とーとつにアポプスさん (カチカチチーズ)
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とーとつにアポプスさん

 Twitterで話してたら唐突に降り注いでしまった代物。
 恐ろしい事やでTwitterは……




 

 そこはとても寂しい場所だった。

 何処までも何処までも広がっている黒い海。空を見上げれば暗く、まるで太陽覆い隠しているかのような黒く暗い球体が天上にあった。

 そんなおおよそ明かりのない世界、海面と海上が溶け合って境も何も無いかのような世界で俺はただ一人舟に乗る。

 櫂もなければ帆すらない、そんな波が少しでも荒れてしまえば容易く裏返ってしまいかねないような軟弱極まりない小舟でこの黒い海を漂い続ける。

 何も無い。

 この海には何も無い。

 俺という人間なんぞ、この世界にとってはあってないようなものだろう。だからこそ、俺はこの世界が心底寂しい世界だと思った。ここには生命がない。

 ここにいるだけで俺は身体が冷たくなっていくかのような感覚に陥る、いや違う段々と俺の身体がこの海や空気と、何もかも世界そのものに融けていく感覚が満ちていく。

 四肢の末端の感覚が現に曖昧になっている。

 嗚呼、ダメだ思考すら崩れていくように感じる。どうしてこんな世界にいるのかは分からない。どうしてこんな世界が存在しているのかは分からない。

 これが現実なのか夢幻の出来事なのかも分からない。俺には何もわからない。

 

 

 このまま俺は世界に融けていく。

 何もかも知らないままに消えていく。

 ただただ無為に消えていく。

 

 

 

 本当に?

 

 

 何も無いのか?この世界には。

 

 

 この黒い海と黒い空と黒い太陽以外に何も無いのか?

 

 

 

 違う筈だ。

 何も無い世界で俺みたいな人間が紛れ込むわけが無い。ましてや、こんな舟が都合よくあるなんておかしいだろ?

 これが現実なのか夢幻なのかなんてものはどうだっていい。きっと、この世界にはいる(・・)

 俺を呼び寄せたのか、それとも紛れ込んでしまった原因がいるのは間違いない。途端に俺は、俺の中の冷たくなっていく感覚が霧散していったのを理解した。

 

 

 この世界に融けていく事で俺は違和感とは言えないがほんの、ほんの僅かに何かを感じ取った気がした。だから、俺は立ち上がった。

 末端が融けてる為に身体がふらついているが問題無い、一歩前へ踏み出すと、途端に舟が揺れ始めた。

 舟の重心が変わったからだろうがそんなものは関係無い、俺はまた一歩前へ出る。

 そうすれば、にわかに静寂さを保っていた海が波たち始めたのを感じた。

 

 一歩前へ。

 

 海が段々とその揺らめきを激しくしていく。

 身体がより融け始める。

 

 前へ。

 

 風が吹き始める。

 舟が激しく揺れていく。

 

 前へ。

 

 手の感覚が無くなってきた。

 まるで何もするな、と言わんばかりのそれらに俺は何故かは知らないが笑っていた。そして、俺は気がつけば、舟から飛び降りていた。

 

 何もかも融けていく黒い海に堕ちていきながら、俺はただ笑えた。別に何かがおかしかっただとか、面白いものが見つかったとかではない。そりゃあ確かに何らかの意思すら感じるほどの静止を振り払って自ら海に飛び込んだのは何とも痛快であるが、それでも笑うことにはならないだろう。

 だから、多分きっと、これは何が原因で笑っているのか、と言うと…………きっとそれは自分の意思を曲げなかった事だろう。

 要は結果ではなく過程の問題。振り払って飛び込んだという結果ではなく自分の意思を曲げないという過程が俺には何よりも重要だった。

 だから、俺はこの海に消えても構わない。意思を曲げなかったのだから、俺はそれでいい。

 

 

 ああ、消えていく。融けていく。混じっていく。

 出来ればこの世界にあるだろう何かを見てから融けていきたかった──────

 

 

 

 

《──────ほう》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い。

 寝て起きたら軽い頭痛とか何とも今日は朝っぱらから最悪だ。昨晩、何かこう頭痛になるような事をしてただろうか?

 飲酒?まさか、俺は健全な高校二年生。不良……あまり素行が良いわけではないがそれでも不良と言うほどでもないし基本的に法律は護る主義だ。

 何かに集中でもしたか?例えば…………いや、知恵熱とかじゃあねえだろうけども、いや多分あれか。どうせ、資格の勉強の影響でも出てきたか?ここ最近根を詰め過ぎて、修学旅行を体調崩して参加出来なかったぐらいだからな。

 いや、間違いなくそんときの崩したもんが後を引いてるだろ。

 

 

「はぁ……たっく、夜更かししてまで勉強するもんじゃねえな」

 

 

 俺はベッドから起き上がって壁にかけてある時計を見る…………………………はい?

 なんだ。なんですか?

 視界にヤバいのがいる。いる?……いや、いるのか。

 え?朝起きたら俺の部屋になんかヤバいのがいた。

 見た目は、そうなんて言えばいいのかとにかく生物っぽくはないというかこう滑らかな無機質的?そんな感じの黒い身体で……顎?顎なのか?ともかく顎から腹の辺りが白くて、なんか眼?と口?多分牙っぽいの生えてるし多分口であってると思うけどもそれらと身体の三ヶ所ぐらいが腹側から伸びてる菱形を横に繋げて途中から帯のように後ろに伸びた変な部分が金色な…………蛇?あれって蛇?いや、蛇っぽいし……でも足生えてる。

 と、とにかくなんか黒と白と金色な二本足の蛇っぽい何かヤバいのが俺の部屋に置いてあるテーブルの前に陣取ってる。というか座ってる。

 多分大きさは足の長さ的に多分目測一メートル弱……いや、でけぇなオイ。

 え?ぬいぐるみかなんか?いや、だとしてもまったく知らないぬいぐるみがあったら怖ぇよ!?ここ住んでるの俺だけだよ?俺が一人暮らししてるアパートの一室だよ!?何!?季節外れのサンタかなにかでも来たの!?何がメリークリスマスだよ、嬉しくないんだけどもォッ!!??

 

 

 あ─────コッチ見た…………いや、見んなよ。

 

 

《あ、どうもアポプスです》

 

「あ、ハイ。どうも」

 

 

 喋ったァァァァアアアアッッッッ!!!!????

 一人鬼ごっこなんて怖くて出来ないです!?やめて!帰って!?何も覚えがないんで帰ってくれませんかねぇぇ!?

 

 

 

 

 

「えっと、粗茶ですが」

 

《ああ、どうも御丁寧に》

 

 

 唐突な会合からかれこれ十分ほど。

 発狂しかけた俺は何とかアイデアロールを失敗させて発狂せずにすんだものの、間違いなくSAN値は削れたのは理解出来る。あ、いや、そんなのはどうでもいいんだよ。今重要なのはそういう事ではなく、俺の対面にいるこの生き物?蛇もどき?…………アポプスさん?の事だ。

 急いで現実に戻った俺はすぐさまベッドから出て、台所からお茶を引っ張ってきた。お湯はあったから良い感じに、頑張ってお茶をいれてアポプスさんの前へと出してからこうして彼の対面に座った訳だが、彼……いや、彼なのかは知らないけども。いや、声が男っぽいから彼でいいか。

 正直、手がない彼がどうやってお茶を飲むのか凄い気になるけども……これ、不機嫌になって俺殺されないよね?

 あ……なんか、黒いの出てきた……え、なにそれ……触手?あ、湯呑み持って……あ、飲んだ。

 

 

《ふぅ……美味しい》

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 良かった……これで不味いから死ねとかなったらどうしようか、と思ったわ。

 

 

《さて……改めて自己紹介をしようか》

 

「あ、はい。えっと、浪岸玄斗です」

 

《私は『原初なる晦冥龍(エクリプス・ドラゴン)』アポプスです。どうもよろしく》

 

 

 ……はい?ドラゴン?え?は?ごめん、俺死ぬの?

 いや、この際見た目は何も言わないよ。でもさ、普通に生きててドラゴンに会う日なんて来る?普通来るわけねぇよ、もう死じゃん。

 明白な運命だよ、これ。とりあえず来世はドイツ人に生まれて毎朝ソーセージ食べる日々を過ごしたい。ヴァイスヴルスト食べたいわ。ミュンヘン行きたい。

 

 

《実は今日から君と過ごす事にしました》

 

「うーん、死ぬ」

 

《生きて》

 

 

 全てを理解した。

 きっとコレは何か抗えぬ運命なのだ、と。

 今日から俺とアポプスさんの一人と一匹?体?の奇妙な生活が始まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 






登場人物紹介
・浪岸 玄斗
 陵空高校、二年の男子高校生。現在はアパートで一人暮らし。
 資格の勉強に励んでいたせいで修学旅行を体調崩して行けなかった。
 素行が良いわけではないが決して不良ではなく、少し不真面目ないたって普通の一般人。朝起きたらとーとつにアポプスさんが部屋にいた。
 お茶が好き。抹茶も好き。抹茶アイスとか宇治金時とかが大好き。

・アポプスさん
 『原初なる晦冥龍』こと二天龍クラスの邪龍の一体。本作ではいったいぜんたいどういう事か、マスコットキャラクターな本来の姿とはまったく違う姿をしている。
 これまた不明だが玄斗の部屋に住むことを決めた。
 和菓子に興味津々だそうです。




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とーとつにアポプスさん②

 

 

 

 

 

「アポプスさん、ベーコン何枚?」

 

《むぅ……今日は二枚いただこうかな》

 

「あいよー」

 

 

 アポプスさんの返答を聴きながら俺は油の引いたフライパンに先週、珍しく安売りしていた厚めのベーコンを贅沢にも四枚並べていく。

 それとは別のコンロの上では目玉焼きが蒸されている。もうそろそろか?

 アポプスさんがこの部屋に来てからはや、二ヶ月近く。俺もアポプスさんにはそれなりに慣れた。

 最初の頃は俺の周りの状況も相まって、アポプスさんとの関わり方が分からずパニックになる事がそれなりにありはしたがこの二ヶ月、特にこれと言った問題はなく過ぎていった。

 今ではこうして仲良く過ごしている。

 

 

『ヘヴンリィ・オブ・アロハ号の沈没事故より今日で二ヶ月が過ぎ───』

 

 

 アポプスさんがつけたのだろうテレビから朝のニュースが流れてくる。アナウンサーの声が俺の耳に届き、その表情を歪めた。

 

 

「…………」

 

《…………》

 

 

 俺の変化を察したのか、アポプスさんはすぐにリモコンでチャンネルを変えた。そんな彼の配慮に俺はぎこちないながらも笑みを浮かべる。

 

 

「大丈夫だよ、アポプスさん」

 

《…………そうか》

 

 

 焼きあがったベーコンを皿に乗せてその上に分けた目玉焼きを滑り乗せていく。皿をテーブルに運び、冷蔵庫から牛乳を引っ張り出し片手でマグカップを二つ持ってくる。そのままアポプスさんの対面に座り、マグカップに牛乳を注いでいく。

 

 

「《いただきます》」

 

 

 目玉焼きをご飯の上に乗せ、黄身を割って醤油をかけて軽く混ぜる。その後、箸で上手く目玉焼きを切り分けてから缶から取り出した海苔で卵ごとご飯を巻き口に放り込む。

 朝のニュースを見ながら、ベーコンにかぶりつく。

 

 

《………………玄斗。今日は何か用事は?》

 

「ん?」

 

 

 そんなタイミングでアポプスさんが今日の予定を聞いてきた事に俺は軽く驚きつつも、ベーコンを噛みちぎり口にした分を食べ終えてから軽く牛乳を呷り!口元を拭いてからそれに返答する。

 

 

「とりあえず、今日は都心の方で買い物かな……あ、軽く友達とカラオケに行くから帰りは夕方過ぎになると思うな」

 

《そうかい…………帰る時は寄り道をしない方がいい、今日はね》

 

「……?」

 

 

 何か含む様な言い方に俺は首を傾げながらも食べかけのベーコンにまたかぶりついた。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友達とカラオケを終え玄斗は電車に揺られながら、車内の中吊りを見上げていた。

 

 

『未だ原因不明!ヘヴンリィ・オブ・アロハ号の沈没事故!事件には米国の影が!?』

 

 

 そうか、もう二ヶ月経つのか。

 そんな声を漏らしながら、目を瞑る。

 二ヶ月前、玄斗の部屋にアポプスがやってくる数日前、玄斗らの学年は修学旅行があった。だが、玄斗は修学旅行に参加することが出来なかった。

 資格の勉強をして根を詰め過ぎて、修学旅行当日に体調を崩してしまった為だ。その結果、彼は修学旅行に行かず、助かってしまった。

 同級生二百三十三名と教師らを乗せた豪華客船の沈没事故。たった一日で消えてしまった友人たち、そしてそんな大事件に食いついてきたマスコミら報道陣の存在。

 気丈に振舞っていたが、二ヶ月前の暫くは玄斗は極端に弱っていた。だが今では嘗て通っていた陵空高校とは違う高校で友人が出来るほどに回復した。これも恐らく彼本来のものもあるだろうが、アポプスの存在もあるのは間違いないだろう。

 だが、振り切ったとは言えない。玄斗の中でそれは未だ尾を引いているのだから。

 

 

「……夕飯、どうしようか」

 

 

 電車を下り、駅から出て帰路に着き、玄斗は夕食について考えていた。携帯電話を見れば既に六時頃、七月とはいえ既に外は暗くなり始めている。

 予想以上に遅くなった事を考えながら、今夜の夕飯について悩み始める。既に玄斗の頭の中にあるのは冷蔵庫に残っているベーコンを使った料理に関する事。

 

 

「……パスタ…………パスタ食べたい。ミートソースは作るんならしっかりと仕込みからやりたいし、カルボナーラでも作るか」

 

 

 そう呟きながら、その足を帰路の途中にあるコンビニへと向ける。その様はさながらプツリと吹き上がってきてしまったモノを何とか押し込めようと、別の事に集中しようとしているようにも思えた。

 過去を押し止め、今目の前の事を集中する。

 それは確かに辛い過去を見続けるのを辞め、前へ顔を上げて進む立派なものなのだろう。だが、それは未練があるという表れでしかなく、だからこそそんな玄斗にはとりわけそれがよく目立った。

 

 

「──────」

 

 

 視界の端、住宅街の外へ続く路地の影から玄斗を覗く人影が。

 

 白いシャツ姿の玄斗がまったく知らない何某。誰かは分からない。ちょうど影であるからか容姿の詳細までは分からないがおおよその見た目からして玄斗と大して変わらない年齢であるのを玄斗は察して、同時に言い知れぬ感覚を抱いた。

 それはさながら地獄に伸びた蜘蛛の糸か何かのようで、それを掴まねば前にも後ろにも行けぬという何か漠然とした感覚。そんなものを前にして玄斗には無視をするという選択肢はどこにもなかった。

 路地に消えていく誰かを気がつけば玄斗は追いかけていた。

 

 薄暗い路地を暫く歩いていくと不意に前方で人影がその足を止めて待っていた。

 そこで漸く玄斗はその人影、少年の格好がよく見てとれた。ワイシャツとズボンが玄斗のよく知るそれであったのだ。嘗て通っていた陵空高校の制服。

 

 

「お前、いったい───」

 

 

 その少年を問いただそうと一歩前へ、出て玄斗はその表情を強ばらせた。少年の背後からずい、と現れた存在があまりにも常軌を逸するものだった為に。

 見てくれはドーベルマンだ。

 だが、ただの犬というにはそのサイズがおかしい。その四肢は普通のどの犬種のそれよりも太く、その瞳に光はなくどこか非生物的ですらある。体高は平均的な身長であろう少年の方ほどまであり、ドーベルマンのスラリとした体型と言うよりもより筋肉を多くしたようなスタイルと言えよう。

 涎を垂らしながら、唸るその姿は明らかに友好的な要素は何処にもなく、あるのは敵意のみだ。

 逃げねばならない。

 玄斗の本能が高らかにそう警鐘をけたたましく鳴らしている。事実そうだろう。逃げねば死ぬ────

 

 少なくともこの場において、玄斗の自分の意思を曲げたくないという信条は枷にならない。何せ、別段いまそういう状況でもないのだから。

 故に玄斗は逃げる。

 逃げる……逃げたいが…………。

 

 

「(あの筋肉量相手に俺が逃げる?曲がり角無しの一本道、障害物なんてもんはない。背を向けた瞬間に殺されて終わりだ)」

 

 

 アポプスという明らかに異質な存在と二ヶ月もの間同じ部屋で暮らしている玄斗はこの状況下でも冷静に思考を回すことが出来た。出来てしまった。

 その結果として自分がこの場から五体満足で逃げる事は到底不可能であると理解してしまった。

 故にその表情は引き攣り、どう生き延びるかについてその思考を回していく。

 

 

「(持ち物を投げた、としてそれで気をそらせるか?……よしんば上手くいったとしてこの路地を抜けるにはあまりにも短すぎる。じゃあどうする?だがまあ…………一番生存率が高いのがそれか。少なくとも後ろを向いて走り出すっていう一番危ない所を出来るんだから………………)」

 

 

 せめて上半身は残って欲しいな、と思いつつ玄斗は肩に引っ掛けていたバックをドーベルマンもどきへと投げつける。

 

 

 

 

 

 

─────筈だった。

 

 

「ァ」

 

 

 ぐじゅり、と音が聴こえた。

 次に何か無くなった感覚がした。

 そして、漸く痛みが走ってきた。

 

 

「ぁぁぁああああああッッッ!!!???」

 

 

 いままで感じた事すらない程の激痛が玄斗を襲った。たまらず玄斗はその場に膝をつき、激痛の走る箇所を両手で抑えそのまま蹲った。

 抑えているのは顔。

 いや、正確に言うならばそれは右眼だ。

 何が起きたのか、こんな激痛に襲われていながらも玄斗は理解出来た。バックを投げつけようとした、その動きに反応してドーベルマンもどきがその前脚を振るったのだ。

 結果として玄斗はその右眼に深々とした傷を負った。蹲っている玄斗には分からないが近くの壁には前脚の爪で抉り飛ばされた右眼周囲の肉と眼球の一部が血と共に付着している。もはや、どう足掻いたところで玄斗の右眼が肉眼として世界を見る事は無いだろう。

 とめどなく顔から血を垂れ流して、玄斗は絶叫してそんな背中に勢いよくドーベルマンもどきの前脚が叩きつけられた。

 

 

「ッッッガ」

 

 

 少なくとも背骨は折れては居ないだろう。

 それでも勢いよくアスファルトに身体を叩きつけられ、顎を打ち付けた玄斗は口からも血を吐き出す。

 意識が朦朧としていき、死を受け入れようとする。

 

 

 だが、運命とは何事も一方的だけではないのだろう。薄暗かった世界は唐突に一切の明かりを失ったかのように、さながら電気を全て落としたかのように、世界は闇に染まった。

 唐突なそれにドーベルマンもどきは玄斗の背に乗せていた足を退けて、僅かに後ずさる。玄斗は動く事も不可能な状態ながらも何とか身体を動かて、その視線を動かす。

 

 

 

 

 ソレはそこにいた。

 玄斗が来た道、路地と壁が空と大気との境を失ったかのように全てが融けて闇が広がる中、ソレはそこに佇んでいた。

 金色の装飾とその瞳のみが唯一闇の中で存在していた。

 ドーベルマンもどきではどう足掻いたところで天地の差すら生ぬるい程の隔絶した差が存在する何か。

 闇そのものがそこにいるのではないかと思わせるそんなソレに玄斗は安堵の表情すら浮かべていた。それに対してドーベルマンもどきもそれを従える少年も、世界すらも停止した。その有様はさながら蛇に睨まれた蛙のようで───────

 

 

 

 

それは私のモノだ

 

 

 

 闇が蠢く。

 玄斗を混沌が包み込んでいく。それは暖かく人の温もりのようであった。

 玄斗の身体から力が抜けていく、と同時に世界が軋み始める。金色が闇に融け始めて─────

 

 

 

 

 路地にただ闇が満ちた。

 



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とーとつにアポプスさん③



 久々のアポプスさん投稿です

 とーとつにエジプト神、アニメ化楽しみです




 

 

 

 そこは闇の中だった。どうしようもないほどの深い深い闇の中。

 光なんてものはどこにも存在せず、すべてが闇というたった一つの概念に融け込んだ世界。

 そんな闇の中で唯一の例外があった。

 

 

「(ここはどこだ……)」

 

 

 まるで海に揺蕩うように闇の中で一人、揺らめき沈んでいっているのか、それとも浮上していっているのかわからずただ揺蕩うだけの存在。

 浪岸玄斗は闇に呑まれることなく、微かにある意識でここが一体どこなのか、とろくに回らない思考を回しながら考えていた。無論、こんな闇の中で思考は回らず、より一層考えが纏まることもなくただただ無意味に揺蕩うだけである。

 だがしかし、それでも玄斗は思考を回して回して少しずつ考えを纏め始めていた。

 なにも、一気に考える必要なんてないのだから。

 

 

「(暗い……そこにあるのに、指も見えない……闇……海、みたいだ)」

 

 

 海のような闇。

 なるほど、確かに玄斗の表現は間違えていない。

 事実、この闇に融け込んでいるといったが、決して何もないというわけではない。少なくとも、玄斗にはまるで水の中にでもいるような感覚が纏わりついており腕を微かに動かせば水をかき分けるような感覚すらあるのだから。

 では、次に考えるのがここがいったいどういうもの、なのか

 闇の海?それは空間的な話であり、ここがどういうものなのかの答えではない。

 

 

「(融けていくような闇、だけどもどこか温もりを感じるそんな優しくて冷たい闇、だ………)」

 

 

 普段ならば考えないような表現が脳裏に過りながら、玄斗は考える。より深く、深く、思考に没頭して答えを探す様に……。

 

 どれほど考えただろうか。

 一分?それとも十分?いや、もしかすれば一時間は考えていたかもしれない────もしくは数秒もかからなかったか。

 そうして、考えその果てに玄斗は一つの答えに達した。

 

 

「(これは、多分、あれだ。本当だったら、俺も、この闇に融けてもおかしくないようなものだ。それでも、俺は融けていない……これは優しいモノなんだろう)」

 

 

 自分を害そうとするものではなく、自分を守っているものであると理解し玄斗はそのまま子供が揺り篭で眠るように身を委ねて────

 

 

 

 

 

 

「いや、ちがう、だろ」

 

 

 

 闇の中で空気を零しながら浪岸玄斗は否定した。

 この安らぎを得れるはずの、温もりすら存在するこの優しい闇を押しのけた。

 

 

「優しい、のはいい。温もり、があるのはいい。安らぎ、があっても別にいい」

 

 

 闇を掻き分けながら、玄斗は否定していく。

 

 

「でも、違うだろ。それに甘えておんぶにだっこ、何もかも委ねて全部投げ出すのは違うだろ」

 

 

 少なくとも自分は嫌だ。

 そう口にして、この闇から抜け出そうとして、同時に視界に一つ光が生じた。

 恐らく、頭上、闇の外より何か光り輝く太陽のようなものが見え、それに玄斗は手を伸ばして、世界は回転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《余だよ》

 

 

 

《余だよ》

 

 

 

《余だよ》

 

 

 

《余だよ、ラーだよ!!!!》

 

 

 

 

《あれ?????いない???????》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《起きなさい》

 

「クフおッ!?」

 

 

 唐突に腹部に突き刺さった痛みに俺は空気を吐き出し悶絶する。一体全体どういうことなのかはわからないが少なくとも声からしてアポプスさんの仕業であることなのは間違いない。

 俺はやや眠いながらもなんとか、眼を開いて────微かに右眼に違和感を感じた。だが、その違和感について思考を回すよりも先に俺が寝ていたベッドの傍らに待機していたアポプスさんが口を開いた。

 

 

《まったく、寄り道をしないほうがいいと言わなかったかな?》

 

「うっ、それは……」

 

 

 アポプスさんの言葉に俺はつい先ほどの記憶が鮮明になっていくのを感じ、それが決して夢の出来事ではなかったのを理解した。

 俺は同じ学校、陵空高校の生徒の姿をした誰かとそれに付き従っていた怪物に襲われたという事を。

 

 

《私が君を迎えに行ったからよかったものを……》

 

「申しわけないと、思ってます、はい」

 

 

 ため息をつくアポプスさんはいつもの触手を伸ばしながら手鞠サイズほどの黒い人形みたいなものでお手玉を……ってナニそれ。

 その謎の黒い物体に俺が固まると同時にふと腹の方から視線を感じてそちらへと視線を───嫌な予感しかないが───向け、そこにはアポプスさんが遊んでいる黒いのと同じものがこちらを見上げていた。

 

 

「ヒェッ」

 

 

 これはナンデスカ?

 なんか足生えてるし、どこかアポプスさんみたいな金の眼と口模様がついておられるのですが……あ、え?神話生物?

 それは、あの、ショゴス的な……あ、エジプト神話の混沌そのもの……ふーん…。

 

 

「うっそだろ、おまえ」

 

《私の権能である混沌をこねて作った私の眷属、通称こんとん、だよ》

 

「こんとん……平仮名にすればかわいいとか思ってない?」

 

《かわいいだろ、私の子だぞ?》

 

「名前と見た目以前に出どころが厄ネタすぎる……!!」

 

 

 確かに見た目は可愛らしい。それは認めよう。

 だが、原料というかそもそもの正体が混沌って、おま……古今東西、神話における混沌なんてどれもこれも厄ネタどころの話じゃないんだが。

 ギリシャのカオスしかり、メソポタミアのティアマトしかり、中国の渾沌しかり、なんなら創作神話の這い寄る混沌しかり、どいつもこいつもおおよそまともとは言い難い。

 

 

《まあ、そんなに心配する事でもないさ。彼らは少なくとも君や私の命令に忠実だ。それに彼らを作ったのも君のそれの為でね》

 

 

 そう言って、アポプスさんは俺へ触手を突き付ける……違う、突き付けているというよりはこれは指している?

 俺の顔……っ、そうだ。

 

 

「確か、俺、右眼を……!」

 

 

 あのドーベルマンもどきにやられた筈。そんな言葉が俺の口から零れるよりも先に目覚めたときに感じた違和感の正体に気が付いた。

 そうだ、俺は右眼を失ったはず。

 にもかかわらず

 

 

「どうして、右眼が見えているんだ」

 

《ケータイの内カメラを使うといい》

 

 

 そう言って、手渡された俺のケータイを開いて言われた通り内カメを使って俺は自分の顔を見る。

 

 

「っ……」

 

 

 そこに映っていたのは自分で言うのは何だが、こうクラスの中じゃあ三番目ぐらいには整っているであろう自分の顔。だがしかし、右眼とその周囲の肉がまるでキャンパスにぶちまけた黒い絵の具か何かのようにただただ黒く、そして時折忘れていたかのように脈打っていた。

 息が漏れる。

 背筋が冷えていく。

 いったい、これは何なんだ────

 

 

《混沌だよ。私が支配するのは闇と混沌、君の失った右眼を治療する権能を有しているわけでもない。鉢合わせた魔女も完全に機能を失った右眼を治療するには足りないものが多い。故に私が君の虚空に混沌を注いだんだ》

 

「混沌を……」

 

《少なくとも、その混沌は君の身体に馴染んでいる。何より、混沌が既に君の右眼の機能を代替している……危険であったからといって君の了承を得ずに行ったことはとても申しわけないと思っているよ》

 

 

 そう、申し訳なさそうなアポプスさんに俺は息をつく。確かに肉眼を失い、こういった明らかにヤバい代物が代替になったのは確かに嘆くことではあるだろう。しかし、少なくともアポプスさんは悪意ではなく、俺を助けようとしてこれを行ってくれたのだ。

 恨むことはできない。

 それに何よりも、本来なら俺はもう左眼だけでしかモノが見れなくなるはずだったのだ。

 

 

「なら、仕方がない。ああ、仕方がないだろう」

 

 

 文句など言えるはずもなく、俺はまるでしょうがないなとでもいう様に、アポプスさんに苦笑の表情を向けた。

 

 

「そもそも右眼に関しては俺の自業自得だからな……いいさ、アポプスさん」

 

《そうか……すまない》

 

 

 俺はいつの間にかによじ登ってきたこんとんを掴んで手元でこねくりまわしながら、ふと気づいたことを口にする。

 

 

「ところで、ここはどこなんだ?うちじゃないよな?」

 

 

 軽く部屋を見回してみるとこの部屋には机といま俺が使っているベッドしかなく、慣れ親しんだアパートの部屋とはまったく違う内装だ。

 そして、少なくとも俺の知り合いの家というわけでもないだろう。

 ならば、ここはどこなのか。いや、そういえば

 

 

「さっき、魔女がどうとか」

 

《ああ、ここはその魔女が住んでる隠れ家らしい。アパートに運ぶよりも諸々の事情を知る人間のところで起きてすぐ色々聞けるようにと思ってね》

 

「なるほど」

 

 

 もしかすればその魔女とやらが敵なのでは?と思いはしたが曲がりなりにも俺の目の前にいるのはエジプト神話が主神の主敵をやっている闇と混沌を司る邪龍────見た目はすっごくマスコットだけども!!

 まあ、とにもかくにもアポプスさんがいれば、並大抵の人間それこそ、そういう裏の世界の人間でもそうそう。

 

 

《さて……玄斗。その話を聞く前に、問わなきゃならない》

 

「構わない」

 

《原因は分からない。もしかすれば私が原因で君をこちら側に連れてきてしまったのかもしれない……いまなら、まだ引き返せるだろう》

 

「大丈夫だ。アポプスさん、俺は別に大丈夫。そりゃ、確かに不都合なこともあるかもしれないし、大変なこともあるかもしれない。でも、俺はそれでもいいんだよ、アポプスさん」

 

 

 紛れもない本心だ。

 そりゃ、確かにもしかしたら死ぬかもしれないような世界に飛び込んでいくよりは普通の日常に生きるのが一番だと思う。

 だが、それは違う。平穏という安寧に浸かってばかりで降りかかるかもしれない火の粉は全て俺のもとに来る前にアポプスさんがどうにかする、なんていう揺り篭なんていらない。

 そんなものに沈むよりも俺は自分の足で足掻いていたいのだから。

 

 

《そうか……うん、そうか。わかった、友よ。では、君が生きていく術を後程教授させてもらうよ》

 

「お手柔らかに……」

 

 

 



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