カスミトアケボノ 緋月編 (緋月霊斗)
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1話

御伽噺の中の存在、魔族が実在することが明らかになって数年。島国日本では試験的に魔族と人間の共存が始まった。

しかし人間からすれば未知の存在であり、それを受け入れる事に否定的な意見も多くあった。

否定的な人間は魔族を差別し、迫害した。

魔族もそれに対抗する為に人間に攻撃をする。

そんな負の連鎖が、魔族と人間の間に消えない溝を生んだ。

互いの攻撃が悪化し始めた矢先、日本政府は魔族にある提案をした。

もちろん政府の要人は人間であり、提案も人間に有利なもの。それを魔族が受け入れる訳もなく、魔族は人間に対して全面戦争を持ちかけることにした。

それに待ったをかけたのが、魔族の中でも特に強い発言力を持ち、高い能力を持つ魔族を多く輩出する名家、緋月家(あかつきけ)であった。

「だったら人間に大人しく屈しろと言うのか!?」

男ーー見た目は人間だが獣人であるーーが、机に手を叩き付けて言う。

「そうは言っていない。政府に対してこちらからも要求を出して、それを呑ませればいい」

そう言って少年が答える。

それに吸血鬼の女が反論する。

「高々数年しか生きていない若造に我らの屈辱がわかるものか!」

「なら実力で俺を排除するか?」

「それは……」

そう言って女吸血鬼は口を噤む。

「俺が日本政府に言うことを聞かせる。たとえ力ずくでもな」

少年はそう言って席を立つ。

「できるのか?お前に」

獣人が少年の背に向けて問う。

「当たり前だ。緋月の名にかけても魔族の安寧を手に入れる」

そう言って少年は会議室を出る。

少年の名は緋月霊斗(あかつきれいと)

名家緋月家の当主であり、現在日本に存在する吸血鬼の中でも、最も強い力を持つ者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうするのさ」

霊斗に聞くのは彼の弟。名を蒼牙(そうが)と言う。

「どうもしねぇよ、向こうが動かない限りな」

「あちらから仕掛けさせるって事ね。そうすればこっちの大義名分も立つもの」

寝転がり、猫を撫でながら少女ーー桃香(ももか)が言う。

「そういう事だ」

そう言って霊斗は席を立つ。

「どこか行くの?」

天音(あまね)のとこにな。また暇だとか言って夜中に呼び出されるのも嫌だしな」

天音とは霊斗と同じく魔族であり、霊斗の許嫁ということになっている少女だ。

種族はサキュバスだが力は弱く、能力的にも戦闘向きでは無いため、霊斗が時々様子を見に行き、無事を確認している。

「ふーん……」

「なんだ、なんか用あったか?」

「ううん。天音ちゃんによろしくね」

「わかった」

そう答えて霊斗は一路天音の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、なんで俺は拘束魔術で縛られてるんだ。こんな事のために教えた訳じゃないんだが」

「霊君が悪いんだよ!私だけ仲間はずれにするから!」

「いや、別に仲間はずれにした訳では無くてだな……」

身体の自由を奪われ、桜空(さくら)天音に馬乗りにされた状態で霊斗はため息をつく。

こういう話を聞かないところが無ければ満点の美少女なのになぁと思いながら、天音を見上げる。

綺麗に手入れされた長い黒髪に蒼い瞳、整った顔立ちをしている。おまけに胸もでかい。

「視線がいやらしいんだけど」

「気のせいだろう。とりあえず離してくれ」

「やだ」

容姿に関してはその辺のモデルなんかにも引けを取らないくらいなのに、性格はガキの頃から全く成長していない。

いい加減自分が異性だということを自覚して欲しいと思いつつ、霊斗は対抗魔術を使う。

「え、わっ!なんで拘束外れてるの!?」

「対抗魔術に決まってるだろ。教えたはずだけど?」

「あははー……そうだっけ……」

誤魔化すように笑う天音を押しのけて、霊斗は起き上がる。

「あ……れ、霊君、怒ってる?」

押しのけられて、不安そうに聞く天音に、霊斗は笑顔で答える。

「いや、怒ってないぞ?」

「よ、よかったぁー…… 」

「この後の魔術訓練はいつもの10倍コースだ」

「絶対怒ってるじゃん!」



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2話

「あー……疲れた……」

そう言って上着を脱ぎ捨て、薄いシャツ1枚になる天音。

「まだ簡単な護身用の魔術だからな?そんなんじゃ戦闘参加はいつになる事やら……」

呆れながら、霊斗が天音にタオルとスポーツドリンクを手渡す。

「それは霊君が火炎魔法使わせてくれないからじゃん」

「お前が使ったら周囲一体が消し炭になるだろう。仲間まで巻き込んでどうする」

そう言いながら、霊斗はソファに座る。

「むー……」

唸りながら隣に座った天音が腕を絡めてくる。

「おまっ!なにして!」

しっとり汗に濡れた肌の感触と、布1枚挟んでいるが、確かな弾力。

普段落ち着いていても、まだ齢18の霊斗には刺激が強い。

「訓練が終わって、疲れてる霊君にご褒美、だよ」

天音がそう言うと、その瞳が微かに光を放つ。

「やめ!お前っ!」

光を直視した霊斗の思考が鈍る。サキュバスの能力、催淫だ。

ちなみにこの能力は、自らが好意を寄せる異性にしか効果はないのだが、霊斗はそれを知らない。

「ほーら……素直になっちゃえ……」

天音の甘い声音に牙が疼く。

吸血衝動は、主に性欲によって発動する。

「くそっ……お前……」

抗い難い喉の乾き。思わず本能のまま動きそうになった時だった。

霊斗の携帯から警報の様な音がなる。

驚いた天音が能力の発動を止めたため、霊斗の身体が自由になる。

「緊急回線?なんだ……?」

霊斗が通話ボタンを押し、スピーカーモードにする。

「どうした?」

『お兄ちゃん?今、緊急で来た情報なんだけど、過激派が動き出したって』

「あの馬鹿共が……先走ったか」

『今神奈川に各地から集結してるみたい』

「地味に遠いな……まぁいい。すぐ向かう」

霊斗はそう言って電話を切る。切る直前に桃香が何か言っていたが、何か重要なことならもう一度かかってくるだろう。

「止めに行くんだよね」

「ああ。戸締りはしっかりしろよ?何があるかわからないんだからな」

天音にそう言って、霊斗は玄関に向かう。

そんな霊斗の袖を、天音が掴む。

「どうした?」

「闘う……んだよね?」

「場合によってはな。それより、急いで行かないとヤバい事になる。離してくれ」

霊斗がそう言うと、天音は霊斗に背中から抱きつく。

「訓練で魔力使ったんだから、補給してかないと……ね?」

抱きつく手が強くなる。それに合わせて、背中に当たる弾力が強くなる。

「お前……何言ってるかわかって……」

「わかってる。これまでだって何回かしたでしょ?」

「……あのなぁ、許嫁だからって無理にこんな事しなくてもーー」

「無理じゃない。霊君はさ、私が誰にでもこんな事すると思ってるの?」

天音の手が震えている。怒っているのか、泣いているのか。

「それは……」

「思わないなら、ちゃんと補給して行って。」

こうなった時の天音は何を言っても聞かない。

乱暴にならないように天音の手を解き、霊斗は天音を見る。

もちろん霊斗だって天音に好意を抱いているし、天音からの好意も気付いている。

だが、今は人間との戦争が始まるか否かの瀬戸際だ。

魔族の頂点に立つ緋月家当主として、色恋に現を抜かしている暇などない。

だが、今は魔力補給の為だ。許されるだろう。

霊斗は、自分納得させて、天音に言う。

「本当に良いんだな?」

「う、うん………」

深呼吸をして、天音の肩に手を置く。

そのまま天音の身体を引き寄せ、耳元で呟く。

「好きだ、天音」

「霊君……」

天音の返答を待たず、その首筋に牙を埋める。

痛かったのか、天音の肩が跳ねる。

しかし、吸血鬼の吸血には快楽効果がある。

段々と天音の吐息が甘いものになって行く。

必要分の血を吸い終わる直前、天音が霊斗の耳元で呟いた。

「私も、霊君が好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勢いに任せて吸っちまうとは……」

「昔もそうだったじゃん。なんで今更自己嫌悪してんのさ」

天音の台詞に、その通りかと納得し、立ち上がる。

正直な所、吸血よりも勢いで告白したことの方が後悔しているのだが、事態は一刻を争うのだった。

「……行ってくる」

「行ってらっしゃい、気を付けて」

天音の言葉に頷き、霊斗は空間操作の魔術を発動した。



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3話

空間を歪め、ゲートを作りそれを潜る。

何度かそれを繰り返して目的の場所に向かう。

「繋げられる距離に限界があるのがなぁ……」

呟きながら空間の歪みを駆け抜ける。

目的地までの最後のゲートを潜ると、強烈な血の臭いが鼻を刺激する。

「ここか……だいぶもう片付いてるな」

霊斗はそう言って、この惨状を作り出した本人を見る。

「よう、緋月一族当主」

「…「図書館」の冬風……。じゃあこの惨状は……」

「そういうことだ。襲われたから迎撃したにすぎん。まぁ、文句があるなら受け付けるが」

そう言った冬月夜斗の持つ剣がギシギシと音を立てる。

霊斗はその剣を眺めて言う。

「それが神機か」

「俺達恩恵保持者(ギフトホルダー)が持つ、お前たち吸血鬼でいう召喚獣だ」

吸血鬼の中でも召喚獣を使えるのは一部なのだが、それは黙っておく。

あまり自分の召喚獣も見せたくは無いのが本音だ。

どう戦うか考える霊斗に、夜斗が問う。

「で、ここでバトルするか?」

しないで済むならそれでいい。そう思い、霊斗は両手を挙げて言う。

「しない。俺は過激派を止めに来ただけだ」

そんな霊斗を見て、夜斗は言う。

「ならいいさ。今後とも、衝突が無いことを祈る」

神機が夜斗の手元から消滅する。

そして、思い出したかのように夜斗は霊斗に言う。

「…あ、俺は夜斗っていうんだ。以後お見知り置きを、ってね」

「俺は霊斗。知っての通り、緋月の当主だ」

「よろしくな、霊斗。俺たちは火の粉を振り払うので精一杯…ということにしとくかな」

冗談めかしていう夜斗に霊斗は言う。

「嘘つけ。あれだけ派手に殺せるくせに」

「詮索は無用だ。互いにな」

そう言った夜斗は能力を使う。

霊斗は警戒し、魔術起動の準備をする。

「戦いはしたい。言ったろ。まぁ、なにかと大変だろうけど、頑張れ」

夜斗の姿が消え、後には惨劇の跡と過激派の生存者が残る。

「……冬風夜斗……ね」

相手にするのは面倒だと思いながら、残った過激派に向けて言う。

「俺は進撃を許した覚えはない。まだ死にたい奴らは残れ。そうじゃないなら大人しく帰れ」

霊斗が魔力を放出すると、恐れた魔族達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

残った者が居ないことを確認して、霊斗はゲートを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえり、霊君」

天音に迎えられ、霊斗はリビングに向かう。

「って待て。なんでお前がここにいる!?」

霊斗が天音に聞く。

「え、だって桃香ちゃんが」

「私が呼んだの。お兄ちゃんはどうせこっちに帰って来ると思ったから」

キッチンから桃香が出てくる。

霊斗は桃香に問う。

「なんで俺が家に帰るのと天音を家に呼ぶ事が繋がるんだ」

「それを今から話そうとしたの。まずはこれみて」

桃香はそう言ってテレビを付ける。

そこには何かの記者会見の様子が映っていた。

「冬月夜斗……」

内容は冬月ら「図書館」による日本政府の乗っ取り。いや、破壊の方が正しいかもしれない。

「なるほどな……これは使えるな」

霊斗はニヤリと笑う。

霊斗としては好機だった。日本政府という面倒な者を相手にせずとも、「図書館」の最高権力である冬月夜斗さえ説得すれば魔族の安寧は守られやすくなる。

それに、冬月としても面倒な争いはしたくないはずだ。ならば交渉の余地は充分にある。

「にしても、なんでさっき電話してきた時に言わなかったんだ?」

「言おうとしたらお兄ちゃんが切っちゃったんでしょ!」

「そ、そうか。すまん」

ため息を吐いて、桃香はキッチンに戻って行く。

難しい年頃だと思いながら霊斗は自室に戻る。

「疲れた……」

ベッドに倒れ込み、霊斗は呟く。

肉体的疲労よりも精神的な疲労が強い。

いっそこのまま寝てしまおうかと思ったとき、扉がノックされる。

「ねぇ、霊君。今いい?」

「天音か。いいぞ」

霊斗が返事をすると、扉を開けて天音が入ってくる。

「どうかしたのか?」

「疲れてる霊君を労わってあげようと思って」

天音はそう言って、手に持ったグラスを差し出す。

中にはスポーツドリンクが入っている。

「……なんか変なもん入ってないだろうな?」

「失礼な!何も入れてないよ!」

天音はそう言って霊斗の隣に座る。

「……本当に何も入ってないよな?」

「あんまりしつこいと襲うよ?」

「悪かった……いただきます」

霊斗は恐る恐る口をつける。

「美味い……」

「でしょ!我ながら上手くできたと思うんだ!」

天音はそう言って胸を張る。

霊斗は二口、三口と飲んでいく。

「ところで霊君」

「ん?どした?」

「今日はどうだったの?」

天音が聞く。

「あぁ、恩恵保持者のトップと会ってきた」

「え!?大丈夫だったの!?」

「向こうも戦闘の意思はなかったみたいだしな。政府の人間なんかより余程話ができそうだったな」

「そ、そうなんだ……」

平然と答える霊斗に、呆れたように笑う天音。

そんな話をしていると、リビングから桃香の呼ぶ声が聞こえた。

「行くか」

「そうだね」

欠伸を噛み殺しながら、食卓に着く霊斗だった。



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4話

夜斗との戦闘から数日後。

霊斗は夜の街を歩いていた。

とある人物と会うためだ。

「ここか……随分いい所に泊まってるんだな」

霊斗はそう呟きながら高級ホテルへと入っていく。

フロントで要件を伝え、部屋番号を教えてもらう。

部屋は404号室。

扉をノックすると、中から女性の声がする。

「今開けるわ。ちょっと待って」

数秒程してから鍵が開く音がし、扉が開く。

そこから姿を現したのは、長い金髪と真紅の瞳をした女性だった。

「こっちに着いたばかりで疲れている所にごめん」

「いいわ、気にしないで。私も久しぶりに貴方に会いたかったし」

霊斗を部屋の中に招き入れ、扉を閉める女性。

自身はベッドに座り、手招きする。

霊斗はそれを見ないふりして、手近にあった椅子に座る。

「つれないのね。それで、わざわざアメリカから私を呼び出した理由は?」

「ああ。今の日本政府についてと、それに対してのアメリカ在住魔族への対応について話したくて」

霊斗がそう言うと、女性は鋭い目付きになり、霊斗を見る。

「詳しく教えてちょうだい」

「まず現在の日本政府について。今は冬風夜斗という男と、その仲間による独裁状態」

「なるほど、その独裁状態に漬け込んで攻め入らないように通達すればいいのね?」

「そういう事。話が早くて助かるよ。姉さんなら出来るだろ?」

霊斗はそう言って、女性を見る。

「ええ、任せて頂戴。このレイン・アカツキ・ブラドの名にかけて成し遂げて見せるわ」

レインの言葉に頷き、霊斗は席を立つ。

「あ、ちょっと待って」

呼び止められた霊斗は立ち止まり、レインの方を向く。

「その冬風夜斗?の独裁状態で攻め入ると、何かマズい事でもあるの?」

「ああ。奴らは強い。最悪、そっちの魔族が皆殺しにされるかも」

「み、皆殺し!?そんなバケモノ相手にして大丈夫なの!?」

レインが焦ったように霊斗に聞く。

「この前1度会ったけど、力の底が見えなかった。流石に俺でも死ぬかもしれない」

「貴方が死ぬって……まだ若いとはいえ緋月の当主よ?それを殺せるって……本当に人間なの?それ」

平然と答える霊斗と、困惑を隠せないレイン。

霊斗は更に話を続ける。

「今のままじゃ武力衝突になった場合の勝ち目は薄い。向こうがどう出るかは分からないけど、最悪の事態を想定して、交渉の時には姉さんに着いてきてもらいたい」

「交渉って……貴方本当に18歳?その年頃の子供の肝の座り方じゃないわよ?」

呆れたように言うレイン。そんなレインに霊斗は軽くデコピンをする。

「いたっ!」

「生活してきた環境のせいだよ。まるで俺が異常みたいな言い方をしないで欲しい」

怒ったように言った後、笑って霊斗が続ける。

「まだ俺だって、親戚の姉ちゃんに頼りたい年頃なんだよ」

霊斗のセリフに感激したように目をうるわせながら、レインが霊斗に飛びつく。

どうやら、仕事モードから親戚モードに移ってしまったようだ。

「もー!可愛いなこの子は!」

「ちょ!レイン姉さん!?痛いって!」

抱き着かれ、どうにか脱出しようとする霊斗だが、レインに馬乗りにされてしまう。

「はー……はー……可愛いなぁ……」

「姉さん……?目が怖いよ……?」

段々と迫ってくるレインに、霊斗が言う。

「大丈夫大丈夫……痛くしないから……」

「待って姉さん、何をするつもりなんだ!?」

「何って……ナニでしょ」

「何を言ってるかわからないなぁ!」

霊斗は叫びながら抵抗する。

レインは頬を紅潮させながら、うっとりとした目で霊斗を見る。

「昔から狙ってたんだよね……可愛い霊斗……」

「ひっ……やめ……」

レインの顔が迫り、霊斗は覚悟し、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天音は夜の街を歩いていた。

電柱の影に身を隠すようにして先へと歩いていく。

「こんな夜にどこに行く気なの……」

そう呟いた天音の目線の先には霊斗がいた。

その霊斗がふと立ち止まり、道沿いの高級ホテルへと入っていった。

「ホテルなんて……はっ!まさか女と会う気なんじゃ!」

天音は霊斗の後を追ってホテルへと入って行く。

霊斗はエレベーターへと乗り込んで行くのを確認し、階層ランプを見る。

ランプは4階で点灯し、しばらく止まる。

「4階ね……」

天音は走って階段を上がる。

4階に着くと、霊斗が丁度部屋に入って行く所だった。

金髪の女の部屋(・・・・・・・)に。

「わ、私という許嫁がいながら……浮気なんて……霊君……」

霊斗が浮気などと、信じたくないが、目の前で起きているのは現実。

天音は部屋の前まで行くが、立ち尽くすだけで何も出来ない。

ただひたすら時間が過ぎて行くのを感じながら、天音は扉に背を預けて座り込む。

「霊君……私に愛想尽かしちゃったのかなぁ……」

言葉にすると、それがまるで真実かの様に胸を刺す。

「魔術がいつまでも上達しないから……?ベタベタし過ぎて鬱陶しかったのかな……?」

自分の良くない所ばかり思い浮かび、涙が零れる。

「やだよ……霊君……」

そう呟いて、涙を拭う。

その時、扉の向こうから叫び声が聞こえた気がした。

「霊君……? 」

防音扉の向こうから音が聞こえるはずはないが、天音にはそれが確かなものに思えた。

「霊君が危ない!」

ほぼ本能でそれを判断し立ち上がり、霊斗に教わった身体強化の魔術を発動する。

「どりゃぁぁぁぁぁぁ!」

気合いと共に天音は扉を蹴り破った。




ここらでちょっとしたキャラ設定(名前、年齢、種族など)を

緋月霊斗
緋月一族当主。18歳。吸血鬼。

蒼牙
緋月家次男。16歳。吸血鬼。

桃香
緋月家長女。16歳。吸血鬼。

桜空天音
霊斗の許嫁。18歳。サキュバス。

レイン・アカツキ・ブラド
緋月分家、ブラド一族長女。20歳。吸血鬼。


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5話

霊斗が目を閉じた次の瞬間、凄まじい轟音と共に、身体に掛かっていた重量が消えた。

霊斗は記憶を頼りに、入口の方へ飛び退く。

「どういう事だ……これ」

そこには部屋の扉に押し潰されたレインの姿があった。

「霊君!無事!?」

「天音?なんでお前がここに?」

「細かい事はいいから!早く逃げよう!」

天音はそう言って霊斗の手を引く。

「逃がさないよぉ……天音ちゃんも一緒に頂いちゃおうかなぁ……」

レインがまるでゾンビのようにゆらりと立ち上がる。

「ねぇあれ何!?」

「レインだな。なんかヤバいけど」

「レインちゃん!?本当に!?」

天音がレインを見て後ずさりする。

「残念ながら本当だ……とりあえず逃げるぞ」

霊斗はそう言って空間転移のゲートを開く。

「じゃあレイン、そっちは頼んだ。じゃあな」

「あっ!待てぇ!」

レインが駆け出すのと同時に、霊斗は天音を抱き上げてゲートに飛び込む。

無事ホテルから数十メートル離れた所に転移し、霊斗は息を吐く。

「ったく……レインのやつ、何考えてるんだ……」

そう呟き、自宅の方へ向けて歩き出す霊斗。

その霊斗の腕の中で天音が虫の鳴くような声をあげる。

「ね、ねぇ霊君……そろそろ降ろして欲しいかな……」

「ん?あぁ、悪い」

霊斗はそう言って天音を降ろす。

地に降りた天音は、霊斗に聞く。

「それで、霊君は一人でレインちゃんと会って何をしてたのかな」

「何って……アメリカの方の魔族が下手に日本に攻めて来ないように牽制してもらう為に話し合いをな」

霊斗はそう言って天音の頭を撫でる。

「恋愛感情で会いに行った訳じゃない。俺が好きなのは天音だけだから」

「そ、そっか……ありがと」

「おう。じゃあ帰ろうぜ」

霊斗は今度こそ自宅に向けて歩き出す。

その霊斗の腕に、天音が自身の腕を絡める。

「えへへ……大好きだよ、霊君」

「あぁ、俺もだ」

二人は家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、自室で霊斗が寛いでいると、部屋の扉がノックされる。

「どうした?」

「お兄ちゃん、今いい?」

「桃香か。いいぞ」

霊斗が答えると、桃香が扉を開けて入ってくる。

「ねぇ、お兄ちゃん。アレ、いいかな」

「アレか。今回周期が早くないか?」

「うん……」

桃香は申し訳なさそうに俯きながら、ベッドに座る。

「召喚獣の覚醒が近いのか……?何か感じるか?」

「よくわかんない……でも、すごく……欲しいの」

「そうか……まぁいいか。始めよう」

霊斗はそう言って服を脱ぐ。

上裸になった状態の霊斗の背に、桃香が手を回す。

その体勢のまま、桃香は霊斗の首筋に噛み付く。

「ん……んく……」

霊斗の首筋から夢中で血を吸う桃香。

数分そのまま吸い続け、口を離す桃香。

「もう大丈夫か?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

桃香の返事を聞き、服を着る霊斗。

満足した桃香は軽い足取りで部屋を出ていく。

部屋の外から桃香の短い悲鳴と、階段を転げ落ちる音が聞こえた。

霊斗は苦笑し、部屋を出る。

「桃香、無事か?」

「う、うん……なんとか」

「そそっかしいやつだな。気をつけろよ」

「はーい……」

階段を降りた霊斗は、桃香の頭を撫で、リビングに向かう。

「今すごい音したけど」

ソファで寛いでいた蒼牙がそう言って霊斗を見る。

「桃香が階段から転げ落ちただけだ。気にすんな」

「ふーん……そうだ、俺今から召喚獣の訓練しに行くけど、兄さんも来る?」

蒼牙はそう言って立ち上がる。

「うーん……俺はいいかな。疲れたし、もう少ししたら寝る」

「そっか。じゃあ行ってくるよ」

「ああ、あんまり無理しないようにな」

「了解。おやすみ、兄さん」

蒼牙は肩を回しながら出ていった。

「さて、俺は寝るかな……ふぁ……」

欠伸をしながらキッチンに行き、水を一杯飲み干す。

コップを洗い、未だ涙目の桃香の頭をもう一度撫でてから、霊斗は自室に戻るのだった。



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6話

各地の魔族の権力者達の元を回り、恩恵保持者たちに要求する権利などを纏めた霊斗が自宅に帰りついたのは、既に日が暮れた後だった。

「ふぅ……今日も疲れたな……」

霊斗は鍵を開け、扉を開き家に入る。

「ただいまー……」

ダイニングに足を踏み入れた霊斗の目に映ったのは、椅子で寛ぐ敵、冬風夜斗だった。

「ん……あ、邪魔してるぜ」

軽い調子で挨拶してくる夜斗。

予想だにしなかった展開に混乱しながら、霊斗は夜斗を指差し、声を出そうとする。

「……!?」

しかし声は出ず、間抜けに口を開閉しただけの霊斗の頭に、細長い筒が突き付けられる。

霊斗に少女がライフルを向けていた。

「夜斗に指を向けるなって、私言わなかったかしら」

驚く程冷たい声音で言う少女。

霊斗は状況が理解できないまま答える。

「言われてない!絶対言われてない!」

「奏音、やめてやれ」

夜斗がそう言うと、奏音と呼ばれた少女は渋々銃を降ろす。

そのまま夜斗の隣に座る奏音。

すると、銃は虚空へ消えていった。

「お前らなんでここに……って天音は!天音がいたのにどうやって入った!?」

最悪の事態を考えながら霊斗が聞く。

桃香と蒼牙は遊びに行っている為、この家にいるのは天音だけだった。

自衛の魔術は教えているとはいえ、冬風達に勝てる訳がない。

まさか天音がーー

「その天音ちゃんに招き入れられたんだ。つか呼んだのお前だろ」

そう言って夜斗が霊斗に見せたのは、ピンクの可愛らしい便箋に書かれた招待状。

そこには丸い文字で懇親会を開くといった内容が書かれていた。

紛れもなく天音の字である。

「天音ぇ!」

「まぁそう怒るな、緋月当主。本来なら俺が開催し、通知せねばならん事だ」

夜斗はそう言ってコーヒーを飲み、吹き出す。

「天音ちゃんコーヒーに何入れた!?」

「え?砂糖と間違えたフリして塩を入れてみたんだけど、どうかな?」

キッチンから出てきた天音がそう言って首を傾げる。

「どうかな?じゃないわ!あとフリって言ったな!?完全にわざとだよな!?」

いつの間に仲良くなったのか、夜斗が天音にツッコミを入れる。

その天音に呆れたように奏音が言う。

「……天音、あまり遊ばないで欲しいわ」

「ごめんねー」

悪びれた様子もなく、再びキッチンに戻り、出てきた天音が笑う。

その天音に向けて、霊斗は魔術を起動する。

"ファイアアロー"、火属性の低級魔術を最低の威力に抑えて放つ。

「《執行者 》執行モード、ゼロワン。シールド」

奏音がそう呟くと同時に、天音の前に障壁が展開される。

それと同時に奏音が霊斗に再び銃を突き付ける。

恐らくこれが彼女の神機なのだろう。

「女の子に手をあげるものじゃないわ、緋月霊斗」

「また銃口を向けた!?銃口を人に向けちゃいけないって習わなかったのか!?」

霊斗は両手をあげて言う。

それを面白がっているように夜斗が笑う。

「「図書館」の狙撃手が人に向けないわけがないだろう?日本政府壊す前は奏音が反「図書館」勢力から防衛していたんだからな」

天音が再度淹れたコーヒーを1口飲み、霊斗に向かって言う。

「今日来たのは他でもない、他国の魔族の事だ」

真剣になった声音に気づき、霊斗は気を引き締める。

「……聞こう」

霊斗は椅子を引き、夜斗の正面に座る。

隣には天音が座った。

「時間を開ける意味もない、本題に入る。まず他国が攻めてきた場合、自衛権で駆逐するのは当たり前なんだが」

「当たり前ではないだろ……それで?」

「その際魔族が入っていた場合どうするかなと思ってな。日本の魔族はお前に文句つければいいし八つ当たりもお前でいいが」

平然と言う夜斗。

霊斗は流石にツッコミを入れる。

「よくはないな!?」

夜斗の八つ当たりなど考えたくもない。

自分以外の魔族の責任で殺されたくはない。

「過激派はどうでもいい、殺すからな。穏健派もよく思わないものがいるだろう。そういう奴らがきた場合はお前に八つ当たりする」

「……理不尽だ」

ため息を吐く霊斗。

それを気にした様子もなく、夜斗は続ける。

「海外の場合、穏健派も過激派もない。故に消そうと思ったんだが……それは緋月でどうにかなるのか?」

夜斗がそう言うと、奏音がパソコンを霊斗に向ける。

そこに映された映像の中では、欧州出身と思しき吸血鬼が、女子高生に暴行を働いている所だった。

「これは……」

「見て分かる通り、欧州型……つまりはイギリス辺りの魔族だ。まぁ無論このあと消したんだが、これが問題だと言われると困る」

次の瞬間、映像内の吸血鬼の頭部が弾け飛ぶ。

奏音の狙撃だ。

どれほどの距離から撃っているのかは分からないが、弾丸は違わず頭の中心に当たっていた。

恐ろしいまでに正確な狙撃だ。

映像内の場所は岐阜県。

若干遠いが、こちらの名を出せば従うだろう。

「……それは、俺がなんとかする。この映像をもらってもいいか?」

霊斗はそう確認する。

「ああ。奏音」

名前を呼ばれると奏音は立ち上がり、椅子にかけてあるポーチからUSBメモリを取り出す。

それを夜斗に向けて差し出す。

「これに映像が……?」

「ああ。存分に役立ててくれ」

夜斗はそう言って霊斗にメモリを投げる。

霊斗はそれを受け取り、表面を見る。

「魔術妨害術式……」

「それも奏音の恩恵だ。一応暗号化してるからな、それを魔術で解かれては困るだろう」

夜斗は得意気に言うが、霊斗は暗号など解けない。

「暗号化解けないぞ、俺」

「それは大丈夫だよ、霊くん。解析ソフトさっきもらったから」

天音がそう言ってウインクする。

「使えるのか…?」

「よゆーだよ。私だもん」

天音はピースして言う。

こんなふざけた言動ばかりしている天音だが、パソコンなどには強いのだった。

夜斗は二人を微笑ましげに見て言う。

「さて、仕事の話はこれで終わりだ。あとはお前から要望はあるか?」

「あ、ああ……」

霊斗は座り直すと、メモを取り出す。

「まず、魔族の差別が無くなるような法案が欲しい。もちろん魔族側が人間を差別しないための物も」

「まぁ、根本的な所を変えるのは難しいだろうな」

夜斗はそう言ってため息をつく。

「今は殆どの人間も魔族も互いを嫌っている。例外はいるにしても、その溝を無くすのには時間がかかるぞ」

「分かってる。それに関しては多少案がないことも無い」

霊斗の言葉に夜斗が目を光らせる。

「ほう……」

「それは後だ。先に要望の方から簡潔にまとめる」

「わかった。続けてくれ」

夜斗に促され、霊斗は口を開く。

「次に、魔族にも人権と似たようなものを作る事。これは人間と大差ないだろうから、問題はないだろ」

「そうだな。人権を魔族にも適用するといった形でいいだろう」

夜斗の言葉に頷き、霊斗は椅子に深く座り直す。

「まぁ、あまり要望と言うほどの事は無いんだ。単に魔族と人間が平和的に手を取り合って暮らせれば」

霊斗が言うと、夜斗も目を閉じて同意する。

「同感だ。それを実現するには互いの過激派が邪魔だがな」

夜斗は腕を組み、霊斗に聞く。

「過激派の対策はどうする」

「それは最初に言った案に取り込んである。それの説明に移りたいが、いいか?」

「あぁ、聞かせてくれ」

霊斗は頷いて、懐から書類を取り出す。

「これは……交換留学?」

「ああ。魔族と人間、互いの学生がそれぞれ相手側の学校へと留学する」

もちろん、自衛が出来る人間や魔族である事が条件だがな、と付け加え、霊斗は夜斗を見る。

「これなら、過激派はそこを潰そうとしてくるだろうし、互いに傷つける事は無いというのを証明しやすいだろ」

霊斗の案に、夜斗は目を閉じて考え込む。

「そうだな。問題は互いに誰を留学させるかだが……」

「魔族からは桃香と蒼牙を出すつもりだ。そっちからも、あんたらの仲間から出して貰えば分かりやすくて助かる」

霊斗が言うと、夜斗は再び考え込む。

「……一度持ち帰って検討させてくれ。できれば行う方向で行きたいが……まぁ、追って伝える」

「了解した……今日はこのぐらいにしておくか」

「ああ。他国の魔族の件、頼んだ」

「任せておけ、じゃあまた」

霊斗がそう答えると、夜斗は席を立つ。

それに続いて奏音も席を立ち、ポーチを手に取る。

「またね、奏音ちゃん」

「うん、またね、天音」

天音が手を振ると、少し照れたように手を振り返す奏音。

そして二人は帰っていった。

「天音、いつの間に二人と仲良くなったんだ?」

「うーん……二人とも優しいし、あんまり敵意も感じなかったからねぇ。自然とって感じかな」

「優しい……?」

「それより、お風呂入ってきなよ!入れてあるから!」

「ああ、そうするよ」

天音に促されて、霊斗は風呂へ向かうのだった。



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7話

「ふぁ……無駄に疲れた……」

欠伸をしながら湯船に浸かる霊斗。

少しでも夜斗に敵意を向けようものなら、問答無用で殺気を放つ奏音がいたのではゆっくり話をする事も出来ない。

疲れからか、強烈な眠気が襲ってくる。

ウトウトと霊斗が微睡み始めた瞬間だった。

「入るよー!」

声と共に浴室の扉が勢いよく開いた。

「な、なんだ!?」

あまりに突然の出来事だった為、立ち上がろうとして足を滑らせた霊斗は壁に頭を打ち付ける。

「わわ!霊君大丈夫!?」

「あ、あぁ、大丈夫だ」

そう言って差し出された手を掴み、そこで違和感に気づく。

「……なんで入ってきた」

「そこに霊君がいるからだよ!」

「意味わかんねぇよ!」

笑顔でサムズアップする天音に風呂桶を投げつける。

「いてっ!」

顔に桶が直撃し、天音が仰け反る。

その瞬間身体に巻かれたバスタオルが外れる。

それを視界に移した瞬間、霊斗は全力で湯船に潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔に当たる涼しい風で意識が戻る。

「……ここは……?」

「リビングだよ。霊君ってば急に潜るんだもん、びっくりしたよ」

それは100%お前のせいだ、という台詞を飲み込み、天音に聞く。

「で、なんでお前はそんな薄着なんだ」

天音はシャツ1枚に下は下着しか付けていない。

「だってお風呂上がりだと暑いじゃん」

そう言いつつうちわで霊斗を扇ぐ天音。

「……俺はもう平気だから」

霊斗はそう言って起き上がる。

すると天音は、少し名残惜しそうな表情をしながら今度は自分を扇ぎ始める。

そんな天音に再び質問をする。

「それで、今日はなんで急に入ってきたんだ?」

「んー……なんとなく」

「なんとなくでそんな事するな……」

豊かに主張する天音の胸元から目を逸らしながら霊斗は言う。

そんな霊斗の反応を見て、天音はいたずらっぽく笑う。

「興奮しちゃった?」

「……してない」

「本当に?」

「……してない」

「ふーん……えいっ!」

目を逸らしたままの霊斗の腕を抱き寄せる天音。

「なっ!?お前!?」

「これでも……興奮しない……?」

少し不安気に聞く天音。

霊斗は諦めたようにため息を付いて言う。

「……ちゃんと、その……興奮……してるから……」

「ほんと?」

「ああ……だから頼む、離れてくれ」

「やだ」

霊斗の頼みを一蹴し、更に強く抱きつく天音。

「た、頼むから……離れろ……」

「え!?霊君鼻血!?」

「もう無理……」

そう呟き、霊斗は再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイシクルスピア!」

声と共に氷の槍が地面に突き刺さる。

魔術を使った本人、蒼牙は地面に座り込む。

「疲れた……」

「お疲れ様、蒼牙」

「ありがとう、桃香」

タオルとスポーツドリンクを受け取り、蒼牙は座り直す。

その隣に桃香が座る。

「兄さん達、交渉上手くいったかな」

「わからない。でも、お兄ちゃん達なら大丈夫」

そう言って桃香は蒼牙の肩に頭を預ける。

そんな桃香の頭を撫でながら、蒼牙は聞く。

「……あの後、召喚獣が目覚めた感じはある?」

「全然。お兄ちゃんの血でも駄目だったみたい」

「そう……」

胸の内にモヤッとしたものを感じながら、蒼牙は夜空を見上げる。

雲が出て、星も月も見えない。

「雨降りそうだし、そろそろ帰ろうか」

「うん」

ゆっくりと家に向かう二人だった。



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