鉄華団団長とホロライブ (フォールティア)
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プロローグ

ノリと勢いで書いた。
後悔はない……!


命が流れ出す。

体の感覚が薄くなり、熱を持つ身体とは裏腹に、背筋が凍るような錯覚が浮き出てくる。

 

──知るか。

雨の様に弾丸を浴びた、血塗れの身体を無理矢理動かす。

 

まだだ、止まるな。

声を出せ……徒に死ぬな。

何かを遺せ。

自分を信じて着いてきてくれた同胞に、指標を示せ。

それが……団長である、オルガ・イツカの務めだろう……!!

 

「俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!」

 

前を見ろ、突き進め。

そこに俺は待っている。

……そう、終わっちゃいない。俺の……俺達の夢は……まだ。

 

「だからよ……止まるんじゃねえぞ……!」

 

未来に、繋がっている。

 

 

そうだろ?ミカ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うぅ、流石に二徹は堪えるなぁ」

 

都内某所、数多あるビルの森の中。

表通りから少し離れたビルの一つから一人の女性が、眠たげに目を擦りながら出てきた。

 

「ふぁぁ~……寒っ…」

 

季節は春。

出会いと別れの季節とよく言うが、今の彼女にとっては気にする事ではない。

時刻は朝の六時、ちょうど陽が上り始め、空がにわかに明るくなっていく。

深呼吸しながら背筋を伸ばすと、ポキポキと小気味のいい音が聞こえてくる。

徹夜明けの身体に冷たい空気が染み渡る。

 

「あ~、今日のスケジュール確認しないと……」

 

眼鏡をかけ直し、濃紺色の髪を掻き上げて少し気だるげに息を吐く。

何の気無しにスマートフォンを取り出して見ると、一件の通知が。

 

『Aちゃんおはよう!今日の放送楽しみにしてるね!(๑╹ᆺ╹)』

 

朝一の親友からのメッセージに彼女…Aちゃん改め友人Aはふと笑う。

たった一言、しかし彼女にとってはそれだけで元気を貰えるのだ。

我ながら現金だなぁ……などと内心苦笑しつつも返信を打つ。

 

『ありがと、元気出た』

 

簡潔なものだが親友のことだ、感謝の意は十分伝わるだろう。

送信が完了したのを確認して、もう一度空を見上げる。

清々しいほどに晴れた空だ。

こんな日には何かいいことがあるかも知れない。

 

「よしっ、頑張るか!」

 

軽く頬を叩き、気合いを入れ、友人Aはビルに戻ろうとして……

 

 

「…………」

 

右を向いたら人が倒れていた。

 

「………………疲れてるのかな?いやそうだ間違いない」

 

気のせいだと思い、眼鏡を外して眉間を揉む。

再度眼鏡をかけ、もう一度見る。

 

「…………ぐっ」

 

居た。普通に居た。

気のせいじゃないし何か呻いてるし生きてるっぽい。

まあ都内だから酔い潰れたサラリーマンとか割と見るからそこは良いとしていや良くはないが。

その倒れた人物の格好が大いに問題がある。

元はそれなりに質の良さそうな小豆色のスーツなのだが……所々小さな穴が開いているし、しかもそのまわりには真っ赤な染みが……

 

「う、うぅっ……!」

 

混乱する友人Aを余所に、呻いていた男が突然跳ね起きた。

 

 

「うおぉぉぉぉぁ!」

 

 

「き、きゃああああああああああああああ!!」

 

早朝のビルの森に、二つの絶叫が響いた。

 

 

ここは都内某所、ビルの森の中。

Vtubar事務所、ホロライブ。

 

今、夢へと突き進んだ男と夢へと突き進む彼女たちの物語が始まる……!

 

 



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状況整理と異世界転生

「……を……して」

 

「手当……傷が無……」

 

「病……」

 

微睡む意識の中、声が聞こえる。

 

(何だ……?お迎えでも来たってのか?)

 

聞き覚えのない声に、朦朧とした意識でそう思う。

自分は……オルガ・イツカは死んだ。確実に。

鉛弾をこれでもかと言うくらいに身体にくらったのだから当然だ。

死んでいない方がおかしいと言うものだ。

 

「……社長に……を」

 

「身元……わからな……」

 

……に、しては随分と騒がしい。

死んだこと自体、これが初めてなので何とも言い難いが。

自分のイメージしていた死とは真逆の騒がしさに首を傾げる。

 

「あ、動いたッス!」

 

と、今度はハッキリと声が聞こえた。

 

(……何か、おかしくねぇか?)

 

そう認識した瞬間、とてつもない違和感に気付く。

違和感……ではあるのだが、何となく慣れ親しんだ……そう、強いて言うなら夢から覚めるような……

引っ張られるような感覚が強くなり、どうしてそうなったか解らぬまま意識が浮上していく。

そして──

 

「あ、起きたッス」

 

「「「おおっ」」」

 

「…………………は?」

 

──目が覚めたら見たことがない女性たちに囲まれていた。

 

「…………」

 

『…………』

 

お互いに視線を交わすこと数秒。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「はようございますッス!」

 

「いや挨拶じゃないだろどうみても!」

 

「一時的な混乱状態ね、仕方ないわ」

 

「意外と冷静!?」

 

「あ、お茶飲みます?」

 

「自由かっ!」

 

目覚めと同時に訪れるカオスな光景にオルガの脳は一瞬で混乱する。

それもその筈、目の前には鉄華団の面々も、クーデリアのお嬢も居なければ名瀬の兄貴も居らず、かわりに見たこともない、獣耳やら角やら(内一人は帽子だが)が付いた女性が数人、こちらを見下ろしていたのだから。

これで混乱しない人間が居るとすれば名瀬の兄貴位だろう、いや、流石の彼でもこんな状況は想定できないと思う。

 

(落ち着け、オルガ・イツカ……!女の面ァ見て取り乱すなんざ、団長失格だろう……!!)

 

大きく深呼吸して乱れた意識を繋ぎ直す。

二、三回それを繰り返し、漸く呼吸を落ち着かせ、俯いていた頭をあげる。

白を基調とした壁やデスクに、鉄華団の事務所を思わせる雑多な荷物の数々……そして

 

「大丈夫ッスか?」

 

見たこともない服装と外見の少女?達。

 

「……ここは?」

 

今の自分には何もわからない、というのがわかった所で、妙に乾いた口を開いて問う。

いっそあの世ですと言われれば諦めもつくのだが。

少女?達の中でも大人びた雰囲気の女性が答えた。

 

「ここはホロライブの事務所よ。貴方はウチの前で倒れてたから此処に運んで手当てしたの」

 

「ほろらいぶ……?」

 

金の長髪に奇妙な角を生やし、白衣を纏ったその女性の答えにオルガは疑問を浮かべる。

ホロライブという名前の事務所など、クリュセにあっただろうか?

 

(いや、それよりも先ずは、スジを通すべきだろ)

 

姿勢を正し、女性たちに頭を下げた。

 

「先ずは、助かった。手当てをしてくれてありがとう」

 

名瀬仕込みの一礼に女性達は一瞬唖然としたものの、直ぐにオルガの頭を上げさせようと慌ただしくなる。

 

「いやいやいや!頭を上げてくださいよ!」

 

「そうッスよ!ウチら大したことしてないし!」

 

「何もしてなかったアンタが言うな!?」

 

「あ、お茶飲みます?」

 

「そのお茶推しは何なの!?」

 

黒い短髪に帽子を被った少女と、白髪に動物(だろうか?)の耳が生えた少女に翻弄される黒い長髪にこれまた動物らしき耳の少女。

 

「ストップストップ、彼困ってるわよ」

 

それを諌めて金髪の女性がオルガに振り替える。

 

「大したことしてないのは本当。でもお礼は受け取ったから頭を上げて、ね?」

 

「ああ……」

 

女性に諭されて頭を上げると、先程見た通りの現実離れした光景が目に入ってきた。

再び混乱しそうになる思考を抑えていると、自分がまだ名乗っていない事に気づく。

 

「……俺の名はオルガ・イツカ。鉄華団の団長だ」

 

探りを入れる為に敢えて自分の所属を付け足す。

鉄華団──これを聞いて即座に反応するならばギャラルホルンの可能性が高いと踏んでの事だ。

もしもそれが当たっているならば直ぐにでも此処を脱出しなければならない──のだが、相手の反応はあっさりとしたものだった。

 

「私は癒月ちょこ。ホロライブ所属のVtubarよ」

 

「同じくホロライブ所属の大空スバルッス!」

 

「大神ミオでーす」

 

「白上フブキですっ」

 

というか寧ろ更に混乱を招いた。

ホロライブ?Vtubar?全くもって聞き覚えがない。

そんな組織、火星にあっただろうか?

 

「……聞きたいんだが、ここは火星の何処だ?」

 

「「「「えっ?」」」」

 

「えっ?」

 

返ってきたのはすっとんきょうな声。

何か妙な事だろうか?自分が撃たれた場所と今の自分の格好を考えれば火星なのは間違いない筈……なのだが。

 

「火星ってテラフォーミング出来てたっけ?」

 

「いやいや、そんな一大ニュース聞いたことないッスよ!?」

 

「ロボ子先輩なら火星くらい行っててもおかしくないけど……ロボだし」

 

「えっ、じゃあ火星人ってこと?」

 

「「「そ れ だ」」」

 

「おーい聞こえてんぞー」

 

いきなり円陣を組んでひそひそと話しているが普通に聞こえている。わざとか。

何とも言えないユルい空気に思わず脱力感を感じる。

 

「……んで、結局ここはどこなんだ?」

 

「えっと、ここは地球の、日本って言う国の、東京って都市なんだけど……」

 

「ニホン……?トウキョウ……?」

 

ミオが恐る恐る出した答えに一瞬オルガの思考が真っ白になる。

 

「ま、待ってくれ、地球だって?んな馬鹿な事があんのか?俺が撃たれたのは火星のクリュセだぞ……?こんなナリで地球まで運ばれたってのか……?」

 

「って言われてもここが地球なのは事実だし……」

 

「そもそも火星に人が住んでるのも、クリュセって地名?も私達は知らないです」

 

「……は?」

 

続けてフブキが言った一言に今度こそ完全に思考が消えた。

クリュセはまだしも、火星のテラフォーミングを知らない?学があまりない自分でさえ知っている事なのに?

混乱に混乱を極めていると、ちょこが顎に指を当てながら一歩前に出た。

 

「うーん、どうにも知識に食い違いがあるみたいね」

 

「…………みたいだな」

 

茫然とする頭でそう返す。

ここまで話が合わないとなると、流石におかしいと誰でも気付く。

 

「取り敢えず情報交換しましょうか。そうすれば何かわかるかもしれないし」

 

パンっと手を叩きフブキがそう促す。

オルガとしてもこの不明瞭な状況を打開するのに必要と考え、その提案に賛成する。

 

「それじゃあオルガ……さん?から質問をどうぞ」

 

「ああ、先ずは──」

 

こうして、オルガと彼女達による情報交換が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く。

 

「お互い、情報は出しきったか……?」

 

「そうなるわね……」

 

結論をいうと、食い違いとかいうレベルじゃなかった。

もう色々と違いすぎる。

暦も違えば歴史も違う、技術レベルや世界情勢、果ては人の生活基準まで違うと来た。

異国とかもうそういう次元の話ではなかった。

 

「ワケわかんねぇ……」

 

ここまで来ると頭を抱えたくなると言うものだ。

そんなオルガとは反対に、ホロライブの彼女達は特に混乱はしていなかった。

 

「あー、異世界組みたいな感じかぁ」

 

「というか異世界転生?」

 

ミオとフブキが他のメンバーを思い出し、ある仮説を立てる。

 

「異世界転生?何だそりゃ」

 

「こっちの世界の創作物で流行ってるジャンルで」

 

「ある日突然死んでしまった主人公が目を覚ますとそこは見知らぬ世界だった!!……みたいな導入の物語なんス」

 

ちょことスバルの補足に、オルガは納得する。

確かに今の自分の状況と合致するし、それならあの致命傷で生きているのもわからなくもない。

荒唐無稽、というのを除けばだが。

 

「つまりは、だ。俺はアンタらから見て異世界の火星のクリュセで死んで、その異世界転生とやらでこっちに来ちまった、と」

 

整理するために改めて口にすると、ちょこ達がうんうんと頷く。

 

「納得……するしかねえか……」

 

現実離れしすぎな状況だが、それでも呑み込まなくてはいけない。

でなければ前には進めない。

フブキに渡されたお茶を一口飲んで気持ちを切り替える。

 

置かれた状況はわかった。

なら次は

 

 

「それでオルガ、貴方これからどうするの?」

 

「…………だよなぁ」

 

何をするか、だ。



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それからとこれから

振り返ってみると、オルガ・イツカの人生は何時も未知の経験と苦難ばかりだった。

今更な話だが、最期の辺りはもう少しやりようはあったと思わないでもないが。

それはさておき、今の状況はそんな人生を歩んできた中で最も未知と言うべきだろう。

 

「どうするか……か」

 

これまでの常識が一切通じず、頼れる仲間も兄貴分も居ない全くの一人で今後の身の振りを決めなくてはならないとはついぞ考えた事がなかった。

 

「……戸籍もなけりゃコネもねぇんじゃなぁ」

 

最早前提からして詰んでいる。

仕事を探すにしても戸籍は居るし、物乞いした所でこの国じゃろくすっぽ集まらないらしいし、野宿でもしようものならお縄につく可能性が高いと来た。

スバル曰く、『異世界転生の主人公は大抵すごい力で無双してる』らしいが、絶対そいつらがおかしいだけだろう。

こちとら死に際に女神やら神様なんてもんに会っては居ないし、頑強な肉体やらとんでもない力が有るわけでもない。

精々、一般的な人間より身体を鍛えているのと、死線を何度か超えた程度でしかない。

 

「…………」

 

だからと言って野垂れ死ぬつもりは無い……無いのだが良い案が思い付かない。

ちょこ達もどうやら考えてくれているようだが、やはり良案が有るわけではないらしい。

そうして揃って苦悩していると。

 

「──ここで働くなんてどうかな?」

 

天から声が聞こえた。

 

「は?」

 

その声に上を向くと……眼鏡を掛けた少女と目が合った。

 

「はろーぼー、ロボ子さんだよっ」

 

気の抜けるような耳障りの良い声で自己紹介して来た。『天井からぶら下がったまま』。

 

「ロボ子先輩、おはようございます!」

 

「おはよ~」

 

スバルの反応を見るに、どうやらここの所属らしいが……。

 

「何で天井からぶら下がってんの?」

 

ミオが代わりに聞いてくれた。

 

「ん~……ノリで」

 

「ノリかぁ、じゃあ仕方ないかぁ」

 

「まあノリなら仕方nいや仕方なくないだろ、止まり掛けたぞ俺の心臓」

 

若干納得しそうになってしまった。

ノリと勢いで止められそうになった心臓がバクバク煩いんだがどうしてくれる。

 

「ロボ子先輩いつの間に来てたんです?」

 

「ん?最初から居たけど?」

 

「えっ」

 

フブキの問いにしれっと答えているが、こんな目立つ見た目を見逃す筈がないのだが、今までの場面で居ただろうか?

 

「天井に」

 

「「わかるかぁ!!」」

 

思わずフブキと同時にツッコミを入れてしまう。

いや何が「えへへ~」だ褒めてないぞ照れるな。

 

 

閑話休題。

 

 

「……んで。ロボ子、だっけか?ここで働くってのはどういう意味なんだ?」

 

一旦、場を落ち着かせてから再度ロボ子に真意を問う。

 

「言葉通りの意味だけど……」

 

ピンクのパーカーの紐をいじりながらロボ子が説明を始めた。

 

「現状、オルガ君は完全に世界から孤立している訳だし、このまま事務所から出ちゃうとほぼ確実に何も出来ずに死んじゃうよね?」

 

「だな」

 

改めて他人から事実を突き付けられ、現実を再認識する。

 

「こっちの常識も何もわからない以上、そうなるな」

 

「うん。で、ボク達側としても折角助けたのにそのまま誰とも知らず死なれるかもしれないってなると寝覚めが悪いわけ。でしょ?」

 

「そうね……やっぱり良い気分にはなれないわ」

 

頭を振ってそう返すちょこにロボ子は頷く。

 

「だからまあ、それだったらウチで働きつつこの世界について学べれば良いんじゃないかなぁって」

 

「……有難い提案だが、戸籍とかはどうするんだ?流石に無いと不味いだろ」

 

先ほど、ちょこ達との知識の擦り合わせの際に聞いたが、それが無いとこの国ではまともに動けないようだが。

 

「まあそこはどうにかなるよ~ちゃんと手続き踏めばね~」

 

「……」

 

やんわりとした笑顔で言ってロボ子は天井から見事に着地した。

 

「まあ、働くにしてもYAGOOの許可が降りないと、だけどね」

 

「YAGOO?」

 

ここに来てまた増えたワードに流石に頭が痛くなってくる。

それを知ってか知らずか、ロボ子が人差し指をピンと立てて笑った。

 

 

「ウチの社長のことだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く、主にロボ子達が所属する『ホロライブ』について聞かされ、今。

 

「──アイドル、か……」

 

オルガは何時もの癖で右目を閉じて考えていた。

如何せん情報が多過ぎるので一度頭の中で整理する。

 

まず第一に自分は(おそらく)一度死んでいて、この世界に転生、或いは転移した。但し、スバルが言うような特別な力は無く、この世界の知識も無い。

 

第二に此処は日本という国の、東京という都市であること。

 

第三に今自分が居るのはバーチャルYouTuber、略してVtubar所属事務所のホロライブで、主に配信?での活動やアイドル活動何てのをしているらしく、普通の人間はじめ、魔界やら異世界(フブキ曰くファンタジー世界)やらから来ているのも居るらしい。

そしてそんなホロライブのトップがYAGOOと呼ばれる人物。

一体どんな傑物なのか。

 

……ともあれ、最初にロボ子が話した通り、まずはこの世界での生活の土台が必要なのは確かだ。

ロボ子の誘いは渡りに船と言える。

ここで乗らなければ完全に『詰み』だろう。

肚は決まった。

両目を開いてロボ子を見る。

 

「……頼む、YAGOOって人と連絡させてくれ」

 

そう言って頭を下げようとした瞬間、事務所のドアがガチャリと開いた。

 

「お疲れ様で~………………す?」

 

「「「「「……………」」」」」

 

ドアを開けた張本人は何とも言えない雰囲気に気まずそうに首を傾げ、ロボ子達はロボ子達で苦笑するしかなかった。

…………何だろうか、この微妙な羞恥心。

 

「え、えーと……あ、目が覚めたんですね」

 

「お、おう」

 

紺色の髪に眼鏡を掛けた女性の問いに頷く。

 

「身体は大丈夫ですか?」

 

「ああ……なんでか知らねえが無事だ」

 

「なら良かった」

 

「Aちゃんさん、どうしたんすか?」

 

ドアを閉めてこちらに近付いてくる女性──Aちゃんさん?──にスバルが訊ねるとAちゃんさんは何やら携帯端末らしきものを取り出すとオルガに差し出した。

 

 

 

 

 

「ウチの社長──YAGOOから、貴方に話があるそうです」

 

 

 

 

 

 




次回からシリアスは長期休暇に入ります


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赤髪危機一髪

鉄華団団長オルガ・イツカの異世界転生(転移?)からはや1ヶ月が経った。

桜はすっかり散りきって青々とした若葉を枝に垂らし、日差しは穏やかなものから少し暑く感じるようになった。

人の流れは相変わらずで忙しなく、都内ともなればそれも尚増している。

そんな季節のただ中、オルガはと言うと……。

 

 

 

 

「オルガさん!そっちの資料纏まりました!?」

 

「こっちは問題ねえ、だがコピーがまだだ!そっちは!」

 

「後五分!!」

 

修羅場っていた。

手は残像が見えるほど俊敏に動かしながら次から次へと来る仕事を「友人A」と皆から呼ばれる本名不明──但し忌むべき過去に名乗っていた「飛鳥」という名だけ何故か知れ渡っている先輩と処理していた。

 

 

あの後、社長であるYAGOOと電話会談をした所、「行く当て無いならウチ来る?」なんて軽い調子でホロライブに雇用が決定。

あれよあれよと言っている内に戸籍やら仮住まいやらを用意して貰い、友人Aに仕事を教えて貰い今に至る。

まあその間にもホロライブの面々に魔界に連れて行かれたり、魂抜かれかけたり、自分が実は「ガンダムシリーズ」とか言う創作上の人物だったとか色々あったが今日もオルガ・イツカは元気(ナチュラル・ハイ)です。

 

「ハッ、この感じは久々だな……!」

 

徹夜特有のよく分からない高揚感を感じながらキーボードを叩く。

この1ヶ月、現代知識から仕事内容まで必死に頭に叩き込んできた結果としてそれなり以上に仕事が出来るようになっていた。

これも一重に「雇ってくれたYAGOOの親父に恩返しがしたい」というオルガの義理堅さ故だろう。

おかげでホロライブ徹夜勤務記録ホルダーとかいう不名誉通り越して辞退したいレベルの称号を持つ友人Aの仕事に着いて行けている。

更にプラスしてスタジオ機材の搬入や他スタッフとの協力しての力作業をこなしているのが今のオルガの勤務内容である。

 

尚、それを知ったホロライブのVtubarの面々からは「友人BもといO」「ワーカーホリックならぬワーカージャンキー」「見た目ヤ●ザのブラック社畜」等々、散々な言われようである。

 

「よし、こっちも終わりです」

 

「俺の方も終了だ……今回は一徹で済んだな」

 

「フッ……朝日が眩しいぜ……」

 

一仕事を終え、ブラインドから射し込む陽射しに目を細める友人Aにオルガは苦笑した。

胸元に「hololive」とプリントされた以外は何もない黒いTシャツにジーンズパンツのラフな格好だが、さながら歴戦の戦士のようにも見える。

時計を見れば朝の8時。そろそろ他のスタッフやVtubarがやってくる頃合いだ。

 

「……コーヒーでも飲むか?先輩」

 

「キツめのブラックでお願いします……」

 

「おう」

 

草臥れたボルドーのスーツを羽織り、オルガは給湯室へと向かった。

その背中を見送って、友人Aは机に突っ伏した。

 

彼女から見たオルガの印象は、見た目に反してとても仲間思いで義理堅い、と言った所だ。

きっちり先輩後輩の距離感を持ちながらも直ぐにホロライブの面々と打ち解け、それでいながら必ず借りは返す義理堅さ。

必死に仕事を覚えたのも、社長に恩返しがしたいと言う一念のみでそうしたらしい。

見た目と言動と格好はどう見てもヤ●ザだが。

この前来ていた社外の人なんて完全にビビっていたし。

 

「良い人、なんだろうけどなぁ…」

 

「何がだ?」

 

どうにも引っ掛かる違和感に嘆息していると、傍らに湯気の立つカップが置かれた。

その元を辿ると、オルガがコーヒー片手に何時もの仏頂面で立っていた。

 

「ありがとうございます……あっっっつ!」

 

「いや見りゃわかんだろ……」

 

礼を言いつつ口をつけると熱過ぎる感覚に口を離した。

おかげで目は覚めたが。

そのせいか、先程まで有った違和感の答えをぽんと口にした。

 

「オルガさんはなんでそんなに──」

 

「ダイナミィィィィィィィック……」

 

全てを言いきろうとしたその直前。

 

「エントリィィィィィィィィィィィィ!!」

 

赤色のやべーヤツが窓ガラスをぶち破って入ってきた。

 

「「…………」」

 

割れた窓から射す太陽を背に立ち上がったそいつの名は──。

 

「宝鐘マリン……出 社 ! ! 」

 

「じゃねえよバカ」

 

「あだぁ!!」

 

ホロライブ3期生「ホロライブファンタジー」メンバー、宝鐘マリンである。

赤髪にこれまた赤を基調とした服装に、特徴的な海賊帽を被っている。

声が●彦だったりミ●トさんだったりチ●ッパーだったりする、海賊(仮)だ。

 

「レディの頭をいきなり殴る普通!?」

 

「窓ぶち破って出社するような奴が普通なワケねえだろ」

 

「えっ」

 

「えっ……じゃねぇよ、何で驚いてんだ。てか窓どうすんだこれ」

 

マリンが破壊した窓を見てオルガは頭を抱える。

徹夜明けの疲労感が尚増したような気がする。ついでに胃も痛くなってきた。

 

「段ボールとかで塞ぐしかないですね、これは……」

 

「ああ、それなら大丈夫大丈夫」

 

同じく頭を抱える友人Aに対し、マリンは肩に掛けていた大きめのカバンを下ろすとそのチャックを開けた。

中に入っていたのは……

 

「「シ、シオン(さん)……!?」」

 

「タスケテー」

 

何故か縄で亀甲縛りにされたホロライブ2期生の紫咲シオンだった。

名前の通りの紫を基調とした服と淡い紫が混ざった白髪と金の瞳を持つ、本人曰く「魔法使い」。

出会った当初は眉唾だとオルガは思っていたがリアル「いしのなかにいる」やら事務所ごと成層圏に転移したりと見せられたので嫌でも信じてしまった。

そんな彼女の姿を見てオルガは合点がいった。

 

「シオンに直させんのか?」

 

「YES!!」

 

いやYESじゃないが。

シオンをカバンから抱えだし、縄をほどくとゲッソリとした顔で「あ゛~~~……」と唸り声をあげた。

猫か。

 

「朝から災難だな」

 

「徹夜で魔法の研究してたらいきなり船長がやってきてさ……明日サプライズ仕掛けるから手伝って!とか言われて……めんどくさいから断ったらさぁ」

 

「ならば海賊らしく、いただいてゆく!!」

 

「……ってな感じで連行されましたとさ」

 

「「もはや強盗じゃねえか(ないですか)」」

 

海賊と言うよりもはや山賊や野盗の所業である。

これには流石に同情を禁じ得ない。

 

「まあ、とりあえず……窓、よろしくな」

 

「あ゛~~~……私の研究時間~~~……」

 

嘆くシオンの叫びが事務所にこだました……。

 

 

 

 

 

 

「おっはようございまーーーーーーーーーーッス!ってなんじゃこりゃあ!?」

 

「おう、おはよう。それか?……赤髪危機一髪」

 

「なにそれ楽しそう」

 

「助けるという選択肢すらないんですかスバル先輩!?」

 

シオンが窓を修復している最中、やってきた大空スバルが樽に詰められたマリンを見て目を輝かせていた。

その視線は樽の傍らに無造作に置いてある段ボール製の剣に注がれている。

もうぶっ刺す気満々である。

 

「おはようございま~す、って船長何してんの?」

 

続いてやってきた金髪碧眼の少女、ホロライブ一期生の「赤井はあと」が異様な光景に驚いていた。

 

「サプライズを仕掛けたと思ったら樽に詰められたなう」

 

「なるほどわからない」

 

マリンの事情説明に冷静にツッコミを入れ、はあとは肩に掛けていた荷物を下ろすと、樽の傍らの剣を徐に持ち上げた。

 

「で、どこに刺すの?」

 

「最早刺すことに躊躇が無い!?助けてオルガ団長ぉ!!」

 

「ちなみに当たりを引くと今日の買い出しで好きな甘いもんを一つマリンが奢る」

 

「よし当てよう!」

 

「救いはないんですかぁ!!」

 

ケジメなのでそんな物は無い。

 

「お~、なんか面白そうなことしてるね~」

 

「船長が樽に詰まっとるwww」

 

と、そこに猫耳を生やしたライラックの髪の少女と犬耳に焦げ茶の髪の少女がマリンの惨状を見て笑いを堪えていた。

猫耳の少女はホロライブゲーマーズ所属の「猫又おかゆ」、犬耳の少女は同じくゲーマーズ所属の「戌神ころね」である。

二人はお互い顔を見合わせるとニヤリと笑い、そして。

 

「よおし刺すぞ~」

 

「船長どこがいい?」

 

流れに乗っかった。

 

「お助けを~~……!」

 

 

 

 

「……賑やかになったな」

 

「樽に詰めたのオルガさんですけどね」

 

「ケジメはキッチリつけねぇとな」

 

わいのわいのと騒がしくなった事務所を眺めるオルガに友人Aがコーヒー片手にツッコミを入れる。

 

「オルガさんもすっかり染まりましたね、ウチに」

 

「……慣れってのは、怖ぇな」

 

肩を竦めて苦笑する。

ここ1ヶ月、突拍子もないことだらけだったのだから慣れない方が無理だろう。

思い悩むこともあったが、ホロライブ(ここ)の賑やかさにそれも些細な事だと自然に割り切れていた。

今ではご覧の通り、そこそこ楽しめている。

血生臭い人生だったが、ここはそれを忘れるくらいに騒がしく、そして面白い。

 

「ま、悪くねぇか」

 

片目を瞑り、笑う。

 

 

 

「よぉし、お前ら!今日も始めるぞ!!」

 

 

 

 

 

 




※ちなみに当たりはおかゆんが引きました


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るしあとオルガとネクロマンス

探求心はおさえられない!




※誤字修正しました。
ご報告ありがとうございますm(__)m


初夏も終わり、肌に張り付くような暑さと湿気が漂う梅雨。

嫌気が刺すような霧雨が降る外とは裏腹に、エアコンが効いた事務所の中でオルガは重々しく口を開いた。

 

「今日集まって貰ったのは他でもねぇ」

 

事務所の片隅、パーテーションで区切られただけの簡単な会議スペースで席に座った面々を見る。

兎耳を生やした小柄な少女、反対にある意味デカい騎士、褐色肌のエルフに海賊(船はない)。

順に、兎田ぺこら、白銀ノエル、不知火フレア、宝鍾マリン。

俗に言う、ホロライブ三期生の面々だ。

そんなメンバー達はそれぞれ同情的な目でオルガを見ていた。

 

「…………こいつをどうにかしてくれ。頼むから」

 

親指で指した先、オルガの背後に立っていたのは一人の少女だった。

エメラルド色の髪にルビーのような大きな瞳。

小柄な身体を暗い水色の蝶を模した服で身を包む少女の名は潤羽るしあ。

ここに居る面々と同じ、ホロライブ3期生のメンバーである。

 

 

 

 

 

 

 

ことの発端は2ヶ月ほど前。

オルガがホロライブに入社して間もない頃。

友人Aから仕事を教えられながら、事務所のメンバーとの顔合わせがあった。

0、1、2期生とそこまではまあ普通というか無難に顔合わせがすんだのだが……3期生、とりわけるしあの反応は凄まじいものだった。

 

「一度死んだって本当ですか?死んで自己意識そのままに甦る感覚ってどんな感じですか?幽体離脱みたいにフワフワ~ってしたんですか?そもそも肉体が致命傷を負っていて魂の器として不完全なのにどうして同じ肉体が再生してあまつさえ同じ魂が収まったのかな?私気になります!から魂ちょっと抜いて良いですか?」

 

ダメです(無意味な抵抗)。

まあこんな反応だったのだ。

というのも彼女、元の世界では死霊術(ネクロマンス)を専門とした学生をしていたらしく。

そんな彼女からしてみたらオルガのような転生者の魂は探求心が擽られるらしく、断る暇もなく魂を一瞬だけ引っこ抜かれた。

死ぬかと思った(実際死んだようなもの)。

その時は偶然居合わせたホロライブ4期生で悪魔の常闇トワが即座に魂を引き戻してくれたので事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

その後、友人Aから注意され暫くは大人しかったのだが……。

 

「最近、気が付くとずっと背後に立っててな……」

 

やはり探求心が抑えられなくなってきたのか、最近になって再び獲物を狙うような目でこちらを見ながら背後に立つようになったのだ。

ふぁんでっど(るしあのファンの総称)からしたら歓喜に打ち震え、寧ろ自分から魂を捧げそうな案件だが、オルガからすると気が気じゃないしジッサイコワイ。

ちらりと後ろを向くと、目線が合った。

 

「……(にっこり)」

 

何も知らない人が見れば誰しもが「乙女だ……」と評しそうな笑顔を向けてくれるが、オルガからすれば背筋が凍る思いだ。

 

「……と、言うわけで、同期のアンタ達に集まって貰ったわけなんだが」

 

「「「「諦めろ」」」」

 

即答である。

 

「この状態のるしあ止められる人、寧ろ居るのかな?」

 

とノエル。

 

「いや……居ないでしょ。私でも無理そうだし」

 

続いてフレア。

 

「シオン先輩と同じで研究モード入っちゃってるし、もういっそ満足するまで魂抜かせるとか?」

 

更にマリンが追い討ちを掛け。

 

「ぺこらか弱いから今のるしあには太刀打ちなんてとても出来ないぺこよ?ほら、こんなに可憐ぺこだし?」

 

「兎田の魂を差し出すか……」

 

「今の流れでどうしてそうなるぺこ!?」

 

ぺこらがオチを担当すr……いや今はそんなことはどうでもいい、重要なことじゃない。

 

「どうでもよくないぺこよ!?」

 

「案外いけるんじゃない?」

 

「ノエル!?」

 

「ぺこらちゃんの魂は一回抜いてるからいいのです」

 

「既にやられてたぺこぉ!?」

 

これぞ俗に言う「ぺこ虐」である。(様式美)

しれっととんでもない目に会っていたぺこらだが、そこはそれ。

これで思い付きの対策が一つ減ったわけだが……。

 

「うーん……」

 

速攻で諦めろと断じてきた割に、一同は悩ましげに首を傾げる。

ああは言うが、何だかんだ人が良いのである。

暫くの沈黙のあと、一同の中でも常識人(エルフ)なフレアが挙手した。

 

「そもそも思ったんだけど、るしあはオルガさんの魂抜いてどうしたいの?」

 

「研究Death」

 

もはや語尾が殺意しかない。

 

「具体的には?」

 

「転生者の魂の性質や肉体に及ぼす影響を調べるのです」

 

「そうした場合、オルガさんはどうなるのかな?」

 

「特に影響はないですよ?魂をちょこっと採取するけど直ぐに元に戻る程度です」

 

「だってさ、オルガさん」

 

るしあの答えを聞いてフレアは肩を竦めて見せた。

どうやらフレアとしては一度やらせてみたほうが良いという結論らしい。

実際、聞く限りだとあまりデメリットが無いようにも思える。

害が余り無く、それでるしあの気が済むのならそれに越したことはない。

というか最初から言って欲しかった。

 

「ところで今まで気になってたんだけど」

 

条件付きでなら許可してもいいかと考えをまとめたと同時、それまで吉○家の牛丼を食べていたノエルが声を上げた。

 

「抜かれた魂ってどんな形なのかな?」

 

そんな問いに対するるしあの答えは。

 

 

「え?全裸ですよ?」

 

さも当然かのようにそう言い切った。

 

「「「「「…………」」」」」

 

深呼吸。

 

 

「あれ?どうしたのです皆s」

 

 

 

「「「「「アウトォォォォォォォォォ!!」」」」」

 

真昼の事務所にオルガとるしあ以外の三期生の叫びが木霊した。

 

 

 

結果。

 

社報

 

潤羽るしあはオルガ・イツカの魂を抜くことを今後一切禁ずる。

 

友人A

 

 

 

 

「なんでですかぁぁぁぁ!?」



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そんなこんなの水着回!-1

長らくお待たせしてすいませんm(__)m


青い空、白い雲、目映い太陽、聴こえる潮騒と海猫の声。

 

「オルガさーん!こっちでーす!」

 

「お前ら元気だなオイ……」

 

そして目の前には大海原。

そう。今オルガ達が居るのは夏の海である。

 

「……マジで大丈夫なんだろうな?」

 

「まあ……ロボ子ちゃんの事だからそこら辺は大丈夫……だといいにぇ」

 

隣に立つホロライブ0期生、「さくらみこ」の諦め混じりの言葉に天を仰ぐ。

突き抜けるような空の青さが目に沁みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間前。ホロライブ事務所にて。

 

「海に行きたい?」

 

「えぇ、はい」

 

保有機材のメンテナンスチェックリストを纏めていたオルガは、友人Aの言葉に作業の手を止めた。

 

「そいつぁ、夏の風物詩?ってやつでか?」

 

「それもあるんでしょうけど、専ら水辺で遊びたいって感じですね」

 

「まあ、この暑さだからな……」

 

ブラインド越しに射し込む強すぎる日光を見て同意する。

オルガは前世──というのが正しいか甚だ疑問だが──でもあまり地球の夏というものの経験に乏しい。

夏らしい温暖な気候と海と言えば、せいぜいがクーデリアのお嬢を地球に送り届ける際に訪れたミレニアム島くらいしか知らない。

それも依頼途中でほんの一時居ただけだ。

ミレニアム島を思い出し、一瞬『親友』の顔が過るが、頭を振って掻き消す。

 

「オルガさん?」

 

「いや、何でもない。しっかし海か……もう今時期じゃあかなり混んでるんだろ?」

 

「ざっと調べましたけどどこも大混雑ですね。とても皆で行ける感じじゃないです」

 

「ちょっとまて、皆?まさか全員で行く気か?」

 

「志望者を募ったところ、そらから四期生まで全員が行きたいと……」

 

とんでもない大所帯である。

28人もつれて海に行くなんて最早社員旅行だ。

いや実際そうなのだが。

このレジャーシーズン真っ只中に28人がのびのびと遊べる海を探す……。

無理じゃないかな。(諦め)

無人島の一つでも買い取る位しないと流石に現実的ではない。

 

「放送用の海のセット……だと雰囲気だけだし」

 

「かと言って他にいい手はなさそうだよな……後は精々ビニールプールか」

 

中々難しい条件に二人頭を悩ませていると、

 

「はろ~ぼ~」

 

ゆるい声が真上から聞こえてきた。

 

「ロボ子か」

 

声の発生源に顔を向けると、天井からぶら下がったロボ子がゆるゆると手を振っていた。

 

「ロボ子さんだよ~」

 

気楽に挨拶をして、天井からふわりと着地したロボ子に疑問を投げ掛ける。

 

「随分早い出勤だな。今日の放送はまだ先だろ?」

 

「ちょっと暇しててね、早く来ちゃった。それで、二人頭突き合わせて何してたの?」

 

返すロボ子からの質問に二人は一瞬目を合わせる。

 

(どうするよ?)

 

(このままだとジリ貧ですし、この際他から意見をかき集めるのもありじゃないですか?)

 

(……だな)

 

この間、実に0.5秒。

意見が合致したので、オルガの方から答えた。

 

「実はな──」

 

 

 

 

「──なるほどね、大体わかった」

 

ざっくりとした事情を聞き終えると、ロボ子はそう言っていつの間にか掛けていた眼鏡をクイッと上げた。

 

「前から思ってたんだが、お前ロボなのに眼鏡要るのか?」

 

「可愛いから要る」

 

「お、おう……」

 

「それはさておいて、その条件が揃ってる場所なら知ってるよ」

 

「「マジで?」」

 

「マジ」

 

自信ありげに胸を張る辺り、本当に知っているのだろう。

 

「ちょっとだけ時間をくれれば行けるよ、何だったら二人も知ってる所」

 

悪戯っぽく笑顔を浮かべたロボ子の言葉に皆目検討がつかない。

流石にそんな理想的な場所を知っているならとっくに出しているのだが。

そんなこちらの疑問に気付いたのか、ロボ子は笑った。

 

「ふふん、ボク達はVtubarだよ?だったら一つしかないでしょ」

 

 

仮想現実(バーチャル)、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてあれよあれよと言う間にロボ子の手によって仮想現実の海に誘われ、今に至る。

白い砂浜沿いには南国らしい木々の間に挟まるようにテラス付きの丸太で組上がった大きなコテージ、そこから海へ一直線に桟橋が伸びている。

当然のように海の透明度も高く、少し覗けば色鮮やかな小魚が泳いでいるのが見える。

海水も程よく冷たく、気温も多少暑いくらいの正に絶好のロケーションである。

 

「ここまで来るともう現実と変わんねぇな……」

 

温度や匂い、感触まで再現されている以上、そう言えるほど現実と遜色ない感覚に驚きを覚える。

 

「ふっふっふ、どう?高性能でしょ~」

 

「ああ、ホントに高性能だったんだな、お前……」

 

「今までなんだと思ってたの!?」

 

「ポンコ……天然」

 

「今ポンコツって言いかけたよね!?」

 

横からにゅっと現れたロボ子とそんなコントをしながら、てきぱきとレジャーシートを広げ、パラソルを砂浜に突き立てて行く。

 

「オルガさんは着替えないの?」

 

「水着なんて持ってないしな」

 

そもそも水着という概念自体知らなかったのだから仕方ない。

ので今は火星や地上で前線に出る時の上裸に作業ズボンと言った格好である。

隣立つロボ子や他の面々は当然の如く水着である。

 

「まあ、その格好自体が水着みたいだよね」

 

「動きやすけりゃ問題ないだろ……っと」

 

不意にロボ子へ向かって飛んできたビーチボールをキャッチすると、少し離れた所から駆け寄ってくる声が聞こえた。

 

「すいませーん!大丈夫ですかー!」

 

「ああ、大丈夫だ……って」

 

声の方を見やるとそこにはこちらにやってくるノエルの姿が。何人かで集まってボール遊びをしていたようだ。

砂浜もあってかよたよたと危なっかしく走る姿は大変愛嬌があるのだが、問題はそこではない。

オルガからして「デケェ」と言わしめた豊かな双丘が解放的な水着によって揺れている。

伊達にK(night)カップと呼ばれてはいないそれはまさに男性特攻の視覚的暴力の波動とも言えるだろう。※一部紳士の方々を除く

 

そんなノエルのそれを目の前にして、オルガは……

 

「足場が悪いんだ、慌てて走るなよ」

 

「いや~すいません」

 

至って普通に接していた。

それもその筈。オルガのこれまでの人生経験において、「女性経験」の四文字は存在しないのである。

アトラやメリビット、クーデリアのお嬢やフミタン等、関わった女性は居るには居るがそのどれもが身内みたいなものだったり仕事仲間だったり雇い主だったりと、何一つそれっぽいものは無いのだ。

更に多忙を極める仕事と男所帯とくればそんな経験などする余裕さえない。

結果としてオルガの女性に対する接し方は専ら身内に対するそれと同じになっている。

つまるところ女性として意識出来ないのだ。

 

「それと、水着……だったか。それ紐で縛ってるだけなんだろ?

ちゃんとほどけないようにしとけ」

 

「はーい」

 

「ほらよ、もう少ししたら昼飯だキリが良いとこで上がれよ」

 

「はーい!」

 

来た時と同じように走り去ってくノエルを見送った所で、ロボ子がぼそっと呟く。

 

「なんかお父さんみたいだよね、オルガさん」

 

「なんか言ったか?」

 

「何でもな~い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く後。昼食。

 

ジューーーーーーーーー……

 

『…………』

 

「……焼きそば、って話だったよな?」

 

「……だね」

 

「……にぇ」

 

「……ぺこ」

 

「にしては甘ったるいような酸っぱいような臭いがするんだが?」

 

「…………ハアチャッマチャマ~…」

 

「…………何やってんだ、赤井ぃぃぃぃ!!」

 

「ひぇぇ、何でバレたのぉぉぉ!?」

 

 




水着回はまだまだ続きます!


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そんなこんなの水着回!-2

新年明けましておめでとう御座います(今更)

真冬だってのに海水浴回とか季節感ガバガバ過ぎないかな?
まあ私が悪いんですがね!!
はいごめんなさい!!(土下座)




それから暫く。

無残にもポイズンクッキングされた焼きそばの代わりをちょこ、AZKiを筆頭とする料理出来る組が即座に仕上げたことで無事に昼食を済ませ、ただいまの時刻は13時を回った所である。

 

陽射しはなおも強さを増し、波打ち際の海水が心地好さげに揺れている。

 

「──で、なんで私まで水着なんですか」

 

「わかんねえ」

 

コテージで食休みがてらレモンスカッシュを飲んでいると文句ありげな顔な友人Aがスポーティーな水着姿で現れた。

 

「ロボ子ちゃんが気を利かせてくれたんだよ」

 

「ときのか、楽しんでるか?」

 

「もちろん!」

 

次いで現れたホロライブの第一人者、ときのそらはオルガの問い掛けに笑顔で応えると友人Aの手を牽いた。

 

「行こ、えーちゃん!折角の海なんだし楽しまないと!」

 

「あー仕事がー写真撮影がー……」

 

「……そっちは俺がやっとくから行ってこい」

 

あーれー……、と気の抜ける声を残し友人Aはそらに引っ張られていった。

友人Aの言った通り、今回はただの海水浴では無い。

水着での写真撮影と言う大義名分があるのだ。ロボ子曰くVR空間なのでいちいちカメラを構えなくとも撮影と念じるだけで視覚情報から風景を自動的にいい感じにして撮ってくれるらしい。

しれっととんでもない。

 

とはいえ流石にその役目は友人Aに任せることにしている。

自分が行った所で変に萎縮させてしまうだろうし、皆と仲の良い友人Aの方が自然な画を撮れると判断したからだ。

なので必然、残っているのは──。

 

「更新機材の領収書は……と」

 

何時も通りの事務処理である。

現実にある物と同期したPCに慣れた手つきでデータを入力していく。

潮騒と少女達のはしゃぐ声に何処と無く懐かしさを感じつつ暫く打ち込んでいると突然背後から声がした。

 

 

「こんなきり~!」

 

「うおっ!?」

 

驚いて思わず叫んでしまったオルガが振り返るとそこにはしたり顔で笑う角の生えた少女がいた。

 

「百鬼か……驚かせるなよ」

 

「後ろから声をかけただけだぞ?んふふ」

 

そう言って鈴のような声で笑う彼女は百鬼あやめ、シオンと同じホロライブ二期生の鬼娘である。

ご覧の通り悪戯好きである。オルガも度々被害に遭っていてもはや慣れたものだ。

 

「ったく……で、どうかしたのか?」

 

「だんちょを呼んでくれってミオちゃんに言われたんだ余」

 

「大神が?」

 

「とりあえず来るのだ~」

 

「いやまだ仕事が、っておい引っ張るな力強いなお前!?」

 

「鬼だからな!」

 

抵抗虚しくあやめに腕を掴まれ、先程の友人Aと同じように浜辺に連れ出される。

そうして連れ出された先にあったのは……

 

「ではこれよりスイカ割り大会の開催だコルァァァ!!」

 

「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHA!!!!」」」

 

およそ2メートルはあろう巨大すぎるスイカを前に盛り上がっている桐生ココを筆頭とした面々だった。

 

「いやデカ過ぎんだろ」

 

自身の身長と殆んど変わらないスイカを見て率直な感想が出る。

スイカ割りをすること自体は下調べの段階で知っていた。知っていたが……

 

「どう割るんだよこれ」

 

「木刀じゃまず無理ッスね。皮が厚そうだし」

 

いつの間にか隣に来ていたスバルが木刀をステッキ代わりに突きながら愚痴る。

 

「目隠ししても当たりそうな大きさだけど、これじゃあねぇ」

 

と困ったように眉をひそめるちょこ。

それに対して、

 

「だんちょだんちょ、余の二刀なら斬れるかな!」

 

「私のメイスならワンチャンある……!」

 

「魔術有り?なら余裕っしょ!」

 

「……おっきい、『スイカ』……叩き割ってやるのデス……」

 

息巻くあやめ、ノエル、シオン。

るしあ……は謎の怨念が籠っているように見えるが気のせいだろう。気のせいだと思いたい。した。

 

こうして始まった巨大スイカ割り大会は、とりあえず楽しむエンジョイ組、絶対にカチ割るという覚悟を決めたガチ組、端から見つつ茶をしばく傍観組の三つに別れ混迷を極めていた……!

 

 

No1.白銀ノエル

 

「よっしゃやるぞー!」

 

「おいおい、いきなり白銀かよ」

 

「あのメイスの破壊は伊達じゃないですからネ~、これは早くも決まったカ!?」

 

────バゴォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!

 

「勝ったナ……」

 

「桐生、それフラグじゃねえか」

 

「なん……だと……?」

 

爆音と共に割れる筈のスイカはしかし、表面に少しの凹みを見せただけだった!!

 

「嘘だろ……」

 

白銀ノエル、失敗!

 

 

No2.AZKi

 

「いやあれでダメなら無理でしょ」

 

「ごもっともだな」

 

「流石のワタシも予想外デシタ」

 

ぱこっ

 

\無 傷/

 

「ですよねー」

 

AZKi、失敗!

 

 

No3.常闇トワ

 

「「TMT(トワ様マジ天使)」」

 

「やめんか!!悪魔、ア・ク・マだから!!」

 

「様式美ってヤツですワ」

 

「こうなったら悪魔の力ってもんを見せてやる!」

 

ゴッ──!

 

「~~~~~~っ(声にならない叫び)」

 

「スイカからじゃなく常闇の手から鳴ったな……大丈夫か?」

 

\無 傷/

 

常闇トワ、失敗!

 

 

No4.さくらみこ&兎田ぺこら

 

「まさかのダブルエントリー……ってかありなのか?」

 

「尺」

 

「「そこ、メタネタはやめるにぇ(ぺこ)!!」」

 

「……で、どうやるんだ?」

 

「ぺこらが人参を冷凍して!!」

 

「みこがハンマーで刺す!!」

 

「割るって概念何処に行きやがった……」

 

「「ぺこみこン、ハンマーァァァァァァァァァァァ!!」」

 

グシャァァァァァァァン!!

 

\無きz

 

「いや……あれは!?」

 

「スイカに人参が……刺さりマシタ!!……けど割れて無いので失敗デスね~」

 

「「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」

 

ぺこみこ、失敗!

 

 

そこから次々とスイカに挑むも、その表皮に凹みをつけるか人参を少しめり込ませるかに終始し、遂にラスト三人になってしまった。

 

「まさか断崖五絶壁の四壁でさえ割れないとワ……」

 

「宝鍾がわざわざ作った大砲の砲撃でも無理じゃあな……」

 

 

No13.白神フブキ&大神ミオ

 

「猫と狼コンビか」

 

「狐じゃい!!」

 

「お二人はどのよう二?」

 

「「力を込めて殴る」」

 

「シンプルイズ物理~」

 

 

「「──疾ッ」」

 

スパァン!!

 

「今の見えましタ?」

 

「全くだな……音速行ってないか、あのスピードっておい」

 

「赤い……汁……!!割れたカ!?」

 

「いや……人参が深くめり込んだだけだ」

 

「あちゃー、ダメでしたか~」

 

「人参を杭にして割れるかなって思ったんだけどなぁ」

 

フブミオ、失敗!

 

 

No14.天音かなた

 

「さあラストを飾るのはPPT、かなただァ!!」

 

「大丈夫なのか……?」

 

「ねえココ、一つ良い?」

 

「何?」

 

「流石に割るのは無理そうだから、削っていい?」

 

「「……は?」」

 

それはどういう意味だと問う前に、かなたはスイカの表面をペタペタと何かを確認するように触る。

 

「ん~……やっぱりみんなのおかげで柔らかくなってる。これならイケるかな」

 

「ま、まさかかなた……お前!」

 

「そのまさかさ!!ふんっ!」

 

不敵に笑ったかなたが力を込めてスイカに指を突き立て……その皮を『貫いた』!!

 

「おいおいおいおい、マジかよ!?」

 

そしてそのまま握力を全開に、腕を振り下ろす!!

 

「これが!天使の!AKURYOKUだああああああ!!」

 

 

グシャァァァァァァッ!!

 

『…………』

 

呆然とするオルガ達に、弾ける赤々とした果肉と果汁が雨のように降り注ぐ。

 

「えっへへ~、やったぜ!」

 

その最中、スイカの間近でそれを浴びたかなたが振り返りVサインを天高く掲げた。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 

天音かなた、成功!!

 

 

 

 

 

「デカいだけかと思ったが……何だよ、結構ウマイじゃねえか……」

 

人生初のスイカの甘さに舌鼓を打ちながら、呟く。

日はとうに傾き、水平線に太陽が沈み出している。

片付けは既に終わり、残りの時間を皆思い思いに過ごしていた。

 

「どうでした?二度目の海は」

 

テーブルの対面に座った友人Aに問われ、オルガは最後の一口を飲み込んで答えた。

 

「ああ、悪く無かったな」

 

沈む夕日を眺める。

こんな景色を、『皆』とまた────

 

「……いや」

 

最早叶わぬ憧憬を言葉と共に掻き消して、『今』の気持ちを素直に吐き出す。

 

「楽しかったさ」

 

「……よかった」

 

「さて……そんじゃ行くか」

 

「ええ」

 

ぱんっ、と膝を叩いて立ち上がる。

 

「よぉしお前らぁ、帰るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

後日、事務所にて。

 

「しっかし、すげえ売れ行きだな」

 

「ホロライブ全員での写真集は初めてですからねぇ」

 

デスクの上に山と詰まれた写真集の内、サンプルとして渡された一冊を開いてオルガと友人Aは中身を見ていた。

先日の海で撮影した、水着メインの写真集は見事な売れ行きを見せ売り切れが続出。

通販サイトでさえ入荷待ちの状態となった。

 

「ロボ子様々ってヤツだな」

 

「ですね」

 

色々と用意してくれたロボ子には感謝しても仕切れない。

 

「YAGOOの親父も忙しそうだったな」

 

「嬉しい悲鳴、でしょうね」

 

「「ははははは……」」

 

二人して笑い合い、正面を見る。

そこには大量に詰まれた段ボールがさながらテトリスのように詰まれていた。

写真集は写真集。それが終われば当然、次の仕事が有るわけで。

 

「やりますか」

 

「ああ……よし、始めるぞ!」

 

今日も今日とて、忙しい日常が始まる。

 

胸に確かな思い出を抱いて。



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お祭り

ザッザッザッ……

 

箒を払う音が快晴の空の下に響いては消える。

残暑に焼かれた石畳が熱を揺らめかせるのを打ち水がぱしゃりと流し去る。

人々の喧騒はどこか遠く、程好い音楽となって耳を楽しませてくれる。

 

ザッザッザッ……

 

「……で、なんで俺は神社の手伝いなんてやらされてんだ」

 

「しょうがないぺこよ。この時期は大変だから毎回こうぺこ」

 

手を止めて、箒の柄を杖代わりにしたオルガの愚痴に、ぺこらが打ち水を石畳に撒きながら答えた。

 

「何時もはぺこーらしか手伝いに連行されなかったけど、今回はそうはいかないぺこよ」

 

「俺をスケープゴートにしようとしたのは良いが、結局兎田も来てんじゃねぇか」

 

「う゛……」

 

図星を突かれてぺこらが気まずそうに視線を逸らした。

手伝ってくれないの?と泣き付かれて即座に応と答えたのが目に見える。

 

「しっかし、祭りの手伝いか……さくらの奴、大丈夫か?」

 

普段のはっちゃけぶりを見ているからか、こういった神事をちゃんと出来ているのか心配になる。

なんせG○Aでロケットランチャーを乱射したり、そらを見掛けると限界化したりとまあ色々としているからだ。

 

「あれでもう何年もやってるから大丈夫ぺこよ。それよりもそっちは掃き終わったぺこか?」

 

「ああ、丁度終わった」

 

「それじゃ、打ち水したら次の場所に行くぺこよ~」

 

ぱしゃり

 

冷たい水が石畳を叩く音が、夏の空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~掃除と打ち水助かったにぇ、ありがと!」

 

「……地味に広いのな、神社ってのは」

 

「もう、絶対に、やらない、ぺこ……」

 

社務所で待っていたみこから労いとスポーツドリンクを受け取ってそのまま畳へ腰をどかりと降ろす。

扇風機の風が心地よく身体を撫でた。

昔ながらの建物故か、エアコンなんて便利なものはない。

だが、神社全体を囲う鎮守の杜のおかげか不思議と空気はひんやりとしている。

 

「まあ今年は特に暑いからにぇ~」

 

と言っても日射しが暑いのは変わり無く。

 

「日本の夏って暑すぎるぺこ……」

 

「気候もあるからにぇ~……」

 

同じ夏と言っても、国よっては暑さの種類も違うらしく、日本の夏は湿度が高く肌に張り付くような暑さだ。

 

「あとは信者さんたちが準備してくれるから大丈夫。二人はゆっくり休んでるといいにぇ」

 

「わかったぺこ~……」

 

「その準備ってのは力仕事もあるのか?」

 

「?そうだけど……」

 

「そうか」

 

みこの返事に頷くと、オルガは着ていたサマースーツを脱ぎ、ネクタイを投げると、シャツの袖を捲り上げた。

 

「んじゃ行くか」

 

「いやいや、さすがに悪いって!」

 

「何言ってんだ。頼られたんなら、最後までやらねぇとな」

 

「熱中症は?」

 

「こんくらい問題ねぇよ」

 

伊達に火星や地球の夏を経験していない。

この程度の暑さ、CGS時代に懲罰でボイラー室に閉じ込められた時に比べれば屁でもない。

実際、体調にも変化はないので活動に支障はきたさないだろう。

靴を履き直し、立ち上がろうとした所でぽす、と頭に何かを乗せられた。

 

「……これは?」

 

「麦わら帽子。時間帯的にもそろそろ被っといたほうが良いにぇ」

 

「ま、無いよりはマシぺこ。あとはこれを持ってくぺこよ」

 

そう言ってぺこらが投げ渡したのは濡れたタオルだった。

 

「冷たっ!?」

 

「冷やしタオルぺこ。キンキンに冷えてるから首に巻いとけば暫くは持つはずぺこよ」

 

言われた通りに首に巻くとひんやりとした感覚がじんわりと拡がっていく。

 

「ありがとな。それじゃ、行ってくる」

 

「「いってらっしゃい(ぺこ)~」」

 

二人の見送りの言葉を背に、オルガは再び夏空の下へと出るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。黄昏色が夜の帳に西へと追いやられる最中、オルガは蜩の鳴き声を聴きながら社務所で出店の焼きそばを啜っていた。

 

「うめぇ……」

 

あの後、休憩を小まめに挟みつつも出店の組み立てや交通整理やらととにかく動きっぱなしだった疲労からか、美味さもひとしおである。

 

「オルガさんおじさんくさいですよ~」

 

「俺はこれでもまだ若けぇ……筈だ」

 

少しスペースを空けて隣に座った常闇トワがからかってくる。

聞けば今日はホロライブのほとんどのメンバーがこの祭りに来ているようだ。

 

「てか、悪魔なのにこんなとこ来ていいのか?」

 

「ふっ……今日の為に色々善行をしてカルマを調整したからちょっと怠いくらいです!」

 

「お前ホントに悪魔かよ」

 

「悪魔だよっ!?」

 

祭りの為にわざわざ善行を積む悪魔……悪魔だろうか。

 

「って、そんなことよりオルガさんは出店のほう行かないんですか?」

 

「あ~……こういうのは初めてだからよ、俺みたいなのが行っていいもんかってな」

 

「何言ってんですか、行っていいに決まってんでしょうよ」

 

ほら、とトワが指差す方向を見ると日中一緒に仕事していた35P(みこのファンの総称)が酒を片手にオルガを呼んでいた。

 

「ほらほら、食べ終わったんなら行きますよ~。祭りはまだまだこれからなんですから!」

 

「お、おい、押すなって……!」

 

トワに強引に背中を押され、祭り囃子の只中に押し込まれる。

人混みなれしていない故か少し混乱しかけるが、冷静になってから辺りを見回すと、浴衣姿の夏色まつりを見付けた。

 

「あ、オルガさん、こんばんは~!」

 

夏色まつり。ホロライブ一期生にして「ホロライブのヤベー奴」と称される子である。

今は橙に美しい柄の入った浴衣を身に纏い、綿菓子の袋を腕に提げて、純粋に楽しんでいるようでとてもそうは見えないが。

 

「よお、夏色。楽しんでるか?」

 

「当然当然!あ、ところであくたん見てません?」

 

あくたん、とはホロライブ二期生の湊あくあのことだ。

 

「湊か?いや、見てねえが……どうかしたのか?」

 

「ここで落ち合う予定だったんですけど、全然来ないんですよ」

 

「迷子か」

 

「まあ、この人混みじゃあねぇ」

 

夜になって尚も人数は増え、端から見れば黒山の人だかりだ。

この中から一人探しだすというのは中々難しいだろう。

 

「スマホも繋がらないし、かと言って入れ違いになりそうで」

 

「身動きが取れなかったって訳か」

 

さて、どうしたものかと思案する。

先の通りこの中から人力で探しだすのはかなりの手間だ。

しかも一人でならなおのこと。

一応臨時の迷子センターは有るのでそちらに向かうべきか。

そう思った所で不意に肩を叩かれる。

 

「アンタ達は……」

 

振り返るとそこには35P達の姿が。

聞けばここは任せろとの事。

そうして徐にスマホを取り出すと何やらメッセージを送信したようだ。

 

 

 

それから五分後。

 

 

 

「あ、まつりちゃん!」

 

「あくたん!」

 

数人の35Pにエスコートされてあくあが現れた。

安心感からか抱き合う二人をトワが宥めている。

 

「助かった、ありがとう」

 

礼を言うと、35P達はただ無言でサムズアップすると再び祭りの喧騒の中に消えていった……。

彼らのような存在がこの祭りを支えているのだろう。

 

 

それからというもの、次々とホロライブの面々が集まり初め、射的や金魚すくい、型抜きや籤引きなどをそれぞれ楽しんだ。

 

 

そして祭りはいよいよ大詰めとなり、拝殿前に置かれたステージにみこが立っていた。

一般的な神楽舞とは違い、ここではライブがその役割となるらしい。

 

「みんなー!祭りは楽しんでるにぇー!」

 

『いぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!』

 

「それじゃ、みんな!みこの歌を聴けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

ライブが始まる。

歌い踊らにゃ損とばかりに、祭りの空気が集まり出す。

有るのは楽しいという感情だけ。

ステージ横から見える景色は、あまりにも眩しかった。

 

「みこちゃん、凄いですよね」

 

「ときのか……あぁ、凄いな」

 

曲が次々と進む中、そらが歌い踊るみこを見ながら微笑む。

 

「お祭り、どうでした?」

 

「……」

 

そらの問いに、少し考える。

 

「そうだな……」

 

曲はついにラスサビ。

何もかもが最高潮へ至り──。

 

「──悪くねぇ」

 

夏の夜空に大歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 



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もう一つの明日へ 1

『──を──して』

 

『今ま────とう』

 

声が聴こえる。

視界は薄くぼやけ、音は曖昧。

身体の感覚は有るようで無いような漠然としたもの。

 

(ああ、夢か)

 

そう判断するのに時間は掛からなかった。

認識してしまえばあとは早いもので、何となく夢の状況が把握出来てきた。

 

場所は、ホロライブの所有するスタジオ。

テイワズで再三見たような仕様は桐生ココの物だろう。

皮張りのソファーに黒壇の机。その後ろには桐生会と書かれた金紋が飾られている。

それらを背に、ココがカメラの前に立っていた。

どうやら配信の最中のようだが……

 

(雰囲気が何時もと違う……?)

 

『お前ラ、今までホントにありがとうナ!』

 

スタッフの誰もが無言で泣き、ココ本人でさえも何かを抑えるように別れの挨拶をしていた。

これは、これではまるで。

 

(引退するみてぇじゃねぇかよ……)

 

夢だとは解っている。

だがそう断じるにはあまりにもハッキリし過ぎている。

 

まるで、そうなるのが当然のように(・・・・・・・・・・・・)

 

手を伸ばそうとしても届かない。

駆け寄ろうとしても距離は縮まらない。

声を上げようとしても声が出ない。

何もかもが遠く消えていく。

 

知っている。この喪失感を知っている。

自分では何一つ手を出せないままに誰かが消えてしまう感覚を。

散々あの世界で味わった感覚を。

その度に思うのだ。

 

ああ、クソッタレが

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ガさん。オルガさん!!」

 

「!?」

 

ハッキリとした呼び声に瞼が開く。

ぼやけた視界には紺色の髪が見えた。

 

「──A先輩、か?」

 

「そうですよ。因みにここは事務所で、時間は朝の7時半です」

 

「ああ、それは……わかってる」

 

段々と明瞭になっていく思考が自動的に返答する。

窓を見やれば、真夏のギラついた朝日がシェードの隙間から差し込んでいるのが分かる。

正面に向き直ると、電源が付きっぱなしのPCがホーム画面のままになっていた。

夜中に書類作成を終えてそのまま寝落ちしてしまったようだ。

 

「いっづ……」

 

ゆっくりと身体を起こすと、背中と腰に鈍い痛みが走る。

 

「やっぱり、仮眠室使えばよかったじゃないですか」

 

「いや、先輩をこんな体勢で寝かせるわけにもいかねえ。椅子を並べて寝るにしても腰にくるしな」

 

「もう……コーヒー、淹れ直して来ますね」

 

「?……ああ、ありがとう」

 

気を効かせてくれたのか、傍らに置かれたカップを取って友人Aが給湯室に入っていった。

その背中をぼんやりと眺めてから、欠伸と伸びを一つ。

 

ボキボキ!

 

「…………やべぇな」

 

自分の身体から出たと思えない音に苦笑する。

しかしおかげで完全に目が冴えた。

そして当然、考えるのは先程まで見ていた夢のことだ。

すでに所々曖昧になってきてはいるが、一応内容自体は思い出せる。

 

「なんだったんだ、一体……」

 

夢にしては現実的過ぎる内容に疑問が浮かぶ。

マウスを動かしてPCのホームから一つのファイルを開く。

そこには『ネットリテラシーと問題発生時の対応策』と銘打たれたマニュアルがあった。

 

「こんなのを作ってたから……か?」

 

栓のない考えを頭を振って掻き消す。

馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

所詮は夢の話だ。あまり考えても仕方がないだろう。

そう判断して思考を切り上げると、友人Aがカップを手に戻ってきた。

 

「お待たせしました……ってどうかしました?」

 

「いや、なんでもない。後で湿布でも張るかなと」

 

カップを受け取り、熱いコーヒーを胃に流し込んで意識を切り替える。

さあ、今日も1日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は10時から打ち合わせと衣装合わせ、それから午後からダンスレッスンだな」

 

「終わりは?」

 

「17時ぐらいだな。そのあとは直帰で大丈夫だ」

 

「了解団長」

 

「語呂良いからって繋げんな会長」

 

桐生会の車に揺られながら桐生ココと軽口をかわす。

黒い皮張りの座席は身体にフィットするように程よく柔らかく、ともすれば寝てしまいそうになる。

運転による振動やエンジン音も殆どなく、まさに高級車といった感じだ。

 

今日のオルガの仕事は、風邪で急遽来られなくなったココのマネージャーの代わりだ。

所属しているライバーの業務予定を把握しているが故にオルガに白羽の矢が立ったのだ。

 

予定が書かれたファイルを鞄に入れ、隣に視線を移す。

そこには座席に身体を沈めながら長い脚を組んで座るココの姿があった。

 

桐生ココ。人間の文化に興味が湧いて、わざわざ異世界からこちらにやってきたドラゴンだ。

そう、ドラゴンである。

オルガ自身、あまりそう言ったファンタジーな物は知らなかったのだが、今の人間態から元のドラゴンの姿を見た時は思わず

 

「………………ドラゴン、だな」

 

と呆けてしまった。

性格はドラゴンらしく大胆……のようでいて計算高く、海外ファンの獲得や流行の立役者になったりと、ホロライブに所属して日が浅いながらも既にして大成していると言っても過言ではない。

オルガも、そんな彼女から学ぶことが多く、軽口を叩き合いはするが尊敬の念もある。

 

「昼飯はどうする?」

 

「ン~……任せる!」

 

「そう言うと思ってたわ、ほらよ」

 

鞄から小包を一つ出し、ココに渡す。

 

「コレは?」

 

「サンドイッチだ。数は揃えてあるから腹にはたまるだろ」

 

「おお~!」

 

「そんなに喜ぶことか?」

 

子供のように目を輝かせて笑うココにそう訊ねると、ココは当然といった顔で答えた。

 

「なんだって、誰かが自分の為に作ってくれた物ってのは嬉しいモンでショ?」

 

「……そうかよ」

 

ニシシと笑うココに面食らってしまい、ぶっきらぼうに返す。

 

そうこうしている間にも車は着々と進み、二十分程で打ち合わせ場所に到着した。

 

「会長、到着しやした」

 

「おう」

 

車が止まり、黒髪オールバックに厳つい顔つきの運転手がココの側のドアを開ける。

 

「……"また"、頼むわ」

 

「……ウス、いってらっしゃいませ」

 

挨拶を背に受けながらココは振り返らず手を振って、すたすたと先に入っていってしまった。

動きの早いココを追うべく、オルガがドアを開こうとするよりも先にいつの間にか回り込んでいた運転手がドアを開いた。

 

「どうぞ」

 

「あ……あぁ、ありがとうございます」

 

その俊敏さに目を瞬かせながらも何とか礼を返し、車から出る。

改めて一礼し、背を向けたところで運転手の声が掛かる。

 

「オルガさん」

 

「何です?」

 

「…………会長のこと、宜しくお願いします」

 

振り向けば、彼は深く礼をしていた。

 

その言葉にどんな意味が、理由があるのかは解らない。

ただ一つ解るのはそこには万感の思いが込められていることだけだ。

 

「…………」

 

景色が白む程に暑い日差しの中、男はただただ頭を下げていた。

願うように。託すように。祈るように。

 

知っている。オルガ・イツカはこの光景を知っている。

 

かつてと違う今だからこそ、オルガはその言葉に真正面から答える。

 

「任せな」

 

短く、しかしハッキリと。

 

「アイツは……アイツらは、俺達が守ってみせるさ」

 

そう答えた。

 

「じゃ、行ってくる」

 

入り口で壁に背を預け待つココの元へ歩きだす。

振り返ることはしなかった。

根拠はない。ただそうすべきだと思っただけだ。

 

「──いってらっしゃいませ」

 

 

 

夏の日差しを、風が横切る。

意地を通した蜃気楼は、そこにはもう、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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もう一つの明日へ 2

その後。

予定されていた打ち合わせを手際よく済ませ、昼休憩がてら公園に来ていた。

 

手早く打ち合わせを終わらせたココの仕事ぶりにオルガは改めてその能力の高さに舌を巻いていた。

なんなら自分より手際がいいんじゃないか。と考えてしまう程には。

話には聞いていたし、横目に見てもいたがこれ程とは思っていなかった。

本人は人間社会は初めてと言っていたが、果たしてそうなのだろうか。

何だか張り切っている様子の彼女にその事を聞いてみたが、

 

「ワタシはやりたいようにやってるダけ。能力が高イ?そりゃあドラゴンだからナ!」

 

とはぐらかされてしまった。

張り切っている理由も聞いたが、

 

「"ワタシ"が視れなかった景色を視たいかラ」

 

と納得出来るような出来ないような回答を返された。

「それに」とココは続ける。

 

「ちゃんと支えてくれル誰かが居るから突っ走れるんだ」

 

そういってサンドイッチ片手に彼女は笑った。

その笑顔を見て、オルガはどうしてか名瀬の兄貴を思い出した。

自分を……鉄華団を拾い、導いてくれた恩人。

 

「……」

 

一瞬、あの頼れる背中を、姿をココに重ねて、言葉に詰まる。

最期は愛した人と共に逝ってしまった彼を見いだして。

 

「……そうだな」

 

瞑目し、なんとか声を絞り出す。

そんなオルガに何を見たのか。ココがその背中を思い切りひっぱたいた。

 

バシン!!

 

「いっ──!?」

 

突然の激痛に視界が弾ける。

思わずベンチから飛び上がったオルガが仕立て人を振り返ると、こちらを見ながらココが腹を抱えて爆笑していた。

 

「おま、いきなり何してんだ!」

 

「アッハハハハハハ!しょぼくれてるオルガ団長おっかしくってアッハハハハハハ!!」

 

「んな──誰が」

 

「────大丈夫」

 

「え?」

 

不意に、ココが立ち上がる。

 

「ワタシは桐生ココ!!何時かの──何処かの"ワタシ"が視れなかった未来(あした)を視る為に進む!!桐生会会長……桐生ココだ!!」

 

「……」

 

「ワタシは止まらないシ、止まるつモりも無い!!」

 

そこまで言い放ち、ココは己の胸をドンと叩く。

 

「だからそんな不安になんナ、団長。ダチが先輩が……桐生会の皆が居る限り、ワタシは大丈夫」

 

木々の梢の下──。

快活に、ハッキリと。目の覚めるような笑顔で。

ヒトが好きなドラゴンは、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

夏だからかまだ明るい空の下。

桐生ココは一人歩いていた。

ダンスレッスンはとうに終わり、飲みかけのスポーツドリンクを片手に茜に染まりだしたビルの森を進む。

 

思い出すのはつい先ほどの事。

 

 

 

レッスン終わり、オルガとの別れ際。

 

「なあ、桐生」

 

「うん?」

 

「朝のアレって──」

 

アレ、と言うのはきっと朝の運転手だろう。

何となくで済ませていたが気になったらしい。

それに対してココは、

 

「仕事熱心な、ワタシのファンだよ」

 

そう答えた。

 

 

 

我ながら随分と下手な誤魔化しだと自嘲する。

しかし強ち嘘でもない。

正真正銘、彼は桐生会の……一員なのだから。

 

コツコツコツ──

ヒールの音が雑踏の中を通り抜けていく。

やがて人混みを抜け、静かな裏路地に出る。

 

「────」

 

コツコツコツ──トットットッ

 

薄暗く、人気も無い道を行く。

とても……静かだ。

 

「……ふぅ」

 

息を一つ吐く。

そして、ピタリと歩みを止めた。

 

コツコツコ──トトッ

 

「もう、尾行下手ですヨ、先輩」

 

何時の間にか後ろに増えていた足音。

その発生元に振り向く。

 

「うう、バレてたか~」

 

室外機の裏からバツが悪そうに苦笑して、るしあが現れた。

 

「バレバレもバレバレ、足音丸聞こえでシたよ」

 

「えぇ~?消してた筈なんだけどな~」

 

「ドラゴンイヤーは聞き逃さないのデ」

 

自らの長い耳を自慢げに指でトンと打つ。

納得いかないのか少し不満げに頬を膨らませるるしあにココは肩を竦めた。

 

「で、どうして今日、あんなことしたんです?あの運転手──生き霊だったでしょ」

 

真剣な面持ちでそう訊くココに、るしあは「ホントは言わないでって言われたんだけどなぁ……ま、しょうがないか」と前置きして答えた。

 

「頼まれたの。彼らに」

 

「彼ら?」

 

「それと生き霊とは厳密には違うかな。強いて言うなら、願いの結晶……みたいな」

 

「……そっ、か」

 

ストン、と納得が胸に落ちる。

 

「何処の誰でも良い。どうかこの声を一度だけ届けさせて欲しいって。近くて遠い所から私に頼んで来たんだ」

 

るしあは空を見上げる。

紅玉の瞳には日に別れを告げる茜と、夜の訪れを伝える紺。その淡い境界が映る。

瞬く間に過ぎる、黄昏の色が。

 

「だから届けるくらいなら自分達で言いなって、象ってあげたんだ」

 

「…………」

 

「綺麗な魂の色だったよ。虹色で、キラキラしてた」

 

帳が落ちる、その一瞬。

るしあは優しく、或いは励ますように

 

「愛されてるね、ココ」

 

そう言った。

それに対してココはただ一つ、満面の笑みをもって答える。

堂々と、大きく胸を張って答えられる。

 

「当然!ワタシの──ファンなんだから!!」

 

 

 

夏の夜空に、先駆けの一番星が輝いた。

 



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