成りを潜めさせることに成功した。

 

「ワンパチ、『ほっぺすりすり』」

 

「ワパパ!ワッパァ!」

 

動きの止まったヨクバリスに頬をこすりつけ強力な静電気を流し込む。ヨクバリスはその電気によって『まひ』状態となり体を硬直させる。

 

「ウールー!『にどげり』!」

 

「ッ! ンメェェ!」

 

正気に戻ったウールーの『にどげり』がヨクバリスに炸裂する。体をしびれさせ効果抜群の攻撃をくらったヨクバリスはたまらず膝をつきその手に持っていた『やすらぎのすず』を落とす。

 

「バ、バリス!」

 

「ンメェェ!」

 

自分の手からこぼれ落としたものを拾おうとしたヨクバリスの顔にウールー怒りの『にどげり』が再度炸裂する、俺指示してないんだけどね。

吹き飛ばされたヨクバリスは地面に伏している。既に奴はボロボロだ、あとはヤローさんに頼んでこのヨクバリスをどうにかしてもらえば…

 

「バリィ!!!」

 

そんなことを考えていると、ヨクバリスは自分の頬から何かを取り出すと頬張り始めた。

 

「あれは、きのみ!」

 

オボンのみやクラボのみなど複数個のきのみを食べつくしたヨクバリスはその体力と状態異常を完全に回復し立ち上がったのだ。まさかきのみを隠し持っているとは…

しかし復活したヨクバリスは攻撃をしてこない、不思議に思っているとヨクバリスは俺たちに背を向けて逃げ出し始めた。そのあまりの潔い逃げっぷりに俺もポケモン達も目が点になってしまった。

 

「ま、待て!」

 

正気に戻った俺達が追いかけるがもう遅い、奴は四番道路にかかる川まで逃げ込むと勢いよく飛びこんだ。暗くなった川にまで入り込むことはできず俺達は立ち尽くす、まさか逃げられるとは…

 

その後ヤローさんに連絡を取り暴れん坊の正体がヨクバリスだったことと逃げられてしまったことを説明した。

 

「…ということで奴には逃げられてしまいました」

『なるほど、そうだったんですねえ』

「すいません、あんな大見得切っておきながら」

『いやいや、これでしばらくは被害が出なくなりますよ。ヨクバリスの撃退、ありがとうございました。この間にいくつか対策を立ておきますから安心してください』

 

それでは、とヤローさんとの電話を切れた。俺ができるのはここまで、あとはヤローさんに任せよう…

 

「あー!でも悔しいな。結局あいつには逃げられちゃったし」

 

悔しくて道路に寝転がってしまうとウールーとワンパチが寄ってくる。

 

「そうだ、お前の鈴をもう一回つけてあげないとな」

 

「メェェ…」

 

自分のお気に入りの鈴を咥えてうなだれているウールーをボールに戻す。今度はもっと頑丈な紐でかけてあげよう。

 

「ワパワパ!」

 

「ワンパチ、お前もありがとうな。これでお腹一杯ご飯が食べられるぞ」

 

ワパワパと俺の顔をなめてくる。

 

「ちょっと、顔がべたべたになっちゃうよ」

 

それでもワンパチは顔を舐めるのをやめない。この執拗に何かを訴えてくる感じには覚えがある。

 

「…俺と来たい…とか?」

 

「ワッパ!ワッパ!」

 

さらに勢いを強めて俺の顔を舐めようとしてきたワンパチを顔から引きはがし、まっすぐに顔を見つめる。そのキラキラと輝く瞳は今空に輝いている星のようだ。

 

「よし!なら俺と行こう!」

 

「ワッパ!」

 

俺はワンパチを地面に下ろしてモンスターボールを投げつける。ボールはワンパチを吸い込むとカチ、カチ、と震えた後ポン☆と音を鳴らして止まる。

 

「ワンパチ、これからよろしくな」

 

 

俺は5体目の仲間が入ったボールを腰に釣るすと四番道路を抜けターフタウンへと走り始めた。

さあ、ついにジムリーダーとの初勝負だ!

 

 




…待ってくれ、どうしてヨクバリスが出てきているんだ。俺にもわかりません。
話を書く前は特大バケッチャを退治するはずだったんですけどいつの間にかヨクバリスになっていました。もしかして準レギュラー入り?


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19、ターフタウンの地上絵

創約禁書見てたら昨日小説書くの忘れてました。
すいません!何でもしますから!




四番道路を荒らしていたヨクバリスを何とか退け、五体目の仲間ワンパチをゲットした。その後、なんとか夜のうちにターフタウンに到着した俺はポケモンセンターに宿を取って一夜を明かした。

 

夜が明け、日も登り始めた頃に俺はジムチャレンジについての情報を仕入れようとスタジアムに向かった。予約の数によっては明日明後日とこのターフタウンに拘束されてしまう、なるべく早めの順番でありますようにと祈りながら足早に駆け出した。

するとスタジアムに向かう途中、近くの畑から桑を振るう音が聞こえてきたのでそちらに意識を向けてみて驚愕した。なんと音の主、桑を振るっていたのはヤローさんだった。俺が声をかけるとヤローさんは首にかけたタオルで汗をぬぐいながら手を振ってくれた。

 

ヤローさんはジムリーダーでありながらこのターフタウンで農業をしている一人でもある。ジムリーダーとしての仕事をしている間はそんな暇もないようでこうして朝早く畑作業をしているというのだ。

 

「それにしてもいい野菜ですね、これは全部ヤローさんが?」

「ああそうじゃ、どれも立派に育ってくれているだろう」

 

畑を見渡してみてわかる、畑に生っている野菜はどれも大きくてすごく立派なものばかりだ。ヤローさんの腕の良さがわかる。

 

「このトマトを使ってカレーとかも作ってみたいな」

「ははは、そういえばアカツキさんは昨日もカレーを作っていましたね。料理、お好きなんで?」

「カレーが大好きです!」

 

そういうとヤローさんはカレーの具材になりそうな野菜をいくつかプレゼントしてくれた。袋に入った野菜たちはずっしり重く、それだけでいいものだということがわかる。生産者と消費者、消費者として生産者の人にはもう足を向けて寝られないと思った。

 

「あ、そうだヤローさん!俺の参加予約ってどうなっていますか?」

 

ヤローさんと野菜の話で盛り上がり忘れてしまっていたが今日スタジアムに向かっていたのはそのためであった。俺の初ジムチャレンジはどうなっているのだろうかと期待に胸を含ませているとヤローさんはにやりと口角を上げてこう言った。

 

「アカツキさんのジムチャレンジは今日の最後、つまりトリの勝負じゃな」

 

トリ、トリとは『取り』に意味を端する言葉で舞台などで最後に姿を現した演者がギャラをすべて貰うとかなんとかから生まれた言葉である。端的にいうと、その日最後を締めくくる大勝負ということだ。

 

「嫌だぁ…」

 

ここ彼も姿が見えるあの大きなスタジアムでバトルをするというだけでも緊張するのにそれが一日の締めくくりを行う大勝負だなんて…うう、お腹が痛くなりそうだ。

俺がまだ味わってもいないプレッシャーでお腹を痛めていると思い出したかのようにヤローさんが言葉を発した。

 

「そういえば昨日、君と同じチャンピオンの推薦者の二人が挑戦してきましたねえ」

「!」

 

ヤローさんの言葉にビクッと肩が震える、ついでに腹痛も消える。もしやと思い聞いてみると、やはりそれはホップとユウリのことであった。

 

「二人は…」

「ええ、二人とも突破されましたよ。とても強い、あの二人は勝ち上がっていくとおもいますよ」

 

ジムリーダーに太鼓判を押される二人。そうか、あの二人はもう俺の先を言っているのか。そう思うと先ほどまで感じていた形のないプレッシャーなどどこかへ行ってしまった。

トリの勝負になったから不幸?幸運?違う、あの二人に一分一秒でも早く追いつくために早く自分もジムチャレンジを突破しなければという対抗心がメラメラと燃え上がってきた。

 

「おや、どうやらすごくやる気になったようですねえ」

「はい、あの二人に遅れたままを明日以降に持ち越す、になんてことにならず良かったと思い始めました」

「おやおや、もうターフジムを攻略したというような口ぶりですね」

「あの二人に突破できて俺にできないなんてあり得ませんから」

 

ヤローさんの優しい表情が一転、ジムリーダーとしての闘志溢れる表情に様変わりするがそれも一瞬のこと。すぐさま優しい顔に戻ってしまった。

 

「ふふ、いいですねえ。では今日の最後の試合をスタジアムのコート、ジムミッションの先でお待ちしています」

「? ジムミッション?」

「あら、もしかしてアカツキさんジムミッションをご存じでない?」

 

ヤローさんが格好良く「待っている」といって踵を返そうとしたが俺の疑問形の言葉を聞いて転びそうになった。

どうやらジムミッションとはジムリーダーに挑む前に行われる選定試験のようなものらしい。ジムによってそれは様々で、ジムミッションによってはジムリーダーに挑戦することすらできないというわけだ。

 

「…ところであの二人は?」

「ジムミッションの内容を教えるわけにはいかないですけどホップさんは慣れた感じで、ユウリさんもサクサク突破しましたねえ」

 

 

…負けらんねぇ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その後予定の詰まっているヤローさんはスタジアムへと向かっていった。俺はもうスタジアムに向かう必要はなくなったのでとりあえず貰った野菜をどうにかするためにポケモンセンターに戻ることにした。

 

俺がポケモンセンターにとった自分の部屋に野菜を置いたころには既に日も登り、続々とスタジアムに人が流れ始めた。今日のジムチャレンジが始まりだしたのだろう。

ガッツリ朝食を取り、ジムチャレンジの時間まで暇をつぶそうとポケモンセンターを出ると何か見覚えのあるポケモンが走ってきた。あれはワンパ…

 

「イヌヌワン!」

 

俺の思考回路が正解を導き出す前にワンパチが顔に飛びついて顔を舐めまわしてきた。この特徴的な鳴き声は確かソニアさんのワンパチだ。俺は顔からワンパチを引きはがし地面に置くとワンパチがくるくると俺の周りを回り始め少しするとついてきて!と言わんばかりに少し先の道まで走り俺を見つめてきた。

そういえばダンデさんがワンパチは道案内が得意だとか言っていたのを思い出す。

 

「もしかして俺をどこかに連れていきたいのか?」

 

「イヌヌワン!」

 

それを同意と受け取ったのかワンパチはさらに先へと走り始めた。ワンパチは俺がついてきているのかをチラチラ見ながら走っているところから道案内に慣れているというのは本当なのだろう。

ワンパチに連れられ道を進んでいくと少し坂を上がる道になってきた。ワンパチを追いながらロトムスマホに地図を出してもらい見てみた。どうやらこの先は見晴らしの良い丘の広場になっているらしい。

 

俺が丘の広場に到着すると、広場の入り口で待っていたワンパチが広場の中心にまで走りだす。広場の中心にいたのは三人。

 

「ありがと、ワンパチ!」

 

「イヌヌワ!」

 

「お、来たみたいだな」

「まったく、あたしを待たせるなんていい度胸ね」

「はぁ、はぁ。うん、一日ぶりだねホップ、ユウリにソニアさんも」

 

いたのは俺のライバル二人にソニアさんの三人だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「君の考えを聞きたくて呼び出したの、ごめんね」

 

ソニアさんがワンパチを戻してそんなことを言ってきたのだがまるで要点が掴めない。

 

「つまりどういうことです?」

「アレよ、アレ」

 

ユウリが俺の顔をつかんで無理やりに捻る。なんだか首がゴキッ!とか言ったような気がするが、その前に目に入ってきた光景に驚いた。

 

「な、なんじゃこりゃ!」

「有名なターフタウンの地上絵よ、知らなかったの?」

 

ユウリが俺を小馬鹿にしたような口ぶりで煽ってくるが今はそれよりこちらに気が行った。

それはこの丘の広場の正面に大きく描かれていた。

向かいの丘に描かれたそれは巨大な人型?が電気のようなものを出して暴れ、その周りには小さな人型が倒れるように転がっている。そんな感じの巨大な地上絵が存在していた。

 

俺がその大きさと雄大な自然に驚いているとソニアさんが説明を始めてくれた。

 

「この地上絵はね、今からおよそ3000年前に描かれたものらしいわ」

「3000年前…!」

「君の目にはこの巨大な地上絵はどう映る?」

 

そう言われじっと地上絵を見つめてみた。

巨大な人型が存在し、その周りには小さな人型がたくさん寝転がっている。つまり巨大な人型のほうが少数派、小さな方が多数派だということがわかる。異常なのは巨大な方だ。

 

「ダイマックス?」

 

そう、ダイマックスだ。通常のサイズのポケモンを全長数十メートルにまで巨大化させる技術が最初に思い付いたのだ。

 

「それもあるよね、大きくなったポケモンにも見える」

「だよな~、オレもダイマックスしたポケモンに見えるぞ」

「あたしも二人と同意見ですね」

「そうよね、でも3000年前の人が想像力豊かでも見たこともないダイマックスを描けるかしら?」

 

そうだ、いまでこそダイマックスの存在は公になっているが少し前まではダイマックスもそこまで知られていたわけではない。ローズ委員長とマグノリア博士、この二人の研究と事業によりここまでダイマックスが普及しているのだ。

 

「大昔に黒い渦がガラル地方を覆い、巨大なポケモンが暴れまわった…ブラックナイトって何なのかしら、ダイマックスとどんな関係が」

 

エンジンシティのホテルでソニアさんが話してくれたガラル地方の伝説、それが関係しているのだろうというのはなんとなくわかるがやはりそれ以上のことはわからなかった。

 

「それを調べるのがわたしか…おばあさまの宿題は重いな」

「ソニアならきっとわかるさ!」

「まあ何とかなるんじゃないです?」

「なんとかなりますよ、ソニアさんなら」

 

正直俺たちの頭や知識では答えは出てこない。ならばできるのはそれを応援することだけだ。俺たちの応援を聞いたソニアさんは少し苦笑しながら何かを差し出してきた。

 

「うん、貴重なご意見と声援ありがとう。お礼にリーグカードあげるね」

 

ソニアさんが差し出してきたのはヤローさんのリーグカード。プロマイドのような写真にヤローさんと野菜の形をしたサインが描かれている、とてもヤローさんらしい。

 

「ヤローさんは草タイプのジムリーダーだからね。燃やしたり凍らせたり、飛行タイプや虫タイプに毒タイプなんかも有効よ」

 

「オレはもう倒したぞ」

「あたしも突破しましたよ」

「えー!早い!わたしだってもっとかかったのにー!」

 

速すぎる二人の攻略を聞いて涙目になったソニアさんがこちらをじっと見つめて何かを伝えてくる。わからん。

 

「えっと、俺は一応今日ターフジムに挑むつもりです」

 

そう聞いたソニアさんはパアッと顔を明るくして俺の手を握るとブンブンと振ってきた。過去の自分と比べて、やたらと早く突破した二人になにか思うところがあるようだ。

 

「そうだよね!普通は三日四日掛けてやっと挑戦できるものよね!ダンデ君みたいなのが普通じゃないわよね!」

「えっとそうですね…」

 

二人に視線を向けてみるが目を背ける。どうやらダンデさんも同じようなスピードで速攻攻略して差を開かれたのが軽いトラウマになっているようだ。

しばらく感極まっていたソニアさんだがようやく落ち着いた。

 

「えっと、とりあえず頑張ってね。私も見に行くから、何時?」

「今日の最後です」

「うわぁ、トリの勝負か。あれ観客も盛り上がってるしわたし少し苦手だったわね」

 

やはり最後の勝負というのは盛り上がるのか。

 

「ホップとユウリも見ていく?」

「いや、オレはもう次の町に行くぞ」

「あたしも」

 

二人はどうやらもう次の町に進むようだ。俺の負ける姿を見られないというのが嬉しい反面、差をつけれれるのが悔しくもあった。

するとユウリが拳を突き出し、俺の胸にドンと当ててきた。

 

「…あたしに勝っておいて、無様に負けたりしたら許さないんだからね」

 

どこか顔を赤らめてそう言ってくるライバルに叩かれた胸が熱くなる。そうだ、ヤローさんにも大口をたたいたばかりだった。

 

『あの二人に突破できて俺にできないなんてあり得ませんから』

 

あの言葉を思い出してもう一度口にする、今度は二人のライバルの前でだ。

 

「二人にできて俺にできないなんてあり得ないから」

 

その言葉を聞いたホップとユウリは少し驚いた顔をしたがすぐににやりと口角を上げる。

 

「ふん!よくそんな大口が叩けたものね!最下位の分際で」

「オレのライバルとして申し分ないぞ、アカツキ!」

 

とても二人らしい言葉だ。

 

「うん!俺はもう負けないよ、あいつに勝つためにも!」

 

ビートの顔を思い出す。二人のライバルとして返り咲くためにも、もうあんなピンク野郎にも後れを取るわけにはいかない。しかし『ねがいぼし』掘りは意外と楽しかったのでノミと金槌を買っておこうと思った。

 

「…ちょっと待ちなさい。あんた、負けたの?」

 

俺がそんな感じで意気込んでいるとそれを聞いたのかユウリが訊ねてくる。特に隠すことでもないが勝ったのか負けたのか微妙な勝負なので言葉に困る。

 

「あーいや負けたというか勝ったというか…実質負け?みたいな」

 

その言葉を聞いたユウリとホップが俺の肩を掴み問いただしてくる。えっ!?なに!?

 

「あんたあたしに勝ったくせにどこの馬の骨ともわからない奴に負けたの!?言いなさい!誰に負けたのよ!」

「そうだぞ!オレ今のところお前に全敗してるんだからな!」

「えー…あのエントリー登録の日に俺達のこと見てふっ、て笑ってどっか行ったピンク色のビート君だよ」

「あんな色物に負けたの!?」

 

たしかに色物っぽいビートだが実力は本物だ。知識に照らし合わせた堅実なバトルと勝利に対する執着、なにが彼をあそこまで駆り立てていたのだろうか?『ねがいぼし』集めを依頼したというローズ委員長にも関係が?

 

「何とか言いなさいよ!?」

 

ホップとユウリ(特にユウリ)に揺さぶられながらそんなことを考えるのだった。

そしてお忘れだろうが俺はまだ朝飯を食べたばかりだ、そんな俺が考え事をしながら強く揺すられ過ぎればどうなるかもお分かりいただけるだろう。

 

「うおろろろろろろ」

「キャー!こんなところで吐くんじゃないわよ!」

「傷は浅いぞアカツキ!すぐにあっちの公衆トイレに!」

「……大丈夫かしらこの子たち」

 

 

ターフジム挑戦はすぐそこだ!

 

 




…ヤローさんの口調難しくない?


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20、ジムミッション・ウールー転がし

ようやく最初のジムに挑めますね…


ターフタウンの地上絵を見た後、ホップとユウリは5番道路にソニアさんはまだ地上絵を調べたいということでターフタウンに残ることになった。

そういえばホップのココガラがアオガラスに、ユウリのウパーがヌオーに進化していた。

 

『ヤローさんに勝った瞬間にさ!ココガラがブオーって光ってさ、バーって進化してたんだぞ!』

『あたしのヌオちゃんもね。ギリギリの勝負だったわ、さすがジムリーダーね』

『草タイプ使いのジムリーダーに水・地面タイプのウパーをぶつけるなんてユウリは怖いもの知らずだね…』

『そっちの方が面白そうだったからよ!』

 

俺はポケモンでも先を行かれてしまった。俺のポケモン達もはやく進化させてあげたいものだ。

 

 

そして時はきた、本日最後から二番目のジムチャレンジャーの挑戦が終わった。既にスタジアムに来ていた俺はユニフォームに着替え、呼ばれる時を今かいまかと待ち望んでいた。

幸い、ジムチャレンジャーに余計なプレッシャーを掛けまいとあまり話しかけてくる人はいなかった。俺に話しかけてきたのは2人。

 

「は~い、毎度おなじみボールガイだボルよ~」

 

まずはこの公式マスコットを自称する謎のコスプレ存在。以前エンジンシティの開会式でも話しかけてきたこのマスコットの存在はなんだかんだで挑戦前の緊張をいくらか解してくれた。緊張をほぐすには別の衝撃を与えるのが効果的というのは本当のようだ。

 

「仲良しの印にこのボールをあげちゃうボル!」

 

前回リーグカードとともにモンスターボールを押し付けてきたボールガイが次に渡してきたのはフレンドボール、捕まえたポケモンがすぐに懐いてくれるという便利なボールだ。

 

「…ありがとう」

 

せっかくなのでもらえるものは貰っておく、あって困るものでもないのだから。

 

「いや~、ボールって奥が深いボルね~」

 

そういってボールを渡すとボールガイはすぐまたどこかへ行ってしまった。とはいっても行く先々で悲鳴やら何やらが聞こえてくるのでどこにいるのかわかるのだが。

 

「おーす、アカツキ君緊張してる~?」

 

二人目はソニアさん、どうやら本当に見に来てくれたようだ。

 

「やっぱり緊張しますね、ボールガイのおかげでいくらかは緩和したんですけど…」

「ボールガイ…あー、あのマスコットのことね」

「はい」

「確かにあれの迫力を直に浴びたら緊張もどっか行くかな」

 

ソニアさんもあれと相対したことがあるようでその不気味な迫力がわかってしまうらしい。本当に何者なのかあのマスコットは。

 

「ま、わたしは観客席で待ってるからね。ちゃんとミッションを突破するんだぞ」

 

そういってソニアさんも観客席に向かう通路へと行ってしまった。これで正真正銘俺は一人になった。

 

「…いや、一人じゃないか」

 

腰のモンスターボールとお守りに手を当てる。

頼もしい仲間達、ライバルたちがこの先で待っているのだ。こんなところで立ち止まってはいられない。

 

『――ジムチャレンジャー、アカツキ様。ジムチャレンジャー、アカツキ様。用意が整いましたのでユニフォームに着替え、ロビー中央の入場口までお越しください』

 

召集のアナウンスが響き渡る。ロビーにいた一般の人や、試合を見に来ている他のジムチャレンジャーの目線が俺にあつまってくる。

なるべく周りを見ないようにして入場口にまで進む。

 

「あれがチャンピオンに推薦されたっていう……」

「昨日出た他の二人もすごかったらしいぞ」

「あんまりすごそうにはみえないですねぇ」

「ようチェックや!」

「草バッジを手に入れたらあなたのファンになってあげるー!」

 

それでも耳までを防ぐことはできない、やはりダンデさんからの推薦ということでかなり注目を浴びているらしい。

入場口の前まで来ると受付の人にチャレンジバンドの確認とユニフォームの番号の確認をされる。

 

「……ユニフォーム番号『114』、アカツキ選手、確認終わりました」

「それでは改めて説明を申し上げます。ジムミッションを乗り越えて頂くと、その後ジムリーダーとのバトルに進むことができます。そして晴れてジムリーダーに勝つことができればその証としてジムバッジを手にすることができます。以上でご質問は?」

「…ジムリーダーとの戦いではダイマックスをしても?」

「はい、可能でございます。その資格と実力があれば…ですが」

 

右腕に着けたダイマックスバンドを見つめる。ダイマックスをしたのは一度きり、この大舞台でそれを使いこなせるかどうかは未知数だが前回のような無様をさらすわけにはいかない。

 

「他にご質問は?」

 

「ありません」

 

「では、貴方のベストを尽くしてください」

 

受付の人からの激励を受け取り、俺は入場口に入りまっすぐ進んでいく。通路を進むと大きな扉に突き当たる。

 

『ジムチャレンジャー、承認。ジムミッションを開始します』

 

電子的なアナウンスとともに扉が開かれると隙間から風が入り込んできて咄嗟に目をつむる。風が収まるのを待ち、その目を開く。すると。

 

「なんだこれは…」

 

扉の先に広がっていたのは牧場を模した長い長い一本道。芝生が植えられ、木が植えられ、レンガによって仕切られ、牧草の塊で封鎖された長い長い一本道。そして一番目を引くものが目の前に存在している。

 

「「「「「ンメメメェェェ!!!」」」」」

 

二十頭にもおよぶウールーの群れ。どうやらジムミッションというのは一筋縄ではいかないようだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

入り口の階段を駆け下り、地面の上に立つ。感触もなにもすべて本物の土と芝生だ。

そんな風に考えているとレンガで仕切られた入り口に立っていた金色の髪とひげを蓄えたおじさんが待機していた。

俺が下りてくると、おじさんはこのジムミッションについての説明をしてくれた。

 

「ターフタウン、ポケモンジムのレフェリーを務めさせていただくダンペイと申します」

「あ、ご丁寧にどうも」

「このポケモンジムでのジムミッションはズバリ、あのウールー達を操り!道を塞ぐ牧草の塊を押し退け!この入り口の向こう側にたどり着くこと!…これだけでございます」

 

これだけ、とはいってもこれはかなり厳しいミッションだ。

ハロンタウンに住んでいたからこそわかる、ウールー達は基本気まぐれでのほほんとしている気性の穏やかなポケモン達だ。そのウールーを操って牧草を吹き飛ばし、道を突き進むというのは言うほど簡単なことではないのだ。

 

(ホップが慣れた感じで、っていうのはそういうことか)

 

朝ヤローさんから聞いた二人のミッションの具合を思い出す。確かにハロンタウンで育った二人ならばこのジムミッションも慣れたものなのだろう。

しかし俺だってハロンタウンで過ごして二年、手持ちにウールーだっている。二人はともかく他のジムチャレンジャーには負けてはいられない。

 

「それでは、ジムチャレンジスタート!」

 

ピピー!というダンペイさんのホイッスルとともにジムミッションがスタートする。

まずはウールー達にコンタクトを取るのが先決だ!と考えウールー達の集団に近づいていく、すると。

 

「「「ンメメメェェェ!!!」」」

 

俺の接近に気が付いたウールー達は体を丸め、転がるように一目散に逃げていってしまった。そのあとには一匹のウールーも残らず、ウールー達は俺から離れたところまで逃げるとむしゃむしゃと芝生を食べ始めたではないか。

 

「えぇ…」

 

俺の知っているウールーと違う。驚きで足が固まっているとダンペイさんがメガホンを掲げて言ってきた。

 

『このウールー達は皆、人やポケモンが突然近づくと転がって逃げ出すように訓練されております』

 

なるほどそうきたか。たしかにこれならホップやユウリでなくとも攻略は簡単だ。つまりは、

 

「ウールーを追いかけまわして牧草を押し退けるほどに危機感を与える!そういうことですね!」

『さようでございます!』

 

タネがわかれば簡単だ、ただウールー達を追い回して牧草のところまで誘導すればいい。その程度ならハロンタウンで数年程度の俺にもできる。

ウールー達は俺から一定の距離を取ると足を止め、芝生を食べ始める。さらにこちらの気配にはとても敏感なようで、芝生を食べていてもすぐに体を丸めて逃げ出す。かなり訓練されているのがわかる。

ならばまずやることは、

 

「散らばったウールー達を一か所に集める!」

 

確かにこのミッションフィールドは広大だが一本道の特性上両サイドはレンガで封じられている。俺はレンガ沿いにミッションフィールドをぐるりと一周し壁際のウールー達を中央にまで逃がす。後は簡単、中央に集まったウールー達をが左右ではなくまっすぐ逃げるように両サイドに別の刺客を設置する。

 

「ロコン!メッソン!頼んだ!」

 

俺はモンスターボールからロコンとメッソンを呼び出し左右に配置する。正面には俺、左にはロコンで右にはメッソン。三方向を囲まれたウールー達は俺が動くとともにところてんの様に一方向へと押し出される。

向かうは一つ目の牧草の塊、牧草ロールだ!

 

「壊せぇぇ!!」

 

「「「「「ンメメメェェェ!!!」」」」」

 

二十頭にもおよぶウールーの『たいあたり』に牧草ロールの壁が破壊される。次なるステージの道が開いた!

 

「ええ、ではここで足止めさせていただきます」

 

ウールーが次のステージへ逃げ出し、このスピードを維持して一気に突破と考えていたがそこまで甘くはなかった。

緑色のユニフォームを身にまとい、黒縁の眼鏡をかけた少年が目の前に現れたのだ。

 

「君は?」

「ぼくはソウタ。このターフタウンのジムトレーナーを務めさせてもらってるよ」

「目的は?」

「君を追い返すこと、かな!」

 

そう言うとソウタは手にしたモンスターボールをからポケモンを繰り出してきた。

 

「いけ、ヒメンカ!」

 

「メメン、カ!」

 

出てきたポケモンを図鑑で確認する。草タイプのポケモン、ヒメンカだ。

 

ロコンとメッソンはウールーの囲いに向かわせている、ならばこちらは。

 

「頼んだ!ココガラ!」

 

「ガァガァ!」

 

相性で勝る飛行タイプのココガラ。昨日ビートのゴチムにいいようにやられてしまったことで闘志に燃えているようだ。

 

「ココガラ、『みだれづき』!」

 

ココガラが空からヒメメンカに襲い掛かる。

 

「甘いですよ。ヒメンカ、『こうそくスピン』」

 

「メメン!」

 

ココガラの攻撃が当たる瞬間ヒメンカはその体を高速に回転し始めた。回転したヒメンカはココガラの『みだれづき』をヒラリと躱し、返す形でココガラを吹き飛ばした。

 

「ココガラ!」

「チャンスです、『このは』!」

 

ヒメンカが緑のオーラを纏ったはっぱ取り出しココガラに向かって投げつける。しかし、所詮ははっぱだ。

 

「ココガラ、風を起こせ!」

 

「ガァ!」

 

ココガラは小さな翼を広げ力いっぱい振り下ろす。発生した強い風にあおられた『このは』はココガラには向かわず四方へと散っていってしまった。

 

「終わりだ!『ついばむ』!」

「! ヒメンカ、『こうそくスピン』!」

 

ココガラのくちばしがさらに鋭く長くなりヒメンカを捉えるために一直線に進む。負けじとヒメンカは体を回転させるが回転したばかりの『こうそくスピン』ではまだパワーが足りない!

 

「突き破れ!『ついばむ』!」

 

「ガァァァ!」

 

『こうそくスピン』を無理やり押し切り『ついばむ』が直撃する、効果は抜群だ。

 

「ヒ、メメェ…」

 

「あぁ、ヒメメンカ!」

『ヒメンカ、戦闘不能。アカツキ選手の勝ち!』

 

レフェリーのダンペイさんが勝負の終わりを宣言する。突然のことだったがなんとか勝てた。

 

「さすがジムチャレンジャー、ポケモンとの息もぴったりだったね」

「そっちのヒメンカこそ、『こうそくスピン』の回転で攻撃をかわすのは驚いたよ」

「他にもここには二人のジムトレーナーがいるよ、頑張ってね!」

「うん!」

 

ソウタと手を握り、互いに健闘を称えあう。俺はすぐにソウタに背を向けて次のステージに向けて足を踏み入れた。

ステージの広さは最初とそうは変わらない、違いはただ一つ。

 

「わっぱ!」

 

ウールー達の行く手を阻む牧羊犬、ワンパチがいることだ。ワンパチの鳴き声に怯えウールー達は前にも後ろにも逃げることができない。

 

「メッソン、『みずでっぽう』」

 

「メッソォォ!」

「わぱっ!?」

 

まあ行く手を阻むなら退かせるだけだ、牧草ロールとそうは変わらない。

 

『アカツキ選手、ギミックであるワンパチへの攻撃は…』

 

そうは変わった、どうやらワンパチへの攻撃は駄目だったらしい。

 

「すいません」

『次からはペナルティとさせていただきますので…』

 

ちぇ、いい案だと思ったんだけどなぁ。

それからワンパチはメッソンを恐れてウールー達に近づいてこなくなった、ダンペイさんは微妙な顔をしていたが結果オーライということでさっさと次のステージに進んだ。

 

牧草ロールを押し退け次のステージに足を踏み入れた。今度は入って早々ジムトレーナーが襲い掛かってくるということもないようでホッとした。

 

「さて次は…」

 

先ほどまでより直線の距離が長い。二本の仕切りが設置され道が三本に分割されているようだ。この分ならば囲いは要らないなと考えてロコンとメッソンを手持ちに戻す。

とりあえず真ん中の道から…と追い込んでみると真正面から新たなワンパチが走ってきていた。

 

「ぐるる、『わっっぱぁ!』」

 

「「「「ンメェェ!」」」」

 

「あ、ウールー達が!」

 

ワンパチの『ほえる』によって驚かされたウールー達が俺の方に逆走してきた!たまらず俺が背を向けるとウールー達は散り散りに三つの道に分かれて行ってしまったではないか。

 

「…これはまた集めるのが大変だな」

 

三つの道に分かれたウールーだが、追撃をかけるようにワンパチが三つの道をしらみつぶしに走り回り始めた。追いかけられたウールー達がさらにまとまりなくバラけて行ってしまう。

 

ひとまず一番右の道に入ってみるとウールーの他に人が立っている。

 

「よく来たね!僕を倒せばワンパチを止めてあげるよ!」

「乗った!」

 

どうやらこのジムトレーナーを倒せばワンパチが停止するらしい、よく考えられたジムチャレンジだと感心したがいまは一刻も早くワンパチを止めてウールーの散開を止めなければいけない。

 

「僕の名前はセイヤだよ。いけ!スボミー!」

「よろしくセイヤ!いけ、ロコン!」

 

セイヤが出してきたのは草・毒タイプのスボミーだ、だがそのポケモンについてはよく知っている。

 

「ロコン、『おにび』」

 

「コン!」

 

ロコンの体の周りをふわふわと不思議な火の玉が現れては消える、そして消えたかと思うと一瞬にしてスボミーの周りを取り囲み漂い始めた。

 

「スボミー!」

「スボミーの『どくのトゲ』は直接触れなければ発動しない!」

「くっ、その通りです」

「いけ、『やきつくす』!」

 

『おにび』に囲まれ動けなくなったスボミーにロコンの『やきつくす』が襲い掛かる。『やきつくす』は『おにび』と混ざりあい、より大きな業火となってスボミーを燃やし尽くしていった。

 

「ス、ボ…」

 

スボミーはその一撃で倒れてしまう。効果抜群の攻撃二つ分のダメージだ、当然だろう。

 

「スボミー、僕の判断ミスだ。ごめん」

「これでワンパチは止まるの?」

「いいえ、僕にはまだもう一体ポケモンがいます!」

 

そういってセイヤはスボミーと交代するように新しいポケモンを繰り出してくる。

 

「お願いします!ナゾノクサ!」

 

ナゾノクサ、これは知らないポケモンだ。図鑑で確認する前にナゾノクサは攻撃を仕掛けてくる。

 

「先手はこちらから、『しびれごな』」

 

「ナッゾ、クサ!」

 

ナゾノクサが体を揺らしはじめる、すると頭の草から黄色い粉が散布される。ロコンがその粉を吸い込んだとたんに膝をつき、動けなくなる。

 

「『しびれごな』は相手を『まひ』の状態にする技です、もうロコンはまともに立って動けません」

「ロコン、『おにび』だ!」

 

相手が状態異常ならこちらも状態異常、『おにび』を作り出しロコンが打ち出そうとする。しかし突然体を硬直させて動きを止めてしまう。

 

「体がしびれて動けないようです、『せいちょう』」

 

「クサ!クサ!」

 

ナゾノクサが照明の光を浴びて光合成のようなものを始める。すると頭の草がより一層大きくなる。

 

「これで攻撃力が上昇しました、『すいとる』」

 

ナゾノクサの頭の草が伸びロコンの体を締め上げる。緑色に輝きだした草はロコンの体から体力を吸い上げていく。

 

「ロコン振り払え!」

「無理です!『せいちょう』でパワーアップしたナゾノクサの『すいとる』は振りほどけません」

 

『せいちょう』をしたナゾノクサの草は振りほどけない、それほどまでに頑丈なのだろう。ロコンがもがくが『まひ』で十分な力を発揮できず、『すいとる』で体力が削り取られていく。この状況を打開するには!

 

「ロコン、『おにび』だ!」

「ナゾノクサ、注意すれば避けられます」

 

「クサ!」

 

ロコンの体の周りを浮遊する火の玉、『まひ』でまともにコントロールのできない今、確実に狙える存在は…

 

「自分だ!ナゾノクサの草ごと自分を焼け!」

「なんだって!」

 

如何にコントロールが効かなくても自分の体に誘導することなど児戯にも等しい。自信の体ごと焼いた決死の『おにび』は草を伝い、ナゾノクサごと燃やしはじめる。

事態に混乱したナゾノクサの拘束が緩まったことでロコンは草から脱出する、抜け出す前よりもその体に熱を宿して。

 

「何故!」

「ロコンの特性は『もらいび』、炎タイプの攻撃を吸収して炎技の威力をアップさせることができる」

「自分の技で『もらいび』を発動するなんてありですか!?」

「ありです!ロコン、『やきつくす』」

 

『もらいび』によってさらに威力を増した『やきつくす』が『やけど』で大慌てのナゾノクサを飲み込む、後に残ったのは頭の草を燃やし尽くされたナゾノクサだけだった。

 

『ナゾノクサ戦闘不能。アカツキ選手の勝ち!』

 

ダンペイさんの試合アナウンスとともに始まりのホイッスルとは別の笛の音が鳴り響く。するとワンパチが『ほえる』のをやめてセイヤの元まで走りこんできた。

 

「ごめんよワンパチ、僕負けちゃった」

 

「わっぱ!」

 

「おめでとうございます」

「良い勝負だったよセイヤ、正直焦った」

「こちらこそ、炎タイプのいい勉強になりました」

 

ソウタと同じくとても気持ちのいいバトルだった。草タイプの多様な技には翻弄されっぱなしだ、ジムトレーナーでこれならヤローさんはもっとすごいのだろう。

 

「しかしウールーはかなり散らばってしまいましたね、大丈夫ですか?」

「そこだなぁ…」

 

このジムチャレンジには別に制限時間というのは設けられていないが一度ステージの各所に散らばったウールーを集めるのは至難の業だろう。

 

『棄権なされますか?また予約が必要となりますが最初からジムミッション行えますぞ』

「結構です」

 

ダンペイさんの申し出を断り思考の海に埋没する。

ウールーをどうやって集めるか、追えば逃げるウールー達。ダメだ、どうやっても集めるというのが難しすぎる。

 

「せめてウールーの方から集まってくれれば楽なんだけど…」

 

そう、あちらの方からよって来てくれれば楽なのだがあちらは逃げるばかり…

 

「うん?集める?」

 

集める集める。そういえば以前ポケモンに群がられた時があった、そう一番道路の出来事だ。あの事件が起きたのは!

 

「そうかあれを使えば!」

 

腰につけたボールとお守りに手を付ける。お守りは触れるとチリン♪という心地の良い音を響かせてくれる。セイヤはその音色に耳を傾けてうっとりとしている。

 

「良い音ですね、アカツキさんそれは?」

「これはね、最高のライバルがくれた最高の贈り物だよ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『アカツキ選手、見事にジムミッション達成です!』

 

ふぅぅうぅう!!!!

コートに響いたジムミッション達成の報告に観客席がどよめき立つ。

 

「速いな」

「どのチャレンジャーも最後のステージの複雑さと二匹のワンパチに翻弄されてかなり時間をかけてたよな」

「ジムトレーナーのミドリも結構強くて苦戦するって聞いたぞ」

 

俺は何とかジムミッションを攻略して控室でポケモンとともに休憩をとっている、その間コートに設置されたスクリーンで俺のジムミッションの様子が映し出されている。実況はダンペイさんだ。

 

『おおぉーっと!!!アカツキ選手の『やすらぎのすず』の音色にウールー達が引き寄せられていきます!』

 

そう、ユウリに貰ったおそろいの『やすらぎのすず』。いつもお守りとして腰にぶら下げていたこれが今回のキーアイテムとなった。

俺のウールーが『やすらぎのすず』を大層気に入ったようにウールーは鈴の音色というのが好きだという。俺が『やすらぎのすず』を鳴らしながらステージを回るとみるみる間に二十頭のウールーが群がってきた。

本来なら近づいただけで逃げ出すウールー達がここまで寄ってくるとは…ユウリはやはりすごい。

 

『なんと!鈴の音色に導かれたウールー達はワンパチの鳴き声すらも逃げ出しません!』

『むしろ鈴の音色を聴いたワンパチの方が群れに合流し始めました!』

 

「そんなのありかよ!」

「おれここでリタイアさせられたんだけど!」

「さすがチャンピオンに推薦を受けたチャレンジャーね!」

 

というわけで最後のステージもそのまま攻略してしまった。ステージ中央で待機していたミドリさんというジムトレーナーは呆気にとられたような顔をした後、大笑いをして通してくれた。

最後の牧草ロールを吹き飛ばしてミッション完了した後もウールー達が離れてくれなかったのは驚いたがそれでも何とかここまでたどり着いた。

 

あと十分もすればポケモン達も回復してジムリーダーとの、ヤローさんとのポケモンバトルが始まる。

それまでは、ここで『やすらぎのすず』の音でも聞いてゆっくりしておこう。チリン♪

 

 

後日沢山のジムチャレンジャー達が『やすらぎのすず』を買い求めようとしたが、そもそも売っていないという現実に打ちひしがれたという。

 

 




チート!
チートですねこれは。


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21、vsヤロー

二話連続投稿です、先に20話を読むことを推奨します。


ジムチャレンジ最初の関門、ターフジム。

そのジムミッション・ウールー転がしを攻略した俺は控室で休憩を取り終え、今はコートの入場口でスタンバイしていた。

二人のジムトレーナーと戦い疲労したポケモン達も既に前回にまで回復を終えた。ポケモン達のコンディションは万全、後はこの高ぶる心臓を落ち着けるだけだ。

 

「落ち着け落ち着け、こういう時は人って文字を三回書いて…」

 

『さて準備が整いました!それではジムチャレンジャー、アカツキ選手の入場です!』

 

「ああもう!…よし、行くか!」

 

人という文字は書けなかったが自分の頬を叩いて気合を入れる。泣いても笑ってもここが最後の勝負、勝てば初勝利負ければ初敗北それだけだ。

俺は歓声と光あふれるコートに足を踏み出した。

 

『うぉぉぉぉぉおおお!!!』

 

「ッ!」

 

観客席から伝わる歓声の振動が直に伝わってくる。あの開会式の日と同じ、いやそれ以上かもしれない衝撃に包まれ一瞬思考が停止しかけたが何とか持ち直す。

手を握り締め、目は前だけを見据え、左足から前に出す。俺が入ってきた入場口とは反対に存在するもう一つの入場口から日よけ帽子を深くかぶり、首に深い緑色のタオルをかけた男性の姿が見える。

二人はコートの中心にまで歩みを進め、そして互いを認識する。

やはり大きい、体もだがその気迫が。体の大きさ以上に大きな壁の様に見える。

 

「いやあ、僕のポケモンジムは初めのジムなので次々来る挑戦者が来るのです」

 

「そのためにジムミッションも割と厳しめに設定しとるんですけど、」

 

「まさかあんな方法を使ってクリアをするチャレンジャーが現れるとは!」

 

「…やっぱり道具を使っちゃまずかったですか?」

「いやいや、ポケモントレーナーたるものポケモンの性質を利用するのも戦略の一つ」

 

「そういう意味でもアカツキさんはしっかり合格。さすがの一言だわ」

 

ヤローさんの言葉にホッと息をつく。この大舞台に立っているこの状況で「道具を使ったから反則です!」なんて言われたら羞恥と絶望で死んでしまうところだった。

ヤローさんは俺が一息ついたのを見計らって、こう宣言する。

 

「こんな手ごわいトレーナーには、ぼくも『ダイマックス』を使わねばな!」

 

その言葉にハッとした俺がヤローさんの顔を見るとヤローさんの満面の笑みが映る。

純粋にバトルを楽しみにしているトレーナーとしての顔と、この不遜なチャレンジャーをどう調理してやろうかと考えるジムリーダーの顔が合わさったような顔に背筋が凍りつくような感覚を覚える。

それも一瞬のこと、すぐにいつもの優しい笑顔に戻ってしまう。やはりジムリーダーとはあらゆる面でこちらの上を行っている、そんな底の見えなさを感じさせる。

 

ヤローさんが回れ右をするのに合わせ、俺も体を回転させコートの中央から距離を取る。今まで見えていなかった自分側の観客席が見える、予想通りの超満員だ。

俺とヤローさんがもう一度体を回転させ向き合うのは同時だった。互いに腰に手を回し、ボールをその手に収める。

 

『バトルは二対二のシングルバトル!それでは両者、ポケモンを!』

 

審判の声が観客席すべてに響くような大音量で響き渡る。

ボールを投げだしたのはわずかに俺の方が早かった。

 

「いけ、ロコン!」

「行くんじゃ、ヒメンカ!」

 

互いのポケモンが姿を現す。こちらはロコン、あちらは先ほどソウタが出してきたのと同じヒメンカ。

同じでも油断はしない、なにせ相手はジムリーダーなのだから!

 

『先行はアカツキ選手からです、はじめ!』

 

「ロコン、『やきつくす』!」

 

先行の有利を目いっぱい使った不意打ちスレスレの攻撃宣言、実は緊張して言葉が早く出てしまっただけだ。

ロコンの口からすべてを焼き尽くす炎が吐き出される。ヤローさんのヒメンカはそんな炎を前に悠然としている。

 

「ヒメンカ、『こうそくスピン』じゃ」

 

「メメン!」

 

ヒメンカの体が高速に回転し始める。ジムトレーナー・ソウタとの戦いでも見たヒメンカの『こうそくスピン』、だが。

 

「な、『やきつくす』を弾いた!?」

 

ヒメンカの『こうそくスピン』はロコンの炎をものともせずに相対し、粉砕した。まだなお回転するヒメンカの周りに振り払われたひのこが舞い散る。まるで相手は踊っているようにも見える。

 

「そのまま『こうそくスピン』じゃ」

 

こちらが呆気に取られている隙を見逃さず、回転したままのヒメンカはロコンに体当たりを当てる。

強力な『こうそくスピン』はロコンを弾き飛ばしてもなお回転を持続させる。

ロコンが空中で態勢を整え着地するがその攻撃力に驚く、たった一撃でもなんと重い一撃だ。

 

「ぼくのヒメンカをソウタのヒメンカと同じと思っとるようでは勝てませんねえ」

「なら、『でんこうせっか』!」

 

まだなお回転し続けるヒメンカはより速度を増していく。その速度に対抗するためロコンも『でんこうせっか』で対抗する。

ヒメンカの体当たりに合わせて『でんこうせっか』を逐次使用し、その暴威を回避させる。

 

「中々に速いですねえ、ならば『りんしょう』!」

 

「メェェェン!」

 

『こうそくスピン』を解除したヒメンカの口から美しくも力強い音の波動が放たれる。いかに素早く動いているロコンでも音のスピードには勝てず『りんしょう』の音波に飲み込まれる。

 

「ヒメンカ、続けて『りんしょう』!」

 

まだまだ歌い足りないとばかりにヒメンカの口からさらなる音の波動が放たれる。知っている、『りんしょう』は歌えば歌うほど威力の上がる厄介な技。ビートとの勝負の後、音系の技の効果を調べていたのが助かった。

 

「させるな、『かなしばり』!」

 

「コォォン!」

 

ロコンの目が青白く光り、ヒメンカの姿を瞳に捕らえる。その瞬間放たれようとしていた音の波動は霧散し、擦れた声だけが口から漏れ出る。

 

「メェェ…………ヒメ?」

 

「あら」

「逃がすな、『おにび』!」

 

『りんしょう』の発動タイミングを逃したヒメンカが技が出ないことに困惑する。

その隙を狙い生みだされた火の玉は一斉にヒメンカに襲い掛かりその身を焼き焦がす。

 

「よし!『やけど』状態になった!」

「これは一本取られたんじゃ」

 

ヤローさんもここまでの流れるような戦法に口を丸くする。

これでヒメンカの『りんしょう』を封じ、『やけど』による継続的なダメージも望める。悪くない、むしろ押せているはずだ。

 

「なるほど、こりゃ負けていられんな!」

 

ヤローさんもついに本気を出す気になったのか目を見開いてこちらを見据える。その瞬間風が吹いたような感じを味わった。これが強者の真の迫力!

 

「ヒメンカ、『マジカルリーフ』」

 

ヒメンカの体から七色に光り輝くはっぱが生み出される。なんとなくだがあれは『おにび』に近いものだということを感じ取る。『おにび』に近いということは、

 

「ロコンに避ける隙間を与えるな。全方向から一斉に貫け!」

「やっぱり動きを自在に操れる技か!」

 

『マジカルリーフ』は使用者の意思に従い、そんな不規則な軌道も描くことができる。ロコンの四方を囲み残った上の空間すらも『マジカルリーフ』が埋め尽くし、一斉に襲い掛かる。

 

「ロコン、『やきつくす』」

 

「コォォン!」

 

しかしそれでも相手は木の葉、炎に晒されればその姿を灰へと変えるのだ。

しかし、相手の考えはそのさらに上を行く。『マジカルリーフ』は急遽軌道を変えて一枚の巨体な木の葉に擬態する。いつか子供の頃に見たヨワシというポケモンの様に。

 

「燃えても構わない!」

 

『やきつくす』に晒された巨大な一枚の『マジカルリーフ』はその表面が燃え尽き灰となる。しかし灰の下からまた新たな木の葉が生まれて内側の木の葉を守る盾となる。そうして『やきつくす』をしのぎきった『マジカルリーフ』は未知なる軌道を描いてロコンの体を切り裂き始める。

 

「ロコン!」

「草だからと言って炎タイプへの対抗手段がないわけではないんじゃ!」

「『でんこうせっか』で振り切れ!」

「追いすがれ!」

 

『でんこうでっか』で『マジカルリーフ』の包囲を強引に突破する。しかし、使用者の意思に従って動く不思議な木の葉はロコンを追跡するように追手がかかる。

『でんこうせっか』による加速はいつまでも続くものではない、このままではまた『マジカルリーフ』の餌食になってしまう。

 

「! そうか、ロコン、ヒメンカを狙え!」

 

それは幸運だった。

大量の木の葉によって遮られていた視界が広がると、『マジカルリーフ』を制御中で無防備となっているヒメンカの姿が丸見えとなった。

無防備なヒメンカをターゲットに入れたロコンの『でんこうせっか』がヒメンカへと向かう。しかし、この時日よけ帽子の下でにやりと笑うヤローさんに気が付かなかった。

 

「それは囮じゃ!ヒメンカ、『こうそくスピン』!」

 

「しまった!」

 

『マジカルリーフ』に意識が向いて忘れていた。ヒメンカには苦手な『やきつくす』をも弾き返す強力な近接対応技があるのだった。

不用意に近づいたロコンにヒメンカの『こうそくスピン』が炸裂する、と思った次の瞬間ヒメンカの全身が炎に包まれる。

 

「ヒメェ!」

 

「このタイミングで『やけど』の発炎じゃと!」

「ロコン!いけぇぇ!!」

 

「コォォン!」

 

『やけど』の発炎による追加ダメージを食らい『こうそくスピン』が不発に終わる。

ロコンが全身の力を傾けた『でんこうせっか』をくらったヒメンカがよろよろと後ろへ後ずさる。

 

「ヒメンカ、『こうそく」

「『やきつくす』!」

 

ロコンの口からふたたびすべてを燃やし尽くす炎が放たれる。炎は弾く間もなくヒメンカの体を燃やし尽くすと、後には力つくしたヒメンカだけが残った。

 

『ヒメンカ戦闘不能。ロコンの勝ち!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

ジムリーダーのポケモンが先に倒れたことで今日一番の歓声が沸き起こる。

なんとか一匹、ただのトレーナーやジムトレーナーとの戦闘とは比べ物にならないほど集中していたことに気が付く。歓声が今の今まで聞こえていなかったのだ。

 

「ヒメンカ、よくやってくれた」

 

ヒメンカをボールに戻したヤローさんの目がこちらを見据える。先ほど感じた迫力に負けず劣らずの気迫だ。

ボールを腰に戻したヤローさんが、もう一つのボールを取り出す。あれが最後の一匹、アレさえ倒せば俺の勝ちになるはずだ。

 

「うぉぉぉぉ!ぼくたちは粘る!農業は粘り腰なんじゃ!!!」

 

最後のモンスターボールを構え今日一番の声を張り上げるヤローさん。マイクを使わずともこのスタジアムにいる人間全員に届きそうな大音声だ。

 

「行くんじゃ!ワタシラガ!」

 

投げ出されたボールから飛び出したのは見たことのないポケモン。背中に大きな綿毛を抱えたそのポケモンはワタシラガ、どうやらヒメンカの進化系らしい。

 

再びポケモン同士がにらみ合う。先の戦闘でロコンもかなりのダメージを負った、長期戦では不利になる。

 

「ロコン、『やきつくす』」

 

やはり効果抜群の技で少しでも相手のポケモンを消耗させる。放たれた炎はまっすぐワタシラガに向かっていく。

 

「ワタシラガ、『わたほうし』」

 

「シラァガ!」

 

ワタシラガの背中の綿毛が大きく膨れ上がり射出される。飛び出した綿毛はロコンとワタシラガの中間に陣取り『やきつくす』の炎を受けて大きく燃え上がる。

綿毛が引火し巨大な炎の壁と化したことで視界が塞がれる。

 

「くそ、前が見えない!」

「ワタシラガ、『マジカルリーフ』じゃ!」

 

そんなことはお構いなしとばかりに壁を越えて先ほどの巨大『マジカルリーフ』が壁を貫通して現れる。こちらの姿が見えていないはずなのに木の葉は的確にロコンに襲い掛かる。

 

「こうなったらこっちもだ!火の壁を突き破れ!『でんこうせっか』」

 

『もらいび』の特性を持つロコンに炎は通用しない。燃え盛る綿毛を突き抜けロコンがワタシラガへと一撃を加える瞬間が後ろのスクリーンに映る。そうか、ヤローさんもこうやってこちら側のロコンの居場所を。

しかし一撃を加えたロコンの体にワタシラガの背中の綿毛がまとわりついて動きを鈍くさせる、これは『わたげ』というワタシラガの特性らしい。

 

「『りんしょう』」

 

「シィィラァァ!」

 

ワタシラガの口から音の波動が噴き出す。それは炎の壁すらも消し飛ばし、ロコンをこちら側にまで吹き飛ばした。

 

『ロコン戦闘不能。ワタシラガの勝ち!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

またしても歓声が上がる。一進一退のポケモンバトルに観客たちの熱気も最高潮に高まってきているようだ。

俺はロコンを戻して、もう一つのボールを手に取る。

 

「それが君の最後のポケモンじゃね」

「ええ、こいつが俺の切り札です」

「そうか、ならこちらも切り札を出さんとねえ」

 

そういうとヤローさんがワタシラガをハイパーボールの中へと戻した。

なんだと思っているとヤローさんの右手首に巻かれた大マックスバンドが赤く光り輝き始める。

 

「まさか!」

「さあ、ダイマックスじゃ!根こそぎ刈り取ってやる!」

 

ダイマックスエネルギーを取り込み巨大化したボールを軽々と片手で抱え、ポンポンと優しく抱いたあとめいっぱい真後ろに投げ飛ばす。

 

『おおっと、ここでジムリーダー・ヤロー、『ダイマックス』だぁぁ!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!!!』

 

先ほどの歓声をも上回る大歓声。

ボールから飛び出したワタシラガがその大きさを増していく。10メートル、15メートル、20メートルにまで巨大化したワタシラガが姿を現したのだ。

その圧倒的な大きさに文字通り圧倒される。ダイマックスしたポケモンを見るのはこれで三匹目、ワイルドエリアで捕まえたマメパトとそれに対抗してダイマックスしたうちのメッソンきりだ。

俺は右手のバンドとモンスターボールを見つめる。既にバンドは準備完了だとばかりに赤く光輝いている、モンスターボールの中のこいつも新しい力を解き放ちたいと今にも飛び出しそうになっている。

ここまで来たなら覚悟を決めろ、こんどこそこのバンドとダイマックスの力を使いこなすのだ!

 

「いけぇ!アオガラス!」

 

「ガアガア!」

 

ボールから飛び出したのは黒い体に青い翼を携えた鳥ポケモン、アオガラス。ちょうど先ほど控室で休憩していた時に進化を遂げたのだ、この情報はまだ誰にも伝わっていない。

まさかのポケモンの登場にヤローさんも目を大きく見開く。そりゃあそうだ、ジムミッション中はココガラだったポケモンが進化していたのだから。

 

『まさかまさか!先ほどジムミッション中に姿を見せたココガラ!?この短い時間にアオガラスへと進化したのか!』

 

「それだけじゃない!」

 

俺は出したばかりのアオガラスをモンスターボールに戻す。そして右腕を構えた瞬間ダイマックスバンドに蓄えられたエネルギーがボールへと移行していく。

巨大化したボールはヤローさんの様に片手では扱いきれない。両手でしっかり持ちあげ、大きく振りかぶって真後ろに投げ飛ばした。

ボールから飛び出したアオガラスの体がどんどんと大きくなっていく。ついにはダイマックスしたワタシラガとも並んでしまうほどに。

 

広大なコートがたった二匹のポケモンで埋め尽くされる。

ダイマックスポケモン対ダイマックスポケモンその火ぶたが切って落とされた。

 

「ワタシラガ、『ダイアタック』!」

「アオガラス、『ダイジェット』!」

 

攻撃はほとんど同時。

しかしワタシラガの放った『ダイアタック』がアオガラスを捉える前に『ダイジェット』を使ったアオガラスが少し後ろに引いたことで空かされてしまう。

ワタシラガの体に『ダイジェット』のによって生み出された竜巻が突き刺さる、効果は抜群だ!

 

「ぬぅん!なんの、『ダイソウゲン』!」

 

『シィィィラッァァァガァァ!!』

 

ワタシラガの体から四つの大きな種子が打ち出される。それを回避したアオガラスだが『ダイソウゲン』はそれでは終わらなかった。

 

「驚けよ!たまげろよ!これがダイマックスの技じゃあ!」

「なんだ、種から!」

 

巨大な種子は地面に触れた瞬間に芽を出し、根を張り、一瞬にして森を作り上げた。そしてその森がアオガラスの周りを囲い込んだ時、森が爆散した。

 

「うわぁぁぁ!」

 

『ガァァァ!』

 

『ダイソウゲン』による爆発でアオガラスも大きなダメージを受けた。

そして爆発の後にフィールドを緑色の光が駆け巡る。どこからともなく草が生えわたり、木の葉が吹き飛ばされる。

 

「これは…」

「『ダイソウゲン』の使用後効果、フィールドを『グラスフィールド』に書き換え草タイプの技の威力がアップするんじゃ!」

 

ということは、

 

「もういっぺん、『ダイソウゲン』じゃあ!」

「『ダイウォール』!」

 

再び放たれた種子が地面に到達する前にアオガラスの張った『ダイウォール』の力がそれを無効化する。

 

「おっと、『ダイウォール』の切りかたをもうマスターしとるとは!」

「一回痛い目にあったんです!」

 

かつての巨大化したマメパトの『ダイウォール』によって手痛い反撃を受けたことを思い出す。あれが功を奏した。

 

「アオガラス、『ダイジェット』!」

 

『ガアアアアア!』

 

再び生みだされた竜巻が巨大化したワタシラガの体を削り取る。『ダイソウゲン』で力を使ったばかりのワタシラガには『ダイウォール』を張るだけの力は無い!

 

「いけぇぇ!!!」

 

『ガアアアアア!!!』

 

残されたダイマックスエネルギーを使い切る思いで『ダイジェット』に力を注ぎこむ。ついに竜巻はワタシラガを飲み込んでしまった。

 

『シィィィラァァァ!!!』

 

「…ここまで、じゃな」

 

ワタシラガの断末魔も竜巻に巻き込まれ消えていった。

 

全てのダイマックスエネルギーを使い果たし、アオガラスの体が元のサイズへと戻っていく。

既に竜巻がおさまったにもかかわらず巨大なワタシラガの姿が見えない、つまりはこういうことだろう。

 

『ワタシラガ戦闘不能。よって勝者、チャレンジャー・アカツキ!』

 

『!!!!!!!!!!!!』

 

ダイマックスが終わりしんと静まり返っていた会場に審判の判定が下る。みれば遠いコートの端でワタシラガが伸びている。

判定が宣言された一瞬の静寂が嘘のように大歓声に塗りつぶされる。

 

「草の力、みんなしおれてしもうた……なんというジムチャレンジャーじゃ」

 

ヤローさんが何かつぶやいていたようだがこの大歓声に遮られ消え去ってしまった。

 

歓声がおさまり、俺とヤローさんはコートの真ん中に再び足を進める。向き合い、そして改めて勝てたことを実感する。あれだけ大きく見えたヤローさんの姿が今では俺より頭数個分大きい程にしか見えなくなっていた……いや、普通に十分大きかった。見上げないと顔が見えない。

 

「…君にとって、実りの多いポケモン勝負だったか?」

「……はい!」

「それでよし!では、ジムチャレンジでジムリーダーに勝った証として、草バッジをお渡しするんだわ!」

 

ヤローさんの大きな手からターフジム攻略の証、草バッジが進呈される。

事前に渡されていたバッジリングに草バッジをはめてみようとするが、如何せん他に何もついていないのでどこに着けるのかがわからない。

 

「ここだよ、リングの右下のくぼみ」

「……っと、嵌まった!」

 

ヤローさんに教えてもらいながらなんとかバッジをはめる、これを後7つ。大変だがやっと俺もジムチャレンジの一歩を踏み出せたのだと安心した。

そんな俺を見たヤローさんが手を差し出してくる。いつもは俺からやることだった。

 

「他のジムリーダーにも挑み、見事勝利を手にするんじゃ!」

「はい!」

 

ヤローさんの大きな手をもう一度握りしめ握手を交わす。とても力強くて、温かい手だった。

 

『それではこれで、本日のジムチャレンジを終了いたします。観覧席の方は他の方を押し退けませんよう、ゆっくり落ち着いての退席をお願いいたします』

 

 

 

そんなアナウンスは大歓声と拍手に潰され、誰の耳にも入らなかったという。

 

 




はじめてのジムリーダーとのバトル、作者個人的には結構力を入れたと思うのですがどうだったでしょうか。まあ所詮は一筆書き、プロットも何もなしの勢い重視の作品なのですが楽しんでいただけたらなによりです!

ゲーム貯金がなくなりましたのでまたゲーム本編を進めてきます。


ジムバトル書くのはかなりカロリーを使った気がする。
つまり今なら夜食を食べても0キロカロリー?


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22、空の戦い vsホップ

ジム戦書いたらちょっと燃え尽きますね…これが酷いとエタったりしちゃうんでしょうか?
まだまだ頑張ります!


 ターフタウンのジムリーダー、草タイプ使いのヤローさんを何とか退け勝利の証『草バッジ』を手に入れた。

 勝利後、ロビーに戻ってくると沢山の観客の人やマイクを向けてくる人(インタビュアー?)などにもみくちゃにされたが、なんとかポケモンセンターの宿屋に帰ることができた。

 宿屋のベッドに転がり、手に入れた草バッジとそのあと受付の人に貰った技マシンを見てみる。

 

「たしか『マジカルリーフ』って言ってたっけ」

 

 技マシンとは使うだけで何度もポケモンに技を教えることができるというすごいアイテムらしいのだが、今まで使ったこともないし『マジカルリーフ』を覚えてられるポケモンもいなかったので持て余していた。他にも技レコードといわれる使いきりタイプもあるらしいのだが、今日はもう眠いので考えるのは明日にしよう。

 二つをカバンにしまい込み、眠る前にスマホをチェックしようと思い見てみるとにメッセージが来ていた。

 

「ん?ホップとユウリからか…」

『アカツキ!お前も草バッジ手に入れたんだな!さすがオレのライバルだぞ!』

『やるじゃない。バトル、中継のライブで見たわよ』

 

 二人からはターフジム勝利のお祝いの言葉が届いていた。

 そういえばジムチャレンジのバトルはテレビや公式サイト、動画サイトなどで世界中に配信されているのだった。見ようと思えば二人のバトルも見ることができたのだがすっかり失念していた。

 二人に返事を送ろうと思いグループトークを下までスクロールしてみた、すると。

 

『ライブ後のインタビュー面白かったぞ』

『動画ファイル』

 

『ガチガチでワロタ』

『動画ファイル』

 

「ん?」

 

 ほぼ同時に二人が動画ファイルを乗せていた。

 

『被っちゃったな』

『被ったわね』

 

 と二人が書いているところを見ると同じ動画なのだろうか?不思議なこともあるものだと思いながらホップが送った動画ファイルをタップし開くまで少し待ってみた。動画をダウンロードし終えたロトムスマホが動画ファイルを再生し始める。

 

『はい、ではここでアカツキ選手に突撃インタビューをしてみようと思います』

 

 動画を開いて最初に映りこんだのはマイクを抱えカメラに向かって話しかけている女性のお姉さん。どこかで見たと思ったら先ほど俺にインタビューらしきことをやってきた人だった。

 女性は人の波をかき分けターフジムのロビーを突き進んでいく。終了後というだけあってロビーには画面を埋め尽くすほどの人であふれかえっているがカメラもお姉さんもその流れに逆らって果敢に進んでいく。ある程度まで進むと流れが変わり、人の流れは入り口からまっすぐ進んだ先にあるジムチャレンジ入場口へと変わっていった。

 

『見つけました!本日最後のバトルで勝利を収めたアカツキ選手です!』

 

 入場口の前にはたくさんの人が集まり大きな人垣ができている。

 

『ああ、通してください!こちらインタビューのものです!通して!通しt!…通しなさいゴラァ!』

 

 お姉さんが野太い声をあげて人垣をかき分けていく。その声量と鬼気迫る顔(カメラ側からは見えない)に圧され人がどんどんと退いていく。

 

『アカツキ選手!本日の勝利について何か一つコメントを!』

 

「イヤァァァ!!?」

 

 ついに人垣をかき分けたカメラに映りこんでいたのはインタビュアーのお姉さんと突然のことに目を丸くした自分の姿だった。

 ジムリーダーとのバトル、ロビーにでた瞬間人に囲まれる、突然現れたインタビュアーと様々なことが重なりちょうど俺の頭がキャパシティを越えていたころだ。その証拠に目を丸くしてアホ面をさらしている。

 

『何か一言!』

『あ、あの…そのえっと…』

 

 お姉さんの言葉に急かされた動画の中の俺は視線をうろつかせ口から言葉にならない言葉を漏らしながらもじもじとしている。あれぇ?こんなだったっけ?緊張でよく覚えていなかった。

 そしてついに動画の中の自分が口を開いた。

 

『え、えっと!勝ててうれしいです!こ、これからも頑張るのでお、おうえんよろしくお願いしまちゅ!』

 

「アァァァァァァア!!!」

 

 最後の最後で噛んでしまった自分の姿にとてつもない恥ずかしさがこみあげてくる。こんな姿が世界中に流されているということを思い知り、ベッドに備え付けられている布団にくるまり顔を枕に埋める。

 

『今の気持ちを伝えたいお相手などは居ますか!』

『お、母さんに見てほしいで、っす』

『ズバリ勝利の要因は!?』

『ポケモン達が頑張ってくれたからです!』

『ありがとうございました!とてもかわいいアカツキ選手の活躍をこれからもご期待ください!』

 

 その後はお姉さんのそんな言葉で締めくくられ動画は終了した。枕から顔をあげてロトムスマホを手に取る。怖さ半分、好奇心半分で動画ファイルの出どころらしき動画サイトを開いてみる。

 すると視聴回数ランキングの上位に堂々と動画の姿が…!!まだ挙げられて一時間とちょっとくらいしか経ってないのに…!

 すでにコメント欄には多くのコメントが寄せられている。

 

『かわいい』

『新人らしい初々しさ』

『緊張しててかわいい』

『バトル中とのギャップ差でかわいい』

『食べちゃいたい❤』

『↑通報』

『↑通報』

 

 

 とても死にたくなったのでロトムスマホを投げだして眠りについた。……でもその後ロトムスマホを拾いなおして充電器につなげてもう一度眠りなおした。グスン。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 昨日早めに寝たことで今日は早めに目が覚めた。まだ時間は6時少し前だ。

 頭に手を当てると妙にゴワゴワしている。昨日はあのまま寝てしまいシャワーを浴びてなかったことを思い出したので部屋で浴びた、寝覚めのシャワーは頭を覚醒させてくれる。

 

「…今日は早めに出ようかな」

 

 ホップたちは既に次のジムがある町、漁業で有名な海の町バウタウンに向かっている。なら俺も負けてはいられない。シャワーを浴び終えたらしっかりと体の水気を拭き取る、窓を開けると新鮮な空気と風が火照った体を冷やしてくれて気持ちがよかった。

 それから少しして俺はポケモンセンター、そしてターフタウンを後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「アカツキ君よね!インタビューを!」

「なんでいるの!?」

「ジムを攻略したチャレンジャーはさっさと次の町に行っちゃうからね!出待ちは基本!」

「アカツキ君カメラ映りいいよ!」

「バトルに勝てば独占インタビュー!」

「良いトレーナーはカメラ映りもいいものさ…」

 

「メッソン!ワンパチ! 蹴散らせ!」

 

「メッソ!」

「ワパパ!」

 

「なんて強さ!一言では語りつくせない!まさしく可能性の塊!」

「負けた!インタビューはなしか…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「もうお昼か…カレーでも作ろうかな。材料はと…」

 

「チュゥゥウゥ!」

 

「うわなんだこのきのみ!なかにポケモンが!?」

 

「チュゥゥウゥ!!」

 

「…あれ?さっきからこいつ攻撃してこないな。えーとなになに、カジッチュ、覚える技は『おどろかす』と『からにこもる』…」

 

「チュゥゥウゥ!!!」

 

「カレー食べるか?」

 

「チュゥゥゥ…!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「長いブリッジわたるからよ!さっさと自転車寄越せよ!」

「奪った自転車でジムチャレンジャー追いかけーる、邪魔してやるのさ!」

「なんて無茶な!ああ、そこのジムチャレンジャーさん助けて下さい!」

「…あの、マリィに叱られて懲りてないんですか?」

「お前はあの時エール団にケンカを売った強いチャレンジャー!」

「…つまりここでお前を倒せばあの人の邪魔になる相手が減ーる?」

「あの人のため!」

「ここでボコボコにして邪魔してやーる!」

 

「ああもう…ウールー!ロコン! 蹴散らせ!」

 

「ンメェェ!」

「コォォン!」

 

「ぐわぁぁ!邪魔することを邪魔されたのでーす!」

「邪魔をするのはおれたちエール団の仕事なのにー!」

「お前のようなジムチャレンジャーがいるとあの人が勝ちあがれない!」

「他のジムチャレンジャーを困らせーるためにも次に行くぞ!」

 

「はぁ。こんなことしなくてもマリィは十分強いだろうに…」

「ジムチャレンジャーさんありがとうございます!お礼に貴方に自転車をお譲りしますね!」

「え、あ、はい」

「この自転車は何とですねモーターを積むことで中にロトムを入れることができるんですね。ロトムはモーターが大大大好きですからこの自転車の中にも入ってくれるんです!自転車にロトムを入れることで得られる恩恵が何とですね……」

「(は、話が長い…!)」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 結局エール団に自転車を強請られていたおじさんにロトム自転車を押し付けられてしまった。しかしロトム入りのモーター自転車は画期的だった。走れば走るほどモーターで電気が生み出され、それをロトムの力によって逆利用しモーターで自転車を動かすこともできるというものだ、いつもより浴びる風も気持ちがいい。しかもこの自転車なんと折り畳み式、旅人の持ち運びにも気を使った新設設計だ。

 ロトム自転車で5番道路を抜けていくと大きな橋が見えてきた。

 ワイルドエリアの上を大きく横断するこの橋は以前俺がきのみ採取のために走り抜けたハシノマ原っぱの上にかかっている。せっかくなので自転車を畳んでカバンに入れて徒歩で渡ってみることにした。

 

「おお!いい眺め!」

 

 橋の上から眺めたワイルドエリアの景色はまさしく絶景の一言だ。天気の移り変わりの激しいワイルドエリアだが、今日はどこも快晴だったため遠くまで見渡せられる。

 

「あそこが逆鱗の湖…砂嵐があったからってよくあんなところまで行けたな」

 

 遠くの方にかすかに見える逆鱗の湖やその手前に広がる大小さまざまな石が点在しているストーンズ平野、この場所から見える範囲の内多くを占めている砂漠と化した大地砂塵の窪地。そして、

 

「あれがナックルスタジアム…」

 

 ワイルドエリアを越えた先、最後にして最強のジムリーダーが守護しているナックルジムがあるナックルスタジアム。気が付けば橋の手すりを握り締めていた。

 必ず、あのジムを越えて決勝トーナメントまで勝ち上がってみせる。

 

「よし!次のバウタウンまでもうひと頑張りだ!」

 

 大きく深呼吸した後、頬を強く叩いて気持ちを入れなおす。目の前に広がる雄大な景色に別れを告げて次の町へと足を進めよう。ロトム自転車をカバンから取り出そうとしたとき、

 

「来たな!アカツキ!」

 

 橋の先から大きく、そして聞きなれた声が聞こえてくる。よく目を凝らしてみると先にバウタウンに向かったホップではないか。

 とりあえずホップのところまで足を進めた。

 

「どうしたの?ユウリと先に行ったんじゃないの?」

「おお!お前と戦うために待ってたんだぞ!」

 

 何とホップは俺と戦うためだけにここで待っていたらしい。

 

「どうしてそこまでして?」

「ジムバッジを持つ者同士、もっともっと腕を磨きあうためだぞ!」

 

つまり強いトレーナーとバトルをして強くなりたい、ということだろうか?

 

「ずばり今回トレーニングするのはトレーナーとしての純粋な腕!ポケモンを強く育てて、良い指示ができるのか!だ」

「純粋な腕って?」

「アオガラスとアオガラス、同じポケモン同士を使ってのバトルってことだぞ!」

 

 俺達が共通して持つポケモンを使ってのバトル。手に入れた時期も近く、進化のタイミングから実力も拮抗しているはずだとそういう理由らしい。

 

「了解。それじゃあ時間も惜しいし、始めよっか」

「おう!オレとポケモン達がどれだけ強くなったか見せてやる!」

 

 この大きな橋の上で、俺達…バッジという強さの証を持つ者同士の腕比べが始まる。

 

「いけ!アオガラス!」

「頼んだぞ!アオガラス!」

 

「アァァガァ!」

「あぁぁがぁ!」

 

 二匹のアオガラス、どちらもジムチャレンジで強敵を降し強くなった者同士だ。そしてこの橋の上に二匹を遮るものは一つもない、大空を翔る者たちが本領を発揮できる舞台だ。

 

「「アオガラス、上をとれ!」」

 

 俺達の指示が重なる。同じ鳥ポケモン同士、ならば空(上)を取った方が勝つに決まっている。

 アオガラスたちは翼を広げ空高く昇っていく。まるでどちらもこの空の支配権をめぐっているようだ。

 

「アオガラス、『つつく』!」

 

 先に動いたのはホップとアオガラス。ココガラの時よりも立派になったくちばしで俺のアオガラスに迫る。

 

「負けるか!『みだれづき』!」

 

 ならばとこちらもくちばしをとがらせ対抗する。

 一撃対連撃、勝ったのはこちらのアオガラスだった。『つつく』の一撃を器用に弾き、二発目三発目と『みだれづき』をお見舞いしてやった。

 

「よし!『つけあがる』!」

 

「ガァ!」

 

 気分を好くしたアオガラスは空中で見動きを止めたホップのアオガラスに『つけあがる』を食らわせる。

 

「アオガラス!しっかりするんだぞ!」

 

「! アぁぁガ!」

 

 『つけあがる』をくらい空から墜落するホップのアオガラス、しかしホップの声でホップのアオガラスは態勢を立て直す。その目にはまだ闘志を宿している。

 

「アオガラス、『にらめつける』だぞ!」

 

 ホップのアオガラスが鋭い目つきで俺のアオガラスを睨み付ける。自分が有利だと思っていた俺のアオガラスは敵の予想を超える眼光に驚き体を硬直させる。

 

「今だ、『ついばむ』だぞ!」

「こっちも『ついばむ』だ!」

 

 一瞬怯んだアオガラスの隙を見逃さずホップのアオガラスが先ほどよりもくちばしを長く、太く、尖らせる。こちらも自慢のくちばしに力を込めて真っ向勝負だ。

 ホップのアオガラスはくちばしを尖らせ上昇、俺のアオガラスはくちばしを尖らせ下降。上から下に降りる分、こちらの方が威力は高いはずだ!

 

「いけぇ!」

「そこだアオガラス、旋回だぞ!」

 

 しかし、先ほどと同じくくちばし同士が衝突すると思われていた対決をホップが回避させる。

 二匹はすれ違い、上と下の立場が逆転する。

 

「アオガラス、『つつく』!」

 

「アぁぁガぁ!」

「ガァアァァ!」

 

「アオガラス!」

 

 すれ違いざまに晒した背中にホップのアオガラスのくちばしが炸裂する。『つつく』は『ついばむ』に比べ威力は低いが早く出せる、という原理をうまく利用した一撃だった。

 『にらみつける』で防御力を下げられ、むき出しの背中への強力な『つつく』をお見舞いされる。アオガラスは羽ばたくこともできずそのまま橋に激突してしまった。

 

「アオガラス、大丈夫か?」

 

「アァァ…ガ、ガァ…」

 

 アオガラスのもとにかけつけその体に触れる。どうやら墜落し、強く体を叩きつけたことでアオガラスは右の翼を傷めてしまったようだ。なんとか立ち上がるが、右の翼を左の翼で押さえている姿があちらの目にも痛々しく映る。

 

「どうだ!俺達の対飛行タイプ戦法、名付けて『天地逆転』だ!」

「驚いたよ…まさか直球勝負の好きなホップがこんな作戦を使ってくるなんてね」

「へへ、俺だってポケモン勝負を重ねてきたんだ。少しくらいは作戦を考えるぞ!」

 

 ホップのアオガラスは翼を押さえたこちらのアオガラスを見て不敵に笑っている、飛ぶという行為は空の支配者たる飛行タイプならではの自負なのだろう。こちらのアオガラスはそれを見て悔しそうに顔を歪めて睨め返すが、相手にとってはまさしく負け犬の遠吠えというものだろう。

 

「もう相手は飛べない!、おしまいにするぞ、『ついばむ』!」

 

「アぁぁ!」

 

 空を飛べない鳥ポケモンなどもはや相手ではない、と言わんばかりにホップのアオガラスが鳴き声をあげくちばしを尖らせる。先ほどよりも長く太い。これがホップのアオガラスの全力なのだろう。

 

「いけぇぇ!」

 

「ガぁぁぁ!」

 

 橋の上で立ちすくむこちらのアオガラスに向けてホップのアオガラスが加速をつけながら一気に下降してくる。上から下へ、威力は倍増しているだろう。

 

「…ねえ、ホップ」

「ん?」

 

 あと少しでくちばしが直撃する、というところで声を掛けられたホップがついこちらに顔を向ける。俺は二匹から動かさないまま口を動かす。

 

「俺のアオガラスが…」

 

 くちばしの先がアオガラスの体を串刺しにする、という距離まで近づいてきたとき、俺のアオガラスにやりと笑いその黒い翼を広げた。

 

「もう飛べないなんて」

 

 ホップのアオガラスが目を見開く。ホップはこちらに顔を向けていて気付いていない。俺は目を背けずその姿に視線を注ぎ続けながらも口角をあげてこう言った。

 

「…一言も言ってないよね?」

 

「ガァァァ!」

 

 アオガラスは痛む翼を無理やり動かし、なんとかひと羽ばたきの力を注ぎこむ。浮かび上がったアオガラス、くちばしを避けられ驚愕を露わにするホップのアオガラス。

 天地が、逆転する。

 

「! アオガラス!」

「もう遅いよ、押さえつけて!」

 

 俺のアオガラスが鋭い爪を光らせホップのアオガラスの体を押さえつける。長くはもたないがそれで充分、羽ばたために使った力をくちばしに集めるこの一瞬が欲しかったのだ。

 

「アオガラス、『ついばむ』!」 

 

「アァァァ!」

 

 アオガラスのくちばしに力が集い立派なくちばしを形成する。

 飛べないはずの相手が飛び、避けられない攻撃を避けられ、地面に押さえつけられ混乱しているホップのアオガラスの体をそのくちばしが貫いた。

 

「アオガラス!」

 

 その一撃で勝負は決した。立っていたのは俺のアオガラス、倒れ伏しているのはホップのアオガラスだ。

 

「…オレの完敗だな」

 

 ホップは手を頭に当てて降参をあらわにする。

 

「今の作戦、いつから考えてたんだ?」

「アオガラスの体を起こした時かな、なんか目がまだいけるみたいなこと言ってた気がする」

 

 俺のあいまいな言葉にホップがなんだそりゃと突っ込みを入れる。そのあとすぐさまアオガラスのもとに駆け付け優しくボールに戻す。

 

「お疲れさまだぞ」

 

 俺もアオガラスをボールに戻す。

 

「お疲れ様、今日もカッコよかったよ」

 

「ガァ!」

 

 少し調子に乗りがちなところが玉に瑕な相棒だが、これぐらいは勝者にかけて当然だろう。どうかゆっくり休んでくれ。

 ポケモンを戻し終えて今一度向かい合う。俺から手を出す。

 

「良い勉強になった」

「こちらこそ、いい勉強になったよ」

 

 久しぶりに握ったホップの手は以前握った時より逞しくなったような気がする。

 

「アカツキ、お前も強くなったんだな」

「ホップこそ、よく握手してるでしょ」

「なんでわかったんだ?」

「握った時の感触が、前より握り慣れしてる感じがした」

 

 おれがそう答えるとホップが手を放して距離を取った。何故だ?ポケモントレーナーなら握手をして相手の掌を確かめるのではないのか?

 

「よし、トレーニングも終わったし次のバウタウンに向かうか!」

「どうせなら一緒に行く?」

「いや、オレ達はライバルだ。…つまり、競争だ!」

 

 そういってホップは突然走りだし俺との距離を離していく。まったくいつも通りのホップで安心した。

 俺は折り畳み式のロトム自転車を組み立てた後、悠々とホップを抜いていった。

 

「あ、ずるいぞ!アカツキ!」

「あーっはっはっは!科学の力ってスゲー!」

 

 

 

 ありがとうエール団に襲われていたおじさん、貴方に貰った自転車は大事に扱ってみせます!

 

 

 




※修正
二つ目のジムのある『バウタウン』を『キルクスタウン』と誤解しておりました。現在は修正を終わらせています。


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23、命

※前回の話で『キルクスタウン』と表記していた部分を『バウタウン』に修正いたしました。


 ターフタウンを出発した俺は様々なことに巻き込まれた。

 ある時はジムチャレンジの突撃取材を受け、ある時はカレーの中にポケモンを入れそうになり、そしてある時はジムチャレンジャーの妨害活動に意欲旺盛なエール団に襲われたりもした。5番道路事件多すぎでは?

 

 すべての障害をなんとか乗り越えた先で対峙したのはライバルのホップ。アオガラスとアオガラスによる苛烈な空中バトルを最後に制したのは俺とアオガラスだった。

 その後、次の町まで競争だ!と息巻くホップの卑劣なスタートダッシュを広い心で受け止めた俺は優雅に自転車で追い抜いていくのだった。

 

「ふぅ。ここが二つ目のジムがある町、バウタウンか」

 

 そして日が沈み切る前、夕暮れ時にはバウタウンに到着した。

 自転車を手に入れてからの移動は順調そのもの。しかし快適だった反面、ワイルドエリアや一番道路を初めて通った時のドキドキやワクワク感が薄まったのもまた事実であった。

 

「ポケモン達もよってくる前に振り切れちゃったしなぁ」

 

 最初の方は楽しかったのだ。

 自転車で風を切り、俺を見つけるなり襲い掛かってくるポケモンを華麗に躱し全速力で振り切る。アトラクションのようで楽しかった。しかし、今となっては新たな体験をふいにしてしまったような喪失感に襲われる。後ろを振り返れば日が沈み始め暗くなり始めた5番道路の姿が目に入る。夜の5番道路を体験できないのも残念だ。

 

「…自転車は緊急時以外は封印かな」

 

 このジムチャレンジは決められた期間以内に勝ち進むことを目的としたお祭りではあるが、『その身一つでガラル地方を一周する』というスローガンも掲げられている。ありがたい自転車だが暫くはカバンの肥やしになってもらおう。

 

「まあこの夕日が見れただけでも早めに町に着けた意味はあったかな」

 

 海に面した港町というだけあって水平線上に沈んでいく夕日は綺麗だった。

 

 

 その後はターフタウンに着いた時とほとんど同じ。

 ポケモンセンターに部屋を取ったあと、その足でバウスタジアムに向かいジムチャレンジの予約をした。

 スタジアムのロビーに入ってみると当然というべきか俺よりもはやくターフジムに到着しているジムチャレンジャー達の姿がちらほら。どのチャレンジャーも一つ目のジムを速攻で突破した猛者ぞろいだ。

 とりあえず周囲から突き刺さる視線を掻い潜り受付で予約を進めた

 

 予約はつつがなく終わったが手順が一つ増えていた、ジムバッジの確認だ。

 このジムチャレンジでは攻略するジムの順番が決められている。一つ目のジムを攻略せずに二つ目のジムにいきなり挑戦、ということができないような仕組みとなっている。二つ目以降のジムチャレンジではバッジの提示が義務付けられるしくみになっていたのだ。

 とりあえず証明のためにも必要ということなのでジムバッジは大切に保管しておこうと心に誓った。

 

 

 スタジアムを後にして夜のバウタウンを巡ってみた。夜の町というだけでワクワクしてくる。

 何だかんだでエンジンシティに滞在していた時も夜遅くに街を出歩くということがなかった。せいぜいがみんなとカレー作りをした時くらいだろう。

 港町というだけあって海に面して歩いていくと沢山の提灯が夜を照らしている、さらに遠くには夜の海を照らす灯台も光を放っているではないか。やはりこれぞジムチャレンジの醍醐味、ガラル地方中を巡りその土地ならではのものに触れるというのがとても好奇心をくすぐらせてくる。

 

 港の近くには釣り上げたばかりのポケモンを売り出す市や、新鮮な食材を料理として提供する食事処などが立ち並びまさしく港町という感じだ。

 とりあえず匂いに釣られて出店でオクタン焼きを買った。カリカリの表面とふわふわな中身の絶妙な焼き加減、中に入ったオクタンの足もプリプリとしていい歯ごたえ。そして何よりオクタン焼きの命であるソース、これがたまらない!

 

「さすが港町…ターフタウンの野菜に負けず劣らずの美食天国だね」

 

 ぺろりと一人前のオクタン焼きを食べつくしたが、これで成長期のお腹を満たせたと思うなよ?

 

「今日は海鮮三昧だぁ!」

 

 拝啓母さん、バトルでお金も手に入って美味しいものが食べられる。ポケモントレーナーって最高だね!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「う、うう…食べ過ぎた」

「あんた馬鹿じゃないの」

 

 バウタウンの海鮮を荒らしていたら既にこの町に滞在していたユウリとばったり出会った。

 俺?食べ過ぎて気持ち悪いです。

 

「…吐かないでよ?」

「わかんない」

 

 二回ばかりゲロった経歴のある俺をユウリがじろりと睨めつけてくる。しょうがないじゃないか、美味しかったんだから。しかし今現在お腹が張り裂けそうなのも事実、何とかする手立てはないものか。

 

「あら、あそこに他の地方から取り寄せられた漢方があるじゃない。ちょうど切らしてたのよね、買いだめしとかなきゃ!」

「漢方薬…?う、頭が…」

 

 地獄の苦さを誇る漢方薬のことを思い出そうとすると脳が拒否反応を起こす。以前ユウリに無理やりぶち込まれた漢方薬よくばりセットの味を思い出そうとするといつもこうなるのだ。

 だがその効能は本物、風邪を引いた俺を一晩で完治させるほどだ。となればおそらくお腹の調子を整える薬もあるはず!

 

「これだ!」

 

 俺はユウリと一緒に漢方薬屋に駆け込み、手ごろな値段でよく効くという薬を購入しさっそく服用した。

 『ばんのうごな』『ちからのこな』『ちからのねっこ』『ふっかつそう』の豪華絢爛よくばりセットに比べれば大した苦さではなかった。が、直後。

 

「は、腹がぁ!!?」

 

 薬を服用してほんの数分、効果を発揮し始めた漢方薬の効果で突然お腹が大運動会を始める。

 玉転がしのごとく蠕動運動を始めた内臓が、次から次へと体の中の駐留物を押し流していくのが手に取るようにわかる。だって自分の体だからね!

 

 そこからがまさしく地獄だった。

 何と付近にはトイレが存在しなかった!急激に痛むお腹を抱えながらトイレを探して港を駆けずりまわる。そんな地獄の苦行を乗り越え、

 

「ふぅ、よく効いたぜ」

 

 結果オーライ、すべての老廃物を出し切った俺の体は全盛期の調子を取り戻していた。

 

「よし、ユウリなんか食べに行こうよ!」

「あんた…今の今までどうして苦しんでたのか忘れたわけじゃないわよね?」

「些細な事だよ!どうせ楽しめる時間も限られてるわけだし目いっぱい楽しまなきゃ!」

「あんたもあたしの買い物に付き合うこと、いいわね!」

「イエス!マム!」

 

 気の置けない友人と二人で夜の町へとくり出した。買い食いをしたり、子供だけで夜の町を出歩くということがちょっと悪いことをしているようでさらに楽しさを加速させる。

 ついでに今はまだバウタウンに到着していないであろうホップに美味しそうな料理の写真を撮って送り付けてあげた。俺達って本当に友達想い!

 

『お前たちだけ楽しそうでずるいぞ!』

『遅いのが悪いわ』

『競w争wだw』

『アカツキ…許さないぞ!』

『まあまあ、このウデッポウのエビフライでも見て落ち着いてよ』

『画像』

『…旨そうだな』

『そしてこれをこう!』

『画像』

『エビフライカレー!?』

『美味しかったです』

『ご馳走様でした』

『うがぁぁぁ!』

 

 ホップを揶揄うのは楽しい。

 

「そういえばユウリはもうジムバッジ取ったの?」

 

 食事や買い物などを一通り終え、ベンチに腰掛けて休んでいたところで気になっていたことをユウリに尋ねてみた。

 

「取ったわ、今日」

 

 ユウリはそう答えると懐から草バッジに加えてもう一つのバッジを付けたバッジリングを取り出す。リングの中で存在感を放つ水バッジは名前に恥じない青さと光沢を放っている。

 

「俺の方は明後日の昼まで待機、明日一日暇になっちゃった」

「あらそうなの?じゃあ暇ならあたしに付き合いなさい」

「いいけど…先に進まなくていいの?」

「あたし昨日の夜この町に着いて、今日はジムチャレンジしたばっかりだからまだ全然この町回ってないのよね。せめて一日は楽しまなきゃ損ってもんでしょ?」

「なるほど、りょーかい」

 

 明日も楽しくなるといいな!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うーん、いい天気!」

「風が気持ちいいわね!」

 

 次の日は青い空で白い雲、まさしく快晴だ。海近くから吹き付ける風は潮の匂いを運んでくる。

 

「昨日はもう夜だったから気が付かなかったけどこんなに漁船が出てるんだね」

「さすがガラル地方一番の港町ね」

 

 すでに朝から船が海を渡りポケモンや荷物を下ろしていく。朝の市場は夜の賑わいとはまた違う熱気に包まれている。

 

「今日はバスラオの活きがいいよ!」

「サシカマスもいいよ!」

「ああ!?ブロスターが起きた!誰か『でんじは』使えるポケモン連れてきてくれ!」

 

 ポケモン達の活きもよく、まさしく生きるか死ぬかをかけた瀬戸際だ。ワンパチを貸し出したら『ほっぺすりすり』でことごとくのポケモンを鎮めてくれた。

 

「いや助かった!昼にそこの定食屋で待ってるからよ、坊主たちにバスラオの煮付をサービスするぜ!」

「ゴチになります!」

 

 今日のお昼は赤バスラオの煮付で決まった。個人的には青バスラオよりも赤バスラオの方が好きだ、青バスラオは目つきが怖い。

 

 

 その後、午前中はユウリとバウタウン巡りでつぶした。

 まずはバウタウン名所の一つ、灯台だ。

 灯台の上からみる海は下で見るよりもずっと遠くまで見える、水平線の向こう側で大きなホエルオーの姿が見えた。ユウリは危ないのでロコンの『かなしばり』で動きを封じさせてもらった、奴を好きにさせれば俺か奴かのどちらかが確実に落ちる。そんなスプラッタは誰も求めていない。

 

「……ヤミ?」

「うへぇ!?」

 

 海を眺めているとすぐ後ろからユウリのヤミラミが声を掛けてきた。手すりを握っていたとはいえ突然のことで心臓がバクバクと脈打つ。

 

「ちょっとユウリ!『かなしばり』したのは謝るから突然驚かさないでよ!」

「あたしじゃないわよ。ヤミちゃんが勝手に出たの」

 

 ヤミラミを見てみるとその視線はまっすぐ海の中を見据えている。

 俺も気になって海を見てみるが何も特筆するべきところはない、眺めのいい水平線が続いているだけだ。

 

「ほら、ヤミラミ行くよ」

「ヤミ…」

 

 もう灯台からの景色は十分に堪能したのでヤミラミを連れてユウリの待つところにまで戻っていった。

 

 

 海の中に巨大な魚影がうごめいていることも気づかず……

 

 

 次なるバウタウン名所は釣り堀。

 ユウリと釣り勝負をしているのだが全くと言っていいほどポケモンがかかってこない。

 

「…ねえユウリ」

「なによ」

「かからないね」

「そうね」

「…」

「…」

「……」

「………」

 

 ただただ無心で釣り糸を垂らしポケモンがかかるのを待つ、もうかれこれ20分は垂らしているが全く食いつく気配がない。ただ待つだけというのは意外と辛いなと思っていると釣竿がしなり水の中へと引っ張り込まれる。

 

「! 来た!」

 

 ポケモンと真面目に力勝負をしても不利なのは明確、相手の動きを読んでそれに合わせて糸を引いたり流したりするのはポケモン勝負とも変わらない!

 水面から見えた姿で相手はそれほど大きくないことがわかった。右へ左へと糸を引っ張りこちらを翻弄するポケモンの動きを見切り、一気に引き上げる!

 

「よし!釣れた!」

 

 釣れたのはサシカマス、美味しいポケモンだ。

 いくらポケモンとは言え所詮は水棲、陸に打ち上げられたサシカマスはまな板の上のコイキングだ。

 

「ワンパチ!『ほっぺすりすり』」

 

「ワッパ!」

 

 バチバチという音をたててサシカマスを無力化する。定食屋へのいい土産もできて大満足だ。

 

「ふふん、どうユウリ? 俺の方が先に」

「どっせーい!」

 

 俺が自信満々にユウリに戦果を掲げてみるとユウリもサシカマスを釣り上げた、しかも俺のより数段大きい。

 ヤミラミの『あやしいひかり』でサシカマスを無力化したユウリがこちらにどや顔を向けてきた。

 

「で? なにが先ですって?」

「…負けない!」

「あたしも負けるもんですか!」

 

 俺とユウリの負けられない戦いが切って落とされた。

 ユウリは持ち前のセンスで一匹以降バシバシとポケモンを釣り上げていく。俺も負けじと釣り上げていくがユウリのセンスは特一級だ、じりじりと差が開いて行ってしまう。

 

「おーっほっほっほ、どうやらあたしの勝ちのようね!」

「く! 負けられない!」

 

 負けたくない気持ちが天元突破した俺は最後の奥の手である小瓶に手を付けた。

 餌にそれを混ぜ合わせて釣り堀へシュート。少し待つとすぐにアタリが付いた。

 

「あんた一体何を!?」

「餌にポケモン専用のカレーパウダーを混ぜたのさ!水の中でもこの芳醇な匂いには逆らえまい!」

 

 渾身の力で竿を引き上げる。こいつが俺の逆転の一匹だ!

 

「……」

「…………」

 

「ワ、ワッシ!」

 

 ぴちぴちと陸の上で跳ね上がるのは小さな小さなポケモン。小魚ポケモンのヨワシだ。

 

「っぷ」

「笑うなぁ!」

 

 逆転の一手をかけた最後の奥の手は不発に終わった。だがこれで終わりではない、第二第三のカレー餌で大きなポケモンを!と考えていると港の方が騒がしいことに気が付いた。

 

「なにかしら?」

 

 騒ぎを聞きつけ港に向かってみた。

 

「どうかしたんですか?」

「こいつはすげぇのが来たぞ」

「すごいの?」

「ああ、ヨワシの大群だ!」

 

 興奮する漁師の話を聞いているとバシャーン!と水しぶきをあげて巨大な魚ポケモンが姿を現した。

 ヨワシは単体では小さい小魚、そしてとても弱いということで有名だ。しかし、ヨワシが群れを成しぎょぐんの姿へと姿を変えた時その評価は一変する。ポケモンの中でも上位に名を連ねる大きさとなりその実力も単体の比ではなくなる。ただの『みずでっぽう』が『ハイドロポンプ』を超えるともっぱらの噂だ。

 

 そして現れたぎょぐんの姿のヨワシは通常の魚群よりさらに大きい。約二倍、先ほど見かけたホエルオーすらも上回る大きさだった。

 そんなポケモンが現れただけで町はパニックに陥り、なんとか対処をしようと動き出すのが当然のはずだ。

 …しかし、この町は違った。

 

 

「ヒャッハー!ヨワシの大群だ!」

「狩れ狩れ!今日は大量だぁ!」

「ありったけの電気タイプと草タイプを連れてこい!」

 

 そんなポケモンにも一切怯まず漁師たちは捕獲に向かい動き始めた。逞しすぎる…彼らにはヨワシがただの小魚にしか見えてないのだろうか?

 

「なんか面白くなってきたわね!」

「えぇ…」

「ほらあたし達も行くわよ!レイドバトル!」

 

 ユウリに引っ張られ急遽結成したヨワシ討伐レイドバトルに参加させられる。

 

「行くわよ!バチちゃん!」

 

「ウッキー!」

 

 なんとユウリのサルノリがいつの間にかバチンキーに進化していた。全体的に大きくなり、頭のはっぱも大きくなっている。そしてなにより目を引くのが両手に持った二本の木の棒、サルノリの頃は一つだった武器が二つになっている。これは戦ったら厄介そうだと思いながら電気タイプのワンパチを繰り出した。

 

「あんたたち!行くわよ!」

「「「おう!」」」

 

 なぜか指揮を執っているユウリの声に合わせて漁師さん達とともにレイドバトルがスタートした。

 こちらのポケモンはバチンキー、ワンパチ、ヒメンカ、ラクライ、そしてランターンだ。

 

「ワァァァシィィィ!」

 

 巨大なヨワシの口から『みずでっぽう』が放たれる、噂通り『ハイドロポンプ』すらも上回る水量だ。当たれば大ダメージは必然、かたまっている俺達めがけて放たれる極大の水流はしかして一匹のポケモンに防がれた。

 

「オレのランターンの特性は『ちょすい』、水技なんてシャワーだぜ」

 

 ランターンに全ての水が吸収されていく。あまりの事態にヨワシも唖然としている。

 

「今よ!一斉攻撃!『マジカルリーフ』!」

「ワンパチ、『スパーク』!」

「ヒメンカも『マジカルリーフ』!」

「ラクライ、『でんげきは』!」

「ランターン、『十万ボルト』!」

 

 畳み掛けるような効果抜群の技のオンパレードにヨワシの魚群がどんどん削れ、水面には気絶したヨワシが浮かんでいく。

 巨大なヨワシがその異常さに気が付くがもう遅い。既に各所に待機していたバチュルやデンチュラ達によって水上に『エレキネット』が張り巡らされている。漁師たちが殺りに来ているのがひしひしと伝わってくる。

 ここは彼の死地、逃げ場などどこにもなかった。

 

「嬢ちゃん、坊主決めてきな!」

「バチちゃん!『えだづき』!」

「ワンパチ!『スパーク』!」

 

「ウッキッキィィ!!」

「ワパワパ、ワッパァ!」

 

 バチンキーの持つ二振りの枝に緑色のオーラが集まっていく、ワンパチの体にもオーバーチャージした電撃がバチバチと音を立てて鳴り響いている。

 ヨワシの敗因はたった一つ、

 

「「いけぇぇぇ!!」」

 

「ワァァァシィィィ!!」

 

 この港町に来たこと。それだけだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いやー、大量大量。お手柄だったな」

「いえいえ。あ、このバスラオ旨い」

「サシカマスも美味しいわよ!」

 

 巨大ヨワシ討伐で現在市場が大盛り上がりしている中、俺達は定食屋でお昼のご飯をご馳走してもらっていた。

 バスラオは甘辛く煮着けられていてご飯が進むにすすむ。サシカマスも塩を振って焼いているだけだがなんとも美味しい。すぐにご飯がなくなってしまった。

 

「おかわりくださーい」

「坊主もよく食べるなぁ!」

「成長期ですから!」

「アカツキこんなところにいたか!」

「あ、ホップ」

「遅かったわね」

「町がどこもかしこもヨワシ大量とか何とかで大変だったんだぞ」

「あ、嬢ちゃんたちの友達かい!」

「友達!」

「下僕!」

「誰が下僕だ!表出ろユウリ!」

「バッジひとつ程度の雑魚が粋がるんじゃないわよ!」

「…友達なのか?」

「どこからどう見ても友達です」

 

 二人が定食屋の前でガチンコバトルをしている間、俺は悠々とお昼ご飯を食べた。

 

「……っぷはぁ、お味噌汁も美味しいですね」

「ヨワシの干物からいい出汁が出てるだろう?」

「ですね、今日のヨワシも?」

「だな、ぱっぱと作るから持ってくか?」

「いただきます!」

 

 ポケモン達の命が今を生きる生物の糧となっていく。

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

 

 

 

 




バスラオのお煮つけ食べたい、カマスジョーの塩焼き食べたい、ヨワシの干物食べたい

書いてるときちょっと狂気入ってたかもしれないです。


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24、ジムミッション・流水の迷路

ターフジムからバウジムまでってやることなくてペース早くなっちゃいますね。




 港町バウタウン、この町ではたくさんのことを学んだ。

 命を頂くこと、それは決して遠い世界のどこかで起こっていることなんかじゃない。今こうして食べているヨワシの干物だって昨日まで命だったものなんだ。一口ひと口噛み締めて、命への感謝を忘れないで行こう。

 

「アカツキ!マーイーカ焼きを発見したぞ!」

「行こうホップ!」

 

 美味しいものが溢れてるね!この町は!

 

 

 ヨワシ(ぎょぐんの姿)とのレイドバトルを終えて一日が過ぎた。

 今日はお昼から俺のジムチャレンジが開始する、きっとターフジムのウールー転がしのような一癖も二癖もあるジムミッションが待ち受けていることだろう。気合とエネルギー補給のためにホップと朝から市場を荒らしまわった後は、腹ごなしと最終調整のためにポケモンセンター裏のバトルフィールドでホップのウールーとバトルをすることにした。

 

「ウールー、『にどげり』!」

「こっちも『にどげり』だぞ!」

 

「「ンメェェ!」」

 

 ポケモン達も絶好調、きっと今日のジムチャレンジでもその実力を十分に発揮してくれることだろう。

 ウールー同士の『にどげり』が衝突し、拮抗するが最終的にこちらのウールーに軍配が上がった。蹴り上げられたホップのウールーは隙だらけだ。

 

「とどめだ!『にどげり』!」

 

「ンメェェ!」

 

 ボスン!ボスン!と打ち込まれた二連撃でホップのウールーは倒れ伏した。

 

「くそぉ!また負けたぞ!」

「ウールーよく頑張ったな!」

 

「ンメェ!」

 

 ウールーの体を抱きしめる、今日ももふもふは絶好調だ。

 

「お疲れさまだぞウールー」

 

「メぇ…」

 

「今日負けても明日勝てばいいんだ、お前は最強のチャンピオンであるアニキの弟であるオレのポケモンなんだからな。いつかアカツキのウールー達を見返してやるぞ!」

 

「ンメぇぇぇ!」

 

 ホップたちもやる気満々といったところ、太陽に向かって吠えている姿がよく映える。

 

「それじゃあ俺はそろそろスタジアムに行ってくるよ」

「おう、ジムチャレンジ頑張れよ!」

 

 ホップと別れてバウスタジアムに向かった。現在時刻は昼前11時、今から向かえば十分間に合う時間帯だ。

 ポケモンセンターを出てまっすぐ進み、スタジアムに向かうための大通りに出る。この大通り沿いに進んでいけばスタジアムに着くのはすぐだ。

 しばらく道沿いに進んでいると少し騒がしくなって来た。ジムチャレンジ開催期間中はどこも騒がしいがこの騒がしさは有名人がいたとかそんな騒がしさだ、ほらそこの広場に人だかりができている。

 

「ローズ委員長握手して下さーい!」

「サインくださーい!」

「はいはい、みなさんならんでください。わたくしはどこにも行きませんから…」

「委員長!これから向かう先があります!」

 

 人だかりの中心にいたのはラフな格好をした中年のおじさん…いや、帽子とサングラスで隠しているがよく見ればあれは大会運営委員長のローズさんだ。そしてローズさんを叱りつけているのは細身で背の高い女性、すごい貫禄があるが女性だが秘書というやつだろうか。

 そのローズさんの秘書らしき人がファンの人たちに必死に頭を下げていく。

 

「申し訳ございません、委員長は本日もご多忙でして…」

 

「皆様お引き取りを、どうかお引き取りを!!」

 

「そっかー、しょうがないね」

「はーい、委員長またねー」

「ああ!?みんなまだまだサインするよ!?わたくしのリーグカードもあげちゃうよ!?」

 

 秘書さんの言葉でファンの人たちも離れていく。こういうのは聴いても離れないファンばかりと思っていたのだがローズ委員長のファンはとてつもなく聞き分けがいいらしい。

 しかし、何故委員長の方がファンの人を引き留めているのだろう?ふつうは逆じゃないだろうか?

 ファンの人たちが去り、ローズさんは肩をがっくりと下げ残念そうにしている。そして秘書の人の方を向くと顔に手を当てて、秘書の人にむくれながらこう答えた。

 

「まったくオリーヴ君、我々はファンがいるからこそやっていけているというのに邪険にしてはいけないんだよ?」

「委員長…だからこそ彼らファンのために委員長には仕事をしていただきませんと」

「まあそれもそうだけどさぁ…」

 

 秘書の人も先ほどまでの気迫はナリを潜め極めて冷静にローズ委員長を説得している、二人が話し込んでいるとピンクが割り込んでいった。

 

「その通りです!ボクも委員長のために頑張りますから!」

 

 突然現れたピンクにローズさんもオリーヴさん?もびっくりしている。

 

「えーと、君は確か…」

「ビートです!」

「そうそう、ビート君だ。昔ポケモンをあげた時からすると立派になりましたね」

「! 委員長にそう言っていただけて感激です!」

 

 ピンクもといビートはローズさんに褒められ嬉しさを隠しきれないのかすごくテンションが上がっている。話を聞くに委員長からポケモンを譲り受けた時からの関係なのだろうか?

 

 ジムチャレンジについて大まかな報告を手を振り耳を振り委員長に伝えるビート、それをほほえましそうに見つめる委員長、時間がないというのにと言わんばかりにイライラを募らせている秘書のオリーヴさんの模様は傍から見ている分には面白い。

 

「なるほど、順調なようでなによりです。これはジムチャレンジを勝ち残るのは君か…チャンピオンに推薦された三人のトレーナーになるでしょうね」

「委員長にえらばれたボクは誰にも負けません!それでは、所用があるので失礼させていただきます」

 

 ビートは腰を90度に曲げて綺麗なお辞儀をした後スタジアムとは別の方向に歩いて行った。

 

 俺もそろそろスタジアムに向かおう、と思い足を踏み出した瞬間地面に転がっていた木の枝を踏んずけてしまう。踏みつけられた木の枝はバキと音を立てて真っ二つに割れる。その音を聞いたローズさんとオリーブさんがこちらを向いた。

 ローズさんはサングラスで目が隠れているがこちらを見つけると満面の笑みで話しかけてきた。オリーヴさんは額に手を当てて俯いている。

 

「やあやあ、たしか君はアカツキ君だね!」

「そ、そうです。委員長今日はお日柄もよく…」

「ダンデ君が何故君を推薦したのかわたくしも気になっているんだ。そうだ!さすがわたくしだいいことを思いついちゃったよ。君はお昼からジムリーダーのルリナ君に挑戦するよね?ジムバッジを取れたらわたくしがお祝いしよう!君のことをいろいろと知りたいからね!」

 

 ローズ委員長のマシンガントークにうんうんと首を振っていたらいつの間にかジム攻略をしたらお祝いされることになった。大人の人が話している途中には言葉を突っ込めない!

 今まで静観していたオリーヴさんが委員長の話が途切れるとともに話しかけてくる。

 

「委員長そろそろ…」

「うんうんわかったよオリーヴ君。それじゃあアカツキ君、ガラルの未来のために頑張ってくださいね!」

 

 委員長はそのまま海辺に向かって歩いて行ってしまった。すると残っていたオリーブさんが腰からメモ帳を取り出すと俺に向かってこう言ってきた。

 

「委員長はこれから漁業組合の人たちとの合同釣り大会があります」

「うぇ!?釣り大会!?」

「ええ、その後ポケモンセンター近くの高級シーフードレストランで昼食を取られる予定です。ですからあなたもそれまでにジムバッジを勝ち取りなさい。いいですね?」

「あっ、はい」

 

 言うだけ言ってオリーヴさんも「待ってください委員長~!」と行ってしまった。なんだか負けられなくなってしまったがもとより負ける気などさらさらない。負けられない理由が一つ増えただけだと気を引き締めなおしてスタジアムへと向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 スタジアムに向かう途中で運営本部から通達が来てなぜか俺が灯台にいるらしきジムリーダーのルリナさんを呼びに行くこととなった。 

 

 スタジアムを素通りし、昨日ユウリと一緒に上った灯台に来てみると水着のようなユニフォームに姿を包んだ女の人が海を眺めていた。ルリナさんだった。

 

 ルリナさんに話しかけると一発で俺の正体を言い当てられた。

 驚いているとどうやら俺達は既にジムリーダー間で有名となっていると聞かされた。

 『ダンデの再来』とも呼ばれ圧倒的な実力を見せつけるユウリ、『リターン・オブ・ダンデ』とも呼ばれ溢れるエネルギーとファンサービスですでにファン層が固まりつつあるホップ。

 

「ところで俺は?」

「あなたにはダンデ直々の渾名があるわ」

「ほんとですか!?」

「あなたの渾名は『カレーの魔術師』よ…意味が分からないわよね?」

「やったぁ!!!」

「えぇ…」

 

 ガラルの頂点に君臨するダンデさん直々に『カレーの魔術師』なんて渾名を貰ったということはもう実質俺はカレーマスターなのでは?いやいや、まだだ!ダンデさんを降し、チャンピオンとなった時俺はやっと自分の実力でカレーの頂にたどり着けたといえるのではなかろうか!?

 うんうん俺が唸っているとそろそろ行きましょうかと少し引き気味のルリナさんに言われたのでスタジアムに向かった。ついでにリーグカードを貰った。

 

 

 スタジアムは既に超満員、ユニフォームを身にまといロビーで待機する。

 既に二回目のジムチャレンジだ、前回ほどの緊張はない。待っている間何人かから声を掛けられた。

 

 一人目は筋肉ボールことボールガイ。

 

「はぁ~い、毎度おなじみボールガイだボル~♪」

「…なんでここに?まだターフジムを挑戦してるジムチャレンジャーもたくさんいるよ?」

「ボールガイはいつでもどこでもジムチャレンジャーにボールをあげるために赴くボル~♪」

 

 そういってボールガイはルアーボールという釣り上げたポケモンを捕まえやすくなる珍しいボールを押し付けてスタジアムの外へと出て行ってしまった。まさかこのままターフタウンのジムチャレンジャーにまでボールを?自転車があっても片道半日近くはかかる場所にまで?

 

「…深く考えるのやめよう」

 

 アカツキは考えることをやめた。

 

 二人目はホップ、オクタン焼きを食っている。

 

「ふぁふぁふふぃ、ふぉふぁふぇふぉふふふぁ?」

「食べてから話してよ」

「ゴックン。アカツキ、お前も食べるか?」

「ありがたいけど遠慮しとく、今食べるとチャレンジ中にせり上がってきそうだし」

「そうか、応援してるぞ」

 

 そういってホップもスタジアムの外へと出ていった、またバウタウンの旨いもの巡りにでも行ったのだろう。

 

 そして三人目。

 

「アカツキ選手!ルリナさんに勝ってくださいね!約束ですよ!」

「あ、ありがとう」

 

 やけに押しの強いファンの子に声を掛けられた。どうやらターフジムでの戦いを間近で見て、俺のファンになってくれたという。こうして正面から応援されるというのは嬉しい反面、少しむず痒かった。

 それでもこんな俺のためにわざわざ見に来てくれたというのだからさらに気が引き締まる。

 

『――ジムチャレンジャー、アカツキ様。ジムチャレンジャー、アカツキ様。用意が整いましたのでユニフォームに着替え、ロビー中央の入場口までお越しください』

 

 召集のアナウンスが響き周りの視線がこちらに向いてくる。一歩一歩入場口に進むたび周りからの視線が濃くなってくる感じがする。

 

 受付で確認を済ませ入場口から通路へのドアが開かれる。

 

「それではジムミッションをどうぞ!」

 

 受付の人の言葉を背に受けてドアをくぐる。

 通路を進んでいくと依然と同じく大きな扉が道を塞いでいる。

 

『ジムチャレンジャー、承認。ジムミッションを開始します』

 

 電子的なアナウンスとともに扉が開かれる、それとともに轟々と大きな水が叩きつけられる音が耳を打つ。

 目の前に広がるは巨大なプールとその上に建造された巨大な迷路、そして目を引く天井より降り注ぐ大量の水。

 

「おもしろいね」

 

 今ここにバウジムのジムミッションが開始した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 入り口からの階段を降り、迷路に足を踏み入れる。

 迷路という割には視界を塞ぐ壁などはなくむしろ明け透けの空間だ。天井に張り巡らされたパイプから流れる水が道を塞いでいるがあれがその迷路のカギなのだろうか?

 

「それではアカツキ選手、このジムミッションのルール説明をさせていただきます」

「あれ?ダンペイさん?」

 

 ターフジムでレフェリーを務めていたダンペイさんがこちらのジムでもレフェリーを務めていた。

 

「いえ、私はダンペイの二つ下の弟のバンペイです」

「弟!?」

「ええ、わたくしたちは10人兄弟で上からアンペイ、ガンペイ、ザンペイ、ダンペイ、ナンペイ、バンペイ、マンペイ、ランペイ、ワンペイとなっております」

「…もしかして他のジムのレフェリーも?」

「ええ、わたくしたち兄弟が取り仕切らせていただいています!」

 

 衝撃の事実に面食らうがポケモンセンターのジョーイさんなんて顔と名前まで一緒なことを思い出して納得する。

 

「それでは改めまして、レフェリーを務めさせていただくバンペイです。以後、お見知りおきを」

 

 バンペイさんからジムチャレンジについての説明を受けた。

 このジムチャレンジでは迷路を進んでいき設置されているボタンを押して、降り注ぐ水をうまく制御しながらゴールまでたどり着くというものらしい。よく見れば水を吐き出しているパイプには赤青黄の色がついており、迷路中に設置されているボタンも同じ色だという。

 

「(ボタンを押せば同じ色のパイプの水が止まる…そんなところかな)」

「それではよいでしょうか?」

「大丈夫です!」

「では、ジムミッションスタートです!」

 

 ピピー!というホイッスルの音とともにジムミッションが開始される。

 ひとまず水が道を塞いでいないルートを抜けてボタンを探す。ところどころ道の一部が格子状の金網になっているのは何か関係があるのだろうか?

 考え事をしながら進んでいくと赤色のボタンを見つけた。しかし、

 

「アハハ、ようこそバウスタジアムへ!私のポケモンの綺麗な水技浴びていかない!」

「さっそくか!」

 

 ジムチャレンジャーの行く手を阻むジムトレーナーがボタンの前に陣取っていた。

 このバウジムのユニフォームは水着を模したものらしく他のユニフォームに比べて圧倒的に肌色の面積が多い。まあまだ10歳になったばかりの俺は興味ないけどね!

 

「うちの名前はナミエ!そしてこの子はオタマロ!」

 

 ジムトレーナーのナミエが投げたダイブボールから姿を現したのはおたまポケモンのオタマロ。オタマロは迷路の下に広がるプールの中に飛び込み身を隠した。

 

「なるほど、そのためのプールか!」

「そういうこと!君にこのバウスタジアムが攻略できるかな!」

「攻略してみせるさ。いけ、メッソン!水の中を追いかけろ!」

 

 こちらも同じく水タイプのメッソンを繰り出し水の中へと潜る。これで五分と五分、相手だけ有利ということにはならない。

 

「メッソン、『みずのはどう』」

 

 水中で作られた『みずのはどう』はいつもより大きい。そして放たれた『みずのはどう』は周囲の水をまきこんでさらに強力になっていく。

 

「オタマロ!流水を壁にしなさい!」

 

 オタマロが逃げた先はなんと上から水が流れている場所の真下。どうやら金網部分の場所は上から降ってくる水を下に流すための場所であるようだ。

 『みずのはどう』は上からの流水に押しつぶされかき消される。近くに居るオタマロも無事では済まないと思っていたが、適切な距離をとることで攻撃を防ぐ壁として利用している。ここのジムトレーナーならではといった防御方法だ。

 

「オタマロ、『エコーボイス』!」

 

「マロマロマロ!」

 

 オタマロが流水から離れ音の波動を出す。水の中では防ぎようがなくメッソンは攻撃を受けてしまう。

 

「もっともっとよ!『エコーボイス』!」

 

 なおもオタマロは音を発し続ける。『りんしょう』などとは違い、旋律すらないただの音波攻撃だ。

 そしてこの『エコーボイス』も使えば使うほど威力の増す技、何とかしないとじり貧になってしまう。

 

「メッソン、『みずのはどう』!」

 

「メッソ!」

 

 再び放った『みずのはどう』だが『エコーボイス』を切り上げたオタマロが流水に身を隠してまた防がれてしまう。あの流水をどうにかしなければこちらの勝ち目はないのか!

 

「まだまだ!『エコーボイス』!」

「さっきからそればっかり!」

「アハハ!実はこの子には音技しか覚えさせてません!」

「さっき『水技浴びていかない!』とか言ってたくせに!」

 

 どうやらオタマロが使える技は『エコーボイス』『りんしょう』『ちょうおんぱ』らしい、水技とは一体?

 だが厄介なのは変わらない、今は『エコーボイス』一辺倒だが『ちょうおんぱ』などで混乱させられれば戦いはますます不利になってしまう。なんとかあの水を止める手立てはないものかと見まわし、それを見つけた。

 

「そろそろ行っちゃうよ、『ちょうおんぱ』!」

「くっそ、イチかバチかで『みずのはどう』!」

 

 オタマロが『ちょうおんぱ』を止め、またしても流水に身を隠す。俺はその間に腰を低くし、一気に走り込むとナミエの横をするりと抜けて赤いボタンへ手を伸ばした。

 

「あ、ズッコイ!」

 

 俺の手がボタンを押すとともにオタマロが身を隠していた赤パイプ放水が止まり、近くにあった別の赤パイプから水が勢いよく吐き出される。どうやら金網がある場所は上から水が降ってくる場所でもあるようだ

 

 突然止まった流水にオタマロが右往左往しているところにメッソンの『みずのはどう』が直撃した。効果はいまひとつだったがなんと今の『みずのはどう』でオタマロが混乱してしまったようだ。

 

「オタマロ!?」

「いけ、『しめつける』」

 

 オタマロの体をメッソンのしっぽが包み込み締め上げる。しばらくじたばたとしていたオタマロだがやがて動きがぱたりと止まり、目を回したオタマロがプカリと浮いてきた。

 

『オタマロ戦闘不能。アカツキ選手の勝利』

 

「うっそ、洗礼を受けたのはうちとオタマロのコンビ!?」

 

 なんとかオタマロを倒したがこのスタジアムは油断がならないということがはっきり分かった。

 

「ナミエ、良いバトルだった」

「ぶー、あんな方法で破るなんて反則だよ!」

「あんな初見殺しの防御してくる相手に言われたくないよ…」

 

 口を膨らませてぶーたれるナミエだったがすぐに機嫌を直し、笑顔で送り出してくれた。

 

 ナミエとのバトルで分かったことは二つ。

 このスタジアムでは水タイプのポケモンが絶対的に有利だということ。水に隠れられればまともに攻撃ができない、特にロコンの炎技など水の温度を上げるくらいにしかならないだろう。

 そしてこの轟々と天井から流れ出てくる水。ボタンを押すと同じ色のパイプの水が止まり、別のパイプから水が流れ出すということらしい。流水の壁も厄介この上ないのでなるべく今の様にバトルの隙をついてボタンを押し、無力化していきたいところだ。

 

 今押した赤いボタンで止まった流水の先に黄色のボタンが現れる、それを押せば放水が止まり先の道が開く。

 カラクリがわかれば簡単だが偶にボタンを押したことで道が塞がれるという事態にも陥る、きちんと考えて進んでいかねば今自分がどこにいてどのボタンを押せばいいのかがわからなくなってしまう構造だ。

 

「迷路とはよく言ったものだね…っと」

「どうやら気がついたようね、このミッションの仕組みに」

 

 新しいボタンを見つければまたもやジムトレーナーがその前に陣取っていた。

 

「私の名前はサワコ!勝負よ、チャレンジャー!」

「望むところだ!頼んだ、ウールー!」

 

「ラ、ブ」

「メェェェ!」

 

 ジムトレーナーのサワコが出してきたポケモンはクラブ、大きなハサミが特徴的なさわがにポケモンだ。

 

「クラブ、『かたくなる』」

「ウールー、『にどげり』!」

 

 クラブを殻を硬質化させ防御力をあげる、ウールーの自慢の『にどげり』を食らってもピンピンしていた。

 

「クラブ、『メタルクロー』」

 

「クラッブ!」

 

 攻撃を受け切ったクラブがハサミは掲げジャキジャキと音を鳴らす。先ほどの硬質化どころではない、鉄と化したクラブの鋏がウールーの体毛を切り刻もうと襲い掛かってくる。

 

「ウールー、『にどげり』で迎え撃て!」

 

「ンメェェ!」

 

 クラブの二振りの鋏とウールーの二本の脚が互いにぶつかり合い甲高い音を響かせる。

 しかし、ついにその均衡が破かれウールーの自慢の体毛がバッサリ切り裂かれてしまった。

 

「ンメェ!?」

 

「そのまま『メタルクロー』!」

 

 もふもふの体毛を失った部分に強烈な『メタルクロー』がヒットすると、ズザザっと音をたててウールーが後ずさりをする。見れば体毛が切り裂かれた部分が丸っと剥げてしまっている。

 ウールーは攻撃によるダメージのせいか、それとも自慢の体毛を失ったからなのか大きく鳴き声を上げる。

 

「ンメメメェェェ!!!」

 

 怒り狂ったウールーはまたしても俺の指示を無視してクラブに突撃する、突撃を食らったクラブがはねとばされる、まるで車の突進だ。

 

 図鑑を確認してみると、怒りのエネルギーで『たいあたり』が『ずつき』に進化したようだ。もうけもうけ。

 

 以前『やすらぎのすず』をヨクバリスに奪われた時といいこいつはけっこう怒りっぽい性格みたいだ。ジムチャレンジの途中だが怒りが収まるまではウールーの好きにさせようと静観の姿勢に入る。

 

「ちょっと、自分のポケモンが暴れてるのに見てるだけってどういうことです!?」

「好きにさせた方がいいかなって。それより…よそ見してていいんですか?」

「!」

「うちのウールー、強いですよ?」

 

 『ずつき』でひるんだクラブの元へウールーが最短最速で迫る。反射的にクラブがハサミを盾にするがハサミごと『ずつき』で吹き飛ばした。なんというパワーだ。

 吹き飛ばされたクラブが態勢を立て直し、ハサミから『バブルこうせん』を放ってきた。近接だけではなくしっかり遠距離技も備えているようだ。

 

「ンメェ!」

 

 負けじとウールーはお得意の『まねっこ』を発動。水色のオーラに包まれたウールーの口から『バブルこうせん』が吐き出され、泡と泡がぶつかり合い爆発を起こす。

 

「ンメェ!」

 

 その爆発を振り切り煙の中からウールーが顔を出す。

 いまだ爆風の衝撃から立て直していなかったクラブに渾身の『ずつき』が直撃した。

 

「クラブ!」

 

『クラブ戦闘不能。ウールーの勝ち』

 

「そろそろ落ち着いたか?」

 

「……メェ」

 

 怒り任せに『ずつき』を乱発したことウールーだが相手が倒れたことで頭が冷えたようだ。爆風と煙の中を無理やりつっきたことで綺麗な体毛が所々煤けてしまっている。

 

「安心しろって、ちゃんと毛は生えてくるから」

 

「メェェ……」

 

「大丈夫大丈夫、ほらキレイキレイ」

 

 煤を掃ってあげれば白く綺麗な毛が戻ってくる。切り取られた部分はかわいそうだが今は気にしていられない、まだサワコの目には闘志が込められているからだ。

 

「まだよ、ヘイガニ!」

 

 サワコの二体目のポケモンはヘイガニ、こちらも立派なハサミを携えたポケモンだ。

 

「ヘイガニ、『バブルこうせん』」

 

「ヘイ…ガァ!」

 

 ヘイガニのハサミから破壊力の込められた泡打ち出される。

 ウールーは走り回ることでその破壊の泡を躱していく。ふと泡の一部が降り注ぐ水の柱に引き寄せられていくのが見えた、その動きを眼で追っていると不自然に動きが逸れていった。

 

「これだ!ウールー、戻れ」

 

 ウールーをボールに戻して、アオガラスを呼び出す。

 

「アオガラス、吹き飛ばせ!」

 

 『バブルこうせん』がいくら高い破壊力を持っていようとその形はふわふわと浮かぶ泡だ、それは降り注ぐ水の柱の周りにできた気流に流されるほどに軽い。

 案の定アオガラスが羽ばたき発生させた風で泡は吹き飛ばされていく。それもヘイガニの方へ。

 

「ヘイガニ、『かたくなる』よ」

 

 クラブと同じく自衛技を持っていたか。硬くなった殻は『バブルこうせん』の爆発にもびくともしていない。

 

「でも動けないならチャンスだ、『つめとぎ』!」

 

 ヘイガニが泡に囲まれ動けないでいる隙をついてアオガラスの攻撃力をあげる。今ヘイガニが動けば追撃が可能だが、『かたくなる』を解除すれば泡の爆発に巻き込まれてしまうことに気が付きサワコは指示が出せないでいる。

 

「くっ!」

「攻撃力は十分に上がった!アオガラス、吹き飛ばせ!」

 

「アーガァ!」

 

 『つめとぎ』を終わらせたアオガラスが羽を羽ばたかせヘイガニごと泡を吹き飛ばす。吹き飛ばされないように踏ん張っていたヘイガニだがついには強風に逆らえず吹き飛ばされた。

 

「そこだ、『ついばむ』!」

 

 態勢を崩したヘイガニに向けて一気に距離を詰める。

 攻撃力を大きく高めたアオガラスの『ついばむ』はヘイガニの硬くなった殻を突き破り致命傷を与える。

 

「ヘイガニ、ハサミで捕まえるのよ!」

「させるか、空に逃げろ!」

 

 ハサミでアオガラスの羽根を掴もうとしたヘイガニだが『つめとぎ』で鋭くなった爪で抵抗され、さらに『ついばむ』でのダメージが大きかったのか顔をしかめて動きを止めてしまう。

 その隙にアオガラスは十分な距離を取りヘイガニの射程距離から離脱する。反撃の機会を逃したサワコが唇を噛み悔しそうにしているのが見えた。

 

「『みだれづき』!」

「『ダブルアタック』!」

 

 くちばしを鋭く尖らせたアオガラスの連撃にヘイガニも負けじとハサミを握り締め対抗する。

 手数はアオガラス、パワーはヘイガニ。そのはずだったが『つめとぎ』によって研ぎ澄まされた力と感覚がハサミを撥ね退け、『みだれづき』が『ついばむ』でひび割れたヘイガニの殻を粉々に破壊した。

 

「ヘイガニ!」

 

『ヘイガニ戦闘不能。アカツキ選手の勝利』

 

「ふぅ」

 

 さきほどのナミエの水中戦とは違い今回は絡めてのない陸上戦、水の中でもないのにこの強さということは水の中ならどれほど厄介だったことか。

 甲殻類の硬い殻と凶悪なハサミ、一度相手のペースに乗せられればこちらもかなり追い詰められていただろう。

 

「的確な判断に、この迷路を理解する頭の速さ。私からはもう何も言うことはありません。どうかジムチャレンジ頑張ってください」

「ありがとう、君のポケモン達も強かったよ」

「もっともっと大きく強靭になったハサミで、今度こそあなたのポケモンを引き裂いてあげます」

「そのときは俺のウールーももっと体毛を増やしてハサミを使い物にならなくさせてあげる」

 

 丁寧な口調とは裏腹に悔しさをあらわにするサワコ、あれがキングラーやシザリガーともなれば恐ろしい強敵となるだろうと思いながら先に進んだ。

 

 しばらく迷路を進み、なんとかゴールの目の前にまでたどり着く。が、

 

「ここまできてまた流水の壁か」

 

 ゴールは目の前、だが、三本もの流水が流れ落ちその出口を塞いでいる。その流水を止めるであろうボタンはすぐ目に届くところにもあった。ここまで来ればわかっていたが、

 

「ええー!ここまで来ちゃったの!?」

 

 当然最後のボタンを守るジムトレーナーもいた。

 

「…ご、ごほん。失礼しました。あたしはヨウコ、このジムミッション最後のジムトレーナーです」

「質問だけど、そのボタンを押せば出口が開くの?」

「ええ、ただしあたしとこの子たちを倒せば、ですけどね!」

 

 ジムトレーナーのヨウコさんはそういうと一度に二つのボールを投げだした。

 

「最後はあたしのポケモン達と二対二の勝負をしてもらいます、構いませんよね?」

 

 ヨウコさんの出したポケモン、一匹はテッポウオそしてもう一匹はカムカメだ。

 テッポウオは水がない場所ではまともに動けない、カムカメも陸上では非常に動きの鈍いポケモンだ。しかしこのプールが広がるフィールドではその弱点もかき消される、二匹はさっそく水の中へと潜っていった。

 

「わかりました。じゃあこっちはメッソン、それにワンパチ!」

 

 水中でのダブルバトルが切って落とされた。

 メッソンとテッポウオはすいすいと水の中を泳いでいく。ワンパチは顔を上に出し短い前足で犬掻きして泳いでいる、かわいい。そしてカムカメだが、

 

「やっぱり水の中じゃ速いか!」

「カムカメ、『かみつく』。テッポウオ、『みずでっぽう』」

「ワンパチ、『かみつく』。メッソン、『みずでっぽう』」

 

 互いに同じ技の応酬、しかし水中ではやはり相手に一日以上の長があった。

 

 水の中を自由に動けるカムカメはワンパチの『かみつく』を華麗に躱し、丸っこいお尻に噛みついた。あまりの顎の力にワンパチは犬掻きをやめてしまいそのまま水中へと引きずり込まれてしまった。

 対してメッソンとテッポウオ、互いに『みずでっぽう』の撃ち合いが続くが『鉄砲』の名を関するだけあって精度にスピード、どちらもテッポウオが勝っている。

 

 このままではワンパチは水中でなすすべもなくやられ、メッソンもいずれは打ち合いで押し負けてしまう。それだけは避けなければいけない。

 

「ワンパチ、『スパーク』だ!」

 

「(ワッパ!)」

 

 水中に引きずり込まれたワンパチはお尻の激痛に耐えながらなんとか体から電気をひねり出す。

 ワンパチの体に噛みついていたカムカメは『スパーク』による電撃をもろに食らい、噛みつきをやめてしまう。

 

「ワンパチ、とりあえず上に戻れ!」

 

 不安定な水中、それも呼吸なしの状態で無理やり『スパーク』を使いかなりの体力を使っている。早く呼吸をしなければワンパチが危ない。

 しかし相手はそれを許さない。カムカメは水面を目指してもがくワンパチめがけて泳ぎ始めた。

 ワンパチはその短い手足で水面を目指すがこのままではカムカメの泳ぐスピードに追い付かれてしまう、ポケモンの体形的な問題がここにきて現れてしまった。

 ついにカムカメはあと一歩のところまで追い付いてきた。そして大きく口を開き、自慢の顎で噛みつこうとする。

 

 その瞬間ワンパチが吠えた。

 水中の中でほえられるはずがないとはわかっているがそれでも吠える声が聞こえたのだ。声が聞こえた瞬間、白く水中が光りはじめる。『スパーク』によって発生する黄色い光ではない、これはもっと普遍的な、どんなポケモンでも出すことができる進化の光だ。

 

 光輝いた水中から一匹のポケモンが飛び出してくる。

 フォルムは四足歩行、すらりと長い前脚と後ろ脚が見える。水しぶきをあげて飛び出してきたポケモンはそのまま水面の上を駆ける。驚きだがあれはただただ速いスピードで体が沈む前に水面を蹴って移動しているのだ!

 

 ポケモンは水面を蹴り再び大ジャンプ、プールを離れ俺の目の前に飛び込んできた。

 

「お前…ワンパチ?」

 

「ワンパ!」

 

 ワンパチはすらりと長い脚を携えたパルスワンへと進化してしまった。あの極限の条件下で一秒でも早く水面を目指すため長い手足を欲したが故の奇跡なのだろうか?

 

「ワンパチ…いや、パルスワン。いけるか?」

 

「パルゥ!ワン!」

 

「よし!走れ、パルスワン!」

 

 進化したパルスワンはその長くなった脚に力を入れて走りだす、その圧倒的なスピードは水面を駆けることができるほどだ。

 水面を走り回るパルスワンを捉えることができずカムカメもメッソンと撃ち合いをしているテッポウオも顔を右往左往している。

 

「パルスワン、カムカメに『スパーク』!」

 

「ワォン!」

 

 ひときわ高く跳ね上がったパルスワンの体を電撃が包み込む。

 バシャァン!と大きな音を立てて水にもぐりこんだパルスワンはカムカメを見つけると長い脚で水を蹴るようにして加速する。先ほどまでのワンパチでは出せないスピードの応酬にカムカメは反応できず『スパーク』の直撃を受けてしまった。

 

 感電したカムカメを咥えて出てきたパルスワンが再び水面を走り俺の前まで来る。褒めて褒めてと獲物の様に差し出してくる。既にカムカメは戦闘不能となっていた。

 

 

『カムカメ戦闘不能。パルスワンの勝ち』

 

「そ、そんなのありぃ?」

 

 ヨウコさんも突然進化した一連のパルスワンの動きについていけずへたり込んでしまう。それほどまでに今のパルスワンは速い。

 

「あとはテッポウオだ、頼んだぞ!」

 

「ワォン!」

 

 再びパルスワンはプールに向かって飛び出していった。

 

 テッポウオとメッソンの撃ち合いはいつの間にかメッソンが大きく不利となっていた。

 テッポウオの技は『みずでっぽう』の他に『オーロラビーム』『サイケこうせん』と遠距離だけに特化した仕様となっており技のレパートリーでも射撃技術でも大きく劣っていたメッソンは劣勢を強いられていた。だがそこで負けではなく劣勢で終わらせるのがうちのメッソンのすごいところ、引き伸ばした分が今チャンスとなって帰ってきた。

 

「メッソン!パルスワンの背中に乗れ!」

 

「メッソ!」

「パルゥ!」

 

 水中から飛び出し跳ね上がるメッソン。立派になったパルスワンに負けていられないと奮起したその瞬間、またしてもフィールドが輝き始める。

 

 パルスワンが光に目を瞑りながらも水面を駆けていると、ドスンと大きな音を立てて何かが背中に落ちてきていた。突然の重量に沈み込みそうになるが何とかパルスワンは走り続ける。

 パルスワンの背中にまたがっているポケモンは青い体を持ち、伸びた頭のヒレが右目を隠している。不敵な笑みを浮かべながら右手に生みだした水の玉でお手玉をしている。

 

「あれは…」

 

 図鑑で確認をしてみた。

 ジメレオン、メッソンの進化系のポケモン、隠れた片目と不敵な笑みが特徴的だ。何はともあれこの土壇場で二匹がほぼ同時に進化を遂げたのだ、嬉しくないわけがなかった。

 

「いけぇ、ジメレオン!パルスワン!」

 

「メレォン!」

「ワォン!」

 

 二匹は水上を駆け回りテッポウオの狙撃を躱していく。パルスワンのスピードを捉えられずテッポウオが苦心していると、そこに球体上の『みずでっぽう』が叩きつけられる。

 ジメレオンは進化したことで口からではなく手のひらから水球として『みずでっぽう』を放てるようになったのだ。さらに変わったのはそれだけではない!

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

「メレォォン!」

 

 ジメレオンが両腕を掲げると片手ずつに大きな水球が生まれる。進化したことで『みずのはどう』を一度に二発作れるようになったのだ、無論『みずでっぽう』も同じ要領で作ることが可能らしい。

 

 二発の『みずのはどう』がテッポウオを襲うがなんとか泳いで逃げ切っていた。

 テッポウオが再び狙いをつけるため水面から顔を出す。走り回るパルスワンの背中のジメレオンめがけて狙いを…

 

「ポウォ?」

 

「『ふいうち』」

 

「レォン!」

 

「ポォウオォ!?」

 

 『みずのはどう』を打った後、背中から降りて水中に身を隠していたジメレオンの『ふいうち』がテッポウオを捉えた。標的の喪失と突然横からきた『ふいうち』でテッポウオが意識を手放しかけるがなんとか踏みとどまり空中でその照準をジメレオンに合わせる。テッポウオの口から『サイケこうせん』が放たれそうになった瞬間、後ろからバシャバシャと音を立て大きな口を開いたパルスワンが飛びあがってきていた。

 

「パルスワン、『かみつく』!」

 

 新たに獲得したパルスワンの『がんじょうあご』、かみつき系列の技の威力をあげるカムカメも持っていた強力な特性だ。

 テッポウオを咥えたパルスワンが再び俺のもとに捕まえた獲物を持ってきた。今の『かみつく』でテッポウオも戦闘不能となっていた。

 

『テッポウオ戦闘不能。アカツキ選手の勝利』

 

 レフェリーのバンペイさんから戦闘の終了が言い渡される。

 ヨウコさんを見るともう真っ白になっていた。一度のバトルでポケモンが二回も進化、押していたはずのバトルをすべて逆転されるなんて俺だって悪夢にしかならない。

 とりあえず真っ白になっていたヨウコさんの代わりにテッポウオとカムカメをボールに戻しておいた。

 

「よし!」

 

 ボタンを守護する最後のジムトレーナーも倒した。俺は行く手を塞ぐ流水の前に立ち、設置されているボタンを押した。

 ボタンを押すと道を塞いでいたすべての流水が止まり、出口が姿を現した。

 

『アカツキ選手!ジムミッション達成です!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

 道が開くと同時にジムミッション達成のアナウンスが流れる。そしてこの先に待つスタジアムのコートから観客の歓声も響いてきた。

 

 しばらくは今のジムミッションの映像が流れて、ジムチャレンジャーには一時の休憩が与えられる。怒涛の展開に着かれていたのは俺もだったのでそれがありがたかった。

 

 

 休憩室で立派になった仲間たちと休息をとる。

 なんとか突破したジムミッションだがここからが本番、ルリナさんとの勝負はもう目前だ!

 

 

 




二話投稿しようと思っていたら二話分の分量の一話になっていた。ジムトレーナーとの戦いは文字量使いますね。
明日も頑張ります!


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25、vsルリナ


三対三ですらこれだけかかるならフルバトルとかになったらどうなるのか今から震えています。ブルブル


 

 ジムチャレンジ二番目の関門、水タイプの使い手があつまるバウスタジアム。

 ジムミッション・流水の迷路を乗り越え進化した仲間達。最後の相手は強敵、ジムリーダーのルリナさんだ。

 

『なんとパルスワンに続いてジメレオンも進化だぁぁぁ!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

 現在スタジアムのコートでは先ほどまでのジムミッションの戦いが流されている。

 今回俺のポケモン達が起こしたようなバトル中の進化や新しい技を覚えるという現象はそこまで珍しい現象ではない。現にミッションやジムリーダーとの戦いという壁を乗り越えたポケモンが強くなったという事例は数多くネットなどにも記載されている。それでも一試合で二匹のポケモンが同時に進化するというのは極々稀だ、観客席でそのハイライトを見ている観客たちも大盛り上がりしている。

 

「はは、今回は本当にお世話になったよ。ありがとな、お前たち」

 

「メレォン!」

「ワォン!」

 

 進化したジメレオンとパルスワンとの触れ合い。進化する前より立派になったその体にはエネルギーが迸っている、進化する前との力の差は歴然だ。

 パルスワンは素早さが大幅に上昇し、特性『がんじょうあご』によって強力なかみつき技を使えるようになった。

 対してジメレオンは全体的な強さも上がったが二足歩行になり、さらには水技を球体状にすることで素早く繰りだせるようになった。 

 

 本当に頼もしい限りだ。

 

「ルリナさんとの試合でも頼りにしてるぞ!相棒!」

 

「メレオン!」

「ワオン!」

 

 画面に流れていたジムミッションのハイライトも終わりそろそろ時間がやってきたようだ、ポケモン達を戻して控室を後にする。

 ここからは本気で行かなければ文字通り、飲み込まれてしまう。

 観客からのプレッシャーにも飲み込まれそうだが、それ以上にルリナさんという大波が存在する。普段は流れる水の様に落ち着いているが、流水は激流となり挑戦者に牙をむくと他のジムチャレンジャー達からもっぱらの噂だ。

 

『さて準備が整いました!それではジムチャレンジャー、アカツキ選手の入場です!』

 

 コート入口で待機しているとついにお呼び出しがかかる、同時に観客席からあふれんばかりの歓声が響き渡る。

 ターフジム戦とは違いあそこまでの緊張はもうない。聞こえてくる歓声は以前とも負けず劣らずのはずだというのにどこか落ち着いている、それでもやはり少しは緊張している自分もいてどっちだよと言いたくなる。

 頬を強く叩き気合を入れ一度は乗り越えた舞台に、足を踏み出した。

 

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

 入り口から聞こえていた歓声などコートの中で聞こえるものに比べれば子供のようだった。

 

 間接的に聞こえてくる音と、向けられている音とでは圧迫感がまるで違ってくる。声の一つ、期待の一つが体に絡みついて動きを鈍らせて来るようだった。

 しかしそれを無理やり押し込めコートの真ん中、ルリナさんの待つ場所にまで赴いた。

 

「よくぞいらっしゃいました、ジムチャレンジエントリーの方」

 

「改めましてわたしはルリナです、先ほどはどうもすみませんでしたね」

「いえ、俺も試合の前にルリナさんとお話しできたのでよかったです」

「ふふ、お世辞ということで受け取っておくわ」

 

 バトルが始まればこうして言葉を交わすことも無くなる。どんな人なのか話せただけでも先ほどの邂逅には意味があったと思う。

 

「うちのジムミッションは控えめに言っても難しかったというのにサクサククリアしてくれましたね?」

「はは、その分ジムトレーナーのみんなは手ごわかったですけどね」

「ありがとう、後でみんなにも伝えておくわ。頭脳と力を併せ持つ立派なジムトレーナーさん」

 

 それだけ言葉を交わすと俺もルリナさんもコートの真ん中から距離を取る。以前のヤローさんとの戦いとも同じだ。

 

 しかしここは水タイプのジム、それで終わるわけがなかった。

 

「これは!」

 

 コート中央、モンスターボール型の円から足を踏み出した途端に外円の部分が変形を始める。 

 あわててその場から離れると、中円より外側の外円が水に満たされたプールとなった。

 

「ここは水タイプポケモン専用のジム、さっきまでのプールと同じ水のステージよ」

 

 コート自体に変形機能の付いた場所があるなんて!動揺をなんとか飲み下す。

 外円はすべて水に満たされたプール状態、陸があるのはその周りと内側の中円だけだ。水陸両用のポケモンにならこれほど戦いやすいフィールドもないだろうが、片方…特に陸しか持ち合わせないポケモンでは厳しい戦いとなるだろう。

 

 いつのまにか顔の横にまで汗が流れてきている。

 明確にジムリーダーに有利なフィールド。それを乗り越えられるのかと不安が湧き上がってくる反面、ドキドキとこれからの戦いを思い浮かべ楽しんでいる自分もいる。

 

「ええ、こちらも望むところです!」

「良い威勢ね!その自信、私と自慢のパートナーで流し去ってあげるから!」

 

 俺は腰のボールを片手に構える。ルリナさんも右手で持ったダイブボールを見せつけるようにして構える。

 

『勝負は三対三のシングルバトル、それでは両者ポケモンを!』

 

「いけ!アオガラス!」

「行って!トサキント!」

 

 俺が投げたボールからは空を飛び立つアオガラスが、空を自在に飛ぶこいつに場の有利不利は関係ない。

 ルリナさんの出したポケモンはそのまま水中へ、図鑑で確かめてみるとトサキントというポケモンのようだ。額にきらめく一本の立派な角は美しくとも、凶悪な攻撃力を秘めているに違いない。

 

『それでは先攻はアカツキ選手から、バトル開始!』

 

「アオガラス、『ついばむ』!」

 

「アーガァ!」

 

 アオガラスはくちばしを太く、長く、尖らせて水の中の獲物へ一直線に襲い掛かる。

 

「トサキント、『つのでつく』!」

 

「ト、サキン!」

 

 トサキントが水から跳ね上がり、さっそくその角の真価を発揮する。

 光り輝くトサキントの角は水の飛沫をあげながらアオガラスのくちばしと激突する。かなりの衝撃にトサキントが跳ね上がった時に跳んだ飛沫がまとめてプールーの中へとは弾きとばされる。

 

 くちばしと角は互いを弾き飛ばしアオガラスを空中へ、トサキントを水中へと戻す。

 

「攻撃力は互角か!」

「まだよトサキント、『みずのはどう』!」

 

 水の中へと戻ったトサキントから『みずのはどう』が放たれ被弾する。

 

 攻撃を食らいながらも体勢を崩さず、飛ぶのをやめなかったアオガラスにすぐさま次なる『みずのはどう』が撃ち込まれる。二発目をなんとか躱す。

 わかっていたことだが水中にいる水タイプのポケモンは厄介だ、水の中では水タイプの技の威力も発射間隔も段違いになるほどに。それほどまでに水中というのは水ポケモンにとって有利な環境なのだ。

 

 このままではいつか飛ぶことをやめたアオガラスに『みずのはどう』の千本ノックが待っている。

 

「アオガラス、『みだれづき』だ!」

 

 それを回避するためには相手を先に倒すしかない!

 次なる『みずのはどう』を撃った瞬間にアオガラスを一気に加速させてトサキントの元まで届かせる。攻撃の間隔的にまだ『みずのはどう』のチャージは終わっていない今ならば攻撃を届かせられる。

 

「トサキント、『こうそくいどう』!」

 

 しかしその声とともに水中のトサキントの姿がぶれる。水の中に飛び込んだアオガラスの攻撃がかわされてしまう。何とかその姿を目で追おうとするが水中という環境も合わさった『こうそくいどう』はとんでもない速度で追うことができなかった。

 

「『つのでつく』!」

 

「トサ…キント!」

 

 水中から飛び出す間もなくトサキントの『つのでつく』がアオガラスを水の外へと弾き飛ばす。

 そして態勢を立て直す間もなくもう一度水の中に墜落したアオガラスに、再度トサキントの角が襲い掛かる!

 

「『つのでつく』!」

「受け止めろ!」

 

 トサキントの角がアオガラスに突き刺さろうとした瞬間、進化したことで以前よりも強靭になった足腰と爪がその角を受け止める。水中という鳥ポケモンの自由が最も侵される空間でなんとか受け止めたアオガラスだが徐々に徐々に押されていってしまう。

 

 だがピンチはチャンスと誰かが言った。こんな危機的状況も視点を変えれば逆転へのチャンスにもなる!

 

「アオガラス、『つめとぎ』!」

「な!?」

 

 俺の指示を聞いたルリナさんの目が見開かれる。今にも押し切られそうなアオガラスにそんな暇も余力もない、さらには研ぐべき爪はいまトサキントの角を抑えるのに使用中だ、指示ミスだとしか思えないだろう。

 

 だが、俺の意思をくみ取ってくれたのか水中のアオガラスがいつものふてぶてしい笑みをこぼす。

 『つめとぎ』とはいうが実は手入れをすることで攻撃力をあげられるなら部位はそこまで問題ではないのだ。この技は厳密にいえば武器となりうる場所を鋭くすることで、攻撃力と命中力を向上させるという技なのだ。

 

 そしてアオガラスには爪の他にも明確な武器となりえる箇所が存在する、つまり!

 

「くちばしを研ぎ澄ませ!砥石はその忌々しくも立派な角だぁ!」

 

「(アーガァ!)」

 

 アオガラスは自分の身にいまにも届きそうなトサキントの角にくちばしをこすりつけてメンテナンスを始める。あまりの事態にトサキントの思考が一瞬停止するが、自慢の角をそんなつまようじのような使い方をされて怒らないはずがなかった。

 ムキになり必要以上に込めた力を込めたトサキントを誘導することなど頭が好くてずるがしこいアオガラスには容易かった。自分の体を少し上向きにすることでトサキントのパワーを利用し水上へと押し上がり、ついにはその両翼が水上にまで姿を現した。

 

「トサキント!冷静になりなさい、水中に引き込むのよ!」

「もう遅いです!そのまま飛び立て、アオガラス!」

 

 ザッバァン!という音を立てて空の支配者が飛び立つ。そして同時に角をわしづかみにされたトサキントが自分のテリトリーから引きずり出される瞬間でもあった。

 

 飛び上がったアオガラスに掴まれ、コート上空を引きずり回されるトサキントはじたばたと体を動かすこともできず恐怖で身を硬直させている。

 

「地面に叩きつけろ!」

 

 コート中央、そこだけがプールから切り離された陸の地面。叩きつけられたトサキントはまな板の上のコイキングも同然だ!

 

「とどめだ、『ついばむ』!」

 

「アーガァ!」

 

 『つめとぎ』(くちばし)でさらなる鋭さを手に入れた『ついばむ』が、陸で自由を失った哀れな魚をを蹂躙した。

 ヒレの各所にまで隙間なくついばまれたトサキントは力尽き、倒れてしまった。

 

『トサキント戦闘不能。アオガラスの勝ち!』

 

『うおぉぉぉお!』

 

 さっそくジムリーダーのポケモンが下されたことで会場も盛り上がる。圧倒的不利な状況を覆したアオガラスに向けて声援が飛び交い、その声援にアオガラスはふてぶてしい笑みを浮かべる。

 

「まさか水中のトサキントをそのまま持ち上げるなんて…意外性といいやっぱりダンデの推薦トレーナーは油断ならないわね」

 

 ルリナさんが倒れたトサキントをもどし、次なるポケモンを構える。

 

「だけどこの子はその考えすらも上回る、サシカマス!」

 

 ボールから飛び出たのはサシカマス、美味しいと評判のあいつだ。

 市場や釣り堀で釣ったサシカマスと比べて大きく立派なサシカマスだ。

 

「美味しそう」

「そんなことも言ってられないわよ!サシカマス、『アクアジェット』!」

 

「カッマス!」

 

 水の中から飛び出したサシカマスは体に水の鎧をまといながら目にもとまらぬ速度で空中のアオガラスに牙を向く。

 トサキントの『こうそくいどう』すらも超えるスピードに面を食らう。このサシカマス、とてつもなく速い!

 

「だけど魚ポケモンなら地上に挙げてしまえばこっちのものだ!受け止めろ!」

 

「アーガァ!」

 

 『アクアジェット』はとてつもない速さで襲い掛かるが捕まえてしまえばこちらのもの。爪と足腰を構えて迎撃態勢を整える。

 

「もうその手は通じないわ、加速しなさい!」

 

 目にもとまらぬ速さの『アクアジェット』が当たる寸前でさらに加速した。突然の再加速に対応できずアオガラスは受け止める暇もなく直撃を食らう。

 

「アオガラス!」

「まだよ!『うずしお』!」

 

 攻撃を当てた直後サシカマスを覆っていた水の鎧が解除される。そのまま水の鎧は形を変え大きな渦を巻いた水の竜巻と化していく。

 

「避けろ!」

 

 指示もむなしくその『うずしお』に巻き込まれたアオガラスは内部を流れる激流でダメージを蓄積させていく。

 

「こうなったら、戻れ」

 

 腰からアオガラスのモンスターボールを引き抜き一度手持ちに戻す。

 だがボールから出た光は『うずしお』に阻まれかき消されてしまった。

 

「無駄ね。『うずしお』に捕まったものは誰であろうと逃げられないわ」

「くっ」

「これで終わりよ、『かみつく』」

 

「カッマス!」

 

 プールの中で静観していたサシカマスは『うずしお』の中に突入すると激流に逆らうのではなく身を任せることですいすいと移動していく。

 

 そして渦の中心で責め苦を受けるアオガラスを噛み尽くした。

 渦が解除されサシカマスはプールへ、アオガラスはコート中央の陸地に力なく落ちてきた。

 

『アオガラス戦闘不能。サシカマスの勝ち!』

 

「どう?捕食者にだって牙をむく、それが水タイプの力よ」

 

『うおぉぉぉお!』

 

 さらなる乱戦に会場も大盛り上がりだ。

 

 アオガラスを手持ちに戻す。

 『うずしお』で捕まえ、水タイプの特徴を生かしてその渦さえも味方につける水タイプの恐ろしさをこれでもかと思い知った。

 それでも…まだ負けたわけじゃない!

 

「頼んだ!パルスワン!」

 

 サシカマスの脅威のスピードに対抗するため、こちらの最速を繰り出す。水上すら駆けるパルスワンならば決して負けてはいないはずだ。

 

「走れ、パルスワン!」

「追いかけなさい、サシカマス!」

 

 助走をつけたパルスワンがプールの上を駆け回る、そのパルスワンの後方をしっかり位置取るサシカマス。水の中ではまだサシカマスに分があるようだ。

 

「サシカマス、『みだれづき』!」

 

 水面を飛びあがったサシカマスはその鋭い口の先でパルスワンに一撃を入れる。痛みに顔を歪めたパルスワンがサシカマスを捉えようとした次の瞬間には既に水中に身を隠し、別の水面から顔を出し、攻撃を加えるヒット&アウェイ戦法だ。

 

 このままではじり貧だと思い陸地へと非難させる。

 しかし限られた陸の上にまたしてもあの脅威が襲い掛かる。

 

「サシカマス、『うずしお』!」

 

「マスマス!」

 

 プールの水をまきこみ先ほどよりもさらに巨大な『うずしお』を作り上げる。

 その大きさは陸の部分を丸っと飲み込むほどだ。ルリナさんとサシカマスはここで勝負を決めるためかプールの水をごっそりと使用したのだ、おかげでプールの水かさがかなり減ってしまったがここでパルスワンを倒せばいいという判断なのだろう。

 

 迫りくる『うずしお』にパルスワンも委縮してしまっている。こんな大技どうやって対処をすればいいのだ。

 考えている時間はなかった。

 

「こうなったら強行突破だ、『スパーク』で突っ切れ!」

 

「パルゥ!」

 

 破れかぶれの強硬策、『うずしお』の一番嵩が狭い根元の部分を狙った一点突破の作戦だ。

 体を電撃で纏い、助走をつけたスピードで一気に破りにかかる。

 

「それも甘いわよ、サシカマス、『アクアジェット』!」

 

 『スパーク』で『うずしお』に挑みかかるパルスワンに向けて、なんと『うずしお』の中からサシカマスが射出される。『スパーク』の電撃を受けたサシカマスが大ダメージを食らうが、パルスワンのつけたスピードが一気に殺されてしまった。

 

「パルスワン!」

 

 パワーもスピードも削がれた『スパーク』は『うずしお』を突破することができず激流に飲み込まれてしまう。螺旋を形作る激流はモンスターボールの光すら拒絶し、パルスワンへダメージを加えていく。

 

「サシカマス、『みだれづき』!」

 

 再び渦の中へ突入したサシカマスは激流に乗り、一気にスピードを加速させてパルスワンの元へと迫る。一撃を加えた後すぐさま水の流れに乗って離脱し、新たな流れに乗って別の方向から襲い掛かる。

 先ほどのヒット&アウェイ戦法をさらに加速化させ『うずしお』の継続ダメージまでいれたサシカマスの必殺からはもう逃れられない。

 

 サシカマスの『みだれづき』を顔面に食らい、ついにパルスワンは最後の一呼吸を漏らした。

 水中で口から空気が漏れるということは、陸上生物の終わりを意味する。サシカマスも今までの経験でそれを理解しているのか顔をゆがませる。

 

 だが、それでも、パルスワンの目はサシカマスを捉えていた。

 圧倒的なスピードを誇るサシカマスは自分を認識されたことに恐怖する。加速する思考の中ですぐさま退却を選択し、激流に身を任せその場から離脱を開始しようとする。

 

 パルスワンが最後の一呼吸を漏らしたのはそのためだった。

 口を開いた、ならばあとは閉じるだけだ。

 

 サシカマスが離脱しようとした瞬間、周囲の激流ごとその流れが断ち切られた。同時にサシカマスの全身に強い痛みが走る。なんだと思い視線を動かすとパルスワンがその口で自分の体をがっちりと咥えていたのだ。『かみつく』の隙間から絶えず水流が流れ込んでくることにも構わずパルスワンは水中で体に残るすべての電撃を放出した。

 

「パルスワン!」

「サシカマス!」

 

 『うずしお』の内部から電撃が迸ると同時に渦が力を失い大量の水が解放された。

 

 渦の中から放り出されたパルスワンの口にはサシカマスが咥えられており、どちらも戦闘不能へと陥っていた。

 

『両者戦闘不能。よって引き分け!』

 

 パルスワンは最後の瞬間わざと口を開け空気をこぼした。狙っていたのだ、自分の『かみつく』の間合いに相手が来ることを。

 そして捕まえたサシカマスもろとも電気を浴びせ感電させたのだ。

 

「パルスワン…ありがとう」

 

 今回もパルスワンに負担をかけてしまった。今の一連の流れはパルスワンが自分で考え起こした行動で、そこに俺の指示など一つとしてなかった。仲間の頑張りに支えられていることをまた自覚させられる。

 

「…ゥォン」

 

「! パルスワン!」

 

 小さくパルスワンが鳴いた。パルスワンはサシカマスを口から放した後、ゲホゲホと口から水を吐き出す。あの状況で大口を開けたのだから当然水も入ってきている、俺はパルスワンの背中をさすり水を吐くのを手助けする。

 

 すべての水を吐き終えた後、パルスワンはひときわ大きく「ワオン!」と吠えて再び気を失ってしまった。

 今のは喝だ。ここまで頑張ったんだからしくじるなよと、大きなおおきな激励を貰った。ここまでポケモンに頑張ってもらって不意にすることができるだろうか?いいや、できない!

 

 パルスワンをボールに戻すとルリナさんもサシカマスを戻すために近くに来ていた。

 

「今の一連の流れ、君が?」

「いいえ、こいつの頑張りです」

「そう、良い仲間を持ったわね」

 

 ルリナさんはそういうとサシカマスをボールに戻して戻っていった。

 

 落ち込んでなんていられない。まだ最後のバトルが残っているのだから。

 

『それでは、両者最後のポケモンを!』

 

 レフェリーの指示でバトルが再開される。

 気が付くと俺の右手のダイマックスバンドが光り輝き始めている。ついにこの時が来たのか。

 みるとルリナさんのダイマックスバンドも光を放ち、それを見つめてにやりと笑みを浮かべている。

 

 バトルも終盤、この戦いで恐らくすべてが決まるだろう。

 ジメレオンのボールに手を伸ばした時、その隣のボールが震えた。驚いてみてみるとなおも震えている、自分を出せと主張しているようだ。

 

「…そうか、ならお前に頼むよ。相棒」

 

 ジメレオンは今日十分に頑張ってくれたのでお休みさせてあげよう。ジメレオンのボールもブルブル震えたような気がしたが気にしないことにして隣のボールを手に取る。

 

「それがあなたの最後のポケモンね?」

「ええ、こいつが正真正銘最後の仲間です」

「そう、なら私も最後の…いいえ!隠し玉を出すわ!」

 

 ルリナさんも腰のダイブボールを取って構える。互いにボールを構えた手のダイマックスバンドが光り輝いている。

 

「最後だ、任せたぞウールー!」

「行くわよ、カジリガメ!」

 

 ルリナさんの隠し玉、それはカムカメの進化系であるカジリガメだ。図鑑で調べてみる限り水タイプの他にも岩タイプを獲得している、ノーマルタイプのウールーには不利な相手だ。

 

「行くぞウールー!」

「スタジアムを海に変えてあげる、カジリガメ!」

 

 出したばかりのウールーに向けて再度モンスターボールを向ける。

 ウールーが吸い込まれ終わると右腕のダイマックスバンドが一層光り輝き、うちに溜められたエネルギーがモンスターボールへと集約されていく。見ればルリナさんにも同じ現象が起こされていた。

 

 エネルギーを集め終えたモンスターボールが大きな大きなボールへと変化する。両腕でしっかり支え後方へ投げ飛ばした。

 

 ボールから飛び出したウールーの姿がどんどんと大きくなっていきその身の丈は20メートルにすら届くまで大きくなる。

 コートの逆サイドでも同じ現象が起こり、カジリガメはその姿を巨大化させる。

 

『ンメェェェ!!!!』

 

『ガンメェェェェ!!!!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

 同時に行われたダイマックスの迫力に観客の熱気も最高潮にまで跳ね上がる。

 ダイマックスバトルの火ぶたが切って落とされた!

 

 

「ウールー、『ダイアタック』!」

「カジリガメ、『ダイアタック』!」

 

 全く同時に指示された両者が地面を大きく踏みつける。ダイマックスによって増大されたエネルギーは互いの足元にまで送り込まれた後一気に真上へ放出される。

 

『ンメェェェ!!!』

 

『ガンメェェェ!!!』

 

 互いのエネルギーが体を削りあい動きを鈍らせていく。

 ここでタイプ相性の差が出たのかウールーの『ダイアタック』はカジリガメの『ダイアタック』より長時間の効果を発揮した。さきに『ダイアタック』が終わり自由を手に入れたウールーに追撃の指示を行う。

 

「今だ、『ダイナックル』!」

 

『ンメェェェ!!!』

 

 ウールーの鳴き声に呼応されたかのようにいつの間にか暗くなっていた空から巨大な握りこぶしが姿を現す。その拳はウールーの意思に従って動き、カジリガメの甲羅を強く叩きつけ、粉砕する。

 

『ガンメェェェ!!!』

 

「くっ、カジリガメ、『ダイアーク』!」

 

 甲羅を砕かれ絶叫したカジリガメだが『ダイアタック』の効果が切れて、再び動き始める。

 カジリガメの周囲に空と同じ色の暗闇が現れたのかと思うとそれは二つに収束されウールーの体を飲み込むかのようにして絡みついた。ウールーがもがき苦しんでいると暗闇は大爆発を起こしてウールーの体を削り取っていった。

 

「くっ!」

「やるわね!」

 

 互いのダイマックス技の応酬に観客席も大盛り上がりだが扱う身としては神経をすり減らす。残ったダイマックスパワーで技を撃てるのはあと一回が限界だろう。それをどうやって切るか真剣に考えを巡らせる。

 ダイマックス技は威力も高いが、その副次効果も普通の技とは比較にならないほど強力だ。

 例えばターフジムでヤローさんが使った『ダイソウゲン』、あれは威力もさることながら攻撃の後自分たちに有利なフィールド展開するという恐ろしいものだった。

 

「(だとすれば、ルリナさんはどんな技を使ってくる?)」

 

 『ダイアタック』に『ダイアーク』、ノーマルタイプに悪タイプの技を使った後だ。ならば勝負を決めてくる技として、

 

「(タイプ一致の技を使ってくるはずだ!岩タイプのダイマックス技はわからないけど、水タイプのダイマックス技なら、もう知っている!)」

「これで終わりよ、すべてを流し切ってあげるわ!『ダイストリーム』!」

 

『ガンメェェェ!!!』

 

「!」

 

 やはり、水タイプのダイマックス技『ダイストリーム』だ。未知なるダイマックス技がまだまだ多いが、その技の副次効果を知っていて通すわけにはいかない!

 

「ウールー!『ダイウォール』!」

 

『ンメェェェ!!!』

 

「最後の最後で、『ダイウォール』!?」

 

 カジリガメの口から放たれた超特大の激流はウールーが張った『ダイウォール』によって完璧に防がれる。そして『ダイウォール』のアンチダイマックスエネルギーにより、本来なら『ダイストリーム』の効果でスタジアムに降り注ぐはずの『天候・雨』が阻害される。

 『雨』が降り注げば水タイプのカジリガメにとってかなりの有利な環境になっていただろうがなんとか防ぎきることに成功した。

 

 ダイマックスエネルギーを使い切り、二体のポケモンは元のサイズへと戻っていく。元に戻ったウールーもカジリガメも大きく息を切らしていた。

 ダイマックスバトルでのダメージに加えて、ダイマックスそのものにもポケモンの体力を大きく消耗させるデメリットがある。その負担によるものだろう。

 

「驚いたわ。最後の『ダイストリーム』が決まっていればこちらに圧倒的に有利な環境になっていたのに」

「以前、一度見てるんです『ダイストリーム』」

「そっか。一本取られたわね、出し惜しみしたのが裏目に出ちゃったか」

 

 ルリナさんが顔に手を当てて嘆く。

 さきに『ダイストリーム』で雨を降らせておけばダイマックス中にとどめを刺せずとも『雨』とともにバトルを有利に進められたはずだと。

 

「終わったことを嘆いていても終わらない、綺麗に水に流して再開するわよ!」

「ええ、望むところです!」

「カジリガメ、『みずでっぽう』!」

「ウールー、『まねっこ』!」

 

 再び再開したノーマルバトルに観客たちの意識も戻ってくる。

 

 今の消耗した二体は一撃でも決まれば勝負を決するほどに弱っている。ともなれば遠距離技で一気に決めるのが定石と見たようだが『みずでっぽう』を『まねっこ』して防ぐ。

 

 なおも『みずでっぽう』で攻め立てるルリナさんとカジリガメだがウールーにはあえてその攻撃を躱して接近させる。

 弱り切っているのは相手も同じだ、『みずでっぽう』の発射の間隔がすごく長い。そこをついて決める!

 

「いけぇ!『ずつき』!」

 

「ンメェェェ!」

 

 避けて、躱して、回避してカジリガメまであと一歩のところまで接近することができた。

 ウールーはすべての力を込めてカジリガメに『すつき』を放つ。

 

「負けられないわ、こっちも『ずつき』よ!」

 

 奇しくも最後に同じ技を選択した。

 カジリガメの頭とウールーの頭が激突する。鈍い音が響き渡った後、二匹の動きが止まる。

 俺もルリナさんもその行方を見つめる。頭をぶつけあった彼らは微動だにしていない。観客もその行方を見守っている。スタジアムがシンと静かになっているほどに。

 

 そしてついにその緊縛は破かれた。

 動いたのはカジリガメ、崩れ落ちたのもカジリガメだった。

 

『カジリガメ戦闘不能。よって勝者、チャレンジャー・アカツキ!』

 

『………………ッッッ!!!!!』

 

 バンペイさんによるバトルの結末が流れる。

 しばらくの静寂の後、今までの静けさを取り戻すような大歓声がスタジアム中に響き渡る。

 

 バトルが終了し、バトルフィールドもその役目を終えたのか元のコートへと戻っていく。今でもプール機能の内蔵されたコートなんて不思議の塊だと思いながらそろりそろりと上を通って中央へと進む。

 ウールーは倒れたカジリガメの前で立ち尽くしている。お疲れ様、と声を掛けてからボールに戻す。ルリナさんもカジリガメの頭を撫でてからボールへと戻していく。

 

「あーあ、自慢のメンバー…まとめて押し流されちゃったわね」

 

 ルリナさんは頭の髪を少しクシャっとつかむが、すぐにすっきりとした顔に戻る。それでもまだ髪を掴んだ手が強く握られているところからすごく悔しがっていることがわかってしまう。

 

「手合わせしてわかりました、貴方達のチームにはジムチャレンジを勝ち進みどんな困難でも打ち破る力強さに頭の良さ、そして…」

「そして?」

「ポケモンとの深い絆、それがあります。それがあればチャンピオンにだって勝てるかもしれませんね?」

 

 最後にくすっと笑ったルリナさんはユニフォームの内側からバッジを取り出した。(今思えばあんな水着スタイルのユニフォームのどこに入れていたのだろうか?)

 

「おめでとう、次に挑むのは炎のジムリーダーね。今の貴方達ならきっと彼にも勝てる、そう信じてるわ」

「ありがとうございます!」

 

 ルリナさんと握手を交わし、バウジム攻略の証『水バッジ』を進呈される。

 バッジリングの右上にはめ込むとカチっといい音が鳴った。これでやっと二つ。まだまだ道は長いなと思いながらも今はこの勝利と歓声を受け取ろうとおもった。

 

 

 

 そういえば今からローズさんとの約束には間に合うだろうか?

 現在12時50分!高級シーフードレストランに間に合うのか!?

 

 

 

 

 

 

 




 


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26、さらばバウタウン

今回は少し短いですね、ゲーム本編とほとんど変わらないです…ネタがない!



 バウスタジアムの守護する水タイプ使いのジムリーダー・ルリナに何とか打ち勝った俺達。

 二つ目のバッジである『水バッジ』と技マシン『うずしお』を受け取った後。急いでローズさんとの昼食の約束のためにポケモンセンター近くのシーフードレストランに向かおうとした。

 

 だがファンはそれを許してくれなかった。

 

「バトル凄かったぜ!」

「わたしアカツキ選手のファンになってよかったです!」

「君が戦うといつもダイマックスのバトルが見られて感激だよ!」

「アカツキ選手!今のジムチャレンジについて一言!」

 

 ロビーにはジムチャレンジを終えた俺を一目見ようとファンの人たちが押しかけていた。ターフジム攻略の時は俺の試合で最後だったためすべての観客がロビーを行き来していたが今回は本当に俺の顔を見に来てくれただけの人たちだ。

 ローズさんも言っていたがこうして自分の顔をわざわざ見に来てくれるファンの人が俺にもついてくれたのだと思うと嬉しさと気恥ずかしさが一緒に湧き上がってくる。

 

 邪険になど決してしたくはないがこのままではローズ委員長との約束がどんどん遠のいていってしまう。なんとか穏便にファンの人たちを躱してレストランに行きたいのだが如何せんこんなことは初めてでどうやっていけばいいのかがわからず困ってしまう。

 

「ファンの皆様失礼します」

 

 俺がファンの人たちに囲まれ困っているとスタジアムの外からローズさんの秘書、オリーヴさんが入ってくると俺とファン達の間に入るこみ立ちふさがる。

 

「アカツキ選手はこれより大会運営委員長との昼食の約束がございます、どうか皆様ご理解いただければ。そうですよね?アカツキ選手?」

「あっと、そうです。みなさんすいません、せっかく俺なんかのために来てくださったのに…」

 

 オリーヴさんの言葉に同意を示し、ファンの人たちに頭を下げる。残念そうな顔を浮かべるファンの人たちだが「ローズさんとの約束なら仕方ないよね」といって別れて行ってくれた、本当にローズさんの人徳は計り知れないと思った。

 

 それでも来てくれたファンの人たちに何かを伝えようと思い、インタビュアーのお姉さんからマイクを受け取一言だけ感謝を伝える。

 

「俺なんかのために来てくれてありがとうございました!これからも頑張るので応援してくれると、えっと………頑張れます!」

 

 何も考えず言った言葉なので頑張ります、が被ってしまった。それに気が付いて顔が赤くなるがお姉さんにマイクを返してスタジアムを後にする。

 外には黒色のリムジンが待機されており、オリーヴさんに乗せられてレストランまで一気に連れていかれた。

 

「…ふう、委員長の約束から約30分の遅延です。ガラル地方にとってローズ委員長の30分がどれだけの価値を生むかおわかりですか?」

 

 車の中でオリーヴさんから委員長についてのありがたいお言葉とローズ委員長のリーグカードを貰った。

 

 レストランに着くと足早に委員長の元へと向かった。

 高級レストランの最上級席。海とスタジアム、そしてバウタウンのシンボルマークともいえる灯台が纏めて見られる席にローズ委員長、そしてなぜかソニアさんが座っていた。

 

「やあアカツキ君!君の勝利をお祝いしましょうか!」

「委員長、誰かを待ってるかと思っていたら彼だったんですね」

「ソニアさんも呼ばれていたんですね」

「なんと二人は知り合いだったか、いいねいいね!さぁさぁ席についてください!このお店のシーフードは最高なですよ!」

 

 ローズさんの言葉に導かれ席に座る。

 

 ローズさんの言葉通りこのレストランの料理は本当に美味しかった。

 ブロスターのシーフードドリアや、新鮮なヤドンのしっぽのステーキ、そして昨日大量に捕獲されたヨワシのマリネなどどれもこれも満足のいくものだった。

 

「どうだったかな!?お祝いになれたら幸いだよ」

「すごく美味しかったです。ローズ委員長、ありがとうございました」

「いえいえ!ガラル地方の未来を担う若者と一緒にご飯を取るのもボクにとってはとっても有意義なんだ!それにすごかったよ、ジムチャレンジ!あのルリナ君に一歩も譲らない戦いぶり、君達は本当にダンデ君を彷彿とさせてくれるよ!」

 

 ローズ委員長はとても偉くてすごい人なのだがどこか接しやすいと思わせてくれる不思議な感じがして、おれもついつい言葉が流れ出てしまう。これがカリスマというものだろうか。

 

「ところでソニア君、マグノリア博士はお元気にされていますか?」

 

 俺についての話題がひと段落したところで今度はソニアさんの方に話題が向く。そうか、ダイマックスはローズさんの会社とマグノリア博士の合同研究。ソニアさんもその強いつながりがあったのだ。

 

「博士にはとてもお世話になりましたからね。今のダイマックス技術があるのはマグノリア博士のおかげですよ」

「俺のダイマックスバンドも博士に作ってもらいましたから、頭が上がらないですね」

 

 改めて右手に着けたダイマックスバンドを見る、これがなければジムリーダーの強力なダイマックスポケモンにも太刀打ちできなかっただろう。ポケモン図鑑を貰ったこともあるが本当に博士には頭が上がらない。

 

「まあダイマックスにはまだ不明なことも多くて不安もあると博士は言ってました」

 

 ソニアさんはそう答えると食後のコーヒーを一口飲む。博士でもまだ未知なことがあるのかと思い自分もコーヒーを一口飲む、ブラックはまだ飲めないので砂糖とミルク入りだ。

 いい感じにお腹も膨れ、食後の温かい飲み物で少し眠くなってきた。さっきまでの激闘が嘘のように感じられる穏やかな時間だったがローズ委員長のスケジュールもそろそろギリギリのようでお開きとなった。

 

「それではアカツキ君!これからもジムチャレンジを頑張ってくださいね!君のことは人一倍応援していますから!」

「あはは…ありがとうございます」

 

 こんなところをビートに見られたら殺されそうだと思いながら最後に握手をしてもらった。どこかポケモントレーナーを彷彿とさせるようだったが何ということはない普通の大人の人の手だった。

 

「ああそれとソニア君、ダイマックスについてのことならナックルシティの宝物庫に足を運ぶといいよ」

「え、いいんですか!?」

「わたくしは歴史の中にも大マックスの秘密を紐解くカギがあると考えております、オリーヴ君」

「わかりました、見学の手配をしておきます」

 

 できる大人というのは本当に行動が早いなと感心してしまった。

 それにしてもナックルシティには宝物庫なんてものがあるのを初めて知った。やはり金銀財宝がウッハウハなのだろうか?

 

「ははは!アカツキ君が思い浮かべているものとはきっと違いますよ」

「(思考を読まれた!)」

「それでも一目見ておく価値があるものです、きっとガラル地方のためにもなることです」

 

 そういって黒色のリムジンに乗ったローズさんとオリーヴさんを俺とソニアさんは見送った。

 

「そういえばアカツキ、水バッジを手に入れたんだね。あのルリナに勝つなんて大したものだよ」

「ソニアさんはルリナさんとお知り合いなんですか?」

「うんまあね、昔ジムチャレンジの時に知り合ったんだ」

「ダンデさんと同じような感じですか?」

「ダンデ君はそれより前から…もうほんと昔っから変わらないんだから」

 

 ソニアさんはルリナさんに一目会ってくるといってそのまま別れた、ついでに勝利祝いとして技マシンの『かたきうち』を貰った。他二つの技マシンと違ってこれはノーマルタイプの技なので使い勝手は良さそうだ。

 

 技マシンをカバンに直した俺はポケモンセンターへと戻った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ポケモンセンターに戻りポケモンを回復させてもらっていると町巡りから帰ってきたホップとばったり出くわした。

 

「あ、その様子だと…」

「うん、この通り!」

 

 バッジリングにきらめく『水バッジ』をホップに見せつける。先を行かれた悔しさでホップはその場で地団太を踏んでいる。

 

「くっそー!ユウリはもう先に進んじまったしアカツキも俺より早くバッジを手に入れたしで追い抜かれちゃったぞ!」

「ホップも明日ジムチャレンジでしょ?ホップなら大丈夫だよ」

「ま!そうだな!お前とユウリが突破出来てオレに突破できないなんてないからな!」

「その意気だよホップ!まあホップが挑んでいる頃俺はもうエンジンシティに向かってるだろうけど」

「すぐに追いついてやるからな、覚悟しておけよ!」

「待ってるさ!」

 

 ホップならきっとルリナさんにだって勝てる、それだけの実力を持ち合わせているのがホップだ。きっとすぐにまた俺を追い抜かしてユウリにも手を伸ばすだろう、俺も早く進まなくては。

 

「そういえばバウタウンを抜けた先にある第二鉱山でジムリーダーのカブさんがよく特訓しているらしいぜ」

「じゃ、俺もう行くからホップは明日までバウタウンに滞在してるといいよ。さっそく第二鉱山に行ってくる!」

「させるか!明日の朝まではいかせないぞ!」

 

 第二鉱山へ一足先に向かおうとする俺とその俺の行く手を阻むホップ、醜い争いが始まった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 結局次の日の朝バウタウンを出発した。ホップは朝早くからスタジアムに向かっていった、ホップなら勝ったその足ですぐにでも追いかけてくるだろうから少しでも先に向かって距離を付けておこう。

 

 ターフタウンと比べてこのバウタウンにはずいぶん長いこと滞在していたようにも思える。

 初日は夕方から食べ歩きをして、次の日はユウリと食べ歩いして、昨日は午前と午後で食べ歩きをした。この町は恐ろしい、いつかこの町の海産物に取りつかれそうだ。

 

 惜しみながらもバウタウンを抜けると、すぐに第二鉱山は見えてきた。三番道路を経由して着いたガラル鉱山と比べて随分と近かった。それに入ってみてわかった、ガラル鉱山と比べると第二鉱山はまだまだ開拓が途中だということが。各所に明かりが設置されているがガラル鉱山の様に工事の音がそこまで聞こえてこない、まだまだ人の手が入り切っていない静かな洞窟だった。

 

 しばらく第二鉱山を進んでいくと遠くのほうからカンカン!という何か固いもの削る音が聞こえてくる。

 聞き覚えのある音だった。恐らく岩盤か何かを掘り進めているのだろう、人力で。岩盤を叩く音は不規則だがどこか熱意を感じさせてくる、音のする方に近づいていくとその音はどんどんと大きくなっていった。

 もうすぐそこだ。角の道を曲がって進んでいくと、大きな一枚の岩盤に遮られた行き止まりに突き当たる。思った通り、岩壁をノミとハンマーで叩き続ける少年がいた。

 

「また『ねがいぼし』探し?精が出るね、ビート」

「おやおや、君のような弱者が二つ目のジムまで攻略するとはさすがのボクにも予想外でしたよ」

 

 

 第二鉱山で再び出会ったビート、彼は俺を見て小馬鹿にしたような笑みを浮かべると持っていたノミとハンマーを放り出す。そして、カバンからドリルを取り出した。キュィィィイィィン!!!

 

「待ってくれ、さっきまでノミとハンマー使ってただろ!なんでドリルなんて無粋なものを!」

「うるさいですね、委員長のためにもボクは一刻も早く『ねがいぼし』を集めなければいけないのです。ノミとハンマーなんて旧時代の遺物を使うのはここまで、これからはドリルの時代なんですよ!」

「くそ、邪道に落ちたか!ノミとハンマーの力を見せてやる!」

「ハハハ!人力が電動にかなうわけがないでしょう!」

 

 電動(ドリル)と人力(ノミとハンマー)、負けられない戦いが今始まった! 

 

「ミブリム!」

「ロコン!」

 

「「『ねがいぼし』の位置を教えろ!!!」」

 

 

 



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27、第二鉄鉱山の決戦 vsビート

「うぉぉぉおぉ!!!」カンカンカン

「はぁぁぁぁぁ!!!」キュィィィィン

 

 暗い暗い洞窟の中で、ランプの明かりと相棒の予知に頼り一心不乱に腕を振るう。硬い岩盤にノミを突き立て、その上から鉄の鎚を振り下ろす。この一連の動作によって硬い岩盤は崩れ去り、新たな表層を浮かばせる。まだだ、もっと速く、もっと正確に、もっと力強く鎚を叩きつけろ!

 負けられない、ノミとハンマーの誇りを捨て去りドリルに魂を売った男になど負けるわけにはいかないのだ!

 

「! 見つけた!」

 

 ロコンの神通力によって反応のあった岩盤を削り続けて一時間、岩盤の中からついにそれは姿を現した。

 

「『ねがいぼし』、発見!」

 

 ノミとハンマーを手放し、軍手をはめた手で優しく周りの土を払い除けていく。岩とは少し手触りが違い、どこか鉄のような冷たく硬い感触をした石を手に取る。

 

「見てくれビート、立派な『ねがいぼし』だぞ!」

「一つ見つけたからどうというのです。ボクは既に二つの『ねがいぼし』を採掘し終えているんですよ、この意味がお分かりですか?」

「次だ!次のねがいぼしの反応を見つけてくれ!」

 

「コン!」

 

 キュィィィイィィン!!!

 カンカンカン!!!

 

 二つの音が洞窟の中を響かせる。俺はハンマーとノミで岩盤を削り、ビートはドリルを手に掘削する。こんな音を響かせれば他のチャレンジャー達に気が付かれるかもしれないが幸いにしてここは開発の進む第二鉱山、不思議に思うものは少ないだろう。

 

「、、、コン!」

 

「そこだな、了解!」

 

 今『ねがいぼし』を見つけた場所のすぐ近くに反応があるとロコンが伝えてくれる。再びハンマーを振るうスピードを上げて岩盤を掘り進める。

 

「ハハハ!やはりこのパワーにスピード、時代はドリルを求めているんですよ!」

「そんな心を持たない掘削に何の意味がある!ノミとハンマーで岩盤を掘り進めていた時のビートはもっと輝いていたぞ!」

「ええいやかましい!委員長のためにも一つでも多くの『ねがいぼし』を集めなければいけないのです!」

 

 互いに口喧嘩をしながら岩盤を掘り進める。

 嫌なやつには変わりはない。

 ダンデさんや他のチャレンジャーを見下しあざ笑う態度、それに比例するように知識と経験に裏打ちされた正確なバトルの腕。その二つが両立しているということに尊敬と嫌悪の感情が入り乱れどこか気持ちが悪い。だが不思議とこうやって岩盤を掘り進めているときはそのモヤモヤが晴れるような気持ちになる。

 だからこそ許せない、自分の力(ノミとハンマー)を捨てて、ただの力(ドリル)などに頼っていることが。

 

「ミブリム、反応は近いですね!?」

 

「ミッブ!」

 

「ラストスパートです、パワー最大出力!」

「なっ! まだ上があったのか!」

「舐めて頂いては困りますねえ!これはマクロコスモス社で開発された最新鋭の携帯用掘削機なのですから!」

「くっそぉぉぉ!!」

 

 バギィィィンンン!!!

 

「ん?」

「へ?」

 

 突然何かが壊れるような音が聞こえ俺もビートもその方向を見つめる。音の発生源はビートの持つドリルの先端、そのさらに先の岩盤内部である。回転し続けるドリルの先端が螺旋とともに岩盤内部の何かを外に吐き出し続ける。

 それは、粉砕された『ねがいぼし』だったものだ。

 

「…っあ、、、」

「あああぁぁぁぁああああ!!!」

 

 ビートは回転を止めたドリルを放り出し、掘り進めていた岩盤内部に手を突っ込むと周りの岩々をかき分ける。中から出てきたのはドリルで粉々になった『ねがいぼし』だった。

 俺が無意識に打ち続けていたノミとハンマーの先にもキン!という音がなったので反射的にそちらを向く。ノミの先端からは周囲の岩盤とは違う青紫色の鉱石が顔を出していた。

 

「…ビ-ト」

 

 ねがいぼしの欠片を手に俯いているビートに声をかける、先ほどから微動だにしていない。

 

「わかっただろう?意思無き力に意味なんてないってことが、石だけに」

 

 『ねがいぼし』を片手に俺が大爆笑必至のオシャレな洒落を言い放つと顔をあげたビートにほっぺたを叩かれた、解せぬ。

 

「…ミブリム、他に『ねがいぼし』の反応はありますか?」

「ロコンもおねがい」

 

 ロコン達に再度『ねがいぼし』の反応を探ってもらったが首を横に振り否定の意思を示した。

 どうやらこの周囲にはもう『ねがいぼし』は存在しないようだった。

 

「はい、俺の見つけた『ねがいぼし』だよ」

「…あなたのような弱者と同じ数しか採掘できないとは。しけていますね、この鉱山は」

「お? なんだやるかコラ」

「そうですね、貴方のような弱者に時間を割いている余裕はないのですがこれ以上ボクの周りをウロチョロされても面倒だ。強者の慈悲です、ポケモンを構えなさい」

「以前までの俺と一緒だと思うなよ!」

 

 ビートの挑発で少し頭に来たがこの程度なら十分受け流せる、ダンデさんなどの悪口に比べれば100倍マシだ。二つのジムチャレンジを乗り越え強くなった俺達の力を見せてやる!

 

 

「行け、ユニラン!」

「頼んだ、アオガラス!」

 

 ビートはユニラン、俺はココガラから進化したアオガラスを繰り出す。以前はゴチムの『サイケこうせん』一撃で倒れてしまったココガラだが、数々の戦いを制した今のこいつならビートのポケモンにだって劣らないはずだ。

 

「アオガラス、『ついばむ』」

 

 アオガラスはユニランの周囲をぐるぐると旋回した後、背後から強襲を駆ける。鋭いくちばしはユニランの体を覆う液体を貫いてその本体を捉えた。

 

「ほう、少しは成長しましたね。まあ、ほんの少しですが!」

「もっと見せてあげるさ!アオガラス、『みだれづき』」

「ユニラン、『サイコショック』!」

 

 『ついばむ』を食らい吹き飛んだユニランに追撃を仕掛ける。そして再度アオガラスのくちばしがユニランの液体を貫こうとしたとき、ユニランの周囲に紫色に光るなにかが現れた。

 そのなにかは物理的な硬度を持つようでアオガラスのくちばしに触れた次の瞬間、爆発した。

 

「アオガラス!」

「やりなさい、『サイコショック』!」

 

 『サイコショック』によって作られた紫色の物体はユニランの意思によってアオガラスの体を包み込み、一斉に襲い掛かり爆発した。

 アオガラスは何とか爆発の中から抜け出すが体のあちこちに焦げ跡を残している。

 

「『サイコショック』はエスパータイプの技ですが物理的な干渉力も持ち合わせます、貴方とそのポケモン程度ではこの包囲網から抜け出すことなどできませんよ」

 

 気がつけばこの空間のあちらこちらに『サイコショック』が浮遊している。アオガラスは飛んでくるそれを躱していくが躱せば躱すほど追い詰められていく、ついに羽が爆発に巻き込まれると隙を逃がさないとばかりに襲い掛かってきた。

 

「戻れ!」

 

 『サイコショック』がアオガラスの体を捉える瞬間モンスターボールが先に回収をする、次の瞬間アオガラスが居た場所は大爆発。間一髪、今の攻撃を食らえば大ダメージは避けられなかった。

 

「おやおや、大口をたたいたわりにはその程度ですか」

「次はこいつだ。頼んだ、パルスワン!」

 

 アオガラスを戻した次にパルスワンを繰り出す。こいつのスピードならばユニランの攻撃にも対応できる。

 

「走れ、パルスワン!」

 

「ワン!」

 

 パルスワンが洞窟内を走り回ると砂埃が巻き起こる、がユニランの体を包む液体は中のユニランを環境から保護する力があり砂埃に包まれても平気な顔をしている。

 

「ユニラン、『サイケこうせん』!」

「避けろ!」

 

「ユニィ!」

「ワオン!」

 

 ユニランがサイコパワーを凝縮した光線を放つが水の上すら駆け抜けられるパルスワンのスピードは並大抵ではない。それゆえに当たらない、当たらない、当たらない。

 

「すばしっこいですね、ならば『サイコショック』!」

 

 ビートの指示で『サイケこうせん』を取りやめたユニランが再び『サイコショック』を生成する。一直線に進む『サイケこうせん』とは違い『サイコショック』は『おにび』や『マジカルリーフ』と同じ思考誘導型の攻撃だ、パルスワンの体を追いかけてどこまでもついてくる。

 だが、俺はそれを待っていたんだ!

 思考誘導型の技はそれを操るがため本体が隙だらけとなる。以前ヤローさんに仕掛けた時はそれを逆手に『こうそくスピン』を叩きこまれそうになったが今なら対応策だって存在する。

 

「パルスワン、ユニランを狙え!」

「やはりそう来ましたか!ですがそれも想定済みです、『まもる』!」

 

 さらにスピードを加速させたパルスワンが『サイコショック』を振り切り、ユニランに迫る。パルスワンがユニランを捉えようとするが、攻撃を遮断する無敵のバリアがそれを許さない。

 

「甘いんですよ、『サイケこうせん』!」

「今だ、『ほえる』!」

 

「グルルルル、『ワォォオォン!!!』」

 

 超至近距離でユニランが反撃を開始しようとした時、パルスワンの咆哮がユニランの体を包む液体を震わせる。超至近距離で放たれた咆哮によってユニランは驚き、勝手にボールへと戻っていってしまう。

 

「な!?」

 

 ユニランがボールに戻ると同時にビートが腰に着けていた別のボールが勝手に開きポケモンを出場させる、出てきたのは前回こちらを大苦戦させたゴチムだ。

 突然のことに状況を飲み込み切れないゴチムは、パルスワンの『ほえる』が反響しあうほの暗い空間に得も言われぬ恐怖を味わい委縮してしまう。

 

「パルスワン、『ほっぺすりすり』!」

 

 ぼーっと立っていたゴチムにすり寄ったパルスワンが頬をこすりつける。

 温かく毛並みのいいパルスワンに頬ずりされ少し落ち着いたゴチムに無慈悲な電流が流れ込む。

 

「チム!?」

 

「『かみつく』!」

 

 わけもわからずに出てきたゴチムは『ほっぺすりすり』によって『まひ』状態とされ、『がんじょうあご』によって強化された『かみつく』が彼女を襲った。効果は抜群だ。

 

「ゴチム、『がんせきふうじ』です!」

 

「チ、チムチム!」

 

 なんとか今の一連の流れを耐えきったゴチムが空から大きな岩石を降らせパルスワンを生き埋めにしようとするが、軽い身のこなしでパルスワンはそれを躱していく。

 ムキになったゴチムがさらに岩石を降らせようとするが体に滞留した電気が、肉体を硬直させる。

 

「パルスワン、『かみつく』!」

 

「パァァ、ワン!」

 

 岩石の間をすり抜けて接近したパルスワンがその体を捉えた。

 大きく開かれた口と頑丈なあご、体の硬直が解けた時にはもう手遅れだった。

 

「ゴチムッ!」

 

 パルスワンの『かみつく』で戦闘不能になったゴチムをビートがボールに戻す。

 ビートがこちらをキッと睨めつけてくるが、ハッとした顔になり再び余裕の表情をする。百面相かな?

 

「ふん、褒めてあげましょう。以前のあなたよりずいぶん強くなったようですね」

「余裕そうだね」

「ええ、ここまでは君のポケモンにも見せ場を作ってあげようと思っただけです。そして、もう見切りました」

 

 ビートは左手の人差し指を立て自分の眉間に当てるとトントンと叩く。今の一連の戦いでこちらの行動はすべて頭に入った、と言わんばかりのジェスチャーだ。

 

「行きなさい、ポニータ」

 

 ポニータなら見たことがある、全身を炎で覆った馬型のポケモンだったはずだ。

 そして四足歩行のポケモンとはいえパルスワンのスピードについてこれるものなどほとんどいないはずだ。速さ勝負に持ち込めば勝機は必ずある。

 

 そして出てきたのは、

 

「な、ん?」

 

 全身を炎に包まれた馬型のポケモンなどではなかった。

 頭やしっぽから出ているのは炎などではなく水色と薄い紫色の体毛、小さな一本の角が額から飛び出ている。夢の国から飛び出してきたようなポケモンだった。

 

「あ、え?ポニータって炎タイプのポケモンじゃなかったっけ?」

「おや、この地方にはいないはずの別の地方のポニータを知っているとは驚きですね」

「この地方にはいない?」

「そんなことも知らないとは。ガラル地方のポニータはエスパータイプのポケモンです、その程度常識ですよ。知識が足りないですね」

 

 衝撃だった、同じポケモンなのに姿が違うどころかタイプも違う?それはもはや別のポケモンではないのか?

 

「他にはそう、ジグザグマやマタドガスといったポケモンも他の地方にはない独特の生態系をしているとかなんとか。ガラル地方は素晴らしいとローズ委員長も訴えていました」

 

 そうだったのか…ジグザグマのあの白黒のイカした姿はこの地方だけだったということなのか。

 

「ふん!お話もここまで、さっさと終わらせてしまいましょうか」

 

 雑談もここまで、ビートとビートの出したポニータ(ガラルの姿)が臨戦態勢を整えたことで俺とパルスワンも気を引き締める。

 想定外の姿に驚いたが良い方向に考えよう。エスパータイプということは悪タイプの『かみつく』が効果抜群となるはずだ、炎タイプのポニータよりずっと戦いやすいはずだ。

 

「パルスワン、『スパーク』!」

「ポニータ、『たいあたり』!」

 

「ワオン!」

「ポニィ!」

 

 パルスワンとポニータがぶつかり合う。何と威力は互角。

 ポニータのファンタジーな見た目とは裏腹に強力な『たいあたり』だ、さすが馬型のポケモンすごい突進力だ。

 

「ならスピードでかく乱だ、走れ!」

「逃がしません、『こうそくいどう』!」

 

 正面からの戦闘はまずいと考え最初の考えと同じスピードを生かした戦法に切り替えパルスワンを走らせる。

 だがそれを見切ったポニータは『こうそくいどう』によって本来以上の超スピードを発揮した。パルスワンのスピードすらも追い越したポニータが悠々と並走してきた。

 

「ポニータ、『ようせいのかぜ』!」

 

「ポォォニィ!」

 

 走りながらどこか余裕を浮かばせるポニータがそのふわふわとしたたてがみを振り回すと破壊力を伴ったピンク色の風が吹き抜ける。真横から突然突風を叩きつけられたパルスワンが洞窟の壁に叩きつけられる。

 

「パルスワン!」

「今です、『ねんりき』!」

 

 岩壁に叩きつけられたパルスワンをポニータの『ねんりき』が拘束する。パルスワンが手足を動かそうともがくがポニータの『ねんりき』は強力で振りほどくことができない。

 

「なら、『ほえる』だ!」

「口を封じ込めなさい!」

 

 状況を打開するため『ほえる』を指示したが『ねんりき』により無理やり口を閉ざされてしまった。これではさすがのポケモンも技を使うことができない。

 

「どれだけ速いポケモンでも一度動きを封じればこんなものです」

「くっ!」

「終わりです、『ようせいのかぜ』!」

 

「ポォォニィ!」

 

 身動きが完全に封じられたパルスワンに再び『ようせいのかぜ』が叩きつけられる。そのまま岩壁に叩きつけられたパルスワンは目を回してしまった。

 

「ふふ、弱いトレーナーに使われるとポケモン達もかわいそうだよね?」

「ッ!」

 

 パルスワンをボールに戻すとビートから心無い言葉が叩きつけられ、また頭が熱くなりそうになる。

 

 だがそれは事実だ。以前のバトルでも俺が不甲斐無かったことに変わりはない、いつもポケモンの頑張りに助けられている。

 

「……ふー」

 

 深く深呼吸をして心を落ち着かせる。

 人間は事実を叩きつけられると怒りっぽくなるというじゃないか、つまり俺がまだまだ弱いということは俺自身がよくわかっているということだ。ここで怒ってムキなれば勝てるものだって勝てない、もうポケモン達に無様な姿は見せられないと決めたじゃないか!

 

「…よし!」

「ふむ?」

 

 心機一転、頬を強く叩いて気分を何とか落ち着けた。いつのまにかこの頬を叩くという動作が気分を落ち着かせる癖になっている気がするが今はそんなことを考えている場合ではない。一体どうすればあのポニータに勝てるのか、それを考えるのだ。

 

 強力な『たいあたり』、回避の難しい『ようせいのかぜ』、パルスワンさえ上回る『こうそくいどう』、捕まれば一貫の終わり『ねんりき』。

 どれもこれも強力な技だ。だが無敵というわけでもない、どこかに対抗する手段があるはずだ。

 

「早くしてくれませんかね、ボクだって暇ではないのですよ」

「ッ! ロコン、頼んだ!」

 

 考え抜いた末に出したのはロコン。こいつにかける!

 

「ロコン、『でんこうせっか』!」

「また速さ比べですか?何度やっても同じですよ、『こうそくいどう』!」

 

 ロコンが駆け抜け、それに追従してポニータも駆け巡る。

 どちらも瞬間的にすさまじい速度を発揮させる技だが同時に使うとやはり元々の速度差が生まれる。ポニータの方が速い!

 

「そこです、『たいあたり』!」

「『おにび』だ!」

 

 ポニータがさらに速度を上げてロコンに襲い掛かってくる。ロコンがポニータに向かって『おにび』を放つが、ポニータは地面を蹴り飛ばして跳躍しそれを躱す。

 飛び上がったポニータはそのまま全体重をかけてロコンへ渾身の『たいあたり』を食らわせた。

 

「ロコン!」

 

 ロコンはパルスワンと同じく壁に叩きつけられて気を失いかけるが、気力を振り絞り立ち上がった。

 だがここまでは予想した通りの展開だ。どこまでも似通った構図、それを再現すれば…

 

「ポニータ、『ねんりき』!」

 

 やはり使ってきた!

 一度拘束すればほぼ脱出不可能なエスパータイプの十八番、『ねんりき』だ。だが来るとわかっていればその切り札にだって対抗の使用がある! 

 

「ロコン、『かなしばり』だ!」

「ッ! しまった!」

 

 ポニータが『ねんりき』を使うよりもロコンの『かなしばり』がそれを封印する。ポニータがサイコエネルギーを発生させようと何度も唸るがうんともすんとも言わない、チャンスだ!

 

「ロコン、『おにび』だ!」

 

「コン!」

 

 ロコンが再び紫色に燃える不可思議な火の玉を生み出しポニータに向かって撃ち出す。『ねんりき』を発生させようと必死だったポニータはそれに気がつかず、全身を炎で燃やす。

 

「ポォォォ!」

 

 立派なたてがみとしっぽに引火してポニータが大慌てしている。どうやら自慢のたてがみのようだなぁ?

 

「もっと燃やしてやれ、『おにび』!」

「『こうそくいどう』!」

 

 そしてここまでも予測済みだ。

 ポニータが『ようせいのかぜ』を生み出すためのたてがみは現在炎に包まれ使用不可能、『たいあたり』でも今のポニータは混乱を高めるだけ。となれば逃走のために『こうそくいどう』を選択することは予想できていたぞ、ビート!

 せまりくる『おにび』をものすごいスピードで突き放していくポニータ、だがその方向は!

 

「そんな!」

 

 さっきゴチムが降らせた岩石で通行不可能だ!

 

「ロコン、『やきつくす』!」

 

「コォォン!」

 

 岩石に気がつき緊急停止したポニータに『おにび』を上回る炎が襲い掛かる。避けることはかなわず炎に飲み込まれたポニータはその後戦闘不能となった。

 

「まさかポニータが!」

 

 何とか策を通すことができた。

 このほの暗い洞窟の中では光って動く『おにび』はすごく目立つ、反面動きも光もしない岩石はすごく目立たないのだ。『おにび』でポニータを誘導し、岩場へと誘い込むことができた。

 

「はぁ…どう?俺達だってビートに負けないよ!」

「こんな子供だましの手に乗せられるとは!ですがもう負けはありません、ユニラン!」

 

 ポニータを戻し再度ユニランを出す。このユニランには以前ロコンも痛い目を見ているので警戒を強めている。

 

「『サイコショック』!」

「『おにび』!」

 

 自在に動く『サイコショック』には『おにび』で対抗する、アオガラスでは逃げ場を失うほど包囲されたが、ロコンのような特殊タイプならその前に潰すことができる。

 ほの暗い洞窟内が怪しげな紫色の炎と光で彩られ幻想的な風景となる。自在に宙を動くそれらは衝突するごとに小規模な爆発を繰り返しおこしていくので洞窟内はまたほの暗くなっていく。

 

 

「『やきつくす』!」

「『サイケこうせん』!」

 

 互いの大技のぶつかりあいで『おにび』と『サイコショック』とは比べ物にならない爆発が起こり砂塵が巻き上がる。

 俺は腕を顔の前で交差し爆風から身を守るが視界が塞がれてしまった。ユニランは体を包む液体によって環境の変化を受け付けないのでこのままではこちらが不利だ。

 

「ユニラン、『サイケこうせん』!」

「ロコン、何とか避けてくれ!」

 

 ユニランの『サイケこうせん』はこの粉塵の中でもロコンの位置を捉えていた。ロコンに向けてまっすぐ放たれた『サイケこうせん』がちょうどわき腹に炸裂する。

 

「コォン!?」

 

「ロコン!」

 

 この視界の悪い状況ではまともな指示が出せない、アオガラスに交代できさえすればこの粉塵も風を起こして吹き飛ばせるのだが肝心のロコンの居場所が掴めない。

 

「これでとどめです、『サイケこうせん』!」

「ロコン、避けてくれぇ!」

 

 砂煙の中で空中が七色に輝き、まっすぐに飛んでいく。おそらくあれがユニランの『サイケこうせん』だ。だが俺には今ロコンがどこを向いてどんな状況なのかを知る術がない、万事休すか!

 

「コォォォン!!」

 

 その時ロコンが大きく吠えた。

 その声は謎の衝撃波となり砂埃もろともに『サイケこうせん』を、そしてユニランを弾き飛ばした。

 

「ユニィ…」

 

 謎の衝撃波に吹き飛ばされたユニランが少し混乱していたが、今の攻撃のカラクリを感じ取ったのか先ほどまでよりも警戒心をあらわにしている。

 そして肝心のロコンはというと、

 

「コォン…」

 

 砂埃が晴れ、見えてきたロコンの体からは青白い光がゆらゆらと湯気の様に立ち上っている。あの光はロコンが『かなしばり』を使うときによく見せている光だ、つまり今のは『かなしばり』?

 いいや違う、あの光が他の力を持っていることを俺は知っている。ロコンを見つけるきっかけとなった夢、彼の夢の中で仲間たちが使っていた攻撃もこのように青白く光っていたではないか。

 

「『じんつうりき』?」

 

 ロコン達が持つ不思議な力、神通力。

 その力は多岐にもわたり天候の変化や予知、『かなしばり』のように相手の動きを拘束する力、『ねがいぼし』のようなものを見つける探知の力、そしてポケモンすらも吹き飛ばす『ねんりき』や『サイコキネシス』のような超常的な力。

 今のは彼の仲間たちがポケモンと戦っているときにも見せていた相手を倒すための強力な力、『じんつうりき』だ。

 

「ロコン、お前『じんつうりき』が使えるようになったのか!?」

 

「コォン!」

 

 ロコンの声音もどこかいつもとは違う、言葉の一つ一つに何か重みのようなものを感じられる。おそらく神通力の使い手としてワンランク上の存在に成長したからこその変化なのだろう。ユニランもエスパータイプとしてその変化を感じ取ったのだろう。

 

「いけぇロコン!『じんつうりき』!」

 

「コォン!」

 

 ロコンの体がさらに青白く輝きそれは暴力的な力となってユニランに襲いかかる。

 ユニランの動きが封じられ360度、あらゆる方向から押し込まれていくのが見てわかる。

 

「ユニラン、振りほどくんです!」

 

「ユニ、ユニィ…!」

 

 ユニランも持ち合わせているサイコパワーでロコンの神通力を力づくでどうにかしようと足掻く。

 神通力とサイコパワー、よく似ているがどこか違う二つの力が競合しあいユニランの周りがバチバチと謎の音を立てて歪んでいく。ロコンも覚醒したばかりの力の制御に冷や汗をかいている。

 

「ユニ、ユニ…ユニィィ!!」

 

 バァン!という大きな音を立ててついにユニランがロコンの『じんつうりき』を破る。その反動を受けたのかロコンの体が大きく吹き飛ばされる。

 しかし、相手のユニランもかなりの力を使ったのか液体の中で息を荒げている。液体の中なのに酸素を必要とするのだろうか?という疑問が浮かぶがすぐに思考の隅へと追いやった。

 

 どちらも満身創痍、力の源の多くを絞り切り立ってるだけ浮かんでいるだけでも精一杯の様子。後一撃で確実に勝負は決まるだろう。

 

「ロコン!」

「ユニラン!」

 

「『でんこうせっか』!」

「『がむしゃら』!」

 

 ロコンは体から出ている青白い光をすべてその身に取り込み、すべてをこの一撃に変換する。

 ユニランは今まで受けたダメージをもとに膨大なエネルギーを生成し、次の一撃に全てを込める。

 

 二匹が激突し、先ほどの『やきつくす』と『サイケこうせん』すらも上回る大爆発を引き起こす。

 砂煙や爆発の衝撃波よりも早くナニカが俺の方に飛んできて、それがロコンだと認識した瞬間体の全てで受け止める。遅れて爆風と衝撃波が俺を襲い踏ん張ることもできずに吹き飛ばされる、それでも抱きかかえたロコンだけは離さなかった。

 

 

「う、くぅ」

 

 ばらばらと岩壁のはがれる音が聞こえる。今の一撃は今までの戦いの中でもかなりの激しいものだった。

 腕の中のロコンを見てみると、瀕死の状態だった。かなりの重傷だ。急いでカバンの中から『いいキズぐすり』を取り出して吹きかける、するとすぐさま傷が塞がり苦しそうだった呼吸の音が静かになっていった。

 

「よかった…」

 

 俺がロコンをそのままボールに戻すと、ビートの方もユニランに『いいキズぐすり』を使用していた。ユニランも体を包む液体のほとんどが飛び散り危険な状態だったようだ。

 ビートはユニランの無事を確認すると今まで見たこともないような優しい顔を浮かべた後、こちらの視線に気がついたのかすぐいつもの仏頂面にもどるとユニランをボールへ戻していった。

 

「まったく、合理性の欠片もない酷い試合でした」

「そう?ロコンもユニランも全力だったじゃないか」

「試合中に技を覚える?進化する? 全く不愉快です、そのようなものにボクの完璧なバトルが乱されたということがね!」

「よくあることじゃん」

「よくあってたまりますか! あんなものはイレギュラー、あのままならボクとユニランが確実なる勝利をおさめていた!」

 

 ビートは最後のボールを取り出し会話を終わらせる。

 俺も腰のボールを取り出して構える。

 

「もう奇跡など介入させません、絶対の勝利を!」

「俺と仲間達なら何度だって起こして見せるさ、そしてそのたびに強くなる!」

「ミブリム!」

「ジメレオン!」

 

「ミッブ!」

「メレォン!」

 

 以前は互角、引き分けと終わった二匹。

 メッソンは進化しジメレオンに、ミブリムも以前よりも一層力に満ちていることが見て取れる。強敵だ。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

「ミブリム、『サイケこうせん』!」

 

 ミブリムの頭の触覚から撃ち出された『サイケこうせん』とジメレオンの掌から生み出された『みずのはどう』がぶつかり合い、拮抗する。

 

「だけどジメレオンの攻撃は全て球体型、追加で投げることも可能だ!『みずでっぽう』!」

 

 『サイケこうせん』のように出し終わるまで放出し続なければならない技と違いジメレオンの『みずのはどう』も『みずでっぽう』も球体として一度生成が終われば維持する必要がない。つまり『サイケこうせん』の維持に手いっぱいな今のミブリムでは対応することができない!

 

 前方の『みずのはどう』、後方の『みずでっぽう』。

 『みずのはどう』を『サイケこうせん』で押さえ込めば『みずでっぽう』が襲い掛かり、『サイケこうせん』の維持をやめれば今まで塞き止めていた『みずのはどう』がミブリムを襲う。

 これではビートとミブリムといえど避けられない!

 

「ふっ」

「?」

「ジメレオンの特性を生かした攻撃、なるほど確かに立派です」

 

「ですが甘い!ローズ委員長に見いだされ、ポケモンを託されたボクが負けるとか無いんですよ!」

 

「見せてあげなさい、ミブリム!その光を!ガラルを照らす太陽、ローズ委員長の様に輝け『マジカルシャイン』!」

 

「ミィッブゥゥ!!!」

 

 『サイケこうせん』を撃ち止めたミブリムに『みずのはどう』と『みずでっぽう』両方が襲い掛かる。どちらかを躱せばどちらかには必ず被弾する、躱すことなどできない角度だった。

 

 だがミブリムの体が輝き始めると、それは光の波動となり全方位を吹き飛ばす一撃となった。当然『みずのはどう』も『みずでっぽう』もかき消され、その光はジメレオンさえも飲み込んだ。

 ほの暗かった洞窟が一瞬にして照らし出される、これが『マジカルシャイン』の力だというのだろうか

 

「メレォォォン!!」

 

 光に飲み込まれ大ダメージを負ったジメレオンが地面に放り出される。こちらの技を一撃ですべて薙ぎ払うほどの攻撃だ、無事なわけがなかった。

 

「貴方のようなトレーナーにこの技を使わなければならないとはボク達も腕が鈍った」

「まだ負けていないさ! そうだろ、相棒!」

 

「メ、メレォォン!」

 

 俺の声に呼応するようにジメレオンも顔を上げ、膝を立てる。確かに大きなダメージを食らったが立てないほどじゃないと声を振りしぼり、しっかりと両足で立ち上がる。

 

「! あの技を食らってまだ立ち上がるとは」

 

「ミッブゥ!」

 

 どうやらあの技にはよほど自信があった様子だ、それの直撃を食らってもなお立ち上がるジメレオンにビートもミブリムも目を丸くしている。

 

「行けるな!?」

 

「メレォン!」

 

「よし、『みずでっぽう』だ!」

 

 ジメレオンの攻撃を『量』重視の戦法に変更、右手と左手からそれぞれ一つずつ『みずでっぽう』を生成しミブリムへと投げつける。

 

「まだだ、もっと投げつけろ!休む暇を与えるな!」

「ええいうっとおしい、まとめて吹き飛ばしてしまいなさい」

 

「ブウゥゥゥ!」

 

 ミブリムの口からピンク色の音の波動が放たれ『みずでっぽう』がかき消される、今のは『チャームボイス』だったはずだ。

 

「その攻撃の対処方法はもうわかってる、『みずのはどう』!」

 

「メレオン!」

 

 生みだした『みずのはどう』を地面にたたきつけて生みだした水の壁で『チャームボイス』を防ぐ、そして水の壁はそのまま津波となりミブリムへと襲い掛かる。

 

「吹き飛ばしなさい、『マジカルシャイン』!」

 

 『チャームボイス』ではパワー不足と判断したビートが再び『マジカルシャイン』ですべてを吹き飛ばせと指示を出す。

 ミブリムが力を溜め、輝きだす。それを光の波動として放出しようとした瞬間、水の壁をぶち破ってジメレオンが飛び出した。

 

「な!?」

「待ってたぜェ、この瞬間(とき)をよォ!!」

 

「ジメレオン、『ふいうち』ぃ!」

 

 ここぞという場面まで残しておいた隠し玉、相手の攻撃を放つ瞬間に先駆けて撃ち先手を奪う必殺の『ふいうち』がミブリムに突き刺さった。

 

 アッパーカットの要領で放たれた出された『ふいうち』はミブリムの体を天井近くまで吹き飛ばし、『マジカルシャイン』は洞窟上空で放出され天井の岩壁を削り取る。

 

 ぱらぱらと岩壁の欠片とともに落ちてきたミブリムが地面を転がり、なんとか立ち上がろうとしたがそのまま気を失ってしまった。

 

「」

 

 ビートは倒れ伏したミブリムを見て口をパクパクと動かしている。ジメレオンはなんとか『ふいうち』が成功し『マジカルシャイン』に晒されなかったことに安心し、ほっと息をついた。

 これで四勝二敗、ビートの全てのポケモンが倒れ俺のジメレオンとアオガラスが残った。つまりは、

 

「ビート、俺の…いや俺達の勝ちだ!」

 

 ビートは俺の言葉にハッとするとこちらを睨めつけてくる、以前三匹対四匹で引き分けになったあの時とは違う。同じ数で戦い、そして勝ち残ったのだ。

 

 ビートは左手で右手に着けているぶかぶかの腕時計を強く握りしめている。俺にはわからないがきっとあれはビートにとって大切なものなのだろう。

 しばらく腕時計を握り締めていたビートだが落ち着いたのか勝負の前と同じような落ち着いた顔に戻り、無言でミブリムを戻すとさっさと荷物をまとめてこの場所から去ろうとする。さすがにこのまま何も言わないで出ていかれるのが癪に障ったのでビートの左手を掴んで引き留める。

 

「…なんですか、ボクには時間がないんです。あなたのような弱者の相手をしている場合じゃあないんですよ」

「俺、ビート、勝った。弱者違う。俺に負けた、お前、弱者よりも弱者」

「突然片言にならないでください!ええい離しなさい!」

「俺が勝ったんだから少しくらいなんか言えよ!『俺の勝ちだ!』とか言ってたこっちが馬鹿みたいじゃないか!」

「馬鹿でしょう!」

「なんだとこの野郎!」

 

 ついいつものホップとユウリの様な殴り合いの喧嘩になりそうだったがジメレオンに引き留められる、思い返してみればなんだってこんな奴に張り合っていたのだろうか?まだ三回会って二回戦っただけのビートに。

 

 俺が考え事をしているとビートに手を振り払われる。

 

「あっ」

「ボクにはこんなことをしている時間はないんですよ。委員長のため、ジムチャレンジを勝ち上がり一つでも多くの『ねがいぼし』を届ける。それがボクの使命であり生きる道だ、誰にも邪魔はさせない」

 

 ビートはそのままズンズンと採掘場から出て行ってしまった、ほの暗い洞窟の中ではすぐに姿が見えなくなってしまった。

 俺がビートが出て行ってしまった方向を眺めていると、暗闇の中から何かが飛んできた。

 

「なっ!?」

「メレオン!」

 

 飛んできたそれをジメレオンが舌でキャッチして止めてくれた。ジメレオンにお礼を言い、その飛んできたものを舌から取り外す。

 

「これは…」

 

 それはビートのリーグカードだった、ムカつくどや顔とブカブカの腕時計を着けた右腕でポーズを決めているところに腹が立つ。

 こんなものを持っているのはビート本人くらいだろう、わざわざ投げて渡さなくても正面から渡せばいいだろうに…

 

「よし!なにはともあれビートに勝った、そうだろ相棒!」

 

「メレオン!」

 

「この洞窟を抜けてエンジンシティに行こうか!」

 

「メレオン!!」

 

 ビートとの勝負で負けは返上した、これでもう思い悩むものなどない。

 三番目のジム、炎の男カブさんが立ちふさがるエンジンジムまで一直線だ!

 

 

「そういえばビートのノミとハンマー借りたままだったね」

 

「メレオン」

 

「ま、いっか」

 

「メレオン!」

 

 




…アオガラスを出すタイミング見失った。
べ、別に忘れてたわけじゃないんだからね!


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28、エール団襲来! 2

 

 第二鉱山でビートにも勝利し、現在ウキウキの俺とジメレオン。洞窟はほの暗いが俺達の心は太陽のように明るい。

 

「あのピンク野郎に勝ててスッキリ!この調子なら次のジムリーダーのカブさんにだって負けないよな、相棒!」

 

「メレオン!」

 

 なにせ次のジムのタイプは炎、うちで一番の実力を誇るジメレオンは水、負けるわけがない!(確信)

 

 とはいいつつも油断はならないのも事実。

 ターフタウンのヤローさんのヒメンカは相性で不利なロコンをヒメンカで完勝しかけた、ルリナさんのサシカマスも持ち前のスピードと水のフィールドをうまく使いパルスワンを相打ちにまで持ち込んだ。

 相性で上回るとしてもポケモンの実力、トレーナーの実力があればそれも覆る。気は引き締めていこう。

 

「まずはこの第二鉱山を進まないとね」

 

 『ねがいぼし』の採石場を後にして本来の道に戻り、そのまま進んでいく。

 第二鉱山は鉱山という割には水場が多く、水ポケモンも多数生息している。第二鉱山はの開発が思ったよりも進んでいないのは洞窟内に多くの水源があることで不用意に開発が進められないのだろう。

 

 本道にはいたるところに明かりが設置されているので迷うことは少なく、さらに明かりに照らされた色付きの鉱石などが光を反射してとても幻想的だ。

 

「ん?なんだあれ」

 

 しばらくの間幻想的な風景に夢中になっていたのだが、ふと道の先を見ると赤と白色のなにかが地面に落ちているのが見えた。気になって近くまで行ってみるとそれはモンスターボールだった。

 

「こんなところにモンスターボール、落とし物なら鉱山員の人にでも届けてとこ」

 

 落とし物のモンスターボールに手を伸ばしてそれを拾おうとした瞬間、モンスターボールの周りの地面が盛り上がった。

 

「へ?」

 

 盛り上がった地面の両端からギザギザとした鋼鉄の刃が姿を現す。その刃は俺の手、モンスターボールへと伸ばした手を中心として確実に挟み込むような構造になっている。

 

「メレオン!!」

 

 俺がその不思議場面に硬直していると伸ばした手とは反対の手、つまり左手が急に後ろに向かって引っ張られた。

 そのまま体勢を崩し、お尻から地面に倒れこむ。激痛がお尻を襲うがさすがはお尻、クッションとなることで痛みはお尻だけで済んだ。左手を見てみるとジメレオンの舌が絡みついている、あの咄嗟の状況で俺の体を後ろに引っ張り助けてくれたらしい。

 

「あ、ありがとうジメレオン」

 

 あのままだったら俺の腕はあのまま鉄の刃に挟まれて重傷、いいや下手をすれば一生使い物にならなかったかもしれない。

 誰がこんな悪意に満ちた罠を…と思い正面を見るとガッチリと挟まっていたトラばさみがモゾモゾと動き始めた。トラばさみが開くとその中から目が、口が、顔が姿を現した。

 

「なんだこいつ!」

 

 慌ててそれから距離を取りジメレオンの後ろに隠れる。すかさずポケモン図鑑をそれに向けると反応が出た。

 

「マッギョ…トラップポケモン、地面・鋼タイプ…」

 

 ポケモンの名前はマッギョ、どうやら普段は地中に隠れていて獲物が近づくと体の上下に着いている鋼の刃で捕まえる、そういうポケモンらしい。

 よく見てみるとモンスターボールかと思った赤と白色のものはマッギョの唇であった。あれを拾おうと手を伸ばした獲物をバクン!そういう仕組みなのだろう。

 

「こっわ!」

 

 殺意が高すぎるその性質に体が震えあがる。これもポケモンが生きていくために獲得した性質なのだろうが怖いものは怖い、特に鋼鉄の刃が恐ろしすぎる。

 マッギョは開いた自分の体を何度もガチャガチャと閉め獲物がかかっていないことに首をかしげる。そして自分の正面に立っているジメレオンとその後ろで肩を震わせる俺に気がつくとにやりと笑い襲い掛かってきた。

 

「マッギョギョ!」

 

 マッギョは口から泥を吐き出しそれを弾丸として撃ってきた、『マッドショット』だ。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』だ!」

 

 すかさずジメレオンに指示を出して『みずのはどう』を作り出す。それを地面に叩きつけ水の壁を作り出し『マッドショット』を防御する。

 

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

 水の壁に攻撃を防がれギョッとするマッギョ、マッギョだけに。そのままその顔面に『みずでっぽう』を叩きこみ後方へと吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされたマッギョはその平たい体を丸めて一回転し華麗に着地する。再びガチャガチャと鋼鉄の刃を打ち合わせるとその刃を口の様にして跳びかかってきた、恐らく『メタルクロー』だ。

 

「ジメレオン、避けろ」

 

 襲い掛かる鋼鉄の刃をヒラリと躱しその平たい体を横からしっぽで叩きつける。マッギョはその攻撃を受けて吹き飛ぶが体から橙色のオーラを吹き出しとんでもないスピードで跳びかかってきた。

 『メタルクロー』の時とは段違いのスピードにジメレオンは反応が遅れまともに攻撃を受けてしまい、壁に叩きつけられる。攻撃を受けたことでより強いパワーを引き出す『リベンジ』だ。

 

「こいつ、結構強いぞ!」

 

 地中に隠れて獲物がかかることを待つという罠スタイルのポケモンのくせに意外と武闘派だった。マッギョは吹き飛ばされたジメレオンを見てぴょんぴょんと飛び跳ね喜んでいる。

 そして護衛のいなくなった俺の方を向くと刃を尖らせ襲い掛かってきた。弱い方から狙う、当然の摂理だ。

 

 だがこちらだってむざむざ食べられる通りはない。

 カバンの中に手を突っ込み目当ての物を探す。とげとげとした感触とつるりとした表面に当たりをつけそれを引っ張り出すとすぐ側まで迫ってきていたマッギョの口めがけて投げつける。

 

「これでも食ってろ!」

 

「マッギョ!?」

 

 獲物からの意図しない反撃、投げつけられたものをガードしようとしてトラばさみを閉める。グシャという音とともに投擲物がつぶれる、潰れた中から赤くオレンジ色の汁が刃の隙間を通ってマッギョの目や口に降りかかる。

 

「!!?!」

 

 マッギョが声にならない悲鳴を上げて慌て始める。地面を転げまわり、空中を飛び跳ね、ハサミを打ち付ける。

 ハサミを打ち付けるたびにビチャビチャと果物の汁が地面に飛び散る。俺が投げつけたのは『マトマのみ』、数あるきのみの中でも辛さだけならトップクラスのものでその汁が目や口に入ればとんでもない刺激となる代物だ。暴漢やポケモン撃退用催涙スプレーの原材料にもなっているものの原品だ、さぞ痛かろうて。

 

 するとマッギョが池に飛び込んだ。地面タイプのポケモンなのに水の中に入れるんだ、と感心しているとマトマの汁を洗い流したマッギョが憤怒の形相で飛び出してきた。

 

「なんだ、お代わりが欲しいならやるぞ!」

 

 こちとらカレーの魔術師の称号を貰ったカレー職人だ、きのみの補充は欠かしていない。

 二つ目のマトマのみを右手にマッギョとにらみ合う。あちらもこのきのみの恐ろしさをよくわかったはずだ。

 

 しばらくにらみ合いが続いたがジメレオンが立ち上がるとマッギョはそのまま池に飛び込んでどこかに行ってしまった。

 

 ポケモンと生身で相対したことを今更になって思い出すと力が抜けて倒れそうになった。

 ジメレオンが急いで俺のところに駆けつけてきて心配そうな目で見てきた、それから俺を危険に晒したことを負い目に思ったのか目に見えて落ち込んでしまった。

 

「大丈夫だって、お前のせいじゃないよ」

 

 ジメレオンの頭を撫でてあげるが機嫌は治らない、うーんどうしたものか。

 

「こんなときこそカレー!」

 

 深く考えていても仕方ない、どうせお昼時で他の皆も先のビートとの戦いで疲労している。

 なら美味しいものでも食べて気分を前向きにしようとかそんな感じだ。

 

「ジメレオン、手伝ってくれるか?」

 

「メ、メレオン!」

 

 ジメレオンと一緒に火を焚きカレー作りを開始する。考えてみれば四番道路でカレーを作って以来一緒にカレーを作るのは久しぶりだ。

 きのみを切りそろえフライパンで炒っていく、いい香りが洞窟の中に広がっていく。ジメレオンを見てみるとまだどこか他のことを考えて集中しきれていない様子だ。

 

「ほ~らジメレオン、そのままじゃ焦げちゃうぞ。もっと手早く!そして心を込めて!」

 

「ジ、メメ!」

 

 俺わざと急かしてみればジメレオンは慌ててそちらに集中する。そのまま調理を進めていけばすっかりきのみを炒ることに集中していった。

 カレー作りが進むほどジメレオンの落ち込んでいた様子が消えていったのがわかる。

 

「みんな出てこい!」

 

 カレーができ終わり、仲間達を出す。静かな洞窟内が途端に騒がしくなる。

 

「ンメェ!」

「アーガァ!」

「コォン!」

「ワォン!」

 

「ほら、ジメレオンみんなと食べてこい」

 

「メレオン!」

 

 ジメレオンはカレーを抱えてみんなの元へと走っていった。うんうん、やはりカレーはみんなを笑顔にする。

 カレーを食べ終わったころにはすっかり落ち込んだ様子も消え去り、口の端っこにカレーを着けている。俺が指摘すれば顔を赤くしながら長い舌を伸ばして綺麗にした。

 

「ジメレオン!」

 

「メレ!」

 

「さっきのことはお前のせいじゃない!復唱!」

 

「メ、メレオン!」

 

「よし、出発!」

 

 先ほどの失敗を乗り越え終わり、再び洞窟内を歩きだす。ジメレオンもしっかり隣で歩いている。

 洞窟内を歩いていくとところどころにマッギョが埋まっていたと思われる形跡が残っている。おっかないったらありゃしない。

 

 しばらく進んだところで少し開けた場所に出る、ビートとバトルをした場所よりも広い。壁の端に鉄のパイプやセメントの入った袋、各種道具が詰められた木箱などが置かれているところを見るとここは鉱山開発の中心のような場所なのだろう。

 

「ぐへへ、来たぜ」

「ああ、来たな」

 

 中心まで歩いていくとどこからともなく現れてきた、エール団だ。

 

「またか…」

「君、ジムチャレンジに参加…してますよねぇ?」

「ぼく達ジムチャレンジのファンなんですよぉ、だからお手合わせしてくれたらなあって!」

 

 モンスターボールを構えて戦闘態勢を整える、どうやらバトルをしないと通してくれない様子だ。俺もジメレオンともう一体ポケモンを出そうとしたところで元来た道からザッザと誰かの走ってくる音が聞こえる。俺とエール団がそちらを見てみれば、

 

「おーい、アカツキ!ホップ様が来たぞー!」

 

 なんとホップ、ルリナさんを倒してもう俺を追ってきたのか。

 

「速いね、ホップ」

「おう、ルリナさんを倒してそのまま直行だぞ!」

 

 ビートとねがいぼし堀りをしている間に差を詰められてしまった。くやしい。

 

「途中でカレーの匂いがしたからさ、お前がまだいると思って走ってきたんだぞ!」

 

「お、もしかしてアカツキのファンか?ファンに囲まれるなんてアニキみたいですごいぞ!」

「また新しいのが来ましたね」

「ちょっとちょっと、貴方誰ですか!」

「オレの名はホップ、未来のチャンピオンだぞ!好きなものはウールー!カレーは中辛!布団は羽毛が好きだ!」

「そこまで聞いてないのでーす!」

「そして笑えないジョーク以外は面白い、チャンピオンとなるのはあの人だけでーす!」

 

 あの人、おそらくマリィのことだろう。エール団も普通に応援すればいいだろうに何故ここまで妨害行為に意欲旺盛なのだろうか、何かしら秘密がありそうだ。

 

「そっか、ならポケモン勝負で笑顔にしてやるぞ!アカツキ!」

「うん、お願いするよホップ!」

 

「二人纏めてくるとは」

「返り討ちにしてやーるです!」

 

「吹っ掛けてきたのはそっちなんだよなぁ…」

「いくぞ、チャンピオンに推薦されたオレ達の力を見せてやる!」

 

 俺はそのまま外に出していたジメレオンを、ホップはウールーを出した。

 

「行くでーす、マッスグマ!」

「やるでーす、フォクスライ!」

 

 エール団はフォクスライとマッスグマを繰り出してきた、図鑑で調べてみればどちらも進化系、今までのエール団員よりも手ごわそうだ。

 

「マッスグマ、『すなかけ』!」

 

 エール団が先手を取った。マッスグマは四足歩行の状態から前脚を振り上げ後ろ脚だけで立ち上がる二足歩行の状態となる、そのまま前脚を地面に振り下ろすと大きな砂煙を上げこちらの視界を封じてくる。

 

「フォクスライ、『わるだくみ』でーす!」

 

 そして視界を奪ったところでフォクスライが脳みそをフル回転させ自分の能力を大きく向上させるという作戦のようだ。

 

「させるか、『みずのはどう』!」

「ウールー、『にどげり』だぞ!」

 

 『みずのはどう』を地面に打ち付け広範囲に拡散させる、飛び散った水が砂煙を重くしてすぐさま晴らさせる。砂煙の向こう側で目を閉じ、考え事をしていたフォクスライの姿が丸見えだ。

 そこに走りこんだウールーの『にどげり』がヒットしフォクスライを吹き飛ばす、効果は抜群だ。

 

「小賢しいでーす。フォクスライ、『バークアウト』」

「マッスグマ、『つじぎり』でーす」

 

 ふわりと着地したフォクスライが大きく口を開けて黒い音の波動をあげる、『わるだくみ』によりはじき出されたポケモンを不快にさせる音が洞窟内を響きわたらせジメレオンもウールーも動きを止めてしまう。

 その隙をついたマッスグマが黒く染まった腕でジメレオンに鋭い一撃を食らわせる。無防備に近かったジメレオンには大きなダメージとなった。

 

「ぐっ、ウールー、『まねっこ』だ」

 

「ン、ンメェェェ!!」

 

 ホップのウールーから黒いオーラが立ち上り、フォクスライと同じ『バークアウト』が飛び出す。『わるだくみ』で威力の上がった『バークアウト』の威力には及ばないが音が相殺しあい不快な旋律が納まった。

 

「ナイス、ホップ!ジメレオン、『みずでっぽう』だ!」

 

 ジメレオンが素早く水の玉を作り出しマッスグマへと投げる。マッスグマは腕にまとわせた『つじぎり』でひとつを切り裂くがジメレオンは一度に二発作ることができる、二発目をまともに食らったマッスグマは二足歩行の弊害かバランスを崩して後ろに倒れこむ。

 

「今だ、『にどげり』!」

 

 倒れ伏したマッスグマにウールーの『にどげり』が撃ち込まれる。ノーマルと悪タイプを併せ持つマッスグマに格闘タイプの『にどげり』は致命的な一撃となりマッスグマはそのまま目を回して倒れてしまった。

 

「そーんな!」

「フォクスライ、『でんこうせっか』でーす!」

 

 マッスグマを討ち取ったウールーにフォクスライがすさまじい速度で接近する、が。

 

「ジメレオン、『ふいうち』!」

 

 フォクスライがウールーに届く前にジメレオンの腕がフォクスライを打ち上げる。そして打ち上がったフォクスライをジメレオンの舌で絡めとった。

 

「フォクスライ!」

 

 フォクスライをぐるぐると回した後、地面へと叩きつける。フォクスライはマッスグマのすぐ横で仲良く倒れ伏した。

 

「のー!」

「助かったぞ、アカツキ!」

「そっちこそ、良い『にどげり』だったよ」

 

 二体を続けて倒しホップとハイタッチする。二つのジムを乗り越えてホップとウールー達も実力を上げているのがわかる。

 

「く~!!」

「何故です!!」

 

 エール団の二人は地団太を踏みながら悔しがっている。

 

「どうだ、まいったか!」

「こっちはまだまだ行けるよ!」

 

「まだでーす、レパルダス!」

「負けないのでーす、ヤンチャム!」

 

 まだポケモンを持っていたエール団は二体目のポケモンを出してくる。

 すらりとした体を持つ猫型のポケモン、レパルダス。葉っぱを咥えた小さなポケモン、ヤンチャムだ。

 

「いくぞ、ウールー、『にどげり』だ」

 

 レパルダスに向かってウールーが跳びかかる、悪タイプのレパルダスに効果は抜群の技だ。

 

「レパルダス、『ねこだまし』でーす」

 

 しかしウールーの『にどげり』が届く前にレパルダスの『ねこだまし』だウールーの顔面で発動した、目の前で叩きつけられたレパルダスの両前脚から小さな衝撃が発動しウールーを吹き飛ばす。

 ウールーは突然の衝撃に目をぱちぱちと瞬かせている。驚きで頭がうまく働いていないようだ。

 

「ヤンチャム、『ともえなげ』でーす」

「ジメレオン、『ふいうち』だ」

 

 無防備なウールーにヤンチャムが襲い掛かる。それを防ぐためにジメレオンがすごいスピードで接近する。

 

「もう同じ手は効かないのです!『いちゃもん』」

 

「にゃーご、『パルダァス!!!』」

 

「!?」

 

 『ふいうち』を使おうとしたジメレオンの体が停止し、レパルダスと言い合いを始める。俺には理解できない。

 『いちゃもん』を着けられた会話はこんな感じだろう。

 

『ふーんまた同じ技?芸が無いニャ』

『なんだと猫!』

『芸の少ないオスはメスにもモテないニャwww』

『もういっぺん言ってみろ!』

『あーやだやだ、モテないオスはこれだから…ww』

『ころぉす!』

 

 『いちゃもん』をつけられたジメレオンの『ふいうち』は不発に終わりしかもレパルダスに向かってしまった。フリーとなったヤンチャムはそのままウールーのおさげを掴み上げぐるぐると回しそのまま投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたウールーが壁に叩きつけられダメージを受ける。そのままウールーはホップのボールに返され代わりにラビフットが出てきた。

 

「なんでだ!?」

「えーっと、『ともえなげ』は受けたポケモンを無理やり手持ちに戻す、だって」

「くそぉ、ラビフット行けるか!」

 

「ビフット!」

 

 突然引きずりだされたラビフットだがホップの声を受けてすぐさまやる気となった。

 

「ラビフット、『ニトロチャージ』だぞ!」

 

 ラビフットが大げさに力を溜めるポーズをとると全身が燃え上がった。そのままヤンチャムへと突撃(チャージ)を食らわせる。

 ラビフットはそのままレパルダスのところまで走りレパルダスまで吹き飛ばしていった。

 

「へへ、『ニトロチャージ』は使えば使うほど素早さが上がるんだぞ。もっと『ニトロチャージ』だ!」

「『いちゃもん』でーす」

 

『はぁ、また同じようなオスね』

『なんだ?』

『同じことしかできないオスってかわいそうよねw』

『進歩がない、進化もない、お先も真っ暗。そんなオスが選ばれるはずもないニャねw』

『なんだかよくわからんが馬鹿にされてるのはわかったぞ!そんなにいうなら別の技を見せてやらぁ!』

 

 『いちゃもん』にのったラビフットの『ニトロチャージ』が解除される。

 

「ホップぅ!」

「しまったぁ!」

 

「こいつら馬鹿なのか強いのかわからないでーす」

「とりあえず、『つっぱり』でーす」

 

 ヤンチャムが小さな手に力を込めてジメレオンの体を突き飛ばす。その小さな手から撃ち出されたとは思えない重い一撃がジメレオンへと打ち込まれていく。

 

「チャム!チャム!チャム!」

 

「ジメレオン、『なみだめ』」

 

「メ、メレェオォン……」

 

 何度も何度も突き飛ばされたジメレオンのの瞳から一筋の雫が落ちる。それに伴いすすり泣くジメレオンの悲しげな声が響き、ヤンチャムの手が止まる。

 突然泣き出した相手の様子におろおろし始めるヤンチャム、良い子だ。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

「メレェオン!」

 

「チャム!?」

 

 そして顔を覆っていた両の手から特大の水球が生み出される。それを至近距離で食らったヤンチャムは大きく吹き飛ばされてしまう。

 そしてその間にも戦っていたらしきラビフットとレパルダスのところまで飛んでいったヤンチャムがレパルダスの細長いボディに深く突き刺さった。

 

「パルゥ!?」

 

「お前何やってるでーす!」

「お前こそ何手間取ってるでーす!」

 

「パルゥ!レパァル!」

「ヤ、ヤチャム…」

 

 喧嘩を始めたエール団の二人とレパルダスに叱られてなんども頭を下げているヤンチャム、やはりヤンチャムは良い子。

 

「チャンスだ、アカツキ!」

「だね、ホップ!」

 

「げぇ!しまったでーす!」

「二匹とも離れるでーす!」

 

「ラビフット、『ニトロチャージ』!」

 

 全身からすさまじい炎をひねり出したラビフットが先ほどまでとは比較にならない速度で二匹に襲い掛かる。

 二匹を轢きとばしたラビフットはまさしく暴走機関車といったところだ。その速度のまま吹き飛んだヤンチャムに向かってもう一度突進していく。

 

「よし、そろそろだな」

 

「ジメレオン、『みずのはどう』」

 

 俺は『いちゃもん』の拘束時間が切れたことを確認して再度特大の水の玉を作り出させる。さきほどの『いちゃもん』がよほど頭に来たのかヤンチャムに当てたものよりもさらに大きい。

 

「「やれぇ!!」」

 

「ラー!!ビフット!!」

 

「メレオォォン!!」

 

 ラビフットの『ニトロチャージ』がヤンチャムを轢き飛ばし、ジメレオンの『みずのはどう』がレパルダスの体を水で吹き飛ばした。

 大技が炸裂した二匹は持ち主のところにまで飛ばされ、そのまま下敷きにした。

 

「ぐぅ、まけーた。俺達にもエールを」

「このホーンを使えばあるいーわ」

 

 二人のエール団は応援用のホーンを手に自分たちを鼓舞し始めるとポケモン達を押し退け立ち上がった。

 

「エールを貰えないならエールしあえばいいのでーす!」

「このことを他の団員につたえーる!」

 

 そのままポケモンを戻してエール団は逃げていった。

 

「なんだかよくわからないけど勝ったな」

「お疲れ様!」

「おう、さすがオレのライバルだぞ!」

 

 俺達がハイタッチしあうとラビフットとジメレオンも同じようにハイタッチする。そういえば彼らもダンデさんから一緒に貰ったポケモン達だ。俺とホップ、それにユウリの様にメッソン、ヒバニー、サルノリの三匹も強いつながりがあったのかもしれない。

 

「そういえばお前カブさんみたか?」

「見てないね」

「そっか、ならもっと奥に言って探してくるぞ。じゃーな!」

 

 そういってホップとラビフットはさらに先へと向かっていった。俺もジメレオンの傷を回復させさらに先へと進んでいった。

 たまに道に擬態しているマッギョを躱しながら進んでいくと奥で大きな爆発音が聞こえた。急いで向かってみるとホップ、エール団、そして、

 

「エール団、特訓にお付き合いいただきありがとう!だが…」

 

 赤いユニフォームに身を包み、汗拭き用のスポーツタオルを首にかけ、

 

「働くトロッゴンの邪魔は許されないことです!」

 

 背中からでもわかるほどの怒気を身にまとったエンジンシティのジムリーダー、炎使いのカブさんがいた。

 

「じゃ、邪魔なんてとんでもない。これはエールです」

「そうでーす…自分自身へのエール、そのやり方を教えてあげていただけでーす」

「ですがボロボロに負けてしまってたのでーす…」

「帰りまーす…」

 

 カブさんに負けたらしき先ほどのエール団がボロボロになって洞窟の外へと逃げていった。

 

「応援はいいけど邪魔はいけないからね!」

「カブさんかっこいいぞ!」

 

 ホップが飛び出しカブさんの元へと走り出す、遅れて俺も走りだす。

 

「おや、君たちはダンデに推薦されたホップにアカツキだね!」

「そうです!」

「よろしくお願いします!」

「うん、良い挨拶だ!挨拶は大事だからね!」

 

 カブさんはジムリーダーの中でもお年を召しているベテランジムリーダーだが、燃え滾る炎の様に熱いエネルギーが迸っているのが間近で感じられる。

 

「とはいえもうそろそろ日が暮れる、君たちも早く洞窟を抜けてホテルで休むといい。挑戦楽しみに待っているよ」

 

 そういってカブさんはトロッゴンと一緒に洞窟を抜けていった。

 

「アニキがいってたぞ」

「?」

「カブさんに勝てなくて、毎年沢山のジムチャレンジャーが諦めていくんだってさ」

 

 カブさんの守るエンジンスタジアム、そこは毎年多くのジムチャレンジャーをふるいにかけるジムチャレンジ内でも特に大きな壁であると。

 その言葉を聞いて心のどこかが熱くなった。早く挑戦したいとトレーナーとしての自分が騒ぎ始めたのがわかる。

 

「俺、そういわれると燃えてきたよ!」

「オレもだ!行くぞアカツキ!」

「うん!」

 

 俺もホップもいつの間にかかなりのバトル好きになってしまったようだ。もういっぱしのポケモントレーナーと胸を張っていってもいいだろう。

 さあ、この洞窟を抜ければもうエンジンシティだ!

 

「ホテルに行く前に参加登録済ませとこうね」

 

「お、そうだった。忘れてた忘れてた」

 

 

 ホテル・スボミーインで休む前にまずはジムの予約だ!忘れること、即ちジムチャレンジでの大きな遅れとおもえ!

 

 




さあ、ここからまたゲームを進めていきます。

ですので多分明日の投稿はないと思われますがご容赦ください。もう今日だったわ…


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29、vsマリー

書いてる途中で寝落ちするとは一生の不覚、一生の不覚四度目


 

 第二鉱山を抜け再びエンジンシティへと戻ってきた俺とホップ、時間は既に夕暮れ時ということでホテルへと足を運んでいた。

 

「その前にジムの予約、だよね!」

「おぉ! 先に着いた方が予約も先ってことで」

「異議なし!」

 

「「うおぉぉおぉぉ!!!」」

 

 エンジンシティは今日も人が多い。少しでも早くスタジアムに着くため人の少ない道、よりスタジアムに着くのが速い道を脳内の地図で計算する。

 

「あ! あっちの道の方が近そう!」

「なんだと!お前にだけ行かせるか!」

 

 そして人の少ない道を計算できる力があれば、逆に人の多い道を導き出すことことも可能だ!

 

「わあぁぁああ!?なんだ急に人が多く!?」

「そっちの道はこの時間帯スーパーの特売セールで沢山の主婦で道が塞がれるんだよ!」

「お前…なんでそんなこと!?」

「カレーの材料買いまわった時に聞いた!」

「ひ、卑怯者おおぉぉぉ…」

 毎度おなじみとなった全力競争だがホップやユウリと散々競い合い騙し合い培われた相手を出し抜く技術はより洗練されたものとなっていった。

 ホップを計算からはじき出された入ってはいけないコースに誘導し足止めすることに成功した。俺はその隙にスーパーの裏を通って人の波を回避しさっさとスタジアムへ向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そのままスタジアムへゴーーーール!!!

 圧倒的大差。ホップがスタジアムにたどり着いたのは十分も後となり、ボロボロなうえになぜか手には卵一パックが入ったスーパーの袋を持っていた。

 

「なぜ卵?」

「…あのままセールの波に流されて気がついたら卵特売コーナーにいたんだ、買わなきゃ出られなかったんだぞ」

「カレーに生卵でも入れて食べよっか」

「賛成!」

 

 卵を抱えてスタジアム内を歩くホップの姿は正直浮いていた、本人は生卵をトッピングしたカレーのことが頭がいっぱいのようで気づいていないのが救いだろうか。

 

「あ゛~、マ゛リ゛ィ゛ち゛ゃ゛ん゛か゛わ゛い゛い゛~!!!」

「や、やめんねユウリ!」

 

 受付まで向かっていると見覚えのある二人を見つけた、変態(ユウリ)とマリィだ。

 

「お! おーいユウリ、マリィ~!」

「あらホップ、それにアカツキもようやく着いたのね」

「どうだ! もう追いついてみせたぞ!」

「まだよ、アタシは明日の早朝からカブさんに挑めるわ。あんた達とはまだ格が違うわ!」

「なんだと!アカツキ、早く受付で予約済ませるぞ!」

「っと、そうだね。ちょっと行ってくるよ!」

「行ってらっしゃーい」

「アカツキ、ホップ!? 見捨てんで~」

 

 ユウリに抱き着かれているマリィは見捨てた、そんなことよりも早く予約だ!

 

 受付でバッジ確認とジムチャレンジの予約登録を済ませユウリとマリィの待っている休憩エリアに戻る。マリィはユウリに抱き着かれたままぐったりとなっている、南無。

 

「あんた達の順番どんくらい?」

「俺はギリギリ明日の最終チャレンジに間に合った!」

「なんですって!?…ぐぬぬ」

「俺は明後日だぞ…くそう」

 

 勝利者としての当然の権利として俺から先に登録したのだがギリギリ俺は明日に滑り込むことができ、ホップは日をまたいでの挑戦となった。

 一日お預けということでホップはえらく落ち込んでしまう。ここまで落ち込まれるとホップを出し抜いたことによる罪悪感が湧いてきて悪いことしたかなぁと思ってきた。

 

「ホ、ホップ! 美味しいカレー食べて元気出そうよ?ね?」

「ッ!カレー!?」

 

「うららぁ!」

 

 『カレー』という単語を口に出した瞬間ホップ…ではなくマリィが勢いよく顔を上げると俺に詰め寄ってきた、何故かモルペコまでボールから飛び出してきた。ちなみにマリィに抱き着いていたユウリは引きづられながら「マリィちゃんかわいい~」とか言っている。

 鼻息を荒げて詰め寄ってくるマリィからふわっといい匂いが香る。やめてくれ、女の子には免疫がないんだよぅ。ユウリ?これは一般的に女の子とされる生物とはちょっと違う生物だからノーカン。

 

「カレー、ってアカツキが作るん!?」

「あ、うん。そうなる…かな?」

「マリィとモルペコも一緒に食べてよか?」

「もちろんだよ!」

「っ! 嬉しか! アカツキの作るカレーはうまかけんね!」

 

「うらら♪」

 

 どうもマリィは以前俺たちみんなで作ったカレーの味が忘れられずまた食べたかったというのだ。

 また一人とカレーの奥深さと美味しさを世に広めることができたのだから、カレーの伝道師としてこれほど嬉しいことはない。

 

「俺、マリィのために美味しいカレー作ってみせるよ!」

「あたしも自分で作れるようになりたい、また手伝ってもよか?」

「もちろん!俺と一緒に最高のカレーを作ろう!」

「うん!」

 

 マリィと手に手を取り合い今から最高のカレー作りをすることにした。ああ、こんなに幸せなことが他にあるのだろうか…と夢心地の気分だ。

 

「…なぁ、なんかオレ達のこと忘れられてないか?」

「マリィちゃんがかわいいから、ヨシッ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 スーパーで材料を買いそろえ、野外調理が可能なスペースでカレーを作った。

 以前マリィにご馳走した希少なきのみをふんだんに用いた最高ランクのカレーには及ばないだろうが、それでもマリィと一緒に作ったカレーの美味しさは最高だった。

 

「やっぱりアカツキのカレーは美味しかね」

「生卵カレー! うめ、うめ!」

「マリィちゃんの手作りカレー! うめ、うめ!」

「このカレーは俺だけの力じゃないよ。一緒に作ったマリィと、あとモルペコのおかげでもあるよ」

 

「うらら!」

 

 カレーを食べながらなんだかんだでみんなで集まるのも久しぶりだ、と思った。ホップやユウリとはよく遭遇したがマリィとは今まで一度も会わなかったのだからしょうがないだろう。

 

「そういえばマリィもエンジンシティまで勝ち抜いてたんだね」

「む」

 

 俺がそういうとマリィはカレーを食べる手を止めてむっとした顔になった。モルペコも夢中に食べ進めていたカレーを食べやめている。

 

「アカツキ、マリィが勝ち上がれんと思っとった?」

「い、いやそんなことないよ。マリィとモルペコの強さはよく知ってるし…」

 

 機嫌を損ねたのかマリィが口をとがらせてきた。俺はそんなことはみじんも考えていなかったのですぐに謝ったがそれでもマリィの機嫌は治らない。

 

「決めた、明日のジムチャレンジの前にあたしと勝負してよ」

「ええ! マリィと?」

「マリィと、バトルできんの?」

「いや、そういうわけじゃ…」

 

 ユウリやホップに助けの視線を向けてみたがカレーを食べるのに夢中になっている。いや、よく見てみればユウリはこちらをチラチラ見てニヤニヤしている。あの野郎!

 まあだがよく考えてみればまだマリィとバトルをしたことはなかったのでこれもいい機会だと思い、承諾することにした。

 

「…そうだね、じゃあカレー食べ終わったらやろっか」

「負けんよ!」

 

「うららぁ!」

 

 

 カレーも食べ終わり腹ごなしの運動としてマリィとバトルをすることになった。

 マリィがどんなポケモンを使いどんなバトルをするのかは未知数だ、油断ならない。

 

「じゃあアタシが審判をするわね!マリィちゃん頑張れー!」

 

「おいコラ審判!」

「頼んだよ、ユウリ!」

 

「勝負は三対三のシングルバトル、良いわね!?」

 

「オッケー!」

「わかった!」

 

「うぉぉぉぉ!マリィ!!!」

「マリィ頑張れー!!」

 

 いつの間にかマリィの応援に現れたエール団だが、もう気にしないことにした。

 

「それじゃあ両者ポケモンを!」

「行け!ウールー!」

「グレッグル!」

 

 俺が出したのはウールー、マリィの出したポケモンはグレッグルだ。しかもダークボール入り、定価1000円の高級品だぞ!

 グレッグルは毒・格闘タイプの珍しいポケモンだ。相性ではかなり不利だと言えるだろう。

 

「(だけど負けるわけにはいかない!)」

「それじゃあマリィちゃんの先攻から!バトルはじめ!」

「グレッグル、『どくばり』!」

 

 グレッグルの口から紫色の針が飛び出す、触れれば相手を『どく』状態とする危険な技だが、

 

「ウール、『まるくなる』」

 

「ンメェ!」

 

 ウールーの分厚い体毛はそんなか細い針を通すほどやわではない、いや滅茶苦茶柔らかいからなんだけど。

 体を丸めたウールーの体毛に『どくばり』が刺さっていくがウールーの体を捉えるほどには至らない。『まるくなる』を解除したウールーが体を大きくふるえば体毛についていた毒の針はパラパラと落ちていった。

 

「今度はこっちからだ、『ずつき』!」

 

 ウールーは地面を強く蹴り飛ばしグレッグルへと走り出す。

 

「グレッグル、受け止めて!」

 

「グレェッ!」

 

 その『ずつき』に対してグレッグルは体の前で腕を交差させ、正面から受け止める。かなりのパワーを誇るウールーの『ずつき』をまともに受け止めるなんて、あのグレッグルも格闘タイプに恥じないパワーの持ち主のようだ。

 

「いくよグレッグル、『リベンジ』!」

「なっ!」

 

 攻撃を受け止めきったグレッグルの体から橙色のオーラが噴き出す。『ずつき』で受けたダメージはそのままグレッグルの力となり、オーラを纏い放たれた一撃は衝撃を吸収するはずの体毛をものともせずにウールーの体を大きく揺さぶった。

 

「ウールー!」

 

 吹き飛ばされたウールーが土煙の中から立ち上がる、まだまだ元気そうだが今ので大きなダメージを受けてしまったようだ。

 ウールーの『もふもふ』ですら受け止めきれないとは、『リベンジ』の恐ろしさを思い知った。肉を切らせて骨を断つ、とはよく言ったものだ。

 

「ウールー、『にどげり』だ!」

 

 一撃の重さで分が悪いなら手数で勝負だ、と『にどげり』を指示する。しかし、ウールーの鋭い蹴りを右へ、左へとグレッグルは難なく躱していく。

 基本的に下から上へ突き上げるウールーの『にどげり』は必然的に相手の上半身を狙うことになる。よく見てみればグレッグルはそれを見透かし、上半身だけを動かすことで最低限の動きで避けている。

 

「マリィのグレッグルは甘くないよ、『ベノムショック』!」

 

「レッグル!」

 

 『にどげり』を何度も躱され息の上がってきたウールーに向かってグレッグルが毒を吐き出す。

 まともに毒をかぶったウールーは二歩三歩と後ろへ後ずさり、毒は体毛を侵食しながらじわじわとウールーの体を蝕もうとしている。

 

「くそ、『ずつき』だ!」

 

 なんとか『ずつき』がヒットしグレッグルとの距離を作ることができたがこのままではらちが明かない。近接戦では不利、『まねっこ』による意表を突くという作戦もあるが毒タイプに毒技は効果が薄すぎて期待できない。

 俺がぐるぐると思考を回している間にも『ベノムショック』による毒がウールーの体を蝕もうとしている、早く何とかしなければいけないというのに打開する案は全く浮かんでこない。

 

「グレッグル、『どくばり』」

「ウールー、『まるくなる』だ」

 

 またもや打ち出された『どくばり』に対して場当たり的な指示を出す。

 しかし、それが大きな悪手だと気づいたのはすぐだった。

 

「なに!?」

 

「ンメメェェ!!?」

 

 『どくばり』が体毛に刺さった瞬間、ウールーの体にかかっていた『ベノムショック』の毒が紫色から黄緑色へと変化する。突然の変化に驚いたのは俺だけではない、少しずつ蝕んでいた毒の効果が急激に強まりウールーを苦しめ始めたのだ。

 俺が混乱しているとマリィが解説してくれた。

 

「『ベノムショック』はただの毒じゃないよ、『どく』状態の相手に使うと効果が倍増するすっごい毒やけん!」

 

 『ベノムショック』は別の種類の毒と化合することで化学変化を起こし効果を倍増させる厄介な毒だったのだ。

 黄緑色と化した『ベノムショック』の効果はすさまじくどんどんとウールーが消耗している。もはや対処は不可能一刻も早く相手を倒さなければ!

 

「ウールー、『ずつき』だ!」

「グレッグル、『ふいうち』」

 

 冷静さを見失った俺達の最後の悪あがきすらも見切られて、走り始めようとしたウールーの顔面に鋭い一撃が突き刺さる。一歩も動けず、ウールーはその場に倒れ伏してしまった。

 

「ウールー戦闘不能。グレッグルの勝ち!」

 

『フウウゥゥゥゥ!! マリィ! マリィ!』

「もう、みんな…」

 

 マリィが勝利するとエール団の大歓声が響き渡る。それを恥ずかしそうにしながらも受け入れているということはマリィにとっても嬉しいのだろう。

 俺はというと毒で蝕まれたウールーにモモンのみを食べさせて応急処置を施す。毒は綺麗さっぱりなくなりウールーも気を取り戻したことで、安心してボールへ戻した。

 

「強いね、さすがマリィ」

「ふふ、負けると不機嫌になるけん。まあ、あたしが負けるわけないけど!」

 

 いつものマリィと違いどこか強気だ、これが戦っているときのマリィなのだろう。

 俺も負けられないと思いながら二つ目のボールへと手を伸ばす。

 

「じゃあ、こいつはどうかな! アオガラス!」

 

「アーガァ!」

 

 二体目はアオガラス、もちろんグレッグルに有利な飛行タイプだからだ。

 

「アオガラス、『ついばむ』!」

 

 それにもう一つ理由がある。空からの奇襲、『ついばむ』を食らったグレッグルがすぐさま体勢を立て直し、全身から橙色のオーラー噴出させる。

 

「グレッグル、『リベンジ』!」

「避けろ、アオガラス!」

 

 グレッグルが『リベンジ』で反撃を行おうとするがすぐさまアオガラスは翼をはためかせ空へと逃げ去る。

 そう、グレッグルの弱いところはウールーと同じで遠距離の相手に出せる手が少ないことなのだ。『リベンジ』により発生したオーラも空までは届かない、しばらくするとそのまま空気に融けて消えていってしまった。

 

「それなら、『どくばり』!」

「風で吹き飛ばせ!」

 

 『どくばり』にしてもおなじだ、軽くて小さな『どくばり』は風の影響をもろに受けアオガラスにまで届かない。タイプの相性に収まらない、技そして生態としての相性が出たのだ。

 圧倒的有利なアオガラスは空からグレッグルを見下す。地を這う格闘家など敵ではないとばかりに一笑に伏している。

 

「アオガラス、『ついばむ』!」

「こうなったら正面からいくよ、『リベンジ』!」

 

 アオガラスは再び空からグレッグルに向かって突撃する。もはや後のなくなったグレッグルはせめて一撃を食らわせようと攻撃を受ける前から『リベンジ』を発動させる。

 だが攻撃を受けていない状態の『リベンジ』では『ついばむ』を押し返すことができず、オーラを突き破りグレッグルの体にアオガラスのくちばしが深々と突き刺さった。

 

「グレッグル!」

 

「グレッグル戦闘不能。アオガラスの勝ち!」

 

『ブウゥゥゥ!!!』

「ひっこめアカツキー!」

「空気読めー!」

「格闘タイプに飛行タイプ後出しとか恥ずかしくねえのかー!」

 

「サポーターの民度が低い…」

「ごめんね、いつもはそげん悪か人やなかけん許しちゃって」

「マリィちゃんがかわいいから許すわ!」

 

『フゥゥウゥゥ!!』

「マリィは俺たちの希望だー!」

「マリィさんマジ天使~!」

「お兄さんもスカイプから応援してるよ~!」

 

「お兄さん?」

「わ、わわ! 早うしまわんね馬鹿ぁ!」

 

 お兄さんという言葉に反応したかと思えばノートPCを掲げていたエール団員に空のダークボールを投げつけて黙らせ始めたマリィ。

 どこか鬼気迫る表情というか恥ずかしいことを見られたくないというか、そんな感じの表情だ。

 

「マリィってお兄さんいたんだね」

「~///」

「いつか会いたいなー!」

「オレも会いたいぞ!」

「アタシもマリィちゃんの家に行ってみたいわ!」

「……そげん言わんでもいつか嫌でも会いきるよ」ボソッ

「?」

 

 マリィが何か言っていたようだがエール団のヤジに隠れて聞こえなかった。

 グレッグルを戻すとマリィは二つ目のダークボールを取り出した。

 

「まだ負けとらんよ!」

 

 マリィは力強くそう叫ぶとダークボールを大きく振り投げた。

 出てきたのは黄色と赤色が特徴的なポケモン、調べてみるとズルッグというポケモンだった。

 

「(ビートはエスパータイプばっかりだったしマリィは格闘?でもモルペコは電気と悪だし…)」

「考え事しとる場合じゃなかよ、『きあいだま』」

 

「ズッグゥ!」

 

 ズルッグは大きく手を広げると身の丈を超すような大型のエネルギー弾を作り出す。体の大きさと不釣り合いな玉だがしっかりと投げつけてきた。

 あまりの大きさにアオガラスも避けることができず当たってしまうと大爆発を起こして落下してしまう。

 

「アオガラス、起きろ!」

 

「ッ! アーガァ!」

 

 俺の声で何とか地面への墜落は免れ地面すれすれを飛びながら着地し敵を見定める。ズルッグは小さな体にかなりのパワフルさを秘めているようだ。

 

「アオガラス、『つけあがる』だ!」

「ズルッグ、『ずつき』!」

 

 体から黒く不遜なオーラを漂わせるアオガラスとズルッグの丸っこい頭が激突する。が、特に補助技を使っていなかったアオガラスの方がパワー負けしてしまい押し返される。

 

「『ついばむ』!」

「『まもる』!」

 

 効果抜群の技で優位に立とうとしたが、アオガラスの自慢のくちばしは絶対防御の障壁を貫くには至らず大きな隙をさらす。

 

「ズルッグ、『ずつき』!」

 

 そんなアオガラスの体に『ずつき』が深々とめり込み、アオガラスは地面に倒れ伏す。

 ズルッグの体が小さいとはいえあのパワフルな一撃だ、かなりの痛手となってしまったようで立ち上がったアオガラスも荒い息を吐き出している。

 

「まだいけるか!」

 

「ァ、アーガァ!」

 

「よし、なら空高く昇るんだ!」

 

 アオガラスの無理は承知で高く高く空へと舞い上がらせる。この距離ではズルッグの『きあいだま』もよっぽどがなければ当たらないだろうとアタリをつけてそのまま羽を畳ませ急落下させる。

 羽を畳んだアオガラスの体はどんどんと加速を強め、まるで一筋の流星のようだ。この速度での『ついばむ』を食らえばさすがのズルッグとて無事ではいられない大ダメージを食らうはず。

 

「そんな大ぶりな攻撃、食らわんよ。『まもる』!」

 

「グッ、ズル!」 

 

 マリィたちは敢えてその攻撃を躱さず正面から受け止めることにした。『まもる』で無効化し、その隙に確実な一撃を食らわせるつもりなのだろう。

 もうこうなったら出たとこ勝負だ。加速と落下で過去最高レベルにまで高まった『ついばむ』が勝つか、絶対防御の名に恥じない『まもる』がそれを防ぎきるのか。アオガラスもズルッグももう相手のことしか見据えていない。

 そして大きな衝撃音とともにアオガラスの『ついばむ』とズルッグの『まもる』が衝突した。

 

 ギャリギャリギャリ!!!

 

 甲高い音を響かせながらくちばしと障壁が互いを削り合う。

 くちばしは落下で得たエネルギーをその先に全集中し障壁を破壊しにかかる、障壁はそれでも破かれず徐々に徐々にアオガラスの一撃を押し返していく。

 オーラで形成された長いくちばしは次第にひび割れ、衝突のダメージに耐え切れず自壊していく。ズルッグはそれを見てにやりと笑みを浮かべ、勝った!と思い浮かべたであろう。

 

 バリィィィン!!!

 

 ガラスの割れたような音とともに『ついばむ』で形成されたくちばしが砕け散る。それは『まもる』が攻撃を受け切ったという証拠だ。

 

「ズルッグ、『ずつき』!」

 

 もはやアオガラスに回避をするまでの時間はない。翼を再び開き直し、飛び立つ前にはズルッグの『ずつき』が体にめり込んでいることだろう。

 だから、翼を開き直す必要なんてなかった。

 

「アオガラス、『こわいかお』!」

 

 くちばしが砕けると同時に、障壁も砕かれる。ズルッグがその隙を逃さず突撃しようとした時、それは壁の向こう側から現れた。

 

 王者の威圧感。

 それはポケモンとして、特にガラル地方で育ったものとして知らないものはいない。

 空の覇者、ガラル地方の空の頂点に立つポケモン・アーマーガア。その片鱗を覗かせる王者の威圧はあらゆるポケモンを怯ませ、足を竦ませる。

 攻撃の隙をついて反撃の一撃を入れるはずが、いつの間にか立場は逆転していた。足を止め、反撃の隙を与えたのはズルッグの方となってしまった。

 

「アオガラス、『ついばむ』!」

 

「アァーガァァ!!」

 

 再度形成されなおしたくちばしは腰を抜かしたズルッグの体を一瞬のうちに何度も啄んだ。

 

「ズルッグ戦闘不能。アオガラスの勝ち!」

 

 効果抜群の攻撃を何度も食らい、ついにズルッグが戦闘不能に陥った。

 まさか完全に勝ちの流れに乗っていたあの状況ですべてを巻き返されるとは思ってもいなかったようでマリィも、そしてエール団も沈黙している。

 

 エール団より一足早く正気に戻ったマリィが急いでズルッグをダークボールに戻すとエール団も少しずつ騒がしさを取り戻していった。

 

『ブ、ブウゥゥゥ!!』

「か、格闘タイプを飛行タイプで倒すなんて卑怯だぞ!」

「で、でも今のはいい勝負だったぜぇ!」

「お前マリィじゃなくて相手応援してどうするんだよ!」

「えぇ…いやでも今のは実際見事だったし…」

 

「みんな、すごい勝負見たんやったらしっかり応援してあげんと」

 

 マリィがエール団の方を向き優しく窘めると、自分達でも今のは理不尽だと思っていたのか彼らの熱気も落ち着いていった。

 マリィは再びこちらを向きなおすと最後のダークボールを取り出してきた。

 

「楽しい、すっごい楽しいよアカツキとのバトル」

「俺もだよ!」

「だから。終わっちゃうのつまらん!ネバっちゃうよ、あたし達!」

 

 そういって最後に出てきたのはマリィの相棒、食いしん坊なモルペコだ。

 

「うららぁ!!」

 

 気合十分、いつでも来い!という気迫に満ち満ちている。

 

「俺が勝てたらまたカレーをご馳走するよ!」

 

「うらぁ!?」

 

「アカツキ…それはずるいよ」

 

 カレーの誘惑に一瞬迷いを見せたモルペコだがすぐにマリィに窘められた。ごめんごめん、冗談だよ。

 

「もうっ! モルペコ、『でんきショック』!」

 

 ちょっと怒ったマリィだったがすぐさま戦闘の指示を出してきた。『でんきショック』はまっすぐアオガラスの元へ飛んでいくが翼を羽ばたかせて高度を上げ、悠々と回避させた。

 

「アオガラス、『ついばむ』!」

 

 少し高めの高度からまっすぐ落下し、地面すれすれを飛んでモルペコへと迫る。二匹を立て続けに倒したことでアオガラスもノリに乗っている、形成されたくちばしの鋭さも今日の中でピカイチだ。

 

「させんよ、『かみつく』!」

 

 しかしそのくちばしはすぐさま粉砕された。

 オーラで形作られたくちばしをモルペコの強靭な歯が真っ向から打ち砕いたのだ。

 

 自慢のくちばしが一撃で叩き折られアオガラスの思考が真っ白になる。そのままアオガラスの体に引っ付いたモルペコはかわいく笑いながら頬から電気を走らせた。

 

「モルペコ、『でんきショック』」

 

「うららぁぁあぁぁ!!」

 

「アァァガァァ!!?」

 

 密着した状態で流された強力な電撃に身を焼かれ、アオガラスは一撃で戦闘不能に陥った。

 

「アオガラス戦闘不能。モルペコの勝ち!」

 

『モルペコ! モルペコ!』

「モルペコ良いぞぉ!」

「すごいぞ、タイプの相性をしっかり理解しているんだな!」

「かっこいいよモルペコ!」

 

「うらうら♪」

 

 モルペコはエール団の応援に顔を赤くして頭を掻いている。

 ぬいぐるみのようなモルペコだがあの暴力的な威力の『かみつく』はかなり危険だ。アオガラスのくちばしを一撃で粉砕したことといいパルスワンの『かみつく』にだって匹敵するだろう。

 アオガラスをボールに戻して、最後の一匹をつかみ取る。やはり、最後を任せるならこいつだ。

 

「頼んだぞ、ジメレオン!」

 

 俺の最初の相棒、一番頼りになる仲間だ。たとえタイプ相性で不利だったとしてもこいつならきっと何とかしてくれると思わせてくれる。

 

「電気タイプに水タイプ…アカツキは面白いね」

「相性なんてぶっ壊してやるさ!」

「じゃあ行くよ、『でんきショック』!」

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

 モルペコの『でんきショック』に合わせて『みずでっぽう』を投げつける、すると電撃は易々と水の玉を貫通してこちらに向かってきた。

 ジメレオンは近くに立っているポールに舌を巻きつけ回避をする、だがやはり電気技に対して水技で撃ち合うのはあまり有効ではないようだ。

 

「どんどん行っちゃうよ、『でんきショック』」

「『みずのはどう』!」

 

 こんどは『みずでっぽう』よりも大きな『みずのはどう』をぶつける。さすがの『でんきショック』も『みずのはどう』には威力負けし、電撃ごと押し返した。

 ポヤポヤとしているモルペコに『みずのはどう』が直撃し、大きな水しぶきが上がる。

 

「これで一撃!」

 

 何とか攻撃を当てることができた、『みずのはどう』ならば十分に『でんきショック』に対抗できるのだと思っていると水しぶきの中からなにか黒いものが飛び出してきた。

 黒いものは超スピードで駆け抜けるとそのままジメレオンの顔に突撃して吹き飛ばした。

 

「黒い…モルペコ?」

「そだよ、モルペコのもう一つの姿『はらぺこもよう』やけん」

 

「ウララァ!」

 

 黒いものの正体は全身が黒く染まり目を真っ赤に染めたモルペコ本人、図鑑に載っていたフォルムチェンジとはこの状態のことか。

 

「『はらぺこもよう』のモルペコはちょっと攻撃的になっちゃうから、うかうかしてたらすぐ終わるよ」

 

 マリィの言葉通りいつものどこか抜けた感じのモルペコとは一転してすごく攻撃的となったモルペコがジメレオンに向かって『かみつく』を使ってくる。ジメレオンも凶暴さがあらわになったモルペコの攻撃に対して防戦一方となっている。

 

「モルペコ、『かみつく』」

「ジメレオン、『ふいうち』」

 

 大きく口を開いたモルペコの横顔にジメレオンのしっぽが叩きつけられる。が、効果はいまひとつな技だったようで構わずジメレオンのしっぽに噛みついてくる。

 『はらぺこもよう』となったモルペコは常に空腹状態となっているようで『かみつく』のパワーも以前の『まんぷくもよう』を優に超える噛みつき力だ、食べ物に対しての執念のようなものを感じる。

 

 ジメレオンはしっぽに激痛を感じながらぐるぐると振り回し、それでもかみついて離さないモルペコを地面に叩きつける。やっと離れたモルペコは口に入った土をペッと吐き出している。

 

「本当に悪タイプって感じだね」

「ワイルドでかっこええやろ?」

「まあたしかに」

「でも、そろそろやな」

 

 しばらく猛威を振るっていた『はらぺこもよう』のモルペコが光りはじめると、いつもの『まんぷくもよう』の姿に戻ってしまった。

 

「バトル中に何度も変身をするのか」

「そ、かわええやろ?」

「(マリィは結構モルペコにべたぼれみたいだな)」

 

 『はらぺこもよう』のときの苛烈さはなくなったもののそれでもモルペコは厄介だ。遠近距離に隙がない上にまだあれが残っているのだから。

 

「アカツキ! この攻撃、どげんかせんね!」

 

 モルペコの体から『でんきショック』を優に超える電撃が発生し地面の土を焼き焦がしていく。

 ついにきたか、モルペコ最強の技!

 

「モルペコ、『オーラぐるま』!!」

 

「うららららぁぁ!!」

 

 全身に高圧電流のオーラを纏わせたとっしん、『オーラぐるま』。以前食らった時はすごい痛かったがしばらく見ないうちにまた威力を上げたのが肌でわかる。これはまずいと思いジメレオンに回避を指示するが、

 

「遅い、遅いよアカツキ!そんなんじゃマリィとモルペコの攻撃は避けられんたい!」

 

 マリィもいつもの標準語が段々と崩れてきている、それだけ今のバトルに興奮してくれているのだろうがわかって俺も嬉しくなる。

 オーラを纏ったモルペコは回避に専念するジメレオンをじわじわと追い詰めるように加速していく。走れば走るほどこの技は速く・強くなっていくというのか。

 

「ッ! そこ!」

 

 だがいつまでもそのままとはいかないはず、マリィも予想以上の回避性能を見せるジメレオンに焦り始めている。『オーラぐるま』は確かに強力な技だがいつかは終了するはずだ、そこを狙って討つ!

 

 そう思っているとまたもや変化が現れた。『オーラぐるま』中のモルペコが輝きだし、またしても『はらぺこもよう』に変身したのだ。

 

「攻撃中にも変身するのか!」

 

 マリィを見るとマリィ自身もモルペコを見て驚いている。

 

「そんな、今まで技の発動中にこげん変身するのは見たことなか!」

 

 困惑しながらもマリィは嬉しそうに、初めて見た光景にはしゃいでいる。

 

「すごい、すごか! アカツキはほんにすごかよ! マリィも見たことなかったモルペコの姿をこんなにも引き出しとる!」

 

「ウララァ!!」

 

 『はらぺこもよう』となったモルペコの『オーラぐるま』が、電気を現す黄色から悪タイプの黒と紫っぽい色のオーラへと変わっていく。姿が変われば技のタイプまで変わるのか!

 『オーラぐるま』は電気タイプから悪タイプの技へと変わっていくとその破壊力をさらに増大させた。

 

「でもそれならこっちだって好都合さ!」

 

 電気タイプの『オーラぐるま』には手も足も出なかったが悪タイプの技となれば対抗手段も思いついてくるものだ。モルペコのフォルムチェンジはこちらにとって好機となるのか否か。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

 『みずのはどう』を地面に打ち付け大きな水で出来た壁を作り出す。

 

「その程度じゃ止められんよ!」

 

 モルペコはそんな壁をものともせずに突き破ってくるが、突き抜けた先にジメレオンの姿がなく困惑の表情を浮かべている。

 そして通り抜けた水の壁の中に潜み、隠れこんでいたジメレオンに気がつけなかった。

 

「ジメレオン、舌で絡めとれ!」

 

 オーラをホイール状にして加速と突撃を繰り返す『オーラぐるま』は技の性質上、真横ががら空きとなっている。追われる立場のジメレオンではその隙間をつくことができなかったが、電気のオーラを失い破壊力だけに特化した今の『オーラぐるま』ならば水の壁の中に潜んで隙をつけるのではないかと思ったがうまくいったようだ。

 モルペコがジメレオンに気がついたのはその直後、水の中から飛び出した長い舌に足をからめとられたことで『オーラぐるま』を無理やり解除させられる。

 一本釣り状態となったモルペコをぐるぐると空中で回し地面に叩きつけた。

 

「ウララア!」

 

「モルペコ!」

 

「とどめだ、『みずのはどう』!」

 

「メッレオン!!」

 

 ジメレオンが両手を合わせ、両掌に存在する水の流れる線を接続する。両手の水をあわせた『みずのはどう』はひときわ大きな水の塊となっていく。

 

「モルペコ、『オーラぐるま』!」

 

「ウララァ!」

 

 マリィたちもすかさずオーラを纏わせ特大の水球に突撃させる。

 水の力と悪のオーラが激突し、水しぶきと大きな爆発を生み出す。長時間ふり続けた水しぶきもおさまると爆発の黒煙も晴れてきた。

 

「う、うら…ら」

 

「モルペコ!」

 

 『はらぺこもよう』から『まんぷくもよう』に戻ったモルペコが姿を現す、全身傷だらけになりながらもマリィの元へと一歩ずつ地面を踏みしめ歩いていた。

 しかし、マリィのもとにはあと数メートル足りなかった。

 

「う、ららぁ…」

 

「モルペコ戦闘不能。よってアカツキの勝ち!」

 

 モルペコは倒れ、黒煙の中からはまだまだ余裕そうなジメレオンが現れたことで俺達の勝ちが言い渡される。

 

 あれほどうるさかったエール団たちは軒並み肩を落として残念そうにしている。

 

「モルペコ、ようがんばった」

 

「うら…」

 

「バトルしてお腹へったやろ? また美味しいもんでも食べよ」

 

「うらぁ!」

 

 倒れたモルペコを抱えてマリィがこちらへと歩いてきた。その顔はエール団の様に負けて残念、というわけでもなく晴れ晴れとしている。

 

「アカツキ、今日は戦えてよかったよ」

「俺も、マリィとマリィのポケモン達とのバトル楽しかったよ」

 

 左手にモルペコを抱えたマリィと右手で強く握手をする。今まで戦ってきたトレーナーたちとはまた違い、柔らかくて小さな手だった。

 

「でも、次は負けんからね」

「今度だって俺達が勝つね!」

「モルペコはまだまだ全力を残しとるもんね!」

「でも負けたじゃん」

「まだ全力出してないから完全な負けじゃなか!」

 

 思ったよりも負けず嫌いだったマリィと笑いあいながらホップとユウリの待つ応援席へと戻るといつの間にかエール団の連中はいなくなっていた。

 

「ところで結局彼らって何者なの?」

「うーん、故郷の知り合い?」

 

 どこか歯切れの悪そうにするマリィが少し下手くそな笑みで流そうとしているところを見るに何かまだ言えない事情があるのだろう。

 まだ言えないというならきっといつか話してくれることを願って今はその話題を封じる。彼らの妨害行為にどんな秘密が隠されているのか、まだ俺達は知らない。

 

 

「はー!マリィちゃん強くてかわいいとかもう最高!ギュってしちゃうわ!」

「ユ、ユウリあんまり強く抱きしめんといて…」

「スンスン、いい匂い」

「ちょ! 首に顔を埋めるんじゃなかよ!」

「もうあいつ手遅れじゃね?」

「何がそこまでユウリを駆り立てるんだろうね、俺達も混ざってみる?」

「ジュンサーさんのお世話になりたいならいいと思うぞ」

「……俺にそんな勇気はございません」

「素直でよろしいな!」

「ぐへへぇ、このままマリィちゃんの部屋で一夜を…」

「モルペコ、『オーラぐるま』!!」

「ぎゃあああ!!」

「あれ意外と痛いんだよね」

「ポケモンの技を食らって平然としてるアカツキも大概だぞ」

 

 

 

 



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30、ユウリvsカブ

個人的に相当難産でした、遅れて申し訳ないです…

正直次の話でアカツキを敗退させようか勝たせようかすら迷っているのでまた期間が開くかもしれません…

ところで久しぶりにポケモンセンターに行ってテンションが上がった田舎民です。ウールーぬいぐるみ欲しい!五千円!高い!
店内で流れる剣盾のBGMとか聞くとテンション爆上がりしますよね。


 

 エンジンシティに着いた俺はなんやかんやあってマリィと勝負することになったが激闘の末勝利をつかむことができた。

 バトルを終えた後ユウリがモルペコの『オーラぐるま』を食らうなどひと悶着もあったが、今はホテルの部屋でみんなでくつろいでいる。

 

「ジャーーーン!!!」

 

 そういってユウリが取り出してきたのは三枚のチケット。

 

「これ何のチケット?」

「明日のジムチャレンジの観戦用チケットよ、ジムチャレンジャーの立場を使ったら結構簡単に手に入ったわ」

 

 ユウリは俺とマリィとホップに一枚ずつチケットを手渡してきた。

 

「明日はマリィちゃんとアカツキも試合があるわよね、参考ついでにアタシの試合を見ていきなさいよ」

「それは助かるけど」

「負けたらお笑いものだぞ」

「一日遅れのホップなんかに言われたくないわ、負け犬」

「ぐはっ!」

「ホップぅ!」

 

 ホップが胸を抑えて倒れ伏したがまあいつものことなので気にしないでおこう。こちらとしても事前にカブさんの試合やジムミッションの一部が見れるなら大助かりだ。

 ジムチャレンジの観戦チケットは毎回すごい倍率らしいが、ジムチャレンジャーは一度だけ特権として優先的に観戦チケットを斡旋してもらえるらしい。偵察や下見として有効な手段となるそうだ。

 

「ありがとユウリ、マリィの試合もちゃんと見て…よ?」

 

 チケットで顔を隠し、照れながら言うマリィに再びユウリが襲い掛かるがモルペコの『でんきショック』に会えなく撃沈する。

 ユウリが「次からは電気対策をして…」だのなんだの呟いているが聞かなかったことにしよう、そっちの方が面白そうではあるし。と、そんなことを考えているとマリィにちらっと見られた。

 

「今なんか余計なこと考えとらんかった?」

「ないです」

 

 全くないです。ユウリに襲われるマリィは傍から見ている分には面白いとかそんなことは考えていない。『でんきショック』が飛んできたがホップでガードした。

 

「アババババ!!」

「マリィひどーい(棒)」

「あ!ご、ごめんホップ!」

「マリィちゃんに心配されるホップ…殺す!」

 

 その後またも暴走したユウリがマリィに襲い掛かろうとしたり、それを俺とホップとモルペコの三人がかりで取り押さえ男同士の友情が深まるなどいろいろと楽しい夜になった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 翌日の早朝、ホテルの庭でユウリとポケモン達のトレーニングに付き合っていた。

 

「ヤミちゃん、『みだれひっかき』」

「ロコン、躱して、『おにび』」

「ヤミちゃん影に潜りなさい!」

「逃がすか、『じんつうりき』!」

 

 影の中に退避するヤミラミを『じんつうりき』で拘束、しようと思っていたのだがヤミラミが『じんつうりき』に少し抵抗すると敢え無く散り、そのまま影へと潜っていった。

 

「あ、悪タイプ!」

「遅いわよ、『あやしいひかり』!」

 

 悪タイプのヤミラミにエスパータイプは無効、そんな初歩的なミスを逃さないとばかりに、影の中から宝石で出来た両眼が浮き出てくる。両眼は怪しく光るとロコンの意識を惑わし、狂気にへといざなった。

 目に見えてロコンの動きがおかしくなり一歩二歩と足があらぬ方向へと動いていくと、立っているポールをヤミラミと思ったのかずつきを始めてしまった。

 

「ヤミちゃん、『ナイトヘッド』!」

 

「ヤミィ!」

 

 影から飛び出したヤミラミの両眼が黒い光を発する。それはポールに頭突きを繰り返すロコンを飲み込み、爆発した。

 

「はぁー、負けた!」

「ふん、やっぱりアタシが一番強くて最強…なのよね!」

 

 倒れたロコンにオレンの実を食べさせながら、ユウリと今のバトルの反省点を洗い出していく。

 タイプのド忘れは論外として影の中に潜んで奇襲という点と、『いたずらごころ』と『あやしいひかり』のコンボは改めて強力だという結論に行きつく。

 

「ただね、やっぱりヤミちゃんの場合『ナイトヘッド』くらいしか強力な攻撃技がないところがネックなのよね」

「あれだけ影の中を出たり入ったりされるうえに強力な技をバシバシ打たれたらこっちは打つ手がなくなっちゃうよ」

「アカツキはなんか良い技マシンとか持ってないの?」

「うーん、ジムチャレンジとソニアさんからもらった三枚だけだね」

「アタシと同じかー…」

 

 テーブルに突っ伏すユウリに苦笑しながら何かいい案はないかと頭をひねらせていると、ある店のことを思い出した。

 

「そういえば街の中央通りにレコードショップってのがなかったっけ?」

「レコード…ああ、一昔前の使ったら壊れちゃう骨董品ね」

「何かあるかもしれないし行ってみる?」

「…そうね、このままうだうだ唸ってても時間は待ってくれないわ。開いてるかわからないけど行ってみましょ!」

 

 突っ伏していたユウリだが目的が決まれば行動は速い、彼女の良いところだ。

 ホテルに外出を伝えて送り出され、エンジンシティの中央通りを巡る。まだ朝早いからかいつもはごった返している人も少なくて新鮮な感じだ。

 

「えっと、たしか…あ、開いてるよ!」

 

 レコードショップはまだ日が出て浅いというのに既に開いていた。店主である男性に話を聞いてみるとレコードの良さを少しでも広めるために毎日朝早くから店を開いているらしい。

 

「レコードはねなんというか実にロックなんだよ。一度使えば壊れてしまう、言ってしまえば技マシンの劣化版だって言うようなものなんだがその儚さがボク達レコードホルダーの心を掴んでやまないんだ。こうしている今もどこかで埃を被っていたレコードが掘り起こされ、使われ、その役目を果たして眠りにつく、そう考えると何かこうこみあげてくるものを感じないか!?」

「わかりますよその気持ち!使い古されたカレーのスパイスが新しく生まれるスパイスたちへと繋がっていくとかそんな感じなんですね!」

「おお!わかってくれるかい!君にもレコードの気持ちが!」

「はい!すべてはカレーに通じる、ですね!」

 

 店主の男性と熱い握手を交わし互いの歩いてきた道を確かめ合う。たとえ奉ずるものは違えどその根底にある気持ちは変わりはしない。言葉ではなく、魂で通じ合うのだ。

 俺達が熱く語り合っている間にもユウリはさっさと店先のレコードを物色している。そして気に入ったらしき二つのレコードを手に戻ってきた。

 

「これと、あとこのレコードお願いしまーす!」

「それに目をつけるとは言い目をしているね!大事に使ってくれよ!」

「はい、じゃあさっそくヤミちゃんに使って…もうこれはゴミね、ポイ」

「ウオオオォオォォォ!!また一つのレコードが逝ってしまったぁぁぁぁ!!!」

 

 使い終わったレコードを店先においてあるごみ箱にさっさと捨てるユウリ、店主は膝から崩れ落ち絶叫と涙を流す。

 それは役目を終えたレコードへと贈る門出の鎮魂歌。役目を終えたレコードはいずれ新たなるレコードとなるのだろう、そう考えると俺も何か熱いものがこみあげてくる。とりあえず敬礼しておいた。

 

「なにしてんのよアカツキ」

「旅立ちと新たな命の門出を祝福してるんだよ」

「?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そして時間は流れついにジムチャレンジが開始した。ユウリは本日のトップバッター、その注目度も並ではない。

 ジムミッションのハイライトも流れ終え会場の熱気もヒートアップしてきている。

 

「あ、ユウリでてきたよ」

 

 マリィの言葉に反応してコート入り口を見ると大手を振りながらユウリが会場入りしてきた。この満員の観客に気後れせず、むしろそれすらも自分の力にすると言わんばかりのユウリの胆力に感心する。

 だが気がついたのはそれだけではない。今までのジムチャレンジではチャレンジャーの向かい側から入ってきていたジムリーダーが一緒に入場してきたのだ。カブさんとユウリ二人が並んで入場している。

 

 二人がコート中央にたどり着くと互いに背を向け、距離を取る。

 ユウリもカブさんもボールを取り出し、開始の宣言を今か今かと待ち望んでいる様子だ。

 

『それでは、両者ポケモンを!!』

 

『いきなさい、ヤミちゃん!』

『頼んだよ、ランプラー!』

 

 ユウリとカブさんがポケモンを出すと観客席も一層騒がしくなる。いつもはあそこでこの再歓声を浴びているんだと考えるとなんだか変な気持ちになる。

 

「ユウリはヤミラミ、カブさんはランプラーか」

「どちらもゴーストタイプやけど、ヤミラミは悪タイプも入っとるからね」

「となるとユウリの方が有利…なんつって」

 

 ホップに頭を叩かれた。

 

『ではチャレンジャー・ユウリの先攻から、バトル開始!』

 

『ヤミちゃん、『ナイトヘッド』!』

『ランプラー、『シャドーボール』!』

 

 ヤミラミの両眼から出た黒い光とランプラーの作り出した黒い弾丸が衝突し爆発する。互いの強力な攻撃に観客も大盛り上がりだ。

 

『ランプラー、『ほのおのうず』!』

 

 ランプラーの体が開き、その中から紫色の炎が吐かれる。炎はヤミラミの周りに渦を巻くと、その体を焦がしてやろうとじりじりと迫っていく。

 中のヤミラミもあまりの熱に苦しそうに唸る。

 

『行くわよヤミちゃん!『サイコキネシス』!』

 

『ヤミィ!』

 

 しかし、ヤミラミの宝石で出来た両眼が光を発すると周りを覆っていた炎が渦を巻くのを止める。そして内側からの強大な力に無理やり炎の檻はかき消された。

 

「『サイコキネシス』!?」

「あんな技昨日までなかったはずだぞ!」

 

 ホップとマリィが驚いているのも無理はない、『サイコキネシス』はさっき覚えさせたばかりの出来立てほやほやの技なのだから。

 強力な念動力は炎だけにとどまらずランプラーの体をも拘束する。ランプラーが体を動かすが『サイコキネシス』の力は強大で拘束を解くどころか動くことすらもままならない。

 

『ヤミちゃん、『ナイトヘッド』!』

 

 ヤミラミの『ナイトヘッド』がランプラーの体を捉え、爆発を引き起こす。

 炎に囲まれて一転、見事な逆襲撃に観客はさらにヒートアップしていく。

 

『なかなかやるね』

『当然よ!アタシが最強ってことを見せつけてあげるんだから!』

『ふむ、だけどぼく達も負けたままではないよ。ランプラー!』

 

 カブさんの声とともに煙の中からランプラーが姿を現す。効果抜群の技を食らってもまだまだ元気が有り余っている様子だ。

 

『ならもう一回よ、『サイコキネシス』!』

 

 再びヤミラミの念動力がランプラーを拘束し動きを止めようとする。

 

『ランプラー、『シャドーボール』だ!』

 

 そうはさせまいとランプラーの『シャドーボール』がヤミラミを吹き飛ばす。だがヤミラミは体の半分を影に沈めることで爆発の衝撃によるノックバックを無理やり抑え『サイコキネシス』の維持を成功させた。

 あまりの荒業にカブさんとランプラーも目を見張り、その隙にまたも体が拘束されてしまった。

 

『これでおしまいよ、『ナイトヘッド』!』

 

 ヤミラミの両眼から真っ黒な光が伸びランプラーの体を貫こうと迫る。これが当たればランプラーといえど戦闘不能は免れない、俺もホップもマリィも、観客ですらもそれを疑わなかった。

 だがそんなことを許さない人物が一人だけいた。

 

『ランプラー!『ちいさくなる』!』

 

 突如拘束されていたランプラーの体が小さく縮小する、もはや観覧席からではその姿も動きも捉えられないほどに。

 対象を見失った『ナイトヘッド』はあらぬ方向へと飛んでいき、また対象の大きさが突然変化したことで微細なコントロールができなくなった『サイコキネシス』がうち破かれる。

 

『ランプラー!』

 

 カブさんが今までで一番大きな声を上げる、その迫力にユウリも体をこわばらせ広かったはずの視界が狭まる。

 ユウリの視線も観客の視線もカブさんに注がれ、誰もフィールドの上空に光が集まっていることに気がつかなかった。

 

『ッ!しまっ…!?』

 

『ランプラー、『ソーラービーム』!』

 

『プラァァァ!!!』

 

 ユウリが気がついたころにはもう遅かった。

 フィールドの上空から蓄えられた光のエネルギーが収束され放たれる。膨大な光のエネルギーを、ヤミラミはただ見つめることしかできなかった。

 

『ヤミちゃん!』

 

 ユウリの悲痛な声がコート中に響いた直後大爆発が引きおこる。そして光も爆発による煙も晴れたころ、瀕死となったヤミラミが姿を現した。

 

『ヤミラミ戦闘不能。ランプラーの勝ち!』

 

『オオオォォォォォオオオ!!!』

 

 逆転からの逆転劇に会場も大盛り上がりとなる。

 ベテラントレーナーのカブさんの気迫に飲まれたユウリ達の負けという形に終わった。

 

『広い視野に思い切りのいい指示出し、どれも一流になるには申し分のないチャレンジャーだね君は』

 

『でも、まだボクとポケモンには及ばない』

 

 にやりとカブさんが好戦的な笑みを浮かべているのが見えた。その言葉が琴線に触れたのかユウリの口角が邪悪に上がっているのが見て取れる。

 

「ユウリ、楽しんでるな」

「うん、カブさんが相当強いからだね」

 

 基本ユウリは絶対に勝てないとされる相手とは戦わない。

 普段の奔放な言動と行動に誤解されがちだが、彼女は自分が互角以上に戦える実力を身に着けてからでないと圧倒的強者とは戦わないのだ。

 だが、ジムチャレンジでは自分よりも強い存在と戦わなければならない。ジムリーダー達は本気を出していないだけで俺達なんて片手で捻られるほどの実力をもった者の集まりだ。

 絶対的な強者に勝てないとわかりながらも挑む、ということが彼女にとっては新鮮で新鮮でたまらない…そういうことなのだろう。

 

 ユウリは二つ目のボールを手に取り獰猛な顔を隠しもしなくなった。相手が、カブさんが自分よりも強いとわかったからだろう。

 

『お願い、ヌオちゃん!』

 

 二体目のポケモンはヌオー、ウパーが進化したポケモンだ。ぬぼーとした顔ながらその両眼にはやる気が満ちている…

 

「満ちてるのか、あれ?」

「満ちてる…と思う」

「満ちてる?」

 

 ヌオーのやる気については賛否両論だったがユウリのやる気は満ち満ちている。

 

『ヌオちゃん、『アクアテール』!』

 

 ヌオーは自分のしっぽに水流を纏わせるとそれで地面を叩きつけて大きくジャンプ、一気にランプラーの元へと接近した。素早さの遅いヌオーのとんでもな移動方法にカブさんも感心するように笑うが対処を逃すほどではない。

 

『ランプラー、『ちいさくなる』!』

 

 ヌオーの水流を纏ったしっぽがランプラーの体を捉える直前、体が急激に縮み攻撃が空かされる。あの小さくなるという技の前では『マジカルシャイン』のような広範囲をまとめて攻撃できる技でなければまともに当たらないということか。かなり厄介な技だ。

 

『ランプラー、『シャドーボール』!』

 

 返すかたちで放たれた黒い弾丸はヌオーに着実なダメージを与えた。あのランプラーというポケモンは想像以上の厄介さを持っている、そしてなにより、

 

『ランプラー、『ソーラービーム』だ』

 

 そう『ソーラビーム』という技がヌオーに対して致命的すぎる。四倍の弱点、これが一撃でも当たれば戦闘不能間違いないと言えるほどに。

 カブさんが人差し指で空を指すと、ランプラーはその指示に従いヌオーでは届かないほど高くへと高度を上げていく。『ソーラービーム』のエネルギーチャージをさせまいとヌオーは『マッドショット』を撃ち出すが躱されてしまう。光はどんどん収束されていき、ランプラーもヌオーに向けて照準を固定した。

 

『『ソーラービーム』、発…!』

『ヌオちゃん、『くろいきり』!』

 

『ヌオ~~』

 

 ランプラーの『ソーラービーム』射出される直前ヌオーの口から真っ黒い霧が溢れ出しフィールドを一面黒く塗りつぶす。

 

『なに!?』

 

 黒い霧がフィールド覆いつくすとヌオーの居場所は見えなくなった。

 光のエネルギーを溜めたはいいものの標的を見失ったことでランプラーが慌て始める。せっかく集めたエネルギーもこうなっては宝の持ち腐れ、いずれは固定できなくなり霧散してしまうからだ。

 

『ヌオちゃん、『マッドショット』!』

 

 霧の中から不定期に泥の弾丸が撃ち出され始めると混乱はさらに加速する。先ほどまでの姿の見えていた相手からの攻撃を避けることなど造作もなかったが、どこにいるともわからぬ場所から迫りくる泥の弾丸はランプラーにとっては脅威だった。

 ついに『マッドショット』がランプラーを捉えると泥はすぐさま硬くなりランプラーの体に張り付き動きを鈍らせる。重くなった体では高度を維持することができなくなり少しずつ高度が下がっていく。

 

『ランプラー、『ソーラービーム』発射だ。フィールドをぐるりと焼き尽くすんだ!』

 

『プラぁ!』

 

 なおも霧に紛れるヌオーに対してついに『ソーラービーム』の維持がままならなくなってきた。霧散し始める光のエネルギーを逃すまいとフィールドをしらみつぶしに焼き始める。

 

『それをまってたわ!』

 

 ユウリがそう叫んだ瞬間霧の中から何かが飛び出す。ランプラーはそれが『マッドショット』による泥の弾丸だと思いこみ、すぐさま飛び出してきた場所に向けて『ソーラービーム』を打ち込む。しかし、爆風で霧が晴れるがそこには誰もいなかった。

 

『ヌオォォォ!』

 

 困惑するランプラーの上空からヌオーが降ってくる。先ほど飛び出したのは『アクアテール』で飛び上がったヌオー自身、高度が下がったランプラーは既にヌオーの大ジャンプ圏内へと入り込んでいたのだ。

 

『ヌオちゃん、『アクアテール』!』

 

『ランプラー、『ちいさく…!』

 

 そしてカブさんは気がつく。今ランプラー達を覆っている『くろいきり』の効果を。

 

『…ここまで計算していたのか』

 

『いっけっぇぇぇ!!』

 

 ヌオーの水流を纏った一撃がランプラーを宙から地に叩き落とす。残っていた黒い霧もその衝撃で吹き散らかされた。

 

『ランプラー戦闘不能。ヌオーの勝ち!』

 

『うおぉぉぉぉおぉぉぉ!!!』

 

 今度はユウリが逆転を起こしまたもや歓声が上がる。

 カブさんはランプラーをボールに戻し、次のボールを取り出す。

 

『『くろいきり』は煙幕と同時に『ちいさくなる』の対策…だね』

『そうです、『くろいきり』はポケモンの能力変化をすべて元に戻します。たとえランプラーが小さくなってもすぐに元の大きさに戻されます!』

『ふふ、先ほどの言葉を訂正しなければならないね。君はもう立派なポケモントレーナーで、ボクの本気をぶつけるにふさわしい相手だということだ!』

『負けません!』

 

 もう揺るがないとばかりにユウリとカブさんの気迫が衝突しあう。カブさんはそのやり取りに満足したのか満面の笑みを浮かべ二匹目のポケモンを繰り出す。

 

『頼んだよ、クイタラン!』

 

『クゥゥゥ!』

 

 二匹目のポケモンはクイタランというらしい。ポケモン図鑑で確かめてみると純粋な炎タイプだ。

 

「でも油断はできんと」

「そうだな、ランプラーみたいな水タイプ対策の技を覚えているかもしれないぞ」

 

『ヌオちゃん、『アクアテール』!』

『クイタラン、『かみなりパンチ』!』

 

 ホップがそう言った瞬間に二人が声撃宣言を行う。

 ヌオーの水流を纏った一撃とクイタランの雷を纏った拳がぶつかり合うとクイタランの拳に軍配が上がる。だが『アクアテール』をはじき返したにもかかわらずクイタランはそのまま距離をとってしまう。

 

『アタシのヌオちゃんのタイプは水と地面、クイタランの『かみなりパンチ』は効きません!』

 

 今度はヌオーの『マッドショット』がクイタランに襲い掛かる。クイタランの水タイプ対策がヌオーに通じないとわかった瞬間にユウリはがんがんと攻める作戦へとシフトしたようだ。

 

『クイタラン、『やきつくす』!』

 

 クイタランの吐き出した炎が壁の様になり泥の弾丸を遮る。泥は『やきつくす』の熱量により水分が吹き飛ばされサラサラと砂になって散っていってしまった。

 

『なら『アクアテール』よ!』

『『かみなりパンチ』!』

 

 再び水流の一撃と雷の一撃がぶつかり合い互いを相殺する。ここですぐさま動いたのはクイタランだった。

 口からチロチロと出ていた炎が突然噴出し蛇のようにうなるとそのままヌオーの全身を締め上げる。有利タイプとはいえ体を直に縛る炎の熱量にヌオーは顔をしかめ苦しみ始める。

 

『ヌオちゃん、『マッドショット』!』

 

 ヌオーが口を開き泥の弾丸を撃ちだそうとした瞬間『ほのおのムチ』はさらに伸びヌオーの口を縛り付ける。

 

『たたきつけるんだ!』

 

『クゥゥゥ!』

 

 クイタランは縛り付けられたヌオーをブンブンと回し地面へと叩きつけた。頭から地面に叩きつけられたヌオーは目を回して混乱しているようだ。

 

『クイタラン、『きりさく』!』

 

 クイタランの爪が鋭く輝きヌオーの体を切り裂く。普段はぬめりのある体液でおおわれているヌオーだが『ほのおのムチ』で縛られたことにより全身を覆う体液が蒸発し、地肌があらわになっている。

 クイタランの爪はそんなヌオーの体に傷跡を増やしていく。痛みで我に返ったヌオーが必死にガードするがぬめりのある体液に守られていたころと違い、直に来る痛みに耐えかね隙をさらしてしまう。

 

『そこだ、『きりさく』!』

 

 ヌオーの防御の隙間をついた一撃はズバン!というひときわ大きな音を立ててクリティカルに入った。ぐらりと体を倒し、ヌオーが地面に倒れこむ。 

 

『ヌオちゃん!』

 

 ヌオーは倒れ伏した体に鞭を撃ち立ち上がろうとするが今の鋭い一撃がよほど入ったのか立ち上がることができずにいる。何とか仰向けになり口から泥の弾丸を撃ち出そうとするが脱水症状を起こした体からはもはや泥を生成することができないほどだ。

 

『クイタラン』

 

 カブさんの言葉に頷いたクイタランが爪を一層輝かせる。先ほどまでよりも鋭い一撃がヌオーの首元を狙って、

 

 

 ……そこまでがユウリの作戦だったのだろうか?

 

『ヌオちゃん、『あくび』!』

 

『ヌ~オ~……』

 

 もはや泥の出ることのない口から大きな気泡が現れる。それがクイタランの体に当たった瞬間クイタランの上半身がぐらっと揺らぐ。なんとか上体を保とうと足腰に力を入れた瞬間左側の膝が崩れ落ちる。

 『あくび』はポケモンの眠気を誘い体の自由を奪うと、そのまま深い眠りにいざなう技だ。クイタランはその術中から抜け出すことができずついにヌオーと同じように倒れ伏してしまった。

 

『クイタラン!』

 

 カブさんの叫びも届かずぐうぐうと寝息をたてはじめるクイタラン。その横でじっっっくりと長い時間を駆けながらも、ヌオーはその体を起こした。

 とはいえ立つだけで何もできないヌオーと深い深い眠りについたクイタラン、二人がそのまま何もせずに5分を経過するとレフェリーの笛が鳴り響いた。

 

『ヌオー、クイタランともに戦意喪失とみなします!よって勝者無し!』

 

 ポケモンが5分間の間、何もアクションを起こさなかった場合の特例措置が発動され二匹のポケモンがともに戦闘続行不可と判断された。正直そんな規約は知らなかったので驚いた。

 ホップもマリィも知らなかったようなのでユウリも知っていたのかはわからないがそれでも絶対的不利な状況から引き分けにまで勝負を持っていたのは見事だろう。

 二体のポケモンはそれぞれのボールに戻されていく。

 

『…長くジムリーダーをしているけどこんな風に勝負が終わったのは初めてかもしれないよ』

『アタシも知りませんでした…ごめんなさい!』

『いや、これもルールにのっとった戦略だ。誇ることはあっても恥じることは無いよ』

 

 カブさんはこの結末さえも立派な戦術だと言って称えた。

 

『とはいえ、ボクも今の勝負は不完全燃焼だったのは事実だ』

 

『最後はお互いにダイマックスバトル…ということでいかないかい?』

 

 カブさんは最後のポケモンとともに右腕に着けたバンドを見せつけるように顔の前に出す。

 好戦的なカブさんの目にユウリも目を光らせる。そんな二人のやる気に刺激されたのか互いのダイマックスバンドが赤い光を放ち始める。

 

 ユウリも腰に付けたボールを手に最後のバトルを迎える。ダイマックスバンドはらんらんと輝いている。

 

「ユウリの最後んポケモンはバチンキー、タイプ相性では不利やね」

「ユウリでも勝てるかどうか…」

「そっか、二人は知らないんだっけ」

「? なにがだ」

 

 朝トレーニングに付き合った自分だけが知っている俺とユウリだけの秘密、二つ目の技レコードの使い先のポケモンのことを。

 

『それでは両者ポケモンを!』

 

『行け!セキタンザン!』

『お願い!ネギちゃん!』

 

『ダンザン!』

『カァァモ!』

 

 カブさんの最後のポケモンは以前俺も出会ったトロッゴンの最終進化系セキタンザン、対してユウリのポケモンはカモネギ。

 

「カモネギ!?いつのまに捕まえてたんだ!?」

「ルリナさんと戦った後に捕まえたらしいよ」

「そっか、カモネギなら相手がセキタンザンでも勝ち目はある!」

 

 ガラル地方のカモネギは他の地方よりも好戦的でタイプも格闘タイプとなっている。岩タイプのセキタンザン相手でも十分に勝ち目はあるのだ。

 

「がんばれー!ユウリー!」

「勝てたら一緒にカレー食べよー!」

「マリィが応援しとんよー!」

 

 最後の戦いということで俺達も他の観客に負けないほど声を上げる。それが届いたのかユウリが俺達の座る席に目を向けると親指を立ててサムズアップした。その時の顔はいつも見ている自信満々で不遜な顔、あの顔をした時の有利にもう心配することなんて何もない。俺達にできることはもう応援をすることだけだ!

 

 そしてユウリもカブさんもボールを手に持ちそれぞれのポケモンをボールに戻す。

 互いのポケモンがボールに戻ると右腕で輝いていた大マックスバンドのエネルギーがボールへと移り、その大きさは抱えるほどに大きくなった。

 

 ボールが後ろへ投げ出されるとポケモンはダイマックスエネルギーにより巨大化する。

 カモネギもコートを埋め尽くすほどの大きさに巨大化し、まさしく大迫力。観客席から見たそのインパクトはトレーナーとしてあそこに立っているときともまた違い大興奮だ。

 

 そしてもう一つの大興奮。セキタンザンがダイマックスしたがどうも様子がおかしい、姿が、違うのだ。

 

『ダァァァンザァァァン!!』

 

『ガァァアァァモォォォ!!』

 

 セキタンザンの姿はそのまま巨大化したカモネギと違い細部もその迫力も大違いだ、一体何が起こったのか!

 

『ダイマックスはただ大きくなるわけじゃない、その姿や技すらも変化させる特殊なダイマックス。その名も『キョダイマックス』だよ!』

 

「キョダイマックス…」

 

『キョダイマックス……ッ!』

 

『ただのダイマックスとは一味違うダイマックスバトルをお見せしよう、セキタンザン!』

 

『ダァァァン!』

 

『『キョダイフンセキ』!!!』

 

 カブさんの攻撃宣言とともにキョダイマックスしたセキタンザンの前に超巨大な大岩が生成される。あんな大岩が直撃すれば大マックスポケモンといえどもひとたまりもないことが見て取れる。

 

『ネギちゃん、『ダイナックル』!』

 

 ユウリもそれを理解したのか岩石の破壊に挑む。暗雲から二つの巨大な拳が現れ、一つは倒れかかってきた岩石を受け止めもう一つはセキタンザンの岩でできた体を殴りつける。

 俺とウールーが使った『ダイナックル』よりも強力なようでセキタンザンの体に大きなひび割れを作り出す。それでもカブさんの笑みは崩れなかった。

 

『セキタンザン!』

 

 カブさんの叫び声とともに受け止められていた岩石に向かってその巨体をぶつけるセキタンザン。『ダイナックル』の拳は二つの巨大質量を抑えきれずそのまま消えてしまった。

 巨大な岩石はカモネギを下敷きにする。その大質量に大きなダメージを受けたカモネギ。

 

『でも岩は砕けたわ!これなら!』

 

 カモネギを押しつぶした岩石はバラバラに砕け散り地面に転がっていった。それで終わったと俺もユウリも思ったはずだ。

 

『まだだ!』

 

 カブさんの再びの叫び声とともに壊れたはずの岩石群が浮かび上がり、カモネギにへと襲い掛かった。

 岩石の一つ一つはそこまでの大きさではないがあまりの数の多さにカモネギの体はどんどんと生傷を増やしていく。

 

『『キョダイフンセキ』は攻撃が終わった後もバトルフィールドに残り続け相手のポケモンを追い詰めるよ!』

『そんな!』

 

 これがキョダイマックス技、強力なダイマックス技すらも超える特殊な力を持った超強力な技。『キョダイフンセキ』で散らばった岩石群はなおもカモネギを追い詰めていく。カモネギも残ったもう一つの『ダイナックル』で残った岩石を潰していくが数が多すぎてどうしても数が足りなくなっている。

 

『隙だらけだよ、『ダイバーン』!』

 

 岩石に翻弄されているカモネギにセキタンザンの『ダイバーン』が襲い掛かる。獄炎はカモネギの体を燃やすととともに『ダイナックル』の拳も残っていた岩石をも焼き尽くしてしまった。

 炎が晴れたころにはスタジアムを日照りが照り付ける。『ダイバーン』の副次効果には天候を『晴れ』にする力があるようだ。

 

 カモネギの巨大な体は膝をつき、照りつける日に焼かれる。キョダイマックスの恐ろしさ、そしてこんな相手に勝てるのだろうかという不安がのしかかってきた。隣をみるとマリィもキョダイマックスのすごさに圧倒されていた。これではホップも…と思い反対側を振り返った。

 

 そこにはいつもと変わらないホップが応援をしていた。

 

「がんばれー!ユウリー!」

「ホップは、あのセキタンザンをみても驚かないの?」

「ん? ああオレも驚いたぞ!すごいなセキタンザンのキョダイマックス技、アレならアニキのリザードンともいい勝負しそうだぞ!」

「でもこのままじゃユウリが!」

 

 するとホップは何でもないかのようにコートに向き直った。

 

「あいつが簡単に負けるはずないだろ、見てみろって」

 

 ホップの言葉に俺もマリィも驚く。このダイマックスバトルの最中にポケモンではなくトレーナーの方を見る者がいたとは…と。

 カモネギの足元にいるユウリの顔を見てみると、

 

「あれは…」

「笑っとるん?」

「いや、あれは怒ってるぞ」

 

 俺も見たことがないユウリの怒りの表情?

 だがそれがなぜユウリの勝利につながるのかというのがわからない。

 

「あれはな、自分の不甲斐なさに怒ってる時だ」

「自分に?」

「あんユウリが?」

「そうだぞ、ああなった時のユウリは逆に頭が滅茶苦茶冴え始めてな…」

 

 ホップが楽しそうに喋っているとユウリも動き始めた。

 

『ネギちゃぁぁぁぁん!!!』

 

「大体ヤバくなるぞ」

 

『『ダイナックル』!!!』

 

 ユウリの絶叫とともにカモネギが巨大な拳を出現させる。二回の『ダイナックル』行使により闘気がハネ上がったカモネギの『ダイナックル』はなんとキョダイセキタンザンの体を持ち上げ始めた。

 

『なんと!?』

 

 さすがのカブさんもキョダイマックスしたセキタンザンが持ち上げられるとは思っていなかったようで驚きの声を上げる。

 持ち上げられたキョダイセキタンザンは体から高熱を発生させ『ダイナックル』の破壊にかかる。

 

 

『そのまま地面に叩きつけなさい!!』

 

『モォォォォオォ!!』

 

 カモネギは『ダイナックル』が消滅するまでに持ち上げたキョダイセキタンザンを逆さの状態で地面に叩きつける。

衝突の瞬間咄嗟の指示で『ダイウォール』を張りダメージを防いだセキタンザンだったが超重量級、それもキョダイマックスした状態で持ち上げられた驚きと頭から地面に叩きつけられる恐怖でユウリとカモネギに怯えの視線を向けている。

 

 互いのダイマックスエネルギーがなくなり元のサイズに戻ると、すぐさまユウリが指示を出す。

 

『ネギちゃん、『きあいだめ』!』

 

 カモネギは地面に深く座り倒すと目を閉じ、意識を集中させはじめる。ジム戦においてここまで堂々とした初めて見た、その見事なまでの『きあいだめ』に会場全体が静かになる。

 それでもカブさんは何かの危険を感じ取ったのかセキタンザンにへと指示をだす。

 

『セキタンザン、『やきつくす』!』

 

 放たれた火炎は『晴れ』の天候により威力が上昇してかなりの熱を発している、観客席にもその熱が届きそうなほどだ。

 しかしカモネギはその炎をチラリとみると目を閉じ直し、座ったまま手に持っていたネギを構える。まさかと会場の誰もが思った瞬間、迫りくる火炎に見切れないほどのスピードでネギが振るわれた。火炎は真っ二つに裂けて、消えた。

 

『『ロックブラスト』!』

 

 次に放たれた岩の弾丸も座るカモネギにたどり着く前に粉々に粉砕され地面に落ちていく。そのネギ速は『きあいだめ』が続けば続くほど速く、鋭くなっていく。

 ついにはセキタンザンの体から撃ち出された瞬間に粉々に砕け散った。もはやネギを振った衝撃のみで岩が粉砕されるほどになった。

 

 『きあいだめ』を完全に終わらせたカモネギが立ち上がり目を開く。セキタンザンは理解の及ばない相手にそれでも岩石を撃ち続けるがどれもカモネギには届かない。

 

『セキタンザン、落ち着くんだ!!』

 

 カブさんの声にセキタンザンは我を取り戻す。

 

『セキタンザン、『ヒートスタンプ』だ!!』

 

 セキタンザンは炎を足の裏から吹き出し空を飛ぶ。そして全身に炎を纏うと、全体重をかけた必殺の一撃を繰り出す。

 空から落ちてくるセキタンザンの姿はもはや太陽にも等しい。それでも、ユウリとカモネギは不敵に笑っていた。

 

『ネギちゃん、行けるわね!?』

 

『カァモォォ!!』

 

 カモネギはバッドを持つようにネギを握ると空から落ちてくるセキタンザンを見据える。

 セキタンザンの重量と『晴れ』の天候状態による後押しを受け、小さな太陽と化した『ヒートスタンプ』。『ダイナックル』により大幅に高められた闘気と、『きあいだめ』により限界まで研ぎ澄まされた集中力。

 

 その二つがぶつかり合う瞬間、カモネギは音を置き去りにした。

 

『『いわくだき』』

 

 セキタンザンの炎と岩で出来た体が粉々に吹き飛び、遅れてドシャァァァン!!!という爆音が響いた。

 セキタンザンの体は大きく弧を描いて空を飛び、地面にぶつかる音とともに地面に倒れ伏した。

 

『セキタンザン戦闘不能。よって、勝者チャレンジャー・ユウリ!!!』

 

 会場のシーンとした空気にパチパチと拍手の音が響いていく。果たして今の激突をしっかりと知覚できたものが何人いたのだろうか、少なくとも俺達はできていたようで安心する。あの一瞬、カモネギのネギは確かに音を置き去りにした。音が後から聞こえるなどという現象は初めてだったので反応が遅れてしまったのが残念だ。

 俺達も遅れながら拍手と応援の声を上げるとそれは伝播し次々と観客席の人たちが手を叩き、歓声を送る。

 カブさんも今の攻防に涙を流して立ち尽くしている。なにかがあの人にも伝わったのだろう。

 

 そしてユウリはカブさんから三つ目のジムバッジを受け取り、高らかにバッジリングを掲げる。そこには三つのジムバッジが輝き、ジムチャレンジ最大の関門の突破を宣言する輝きだ。

 会場はそれを称える大歓声を贈り、ユウリはその歓声を一身に受けたまま、最後に宣言した。

 

『アタシが次のチャンピオンになるわっ!!!』

 

『この活躍をその目に刻み付けなさい!!!』

 

 




追記

本文中に説明を忘れていましたがユウリの勝った技レコードは『サイコキネシス』と『きあいだめ』です。
調べてるときにカモネギって『きあいだめ』覚えないんか…って思いました。


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31、ジムミッション・炎のポケモンゲット

遅くなってしまって申し訳がない…(見てくれている人がいるとは言ってない)
自分の小説書きの原動力となっていた熱意だのなんだのがすっかり切れてしまいここ数か月ほど全くの手つかずとなっていました。
現状、以前ほどのやる気が湧いてこないのでタグにあるように不定期の更新となる可能性が高いです。それでもなんとか更新していきたいと思っています。
しっかりプロットとか立てて継続的に物書きができる人を尊敬しますね。

P.SまさかDLC配信まで長引くとは思っていなかったです


 

 ジムチャレンジ最初の関門といわれる三番目のジムリーダー、炎タイプ使いのカブさんに勝利を挙げたユウリは一躍有名人となった。

 多くのチャレンジャーたちが敗北し、脱落するカブさんのジムを一度の挑戦で攻略できるものは過去の記録をみてもそうはいない。ユウリはそのたぐいまれなるセンスと確かな実力でジムチャレンジの記録に名を残したといっても過言ではない。

 

 そして時間は流れ、今フィールドではマリィとカブさんによる壮絶な戦いが巻き起こっていた。

 

『モルペコ、『ダイサンダー』!!!』

 

『エンニュート、『ダイバーン』!!!』

 

 ダイマックスしたマリィのモルペコとカブさんのエンニュートによる大技のぶつかり合いに会場は大興奮の渦に巻き込まれていた。

 フィールドは『ひでり』と『エレキフィールド』によりかなり過酷な空間と化しておりマリィは暑さと電気により疲弊し始めている。

 

「マリィ頑張れー!!!」

 

「マリィちゃんそこよ、決めちゃいなさい!!」

 

「マリィなら勝てるぞ!!!」

 

『『『うぉぉぉぉぉ、マリィ!マリィ!!マリィ!!!』』』

 

「ああ、もう!恥ずかしか!」

 

「ハハハ、いい友人君達じゃないか。それにサポーター君達との息もぴったりだ」

 

 マリィの顔がみるみる赤くなっていくのが傍目にも見える。もしかすると『ひでり』による熱中症症状かもしれない。

 そんな状態にも関わらずカブさん相手に果敢に挑み続けるその姿に、俺達の声援にも一層の熱が入り込む。

 

「ほらあんた達!マリィちゃんにもっともっと大きな声援を送るのよ!アタシの後に続きなさい!!!」

 

『うぉぉぉぉぉ、ユウリの姐さん任せてください!!!』

 

 いつの間にかエール団すらも巻き込んだ大応援団のトップと化しているユウリ。

 マリィタオルを振り回し、マリィホーンで声を張り上げ、マリィ応援歌でマリィにエールを送り続ける。この熱と一体感が俺達を狂わせる。

 

『行け行けマリィ! 頑張れ頑張れマリィ! M☆A☆R☆Y ! M☆A☆R☆Y !』

 

「マリィ応援歌ってなにばい!?」

 

『うぅうぅらぁらぁ♪♪うぅらぁらぁ♪うぅらぁらぁ♪』

 

「モルペコも参加せんでよか!」

 

「ふふ…でも僕とポケモン君たちも負けるわけにはいかないんだ、いくよエンニュート!」

 

「しまっ…!」

 

「『ダイアシッド』!!!」

 

『エンニュゥゥウゥ!!!』

 

 エンニュートの体から吹き出した毒々しいエネルギーにより地面がブクブクと泡立ち始める。噴き出した猛毒は毒の津波と化しダイマックスしたモルペコをも飲み込んでいった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「こ”め”ん”な”さ”い”マ”リ”ィ”ち”ゃ”ん”!!!」

 

「うう、よかよか。みんなの応援に気を取られたのはあたし自身のせいやけん」

 

「う”う”う”う”~”~”~”」

 

 声援に気を取られたマリィとモルペコはエンニュートの『ダイアシッド』に飲み込まれそのまま敗北してしまった。

 その原因の一端を担ってしまったものとして申し訳が立たない。

 現在は選手に与えられた控室でユウリはマリィに抱き着いたまま泣きながら謝罪を繰り返している。そんなユウリの頭を撫でてをマリィが慰め返している、天使だ。

 

「う”う”、マリィちゃん、ぐへ、ごめ、ぐへへ、んなさいぐへへへ」

 

「ちょ、ユウリ触り方がいやらしか!」

 

 ユウリの方も調子が戻ってきたようにも見えて安心した。

 

「アカツキ、そろそろお前も準備した方がいいぞ」

 

 ホップの声で思い出した。

 そうだ、俺も今日に試合を控えているのだった。

 

「ホップ、チャレンジが始まるまでちょっと調整に付き合ってくれない?」

 

「よしきた!俺も明日の試合で負けてられないし付き合うぞ」

 

 マリィの助けを求める声を背に俺達は控室を後にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ホップとのトレーニングもそこそこにしてついにこの時がやってきた。

 正面ゲートを抜けて通路を進んでいくといつものように巨大な扉が道を塞いでいた。

 

『ジムチャレンジャー、承認。ジムミッションを開始します』

 

 電子アナウンスとともにプシューという音を立てて巨大な扉が開く。一歩踏み出してみると草木の香りが鼻をくすぐった。

 部屋には草むらが生い茂り、木々の生い茂る林のようなエリアまで存在している。広大な庭、といったところだろうか。

 しかしエンジンジムのジムミッションがポケモンの捕獲だということは事前にユウリとマリィから聞いていたので驚きは少なかった。

 

 草むらから顔を出すポケモン達を観察しているとレフェリーがやってきた。

 

「それではアカツキ選手、僭越ながら十人兄弟の九番目であるこのわたくしランペイがこの度のミッション解説をさせていただきます」

 

 いつもの通り顔が同じのレフェリー兄弟、ランペイさんが現れた。

 ランペイさんの説明によれば制限時間以内に特定のポケモンを捕獲することが達成条件らしい。

 

「この特定のポケモンというのは?」

 

「はい、こちら側ですでに捕獲するポケモンの種類は選別させていただいております」

 

 そういうと俺のスマホロトムにデータが送り込まれてくる。

 ポケモン図鑑を起動すると俺が捕まえるべき三体のポケモンのデータが登録されていた。

 

 一体目はきつねポケモン、ロコン。

 二体目はろうそくポケモン、ヒトモシ。

 三体目ははつねつポケモン、ヤクデ。

 

 この三体を制限時間内に捕まえることができればジムミッション達成ということだ。

 

「ええ、ただしこのエリアにはジムトレーナーも待機しております。バトルが始まればその音を聞きつけて乱入してきますのでお気を付けください」

 

「了解しました」

 

「それではこれよりエンジンジム、ジムミッション・炎のポケモンゲット開始いたします!」

 

 ランペイさんの大きな声とともにホイッスルの音が鳴り響く。

 草むらはざわざわと揺れ始め、各所からポケモン達の気配がより濃くなる。この中から特定のポケモンを見つけ出し捕まえる、さらには制限時間とジムトレーナーの妨害まであるというのだ。

 

「キッツいなぁ…」

 

 しかし時間は待ってはくれないので動き始める。

 幸いポケモン図鑑に送り込まれたデータの中にはこのエリア内でのポケモンの分布表などが入力されており当てもなく探すという行為はせずに済むようだった。

 

 草むらをかき分けて進んでいくと、お目当ての場所を見つけることができた。岩場だ。

 岩場の穴を注意深く観察しているとそのポケモンを見つけることができた。

 

「ビンゴ!ヤクデだ!」

 

 俺は草むらを飛び出すと同時に腰のモンスターボールを投げつける。

 

「いけ、モンスターボール!」

 

 投げたボールはまっすぐ飛んでいくと穴から顔を出したヤクデにヒットし、そのままボールに吸い込んでいく。

 これぞ先手必勝、『バトルせずに捕獲』だ。バトルさえ始まらなければジムトレーナーからの妨害も受けずに最速最短でミッションをクリアできる一石二鳥の作戦なのだが…

 

 ポォォォンンン!!!

 

 音を立ててモンスターボールが開くと中からヤクデが飛び出す。どうやらゲットに失敗したようだ。

 ボールから飛び出たヤクデはこちらを敵と判断したのか口からチロチロと炎を吐いて威嚇を始めてきた。

 次の瞬間、ヤクデの口から『ひのこ』がこちらへと飛来してきた。

 咄嗟に腕を交差し頭を守る。

 が、交差してから気がつく。ジムチャレンジ中はいつも旅で着用している長袖の上着ではなく、半袖半パンのユニフォームだということを。

 

「ァッゥイ!!?」

 

 結果ほぼ生身の状態で『ひのこ』を食らってしまい腕が燃えるように熱い、というか燃えた。熱い、アツゥイ!

 

「くそ、ジメレオン!」

 

 ジメレオンを繰り出し、ヤクデと戦闘態勢を取る。ポケモンの登場に際してヤクデも警戒度を高めてきて、どちらもにらみ合いが続く。

 先に動いたのはヤクデだった。

 

「クッデェ!」

 

 口から再度『ひのこ』を吐き出してくるヤクデ。

 だけどジメレオンにそんな技は効かない!

 

 ジメレオンは俺と同じように腕を交差し『ひのこ』を正面から受け止める。水タイプのジメレオンにはその程度の防御で十分にダメージを軽減させることができた。

 『ひのこ』は受け切った。なら次はこちらの番だ!

 

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

 ジメレオンは手のひらから球体上の『みずでっぽう』を放つ。

 投げ出された水の玉は高速でヤクデを捉え後方の岩場にまで大きく吹き飛ばした。

 

「畳み掛けろ、『みずでっぽう』!」

 

「メレオォン!」

 

 岩にめり込んだヤクデに追撃の『みずでっぽう』を食らわせると、ヤクデは耐えることができずそのまま戦闘不能になった。

 

「これなら!」

 

 モンスターボールを投げつけるとヤクデは抵抗できずに吸い込まれ、カチッ☆という音とともにモンスターボールに収まった。

 

「よし、ヤクデゲットだ!」

 

 これで一体目、幸先のいいスタートに少し顔がにやけてしまうが喜んでいる暇はない。次なるターゲットを見つけなければいけないのだから。

 近場に生っていたチーゴのみを潰してやけどした腕に塗り込みつつポケモン図鑑を開く。

 この辺りで近いと思われるポケモンの分布を確認するとどうやらロコンの生息域が近いようだったのでジメレオンを戻して自分のロコンを呼び出す。

 

「ロコン、お前の神通力で同族の気配を探ってくれないか?」

 

「コォン!」

 

 ロコンが神通力で同族を探している間に残ったチーゴのみを食べる。

 渋みの中にほのかな甘み、カレーの材料としてよく試食しているからわかる。これは良いものだ。

 

 ターフジムやバウジムと同様、スタジアム内部にこれほど広大な施設を作り上げていることが驚きでならない。

 特にバウジムの水流迷路は本当に度肝を抜かれた。維持費と運用費だけでいくらかかるのだろうか、などとどうでもいいことを考えているとロコンのセンサーに何かが引っ掛かったのかピンとしっぽが立ち上がった。

 

「ロコン!」

 

「コン!」

 

 俺も立ち上がるとロコンは勢いよく走り始め草木をかき分けていく。

 俺もロコンの後ろをついていくがそこはポケモンと人では運動能力が違いすぎる。ロコンが電光石火だとするなら俺では高速移動くらいのスピードしか出せない。

 

 岩場を離れしばらく進んでいくと林の中にぽっかりと開いた場所が姿を現す。

 天井からは温かな日の光が差し込みポケモン達が日向ぼっこにふけっている、なごむ。

 そのポケモン達の中でもひときわ日当たりのいい場所を陣取っているポケモン達の集団を見つける。それこそ俺達の探していたロコンの群れだった。

 

 同族の気配に気がついたのかロコン達の視線がこちらを捉える。

 先手必勝!

 

「『でんこうせっか』!」

 

 瞬間、ロコンの体がぶれる。俺の指示が出た瞬間にロコンは最高速へと到達しロコンの群れの中の一匹を捉えた。

 ロコンに反応した残りの群れのロコン達が一斉に距離を取ると、『でんこうせっか』で吹っ飛ばされた一匹以外のロコンが離れた場所で観戦し始める。

 

 その様子に俺が首をかしげていると林の中からジムユニフォームに身を包んだ一人の男性が現れる。

 どうやらバトルの音を聞きつけてやってきたジムトレーナーらしい。

 

「オレの名前はノブヒロ、ジムトレーナーとしてお前達のバトルに介入させてもらうぜ!いけ、タンドン!」

 

 ジムトレーナーの ノブヒロ が 勝負に わりこんできた。

 

 ノブヒロによるとこの庭のポケモン達はしっかり訓練がされているようでポケモン達もミッションの邪魔をしないように躾けられているらしい。

 俺がなるほどと感心しているとノブヒロのタンドンがこちらの方をくるりと向く。

 

「タンドン、『げんしのちから』!」

 

 タンドンの周囲に大きな岩の塊が現れると、それをロコンに向けて打ち込んできた。

 突然のことに反応できずロコンは『げんしのちから』をもろに食らってしまう。

 

「ロコン!?」

 

「俺達ジムトレーナーの役割は二つ。チャレンジャーのポケモンの妨害、そして…」

 

 俺が気がロコンの方に向いていると、ノブヒロがモンスターボールを取り出す。

 

「捕獲の妨害だ!」

 

 ノブヒロの投げたボールは俺達が相対していたロコンに当たるとそのまま吸い込んでしまい、カチッ☆という音とともに捕獲を完了させてしまった。

 

「とまあ、こんな風にお前たちの捕まえようとしていたポケモンを横取りするのも役割なんだ。すまんな」

 

「…なるほど、了解しました」

 

「そんじゃあまあ、ロコン達よ隠れた隠れた」

 

 ノブヒロの声に反応してロコン達が一斉に広場から姿を消していく。せっかく群れごと見つけたというのにこれでは大きなタイムロスだ。

 

「んじゃ、また探すところから頑張りな」

 

 ひらひらと手を振ってノブヒロとタンドンは林の中へと姿を消していった。

 ロコンの群れもノブヒロ達も姿を消した広場の真ん中にオレとロコンっだけがぽつんと取り残されてしまった。

 

「なんか釈然としないけど、まだ時間はあることだし頑張るぞロコン」

 

「コン!」

 

 一体目のヤクデがうまくいっただけでこれからが本当のジムミッション、ということだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ロコン見つけた!モンスターボーr…」

 

「タンドン、『えんまく』!」

 

「うあああ、眼がァァァ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ヒトモシ発見!周りにジムトレーナーの影無し!ヨシ!」

 

「モシモシ」

 

「ん? ロコンの群れの場所を知ってるって? でかした!」

 

「モシモシ~」

 

「この扉の向こう側にいるって? 道案内もできるなんてお前いい奴だな!」

 

「モシモシ♪」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ゼーハー…」

「お、恐ろしい体験をした。なんで生きてるんだろう俺?」

 

「ヤトウモリ、『毒ガス』」

 

「!?」

 

「『ひのこ』!」

 

バーン!

 

「ぐああぁぁぁぁ!!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そして時間が経った、30分あった制限時間は残り五分である。

 

 ヤトウモリの『毒ガス』『ひのこ』の引火爆発コンボで危うく殺されかけたり、ヒトモシに冥界に連れて行かれそうになるなどあったが何とか命を繋ぐことができている。

 だが時間が…圧倒的に時間が足りていないッッ!!!

 

 ヒトモシは何とか捕まえることができた。だが残りの一体、ロコンが見つからないでいる。

 草木をかき分け、この庭内を端から端までくまなく探し回ったが一向に見つけられないでいる。当然ロコンの手も借りているのだが神通力をもってしても見つけられないでいるのが現状だ。

 

「くそ、あと一体だけだってのに…」

 

 焦りで思考が空回っている、それはわかっているのだがどうしても制限時間がちらついて落ち着くことができない。

 

「落ち着け落ち着け、こういう時こそ落ち着いて」

 

「俺が今、使える手段は何がある?」

 

 ロコンの神通力、アオガラスを用いた空中からの捜索、パルスワンの鼻。

 どれも通じなかった。まるでロコン達が神隠しにあっているのではと思うほどに。

 

「ん? 神隠し?」

 

 俺は先ほど捕まえたヒトモシのボールを注意深く見つめた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そこかぁぁぁ!!!」

 

『コン!?』

 

 ロコン達が隠れていたのは先ほど彼らを見つけた広場。一度離れたと見せかけて神通力を用いて姿を隠していたのだった。

 ロコンの神通力、アオガラスの捜索、パルスワンの鼻すらも欺くほどのとんでもない力。群れたロコン達の神通力は恐ろしいものだ。

 

 それを打ち破ったのはヒトモシの力。

 こいつは人やポケモンの生命エネルギーを吸い取ったり、冥界に人を誘い込んだりするといわれるポケモンだ。

 ロコンの神通力による索敵は同系統の力だったため彼らに対策され誤魔化されていたようだが、ヒトモシの生命エネルギー探知については彼らの専門外だったようで誤魔化すことはできなかったようだ。

 

「今度こそ捕まえる! ヒトモシ、『あやしいひかり』!」

 

「モシモシ!」

 

 ヒトモシの目から生物を惑わせる光が広場の一角に放たれる。

 すると何もなかったはずの場所から目を回したロコン達が次々と現れてくるではないか。正直あれだけ自信満々に解説をしておいて実はいなかったとかだった場合俺はきっと恥ずか死んでいた。

 

 倒れたロコン達に向けてモンスターボールを投げようとした時、林の中から一度は聞いた声が聞こえてくる。

 

「タンドン、『げんしのちから』!」

 

「ヤトウモリ、『ひのこ』!」

 

「ヤクデ、『ほのおのうず』!」

 

 岩に火の粉に火炎の渦と大盤振る舞いの妨害だ。

 

「だけど、もう俺達にそんな妨害は効かない!」

 

「ロコン、『じんつうりき』!」

 

「アオガラス、『つけあがる』!」

 

「パルスワン、『スパーク』!」

 

 タンドンを『げんしのちから』ごとロコンの『じんつうりき』が粉砕し、ヤトウモリの『ひのこ』を華麗に掻い潜ったアオガラスの『つけあがる』が炸裂、ヤクデの『ほのおのうず』をパルスワンの『スパーク』が正面から撃ち破った。

 

「そんな!」

 

「馬鹿な!」

 

「ことが!」

 

 一撃で自分たちのポケモンが打ち砕かれたことに愕然とする彼らを尻目にロコン達に再度向き直す。

 すると群れの中から一匹のロコンが前へと出てくる。どうみても『あやしいひかり』を食らって『こんらん』状態に陥っているというのに一人群れを守ろうとしているのだろうか。

 

 それでも、これは戦い(ミッション)なんだ。

 

「ヒトモシ」

 

「『ナイトヘッド』」

 

「…モッシ」

 

 ヒトモシから出た黒い光を食らったロコンが力なく倒れる。

 

「いけ、モンスターボール!」

 

 ロコンに向けて投げたボールは一直線に飛んでいき、吸い込む。

 カチ、カチと何度か音を鳴らして揺れた後最後にカチッ☆とひときわ大きな音を立てて揺れが収まった。

 

ピピッピーーーー!!!

 

 それと同時にミッション終了のホイッスルが鳴り響く。

 

『タイム、29分32秒。アカツキ選手、ジムミッション達成です!』

 

『うおぉぉぉぉぉお!!!』

 

 ミッション達成の放送とともに観客席の方から大きな歓声がこちらにまで響いてくる。さすがはジムチャレンジ最初の関門、ジムミッションですらかなりハードだった。

 

 俺が地面にへばりこんでいるとジムトレーナーのノブヒロが声を掛けてきた。

 

「おめでとう、アカツキ選手」

 

「ええ、できればもう妨害しないでいただけるとありがたいです」

 

「しねえよ、ホラ」

 

 ノブヒロがへたり込んでいる俺に向けて手を差し出してくる。少し迷ったが彼の手を握り立ち上がる。

 

「ほら、そんなんじゃあうちのジムリーダーであるカブさんには勝てねぇぞ?」

 

「勝ちますよ、俺強いですから」

 

「言ったな、じゃあ期待してるぜ若きジムチャレンジャーさん」

 

 そういって俺の肩をポンポンと叩いてノブヒロは行ってしまった。

 残りのジムトレーナーの二人も「頑張ってね」「ファイト」と声を掛けてくれると去っていった。

 

 

 さあ、本番はここからだ!

 いざ、ジムチャレンジの大関門。炎使いのカブさんは目の前だ!

 



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32、vsカブ

二話連続投稿です。
前話を見ていない方は前話を見ることをお勧めいたします。


 ジムチャレンジャーを阻む大きな壁、エンジンジムとそこを守護する炎使いのカブの噂は何度も耳にした。

 ジムリーダー内では上から二番目に位置する高齢な方ではあるがその熱意と気迫は若いころから衰えることはなくむしろ今でもメラメラと燃え上がっているそうだ。

 

 いつものように控室でポケモン達の治療と選抜をしておくことにした。

 

「カブさんは炎タイプの使い手だ、ユウリやマリィの試合の時にも見たけど沢山の炎タイプを使っていたっけ」

 

 ユウリの時はランプラー、クイタラン、セキタンザン。

 マリィの時はブースター、コータス、エンニュート。

 

「どのポケモン達もカブさんの気迫に負けないほどの迫力と強さの持ち主だったな」

 

 特にランプラーは『ソーラービーム』、クイタランは『かみなりパンチ』、ブースターは『アイアンテール』とそれぞれ炎タイプが苦手とする相手を対策とした対抗技を所持していた。

 上の6匹の中から一体だれが選出されるのだろう。

 セキタンザンとエンニュートはそれぞれダイマックスを任されるほどのエースポケモン、そして対抗技こそなかったもののコータスの特性『ひでり』は炎技の威力を上昇させるだけでなく効果抜群となる水技の効力を弱めさせられる悪魔のような特性だ。

 

「うーん、ジメレオンは確実として後の二匹はどうしようか…」

 

 俺がポケモン達を見てあーでもないこーでもないと頭をひねっているとボールからウールーが飛び出してきた。

 

「ンメェ!メェ!」

 

「ウールー、お前、出たいのか?」

 

「メェメェ!」

 

 ウールーはやる気いっぱい。バウジムで自分を出してくれと強く主張してきたことを思い出す。

 ポケモンのコンディションはバトルに直結する。特にやる気というのは回復薬では賄いきれない大事な部分でもあるのだ。

 

 ウールーの目からはメラメラと燃える闘志とキラキラとした期待に満ちた願いが伝わってくる。

 よし、きめた!

 

 

「ウールーは『もふもふ』が致命的すぎるから無しで」

 

「ンンメエェ!?」

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 俺のジムチャレンジ映像の放映も終わりついにカブさんとの対決が真直に迫ってきた。

 会場の熱気は最高潮、本日のラスト試合ということで観客たちの注目度も一段と高いものだろう。

 

「待っていたよ、アカツキ君」

 

 いつもの通りフィールドへと続く通用口に着くとそこには思いもよらない人がすでに待機していた。

 

「カ、カブさん!?」

 

「ぼくはチャレンジャー君と入場前に言葉を交わすのが好きでね。構わないかい?」

 

 突然のことに度肝を抜かれたがなんとか飲み下す。

 これが初めてのジムチャレンジであったターフジムなどであれば緊張と恐怖で言葉を交わすことすらできなかっただろうが、俺だってジムチャレンジは今回で三度目。興奮と緊張感を飲み下せる程度には慣れはじめているはずだ。

 

 一度大きく深呼吸をして強くカブさんを見つめ返すとそれを了承の合図だとわかってもらえたのかカブさんはふふっと笑みをこぼした。

 こうして笑っている姿を見ている分にはすごく優しさにあふれるおじいちゃんにしか見えないな。

 

「君たちのことはバトルの前から調べていたよ」

 

「俺たちのことを?」

 

「うん、あのダンデ君が推薦するほどのチャレンジャー君たちだ。特にユウリ君、君は彼女の戦いを見ていたかい?」

 

 肯定の意を伝えるため首を上下に動かすとカブさんは満足したようにはにかむ。

 

「彼女は特に才に溢れているね。彼女との戦いでは年甲斐もなくはしゃいでしまったよ」

 

「ユウリ言ってました。カブさんの強さは本物だ、だから油断だけは絶対するなって」

 

「少し照れてしまうね。ぼくのような老いぼれが彼女のような才気にあふれた娘に褒められるなんて」

 

 その笑みは孫に褒められて有頂天になっているおじいちゃんのようだった。

 

『さて準備が整いました!それではジムチャレンジャー、アカツキ選手とエンジンジム・ジムリーダー、カブの入場です!』

 

 放送の声にハッとした俺は急いでカブさんの横に並び立つ。

 そして隣に並び立ってから気がついた。

 カブさんの体から放たれるぐつぐつとした熱気。以前始めてダンデさんを見た時にも感じた強者からにじみ出るオーラともいえる気迫、そしてそれを上回るほどの勝負への熱意がそれを感じさせるのだろう。

 

「アカツキ君」

 

「…はい!」

 

「ヤローとルリナを退けた君達の力と努力、存分に見せてもらうよ!」

 

 その言葉を胸に抱きカブさんとともにフィールドへと足を踏み出す。

 もう三度目となる会場全体が湧き立っているこの感じに、今受け取った言葉と一緒に胸が熱くなってくるのを感じる。

 

 フィールド中央まで足を進めるとお互いに背を向け距離を取る。

 

 次に顔を振り向いた瞬間、冷や汗が湧いてきた。カブさんの気迫、熱気が俺にだけ向けて放たれる。

 以前ヤローさんと戦った時にも感じた、実力者と真正面から向き合った時に感じる圧迫感だ。

 

 だけど俺だって負けるわけにはいかない!

 腰のボールを取り出し、カブさんに見せつけるように前へと突き出す。

 

 そのしぐさを見て少し驚いたような顔をしたカブさんだが、すぐ後には挑戦者へむけた獰猛な顔へと変化を遂げる。

 

 

『勝負は三対三のシングルバトル、それでは両者ポケモンを!』

 

 

「行け、パルスワン!」

「行け、ウィンディ!」

 

 俺の先発はパルスワン。

 そしてカブさんの先発はウィンディだ。

 

 もふもふの毛並み、美しいたてがみ。

 その悠然としたたたずまいはどこか神々しささえも感じさせられる。

 

「かっけぇ…」

 

 ポツッとつぶやいた俺の声は観客の感性によってかき消されたのだがどうやら相棒の耳には届いていたようでこちらを向きなおすと「ワン!ワン!グルルゥ!」と抗議を向けてくる。

 同じ犬系のポケモンとして比較されたのが悔しいのだろう。ごめんごめんと伝える。

 

『それでは先攻はアカツキ選手から、バトル開始!』

 

「パルスワン、『かみつく』!」

 

 初速から全力全快、一気にフルスロットルだ。

 ウィンディの横を一瞬で抜き去ったパルスワンは後ろからその首元めがけて襲い掛かる。

 

「ウィンディ、押し返せ」

 

 ウィンディが首を後ろ側へと向けてパルスワンの方を向く。

 だがいかにウィンディといえども既に跳びかかり始めている今のパルスワンに対処することなど不可能…なはずであった。

 

 しかし、ウィンディは動くことすらせずパルスワンを撃退せしめた。

 ただ睨み付け、大きくうなり声を上げただけだ。それだけでパルスワンの意思とは関係なく体が震えあがり硬直してしまう。

 

「ウィンディ、『かえんぐるま』」

 

 飛び上がったまま無防備な体勢と化したパルスワンにすかさずカブさんの魔の手が襲い掛かる。

 全身に轟々と燃え盛る火炎を纏ったウィンディによる突撃がパルスワンの体を吹き飛ばす。

 

 空高く打ち上げられたパルスワンは硬直した体勢のまま受け身を取ることもできずに大きな音を立てて地面へと落下してしまう。

 

「パルスワン!?」

 

 何が起こったんだ。

 あれだけ同種に対しての対抗心を燃やしていたパルスワンがまるで生まれたてのシキジカの様に足を震わせ、怯えた目でウィンディを見つめているではないか。

 

「ウィンディは『でんせつポケモン』と言われるほどの強さを持っている。彼に威圧されたポケモンはそれだけで体が震え、身体機能を低下させるんだよ」

 

 ポケモン図鑑でウィンディの調べてみるとその意味がはっきりと分かった。

 『いかく』、相手ポケモンを威圧し攻撃力を下げるといわれる強力な特性だ。

  

 今パルスワンはウィンディの威嚇をもろに食らい、戦意を喪失している。

 このままの戦闘は不利だと考えた俺はパルスワンを一度戻した。

 

「頼んだ、ロコン!」

 

 そして出した次のポケモンはロコン。

 

「ロコン、『でんこうせっか』!」

 

「ウィンディ、『こうそくいどう』」

 

 まずは素早さでかく乱、と思っていたのだがウィンディの『こうそくいどう』はロコンの『でんこうせっか』に易々と追いついてきた。

 ロコンは何とか突き放そうとスピードを上げるがまるで狩りの獲物を見つけたようにウィンディは凶悪な笑顔のまま悠々と追い付いてくる。

 

 ついには追い付かれてしまったロコンがウィンディのたいあたりで吹き飛ばされてしまった。

 だけどまだまだ挽回は可能だ、窮地をチャンスに変えるんだ!

 

「ロコン、そのまま『じんつうりき』だ!」

 

 俺の指示をしっかり聞き届けてくれたロコンは吹き飛ばされながら空中で態勢を整えると体から青白い光を放ち始める。

 『じんつうりき』によりウィンディは大きく上空に持ち上げられるとそのまま強烈に地面に叩きつけられる。ロコンはロコンで『じんつうりき』により華麗に着地している。

 

 叩きつけられたウィンディは『じんつうりき』に絡めとられたまま、大の字の状態で地面に縫い付けられている。

 ロコンに『じんつうりき』を強くめるように指示し、ここぞとばかりにダメージを蓄積させていく。だが相手方もそうやすやすとは行かせてくれなかった。

 

「ウィンディ、『かえんぐるま』だ!」

 

 地面に縫い付けられたままのウィンディが全身から炎を吹き出し『じんつうりき』の拘束を無理やりほどこうとする、ロコンも負けじと『じんつうりき』の力をさらに強めていく。

 

 そんな膠着状態がしばらく続いたが、ついにはウィンディの炎の勢いが神通力の力を上回り拘束を打ち破られてしまった。

 

「コォン!」

 

 反動で大きなダメージを受けるロコン、そして拘束を破ったとはいえかなりの体力を消耗したウィンディ。

 二匹のにらみ合いが続いたがカブさんがウィンディを戻したことで膠着は終わった。

 

「まだロコンのままとはいえ随分強力な『じんつうりき』の使い手だね、きみのロコンは」

 

「ええ、こいつは炎でも神通力でもだれにも負けません!」

 

「そうか。ならばこのポケモンを越えてみせてくれ! いけ、キュウコン!」

 

 カブさんが大きく振りかぶって投げたボールから現れた九本の美しい尾を携えたポケモン。

 かつてロコンの記憶で垣間見た群れの長、ロコンの進化系キュウコンだった。

 

 ロコンとキュウコン、進化前と進化系のポケモンが向かい合う光景に会場が大きく湧き上がる。

 方やキュートな見た目にウィンディを拘束するほどの力強さを見せたロコン。

 それに対して出てきた美の化身ともいえる九本の長く美しい尾を携えたキュウコン。

 

 観客たちが盛り上がることも当然と言えるだろう、俺だってこんな光景を前にすれば大興奮で観戦していただろう。

 だが当事者として前に立ってみるとわかった。

 あのキュウコンは、あらゆる意味でこちらのロコンの上を行っている…!

 

「キュウコン、『でんこうせっか』!」

 

「…! ロコン、こっちも『でんこうせっか』だ!」

 

 キュウコンの『でんこうせっか』に対応しようとこちらもこちらも同じ技を指示したが力の差は俺が感じた以上に歴然であった。

 

 キュウコンのスピード、パワーはこちらのロコンを優に超えており『でんこうせっか』のスピードをもってしても相手の初撃を躱すことができなかった。

 さらになんと吹き飛ばされたロコンにすら相手のキュウコンは追い付いてみせたのだ!ドラゴン〇ールじゃねぇんだぞ!

 

 飛ばされたロコンの先に回ったキュウコンはその美しい尾を巧みに動かし空高くロコンを打ち上げる。そして自分は尾を脚代わりとして用いることで大ジャンプ、打ち上げられたロコンの横にまで飛ぶと尾を振りかぶってロコンを地面へと叩き落とした。

 圧倒的すぎる…!これが進化前と進化後の力の差なのか。

 

 だが、そんな力の差を叩きこまれながらもロコンは立ち上がった。

 もはや立ち上がるだけで精いっぱいだろうというのにロコンは立ち上がったのだ!

 

 対するキュウコンは空から降りてきて尾を使い華麗に着地するとそんなロコンにふっ、と笑みをこぼしていた。

 嘲笑の類ではないのが俺とロコンにはわかる。かつての群れの長、リーダーが子供のロコン達に向けていたような優しい笑みだ。

 

 だけど、それでも俺達は負けられないんだ!

 

「ロコン、『じんつうりき』だぁ!」

 

「コォォォン!!」

 

 ロコンは地面を踏み絞り全身から青白い光を放つ。先ほどウィンディに向けて使ったときと遜色がないほど全力の神通力だということがわかる。

 俺には見えないし感じることもできない不可視の力がキュウコンに向かって襲い掛かる。これが決まればいかにキュウコンといえども大ダメージは免れないだろう!

 

「キュウコン」

 

「…コン」

 

「こちらも『じんつうりき』だ」

 

 瞬間、ビリビリとその力の発生によって生じた大気の震えで俺は吹き飛ばされかけた。

 俺は咄嗟に踏みとどまり、体勢を整える。次の瞬間に見たのは空高く持ち上げられたロコンだった。

 

「ロコン!」

 

「キュ…コォン!」

 

 頭上高くから一気に地面に叩き落とされるロコン。

 フィールドにめり込むほど強く叩き落とされたロコンは目を回していた。

 

『ロコン戦闘不能。キュウコンの勝ち!』

 

『うおぉおぉぉぉ!!!』

 

 進化前対進化後の勝負は進化後のキュウコンに軍配が上がった。

 その圧倒的な力の差を見せつける美しい存在に向けて会場中からエールが送られる中、俺はロコンの下まで駆け寄り体を起こす。

 

 小さな体はボロボロに傷ついているが致命的な大ダメージにはなっていないようだった。俺がちらりとキュウコンを見るとそれを予期していたのかこちらを見つめ返してふっ、とほほ笑んだ。

 

「(まさか…あれで手加減されていたのか?)」

 

 ロコンの『じんつうりき』をやすやすと打ち破り地面に叩き落としたあれですらもまだ加減していたという事実に悔しさが溢れる。

 するとロコンが目を覚ましたのか小さくうなり声をあげる。はっとして見てみると手に力が入っていたようでロコンはそれに苦しんでしまったようだ。

 

「…ありがとうロコン。しっかり休んでくれ」

 

 ロコンをボールに戻し、カブさんとキュウコンに向き直る。

 どちらも今の勝負で完勝したというのに油断している様子もない、さすが歴戦のジムリーダーとそのポケモンというところだろうか。

 

「頼んだぞ、ジメレオン!」

 

 炎タイプのキュウコンに対して水タイプのジメレオンは有利相性、これで挽回の流れを作ってみせる。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

「キュウコン、『かえんほうしゃ』!」

 

 大きな水の玉と轟々と燃え盛る火炎が真正面から衝突する。

 

「互角!?」

 

 タイプ相性で大きく勝っているはずのジメレオンの『みずのはどう』がキュウコンの『かえんほうしゃ』で相殺されてしまう。なんて火力なんだ!

 

「ロコン相手では『もらいび』で炎タイプの技は使えなかったからね、キュウコンにとってはこの炎技こそが真骨頂なのさ!」

「キュウコン、『おにび』だ!」

 

 カブさんの続けての指示によってキュウコンの周りに怪しげな紫色をした火の塊が現れる。その数はロコンの『おにび』を優に超える数でとても『みずでっぽう』で一つ一つ消している余裕はないほどだ。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』だ!」

 

 ジメレオンに襲い掛かる火の玉はまとめて消し去ることにした。

 キュウコンの操作によって四方から逃げ場なく迫ってくる『おにび』、それを『みずのはどう』を地面に叩きつけて作り出した巨大な津波でまとめてかき消す。

 

 かなり大きな『みずのはどう』を作ったことで体力を使ったジメレオンだがキュウコンの行動を見逃さないよう逐一と観察しているのは流石といえる、中々できることじゃないよ!

 

「そこだジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

「躱すんだ!」

 

 『みずのはどう』よりも威力は小さいが使い勝手の良い『みずでっぽう』で追撃を仕掛ける。

 どれだけ炎タイプの技が強力だとしても水タイプの技が効果抜群なのは事実だ、当然キュウコンは水の玉を躱していく。

 

「畳み掛けろ!」

 

 休む暇を与えず両手から『みずでっぽう』を撃ち続ける。キュウコンは避けるので精いっぱいだ。

 

「…! そこだ、『みずのはどう』!」

 

 ついに躱し損ねた『みずでっぽう』の一撃がキュウコンの体を捉えダメージで顔を歪める。そこに生まれた隙を見逃すわけにはいかない、大技で一気に決める。

 

「キュウコン、『でんこうせっか』!」

 

「なに!?」

 

 『みずでっぽう』をくらい大きく体勢を崩したキュウコンが『でんこうせっか』を使えるはずが!?と思った瞬間、キュウコンはその九本の尾を使って体勢を無理やり元に戻した。

 

「そんなことができるのか!」

 

 尾もバネにした『でんこうせっか』で一気に加速したキュウコンは、ジメレオンが打ち出した『みずのはどう』をヒラリと躱してまっすぐジメレオンの体を捉える。

 

「そのまま拘束するんだ」

 

 カブさんの指示でジメレオンの体がキュウコンの尾に絡めとられる。

 振りほどくように指示を出すが九本にも及ぶ尾の拘束は生半可な力では解くことができないようだ、くそ!

 

 ギリギリと締め上げられジメレオンが苦痛の声を漏らす。その苦しそうな姿、すまないが利用させてもらう!

 

「ジメレオン、『なみだめ』!」

 

「メ…メレォン…メ、メ…」

 

「コ、コン…?」

 

 あまりの苦痛に耐えかねたジメレオンの目元から一筋の涙が落ちると、思わぬ事態にキュウコンの体が脱力する。

 その隙を逃さずジメレオンは両手の水を生成する器官から水を大量に噴射し、その勢いを用いてキュウコンの拘束をぬるりと抜けだすことに成功した。

 

「むぅ! キュウコン、『じんつう…」

 

「『ふいうち』!」

 

 脱出したジメレオンにあの強力な『じんつうりき』が向けられる寸前、ジメレオンの黒くオーラに染まった腕がキュウコンの体を貫いた。

 

「コ、コォン…」

 

『キュウコン戦闘不能。ジメレオンの勝ち!』

 

『うおぉぉぉぉ!!!』

 

 流れるような攻防の末なんとか勝利を勝ち取ることができた。

 これでやっと一体目…

 

「キュウコン、よくやってくれた。君は休んでおいてくれ」

 

 カブさんはキュウコンを戻すと次なるポケモンを出してきた。

 

「いけ、セキタンザン!」

 

 カブさんが出してきたのは、あのセキタンザン。

 ユウリとカモネギに敗れたがあのセキタンザンが行うキョダイマックス、そして『キョダイフンセキ』は脅威だ。

 

 気がつくと右腕のダイマックスバンドが赤い光を放ち始めている、バンドから「やれ」という意識が伝わってくるようだ。

 

「ジメレオン!」

 

「セキタンザン!」

 

「「ダイマックスだぁ!!!」」

 

『うおぉぉぉぉ!!!』

 

 お互いが腕に嵌めたダイマックスバンドが光り輝く。

 ポケモンをボールに戻すと大マックスバンドに蓄えられたエネルギーがボールへと流れ込み巨大なサイズになる。

 

 それをなんとか両手で持ち支え後方に向かって一気に投げ飛ばす。

 …ちらりと見えたがカブさんは片手で目から炎を燃やしながら投げ飛ばしていた。目から炎って出るんだなあ。

 

 そんなくだらないことを考えている間にも巨大化したボールから現れたポケモンがどんどんと大きくなっていきついにこのスタジアムを埋め尽くすほど大きくなった。

 

『メエェレェオォォン!!』

 

『ダァァァンザァァァン!!』

 

『うおぉぉぉぉ!!!』

 

 大迫力な二匹のポケモンに観客の盛り上がりも最高潮に達する。

 ちらりと観客席、その一角を見る。

 

「アカツキ!お前なら勝てるぞ!」

 

「負けたらカレー作りなさいよね!」

 

「が、がんばり!」

 

「うららあ♪」

 

 声はここまで聞こえない、届かない。

 だけど伝わってくる。何か温かいものが。

 この温かさは、決してカブさんの熱にだって負けない!

 

「良い眼になった、それでこそ君を倒し概がある!」

 

「行きます!」

「ジメレオン、『ダイストリーム』!!」

 

『メェレオォォォン!!!』

 

「セキタンザン、『キョダイフンセキ』!!」

 

『ダァァァンザァンン!!!』

 

 ダイマックスエネルギーによって何倍にも強化された激流とセキタンザンの生みだした巨大な岩盤が激突する。

 だがいかに巨大な力を有する激流でも超巨大質量を真正面から崩すことはできなかったようだ。

 

「これがセキタンザンの『キョダイフンセキ』だ!」

 

 『ダイストリーム』を受け止めきった『キョダイフンセキ』がジメレオンに向けて倒壊してくる。

 

「ジメレオン、舌で岩石を絡め取れ!」

 

 だがダイマックスはただの大怪獣バトルではない、大きくなったポケモンの利点を最大限に生かすのだ。

 ジメレオンの舌は巨大な岩盤を絡め取ると、しなりを利用して上空へと持ち上げる。

 

「なんと!」

 

「そのままセキタンザンに叩きつけろ!」

 

『レオォォォン!!!』

 

「『ダイウォール』だ!」

 

 セキタンザンに向けて振り下ろされた『キョダイフンセキ』は『ダイウォール』によって打ち消されて消える。

 本来なら倒壊してバラバラになった岩石は継続的にこちらのポケモンを傷つける厄介な代物だったがこれは好都合だ。そして今攻撃を打ち消したばかりのセキタンザンは無防備な姿をさらしている!

 

「ジメレオン、『ダイストリーム』!」

 

 再び打ち出された激流はセキタンザンの巨体を飲み込んでいく。

 セキタンザンのタイプは炎・岩タイプ。これ以上のない有効打、一発K.Oすらあり得る有利相性だ。

 

 激流に飲み込まれたセキタンザンがその巨体を崩し、膝をつく。やはりかなりの大ダメージを負っているのは明白。ここで終わらせる!

 

「とどめだ、『ダイストリーム』!」

 

 先ほどの『ダイストリーム』によって『雨』と化した空からは大雨が降り始め『ダイストリーム』の威力はさらに上昇する。もはやここまでと誰もが思っただろう。

 だが、炎の男カブさんの目から炎が全く消えていなかった。ここまで絶望的な状況に陥ったというのにまだ、なにがあの人の炎を絶えさせていないのだ。

 

「セキタンザン、燃やし尽くせ!」

 

 カブさんの声はザァザァと降りしきる雨音すらかき消しセキタンザンの下へと届く。

 

 冷たい雨の雫を受け、膝をついたキョダイセキタンザンの目から、体から、全身から炎が噴き出しはじめる。なんだこれ!?

 

 全身から圧倒的な炎と煙を吐き出し始めたキョダイセキタンザンの巨体が宙に浮き上がる。

 思考が停止する。

 …そういえば、ユウリとの最後のバトルの時も飛んでいたっけ?

 

 そして対象を見失った『ダイストリーム』が不発に終わると、直後に上空から『ダイバーン』と思わしき豪炎がジメレオンを襲う。

 『雨』の効果もあり大したダメージとはならなかったが変化は劇的であった。降りしきる『雨』は蒸発し、カラカラとした『ひでり』の天候がフィールドを塗り替えてしまう。

 

 ド迫力の大攻防にかつて聞いたことがないほどの歓声が沸き上がるがこれは不味い、本当にまずいとトレーナーとして培ってきた思考が警鐘を鳴らしてきているのがわかる。

 

 そして空からキョダイセキタンザンが舞い戻ってくるとどちらもダイマックスエネルギーを使い果たしたのか元のサイズに戻ってしまった。

 

「…今のは一体?」

 

「セキタンザンの特性『じょうききかん』だよ。水タイプか炎タイプの技を受けるとセキタンザンは体内の石炭を最大まで燃やして素早さを上昇させる。それを利用すればあれほどの巨体でも浮き上がらせるくらいわけないんだ」

 

 そしてカブさんの言葉の通りユウリとカモネギが戦っていた時とは比べ物にならない速度のセキタンザンがジメレオンに攻撃を開始する。恐らくあの全身から噴き出している蒸気がセキタンザンのスピードを何倍にも増幅させているのだろう。

 そんなことを考えていた一瞬でセキタンザンはジメレオンへと体当たりを食らわせ吹き飛ばしてしまった。

 

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

「構わない、突撃だ!」

 

 『ひでり』に晒され威力も速度も弱々しくなった『みずでっぽう』では加速したセキタンザンを捉えることがでなかった。

 駄目だ!速すぎて話にならない。

 何度も大質量の突撃攻撃を食らったジメレオンがついには大きくはね飛ばされ、地に伏す。

 

「『ヒートスタンプ』」

 

「ジメレオン!」

 

 カブさんとセキタンザンの怒涛なる追撃に、俺はただ叫ぶことしかできなかった。

 

 

『ジメレオン戦闘不能。セキタンザンの勝ち!』

 

『うおぉぉぉぉぁぁぁ!!!』

 

 圧倒的有利不利すらもねじ伏せる力と経験、そしてそれを実現させうる手腕。

 これが、ジムリーダー・カブ……

 

「さあ、最後のポケモンを出すんだ」

 

 

 そして俺はこの日、初めてジムチャレンジで敗北した。

 

 

 



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33、合宿だ!

ゲーム内でわざと負けるためにバイウールーだけ連れていったらジムチャレンジで捕まえた三匹も手持ちに入ってきて意外と面倒だった。おのれ『もらいび』持ちめ…


 

 エンジンジムの洗礼を受け、その圧倒的な力に敗北してしまった俺とポケモン達。

 俺はいま、

 

 

 ふかふかの枕とお布団にくるまわれていた。

 

 

 昨日カブさんとの勝負に負けた俺は応援してくれていたホップやユウリ、マリィに一言も告げずそのまま部屋に閉じこもってしまったらしい。

 らしいというのは実は昨日戦った後の記憶がないのだ。ホップとマリィから心配の連絡が来ていてそれで知ったのだ。

 幸いポケモン達はポケモンセンターに預けて帰っていたようで安心した。俺にもポケモントレーナーとして最低限の意識は残っていたようだ。

 だが、それでも目を瞑れば昨日のバトルの光景が瞼の裏に浮かんでくる。

 

 地に伏したジメレオン、怯えたまま最後を託されたパルスワン、最後はウィンディの『かえんぐるま』によりパルスワンは敗北した。

 

「(なさけない…!!!)」

 

 最後のパルスワンとのバトル、あの時点で俺とパルスワンの勝つ気力は失せていた。

 それをカブさんに見破られたのか交代して出てきたウィンディの『いかく』によりさらに委縮した俺達のバトルはお世辞にも褒められた内容ではなかっただろう。

 力の差を直に感じるポケモンはともかくとして、トレーナーは最後まで勝負を諦めてはいけない。

 自分の代わりに戦ってくれているポケモンの信頼を裏切ってはいけないのだ。

 だが、俺はそんな彼らの信頼を裏切ってしまったのではないか、と思うとポケモン達を迎えに行くことも怖くなってくるのだ。

 

 思考はぐるぐると負のスパイラルに嵌っていき自力での脱出はどんどん困難になっていく。

 何もかもを忘れてこのまままた眠りについてしまいたい。

 そんなことを思って、瞼を少しずつ閉じていく、

 

ピロリン♪

 

「うわっ」

 

 もうあと少しで瞼も意識も閉じきる、といったところでスマホが音を上げる。

 誰からだろうと思い、布団にくるまったままスマホを手に取ってみる。

 

『ホップ』

 

『落ち込んでるかもしれないけど、オレ、勝つからな。』

『試合、見ててくれよ』

 

 そのメールの内容に驚いて飛び起きる。そうだ、今日朝一番にジムチャレンジをするのはホップじゃないか!

 

 飛び起きたその勢いでテレビのリモコンを手に取り、ジムチャレンジの生放送チャンネルに合わせると既にホップはカブさんと戦っていた。

 

『ウールー、『にどげり』だぞ!』

 

『クイタラン、『ほのおのムチ』!』

 

『躱して『とっしん』だ!』

 

 テレビの中のホップはいつもと同じように笑顔だ。

 本気で、バトルを楽しんでいることが画面の向こう側からでも伝わってくるようだった。

 

 テレビの中のホップとポケモンはいきいきとしていてとても楽しそうであった。

 あぶなっかしいところも目立っていたが、俺はホップたちのバトルから目が離せないでいた。

 

『ラビフット、『ダイナックル』だ!』

 

『ブースター、『ダイスチル』!』

 

『なんのまだまだ! 『ダイナックル』!』

 

『『ダイスチル』を無理やり破壊してくるとは!』

『それでこそだ、『ダイバーン』!』

 

 戦っているカブさんの表情も、昨日最後に俺が見た表情よりも躍動しているように見える。

 全力と全力のぶつかり合いがこちらにまで伝わってくるようだ。

 

『ラビフット!』

 

『ブースター!』

 

『『にどげり』!』

 

『『ほのおのキバ』!』

 

 ダイマックスが終わった後にも続く大激戦、互いの最大の一撃がぶつかり合う。二つの大技がぶつかり起こった大爆発で二人と、二人のポケモン達の姿が隠れてしまった。

 その行く末が速く知りたいのだと心臓が騒ぎ立てる。

 そして爆発の煙が晴れた中で立っていたのはラビフットであった。

 

「よおしっ!」

 

 まるで自分のことのように思い、拳を握って立ち上がる。

 いつの間にか落ち込んでいた気持ちが嘘のように晴れやかになっていることに気がついた。

 

「(やっぱりすごいや、ホップは)」

 

 いつも明るく周りを元気にしてくれるホップとポケモン達。思えば俺がハロンタウンに引っ越してきて初めて声を掛けてくれたのもホップだったっけ…

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

『んめぇぇぇ!』

 

『うわ!ごめんなオレのウールーが』

『オレはハロンタウンのホップ!お前は!』

 

『…アカツキ』

 

『アカツキ!かっこいい名前だな!』

『そうだ!こっちの頭のおかしそうなのがユウリで、こいつはオレの相棒のウールーだ!これからよろしくな!』

 

『誰の頭がおかしいですってぇぇ!?』

 

『うわぁぁぁ!!?ユウリ、足はソッチに曲がらないぞ!?』

グギッ

『うぎゃああああ』

 

『…ぷっ』

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「…ぷっ」

 

 初めてあった時のことを思い出して少し笑ってしまった。あの頃から、いいや、

 

「ホップもユウリも、ずっとすごいやつだ」

 

 あんな立派な二人をライバルに持つ俺がこんなところで燻っていていいだろうか?

 

「いいや!俺はいつかあの二人も、ダンデさんだって超えてみせる!そう誓ったよね!」

 

 あの日交わした約束を思い出し、再び心を奮い立たせる。もうこんなところで落ちこんでなんていられない。

 手早く準備を整えホテルを飛び出す。

 

 スタジアムは今日も観光客と応援客で超満員だったが人の波にうまく滑り込みスタジアム内部、中央の選手入場口の近くまで行くと試合を終えたホップがちょうど出てきたところだった。

 

「ホップ!」

 

「アカツキ!」

 

パァン!

 

 俺の振り上げた掌とホップの掌がぶつかり合うと、乾いた音を響かせる。その音はざわざわと人でごった返しているスタジアムの中でもひときわ大きく響いていた。

 

「見てたか?」

 

「うん、見てた」

 

「オレは兄貴の弟だからな。こんなところで立ち止まってはいられないぞ」

 

 そう言っているホップの顔には自信が満ち溢れていた。

 

「そうだね、そして俺はホップのライバルだ」

 

「「だから!!」」

 

「すぐに追いつくよ!」

「待ってるぞ!」

 

 ホップと話したいことは終わった。俺は勝利者インタビューやファンに囲まれだしたホップを背に中央受付に足を急がせた。

 

 

「次のチャレンジは4日後!?」

 

「はい、今のスケジュールですと次の挑戦はそれくらいとなりますね」

 

 受付で再挑戦の手続きをすると、なんと再挑戦には4日もかかるのだという。

 

「な、なんでそんなに…」

 

「アカツキ選手は既に一度挑戦していますからね、現在は後続の選手たちも続々と到着してきていますし初挑戦の方が優先的にされているのです」

 

 どうやら俺やホップやユウリ達はジムチャレンジ全体で見ても前を走っていたようで、現在は俺達に追い付いた後続の選手と俺達よりも先に挑戦し負けた再挑戦組で予定がギュウギュウになっているということらしい。俺も一度負けた立場なのでとやかくはいえない。

 

 

 予約も済ませロビーにある巨大モニターで他のチャレンジャーのバトルを観戦する。

 やはりというべきかカブさんは強い、一度戦ったからこそよりリアルにその強さを感じることができた。

 

「(多分、あれでもまだ全然本気じゃない)」

 

 過去のジムリーダーの公式戦などを見てみてもわかるが、チャレンジャーと戦うときのジムリーダーは本気を出し切っていない。あの背筋が凍るような気迫さえもチャレンジャーが乗り越えられる程度にセーブして出しているものなのだろう。

 現在カブさんを打倒したチャレンジャーはユウリとホップを加えても両手の指で足りるほどだ。今までストレートに勝ってきた挑戦者たちの行く手を阻む大きな壁、それを再認識する。

 

『うおぉぉぉぉ!!!』

 

「ん?」

 

 考え事にふけっていると不意に会場全体が大盛り上がりする。

 顔を上げてモニターを見てみるともこもこヘアーに不敵な笑み、睡眠が足りていなそうな少し濁った眼が目に入った。

 

「…よし、ポケモン達を迎えに行くか」

 

 あのショッキングピンク野郎なら、まあ、見なくても結果は決まっているから見なくてもいいかな。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「ごめん、ごめんなお前達。勝たせてやれなくて…」

 

「メレオォン…」

「コォン…」

「クゥ~ン…」

 

 ポケモンセンターに預けておいた相棒達を抱きしめる。昨日は彼らにみっともないところを見せたし、負けさせてしまった。

 ポケモン達はそんな俺を温かく受け入れてくれた。

 三匹のぬくもりに心癒されているとジョーイさんが他のポケモン達を連れてきてくれた。

 

「はい、アカツキさん。お預かりしたポケモン達はみんな元気になりましたよ」

 

「ありがとうございました。 …すいません、昨日はポケモン達を預けたままにしちゃって」

 

「はい。わかったのなら、次からはこの子たちのことをしっかりと見てあげてくださいね」

 

 ポケモンセンターのジョーイさんの言葉だ、重みが違う。

 アオガラスとウールーも俺のことが心配だったのか飛びついてくる。

 

「お前達にも心配かけたな…って、あれ?おまえは?」

 

「モシモシ!」

 

 五匹の中に何か混ざっていると思っていると昨日のジムミッションで捕まえたヒトモシが手持ちの中に混ざっていた。

 

 ジムミッションで捕まえたポケモンは手持ちに加えるもジムに返却するも自由だった。旅の手持ちがこれ以上パンパンになることを危惧して三匹とも返却したはずなのだが、

 

「お前ついてきてたのか」

 

「モシモッシ!」

 

 ヒトモシは俺の肩に乗っかると頭の炎ごと顔を近づけてくる。

 

「おわ、熱…くない? むしろなんか気持ちいいかも…」

 

 熱すぎないほんのり温かいくらいの炎は俺を夢見心地の気分にさせてくれる。

 

「ア、アカツキさん!吸われてます!ヒトモシに吸われてます!」

 

 ヒトモシに生命エネルギーを吸われ夢見心地な気分となった俺が戻ってきたのはしばらく後となった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ともあれ、新しくヒトモシが仲間に入ることになった。

 どうやらこいつは悪戯好きらしいので今後とも気を付ける必要があるようだ。

 

「それにしても今日を入れてあと4日か、それまでにカブさんとのバトルに備えて対策を練らなきゃな…」

 

 時間は思っていたよりもできてしまった、これからどうしたものか?

 

「炎タイプの対策は必須として、ロコンとヒトモシに手伝ってもらおうかな」

 

「コォン!」

 

「モシモシ!」

 

 

「そこの君!」

 

 突然の声に振り向くと、ポケモンセンターの入り口から差し込む光をバッグに謎のポーズをとる人影が一人…いや二人…三人?

 

「ジムリーダーのカブさんに無念の内にも敗北し、悔しくはなかったかい!!?」

 

「だ、誰だっ!?」

 

 この声にこの口調!

 

 誰だ!?

 わからない!?

 

 本当に誰だかわからずに困惑していると、謎の三人組の内の一人が話しかけてきた。

 

「ぼくの名前はバーダン! 君と同じジムチャレンジャーの一人さ」

 

 茶色の髪をしっかりセットした好青年っぽいこの人はバーダンというらしい。

 話を聞いてみるとこの人もカブさんに負けたジムチャレンジャーのようで一緒に強化合宿を行わないかという誘いであった。

 

 最初は突然のお誘いに困惑したが一人よりも二人、三人よりも四人で考え特訓した方が効率的であるし今まであまり関わったことのなかった他のチャレンジャーと交流を深めることもいい刺激になると思い引き受けることにした。

 

「そうこなくてはな、アカツキ君。僕らはジムチャレンジで競い合うライバルだけど、今は手を取り壁を乗り越えようじゃないか」

 

「はい。 俺まだまだ子供ですけど、よろしくお願いしますバーダンさん」

 

「敬語はやめてくれ。それに僕らは同じチャレンジャー同士、ライバルであり肩を並べる存在だ。堅いことはぬきにしよう」

 

「…そうか、じゃあよろしくバーダン」

 

 バーダンは何というか理想の年上のような頼りがいを感じる。

 ダンデさんのような豪快さは感じないがすごく好青年という言葉のしっくりくる人だ。

 

「じゃあ自分も自己紹介しますね!」

「アタシはデネボラ、カラテやってます!」

 

 フッ!ハッ!とカラテの正拳突きや蹴りを見せてくれたのは三人組の二人目、ソニアさんよりも濃い目のオレンジ色をした髪をしたデネボラさんという女性だ。頭をバンダナで縛り、カラテをしているというところから活発的な印象を受ける。

 

「よ!久しぶりだなアカツキ!」

 

「なんだ、マタハリか」

 

 デネボラさんと同じオレンジ色の髪をリーゼントの様にまとめているのはマタハリ。

 以前ガラル鉱山の前で立ち往生して野宿をしたときに一緒にカレーを囲んだ青年だ。酔うと面倒くさい。

 

「おいおい、俺の扱い悪くねぇ?」

 

「マタハリはほら、酒癖悪かったから…かっこいい年上の貫禄が…」

 

「手厳しいなぁ!」

 

 ひとまずこの四人で合宿を行う約束をして、昼頃にエンジンシティのワイルドエリア前広場で集合することにした。

 

「あ、さっきの変な口上バーダンに言わせたのマタハリでしょ」

 

「ばれたか」

 

 

 

 

 三人と別れた後俺はホテルに戻って道具を取りに戻る。

 一通りのキャンプ道具をカバンに入れ、残りをフロントに預けていざホテルを出ようとした時ちょうどマリィが帰ってきた。

 

「あ、マリィ。おはよう」

 

「アカツキもう大丈夫?」

 

「うん!ホップの試合観てたら俺も立ち止まっていられなくてさ」

「あ!そうだマリィも俺と一緒に合宿しない?」

 

「合宿?」

 

 カブさんとの再戦に向けて一緒に合宿をしようと誘ってみることにした。

 すると話を聞いたマリィはなぜか顔を赤くした。

 

「え、えっとそれは一緒にワイルドエリアでキャンプしようってこと?」

 

「まあ、そうだね」

 

「ホップやユウリは一緒じゃなくて?」

 

「ホップもユウリもカブさん倒しちゃったからね。マリィも早く二人には追い付きたいでしょ?」

 

「ま、まあそうやけど…」

 

 う~ん、と頭をかしげて考え込んでいるマリィ。まあマリィは年頃の女の子だし、野宿同然のキャンプよりホテルのほうがいいよね。

 無理はしなくてもいいよ?と言うと、マリィが小さな声で恥ずかしそうに言った。

 

「ア、アカツキはマリィと一緒に特訓したか…?」

 

「うん! もちろん!」

 

 マリィと一緒に合宿できると考えると今から楽しくなってくるほどだ。

 俺がうんうん!と強くうなずくとマリィも決心がついたのか首を縦に振ってくれた、やったね!

 

「えっと、じゃあもう出発する?」

 

「皆と集まる約束をしてるのは昼前だから、それまで必要な食材とか買ったりして時間潰しておこっか」

 

「………え? 皆?」

 

「うん。実はこの合宿もバーダン…他のジムチャレンジャーの人に誘われたんだ。って、どうしたのマリィ?」

 

「……う、ううん。なんでも無い、なか」

 

 マリィがあからさまに肩を落としているがどうしかたんだろうか?

 

「(アカツキは最初から二人っきりなんて言うとらんかったやん///恥ずかしか!!!)」

 

「あ、一緒に買い物に行くっていうとなんかデートっぽいよね。なんて」

 

「……」バシバシ

 

「え、なんでマリィ俺の背中叩くのさ」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「なんだその子?もしかしてお前のコレか?隅に置いておけねえなコノコノ」

 

「マタハリのカレーだけマトマのみ100%にするけどいいよね?」

 

「お前…俺を殺す気か?」

 

 時間となりワイルドエリア前広場にマリィと向かうと、小指を立てながらマタハリが突っかかってきた。

 俺だけのことならまだしもマリィも巻き込むなど万死に値する!ほらマリィが顔を赤くして怒ってるじゃん!!!

 絶対に許すな、と心の中のユウリも叫んでいたので奴のカレーだけ真っ赤に染めてやろう。

 

「君がマリィ君だね。アカツキ君から話は聞いているよ、よろしく」

 

「アタシ女一人だけで寂しかったんだー!よろしくねマリィちゃん!」

 

「よろしくお願いします」

 

 年上のデネボラさんにさっそくかわいがられ少し緊張しているマリィ。ユウリといい活発なタイプに好かれやすいのだろうか?

 顔合わせもそこそこにワイルドエリアに足を踏み入れてみれば依然変わらぬ大草原が眼前に広がっている。

 ワイルドエリアは広い草原や雑木林、はたまた朽ちた見張り灯台や砂漠すらも存在する雄大な自然そのものだ。天候も日によってまちまち、大雨に晒されることもあれば次の瞬間には砂嵐に飲まれることもある危険な場所だ。だからこそ、この地で生きるポケモン達は強い。以前の俺では太刀打ちできなかったポケモン、今でも手も足も出ないようなポケモンも生息しているだろう。

 この合宿でそんなポケモンたちにも負けない強さを身に着けてみせると決心する。

 

 そして俺たち一行はエンジンシティを出ると自転車を使ってダイソウゲンを駆け抜ける。旅の途中でもらったロトム自転車が役に立った。

 

 自転車で進んでいようがお構いなしに飛び掛かってくるポケモンたちを相手にして進んでいくと橋にたどり着く。

 

「ここは…」

 

「ここから先はエンジンリバーサイド、ポケモンの強さもここを超えると一気に厳しくなるぞ」

 

「目的地はハシノマ原っぱにあるポケモン預かり屋だよ、マリィちゃん大丈夫?」

 

「あたしは全然平気ですけど、アカツキ…大丈夫?」

 

 以前ドラピオンの群れと戦い、そしてロコンをゲットした場所でもあるここのことを思い出し少し顔をしかめてしまっていたようだ。

 今はあの時とは違い頼れる味方もいる、心配することはないだろう。

 

「よし、じゃあこのままハシノマ原っぱまで一直線だ!」

 

「「「「おお!!!」」」」

 

 

 

「まさか橋の前に陣取っていたカビゴンに自転車を壊されるとは…」

 

「うう…私とルチャブルのカラテが効かないなんて…」

 

「オレのガーディの『かえんほうしゃ』もやすやすと受け止めてたし自信なくすぜ…」

 

 橋を渡ると突然立ち込めてきた霧に視界を奪われ、橋の眼前で眠っていたカビゴンに衝突してしまった。

 寝起きで機嫌の悪かったカビゴンはマリィとバーダンの自転車を破壊するなどかなり大暴れしていた。なんとか近くに生えてある樹を揺らして落としたきのみを囮にして戦闘を離脱したところだ。

 今は俺の後ろにマリィが、マタハリの自転車の後ろにはバーダンが二人乗りをしている状態だ。

 

「…重くない?」

 

「これ電動自転車だから全然、むしろ軽いよ!」

 

「ちぇ、どうせならオレも女の子を乗せたかったぜ」

 

「少年少女の青春だ、我慢してくれ」

 

「若いっていいですね~。まだアタシ18ですけど!」

 

「デネボラに手を出したらソッコー蹴り飛ばされるな…」

 

「はい!アタシのカラテで粉☆砕しますよ」

 

 先ほどふっと発生した霧は瞬く間に消え去り今は穏やかな陽気だ、本当にワイルドエリアの天候の移り変わりは激しいということを実感する。

 

 適度な日差しと気持ちのいい風が吹き抜けいいサイクリング日和だと思っていると

 

「おっと、ポケモン達もご登場だね」

 

 バーダンの言葉に目を細めてみる大橋の下、ハシノマ原っぱに入る寸前を塞ぐポケモン達が現れる。強そうな雰囲気は以前戦ったドラピオン達にも負けず劣らずな手強い雰囲気を醸し出している。

 

 すかさずポケモン図鑑を開いてポケモンのことを調べるがポケモン図鑑が検索結果を表示するよりも前にバーダンが説明をしてくれた。

 

「あれはサイドンとサイホーンの群れだね。彼らは硬い外皮と強靭な角でトラックすら粉砕するよ!」

 

「詳しいなバーダン、まるでサイホーン博士だ」

 

「それはそうさ、何故ならぼくは」

 

 バーダンは腰に付けたスーパーボールを手に取ると勢い良く投げた。

 

「地面タイプ使いのバーダンだからね!」

「頼んだよ、ヤジロン!」

「彼らの突進攻撃は強力だ、まともに受けると一発で倒されてしまうから注意してくれ!」

 

「そういうことなら、ルチャブル!」

 

「おいおい、地面も岩も苦手なんだ。頼んだぜ、ガーディ!」

 

「地面タイプには当然水タイプ、ジメレオン!」

 

「いっちゃうよ、ズルッグ!」

 

 こちらも総力戦だ。

 それぞれがポケモンを出してこの窮地を脱するために戦い始める。

 

「俺とジメレオンが突っ込みます、『みずのはどう』!」

 

 ジメレオンの放った『みずのはどう』がサイホーン達の護りをやすやすと打ち砕き大ダメージを与える。さすが四倍弱点は伊達ではない。

 

「あたしたちも! ズルッグ、『きあいだま』!」

 

「ヤジロン、『サイケこうせん』!」

 

「ルチャブル、『スピードスター』!」

 

「ガーディ、『かえんほうしゃ』!」

 

 サイホーンの群れにそれぞれの遠距離攻撃を用いた一斉攻撃が仕掛けられる。

 だがさすがは岩タイプのポケモン達、その堅牢さはそこいらのポケモン達の堅さを遥かに凌駕しているようで歯牙にもかけない。

 

「く、かたい!」

 

「ドォォン!!」

 

 ジメレオン以外の攻撃では自分たちの防御を破れないと判断したのか、一部のサイホーンにジメレオンを足止めさせると残りのサイホーンを率いたサイドンがこちらに突進をしかけてきた。

 生中な遠距離攻撃では走りだした彼らを止めることはできないようだ。

 

「それならこれだよ、『フェザーダンス』!」

 

 しかしこちらも何度もジムリーダやトレーナーと戦い経験を積んできたジムチャレンジャーとそのポケモンだ。

 デネボラさんのルチャブルが空を舞うと光の羽根が舞い落ちその下にいたサイホーンたちの体に絡みつき始める。

 

「ホオォォン!?」

 

 突然絡みついた光の羽根はサイホーンたちの体から力を奪い取り、強制的に脱力させていく。

 こうなってしまってはいくらサイホーンの突進攻撃が強力でも脅威にはならない。

 

「良いサポートだデネボラ君、ヤジロン、『すなじごく』!」

 

「おう、俺たちもサポートに回るぜ。ガーディ、『ほのおのうず』!」

 

 『フェザーダンス』で強制脱力させられたサイホーン達はヤジロンの『すなじごく』とガーディの『ほのおのうず』で完全に足を止められてしまう。

 

「アカツキ君、マリィ君。そちらのサイドンは任せたよ!」

 

 囲んでいたサイホーンたちを蹴散らしたジメレオンとズルッグは、群れから完全に切り離されたサイドンと相対する。

 群れを統率するサイドンの動きには無駄がなく、かなりの強敵であることがわかる。それでも、

 

「俺たちは強くならなくちゃいけないんだ、『みずのはどう』!」

 

「そうやね! ズルッグ、『きあいだま』!」

 

 二匹の強力な遠距離技がサイドンに殺到する。

 

「ドオォォン!!」

 

 だがキィィィィン!という金鳴り音を響かせたサイドンが攻撃を正面から突破してくる。高速に回転した角はあらゆる妨害を粉砕しジメレオンの体を弾き飛ばした。

 弾き飛ばされたジメレオンは腹部を抑え地面にうずくまってしまう、どうやら大きなダメージとなっってしまったようだ。

 

「『ドリルライナー』だ、しかも今のは急所に当たったぞ。大丈夫かアカツキ!」

 

「ジメレオンならまだ平気さ、そうだよね!」

 

「メレオォォン!」

 

 大きなダメージを食らったがそれでもまだまだいける!とジメレオンは立ち上がる。

 

「いけ、『ふいうち』!」

 

 ジメレオンは攻撃態勢を取ったままのサイドンの懐に瞬時にもぐりこむと黒く染まった腕で強烈なアッパーカットを食らわせる。頭を揺らされたサイドンの大きな体が平衡感覚を失いグラグラと揺れはじめる。

 

「ズルッグ、アタシたちも負けてられんと!」

 

「ズッグゥ!」

 

「今ならアレが使えるけんね、『けたぐり』!」

 

 そこにさらなる追撃を仕掛けるようにバランスを崩されたサイドンの脚をズルッグが蹴り飛ばす。体重が大きければ大きいほどダメージの大きくなる『けたぐり』は今この場面でこれ以上のない必殺技となった。

 頭と脚、二つを攻撃され完全に体勢を崩されたサイドンは地面へと崩れ落ち、大きな顔を地面へとうずくめる。

 

「やったか?」

 

「ドォォォォンン!!」

 

 だが次の瞬間サイドンはその有り余るタフネスを発揮し地面から跳び起きる。完全に沈黙させたと思っていたがまだ足りていなかったのか!

 サイドンが両腕に力を込めると、腕が一回りも大きく巨大化する。

 

「『みずでっぽう』!」

 

 あれを食らったらマズイと思い、ジメレオンは『みずでっぽう』を撃ち出す。

 しかし巨大化した腕は『みずでっぽう』を軽々と受け止める。

 そしてサイドンは大きくなった腕を振りかぶると、勢い良く地面へと叩きつけた。

 

グラグラグラグラ

 

「う、うわぁ!?」

 

 サイドンが放った『アームハンマー』により地面は大きく揺さぶられ、立っていられないほどの揺れを引き起こされる。

 揺れは一帯を揺るがすほどのパワーで、周囲の地形にまで大きな亀裂が走る。

 その亀裂の一部が逃げ遅れたズルッグを挟み込み、動きを封じ込める。

 

「ッ! ズルッグ!」

 

「ドォォン!!」

 

 マリィがズルッグを助けようとするがサイドンの次なる『アームハンマー』が振り上げられる方が速かった。

 『アームハンマー』がズルッグの頭を叩き割ろうとしたその瞬間青い影が二匹の間に割り込みをかける。

 

「ジメレオン!」

 

 割り込んだジメレオンの両腕から大きな水の塊が発射され『アームハンマー』の勢いが殺される。しかしそれでも攻撃を止めるには至らずジメレオンはサイドンの強烈な一撃を真っ向から受け止めることとなった。

 その威力は絶大で受け止めたジメレオンの体は大きく沈み込み、足が地面に陥没する。あまりの威力に膝から崩れ落ち、地面に倒れこみそうになる。

 だが膝は崩れ落ちても、その体と心までは倒れこむことはなかった。

 

「レオォォン!!!」

 

 負けてたまるか!というジメレオンの力強い咆哮。

 するとそれに呼応するかの如くジメレオンの体が青く輝き始める。

 

「これは…『げきりゅう』か!」

 

 ピンチはチャンスと大昔のトレーナーが言った。

 その言葉通りに火事場の馬鹿力を発動させたジメレオンの体から青きエネルギーが迸り始める。マグノリア博士の家の前で戦った時よりももっと強く、そして荒々しい激流のような力がひしひしと伝わってくる。

 

「いけぇ、『みずのはどう』!」

 

「メレオォォン!!」

 

 激流のエネルギーを一転にまとめた『みずのはどう』は今までの『みずのはどう』とは段違いの威力となり、地面を土ごとめくりあげながらサイドンへと迫りその巨体を大きく吹き飛ばす。

 

「アカツキ、決めるよ!」

 

「合わせて、マリィ!」

 

「ズルッグ、『きあいだま』!」

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

 亀裂から抜け出したズルッグとジメレオンのエネルギーは一つのエネルギーとなりサイドンの巨体をも飲み込み空の彼方へ押し出していった。

 

 その後群れのトップをやられたサイホーン達が逃げるように去っていくのをみてからマリィとハイタッチをした。

 

「イエーイ!」

 

「イ、イエーイ!」

 

 サイホーン達を撃退した後は何とも言えない達成感に包まれた。

 以前のスコルピとドラピオン達の群れ以上に強かったはずだがそれをここまで見事に撃退することができたのだ。嬉しくないわけがない。

 

「お前もありがとう、ジメレオン」

 

「レオォン…」

 

 さすがにエネルギーを使い果たしたのかジメレオンはしりもちをついて力なく笑う。

 俺はジメレオンの頭を一撫でしてからボールへと戻した。

 

「オレたちもなんだかんだ強くなれてるな」

 

「うん、ぼくもあの日エンジンスタジアムで開会式を迎えた時からずいぶん強くなってるのを実感するよ」

 

「カラテもポケモンの道もまだまだですが、成長を感じられるのはいいものですね」

 

 三人もあれだけの数のサイホーン相手に一歩も引かないバトルを繰り広げていた。やはり他のジムチャレンジャー達も油断のならない相手達ばかり。だがいまここでは頼もしい限りだ。

 

「それじゃあ、改めて出発しよう!」

 

「「「「おおー!!」」」」

 

 キャンプ予定地のハシノマ原っぱはもう目の前だ。

 いざ漕ぎ出せサイクリング!

 

 

 



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34、合宿の仲間達

サマポケ発売まであと二日、買おう!(唐突)

…ところでダイヤモンド・パールのリメイクは、、、


 

 

 サイホーンとサイドンの群れを退け勢いづいた俺達はワイルドエリアを突き進む!

 と意気込んだ矢先、俺達一行を襲ったのは空を覆うほどのココガラとアオガラスの群れであった。

 

「こんな数反則だろぉ!?」

 

 ココガラの群れは俺達を見つけた途端襲い掛かってきたのだ。俺達もポケモンを出して抵抗したが50を超えるポケモンの群れには防戦一方であった。

 バトルの最中やたらと俺のことをつけ狙ってきたココガラたちを不審に思いながらもバトルを続けている最中パルスワンが痛手を受けてしまう。

 急いで『きずぐすり』を取り出そうとカバンを開いた瞬間、

 

『ガガガァァァァ!!!』

 

「うわ、なんだこいつら!?」

 

 開いたカバンに向かって我先にと言わんばかりにココガラたちが群がってきた。

 

「コ、コラ。俺のカバンに群がるなよ!!」

 

 このカバンには『きずぐすり』や『モンスターボール』の他にもきのみやオリジナルのカレースパイスが沢山詰まっているんだ。渡してなるものか!

 そして周囲で戦っていたココガラたちも俺のカバンに大量のきのみが積まれているとわかった途端バトルをやめてこちらに群がってくる。

 

「おや、ポケモン達が離れていきましたね」

 

「どうやら奴らアカツキのカバンのきのみがお目当てだったみたいだな。ふいー、疲れた疲れた」

 

「アカツキ君、ここは君のカバンを放棄して逃げよう。きのみなら後でみんなで集めればいいさ」

 

「嫌だぁ!こいつには今日作るカレーのために厳選したきのみや自慢のスパイスが!」

 

「アカツキ!我儘言っとらんとここはバーダンの指示に従おうと!」

 

 マリィもカバンを明け渡そう、と言ってくるが絶対に渡してなるものか。

 もはやなりふり構わず手持ちのポケモンをすべてバトルに出して、なんとしてでもカバンを守り抜くようにとがむしゃらに指示をとばしていく。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!

 パルスワン、『スパーク』!

 ロコン、『やきつくす』!

 アオガラス、『ついばむ』!

 ウールー、『にどげり』!

 ヒトモシ、『ほのおのうず』!」

 

 ポケモン達の大技を繰り出し次々と群がってくるココガラたちを吹き飛ばしていく。

 そうして少しの間互いの攻防が拮抗しはじめこのままなら守り切れるか?と思い始めた時それは起こった。

 

ピカーーー!!!

 

 突如として群れの中腹からまばゆい光が解き放たれたかと思うとその中心でうごめいていた黒い影がどんどんその姿を変化させていく。

 人間の半分ほどの大きさだった影はたちまち人間の大きさを上回り、その影は硬質な音を立てながら大きくなった翼を広げてさらにその姿の威容を高めた。

 

「アーーマーーガァ!!」

 

「嘘だろ、進化した!?」

 

 ココガラとアオガラスだけかと思われていた群れに突如としてその進化系のアーマーガアが現れた。まさかこんなタイミングで進化が起こるなんて!

 

 アーマーガアに進化した個体はその全身から敵を威圧するオーラを放つ。

 『プレッシャー』を受けた俺のポケモン達は委縮してしまい、逆に敵のココガラたちは新たなリーダーの誕生に勢いづき始めてしまった。

 

「く、くそ。このままじゃ!」

 

 このままではカバンが奪われてしまうと思った俺は一番の俊足の持ち主であるパルスワンにカバンを任せ離脱するように指示を出す。

 

「パルスワン、このカバンを持って今す…ぐ?」

 

「クゥゥン……」ブルブル

 

 パルスワンは体を震わせ地面にひれ伏していた。

 どうやらアーマーガアの放つ『プレッシャー』をまともに受けてしまい戦意を喪失してしまったようだ。

 ウィンディの『いかく』を食らい動けなくなったりとパルスワンは恐怖や畏怖に対して弱いのかもしれない。

 

 それからなんとか他のポケモン達に指示を出して抗戦するも、進化したアーマーガアの強固な鉄の鎧がこちらの攻撃を受け止める。どうやらもうこちらの攻撃が通用しなくなってしまったようだ。

 

 

 そして奮戦虚しく俺のカバンは奪われてしまった。

 

「俺のカバンがぁぁぁ!!」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 

 そして無残な姿となったカバンを残して鳥ポケモン達は帰っていた。

 幸い父さんのカバンは随分丈夫に出来ていて、ところどころに傷が入りながらも無事な形で帰ってきた。だが…肝心の中身は…

 

「これが人間のやることかよぉぉぉ!!」

 

「落ち着け、あいつらはポケモンだ」

 

 『きずぐすり』や『モンスターボール』などの食べられないもの以外は軒並み持っていかれてしまった。

 自慢のカレースパイスの入った瓶や保存していたきのみも食材も何もかもだ。もう許せない、絶対に復讐してやる!

 

「落ち着きたまえアカツキ君」

 

「離せー!俺はあいつらを倒してスパイスを取り返さないといけないんだー!」

 

「おーいこいつを落ち着かせるの手伝ってくれ」

 

「なんかアカツキ君性格変わった?」

 

「アカツキはカレーが関わるといつもこうなんです…」

 

 バーダンとマタハリに拘束されながら空に飛んでいったアーマーガア達の背中を恨みがましく睨み付ける。

 すると群れの戦闘を飛行していたアーマーガアがこちらをチラリとみて、

 

「…ガァ」ニヤリ

 

「ムキー、あいつ今俺のこと見て笑った絶対笑った!」

 

「ココガラの進化系全般は知恵が働いて賢い、今の僕たちじゃ数も強さもかなわない。諦めよう…」

「それに僕たちにはやるべきことがある、そうだろ?」

 

 その言葉を聞いて暴れていた腕を止める。

 俺達には超えるべき高い壁がある。その壁を越えるために合宿を始めたはずだ、それを思い出すんだと訴えかけてくる。

 

 唇をかみしめ、悔しい気持ちをなんとか飲み下す。

 

「…すいません、落ち着きました」

 

「うん、それでよし。トレーナーには時として熱くなった時にも冷静でいておける力も必要だ」

 

 ようやく落ち着いたところでバーダンもマタハリも拘束を解いてくれた。

 未だスパイスへの未練はあるがこうなっては仕方がないと思おう。俺達にはもっと大切な目標があるのだから。

 

「心配すんな。きのみ集めなら俺達も手伝ってやるさ」

 

「修行で山籠もりしたりするからきのみ集めならあたしも負けないよ!」

 

「マリィたちも手伝う、安心しとーと」

 

「ありがと…」

 

 

 その後橋の下に陣取るヨクバリスをしばき倒して沢山のきのみを収穫した。

 納得は行かずとも十分な量のきのみを手に入れることができて皆には感謝の気持ちしかない。

 

「ということで夕飯は俺に任せてくれ」

 

 そんなわけで合宿予定地のポケモン預かり屋に到着したころには既に日は落ち暗くなり始めていた。

 ジムチャレンジ参加者ということで預かり屋さんも快くキャンプの設備を貸してくれた。

 

「隊長! あたし達女子組が手伝うことはありますか!」

 

「ふむ、では貴公らには食材の下準備をお任せしようと思う」

 

「イエス、サー!」

 

「サー!」

 

「カレーキング、我ら男組が手伝うことはありますか!」

 

「諸君らにはテントの設営を頼みたい。大変だと思うが労働の後のカレーは格別だ!」

 

「イエス、サー!」

 

「サー!」

 

 マタハリとバーダンにはテントの設営を任せて俺達はカレー作りに取り掛かることにした。

 

 マリィは何度かカレー作りを手伝ってきたからか以前よりも手際が良くなってきていた。

 それと意外なことにデネボラさんは料理が上手であった。手際よく食材を切っていくところなどは感嘆に値した。

 

「デネボラさんはよく料理するんですか?」

 

「うん。体動かしてるとお腹減っちゃうでしょ、だから自然と料理の腕も上がったってわけ」

 

「なるほど、じゃあお肉の方も任せて大丈夫ですか?」

 

「お姉さんに任せなさい!」

 

「アカツキ、ほらマリィの方もちゃんと見といて!」

 

 デネボラさんに対抗するようにマリィも食材を切っていく姿はなんというか、とても微笑ましく映った。

 

 初めてマリィとカレーを作った時のことを思い出してやはりカレーは最高だということを実感する。

 

「さーて俺も頑張らないとね!」

 

 二人にだけいいところを任せてはいられない。服の袖をまくると俺も本格的にカレー作りに取り掛かることにした。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「うめええ!」

 

「っ!これは美味しいね!」

 

「ガツガツ。アカツキ君お代わり!」

 

「うん、相変わらずアカツキのカレーは美味か」

 

 カレーは無事大成功の出来であった。

 おそらく俺が用意していたカレーの材料ならばこれ以上のものは出来上がっただろう。 

 だが、

 

「このクラボのみはマタハリが、こっちのナナシのみはバーダンが、チーゴのみはデネボラさんが、そしてこのモモンのみはマリィが…」

 

 今日のカレーに使ったきのみの残りを眺めながらそう呟く。

 カレー作りをするならだれでも使ったことのある5種類のきのみ。辛味のクラボ、酸味のナナシ、苦味のチーゴ、甘味のモモン、そして俺の採った渋味のカゴ。

 どれもお店でもすぐに買えるくらいのありふれたきのみ達。

 

 だけどこれは全員で集めたものだからこそできた味だ。

 

「…俺、合宿に来てよかったかも」

 

「なにブツブツ言ってんだ、お前も飲むぞ!」

 

「いや飲まないから」

 

「うるせえ飲め!」

 

「モガガガガ!!?!」

 

「あ、未成年飲…」

 

「それ以上いけない。大会に関わるからこのことはみんなの秘密にしておこうか」

 

「さんせーばい」

 

 酒癖の悪いマタハリに無理矢理酒を呷らr……

 なぜかその後の記憶があいまいでよく思い出せない。覚えていることは恥ずかしそうにお代わりをしていたマリィに「マリィは軽いからもうちょっと食べら方がいいぞ、ほうらもっと大盛りにしようぜ!」と言ったらモルペコの『オーラぐるま』をけしかけられたくらいだ、解せぬ。

 

 

「はいお水」

 

「…ありがとうございます」プスプス

 

 謎の酩酊感はデネボラさんに貰ったお水を飲んだことで大分意識がよくなってきた。体のあちこちがモルペコの電撃で焼けて少し香ばしい香りを放っている。

 

「モルペコの『オーラぐるま』、また威力を上げたみたいです」

 

「うんうんポケモンの技の成長はやっぱりトレーナ自信が受け止めるのが一番だよね」

 

「そういうことじゃないんだよなぁ」

 

 焚火に当たりながらぐるりと辺りを見回してみる。

 酒に酔ったマタハリがバーダンに絡んでいる。

 一度あいつの酒癖の悪さに付き合ったことがあるのでもう絶対絡みたくない、バーダンは苦い顔をしながらこちらをチラチラ見てくるが顔を背けておこう。

 

「……恨むよ」

 

 バーダンから恨みの篭もった呪詛が聞こえたが聞こえなかった(矛盾)

 

 マリィはモルペコのご飯に付き合ってあげているようだ。モルペコの食べっぷりはいつ見ても気持ちがいい。

 そしてこちらの視線に気がついたマリィがこちらの方を向き、目が合うとプイッと顔を背けられてしまった。

 

「……マタハリ殺〇」

 

 恨みの篭もった呪詛を放った。

 しかし酔っ払ったおじさんには効果はいまひとつだった。酔っぱらいは無敵というのはやめてほしい。

 

 そして今隣にはデネボラさんがいる。

 マタハリと違って今日あったばかりの人で、バーダンと違って同性ではない。

 俺よりも少し年上の女の人というのはあまり関わる機会がなかったので緊張してしまう。

 

「いやー、カレー美味しかったよアカツキ君。うち(ガラル空手)で料理人やらない?」

 

「光栄ですけど遠慮しときます、俺が作れるのはカレーだけなんで」

 

「そっかー、残念。アカツキ君のカレーだったら毎日食べてもいいんだけどなー」

 

「うっ」

 

 カレー職人にとって一番言われたい言葉ナンバーワン、『君のカレーが毎日でも食べたい』をこうしてまじかで言われると照れてしまう。相手方にそんな意思がなくても言われると恥ずかしいものだ。ちなみに二番と三番は『君のスパイスで僕を染めてほしい』と『一緒にきのみ狩りに行こう』だ、三番はともかく二番はよくわからない。

 

「アカツキ君はさそんなにカレー作りに夢中なのにどうしてジムチャレンジに参加したの?」

 

 不思議そうに尋ねてくるデネボラさんの言葉に少し記憶を振り返る。

 俺はポケモンを貰ってまだそれほど時間が経ったわけではない。もちろん家にいた時からゴンべやスボミーたちとも遊んではいたがやはり俺にとってはジメレオンが最初のポケモンなのだ。

 

「最初に貰った相棒がやる気だったのと友達と約束したからですかね。『俺達の誰かがチャンピオンになる!』って」

 

「青春してるね~」

「あ、ちなみにあたしはサイトウちゃんに追い付くためだね」

 

「サイトウちゃん?」

 

 どこかで聞いたことのある名前に首をかしげる。

 出てきそうで出てこない記憶を何とか掘り起こしていく。

 

「たしかカブさんの次の、四番目のジムリーダーですね」

 

「そう! サイトウちゃんはねあたしとほとんど変わらないのに『ガラル空手の申し子』なんて呼ばれる天才カラテ美少女で、あの激しいマイナーリーグを勝ち抜いてメジャートレーナーになってるアタシの憧れなんだぁ!若いながらもサイトウちゃんのカラテはとっても鋭くて見てるこっちがほれぼれするくらいでね、それにポケモンバトルでも常に冷静を心がけてるみたいでバトル中はキリっとしてて格好良くてね!それからそれから……!」

 

 おっとなにか地雷のようなものを踏んでしまったようだ。

 突然のマシンガントークに最初は圧倒されたが聞いているとそのサイトウという人のことがわかってきた。

 

 『ガラル空手の申し子』、と言われるほどの達人でポケモンバトルでも無類の強さを持つ若き天才。その上鍛錬を怠らず常に上を目指し続ける努力家でもあるというのだ。

 

「アタシも何度かバトルしたことあるんだけどね、バトルに入ると性格が変わったようにすっごい冷静になるの」

 

「冷静に?」

 

「そう。ルーティンっていって格闘家がよく使う手法なんだけどある特定の動作で意識をパチッと切り替えちゃうの。これが本当にすごくてねいつもは礼儀正しくて可愛いんだけどバトルに入るとそれがもう氷タイプかってくらい冷静沈着になってバトルをする姿がねほんとう…」

 

 ポケモンだけでなく自らも体を鍛え、戦いに身を捧げる格闘使い。

 ポケモンとトレーナーが互いを鍛えあっていくそのスタイルは向上心を保ち、互いの呼吸をも知り尽くす。ポケモンバトルではお互いの動きが手に取るようなコンビネーションを見せてくるらしい。

 

「何度か戦ったことあるけど一回も勝てなくてね…でも今回のジムチャレンジでは絶対に勝ち上がって決勝トーナメントで戦ってみせるんだ!」

 

「俺なんかとは違って立派ですね」

 

「そんなことないよ、互いに高め合える相手がいるってのは恵まれてるんだよ。アタシみたいに目標があるだけよりずっとね」

 

 目標を作ることは誰にでもできる。だが同じ目標を持ち、互いに競い合えるライバルが得られるのかは自分だけではどうしようもない。

 俺はホップにユウリに、マリィにダンデさんにソニアさん。とこれ以上ないくらい恵まれていることを自覚する。

 

「ところで俺にもそのルーティンってやつはできるんですかね?」

 

 先ほどのルーティンの話を聞いて興味を持った俺が訊ねるとデネボラさんは難しそうに頭をひねる。

 

「う~ん、ルーティンってのは長期の積み重ねがあって初めてできることだからね。今から身に着けるのは難しいんじゃないかな」

 

「そうですか…」

 

 残念だ。そういう技術を身につければ昨日のように途中で戦意を喪失したり混乱してしまった時に便利だと思ったんだけどな。

 

「なんとかカブさんとの戦いで使えればいい戦略になると思ったんですけどね」

 

「あたしもルーティン身に着けたいなー。せめて気が動転した時とか無理矢理にでも引き戻せたらいいのにね」

 

「ですねー」

 

「「はぁ…」」

 

 二人で同時にため息を吐くとなんだかおもしろくなって笑ってしまった。

 最初は初対面だし女の人だしで仲良くなれるか心配だったのだが、なんてことはない。俺達にはポケモンという橋掛けがあったのだ、打ち解けれないわけがなかった。

 

「それにしてもいい案無いかな~」

 

「無いですかね~」

 

「ブハハハハ!お前も飲め飲め、もう成人してるから関係ねえだろうが!」

 

「ああもう我慢の限界だ!」

 

 温厚で誠実なバーダンもついにしびれを切らしたのか悪絡みをするマタハリの口に何かを放り込んだ。

 

「ン? なんだこれ?」

 

「よく味わって食べろ」

 

「ン? ンンンン!? か、辛ええええ!!?」

 

「あの反応はマトマのみですね。唇が赤く腫れあがって口から火を噴いてるのが目利きのポイントです」

 

「食べた反応だけで何の実かわかるなんて君も大概だね」

 

 慌てふためくマタハリを見て笑っていると俺の脳裏にひらめきが走る。

 

「デネボラさん、ちょっと」

 

「ん?」

 

「ごにょごにょ」

 

「ふんふん。いいわねそれ!それなら結構簡単にできそうだし一発で正気に戻れるかも!」

 

「そうと決まれば明日から試してみましょう。俺が最適なものを選んでみせます!」

 

 カブさんとの戦いに向けて一歩何かをつかめた気がした。

 こうして夜はふけっていくのであった。 

 

 

「マタハリの奴に腫れに効く甘くて冷たいものでも作ってあげましょうかね?」

 

「う~ん、自業自得だし作らなくてもいいんじゃないw」

 

「ですねw」

 

「か、辛ええええ!!?」

 

 マタハリは自業自得なので放っておくことにした。

 

 



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35、立ちはだかる天候

「あと一日でサマポケが届く。」

「サマポケが届いたらどうなるんです?」

「知らんのか」
「更新が遅くなる。」


ご、ごめんなさい…でも自分のサイドエフェクトがそう言ってるんです。


 朝起きてからは昨日作ったカレーを温めなおしている間に今日一日の予定を組み立てることとなった。

 

「やっぱりカブさん対策のために炎タイプのポケモンとの戦闘回数を増やしておくべきだと思う」

 

「そうだね。昨日はサイホーンの群れやアーマーガアとの戦闘以外にも散々戦闘をしたけど炎タイプとはまだ戦っていなかったからね」

「マタハリ、炎タイプ使いとして炎タイプがどんな生息域にいるのかを教えてくれないか?」

 

「ふが、ふがふがふがが」

 

「唇が腫れて役に立たないな」

 

「良いもの作ってみたので使ってみましょう」

 

 マトマのみを食べたせいで一晩経っても腫れの引かないマタハリ、その口にハチミツ漬けにしたナナシのみを放り込んでみる。

 ミツハニーから採れた甘ーいハニー蜜で漬け込まれたナナシのみは酸味と甘みが素晴らしい。

 今日は朝から雲一つなかったので熱中対策として片手間に作っておいたものが役に立った。

 

「ふいー、やっと腫れが引きやがった…」

「炎タイプは基本的に温暖な場所を好むがワイルドエリアには火山みたいな特定の地形が存在しない。だとすると天候の良い場所を当たるしかねえだろうな」

 

 なるほど、と思いワイルドエリアのお天気ニュースを確認してみれば今日はこのハシノマ原っぱとその隣のエンジンリバーサイドがちょうど『日照』となっていた。

 『日照』はかなり日照量が強くなるらしくおもに炎タイプや草タイプのポケモンが発生するというから特訓にはうってつけの気象だ。

 

「このワイルドエリアに住む炎タイプと言えばヒトモシ、コータス、ガーディ…あとはロコンにキュウコンくらいか」

 

「!」

 

 ロコンにキュウコンの群れ…かつてロコンを通して体験した彼らのことを思い出す。

 神通力を用いた高度な気象予知と危険察知でこの厳しいワイルドエリアを生き抜いてきた彼らは他ポケモンとの争いに敗れて群れは崩壊、散り散りとなってしまった。

 このワイルドエリアにロコンの群れは彼ら以外にも存在しているらしいが心配だ。

 

「(きっとこいつも心配してるだろうな…)」

 

 ロコンのボールを握りじっと見つめる。家族同然の仲間と生き別れになっていると考えればわかりやすいだろうか。

 まあロコン達には優れた神通力があり、それを用いることで同族と意識を繋いだりすることも可能なはずなので他のロコンの群れと合流できていればよいのだが…

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「ロコン、『でんこうせっか』!」

 

「コォン!」

 

「ガディ!」

 

 ロコンの『でんこうせっか』はかなりのスピードに達し相対するガーディの目はそれを追い切れていない。だが犬系ポケモンの発達した嗅覚によりこちらの動きを捉えている…という状況だ。

 一瞬で背後に移動したロコンの『でんこうせっか』がガーディに届いたと同時に、踏みとどまったガーディの『かみつく』がロコンのしっぽに食いつく。横っ腹に強烈な体当たりを食らいながらも決して離さぬガーディの気迫にこちらのロコンもたまらず怯む。

 

「グルルゥ、『ガァァディ』!!!」

 

「コォ、ン!???」

 

 さらにその隙を見抜いたガーディの『ほえる』が確実にロコンの動きを止める。間髪入れずに放たれた『かみつく』が再度ロコンの体を襲う。

 

「ッ、ロコン、『じんつうりき』!」

 

「コッ、、オオン!!」

 

 ロコンの体から放たれた不可視の力がかみついたガーディの体を大きく吹き飛ばす。

 『じんつうりき』のパワーはガーディにとっても予想外の威力だったようでかなりの大ダメージを食らい宙を舞う。

 

「そこだ、『でんこうせっか』!」

 

 ガーディが地面に着地する暇を与えずロコンの『でんこうせっか』がガーディを襲う。

 高速の突進攻撃はそのままガーディの意識を刈り取り戦闘不能に持ち込んだ。

 

「さすがワイルドエリアに住むポケモン、戦い慣れてるな…」

 

 現在接触したガーディの群れにポケモンバトルを挑んでいる。彼らも優れた嗅覚を用いてこのワイルドエリアを生き抜いている猛者たちだ、一匹一匹がかなりの力を有している。

 他の皆もガーディたちと死闘を繰り広げているが彼らでもなかなか一筋縄ではいかないらしい。

 

「くそ、それにしても熱いな」

 

 悪態をつきながらボトルに入れた水で水分を補給する、『日照り』というだけあって涼しかった朝方と比べて照り付ける日差しによる暑さが半端ではない。

 気候や環境の変化はポケモンバトルに影響を及ぼす。指示を出すトレーナーもそうだが苦手な環境下ではポケモンも力を十全に発揮できない、そういった環境下でも戦えるようにならなければいけないということか。

 

「お前は元気だな…」

 

「コンコン!」

 

 炎タイプのロコンはこの強烈な日差しの中ではいつも以上に元気になっている。反面ジメレオンやウールーは暑さにやられてしまっているのでこれからはそのあたりも考慮してバトルをしなければいけないな…

 

「ようお疲れさん」

 

「マタハリも飲む?」

 

「気が利くな、貰うぜ…かぁ~、水がうめえ!」

 

「すごい日差しだよね、ポケモン達も日差しにやられて力が出せてない感じだよ」

 

「俺のポケモンは炎タイプだからむしろ調子いいんだけど他のやつらはそうはいかねえもんな」

 

 みればマリィのグレッグルもグロッキー状態になっているしデネボラさんのポケモン達も昨日以上に大量の汗を流している。バーダンの地面タイプはそのあたりまだ平気そうだがトレーナーであるバーダン自身が汗まみれだ。

 

「ダイマックスのバトルなんかでは気候もフィールドもポンポン変わっちまうしそこら辺の対策も必要かもな」

 

「だね…」

 

 そうしていると他の皆もガーディたちとのバトルに打ち勝ったようで水分求めてこちらに集まってきた、傍から見るとゾンビみたいだ。

 

「はいみんなハチミツナナシのみだよ、汗流した後は補給補給」

 

「おほ~、甘酸っぱいナナシのみが体に染み渡るぜ!」

 

「アカツキ君は本当に気が利くね。うん、美味しい!」

 

「俺も好きでやってるだけだから、カレー作りしてると自然ときのみには詳しくなるからね」

「はい、マリィにデネボラさんもどうぞ」

 

「…なんだかあたし達女として負けてない?」

 

「…アカツキには負けられんよ!」

「アタシも実はハチミツナナシのみ作ってきとるけん食べて!」

 

 そしてマリィの取り出したタッパーからハチミツに漬かったナナシのみがゴロンと現れた。

 

「…」

 

 そう、ゴロンとだ。

 マリィの作ったハチミツナナシのみはボリュームがあって美味しかったです。

 

 

 

 ハシノマ原っぱを中心にエンジンリバーサイドやストーンズ平野にも足を運びポケモン達とのバトルを重ねた。ここのポケモン達は厳しい生存競争の他にも天候に対応するすべを身に着けているようで何度もひやひやさせられた。

 しかしそれにしたってこの気候はシャレにならない。

 

「なんで『日照り』を過ぎると『吹雪』になるんだよ!」

 

「暑かったから助かってるけどここの気候おかしいよね」

 

「あ”~”、でも散々鍛錬した後に冷蔵庫に顔突っ込んでるときみたいで気”持”ち”い”い”わ”~”」

 

「顔、デネボラさん女の子がしちゃいけない顔になってる」

 

「実は地面タイプ使いとしてはこのさらに先にある砂塵の窪地に興味があるんだけど…」

 

 などと宣っているバーダンだが砂塵の窪地はワイルドエリアでも有数の危険地帯として知られている。

 砂漠ともいえるその一帯は地面タイプや岩タイプのポケモンが多数生息し、なんと邪悪ポケモンと名高いバンギラスやドラゴンタイプのポケモンの生息も確認されている。

 

「とてもじゃないけど今の俺達じゃ無理だよ」

 

「諦メロン」

 

「しょぼーん」

 

 肩をすくめるバーダンをなだめていると吹雪が吹き荒れるストーンズ平野にポケモン達の足の音が聞こえてくる。このワイルドエリアに入ってから何度も聞いているポケモンの群れが放つ音だ。

 この音が聞こえてきているということは、

 

「みんな、またポケモン達の群れが来るよ!」

 

「めんどくせえがやるしかねえか…」

 

「汗も引いたしバリバリ動いて体を温めちゃいましょ!」

 

「寒か場所でもバトルしとかんとね!」

 

「どんなポケモンでも来い!」

 

 戦闘態勢に入る俺たち全員が腰のボールに手を付け敵の出現を待っていると吹雪の中からオレンジ色の毛並みをした傷だらけのポケモン達が現れる。

 

「あれは…」

 

「ロコンの群れ!」

 

「!」

 

 マタハリがポケモンの種類を看破する中で俺だけはそのポケモン達を個体として知っていた。

 そう、かつて俺が見たロコン達の群れ。その生き残りだ。

 その全員が傷だらけの状態で何かから逃げるように走ってきている。その表情はかつてドラピオンとスコルピの群れに敗れ、逃走しているときの彼らの表情と酷似していた。

 

「みんな違う、その後ろだ!」

 

 ロコン達の走り抜ける音に紛れ硬質な鉄を打ち付けるような音が聞こえてくる。その音を発するポケモン達がロコン達を駆り立てているのだ。

 逃げるロコン達に襲い掛かる黒い影、そのポケモンが腕を振り下ろすとロコンの皮膚が裂け痛々しい傷と血が流れる。武器は恐らく爪、そしてかなり速いポケモンだ。

 

「ならお前達だ。パルスワン、ロコン!」

 

「ワオォン!!」

 

「コン!」

 

 スピードに優れたパルスワンがロコンを乗せて走りだす。

 突然前方からやってきたパルスワンに迎撃行動をとろうとした最前列のロコンの目が見開かれる。一緒に乗せたロコンに気がついたのだろう。

 

「ロコン、『でんこうせっか』!」

「パルスワン、『ほえる』!」

 

「コォン!!」

 

「グルルゥ、『ゥワォォン』!!」

 

 吹雪の中にうごめく黒い影だが加速したロコンのスピードはそれを上回る。飛び回る影に一撃を加えるとその影を足蹴にさらに別方向の影へと攻撃を繰り返していく。

 

 粗方の影を叩き落としたロコンが攻撃をやめ群れに飛び込んでいく。最前列を走っていたロコン達に並走し訴えかけると少し逡巡したロコン達だが逸れるように進路がずれる。

 その瞬間を待っていたパルスワンの口から聞くものを強制的に退去させうるほどの大きな威嚇の声が放たれ、声を聴いた影たちは動きが止められる。その拘束が吹雪の中に見え隠れする狩猟者たちの姿を暴き立てる。

 

「…でた、あいつらはニューラだ!」

 

 ポケモン図鑑からもたらされた名前はニューラ、かぎづめポケモンともいわれるほど立派な爪をもち闇や雪に紛れて狩りを行うまさしく狩猟者というべきポケモンだという。

 ニューラたちは『ほえる』の拘束が解けた瞬間後ろに飛ぶとその身を吹雪の中に隠してしまった。氷タイプのポケモンらしく吹雪の降るこの場所は彼らにとって最高の狩場のようだ。

 

「気を付けて、吹雪の中から爪で攻撃してくるよ!」

 

 吹雪の強い風と雪に紛れたニューラたちが巧みに攻撃を仕掛けてくる。

 吹雪が強まった瞬間にその後押しを受けて加速し、一撃を入れればすぐさま吹雪の中に紛れて消えていく。そんなヒット&アウェイ戦法は着実に獲物の体力を奪い取っていく強力な戦法だ、自然を味方に着けるとは恐ろしい限りだ。さらに吹雪の音と風が強くなればなるほど奴らの行動は音に紛れて察知しずらくなっていく。

 だが、

 

「紛れていようと氷タイプだろ?」

「炎であぶり出してやるよ! ガーディ、『かえんほうしゃ』!」

 

「ロコン、『やきつくす』!」

 

「ぼくも手伝おう。ヤジロン、『すなあらし』!」

 

 三匹の放った強力な技が吹き荒れる吹雪に激突すると一時的に吹雪がかき消され、辺りに吹雪いていた風と雪が鳴りを潜める。

 そうすると吹雪の中に隠れていたニューラたちの姿があらわになった。

 

「リオル、『でんこうせっか』!」

 

「グレッグル、『ふいうち』!」

 

 その一瞬を見逃さずデネボラとマリィの攻撃が彼らに襲い掛かる。

 今まで自分たちの身を守っていた吹雪のベールが剥がされ戸惑っている彼らに速攻を主体とした攻撃が襲い掛かり瞬く間に一撃を加えられると群れの動きは鈍り瓦解を始める。

 

「ロコン、『おにび』!」

 

 ロコンの操る火の玉は動きの鈍ったニューラ達に的確にヒットさせていく。『おにび』のダメージと追加効果の『やけど』がニューラ達をさらに追い詰めていく。

 俺のロコンの奮闘ぶりに群れのロコン達は動きを止めて見惚れている。だてにジムチャレンジでバトルは重ねていないのだ。

 

「ニューラ!」

 

「ニュラ!」

 

「ニュニュニュ!」

 

 だがタダではやられてくれないのがワイルドエリアのポケモンと言ったところか。ニューラ達の爪が鉄へと変化し、複数の『メタルクロー』がロコンに襲い掛かる。

 その攻撃をまともに受けてしまいたまらずロコンはダメージを食らってしまう。さすがのロコンだが複数を相手にできる『じんつうりき』が効かない以上数で来られると厳しいようだ。

 だが体勢を立て直したロコンの今までもふもふとしていただけの六本のしっぽが意思を持ったかのように動き出す。

 動き出したしっぽはニューラ達の攻撃を受け止め強烈な一撃でカウンターを決めていく。ここにきて新しい技を覚えたみたいだ!

 

「えーと、あの技は『スイープビンタ』っていうのか。ロコン、『スイープビンタ』だ!」

 

「コン!」

 

 襲い掛かるニューラ達は手数を手に入れたロコンのしっぽで次々にはたき落とされていく。

 それに分が悪いと感じたニューラ達が他の二体に襲い掛かるがその相手とはリオルとグレッグル。二匹の格闘タイプに接近戦を挑むのは分が悪かったようで格闘技を食らって次々とダウンしていく。

 

「あいつら氷と悪タイプだから格闘タイプに弱いよ!」

 

「グレッグル、『リベンジ』!」

 

「リオル、『はっけい』!」

 

「レッグル!」

 

「リオ!」

 

「「「ニュ、ニューーラ!!?」」」

 

「とどめだ、『やきつくす』!」

 

 叩き飛ばされたニューラ達が一か所に積み上げられたところでフルパワーの『やきつくす』がロコンから放たれた。

 仲間をやられたロコンの怒りの業火がニューラ達をストーンズ平野の彼方に飛ばしていった。

 

「大活躍だったぞロコン!」

 

「コンコン!」

 

 俺の腕に飛び込んできたロコンだが流石の連戦に疲れてしまったようで腕の中に入るとガックリと力が抜けてしまった。

 疲れ切ったロコンに『きずぐすり』を吹きかける。吹雪が復活してきたようで肌寒いなか腕の中のロコンの温かさがありがたい。

 

 ロコンが力を取り戻してからは群れの仲間達と話をつけてもらい、傷ついた彼らを預かり屋にまで連れていくこととするのだった。

 

 




※今回のお話でロコンが『スイープビンタ』を覚えましたが本来はレベルアップでは覚えません。作者が使っていたロコンに覚えさせた技なのでここで習得していただきました。


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36、掘り出せアナホリダー

サマポケRBを始めて一週目で何と堂々のBADEND、やり込みやヒロインが増えた分ちょっと多方に手を出し過ぎましたね。スイカバーを逃しさえしなければ…!


 

 吹雪吹き付けるストーンズ平野でニューラの群れを撃退した俺達はハシノマ原っぱにまで帰還すると傷ついたロコン達の手当てをすることとした。

 ポケモン預かり屋はこういった傷ついた野生ポケモンの手当てなどもしているようで道具や人手を貸してくれたのが幸いだった。

 

 驚いたのがマタハリとデネボラさんがこう言ったポケモンの手当てが上手だったということ。

 マタハリは炎タイプ使いなので炎タイプへの接し方がうまく、デネボラさんは本人の格闘経験や怪我への理解が深いということだ。

 そのほかにも預かり屋の人たちの協力もあり、無事ロコン達の負傷の手当を行うことができた。

 

 ロコンに話を聞いてみると彼らはあの嵐の戦いでリーダーたるキュウコンを失った後、他のロコンの群れに出会えず生き延びてきたというのだ。

 生き残った若いものの中でも神通力の扱いに長けたロコン達が中心となり天候の変化などを予知してこれまで生き延びてきたらしい。しかし、今回彼らを襲ったニューラたちは悪タイプを持ち合わせていた。リーダーを失った戦いと同じく神通力がまともに通じない相手にトラウマを発症していたロコン達はただ逃げることしかできず狩りの標的となってしまったといいうのだ。

 

 そして現在、ロコンが群れのロコン達と交渉をしているところである。交渉内容はもちろん合宿への協力の要請である。

 カブさん打倒を掲げる俺達は一匹でも多くの炎タイプとの戦闘経験が必要となる、ロコン達とポケモンバトルができればこれ以上ない特訓となるだろう。

 こちらが出せるものと言えば今回行った傷の手当てや食料を分けるくらいだがさて…

 

「コン」

 

「えっと、『良いけど条件がある?』」

 

 コンコンと言いながら首を縦に振る。

 ロコン達が求めている条件とは、

 

「『熱き炎の力を宿した石』?」

 

「コン」

 

 ロコンが頷く姿を見たあと群れのトップらしいロコンを見てみるとそちらも頷く。

 どこかで聞いたことのある単語だと思い記憶の蓋をこじ開ける。そういえばロコンの記憶を見た時にリーダーが言っていた言葉を思い出した。

 

『あとはそうですね…一番大切なことがあります』

『はい、それは熱き炎の力を宿した石を手に入れることです』

 

 リーダーの言っていた進化に一番必要なもの、かつてリーダーはトレーナーからそれを貰い進化したというのだ。

 ロコン達にはこのワイルドエリアを生き抜くための力がいる。かつてリーダーが指し示した進化への道しるべたる『熱き炎の力を宿した石』こそ今彼らが求めているもの、ということだった。

 

「『熱き炎の力を宿した石』…ねえ?」

 

 駄目だわからん、ポケモンに関してまだお触り程度にしか知識のない俺には全くわからない類の問題であった。

 だが心配することなかれ!

 ここには炎使いを自称する男マタハリが存在する。奴ならきっと答えを導き出してくれるだろう。

 

「『熱き炎の力を宿した石』だ? そりゃ『ほのおのいし』だろ」

 

 さっすがマタハリ頼りになる男だぜ!

 

 マタハリのおかげで彼らの求めているものが判明した。

 『ほのおのいし』、内部に炎のような紋様が入った石で特定のポケモンを進化させることができるらしい。

 

「つってもそうそう手に入るもんじゃねえぞ、俺だってガーディをウィンディに進化させるために石探ししてるんだからな」

 

「え、ガーディも『ほのおのいし』で進化するの?」

 

「ロコンとガーディだけじゃねえぞ。お前が捕まえたヒトモシも進化後のランプラーからシャンデラに進化するためには『やみのいし』が必要になるポケモンだ」

 

 つまり俺はポケモンを進化させるために貴重な品である『ほのおのいし』と『やみのいし』計二つを集めないということなのか。

 

「おこづかいで足りるか…?」

 

「足りねぇ」

 

「だよね~、はぁー」

 

 どうしたものかと肩を落とす。ロコン達の気持ちもわかるが進化に必要となるアイテムなんてものは俺でも貴重だとわかる品物だ。それをホイと出せるような収集家でもなければ資産家でもない1トレーナーには荷の重い代物である。

 

 とりあえず他の皆にも『ほのおのいし』を持っていないか聞いて回ったが返答は芳しくはなかった。だがその中でバーダンから貴重な話を聞くことができた。

 

「このワイルドエリアのどこかに穴掘り兄弟と名乗る穴掘り名人がいるらしい。彼らは穴掘りの過程で手に入れた貴重な品物を時々マーケットなどに下ろしているそうだ」

 

 なんと穴掘り兄弟と自称する穴掘り名人の兄弟が貴重な鉱石をこのワイルドエリアのどこかで手に入れているというのだ。

 そしてなんと偶然なことに預かり屋さんがつい最近穴掘り兄弟と接触したというのだ。

 

「彼ら偶にここにきて物々交換とかしてくれるのよ」

 

「その彼らがどこかにいるとか聞いてますか!」

 

「うーん、ああそういえばこの前来たときは『このハシノマ原っぱに穴掘りがいのある場所を見つけた』とか言ってたわね」

 

 預かり屋さんの証言に間違いがなければこのハシノマ原っぱに穴掘りの達人と『ほのおのいし』があるのかもしれない。

 俺達は顔を見合わせるとロコン達の保護を預かり屋さんに任せてハシノマ原っぱの探索へと乗り出した。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 とはいってもここはワイルドエリア、ハシノマ原っぱという一区画に絞ることができたとはいえそれでも広大な自然の平原だ。

 俺達は各地に別れてハシノマ原っぱ全域を捜索することにした。

 

「アオガラス、どうだった?」

 

「アァ、ガァ」

 

 アオガラスはフルフルと首を振るって見つからない意思を示す。

 飛行タイプであるアオガラスを使って空からの捜索を行っているが結果は芳しくない。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

 飛行タイプであるアオガラスに頼っても見つからないということは少なくともこの見晴らしの良いハシノマ原っぱの中央部にはいないということだろうか?

 

「穴掘り…穴掘りか」

 

 穴掘りと聞いて思いつくのはやはり落とし穴だろうか?地面に大きな穴を掘る。

 だがバーダンに聞いたところ穴掘り兄弟が掘るのは穴というよりは壁穴らしい。

 丈夫な場所を掘り進めることが至高の趣味で鉱石などの採掘はそのついでだというのだ。

 

「となれば探すとしたら岩石地帯だな」

 

 ハシノマ原っぱにある岩石地帯に足を運び探してみることにした。

 

 現在このハシノマ原っぱの天気は『日照り』、ハシノマ原っぱ自体が遮蔽物の少ない広大な開けた草原なので日差しがダイレクトに降り注ぎ俺の体力をじわじわと削っていく。

 俺は水分を補給しながら岩場で捜索を続けていく。

 

 この竪穴は…違う、キテルグマの巣だ。グズグズしていられないすぐ逃げるとし…(ズシン)…あっ…死……

 

 こちらの洞窟は…違う、オンバーンの巣穴だ。天井一面に張り付いているオンバーンとオンバットは軽くトラウマ物の光景だ。

 

 隣のこちらは…違う、ただのミイラ化した修行僧だ。

 

「ロコン、そっちはどうだ?」

 

「コ~ン…」

 

 日差しの中でも元気に動けるロコンとも手分けをしているがなかなか見つからない。

 

 そしてさすがに疲れがピークに達してきたので途中で見つけた洞窟の中で休むことにした。

 洞窟内は日差しが届かずヒンヤリとしていた。今までの疲れと誰も見ていないのをいいことに地面に全身を押し当てる。

 

「あ”~”、床冷て~、気持ちいいー」

 

 声が反響し洞窟の中に響き渡るが誰の耳にも届かない。

 謎の解放感を感じた俺は一人でカラオケを始めてしまった。

 

「ポケモンマスターに~、なりたいな~、ならなくちゃ~、絶対なってやるー!」

 

 イェイ、一曲歌うとなんだかとてもスッキリした。俺の住んでいるハロンタウンやブラッシータウンにはカラオケなんてないものだからついつい興が乗ってしまった。

 まあ誰かに聞かれているわけでもないしいいか!

 

「続きまして、『OK』!」

 

「コン!」

 

「いいぞいいぞ!」

 

「ヒューヒュー!歌え歌え!」

 

「OK!!!……ぁぁぁああ!!?」

 

 気持ちよく二曲目の歌い出しを始めた途端横から謎の合いの手を受けた。

 謎の合いの手に一時思考が真っ白に染まる。そして復帰したと同時に恥ずかしさが俺の思考を埋め尽くしていった。

 

「し、死にたい。誰か、誰でもいいから俺を殺してくれ…」

 

「おいおい兄ちゃん歌聞かれたくらいで死ぬとか大げさだぜ」

 

「そうそう、死ぬなんて穴倉の中以外じゃごめんだぜ!」

 

「ここ穴倉の中(洞窟)だけどな!」

 

「「ガッハッハッハ!!」」

 

 突然現れ俺の歌を聞いたどころか突然笑いだし始めた二人の男たち。

 大きなバックパックを背中にかるった大柄な二人組、ガッチリとした体格はガラル鉱山などで見た工事現場の人たちにも負けず劣らずの肉体だ。

 だがそんなことはどうでもいい。大事なのはもっと別のところだ。

 

「というかあなたたち誰ですか!」

 

「オレ達は穴掘り兄弟ってもんだぜ!」

 

「貴方達が!?」

 

 驚きの連続でもう頭がおかしくなりそうだ……

 

 

 

 

 

 

「ふん、なるほど。『ほのおのいし』を求めてこの穴掘り兄弟を訪ねてきたということだな」

 

「コン!」

 

「はいどうか『ほのおのいし』を譲ってくれないでしょうか?」

 

 俺はロコンを腕の中に抱きながら穴掘り兄弟の二人に事情を説明していく。

 ロコン達のため、俺達の特訓のため『ほのおのいし』を譲ってくれないかと彼らに話してみると意外というかすんなりと話は通った。通ったのだが、

 

「譲ってやりたいのは山々だが生憎『ほのおのいし』は手持ちに無くてな…」

 

「石だの鉱石だのは手に入るも入らないも地質次第なのだ」

 

 穴掘り兄弟が言うにはこの辺りはまだ掘り始めたばかりで未だ『ほのおのいし』が出てきた事は無いのだという。

 せっかく穴掘りのスペシャリストを見つけることができたというのに残念な限りだと肩を落とす。

 ここまできて無いということは現状『ほのおのいし』が手に入る可能性はなくなったということだ。

 

 このままではロコン達の協力を得られない。せっかく出会えたロコンの仲間達の力になれないのは残念でならない。

 なんとかならないものか、と頭をひねらせていると今まで腕の中で話を聞いていたロコンが突然飛び出した。

 

 飛び出したロコンの体から青白い光を出るとその光が洞窟の全域に向かって解き放たれていく。

 ロコンの操る神通力の青白い光が洞窟の壁や地面を駆け巡っていく様子はまるで幻想的なプラネタリウムを見ているようで穴掘り兄弟も俺もその光景に見惚れてしまう。

 

 ロコンを中心とした光の波が広がっていくと洞窟のある地点で美しかった波の軌道がおかしくなる。

 その変化を感じ取ったロコンは俺に向かって『ここを掘れ』と訴えてくる。

 俺はロコンの言われるがままにビートから借りたままだったノミとハンマーを取り出すとその地点をコツコツと削っていく。

 地質はガラル鉱山よりも幾分か柔らかく、すいすいと進んでいく。会心の一撃が決まったかと思うと壁の一面が崩れて零れ落ちる。すると壁の中に明らかに地層とは別物の色と形をした物が埋まっていた。

 その石のようなものを壊さないよう優しい手つきで引きぬくと、とてもひんやりとした綺麗な青色の石であった。

 石は今岩盤から掘り起こしたばかりだというのに水滴が付着し瑞々しい姿をしていた。

 

「こいつは驚いた、そりゃあ『みずのいし』じゃねえか」

 

「これが『みずのいし』?」

 

 手の中にある青い石を見つめ直す。それは普通の石とは違い何かのエネルギーのようなものを感じる。

 石から目を離しロコンの方を見てみるとロコンは自慢げに胸を張る。

 今まで何度かビートのねがいぼし採掘に協力していたがそのたびに彼はビートのミブリムと張り合っていた。もしかすると『ねがいぼし』以外のものを探知できるようになったのかもしれない。

 

「すごいぞロコン、これならもしかして『ほのおのいし』も見つかるかも!」

 

「コォン!」

 

 再びロコンが神通力の力を洞窟中にかけ巡らせていく。

 だが光は水の波紋のように広がっていくが今回は何の反応も出さない。ロコンも手ごたえのなさに首を傾げもう一度とばかりに光をかけ巡らせるがやはりなにも見つけられない。これはどういったことだろう。

 すると今まで興味深そうにその光景を見ていた穴掘り兄弟の兄が「足りない」と言ってきた。

 

「足りない?」

 

「おそらくまだこのロコンの力が足りてないんじゃねえのか。浅い場所に埋まっている石の力は探知できても深くまで埋まってる石の力までは感じ取ることができてないんだと思うぜ」

 

 なるほどと思う。ロコンは強くなったと言ってもまだまだ成長途中、神通力の深淵にまでは至れていないということなんだろう。

 穴掘り兄弟(兄)の言葉にロコンはしっぽを垂らして落ち込んでしまう。

 俺が慌ててロコンを励まそうとするとそれより早く穴掘り兄弟(弟)がロコンの頭をガシガシと掴んで撫で始める。

 

「すげえじゃねえか、ちっこいの。オレは今まで穴掘りしてきたけどこんな方法で採掘してるやつは初めて見たぜ!」

 

「ああ、俺達も見落としていたのかもしれんな。ポケモンと人間が力をあわせればできない事は無いという当たり前のことを忘れていたな」

 

 そう言った穴掘り兄弟の二人はバックパックからおもむろにモンスターボールを取り出すとそれを放り投げた。

 

「ドーリュゥゥズ!!」

 

「ダグダグダグゥ!!!」

 

 頭と腕に大きな鋼鉄の鎧を纏ったポケモンと地面から大きな頭が三つ飛び出したポケモン。

 鋼鉄の鎧を身に着けたポケモンは地底ポケモンのドリュウズ、三つの頭が飛び出しているポケモンはモグラポケモンのダグトリオというらしい。

 

 二匹のポケモンはボールから出た途端に兄弟に向かって飛びついた。

 ドリュウズはその自慢の鋼鉄の爪を兄弟(兄)に突き刺し、ダグトリオは地面から飛び出した頭で兄弟(弟)に空中胴上げを食らわせていた。

 

「ええ!?」

 

「うわははは、すまんすまんお前達。穴掘りは人間だけでやるもんだと思ってからろくにボールから出してなかったな!」

 

「ガハハハハ、お前の鋼鉄の腕は相変わらずのようで安心したぞ」

 

 兄弟はまるでそれを気にしていないかのように受け止めているがポケモン達の顔はどう見てもガチだ。

 ドリュウズの爪はどう見てもさっき見たニューラの『メタルクロー』同様の技のはずだ。それでお腹をザクザク刺されているのになぜ笑っていられるんだ兄弟(兄)。

 ダグトリオの空中胴上げも傍から見ればポケモンからのスキンシップにも見える。だがダグトリオの地面から飛び出て胴上げをするスピードはあきらかにスキンシップの域を越えている。スマホで調べてみた『シゲル君の豆知識』とかいうサイトによればダグトリオの進化前のディグダの穴を出入りするスピードは299792.458kmらしい、激しさが伝わるだろうか?

 

 ということでしばらくポケモン達からの過激なスキンシップが続いたがポケモン達も気が晴れたのか終わった。

 兄弟たちは顔色一つ変えず俺達に協力を申し出てくれた。

 

「普段なら石やら鉱石なんぞのためだけに穴を掘るなんてしねぇが」

 

「だが小僧の熱意とロコンのすげえ力に免じてオレ達の力を貸してやるぜ!」

 

「ッ! ありがとうございます!!」

 

 穴掘り兄弟の二人が力を貸してくれることになった!

 

 ほのぐらい洞窟内をロコンの神通力の力が照らし青白く幻想的に輝く。

 その中で俺と穴掘り兄弟の二人、そして二人の手持ちポケモン達が音を反響させながら掘削を続けていく。

 

「ハハハ、いいねぇ! こういった光であふれる洞窟内で穴掘りするってのはよォ!」

 

「ああ、いつもとは一味違ってテンション上がるぜ!」

 

「あそうだ知ってますか、カロス地方なんてところには一面が鏡で出来た洞窟なんてものがあるんですって!」

 

「なんだとそんなのテンション上がってくるじゃねえか!」

 

「カロス地方に行ってみるのもありかもなぁ!」

 

「「「アハハハハハ!!!」」」

 

 ハンマーとノミを片手に壁を崩していく。

 ロコンの神通力レーダーを常時展開し少しでも変化のあった場所をひたすら掘り進めていくとなんだかテンションがハイになってきたような気がする。いや違う、この二人のテンションに釣られているだけだ。

 

 ノミを壁に突き立て、ハンマーには渾身の力を込めて叩きつける。

 その一連の動作を重ねるたびに俺の体には反動となって衝撃が帰ってくる。その衝撃は俺の体に染み入り一連の動作を洗練させていく。

 そして俺の経験値が一定のラインを越えたのだろう。

 それは俺の内から湧き上がり、技となって解放された。

 

「『破砕撃』!」

 

 左手に持ったノミを壁に打ち据え、溢れ出した力をすべて込めた右手のハンマーで叩きつける。ハンマーのエネルギーはノミを伝って壁に伝播され、一面に破壊を巻き起こした。

 一連の動作が終わると壁には今までとは比べ物にならない破壊痕と全身の疲労が残った。

 俺の体には謎の倦怠感とともに今の技についての疑問が駆け巡る。

 

「今のはいったい…」

 

「なにって、技だよ」

 

「技?」

 

「ポケモンだって技覚えるだろ。人間が技を覚えても不思議じゃねえさ」

 

 そういった兄弟(弟)が愛用している巨大なツルハシを頭の上へと掲げると、腕に力を込めながら力こぶと共に体から白いオーラが噴き出していく。

 蒸気のようなオーラを吹き出しながら兄弟(弟)は「見てろ…」と低い声を上げながら集中力を増していき、

 

「オラァ、『パワースマッシュ』!」

 

 噴き出したオーラとともにすべての力が込められたツルハシが壁へと叩きつけられる。

ドガァン!!!

 その衝撃は洞窟中を揺らすほどの一撃。しかし無駄な破壊を周囲へは伝播させず、圧倒的なパワーは叩きつけた壁を破壊し瓦礫を砂にするだけで留めていた。

 

「ふう、とまあこんなもんだ」

 

「いやいやいや、人間が出していい威力じゃないですよ!?」

 

 兄弟(弟)の放った一撃と比べれば俺の使った『破砕撃』など子供のような技だ。

 余計な破壊はまき散らさずただ叩きつけた場所のみを灰燼と化すその技は力だけではない、恐るべき器用さを用いる技であった。

 

「オレは力とスタミナ自慢の弟って謳い文句だからな。これくらいはできるさ」

 

 へへへっ、と鼻の下を掻きながら自慢する姿はまるで子供の用だった。

 

「それに兄貴も同じようなことができるぜ」

 

「お前みたいな馬鹿力俺にはねえよ…」

 

 「だがまあ…」と言った兄弟(兄)は持ち場の壁をコツコツと叩き始めた、そしてある地点で止まるとツルハシを構える。

 

「……『ストライク』」

 

 兄弟(兄)のツルハシは目にも止まらぬ速さで壁に叩きつけられ、遅れて両者のぶつかった音が洞窟内に響き渡る。大きな音ではない。しかし妙に存在感のあるひと振りであった。

 だが今の一撃がなんなのだ…?と俺が疑問符を浮かべる。その直後壁一面に余す所がない程のひび割れが入り込み、一瞬にして壁はガラガラと音を立てて崩れ去った。破壊の規模だけでいえば兄弟(弟)の作った穴よりも大きいほどだ。

 何の前触れもなかった。あるとすれば先ほどの一回だけ振り下ろされたツルハシくらいだ。まさか、今の一撃だけで?

 

「まあこんなもんだ。弟みたいな馬鹿力はねえが力は技で収束できる。スピードと技術の兄とは俺のことよ」

「お、良いもん見っけたぜ」

 

 何でもないように語る兄弟(兄)は壁を壊したがれきの中から何かを取り上げる。

 それは内に紫電の紋様を携えた明らかに普通とは違う石。

 

「『かみなりのいし』だな、ほれ目当てのもんじゃねえがやるよ」

 

 それを何とも思わないようにぽいっと軽い感じでこちらに投げかけてきた。

 

「ええ!?貴重な品ですよね!?」

 

「まあ『ほのおのいし』と大差ねえよ」

 

「いやそれ貴重な品ぁ!」

 

 色々と驚きの連続なのだが一つだけわかったことがある。

 この人たちは確かに穴を掘るということに関しては一流だということが。ポケモンバトルでいうならそれこそジムリーダーのような存在とすら言えるほどの存在感を放っている。

 俺は『かみなりのいし』を持ったまま腰を抜かす。この人達は穴を掘るという行為において俺の何歩も何十歩も先を行っている。

 

「おいおい技一回くらい使っただけでへこたれてんじゃねえぞ小僧」

 

「お前の技には進化と成長の可能性がいくらでもある」

「どうだ、俺達と一緒に穴掘りの道…アナホリダーになってみる気は無いか?」

 

 兄弟(兄)の言葉に俺は、、、、

 

 

 

 

 

 

「…かっこ悪いしいいです」

 

 …アナホリダーは流石にダサすぎるよね。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「兄ぃ!これは!?」

 

「そいつは『つきのいし』だちげえ!」

 

「じゃあ弟ぉ!これは!?」

 

「それは『トリのかせき』だ!見て分かれ!」

 

 俺が技という穴掘りスキルを覚えてからも採掘は進んでいった。

 技を覚えたことで格段に穴掘りのスピードが上がったが、兄弟からは「あくまで技は穴掘りの方法の一つ、頼り切っちゃいけねえ」と言われたので地道にノミとハンマーでの採掘を進めていく。

 その過程でロコンのレーダーに出る反応も数を増えていき壁からは結構な頻度での採掘物が顔を見せるようになってきた。

 

「これは!?」

 

「『たいようのいし』だ、近いけど別物だ!」

 

「ならこれは!?」

 

「だからそれは『リュウのかせき』だっつってんだろ!少しは自分で考えて質問しろ!」

 

 次々と発掘物は出てくるがなかなかお目当ての『ほのおのいし』はでてこない。

 さらに追い打ちをかけるようにして洞窟内を照らしていたロコンの神通力の力が弱まり始めたのだ。無理もない、もう二時間近く神通力を展開し続けているのだ。ロコンと言えど限界が来る。

 何度かロコンに休憩を取ろうと声を掛けているんだがロコンは頑なに休まなかった。群れの仲間のためなんだろうな。

 

 しかしそれでももう流石にロコンの体力も限界であった。

 レーダーの反応は弱まり洞窟内もほの暗くなってきた。いつの間にか洞窟の外も暗くなってきているしこれくらいが限界か…

 

「ロコン、もう帰ろう」

 

「コ…コン…」

 

 力を振り絞るロコンだがもはや寿命の来た電球の様に途切れ途切れになった神通力が危険な状態であることを伝えてくる。

 これまではロコンの頑張りに報いるために採掘に集中していたがこれ以上はトレーナーの責務だ。

 俺が腰のホルダーからロコンのボールを取り出し戻そうとする。その瞬間、

 

「ッ! コン!コン!」

 

 息も絶え絶えだったロコンが何かに反応してほえる。

 その声に反応してロコンが声をあげる方向を見てみるとレーダーに反応が出ていた。

 

「アカツキ!ロコンはもう限界だぜ」

 

「レーダーが反応を出しているうちに素早く採掘を終わらせてやれ!」

 

「ッ、うおおぉぉぉ!」

 

 ロコンのモンスターボールを腰に戻し、置いていたノミとハンマーを拾い上げる。

 反応の出ている場所まで少し距離がある!なんとかロコンの神通力がもっているうちに採掘しなれば!

 

 しかし採掘でくたくたになった体は中々動いてくれない。もはや一秒も無駄にしてはいられない状況だというのに!

 その悔しさがトリガーとなったのか。体はその場所から動かないというのに俺の腕にだけ活力がみなぎり始める。 

 

「ッ! アカツキ、そいつをぶちかましてやれ!」

 

 兄弟(兄)の言葉に俺の体が勝手に動き始める。

 ノミを空中に放り投げるとくるくると回転をしながら落下を始める。その回転には目もくれず俺は目標となる地点にのみ集中を注ぐ。

 右手に持つハンマーへと力は収束していき、落ちてきたノミと目標地点が一直線上に繋がったその瞬間ハンマーを、

 

「『飛・破砕撃』!」

 

 叩きつけた!

 ハンマーの全エネルギーを叩きつけられたノミは爆発したかのように打ち出され、反応のあった壁を寸分の狂い無く打ち抜き破壊した。

 

 そして打ち抜いたと同時にロコンの神通力が途切れその場に倒れ伏せる。

 ひと先ずロコンの容態を見るために確認は後回しだ!

 

 幸いロコンは力の使い過ぎで倒れただけで大事はなかったようで俺もホッとした。

 とりあえず水ときのみをゆっくりと摂らせ、ボールに戻す。

 

 一区切りがついたところでキャンプ用のランプを点け先ほど掘った場所を穴掘り兄弟と確認する。

 俺の技は結構強力だったようでがれきが多く退けるのが大変であった。

 

「ダグダグダグ!」

 

「ナイスだダグトリオ」

 

 ダグトリオとドリュウズの力も借りてがれきを撤去し、その中からダグトリオが何かを運んできた。

 それはがれきの中にありながらランプの光をよく受けてギラギラと輝いている。まるでロコンの出す炎のように強く暖かな輝きだ。

  

「これが…」

 

「ああ立派な『ほのおのいし』だぜこいつは」

 

 拾い上げた掌の中で暖かな光とほのかな熱を帯びた石をぎゅっと握りしめる。

 汚れた軍手の中でもその輝きと熱は失われる事は無かった。

 

 

 

 




ちょっと待ってくれ………
私が書いていたこの作品はいったい何だ?ポケモンかこれは?


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37、リベンジマッチ vs空の覇者

プリコネのガチャを200連回して何の成果もあげられませんでした!!
おのれ諸悪の根源、草野優衣!

…ぐすん、いいもん。
作者には妹を自称するちゃんリノがいるから…


 

 ロコンの群れに協力を仰ぐための『ほのおのいし』を手に入れるため穴掘り兄弟に協力を求めた俺達。

 彼らと穴掘りで意気投合した俺は目当ての『ほのおのいし』を手に入れたことでロコン達の協力を取り付けることに成功したのだった。

 穴掘り兄弟に別れを告げキャンプ地に戻った俺はロコン達に『ほのおのいし』を見せる。ロコン達も『ほのおのいし』に秘められた力を感じ取ったのか快く協力を申し出てくれた。

 

 次の日は朝からロコン達との対炎タイプ特訓を行っている。ポケモン達には戦闘経験値を蓄えさせていく。特訓のおかげか炎タイプの攻撃への回避能力が段々と上がってきているようでなによりだ。

 

 そして俺達トレーナーはというと炎タイプの特徴についての意見を出し合いカブさん対策の準備を整えていた。

 

「──つうわけで殆どの炎タイプは体の中に炎袋なりの炎の発生器官が備わっている。あいつらの炎だって無限じゃあない、『かえんほうしゃ』だの『やきつくす』だのは連発はできないから次の発動には必ずインターバルができる」

 

「マタハリ先生!そういう時はどうすればよいですか!」

 

「炎タイプには地面タイプや岩タイプや水タイプの攻撃を当てる。完璧な作戦だろ?」

 

「さすがっすねェ~!カブさんに通用するのか、という点に目を瞑ればよォ!」

 

「仕方ねえだろ!相手は炎タイプ使いのエキスパートだぞ!オレみたいなひよっこ炎タイプ使いの思いつくことなんてとっくに対処してるっつうの!」

 

「そこでなんとか知識を振り絞るのが大人の役目でしょお!?」

 

「うるせえ!カレー作るしか能のないガキは黙ってろ!」

 

「なんだとこの野郎!」

 

 ギャーギャーギャーギャー

 

「うるさい!」ガツン!

 

「ギャン!」

 

「ヒデブ!」

 

 デネボラさん怒りの鉄槌で強制的に黙らされてしまった。もとはといえば対策会議前に「オレに任せな(若干渋めの声)」とか言ってた割に凡庸な意見しか出さないマタハリが悪いと思う(責任転嫁)

 

 

「ふー、あぁそうだアカツキ君。例のブツの目途は立った?」

 

「いつつ、例のブツ?」

 

 拳骨を食らったマタハリが疑問の声を上げる。

 それに対して俺はもちろんだ、と返答する。戦闘をしているときも穴掘り兄弟を探していた時にもきっちりと材料を見つけ、作り出しておいたのだ。

 

「ジャーーン!これです!」

 

「これって…!」

 

 俺はカバンから小さな赤いカプセルを取り出す。手のひらの中央にちょこんとあるそれは普通の飲むカプセルと比べてもかなり小さい。

 

「はい!これこそ俺のスパイス技術を詰め込んだ集大成!名付けて『激辛君!』です!」

 

「『激辛君!』!!名前からしてもう期待大ね!」

 

 デネボラさんの考えた作戦。それは「強い刺激でどんな状況からでも復帰をする方法」だ。

 ポケモンバトルをしていれば誰でも一度は想定外の事態に直面して頭が真っ白になってしまうことがあるだろう。そこで激辛のものを食べたりすることで無理やり正気に戻してしまおうという作戦だ。ちなみにこの作戦はマトマのみを食べて辛さで狂った後酔いが醒めたマタハリから構想を得ている。

 

「なんとこの『激辛君!』は奥歯に仕込めるほどの大きさのカプセルにあらゆる辛味きのみのスパイスを入れています!」

 

「奥歯に仕込めるほどの大きさなのに!?」

 

「はい!それにただ辛いだけじゃありません、辛すぎて使ったときに我を失うような馬鹿な構造はしていません。そんなやつはマトマのみを食ったマタハリくらいです」

 

「おい」

 

「そうね、マタハリみたいに口が腫れて火を吐いたりしたらバトルどころじゃないもんね」

 

「ですがこの『激辛君!』は辛さでバトルの続行不可能になるギリギリのラインを見極めて配合した特殊スパイスです。ぐ、ぐへへ…大元のクラボのみ粉末とフィラのみ粉末を3対4の配合で混ぜてからマトマのみ粉末を軽く炒ったものを加えてオッカのみの皮をすりつぶして入れています。カレーに入れるだけでもワンランクもツーランクもアップさせられるこれは悪魔のスパイスですよ」

 

「アカツキ君!」

 

「デネボラさん!」

 

「イエーイ!」バチン

 

「イエー!いってえ!?」

 

 デネボラさんの腰の入ったハイタッチで体ごと右腕が吹き飛ぶ。うぐぉ、まだビリビリしてやがる…

 だけど喜んでもらえたなら幸いだ。

 

「あいつらには着いていけねえ…バーダンにマリィ、お前達はどうだ」

 

「ぼくはこいつを使おうと思っているよ」

 

 マタハリの質問にバーダンはモンスターボールから一体のポケモンを取り出す。

 ボールから出てきたのはワイルドエリアで彼が捕まえていたスナヘビというポケモンだ。

 

「こいつは攻撃されると辺りに『すなあらし』を起こせるんだ。これをうまく使えばダイマックスポケモンで天候を変化されても有利な天候にすぐに変えることができる…と思う」

 

 なるほど、天候を味方につけたポケモンは普段の何倍もの力を発揮する。ワイルドエリアのポケモンとの戦いで嫌というほど体験したことだ。

 

「あたしはモルペコを中心にして、昨日捕まえたこの子を使おうかと思うとる」

 

 マリィは膝に乗せた一匹のポケモンを撫でながらそう言う。

 気持ちよさそうに猫なで声を上げるそのポケモンはまさしく猫、しょうわるポケモンのチョロネコだ。

 

 昨日俺がキャンプ地に帰った後に現れ、俺の持つ光り物(『ほのおのいし』)を狙ってきたのがこのチョロネコだ。

 チョロネコは傷ついたふりをして茂みから現れ、俺達に接触してきた。そしてチョロネコに『ちょうはつ』された野生のポケモン達が次いで現れると俺達にまで襲い掛かってきたのだ。そしてそのどさくさに紛れて俺の『ほのおのいし』を盗もうとしたが、マリィに撃退されゲットされたのだ。

 

 マリィ曰く、

 

『悪タイプのポケモンの扱いには慣れ取るけん、演技がバレバレやったと』

 

 と胸を張って言っていた。

 捕まってからはマリィの指示に従っているところをみると改心したとみるべきなのだろう。

 

「そうなるとオレ達も新しいポケモン捕まえてみるか?」

 

「俺はもう手持ちが6匹になってるから難しいかな」

 

 今もロコン達と戦闘を繰り返している相棒たちをのぞいてみる。 

 このワイルドエリアで何度も戦闘を重ねた彼らはその強さを一層増している。特にジメレオンなどは『日照り』に晒される中で何度も水技を使ったおかげか水技の切れがかなり向上したと見える。ウールーは、なんだか毛の量が増えた?

 

「ンメェェェ!!!」

 

「うわ!?」

 

 ロコン達の放つ『おにび』が増毛したウールーの羊毛に当たると増えた毛に一斉に燃え移る。ウールーの『もふもふ』は物理攻撃のダメージを少なくする代わりに炎タイプの技にはめっぽう弱いのだ。

 このままではウールーが丸焼きになってしまうとジメレオンに火消しを指示しようとした時、炎に包まれたウールーの体が光り輝きだす。

 

「これは…!」

 

「進化の光だ!」

 

 炎の中で光り輝くウールーの体が音を上げながら変化を始める。

 ウールーの結られていたもみあげのような羊毛が頭の周りをぐるりと囲むとボンと膨らむ、頭にちょこんと生えていた角が天高く伸び存在感を一気に増す、もこもことした体毛から少し出るだけであった四本の脚が長くなり蹄が地に跡を残す。そして今までもかなりの存在感を放っていた全身の羊毛が一層の存在感を増し膨らむ。

 

「ンン、メェェェ!!」

 

 より逞しさを増した声が空気を震わせると同時に全身の炎を弾き飛ばしついにその姿をあらわにする。

 そのポケモンの名前は、

 

「バイ、ウールー…?」

 

「ンンメェェェ!!」

 

 炎をものともせずに振り払ったその姿はハロンタウンでも何度か見かけたことのあるウールーの進化系ポケモン、バイウールーだ。 

 ウールーの頃より長くなった頭の角とその少し下から生えた新しい短めの角、そしてどんな攻撃も受け付けないとばかりに存在感を増した羊毛がその証拠だ。

 

 進化したバイウールーにたまらず抱き着くとかつてのウールーを越える弾力と暖かさを備えた極上の羊毛が包み込む。

 

「お前、進化したんだな!」

 

「ンンメェ!」

 

 進化したバイウールーの体をもふもふしているとバイウールーの新しく生えた角がみぞおちに直撃したり、より凶悪になった蹄の下敷きになったりしたが、バイウールーと進化の喜びを分かち合うことができて嬉しかった。

 

 

 

「ハハハハハ、こっちだぞーバイウールー」

 

「ンメメェエ!!」

 

「…浮かれとるばい」

 

「まあいいんじゃねえの自分のポケモンが進化したんだし」

 

「バイウールーのあの羊毛、いったいどれだけのカラテに耐えうるのか…」ゴキゴキ

 

「ちゃんと承諾は得るんだぞ…」

 

 進化したバイウールーはパワーも耐久力も軒並みに上昇し防御においてはさらなる磨きがかかっていた。

 …かかっていたのだが、

 

「コン!」

 

「ンンメメェ!!」

 

 進化したことがよほどうれしかったのだろう。進化による気分の高揚と合わさって奴は攻撃を避けなくなってしまった。

 どんな攻撃も受け止めてやる、という気概は素晴らしいのだが攻撃を避けることがなくなり高確率で蒸し焼きになっている。進化したからと言って炎タイプの技が平気になったわけじゃないんだから避けてくれよ…

 

「このままじゃあカブさんとのバトルには出せないかな…」

 

 カブさんのポケモンの炎はロコン達の炎の優に上をいく。さすがに今のままのバイウールーは出せないな。

 ジメレオンは出す予定だがさて後の二匹はどうしたものか。

 

「うーん、パルスワンはなぁ…」

 

 戦力として魅力的なのはやはりパルスワンだ。

 高いスピードと特性の『がんじょうあご』によりパーティでも有数の攻撃力を持つ一匹だ。

 

「だけど…」

 

 チラっと戦闘中のパルスワンを見る。

 ロコンを相手にその実力を発揮しているパルスワンだが二日前、野生のアーマーガアの『プレッシャー』を前にして動けなくなったことが記憶に新しい。

 それに加えてカブさんのウィンディと戦った時にも『いかく』で必要以上に怯えていた節が見える。

 

「臆病な性格なのかな?」

 

 性格に関しては仕方がない、そんなところもパルスワンの良いところなんだから。

 だが戦闘の際に恐怖で動けなくなるというのは致命的だ。パルスワンの持ち味である俊足が使えなければさすがに彼を出すことはできない。

 恐怖を克服することができればカブさんのウィンディにだって負けない力を持っているはずなのに…!

 

 なので俺は決めた。

 

「よしパルスワン!」

 

「ウォン?」

 

「お前にはこれからアーマーガアを倒してきてもらう」

 

「ウォン!?」

 

 恐怖とは乗り越えるもの。

 覚悟とは恐怖を乗り越えた先にあるもの。

 そして目に見えている恐怖があるというのなら、越えてしまえばいいのだ。

 

「一昨日俺達を襲ってきたあのクソカラスを退治する、いいな!?」

 

「ウ、ワオン!」

 

 そうこれはパルスワンのためだ。決してカバンの中身を取られた復讐などではないのだ。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 ロコン達との訓練に区切りをつけた俺達はロコンと皆に留守番を頼みアーマーガアを倒すための作戦会議をしている。

 幸いこちらには進化前のアオガラスがいる、あいつを放っているので捜索にはそれほどの時間はかからないだろう。

 

「いいかパルスワン、何事も根性だ。相手が怖かろうと根性で乗り切るんだ!」

 

「ウウ~ウ!」フルフル

 

 強い相手からの威嚇行為にめっぽう弱いらしいパルスワンに根性理論を教えてみるが首を振って無理無理!と言っている。

 まあ根性でどうにかなるのなら無理はないんだよなぁ。

 

 俺は腰を下ろしてパルスワンと目線をあわせる。

 いつもは身長差から中々合わない目線をあわせてみるとパルスワンは不安そうな目をしている。

 アーマーガアと戦うことが怖いのか?と聞いてみればビクッと体を震わせた後小さく頭を縦に振った。

 

「まあ怖いよな…」

 

 あのアーマーガアの『プレッシャー』という特性はそこに居るだけで相対するポケモンに重圧をかけてしまう恐ろしい特性だ。進化したばかりだというのにあの貫禄と強さはさすがガラル地方の空の覇者というだけあるだろう。

 だが「怖さ」というだけならあのカブさんのウィンディの『いかく』のほうが恐ろしかった。

 睨まれたパルスワンがボールに戻っても恐怖し続けたくらいだ。あの『いかく』を乗り越えるためにはこれくらいの荒療治が必要となるはずだ。

 

「…よしパルスワン」

 

「ワォン…」

 

「アーマーガアが見つかったら、まず俺があいつと戦うわ」

 

「ワァ!?」

 

 パルスワンが必要以上にあいつを怖がっているのは結局のところ俺達がアーマーガアを倒せなかったからだ。恐怖心なんかも同じだ、『不可能』という言葉で恐怖は大きく膨らんでいく。だから俺が証明してみせる。ただの人間がアーマーガアの『プレッシャー』に耐えられるということを証明してやればパルスワンだって自分もできる、とそう思うはずさ。

 俺の一方的な物言いにポカンとしていたパルスワンだが理解すると「やめろ!」と抗議の声を上げてくる。

 だが抗議は受け付けない、パルスワンをボールに戻してしまったからだ。

 ボールに入れてもカクカクとボールが暴れているところを見ると本当に心配してくれているんだなと想い笑みが浮かぶ。

 それでも俺はアーマーガアの前に立って見せる。パルスワン、お前ならきっとその姿を見て乗り越えてくれるはずだと信じて。

 

 その後少ししてから捜索に出していたアオガラスが帰ってきた。

 出ていく前までは外に出ていたパルスワンがいないことに首をかしげていたアオガラスだが俺が早く案内してくれというとそのままアーマーガアの下に案内してくれた。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 ハシノマ原っぱとエンジンリバーサイドを区切る境界線、以前サイドンの群れと戦った大橋の下に着く。

 アオガラスの言葉によれば大橋の下にアーマーガア達の巣があり、今その巣にはアーマーガアだけしかいないというのだ。

 こんな絶好の機会を逃すまい!、と意気込んでいると、

 

「奴らの巣は……」

 

 見つけた。大橋の柱を中心に木や土などを材料に作られた巨大な巣。

 それは以前までならココガラとアオガラス、群れを収納して余りある大きさと強度を保っていたのだろう。それが群れのトップたるアーマーガアが生まれ耐久オーバーとなったのだ。

 きっとアーマーガア以外が出払っているのも巣を増築するための材料を集めに行っている最中ということなのだろう。

 

 俺は意を決してカバンからボールを取り出し大橋の柱の中腹、十数メートルは上空に存在する巣の中でぐうすか眠っているアーマーガアに向かってモンスターボールを投げつけた。

 

ポン☆

 

「……ガァ?」

 

 モンスターボールは見事にアーマーガアに当たり吸い込むことなく弾かれて地面に落下する。しかし気持ちのいい天気の下昼寝をしていたアーマーガアの気を立たせるには十分な挑発行為であった。

 ぐるぐると周りを見渡し空に外敵がいないことを確かめた奴は巣から顔を覗かせて下を見る。その目にはこちらを睨むいつぞや目にした人間の小僧が映っているところだろう。

 

 アーマーガアはにやりと笑うとその翼を広げ巣から飛び立つ。以前あった時よりも優雅に飛び立つその姿はまさしく覇者と言える貫禄だった。

 そして俺がいる地面にわざわざ降りてきたのも強者の余裕、というものなのだろう。

 

「…ガア?」

 

 翼を畳み大きな二本の脚で地面に立つアーマーガアはこちらに問いかけてきた、「…なぜこのようなことを?」と。

 …そんなものは、決まっている。

 

「お前の馬鹿面見に来ただけだよバーカ!」

 

 そういって俺は手に持っていたもう一つの赤いものを投げつけた。

 アーマーガアの顔にベチャ、という音を立ててぶつかる赤い果実。以前マッギョにも投げつけた辛さ弾ける地獄の果実。マトマのみだ。

 

「!? ガアァァァ!!!」

 

 潰れたマトマのみから火を吐くほどの激辛である果汁が流れ出る。

 口、そして目に突然の劇物を食らったアーマーガアがあまりの刺激に優雅な体裁を保てなくなっている。

 ※よい子のみんなは絶対にマネしちゃいけないよ。人間なら失明確定、ポケモンだからセーフだよ。

 

「ははは、いい気味だ!俺のカレースパイスを台無しにした報いだ!」

 

 目を封じられたアーマーガアの聴覚に首謀犯である人間の汚い罵声が入り込んでいく。

 頭のいいアーマーガアだ、きっとこんな罵倒の言葉すら理解しているはずだ。

 

「ッッ、ガアアァァ!!!」

 

 誇り高く知能とプライドが高いというアーマーガア、彼らがこんなことをされて激昂しないはずがない。

 翼を広げ憤怒の形相でこちら睨む鳥ポケモンに向かって手をクイクイと動かして挑発する。

 

「来いよ害鳥、駆除してやる」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「俺の渾身のストレート、食らええ!」

 

 二発目のマトマのみはあっさりと防がれた。鋼鉄の羽根は潰れたきのみの汁を通すほどやわではなかった。そしてマトマのみのストックは尽きた。

 

「…やっべ」

 

「ガアアアア!」

 

 侮辱するような俺の攻撃に怒り狂ったアーマーガアは鋼鉄の翼を広げると、さらにそこに力を込めることで強度を倍増させる。

 その状態で手加減を排したであろう『はがねのつばさ』が振り下ろされる。

 

「うおおお!?」

 

 俺はその場から飛びのきゴロゴロと転がりながら回避する。なんとか回避に成功しホッと一息をついてから、直後今自分がいた場所を見てみる。

 

「うっわ、地面えぐれてる…」

 

 『はがねのつばさ』により破壊された地面がそこにはあった。まるでブルドーザーで地面を掘り起こした後のようだ。

 「即死」という言葉が脳をよぎるが頭を振って振り払う。

 だがそんな隙を許さないアーマーガアは、こちらにめがけて再び鋼鉄の翼を振り下ろす。

 

「ッどわああ!?」

 

 二度目の攻撃が俺のすぐ目の前の地面に突き刺さり、地面ごと俺も吹き飛ばされる。

 空中で態勢を保つなんて言う高等技術ができるはずもなく俺は尻から落ちて尻を強打する。めっちゃくちゃ痛いっ!自分の体重が乗っただけだというのになんて衝撃だ。

 なんとか土を払いながら立ち上がる。今アーマーガアは最初のマトマのみのおかげで片方の視界を失っている、それで遠近感覚がおぼつかず俺の目の前の地面に『はがねのつばさ』が当たったのだろう。

 

 アーマーガアも今の一撃が当たらなかったことで不満げに顔をしかめる。

 だがすぐに思考を切り替えると次は翼を振り下ろすのではなくガンガンと叩き始めた。

 鋼鉄の翼同士がぶつかり合い不快な『きんぞくおん』が巻き散らかされる。あまりの音に俺は顔を俯け両手で耳を塞ぐ。

 

 空気を震わせるほどの大音量が消えハッとした時にはもう遅い。顔を上げたときにはアーマーガアの巨体がすぐ目の前に迫っていた。

 

 ゴウッ!

 咄嗟に交差させた腕の上からとてつもない衝撃が体に伝えられる。トラックの衝突にも匹敵するその攻撃を受けた俺は轢かれた小型ポケモンのように吹き飛ばされ何度も地面にぶつかり転がる。

 

 ………っあ。

 痛てえええええ!!!!? 

 アーマーガアの『はがねのつばさ』をもろに食らってしまった。全身が砕けそうなほどの痛みが体を駆け巡り、『はがねのつばさ』を受け止めた両腕は骨から悲鳴を上げている。ポケモンの攻撃を食らってまともな方がおかしいというものだ。

 それでも全く力の入らない手で地面の土を握り締める。なんとか膝を曲げ、力の入らない右腕を支えにして立ち上がろうと…

 

 

 バサバサと降りてきたアーマーガアの目に射抜かれる。

 

 

 アーマーガアの体から発せられる圧倒的威圧感。

 明確な敵意を持って向けられるその覇者の『プレッシャー』に立ち上がろうと動かした腕、脚、体の全てが動きを止める。

 蛇に睨まれた蛙、そんな言葉の通り向けられた視線の圧だけで俺の体は自由を放棄してしまった。パクパクと動く口が酸素を取り込めず急激に息苦しさが増していく。

 獲物の恐怖に彩られた表情を見てアーマーガアは冷静さと自尊心を取り戻していた。

 見下す視線は傲岸不遜なプライドの高さを物語っている。それでも体は言うことを聞いてはくれない。

 

「ガァァァ!」

 

 大きな翼を羽ばたかせて再び空に飛び立つアーマーガア、一方の俺はその風圧の煽りを受けてまたゴロゴロと吹き飛ばされる。

 ゴロンと大の字に倒れた俺の目に太陽を背に空に浮かぶアーマーガアの姿が入る。アーマーガアは獲物の首を確実に仕留めるためか、顔をこちらに向けたまま足に付いた鋼鉄の爪を構えていた。

 

 アーマーガアが爪をこちらに向けたまま一気に急降下する、鋼鉄の爪は一切の狂い無くこちらの首を狙っている。

 それが恐怖で目を瞑った俺が最後に見た光景だった。

 

 

 

 

「ワオオオオン!!!」

 

 力強い遠吠えとともにボールから雷を纏った勇ましきポケモンが姿を現す。

 『スパーク』を身にまとったパルスワンの体当たりがアーマーガアに直撃する。突然現れたパルスワンにアーマーガアも対応できず鳩尾に強力な『スパーク』を食らい吹き飛ばされる。

 

「グルルル、ワオォォン!」

 

 アーマーガアの巨体を押し退けたパルスワンが威嚇の遠吠えとともに地面に降り立つ。

 今まで見たこともないような敵意を向け「グルグル」と今にも飛び掛かりそうな形相だ。

 

「……よしよし」

 

「グルゥ……くぅーん」

 

 パルスワンの顎を撫でてみればすぐにいつものパルスワンに戻る。それでも視線をアーマーガアから外していない。

 

「…ごめん、助かった。危ないことしたね」

 

「…ワぉン」

 

 パルスワンの鳴き声とともに腰のボールが一斉に揺れる。まるで今まで静観していただけ、というように抗議の圧力が伝わってくる。

 

「ごめんごめん!謝るから許して」

 

 ボールからの抗議は止まらず腰がガクガクと揺さぶられる。まあ確かに危ないことをしたという自覚があるので反論できない…

 

 そうしていると音を立ててアーマーガアが立ち上がってくる。効果抜群の技をまともに食らったというのにタフなやつだ。

 

「パルスワン、いけるか?」

 

「グルル、ワオン!」

 

 やっとのこと、ついにポケモンバトルの火ぶたが切って落とされた。

 

「ガアアァ!」

 

 アーマーガアが小手調べとばかりに翼を全開まで広げ最大限体を大きく見せる。視覚的に大きく見せることで敵への威圧を行う方法だ、マッスグマなどの四足歩行ポケモンもよくやるという手法である。

 体を大きく見せたアーマーガアのプレッシャーはさきほどにも増して大きな圧力を感じる。先ほどの首を狙った攻撃を思い出してゴクリとつばを飲み込んでしまう。だが、

 

「ワオオン!!」

 

 『いかく』に怯え、『プレッシャー』に屈していたはずのパルスワンは大きな遠吠えを上げて自分を奮い立たせている。そんな姿を見てしまえば自分だけが怯えてなどいられない!

 

「パルスワン、『スパーク』!」

 

「ワオン!」

 

 自己を奮い立てたパルスワンが地を駆ける。電撃を纏ったパルスワンはグングンとスピードを上げてアーマーガアに接敵する。

 

「ガア!」

 

 だがアーマーガアとてそう何度も食らうわけもない。広げた翼で羽ばたいて空に――

 

ガッシャァァァァン!!!

 

「ワオオン!??」

 

 羽ばたきではなかった。鋼鉄の翼を打ち合わせとんでもなく大きく不快な『きんぞくおん』を巻き散らかす。

 音による妨害を防ぐことができずパルスワンはたまらず『スパーク』をやめてその場に立ち止まってしまう。

 

「止まっちゃだめだ!」

 

 俺も片耳を防ぎながら指示をとばすが『きんぞくおん』に弾かれパルスワンの耳元には届かない。

 そして『きんぞくおん』をピタリとやめたアーマーガアは今度こそ翼を使って飛翔する。大きく広げた『はがねのつばさ』が真正面からパルスワンの体を打ち抜いた。

 

「ッ!ワオン!」

 

「ガアッ!?」

 

 『はがねのつばさ』を食らい大ダメージを食らったパルスワンが負けじと翼に歯を立てしがみつく。

 まさか相手が鋼鉄の翼に噛みつくとは思いもよらずアーマーガアも困惑している。『がんじょうあご』のあるパルスワンだからこその芸当だろう。

 

「チャンスだ『ほっぺすりすり』!」

 

 鋼鉄の翼に歯を立てたパルスワンの瞳がきらりと光り、全力でその頬を翼にこすりつける。頬から流された微弱な電流は金属の装甲を容易くすり抜け『まひ』状態にしてしまう。

 『まひ』した体から自由が奪われアーマーガアの体が硬直する、翼がこわばり墜落を始めると目に見えて慌て始めたのがわかる。

 

「『スパーク』!」

 

 もはや張り付く必要はないとアーマーガアの体を足蹴にして一足早く地面に降り立つパルスワン。

 轟音を立てながら地面に墜落したアーマーガアの泣きっ面に渾身の『スパーク』が炸裂する。

 

「ガガッァ!」

「ガアアアア!」

 

 むくりと起き上がったアーマーガアにはもはや余裕の表情は浮かんでいなかった。憤怒の形相を浮かべ目の前の敵を倒すために全力を出す気になったようだ。

 だがこれは好機、墜落のダメージと『スパーク』のダメージにより盤石だと思われたアーマーガアの防御に陰りが見え始めたのだ。

 

 大きな翼を広げて『はがねのつばさ』を使ってくる。その速度は今まで本気でなかったことを証明するほどでパルスワンは回避も防御も間に合わず弾き飛ばされる。

 

「パルスワン!」

 

 あまりの速さに俺の対応も遅れる。

 弾き飛んだパルスワンが大ダメージによって地面をはいつくばっていると好機とばかりに攻め立ててきた。先ほど以上に力を乗せた『はがねのつばさ』伏したパルスワンに襲い掛かってくる。

 

「パルスワン、『ほえる』!」

 

「グルル、『ワォォオン』!!」

 

 だが近くまで接近してきたアーマーガアめがけて至近距離からの『ほえる』が炸裂する。

 叩きこまれた音の爆弾は如何に鋼の鎧でも防げない。平衡感覚を狂わされたアーマーガアの動きが、『はがねのつばさ』の狙いが悪くなるのがわかった。

 

「『かみつく』!」

 

 『はがねのつばさ』を回避しカウンターで『かみつく』を叩きこむ。広げた翼の付け根、鉄の鎧が薄い部分を『がんじょうあご』から放たれた『かみつく』が粉砕する。脆い部分への攻撃が見事にクリティカルヒットしアーマーガアは声にならない悲鳴を上げる。

 体に残る『まひ』の痺れ、『かみつく』によって破壊された翼の付け根が積み重なり目に見えて奴の飛行能力が落ちる。

 

 アーマーガアは体に残る不愉快な痺れや頭を揺らす残響音を叩きだすために『きんぞくおん』を鳴らそうと翼を打ち付ける。

 

ガシャン…

「ガ、ガアア……」

 

 だが、アーマーガアは一度大きな音を立てただけで動きを止めてしまう。

 翼の付け根に負わされた『かみつく』によるダメージが『きんぞくおん』によって伝わる衝撃に耐えられなかったのだ。痛みで翼をだらんと下げ大きな隙を晒す。

 今のアーマーガアは隙だらけだ!

 

「とどめだ、『スパーク』!」

 

 俺が指示を出すより速く地面を蹴って走り出していた。

 三度目の『スパーク』、パルスワンの纏った一層激しい雷撃がアーマーガアの鋼鉄の鎧を貫通し内部までを焦がしていく。効果抜群の技三回目だ、これで倒れてくれ!

 

 

「いけええええ!!」

 

 爆発音とともにアーマーガアの巨体がはじき飛ばされる。シュウシュウという音とともに出ている煙がアーマーガアの体がどれだけ電撃に焼かれたのか想像に難しくはない。

 

「やった…か?」

 

 どれだけ待ってもアーマーガアは顔を上げない。パルスワンもしっぽを立てて警戒をしていたが立ち上がってこないアーマーガアのことを戦闘不能と判断しくるりとこちらを向く。

 

「ワン!!」

 

 最初の威圧以降も垂れ流されていた『プレッシャー』を意にも返さず戦っていたパルスワン。なんとかウィンディの『いかく』対策は完了できたのかと思うとタイマンのことを思い出して俺も気が抜けそうになる。

 

 瞬間、「騙し討ち」という言葉が脳をよぎる。

 アーマーガア系列のポケモンは知能が高いとされ得意とする技は主に飛行、鋼、そして悪タイプの技だ。アオガラスも『つけあがる』を愛用している。

 まさかこれすらも敵の作戦、と急いで倒れこんだままのアーマーガアを凝視する。

 

 だがこれで本当に打ち止め。アーマーガアは間違いなく戦闘不能であった、だって目回してるもん。

 

 

「ワンワン!」

 

「どわぁ!?」

 

 そんな俺の心配を無視してパルスワンが飛びついてくる。

 やめ…やめろぉ!?顔、顔がべたべたにあ~~~・・・

 

 

 

「あ!大変なのアカツ…」

 

「ただいま~」

 

「ワン!」

 

「どどどどうしたとその怪我!?は、早く治療を…!」

 

「大丈夫大丈夫、ちょっとトラックに轢かれたくらいの怪我だから。ホップなら唾つけとけば治る、って」

 

「治らんばい!」

 

 キャンプ地に戻るとマリィに手当てをしてもらった。幸い腕も別に折れていないようで助かった。

 

「ってことでさ、もう敵に回したアーマーガアは怖いのなんのって」

 

「男としては一度は夢に見るよな、生身でポケモン退治」

 

「ああ、ぼくも小さいときは木の棒持って挑んだものだよ」

 

「アタシは結構現在進行形でポケモンと組み手とかしてますよ?」

 

「お前達武術家はサイキッカーどもと同じで人間カテゴリーには入ってねえよ」

 

「なんですと!『からてチョップ』!」

 

「頭が真っ二つに割れるほどの衝撃! ぼ、暴力反た…ガク」

 

 というわけで俺にも一つ武勇伝ができたぞ。街に帰ったらホップやユウリにも自慢してやろう。

 

「あれ?ところでロコン達は?」

 

 今日一日の出来事を話すのに夢中になっていて気がつかなかった。

 ふと周りを見てみてもロコン達の姿がない。というか俺のロコンもいないではないか。

 

「もしかして機嫌損ねて出て行っちゃった?」

 

 野生のポケモン達だ、そういうこともあるのかと思っているとフルフルと首を振るう皆。

 

「えっとな…アカツキ、今から話すことなんだが…気を確かに持ってくれ」

 

 いつもふざけた雰囲気のマタハリが神妙な顔つきになる。その事実に本日二度目のつばを飲み込む。

 

 

 

「ロコン達がよ…………お前のロコンを連れてどっか行っちまった」

 

「よし戦争だ」

 

 こちらは既にやる気満々だ、元仲間だろうが関係あるか、うちのロコンを誘拐した罪は重いと知れ。

 

 

 




人間がポケモンに勝てるわけないだろ!
伝説ポケモンと体で語り合ったホップやハブネークをステゴロで倒して捕まえたキャンディー・ムサリーナさんを基準にしてはいけない。


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38、ロコンの葛藤

PCゲーム(サマポケRB)、スマホゲーム(プリコネ等)、そしてもう買わなくなったけど整理していたら手が止まらなくなったデュエルマスターズ!今日発売のジャンプ!

やることが…やることが、、、多い!!



今回のお話事前に書き上げていたんですけど直前になってなんか釈然としなくなり部分部分を書き直したので整合性がちゃんと取れているのか心配になってきました…不安だからゲームして忘れよう。


 

 

『ちょ、ちょっとみんな離してよ!?ボクをどこに連れていくつもりなの!?』

 

 ボクはロコン。ワイルドエリア生まれのワイルドエリア育ち、ひょんなことから生存競争に負けた僕の群れは散り散りになってしまい、今の主人であるアカツキさんのポケモンとなりました。

 アカツキさんが参加しているジムチャレンジに参加しメキメキと強さを伸ばしていった僕ですがメラメラと燃えるような強さを持つジムリーダーの人とその人の従えるキュウコンに負けてしまい今は修行の真っ最中。久しぶりのワイルドエリア、久しぶりに再会できた群れの仲間達、僕は嬉しかった!

 

『だっていうのにこの仕打ちは何なのさ~~!』

 

 だっていうのにアカツキさんがパルスワンの奴を特訓に連れて行った後しばらくしてから僕はかつての仲間に羽交い絞めにされて連れ去られていた。

 自慢のしっぽは他のしっぽと結られてしまい使うことができない。なんとか神通力の力で脱出しようとしても総勢十体の神通力とかち合えばまず勝機はない。なんとか彼らから理由を聞き出そうとしているのだが、話も聞いてくれない。

 

『…もうどうにでもなれ』

 

 かつての仲間達だ。酷いことなんかはしないはずだ。僕は抵抗することを諦めて彼らのなすがままにされるした。

 

 そしてキャンプ地から大分離れた場所で仲間たちは腰を落ち着けた。これで話を聞くことができるだろう。

 

『それで、どうしてこんなことしたの?』

 

 それを聞くと仲間たちは顔を背けビクっと肩を震わせる。

 

『どうしよう、本当に連れてきちゃったね~』

 

『連れてきちゃったもんはしょうがないでしょ!こうなったら説得あるのみよ!』

 

『でも聞いてくれるかぁ?こいつはもうあのトレーナーのポケモンなんだぜ』

 

『何とかするしかないわよ!私たちだって死活問題なんだから!』

 

 こそこそと話し合う三匹。無理矢理連れ去られたあげくこうも話を無視されるとさすがの僕も腹が立ってくる。

 なんとか抜け出してやろうかと思ったのたが現在周りには僕よりも小さな子たちがボクをとり囲んでいる。

 こそこそ話をしている三匹が僕と同年代のいわゆる幼馴染みのような連中で、この子たちは僕よりも年下の子たちだ。リーダーが居なくなってしまい辛い思いをしてきたであろう子たちにはさすがに手荒なことはできない。

 

 それに昨日吹雪の中でニューラ達を撃退してからというもの年下の子たちの視線が痛い、なんだかチラチラと見られているのだ。

 

『えっと、君達?』

 

『は、はい!なんでしょうか先輩!』

 

 先輩…先輩かあ。いい響きだなぁ。

 リーダーが居たころにはまだリーダーや他の年上達にも甘えていた僕たちだけど、今は幼馴染の彼らが群れを率いているんだ。その群れのトップと同い年ということだから僕の呼び方が『先輩』ということなのだろう。

 とりあえずこそこそ話でこちらの話を聞く余裕のなさそうな彼らではなくこの後輩たちから話を聞いてみることにした。

 

『どうして俺が連れてこられたのか分かる?』

 

『えーっと、新リーダーが『連れていく!』って言ったからです』

 

『えぇ…』

 

 駄目だ、どうやらこの子たちはまともな情報を持っていないようだ。

 まだこそこそ話は続いていそうだしさてどうしたものか…

 

『あ、あの先輩!』

 

 年下のロコンの一匹がしゃべりかけてきた。どこか緊張した様子の彼はこんなことを聞いてきた。

 

『どうしたら先輩みたいに強くなれますか?』

 

『僕が?強く?』

 

『はい!あのニューラの群れを相手に一歩も引かない立ち回りっぷり。しっぽの使い方もすごかったですし、なにより神通力も使わずにあいつらを倒すなんてすごかったです!』

 

 キラキラとした眼差しの奥には吹雪の中で戦っていた時の僕の姿が見える。

 謎の視線を向けてきていたのはそういうことだったのか。どこかで見たことあるような目つきだと思っていたがあれはかつて僕たちがリーダーに向けていた目だ。

 尊敬と憧れの乗った眼差し。まあ正直悪い気はしない。僕もリーダーみたいに強くなれているんだと再確認できる。

 群れから離れた僕が強くなれた理由…

 

『やっぱりバトルを重ねることかな?強い相手と戦うのが一番だよ』

 

『はいはい!自分より強い相手にどーやって勝つんですか?』

 

『ちゃんと頭を使うことかな?今戦っているところではトレーナーもポケモンもみんな頭がいいから普通に戦ってるとすぐ負けちゃうんだ』

 

『頭いいってどのくらい?』

 

『……リーダーくらい?』

 

『ええー!!?そんなの勝てっこないよ!』

 

『リーダーより頭のいい人なんて知らなーい!』

 

 だよねえ。うちの群れはリーダーや大人のロコン達が賢くて他のポケモン達と争い合うことなどめったになかった。だからリーダーよりも頭のいい存在なんて僕も知らなかった。

 人間たちの中にはリーダーよりも賢そうな人たちがいっぱいいて、そのポケモン達もリーダーに負けないくらい賢かったりする。ジムミッションという舞台はリーダークラスがいっぱいの魔境ということだった。

 

『確かにそれならボクが強くなってるのも当然なのかもしれないね…』

 

 格上を相手に知力と死力を尽くして戦いあう。たとえ相性で勝っていても容易に覆されるなんてのは野生のバトルの中じゃあ滅多に起こらないことだ。

 アカツキさんや他の皆と一緒に戦っていると格上との戦いも多くあんまり気がつかなかった。

 

『ねえねえ先輩』

 

『うん?』

 

 年下組の中から話しかけに来た女の子。他の年下組より少しばかり落ち着いている子だった。

 

『私たちのリーダーになってよ』

 

『……は?』

 

 その後輩からとんでもない爆弾が落とされた。

 

『いやいや、僕はもうアカツキさんのポケモンだし無理だよ!』

 

『どうして?もとは私たちの群れだったじゃない』

 

『い、今は変わったの!』

 

『だったらまた変わればいい。それで戻ってきてください』

 

 ぺこりと頭を下げてくるのだが、彼女には断るという言葉が通用しないような気がする。端的に言えば、なんだこの子押しつっよ。

 そしてその子の言葉に同調するように他の子たちも俺にリーダーをやって欲しいと騒ぎ始める、さすがに騒ぎが多くなり話をやめた同年代組が戻ってきた。

 

『助けて』

 

『…お前ずいぶん懐かれたな。オレには中々懐いてくれなかったってのに』

 

『なんだか少し見ないうちに強くなったよね~』

 

 この二匹は僕と同年代のロコン、意地っ張りな奴と呑気な奴だ。

 

『…オレなんて才能無えから年下たちに中々懐いてもらえなかったんだぜ、それをこんな簡単にコイツ!』

 

『随分神通力が上達したよね。前はぼくたちとも大差なかったのに~』

 

『うわ心外だな、ボクだって頑張って神通力練習したんだから』

 

 意地っ張りな方は昔から神通力一辺倒が苦手で体を動かすのが得意なやつ、呑気な方はいつものほほんとしているがどんな時でも自分を見失わない精神的に強いやつだ。

 

『ハイハイ静粛に!今のリーダーはアタシよ!静かにしなさい!』

 

 そして三匹目、この気の強い子が神通力の上手だったやつだ。僕たち同世代の中では頭一つ神通力の上手かった彼女が今の群れの実質的なリーダーをしている。

 しっかり者だがうっかり家な面もある彼女がリーダーをしているとは…大丈夫だろうか。

 その新たなリーダーに向かってあの落ち着いている子が真正面からとんでもないことを言ってのけた。

 

『新リーダー、私新リーダーに変わって新しいリーダーに先輩を推します』

 

『なん…ですって!?』

 

『新リーダーより先輩の方が強くて格好いいです。きっといつかリーダーみたいに知的で格好いいリーダーになってくれるはずです』

 

『アタシじゃリーダーが務まらないっていうの!』

 

『そうではありません。先輩の方が適任だと言ってるんです』

 

『キー!』

 

 …こっわ、女の子同士の口論こっわ。

 しかし彼女に真っ向から言ってのけるとは年下なのに大した子だ。

 

『実はあの子もうオレ達より強い神通力使えるんだぜ』

 

『でも思ってることズバズバ言いすぎて新リーダーとよく喧嘩になっちゃうんだよね~』

 

『…あのところで誰か止めたりは』

 

『『『じんつうりき』!』』

 

『のわー!?』

 

 言い争いがついには神通力合戦へと発展し、力の中心部にいた彼女たち以外がまとめて吹き飛ばされる。

 年上組の二匹は慣れた感じで着地をしていたので僕はしっぽを使って後輩たちを助けることにした。『スイープビンタ』を覚えてから少しだけどしっぽを長くすることができるようになったのだ。伸ばしたしっぽ6本を使って彼らをキャッチし着地させる。

 

『ふぅ、大丈夫?』

 

『うわーすごい、まるでリーダーみたい!』

 

『やっぱり先輩が新しいリーダーになってよ!』

 

 助けたら助けたでまた面倒なことになってしまった…どうすればいいんだ、助けてアカツキさん!

 そんなボクの祈りが通じたのか、はたまた神通力が作用したのかお告げが下る。

 

(・ω・)b

『話を聞かない奴はぶっ飛ばして言うことを聴かせる、ユウリも言ってた』

 

 幻想の中のアカツキさんが親指を立てながら言っている。ユウリさんの言いそうなことだ。

 

 僕は深く考えることを諦め幻想の中のアカツキさんの言うことに従っちゃうことにした。

 

『オラァ!静まれぇ!』

 

『『!!?』』

 

 子供のような喧嘩を始めた二匹と、二匹の周りで渦巻いている神通力を相殺しながら僕は突撃した。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

チャリン!チャリン!チャリン!

パラリラ!パラリラ!パラリラ!

 

「うおおお、ロコン迎えに来たぞー!」

 

 アーマーガアとの戦いで負傷した体に鞭を撃ちながらハシノマ原っぱを駆け回る。

 自転車のベルとキャンプ場に置いてあったラッパを吹きながら駆け回るとなんということでしょう、野生のポケモン達が群れを成して追いかけてきています。

 だけど僕は頑張る!こんなポケモン達に付き合っている暇はないのだ。

 

「……む、これは神通力の波動!?」

 

 走り回っている最中ふと東の方から空気を伝って謎の震えが肌を刺す。今まで何度か感じたことのある神通力の感じと同じだ。

 自転車をそちらに急旋回しペダルを一気に踏み込む。その圧倒的なスピードには野生のポケモンといえど追い付くことなど不可能なのであった!

 

 

 

『ふむ、おかしな力の波動を感じて孤島から出てみればなんだこのポケモンの数は』

 

 俺の去ったハシノマ原っぱに取り残されたポケモン達。

 獲物を見失ったポケモン達が互いに牽制し合う場所に現れた一匹のポケモン。武人然とした態度とエスパーパワーを感じ取る優れた感覚器官をもつポケモンだ。

 

『ちょうどいい、最近はきのみ目当てに島を訪れるポケモンも少なくなって退屈していたところだ』

『お前達でこの腕の切れ味を試させてもらおうか』

 

『ジグ!ザグ!!』

 

『バトバット!!』

 

『アブリ―!!』

 

 

 その後ポケモン達がどうなったのかは知らない。

 

 

 

「ロコンここにいたのか!」

 

「コンコン!」

 

 力の波動を辿りついた先にはロコンがいた。なぜかボロボロの姿になっているロコンを『きずぐすり』で治療するとすぐに元気いっぱいになった。

 

「それで…これどういう状況?」

 

「コン!」

 

 元気いっぱいになったロコンが返事をするが「コン!」ではわからないぞ。

 周りの木々はねじ切られ、土は掘り起こされ二匹のロコンが目を回して倒れている様はまるで嵐の通った後か何かのような光景であった。少し離れた岩場からロコンの群れの残りがこそっと顔を出している。

 いやほんとどういう状況だ?

 とりあえず倒れていたロコン二匹に『げんきのかけら』を分け与えてあげるとすぐに元気になった。

 だが群れのリーダーをしていたロコンは目が覚め周囲を見渡すと突然目に涙を浮かべて森の方へと走り抜けてしまった。

 

「あの子も夢に出てきた子…だよな?」

 

 自信満々に神通力を操り勇猛果敢にスコルピと戦っていた、昨日俺達が群れと遭遇した時も率先して群れを纏めたり交渉をしてくれたりとしていたはずだ。それが何故?と混乱してしまう。

 

「なあロコン、やっぱりなにかあった…」

 

 何があったのかを改めてロコンに聞いてみようとすると、

 

「コ、コン!?」

 

「……コンコン!」

 

 先ほどまで倒れていたもう一匹の小さいロコンが俺のロコンに詰め寄っている。小さいロコンはやけに熱心な顔をしており、ロコンの方は顔を引きつらせている。どうやら一方的に何かを言われているようだ。

 とりあえずロコンから離し話を聞いてみることにした。

 

 ロコンが言うにはあの小さなロコンが群れのリーダーになって欲しいと言ってきているらしい。あのねじれた木々やボロボロになった地面はリーダーのロコンと年下のロコン二匹の戦闘によって引き起こされたものらしい。それを止めようとした俺のロコンが突撃し三つ巴の戦いへと発展したらしい。

 うーん、二匹のロコンが倒れていたのは俺のロコンが勝ったからということなのか…流石だな!

 

「コンコンコン」

 

 ロコンと話をしていると岩場に隠れていた他のロコン達が来ていた。

 小さなロコン達はロコンを一斉に囲みこむともみくちゃにしている。するとロコンと同じくらいの大きさのロコン二匹が俺に話しかけてきた。

 

『あー、あー、わかるかトレーナー?』

 

「っと、これは神通力のテレパシー?」

 

「そうだ。…すまなかったなお前のところのあいつを突然さらっちまって」

 

 神通力で話しかけてきた少しぶっきらぼうな口調のロコン、どこか聞いたことのある口調だと思ったが夢で見た神通力が苦手だと言っていたロコンのようだ。なんとなく手持ちのポケモンとは意思疎通ができるのでテレパシーというのは新鮮だった。

 

「…どうしてこんなことを?」

 

 一番気になっていたことを聞いてみた。

 

『うちの群れに戻ってきてほしかったからだ』

 

「っ!」

 

『群れにいたころはそんなに強くもなかったあいつがあんなに強くなってたのは驚いた』

『神通力の扱いでも新リーダーと互角、接近戦での強さなんかもオレなんか軽く越えちまっってた』

 

『まあ悔しかったけどさ、それ以上に嬉しかったんだ。あいつだけ見つからねえしどっかで野垂れ死んだんじゃねえかって思ってたもんだから』

 

「……」

 

 そうだ、このロコン達は言わばロコンの家族。死んでしまったと思っていた家族が生きていたんだ。帰ってきて欲しいと思うのは当然と言えば当然なのだろうか。

 

『…あいつの強さが目当てでもあるからそんなに思いつめないでくれ』

『このワイルドエリアではなによりも強さが求められる。今のうちの群れにあいつは是が非でも戻ってきて欲しい存在なんだよ』

 

「で、でもロコンは俺の仲間なんだ」

 

 このロコンの気持ちはもっともだ。だけど、そう簡単に受け入れられる内容でもなかった。

 俺が引き抜いた側で、彼らが引き抜かれた側なのだから。立場が違えば考えも変わる。俺が逆の立場なら確かに是が非でも帰ってきて欲しいと思うだろう。

 

『……だよな』

 

 するとロコンは思った以上にすんなりと引き下がった。

 しかし顔を見たらなんとなくわかってしまった。

 

『まあ、あいつがいたんじゃ俺達年上組の立つ瀬なんてねえからな!』

 

 どこか無理をしているような口調。涙が流れないよう瞼を閉じ、表情筋を無理矢理動かしているのがバレバレだ。嘘とかつくのが苦手なのだろう。

 

『だから、さっさと連れて行ってやってくれ』

『その方が…あいつも幸せだろうからよ…』

 

 結局ロコンはそういった後すぐさま俺から顔を背けて新リーダーが走っていった森の方へと入っていってしまった。茫然と手を伸ばす俺にもう一匹の落ち着いた雰囲気のロコンが会釈をするとそれを追うようにいってしまった。

 この場に残されたのは俺とロコン、そしてロコンを囲むようにしてワイワイと盛り上がっている小さなロコン達だけ。

 伸ばした手は彼らに届く事は無かった。

 

 

 俺はキャンプ地で帰りを待っているだろう仲間達にスマホで連絡を入れ今日はロコンの群れと一夜を過ごすことにした。幸いワイルドエリアの天候は荒れておらずキャンプ道具無しでも野宿できてよかった。

 小さなロコン達は騒ぎ疲れたのか眠ってしまった。

 俺は焚火の番をしながらロコンと二人で夜を過ごす。

 

「…なあロコン」

 

「コン?」

 

「お前、群れに戻りたいか?」

 

「……」

 

 ロコンは答えずただ黙りこむのみであった。

 あれから三体のロコンは戻ってこず小さなロコン達を置いていくわけにもいかずここにいるわけだが俺はその間ロコンを見ていた。

 

 かつての仲間から頼りにされるほど強くなり、小さな後輩たちからは憧れの視線を向けられていた。ロコンもそのことを満更でもなさそうな顔で受け止めてはいたし、向ける視線は優しく穏やかなものだった。それでも時折顔に影を刺していた。

 

 迷っているのだ。彼も。

 

 こんなときこそトレーナーとして自分のポケモンの頼れる存在でいたいと思う。が、残念ながら俺も答えを出せないでいた。

 行ってほしくはない、俺とジムチャレンジを駆け抜けてほしい。

 だけど、本当にそれが彼のためになるのか。俺に着いてきてくれたとしてロコンは群れのことを後悔しないだろうか。

 

「コン」

 

 俺が悩んでいるとロコンがしっぽで包んでくる。突然のことで驚いたがそのぬくもりには抗いがたかった。

 温かいロコンのしっぽに包まれていると今日一日の疲労がぶり返してきたのか急激な睡魔に襲われた。睡魔にあらがうこと敵わず、俺はそのまま深い眠りに落ちてしまった。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

『リーダー!!』

 

 夢の中だ。

 声を聴いた時もうこの世界が夢の中だと気がついていた。

 今はもういない、美しい九本の尻尾と首に巻いた赤いスカーフがトレンドマークの群れのリーダー、キュウコン。

 

 今よりも少し小さいロコン、今よりももっと小さい年下のロコン達、群れを率いる大人のロコン達。そのすべてがリーダーのキュウコンに尊敬のまなざしを向けていた。

 

 ロコンはリーダーの下へと走っていくと芸術品のようなしっぽにダイブする。

 

『あ、ずるいぞお前だけ!オレもリーダーのしっぽに埋もれてぇ!』

 

『ちょっとあんた達リーダーの迷惑でしょ、少しは落ち着きってものを――』

 

『ぐう…すか…ピー』

 

『でもさっきから年少組の子がリーダーの尻尾の中で寝てるよ~?』

 

『もうあの子ったら!!』

 

『はは、みなさんあまり慌てないで。わたしの尻尾はどこにも逃げませんから』

 

 その言葉に目を輝かせたロコン達は一斉にリーダーの尻尾に飛び掛かる。それを見た大人ロコン達は笑みを浮かべ、リーダーは子供たちの多さと奔放さに少し苦笑いをしていた。

 

 群れは優しくて温かで、とても幸福に満ちている。そんな風に見えた。

 

 

 

『…リーダーはね僕たちの憧れで、目標で、最高のリーダーだったんだ』

 

 その光景を俺の横で見つめていたロコン。幸せだったころの光景を見ながら目を細めている。

 

『群れの皆はね今もあの頃を目指してるんだって』

 

「でも、リーダーはいないし大人たちも、居ない…」

 

『うん。だから誰かがキュウコンに進化すればもしかしたら、ってね』

 

 それで『ほのおのいし』を求めていたのか。

 誰かが進化すればきっとかつてのリーダーの様に皆を導いてくれる。そうすればいつかは、あの幸せな日々が帰ってくると信じられるから。

 

『ボクもあの頃のことは大好きだ。大好きで、大好きで―――』

『だからこそ、今の僕にあの群れに戻る資格なんてない』

 

 群れが散り散りとなり、今生き残ったメンバーが集まれたのは奇跡に近い。そんなとき、ロコンは何をしていたのか。

 

 俺達の仲間となり楽しく旅をしていた。

 

 それが、彼は許せないのだという。

 仲間の一番大事な時にぬくぬくとしていた自分が許せない、どれだけ乞われようとあの群れに自分が戻る資格なんてないのだと…

 

 涙を流してついに群れを直視できなくなるロコン。その涙にはロコンが自分を責める以外の感情も含まれていた。

 てっきりリーダーのことはすっかり振り切れていると勝手に思っていたけどそんな事は無かったのだ。彼の瞳は今でもリーダーへの尊敬と情念を宿している、なんてことはない彼も群れのロコン達と同じでリーダーのことが大好きだったのだから。

 リーダーはもう戻ってこない、カバンの中に今も保管している傷だらけのスカーフがなによりの証拠だ。

 

 ここまでロコンの話を聞いて俺は思う。

 

 ロコン、こいつはかなりのヘタレだ。

 

 仲間が、家族がロコンの生還を喜びその力を欲してくれているというのにひたすらロコンは自分が群れに戻れない理由を探している。ここまで聞いて思ったが未練がタラタラなのがバレバレだ。

 そうだというのにフン切れがつかない理由。それは、

 

 

「ロコンはさ俺達との冒険は楽しかったか」

 

『っ!もちろんです!スタジアムでのバトルもビートさんのユニランとの戦いもみんなで食べたカレーの味もボクにとっては大切な思い出です!』

 

 最高の時間だった過去、挫折と成長と新しい仲間を得た現在。

 どちらも大切ですと胸を張って応えるロコン。

 俺達と冒険した時間は、ロコンが育ち多くの想いを残したあの頃の時間にも負けない宝物だと言ってくれる。

 

 フン切れがつかない理由はどちらも大切だから。

 確かにヘタレで優柔不断かもしれない。だが、その言葉を聴けただけで、俺はもう十分満たされてしまった。

 

 だけど、それじゃあきっとロコンが納得をしないし満たされない。俺が群れに戻したとしてもきっと未練は断ち切れないままだろう。

 だから、今この夢の中で、

 

【ドラアアアア!!!】

 

『っ!なに!?』

 

 夢の中の群れが消え温かな陽光に包まれた草原も消える。

 代わりに現れたのは冷たい雨と風が吹きつける平原。群れの代わりに現れたのは、

 

【ドゥラアアアアア!】

 

『な、なんで!?』

 

 群れを壊滅させたあの、ドラピオンが姿を現す。

 この夢の世界はロコンが神通力を使って作りだしたもので、ロコンの中に眠るあの頃の記憶を強く想うことで再現していたのだろう。だから俺も強く願った。ロコンの世界を壊したあの凶悪なポケモンを。

 かつてきのみ屋のじいさんとアーマーガアに撃退され、大きく負傷したドラピオンを倒すことはできた。

 あの頃はそんなドラピオンを倒すだけでも精一杯だった。

 

 だから今ここで証明してみせよう。

 

「倒すぞロコン!」

 

 今まで俺達と積み重ねてきたものが無駄なんかではないことを!

 

『え…あ、あの…』

 

(・ω・)b

「今の俺達ならきっと倒せるさ、どうせ夢の中だ気楽に行こうぜ」

 

 ドラピオンを前に少しおびえた表情をするロコンだが俺の言葉を聞いてここが自分の作り出した夢の中であることを思い出す。

 それで少し安心したのかロコンはすぐさまドラピオンへと向き直る。この戦闘時の切り替えも、俺達がこれまで歩んできた旅の成果の一つだ。

 

 さあ乗り越えてやろうか!かつての記憶を!

 

 

 



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39、因縁の対決 vsドラピオン

デュエマのカードを触っていると時間がキングクリムゾンされてしまいますね、久しぶりにカードショップにいくとテンション上がるぜー!


【ドゥララァァア!!!】

 

 大切なものの狭間で迷うロコン。

 俺はロコンの作り出した夢世界の中に呼び出したドラピオンを相手にし、かつてのリベンジ戦を行うことにした。

 ドラピオンのハサミが光り輝いた次の瞬間、光の軌跡を作りながら大量の針が撃ち出される。かつては群れを壊滅一歩手前まで追い込んだ強烈な『ミサイルばり』だ。だが今なら、

 

「ロコン、『じんつうりき』!」

 

『はぁぁぁ!』

 

 ロコンの体から青白く光る力強く不可視の力が解き放たれる。

 『じんつうりき』は『ミサイルばり』のことごとくを粉砕し、攻撃直後で無防備なドラピオンの体に直撃する。

 

【ドゥラア!】

 

 しかし、『じんつうりき』はドラピオンの体に触れたのとほぼ同時にかき消されてしまう。毒タイプに効果抜群のエスパータイプの技はドラピオンの持つもうひとつのタイプ、悪タイプによってすべてを無効化されてしまうのだ。

 

「だったら、『おにび』だ!」

 

『くらえ!』

 

 そんなことは承知の上、すぐさまロコンの体の周りにふよふよと浮遊する炎の塊が生み出される。それはロコンの意思と相まってか、憎き敵を燃やし尽くせと勢いよく燃え上がっており爆発するように放たれる。

 だがそんな無数の『おにび』をドラピオンは両腕を振り回すことで凪ぎ払っていく。ドラピオンは特異な体構造をしており、足を強固に地面に固定したままなので両腕を振り回しても重心が全くぶれず隙ひとつ作り出さない。

 そして今度はこちらの番!と言わんばかりにハサミをかち合わせるとこちらに向けながら突進してくる。ドラピオンのハサミが毒々しい色に変貌する。『どくどくのキバ』だ!

 

「迎え撃て、『スイープビンタ』!」

 

 ロコンは自分の丸まったしっぽをピンと伸ばすと手足のように自由自在に操る。

 ドラピオンの持つ二本のハサミとロコンの持つ六本のしっぽが大きな音を立てながらぶつかり合う。ロコンは毒に濡れたハサミにしっぽを挟まれないように常に複数本のしっぽでもって対応していく。強力な『どくどくのキバ』だが『スイープビンタ』の手数がその力の差を逆転させていき、ついには両腕を弾き飛ばしその顔面に『スイープビンタ』を炸裂させる。

 

『やった!』

 

 強力な『スイープビンタ』を食らったことでドラピオンの顔が大きく後ろにのけぞる。

 有効打を与えたロコンは歓喜に打ち震える。しかし、

 

【ドゥラアアアア!!】

 

 ドラピオンの丈夫な下半身は攻撃を受けた顔をのけぞらせながらもその場から離れぬように力強く地面にふんばっていたのだ。

 

「避けろ!」

 

【ドゥララァァア!!】

 

 下半身で持ちこたえたドラピオンはその反動を使って頭を無理やり引き戻す。

 両腕に回していた『どくどくのキバ』を口から生えている凶悪な牙に移し替えると空中に滞留したままの無防備なロコンの体に大きくかぶりついた。。

 

『ああああ!!?』

 

 『どくどくのキバ』をまともに食らったロコンが地面に叩きつけられる。体には『どくどくのキバ』を食らった個所からジワジワと毒が侵食していき『もうどく』状態となってしまう。

 

 俺はいそいでカバンを漁りモモンのみを取り出そうとしたがそこで思い出す。ここは夢の世界、道具は持ち込めていない。

 その事実に気がつくがもう遅い。ドラピオンは地面に転がるロコンに向けて口から毒液を吐きつける。毒はロコンに付着した途端に『もうどく』と反応し大ダメージとなりロコンを犯す。『ベノムショック』は毒状態の相手に大ダメージを与える危険な技だ!

 

 ロコンはその激痛で何とか自分を取り戻しドラピオンから距離を取るように離れる。だが『ベノムショック』のダメージも『もうどく』状態による消耗も甚大だ。

 荒く苦しそうな息がロコンの口から吐き出される。外傷によるダメージではなく毒によるじわじわとした削りには慣れていないロコンの消耗が激しくなっているのだ。

 

「まだいけるか?」

 

『ッ!まだいけるさ!』

 

 それでもロコンはあきらめない。仇敵を前に、夢の世界だからと安易な道を選ばなかった。

 

「それでこそだ。いけ、『やきつくす』!」

 

『おおおお!』

 

 ロコンの口から膨大な炎が放たれドラピオンの体を焼き尽くすドラピオンも元は虫タイプのスコルピ、炎技をまともに食らったことで全身が炎に包まれパニックを起こしている。

 炎に苦しむドラピオンを見ながらふと気がついた。『やきつくす』を食らっているドラピオンの体からシュウシュウと音を立てて毒が焼き尽くされていくのだ。

 

「これだ、ロコン自分に『やきつくす』!」

 

『わかった!』

 

 ロコンもその光景を見て理解をしたのか躊躇いなく炎を操り自分に直撃させる。

 ロコンの全身を炎が包み込むがロコンの特性は『もらいび』、炎タイプの技のダメージを無効にすることができる特性だ。『やきつくす』の炎はロコンの体に残っていた毒を焼き尽くし状態異常を綺麗に消し去ってしまった。

 

「よし!」

 

『元気百倍!』

 

 さらに自分の炎を『もらいび』で吸収しさらなるパワーアップを果たす。ドラピオンが全身の炎を振り払い消耗したころには、ロコンは逆に回復とパワーアップを成し遂げていたのだ。

 

「いけ、『おにび』!」

 

 『もらいび』によって強化された『おにび』がさらなる熱量をもってドラピオンに飛来する。

 これは不味いと思ったのかドラピオンは腕に渾身の力を込めた『はたきおとす』でもって無数の『おにび』を迎撃していく。だが『おにび』の動きは変幻自在、ひとつの炎をはたき落とした直後その後方に控えさせていたもうひとつの『おにび』が機敏に動きドラピオンの体に直撃する。その一撃が均衡を破りたちまち多数の『おにび』によってドラピオンは『やけど』状態になってしまう。

 

【ドラアアア!!】

 

 先ほどの『やきつくす』とは違い内側から体を焼く『やけど』に苦しむドラピオン。

 これはやったぞと喜んだのもつかの間なんとドラピオンは『やけど』をした部分に『ベノムショック』を吹きかけて火傷した個所を冷まして治し始めたのだ。

 

「この野郎、自分の毒が効かないからってズルいぞ!」

 

『そうだそうだ!!』

 

【ドゥラアアア!!?】

 

 こちらの抗議に対して多分あちらも何かを訴えているが残念ながら【ドゥララアアア!!?】では何を言っているのかわからないので無視だ虫。

 どちらも自力で状態異常を治したことでバトルは振出しに戻ってしまった。

 

 あちらもロコンのことを強敵と認めたのか攻撃の手を止めて様子見に入るとバトルが停滞する。

 やはり手強い…ドラピオンの特異な身体構造はバトルをするとその特性をいかんなく発揮してくる。下半身の強靭さなどはその最たるものだ。

 しばらく様子見を続けているとドラピオンがその場で両腕に力を込め始める。身構える俺達、ドラピオンが今まで使った技は『ミサイルばり』『どくどくのキバ』『はたきおとす』『ベノムショック』だとなれば距離の開いたこのタイミングで使ってくる技は…!

 

「ロコン、『ミサイルばり』が来るぞ!」

 

 『ミサイルばり』にむけてロコンが対応の構えを取る。今か、今か、攻撃を待ちわびているとニヤリとドラピオンが笑ったのが見えた。

 

【ドゥララアアア!!】

 

 次の瞬間、轟ゥ!という音とともにドラピオンの腕が伸びた。

 なにッ!?腕が伸びる!?そんな情報、データに無いぞ!?

 開いていた距離を軽々と飛び越えたドラピオンの腕がロコンの体をがっちりと捕まえる。予想外の攻撃方法に面食らったロコンが抜け出そうとしてじたばたと体を動かすがドラピオンの強靭な腕とハサミから逃れることができない。

 

『うう、離せぇ!』

 

 ロコンがじたばたと動くが拘束は頑丈で、ガッチリと挟んだハサミはびくともしない。そしてついには、

 

『が、ああああ!!?』

 

 ハサミを介した『どくどくのキバ』が再びロコンの体を蝕んでいく。絶体絶命の大ピンチだ。

 もともとロコンはパワーファイトが得意なタイプのポケモンではない。神通力やスピードを活かして戦うロコンに大型ポケモンの力づくの拘束を破る程の力などない。

 本来ならばそう言った力押しの部分をカバーできる『じんつうりき』という特級の技があるのだが、悪タイプが相手ではどうしようもない。

 

 ロコンのパワーで脱出は不可能、『じんつうりき』による力押しも不可能。…だったらどうすればいい。

 俺がこうやって考えている間にも毒はロコンの体を犯し体力を大幅に削っていく。落ち着け、落ち着け。こういった時こそ落ち着いて勝ちを模索するのがトレーナーの役割だと学んだばかりじゃないか!

 

 『じんつうりき』が効きさえすればなんとかあのパワーにも対抗できるんだが…

 その時、閃きが走った。大型ポケモンですら吹き飛ばすロコンの『じんつうりき』。そのパワーをロコンの肉体のパワーに変換することができれば――! できるかどうかはわからない、だが一秒でも早くあの拘束から抜けなければ勝機はない。

 

「イチかバチか――!」

「ロコン、『じんつうりき』だ。体に纏え!」

 

 ロコンは毒で苦しんでいるというのに戸惑う姿も見せず、すぐさま俺の指示に従って行動を開始した。

 

 自分で指示したとはいえなんて無茶な指示だと思う。『じんつうりき』を自分の体にかける

、なんて無茶苦茶な指示なんだと指示の後で思った。

 だが、ロコンは莫大な力の制御と肉体を動かすという繊細な操作を毒に蝕まれながらもやってのけた。

 

 その結果、ロコンの肉体が持つ元々のパワーに『じんつうりき』のパワーが上乗せされる。その力は俺やロコンが想像していたものの優に上を行った。

 『じんつうりき』によって無理矢理ブーストさせたロコンが拘束を抜け出そうと力を込めた。すると、ドラピオンの拘束を抜け出す隙間を作るどころか凶悪なハサミに大きなヒビを入れたのだ。

 強引な技の使い方にさすがのロコンも苦しげな表情をしていたが仇敵のハサミを破損させたと知ると顔に笑みが浮かべる。そしてハサミを粉々に粉砕しドラピオンの拘束から軽々と抜け出たのだった。ちなみに自慢のハサミが粉々に砕け散ったドラピオンは驚愕と悲壮感を露わにしている。

 

 『じんつうりき』で体を動かすことは体に大きな負担をかけてしまう。今の一連の流れだけでロコンが大量の汗を流していることからもそれは明白だった。

 

「ロコン、体は大丈夫か!?」

 

『すっごく大変だった。けどあと一回くらいなら踏ん張ってみせるさ!』

 

 滝のような汗を流しながらも強気な姿勢を緩めなかったロコン。新しい力の使い方を覚え、その力で仇敵に一泡吹かせたことが彼の自信へとつながったのだろう。

 ドラピオンは負けると思わなかったパワー対決に敗北しさらには自慢のハサミまで壊されたことで一種の自己喪失の状態に陥っていた。このチャンスを逃すわけにはいかない!

 

「ならこれでなんとしても決めてみせるぞ!」

 

『うん!!』

 

 ロコンは再び『じんつうりき』を自分の体にかけ、不可視にして万力の力を身に纏う。

 

「いくぞ、全力全快!『スイープビンタ』!!」

 

『うおおおお!!!』

 

 『じんつうりき』で後押ししたその踏み込みは『でんこうせっか』にも引けを取らない。俊足の素早さを身につけたロコンは電光石火のスピードの勢いを余すことなく利用した大振りの『スイープビンタ』を放つ。

 六本全ての尻尾を束ねたその一撃は両腕でガードしたドラピオンの防御をいともたやすく粉砕し、本体へと衝撃を伝播させる。

 

【ド、ドラ!ドラアァァァ!!?】

 

『逃がさない!!』

 

 さらに振り切った尻尾の勢いを利用し次なる連撃へとつなげる。

 『じんつうりき』の力と、全てを束ねた尻尾の破壊力がそのまま威力となった『スイープビンタ』はとどまることを知らない。もはや連擊は止まることなく一撃を加えるごとに勢いを増していき、その勢いはまさしく暴風のごとき。ドラピオンの堅牢な外装のことごとくを粉砕していく。

 その連擊が止まったのは、ドラピオンの体が大きな音を立てて地面に伏した後だった。

 

『はぁ……はぁ…はぁ』

 

 攻撃を終えたロコンは荒い息を吐きながら着地すると、立つことすら厳しいとばかりに倒れ込む。ドラピオンとロコン、二匹の距離はすぐ近くでどちらかが動けばすぐさま一撃を入れてとどめを刺せるといった距離だ。

 だが動けない、動かないではなく動けない。

 限界を超えて肉体を酷使したロコンも限界を超えてフルボッコにされたドラピオン、どちらも限界を超えていた。

 ただ一つ違うのは倒れたままだが意識を保っているのがロコン、正真正銘体力の全てと意識を削り取られたのがドラピオンであった。

 その証拠というのか俺とロコンの記憶から作り出されたドラピオンの姿が光の粒子となって消えていく。それに伴ってかロコンの体に着いていた傷や毒も消えていく。それは、ドラピオンのいたというあらゆる痕跡が消えていくようだった。

 

 最後の光が消えた時、冷たい雨が降り注いでいた平原に雲の隙間から光が差し込んでくる。光がロコンに降り注がれる光景は、まるでロコンの成長と勝利を祝福しているようだった。

 俺は草原で寝ころんだままのロコンに駆け寄り声を掛ける。

 

「どうだった」

 

『すっごい…はぁ、強かった』

 

 肉体の限界を超えた行使にロコンは息を切らしながら答える。

 

「でも、勝ったな」

 

『うん。でも僕だけじゃあきっと勝てなかったし挑もうとも思わなかった。突然現れたあいつと戦えたのはアカツキさんが一緒に居てくれたからだよ』

 

「(あれを呼び出したのは俺なんだけど…)」

 

『あいつはリーダーを死に追いやった奴だった。僕だけじゃ、また逃げ出してたよ』

 

「そっか。…そういえば、現実のあいつはまだワイルドエリアで生きているのかもしれないなぁ」

 

 俺の言葉を聞いたきょとんとした顔をした後ロコンはそうだね、と言葉を返す。なんとなく俺の言おうとしていることがわかっているような口だ。

 

「あいつがまた群れを率いてロコンの群れと対面なんてしたらどうなるだろうなぁ。ニューラに遭遇しただけで防戦一方になってたし心配だよなー」

 

 わざとらしい言葉にわざとらしい態度。

 それを聞いてぷっと笑いをこらえた後に、ロコンは足に力を入れながらこう言った。

 

『…だったら、僕が守るよ』

 

 ロコンが、自分に資格がない。というのなら俺がその資格と理由をくれてやろう。

 戻れない理由に対して、戻る理由を作ってやった。もう自分の気持ちから逃がさないぞ。ドラピオンとの戦いはそれらを作るための名聞作りみたいなものだ。ヘタレのロコンなら実際に倒したという理由くらいをつくらなければ踏み出せなかっただろう。

 

 ゴロンと寝ころんだままだったロコンは草原の草を踏みしめて立ち上がる。一層逞しくなった四本の脚は、もう恐怖なんかでは縛れないし挫けない。

 

『僕がみんなを守る。いつかのあの群れを取り戻すまで守り抜くよ』

 

「そっか」

 

 やっとロコンの口からその言葉が聞けた。

 バトルの前までの迷いと不安の揺れていた瞳はもうない。覚悟を決めたまっすぐな眼がそこにはあった。そのロコンの心情の変化に影響されてか雲の合間から差し込むだけだった陽光が草原全てを照らしていく。空を見上げてみれば覆っていた雲がどんどん消えていく、それはロコンの心の迷いが晴れていくことを現しているようだった。

 

「でも次は俺がいなくて大丈夫か?」

 

『もう一回勝ったし大丈夫だよ、次はもっと軽~く倒してやるさ!』

 

 過去の幻影を乗り越えたロコンは強気な言葉で返す。もう、心配はいらなさそうだ。

 

『それにもうアカツキさんと僕にはラインがつながってるからどこに行っても神通力で会話ができるよ』

 

「マジ!?それは、なんかちょっと怖いかも…」

 

『どうしてさ!?神通力でつながるのは信頼と絆の証だよ。リーダーにだってできる相手はいな……』

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

「―――ん、ここは…」

 

 目を覚ますとそこは焚火の目の前、すっかり沈下してしまった焚火と山の向こうから出始めた太陽が時間の経過を物語っていた。

 そして地面に横になっていた俺はロコンのもこもこの尻尾を枕にしていた。気持ちがいいのでこのままもう一眠りしてやろうと瞼を閉じようとする。

 

『いつまで寝てんのよ』

 

「んあ?」

 

 聞き覚えのない不思議な声に起きろと声を掛けられる。この不思議な感覚、音というよりは直接頭に送られてくるこの感じは、

 

「テレパシーだね」

 

『エスパーどもと一緒にしないで、これは由緒正しい神通力による意思疎通法なんだから』

 

「テレパシーでは?」

 

『…もうそれでいいわよ』

 

 テレパシーを送ってきたのは昨日森に向かって飛び出していった新リーダーのロコンだ。よくみるとその後ろに他の二匹も帰ってきてる、俺の顔を見ると前脚を振ってくれた。

 ロコンの尻尾は名残惜しいが顔を上げて新リーダーと対話をする。

 新リーダーからは昨日ロコンを誘拐したことと治療してもらったというのに礼も言わずに逃げだしてすまなかったと謝罪された。それからロコンには金輪際近づかないと言われた。

 

『あいつにも今の暮らしがあるってのにそれを無視して無理矢理引っ張ってきちゃってごめんなさい…』

 

「昨日は逃げだしたのに。何か心境の変化でもあったの?」

 

『…昨日あいつと戦って、とんでもなく強かった。こっちは途中からあの子と協力までしたのに全然歯が立たなかった…』

 

「(結構ボロボロになってたけど?)」

 

『それで気がついたのよ。あぁ、こいつはあたしたちの知らないところで随分頑張ったんだなって。それをあたしたちの都合だけで無茶苦茶にするのはなんだか駄目だと思ったの』

 

「うん、駄目」

 

『うっ、結構ハッキリ言うわね』

 

 それはそうだ、ロコンは大事な仲間だ。仲間を勝手に連れていかれては困る。

 

「無理矢理は駄目。だから、これからロコンをそっちに貸し出そうと思います」

 

『―――はえ?』

 

「ロコンを手放すのは俺も嫌だ。でもロコンも仲間の夢を叶えたがっている。なので夢が完遂できるまでうちの子を貸し出します!もちろん無期限無金利!敷金礼金無し!」

 

『…え?ちょ、え??』

 

「はいじゃあ今から書類パパッと作るからサインと判子…じゃなくて足形つけてね朱印はこっちにね、はいペタリと」

 

『え?え?』ペタリ

 

「はいじゃあ契約完了。これでロコンは君のところで派遣社員だビシバシ使ってやってくれ」

「うちでみっちりカレーの作り方も教え込んであるから戦闘員としても料理人としても申し分ないはずだ。もちろんリーダーは君のままだからこき使ってやってくれ」

「よしロコン起きろ、契約成立だ。カブさんを倒したらお前の新しい日々が始まるからな。そのためにもさっさと特訓に戻るぞ!」

 

『ぼくお腹すいた、カレーが食べたいな!』

 

「任せろ、朝カレーも最高だということを教えてやる!」

 

 他のロコンも軒並み起こして特訓再開だ!と自転車に乗ってキャンプ地にまで先導していく。いやあ、自転車のベルとラッパがこんなところで役に立つとはな。

 チャリンチャリン!パラリラパラリラ!と音を立ててロコン達を率いるその姿はまるでハーメルンの笛吹きのようだったとか言わないとか。

 

『ちょっと待ちなさいどういうことなのかちゃんと説明しなさいよ!!?』

 

『なんだアイツ結局戻ってくるのか?』

 

『また群れがにぎやかになりそうだね~』

 

『…先輩、絶対リーダーにしてみせる』メラメラ

 

 




はい、というわけでカブさんを倒した後にはロコンが戦線離脱してしまいます。このロコンのパーティー離脱にもきちんと背景したがあります。

…実は自分が剣盾進めているときにロコンをパーティーから外してしまったんですね。しかもその理由がロコンの性格が『ようき』でヒトモシの性格が『ひかえめ』だったからというどうしようもない理由です。シャンデラの持つ特攻の高さに魂を売ってしまいました。
今まで一緒に旅をした仲間をこんな理由で切り捨てた作者は罰せられてしかるべき屑野郎です、どうかイシツブテを投げてください(20kg)


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40、合宿の終わり vsマックスレイドバトル


現在カブさん戦を執筆しております。
二本立てにする予定なので少し更新が遅れるかもしれないです。


 

 夢の世界でドラピオンを降し、一層の覚悟と強さを身に着けたロコンと俺。

 現在は朝早くキャンプ場に戻ってきた俺がみんなの朝ごはんの支度を整えている最中だ。

 

「『ほのおのいし』は要らない?」

 

『そうよ。あんなことのあった手前報酬なんて受け取れないじゃない』

 

「でも俺達も使わないし…なあ、ロコン」

 

『うん、要らなーい』

 

 朝食のカレーを作っている最中、新リーダーの彼女から報酬である『ほのおのいし』を突き返されている最中だ。

 正直使う気がないので困ってしまう。

 

『どうして?あんた達すっごい強い相手と戦ってるんでしょ、なら手っ取り早く進化すればいいじゃない』

 

 もっともな疑問を口にしてくる新リーダー。その言葉を聞いた俺とロコンは顔を見合わせるとやれやれと溜息を吐きながら両手でお手上げのジェスチャーをする。その顔とため息が気に入らなかったのか新リーダーがムキー!と怒ってくるので仕方がなくその疑問に答えてあげることにした。

 

「だって」

 

『進化しないで』

 

「倒した方が」

 

『格好…』

 

「いいじゃん!!!!!」

『いいじゃん!!!!!』

 

『ねえ、こいつら馬鹿なの?』

 

『オレにはわかる、男のロマンってやつだぜ!』

 

『ロコンのまま勝つ先輩…格好いい…』

 

『馬鹿しかいなかった…!』

 

 新リーダーが自分の群れは想像以上に馬鹿しかいなかったことに愕然としている。

 まあさっきのは表向きの理由。実はちゃんとした理由だってある。

 

『今進化するときっと伸びしろが止まっちゃう、感じがするんだ』

 

 なんてことはない、ただのロコンの直感だ。

 だが直感だと侮るなかれ。なんとスマホで軽く調べてみたところ『ほのおのいし』などのアイテムで急激な進化を施すと進化前と比べると格段に成長スピードが落ちるという論文が出てきたのだ、マジかよ。シンオウ地方のナナカマド博士というポケモン進化の権威と呼ばれる人の論文らしいが、正直難しくて内容は一割くらいしか理解できなかった…というか長い、PDFでダウンロードするんじゃなかった…

 読み取れた範囲の論文の内容を要約すると、

 

『普通の進化と違いポケモン本人の成長に関係なく進化をさせることができるこの進化法は便利な反面ポケモンの体にかかる負担が大きく、急激な体の変化は成長を止めてしまう』

 

 とこんな感じの内容だった。あれだ、成長期は物覚えやトレーニングですくすく成長するけど大人になったら伸びにくくなる、みたいな感じだと思う。

 

 ということで俺たちには『ほのおのいし』を使うつもりがない。ロコンがパーティを抜ければさらに使う宛がないのだ。

 

「ア、アカツキさん。ちょいとご相談が…」

 

「帰れマタハリ」

 

 『ほのおのいし』欲しさにすり寄ってくるマタハリを追い返す。

 まあ確かにマタハリにはこの合宿で助けてもらったり逆に助けたりで石をあげるというのも別にいいのだが、

 

「ちぇ、なんだよ使わねえなら譲ってくれても良いじゃねえかよー」

 

「マタハリにあげたら後々めんどくさそうじゃん?」

 

「なんだよ、そりゃ俺がお前と戦うまで勝ち残るとでも思ってんのか?」

 

「そうだよ?」

 

 まるで自分がこのジムチャレンジを突破できないと思っているかのような口調だ。

 しかし、マタハリはこの合宿中特にメキメキと腕を伸ばしている。カブさんに勝つために夜まで勉強していたり、ロコンの生態調査などの研究している姿をよく見る。そのせいか以前よりも炎タイプへの造詣が深まり、かなり手ごわくなったんじゃないかと思う。マタハリならすべてのジムを勝ち抜きトーナメントにまで勝ち上がってきても何ら不思議はない。

 

「お、おうなんだ。褒めても何も出ねえぞ」

 

「だから、石はあげない」

 

 そんな未来のライバルに塩を送るつもりはサラサラない。というかこいつなら自力で『ほのおのいし』くらい手に入れられるだろうし。

 

「ケチ!」

 

「じゃあケチついでにマタハリの分のカレーから具材抜いとくね」

 

「…お前がカレーで手抜きするってのか?」

 

「はは、しないね!」

 

 この合宿でマタハリも俺のことがわかってきたようで、ますます油断ならないライバルになりそうだ。

 

「アカツキ君、私もうお腹ペコペコ~」

 

「おや、ロコン達も帰ってきたようだね」

 

「デネボラさんにバーダンもおはよう」

 

「うららぁ!」

 

「お、モルペコもおはよう。うりうり」

 

「うららぁ♪」

 

 カレーの匂いに釣られてデネボラさんにバーダン、そして食いしん坊のモルペコが起きてくる。

 マリィはというと昨日俺がロコン達を追いかけて行った後に帰るのを夜まで待っていたらしく今もまだ寝ているそうだ。

 

「さあ、カレーの出来上がりだ!」

 

 カレーから始まる一日。

 この強化合宿最後の日の開幕だ!

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「ロコン、『スイープビンタ』!」

 

「スナヘビ、『まきつく』!」

 

 今日は合宿の総仕上げ、互いのポケモン同士で戦いその成長を確かめ合っている。現在、俺はバーダンのスナヘビと一対一で戦っている最中だ。

 バーダンのスナヘビはその長い体をうまく利用した戦い方で翻弄してくる上に、攻撃を当てるたびに特性の『すなはき』によって砂嵐を吐き出してくるので非常に厄介だ。

 

「『やきつくす』!」

 

「スナヘビ、『あなほほる』だ!」

 

 ロコンの体に『すなあらし』によって無視できない傷が着いていき、これは不味いと大技で決めようとしたところでスナヘビは『あなをほる』を使って地中に逃げてしまう。

 地面の中を移動するスナヘビの速度は地上のそれと違い非常に素早く厄介だ。だが、

 

「土の中だろうとロコンからは逃げられない!」

 

 ロコンの体から青白い光が波紋の様に広がっていき地面に浸透していく、穴掘り兄弟と採掘をした時に使ったレーダーの応用だ。そして壁の中に埋まる石を探し出すことに比べれば動き回るスナヘビを見つけることくらい造作もない!

 

『見つけた!』

 

「そこだ、『じんつうりき』!」

 

 ロコンのレーダーで捉えたスナヘビに不可視の力が襲い掛かり、スナヘビは抵抗虚しく地面から掘り出され宙を舞う。

 

「スナヘビ!?」

 

「とどめだ、『スイープビンタ』!」

 

 宙に放り上げられたスナヘビにロコンの尻尾による連撃が叩きこまれる。空中で回避も防御もできず攻撃を食らってしまったスナヘビは地面に落ち、大きく目を回していた。

 

「スナヘビ戦闘不能。ロコンの勝ち!」

 

「やったぜロコン!」

 

『やったね!』

 

「負けてしまったか…だがいいバトルだった戻って休んでくれスナヘビ」

 

 ドラピオンとの戦いも終えたロコンはスナヘビを相手にしても一歩も引かない戦いを繰り広げた。たとえタイプ相性で負けていようともそれをひっくりかえせるほどの力を手に入れたのだ。

 

「よし、なら次は俺と!」

 

「なに言ってるんですかアタシが先ですよ!」

 

 その後デネボラさん、マタハリとも戦っているとテントの中から左手を日よけにしたマリィが起きてきた。

 

「うぅ、日差しが眩しか…」

 

「パルスワン、『スパーク』!」

 

「ガーディ、『かえんぐるま』!」

 

「ワオオン!!」

 

「ガァァディ!!」

 

 雷と炎を纏った大技が激突しあうとバチバチ!メラメラ!という音に加えて思わず目を背けてしまうような閃光が放たれる。

 

「眩しか!?」

 

「あ、マリィおはよー」

 

「夜更かしさんめ、お肌荒れるぜ?」

 

「うー。モルペコ、『かみつく』」

 

「うらぁ!」

 

「痛てててて!?今バトル中だっての!」

 

 この数日間でマリィもすっかり他のメンバーとも打ち解けている。起きたばかりでまだよく頭が働いていないのだろう、容赦なくモルペコに攻撃をさせている。眠そうに眼をこすったり、欠伸をこらえている姿などはいつも大人びているマリィを見ているので少しレアな光景だった。

 まあ、俺は『かみつく』じゃなくてモルペコの必殺技である『オーラぐるま』を食らわせられてるから俺の方が上だけど!(謎の張り合い)

 

 

「くそ、『ほえる』!」

 

 モルペコを引きはがした後、ガーディの口から体が震えあがるほどの威嚇の咆哮が放たれる。

 以前のパルスワンならばその声を聴いて震えあがっていたことだろう。

 

「パルスワン、お前の成長を見せてみろ!」

 

「ワォォォン!」

 

 パルスワンと視線を合わせる。

 アーマーガアとの戦いを乗り越えたパルスワンに、もはや恐れるものなどない。一段と頼りがいのある背中になったパルスワンはその咆哮に対して一歩も臆することなく、

 

「うっそだろ!?」

 

「ガディ!?」

 

 正面から技を受けきった。

 そして、『ほえる』で隙だらけになったガーディに向けて強靭な口を開いたまま容赦なく襲い掛かった。

 

 バトルは無事俺の勝利で終わりこれで二勝一敗。デネボラさんのルチャブルにアオガラスと空中対決で負けてしまったのが残念でならない。

 バトルが終わったころにはマリィも朝食を食べ終えモルペコと元気にストレッチをしている。

 

「よし、最後はマリィとだよ!」

 

「ん、返り討ちにしてあげる」

 

 マリィもダークーボールを片手にやる気満々の表情を浮かべている。

 そうしてマリィとのバトルを始めようとした矢先……

 

ドッカーーーン!!! 

 

 遠くの方からとんでもない爆発音が響き渡り、遅れてハシノマ原っぱ全域に吹き付けるような衝撃が走り抜ける。

 突然の衝撃によろめきそうになりながらなんとか踏ん張る。次の瞬間沢山の鳥ポケモンが空へと羽ばたき、草原には小型のポケモンが逃げるようにして隣のエンジンリバーサイドやストーン平野に逃げていく様子が目に入ってきた。

 俺達は顔を見合わせるとすぐさま自転車にまたがり、音と衝撃の中心地に向かうのだった。

 

 初日に自転車の壊れたマリィを後ろに乗せ草原を駆ける。

 先ほどまで空には太陽が燦燦と輝く『晴れ』の天気だったというのに既にハシノマ原っぱ全域を受けつくさんばかりの『すなあらし』が吹き荒れ始めたのだ。

 

「こんな規模の『すなあらし』は初めてだ!さすがワイルドエリアだ!」

 

「バーダンの野郎が眼を輝かせてやがる」

 

「うう、口の中がじゃりじゃりすると」

 

 視界の大半が砂嵐でふさがれる中、それでも逃げていくポケモン達のおかげで向かうべき先がわかったのが僥倖だった。

 しかしそれもしばらくするとポケモン達も非難し終えたのか数を消していく。さすがにこれ以上当てもなく進むのははばかられたので自転車を降り、慎重に行動することにした。

 しばらくは何もなかった。何もないと思い込んでいた。

 

「なあ、なんか聞こえねえか」

 

 マタハリが砂嵐の音に紛れて何かが聞こえると言い始めた。俺達も耳を澄ましてみれば確かにやまびこで帰ってきたかのような、遠いところから帰ってきたかのような音が聞こえてきた。

 

「確かに何か聞こえるね」

 

「でも、どこから?」

 

「音の拡散規模からして結構遠くからだと思う」

 

「マリィってそういうの詳しいの?」

 

「うん、アニ…知り合いがバンドやっててよく聞かされてたから」

「でもこの音の感じどこかで聞いたことあるような…」

 

 マリィの言う通りだ。俺たち全員このどこかからか響いてくる音に聞き覚えがある気がする。

 なんだろうこの音……いや、これはもしかすると鳴き声?鳴き声が空…上から聞こえてきている?

 

「っ!そうか、これは――!」

 

『ドォオオザァァイィィ!!!』

 

 俺が真相にたどり着いた瞬間今まで響いていた音をすべてかき消すような大音量が響く。思わず耳を塞いでしまうが今ので確信できた!

 

「い、今のって!?」

 

「おいおい、こりゃあ…」

 

「ダイマックスしたポケモンの鳴き声だ!」

 

『ドォオオザァァイィィ!!!』

 

 砂嵐の音を吹き飛ばすような大きく野太い鳴き声が響き渡ると砂嵐の一部が大きく黒ずんでいくのがわかる。それは影、大きさは優に数十メートルを超える大都会の建物かと見まごうほどの大きな存在の影が姿を現した!!!

 

「ドサイドン!」

 

 ポケモン図鑑を起動させるとすぐさま答えははじき出された。

 ドリルポケモン、ドサイドン。超高密度のプロテクターは城壁のごとき守りを誇り、巨大なドリルは全てを破壊すると言われる大型のポケモン。

 その大きな体がダイマックスによってさらに巨大化し、もはや圧巻という感想しか出てこない。

 

「なんでこんなところにダイマックスしたポケモンがいるんだよ!」

 

 マタハリが泣きそうな顔で最もなことを言っている。

 だが残念ながらここはワイルドエリア。何が起こるかわからない、かつて俺が初めてダイマックスバトルを経験した場所なのだ。

 

「みんなよく聞いて、このワイルドエリアではたまにダイマックスバンド無しでもダイマックスが起こるんだ!」

 

「その情報源は!?」

 

「マグノリア博士!」

 

「っざっけんな、滅茶苦茶有名人じゃねえか!」

 

「すっごいビッグネーム!」

 

「ガラルに居て知らない人はいない有名人だね」

 

 マグノリア博士の名前を出してみれば大人組がみんな一斉に納得した。この地方ではそれだけマグノリア博士の名前は知れ渡っているのだ。

 

「安心して相手がダイマックスしたってことは、俺のバンドも――!」

 

 以前ダイマックスしたマメパトと遭遇した時にはすぐさまダイマックスバンドが輝き始めた。ダイマックスが起きた場所には膨大なダイマックスエネルギーが充満しており、バンドのエネルギーもすぐ溜まるらしい。

 ダイマックスにはダイマックス。相手がどれだけ強くてもダイマックスができるならば十分に勝ち目はある。

 

「あ、あれ?」

 

 だが、光っていない。右腕に付けたダイマックスバンドは全く反応していない。

 以前マメパトと遭遇した時には爛々と輝いていたダイマックスバンドが今はうんともすんとも言っていない。ブンブン振ってみたりカチャカチャと弄ってみても全く変化なし。

 この中で唯一、俺の他にもダイマックスバンドを持っていたマリィのバンドも確認してみたが反応していなかった。これではあの超巨大ドサイドンに対抗する手立てがない…

 

 他の大人組も頼みの綱のダイマックスが使えないとわかると途端に表情を厳しくする。

 俺とて今まで何度もダイマックスをしたポケモンとの戦闘を乗り越えてきた。だからこそ、ダイマックスなしで挑むことの無謀さが理解できてしまう。

 

 そんな中、俺たち全員が顔を俯ける中で、一人だけがボールを手にしてドサイドンに立ち向かおうとしている。

 

 

 

「マリィ?」

 

「ん、どうしたと?」

 

 マリィだけは一人だけ何でもないかのように振舞っていた。

 マリィとてダイマックスバトルの経験がある、ダイマックスしたポケモンのその圧倒的強さもよくわかっているはずだ。

 

「ほら、みんなもシャキッとせんね!」

 

 だがマリィは本当に何でもないかのように俺達を奮い立たせようとする。本当にあのダイマックスしたドサイドンに勝てると信じて疑っていないのだ。

 

「確かにダイマックスは凄いし強力だし、『ポケモンバトルの華』といってもよかばい」

 

 立ち尽くしている俺達の中から一歩を踏み出し、小さな背中をこちらに向けたマリィは言葉を紡ぐ。

 

「でもあたしは知っとる!」

「ダイマックスしたポケモンにだって負けない、そんなアニキのバトルをいつも観てきたから!」

 

 いつか聞いたマリィのお兄さん。その背中を追いかけているマリィはダイマックスしたポケモン相手にも…否、ダイマックスをした相手だからこそ果敢に立ち向かう。 

 

 女の子のそんな姿を見せられてしまえば男の子として立ち上がらないわけにはいかない。俺もボールを取り出し、一歩前に出る。後ろをチラリと振り返ってみればそんな少年少女の姿を見た大人組もボールと一緒に気を持ち直していた。

 

 

「頼んだぞ、ジメレオン!」

「メレオォォン!」

 

「行くよ、ズルッグ!」

「ズッルゥ!」

 

「ルチャブル!」

「ブルゥ!」

 

「任せた、ヤジロン!」

「ヤージー!」

 

「お前だ、ガーディ!」

「ガディ!!!」

 

 五匹のポケモン、五人のトレーナーが立ち向かうのは巨大なダイマックスポケモン。砂嵐を背景にその巨大な存在に立ち向かう姿はまるで映画のワンシーンのようだ。

 

「そういえば初日に倒したのもサイドンだったわね」

 

「そんなこともありましたね」

 

「ジムチャレンジでもなければダイマックスをしたポケモンなんて滅多に戦えない相手だ、逃す手はないね」

 

「こんバトルでこの合宿の成果を見せたげる!」

 

「あいつを倒してこの合宿の締めにしてやろうじゃねえか!!」

 

『うおおおおお!!!』

 

 マタハリの言葉に全員が賛成の声を上げる。有終の美を飾る相手としてこれほどふさわしい相手もいないだろう。

 かくして、戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

「じゃあまずは俺達から!」

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

「メーレー、オォン!」

 

 ジメレオンが両腕を構えると大きな水の弾が作り出される。合宿を得てその威力も大きさも以前と比べて格段に成長している。

 さらにこの技は以前サイドンやサイホーンにも大ダメージを与えることができた。その進化系であるドサイドンにも相当のダメージを与えることができるはずだ!

 

 

 

 しかし、俺の期待はジメレオンの全力全快を込めた一撃とともに粉砕される。なんてことはない、その圧倒的質量差の前に。

 

「うそん」

 

 そう、俺達からすれば身の丈ほどもある大きな岩であってもあのサイズのポケモンからすれば石ころ程のサイズもない。ジメレオンの作り出した『みずのはどう』も同じだ、ダイマックスしたドサイドンからすれば小さな小さな水風船程度の脅威でしかないのだ。

 それでも効果抜群の技を食らい不快に思ったのか、ドサイドンが右手を構える。

 

「ッ!マズイ、下がって!」

 

 何かに気づいたバーダンがヤジロンに指示を出すと透明な壁が展開される。

 技の名前は『リフレクター』、物理攻撃を防ぐことができる特殊な技だ。ヤジロンが『リフレクター』を張った直後、透明な壁に何かが激突しとんでもない爆発音が起こる。

 

「なんだなんだ!?」

 

「ドサイドンは手のひらにある穴にポケモンを詰め込んで発射することができるんだ!」

 

 バーダンの視線に沿って壁の向こう側を見てみるとそこには気絶したダンゴロが転がっていた。今の大きな爆発音はこのダンゴロが弾丸として放たれ、壁と激突した時の音のようだ。

 

「どうやら弾となっているポケモンまでは大きくなっていないのが幸いだったけど…」

 

「それでも厳しかね、今の砲撃」

 

 巨大化して打ち出す威力も上がっている、当たれば大きなダメージは避けられないだろう。

 

「僕とヤジロンが砲撃を防ぐ。攻撃は任せたよ!」

 

「頼んだ、バーダン!」

 

「ああ、任された!」

 

 バーダンと拳をぶつけあう。率先して前に出る、頼りになりそうなその背中はやはり年上としての貫禄を感じさせる。

 

 ヤジロンはなおも断続的に放たれるダンゴロ砲を『リフレクター』で防ぎ続ける。その間に俺達はあのドサイドンの攻略会議をすることとなった。

 

「格闘術なら相手の足を狙うのが定石です!」

 

「それだ!」

 

 防御をヤジロンに任せポケモン達はドサイドンの足元へと強襲を仕掛ける。

 ジメレオンは『みずのはどう』を、ズルッグは『きあいだま』を、ルチャブルは『かわらわり』を、ガーディは『かえんほうしゃ』をドサイドンの右足めがけて放つ。

 大きな音を立ててドサイドンの右足が爆発し、その衝撃で少し足が浮き上がる。

 いけた、と思ったのだがそこは重量級ポケモン。浮かんだ足に力を込めるとすぐさま地面に縫い止め直してしまった。逆にドサイドンが足を地面に直した衝撃でポケモン達の体が浮き上がる。

 

「ルチャブル!」

 

「ジメレオン!」

 

 トレーナーのところまで衝撃は伝わりグラグラと地面が揺れる。ルチャブルとジメレオンは空中に投げ出された状態から翼と舌を使い他のポケモン達を捕まえながら避難させる。直後、上空からダンゴロの弾丸が放たれ彼らのいた場所が爆撃される。

 

 足への攻撃は大きな戦果とはならなかった。

 ドサイドンは全身を分厚い装甲で覆われている。どこか攻撃を通せる場所は――

 

「あそこ!あそこならどう!?」

 

 マリィが指さした先は、

 

「そうか、あの手の平の穴になら!」

 

 ダンゴロを発射している手のひらの穴。確かにあそこなダメージが入るはずだ。

 マリィと顔を見合わせるとそれぞれ右と左の掌に狙いをつける。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

「ズルッグ、『きあいだま』!」

 

 ダンゴロを撃ち出す両の掌に向けて大技を叩きこむ。

 

『ドザァァァイィィ!!』

 

 どうやらマリィの狙いは正しかったらしくドサイドンは掌に攻撃が当たると大きな唸り声をあげ顔を歪める。効果抜群で威力もお墨付きの技だ!

 

「レオオオン!」

 

「ズーッグゥ!」

 

「ジジジ、ローン!」

 

「チャッブル!」

 

「ガーディ!」

 

 両手の穴に攻撃を集中させる。堅いプロテクターで体を覆ったドサイドンの急所ともいえるポイントに集中させた攻撃は確かなダメージとなりドサイドンに蓄積された。

 

「ちっ、掌を閉めやがったか」

 

 だが、それもドサイドンがこぶしを握るまでの話。拳を握ってしまえば穴は隠れてしまい、攻撃は拳のプロテクターに防がれてしまう。

 そして、ドサイドンは握った拳を振り上げるとそのままポケモン達に振り下ろした。

 

 『アームハンマー』、拳をハンマーに見立てた大ぶりな攻撃は技の後に大きな隙が生んでしまう技だ。

 しかし、それは反撃ができればの話。ドサイドンの攻撃は地を吹き飛ばし、攻撃を受けたポケモン達は軽々と吹き飛ばされてしまう。とてつもない攻撃を食らい気を失ってしまった彼らは、とてもではないが反撃ができる状態ではない。

 

「うおおおお!?」

 

「ゆ、揺れる!?」

 

 さらに『アームハンマー』が地面に叩きつけられた衝撃は地面を大きく踏みつけた時とは比べ物無いならない振動となりワイルドエリアを駆け巡る。

 その揺れはまともに立っていられないほどで体を鍛えているデネボラさん以外は地面に転げてしまう。

 

 ドサイドンは地面に突き刺さった腕を抜き、倒れて気絶しているポケモン達の頭上に掲げた。このままではあの強力な技が再び放たれてしまうであろう。

 

「ルチャブル、『フェザーダンス』!」

 

 その時、唯一衝撃を利用して空を滑空したルチャブルが隙を晒したドサイドンに向けて光り輝く羽根を巻き散らかす。

 羽根はドサイドンが掲げた腕、脚と巻き付いていき体の自由を奪うと同時に強制的に力を奪い取っていく。

 

『ザァァァイ…!?』

 

 体に巻き付いた羽根がドサイドンの力を吸い取り、足止めと同時にドサイドンを一気に弱体化させる。

 

「これなら…!」

 

 デネボラさんとルチャブルの顔に笑みが浮かぶ。

 

「ルチャブル、『かわらわり』!」

 

「チャッブル!!」

 

 ルチャブルは空中を飛び回り、時にドサイドンの巨体を足蹴にしながら空へと登っていく。ドサイドンの顔付近にまで到達するとひときわ大きく跳躍し、無防備な脳天に強烈な手刀を叩きつける。岩タイプであるドサイドンの堅い皮膚を砕いた効果抜群の技にさすがのドサイドンもぐらつく。

 それを好機と見たルチャブルがもう片方の手も使って何度も『かわらわり』を振り下ろしていく。ルチャブルの鍛えられた手刀がドサイドンすら無視できないダメージとなり傷を増やしていく。

 

 しばらく攻撃を食らっていたドサイドンだがその体が突然赤く光り輝き始める。それはドサイドンが体に溜めていたダイマックスエネルギー。全身から一気にダイマックスエネルギーを放出することで羽根を吹き飛ばし、弱体状態を力づくに引きはがしていった。

 その力の放出を受けたルチャブルが宙へと放り出されたところに向かってドサイドンの手の穴からダンゴロが発射される。正確無比な『うちおとす』を食らったルチャブルが飛行を制御できなくなると立て続けに追撃の『アームハンマー』がヒットし、ルチャブルはキリモミ回転しながら地面に墜落してしまう。

 

「ルチャブル!」

 

 落ちてきたルチャブルは目を回し、戦闘不能となっていた。

 

「くそ、ルチャブルがやられちまったか…」

 

「だけど、おかげで時間は稼げた」

 

 『アームハンマー』の衝撃を食らい倒れていたポケモン達は大きなダメージを残したままだが無事戦線に復帰することができた。それにルチャブルが攻撃を加え続けたおかげでドサイドンも披露した顔を見せ始めた。そしてルチャブルが時間を稼いでくれなければあのまま追撃を受けて全滅もあり得たであろう。

 

「アタシとルチャブルの活躍無駄にしないでよね」

 

 デネボラさんがこぶしを握り俺の胸をポスっと叩いてくる。

 

「もちろん、絶対に無駄にはしません!」

 

 その気持ちに応えるため俺も右腕で拳を作りコツンとぶつける。すると右腕に付けたダイマックスバンドに、今までうんともすんとも言わなかったバンドにほのかな光が灯る。

 いつもより弱弱しい光に色々な疑問が頭をよぎり、一つの回答にたどり着いた。

 

「そうか、あのドサイドンがダイマックスのエネルギーを独占していたんだ」

 

 あのドサイドンは本来なら周囲に充満しているダイマックスエネルギーを独占することで長時間のダイマックスを可能にしているようだ。

 しかし、先ほどのエネルギー大放出に伴って周囲にエネルギーがばら撒かれそれを吸収したダイマックスバンドが今になって光を灯したということのようだ。

 

「だけどこのくらいじゃあ、ダイマックスはできんね…」

 

 ダイマックスをするには心もとないエネルギーのバンドをマリィと見つめる。もともと使うつもりはなかったが今になって使える可能性が出てくるとそれに頼ってしまいそうになる、それがまだ自分が未熟だなと思わせる。

 

 気持ちをなんとか切り替えドサイドンに向け直すとドサイドンが体から再びダイマックスエネルギーを噴出している。それに連動してダイマックスバンドの光がさらに強まる。なんとあのドサイドンはダイマックス技を使おうとしてきている。今、強力なダイマックス技をまともに食らってはひとたまりもないだろう。

 ヤジロンが率先して前に出て『リフレクター』を展開するが、とてもではないがそれでダイマックス技を受け切れるとは思えない。

 

「みんな、ヤジロンではきっと止めきれない…」

 

 恐らくそれが一番わかっているであろうバーダンが手を握りしめて、弱音をこぼす。それでも耐えるかもしれない少しの可能性にかけようとしているんだと伝わってくる。

 

「ならズルッグも力になるよ!」

 

 マリィのズルッグも前に出ると『まもる』による絶対防壁を展開する。『まもる』はあらゆる攻撃を防ぐことができる。

 

「それでも、足りない…」

 

 二匹のポケモンが防御技を最大展開してなお、ドサイドンの体から湧き出る膨大なエネルギーに耐えられるとは到底思えない。それだけの力の圧を感じてしまう。

 なにかできることはないのか…と考えていたその時、ダイマックスバンドの光がまた一段階強く光る。まだダイマックスができるほどではないというのにドクッドクッと心臓の様にバンドが鼓動を始める。

 

「…なにかを伝えようとしているのか?」

 

 バンドはなおも鼓動を続ける。マリィの方を見てみればあちらのバンドも何かを伝えようと鼓動しているようだった。わからない。ドクドクと鼓動を続けるバンドを見つめるがそれ以上は何も伝えてはくれない。

 だから、ここは直感に頼ることにした。

 

「アカツキ君?」

 

 右手に付けたダイマックスバンドを外し。俺はそのバンドをバーダンへと突き出す。

 彼は差し出されたダイマックスバンドの意味が分からず疑問符を浮かべている。

 

「バーダン、きっとこれが正解なはずだ」

 

 俺も明確に何が起こるかはわからない。それでも、これをバーダンに渡すことが最良の選択だと俺の中の何かが伝えてくる。

 

「わかった…使わせてもらおう」

 

 バーダンはダイマックスバンドを受け取ると右腕に嵌める。ダイマックスバンドはポケモントレーナーであればだれでも憧れる存在らしく、どこかバーダンの表情も浮足立っていた。

 

 そして、力の充填が終わったドサイドンがついに技を発動させる。

 ゴゴゴゴゴ!!!!と大きな音を立ててその溢れる力を解放させると、地面が隆起していき超大質量の巨石を生み出す。

 

「これが『ダイロック』か!」

 

 カブさんのキョダイセキタンザンが使っていた『キョダイフンセキ』を彷彿とさせる超質量の巨石による物量攻撃。他の多くの技と比べても、恐らくこのような物量攻撃が普通のポケモンには致命的な攻撃であろう。

 二匹は力を今一度込めて防御の態勢を整える。『リフレクター』と『まもる』による二重防御からどんな攻撃も通さないというような気迫が伝わってくる。

 

「ヤジロン!」

 

「ズルッグ!」

 

「「頑張れ!!!」」

 

 二人の声援が二匹にさらなる気迫を与える。

 そしてその叫びを待っていた!と言わんばかりにダイマックスバンドが輝き始める。

 

「こ、これは!」

 

 二人の腕に着けていたダイマックスバンドからエネルギーが溢れ始め、まっすぐに飛んでいくとヤジロンとズルッグの体を包み込む。それは雷が走った衝撃をともない、まるでダイマックスバンドが二匹に力を分け与えるかのように内に溜めたエネルギーが二匹のポケモンに譲渡されていく。

 ドサイドンはすぐさま自分の両腕を使い『ダイロック』を押し倒す。巨石が重厚な音を立てながら傾き、四匹めがけて倒れ込んでいく。

 

 ダイマックスエネルギーで強化された二匹の作り出した障壁が『ダイロック』と衝突し、音を立てながら拮抗しあう。

 

『ドザァァァイドォォ!』

 

 『ダイロック』は超巨大な大岩、というだけの技だがその威力は強化された『リフレクター』と『まもる』の防壁をギリギリと歪めて今にも破壊してしまいそうな勢いだ。

 

「ジジロジー!」

 

「ズッグゥゥゥ!」

 

 二匹は必死に力を振り絞り防壁を展開するが巨石の重圧は時間が経つほどに二匹の負担となり積み重なっていく。

 それでも彼らは諦めなかった。

 

「ズルッグ!気張らんか!」

 

「ヤジロン!君の力を見せてやれ!」

 

 自らの主人の声援こそ彼らにバンド以上の力を振り絞らせる。

 

 ヤジロンとズルッグが限界を超えて力を振り絞ったとき、バンドから全てのエネルギーが二匹に受け渡される。

 色を失ったバンドとは対称的に二匹の体が紅く輝き始める。

 

『『ダイウォール』!!』

 

 

 二匹の作った防壁はダイマックスエネルギーと融合し、一瞬だけ、だが確かな技となり巨石を退けた。

 ダイマックス技を含めたありとあらゆる攻撃を防ぐ最強の防御技、『ダイウォール』。それは他のダイマックス技と同じくダイマックスしなければ使えないはずの技だったが大量のダイマックスエネルギーを消費することで一度だけその真価を発揮した。

 四匹を包み込んだ『ダイウォール』が『ダイロック』の力を完全に殺し、巨石は跡形もなく塵と消え去る。『ダイウォール』の力はダイマックス技の副次効果もろとも全ての力を無効化させるアンチダイマックスエネルギーで出来た技なのだ。 

 

「メレオォン!」

 

「ガディッ!」

 

 巨石が跡形もなく消え、ヤジロンとズルッグが倒れ込むとジメレオンとガーディが走りだす。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

「ガーディ、『かたきうち』!」

 

 『ダイロック』によりエネルギーを消耗したドサイドンに効果抜群の『みずのはどう』と、ルチャブルの仇を取るためにパワーアップした『かたきうち』が炸裂する。

 『みずのはどう』がドサイドンの岩の体を砕き、そこに『かたきうち』が追撃を加える。

 

 

「力を使い切っちゃってこれ以上は無理そう」

 

「こっちも同じだ。あとを二人に任せてしまって済まない」

 

 ズルッグもヤジロンもすべての力を使い果たしてボールに戻ったようだ。

 

 二人ともやりきれない表情をしている。

 特にマリィは顔を俯けて肩を震わせている。

 マリィはお兄さんのバトルを観てきたと言っていた。そのお兄さんがどういう人なのかは知らない、だがそのお兄さんのバトルを観てきたマリィがダイマックスしたポケモンにも負けないという気持ちがあったからこそ俺達は立ち上がり戦うことができた。

 そう思うと、喉の奥からスルリと言葉が出ていた。

 

「勝つよ」

 

 マリィの肩に手を置いてそう言う。

 いきなり肩を叩かれて俯いていたマリィも顔を上げる。少し目元に涙の跡が浮かんでいた。

 

「絶対勝つ。そうしたら、これはみんなの勝利だ」

 

「みんなの?」

 

「誰が居なくても勝てなかった。だからこの戦いはみんなの戦いで、勝利はみんなの勝利だ!」

「待ってて!絶対勝ちをもぎ取ってくるからさ!」

 

 そう言ってマリィの横をするりと通る。

 向かう先はドサイドンの目の前、いつもはあの距離で強大なポケモン達と戦っていたことを思い出せ!ジムチャレンジを思い出す。目の前に広がるのは超巨大なダイマックスポケモン、と大勢の観客とその声援。

 それに比べてみれば、ここはとても開放的で視界に入れるべき相手は一匹しかいないじゃないか!

 

「ジメレオン!」

 

 名前を呼べば、相棒は舌を器用に使いながら俺の前まで飛んできた。

 

「行くぞ!」

 

「レォォン!」

 

 ポン、と肩を叩きあうと気合が入る気がした。

 

「やだやだ、青いねえ」

 

「なんだ、マタハリも来たの?」

 

「お前だけ前に出て踏みつぶされでもしたら寝覚めが悪いだろ?」

「いやしかし、でっけえな…やっぱり帰ろうかな…」

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

 俺の横にいたジメレオンがドサイドンの顔面目掛けて『みずのはどう』を叩きつける。プロテクターのない顔は比較的攻撃の通りやすい場所で、そして怒らせるには最適の場所だ。

 顔面に効果抜群の技を食らったドサイドンがこちらを睨む。

 

「お、おま!?おままま!?」

 

「アホ!馬鹿!間抜け!」

 

 アーマーガアには効いた挑発作戦はうまくいくだろうかと思っていたが存外うまくいった。ドサイドンの視線はジメレオンと俺に釘付けとなる。

 

「じゃあマタハリ、あいつ引き付けるからそっちもよろしくぅ!」

 

「メッレ…」

 

 狙いを付けられた俺の下にダンゴロ砲が放たれるがジメレオンに抱きかかえられ飛ぶ、そして着地する。

 その後ジメレオンにバシバシと叩かれる。昨日の今日で危険なことをしたことを怒っているという表情だ。

 

「これが終わったら謝るよ。だから今だけ俺の命を預けた…よ!」

 

 再び打ち出されたダンゴロ砲を目視で避ける。何だかんだこれだけ打たれれば両手の穴の向きに注意すれば避けるくらいはできるようになる。

 

「ほら、穴ががら空きだ!」

 

 そして俺を狙ってダンゴロ砲を撃てば打つほど両手の平の弱点が丸見えになる。

 そこに向けてジメレオンが『みずのはどう』、ガーディが『かえんほうしゃ』を直撃させる。連続攻撃を食らい大きな音を立ててドサイドンの両手が爆発する。

 

『ド、ドザァァイ…』

 

 俺が囮になり、何度も奴の手の平を開かせる。そのたびにジメレオンとガーディの攻撃が手の平に直撃し、大ダメージを与えていく。

 

 そしてついにドサイドンが膝をつく。今までのダメージが重なりついに相手を膝が着くところまで追い詰めてやったのだ。

 このまま一気に決めようと感情が高ぶったが引き留める、悪い癖だ。追い詰めた時こそよく相手を注意して見なければいけないと学んできたではないか。

 

「ッ!やっぱりまだ使えたか!」

 

 膝をつき、両手を地面につけてひれ伏していたドサイドンの体からダイマックスエネルギーが噴き出す。

 やはりまだエネルギーを残していたのか!

 

「おい、アカツキ!」

 

 ドサイドンの狙いはこちらに向いている。さすがにこれは危険だとマタハリがこちらに向けて声を掛けてくる。

 そのマタハリに向けてニッカリ笑いながら大きく指を立てる。

 

(^ω^)b

「骨は拾ってくれ!」

 

「お前ぇ!!?」

 

 ドサイドンお体が赤く発光し、新たなダイマックス技が放たれる。

 地面に膨大なエネルギーが吹きこまれるとドサイドンの体が半分地面の中に消える。そして地面をボコボコと隆起させながら高速でこちらに突撃してきた。どうやらこの技は地面を高速移動しながら対象に突撃する技のようだ、地面タイプのダイマックス技…『ダイアース』といったところかな?

 などと考えている間に隆起した地面が既に目前まで近づいてきていた。

 回避不可能!耐えるの不可能!当たれば即死!

 

「レオオオン!」

 

 ドサイドンがこちらにたどり着くすぐ直前で大きな水の防壁が立ちあがる。

 ジメレオンの全てのパワーを乗せた『みずのはどう』が俺達の姿を隠す水のヴェールとなって立ち上がる。

 しかし、その水のヴェールもドサイドンの体長からすれば障害物にすらなりえない。ドサイドンの『ダイアース』は超特急列車の様に水のヴェールごと標的を弾き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

「と思ってるんだろろろろろろ!!!!!」

 

「ジメメメメメメ!!!!」

 

 『ダイアース』により全てを跡形もなく粉砕したドサイドン。

 だが俺達はジメレオンの粘々した舌をドサイドンの体に張り付けて難を逃れていた。痛い痛い、ドサイドンが高速で動いているのと地面を盛り上げながら進んでいるから土と石ころが飛んできて痛い。

 ちなみに無事の様にも見えるかもしれないが攻撃を食らわないというのは無理だった。なので地面タイプの攻撃に耐性がつくシュカのみを食べて二人でダメージを軽減させた。きのみ is GOD。

 まあ、ダメージを軽減させたが無事なのはドサイドンにしがみつくために使っている両腕のみ。あとはもう痛くて正直動かせない。それでも骨は折れてないのだから人間は中々に頑丈だ。

 

「ジ、ジメレオン…」

 

「…レオ?」

 

 ジメレオンも今の攻撃で相当のダメージを食らっていた。彼もドサイドンの体に張り付いているので精いっぱいだろう。

 だけど、そんな今だからこそ打てる手が残っている!

 

「お前の力に賭けるぞ!」

 

「レォォオォォン!!」

 

 最後はこうして相棒だより。それでもこいつは応えてくれる。

 

 ジメレオンの全身から青いエネルギーが迸る。

 それは荒れ狂い、すべてを飲み込む自然現象のごとき激流の力。ジメレオンの特性、『げきりゅう』による火事場の馬鹿力の大放出だ。

 

 突然自分の体から青い力が噴き出し驚いたのはドサイドン。まさか今の一撃で相手を葬り去れてなかったとは思わなかったのだろう。

 ドサイドンはその巨大な手を伸ばし、体に張り付いた虫を叩き落とすかのように手を伸ばしてくる。

 

「ガーディ、『ほのおのうず』!」

 

 そこにガーディから放たれた火炎の渦が放たれる。『ほのおのうず』はまるでしなった鞭のようにドサイドンの腕を絡め取り、片腕を封じ込める。

 

「ナイス、マタハリ!」

 

「うるせえ!最後はきっちり決めやがれ!」

 

 マタハリは目から涙を流しながら中指を立ててそう叫んだ。まあ、さっきので死んだと思うよね!

 マタハリとガーディの決死の足止め、無駄にはしないぜ!

 

「ジメレオン!」

 

「オォン!」

 

 掛け声とともにジメレオンは激流の力を両手から噴出させ、空を飛ぶ。

 俺達は水の勢いで上空十数メートルを飛び、ついにドサイドンの顔面の前に躍り出た。

 

『ザ!?ドォォォン!』

 

 こちらの狙いを理解したであろうドサイドンが『ほのおのうず』で拘束された腕とは反対の腕で顔を守ろうとした。が、もう遅い!

 ジメレオンは水の噴出を止めた直後、全ての力を収束させたドサイドンの顔程もある超巨大な水球を作り上げた。そして不敵な笑みを浮かべながら叫んだ!

 

『『みずのはどう』ぉおぉぉ!!!』

 

 俺の声とジメレオンの声が重なったのはほぼ同時。

 ドサイドンの防御よりも速く打ち出された超特大の『みずのはどう』はドサイドンの顔面に直撃した!!!

 

『ドォォぉオォォ!!!』

 

 『みずのはどう』の直撃とともにダイマックスドサイドンの体が爆発する。

 ドサイドンの食らったダメージがついに限界を超過し、内に溜めたダイマックスエネルギーとともに大爆発を起こしたのだった。

 

「あれ、これ……死……」

 

 ダイマックスエネルギーの大爆発に巻き込まれた俺は空の星となった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「アカツキ!」

 

「っう、ぐぐ…」

 

 俺はダイマックスポケモンがやられた時に起きる大爆発に巻き込まれハシノマ原っぱの果てまでジメレオンと飛ばされてしまった。

 何とかジメレオンが最後の力で水の球体を作り、そこに飛び込むことで衝撃から身を守ることができた。ジメレオンは今ボールの中に戻って休息中だ。

 

「バカぁ、アホぉ!」

 

 誰かの声が聞こえたかと思ったらマリィだった。後ろの方から他の四人の声も聞こえてくる。

 

「バトルのためにあんな危なか真似して!ほんとに死んだらどないしよっと!」

 

 マリィが耳元で大きな声を上げるので耳がキーンとなる。心配と説教をない交ぜにした言葉はあまりに正論で胸の奥にザクザクと突き刺さってくる。

 確かに、最後の爆発は予想外だったとはいえとんでもなく危ないことをした自覚がある。今になって恐怖で体が震えてきている、正直『ダイアース』を食らった時は死ぬかと思ったし走馬灯?とかいう奴まで見えたっけ。

 

 

 それでも、何としても勝ちたかったのだ。

 この合宿で何か、明確なナニカが欲しかったんだと思う。

 

「へへ、勝ったぜ。ブイ」

 

 右手でVの形を作り、無理矢理にでも表情筋を動かして笑う。

 へたくそな笑いだろうな、と自分でも思う。頬がぴくぴくと痙攣しているのが自分でもわかるから。

 その顔が可笑しかったのか、それとも思っていたよりも無事そうだったからか。マリィも毒気を抜かれたような表情になり、ぷっと笑いをこらえる。

 

「…言いたかことは山ほどあるよ。でも…」

「うん。勝ったね、ブイ」

 

 俺の作った勝利のVと重なるようにマリィの作ったVが重なる。それでようやく、あの戦いに勝てたのだと実感ができた。

 

 先ほどまでは涙を浮かべていたマリィだが、今は満面の笑みを浮かべている。

 それがこの合宿で得た大きな勲章。その笑顔を目に焼き付けながら、

 

 

 

「マリィ、ごめん…」

 

「え?」

 

「い、今から死ぬ…お休み…」

 

「ちょ、アカツキ!?みんなはよ来て!アカツキが死んだ!」

 

 

 満足するとともに流石に体の限界が来たのか目の前が真っ暗になっていく。

 ぼんやりと沈んでいく思考の中で何故か「どうか財布の中身が半分になりませんように」と祈っていた。

 

 




最初の方に出てきた石の進化が云々というのはただのでっち上げです。
まあ実際石で進化すると新しい技とか覚えなくなるので、成長がカンストしてしまうというのは結構合ってるんじゃないかなと思ってたり思わなかったり。

ダイマックスバンドでポケモンがパワーアップしたのはゲーム再現しようと思った結果です。
マックスレイドバトルでは自分のポケモンが瀕死になった時に『応援』というコマンドが使えるのでそれを採用させていただきました。
が、『ダイウォール』は使えないので実質オリジナルですかね。


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41、再戦 vsカブ

三部作構成になるなんて聞いてない……HFかな?

作者の自己満足が爆発してしまった分文字数量が増えてしまったので分割いたしました。
それではどうぞ!




 

 ダイマックスしたドサイドンを倒した後、俺はアーマーガアタクシーを用いてエンジンシティに帰ってきた。ちなみにジムチャレンジ開催中はこのアーマーガアタクシーが使い放題らしい、ホテルといいローズ委員長が太っ腹すぎる!

 

 

 別れ際、四人には俺の新作カレースパイスを渡しておいた。

 

『離れていてもこの合宿で得た絆は不滅!このカレースパイスは俺と思って使ってくれ!』

 

『今日の夕飯にでも使うか』

 

『ありがとう、大切にさせてもらうよ』

 

『アカツキ君のカレーが食べられなくなるのは残念だったから嬉しいわ!』

 

『モルペコも喜ぶ』

 

 四者四様の反応の仕方にこれでお別れかと思うと少し寂しくなった。

 

『はぁ、んな寂しそうな顔すんなっての』

 

『は? してないし』

 

『…かわいくねぇー』

 

 それでもジムチャレンジを進めていればまた再開する時も近いだろう。

 

『次に会ったらポケモンバトルしようね!』

 

『こちらこそ受けて立つ!』

 

『アタシとポケモンのカラテ、もっとすごくなってるからね!』

 

『オレ様の活躍見とけよ!』

 

『アカツキ、次に会ったらコテンパンやけんね!』

 

 飛んでいく四つのタクシーを見送ったあと、俺は自分のタクシーに乗り込むのだった。

 

 

 

 

「あ!ようやく帰ってきたわね!」

 

「お帰りなさいだぞ、アカツキ!」

 

 エンジンシティの大階段前で出迎えてくれたのはホップとユウリ。二人は既にカブさんを倒して次のジムまで進むことが出来たのだが俺とマリィの再選が終わるまで滞在するつもりらしい。

 

「まあ一応あんたはアタシのライバルだし…ハンデは無しにしといてあげるわ」

 

 この数日間は日程スケジュールの都合で空いた分なのでノーカン、だと言いたいのだろうか?

 いつものユウリなら、

 

『負けたなら自分の責任でしょ、アタシとは大きく差が開いちゃったわね。オホホホー!』

 

 くらい言ってくると思っていたから意外だった。ホップに聞いてみればカブさんに負けた後の俺は自分で思っていたよりも悲惨だったらしく落ち込んでいた俺に気を使ってくれたという。ちなみにそれをぺらぺらと喋った後、ホップはユウリに絞められた。

 

「ゴホン。まあそういう感じだからさっさと勝ちなさいよね」

 

 わざとらしくせき込み、気恥ずかしそうに片目を開けながら言ってくるユウリはなんだか新鮮だった。

 だけど俺を待っていた4日間、それはジムチャレンジでも決して少なくない日数だ。

 

「…随分余裕なんだね、ユウリ」

 

 こちらがわざとらしく言ってみればすぐさまユウリの気恥ずかしそうな表情などどこかになりを潜め、いつもの強気で凶暴な顔に戻る。

 

「ふん!たった数日の日数差なんてすぐに取り返してやるわ!この程度アタシにとってはハンデにもならないもの」

 

 自信満々に言ってのける姿はこれこそがユウリ、といったところだ。やっぱりユウリはこうでなくちゃね。

 

「アンタががもし明日負けても勝つまで滞在してあげるわよ~?」

 

「俺だって負ける気なんてサラサラないよ!明日すぐに出発できる準備を整えておくといいよ」

 

「言ったわね。荷支度整えといてあげるわ」

 

 バチバチと互いの間で火花が散る。ユウリも俺もすっかり調子が戻ったのと少し久しぶりな感じがとても楽しく思えた。ちなみにホップは絞められて死んでいた。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「ふー」

 

 そして当日、昨日までの楽しかった感じは一変し今日は自分も周りもピリピリとしているのがわかる。

 合宿の間は情報を断っていた俺達だが、聞いてみるとどうやらこの4日間新たにカブさんを突破した人がいないというのだ。

 俺達よりも早くに再戦をした者、俺達の後に到着して挑戦した者。その全てがカブさんとポケモンによって返り討ちにされた。

 

「それでも君が何とかしてくれるんじゃないかな~、ボル~♪」

 

「うわ、久しぶりに見た」

 

 ロビーで待機している俺の下に現れたのはジムチャレンジにたびたび現れる謎の生命体、ボールガイ。

 この行動理由不明、正体不明の謎存在はいつの間にかジムチャレンジのマスコットといわれるようになっていた。

 …みんなにはこれが本当にマスコットに見えているのだろうか?

 

「チャンピオン・ダンデが推薦した三人のトレーナー、そのうち二人がカブさんを倒したわけだから残りの君がこの閉塞した状況を何とかしてくれるんじゃないか~と皆期待してるんだボル~♪」

 

 なるほど。観客の人達から期待の視線が注がれていたのはそのためだったのか。

 だが俺が、俺がか…

 

「ぷっ…安心してよ、こんな状況すぐさま変わるからさ」

 

「およ、すっごい自信満々ボルね~。勝つ気満々ボル♪」

 

「いいや、俺じゃないよ」

 

「???」

 

「ほら、状況はすぐに変わるよ」

 

 俺がそういってモニターを指差した瞬間会場内が大歓声に包まれる。この歓声の出どころはスタジアムだ。

 その大歓声にボールガイも驚きスタジアムのバトルが映されている巨大モニターに振り向く。

 

『モルペコ、『ダイサンダー』!』

 

『ウララァァ!!』

 

ゴロロロロォォォォン!!!!

 

『く、『ダイアシッド』!』

 

『ニュアァァァ!』

 

『ッ! そこ、『ダイウォール』!』

 

『ペコォォォ!』

 

 

『ダイマックスがしのがれたか!』

 

『これで終わりにする、『オーラぐるま』!』

 

『それは前回エンニュートの『ほのおのムチ』で防いだ――!』

 

『無駄!『エレキフィールド』で威力が上がっとる!これは、止められんよ!』

 

『うらうら、うらぁぁぁ!』

 

『ニュ―――!』

 

 

 そこにはカブさんを降し、ほのおバッジを掲げているマリィの姿があった。

 

 最後のバトル、まるで昨日のマリィの言葉を思い返すような内容だった。

 ドサイドンとの戦いでも逆転の一手となった『ダイウォール』を使って相手のダイマックスをうまくしのぎ切り、通常のサイズに戻ったところを『ダイサンダー』によって作り出したフィールドを利用して決めるという戦い。

 

 それはダイマックスがポケモンバトルの華だというガラル地方ではあまり浸透しなかったという戦い方だ。

 今のバトルはマリィの目指すというお兄さんのバトルを彷彿とさせた。いつか俺も戦ってみたいな…。

 そして会場の盛り上がりは最高潮、不動のカブさんを破ったということで会場は大盛り上がりだ。

 

 

「…どうやら先を越されちゃったようボルね」

 

「いいや、これからさ」

 

 マリィの勝利を見ると俺にも勇気が湧いてきていた。

 不敵な笑みと意味深な言葉を口にした俺をボールガイのガタイとは不釣り合いなつぶらな瞳が見つめてくる。

 

 

 

 それからバーダン、デネボラさん、マタハリが立て続けにカブさんから勝ち星をもぎ取っていくと会場の盛り上がりはとどまることを知らないとばかりに上昇してった。今までの不動の優勢が一気に傾いていくような事態に会場は大歓声の大盛り上がりを見せていき、その興奮を間近で見たいとさらに会場は賑わっていく。

 

 誰一人簡単に勝ったという風ではなかった。

 カブさんのポケモンとその力はこちらの予想を何度も覆すように激しく攻め立て、熱かりし攻撃は一度食らってしまえば戦闘不能といっても過言ではない熱量を放っていた。

 それでも、

 

 

『ヤジロン、力を解放しろ!』

 

『ジーロー!!!』

『ネ、ネンド―――ル!』

 

『進化かッ!』

 

『これで終わらせる、『だいちのちから』!』

 

『ネーン、ドォォォル!!!』

 

 ダイマックスバンドを持たないバーダンは最後のポケモンに苦しめられた。しかし、対策として用意していたスナヘビが天候を常に張り替えることで善戦。ダイマックスポケモンの攻撃を受け切ったところでヤジロンが試合の最中での進化を果たし、最後の最後で勝利をもぎ取った。

 砂に全てを託し、最後の最後まで勝利を見据えていたヤジロン…じゃなくてネンドールとバーダンが起こした奇跡を引き寄せる勝利だった。

 

 

『…さっきは興奮しちゃってごめんね』

『でももう大丈夫。頭も綺麗に落ち着いた、なのに体はメラメラ燃えてるわ!これもアカツキ君の秘密兵器のおかげね!』

 

『ルチャ…』

 

『ごめんって…でも、昨日の大きいのに比べたらまだ全然いけるでしょ?』

 

『チャッブル!』

 

 デネボラさんは得意とする格闘戦を仕掛けるも炎タイプの『おにび』に苦しめられ、はた目から見てもとても焦っているように見えた。

 それでもあるときから立て直しを始め、ダイマックスしたポケモンを翻弄するルチャブルとのコンビネーションを見せつけた。巨大なダイマックスポケモンを相手取り、華麗に空を飛ぶルチャブルの姿は摩天楼を駆けるヒーローのようであり多くの子供達を湧き上がらせ、そして最後には大歓声をその身に浴びて勝利を収めた。

 

 

『マタハリ君、君はとても強くなった。それでも、僕と僕のポケモンの炎が君達を上回った』

『だけど、まだ君の奥にはまだ炎が灯っているようだね?』

 

『…腐るのはもうやめました』

『オレが勝ち上がるのを待ってる野郎がいるんです。そこにたどり着くまで、何度だって挑み続けるのが男をやるってもんだ!』

 

『良い気合いだ。来い、マタハリ君!』

 

 マタハリは格上の炎使いであるカブさんに終始苦戦を強いられていた。

 一度はその力の差に折れようとしていた。

 だが最後のポケモンが倒れるまで彼は指示を出し続け、ポケモンの勝利を信じて諦めなかった。観客の声は次第に彼の背中を後押しするように大きくなっていき、最後の決め手は、

 

『ガーディ、『きしかいせい』!!』

 

『ガディィィィ!!!』

 

 昨日までは確かに覚えていなかった技だった。その技を最後まで隠し続け、最後の最後で逆転を果たした。

 カブさんのポケモンが倒れ、マタハリのガーディもその場で立つこともできなくなり、審判が勝利を告げた瞬間にマタハリが笑顔で崩れ落ちた。その姿に会場全ての観客が拍手と喝采を送った。

 

 

「どういうことボル?なんでこんな立て続けに?」

 

 いつもは「ボル~~♪」なんてのんきに言っているこのボールガイがその結果に唖然としている。

 今まで多くのジムチャレンジがあってきた、そのたびにこのカブさんのジムは不動の関門として多くの挑戦者の心を折り挫折に追い込んできた場所だというのに何故という顔だ。

 

『――ジムチャレンジャー、アカツキ様。ジムチャレンジャー、アカツキ様。用意が整いましたのでユニフォームに着替え、ロビー中央の入場口までお越しください』

 

 マタハリが勝ちをもぎ取ると、ついに俺のところにまで出番が回ってきた。

 そのアナウンスにロビーにいる多くの観客の人が目線を向けてくる。かつて味わったことのない視線の数に晒されるがこの程度でもはや揺らぐようではない。

 

「じゃあねボールガイ、俺もこの波を大きくしてくるよ」

 

 そういいながらロビーの中央口に足を進めるのだった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 既にジムチャレンジを終えていた俺はすぐさまスタジアムへと続く通路に通される。マリィの試合からここまで早く回ってきたのはそういうカラクリだったのか。

 通路を通っていくとついにスタジアムへの入り口が見えてきた。

 そこに居た。

 

「やあ、三日。いや四日ぶりだったかな」

 

「こんにちは、カブさん」

 

 首にタオルをかけ、もうご年配だということを微塵も感じさせないエネルギッシュなオーラを迸らせるカブさんがそこには居た。

 

「君の前に挑戦しにきた四人から話を聞いたよ」

 

 どうやら他の四人ともこうやって話をしたらしい。

 

「みんなで強くなってきましたからね」

 

「いや、悔しいよ。ジムチャレンジの関門として長きにわたってこの地位を築いてきたというのに、まさか一度にここまで土を付けられてしまうとはね」

 

 口調はいつもとは変わらないように思える。しかし、言葉の節々から負けたことに対しての悔しさや自分への不甲斐なさや怒りなどが伝わってくるようだ。どんなに歳を重ねても、ジムリーダーとしての役割があったとしても、この人はトレーナーなのだということが理解できた。

 

「でもね、それもここで終わりにしようと思う」

 

 カブさんの鋭い視線がこちらを突き刺す。今までのバトルで既にカブさんの気持ちはフルスロットルにまで高まってきている、初めから手加減をするつもりなどさらさらないという気持ちが伝わってくる。

 それでも、俺はこう言い返す。

 

「連続突破記録、俺が更新させますよ」

 

 そういってカブさんの隣から一歩を踏み出す。スタジアムに足を踏み入れれば観客席からの大歓声がワッと洪水のように降り注いできた。

 大きく一歩一歩を踏み出していく俺の横を、小走りのカブさんがするりと追い越していく。

 

「…楽しみだよ」

 

 すっ、といわれたその言葉にはぐつぐつと煮えたぎった激情が込められていた。

 

 

 

『勝負は三対三のシングルバトル、それでは両者ポケモンを!』

 

 

 中央に着いた俺達に審判からのアナウンスが鳴り響く。

 その声に従って、二つのボールが空を舞った。

 

「行け、ウインディ!」

 

「出番だ、パルスワン!」

 

「ヴァオン!」

 

「ワォォォン!」

 

 スタジアムに立つ二匹の獣。

 犬系ポケモン特有の遠吠えを上げながらウインディは威嚇の態勢に入った。

 

「ヴヴヴ、ヴァオオン!」

 

 ウインディの鋭い目がパルスワンを貫く。

 その『いかく』はウインディの体から溢れる圧倒的な上位種のオーラにより効力を高めている。普通のポケモンならばそれだけで腰を抜かして動けなくなっていくだろう。だが、

 

「グルル、ワオォォォン!!」

 

 パルスワンはもう怯えない。

 『いかく』を正面から受け止めながら、それに負けぬと自分の力を誇示するようにと大きく声を上げる。

 

「…どうやら、以前の君とポケモン君ではないということだね」

 

「以前の俺達じゃないこと、すぐにでも証明してみせますよ!」

 

 

『先攻はアカツキ選手から、バトル開始!』

 

 そして長い睨み合いの末、審判によって勝負の火ぶたが切って落とされた。

 

「パルスワン、『スパーク』!」

 

 パルスワンが電撃を纏い、勢いよく突進を仕掛ける。

 

 さあ、どうする?

 以前は攻撃を回避することすらなく『いかく』だけでパルスワンを撃退せしめた。

 

 相手の出方を注意深くうかがう。

 するとカブさんとウインディは全く動いていなかった。先ほど、『いかく』を正面から受け切ったパルスワンの様に不動の姿勢を貫いている。もしかして、ジムリーダーとしてこちらのことを試そうとしているのだろうか?

 

「ワオォォン!」

 

「だったら遠慮なく決めさせてもらう!」

 

 パルスワン渾身の『スパーク』がウインディの巨体を吹き飛ばす。その威力にウインディが苦しそうな顔を浮かべている。

 以前までの俺とパルスワンならここでウインディにダメージを与えただけで安心感と満足な笑みを浮かべていただろう。しかし、パルスワンの嗅覚がウインディの体から漏れる些細な匂いの変化を見逃さなかった。

 

「ガウ!?」

 

 

「ウインディ、」

 

 

 

 

 

 

 

「『もえつきる』」

 

 

 

 

 

 

 その時、目の前に太陽が落ちてきたのではないかと錯覚した。

 

「なっ!?」

 

 ウインディの体から『かえんぐるま』などでは比較にならない豪熱が吹き上がる。技を使う前段階に放出された熱を感じただけで頭の中に警告音が鳴り響いてくる。

 

 そしてその直後360°ありとあらゆる方向に向けて豪炎が吹き荒れる。

 かつて味わったことのないほどの膨大な熱量が解き放たれトレーナーである俺やカブさんのみならず観客席にいる人にまで熱が届いていき、肌を焼いていく。

 

「ぐ、ぐおぉぉぉお!!?」

 

 『もえつきる』、そのすさまじい熱量が周囲一帯を灼熱の世界に塗り替える。その世界はただの人間にはあまりにも過酷すぎる。

 暫くの間フィールド全体がその炎に包まれていた。

 なんとかその灼熱地獄に耐えきる、気がつくと全身から汗が吹き出していた。なんて技だ……今までみてきた技の中でもこれだけの威力と範囲を誇る技はダイマックス技以外には見たことがない。だがそんなことよりも重大なことが目に入ってきた。

 

「パルスワン!」

 

「グ、グル……」

 

 全身に大やけどを負ったパルスワンが後方にいた俺のすぐ近くに転がっていた。炎に包まれていて気がつくことができなかった。

 だがあれほどの攻撃、相手もただではいられないはず…俺の予想は当たっていた。ウインディの体は自らの炎によって余すことなく焼け焦げていた。全身に大やけどを負っているのはウインディも同じだった。

 

 

「『もえつきる』は炎タイプが覚えることのできる最上位技の一つ。炎タイプがその身に持つ炎全てを放出することと引き換えに使うことができる技なんだ」

 

「ッ!そんな技をこんな、開始初っ端に!」

 

「僕は君を試すようなことはもうしないつもりだからね」

 

 ニヤッと笑うカブさん。

 つまり、最初に動かなかったところまでカブさんの予定通りということだったのだ。見通しが甘かったことをつきつけられる。

 カブさんは俺の出鼻を確実に挫き、後続への繋ぎすら破壊するために初手で最大のカードを切ったということだ。

 

 こんな戦い方は未だかつて見たこともなく、今の俺では真似することもできないだろう。

 

 

 

 

 だが、そんな歴戦の猛者であるカブさんの見通しも甘かったのだと直後に見せつけられる。

 

「ッ!パルスワン君が立ち上がった!?」

 

 全身に大やけどを食らい、脚をブルブルと震わせながらもパルスワンはその四本の脚で地を踏みつけ立ち上がった。

 

「ウインディの『もえつきる』をあの至近距離で喰らって耐えきったというのか!」

 

「生身のパルスワンが今の『もえつきる』を喰らっていたらとても無事ではすみませんでした…」

「でもパルスワンは咄嗟に『スパーク』で纏っていた電撃の量を増やして攻撃を防いだんです!」

 

 パルスワンが攻撃を察知できたところで、あの至近距離では回避にも防御にも移ることはできなかった。

 なればこそ攻撃は最大の防御ともいうべきか、攻撃中の『スパーク』がショートするほどの電撃を無理矢理体からひねり出し豪炎を防御したのだ。

 

「ウインディの『もえつきる』と同じです。全身から電撃を出す『スパーク』の原理を利用してすべての電撃を放出してダメージを弱めたんです!」

 

「ふ、ふふ。まさかこの攻撃が防がれるとは思っていなかったよ!」

 

 カブさんが大きな声で感服だと声を上げる。

 

「この戦法はかつてのチャンピオンにすらひと泡を更かせたことがあるというのに。本当に君とポケモン君の才能には驚かされるばかりだ!」

 

 そんな歴史がある戦法だとは思わなかった。

 二体のポケモンは大きなダメージを体に残しながら起き上がり互いの敵を睨み付ける。

 

「パルスワン、まだいけるか!」

 

「ワオン!」

 

「ウインディ、まだいけるね!」

 

「ヴァオン!」

 

 

『『かみつく』!!!』

 

 

 炎と電気を絞りつくした二匹の戦いは、ついに近接戦へと移行した。

 

 互いに自慢の脚力と強靭なあごの力をフルに活かした高速なバトルが始まる。お互いの牙が毛皮を削ぎ、爪が切り裂き、体のいたる所に無数の裂傷をつけていく。

 そしてその均衡を崩したのはこちら、

 

「ワオォン!!」

 

「ヴァ、オン!!?」

 

 パルスワンの『がんじょうあご』から放たれた強力な『かみつく』がウインディの脚を捉える。

 攻撃が当たった瞬間ウインディの脚からバギッ!という音が響き渡り、パルスワンの『かみつく』がどれほどのダメージなのかを容易に連想させた。

 

 片足がつぶされたウインディはその場で倒れ込み、パルスワンは反撃を警戒してすぐさま離脱する。

 だが脚が一つ潰されたことで、もはやウインディの不利は必至!

 

「畳み掛けろ、『かみつく』!」

 

「ワオォォン!」

 

 片足がつぶされたウインディの周りをぐるぐると駆け回って翻弄し、ウインディの死角に入ったところでその首にめがけて噛みついた。

 

「ヴゥ…!」

 

 首元に噛みつかれたウインディはそのあまりの威力に苦痛で顔を大きくゆがませる。

 このまま戦闘不能にまで持ち込んでやる!

 

 

「ウインディ、『いかく』だ!」

 

 

 カブさんが指示したのは、バトルの最初にパルスワンが打ち破った『いかく』。

 アーマーガアとの対決を乗り越え、強者からの威圧に対して高い耐性を身に付けたパルスワンにその手は二度喰らわないはずだ。

 

 特に今のウインディは炎技を失い、そして脚を一つ失った状態だ。

 相手への威圧という点で見れば、最初の威嚇に比べればその効力は大きく落ちているはずだった。

 

 しかし、多くを失った上位種から向けられたむき出しの敵意。それがパルスワンの意識とは無関係に体の力を縛り、束縛する。

 『かみつく』の力が不意に弱まったことでウインディは首を大きく振るい、パルスワンの体を空へと投げ飛ばす。

 体に力が入らないまま落下を始めたパルスワン、その無防備な体へ向けて放たれた強力な技が終わりをもたらした。

 

「ウインディ、『きしかいせい』!」

 

「ヴァオオン!」

 

 マタハリのガーディも使った最後の大技。食らったダメージを力に変換し、勝敗を覆させるほど強力な一撃。

 それによりウインディの傷ついた体が光り輝き、そこから放たれた流星のような体当たりが落下するパルスワンの体を貫いた。

 

 

「パルスワン!」

 

 

『パルスワン、戦闘不能。ウインディの勝ち!!』

 

 

 審判によりパルスワンの戦闘不能が言い渡される。

 一体目から思いもよらない波乱の展開。最大のバトルが幕を開けた。

 

 



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42、譲れぬ戦い vs炎の関門・カブ

三部作構成の二作目です。
『41、再戦 vsカブ』を見ていない方はそちらから見ることをお勧めいたします。


 

 

 パルスワンが倒されたことによってついに試合が動く。

 

『うおおおぉぉおぉぉ!!!』

 

 一手目に放たれた『もえつきる』による攻撃の波動が観客の恐怖心をあおらせ、今まで大きな歓声が上がることが無かった。

 しかし、パルスワン倒れたこと、序盤から思いもよらない波乱と怒涛の展開、それを見守っていた観客の興奮が爆発し大歓声がスタジアムを包む。

 

「戻ってくれパルスワン」

 

「ァォン…」

 

 ボールに戻る際パルスワンの言葉にならない声が聞こえた。あれだけの特訓を乗り越えたというのにウインディを倒せなかったという悲痛な叫びだ。

 

「お前の仇は仲間が必ず取ってくれる、だからしっかり休んでおいてくれ」

 

 ボールに戻したパルスワンにそういうとコロンと手の中で転がった。

 そのパルスワンのボールを腰に戻してから次のボールを手に持つ。

 

「見事な戦いでした」

 

「それはこちらの台詞だよ、僕としては初めの『もえつきる』でパルスワンを倒そうと考えていたんだけどね。予想以上の戦いを強いられてしまったよ」

 

「倒せなかったのは悔しいですけどね。それでも、まだ負けたわけじゃないですよ!」

 

 パルスワンの分の悔しさを乗せてボールを強く握る。そのボールを力の限り投げ飛ばす。

 

「任せた、ロコン!」

 

『おまたせ!』

 

「…次はロコンか」

 

 ボールから勢いよく飛び出したのはロコン。

 その首元には赤く、よく使いこまれた跡のある古いスカーフが巻きつけられていた。

 ロコンの最終試合となる今回の戦い、今までは痛んだりすることが無いように大切に保管していたがロコンの最後の舞台ということで巻いてきたのだ。

 

「格好いいぞロコン!」

 

『気合全開!見ててねリーダー!』

 

 ロコンも憧れのリーダーのスカーフを巻いていつも以上に気合を入れこんできた。

 その様子を見ていたカブさんがふっと笑う。どうやら俺達の気迫が伝わったようだ。

 

「さあ行くぞ、『やきつくす』!」

 

「コォォォォ、オン!」

『くらえ!』

 

 ロコンの口から大きな炎が吐かれる。

 ロコンのやる気と連動しているかのように燃え上がる炎はまっすぐと飛んでいきウインディの体を焼き尽くす。

 

「くっ、ウインディ!」

 

「さっきパルスワンを戻した時に調べました。『もえつきる』を使った後、そのポケモンは炎タイプを失うんでしたよね!」

 

 『もえつきる』は正真正銘体の中の全ての炎を消費する技。この技は強力な威力の反面、使った後は炎技が使えなくなるどころかタイプすら失ってしまうかなりハイリスクな技だった。

 そしてウインディは純粋な炎タイプのポケモン、そのウィンディが炎タイプを失うということは今のウインディにはタイプ相性というものが存在しない。

 

「つまり、こっちは自慢の炎技をいくらでも使えるってことだ!」

「とどめの『おにび』!」

 

 先のパルスワンとの試合で重要な脚という部位を大きく負傷したウインディに遠距離から一方的に放たれる攻撃を防ぐ術はない。

 

 『やきつくす』の炎に苦しむウインディにさらなる炎が追い打ちをかける。

 ウインディの周囲を埋め尽くすほどに作り出された『おにび』、その一斉投下の大爆発を受けたウインディは爆発の中心地で目を回して倒れていた。

 

「ヴァ、ヴァゥゥ……」

 

「ウインディ…」

 

 

『ウインディ戦闘不能。ロコンの勝ち!』

 

『うおぉぉおぉぉぉ!!!』

 

 再び戦況は覆った。

 先ほどまでパルスワンと熱い死闘を繰り広げていたウィンディがなすすべもなくロコンに敗退した。小さな体のロコンがどれほどの力を持っているのかということをこれでもかと見せつけ観客の盛り上がりをさらに大きくさせていく。

 

 

「戻ってくれ、ウインディ」

 

 戦闘不能になったウインディをボールに戻す。

 カブさんは次のボールを取り出す…ことはなくロコンに目を向けると興味深そうな目で見てくる。

 

「ロコン君は以前より大きく成長したようだね」

 

「…わかるんですか?」

 

「これでも炎タイプを専門にしているからね。それに、この子も元はロコンだったからね」

 

 そういって腰のボールを取り出す。

 ロコンはボールの中からでも感じる同族の気配を感じ取ると先ほど以上に警戒心を強める。あの中にいるポケモンとは、

 

「頼んだ、キュウコン!」

 

「…キュ、コン」

 

 ボールの中からとても落ち着いた表情の美しいポケモンが現れる。

 そのポケモンが立ち上がるとそれにともなって九本の美しい尻尾も立ち上がる。ロコンも対抗しようと六本の尻尾を立てて対抗心を燃やす。

 またしても実現したロコンとキュウコンによる進化前と進化後によるドリームマッチ。

 

 ぬいぐるみの様に愛らしい外見にボロボロのスカーフが巻かれることで、勇敢さを増したロコン。

 美しい工芸品のような尻尾を携え、進化後のポケモンとしての風格を持ち合わせたキュウコン。

 この人目を引く対決は会場の熱気と興奮をさらに高めていく。

 

「こいつは大きな覚悟を決めました。以前のロコンだと思うと痛い目を見ますよ!」

 

「こちらも前回すべてを見せたつもりはない。受け切ってみせてくれ!」

 

 

「「『じんつうりき』!!!!」」

 

 

『うおおおお!!!』

 

「キュゥ……コォオォン!」

 

 両者の体から青白い光が立ち上る。

 その力は普通の人には見ることも感じることもできない不可視の力。だがその力は岩を砕き、天を裂く力を持つ。

 

 両者の力が衝突しあうと何もないはずの空間に軋みが生じる。遅れて会場中に何かが衝突したようなすさまじい風が吹き荒れる。

 前回はキュウコンとの圧倒的な力の差により敗北してしまった『じんつうりき』だが、今は互いに譲らぬ攻防を繰り広げている。合宿での特訓とロコンの気持ちと自信の充実、それが彼の神通力の制御を飛躍的に上昇させたのだ。

 

「この短い期間でこれほどの上達をするとは。若い才能というのは末恐ろしい!」

 

 二つの力がせめぎ合いその力の圧がトレーナーをも押し退けようとしてくる。カブさんも俺も腰に力を込め両腕で顔を守るようにしているがそれもいつまで保つことか!

 すると片腕で衝撃から顔を守っていたカブさんの口角がにやりと上がる。

 

「嬉しいよ若者。これだからポケモンバトルはやめられない!」

 

「な、なにを!」

 

「キュウコン、フルパワーだ!」

 

「キュウウウウ、、、コン!!!」

 

 カブさんの嬉しそうな声とともにキュウコンから放たれていた力の圧が増幅する。

 その力の圧は、明らかにロコンを上回っている!

 

「ロコン!」

 

「ッ…コン!」

『ぐぐっ、これは…まず――!』

 

「吹き飛ばせ!」

 

 真の力を解放したキュウコンの『じんつうりき』がロコンの『じんつうりき』を正面から粉砕する。 

 『じんつうりき』が力づくで破られた反動と、敵の『じんつうりき』による衝撃がダブルでロコンを襲う。小さな体が吹き飛ばされてくる。

 以前よりは健闘できたがそれでもやはり力の差は大きいみたいだ。

 

 かなりのダメージを食らい震えながらもロコンは立ちあがる。その震えはダメージによるものか、それとも精神的なものか…

 

『これくらい平気、へっちゃら!』

 

 その震えを吹き飛ばすように力強くロコンは叫ぶ。そうだ、こいつは大きく成長した。その成長を見せてやる。

 

「ロコン、『スイープビンタ』!」

 

「神通力対決で負けたからといって近接勝負に切り替えたか。だが甘い!」

 

 カブさんの声とともにキュウコンは九本の尻尾を自在に操り始める。

 ロコンの振るう六本の尻尾が果敢にキュウコンを攻め立てるが、九本の尻尾はその攻撃を完全に受け止めていく。

 まるで遊ばれている。相手の方が尻尾を使った攻防では何歩も先を行っているのは明白だった。

 

「数も制御も相手が上か!」

 

「さあキュウコン、君の力を見せてやれ!」

 

 カブさんの声とともにキュウコンの持つ九本の尻尾の内、六本が勢いよく飛び出す。それらは巻き付くようにロコンの六本の尻尾を押さえつけると、完全に拘束してしまった。

 そして、キュウコンにはまだ三本の尻尾が残されている!

 

「お返しだ!」

 

 キュウコンの三本の尻尾は、ロコンの放つ『スイープビンタ』よりも速く鋭い一撃となってロコンの体を強打していく。

 

『ぐっ、ぐうう!』

 

 一撃一撃が重い音となりロコンの体を打ち付ける。ロコンも身じろぎをするが六本の尻尾はびくともせず、三本の尻尾が攻撃を続けていく。

 キュウコンも自慢の尻尾の扱いに得意げな顔だ。

 

 

 だが、

 

『うおぉぉ!』

 

 ただただ攻撃にさらされると思われたロコンの体から神通力特有の青白い光が湧き上がり始める。

 キュウコンは至近距離で攻撃を食らうのはまずい、と判断し拘束を一層強めることで神通力の制御を崩しにかかる。

 

『へへん、そう上手くいくもんか!』

 

 だがロコンは『じんつうりき』を敵にぶつけるのではなく、身に纏った。

 

 ロコンの体に『じんつうりき』のパワーが宿り、小さな体からは想像もできないであろう万力の力を発揮する。そしてその力をフルに使い、キュウコンの拘束を力づくで破りさる。

 その圧倒的な筋肉パワーを同族だからこそ理解ができない、とキュウコンの表情が語っている。

 

「そのまま『スイープビンタ』だ!」

 

 二匹に距離はもはや存在しない。

 キュウコンに拘束され一方的に責め苦を受けていた先ほどから一転して、ロコンが攻勢に入る。

 

「キュウコン、ガードするんだ!」

 

 カブさんもキュウコンに指示をとばす。

 だが『じんつうりき』を纏ったロコンの『スイープビンタ』は「暴風」の一言に尽きる。

 

 先ほどまでは速度、パワー、尻尾の制御、数。全てにおいてキュウコンがこちらを上回っていた。

 

 しかし、『じんつうりき』によって強化されたロコンの攻撃は速度とパワーの面でキュウコンを大幅に追い抜かし、圧倒的な暴力となって襲い掛かっている。

 

 先ほどまで悠々と受け止めていたはずの攻撃は、一撃一撃がキュウコンの尻尾にビリビリとした痛みと鈍痛による強力な痺れを残していく。

 

 その痺れがキュウコンの動きを鈍らせ、制御の巧みさと数では攻撃を捌ききれなくなっていく。

 

「キュ…!」

 

『ッ、そこ!』

 

 そしてついにロコンの『スイープビンタ』がキュウコンの体に大きな一撃を入れる。

 予想以上の威力にキュウコンの態勢は大きく崩れ、そこからキュウコンの防衛は瓦解していく。

 崩れた体勢で使えなくなった二本の尻尾が数の優位を無くし、ロコンの攻撃が一発、さらにもう一発と連撃となり叩きこまれていく。

 

 こうなってしまってはもはやロコンの攻撃は止まらない。

 キュウコンにはどんどんと攻撃による負傷が増えていき、迫りくる攻撃は冷静な思考を奪っていく。苦しい顔をしたキュウコンは防戦一方となりこちらの独壇場となっていく。

 

 

「いけ、そのまま倒すんだ!」

 

 

 ロコンも俺もキュウコンをあと一歩で倒せると想い、思考がどんどんと過熱していく。歓声が心地よく、前回のリベンジマッチとばかりに苛烈な攻撃を加えていくロコンの姿に会場中から声援が送られていく。

 興奮は体の痛みを遠ざけ、ロコンは『じんつうりき』による体への反動も怖くないとばかりにさらなる攻撃を加えていく。

 

 

 

 果たして、追い詰められて思考が鈍くなっていたのはどちらだったのか。

 キュウコンはとっくに防御の態勢を元に戻していたというのに、防御に回した尻尾の数が七本のままなのはどうしてだったのか。

 

 

 

「…そこだ、捕まえろ!」

 

「キュウウウ!」

 

 スタジアムの地面を突き抜け、二本の美しい尻尾がロコンの体を絡め取る。

 

『な!?なんでこんなところから!?』

 

 尻尾は体全身ががんじがらめにしロコンを完全にとらえてしまう。

 

『このくらいすぐにでも…!』

 

『…甘いですね』

 

「な!?」

 

 今まで聞こえていたロコンの声に重なり別の声が頭に響く。この感じ、ロコンが使う神通力による念話!

 この場でそんなことができる存在はロコンを抜いてただ一匹。

 

『発想は素晴らしい。ですがまだ色々と甘い技です』

 

「まさか、キュウコンの声?」

 

『その通りです、チャレンジャー』

 

 キュウコンは首を縦に振り同意を示す。

 今まで聞こえていた鳴き声ではなくはっきりとした言葉として彼女の声が頭に響いてくる。

 

『なんのこれ………し…き。あ、あれ?力が?』

 

『君が体にかけていた『じんつうりき』は解除させてもらいましたよ』

 

『えぇ!?』

 

「そんな!?」

 

「キュウコンはロコン君よりも長く深く神通力に精通している。今のロコン君の神通力くらい自力で解除させるくらいわけはないさ」

 

 カブさんが自信満々にそう言ってのける。

 腕を組み、鼻から荒い息を吹き出して自信満々の様子だ。

 

『……はぁ、どうして貴方がそんなに胸を張っているんですか』

 

「よく一緒に修行をしたじゃないか。トレーナーとして君の成長ほど嬉しいことも無いよ」

 

『……ふん、いつになっても変わらない主だこと』

 

 口を尖らせたのもつかの間、カブさんの満面の笑みを受けてぷいと顔を逸らすキュウコン。

 ツンデレだ。

 

「って、そんなことを考えている場合じゃない。脱出するんだ!」

 

『む、無理だよ。さっきから何度も使おうとしてるのにうまくできないんだ!』

 

 拘束されたロコンはキュウコンに神通力の制御を乱されてしまい、うまく神通力が扱えなくなってしまったらしい。

 

『無理に使えばおそらく爆発、ですかね』

 

「爆発!?」

 

 無理に使えば爆発すると言われた。そんなの封じられたのと変わらないじゃないか!

 さらに畳み掛けるようにして、遅れてやってきた反動がロコンの体を蝕む。

 

『くっ、がああああ!』

 

『もう十分頑張ったでしょう、お眠りなさい』

 

 『じんつうりき』による反動に加えてギリギリと締め付けるキュウコンの尻尾がロコンの気力と体力を削っていく。

 

『こんな、ところで負けていられないのに!』

 

『これが力の差というものです。またの挑戦、期待して待っていますよ』

 

 キュウコンの優しげな声とは裏腹に、さらにきつく縛り上げられていくロコン。

 そして、

 

「ロコン!」

 

 ついにロコンの体がだらんと力なくぶら下がる。トレーナーとしてわかってしまった、ロコンの意識が途切れてしまったことが。

 

 

『うおおおぉおおぉぉお!!!』

 

 逆転による逆転に会場がさらに盛り上がっていく。

 進化後のキュウコンが力の差を見せつけ、さらにその後ロコンが未知なる技で戦況を逆転させる。しかし、それでもなおキュウコンとジムリーダーがロコンとチャレンジャーの上を行った。観客として見ていればこれほど盛り上がるバトルもそうはないだろう。

 

 それでも、先ほどまで耳に入ってきていたロコンコールがいつの間にかキュウコンコールに早変わりしているのはなんだかすごく悔しい。

 

「そういうものだ、若者」

 

 カブさんが人生の先輩として語り掛けてくる。

 きっとカブさんもこういったことをなんども経験し乗り越えてきたのだろう、声に実感が積もっている。

 

『現在、ロコンの状態を確認しております』

 

 そして審判がロコンの映像を疑り深く観察している。

 キュウコンの2本の尻尾に絡め取られ、だらんと釣り下がるロコン。俯いた彼の表情が首に巻いたスカーフでよく確認できていないようだ。

 ロトムドローンが近くにまで近づきそのスカーフを退かそうと頭のとんがりをひっかける。

 

 

『ッ! だめ!』

 

「ロ、ロト!?」

 

 すると気を失っていたはずのロコンがスカーフを触られたことによって気を取り戻す。

 その表情は大切な宝物を取られそうになって必死で覚醒した、という危機の迫り方だった。

 

『なんと、まだ意識があったのですか』

 

『ロコン、戦闘継続です!』

 

 意識のあるうちはバトルは終わらない。ロコンが復活したことで審判からバトル継続の宣言がされる。

 それでも現状は何も変わらない。少しばかり戦闘不能が遅くなっただけだ。

 

『ぐぎぎ…負けられない!』

 

 ロコンは諦めず必死に力を込めるが拘束は緩まない。

 この状況を打開できるのはきっと俺だけだ。トレーナーとしてこの状況を打破するにはどんな指示を出せばいいい?

 『やきつくす』と『おにび』は効かない、『スイープビンタ』は通用しない、『じんつうりき』は制御を乱されて使うと暴発してしまう。

 詰み、かと思いかけた。

 

 あれ?『じんつうりき』は使ったら暴発させられるだけで使えないわけではないのでは?

 いや、だが、それはどうなんだろうか……ロコンは既に戦闘不能ギリギリであり暴発して爆発なんて食らったら耐えられないだろう。それにトレーナーとしてさすがにそんな指示を出すわけには……

 

『アカツキさん!何か思いついたの!?』

 

 ロコンが嬉しそうな顔をする。

 そいえばロコンの心と繋がっているこの状態では思考が筒抜けになるのだった。俺が考えていたことが全てではないにせよロコンに伝わってしまい彼に希望を持たせてしまったらしい。

 

『ボク、このバトルに絶対に勝ちたいんだ!』

『だから、この勝負だけ!ボクに!ありったけを出させて!』

 

 ギリギリと締め付けられ苦しそうな顔をするロコン。

 念話を介してロコンの言葉、気持ち、覚悟、すべてが本当だと伝わってくる。

 

『それにアカツキさんの指示だったら絶対後悔なんてしない』

『だって今までもそうやってボク達は助けられてきたから!』

 

 叫ぶ。

 

『…おしまいです。このまま倒れてしまいなさい』

 

 キュウコンが縛ったままのロコンを頭から地面に振り下ろす。

 もう躊躇している時間はない。

 最後に、ロコンの眼を見るとどこまでもこちらを信じている眼だった。

 

「ッ!ロコン、『じんつうりき』だ!」

 

『まっかせろぉい!!!』

 

『!?』

 

 キュウコンの顔が驚愕に染まる。先ほど神通力が使えないぞ、といったばかりだというのになんて無謀な奴だという顔だ。

 そして『じんつうりき』を発動させるため体から青白い光を出し始めるロコン。だが、当然のように制御を阻害されてしまい光は不規則に揺れ始める。

 

『アカツキさん!これからどうするの!?』

 

「爆発」

 

『え?』

 

「爆発」

 

ドッカアアアアン! 

 

 キュウコンの忠告の通り『じんつうりき』は暴発し、爆発した。

 

「なあっ!?」

 

『ぐうううう!』

 

 ロコンを縛り付けていたキュウコンの尻尾ごと自爆を引き起こしたことでキュウコンに大きなダメージが入る。まさか相手が自爆してくるとは思わず、カブさんもキュウコンも驚愕の表情をしている。

 その後、爆発の煙の中から何か小さなものがくるくる回転しながら飛んでくる。よく見れば、それは爆発により拘束から脱出をしたロコンでありスタッ!と綺麗に着地する。

 

『し、死ぬかと思った!』

 

「ロコン、俺も嫌だったんだ。でもお前がやるって言うから…」

 

『ボ、ボクのせいにするの!?』

 

 ロコンが信じられないものを見たというような目で見てくる。先ほどまで絶対の信頼を置いていた眼の中にほんのり不信の影がちらついた。

 

「さあ、反撃と行こうか!」

 

『…そうだね』

 

 ロコンが拘束から抜け出したことでようやくバトルに戻ることができた。

 しかしロコンも既に満身創痍。一度は戦闘不能になりかけ今の爆発で大きなダメージも負った、もはや後一撃で終わってしまう体力なのは明らかだ。

 それでも勝機を見出すとすれば、

 

「――――っていう作戦だけど、どうだ?」

 

『……うん。少し怖いけど、リーダーならきっとそうするよ』

 

「じゃあ、頼んだぞ」

 

「うん!!」

 

 ロコンと最後の作戦会議を終えキュウコンを見据える。

 キュウコンも今までのバトルでかなりのダメージを負ってもうフラフラなはずだ。この作戦を通すことができればきっと倒せるだろう。

 

「作戦はまとまったようだね」

 

「…はい!」

 

 不敵に笑う笑みは、こちらのことなどお見通しということだろう。

 

「だからこそ!乗り越えてみせる!」

 

『うおおおお!!!』

 

 ロコンが再び『じんつうりき』を捻出する。体への負担を考えてもおそらくこれを終えた後に待つのは確実な戦闘不能だろう。だが、ロコンはそれを受け入れた。ならば、俺に出来ることは最高のタイミングで指示を出す。それだけだ!

 

「いけ!」

 

「その手はもう食らわない!」

 

『はあああああ!!』

 

 キュウコンへと突撃を始めるロコン。

 そしてキュウコンの方はというとロコンの最後の攻撃を受け切るためか防御の態勢を取る。

 

 キュウコンの姿。それはまるで花の蕾だった。

 九本の尻尾がキュウコンの体を包み込み、アイアント一匹通さない防壁を作り上げる。これでロコンの攻撃を受け切ろうという算段なのか。

 

「受けて立つ、いけえ!」

 

『うおおおおお!!!』

 

 ロコンは捻出した『じんつうりき』を全て尻尾に集め、全身全霊を込めた一撃を放つため大きく跳躍をする。

 跳躍して生まれた落下のエネルギーと六本全ての尻尾の力を束ねたエネルギーを合わせながらキュウコンに迫っていく。

 

 

「そう来ると思っていたよ!」

 

 すると今まで完全に防御の姿勢を整えていたキュウコンの尻尾がガバァッ!と開く。それはまるで虫を誘い込み食すという食虫植物のような姿だ。

 

「君達ならこうして防御の姿勢をとれば真っ向から挑んでくると思っていた!」

 

 カブさんは嬉しそうに叫ぶ。

 開いた九本の尻尾は先端を尖らせると、空中で身動きの取れないロコンに向けて殺到していく。

 

 一本目の尻尾がロコンの顔をかすめスカーフをはぎ取っていく。さらに二本目三本目がすぐそこまで迫って来ており絶対絶命なのは明らかだった。

 

 

 

「今だ!」

 

 そして俺の掛け声とともにロコンが力を解放する。

 集めていた『じんつうりき』の力は彼の身体能力を向上させる、のではなく空に舞ったスカーフを掴み取る。

 

「なに!?」

 

 見当違いの力の使い方にカブさんが目を丸くする。

 ロコンは掴んだスカーフを動かし、最初に顔をかすめた一本目の尻尾に巻き付かせる。

 

『なにを!?』

 

「それに掴まれ! 尻尾スライダーだ!」

 

『了解! ヤッホー!』

 

 尻尾に巻き付いたスカーフ。

 それはまるで滑車のように尻尾の上をスライドしていきロコンの首のすぐ近く、今まさにスカーフをえぐり取った一本目の尻尾に沿って滑り降りてくる。それをつり革の様に掴み、ロコンは尻尾の方向に沿って空中で方向を転換させる。

 ロコンぼ動きが変わったことで残りの八本の尻尾全てが空かされてしまう。

 

 もはや行く手を阻む障害物は何もない。

 列車のつり革にぶら下がるようにして滑り降りていくロコンが向かう先は尻尾の終着駅、キュウコン本体。

 

「とどめだ!」

 

『くらえええええ!!!』

 

 今度こそ、正真正銘すべての力を注ぎ込んだ尻尾がキュウコンに向けて振り下ろされる。

 顔面に振り下ろされた尻尾の一撃はその衝撃を余すことなく伝え、脳天から地面までを一直線に貫き、

 

 

 

『……見事』

 

 

 

 キュウコンにとどめを刺した。

 

 

『キュウコン戦闘不能。ロコンの勝ち!』

 

 

『うおおぉぉおぉぉぉおおぉおお!!!!!』

 

 キュウコンが倒れ、審判の裁決が下される。

 逆転につぐ逆転、それをさらに覆す逆転劇。二転三転と転がる勝敗に会場中が湧き上がる。

 ロコンという進化前のポケモンがキュウコンという進化後のポケモンを下した。それもジムリーダーの操るポケモンを。

 

 

『ロコン!ロコン!ロコン!ロコン!』

 

 

 会場を埋め尽くすほどのロコンコール。

 ジャイアントキリングを成し遂げた若き勇者にあふれんばかりの歓声が送られていく。

 

「コン、コォォォン!!」

『えへへ、やったぜ!!』

 

 その歓声に応えるようにしてひとしきり大きく泣き声を上げた後、満足しながらロコンは気を失ったのであった。

 

 




ロコンとキュウコンの戦いだけで9000字行くとは思いもよらなかった。
有終の美を飾ろうとしたら書きたいことが湧き上がり過ぎてしまいました。


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43、決着 vs炎の漢・カブ

三部作構成の三部作目です。
先に『41、再戦 vsカブ』と『42、譲れぬ戦い vs炎の関門・カブ』を読むことを推奨いたします。


 

 キュウコンを打ち倒し、立ったまま気を失ったロコン。

 その顔を見れば満足のいく結果となったのは明白であった。

 

「……よく頑張ったな、ロコン」

 

 俺は涙をこらえながらキュウコンの尻尾に巻き付いたままのスカーフをほどき、それを首と腕どちらに巻くか迷った末に腕に巻き付ける。首じゃあ苦しいかもしれないもんな…

 

パチパチパチ

 

 その光景を見ていたカブさんが小さくロコンに拍手を送ってくれた。

 

「とてもいいバトルだった」

 

「いえ、こちらこそです」

 

 キュウコンの力はロコンの何歩も先を行っていた。再び戦ったところで勝てるビジョンが見えないほどには。

 それでも今回勝てたのはロコンの気迫と秘策であった『神通力・纏い』のおかげだろう。

 

「これはぼくもキュウコンもきつめの特訓が必要かもしれないな」

 

「……後から来るチャレンジャーが勝てなくなっちゃいますよ」

 

 それを聞いたカブさんが

 そうか…(´・ω・`)とショボンとしている。これ以上カブさんが特訓を重ねたら本当にチャレンジャーでは勝てなくなりそうだ。

 

 カブさんがキュウコンを労わっている間に俺は審判にロコンの戦闘続行不可能の通達をする。

 

『えー、いまアカツキ選手よりロコンの戦闘続行不可の通達が入りました。これによりジムリーダーカブとチャレンジャーアカツキの残りポケモンは一対一となります』

 

 その通達に会場中から残念そうな声が上がる、きっと観客の人たちもロコンの活躍をもっと見たかったのだろう。

 だがロコンは既に限界であり、その上このジムチャレンジに大きな足跡を残すことができた。これ以上を求めるのは野暮というものだろう。

 

 

 そして両者が元の場所に戻る。

 ヒリつく空気がカブさんとの間に走っていくのがわかる。

 

「ふー、よし!」

 

 頬を大きく叩いて気持ちを切り替える。どう転んでもこれが最後の勝負、ポケモン達の頑張りに報いるためにも負けるわけにはいかない!

 最後のボールを握り締めカブさんに向かって啖呵を切る。

 

「貴方に勝って俺は次のジムに進んで見せる!」

 

「そうやって真正面から啖呵を切られてしまうと、ぼくとしても引くわけにはいかないな」

「ああそうだ、カブよ頭を燃やせ!動かせ!勝つための道筋を探し当てるんだ!」

 

 カブさんが腰からボールを引き抜く。

 共に握りしめたボールに力が入りギリギリという音を上げている。これが本当に最後の勝負、絶対に負けられない!

 

「任せた、ジメレオン!」

 

「レオオオン!」

 

 俺の投げたボールからは出会った時から変わらぬ頼もしさを持つジメレオンが。

 

 

「いけ、マルヤクデ!」

 

「ヤクックック!」

 

 そしてカブさんのモンスターボールからは見たことのないポケモンが現れた。今まで見てきたジム戦では出てきていなかったポケモンだ。

 長く平べったい体、沢山の脚と口から噴き出す炎。どこかで見たことのある感じだと思った、恐らくはジムチャレンジで捕まえたヤクデの進化系だろう。

 ポケモン図鑑で確認してみるとドンピシャだった。はつねつポケモン、マルヤクデ。ヤクデの進化系だった。

 

 両者のポケモンが出そろいこのジムチャレンジで初めて姿を現したマルヤクデに観客も盛り上がる。

 

「このマルヤクデはもっと後の試合で出そうと思っていたのだけどね。君という最高のトレーナーに勝つ道筋はこれだけだと判断したんだ」

 

 光栄だ。俺なんかに全力を出してくれるなんて。

 

「だけど負けるわけにはいかない!」

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

 ポケモンが出揃えば何を言わずともバトルは開始する。

 ジメレオンの両手から瞬時に二発の『みずでっぽう』が作り出されると、それをマルヤクデに向かって投げつける。『みずでっぽう』は『みずのはどう』よりも素早く作り出せるので先手を取るにはもってこいな技だ。

 

 ジメレオンの投げ出した『みずでっぽう』が二つすごい速度でマルヤクデへと向かっていく。当たれば効果は抜群だ!

 

「マルヤクデ、『とぐろをまく』だ!」

 

「ヤク、ヤーククク!!」

 

 するとマルヤクデが自身の長く平べったい体をぐるぐると巻き上げていき、何かに巻き付くかのような形をとる。

 空洞を作りながらとぐろを巻いたマルヤクデはその空洞を利用して器用に『みずでっぽう』を躱していく。ギチギチと巻いたとぐろがキツくなるにつれてマルヤクデの体は密度を高めるように太くなっていく。

 

「『とぐろをまく』は攻撃力、防御力、そして命中力を一度に高める技だ」

「そのまま、『かえんぐるま』!」

 

「ククッッククク!!!」

 

 『とぐろをまく』によって身体能力を大幅に上げたマルヤクデが、とぐろを巻いたまま火炎を纏う。 

 そして巻いたとぐろを一気に開放することでバネのような跳躍力を生み出したマルヤクデは火炎を身に纏ったままジメレオンに大きく体当たりをぶつける。

 

「ジメメメッ!!!」

 

 『かえんぐるま』を交差した両腕でガードするジメレオン。相性ならばこちらが有利なはずだったが『とぐろをまく』による攻撃力上昇とバネによって生み出された跳躍力が合わさった『かえんぐるま』がジメレオンの体を大きく吹き飛ばす。

 押し負けたジメレオンが後方に吹き飛んでいき一度地面に横たわる。

 

「だったらジメレオン、『なみだめ』だ!」

 

 攻撃を食らってしまったのならそれもまた利用するまで!

 ジメレオンの眼からホロリ、またホロリと水滴が流れ落ちていき見るものすべての同情心を掻き立てる。これによってマルヤクデも毒気を抜かれ『とぐろをまく』で上昇した攻撃力も元に戻るはずだ。

 

フシューフシューフシュー

 

「なんだこの煙は!?」

 

 しかし、突如発生した白い煙によって相手のマルヤクデの姿が隠れてしまう。こちらからも相手からも視界が塞がれてしまい、互いを視認できなくなってしまった。

 

「攻撃を食らってから『なみだめ』、以前のバトルでも見させてもらった。だがこのマルヤクデの特性は『しろいけむり』、これによって君のポケモンからの能力変化を受けることはないんだ」 

 

「そんな!」

 

「ジッメメ!?」

 

 白い煙に遮られジメレオン迫真の『なみだめ』は効力を失う。

 いくらジメレオンが鳴こうが喚こうがそれが相手の視界に入っていないのなら意味はないのだ。

 

「マルヤクデ、『かえんぐるま』!」

 

「ヤック、クククク!!」

 

 そして再び火炎を纏ったマルヤクデ煙の中から飛び出し、無防備な状態だったジメレオンに『かえんぐるま』をクリーンヒットさせる。

 良い一撃を食らってしまったジメレオンがたまらず膝をついてしまう。

 

「どうだい、これが君のジメレオンへの対策さ」

 

「くっ」

 

 完璧なジメレオン対策に冷や汗が出てくる。前回の戦いからしっかり対策を取られてしまっている、これが二度目のジムリーダーの強さなのか。

 

 ジメレオンが膝をつき、うずくまっている間にもマルヤクデの体から出る白い煙がフィールドを覆っていく。これではいずれ完全に視界が塞がれてしまうだろう。

 

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

「レッオ!」

 

 煙の中へ『みずでっぽう』がむしゃらに放り込むが当たった様子が見られない。

 その事実に歯ぎしりすると煙の中から再びマルヤクデが飛び出してきた。

 

「マルヤクデ、『かえんぐるま』!」

 

「なんであっちの攻撃は当たるんだ!?」

 

 白い煙が包み込んでいく中、マルヤクデの攻撃は確実にジメレオン捉えていく。

 その間ジメレオンは何発もの『かえんぐるま』を受けダメージを蓄積させていった。

 

 

 

 何度か攻撃を食らい続けたことで攻撃のタネがわかってきた。

 それは『とぐろをまく』による命中力向上だ。とぐろを巻き、しっかりと狙いを定めることでマルヤクデは高い命中力を手に入れているのだ。

 

「ジメレオン、ぎりぎりまで引きつけろ!」

 

 もはや煙によって声だけの指示しか届かなくなってきた、大きな声で指示をとばす。

 これだけでは何を伝えたいのかがわからないだろう。だが一番付き合いの長いあいつなら、きっと引き付けることの意味を理解してくれているはずだ。

 

「これで決めろ、『かえんぐるま』!」

 

「ヤ―クックック!」

 

 煙の中で再び火炎を纏ったマルヤクデがジメレオンへと飛び掛かる。

 鋭い狙い、バネによる跳躍力、そして燃え盛る火炎を伴った体当たりがまっすぐとジメレオンに向かっていく。

 

「―――――」

 

 ジメレオンは瞼を閉じ、指示に従ってジッと攻撃を待っている。

 煙に姿を隠したマルヤクデはその無防備ともいえるジメレオンに襲い掛かった。

 

「―――ジメェェェ!」

 

 攻撃のタイミングを見破ったジメレオンが大きな声でタイミングを伝えてくれる。

 

「今か! 『ふいうち』!」

 

 マルヤクデの『かえんぐるま』が直撃する寸前、極限まで引きつけたジメレオンの強直なアッパーカットがマルヤクデの体を空へとはね上げる。

 完璧なタイミングで放たれた『ふいうち』がクリーンヒットし、空中で気を失いかけるマルヤクデ。その無防備な一瞬があれば十分だ! 

 

「ッ!マズイ、速く煙の中に戻るんだ!」

 

「姿が見えればこっちのものだ!」

「ジメレオン、『みずのはどう』!」

 

 空にカチ上げられたマルヤクデはフィールドを覆う煙から完全に姿を現し、完全に無防備な状態となる。

 

「ジッメメェェ!!」

 

 今まで喰らった攻撃のうっ憤を晴らすかのような特大の『みずのはどう』が放たれ、周囲の煙ごとマルヤクデの体を粉みじんに吹き飛ばす。

 

 効果抜群の攻撃をもろに食らい地面に落ちたマルヤクデは戦闘不能にはなっていなかったものの大ダメージを食らったようで荒い息を吐いている。

 

 

 

「―――来たか」

 

 大きな歓声が上がる中、カブさんのその一言が嫌に大きく聞こえた。

 ハッ、としてカブさんの方を見ると彼はマルヤクデが入っていたボールを構えにやりと笑みを浮かべていた。

 そして――その腕には爛々と赤く輝くダイマックスバンドがあった。

 

「ッ! マズイ!」

 

「さあ、燃え盛れマルヤクデ!」

 

「ククックック!!」

 

 カブさんの熱意に呼応するかのようにして右腕に装着したダイマックスバンドがさらなる輝きを始める。

 トレーナーの叫び声に応じたポケモンが、モンスターボールに吸い込まれていく。

 獰猛で荒々しいポケモントレーナーの顔をしたカブさんがその両目に炎を灯しながら、

 

「うおおおお、キョダイマックス!!!」

 

 後方へ向けて大投擲!!!

 

 巨大化したボールから飛び出したマルヤクデの姿が見る見るうちにその大きさを増していき、ついには見上げるほどの大きさに。その全長はフィールドのコート半分をも埋め尽くすほどに巨大化する。

 

「やっぱりキョダイマックスか!」

 

 ダイマックスをしたマルヤクデの姿が大きく変化する。

 ムカデのようだった体はキョダイマックスによりさらに長く引き伸ばされ、その姿はまさしく、

 

「龍……ドラゴン……」

 

「見事だろう。さすがにタイプまでは変わらないけどね」

 

 キョダイマックスをしたマルヤクデ、その見た目はまさしく龍。ダイマックスの大きさと相まって圧倒的な存在感となり立ちはだかる。

 

 

「キョダイマルヤクデ。これこそボクの秘密兵器さ!」

 

『クゥクゥゥククゥゥ!!!!』

 

 キョダイマルヤクデの大きさに圧倒されながらチラリと右腕に嵌めたダイマックスバンドを見る。

 バンドは既に赤い光を放っているがダイマックスができるにはあと少し……足りない!

 

「ジメレオン! なんとしても耐えきるぞ!」

 

「レオオォォン!」

 

 キョダイマルヤクデを相手にしてもジメレオンは一歩も臆しない、本当に頼りになる相棒だ!

 

「その威勢がいつまで続くかな!」

「マルヤクデ、『ダイワーム』!」

 

『ククゥゥウゥゥゥ!!!』

 

 俺達の気迫に対して負けるものか!とカブさんとキョダイマルヤクデの声が響き渡る。

 キョダイマルヤクデが声をとどろかせると、その声に呼び寄せられるようにして一匹の蝶が現れる。

 

「……蝶?」

 

 ダイマックス技が飛んでくると身構えたところに現れた一匹の美しい蝶。この世のものとは思えないほど澄んだエメラルドグリーン色をしている。

 その不思議な蝶を俺は注意深く、ジメレオンはジーーーと見つめた後、

 

「………ッレオ」

 

「!?」

 

 優雅に飛んでいた蝶をしたて捕まえるとむしゃむしゃと食べ始めてしまった。

 

「むしゃむしゃ」

「ゲフっ」

 

 ジメレオンは蝶をよく咀嚼した後、ごくんと喉を通して内部の消化器官に送る。「ごちそうさまでした」という顔だ。

 そのあまりの拍子抜けっぷりに俺もジメレオンも気が緩む………緩んだところで、

 

「ブブブッゥッ!!!?」

 

「ジメレオン!?」

 

 ジメレオンの体内で爆発が起こる。

 やはり何かの攻撃だったのか!と気がつくがもう遅い。

 

「い、いつの間に!」

 

 こちらのフィールドを埋め尽くさんばかりに現れた蝶々の大群。最初の一匹はこちらの目を引くための囮役だったのだ。

 そしてエメラルドグリーン色をした蝶々たちは囮役の蝶を攻撃(食)したジメレオンに狙いを定めるとその数をもって襲い掛かる。

 

 フィールドを埋め尽くさんばかりの蝶の大群はジメレオンに触れると爆発し、その爆発に連鎖して爆発を繰り返し逃げる場を与えない絨毯爆撃を開始する。一撃一撃は大した威力ではないものの、防ぐことも避けることもできない攻撃の嵐が瞬く間にジメレオンの体力を削り取っていく。

 

 

「さあクライマックスだ!」

「炎は上に燃え上がる!ぼくらも上を目指す!わかるね、マルヤクデ!」

 

『ヤァァァクックゥゥウ!!!』

 

 『ダイワーム』に群がられ完全に身動きがとれなくなったジメレオンに向けて、

 

「『キョダイ……」

 

 とどめの一撃が!

 

「……ヒャッカ』!!!!!」

 

 キョダイマルヤクデの体がうねり、捻じれ、とぐろを巻く。

 そのうねりによって生み出された莫大な炎熱は、まるで『ほのおのうず』のように巻き上がりスタジアムの天井高くまで燃え上がっていく。

 『ほのおのうず』とはいったが大きさはそれの比ではない。火炎の竜巻、と称するのがふさわしい『キョダイヒャッカ』はジメレオンの周囲を今も爆発し続ける『ダイワーム』の虫ごとあらゆる存在を焼き払っっていった。

 

「……ッ! 貯まった!」

 

 キョダイマルヤクデの攻撃が吹き荒れるなかでついに右腕のバンドにエネルギーがフルチャージされる。

 

「ジメレオン、ダイマックスだ!」

 

 満を持して解放された切り札。

 だが、ジメレオンを包んだ火炎の竜巻は中のジメレオンを閉じ込めてしまいモンスターボールに戻すことを許さない。それはつまり、

 

「『キョダイヒャッカ』は相手のポケモンを閉じ込め交代を阻害させる。このガラル地方ではダイマックスを封じるということにも使えるんだ!」

「如何にジメレオンといえども、この巨大な炎の檻からは逃れられない!」

 

 ダイマックスを封じられてしまうというまさかの事態に愕然とする。

 カブさんが秘密兵器だと明言するわけだ!悪態の一つや二つを吐きたくなってくる!

 

 轟々と燃え盛る火炎の竜巻を茫然と見つめる中で、俺はふと思った。

 

 ……あいつは、ジメレオンの奴は何を考えているんだろうか。

 

 いつまでもダイマックスをしようとしない俺に向けて怒りを覚えている頃だろうか。

 それとも…ダイマックスが封じられたことがわからないあいつは今もこの業火を耐え続けているのだろうか。この業火を耐え続けていれば、いつかトレーナーである俺から救いの手が差し込まれることを信じて……

 そこまで考えて、そんな甘えた考えを放り捨てる。

 あいつが俺に助けてもらうのをじっと待っている? いいや、あいつはトレーナーの俺から助けられるのを黙って待つような男ではない。あいつは、ジメレオンは自分の道は自分で切り開いていけるような最強で最高の相棒だろ!

 ならば、俺はただ叫び続ける。

 

「ジメレオン、少しだけでいい!」

「この火炎の竜巻を抜け出して来い!」

「そうすれば、俺がお前を勝たせてやる!」

 

 竜巻の轟音にかき消され俺の声など聞こえはしないだろう。

 だけど、あいつになら伝わっていると思える。

 

「根拠は、なんとなく……だ!!!」

 

 そうして叫び続ける、すると竜巻の轟音に紛れて「ジュー」というかすかな音が聞こえてくる。

 それは水分が蒸発していく音。水分の存在など許さぬ火炎の中でいまだ存在し続けるものなどあいつしかいないだろう!

 

「ッ! そこだ!」

 

 音の発生源を聞き分ける。この程度カレーの煮経ち具合を聞き分けることに比べれば朝飯前だ!

 ひときわ大きな蒸発音がした場所を聞き分けた瞬間その場所から『みずのはどう』と思わしき水球が炎の壁を突き破る。その場所へとモンスターボールを向け、水球によって空いたタダ一点へと向けてボールの開閉ボタンを押しこむ。

 

「帰ってこい! ジメレオン!」

 

「ジメェェェ!!!!」

 

「馬鹿な!あの『キョダイヒャッカ』」の中から生きて出ただと!」

 

『ククゥゥウゥゥゥ!!?』

 

 『キョダイヒャッカ』から抜け出してきたジメレオンがボールへと吸い込まれていく。

 ジメレオンを完全に吸い込んだところでダイマックスバンドはやっと出番か!といわんばかりにエネルギーをボールへと注いでいく。

 巨大化したボールを抱え、全力の力をもって後方へと投げ飛ばす!!!

 

『ジィィイィメメェェェエ!!!』

 

 地響きを立てながら、ついにその姿を現したダイマックスジメレオン。

 彼は渦巻いていた火炎の竜巻に手を突っ込むとその手で払い除け、跡形も残さず握りつぶす。

 

「攻撃される前に倒す、『ダイワーム』!!」

 

『ククゥゥゥゥ!!!』

 

 カブさんとマルヤクデの警戒レベルが最高潮へと達する。

 ダイマックスの恐ろしさを理解しているからこそ攻撃前に潰そうとしてきたのだろう。焦ったカブさんのらしくないミス、それが勝敗を完全に決定づけた。

 

「甘い! 『ダイウォール』!!!」

 

 再びフィールドを覆いつくそうとした蝶々の大群は『ダイウォール』によって跡形もなく消え去っていく。あらゆる攻撃を防ぐ『ダイウォール』の力はいつ何時も健在だ。

 

 そして三回分にも及ぶダイマックスエネルギーを使い果たしたキョダイマルヤクデの体が見る見るうちに小さく縮小されていく。

 ダイマックスの時間は終わりを告げ、元に戻ったマルヤクデの眼前には視界を埋め尽くすほど大きなジメレオンが立ちふさがる。

 

「これは、、、ぼくたちの、いやぼくの惨敗かな」

 

 肩にかけたタオルをキツく握りしめるカブさん。

 

「洗い流せ!」

「『ダイストリーム』!!!!」

 

『メェレェオオォォォオォン!!!』

 

 ダイマックスジメレオンから撃ち出された圧倒的パワーの激流、『ダイストリーム』。

 

 激流は力を出し尽くしたマルヤクデを飲み込み、その痕跡ごとすべてを洗い流していった。

 

 

『マルヤクデ戦闘不能。よって勝者、チャレンジャー・アカツキ!!』

 

 

 『ダイストリーム』によって降り始めた雨が体を濡らしていく。

 バトルで燃え上がった体が急速に冷やされていく様が、まるでこの戦いの終わりを告げていくようだった。

 

 だが観客の熱はそんなことでは冷めない。雨に降られながらも彼らの熱は一層増していくばかりだ。

 

『うおおおおおおおお!!!』

 

 そんな歓声を聴いていると、今胸の中で湧き上がってきたこの気持ちだけは、今ここで吐き出しておきたいと思った。

 

「勝ったああああああああ!!!!!」

 

 雨と歓声に包まれながら、俺の三番目のジムチャレンジは幕を下ろしていくのだった。

 

 




カブさんを突破するまでに10話分もかかるとは思ってもいませんでした。
そして書きたいことの大半はここまでに詰め込んでしまったのでこれからはゲームに沿って書いていきたいと思っています。

……さて、ネタを出し切ったのでの四か月振りにゲーム本編を進めてきます。また少し更新が空くかもしれないので待っていただけると幸いです。

この作品をこれからも読んでいただけると嬉しいです!


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44、出発エンジンシティ

少しの間サマポケを放置していたらやる気が少しずつ減っていることに気がついた。
こっわ。
一度やったシナリオの部分だと途端に手が伸びなくなってしまうのはつらいですね。


あ、ちなみに今回は短いです。




『うおおぉおぉおおおお!!!』

 

 未だ歓声が鳴りやまぬエンジンスタジアム。燃え上がる熱気は降り注ぐ雨によっても消すことはできない。

 

「勝ったああああああああ!!!!!」

 

 手にした勝利は心を揺らし、喉を震わせ出た叫びは体を濡らす水滴を全て吹き飛ばしていくかのようだった。

 瞼を閉じ勝利の余韻に浸っているとビチャ、と大きな音が鳴る。何事かと思い瞼を開くとそこには地に伏せ、顔を俯けたカブさんがいた。

 

「カ、カブさん!? 大丈夫ですか!?」

 

 慌ててそのカブさんに駆け寄る。

 カブさんもジムリーダーの中ではかなりお歳を召している。もしかすると今の戦いでどこか体に異常が起きてしまったのではないかと思うと勝利の余韻など吹き飛んでしまった。

 しかし、いざ駆け寄ってみるとカブさんは顔を俯けながらクツクツと笑っている。

 

「カ、カブさん?」

「はっはっはは、いやいいバトルだった! ボクの長年の経験を君と君のポケモンの才能が上回った! 君たちは勝って当然だよ!」

 

 カバっと顔を上げたカブさんは満面の笑みでこちらを称賛してきた。

 顔を滴る水滴を払い除けながら差し伸べていた俺の手を取って立ち上がる。俺はあまりの落差にポカーンとしていた。

 

「一度敗北しながら諦めることなく鍛錬を重ね、ジムチャレンジの関門ともいわれるこのカブに勝つとは! ぼくにもまだまだ学びが必要ということだね!」

「君たちはいつか最強のチームになる! 今日はその君たちと戦えたことを光栄に思うとするよ!」

「ぼくに勝った証としてこのほのおバッジを贈ろう」

「ダイマックスによってボク達のポケモン勝負はガラルの文化となった」

「そして、文化を担うのは君たち若いトレーナーの役割だ」

「ただ守るだけではなくより良いものにしていくんだ」

「僕たち大人はそれを支えていくからね」

 

 最初は必要以上にハキハキと喋っていたカブさんの口調が段々と落ち着き取り戻していき、しみじみとした口調となっていく。それはまるで無理矢理張り付けた仮面が剥がれ落ちていくかのようでもあった。

 未だ降り続く雨の中、カブさんの頬に雨以外の水滴が流れていくのを近くにいた俺だけが見て理解することができた。

 

「雨も滴る良い男……か」

 

 ジムバッジを俺に手渡した後、一足先にフィールドから離れていくカブさんの背中を見つめながら言葉がこぼれる。激情に駆られながら、ジムリーダーとしての姿を貫き通すその姿に俺は感服するしかなかった。

 

「……格好いいなぁ」

 

 その背中にダンデさんとは一味違う憧れを抱いた

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「アカツキ選手! おめでとうございます!」

「ロコンのバトル熱かったぜ!」

「パルスワンもあのウインディに一歩も引かない戦い見事であった!」

「ヒーローインタビューです一言!」

 

 フィールドを出てロビーに戻ってくると以前バウタウンのジムに勝利した時以上の人が集まっていた。

 沢山の人が押しかけたことでジムチャレンジのスタッフの人たちがバリケードの様に並び人々を遮っている。確かに、この人数に押し寄せられたら死んでしまってそうだ。

 

「アカツキ選手! 至急避難を!」

「我々だけでは止めるのにも限界があります!」

 

 体を張って人々を推し留めてくれているスタッフさんがそういうとロビーのお姉さんが裏口の方に手招きをしてくれている。

 なんともありがたい限りだ。ジムチャレンジのためにとても俺達のことを気遣ってくれているのがわかる。

 だが、それでも、

 

『我々はファンがいるからこそやっていけているというのに邪険にしてはいけないんだよ?』

 

 いつかきいたローズ委員長の言葉を思い出す。

 試合の最中、バトルの展開とともに歓声は姿を変えていった。

 ロコンに声援を送っていたと思ったら一転してキュウコンに、そうだと思ったらまたロコンに。

 そんな中でたしかに聞こえた声があった。

 

『いけーー!! ロコン!』

『負けるな! そこだ、やり返せ!』

『ロコンが勝った! すごいすごい!』

 

 会場がキュウコンコールに染まり、どんなに劣勢に立たされた時にもかすかに聞こえていたロコンを応援してくれる歓声。それは確かに小さなものだったが、それでもあの時の俺とロコンにはどれだけ力となっていたかを思い出す。

 それを思い出し一歩、また一歩と人だかりに近づいていく。

 

「アカツキ選手!?」

 

 スタッフの人が驚愕の表情を浮かべている。

 俺は人だかりの最前線にいたいつものインタビュアーのお姉さんからマイクを借りる。

 

「えっと……前回は負けてしまってファンの皆さんの期待にも応えることができませんでした」

「それでちょっとだけ落ち込んじゃて友達にも心配とかかけちゃったんですけど、それでも俺はこうして戻ってきて勝つことができました!」

「試合中にもみなさんの声援で背中を押されたし、それがポケモン達の力にもなりました!」

「これからも応援してくれると助かります! ありがとうございました!」

 

 語彙力が欲しいと思った。

 

「………よし、逃げるか」

 

 マイクをお姉さんに放り投げ、そこから裏口の方へと全力ダッシュした。後ろの方が何やらすごく騒がしくなっていったが後悔とかはないのであった。

 

 

 

 

 裏口から抜け出しホテル・スボミーインに戻ってきた。するとそこにはホップとユウリが。

 

「ヘイアカツキ!」

 

 ホップが片手を挙げたので俺も挙げ、大きく響かせる。

 四日前ホップがカブさんに勝った時にもやったハイタッチだ。今度は俺からではなくホップからだった。

 

「お前とジメレオン達ならやれると思ってたけど、それでもドキドキしたぞアカツキ!」

「四日もかかったけどちゃんと追い付けたよホップ!」

「アカツキ!」

「ホップ!」

「はぁ、暑苦しい。女の子成分が足りてないわ」

「それは…」

「それはユウリ、お前に女の子らしさがたりな i ga ra あ!?」

「な ん か 言 っ た !?」

「いえ!! なにも!!?」

 

 余計なことを口走ったホップはユウリによってバックドロップを食らった。

 目を赤く光らせてこちらを睨んでくるユウリに俺は首を横に振るしかなかった。

 

「まったく、こんな超絶美少女に対して男どもは目が腐ってるんじゃないかしら」

「おっと、こんなところに合宿中に撮ったマリィの写真が」

「ははぁー、アカツキ様!」

「一瞬で土下座するのは女の子的にどうなの?」

「そんなものそこらのポチエナにでも食わせてればいいのよ!」

 

 一瞬で女の子としての恥も外聞もポチエナに食わせたユウリに合宿中に撮ったマリィの写真を送信するとすぐさまスマホを眺めてはぁはぁ…と興奮し始めた。

 

「ねえホップ、ユウリは永遠にハロンタウンから解き放ってはいけない存在だったんじゃない?」

「うごごご…オレもそう思うぞ」

「はぁはぁ…カレーを食べるマリィちゃんかわゆい」

 

 ……ちなみにカレーを食べるマリィの写真は俺のお気に入りの一つだ。わかってるじゃないかユウリ。

 ちなみにマリィに、

 

『ユウリに写真あげちゃったけどいいよね?』

 

 と送信すると、

 

『よくない』

『……アカツキの写真送ったら許しちゃる』

 

 と返信が来たので俺達三人でウェーイの写真を撮って送ってあげた。 

 

 

 

「……そうじゃなか!!」

「うら?」

「むー……ま、この写真に免じて許しちゃる」

 

 それはそうとして、三人の映った写真を見ながら表情を和らげるパンク系少女がいたとかいなかったとか。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 そして次の日の朝早くホテルを出た。

 本当なら昨日のうちにエンジンシティを出発する予定だったがカブさんからメールを貰ったのだ。

 

『明日早朝、ワイルドエリア前広場待つ』

 

 その短いメールに従い、まだ人の少ないワイルドエリア前広場にたどり着く。そこにはなんと、

 

「ヤローさん!?」←ホップ

「あら、ルリナさん?」←ユウリ

「カ、カブさんまで!?」←俺

「いや、ぼくがいるのはおかしくはないだろう」

「ふわー……ヤロー君は朝から元気ね」

「こちとら農家じゃからのう」

 

 三人のジムリーダーが集まっていた。

 どうしてこんなところに……と聞いてみるとなんと俺達の出発を見送らせてほしいということだった。

 

「草、水、炎。この三つのバッジを集められずにジムチャレンジを途中で諦める者も多い。だからぼく達は三つを集めて出発するチャレンジャー達をこうやって見送っているんだ」

「といってもさっさと次の街に出発しちゃう子が多いし、私たちもジムリーダー以外のモデルとかの仕事があるから全員が集まる事は滅多に無いんだけどね」

「ほんと、タクシーさまさまじゃわい」

 

 

 

「ユウリ、女の子だって男の子に負けないんだってところを見せつけてきなさいよね」

「ありがとうございます、ルリナさん! 男どもはアタシが血祭りにあげてきますから!」

「そこまでは言ってないから…」

 

 

「ホップさん、君はやっぱりどことなくダンデに似ているね」

「それはそうだぞ、オレはアニキの弟だからな!」

「ダンデの背中は遠いんだな。それでも、君ならきっと追い付けると応援しているよ」

 

 

「アカツキ君、君との試合はぼくの心に残り続けるだろう。それほど、昨日の勝負はいいものだった」

「そんな、感激です」

「ロコンはきっとさらに強くなる。君の下を離れても、いつか再び君の力となるだろう」

「それは……」

「炎タイプの使い手として、それと先輩トレーナーとしての助言だよ」

 

 

 一人ひとりジムリーダーの人からの言葉を貰う。

 そこにはジムリーダーとしての立場だけでなく、一人のトレーナーとして、一人の人間としての気持ちが込められていた。

 

「それでは最後に、君たち全員に応援を贈る!」

 

 カブさんが両手を後ろで組み、大きく息を吸い込み始める。

 

「いけいけホップ!!」

「やれやれユウリ!!」

「進め進めアカツキ!!」

 

「君たちを待ち構えるジムリーダーはツワモノぞろいだ!」

「だが君達ならば勝ち抜ける! ポケモン達を信じて突き進め!」

 

「「「はい!」」」

 

「三人で決勝戦をするためにオレ達はガンガン勝ち進み続けるぞ!」

「ええ、どんなジムリーダーが相手でもあたし達の敵じゃないわ!」

「俺達三人がジムチャレンジのトップ3を独占だ!」

 

「「「もちろん優勝するのは俺(オレ)(アタシ)だ(だぞ)(よ)!」」」

 

「その意気だ!他のジムチャレンジャーはライバルであって敵ではない、その情熱を忘れるなよ若きトレーナー!」

 

 カブさん、ルリナさん、ヤローさんに見送られながら俺達三人は広場を駆け抜け、

 

「「「いざ、懐かしきワイルドエリア!!」」」

 

 再びワイルドエリアの土を踏みしめるのであった!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、誰かと思えば……」

「あ、ピンクだ」

「ピンクね」

「よっすピンク」

「僕の名前はビートです!!!」

 

 やせいの ぴんく が あらわれた!

 

 




これくらいなら前回の話に収めてもよかった気がするけどなんだかんだで綺麗に終わったからヨシ!シナリオ通りに勧めるのは楽で助かるぜー!

今回から台詞間の空白を消してみました。
パソコン上で見ている分には問題なさそうだったのですがスマホで見返すと思ったよりも空白が読みづらかったので読みやすくなればいいなと思っています。


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45、ピンクとロコンとヒトモシと

以上の三本立てでお送りいたしまーす。




 

 ピンク

 それは一般的に赤と白を混ぜて作られるいわゆる女の子の好むタイプの色である。

 ピンク色のきのみとして有名なものといえばモモンのみ。甘く瑞々しく、三時のおやつやデザートとして、もちろんカレーの材料にも使われる便利で素敵なきのみだ。

 

「あ、ピンクだ」

「ピンクね」

「よっすピンク」

「僕の名前はビートです!!!」

 

 やせいの ぴんく が あらわれた!

 

「改めて見てもピンクだな」

「もこもこヘアーね」

「彼はビート、委員長大好き侍だよ」

「先ほどから人のことをピンクだのなんだの…」

 

 ぐぬぬぬ、と顔をしかめて忌々しそうな顔をしているのはビート。委員長に並々ならぬ執着心を持っているエリートトレーナー(仮)だ。

 ワイルドエリアに出た俺達はすぐに野生のビートと出会った。

 彼は五日前にカブさんと戦っているところをモニターで見たので、とっくに次のジムまで向かっていたと思っていたので少し驚いた。

 

「僕には委員長やオリーブさんから任せられた大事な使命があるのです。 あなたたち凡百のジムチャレンジャーと同一視しないでいただきたい」

「ふーん、また何か頼まれてたの?」

「このワイルドエリアに出現するというダイマックスポケモンの捕獲ですよ。 数日前に大きな個体が現れたというので行ってみればすでにもぬけの殻、とんだ無駄足を踏まされたものです」

「…あ、それ多分俺が倒したドサイドンだわ」

「…いつもいつも僕の邪魔をする。ここであなたをコテンパンにしてジムチャレンジを諦めさせるのも一興ですか」

 

 すっ、とモンスターボールを取り出すビート。

 こちらもカブさんに勝って再スタートを決めたばかりだ、ビートを倒してさらに勢いをつけるのも悪くない。と、俺もボールに手を伸ばしたところでホップが割って入る。

 

「はい、ストップ。 お前達の仲がいいのはわかったけど俺達はナックルシティに急がないといけないんだからな、そこらへん忘れんなよ」

「(仲は)よくない」

「訂正しなさい」

「(息あってんじゃん) まあそれに、アカツキを倒すのは俺だからな」

 

 ホップはにやっと笑って言い切る。

 いつもビートと出会うとなぜだか対抗心やらが湧いてきて険悪なムードになっていたのだがホップが割って入ったことでこちらも毒気を抜かれてしまった。

 

「ま、そうだね。早く行かないとね」

「チャンピオンの弟、ホップ……」

 

 そんな俺とは対照的にホップの顔をまじまじと見つめたビートは、しかし一転して顔を歪ませた後馬鹿にしたような態度をとる。

 

「ふ、この中で一番弱そうな君が言っても説得力のないことですね」

「なんだと!」

「バトルも勢いに任せた一辺倒、まともにボールすら投げられない。 これでは兄であるチャンピオンも案外大したことはなさそうですね」

「オレの投げ方は最強だし、アニキは最強のチャンピオンだ。馬鹿にすんなよな!」

 

 そこから二人の口論が始まっていった。最初の方は主にダンデさんを皮肉ったりしていたビートの口の矛先は次第にホップに向いていき、ホップの方は初めにダンデさんを馬鹿にされたことで頭に血が上り熱くなってしまっている。

 ホップは俺を諌めていた時とは一変してどんどんと冷静さがなくなっていっている。ダンデさんのことを馬鹿にされて視野が狭くなっているようだ。

 

「先ほどからアニキアニキと。そんなことだからバトルでも無駄な動きや指示が多いのです」

「アニキを馬鹿にするつもりか!」

「チャンピオンを、ではありません。あなたを馬鹿にしているのです」

「なッ!そんなに言うなら、オレとバトルしろ!」

 

 

 

 

「ちょっとホップ……」

 

 さすがにこれ以上酷くなるとまずいと考えた俺が二人を止めようとするとユウリに肩を掴まれた。

 

「ああなったあいつは中々元に戻らないわ。こういう時は好きにやらせてあげましょう」

「でも……」

「ここで押し入ってもどうせまた喧嘩になるわ。だったらさっさと戦わせておいた方が後が楽よ」

 

 確かに一理ある言い分だった。

 このままホップとビートを引き離してもおそらく悔恨が残る。ならば一度戦ってはっきり白黒つけた方がいいというらしい。幼馴染というだけあってやはりこういう場面ではユウリの方がホップのことをよくわかっている。

 「それに…」と言ってユウリは掴んでいた肩をバシッと叩いて言い切る。

 

「あんなもこもこヘアーに簡単にやられるほどあいつはヤワじゃないわよ!」

「……そうだね」

 

 ビートは確かに強い。でもホップだって同じくらい強いはずだ、そんな簡単に負けるはずがない。

 ホップは、

 

「先に行っといてくれ、すぐ追いつくからな!」

 

 と言ってビューンと行ってしまった。

 残った俺とユウリが先に進もうとしていたところで背中からビートに声を掛けられる。

 

「僕はワイルドエリアで戦いあの時よりもさらに強くなった。もうあんな奇跡は起きないと思いなさい」

 

 俺が振り返るよりも先に、ビートは踵を返してホップの進んでいった方へと歩いていった。

 

「ビート……」 

 

 歩いていくビートの背中からなにかほの暗いものを感じながら、しかし俺に出来る事はなにも無いのであった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

『アタシも新しいポケモン探したいし別行動にしましょ』

 

 それからしばらくしてユウリとも別れた。

 こういう時に思い切りのいいというか行動力の塊であるユウリはさっさと俺を置いていってしまった。

 

「結局一人になっちゃったな」

 

 一人になってはみんなと歩幅をあわせる必要もないのでカバンから自転車を取り出し跨る。ワイルドエリアを移動するなら自転車は必須アイテムだ。

 

「徒歩でワイルドエリア抜けようと思ったら軽く数日はかかるらしいけど二人は大丈夫かな?」 

 

 そんな心配をしながらペダルをこぎ始めエンジンリバーサイドへと向かうのであった。

 

 

 それから三時間ほどかけて移動し、お昼前くらいとなった頃エンジンリバーサイド前の橋に到着した。

 ここを渡ればエンジンリバーサイド。

 そして、

 

「お待たせ」

『待ってないわ』

『来たな』

『おつかれさま~』

 

 橋の前にいたのはロコンたちの群れ。

 ここが、俺とロコンがわかれる場所であった。

 

「でてこいロコン」

『………』

「っ、出て来いって」

 

 ボールを開けようとしたというのに中のロコンがうんともすんとも言わない。なんとか無理矢理開閉させてロコンを出すとロコンは尻尾に顔をうずめて丸くなっていた。

 

「ほら、お迎え来たぞ」

『……行きたくない』

「土壇場で駄々をこねるんじゃありません」

『だってぇ』

 

 土壇場でヘタレたロコンが中々群れの皆のところへ行こうとしない。朝起きたくなくてあと五分とか言ってる子どものようだ。

 昨日やった送別会ではあれだけはしゃいでいたというのにこれだ。やはりこいつ、中々のヘタレである。

 ……まあ、本人が行きたくないっていうのなら、

 

『こらトレーナー。そいつを甘やかすんじゃないわよ』

「う、そういえば神通力は心もなんとなく読めるんだった」

『ヘタレとかなんとか言いながら結局アンタもヘタレじゃない』

「ぐぐぐ……」

 

 リーダーのロコンがうずくまったロコンに近づいて立たせようとするがなかなか立ち上がらない。

 ムキになったリーダーロコンが神通力を使おうとするとロコンもうずくまったまま神通力で抵抗しようとする。傍から見てもわかる通り神通力の無駄使いだ。

 

『ぐぎぎぎ!』

『…ふへっ、新リーダーも大したことないね』

『ムキー! あんた派遣のくせに生意気よ!』

『そういえばぼく派遣社員なんだっけ。 派遣社員って何?』

「上から無理難題を押し付けられて、しかも働く場所が本来の所属先じゃないから肩身の狭い人」

『ええ!? ぼくそんな立ち位置なの!?』

『いいから起き上がりなさい!』

 

 ついに神通力によって釣り上げるように立ち上がらされたロコン。

 こうなってしまっては仕方がないと観念したようで神通力を断ち切って地面に降りる。

 

『うん。じゃあ、行ってきます』

「いってらっしゃい」

 

 先ほどまで駄々をこねていたのはどこへやら。さっぱりとした顔つきになって別れを告げるロコン。その姿を見るとまるで自分の子供が仕事に行きはじめ成長したかのようで涙が出てきそうだ。

 

「じゃあこれ、お守り」

『これって……』

「『ほのおのいし』。仲間がピンチになった時にでも使いなさい」

 

 小さな巾着袋に入れた『ほのおのいし』をロコンの首にかけ、頭を撫でる。

 

「体に気をつけてな」

『……っ、行ってきます!』

 

 俺よりも先にロコンの方が耐えられなくなったのか顔を見せないようにして群れの方に走っていってしまった。最後の方は俺もロコンも声が震えていた。

 

『じゃあ、あたし達は早いとこ場所を移るわ。これからここら一帯は『雨』みたいだし』

「うちの子をよろしくおねがいします」

『……本当だったらうちの子でもあるんだけど』

「いやいや、もううちの子です」

『もとはうちの子です』

「いやいやいや」

『いやいやいやいや』

 

 親ばか談義の様になってしまった。それがわかったから二人でぷっ、と噴き出してしまう。

 

『ほら新リーダー! 早く行かないと天気変わるよ!』

 

 群れの中に入っていったロコンがどこか恥ずかしそうにはやし立てるとリーダーロコンは『じゃあね』といって橋とは逆方向の大きな岩のある方へと向けて群れを率いて行ってしまった。

 俺は空っぽになったモンスターボールをお手玉の様にしながら、

 

「軽くなっちゃったなあ」

 

 彼らの姿が見えなくなるまで見送るのだった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 

「うぉぉぉん、ロコンがいなくなっちゃったぁぁぁ」(俺)

『こいつ、めんどくせえな』(ジメレオン)

『まあまあ』(パルスワン)

『漢の別れに、涙は不要…』(アオガラス)

『そんなことよりボクの毛並みどう? ほら、この感触がさ』(バイウールー)

『先輩、誰も聞いてないっす』(ヒトモシ)

 

 涙で視界が揺れながら自転車を漕ぐ。ボールの中からは聞こえないはずのポケモン達の声まで聞こえてきた、重症だ。悲しみを癒すために脳が現聴でも生みだしたのだろうか?それにしてはなんだか個性的だ。

 涙で揺れた視界のまま漕ぐなど危ないとわかっているのだが止められない。

 そして後悔した時には遅かった。

 

ガシャ!

 

「いて!」

 

 何かにぶつかった。

 なぜこんなところに電柱が?と思い少しバックするとそれは大きなコンクリートの柱だった。こんな人工物がどうして平原のど真ん中に…

 

「ブシン?」

 

 コンクリートの柱が持ち上げられその向こう側から筋骨隆々なポケモンが現れる。

 ポケモン図鑑を向けてみて判明した。きんこつポケモン、ローブシン。格闘タイプのポケモンだった。

 ローブシン、『武神』という名のごとく今まで出会ったポケモンの中でも桁違いの力の圧を感じる。離れているというのにまるでその筋肉で体を掴まれているかのようだ。

 

 ローズシンはぶつかった俺のことを値踏みをするように見た後にニヤっと笑い、

 

「ブッシ!」

「ッ! あっぶな!」

 

 片手でコンクリートの柱を掴み上から殴りかかってきた。

 なんとか避けたが、かすった髪のところがパラパラと散っていくのを見て冷や汗がにじみ出る。

 

「こいつ、カブさんのポケモンよりずっと強い…!」

 

 体から溢れる圧倒的な威圧感。

 このローブシンから感じるそれはローブシンの持つ特性や体質などからではない。ただただ圧倒的に強い、鍛錬や戦いを経て身に付けた強さがにじみ出ているだけだということが伝わってくる。

 俺の今の手持ちでは逆立ちしたって勝てないということが、理解できてしまう。

 

「モッシモッシ!」

「うわ、ヒトモシ!」

 

 するとヒトモシが勝手に飛び出してくる。なぜかやる気満々なヒトモシは小さな手でシュッシュッとシャドーボクシングをしてやる気をアピールしている。

 

「そうか、お前ロコンがいなくなったから」

「モッシモッシ!」

 

 うちの主力であったロコンがパーティから抜けた今、炎タイプの後継として早く力を付けたいとヒトモシは伝えたかったのだろう。

 ロコンがいなくなったからとくよくよしてはいられない。涙を拭いて改めてローブシンに向き直る。

 

「ヒトモシ、お前のやる気伝わったぜ!」

「モシ!」

 

 ヒトモシはゴーストと炎タイプ、格闘タイプのローブシンとは相性がいい。もしかすれば、万に一つの可能性もあるかもしれない!

 

「いくぞ、ヒトモシ!」

「モッシッシ!」

 

「ブシーン!」

 

 コンクリートを掴んだローブシンドシンドシンと音を立てながらがまっすぐこちらに襲い掛かってくる。

 

「ヒトモシ、『おにび』だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブーーーシーーー!!!」

 

「…………」

「…………」

 

 ローブシンは全身を『やけど』と『ほのおのうず』による炎に焼き焦がされ、『こんらん』状態となったことによりわけもわからず自分を傷つけ苦しんでいる。その光景を俺とヒトモシは死んだ目で見つめていた。

 

 い、いや違うんだ。最初は本当に、真剣に、真っ向から戦おうと考えていたんだ。

 だけど、ローブシンはヒトモシに効果のない格闘タイプの技しか使ってこないし、ヒトモシの攻撃もコンクリート柱で防がれるしでどちらも全然ダメージを与えられなかったんだ。

 バトルが膠着してどうしよう、と考えた結果俺達は『あやしいひかり』で『こんらん』状態にすることにしたんだ。

 そうしたら……なんかこうなった。

 

「ブ、ブーシン……」

 

 全身を二種類の炎が包み込み、『こんらん』状態で自傷を繰り返したローブシンがついに地にひれ伏す。

 戦う前は勝てる気がしなかった超強敵だった。

 それが……今は俺たちの目の前で地に伏して気絶している。

 

「なんだろう…この気持ち…」

「モッシ……」

 

 相手に何にもさせず、こちらの思うままに展開を進め、かすり傷すら負わずに勝つ。

 結果だけをみればパーフェクトなバトルだった、結果だけを見れば。

 

「これは、本当にポケモンバトルだったのか?」

 

 心の中で自問自答を繰り返す。

 本当にこれが正しいポケモンバトルだったのか、それは誰も知らないのであった。

 でもヒトモシが一段階強くなりました。

 

 

 

 




Lv60のシンボルローブシンをLv27のヒトモシで嵌め殺ししてきました。
脳汁が湧き出るのと同時にとても申し訳ない気分になりました。


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46、到着ナックルシティ

旅パで鬼火、炎の渦、怪しい光でハメ殺しなんてしていいわけないだろ!いい加減にしろ!
…でもヒトモシって種族値275(平均45.833…)しかないんだよね、これでランプラーに進化するのがLv41って鬼畜過ぎない?


 

 

 超強敵ローブシンを倒した俺とヒトモシは、ワイルドエリアに蔓延る強敵ポケモンたちと何度もバトルを重ねた。

 

 

 

 

「ヒトモシ、『あやしいひかり』!」

「モッシ!」

 

「ババァァリス!?」

 

 例えばそれはきのみを守護するヨクバリス。

 彼の自慢の前歯もふくよかな体から放たれる『のしかかり』もヒトモシにはその一切が通用せず、ローブシン同様に嵌め殺してしまった。もちろんきのみは頂いていった。

 

 

 

 

「ヒトモシ、『ほのおのうず』!」

「モシシ!」

 

「キィィィィィ!!?」

 

 例えばそれは一目でわかるヤバいキテルグマ。

 かの剛腕から放たれる巨木をもへし折る『かいりき』も、岩をも粉砕する『アームハンマー』もヒトモシの体をすり抜け『もふもふ』な全身を蒸し焼きにしてしまった。キテルグマからは溜めこんでいたハチミツを少し頂いていった。

 

 

 

 

「ヒトモシ、『おにび』!」

「モモモ、モッシ!」

 

「トレェェェイ!!?」

 

 例えばそれはハシノマ原っぱとストーンズ平野を分かつ橋の下を陣取るナットレイ。

 鋼鉄の体はあらゆる物理攻撃を防ぎ、全身から生える鋼鉄のトゲは襲い掛かるもの全てを傷つける。

 まあ、ヒトモシは特殊技しか使えなかったから『てつのトゲ』は別に怖くもなんともなかったし、鋼・草タイプで相性最高だったから普通に炎で焼き尽くしてしまった。このナットレイからは被っていた『ゴツゴツメット』は貰っておいた。

 

 

 

 

「ヒトモシ、お前ちょっと強すぎじゃないか?」

「モシ?」

 

 ナットレイから奪っ…貰った『ゴツゴツメット』を被って遊んでいるヒトモシを見ながらそう呟く。

 戦ってきた相手は全てが格上、例えジメレオンだったとしても勝てるとは断言できない相手ばかりだった。そんな相手と戦って、目立った負傷はナットレイの『タネマシンガン』程度。なんだこの最強のポケモンは。

 

「ゴーストタイプ、ヤバいな」

 

 ノーマルタイプと格闘タイプでは話にならないほどの強さを見せつけられてしまった。

 次のジムは格闘タイプのジムリーダー・サイトウさんだ。これはもう勝ってしまったと言っても過言ではないのでは?

 

「お、ノーマルタイプ発見!」

 

 ハシノマ原っぱで戦いに飽ける中で見つけたのは白黒模様がロックなガラルマッスグマ。悪・ノーマルタイプのポケモンで、エール団との戦いでは倒したことのある相手だ。

 

「行け、ヒトモシ!」

「モッシモッシ!」

 

 快進撃を続け調子に乗っていた俺とヒトモシ、草むらを歩いていたマッスグマに襲い掛かった!

 

 

 

 

 

 

 

 

「マッスグ!」

 

「…………」ボロボロ

「…………」ボロボロ

 

 ぼろ雑巾のように転がる俺たち。見事返り討ちにあってしまった。

 

「ど、どうしてだ!?」

 

 正気に戻った俺は困惑する。言っては悪いが、今まで戦ってきた相手からすれば遥かに格の落ちる相手だった。なのにどうして今俺達はボロボロになっている!?

 そう思って今のバトルを振り返ってみる。

 

 

 

『ヒトモシ、『おにび』!』

『モッシ!』(『おにび』を放つ)

 

『マッグ!』(避けて、『つじぎり』)

 

『モッシ!?』(効果は抜群だ)

 

『マッググ!』(追撃の『バークアウト』、ヒトモシは死ぬ)

 

 

 

 回想終了、非の打ちどころのない見事なまでの負け試合だった。攻撃は華麗に回避され、効果抜群の攻撃を流れるように二回も決められて戦闘不能であった。

 

 そして先ほどまでのバトルを振り返る。

 ローブシンにキテルグマ、ナットレイなどの比較的鈍足と言われるポケモンからの攻撃に対してヒトモシはまるで避ける素振りを見せなかった。というより、回避行動をするよりも前に攻撃が当たっていたというべきか。

 

「なあヒトモシ」

「モシ?」

「ちょっとあっちの木まで競争しよっか」

 

 少し先にある木を指さして競争を持ちかける。

 地面に線を引いて、脚に力を込める。横目でチラリとみてみればヒトモシもやる気満々だ。

 

 

 よーい、ドン!!!

 

 ホップやユウリとよく競争勝負をしている分、走ることにはそこそこ自信があった。息を切らさない程度に軽く走り、木に手を付けたところでゴール。

 結果、圧勝。

 

「ヒトモシ、遅っそ!!!」

「モシシ!!?」

 

 俺が木にたどり着き、振り返ってみればヒトモシはぴょこぴょこと跳ねながら一生懸命に走っていた。それでも、スタート地点から木までの距離の三分の一にすらも到達していない。

 衝撃の事実。なんと、ヒトモシは走ることが苦手であった。

 というかそもそも体が蝋燭だ、飛ぶ跳ねるならまだしも走るようにはできていない身体構造じゃないか。

 ぴょこぴょこ跳ねながらなんとか木にたどり着いたヒトモシを尻目に、俺は思考を巡らせる。

 

「…これ相手が速いと何もできなくないか?」

 

 今回戦ったマッスグマのような素早さの高いポケモンにとって移動が不得手なヒトモシなどまさしく『的』、先ほどのバトルなどそれの良い見本であった。 

 それに加えて『つじぎり』を受けた時点でヒトモシはもうフラフラで戦闘不能間近であった。効果抜群の攻撃だったとはいえ防御力もかなり低かったことがわかる。

 

「…俺にこいつを使いこなすことができるだろうか?」

 

 俺との競争に負けて悔しかったのか一生懸命走り込みをしているヒトモシを見る。

 このあまりにもトリッキーなスタイルのポケモンを俺がきちんとバトルしていけるかどうか、とても不安になるのだった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 先ほどのバトルを振り返った俺達は、まずは攻撃を当てることに専念することにした。

 

 

「ヒトモシ、『おにび』!」

「モシシ!」

 

 『おにび』はゆらゆらと宙に浮かび、ヒトモシの意思に従って自在に動かすことができる。操っている最中は動きが制限される等の制約はあるが、元から移動が得意ではないヒトモシにはあまりデメリットにはならない。

 岩にめがけて『おにび』を殺到させる。

 

 ドゴン!ドゴン!ドゴン!

 

 うーん、命中率はまあまあってところかな。

 5発撃った中で岩に命中したのは3発、ロコンなら全弾命中していたところだがヒトモシはまだまだ操作が甘い。まあ操作に関しては慣れだ、これから地道に頑張っていくしかないな。

 

 

「次だ、『ほのおのうず』!」

「モッシ、シモモ!」

 

 ヒトモシの頭に燃える炎が揺らめき、ゴウ!と火炎の量が膨れ上がる。それは渦を巻いて飛んでいくと岩を包み込んでいき、炎は渦の勢いと連動して岩を焼き焦がしていく。

 『ほのおのうず』は威力も命中力も十分だ。さらに一度当たれば相手を拘束できるので、動きの鈍いヒトモシにとってはかなりのアドバンテージとなるだろう。 

 

 

「よし、『あやしいひかり』!」

「モーーシーー!」

 

 ヒトモシの頭の炎が不規則な点滅を繰り返し始め、怪しげな紫色の光が生まれる。

 それをみているとあたまがくらくらりんぱしいてきてうごごごごごg

 

 

「ハッ!!?」

 

 『あやしいひかり』を直視してしまったせいで少しの間混乱していたようで気がつくと草原に寝ころんでいた。おや、口の中に何かが入っていて噛み締めると独特な味が口の中に広がる。これはキーのみか。どうやら混乱した俺にヒトモシが食べさせてくれたようだ。

 ヒトモシの頭を軽く撫でて「アツゥイ!」から立ち上がる。

 正気に戻ったところで最後の技の練習だ。実はこの技はまだ使ったことが無いからよくわからないんだよな。

 

「ヒトモシ、『たたりめ』!」

「モシーーー!」

 

 ヒトモシの体から不気味なオーラが飛び出す。

 それはゴーストタイプ特有のオドロオドロしい雰囲気を漂わせながら岩を包み込んだ後ふっと消えてしまった。

 

「うん? ヒトモシ、もう一回頼む」

 

 よくわからなかったので、もう一度『たたりめ』を使ってもらう。

 先ほどと同じように不気味なオーラが出ると岩を包み込んでいき、しばらくすると消えていった。

 うーん……こんなときはスマホで検索だ!

 

「『たたりめ』、たたみかけるように攻撃する。……わからん」

 

 具体性に欠けすぎる説明で全くわからなかった、まあなにかしらの攻撃技であることは確かのようだ。

 となればデネボラさんも言っていたあれを試してみよう。

 

「ヒトモシ、俺に『たたりめ』!」

「モッシ!」

 

 ポケモンのことをよく知るためには体を張らねばならない時がある!

 覚悟を決めた男同士に説明など不要。

 ヒトモシから放たれた不気味なオーラが体を包み込んでいくと、体の中の何かが削られていくような感触に見舞われる。視界が霞み、息苦しさがどんどんと高まっていったところでオーラが霧散し俺は地面に倒れ伏せる。

 はぁはぁと息を切らしながら草原に寝転びながら、今の攻撃について考察することにした。

 

 あのなにかが削られていくような感覚。あれは恐らくゴーストタイプなどによくある精神に作用する技だろう。たしかに岩に攻撃していてはわからなかった効果だ。体を張った甲斐はあった。

 ぴょんぴょんと跳ねながらヒトモシが近づいてくる。手にはまた何かのきのみを持っている、気の利くやつだ。

 

「ありがと」

「モシモシ」

 

 ヒトモシに貰った赤いきのみをかじる。なんだかとげとげしているなぁ。

 

 

 

「辛ぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

「モッシッシ」ニヤリ

 

 

 

 マトマのみじゃねーか!!! 

 この悪戯小僧絶対に許さんぞ!!

 悪戯小僧にとって悪戯した相手の反応を見ることこそ一番の報酬。それをわからず一日中ヒトモシを追いかけまわしたせいで、これからもヒトモシの悪戯にたびたび引き回されることになるとは露も知らない俺であった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 

 それから二日、なんとかかんとか過酷なワイルドエリアを抜けてナックルシティの目の前に広がる『ナックル平陵』にたどり着く。

 ストーン平野では徘徊していたヨノワールに冥界に連れて行かれそうになったり、巨人の鏡池を目指していたら間違って危険区域の砂塵の窪地に迷い込み凶悪ポケモンのバンギラスに追いかけまわされもした。巨人の鏡池の池で見つけた『水辺のハーブ』と砂塵の窪地に落ちていた『きちょうなホネ』だけが俺の心を癒してくれる。

 

「ぐ、ぐへへ。この『きちょうなホネ』からとった出汁で作ったカレーに『水辺のハーブ』を乗せる。考えただけでよだれが出てくるぜ……」

 

 ポケモン考古学において貴重な研究材料とされるきちょうなホネをカレーの材料にするなって?うっさい、万物全てはカレーに通じるんだからきちょうなホネもカレーに回帰することを望んでいるはずだ。

 

 

「……それにしても大きいな」

 

 ナックル平陵から見えるナックルシティの全容に、かつてターフタウンとバウタウンを繋ぐ五番道路の橋から見た光景を思い出す。

 その入り口はドラゴンの顎、街の中心にそびえたつナックルスタジアムはドラゴンの翼。

 まさしく、一つの街そのものが巨大なドラゴンで出来ているようだ。

 

「ここに、最強のジムリーダーが…」

 

 七つのジムバッジを集めたチャレンジャーのみが挑める最後にして最強のジムリーダの鎮座するナックルスタジアム。まだ挑むことはできないが、いつか必ず挑戦して勝ってみせる!

 興奮を胸に抱きナックル平陵を自転車とともに駆け抜ける。段々と近づいていくドラゴンの顎はジムチャレンジャーを選抜するための巨大な関所でもあるのだ。

 キキー!と音を立ててたどり着いたドラゴンの顎、そこにはここにたどり着いたジムチャレンジャーを選抜するために派遣されたリーグスタッフの姿があった。

 

「ここはナックルシティの入り口! ジムチャレンジャーはジムバッジを提示し、その力を証明せよ!」

 

 体の芯にまで響いてくるような声。ガタイの良さと相まって、まさしく番兵とでもいうべき風格を持ち合わせたリーグスタッフだ。

 

「ユニフォーム番号『114』、ジムチャレンジャーアカツキ。ここに草、水、炎の三つのジムバッジを!」

 

 懐からバッジリングとそこに嵌められた三つのジムバッジを取り出しスタッフに手渡す。

 

「草バッジ!水バッジ!炎バッジ!

 エンジンシティを含む三人のジムリーダーに認められたことを確認!リーグスタッフ一同、貴方のこれからの活躍に期待しております!」

 

 バッジ確認が終わり、ナックルシティに入ろうとしたところで後ろからなにやら喧騒が聞こえてくる。

 何度も聞いたことのある声に思わず振り返る。

 

 

「あははは、いいじゃないこの自転車アタシ気に入ったわよ!平均時速60キロ出るマクロコスモス社の最新鋭電動自転車、『ローズバイク』って言ったかしら?出たら買うわ!」

「ふ、ふざけないください!故障を直せるというからお願いしたというのに明らかに以前よりおかしくなっているではないですか!?」

「アタシの手にかかれば時速を10キロ底上げするくらい造作もないわ!ついでにオムレツが焼ける機能も追加しておいたけど代わりにブレーキが効きにくくなったわ、お相子よね?」

「ただの不良品ではないですか――!」

 

 

ドッカーーーン!!!

 

とんでもない速度で走ってきた自転車がナックルシティを包み込む外壁に激突して止まる。なんか自転車に乗ってたのが知人だった気もするけど気のせいだろう。

 

「いったー、死ぬかと思ったわ」

「知り合いだった」

 

 現実逃避する時間くらいくれ。

 めり込んだ外壁から出てきたユウリは俺を見つけるとトタトタと寄ってくる。

 

「追い付いたわよアカツキ!自分だけ自転車持ってるからって一人だけ早くナックルシティに着こうったってそうはいかないんだからね!」

「せっかくオリーヴさんから頂いたマクロコスモス社の試作品だというのに……」

「あんたも男ならうじうじ言わない。ほら、オムレツ出来たわよ」チーン

「いりません!」

「ならアカツキ食いなさい」

「もぐもぐ。あ、美味しい。オムレツカレーも悪くないかも」

 

 オムレツを食べている間二人が口論は重ねていく。

 聞く限り電動自転車が故障したからユウリに修理を依頼したらオムレツを焼く機能がついた代わりにブレーキが壊れたらしい、これはユウリに頼むのがどういうことかを理解していなかったビートが悪い。

 ご馳走様、と手を合わせる。

 

「ゼーハー。こ、これ以上は時間の無駄のようだ。スタッフ、これが僕の勝ち得たジムバッジです。さあ、御覧なさい」

「……確かに!ビート選手のジムバッジ確認いたしました!どうぞ、お通りください!」

 

 ユウリと口論することが不毛だと判断したビートがジムバッジをリーグスタッフに確認させる。

 スタッフがバッジを確認し立ち退くと、自信満々に振り向いたビートがキザッたらしく髪をかき上げて上機嫌でこちらを指さしてくる。

 

「僕はこれから委員長との大切な約束があります。どうです!羨ましいでしょう!」

「いや……別に、そこまで」

「この名誉がわからないとは、やれやれ。おっと、こんなことをしている暇もない。では失礼しますよ凡人チャレンジャー諸君」

 

 なんだかいつもと違いやたらとテンションの高いビートが、半壊した自転車をコロコロと転がしながらナックルシティに入っていくのを見送った。

 

「で、なんでユウリとビートが一緒になってたの?」

「だーかーらー言ったでしょ。あのピンクが自転車壊れて半ベソかいてたからアタシが修理してやったのよ。そんでちょうどいいからあんたに追い付くために二ケツさせてもらったわけ」

 

 ユウリもバッジを見せ終わったようで一緒にナックルシティに入る。

 

「でもユウリにしては珍しくない?自分のものやホップのものならともかく赤の他人の自転車にあんなみょうちきりんな改造するなんて」

「『みょうちきりん』って今日日聞かないわね」

「『今日日聞かない』も大概だと思うけど」

 

 ユウリにしては歯切れが悪く話を逸らそうとしている。

 ユウリは確かにヤベー奴だけど、年上には敬語を使うし見ず知らずの他人にまで普段のノリを強要することはない。だというのにビートの自転車オムレツ焼き機に魔改造していた。これはちょっとおかしい。

 

「もしかして…ホップに何かあったの?」

 

 最近あったビートとのいざこざなんてそれくらいだ。

 そしてそれは当たっていたようでユウリの肩がびくっと震える、どうやら本当に何かあったようだ。

 

「ホップは負けたらしいわよ。それも散々だって」

 

 ユウリはどこか拗ねたような態度でそう言う。

 なんとホップはビートにコテンパンにやられてしまったらしい。

 

「あのピンクにあった時ホップに勝ったことを誇らしげに言われちゃってね。『あんな無様を晒したのにまだジムチャレンジを続ける気ですよ?』だの『推薦してくれた人に恥ずかしくて顔向けできないでしょう』だの言われてなんか頭に来たのよ」

「それは……」

「わかってるわよ。これはポケモンバトルに負けたあいつの負うべき責任でアタシがどうこう言うべき問題じゃないってことくらい…

 でも、あたし達にとってこのジムチャレンジは無様を晒したから諦めるなんて簡単なものじゃないでしょ」

 

 ユウリの言葉に二日前カブさんにお見送りをされた時、そしてねがいぼしの落ちてきた日のことを思い出す。

 

 

『『『もちろん優勝するのは俺(オレ)(アタシ)だ(だぞ)(よ)!』』』

 

 

『オレは最強の!』

『あたしは頂点の!』

『俺は…最高、そう最高の!』

『『『チャンピオンを目指す!!!』』』

 

 

 どの光景もまだ鮮明に思い出すことができる。

 確かに、俺たちの約束を知らないビートから『無様を晒したのに挑戦をやめない』だの『恥ずかしいこと』だの言われれば頭にくるという気持ちはすごくわかる。

 そして、その言葉が誰よりもホップに突き刺さる言葉だというのを俺達は知っている。

 

「あいつは人一倍ダンデさんの弟だってことを誇りに思ってる。だからあのピンクの言葉で悪く転がらなきゃいいんだけどね」

 

 ホップのことを誰よりもわかっているユウリが心境を言葉にし吐露する。

 俺達は大切な友達のことを気にかけながら、ナックルシティの狭き門をくぐるのであった。

 

 

 

 

「つまりあれだね。『むしゃくしゃしてやった、反省はしてる』ってやつだね」

「え?改造については反省してないわよ?」

「あれぇ?」

「だってオムレツ焼けるのよ?ブレーキの故障なんて些細なことじゃない!」

「やっぱヤベー奴じゃん」

「あ”?」

 

 

 




ローブシン、ヨクバリス、キテルグマ、ナットレイの四体は実際にゲームでボコってきた体験から書いてます。みんな軒並みレベル高くてパーティレベルがぐんぐん上がりますね。
ブシンはエッジ、ナットレイはアイへ怯みやめちくりー


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47、お茶会

久しぶりに友達とポケモンで対戦したらトゲデマルにやられてしまった。

頑丈からのチイラ起死回生は強いや。
砂嵐でダメージも食らわないし、もしやトゲデマルかなり強いのでは?


「この『ハート飴細工』すっごく綺麗、手が込んでる!」

「でしょう。わたくしもナックルシティに来た時にはよくこのお店に通っていましてね。いつもはオリーヴ君にカロリー量を監視されているのですが今はそのオリーヴ君もいません! 気のすむまで食べましょう!」

「すいませーん、カレースイーツはないですか?」

「…申し訳ありません。当店にそういった品は…」

「そうですか…あ、だったら俺が――!」

「やめなさい。スイーツ店がカレーの匂いなんて漂わせたらお店つぶれるわよ」

 

 ナックルシティにあるオシャレなスイーツカフェで舌鼓を打つ俺とユウリ、そしてローズ委員長。

 この組み合わせがスイーツカフェでお茶をしているのを説明するには少し時間をさかのぼることになる。

 

 

 

 ナックルシティの関所を越えて街に入った俺達の眼前に広がっていたのは街の中央にそびえ立つ巨大なスタジアム、とそれを包み込むほどのさらに巨大な城壁であった。

 

「大きいなー!」

「実はこのナックルシティはかつてのお城を丸ごと改造して作られた街、だそうよ」

「え、それって昔のお城の大きさが街一つ分あったってこと?」

「うーん、そうなんじゃないの? ナックルシティを囲んでたあの丈夫そうな壁も昔の城壁をそのまま流用してるらしいし」

「はえー、すっごい」

 

 ガラル地方の中心地ともいえるこのナックルシティ。

 街一つが丸ごと城壁に囲まれた堅牢な街。街を包み込む城壁にはところどころほころびや過去の戦いの爪痕のようなものが残されており、それがこの街の歴史というものを感じさせる。

 ワイルドエリアという野生のポケモン達が跋扈する危険地帯と隣り合いながらこれほど発展と繁栄を築き上げているのはそれだけこの街を守る城壁が頑丈ということなのだろう。……さっきユウリとビートが壁の一部壊してたけど。

 

 そしていつもならここで素早くスタジアムに直行しジムチャレンジの登録を行うところなのだが、残念ながらここにあるのは八番目のジム。まだ俺達が挑戦できる段階ではない。というわけで急ぐべき用事も特にないと思っている。

 

「今日くらいはこの街の観光とかしてもいいんじゃないかしら?」

「そうだね。カブさんのところで足止めを食らってる挑戦者も多いし……少しくらいはいいかも!」

 

 顔を見合わせる俺とユウリ。

 好奇心が抑えられなくなった俺達はすぐさま駆け出す、新しく来た街でやることと言えばただ一つ!

 

「うまい飯屋はどこだー!」

「美味しいスイーツとブティックがアタシを呼んでいるわ!」

 

 田舎から飛び出した子供にとっては大都会など右を見ても左を見ても興奮の嵐、お宝の山にしかみえない。

 観光をするというなら一分一秒たりとも無駄にできないぜ!

 

 

 

「いい匂いがする」

「あそこにあるバトルカフェね、エンジンシティにも同じようなカフェがあったわ」

「ああ、そういえばあったね」

 

 店主と店内でバトルができるという風変わりなバトルカフェ。そこから漂う甘い香りが俺達の足を止めさせた。

 エンジンシティのカフェと同じく店構えはガラスで出来ており外から中をのぞくことができる。店内はどんな感じなのかをちらっと覗いてみると、なんとそこには俺たちより先にナックルシティへと入って行ったビートが座っていた。

 

「甘いもの苦手そうな顔なのに珍しいな」

「いいえ、もしかしたらあの不機嫌そうな顔の癖に甘いものを食べた時だけ表情が緩むとかそういう設定かもしれないわ」

「…そういうのって女の子的には受け良いの?」

「いいわね」

「ッチ、ビート〇ね」

「……あんた、偶にあのピンクに対して口悪くならない?」

「顔がいいから」

「あら、あんたもそういうお年頃? うぷぷ、男の嫉妬は……」

「あとあんなに強いのに他のチャレンジャーのことをやたら見下す態度とかダンデさんに失礼なところとか一々言葉のチョイスが人の心を逆撫でしてくるところとかいっつも威張ってばかりのところとかノミとハンマーを捨ててドリルに使ってたところとか委員長のことばっかりで人のこと全然認めてくれないところとか……」

「わかった。わかったからもういいわ」

 

 俺の口から次々と出て行ったビートへの不満は「男子ってめんどくさいわね~」とつぶやくユウリによって制止される。言いたいことはまだ山ほどあるんだけど…まあいいか。

 そこから体を隠し、店の外から店内のビートを覗く。

 席の関係で最初はうまく見えなかったが、対面に誰かが座っているのがわかった。

 

「あれローズ委員長じゃない?」

 

 ユウリの方が対面の相手が誰なのか、いち早く気がつく。

 本当だ、よく見れば秘書のオリーヴさんらしき人が後ろに立っている。

 ビートもいつもの悪態をつくような態度ではなくきちっとした態度で、まるで外行きの仮面をかぶった猫のようだ。

 

「―――と、いうわけでねがいぼしもジムバッジも順調に集めています!」

「さすがですビート選手。委員長に選ばれたことに自覚をもって励んでいるようですね」

「ええもちろんです! 委員長に頂いたこの機会、必ずや成果を上げてみせます」

「はは、嬉しいね。君の様に未来有望な若いトレーナーがこれからのガラル地方を背負っていくんだ。期待しているよ」

「ッッッ! 感激の極みです!」

 

「誰? あれ」

「ビートは委員長大好き侍なんだ」

 

 憧れの人に期待をかけられて喜んでいるビート。いつもとのギャップは凄いけど。

 

「それにぼくの集めたねがいぼしが委員長を悩ます不安の種を取り払うことができるんですよね?」

「僕の、というよりはガラル地方の未来のためだけどね。それにねがいぼしだけでは足りない。ダンデ君……チャンピオンのような強いポケモントレーナーも必要なのさ」

 

 自分の功績を誇るかのようにねがいぼしの話をしていたビートだがローズ委員長の『ダンデ君』という言葉に眉を顰める。

 

「………お言葉ですが、チャンピオンの推薦したトレーナー・ホップには実力の差を見せつけてきました」

「…ほう」

「ええそうです、あの程度のトレーナーを推薦したチャンピオンやその他の推薦トレーナーなど恐れるべくもありません。ぼくなら、チャンピオンにも勝ってみせます!」

「……うん、いいね。そうでなくっちゃ。ジムチャレンジはみんなで競い合い、盛り上げる最高の舞台だからね。これからも吉報を待ち望んでいるよ」

「……ビート選手、委員長とのお話にもひと段落がついたことですし少しお話したいことがあります。一緒にスタジアムにきていただけますか」

 

 その後、ビートはオリーブさんに連れられてバトルカフェを出て行った。俺たちはというと慌てて物陰に隠れて、二名が店を出て行く姿を見送った。

 

「危なかった」

「…それにしてもあのピンク、調子に乗ったこと言ってくれてたわね」

 

 ユウリが頭にかぶったベレー帽を掴み握りつぶす。先ほどのビートの発言に怒り心頭のようだ。

 

「だね、俺もさすがにホップやダンデさんを軽んじるあの発言は……」

「よくもアタシをその他トレーナー扱いしてくれたわね!」

「あれ! そっち!?」

 

 どうやらユウリの怒りの矛先はそちらのようだ。

 

「だってそうでしょ。ホップが負けたのはあいつの責任よ、それにあんなピンクが何を行ったところでダンデさんの強さにはなんの陰りも起きないわよ」

 

 ユウリの発言には、特にダンデさんの強さへの全幅の信頼のようなものを感じることができた。

 最強無敗のダンデ伝説を近くで見てきたのだからそれも当然なのか。

 

「あのピンクもホップもダンデさんも倒して最後に頂きに立つのはこのアタシだってことを覚えときなさい!」

 

 誰に言うでもなくそう大声で宣言するユウリ。まさしく天井天下唯我独尊のユウリらしい。

 

コツコツ

 

 そして、ユウリが往来のど真ん中でそんなことを叫べばすぐ近くにいたあの人の耳にも目にも入るのは必然であった。

 

「やあ、ユウリ君にアカツキ君。お暇なら僕と一緒にお茶、なんてどうかな?」

 

 これが冒頭に至るまでのお話である。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「『ミアレガレット』おかわりください!」

「なんの、俺は『フエンせんべい』十枚!」

 

 というわけでオーズ委員長のおごりで絶賛カフェを満喫中だ。タダで食う飯はうまい。

 

「いい食べっぷりだ。これは僕も負けてはいられないね、僕には『ヒウンアイス』をくれるかな」

「ご注文、承りました!」

 

 俺たちの注文を聞いた店主の方が大急ぎで厨房に戻っていく。ローズ委員長がお客ということで店主自らが注文を聞きに来るというまさかのVIP待遇だ。

 

「僕はお忍びできているわけだからああも緊張して対応されるとむず痒いのだけどね。もっとフレンドリーなのが望ましいよ」

「いやぁ、ガラル地方のありとあらゆるものの所有権を持つローズ委員長に逆らえる人なんていませんよ」ゴマすりすり

「そうでゲス。このガラル地方においてはまさしく『神』とお呼びしても不思議はないでゲス」太鼓もちもち

「はは、その口調やめてもらってもいいかな?」

「「すみませんでした!!」」

「よろしい」

 

 ローズさん結構マジのトーンであった。

 大人のマジトーンは子供にとってどんなゴーストタイプよりも体を震え上がらせる。というわけで一瞬で態度を改める。

 『ヒウンアイス』に舌鼓を打つローズさんはコーヒーとともに優雅なティータイムをおくっている。その真ん前でバリバリ音を立てながら『ミアレガレット』と『フエンせんべい』を食べるユウリと俺はどうにも場違いだ。

 

「ふう。さて、お茶もひと段落したところで何を話しましょうか」

 

 最後のひと口を堪能し、アイスの甘さと冷たさを湯気立つコーヒー洗い流したローズさんが一息をつく。

 

「あ、質問いいですか」

 

 思い切ってローズさんに質問をしてみると心よく引き受けてくれる。

 俺が聞きたかったこと、それは、

 

「ビートとローズ委員長はどういうご関係なんですか?」

「わたくしとビート選手……ですか?」

「はい。ビートの行動は手段はどうあれローズ委員長に認められたい、役に立ちたいという思いが先行しているようなので」

 

 ビートはあの態度から全方面にケンカを売っているが、ローズ委員長のために行動し、ローズ委員長のためにねがいぼしを集めたりしている。

 言い方は悪いがあのビートがそこまでローズ委員長に心酔しているのは憧れや尊敬などよりもっと強い感情があるのではないかと思ったのだ。

 

「君たちはビート選手のリーグカードは持っていますか?」

「持ってます」

「アタシも持っています」

 

 俺は第二鉱山で、ユウリは自転車を直した時に貰ったというリーグカードをカバンから取り出す。

 いつみてもふてぶてしい決め顔で右手の腕時計を構えているのが無性に腹が立つ。

 

「そちらの裏面に書かれている紹介文におおよそのことは書いてあると思うのですが…」

「え、裏面に紹介文とかあったの?」

「あるわよ。ほら」

 

 そういってユウリがカードの裏側をこちらに向けてくると確かに何かが書かれてある。

 自分の持っていたリーグカードを翻して裏に書いてある自己紹介文に目を通していると、少し懐かしむような目でローズ委員長が語り始める。

 

「彼は幼少の頃から保護施設で育ちましてね。施設の職員の方からも他の子どもたちともなじめずにいたそうです。

 わたくしが慈善事業の一環としてその施設に訪問した際、プレゼントしようと思ったポケモンが彼に懐いてしまったのが始まりですね」

「そのポケモンってもしかしてミブリムですか?」

「おや、よくわかりましたね」

 

 ビートの一番の相棒で特に彼が大事にしていたのがミブリムであった。

 他のポケモンと比べても隔絶した強さだったのはそういうことだったのか。

 

「話を戻しましてそのミブリムを使ってわたくしとバトルをしたいと彼が申し込んできましてね」

「もしかしてビートが勝ったんですか?」

「いいえ、もちろんわたくしが勝ちました。これでもわたくしバトルの腕には少々自信があるのです」

 

 力こぶを作るように自信のほどを語る。

 するとユウリに横から肘で突かれる、なんだと思っているとローズ委員長のリーグカード取り出し裏側を見せてくる。

 

「えーと、『過去のチャンピオンリーグで準優勝…』……準優勝!?」

 

 リーグカードの裏側と委員長の顔を相互に見比べる。

 「苦く、輝かしい過去の栄光ですがね」と苦笑するローズさん。

 ガラル地方で一番偉い、とまで言われる人間がさらにてゃんぴおんと戦うほどの強さも持ち合わせていたというのが驚愕だ。そこにどれだけの才能と努力があったのか、俺では想像することすらできない。

 

「彼には類稀なるポケモンバトルの才能があったにで、いくつか教育の機会を設けてあげた…くらいですかね。

 わたくしとしてはガラル地方の発展のためにその力を振るってほしかったのですが」

 

 そう締めくくる委員長の目にはどこか憂いのようなものが浮かんでいた。

 

 ビートの話がひと段落したところで、次は何を話そうか?とローズ委員長は首をひねる。

 うんうん悩んだ末にぱあっと顔を明るくし、手を叩く。

 

「そうだ、君達にねがいぼしの話をしようじゃないか」

 

 『ねがいぼし』、その単語の名前を聞いて無意識に右手のバンドを見るとローズ委員長がうんうんと頷く。

 

「そう、君たちの腕に着けてあるダイマックスバンドについている不思議な石のことだ」

「願いを持つ人のところに落ちてくるって言われているんですよね」

「そう! まさしくその通りだ。夢馳せる想いに引き寄せられて落ちてくる、何ともロマンチックだよね」

 

 ローズ委員長の言葉通りこのバンドについてあるねがいぼしは旅立ちの日に誓いを立てた俺達三人のもとに空から落ちてきたのだ。まさに俺たちを運命づけたと言っても過言ではない。

 

「でもね、ねがいぼしに秘められた力はロマンチックな力だけじゃないんだ。詳しくはこのタブレット端末で説明しよう」

 

 懐から取り出した端末をこちらに向けて真っ黒な画面を起動させる。

 画面にはねがいぼしを模した赤い石を塔らしきものに集め、塔の中でエネルギーに変換する様が描かれている。そして、エネルギーの向かう先は夜の中で明るく光り輝く街と笑顔のローズ委員長のイラストだ。

 

「わかりやすいですね」

「この塔というのがだねナックルシティの中心にそびえ立つ、あのナックルスタジアムなんだよ」

 

 ガラス張りの窓から外をのぞく。

 ここからでも見ることができる巨大なドラゴンが翼を広げたかのようなあのスタジアムにはそんな役割もあったのか。

 

「わたくしたちの暮らしにとって電気やガス、水道などのエネルギーは無くてはならないものだ

 わたくしの関連グループではねがいぼしのエネルギーによって皆さんの生活を支えることを目標としているのです」

 

 そう力強く力説するローズさん。

 今までそれほど考えたことが無かったが改めて考えると俺たちの周りには便利なものが溢れている。それは、ガラル地方を旅しキャンプなどで生活するようになったことでより強く感じるようになった。

 

「……でも、今の話を聞いてるとねがいぼしがなくなったら俺達の生活は成り立たなくなるんじゃないですか?」

 

 もちろんねがいぼし以外からエネルギーを取り出すこともできるのだろう。

 しかし、現在のガラル地方では多くのエネルギーをねがいぼしから取り出したものに頼り切っている。ビートがローズ委員長からの依頼によってねがいぼしを集めているというのも中々切実な問題から来るものでもあったのだと考えればつじつまが行く。

 すると、俺の疑問が意外だったのかローズ委員長は目をパチクリさせながら見てくる。

 

「アカツキ君、君は中々いいところに着眼点を持っているね。普通キミくらいの歳だとそこまでは思いつかないと思ったのだけどね」

「俺もねがいぼしを掘ったりしたことあるので。ねがいぼしって思っている以上に貴重な品物だってことに気がついたんです」

「そうだね。ねがいぼしはこの地方のいたる所に落ちて来てはいるが、それを実際に人が手にすることはとても少ない。見つけるのには非常に労力がかかるんだ」

 

 「その分一つだけでもすごいエネルギーを生み出してくれるんだけどね」とはローズ委員長が話す。

 そういえばテレビや雑誌の広告なんかで、『結婚のきっかけは彼氏から貰ったねがいぼしのアクセサリー』とか『ねがいぼしを拾ったことで女の子にモテモテになって、髪もふさふさになりました』とか見たことあったっけ。俺も引っ越してきた最初の頃は物珍しくてよく見てたけど、広告の方は胡散臭くてすぐに見なくなった。

 

「でもいつかトレーナーがみんなダイマックスバンドを持てる、みたいな日が来るかもしれないわね!」

 

 ユウリの発言にローズ委員長もなかなか興味深そうな目で見てくる。

 

「ガラルの皆がダイマックスバンドを……なるほど、それは確かに面白い発想ですね」

「皆がみんなダイマックスバンドを持てたら、それこそローズさんも言っていた”ガラル地方の皆がダンデさんくらい強くなる”っていうのも不可能じゃなくなるかもしれませんね」

「むむむ! そう考えると居ても立ってもいられませんね。

 なるほどなるほど、そういったアプローチもあるのか!こうしてはいられない、わたくしの方でも仕事に取りかからなければ!」

 

 ユウリの言う『全トレーナー総ダイマックスバンド計画』を聞いたローズさんは居ても立ってもいられないとばかりに席を立ち上がると席に置いてあったメニュー表を掴んで、背もたれにかけていたスーツを華麗に羽織る。

 

「いやぁ、やはりダンデ君の推薦した若きトレーナーだけはある。君達若きトレーナーとの話はいつだって有意義だ。ガラルの未来も安泰だよ。

 支払いはこちらに任せてくれ。あとでわたくしのところに請求が来るようにしておくからキミたちは存分にお茶を楽しんで行ってくれたまえ」

 

 そういって意気揚々とカフェを出て行ったローズ委員長。

 

「君たちには、いつだって期待しているよ」

 

 

「大人だぁ……」

「痺れるわぁ……」

 

 その後、ガラル地方一のお金持ちの財力に甘えるようにたらふく食べさせてもらったのだった。

 

 

 

 後日、

 

「委員長、バトルカフェからの請求書が届いています。こちらで処理をしておきます」

「ああ、頼むよ」

「累計……5万円!? 委員長、私が目を離した隙にいったいどれだけカロリーを摂取したのですか…?」

「ははは、未来への投資だよ」

 

 

 



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48、最強のジムリーダーと英雄のタペストリー

ジャンプ面白いなー
って読んでたら今連載してる20作品の内10作品が今年から始まった新連載で「マ?」となりました。


 

 

 ローズ委員長のお茶会で満足するまで都会のスイーツに舌鼓を打った俺達はその後別行動を取ることにした。

 ユウリはショッピングに、そして俺は街の名所めぐりにだ。

 ナックルシティにはガラル地方中世の歴史的な建物がごまんと残っており、エンジンシティのような近代的な都市とはまた違う人の賑わいをこれでもかと見せていた。

 

「へー、中も見学できるのか。見てみようかな」

 

 中世の建物は城壁を作られた頃と同じ時代に作られたものらしく、中にはその時代の食器や工芸品などが飾られており一つの博物館のような構造をしていた。

 他の地方から引っ越してきた俺としてもこういった歴史の品というものを見るのはワクワクする。

 

「おっと、これは剣?」

 

 飾られてあったのは中世の騎士が着ていたという全身を覆う鉄でできた甲冑。

 甲冑の左手には分厚き盾が、右手には鋭く磨かれた剣が握られている。中身は入っていないが、勇ましい騎士の姿には男の子として惹かれるものがある。

 

「…そういえばエンジンシティのホテルでは英雄の話を聞いたっけ」

 

 エンジンシティのホテルに飾られていた金色に輝く英雄の像の話を思い出す。あの話をしてくれたソニアさんは今頃どうしているだろうか。

 俺がそんなことを考えていると他の観光客の話が聞こえてきた。

 

「すっげえ迫力だぜ。さすが歴史を残す街、ナックルシティだよな」

「そういえば聞いたか?この街には普通の人間には入れない『宝物庫』なんてものがあるらしいぜ」

「それは見たいな、どこにあるんだ?」

「街の西側にあるらしいが行っても許可がないと入れないらしいぞ」

 

 『宝物庫』か、随分大層な名前だがここにある昔の品よりもずっと価値のある高いものとかが飾ってあるんだろうな。

 それこそさっきまで考えていた大昔の英雄についての品なんかがあったりして。

 

「でも許可がないんじゃ入れないよなぁ」

「なんの許可が必要って?」

 

 ふと呟いたところで横から声を掛けられる。

 その女性の声に振り向いて見ればそこには久しく見たサイドテールの女性が片手で髪をもてあそびながら立っていた。

 

「ソニアさん! おひさしぶりですね」

「いえーい。ジムチャレンジ、順調に勝ち上がってるみたいでなによりね」

「といっても今日ここにいるのは観光のためですけどね」

「いいのよジムチャレンジなんてそんなもので。ガラル地方をまるっと巡るんだから観光しなくちゃ損よ、損」

 

 そういいながらソニアさんの顔が少しずつ暗くなっていき「ダンデ君……トラブル……うっ、頭が」と頭を抱えていく。以前にもこんなことがあったがダンデさんは本当にジムチャレンジ中何をしていたのだろうか?

 

「ま、まあいいわ。それで少年、なんの許可が必要ですって?」

「さっきナックルシティには宝物庫があるって小耳にはさんで。でも、入るには許可が必要だから無理かなって」

「ふっふっふ、少年よ。その願い、叶えてしんぜよう!」

「ま、まさかソニアさんは許可を!?」

「ええ、その通り!ローズ委員長から許可を……」

「マグノリア博士の孫だからってその権力を乱用して許可を取ったんですね!」

「そうそうお婆様の権力が……って、違うよ!? ローズ委員長から正式に許可を貰ったの、というかその時キミも一緒に居たでしょ?!」

「(バウタウンでの会食を思い出す) ああ、そういえばそんなこと言ってましたね。宝物庫がヒントになるかもしれないとかなんとか」

「あ、あんまりそういうこと言わないでね? ほら、世間体が」

 

 あたふたと慌てふためく年上の女性はなんだかとても新鮮であった。

 マグノリア博士に小言を言われて肩をすくめていたり、ダンデさんに振り回されていたり、知的な私見を披露したりとソニアさんは本当にいくつもの顔を持っている。

 そういえば、と思い前々から気になっていたことをソニアさんに聞いてみることにした。

 

「そういえばソニアさん」

「なに?」

「ダンデさんとは付き合ってないんですか?」

「ブーーーーー!!!」

 

 前々から気になっていた質問をド直球に聞いてみるとソニアさんが噴き出す。ゲッホゲッホ、といくらかえづいた後でなにやらこちらのことをおかしなものを見るかのような目で見てくる。

 

「あ、あたしとダンデ君が? 付き合ってる?」

「はい」

「ないない、ないないないないない」

 

 両手をブンブン振るって否定の意をこれでもかと示してくる。

 

「でもダンデさんと幼馴染なんですよね」

「そりゃあダンデ君とは子供の頃から一緒だけど。でも、だからって付き合っているってのは飛躍しすぎなんじゃないかな?」

「俺、幼馴染萌えなんです」

「えぇ……」

「タネの頃から一緒に育てたきのみ同士を、最後には一緒にカレーにしてあげるのとか良いですよね……」

「なんかレベル高くないかなその話」

「じゃあ隣同士の家に住んでる幼馴染が結ばれる話とか」

「今度は一気にベターな幼馴染みの話になったわね…」

 

 幼馴染み最高!!幼馴染み最高!!

 さあ画面の向こうにいるそこのあなたも幼馴染み最高と叫びなさい。

 

 

 

 おっと思考が少し異次元に行ってしまっていたらしい。

 いかんいかん、こういうのはカレーの話をする時だけにしないと。

 

「まあ、あたしもそういうことを考えたことが無いとは言い切れないけどさ…」

 

 といいながら左のサイドテールを手持ち無沙汰にくるくると弄るソニアさん。

 

「お、これはもしかして脈あり?」

「最近はお婆様から早く孫の顔みせろって言われたり……」

「ソニアさんがすでに孫なのでは?」

「その割には早く自分の後を継げって小言言われるし……」

「ミミロルとホルビーを追うもの一兎を得ず、ってやつですね」

「なのにモデルとジムリーダーを兼任してるルリナの方はなんかヤローさんといい感じっぽいし……」

「そういえばルリナさんって『ヤローくん』って呼んでましたね、滾ります」

「でも研究に没頭してたら出会いなんかないし!!」

「切実ですね」

 

 ソニアさんの語尾が弱気な感じからどんどん強くなっていくのを感じそれとな~く建物の外へと誘導していく。さすがに建物内でこの話はね…

 

「もー、ただでさえブラッシータウンは穏やかだけど出会いがないのにさらに研究室なんかにこもってたら彼氏なんてできるわけがないでしょコンチクショー!!!」

 

 もはやただの愚痴になってきてしまっている。20代の女性にこの手の話題は禁句だったようだ、アカツキは覚えた。

 とりあえず色々な愚痴を吐きまくって疲れ切ったソニアさんをベンチに座らせてから近くの自動販売機で買ってきた『おいしいみず』のうち一本を手渡す。

 

「ぐすん……ありがとね」

「いえ、こっちもデリカシーにかけてました」

 

 二人でベンチに座り『おいしいみず』を呷る。冷たさとなめらかな舌触りがのどを駆け抜けていく。

 

「……気遣いできるし……ありか?」

「???」

 

 なんか横でぼそっと呟いているソニアさんの言葉はよく聞こえなかった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 というわけで街の西側にあるやたら大きくて厳重な造りの建物にたどり着く。

 宝物庫、という言葉の通り出来たのは恐らく城壁と同じく中世の頃なのだろう。頑丈なレンガ造りの構えはただならぬものがあるとみている側からもわかるほどだ。

 

「これは、ドラゴン?」

 

 宝物庫の入り口、木で出来た丈夫な扉の上にはドラゴンの像が埋め込まれている。

 

「ここナックルシティのジムリーダーは代々ドラゴンタイプの使い手でね。城の宝物庫を守る番人、って役割も持っているのよ」

「へー。確かに昔話とかだとドラゴンタイプが集めた宝物を守っているって話をよく見ますしピッタリですね」

 

 ジムリーダーが番人として守っているならこれほど頼りになるものもないだろう。襲う方だって願い下げだろう。

 そんな感じで宝物庫の前で立ちこんでいると後ろのバトルフィールドからポケモンバトルの音が聞こえてくる。

 

「いけトリトドン、ぽわーぐちょぐちょ!」

「……とどん」

「なんのサイドン!」

「ドドォン!」

 

 宝物庫に背を向けると、そこには若者が操るトリトドンと壮年の男性の操るサイドンがバトルをしていた。

 どちらも地面タイプではあるがトリトドンは水タイプを持っている。地面・岩タイプのサイドンではきつい戦いだ。

 

「押し切るぞ、『みずのはどう』!」

「とーどー、ンン!」

 

 トリトドンの口に集まった水のエネルギーが『みずのはどう』となりサイドンに一直線に飛んでいく。

 

「なんの、タイプで負けようと年期が違うわい!

 サイドン、『アームハンマー』!」

「ドォン!!!」

 

 しかし、効果抜群の技を軽々と『アームハンマー』がはじき返す。

 

「なっ!」

「あっ!」

 

 二人のトレーナーが同時に声を上げる。

 『アームハンマー』によって見事にはじき返された『みずのはどう』が宝物庫に飛んでいく。

 そして今、俺達がいるのは宝物庫の前だ。

 気がついた俺はなんとか避けようと体を動かす。

 そしてギョッとする。体を少し動かしたところで気がつく、俺の後ろにはソニアさんがいることに。

 

「(このまま避けたらソニアさんにッ!)」

 

 未だ宝物庫を眺めているソニアさんは全く気がついていない。

 ソニアさんに当てさせるわけにはいかなかった俺は避けようとする体に急ブレーキをかけると全身を広げ、攻撃を受け止めるための盾とする。

 

「(なんとかこれで!?)」

 

「いい反応だ!男だぜぇ!」

「ジュラァァァ!」

 

 俺が攻撃を受け止めようとした瞬間、男性の声とともに目の前に巨大な鉄の塊が降ってくる。

 いや、それはただ鉄の塊ではない。

 

「これは、ジュラルドン!?」

 

 全身を鋼鉄で覆われた鋼の竜が目の前に立ちふさがる。

 そしてジュラルドンは飛んできた『みずのはどう』に対して何の危機感も抱かぬとばかりに難なく受け止める。

 弾けた水飛沫が周りに散らばりながら後ろに立っていた俺は驚く。

 なんとこのジュラルドン、攻撃を食らったというのに一歩も体が動いていなかった。重厚な鋼の肉体はあらゆる攻撃を寄せ付けない無敵の鎧なのだ。

 俺が茫然としていると、どこかで見たことのある褐色の肌をしたジュラルドンに男性が駆け寄る。

 

「これくらいじゃびくともしねえよな」

「ジュララァァ!」

 

 男性がカンカンと鋼の体を叩いて無事を確認するとジュラルドンが勿論だ、とばかりに唸り声をあげる。

 そしてバトルフィールドから走ってきた壮年の男性と若者が褐色の男性に必死に頭を下げ始める。

 

「もうしわけありませんキバナさん!」

「お怪我はありませんか!?」

「心配すんな、あの程度の攻撃じゃこいつには傷一つ付かねえよ。なあ相棒」

「ジュンジュラァァ!」

 

 ジュラルドンの方はやはりというか無傷。

 そして謝られている男性の方はキバナというらしい。キバナ…キバナ!?

 

「それより、謝るべきなのはオレ様にじゃなくてこっちの奴らにだろ」

 

 そういって褐色肌の男性がこちらを向く。

 男性は頭にオレンジ色のバンダナを巻き、荒々しいまでの八重歯を光らせる。

 その姿は、あの旅立ちの日にチャンピオンダンデと壮絶な死闘を繰り広げていたドラゴン使いにしてガラル地方最強のジムリーダー。

 

「八番目のジムリーダーのキバナさん!?」

「俺のこと知っていやがったのか。なら話は早い、オレ様がそのキバナだ!」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「あれ、キバナ君じゃんやほー」

「ソニアじゃねえか。久しぶりだなー!」

 

 と俺のことは放置され知り合いらしい二人はさっそく会話に花を咲かせる。

 

「だ、大丈夫でしたか?」

「あ、はい。キバナさんとジュラルドンが守ってくれてたので」

「私たちもバトルに熱くなりすぎてしまいました。本当に申し訳ない」

 

 無事、の一言に若者と壮年の男性はホッと一息を吐く。

 二人には”よくあることだけど次からは気を付けてほしい”といってそのまま帰す。

 とぼとぼと歩いていく背中には哀愁が漂っていた。わざとではないとはいえ年下の自分に色々と言われるのは堪えたのだろう。

 

「そうだ、キバナ君!この子、この子がダンデ君の推薦したトレーナーよ!」

 

 俺が二人の背中を見送っているとソニアさんにガッと掴まれる。まるでお気に入りの人形を見せびらかすようにして楽し気に紹介していく。

 

「ダンデ君の弟のホップとその友達のユウリ、そしてこのアカツキ君よ。結構強いんだから!」

「へぇ…聞いてるぜ、この前カブさんを倒したんだってな……」

 

 じっくりと値踏みをするようにこちらを見る。

 その目は獲物を見つけた獣のように獰猛で、こちらの一挙手一投足を余さず視界に収めていく。

 しばらくその圧に晒されていたものの、ふっとその重圧が消える。

 

「いいねぇ……

 ダンデの奴が推薦したっていうからどんな奴か気になっていたが、さっきの男気と言い良いトレーナーだな!」

 

 キバナさんが肩をバシバシと叩いてくる。

 どうやらキバナさんのお眼鏡にはかなったようでホッと一息を吐く。見た目の荒々しさとは裏腹にとても気さくな人だった。

 

「今三つ目ってことは次は四つ目だよな、俺のところにまでちゃんと勝ち上がって来いよ!」

 

 そういってキバナさんは懐からカードを取り出すと手渡してくる。

 これでジムリーダーのリーグカードは四枚目だ。

 

「あ、そうだキバナ君この前のエキシビション見たよ。またダンデ君に負けてたわね」

「負けたオレ様もまた美しい、だろ」

「それ俺見てました!ダイマックスポケモン同士のバトル、かっこよかったですよね!」

「そらみろ。勝とうが負けようが俺ってやつは華になっちまうんだ」

「もーダンデ君に勝てる可能性があるのなんて、もうキバナ君くらいしかいないんだからシャキッとしてよね」

 

 そういってソニアさんはキバナさんの背中をバシバシと叩く。

 

「むうっ」

 

 ソニアさんが何気なく言ったその言葉が俺の琴線に触れる。

 

 ガラリ地方のチャンピオン・ダンデ。

 その不動の名声はチャンピオンに就任して以来公式戦無敗という伝説に支えられている。そのダンデさんのポケモンを一番多く倒しているのがこのキバナさんだと以前紹介されていたのを知っている。

 だが、俺達三人は旅立ちの日に約束した。この中の誰かがダンデさんのところまで勝ち上がり、そして勝つのだという誓いを。

 その誓いを立てた俺の前で「ダンデ君に勝てるのはキバナ君くらい」などと言われて黙っていられるわけがなかった。

 俺はソニアさんの袖をグイグイと引っ張る。

 その子供っぽい仕草にソニアさんがどうしたの?と聞いてくる。

 

「俺が倒します」

「え?」

「俺がダンデさんを倒します」

 

 あまりに真剣なまなざしにソニアさんも少し面を食らう。

 今の俺にはメラメラと対抗心というものが湧き立っている。この地方ではダンデさんに続く実力者、その相手に向けて視線を移す。

 

「へぇ……」

 

 見つめた先は最強のジムリーダー。

 俺の視線を受けたキバナさんの目が細められ、先ほどの値踏みするような視線とはまた違った瞳を向けてくる。

 まだまだ彼らに比べれば小さな獣である俺にすら彼らは容赦をすることなく牙をむく。それがポケモントレーナーの本能であり、どれだけ隠そうとしても隠しきれない。

 

「おもしれえな。誰が、誰を倒すって?」

 

 挑発するように聞き返してくる。

 その言葉の意味の重みを知っているがゆえに軽々しく口に出すことすら憚られる、と言わんばかりの重圧がかかってくる。

 

「俺が、ダンデさんに、勝つんです」

「いい啖呵だ、益々気に入ったぜ。名前、もう一回教えてくれ」

「アカツキ。ハロンタウンのアカツキ」

「ハロンタウンのアカツキ……

 その言葉が本当かどうかは、最後のジムチャレンジで確かめさせてもらうぜ」

 

 そういってキバナさんが俺の横を通り過ぎていく。

 過ぎ去った直後後ろからスマホの電話機能とともにバイブ音がなる。

 

「よう俺様だ、今から全員トレーニングしてやるからジムに集合な」

 

 それだけ言って再びピッという音とともに電話が切られる。

 振り返れば両手をポケットに突っ込みナックルジムへとまっすぐに向かっていくジムリーダーの後ろ姿。

 俺が振り返った直後にあちらもこちらをチラリとみて、八重歯を立たせてキラリと光らせる。

 その姿は今まで戦ったどんなジムリーダーよりも圧倒的で、強烈なオーラを振りまきながら去っていった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「キバナさん怖ぇ……」

 

 キバナさんが去り宝物庫に入った後になってようやく思考が回復し始めた。

 最強のジムリーダー相手にとんだ大言壮語を吐いてしまった……しかも最後の電話絶対ジムトレーナー達鍛え直すための電話じゃん、絶対強くなるじゃん。

 

「あばばばばばば」

「ほらほら、宝物庫の本殿まですぐそこだよ。階段登る」

 

 ソニアさんに背中を押されながら宝物庫の本殿へとつながる階段を登っていく。どうやら宝物庫は何か所かに分かれておりお目当てのお宝というのは一番奥にあるらしいのだ。

 幸い他に宝物庫に出入りしている人はおらず奥にはすんなりと行くことができた。

 そして目の前には厳重で大きな扉が立ちふさがっている。

 その見た目とは裏腹に扉はすんなりと開き、俺達は宝物庫の最奥に足を踏み入れる。

 

「これは……」

「ガラル地方ができたとされる頃に作られた四枚のタペストリー…」

 

 宝物庫の最奥はとても広く、そして静寂に包まれていた。

 しかし、そこに飾られていたのはたった四枚のタペストリー。掛け軸、のようなものだ。

 ガラル地方ができた時に作られたとされるタペストリーは左の方から順番に作られているらしくソニアさんが説明を入れてくれた。

 

「一番左が始まりのタペストリー。

 描かれているのは二人の若者と空から落ちてきたねがいぼし。」

 

「その隣にある二枚目のタペストリー。

 空は暗黒に包まれ、地上は争乱に包まれる。災厄を前にして困惑する二人の若者。」

 

「その隣にあるのが三枚目。

 暗黒と争乱。災厄を撥ね退ける剣と盾を手に入れる二人の若者。」

 

「一番右が最後のタペストリー。

 空を覆う暗黒は晴れ、争乱は終結する。王冠を掲げ、手に手を取り合っている二人の若者。」

 

「まあ、こんなところね」

 

 ソニアさんの絶命に従いながら、タペストリーを一つ一つじっくりと眺める。

 

 一枚目には二人の若者と空から降ってくる様子が描かれている。

 

 二枚目には空が黒と赤による暗黒で染まり、地上が争乱に染まっていく様子が描かれている。二人の若者は怯えている。

 

 三枚目にはその暗黒を切り裂く剣と、暗黒から身を護る盾が描かれている。二人の若者はそれに手を伸ばしている。

 

 四枚目には暗黒が晴れ、太陽が暖かく世界を照らしている。城と思われるものを背景に二人の若者が王冠を被り手に手を取り合っている。

 

 一つの物語としてこれ以上は無い、と言わんばかりの流れだった。

 

「これはガラルに王国ができるまでを伝えるタペストリーと言われているわ。

 ねえアカツキ。あなたはこれを見てどう思った?」

 

 今までは語り部としていたソニアさんが今度はこちらに語り掛けてくる。

 おそらくこの二人の若者が荒れたガラル地方を統べ、王国を建国したという英雄なのだろう。英雄の話は以前にも聞いた、だがここで一つの矛盾が生まれる。

 

「ホテルにあった英雄の像は一つだった。なのに、このタペストリーには英雄は二人描かれている」

「そう、その通り。エンジンシティにあった英雄の像はどう見ても一人だった」

 

 そこまで行ってソニアさんは俺から視線を外しタペストリーに向く。

 

「でもこのタペストリーには若者が二人描かれている。

 英雄は果たして一人なのか二人なのか。そして空を覆う暗黒、ターフタウンの地上絵に描かれていた巨大な存在とブラックナイトとの関係性はなんだったのか」

 

 そこまで言葉を締めくくると目をつむり途端に黙ってしまう。

 今まで驚くほど饒舌に言葉が出ていたというのにその切り替わりの速さには驚きだ。ソニアさんが黙ってしまったことで宝物庫には静寂が戻る。

 

「ソニアさん」

「……あっと、ごめんね。深く考えだすと周りのこと見えなくなっちゃうの」

 

 しばらくして声を掛けるとソニアさんが正気に戻る。空白の時間ずっと頭を回していたようだ。

 

「ありがと。言葉にしたおかげでいくらか考えが整理できたわ。

 あたしはまだタペストリーを調べておくけど……君はまだやることがありそうね」

「はい。少しでも特訓をしようかと」

「うんその調子。次のジムも、キバナ君に挑むのもあたしは応援してるからね」

 

 そういって俺はソニアさんと宝物庫を後にする。

 タペストリーに描かれていた王国ができるまでの物語。それは果たしてどこまでが本当だったのだろう。

 

 

 

 

「頑張れ、未来のチャンピオン!」

 

 宝物庫を出る際ソニアさんの声が背中を押す。

 俺は頭のニット帽をさらに深く被りながら、より一層の気合を入れるのであった。

 

 




幼馴染み最高!
幼馴染み最高!


幼馴染みの悪魔、俺の寿命を十年捧げます。
世に幼馴染み大勝利物語が増えますように……
でもそれは他のヒロインを蔑ろにしろというわけではなくちゃんと納得できる理由と二人の関係をより深く掘り下げる俗にいうエモさの追求をですね……(面倒くさいオタク)

あと僕はめんどくさい女の子も好きです。
ツンデレも最高!
ツンデレも最高!
ツンデレの悪魔、俺の寿命を(以下略


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49、赤い果実

俺はもう辛い、耐えられない(ジャンプ最新刊を読みながら)





 最強のジムリーダーキバナと言葉を交わし宝物庫でガラル王国建国が記されたタペストリーを見た俺は、一日観光の予定を切り上げジムチャレンジに向けての特訓をすることにした。

 とはいってもここはガラル地方の中心に位置する都市、ナックルシティ。

 すぐ隣には自然の厳しさをこれでもかと詰め込んだ広大な平原地帯であるワイルドエリアが広がっているが、昨日の今日であの場所に戻るつもりも無い。では、この街中でどんな特訓をするというのか?

 

「俺はジムチャレンジ参加中のトレーナー、アカツキ!

 戦いたい奴は誰でもかかってこい!」

 

 街の中心にある広場に仁王立ち、高らかに宣言する。

 ガラルの中心地であり中継地でもあるこのナックルシティにはあらゆる人達がやってきている。

 そんな街の中心でこれだけ声を張り上げ挑発的な態度を取れば、

 

「オス、自分の挑戦受けてもらうッス」

 

 やって来るわ来るわ。挑戦申し込みのトレーナー達がどんどん集まってくる。

 広場には既に挑戦者とギャラリーで一つの大会が出来上がるほどの人間が集まって来ていた。

 

「この数は予想以上! でも挑まれたからには負けるわけにはいかない!」

「ウス、胸を借りるつもりで行くッス!」

 

 老若男女問わずあらゆるトレーナーがジムチャレンジャーに挑まんと押し寄せてきた!

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「アオガラスの『ついばむ』を耐えた!?

 モンメンは草タイプ、耐えられるはずが――!」

「ガァアア!?」

 

「『きあいのタスキ』のおかげッス!

 決めます、『がむしゃら』ッス!」

「メンメン!」

 

「『ついばむ』で迎え撃て!」

「ガガガァ!!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「カムカメ、『かみつく』よ!」

「ぱくぱくぱく!」

 

「近づかせるな!

 ヒトモシ、『あやしいひかり』!」

「モシモシモシ!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「久しぶりに思う存分翼を広げられそうね。

 ココガラちゃん達、『つつく』!」

「アガアー!」

「かカカカ、ガア!」

「ぎしゃあ!」

「コーカオーカオ!」

「とっ、とりー!」

「グゲグゲ!」

 

 

「まとめて蹴散らせ!

 パルスワン、『スパーク』!」

「ワオオオオン!!!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「天候を征すこと、すなわちバトルを征す!

 ユキカブリの降らせた『あられ』は『つめたいいわ』の効果で永続しますよ!」

「ユッキカッブ!」

 

「厚手のこいつに寒さなんて関係ないね!

 バイウールー、『にどげり』!」

「ンン、メェェエ!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ポケセンのおやじに思い出させてもらったこの技で勝つ!

 ソルロック、『フレアドライブ』!」

「ソルソルソルォォォ!!!」

 

「くっ、なんて熱量だ! 

 でも、カブさんのマルヤクデの『キョダイヒャッコク』に比べればなんてことないよなぁ!」

「ジッメ!」

「かき消せ、『みずのちかい』!!」

「メレオオオン!!!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「はぁはぁはぁ……これで全員か!」

 

 集まってきていたポケモントレーナーとの一対一のポケモンバトル。ジムチャレンジャーでなくとも強いポケモントレーナーというのはいくらでも存在する。

 

「すげえ、あのジムチャレンジャー本当に全員倒しちまった……」

「全部で何人いた? 28人くらいか?」

「いや、30人だな」

「途中のココガラ六匹使ってきてたばあさんも入れれば35体抜きだな」

「俺が、俺達がアカツキだ!」

『うおおおおおおおお!!!!』

『アカツキ!アカツキ!アカツキ!』

 

 広場に集まったトレーナー達との連戦につぐ連戦。

 トレーナーによって戦い方、ポケモンの種類も様々だった。

 

 わざと苦手なタイプを使ってこちらの油断を誘い、『きあいのタスキ』からの『がむしゃら』を狙ってくる格闘家がいた。

 

 ポケモンとの絆をひたすら高め最後までポケモンの戦い方を尊重していたミニスカートの少女がいた。

 

 一度に六匹、六体ものココガラを同時に操るとんでもマダムがいた。

 

 不思議な石を使い天候を自在に支配したジェントルマンがいた。

 

 忘れられたはずの古の技を思い出させ太陽のごとき攻撃を繰り出してきた男性がいた。

 

 そのすべてに打ち勝ちギャラリーの人たちからの歓声を一身に受ける。

 さすがに30人抜きもすれば俺もポケモンもヘトヘトとなっていた、強がっては見せたがもうフラフラだ。

 もはやギリギリ、後一匹でも戦えばボロが出てガラガラに崩れてしまうのではないかとまで思った。

 だが、それでも、最後までジムチャレンジャー・アカツキという存在の底を大衆に見せることは無く、ギャラリーからの惜しみない歓声に背中を押されながら、『完勝』という言葉を引き下げポケモンセンターへと向かっていく俺なのであった。

 

 

 

 

 

「はぁ~~~~、死ぬかと思った」

 

 予想の三倍くらい集まった挑戦者にギャラリーの中での30連戦は流石に堪えた。

 ポケモンセンターに着いた俺はへとへとになった5匹の相棒をジョーイさんに預けると、まるで杖を失ったおじいさんのような足取りでソファーに向かって座り込む。

 

「っぱぁー! うまい!」

 

 ソファーに座り込むと同時に買っておいた『ミックス・オレ』のプルタブを開け一気に中身を呷る。

 複数の果実と甘味料、そしてミルクを配合して作られた甘いジュースはバトルで消費された水分と糖分を一気に補給させてくれる。

 これだよこれ!

 体が求めているほど美味しく感じるというのは本当らしい。今までで飲んだ『ミックス・オレ』の中で一番美味しかった気がした。

 

「まあ…それだけ無茶したってことなんだけどね」

 

 達成感は人一倍、だが疲労感は人三倍くらいはあったのではないかと思う。

 だけどその分得たものも大きかった気がする。

 

「トレーナーの数だけポケモンとの戦い方がある。それを体験できただけで十分かな」

 

 多くのトレーナーとの戦いはそれだけきちょうな経験値となりトレーナーの俺だけでなくポケモン達も逞しく成長しただろう。

 公共の腰掛けだというのに疲労感と充足感で眠気が襲い掛かってくる。

 このまま眠気に負けてもいいかなーと、思いかけたその時、

 

「お願いがあります!」

「っどわわわぁぁぁ!?」

 

 眠りこけそうになったところで突然声を掛けられる。

 驚き、飛び上がり、眠気が吹っ飛んだところで声の主を見る。

 短く切りそろえられた金髪と青い瞳。

 

 自分とあまり歳の差もなさそうな、どこにでもいる普通の少年。俺からジムチャレンジャーとしての地位を差し引いたくらいの平凡さだ。

 

「先ほどのバトルを拝見させていただきました!

 アカツキさん、ボクのお願いを聞いてはいただけないでしょうか!」

 

 彼は腰を90度傾け、ほとんど歳も変わらなそうな俺に頭を下げてくる。

 

「か、顔を上げてください」

「お願いします!お願いします!」

 

 今までジムチャレンジャーとしてインタビューを受けたりバトルをしかけられたりしてきたがこんなにかしこまられたのは初めてでおろおろと混乱してしまう。

 頭を上げてくださいっていったのに何でさらに頭を深く下げてくるの!?わっつはっぷん!?

 

 とりあえず歳も変わらなそうな少年を落ち着かせ話を聞いてみることにした。

 

「あるポケモンの捕獲を手伝ってほしい?」

「そうなんです……どんなに探しても見つからなくて、もう予定の日まで時間がないのに僕は一体どうしたら……」

「待って待って落ち着いて! えっと、とりあえずどんなポケモンを探しているの?」

「カジッチュ、というポケモンです」

 

 少年から聞いたポケモンの名前をポケモン図鑑に打ち込んでみるとすぐさま答えは出てきた。

 

「あ、こいつ五番道路に居たあいつじゃん」

「え!カジッチュを見かけたことあるんですか!何処で何処にどんな!?」

「近いちかい。ターフタウンとバウタウンの間にある五番道路だよ!」

 

 きのみを隠れ蓑にして生活するりんごぐらしポケモンのカジッチュ。

 その隠匿性から狙って見つけることが困難なポケモンといわれている。そういえば俺もカレー作ろうとして偶々手にしたきのみの中にカジッチュだったんだっけ?

 

「それでどうしてそんなポケモンを?」

 

 言っては悪いが『からにこもる』と『おどろかす』しか使える技がないカジッチュはポケモンバトルではそこまで活躍できるポケモンではない。

 そんなカジッチュを一体なぜ?

 率直に聞いてみると少年はおろおろと視線を泳がせ、終いには顔を赤くして俯いてしまった。

 うーん、今から五番道路に行くにはもう遅い時間だし、俺も明日にはナックルシティを出発する予定だ。

 申し訳ないが無責任なことはできない、丁重にお断りして……

 

「こ、告白したい女の子がいるんです!」

「kwsk」

 

 そんな餌には釣られクマー!!!

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「ふむふむ、つまりは子供の頃から好きだった女の子が家の事情で引っ越してしまうからその前に気持ちを伝えたい。と」

「そ、そうです……」

「そこでカジッチュを渡して気持ちを伝えたかったけど見つからず、さらにその子が引っ越してしまうのは明日だと」

「う、うん……」

 

 他地方から着た俺にはなじみが薄く知らなかったのだが、このガラル地方には”片思いの異性にカジッチュを贈ると想いが伝わる”という風習があるらしい。

 この少年は片思いの幼馴染にカジッチュを渡して気持ちを伝えたいというのだ。幼馴染みに。幼馴染みにだ。

 

「よく俺に相談してくれた!」

「ひぃ!」

「ワグナス!我らの道は明るい、さあ今すぐ五番道路に向かおうではないか!」

「い、いいんですか?」

「もちろんだ!」

 

 まさかリアル幼馴染みの告白イベントに出会ってしまうとは。

 これは福音だ。幼馴染みの神様が俺に二人を繋ぐ天使になれと言っているに違いない!

 

「さあ行こう今行こうすぐ行こう!」

「で、でも五番道路近くのバウタウンに行く電車に乗っても今からじゃ…」

「心配するな、カモン『アーマーガアタクシー』!!!」

「ガァァァァァ!!!」

「俺はジムチャレンジャー。大会融資で『アーマーガアタクシー』は乗り放題なんだ!」

 

 大会のお金で乗るのは申し訳ないが幼馴染みの恋路は全てにおいて優先される。

 俺と少年はタクシーに乗り込み五番道路を目指すのであった。

 

「それで……その彼女のどこが好きなんだい?」

「……え?」

「優しいところ?かわいいところ?それとも性格?家族想いなところ?あ、家庭的な子ってのもあるよね?それとも今までに人には言えないようなすっごい体験を二人で乗り越えて絆を紡いだとか!あとあと二人の家はどれくらいの距離がはなれてるのかな?王道的には隣同士なのがベターだけど現実的には可能性が少ないのはわかっているよ?一軒分?二件分?それとも家同士は結構離れてるけど子供の頃に公園で出会って一緒に遊ぶようになったとか!良いね良いね滾ってきたよ!」

「(こ、この人に頼んで正解だったのかなぁ……?)」

 

 五番道路までの道なり、少年には根掘り葉掘り聞く俺であった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「よし、じゃあ探すかルーク!」

「お願いするよアカツキ!」

 

 五番道路のポケモン育て屋近くに降りた俺達はさっそくカジッチュを見つけるために行動を開始するのであった。

 ちなみにルークというのは少年の名前である。

 『少年』なんて他人行儀な呼び方いつまでもできるわけじゃないのでしっかりと自己紹介はした。というかそもそも同い年だった。

 

「カジッチュはきのみに擬態しているからよく観察することだね」

「うん。あ、そうだお前もよろしく!」

 

 ルークが一つのモンスターボールを取り出し放り投げる。

 

「マイッカ!」

「お、マーイーカか」

「うん、僕が初めて捕まえたポケモンなんだ」

「イッカッカ!」

 

 マーイーカはふわふわと浮遊した後ルークの肩に乗る。よく懐いてるのが伺える。

 

「じゃあ二人、いや、三人で捜索開始だ!」

「おー!」

「マー!」

 

 五番道路には大きな池があり、その周辺には林が生い茂り果実の生る木もよく生えている。

 豊かで穏やかな自然環境はワイルドエリアとは違うほのぼのしさがあり、ポケモンを育てたり自然を楽しみたい人達にとっては絶好のスポットらしい。

 キャンプをしている人やポケモンブリーダーをしている周囲の人にも話を聞きながら回ることにした。

 

「なかなか見つからないね」

「この辺りにはきのみが生る木も結構あるし、カジッチュにとっては絶好の場所なんだろうな」

 

 ルークとマーイーカと三人で探し回ることはや一時間、未だ成果は無し。

 日没までそう時間のない中の捜索ではやはり焦りが生まれてしまう。

 捜索を続けているとマーイーカがどこからともなくきのみを持ってきていた。

 

「マーイーカ…まだご飯時じゃないだろ」

「イーカ」

 

 どうやらお腹がすいてきてしまったらしくきのみを拾ってたらしい。

 

「ん、それ…?」

「アカツキどうしたの?」

「いや。マーイーカ、ちょっとそのきのみを貸してくれ」

「イッカ?」

「ありがと。 ん~?」

 

 マーイーカの持ってきたきのみを受け取ってみると、見た目に反してかなり軽い。

 カレー作りできのみを扱う俺は大体のきのみの重さというのを把握している。このきのみは大きさに対して明らかに重みが足りていない。

 怪しいと思い試しに二つに割ってみると、

 

「マイッカ!?」

「わっ、中が空洞になってる」

「やっぱり。ポケモンが食べた後の抜け殻だったんだ」

 

 きのみの内側が虫食い状態になっている、通りで軽かったわけだ。

 そしてこのきのみまだ新しい上によく見てみると小さな穴が二つ開いているのに気がつく。

 

「きっとこのきのみの中に少し前までカジッチュが入っていたんだ」

「それ本当!?」

「うん。カジッチュは後ろに一つ、眼を出すためにもう一つ穴をあけるんだ。ほら、後ろときのみの上のところに穴が開いてる」

「ほんとうだ!」

「このきのみはまだ新しい、捨てたばかりか。

 ってことは…マーイーカ、このきのみを拾ったところに案内してくれ!」

「マイッカ!」

 

 マーイーカに連れられきのみが落ちていたという場所にたどり着くと、地面にいくつかのきのみが落ちていた。

 そして落ちているきのみからそう遠くないところにまた新たなきのみを見つける。そんなことが3回ほど続いた後、

 

「多分、このきのみのなかにカジッチュが潜んでいるに違いない!」

 

 今まで辿ったきのみが生えていたと見えるひときわ大きな果樹を見上げる。

 豊作と言わんばかりの果樹には多くのきのみが生り、その足元には熟れて落ちた果実が幾重にも転がっている。

 その中に一つ、明らかに怪しいきのみを見つけた。

 

「アレ!あれだけナニカ動いてるよ!」

「きっとあれがカジッチュだ、間違いない!」

 

 運がいい。

 ほんとうならこの無数に転がるきのみの中からカジッチュが入ったきのみを探さないといけなかったが、こうなればあとは逃げられないように慎重に行動すればすぐにでも捕まえることができるだろう。

 俺はルークとマーイーカと顔を見合わせると人差し指を口に当てて音を立てないように、と伝える。二人にも伝わったようで人差し指を口に当てる。

 そろりそろりと音を立てないように怪しいきのみに近づいていく。

 きのみからはシャクシャクという音が聞こえているので中身食べることに夢中なのだろう、好都合だ。

 一歩一歩慎重に近づき、あと少しでモンスターボールの圏内に入ると思ったその時、

 

「バリバリバリス!」

「……なんかどっかでみたことあるなぁ」

「ひぃ、ヨクバリスだ!」

 

 とても欲張りそうな大きな声とともにガサガサガサと更なる大きな音を立てて灰色の何かが落ちてきた。

 それは度々俺が遭遇してきたヨクバリスであった。

 ただ、なんだかやたらと太っている。

 果樹の周りにはきのみの芯もたくさん落ちていることからこいつが食ったんだろうなぁ、というのが伺えた。

 

「カッジ!」ゴロゴロゴロ

「あ!カジッチュが!」

 

 驚いたカジッチュがきのみごと飛び上がりゴロゴロと転がって行ってしまう。

 せっかく見つけたというのに、他のきのみと見分けがつかなくなり一から探さなくなてはいけなくなってしまった。ルークと俺は肩を落とす。

 

「バリィ!?」

 

 そして元凶たるそのヨクバリスは俺を見ると”またお前か!?”という顔をしてくる。こっちも同じ気持ちだ、くそったれ。

 

「だけどもうお前に負ける俺じゃあない!」

 

 最初に出会った時はかなりの実力差があった。

 二回目に出会った時はウールーとワンパチ二匹で撃退したものの逃げられてしまった。

 

 だが俺達はあれから三つのジムバッジを手に入れ強さも経験も更なる高みに到達した。

 怠惰に、強欲に、暴食をむさぼったこいつに負ける要素など一つたりともありはしないのだ!

 目当てのものを目の前で台無しにしてくれたお礼もかねてぶっ倒してやる!と、腰のボールに手を伸ばし、

 

「って、あれぇ!?ボールがない!」

「ええ!?」

 

 しまった!?

 そうだ俺はトレーナー30人斬りを済ませた直後にここにきたせいでポケモンセンターに皆を預けたままだったのだ。

 だらり、と冷や汗が流れる。

 ヨクバリスも突然慌てだした俺を見てにやにやと笑みを浮かべている。どうやらポケモンを持っていないことがバレてしまったようだ。

 

「バリバリィ!」

 

やせいの ヨクバリス が おそいかかってきた!

 

「うっお、避けろぉ!」

「はぃぃぃ!」

「マーイー!」

 

 ヨクバリスの『タネマシンガン』は地面にも穴を穿つほどの威力で、こちらをまったく寄せ付けないほどであった。

 避けるのに精いっぱいだった俺達は近くの木に隠れてやり過ごすとヨクバリスもタネの発射を終えた。

 

「ふう、なんとかなったね」

「でもこれからどうするか、だな」

「イッカ……」

 

 ルークとともに木の影からヨクバリスを観察する。

 奴はあの木を根城にしているようで全く動く気がないようだ。ヨクバリスが占領している限りあの木に近づくことはできないだろう。

 どうする。あの木のところにいるのは確かなんだけど…

 そうだ、ルークとマーイーカが戦ってくれている間に俺がこっそり探してみよう、と思ったものの、

 

「(チラリ)」

 

 ちらり、とルークとマーイーカを見てみるがかなり怯えている。

 野生のポケモンには凶暴なポケモンだって多い。こんな状態の二人を戦わせるわけにはいかないか。

 

「ルーク、こうなったらどっちかが囮になってもう片方が近づいて探すしかないと思う」

「こくこく」

「だから……君達が囮になれ」

「ええ!?」

「マイッカ!?」

 

 二人いれば何とかなるやろ(楽観)

 マーイーカも”まあいっか”と同意してくれたようだし(棒)

 緊急時に怯えているから、だとかどうとか言っている場合じゃあない。

 既に日は傾き始めているのだ、夜の自然が怖いことはワイルドエリアで嫌というほど知っている俺は早急に事態の解決を推し進めることにした。

 

「いいか?あいつは今すごい太ってる、つまり動きはとても鈍いはずだ」

「う、うん」

「だから、きっと逃げ切れるはずだ!」

「楽観的すぎない!?」

「大丈夫、あいつの技で危険なのなんて精々あの巨体から放たれる『のしかかり』くらいだ。『タネマシンガン』も木の陰に隠れながらならなんとかなる!」

「そんな!」

「ルーク!カジッチュをゲットしたいんだろ!」

「ッッッ!!!?」

「幼馴染のジーナちゃんに気持ちを伝えたいんだろ!だったら!今!!ここで男ってやつを見せなきゃいつみせるんだよ!!!」

「……………」

「明日には引っ越しって言ってたよな。

 だったらチャンスはもうここしかないんだぞ。

 それとも、ルーク。お前の気持ちなんてその程度のものだったのか?」

「ッッ!!!!」

 

 侮辱するような、突き放すような言葉でルークを焚きつける。

 

 タクシーの中で何度も聞いた。

 幼馴染みの女の子の名前はジーナ。

 活発な性格の子でよく振り回されたりした。

 でもそれ以上に優しくて、友達想いで、なによりポケモンへの愛情が強い女の子。

 引っ越しをすると言っていた時には周りに強がって見せていたものの、影では友達と離れたくないと泣いていたという。

 そんな子に気持ちを伝えるチャンスは今日、そして明日しか残されていない。

 今を逃せばきっともう手遅れになるだろう。

 だから焚きつける。

 このまま後悔を続けるか、今立ち向かうか。

 その選択を、迫る。

 

 ルークが迷いを宿した瞳のまま口を開く。

 

「ぼ、僕が時間を稼げばアカツキがカジッチュを見つけてくれる?」

「ああ、まかせろ。草の根分けても見つけ出す」

「カジッチュをジーナに渡せば、想いは伝わる?」

「ああ、届く。カントー地方にだって、シンオウ地方にだって届くさ」

「今ここで頑張れば、明日から、後悔せずに済むかな?」

「ああ!絶対ハピーエンドになる!」

 

 そこまで言って、ルークは一度目を閉じるとすぐに開く。

 その目からは迷いというものが消え失せ、代わりに覚悟が浮かんでいた。

 今までのどこか頼りなさそうだったルークの顔は鳴りを潜め、一人の男(ルーク)の顔になる。

 

「なら、任された!僕があのヨクバリスを引きつけてみせる!」

「任せた!」

 

 ルークの右手を掴んで、託し、託される。

 それから俺は知りうる限りの情報と作戦をルークに渡す。

 今まで奴が使ってきた技や癖、それを踏まえた作戦を。

 

 作戦会議と情報共有を終え、ルークとマーイーカがヨクバリスの前に姿を現す。

 ヨクバリスは俺の姿が見当たらないとわかるとニヤニヤとした態度を取り始める。

 

「僕が、お前を倒す!」

「マイッカカ!!」

「バババリィィス!」

 

 二人と一匹の戦いが幕を開けた!!!

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 そして俺の方はと言えば、

 

「パラパパッパパー!『むしよけスプレー』!」

 

 二人のバトルを邪魔しないよう茂みに隠れていた俺はキャンプセットの中から『むしよけスプレー』を取り出す。

 このスプレーの中にはポケモンの嫌がる成分(自然にはオール無害!!!ここ重要)が入っており、主にキャンプをしているときにポケモンが寄ってこないように使う道具である。

 つまりこれを使えばたくさん転がっているきのみの中からカジッチュだけが嫌がり動き出す、ということだ。

 

「我ながら頭が冴えすぎていて怖い」

「マーイーカ、『サイコカッター』!」

「イッカァ!」

「バリィス!」

 

 茂みに隠れヨクバリスたちが果樹から離れていくのを待つ。

 ルークたちは必死にヨクバリスと戦い少しずつだがあのヨクバリスを果樹から引き離している。

 十分に距離が離れれば一気に『むしよけスプレー』を散布してスピードゲットだ!

 

「っ来た、『ほしがる』だ!」

 

 ルークの声にマーイーカが身を構える。

 ヨクバリスの『ほしがる』が攻撃と同時にマーイーカから持ち物を奪い去っていく。

 だがそれは既に対策済みだ!

 

「バリリ……バリィ!?」

「お前が盗んだもの……それはマトマのみだ!」

「マーイイカ!」

 

 『ほしがる』によって強奪したきのみを食いしん坊なヨクバリスはすぐさま頬張る。

 だがそれは激辛と名高きマトマのみ。

 今までマッギョやアーマーガアでさえ悶絶させた最強のきのみの一つだ!

 

「バリィィィィ!!!!」

 

 口腔内を焼く灼熱の辛味がヨクバリスを襲う。

 たまらずヨクバリスは近場の水辺に向けて走り出す。

 

「ビンゴ!!」

「今だよアカツキ!」

「任せろ!」

 

 茂みから姿を現した俺は、素早く果樹に近づき、手早く『むしよけスプレー』を散布する。

 もくもくと充満する煙の中にはポケモンの嫌がる成分が封入されている。

 煙はきのみの山の中に紛れ込んだカジッチュの潜むきのみの中へと入りこんでいき、

 

 

「ッチュチュチュー!」

「ジッチュウ!」

「カジカジー!」

「カッカジ!」

「チュチュチュウウウ!!」

 

「うわ、こんなに!?」

 

 きのみの山の中から十体にも及ぶであろうきのみが転がり始める。

 まさかこんなに擬態したカジッチュが紛れ込んでいたなんて!

 

「だけど、これなら絶対逃がさない!」

 

 あらかじめ用意しておいたモンスターボールを腰から取り外し、一体のカジッチュに狙いを定めて投げつける。

 綺麗な放物線を描いたモンスターボールは転がるカジッチュにヒットすると吸い込み、カチカチと音を鳴らしポン☆という音を立てて捕獲に成功する。

 

「よっしゃ!」

「やった!」

「イッカア!」

 

 その瞬間をしっかりと捉えていたルークとマーイーカが飛んで喜ぶ。

 これでなんとか告白までに間に合ったか。

 

「って、あいつ!」

 

 安心したのもつかの間、コロコロと転がっていったきのみの一つが水場に一直線に向かっていた。

 そして今その水場には、

 

「バリィ…バリィ…」

 

 マトマのみの辛さを何とかするために水を浴びるように飲んだヨクバリスがいた。

 未だ辛さで苦しむヨクバリスの下に、よく熟れた甘いきのみが転がっていけばどうなることかは明白だ。

 

「バリリィス!」

「チュ、チュウウウゥ!?」

 

 転がってきたきのみ(カジッチュ)を捕まえたヨクバリスがカジッチュの悲鳴のことなど聞こえないとばかりに大口を開けて口に放り込もうとする。

 

「させるかぁ!

 ホップ直伝、ダンデさんフォーム!」

 

 いつだったかホップに習った最強に格好いいボールの投げ方。

 落ちているきのみの中から適当なものを拾い上げ、体に染みついた投げ方に従って投球する。投げたきのみがヨクバリスの口の中にストライクする。

 

「バリィ?」

 

 シャクシャクと音を立てて咀嚼するヨクバリス。

 よく熟した甘いきのみにご満悦の表情だ。

 その間にマーイーカがヨクバリスの手からカジッチュを救出する。

 

「でかしたマーイーカ!」

「マイッカ!」

 

 自分の所有物であったきのみを奪われ憤怒したヨクバリスがマーイーカに狙いをつけ、飛んでいるマーイーカよりも高く跳躍する。

 以前ですら小さなクレーターを作っていたほどの『のしかかり』だ。

 丸々と肥えた今のヨクバリスの体ではどれだけの破壊力を伴うのかは俺にも未知数だ。

 

「ルーク!」

「うん、ここだね!」

 

 マーイーカが覚えていた技にこの強力無比な『のしかかり』を最大限に利用できる技があった。

 マーイーカは持っていたカジッチュを俺に放り投げてくると空から落ちてくる質量兵器に果敢に立ち向かっていった。

 

「(キャッチ)マーイーカ、いっけぇ!」

「マーイーカ、『イカサマ』!」

「マイイッカァ!!!」

 

 空から落ちてくるヨクバリス、その体をマーイーカの触手が絡め取る。

 ギョッとしたヨクバリスだがもう遅い。

 マーイーカの触手が互いの上下を一瞬のうちに逆転させ、ヨクバリスが地面に叩きつけられる体勢に入れ替える。

 

「イッカァァ!!!」

 

 『イカサマ』は相手の攻撃が強ければ強いほど威力を増す技、

 

「バリリィィィィ!!?」

 

 ヨクバリスは自分の放った『のしかかり』のエネルギーが全て自分の身に叩きつけられ、目を回す。

 あのヨクバリスと言えども自分の最強技を食らっては立っていられなかったようだ。

 

 こうして目当てのカジッチュゲットに成功した俺達だった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「ジーナ、受け取ってくれ!」

 

 カジッチュを掴まえた俺達はすぐさま『アーマーガアタクシー』に乗り込みナックルシティへ戻った。

 日は既に暮れた。

 宝物庫前にジーナを呼び出したルークはその時を今か今かと待ち、開口一番やってきた彼女に捕まえたカジッチュを差し出した。

 傍から見てもガチガチだなぁ、というのがバレバレであった。

 

「待って待って。いきなりじゃわからないよ」

「あ、ご、ごめん」

「もう…その色々説明を省いちゃう癖、早く治した方がいいよ?」

 

 年の近い弟のような、近い人にだけ見せる心配を封入した軽めな口調でルークのことを窘める。

 

「うっ……」

「それで、この子はどうしたの?」

「う、うん!その、引っ越しちゃうジーナのために何か贈り物ができないかな、って思って。友達に手伝ってもらってさっきやっと捕まえられたんだ」

「へえすごいね!友達って誰と?エリック?ビスタ?」

「いや、今日会って今日友達になったばかりの友達なんだ。それなのに僕のお願いを手伝ってくれてさ……」

「そっか……じゃあアタシがいなくなっても大丈夫そうだね」

 

 「えっ?」とルークが顔を上げる。

 ジーナの顔は幼馴染に新しい友達ができたことを祝福するような、でもどこか悲しそうな顔をしていた。

 自分がいなくなってもこの人は大丈夫なんだな、とでも言いたげな安心とちょっぴりの寂しさを混ぜたような笑顔。

 そんな顔を見てしまってはルークも声を張らずにはいられなかった。

 

「そんなことないよ!!!」

「ルーク?」

「ジーナがいなくなるのに大丈夫なわけない!ずっと、ずっと一緒にいたのにいきなり居なくなるなんて、大丈夫じゃないよ!!」

「ルーク……」

 

 ルークの眼から涙とともに今まで押し込めていた気持ちが噴き出る。

 近いからこそ、言うことが恥ずかしかった。

 好きだからこそ、伝えるのが怖かった。

 ルークは伝える。

 今まで胸に秘めていた感情をこれでもかと言わんばかりに言葉に乗せて、夜の宝物庫前で叫んだ。

 

「好きだ、ジーナ!」

「―――――――」

「このカジッチュは僕の気持ちなんだ、受け取ってくれ――くだ、さい」

 

 そしてもう一度カジッチュを差し出す。

 高ぶった感情を吐き出し切ったせいか最後はもじもじと顔を赤くし、彼女を直視できず目を逸らしている。

 

「―――ありがと」

「あっ……」

 

 ルークの手から想いとともにカジッチュが受け取られる。

 ジーナは手にした赤い果実を胸に抱く。

 それはまるで果実とともに受け取った気持ちを胸の宝箱に大切にしまっているようにも見えた。

 

「ずっとずっと遠くに、他の地方に行っても大切にするね。

 カジッチュも、

 ―――君の気持ちも」

「あ、あ、あああのその、、あ、ありがとぅ……」

 

 彼女の満面の笑みを受けたであろうルークの顔が真っ赤に染まる。

 そのまま笑顔のジーナに手を引かれ、ルークたちはナックルシティの夜の街に消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「美しいものを、見た!」

 

 やっぱり幼馴染みは最高やな!

 

「お!お前もそう思うか?」

「チュゥゥゥ!!」

「じゃあ俺達も戻るか。これからよろしくな、カジッチュ」

「チュゥゥゥゥ!!」

 

 新しい仲間のカジッチュを肩に乗せ、こちらも夜の街に消えていくのであった。

 

 

 



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50、エール団再度の邂逅

!!!(祝)!!!
剣盾旅記録50話達成!
合計文字数40万越え!
話の進行具合!ナックルシティ出発!
……おっかしいな、25話の時には既にルリナさんと戦っていたはずなんだけど…また幻術なのか?


「――というわけでこいつが新しく仲間になったカジッチュだ、みんな仲良くするんだぞ」

「チュゥゥゥ!」

 

 新しい仲間、りんごぐらしポケモンのカジッチュをポケモンセンターで休んで元気いっぱいになったみんなに紹介する。

 反応はまちまちだった。

 まずジメレオン、突然舌を伸ばしたと思ったらきのみごとカジッチュを食べようとしてきた。

 

『お前……美味そうだな?』

 

 次にアオガラス、きのみの裏側から飛び出しているカジッチュの体を鋭いくちばしで突いて食べようとしてきた。

 

『我、虫が大好物である!』

 

 パルスワン、カジッチュの潜むよく熟した甘ーいきのみの匂いに刺激されてか大きく口を開いてかぶりついてきた。

 

『おいしそうな匂い~!』

 

 バイウールー、カジッチュを栄養満点なきのみとしか認識せず食べようとしてきた。

 

『ボクの毛並みの礎になれ!』

 

 最後にヒトモシ、今日の晩御飯か何かと勘違いしたのか『おにび』を打ち込んできた。当たれば焼きリンゴ確定!

 

『料理は火加減ッス!』

 

 

「ぬおおおおお!!!?」

「チュチュゥゥゥウ!!?」

 

 カレーによって育て上げられたうちのポケモン達はみんなきのみが大好物だ。

 その日は美味しそうなカジッチュを守り通すだけで精一杯だった。というかこいつら大分食欲に支配されてらっしゃる?

 

 

 

 

 食いしん坊ポケモン達の脅威にさらされたカジッチュは完全におびえてしまうようになった。

 

「……これは時間が解決するしかないかな」

 

 まさかうちの子達があんなに食欲に駆られる獣たちだったとは……育て方を間違えたかな?

 とりあえず彼らには三日間カレー抜きの刑を求刑しておいた。

 ポケモン達は悲痛と絶望の表情を浮かべ、頭を地にこすりつけ許しを請ってきたが無視した。大事な仲間を食べようとするなんてあってはならないことだ。反省させるためには多少の荒療治というものが必要だろう。

 

「はいカジッチュ、あ~ん」

「チュゥゥゥ♪」

 

 まだ小さなカジッチュはそれほどの量を食べられないので、スプーンに一口分のカレーを乗せて近づけると美味しそうに食べる。ちなみにカジッチュの好みに合わせて作った甘口カレーだ。

 うちの子たちはみんな食欲旺盛でバクバク食べる子達ばかりだったので、こういうのは新鮮でなごむ。

 その様子をポケモンたちが恨めしそうに見つめている。

 

『カレー……美味そう』

『フーズだけじゃ満足できないよ!』

『カレー…我はカレーが食べたいのである…』

『ボクの毛並みを整えるのにはカレーが不可欠なのに…』

『ッス、新人のくせに生意気ッス!』

 

 そんなことを俺は露も知らずカジッチュにカレーを食べさせるのであった。

 

「いっぱい食べて大きくなるんだぞ~」

「チュゥゥゥ♪」

 

 う~ん、和むなぁ。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 そして翌日、俺は調べ物や情報収集を終えた昼頃にナックルシティを出発することにした。

 昼までの間にルークとジーナちゃんのところを訪ねたり、ポケモンセンターにあるパソコンでジムチャレンジの情報など絵を調べていたのだ。

 調べた情報によるとじわじわとカブさんを突破したジムチャレンジャーが増えてきたそうだ。四日前に俺やマリィたちがカブさんの連続防衛をぶち壊したことが他のチャレンジャーにも火をつけたとかでジムチャレンジャー全体の勢いが上がっているらしい、そんな記事を見た時は誇らしさと同時にうかうかしていられないなと思った。

 ちなみに昨日ナックルシティの中央広場で武者修行のようにトレーナーを集めて勝ち抜きバトルをしていたこともネットに挙げられていて反響を呼んでいたので改めてジムチャレンジャーの注目度の高さというものを実感した。

 

 ナックルシティの西側を目指し、宝物庫を通り抜け、堅牢な城壁を抜けた先にある跳ね橋を渡った先の六番道路にたどり着く。

 日が一年中照り付け、乾燥した気候である六番道路はどこかワイルドエリアの砂塵の窪地を連想させる。バンギラスに追いかけられたのが記憶に新しい。

 

「よ、よーし!目指すは二日後までにララテルタウン到着だ!」

 

 恐ろしい記憶を振り払い気合を入れ直す。

 跳ね橋と繋がったレンガの橋を渡り切り、六番道路の乾燥した土を踏みつけたところで、

 

「うおおおお!我々エール団はスナヘビを安心して眠らせるためにエールをおくーる!」

「かわいい、可愛すぎる瞳よスナヘビ!」

 

 橋を渡ったところで最近はあまり見かけなかったエール団の姿を見かける。

 二名のエール団は道端で寝ようと転がっているスナヘビにメガホンをむけて大声でエールを送っている。あれじゃあ眠れるものも眠れないだろ…

 

「まあいいか、通りまーす」

「だめー!」

「子供はうるさいから通しません!」

「っち」

 

 しれっと通ろうとしたところで二人のエール団に道を遮られてしまう。

 エール団はマリィを応援したいがためにこうして他のジムチャレンジャーの妨害もしているらしい。マリィ本人にも怒られていたのにどうしようもないサポーターたちだ。

 

「おや、ここは通れないのかい?」

「いえいえ、紳士。どうぞお通りになってくださいな」

「どうぞどうぞ」

「アタシもポケモンは起こさないから通してもらうさね」

「お通りくださいマダム」

「どうぞどうぞ」

「ぼくもとおるー!」

「どうぞどう……って貴方はジムチャレンジャーだから通しませーん!!」

「っち」

 

 通行人に紛れる作戦も失敗した。

 俺の無駄に力を入れた幼児の真似でも突破できないとは……

 

「しゃーない、じゃあいつも通り強行突破させてもらうよ」

 

 腰のモンスターボールを手に取りポケモンバトルの態勢を取る。

 エール団にも俺の強さはそこそこ知れ渡っているようでしたっぱ二名が少し怯む。

 これくらいの相手ならジメレオンやパルスワン一匹でも勝てるかな?と考えたところで、コツコツという音が聞こえてくる。橋を渡ってまた誰かがやって来たようだ。

 

「あっ、アカツキ。 お前もララテルタウンに行くのか……?」

「……ホップ?」

「おう、ホップ様だぞ……」

 

 俺は変わり果てた姿のホップを見て驚いた。

 いつも元気の塊のようだったホップは目に力がなく、頬も少し痩せこけている。

 いつもならドタドタと音を立てて走っているホップらしくもなくコツコツと力なく歩いてきていたので、最初はまるでホップだとは思わなかった。

 

「なあエール団の人たち、そこ通っていいか?」

「だから子供はうるさいから通さないと言ってるのでーす!」

「こうなれば二人纏めてけちょんけちょんにしてやーる!」

 

 エール団のしたっぱ二人が腹を決めたのか俺たち二人に勝負を仕掛けてくる。

 

「仕方ない、やるぞアカツキ」

「ホップ、大丈夫?」

「ははは…これくらいの相手になら負けないぞ」

 

 いつも自信と元気に満ちていたホップの言葉にはどこか力がない。

 それでもここを通るためにはエール団の二名を倒さなければいけないのでダブルバトルの申し入れを受ける。

 

「いくでーす、スカンプー!」

「ジグザグマ!」

「よろしくヒトモシ!」

「頼んだラビフット!」

 

 エール団の二人が出したのはスカンプーとジグザグマ、どちらも進化前のポケモンだ。

 そしてこちらはヒトモシとラビフット、W炎タイプだ。

 

「距離があるうちに体勢を崩す!

 ヒトモシ、『おにび』!」

「モッシシ」

 

 ヒトモシの周りにふよふよと浮遊する火の玉が現れ相手の二匹に殺到する。

 二匹はそれを左右に分けて回避するとスカンプーはラビフットに、ジグザグマはヒトモシに向かって突撃する。

 

「スカンプー、『かみつく』!」

「ジグザグマ、『したでなめる』!」

 

 両者ともに飛び掛かりながらの勢いある攻撃。

 だけど、勢いだけじゃどうしようもないこともある!

 

「ラビフット、『でんこうせっか』!」

「ヒトモシ、『あやしいひかり』!」

 

 スカンプーが『かみつく』直前、ラビフットの全身がぶれ虚空を噛みつく。スカンプーが目標を見失い、キョロキョロと周りを見渡しているがラビフットが居たのは空。両足を構えて既に狙いをつけている。

 ジグザグマの方も『したでなめる』をしようと口を大きく開けた直後、あやしげな紫色の光に顔を包まれて正気を失う。

 

「ス、スカンプー上だ!」

「ジグザグマ!?」

「そのまま『にどげり』!」

「『ほのおのうず』で吹き飛ばせ!」

 

 スカンプーがラビフットの影に気がつき、空を見上げた時には真っ赤に赤熱したラビフットの両足がスカンプーの体を頭を捉えて地面にめり込ませる瞬間だった。

 ジグザグマはというと正気を失いふらふらとしていて隙だらけだったので遠慮なく最高火力の技で焼き払った。

 

「カ、カンプ~……」

「ザッグ……マ」

「スカンプー!」

「ジグザグマ!」

 

 二匹はそれで戦闘不能になってしまった。

 思った通りこの二人はそれほどたいしたことがなさそうだ。

 

「く、くそ」

「アカツキにホップ、流石はチャンピオンに推薦されたジムチャレンジャー…!」

 

 したっぱの「チャンピオンに推薦された」という言葉にホップが一瞬反応する。

 

「ですが、負けるわけにはいきまーせん!」

「先輩から預かったこのポケモンでギッタンギッタンにしてやるわ!」

「いくでーす、マッスグマ!」

「レパルダスちゃんお願い!」

 

 したっぱは再度ポケモンを繰り出してくる。

 出てきたのはマッスグマとレパルダス、先ほど倒した二匹よりかなり手ごわそうなポケモンが出てきたな…

 二匹の立ち姿には隙が無く、よく訓練されたポケモンだということが伝わってくる。これは油断ができないぞ。

 

「ラビフット、『でんこうせっか』!」

 

 と慎重に考えていた俺の隣でどこか焦ったような声色のホップがラビフットを疾走させる。

 ラビフットは乾ききった地面を蹴り飛ばし一瞬の合間にレパルダスの懐に入り込む、そのまま一撃が加わろうとしたところで、

 

「レ、レパルダス、『ねこだまし』!」

 

 レパルダスの前脚が『でんこうせっか』よりも素早い速度で放たれラビフットの攻撃を無理矢理中断させる。

 技を止められ、意識の空白が生まれたラビフットにマッスグマの黒く染まった鋭い前脚が襲い掛かる。

 

「マッスグマ、『つじぎり』でーす!」

「ビ、ビフッド!?」

 

 首筋を捉えたマッスグマの『つじぎり』がラビフットの体をくの字に曲げて吹き飛ばす。

 

「追撃よ、『みだれひっかき』!」

「させるか、『おにび』!」

 

 吹き飛んだラビフットの体に俊足を誇るレパルダスが追いつき、よく磨かれた爪で切り裂こうとする。

 だがヒトモシが放った火の玉が横から殺到し、レパルダスの体を爆発とともに吹き飛ばすことで難を逃れる。

 

「ホップ!焦り過ぎだよ!」

「あ、ああ。ごめんアカツキ」

 

 やはりどこか無理をしているようなホップ。

 ここは俺がなんとかしなくては!

 

「ヒトモシ、『ほのおのうず』!」

「モーシーシー!!」

 

 マッスグマもレパルダスもヒトモシとは比べ物にならない素早さを持つポケモンだ。

 まっとうに戦っていては以前のようにボロ負けしてしまうことが目に見えているので大技の『ほのおのうず』によって二匹を纏めて閉じ込める。

 

「ッグマ!!」

「レパルゥ…!!」

 

 『ほのおのうず』が二匹を包み込むと空にまで経ちのぼる火炎の渦となり内部の二匹を焼き苦しめていく。

 

「いいぞ、そのまま燃やしきれ!」

 

 ヒトモシの炎は勢いを増しマッスグマとレパルダスの体力をじわじわと削っていく。このまま削り切ってやる!

 

「マッスグマ、『つぶらなひとみ』!」

 

 しかし、マッスグマのするどかった目つきが突然ぬいぐるみのようにつぶらでかわいらしい瞳に変わる。

 炎の中からその瞳に見つめられたヒトモシは無意識のうちに炎の勢いを落としてしまう。

 勢いの弱まった炎の檻を二匹が破壊し中から飛び出してくる。しまった!

 強力な炎技を使って疲弊したヒトモシの下に二匹のポケモンが同時に襲い掛かる。

 

「『つじぎり』!!」

「『つじぎり』!!」

 

 誤差なく、全く同時に二方向から迫る暗黒の凶刃。

 一撃でも喰らえば致命傷となりうる悪タイプの攻撃が、ゴーストタイプのヒトモシに迫る。

 防御も回避も不得手なヒトモシにこの状況を打開する手はない。

 もはやここまでかと思われたとき、

 

「ラビフット、『にどげり』!」

 

 そこにラビフットの『にどげり』が待ったをかける。

 真っ赤に赤熱した『にどげり』の威力はすさまじく、効果抜群とはいえ二匹のポケモンを軽々と吹き飛ばす。

 

「…!ホップ助かった!」

「アカツキ、お前も焦り過ぎだぞ!」

 

 本調子ではないもののホップのその言葉は本心から来るものだった。

 焦りは隙を作り出す、そのことをよく思い出してもう一度敵を見据える。

 

「今のは惜しかったのに!」

「おのれ忌々しいでーす!」

 

 絶好のチャンスを逃したエール団の二人が悔しがり地団太を踏んでいる。

 せっかくやってきたチャンスをものにできなかったのがよほど悔しかったと見え、そこからの二人の指示はさらに精細さを欠いたものとなっていった。

 

「先にヒトモシからたおーす!

 マッスグマ、『とっしん』!」

「レパルダス、『みだれひっかき』よ!」

「え?」

「は?」

 

 ヒトモシに攻撃を絞ってきた両名、しかしその指示はあまりに常軌を逸しており俺達の思考に空白が生まれる。

 これがジムリーダやジムトレーナーによる指示なら何か裏があると思っただろう、が相手は戦った限りそこまで手強くはないしたっぱ達である。

 まさかと思いその攻撃を素通りさせていると、

 

「く、何故攻撃が当たらないのでーす!」

「レパルダスちゃんの爪がすり抜けていく!?」

 

 本気で驚愕している両名。

 

「なあ、こいつら……」

「あー、うん。本当にしたっぱみたいだね」

「……おし、ならこれでとどめにしてやるぞ!」

「うん、最大パワーで『ほのおのうず』!」

「こっちも最大パワーで『ニトロチャージ』!」

 

 後衛となったヒトモシが炎技を繰り出し、ラビフットが駆け回り二匹を翻弄する。

 焦りに焦った両者のポケモンが詰められたところに『ほのおのうず』を纏い炎の量を倍増させたラビフットの『ニトロチャージ』が襲い掛かり二匹ごと炎の中に沈んでいった。

 

「おーのー!」

「先輩のポケモンなのにー!」

「最後までうるさい子供トレーナーたち!」

「これじゃあスナヘビも…って、あれ!いない?」

「スナヘビならバトルが始まってさっさと場所を変えて行ってたぞ」

「よっぽど二人の声援がうるさかったんだろうね」

「ガ、ガーーーン!!」

「そんな。それでは我々の声援の意味が!?」

 

 俺の言葉がとどめになったのかエール団の二人は涙を流しながら六番道路の先に走り去っていった。

 

「おつかれ」

「ああ、お疲れ様だぞ」

 

 なんとなく締まらない終わり方ではあったが、無事エール団を撃退して一息つく。

 六番道路に出て早々これとは何ともついていないな、と二人で苦笑いする。

 

「なあ、アカツキは聞いたか?俺がビートに負けたこと」

「…聞いたよ、ビートの口から」

「そっか」

 

 そこまで言ってホップが遠い目をする。

 ここではない何処か、ここにはいない誰かを見るような眼差しだ。

 

「負けたのは…いいんだ。オレがまだ未熟だったってことだからな」

「うん」

「ただ、あいつにアニキの名前に泥を塗ってますねって言われてさ。そんな自分の弱さが嫌になったんだ」

 

 顔を俯けたホップが心底悔しそうに言う。

 

「オレが弱いとアニキまで弱いと思われる。そんなのは嫌だぞ!アニキは最強で無敵なんだ!!

 だからオレ、もっと強くなる!お前もユウリも強くなれよな!」

 

 ホップはそのまま六番道路の先へと走り去っていく。

 自分の考えが正しいかはわからない、そんな不安を考えないようにひたすらに我武者羅に走り去っていくホップの背中はどこからしくないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、今のがダンデの選んだジムチャレンジャーだね」

「え、、、どわぁ!?」

 

 ホップの背中を見送ったらいきなり背後から声を掛けられた。

 音もなく気配もなく、そしてやたらと派手な服装をしたおばあさんに声を掛けられビックリ仰天だ。

 

「そんなに驚かなくてもいいだろう。あたしはポプラさ、詳しいことはカードをご覧よ」

 

 おばあさんは首に巻いた紫色のファーからリーグカードを差し出してくる。

 

「いいバトルを見せてもらったよ、これはその駄賃だと思っておきな」

「アラベスクタウンのジムリーダー!?」

 

 リーグカードのまさかの照会文に驚く。

 ポプラさんはカードだけ押し付けてそのまま行ってしまった。

 

「(随分ゆっくりと歩いているけど大丈夫かなぁ?)」

 

 さすがに高齢のようでゆっくり一歩ずつ進んでいくポプラさんが心配になり、一緒に六番道路をついていこうかと考えた時砂埃を上げて強風が吹きすさぶ。

 砂埃に咄嗟に目を閉じる。

 

「あっぶなー……ってポプラさんいねぇ!?」

 

 少し目を離したと思ったら先ほどまでゆっくりと歩いていたはずのポプラさんが消えていなくなってしまった。

 本当に何者?というか底のしれないジムリーダーとの出会いだった。

 

 



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51、カセキメラ

そーれ、がっちゃんこ!


(カセキメラを見て)
こ、こいつ狂ってやがる

あ、でもこのパッチルドンかわいい


 六番道路を進む。

 乾いた空気、まばらで短い草の生い茂る地面、そして照り付ける日差し。

 

「あっつー……」

 

 ワイルドエリアでいくらでも日差しを浴びたと思っていた俺だが、環境が変われば同じような日照条件でもこうも違うものなのかというのを実感する。

 ワイルドアエリアは基本的には広大な草原であった。

 風も吹けば、草木が光を吸収し、空気にも十分な湿度があった。

 しかし、この六番道路にあるのは、

 

 

 岩!

 

 岩!!

 

 岩!!!

 

 

 岩だけだ。

 連なった岩盤が風の通りを阻害し、乾いた空気と照り付ける日差しが体から水分を奪っていく。

 住んでいるポケモンもダグトリオやマラカッチにエリキテルといった乾燥地帯を好むポケモン達ばかりだ。

 

「でも、ここはここで見るところも多いんだよな」

 

 そびえ立つ岩を見上げると壁には岩盤を削って作られたポケモンらしきものの像や遺跡の跡のようなものが沢山ある。

 以前には何らかの文明があったとか無いとか言われているらしい。

 たまに見かけるデスマスというポケモンが古代の遺跡につながる重要なヒントを持っているらしいが未だ謎も多いらしい。

 

「君子ゴーストタイプには近寄らず、って言うしね。

 危険なものには近づかない、近づかない」

 

 ゴーストタイプには今まで通算二回冥界に引きづりこまされそうになった経験がある。

 興味はあるがスルーさせてもらうしかない。

 

「うんしょ……っと」

 

 この六番道路は道を塞ぐ岩盤などが多いため、岩にかけられているはしごなどを登っていく。

 上に上にと登っていく道のりは中々険しく、体力の減りも早いので大変な旅となる。

 

「うわぁー、ワイルドエリアが見える!」

 

 しかし、岩盤を登るほど高くなっていく道のりから見える景色は絶景だ。

 ナックル平陵からもワイルドエリアを見渡すことができたが、ここからならそのナックル平陵やナックルシティの城壁なども一望できる。

 周りを見渡してみれば同じように景色を楽しむバックパッカーなどもそれなりの数がいる。

 ここは絶景スポットでもあるようだ。

 

「あら、貴方ジムチャレンジャーのアカツキ選手じゃないですか?

 ここであったのも何かの縁、一勝負をしてくれませんか」

 

 バックパッカーの女性がモンスターボールを取り出し勝負を仕掛けてくる。

 こちらも岩を登ったりしてばかりでちょうど退屈をしていたところだ。

 

「受けて立ちます!」

 

 こんな感じでポケモンバトルを挑まれるのにも慣れてきたなぁ。

 

 

 

 

「いやぁー、負けた負けた!

 それにしてもバトルも強いのにカレー作るのも上手いって反則過ぎません?」

「カレー作りは全ポケモントレーナーの必須技能みたいなものですからそこまで大したもの……でもありますね!カレー最高!」

 

 バックパッカーのトモミさんと熱いポケモンバトルをした後はキャンプを張り一緒にカレーを作った。

 リッキーと言われるゴーリキーの力強い攻撃などは次に控える格闘タイプのジムに向けていい予行バトルになった。

 

「あのーアカツキさん? 他の子達にカレーはあげなくてもいいんですか?」

 

 カジッチュに甘口カレーを食べさせる中、他のポケモン達が羨まし気な目でこちらを睨んでいる。

 

「あいつらには今『禁カレー』を言いつけてるので気にしないでください」

「で、でもなんだかバトルの時よりもバイウールーちゃんが殺気立ってきてるんですけど」

「仕方ないですね……」

 

 はぁ、と軽い溜息を吐く。

 まあこうして他のトレーナーと一緒に居る時まで険悪なムードを見せるのはあまりいい気分ではない。

 仕方がないな、という顔をするとポケモン達の顔が期待と歓喜で輝き始める。

 

「はい、じゃあカレーの匂いだけおすそ分け」パタパタ

『グアア嗚呼アア嗚呼あ!!!?』

 

 カレーの豊潤なる香りでさらに己が罪を嘆くがよい。

 匂いだけで生殺しにされたポケモン達の苦しみの叫びが夜の荒野に鳴り響いた。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「じゃあアカツキさん、ジムチャレンジ頑張ってくださいね!」

 

 そういって次の日の朝トモミさんと別れた。

 今日中にはなんとかララテルタウンの前に存在するというディグダの巨大石像がある遺跡のところにまでは着きたいと思う。

 

「そういえばトモミさんが『変な科学者がいるから気を付けてくださいね』とかいってたっけ」

 

 なんでもここ最近六番道路のある場所で怪しげな実験と採掘を行っている変な科学者がいるらしいのだ。

 ナニカを見つけると笑い始め、そのナニカを使ってこの世のものとは思えない恐ろしい化け物を生み出しているという。

 科学者というくらいだから『ほのおのいし』みたいな鉱石のエネルギーを使ってロボットを動かしているのだろうか?ゴーストタイプみたいなのはお断りだが、そういったものには興味が湧いてくる。

 

「よし、その科学者とかいう人のところにいってみるか!」

 

 ロボットは男のロマン!

 ディグダの巨大石像までのルートからは少し逸れるがその科学者に会いに行ってみよう!

 

 

 

 

 科学者がいるという場所を目指し六番道路を進む。

 道中マミさんという大人のお姉さんにバトルを挑まれたりしたが、今まで戦ったことのないタイプの恐ろしい相手だった。

 ピッピとピクシーを繰り出してきたお姉さんは、なんとどんな技が出るかわからない『ゆびをふる』だけで戦ってきたのだ。

 初手で『ねむりごな』が飛んできて眠らされたジメレオンがタコ殴りにされた時はもう焦りに焦ったものだ、攻撃技が三回も出ないというミラクルに助けられなければ今頃ボロ負けしていたかもしれない。

 乾いた六番道路を進んでいくと、ついに科学者がいるという場所にたどり着く。

 岩が積み重なってできた薄暗い採掘場跡。

 積み重ねられた岩が陽の光を遮り、近くを流れる川のおかげで驚くほどに涼しい。

 

「ふっ、さながらここは砂漠のオアシs「そーーーれ、がっちゃんこ!!!」もー、最後まで言わせてよー」

 

 気持ちよく涼んでいると奥の方から聞き覚えのある声が響いてくる。

 

「……駄目、何も出てこないネ」

「そ、そんな!?あれでも駄目だったの!?」

「あのサイズのカセキでは復元は不可能ということだな。もっと立派なカセキを見つけるがいいゾ」

「こうなったら意地でもほりだしてやるんだからー!」

 

 カンカンという穴掘りで聞きなれた音とともに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 また君かぁ……

 

「あ!アカツキじゃない、一昨日ぶり―!」

「はい、いつものユウリさんでーす」

 

 涼やかで静かな採掘場でツルハシを振るおうとしていたのは我らがジャイアンことユウリ尊師。

 二日前、ローズさんとのお茶会以来だ。

 

「あれ? じゃあ採掘場に居るって言う頭のおかしな科学者ってのはユウリのこと…?」

「違う違う、アタシもその噂を聞いて来たの。 その噂の科学者はこの人よ」  

 

 ユウリがツルハシを振り続ける白衣の女性を指さす。

 

「ん?なんだ?」

 

 女性は採掘をやめてこちらを振り返ってくる。

 顔や白衣のいたる所に泥が付着し、よく見てみれば履いている靴が左右でバラバラだ。見ているだけで不安になってくる、なんというか迂闊そうな人だ。

 

「君のお知り合いかネ?」

「そうよ、アタシのライバルのアカツキよ」

「そうか、私の名前はウカッツ。よろしくしたまえ」

 

 本当に迂闊そうな名前の人だった。

 ウカッツさんは軽く自己紹介をするとまたすぐさま採掘に戻って壁を掘り始める。

 自分の興味関心以外にはかなり無頓着っぽいということがうかがえる。

 

「あーもー、だからウカッツは掘り方が雑なのよ。そんなんじゃ出てくるものも出てこないわよ」

「そこに埋まっているかどうかが重要であり、掘り方など些末な問題だヨ」

 

 そしてウカッツさんの掘り方は俺やユウリから見てもなんとも雑な掘り方だ。

 まず腰が入ってない。腰の力を十全に伝えることこそが基本にして極意だというのに、白衣の上からでもわかるでろんでろんな腰使いだ。

 ツルハシの持ち方も雑、なんで白衣の袖の上から持ってるんだ。今にもすっぽ抜けそうで怖いわ。

 

「ああ、もう貸してください」

 

 見ていられなくなった俺はウカッツさんの持つツルハシを横からかっさらうと自分が掘る!と宣言する。

 何処を掘ればいいのか尋ね、「そこだヨ」と指さす場所の前まで行くと掌で触れる。

 

「彼はいったい何をしているのかネ?」

「さあ、あたしにもわかんない。ちょっとアカツキ、なにしてんの?」

「岩の鼓動を感じてる」

「……とてもスピリチュアルな友人だナ」

「こいつこんな奴だったかしら?カレー以外でも頭おかしくなってきてる?」

「………よし、大体把握した。思ったよりも深くにあるわけじゃないし、これなら俺でもいける」

 

 以前穴掘り兄弟に習った穴掘り技術の一つだ。壁や地面に触れることで中に何があるのかを判別する。

 あの時はロコンという頼れる存在がいたので使う必要もなかった技術だが、今ここでは役に立つ。

 そして目的のものはそれほど深くには埋まっていない様子だったので、俺くらいの穴掘り師でも感じ取ることができた。

 

「このなかにあるカセキを掘り出せばいいんですね?」

「その通りだ」

「よし、じゃあ二人とも退いてて。一発大きいので掘り出すから」

 

 ツルハシをぶんぶんと振って感触を確かめる。

 両手でしっかり握ったツルハシを剣道の上段の様に構え、体から吹き出す力を両手とツルハシに集めていく。集中集中……

 

「君の友達の体からなにやら白いオーラが立ち上っているガ?」

「なんかこういうのたまに見たことあるわー、TVのビックリ人間みたいな番組で……」

「うおおおお!! 『スマッシュ』!!!」

 

 集めた力をエネルギーに変換し、ツルハシとともに叩きこむ。

 ツルハシの鋭い切っ先が岩場に突き刺さると破壊のエネルギーが爆発を起こしたかのようにはじけ飛び、刺さった場所に破壊をまき散らす。

 

「うーん、イマイチ。やっぱり見様見真似じゃこんなもんか」

 

 ガラガラと崩れ去っていく岩場を見ながらそう呟く。

 穴掘り兄弟(弟)の使っていた『パワースマッシュ』に比べればあまりに稚拙。必要な破壊を必要な範囲内にのみ留め、瓦礫を砂に変えるあの一撃と比べてみれば威力も範囲も子供みたいなものだった。

 技を使ったことで体に急速な疲労感が湧いてきたので振るったツルハシを支えにする。

 

「お、カセキみっけ」

 

 壊れた岩盤の中から目当てのカセキを取り出す。

 傷や損傷ができないように加減したがこうまで不出来な技だと少し心配だったのだが傷一つない綺麗なままでよかった。

 

「ちょっと、危ないわね!?」

「ケホケホ、君は人間かね?」

「失敬な、どこからどうみてもただの人間じゃないですか」

「こんなビックリ人間コンテストに出てくる奴みたいなこといきなりしてんじゃないわよ!」

「いやいや、こんなのやり方覚えれば誰でもできるって。ユウリなら1時間もあればできるようになるよ」

「え、マジ?教えて教えて!!」

 

 

 

 

 ~40分後

 

 

「『シュート』!!!」

 

 そこには体の内に眠る力を収束させて壁を穿つ技を習得したユウリの姿があった。

 

「ユウリはどっちかというと穴掘り兄弟(兄)みたいな技術タイプっぽいね」

「アタシとしてはさっきあんたがやってたみたいなド派手な技を使いたかったんだけど。まあこれも悪くないわね!」

 

 流石はセンスの塊といわれるユウリだ。まさか本当に一時間もかけずに技を習得するとは。

 

「…非科学的だ、人間はいつから人間をやめたのかネ?」

「ポケモンが技を使えるんだから人間に使えない道理はない、俺に技を教えた人の言葉です」

「そいつ人間やめていないか?」

「多分半分くらいやめてたと思います」

 

 ユウリに技を教えている間ウカッツさんは掘り出したカセキを調査していた。

 水場が近く、余計な日の光が入らないここは確かに拠点としては申し分ないようでカセキは綺麗にその形を露わにしていた。

 

「これは『カセキのトリ』だったよ」

「それってどんなポケモンなんです?」

「わからん」

「え?」

「このガラルで見つかるポケモンのカセキは全て上半分か下半分だけなのサ、不思議なもんだネ」

 

 綺麗になったカセキを眺めながらウカッツはそう呟く。

 

「君はカセキポケモンを見たことがあるかな?」

「えっと、前に居たところでは何回か。体がガッチリしてて、どのカセキポケモンも強そうな見た目でしたね」

「そうか。他の地方ではしっかり全身を再現できているというは本当のようだナ」

「???」

 

 俺の話を聞いたウカッツさんはまた考えるようにブツブツと何かを呟く。

 

「チャーシューメーン!!!」

 

 後ろの方で技を覚えたことによって調子に乗ったユウリが採掘を続けている。ゴルフじゃねーんだぞ。

 どこからあのタフネスが湧き上がってくるんだ、ホップレベルだなと思っているとガラガラと崩れる瓦礫の中からカセキを掲げてユウリが走ってきた。

 

「これ!これだったら復元もいけるんじゃない!?」

 

 ユウリの掲げるカセキは先ほど採掘したカセキに負けず劣らず綺麗な姿を保っている。

 だが、先ほど見つけた『カセキのトリ』とは明らかに違うポケモンのカセキ。

 

「これは別のカセキだし無理なんじゃ…」

「行けるわ、ウカッツの持ってるこの機械を使えばね!」

 

 そういってユウリがウカッツさんの拠点から大きな機械を転がしてくる。

 左右には投入口らしき入口、機械の真ん中には透明なアクリルガラスの扉がついている。開けてみると中は空洞でポケモンが一匹入れそうなくらい大きい。あれだ、紙コップ式自動販売機の取口みたいな感じだ。

 俺が未知の機械に目を輝かせ、扉の中に頭を突っ込んでいるとユウリとウカッツさんが投入口に発掘したカセキを放り込んでいく。

 

「アカツキ離れてなさい」

「別に離れなくてもそれはそれで面白いものが見れそうだから退かなくてもいいゾ。なんせボックスシステムを開発した研究者はポケモンと融合を果たしたらしいからナ、その瞬間を見られるかもしれん」

「??」

 

 離れろ、というユウリの指示に従って扉を閉めて機械から離れてみる。

 惜しい、という顔をしたウカッツさんが機械の電源を入れるとバチバチという音とともに機械が稼働を始める。

 ガタガタと機械の体が揺れ、投入されたカセキ達に電気的な処置が施されていく。

 時間という枠を取り去り、保存という名の石化を解き明かし、別々だった命が一つに結合されていく。

 何をしているのかは全くわからないがそんな科学の集大成を見るのに夢中になっていた俺は時間の経過すら感じ取ることができなかった。

 そして機械は沈黙を取り戻し、

 

 

チーーーーーン

 

 

 という電子レンジみたいな音を立てて完全に稼働を停止した。

 今すぐ機械の扉を開いてみたい衝動に駆られていると、ガンガン!という音とともに内部からアクリルの扉が叩きつけられる。

 何度かの衝撃を受けた後、扉のロックが解除され自動的に開いていく。

 シュ~ウという音と白い煙、そして電気分解によって発生した殺菌作用のあるオゾン特有の臭いが扉から溢れ出てくる。

 そして、時間を越えて現代によみがえったカセキポケモンが姿を現す。

 

 

 

 

 雷によって立ち上がった頭髪。

 親近感を抱かせる愛らしい顔。

 腕からは電撃をそのまま形にしたかのような小さな翼がついている。

 

 なるほど、確かにこれは古代の鳥ポケモンのようだ。

 直後そんな単純な感想を吹き飛ばす衝撃的な光景が目に飛び込んでくる。

 

 上記の感想は扉から出してきた上半身を見て俺が感じた感想だ。

 扉から飛び出したそのポケモンの全体像を見て目を丸くした。

 

 

 

 

 大地を踏みつける強靭な足腰。

 一撃でこの機械すら破壊してしまいそうな立派な尻尾。

 そんな古代の竜を彷彿とさせる力強く、太ましい下半身。

 

 そしてポケモンは下半身がむき出しになっていた。

 むき出しと言ってもよくわからないだろう。

 端的に説明すると……切り身。魚の切り身のような生々しい断面がむき出しになっていたのだ。

 

「ば、ばけも──!!?」

「きゃーーーかわいいーー!!!」

 

 咄嗟に口から出た感想と被さるように、同じ光景を見ていたユウリが走りだす。

 ユウリは明らかに異形な見た目をしているそのカセキポケモンの上半身に飛びついて抱きしめる。

 

「決めた、貴方はアタシのポケモンにするわ!!!」

「チラァ?」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 

「落ち着いたかね」

「ええ……すいません…」

 

 あまりにも衝撃的な光景を見たことで腰を抜かした俺はウカッツさんの拠点の中で水を貰って落ち着いていた。 

 近場の川の水だ、よく冷えていて体に染み入っていく。

 ある程度落ち着いたところで俺はウカッツさんの顔を見て話を聞くことにした。

 

「……あれは、なんなんですか?」

「あれとは?」

「…あのポケモンですよ」

 

 拠点となっている大きなテントの窓部分から外を見る。

 上半身がトリで下半身がドラゴン、復活したカセキポケモンがユウリを背に乗せて外を走り回っている。

 

「君も見ていただろう。復活した古代のポケモンだヨ」

「でも……あのポケモンはどう見てもおかしい!」

「ああそうだ、おかしいね」

 

 俺が絞り出すようにして口にした言葉にウカッツさんは何でもないように返す。

 俺はその光景が信じられない、とばかりにウカッツさんの顔を見ると彼女は話を続ける。

 

「このガラルでは上半分か下半分のカセキしか見つからない、そう言ったね?」

 

 その言葉に無言で頷く。

 

「そしてその内訳は大きく分けて四つ、

 『カセキのトリ』

 『カセキのサカナ』

 『カセキのクビナガ』

 『カセキのリュウ』、この四種類のカセキしか見つからないのだヨ。そしてこの上半分のカセキと下半分のカセキたちはね、どんな組み合わせでもポケモンを復元できるのさ」

「!!?」

 

 言葉を失う。

 衝撃的な事実に口が酸素を求めてパクパクと動く。

 

「あのポケモンの名前はパッチラゴン、正真正銘図鑑にも登録されているポケモンさ」

 

 調べてみたまえ、と暗に促す彼女の言葉に従いポケモン図鑑を向けてみるとすぐさま反応を起こす。

 

「かせきポケモン、パッチラゴン。

 『古代ではたくましい下半身で無敵だったが、餌の植物を食べつくしてしまい絶滅した』……本当だ」

「その通り、出来るはずがないのに復元できてしまうこの矛盾。ウカッツはその謎を調べるためにカセキの研究をしているのサ」

 

 その後ウカッツさんにその他のガラルのカセキポケモンのデータを入れてもらった。

 

『カセキのトリ』×『カセキのリュウ』

=パッチラゴン

『カセキのトリ』×『カセキのクビナガ』

=パッチルドン

『カセキのサカナ』×『カセキのリュウ』

=ウオノラゴン

『カセキのサカナ』×『カセキのクビナガ』

=ウオチルドン

 

 四つのカセキを組み合わせることで四体の違うポケモンが生まれるという衝撃的すぎる事実を知り何が何だか分からなくなってしまった。

 どうみても不自然な復元、だがしっかりとポケモンとして成立しているのだという。

 

 本当に復元してよかったのか?

 彼らの望まぬ復活だったのではないか?

 いいや、そもそも人間が復活させるなど烏滸がましいことだったのではないか?

 

 答えの出ない問いにぐるぐると思考だけが回されていき、思考の螺旋はさらなる深みにはまっていく。 

 

「ほら、アカツキうじうじしない!

 アタシとパッチちゃんのポケモンバトル第一号になれることを誇りに思いなさい!」

「チラチラゴォォ!!」

 

 そんな思考の螺旋に捕らわれていた俺を救い出したのはユウリ、と他の誰でもないパッチラゴンだった。

 現代によみがえったばかりのパッチラゴン。

 明らかにおかしな状態で復元させられたにもかかわらずパッチラゴンは楽しげに走って、笑って、はしゃいでいた。

 そんなパッチラゴンと、バトルを介することで俺たちポケモントレーナーは通じ合っていく。

 

「バイウールー、『とっしん』!」

「パッチちゃん、『つばめがえし』!」

 

 力強い『生の鼓動』は、戦っているこちらにまでビリビリと響いてくる。

 大地を踏みつけた衝撃は地面を揺るがし、力強く叫ぶ鳴き声は空気を震わせる。

 どんな状態で蘇らされたなど関係は無い。

 彼らは、今を生きているのだ。

 

「『にどげり』!」

「『ドラゴンテール』!」

 

 それにバイウールーとバトルをする彼の姿はとても楽しそうに俺の目に映る。

 戦いを楽しみ、自然に目を輝かせ、ユウリの指示を無視して近くに生えているきのみに突進していった時などは笑わせてもらった。

 そんな彼と出逢えたことに比べれば、答えのない問いなど些末なこと、、なのかもしれない。そんな風に思った。

 

「とどめの『まねっこ』!」

 

 バイウールーから伸びたドラゴンエネルギーを凝縮した尻尾がパッチラゴンの脳天に深々と突き刺さると、よたよたと後退した後バタリと倒れる。

 

「あー、負けちゃったか」

「パッチラゴン、すごいパワーだったね」

「あったり前でしょ!この子はアタシのポケモンなんだから!」

 

 そう自信満々に言ってのけるユウリの姿はどこまでも輝いている。

 俺の様に考えて考えて、ドツボに嵌ってしまうのも悪いことではないのだろう。

 だがユウリの様に、悪い事ばかりを考えず今を生きる者にしっかりと目を向ける、ということがとても眩しく見えた。

 

「どう、少しは気分が良くなったかしら?」

「うん、すごいねユウリは」

「当然、アタシがすごいなんて今更でしょ!」

「じゃあやっぱりすごくない」

「すごいわよ!」

「小芝居が終わったんならパッチラゴンを少し解ぼ……回復させてもらうぞ」

「今、解剖を回復って言い直さなかった?」

「言い直してないゾ」

「……この人に任せるのは危ないね」

「そうね、自分たちで手当てさせましょう」

「ま、まて。貴重なサンプルなんだ。せめて少しくらい実験の協力に……!」

「逃げるぞユウリ!」

「ほい来たアカツキ!」

 

 パッチラゴンの体を抱えて悪の科学者の魔の手から逃げ出す。

 所詮は部屋にこもって実験と研究ばかりしているモヤシ野郎だ、元気溢れる子供に敵うわけがないだろ!

 まあさすがにかわいそうだったので目を覚ましたパッチラゴンに話を通してトリ部分の電気を纏った体毛とドラゴン部分の鱗を採集させてあげた。

 

「まだまだカセキポケモンの謎は解けてはいない、なにか分かった時はまたこのウカッツのところを訪ねてきたまえ」

 

 サンプルを取れてご満悦なウカッツさんと別れを告げる。

 カセキポケモン。

 まだまだ謎の多い存在ではあるが、現在によみがえった彼らと出会ったのなら過去や未来の問題を考えるより先に今を生きる彼らをしっかり見てあげることが大切だと学んだのであった。

 

 




自分もこういうことを考えると倫理の問題がーとか考えてしまうのでユウリの様に今を生きる彼らのことを見て判断したいなと思いました。
幸いポケモン世界はエーテル財団やポケモンセンターみたいにポケモンに優しいところが多いので深く考えるのは野暮だと思いました。



え?
命を頂く?
ミルタンク肉にバッフロン肉?
バスラオの煮付にサシカマスの塩焼き?
知らない料理ですねえ。
ちなみに初期構想では機械に四種類のカセキ全部を放り込んで『ウオパッチルノラゴン』を作り出そうかと考えていましたが後半の流れを書いていたらもう書けねえな、と思いやめました。


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52、試行錯誤 vsホップ 

ホップは真剣ではあるけど闇落ちするキャラクター性でもないし、かといってアカツキやユウリも才能の塊で闇落ち要素皆無、ビートは既に闇落ちしてピンク落ちするしどうすりゃいいんだ。
どいつもこいつも眩しすぎる!!!
光属性持ちしかいねえ!!!


 

 

「暑い!!」

「けど活気にあふれた町ね!!」

 

 到着した俺達の眼前に広がっていたのは町の一口から中心地まで長々と続く市場と露天の数々。

 

「なんと今なら掘り出し物!『プロテクター』が3万円!」

「これは間違いなく本物だよ!『かけたポット』が五万円だ!」

「お嬢ちゃん、その『しんじゅ』今なら1000円で買い取ってあげるよ?」

「やー!これはまにあに売れば3000円にはなるんだから!」

「……お嬢ちゃん詳しいね…」

 

 右を見ても左を見ても店の人と買い物客が壮絶な値切りと交渉を繰り広げている。

 なんと俺よりもずっと年下の女の子がお店の人と『おおきなしんじゅ』の取引をして10000円から13000円にまで売値を釣り上げていた。

 商魂たくましく、なんとも活気のある町だ。

 

「おいそこの兄ちゃん!」

「お、俺?」

「そうだ、見たところ兄ちゃんポケモントレーナーだろう?」

「ど、どうしてそれを!?」

「俺くらい目利きの上手い商人になれば客を見抜くくらいわけないさ。そこでトレーナーの兄ちゃんに良い話だ。これを見てくれ」

 

 突然露店のおじさんに話しかけられ露店に飾ってある商品の内、一つをズイっと押し出される。

 それはどこにでもあるような一匙。銀を用いて作られ、持ち手がひん曲がったスプーンであった。

 

「これはなんと『まがったスプーン』と言ってな、これを持ったポケモンのエスパータイプの技が大きく上がるという至上の一品なんだ!」

 

 必要以上に大きな声と身振りでその力を紹介してくる露店のおやじさん。

 

「兄ちゃんはいま開催中のジムチャレンジの参加者だろう?」

「す、すごい観察眼ですね」

「(チャレンジバンド付けてりゃ一目瞭然なんだがな)兄ちゃんはこの町のジムリーダーに挑みに来たんだろう?だけどサイトウちゃんの格闘タイプはすっごい強いぜ?兄ちゃんがいくら強くても大苦戦するだろうさ。

 だが!この『まがったスプーン』を持たせたエスパータイプがいれば勝つことも夢じゃあない。いや、絶対に勝てる!」

「ぜ、絶対に……」

 

 『絶対』という強い言葉に生唾を飲み込む。

 確かにサイトウさんとの戦いに備えて道中もバトルを重ねてきたが勝てる、確実にという保証もない。

 強い誘惑に魅せられてしまう。

 

「ヤミちゃん、『サイコキネシス』」

「ヤミィ!」

「のわ!?」

「なんだなんだ!?」

 

 俺が露店の前で買おうどうかと迷っているとそれを横で見ていたユウリがヤミラミを出し、『サイコキネシス』によってかっさらっていく。

 ユウリは念動力で手元にまで持ってきた『まがったスプーン』を疑り深そうにじっくりと眺めペタペタと触っていく。

 

「おいおい嬢ちゃん!そいつはうちの商品だぞ、店主の目の前で盗るとはいい度胸じゃねえか!?」

「ユ、ユウリまずいよ」

 

 さすがに泥棒は友人としても見過ごせない。

 なおも銀色のスプーンを手の中で弄ぶユウリに店主が突っかかっていく。

 

「ジュンサーに突き出してもいいんだぜ?」

「へぇ、おもしろいわね」

 

 店主に脅されようとユウリの瞳はびくともせず、握ったスプーンを店主の顔に近づける。

 

「こんな偽物売りつけようとしてるあんたに警察を呼ぶ度胸があるって言うならね」

「偽物…だと?」

「そうよ、なにがエスパータイプの力を引き上げる『まがったスプーン』よ。曲がっただけの普通のスプーンじゃない」

「……証拠でもあんのかい」

 

 自信満々にそう言ってのけるユウリに店主のおやじさんが興味深そうにする。暗に続きを言え、と言っている。

 

「『まがったスプーン』ってのはね凄腕のエスパーが捻じ曲げたスプーンにそのサイコエネルギー残留しつづけてそれが他のエスパータイプの力を引き上げるって代物なのよ。

 でも、このスプーンにはそんな力を感じられない。どころか……ヤミちゃん!」

「ヤミヤミィ!」

 

 ユウリが空に放った曲がったスプーンをヤミラミの『サイコキネシス』が掴み取る。

 掴み取った次の瞬間、ねじ曲がったスプーンに曲がりとは逆方向の力が加えられていく。『サイコキネシス』によってみるみる間に捻じれたスプーンが戻っていき、最終的にただのスプーンに戻ってしまう。

 

「本物ならヤミちゃんの『サイコキネシス』程度で元に戻るわけないでしょ。正真正銘、あれはただ捩じ曲がっただけのスプーンよ」

「ぐっ……」

 

 真っ直ぐ、欠片の歪みも無くなったスプーンを店主であったおやじさんに突きつけていく。

 

「どう?これでも警察に突き出すのかしら?」

 

 ぐいぐいとスプーンを突きつけるユウリの圧に圧され、店主のおやじはじりじりと後ろに下がっていく。ついには青の身を翻すと、商品ごと風呂敷を包んで逃げ去っていった。

 

「お、覚えてろよォォォ!?」

「ふん。あたしの眼を誤魔化すつもりならもっと上手くやれってのよ」

 

 悪徳露天商を撃退したユウリに周辺のお客や露店が湧き上がる。

 拍手喝采をうけたユウリは自信満々、当然ねと言った毅然な態度で堂々としている。

 

「でへでへ、どうも」

「これが無かったら格好いいんだけどなぁ」

 

 一瞬でだらしなくなった友人を見ながらそう思うのであった。

 

 

 

「このポット贋作でしょ?」

「な、何を根拠に?」

「真作ならマグノリア博士の家で何回も見たわ。真作の裏にあるマークがこれには無い!」

「ぐっはぁ!」

 

 

 

「あれ?すいませんこのきのみ傷んでませんか?」

「ここにあるきのみは全部今日採れたばかりの新鮮なものだよ、言いがかりはヨシとくれ」

「でもほら、硬いことで有名なはずのこのきのみがちょっとつついただけで0,3ミリも歪んでるんです。多分中身が傷んでます」

「そこまで言うなら……あら、ほんとに傷んでたわね。ありがとうよお客さん、色付けとくよ」

「ありがとうございます!」

 

 

 

「マ、マリィちゃんグッズが売っている!」

「我々エール団はマリィを応援しています」

「一式全部貰うわ!」

「まいどありー」

 

 

 

「おいゴラァ!?なんだこのスパイスはよォ!?」

「ひぃ…!?」

「これのどこが最高級スパイスセットだ舐めてんのかこらアァン!?」

「ご、ごめんなさい。実は本物のスパイスセットの権利を悪徳商人に騙し取られてしまって――」

「…それは本当?」

「(コクコク)」

「ぶっ潰してくるからここで待ってろ」

 

 

「というわけで色々あったね」(スパイスセットに頬ずりしながら)(ツヤツヤ)

「色々あったわね」(マリィグッズに頬ずりしながら)(ツヤツヤ)

 

 トラブルもあったものの良い買い物もできたし悪徳商人もやっつけることができた。いうことなしの万々歳だ。

 50種類ものスパイスをブレンドしてつくられたというこの最高級スパイスで早くカレーが作りたいものだ。

 

「ん?」

 

 そろそろ市場が終わりスタジアム前の広場に着きそう、というあたりの場所で近くにあった露店に目が行く。

 

「あれは……」

「待ってたぞ」

 

 視線が露店から声のする方へと変わる。

 声の出どころは広場の入り口付近、そこにはホップが立ちふさがっていた。

 

「ホップ、どうしたの?」

「今からスタジアムに行って登録をするんだろ?ならその前にオレと戦ってくれ!」

「せっかちね、後じゃダメなわけ?」

「ああ、駄目だ。今、ここでオレと戦ってくれ」

 

 ユウリの軽口に対してもいつになく真剣な態度のホップ。

 

「この前言ったよな、オレが弱いとアニキまで馬鹿にされるって。だけどオレには具体的に何をすればいいのかわかんないんだ。

 だから、今のオレは強くなるしかないと思った!

 チャンピオンのアニキに恥じないくらい強くなるために色々ポケモンを捕まえて来たんだ。だからお前達でそれを試させてくれ!」

 

 ホップの腰には今まで持っていた三つのモンスターボールに加えてさらに二つのボールがぶら下げられている。

 

「それに、今ならオレとお前の違いがわかるかもしれないんだ」

「違い…?」

「そうだ。だから、それを確かめるためにもオレと戦ってくれ!」

 

 親友の真剣な頼みを断れるはずもない。

 それに違いがわかるというならこちらとて同じだ。

 カブさんを一度で倒したホップと、敗北を味わった俺。改めて自分の成長を見つめ直すチャンスだ!

 

「いいよ、コテンパンにしてあげる!」

「サンキュー、それでこそオレのライバルだ!」

 

 目と目があえばポケモンバトル!

 トレーナーとトレーナーがボールを構えればそこが対決のフィールドと化す!

 

「バトルは三対三、文句があるならあたしに言いなさい!」

「「ない!!!」」

「いい返事よポケモン馬鹿ども!さっさとポケモンを出しなさい!」

 

 憩いの場であった広場が熱かりし戦いの場へと変貌する。

 観光客は観客へと変わり、悪質な露店商は非公式な賭けを始めようとする。あ、ユウリが潰した。

 チャンピオンに推薦されたジムトレーナー同士の戦いがラテラルタウンのど真ん中で開幕するのだった。

 

「頼んだぞ、ヒトモシ!」

「ヒトモシ…ならお前だ、ウッウ!」

 

 頭に炎を灯した蠢く蝋燭、ヒトモシ。

 対してホップは、

 

「初めて見るポケモンだ!」

「こいつはウッウ!新しい仲間だぞ!」

 

 青と白の羽毛を携えた、ちょっと間抜けな顔立ちのポケモンが現れる。

 図鑑によると、水・飛行。今までのホップとは少し違い、セオリー通りの相性が有利になる選出だった。

 

「その有利を覆す!『おにび』!」

 

 もはや常套手段となった先攻の『おにび』。

 何度も使い続けたおかげで以前よりもスムーズに発動できるようになった炎の塊がウッウに向けて殺到する。

 

「やけどを狙おうって言うんだな、だけどそうはいかないぞ!

 ウッウ、『なみのり』!」

「ウウウ!」

 

 ウッウが羽を広げると同時に乾いた地面が湿り気を帯び始める。

 ウッウがひときわ大きく叫んだかと思うとこんな乾燥した場所だというのに地面から津波が発生し炎を丸ごと飲み込む。

 

「ヒトモシの動きが鈍いのはこの前確認済み!このまま押し流してやるぞ!」

 

 さらに大きく、高くなった津波がヒトモシへと迫る。ヒトモシの素早さでは今からこの波を避けることは不可能だ。

 

「ヒトモシ!」

「モッシ!!」

「耐えろ!」

「モモシ!!」

 

 直後、ウッウが先行する波がヒトモシの小さな体を飲み込んでいく。

 ガッツポーズをするホップ、見事な直撃にホップも今の一撃で倒したと確信するほどだ。

 しかし波が全てを洗い流した後、ヒトモシがいた場所にポツンとなにかが置いてあることにホップは気がついた。

 

「な、なんだあれ?」

「メットを脱ぎ捨てろ!」

 

 人の頭を包み込むほどのサイズのメット、いいやヒトモシの全身を包み隠してもなお余りある『ゴツゴツメット』が放り捨てられ、水たまりに落ちて水しぶきを上げる。

 中から、今の攻撃をまるで喰らっていなかったとばかりにピンピンしたヒトモシが姿を現す。

 

「無傷!?」

「いけ、『あやしいひかり』!」

「ッモシシ!!」

 

 ヒトモシの頭上の炎が怪しげな光とともに不可解な点滅を繰り返す。

 

 『ゴツゴツメット』からヒトモシが現れる、そんな誰でも目が引かれる一幕に当然ホップのウッウも目が釘付けになっていた。

 ユウリのヤミラミとも付き合いの長いホップがいち早く意図に気がつき「見るな!」と指示するももう遅い。

 既に不可思議な炎の点滅がウッウを虜にし、思考を鈍らせていた。

 

「いまだ、『おにび』!」

 

 『あやしいひかり』によって完全な『混乱』状態に陥ったウッウに畳み掛けるような状態異常技が襲い掛かる。

 湿りきっていたはずの羽毛には火が燃え移り、『混乱』『火傷』二つの状態異常がウッウを蝕み始めた。

 

「前戦った時はこの戦法を隠していたのか!?」

「あの時はホップとダブルバトルしてたからね、頼りになったよ相棒!」

「くそ、やってくれたな!」

 

 絶体絶命だというのに笑顔を絶やさないホップに違和感を覚える。 

 それと同時にウッウにも違和感を覚えた。

 

「……魚?」

「アカツキ、全部を見せていないのはこっちもだぞ!」

 

 先ほどまでまぬけな顔を晒していたウッウが何かを加えている。

 そう気がついた直後、『混乱』でまともに動けなかったはずのウッウが口にくわえていた魚をまっすぐ吐き出してきた。

 不意を突かれた俺もヒトモシも対応できず、ロケットの様に射出された魚がクリティカルヒットする。

 

「これがウッウの特性『うのミサイル』だ!攻撃してきた相手に魚を吐き出して反撃するんだぞ!」

「『混乱』してるのになんて正確な反撃だ……」

 

 予想外の反撃をくらいヒトモシの体力が一気に削られる。元から風が吹けば消えそうな紙耐久が完全に後一撃で葬り去られる域にまで削られてしまった。

 

「だけどこれで終わりだ、『たたりめ』!」

 

 状態異常のオンパレードとなったウッウにヒトモシの体から出た不気味な影がまとわりつく。

 直後『火傷』の苦痛に苦しめられていたウッウの顔に恐怖の色が色濃く表れる。

 『たたりめ』による形のない何かが削られていく、その感覚は喰らったものにしか理解のできない不気味なものだ。そしてその苦しみは『火傷』によりさらに力を増し加速度的に体力を奪い続ける。

 

「なんだかわからないけどヤバいのはわかったぞ!イチかバチか、『ドわすれ』だ!」

 

 ホップが出した『ドわすれ』、なんとも緊張感のない指示だ。

 

「……………ウ?」

 

 そう思っているとウッウの顔が先ほどまでの苦痛と恐怖に彩られた顔が一転、鼻から水を垂らした間抜けを通り越したアホな顔に変化する。

 

「まさか頭が空っぽになって痛みを感じなくなってる!?そんな馬鹿な!」

「これがウッウの強みだ!『ついばむ』!」

 

 『ドわすれ』によって今まで喰らったダメージをすべて忘れ、ついでのように『混乱』していた事実も忘れる。

 正気に戻ったウッウは空中を舞い一直線に接近すると巨大化したくちばしでヒトモシを刺し貫くのであった。

 

「ヒトモシ戦闘不能!」

「くぅ、負けたか…」

「ウッウ、よくやったぞ!」

 

 ヒトモシの頭の火が消え完全に気を失ったことを確認してボールに戻す。

 

「次はお前だ、ジメレオン!」

「レオン!」

 

 『なみのり』で濡れた地面にジメレオンが降り立つ。

 

「ジメレオン、『みずでっぽう』!」

 

 水の弾丸が腕の水線から射出される。

 威力よりも数を重視した『みずでっぽう』の弾丸にウッウはバサバサと飛んで避ける。

 

「空に逃げたか、なら喰らえ『みずのちかい』!」

 

 ジメレオンが『みずでっぽう』をやめて地面に拳を叩きつける。

 すると空を飛ぶウッウを狙い撃ちするかのように間欠泉が吹き上がりウッウの体を吹き飛ばす。

 

「ウッウ!?」

「とどめだ、『みずのちかい』!」

 

 再び地面を殴りつけ、地面から水の柱が吹き上がる。

 ウッウの体がさらに大きな水の柱に飲み込まれる。

 完全に決まった、と思ったところで水の柱の中から魚が射出されてくる。

 

「ま、また?」

 

 先ほどまで魚をくわえていなかったというのに『うのミサイル』が飛んできた。どんな原理なんだこの特性。

 スナイパーの様に正確な魚がジメレオンを打ち抜く。

 反撃を食らいよたよたとジメレオンが後退し、『みずのちかい』が治まった後には目を回したウッウが転がっていた。

 

「もしかしてウッウって全身が水に浸かった時に魚を拾ってくるの?」

「おう、オレもどこから拾ってくるのかはわかんないぞ」

「ええ…」

 

 倒したはずだというのにさらに謎を深めたまま、間抜け面の鳥ポケモンはモンスターボールに戻っていった。

 ポケモンは不思議だ(思考停止)

 

「戻れ、ジメレオン」

「ありゃ、戻すのか?」

「うん。今の反撃で結構ダメージを受けたからね。だから次は、アオガラス!」

 

 一度ジメレオンを戻してアオガラスを呼び出す。

 アオガラスは地面を一望した後、俺の肩に留まる。

 

「おいおい、地面が汚れてるからって…」

「アオガラスか、だったらこいつだストリンダ―!」

 

 次なる相手は全身を紫と水色に包まれた二足歩行のポケモン。

 これまた見たことが無いポケモンだ。

 

「ストリンダー、電気に毒か…」

「今のオレが欲しいのは勝利だけだ!いつもよりも基本に忠実にいくぞ!」

 

 水浸しの地面を気持ちよさそうにするストリンダ―と泥にまみれた地面を見下ろしながらいやそうな顔をしているアオガラス。

 これはタイプ以上に厳しい戦いになりそうだ…

 

「いくぞ、『でんげきは』!」

 

 ホップの指示にストリンダ―は胸の突起を打ち鳴らす。

 直後楽器を弾いたような強い音とともに雷撃が迸る。

 

「アオガラス!」

 

 雷速で迸った『でんげきは』は空中で羽ばたくアオガラスを打ち抜く、効果は抜群だ。

 

「ガ、ガガァ!!」

 

 しかし泥に落ちることを嫌ったアオガラスが根性で耐えきる。

 雷撃によって体が痺れるも『でんげきは』は麻痺の効果が弱いようで自力で跳ねのける。

 

「よし、『ついばむ』!」

「こい、『いやなおと』だ!」

 

 攻撃を耐えきったアオガラスがストリンダーに接敵する。

 アオガラスはストリンダーの素早さを越えている。本来ならば素早さの高いアオガラスの攻撃がストリンダーに届いているはずだった。

 しかし、雷撃と同じく音の速さは生物の出せる速度を優に超える。

 アオガラスが攻撃を当てるよりもはやく胸の突起を打ち鳴らしたストリンダーが『いやなおと』をがなり立てる。

 

「ガガァ……!」

「もういっちょ『でんげきは』!」

「リンダァァァ!!!」

 

 音の壁に吹き飛ばされたアオガラスに追撃の『でんげきは』が直撃する。

 度重なる攻撃にさらされたアオガラスがついに嫌っていた泥の地面に墜落する。

 

「ダァダァダァ!!!」

 

 それを見たストリンダーが嫌な笑みを浮かべる。

 図鑑にも書いていたがストリンダーは性格が悪いらしい。

 

「ガ、ガァ……」

 

 二度もの効果抜群の技を食らい、泥まみれになったアオガラスをストリンダーがあざ笑う。

 気性が荒く、誇り高いアオガラスにとってあまりに屈辱な光景だろう。

 

「耐えろ」

「………」

「ここで怒ったら、勝てるバトルも勝てなくなるぞ。それでいいのか?」

 

 怒りや焦りがバトルにおいての天敵だと何度も学んだ。

 アオガラスは確かに怒りっぽい。だが、勝てる勝ち筋を見逃すを見逃すほどお粗末な頭はしていない。

 

「泥だ。その泥が勝ち筋なんだ」

「……ッ!」

 

 俺の一言でアオガラスの聡明な頭が勝ち筋を導き出す。

 振り返るアオガラスの顔には、先ほどまで怒りに支配されそうだったところから余裕が戻って来ていた。

 

「これで決める、『でんげきは』!」

 

 ホップとストリンダーがこれで決めようと最後の『でんげきは』を放ってくる。

 今までのものよりさらに強力な雷撃は、

 

「『どろあそび』!」

「ガァァァァ!!!」

 

 地面の泥を纏めてまき散らした『どろあそび』によって防がれた。

 

「なっ!?」

「ストォ!?」

 

 アオガラスの強靭な足腰とはためく翼によって吹き上がった泥が雷撃を撥ね退けると同時にストリンダーに襲い掛かる。

 

「いけ、『みだれづき』だ!」

「くるぞ、『いやなおと』だ!」

 

 アオガラスは再びストリンダーに接敵する。

 それを見ているホップやユウリ、観客も先ほどと同じ末路を辿るだろうと考えているだろう。

 

「これは…!?」

「ああ、泥まみれになったストリンダーにもう胸の突起を鳴らすことはできない!」

 

 粘度の高い泥が振動を吸収し、胸の突起から発せられるはずの音も電撃も全てが不発に終わる。

 ストリンダー最大の武器が無力と化したのだ。

 

「だ、だったら『ようかいえき』だ!」

 

 振動が使えないのなら毒だ、と口から『ようかいえき』が吐き出される。が、先ほどまでの雷速・音速と比べれば吐き出される『ようかいえき』など止まっているに等しい。

 軽々と『ようかいえき』を潜り抜けたアオガラスの『みだれづき』がストリンダーの体を打ち抜く。

 

「そのまま突起を掴み取れ!」

 

 『みだれづき』によってボロボロとなったストリンダーの忌々しい突起を掴んだアオガラスの顔が意地悪くにやける。

 ストリンダーが両手や『ようかいえき』を使ってアオガラスを退けようと足掻くが、ここまでコケにされた怒りかアオガラスは悪い笑みを張り付けたまままるで離すつもりがない。

 胸の突起を掴んだまま羽根を羽ばたかせ空高く昇るアオガラス。

 

「叩き落とせ!」

 

 空中で翻って重力に従うように、いやそれ以上の速度で地面へ向かって飛んでいく。

 地面に激突する寸前でストリンダーを放り出して空中に逃げていくアオガラス。

 もくもくと立ち上がる土煙の中、口から毒液をゲロったストリンダーが眼を回していた。

 

「ストリンダー戦闘不能!」

「やったー!!!」

「ガガガガァァァ!!!」

 

 相性において最悪ともいえる相手を下したことによってアオガラスが空を舞う。

 溜まりに溜まったストレスを発散できて気持ちが良かったようだ。

 

「…戻ってくれ、ストリンダー」

 

 そんな俺達とは対照的にホップがストリンダーを戻すもどこか浮かない様子をしていた。

 

「少しずつ、わかってきたぞ」

「……?」

「まだだバトルは終わってないぞ!ラビフット頼んだぞ!」

 

 浮かなそうな顔を振り払い、ついにホップの切り札ことラビフットが現れた。

 

「ラビフット、まずはこの地面をどうにかするぞ『ほのおのちかい』!」

 

 ラビフットが地面に向けて足をめり込ませる。

 すると、地面から炎の柱が燃え上がってきた。

 

「くっ、ホップとラビフットも『ちかい』の技を!」

「オレも前の時は見せていなかったんだ!」

 

 吹き上がる火柱が泥を焼き、水と泥まみれだった地面が瞬く間に元の乾いた地面に戻っていく。

 

「それだけじゃないぞ!」

「っ!避けろアオガラス!」

 

 空を飛ぶ敵と地面から噴出する柱状の攻撃。地面が乾いていくことに夢中で気がつかなかったがこれはまさしく先ほどのウッウとジメレオンの戦いの焼き増しだった。

 地面から吹き出す炎の柱が空を舞うアオガラスを焼き鳥にせんと遅いかかる。

 

「だけどウッウと違ってこいつは速いし賢い!」

 

 吹き上がる頬の柱を避けながら、次に吹き上がる場所を注意深く観察し予測することができるアオガラスがひらひらと攻撃を躱していく。

 

「そこだ、『ついばむ』!」

 

 回避しながらラビフットに接近したアオガラスがラビフットの右肩を刺し貫く。

 

「ビッフッド!」

「ラビフット、『ニトロチャージ』だ!」

 

 地面を踏みしめ、体から炎を推進材としたラビフットが空を飛ぶアオガラスを捉える。

 強烈な一撃に先のダメージもあったアオガラスはたまらず墜落する。

 

「いけ、『にどげり』だ!」

「置き土産だ、『こわいかお』!」

 

 地面に墜ちたアオガラスの体に赤熱した脚の攻撃が二撃叩きこまれる。

 体が焼かれる苦痛にさいなまれながら最後の力を振り絞りラビフットに恐怖の枷をはめ込んだアオガラス。『こわいかお』はラビフットの体に恐怖を叩きつけ、両足から機動力を奪う。

 

「くそ、最後まで油断ならないぞ!」

「最後まで油断してくれなくてありがとう!」

 

 ホップは最後までアオガラスを警戒していた。そこを狙わせてもらった。

 

「ありがとう、ぐっすり休んでくれ」

 

 アオガラスには大分負担をかけてしまったな。

 だが、ラビフットの機動力を奪うことができた今もはや敵はいない。

 

「出てこい、ジメレオン!」

「やっぱり出て来たな!」

「ジメメメメ!!」

「ビビビフット!!」

 

 二匹が並び立ちにらみ合う。

 二匹はダンデさんに貰ったポケモンで幼馴染みともいえる関係、互いに対抗意識を燃やしているのだろう。

 

「いくぞジメレオン!」

「やるぞラビフット!」

 

 

「『みずのちかい』!」

 

 

「『ほのおのちかい』!」

 

 

 両者が地面を砕かんとばかりに地を鳴らす。

 直後にラビフット近くの地面が赤熱、ジメレオン近くの地面が急激に湿っていく。

 

「「いけぇぇぇぇ!!!」」

 

「レオォォォ!!」

 

「ビフゥゥゥット!!」

 

 地が裂け、激流の水柱と獄炎の火柱が天に上る。

 互いが互いを打ち消し合うほどの大規模な攻撃。

 均衡を崩したのは、

 

「チャンスがあれば誰だって狙うよなッ!」

 

 フィールドが炎と水の攻撃で無茶苦茶になっているというのにラビフットが突き抜けてきた。

 

「そんな、ラビフットの機動力は奪ったはず!」

「ラビフットは『こうそくいどう』と『ニトロチャージ』を使えるんだ!」

「なんだよその素早さ極振り技構成!?」

 

 恐怖で縛られた機動力の低下をものともせず『こうそくいどう』と『ニトロチャージ』によって見たこともない程の加速を遂げたラビフットがジメレオンに突撃をかます。

 信じられないほどの素早さがのった突撃はジメレオンをたやすく吹き飛ばして、なお止まる気配を持たない。

 足をスパイクにしてなんとか踏みとどまるが『みずのちかい』は中断させられ、更なる加速を遂げたラビフットが再び襲い掛かる。

 

「いっけえ、『ニトロチャージ』!」

「かかったなぁ!『なみだめ』!」

 

 ジメレオンの同情を買う無垢なる涙目からホロリまたホロリと雫が落ちていく。これを見たものは瞬く間に戦意を削がれてしまう。

 

「関係ないぞ、轢き飛ばすんだ!」

「ビビフッド!!」

「うっそぉ!」

 

 もはやジメレオン(旧メッソン)の涙など見飽きたとばかりに悠々と轢き逃げアタックをかまして去っていくラビフット。

 友の涙をたやすく切り捨てた奴には血も涙もないのか!?

 

「すていすてい、落ち着け」

「レオン!レオォォン!」

 

 自慢の『なみだめ』をフラれたジメレオンが憤っているがこれは相手が悪かった。幼馴染みともいえるヒバニーとサルノリにはメッソン時代のなごりか『なみだめ』が効きにくいようだ。

 

「(やっぱり幼馴染みって最強だな)」

 

 アカツキ は 見識を 深めた。

 

「よそ見してる場合か、アカツキ!」

「失敬な、世界の真理を垣間見てたんだ!」

 

 再び突撃してくるラビフット。

 正直これはかなり厳しい攻撃だ、どうにかする手段が今一つ見当たらないぞ?あと一回でもまともに食らったらジメレオンが動けなくなってしまうのが想像に難しくない。

 

「(だけど、それを覆してみてこそ面白い!)」

 

 ホップとラビフットの最強技を否が応でも破りたくなった。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 それを見ていたホップが何かを呟く。

 

「……ぱり……に似てるな」

 

 今は頭を回せ!

 『こうそくいどう』と『ニトロチャージ』で突撃してくるラビフットの突撃は圧倒的な突破力を誇る。

 ラビフットの進行方向に『みずのちかい』で壁を作るか?いや、あの素早さなら一直線上にならんだ水の柱くらい避けてくる、逆にこちらの視界が塞がってしまうだろう。

 

「…チャンスは一度きり、かな」

 

 ジメレオンの体力を考えてもこれが決められなければ負けてしまうだろう。

 だが、やるしかないよな!

 

「いくぜ、『みずのちかい』!」

「レオォォォオン!!」

 

 ジメレオンが地面を叩きつけることでラビフットの直進してくる一直線上に三本もの水柱が立ち上る。

 

「甘いぞ!突っ切れ、ラビフット!」

「ビフット!」

 

 ラビフットの神速にも達した突撃が水の柱が立ち上るよりも先に駆け抜け、柱が吹いた時には既にジメレオンの目の前にまで迫っていた。

 

「これで終わりだ!」

 

 勝利を確信した笑み。

 いつものホップが浮かべる優しく元気な笑みとは少し違うが、勝利を手にしたときの嬉しそうな笑みだ。

 

「そこだぁ!」

「!?」

 

 今日のバトル、何度か浮かない顔をしていたホップには悪いがこちらも負けるわけにはいかない!

 ラビフットの『ニトロチャージ』がジメレオンに激突する瞬間それは地面から吹き上がった。

 

「な、四本目の『みずのちかい』!!?」

 

 ジメレオンの鼻先をかすめるほど至近距離で放たれた水の柱がラビフットの体を天高く吹き飛ばす。

 直撃だというのに未だに目に戦意が渦巻いている。どうやら身に纏っていた豪炎が激流を蒸発させてダメージを最小限に収めたようだ。だが効果抜群の技だ。

 

「に、『にどげり』!」

「『ふいうち』!」

 

 勝利を目前に焦りを垣間見せたホップとラビフットにジメレオンの凶手が突き刺さる。

 『にどげり』を撃つ暇を与えることなく、ラビフットは地に落ちた。

 

「ラ、ラビフット…!」

「ラビフット戦闘不能!」

 

 戦闘不能になったラビフットにホップは駆け寄る。

 

「―――っぷは。はぁ、はぁ…」

 

 なんとか、勝てた。

 最後の『みずのちかい』、神速と化したラビフットのタイミングを見切るのは至難の業だった。おかげで呼吸をするのも忘れてしまっていたようだ。

 ジメレオンも神経をすり減らしたようで腰を抜かしていた。

 

「お疲れ様」

「ジメメ……」

 

 ジメレオンを戻して、ホップに向きなおす。

 ホップもラビフットをボールに戻したようだ。

 

「はぁ…オレの可能性を探るために色んなタイプのポケモンを捕まえたけど駄目だったみたいだぞ…」

 

 ホップは目に見えて落ち込んでしまっている。

 

「あわあわあわ」

「シャキッとしときなさい!」

 

 あわあわしていると審判を任せていたユウリに背中を叩かれる。うひぃ!

 

「あんたはしっかりしなさい!」

「のわぁ!」

 

 ホップは背中を蹴り飛ばされた。

 

「バトル中、あんた何回か集中きれてたでしょ」

「うっ……」

 

 審判という立場から両者を見ていたユウリから駄目だしされているホップ。

 さっきホップが何かを呟いていたが、他にも何度かあったらしい。

 

「で、何考えてたの?」

「……アカツキがアニキと被ったんだよ」

「…? 俺がダンデさんと?」

 

 俺がダンデさんと?どこが?

 

「アカツキはさ、あの泥を使ったみたいな突飛なのよくやるだろ?」

「うん」

「ああいうのさアニキもよくやってたんだよ。観客を楽しませる、っていうのかな?」

「そうなの?」

「最近はどっちかというとチャンピオンとしてどんな相手も真正面から叩き潰す、って感じが多いけど確かに昔のダンデさんはもう少し滅茶苦茶だったわね」

 

 そっか、俺はチャンピオンになってからのダンデさんしか見たことが無いけどこの二人はもっと昔からダンデさんを見ていたもんな。

 

「それに最後の方アカツキが笑ってたところ。あれとかアニキとそっくりだったぞ」

「あー、たしかに」

「ほんと?そんなにイケメンだった?」

「いや、アニキの方が格好いい」

「ダンデさんの方が10倍は格好いい」

「…ちくしょう」

 

 泣きたい。

 

「まあだからさ、ちょっとアカツキに嫉妬しちゃったんだ。オレは…アニキの名前に恥を塗ってるだけかもしれないってのに」

「そんなことないよ!」

 

 遠い目をしているホップの手を取る。

 突然手を取られたことでホップは驚いているが知ったことか。

 

「ほら、見てみてよ周りを!」

「周りって……?」

 

 

 

 

 

 

「すごかったぞー!!!」

「アタシ二人のファンになっちゃった!」

「いいバトルだったぞ!!!」

「稼がせてもらったぞ坊主!!」

「誰の許しで賭けてんのよ!!」

「ごっはぁ!!?」

 

 

「あっ……」

「ほら、ちゃんとみんなホップのことを見てくれてるんだよ。ダンデさんじゃなくてホップのことをだよ」

 

 ここは町の中心部で昼真っ盛りの広場。

 観客はいつのまにか大きく増えていて、もしかしたらスタジアムでの試合に負けていないかもしれない。

 

「ホップはさ今のままでも十分強いし皆を楽しませてるよ」

「そういうことよ。もっと自信持ちなさい」

 

 おれにはチャンピオンの弟にかかっている重圧というものはわからない。

 だけど、今俺達を見てくれている人たちのことくらいならわかる。

 

「……それでも、オレのことを見てアニキを馬鹿にするやつもいるんだ」

「そんな人いるの?」

「ビート」

「「あー……」」

 

 忘れてた忘れてた。

 

「オレのことをちゃんと見てくれてる人がいるのはわかった。でもオレはそういうやつらにもアニキを認めさせたいんだ!」

 

 そういうことはダンデさん本人がやる…というかいつの間にか認めさせてるとは思うけど、まあホップの考えを少しでも良い方向に変えられたならよかったかな。

 

「あ!そうだ、二人ともちょっと待ってて」

 

 バトルが終わり人だかりもいくらか少なくなったのでさっき見つけた広場入り口近くにあった露店にいって商品を買う。

 

「どうしたんだ?」

「ホップには…これ!」

「お、おう?」

「ユウリには…これ!」

「ありがと」

「で、俺はこれ!」

 

 ホップの手元には由緒正しい製法で作られた『もくたん』を、ユウリには青々しい生命力あふれる『きせきのタネ』を、そして自分用に雫がそのまま宝石化したと言われる『しんぴのしずく』を。

 

「どれもポケモンの力を上げるお守りなんだって」

「あたしたちがダンデさんに貰ったポケモンのタイプに対応した道具ね」

「さっすがユウリ」

「わかりやすすぎるわ。まあ…いいんじゃない?ありがと」

 

 ユウリから直球なお礼を言われるのには相変わらず慣れないな。

 掌で握れるサイズの『もくたん』を握ったままのホップをじーっと見つめているとハッとしたように気がつく。

 

「な、なんだ!?」

「贈った側が催促するのはあれなので…」

「ほら、言うことあるでしょ」

「あ、ありがとう?」

「そうだよ」

「そうわよ」

 

 ユウリからは旅立ちの日にお揃いの鈴を貰った。

 ホップからはユウリやダンデさんとの縁、そこから派生して今俺がここにいる理由でもあるポケモンまで貰った。

 

 きっと俺は、いつもみんなから貰ってばかりだったからなにかを贈りたかったんだと思う。だから咄嗟にあの露店に目がついたんだ。

 みんなから貰ってばかりだった俺が明確な形としてのナニカを贈れたような気がした。

 今は、それが嬉しくてたまらない。

 

「よーし!男どもの青臭い青春物語が終わったことだしさっさとスタジアムに行きますか!」

「よし!なら久々に競争だ!」

「お、いいねぇ!」

「それじゃあヨーイ、で行くからな?振りじゃないぞ?振りじゃないからな?」

「「わかってるって~」」

「じゃあ、ヨ」

「「ドン!!!!」」

「速すぎるぞ!?」

「アハハハ、遅いわよダンデさんの腰巾着!」

「そういえばホップが勝った覚えがないような?」

「どこまでいっても敗北者ね」

「取り消せよ!今の言葉!」

「あ、アイツ速い!!!」

「走れーーー!!!」

「この時代の勝者はオレだぁぁぁ!」

 

 

 スタジアムに向かって走るのがやっぱり俺達らしいや。




今回痛感したこと、自分にシリアス書けねぇ~。

そしてスナヘビの出番を心待ちにしていた方はすみません!尺の都合上と盛り上がりの都合上カットしてしまいました。代わりにエレズンをストリンダーに進化させて全体の底上げしました。

注・ヒトモシはゴーストタイプです。だから異空間にゴツゴツメットを隠していても不思議じゃありませんよね???
注・アオガラスは実際に泥遊びは覚えません!!!

あとゲーム進めてきますので次の更新は一日遅れると思います。


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53、ジムミッション・ローリングカーリング

はい、やっと四つ目のジムに来れましたね。
通称・操作パット壊しの異名を持つ四つ目のジムミッションです。いつもはジムリーダーとの戦いも一緒に投稿してたけど今回は分割です。


それと今回のジムミッションは少し内容を変えています。
ゲームではあのカーリングみたいなのに乗りながら坂を滑り降りている、というアトラクション内容でしたがこの作品では平らなツルツル床の迷路をあのカーリングみたいなので滑りながら攻略していくという内容になっています。


「オラァ!カレー解禁だァ!?嬉しいかァ!?」

『グ大尾オオオおお!!!』

「なんだこれ」

「わかんね」

 

 ささっとジムチャレンジ登録を終えポケモンセンターに宿を取った。

 カレー禁止生活三日目なのだが、今日はホップとのバトルでみんな頑張ってくれたので一日早い解禁にしてあげることにした。

 

「さらに今日はァァァ!! 市場で買ったこの最高級カレースパイスを使った特製カレーを作る!!! 楽しみかァァァ!?」

『鵜おオォォォォォ大!!!』

「もう鳴き声の体をなしてないわね」

「アカツキのポケモンになるとああなるのか……怖いぞ」

 

「今日は大盤振る舞いダァァァ!!!」

『伊やぁぁっぇぇっぇアァ!!!』

「なんかここまで来ると逆に興味湧いてくるわね」

「オレもなんかよだれ出てきたぞ」

 

 

 

ワイルドエリア某所

 

『っは!?今、みんながカレーパーティを始めようとしている?ずるいズルイ狡い!!!』

『あいつ定期的におかしくなってるわね』

『週に一度は自分の作ったカレーを献立に加えるとか言いだしたときは正気を疑ったぜ』

『ぼくは美味しいからいいけどね~』

『先輩…素敵…!』

『……アカツキさんのカレーが恋しいや』

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 さて、二日経った。

 展開が速すぎるって?今までが少しのんびりしていただけだから仕方がない。多分ジムチャレンジが終わったらイベント盛りだくさんになると思うから巻きで行こうとおもう。

 

「ぷー」

 

 いつものようにチャレンジユニフォームを身に纏いスタジアムのロビーで待機している。

 この二日間で格闘タイプとの戦闘訓練は積んできた。

 できることはやった、あとは勝つためにトレーナーである俺自身がしっかりせねば。

 

「お待たせ~、待った…?」

「待ってないし呼んでもない」

「ツレないボル♪」

「いきなりキャラが変わり過ぎて寒暖差で風邪ひきそうなんだけど…で、なに?」

「出場選手の緊張を解いてあげようと思ったボル」

「ありがとう、おかげで完全に緊張は解けたし何なら全身のありとあらゆる力が抜けた」

「それはそれは、なによりだボル」

 

 いきなり現れて彼女面してきたボールガイと名乗る不気味な生命体。最近ではゴーストタイプよりも意味不明なのでは?と思ってきた。

 いつものように現れてボールだけ置いていった。今回はヘビーボールか。

 ヘビーボールを手の中で弄んでいると、奴がボールの置き様に耳元でささやいていった言葉が反芻する。

 

『前の戦いで、ボクも君のファンになっちゃったかも……ボル♪』

 

「さ、寒気が……」ゾクゾク

 

 ささやかれた低音ボイスが耳元から離れない。呪いをかけられたんじゃないかと不安になってくる。

 

「やあ坊や」

「うひぃ!!?」

 

 ボールガイが去っていった直後にやってきた新しい来訪者の声にさらに耳が震える。

 

「なんだい、そんなに緊張していたら勝てるものも勝てないよ」

「あ、あれ? ポプラさんですよね? どうしてここに?」

「次はあたしのアラベスクジムだからね。こうやって一足先にチャレンジャーを見物して有望そうなのがいないか見に来てるだけさ」

「有望そうな…?」

「なに、勝ち上がって来ればわかるよ」

 

 そういうとポプラさんは首のファーに手を突っ込むとガサゴソした後一枚のカードを抜きだして、差し出してきた。

 

「あんたは中々面白そうだからね、これをあげるよ」

「これは、サイトウさんのリーグカードですね」

 

 そういえば今回はまだジムリーダーのリーグカードを入手していなかったことを思い出した。

 

「まず相手のことを知る。それができて一人前のトレーナーだよ」

「うっ…あ、ありがとうございます!」

「そう。純粋さは大事だよ。まあそれだけじゃあ、あたしのお眼鏡には敵わないんだけどね」

「???」

 

 リーグカードと意味深な言葉を残してポプラさんは去っていった。

 まあ直前とはいえジムリーダーのリーグカードが手に入ったのは僥倖だった。

 

「『親の英才教育で子供の頃からポケモンとカラテの修行をしていた。冷静で的確な判断力に優れる天才カラテ少女』か、デネボラさんに聞いてた話と大体同じかな」

 

 ポケモンバトルでは精神のスイッチを入れ替えてどんな状況でも冷静で的確な指示をだす天才カラテ少女。

 俺より少し年上、くらいだというなのに既にガラル地方のジムリーダーに就任している。それだけでどれだけの才能と努力をしてきたのかということがひしひしと伝わってくる。

 それにリーグカードを見る限りではポケモンと一緒になって修行をしているということでかなりコンビネーションもいいという。

 

「なにかいい情報が手に入るかと思ったけど、自信無くしてくるなぁ…」

 

 予想を大きく越えてくるジムリーダーの姿に意気消沈してしまう。

 本当に自分と同じ人間なのかと疑問に思ってしまうほどの経歴だ。

 

「ん?実は甘いものが大好きで、スイーツショップに出入りしているところが目撃されている」

 

 さっきまで感じていた大物感が一気に親近感に変わっていくのであった。

 

『――ジムチャレンジャー、アカツキ様。ジムチャレンジャー、アカツキ様。用意が整いましたのでユニフォームに着替え、ロビー中央の入場口までお越しください』

 

 ついに来たか。

 よし……じゃあ行くか!

 緊張はどこかに吹き飛んだ。

 さあ、まずは天才ジムリーダーに挑む前の肩慣らしと行こうか!

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「それではアカツキ選手、このジムミッションのルール説明をさせていただきます」

「よろしくお願いします、ガンペイさん」

 

 毎度おなじみジムミッション・レフェリー10人兄弟の次男のガンペイさんに説明を受ける。

 

「ではまず、こちらをご覧ください」

 

 ガンペイさんに連れられてガラス張りとなった場所から今回のジムミッションの舞台となるフィールドを覗く。

 そこに広がっていたのは広大な迷宮。それもバウタウンでの水流迷路とは毛色の違う迷路であった。

 

「なんかカーリングストーンみたいなのがありますけどあれは?」

「よくお気づきになられました。あれこそが今回のジムチャレンジを攻略していただくにあたって使っていただく乗り物でございます」

「乗り物?」

「今回の」

 

 どうやら今回のジムミッションは今までのような自分で踏破するような形式とは違い、アトラクション形式のものということらしい。

 

「それではジムミッションスタートです!」

 

 ピピー!! というホイッスルの音とともに、俺の乗ったカーリングストーンなのかコーヒーカップなのかよくわからない『カー』という名の乗り物が射出される。

 床の材質、カーの底は極限にまでツルツルと磨かれていてほとんど揺れや摩擦が発生しない。射出の勢いと合わせてかなりのスピードだ。

 

「…あれが障害物か。

 たしか、このハンドルを回して…こうっ!」

 

 迷路となれば当然そこらかしこに壁と障害物が存在する。

 この乗り物は車のように自在に動きを操れるわけではない。そこで中央についてあるハンドルのようなもので動きを操作する、らしいのだが。

 

「うおぁ!? これ、乗り物自体が回転するから視界が――!?」

 

 ハンドルを回し、見事に障害物を回避したのもつかの間直後に問題が発生した。

 この乗り物、曲がったりするためにハンドルを操作するとそのままカー自体も大回転をするのだ。コーヒーカップ構造だから確かに理屈は理解できる、できるのだが。

 

「周り見えねぇ!?」

 

 くるくると回るのは搭乗者も例外ではない。

 視界は目まぐるしく動き、遠心力と平衡感覚のズレは吐き気すら催してくる。もはやカーリングのストーンでもコーヒーカップでもなく、独楽かなにかだ。

 そして満足に周囲を見ることができなければ当然。

 

「ッ!」

 

 乗り物に走る衝撃。

 大きな音とともに何かに当たった、乗り物の進路が目まぐるしく変わる。きっと壁にぶつかって反射してしまったのだろう。

 

「これ絶対無理でしょ!?」

 

 視界が常に回転し続ける中、迷路をクリアしろだなんて無茶苦茶すぎる。あまりの攻略難度に今までのジムミッションが優しすぎたのではないかという疑問と、突然難易度爆上がり過ぎだという自分でいうのもなんだが理不尽な怒りが湧いてくる。

 何度も壁にぶつかり、そのたびに進路がコロコロと変化していく。これでは今自分がどこにいるのかもわからない。

 

「と、とりあえずこの回転をどうにかしないと!」

 

 ハンドルをガッ!と掴み、今回転している右の回転とは逆の方向である左にぶん回す。そうすることで相反する回転の力がぶつかり合い、対消滅を起こして、カーは緩やかに減退していく。

 回転自体はハンドルをうまく使うことでクリアだ。

 次の問題は。

 

「拳が飛んできてるゥ!?」

 

 目の前から飛んでくる『ダイナックル』と見まごう巨大な拳。

 超巨大ボクシンググローブに超巨大ストリングを合体させてつくられたその拳は圧倒的な迫力とともに圧倒的衝撃を叩きこんできた。

 

「ッッッ!!!?!?」

 

 重量級ポケモンの体当たりにも等しい衝撃を受けた乗り物が吹っ飛ばされる……もちろん搭乗者である俺も一緒に。

 宙を舞ったカーに必死にしがみつきながら、高くなった視点を生かしてこの迷路の全体を仰ぎ見る。

 ひときわ目を引くのがぽっかりと空いたポケモンバトルができそうなほど大きな空白部分、どうやらここから繋がるようだったので道順を頭に叩きこんだ。

 

「ぐt!!!!」 

 

 頭に地形を叩きこんだとほとんど同時にカーリングが地面に落ち、手ひどい衝撃が体を駆け巡る。

 拳にぶっ飛ばされた時の衝撃も酷いものだったがこうして地面に落ちた時の衝撃の方が肉体的には厳しい。お尻が痛い。

 

「だけど、次の目的地が決まったぞ!」

 

 転んでもただではやられない。

 なおも地面を滑り続けるカーリングのハンドルを握り、次なる目標地点に向かってハンドルを切るのであった。

 

 

 

 

 

「着いた!」

「ここまでやって来るとは。やるな挑戦者!」

 

 一度迷路を飛び出したところで待ち受けていたのは、カラテの道着に酷似したユニフォームを身に纏った男のトレーナー。

 

「わたしの名前はツヨシ! このジムミッションを任せられし、三人のジムトレーナーの一人だ!」

 

 こちらと同じくカーに乗ったジムトレーナーのツヨシ、と名乗る男性。

 ユニフォームの上からでもわかる鍛え上げられた肉体、どうやらポケモントレーナーとしてだけではなく武道家としてもかなりの実力者のようだ。

 

「では、いざ尋常に!」

「バトル!」

 

 ツヨシは腰のボールを蹴り上げ、ポケモンを出す。

 重厚な音と高音ボイスを響かせて出てきたのはキテルグマ、超強力な腕力を有するポケモンだ。

 

「バイウール!」

 

 こちらが出したのはバイウールー。

 『もふもふ』という特性を持っていて対物理性能がとても高い。例えキテルグマであろうと生中な攻撃ではびくともしないというところを見せてやる。

 

「ンメメェ……ンメェ!?」

「バイウールー!?」

 

 しかし、ボールから出て床に着地したバイウールーが突然体勢を崩す。

 突然の転倒に驚き、カーリングから身を乗り出してしまった俺も床に落ちてしまう。

 

「いてて……すいません」

「構わないぜ、戻ってみな」

「すいませ…どわぁ!?」

 

 ツヨシさんに促され、早くカーに戻ろうとした俺も足を滑らせ盛大に転がる。

 いてて…と頭をさすりながらもう一度立ち上がろうとしてまた足を滑らせ盛大に転げる。

 極限にまで磨かれたツルツルの床は立とうとした瞬間足をすくい、”何度目だろうが関係ない”とばかりに何度も俺を転がしてくるのだった。

 

「こ、これ立つことも難しくないですか!?」

「そうだ! この床のフィールドこそがジムミッションの洗礼だ!」

 

 首を縦に動かすツヨシさん。

 見てみればキテルグマは悠然と、この滑る床の上に仁王立ちしている。

 それに対してバイウールーはなんとか四足歩行で立ち上がれている、という状況だ。

 相手は格闘タイプジムのポケモン、よく鍛えられているというのは本当のようだ。

 

「それではいざ改めて!」

 

 なんとか乗り物に這って戻ることができると両者は既にやる気十分であった。

 

「バイウールー、『とっしん』だ!」

「キテルグマ、『かいりき』!」

 

 互いの指示が飛び交うとポケモンは足腰にぐっと力を入れる。

 キテルグマはその大きな図体から考えられないほど俊敏な動きで以って、バイウールーに接近してくる。

 だがバイウールーの方は力んだ足が地面に取られ、『とっしん』を出すことすらできずに転倒してしまった。

 

「バイウールー!?」

「キィィイイイ!!!」

 

 転倒したバイウールーにキテルグマの剛腕から放たれた『かいりき』が突き刺さる。

 丸々とした毛糸のようなバイウールーの体がいとも簡単に吹き飛ばされ、迷路の壁に叩きつけられる。

 

「大丈夫か!」

「…ンメェ!!」

 

 幸い毛皮に吸収され大したダメ―ジにはならなかったようでホッと一息を吐く。

 しかし、今のスピード……

 

「完全にこの地面を使いこなしている…!」

 

 滑るようにして急接近をしてきたキテルグマ。あの動きは一朝一夕で出来るものではないことが容易にうかがえた。

 相手は流れるように移動をして、こちらは立つことすらままならないこのフィールド。

 

「強い……!」

「来ないならこちらから行くぞ! キテルグマ、『とっしん』!」

 

 壁に寄りかかりながら立ち上がったバイウールーに対して、スケートの様に地面を滑りながらキテルグマが襲い掛かる。

 

「こっちも『とっしん』だ!」

 

 迫り来る巨体を前にして、バイウールーは咄嗟に今自分が寄りかかっている壁を足蹴にすると跳躍の要領でキテルグマに突進する。

 なんとか絞り出した攻撃。

 

「キイイイイイ!」

「ンメェ……!」

 

 しかし、やはりというか十分な助走をつけたキテルグマの『とっしん』に不完全な『とっしん』では対抗することができなかった。

 再び毛糸の塊ともいえるバイウールーの体が跳ねて飛ぶ。

 『もふもふ』で軽減したとはいえそれでも少なくないダメージがバイウールーに蓄積されていく。

 なにか事態を打開するアイデアを出そうと頭をひねっていると、吹き飛ばされたバイウールーがこちらに向かって飛んで来た。

 

「うおおおお、来るな!?」

「ごメェェェェン!?」

 

 そうはいっても飛んでいるバイウールーに進路変更などできず、俺の乗っているカーの中にダイブしてくる。 

 バイウールーが座席に突撃してきた衝撃でカーは動きだしスイスイと床を滑っていく。これによって灰色の脳細胞が打開案をひらめく。

 

「このままいくぞバイウールー!」

「メメェン!!」

「なるほどそう来たか…」

 

 バイウールを乗せたまま、カーを操縦し始める。

 そう、床が特殊でまともに移動ができないというなら俺が足になればいいんだ!

 ポケモントレーナーがポケモンバトルに介入するなど前代未聞だが、フィールドをこの滑る床のまま、トレーナーもカーに乗ったままにしているということはそういうことなのだろう。

 この乗り物は移動ができないポケモンの足代わりとするためのものでもあったんだ!

 

「バイウールー、『にどげり』だ!」

「ンメェ!」

 

 高速で床を滑りキテルグマに接近すると座席を蹴り飛ばしたバイウールーが飛び出し、キテルグマに強烈な『にどげり』を炸裂させる。

 強烈な二撃を加えたバイウールーはそのままキテルグマを足蹴にして距離を取る。

 俺は着地点にカーを滑り込ませ、再びバイウールーを座席に回収をする。

 

「いい作戦を思いついたな。これならまともに立っていられないポケモンに足場を与えることができる、と…」

 

 ツヨシさんも天晴と言ってくる。

 

「だがその程度の作戦、これまでやってきた幾多のチャレンジャーも思いついていたさ!」

 

 再度キテルグマに接近しようと走っていた俺達のカーの横っ腹に、見事な操作技術を魅せるツヨシさんのカーが突撃し叩き飛ばされる。

 

「ふははは、どうだこれで自由には近づけさせん!」

「くそ、キテルグマに接近しないといけないのにッ!」

「甘い甘い! そんなドラテク(ドライビングテクニック)でこのオレの操るカーから逃げようなどとは片腹痛いわ!」

「なんかキャラ変わってません!?」

 

 ハンドルを握ったツヨシさんは先ほどまでと性格が急変したかのように豪快な性格となりこちらを攻め立て始めた。

 それはこちらの作戦を自ら邪魔するだけにはとどまらず、キテルグマの攻撃にもそれは現れたのだ。

 

「そらそらそら、『アームハンマー』!」

「キィィィイィ!」

「うわぁ!?」

「もう一つ、『アームハンマー』!!」

「キイイイイイ!!」

「当たるぅ!?」

「終わりだ、『アームハンマー』!!!」

「キキキイイイイイ!!!」

「ンッメェェ!!!?」

 

 先ほどのような素早さを活かした突撃戦法から一転して強力な『アームハンマー』を振り回すパワースタイルに変わったのだ。

 一撃一撃が必殺の威力を持つキテルグマの『アームハンマー』をまともに受けるわけにはいかないのでこちらは回避に徹するしかない。

 それも床を華麗に滑るキテルグマの俊敏性にいつまでも続かず、ついにはバイウールーを座席から吹き飛ばし床に叩きつけてしまった。

 

「これで自由には動けない、とどめだキテルグマ!」

 

 滑る床に落とされ満足に動けなくなったバイウールーに向けてキテルグマは滑走する。

 

「『アームハンマー』!」

「防御だ!」

 

 速度と腕力が濃縮還元された剛腕が振り切られた瞬間、バイウールーの体が丸くなり攻撃を受け止める体勢に変化する。

 バイウールーになったことで一層の弾力を手に入れた毛皮が衝撃を吸収する。

 しかしそれにも限界は存在し、丸が変形してくの字に折れ曲がったバイウールーが再び壁に向かって吹き飛ばされる。

 

「シャア! 直撃コース! これを耐えられたものは今までいなかった!」

 

 ツヨシさんも勝ちを確信する。それほどの快心の一撃だったのだろう。

 

「ん? チャレンジャーはどこにいった?」

 

 

 

 

 

「ここだぁ!!!」

 

 ポケモンバトルに気が向き、ツヨシさんの注意が逸れた瞬間、既に俺は走りだしていた。

 キテルグマがバイウールーに一直線に向かっていったのとは違い、大きく円を描くように移動していた。

 『アームハンマー』が降りぬかれ、壁に向かって直撃コースで吹き飛ばされたバイウールー。

 その進行先に被るように、滑り込む。

 

「バイウールー!」

「ッッ! ンメェェ!!」

 

 声を掛ければ返事が帰ってくる。あの『アームハンマー』の直撃を食らいながらそれでもバイウールーは戦闘不能に至っていなかったのだ。

 

「行け! バイウールー!」

「ンメェ!!」

 

 吹き飛んでいたバイウールーは空中で手足を伸ばし、防御フォームを解除すると、滑り込んだカーに強靭な後ろ足をめり込ませる。

 そして力を込めた後ろ足で車体を蹴り飛ばし、今飛んできたばかりのコースを否定するかのごとく一気に逆走する。

 そのコースの向かう先には腕を振りぬいたまま硬直しているキテルグマ。

 その大きな体めがけて、『アームハンマー』で飛ばされた勢いを乗せて。

 

「『しねんのずつき』!!!」

 

 キテルグマの体にバイウールーの角が突き刺さる。

 思念の力を込めた頭突きがめり込み、キテルグマの体が宙に浮きあがり、吹き飛ぶ。

 初激の再現とばかりに壁に叩きつけられたキテルグマの体がぐりぐりと壁に押し込まれ、バイウールーが角を引き抜き距離を取ると、それを追うようにしてキテルグマの体が地面に倒れ伏す。

 

『キテルグマ、戦闘不能。アカツキ選手の勝利』

 

「んなっ!? 目を回されたのはこっちかよ!」

 

 キテルグマが崩れ落ちるとともにレフェリーが勝敗を下した。

 ツヨシさんの勝ちを確信した笑みは一転して驚愕の色に染め上げられる。

 

「かー! ハンドルを持つと熱くなっちまうからいけねえや」

 

 そう嘆くツヨシさん。どうやら自覚はあるようだ。

 

「アカツキ選手だったな。いい勝負だった、次は普通のフィールドで思う存分戦いたいぜ」

「こちらこそ。出来ればもうこのフィールドはこりごりですけどね」

「…まだあと二人残ってることを忘れんなよ?」

 

 ツヨシさんとの勝負を終えると壁の一部が開いて次の迷路への道が開かれる。

 バイウールーをもとに戻した俺はカーを操り、次なるステージに足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

「だー、はぁー、わざと拳に当たらないと攻略できないなんて聞いてないぞ……」

「よくぞ第二のジムミッションを抜けたわね! 私の名前はアイコ、二人目のジムトレーナーよ!」

 

 計六回くらい巨大グローブに殴り飛ばされた先で何とか迷路を抜けることができた。

 待ち構えていたのは二人目のジムトレーナーのアイコさん、この人もカーに乗っている。

 

「互いに時間の無駄は省きましょうか!」

「拳に飛ばされて疲れ切ったあなたに負けるほど私もポケモン達もヤワじゃないことを見せてあげるわ!」

「いけ、アオガラス!」

「いきなさい、カモネギ!」

 

 二度目のバトル、こちらが出したのはアオガラス、アイコさんのポケモンはカモネギだ。

 

「一戦目の戦いから学んできたみたいね」

「はい! いくら床が滑りやすかろうと、空を飛ぶこいつには関係ない!

 いけ、『ついばむ』!」

 

 空を自在に飛び交うアオガラスに床による制約は存在しない。

 カモネギが座する場所まで一気に滑空したアオガラスのくちばしが迫る。

 

「受け止めて!」

「ネッギ!」

 

 効果抜群の攻撃を自慢のぶっといネギで受け止めるカモネギ。

 あのネギは太く、分厚く、味わい深いことで有名だがその強度も有名だ。例え鳥ポケモンの攻撃にさらされようがびくともしない。

 

「いくわよ、『いわくだき』!」

 

 攻撃を受け止めたカモネギがアオガラスを払い除け、両手で構えた大ネギを一気に振り下ろす。

 

「かわせ!」

 

 当たれば岩をも粉砕する一撃をヒラリと躱していく。

 確かに、ガラル地方のカモネギはあの太く大きいネギで他地方のカモネギを上回る力を有している。だが、それにより失ったこともあるのだ!

 

「空を飛んで翻弄しろ! 小刻みに『ついばむ』だ!」

 

 飛行タイプのポケモンと見まごうカモネギだがそのタイプは格闘タイプ、攻撃力耐久力とともに飛行タイプであった頃のカモネギを大きく上回るが、彼らは空を飛べなくなってしまったのだ。

 空を飛ぶ飛行タイプと地を移動する格闘タイプ。その決定的な相性の差は覆らない。

 

「『いわくだき』が当たらないッ!」

「そこだ、『ついばむ』!」

「ガァ!!」

 

 接近するたびに大ぶりな一撃を振り下ろしてくるカモネギだが、空中でひらひらと動き回るアオガラスに決定的な一撃を与えることができない。

 ネギで防御しようにも攻撃直後の隙を上手く突くアオガラスの攻撃にカモネギは防戦一方となっている。

 

「やるわね!」

「ええ、このままいかせてもらいます!」

 

 ひときわ大きく空へと昇ったアオガラスがカモネギに狙いを定める。

 最高の一撃で一気にとどめを刺すという魂胆だ。

 しかし、狙いを付けられたにも関わらずカモネギは笑っている。見ればアイコさんも笑っている。

 

「カモネギ、乗り込みなさい!」

「ネギィ!」

 

 なんと今度はアイコさんのカモネギがカーに乗り込む。

 動き回ってアオガラスの狙いを外そうという魂胆なのだろうか。

 

「いくわよいくわよいくわよ!」

 

 そういい始めたアイコさんはカーを動かすことなくその場でハンドルを急回転させ始める。移動しながらハンドルを回すならともかく、その場で回り続けることに何の意味が…と思っていると、ぐるぐると回る彼女たちのカーに向かって風が流れ始める。

 見ればカーの回転に合わせてカモネギがネギをぶん回しはじめていた。

 

「『ぶんまわす』!」

「ガガァァ!?」

「ひ、引きずり込まれる!?」

 

 カモネギとカーが生み出した回転が竜巻の様に立ち上り、渦を発生させる。

 強烈な回転によって生まれた気流に空を飛ぶアオガラスは抵抗虚しく引きずり込まれていく。

 

「これこそが対飛行タイプ対策よ!」

「逃げるんだアオガラス!」

「『はたきおとす』!!!」

 

 『ぶんまわす』によって自由を奪われたアオガラスが竜巻の中心地で自由に動けるカモネギの一撃により叩き落とされる。

 『いわくだき』にも負けない大ぶりな一撃がクリーンヒットし、アオガラスが地に叩きつけられる。

 そしてツルツルと滑る床のせいで爪に覆われたアオガラスは立ち上がることすら難しい。

 

「一気に決めるわ、『いわくだき』!」

 

 竜巻を飛び出し、自在に滑るカモネギはネギを上段に構え一撃必殺の構えを取る。

 堂に入った完璧な構え、あの一撃が決まれば勝機は無い!

 

「……ッ! 風の流れに乗るんだアオガラス!」

「ガァ!」

 

 しかし天はこちらも見放していなかった。

 空を飛ぶアオガラスを無理矢理引き付けるほど強力な竜巻はカモネギがその中核から外れても簡単には消えていなかった。

 その風の流れに敢えて乗ることによってアオガラスの体は浮き上がり、空に復帰する。

 

「利用されるなんてねッ! だけどそのまま竜巻に入ればさっきの二の舞じゃないかしら!」

「いいや、今度はその竜巻も乗りこなして見せる! いけ、アオガラス!」

「ガァァァ!!!」

 

 先ほどの様に引きずりこまれるのではなく、敢えて真っ向からその竜巻に突撃する。

 竜巻は中心こそ静かだがその周囲は暴風によって乱れた気流が渦巻いている。生中な飛行タイプではいとも簡単に羽根を奪われるだろう。

 だが、こいつはガラルの空を背負う誇り高きアーマーガアの直継、この程度の竜巻乗りこなして見せる!

 

「ガァァァァ!!!」

 

 竜巻の力を手に入れたアオガラスが新たなくちばしを携えて、ガラルの空の覇者が誰なのかを高らかに宣言する。

 

「『ドリルくちばし』!!!」

 

 渦巻く回転が甲高い音を立てて、カモネギのネギを貫く。

 カモネギも全身の力を使ってネギを盾にするが、アオガラスの『ドリルくちばし』がそれを易々と貫通する。

 真っ二つに裂けたネギの割れ目から顔を出した螺旋の一撃が、地に落ちた空の格闘家を貫いた。

 

『カモネギ、戦闘不能。アカツキ選手の勝利!』

 

 どこからともなく響き渡るアナウンスが勝者を告げる。

 すると回転のおさまったカーからアイコさんが声を掛けてくる。

 

「こ、このわらひ達の対ひろうしぇん法を破るな、なんて……」

「目回ってますよ」

 

 カーで近づいてグロッキー状態のアイコさんの背中をさすると声にならない悲鳴が流れ続けた。

 

「…まだまだ修行が足りませんでしたね。次が最後ですよ挑戦者、がんばってください」

 

 新たにひらいた扉を抜けると、

 

 

 

 

 

 

 右を見ても左を見てもキョダイボクシンググローブが並んでいた。

 

「ふざけんなッッ!!!!」

 

 流石に悪ふざけが過ぎると思うの。

 

 

 

 

 

「ぜーぜーぜー、心臓に悪い」

「おお、あの百にも及ぶ拳を抜けてくるとは大したものだな」

 

 悪ふざけステージを抜けた先には最後のジムトレーナーがいた。

 最後の迷路は迷路ともいえないまっすぐの道のりだったのだが、入り口から出口までびっしりと並べられた巨大グローブがカーのギリギリにまで迫って来るので本当に心臓に悪かった。ほんの数センチズレれば以降は出口までタコ殴りにされていたかと思うと血の気が引けてくる。

 

「それじゃあ、ジムリーダーに挑もうという無謀なチャレンジャーを打ち負かすとしようか」

 

 比較的年が近そうな青年は手足をこきこきと鳴らしながら準備運動を始める。

 しかし俺はそんなことには目もくれず、ガクガクと震えながら地面に足を下ろす。久々の普通の地面に感謝感激だ。

 

「……地面って…いいね…」

「ああ、どれだけ踏み下ろしても受け止めてくださる。我らの母なる星の偉大さを教えてくれる」

「……もしかして、あなたも…?」

「オレは…乗り物酔いが酷いんだ…」

 

 心の中で無言の握手を交わす。

 

「オレの名前はトシヤ!」

「俺はアカツキ!」

 

「「バトルだ!!!」」

 

「いけ、サワムラー!」

「頼んだ、パルスワン!」

 

 トシヤの出す初めて見たポケモンに図鑑を差し向ける。

 サワムラー、キックポケモン。脚がバネで出来ている格闘タイプのポケモンだ。

 

「いくぞ、『メガトンキック』!」

「サッワァ!」

 

 トシヤの指示でサワムラーが『メガトンキック』を繰り出す……三メートルも遠くから。

 だというのに、パルスワンの顔面に強烈な『メガトンキック』が突き刺さりぶっ飛ばされる。

 

「え!?」

「バネの長さは伸縮自在、サワムラーとの間に距離なんて有ってないようなもんさ」

 

 サワムラーの脚はバネの特性を生かしてどこまでも長く伸びるというのだ。距離を無視する足技、追撃を避けるように指示を出す。

 

「『にどげり』!」

「走れ!」

 

 再び襲い掛かってきた強烈な二撃をパルスワンの俊足が置き去りにする。

 

「いくら伸びても、その間は無防備だ! 『かみつく』!」

「ワオオン!」

 

 片足を伸ばしたサワムラーは無防備。サワムラーの脚が戻る前にパルスワンが接近する。

 パルスワンの『かみつく』がサワムラーの体を捉え、そのあごの力にサワムラーも苦痛をあらわにする。

 

「悪タイプでこれほどのダメージか」

「『がんじょうあご』は伊達じゃないぜ、そのまま噛み千切れ!」

 

 ギリギリと食い込んでいくパルスワンの牙がさらに深く食い込んでいく。

 

「飛べ、サワムラー!」

 

 ようやく伸びた脚が戻ってきたところでサワムラーが空高く跳ね上がる。バネを用いた跳躍は普通のポケモンが生み出せる跳躍力を優に超える。

 体に噛みついたパルスワンとの間に脚を挿入したサワムラーは、渾身の力で以って蹴り技を叩きこんだ。

 

「『とびげり』!」

 

 バネの反動を利用して、無理矢理パルスワンを引きずり剥がしたサワムラーは一筋の流星となる。

 高所からの落下の力を加えた流星と見まごう一撃が、爆発のような音とともに床を大きく破壊する。

 

「サワムラーの特性は『すてみ』、反動のくる技をためらいなく使えるんだ。その分、こいつも多く傷つくことになるけどな」

 

 爆発の煙中から足を少し負傷したサワムラーが飛び出してくる、ダメージも食らったがまだまだ戦えるといった顔だ。

 トシヤは今の攻撃で確実にパルスワンを仕留めたと思っているようだ。だが、パルスワンもただではやられない!

 生還したサワムラーの体に一筋の電気が走る。それは体の自由を奪い、サワムラーの体を硬直させる。

 

「これは『麻痺』か!?」 

「ご名答、さっき空中で押し退けられているときに『ほっぺすりすり』で『麻痺』状態にしていたんだ!」

「ということは!?」

 

 未だモクモクと煙が滞留する中、甲高い遠吠えが響き渡る。

 煙を引きずりながら一匹のポケモンが飛び出る。

 

「あの一撃を耐えたようだな!」

「そっちこそ、『麻痺』しながらなのに冷や冷やする威力だったよ!」

 

 パルスワンもサワムラーも大きなダメージを負った。

 互いに自慢の攻撃を受けながら倒れていない相手を見て対抗心をより一層燃やしている。

 

「いくぞ!」

「ワォオオオオ!!」

 

「やるぞ!」

「サッワァ!!」

 

 互いの燃え盛る対抗心は力となって現出する。

 

「『スパーク』!!!」

 

「『ブレイズキック』!!!」

 

 バチバチと弾ける雷撃を、

 ”相手を焼き焦がせ”と体に纏う。

 

 メラメラと燃え盛る炎が、

 ”相手を燃やし尽くせ”と脚に灯る。

 

 二匹の譲れぬ対抗心がぶつかり合い、ぶつかり合った雷撃と炎が床を焼いていく。

 身を焦がすほどの攻撃がぶつかり合い、爆発を起こした後で両者が吹き飛ばされる。地面に足をこすりつけ、無理矢理止まらせる。床には焼け焦げた跡が軌跡として残っていた。

 

「……いい戦いだった」

「……ありがとう」

 

 トシヤが両手を合わせ、頭を下げる。

 礼をしたのと同時にサワムラーの脚のバネが弾力を失い、地面に崩れ落ちる。

 

『サワムラー戦闘不能。アカツキ選手の勝利!』

『アカツキ選手! ジムミッション達成です!』

 

 最後のジムトレーナーを打ち倒したことで、バトルの勝敗とともにジムミッション達成のアナウンスが流れる。それと同時にコートの方から歓声が上がって言うのが聞こえた。

 

「いいバトルだった。おかげでジムチャレンジャーだった頃を思いだしたよ」

「トシヤもジムチャレンジャーだったの?」

「三年前にな。だけどここで負けちまって、それからここのジムトレーナーとして修業しなおしているんだ」

 

 ガシッと握手をする、今度は心の中ではなく直に。

 

「オレは勝てなかったけど、お前なら勝つと信じてるぜ!」

「サイトウさんを俺が打ち負かしてくるよ!」

 

 俺は強く握ったその感触を確かめながら、一歩一歩コートへ進んでいくのであった。

 

 

 




へへっ、途中から書き直したら12000字越えしたぜ……ガクっ



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54、vsサイトウ

遅れてごめんなさいとか、就活忙しくてみたいな言い訳を書くはずだった。
 


あぁぁぁぁぁ!!!
BUMPのポケモンPVエモォォォオイ!!!!(エモすぎてエモンガになった)(語彙力低下)

少し書き方を変えてみました。書き方ころころ変わってすみません……


 スタジアムから響いてくる歓声、それはもう四度目…いや、五度目だというのに全く衰えを知らない。むしろ祭りが後半に入って行くほど、その熱が強くなっていくのを感じる。

 そんな風に考えながら淡々とポケモン達の体調を整えていく。

 いつのまにか『きずぐすり』では治りがイマイチとなってきたポケモン達の成長を噛み締めながら、粛々と『いいきずぐすり』を取り出して手当てを済ませていく。

 

 

「パルスワンの傷…これはちょっと試合までには間に合わないかな」

 

 

 先に戦ったサワムラーとの一戦。

 あの戦闘の激しさはいまだ脳裏に新しい。最後に激突した『ブレイズキック』の“火傷”にチーゴのみを擦って作った即席の火傷治しを塗りこみながらそう呟く。

 パルスワンはその呟きに対して「まだまだ行ける!」と反論しようとするが傷口の痛みによってせき込んでしまい、反論の機会を失い、項垂れる。その様子を見ながらパルスワンの頭を撫でてなだめるのであった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 コートに入場すると、会場の盛り上がりが一段、二段と増していくのがわかる。

 

 エンジンジム攻略。

 

 その言葉の持つ意味の重みは感じているよりももっと、ずっと大きい。数多のチャレンジャーがその壁を前にして苦渋の涙と断腸の想いで身を引き裂かれそうになってきのだ。

 

 かつてその壁を前に立ち尽くした青年がいた。

 かつてその壁に立ち向かった男を見送った女性がいた。

 かつてその壁を乗り越えたことで成長を経験した老人がいた。

 

 この場に立つということはそういったガラル地方中の人々の想いに晒される場所でもある。

 コートの中心に辿り着き、向かいのゲートからジムリーダーが姿を現すと歓声はさらに跳ね上がる。

 

 若き天才、ガラルカラテの申し子、彼女の誇る華々しい経歴を言い表す言葉は数多に存在するであろう。しかし、今、この場で、目の前に立つ彼女に相応しい肩書きはただ一つだけ。

 

 

「ようこそ、ジムチャレンジャー。わたしがこのラテラルジム、ジムリーダー・サイトウです」

 

 

 ラテラルジムを守護するジムリーダー・サイトウ。その姿と立ち振る舞いはとても同じ十代のそれではないと思わせる風格を持ち合わせている。

 

 両手を合わせ、深々と頭を下げるサイトウさんの姿はとても堂に入っている。

 この作法はチャレンジャーへの礼を尽くしていることと同時に、彼女が戦いに入る前の精神統一の役割も担っているらしい。この礼の動作を解いた瞬間から彼女は一人のカラテ少女から、ジムリーダーの名を背負う一流のポケモントレーナーへと変貌するというのだ。

 

 

「先のジムミッションでの大立ち回り、拝見しました。さすがはチャンピオンが推薦されたチャレンジャーですね」

「サイトウさん……いいえ、ジムリーダーがあの巨大なアトラクションを?」

「ええ。大きな敵を前にしても心にはさざ波一つ立てない精神力こそ武道の極致。それにいざとなればあの程度、払い除けることに苦は無いですから」

 

 

 サイトウさんの声にはどこか喜色の色が見える。深々と頭を下げたままだというのに、脳裏には口元に笑みを浮かべる彼女の顔が浮かんでいた。

 鍛え上げた己の武には一過言有るのだという年相応の自負と積み上げた自信の結晶。それが彼女を彼女たらしめる精神の支柱でもあるのだろう。

 

 

「では時間も押していますし、そろそろ仕合うとしましょう」

 

 

 これから始まる戦いへの高揚にサイトウさんも喜色を隠せなくなったのか声には抑揚が乗っていた。

 しかし彼女が拳を下ろし、顔を上げる。閉じていた瞼を開き、その視界に挑戦者である自分を捉えた途端、彼女の心で高ぶっていたであろう戦いの高揚も己の武への自尊心も、そのなにもかもが削ぎ落とされていく。感情の機微ともいえる瞳の中の光が消え、ただ目の前の敵に全神経が向かってるようだ。

 

 

「それでは始めましょう」

 

 

 一呼吸前とは別人と言えるほど声の様子が変わる。ここまで完璧に精神をコントロールすることができるのかと驚愕する。武芸の極致、その一端を自分は垣間見たのだ。

 もはや目の前にいるのはただの天才ではない。

 ガラルの名を背負う最強の八人、その一角。格闘使いのサイトウとの戦いの火ぶたが切って落とされたのだ。

 

 

『バトルは四対四のシングルバトル! チャレンジャーの先攻からとなります!!』

『バトル開始ィィィイ!!!』

 

「頼んだ、アオガラス!」

 

「いきなさい、カポエラー!」

 

 

 セオリー通りに飛行タイプを出したこちらに対して、サイトウさんの最初のポケモンはカポエラー。回転する足腰から放たれる蹴りが得意の変則格闘使いのポケモンだ。

 ポケモン図鑑から簡単な説明を聞き遂げた俺たちは、ひとまずセオリー通りに挑むことにした。

 

 

「アオガラス、『ドリルくちばし』!」

 

 

 格闘家を前に自信満々のアオガラスは高らかな声を上げると、己の主武装である嘴にぐっと力を込める。ピシピシというオーラが硬質化していく。作り上げられた立派な嘴は標的を確認すると、快音を響かせながら高速回転を始める。

 回転には回転、先のジムミッションで手に入れたドリルの力を携え回転のエキスパートに向かって猛攻を仕掛ける。

 

 

「カポエラー、受け止めてください」

「カポォ!」

 

 

 キィンキィンとスタジアムに鳴り響く『ドリルくちばし』の音とは正反対ともいえる、静かだがハッキリとしたサイトウの声が自身のポケモンに告げる。

 

 

 受け止めろ、と。

 

 

 ジムリーダーのポケモンとはいえ、アオガラスもそれに対抗しうる力を秘めたポケモン。それも相性の上では圧倒的に不利な攻撃を回避でもなく防御でもなく、受け止めろ?

 それは無謀だ、受け切れるわけがない。

 俺達は格闘家の鍛えたポケモン、その神髄を理解していなかった。

 

 

「な、あぁ!?」

「ガァァァ!?」

 

 

 高速で回転する鋭利な嘴。カモネギの持つ大ネギすらも易々と粉砕したその一撃を、カポエラーは特に恐れるわけでもなく片手を突き出し、簡単に受け止めてしまった。

 カポエラーが腕に力を込める。たったそれだけで先ほどまであれほどうるさく鳴り響いていた音がしん…と止み、嘴の回転は完全に停止してしまった。

 

 

「強力な技ですね。ですが……回転のエキスパートであるカポエラーには通用しません!」  

「カッポォ!」

 

 

 『みきり』によって攻撃を受け止められ、茫然としていたアオガラスの嘴から手が離される。

 

 

「『トリプルキック』!」

 

 

 アオガラスが体勢を立て直す暇もなく、何度蹴られたのか感じ取ることもできないほどの連撃が襲いかかる。一秒間に10発、いやそれ以上ともいえる連撃が叩き込まれたのだ。

 

 

「アオガラス、空だ! 空に逃げろ!」

「逃がしません、『こうそくスピン』!」

 

 

 アオガラスを空中に逃がそうと指示を飛した。

 しかし、今度はカポエラーの体からキィィン!と甲高いこすれるような音が鳴り響く。頭の突起を地面に触れさせ、逆さにした体躯が高速回転している音だ。回転のエネルギーを乗せた左足で地面を蹴り上げ、カポエラーは空に逃げたアオガラスの無防備な背中に『こうそくスピン』が直撃させる。そうして動きの止まったアオガラスに向けて。

 

 

「『インファイト』!」

「カッポォ!」

 

「ガ、ガァァ!!?」

 

 

 右足の蹴り、左足からの蹴り上げ、右手からの正拳突き、左腕からの締め上げ。ありとあらゆる角度からアオガラスに向けて流れるような連撃が叩きこまれていった。

 そしてとどめの頭突き。カポエラーの頭にある突起に胸を貫かれ、ガラル地方の空の王者の血族は地に墜ちる。

 

 

『アオガラス、戦闘不能。カポエラーの勝ち!』

 

『うおおおおおおおおおおお!!!』

 

 

 ジムリーダーに求められるは圧倒的な強さ。

 不利対面であったというのにそれをものともしないサイトウの戦いぶりにスタジアム中が熱狂する。

 

 

「い、一撃も攻撃を与えられなかった……」

 

 

 圧倒的な力の前に戦慄する。自らの手持ちの中で対格闘タイプにおいては一二を争うはずだったアオガラスが、相手にかすり傷の一つも負わせられず倒されてしまった。カブさんと戦い負けた時にも匹敵する衝撃が駆け抜けていく。

 

 

「さあ、次のポケモンを出してください」

 

 

 それに対しジムリーダーの心は不動。荒れた海のように揺れ動くこちらの心境とは対照に、彼女の心は波紋ひとつ立たない水面のようでもあった。

 

 

「(いや、落ち着け。動揺を見せるな)」

 

 

 それでも心を波立たせていた嵐のような衝撃は次第に波を引いていく。今まで積み重ねてきた経験と先のジムミッションの記憶がそれを想起させる。

 ポケモンという車のハンドルを握るのはトレーナーだ、そのトレーナーこそが一番落ち着いていなければならない、と今まで何度も言い聞かせてきた言葉がスッと心の内で花を咲かせていった。

 

 

「————スー…ハー…」

「(ふむ、乱れた呼吸を直していますね。これは中々に侮れません)」

 

 

 観客の前だからこそ落ち着くことが大事だと言い聞かせ、呼吸を整える。空気を吸って吐いた後、両手で挟み込むように頬をポンポンと叩くと心の平静が戻っていった。

 

 

「よし、落ち着いた!」

 

 

 倒れたままだったアオガラスをボールに戻し、自分の不甲斐なさをきちんと受け入れて新しいボールを手に取る。

 確かに一撃も与えられず倒されてしまった。だからといってアオガラスの戦いは無駄などではなかった。戦いで得た相手の使う技を思い返しながら、二体目のポケモンを繰り出した。

 

 

「君に決めた、ヒトモシ!」

「モシモッシ!!」

 

 

 ヒトモシは飛び出し地面に着地する。すると観客席が湧きあがり、その大音響にヒトモシは一瞬肩を震わせる。

 

 

「お前にとって初めてのジム戦だ。いけるか?」

 

 

 この衆人観衆の中気後れするポケモンも多いらしいがさてこいつはどうだろう?

 

 

「モッシモッシ!」

「……杞憂だったみたいだな」

 

 

 溢れるやる気は頭の炎を見ればすぐにわかった。ヒトモシと共に気合いを入れ直し再びジムリーダーに向き直る。

 ヒトモシを出した時、ピクリとも動かないサイトウさんの仮面のような表情にほんの少しの変化が訪れたことを俺は見逃さなかった。

 

 

「俺の読みが正しければ! 『おにび』!」

 

 

 ヒトモシの周囲にふよふよと意思を持ったかのように動く火の玉が一つ、また一つと生まれていく。その数が七つを超えたあたりで動きをみせ、指向性を持たされた火の玉たちは対面する格闘家に向かって差し向けられた。

 

 

「カポエラー、『トリプルキック』!」

「カッポ! カポポ! カッポゥ!」

 

 

 襲い掛かってきた七つの火の玉に対して迎撃行動をとったカポエラーは的確な蹴りによって火の玉を粉砕していく。最初は七つあった火の玉が二つ三つと数を減らしていったところで残った四つを四方向から同時に襲い掛かからせる。

 

 

「『こうそくスピン』!」

「カポォ!」

 

 

 逆さになった体による見事なまでの『こうそくスピン』は四方から同時に襲い掛かってきた火の玉を纏めて消し飛ばす。それほどの破壊力がこの『こうそくスピン』には込められている。

 だけど、これで確信がいった。

 

「でも、その技はヒトモシには通用しない」

「………」

「『こうそくスピン』だけじゃない。『トリプルキック』に『インファイト』、どれも超強力な技ですけど」

 

 

 恐らくカポエラーの覚えている技は

 『トリプルキック』

 『こうそくスピン』

 『みきり』

 『インファイト』

 

 

「でもヒトモシは(ゴースト)タイプ。カポエラーの技は一つもヒトモシには通用しない!」

 

 

 そう、ここにきて(ゴースト)タイプの耐性がポケモン同士の強さを捻じ曲げる。どれだけ強く格上のポケモンだったとしても、ポケモン同士の相性から逃れることはできない。ちょうど今、飛行タイプが格闘タイプにタコ殴りにされてその上下関係が覆されたばかりなのだが、こと霊タイプと格闘タイプにおいてはその上下関係は絶対に覆されることは無い。なぜなら、霊タイプに対して格闘タイプの攻撃は無効、格闘タイプの攻撃ではゴーストタイプには一撃たりとも与えることができないのだから。

 そしてカポエラーの覚えている技は全てが格闘とノーマルタイプの技のはずだ。どうすることもできない。

 

 

「なるほど見事な選出です。確かに、これではいくら実力差が離れていたとしても勝利するのは容易ではありませんね。」

 

 

 そこまで突きつけてもなお、彼女の心には小さな波一つたりとも発生しない。

 

 

「ですがそこまで考えた上での選出ならば、逆にこちらがどうするのかも想像に難しくはないでしょう?」

 

 

 落ち着いた態度でサイトウさんが選択したのは、

 交代。一度カポエラーをボールに戻した上で、他に有効打を持つポケモンに変えようというらしい。

 

 

「格闘タイプのジムだからと、霊タイプだけで勝ち抜けるほど私もポケモン達も甘くはありませんよ」

 

 

 淡々とした態度でカポエラーのボールを手に取り、ボールに戻そうとする。

 

 これこそ俺が思い描いた光景の一端である!

 

 

「戻りなさい、カポエラー」

「させるか、『ほのおのうず』!」

 

 

 差し込まれるは己の声と渦巻く炎。モンスターボールから出る光がカポエラーを格納しようとした瞬間、襲い掛かった炎はカポエラーを包み込み、光を遮る。

 その光景に、ついにはサイトウさんの顔がわかりやすく揺らぐ。

 

 

「ッ! これは!」

「ルリナさんやカブさんとの戦いで苦しめられた交代封じ。まさか自分で使う時が来るとは!」

 

 

 包み込み、巻き付いた炎がカポエラーの体を縛りつけ、モンスターボールによる交代を封印する。

 

 サイトウさんの言った通り、相性の有利不利など野生のポケモン同士の戦いならともかく控えの存在するトレーナー同士の戦いでは簡単に覆されてしまう。だが、トレーナーがポケモンバトルするために必要なものはポケモンだけではない。そう、モンスターボールだ。ほとんどのトレーナーはモンスターボールによるポケモンの入れ替えが必要不可欠となる。

 そこに、付け入るスキが生まれる!

 

 

「ヒトモシ、『おにび』!」

「モッシッシモ!!」

 

 

 飛来する火の玉が炎の渦に拘束されたカポエラーの体を焼き、“火傷”の状態異常を刻み込む。“火傷”による炎症ダメージと炎の檻がカポエラーの体力を少しずつ、だが着実に奪っていく。このままじわじわといけば戦闘不能になることは避けられない!

 

 だが相手もジムリーダー、上手くいくばかりではない。

 

 

「『こうそくスピン』!」

「ッ! カッポォ!」

 

 

グルン!

ドパァァンッ!!

 

 

「なっ! 『ほのおのうず』をかき消した!?」

 

 

 轟々と燃え盛る炎の拘束を、カポエラーの『こうそくスピン』が力任せにかき消してしまったのだ。

 

 

「『こうそくスピン』はあらゆる拘束系の技の効果を打ち消します! 先は面を食らいましたが、もはやカポエラーに『ほのおのうず』は通用しません!」

 

 

 これは予想外。だが、決着まであと1手だ!!

 

 

「だけどこれでとどめだ、『たたりめ』!」

 

 

 ヒトモシの体から影が伸びる。それは捕まえた相手を容赦なく浸食していく負の影だ。

 独楽の様に回転を続け影から逃がれるカポエラーだったが、影はカポエラーから伸びる影を飲み込むとそのままカポエラーの本体にまで一気に浸食を伸ばす。影に絡め捕らわれたカポエラーは動きを止められ、形のないナニカが体から削り取られていく。さらに影は体に刻まれた“火傷”に反応すると勢いを増し肉体と精神、両側からカポエラーの気力と体力が大幅に削っていく。

 

 このまま決まるか!

 と観客が湧き上がったところでサイトウさんの持つモンスターボールから伸びた光が影に包まれたカポエラーを取り込む。カポエラーを苦しめていた影は対象を見失い、霧散してしまった。

 

 

「っ、あと少しだったのにッ!」

「こちらとしてもあと少し早ければ、そう思わずにはいられません」

 

 

 予想外の反撃を受けたというのにサイトウさんの鉄仮面は既に先ほどまでの平静を取り戻していた。

 粛々とした態度で二つ目のボールを手に取る。

 

 

「ですが、このポケモンを乗り越えられますか!? いけ、ゴロンダ!」

 

 

 ボールの中から出てきた巨体がコートを揺るがす。

 重量級ともいえる体躯をしたポケモンはゴロンダ。

 大きな体と毛並みを誇り、口にくわえた葉っぱがスタジアムの空調とともに揺らめいている。

 

 

「でかい……!」

「大きいだけではありません、『バレットパンチ』!」

 

 

 ゴロンダが拳を握りファイティングポーズをとる。次の瞬間、ゴロンダの体がブレる。見失った相手を探そうと視線が左右を彷徨う。気がついた時には、ヒトモシの体が大きく吹き飛ばされた後だった。

 大きな体からは想像もつかないほど素早い、弾丸のような拳がヒトモシの体を殴り飛ばしたのだ。

 

 

「大きいだけじゃなくて、速いのか…!」

「畳み掛けます、『バレットパンチ』!」

 

 

 さらに追撃をかけるためサイトウさんが攻撃を指示しようとしたがゴロンダの様子がおかしいことに気がつく。

 

 

「む、これは」

「ゴ、ゴロ…!?」

 

 

 殴られたヒトモシとは反対に反撃も受けていなかったはずのゴロンダの拳からぽつぽつと血がしたたり落ちる。

 不信に思ったサイトウさんはヒトモシを見て合点がいったとばかりに納得の表情を浮かべる。

 

 

「なるほど『ゴツゴツメット』ですか」

 

 

 いつの間に取り出したのか、ヒトモシの体が『ゴツゴツメット』によって覆われていた。鉱石と殆ど同化したこのメットを殴ることはとがった岩を直接殴りつけることにも等しい。ゴロンダの拳が傷ついたのも道理であった。

 

 そして本来なら直撃していたはずの攻撃を異界から取り出したメットによって防ぎ切ったヒトモシは安堵の息を吐いている。突然の攻撃だったとはいえ自分の判断で攻撃を防ぎ切ったことにご満悦のようだ。よくやった!

 だが、そんなヒトモシの達成感など知らぬとばかりに強烈な衝撃がメットの外からヒトモシの体を打ち抜く。

 

 

「格闘タイプに『ゴツゴツメット』、確かに良い防衛手段です。ですが、その程度で私とポケモン達の腰が引けると思ったら大間違いです」

「ゴロォォォン!!」

「『バレットパンチ』ィィ!!!」

 

 

 攻撃すれば拳が傷つく、そうだというのにゴロンダとサイトウさんの攻撃は衰えるということを知らないとばかりに攻め立てる。むしろ拳が傷つくほど一撃の威力が増していると錯覚するほどであった。

 

 

「…いや、錯覚じゃ…ない? 本当に攻撃の威力が上がっている」

 

 

 岩の硬度を誇るはずの『ゴツゴツメット』がゴロンダの弾丸のような拳によって形を歪ませ、五回目の『バレットパンチ』によってついにべコッ!という音を立て、目に見えて変形する。

 拳の威力が眼に見えて増してきている。まるで拳が傷つけば傷つくほどゴロンダの心を燃え上がらせて奮い立たせているようであった。

 

 

「『ふるいたてる』か!」

「ロンダァ!!!」

 

 

 正解だ!と言わんばかりのゴロンダの咆哮が響き渡る。痛みを苦としないゴロンダは『ゴツゴツメット』によって傷つくことを利用し自らを『ふるいたてる』ことによって攻撃力を倍化させていたのだ。そんなのありかよ!

 威力を増すゴロンダの拳に追い詰められ、ヒトモシは防御に専念するしかなくなっていく。懸命に攻撃を防いでいるが観客、そしてサイトウさんから見てもそれは防戦一方という風にしか見えなかった。

 

 そしてメットという閉鎖空間に長く篭もり過ぎた弊害だろうか。

 メラメラと燃える頭の炎によってメットの内部で温度が上昇していく。それによってヒトモシの体が、蝋が融け始めたのは必然だった。体そのものである蝋が融け始めたことで、防御の態勢を保てなくなったヒトモシの体はズルズルと融け始め攻撃に対する抵抗力を弱らせていく。そしてヒトモシの防御が隙を見せた瞬間、ゴロンダの拳がメットを高く跳ね上げる。

 自分の身を守っていた鎧が剥がされ、目の前にまで迫ってきていたゴロンダの姿にヒトモシは恐怖を覚える。

 

 

「これで終わりです、『つじぎり』!」

 

 

 悪タイプの技ッ!!持っていたのか!!

 ここまで隠されてきていたサイトウさんの切り札が切られた。

 黒く、漆黒に染まったゴロンダの手刀が振り下ろされる。置物の蝋燭と化したヒトモシの体から恐怖の冷や汗なのか、ぽつぽつと蝋が融け出し地面に滴り落ちていく。融け出た蝋が床に広がり水たまりの様に広がっていく。

 

 

「ヒトモシ! 躱してくれ…!」

「モ、モシッ!!」

 

 

 それは俺にとっても苦し紛れ、恐怖でまともな思考ができなかったヒトモシにとっても咄嗟の行動だったはずだ。

 ヒトモシの動きが遅いことはヒトモシ自身が嫌というほどわかり切っていた。避けられるはずがない、間に合うわけがない。だけど、なにかをしなければこのまま終わってしまうという危機感に追い立てられて攻撃を避けようと必死に体を逸らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまるで沼地をすいすいと移動するヌオーのごとく。

 それはまるでバランスを崩して決壊したアイスクリームのごとく。

 ズルリという擬音がつきそうな勢いでヒトモシの体が床を滑る。ゴロンダの『つじぎり』がヒトモシの体を好かす。

 

 

「………え?」

「モシ?」

 

 

「……はい?」

「……ゴロ??」

 

 

 ヒトモシの鈍重な動きからは考えられないほど素早く、ヌルりとした挙動にトレーナーもポケモン自身も目を丸くする。それは今まで数多くのゴーストタイプの使い手を相手取ってきたはずのサイトウさんすら、間の抜けた感想を吐くほどであった。

 一瞬思考が停止した両者だったが、流石はジムリーダー。すぐさま冷静な思考を取り戻すととどめを刺せとばかりに指示をとばす。

 

 

「バ、『バレットパンチ』!」

 

 

 しかし、追撃に放たれたその拳もヌルりと回避される。まるで暖簾を押しているようにどれだけ力を込めても当たらない。自然と体が逸れていくかのような動きをゴロンダは捉えることができない。

 

 

「ゴゴロォンッ!!!」

 

 

 幾度も拳を放つ。

 普段よりも力を込めて放つ。

 

 だが、拳は当たらない。

 困惑は焦りを生み、焦りは無駄な力を体に加えさせる。狩人のように正確だったゴロンダの動きから精細さが失われていくのがよくわかった。 

 

 

 ヒトモシのヌルりとした動きの正体を、何度も見ているうちに気がつくことができた。

 これは溶けた蝋によるものだ。

 融解したヒトモシの体から流れた蝋は地面に水たまりを作り上げ、溶けた下半身ではバランスをとることすらままならない不安定な体となった。当然そんな状態では体を支えることはできない、その結果本来ならダメージとなるはずの外部から伝わる力がヒトモシの体を自動的に動かしているのだ。海に浮かび風の力で航海をする帆船の様に、融けた蝋の上でヒトモシの体は相手の攻撃の力を利用して勝手に動いているのだ

 

 まさしく(ゴースト)タイプにつっぱり、とけたドククラゲにメタルクローのような状況だ。今のヒトモシは相手の力が強ければ強い程、その力で体が勝手に動いて攻撃を避けるようになっている。

 

 そして、動きのキレが落ちていくゴロンダとは対照的にヒトモシは瞬く間に新しい体の使い方を習得していく。どうすればこの体で動くことができるのか、相手の力をどう利用すればいいのか。融けたとはいえ自身の体、瞬く間に体の動かし方を学習していく。ゴロンダの激しい暴力の嵐に敢えて逆らわぬように、少しずつ。だが、着実に。

 

 業を煮やしたゴロンダから、ひときわ力を入れて振り絞った『バレットパンチ』が撃ち出される。やはりというようにヌルり……と攻撃が空かされ、攻撃を躱したヒトモシの体が勢いを利用してくるくると回りながらゴロンダの懐に潜り込む。

 

 ここだっ!

 『ここ』が反撃のチャンスだ!

 

 

「ヒトモシ、『あやしいひかり』!」

 

 

 攻撃を躱されゴロンダの血走った視界の中で、ヒトモシの頭の炎が不気味な点滅を始める。

 それは視るものを惑わす怪しい光。一度嵌まれば目を逸らすことが叶わぬ魅惑の光。焦りで奮い高ぶっていたゴロンダは瞬く間に光の虜となり、完全に自らを見失う。

 

 

「ゴ、ゴロンダ! 正気に戻りなさい!」

 

 

 ゴロンダの焦りがトレーナーにも伝播したのか、冷静沈着をモットーとするはずのサイトウさんの声にはどこか冷静さが欠けていた。

 そして声は届かず、ゴロンダの意識は戻ってはこない。ゴロンダを幻惑したヒトモシは次なる攻撃を起こすためか体を滑らせ距離を取り、十分な距離をとったところで体がさらに融けることが脳裏をよぎる。迷った俺の視界に体が融けることもいとわず炎を燃え上がらせるヒトモシの姿が目に入った。

 

 

「ッ! ここできめるぞ! 『ほのおのうず』!」

「モッシッシ!」

 

 

 ヒトモシの頭上の炎が渦巻き、螺旋を描いた炎がゴロンダの体を包み込む。ゴロンダの持つ強固な毛皮と肉体を炎がじりじりと焼き付ける。

 

 

「『おにび』!!」

 

 

 続けてヒトモシの周囲に現れた五つの火の玉が炎の檻に閉じ込められたゴロンダの四肢を焼き、最後の一つが顔面を直撃する。幾度となく炎に晒されたというのに、未だゴロンダの精神は奥深くに閉じ込められたまま出てくることができない。このチャンスを絶対に逃さぬという強い意志がヒトモシの体に最後の力を吹き込む。

 

 

「今度こそ、これで終わりだ!

 『たたりめ』ぇぇぇ!!!」

 

 

 燃え盛るゴロンダの大きな体を、丸呑みするかのように『たたりめ』の影が包み込み、文字通り飲み込む。飲み込まれた影の中でゴロンダはわけもわからず暴れまわり、ヒトモシも文字通り自身の全てをつぎ込んでゴロンダの体を影の中で仕留めにかかる。

 

 

 『たたりめ』は攻撃した相手の内にある形のないナニカを削っていく技であり、ナニカとはおそらく生命エネルギーともいわれる力である。ヒトモシ自体生命エネルギーを吸ってくるポケモンだ、『たたりめ』の生命エネルギーを削る速度はかなりのものだと言っていいい。

 そして今、炎技の連打により体がさらに融けたことを気に留めず、ただこの強敵が仲間の前に再び立ちふさがらないことだけを考えて、ヒトモシはゴロンダを攻め落とそうと全霊をかける。

 

 影の中でゴロンダの体から力が抜け落ちていくのがわかる。どんどんと弱くなっていくゴロンダの抵抗から戦闘不能は目前だと思えた。

 

 

「ゴロンダ! 立ち上がりなさい! 貴方の力は、そんなものではないはずです!」

 

 

 しかしそのまま沈んでいくはずだと思われたゴロンダの体が息を吹き返す。サイトウさんの声で正気に戻ったようだ。

 ついに“混乱”の呪縛から解放されたゴロンダは影の中で最後の抵抗を始める。もはやその体には抵抗するだけの力も残ってはいなかったはず、だというのにゴロンダの抵抗する力は戦闘不能一歩手前のそれではない。

 

 

「モ、モッシ!!?」

 

 

 もはやゴロンダの生命エネルギーは尽きる寸前で、意識というべき炎は風前の灯火と言ったほどにか細かった。だが、この土壇場で彼は残りの燃料をすべて使いつくす勢いで意識を燃え上がらせる。要するに。

 

 

「ゴロォン!!!」

『削り取られるなら、削り切られる前に全部燃やしてやるわ!!!』

 

「『つじぎり』!」

 

 

 燃料(生命エネルギー)一斉投下。

 残った生命エネルギーを全てかき集めた漆黒の手刀により、ゴロンダの体を包んでいた影が両断される。悪タイプの『つじぎり』によって(ゴースト)タイプの『たたりめ』を力づくで断ち切ったのだ。

 

 影から飛び出したゴロンダはヒトモシに最後の強襲を仕掛ける。

 

 

「……ダァ!!!」

 

 

 既に力を使い切ったゴロンダの攻撃には余計な力というものが一切なかった。それが相手側にとっては幸運な結末、こちら側にとっては不幸な結末となりヒトモシの自動回避を発動させることなく、『つじぎり』はヒトモシの体を突き破る。

 

 

「……モ……ジ…ァ!!?」

「ヒトモシ!」

 

 

 手刀に貫かれ、少なくなった体のさらに半分が吹き飛ばされるヒトモシ。

 悲痛な声に手を伸ばす。

 だが、彼にも意地があった。

 この強敵を絶対に次には行かせないとする強い意志が燃え上がった。ヒトモシの頭上の炎が渦を巻き、自らもろともゴロンダを『ほのおのうず』で包み込んでいくいく。炎の檻が完全に締まり切る直前、炎の中で二匹は認め合った戦士の様に、笑みを浮かべているのが見えた。

 

 燃え盛る『ほのおのうず』が次第に勢いを失っていき、空気に解けていく。焼き焦げたコートの真ん中で、満足そうな笑みを浮かべたまま二匹は気を失っていた。

 

 

『ゴロンダ、ヒトモシ共に戦闘不能!よって勝者無し!』

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 小さな霊と大きな格闘家。相反するようなポケモンによる文字通り肌のヒリつく戦いが終わりを迎えたことで、会場が湧き上がる。

 まだまだ戦いは始まったばかり。ようやく四番目のジム戦が本番に差し掛かり始めるのであった。

 

 




特別MVの素晴らしさは正直語りつくせませんよね、レッドとヒビキのところとか実際のポケモンバトルの交代速度ってあんななのかって絶句したり興奮したりしてました。

なので剣盾に絞った感想。
まずジムリーダーラッシュですね。とくにPUするとルリナさん美しい、カブさんの見せた一瞬の驚き顔あざとい、キバナさんのガオー顔最高といいた感じですね。そこから繋がるビート君のつれない感じのクールな感じ解釈一致です。笑顔を盛るペコ、お前最高の仕事過ぎない?マリィちゃん可愛すぎんだろ!!んほ~、たまんね~。そこからね、ホップがほっぺた叩いてポケモン達と立ちふさがるとこで興奮して一瞬でダンデさんの王者に相応しい殺意の高いパーティーに変わるのでさらに超興奮、振り向いたマサルとユウリの格好良さは語りつくせないしその後のキョダイマックス技の激突はまさしくダイコウフンでしたね。語りつけせねぇやヒェア!!


あ、ヒトモシは体が吹き飛びましたけど多分新しい蝋燭かなんかに体を移したらすぐに復活すると思います(適当)


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55、武の神髄 vsサイトウ

二話連続投稿となります。

前話
「54、vsサイトウ」から読むことを推奨します。


「見事なバトルでしたゴロンダ」

 

「よく頑張ってくれたヒトモシ」

 

 

 コートの中央で満足そうな笑みを浮かべたポケモン達を互いのボールに戻していく。

 激闘。互いの死力をかけゴロンダは自らの生命エネルギーを、ヒトモシは自らの体を限界まで削り切るほどの戦いであった。

 だが、今の戦いですらまだ戦いの前半戦に過ぎない。俺達トレーナーは新たなボールを手に、高らかにポケモンの名を叫ぶ。

 

 

「ゆけ、ネギガナイト!」

「ガナァイト!」

 

 

「いけ、ジメレオン!」

「レオォォン!」

 

 

 サイトウさんの出したポケモンはネギガナイト。ユウリやアイコの持っていたガラル地方のカモネギが独自の進化を遂げたポケモンらしい。カモネギの頃に持っていた大ネギよりもさらに強度と耐久性が向上したネギの(つるぎ)とネギの葉の盾を持つ、その姿は侍というよりは中世の騎士に酷似している。

 攻守ともに整ったネギガナイトを相手にこちらが選んだのはジメレオン。見るからに強敵、迷わずこちらの最大戦力を投入した限りである。

 

 

「先攻いただきます、『みずのはどう』!」

 

 

 先攻を奪取し、ジメレオンの代名詞ともいえる『みずのはどう』が撃ち出される。

 水の波動を圧縮した攻撃、当たれば大ダメージ必須の攻撃をネギガナイトは左に持つ盾で難なく受け止める。

 

 

「逸らしなさい!」

「ガッ……ナイト!」

 

 

 盾を少し傾けだけで、力の向きが逸らされた『みずのはどう』が空へと打ち上げられる。ネギガナイトの達人のような技術で見事に打ち上げられた水の波動に多くの観客、そして俺もジメレオン自身も視線が釘付けになる。

 そして、誰も注目していなかった右手に持つネギの剣が光った。

 

 

「砕け、『かわらわり』!!」

 

 

 サイトウさんの声に反応してばっと振り向く。

 そこには既に踏み込みを終え、ジメレオンとの距離を詰めて剣を振り上げるネギガナイトの姿があった。

 ネギの茎から作られた剣は盾以上の硬度と切れ味を持つという。なんとか気がつくことができたが、躱せるかっ!?

 

 

「ジメレオン、躱せ!」

「ッ! ジッメ…!」

 

 

 ジメレオンは体を捻りなんとか間一髪、ネギの剣が虚空を切り裂く。

 ジメレオンは剣を振り切ったネギガナイトの足元を掬うように横蹴りを仕掛けるが華麗に避けられてしまった。

 二匹はすぐさま飛びのき、距離が生まれる。

 

 

「見事、ならばもう一度!」

「ガナァァイト!!!」

 

 

 気迫の衰えないサイトウさんの指示にネギガナイトは左手に持った盾を体の前に構える。盾で体がすっぽりと隠れてしまった。

 

 

「盾を構えたまま…?」

「ネギガナイト、突撃(チャージ)!!」

 

 

 ネギガナイトは盾を構えたまま先ほどと遜色ない速度で突撃を仕掛けてくる。ジメレオンは即座に作り上げた『みずのはどう』で迎撃するが、体の前に構えた盾には突撃の力も乗っており容易に弾かれてしまう。

 

 突撃の勢いを加算した盾は凶器といっても差し支えないエネルギーを秘めている。

 だが今回は先ほどとは違う。俺もジメレオンも注意深く観察し。

 

 

「今だ、躱して『みずのはどう』!」

 

 

 勢いの乗った盾は『面』の制圧力でもってジメレオンを押しつぶそうとするが、紙一重でジメレオンが回避される。

 ネギガナイトの体を守る盾は避けきった。今度はこちらの番だとジメレオンが作っていたもう一つの小さな『みずのはどう』が至近距離で炸裂する。

 

 炸裂した『みずのはどう』はその小さな見た目からは想像つかないほどの衝撃ではじけ飛び、ネギガナイトの顔を歪ませる。

 何度も使ってきたジメレオンの代名詞だ、小さく見えてもその圧縮した水の力は普段のものと比べても遜色がない程だと自負している。

 

 こちらが『みずのはどう』の威力にご満悦していたところで、しかし、ネギガナイトも伊達に武術を修めているわけではなかった。

 突撃を躱され、反撃を食らったというのに、彼の体勢が崩れていなかったのだ。

 最適化された動きで盾が引き戻される。

 その盾は攻撃に移り無防備だったジメレオンの顔面に叩きつけられる。躱したばかりの盾が瞬時に戻って来るとは思い至らず、意識外から叩きつけられた盾の一撃にジメレオンの意識が刈り取られる。

 

 

「ジメレオンっ!」

「ネギガナイト、『かわらわり』!」

 

 

 無防備なジメレオンに向けて再び『かわらわり』が振り下ろされ、直撃したジメレオンの体が大きく吹き飛ばされる。

 何度もバウンドしやっとのことで立ち止まることができたが……傷は深い。それは攻撃が直撃する寸前にジメレオンが無意識のうちに盾とした左腕が動くことすらままならずプルプルと小刻みに震えていることからも明らかだった。

 

 

「畳み掛けます、『れんぞくぎり』!」

 

 

 そして負傷したジメレオンを休ませるつもりは毛頭ないらしい。

 一撃の威力から手数の多さを主体とした攻撃に切り替わる。鋭い切れ味を持つ剣が幾度も振るわれ、左腕を負傷したジメレオンは回避に専念するしかなくなる。だが振るうごとに速度の増していく『れんぞくぎり』は逃げ場を切り詰めていき、ジメレオンの体は次第に切り傷を増やしていく。

 

 

「そこです!」

「ナイッ!!」

 

「ジ……メッ!!?」

 

 

 回避にも無理が祟ってきたところでついにネギガナイトの一撃がジメレオンの喉もとを捉える。先端がジメレオンの喉に突き刺さり呼吸が閉ざされかける。

 生物としての急所にめり込みそうになった一撃に対して。

 

 

「掌から水を発射して飛べ!」

 

「ン…メェッ!!」

 

 

 腕の水線から勢いよく水を噴射させその力の反動を利用して後方へと一気に飛ぶ。決まりかけた急所への一撃を何とか回避させることに成功した。ついでに噴出した水はネギガナイトにも直撃しダメージにもなったらしい。だがそれにしたって……

 

 

「強すぎないかなぁ……っ!」

 

 

 体の動かし方、そして両腕に持った武器。手札が増えるというだけでこれほどまでに厄介になるのかと冷や汗を流す。

 人は武器を作り、その力で他の生き物たちに対抗してした。

 だがポケモン自身が武器を携え、武術や剣術を身につけるということはこれほど厄介なのかということを実感する。ユウリのバチンキーも二本の木の棒で戦っていたがこれはレベルが違う、洗練された達人の動きが今のネギガナイトには乗り移っている。

 

 

「だったらその武器を使えなくさせるぞ! ジメレオン、『みずのちかい』!」

 

「ジッメァ!!」

 

 

 ジメレオンが右腕を振り上げ、力の限り地面を叩きつける。

 送り込まれた膨大な水のエネルギーが地中を駆け巡り、ネギガナイトの周囲を囲むようにして何本もの水柱が立ち上がる。四方を囲み、身動きの取れなくなったネギガナイトの足元から一際強烈な水柱が噴出する。

 

 

「決まった! 直撃だ!」

 

「甘いッ!!」

 

 

 こちらの声とは裏腹にサイトウさんの声は厳しかった。

 不審に思い、吹き上げる激流に飲み込まれたネギガナイトの姿を探す。常ならば水柱に打ち上げられたポケモンは宙を舞っているはずだと空を見上げる。

 するとたしかに、ネギガナイトはたしかに空にいた。だがそれは決して水柱が直撃し、為すすべなく吹き飛ばされたのとは違う。確かな意思と技をもって宙を舞うのではなく、飛んでいたのだ。

 

 翼を失ったはずの鳥の騎士。それが何故今頃になって空を飛ぶことができたというのかというと。

 

 

「盾をボードにしたのかッ!」

 

 

 不可避の激流を盾によって防いで、その衝撃を利用して空を飛んだのだ。

 彼のポケモンは進化の過程で自ら飛ぶ力を放棄した種族。かつての翼は今では武器を扱うための器用さと引き換えに、大空を自由に舞う力を失ったはずだった。だが、だからと言って彼らが空を飛ぶ術を忘れたわけではなかったのだ。

 

 空を飛んだネギガナイトを打ち落とそうと『みずのちかい』を撃ち出す。

 しかし、ネギガナイトは盾のボードを巧みに扱うことで自在に空を滑空しそれらを自在に躱していく。まるで翼を使っているように空を自在に動くネギガナイトをこちらは捕捉することができない。

 

 それも長くは続かなかった。

 盾を蹴り飛ばし、ネギガナイトが(つるぎ)を振り上げる。

 ネギガナイトの周りで渦巻く闘気は今まで受けたどの技よりも鋭く、受ければまずいと確信するものだった。それを回避する手立ては……なさそうだ。

 

 

「『かわらわり』!!!」

 

「『ふいうち』!!!」

 

 

 空から堕ちてきたネギガナイトの(つるぎ)と黒く染まったジメレオンの右腕が交差する。

 

 ジメレオンの反撃の凶手はネギガナイトの胸元を切り裂き、一筋の傷を残した。

 しかし、先んじて命中した『ふいうち』をものともせずネギガナイトの『かわらわり』は振り下ろされていた。片腕だった時とは一線を隔す威力の攻撃がジメレオンの脳天に突き刺さり、衝撃で地面がひび割れる。

 

 

 ズザザザザと音を立て摩擦を起こしながら、ネギガナイトは地面に着地する。

 それとは対照的に、ジメレオンは膝をついてしまった。

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 翼を捨てたネギガナイトが空を飛び、一瞬の交差の後に膝をついたジメレオン。

 映画のワンシーンのような戦いに会場が湧き立った。キッと観客席で見ていれば俺もその側だったのだろうと思う。

 

 

 

 時に、最後まで気を緩めること無く、心は残ると書いて「残心」と言うらしい。ネギガナイトは武人だ、攻撃の後の立ち振る舞いからは余裕すら感じられる。

 

 そんな彼とは言え空を飛んだ体験と思う通りに攻撃が当たってどこか心が浮ついていたのではないか?

 

 

 

 

 確かな油断。

 にやりと口角をあげた俺とジメレオン。

 崩れた体を支えていた右腕が青く輝いた次の瞬間、地面から吹き上がった水の柱に飲み込まれ、今度こそネギガナイトの体が宙を舞った。

 

 

「ガ、ガナ…!!?」

「これはッ!」

 

 

 すさまじいまでに練り上げられた闘気と落下のスピードから「避けられない」と確信した俺とジメレオンは一芝居打つことにしたのだ。

 攻撃をわざと受けることによって相手の油断を誘い、先ほど空を飛ぶネギガナイトを打ち落とそうとしたときに使った『みずのちかい』を時間差で発動するように仕掛けておいたのだ。

 

 ジメレオンは嘘泣き、なみだめの名人。相手を騙すことなど基本技能でしかない。先ほどのお手本のような膝をつく様も、すべてはジメレオンの演技の一環だったのだよ……まあ実際は直撃した『かわらわり』が想定以上に強烈でジメレオンが本当に無事なのか焦りはした。だがそこはうちの最大戦力、最後まで強がってみせてくれた。最大戦力だったから耐えられた、最大戦力じゃなかったら耐えられなかった。

 

 ネギガナイトは頭から地面に墜落し、今度こそ大きなダメージを負う。

 

 墜ちたネギガナイトが剣を支えにしながらなんとか立ち上がる。

 その目の前には立ち上がったジメレオンがいる。脚はプルプルと震え、震えたままの左腕と酷使した右腕は既に体に引っ付いている棒と言っても差し支えないほど消耗している。

 だというのにジメレオンもネギガナイトも好戦的な笑みを絶やさない。

 

 

「ジメメェ……!」

「ガナイト……!」

 

 

 ジメレオンは酷使した腕を無理矢理動かし顔の横で水平に構えると、その指先をネギガナイトに向ける。

 ネギガナイトも地面に置き捨ててある盾に見向きもせず、剣を両手で構えると顔の右横で水平に構える。こちらも剣の切っ先はまっすぐジメレオンに向かっている。

 互いは荒い息を吐きながら、大きく一呼吸を吐いた後、トレーナーの声と同時に大きく目を見開く。

 

 

「『ふいうち』!!!」

 

「『かわらわり』!!!」

 

 

 再び黒く染まった凶手と(つるぎ)が交差する。

 踏み込んだネギガナイトが肩からバッサリ切り裂こうと袈裟斬りをしかける。その振りかぶった動作を見逃さず『ふいうち』は先んじて動き、剣の腹を叩いてバランスを崩す。剣がジメレオンの横をすり抜け、地面に突き刺さるとジメレオンは剣を踏みつけ咄嗟に抜けないようにと押し込める。武器を失ったネギガナイトの無防備な胸に向けて、「俺の勝ちだ」と黒く染まった凶手が吸い込まれていく。

 

 そのまま鋭い手刀がネギガナイトの胸に突き刺さり、急所を打ち抜いたと確信し喚起する。

 だが、当の本人であるジメレオンの表情が愕然とする。『ふいうち』は……鋼と化したネギガナイトの胸部によって受け止められていたからだ。

 

 

「体が鉄に……『てっぺき』かっ!」

 

「その通り! ネギガナイト!!」

「ガナイトッ!」

「『リベンジ』!!!」

 

 

 肉体を鋼とすることで攻撃を受け止められた。

 ネギガナイトの体から橙色のオーラが吹き上がる。

 攻撃を受けたことによって倍増したオーラはネギガナイトの体を一気に膨張させ、有り余る暴力となってジメレオンの体を掴む。激闘の連続で力を使い果たしたジメレオンの体が浮き上がり、地面に叩きつけられる。叩きつけられた衝撃とともに体からは意識が薄れていき……消えた。

 

 

 

『ジメレオン戦闘不能!ネギガナイトの勝ち!』

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 切札墜ちる。

 俺の不動のエースが落ちたことによって会場は更なる熱量で湧き上がるのだった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「負けちゃったか……」

 

 

 倒れたジメレオンの下に駆け寄り、優しくそっとボールを当てると戻っていく。

 近くで見たネギガナイトの体は想像以上に肉厚と迫力を兼ね備えていた。元の場所に戻ろうと背を向けようとして、ネギガナイトがボールに戻される。何事かと思い、振り返るとサイトウさんに声をかけられる。

 

 

「ジメレオン、とても良い戦いぶりでした。特にやられたフリなどは見事でした」

「ありがとうございます。こいつも……勝ててたらもっと喜んでいたと思うんですけどね」

「ええ。ですが最後の一撃、トレーナーである貴方の見立てが少し甘かったようですね」

 

 

 ネギガナイトは終盤まで技を隠し通していた。盾のなくなった状況でも攻撃を受けられる『てっぺき』と武器が無くても攻撃が可能な『リベンジ』、この二つをサイトウさんは冷静な判断力により最後まで秘匿していた。最後はそこが決め手になったと言っても過言ではない。

 

 

「それにこちらはまだ手負いとはいえまだ三体、そちらはあと一体」

 

 

 今腰に戻したばかりのネギガナイトのボールを含めた三つのボールに触れ、自分の手持ちが三体残っていることを示唆してくる。

 情報によるアドバンテージはいまここで示した。「情報の大切さは示しました。さあ貴方はどうします?」と暗に訴えかけてこられているようだ。

 確かに三対一、絶望的なまでの戦力差だ。

 だが。

 

 

「こいつが戦いたがっていますし……それに、負けるのは嫌いなんです!」

「……それでこそ。流石はチャンピオンに認められたトレーナーですね」

 

「だから、頼んだぞバイウールー!」 

「ンメェェェ!!」

 

「カポエラー頼みます!」

「カッポォ!!」

 

 

 ボールから元気よく飛び出すバイウールー。その四肢は悠然と地面を踏みしめる。

 ボールから気合よく飛び出すカポエラー。傷つきながらもその両目から闘志は消えていない。

 

 

「カポエラー、ジャンプです!」

 

 

 サイトウさんの指示にカポエラーは大きく跳躍する。その姿を見逃さぬようバイウールーと俺は空を仰ぎ見る。

 カポエラーは空中で身を捻り回転を起こす。重力と回転の力を乗せたかかと落とし、『トリプルキック』が空から襲い掛かる。

 

 

「『トリプルキック』!」

「迎え撃て、『にどげり』!」

 

 

 先の戦いでカポエラーの技を把握しておいてよかったと安堵する。一度、二度、と両者の蹴りが衝突し合いビリビリと空気が揺れる。バイウールーの蹴りはカポエラーのそれと遜色ない勢いでぶつかり一歩も引いてい。

 だが、カポエラーは二度の衝突で力が互角と悟るとせめぎ合うバイウールーの脚を踏み台としてさらなる跳躍をする。

 一度目の跳躍で駄目だったなら、さらに高く。先ほどよりも高く跳躍したカポエラーは、先ほどよりも多くの回転をかけながら三度目の蹴りをバイウールーに振り抜き、顔面を躊躇いなく蹴り飛ばした。

 

 

「バイウールー!」

 

 

 効果抜群の技を受け吹き飛ばされる。

 羊毛のない顔面を的確に狙ってくる今の動き、やはり戦い慣れているという感じだ。バイウールーは顔面を奮うと顔に着いた汚れを振り払いやる気に満ちた声を上げる。

 

 

「ンググ、メェェ!!」

「よしまだいけるな。いけ、『とっしん』!」

 

 

 バイウールーが走りだしカポエラーに向かって一直線に向かっていく。当たれば大ダメージは必至の『とっしん』は確かにバイウールーの技の中でも一番のパワーを持つ大技だ、だけどその大ぶりな動作からどうやっても相手に届くことが少ないのが難点だ。

 

 

「カポエラー、『みきり』!」

 

 

 気合の入ったバイウールーの攻撃はやはりというべきかカポエラーの冷静で的確な判断力で華麗に躱されてしまう。そして攻撃を躱した際にバイウールーの羊毛を掴んだ。カポエラーは『とっしん』の勢い残るバイウールーの体を。

 

 

「『こうそくスピン』、そこから投げ飛ばしなさい!」

「カッポォ!!」

 

 

 投げ飛ばした。

 カポエラーの見事な回転、そしてバイウールーの『とっしん』の勢いを利用した回転投げによってバイウールーの体が軽々と投げ飛ばされる。

 バイウールー自身何をされたのかわからなかっただろう。突撃を躱され、体を捕まれたと思ったらいつの間にか投げ飛ばされていた。そんな感じの表情をしている。

 

 だけどこれはポケモンだけの戦いではない、トレーナーである俺がここにいる。

 

 

「体を丸めて投げの衝撃を受け流せ!」

「させません、『インファイト』!」

 

 

 体を丸くし、投げの威力を殺しにかかろうとするがバイウールーの落下地点にカポエラーが待ち構える。アオガラスを倒したあの目にも止まらぬラッシュを入れようとしているのだ。

 バイウールーの体が今にも地面に触れようとしたところでカポエラーの左足が割り込みをかける。勢い良く振りかぶった左足はその体を蹴り飛ばさんと迫りかけ。

 

 

「今だ、『まねっこ』!」

 

 

 落ちるだけだったバイウールーの体から白いオーラが噴き出す。バイウールーの脳が想起し、先ほど投げられた際に無意識に目の端で捉えていたカポエラーの『こうそくスピン』を瞬時に模倣する。丸くなり毛玉と化したバイウールーの体が目にも止まらぬ速度で高速回転を始め、遠心力の乗った毛玉はカポエラーの蹴りを易々と弾き飛ばす。

 蹴りを弾かれ狼狽したカポエラーに、地面に接着し柔軟に形を変えた毛玉(バイウールー)はその勢いのままに飛び掛かる。 

 

 所詮は付け焼刃の『こうそくスピン』、回転のスペシャリストであるカポエラーにはたやすく受け止められるだろう。

 

 

「カポエラー、『みきり』!!」

 

 

 やはりというか、カポエラーの目が見開きバイウールーの動きが完全にとらえられる。

 回転を読み切りバイウールーの羊毛を掴み上げようと手を伸ばしたカポエラー。

 

 だが、止め方が悪かった。

 高速回転する羊毛。その羊毛の中からしなやかで強靭な脚が飛び出る。

 

 

「ガ、ガッポォ!!?」

 

 

 想定外の蹴撃はカポエラーの『みきり』を蹴破り、毛玉から飛び出した後ろ脚が腕を弾き飛ばす。

 

 

「『にどげり』!!」

 

 

 さらに飛び出した脚が顎を捉える。カポエラーの傷だらけの体が吹き飛び、これ以上のない隙を生んだ。

 瞬時に毛玉を解除したバイウールーは後ろ足に力を溜める。そしてこちらを見つめてくる。

 「いつでもいけるぜ」と。

 

 

「決めるぞ、『しねんのずつき』!!!」

 

「ンメェェェェ!!!」

 

 

 地面が陥没するほどに踏みしめたバイウールーは傷だらけのカポエラーに向かって弾丸のように発射される。発射されたバイウールーは角で風を切り、額に想いを力に変えた思念の力を注ぎこむ。

 

 攻撃を察知したカポエラーは自身の怪我の具合から防御を放棄し、目を見開き『みきり』をしようとする。それは悪手だとサイトウさんが口を開くが一歩遅かった。

 酷使した視界は連続使用を許さない。『みきり』は不発し、カポエラーが完全に逃げ道を失う。

 

 最後の抵抗も虚しくカポエラーの体を思念の力を纏った突撃が粉砕する。突撃の衝撃に耐えきれず吹き飛ばされたカポエラーの体は地面に横たわるのであった。

 

 

『カポエラー戦闘不能!バイウールーの勝ち!』

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 観客席から相性不利を覆したバイウールーに向けて惜しみない賞賛が降り注ぐ。

 歓声を浴び、バイウールーは戦いを通しても損なわれなかった艶のある毛並みを誇らし気に観客に見せつけるのであった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 湧き上がる観客たちを他所にサイトウはカポエラーのボールを取り出し手早く戻そうとしていた。戦ってくれた彼の名誉のため、彼の負けた姿を一秒でも多く衆目に晒さないためにボールのボタンを押す。瞬く間にカポエラーの体は光に包まれていき手のひらサイズのボールの中に吸い込まれていく。

 

 

「よく頑張りました……あなたの最後の判断は間違っていませんでした。ゆっくり休んでおいてください」

 

 

 窮地に置かれた状況でも勝機を見据え、判断を下したカポエラーをサイトウは称賛する。成長した相棒の一面を見たおかげか、それとも湧き上がる観客たちに引きずられたのか……サイトウは自分の頬の筋肉が自然と持ち上がっていることに気がつく。

 バッと頬に手を当てて、咄嗟に頬のゆるみを隠す。視線を目の前のチャレンジャーに向けてみればアカツキはこちらを向いてはおらず勝利したばかりのバイウールーとともに作戦を立てている姿があった。その姿を見て再び戦いの高ぶりが燃え上がってくる感覚を覚える。

 

 

「(…どうしてこんなにも気持ちが湧き立つのですか…っ!)」

 

 

 サイトウの研ぎ澄ました理性を高ぶった感情が狂わせていく。武道家ならば心には波風一つ立てないのではなかったのかと理性が激しく自らを攻め立てる。

 

 

「(戦いの最中にこのように気持ちが昂る。まるで他のジムリーダーの方々や、あのチャンピオンと戦っている時のような感覚です)」

 

 

 確かに強い。関門ともいわれる三番目のジムを突破したというのも納得の実力だと思う。

 だが、そんなものはここに立つ最低条件でしかない。今だ未熟な面も多いと戦いの中で見破れるような場面も多い。だというのに何故……こんなにも気持ちが昂るのだろう……

 

 

「……それもこの戦いが終わってから考えれば良いこと。わたしはジムリーダー、今はこの戦いにのみ集中しましょう」

 

 

 疑問は残るようだが、今は目の前の戦いに集中しようと向き直る。その姿はまさしくジムリーダーと言えるだろう。

 バイウールーを視界にとらえたサイトウは一瞬の思考の後、勝利を譲らぬと強い面持ちでボールを手にする。

 

 

「ゆけ、ネギガナイト!!」

「ガッナイト!!」

 

 

 勝利の剣を掲げネギガナイトが飛び出す。

 激闘の直後である、ネギガナイトには疲労が蓄積している。だが彼は武人、それをおくびに出さない精神で以ってアカツキ達の前に立ちふさがる。

 戦いの熱気はポケモン達を巻き込み、未だ不敗の両者が激突する。

 

 

「いきます、『しねんのずつき』!」

「負けません、『かわらわり』!」

 

「ンメェェェ!!!」

「ナァァァイト!!」

 

 

 振り下ろされた剣と思念の力を込めた突撃が衝突する。互いに効果抜群な大技が衝突し合い、攻撃の反動により両者が大きく弾かれる。

 此処で止まるわけにはいかないという、強い面持ちはどちらも同じ。先に踏み込んだのはバイウールーだった。

 

 

「詰めろ、『まねっこ』!」

 

 

 バイウールーの体から橙色のオーラが噴き出し、『まねっこ』により模倣された橙色のオーラが二本の大角の内に集う。硬質化したそれは瓦を砕くための強靭な刃と化す。

 頭ごと奮う大きな動作で振るわれた『かわらわり』はネギガナイトの体を狙う。が。

 

 

「なんの、『かわらわり』!」

 

 

 同じく振るわれた『かわらわり』によって阻止される。ギャリギャリと鈍い音が響き、角と剣は軋み上がる。

 

 

「『まねっこ』とはなかなかユニークな技を使いますね。ですが、急造の刃で私たちの鍛錬を超えられるとは思わぬことです!」

「ぐ…ぬぉっ!」

 

 

 サイトウとネギガナイトの積み上げた鍛錬が拮抗をすぐさま覆しにかかる。

 技の練度というもので『まねっこ』で作り上げた『かわらわり』は大きく劣る。ネギガナイトの振るう『かわらわり』はバイウールーの刃を弾き飛ばし、流れるような動作で無防備な体を切りつける。

 

 易々と吹き飛ばされるバイウールーの体。しかし、サイトウとネギガナイトの表情は厳しかった。

 

 

「……流石はバイウールーの『もふもふ』です。ここまで威力が抑えられるとはっ!」

 

 

 直撃したはずの『かわらわり』は『もふもふ』により大きくダメージを軽減されたのだ。『てっぺき』が鋼鉄の硬度で攻撃を弾く剛の鎧ならば、『もふもふ』はあらゆる物理衝撃を軽減させる柔の鎧だ。どれだけの威力であろうと物理攻撃である限り『もふもふ』はあらゆる攻撃を防いでしまうのだ。

 

 そうこうしているとアカツキの指示が飛ばされバイウールーは再び橙色のオーラを噴出させる。

 

 

「また『まねっこ』……?」

 

 

 その光景にサイトウは困惑する。

 確かに先ほどは面食らったが今破られたばかりの攻撃を再び使うことの意味が分からなかったのだ。

 

 再び瓦を砕く刃を手に入れたバイウールーがネギガナイトに攻撃を仕掛けていく。

 先ほどとまるで変わらない距離の詰め方、本来ならば覚えないはずの技を使う何処か不器用な動作は武道家からすれば不格好としか言いようがない。

 困惑気味のサイトウとネギガナイトは様子を見るためか盾を構えて真っ向から『かわらわり』を受け止める。苦も無く受け止められた攻撃はネギガナイトの巧みな技術により受け流され、バランスを崩したバイウールーは前のめりに沈み込み転倒しそうになる。

 

 

「っとと」

「っンメメ…!」

 

 

 何とか体勢を立て直し距離をとりなおしたアカツキ達を一体何がしたかったのかとサイトウは訝しんだ。

 

 それは再三の『まねっこ』によってその表情はさらに厳しくなる。

 『まねっこ』により模倣した『かわらわり』を振り回し突進するバイウールー。なんの変化も工夫もない攻撃の焼き増しにジムリーダーであるサイトウは溜息を吐く。チャレンジャーであるアカツキ達は己の殻を破かぬことには先へは進めない、だというのに考えなしとしか言いようのないこの行動には落胆しかなかったのだ。

 

 

「……もはやこれまで。終わらせましょうネギガナイト」

「ガナイトッ!」

 

 

 ネギガナイトの振り上げた剣が闘気を纏い、バイウールーとは比較にならない『かわらわり』を作り上げる。

 

 飛び掛かるバイウールーは頭部を振るい仮初の『かわらわり』を振るう。ネギガナイトはそれを片手で握った『かわらわり』で容易く対処してしまった。

 力関係は変わらない。最初こそ拮抗するものの『かわらわり』だがすぐさまネギガナイトが主導権を握り瞬く間に攻撃は押し返されていく。

 

 苦しげにうめくバイウールーの姿に「やはり策は無かったのか…」とサイトウが内心で溜息を吐く。

 そんなサイトウとは裏腹に、アカツキはどこか悪戯小僧を彷彿とさせる笑みを浮かべ。

 

 

「―――確かにそちらの方が何枚も上手です。でも、それならそれで使いようはある!」 

「……なにを?」

「そちらはネギの剣が一本、でもこっちは二本っ!」

 

 

 アカツキが大きく芝居がかった口調で人差し指を突きつけ、折っていた中指を起こす。一本から二本、その言葉の表すものとは。

 

 

「ぶっつけだけど頼んだぞ! もう一本の角も使って『まねっこ』!」

「ンメェェェ!!」

 

 

 後にアカツキは、「ほら、二刀流って格好いいじゃないですか」と子供のような笑顔で語ったという。

 『かわらわり』同士が衝突しせめぎ合う中、バイウールーが更なるオーラを内よりひねり出す。橙色のオーラはバイウールーに生えてあるもう一つの角に集まっていくと瞬く間に二本目の刃を形成させていく。二本目の『かわらわり』が作り出されると、つばぜり合いの力関係が一気に逆転する。

 

 

「ガガッッ!!」

「なっ、ネギガナイト!」

 

「一本で勝てないなら、二本使えばいい!!」

「ンメメメメェェ!!」

 

 

 アカツキの奇策。

 『まねっこ』で模倣した『かわらわり』が片方の角しか用いなかったことに気がついた彼は「じゃあ二本目いけるんじゃね?」と思った次第だ。出来立てほやほやで出来るかもわからない思い付きの奇策。

 だが奇策は確かに力を発揮した。

 二つの『かわらわり』がネギガナイトの『かわらわり』を押し返し形勢を逆転させている。単純な数の差とはいえそれが馬鹿にできるほど、両者に力の差は無かったのだ。

 

 

「押し切れぇぇ!」

 

 

 二つの刃に切り込まれネギガナイトのネギの剣に亀裂が走る。

 アカツキは勝利を確信し、バイウールーはあと一歩だと押し込める力を強める。このまま押し込めばいずれ剣は限界を迎えることだろう。

 

 アカツキの奇策は嵌まり彼は歓喜する。

 だが、その光景を見て歓喜したのは彼だけだったのだろうか。いいや違う、それと対面していたサイトウこそが歓喜に打ち震えていたのだから。

 

 

「(そう、そうです……そうでなくては、チャレンジャー。いいえ、アカツキ!!)」

 

 

 チャレンジャーの劣勢を切り抜ける閃きとそれに答えたポケモンの姿にサイトウの感情がさらに揺さぶられる。ジムリーダーたる彼女らが望んでいたなによりの光景、自分達を乗り越え先へと進んでいくその姿こそジムリーダーが求めていたものだ。

 

 

「(―――ああ、そういうことですか。あの胸の高鳴りは、感情の高ぶりは彼のどこから湧いてくるともわからない可能性に、ジムリーダー(わたし)が期待していたからなのですね)」

 

 

 そうして、歓喜に打ち震えたサイトウは己が鉄仮面を捨て去る。

 

 

「ネギガナイト! 『てっぺき』です!」

「―――ガ!!?」

「ええ、使うつもりはありませんでしたがチャレンジャーが示して見せたのです。なればこそ、私たちジムリーダーは全力でそれに相対しなくてはなりません!!」

 

 

 ネギガナイトは驚愕の顔でサイトウを振り返る。それは本来ならば公式戦などで使われるサイトウの持つ切り札の一つ。それを、ただの挑戦者であるアカツキに使えというのだから仕方のない反応であった。

 それに対してサイトウは「かまわん、やれ」と興奮気味に首を縦に振るっている。

 鉄の仮面と冷静な態度をかなぐり捨てた主の姿にネギガナイトは少し溜息を吐くも、次の瞬間には闘志を込めた眼に変わる。

 

 鋼の力が腕を伝い、翼を伝い、剣へとたどり着く。青々とした緑色と白を基調としていたネギの剣が光り輝き鋼の光沢を帯びていく。強度も切れ味も従来の鉄と遜色ない程であった植物の剣は鋼鉄の力を纏いさらなる頑強さと切れ味を手に入れる。

 

 

「そんなのあり!?」

「チャレンジャーアカツキ、あなたには言われたくありません!」

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 サイトウのネギガナイトが見せた剣の鋼鉄化に観客も吼える。公式戦でしか見せられないというジムリーダーの本気の一端が垣間見られたことによって興奮度がさらに高まったのだ。もはや最終バトルかと見まごうほどの興奮を見せている。

 

 

 

 盛り上がりが続く中でも二匹のせめぎあいは続く。激突は幾度の優勢と劣勢を交互し、今度こそ拮抗に入っていた。

 

 

「メ…ンメェェッ!!」

 

 

 しかし、ここにきて限界が近づいてきたのはバイウールーの方であった。どちらも二つの技を同時に行使という無茶をしているものの、バイウールーの場合は『まねっこ』で引き出した本来なら覚えることのない技の行使。それに加えてぶっつけ本番の奇策だ。消耗はそちらの方が早いに決まっている。

 対してネギガナイトの方は鍛錬してきた成果の賜物である。疲れはあるものの限界にはまだほど遠い。

 

 

「もらいました。そこです!!」

 

 

 そして『まねっこ』で模倣した『かわらわり』が限界を迎え、刃は砕けて元の角に戻る。

 叩きこまれた鋼鉄化した『かわらわり』はバイウールーの『もふもふ』の鎧すら切り裂き本体にまで辿り着き、バイウールー本体を切りつける。

 

 

「グッ、ンメェェェ!!」

 

 

 効果抜群の技が完璧に入り、今度こそバイウールーの悲鳴が響き渡る。

 『もふもふ』の鎧を切り裂きこれ以上ない程の有効打を決めたことでサイトウもネギガナイトも笑みを浮かべる。このまま『もふもふ』を切り裂き、邪魔な鎧をとっぱらい丸裸にしてやろうとまで思った。

 

 

 そこまで考え、追撃を加えるため剣を抜こうとして気がつく。…………剣がびくともしないことに。

 

 

「ガ、ガナイト?」

 

 

 ピシピシと音を立てて硬質化していくバイウールーの羊毛が光を反射する鋼の色となっていく。

 顔を上げたネギガナイトが見たのは表情筋が許す限りに釣り上げられ、自慢の羊毛を切り裂いた怨敵ネギガナイトを睨むバイウールーの姿だった。

 

 ネギガナイトは悟った、これは相手の逆鱗を踏んだのだと。

 

 

「グンメメメッェェェェェ!!!」

 

 

 悲鳴は憤怒の咆哮へと変わり、その音圧でネギガナイトの体が吹き飛ぶ。

 

 態勢を翻したバイウールーの後ろ脚が振るわれそこから『にどげり』が放たれる。肉体の飛んでいたネギガナイトは防ぐ間もなく上空に蹴り飛ばされる。体勢を立て直す暇もないネギガナイトに向けて、バイウールーの怒りの力があらん限りに込められた『しねんのずつき』が炸裂し肉体を粉砕する。

 

 

「ガガ………っガ……」

「ネギガナイト!!?」

 

 

 『しねんのずつき』を容赦なく叩きこまれついにダメージに耐え切れなくなったネギガナイトが着地もできず地面へと墜落する。

 

 

『ネギガナイト戦闘不能!バイウールーの勝ち!』

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 流れるアナウンスがネギガナイトの戦闘不能を告げ観客先はさらに盛り上がる。

 コートのアカツキはそれに対して「あちゃー」と顔を掌で抑え、ジムリーダーは変貌したバイウールーと戦闘不能となったネギガナイトをみて茫然とするのであった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「お前なぁ……いくら毛が切り裂かれたからって……」

「グメメェェェェ!!!」

「うわぁ、角を振り回すな角を!」

 

 

 怒りのままにネギガナイトを叩きのめしたバイウールーが暴れ角を振り回す。あ、やめて!ユニフォーム千切れるから!どうやら怨敵は倒したというのに未だに鬱憤が晴れない様子だ。

 

 

「それにしても『まねっこ』で『てっぺき』をコピーしてからの『にどげり』、『しねんのずつき』とはずいぶん大盤振る舞いしたもんだな、バイウールー……」

 

 

 『まねっこ』による『てっぺき』で『もふもふ』を鋼鉄化させ突き刺さっていた剣を固定し、『にどげり』でカチ上げたところに『じねんのずつき』でトドメとは何とも殺意の高い技の使い方だ。バイウールー自身、落ち着いてからは息を切らしてフーフー言っている。

 

 

「後でブラッシングと毛に良いきのみ買ってあげるから、な?」

「……ンメェ」

 

 

 自慢の毛を切られたことがそれほどショックだったのだろう。今もバッサリ斬られたお腹の部分を埋めようと毛づくろいをしている。

 バイウールーの頭を撫でながら対面するサイトウさんを見つめる。その顔からは戦いの直後からずっと変わらなかった鉄火面が剥がれ落ち、感情をのぞかせている。

 

 

「最後は流石に予想外でしたね。わたしたちもまだまだ修行が足りません」

「……ガナイトぉ……」

「まだまだわたしたちは鍛錬の半ばということです。また明日から精進しましょう」

「ッ! ガッナイト!!」

 

 

 ネギガナイトを優しく労わりボールに戻すと、サイトウさんはまたもや表情を硬くしてこちらを向いてくる。

 

 

「失礼、お見苦しいものをお見せしました」

 

 

 またも硬くなった表情。

 だがその表情は戦いの中ずっと続いていた鉄仮面のような表情からすれば幾分温かみや柔らかさを感じさえる表情だ。

 先ほどまでが戦いのサイトウさんならば、この表情こそが普段の姿なのだろうか。

 

 

「―――では、最後のバトルとしましょう」

「あ、戻った」

 

 

 それもつかの間またもや鉄火面に戻ってしまった。

 

 

「……世話しなくて済みません。わたしもジムリーダーとして、手を抜くわけにはいかないのです。」

 

 

 それに、

 

 

「それに、こちらの方が貴方もお好みなのでしょう?」

 

 

 今までは感情のない鉄仮面のようだった表情の中に、今ではトレーナー特有の戦いへの高揚と闘争心が浮かんでいる。

 ビリビリとした闘気は今までの比ではなく、それが肌にまで伝わってくる。

 

 それはついにジムリーダー・サイトウの本気を引きずり出した、ということに他ならず。

 

 

「ほら、貴方も笑っていますよ」

「―――そう、みたいですね」

 

 

 頬を触れば自らの口角も上がっていることに気がつく。

 ああ、楽しいんだと改めて思う。

 純粋な力比べも、力の差を覆そうと思考を回すことも。先ほどのような閃きから奇策をひねり出すことすら楽しくて仕方がないように思えてくる。

 

 そんな二人の闘争心と呼応するかの如く、腕に嵌めたダイマックスバンドから目を瞑りたくなるほどの閃光が走る。

 

 

「―――来たか!」

「―――来ましたね」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 

 モニター越しに見る彼の姿はどこまでも眩しく、その戦い方は尊敬する兄の影をちらつかせる。

 戦うたびに強くなり、突飛で奇抜な戦闘は観客を飽きさせない。その戦いから目が離せなくなり、一体次はどんな戦いを見せてくれるのだと引き込まれる。

 カメラがコートの中の彼を捉える。

 その顔はポケモンと出会ったほんの一か月前くらいから見るようになった顔だ。

 

 何度も戦ったし、幾度も全力でぶつかった。

 初めてのバトルではまさか打ち負かされるとは思わず、二度目のバトルは互いの出せる全力と本気の戦いだった。

 三度目、橋の上での戦いは同じポケモン同士を使い彼に一泡吹かすことができたがまたもや負けた。

 そして先日の戦いでは兄の力を示すと意気込む自分と正面から戦い、兄とは違うということを突きつけられた。

 

 そんな彼はモニターの中で満面の笑みを浮かべながら戦いを続けている。

 

 

『バイウールー、『ダイサイコ』!!!』

『カイリキー、『ダイアーク』!!!』

 

 

『ンンメメェェェェェェエ!!!』

『リィィィキィィィィイイ!!!』

 

 

 激しいぶつかり合いの衝撃はコートのみならずスタジアム全体を揺るがしている。ダイマックスならではのド派手で大迫力な戦い。腕のダイマックスバンドを見つめ、彼とコートで対面することをよく夢想する。

 

 そこには自分と彼と、後もう一人。子供の頃から隣にいる幼馴染みの三人が立っている。

 いずれ戦い、しのぎを削るのだ。そう約束し、誓いを交わした三人の中で……いつも最初に敗退するのは自分だ。

 

 彼も幼馴染みも普通の人にはない特別な才能を持っている。ポケモンの力を引き出し、ポケモンとともにあるその在り方は自分などではとても追いつけないのではないかと何度も思わせられる。特に幼馴染み、なんかあいつだけは色々とおかしいと思う。天は二物どころか三物四物与えているんじゃないのだろうか。

 

 そんな二人とオレでは釣り合わない、アニキの弟として相応しくないのでは。そう思うことも多い。

 だけど決めたのだ。二人のライバルとして、アニキの弟として。特別な彼らの背中を負うのはいったんやめだ。

 

 

「―――だから、負けんじゃないぞアカツキ…」

 

 

 コートの中で激突する二匹の巨大ポケモン。その戦いは佳境に入ろうとしていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ぐうぅぅうぅっ!!」

『グゥゥウメメェェェ…ッ!!!』

 

 

「どうしました、その程度ですかあなた方の力は!!」

『リィィィキィィィィ!!!』

 

 

 ダイマックスしたポケモン同士のバトルはいつも大迫力で大興奮で……大規模だ。

 

 

「くそっ、やっぱり分が悪いか!」

 

 

 敵はキョダイマックスしたカイリキー。あちらがダイマックス技の撃ち合いではなくその巨体で掴みかかってきたときは冷や冷やしたものだ。なんとか角で弾き飛ばし『ダイサイコ』を決めてやったのは良いが、お返しに放たれた『ダイアーク』でこちらも大ダメージを受けた。

 

 ……そう、大ダメージを受けてしまったのだ。

 バイウールーの特性『もふもふ』は大きくなってもその効力を失わない特性なのだが、ダイマックス技は全てが非接触。こちらの防御を貫通してくるのだから相性が悪すぎる。

 見上げてみればまだ一度ダイマックス技を使って受けただけだというのにバイウールーは息を切らし始めている。無理もない、不利タイプ相手に三連戦。『もふもふ』でいくらダメージを抑えようがそれを上回る勢いで疲労がのしかかっているのだ。

 

 

「(もう一発でも喰らえばバイウールーは保たない。『ダイウォール』を使わないと……)」

「カイリキー、『キョダイシンゲキ』!!」

「―――ッ! くそ、『ダイウォール』!!」

 

 

 解決方法を考える暇もなくサイトウさんとキョダイカイリキーは攻め立ててくる。

 キョダイカイリキーは腕がひび割れるほどにダイマックスエネルギーを集中させると、四本の腕を振りかざし『ダイナックル』の連打を打ち出してくる。一発一発が本物の『ダイナックル』に匹敵する拳の連打はとてもではないが今のバイウールーが耐えられるものではない。切らされる形で『ダイウォール』を使用させられてしまった。

 

 

「これであと一回ですね!」

「もう後がない! これで決めるしかない!」

 

 

 『キョダイシンゲキ』の拳を防ぎ切り、攻撃の隙が生まれたカイリキーを見てからバイウールーを見上げる。

 あと使えるダイマックス技は一回きり。

 既に布石は打ってあるが、決め切れるかどうかは不安が残る。この一撃で決められなければもう一度再戦しなければならないと考えると安全策に走りたい気持ちも湧き上がってくる。

 そこまで考えて、俺よりも先に挑戦し一発でジムを攻略していったユウリの顔が思い浮かぶ。

 

 

『まあアタシは超天才なわけだし? それと比べれば、あんた達は一回くらい負けてもしょうがないんじゃないかしら???』

 

 

「上等!! 絶対に俺達も一回で攻略して見せるさ。なあ、バイウールー!」

『ンメメメェェェェェェエ!!!』

「気合十分だな!」

 

 

 バイウールーもここで負けるつもりは毛頭ない、と巨大な体を震わせて、ラテラルタウン全域に届きそうな唸り声をあげる。

 先に打っておいた布石、それは『ダイサイコ』による“サイコフィールド”にある。あのフィールドが張ってある間、お互いは急激にスピードの上昇する技の効果を無効化されるという特殊なフィールドである。そしてもう一つの効果、それは。

 

 

「『お互いのエスパータイプの技の威力が上昇する』! これで決めるぞ、バイウールー!」

『グゥゥメェェェェェエ!!!』

「『ダイサイコ』!!!」

 

 

 バイウールーの頭部付近の空間が歪みあがる。超濃密に練り上げられたサイコエネルギーは空間に歪みを起こすのだ。

 そこから放たれた極大のサイコエネルギー派が放たれキョダイカイリキーの体を飲み込む。

 

 

「カイリキー、耐えなさい!」

『リ、リィィィキィィィィイッ!!!』

 

 

 “サイコフィールド”の力を得た効果抜群のダイマックス技にキョダイカイリキーの体が軋み上がり、立ちふさがる巨体が頼りなく見える。効果抜群のダイマックス技をそう何度も耐えることなどできない。

 

 

「いけぇぇぇぇ!!!」

『ンメメェェェェェェエ!!!』

 

「耐えろぉぉぉぉ!!!」

『リィィィィキィィィイ!!!』

 

 

 ダイマックスポケモンのぶつかりで床がめくれ上がりヒビが走る。

 キョダイカイリキーを苦しめるサイコエネルギー波が一部が逸れ、観客席の方へと飛んでいく。それは観客席付近の障壁に阻まれる、霧散していく。それが観客たちの興奮をさらに加速させる。

 

 ぶつかったサイコエネルギー波が大爆発を起こしコート全体が爆風と煙に包まれる。その爆発で俺の体は吹き飛びゴロゴロと転がっていく。

 

 

「いつつ……っ、カイリキーは!?」

 

 

 すぐさまに立ち上がり爆発の煙が視界を覆う中、それをかき分ける。頭の上からはダイマックスしたポケモンのうめき声が聞こえてくる、それがバイウールーのものなのかカイリキーのものなのかわからず不安を加速させる。

 空調設備が働き視界を覆う煙がスタジアムの天井に吸い込まれ、段々と霧が晴れていく。

 霧が晴れ、明瞭になった視界に入ってきたものは。

 

 

「―――はぁはぁはぁ。耐え、ましたよ……」

『リ、リィィキ、キィィ………!』

 

「っはは、まじかぁ……」

 

 

 膝をつき、呼吸を乱しながらもダイマックスを維持したままのカイリキーがそこには残っていた。上を見上げてみればバイウールーは全ての力を使い果たしたようでゼーハーと先ほど以上に荒い息を吐いている。

 

 もはや、打てる手はない。 

 

 

「決めます、『キョダイシンゲキ』!!」

『リイィィィィキィィィィイ!!!』

 

 

 キョダイカイリキーの拳が振り上げられ、直後に『ダイナックル』と見まごう拳の嵐がバイウールーを襲う。

 ダイマックスエネルギーの塊であるダイマックス技は『もふもふ』の鎧をものともせずに直撃し、爆発する。効果抜群の攻撃の嵐と爆発に飲み込まれバイウールーの体がどんどんと見えなくなっていく。

 

 バイウールーの鳴き声が響き渡り、一秒でも早く目を逸らしたい気持ちに包まれる。だけど……ここで目を背けることはポケモンへの最大の侮辱だと思った俺は最期まで目を背けることは無った。

 

 最後の拳が直撃し大爆発を引き起こす。

 すべてのダイマックスエネルギーを使い終えたところでキョダイマックスカイリキーの体が急激にしぼんでいき、見慣れた人間サイズの大きさへと戻っていく。バイウールーの方も、最後の大爆発とともに体からダイマックスエネルギーが抜け小さくなっていった。

 

 

 

 

 それはどこか晴れやかな気持ちだった。

 そういえば今までユウリやカブさんに負けたことはあったがそれ以外ではあまり負けたことが無かったな、と今更ながらに振り返る。ユウリの時はまだ初心者で、カブさんの時は途中で戦意を喪失していた。ビート?あれは実質相討ちで、そのあと勝って一勝一分で俺の勝ち越しだから。

 だからだろうか。全力を振り絞り負けた時はこんなにも晴れやかな気持ちになるのだと初めて知った。

 

 

 ………いや、嘘である。悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!

 今、すごく悔しい。身が裂かれそうなほど悔しい。こんな大勢の前で負けたこと、ジムリーダーとはいえ自分とそう歳の離れていない相手に負けたこと。そして、なによりポケモンを勝たせてあげられなかったのが、一番悔しい。

 何とか……涙は流さなかった。偉いと思う。だって俺、まだ12歳だからね?偉いよね、母さん。

 

 

 

 何とか気持ちの整理をつけたところで、爆発の煙が随分と薄くなっていることに気がつく。

 爆発の中心地には、倒れたバイウールーがいる。そんな当たり前の光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ン、メェェ……」

 

 

 思い描いていた。

 

 

「―――バ、バイウールー……?」

「そんな、ありえない!!?」

 

 

 爆発の中心地で、バイウールーは確かに生き残っていた。

 あれだけ大切にしていた毛は爆発によって多くが消失し、残っている部分も焦げて真っ黒になっている。

 

 それでも、そこに立っていたのだ。

 

 

「な、なんで……」

 

 

 今までの経験からしても耐えられるはずがない。お前ももう十分頑張ったじゃないか。

 

 

「なのに……どう、して」

 

 

 そんなことを考え、減りに減ったバイウールーの体毛の中でキラリとなにかが光り、シャリン♪と聞き心地のいい音が鳴った。

 

 

「………あ」

 

 

 それはウールーだったころから彼の首にかけていた『やすらぎのすず』。

 『やすらぎのすず』はポケモンの気持ちを安らがせトレーナーとの仲を促進させる、と言われている。

 

 

 

 

『バイウールーは アカツキを悲しませまいと もちこたえた』

 

 

 

 

 よく懐いたポケモンは、奇跡を起こすという。

 

 

「グッ……ンメメェェェ!!!!!」

 

 

 ダイマックス技を耐えきったバイウールーが咆哮する。その両眼に俺の姿が納めているのがわかった。

 バイウールーの眼の中に顔を歪ませ今にも泣きそうになっている男の姿を見つけた。誰だ?俺だ。全然隠せてないじゃないか、馬鹿。

 

 熱くなった目頭を腕でこすって拭くと、目の周りには少し赤みとかゆみが残る。

 それでもなんとか、落ち着いて周りを見ることができるようになった。

 

 視線の先には全身黒くなったバイウールーと、ダメージの影響で膝をついたカイリキーの姿があった。その先のサイトウさんを見れば、目を見開いて驚いている。

 今だ、今しかない。

 バイウールーも瀕死一歩手前、カイリキーも一撃で倒れそうなほど消耗している。だとするなら。

 

 

「「先に攻撃を当てた方が勝ち!!!」」

 

 

 サイトウさんと俺の言葉が被る。どちらも口角を上げているのがよくわかった。

 あと一撃を当てれば勝ち、だとするなら。

 

 

「バイウールー、『にどげり』!」

「カイリキー、『ダブルチョップ』!」

 

 

 先に当てるか、手数の多い方が勝つ!!

 

 

「って、カイリキー腕四本あるじゃん!ずっる!」

 

 

 バイウールーが突撃するのもつかの間衝撃の事実を思い出した。

 

 

「まってバイウールー、カムバーーーーック!!」

 

 

 手数勝負という無謀な戦いに突撃していくバイウールーを止めることはできない。

 四本の腕から『ダブルチョップ』(大嘘、四回攻撃だぞ)を使用したカイリキーはそのうちの一本でも当たれば勝ちとなる。それに対してこちらは『にどげり』の内の一発が当たれば勝ち、数の差は倍だ。勝てるか…っ!こんな勝負…っ!

 

 無情にも振り下ろされたカイリキーの四腕、その一つである左上の腕がバイウールーの体を狙って真っすぐ振り下ろされる。

 それをバイウールーは左に避けるステップで回避する。

 

 

「それは、囮です!」

 

 

 左に避けたバイウールーに次は左下の腕が襲い掛かる。左上の腕よりもさらに左側から伸びた腕は横なぎに振られステップしたバイウールーの体を捉えようとする。

 

 

「ンッメェ!!」

 

 

 バイウールーは左下の腕に対して『にどげり』の一つを使用して右後ろ脚で腕を弾く。だが無茶な体勢で迎撃をしたせいでバランスが崩れる。そこにめがけて右上の腕が振り下ろされる。

 

 

「右上だっ!!」

「ッ! ンメェ!!」

 

 

 バイウールーは崩れた体勢を敢えて崩すことで体を回転させ、右上から降ってきた攻撃を左後ろ足で弾き飛ばす。

 

 

「―――ですが、これで打ち止めですね」

 

 

 そして残った右下の腕が全ての手を使い切ったバイウールーの体を貫こうと一直線に向かう。手刀、ともいえる形はカイリキーの筋力をもってすれば確かに刀のような切れ味を持つことだろう。

 宙を回転しながら迎撃したバイウールーの体に最後の手刀がまっすぐめり込む。

 黒く焦げた体毛は普段のような防御力を発揮するには至らず、攻撃の当たったところからボロボロと崩れ落ちていく。やはり判断を誤ったか、と悔やむがもう遅い。

 

 ボロボロと零れ落ちる羊毛。果たしてバイウールーの本体とはどんな体積をしているのだろう。

 ズポッ、という間抜けな音を立ててカイリキーの腕がバイウールーの体を貫通して向こう側から出てきた………あれ?

 

 

「もしかして……」

「羊毛に誤魔化されて本体に当たりませんでしたか……」

 

 

 バイウールーの体を包み込む羊毛は厳密にいえば本体ではない。髪の毛を切断したところで頭部まで切れることは無いように、カイリキーの手刀は膨大な体積を誇るバイウールーの体毛だけを切り裂いたのだ。

 切れた端からボロボロと零れ落ちていく自分の体毛を見ながらバイウールーは悲しみの涙を流す。そして悲しみの感情は思念の力を生み出す。“サイコフィールド”の力を吸い上げたバイウールーは、悲しみから得た力とともに高らかに叫ぶ。

 

 

「『しねんのずつき』!!」

「ンメェェェェェェ!!!」

 

 すべての腕を使い切り無防備となったカイリキーの腹部に『しねんのずつき』がめり込む。体を吹き飛ばすほどの力のない弱い弱い一撃だった。

 それでも、ぐらりと体が揺れる。重厚な音とともに倒れたカイリキーの姿だけは、本物であった。

 

 

『カイリキー戦闘不能。よって、勝者チャレンジャー・アカツキ!!!』

 

 

 




にまんじ!!!!!


………馬鹿かな?


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56、戦いのあとの幕間

今回は繋ぎ回です。短いです。
あとリアルが忙しいので一週間くらいは投稿できないと思います。すいません。


 四番目のジム戦が終わりを迎えた。

 胸のうちに湧いていた戦いの熱気が一秒ごとに静まっていく感覚を覚える。また、それとは対照的に観客席側の熱気は収まる気配がないというのがなんだか不思議な気分だ。

 

 戦いを終え、カイリキーの横に倒れ込んだバイウールーの下へ向かい体を起こす。少なくなってしまった体毛は、それだけでダイマックスバトルの激しさを物語っていた。

 

 

「今回は……本当にありがとう」

「ンメ……ゥンメェ……」

「ああ。今日はカレーにしよう。だから、今は体を休めておいてくれ」

 

 

 とびきりのカレーを作っておくさ、と胸を叩くとバイウールーは期待に満ちた顔でボールに戻っていった。これは期待に応えないとトレーナー失格だな。

 

 バイウールーのボールを腰に戻すと、ちょうどサイトウさんもカイリキーを戻したところであった。

 サイトウさんの顔からは感情の機微を遮る鉄仮面が剥がれ落ち、穏やかさな表情が顔をのぞかせている。戦っている時の、あの冷たくも勇ましい表情と比べると本当に別人かと思うほどだ。

 

 

「ありがとうございました。とても……ええ、とても良い戦いでした」

「こちらこそ。サイトウさんには胸を貸してもらった気分です」

 

 

 サイトウさんの差し出した手を握る。

 自分よりも背の高い女性を見上げる形で握ったその手は、「流石武道家だ」と思えるほど生命力に満ちていた。触れているだけでそこから力が流れてくるのではないかと錯覚するほどのパワーがこの人の身には溢れている。

 度重なる鍛錬の痕が残るその手は、しかし女性的な柔らかさも失っていない。なんだか不思議な感触だ。

 

 

「手合わせをして分かりました。貴方達との立ち合いで、わたし……思わず心躍っていたようです」

「俺も楽しかったです。どのポケモンもとても強くて、特にネギガナイトは強敵でした!」

「ふふっ、そう言っていただけるときっとこの子も喜んでいます」

 

 

 そうするとサイトウさんはどこか遠い目をしたような表情で心中を吐露する。

 

 

「わたし、今まではポケモン勝負は騒いだり慌てたりしてはいけないものだとばかり思っていました。わたしの動揺はポケモンに伝わり、その動揺は隙を生む。」

 

「武道家として、小さい頃より心だけは乱すなと教えてこられましたから。」

 

「ですが今日のバトルを通して痛感しました。」

 

「騒がないのが勝負であるなら、楽しむこともまた勝負なのですね。」

 

「武道家とジムリーダーは似ているが違うもの。今更になって気がつきました。」

 

 

 その話をするサイトウさんの瞳がどこを見ていたのか、俺にはわからなかった。ガラルの名を背負うジムリーダーとただのジムチャレンジャーでは立っている場所も見えているものも違いすぎる。

 それでも、俺に言えることがあるとすれば。

 

 

「また、バトルをしましょう。今度はもっとサイトウさんを楽しませられるバトルを」

 

 

「―――ええ、お待ちしています。」

「それでは、このかくとうバッジをお受け取りください!!」

 

 

 かくとうバッジ。

 サイトウさんがユニフォームのポケットからだしたそれを、俺は受け取る。そして同じくポケットから取り出したバッジリングの左下のくぼみにはめ込んだ。

 

 

「これで四つ目……やっと半分か」

 

 

 長かったような短かったような。それでもひとまずは、ここまでやってこれた。

 だったら、行くところまで行って、やれるところまでやってやるしかない。

 

 

「これからも様々な出会いと試合があるでしょう。」

 

「どうか、それらすべてがあなたたちの糧となりますように。」

 

 

 サイトウさんの言葉に締めくくられて、俺の四番目のジムチャレンジが終了するのであった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「アカツキ選手、今のご感想は!!?」

 

「やっぱり二刀流って最高だなって思いました。」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ドカッと音が鳴り、勢いをつけて座ったソファーがその柔軟性をいかんなく発揮し体を包み込む。片手に持った炭酸飲料が衝撃で揺れ、容器の中でシュワシュワという音を立てて暴れはじめる。俺はそれを躊躇いなく開封し、プシュという大層な音を立てて開いた容器の口から液体がこぼれる前に口に運ぶ。

 

 

「ぷはー! 戦いの後の『サイコソーダ』は最高だ!!」

 

 

 超激ウマギャグ()と共に喉を滑っていった甘く泡立つ炭酸飲料によって疲弊した脳と肉体が癒されていく。甘味は疲労した肉体を、勢いよく泡立つ炭酸の心地は精神を。

 この快感は平時に飲む『サイコソーダ』とはわけが違う。肉体と精神を極限まで酷使した先でのみ味わうことができる味の地平線。俺は今、その領域に足を踏み入れたのだ。

 

 

「まあ大層なことを言ってるけど、疲れた時の飲み物は美味しいってだけの話なんだけどね」

 

 

 『サイコソーダ』の入ったガラスの容器を傾け中身を呷る。一口目が「至高」なら、二口目は精々「めっちゃおいしい」くらいだ。評価度の知性(インテリジェンス)がぐんと低下したのがわかる。

 

 

「だがここでは終わらない。ここで炭酸飲料に合うきのみをドーン!!」

 

 

 カバンから取り出したるは先ほど市場で買ったばかりの新鮮なモモンのみとヒメリのみ。

 これらを絞って果汁にした後、使い捨ての紙コップに注ぐ。そしてそこに『サイコソーダ』を注ぐ!!

 

 

「これぞ『味変化の術』。くくく、我が知性(インテリジェンス)は誠に恐ろしきかな……っ!」

 

 

 ガハハハ!!!

 美味い!美味いぞ!!モモンのみフレーバーの『サイコソーダ』とヒメリのみフレーバーの『サイコソーダ』。一粒で二度美味しいとはこのこと!まあ一粒はきのみじゃなくて『サイコソーダ』の方なんだけどね!!

 

 

(サイコソーダ)っ!! 飲まずにはいられない!!!」

 

 

 ポケモンセンターのイートインスペースで大声を上げながら勝利の美酒に酔う。

 そんなアカツキの姿がネットに公開され、一躍『打ち上げのヤベー奴』の称号を手に入れるのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

「何故だ、納得いかないっっ!!?」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 正気に戻った俺はそそくさと後片付けを済ませもう一度ソファーに腰を落ち着ける。先ほどまでの俺はどうかしていたようだ、人間の感情の高ぶりとはげに恐ろしきかな。

 

 

「それにしても、こいつらがすぐに元気になってよかった」

 

 

 今もらってきたばかりの六つのモンスターボールを撫で、今日の激戦を振り返る。

 本当に勝てたのが不思議なくらいの激戦だった。タイプ相性を用意にひっくり返すポケモン達の強さに、サイトウさんの冷静で的確な指示が合わさればあれほど恐ろしいこともない。

 

 そんなことを考えながら、今日のジムチャレンジを振り返る。

 

 

 

 チャレンジミッション。

 糞の一言、二度とやりたくない。

 

 ジム戦。

 楽しかった、もう一回戦いたいくらいだ。

 

 

 

 はい、反省会終わり!!!

 

 

「よーし、頑張った皆のために買い出しに出かけますかね!」

 

 

 落ち着けたばかりの腰を起こし、大きく背伸びをする。

 さあ、約束した通り祝勝会用のカレーの買い出しに出かけるためポケモンセンターを後にする。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「さんきゅーな、アオガラス」

「アァガァ!」

 

 

 アオガラスが両足で掴んでいる手提げカバンを受け取り、中身をカバンの中に入れていく。

 軽いおつかい程度ならばやってくれるアオガラスの知能の高さ様様だ。

 

 

「さて、これできのみと野菜もそろったと」

 

 

 カレー用の材料が買い揃ってきたところで、そろそろ午後の三時。

 午前中がジムミッションで慌ただしかった分、午後は流れていく時間が遅いようにも感じる。大市は毎日のように店が入れ替わったりしているがそれでも初日にユウリと散々回ったこともあってそこまで興味を惹かれない。

 

 

「――よし、アオガラス。おやつ食べにいこうぜ」

「ガァガァ!!」

 

 

 おつかいを引き受けてくれたアオガラスだけにご褒美だ、そういうと嬉しそうに鳴くアオガラスの姿にやはりうちのメンツは食いしん坊なんだろうかと勘繰ってしまう。

 

 しばらくして一心地つけられるところを見つけると、近くにアイスクリームの屋台があった。日差しが強くて乾燥したこのラテラルタウンでアイスクリームとはニクイ商売だ、もってけ700円!

 

 

「――ん。流石にモーモーミルクを使ってあるだけ美味いな」

「ガァァ~」

 

 

 ベンチに腰掛けた俺達はアイスクリームに舌鼓を打つ。

 モーモーミルクから作られた濃厚な甘味が口いっぱいに広がり、乾燥した空気のせいで乾いた喉に潤いが舞い戻ってくる。ちらりと横に腰掛けたアオガラスを見てみればポケモン用の容器に入ったアイスクリームを嘴で器用に突っつきながら食べている。

 

 美味いか?と聞いてみれば羽を広げて満足を伝えてくるその姿に俺も満足。広げた羽が右腕に当たった、痛い。

 

 アオガラスは夢中でアイスクリームにパクつき、俺は大市の賑わいを遠目に眺め考え事をしながら食べているとあっという間に平らげてしまった。

 無くなってしまったアイスクリームを惜しみつつ残ったコーンを口に振り込む。甘さ控えめなコーンは後味が残らなくて好きだ。

 

 

 横目でアオガラスを見る。

 旅をしたことでいくらか察しが良くなった気がする。

 今の手持ちなんて6体もいる、ロコンも入れれば7体だ。ポケモンに接する機会がぐんと増えた分、自然な変化ともいえる。

 

 そして俺は、口を開く。

 

 

「……アオガラス。なにか無理してないか?」

 

 

 。

 

 

「……………」

 

 

 アオガラスは夢中でパクついていたアイスクリームから嘴を外す。じっと見つめる俺の顔を見て、アオガラスは自分が強がっていたことが見抜かれたのだと察したようだ。それから空を見上げたと思うと、空を羽ばたいていく鳥ポケモンが見えた。大空を羽ばたいて行く黒い影はアオガラスの同類だ。

 

 しばらく空を見つめていたアオガラスは、突如として翼を広げるとその背中を追うように空へと飛んで行く。

 飛んでいくアオガラスを見つめることしかできなかった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 大空はどこまでも広がる我らの故郷。

 そして我は誇り高きガラルの覇者となりいずれ空に君臨するもの、アオガラスである。

 今はもろもろ考え事に耽るため大空を飛んでいる最中だ。

 

 大空は良い、地上の喧騒を忘れることができる。

 考え事をするには……ちょうどいい。

 

 

 

 

 此度のジムチャレンジ、先鋒を任された我は何もできずに敗退した。

 

 タイプ上の相性では空を有する我が地上で腕を振るう相手に対して圧倒的に有利であったにもかかわらず……だ。

 

 我はなにも出来ず、なにも残せなかった。

 

 後ろに控えていた仲間たちのためにただの一撃を与えることすらできなかったのだ。

 

 

 

 

 その後、治療所で目覚めてから思い知った。

 

 我らの中で最も強いジメレオンは強敵と戦い、相手を戦闘不能一歩手前にまで追い込んだのだと。

 

 まだ実戦経験の浅いヒトモシですら相手を引き分けにまで持ち込んだという。

 

 そして……バイウールーの奴などは相性の不利を覆し三体を相手取り勝利を収めた。

 

 

 

 

 それに比べて我はなにをした。

 相手を侮り、油断し、なにも残せぬまま地に墜とされ無様を晒した。まだ弱かったあの頃と比べれば随分と力はついたはずだというのに、これでは何ら成長をしていない。これでは空の覇者など夢のまた夢だ。

 

 そんな考え事に耽っていると目の前に先ほどの同胞の姿が見えた。

 きっとまだ進化して間もないのだろう。飛んでいるスピードは我と比べればかなり遅く、本気になれば一息で追い抜いてしまえそうだ。

 

 だというのに、その自由な翼をどうしても追い抜くことができなかった。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 しばらくして、アオガラスが空から戻ってくる。その姿は飛んでいった前よりも酷く小さく見える。

 アイスクリームもすっかり溶けて元の形を失ってしまっていた。

 

 

 この意気消沈した様子から、きっと今日のジムチャレンジに関わることだろうと何となく察した。

 

 俺はトレーナーとして、しっかりとこいつに伝えなければならない。

 

 意を決して、

 

 

「あのな、アオガラs―――」

 

 

 

 

 

 

ドカーーーーーーーーーーン!!!

 

 

 

 

 破壊を伴う轟音によって、ラテラルタウンの平穏は打ち壊される。

 

 




ビート君の革新的ねがいぼし掘りをご照覧あれ!!!(まだ何にも考えていない)


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57、馬鹿野郎 vsビート

ダンまち三期面白いですね、思わず原作全巻買って更新が途絶えちまったぜ(責任転嫁)

僕はかわいい女の子も大好きですが、糞でか感情を向け合う男のライバルも大好きです。いいですよね終生のライバル、ダンまちのメインヒロインこと牛くんとかジャガーくんは大好物でした。


「ハァ、ハァ……」

 

 息を切らしながら階段を駆け上がっていく。一段上がるごとに薄くなる空気に、必然的に呼吸の回数が増えていく。

 目指す頂上からは時折何かが爆発するような轟音が響き渡り、一体何が巻き起こっているのかと不安が掻き立てられる。

 

「ソニアさんっ! 頂上まであとどれくらいですか!?」

「い、今登っているこの階段で最後よ!」

「了解っ!」

 

 同じく隣で階段を駆け上がるユウリと顔を見合わせ、さらなる力を足腰に加える。

 ゴールの見えた俺達が取る選択肢などいつも一つ。

 

「「俺が/あたしが先に辿りつくっ!」」

 

「ちょ、アカツキ君達はやっ―――――!」

 

 遠く後方にいたソニアさんの声がさらに遠くなっていくのを感じる。

 俺達の視線は階段の行きつく先ばかりを注視していた。

 

 

 

 俺達が向かっているのはラテラルタウン最大の名所といわれる古代の遺跡。

 それはラテラルジムの裏手に位置し、高い高い階段を登り終えた先にある。

 かつて俺達が見たターフタウンにある巨大な『地上絵』、それと双璧を成す謎多き古代遺跡の一つ。

 

 ラテラルタウンの『壁画』

 

 連日観光客が訪れ、あまりの芸術性の高さから「芸術すぎる壁画」ともいわれる観光名所。

 だが俺達がこうして息を切らして『壁画』を目指しているのはなにも観光のためだからではない。

 

 

 

 町に響き渡った轟音を聞きつけた俺はすぐさまその場を離れ、音のした北の方角へと向かった。

 たどり着いたのはラテラルジム。

 そこで目にしたのは人が人を押し退け、我先にと押し寄せる人の波であった。突然起きた謎の音と衝撃に町の観光に来ていた人、ジムチャレンジに参加・観戦に来ていた人は震え上がる。そして巻き起こった未曽有の人害ともいえる事態に対して、真っ先にそれらを鎮めたのはジムリーダーのサイトウさんだった。

 

 落ち着き払ったジムリーダーの声は人々の混乱を鎮め、迅速な対応を魅せる優秀なリーグスタッフやジムトレーナー達の誘導は人々の不安は少しずつ払拭させていた。

 とはいえ、それも標となるべきサイトウさんが一番に立って指揮を執ってこその収束だ。一番の実力を持つ彼女が居なくなってはそれこそ事態の巻き直しとなる。一刻も早い事態の究明を行うにはどうしても人手が足りない。

 

 そこで俺とユウリが協力を申し出たのだ。

 どちらも既にラテラルジムを攻略し、手が空いているフリーのポケモントレーナー。事態を確認して戻ってくるくらいの力はあります、と強く訴えかけた。

 最初は難色を示していたサイトウさんであったが手が足りないのも事実、最終的には協力を許してくれた。

 

『本来ならば貴方達も我々が守るべき一般市民です。ですが、この一時だけ……この町を任されたジムリーダーのわたしに、貴方達の力を貸していただきたい』

『はい。それが、この町で俺達がもらったものへの恩返しになるのなら』

『あたしもこの埃っぽいけど熱気にあふれた町が好きになっちゃいました。その町に危険が迫っているって言うなら、いくらでも手を貸します』

 

 こちらから協力を申し出たというのにサイトウさんは年下の自分達に深々と頭を下げる。それほど年の差があるわけでもないというのに、威厳と責任感に溢れた彼女の姿を見ると自然と俺達は素直な気持ちを吐露していた。

 たった数日過ごしただけだがこの町の活気や市場には沢山お世話になった。それを返せるのは今を置いて他にない。

 

『オレが行けないのは悔しいけど、二人とも頼んだぞ』

 

 未だジムチャレンジを突破していないホップは少し複雑そうな顔をしていたが、数日前と比べれば随分と良くなった顔色で俺達を送り出してくれた。

 

『うん、ホップのジムチャレンジが早く再開できるようにさくっと解決してくるよ!』

『アタシ達がいればこんな事件ちょちょいのチョイね、サイコソーダでも飲みながら待ってなさい!』

『ぐびっ(おいしいみず)』

『ずずっ(スープカレー)』

『飲んでる場合じゃないでしょっ!!』バシン

『りっ、理不尽!!?』

『あぁっ!?俺のスープカレーが!?』

 

 その後、二人でユウリに対する文句を言い合っていたらユウリの剛腕から放たれたアイアンクローで宙に吊られた……同年代の男児二人を片手で軽々と持ち上げるそのパワーにサイトウさんは目を輝かせていた。たすけて(震え声)

 

『『じゃあ、行ってきます!』』

『二人ともー、気をつけてなー!』

 

 痛みがじんじんと残るこめかみを抑えながら、俺達は長い長い階段を登り始めるのだった。

 

『なんでぇ!!? どうしてラテラルタウンの『壁画』を調べに来たらこんなことになるのよー!?』

 

 ついでにそこら辺を歩いていた博士の助手(自称)のソニアさんも捕獲したので三人で行くことになった。

 なんだか後ろで『ダンデ君もいないのに事件に巻き込まれるなんておかしいー!!』と叫んでいたソニアさんの台詞は聞かないことにした。一体なにしてたんだダンデさん……

 

 

 

 などと言っていたのは先の昔。

 『壁画』へと続く長い長い階段の最後の一段を蹴り飛ばして着地する。

 

「はぁはぁ……つ、疲れた」

「さ、流石のアタシでもこれはきっつい」

 

 ようやく頂上にたどり着いた。

 推定五百段。

 普通の建物が折り返し含めて二十五段くらいらしいので単純計算で二十階建てを一気に登ってしまったようだ。

 

「あ、ロープウェイ……」

「ちくしょうっ!」

 

 リーグスタッフの話も聞かず、若さのエネルギーが赴くままに目先の階段に爆走したことを後悔する。それも後の祭り、階段を登って発生した熱は体の内々に溜まって中々ひいてはくれない。

 切れた息を整えつつ周囲を見渡していると、またしても奥の方から耳をつんざくような轟音が響き渡る。

 

 

バゴォォォン!!!!!

 

 

 激しい音とともに衝撃波が駆け抜け、頭のニット帽があわや飛んで行ってしまうという寸前慌てて手で押さえる。ユウリもベレー帽を抑える。

 このような衝撃波すら発生させるこの事件、一体奥では何が起こっているのか。

 

「行こう、ユウリ!」

「ええっ!」

 

 ソニアさんを待つことなく、ユウリとともにさらに奥へと足を進めた。

 

 ―――――と、そこで待っていた驚くべき人物の姿を視界にとらえた途端、俺はこの事件の全容が何となく読めてしまった。

 それが無性に悔しくて、裏切られたような気分になって。だけど、府に落ちてしまうという嫌な納得感もあって。

 

 誰もが退去したはずの『壁画』の前に男がいる。両手を広げこちらに背を向ける姿は、まるでステージに立つ司会役が身振り手振りでこれから始める劇の始まりを伝えているかのような仰々しさであった。

 そんな男の姿を見た瞬間ここに来るまで抱いていた使命感や強壮感は吹き飛び、走りだし。

 

「さあ、ダイオウドウ! あなたも委員長のポケモンであるならば『ねがいぼし』を採掘できることを心の底からよろこ――――」

「――――なにやっとんじゃ我ァ!!!」

「ゴブゥゥウゥゥゥウ!!!??」

 

 男の背中に飛び蹴りを炸裂させていた。

 男児一人分の体重を乗せた飛び蹴りは深々と男の背中にめり込み、馬鹿みたいに大きく腕を開いていた男は飛べないムックルの様に腕をはためかせながら吹き飛んでいった。途中で態勢の取れなくなった男は顔面を地面にこすりつけながらズザザザザと滑っていった。

 

 その様子を見ていると、心にわだかまっていたモヤモヤとした嫌な気持ちがささやかながら祓われていく。

 あぁ善行(良い事)したな。

 

「――――悪は滅びた」

「だ、誰ですか!!? 人の背中に突然飛び蹴りを食らわせるなど非常識なっ!!」

 

 滅びた悪は蘇ってきた。ちぇ、大人しく黄泉に旅立てばよかったものを。

 復活したもこもこピンクは顔面グロ画像となりながら起き上がる。

 

「誰かと思えば…相変わらず貴方はぼくの行く先々に現れますね。ぼくのファンなのですか?」

「ショッキングピンクもこもこアフロにファンなんているわけないだろ。夢見んな」

「おっと? これは普段温厚で通しているぼくも頭の欠陥が切れてしまいそうですよ?」

「誰が温厚だ。温厚だって言うなら今のこの状況を説明して見ろ」

 

 辺りを見回すと、周囲には瓦礫と思わしき岩片がいたる所に転がっている。まるで工事現場で採掘作業をしている最中の様に荒れた今のこの場所を見て、数十分前まで観光名所として人がにぎわっていたなどと誰が思い至るであろうか。

 …………正直今の俺は怒っていた。

 

「ほら、何か、あるんだろ。ここをこんなに滅茶苦茶にして、関係のない人たちまで危険に晒した理由ってやつが」

 

 理由などとうにアタリがついているというのに、実際に本人から聞くまではどこか彼のことを信じようとしている自分がいる。

 流石にビートでもこんな真似はしないだろう。そんな風に考え、ビートの後方で未だ起こっている凶行から目を背けて更なる追及を続ける。

 

「たまたまここに居ただけとか、新しく捕まえたポケモンが言うことを聞かなくて暴れはじめたとか。そんなどうしようもない理由が――――」

 

「――――委員長のために『ねがいぼし』を集める。ただそのためだけですよ。それ以上に優先されるべき事柄がありますか?」

 

「―――――――、」

 

 そして男は、言った。

 認めたのだ。今もなお休むことなく破壊が巻き散らかされている状況で、ガラル地方の宝とまで言われている『壁画』が一秒ごとに壊されているというのに、そのことになんの感傷も抱いていない。

 

「この『壁画』の奥には未だかつて感じたことのない『ねがいぼし』の力が眠っています。この『ねがいぼし』を回収し、持ちかえれば委員長はさらに僕のことを認めてくれることでしょう」

 

 破壊の光景すら映っておらず、キラキラと光るビートの眼にはここにはいないローズ委員長の姿が浮かんでいる。その姿を見て、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「ああ、それとも君がこの場所に来たのは『ねがいぼし』を回収して今からでも委員長に気に入られようという算段ですか? ですが残念、ここにある『ねがいぼし』は僕が全て回収させてもらいます。そのためにわざわざオリーヴさんから委員長のダイオウd――――」

「うるさい」

 

 その一言で、辺りがシンと静まりかえる感覚を覚える。不思議と、先ほどまでガンガンと響いていた破壊の音すら今では遠く感じる。

 ぐつぐつと渦巻いていた感情の一切が臨界点を超えて逆に冷え込んでいくような感じがした。

 

 ぐっと拳を握りこみビートを睨み付ける。ビートは話を断ち切られたことに目を丸くしたが、それだけだった。

 

「ふん、まあ良いでしょう。丁度いいですし、貴方との腐れ縁もこれで終わりにしてあげましょう」

 

 少し不満そうなビートが腰のホルスターに付いたスーパーボールを取り出す。

 溜まりに溜まった感情は今にも爆発してしまいそうだが、なんとか飲み下してモンスターボールを手にする。

 

「馬鹿は死んでも治らない……でも、力いっぱいぶっ叩けば直るかもな!」

「今さら自己紹介ですかっっ!」

「お前のことだよ、馬鹿ビートッ!!」

「このエリートに向かってなんという侮辱、後悔させてあげます!!」

 

 トレーナー同士の目と目があえば、ポケモンバトル。

 

 

 

ライバル の ビートに 勝負を挑んだ!!!

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 目の前で巻き起こる三文芝居の青春ストーリーを見ながら彼女は溜息を吐く。

 

 二年来の友人は主犯のもこもこピンクの姿を見た途端走り去ってしまった。

 現在もその主犯に頭がいっぱいのようで、今なお『壁画』を破壊し続けているポケモンの方には意識が向いていない様子だ。

 

 基本は内向的で常識人ぶる癖をして暴走すると周りが見えなくなるアカツキ。

 いつもは外交的でのほほんとしているくせに落ち込むと際限なく内に引きこもるホップ。

 

 似ていないのに、正反対なのにどこまでも似た者同士だ。

 どちらも手がかかるという部分で。

 

「仕方ないわね、こっちの方はアタシが何とかしてあげましょうか」

 

 長めの息を一度吐き、彼女は意識をぱちりと切り替える。

 彼女が向き合うは鋼鉄の巨象。一撃一撃の破壊力はクレーン車にも匹敵する。野生ではない、明らかに鍛え上げられたポケモンだ。

 

「いくわよ、サルちゃん!」

「バチチッキー!」

 

 ボールから飛び出したバチンキーは両手に持つ二本の棒叩いて自らを鼓舞する。

 そのまま主人の意思を汲み取ったバチンキーは、二本の棒切れを構えたまま敵に疾走する。

 

 その姿を視界の端に捉えたダイオウドウは、しかし歯牙にもかけず『壁画』の破壊を続ける。己が鋼の肉体に絶対の自信を持ち合わせているからこその慢心なのだろう。

 

 やがて大きく跳躍したバチンキーは鋼鉄にも等しい頑強な肌に向けて、二本の棒を大きく振りかぶる。

 木でできた棒切れなど簡単にへし折れてしまう、そんな誰もが思い浮かべる凡庸な結末を。

 

 

ボゴォォォオンッ!!!

 

 

「パオッッ!!?」

 

 

 粉々に打ち砕き、ダイオウドウの巨体を揺るがせる。

 揺れる自身の巨躯、二本の棒が叩きつけられた場所からはジンジン衝撃が響いてくる。そのことにダイオウドウは驚愕する。こんな見るからにひ弱そうな小さき者が己が巨体を揺るがしたのか、と思わず顔を向けるほどであった。

 

「あちゃー、今ので体を揺らすだけか。これは中々骨が折れる戦いになりそうね」

「バチキッキ!」

 

 バチンキーの渾身の一撃は大きな損害を与えるに至らず。

 それでも『壁画』の破壊に専念していたはずのダイオウドウが身を翻し、外敵の排除に指針を変えさせるには十二分なことだった。

 

「委員長のポケモンだか何だか知らないけど、所詮はチャンピオンを諦めたポケモンでしょ。なら、未来のチャンピオンであるアタシの敵じゃないわね!」

 

「パオォォォォォンンンッ!!!」

 

 コキコキと手首の骨を鳴らし、拳を打ち鳴らす。

 傲岸にして不遜なる挑戦者は、かくして思い切り相手の地雷を踏んずけながらも、自分の負けを微塵たりとも想像していないのであった。 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ダブラン、『サイケこうせん』!!」

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

 

 二匹のポケモンが放ったサイコパワーと波動が激突しあう。

 高密度に凝縮されたエネルギー同士の衝突は、互いのエネルギーとエネルギーが反発し合うことで周囲の石畳をめくりあげるほどの衝撃を生み出していく。

 

「そこだ、『みずのちかい』!!」

 

 二つの力のぶつかり合いが終わった直後、畳み掛けるようにして地中から間欠泉のごとき激流が吹き上がる。

 フィールドの各所から勢いよく噴き出した水柱。そこから遅れて、特に大きな水の柱がダブランの直下から吹き出す。

 

 決まった。

 瞬く間もなく全身を飲み込んでいった、会心の一撃だ。

 

 しかし、直撃した水の柱が内側から光り輝いたかと思うと光を伴いはじけ飛ぶ

 バシャバシャと水が散布され、中から薄い透明な障壁を身に纏ったダブランの姿が現れた。

 

 

「――――『ひかりのかべ』、特殊攻撃によるダメージを大幅に削る。君のジメレオンのとっておきも大したことは無いようですね」

 

 

 流石というべき対応力とポケモンへの豊富な知識。間髪入れずに叩きこんだというのに、最高威力の一撃が易々と受け止められてしまった。

 やはりビート、手強い相手だ。

 

「あなたたちの実力、今のでほぼほぼ理解できましたよ」

「一度戻れ、ジメレオン!」

 

 完全に不意を突いた一撃が華麗にいなされ瞠目してしまったが、すぐさま思考を引き戻しジメレオンを交代させる。

『ひかりのかべ』が相手にあるのなら遠距離技の撃ち合いは不利になる。ならば。

 

「頼んだぞ、アオガラス!」

「アァガァ!!」

 

 飛び出したアオガラスはすぐさま飛行を始めるとダブランの視界に留まらぬよう急速で飛び回り始める。

 エスパータイプとの戦いでは足を止めるのは命取り、強力な特殊技が当たらないようとにかく動き回ることが大切だとアオガラスも学習しているようだ。

 

「急上昇っ、そこから『ドリルくちばし』!」

 

 ダブランの周囲をひたすら周回していると一瞬のスキが生まれる。それを見逃す手は無く一気に急上昇を加えた体で一気に急降下、位置エネルギーを蓄えた後一気に下降し強襲を仕掛ける。

 高速に回転する『ドリルくちばし』に力が集中する。これならば、ダブランの身を護る体液と手容易く貫けると確信した。

 

「甘いんですよっ、『リフレクター』!」

「なにっ!?」

 

 ダブランとの衝突寸前、二匹の合間に薄く透明な壁が出現する。

 それは先ほどジメレオンの必殺を防いだ『ひかりのかべ』とそっくりな物理を通さぬ障壁。ギャリギャリと音を立てて障壁とくちばしが火花を散らすが一向に突破できない。『ひかりのかべ』の他に『リフレクター』までも持っていたのかっ。

 

「ダブラン押し返しなさい、今度はこちらが急上昇して『サイケこうせん』です!」

「ダブゥ!」

 

 とうとう障壁を破ることなく押し返されてしまったアオガラス。ダブランは見た目にそぐわぬ俊敏性を発揮し頭上を勝ち取るとアオガラスに向けて強力な光線を浴びせかける。

 

 『サイケこうせん』に被弾しながら、アオガラスは何とか攻撃を耐え抜き、翼を翻してその場から離脱する。

 何とかなった……しかし、被弾を被り低空を強いられたアオガラスの動きは大きく鈍る。何とか指示をとばすが頭上を取られてからの戦いは不利の一言であった。ダブランはアオガラスが浮上を試みようとするたびに手早く迎撃の一撃を打ち込み、こちらに全く浮上する隙を与えてこない。

 

「このままじゃ巻き返せない……何かいい手はないか」

 

 上空を陣取る敵…強力な特殊技…辺りには避けた『サイケこうせん』が破壊した石畳の破片や、『みずのちかい』が噴き出た時の穴がぽつぽつと開いている。

 

「そこですダブラン! 三時の方向に『サイケこうせん』!」

「!!」

 

 ついにアオガラスの動きの癖が解読され、偏差を考慮した完璧なタイミングで七色の光線が撃ち出される。

 今からアオガラスがそれを回避する暇はない、だったら!

 

「突っ込め、アオガラス!」

「ッ!? ガァ!!」

 

 撃ち出された光線を避ける手立てが今はない。ならば……作ってしまえばいい!

 高速で回転を始めるくちばしが地面に向かって突き出される。

 迫る虹色、近づく大地。空の支配者は天に背を向け、大地と向かい合った。

 

 

「掘り進め、疑似ドリルライナー!!!」

 

 

 高速で回転するくちばしが穿孔角となり石畳に穴を穿つ。アオガラスは掘り進めた穴に身を投じ、地中の中へと消えていった。

 直後、七色の光線が殺到し石畳を粉々に砕いていく。

 

 地中を掘り進む飛行タイプという前代未聞の光景に動揺を隠しきれないでいたが、ビートは冷静に分析を進めていた。

 

「また意味のわからない策をっ。ですが、如何に『ドリルくちばし』であろうと飛行タイプのポケモンが長く地中を掘り進めることなど不可能なはず。自らより危険な場所に踏み込むなど―――!」

「ねえビート『レントラーの巣穴に入らずんばコリンクを得ず』ってことわざ、聞いたことある?」

「な、なにを」

「俺の生まれ故郷に伝わることわざでね、『危険な場所にこそチャンスが埋もれている』って意味なんだ。こんな風にねっ!」

 

 視界の端、石畳に開いた『穴』の中からそれは飛び立つ。

 

「その穴はっ!」

「その通り、『みずのちかい』で開いていた穴だよ!」

 

 ジメレオンの使った『みずのちかい』。間欠泉のごとく噴き出した水の柱は大地の各所を穿ち、地中の中に穴を巡らせていた。その穴を利用したアオガラスはビート達の予想を超えた方向から飛び出したというわけだ。

 自由に地中を動けないと踏んでいたビート達の思惑を裏切る高速の奇襲、一瞬にして攻めと受けが入れ替わり今度こそ空の覇者が天を取る。

 

「しまった、空を取られた!」

「今度こそ行くぞ、『ドリルくちばし』!」

「アァガァァァァ!!!」

 

 プライドの高いアオガラスは土で汚した体に怒りの力を漲らせる。

 快音を響かせる嘴が飛行の勢いを乗せ、ダブランの体を包むゼリー状の体液に突き立てられる。螺旋の力は体液をはねのけ、ゼリー状の体液を花火の様に吹き飛ばす。とどまることなく嘴は突き進み、ついにはダブランの体を貫いた。

 

 直撃を受けたダブランの体が浮遊の力を失い地面に叩きつけられる。

 体液の半分が吹き飛んだ体を鋭い爪の付いた脚でがっちりと捕まれたダブランの目には、アオガラスがどう映っていただろう。

 

「とどめだ、『みだれづき』!」

「ガァァァァ!!」

 

 空気を裂く嘴の音とともに叩きつけられる連撃は残っていたダブランの体力を全て削り切り、その意識を闇へと葬っていく。

 

 ダブランの体力を削り切ったアオガラスが距離をとると、ビートは悔しがりながらダブランをボールに戻す。

 腰に戻したスーパーボールから手を離し、隣にあったボールに手を付けたビートは間髪入れずにそのボールを振るう。

 

「お願いします、ゴチミル!」

「チミミル!!」

 

 出てきたのは小さな子供ほどの黒い人型のポケモン。ゴチミル、という名前からしてダブランと同じく彼が所持していたゴチムが進化したポケモンなのだろう。

 

「ガァァァッッ!!」

「チミミィ……」

 

 アオガラスがうなり声をあげゴチミルを威嚇にかかる。そういえば過去、アオガラスはココガラだったときにゴチムの『サイケこうせん』一撃でやられてしまっていた。プライドの高い彼はそのことを思い出して戦意が溢れ出しているのだろう。

 

「なら今度こそ返上するぞ、『みだれづき』!」

「近づかせるな、『がんせきふうじ』!」

 

 アオガラスはみなぎる力を翼に乗せ空を駆ける。先ほどダブランと相対した時よりも上がったスピードを以てゴチミルへと接近する。

 ゴチミルの小さな体に接敵する寸前アオガラスの体が急旋回する。次の瞬間、進行方向だった場所にアオガラスの体ほどもある岩が続けて降り注ぐ。

 

「くっ、退避だ!」

「逃がしません、連続で『サイコショック』!」

 

 攻めの姿勢から一転、またしても追われる側に回る俺とアオガラス。

 乱雑に降り注ぐ『がんせきふうじ』から一転、統率された動きを見せる物質化されたサイコエネルギーの塊が射出される。何時ぞやの第二鉱山での戦いと同じく、空の逃げ場を封じようと四方を包囲しにかかる。

 

「前と同じと思われるのは心外だ。アオガラス、トップスピード!」

 

 だが今回戦っているフィールドは狭い鉱山の中とは違う。空中を自在に飛び回りながらの三次元的な戦い得意とするアオガラスはその翆眼で『サイコショック』の包囲網の穴を見極め、瞬間的に大きく加速することで包囲を脱することに成功する。

 

「ちっ、『がんせきふうじ』!」

 

 包囲を脱っしたアオガラスが強襲を駆けるも、ビートは素早く指示出しを行い岩の雨を降らせる。無作為に襲い掛かる岩は統率された動きとは違い予測が不可能、回避を続けるしかない。

 とはいえゴチミルの『がんせきふうじ』も無尽蔵に岩を作り出せるものではないはず、いつかは隙が生まれるはず。それまで回避を続ける、そんな風に戦略を固めつつあるとビートが口を開く。

 

 

「ふっ、ちょろちょろと逃げ回るその姿。まさしく負け犬のような戦い方ですね」

「ッ!?」

「ガラル地方の空の支配者と名高きアーマーガア、その血筋たるポケモンがなんと情けない事でしょうか」

「ガガァァ!!」

「乗るなっ、アオガラス!」

「まあそれも仕方ありませんか、そんなアオガラスならね!」

 

 

 呆れを含んだ吐息とともにビートの口が回り始める。

 

「今朝の試合観ましたよ。ええ、本当に無様な戦いでした。意気揚々と出したアオガラスが見せ場の一つもなく敢え無く敗北する姿はね」

「ッッ!!」

 

 アオガラスのことを『役立たず』だとビートは切り捨てる。

 そこにはトレーナーである俺への当てつけも含まれているのだろうが、傷心のアオガラスにはなによりもその言葉が深く突き刺さった。

 

「そこから先は見る価値もないと後にしましたが……あなた達が彼女を降したという事は奇跡でも起こったのでしょう。もしくは彼女も大したことが無かった、という事でしょうか」

「ガァァァァ!!」

 

 己を侮辱され、仲間の勝ち取った勝利すら貶めるビートの言葉にアオガラスのプライドが音を立てて反発する。

 回避に徹していた身を翻し、怒りに顔を歪ませ降り注ぐ岩に突貫していく彼の姿は、泣いているようにも見えた。

 

「アアァァァ!!」

 

 敵のところへ。

 飛んでくる岩の破片や切れ端に体を裂かれながら、アオガラスはただ一心不乱に敵のもとへ攻撃を届かせようと突き進む。

 

 あと一歩、目前まで接近したアオガラスの嘴がついにゴチミルを貫く。

 とまでいったところで、不規則な軌道を描いたまま突如飛来したピンク色の塊がアオガラスの横顔を叩き爆発の煙を上げる。

 

「『サイコショック』っ!? まだ残していたのかっ」

 

 すべての回避できたと思っていた、というのにまだ『サイコショック』を残していたのか。

 たったの一つとはいえ直撃を被ったアオガラスの機動力は急激に失われ、ゴチミルの目前で致命的な隙を晒す。

 

「ゴチミル、『ねんりき』!」

「ゴチ、チミミミ!!!」

 

 目と鼻の先まで接近したアオガラスの体が『ねんりき』によって縛られる。

 

「負け犬には、瓦礫の中がお似合いです」

 

 体の自由を奪われたアオガラスに待っていたのは、降り注ぐ岩の洗礼。

 雨の様に降り注ぐ岩が羽を砕き、頭を殴りつけ、アオガラスの体を瓦礫の中へと消し去っていった。

 

 

「――――これでアオガラスも戦闘不能。さあ、早く次のポケモンを出したらどうですか?」

 

 瓦礫の中に消えていったアオガラスを見届け、こちらを向き直すビート。

 その言葉からは挑発に乗り、まんまと嵌められたアオガラスへの嘲笑が含まれていた。

 

「なに勘違いしてやがる」

「ひょ?」

「まだ俺のアオガラスは戦闘不能になんかなっていないぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべてその言葉を一蹴する。

 流石のビートもその言葉に慌て、積み上がった瓦礫の痕を見直す。

 そこには今も『がんせきふうじ』で積み上がった岩々が、アオガラスの姿を隠している。

 

「ば、馬鹿なことを言わないでください。効果抜群の岩タイプの技の直撃を受けて、アオガラスごときが耐えられるわけが―――――」

「アオガラスっ、そのままでいいから聞いてくれ。さっき言えなかったことだ!」

 

 ビートの言葉をまたもや遮り、岩の中のアオガラスに語りかける。

 ベンチで語れなかった話の続き、それを、今、綴る。

 

 

「今日のジムチャレンジで、お前、自分が役立たずだったなんて考えてるんだろう!」

「それは違うぞっ!!!」

「お前がいたから勝てたんだ。嘘も、誇張も一つだってない。俺たちみんなの総意だ!」

 

 

 腹の底から空気を振り絞り、瓦礫の中まで届けと声を張り上げる。

 

 なにを言っているんだ、とビートの顔は訴えてきている。

 

 ガラ、と瓦礫の少し崩れる音が聞こえた。

 

 

「お前がカポエラーの手の内をすべて暴いてくれたから、ヒトモシに繋がってそこからジメレオン、バイウールーにバトンが繋げられた!」

「偶然じゃない。あの時、あの場所でサイトウさんが一番危険視していたのは他の誰でもない、お前だったんだ!」

 

 

 2分にも満たなかったあの短い戦いの中で、カポエラーは己の手を全て開示していた。

 当時は不思議にも思わなかったが、改めて考えてみればおかしかった。

 

 サイトウさん、彼女は強敵であったはずのジメレオンに対してすら最後の最後までネギガナイトの技を隠していた。

 俺に手の内を隠すことの重要性を教えてくれた彼女が、なぜアオガラスと戦った時にはカポエラーの持つ技を全て開示してまで戦ったのか。

 

 この場に来る直前、俺はサイトウさんにその本意を尋ねていた。

 すると彼女は微笑みながらこう言った。

 

 

『貴方の手持ちのポケモンの中でアオガラスが一番危険だったからです。』

『彼らは総じてプライドは高いですが、とても賢い。一度危険だと察知すれば容易にこちらの手に乗ってきません、ですから、全身全霊。全てをかけて倒す必要があったのです』

 

 

 一番呆気なくやられたと言われるアオガラスをこそ彼女は一番警戒視していた。

 

 

「お前が何も残せなかった? 違う、お前が残してくれたからこそ俺達は勝てたんだ!」

「お前が居なかったら勝てなかった! お前を出していなかったら負けていた!」

 

 

 ガラガラ、と瓦礫の崩れる音に追従するかの如く瓦礫の隙間から温かな光が伸びる。

 もはや考えておいた言葉は出し尽くした。

 

 最後はただ心の思うがままに叫ぶ。

 

 

「――――そのお前がこんなところで負けるわけないよなぁ! サイトウさんに笑われちまうけど、それでいいのか!!」

 

 

「ガアアァァァァァァ!!!!!」

 

 

 バーゲンの様に積み上げられていた岩の瓦礫が光と共に内から吹き飛ぶ。中にはアオガラスの体躯ほどもあった岩々が発泡スチロールの様に粉々にはじけ飛んでいく。

 

 光の中で、『大きな翼』が羽ばたいた。

 

「来い―――――」

 

 光の中に手を伸ばし、名を叫ぶ。

 

 白銀に光る白い光を振りほどき、漆黒の翼が視界を埋め尽くす。濡羽色だった黒い翼が、光を寄せ付けぬ黒が、光沢を帯びた冷たく硬質な漆黒へと変貌していた。

 柔らかく頬を撫でていた翼は、岩をも砕く頑強な翼に生まれ変わった。

 そう、彼の名前は―――!

 

「―――――アーマーガア!!」

「マァガァァァァ!!!」

 

 鋼を纏ったアーマーガアが咆哮する。

 翼で風を巻き起こし、上げた甲高い声にはアオガラスの頃には無かった『プレッシャー』が付与されていた。

 

「チ、チミミミ!?」

 

 そんなアーマーガアの咆哮を受け、ゴチミルの体が震えあがる。

 ガラルで生まれ育ったあらゆるポケモンの遺伝子に刻み込まれている畏怖の記憶が、空の覇者の咆哮によって呼び起こされる。カチカチと歯を鳴らし、身体を抱いて震えるゴチミルの体から戦意と呼べるものが見る見るうちに削られていく。

 

「終わらせるぞ、いいな!」

「マァガァ!!」

「『はがねのつばさ』っ!!!」

「ガァァァァァア!!!」

 

 漆黒の黒鉄と化したアーマーガアの翼が光を纏って飛翔する。

 進化する前とは比較にならないほどの速度を手にしたアーマーガアは、飛び上がった先の雲を切り裂いたかと思うと威力は十分だと言わんばかりに頷き、急加速を加えながら敵へと突貫していく。

 

「ゴチミルしっかりしなさい!!」

「チ、チミル…」

「よし、『サイコショック』!」

「チ、チミミッル!」

 

『プレッシャー』により戦意のほとんどを削がれながら、なんとか残った僅かな戦意をかき集めたゴチミルが『サイコショック』を撃ち出す。

 サイコエネルギー塊は綺麗な羅列を描きながらアーマーガアに殺到し、連鎖爆発する。

 

「よし、当たった!」

「チミミ…!」

 

 鋭い爆発の音と煙が立ち込め、命中したことに歓喜するビートとゴチミル。

 空中に立ち込めた煙が姿を隠し、アーマーガアの安否を隠す。

 

 次の瞬間、煙を切り裂き黒鉄の体が姿を現した。

 

「なっ!?」

「チミミ!?」

 

「ガァァァァ!!!」

 

 鋼の体には傷一つ、埃一つ付いてはいなかった。

 その純然たる事実と咆哮する『プレッシャー』が残り少なかったゴチミルの戦意を根こそぎ奪い、心をへし折る。

 

 迫るアーマーガアにゴチミルは反応さえできなかった。

 茫然と立ち尽くしていたゴチミルの体は、大きく広げた翼によってくの字に曲がり弾き飛ばされる。宙を舞い、恐怖の威圧を、鋼鉄の冷たさを心の芯にまで刻みこまれたゴチミルの意識が戻ってくることは無かった。

 

 ピクリとも動かなくなったゴチミルを前にビートの肩がわなわなと震え、手に持つスーパーボールがカタカタと鳴っている。

 アーマーガアの進化にゴチミルの戦闘不能、二つの衝撃を受け入れきれなかったのだろう。

 

 そして、ゴチミルを降して戻ってきたアーマーガアの方はというと。

 

「アーマーガアっ!」

 

 地面に降り立った途端体がカクンと崩れおちる。

 糸の切れた操り人形のように崩れ落ちたアーマーガアに駆け寄り、体をさするとそれですら痛みだとばかりに顔をしかめる。

 進化により体の傷は癒えた。しかし、戦いで受けたダメージが消えるわけではない。二度の戦闘で受けたダメージと疲労の中での進化はかなりの体力を消耗を要したようで、これ以上の戦闘は不可能だと体が語っていた。

 

「でっかくなったなぁ、お前…」

「マガァ…」

「はは、もうお前を肩には乗せられないな」

 

 まだ小さなココガラだった時を思い出す。肩によく乗っかってきた彼だが、もう乗せることはできなさそうだ。

 

「……ありがとう、お前のおかげで助かった」

「マーガァ……」」

「あとは、俺達に任せて休んでくれ」

 

 ボールを体に押し当て、光とともにボールに収納する。

 アーマーガアを収納したボールが掌の中でカクカクと震える、それがアーマーガアからの「任せた」という返事に聞こえた。

 

 そして、ふと思い出す。

 アーマーガアがまだココガラだったとき、彼はゴチミルの進化前のゴチムに一撃でやられてしまっていた。

 同じように進化したアオガラスも第二鉱山でダブランの進化前であるユニランと戦った時は苦戦を強いられ、退くことで精一杯だった。

 

「……お前は、十分強くなってるよ」

 

 相棒の確かな成長を噛み締め、改めて気持ちを引き締める。

 アーマーガアが入ったボールを腰に戻した俺は、ビートの方を向き直す。こちらの視線に気がつき悔しそうな顔を浮かべたビートに向かって、俺は満面の笑みを向けてこう言った。

 

 

「さあ、次のポケモンを出しなよ」

 

 

 先ほど、ビートに言われた言葉をそのまま返す。

 戦意は萎えるどころか勢いを増し、さらなる戦いの興奮が俺の心を急速に満たしていくのだった。

 

 

 




続きは近日中に挙げたいですが、ライバルキャラに関してはわりとめんどくさい性癖の作者がうだうだ悩んでいるため遅くなることに9万ペリカ!


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58、ユウリvsダイオウドウ

卒業研究から解放された……なんて晴れやかな気分なんだ……
というわけで遅れて申し訳ありませんでした。とりあえず今回はユウリ側のお話です。


 壁画を背にするトレーナー、その目の前では圧倒的な暴力が巻き散らされていた。

 

「ぐっ、うう……!」

 

 体制を保つことすらままならないその環境は人間というひ弱な種族が身を置くにはあまりに過酷過ぎた。

 ポケモンの様に硬い鱗も、丈夫な皮膚も持たない彼女たちにとって飛んでくる岩の欠片でさえも危険物となり得る。

 そして、また一つ。

 戦いの中で偶然にも生まれた巨大な瓦礫(流れ弾)がトレーナーに向かって飛んできた。

 

「サルちゃん、おねがぁぁい!!」

「バチキッキ!!」

 

 そんな瓦礫に横から猛スピードで飛んできた影が打撃を与える。

 人の頭ほどもある大きな瓦礫は一撃で砕け散り、トレーナーには破片一つ飛び火することはなかった。

 

「助かったぁ。ありがとサルちゃん」

「ウキキ」

「……それにしてもとんでもないパワーね、あのデカブツ」

 

 ホッと一息ついたトレーナー、ユウリは目の前で力の限り暴れまわるダイオウドウを見てうんざりするように呟く。

 

 ビートが借りてきた対壁画破壊用生物兵器『委員長のダイオウドウ』。

 全てが破壊に費やされているかのごとく強靭な肉体はあらゆるものを蹂躙する。

 また、覚えている技は全てが近接物理技。補助技など不要と言わんばかりの脳筋ぶりだ。

 しかし、そんな単純明快な相手だったからこそ、両者のポケモンがもつ圧倒的なステータス差が浮き彫りになってしまった。

 

「まさかサルちゃんの攻撃がマジで全然通用しないとは思わなかったわ……」

「ウキィ……」

 

 頭を掻きながら押し黙る一人と一匹。

 初動こそ相手の油断を突き自分達を脅威として認識させる一発をお見舞いできた彼女達であったが、そこから相手の本当の実力を思い知ってしまった。

 

 鋼の表皮、鋼の肉体、鋼の耐久力。

 まさしく鋼タイプ。

 鉱物の利点を詰め合わせましたとでも言わんばかりの硬い・強い・重いを体現した相手にバチンキーの生中な攻撃は悉く弾かれてしまっていた。

 なんとか身軽さと手数においてはダイオウドウを上回っているのだが、肝心の攻撃が通用しなければ何の突破口にもならない。

 

「正直ちょっと舐めてたかも。これでチャンピオントーナメント準優勝? なら本物のチャンピオンはどんだけ遠いのよ……」

 

 ユウリは近所の兄貴分の顔を思い浮かべながらテレビの中の戦いを思い返す。

 まるで天変地異の様に激しい兄貴分とガラル最強のジムリーダーのエキシビションマッチ、あれは誇張表現でもテレビの中だけの話でもない、現実に起こりえることなのだと再認識する。その一端が、今、目の前で起こっているのだから。

 

「相手もこっちの攻撃が通用しないとみると駆け引きもしなくなって力押しの戦法に変えてきたし、これじゃあ手の出しようがないわね」

 

 心の中で溜息を吐くユウリは己の思考が段々と勝つことをから時間稼ぎの領域に傾いていくのを感じる。

 ここまでの事件を起こしたのだ、中々帰ってこない自分達を心配して遠くないうちに援軍がやって来るだろう。

 もしくはアカツキがビートを倒すのを待ち、叩きのめされたもこもこピンクからモンスターボールを奪ってそれで無力化させるのが一番効率の良いやり方だろう。うん、そうだ、それがいい。

 

 ユウリは至極まともな思考能力を残していた。

 誰よりも優れている分、そうした見切りの速さもピカイチだ。

 負けん気も人一倍だが勝てない勝負にいつまで手をこまねいていても仕方がない、ここは相手を時間いっぱいやり過ごす方向で……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い―――――アーマーガア!!」

 

「マァガァァァァ!!!」

 

 と考えがまとまりそうになった瞬間、まばゆい光と音が周囲を照らし始める。

 

「これ、進化の光?」

 

 ダイオウドウとバチンキーも注意を惹かれる光の先にユウリは目を向ける。

 進化を告げる温かな光の中に漆黒の黒鉄が光沢を帯び始める。白い光を目いっぱい取り込んだ黒鉄は咆哮と共に周囲のあらゆるものを吹き飛ばす。

 瞬間、壁画前の広場を埋め尽くすように放たれる強者の『プレッシャー』、圧倒的存在感がビリビリと肌を伝わり、我こそが支配者だと言わんばかりの金切り声を上げる。

 

 新たな覇者の誕生にユウリの心が揺さぶられる。

 それはアーマーガアから発せられる王者の『プレッシャー』にあてられたせいか。それとも漆黒に光り輝く金属光沢に彼女の機械いじりとしての本能が揺さぶられたせいか。

 ともあれ、勝つことを諦めかけていた彼女の胸に、火種というなの闘争心が放り込まれた。

 

「―――アタシよりも目立つなんて、アカツキのくせに生意気じゃない」

 

 諦観の浮かび始めていた顔からは影が消え、代わりといってはなんだがアカツキやホップ達が見慣れた自信と笑みが舞い戻ってくる。

 

「アタシはハロンタウン一の修理屋であるママの娘! そのアタシが鋼タイプ(ダイオウドウ)に後れを取るわけにはいかないわね!」

 

 ユウリにとって鉄とは生まれた時から触れてきたごくごくありふれたもの。

 母親のぬくもりと同じくらい鋼の熱さと冷たさを知っている。

 だからこそ、恐ろしさはもちろんその脆さだって熟知しきっている。

 

 ハロンタウンの天才(天災)、いざ、本領発揮!!!

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「まずはァ、電気の通りから確認しちゃいましょ! パチちゃん!!」

「チラチラァ!!」

 

 相性が悪い、とバチンキーを戻したユウリはパッチラゴンを投入する。

 自身より大きな存在を前に爛々と輝く瞳には、パッチラゴンの人懐こさとやんちゃさを感じ取れる。

 

「『でんきショック』!」

 

 はじける音とともに電撃が放たれる。

 パッチラゴンの強靭な下半身から精製された電気はダイオウドウの鋼の装甲を易々と通り抜けると、内部を焼き立てる。

 

「……パオオッッ!」

 

 電撃の威力に怯んだように片目をつむるダイオウドウ。

 ユウリの思惑通り電撃は鋼の硬度を無視してダメージを与えられるようだ。

 

「うんうん。やっぱり鉄には電気よね、でも……」

「パオオオオオン!!」

 

 しかし、苦しんでいたのもつかの間。

 ダイオウドウは両足を高く振り上げたかと思うと、勢いよく地面へと深く突き立てる。すると電撃が足を伝わり地面へと逃げていくではないか。

 

「やっぱり、そのくらいの知恵は働いて当然か……」

 

 ダイオウドウは歴戦のポケモン。

 トレーナーがおらずともその経験値(レベル)の高さが垣間見える。

 電撃がいくら通用しようとも地面に流されてしまえば何の意味も無くなってしまう。

 

「なら、『ドラゴンテール』!」

 

 その後もユウリ達は『ドラゴンテール』、『つばめがえし』と技を繰り返していく。

 だがやはりというべきか物理技ではダイオウドウの鋼の肉体に大したダメージを与えられない。

 鋼タイプの強みともいえる耐久力であった。

 

 だからと言ってそれらの攻撃が無駄だったわけではなかった。

 見事三度目の攻撃を当てたところでユウリは不審な顔をする。

 

「……こいつ、全然技を避けないわね」

 

 これだけ技を使っているのに一撃とて技を回避しない相手に胡乱な顔をする。

 そういえばバチンキーと戦っていた時も初撃以降は全て正面から受け止められたわね、と思い返したユウリはさらに不可解だとばかりに顔をしかめる。

 そんな感覚に意識を割かれている相手の隙を見逃すはずなどなく、今度はダイオウドウから打って出た。

 

「ォォォオオン!!」

「…ッ! ヤバッ!」

 

 受けから攻めへのあまりにも自然な以降に不意を突かれる。

 気がついた時にはずんぐりとした脚が高く振り上げられており、パッチラゴンの頭上へ鉄槌の様に振り下ろされる。

 あまりに圧倒的なパワーの前にパッチラゴンは抵抗虚しく地面に埋まるオブジェとなっていた。

 

「…ッ! 戻って、パチちゃん」

 

 悔しそうにポケモンをボールへと戻す。

 だがまた一つ、ユウリは相手の力を把握することができた。

 

「技は『10まんばりき』。相性もあるけどカセキポケモンのパチちゃんを一撃……ね」

 

 現代に生きるポケモンと比較するとかなりのタフネスを持つパッチラゴンを一撃でダウンさせてしまう『10まんばりき』。

 一つ一つの情報を大切にするように、ユウリは知識を脳裏に焼き付けた。

 

 その後、ユウリはヌオーを呼び出す。

 ぬるぬるとした体表、のんびりとしているようで偶に俊敏な動きをするヌオーは歴戦のダイオウドウをして後手に回させた。

 『マッドショット』と『だくりゅう』を併用し一帯を沼地に変えたヌオーは万全の状態でダイオウドウに強襲を仕掛ける。

 

「ウパちゃん、『マッドショット』!」

 

 泥濘にあしをとられたダイオウドウの動きは鈍り、逆にヌオーは水中以上の機動力を発揮する。

 追撃のごとく放たれる『マッドショット』は被弾の直後に硬質化する特殊な泥の弾丸だ。

 泥が体に張り付き、さらに動きが鈍ったところに叩きこまれる『アクアテール』はダイオウドウの要所を狙い撃つ。

 ヌオーの生態をうまく活用した戦法にユウリは確かな手ごたえを感じていた。

 

「オォォォォオン!!」

 

 だが、それまでの優勢がダイオウドウの『パワーウィップ』によって全てを覆される。

 

「伸びた!?」

 

 緑色のオーラを纏ったダイオウドウの鼻部が天を貫く巨木の様に丈を増やす。

 伸びた鼻部から放たれた『パワーウィップ』の一閃がフィールド一帯を薙ぎ払い、一瞬にして元の石畳が連なる遺跡跡に引き戻される。

 薙ぎ払いの直前に危機を感じて空中へと脱出したヌオーであったが、泥のフィールドが消され機動性が失われた彼に返しの『パワーウィップ』を回避する手段はなかった。

 

「これも駄目……動きを封じてもあの伸縮自在の鼻がある限り手数は減らない」

 

 集中して集中して集中して集中して集中して集中して集中して集中して集中して。

 情報のひとかけらも逃さないと、集中力を高めるユウリ。

 カリカリと爪を噛む今の彼女に、己の目頭が異常な熱をもっていくことに……気がつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウリは観察の鬼である。

 

 彼女をよく知る男、ホップの言葉である。

 

 各分野において非凡な才能を発揮するユウリは十人が見れば十人が認めるほどの才人といえる。

 多芸で多趣味、本人が自称する通り「万能の天才」と言っても過言ではないかもしれない。

 

 そんな彼女の才能の中で、特に突出している才能が存在する。

 

 それは「対象を観察する」という才能だ。

 

「目が良い奴ほど上達も早い」という言葉がある通り彼女はお手本さえあれば大抵のことを難なくやってのける。

 それはただ眼が良い、というだけではない。

 相手の動き、呼吸、視線、力の入れ様、僅かな癖等本人の知る由でもないところまで見抜く観察の鋭さに起因している。

 彼女の多芸ぶりは普段から周囲をよく観察しているからこそのものであり、自身の才能の発揮口を理解していたからにすぎない。

 

 もちろん、彼女自身が多数の才能を持ち合わせていることは変えようのない事実である。

 ただし、それらすらも彼女の「観察する」という才能に比べれば格段に劣るものであるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女が顔を歪め、こめかみを抑えながら戦いを続けている。

 

「グっ!」

 

 ダイオウドウという格上の相手。

 その動きを観察する、という行為は生半可なものではない。

 どうでなくとも彼女はバトルの指示出しを行い、戦いの余波から生まれる瓦礫などの二次被害から身を護っているのだ。

 そんなマルチタスクに流石のユウリと言えども疲れが出始めているのだ。

 

 そして、疲れの影響によりカモネギが墜ちる。

 

 格闘タイプのカモネギはユウリが三度のバトルから見抜いた相手のパターンをもとに送り出した自慢の切り札であった。

 

 事実、今までの戦いから手に入れた情報から戦いを優勢に進めた。

 特に大きな戦果としてダイオウドウの脚を一本奪った。

 四本ある脚のうち一本が無視できない負傷を負い、ダイオウドウの盤石の姿勢を崩すことに成功した。

 

 だが、それが悪運を引き寄せた。

 今までの動きができないと見るや否やダイオウドウは即座に攻撃のパターンを変化させ、敵をステータスの差で圧倒する乱雑な戦い方から積極的に鼻を用いて相手を刈り取る範囲攻撃へと戦法をシフトさせた。

 その突然の変化にユウリと言えど対処が追いつかず、些細なミスが積み重なり最後は『じゃれつく』の直撃を受けてカモネギは一撃でやられてしまった。

 

 カモネギをボールに戻す際、ユウリは頭を押さえる。

 タラりと何かが肌を伝う。

 拭うとそれは鼻から流れた血であった。

 だがそんなことすら些事であると、ユウリは今の戦いの反省点を洗い出そうと躍起になる。

 

 相手の力量が想定以上だった。

 咄嗟の対応力が桁違い、経験の差だ。

 的確に相性を見極める、知能も高い。

 甘いもの食べてェ!

 

 頭痛が激しくなり、ギシギシと神経が軋み始めている。

 熱にうなされたような症状のなかで、何故かユウリは笑みを浮かべていた。

 思考が最適化され始めなんだか周囲がスローに見え始めた。

 だが急速な負荷に体はついて行っていない。

 だとしても今、戦いを止めるわけにはいかない、と決定付け痛みから目を逸らし彼女は新たなボールに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッッ!?」

 

 その手を、突然の来訪者によって掴まれる。

 

「だ、誰!?」

 

 すべすべとして手触りの良い手。

 優しく馴染んでくる体温が心地よい。

 そんな手の持ち主は、

 

「―――わたしよ、わたし」

「ソ、ニアさん?」

「正解。まったく、女の子がしちゃいけない顔してるわよ」

 

 現れたのはソニア。

 アカツキ達において行かれていた彼女がようやく頂上にたどり着いたのだ。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ソニアはハンカチを取り出すと水で濡らしてユウリの顔を拭う。

 冷たく適度に湿らされたハンカチはユウリの顔を覆っていた熱を適度に奪い、顔についていた血の跡を優しく拭い去る。

 

「集中するのは良いけどトレーナーが熱くなり過ぎちゃダメでしょ、ユウリらしくもない」

「え、どうして、ここに……?」

「君たちがわたしを無理矢理引っ張って連れてきたんだけど!?」

 

 ソニアの存在を完全に失念していたユウリに対してソニアは声を上げ、肩を落とす。

 

「ふ、ふふ。いいのよ。わたし、昔からそういう扱いなのは知ってたから」

 

 ソニアは脳内からダンデに振り回されていた頃の記憶を引っ張り出し、すぐさま記憶の奥底へボッシュート(返却)

 これ以上落ち込むことを本能が拒否したようだ。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 正直、今の今までソニアの存在を忘れていたユウリは内心から罪悪感がじわっと湧いてきてしまう。

 なんとかフォローしようと考えるのだが戦いで火照った頭脳は中々気づかいに回らない。

 つい出た言葉がさらにソニアの心を抉る。

 

「ご、ご苦労様でした。えーと、筋肉痛とか来てません?」

「……グッフ」

 

 高度な若さマウントを食らったソニアの心が限界を迎える。

 若さに触れる発言は全ての女性に対して効果は抜群なのだ。

 失意の中でソニアは膝を抱えて縮こまり、プルプルと震えてしまい始めた。

 いや違う。

 これは階段登りすぎて足にキているのだ。

 

 そんな大人の姿を見たユウリはというと、

 

「――――っぷ、あ、あはっあはははは」

 

 今の今まで勝つため心血の全てを注いでいたユウリは、そんなソニアの姿に和んでしまった。

 脳裏を通り過ぎるのはダンテとホップと三人でソニアをなんやかんやと弄る日常の光景。

 最近はそこに新人のアカツキも入った日常の光景を思い出すと、自然と体に入っていた余計な力が抜けていった。

 

「ユウリ……酷い……」

「あははっ、ご、ごめんなさい。でも、なんかスイッチ入っちゃって」

 

 うらめしそうに、涙の浮かんだジト目で下からのぞき込むソニアの姿にユウリはさらに腹を抱える。

 ひとしきり笑いきった後、ユウリは目元ににじんだ笑い涙をぬぐいながら綺麗さっぱりした状態で顔を上げる。

 

「ふー、ありがとうございました。お陰で頭も冷えましたし、あとはアタシだけで……」

「ていっ」

「ぷひゅ」

 

 ダイオウドウに向き直そうとしたユウリの顔をソニアの両の手の平が挟み込む。

 意気込んだ時に吸った空気が口の中から吐き出され、ユウリが普段起こさないような間抜けな音を立てる。

 

「(頬をむにむにされている)」

「むむ、なんてもち肌。やはり若さか、若さなのかなぁ……」

「あのソニアさん……」

「っは! ごほん……ユウリ、あなたにも引けない時がある、それはわかっているわ」

「……」

「三体もやられてあなたが簡単に引き下がれるわけないもんね」

 

 これでもソニアとユウリも長い付き合い。

 ユウリが仲間をやられた状態で簡単に引き下がれないことも彼女は理解している。

 

「でもね、勇気と無謀は一緒じゃないのよ」

「そんなことは、ないです。脚一本使えなくなった今のダイオウドウになら遅れは取りません」

「……賢いあなたがらしくもないわね」

 

 ソニアはユウリの頬を挟んだまま顔を上げる。

 視線の先にはソニアとユウリを見つめるダイオウドウがいる。

 

「あなたは強くなった。」

「ハロンタウンに居た頃よりも、旅立った時よりもずっと強くなったわ。」

「でもね、今のユウリでも、あのダイオウドウには逆立ちしたって勝てない」

 

 ダイオウドウを見据えて、その力を瞬時に理解する。

 

 ソニアに言葉で「勝てない」と断言されたユウリは悔し気に拳を握る。

 

 わかっていた。

 カモネギが退場した時点で自分が持つポケモン達ではダイオウドウには逆立ちしたって勝てないことが。

 だが、だからといって逃げることは許されない。

 何故なら自分はポケモントレーナーで、ポケモン達に恥じない戦いをしなければいけないからだ。

 

「だったら……どうしろって言うんですか」

 

 滅多に弱音を吐かないユウリが絞り出すように声を上げる。

 それはどうしようもない問題に直面し、正解が導き出せないまま気持ちだけが燻っていく感覚だ。

 これまでどんな壁も自力で乗り越えてきたユウリにとって、本当に解決策が思い浮かばない絶望的な状況だった。

 

「アタシの力じゃ、ポケモン達を勝たせてあげられない……」

 

 手のひらを見つめ自らの無力を嘆くユウリ。

 

「じゃあ、わたしを頼ればいいのよ」

 

 だからこそ、ソニアはあっけらかんと言う。

 

「……………え?」

「自分の力で足りないなら他の人のから力を借りればいいだけでしょ。ポケモントレーナーなんてその最たるものじゃない」

 

 一人のトレーナーと一体のポケモン、足りないからこそ互いに補い合うのだとソニアは語る。

 それは今まで自らの力と才覚のみで道を切り開いてきたユウリだったから、導き出せなかった選択肢。

 

「わたしなんて何をやってもおばあさまに怒られてばっかりでね。昔はダンデ君やルリナにもいっぱい助けてもらったわ」

 

 しみじみと言うソニアの言葉には彼女だけにしかわからない苦悩や感謝が詰まっている。

 しかし、最後には笑顔を浮かべながら言う。

 

「だから、今度はわたしが貴女に力を貸してあげたいの」

 

 頬を離れた掌が、今度はユウリの目の前に差し出される。

 

「前を向きなさい、貴方の周りには貴女に手を貸してくれる大人も友達も沢山いるわ」

 

 先ほどは熱暴走しかけのユウリを無理矢理掴んだソニアの手だが、今度は自分で選択しろと言っているようであった。

 差し出された手にしばらく狼狽したユウリだったが恐る恐ると手を伸ばし、最後には覚悟を決めた表情で強く手を掴み取る。

 

「……アタシが勝つために力を貸してください!」

「えぇ、お姉さんに任せなさい!」

 

 

 

 

 

 




ひとまずここでカットです。
続きは……そこまで長くかからないと、いいな……


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59、決着 ユウリ&ソニアvsダイオウドウ


一か月かからなかったからセーフ!





 ダイオウドウを食い止めるべくソニアと手を組んだユウリはヤミラミを取り出す。

 

「ヤミィ!……ヤミ?」

 

 戦う気満々で現れたヤミラミはなんだかそういう雰囲気ではないことに気がつくと首をかしげる。そんなヤミラミにユウリから一通の手紙が手渡される。

 手紙にはここに至るまでの経緯と状況が記されており、これを読めばすぐにでも運営委員会と協力して動けるほど細かに記載されていた。

 これをサイトウさんまで届けてほしい、と手紙を差し出すユウリの顔は真剣で、ヤミラミは少しだけ逡巡したがすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて手紙を受け取る。

 

「ちょっと大丈夫ユウリ? ヤミラミの場合、こっそり中身をすり替えたりしたら大変よ?」

「もしそんなことをすればヤミちゃんだけ家に送り返します、ママと二人きりの家に」

「ヤミッ!?」

 

 瞬間、ヤミラミの脳内に突如として溢れ出す恐怖の記憶。

 ユウリの母親と二人きりが示す未来。

 すなわち、死ッ!

 

「(フンフンフン)」

「あ、すごい勢いで頷いてる」

「ママは怖いですから…」ガクガクブルブル

 

 ヤミラミ同様体を震わせる様はまさしく似た者同士のパートナーと言えるだろう。

 受け取った手紙を後生大事に抱えたヤミラミは、一度振り返り心配そうな目を向けるが顔を横に振り、一目散に駆けていく。

 その背中を見つめるユウリにソニアは問いかける。

 

「よかったの?」

「なにがですか?」

「ただでさえ少ない戦力をさらに分散させるような真似をして」

 

 既に三体のポケモンを失ったユウリにとって残るポケモンはバチンキーとヤミラミの二体のみだったはずだ。

 もとよりサイトウさんに任されたのは状況の確認のみ。その役目を果たすためにポケモンを一体使うというのは悪くはない手だが、ダイオウドウを食い止めるには一体でも戦力は多い方がいいはずだ。

 

「これは、まあアタシなりの保険ってやつです」

「保険?」

「これで何かあったとしてもヤミちゃんだけは無事に終わります。それに、なにより」

 

 なにより、と言葉を区切ったユウリはそれまでの強気な笑みから少しだけ弱さが漏れ出た。

 

「ヤミちゃんが居たら最後まで頼っちゃう気がして」

 

 ヤミラミとユウリの付き合いは長く、出会いはユウリがまだ子供の頃にまでさかのぼる。

 当時から既に悪戯っ子として頭角を現し始めていたユウリは隣町まで買い物に来ていた。

 初めての買い物、初めての自分だけのボール。

 嬉しさを抑え切れずほくほくした顔で帰宅するユウリだったが、その目の前に現れたのがヤミラミだ。種族柄悪戯が大好きなヤミラミがそんな幸せそうなユウリを見逃すはずもなく、ユウリの持つダークボールを奪ってしまった。

 突然のことにポー、と気の抜けた顔をするユウリだったがすぐに事態を理解する。

 大事なものを奪われてしまったユウリは子供のように泣き喚く……と思いきや、ボールを奪われてしまったというのにヤミラミには見向きもせず踵を返してしまう。

 ここで困ってしまったのはヤミラミ。悪戯をして一番つらいのは相手にされないことだ。あの手この手を使ってユウリの気を引こうとするヤミラミにユウリはふんす、と笑顔を浮かべながら言った。

 

『きゃっちぼーるならしてあげるわ!』

 

 こうしてまんまとダークボールに捕まってしまったヤミラミだが、それ以来ユウリの良きイタズラ仲間であり、最高の相棒だ。雨の日も風の日も、冬にも、夏の暑い日にも悪戯を続けた彼女たちの友情は誰にも引き裂くことはできない。その代わりと言ってかハロンタウンの防衛設備は二人の悪戯により通常の三倍にまで膨れ上がり、ウールーなどの失踪被害がグンと減った。

 

 そんなもはや互いが互いの半身ともいうべき存在となっているヤミラミを自分から引き離したのは、もう一人の自分に甘えたくないという意思表示の表れなのだろう。

 それを聞いたソニアは頭の上に乗せた眼鏡に手をかけるとスッと装着する。

 

「なら、ここからはもう一歩も引き下がれないわよ」

「わかってます。『はいすいのじん』ってやつですよ!」

「交代できなくなるかわりにポケモンの力を引き上げる技ね」

「ヤミちゃんを手放した今のアタシのステータスは2倍にも3倍にも膨れ上がってますよ!」

「トレーナー本人が強くなってどうするのよ……」

 

 眼鏡を装着したソニアはふー、と息を吐くとキラリと意識を研究者モードへと切り替える。

 

「とりあえずユウリ、ダイオウドウの技を教えて頂戴」

 

 それからユウリはダイオウドウの技を事細かに解説する。

 

 まず『10まんばりき』。

 高く振り上げた足から放たれる重厚な一撃。食らったら死ぬ。

 次に『パワーウィップ』。

 鼻が倍ほどに伸び、横一線に薙ぎ払う広範囲な攻撃。食らったら死ぬ。

 続いて『じゃれつく』。

 鼻で相手を拘束し、強烈な体当たりをお見舞いする突進攻撃。食らったら死ぬ。

 最後に『アイアンヘッド』。

 速い・重い・強い。食らったら死ぬ。

 

「こんなとこですね」

「今まで凌げてきたわね……」

「天才ですから」

 

 フフン、と鼻を鳴らすといつものユウリが戻ってきたようでソニアは安堵する。

 

「それで具体的にはどうするんですか? 悔しいけど、今のアタシとポケモン達には決定打がありません」

 

 ユウリは腰に着いたモンスターボールに触れる。

 残るはユウリの手持ちの中で最もバトルに優れるバチンキー、その強さは最も息の合うヤミラミの戦績を上回る。

 

「大丈夫、安心しなさい」

 

 ソニアは誇らしげに人差し指を立てる。

 

「どんなに強いポケモンにだって、必ず一つは『弱点』が存在するのよ」

 

 ソニアの語る『弱点』。

 それは、どんなポケモンも須らく持ち合わせているタイプによる有利不利ではなく、各々のポケモンが持つ生態的に弱い点のことを指すという。

 

 例えばバチンキーならば生まれた時から持つスティック。

 これを失うと攻撃力がガクっと落ちる。

 

 例えばラビフットならよく発達した耳。

 強烈な音を聞くと一瞬だが動きが止まる。

 

 例えばジメレオンなら強い日差しや熱。

 体の水分が少なくなると途端に動きのキレが低下する。

 

 そういった、ポケモンが生命であるならば必ず存在する、設計上の弁慶の泣き所を責めるというのだ。

 弱点を突くことによって相手の調子を崩すという戦法は、奇しくもユウリがヌオーのバトルで用いた沼地戦術、自身のポケモンに都合の良い環境を作り本調子にさせる戦法の対極といえる方法であった。

 

「つまり、アタシ達が強くなるというよりは」

「そ、相手を弱くする、ってこと。相手を倒す、っていうならこっちの方が確実よ」

「……それってちょっと卑怯なのでは?」

「ポケモンバトルに卑怯もくそもありません。勝てばよかろう、なのだー!」

「ソニアさんってこんなにクレバーだったかなぁ?」

 

 普段と比べると少しばかり邪悪な笑い方をする姉貴分に綽々としながらユウリもその有効性を分析する。

 勝てるかわからない相手に突撃するより、その弱みに付け込むという戦法は確実性がある。

 それは今までポケモンと触れ合ってきた経験から「ポケモンには必ず弱みが存在する」という部分に深く共感したからでもある。

 先ほどまでと比べれば勝算は十分、たしかに喉元までの道筋が見えた。

 

 だが、そこまでしてもやはり最後に立ちふさがるものがあった。

 

「やっぱり……ここまでしても決定打が足りない」

 

 頭の中でいくらシュミレーションを重ねても最後に立ちふさがる壁。

 絶対的なポテンシャルの差、というものがどうにも埋めがたい。

 

 例えばユウリ達があと一つ、もしくは二つ以上バッジを手に入れた段階ならば解決できたかもしれない問題だ。

 しかし、今この場では絶対に埋められない問題でもあった。

 なにか策はないかと彼女は必死に頭を捻り、奇抜な発想をよくするアカツキの戦いでも参考にしようかと舵を切りだしたところでユウリの脳裏に稲妻が走る。

 

「…………………あ」

 

 彼女は慌てた態度でカバンを降ろしたかと思うと、一心不乱に中身を漁り始める。

 

「なにしてるの?」

「………これ!」

 

 カバンの内部に広がる混沌の中から一つの包みが取り出される。

 綺麗に包装された包はまだ新しく、ここ数日の間に手に入れたものが伺える。

 

「これ、もしかして『きせきのタネ』?」

 

 それはつい先日アカツキから感謝のしるしとして贈られた『きせきのタネ』。

 包から取り出され、ユウリの手のひらでほのかな力を発するそのタネは、持たせたポケモンの草タイプの技の威力を上昇させる力を持つ。

 

「そうです。そして、これとあと一つ。サルちゃんの『アレ』を同時に使うことができれば」

 

 ユウリの考えにソニアも目を見開く。

 合点がいったとばかりにソニアは笑みを浮かべ、眼鏡のレンズの奥で幾重ものシュミレーションを重ねていく。

 

「…………………イケる。針を通すような作戦だけど、これならイケるかもしれないわ」

 

 ユウリよりも優れた頭脳を持つ博士見習いのソニアの脳内でもピースが嵌まる。

 これなら、イケる。

 いや、もはやこれしか手はないとばかりに喝采が上がる。

 

「でも……いいの?」

「なにがですか?」

「この作戦だと戦いはかなり激しくなるわ。それに上手くいくかどうかもわからない危険な賭けよ」

 

 ソニアは真剣な視線をユウリに向ける。

 作戦によるリターンは多い。しかしそこに至るまでのリスクも並のものではない。さらにいえば成功の確率もそれほど高いものではない。

 それでもやるのか、と視線で語り掛けている。

 

「今更です、ソニアさん」

「じゃあ」

「それに、この天才ユウリ様にかかればそれくらいは朝飯前です……もう夕方前ですけどね!」

「……だったら、わたしからはもう何も言うことは無いわ。わたしの力、存分に使いなさい!」

 

 パシンと乾いた音が二人の間で響き渡る。

 それは年齢の差を超えた共闘。

 お互いがお互いを認めた証だ。

 

「…………」

 

 そんな人間達をダイオウドウは静かに見つめている。

 ダイオウドウの目に映る少女は、先ほどまでとは表情が一変した。

 勝利を求めるギラギラとした姿勢は変わらない。

 しかし、面構えが変わった。

 勝利を求め逸る気持ちを制御できない未熟なトレーナーから、それを制御する術を手に入れたものの表情へと変わったのだ。

 いや、手に入れたというのは少し違う。元から持っていたものがさらに大きくなったと言える。

 先ほどまでのユウリは己のキャパシティを超える勢いの作業を負い必要以上に脳を酷使していたことで情熱と冷静さ、その均衡を大きく崩していた。

 しかしそこにソニアという存在が入り込んだことで負担が半分となり、肉体的にも精神的にも余裕を取り戻した。

 今のユウリは、間違いなく成長の兆しが表れている。

 勝利を求める炎のような情熱と、全てを見通す氷の冷静さ。

 本能と理性、どちらも併せ持つ最強のトレーナーが生まれる予感。

 

 それを感じ取ったダイオウドウの行動は意外なものだった。

 

「ッッッッッッッ!!!」

 

 負傷した脚をズズズ…と持ち上げ、四本の脚で大地を踏みしめたのだ。

 

「ッ! 嘘、もう治ったの?」

「落ち着いてユウリ、あの傷じゃ完治には程遠いはず」

「だったら、一体何のために……?」

 

 立ち上がったダイオウドウに不審な目が向けられる。

 意図を探ろうとする彼女達の思考に反して、ダイオウドウ側の思考はシンプルなものであった。

 

「バォオオオオン」

『未来ある若人たちよ、資格を示せ』

 

 ダイオウドウの人格形成にはトレーナーであるローズ委員長の意思が大きく根付いている。そのため、ローズ委員会のように未来への投資を惜しまない性格をしている。

 それはどんな場合でも例外ではなく、成長を前にダイオウドウはユウリにとっての壁、乗り越えるべき試練になろうと決意したのだ。……ビートの指示は放り捨てて。

 この者達は主人の作り出す未来で光り輝く素質を備えた一等星。

 その決意に比べれば痛む脚などなんのその。

 いいハンデでしかない。

 

「パオ、バオオン!」

『貴方達が主人の描く未来で輝けるか存在かどうか、ワタシが見届けてやろう!』

 

 吼える声に乗せた意志は本気。

 通じるはずのない言葉はしかし、確かにユウリ達に意志の力を感じさせた。

 

「なに?今まで本気じゃなかったから今から本気になる、って言うわけ?」

「警戒しなさいユウリ。この雰囲気――本物よ」

 

 ソニアも歴戦の経験からその力を確かに感じ取り冷や汗を流す。

 

「………ほんと、嫌になるわね」

 

 上を見ればどこまでもキリがない。

 下を見てもすぐさま追い抜かれそうになる。

 だけどそんな状況がどこか好ましいとさえ思えてくるのは何故だろう、とユウリは口角を上げる。

 

「行きますよ、ソニアさん!」

「いくわよ、ユウリ!」

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「キッキィ!!」

「バオオン!!」

 

 両者の激しい攻撃が衝突する。

 二本のスティックを巧みに操るのはバチンキー。緑色のオーラを纏わせた一撃は確かな威力で空気を震わせる。

 対してダイオウドウは巨大な鼻を軽々と振るう。その破壊力はただ振るっただけでバチンキーの渾身の一撃と同程度だ。

 

「でも、あのダイオウドウとわたり合えてる!」

「ええ、これも『きせきのタネ』のおかげね!」

 

 先ほどまでは歯牙にもかけないほどの差があった二体がわたり合えている。

 その興奮はポケモン同士にも伝わる。

 

「ウキィ!!」

「バオオオオン!!」

 

 バチンキーは先ほどの雪辱を果たすため、ダイオウドウはようやく自分と打ち合える猛者と出会えたため。

 両者が楽しそうに打撃をぶつけ合う姿は、ようやく対等に立てた喜びと対等に撃ち合える相手を見つけられた高揚からだ。

 

「ユウリ!ダイオウドウの弱みはやっぱり動きの鈍重さよ。攻撃が通じるなら焦らず速さで攪乱しなさい!あと足狙いなさい!」

「わっかりました、『くさのちかい』!」

 

 打撃の応酬が一区切りついたところでソニアはダイオウドウの弱点を見出す。

 身軽で素早いバチンキーはダイオウドウが一度行動する間に、二度の行動が可能である。

 これはユウリ達にとって大きなアドバンテージであり、ダイオウドウにとっては大きなディスアドバンテージだ。

 

 バチンキーは己のスティックを地面に突き刺すと地面に草のエネルギーを注ぎ込む。

 何かに気がついたダイオウドウはその場で身構え、地中を掘り進む巨大な音を耳にする。

 次の瞬間、尖った大量の葉が地中から噴き出す。

 ドガガガガ、と植物の葉とは思えないほど硬質な音とともに対象を切り刻み、ダイオウドウの鋼の体をみるみるうちに傷だらけしていく。

 

「『くさのちかい』もパワーアップしてる。あんなに強烈な攻撃じゃなかったのに」

「特殊技でもダイオウドウにダメージを与えられるのは嬉しい誤算ね」

「バオオオオオオ!!」

 

 これ以上喰らうのはまずいとダイオウドウは地面に向けて『10まんばりき』を放つ。

 蓋をするかのごとく覆いかぶさったことでダイオウドウの足裏は無数の葉で傷ついていくが所詮烏合の衆、アット的なパワーと重量によって葉の大群は地中へと押し返される。

 

「ウキッ!?」

「サルちゃん!?」

 

 押し返されたエネルギーはそのまま逆流し供給元のバチンキーへと帰っていく。

 逆流した草のエネルギーはバチンキーの体を吹き飛ばすと、間髪入れずにダイオウドウの突進攻撃がバチンキーを襲う。

 技ではないただの体当たりではあるが、ダイオウドウの体から放たれればそれは大技にも匹敵するダメージとなる。

 瓦礫の山に突っ込んだバチンキーへ、さらなる猛攻を仕掛けようとダイオウドウが近くにある瓦礫を掴み上げ、投擲しようと持ち上げる。

 

「ッその岩いただき、『はたきおとす』!」

 

 軋む体に鞭を打ち瓦礫の中から弾丸のように飛び出したバチンキーは今度は悪のエネルギーを纏わせスティックを振るう。

 

「バオッッッ!」

 

 持ち上げかけた瓦礫が叩き落とされ、動きが硬直するダイオウドウに追撃が走る。

 

「もういっちょ、『えだづき』!」

「ッキッキィ!!」

 

 立て続けに二連打、瞬時に草のエネルギーに切り替わったスティックが顔面へと叩きつけられダイオウドウの態勢は大きく崩れる。

『はたきおとす』は相手が何かを所持している時に攻撃を食らわせると大きくボーナスがつく特殊な技だ。その一瞬を見極めることは至難の業だがユウリの場合持ち前の判断の速さが吉と出た。

 その流れるような攻撃に感嘆の息と呆れを漏らすのはソニア。

 

「ったく、末恐ろしいったらないわねこの子は」

 

 ソニアはユウリやダンデのような目覚ましいポケモンバトルの才能には恵まれていなかった。

 どちらかと言えば、現在のような研究職が向いている人間であった。

 だからか、彼女の目にはユウリの姿はとても眩しく映る。

 

「わたしがこれだけ戦えるようになったのはいつ頃だと思ってるのよっ!」

 

 だからこそ、一回り年下の女の子に負けていられないとソニアのトレーナー心が奮起する。

 彼女は研究者。

 一つ一つを積み重ねていき、一つの成果を生み出すことにかけては右に出る者はいない。

 だが、だからこそ戦いの場で咄嗟に判断を下すことは彼女の得手ではなく、その部分に関しては既にユウリの方が勝っているともいえる。

 それでも彼女はポケモントレーナーだった。

 膨大な過去の戦歴とポケモンについての豊富な知識が誰よりも早く次にくる光景を導き出す。

 

「読めた、退避!」

「はい!」

 

 バチンキーの連打が終わった直後体勢を崩したかと思われたダイオウドウが強く地面を踏みつける。

『10まんばりき』で踏みつぶされた地面が一気に陥没し、代わりにダイオウドウの鼻先を掠めて地面が大きく隆起する。

 そこは先ほどまでバチンキーのいた場所であり、退避勧告が無ければ隆起した地面に突き飛ばされバチンキーは大きなダメージを受けていただろう。

 そんなことを喜ぶ暇もなくさらなる追撃が押し寄せる。

 隆起した地面が即座に粉砕され、ダイオウドウの巨大な鼻が顔を出す。

『アイアンヘッド』、蛇のようにしなやかで鋼の硬度を持つ鼻が例え岩だろうが鉄だろうが容赦なく破壊する必殺の一撃だ。

 隆起した地面との波状攻撃、死角からの追撃に緊張が走る。

 

「だから、読めてるって言ったでしょ!」

 

 驚くユウリとバチンキーを他所にソニアだけはダイオウドウの攻撃を完璧に予知していた。

 辺りに散乱していた大量の葉が、ダイオウドウの攻撃の余波によりバッと宙に舞い上がる。

 ダイオウドウの肌に傷をつけるほどの切れ味を持つ葉だが材質は思ったよりも柔らかくて軽い。紙吹雪のように舞い上がった葉はバチンキーの体を包み隠し、ダイオウドウの正確な狙いを乱す。

 

「サルちゃん、反撃!」

 

 間一髪攻撃を回避したバチンキーはそのままダイオウドウにへと突撃する。

 迎撃の態勢に移ろうと身構えるダイオウドウにバチンキーの体を包み隠していた葉が大群が殺到をかける。

 

「ッ!?」

 

 いかにダイオウドウが鋼の肉体に守られていても眼球は柔らかく、尖った葉の1枚でも触れれば大ごとだ。

 咄嗟に目を守ろうと瞼を閉じれば一面は闇の世界。トレーナーという外付けの視界がないダイオウドウにとってそれは大きなディスアドバンテージとなる。

 視覚から入ってくる情報が途絶し、この瞬間にのみダイオウドウは完全にバチンキーの姿を見失う。

 

「『えだづき』!!」

「ウキキキキキキキキ!!!!」

「ッッッ!!?」

 

 瞼を開いた瞬間、頭上から二連打では終わらない打撃の雨が降り注ぐ。

 視界を奪い、文字通り背中を取ったバチンキーはダイオウドウの意識を刈り取らんと全力で打撃を叩きつける。

 滝のように降り注ぐ乱打はダイオウドウの体力を瞬く間に削り取っていった。

 

「オオオオオオオオオ!!!」

 

 しかし相手も歴戦のポケモン、巨大な体を無理矢理揺さぶり『じゃれつく』を発動させる

 もはや『あばれる』といっても遜色ない『じゃれつく』は背中のバチンキーを跳ね飛ばすと空中で強烈な体当たりをお見舞いし大ダメージを食らわせる。

 なんとか攻撃は食い止めたもののハァハァ、と荒い息遣いを吐くダイオウドウはかなりのダメージを食らったようだ。

 

 一進一退の攻防にゴクリと喉の鳴る音がした。

 立ち上がるバチンキーだが、今のでかなりのダメージを受けてしまった。

 代わりと言っては何だがダイオウドウの体力も大きく減少させた、つり合いとしてはイーブンだろうがユウリ達の顔色は苦かった。

 

「ごめんなさいソニアさん……好機に目がくらんだアタシのミスです」

「いいのよ……って言いたいところだけど、これまでのバトルからダイオウドウの攻撃を二度耐えたものはいない。かといって『アレ』が来るほど消耗していないとなれば、確かにかなり不味いわね」

 

 今のバチンキーはかなりのダメージを食らったがまだ立てる程度の力は残していた。

 それはソニアとユウリが一番危惧していた事態、ギリギリにならなければ来ない『アレ』を待つ彼女たちにとって半端なダメージというものが一番恐ろしかったのだ。

 

「バチンキーの残りの体力からいってもう一度ダイオウドウの攻撃に耐えられる可能性は限りなく0に近い……詰み、かもしれないわね」

 

 何度も脳内シュミレーションを重ねるソニアだったが芳しい結果を得られず唇をかみしめる。

 そんな時、逆転の芽がほぼ潰えたことでユウリの体がぐらりと揺れる。

 ここまでの激しい戦いでユウリが消費した体力は少なくない。今までそれを精神力で耐えてきたものの、唯一の希望が潰えたことで負担が一気に体へと押し寄せてきたのだ。

 慌ててソニアが手を貸そうとするも、それより早くユウリは自分の足で踏ん張る。

 

「アタシは諦めませんよ! アタシがアタシであるため、なによりポケモン達の為にも!」

「ユウリ……」

「……ソニアさん、一つお願いしていいですか?」

「……?」

「アタシが、突破口を見つけ出します。だからそれまで指示出しをお任せしていいですか」

 

 帽子を含めに被ったところでユウリの眼がスッと細められる。

 その目に魅入られた途端、ざわっとダイオウドウの体に寒気が走る。

 一挙手一投足、呼吸の回数から瞬きの回数まですべてを見通すかのようなユウリの視線にダイオウドウの体が二歩三歩と後退する。

 

「ユウリ……貴女、それは……」

「アタシにもよくわかりません。でも、なんだかこの状態になると世界がスローに見えてくるんです」

 

 それは一人でダイオウドウと戦っていたときに見せた片鱗。

 思考が最適化されていきクリアになればなるほど何もかもが遅れて見え始める。

 過酷なまでの脳の酷使と激闘が彼女の内に眠る『観る』力を呼び起こしたのだ。

 

「突破口は見つけてみせます。だからそれまで……できるだけ相手に手札を晒させるよう逃げまくってください!お願いしました!」

「えぇ!?」

「パオオオオン!!!」

「あぁもう、こういう自分勝手なところがダンデ君似なんだから!」

 

 そこから、ソニアにとっての地獄が始まった。

 

「逃げて!とにかく射程から飛び出して」

 

「『パワーウィップ』、来る、二秒後!伏せて!」

 

「あと三秒後に『アイアンヘッド』が来るから…えっと、半歩ずらして回避!一発だけ反撃して距離をとって」

 

 もとより咄嗟の判断能力にはそれほど秀でていないソニアにとって反撃をせず、ただひたすら相手の攻撃を誘うようにしてギリギリを避け続けるというのは正気の沙汰ではなかった。

 ダイオウドウの方もユウリの変貌に何かを期待するように動きを激化させ、ソニアにとっての地獄はさらに加速した。

 もし自分のポケモンを使えたら!と何度考えたことだろうか。

 ソニアが自身の寿命を削りながら、なんとか絞り出した数分。

 ダイオウドウの足が振り上げられた時、それまでピクリともしなくなっていたユウリが動く。

 

「ユウ――」

「サルちゃん、ジャンプ」

「ウキ!」

 

 ダイオウドウが足を振り下ろし『10まんばりき』を炸裂させるより早く瓦礫を足場に空へと跳躍したバチンキーはがら空きの頭部に『えだづき』をお見舞いする。

 

「……見事ね」

「お待たせしましたソニアさん。ようやく見つけましたよ、突破口を」

 

 額に汗をにじませながらユウリが突破口を見つけたと自信満々の笑みを浮かべる。

 

「説明している時間もありません。一気に決めましょう!」

「ええ!」

 

 復活したユウリの声がフィールドに響きわたり、続けてバチンキーも地を駆ける。

 近接に特化したダイオウドウの目と鼻の先ほどまで近づくものの、その動きには一切の迷いがない。 

 当然、不用意に近づいた相手へ鉄槌を降さんとダイオウドウは鼻を折りたたみ『アイアンヘッド』の態勢に入る。

 

「近づいたら『アイアンヘッド』、思った通りね!」

「サルちゃん、『くさのちかい』!」

 

 ズゾゾゾゾと地面が湧き立ち、フィールドを埋め尽くさんばかりに大量の葉群が現れる。

 バッと舞い上がる光景はまるで風で空へと飛び立つハネッコの群れを幻視させるほどで、辺り一面の空間を埋め尽くす。

 目晦ましっ!

 先ほどは『アイアンヘッド』をこれで逸らされたなと思い返したダイオウドウはすぐさま攻撃を取りやめ、広範囲を薙ぎ払わんと『パワーウィップ』を振るう。

 倍以上の長さとなった鼻を振るえば視界を埋め尽くしていた邪魔な葉が一気に散らされ、バチンキーの姿も見えてくる。

 ダイオウドウの、すぐ目の前に。

 

「ッ!?」

「ダイオウドウ、貴方はとても強くて誇り高い。相手の攻撃は真正面から受け止めて、その上で言い訳できないほど圧倒的に打ち破るのが大好き、そうでしょ? だからこんな目晦ましにもわざわざ技を割いてまで対処しようとする。それが貴方の『弱点』よ」

「『パワーウィップ』は広い範囲を持つ大技、その性質上攻撃の威力は先っぽに行けば行くほど強くなる。だけど逆に言えば根元であればあるほど力は伝わらず技の威力は大きく落ちる、と。考えたわねユウリ、これならギリギリで踏みとどまれる」

 

『くさのちかい』の目晦ましは攻撃を避けるためではない、『パワーウィップ』を使わせるための餌だった。

 そうまでして使わせた『パワーウィップ』の根元へバチンキーは突撃を加える。どれだけ力が伝わっていなくとも技は技、バチンキーの体は軽く吹き飛ばされる。

 しかし突撃はダイオウドウの態勢も崩し、威力をさらに減衰させた。

 バチンキーの残り少ない体力でも、瀕死の一歩手前で踏みとどまらせるまで。

 

「さあ、来なさい!」

「ウキキウッキィィィイ!!」

 

 傷ついた体でフラフラとしているのに、これまでで一番強い咆哮を上げる。

 極限状態まで傷ついた体に活力がみなぎり最後の力を振り絞らせる形で力が溢れ出す。

 全身から草のエネルギーが噴き出し、地面までも侵食し、植物の芽が顔を出し始める。

 『きせきのタネ』の比ではない、『しんりょく』による最後の力をこの土壇場で解放させたのだ。

 

「『きせきのタネ』×『しんりょく』。まったく……考えついても普通やる?こんなこと」

「馬鹿で結構。勝てばよかろうなのだー!」

「あー!それわたしの台詞!」

「一回言って見たかったんですけど、これ言うとIQ下がる気がしません?」

「うぼぁー!研究者に向かってそれは禁句!」

 

 おなご三人集まれば姦しい……二人しかいないがダイオウドウが♀だからそれも換算しよう。

 

「ダイオウドウもなんだか混ざりたそうに見てるわね」

「ここにきてまさかの和解フェイズきた?」

『お構いなく。』

「なに言ってるかわからないけどニュアンスでわかるわね。レポートにして提出できないかしら」

「これが女同士の友情言うやつですか?」

「絶対違う」『違います』

 

 バチンキーの体に漲る『しんりょく』の力にダイオウドウも興奮を隠しきれない。

 ダイオウドウの長い人生の中でも意図して『しんりょく』を発動させるなどという酔狂なトレーナーはいなかった。

 

 危険、綱渡り、博打。

 それらすべての賭けに勝ったものが今目の前にいる。

 

 それらユウリ達が手繰り寄せた最後の希望に敬意を表すかのようにダイオウドウも最後の溜めへと入る。

 強靭な四肢は地面にめり込ませるほど屈曲させ、巨大な鼻を今まで以上に折りたたむ。

 完成した体勢はまさしく動かざること山の如し。

 ダイオウドウは自身の最も得意とする『アイアンヘッド』でバチンキーを迎撃する様子だ。

 

 対してバチンキーは二本のスティックの内一本は用済みとばかりに地面に突き立て、残る一本で刀のような構えをとる。

 『しんりょく』で得た力と『きせきのタネ』で得た力、全てをこの一本に注ぎ込むつもりのようだ。

 

 両者ともに満身創痍。

 ダイオウドウは四度の連戦、バチンキーは格上とのタイマンで瀕死の一歩手前。

 張りつめられた力は器いっぱいに満たされ、少しでも動けば最後、全ての力が決壊してしまうかのようだ。

 二体が完全に静止したことで荒れ果てた壁画前が静寂に包まれる。

 先に動いた方が負ける、そんな空気を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺のカレーを食わせてやんよォォォ!!!』

『ぼくはシチュー派だァァァ!!!』

 

 戦場にはあまりにも似つかわしくない怒号。まことに遺憾ながらこの一言が一発で空気を決壊させた。

 

「バオオオオオオオオン!!!」

「ウキィィィィィィィ!!!」

 

 声に反応するように動き始める二匹のポケモン。初動を征したのはダイオウドウだ。

 彼の体から音速で技が射出される。ダイオウドウの『アイアンヘッド』は蛇のようにしなやかな軌道と獲物を狙って逃さない精密さが売りの大技だ。

 最速で最短、一部のブレもない美しい攻撃が一直線に飛んでいく。会心の一撃にダイオウドウ自身も勝ったと確信する。

 

「バオッ!!?」

 

 だがここでアクシデントが発生する。

 技を発動させるため足をまっすぐに張る直前、何かによってストップをかけられる。

 蔦だ。

 ダイオウドウの足にいつの間にか幾重もの蔦が絡みつき『アイアンヘッド』射出の妨げとなっている。

 何処から。

 原因はすぐ目の前にあった。地面に突き刺さっている方のスティックだ。

 バチンキーが不要とばかりに地面に突き立てた二本目のスティックが淡く黄緑色に光り、力を送り込んでいる。そこから小規模な『くさのちかい』を操り、気づかぬうちに足を拘束していたのだ。

 

「やりぃ!」

 

 ダイオウドウは知らない。

 目の前にいる少女は正々堂々に見えて、実は悪戯大好きなガキ大将であったことを。

 バトルの中での彼女しか知らないダイオウドウにとって完全なる盲点であった。

 

「決めてサルちゃん!」

「ウキィィ!!」

 

 大胆不敵にして揺るぎない実行力と胆力。『アイアンヘッド』の勢いが完全に削がれたことで形勢は一気にユウリ達に味方する。

 勢いが完全に殺された攻撃をバチンキーは軽やかに躱す。もはや完全にタイミングを読み切ったバチンキーには目を閉じていても躱せるものだった。

 

『アイアンヘッド』を足場として一気に駆け上がる。

 ダイオウドウは勤めて冷静に鼻を動かし振り払うが、バチンキー止まらない。

 ダイオウドウの体を拘束していた蔦を操り幾らかを絡み合わせた即席の足場を作り出し、蹴り飛ばす。

 

 鼻は引き戻したばかりで使えない。

 脚は拘束されて動かせない。

 大きな体もここまで近づかれては何かをする暇もない。

 

 ダイオウドウは自分の手札が全て使い切らされたことを悟り、自然と気持ちを吐露する。

 

『ユウリ、貴女のこれからの活躍をご期待しております』

 

 満足げな表情と慈愛に満ちた言葉は確かにユウリに伝わる。

 

「次は絶対にサシで倒して見せるわ。それまで首を洗って待っていなさい!」

「ウッキィ!!」

 

 だからこそ二人は全身全霊を込めた一撃で宣戦布告する。

 正真正銘、この大勝負を終わらせるために最後の技を振るう。

 

「『ウッドハンマー』!!!!!」

 

 兜割りの如く振り下ろされた渾身の一撃が全てを粉砕する。

 圧倒的な雰囲気が消失し、ダイオウドウの巨体が崩れ落ちる。

 

「勝ったッ!第三部、完!!!」

「何部あるのよ……」

 

 粉塵を巻き上げ、崩れていく様は堅牢な城が墜ちるような物悲しさと、同時に勝者を祝う勝ち鬨のようであった。

 

 

 




いきなり『観る』力とか言い出してポケスペ路線になるのか?と作者困惑中。
作者は一時期イエローに心を奪われていたことがあります。いいよね、ポニテボクっ娘。

ちなみにビートがシチュー好きというのは作者の勝手な妄想です。こいつはカレーよりシチューの方が似合うかな、って。
やべぇよ、やべぇよ……勢いで変なセリフ入れたけどビートの方どうするのかまだ決まってねえよ。


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60、最強 vsビート

仕事が始まってから机の前につく時間は増えたのに執筆時間は減っている。
これは一体……?(PCでウマ娘しているからだと思います)


「ハっ、ハっ!」

「ブルルゥ!」

 

 二匹のポケモンが戦場となる地面を縦横無尽に駆け巡っている。

 

「『かみつく』!」

「躱して『サイケこうせん』!」

 

 アオガラスがアーマーガアへと進化し、早数分。戦場は空から大地へ、戦いは戦況が目まぐるしく入れ替わるここ地面でのポケモンバトルとなっていた。

 

 覆いかぶさるように飛び掛かるパルスワンの攻撃がひらりと躱され、返す刃で放たれた七色の光に姿勢を低くする。戦いは一進一退、どちらも押し切れない状態が続いていた。

 この二匹のように四足をフルに扱うポケモン同士の戦いは機動力の勝負だといっても過言ではない。俺のパルスワンはスピードに関してならばどんな相手にも負けない、そう自負しているが流石に敵も一流、一筋縄ではいかない。

 

「ポニータ、『こうそくいどう』!」

「消えたっ…後ろかッ!」

「『ようせいのかぜ』!」

「避ける暇はない、持ちこたえろ!」

 

 単純な素早さならばこちらが大きく上回っているのだが『こうそくいどう』による瞬間移動がこちらを翻弄してくる。目にも止まらぬ瞬間移動は効果時間を著しく絞ることによって本来の『こうそくいどう』以上のスピードを有していて、気がついた時には既に敵に踏み込まれた後だ。

 素早さと突破力ならばこちらが勝るが、バトル全体の流れは相手が握っている。中々に厳しい戦いだ。

 

「でもそれってさ、こっちが全力を出せばまた覆るってことだよ、ね!!」

「ッ、まだスピードが……!」

 

 だからといって悲観するほどではない。特に、フィジカルで勝る、というのは大きな利点だ。相手が技を使ってやっと肉薄するということはこちらが技を使えば均衡は崩れるということに他ならない。

 ここまで蓄えていた力を一気に開放し、身体能力をブーストさせて攻勢にかかる。

 

「フルパワーだ、『スパーク』!」

「迎え撃て、『とっしん』!」

 

「ガルルルゥゥ!!」

「ポニィイ!!」

 

 お互いにあらん限りの力で地面を蹴りつけ、こちらは雷撃を敵は純粋なパワーでもって激突する。

 雷を纏った突進攻撃とただの突進攻撃。さらにこちらはここまで温存していた力を解放しフルパワーで体当たりしているのだ、これで負けるはずはない。

 

…そうだというのにポニータの突進攻撃は進化後のパルスワンと拮抗していた。互角……いや、むしろ単純なパワーでは敵のほうが勝っているかもしれない。フルパワーを隠していたのはお互い様というわけか。

 

「だけど、不用心だよ!『スパーク』とそのままカチ合うなんてね!」

「ポニッ!?」

 

 根気強く競り合っていたポニータの体がビクッと跳ねる。

『スパーク』のような雷を帯びた攻撃と競り合えば、それだけで電撃が相手の体を蝕んでいく、視認できる範囲ではか細く微弱な電流であるが、一瞬たりとも力を抜けないこの状況下では十分な効果を発揮する。一瞬とはいえ体を硬直させた敵を一気に押し切り、のけぞった態勢に全力の『スパーク』がクリーンヒットさせる。

 

「胸部…急所狙いか……!」

「畳みかけろ、『かみつく』!」

 

 持ち前のタフネスさで攻撃を受け切ったポニータだったが、長時間の接触と急所への直撃は相手に【麻痺】の状態異常を背負わせる。降って生まれた好機を逃す手はなくこちらも一気呵成に攻め立てる。

 

「ゥワオオン!!」

 

 体の動きを制限されたポニータは自慢の健脚を潰され成す術もない。飛び掛かったパルスワンに組み敷かれ、大きく開いた《がんじょうあご》が抵抗できないポニータへと襲い掛かる。

 

「終わりだ!」

「まだだァ!!」

 

 ポニータのすらりとしながらも肉付きの良い首筋へ今にも歯が突き立てられようとした時、ドカンと両者の体が跳ねるように飛び上がる。

 いいや、跳ねたのだ。

 見ればポニータの脚がピンと突き立っている。ウマ型のポケモンが持つひときわ鍛えられた後ろ脚によってパルスワン共々無理矢理体を空へと押し上げたのだ。

 

「よくやった、『サイケこうせん』!!」

 

 組み伏せ、絶対の有利を手にしたはずの体勢が力任せに破られてしまう。

 その間たった一刻の自由を得たポニータは即座に脚の力を緩め、額にある角へと全エネルギーを集束させる。殆ど零距離状態で放たれた七色の光が空中のパルスワンの脇腹を掠め、苦い感情が表情を歪ませる。とはいえ直撃しなかったのは咄嗟に空中で身をひねったパルスワンのファインプレーだ。ここを逃す手はない。

 

「もっとよく狙うのです!」

「引くな! このまま押し切れ!」

 

 こちらを近づけまいと放射される光の束を紙一重の距離で躱し、くぐり抜ける。ひねった体の遠心力を利用しポニータの体を突き飛ばしたパルスワンは、そのまま相手を地面へと叩きつける。

 

「終わりだ、『かみつく』!!」

 

 背中を強く打ち攻撃が中断されたところへ獰猛な猟犬が放たれる。晒された白い首筋を前に『もう我慢はできない』とパルスワンの犬歯がむき出しとなり、突き立てられる。岩さえも粉砕する『かみつく』がポニータの動きを完全に押さえつけ、沈黙するまで力を緩めない。

 そうしてようやく、ポニータは動かなくなった。

 

「ふぅ……」

 

 相手が完全に戦闘不能となったことを確認し、額の汗をぬぐう。

 互いに機動力が売りのポケモン同士。戦いはこれまでのバトルと比べてもかなりのハイペースで進み、ポケモン同様トレーナーの体力も大幅に持っていった。特に最後の最後、あの体勢から巻き返されたときは背筋が凍えた。

 

「……よくやったぞパルスワン!!」

「ワフゥ…」

 

 パルスワンも肝を冷やしたといわんばかりに腰を下ろし、頭を下げてほっとしている。こちらが手を振ると元気に吠え返してくれたので、まだまだ余力が残っているようで安心した。

 一方、そんな俺たちとは対照的にビートはほの暗い感情をあらわにしていた。

 

「クソ! どうして思うように進まないのです!」

 

 らしくもなく悪態をつく姿は常日頃冷静に戦いを進める彼らしくない振る舞いであった。

 

「くそっ、くそ。ぼくはスクールをトップで卒業して、委員長の推薦を受けたエリートトレーナーなんだぞ。そのぼくがこんな無様をっ!」

 

 三匹のポケモンを失ったことがそれほど響いたのだろうか。とはいえ戦いに敗れたポケモンをいつまでも晒している彼の姿は見ていられない。そう思って声をかけてもビートの耳には届かない。

 

「おいビート」

「オリーヴさんになんて報告する……委員長のポケモンまでお借りしているというのに……こんなところで……」

 

 いつも無表情で人を煽るときだけ感情を露わにする彼がどうしてここまで取り乱しているのか、俺にはまったくわからなかった。

 しかし、そこにはきっと彼がこの遺跡の破壊を決行するにいたったほどの理由があるのではないか、そんな風に思った。

 

「……でも、今のままじゃ俺の声も届きそうにないな」

 

 平静さを失った今の彼を言葉で制するのは不可能だ。滾りにたぎった今の彼に冷静になれ、と言ったところでそれはサウナの窯に水をぶちまけるようなものだ。下手に手を出せば大火傷を被るのはこちらだろう。

 だったら、ポケモントレーナーである自分にできることはただ一つ。

 

「―――こいよ、ビート! このまま終わるお前じゃないだろ!!」

 

 空をつんざくほどの大声量を挙げ、無理矢理耳に届かせる。

―――ポケモンバトルで負かして、止める。それしか方法はない!

 

「ビートは委員長に推薦されたトレーナーなんだろ。こんなところで負けるなんて、委員長の顔に泥を塗っているようなものなんじゃないか!?」

 

 敵への激励とも嘲笑ともとれる言葉はビートの感情に揺さぶりをかける。

 彼には委員長に選ばれた特別なトレーナーだ、という揺るがぬ自負がある。そんな彼がこうして敗北を喫する程の状況で、ましてや自分を追い詰めいている相手からそんな言葉を掛けられればプライドが沸点を超えるのは当然の結末であった。

 

「もう勝ったつもりですかっ! どこまでも癪に障りますね貴方は!」

「別に?勝ったつもりはないですけどぉ? あ、そういえば今日はカレーでお祝いする予定だったっけ。ならこんな用事は早く済ませなきゃなあ!」

「~~~っ!!?」

 

 自分が行った決死の計画があまつさえパーティーよりも優先度が低いとされたなればプライドの高い彼はすぐさま頭に血が昇るだろう。そうすれば彼の得意とするバトルは感情に支配され、本来の力の半分も発揮できないはず。このまま彼を怒らせてやるぞぉ!決して常日頃から溜まっている彼への鬱憤をここぞとばかりに開放しているわけじゃないからな!

 

「やーいやーい!委員長の追っかけ~!」

「子供ですか!!」

「使いっぱしり~!」

「うぐっ」 100ダメージ

「秘書さんの方が優秀~!」

「ぐぅっ」 200ダメージ

「というか委員長のお気に入りって多分ダンデさんなんで…正直ビートが委員長の隣に立つことは……」

「ぐはぁっ!!」 1000ダメージ

 

 赤い何かを口から吐き出しビートが崩れ落ちる。よしっ、ビートに対しては委員長が効果は抜群だ。このまま畳みかけよう。

 

「ところでさ、ビートの服って正直センスないよね」

「な…にぃ?」

「視界に入ったら嫌でも目で追っちゃうし、もうちょっと周りの人に気を使って目に優しい色にするとかしたら?」

「この……っ、さっきから言わせておけば! では聞きますが今貴方が着ているその服、それは何ですか!」

「は? みんな大好きツボツボのカレーTシャツですがなにか???」

「欠片も疑問だと思っていない顔!? まさかそのダサいTシャツを本当にお洒落だと思っているんですか!?」

 

 俺のお気に入りの一着であり、全人類が愛してやまないツボツボの『カレーTシャツ(税込980円)』を言うに事欠いてダサいだと!?ぶ〇してやる!!

 

「貴様ァ! 貴様は今全世界のカレーTシャツ愛好家(大半が10歳未満の児童)を敵に回したぞォ!」

「知るかァ! 大体ぼくはカレーより真っ白なシチュー派だァ!」

「なん……だと………?」

 

 こ、の男、今なんて言った?

 

「ま、まさかビート……君は、純白教(ホワイトシチュー)派の人間なのかい?」

「なんですかそれは…」

「無限のスパイスとその組み合わせから生まれるカレーが新たな可能性と混沌を司るというなら、純白のシチューはその真逆。決められた材料、決められたレシピ、決められた火加減で作り出されるホワイトシチューはまさしく変わらぬ秩序と停滞を司る料理といっても過言ではない……」

「過言だろ」

 

 目の前の人物がまさか純白の教えに身も心も絡めとらわれた咎人だったなんて……

 そのあまりの衝撃から、目からカレーが流れ落ちる想いだ。

 

「……なんですかその未開の地に住む部族を見た時のような眼は。やめろォ!そんな目でぼくを見るな!」

「そんなつもりはないよ。ただ、ここに主の愛(カレー)を知らない存在がいたこと。そして、それに今の今まで気が付くことができなかった未熟な自分が恥ずかしくなっただけさ」

 

 つー、と頬に一筋のしずくが流れる。なんという不徳、どうやらまだまだ精進が足りていなかったようだ。これからは慢心せず、さらなる邁進をしていこうとスパイスの神に誓った。

 

「こ、こんな男にぼくは後塵を拝しているというのか……っもっと顔向けできないじゃないか!」

 

 ビートが悔しそうに地団駄を踏み始めたところでようやくスパイスの神域から意識が戻ってくる。

 よしよし、煽りは順調。このままビートを言葉巧みに誘導して冷静さを失わせたところで一気に負かして正気に……って、あれ? いつのまにかビートが正気に戻ってる? なんで???

 

「くそっ、こんな頭のおかしなカレー野郎に負けるなんて一生涯の恥! 委員長の顔にカレーをぶちまけるようなものじゃないか!!」

「ちょっとまて、それはご褒美だろ!?」

「うるさい、頭のおかしなカレー野郎は黙ってろ!」

「『頭のおかしなカレー野郎』、イッシュ辺りの言葉に直せば『クレイジー・カレーマン』?やだ結構イカすじゃん」

「こ、こいつ無敵か!?」

 

 若干引き気味のもこもこピンクを見てみると、どうやらあれだけ高ぶっていた負の感情の高まりが鳴りを潜めた様子。

いったい何が原因なのか皆目見当もつかないがポケモンバトルで負かして無理矢理言うことを聞かせる、という当初の予定はいささか荒っぽいかなと思っていたところだ。今なら、もしかすれば言葉で彼を説得できるかもしれない。そう思って、俺は一歩を踏み出した。

 

「ねえビートもう一度聞いてもいい?」

「なんですか、もう頭の痛くなる話は聞きたくないのですが……」

「どうして、こんなことをしたの?」

「ッ!」

 

 ここに来て直後の俺は壁を破壊するビートの姿を目撃したせいで自分を制御できないほど激昂していた。だがポケモンバトルを介して落ち着きを取り戻した今なら彼と腰を据えて話ができるのではないか、そう思った。

 

「だ、だから先ほども言ったでしょう。この壁画を破壊して奥に眠る膨大な量の『ねがいぼし』を手に入れる! そうすれば委員長の計画が一気に進み、ぼくはそこに貢献できる。そうなればチャンピオンなどよりもっと評価してもらえる筈なんです!」

 

 それでも現実は変わらない。

 ビートの言葉は最初と同じく、いくら俺が落ち着いたからと言って到底納得できるものではなかった。

 

「これはオリーヴさんに任された重要な任務! 絶対にしくじるわけにはいかないのです!!」

 

 だが、その中に聞き流せない一文があった。

 

「『オリーヴさんに任された』……?」

「ハっ!?」

 

「しまった!」と言わんばかりに両手で口をふさぐビート。頬には冷や汗が流れ、顔色がみるみるうちに悪くなっていく。表情や仕草からは普段は滅多に覗かせないであろう焦りや焦燥感といったものが増えていき、どう見ても口にしてはいけないことを口走ってしまったという感じであった。

 そうか、今回の凶行はあの人の企てだったのか。そういえば以前委員長とお茶をしたときにビートは彼女と共にどこかへ行ってしまった。もしかしてあの時から今回の計画は進行していたのか?

 

「さ、さあ話が終わったのならバトルの続きを再開です!」

「ちょっ、まだ聞きたいことが……」

「聞きたいことがあるのならポケモンバトルで勝って聞き出してみなさい!」

 

 もっと聞きたいことがあったのだがビートに無理矢理話を打ち切られる。さらに言えば彼の目には再び使命の闘志が燃え始めていた。どれだけ歪んでいたとしてもビートの行動の根底にあるものは委員長への忠誠、その使命を思い出し彼は今一度復活を遂げたのだ。

 

「まだここで君を倒せば立て直しは効く。ぼくは絶対にあの人達の期待に報いて見せます!」

 

 闘志を取り戻したビートの左手から最後のボールが開口する。

 

「いきなさい、テブリム!」

 

 それはこれまで見たことも聞いたこともない姿のポケモンだった。淡いピンクと水色が目立つそのポケモンは巨大な頭部から伸びる二本の触手のようなもので体を支えた奇怪なポケモンであった。

 しかし、これまでの彼との戦い、激戦からそのポケモンの正体を見破るのは難しいことではなかった。

 

「テブリム……ミブリムの進化後ってところか?」

「その通り。長く辛い鍛錬と特訓の末ようやく進化を遂げた、最強のポケモンです」

 

 ビートの言葉からはテブリムに対する絶対の自信と信頼が伝わってくる、それと同時にその体から発せられる力の圧も。どうやら『最強』というのもハッタリではなさそうだ。

 

「これまでの戦いが全て余興に思えるほどの力を見せてあげます」

「だったら、見せてもらうぞ!」

 

 先に仕掛けたのは俺とパルスワンであった。

 息を整えたパルスワンが再びトップスピードでフィールドを駆け巡る。目にも止まらぬ俊足は地面から小さくきめの細かい砂を宙へと巻き上げると、辺りに黄土色の土煙をあげていく。

 視界を埋め尽くすほどの大量のスモーク、こうなってしまってはこちらからもよく見えないほどだが。

 

「(パルスワンには自慢の鼻がある。こちらからは相手の位置がお見通しだ!)」

 

 巻き上がる粉塵の中でもパルスワンの鋭敏な鼻は相手の正確な位置を補足している。十分に土煙を上げたところでパルスワンはブレーキをかけ、音もないまま土煙に紛れる。

 

「………」

 

 抜け足、差し足。忍び足。ゆっくりと音もなく忍び寄ったパルスワンはテブリムの背後をとる。

 

「いけ、『かみつく』だ!」

 

 大きく顎を開け、残った距離を一気に埋めるように地面を蹴る。俊脚とともに振り抜かれた牙が何も見えない粉塵の中、無防備なテブリムへと襲い掛かる。

 

パアッン!!

 

「ワッパ!?」

 

 完全な死角、テブリムの背後から襲い掛かったはずのパルスワンが横方向から殴りつけられる。土煙の中からすごい勢いで叩き出されたパルスワンの顔には確かな打撃痕があり、迎撃を受けた動かぬ証拠であった。

 そしてその直後大きな風の流れが生まれ、辺りを覆っていたはずの土煙がぐんぐんと流されていく。強風に体を持っていかれないよう必死で耐えていると、その中心からは高速で回転するテブリムの姿が出てきた。

 

「さあ見せてあげなさい、あなたの力を。テブリム、『ぶんまわす』!!」

「ブゥンブゥン!!」

 

 頭部から出ていた二本の触手。どうやらあれがテブリムの主武装らしく、高速で回転している触手は回転の勢いが増すほど威力を増しているようだった。コマのように回るテブリムはミブリムだった頃とは一線を画すスピードで迫ってくる。

 

「『かみつく』で迎え撃て!」

 

 触手に殴り飛ばされパルスワンはダメージが大きいのかゆらゆらと立ち上がり目を吊り上げて敵を睨む。それでもぴくぴくっと鼻を揺らし敵の位置を見極めると大きく口を開く。

 

「そこだ!」

「ワオオオン!」

 

 回転する敵の触手をガッチリと顎と牙で挟み付け、完全に受け止める。完璧なタイミングとそれに負けないパワー、どちらもあってようやく成功した必然だ。

 

「そのまま離すなよ!」

「わふぅん!」

 

 エスパータイプがまさかの物理技主体。以前のスタイルとは打って変わったその戦い方に面を食らったが、攻撃を受け止めたこの態勢はこちらが絶対的に有利。この距離なら何をするにしてもパルスワンの方が速く動ける。

 

「反撃だ、『スパ―――っ!」

「―――甘い!!」

 

 触手へと強力な電撃を流そうとしたのもつかの間、なにかが風を切る音が聞こえる。

 ブウゥン!という強い音はなにか長ものが振るわれるときに出る音、そこまで理解したとき容赦なく襲い掛かった。

 

「ッッわお!?」

「パルスワン!!?」

 

 二つ目の触手がコブシの形となってパルスワンのボディに突き刺さる。それはこちらの『かみつく』を完全に予見したタイミングだった。ビートは読んでいたのだ、こちらの『かみつく』を。

 放たれた重い一撃は腹を打ち据え鈍い音をたたえて体ごと吹き飛ばす。

 

「もう一度、『ぶんまわす』!!」

 

 吹き飛ばしたパルスワンに向けた追撃。黒く染まった触手をぶんぶんと振り回し、流れるように二発をたたき込む。

 地面を三回転半もして転がってきたパルスワンはとっくの昔に戦闘不能になっていた。

 

「そんな……」

 

 倒れたパルスワンに駆け寄る。まだまだ体力的には余裕のあったパルスワンがたった二回の攻撃、それもエスパータイプの物理技でやられてしまったことに戦慄を覚える。

 

「サイトウさんの所の格闘タイプにも勝るとも劣らない。なんてパワーだ」

 

 格闘タイプと比べても遜色のない圧倒的なパワーは目の当たりにした者の背筋をヒヤリと震えさせる。勿論俺もその例外には外れず、声は途中から震え出していた。これでまだ力の一角を露わにしただけというのが……とても恐ろしい。

 

「どうしました。まさか、この程度で戦意を失ってしまいましたか?」

 

 顔にも出ていたのかここぞとばかりにビートが言葉を振るう。

 それは先ほど俺が彼にかけていた言葉をそのまま投げ返してきたかのような切り口で、まっすぐと心の核心に触れようとしてくる。

 

 強い、震えるほどだ。

 だが違う。この震えは決して恐れからきただけの震えではない。確かに強い。以前ワイルドエリアで相対した歴戦のローブシン(ゴーストタイプには手も足も出なかったが)ほどではないが、今の俺たちでは現実的に見て厳しいなと警鐘が鳴るほどの凄い力を秘めていることを感じる。

 

「すっ……すっげえ!!」

「!?」

 

 衝撃は受けている。頭では「こいつやべーぞ、勝てねえって」と警鐘が鳴っている。

 だけど―――そんなのは小さなことだと()が訴えかけてきている。

 

 すごい相手だ。

 こんな奴と戦ってみたかったんだ。

 

 そんな風に俺の体を突き動かそうとしている。今体を支配している体の震えは―――つまりは武者震いであった。もはや事件のことなどどうでもいい、戦いたい。溢れだした戦意が恐怖による恐れをまとめて塗りつぶしたのだった。

 そして俺はパルスワンを戻す。手早くホルスターに仕舞うと、次のボールを手に突きつける。

 

「楽しいよビート! 君とのバトルはいつだって!!」

「その大口もすぐ利けなくしてあげますよ!!」

 

 次のポケモンは、君に決めた!!

 

 

 




鳴神ハルキ先生の次回作にご期待ください(大嘘)


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