レッドアクシズ・ストランディング (塊ロック)
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第一章 裂けた大地を繋げ
プロローグ


世界は変わった。
セイレーンと言う未知の脅威が世界を脅かし、この世界の海は9割の制海権失った。

海は、航路は、人々を繋ぐものでは無く命を脅かす物となってしまった。

世界は変わった。

人々は他者と繋がることを拒み、個として生きていく事を選択し出した。

そして、世界はもう一度変わる。

KAN-SEN……キューブより生まれし船の記憶を持つ少女たち。
彼女達が、セイレーンを撃退し、人類の希望となったのだ。




 

「おはようございます、イサム」

 

カーテンから差す日の光。

馴染みのある声に名前を呼ばれ、ゆっくりと目を覚ます。

 

……俺の視界いっぱいに広がる、女性の顔。

紫の髪に、一対の角。

俺を見てニコニコとしている女性。

 

「おはよう、隼鷹……」

「今日はお寝坊さんね。待ちくたびれちゃったわ。今日も一緒に頑張ろ?」

 

俺の一日は、始まる。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

俺の名は『イサム・アカツキ』。

今年で数えて18になる。

 

生まれは重桜。

家族は居ない。

 

物心付いたときから孤児院に居て、16には重桜の軍部に入った。

この国の男なら誰しもが軍に入る。

そんな時代だ。

 

 

重桜軍の居住区から、俺のトライクの置かれている倉庫へ移動する。

 

「おはよう、イサム。今日も配達か?」

「おはよう、主任。そんなとこ。今日の荷物は?」

 

俺が主任と読んだ初老の男性が、壁に掛かっている端末を操作してモニターに表示する。

 

「薬の配達だ。常備薬を指定した島に持っていってくれ」

「あいわかった。任しとけ」

 

俺の仕事は、配送だ。

重桜は元々島国だ。

 

しかし、かつてのセイレーンとの戦いで国土は穴だらけ。

ちょっとした距離でさえも海を渡らなきゃいけない。

 

孤立してしまった人々に必要な物資を送ると言う役目も、自然と必要になってきた。

 

事態を重く見た重桜の上層部……長門様が、重桜の軍に輸送部隊を創設して、今に至る。

 

同期たちやへそ曲がりはこの仕事を『戦わない意気地なしのする事』だと言っているが、俺はそうは思わない。

 

大事な仕事だ。

人と人を繫ぐ、とても大切な。

 

今、世界は細切れにされたようにバラバラだ。

でも、手を取り合おうとする動きがある。

 

その為にも、まずは重桜という国を繋げなくちゃいけない。

 

俺は、その事に携われる事がとても嬉しいんだ。

 

棄てられて、一人で生きて行かざるを得なかった俺に出来る事。

 

そして、何より、

 

「あ、イサム!待って!」

「わ、KAN-SEN……!って隼鷹か。また抜け出してきたな」

 

主任の声に振り返る。

朝別れた隼鷹が、完全装備で走ってきていた。

 

「おいおい隼鷹、また付いてくる気かよ」

「何言ってるのイサム。私達幼馴染でしょ?貴方の護衛は私がするの。他の子になんて任せられないわ」

「いや、でも赤城様になんて言われるか」

「行くったら行くの!」

「はいはい……また帰ったらどやされるなこれ」

「何でもいいからとっとと行ってくれ」

 

呆れたように主任が手を振った。

 

隼鷹は、俺が物心付いたときから一緒に居た。

彼女はKAN-SENだから、歳を取らないけど……この関係を人間に当て嵌めるなら、『幼馴染』だろう。

 

俺の、国の為に頑張るもう一つの理由が、隼鷹だ。

 

一人だった俺に手を差し伸べてくれた彼女の為に、俺は働く。

……勿論、恥ずかしいから本人には言っていない。

 

海上での護衛を名乗り出てくれる事は素直に嬉しい。

けど、ちょっと過保護すぎないかな……俺もそろそろ大人なんだが。

 

「荷物よし、トライクよし。じゃ、行ってきます」

 

荷物を積載したトライクに跨る。

……隼鷹が俺の後ろに座り、腰に手を回してくる。

 

「気を付けてな」

「隼鷹がいるから大丈夫さ」

「ったく、見せ付けてくれて……ほら、行きな」

 

アクセルを吹かす。

 

「大丈夫よ、私が居るわ」

「アテにしてる。行くぞ!」

 

さぁ、今日も頑張ろう。

 

 




どうも、塊ロックです。

最近デスストを買ってプレイしてるので何となく始めてみました。
いろいろと至らない所はありますが、読んでくださると嬉しいです。

感想、コメント、いいねをお待ちしております。


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第一話 海を走る運び屋さん

名前:アカツキ・イサム

年齢:18

身長:178cm

容姿
長い黒髪をポニーテールに纏めている。
顔立はすこしだけ男性寄りの中性顔。
瞳の色は琥珀。
左目に泣きぼくろがある。


主人公。
重桜出身で軍部の補給輸送部門に所属している。
性格は温厚。
滅多な事では感情が荒ぶらないがキレるときはキレる。

幼い頃、両親に棄てられて孤児院に拾われた。
物心ついた頃、とあるKAN-SENと出会い一人だった自分に手を差し伸べた彼女に救われた過去を持つ。

特殊能力を所持しており、触れたものを水の上に浮かせる事ができる。
その為、トライクやトラックを水上スキーのごとく動かすことが出来る。
この力を活かして日々配送業務に勤しんでいる。


交友関係
幼馴染→隼鷹
上司→赤城

他、愛宕や翔鶴とも交流がある。




 

 

 

トライクを走らせること10分。

既にこの先に道はない。

 

あるのは、崖から広がる海。

 

その海の向こうにある島に、今回の依頼人が居る。

 

「さて、海路だ」

「先導は私に任せて」

「よろしく、隼鷹」

 

ニコッと笑って、隼鷹は崖から飛んだ。

俺もトライクをバックさせ、充分距離を離す。

 

アクセルを全開。

トライクの2つの前輪が変形し、合体して一つになる。

速度が先程までと桁違いに速くなる。

 

「それっ……!!」

 

崖から飛んだ。

 

一瞬の浮遊感。

そして、下には海―――。

 

海面に、激突……しなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「結構高かった!」

「ちょっと!危ないことは辞めてよ!」

「この位へーきへーき!」

 

これが、俺が授かった……授かってしまった異能。

 

触れたものを海に浮かべる事が出来る。

 

その為、陸路と同じ感覚で配送が出来るのだ。

この力のお陰で、俺は重桜の役に立っている。

 

育ててくれた国の為に、働けている。

 

「隼鷹!島まで競争だ!」

「ちょっと、イサム!?もう!負けないわよ!」

 

隼鷹はKAN-SENだ。

装備を展開する事によって海上を陸地以上に自由に進める。

 

そんな彼女と、二年……一緒に配送をしていた。

 

「抜いたぞ!」

「あっ!待てー!」

「ははっ!待てと言われて待つ奴が居るかっての!」

「あんまり飛ばすと荷物が落ちるわよ!」

「大丈夫だ!背中に縛着してる!」

 

陸地に到着する。

一度トライクを止めて、ゴーグルを外した。

 

「ふう……」

「もう!イサムってば!護衛の私を置いていくなんて」

「ごめんごめん。でもさ……重桜の領海なんだ。そうそう敵なんて出ないよ」

「最近セイレーンもめっきり減ったし……」

「そうそう。平和が一番だよ」

 

髪を結び直す。

切ろうとすると隼鷹が止めてきて、切ると言い出すのでとても長い。

短くするとすごい剣幕で怒るから、それ以来隼鷹に頼んでいた。

 

でもやっぱ長い。

 

「ちょっと休憩」

「……イサム。その水筒の中身……ちゃんと水よね」

「えっ、あっ、うん。水だよ水」

「没収」

「ちょっ!俺のモンスター!!」

「やっぱり水じゃないじゃない!」

「良いだろ!目覚めるし!」

「こんなの体に悪いのよ……もう。はい、麦茶」

「むう……ありがとう」

 

隼鷹の作った麦茶美味しいからいいけどさ。

また部屋に戻ったら隠れて補充しとかないと。

 

トライクに跨る。

後ろに隼鷹が座る。

 

「あと少し。行こうか」

「うん」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

重桜の島国には、それぞれに小さな区画で人々が住んでいる。

いずれは橋をかけて重桜を一つにする計画が動いている。、

 

今日訪れたのはお年寄りの多い区画で……配送先は、診療所。

 

「やぁ、よく来てくれたねイサム」

 

白衣の男性が手を広げて声をかけてきた。

 

「こんにちは先生。薬持ってきたよ」

「赤城様に兼ねて寄り嘆願書を送っておいて正解だったよ……ありがたい。そろそろ数が厳しくなってきた所なんだ」

 

背負った薬を降ろし、ケースの蓋を開く。

中身を依頼主に確認してもらうまでが配送だ。

 

「……状態良好。まるで新品みたいだ。いつも助かるよ、イサム」

「任しといてくださいよ」

 

離れてトライクに腰かけている隼鷹に向けてサムズアップ。

彼女は微笑んで手を振り返してくれた。

 

 

 




これが、イサムの日常。
一章は基本的に重桜内での出来事を書く予定です。


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第二話 お姉ちゃん

隼鷹以外にも、交流のあるKAN-SENがいる。
例えば……。


「いーーーさーーーーむーーーーくーーーーーん!!!」

「うぇ……?」

「げっ……」

 

帰り道。

近所のおじいさん達からお土産に柿を貰ったので帰ったら食べようと思っていた時だ。

 

誰かが、俺の名前を呼びながら全速力で向かってきている。

 

「イサム、早く行きましょう」

「えっ、でもこの声……」

「良いから」

「えっ、えー……」

 

隼鷹がトライクを押す。

やめて、揺らさないで。

 

昔俺が海に落ちたとき荷物とトライクそのまま沈めてこっぴどく叱られた事あるんだから。

 

そんなやり取りをしている間に、彼女はやってきた。

 

ピンと立った黒い耳。

光を反射して艶っぽく振りまかれる黒くて長い髪。

重桜でよく見る制服を身に纏い……スカートを改造して丈を短くし、そこから覗くガーターベルトが艶めかしい。

 

「イサムくぅぅぅぅぅん!!」

「こんにちは愛宕さうおわぁぁぁぁぁぁぁ」

 

KAN-SEN、愛宕さんが飛び込んで来た。

 

「させるかぁッ!!」

 

後方から勇ましい掛け声と共に隼鷹が飛び出し、

 

「くたばれぇ!!」

「ぎゃんっ……!?」

 

愛宕さんのお腹を思いっ切り蹴り飛ばした。

 

「隼鷹!?」

「大丈夫?」

「いやいや愛宕さんの方が心配だよ!何してるの!?」

「これはイサムの為だから」

「頼んでないよ!?」

 

恐る恐る愛宕さんに近付く。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

ぴくり、耳が動き……愛宕さんは立ち上がって俺に抱きついて来て頬ずりをしてきた。

 

「わ、ちょっと、落ちる!」

「久しぶりぃぃぃイサムくぅぅぅぅん!お姉さんがいなくて寂しかった?お姉さんとっても寂しかったわぁ〜〜〜〜〜〜〜!!」

「お久しぶりです愛宕さん。痛い痛い痛い痛い痛い頬が擦り切れる!」

 

どんな力で擦ってるんだこの人。

隼鷹が無言で愛宕さんを引っ剥がした。

 

「あら。いたの」

「……愛宕、貴方は長期の任務だった筈よ」

「うふふ、さっき帰ってきたの。イサム君に会えると思ったんだけど、入れ違いになっちゃったから追い掛けてきたの」

「ふーーーーん……ご苦労さまですね」

 

……この二人、いつも会うとこんな感じなんだよね。

愛宕さんとは隼鷹と会ってからしばらくして知り合った。

本当の姉の様に俺の面倒を見てくれていたのを思い出す。

 

そのノリで接させるのもちょっと恥ずかしいけど。

 

「今日もお仕事?」

「まぁね。離島の先生に常備薬の配送」

「あぁ、あの……あの島にもなんとかインフラを整備しないとって上も言ってたわね」

「そうしてくれたら、俺の仕事も減るんだけど」

「……別に、イサム君が無理して運ぶ必要無いでしょ?」

 

愛宕さんが、そう呟いた。

 

……元々、このルートの配送は俺の担当じゃなかった。

地味な仕事を嫌った同僚が残した、いわば尻拭い。

 

俺のする配送は、ほとんどがそんな地味な配送だ。

 

若い配達人は、戦争の準備に飛びついて行く。

 

……戦争は、嫌いだ。

 

 




自称お姉さん、愛宕登場。

正直隼鷹と絶対仲悪いよね。


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第三話 それでも俺は荷物を運ぶ

愛宕の従事していた長期任務。
それはイサムには関係の無い話だった。

……今は。


「そう言えば愛宕さん。長期の任務と言ってましたが、どちらまで行かれていたですか?」

 

トライクをガレージにしまい、主任への報告を済ませた休憩時間。

このあともう一件の配送がある。

 

隼鷹は水を買いに行ったので、今ここには俺と愛宕さんしかいなかった。

どうやら、愛宕さんは報告を部隊長に丸投げしてその足で俺の所に急行してきたらしいのだ。

無茶も程々にしてくださいね……。

 

「それはね……遠征作戦よ」

「遠征、ですか?」

 

疑問符を浮かべる。

遠征と言うか重桜海軍は資源回収の一環で定期的に遠征任務を行っている。

 

もっぱら練度の低いKAN-SEN達が底上げの為に組み込まれる自主訓練が主だったものだ。

愛宕さんは正直それが必要ない程度に実力はある。

そんな作戦に加入されるとは思っていないけど……。

それ以外に長期の任務となると、油田から燃料の回収に行ったり等の遠征とかになるはず……。

 

「詳しい事はあまり話せないの。ごめんなさいね」

「い、いえ!仕方ないですよ!」

「でもね、お姉さん鉄血まで行ってきたのよ」

「鉄血……?鉄血って、あの四大勢力の?」

 

今、世界にはそれぞれユニオン、ロイヤル、重桜、鉄血の四つの勢力がそれぞれ地域を治めている。

重桜と鉄血はそれなりに交友関係があったが……そこまで積極的な外交は行っていなかった。

 

「そうよ」

「そうなんですか……一介の雑用係にそんな事話して頂けるだけでも……ぶぇ」

 

そこまで言った所で、愛宕さんが両手で俺の両頬を抑えた。

変な声出た。

 

「良い?イサム君。貴方は、貴方にしか出来ない仕事をしているのよ。貴方はそれを誇りに思ってるっていつも言っていたじゃない。卑下しちゃ駄目よ」

 

この上なく真剣に、愛宕さんは俺を真っ直ぐ見ていた。

敵わないなぁと思う。

隼鷹や愛宕さんがいつも辛い時に支えてくれていた。

 

「イサム、お待たせ!……愛宕、何してるのかしら」

「お姉さん長期任務に出てたからイサム君の成分が足りないのぉ〜ぎゅーーーーーー」

「わ、ちょっ」

「な!なんて羨ましい!!」

「じゅ、隼鷹もやめでぐええええ」

 

愛宕さんに正面から抱きつかれてされるがままになっていた所に、隼鷹が後ろから抱きついてきた。

ちょっと首がキマってる。

俺の身長は二人より高いけど、力は圧倒的に負けている。

 

されるがままになるしかなかった。

 

「まだ俺仕事あるんですけどぉー!?」

「だったらさっさと仕事せんか色ボケがぁ!!」

 

がん。

後頭部にスパナをぶつけられた。

ひどい。

 

 

 




ハーレムタグを付け忘れていた……居ると思います?


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第四話 これが答えでござる

あれ?今俺変な事口走らなかったか?


たんこぶを押さえての二件目の配送を受注する。

 

こちらも離島への配送だ。

中身は医療器具……車椅子や杖などの傷病者補助の機器のパーツだ。

 

離島に残る選択をしたのは、主に海を超えられないけが人、病人や高齢者だ。

なので、国は医師を派遣し駐留させているのが現状だ。

 

トライクの荷台にコンテナが2つどかっと吊るされる。

後輪を挟むようにして2つ吊るすのでバランスに関しては問題無い。

 

「よし」

「おうアカツキ。真面目だねぇお前」

「やぁ。どうしたんだい」

 

ぞろぞろと、同僚達の一団が帰ってきていた。

配送が終わったのだろう。

 

「配送が終わったとこだよ、こっちは。最近重桜の軍部が活発化してきて兵器需要が高まってるからな。俺達輸送班の面目躍如って事だ」

「……戦争、か」

「聞いてるぜアカツキ。お前の能力ならすぐ終わるのに兵器輸送だけは蹴ってるって話。勿体ねぇなぁお前!」

 

俺はトライクのエンジンをかけた。

この話の流れは、良くない。

 

肩を掴まれた。

 

「……なんだよ」

「なぁ、考えろって。そんなジジィの延命に使い潰されるよりもっと良い使い方があるだろ?お前、いつも言ってたよな?重桜の為に働きたいってさ」

「そうだよ。俺の答えは変わらない」

 

戦争は、嫌いだ。

俺自身が戦争孤児だったからなのかもしれない。

捨てられた理由なんてハッキリしてないけど。

 

それでも、誰かが血を流すのを黙ってみていたくはない。

 

「いい加減に―――」

「いい加減にするのはそなた達だ。騒がしいぞ」

 

その場に居た全員が、息を呑んで騒ぐのを止めた。

整備士すらも来訪車に視線を向けている。

 

……現れたのは、帯刀したKAN-SENだ。

長い黒の髪を一房にまとめ、KAN-SEN用の重桜海軍の軍服を纏った女性。

 

愛宕さんに似ている。

それは当たり前だ。

彼女は愛宕さんのお姉さんなんだから。

 

「高雄さん……」

「ああ。久しいな諸君。配送の発注に来た」

「は、はい!出れる奴はすぐに準備しろ!」

 

バタバタ、とさっきまで寄って来ていた人間が走り去る。

……残ったのは、俺と高雄さんだけ。

 

俺も、トライクに手をかけた。

 

「……アカツキイサム、だったか」

 

名前を呼ばれて、少し驚いた。

基本的にKAN-SENは自身を指揮する指揮官以外には関心が無いからだ。

 

隼鷹は指揮官を持っていないし、愛宕さんは指揮官より俺と接していた時間が長かったと言う例外はある。

長門様や赤城様も自身が指揮を執る立場にいるから、厳密な指揮官という存在を上に置いていない。

 

閑話休題(話が逸れた)

 

「……何でしょうか」

「いや、軍部でもそれなりに耳にする話でな。『海を走る運び屋』の話を」

 

異能揃いの重桜人の中でも割と地味に近い自分が、KAN-SEN達の耳に入っているのが少し驚きだ。

 

「まぁ、愛宕が世話になっているからな」

「ああ……」

「それと、何故軍事輸送だけ蹴っている」

「―――――――」

 

押し黙った。

それもそうだ。

彼女たちは揃いも揃って美人だが、本質は戦う為に生み出された兵器だ。

 

「重桜の男児として、どう思っている」

「……戦う事だけが、この国の為になる事じゃない。そう思ってるだけです」

「そなたは、そう思うか?」

「……バラバラの国土で集まった所で、勝てるわけ無い」

「弱気だな」

「なんとでも言ってください。それが俺の選ぶ道なので」

「邪魔をしたな。自らの選んだ道、悔いを残さず全うして見せてくれ」

「……そのつもりです」

 

高雄さんは去っていった。

 

「……KAN-SENとは言え、美人に弱気だって言われるのは堪えるなぁ」

 

 

 



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第五話 幼馴染

例え腰抜け呼ばわりされようと、俺は俺にできることをするだけだ。



トライクを飛ばす。

隼鷹は、そう言えば唐突に居なくなっていた。

 

(どこに行ったんだろう……まぁ、いつもの事か)

 

隼鷹はふらりとどこかに行って、そして帰ってくる。

でも配送の時には一緒にいる事が多い。

居ないときもあるのでそう珍しい事ではない。

 

「島風は速いぞぉー!!」

 

隣を物凄いスピードでKAN-SENが爆走して行った。

 

最近進水式を終えた新型のKAN-SEN……島風さんだったっけな。

こちらを一瞥もしないでそのまま消えて行った。

 

普通は、こんな感じなのである。

まぁ、俺は海上をトライクで移動しているから物珍しさで声を掛けてくるKAN-SENも居なくはない。

 

(……開戦の雰囲気、かな……やっぱり近々大規模な作戦があるんだろう)

 

大規模なセイレーン討伐戦だろうか。

それならばまだ……まぁ、良い。

人類の敵に対しての反抗なのだから。

 

仮に……これが、他の国相手だとしたら。

 

(……止そう。俺には、関係ない)

 

俺は、荷物を運ぶだけ。

でも……それだけ?

 

俺は、なんの為に……。

 

 

 

 

 

 

 

「イサム」

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!!!??!」

 

 

 

 

 

急ブレーキ。

慣性で吹っ飛びそうになるのを堪える。

 

えっ、何?!

急に……。

 

「……隼鷹?」

 

Uターンしてこちらに向かってきているのは……見知った顔の、隼鷹だった。

 

「な、何してるのさ隼鷹」

「イサム、貴方……疲れてるんじゃない?私に気付かないなんて」

「えっ?」

「五分くらい追い掛けていたわ」

「そんなに?と言うか今までどこに?」

「……内緒」

「……わかった」

 

トライクを発進させる。

隼鷹も並走してきた。

 

「……悩み事?」

「別に」

 

ぶっきらぼうに返した。

するの、隼鷹は微笑む。

 

「わかるよ。幼馴染だもの」

「ちぇっ……なんだよ」

「イサムは気を使われると拗ねちゃうもの」

「なっ……別に拗ねてなんか」

「ふふふ、無理してる」

「……はぁー……隼鷹には敵わないなぁ」

 

向こうのほうが何枚も上手。

伊達に面倒観てくれただけの事はある。

 

「ちょっと、ね……さっき基地に来たKAN-SENに言われちゃってさ」

「ふぅん……誰?」

「え?」

「だから、誰?」

 

隼鷹の顔から表情と言うものが抜け落ちている。

 

「誰って……高雄さんだよ」

「そう。わかったわ」

「待って待って待って待って待って待って待って待ってどこに行くつもりなの!?」

 

明らかにヤバイ目つきで踵を返そうとした隼鷹を引き止める。

 

「ちょっと用事を思い出したわ」

「うんそれ絶対ろくでもないようじだよね!?」

「大丈夫、迷惑は掛けないから」

「100%高雄さんに迷惑掛かるよね!?やめよ!?」

「……イサムの為だから」

「要らないって!!……隼鷹が居てくれたら、充分だよ」

「イサム……」

 

ちょっと照れ臭くなって前を向く。

……隼鷹は、笑った。

笑ってくれた。

 

「わかったわ。まだまだ甘えん坊ね、イサム」

「ちぇー、最後にそれかよ」

 

 




隼鷹の存在は、イサムにとってとても大きい。
もし、彼女が居なくなってしまったら……。


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第六話 心の支え

イサムの乗るトライクは悪路を走破するために前輪が2つになっている、所謂「リバーストライク」です。

デスストでよくお世話になる代物ですね。
重桜らしく白や赤で塗装されています。

バッテリーの保ちもそこそこ。
イサムの力で海の上を走れるようになっています。
その辺の軽巡、重巡のKAN-SENに追従出来るくらいのスピードは出せますが、流石に駆逐艦には追い付けません。


高雄さんとの会話から、3日が経過した。

気分は晴れていないけど、いつもより配送に打ち込んだせいか身体に疲労が溜まっている。

 

「疲れた……」

 

重桜軍の官舎に設けられた自室のベッドに倒れる。

実は輸送部門は人が居ないので個人部屋と言う好待遇だったりする。

畳張りと言う訳ではなく、何処となくユニオンの色が強い。

 

「このまま寝よう……明日の朝、シャワー浴びればいいや……」

 

睡魔が襲ってくる。

じわじわと、意識が沈んでいく。

 

「イサム」

 

その瞬間。

肩を掴まれ、反射で跳ね起きて手を突き出した。

 

……その手は、肩を掴んできた相手に掴まれる。

 

「……あ。ごめん、隼鷹」

「平気よ」

 

その相手は、隼鷹だった。

いつ部屋に入ってきたのだろうか。

 

「ドア、開けっ放しだったわ」

「え?本当に?あはは……気付かなかったよ」

「……イサム、無理してるわね」

「………………」

 

図星を付かれて、押し黙る。

 

「高雄のやつに言われた事、まだ気にしてるんでしょ」

「そんなんじゃ」

「なら、どうして仕事量を増やすの。昔から貴方は気に障ることがあると無心で何かに打ち込もうとするのよ」

「………………」

 

本当に、よく見ている。

やはり隼鷹には敵わない。

けど、素直にそうとは……言えなかった。

今日の俺はあまり素直じゃないらしい。

 

しかし、

 

「……心配しちゃうじゃない」

「ごめん」

「お風呂入りに行きましょう?汗でびしょびしょよ」

「少し疲れちゃって。めんどい」

「い・き・な・さ・い」

「いででででで!!分かったって!」

 

隼鷹に頭を締められる。

堪らず立ち上がって入浴の準備を始めた。

 

「100数えるまで出てきちゃ駄目よ!」

「長いって!……ありがとう、隼鷹」

 

彼女のそういうとこに、俺はいつも救われてるんだろうな。

 

「流石に共同浴場だから着いてこないでね!?」

 

……過保護な気もするけど。

それでも、気落ちしているときに心配してくれる人が居るっていうのは……申し訳ない気もするけど、やっぱり心強い。

 

だって、俺は一人じゃないんだから。

 

元々、隼鷹というKAN-SENは不安定な存在だったらしい。

指揮官に対して、存在しない幼少期の話……『オサナナジミ』として振る舞う。

 

彼女は、俺の本当の幼馴染だ。

 

それが、いったいどう作用しているのだろう……。

 

彼女は、正常に見える。

 

けれどもし……この状態が、『異常』だとしたら?

 

(……それが、どうした。隼鷹は隼鷹だ)

 

一瞬でも思考に混ざったノイズを振り払う。

そんなものは知らない。

 

俺が知っている隼鷹は、彼女しかいないんだから。

 

「だから着いて来ないでってば!!」

 

願わくば、この平穏がずっと続きますように。

 




平穏は、次の嵐までの間でしかない。

少なくとも、この世界は。


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第七話 国土復興計画

赤城による召集。
集められたのは輸送部門の隊員だけだが……。


ある日のこと。

輸送部隊の全隊員が重桜軍講堂に集められた。

 

「主任?一体何なんですこれ」

 

主任も居たので、声を掛けた。

誰も今回の件の事前情報を持っていないのかもしれない。

 

「おう、イサム。赤城様からのお達しだそうだ」

「赤城様の?」

 

とにかく、整列する。

誰かが息を呑んだ。

 

正面の壇上に誰かが登った。

 

ゾッとする様な人間離れした美貌と、目を引く耳と九つの尾。

 

彼岸花。

まさにそう形容するように相応しい美女。

 

彼女こそ重桜軍の幹部にしてKAN-SEN……一航戦、赤城。

 

「まずは急な呼び出しをしてしまった事をお詫びいたしますわ」

 

まるで心を鷲づかみにするような声音。

人を従えるカリスマを感じさせる、とはこういった事なのだろうか。

 

「今日、輸送部隊の皆様に集まって頂いたのは……この赤城から、依頼をする為です」

 

……講堂がざわめいた。

赤城様から直々の依頼?

一体ソレは何だろうか。

 

……やっぱり、兵器輸送なのだろうか。

 

如何に赤城様の依頼であろうと、俺のポリシーは変わらない。

自分自身疎まれているのは自覚している。

そろそろ、首を切られるかもしれ……。

 

「内容は、復興支援。これより、国土復興計画を発令します」

 

反応は、無い。

けど。

 

(国土復興……)

 

曰く、土地の記憶を持つ式神に素材を注ぎ込むことで形を成す……理屈はよく分からない。

 

けれど、

 

(重桜が、一つになる……)

 

国土復興。

つまり、この国がまた地続きになる。

 

繋がるのだ。

海の向こうで困っていた人達と。

 

……周りの人間達は難色を示していた。

 

どうしてKAN-SENがそんな事を。

開戦する手筈じゃ無かったのか。

俺達を良いように使うつもりなのか。

 

それら全てが、雑踏の様に俺の耳に入らなくなる。

 

(俺にできること……俺のしたいこと)

 

自然と、手を上げていた。

皆の視線が集中している事も気にならない。

 

「……貴方は?」

 

赤城様に、怪訝な声を掛けられた。

 

「やります」

「はい?」

「俺に、やらせてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

それからの事は、よく覚えていない。

 

気が付いたら部屋に居た。

 

ベッドに腰掛けて、ずっと虚空を眺めていた。

 

「……イサム?」

「………………あ。隼鷹」

 

だから、隼鷹にも全く気が付かなかった。

 

「こんな時間まで灯りを点けないで、どうしたの?」

「えっ……わ、本当だ」

 

外は真っ暗。

今の季節でとっくに日没していた。

 

「聞いてよ隼鷹!俺、やりたい事が見付かったんだ!」

「……そう。おめでとう、イサム。私は応援するわ」

「ありがとう隼鷹!俺、頑張るよ!」

 

隼鷹は、優しく微笑んでいた。

 

 




国土復興計画。

セイレーンとの戦争で疲弊した重桜を一つにする……新たな戦争の前段階。

イサムは、それを知らない。


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第八話 変わる生活

俺の生活は変わった。

配送の度に、新たな装備が支給される様になった。

 

はしごや、ロープパイル。

そして国土復興装置となる式神。

 

「よい、しょ」

 

荷物を積み込み、リバーストライクの準備をしていく。

 

結局、名乗り出た俺以外にメンバーは増える事は無かった。

俺だけが、この計画に加担した。

 

あの後赤城様に呼び出され、詳細な話を聞かされた。

 

『あの場で名乗り出る度胸を買いましょう。存分に励んでくださいまし』

 

そう、赤城様に笑顔で言われた。

その日一日、少し舞い上がっていたのかもしれない。

 

珍しく凡ミス……荷物を落とすなどしてしまった。

 

それから、俺の配送先に合わせた装備が支給される様になった。

 

「おっはよ〜〜〜〜イサムくぅぅぅぅぅん!!」

「あ、おはようございます愛宕さぶはっ!?」

 

愛宕さんに挨拶しようと振り向いた瞬間、フライングボディプレス。

KAN-SENのパワーにふっ飛ばされた。

床を転がった……あ、違う、愛宕さんに抱きしめられながらゴロゴロと床を転がった。

 

「うふふふふふ〜〜〜おはよう〜〜〜〜」

「えっ、あっ、はい。おはようございます」

「すぅぅぅぅぅぅぅ」

 

今、俺の顔は愛宕さんの胸に抱き抱えられている。

……えっ、何か吸われてる?

 

「ふぅ……満足……」

 

ひとしきり抱き締めた後、満足そうな顔をして愛宕さんが俺を解放した。

何となく疲れた……腰に付けていた水筒を手に取る。

 

「……スン。イサムくん?それは水かしら」

「え?ああ……そうだけど」

 

アレっ。

嫌な予感。

というかデジャヴ。

 

「没収」

「ああ!俺のMONSTERが!!」

 

またかよ。

 

「駄目よ〜イサムくん。若いんだからこんなのに頼っちゃ」

「愛宕さんだって若いじゃないですか……」

「うふふ〜見た目だけよ、若いのは」

「ちょ……辞めてくださいよそういう事言うの」

 

笑えないので。

 

「お茶とかにしときなさいな」

「隼鷹にも同じ事言われたよ」

「……あら?そう言えば隼鷹は?」

 

珍しい、と言った顔で愛宕さんが辺りを見渡す。

 

「流石にいつも一緒じゃないですよ。隼鷹、あれでもちゃんと出なきゃいけない戦闘とかも判ってるんです」

「……ふぅん。じゃあ、今日はお姉さんが一緒にいてあげるわ」

「え。愛宕さん、仕事は……」

「お・や・す・み・♡」

 

長期遠征の後の休暇を貰ってたらしい。

 

「え、でも悪いですよ。お休みなのに仕事に来てもらうなんて」

「良いの良いの。お姉さんイサムくんに癒やしてもらうから」

「えぇ……」

「ほら、行きましょう?」

「わかりましたよ……」

 

 




隼鷹、何してるんだろ。


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第九話 俺の海路

今回の配送メンバーは愛宕さん。
いつもとは違うけど、やる事は変わらない。


リバーストライクの後部座席に愛宕さんが座る。

海面に着水するまではいつもこうやって二人乗りをしている。

 

「んふふ~」

「ご機嫌ですね」

「ええ、久しぶりにこんなに一緒にいるんですもの」

「……そう、ですか」

 

愛宕さんの鼻歌と、風を切る音だけが聞こえる。

重桜内の整備された道を抜けて、海岸を抜ける。

 

「それじゃ、降りるわね」

「はい」

 

一度トライクを停車させる。

愛宕さんが座席から降りて、艦装を展開した。

……隼鷹と違い、砲を撃ちだす為の装置が両サイドに展開される。

 

隼鷹の物より、より重厚と言ったイメージだ。

 

「行きましょう」

 

愛宕さんが海の上を滑りだす。

俺も後に続いた。

 

「それにしても、イサムくんの力は……本当に便利ね」

「そんな事ないですよ。他の人たちからすれば地味ですよ、こんなの」

 

火を起こしたり、そんな力と比べるととても地味だ。

 

 

「でも、この力でイサムくんにしか出来ない事をしている。聞いたわよ、赤城から特命を受けてるって」

「ええ……この国を繋ぐ、大事な仕事です」

 

重桜という国が繋がれば……この国は、まだ生きていける。

 

「……ねぇ、イサムくん。貴方は……戦うのは悪い事だと思う?」

 

そんな時、愛宕さんがそう聞いてきた。

 

「……どうでしょうね。少なからず傷付く人が出ます。俺は……それが、嫌なんだと思います」

 

隼鷹や……勿論、愛宕さんが怪我をするのを見ているのは嫌だ。

俺に何の力も無いから。

 

「私達の敵の事、イサムくんは知ってるかしら」

「セイレーン、ですよね。養成学校で嫌ってほど聞かされましたよ」

「そうよ。……私たちは、それを倒す為に生まれた」

 

いつになく、真剣な顔をしている。

 

「セイレーンが倒せなければ……世界は終わり。それでも……躊躇う事、あるかしら」

「それ、は……」

「相手は人じゃないの」

「……愛宕さんは、それを俺に言ってどうしたいんですか?」

 

逃げ。

自分でも嫌になるくらいの逃げ腰。

 

「そう、ね……私は、今に向き合ってほしいかな」

「い、ま……?」

「イサムくんが頑張ってる、楽しんでるのはおねえさんも嬉しいわ。でも……もう少し、視野を広げてみても、良いんじゃないかなって」

「それは、俺に兵器輸送を受けろって事ですか」

「いいえ。でも、これから……戦争が激化すれば、そうも言ってられなくなる。その時、イサムくんが苦しまないよう……助言……なんてね」

「……考えてみます」

 

愛宕さんのいう事だし、無碍には出来ない。

結局これだって俺のエゴなんだ。

 

「うん、良い子ね」

「……子ども扱いは、やめてよ」

「ごめんね。でもイサムくんはもう弟みたいなものだもの」

「む、むぅ……」

 

小さいころから面倒を見てくれているから、そんな扱いなんだろうなぁ。

 

「……行きますよ」

「あ、スピード急に上げないでよ!」

 

 




その日、装置を設置して納品を完了し……愛宕さんが夕食を奢ってくれた。

俺の、考え……か。


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第十話 労働依存症

「進捗も申し分無いですわ。流石、『群青の配達人』ね」

 

ある日。

赤城様に進歩報告の為に書類を纏め、提出しに行った時だった。

 

「群青……?」

「あら、存じて居なかったのですか?」

「え、えぇ……何分、そう名乗った事はございませんので」

「重桜の海をカミのお力を分けられたとは言え、人の身で横断する貴方の姿が評判になっているそうですよ」

「そ、そうなんですか……」

 

そんな風に言われてるなんて知らなかった。

報告も終わった様だしそろそろ帰……。

 

「お待ちなさいアカツキさん」

「は、はい」

 

なんだか、険しい顔をして糾弾しそうな勢いだ……。

 

「貴方、いつ休みましたか?」

「え?あー、はい。ちゃんと就業後に……」

「ち・が・い・ま・す!!休日です休日!貴方2週間続けて配達してるじゃありませんか!」

 

……アレ?

 

「今日、何日か分かりますか?」

「えっと、9日」

「16です!どうして一週間もズレてるんですか!!と言うか周りも止めなかったんですか!?」

「え、あー……すみません。友達居ないもので……」

「……ごめんなさい」

「いえいえいえそんな……謝らないでくださいよ」

 

赤城様がちょっと泣きそうな顔で頭を下げてきたので慌てる。

 

「……隼鷹が何か言いませんの?」

「隼鷹ですか?……やりたい事が見付かって、それをしたいなら……応援するとは」

「はぁー……あの子ったら……愛宕は?」

「先週……ああ、先々週か。夕食一緒にとって以来会っていません」

「………………アカツキイサムさん」

「は、はい……」

「休みなさい」

「えっ」

 

 

「貴方は、今日から4日、休暇を取りなさい!」

 

 

バシーン、と顔に休暇願いを叩き付けられた。

 

 

 

――――――

 

 

 

赤城様の印鑑が押されていたため、秒で受理され今日から休みになってしまった。

 

「何をしよう」

 

趣味も無く、友人も居らず。

休日に何かしているかと聞かれると、鍛錬か寝ているかだ。

 

(何しようかな……取り敢えずリバーストライクの整備して洗濯して……今日は温泉でも入りに行こうかな。あ、髪も伸びてきたし切らないと……でも隼鷹怒るしな)

 

以前自分で髪を切ろうとした時、隼鷹が止めに来て物凄い剣幕で怒られた事がある。

キレイな髪なのに勿勿体無い、と。

それ以来俺の髪を切るのは隼鷹の仕事になりつつあった。

 

目の前にあった自動販売機に硬貨を投入して、MONSTERを買う。

最近これ飲もうとした時に毎回誰かに会って何か言われてる気がするんだよね。

 

「……あら、アカツキさん。まだ帰ってなかったのですね」

 

ほらぁ誰か来た……。

 

「赤城様……?!どうして此方に」

「私も、たまにはお茶以外の物も飲みます……あら、それは」

「え、あー……これは」

「……はぁー……休みも取らず、挙げ句にその様な飲料まで。恐らくちゃんとした食事も採っていませんのね」

「え、あ、あはは……」

 

ビンゴである。

酷いときには朝飯すら抜いている。

 

「笑って誤魔化すんじゃありません。はぁ……もし?今夜予定はお有りですか?」

「い、いえ……特には」

「では、今夜ウチにいらっしゃい。仕事頼んでしまっている手前、倒れられては困ります。ご馳走しましょう」

「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇ?!!?!?!!」

 

 



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第十一話 上司宅で晩御飯

赤城に夕食へ招待される事に。
どうしてこうなった……。


「………………」

「………………」

 

二人の間に会話は無い。

流石に、1ヶ月も交流は無いのだ。

話すことは正直無い。

 

赤城様の後を着いていく……が、段々とKAN-SENが増えてくる。

正直言って気まずい。

割と好奇な視線を集めている。

 

(……気まずい!!)

 

KAN-SEN寮は勿論KANーSENしか住んでいない。

そしてKAN-SENは女性型しか存在しない。

 

場違いも甚だしいのだ。

 

そんな中、周囲を見ない様に勤めながら歩く。

 

「着きましたよ」

「わぷ」

 

立ち止まったのに気が付かず、赤城様のしっぽにぶつかる。

……柔らか。

 

「……離れてくださいます?」

「す、スミマセン」

 

睨まれた。

そりゃそうだ。

 

「上がって下さい。加賀が待っています」

「え……加賀?」

 

加賀って、まさか。

 

「ただいまぁ~加賀ぁ~」

「お帰りなさい、姉様……そいつは」

 

玄関から、赤城様とは正反対の色使いの女性が出てきた。

 

「紹介するわね。今統合計画を手伝って貰っているアカツキイサムさんですわ」

「ど、どうも……」

「ふん……」

 

鼻を鳴らしたと思えば奥へ引っ込んでいった。

 

「あ、あはは……」

「あの子、ぶっきらぼうですけど根は優しい子ですのよ」

「そ、そうなんですか……」

「姉様」

「あらあらどうしたのかしら加賀。顔が赤いですよ」

「こ、これは……」

「ははは……」

 

不意に、笑みを溢してしまった。

やっぱり、歴戦のKAN-SEN相手に身構えていたのかも。

 

「何がおかしい」

「え、い、いえ……」

「フン。赤城姉様が連れてきたならとやかく言わん。さっさと食って帰れ」

 

加賀様が持っていたのは……鍋。

中身はおでんだった。

 

「さ、頂きましょう」

「い、頂きます」

 

久しぶりに、誰かの手料理を食べる気がする。

……大根に出汁が染みていて、

 

「……美味しい」

「ふふ、それは良かったですわ」

「姉様。作ったのは私です」

「細かいの事は良いのよ。さ、アカツキさんおかわりもありますよ」

「あ、はい、頂きます」

 

温かい。

そう感じる。

 

「そう言えば姉様の仕事を手伝っていると言ったな」

「え、ええ……」

「ほう……まぁ、励めよ」

「は、はぁ……ありがとうございます」

「酒は飲むか?」

「すいません、未成年なんですよ……」

 

何でお酒何て常備してあるの。

 

「真面目だな、お前は」

「それが取り柄ですので」

「……ですが、今回の超過労働は見過ごせません」

「それは……」

「良いですか、アカツキさん。貴方はKAN-SENとは違います。疲労は人間として襲ってくるのですよ。休養することも、仕事です」

「……はい」

 

ああ、そうか。

この人はちゃんと、俺の為に叱ってくれているんだ。

 

「……すみません」

 

おでんは、とても美味しかった。

 

 

 



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第十二話 休みの日は何をすれば良いの?

目が覚める。

仕事の準備をしないと……。

 

「アレ」

 

体が、動かない。

これは、金縛り!?

いや、アレは科学的に証明された筈……つまり、俺は疲れてるんだ。

でも仕事は仕事……なんとか、起きないと……!

 

「すぅ……」

「うん?」

 

俺以外の誰かが隣にいる?

恐る恐る首だけ横に向ける。

 

「すぅ……」

「……隼鷹」

 

誰かと思えば、見知った顔。

隼鷹が俺の隣で抱き着いて眠っている。

 

「隼鷹、起きて。起きてってば」

 

声を掛けるが……起きない。

拙いな、早くしないと……。

と言うか力強いな!?

 

「遅刻しちゃうよ、起きてって」

「むぅ……おはよう、イサム」

「おはよう、隼鷹。ちょっと離してくれないかな……仕事が」

「イサム、今日は……お休みでしょ」

「え……あ」

 

そうだった。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

さて、俺は休みの日何をしているかというと。

リバーストライクの手入れ、掃除洗濯、体力練成……ぐらいである。

 

趣味らしい趣味がなく、友人も居ないので何も他にする事がない。

 

「イサム、今日は何をするの?」

「そうだね……何しよう」

 

朝食を隼鷹と一緒に摂る。

ど平日なので少々人が居る。

 

「トライクの整備して鍛錬して終わり」

「……それだけ?」

「一日でも足りないくらいさ。最近サボり気味だったから丁度いいや」

「イサム……」

 

隼鷹が凄い哀れそうな視線を向けてくる。

そんな目で見ないでよ。

 

「普段からそうなの……?」

「そうだけど……」

「……援軍を呼ぶわ」

「えっ」

「あいつに頼るのは癪だけど……物凄い癪だけど!これもイサムの為……!」

 

ブツブツ呟きながら、隼鷹は部屋を飛び出して行った。

 

「……何だったんだ?一体」

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

整備班の一角を借りて、自分のリバーストライクの整備を行う。

 

何だかんだもう二年の付き合いになる。

丁寧に、少しずつ整備してやる。

 

特に、俺は海の上をよく走るのであちこちに錆が出来てしまうことがある。

それらも落としてやる。

 

「真面目だねぇイサム君は……休みなんだからちったあサボってもバチは当たらんだろうに」

 

整備班の誰かがそう呟いた。

主任の部下の班長さんである。

 

「最近サボり気味でしたので」

「そうか……?配送から帰ってきたら必ず整備してたじゃないか」

「戻ってきてすぐ出発が多かったので」

「……それ、サボってたって言わないなぁ?」

 

さて、一息つこう。

棚に置いといたMONSTERを手に取り、

 

「はい没収〜」

 

取り……。

 

「うわっ、KAN-SEN!?」

「うふふ〜ダメよイサムくん?こんなの飲んでちゃ」

 

取り……たかった……。

 

「愛宕さん……」

「こんにちは、イサムくん。隼鷹に呼ばれて来ちゃった」

「隼鷹に?」

 

まさか援軍って愛宕さんのこと?

 

「あ、隼鷹」

 

遅れて隼鷹がガレージに入ってきた。

……すっかり整備班の人たちは逃げている。

後で謝らないとなぁ……。

 

「イサム」

「うん、どうしたの?」

「デートしましょう」

「えっ」

 

ニコニコ笑う愛宕さんと真顔の隼鷹の顔を交互に見て。

 

「えっ」

 

そんな声しか出なかった。

 

 

 

 

 




「……行ったか」
「全く、KAN-SENは何するか分かんねぇから怖い」
「あの丁稚、何でKAN-SENに好かれてるか知らんが……ほんと、丁稚にしとくの勿体ないったりゃありゃしねぇよ」
「やめとけ。本人にその気が無いんだから。それに……今は赤城様の傘下だ」
「……ほんと、重桜も何考えてんだか。KAN-SENに指揮系統任せるなんてよ」
「国土復興、ねぇ……」


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第十三話 休日の過ごし方

朝からトライクの修理もそこそこに、隼鷹と愛宕さんに引きずり回されていた。


「……それで、何でここに」

 

小高い丘の上。

丁度、重桜軍司令部が一望できるスポットだった。

 

あれから、重桜の街の中を隼鷹と愛宕さんに引きずり回されて色んなスポットを見て回った。

生まれ育った国だけど、やっぱり知らないことも多い。

最近流行っている店だとか、服だとか。

でも愛宕さん、すぐ甘味屋に入ろうとするのはちょっと。

 

「良い眺めでしょう?」

「そうですね……風が、気持ちいい」

「ここはね、昔……私とイサムがよく遊んだ場所なの」

「そっか……」

 

俺には親が居ない。

そんな俺に寄り添っていてくれた隼鷹。

彼女との、思い出の場所。

 

「隼鷹、しんみりしに来たんじゃないでしょ?」

「そうだったわ」

「イサムくん、そろそろご飯にしましょう?勿論、お昼からも遊ぶわよ」

「……はい」

 

 

 

―――――――ー

 

 

昼食を済ませる。

豆腐料理の専門店らしく、様々な豆腐料理を網羅していた。

しかもバイキング形式。

愛宕さんが食べる事食べる事。

 

「美味しくてヘルシー、豆腐は最高ね」

 

愛宕が満足気な顔をしてお腹を擦っている。

なお、彼女が食べていたのは豆腐カツと言う代物で……揚げ物である。

相応のカロリーがあるが口には出さない。

 

「美味しかった?イサム」

「うん、美味しかった」

「そう、なら良かったわ」

「ねぇイサムくん、気になる甘味屋さんあるんだけど行ってみない?」

「えぇ、愛宕さん今ご飯食べましたよね!?」

「甘い物は……べ・つ・ば・ら♡」

「愛宕、貴女大丈夫なの……」

「大丈夫よ、KAN-SENは太らないもの」

 

……本人は豪語しているが、体重の増減で一喜一憂と言うのが世の女性と言うもの。

気にしてるKAN-SENとか居るのだろうか。

 

「甘い物は人生に必要なカロリーよ。行きましょう」

「えっ、ちょっと、引っ張……力強ォ!?」

 

KAN-SENのパワーで引っ張らないで!

腕が、腕が千切れる!

 

「ちょっと愛宕、やめなさいって。イサム、大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫」

「あー……ごめんなさい。お姉さん少しはしゃぎ過ぎたわ」

 

自慢の耳もしゅんと垂れてしまっている。

 

「だ、大丈夫です。愛宕さんのお陰で楽しんでますから」

「……フフ、ありがとう」

「そ、そう言えば隼鷹は、何で愛宕さんを誘ったの?」

 

あんまり隼鷹はよく思ってなかった様に思えたけど。

 

「私じゃあ……ちょっと疎いと思って」

「そうなの?」

「正直、そんなに」

「あらあら……それじゃあ、お姉さんに任せなさい。次は……そうね、あそこのおしるこ!」

「「天丼だ(よ)!!」」

 

どこまでもブレない人だった。

 



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第十四話 まだ休暇初日

マイブームがすぐに反映されるのは、良いのか悪いのか。


「あら、この様な場所で。奇遇ですね」

「お、お疲れ様です、赤城様!」

 

背後から声を掛けられ、回れ右から思いっきり頭を下げた。

……愛宕さんと隼鷹が苦笑している。

 

「今日は仕事ではないのですから。そんなに畏まらなくてもいいですのに」

「ですが……」

「アカツキさん?」

「わ、わかりました……」

 

笑顔で圧を掛けられてしまった。

 

「愛宕に隼鷹、貴女達がいると言う事は」

「イサムは今日が仕事の日だと思ってました」

 

隼鷹がそう言うと、赤城様は眉間に手をやりため息を吐いた。

……この人も苦労してるんだな。

 

「誰のせいだと?」

 

何で考えてる事バレたんですかね。

 

「まぁ、良いですわ……そう言えば」

 

ふと、赤城様が尋ねてきた。

 

「私はそう言ったものには疎いのですが……アカツキさんは、何か武道を修めているのかしら?」

「いえ……何故です?」

「加賀が、気にしていまして」

 

加賀様が?

どうしてだろうか。

 

「曰く、『ナヨっとした性格だが、体の軸……体幹が鍛えられている。何かしら修めているのだろう』と」

 

ナヨっとした性格と言われてちょっと傷付いたのはナイショだ。

隼鷹が俺の頭撫でてるけど顔に出ていないと信じたい。

 

「護身に……嗜む程度ですが、寺由来の拳法と武器を使った格闘術を少しだけ」

「戦争には忌避感を抱いていると見受けましたが?」

「……身にかかる火の粉は、払わなくちゃなりません」

 

暴力はいけない、そういった所で相手は待ってはくれない。

そんな事、嫌ってほど体感した。

 

どうして同僚達が力ずくで俺を従わせに来ないのか。

 

「矛盾、ですわね」

「………………」

 

そんな事は分かってる。

それでも、

 

「もう、赤城ったら。今日は貴女もお休みなんでしょ?こんな話してるのはリラックス出来てない証拠よ」

 

背中から抱き締められた。

……愛宕さんだ。

 

「赤城も、仕事中毒ね」

 

隼鷹が苦笑してそう言った。

 

「まぁ、失敬ね。久しぶりに手のかかる部下が出来てしまったのですから」

「あら、誰の事かしらね」

「貴女達が面倒を見てると聞いた時にもう少し考えるべきでしたわ」

「な、なんの事かしらね〜」

 

二人共そっぽを向いた。

その様子がおかしくて、思わず笑みを溢した。

 

「フフフ……空気を少し悪くしてしまったお詫びに、甘味など如何です?」

「本当!?」

「愛宕、何で貴女が反応するのよ。しかも午前中どれだけ食べたと思ってるのよ」

「甘い物は、べ・つ・ば・ら♡」

「愛宕さん……食べ過ぎでは?」

「KAN-SENは太らないから平気よ」

「あら。最近KAN-SENの体重増減の報告も上がってきてるわよ?」

「えっ……」

 

愛宕さんの顔から血の気が引いた。

 

「KAN-SENだからといって努力を怠ると、痛い目見ますわよ」

 

苦笑するしかなかった。

 

 




イサムの特技に某フロムゲーの仙峰寺拳法が追加されました。


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第十五話 今日は楽しかった?

初日からバタバタしていたけど。


すっかり空は朱に染まっていた。

重桜の桜が、夕陽に映える。

 

「……一日が、終わるなぁ」

 

どこからか、終業を告げるラッパの音が聞こえる。

いつもなら終礼をしてる筈なんだけど。

 

「そうね」

 

石垣の上に愛宕さんが腰を掛けている。

隼鷹は俺の隣に立っていた。

 

「イサムくん、今日は楽しかったかしら」

「ええ、お陰様で」

「ほんと、びっくりしたわ。イサムってこの街の事何も知らなかったのね」

 

……実は、所属基地周辺くらいしか把握しておらず……遊ぶ所、飲食店、何一つ知らなかった。

この街に二年住んでいたというのに。

 

「そんな余裕、無かったからかもなぁ……」

「イサムは真面目過ぎるのよ。ちょっと肩の力抜いても、バチは当たらないわ」

「人間そんな肩肘張って生きてたら、長生きできないわよ〜」

 

かも知れない。

俺は、ちょっと焦ってたのかな。

 

「……赤城様にお礼しないとなぁ」

「あの人はそんなつもり毛頭無いと思うわ。部下想いの頼れるまとめ役。それだけよ」

「そうそう。まぁ、赤城ならイサムくん安心して預けられるかしら」

「……あの人に、着いていくって何となく思ったけど」

 

自分の選択に、間違いは無かったと信じられそうだ。

 

「帰ろうか。さ、明日から頑張らなきゃ」

「「イサム(くん)」」

「うぇ?」

 

がッ、と2人から肩を掴まれた。

 

「まだ3日残ってるわよ」

「……そうだった」

 

4日間の休暇。

それの一日目が終わりかけていただけ。

 

「イサムくん本当に仕事中毒ね……」

「俺は、俺にしかできない事をやってるだけさ」

 

誰もやらないけど、誰かがやらなきゃならない仕事。

それが、俺が運ぶ理由。

 

「そっか。なら、お姉さんは止めないわ」

「……イサムがやりたい事を見付けてくれたから、私は嬉しいけど」

「ありがとう、二人共」

 

重桜の国土復興。

この国が繋がれば、疲弊しきった皆も……きっと笑顔が戻ってくる筈。

 

「そう言えばイサム」

「うん?」

「一人称、変えたんだね」

「……今更じゃない?」

 

愛宕さんが呆れた様に笑う。

 

「そうね。前は僕って言ってたのに」

「そ、それは……」

 

言われたこっちは笑えない。

 

「なんか無理してるみたい」

「そんなこと無い」

「そう?お姉さん的には前も可愛かったけどね」

 

それを言われたくないんだっての!!!

 

「まぁ、イサムも思う所があるんだよね」

「………………」

 

隼鷹にいつまで経っても子供扱いされたくなくて変えたなんてバレたくない。

 

「さ、帰りましょう二人共。お姉さんお腹ペコペコ〜」

「「えっ……」」

 

愛宕さんの胃袋は限界を知らないらしい……。

 

 




休暇一日目、完。


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第十六話 のしろん

新キャラ出すか出さまいか凄く悩んだのですが、1名増やすことにしました。


 

「何してるんですか。今日は平日で、仕事の日ですよ」

 

ある日。

よくお参りに来ている重桜神社の階段に腰かけていた時。

体重を後ろに傾けて、後方を見上げる。

 

……黒のタイツに包まれた足と、長い、とても長い黒い髪。

 

「……能代」

「こんにちは、イサム。今日はどうしたんですか?サボりですか」

 

小ぶりな角が一対、額に生えている。

彼女もKAN-SENだ。

重桜海軍所属、阿賀野型軽巡洋艦2番艦……名は、能代。

数少ない友人の一人だ。

 

「能代こそ。今日出撃は?」

「最近はすこぶる平和ですよ」

「そっか……」

 

海から流れてくる風に目を細める。

この神社は、昔嫌なことがあったりしたらよく来ていた場所で……規模は大きくないが、地元の人々に愛されて支えられている場所だ。

 

ここにいると、何というか……大切にされている場所、と感じて心が安らぐ。

能代と初めて会ったのも、ここだ。

 

「訓練も勿論受けていますが……やはり、体が鈍る気がしてならないのです」

「ふぅん……」

 

あ、ちょっと嫌な予感。

 

「じゃあ、俺行くね」

「どうです、一戦付き合ってくれませんか?」

「そのセリフは俺の襟首掴んで動きを封じた上で言うセリフじゃないと思うんだ」

「どうです?一戦付き合ってくれる気になりましたか?」

「脅し?!」

「さぁさぁ剣を取ってください」

「何で常日頃から木刀2本持ってるの……?」

「知りませんでしたか?ここの神社木刀が常備してあるんですよ……ほら」

 

能代が指差す方を見ると、簡素な屋根が張られた小屋の下に木刀が物凄い数刺さっていた。

 

「えぇ……」

 

 

 

――――――――――

 

 

3時間後。

 

「ぐえっ」

「ここまでにしましょうか」

 

神社の境内を転がる。

もう何もかもどろどろである。

 

対する能代は涼しい顔して立っていた。

……あー、いや……薄っすらと汗はかいていたみたい。

 

「はぁ、はぁ……俺じゃ能代に勝てないって」

「分かりません。研鑽を積めば人間でもKAN-SENを凌駕できるかもしれませんよ」

「……現に俺は君から一本も取ってないじゃない」

「危うい一撃も多かったのもまた事実。強いですよ、貴方は」

 

立ち上がる。

もう膝もがくがくと笑っている。

 

「重桜軍の『狼』と呼ばれる御仁をご存知ですか?」

「狼?」

「ええ。何でも剣の腕前はKAN-SENをも凌ぐと」

「そんな人が居るんだ」

 

狼……聞いたことあるかな。

 

「イサムはもう少し足を使う事を意識した方が良いかもしれません。良い拳法を修めていますし」

「あー……意識しないとつい足出しちゃうんだよね」

「?何か問題でも?」

「女の子を蹴るのは気が引ける」

「………………」

 

能代が真顔で無言になった。

あれ、俺なんか間違った事言ったかな。

 

「……イサム、構えなさい」

「えっなんで」

「その甘ったれた性根を叩きなおします」

「いやいや待ってなんか悪い事言った!?」

「チェストォ!!」

「ぎゃっ!?!?!?!」

 

 

 




と、言う訳で能代登場です。
イサム君とよくチャンバラしてます。


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第十七話 その努力は誰の為?

休暇最終日。

俺はトライクの格納庫にやって来ていた。

 

……なんだかんだで整備は手を付けられていなかったからだ。

 

「よしよし、よく頑張ったな」

 

ちょっとずつ手入れしてやる。

油の匂い、実は嫌いではない。

 

本格的な整備は資格も技能も無い為出来ない。

 

「今日も精が出るな、イサム。休みなんだろ?」

「こんにちは、主任」

 

そこにやって来る主任。

そう言えばこの人は休んだりとかしているのだろうか。

 

「全く、配送が終わればちゃんと整備してるんだから休みくらいちゃんと休みやがれよ」

「明日から仕事に復帰するんです。支度みたいなもんですよ」

「真面目だな」

「それが取り柄なので」

「無理すんなよ……あー、それと」

 

主任が言いにくそうに頭を掻きながら言った。

 

「……KAN-SENのお嬢さん達に言っといてくれないか。あまりここに顔を出さないでくれって」

「それは……」

 

実は、隼鷹達はあまり輸送部門によく思われていない。

と言うより一方的に『こちら』が忌避しているだけだが。

一騎当千の力を持つ彼女達は……戦えない俺達からしてみれば、あまりに眩しい。

 

「……言っておきます」

「お前にはいっつも割食わせて悪いと思ってる。野郎共がすっかりビビっちまうからな」

 

個人的に、隼鷹や愛宕さんまでそんな風に思われているのははっきり言って理不尽を感じている。

でも、それも仕方の無い事かもしれない。

ここの人達は、ここで仕事する事をよく思っていないのだから。

 

「邪魔したな」

「いえ……」

 

主任が持ち場に戻って行く。

もうトライクの整備も終わりが近く、何となく手持ち無沙汰を感じていた。

 

「……帰ろう」

 

整備を終わらせ、道具を戻し、リバーストライクを格納庫に仕舞う。

ちょうどお昼時。

さて、どうしたものかな。

 

「イサム」

 

主任が戻って来た。

 

「どうしたんですか?」

「……外で嬢ちゃんが待ってる」

 

誰の事だろうかと少し思案したが、考えるまでも無かった。

俺の事を待っていてくれる女性は、一人しか居ないから。

 

「ありがとうございます」

「なぁイサム」

 

呼び止められた。

何だろうか。

 

「はい?」

「……無理、してねぇか?」

「えっ?いえ、そんな事は無いですよ。お休みもしっかり貰いましたし」

「そうじゃねぇよ。お前さんの勤勉さにゃ助かってるが、その努力は誰の為にするか、ちょっとは考えな。……悪いな、呼び止めて」

 

俺の努力は、誰の為……か。

 

「イサム!おかえりなさい!お昼食べに行かない?」

 

外に出ると、隼鷹が笑顔で駆け寄ってきた。

思わず苦笑した。

 

「駄目だよ隼鷹、KAN-SENがここまで来ちゃったら」

「?いつも来てるわ」

「……そう言えばそうだったね」

 

これは説得するの時間掛かりそうだ。

ふと、誰の為に努力しているのか……何となく、思い出した。

 

いつか、隼鷹に恩返ししたい。

 

「?どうしたの?イサム」

「何でも無いよ。何食べに行こうか」

 

やっぱり、面と向かって言うのは気恥ずかしいけど。

 

 

 



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第一八話 久しぶりのお仕事

4日の休暇が終わり、久しぶりに配送の仕事が再開された。


「ようイサム、休暇は楽しかったか」

 

……?

 

「おはよう、今日から復帰か?頑張れよ」

 

…………????

 

「いや、すげぇよお前は。誤解してたわ」

 

………………????????

 

なんだ、なんだなんだ?

職場に出てから皆の様子がおかしい。

俺に声を掛けてくるなんて。

普段なら無視するのに。

 

「ようイサム」

「おはようございます主任。どうしたんですかね、皆」

「?」

「いえ、なんか急に声を掛けてきて」

「イサム。新聞読んでないのか?」

「え?」

 

そう言えば新聞読んでなかったな。

……え、なんだこれ。

 

「俺が、軍需品輸送範囲の拡大……」

「そうだ。お前さんが国土を復興させたお陰で各地の工場や企業に物資が回せるようになったんだ」

 

何だこれは。

何だこれは……俺は、そんな事の為に。

 

「重桜も開戦ムードだし、戦力の増強は急務だったしな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()本当に助かったよ」

 

……俺は、走り出した。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

……俺は、思ってた以上に何も考えてなかったみたいだ。

空を見上げる。

今の俺の気分の様に、曇天の空模様。

 

その辺に落ちていた石ころを、思いっきり海に向かってブン投げた。

 

こんなんで気分が晴れる訳は無い。

 

これからどうしよう。

仕事を放り出して、出てきてしまった。

 

でも正直……戻って仕事する気になんてなれなかった。

 

どうしよう。

 

「イサム」

「……隼鷹」

「何してるの?仕事は?」

 

……彼女に表情は無い。

 

「………………」

「今日は仕事でしょう?何してるの」

「隼鷹は、知ってたの」

 

俺は、つい口からそんな事を溢してしまった。

 

「知ってたよ」

「!!!」

 

帰ってきたのは肯定。

 

「隼鷹、何で」

「……イサムが承諾したことよ」

「でも、」

「貴方が決めた事なのよ」

「隼鷹……」

「甘えた事言わないの!」

 

一喝。

そして衝撃。

ぶたれたのだ。

ただし力が強くて俺は転がった。

 

「隼、鷹」

「選んだのは貴方。いくらでも考える機会はあったの!でもそれをしなかった!」

「それ、は」

「逃げるな、自分のしたことから!」

「う、あ……」

「私は、イサムが周りとこれで上手く行くかもしれないって……ちょっと思ったんだ」

 

ぽつり、と隼鷹が溢す。

 

「貴方が周囲から浮いていたのは知ってたし、イサムがそれをあまり気にしてないのも分かってた。けれど……やっぱり、周りともつながってほしかった」

 

重要が、しゃがみこんだ俺に手を差し出した。

 

「……ごめんね」

「謝ることは、無いよ……全部、本当の事なんだ。目が覚めたよ」

 

 

手を取らずに、立ち上がった。

ちょっとした意地。

隼鷹は、ほほ笑んだ。

 

「これから、どうするの?」

「謝りに行かなきゃ」

「それで?」

「俺の荷物を待ってる人が居る。急いで配送する」

「うん」

「赤城様にも謝らなきゃ」

「うん……」

「隼鷹」

「何?」

「………………ありがとう」

「嫌わるかもって思ってた」

「そんなこと無いよ」

「そっか。ありがとう」

「お互いにお礼言うのって、変ね」

「かも」

 

はははっ、とお互いに笑った。

 

「……隼鷹のこと、ずっと否定してた」

 

戦う為に生まれたKAN-SENに、戦いについて嫌いだとずっと言っていた。

俺は、最低だ。

 

「ううん。イサムは、良い子に育ったね」

「やめてよ、それは」

「ふふ、さ、行きましょう?」

 

悩んでも、俺のそばにずっといてくれた彼女に。

恥じないよう生きていきたいな。

 

 




第一章、完。


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第ニ章 海を渡り、国を繋げ
第十九話 繋がった大地の先に


めちゃ久しぶりの投稿。
第二章開幕です。


あれから二か月が経った。

重桜本土の復興が順調に進んでいる。

俺は……心境の変化もあって、KAN-SENたちへの配送も行うようになった。

 

「おはよう、イサム。今日もいい天気ね」

 

カーテンが開かれる。

……まぶしい。

 

「おはよう、隼鷹」

「うん、おはよう。よく眠れた?」

「ばっちり」

「そっか。じゃあいこっか」

 

彼女は笑顔で手を引くのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「イサムさん。今日は折り入って頼みが」

「はぁ。頼みですか」

「はい。ちょっと鉄血まで行ってきてくれませんか」

「はぁ、鉄血に」

 

………………鉄血!?

 

「え、ええ!?」

「?」

 

赤城様から唐突に告げられた一言。

鉄血ってあの鉄血!?

 

「あ、あの鉄血ですか!?」

「はい、あの鉄血です」

「えっ、えっ本当に言ってるんですか!?」

「ええ。その鉄血です」

「遠くありませんか……」

 

ここから鉄血の領海まで割と遠い。

1日で行ける距離ではない。

 

「今回の任務の概要を説明しましょう」

 

赤城様がぱちんと指を鳴らす。

天井からスクリーンが降りてきた。

いやでも畳の部屋にそれってすごいミスマッチですね。

 

「依頼主は重桜の研究開発部。貴方には重桜の戦術データを収めた特殊なメンタルキューブを運んでもらいます」

「特殊な……?」

 

メンタルキューブというのは、KAN-SENを構築する為のデータ、リュウコツが収められた事実上のブラックボックス。

 

「はい。貴方には話しておきましょう。これには開発艦計画というのが絡んでいます。名前だけでも聞いたことは?」

「ああ……少しだけ」

 

開発艦。

過去の大戦時に存在しなかった架空の存在を強力な力を持たせて顕現させる、対セイレーンにおいての切り札となる船達だ。

 

「概ね認識しているようですね」

「まぁ、自分の国の事ですので」

 

あれから、しっかり自分の国について学びなおした。

今、何と戦っているのかを。

 

「……少し、変わりましたね」

「そうですか?」

「ええ。以前の戦いを忌避していた頃より良い顔をしています」

「あ、あはは……」

 

そういわれると、ちょっと照れ臭い。

 

「過去に鉄血へ向けて遠征があったのをご存知ですか?」

「はい。愛宕さん達が向かったやつですね」

「ええ。実はアレ、鉄血までのルートの安全化、中継地点の設計なんて物をしていました」

「なるほど……」

「そして今回、経路をいくつかに分けて秘密裏に鉄血へ向かうチームを編成します」

「秘密裏に、とは?」

「最近、アズールレーンとの間に不確かな亀裂があります」

「……まさか、開戦するつもりですか。相手は、KAN-SENと……人間ですよ」

 

拳を握る。

落ち着け。

ここで声を荒げた所でどうにもならない。

 

「……まさか。ただ、アズールレーンが武力を持って服従を求めた場合……我が重桜の戦力では太刀打ちが出来ません。その為に……鉄血との連合、レッドアクシズの結成の必要があります」

「……わかりました」

「では、アカツキイサム曹長。鉄血へ向かい、あちらへKAN-SEN技術を送り届けてください」

 

……俺の、新しい仕事が始まった。

 

 




イサム、鉄血へ向かう。
新たな旅路に、どうかお付き合いくださいますようよろしくお願いします。


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第二十話 天城さん

赤城と別れ、重桜海軍の本部の廊下を歩く。


……何時来ても、ここの空気は合わない。

いつもピリピリしている気がする。

足早に去ろうとして、

 

「そこの貴方?何をしているの?」

 

呼び止められた。

女性の声だ。

 

「は、はい」

 

恐る恐る振り返る。

 

「赤城様?」

「あら」

 

確かに、赤城様そっくりだった。

けど、違う。

立ち居振る舞いと言うべきだろうか。

所作一つ取っても落ち着きと貫禄。

 

似てはいるが全然別物の存在感だった。

 

「違いますよ。私は天城。赤城の姉ですわ」

「こ、これは失礼しました……天城様」

 

慌てて頭を下げる。

名前だけは聞いた事がある。

重桜きっての策士、天城と。

 

「そう畏まらなくても良いですよ。赤城の部下の子でしょう。いつもありがとうございます」

「い、いえ、そんな」

「あの子、変な風に育たなくて良かったのだけれど……少し計画が行き当たりばったりなのよ」

「そうなんですか……ああ」

 

思わず納得してしまった。

だってあの時俺が本土復興計画に挙手しなかったらどうするつもりだったんだろうか。

 

「思い当たる節がおありのようですね」

「ええ、ちょっと前に」

「ふふふ。でも、貴方は赤城を手伝ってくれています」

「それは……まぁ、成り行きで」

「それでも、ですわ。赤城の事……よろしくお願いしますね」

「は、はい!」

 

それでは、と天城様が一礼して……ああ、と声を漏らした。

 

「最近、犬がこそこそと歩き回っている様です。用心されますように」

「犬……?」

「それではご機嫌よう」

 

天城様が歩き去って行った。

あまりにも綺麗な後ろ姿にしばし見惚れた後、慌ててこの場を後にした。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

夜。

俺は一人歩いていた。

 

重桜の土地は湿度が高い傾向にあり、夜は少しじめっとしている。

 

(犬、犬か……)

 

夕方、天城様が仰っていた事を思い出す。

野犬の類では決してない。

参謀役であるあの方が言うならば……密偵。

 

(密偵、密偵かぁ……俺なんて特に情報を持ってる訳じゃな……)

 

ふと、目に留まった。

留まってしまった。

 

……月に反射する綺麗な長い銀の髪。

重桜ではありふれた巫女の装束で覆いきれない豊かな胸。

そして、顔の半分から上を狐の面で隠している。

あまりにも人外すぎる見た目にしばし見惚れてしまった。

 

白髪、銀髪自体は重桜のKAN-SENにも存在しているが……少なくとも夕立さんではない。

一体誰だろうか……。

 

「あの」

「!」

 

あえ?

何で声かけちゃったの俺!?

 

「な、何でしょうか」

「あー……えっと、お困りの様でしたので」

「……ナンパでしたら、他を当たってくださいますでしょうか」

「えっ、そんなんじゃなくてですね……」

「はぁ……重桜の殿方は、もっと身持ちが固いイメージでしたが」

「は、はぁ」

「申し訳ありませんが、私も忙しいので」

 

失礼します、と()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あっ、ロイヤルのメイド隊……!」

「!!」

 

過去にロイヤルの行事の映像を観た時に見覚えが……。

 

「う、わ!?」

 

物凄い力で襟首を引っ張られて、そのまま路地裏に連れ込まれた。

 

「……不覚ですね。まさかこんな呆気なく看破されるとは」

「う、げ、げほっ」

 

首が締まる。

物凄い力だ。

 

「申し訳ありません。目撃者は少ない方が良いので」

「あ、が、」

 

マズい、意識が。

 

「……!!」

 

ふっと、手が離された。

 

「げほっ、げほっ……何が」

「……」

 

俺の前に、一人の男性が立っていた。

 

「貴方は……」

「明かせぬ」

「まさか、重桜のシノビ……!」

「……」

 

え、シノビ……?

KAN-SENに対抗し得る数少ない人間って……。

 

「狼さん……?」

 

男性は、無言で、音もなく刀を抜き放った。

 

「……参る」

 

 

 




重桜の忍、推参。


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第二十一話 重桜の狼

重桜の夜を翔ける。


鉄と鉄とがぶつかり合う音。

さきほどからずっと狼さんと謎の女性が打ち合っている。

狼さんの攻撃をすべて女性は防いでいるが、狼さんもまた女性の攻撃をすべて防ぎ、踏み、躱している。

 

「くっ……!」

「………………」

 

完全に互角。

改めてKAN-SENが陸の上でも脅威だと言う事を認識したし、何より狼さんの技量も恐ろしい。

人外に食い付いているのだ。

 

「なるほど、相当な手合……!」

 

女性の両腕に付いた手甲には傷はない。

なんとあの女性、狼さんと素手でやり合っている。

相手は刀を持つと言うのに。

 

KAN-SENが艤装を使っていない、要するに本気では無いのにこの能力。

 

さっきから呆けっと見てる事しか出来てない。

 

(ほ、呆けるな!今の内に援軍を呼びに行かないと……!)

 

今の自分は徒歩。

海軍司令部に走っても結構時間が掛かってしまう。

どうする……!

 

「狼さん!援軍を呼んできます!」

「……!かたじけない!」

「させませ……くっ!」

 

狼さんの動きが、相手を縫い止める……時間稼ぎの物に変わる。

臨機応変、まさしく忍たらしめる。

……でも忍が真正面から打ち合いしてるのもそれはどうなんだろうか。

 

「ベルファスト!」

「えっ」

 

走り出した瞬間、物陰からまた小柄な人影が現れた。

ブレーキが効かずぶつかる。

 

「わっ、ご、こめんなさ」

 

言い切る前に、その小柄な影に持ち上げられて投げ飛ばされた。

なんて力だ……!

 

「申し訳ありません。存外手こずってしまって」

「助力します。早く離脱しますよ」

「ぬぐ……」

 

狼さんが低く呻く。

KAN-SENが2体。

状況は悪い。

俺は……。

 

「助太刀します」

「……これでは、どちらが助けに来たのか分からぬな」

 

腰に書くし差していた短刀を抜き、逆手で構えて狼さんに並んだ。

……実は、重桜統一が成されたその日……長門様より下賜された代物だ。

抜かずに置いておけたらどれだけ良かったか。

 

両者、無言でにらみ合う。

……その時、夜空を一機切り裂く艦載機が飛んだ。

 

「あれは」

「隼鷹!」

 

間違いない。

隼鷹の艦載機だ。

 

「……誰だ」

 

背筋が凍った。

誰が出した声だ。

ゾッとするほど殺意と憎悪に染まった声音。

 

「イサムを傷つけたのは、誰」

「増援……!引きますよ、シェフィールド」

「逃がすと思ってるの?ネズミめ」

「算段が無ければ元より勝負を始めないものでして」

 

からん、と何かが落ちる。

これは、筒……いや、煙幕!

 

「ご機嫌よう皆様方。またいずれ」

 

それだけ言い残して、声は消えてしまった。

 

「逃がすか……!」

 

隼鷹が走り出そうとして、俺は、彼女の手を……思わず掴んでしまった。

 

「イサム……」

「あ……いや、ごめ、違っ」

 

手が自分の意思に逆らって離れない。

……手が、ずっと震えている。

 

「……」

 

いつの間にか、狼さんも居ない。

ここには、俺と隼鷹の二人だけ。

 

「じ、隼鷹は、追わなきゃいけないのに」

「……大丈夫よ、イサム」

 

隼鷹が、震える俺を抱き締めた。

 

「怖がらないで。隼鷹が傍に居るわ」

「……ごめんなさい。ごめんなさい……弱くて。本当に……」

「泣かないで。イサムは、頑張ったわ。KAN-SENに立ち向かえたんですもの」

 

俺は、しばらく隼鷹に抱き締められて……泣いていた。

この日を、絶対に忘れてはいけない。

 

 

俺は、こんなにも無力だ。

 

 

 

 




初めてぶつけられた殺意。


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第二十二話 不穏

後日。

朝イチで赤城様に呼び出しを食らい参上する羽目になった。

 

「……まずは、無事を確認出来て何よりです」

 

……赤城様に何となく疲れが見える。

恐らく、寝ずに色々と処理をしていたのだろう。

 

俺も何だかんだ寝れたのは3時間くらい前だった。

 

「はい」

「さて、昨夜の襲撃ですが……ロイヤルの者というのは確実です」

「ベルファスト……でしたっけ」

 

ロイヤルメイド隊メイド長、軽巡洋艦ベルファスト。

ロイヤル所属KAN-SENの中でもぶっちぎりの実力者。

何故メイドなどと言う組織作っているのかよく分からないけど。

 

「ええ。彼女たちが何を目的で重桜に侵入したかは定かではありません。ロイヤルを問い正そうにも物的証拠もありませんのではぐらかされるに決まっています」

 

そこで、と前置きして赤城様が書類を出す。

 

「計画を早めます。イサムさんには悪いですが出発が来週に早まる事を了承してくださいまし」

「来週、ですか。思ったより早い訳ではないですが…」

 

元々来月の予定だったので早まった事に変わりはないが。

さて、それまでの配送どうしよう。

 

「代わりの者はいくらでも居ます。唯一、水上を自由に行動できる人間は貴方くらいしか居ませんが」

 

そういう事らしい。

 

「分かりました」

「また後日、詳しい説明をします。今日は休みなさい」

「ありがとうございます」

 

ふと、気になる事が一つ。

 

「……同行者って、誰か居るんですか?」

「KAN-SENを増やせばそれだけ他の勢力に嗅ぎ付けられますし……まだ検討中ですわ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「イサムさん」

 

なんだか最近誰かに呼び止められる事が増えたな。

立ち止まり、振り返る。

能代だ。

 

「やぁ能代。どうしたの?」

「どうしたではありません。ロイヤルのKAN-SENと戦ったと聞きましたが」

「俺は戦ってないよ」

「?では何故無事なのです」

「狼さんが助けてくれたんだよ」

「なっ!重桜の狼を見たのですか!?どんな御仁でしたか?!背は、歳は!?」

 

能代に襟首を掴まれてめちゃくちゃ揺すられた。

もしかしてファンだなこいつ!

 

「い、言えないよ!」

「くうぅ……ひと目見てみたかった……そして出来れば手合わせを」

「いやいやいや」

 

何だかんだ能代も戦闘狂みたいなフシあるね。

 

「なんか狼さん、そういうの嫌いっぽくて」

「シノビですからね!存在は秘匿しないといけませんもの」

 

あのKAN-SENに秒でバレてた気がする。

やっぱりそういう訓練とかしてるんだろうか。

隠密対策みたいな。

 

「そうそうイサムさん、そろそろ出発ですよね」

「うん、来週」

「私は大規模艦隊の方の護衛に当たりますので同行できないんですよね……」

「ありがとう、気持ちだけでも受け取るよ」

「そういうわけで、どうぞ」

 

す、っと能代が何か差し出した。

 

「これは?」

「お守りです。きっとイサムさんを守ってくれますよ」

 

神社でもよく売っているような見た目のお守り。

よく見ると手作りだ。

 

「ありがとう」

「鏡面海域の出現も減ってますけど、やっぱり他陣営との諍いに巻き込まれるかもしれません。ご武運を」

 

 

 

 




お久しぶりです。
ちょっと腐ってたのでしばらく休止してました……。

完結せずに放り出すのはやっぱりできないので戻ってまいりました。
色々とすいません…。


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第二十三話 出立

 

まだ日が昇るより早い時間。

俺は目覚ましがなる直前に時計を叩き起き上がった。

 

「……第一関門クリア」

 

要するに寝坊しなかっただけ。

顔を洗い冷凍庫からゼリー飲料を出して胃に流し込む。

 

前日の夜にまとめた荷物を身に着け、部屋を出た。

 

……ガレージの前に、誰かが居る。

あのシルエットは見間違えない。

 

「赤城様……」

「おはようございます、イサムさん」

 

重桜が誇る一航戦、赤城。

彼女が、俺のリバーストライクの前に立っていた。

その隣には、

 

「おはよう、イサムくん」

「愛宕さんまで」

「見送りよ」

 

愛宕さんがウィンクする。

相変わらず何させてもサマになる人だ。

 

「こちらを」

 

赤城様が、厳重にロックされたアタッシュケースを差し出す。

 

「これが……」

「はい。開発艦計画の要、彼女のコアです」

「………………」

 

この中に、これから生まれるKAN-SENの重要機関が入っている。

無意識に体が強張る。

 

「……イサムさん。実は、この任務……仮に失敗したとしても気負わないで下さいまし」

「えっ」

「このコアは全部で5つ。全て別働隊によって運ばせています。貴方は言わば保険のようなもの……ですので、気負わず、いつもの様に運んで……無事に帰って来てください。まだ重桜は貴方を必要としています」

 

……からだの緊張が溶ける。

思った以上に安心したのかもしれない。

 

「わかりました。必ず帰ります」

 

アタッシュケースを受け取り、背中のマウントに固定した。

 

「イサムくん」

「はい?」

 

愛宕さんに呼ばれる。

振り向くと、にっこりと微笑みながら両手を広げていた。

 

「愛宕さん……あの」

「あら、私は気にしませんよ」

 

赤城様がニヤニヤしながら袖で口元を隠していた。

 

……観念して腕の中に入る。

ぎゅっと、抱き締められた。

 

少しだけ、俺の方が背が高いから……愛宕さんは背伸びして俺の肩に顎を乗せた。

 

「……大きくなったわね、イサムくん」

「……そうですかね」

「ついこの前まで小さかったのに。オトコノコの成長って早いのね」

「貴方は、変わりませんね」

「KAN-SENだもの。きっと、沈むまで……この姿ね」

 

そのまま無言で抱き締められること数分。

愛宕さんは無言で手を離した。

 

「イサムくん」

「はい」

「いってらっしゃい」

「……行ってきます」

「外で、あの子が待ってます。合流してあげてくださいね」

「はい」

 

トライクに跨り、エンジンを掛ける。

相棒はいつもと変わらない唸り声を響かせる。

 

「ご武運を」

 

俺は、走り出した。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

頭上を、一機の戦闘機が通り過ぎた。

水平線の向こうから、日が昇ってくる。

 

海上に、誰かが立っていた。

誰かって?

彼女に決まってる。

 

 

「お待たせ。待った?」

「いつまでも、待つわ」

「ごめんね」

「気にしてない。愛宕も、寂しいだろうから仕方ないわ」

「そう……じゃあ、行こうか。隼鷹」

「ええ」

 

俺たちの、長い旅が始まった。

 

 

 



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第二十四話 手を差し伸べると言う事

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!」

 

どこかで、少女の悲鳴が木霊する。

 

「沈みます、沈みますわぁ!!?冗談抜きで沈んでしまいますわ指揮官様!?」

 

少女は絶えず登る水柱を巧みに躱している。

……しかし、水柱……敵の砲撃は止まない。

 

「指揮官様ぁぁぁぁ!!大鳳このままだと沈んでしまいますわ!?援軍とか居ませんの!?えっ、現戦力で対処?信じてる?えぇ?なら指揮官様、この大鳳めに愛してるって囁いて……あっ、切った」

 

少女の顔から表情が消えた。

 

「あれ、あれあれあれぇ〜???もしかして大鳳ちゃん、指揮官サマに見捨てられちゃったのかなぁ〜〜〜???」

「!」

 

少女の目の前に、不気味なほど白い肌をした少女が現れる。

 

「黙りなさいセイレーンめ!」

「あれれ怒っちゃった?でも事実だよね〜?」

「っ……」

「残念だね〜可哀相だねぇ〜、あれだけ媚を売って献身的に尽くしてきたのに最期がこれだなんてねぇ〜〜」

「アナタに何が……!」

「何も知らないのはそっちだよ」

「あ"、ぐっ」

 

光線が掠める。

それだけの衝撃で、少女は吹き飛ぶ。

 

「あはは、まさに死に体って感じ?ねぇ、何か最後に言い残す事は?」

 

 

 

 

「……あーあ。大鳳のこと、ちゃんと大事にしてくれる人に会いたかったなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……セイレーンってさ、どんな奴等なんだろう」

 

重桜を出発してから一週間が経過した。

過去の戦乱で吹き飛ばされた土地が散らばり、そのまま島を形成している為……中継地点を築くのは容易だった。

 

中継地点を経由しながら、俺は鉄血へと向かっていた。

 

「そうね……神出鬼没で、意味の分からないことを言ってくるヘンナの」

「……話が出来るって事?」

 

隣を走る隼鷹がそう答えた。

 

「意思の疎通なんて出来ないわよ」

「俺達に通じる言葉を話すのに?」

「同じ言語だと思わない方が良いわ」

「そうかな……」

「そうなのよ」

 

セイレーン。

歌声は人を魅了し水底へ引きずり込むとか言う話があったとか無かったとか。

 

そんな大層な名前を付けるに値する相手なんだろうか。

 

「大丈夫。イサムは私が守るから」

「え、あ、うん……ありがとう……ん?」

 

今何か、波の合間に……。

 

「隼鷹!」

「何?」

 

口調はいつもと変わらないけど、俺の一言で臨戦態勢になる。

 

「人だ!誰か漂ってる!」

 

すぐさまトライクの向きを変える。

隼鷹も後に続く。

 

……浮かんでいたのは、とても長い黒髪の少女。

赤い、鮮やかな着物は血と焼け跡で汚れていた。

 

「隼鷹、ごめん!この子を後ろに!」

「イサム、助ける気?私達の任務を忘れたの?」

「……判ってるよ。でも、この子は重桜のKAN-SENだ……見捨てられない」

「……イサムってば。本当に頭が硬いんだから」

 

隼鷹が折れてくれた。

わがままなのは判ってる。

でも放っておけない。

 

「……私、こいつ嫌いなんだけどなー」

「なにか言った?」

「ううん、何でも。さ、中継地点まで向かいましょう。もうすぐよ」

 

 



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第二十五話 装甲空母

ようやくデスストクリアしました。


「……あ、れ」

 

冷たい海に漂う感触が無い。

何か、柔らかいもののの上に……寝かされている。

 

体が重い。

でも、動く。

 

「わ、た……たいほう、は……沈んだん、じゃ」

「起きたわね」

「……!隼鷹……?」

 

部屋の出入り口に立っていたのは、ぶっちょう面の軽空母。

何故……?

 

「イサムに感謝することね」

「イサム……?」

「その辺で野垂れてる貴女を拾ったのよ」

「え……」

 

わたしを、拾った?

 

「変な気を起こさないでよ。上官変わるたびに猫かぶって近付く貴女を私は信用してないから」

「は、はは……大鳳も随分、嫌われちゃいましたね……」

「当たり前でしょ。私たちは明後日出るわ。それまでに何とか重桜と連絡取って受け入れてもらいなさい」

「無理、ですよ……だって大鳳は見捨てられたんですから」

「……フン。お似合いの末路じゃない。じゃあここにいれば?」

「それは……」

「どっちみち、ここは遠征が終わるまで残ってるし、それまでは生きてはいられるわ」

「………………」

「それじゃ。全く……イサムのお願いじゃなかったら面倒なんて……」

 

そう言って、隼鷹は出て行った。

 

「……イサム、さん」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふぁ……」

 

目が覚める。

……ソファで寝てたからちょっと身体に違和感。

 

とりあえずストレッチから。

 

「おはよう、イサム……大丈夫?身体へん?」

 

腰を回していたら、隼鷹が談話室に顔を出した。

……ここは、重桜が一度目の遠征で建設した中継地点のうちのひとつ。

休憩スペースのソファーで何故か俺は寝ていた。

 

というのも、昨日拾った……もとい、救助したKAN-SENを寝かせていたからだ。

隼鷹が急に剥くから慌てて飛び出したのだった。

 

「あの子は大丈夫なの?」

「まぁ死にはしないでしょ」

「だと良いんだけど……」

 

とりあえず顔を洗って身なりを整えて、仮眠室のドアをノックする。

 

「……起きてますか?」

『どうぞ』

 

驚いた。

もう声が出せるほど回復してるみたい。

 

ドアを開ける……すると。

 

「おはようございます、イサム様♡」

「……へぁ?」

 

十二単の様な煌びやかな着物を凄まじく着崩した少女が、ベッドの上で三つ指揃えた座礼をしていた。

二房の長い黒髪が艶やかに光る。

 

「え、えぇ……?」

 

さっきから困惑の声しか出ない。

怪訝に思ったのか少女が顔を上げる。

 

……声から察した年相応な顔立ち。

しかし、その少し下に現れた暴力的なふくらみが一瞬で俺の思考を奪って釘付けにした。

 

「ふん」

「いだッ!?!!???!?!?」

 

隼鷹に足を踏まれて我に返る。

 

「チッ……」

「あいたたた……何するのさ」

「えっち」

「え、ちが、違うからね!?」

「はいはい。それで、どうするか決めたの?」

 

隼鷹が話を進める。

どうするか……?

重桜に帰るんじゃないのか?

 

「もう、隼鷹はせっかちですね。自己紹介くらいさせてくださいます?イサム様は命の恩人なんですから」

「そんな大層なものじゃないよ」

「それではイサム様、私は装甲空母大鳳と申します」

「それはご丁寧に……アカツキイサムです」

「アカツキイサム様ですね!大鳳、そのお名前をこの胸に刻みました。今後一切忘れることはありませんわ」

 

その西瓜並みに大きな胸部装甲を盛大に揺らす。

……愛宕さんも大きかったけどこの子、それ以上だ。

 

「……」

「殺気……!?」

「それで、今後どうするのよ」

 

凄まじく機嫌の悪い隼鷹が話を先に進める。

 

「はい、大鳳は……」

 

大鳳が一呼吸入れる。

 

「イサム様に着いていこうかと思います♪」

「「……ええ!?」」

 

 

 



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第二十七話 重桜軍の落とし物を回収せよ

『お久しぶりですね、イサムさん』

 

応接間に取り付けられたモニターに、赤城様が写し出された。

一度目の遠征で引かれたインフラの賜物だとか。

 

『あら、貴女……』

 

赤城様が大鳳さんを見て目を丸くした。

大鳳さんは凄く気まずそう。

 

「どうも」

『沈んだと報告を聞いていましたが……生きていたのですね』

「イサム様に、助けて頂きました」

『イサムさん……貴方も随分とお人好しですね』

 

呆れたように赤城様がため息を吐いた。

 

「それで、赤城。今回は何の用?」

 

隼鷹が話を進めてくれた。

赤城様の事だ。

流石に何かしらの用件があって俺に連絡を寄越したに違いない。

 

『大鳳を拾ったと言う事はやはり近辺で戦闘が発生したようね……』

 

赤城様が一人で何か納得している。

珍しく煮えきらない。

 

「赤城様?」

『イサムさん。今任務中で手が回らないと思いますが、1つ緊急の案件があります』

「は、はい」

『そちらの大鳳を含む護送部隊の運んでいた荷物を回収、それが出来なければ破壊してください』

 

大鳳さんの運んでいたもの……?

 

「赤城!アレは……!」

『大鳳、案内くらい出来ますよね?』

「アレは鏡面海域で起こった戦闘ですわ!回収出来るとは思えません!それに、イサム様は人間です、危険すぎます!」

 

大鳳さんの剣幕にびっくりする。

鏡面海域……?

 

『……指揮官に捨てられて、今度はイサムさんに尻尾を振るつもりですか?』

「っ!!」

 

大鳳さんの表情が変わる。

……赤城様を、睨んでいる。

 

『まぁ、構いませんが』

「あ、赤城様!」

 

この空気で口を開くのは、ちょっと勇気が必要だった。

 

『なんでしょうか』

「いくつか聞きたいことがあるんですけど、取り敢えず一つだけ」

『はい』

「大鳳さんの保護をお願いします」

『「!』」

「指揮官に捨てられた、と言うのが本当なら……大鳳さんは原隊に帰れません。それまで……」

「イサム様!大鳳は貴方に着いていくと言いました!」

「駄目だよ、大鳳さんは病み上がりじゃないか。休むべきだ」

 

つい昨日、沈没寸前だったのを回収したのだ。

鏡面海域と言うのがどの様なものか知らないけど、連れて行くべきじゃない。

 

『わかりました。しかし、任務が優先です。その大鳳を連れて指定の海域へ向かい、物資を回収して来てください』

「あ……」

 

それを言って、赤城様の通信は切れた。

 

「……どうして」

 

大鳳さんが俯いて呟いた。

 

「……さっきの話が本当なら、大鳳さんは少し休むべきなんです」

「でも、大鳳は……」

「任務が終わったら、また会いに行きます」

「……約束ですよ」

「はい」

 

隼鷹が、なんとも言えない表情で見ていた。

 

 



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第二十八話「空白海域」

「ここが、指定されていたポイントだね」

 

トライクを一旦止める。

波が少し荒いだけで、特に何か問題のある海域には思えない。

 

……問題、問題があるとするなら。

ここが、重桜の領海から少し外れた場所であるという事。

 

どの国にも統治されていない海。

……未だ、セイレーンの蔓延る場所。

 

「早く行きましょう」

 

隼鷹が先行する。

俺もその後に続く。

 

「……それで、大鳳さんの部隊が落とした物資というのは?」

 

後ろに続く大鳳さんに聴こえる様に声を張る。

KAN-SEN同士は艤装の通信設備でどうにかなるけど、俺はそうでもないのだ。

 

「呼び捨て貰っても構いませんイサム様♡」

「チッ……」

 

隼鷹が舌打ちしたのを聞かなかった事にした。

 

「大鳳達が運んでいたのはメンタルキューブですわ」

「メンタルキューブ?どうしてそんな物を」

 

メンタルキューブ。

KAN-SEN達が産まれるために必要不可欠なブラックボックス。

未だ、それがどうして必要なのかすら判明していない。

唯一判っているのは、KAN-SEN達にとってのリュウコツを司る『船の記憶』が秘められている事。

 

「それは少し特殊な物だったんです」

「特殊?」

「はい。詳しくは言えませんけど……開発艦計画はご存知ですか?」

 

それで大体察した。

俺の運んでいるこのアタッシュケースと同じ物が、この海の何処かにある。

 

「大体わかったよ。早く探してあげよう」

 

しかし、この波間に呑まれていないとも考えられない。

探すまでもなく海の藻屑と化しているなら……諦めるしかない。

 

最悪のケースは既にセイレーンの手に落ちていること。

対セイレーンの切り札を失う事は痛手だ。

 

隼鷹と大鳳さんが艦載機を飛ばし始めた。

 

こういう時、やはり空母は頼りになる。

 

……おや。

 

「大鳳さん、大丈夫ですか?」

「……え?」

「顔色が優れませんけど」

「き、気にしないでください。少し、思い出してしまっただけですわ」

 

最後の、独り言の様に呟いた言葉にはなんの感情もなかった。

 

 

 

――――――――――一時間後。

 

 

 

「無い……やっぱり沈んじゃったのかな」

 

荷物の性質上、このケースは軽い。

回収しやすい様に浮かせるためだ。

 

空母2隻の索敵能力を持ってしても見付けられなかった。

 

「赤城に連絡する?」

「そうし……」

「駄目ですわ!」

 

大鳳さんが声を荒げる。

驚いて振り向く。

 

「……大鳳さん?」

「あっ、いえ……何でも、ありません」

「体調が優れませんか?やはり無理はすべきでは無いと思います。戻りましょう」

「違っ……大鳳は……」

「イサム。大鳳を置いて行きましょう」

「何言ってるの隼鷹!?」

 

隼鷹の発言に思わず目を丸くした。

 

「イサム、大鳳のそれ。演技よ」

「え……」

「ッ!」

 

隼鷹に指摘されて、大鳳さんを見る。

顔色は悪いままだが、その表情は無。

 

「……いつから?」

「最初からよ。貴女いっつも保身に走ってるから分かりやすいわ」

「何ですって……!」

「喧嘩しないでよこんなとこで!今はそんな事はどうだって良い!」

 

俺は大鳳さんへ向き直った。

 

「それは本当に貴女のしたいことですか」

「え……」

「大鳳さんは、その任務を継続しなきゃいけない理由があるんですか?」

「大鳳、は……」

 

「重桜のKAN-SEN……それと、人間が、どうしてここに」

 

「え……」

 

第三者の声。

 

「貴方は……」

「ひっ……」

 

思わず、呻いた。

そこに居たのは、ロイヤルのメイド隊。

 

俺を殺しかけた、メイド長だった。

 

 

 



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第二十九話「逃走」

どうして、どうして、どうして。

どうしてこの人がここに居るんだ。

 

「貴女、ロイヤルの……」

 

隼鷹が呟く。

一切油断なく、相対している。

 

今は、彼女ひとりか。

メイド隊が単騎で行動するなんてあり得ない。

何処かに彼女以外のKAN-SENが居る筈……。

 

「……隼鷹」

「大丈夫よ」

 

声に出した言葉は、俺の想像以上に震えていた。

 

「……それほど怖がられるとは、少し心外ですね」

 

メイドはあっけらかんと言い放つ。

俺の事をもしかして覚えていないのか?

 

「何をしているの」

「それはこちらのセリフです。こんなセイレーンも出没する海域に人間を連れているなんて」

「……………」

「それに、そちらの人間は妙な力をお持ちなようですね」

 

メイド……ベルファストの目が、俺を捉えた。

今すぐアクセルを全開にしこの場から逃げ出したい欲を抑える。

 

「貴方は、何故こんな重桜に近い場所に?」

 

大鳳さんと隼鷹が俺を一瞥する。

 

「さて、何故でしょう」

 

はぐらかす気か。

ただまぁ、この場に居るって事は。

 

「また重桜に入る気ですね?」

()()?」

 

ベルファストの顔色は変わらない。

しかし、声に若干の変化が見られた。

 

()()、とはどういった意味でしょうか?人間様」

「……?」

 

この人、もしかして俺の事を覚えていないのか?

 

「まぁ……そんな事はどうでも良いのですが……」

「「!」」

 

ベルファストの艤装、その砲身がこちらに向けられる。

 

「人間は保護すべき、我らが女王様はそう仰られています。貴方がた、何故KAN-SENが人間をこんな海域へ?」

「仕事よ。それ以外ある?」

「そうですか……宜しければ、お聞かせ願いませんか?『袖振り合うも多生の縁』、重桜の言葉でしたでしょうか」

「……嫌な女」

 

大鳳さんが呟いた。

その言葉に微動だにせずにこりとベルファストは微笑む。

 

「……俺達は、」

「教える必要は無いわ。消えなさい」

 

隼鷹が俺の言葉を遮り構える。

 

「あら、そうですか。お探しの物はこちらで?」

「「!?」」

 

ベルファストが持ち上げたケース。

なんの変哲もないただのジュラルミンケースだが……それは、俺が背中に括り付けているものと同じ物。

 

開発艦の、メンタルキューブだ。

 

「な、何故それを!」

「チッ……!」

 

大鳳さんが狼狽えた声を上げる。

それに隼鷹が舌打ち。

 

この反応、まさしくのそケースが重要な物だと証明している様なモノだ。

 

「……なるほど。ではそちらの方が背負うそれも、中身は同じですね?」

「えっ……」

「バカ大鳳、道は一つよ」

「隼鷹、待って!話合えば……」

「無駄よ。ロイヤルの腹黒に舌で勝てるものですか」

「心外ですね。もしかしたらお互いの妥協点が探れるかもしれませんよ?」

「お前達に渡せる物は何も無いのよ!!」

「……はっ!?」

 

ベルファストの足元から水柱。

何かが海中から飛び上がったのだ。

 

ベルファストの手にケースは無い。

 

が、何かが高速で俺に向かってきたので慌てて受け止める。

 

「イサム!走って!!」

 

それは、海中に艦載機を沈めていた隼鷹の機転。

むりやり動かして足元から強襲を掛け、ベルファストから荷物をひったくったのだ。

 

……流石に無茶をし過ぎである。

 

「隼鷹!」

「必ず追い付くわ!大鳳、行くわよ!!」

「えっ、大鳳も!?」

 

俺は、アクセルを踏みしめて全速力で離脱した。

 

 

 



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第三十話 「救援」

全速力でトライクを飛ばす。

 

荷物は回収できた。

後は仮拠点に戻り設置されている転送装置で重桜に送れば問題ない筈。

 

拠点周辺は隠形の式が張ってあるから追跡は撒ける……!

 

……二人が、気がかりだ。

実力者とは言え、相手は軽巡洋艦。

艦種の相性は最悪だ。

 

特にベルファストと言えば対空戦闘に長けていると噂されている。

 

負けはしないだろうけど……勝つことは、難しいだろう。

 

(大丈夫だろうか……)

 

……?

何か、風を切るような音がする。

隼鷹の艦載機だろうか……いや、

 

「砲撃……ッ!?」

 

ハンドルを切る。

すぐそばに水柱が立ち上る。

 

手を放して俺がトライクから離れれば、移動手段を失ってしまう。

 

流石に直撃にはしてこないだろうが、下手に突っ込んでバランスを崩すかもしれない。

 

「今のは警告です。まだ本気にならないウチに投降していただけると助かるのですが」

「……隼鷹たちは」

「少し大人しくして頂きました」

 

ベルファストがにっこりと微笑みながら答える。

 

……拙い。

非常にこの状況は拙い。

俺の速度は軽巡相当ではあるが、小回りは効かない。

直線なら距離は縮まる事は無いが向こうは何をしてくるか分からないのだ。

 

「渡せない!!」

「困りましたね……」

「追ってこないでくれ!」

「逃げられれば、追ってしまうのが性と言うものです」

「追ってくるから、逃げるんだよ!!」

 

両者、距離は変わらない。

時間を稼ぐ手段は無い。

何なら向こうは俺の足を封じる手段を持つ。

 

俺を傷つけないで捕縛するなんて造作も無いだろう。

 

だが、それが足を止めていい理由にはならない。

 

また水柱が上がる。

正面。

そのまま突っ込んでしまった。

 

「くっ……」

 

バランスが崩れかける。

スピードが落ちる。

 

「さぁ、捕まえましたよ」

「ま、まだ……ッ!!?!」

 

視界にベルファストの手が映る。

……あの夜、彼女に絞殺されかけた記憶がフラッシュバックする。

 

「ひっ……」

 

反射的に、胸元に入れていたお守りを握った。

 

「!」

 

ベルファストが飛び退いた。

閉じていた目を開く。

 

「え……」

 

刀が一本、俺の後ろから突き出されていた。

 

「……大丈夫ですか、イサムさん」

「え……の、能代……!?」

 

トライクの後部、俺の背後に……能代が、立っていた。

 

「重桜の、軽巡洋艦!」

「阿賀野型2番艦、能代。友軍の危機に馳せ参じた!推して参る!!」

 

能代がベルファスト目掛けて跳ぶ。

 

何が、どうなってるんだ……?

 

「イサム!」

「隼鷹!……と、大鳳さん!良かった、無事だったんだね」

「あのメイド、やっぱり手を抜いてたわ……忌々しい。え、何で能代が……?」

「分からない、けど」

「好機ね!行って来るわ!」

「気を付けて!」

「イサム、言ってほしい言葉は他にあるの」

「!」

 

今、俺が彼女たちに言える相応の言葉。

 

「お願いだ、皆……勝ってくれ!!」

「「ええ!!」」

 

 

 



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第三十一話「一時離脱」

………………俺たちは全員ボロボロの状態で仮拠点に帰ってきた。

 

「つ……強かった」

 

能代が溢す。

こちらは3人、向こうは1人だったのに圧されていた。

それだけあのメイド長は上手だったのだ。

 

「みんな……無事……?」

「ええ……」

 

二人とも無言だったけど、隼鷹は息絶え絶えで答えた。

 

「シャワー、使っていいよ……」

「イサムも無理しなくて良いから……」

「いっそ全員で浴びます……?」

「お風呂入りたいですわー……」

「ていうか重桜製のベースキャンプなのにお風呂無いんだ……」

「あるわよ」

「「「えっ」」」

 

あるんだ。

あれ、何で言ってくれなかったの?

 

「イサム、先にどうぞ」

「いや、悪いよ……そっちこそ先に入りなよ。俺はシャワーで良い……」

「背中流せないじゃない」

「乱入前提じゃん。辞めてよ」

 

隼鷹、たまに風呂に乱入してくるから気が抜けない。

しかも毎回じゃなくて完全に油断してるタイミングで。

 

愛宕さんは気を遣って来ないけど。

 

「イサム様のお背中……」

「何でちょっと元気になってるのさ大鳳さん」

「え、う、うふふ、何でもありませんわ」

 

この人もこの人で要注意、だなぁ。

と言うかさっきから能代がピクリともしない。

大丈夫かな……。

 

 

……そう言えば、どうして能代は俺達の場所までやって来たのだろうか。

回復したら聞いてみよう。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

風呂だ。

浴槽の中で脚が伸ばせる…………………。

 

 

 

カミはここに居た。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

深いため息が出る。

疲れた。

とにかく疲れた。

 

大鳳さんを拾ってからもうごっちゃごちゃも良いところ。

……まさか、またあのロイヤルのメイド長……ベルファストに遭遇するなんて。

 

「……っ」

 

また、あの時首を締め生殺与奪を握られた夜を思い出し、身震いした。

下手したらあの時俺は死んでいた。

 

狼さんが来なければ本当に。

 

『……イサム、湯加減はどう?』

 

そんな状態を見透かした様に、隼鷹が声をかけてきた。

 

「大丈夫だよ」

『ほんとうに?』

「……うん。大丈夫」

『私が着いてるわ』

「……うん」

『だから……大鳳?何しに来たのかしら』

 

隼鷹の声が急に殺意丸出しになる。

怖いって。

 

『イサム様!大鳳がお背中お流ししますわ!』

『このっ、そんな元気あるなら戦ってる時に出しなさいよ!!あっ、誰もその駄肉出せとは言ってないわ!!』

『離しなさい隼鷹!貴女だって脱いでるじゃありませんか!』

『濡らしたくないからよ!』

 

やっべ。

これ絶対入って来るやつだ。

とりあえず鍵を閉めた。

 

『あら?イサム様ー。開けてくださいましー』

『イサム?何してるの?開けて?』

 

二人して何で今結託したの。

 

かちゃり。

 

「ゑ」

 

今開いた音したよね。

 

「無駄よイサム。私の特技は鍵開け」

「イサム様!お流ししますわ!」

 

おおカミよ、寝ているのですか。

 

『しらそん』

 

誰だ今の。

 

「貴方達!いい加減にしなさい!!」

「「ぎゃん!!!!」」

 

………………二人とも、能代にしばかれて引きずられて行った。

 

「……いったー」

 

さり気なく俺も叩かれた気がする。

 

頭痛い。

 

 

 



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第三十二話「種明かし」

「私がここに飛んできた理由、ですか?」

 

やっとひと段落したので能代に気になっていた事を聞いた。

 

「うん」

「出発前に渡したお守り、覚えていますか?」

「ああうん、ここに……あれっ」

 

風呂に入る前にポケットに入れていたお守りを出す。

……しかし、そのお守りは焼かれたように半分無くなっていた。

 

「焼けてる……」

「ちゃんと機能したみたいですね」

 

良かった、と能代が胸をなでおろしていた。

 

「これは緊急用の簡易転移式神です」

「あー……」

 

よく重桜の上層部が使用している移動手段だ。

 

「この通り、一度使うと消失してしまうのが玉に瑕なのですが……移動距離に制限がありません」

「なるほど……」

 

俺の緊急事態に反応して飛んできたのだろう。

 

「けど、どうしてこれを?」

 

背後からため息が聞こえた。

隼鷹が風呂から上がってきた様だ。

 

「……言わせる気ですか」

「いや、言ってくれないと分からないけど……」

「……隼鷹が強いのは重々承知してますけど、やっぱり……心配、でしたので」

「そっか……でも、大丈夫なの?能代の艦隊の方は……」

「了解は得ていました」

「そうなんだ……」

 

いや、でも艦隊の護衛放り出して来るのは如何なものか。

 

「……仕方ないじゃないですか。心配だったんですから」

 

能代はそう言うと、顔を背けて手元に持っていた羊羹にかぶりついた。

 

「あはは……ありがとう、能代。お陰で助かったよ」

「ふん……」

 

言われてみれば、軽空母の隼鷹一人が護衛と言うのもそもそもどうなのだろう。

索敵は出来るが接敵してしまった場合の対処。

 

「私は帰らないわよ」

「まだ何も言ってないんだけど」

「イサムから離れるなんて絶対嫌」

「あの」

「嫌ったら嫌」

「……わかったよ」

 

言い出したら絶対に曲げないからなぁ、隼鷹。

 

「お風呂上がりましたぁ〜」

 

大鳳さんの声だ。

視線を向けようとして、能代に視界を塞がれた。

 

「え、何!?」

「イサムさんは見てはいけません」

「えっ!?」

「あっ!能代さん!?何をしていらっしゃいます!?」

「貴女が何してるの大鳳!!服を着なさい!!」

「破廉恥ですっ!!」

「イサム様ぁ〜大鳳の髪を乾かして下さいます〜?」

「やめなさい!!能代!絶対に手を離さないで!!」

 

……どうやら、大鳳さんがあられもない格好でお風呂から上がったらしい。

 

「あ、あはは……」

 

なんだか、隼鷹と愛宕さんのやり取りみたいでつい苦笑が漏れた。

 

「だいぶ打ち解けたみたいだね」

「イサム……?大丈夫?今すぐ任務を中断して診てもらう?」

「えっ、どこを!?」

「おいたわしやイサム様……不詳大鳳、全身全霊でお世話を……」

「貴方は自分の世話をまずしなさい!!」

 

脱力して後ろに倒れそうになる。

 

……うん?後頭部に柔らかい感触が。

 

「な、ち、ちょっ、イサムさん!?」

「ああ、能代後ろに居たんだ」

「当たり前よ……」

「あはは、ごめんごめん……ちょっと眠くなってきた」

「……そろそろ休みましょう。お疲れ様、イサム」

 

 

 

 

翌日、大鳳さんは風邪を引いた。

 



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第三十三話「配送再開」

あけましておめでとうございます。
今年もしぶとく路肩の雑草の様に生きてますので、まだ私の作品読んで下さる方がいらっしゃるならば、どうかもう少しお付き合いください。


「では、私は大鳳さんを連れて一度本部に戻ります」

 

翌日。

能代が風邪をひいてすっかり弱っている大鳳さんを担いでいる。

 

「ごほっ……うぅ、大鳳も最後までイサム様の傍に居たかったのにぃ……」

「自業自得よ。さっさと帰って直してから出直してきなさい」

 

……隼鷹が、言外にまた来いと言っている。

ちょっと驚いて隼鷹の方を見てしまった。

 

「……何」

「何でもないよ。大鳳さん、お大事に。俺の連絡先、取り合えず渡しておきますね」

「!!!!!ありがとうございますイサム様ァ!!ごほっ!!げほっ!!」

「わ、わぁ大丈夫!?」

「「はぁー……」」

 

二人が盛大にため息を吐いた。

 

「行きますよ、大鳳さん」

「大鳳はいつでもどこでもはせ参じますわぁぁっぁぁぁっぁああ!!!」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

洋上を、二人で並んで走っている。

お互いに無言だ。

 

「………………」

 

静かだ。

波の音、トライクの音しかしない。

 

「………………静かね」

「そう、だね」

「騒がしいのが居たから、かな」

「かもね」

 

二人だけになったのが、とても久しぶりに感じられる。

でも、まだ最初の中継地点を超えただけ。

先は、長い。

 

「ねぇ、イサム」

「何?」

「気になる子とか居たりするの?」

 

慌ててハンドルに意識を戻す。

一瞬バランスを崩しかけた。

 

「ちょっと、イサム!?」

「な、何さ急に!?」

 

隼鷹らしからぬセリフに動揺していた。

 

「何って……ちょっと気になっただけ。イサムももういい歳だし」

「そ、そうだけど」

「部屋のベッドの下にもそう言う雑誌置いてないし」

「そんな分かりやすい場所には流石に置かないよ!?」

「……あるんだ」

「え、いや、違っ」

「帰ったら、探すわ」

「隼鷹!!」

 

しかし、どうしたのだろう。

今までそんな事聞いたことなかったのに。

 

「隼鷹……」

「何?」

「ちょっと、テンション高い?」

「………………」

「図星なんだ……」

「何よ」

「ううん。何でもない」

「何よイサムったら生意気ね」

「あはは……ちょっと、艦載機で追っかけてこないでよ!」

「ふん」

「うわわわっ」

 

そして、二人で笑い出した。

何がおかしいのかわからないくらい。

 

「たまにはこういうのも、良いでしょ?」

「そうだね」

 

この日は、日没まで移動して次の中継地点まで到着した。

夜の航海はリスクが高いから、それを考慮して中継地点の間隔が設定してあるみたい。

 

「そう言えばイサム」

「何?」

「荷物、増えてるけどそれ赤城に確認しなくても良いの?」

 

……そう言えば開発艦のメンタルキューブが一つ増えていた。

 

「今から連絡入れて大丈夫かな」

「大丈夫でしょ」

「なら良いんだけど」

 

さて、報告もし忘れていたし、なんて言おうか。

 

 

 

 



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第三十四話 彼女は特にテンプレート

航海中、やっぱりアクシデントは付き物。



出発から一週間が経過した。

その間、特に目立ったアクシデントもなく航海は進んだ。

 

ただ、運ぶ荷物が一つ増えただけ。

それも……以前回収したもう一つのメンタルキューブ。

 

結局俺が運ぶ事になった。

 

「イサム」

 

前を走る隼鷹が声を掛けてきた。

 

「大丈夫?」

「え、ああ、うん。大丈夫だよ」

「暫く走りっぱなしだったから、ね。そろそろ中継点だから」

「気にし過ぎだよ隼鷹。ここまで何も無かったしきっと――――――」

 

……なんて、見通しが甘かったのかも知れない。

目の前の海面から、突如として水柱が立つ。

 

「イサム!」

「分かってる!」

 

隼鷹が偵察機を飛ばす。

砲撃の音が聞こえなかった。

なのにすぐ目の前に水柱が立つ。

妙だ。

 

妙ではあるができる事が警戒しかない。

 

スピードを上げる。

 

「見えた!この先で誰かが交戦中よ」

「所属は!」

「多分、鉄血」

「何だって!?」

 

まだ鉄血の領海まで距離があるのに……。

どうしてこんな所へ。

 

「数は?」

「……単騎よ」

「孤立してる……?」

「チッ、撃ち落とされた」

「敵は?」

「セイレーンの量産型。数は4」

「OK、隼鷹」

「任せて。借りを作ってやりましょ」

 

隼鷹が艦載機を発艦させる。

鉄血はまだ同盟を締結してはいないが、貸しを作っておけばこの先有利に事が運ぶだろう。

 

……と言うのは結果の話で、この時の俺は本当に何も考えてなかった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

戦闘中のKAN-SENが見えてきた。

小柄な、金髪の子だ。

鉄血特有の赤と灰色を基調とした制服と……機械然とした艤装だ。

 

「ッ!?増援!?いい加減にしろっての……!」

 

少女がこちらを睨む。

すでに装備も服もボロボロだ。

それでも闘志が失せておらず、獣の様にギラついた目をしている。

 

「味方だよ!着いてきて!離脱する!」

「は、はぁ!?あんた達、重桜!?」

「目を閉じて!!」

 

対KAN-SEN用フラッシュバンを投げる。

少女は慌ててこちらに向けて全速力で走る。

 

閃光。

量産型KAN-SENにも効果は覿面だ。

製作者は確か明石って言ってたっけ。

使い勝手は良いんだけど発注費用結構馬鹿にならなくて赤城様に領収書切れないか聞いたらため息吐かれた。

 

「喰らえッ!!」

「いっ!?」

 

轟音。

金髪の少女は離脱すると見せかけて隼鷹が落とし損ねた最後の量産型を砲撃して、沈めた。

 

「はっ、はっ、はっ、吐かれたぁ…………………」

 

肩で息をする。

そんな表現が似合う程消耗していた。

 

「だ、大丈夫……?」

 

恐る恐る声をかける。

隼鷹は警戒態勢に戻り、周囲に偵察機を飛ばしていた。

 

「はっ、はっ、べ、別に助けてくれなんて言ってないわよ!!」

「えっ」

「あんな奴らアタシ一人で何とかなったわ!」

「なっ、そんなボロボロで言うことじゃないだろ!!」

 

つい、こちらも強い口調で返してしまった。

 

「はぁ!?アンタ馬鹿!?これのどこがボロボロだっての!五体満足、艤装も全然動くわ!」

「な、何お……!君こそ自分の身体がどうなってるのか分かってるのか!?」

「自分の身体のことは自分が良くわかってるっての!!」

「君は……ぐえっ」

 

後頭部に衝撃。

振り返ると隼鷹が立っていた。

 

「イサム。時間の無駄。いくわよ」

「隼鷹、でも」

「どの道こいつには選択肢は無いわ」

「ぐぬ………………」

「着いてきなさい。手当して色々聞かせてもらうわよ、金髪まな板」

「な、なんですって―――――――!!!!」

 

 

 

 

それが、俺の初めての鉄血KAN-SENとの出会いだった。

 

 

 

 

 




というわけでメインヒロインその2の登場です。
さて、誰でしょうね。


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第三十五話 異国の同行者

旅に新しいメンバーが加わりました。


「あたしは鉄血海軍所属重巡洋艦、アドミラル·ヒッパーよ」

 

拠点に辿り着き、治療やら報告やら諸々を済ませた後に改めて彼女から自己紹介を貰った。

 

「アドミラルヒッパーって、まさかネームシップ?」

「そうよ」

「へー、光栄だな。他国のエリートにこうして会えるなんて」

「ふ、ふん。何よ、案外見る目あるじゃない」

 

アドミラル·ヒッパー級。

鉄血ではKAN-SEN自体少なく、各々の能力か高い事もありエリート集団だと聞いている。

 

「で、そのエリート様がどうして孤立してたの」

「ぐぬ……殿よ、殿!」

 

聞けば、鉄血領海内でセイレーンとの戦闘があったものの、部隊が追撃に夢中になり敵の勢力圏まで誘い込まれてしまった。

そこから離脱の為に囮となっていたらしい。

 

「よく生きてたね……」

「これくらい、あたしにはどうってこと無いわ。防御力は自慢だもの」

「でも、無茶しすぎだよ。現に怪我たくさんしてるし」

 

身体のあちこちにまだ包帯が残っている。

KAN-SENに巻くと言うのは気休めの意味合いが強い。

負傷箇所から漏れるエネルギーを最低限に出来たら御の字。

その程度だ。

 

「うるっさいわね!何回言うのよ!あたし達はKAN-SENよ!敵を撃滅するのが存在理由なんだから!!ちょっとはその脳みそで考えなさいよね!!」

「初対面にそこまで言われる筋合いも無いんだけど……」

 

彼女、何というか一言一言がきつい。

まともに取り合ってると3日で円形脱毛症にでもなりそうだ。

 

「何はともあれ、ここにあるのは好きに使ってもらって良いから」

 

 

他国のKAN-SENをこの中継地点に招き入れる事に、最初は赤城様も渋っていた。

 

『お人好しも程々にしてくださいまし』

 

ため息混じりにそう言われたのが記憶に新しい。

その後ろで天城様がニコニコしながら、

 

『まぁ良いではありませんか。重桜としては、友軍を救助して面倒を見たという手札が手に入りました。同盟の堅牢化には一役買うでしょう』

 

言われてみれば確かにそうでもある。

ただ、これだけでそんな効果があるのだろうか。

 

『少なくとも、鉄血のKAN-SEN達からは覚えが良くなりますよ。良かったですね』

 

ウィンクしながらそんな事を言われた。

 

回想終わり。

 

 

「流石に怪我してる状態で放り出したら心配だし」

「あんたみたいなのに心配される程間抜けじゃないわよ」

「ははは……」

「て言うか、あんたまさか人間?」

「え、ああ……そうだけど」

「ふーん……」

 

めちゃめちゃジロジロ見られている。

居心地が悪い。

 

「名前は」

「え、あー、アカツキ·イサム」

「ふーん……ま、まぁ……少し、世話になるわ」

「うん。よろしく、アドミラル·ヒッパーさん」

「……何それ。ヒッパーでいいわよ、長ったらしい」

「そう?ありがとう、ヒッパー」

「は、はぁ!?何でそんなんで礼なんて言うのよ?!意味わかんない、あんた馬鹿ァ?」

「な、何お……!」

「はいはい騒がない。風呂入って寝なさい」

 

二人して隼鷹に殴られた。

何故……。

 

 

……隼鷹、終始機嫌悪かったなぁ。

 

 

 



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第三十六話 増えた荷物

色々忙しかったり虚無ってたりガンダムしてたり全然触ってませんでした(
久しぶりに投稿するも物語は進行せず。


「なるほどね……あんた達は重桜の使い走りって事で鉄血を目指してたワケ」

 

ヒッパーが蕎麦を啜りながら呟いた。

夕食兼情報共有の時間。

 

「それで、なんで人間のあんたがそんなことしてるのよ」

「なんて言えばいいんだろ。保険、みたいな」

 

俺は自力で海が渡れる。

大規模な輸送艦隊を作らなくても最小限の護衛で動くことが出来る。

 

「なるほどね……重桜は変な土地ね。あんたみたいなのが生まれるなんて」

「鉄血にはそんな人は居ないの?」

「少なくともあたしは見たこと無いわ」

 

重桜にしか能力を持った人間は居ないんだろうか。

 

「そうなんだ……なんか、意外だ」

「そう何人もいてたまるかっての。……これ、何かお腹に貯まってる感じしないわね」

「そう?そのうちお腹いっぱいになるよ」

「ふーん。ごちそうさま。結構イケたわ」

「それは、どうも」

「それで、ヒッパーはこれからどうするの?俺達と一緒に鉄血まで行く?」

 

結局、返事は聞いていなかった。

 

「……そうね。どの道単騎で航行していても危険なだけだし」

「決まりだね」

「別に感謝なんてしないわよ」

「するのはこっちの方だよ。土地勘とかないし、現地に詳しい人が居てくれると助かる」

「え、あ、そう……」

「船たらし(ぼそっ」

「……何か言った?隼鷹」

 

隼鷹は無言で食器を片付ける。

 

「そろそろ休んだら?イサム。明日も朝早いよ」

「分かってるって」

「……ねぇ」

 

そんなやり取りをしている俺たちに、ヒッパ―が爆弾を投下した。

 

「あんたたち、どういう関係なの?指揮官じゃない人間と親しくするKAN-SENは少ないし。恋人?」

「こっ……違うよ、隼鷹は」

「この子のおねぇちゃんよ」

「へぇー……」

「違うからね!?」

「分かるわ。あたしも妹いっぱいいるし……」

「そうなんだ」

「ぜんっぜんあたしの言う事聞かないし」

「分かる。イサムも最近私の言う事ちゃんと聞いてくれないし」

「やっぱり?下の子って反骨心強いって言うか」

「でも、手がかかる子程可愛いの」

「あ、分かるそれ。何だかんだあたしの妹だし可愛いのよね……」

 

拙い、話に入れない。

ていうか何か変な共感が生まれてる気がする。

 

「重桜の隼鷹、覚えといてあげるわ」

「鉄血のアドミラル・ヒッパ―……覚えておくわ」

「……シャワー浴びて寝るね、僕は」

 

まぁ、いつも敵対心露にしてる隼鷹に友達が出来そうでちょっとほっとしているのだった。

 

「イサム、ちゃんと100まで数えるまで出ちゃだめだからね」

「子供かっ!!」

「子供よ」

「………………はい」

 

既に年齢分過ごした仲である。

説得力が重かった。

 

 




鉄血、いつ着けるんだろうな……。


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第三十七話 遠くの空の下

今回はちょっと別の人の視点です。
そして、キャラ崩壊注意。
いつもの事ですけど。


今日も海を見て溜息を吐いていた。

別に今の環境に満足していなかったわけでは無い。

ただ、何というか『物足りない』と感じる。

毎日、来る日も来る日もロイヤルレディとしての責務を求められ、いつしか仮面を付けるようになってしまった。

 

……満たされない。

 

と言うか、

 

「疲れましたわ……」

 

違う自分を演じるのも、いい加減疲れた。

 

……この日、過去一番に失敗をぶちかましたので心配された姉二人にお茶会に誘われたのだった。

 

 

――上の姉、イラストリアスお姉様は完璧なロイヤルレディだった。

いついかなる時も優雅を崩さず、包容力に溢れた人。

 

――もう一人の姉、ヴィクトリアスお姉様は活発な人だった。

常にはしゃいでいるが、それでいて〆る時は〆る、そんな人。

 

「ここのところ、元気がありませんわね」

 

イラストリアスお姉様が困った様に微笑む。

その表情にちょっと申し訳なさを感じる。

 

「何かあったの?ほらほら、この機会に喋っちゃいなさい」

「い、いえ……そんな大したことじゃ」

「何か抱えているのは一目瞭然ですわ。さぁ」

 

うう、こうして諭されているうちに喋りたくなってしまう……。

でも、自分でも分かっていないのに何をしゃべれと言うのか……。

 

「あら、そう言えばベルが居ませんね」

 

ふと、イラストリアスお姉様が溢す。

ベルと言うのは、ロイヤルネイビーに所属するメイド隊メイド長のベルファストの事だ。

 

「最近、ある任務に従事しているとは聞いていますけども」

 

任務の内容は聞いてない。

以前、重桜に潜入した作戦の延長らしいですけど。

重桜、か……一度行ってみたいと思っていた。

……決して、最近言い寄ってくるロイヤルの男性に嫌気がしたとかではなく。

 

自分の容姿が優れているのは理解しているし、ただでさえイラストリアス級は……所謂男性受けするのも承知している。

けど、見る人見る人が全員同じ反応されるのもいい加減飽き飽きしている。

この前なんて臨時で指揮を執った指揮官がセクハラしてきたものですから問答無用で爆撃しました。

 

もっとこう、奥ゆかしい男性は居ないものか……あら?もしかして男性の好みの話だった……?

 

「……もしかして、好みのタイプが見つからないとか?」

 

そしてこの手の話になると急に鋭くなるのがヴィクトリアスお姉様。

 

「い、いえ!?そんな事ありませんわ!」

「ああ……確か、直前の作戦で指揮官様にお尻を触られていましたね」

「あ、あれは……」

「ふふふ、アレくらい笑顔で受け流せなくては」

「はい……」

 

ああ、息苦しくなってきた……早く部屋に帰りたいですわ。

 

そんな風に過ごしていると、庭園に新たな人影が現れる。

 

「あら、ベルじゃない。久しぶりね」

「お久しぶりでございます、ヴィクトリアス様」

 

ベルファストが帰ってきた様だ。

……若干疲れている様子。

 

「ベル、任務の方はどうでしたか?」

「残念ながら」

「まぁ」

 

珍しくベルが任務を失敗したらしい。

 

「相手はどんな方でしたの?」

「軽空母が1、装甲空母が1、それと軽巡洋艦が1隻でした」

「変な編成ね。そんな少人数で何をしていたのかしら」

「何か、輸送部隊の護衛のようでしたね」

「輸送、ね……」

 

最近重桜が何か運んでいる、とは聞いていますけども。

 

「それで?接触は?」

「出来ました。ですが、どうも怯えられてしまったようで」

 

ベルが苦笑する。

怯えた、って何をしたのかしらこのメイド。

 

「ええ、その中に一人だけ人間の方がいらっしゃいまして」

「人間が?海上に?それはなぜ……?」

「彼が、今回の運び屋と言うことでしょうか」

 

ベルが一枚、写真を机の上に置く。

私達3人とも、その写真を見る。

 

「………………!!!」

「どうしたの?」

「え、い、いえ……」

 

写真を見た瞬間、私の身体に電流が奔る。

映っていたのは、黒髪の……少女。

しかし分かる。

髪が長いが背格好は男性のそれだと。

若干庇護欲を駆り立てる儚さを孕んだ幼い顔立ち。

 

……ぶっちゃけドストライクですわ。

 

「……ベル。この方とはまたお会いに?」

「はい。ロイヤルの上層部も荷物を気にしているご様子。近々有志を募り追撃を行う予定です」

 

決めた。

行こう。

 

「ではお伝えください。この不肖、フォーミダブルがお役に立つと」

「「え……?」」

 

後から聞いた話、この時の私は何か炎を背負っていたように見えたとか。

 

さぁ、首を洗って待ってなさい……。

 

「アカツキイサムさん、か」

 

今日は久しぶりに気分よく寝れそうですわ。

 

 

 




イサム、会っても無い変な奴に目を付けられる。


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第三十八話『ロイヤルの雲行き』

遠くの方で身の危険が迫るのを露知らず。
知る由もないけど。


「ふぁ……」

 

午前6時。

いつもの起床時刻。

昨日たまたま早めに中継地点に辿り着けたので、そこで一夜を明かしたのだった。

 

そろそろ鉄血領に差し掛かる頃だ。

 

(ここまで、色々あったなぁ……)

 

ロイヤルのメイド長に殺されかけたりロイヤルのメイド長に追われたり。

あれ、もしかしてロイヤルに呪われてる俺?

 

(行く機会が訪れても断ろう。嫌な予感しかない)

 

ロイヤルには絶対行かないと心に誓うのだった。

……おや?

 

(シャワーの音がする。誰か使ってるのかな)

 

こんな朝早くに誰だろう。

ヒッパーはまだ寝てるし隼鷹かな。

 

「おはよう隼鷹。悪いけどちょっと顔洗うから出ないでね」

 

浴室の隣に洗面台が設置されているので、ひと声かけておかないと交通事故が発生する。

 

冷たい水が気持ちいい。

眠気もさっぱりさせてくれる。

 

すると、

 

「……イサムくん?」

「えっ」

 

あれ、この声……隼鷹じゃない?

 

「わぁ、やっぱりイサムくんだわ!久しぶり!会いたかったわ!」

「えっ、愛宕さん!?」

 

浴室から出てきたのは、まさか愛宕さんだった。

ただ、

 

「待って待ってお願いしますそのまま出てこないで!?」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

赤城様に勤務開始報告をした後、改めて愛宕さんに切り出した。

 

「どうしてここに?」

「イサムくんに会いたくて」

「はっ倒すわよ」

 

隼鷹があからさまにイライラしながら言った。

今日は何か殺気2割増しだね、怖いよ。

 

「冗談よ、冗談。たまたま近くを通ったから利用させてもらったの」「他の輸送班が近くに?」

「ええ。と言ってもそろそろ時間の問題だけど」

「……どう言うこと?」

 

時間の問題?

 

「……ロイヤルが追跡し始めたのよ」

「なんだって……」

 

ロイヤルに勘付かれた?

いや、でも別にやましい事何もしてないんだけど……。

 

「アンタバカぁ?荷物小分けにして囮含めてこっそり輸送してるんだからやましい事してますって言ってる様なもんよ?」

 

ヒッパーにそんなことを言われてしまった。

 

「バカって言うほどじゃ無いでしょ」

「ハッ、何よ。状況を理解してないおこちゃまになんて言えばいいわけ?」

「なっ、君って奴はホントに人のこと煽らないと生きてけないのか!?」

「「やめなさい」」

「「お"うっ!?」」

 

二人同時に呻いた。

恐ろしく早い手刀、普通に見えなかった。

隼鷹と愛宕さんが同時に俺達の頭を叩いたのだった。

 

「ところで隼鷹、この子は?」

 

愛宕さんが隣に居る俺にヘッドロックの様なハグをしている。

やめて、絞まる。

絞めないで。

 

「鉄血の重巡」

「紹介するならちゃんと言いなさいよ!あたしはアドミラル·ヒッパー級1番艦、アドミラル·ヒッパーよ!」

「あらそうなの。私は重桜の高雄型重巡洋艦二番艦の愛宕よ。よろしくね」

「フン。ところで、ロイヤルはどの位追ってきてるのよ」

「それほど多くは無いわ。何というか、結構遠くからこっちを見てるだけなのよね」

「何それ」

「さぁ……何か探してるみたいだけど」

「探し物?そんなの、あんた達が持ってる開発艦計画のデータじゃないの?」

「そのはずなんだけど……何となく嫌な予感がしたの」

「愛宕、そろそろイサムが落ちるわ」

「あらごめんね?」

 

やっと解放された。

死ぬかと思った……。

 

「さて、と。言うこと言えたし、私は艦隊に合流するわ」

「げほっ、愛宕さんもお気を付けて」

「ありがとね〜イサムくん。久しぶりに会えて嬉しかったわ。ぎゅ〜」

「ちょ、ちょっと!」

「何あれ」

「言ってなかったっけ。私達あの子の保護者みたいなものなの」

「ふぅん……」

 

そんな訳で、愛宕さんは去っていった。

 

「……ロイヤル、か」

 

二度あることは三度ある、とはいうものの。

できればもう二度と会いたくはないんだけど。

 

 

 




無理です(無慈悲
イサムくんにはロイヤルからのストーカーに暫く追われて貰いますのでそのつもりで。


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第三十九話 ロイヤルからは逃げられない

知らないのか?
ロイヤルの女からは逃げられない。


本日も快晴。

俺とヒッパーさんは並走、その一歩後ろに隼鷹がいるいつものフォーメーション。

少し前方を偵察機が飛んでいる。

 

重桜を出て早2週間。

色んなことがあった。

もうすぐ、鉄血だ。

 

このまま、何も起こらないと良いんだけど。

 

「そう言えばあんた達、鉄血に着いたらどうするのよ」

 

ふと、ヒッパーが口を開く。

 

「どうするって、仕事終わったし帰るよ」

「はぁ!?アンタバカァ?何でわざわざ遠くまで来たのにすぐ帰らなきゃいけないのよ!」

「えっ、そんなのこれも仕事だからだよ。まだ重桜で待ってる人も居るんだ。休んでなんか居られないよ」

「な、何よあんた……真面目過ぎじゃない?」

「真面目に育っちゃったのよね……」

 

隼鷹がため息を吐いた。

 

「兎に角、やる事やったらちょっと案内してあげるわよ」

「ほんと?嬉しいな、外国なんて初めてだから」

「うっ……普通に素直に反応されるとそれはそれで困るじゃない……」

「?」

 

ヒッパーが何か呟いていたけど、よく聞こえなかった。

思えばこの時、俺は近付いてくる外国にちょっと浮ついていたのかも知れない。

 

「……イサム。まだ遠いけどロイヤルの偵察機」

「何だって?」

 

このタイミングで?

愛宕さんが言っていた事が的中か。

 

「……こっちに戦闘の意志は無いんだけどな」

「荷物について聞かれたら何も答えられないのよ。実力行使もあり得るわ」

「だよねー……」

 

さて、こちら側の手札は……ヒッパーは弾薬の補給もままならずぶっちゃけ戦力にならない。

なので完全に隼鷹頼りなのだ。

 

向こうは偵察機が居るって意味では確実に空母クラス。

 

何とか戦闘だけは回避したい。

 

「なるべく避けるルートを取ろう。隼鷹、艦載機はどの方面から来てる?」

「東よ」

「わかった。じゃあ西へ」

 

ルート変更。

ちょっとズレと遅れが生じるけど仕方ない。

俺達の輸送は保険の意味合いが強いから期限は無い。

多少遅れた所で問題は無い。

 

「……イサム。不明機が追従してくるわ」

「追ってきてる?」

「ええ。私の偵察機が戻る方向から位置を割り出すつもりね」

「偵察機の飛行可能時間、大丈夫?」

「ギリギリまで飛ばすけど、バレるのは時間の問題ね」

「……ヒッパー、全速で離脱する準備を。相手が空母なら俺達の足にはギリギリ追い付けないはず」

「随伴艦がいたらどうする気?流石に単騎はあり得ない。駆逐艦が居たらアウトだっての」

「その時は、その時だよ」

「呆れた。ひどい博打ね」

「君を助けた時よりは勝算があるから」

「……何よ。アタシを助ける為にそんな大博打したわけ?」

「?そうだけど……」

「!?あ、あっそ!!」

 

ヒッパーがそっぽを向いた。

博打はまずかったのかな。

 

「……イサムはそのままで良いのよ」

 

隼鷹が凄い生暖かい眼をしている。

なんか解せない。

 

その瞬間、唐突にトライクのエンジンが止まった。

 

「う、え、ぁぇ!?」

「イサム!?」

 

慣性も何もかもガン無視して急停止した。

前に俺だけ飛ばされなくて良かった。

トライクから手を話したら沈んでしまう。

 

「え、な、何?急に止まった?」

 

計器をチェックしても特に異常はない。

燃料も今朝追加したから満タンのはず。

 

「セイレーンか……?!」

「んなワケ……!ここは安全化された航路よ!」

「……拙い、ロイヤルのKAN-SEN、動き出したわ!ヒッパー、迎撃準備」

「迎撃ってったって!」

 

 

 

「じっとしてなさい」

 

 

 

その瞬間、二人の動きが止まった。

否、止められた。

 

 

 

 

「ごきげんよう、貴方が……アカツキイサムさんですね?」

 

 

 

 

 




あーあ、出会っちまった(震え声


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第四十話「新たな刺客、フォーミダブル」

来ちゃいましたよ、単騎で。
いやどうすんのさこの子。


遥か彼方から悠々と海上を滑り近付く影。

 

俺たちは今、一歩も動く事が出来ずにいた。

 

(何だこれ、全然動く気がしない……)

 

マシントラブルじゃない。

問題があるのは、まさか俺自身?

能力が封じられれば沈没しているから、これは移動だけが制限されているのか?

 

「……キミは?」

 

恐る恐る口を開く。

ここは、二人がどうにかして動ける様になるのに賭けて時間稼ぎをすべきだ。

 

「失礼しましたわ。自己紹介がまだでした。私、ロイヤルネイビー所属、イラストリアス級3番艦、フォーミダブルと申します。以後、お見知りおきを」

 

彼女は、淑女を思わせる優雅な所作で自己紹介をする。

というか、いつの間にかお互いの姿がはっきり見える距離まで接近されている。

 

(早い……!イラストリアス級って言ったら確か装甲空母のハズ。速力が思ってたより早い……)

 

何かタネがあるに違いない。

自己紹介を終えると、彼女は俺の近くに居る二人には目もくれず、ゆっくりと近づいてきた。

 

……はっきり分かった姿に、思わず息を呑んだ。

 

美しい。

まるで人形の様に均整のとれた顔立ち。

透き通る絹の様な髪。

美人、なんてちゃちな言葉じゃ説明できない美。

 

……実は、俺は髪の長い女性には弱い。

好みの傾向がそっちに振れてるのは知ってるし、同期から押し付けられた春画本もそう言うのばかり。

なお、その本の行方は隼鷹しか知らない……。

 

「あら、そんなに怯えないで下さいな。今日は別に戦いに来たのではありませんよ?」

「……ロイヤルの船は、信用できないので」

 

これは紛れもなく本心だ。

2回も襲われたし。

 

「あら、ベルが大分迷惑をかけた様ですね。その件に関しましては、私が代わりに謝罪しますわ」

「え、いや、そんな……えーっと、調子狂うな……」

 

なーんかやり辛い。

何しに来たんだこの人。

 

……所作が綺麗だし育ちが良いのは見て取れるんだけど、何か眼が笑ってないんだよなぁ。

何となく怖い。

でも恐怖の正体が分からない。

 

「着きましては……そうですね、イサムさん。連絡先の交換なんてどうでしょうか」

「駄目に決まってるでしょ!?」

 

隼鷹が吠えた。

あ、動けるようになったのかな。

隼鷹が俺とフォーミダブルさんの間に割って入った。

 

「何処でイサムの事を知ったか知らないけど、戦う気が無いならさっさと帰ってくれないかしら」

「あら、思ってたよりお早い復帰で」

 

面白くなさそうに呟いた。

 

「また、機会を改めるとしますわ」

「二度と来るな!!」

「それではイサムさん、ごきげんよう。今度は二人で、邪魔にならない場所でお会いしましょう」

 

 

えっ、本当に何しに来たんだ!?

 

 

 




何しに来たんだこいつ……。
なお、終始捕食者の目をしていたと隼鷹は語った。


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第四十一話「押しが強いのがロイヤル流」

不幸って、重なるものなんですよ。


なんか、どっと疲れた。

あの後隼鷹が索敵したが本当に帰ったらしい。

 

「何だったのよあの女」

 

尤もだ。

ヒッパーがため息をこぼす。

 

「主砲が撃てたら遠慮なくぶっ放してやったのに」

「……戦闘の意志は無かったんだし、機会も無かったと思うよ」

「アンタバカぁ?あのロイヤルよ?絶対何か仕掛けてたに違いないわ!」

「そうかな……」

 

……さっきから隼鷹が黙っている。

こういうとき、彼女は何を考えているのか。

大抵、解決策を模索しているか……何も出来なかった自分を責めている。

 

「隼鷹」

「………………」

「隼鷹ってば」

「………………」

「姉さん」

「………………何?」

 

普段は絶対に呼ばない呼び方。

小さい頃は、こう呼んでいたらしい。

 

「大丈夫だよ」

「……でも」

「今回も大丈夫だったんだ。だから、きっと大丈夫」

「……そうね。ごめんなさい。次はしっかりするから」

「うん」

 

これで、きっと大丈夫だ。

そんな様子を、ヒッパーが手で顔を扇ぎながら見ていた。

 

「何ここ。海の上なのに熱いわ。アンタ達兄妹にしては距離近過ぎよ」

「まぁ、血は繋がってないから」

「ヒトもKAN-SENもそんな物よ」

「アタシの妹達はそんなんじゃないけどね……むしろアタシの事完全にナメてるわ」

「ヒッパーの妹さん達か。きっと可愛いんだろうね」

「何でよ!」

「だって君可愛いし」

「なっ……!?!!何言ってんのよバカヘンタイスケベ!!」

「えぇ……?」

 

俺なんか変なこと言ったかな……。

 

「……」

「いてっ」

 

隼鷹が即頭部に手刀を入れてきた。

 

「何するのさ」

「お姉ちゃんちょっとそれはどうかと思う」

「何でさ」

 

そんなやり取りをしながら、次の中継地点に到着するのだった。

 

 

 

 

「あら、またお会いしましたわね」

 

 

 

 

………………聞いてない聞こえてない俺は何も見ていない。

なんか物凄い美人が部屋のテーブルで優雅に紅茶飲んでるなんて幻覚に違いない。

 

俺はそっとセーフハウスのドアを閉めた。

 

振り返ると、ヒッパーと隼鷹は目を閉じて手を組みなんか祈っていた。

え、これ開けなきゃ駄目?

 

外から鍵掛けて次の場所向かっちゃ駄目?

 

「夜の航海は死ぬほど危険よ」

 

開けなきゃ駄目かー……。

 

深呼吸。

息を吐き出し、一言。

 

「駄目だ、俺には出来ない……ッ!」

「さっさと開けなさいよ!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「こんばんは、イサムさん。お早い再会、嬉しく思いますわ」

 

どうも、イサムです。

何故か俺はフォーミダブルさんと相席してお茶を貰っています。

重桜のお茶とはまた風味も味も全然違う。

けどぶっちゃけ味なんて分からない。

 

背後にヒッパーが立っていて、隼鷹が警戒に出ている。

 

と言うか、何でこの場所がバレてるんだ?

 

「戦いは情報が命ですわ」

「俺は、戦ってるつもりは無いんだけどな……」

「あら、私にとってはこれも戦いですわ」

「どう言うことなの……」

「ふふ、お可愛いこと」

 

女性に言われても顔を顰めるセリフナンバーワンだと思う。

 

「それで、フォーミダブル、さん、でしたっけ。貴女は一体何の御用で?」

 

話す機会が訪れた、と言うのはある意味僥倖なのかもしれない。

こうしてお互いに意思疎通を測り相互理解を……。

 

「貴方にお会いしたかったから、なんて女性に言わせるおつもりですか?罪なお方」

 

相互理解、出来そうですか……?

 

「ちょっと何突っ伏してんのよ!」

「どうすればいいのこれ……」

「……分かんない」

 

助けて。

対面のフォーミダブルさんは意に介さずニコニコしている。

 

「えっと、何処かでお会いしたことが?」

「ありませんわ」

「えっ」

 

じゃあ何でこんなグイグイ来るんだ?

 

「こうして出会ってから親交を深めると言うのも、悪くないとは思いません事?」

「ま、まぁそうですけど」

 

袖振り合うも多生の縁、とは言うが。

 

「私、貴方に興味がありますので」

「……恐縮です」

 

拙い、段々向こうのペースに巻き込まれている。

その時、隼鷹が部屋に飛び込んできた。

 

「イサム、大変よ!ロイヤルの艦隊だわ!」

 

えっ、これヤバくない?

 

 




イサムくん、段々逃げ場が無くなっております。
果たして、彼は鉄血に辿り着けるのか。


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第四十二話「お出迎え」

ロイヤル艦隊の急襲。
多勢に無勢の予感がひしひしとする。


「な、なんだって……!?」

 

思わず立ち上がる。

艦隊規模って、こっちには戦力なんてまるで無いんだぞ?!

ここを放棄してすぐさま離脱しなくては……。

 

「ああ、ようやく追いついたのですね」

「貴女、やっぱり戦う気満々じゃないの……!これだからロイヤルの女は嫌いなのよ!」

 

隼鷹がフォーミダブルさんに掴みかかる。

フォーミダブルさんはその手をやんわりと退ける。

 

「だから、戦いに来たとは一言も言っておりませんの」

「何を世迷言を……!」

「彼女たちは、使用人ですわ」

「は……?」

「失礼します、フォーミダブル様。お待たせいたしました。ロイヤルメイド隊、到着いたしました」

「ひっ……」

 

もうやだ、声だけで身がすくむ。

もう顔を見なくても分かる。

 

速攻で立ち上がって走りだそうとした所を、手を掴まれた。

 

「ひぃ……!!!」

「お久しぶりです、アカツキイサム様」

 

にっこり、とメイド……ベルファストが微笑んでいる。

もう駄目だ、怖い。

 

「離しなさい!」

「あら」

 

隼鷹が間に割り込んでくる。

助かった……。

でもちょっと待って、メイドさん多くない?

 

「初めまして、タウン級第1グループ・サウサンプトン級軽巡洋艦2番艦のニューカッスルと申します」

「タウン級第1グループ・サウサンプトン級軽巡洋艦4番艦、グラスゴーよ」

 

二人の黒髪のメイドさんが優雅に礼をする。

 

ひええ、増えた……。

 

「この3人には少しここを綺麗にしてもらう予定なので」

「勝手に決めないでくれる?ここ、一応重桜の所有物よ」

「お気になさらず。帰る時には片付けますので」

「何なのよアンタ……こいつと荷物追ってたんじゃないの?」

「ええ、追いはしましたわ。でも、まだ私達は敵対しておりませんのよ?」

 

……そうだ。

この任務だってアズールレーン側がちょっと不穏だから重桜が結束のために始めた事。

 

()()、俺達は彼女と敵対していない。

 

「……信じて、良いんですね」

 

俺は、フォーミダブルさんに問う。

彼女はにこやかに微笑む。

 

「勿論ですわ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

セーフハウスの人口が3人から一気に7人になった為、若干手狭感が否めなくなった。

元々大人数で遠征していた時の施設なのでそれなりの広さはある。

 

……何もすることが無いので、トライクの整備を始めた。

海上を走っているから、錆が無いか念入りにチェックする。

もう少しの頑張りだ、頼むぞ相棒。

 

「イサム様、夕食の準備が整いました」

 

ガチャン。

思わず工具を取り落とした。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、いや、その、えっと、あ、あはは」

 

スッと目の前で屈んで俺の手を取る。

凄まじい美人だし目の前で否応に強調される谷間に気を取られそうになるが、やっぱり怖い。

 

恐怖心が何より勝っている。

ベルファストさんは、眉を顰めた。

 

「……避けられて、当然。分かっておりますとも。ですが……謝罪を、させて頂けないでしょうか」

「……今日は、戦いに来た訳じゃない。分かってるんですけど」

「私めが貴方様に行った事を思えば当然かと」

「……」

「今宵は仮の主として……仕えさせては頂けないでしょうか」

 

じっ、とベルファストさんは俺を見る。

居心地が悪い。

けど、

 

「主は、ちょっと嫌だな」

「はぁ……?」

 

困った様に小首を傾げている。

俺は続けた。

 

「友人として、関係をやり直してくれませんか?」

「……申し訳ありませんでした。そして……ありがとうございます、イサム様……いえ、イサムさん」

 

 

 




何だかんだ、まだ敵対関係まで発展はしていないロイヤルと重桜。
国との関係は分からないけど、個々の間なら、分かり合うことは出来る。


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第四十三話「実は」

この一言が枕詞に付くだけで、良い予感ってあんまりしない。


メイドさんにお世話されながら明かした一夜は、凄まじく落ち着かないものだった。

でも、ご飯が凄い美味しかった。

これがロイヤルの食事なんだ。

この仕事が終わったら休みでも取って遊びに行こうかな。

 

「その時は、是非」

 

ベルファストさんともすっかり打ち解けた。

その時は彼女を訪ねよう。

 

いつも通りの時間に目を開ける。

 

簡易的な二段ベッドが敷き詰められた寝室だ。

寝室は二部屋あり、そちらにKAN-SENは全員集まっていた。

 

「ふぁ……なんだろ、体が軽い」

 

いつもより良いものを食べたからだろうか。

やっぱ料理って大事なんだな……俺も覚えようかな。

 

ふに。

 

……うん?

寝ぼけ眼で起きようとして、何か柔らかい物に触れた気がする。

 

目をこする。

段々焦点が合ってきた。

 

「すぅ」

「え」

 

……隣で、フォーミダブルさんがかなり際どい寝間着姿で眠っていた。

 

「~~~~~~~~~~~~~!??!?!?!?!」

 

声を出さないで叫ぶなんて器用な真似をしたと思う。

 

(な、何で!?部屋は分けた筈!?どうして!?って言うか何で気が付かなかった!?)

 

二つに結っていた髪を解いた姿は、先日と打って変わって美しかった。

仰向けになってもなお聳え立つ豊かな丘に目が……。

 

がすっ。

 

とりあえず壁に頭をぶつけた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『おはようございます、イサムさん。今日も時間ぴったりですね……額、どうされました?』

 

画面に映る赤城様が怪訝そうな顔をする。

 

「いえ、ちょっと気合が足らなかったと思いましたので」

 

今、俺の額に傷パッドが貼られている。

ちょっと強く打ち過ぎたので出血した。

 

『はぁ……?何度も言いますけど、あまり気負い過ぎないで下さいまし。あくまで貴方は保険。安全が第一なのですから』

 

ごめんなさい、赤城様。

これは煩悩に勝つための自傷行為なんです……非力な私を許してください……。

 

『そろそろ鉄血領も近くなった頃合いですね』

「はい。今週中には上陸出来そうです」

『気を付けてくださいね。と言ってももうアズールレーンとの蟠りもも杞憂になりそうですが』

「と、言いますと?」

 

杞憂に?

一体何が……。

 

『実は、重桜が開発艦計画の情報を開示する事を決定しまして』

「えっ。大丈夫なんですかそれ……」

『上層部も相当難儀しましたとも。ただ、サンプルを一つアズールレーンに確保されてしまいまして……』

「それは……残念です」

『隠すよりいっそ渡してしまった方が波風が立たないと判断しました』

 

なるほど。

不用意に争わなくて済むなら、その方が全然助かるけども。

 

『ですので、重ねて言いますがくれぐれも自身の身を第一に配送してください』

「ありがとうございます、赤城様。本日もアカツキイサム曹長、任務に従事します」

 

敬礼。

赤城様も礼をする。

そして……。

 

「ふぁ……おはようございます、イサムさん」

「え」

『は?』

 

あられもない姿のフォーミダブルさんが、通信室に入ってきた。

 

ちょっと!?鍵かけてたんですけど?!

 

『………………誰です?その女は』

「待ってください違うんです!!!!!!!!!」

 

 

 

 




浮気の言い訳みたいだぞその台詞。


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第四十四話「帰ったら覚えてなさい」

実は最初に設定だけして今まで出してないキャラ居たんですよね……。


『友好的とも分からない相手を拠点に招くなど、正気とは思えませんわ!』

「すみません……」

『大体何故よりにものよってロイヤルの!』

「すみません……」

『重桜の男児として恥ずかしくないのですか!?』

『返す言葉もございません……』

 

あれから、一時間モニター越しに赤城様から直々に説教を頂いています()

勿論正座して。

 

なおフォーミダブルさんは鬼のようにブチギレた隼鷹に捕縛され何処かへ連れ去られた。

何故かベルファストさんも一緒に捕まえていた。

 

こちらの不手際の指摘から始まりまぁ烈火の如く叱られている。

……赤城様も万が一相手に害意があったらどうするのか、とそんな内容の話だったのでちゃんと俺の為に叱ってくれていると理解している。

 

……ちょっと脱線気味になってきたけど。

 

『はぁ……はぁ……』

 

ヒートアップし過ぎて肩で息をしておられます。

 

『と、兎に角……そちらの言い分は分かりましたので後日セキュリティの強化を行います』

 

ぶっちゃけ拠点に先回りされあまつさえ侵入を許しているというのもある。

 

『誰にでも優しくするのは構いませんが、相手は間違えないで下さいませ。全てのものが貴方の優しさに応えてくれるとは限りませんよ』

「肝に銘じます」

『よろしい。……なんてこと。一時間も経って……あぁ、業務が……』

「申し訳ございません………………」

 

もうね、土下座。

泣きそう。

ここまでうまく行ってたのに。

 

『……顔を上げてくださいな。確かに叱りはしましたが過ぎた事です。これから気を付けてくださいね』

「ありがとうございます……」

『赤城……あら、ずっと戻って来ないと思ったら』

『天城姉さま……申し訳ございません、すぐに戻ります』

『良いのよ。とりあえず早急な判断が必要な案件は私の判断で片付けました』

『天城姉さま……』

『貴女がここまで部下に心を砕くのも珍しいですからね。今回だけですよ。イサムさん、お気を付けて』

「は、はい!」

 

急に声をかけられてちょっとびっくりした。

 

『……この先、少し胸騒ぎがします。慎重に』

「はい」

『それと、これは老婆心ですが』

「?」

『そろそろ、翔鶴にも連絡を取ってあげたらどうです?心配してますよ』

「え"っ……はい……」

 

翔鶴さん。

何が気に入られたのか俺あの人に凄い猫可愛がりされてるんだよな……。

完全に、飼い猫に向ける愛情感と言うか。

 

『それでは、行ってらっしゃい』

「……はい」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

談話スペースに戻ると、ヒッパーが頬杖付いて暇そうに席についていた。

 

「あ、終わった?」

「うん、お待たせ……あれ?皆は?」

 

なんか部屋が輝いてる気がする。

あれだけ騒がしかったのが嘘のようだ。

 

「ああ……隼鷹が掃除させて叩き出したわ」

「お別れ言ってなかったんだけどな……」

「まあ大丈夫でしょ。特にあの牛乳女は絶対来るわよ」

 

牛乳って……。

何となく、本当に関係ないけど樫野さんを思い出してしまった。

あの人元気かな……。

 

「はぁ、なーんかアイツ気に食わないのよね」

「?」

「結局アイツ、目的言わなかったじゃない」

「確かに……」

「気を付けたほうがいいわよ」

「敵対する理由は無いし大丈夫じゃない?」

「………………ばーか」

「なんでさ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、今日のところはこれで良としましょう」

「差し出がましいでしょうが、フォーミダブル様。あまりイサムさんに迷惑を掛けるのも」

「次はどの様にしてお会いしましょうかしら……」

「………………流石にもう少し一考をお願いします」

「ベル、メイドの立場は勿論わきまえますわよね?」

「ええ、それは。ただ……」

「ただ?」

「私はメイドですが、()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あら、あらあら」

「うふふふふ」

 

 

 




翔鶴、どこで出そう………………。
あとユニオンが微塵も絡んでない……。


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第四十五話「どこかで鶴の声がする」

えー、お久しぶりです。
仁王2とモンハンRISEやってたら全然更新できませんでした。
五周目到達で解放されるコンテンツあるとか聞いてないよ……。


とある海上にて。

輸送船の周りを何人かのKAN-SENが航行している。

 

「……どこかでイサムくんが私の話した気がする」

 

……そのうちの一人、白い鶴のようなシルエットのKAN-SENが天を仰いだ。

 

「翔鶴姉何言ってるの……?」

「今、私のお姉ちゃんレーダーに感あり」

「……そう言えばイサム君と全然会えなかったね」

「そうなのよね……瑞鶴も何かあった?」

「と、特に無いかなー」

 

瑞鶴と呼ばれたKAN-SENの表情は若干引きつっている。

先日彼から連絡を貰っていたのはこっちだけだった為だ。

 

「はぁ……イサム君、隼鷹と一緒に別動班みたいだけど、お姉ちゃんちょっと心配だなぁ」

「ま、まぁまぁ翔鶴姉。イサムだってもう18だよ?しっかりやれるって」

「18、かぁ。時間が経つのは早いわね本当に。ついこの前まで赤ん坊だと思ってたのに」

「翔鶴姉、私達が会ったのは3年前だよ……」

「あら、そうだったかしら」

 

瑞鶴はこっそりため息を吐いた。

何となくここに居ない彼に同情しているのかもしれない。

 

「愛宕は会ってきたみたいだけど」

「瑞鶴、お姉ちゃん聞いてないんだけど」

「………………言ってないし」

「瑞鶴〜〜〜!」

「ちょっと、翔鶴姉ってば!抱きつかないでよ!」

 

わーわーと騒ぐ二人。

特に咎めるKAN-SENは周りには居ない。

正直、長い航路なのだから少しでもフラストレーションを発散出来るなら黙認される。

 

……実際、いちゃつくKAN-SEN達を見て拝んでいる男性職員も居たりするのだ。

百合の花が咲いている。

 

「ちょっとー、そこの二人ちゃんと索敵してよねー」

「大丈夫大丈夫ー。ちゃんと見てるって」

「………………瑞鶴」

「ん?どうし………………総員警戒!!未確認の船影有り!」

 

瑞鶴が叫ぶ。

周囲が慌ただしく動き始めた。

 

「変ね……さっきまで何も居なかったのに」

 

こんなやり取りをしていたのに、片時も偵察機から目を離さなかった。

だから、訝しむ。

 

「セイレーンかな……」

「どうかしらね……」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「………………あれ、おかしいな。繋がらないや」

 

出発する前に連絡だけしようかと思ったんだけど。

 

「どうしたの?」

「隼鷹。それが、翔鶴さんと繋がらなくて」

「……天城の言うこと律儀に聞いたのね。いいのいいのアレに構わなくても。迷惑してたんじゃないの?」

「いや……何だかんだ良くしてくれてるし」

「甘いわね本当に……でも、瑞鶴には繋がったのにどうしたのかしら」

「うーん……………」

 

とりあえず音声ログだけ残す事にした。

 

「行くわよイサム」

「うん……」

 

 




そろそろ奴らが現れる。


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第四十六話「海底へ誘う歌声は」

今更でしたけどヒッパ―の一人称は「私」でしたね……。
このページ以前の内容を随時修正します……。

何で「あたし」だと思ってたんだろ……。


 

……雲行きが怪しい。

 

「……なんだか、嫌な天気だ」

 

つい呟いてしまう。

荒れているわけではない。

かと言って安定している訳ではない。

 

一見すると悪くないかもしれない。

日差しが強くなく、海の反射も無い。

 

だが……一瞬で全てが崩れる様な。

 

そんな、嫌な予感がする……。

 

「大丈夫よ」

 

いつの間にか、隼鷹が隣を走っていた。

 

「イサムは、私が守るわ」

「……ありがとう。でも、隼鷹も無理しないで」

「そーよ。アンタがやられたら私達終わりなんだっての」

「ヒッパ―、鉄血まであとどれくらい?」

「んー、鉄血領には入ってるし……今日中には上陸出来るかも」

「遂に鉄血かー……」

 

何だか、長かったような短かったような。

思えば、ここまでにいろんな出会いがあった。

 

大鳳さんにヒッパ―。

ベルファストさんに……あー、うん、フォーミダブルさん。

 

妙な人も居るけど、皆良い人だった。

良い人だと思う、きっと、たぶん、おそらく。

 

「そう言えば、鉄血海軍に連絡入れといたわよ」

「連絡取れたの?」

「うん。出迎えの態勢を取るって」

「そうなの?俺たち、保険扱いだったのに随分と好待遇だね」

「そりゃ鉄血入りしたのが現状私達だけだし」

「へぇ―……え?」

 

……()()()()()

 

背中に積まれた二つのケースを一瞥する。

全部で七つ。

内二つは俺が持っていて、二つはロイヤルとユニオンに提供した……じゃあ、あと三つは?

 

「隼鷹」

「……赤城は、何も言ってなかった」

「だよね」

「私たちより先に出発した部隊はとっくに着いていてもおかしくない筈よ」

「えっ。何それ聞いてないわよ」

「言ってないもの」

 

だとしたら……先発部隊は一体どうしたんだろう。

4大勢力で争う必要が消えた今、重桜の船を襲う理由はない筈……。

 

「……五番目の勢力が?」

「どうかしらね……サヴィアも北連も今は自分たちの問題で手一杯のハズだし」

「……そこでもない、他の勢力?」

「現在、手を組まれると最も被害を被る勢力……」

 

……事態を想定してない訳ではない。

ただ、その兆候は最初に乗り越えたと()()()()()()()()()()

 

 

実際は、立ちふさがってすらいなかったとしたら?

 

「……歌?」

 

何かが、聞こえる。

メロディの様な物が。

 

どこの言葉かは分からない。

だから余計に怪しさを感じる。

 

「イサム、気を付けて」

「うん……待って、空が」

 

さっき見た時よりも更に重い雲が立ち込める。

そして……。

 

「ちょ、あ、アレ……!」

「……なんだ、あれ……」

 

遥か彼方。

空の雲に向かって伸びる光の柱。

 

「……鏡面、海域」

 

 

 

 

「ようこそ、イレギュラー」

 

 

 

その瞬間、紫の光が視界いっぱいに広がった。

 

 

 

 

 



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第四十七話 セイレーン

「舐めるなァッ!!!」

「ヒッパー!?」

 

ヒッパーが前に出る。

彼女が手を前に突き出した瞬間、青い盾の様な物が展開された。

 

紫の閃光がその盾にぶつかり、遅れて凄まじい衝撃があたり一面を襲う。

 

「う、わっ……!」

「ぐ、ぎぎぎ、このぉっ!!!」

 

ヒッパーの艤装から煙が上がる。

応急処置しかしていない為、無理は効かない。

 

「ヒッパー!」

「うるさい!借りっぱなしは性に合わないのよ!!」

「でも!!」

「うるさーい!!アンタを、絶対、送り届けるんだから!!!」

 

爆発。

小柄な身体が、宙を舞う。

 

「ヒッパー!!」

「イサム、前っ!!」

「っ!?」

 

再び閃光。

今度は狙いが甘いのか避けられた。

 

「走って!」

「でも、ヒッパーが……!」

「アレもKAN-SEN……覚悟の上よ」

「でも、」

「行きなさい!!」

「くっ……!」

 

アクセルを全開にする。

一刻も早くこの海域を離脱しなければ。

 

目的地がすぐ目の前だって言うのに、こんな所で!

 

……けど、鏡面海域の情報は全く無いと言っていい。

何故なら、人間の生還者は居ないからだ。

 

「量産型……!」

 

行く手を阻む様に展開されている量産型KAN-SEN。

このタイプ、確か鉄血で運用されていた奴じゃ……?

 

「どう見てもお友達じゃないよね……!」

 

船と比べれば圧倒的に小回りが効く。

なので包囲されたと思っても案外抜けられる。

 

ただし、波と接触には注意しなければならない。

 

接触してしまえば明らかに質量負けするのでこちらがクラッシュしてしまう。

 

「イサムには、指一本触らせない……!!」

 

隼鷹が鬼神の如く量産型を沈めていく。

如何せん、数が多い。

 

「隼鷹!無茶しないで!」

「イサムは前だけ見て!まだ小規模よ、必ず抜けられる……!?」

 

至近弾。

隼鷹がバランスを崩した。

 

「くっ……!」

 

隼鷹を見ていたせいで、足元が疎かになっていた。

……魚雷が、新路上を進んでいた。

 

「しまっ――――――」

 

瞬間、爆発。

俺の身体の感覚が一瞬消える。

 

「イサムっ……!?このっ………………あ、ぐっ!?」

 

……気持ちの悪い浮遊感。

そして、海面に顔面を打ち付けて落ちた。

 

「う、あ…………」

 

生きてる……?

そうだ、荷物が。

 

「お、えっ……」

 

吐き気をこらえて立ち上がる。

海上を渡る力は元来自分のもの。

自分の足で海の上に立つ事もできる。

 

「トライクが……」

 

大破炎上。

長年連れ添った相棒は、火を吹いて沈んでいった。

 

「く、そっ……」

 

隼鷹は、ヒッパーは。

足元が覚束ない。

けど、なんとか立ち上が……あれ?

 

立てない。

何故?

いつも通り立ち上がっているつもりなのに。

 

まるで重りが片方だけにしか無いみたいだ。

 

「……あ」

 

気付いた。

気付いてしまった。

 

俺の、左腕が綺麗になくなっていた事に。

 

「う、あ、」

 

拙い。

気が付いたら気分が悪くなってきた。

 

破片が身体に刺さってないのが奇跡だ。

切断面も焼けてしまっているため出血が抑えられている。

 

「隼鷹……」

「隼鷹って、これの事かしら」

 

どしゃあ。

立とうと藻掻いている傍らに、ボロボロになった隼鷹が投げ捨てられた。

 

「隼鷹……っ!」

「あーあ、かわいそうに」

 

そう溢した人影を睨む。

 

……それは、奇怪なシルエットをしていた。

まるでタコのように吸盤の付いた触手。

その根本に鎮座する華奢な少女。

肌は病的にまで白い。

いや、白と称するには生ぬるい。

 

そして、金色に輝く瞳だけが爛々としていた。

 

「なんた、お前は……」

「初めましてイレギュラー。ここまで大変だったわね」

「イレギュラー……?」

「人間がここまで動くなんて、他の世界じゃ有り得なかったから試しに見に来たけど……この特異個体も合わせて大したこと無かったわ」

「何を、言って……」

「ちょっと手を加えただけで壊れちゃうんですもの。すこーし強度が足りなかったわね」

 

何を言っているんだこいつは。

 

未だに立ち上がろうと藻掻く俺を見ているようで……ただ、視線がこちらに向いているだけな様な感覚。

こいつは俺を見ていない。

俺を通して何か別のものを見ている。

 

「この世界の覚醒候補もボツ、か」

「何なんだよ……」

「あら、生きてたのね」

「何なんだよ、お前はっ……!」

「貴方達がセイレーンと呼ぶ者よ」

「ああそうかよ!何でこんな事をするんだよ!」

「そうカッカしないの。残り短い命、縮めるわよ?」

「お前――――――」

「それより、これ……要らないの?」

「えっ、あっ、なん、えっ?」

 

セイレーンの持つケース。

おかしい。

背中に巻き付けてあったのに。

どうして?

 

……腕が飛んだときに巻きつけが甘くなった?

 

「か、かえっ、返せ!」

「これがそんなに大事?」

「そう、だ!それは、絶対に、届けるんだ」

「そ。残念ね」

「あ………………」

 

 

セイレーンの手を離れた瞬間、一瞬でグシャっと潰れた。

 

 

中から、ボタボタと血のような物が滴り落ちた。

 

 

「ぁぁあ゛あ゛あアア゛ああ゛アアア゛アああアア゛ああアア゛ア゛アァァ!!!!貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

叫んだ。

もうバランスなんて考えないで、ぶつかりに行くようなレベルで走る。

 

残っている右手で腰の短刀を手にした。

 

「やーね、みっともない」

「が、ふっ」

 

触手に頬をはたかれて吹っ飛ばされた。

手から短刀が滑り落ち、沈んだ。

 

「そんなに返して欲しいならあげるわよ、ほら」

 

最後に残ったケースを目の前に投げ捨てられる。

沈む前になんとか、慌てて掴んだ。

 

だが、

 

「貴方も、世界を変えるイレギュラーには成り得なかったわね」

 

それで、どうなる?

これで、終わり?

俺の旅の終着点は、ここなのか?

 

「く、そ、ちくしょう……」

 

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。

終わりたくない。

死にたくない。

 

死なせたくない。

 

生まれるはずだったこの子を、死なせたくない。

 

「ちくしょう……俺に、戦える力があったらなぁ……」

 

駄目だ、力が抜ける。

瞼も重くなってきた。

今この手を離したら、この子が水の底に沈んでしまう。

 

「お疲れ様。まぁまぁ楽しめたわ。次はもうちょっと頑張ってね」

 

もう、何も、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく頑張ったな」

 

 

 

 

 

あ、れ?

 

 

 

 

次の瞬間、凄まじい衝撃と轟音が鳴り響く。

 

「お、わっ……!?」

 

堪らず転がる……が、誰かに受け止められた。

 

「え……」

 

そのまま、抱き締められた。

 

「イサムくん……ごめんなさい、ごめんなさい……遅くなって……」

「愛宕……さん?」

「もう、大丈夫だから」

「愛宕、さん。服に、血が」

「いいの、いいのよ……」

 

「少年よ。最後までよくぞ持ち堪えた。後は我らに任せてもらおう」

 

誰かが、俺の目の前に立ちはだかった。

いや、一人じゃない。

たくさんのシルエットが俺の前に進んでいく。

 

その中に、

 

「赤城、様……?」

「謝って済む事ではありませんが……ごめんなさい、イサムさん」

「姉さま、行きます」

「イサムさん。少しだけ持ち堪えてくださいまし。すぐに片付けます」

 

何人ものKAN-SENに、重桜のマークの付いた船が何隻か。

 

 

 

「我ら、弾雨硝煙を振り払い、勝利を以って祖国に威光栄誉をもたらす者なり――重桜有志連合艦隊旗艦・前弩級戦艦三笠、推して参る!」

 

 

 

鏡面海域に怒号が響く。

 

 

 

 

 



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第四十八話 重桜有志連合艦隊

集え、重桜の兵よ。

この国の未来の為に、小さな勇気に報いるために。


重桜有志連合艦隊。

それは、最も可能性の低い保険だった。

メンタルキューブの総数が明らかに減り、負傷した艦隊が多く帰還していた為に急遽組み上げた。

 

用意されたメンタルキューブが最後の一つになり、かつ所持者の命に危機が迫った場合のみ発動する術式。

 

予め同意を得られたKAN-SEN、及び人材をその最後の一つを防衛する為に招集する。

 

正直、赤城はこれほど人が集まるとは思っていなかった。

この術式は仮に発動したとしても、要となる戦力を用意できなかった場合逆に返り討ちに合う可能性の高い代物だ。

 

ダメ元で長門に進言した際に、

 

「うむ、では我が旗艦を勤めよう」

 

……まさか、三笠が名乗りあげるとは予想外過ぎたのだ。

 

「何、このまま何もしないでいるのもいい加減飽いたのでな。それに……良き部下を育てているそうだな。これ程の愛国心、亡くすには惜しい」

 

面識は無い筈なのに、二つ返事で同意を得られてしまった。

三笠が名乗り上げた事はまたたく間に広がり、

 

「赤城様!補給班一同、アカツキ曹長の支援をさせて下さい!」

「赤城様!俺達輸送班も行きます!」

「センパイ、私も行きます!おねえちゃんですから!」

「ちょっと、翔鶴姉!怪我治ってないんだよ?!私も行くからね!」

「赤城、私も。イサムくんの為に、私もなにかしたいの」

「能代、艦隊に合流します」

「姉さま、私も行きます」

「重巡洋艦高雄、参加を希望する」

 

これ程までに、参加表明をされるとは。

彼の人望、思っていたよりも広がっていたのだろうか。

 

「あら、貴方は……」

「お久しぶりです」

 

物陰に、他の人物から見えない位置で壮年の男性が跪いていた。

確か、この男は狼と呼ばれていた……。

 

「狼殿。ご無沙汰ですね」

「ろいやるに探りを入れておりまして」

「ふふ、横文字に弱いのも相変わらずの様ですね」

「お恥ずかしい。して、何やら有志連合とやらを編成するご様子で」

「耳が早いのね」

「あの三笠殿が名乗りを上げるならば嫌でも耳に入りましょう」

「それもそうね。狼殿、イサムさんを助けてはくれませんか?」

「丘の上での戦いならばいいいざ知らず、海の上で忍に助力を仰ぐのは無理難題と言うもの」

「……そう言えば、そうね」

「しかしながら、こちらを」

 

狼から、赤城は包みを受け取る。

 

「これは……薬かしら」

「我が諜報班に伝わる秘薬、よろしく頼みます」

「ええ、確かに」

 

赤城はそれを袖口にしまう。

もう一度見やれば、気配は既に消えていた。

 

赤城は踵を返す。

 

(急がなくては……残り2つ、必ず奴らは動き出す……イサムさん、どうかご無事で……)

 

……誰かが、息を切らせて走ってきた。

 

「赤城!」

 

……肩を震わせ、全力で走ってきたと思しき出で立ち。

髪が乱れているのにも関わらず、赤城をじっと見つめていた。

 

「……大鳳」

「赤城、お願い、お願いします。大鳳を、私を、連れて行って!!」

「貴女……」

 

大鳳が、頭を下げている。

ぎゅっと唇を噛んで、自身のプライドなんて投げ捨てて。

 

「……一人でも多く戦力が欲しいの。足手まといになるなら海に捨てるわよ。支度して来なさい」

「……っ!ありがとうございます!!」

 

 

 

 




重桜有志連合艦隊、編成完結。

少年の繋いだ絆は、一つになった。


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第四十九話 決戦

今作のモンハン、語呂が良いからちょっと使いたくなるフレーズありますよね。
使いました。


「己が剣に誇りを持つ者達よ!この小さき勇気に報いる覚悟を持つ者よ!我に、続けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

この光景は、圧巻だった。

様々なKAN-SEN、軍艦が有らん限りの力を持って敵を打倒さんとしている。

数を減らす量産型。

被弾しつつも勇ましく前進する重桜軍。

 

「戦場で生き残れるのは、強きものだけだ!!」

「悪、即、斬!」

「怯むな!突撃ィィィィィィ!!!」

「「「気焔万丈ォォォォォォォ!!!」」」

 

俺は、遠くなる意識を必死に繋ぎ止める事に精一杯だった。

 

「愛宕、さん……」

「喋らないで、イサムくん……今、手当してもらうから」

「赤城様……申し訳ありません……俺が、弱くて………………」

「弱くなんて、ありません」

「赤城……」

「愛宕、少し変わりなさい」

「……イサムくんを、頼むわよ。ごめんね、行ってくる」

「げほっ、無事で帰ってきて」

「うん」

 

抱えていた俺を赤城様に受け渡し、愛宕さんは前線に向かって突撃して行った。

 

「赤城、様……」

「イサムさん。一先ずこれを」

「っ、くっ、ん」

 

赤城様が懐から取り出した薬包。

それを流し込まれる。

酷い味だ。

 

だが、少し気分が和らいだ気がする。

 

「狼殿の秘薬ですわ。帰ったら、必ずお礼を言いなさい」

「狼、さん、が……」

 

諜報班に伝わる秘薬……?

そんな物を俺の為に?

 

「イサムさん。私が死亡届を書くのが嫌いなのは知ってますね?絶対に、死んではなりません」

「は、あ……は、い」

「この有志連合は、貴方の努力と勇気のために結成されました。……貴方は、無力ではありません。私を含め……皆を繋ぎました」

 

少しの衝撃が背中に伝わる。

海上から赤城様が跳躍し、後方の船に着地したのだ。

 

「赤城様!」

 

それを見るやいなやたくさんの人が集まってくる。

 

「至急、担架と治療の準備を!」

「出来ています!」

「イサムさんを!」

「はい!」

「イサム!しっかりしろ!」

「死ぬんじゃねぇぞ!」

「明石さん!こっちです!」

「ちょっと待つにゃあ!人間は専門外にゃあ!!」

「イサム、腕が……」

「血だ!血を持ってこい!ありったけだ!!」

 

担架に乗せられ、やいのやいのと声をかけられる。

皆がとにかく俺の命を繋ぎ止めようと必死だった。

 

「そ、そうだ、隼鷹と、ヒッパー……」

「大丈夫です、探しま――」

 

一際大きな爆発音が聞こえる。

そして、何かの叫び声。

 

「イサムを傷付けるのは、誰――!!」

 

くぐもっていて、聞こえない。

 

「今度は何!……あれは、隼鷹!?」

「え、隼、鷹?」

 

咆哮。

最早声にならない叫び声が木霊する。

 

これは、本当に彼女の声なのか?

 

「何なの……アレは……?」

「隼鷹………………」

 




隼鷹、復活。
しかし、様子がおかしい。


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第五十話 覚醒

それは、人と言うには鬼気を纏いすぎていた。

隼鷹のシルエットに炎が絶えず吹き上がっている。

瞳は赤く、爛々と輝いていた。

 

傷は一切癒えておらず、今にも倒れそうな歩み。

しかし、眼光だけは怨敵を討果さんと燃えている。

 

「敵は、アイツは、何処――――――ッ!!!」

 

声にならない叫び。

獣の様な咆哮が響き、隼鷹の背後から辛うじて艦載機の形をしている炎が飛ぶ。

 

「何なのです、アレは……」

「まさか、覚醒個体にゃ……?」

「明石、知っているの?」

「全然……赤城はコードGって知ってるかにゃ」

「あの、戦場に現れてはセイレーン、KAN-SEN問わず無差別に攻撃を行っているという」

「隼鷹は今、アレと同じ存在になりつつあるのかも知れにゃいのかも……」

 

二人が話している間にも、隼鷹は鬼神の如き苛烈な攻撃で周りに居るセイレーンを次々と沈めている。

 

……しかし。

 

「危なっ!?ちょっと隼鷹さん!?敵味方の区別もつかないんですか!?」

「翔鶴姉!前!前!」

 

……味方の事を一切考慮せず全力攻撃を行っている。

 

「……私は前線に戻ります。イサムさんのこと、頼みましたよ」

「「了解!」」

 

赤城様が船から飛び降りる。

 

「イサム、治療するぞ」

「酷い傷だ……兎に角、応急処置だけでも済ませるぞ!」

「隼鷹、駄目だ……!」

「駄目なのはお前だ馬鹿野郎!これ以上動くと死ぬぞ!」

「でも、このままじゃ隼鷹が……」

「赤城様達を信じろ。お前が先にどうにかなっちまったら俺達が隼鷹に殺されちまう」

「……分かった」

 

秘薬のお陰でさっきから意識を保っている。

何なんだあの薬。

 

切断面の消毒処置を受けつつ、ふと海を見ると……。

 

「げっ……!」

「どうしたイサム……拙いぞ!!退避、退避ーっ!!」

「セイレーンがこっちに向かってる!!」

「………………」

 

さっきの、人型のセイレーンがつまらなさそうな顔をしてすぐ近くにまで来ていた。

 

「覚醒……いえ、暴走ねこれじゃ。イレギュラーと言えばイレギュラーだけど」

 

砲塔がこちらを向く。

こいつ、俺達を撃つ気か――――!?

 

しかし、

 

「やらせないって言ってるっての――――――!!!!」

「!」

 

小柄な影が凄まじい速度で突っ込み、セイレーンにぶつかる。

 

「ヒッパー……!」

 

体当たりをぶちかましたのは、満身創痍のアドミラル·ヒッパーだった。

 

「何やってんのよ隼鷹!さっさとこいつぶっ飛ばしなさい!!」

「――――――!!!!!」

 

俺たちの乗る船の艦橋に、何かが降ってきた。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

閃光。

そして、遅れて凄まじい衝撃と音が鳴り響いた。

 

 

 



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第五十一話 夜明け

「う、ん……あ、れ……?」

 

目が覚める。

空は晴れ渡り、雲一つない。

 

「おい、全員居るか?!」

「鈴木がいねーぞ!!」

「見ろ!誰か浮いてる!」

「おーい!手の空いてるKAN-SENの誰かー!!そいつを拾ってくれー!!」

「おい、イサム、生きてるか?」

「はい……何とか……」

 

手を貸されてまた担架に乗せられる。

ふと、艦橋に着地した隼鷹を見る。

 

「隼鷹……」

「イサム……私、私……」

「ありがとう、助けて、くれて……」

 

 

……駄目だ、もう意識が保てない。

 

 

「ごめん、なさい……」

 

 

初めて聞く、とても泣き出しそうな声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、え?」

 

目が覚める。

……あれ?何だここ。

 

地面が揺れていない。

そして、俺はベッドに寝かされていた。

 

あたりを見渡す。

これは、病室?

何というか、重桜とは違って機能性重視というか……殺風景だ。

 

「ここは……」

「………………起きたのか」

 

誰かが、傍らに座っていた。

長い豪奢な金の髪をした女性だ。

黒を基調とした、軍服の様な物を身にまとっている。

 

「貴方は……?」

「Guten Tag.私は鉄血海軍所属、戦艦ビスマルク」

「鉄、血……?」

「ええ。ようこそ、アカツキイサム曹長。そして……長旅ご苦労さま」

 

ビスマルクと名乗った女性が手を差し伸べた。

こちらもそれに応えようと手を伸ばそうとして……バランスを崩した。

 

「ぎっ、あ、痛ぅ……」

「すまない、配慮が足りていなかった」

 

上半身に過剰に巻かれた包帯。

左腕が繋がっていた筈の部分をも覆われているそれを見て、息を呑んだ。

 

「……やっぱり、無くなってるんですね」

「ああ……残念に思う」

「いえ……自分のドジの結果なので」

「……私から、後の説明をさせて貰えても?」

「お願いします」

 

ビスマルクさんの口から、あの後の話を聞かされた。

 

戦闘が終わり、有志連合が途方に暮れている間にその海域へビスマルクさんを含めた鉄血艦隊がはち合わせた。

有志連合の中に三笠様と赤城様が居たのでそのまま外交に発展。

無事、最後の一つのメンタルキューブを譲渡し、鉄血との同盟が締結された。

 

「ここに私達鉄血と重桜の同盟は締結、レッドアクシズが結成された」

 

レッドアクシズ。

……俺の任務が、終わったんだ。

 

「そう、ですか……」

 

肩の力が抜けた。

俺は、任務を完遂した。

良かった。

 

「その後、向こうのアカギは凄い剣幕で治療を要求してきたから何事かと思ったぞ」

「赤城様が……?」

「こちらとしても、同盟の立役者に死なれたら後味が悪かったから飲んだのだけれど」

「もしかして……」

「君は鉄血で治療を受けた。まさか1週間も眠ったままだとは思わなかったけれど」

「い、1週間……」

 

そんなに寝ていたのか……。

 

「血が足りていなかったからな。暫くはゆっくりしてくれ。君の世話をしたいと言う者も居る」

「え……?」

「そろそろ入ったらどうだ?」

 

ビスマルクさんがドアに向かってそう声をかける。

入ってきたのは、

 

「ヒッパー……」

 

少し、バツが悪そうにアドミラル·ヒッパーがはいって来た。

 

 

 




イサム、鉄血入り。
そろそろ完結も近いですかね。


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第五十二話 リハビリ

このあたりで一回章を区切るのか、完結まで持っていくかを考えてます。


鉄血での入院生活は、慣れない土地と言うのもあってちょっと苦労した。

けれど、ヒッパ―のサポートの甲斐あって何とか過ごせている。

 

今日は、体のバランスが偏ってしまっているのでリハビリをしている。

少しでも早く自分の足で歩けるようにならなくては……。

 

「だいぶ歩けるようになったわね……」

「ぜぇ……ぜぇ……まだ、まだだよ……」

「ここまでにしましょ」

「まだ、行ける……」

「駄目よ、まだ体力戻ってないでしょ」

「でも、俺はっ……」

「駄目ったらダメだっての!大人しくしなさい」

 

ふらついたところをヒッパ―に支えられる。

……この生活が始まった時から、妙にヒッパ―からの当たりが柔らかくなっている。

 

以前のように罵倒されていないというか。

 

「ねぇ」

「何よ」

「何か、あったの」

「……………………何か、って」

 

ヒッパ―が唇を噛む。

 

「あったに、決まってるじゃない……!」

「ヒッパ―?」

「あんたは何で笑ってられるの……!?こんなにボロボロになって、腕まで無くなっちゃって!」

「ヒッパ―、落ち着いて」

「あんたは人間なのよ!?もう、戻らないのよ……!」

「ヒッパ―」

「私は、あんたの為に何も出来なかった……あんたは、命を賭けて私を助けてくれたのに!!」

「そんなこと無いよ。ヒッパーが居なかったら俺は死んでた」

「でも……!!」

「あんまり、自分を責めないでよ。俺も、君も生きてる。それで良いじゃないか」

 

気が付けば、ヒッパーの瞳からボロボロと涙が溢れている。

気丈だった彼女がここまで自分を責めていたなんて。

 

俺は、ヒッパーの頭を撫でて続けた。

 

「腕は無いけど、生きてる。生きてるなら生きていける」

「何よ、それ。意味わかんない」

「……実は、俺も」

「何よソレ!」

「あははは……ヒッパー」

「何」

「外、出れるようになったらさ。この国、案内してくれない?」

「……勿論」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「邪魔するわよ」

「げっ」

 

ノックもそこそこに病室に誰かが入って来た。

銀の髪に一筋赤いメッシュを入れた、すらっとした姿の美女だ。

ヒッパーと似た服を着ているから鉄血のKAN-SENなんだろう。

 

KAN-SENって皆美人だよなぁ。

 

「帰ってきたなら顔くらい出しても良くない?これでも心配してたのよ」

「わ、悪かったわね……」

「それで……ふーん?へぇ……」

「な、何でしょうか……」

 

KAN-SENの女性が俺の顔をジロジロ見ている。

値踏みされているみたいで居心地が悪い。

 

「この子が、ヒッパーがうわ言でずっと名前を読んでいた『イサム』ね?」

「んなぁっ!?ち、違うわよ!?」

「ヒッパー……?」

「違う!違うっての!!オイゲン!何しに来たのよ!!」

「別に?ヒッパーにも春が来たのかと思っただけよ」

「はっ、はははは春!?」

「そんなあからさまな反応しなくても良いのに。初めまして、国を繋いだ英雄さん。私はプリンツ·オイゲンよ」

 

いたずらっぽいウィンクしながら自己紹介。

 

「え、ああ、どうも?え?英雄ってそんな」

「うふふ、冗談よ」

「ええ……」

 

ん?プリンツ・オイゲンって確かヒッパ―の……

 

「ヒッパ―の妹さん?」

「……そうよ」

「へ、へぇ……」

 

思わずオイゲンさんを見てしまう。

……なんというか、色々大きいですね。

 

「フン!」

「いづっ!?」

 

わき腹に鈍い痛み。

その様子を見てオイゲンさんはにこにこしている。

 

「オイゲン、アンタただ重桜人が珍しいだけでしょ」

「どうかしらね。あ、この国は特にビールが美味しいわよ」

「お、俺まだ未成年なんで……」

「あら残念」

 

……凄いナチュラルにベッドに腰掛けられた。

 

「……そう言えば、前に病室飛び出て行った重桜の軽空母は戻ってきたのかしら?」

「え……?」

 

その質問が放たれた瞬間、ヒッパ―は固まった。

そして、俺はどうしてその考えに至らなかったのか己を恥じた。

 

「ねぇ、ヒッパ―」

「何」

「隼鷹は……?」

 

……この2週間。

一度も俺は隼鷹を見ていないのだ。

 

 

 




隼鷹、失踪。



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第五十三話 喪失

姿を消す隼鷹。
イサムは、どうすることも出来ない。




「……重桜に、戻ったわ」

 

ヒッパーはそう答える。

 

「……それは、本当に?」

「ええ」

「………………」

 

重桜に帰った。

新たな任務か、それとも治療中なのか。

それでも。

 

「連絡は?」

「………………」

 

連絡は、無い。

それは本当に帰っただけなのか。

自慢じゃないけど隼鷹は連絡魔だ。

会えない日が多いとメールが隼鷹の物で埋まってしまう。

 

「……何か、あったんだね」

「気にしなくて良いわ」

「気にするよ。家族なんだから」

「人間とKAN-SENは家族にはなれないわ」

「知らないよそんなの。少なくとも家族と言っていいほど俺は隼鷹と過ごした」

「……ごめん、言い過ぎたわ」

「散々言われた事だよ。気にしてない」

 

会話が途切れる。

ヒッパーは真実を話す気は無さそうだ。

オイゲンさんは多分理由は知らないだろう。

 

なら、快復して自分の脚で確かめた方が良い。

 

「重桜と連絡って取れる?」

「……まだ無理。通信インフラが整ってないもの」

「重桜への行き来は?」

「赤城が敷いた術式があるけど……まだ上が一般使用を許可してない」

「俺が帰るのには使えない?」

「……まだ、無理」

「ヒッパー」

「お願い、イサム。休んで」

 

言葉に詰まった。

ヒッパーの顔は、今にも泣き出しそうなほど弱々しかった。

 

「お願い……」

「どうして……」

「こんな可愛い子にここまで言われて、貴方はまだ何か言うつもり?」

 

今まで黙っていたオイゲンさんが、ヒッパーの肩に手を起きながら続けた。

 

「私は完全に部外者だけど、貴方はどう見たって重症よ。少なくとも一ヶ月は居てもらわないと」

「………………」

 

明らかに、何かを隠している。

でも、今の俺には何もできない。

 

「……わかりました」

「ほら、ヒッパー。泣かないの」

「泣いてないっての!……その、ありがとう」

「あら。明日は槍の雨が降りそうね」

「なんですって!?」

 

ギャーギャーとヒッパーとオイゲンさんが騒ぎ始めた。

その様子に俺もすっかり毒気が抜かれ、苦笑するしかなかった。

 

「やっと笑ったわね」

「……おかげさまで」

「あーあ、からかいに来ただけだったのに。私も完全にグルじゃない」

「グルって何よ!」

「はいはい。アカツキ曹長」

 

改めて、オイゲンさんが真剣な顔つきになる。

 

「な、何ですか」

「明日、ビスマルクに会ってもらうわ」

「何よそれ、聞いてないわよ!」

「今言ったもの」

「オイゲン!!」

 

ビスマルク。

鉄血のKAN-SENの実質的なトップ。

そんな人が、俺に何の用だ……?

 

「返事は?」

「え?」

「返事よ、へ、ん、じ」

「は、はい」

「よろしい」

 

……オイゲンさん、姉に似て結構面倒見良いんだろうな。

 

 

 

 




次回、開発艦計画。
イサムの運んだ荷物が、どんな姿になるのだろうか。


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第五十四話 開発艦・ローン

鉄血の建造中のKAN-SEN。
イサムの荷物であった最後の1パーツが、組み込まれようとしている。


 

「入って」

 

ドア越しにそんな声が掛けられる。

ヒッパ―が車椅子を押す。

歩けるって言ったんだけど彼女は聞かなかった。

 

「失礼します」

 

ビスマルクさんの執務室は……赤城様の部屋とは何もかも違った。

というか執務室に畳を張っていた赤城様の方が変だったのかもしれないけれど。

 

「久しぶり。こっちの生活はどう?」

「ヒッパ―が良くしてくれています」

「そう」

「私は、外で待ってるから」

 

ヒッパ―は部屋の外へ出て行った。

手にした書類から視線を放さず、ビスマルクさんは続ける。

 

「開発艦計画についてはどの程度知っている?」

「対セイレーン用の決戦兵器、とは」

「自分で運んでいた荷物についてはちゃんと認識していたのね」

「仕事ですので」

「勤勉ね。まずは遠路はるばるご苦労様。荷物は貴方の物しか届かなかったけれど」

 

そう、俺の分だけ。

残りは奪われたか、破壊された。

それを再び指摘され……思わず、手を強く握っていた。

 

「ああ、すまない。別に恨み言を言うつもりではなかった。今や鉄血と重桜は同盟国だからな」

「え、ああ……はい」

「貴方をここへ呼んだのは礼と……実際に見せる為だ」

「……もう、完成を?」

「まさか。でもガワだけは出来ている。帰る前に顔だけでも見られるだろう」

「お気遣い痛み入ります」

「機密事項だが……貴方にはその権利がある」

「………………」

「……裸ではないぞ?」

「なっ、何でですか!?」

「残念そうに見えたから」

「違いますよ!!」

 

え、何そんな風に見られたの……?

 

「冗談だ。なんだか君は元気が無いと聞いていてな」

「あ、あはは……そうですか」

「それと」

 

手にした書類を置き、向き直る。

 

「アカツキイサム曹長。長きに渡る輸送任務、ご苦労様。貴方のお陰で鉄血は未来に進むことができる。代表として礼を言う」

「いえ、やるべきことをしたまでです」

「それでも、だ。貴方の献身を我々は忘れないだろう」

 

ビスマルクさんは立ち上がる。

 

「行きましょう。貴方の努力の結末へ。ヒッパ―」

「はいはい。いつまで待たせるんだっての」

「彼を開発ドックまで頼む」

「分かったわ」

 

ヒッパ―が俺の乗る車いすの取っ手を握る。

 

「さ、行くわよ」

「よろしく、ヒッパ―」

「あ、でも悪いけど目隠しはするわよ」

「え?ここまでしてなかったのに?」

「機密を見せはするけどそこまでの道は流石に見せられないっての」

「そっか……」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

鉄血海軍、機密エリア。

 

室内は薄暗く、ここで勤務している人は目を悪くしそうだ。

その中心に、一本の柱が立っていた。

 

「これは……」

「重巡洋艦、ローンだ」

 

姿はよく見えない。

かろうじて一か所だけ窓が開いていて、顔だけが見えるようになっていた。

 

「……この子が」

「ああ。貴方が繋いだ命だ」

 

少女とも女性とも言えぬ中間的な顔立ち。

未だ眠りの中にあるのか、目は閉じられている。

 

「ここから出る日はそう遠くはない。いつか、会えるだろう」

「……はい」

 

ようこそ、ローン。

こんなボロボロな世界だけど。

この世界の為に、一緒に頑張ろう。

 

 




最終ヒロインの顔見せ回でした。
フリードリヒの方は出すかどうかちょっと迷っています。


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第五十五話 帰還

アレから更に一週間が経ち……俺は重桜に帰ることになった。

鉄血での生活は大変だったが、ヒッパーやオイゲンさんのサポートでどうにか過ごす事は出来ていた。

 

まだまだ長い距離を歩くのは厳しいが、日常生活を過ごす分には支障がないほど回復した。

 

「……お世話になりました」

 

重桜に帰還する日。

 

鉄血と重桜間に開かれた転送用術式。

それは、鉄血側は無骨な金属の門として建てられていた。

まだ技術が発展途上で一度に大量の往来は厳しいと言う。

 

「寂しくなるわね」

 

オイゲンさんがいたずらっぽくウィンクする。

何やっても様になるなこの人は。

 

見送りに来ていたのは、ヒッパーとオイゲンと、ビスマルクさんだ。

 

「良かったわね、帰れて」

「うん。今までありがとうヒッパー」

「別に。大したことはしてないわ……でも、困ったら絶対呼んで。アンタの腕の代わりにしかなれないけど」

「充分だよ。ヒッパーには本当に世話になっちゃったね」

「ううん。本当はまだまだ足りないわ」

「勘弁してよ。お釣りが払いきれなくなっちゃう」

「……私が、一生掛けてでも償わないといけないの」

「ヒッパー。あんまり重いと嫌われちゃうわよ」

「少なくともアンタよりは軽いっての!!」

 

若干湿っぽくなったが、いつもの様にギャーギャーと騒ぐ二人。

それに苦笑を漏らす。

 

「全く」

「あ、あはは……」

「アカツキ曹長。もう少しこちらに滞在しても良いのだけれど」

「ご冗談を。まだ俺には仕事も残っています」

「勤勉を通り越して依存症ね、貴方は」

「ビスマルク、アンタが言えた口?で、ヒッパー?言わなくていいの?」

「えっ、な、ななな何を!?」

 

オイゲンさんに言われ、ヒッパーが更に真っ赤になって狼狽える。

 

「帰っちゃうわよ」

「………………言えないわよ」

「あっそ。一生後悔するわよ」

「後悔、か……帰ってきてからずっとよ、そんなの」

「ヒッパー?」

「……私の役目も終わったわ。帰っても元気でね」

「うん。ありがとう」

「時間だ」

 

パチン、とビスマルクさんが手にしていた懐中時計を閉じる。

……ゲートに波紋が浮かび上がり、誰かが出てきた。

 

「……ふぅ、やっぱり慣れないわねこれ」

 

……あれ?

 

「久しぶり、イサム君。迎えに来たわ」

 

……てっきり、

 

「イサム君?」

「あ、いえ。お久しぶりです、愛宕さん」

 

隼鷹が来ると、思っていたのに。

 

 

 

胸騒ぎがする。

あの時動かなかった事を後悔しそうな。

そんな胸騒ぎが。

 

 

「お世話になりました」

 

 

兎に角、帰ろう。

重桜へ。

 

 

「イサム君、髪切ったのね」

「……ええ。治療の時に」

「印象変わるわね」

「ヒッパーにも言われましたよ。隼鷹、怒るかな」

「……っ」

「愛宕さん?」

「……何でもない」

 

ゲートを抜ける。

そこは、懐かしい香りと、舞い散る桜。

 

そして、赤城様、能代、翔鶴さんが立っていた。

 

「おかえりなさい、イサムさん」

 

………………。

 

「アカツキイサム曹長、只今戻りました」

 

敬礼。

 

「赤城様」

「何でしょうか」

「隼鷹はどうしたんですか」

「……っ」

 

赤城様も、能代も翔鶴さんも、一瞬顔が引きつった。

 

「隼鷹、は……」

「……現在治療中ですよ」

 

この場に居なかった人の声。

 

「天城姉様……」

「お久しぶりです。天城様」

「先の戦闘の傷がまだ癒えていません。納得されまして?」

「……はい。面会は」

「ごめんなさい。面会謝絶なんです」

「そう、ですか……」

 

隼鷹には、会えない。

けど、

 

「私達だけでは、不満がお有りで?」

「そんな事ありません!嬉しいです、とても」

「……もう我慢できないっ!おかえりなさいイサム君!」

「うわっ!?」

 

翔鶴さんが飛び込んできた。

流石にバランスが取れないので一緒に倒れたのだった。

 

 

 



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第五十六話 失ったもの

重桜に戻って、最初に受けたのは激励だった。

 

「イサム曹長に、敬礼!」

「う、わぁ……」

 

重桜海軍総出の出迎え。

見渡す限りの人とKAN-SENが俺に敬礼していた。

 

「お帰りイサム!」

「よくやった!」

「やっぱすげぇよ!」

「おつかれさん!」

 

かつての自分には投げられてこなかった言葉。

それらが今、自分に向けて発せられている。

 

「イサムさん、このあと重桜海軍のトップ……将軍と長門様との会談があります」

「え"っ」

「……どうかなさいました?」

「い、いえ……」

 

長門様と会う。

俺は、作戦前に長門様より下賜された短刀を失くしてしまっている。

 

非常に気不味い。

そんな心情を察される訳にも行かないので必死に言い訳を考えるのであった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「うむ、長きに渡る任務ご苦労であった」

 

御簾に遮られ、シルエットだけの姿が見える。

長門様との面会は、大抵こんなやり取りだ。

 

喋り方に比べてとても幼い声。

姿を見たことがある人の証言では、そこらの駆逐艦と変わらぬ姿をしているとか。

 

ただ、それを言った奴の消息を俺は知らない。

 

「此度の功績を称え、アカツキイサム曹長にこれを」

 

長門様付の女官の方から何かを受け取る。

これは……。

 

「短刀、ですか」

 

ちょっと後ろめたく感じる。

 

「よく見てみると良い」

「え……あっ!」

 

この短刀、まさか任務前に受け取ったものじゃ。

 

「鉄血の者たちが気を利かせて回収してくれたものだ。今度は、落とすでないぞ?」

「はい……!ありがとうございます!」

 

ビスマルクさんに心の中で感謝を送る。

本当に、良い人たちばかりだ。

 

「他に何か欲しいものはあるか?」

 

ふと、そんな事を言われてしまった。

 

「な、長門様……お戯れを」

「何を言う赤城よ。アカツキ曹長はそれに見合う働きをした。ならば然るべき褒美を渡さねばな」

「長門様」

 

俺の願い。

そんなの決まっている。

 

「隼鷹に面会させてください」

 

……その瞬間、フロアから音が消えた。

 

「……長門様」

「アカツキ曹長、隼鷹は……」

 

赤城様が俺の肩を掴む。

かつてない程真剣な表情をしている。

 

「赤城よ」

「はい」

「話していないのだな?」

「はい……」

「……分かった」

「アカツキ曹長」

「は、はい」

 

 

 

 

「隼鷹は失踪した」

 

 

 

 

「は………………?」

 

 

 

 

「1週間前、修復が終わったのち……突然姿を消しました」

 

 

 

 

 

なん、だって……?

隼鷹が、失踪……?

 

「う、そ……」

「……申し訳ございません、イサムさん。真実を伝えなくて」

 

赤城様の謝罪も、長門様の言葉も、もう俺には届かなかった。

 

 

 

 

俺は、左腕と、家族の様に接していた幼馴染を失った。

 

 

 

 



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第三章 繋いだ絆、解けた絆
第五十七話 変わった生活


本ページから第三章になります。
帰ってきたイサムの生活が始まります。


……もしかしたら、腕が無くなったことよりもショックだったのかも知れない。

 

あれから一ヶ月。

俺は愛宕さんの静止を振り切り隼鷹を探しに行こうとした。

トライクに乗ろうとした時、能代に殴られて止められた。

 

トライクに乗れないのなら自分の脚で探すしかない。

重桜の中をひたすら歩き回った。

 

 

それでも、見付からない。

 

 

見付からなかった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「……ロイヤルから使節が来る、ですか」

 

ある日。

そんな俺の様子を見かねて赤城様に呼び出された。

 

「はい。かなり大規模な会合になるでしょう」

「そう、ですか。遂にロイヤルが正式に重桜に来るんですね」

「……そう言えば、そんな事もありましたね」

「あはは……あの時は生きた心地がしませんでした」

「狼殿には会われまして?」

「それがまだ……なかなか会えなくて」

「あら、そうなのですか」

 

……今でこそこうして赤城様と話せているが……。

最初の方はそれはもう色んな人を拒絶した。

 

全員が俺をだましていた。

隼鷹が居なくなった事、思っていたよりも堪えたらしい。

暫くふさぎ込んでいた。

 

そんな状況を打破したのが……まさかの、高雄さんだった。

 

『大任を成し遂げた者がそんな様でどうする!犠牲になった者たちが浮かばれん!!』

 

久しぶりにぶん殴られた。

思えば、こうやって誰かに叱られたのもだいぶ久しぶりな気がする。

 

殴られてしかられて。

散々だったと言えば散々だったけど、こうも言われて何もしないのは癪だった。

 

だから、今まで迷惑をかけた人達の所へ行き……謝った。

 

「でも、あの人の事ですから……何処かで見ているのかもしれませんね」

「あはは……ありそうですね」

「それで……ロイヤルの方から是非貴方に会いたいという要望……いえ、これはもう熱望ですね……そんな物が届いています」

「え、ええ……なんですかそれ……」

「分かりません……」

「それで、自分にどうしろと……?」

「使節団への接待に参加してくださいませんこと?」

「接待……片腕しか無いのに手伝える事なんてありますかね」

「案内係等出来ますよ。その人への担当にしておきますわ」

「はぁ……ちなみに、その方のお名前は?」

「フォーミダブル、だそうですわ」

「お断りします」

「えっ」

 

自分でもびっくりするぐらい否定の声が出た。

赤城様も完全に素で驚いてる。

 

「あの、イサムさん……?」

「あ、え、いえ……その……申し訳ございません……」

「何か、不都合でも……?」

「あ、あはは……ちょっと、苦手な相手というか……」

「………………まさか、以前通信中に割って入ってきた女ですね?」

 

うわこわっ。

赤城様の目が一瞬でマジになった。

 

「そ、そうですね……」

「……分かりました。私も少しその方とは本腰を入れて語りたいことがありますね」

 

……この日、赤城様はずっと笑っていたがめっちゃ怖かった。

 

 

 




ロイヤルの女、三度。


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第五十七話 襲来、フォーミダブルみたび

来ました(絶望




……ロイヤルの方々が来ました。

 

俺のやる事と言えば会場設営の手伝いと途中で来たロイヤルネイビーの人たちの道案内。

 

「……そう、大体わかったわ」

「お役に立てて光栄です」

「ありがと」

 

背の高い、豪奢な金髪ツインテ―ルなKAN-SENに会場の場所を教える。

やっぱりKAN-SENも国柄って言うのが出るんだなぁ。

恰好もぜんぜん違う。

 

「あ、イサムさん~この荷物はどこに置きますか?」

「ああ、樫野さん。それはあっちです」

「分かりましたー」

 

さて、

 

「………………」

「さーて次はどうしようかな……」

 

……めっちゃにこにこしながら俺の前に立っているお人がいますね!?

 

「ごきげんよう、イサムさん♪」

「あででででで痛い締めないで!!!」

 

右腕を掴まれて思いっきり締め上げられている!

でもこれ絶対本気じゃないな!?

 

「もう、無視するなんて酷いですわイサムさん」

「お、お久しぶりです……フォーミダブルさん……」

 

なんでこうこんなピンポイントに会いに来るんだこの人。

 

「はい、またお会いできる日をイチジツセンシュウ?の想いでお待ちしておりました」

「微妙に使い方合ってる……」

「髪型を変えられたのですね?こちらも凛々しくて素敵ですわ」

「ど、どうも……」

「それにしても、私貴方を指名して熱望までしたのにいけずですわね」

「あ、あーそれについてはスミマセン他の仕事がありましたのでー」

 

自分でもびっくりするくらい棒読みが出た。

 

「そうでしたか。それで……」

 

……フォーミダブルさんの視線が、俺の無い左腕に吸い寄せられる。

 

「片腕、失くされたのですね……」

「ええ、まぁ……色々ありまして」

「そうですか……イサムさん」

「は、はい」

 

意を決したように真剣な表情になる。

 

「私と一緒にロイヤルに来ませんか!?」

「何で!?」

 

脱力した。

何を言い出すんだこの人は。

 

「私が面倒見て差し上げますわ!」

「ご遠慮します……」

「なっ、どうしてですの!?」

「い、いやー……俺重桜の人だし……別の国で過ごすのはちょっと」

「でも、鉄血で2か月ほど過ごしていたのでしょう?」

「何で知ってるんですか!?」

「あら、前に仰りませんでしたか?戦いに情報は命ですわ」

「あ、あー……そんな事も仰ってましたね……」

「ええ。覚えていてくれてうれしいですわ」

 

どうしよう。

どうやって逃げよう。

 

今日は俺も仕事でこの人に接さなくてはならない。

 

せっかく赤城様に無理言って外してもらったのに捕まってしまった。

 

「あら、フォーミダブルさん。こんな所にいらっしゃったのですね」

 

ひぇっ。

このフロアの気温が一気に下がった。

 

自分でもびっくりするくらい首の動きが悪かった気がする。

 

「あら、赤城。ご機嫌よう、あの通信以来ですわね」

「ええ、お久しぶりです。アカツキ曹長がお世話になったようですね」

「ええ、楽しませて頂いておりますわ。そう言えば以前は少々はしたない恰好で申し訳ありませんでしたわ」

「あらあら、そう言えばそんな事もありましたわね……所で」

 

赤城様の目が細くなる。

怖い。

早くこの場から立ち去りたい。

 

「アカツキ曹長をロイヤルへ連れて帰ろうだなんて本気でお考えでしょうか」

「連れて帰るだなんて人聞きの悪い。あくまで観光ですわ。イサムさんも気分転換が必要でしょうし」

「あらあらなんてお優しい事」

「……まぁ、気に入ってもらえばそのまま永住してもらっても構いませんが」

「は?」

「え?」

「失礼、何か聞き捨てならない事が聞こえた気がしましたので」

「あらあらそれは失礼致しましたわ」

 

誰か助けて……(絶望)

そんな時、ちょいちょいと誰かが俺の背をつついた。

 

「……?」

 

振り向くと、樫野さんが遠慮がちに微笑んでいた。

天使がいた……。

 

赤城様に軽く会釈して俺は急いでその場を離れた。

 

「あっ、イサムさん!?まだお話が!」

「あら、私はまだお話したりませんの。お相手して頂けるかしら?」

 

 

ひぃ。

 

 

 




地味に初登場の樫野。
なお出番はこれで終わりです(


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第五十八話 再会、ベルファスト

フォーミダブルとのこの扱いの差はなんだろう。

フォローしておくと作者はフォーミダブルちゃんと好きです(


「……イサムさん!」

 

背後から声がかかる。

樫野さんと別れた後。

 

「はい……あ、ベルファストさん」

「お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです」

 

誰かと思えば、いつものメイド服姿のベルファストさんだった。

 

「左腕の件……ご愁傷様です」

「あー、いえ。ありがとうございます。失くしてしまったものはしょうがないので」

「そうですか……」

「ベルファストさんも今日は会合に?」

「いえ、女王陛下のお世話の為にご一緒したのですが……会合の為お暇を頂いてしまって」

 

女王陛下……ロイヤルネイビーのクイーンエリザベスが?

これは、何と言うかかなり大物が来ているんだなぁ……。

 

「そうなんですね」

「はい……ただ、このような手空きの時間何をするべきかと思いまして」

「その、女王陛下は何と?」

「『たまには羽を伸ばしたら?』と」

「そうですか……」

 

案外おちゃめな人なのかもしれない。

さて、どうしたものか。

 

「イサムさん」

「はい?」

「よろしければ、重桜の町を案内して頂けませんか?」

「え……俺が、ですか?」

「はい。差し支えなければ」

「うーん……」

 

……正直この人なら事前に下調べしている気がする。

何だったら一度諜報に来てるし。

 

「駄目、でしょうか……」

 

ああなんてズルい聞き方をするんだこの人は。

女性にここまで言われたら流石に断れない……。

 

「構いませんよ」

「本当ですか?ありがとうございます」

 

眩しい。

花が咲いたかのような笑顔。

本当にこの人美人だなぁ。

 

「と、言っても俺が知ってる場所なんてたかが知れてますけど」

「いえいえ。土地勘の有無も大きいですよ」

「じゃあどこから行きましょうか」

「そうですね……」

 

ぐぅ、と腹の音が鳴った。

お互いに顔を見合わせる。

 

「……そう言えば朝食取り忘れてたんでした」

「あら、うふふ。では軽食の取れる所に行きましょうか」

「あはは……それじゃあ良い店知ってますよ」

「本当ですか?期待、しますよ?」

「ご期待に添えるかどうか……」

 

その時、破裂音と共に窓が揺れた。

 

「「………………」」

 

お互いに顔を見合わせて、音のした方を眺める。

……あれ、小柄なメイドさんが誰か連れ……いや、引き摺っている。

 

「イサムさん」

「な、何かな?」

「行きましょうか」

「えっ、でもアレ明らかに何かあったよね」

「お気になさらないで下さいませ」

「いやいやあのメイドさん誰か引きずってますよ?」

「お気になさらないで下さいませ」

 

ゴリ押されてしまった。

 

「………………そこまで言うなら気にしないけど」

 

何となく見覚えある人が引きずられている。

あー、あーキレイな髪が……。

 

「イサムさん」

「はい」

「お願いします、ね?」

 

……とりあえず、行こうか。

 

 

 




この後、会合の場にて物凄く晴れやかな顔の赤城が目撃されたとかされていないとか。

と言うかイサムくん仕事中に他国の女とデートですか。


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第五十九話 計算高いロイヤルの女

「重桜の料理と言うのは、ロイヤルとはまた違った趣がありますね」

 

昼下がり。

ベルファストさんと並んで重桜の海軍通りを歩いている。

……しかし、まぁ

 

(目立ってる、なぁ)

 

結構視線を貰っている。

それもそのはず、ベルファストさんが相当目立っている。

そりゃ重桜で一切馴染みのないメイド服でうろついて居るからだろう。

 

「気になりますか?」

「えっ、いえ……」

「隠さなくても大丈夫ですよ」

「あ、あはは……」

「……重桜は、良い国ですね」

「……ええ」

 

気が付けば、重桜は一つの国として立派になった。

最初はあんなにバラバラだったのに。

 

「ロイヤルとは違った、落ち着いた町です。それに……サクラが綺麗です」

 

重桜、その名の通り桜が年中咲き誇っている。

この国の象徴だ。

 

「そうですね」

 

ん?

ベルファストさんの頭に何枚か乗っている。

 

「……?どうされました?」

「取れた」

「まぁ……お手数をおかけします」

「あはは。そのままでも良かったかも。銀の髪に良く映えます」

「あら」

「しばらく見惚れてしまいそうです」

「うふふ、お上手ですね」

「……!あ、いえ……そんなつもりは」

 

お互いちょっと赤くなってしまった……。

そこへ、

 

「ベ、ル、フ、ァ、ス、ト……!!何をしてらっしゃるのかしらぁ……!!!」

「あら、フォーミダブル様」

「えっ……!?」

 

凄まじい形相をしたフォーミダブルさんが立っていた。

こわい。

 

「ふぉ、フォーミダブルさん……」

「ごきげんよう、イサムさん」

「え、あ、どうも……さっきぶりです」

「それでぇ……?ベルファスト?私が足に多大なダメージを受けている間になーにをしてやがりましたの?」

「イサムさんに重桜の町を案内して頂いていました」

「んなぁ……!?」

「さて、それではイサムさん。私は女王陛下のお世話がございますのでこの辺りで失礼いたします」

「あ、そうですか……貴重な時間をありがとうございます」

「いえ、こちらこそ楽しかったです。それではまた」

「あっ!お待ちなさいベルファスト!まだ話は……」

 

ベルファストさんが立ち去ろうとしたのを、フォーミダブルさんが追った。

そのまま居なくなるだろうと思い俺も移動を……。

 

「……何をしているのですか?」

「何って、貴女……」

「今ここで私を追えば昼食を官舎で摂りそのまま午後の部、そしてロイヤルに帰国することになります。その意味がお分かりですね?」

「ベル、貴女」

「フォーミダブル様なら、どうすれば良いかもうお分かりですね」

「……塩を送るつもり?」

「敵だとは思っていませんよ。私はあくまで『イサムさんの友人』ですので。ただ……」

「ただ……?」

「仮に、フォーミダブル様がイサムさんをロイヤルに『持ち帰った』場合……私としても大変都合が良いので」

「……貴女、良い性格していますわね」

「さて、何の事でしょうか」

「今回は、借りておいてあげる」

「左様でございますか。では、返していただける日をお待ちしております」

 

……何か話しているみたいだ。

すると、フォーミダブルさんがこちらに足早に駆け寄ってきた。

 

「イサムさん♪私もご一緒してよろしいですか?」

「えっ」

 

 

何で!?

 

 



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第六十話 拒絶

また投稿間隔を随分と開けてしまった……。
実は再就職の為に色々とやっていましてようやく決まった次第です……。
失踪したくないけども筆が動かなくて困っていまする……。


フォーミダブルさんと並んで歩いている。

彼女は重桜で見るもの全てが珍しくずっと目を輝かせていた。

 

「イサムさんイサムさん!アレは一体何ですの?」

「え、あー、綿あめですね」

「ではアレは?」

「りんご飴です」

「それではあちらは――――――」

 

と言うか何で縁日やってるの今日。

それもそのはず、外国の使節団が来ているから。

 

会合に参加している上層部ならまだしも雑用やら何やらを行う者たちにとってはまぁ良い息抜きにはなっている。

 

「イサムさん」

「は?」

 

ひとしきり見て回った後。

かつて能代と稽古をしていた神社の境内で俺とフォーミダブルさんは桜を眺めて座っていた。

 

……なお、彼女の膝の上には焼きそばとたこ焼きとたまごせんべいが置かれている。

結構食べるんですね……。

愛宕さんもそうだったけど、KAN-SEN達って結構大食いの傾向があるらしい。

経口摂取は別にしなくても良いのだけれど、エネルギーを人間の食糧を用いて補充することも可能だとか。

効率が悪い為量が要る、という事か。

 

「ここは良い国ですわね」

「……そうですね」

 

しばし無言。

神社の麓の賑わいが聞こえてくる。

 

「聞けば、この国の統一の為に尽力なされたとか」

「……俺一人の力じゃないです」

「ご謙遜なさらず。貴方の行いは正しく評価されるべきですわ」

「……ありがとうございます」

 

思えば、俺はこの人の事をあまりよく分かっていない。

初めて会ったあの日。

かなり衝撃的な出会いであった。

 

「フォーミダブルさんは」

「はい」

「どうして、俺に会おうと思ったんですか?」

「それは……」

 

フォーミダブルさんは言い淀む。

まずったな……これは良い話題ではなかったか。

 

「……引きませんか?」

 

恐る恐る、と言った様子でこちらを伺ってくる。

 

「……理由に依ります」

 

ちょっと意地の悪い返しだったかもしれない。

でもこの人に散々振り回されたし。

 

「む……意地の悪い事を」

「すみません。大丈夫ですよ」

「そうですか……では、言います」

 

決意の気配。

そんな大層な事を言うつもりなんですかこの人。

 

「……ですわ」

「……?」

 

あまりにもか細い声。

聞こえなかったのでついフォーミダブルさんを見る。

彼女もそれを理解して両手で顔を覆って、

 

「一目惚れですわ……!!」

 

そう、言い放った。

 

「……えっ」

 

頭が真っ白になった。

一目惚れ?

何で?

 

「きっかけはベルが持ってきた写真でした」

「いつの間に……」

「おそらくイサムさんと遭遇する直前に撮ったものでしょう」

「そうだったんですね……それで、ええと……」

 

一目惚れ、という事はまぁ……そう言う事なんだろう。

 

「……フォーミダブルさんは、俺の事を」

「お慕いしております」

 

間髪入れず。

思わず怯んでしまった。

 

「……ありがとうございます?」

「どうして疑問形なんですの……?」

「あまりにも現実味が無くて」

「まぁ、酷いですわ。レディの想いを夢とお思いなんて」

「え、あい、いや……違」

「うふふ、冗談ですわ」

「む、むぅ……?」

 

何か遊ばれた気がした。

 

「イサムさんは」

「………………」

「私の気持ちに、応えてくださりますか?」

「………………」

 

俺は、

 

「……ごめん」

 

こう答えるしか、無かった。

 

 

 




返したのは、拒絶。


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第六十一話 宣戦布告再び

 

風が吹いた。

お互いに見つめ合い、無言。

 

永劫に思える瞬間が続く。

 

不意に、フォーミダブルさんが微笑んだ。

 

「……でしょう、ね」

「えっ……」

「貴方は心ここに在らずと言った所……こんな状況で言われても、こうなる事は分かっていましたわ」

「では、なぜ……」

「わたくし、負けず嫌いなの」

 

そう言って、呆然としていた俺の口の中にタコ焼きを突っ込んだ。

 

「熱っっ!?!?!?!?」

「隼鷹、でしょう?」

「っ!」

「彼女は行方を眩ませていると聞いています。そしてそれが……イサムさんの心に影を落としているのも」

「……未だに、信じられないんですよ」

「幼少の頃より過ごしているなら、猶更」

「……ありがとうございます」

 

いつの間にか、膝の上の食べ物はすべてなくなっていた。

フォーミダブルさんが口元を手拭紙で拭い、全て袋に詰めた。

 

「ふぅ。偶にはこういった食事と言うのも悪くありませんわ。また来るとしましょう」

「………………」

「イサムさん」

「え、は、はい」

「わたくしは負けず嫌いです」

「え、ええ。聞きました」

「貴方が隼鷹と過ごした時よりも濃密な歳月を送りたい、そう願っています。ですが」

 

立ち上がる。

フォーミダブルさんはとびっきりの笑顔でこう答えた。

 

「ライバルが居ないと張り合いがありませんの。次は、隼鷹が帰ってきたら改めてリベンジして差し上げますわ」

「……えっ!?」

「どうか、お覚悟を。ロイヤルレディは……手段を選びませんことよ?」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

日が落ちる。

無事に会合が終わり、重桜とロイヤルの同盟は結ばれた。

 

レッドアクシズとアズールレーンが手を取り合ったのだ。

 

夕陽が水面に落ちる様を眺めていた。

もう、俺に手伝えることはない。

 

……正直、重桜海軍を辞めることを考えなかったことはない。

 

今はまだ任務完了から日が経っておらず、俺の処遇がなぁなぁで済まされている。

本来は片腕を失くした人材を養っている暇など無いのに。

 

「さぼりですか」

 

背後から声を掛けられる。

何だか、以前にも似たような事を言われたのを思い出す。

 

「仕事が無いんだ」

「仕事中毒な貴方にはちょうどいいのかもしれませんね」

 

艶めく黒髪が風になびく。

能代だ。

 

「……何で木刀を持っているの?」

「知りませんでしたか?この神社、木刀が置いてあるんですよ」

「知ってるけど、何で」

「イサムさんが外国の女に不貞を働くかもしれませんので」

「酷いな!?」

「冗談です。はい」

「え、いやいや待って待って。俺は片腕しか無いって言ってるでしょ」

「そうやって言い訳ばかりしていると、腕が訛りますよ」

「無茶言わないでよ。俺は君たちじゃないんだ」

「……ごめんなさい」

「気にしてない」

「いや気にしてるじゃないですか」

「気にしてないってば」

「………………」

「………………」

 

お互いに黙ってしまった。

そして、

 

「「……ぷっ」」

 

二人同時に吹き出してしまった。

 

「何なんですか貴方は」

「君こそ何なんだよ」

「何なんでしょうね」

「……何なんだろうな……」

 

彼女も、俺を励まそうと不器用ながら声を掛けてくれたんだろう。

 

「ありがとう、能代」

「辞めてくださいよ……何だか気恥ずかしい」

「あはは、君らしい。じゃ、帰ろうか」

「そうですね。春先ですが、夜はまだまだ冷えますよ」

 

 

 

 

 

 



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第六十二話 願え、再起の為に

新たな道を指し示す。
されどそれは困難な道也。


「イサムさん」

 

会合から暫くして。

ある日、俺は赤城様に呼び出された。

 

「あ……赤城様、お疲れ様です」

「はい、ごきげんよう。これからお時間を頂きますが、よろしいでしょうか」

「構いません」

「では、こちらへ」

 

久方ぶりに訪れた、赤城様の執務室。

そこへ通され、座らせられた。

 

「単刀直入に言います」

 

赤城様が書類を広げる。

 

「隼鷹の捜索任務が近々立案されます」

「……!」

 

隼鷹の捜索。

今までも行われていたが、結果は振るわなかった。

それが、なぜ今。

 

「……イサムさんには、また厳しい選択を迫る事になります」

「構いません」

「内容を聞かずに即決、ですか……無鉄砲なのは腕が無くなっても変わりませんね」

「隼鷹の事です。迷ってなんていられません」

「……ごめんさい。私は」

「自分が決めた事です。赤城様は何も悪くはありません」

「……ありがとうございます。嫌ですね……最近、涙腺が緩くて」

 

赤城様は目元をそっとぬぐって、表情を引き締めて言った。

 

「イサムさん。貴方には新しい義肢技術の被検体になるよう要請が来ています」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

KAN-SEN技術を応用した義肢技術。

人類が失った手足を補うための技術を発展させてきた。

 

今回の話は鉄血との合同開発された義手のテスト、及び俺のリハビリを兼ねたプロジェクトだそうだ。

 

重桜は肉体的、鉄血は機械的にそれぞれKAN-SENへアプローチを掛けている。

その合作となる開発はアズールレーンとしても注目されているらしい。

 

「しかし、なぜそれを自分に?」

 

唯一不可解な点としてはこの一言に尽きる。

階級は曹長から准尉へ上がりはしたがほぼ飾りの物である。

手足を失った人々は他にもいると言うのに。

 

「実は、ロイヤルから猛烈にアプローチがありまして」

「ロイヤルから……?」

「イサムさん、そんな知り合いに心当たりは……」

「………………あります。会合に参加するくらい影響力高い人が」

「………………ええ、私もたった今思い当たりました。あの雌猫は一体何を考え……」

 

赤城様の目が一瞬鋭くなり、背筋に冷たい物を感じる。

目の前に座る人が紛れもない強者だと嫌でも思い知る。

 

その様子を見て咳払いを一つ。

 

「失礼……イサムさん。恐らくとても辛く、苦しい日々になるでしょう。もう一度確認します」

 

本当に、義手の手術を受けるのかと。

 

愚問だ。

 

「やります。そして必ず、隼鷹を見付けて引きずってでも連れて帰ってきます」

 

俺は、まだ君にお礼を言っていない。

俺はまだ君の隣に並んでいない。

 

勝手に居なくなるなんて死んでも許さないからな。

血反吐はいてでも見つけ出して連れ戻してやる。

 

 




覚悟なんて最初から決まってる。

隣に立ちたい人ともう一度会うために。


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第六十三話 進め、再会の為に

――重い。

 

左肩に接続された無機質な、しかし腕の形をしたもの。

鉄血らしく一切塗装されていない黒い鉄の塊。

 

「……めちゃくちゃ重いですねこれ」

「鉄血の試作第一号って事だからにゃ……悪いけど我慢してほしいにゃ」

 

明石さんがダボダボの袖から器用に工具を出して調整している。

 

「ただ……ちゃんと動いてる事に違和感を感じると言うか」

「まぁーイサム准尉は半年くらい片腕で生活してたからにゃ。また腕があるって身体が認識するまで時間がかかるかも知れないにゃ」

 

半年。

その間俺はずっとガチャガチャと義手の着脱をしていた。

こいつは合計で第3号試作品だ。

今回は鉄血主導の代物である。

 

「重桜のやつは生物的過ぎるし鉄血のやつは機械そのまま。せっかく同盟組んだんだから技術の擦り合わせをすれば良いのに……」

「あんまりお互いの技術のノウハウの学習が済んでないのにゃ。もうしばらくは我慢してくれにゃ」

 

隼鷹の捜索は半年経っても細々と行われている。

ただし、成果はほぼゼロ。

3ヶ月前に重桜、鉄血領間で目撃情報が1件あっただけ。

しかも当時の海は天候も最悪、残された映像からもかろうじてシルエットが見て取れた程度。

 

焦りばかりが募っていく。

 

「……はい、調整終わったにゃ」

「ありがとう、明石」

「仕事だからにゃ。ほら、行った行った」

 

左腕に意識を集中する。

脳に腕があると思わせる。

このプロセスが無いと、まだ自然には動かない。

 

「……まだ起動までに30秒くらいかかるにゃ」

「動くだけ御の字ですよ」

「この後運動試験にゃ。お昼は食べ過ぎ無い様ににゃ」

「分かってますよ」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「来たな」

 

重桜軍実験場。

軍事研究施設の数ある試験場の一つ。

最も規模の小さい場所……でも小学校の教室くらいの広さはある。

 

そこに、木刀を携えた高雄さんが立っていた。

 

「どうも」

「挨拶は良い。始めるぞ」

 

高雄さんから木刀を投げ渡された。

この人ほんと好戦的と言うか……もしかしたら能代よりジャンキーなのかも知れない。

 

「参ります」

「来い!」

 

運動試験、と称してなぜこの様な事をしているのか。

最初は本当にただのリハビリだったのだが、想像以上に俺の体力は落ちていた。

そんな中急に高雄さんが現れ一言。

 

『稽古を付けてやる』

 

そして今に至る。

どうして……どうしてですかね……。

 

「甘いッ!」

「う、わっ!?」

 

やっぱり左腕の反応がワンテンポ遅い。

簡単に木刀を叩き落される。

 

「……反応が追いついておらぬな」

「ええ……どうにも映像を後から見てる気分です」

「なるほど……」

 

何故高雄さんがこの様な提案をしたかは分からない。

分からないけど高雄さんなりに真摯に向き合ってくれている。

 

「愛宕!映像は撮ってるな!」

『ばっちりよ〜』

 

一面真っ白な壁に一枚だけ貼られた窓。

そこに数人の研究員と愛宕さんがいる。

 

愛宕さんも、隼鷹が居ない生活を支えてくれていた。

 

「よし、もう一度だ」

「……はい」

 

一歩ずつでも良い。

歩いてでも良い。

何があっても、絶対に君に会いに行く。

 

「参ります」

 

だから、それまで生きててよ。

 

 



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第六十四話 折れない意志をこの胸に

進まない研究。
成果の無い努力。

人の気持ちは簡単に折れてしまう。

けれど。


……頭が痛い。

立ち眩みがする。

吐き気が止まらない。

 

腕が、痛い。

 

あるはずの無い左腕が痛い。

 

「う……ぐ……」

 

痛み止めは効果が無い。

だから、歯を食いしばって耐えるしかない。

 

「ぎ、ぎ……」

 

思わず呻く。

俺は、未だ幻肢痛に苛まれていた。

暫く、ベッドで蹲っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

波が引いてきた。

取り合えず立ち上がり、部屋の冷蔵庫を開いてペットボトルを手に取る。

 

「……今、何時だ」

 

部屋に置いてある時計。

その針は深夜3時を指していた。

 

「………………」

 

実はここ最近、しっかり眠れていない。

睡眠は浅いし、変な夢を見るし、腕は痛む。

 

「……くそ」

 

妙に、焦っている気がする。

それもそうだ。

隼鷹を探しに行く、そう決めた筈なのに……まだ俺はこんな所で足踏みをしている。

 

様々な義手を試したが、適合率は30%が良い所。

稼働率は更にそれを下回っている。

重桜と鉄血の最新技術の筈なのに、俺が上手く動かせないせいでずっと滞っている。

単純にデータが足りないのか、それとも人間の腕にKAN-SEN技術を引っ付けるのがそもそも間違いなのか。

 

「……くそ、駄目だ」

 

心が折れる。

気にしない様にしてきたけど限界かも知れない。

 

「……俺は、やっぱ何にも出来ないんだろうか」

 

ぽつり、と溢してしまった弱音。

 

「……駄目だ。駄目だ駄目だ。こんな事言ったら……皆に、失礼だ」

 

本気で取り組んでいる色んな人たちの努力を無駄にしてしまう。

俺は……俺だけは、心折れてはいけない……。

 

……でも。

………………それでも。

 

「……外に、行こう」

 

気が滅入っている。

外の空気を吸った方が良いかもしれない。

 

少し肌寒いので、ジャージの上着を掛けて外に出た。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

寮から少し離れた、海岸線の一角。

一本だけ佇む小さな桜の木にもたれて座っている。

 

空は澄んで、星が瞬いている。

 

「………………」

 

俺は、何の気なしに空を見ていた。

こうして、ぼーっと空を眺めるのはいつ以来だろうか。

 

海に出ているときは、今後の方針を定める為の大事な要因だ。

そして、空の星は道しるべだ。

方角を測る為に活用していた、

 

「………………」

 

そんな、星の読み方は……隼鷹が教えてくれた。

 

「……っ」

 

唇を噛む。

俺は、どれだけ彼女に救われたんだろうか。

どれだけ彼女に支えられてきたんだろうか。

 

「何処に行ったんだよ……」

 

俺はまだ、何も返せてないのに。

 

 

 

……視界が、真っ暗になった。

 

「っ!?」

「だーれだ」

「……愛宕さん?」

「正解」

 

俺の視界を遮っていた手が退かされる。

振り向くと、どこか寂しそうに微笑む愛宕さんが居た。

 

「どうし……」

「こっちのセリフよ。こんな夜更けに部屋を抜け出して」

「……何で」

「イサム君、貴方自分の腕が一本無いって自覚あるの?今貴方は要監視対象よ」

「そう、だったんですね」

「10分前に部屋から居なくなったって連絡があってきてみたら……やっぱり此処に居た」

「え?」

「昔から、何か考え事があるときによくここで一人になったてわね」

「そ、そうだったんですか……」

 

ほとんど無意識にこの場所に来ていたらしい。

 

「……焦ってる?」

「っ」

 

図星をいきなり指される。

 

「……やっぱり、ね」

「どうして……」

「野暮ね。私も、隼鷹と同じくらい貴方の事を見てきたのよ」

「……そう、でしたね」

「ずっと、焦ってたね」

「……愛宕さんには、敵いませんね」

「見れば分かるもの」

「あはは……そうですね。焦ってます。すごく」

「よく言えました。誰にも言ってないでしょ、それ」

「……ええ」

 

ずっと。

誰にもそんな事は言わなかった。

言えなかった。

 

「ほんと、そんな所ばかり似ちゃって」

「似てる……?」

「ええ。ほんと、びっくりするくらい」

「……もしかして、隼鷹?」

「うふふ」

 

愛宕さんは、ただ微笑むだけだった。

 

「ね、イサム君」

 

愛宕さんは続ける。

 

「隼鷹に、会いたい?」

「……はい」

「どうしても?」

「はい」

「……聞くまでも、無かったわね。ねぇイサム君」

「……?」

「今、辛い?」

「………………はい」

 

絞り出した言葉は、自分でもびっくりするくらい弱弱しい声だった。

 

「良く言えました」

「ちょ、辞めてくださいよ」

 

頭を撫でてこようとしたのを止め……腕の数が足りないので簡単に抑え込まれてされるがままになってしまった。

 

「……イサム君、頑張ったんだもの。ちょっとくらい休んでも大丈夫よ」

「でも、隼鷹が」

「あれが貴方に何も言わずにそのまま死ぬなんて絶対ないわ」

 

呆れた様に断言する。

 

「どこかで、待ってるはずよ。未練たらたらでね」

「そんな……」

「そうよ、絶対。だから……貴方は、一度休憩しても大丈夫」

 

愛宕さんは俺を撫でる手を止めて、そのまま俺を抱きしめた。

 

「だって、貴方の意志は折れないもの」

「……っ」

「私は、貴方がまたいつか……歩ける日を、信じてるから」

「……ありがとう、ございます」

 

 

ああ、なんて馬鹿だったんだろう。

隼鷹だけが、俺の事を支えてくれてたわけじゃないのに。

 

 

「……一度落ち着いて……また、歩こうと思います」

「がんばれ」

「は、い……」

「……おやすみ、イサム君」

 

 

 




そんな訳で最終章開始。

イサムは再び立ち上がる。
恩人に、ただ一言を伝える為に。

もう少しだけ続きますので、最期までお付き合い頂けたら幸いです。


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最終章 繋いだ絆に祝福を
第六十五話 時は流れ


焦らないと誓ったものの。

やっぱり時間は経つのだった。


「失礼します」

 

ノックを3回、ドアノブを回して一声かける。

中で、一人の女性が椅子に座って珈琲を飲んでいた。

 

「ああ、君が件の」

「お初にお目にかかります。()()()()()()()()()()()所属、アカツキイサム准尉です」

「初めまして。ユニオンのエンタープライズだ」

 

エンタープライズと名乗ったKAN-SENは立ち上がる。

所作が綺麗な人だ。

けれど、歴戦の猛者の風格を感じさせる。

グレイゴーストと呼ばれ、重桜を震撼させた相手なだけはある。

そう言えば瑞鶴さんも結構挑んだと言ってたな。

 

「よろしく頼む」

 

エンタープライズさんから封筒を渡される。

簡素な茶封筒だ。

 

「承りました。必ず届けます」

 

……どうして俺が彼女からこんなものを受け取るのか。

 

堪えは簡単だ。

 

仕事である。

 

「群青の配達人、君にこうして頼む日が来るとは思わなかった」

「大したことはありませんよ。よくいる補給部門の配達員です」

「レッドアクシズ提携の立役者であるという話、知らないとは言わせないさ」

「それは……」

「そう怖い顔をしないでくれ。あまり君にとっていい話ではなかった。謝罪させてくれ」

「い、いえ……大丈夫です」

 

ここは、対セイレーン作戦の最前線。

彼女、エンタープライズも出張ってきている。

そんな中、直々に指名が来たのだからびっくりしたものだ。

 

「失礼します」

 

そう言って、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

こうして、最前線一歩手前までやってきたものの……やっぱり彼女は居なかった。

 

「おかえりなさい。気は済みましたか?」

 

格納庫でリバーストライクにもたれかかっている女性が、俺を出迎えた。

 

「そう見えます?」

「見える、って言ったらイサム君は諦めてくれるかしら?」

「………………」

「冗談ですよ。お姉ちゃんジョークです」

 

先ほどのエンタープライズにも負けず劣らず白いシルエットのKAN-SEN。

鶴を模した和服に身を包む彼女の名は、翔鶴。

今日は彼女が俺の仕事に着いてきていた。

 

「それで、ユニオンに向かうんですか?」

「ええ。このまま海路で3日進みます」

「はーい。それじゃあ行きましょう」

 

……あれから、2年の月日が流れた。

俺の腕は、新たに制作された義手の先行量産タイプが取り付けられている。

パッと見は普通の腕だが、人工皮膚から若干内部構造というか、機械部分が透けて見えている。

 

KAN-SEN技術の応用でここまで人の形に収めることに成功したとか。

 

完成から1年必死にリハビリして、俺はこうして配達員として復帰することが出来たのだ。

 

「どう?腕は痛まない?」

 

翔鶴さんが気遣って声を掛けてくれる。

俺は軽く左手を振る。

 

彼女は呆れた様にため息を吐いた。

 

……海は、静かに波打っている。

とても、この海の上でアズールレーンとセイレーンが戦争を起こしている様には思えない。

 

「ねぇ、イサム君」

「何でしょうか」

「……隼鷹、まだ諦めてないんでしょ?」

「……ええ」

 

こうして、最前線の仕事を請け負っているのも……隼鷹がそこにいるかもしれないという期待からだった。

 

「……この2年間、未だ消息不明。それでも……隼鷹が生きてると」

「思ってます」

 

言い切った。

見つけ出すと決めたんだ。

俺が信じなくてどうする。

 

「……腕失くして、頑固になっちゃったわね」

「どうでしょうね。案外こんなんだったのかもしれませんよ」

「冗談も上手くなっちゃって……それに、髪もだいぶすっきりさせちゃって」

「ええ、邪魔でしたので」

「隼鷹、卒倒するかも」

 

髪はもうスポーツ刈の様な髪型にまで短くした。

 

「顔つきも体つきもかなり逞しくなっちゃったし」

「あー……まぁ、高雄さんと加賀様にかなり絞られたので」

 

リハビリと称して戦闘訓練を課すのはどうかと思うんですよ。

そのおかげか腕一本消えてなくなっているのに筋肉で5キロ増量している。

 

義手のパワーもあるけど荷物が凄い軽い。

 

「あの二人、イサム君がけが人で人間だってこと忘れてないかしら……」

「あはは……」

 

 

……俺も、ただひたすらに強くなりたいって思う感情があったんだなって。

 

自分でも意外だった。

 

 

隼鷹、君は今どこに居るんだ?

 

 

 




最後に更新したのがまる一か月前と言う事実に恐怖しながらの投稿でした。

リハビリ描写はカットです。
知識も無いので。

今回から最終章開始になります。
今度こそ完結まで頑張ろう……。


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第六十六話 仕事中毒再び

いくつになってもイサム君のワーカーホリックは治らないのでした。


 

そう言えば今自分がどんなポストに居るのか、あまり語っていなかった気がする。

昇進と言えば昇進なんだけど。

 

今、自分は赤城様直属の伝令員になっている。

 

レッドアクシズ締結の功績からさらに上のポストに上った赤城様直々の指名だったので、俺も粉骨砕身、全身全霊で……。

 

「イサムさん、最後に休みを取ったのはいつですか」

 

全身全霊で……。

 

「……4か月前です」

「休みなさい」

「あの」

「休みなさい」

「その」

「命令です」

「……はい」

 

まだまだ忙しい時期なのに俺ばかり休んではいられないと思って休暇を取らないでずっと働いていたのだった。

流石に赤城様に止められました。

 

「……貴方に心配されるほど、私はヤワな女ではありませんよ」

「え……あ、申し訳ございません」

「ですが、気持ちだけは受け取っておきます。イサムさん?貴方はこんな所で倒れてはいられない筈でしょう?だからこそ、もっと自分を大切にしてくださいまし」

「赤城様……」

「休め、と言われても貴方が素直に休むとは思っていせん」

「うっ」

「ですので、今日はこちらの方に来て頂きました」

「えっ」

「ハァイ、久しぶり」

 

スパァン!と赤城様の執務室の襖を開けて出てきたのは、凄まじい露出度の軍服を身に纏う銀髪のKAN-SENだった。

 

「貴女は……」

「プリンツ・オイゲン。こちらの扉はもう少し優しく開けて欲しかったのですが」

「気にしない気にしない」

 

プリンツ・オイゲン。

鉄血海軍所属のKAN-SENがどうしてここに。

 

「呼ばれたのよ、私が。自力で休めない駄目な男を休ませて欲しいって」

「うっ……」

「なんてね。私は代理」

「……代理?」

「ええ。本当は別の奴が来る予定だったんだけど、途中でヘタれてね」

「そうなんですか……体調でも悪かったんですか?」

「「ハァー……」」

 

そう言った時、二人が何やら物凄い深いため息を吐いた。

え、何で……。

 

「……あの子、苦労しますわね」

「そりゃもう絶賛。本人もあんなんだし」

「……何の話でしょうか」

「なんでもないわ。じゃ、行きましょうか」

「え、行くって、何処へ……」

「決まってるじゃない」

 

オイゲンさんは俺の手を取ってウィンクした。

 

「鉄血よ」

「はぁ……エッ!?」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

過去に繋がった重桜と鉄血の間の……いわゆる転送装置は、この2年間でかなりの改良が加えられ……今では部隊規模の行き来が可能になっている。

お互いの信頼の積み重ねでここまでの自由な往来が許可されているのだとか。

 

あわただしく人の行き来が多いゲート前。

 

「……気が付けば、随分大きくなりましたね」

「……それは、貴方が?」

「今の、ボケるとこでしたか?」

「冗談よ。それにしても、見ない間に随分男らしくなったわね」

「……そうでしょうか」

「今の、自信無いのは減点ね。女に褒められたんだからもっと堂々としなさい」

「はぁ……」

「さ、行くわよ」

 

受付に身分証と命令書を見せて、ゲートをくぐった。

 

「…………ん?」

 

視界が開けた瞬間、何かが胸にぶつかった。

 

「ちょっと!何処見て歩いてんのよ!」

「あ、すみません。ケガはないですか」

「無いけど……えっ!?」

 

視線を落とすと、鮮やかな金の髪が視界に入った。

 

「い、イサム……!?」

「やぁ、久しぶり。ヒッパ―」

 

アドミラル・ヒッパ―。

2年前、一緒に鉄血を目指したKAN-SENだ。

 

何だかんだずっと手紙でやり取りはしていたが、実際に顔を合わせるのは久しぶりだった。

 

「ひ、ひひひひ久しぶりね!」

「はぁー……」

 

オイゲンさんが額に手を当ててため息を吐いた。

 

「……髪、切ったんだ」

「ええ、まぁ」

「ふーん……」

「何、ヒッパ―。長い方が好きだったの?」

「違っ……!」

「それとも、今の方が好き?」

「えっ、それは、その……オイゲン!!」

「やだこわい。それじゃ、イサム。また今夜」

「え、あ、あはい……今夜?」

 

オイゲンさんはそそくさと逃げ出し、俺とヒッパ―だけが残されてしまった。

 

「「………………」」

 

何となく気まずい。

文通していたとは言え、2年も会っていなかったのだ。

 

「ヒッパ―」

「な、何!?」

「鉄血、案内してよ」

「!」

 

前に、ヒッパ―としていた約束。

それを切り出す事にした。

 

「任せて!」

「うん、よろしく」

 

 

……その様子を、一人遠巻きに眺めていた事に……まだ俺たちは気付いていなかった。

 

 

 




誰かが、後を着けている……?


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第六十七話 追跡者

追う者と追われる者。
物騒な話だが今回に関しては互いに害意はない。


ヒッパーに鉄血の軍港を案内してもらっている最中。

 

ふと、視線を感じ振り返る。

 

「どうしたの?」

「いや……」

 

誰も居ない。

いや、人の往来はあるので語弊はある……が、誰も俺を気にする人がいないと言うのが正しいか。

 

「重桜人が珍しいだけじゃないの?」

「そうかな……」

「気にし過ぎではなくて?群青さん」

「えっ……」

 

ヒッパーの隣に、誰か立っていた。

黒のロングコートに、生地に負けないくらい黒い髪のKAN-SEN。

 

「アンタ、帰ってきてたの?」

「ええ、先程。逢瀬を邪魔するつもりは無かったけれど、有名人におめ通りをしようとね」

「お、逢瀬ってアンタねぇ!!」

「初めまして、群青。私は鉄血海軍のグラーフ・ツェッペリン級航空母艦B、ペーター·シュトラッサー」

「お初にお目にかかります。重桜海軍参謀直轄伝令のアカツキイサム准尉です」

 

お互いに握手する。

しかし、鉄血もまたきれいな人ばかりだ。

 

「ふん」

「いだっ!?」

 

ヒッパーにスネを蹴られた。

 

「それにしても……その義手、ちゃんと馴染んでいる様ね」

「ええ、お陰様で」

「私は何もしておらぬよ」

「義手……」

 

ヒッパーが、呟いた。

 

「ああ、うん。見てよヒッパー。左腕がまた動かせる様になったんだ。これでまた仕事に戻れる」

「アンタは……また海に出るのが怖くないの?」

「怖くないよ。俺の出来る唯一の事だから」

「でも、死ぬのは怖くないの!?あんなに痛い目に遭ったのに!」

「……怖い。けどね」

 

まっすぐに、ヒッパーの視線を受け止めて返した。

 

「合わなきゃいけない人が居るんだ」

 

伝えなきゃいけない言葉がある。

伝えられなかったら、死んでも死にきれない。

 

「彼の決意は硬いようだぞ、ヒッパー」

「うっさいっての!!」

 

ヒッパーはため息を一つ吐く。

 

「頑固なんだから」

「君ほどじゃない」

「なんですって!?」

「所で」

 

ペーターシュトラッサーさんが言葉を挟んだ。

 

「いつまでそこに居るつもりだ?」

 

誰も居ない脇道に、ペーターさんはそう投げかけた。

 

ゆらり、と人影が現れる。

 

「っ……!?」

 

彼女は、俺を見るなりとても穏やかに、にっこりと微笑んだ。

 

「アンタ、何でここに……!?」

 

ブロンドの髪に、鬼の角の様に取り付けられた頭の装置。

鉄血海軍のKAN-SENの装いそのままの少女がこちらに歩いてきた。

 

彼女は、何も言わない。

 

「君は……?」

「ずっと」

「?」

 

少女は呟く。

 

「ずっとずっと、会いたかった」

「え、え?」

「貴方に会える日を、ずっとずっと、ずっとずっとずっと待ち望んでいたの」

「そ、そうなの……?」

「ようやく、会えた」

 

気が付くと、少女はすぐ目の前に立っていた。

両手を広げて、俺を抱きしめる。

 

「な、え、ちょっと!?」

「大丈夫。今度は……私が守るから」

「ちょっと、離れなさいよ!!ローン!!」

「ローン……?」

 

思い出した。

 

 

この子は、俺が運んだキューブの中身。

 

 

「もう、貴方は誰にも傷付けさせないわ」

 

 

少女の目は、吸い込まれそうな程に透き通っていた。

 

 

 




開発艦、ローン登場。


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第六十八話 ローン

Q:何でグラーフじゃなくてペーターなのか。

A:私の趣味だ。良いだろう?


そう言えばデスストのDC版出るみたいですね。
皆さんは買いますか?


ローンと名乗った少女は、ずっと俺の胸元に耳を当てて目を閉じていた。

 

「えっと……」

 

正直、ただただ困惑するだけだ。

ヒッパーは口をへの字にして黙っているし、ペーターと名乗ったKAN-SENは面白そうに微笑んでいる。

 

「暗い、暗い闇の中で聞こえていたのは……波の音と、心臓の鼓動だけ」

 

ローンはそう呟く。

 

「アンタ、そんなずっとあのキューブ持ってた訳?」

「……今だから言うけど、あのケース俺から半径50m離れると自爆する様になってたんだ」

「何それ!?」

 

これは俺にだけ知らされていた事だった。

隼鷹も知らない。

と言うか聞いてたら絶対止めてくる。

 

「………………」

 

ローンは周りの音なんかお構いなしの様子。

流石にいつまでもここに居るのは目立つ。

 

「あの、さ。移動しない……?」

「そうね……」

 

移動中、ずっとローンは俺の左腕にくっついていた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「………………(にこにこ」

 

喫茶店にて。

ローンはヒッパーに抑えられて向かいに座っていた。

けど、ずっと俺の顔見てにこにこしている。

ちなみにペーターさんは帰った。

見捨てられた。

 

「あの、ローン……さん?」

「はい」

「その……元気?」

 

もうちょい気の利いた事は言えないのか。

ヒッパーもかなり呆れた顔をしている。

 

「はい。お陰様で」

「それなら良かった」

 

そのまま会話が切れる。

無理無理、話なんて続かない。

 

ヒッパーに視線で助けを求めてもそっぽを向かれた。

 

「……あのさ。俺達と一緒にいた事、どこまで覚えてるの?」

 

せっかくなので疑問を口にする。

運ばれていた事を知っていたような口ぶり。

 

「何も」

「えっ」

「何も覚えていないわ」

「じゃあどうして」

「暗い、暗い海の中で、ただ波の音と……貴方の心臓の音だけが聞こえた。それだけなの」

 

KAN-SENについて、実はどの国も殆どの事が分かっていない。

セイレーンの技術を用いて辛うじて運用可能なレベルにまで落とし込んだに過ぎない。

 

彼女……ローンは、その中でもかなり異色の存在だ。

何があってもおかしくはない。

 

お待たせしましたー、と店員さんがコーヒーとケーキをテーブルに置いていく。

とりあえずコーヒーに口を付けた。

あんまり飲まないんだけど、鉄血はコーヒーの国でもあるので折角だから頂いた。

 

「イサム」

 

ローンは初対面から呼び捨てで呼んでくる。

何でだろうな……。

 

「あーん」

 

思わず固まった。

 

「……なにゆえ?」

「はい」

「はいじゃないが」

「……要らないの?」

「それは君の分だ」

 

俺は頼んでない。

 

「一口。要らない?」

「うん……あ、いや……頂くよ」

 

頷いたら物凄く悲しそうな顔をしたので慌てて首を横に振った。

 

「良かった。はい、あーん」

「いや、自分で食べ」

「あーん」

「ローン」

「あーん」

「あー……」

 

諦めた。

これ絶対無限ループだって。

 

この後、ローンにめちゃくちゃ世話を焼かれるのであった。

 

なんでぇ……?

 

 

 




そう言えば遂に島風実装だそうですね。
クロスウェーブから2年越しですよ。


……あれ、このSSいつ書き始めたっけ。


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第六十九話 初めてのお酒

鉄血の描写が全く思いつかない……。


夜。

俺はまだ鉄血領に居た。

何でも、今夜ヒッパ―とオイゲンが案内したい場所があるとか。

 

「私も参加しまry」

 

何か言いかけたローンは襟首を誰かに掴まれた。

 

「やっと捕まえたぞ」

「ビスマルクさん……」

「久しぶりね、群青」

 

あっけらかんとしながらビスマルクさんはローンを片手で抑え込んでいた。

 

「何でここに……」

「馬鹿が逃げ出したって大騒ぎなのよ、こっちは」

「ああ……」

「イサム!?何で納得したの!?」

「悪いけど、回収させてもらうわ」

「イサムうううううううう」

 

ずるずると引きずられていった。

 

「……何だったんだ」

「朴念仁」

「えっ」

「なんでもない。行くわよ、オイゲンが待ってる」

「え、ああ……」

 

ヒッパ―に手を引かれる。

 

「どこへ?」

「クナイペよ」

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「ハァー―――――――――イ二人とも遅いわよ―――――――――」

「「……」」

 

何か、凄いご機嫌な人が居た。

 

「オイゲン、何してんのよ……」

「んー、先に飲んでるの〜〜」

 

ベロンベロンに酔っ払ってらっしゃる。

店員さんが苦笑しながらジョッキにビールを注ぎ直している。

 

「マスター、二人にも同じやつ〜〜」

「はい」

 

カウンターに座ると、目の前にかなり大きなジョッキがどん!と置かれた。

 

「えっと……」

「何?アンタ誕生日来てたんでしょ?」

 

ヒッパーがジョッキを受け取ってそう言った。

 

「いやまぁ……そうなんですけど」

 

今年で20。

酒が飲めない歳ではない。

 

だが、

 

「……飲んだこと無いんですよね」

「……嘘ぉ。重桜なら誰か飲ましてくるんじゃないの?」

「……誰にも言ってないんですよね」

「それ、絶対赤城ノヤつ怒るわよ〜あはは」

 

そうだろうか……。

クナイペ、と言うからには何かと思ったが要するに居酒屋か。

重桜と違って麦酒……ビールがメインみたいだけど。

 

「それじゃ、乾杯しましょ。もう始めてる奴居るけど」

「何て言う~」

「そうね……」

「私たちの出会いに~~」

「始めるなっての!もうそれで良いわ、乾杯!」

「か、乾杯!」

 

一口、口を付ける。

 

(にっが……)

 

何だこれ。

めちゃくちゃ苦い。

ちらりとヒッパ―の方を見ると、視線に気づいたのか笑っている。

 

「ま、最初は苦いわよね~。ソフトドリンクにしとく?」

「の、飲めらぁ!」

「良いじゃない良いじゃない~良い飲みっぷりよ~~~」

 

ジョッキを一息に煽って飲み干した。

……後味最悪。

 

「この人にもう一杯~~」

「もう一杯だよ!?」

 

……ビール、全然慣れないなこれ。

 

 

 

 

なお、普通にこの後倒れるまで飲んで二人に重桜まで搬送されましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 




お酒は二十歳になってから。

用法用量を守って楽しく飲みましょう。


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第七十話 赤城様お説教

こいつ何回怒れれてるんだ。


「イサムさん」

「はい」

「私は今、貴方の保護者も兼ねています」

「はい……」

「呼び出された理由は、お分かりですね?」

「はい……」

 

重桜、赤城様の執務室。

俺は今、赤城様の机の前に正座させられています。

 

……なお、俺の背後には縛り上げられて正座させられた上に膝の上に重しを置かれているオイゲンさんが居ます。

ヒッパ―は正座させられているだけだったがとてもしんどそうだった。

 

「夜遅くまで出かけていた上に昏睡状態で戻ってくるなんてどういうおつもりですか?」

 

赤城様は笑顔です。

目は笑っていません。

 

「申し訳ございません……」

「あまつさえ飲酒、しかも自身の許容範囲以上の量を?」

「返す言葉もございません……」

「貴方は孤児ですし正確な誕生日は分かっていません。成人していたとは限らなかったのに?」

「あ、いえそれは……孤児院の先生に決めて頂いた日は過ぎましたので……」

「申告は、ありませんでしたが?」

「ひぇ……申し訳ございません……」

 

めっちゃ睨まれた。

怖い。

 

「休暇初日で問題を起こすとは思いませんでした。一応貴方は今まで大した服務違反を起こしていないので油断していました」

「はい……」

「……飲ませた側にも問題はありますが」

「あ、赤城ぃ……これいつまでやるの……」

 

オイゲンさんが呻いている。

いや物凄く痛そうなんだけど。

 

「プリンツ・オイゲン。貴方達が手伝うと申し出たから頼んだというのに……」

「で、でも……やっぱ息抜きならアルコールでしょう」

「鉄血のやり方にも限度と言うものはありませんの?」

「ご、ごめん……止められなかった……」

「ヒッパ―、貴女もです。イサムさんと一緒に居て舞い上がるのは結構ですが」

「わーわー良いから!!言わないryんぎゃっ!?」

 

ヒッパ―が立ち上がったけども、足がしびれてそのまま倒れこんだ。

 

「はぁ……今日の話はここで終わります。イサムさんは残りなさい」

「えっ」

 

二人は足がしびれてしまい這って部屋から出て行った。

通りがかった職員にぎょっとされている。

 

「さて」

 

びくっ、と肩が跳ねたのが自分でも分かる。

 

「イサムさん」

「は、はい……」

「何故成人した事を申告しなかったのですか」

「あ、あまり自分でも気にしていなかったので……」

 

毎年隼鷹と愛宕さんは祝ってくれていたのでそれで良いかな、と思ってしまった。

……この2年、隼鷹が居なかったので愛宕さんも忙しく……祝われなかったのだったが。

 

改めて、隼鷹が消えてから2年が経過した事を実感してしまう。

 

「はぁー……全く。貴方は皆に気にかけられているという事をもう少し自覚しなさい」

「は、はい」

「今夜、私の部屋に来なさい。用意はあまりありませんが、食事くらいは振舞ってあげます」

「えっ……あ、ありがとうございます」

「……こういう時に、謝罪ではなく礼が言えるようになった、と言うのは成長ですね」

 

やれやれ、と赤城様はため息を吐くのだった。

 

 




ウチの赤城さん創作界隈屈指の常識人では……?

もっとはっちゃけさせるべきだろうか。


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第七十一話 何度も来るぞロイヤルの刺客

何度来るか分からない、諦めの悪いロイヤルの女。


昨日は赤城様、加賀さんに食事を振舞って貰った。

2年前、頂いた懐かしのおでん。

 

とても美味しかった。

そのまま赤城様から梅酒を頂いて満足して部屋に戻り眠ったのだが……。

 

「おはようございます、イサムさん」

「……はぃ?」

 

休みなので目覚ましを切るという贅沢を堪能しようとしたら7時に起こされた。

誰だ……?

眠気眼で辺りを見回すと……。

 

銀髪のメイドさんの距離長めの谷間が目の前にありました。

 

「ッ!!!?!?!?」

 

慌てて枕の下の拳銃を取ろうとして、

 

「!?」

 

無い……!?

 

後方へ転がり落ち、壁に掛けられた制服の中に仕込んだ短刀を……。

 

「嘘だろ……!?」

 

しまった、万事休すか……ん?

 

メイド……?

 

「……寝起きとは言え、その様な反応をされるというのも些かショックですね」

「ベルファストさん……?」

「はい、お久しぶりです」

 

にこり、と惚れ惚れする様な笑顔で会釈した。

 

「わたくしも居るのですけども」

 

ちょっと拗ねた声音の方を見れば、何故か部屋のど真ん中に設置されたテーブルで誰かが優雅にお茶を嗜んでいた。

 

「フォーミダブルさん」

「お久しぶりですわ、イサムさん」

「どうしてここに……」

「今日は重桜とロイヤルの会合の日でしたの」

「ああ……あっ」

 

俺、そんな日の前日に赤城様に迷惑をかけてしまった……?

 

「……イサムさん?」

「ベルファストさん」

「何でしょう」

「短刀を返していただけますか」

「後悔と自責の念で腹を切るのはちょっと」

「えっ」

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「どうぞ」

「ど、どうも……」

 

結局、あの後俺もテーブルに招待されてベルファストさんの用意した朝食を頂いた。

……正直、美味い以外に気の利いたボキャブラリーが無くて申し訳なくなってくる。

 

「喜んでいただけて何よりです」

「ご馳走様でした……」

 

こんな良い目に遭っていいんだろうか……。

 

「良いのではなくて?」

「……声、出てますか?」

「いいえ?ですが、イサムさんはもう十分苦しみました……その腕も」

 

そう言えば、俺を義手の被検体にしたのは。

 

「わたくしですわ」

「そう、でしたか……」

「その、若干負い目が無かったわけではありません。わたくしが介入したせいで、イサムさんが腕を失う事態に陥った……そう考えてしまったの」

「あの時は、まだ同盟もありませんでした。仕方なかったんです」

「ですが……」

「フォーミダブルさん。貴女はひとつ勘違いをしています」

「勘違い……」

「これは俺の選択の結果です。貴女は何も責任を負う必要はありません」

 

この無くなった腕は、俺の選択の代償。

誰かが気負う事は無い。

 

「……貴方は、本当に優しいですね」

「そんな事はありませんよ」

 

優しい、よく言われるがそんな事は無い。

 

「俺は……」

「見 つ け ま し た わ!!」

 

ドガァン!!と誰かが部屋のドアを蹴破った。

 

「赤城様!?」

「何処に行ったかと思いきや!早くいらしてくださいまし!会議が始まりますわよ!!」

 

……今更だけど何してんのこの人。

 

 




そろそろ話を畳む段階に入らないとなぁ……。


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第七十二話『君の見ている空が見たくて』

ローンの出番を増やさなきゃいけないんだけど他のKAN-SEN達の出番を削る訳にはいかないし……どうしましょうこれ。


青空の下で、小さな子供と……美しい女性が並んで座っていた。

 

『空の色が何色なのかって、そんなに大事なことなの?』

 

昔、隼鷹に言われたことをふと思い出した。

 

『うーん……そうね。イサムはこれから大事になるわ』

『そうなの?』

『ええ。例えば今、空を見てみて』

『星が綺麗だね』

『ええ。でもこの空はそれだけじゃないの』

 

隼鷹が指をさす。

 

『空にはね、色んな情報があるの。方角、天気、日付……海を往くのに大事な情報がたくさんある』

『そうなんだ』

『イサムも、いつか海に出る日がくるかも。その為に……色々教えてあげるね』

『うん』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……夢か」

 

幼いころに隼鷹から聞かされた話。

まさか夢に見るなんてな……。

 

「隼鷹……」

 

君は、今どこに居るんだ?

 

「俺は、君の見ていた空が見たいよ……」

 

独りでに呟く。

そんな事を言った所で、状況は何も変わりはしない。

 

「……馬鹿野郎」

 

壁に頭を思いっきり打ちつけた。

額に生ぬるい感触。

 

「……顔を洗おう」

 

今は、俺に出来ることをするしか無いんだ。

 

決意はした。

けど、やっぱり……。

 

 

こん、こんこん。

 

「……?」

 

控えめなノックが2……いや、3回。

俺の部屋だろうか。

 

「はい……?」

 

ドアを開く。

 

「あ、やっぱり。ここだったのね。おはよう、イサム」

「……えっ」

「え、ちょっと、何で閉めるの!?」

 

俺はドアを閉めた。

いやいやいやいや。

 

「何でここに居るの!?」

「何でって、昨日からやってる各国の会議よ?鉄血も居るわ」

「けど!」

「でも!」

「あと俺今パンツとシャツだけなんだ!」

「気にしないわ!」

「俺がするんだって!!40秒待って!」

 

兎に角ドアから離れて壁に掛けてあった迷彩服……要するに作業服だ……を着る。

最近は海に出ないで陸で仕事する事が多い。

だから群青のレインスーツは着なくなった。

また配送の仕事受けないとなぁ……。

 

手早く居住まいを正す。

軍に入隊した時に、主に朝点呼前の2分3分で準備を整えて走るなんて日常茶飯事だったのでもうこの位朝飯前だ。

実際朝飯前だし。

 

え?間に合わなかった時?

……また部屋に戻されてベッドから起きる時からやり直しさせられたよ……。

 

「……お待たせ。そこに居られると凄い目立つから……取り合えず入って」

「お邪魔しまーす」

「……何でこんな所にまで来たんだ……ローンさん」

 

……ローン。

鉄血で生まれた開発艦。

未だ鉄血における最高機密と言うかそんな感じだった気がするんだけど。

 

「せっかく重桜まで来れたんですもの。イサム、会いたかったわ」

 

ローンが俺に向かって両手を広げる。

これ愛宕さんがよくやってるやつだ。

 

「……ごめん、俺朝飯はまだなんだ」

「そうなの?なら軽く何か作りましょうか」

「いや、食堂が閉まる」

 

実際閉まるまで結構余裕はある。

現在時刻は0630。

食堂の締め切りは0700だ。

 

「……ちなみに、ここに居ることは……その、ビスマルクさんは?」

「知らないわ」

「だよね!!」

 

気付きたくなかったけどさっきからめっちゃ携帯電話機が震えてる。

急いでてに取ると……受信履歴が30分の間に凄まじい数に。

全部赤城様からだ……。

嫌な予感しかしないけど、取るしかない。

 

「おはようございます、アカツキ准尉です」

『繋がった……!朝早く申し訳ありません、赤城です』

「はい。ご用件は……」

『ローンさんを知りませんか!?行方不明なのです!』

「ですよね……」

『……「ですよね」?イサムさん、まさか』

「そのまさかです……赤城様の執務室に案内すれば良いですか?」

『お願いします……』

「分かりました……」

 

何やってんだこの人ホント。

 

「ローンさん」

「さんは要らないわ」

「……ローンさん」

 

あ、ちょっと不機嫌になった。

でも俺も流石に機嫌が悪いんです。

 

「貴女を赤城様の場所へ案内します。理由はお分かりですね?」

「分からないわ」

「不法侵入と徘徊と命令違反です!!何言われるか分からないので覚悟の準備をしておいて下さいね!?」

 

朝からどっと疲れたのだった。

……もう寝たい。

 

 

 




しんみりする話にしようと思ったのにローンが暴走しました、申し訳ございません。


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第七十三話 開港、邂逅、開口、閉口

あーあ、出会っちまった……。


 

「来ましたね」

 

赤城様の執務室へ足を踏み入れる。

道中ずっと腕に絡みついているローンさん。

それを見て赤城様は眉を顰めた。

そして、

 

「……イサムさん?そちらの方は?」

 

びっくりするくらい冷たい声。

同じ部屋に居るフォーミダブルさんから発せられた声。

その背後に居るベルファストさんも冷ややかな目線を浴びせてきている。

 

自分に向けられた訳ではないけど身が竦む。

フォーミダブルさんは何処を吹く風だ。

 

「……ローン。勝手な行動をするなと言ったつもりなのだけれど」

「あら、何の事かしら。ちゃんと言ったわよ」

「許可、出してないわよ」

「そうだったかしら」

「……はぁー」

 

ビスマルクさんは凄まじい疲れた顔をしている。

 

「……それで?赤城。ユニオンは?」

「急遽欠席だそうよ。セイレーンとの戦闘が近いのかもね……イサムさん?手紙は」

「配送致しました」

「そう。なら良いでしょう」

 

恐らく前回ユニオンへ向かった際のエンタープライズさんの手紙だろう。

 

「さて、今回の訪問は各国への開発艦のデータの共有」

「ええ」

 

開発艦には未だ分かっていない部分がある。

今回の会合でそれを洗い出し開発艦の量産に漕ぎ着けるのが目的だ。

 

「……それで?何故この方はずっとイサムさんの腕にべったりと張り付いているのかしら」

 

フォーミダブルさんが遂に口を開いた。

 

「ふふ、別に良いわよねイサム」

「そろそろ離してください」

 

最近心に刻んだのは、嫌な事ははっきりと拒否することだ。

 

「別に良いわよね」

 

この人話聞いてくれない。

 

「大体イサムさんは休暇の筈では?」

「……ええ」

 

赤城様が不承不承と答える。

 

「赤城、部下の管理がなってないんじゃなくて?」

「休みだと知って押しかける方が常識が無いのではなくて?」

「「………………」」

 

にらみ合って押し黙ってしまった。

あの、同盟結んだんじゃないんですか。

 

「そこ、関係ない所で争わない」

「「ふん……」」

「あ、あはは……」

 

笑うしかなかった。

 

「イサムさん。今日はもうここまでで大丈夫です。残りの休暇を消化してきてくださいまし」

「は、はい」

「……イサムさんにも、そろそろ秘書を付けなきゃいけませんね」

「秘書ですか……?自分にはそんな」

「貴方、一応尉官なのですよ?」

「あー……」

 

肩書だけの様な物なのに。

 

「近々顔を出させますので、覚えておいてくださいね」

「はい、それでは失礼します」

「イサム、またあとでね」

「「「ローン!!!」」」

 

……休暇って消化ぜんぜん出来ないよね。

 

背中に感じる気温がどんどん下がっていくのをなんとか無視して部屋を出たのだった。

 

 

 




これが修羅場か……。


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第七十四話 思う事

戦闘描写ってホント難しい。


「……?あれは」

 

笛の音がする。

翔鶴さんの様に、心を落ち着かせる優しい音色ではない。

無骨で、それでいて心地の良い音。

 

「……狼さん」

 

狼さんが、目を閉じ無心で笛を奏でていた。

演奏が止まる。

 

「すみません、邪魔をしましたか?」

「気にするな」

「良い笛ですね」

「母上から頂いた物だ」

「お母さまからですか……」

 

この人も人の子なんだな……。

 

「……すまない。群青殿にこの話は」

「いえ、話題を振ったのは自分ですので」

「感謝する」

 

……狼さんとここまで話したの、初めてかも知れない。

 

「それで、どうしてここに?」

 

いつも能代にボコボコにされている神社。

何故ここに狼さんが居るのだろうか。

 

「貴殿と話をしたいと思ってな」

「話?」

 

狼さんが俺に何の話だろうか。

 

「……群青殿。こちらへ来ぬか?」

「此方……?」

 

それは、どういう……。

 

「貴殿はKAN-SEN側へ寄りすぎている」

「え……?」

「一度、人間の視点へ立ち返ってみてはどうだ」

「視点って……」

「上は、隼鷹の捜査を打ち切る考えを出している」

「は……?」

 

打ち切り?

何を言っている?

 

「ふざけないで下さい……!」

「ふざけてはおらぬ。重桜はそう言う考えだ」

「赤城様はまだ……!」

「軍部はそう言う考えだ」

「まさか、人の視点って」

「そうだ、重桜軍の人間だ」

 

……KAN-SENがそこそこ権力を掌握しているが、やはり人間の軍人もそれなりに勢力は強い。

 

「故に群青殿。貴殿はどうするつもりだ?」

 

どうする。

進展の無い捜索をするか、諦めて元の生活に戻るか。

 

「そんなの、決まっている!」

「そうか」

 

不意に、何かを投げられる。

慌てて手に取ると、それは慣れ親しんだ代物。

 

「……そう言う事ですか」

「最悪引きずってでも連れてくる様にと言われている」

 

狼さんが構える。

俺も負けじと構えた。

神社の境内で、無言で木刀を構え合う。

 

「ッ……!」

 

踏み出す直前、狼さんが消えた。

当て勘で左腕の義手を振る。

カン!と乾いた音がして木刀を弾いた。

 

「そ、こっ……!」

 

切り返しとばかりに振るう。

太刀筋を読んでいるのか、無情にも弾かれる。

刃を弾かれたらどうすべきか。

この2年間みっちり高雄さんに叩き込まれている。

 

大きくその場から跳び退る。

 

「……!」

 

狼さんがそれを追うように身を低く飛び込んでくる。

ここだ……!

 

「なっ……!?」

 

嘘だろ、この人前に跳んでるのに空中で左に曲がった!?

いや、違う。

どこからか出した鈎縄で直角に軌道を変えたんだ。

 

「ぐっ……!?」

 

そこから縄を掛けた木を蹴り、その勢いで蹴り飛ばされた。

境内を転がる。

降り積もった桜が舞い上がる。

 

「く、そ……!」

 

転がりながら起き上がる。

受け身のとり方がまぁ上手くなった。

早く立たなければそのまま加賀様にフルボッコされていた事を思い出す。

 

狼さんは……!?

 

背中から衝撃。

堪らず吹き飛ぶ。

顔から地面に倒れた。

 

いつの間に!?

慌てて右へ転がる。

先程まで倒れていた場所に狼さんの足が振り下ろされた。

 

強い。

当たり前だ。

生身でKAN-SENを相手取れるほどの人間だ。

ほぼ素人の俺ではかなわない。

 

木刀が打ち合う音が境内に木霊する。

突きは踏まれ、斬撃は弾かれ、足払いは飛び越えられる。

 

だけど、

 

「諦める、ものかっ……!」

 

絶対に、諦めたくない。

木刀に体重を預けて立ち上がる。

 

「まだ立つか」

「当然……!」

 

どうする……?

せめて一太刀当てなければ、鍛えてくれた人たちに面目が立たない。

 

「……持ち味を活かせ」

 

ぼそり、と狼さんが呟く。

 

持ち味……?

 

……そうか!

 

「う、おおっ!」

「!」

 

走る。

俺の、持ち味……!

 

それは、

 

「これだあああああああああああああ!!!」

 

木刀ではなく、()()()()()()()()

 

「ッ……!!」

 

狼さんが木刀で防ぐ。

が、大きく体勢が崩れた。

 

この義手は、重い……!

いくら狼さんでも……!

 

ぐらり、と上体が揺れる。

ここは、押すところだ!

 

すかさず肘を突き出す。

孤児院で教わった重桜寺体術、その一……!

 

「拝み連拳……よもや使い手が居たとは」

 

まだ喋る余裕がある。

 

「まだ、まだ……ッ!!」

「だが、甘い!」

 

流石に2度も通じない。

木刀で軽くいなされ……上段構え。

 

(一文字……ッ!?)

 

思わず木刀を頭上に構える。

……その脇腹に蹴りが入れられた。

 

また境内を転がっていく。

転がりながら体勢を立て直し、無理くり前に跳んだ。

 

「喰らえッ……!」

 

2連回し蹴りを放つ。

狼さんは軽く受け流すがそれは布石に過ぎない。

この技は流れる様な剣と脚の連撃。

 

無形の奥義ではあるが、放つ者によって千差万別と化す。

心の在り様、拠り所が自然に生まれるという。

 

木刀を片手で振り抜く。

また防がれるが、振った勢いのまま左腕を渾身の力で突き出す。

 

狼さんは咄嗟に受け止めてしまった。

大きく体勢が崩れ後ずさる。

 

振り抜いた拳の勢いをそのままに、最後の回し蹴りで飛び込んだ。

 

「見事……!」

 

脚は、狼さんを捉え……なかった。

 

「え」

 

鴉の羽の様な物が辺りに飛び散る。

俺はつんのめって転びそうになるのを堪え、辺りを思わず見回した。

 

「何処に……!?」

「ハッ……!!」

「ぐ、えっ!?」

 

頭上からの急襲。

流石に対応しきれず踏まれてしまい、うつ伏せに張り倒されてしまった。

 

「な、何が……」

「よもや、卑怯とは言うまいな?」

 

背中を踏みつけられ、顔の真横に木刀が突き刺さった。

万事休すか……!

 

「そこまでです!」

 

そこへ、誰かの声が響いた。

 

「……能代?」

 

 




戦闘を書くのが苦手過ぎて書き上げるのに滅茶苦茶時間が掛かってしまった。

今回は隻狼成分マシマシでお送りしました。


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第七十五話 進むべき道

いやー……遂に評価1を頂いてしまった……。
万人受けするつもりは毛頭ないこの小説ですが付いたら付いたで凹むものですね。


境内に響く第三者の声。

これは間違いなく能代の声だ。

 

「狼殿。これは一体なんのおつもりですか!」

「なんの、とは?」

「この状況です!どうしてイサムさんをボコボコにする必要があるのです!」

「言うほどボコボコじゃないよ……」

 

どう見てもボコボコにされてたけど、意地が邪魔をした。

狼さんは……。

 

「それでは、ここまでに」

「は?」

 

木刀から力が抜ける。

 

「うむ、群青殿も中々に鍛錬を積んでおる様だ」

「え、な、何で?」

「何、とは?」

「何で戦ったんですか!?」

 

ふと冷静になると何で俺狼さんと戦ったんだ?!

 

「いや何、群青殿が良き目をされていた故……血が滾ってしまってな」

「貴方も中々に戦闘狂過ぎません……?」

 

そう言えばこの人シノビなのに扱う剣術が真正面から打ち合うものばかりな気が。

 

「……狼殿、次は私と仕合って頂けませんか?」

 

何言ってんの能代。

 

「ご冗談を。KAN-SENの貴女には勝てますまい」

「むぅ……」

 

あっさりフラレている。

 

「さて、イサム殿」

 

狼さんが俺に向き直る。

 

「隼鷹が見つかった」

「「!」」

 

俺と能代が息を呑む。

 

「本当ですか!?」

「確かだ」

「……そう、ですか」

 

隼鷹が、見つかった。

俺は……。

 

「待って下さい狼殿。隼鷹の件は……」

「……能代?」

「……イサムさん。今、重桜は……と言うより、アズールレーンは隼鷹の捕縛に動いています」

「捕縛……?」

 

何で、そんな事を。

MIAになってただけなのに……。

 

「彼女は、特別な存在だ」

 

狼さんが口を開く。

 

「便宜上【META】と名付けられた既存のKAN-SENを凌ぐ者たち。彼女はそれになっている」

「どういう、事ですか」

「興味以上の対象だと言う事だ」

「そんな……」

「狼殿。それをイサムさんに伝えてどうするおつもりですか」

 

若干、能代が殺気立っている。

 

「隼鷹の事になればイサムさんは必ず無茶をします。それを知ってて、貴方は」

「群青殿……いや、イサム」

「……はい」

「為すべき事を、為せ」

「……はい!」

 

為すべき事。

そんなもの決まっている。

 

「イサムさん、無茶しないでくださいよ?」

「無茶、か……」

 

もう国ひとつだけが動く問題じゃない。

この中で俺が出来る事は何だ?

 

……いつの間にか狼さんは居なくなっていた。

 

「赤城様の所へ行く」

「イサムさん」

「止めないでくれ。能代だって分かってて黙ってたんでしょう?」

「それは……」

「止めないでよ。元々決めてた事なんだから」

「………………」

 

能代が押し黙る。

 

覚悟なんてとっくに出来てる。

行こう。

 

 




前回の投稿から凄い間が開いてしまい本当に申し訳ございません。
就活と新しい職場でちょっと大変だったんですよね……。


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第七十六話 選択

もうここまで来たらイサムくん覚悟ガンギマリ不退転ボーイですね……。


「失礼します」

「イサム、さん……!?」

 

ノックもそこそこ、赤城様の執務室に文字通り押し入った。

流石に赤城様も目を丸くする。

 

「どうさされました……?貴方、今日は休みでは」

「聞きました」

「っ……何、を」

「隼鷹の事です」

「………………」

 

赤城様が、唇を噛んでいる。

とても、悔しそうに。

 

「誰から……いえ、それは詮無きこと。イサムさんは、どうするつもりですか」

「これを」

 

俺は、懐から封筒を取り出し……赤城様の目の前に置いた。

それを見た瞬間、赤城様は激昂する。

 

「巫山戯ないでくださいまし!」

「本気です」

「死ぬつもり!?」

 

封筒には、『辞表』とだけ書かれていた。

 

「貴方一人でどうするつもりですか!?」

「隼鷹に会います」

「装備も何も無く遠い海域まで歩いて行くとでも!?」

「それしか手が無いのなら、そうするまで」

「いくら貴方が海を渡れると言っても限度があります!」

「今無茶しなくていつすれば良いんです!?」

「っ……」

「もう、隼鷹に会うには今しか無いんです!このチャンスしかない、そう感じて仕方ないんです!止めないで下さい、赤城様!」

「………………」

 

赤城様は、無言で立ち上がり……俺の目の前まで来て、

 

俺の頬を、思いっ切り叩いた。

 

「っ、ぐ、ぇ……!?」

 

KAN-SENのフルパワーではないが、俺よりも遥かに強い腕力。

頭が揺れて気を失いそうになるのを必死に堪えた。

それでも、俺は精いっぱい赤城様を睨み付ける。

 

……赤城様は、ぽつり、と呟いた。

 

「現在、アカツキイサム准尉の保護責任者は、私、赤城です」

「え、ええ……」

「貴方に対する責任は、全てこの私が取ります」

「赤城様……?」

「全く……」

 

ふわり、と赤城様に抱き締められた。

 

「誰に似たんでしょうか……貴方は」

「赤城様……?」

「話を最後まで聞かずに行動して……イサムさん、叩いて、悪かったですね」

「い、いえ……覚悟は、出来てました」

「……本当に、強情なのですから。入りなさい」

 

赤城様が出入り口の襖に一声かけると、遠慮がちに一人、入ってきた。

 

「樫野さん……?」

「あ、えっと……お久しぶりです」

「どうして……」

「貴方の秘書艦です」

「え、でも自分は指揮官では……」

「特例です」

「は、はぁ……」

 

赤城様が離れる。

香水の匂いが仄かに残る。

彼女らしい、優しい香り。

 

「あ、あの……どうぞ」

 

おずおずと樫野さんが俺にバインダーを渡す。

何やら文書が留めて……。

 

「……!?赤城様、これって……」

 

表紙に書かれた文字は、『仮称:隼鷹捕獲作戦要項』とあった。

 

「……当日、重桜艦隊はアズールレーンの指揮から一時離脱。その後周囲のセイレーン艦隊を掃討します」

 

赤城様が指を鳴らすと、彼女の背後に天井からスクリーンが垂れる。

そして、海域の作戦図がプロジェクターで投影された。

 

「……この掃討段階でごく少数の部隊を偵察に向かわせます」

「……まさか」

「KAN-SEN6名、偵察班がひとり。そこへ、貴方をねじ込みました」

 

……俺は、膝から崩れ落ちた。

今更になって、赤城様のビンタが痛んできた。

 

「これほ明日、説明する予定でした」

「すみません、自分は……」

「向こう見ずも大概にしないと次は手が出ますよ」

 

もう出てる、とは流石に言えなかった。

 

「イサムさん」

 

赤城様が、屈んで目線を合わせてきた。

 

「この作戦、生還率は5割とありません。それでも……行きますか」

「はい」

「……分かりました。後で遺書を認めて下さい。それと……今まで関わってきた人に、挨拶を」

「はい……」

「泣くんじゃありません。全く……貴方が泣いたのは初めて見ますね」

「ありがとうございます、ありがとうございます……」

 

年甲斐もなく泣きじゃくってしまい赤城様と樫野さんに宥められてしまったのだった。

 

 

 




隼鷹に再会するために、後は突き進むのみ。


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第七十七話 挨拶回り

関わってきた人達に、挨拶を。

赤城様にそう告げられ、俺は色んな人たちに声を掛けていた。

 

「お、イサム!今度飲みに行こうぜ」

「准尉サマ、だろうがよ。へっ、いつの間にか大分先に行かれちまったな」

「どうよどうよ女の園のKAN-SEN部門は」

「お前この前までKAN-SEN恐怖症だったのに調子が良いな」

「あ、あはは……」

 

久しぶりに輸送班に寄ればこの通り。

最初と比べてまぁフレンドリーな事。

 

この2年間、色んな人に話しかけられる事が増えた。

半分くらい、俺の実力だと誇っても良いんだろうか。

 

「……いや、違う」

 

俺の実力何てたかが知れている。

全部、隼鷹が背中を押してくれたからだ。

 

「隼鷹……」

 

君は今、何をしているんだ?

 

「ハァイ、イサム君」

「愛宕さん」

 

背後から声が掛けられる。

幼い頃から慣れ親しんだ、もう一つの声。

 

「挨拶回り?」

「はい。赤城様から」

「……そうよね」

 

愛宕さんが目を伏せる。

 

「……大丈夫ですよ」

「大丈夫なものですか」

「………………」

「貴方、死ぬかもしれないのよ……?どうしてそんな顔が出来るの」

「……それでも、です」

「頑固なんだから」

「誰のおかげでしょうね」

「隼鷹よ隼鷹。全く……」

 

愛宕さんが頬を膨らませて腕を組む。

この人たまに可愛い事するんだよなぁ。

 

「私は、今回は同行出来ないの」

「みたいですね」

「……悔しいけど、アイツに任せるしかないのね」

「アイツ?そう言えば編成はまだ聞いてませんね」

「少なくと一人は知ってるわ……確か」

「イサム様ぁ~~~~~~~~~♡!!!」

 

……この、砂糖ありったけ追加で詰め込んだM〇X珈琲みたいな声は。

 

「大鳳さん……」

 

派手な着物を着崩して長い黒髪を振りまいて手を振って走ってこられた。

 

「お久しぶりですイサム様ぁ~!大鳳、この日を一日千秋の思いで待ち望んでおりました~」

「え、愛宕さん……突入メンバーの一人が大鳳さん?」

「はい、そうです!大鳳が、イサム様をお守りします!」

「そうだったんですか……よろしくお願いしますね」

「はい!」

 

大鳳さんは2年前……鉄血への渡航の際、重桜に戻った後各部隊への奉仕……要するに色んな所への無償労働をしていた。

過去に掛けてきた迷惑の清算の為という事で2年間頑張っていたそうな。

 

「……頼むわよ」

「勿論。絶対、守るわ」

 

二人の視線がぶつかる。

……そこに、マイナスの感情は無いように思えた。

 

「イサム様の覚悟、この大鳳には窺い知る事はできませんが……隼鷹に、お会いなさるのですね」

「はい」

「愛宕」

「何よ」

「止めなかったの?」

「止まると思う?」

「……思わないわよ。大鳳の誘惑に靡かなかった人。決心が変わるとも思わないわ」

「ホント、頑固なんだから……」

 

二人そろってため息を吐かれた。

何でさ……。

 

 

 

この後、まだ用事があると言っていた大鳳さんと別れたのだった。

 

 

 

「……じゃ、行こうか」

「え、あ、はい」

 

 

 



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第七十八話 すれ違い

「イサムさん、お茶淹れてきますね」

 

樫野さんが机から立ち上がり、給湯室へ向かった。

 

「んっ……」

 

椅子に座りながら大きく伸びる。

背筋と肩からバキバキと音が鳴る。

 

……現在地は俺の執務室。

階級が上がり、赤城様付きの士官になって個室が与えられたのだ。

なお、部下は樫野さん一人。

 

作業内容は赤城様宛の文書の仕訳と……何故か補給物資管理。

これがまた曲者で毎日凄まじい量の書類が舞い込んでくる。

 

セイレーン艦隊が活発化している為、前線でかなりの規模の戦闘が勃発しているためだ。

 

「お待たせしました~」

「ありがとうございます」

 

樫野さんが盆に2つ湯呑を乗せて帰って来た。

もう熱いお茶が美味しい季節だ。

 

「ふぅ……」

 

一息入れる。

忙しくても遣り甲斐は感じる。

でも、こうして手が空いてしまうと思考は彼方へ行ってしまう。

 

(隼鷹……)

 

前線が激化している。

つまりそれは、隼鷹もそこで暴れている可能性があるという事。

 

「……イサムさん、また隼鷹さんの事を考えていますね」

「えっ……」

「顔に書いてありますよ。もう貴方の部下になってから結構経ちます……分かりますよ」

「すみません……」

 

うーん、考えない様にしてるんだけど。

赤城様から言い渡された任務がどうしても頭から離れない。

ようやく彼女に会うチャンスが巡って来たんだ。

 

「お仕事はしっかりこなせているのに、少しでも手が空くとずっと上の空。いつか大きなミスしちゃいますよ」

「あはは……気を付けます」

「その言葉ももう5回目です」

「え、あー……そうなんですか」

 

思っていたより重症かもしれない。

 

「……任務は3か月後。そんな調子じゃ大怪我しますよ」

 

大怪我、か。

大怪我で済めばいいけども。

 

「い、さ、む、さん!!」

「えっ、あ痛っ」

 

樫野さんに義手を叩かれた。

まだちょっと痛むんだよなぁここ。

 

「全く、こんな大怪我してるのに……」

「……すみません」

「謝るくらいなら直してください」

 

それもそうだ。

 

「……イサムさんは」

 

……ん?

 

「この任務……辞退する気は、ありませんか?」

 

………………何だって?

 

「何故、そんな事を?」

「だって、イサムさんは十分苦しみました。これ以上の困難に立ち向かう必要なんて……」

「樫野さん」

 

俺は、はっきりと断った。

 

「これは、俺がやらなきゃいけないと考えている事です。隼鷹に会って、伝えないといけない」

「隼鷹さんに、ですか……?」

「はい」

 

隼鷹に会って、俺は彼女に俺の想いを伝えなきゃいけない。

 

「……イサムさんは、隼鷹さんにどうしてほしいんですか……?」

「俺は……彼女の意志を、尊重してほしい」

「それは、隼鷹さんが戻ってこなくても構わない……と?」

「ええ」

 

隼鷹が戻ってこないというのが彼女の意志ならば、俺はそれを尊重したい。

例え、二度と会えないのだとしても。

 

「そう、ですか」

 

……樫野さんは、そう呟くと……今日1日、会話は無かった。

 

 

 



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第七十八話 実は半年ぶりくらいの再会

二年ぶりの再会は少し前にやってましたので修整しました。


 

「……樫野さんと何かあったのですか?」

 

赤城様にそんな事を言われてしまった。

 

「……何故でしょうか」

「いえ、妙によそよそしいと言いますか」

 

……敵わないなぁこの人には。

 

「先日、樫野さんに言われまして」

「はぁ」

「……今回の作戦を、辞退しないかと」

「………………」

 

赤城様が黙ってしまわれた。

まぁそうだよな……。

 

「……実を言うと私も貴方の作戦参加には反対したいと思っておりました」

「えっ」

 

……嘘だろ?

 

「生還率の低い、危険な作戦です。仮に隼鷹まで辿り着けたとして……果たして変わり果てた彼女に、言葉は届くのでしょうか」

「ちょっと、待って下さい」

 

思わず静止してしまった。

変わり果てた?

何を言っているんだ?

 

「隼鷹が、変わった?」

「……そうでした。貴方はあの時……」

「隼鷹は隼鷹です。何も変わっていません」

「……私たちが到着した際、彼女は私たちにも攻撃を加えました」

「え……」

「まるで、貴方が目覚めるまで守るかのように」

 

そんな……。

 

「危険、か……」

 

そんなもの。

 

「そんなもの、百も承知です。だから遺書だって提出しました」

「……そうですか」

「ええ」

「はぁ……全く、頑固なんですから」

 

赤城様が深いため息を吐く。

 

「ええ、ええ。分かっていましたとも……」

 

ですが、と一言置いて。

 

「ちゃんと、樫野さんと話して解消しておく様に」

「分かりました」

「何かあってからでは遅いのですから」

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

樫野さんを探すけども見つからない。

何処に行ったんだろうか。

 

「………………」

 

でも、会ってなんと言えば良いのだろうか。

俺の意志は変わらないし……でも納得してもらえるとは思えない。

 

「はぁ……」

 

ままならない。

 

うんうんと悩みながら歩いていると、

 

「……イサム様?」

「うん?」

「間違いない……!イサム様ぁ~~!!!」

 

急に黄色い声が聞こえたと思ったら背後から何かが走ってくる様な気配。

ぞっとしてしまい思わず走ってしまった。

 

「ああ!お待ちになってぇ~~~!!」

「じゃあ追わないでくれええええ!!!!」

 

怖いんだよぉ!!

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

しばらくして。

官舎中を走り回って赤城様に捕まりしこたま叱られた後。

 

「……お久しぶりですね、大鳳さん」

「はい♪」

 

にっこり、と黒髪の美女が微笑んだ。

 

「半年ぶりでしょうか」

「もうそんなに経つんですね。どうでしたか?ボランティアは」

 

諸事情により彼女は長期間の奉仕活動に従事していた。

 

「……ええ、大変でしたわ」

「ははは……まぁ、元気そうですね」

「そう見えます!?」

「ええ」

「イサム様には私はどう見えているのです……?」

「わりといつもハイテンションですね」

「えぇ……?」

 

そう言い合って、ふっとお互い笑った。

 

「……イサム様、変わりましたわ」

「そうかな」

「ええ。明るくなられました」

「そっか」

「……隼鷹の事、聞きました」

 

すっ、と大鳳さんが真面目な顔になる。

 

「そう」

「……行くのですね」

「うん」

「貴方の腕が無くなったのに、それでも」

「行くよ」

「……ふふ、本当に頑固な方なんですから」

「皆に言われたよ」

「覚悟はとうに決まっている、そんな様子ですわね」

「……大鳳さん!何をしているのですか!」

 

大鳳さんと話していると、樫野さんが走って来た。

今日は皆よく走るなぁ……。

 

「樫野。そう言えば貴女イサム様の副官になったって聞いたけど本当だったのね」

「何しに来たんですか貴女は」

「久しぶりに帰ってこれたんですもの。挨拶くらい良いじゃない」

「……本当ですかね」

「ま、まぁまぁ二人とも……」

 

何でこここんなに居づらいんだろう……!

 

「ああ、樫野さん。良かった……あの」

「……ごめんなさい!」

 

えっ。

樫野さんが急に頭を下げた。

 

「イサムさんが覚悟の上だって言うのは知ってるのに……私は」

「良いんですよ」

「でも……」

「それだけ樫野さんが俺の事心配してくれてたって事でしょう。悪い事じゃないです」

「イサムさん……」

「戻りましょう。まだ終わってない仕事がたくさんありますよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

「……あれ、もしかして私ダシにされただけ……???」

 

 

 

 

この後二人で赤城様に頭を下げて、仕事を再開した。

 

 

 

 



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第七十九話 気まずい再会

少し前からチラシの裏投稿に変更しました。


 

「……あれ、ヒッパー」

「……うぇ?!あ、あぁ……久しぶり」

 

官舎の廊下を歩いている際。

曲がり角を曲がった瞬間誰かとぶつかりそうになり慌てて止まる。

……その相手は、大鳳さんと同じくらい久しぶりに会う相手だった。

 

「今日はどうして重桜(こっち)に?」

「あー……まぁ、その」

「イサム、こんにちは」

「っ、ローンさん」

 

ヒッパーの後ろからローンさんがやってきた。

何となくそれで察した。

 

「ビスマルクさん絡み?」

「……そんなとこ。ローンがすぐ居なくなるから」

「うふふ、イサムに会いたくて」

「ビスマルクさん達に迷惑を掛けるようなやり方は良くないですよ」

「はぁ……」

 

ヒッパ―が盛大にため息を吐いた。

これは鉄血本国で散々振り回されていた様だ。

 

「イサムも甘いのよ。もっと強く言いなさいっての」

 

……まぁ、自覚はある。

俺も明確に拒絶しないのも多いに理由ではあると思っている。

 

でもなぁ……。

 

「うふふ」

 

ニコニコしているローンさんに、何故だか強く言えないのだ。

 

「ふん……それで、聞いたわよ。今度の連合作戦に参加するって」

「耳が早いね」

「たまたまだっての……本気なのね」

「ヒッパ―なら聞かなくても分るでしょう」

「馬鹿」

 

短く呟かれた。

勿論俺の耳にはしっかり入っている。

 

「イサムは、どうして連合作戦に参加するのですか?」

「え?ああ……会いたい人が居るんだ」

「会いたい人?」

「……俺の、大事な人ですよ」

「ふん……」

 

彼女に会って、伝えなきゃいけない。

 

「それは、命と引き換えにしてでもイサムがやらなきゃいけない事なの?」

「そうですよ」

「それに意味はあるのでしょうか」

「無いかも知れない」

「……よくわかりません」

「諦めなさいローン。そいつは、そう言う奴よ」

 

ヒッパ―が呆れた様に鼻を鳴らした。

……ローンさんは本当に理解が出来ないって顔してる。

それもそうだろうけど。

 

「だって、イサムはこんなにボロボロになったのに……死ぬのが怖くないんですか?」

「怖いよ」

 

言い切る。

でも、

 

「でも、死ぬより怖いことがあるから」

「死ぬより怖い事……?」

 

隼鷹とこのまま二度と会えない事。

隼鷹に何も言えないで離れ離れになる事。

 

「ああ」

 

俺は、何としても伝えたいんだ。

 

「……分かりません」

「所詮私たちは人間の感情のまがい物しか無いんだから。本物を理解しようとするだけ無駄だっての」

「そんな言い方は無いだろ」

「何よ。アンタには関係ないじゃない」

「こうやって喋ってるんだから、本物も偽物も無いよ。君は君だ」

「っ……!ホント、アンタそう言うとこよ!!」

「な、何だよ急に怒鳴って……」

「気にする事じゃないっての!!」

 

懐かしい感じ。

思えばヒッパ―とはこうやってギャーギャー言い合う事が多かったな。

 

「「ははっ……」」

「???」

 

お互いに、どちらからともなく笑い出した。

ローンさんが困惑している。

 

「二人は仲が悪いんじゃ?」

「何でそうなるのよ」

「だって、ヒッパ―はイサムを避けてたじゃない」

「ちょ、何で言うのよ!?」

「え」

「あ、違、そうじゃなくて……うぅ……ローン!帰るわよ!!」

「えっ……ちょっとヒッパ―!」

 

真っ赤になったヒッパ―がローンさんを引っ張って走って行ってしまった。

 

「何なんだ……?」

 

 

 

 



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第八十話 決別

 

夜。

なんとなく寝付けなかったのでふらふらと外に出た。

 

夜風が気持ちいい。

なんとなくいつもの散歩コース……いつもの神社の方まで歩いていった。

 

「……イサム?」

 

背後から声が掛かったので振り返った。

 

「ヒッパーじゃん」

 

昼に見かけたその姿。

アドミラル·ヒッパーがそこに居た。

 

「何してるのさ、こんな所で」

「そっくりそのまま返すっての」

「俺は……まぁ、散歩?」

「じゃあ私も散歩」

「そうなの?」

「そうなの」

「そっか」

 

暫し無言になる。

お互いに並んでそのまま歩く。

 

気が付けば、いつもの神社まで来ていた。

 

「ねぇ、イサム」

「うん?」

 

立ち止まり、振り返る。

ヒッパーは、ずっと下を向いていた。

 

「……今から私、らしくない事を言う」

「え?」

「私が良いって言うまで……黙って聞いてて」

「……?分かった」

 

ヒッパーが深呼吸をし始める。

俺は黙ってその様子を見ていた。

 

数分して、ヒッパーが意を決した顔になり、口を開く。

 

「イサム……私、アンタのことが好き」

 

風が吹いた。

 

「え……」

「あのとき、身を呈して私を助けてくれたあの日から……ずっと、ずっと好きだった」

「そ、そうなの……?」

 

驚ろくしかなかった。

ヒッパーが?

俺を?

 

今まで気の置けない友人位にしか思っていなかったのに。

……指揮官じゃない俺を気にかけるとは微塵も思わなかった。

 

「………………返事」

「えっ?」

「返事は!!!!!」

 

叫ばれてしまった。

返事、か……。

 

そんなもの、決まっている。

 

「……ヒッパー」

 

ヒッパーは、目をぎゅっと閉じて俺の言葉を待っている。

……ごめん。

俺は今から、君の一番望まない答えを投げる。

 

「ごめん。その気持ちには応えられない」

「――――――え」

 

ヒッパーが目を見開いた。

 

「俺は指揮官じゃない」

「そ、そんなの関係ない!」

「……うん、そんなの関係ない。ただの建前。でも……君の気持ちには応えられない」

「なんで……」

「次の任務で、俺は死ぬかも知れないから」

「あ――――――」

 

……隼鷹の奪還任務。

それに志願し、生還率は五割。

そんな所に行くのに、ヒッパーの気持ちに応えられる訳がない。

 

「……もしかしたら、君を置いていってしまうかも知れない」

「か、関係ない!私だってイサムを守るっての!」

「ありがとうね、ヒッパー。でも」

 

隼鷹と会うまでは。

 

「決着がつくまでは、応えられない」

「………………何よ」

 

ぱたたっ、と地面に零れ落ちる。

 

「イサムのバカ!!知らない!!」

 

……そのまま、走り去って行ってしまった。

 

「……ごめん」

 

俺には、それしか言えなかった。

 

 

 

 



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第八十一話 襲撃者

 

……ヒッパーと別れてから、数分。

帰路がぶっちゃけ同じなので気まずいと重い途方に暮れていた。

 

「こんばんは」

「えっ……ああ、ローンさん」

 

背後から声を掛けられた。

あまりにも気配がなさ過ぎて面食らう。

 

「こんばんは。どうしたんですか、こんな夜更けに」

「ヒッパーが飛び出していくのが見えたので心配になって」

「そ、そうなんですね」

 

今泣かせちゃったんですよあの子……。

自分で決めていた事とは言え罪悪感が無いなんて事は無い。

全ての決着がついたら改めて話をしないと。

 

「……ヒッパー、可哀想」

「申し訳ない事をしたと思ってます」

「それに、貴方も」

「え?」

 

ローンさんの表情が月明かりに照らされる。

……俺は戦慄した。

彼女には表情と言うものがなかった。

 

何も、表情から読み取れない。

 

「どういう事です」

「死にそうな目に遭って、また自分から命を懸けに行く。人間である貴方が」

「……俺の選んだ道です。貴女にとやかく言われる筋合いはありません」

 

それだけは変わらない。

誰に何を言われても。

 

「フフフ、強情ね。でも……」

 

そっとローンさんが近付いてくる。

思わず後ずさりそうになる。

彼女は俺の右腕に触れる。

 

「……腕、両方無くなってしまえば流石に考えも変わるでしょう?」

「なっ……あ、ぎぃっ!?」

 

ローンさんはそのまま俺の右腕を捻ろうとした。

慌てて左の義手で抑えた。

 

「あら。その義手も凄いパワーね。先にそっちから壊しちゃおうかしら」

「くっ……何のつもり、ですかっ!!」

「?貴方が戦場に出ない為、ですよ」

「お、わっ」

 

ぐるん、と視界が回る。

投げ飛ばされた。

慌てて受け身をとってローンさんから離れる。

 

「逃しませんよ」

 

それより早く、ローンさんが俺の左腕を捻り背中へ回された。

肩も抑えられていて動けない。

 

「くっ……辞めてください。こんな事何の意味もないっ……!」

「意味?ありますよ」

 

義手に込められた力が強くなる。

嫌な音が聞こえてくる。

このままだと、砕かれてしまう。

このタイミングで義手が破壊されてしまうと、作戦に遅延が出てしまう。

 

「貴方は私に守られるべきなんです。もう命なんて懸けなくて良いのイサム。隼鷹の代わりに、私がずっと……ずっとずっとずっとずっと守ってあげる」

「ぐ……違う!」

「違わない。だってイサムは私より弱いんですもの」

「そうだ、俺は弱い……!でも、弱いままで、何の意思も示さなくて良いわけがない!!」

 

でも、この手を振り払えない。

 

「離れなさいってのこの馬鹿ッッッッッ!!!」

「きゃっ!?」

「うわっ……!?」

 

衝撃。

手が離されて思いっ切り突き飛ばされた。

誰かがローンさんにぶつかった?

 

「イサム!」

「えっ……ヒッパー!?」

 

俺に駆け寄ってきたのは、さっき走り去って行ってしまった……アドミラル·ヒッパーだった。

起き上がろうとして、義手に力が入らなくてつんのめってしまった。

 

「ちょ、危ない!」

 

慌ててヒッパーが俺を受け止めた。

勢いでヒッパーの胸元に飛び込む形になってしまった……柔らかくてちょっとどぎまぎしてしまう。

 

「ヒッパー、どうしてここに……」

「あの馬鹿……ローンが居ないってビスマルクの奴から連絡が来たから嫌な予感が……って、何でもないっての!」

「そっか……ありがとう、ヒッパー」

「礼は後、立って」

 

立ち上がり、吹っ飛んだローンさんの方を見る。

……待って、彼女との体格差を考えるとまさかドロップキックしたんじゃ。

 

「痛いじゃないですかヒッパー」

「うっさい!勝手に抜け出して何してんのよアンタは!」

「イサムを守る為です」

「何が守るってのよ!イサムに手を出して!下手したら国際問題よ!」

「関係ありません。何が敵になろうと、私がイサムを守れば良いんです」

 

何事も無かったようにローンさんは立ち上がる。

そして、俺に向かって手を広げた。

 

「おいで、イサム」

「アンタ……!」

 

激昂するヒッパーを手で制した。

 

「イサム……?」

「ローんさん」

 

話はきっと通じない。

彼女の中に刻まれてしまったんだ。

 

「帰って来たら、お茶でも飲みながらゆっくり考えましょう」

「……えっ?」

「は?」

 

ローンさんとヒッパーが面食らった様な声を上げた。

 

「多分、ローンさんには時間が必要です。でも、俺にはそれに付き合う時間がありません」

 

何の確証もない、薄っぺらい約束。

それでも。

 

「絶対に帰ってきます。だから……この話は、また後日にしましょう」

 

彼女のした事を赦して、これからの彼女を肯定してあげないといけない。

 

「………………」

 

ローンさんは黙ったまま、そのままふらりと立ち去って行った。

 

「………………」

「………………」

 

そして、この場に沈黙だけが残ってしまった。

 

 

 

 

 



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第八十二話 帰るべき場所

 

暫くして。

 

「あのさ、ヒッパー」

 

ふらついて立てなかった俺は、ヒッパーに寝かされた。

……何故か膝枕で。

 

「何よ」

「……助けてくれて、ありがとう」

「別に……」

 

顔を赤くして、ヒッパーはそっぽを向いた。

 

「来てくれると思ってなかった」

「フン……来ないわけ無いっての。惚れた男一人守れなくてKAN-SENやってられるかっての」

「あ……その」

「許してあげる」

「え?」

「今は、保留って事にしといてあげる」

「……分かった。絶対に帰ってくる」

「当たり前だっての!ローンに約束したくせに、私としないって言ったら私がアンタの腕へし折ってやる!」

 

何かすごい事言ってる。

怖いよ。

 

「……ねぇ」

「何?」

「私のこと、嫌い?」

「そんな事は無いよ」

「そう……じゃあ、好き?」

「……分からない」

「そこは好きって言えってのバカ」

「本当に、分からないんだ……誰かを好きになるって」

 

元々孤児で、親の愛情なんて知らなかったし。

愛し合う夫婦なんてのも見たことが無い。

 

だから、好きと言う気持ちも、愛と言う気持ちも分からない。

ただ……隼鷹や愛宕さん……ヒッパーが一緒に居てくれた時間は、何物にも変え難いと思ってる。

 

「でも、君と一緒に居た時間は……とても、楽しかった」

「……なら、許してあげる」

「ありがとう」

「絶対」

 

ヒッパーが真っ直ぐ俺を見る。

 

「絶対、絶対に、帰ってきなさいっての」

「……約束する。絶対に帰ってくる」

「待ってるから。いつまでも」

「うん……」

「死んだら、私がもっかい殺すから。絶対許さないから」

「うん……うん?」

 

ちょっと怖いってば。

 

「私は前線に出て、アンタを送り届けられるよう穴を開ける……私に出来るのは、そこまで」

「充分だよ……君は、他国のKAN-SENなのに入れ込み過ぎだよ」

「惚れた弱みよ」

「……ストレートだね」

「アンタが鈍感過ぎるんだっての。フォーミダブルとかベルファストとかも直球出来てるんだから」

「えっ、何で知ってるの??」

「………………」

 

ヒッパーが黙ってしまった。

だから怖いってば。

 

「とにかく!分かった!?」

「分かったよ……」

「そ。じゃ、迎えが来たみたいだから」

「え……あっ」

 

境内に赤い炎が吹き上がったかと思えば、燃えるような闘志を瞳に宿した赤城様が現れた。

慌てて立ち上がり敬礼した。

 

「イサムさん!」

「あ、えっと……こんばぶへっ!?」

 

思いっ切りビンタされた。

 

「毎回毎回夜間に出歩いて面倒事に巻き込まれて何で懲りないんですの貴方は!!!!」

「も、申し訳ありません……」

 

それに関しては本当に返す言葉もない。

 

「……見せてください」

 

右腕と義手を掴まれて袖を捲られた。

生身の右手首に、ローンさんの掌の跡がくっきりと残ってしまっている。

左腕の義手はフレームが歪んだのか動きがぎこちない。

 

「はぁ……この損害、どう上げれば……」

「申し訳ありません……」

「とにかく……」

 

赤城様の表情が柔らかくなる。

そのまま手を背中に回され、抱き締められた。

 

「無事で、良かったです」

「……申し訳、ありませんでした」

「ったく。さっさと帰れっての」

「貴女も、ありがとうございました」

「別に。私も用が済んだから帰るわ」

「……貴女なら、いつでも重桜に歓迎しますよ」

「えっ……って!何言ってんだっての!鉄血に連れてくに決まってんじゃない!」

「………………まぁ、良いでしょう」

「ちょっと赤城様!?」

 

何言い出すのこの人。

 

 

 



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第八十三話 作戦開始

 

トライクのエンジンに火をつける。

いつもと変わらない振動と音。

 

ヘルメットの締付けを確認する。

今回はフルフェイスタイプのヘルメットで、通信機能にディスプレイ付きとかなり豪華な代物だ。

いつもなら荷物が括りつけられている肩や脚には防弾プレートが設置されている。

背中には鏡面海域用の観測装置が背負われている。

 

「太鳳さん、島風さん、駿河さん」

「「「はい!!!」」」

 

今回同行するメンバーの名を呼ぶ。

装甲空母太鳳。

駆逐艦島風。

戦艦駿河。

 

それぞれが重桜の誇る精鋭と聞いている。

 

「俺の命、貴女達に預けます。けれど……自分の命も大事にしてください」

「え……は、はい?」

 

駿河さんが面食らった様な顔をしている。

 

「どうしました?」

「い、いえ……そんな事、言われた事が無いので……」

「そうなんですか?」

「良いではありませんか駿河殿!アカツキ殿、この不肖島風!誠心誠意お力になりますとも!」

 

この子は、昔すれ違ったことがあったのを思い出した。

向こうは覚えてないみたいだけど。

あの頃は階級も高くなかったしなぁ。

 

今思えば俺の階級上がり過ぎじゃない?

二十歳で幹部だよ??

 

「イサム様ぁ〜〜〜!太鳳は、太鳳は感激しております!こうしてイサム様の為に戦えるなんて!」

 

この人はまぁ感極まってるし。

しばらく見ないうちに変わったかなーって思ってたけど全然変わってないやこの人。

 

「……うん、よろしくね太鳳さん」

 

まぁでも、赤城様から聞いた限り奉仕活動も真面目に取り組んでたみたいだし。

大丈夫でしょ。

駿河さんは物凄く落ち着かなさそうにしている。

 

ちょっと緊張解した方が良いだろうか。

 

「駿河さん」

「は、はい!」

「赤城様から、貴女は優秀な戦艦だと聞いています。宛にしてますよ」

「ありがとうございます!」

 

あ、違うなこの人。

自分は場違いだって困惑してるタイプだこれ。

 

「準備は万端ですね」

「お疲れ様です!」

 

ガレージに赤城様がやってきた。

周りの職員たちの敬礼を受けながら歩いてくる。

 

「お疲れ様です、赤城様」

「お疲れ様です、イサムさん」

「アカツキイサム准尉他、3名。出撃準備完了です」

「わかりました。3人とも、イサム准尉を頼みます」

「「「はい!」」」

「イサムさん」

「はい」

「必ず、帰ってきなさい」

「勿論です」

「宜しい」

「……行ってきます」

「……行ってらっしゃい」

 

ガレージのシャッターが開く。

水平線に太陽が重なっている。

日の出直後。

 

「重桜特務隊、出撃!」

「「「了解!」」」

 

アクセルを吹かす。

トライクが前進、海面に飛び出し加速する。

 

(隼鷹……今、行くから)

 

 

 

 

 



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