ガンダムビルドダイバーズ -once more- (雷電丸)
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マスダイバー

アニメは既にだいぶ前に終わってしまいましたが、ビルドダイバーズの二次創作になります。

久しぶりの執筆、投稿なので亀更新ですが皆さまが少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。


 響く。

 

 鼓動が響く。呼吸が響く。自身の生の音が響く。

 

 響く。

 

 リアルな駆動音が響く。機械を主張する電子音が響く。無機物に宿された命の音が響く。

 

 規則正しい音。徐々に明るくなっていく周囲。閉じていた目を開くと、コックピットに似せられた景色が広がっていた。暗灰色の髪から覗く紅い瞳は静かに揺れる。

 

 アニメに即した造り故なのか、画面はOSが立ち上がるシーンを再現しているところだった。それもすぐに終わり、モニターには発進シークエンスが映し出される。操作レバーを握り締め、溜め息を零す。

 

 

「行きます」

 

 

 そして少年は大空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンプラバトル・ネクサスオンライン──通称、GBN。ディメンジョンと呼ばれる電脳仮想空間内にダイブし、ガンダムシリーズに登場するモビルスーツのプラモデル、ガンプラをあたかも自分で操縦しているかのように動かし、駆使して様々なミッションやバトルを楽しめる最新のネットワークゲームだ。サービス開始直後から瞬く間にプレイヤーを増やし、今もなお衰えることはない。

 

 そんなGBNに自宅からログインする少年が1人。専用の筐体は使わず、ベッドに寝転がってヘッドマウントディスプレイを装着する。大きな店舗ならともかく、自宅からログインするにはこれしかない。各ダイバーの情報が登録されたダイバーギアと共に起動させ、ディメンジョンへとダイブを開始した。

 

 

「……さて、と」

 

 

 暗灰色の髪を掻き、なんとはなしに周囲を見回す。いつも通りの喧騒。いつも通りの明るい雰囲気。いつも通りの熱狂。そこには毎日、何かしらの輝きがあり、曇りに繋がる要素など1つとしてないように思える。少年はその喧騒には参加せず、メール画面を開いて文面に書かれてある目的地を確認し、そこへ足を運んだ。

 

 

「あ……」

 

 

 するとすぐに待ち合わせている人物を見つけることができた。しかし周囲に人がいるからなのか、彼はマントと仮面で変装している。挨拶せず、彼の後ろにあるベンチに腰掛けた。

 

 

「すまないね。きちんと顔を合わせられなくて」

 

「いえ、このままでも僕は大丈夫です」

 

「ありがとう」

 

 

 待ち合わせの男性は金髪を揺らして周囲を見回す。まだ人気が多いことを気にして声を潜めて話を続ける。

 

 

「今日のマスダイバーはこの3人だ」

 

 

 言い切った直後、少年の方にメールが届く。添付されている資料をタッチすると、ダイバーの情報と、扱っているガンプラの情報が出てきた。

 

 マスダイバーとは、不正パーツとされているブレイクデカールを使用するダイバーの総称だ。リアルのガンプラにナノICチップを練りこんだブレイクデカールを張り付けた状態でGBNにログインすると、システムがガンプラをスキャニングする際にブレイクデカールのコードを強制的に割り込ませる。そしてGBN内で不正コードを発動すると、ガンプラはシステム以上の能力を発揮する──これが、ブレイクデカールである。

 

 少年はそのマスダイバーを専門に相手をしている。もちろんマスダイバーにも様々な事情を抱えている者が存在する。単に対戦者を蹂躙したい者、仲間のために強さを得たい者、楽にミッションをクリアしたい者、理由は様々だが、それ故に少年は初心者狩りや乱入を繰り返すマスダイバーを中心に相手をしている。

 

 

「報酬は……好きなガンプラでどうかな?」

 

「そんなに強敵なんですか?」

 

「いや、君ならそこまで手こずることはないだろう。

 でも、いつも頑張っているお礼も込めて、ね」

 

「……流石に、自分で買いますよ」

 

 

 苦笑いし、少年は添付されたデータを眺めていく。敵は常に3人で行動しており、連戦ミッションを行っているダイバーを襲撃して報酬を横取りしているらしい。機体は決まっているのか、エコーズ仕様のジェガンとロトが2機と言う情報まである。

 

 

「ここまで揃っているのなら、第7機甲師団に依頼した方がいいのでは?」

 

「今はフォースに入った新メンバーの育成で忙しいみたいなんだ。

 僕も、長くフォースを留守にするわけにいかない」

 

「分かりました。では、失礼します。“チャンプ”」

 

「あぁ、武運を。シンヤくん」

 

 

 シンヤと呼ばれた少年は立ち上がり、情報を提供してくれた男性へ1度頭を下げてからミッションカウンターへと向かう。登録してあるガンプラの中から1機を選び、早速ミッションを受諾した。

 

 連戦ミッションとは、ステージを移動しながら順繰りに敵を倒していくミッションを差し、フェーズ1から始まるミッションステージを攻略し、最後のボスを倒せばクリアとなる。その連戦ミッションで最近、下位ランカー向けミッションにマスダイバーが乱入する事態が増えていると噂されているため、シンヤはその調査と対処へと向かった。

 

 シンヤが選んだ機体は、機動戦士ガンダムSEEDに登場するレイダーガンダム。黒を基調としたその機体は、猛禽類を彷彿とさせる姿への可変機構を備えており、機動性に優れている。相手の戦術を考えると、機動性を重要視したかった。

 

 あとは、シンヤ自身が高機動の機体を好んでいるのもある。もっとも彼の場合、日ごとに自分が搭乗するガンプラを変えているので、機動性に優れたガンプラしか乗らないわけではないのだが。

 

 ミッションを受諾して、早速ハンガーへとマップを移動すると早々に直立するガンプラに乗り込み、そして出撃した。

 

 シンヤが駆るレイダーは原作通りの色で、原作と何も変わらぬ武装を所持していた。自分なりの色彩で彩ることも、カスタマイズすることもしていない。GBNでは珍しくもないことだが、シンヤの周りは誰もがカスタム機を使用しているだけに、時折気後れすることもある。もっとも、ビルダーとしての腕前が壊滅的と言う訳ではなく、自分の思い描いたガンプラもちゃんと所持している。今は訳あって、使うのを控えていたが。

 

 

(まずは……)

 

 

 マスダイバーと出くわすためには最後のミッションまで進める必要があるため、操作と機体の確認も兼ねてミッションを開始する。

 

 青空を駆ける黒い鳥は、眼下に広がるビル群に向かって一気に高度を落とし、突っ込んでいく。慣れた手つきで操作グリップを動かし、ビルとビルとの間をモビルアーマー形態のままくぐり抜けた。すると、物陰に潜んでいたNPDと呼ばれるノンプレイヤーダイバーの敵が次々と現れ、銃口を向けてくる。

 

 

(数は3、機体はマラサイか)

 

 

 橙色が目を惹くモビルスーツはモノアイを光らせ、一斉に引き鉄を引いた。初心者向けのミッションと言うのもあってか、ひたすら連射を繰り返してくる。ライフルから放たれる光線を悠々とかわし、一際大きなビルを盾にするように位置取ると、モビルアーマーからモビルスーツの形態へと切り替え、振り返り様に左手に備えられている鉄球を振りかぶる。

 

 

「当たるよな、レイダー」

 

 

 まるでガンプラが答えを返すような口振りは、どこか確信めいていた。ミョルニルと名付けられた鉄球は通ってきた軌道を辿っていき、見事1機の横っ腹に命中した。易々と装甲を砕かれたマラサイの身体はたちまち火花を散らし、果ては爆散した。それを確認するや否や、レイダーは猛禽類を彷彿とさせるモビルアーマー形態に再び姿を変える。ビルの隙間を縫って残ったマラサイの前に現れると、すぐにビームライフルが構えられた。

 

 

「遅い!」

 

 

 しかしトリガーが引かれるより速く、鉤爪のような大型のクローが1機を捕獲する。すかさずクローに備わっているアフラマズダから小型のビームサーベルを展開し、捕獲したマラサイの胴体をゼロ距離で引き裂いた。素早く放すと同時に最後の1機目掛けて抛り、機体同士をぶつけ合ってまとめて倒すことに成功する。

 

 

「やった」

 

 

 嬉しそうに言うシンヤは意気揚々と次のミッションへ機体を走らせた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ふぅ……ひとまず、お疲れ様」

 

 

 インターバルで機体から降りたシンヤはレイダーを見上げながら呟く。被弾することなくミッションをこなしたものの、やはり機体を休ませたかった。なにより、普通なら目にすることの出来ない巨躯を見られるのは心踊るものがある。

 

 

「ガンプラと話せたらいいのになぁ」

 

 

 物には九十九神が宿る──幼い頃からそう聞かされて育ったシンヤは、それが当たり前だと思っていた。もちろん今も心の片隅では宿るのではないかと思っているし、なにより宿ったのならどうしても聞いてみたいことがある。

 

 自分に楽しむ権利があるのか。自分のガンプラに対する愛は足りているのか。自問自答を繰り返すものの、答えは一向に見つからなかった。だから、共に戦ってきたガンプラに聞きたくて聞きたくて、仕方がない。自分は、GBNの世界にいてもいいのか──と。

 

 

「……行こうか」

 

 

 今日も返る答えはない。当たり前のことなのに、どうしても焦燥感を拭えなかった。

 

 程なくしてラストミッションまで辿り着いたシンヤは、何気なく周囲を見回す。誰かが出てくることも、仕掛けてくることもなく、静けさだけがそこにあった。

 

 

(空振りかな)

 

 

 連戦ミッションをやっているのは自分だけではない。他のところに乱入する可能性もあるため、日を改めようか──そう思った矢先のことだった。目の前に1機のモビルスーツが降りてきた。ダークブラウンをメインとしたカラーリングと、一般機とは違う追加された装甲。エコーズ仕様のジェガンに間違いない。すかさずマップに目を移すと、離れた場所に更に2つ分の反応が確認できた。恐らく情報にあったロトが配置されているのだろう。

 

 

「ソロプレイヤーか?」

 

「えぇ、そうです」

 

「1人でここまできたなら、疲れただろ。残りのミッションはこっちで引き受けるよ」

 

「お断りします。貴方にクリアできる保証もないですし」

 

 

 丁寧な口振りだが、ダイバーネームとIDはもらった情報と一致している。間髪入れずに断り、わざとらしく挑発すると相手はあからさまに口調を荒らげた。

 

 

「生意気だな。なら……消えてもらおうじゃねぇか!」

 

 

 言うが早いか、ジェガンが紫色のオーラに包まれる。不気味な気配を醸し出すそれこそ、ブレイクデカールを使用している証に他ならなかった。

 

 ジェガンはすかさずビームライフルの引き鉄を引くも、シンヤは機体を跳躍させてあっさりとかわす。

 

 

「っ!」

 

 

 視界の端で何かが光った。気付くのとミョルニルを振り回したのはほぼ同時だった。ミョルニルにつけられた高分子ワイヤーを機体の前方で反時計周りに振り回すと、飛来した実弾が弾かれる。

 

 

「ロトか」

 

 

 情報に差異がなければ、今のは物陰に潜んでいたロトによる砲撃だろう。2機いる内の1機しか攻撃して来なかったことを考えると、もう1機のロトはオプション装備が違うのかもしれない。

 

 

「先に叩こうか」

 

 

 レイダーをモビルアーマーの形態に変形させるとジェガンを顧みることもなく、砲撃を仕掛けてきたロトへ一直線に向かう。マップで敵機の位置を確認すると、2機のロトは距離を開けながらも一直線に並んでいた。恐らく向こうも砲撃したロトを狙っていることに気付いたのだろう。背後を狙えば離れている別のロトに狙い撃ちされてしまう。

 

 

「なら、側面はどうかな」

 

 

 砲撃仕様のロトの隣にあるビルの幅はそこまで広くない。ビルを挟んだ隙間に入り込むと、速度を調節して変形をとく。

 

 

「ここだ!」

 

 

 左手を突き出すと同時にミョルニルを放つ。窓ガラスを突き破った鉄球は速度を上げ、ビルの反対側にいたロトを叩き潰す。

 

 

「当たった」

 

 

 嬉しさと感謝を胸に、レイダーを変形させて素早くその場を離脱する。

 

 

「マキュラがやられた!? くそっ!」

 

 

 目の前で仲間がやられ、苛立ちを募らせるマスダイバー。舌打ちし、ロトを戦車モードに切り替えてビル群から抜け出す。

 

 

「奴は!?」

 

 

 高機動のレイダーを見失った焦りからなのか、ろくにマップを見ようともしないマスダイバーは、響くアラートによってようやく我に返る。

 

 

「そこか!」

 

 

 肉薄してくるレイダーに向かって、右肩に装備されているメガ・マシンキャノンが火を噴く。ひたすらに、がむしゃらに、ただただ連射を続ける。

 

 

「なっ、何で……何で当たらねぇんだ!?」

 

「狙いが甘い」

 

 

 狼狽するマスダイバーに対し、シンヤは至って冷静だった。バックパックのヘッド部分と折り畳まれた肩から覗く機関砲を放ち始めたレイダーはしかし、ロトがブレイクデカールを起動させたことで旋回することを余儀なくされる。

 

 

「流石に、堅い!」

 

「ハハハッ、これでなぶり殺しだ!」

 

 

 連射を再開したメガ・マシンキャノン。元々高い命中精度を誇っているだけあり、シンヤは詰め将棋のように徐々に追い詰められていく。

 

 

「くっ、もう1機!」

 

 

 更にそこへビルの屋上に跳び上がったジェガンがビームライフルを使って追い込んでくる。側面を掠めるビームの光に気を取られて生じた、本の一瞬の隙を突かれ、遂に被弾してしまう。

 

 

「しまった!?」

 

 

 一撃とは言え、ブレイクデカールで強化された弾丸はバランスを崩すには充分過ぎた。追撃の手は緩まず、レイダーは遂に錐揉みしながら落下していく。

 

 

「これで、終わりだぁっ!」

 

 

 ロトがミサイルハッチを開き、マシンキャノンと合わせて火薬の雨を撒き散らす。

 

 

「なめるな!」

 

 

 しかしシンヤはその状況に恐怖することも臆することもなかった。地面に激突する既の所で機体を持ち直し、機関砲でミサイルを迎撃する。相殺されたミサイル群がもうもうと黒煙をあげ、一瞬だけ静寂が戦場を支配した。そして───

 

 

「くらえっ!」

 

 

 ───黒煙から身を踊らせたレイダーが、口部にあるビーム砲を放つ。

 

 

「なんだと!?」

 

 

 倒したと過信していたのか、ロトは放たれたビームを避けることも叶わず、胴体を貫かれ、爆発した。

 

 

「最後だ!」

 

 

 グンッと機体を急上昇させてモビルスーツ形態に変わると、右手にある攻防盾に付いた2連装の機関砲で牽制しつつ、ジェガンの背後に回り込む。しかし振り向き様にビームライフルを打たれ、思うように攻撃を当てられない。

 

 

「このマスダイバー、中々やる!」

 

「はっ、ロトの奴らは素人だからな!」

 

 

 マスダイバーもブレイクデカールに頼る者ばかりではないらしい。シンヤは1度距離を取り、ジェガンの上空を旋回する。

 

 

「行くよ、レイダー!」

 

 

 必ず勝つ──決意を胸に、再びジェガンへ向かって機体を突撃させる。

 

 

「真っ向勝負か? コイツでもくらっとけ!」

 

 

 ジェガンはシールドにあるミサイルランチャーを放ち、続けてビームライフルを構える。どう避けても追撃は免れないだろう。シンヤは2連装の機関砲でミサイルを撃ち落とすと、鉄球を振りかぶる。直上から叩きつけるように放たれた鉄球をかわそうと僅かにジェガンが動いた刹那、鉄球は軌道を変えて膝に叩きつけられた。

 

 

「何を──!?」

 

 

 バランスが崩れ、よろめく敵機の背後はがら空きに等しかった。ビーム砲でメインとなるスラスターを破壊すると、猛禽へと変形し、大型のクローを前面に突き出す。

 

 

「上がれえええぇぇ!!」

 

 

 そして一気に加速、上昇。重たい機体を抱えたまま上がれる高さはたかが知れている。それでも、シンヤはレイダーを信じて蒼穹へと舞い上がった。

 

 

「限界かな」

 

 

 なんとはなしに呟き、ジェガンを放す。眼下に広がるのはビル群ではなく更地で、自由落下すればただでは済まされない。

 

 

「ちくしょう!」

 

 

 メインスラスターを失ったせいで機体制御が追いつかない。マスダイバーは必死になるが、シンヤはこの隙を見逃す程甘くはなかった。

 

 

「墜ちろ」

 

 

 冷徹に、冷淡に。ミョルニルを振りかぶり、加速をつけてがら空きとなった背中に叩きつけた。鉄球に加えられた速度と本来の重量がさらにジェガンを襲う。悲鳴を上げるマスダイバーのことなど歯牙にもかけず、地上へとぶつける。

 

 更地となっていたそこから、いつしか火の手が上がっていた。爆発した敵機は既にログアウトして影も形もない。シンヤは溜め息を零し、頭を掻く。勝ったのに、敵を倒したのに、気分は晴れなかった。

 

 

「行こうか」

 

 

 返事など返らぬと知りながら、静かに呟いた。

 



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虎武龍

 モニターに映し出される、ガンプラ同士のバトル。一方はブレイクデカールを使用するマスダイバーが駆るエコーズ仕様のジェガン。そしてもう一方は、それを翻弄するレイダーガンダム。映像が最後まで再生されると、暗かった部屋に次第に明るさが広がっていく。

 

 

「以上が、シンヤくんの今の戦いぶりだ」

 

 

 シンヤにマスダイバーの排除を依頼した男性──クジョウ・キョウヤが振り返る。その視線の先には2人の男女が居た。見た目から調子のよさそうな雰囲気を醸す男性が、頭を掻きながら口を開く。

 

 

「まぁ、腕前は前より上がってますね。けど、ぶっちゃけ“それだけ”ですね」

 

「私もカルナと同意見です」

 

 

 メガネをかけた理知的な女性も頷き、映像を改めて確認していく。彼女、エミリアとカルナは、キョウヤをリーダーとするフォース、AVALONの副隊長を務めている。キョウヤは現GBNにおいて最強と謳われているダイバーで、彼が率いるフォースもまた、最強の称号を手にしている。

 

 

「以前隊長と戦った時より、遠慮がちな戦い方ですね」

 

「手を抜いているって訳じゃないみたいですけど……もっと圧倒できそうな気がしますねぇ」

 

「ふむ、やはりそうか」

 

 

 2人の意見にキョウヤも同じ気持ちなのか、頷き返しては苦笑いを浮かべた。しばらく映像を見返してみては、溜め息を零す。シンヤとキョウヤはある出来事が切っ掛けで邂逅し、1度だけバトルに突入したものの、この映像からはその時ほどの熱意を感じられない。

 

 

「我々だけでできることは限られています。せっかくですから、他の方々にもお願いしてみては如何でしょうか?」

 

「それもそうだな」

 

 

 エミリアの助言に謝辞を述べ、キョウヤはメッセージ画面を開いて協力してくれそうな頼りがいのあるダイバーを探していく。

 

 

「頼んだぞ、みんな」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 マスダイバーとの戦闘から1週間───。

 

 シンヤは毎日とはいかないながらも適度にGBNへログインしてはちまちまとミッションをこなしていた。フォースも組まず、基本的にソロでプレイするため、できるものは限られているが、楽しむ分には充分だ。

 

 

「ここ、かな?」

 

 

 エスタニア・エリアに本拠地を構える虎舞龍と言うフォース。岩山に取り囲まれたそこは、近接格闘術を極める者が集い、日夜修行に明け暮れている。シンヤはチャンピオンであるキョウヤからの依頼でこのフォースを訪れていた。

 

 キョウヤの話では、近頃この虎舞龍へ道場破りに訪れる者が後を絶たないと言う。少し前に、テキーラガンダムを操る賞金稼ぎが虎舞龍に殴り込みに来たのだが、その際に門番を務めるダイバーが早々に撃退されたことから、「フォースの隊長以外は弱い」と言う根も葉もない噂が広まってしまったらしい。その噂のせいで道場破りと称して何人ものダイバーが訪れているとのことだった。そして困ったことに、フォース・虎舞龍の筆頭であるタイガーウルフは修行と言う名目でしばらくフォースを空けるらしく、シンヤはその間だけフォースの守護を任されたのだ。

 

 

「すみません」

 

 

 声をかけると、すぐに応答があった。門番の任についている2機のジム・トレーナーの内の1機からダイバーが下りてきた。

 

 

「キョウヤさんから言われて来た、シンヤと言います」

 

「お話しは窺っています。どうぞ、こちらへ」

 

 

 修行僧のようなアバターの男性に通され、最奥へと歩みを進める。途中で何人ものダイバーが修行をしている様子が見えたが、ここのところ襲撃が多いからなのか、どこか張り詰めた空気に包まれていた。

 

 

「タイガーウルフ様、シンヤ殿をお連れしました」

 

「あぁ」

 

 

 シンヤはタイガーウルフとは初対面だったが、彼のアバターはその名前が示す通り虎のような狼の姿をしていた。驚きはあるものの、このGBNでは人間ではなく動物のアバターを使う者も珍しくはない。チャンピオンであるキョウヤと激闘を繰り広げた第7機甲師団の隊長、ロンメルもまた動物のアバターを使用しており、既に多くのダイバーにそのアバターは認知されている。

 

 

「キョウヤから聞いていると思うが、1週間毎日数時間、ログインしてここを守ってくれればいい」

 

「でも、フォースの面々だけで事足りそうな気がしますけど……」

 

「バカ言え。足りないと思ったから、こうしてお前に頼んだんだろうが」

 

 

 ぶっきらぼうな言い方だが、確かにその通りだ。道場破りに来るダイバーも、初心者からある程度名の知れた者もいるらしい。大抵は門番で返り討ちにできるし、「リーダー以外は弱い」など噂の域を出ない情報に踊らされる上位ランカーは早々いないだろうが、それでも徒党を組まれたり連戦を仕掛けてきたり、色々な策を講じてきているらしい。

 

 

「まぁ、挑んで来るからには徹底的に叩いて追い返す。お前さんにも、それぐらいやってもらうぞ」

 

「徹底的に、ですか」

 

「それは暴力だ──なんて、思ってんのか?」

 

「……はい」

 

 

 タイガーウルフの問いに、シンヤは逡巡しながらも頷き返した。別に蹂躙しろと言われている訳ではないし、守らねばこのフォースやダイバーが危険にさらされてしまう。守るためならば仕方がないのかもしれない──それを分かっていても、シンヤはどこか納得できなかった。

 

 

「ならお前は、なんのために自分の力を使っている?」

 

「え?」

 

「まさか、誰かに言われたからとか言わないだろうな?」

 

 

 まっすぐで鋭利な視線。射貫かれそうで、シンヤは思わず視線を逸らした。タイガーウルフに言われるまでもなく、分かっている。キョウヤと邂逅を果たした時の1戦から、自分の戦い方はどこか歪だと言うこと、そして自分の意志で自分の力を振るえないこと。ちゃんと理解はしている──そのはずなのに、いざ戦いに赴けば手が震えてしまう。また自分のせいで、ガンプラに負担を押し付けるのではないかと。

 

 GBNの世界では、疲労など存在しない。ガンプラだってリアルに戻れば傷ついていない。それでも、ゲームの中で限れば自分は傷つかず、ガンプラだけが傷つく。一緒に戦っているはずなのに、実際に戦っているのはガンプラだけ。そんな想いが拭えずにいた。

 

 

「なにも、敵に配慮するなとは言わん。だが、遠慮は時に相手への無礼にあたることだってある。

 お前の中では、遠慮と配慮の線引きがまだできてない……俺はそう思っている」

 

「線引き……」

 

「この1週間でその線引きを失くせるなんて思っちゃいないが、何かの道筋ぐらいにはなるはずだ。なにせ───」

 

 

 そこまで言った時、外でズンッと大きな音が響き、地面が揺れた。焦って振り返るシンヤをよそに、タイガーウルフは溜め息交じりに頭を掻いた。

 

 

「そら、おいでなさったぞ」

 

「まさか……」

 

「そう、襲撃だ。なにせ1日に何人ものダイバーがやってきているんだ。

 道筋も勝手に見えてくるってもんだ」

 

 

 言うが早いか、タイガーウルフは出入口へと駆け出していく。シンヤも慌てて追いかけるものの、その脚力は尋常ではなくあっという間に姿を見失ってしまう。なんとか追いついた時には空へと跳躍したところで、瞬きをした時には既に、その身を包み込むように愛機が顕現していた。

 

 

「あれが……」

 

 

 ガンダムジーエンアルトロン──タイガーウルフの愛機。両肩に配された虎と狼の頭から、その力強さと勇猛さがひしひしと伝わってくる。

 

 

「ぼさっとするな。お前も自分のガンプラに乗れ!」

 

「は、はい!」

 

 

 促され、シンヤも今日のためにチョイスしていた機体を具現させる。グリーンを基調としたカラーリングに、接近戦を主眼に置いた装甲。特徴的なツイン・ビームスピアを握り締めたそれは、ジム・ストライカーだった。前回使ったレイダーとはまた違った戦い方を要求されるが、シンヤからすればそれは些細なことに過ぎない。

 

 

「なんだ、自分なりにカスタマイズしてねぇのか?」

 

「これが、今の“自分なり”なんです」

 

「まぁいい。どんなガンプラだろうと、やることはやってもらうからな」

 

「……やれます。このガンプラなら!」

 

「ガンプラなら、ねぇ」

 

 

 シンヤの言葉にタイガーウルフは嘆息する。ダイバーの独りよがりな戦い方も評価できないが、シンヤの場合“自分自身と言う武器”をまったく活かせていない。チャンピオンであるキョウヤから聞かされた通りの受け答えに、却って感心してしまいそうだ。

 

 

(もっとも、ここで答えが見つかるかどうかはシンヤ次第だな)

 

 

 ひとまず彼に門での迎撃を任せてタイガーウルフは先行する。

 

 

「毎日のリベンジ、ご苦労なことだ!」

 

 

 苦戦していそうな弟子を瞬時に見抜き、すれ違い様に敵の胴を拳で貫く。素手ならば簡単にはいかないだろうが、ジーエンアルトロンは肩にあった虎と狼の頭部を手にはめて貫通力を高めていた。易々と貫かれるガンプラに目もくれず、俊敏に動き回る。その戦い振りは正しく猛獣のように鋭く、的確だった。

 

 

(流石にあれにはついていけないな)

 

 

 高機動な機体や機動力を底上げする機能を搭載していなければ、タイガーウルフに並ぶことは叶わないだろう。シンヤは素直に門番の役割に徹する。マシンガンで牽制しつつ、ツイン・ビームスピアを一閃。引き裂かれながらも突撃をやめない相手にはスパイクシールドでカウンターを叩き込んで沈黙させる。

 

 結局、その日は1時間近く敵の猛攻が止むことはなかった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……!」

 

 

 ディメンジョンからリアルへと戻ったシンヤは開口一番溜め息を吐き出した。長時間のダイブはやはりリアルへの負担も大きい。過去に数時間ダイブした経験があるから大丈夫だろうと過信していたのがよくなかった。タイガーウルフから「早めに戻れ」と助言されていなければ、翌日はまともに戦えなかったかもしれない。

 

 

「うぅ……ガンプラはまた今度にしよう」

 

 

 最初は戻ってきたらガンプラを組もうかと思っていたが、この疲労感からはそんな気力もわいてこない。このまま気だるさに身を任せて寝たいところだが、固まった身体をほぐすために家を出て、自転車を走らせる。現実で戦っていた訳でもないのに、身体は火照っていた。駆け抜ける風が心地好く、自然と頬が緩む。

 

 

「あ……」

 

 

 何気なく走らせていたはずなのに、気付いたらガンダムベースに来ていた。元々家から近いことや、豊富な品揃えからよく訪れていただけに、無意識に来てしまったのかもしれない。せっかく来たのだからと自転車を止めて、店内へ足を運ぶ。

 

 

「あれ?」

 

 

 ちょうど入口に差し掛かったところで、シンヤとは反対に店から出ていく少女が一瞬だけ目に入った。

 

 

「フジサワさん?」

 

 

 クラスメートのフジサワ・アヤに似た少女とすれ違ったが、すぐ人混みにまぎれてしまい、本人かどうかは分からずじまいだった。

 

 

(フジサワさんもガンプラに興味あるんだ)

 

 

 女性が興味をもつことはまったく珍しくもない。しかしシンヤの知る彼女は、ガンプラやGBNの話題で盛り上がることはなく、少しばかり淡々としていた。もっとも、それが素顔とは限らないし、シンヤも知りたいとは微塵も思っていなかった。

 

 

「あれ、シンヤくん?」

 

「あ、コウイチさん」

 

 

 しばし人混みを見ていたシンヤだったが、名前を呼ばれて我に返る。声の主はナナセ・コウイチ。このガンダムベースに自分が組んだガンプラを提供、展示している青年だ。何度か言葉をかわした程度だが、コウイチの柔和な性格のお陰か、なんとなく意気投合している。

 

 

「もしかして、“アレ”を引き取りに来たのかな?」

 

「あ……いえ」

 

 

 コウイチの言葉に表情が翳った。シンヤのその表情を見て、コウイチも申し訳なさそうに頭を掻く。アレとは、シンヤがGBNで何度となく操作したガンプラだ。初めての相棒でありながら、初めて傷つけてしまった愛機でもある。だからここのロッカールームで預かってもらっているのだが、もう数ヵ月が経っている。いつまでも引きずっているのはどうかと思ったが、中々踏み出せないでいる。

 

 

「すみません、失礼します」

 

 

 頭を下げ、逃げるようにその場を立ち去る。コウイチは何か言おうとしていたが、聞きたくなくて、思わず走り出していた。駐輪場まで一直線に向かい、乱れた息を懸命に整える。あのガンプラを思い出しただけで、荒波を立てるように心がざわついた。

 

 

「帰らないと」

 

 

 結局、疲れは余計にたまってしまい、帰宅したシンヤは早々にベッドへ潜り込む。揺さぶられた心は簡単には静まらず、いつまでも心を苛んだ。

 




読了、ありがとうございます♪

まだ書き出したばかりなので難しいとは思いますが、感想もお待ちしております。


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激流

「シンヤ殿、そちらに向かいました!」

 

「分かりました」

 

 

 タイガーウルフの弟子に言われ、迎撃にうつる。マシンガンで牽制、ツイン・ビームスピアで応戦。昨日と同じ戦い方をしているはずなのに、自分でも分かるぐらいに雑な戦い方になっていた。

 

 

「くそっ!」

 

 

 大振りな一閃をかわされ、思わず舌打ちする。ガンプラが自分についてこない──いや、ついてこられるはずがないのだ。あまりにも粗雑で、あまりにも無駄の多い操作。端から見ていても分かる程の戦い振りは早くから敵の知るところとなり、シンヤは次第に精神的にも追い込まれていく。

 

 

「次は……!」

 

 

 なんとか迎撃に成功したかと思えば、既に新たな相手がすぐ傍にまで迫っていた。蒼を基調としたカラーリングが目を引く。特徴的なモノアイと、鋭利なスパイク付きの肩。

 

 

「イフリートか!」

 

 

 接近戦を得意とするイフリートにここまで肉薄されたのはまずいと判断し、取り回しの良さを考えてビームサーベルを引き抜く。だが、その動作に気付いたイフリートはすかさずショットガンの引き鉄を引く。

 

 

「ぐっ、うっ!」

 

 

 対格闘戦用に厚くされてある装甲を貫通することはなかったが、花咲くように散らされた弾丸はバランスを崩させるには充分過ぎた。

 

 よろけと言う大きすぎる隙。イフリートがそれを見逃すはずもなく、片手に握ったヒートサーベルを閃かせる。

 

 

「うおおおぉぉ!!」

 

 

 それが振り下ろされる寸前、シンヤの前に弟子のジム・トレーナーが割って入った。柄の部分を片手で受けたことで生じた僅かな時間。その一瞬を掻い潜り、光刃がイフリートの胴体を突き貫いた。

 

 

「ご無事ですか?」

 

「す、すみません。ありがとうございます」

 

 

 爆散するイフリートには目もくれず、無事を確認すると安堵の息をもらした。それがますますシンヤを気落ちさせたのだが、彼に非がある訳ではない。頭をふって集中しようとするシンヤだったが、彼方の空に信号弾が放たれたのを目にする。

 

 

「あれは……」

 

「撤退?」

 

 

 信号弾があると言うことは彼らを指揮する何者かがいることになる。撤退はありがたいことだが、タイガーウルフが不在の今、次にいつ仕掛けてくるか分からない不安が押し寄せてきた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「シンヤ殿」

 

「あ、お疲れ様です」

 

 

 ガンプラから降りたところで、先程助けてくれた弟子から声がかかる。彼は少し遠慮するような顔色で口を開く。投げられた言葉は当然、先程の戦い振りを問うものだった。

 

 

「何かあったのですか? 今しがた見せた戦いは、以前の貴方らしからぬもののように感じました」

 

「そうですよね」

 

 

 自嘲し、シンヤは片膝をつく愛機をじっと見上げる。話せば楽になることもあるのは、理解しているつもりだ。それでも自分の恥をさらすのは、やはり抵抗があった。その心情を察してくれたのか、特に言及はされず、僅かな間だけ静寂に包まれる。

 

 

「GBNで、辛い出来事があったんですが……それを、思い出してしまって」

 

 

 その内容までは話さない。そんなことで──と言われるのが怖いのもあるが、話しても解決しないと分かっていたから、話したいとは思えなかった。

 

 

「シンヤ殿は今、己と戦っているのですね」

 

「え?」

 

「虎武竜では、敵を知り、その上で己を知ることで百戦危うからず……つまるところ、無敵だと教わるのです」

 

「無敵……」

 

「滑稽と思われるかもしれませんが」

 

 

 そう簡単に無敵になれるはずがない──きっとそう笑い飛ばす者もいるかもしれないが、シンヤは寧ろその信念を尊敬した。自身が組み上げたであろうジム・トレーナーを見上げながら、彼は言葉を続ける。

 

 

「GBNでは疲れを知らず、怪我もしない。虎武龍ではダイバーと同化することを目指し、日夜修行に励んでいます」

 

 

 一見すれば無意味と思われそうな数々の修行。それらは仮想世界だからこそうまれる、リアルとの差を少しでもなくすものだった。

 

 

「ダイバーと、同化する……」

 

 

 シンヤも同じように、ガンプラを見上げた。自分にもそれができるのか、心の中で何度も反芻する。

 

 

(いや、できるかできないかじゃない。やってみせなきゃ)

 

 

 翌日───。

 

 タイガーウルフと約束した3日目、最終日がやってきた。彼が虎武龍に戻ってくるのは日付を跨ぐ頃なので、シンヤは会わずに終えることになる。本人から「挨拶は不要だ」と言われているし、時間になったら早々に切り上げても大丈夫だろう。

 

 

「もう1度、僕と戦ってくれ」

 

 

 ジム・ストライカーに乗り、静かに言葉を紡ぐ。何も返らないことは百も承知している。しかし、シンヤは言わずにはいられなかった。昨日の無様な戦い方はもうしない。ガンプラの可能性をねじ曲げていた自分に応えてくれるかは分からないが、シンヤはとことん信じる道を選んだ。

 

 

「きます!」

 

 

 弟子の声に顔を上げ、迫る敵機を見据える。1度だけ深呼吸。そして───

 

 

「行くぞっ!」

 

 

 ───シンヤとジム・ストライカーが駆け出す。

 

 突出するジム・ストライカーに敵の目が集中する。それぞれの武器を構え、攻撃を開始しようとトリガーに指がかけられた。しかし引き鉄が引かれる早く、ジム・ストライカーのマシンガンが火を噴いた。火線は的確に敵の火器を撃ち抜き、無力化させていく。

 

 

「よし」

 

 

 ある程度敵を引き付けたところで、岩山に姿を隠す。次はそこから敵に横槍を食らわせながら、虎武龍の弟子らに撃墜を任せる。

 

 

「っ!」

 

 

 耳に響くアラート。慌てて身を踊らせると、先程まで立っていた場所をビーム砲が駆け抜けていった。

 

 

「あれか!」

 

 

 射撃のために下げられていたバイザーが上がり、ガンダムタイプの双眸が現れる。左右で連結されたビームライフルを構え直し、肉迫していくシンヤに牽制を浴びせてきた。

 

 

「ヴェルデバスター……!」

 

 

 射撃に特化したその機体は、シンヤが攻撃をかわしたのを見ると、モスグリーンを基調としたモビルアーマー、アンクシャに飛び乗り、フォースへと向かっていく。

 

 

「まずい……!」

 

 

 慌てて追いかけようと機体を翻す。しかしその行く手を阻むように、別の同型機が旋回し、襲撃してくる。

 

 

「流石に速い」

 

 

 機動性に優れたモビルアーマーの形態をとかずに、左右についたビーム砲を次々と撃ってきた。それらをかわし、或いはシールドで防ぎながらも、シンヤは機体のスピードを緩めないまま、ヴェルデバスターを追いかけていく。

 

 

「シンヤ殿!」

 

 

 程なくしてタイガーウルフの弟子が増援に駆けつけてくれた。劣勢と判断するや、アンクシャは距離を取るべく離れていく。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 礼もそこそこに、再びフォースへ一直線に向かっていく。ヴェルデバスターの牽引が済んだのか、もう1機のアンクシャが戻ってくる。

 

 

「仕掛けてきた!?」

 

 

 アンクシャはモビルアーマーからモビルスーツへと姿を変える。特徴的な頭部のメインカメラが光り獲物目掛けて襲来してきた。ビームサーベルを両手に握り締め、一閃──しかしシンヤが機体の速度を上げて懐に飛び込む方が速かった。そのまますれ違い様にビームサーベルを振るい、アンクシャを胴体から真っ二つに叩き斬る。背後で起こる爆発。立ち上る黒い煙に目もくれず、ただ一直線に駆けていく。

 

 

「見えた!」

 

 

 既にフォースネストの前まで来ていたヴェルデバスターを捉えるシンヤ。相手も接近されていることに気がついたのか、両肩に備えられたミサイルを一斉に放ってきた。

 

 

「くっ!」

 

 

 ジム・ストライカーを取り囲むように放たれたミサイルの雨。立ち止まれば迎撃は可能だろうが、その間にフォースネストに被害が及ぶのは間違いない。

 

 

「なら!」

 

 

 ぐっと力を籠めてレバーを前へ押し込む。

 

 

「駆け抜けるだけだぁ!」

 

 

 更にスピードをあげたジム・ストライカーは間一髪のところでミサイル群を回避する。一拍遅れる形で、真後ろで爆発が起こるが、背部へのダメージがあるかどうかを気にする余裕はなかった。

 

 ヴェルデバスターはかわされると思っていなかったのか、次の攻撃を仕掛けてこない。

 

 

「この距離なら……はあああぁぁっ!!」

 

 

 左手に装着したシールドの尖端が鋭い光を見せる。そして───

 

 

「くらえっ!」

 

 

 ───限界寸前のスピードが籠められたパイルバンカーは、その胴体を易々と貫いた。深くめり込んだパイルバンカーを見て、一瞬だけ苦い過去がフラッシュバックする。自分の手で貫いた訳でもないのに、嫌な感触が伝わってきた。

 

 

「っ!」

 

 

 爆発に巻き込まれないように素早く距離を取る。フラッシュバックした記憶と目の前の光景が重なり、思わず吐きそうになった。

 

 

「……嫌いだ」

 

 

 目を離したいはずなのに、どうしても視線を逸らせない。爆散し、燃える残骸が転がってくる。黒焦げになった腕のパーツが落下し、まるで助けてと訴えているように見えた。“あの時”みたいに───。

 

 

「うる、さいっ!」

 

 

 怖くて、思い出したくなくて、シンヤは機体の残骸をマシンガンで撃ち抜く。走る弾丸、バラバラと零れ落ちる薬莢。既に残骸は消え失せているにも拘らず、シンヤは手を止められなかった。

 

 程なくして弾切れを知らせるアラートが響いた。そうしてやっと我に返ったが、自分のしたことを思い出して項垂れる。

 

 

「……ごめん」

 

 

 弱々しい声で謝る相手は言葉を返すはずもないジム・ストライカーに向けられていた。“また”自分の弱さに呑まれ、こんなバカげたことをガンプラにやらせてしまった。波のように押し寄せる後悔と自責の念に駆られ、もう身体を支えることもかなわない。溢れ出した涙は留まることを知らないように、ポタポタと落ちては消えた。

 




読了頂き、ありがとうございます♪

感想などありましたら、よろしくお願いします。


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踏み出す力

「どうした! お前の腕前は、お前のガンプラは、その程度じゃねぇだろぉ!」

 

 

 叫びと共に繰り出される拳は、直撃すれば間違いなく敗北する。それだけの勢いと強さがはっきりと、そして確かに伝わってくる。ぎりぎりのところでかわしても、蹴りが、肘打ちが。ありとあらゆる近接格闘術が迫った。

 

 

「くっ、うぅ……」

 

 

 なんとかかわすのに手一杯になっているシンヤは、猛攻を続けるタイガーウルフとどうして戦っているのか、思い返していた。

 

 

「たった数日とは言え、お疲れさん」

 

「いえ、そんな。助けて頂くばかりで、僕は何も……」

 

 

 敵機を撃墜した数で言えば、最も少ないし、助けてもらったのも事実だ。しかしタイガーウルフはその返答が気に入らないのか、「ふん」と鼻をならした。

 

 

「それは本音か?」

 

「え? はい、もちろんです」

 

 

 一方のシンヤは何故そんなことを聞かれたのかが分からず、思わず聞き返す。タイガーウルフはますます眉間に皺を寄せ、そして唐突にこう言った。

 

 

「よし。いっちょ揉んでやる」

 

「……は?」

 

 

 返答を待たずにむんずと首根っこを掴まれたかと思えば、鍛練に使われているらしいバトルフィールドに連れてこられてしまう。

 

 

「あの、何を……」

 

「聞いてなかったのか? 模擬戦するんだよ。俺とお前で、な」

 

「ど、どうしてそんなことを」

 

「お前を鍛え直すためさ」

 

 

 それだけ言うと、タイガーウルフはぽいっとシンヤを放り投げ、自身の愛機たるガンダムジーエンアルトロンを出現させる。問答無用と言った雰囲気に気圧されて、ジム・ストライカーを出そうとして──しかし、手を止めてしまう。昨日の今日でこの機体を使うのは気が引ける。逡巡するシンヤの態度で察したタイガーウルフは当然のように条件を付け加えた。

 

 

「言っておくが、お前はジム・ストライカーを使え」

 

「え?」

 

「お前の性根を叩き直すためにな!」

 

 

 シンヤに拒否権などない。それを体現するように、タイガーウルフはジーエンアルトロンに乗り込むと拳を振り上げた。

 

 

「えっ……」

 

 

 まさか──絶句するシンヤに向かって、まるで隕石のように鉄拳が繰り出される。

 

 

「無茶苦茶だ!」

 

 

 既の所でジム・ストライカーが姿を現し、その側面を紙一重で拳が走った。かわせたのはぎりぎりだが、これで終わりではない。咄嗟に機体を横転させてその場を離れると、それまでいた場所をジーエンアルトロンが踏みつけてきた。

 

 クレーターのように大きく窪んだ大地。もうもうと巻き上がった砂煙が一瞬だけ静寂をもたらす。

 

 

「っ!」

 

 

 ひりひりと身体中を突き刺すような痛み。獰猛な肉食獣に睨まれ、恐怖する感覚によって強制的に神経が鋭敏になる。

 

 砂煙が揺らめいたかと思えば、ドラゴンハングがシンヤと言う餌目掛けて喰らいかかる。それをシールドで弾くが、力の籠められたそれをいなしきることはできず、勢いのあまり尻餅をついてしまう。

 

 

「速い!」

 

 

 シンヤが倒れたことをドラゴンハングを通じて見抜いたタイガーウルフが砂煙から身を踊らせる。その行き先は、シンヤの真上。

 

 

「くそっ!」

 

 

 回避を続けていては後手に回るばかりだ。それは分かっているのだが、応戦しようにも未だに踏ん切りがつかない。

 

 

「逃げるな、戦え!」

 

「そう言われても……」

 

「そんな中途半端な気持ちで、ガンプラと、このGBNに向き合えると思ってんのかっ!」

 

「そんなこと!」

 

 

 言われなくても、分かっている──そう続けたかったのに、反論するための声が出ない。分かっているのに、自分はこれまでに何かしたのか。逃げて、知らない振りをして、関わりたくないと自ら心を閉ざして、何もしてこなかった。

 

 

(だって、傷つけたくなかったから)

 

 

 ガンプラが傷つくから──そう決めつけて、何もしないことを貫いた。いくらリアルで傷が残らないとは言え、何も響かない訳ではないはずだ。仮想世界であろうと確かにガンプラには傷ができ、またそれはダイバーの心に刻まれる。喜ばしい戦果をあげたのなら、それはきっと名誉の負傷と言えるだろう。しかしそれが、悲しい傷跡なら───

 

 

「くっ!」

 

 

 ───シンヤがガンプラに背負わせたのは、正にそれだ。欲望のままに愛機を駆り、敵を殲滅した。命乞いをする敵にすら、躊躇わず引き鉄を引いた。そんな、あってはならない戦い方をして、ガンプラを傷つけたのだ。

 

 だから心に誓った。愛機を傷つけるような、我欲にまみれた戦い方はしないと。傷つくのは、自分だけで充分だから。

 

 

「……立て」

 

 

 いつの間にか仰向けに倒れていたシンヤは、タイガーウルフの声など耳に届いていないかのように顔を俯かせて口を閉ざす。

 

 

「立て」

 

「嫌だ……」

 

「立て!」

 

「嫌だ!」

 

 

 頭部が鷲掴みにされ、強引に立たされる。それでも自分の意思は伴わず、手足はだらんと伸びきっていた。

 

 

「お前は、ガンプラバトルが嫌いって訳じゃねぇだろ」

 

「それは……」

 

「本当に嫌いなのは、ガンプラバトルをしている自分……そうじゃねぇか?」

 

「っ!」

 

「図星か……ならテメェは、大バカ野郎だ!」

 

「えっ……うわぁ!?」

 

 

 機体が空を舞う。しかしシンヤの操作によるものじゃないそれは、まるで叩きつけるように思いきりのよいもので──ズンッと大きな音が響き、強い振動が全身を襲った。

 

 

「ならお前は、何でGBN(ここ)にいる?

 本当は心から楽しみたいんじゃねぇのかよ」

 

 

 タイガーウルフの言葉が胸に刺さる。あまりに全てが正論で、ひた隠しにしてきた本音をぶちまけたくなった。

 

 

「確かに、楽しみたい気持ちはあります。でも、僕にはそんな……」

 

「権利がないってか? ならお前、“誰にどうして欲しいんだ”」

 

「え?」

 

「誰かに赦してやるって言われれば、それで満足なのか?」

 

「それ、は……」

 

「例え顔馴染みのチャンプが赦したって、お前自身は納得しないだろうな」

 

 

 シンヤはその言葉に、内心頷いていた。誰もが許してくれたとしても、今の自分には到底受け入れられるものではない。自分自身と言うたった1人を除いて。

 

 

「お前を赦せるのはお前だけだ! なら立て! 前を向け!

 少なくとも、ガンプラを手にしたのなら最後まで足掻いてみせろ!」

 

「あっ……あああぁぁっ!!」

 

 

 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。心の底から、叫ぶ。それに意味なんてない。周りから見ればなんなんだと笑われるかもしれない。だが──だから何だ。だからどうした。そんな目など、今更気にしてどうするのか。今の自分には、その恥ずかしさをかなぐり捨ててでも立ち向かわなければならない相手がいる。

 

 

「……もう少しだけ、付き合ってくれ!」

 

 

 ジム・ストライカーが立ち上がる。砂埃にまみれた身体には致命傷こそないが、傷だらけで痛々しい。それでも──自分が立ち上がるのを、待っている人がいるから。

 

 ジム・ストライカーは、シンヤのために。そしてシンヤは、タイガーウルフと、その先にいる“彼”のために。

 

 

「行くぞっ!」

 

 

 バーニアを噴かす。真正面から突っ込めば得意の格闘が待っているのは百も承知している。しかしシンヤは、なんの躊躇いもなく機体を突っ込ませる。

 

 対してタイガーウルフは正拳を繰り出す構えをとる。ズンッと力強く一歩踏み出すと、足元はたちまちひび割れた。籠められた力がどれだけ鋭いのか、如実に物語っている。そしてあと数瞬でタイガーウルフの間合いまで迫った──その瞬間、シンヤは思いきり機体を右へ傾ける。器用に一回転する機体を掠める拳。まともに食らえばとんでもない拳圧だろうが、既の所でかわすと手放してしまったマシンガンを掴む。

 

 

「チッ!」

 

 

 残弾などに目もくれず、シンヤは引き鉄を引いた。間接部を狙うのがセオリーなのだろうが、近接格闘を極めんとするガンプラがそんな柔な造りはしていない。ならば狙うは頭部。シンヤはひたすらにマシンガンを撃ち続けるが、タイガーウルフは狙いが頭部だと気付くと片腕でガードして弾丸から逃れようとする。

 

 

「そんな弱い飛び道具でなんになる!」

 

 

 叫びと共に飛来したドラゴンハングが、やかましいマシンガンに食らいつく。メキメキと音が響いたのはほんの一瞬。瞬きをした次にはマシンガンは火の手をあげていた。

 

 

「もらいます!」

 

 だが、それでいい。シンヤは素早くマシンガンを離すと、ビームサーベルを抜刀する。光が真一文字に閃き、龍の牙を切り裂く。

 

 

「やるじゃねぇか!」

 

 

 すかさず、もう一方の牙が地を這うようにしてシンヤへと迫り来る。

 

 

(間に合うか!?)

 

 

 スラスターを目一杯ふかし、後方へと下がった。その動きを真似するように、ドラゴンハングが追従してくる。ぎりぎりでシンヤの方が早いが、このままでは間違いなく追い付かれる。程よいところまでくると、ジム・ストライカーを思いきり跳躍させた。もちろんドラゴンハングもその後を追いかけてくる。

 

 

「これなら!」

 

 

 ジム・ストライカーのシールドに備えられたスパイクが、太陽の光を帯びて煌めいた。そして迫り来るドラゴンハング目掛けて一直線に駆け降りていく。

 

 

「何っ!?」

 

 

 機体重量と落下速度が合わさったそれは、片側だけの牙をへし折るには充分すぎる一撃へと変貌した。スパイクを突き刺し、地面に叩きつけると同時にもうもうと砂煙が立ち上る。気持ちを落ち着けたかったが、タイガーウルフはそれを善しとしないだろう。だから一呼吸だけ。たったそれだけでもいいから、シンヤは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。あとは、再び走り出すだけだ。

 

 

「ッ!」

 

 

 ツイン・ビームスピアを構え、刺突を狙って機体を動かした。だが、砂煙から出ようとした瞬間、目の前まで迫っていたそれに気が付き、慌ててシールドで受け止める。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 ぎりぎりのところで防ぐことだけはできたが、ガンッと強い響きと衝撃が全身を揺さぶってきた。閃いたのは、ジーエンアルトロンの正拳。たたらを踏むジム・ストライカーに、2手、3手と次々に拳が叩き込まれる。しかも1回の重みがシンヤの予想を上回るだけに、反撃に移れない。

 

 

「形勢逆転だなぁ!」

 

「まだあぁっ!」

 

 

 閃く拳、唸る蹴り。それらをすべてシールドで受け続ければ当然、相当量のダメージが蓄積されていく。しかも相手は格闘戦のエキスパートだ。シールドが悲鳴をあげるにはたった数撃で充分だろう。

 

 

「そぉらぁっ!」

 

 腰を落とし、力強く踏み出される一歩。タイガーウルフの機体操作が変わったことを目ざとく見つけたシンヤの背を、冷や汗が伝う。まずい──直感的にそう思ったシンヤは、慌ててシールドを切り離す。バキンッと嫌な音が響くまで、一拍しか間はなかった。

 ジム・ストライカーにもたせていたシールドが、その腹を拳によって貫かれていた。そこを起点にするように、蜘蛛の巣を思わせるみたいに罅が全体へまわったと分かった時には、大小ばらばらに砕けていた。

 

 

「くっ!」

 

 だが、だからと言って気落ちしていられない。勢いよく繰り出されたその正拳はシールドを砕いただけで、ジム・ストライカーには届いていないだから。チャンスは、今しかない。

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 

 ツイン・ビームスピアを構え、武人に突き立てようと光の牙を閃かせる。

 

 

「なんの!」

 

 

 既の所でジーエンアルトロンは身を翻す。紙切れ1枚とまではいかないが、見る者が見れば正に紙一重の距離。これを逃す手など、シンヤの頭にはこれっぽっちもなかった。ここまできて逃げられれば、もう次はないだろう。離れようとするジーエンアルトロン。追いかければ反撃されるのは必至。しかし、せめて一撃だけでも。シンヤは迷わずジム・ストライカーに一歩進ませた。

 

 

「ここだっ!」

 

 

 動き出したのは僅かながらジム・ストライカーの方が速い。真一文字に一閃しようとツイン・ビームスピアがジーエンアルトロンに迫ろうとする。

 

 

「チッ!」

 

 

 舌打ち1つ響かせて、タイガーウルフはさらに後ろに下がろうと急ぐ。

 

 

「行かせるか!」

 

 

 絶対に行かせない──その一心で、シンヤはジム・ストライカーを駆る。ジーエンアルトロンが間合いから出てしまうより早く、ジム・ストライカーが握るツイン・ビームスピアの光刃が角度を変えた。

 

 

「なにぃっ!?」

 

 

 ツイン・ビームスピアは、2本のビームサーベルを取り付けることでスピアとしての役割を担っており、サーベルの柄を取り付けている部分が稼働し、角度を変えられる特徴があった。

 

 届け──切なる願いとともに走り抜ける一陣の風。それは微かだが、確かに火花を孕んでシンヤの目の前を駆けていった。

 

 

「あ、当たった……」

 

 

 その呟きは果たして誰のものだったのだろう。シンヤが、タイガーウルフが、門下生が、誰もがその言葉を口にしたのかもしれないし、或いは誰も言ってはおらず、ただの幻聴だった可能性もある。しかしどちらであろうと現実に変化はない。ジム・ストライカーの一閃が、ジーエンアルトロンの胸を僅かに薙いだ。それは紛れもない事実として彼らの脳裏に刻まれた。

 

 

「やっ、た──!?」

 

 

 そんな喜びの声をあげたのも束の間、強い衝撃がジム・ストライカーを襲う。続いて叩きつけるような振動が走り、気付けばジム・ストライカーは地面に仰向けになっていた。

 

 

「かすり傷つけた程度で、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

 

 声の主を探そうと視線を巡らせると、一筋の光が駆け抜けた。目をすがめるシンヤの瞳に映るは眩しいばかりの太陽。その陽光にありながら、なお目を惹く金色の勇姿。

 

 

「ま、まさか……」

 

 

 その出で立ちに自然と喉が渇く。会ったことがなくとも、彼を知る者ならばあの輝きが何を示すかは分かるだろう。ダイバーランクがCランク以上の者だけが有することのできる、必殺技。タイガーウルフの必殺技は1度目にすれば忘れられないほどに鮮烈で鋭いとさえ言われていた。

 

 

「覚悟は、いいな!」

 

 

 有無を言わせぬ迫力。金に身を染めたジーエンアルトロンが拳を振りかざすが、シンヤはただ呆然と見入るだけ。防御も回避も無意味だと、彼の放つプレッシャーが告げてくるから。ならば臆するな。逃げるな。目を逸らすな。タイガーウルフの全力を、この身に刻むしかあるまい。

 

 

「必殺! 龍虎ロード!」

 

 

 放たれる力の奔流。タイガーウルフらしく、鋭利な圧となってシンヤとジム・ストライカーを容易く呑み込んでいく。それでも、シンヤの心はどこか晴れやかだった。

 



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墓場

「ガンプラの、墓場……」

 

「あぁ。ここがどれだけ寒々しいところか、君になら分かるのではないかな?」

 

 

 宇宙空間をたゆたう幾つものガンプラ。そこに意思は感じられず、誰も乗っていないことがよく分かる。問題はその数だ。4つ、5つと片手で数えられる程度ではない。20、或いは30近い無人のガンプラが、その宇宙を音もなく漂っていた。

 

 

「寒い……」

 

 

 その光景に、思わず呟きが漏れていた。ぎゅっと操縦レバーを握り締めて、心を落ち着かせる。シンヤは機体スピードを落とすと、1機ずつ目に焼き付けるように、ゆっくりと眺めていく。

 

 

「何で、こんなことに」

 

 

 自身が駆るガンダムアヴァランチエクシアダッシュを通じて、無機質な塊と化したガンプラに手を当てる。データで出来上がったものだからこそ、その全身に傷は残っていないが、シンヤにはどこか痛々しく傷ついているように見えた。

 

 

「君にも感じるようだね。この場に散らばったガンプラの、悲しみを……」

 

 

 通信越しに聞こえてきた声に機体ごと後ろを振り返る。図体が大きく、それでいて繊細さを感じさせる美しい造り。白亜の城を思わせる堅牢な四肢とそこに彩られた美麗な水色の装甲が目を惹く機体──セラヴィーガンダムシェヘラザード。そして、そのパイロットであるシャフリヤール。

 

 シンヤは今、マギーを通じてシャフリヤールから連絡をもらい、彼から「墓場に来て欲しい」と言われて、こうして共に行動している。最初墓場と言われた時は何かと思ったが、今こうしてこの場にいるだけで、その意味が理解できた。

 

 

「君はどう思う?」

 

「……怒りが、わいてきます」

 

 

 正直な気持ちをシャフリヤールに伝える。誰かのために怒れるのは一概に悪いとは言えないが、いいとも言えない。それがどんな形であれ、怒りに呑まれればそれは危険でしかない。

 

 

「怒り、か。君らしい回答だ」

 

「シャフリヤールさんは、違うのですか?」

 

「私は……おっと、どうやら主がおいでなさったようだね」

 

「え?」

 

 

 シャフリヤールが機体を向けた先に、シンヤも機体を向ける。スラスターの光が見えた。青い光は美しく、しかし脅威として一直線にこちらへ向かってくる。次第に大きくなっていくその陰は、真紅を基調とした絢爛な機体、シナンジュだった。

 

 

「なんだぁ、ポイント稼ぎに来たのか?」

 

「ポイント?」

 

「そうだよ。ここのガンプラは、引退者から俺がもらったものだ。アカウントごと、な」

 

 

 GBNとて最初から最後まで遊び続けるものはいないだろう。年月を重ねれば、プレイヤーも当然歳を重ねていく。学生だったものは進学もあれば、社会人になった者もいるだろう。リアルが忙しくなれば、当然引退する者も出てくる。そんな彼らは本来であればアカウントを削除するのだろうが、恐らくそうせずにこの墓場の主にアカウントを売り払ったのだろう。ガンプラは適当なものを用意し、アカウントをそのままに誰かが代理でログイン。そして主の贄として動かない的として撃破。そうして主は、ここまで大きくなったと言うことだろう。

 

 

「誰だか知らねぇが、ここは俺の狩り場だ。とっとと失せろ」

 

「いやはや、動かない獲物ばかりのここを狩り場とはね。狩人は余程狩猟が下手らしい」

 

「んだとっ!」

 

 

 シャフリヤールのあまりに見え透いた挑発。それでも主は簡単にそれに乗っかり、ビームライフルを構えて躊躇いもなしに引き鉄を引いた。ジオンモビルスーツらしい、黄色く眩い閃光。しかしセラヴィーガンダムシェヘラザードはそれを容易くかわすと、右手に構えていたGNフィジカルバズーカが火を吹いた。予てから反撃を決めていただけに、その動きに無駄はなく素早い。

 

 しかし───

 

 

「直撃……いや!」

 

 

 まっすぐに放たれた光は吸い込まれるようにしてシナンジュを捉えたが、その身体に紫色の不気味な光がまとわりついたのを見て、シャフリヤールは視線を鋭くする。

 

 

「ブレイクデカール……!」

 

 

 話を聞くために火力を弱めていたからなのか、ブレイクデカールの力を発揮したシナンジュの身体には傷の1つもない。入れ替わるように前へ出たシンヤは、GNソードを閃かせて肉薄する。単調な一直線の攻撃。容易くかわされて当然のそれは、シンヤに注視させることで意識外からセラヴィーガンダムシェヘラザードが砲撃するための隙を作り出したものだ。

 

 

「もらう!」

 

《硬くなっただけじゃあねぇんだよ!》

 

 

 GNフィジカルバズーカが放たれるものの、砲火は紙一重でかわされてしまう。すかさず、シンヤが畳みかけようと迫るも、その行手を阻むように1機のガンプラ──ザクⅢ改が漂ってきた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 邪険にすることもできず、シンヤは思わず動きを止めてしまう。GBNにあるならば宿っているはずの命の煌めきはそこにはなく、不規則に点滅を繰り返すモノアイが不気味にこちらを見ている気がした。

 

 

「下だっ!」

 

「なっ!?」

 

 

 シャフリヤールの叫びにつられてカメラを向ければ、赤い閃光がビームライフルを放ちながら迫ってくる。なんとかギリギリのところで回避に成功するが、目の前を通り過ぎていくシナンジュは猛スピードで墓場を駆け抜け、シンヤには簡単に捉えられそうもない。

 

 

《そらよっ!》

 

 

 一瞬だけ何かに着地してスピードを殺したシナンジュ。しかしシンヤがライフルを構えるより早く再び機動力を活かしてその場を離れてしまう。その代わりとでも言うように、シナンジュが着地につかったデブリが飛んでくる。

 

 

「この人……!」

 

「慣れているな、墓場での戦いに」

 

《当たり前だろ。ここは俺が狩人になる戦場だぜ? お前らは、ただの獲物なんだよぉっ!》

 

 

 GNフィジカルバズーカで進路を妨害するが、シナンジュはその尽くをかわし、セラヴィーガンダムシェヘラザードとの距離を詰めていく。しかしシャフリヤールは機体を下がらせず、ひたすらにバズーカを放ち続けるが、次第に放たれる砲火は弱々しくなっていった。

 

 

(GN粒子を使いすぎないようにしてるのか)

 

 

 機動戦士ガンダム00の作中で登場するガンダムタイプが装備する太陽炉によって生成される粒子を指すGN粒子。作中でこの粒子は多くの特性を有しており、粒子を圧縮して解き放つことでビーム兵器として扱うことができ、或いは形成することでGNフィールドなどのバリアとしても転用することができる。GBNでもその設定は健在で、ガンプラの出来によって粒子量を左右されてしまう。シャフリヤール程のモデラ―ならば、粒子量をセーブしながら戦う必要はないのだろうが、相手は高機動のシナンジュだからなのか避けられることを考えているようだ。恐らく、ここぞと言うところで大火力を放つつもりなのだろう。

 

 援護すべく、シンヤもアヴァランチエクシアダッシュを駆ってGNソードで幾度となく接近戦を試みる。粒子残量を気にしているのは、シンヤもまた同じだった。アヴァランチエクシアダッシュはGNコンデンサーを摘んで本来のエクシアよりも粒子量は多くなっているが、それはあくまで高機動戦闘を行うためのものとなっている。出し惜しみして撃墜の機会を逃しては元も子もないが、相手も高機動を売りとしているシナンジュだ。ブレイクデカールの力も相まったその機体に、迂闊にGN粒子を消費するわけにはいかなかった。

 

 機動性はそこまで劣っていないはずなのに、周囲を漂うガンプラに何度も動きを阻害されるせいで、シナンジュへの痛烈な当たりは未だにない。だが、シンヤもシャフリヤールも簡単にやられるほど柔ではないため、決めきれないのはお互い様と言えた。

 

 

《クソが……!》

 

 

 先に苛立ちを明らかにしたのは、シナンジュの方だった。この墓場での戦いに慣れているからこそ、シンヤとシャフリヤールのどちらにも大したダメージを出せていないことに焦りが出てきたのだろう。左手にビームサーベルを掴み、アヴァランチエクシアへと斬りかかる。下がるのは簡単だが、後ろを浮遊しているガンプラに気付き、シンヤもGNビームサーベルを引き抜いて刃をぶつけ合った。刃と刃とが噛みつき合い、閃光を虚空に散らす。

 

 

《はっ、やり合おうってのかよ!》

 

「くっ……パワー負けする!?」

 

 

 ブレイクデカールで増した強さは生半可なものではない。それを表すように、シナンジュは徐々に徐々にアヴァランチエクシアを押していく。援護しようにも2機の距離があまりに近すぎるため、シャフリヤールはビーム兵装を使えないでいる。このままでは押し負ける──そう思われた瞬間、アヴァランチエクシアが動いた。押し切られる力を利用して既の所でビームサーベルの一閃をかわすと、その場で一回転しながらGNソードを展開。ビームサーベルを振り切ったばかりのシナンジュへ向けて、今度はシンヤから斬りかかる番となる。

 

 

「これで……!」

 

《させるかよぉ!》

 

 

 途端にバーニアを吹かし始めたシナンジュ。GNソードが振り下ろされる前に、一気にアヴァランチエクシアに飛び込むと、そのまま背後のガンプラを巻き込んでデブリに衝突させられてしまう。

 

 

「がはっ……!」

 

 

 大きな振動を再現するように、コクピットがデタラメに揺れる。それでもシナンジュから視線は外さずにいると、シールドに懸架しているビームアックスがその刃を閃かせて振り下ろされてくるのが目に入った。真上に逃げれば行手を阻まれるのは必至。GNシールドは背部に懸架しているせいですぐには取り出せない。

 

 

「このっ……!」

 

 

 それでも、アヴァランチエクシアなら──押されてばかりで惨めな自分に舌打ちし、シンヤは懸命にアヴァランチエクシアを駆って機体を翻させる。ギリギリで回避したアヴァランチエクシアだったが、自分と共にデブリにぶつけられたガンプラが──ガブスレイがたちまち一刀両断されて一瞬の閃光を見せた。

 

 

《チッ……仕方ねぇか》

 

 

 溜め息交じりの呟きが通信越しに聞こえてくる。諦め、落胆、そんな感じはあるが、武装は構えたまま。互いににらみ合いが続くかと思われたが、先に動いたのはシナンジュだった。シールド裏に装備していたバズーカをビームライフルの下部にセットすると、1発、2発と立て続けに放っていく。

 

 

「その程度!」

 

 

 すかさずシャフリヤールが前面に出て、GNフィールドを展開しては次々と迫りくる弾丸を受け止めていく。堅牢なシールドをバズーカが打ち破ることは叶わず、はじけた銃弾によって辺りが黒煙に包まれていった。

 

 

「うん?」

 

「この、反応は……!?」

 

 

 周囲が煙で満たされていく中、新たな敵性反応にシンヤ達は眉を顰める。反応は本来のモビルスーツのサイズとは違う。明らかに大きく、強大なもの。“ソレ”がなんなのか、2人にもすぐに察しがついた。敵はシナンジュを駆っているのだから、その機体を知るものならば誰もが想像するのは容易いだろう。

 

 

「やれやれ……そんな大物を引っ張り出してくるとはね」

 

「ネオ・ジオング……!」

 

 

 黒煙が晴れる。その時には既に、目の前に巨体が現れていた。中央に鎮座するシナンジュ。それを強大な真紅の身体が取り囲んでいる。絶望を体現したようなその姿を前にして、しかしシャフリヤールはなおも笑みを浮かべていた。

 

 

《こいつでお前らをぶっ潰してやるよぉ!》

 

 

 愉快に笑い、ネオ・ジオングはその両腕に備わった5本指のような筒に光が集束していく。距離をとってもビーム砲が貫こうと追いかけてくるのは必至。ならばと出現したばかりの姿勢制御の時間を活用して、一気に真下へ入り込んでいく。

 

 

「Iフィールドは利かない!」

 

 

 ビーム兵器を防ぐとされるIフィールドを常時展開しているネオ・ジオング。その堅牢なバリアはガンプラの出来によって性能が様変わりするようになっているが、ブレイクデカールを使用しているあの状態ではビーム主体のセラヴィーガンダムシェヘラザードからの攻撃はあまり通らないだろう。

 

 

「はあぁっ!」

 

 

 GNソードでネオ・ジオングの真下に位置する大型のプロペラントタンクに刃を突き立てる。脆い造りはしていないが、アヴァランチエクシアの振るうGNソードもそれは同じ。十字に切り裂き、最後に切り飛ばすように一閃。労することなくプロペラントタンクは尖端からバラバラと崩れ去っていく。がら空きとなったそこへ、GNビームバルカンを斉射して火の手を巻き起こした。

 

 いくらIフィールドが堅牢であろうと、これだけ接近した上で破損した場所を重点的に撃ち続ければ耐えられまい。

 

 

《鬱陶しいんだよぉ!》

 

 

 残る1本も破壊してしまおうと刃を振りかぶるアヴァランチエクシア。しかしネオ・ジオングの背部に懸架されている4本のアームユニットが稼働し、有線式の大型ファンネル・ビットが襲い掛かる。1つのアームユニットに5つ存在するファンネル・ビット。その全て──20ものファンネル・ビットが一斉に襲撃してくる様は、不気味でさえあった。

 

 

「くそっ!」

 

 

 退くしかない状況に、シンヤはGNソードで退路を塞ごうとするファンネル・ビットを切り落としながら道を開く。もうすぐでシャフリヤールと合流できるところまで来た。が、突如として2人の間に10機のガンプラが押し寄せてきた。

 

 

「何だ!?」

 

「まさか……!」

 

 

 すべてのガンプラに繋がれた、ファンネル・ビット。有線式のそれは、3本爪のワイヤーアンカーを射出して機体に取り付くことで、操作を乗っ取る“ジャック”の機能を有している。墓場と称させるここは、数多のガンプラが漂っている。胸部、背部に、ファンネル・ビットが取りつき、動きをジャックする。

 

 

「くっ!」

 

 

 目の前にいたリーオーが、ぐぐっと不気味な動きを見せる。右手に持っていたマシンガンをアヴァランチエクシアに向けて連射しながら肉薄してくる。ジャックされたことに驚いたせいで距離を稼げなかったシンヤは弾丸をかわすこともできず、シールドで防ぐ。だが、2機の距離は見る見るうちに近づいていき、遂にはリーオーがビームサーベルを引き抜いて切りかかった。

 

 

「このっ……!」

 

 

 しかも避けた先にはグレイズリッターが待ち伏せていて、引き抜いたサーベルを振りかぶってリーオーと挟み撃ちをしようと迫っていた。

 

 GNソードで充分対応可能な距離だ。しかし、シンヤは反撃せすにアヴァランチエクシアを下げた。リーオーとグレイズリッターはネオ・ジオングにジャックされたままぶつかり合い、互いの胴体に刃が突き刺さってしまう。

 

 

「あっ……」

 

 

 その光景を目の当たりにして、シンヤは短い悲鳴を漏らした。自分が避けなければ、操られたまま傷つけ合うこともなかったはずだ。

 

 

「っ……だけど!」

 

 

 しかし、反撃しても結果は同じだろう。斬った人物が味方からシンヤに変わるだけ。結局は切り裂かれるしかなかったのだ。

 

 ジャックする相手を失っておきながら、ファンネル・ビットは迷うことなく次なる獲物に食らいつき、その身を蝕んでいく。目の前で偽物の生を授かるガナーザクウォーリアとドラッツェ。2機は隙だらけとなったシンヤに狙いを定めると、一気にけしかけてきた。

 

 ドラッツェが迫り、アヴァランチエクシアの周りを何度も駆け巡る。それだけで終わるはずもなく、背後に回り込んだ瞬間からマシンガンが火を吹いた。高速で移動を続けるドラッツェから、取り囲むように放たれる弾丸。シールドで要所は守られているが、ファンネル・ビットを通じてブレイクデカールの力を得た弾丸は思っていた以上に鋭利で、不要な動きをすればたちまち装甲を削られそうだ。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 逃れるタイミングを掴もうとすれば、ガナーザクウォーリアが行手を阻んだ。肩についたシールドを前面に押し出し、アヴァランチエクシアへとタックルをかます。虚空へ放り出されるようにして弾かれたシンヤは、強い衝撃に呑まれてモニターから視線を外してしまう。

 

 慌てて顔を向けたが、もう遅い。ガナーザクウォーリアが構えたビーム砲、オルトロスの砲口が眩いばかりに光った。

 

 やられる──そう直感し、なんとはなしに身構えてしまう。しかし、自分と愛機とを貫くであろうと思われた閃光は、間に入った1機のガンプラによってなんなく弾かるのだった。

 

 

「シャフリヤール、さん……」

 

「さっきまでの威勢はどこへやら。あぁ、いや。別に呆れてるわけじゃないんだ。ただ、あまりに落差があったからね」

 

 

 言いながら、シャフリヤールはセラヴィーガンダムシェヘラザードのGNフィールドを展開し、アヴァランチエクシアを守護する。温かな緑閃光が包み込む空間で、シャフリヤールはシンヤと向き直った。

 

 

「シンヤくん。何故、手を動かさないんだい?」

 

「それは……」

 

「リーオーの時もドラッツェの時も、明らかに動きが遅かったが……君は、彼らと戦うのが怖くなった。そうだね?」

 

「……はい」

 

 

 言い当てられ、弱々しく肯定する。かつて自分のガンプラを傷つけてしまった経験から、シンヤは例えデータの中であろうとガンプラが傷つくことを恐れた。戦いの中被弾するのは当たり前だと理解していても、納得ができないのだ。なにより、今シンヤらを狙うのはジャックされたガンプラで、そこに意思が宿っていないと思うと尚更だった。

 

 

「傷つくことも、また愛があるからこそだよ」

 

「え?」

 

「誰だって、1度の傷もつけずに強くなった訳じゃない。傷ついても次を考え、次を見据え、そのために直し、挑み、その果てに勝利を掴むものさ」

 

「果て……」

 

「そう。傷ついたのなら、傷つけたのなら……それに相応しい愛を見つければいい!」

 

 

 GNフィールドを解き、フィジカルバズーカでドラッツェを撃ち貫く。その射撃に躊躇いも迷いもなく、こうするべきだと確信をもって引き鉄を引いた姿勢は光り輝いて見えた。

 

 

《最後の会話は済んだかよ》

 

「無論まだだとも。彼とはこれからも話すからね。

 それより、待たせた非礼を詫びよう。全力をもってね!」

 

 

 シャフリヤールの啖呵と共に、セラヴィーガンダムシェヘラザードの背面に備えていたプトレマイオスが動き出す。

 

 

「トレミー、砲撃モード!」

 

 

 引き鉄にあたる部分を握り締め、前面に展開されたプトレマイオスの砲口が光を集束していく。その輝きは瞬く間に強大な力を内包し、膨れ上がった。

 

 

「アルフ・ライラ・ワ・ライラ!」

 

 

 必殺技の名が、虚空に轟く。放たれたビームはプトレマイオスがもつ砲口の大きさからは想像できないほどに強大で力強く、ジャックされていたガンプラはその悉くを塵芥へと姿を変えていった。

 

 

《バカが! こっちにはIフィールドがあるんだよぉっ!》

 

 

 その言葉を証明するように、ネオ・ジオングに迫ろうとしていたビームは、Iフィールドによって弾かれてしまう。

 

 しかしシャフリヤールは砲撃をやめない。それどころか涼しい顔で言ってやった。

 

 

「確かにIフィールドは堅牢のようだ。だが……“それがどうした?”」

 

《なっ、にぃ……!?》

 

 

 見る見る内に出力を上げていくビームの奔流。Iフィールドを気にする素振りすら見せず、少しずつだが確実にフィールドを貫こうとしていく。

 

 

《あり得ない! こっちはブレイクデカールも使ったIフィールドなんだぞ!?》

 

「おやおや。目の前で起きていることすら信じられないとは。

 所詮は愛のないダイバーと言うことか」

 

《何が愛だ! 必要なのは力だ!》

 

「その力とやらはすぐに打ち砕かれるさ。

 覚えておくといい。愛は、常識を凌駕する!」

 

 

 シャフリヤールの宣言通り、遂にビームはIフィールドの壁を突破してネオ・ジオングの腹部を撃ち貫いた。ぽっかりと大きな穴が空いたかと思えば、徐々に爆発を起こしてその巨体を揺らした。

 

 

「あとは君に任せよう。頼めるかい?」

 

「……はい!」

 

 

 答え、シンヤはアヴァランチエクシアを駆った。ネオ・ジオングに収まっていたシナンジュは早くも離脱しており、シンヤはその後を追いかけていく。

 

 バズーカを構えたシナンジュの真上を取り、その砲身に向かって脚部の追加ユニットからGNクローを展開して掴みかかる。そしてもう片方の足も同様に追加ユニットを駆使してビームサーベルを繰り出し、バズーカを叩き斬る。

 

 

《ちくしょうが!》

 

「逃がさない!」

 

 

 ライフルを掴んだ時にはもう、シナンジュはそれを手放していて、再び身を翻して宙域を駆け抜けていく。

 

 

《どけっ! どけぇ!》

 

 

 通信越しに聞こえてくる男の声はかなり切羽詰まった危機感を感じさせるものだが、進路を漂うガンプラを不器用に蹴散らす姿はシンヤにとって心苦しくもある。

 

 

「ごめんね」

 

 

 シナンジュに弾き飛ばされたジャハナムが、アヴァランチエクシアの目の前に転がり込んできた。さっきまでなら立ち止まってでも受け止めたところだが、シンヤは迷わずGNソードを一閃。呟くように謝りながら駆け抜けていく。

 

 しかしブレイクデカールで強固になった身体は、墓場に浮くガンプラとぶつかっても怯まないため、気にする必要もなく逃げに徹する。それに対してシンヤは進路上にあるものは排除しながら追いかけているため、次第に距離ができていく。

 

 

「……デブリに逃げるつもりか」

 

 

 向かう先に見えたのは、様々なデブリが散在する空間。シナンジュはさらに速度を上げていくが、ここで取り逃す訳にはいかない。しかしこのまま突っ込めば、間違いなくデブリで装甲が傷つくだろう。

 

 

「あのシナンジュを倒しても、傷を勲章だなんて偽る気はないよ。

 君の傷を忘れない。それが今、僕ができる唯一のことだと思う」

 

 

 アヴァランチエクシアに語りかけ、シンヤは強く操縦桿を握り直す。

 

 ガンプラは何も言わない。何も答えない。何も教えてくれない。これが正解なのか間違いなのか分からない。

 

 

「僕を信じて欲しいなんて言えないけど……でも、君のことは信じてる。

 だから……一時でもいい。君の力を、貸してくれ!」

 

 

 GNバーニアが展開し、アヴァランチエクシアが爆発的に加速する。迷わず一気にデブリ帯へと突っ込んでいき、シナンジュをモニターに捉える。ハイスピードで後ろに流れていくデブリ。小さなものは気にせず、大きなものはビームサーベルやロングソードを突き立てて破壊し、突き進む。

 

 

「まだだ。まだ、こんな物じゃない。

 そうだろう、エクシア!」

 

 

 まだ遠い。まだ届かない。

 

 しかし、シンヤは諦めない。強く吠えた彼に合わせて、アヴァランチエクシアの身体が赤く染まっていく。

 

 

「トランザム!」

 

 

 TRANS-AM──トランザムシステム。機動戦士ガンダム00に登場する一部の機体が有するシステムで、一時的に機体性能を著しく向上させるものだ。システムの起動時には機体が赤く染まり、太陽炉から出るGN粒子も多くなる。

 

 だが、システムには当然ながら制限時間が設けられており、GN粒子を多用することから終了後に機体の性能は通常よりも大きく下がってしまうデメリットも存在する。

 

 GBNでもその全てを再現しており、原作通りアヴァランチエクシアはその機動性を高めてシナンジュに迫った。

 

 

「GN粒子、最大解放!」

 

 

 アヴァランチユニットの各部を展開し、機体速度を限界まで引き上げる。あと少し──眼前にまで近づいたシナンジュの背中へ、アヴァランチエクシアが襲い掛かる。

 

 その時、唐突にシナンジュが振り返った。もうすぐ傍まで迫ったこのタイミングでわざわざこちらを向いたとなれば、目的は攻勢に転じることただ1つだろう。いくらガンプラの機動性が上がったとは言え、操縦者の反応速度は変わらない。そこに付け入る隙は充分にあった。

 

 突き出されるビームライフル。その銃口には既に自分とアヴァランチエクシアとを貫こうとする光が獲物を今か今かと待ち望んでいた。

 

 

(なんとかかわして……いや)

 

 

 迫られる判断。悩む時間はなく、誤った方向に動けば即座に撃たれてしまうだろう。迷ってる暇はない。やると決めたからには、最後まで貫き通す。

 

 

《墜ちろぉっ!》

 

 

 切望にも似た叫びが、耳をつんざく。放たれた砲火はアヴァランチエクシアを焼こうと一直線に走り抜ける。

 

 

「エクシア!」

 

 

 直撃する──いや、シンヤがそれを赦すはずがなかった。咄嗟にアヴァランチユニットを全てパージし、そこから脱したエクシアの真上を一筋の閃光が駆け抜けた。火線はそのままアヴァランチユニットだけを破壊する。

 

 

「うおおおぉぉ!」

 

 

 飛び出したエクシアは、トランザムを維持したままシナンジュへ突進していく。

 

 

《なっ!?》

 

 

 そして、GNソードがシナンジュの胴体へ深々と突き刺さった。モノアイは明滅を繰り返し、刃に貫かれた場所は立ち所に火をあげる。

 

 

「……ありがとう、エクシア」

 

 

 愛機に語りかけるシンヤの声は、どこか嬉々としていた。敵を倒したことの喜びではない。応えてくれたことへの感謝をこめて。

 



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2つの再会

祝! ビルドダイバーズリライズ再開!

ヒロトとイヴの出会いと別れ、とてもくるものがありましたね。
最初で最後の約束を破ってしまったヒロトの後悔、見ていて辛かった……。


当作品は前作にあたるビルドダイバーズが主軸なので関わるとしたらラストの第二次有志連合戦ぐらいでしょうね。


 タイガーウルフ、シャフリヤールの元で過ごした経験はシンヤの心持ちを少しだけ変えた。思わずガンダムベースに自転車を走らせ、気付けば顔見知りのコウイチを見つけて声をかけていたほどに。

 

 

「まさか、初仕事が君にガンプラを渡すことになるなんてね」

 

 

 ふっと微笑むコウイチの言葉に、シンヤはやっと違和感に気付いた。いつもの私服姿ではなく、店のエプロンをかけている。つまり彼は、ガンダムベースで働き始めたと言うことだ。

 

 彼に案内されながら、まだ人気のないロッカーへ足を運ぶ。朝一で来たからシンヤとコウイチ以外には誰もおらず、喧騒には程遠い中、コウイチは1つのロッカーを指し示した。

 

 

「ここだよ」

 

 

 代わるようにしてロッカーの前に立った瞬間、シンヤの心臓がドクンと跳ね上がった。自分で決めたことなのに、今更ながら尻込みしてしまうなんて情けない。

 

 

「じゃあ、外で待ってるから」

 

 

 何かを察してくれたのか、コウイチはそれだけ言い残して出て行く。感謝の言葉を伝えることも忘れてしまうほどに、今のシンヤには目の前のロッカーしか頭になかった。そして、意を決して取っ手に手をかける。ゆっくりと開くと、そこにはずっと手にするのを恐れていたガンプラが2つ、雄々しく直立した姿で収められていた。

 

 

「遅くなってごめん」

 

 

 しばらく無言で眺めていたシンヤは、絞り出すようにそれだけ言うと、2機のガンプラをそっと手に取る。鮮やかさはないが、印象深い蒼で染められた身体は記憶に焼きついているのとまったく変わらない。

 

 ペイルライダー。シンヤが初めてGBNで使用したガンプラであり、傷つけてしまったガンプラでもあった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「シンヤくん、GBNでペイルライダーは使うのかい?」

 

 

 ラウンジエリアに通されたシンヤは、逡巡する。せっかく迎えたのだからそれが理想的なのは分かっている。しかし、人前で乗るのは少しばかり抵抗があった。黙っているのを肯定と受け取ったのか、コウイチがおずおずと口を開く。

 

 

「実は……折り入って君にお願いがあるんだ」

 

「僕に、ですか?」

 

「もしよかったら、久しぶりにペイルライダーに乗るリハビリがてら、僕のランク上げに付き合ってもらえないかな?」

 

「えっ……でも、コウイチさんは確か……」

 

 

 シンヤの記憶が正しければ、コウイチはガンプラバトルから引退していたはずだ。理由は聞かなかったが、その決意は固く、そう簡単に覆るとは思っていなかっただけに驚きを隠せない。

 

 

「実は、知り合いに触発されてね。今は、フォース設立のためにランクを上げてる最中なんだよ」

 

「フォース、ですか」

 

 

 ふと、シンヤの脳裏にかつての記憶が蘇る。仲間──フォースメンバーとして信じて疑わなかった彼らの、嘲るような笑い声とともに。

 

 

「もちろん、無理にとは言わないよ」

 

 

 無意識の内に握り拳を作っていたのに気付いたのか、コウイチが慌てた声を出す。その声にハッと我に返り、シンヤは首を振る。

 

 

「いえ、大丈夫です。僕で良ければ、いくらでもお力添えします」

 

 

 せめてもう1度──もう1度だけでいいから、このガンプラでGBNに臨みたいと思ったのだ。その機会を自ら手放すなど勿体ない。なにより、コウイチが見込んだ人物らが結成したフォースならば、心配もいらないだろう。

 

 ミッションを行う日取りが決まったら改めて教えてくれるとのことで、コウイチと連絡先を交換するとシンヤは2機のペイルライダーを鞄へ丁寧にしまい、その場を後にした。

 

 

(戦えるといいけど……)

 

 

 ペイルライダーを駆り、GBNで自分がしてきたことを思い出すだけで、足が竦みそうになる。フルフルと弱々しく頭を振って気持ちを切り替えようと顔を上げると、ふと1人の少女が目に入った。

 

 

(あれって……フジサワさん?)

 

 

 シンヤと同じクラスに在籍する少女、フジサワアヤ。クラスメートと呼ぶにはまともに会話したことがないし、彼女自身がどこか人を寄せ付けない気配を纏っているようにも見える。それでも、艶やかな髪と整った目鼻立ちや、凛とした雰囲気と合致したきりっとした表情が素敵だと、誰かが言っていた気がする。

 

 アヤは何かじっくりと見ている様子だが、言われてみればなるほどと納得する可愛さだった。もっとも、シンヤには人をじろじろと見る趣味などないので、さっさとその場を立ち去るつもりでいた──彼女が、視線に気がつくまでは。

 

 

「あっ……」

 

「あ……」

 

 

 シンヤが見ているのに気がついたのか、アヤが振り向く。見入っていたシンヤは視線を外すのも忘れていたわけで、当然ながら視線が重なり、声も重なる。その瞬間、アヤは慌ててその場から走り、まるで脱兎の如く出入口まで駆け抜けていくのだった。

 

 

「悪いことしちゃったよね……」

 

 

 次に学校で会ったら謝ろう。強く心に決め、シンヤは逃げていったアヤとは真逆でゆっくりとした足取りで店を出て行った。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 数日後───。

 

 コウイチから連絡をもらったシンヤは、自宅からGBNへとログインする。待ち合わせの場所と、アバターの特徴を事前に聞いておいたお陰で、すぐに彼と合流できた。どうやら他のメンバーは先にハンガーで待っているらしい。

 

 

「連戦ミッションはこれだけど、難易度とかは……聞くまでもないよね」

 

「はい、大丈夫だと思います」

 

 

 恐らくランクを見たのだろう。ミッションの難易度が高いことはなさそうだ。シンヤも、コウイチに許可をもらってプロフィールを見せてもらう。名前はリアルにだいぶ近いものだが、このGBNではあまり珍しくないことだった。シンヤなどはそのままだし、一文字だけ変えて済ませる人もいるぐらいだ。

 

 

「みんな、お待たせ」

 

「あっ、コウイチさん」

 

「早かったですね」

 

「うん、すぐに合流できたからね」

 

 

 コウイチへ駆け寄る4人の少年少女。もっと同年代で組んでいると思っていただけに、シンヤは思わず呆然としてしまう。そんな様子にも気づかず、青い服の少年がゆっくりと歩み寄り、一礼。

 

 

「はじめまして。俺、リクって言います」

 

「僕は、ユッキーです」

 

「私はモモ! それでこっちが……」

 

「サラ、です」

 

「あぁ、はじめまして。シンヤです」

 

 

 立て続けに名乗られて、思わず尻込みしそうになる。それでも、誰もが柔和な笑みを浮かべ、自分を歓迎してくれているのが分かると、不思議と緊張感も和らいでいく。

 

 

「あの! 早速なんですけど、シンヤさんのガンプラを見せてもらってもいいですか?」

 

「ちょっと待ってね」

 

 

 催促され、シンヤはハンガーの1つの前に立つとペイルライダーを具現させる。仮想世界なのだから具現とは言い難いのだろうが、実際に目の前に現れるとその表現がぴったりな気がした。

 

 瞬時に現れる、蒼い機体。懐かしさと共に込み上げる不安に、足が竦みそうになる。しかし、隣に並んでいたリクたちが「わぁっ!」と楽しそうな声を上げると、まるで一陣の風となってはその不安をさらって行った。

 

 

「ペイルライダーだ!」

 

「しかも、陸戦型の重装備仕様だよ」

 

 

 カスタマイズしていないのに、リクもユッキーも興奮気味にペイルライダーを見上げる。モモとサラはガンプラに詳しくないのか、可愛らしく小首を傾げているものの、真剣な眼差しで見詰めてくれていた。

 

 

「かっこいいですね!」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 あまりに素直で、まっすぐな賛辞。シンプルな言葉なのにどこかくすぐったい。それだけこのガンプラには思い入れがあるし、なにより一生懸命に取り組んできた。カスタマイズせずとも、誰かの目に触れ、少しでも魅力を感じてもらえたこなら嬉しいに決まっている。

 

 

「じゃあ、今日のミッションを説明するよ」

 

 

 コウイチの言葉に全員が振り返り、彼が表示したディスプレイに視線を移す。プレイするのは至ってシンプルな連戦ミッションだが、各ステージごとに出撃制限が設けられているもの。リーダーとなる1人を選出し、その人物はラストステージまで連続で戦うことになる。

 

 

「このミッションはリーダーが撃墜されただけでも失敗になる。しかも、その機体は途中でダメージを回復できないから、相当負担がかかることになる」

 

「うー、私には向いてないかも」

 

「ぼ、僕も」

 

 

 コウイチの説明に自分たちには不向きだと判断し、僅かに後ろに下がるモモとユッキー。残るはコウイチとリク、そしてシンヤになるが、コウイチは味方の連携具合を確かめたいからと後ろで見ていることに徹するらしい。

 

 

「じゃあ、よかったらシンヤさん、お願いします」

 

「え、僕?」

 

 

 リクの思わぬ提案に、シンヤは不思議そうに首を傾げる。実力を知らない相手に任せるのはかなり大胆だと思ったが、彼はまっすぐに見詰めながら頷く。

 

 

「はい、シンヤさんが適役だと思うんです」

 

「そう言ってもらえるのはありがたいけど……」

 

 

 リクが信用しようとしてくれている。それに応えたいシンヤだったが、思わず振り返り、ペイルライダーを見上げる。かつて傷つけてしまった愛機が、そんな自分に応じてくれるがどうか、不安が募る。

 

 

「大丈夫」

 

「え?」

 

「その子、あなたと一緒がいいって言ってる」

 

 

 サラの、すべてを見透かしたような物言い。しかし不気味な気配はなく、寧ろその言葉は信頼に足るように思える。眩しいほどに美しいサラの姿と言葉、そして微笑みがシンヤの中で決意を促した。

 

 

「分かった。やってみるよ」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「リク、ダブルオーダイバー、行きます!」

 

 

 快活な声と共に出撃していく機体と、その中にいるであろう少年を見送り、シンヤは操作レバーを強く握る。先程、サラが声をかけてくれたからだろうか。不思議と、緊張感はない。

 

 そして───

 

 

「シンヤ、ペイルライダー、出ます」

 

 

 ───蒼いガンプラはGBNの世界へと、再び身を躍らせた。

 

 先行するリクが駆るダブルオーダイバーは原型にかなり近い造りをしていた。太陽炉と呼ばれるエネルギー機関が備え付けられている両肩部分には、両刃の大剣が一振りずつ搭載されており、格闘戦に特化しているのがよく分かる。

 

 背部も多少の変更はあるが、リク曰く「まだ未完成なんです」とのこと。どうやら機動性はそれで補うつもりらしい。

 

 

「見えてきた!」

 

 

 リクの声に視線を彼から外し、モニターに映る敵影を見る。数は2桁は行かないが、それに迫る9機はあった。サンドブラウンを基調とし、そのどれもが違う姿をしている。無骨だが、禍々しさはなく力強さ溢れる姿勢でこちらを見やる。

 

 

「マグアナック!」

 

「9機ってことは……」

 

「ラストステージの隊長機はサンドロック、ですね」

 

 

 ガンダムサンドロックを隊長として、40機のマグアナックからなる大部隊。サンドロックは独特な格闘兵装、ヒートショーテールを有し、マグアナックはそれぞれ独自のカスタマイズを行っていて1つとして同じ姿はないとされている。

 

 今の時点で9機のみ現れていると言うことは、4ステージ目までは9機のマグアナックだけだろう。そうなると、ラストステージは恐らく残り4機のマグアナックと隊長機のサンドロックがくるはずだ。

 

 

「よぉしっ!」

 

 

 意気込み、リクはダブルオーダイバーの速度を上げてマグアナック部隊に向けて駆けていく。尻込みなどしない、思い切りの良い動きだ。まるで、初めてGBNにログインした時の自分を見ているような気分だ。今ではすっかりその姿勢が欠落してしまっただけに、羨ましく思う。

 

 

「行こうか、ペイルライダー」

 

 

 それでも、もう1度──そう決めたのだから、引き返すなどと情けないことは言わない。まっすぐに前を見据え、シンヤも戦闘の渦中へと身を投じた。

 

 突っ込みすぎないよう、中心部から少し離れた場所に降り立ったダブルオーダイバー。すかさずスーパーGNソードⅡを一閃し、ライフルに指をかけていたマグアナックの腕を斬り落とす。一時的に戦力を削いだら、そのマグアナックには目もくれず、奥に控えていた次の目標へ向かってもう片方の手に握られたスーパーGNソードⅡをライフルモードに切り替え、引き鉄を引いた。放たれた色鮮やかな光線は真っ直ぐにマグアナックの胴体を貫き、爆発させる。

 

 

「よしっ!」

 

「リク!」

 

 

 自分の思い描いた通りに事が運び、リクは笑みを浮かべる。そんな彼と同乗していたサラに呼ばれて振り返ると、先程片腕にしたマグアナックがアックスを振り上げているのが目に入った。避けられる──が、それは恐らくギリギリだろう。致命傷は受けないかもしれないが、それでも甘んじて受け入れる気は毛頭ない。

 

 今にも眼前に迫るアックス。しかし、振り下ろされるより早く、マグアナックの巨体が真横へと少し吹っ飛んだ。

 

 

「リクくん、大丈夫?」

 

「シンヤさん! ありがとうございます」

 

 

 マグアナックが飛ばされたのとは逆の方向に視線を向けると、背部に備えた180ミリキャノンを片手に構えているペイルライダーがいた。助かった──そう思ったのも束の間、今度はシンヤの周りに2機のマグアナックが迫る。示し合わせたように同時に火を噴くライフル。しかしシンヤは慌てる様子もなく、片方はシールドで弾き、もう片方は身を捻ってかわす。そして振り返りながら展開させたままの180ミリキャノンが再び放たれ、1機はあっという間に沈黙した。

 

 

「す、すごい……」

 

 

 リクが驚く中、残ったマグアナックがアックスを手にして接近戦を仕掛けにペイルライダーへと肉迫する。シンヤはそれもたやすくかわすと、ブルパップ・マシンガンを下から上へ構えながら撃っては怯ませ、ビームサーベルを引き抜き様にその胴体を真っ二つに切り裂いた。

 

 

「あと5機、か」

 

 

 冷静に呟くシンヤは再び前線へと赴くリクを援護しようと、折り畳んだ180ミリキャノンを今一度展開する。もっとも、彼の動きを見る限り手助けはいらなさそうだった。

 

 まだ粗いが、伸び代は充分と言った感じだ。

 

 

(まぁ、僕は素人なんだけど)

 

 

 チャンピオンであるキョウヤ、フォースの頭をつとめるタイガーウルフ、まとめ役のコウイチたちならともかく、シンヤは人を見る目に関してはまったくの素人だ。しかし、だからこそリクはすごいとも言える。そんな素人にすら、まだまだ強くなると感じさせるのだから。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「次でラストですね」

 

「割と早く進んで良かった〜」

 

 

 各々の機体の修復は既に済んでいるのだが、ここまで休憩を挟まなかったのでシンヤ達は思い思いにのんびりとしている。

 

 シンヤは少し離れた場所でペイルライダーを見上げ、続いて和気藹々と話し込んでいるリク達に視線を向けた。リク、モモ、ユッキー、コウイチとステージが変わるごとにタッグメンバーを入れ替えてきたが、彼らの長所はどれもバラバラだ。

 

 実直で力強さ溢れるリク、戦い方は素人だが思い切りの良いモモ、的確な射撃とタイミングで援護するユッキー、素早い判断力とバランスの良い武装を使いこなすコウイチ。どれかに偏りすぎることはなく、非常にバランスが取れている気がした。

 

 

(そう考えると、自分の長所がよく分からないな)

 

 

 ある程度は理解しているところもあるし、憧れている要素もある。自分は接近戦を好むが、飛び道具が皆無では心許ない。そして機動性に優れた機体への憧れがある。これは恐らく、チャンピオンからの影響かもしれない。

 

 

(まぁ、可変機は合わなかったんだけど)

 

 

 何度か乗ったことはあったが、変形する適切なタイミングが掴めなかった。可変機を乗りこなすダイバーの動画を見ても、それは明らかだった。彼らは変形へかかる時間、変形後の機体特性の変化、武装の位置の変更などを瞬時に理解している。シンヤには、それらがうまくできなかったのだ。

 

 そうなると、人型でも機動性に優れた機体を探す方がいいだろう。簡単に思いつくのは、フリーダムやシナンジュ、トールギスだろうか。

 

 

「シンヤ」

 

「あ……サラちゃん、どうかした?」

 

 

 思案に耽っていると、涼やかな声で我に返る。振り返った先にはニコニコと微笑むサラが愛らしく立っている。サラはシンヤの横に並ぶと、彼ではなくペイルライダーを見上げる。

 

 

「この子と戦うの、まだ怖い?」

 

「怖くはない、けど……でも、まだできてないことがあるんだ」

 

「それは、難しいこと?」

 

「どうかな。僕の踏ん切りがつかないだけだと思う」

 

 

 シンヤも同じようにペイルライダーに視線を向ける。今は静かに佇んでいるが、シンヤはバイザーの奥にある双眸をじっと見詰めた。

 

 

「じゃあ、次はそれができるといいね♪」

 

「…そうだね」

 

 

 シンヤには未だに迷いがあるものの、サラが気軽に言ってくれたお陰でもう少し頑張ってみようかと思えてくる。

 

 コウイチから間もなく出発すると聞かされると、シンヤは迷いを振り払うように頭を振ってからペイルライダーへと乗り込んだ。

 

 

「最後のミッションだ。よろしく、ペイルライダー」

 

 

 シンヤの言葉に応えるように、バイザーで守られているツインアイが光り輝く。その光景を足元で最後まで見守っていたサラは、嬉しそうに笑みを零した。

 

 連戦ミッションの最後のステージは油田基地。タンクは一纏めにされて所定の場所に置かれており、その近くで火器が放たれれば、たちまち爆発に巻き込まれるのは必至だが、ミッションの難易度からして突っ込みさえしなければ敵に誘導されることはないだろう。

 

 しかし、ミッションを開始したにもかかわらず、いつまで経っても敵が現れない。広大なマップだから、すぐに接敵しないのか──そんな風に考えていたシンヤの耳に、敵にロックされたことを知らせるためのアラートが鳴り響いた。

 

 

「くっ!」

 

 

 瞬時に回避行動を取ったペイルライダーのすぐ傍を、一条の光が駆け抜けていった。目の前を駆け抜けて行った輝きが収まるも、コクピットでは未だにアラートが鳴り止まない。

 

 

「危ない!」

 

 

 コウイチの叫びに視線を走らせると、彼が駆るガルバルディリベイクがシールドを構えて前面に立つ。それに一拍遅れる形で飛来したバズーカの弾丸が炸裂し、爆炎を撒き散らす。

 

 放たれたビームとバズーカはどちらも同じ方向から来ていた。機体を向けると、モノアイを光らせて1機のモビルスーツが高速で迫ってくる。サンドブラウンで彩られた巨体は、その大きさには似つかわしくない俊敏な動きでシンヤ達の前へやって来た。

 

 

「ドム・トローペン……!」

 

「ビームを撃ってきた機体も確認した。どうやら、ヴァイエイトのようだ」

 

「登場作品がバラバラだなんて……」

 

 

 今回の連戦ミッションは事前に敵機がどの作品から出るかは知らされないタイプのミッションだが、難易度が高くなければ登場作品は統一されているのが暗黙のルールになっている。ましてや、今までのステージで登場した敵はすべてマグアナックだったのに、今更複数の作品を合わせるのはあまりに異様だった。

 

 

《なんだ、低ランクばっかりじゃないか》

 

 

 通信越しに聞こえた男の声は不満げで、それを隠す様子もなくため息まじりに呟かれる。その言葉に応えるように、ドム・トローペンのモノアイが後方に控えているヴァイエイトへ向けられた。

 

 

《油断するなって》

 

《そーそー。せっかくの玩具なんだからさぁ》

 

 

 ドム・トローペンのパイロットが注意するのに合わせて、ヴァイエイトの隣に佇んでいアリオスガンダムが楽しそうに機体を飛翔させ、モビルアーマー形態へと変形し、シンヤ達の頭上をゆっくりと旋回し始める。

 

 

「あなた達は、いったい……!」

 

《まぁ、言っちまえば俺達はマスダイバーだよ》

 

「マスダイバー!」

 

 

 不正ツールであるブレイクデカールを使用するダイバーの通称が出た途端、リクはダブルオーダイバーの武器を構えるが、3機ともまったく意に介さない。それどころか、この状況を楽しんでいるようだった。

 

 

「そのマスダイバーの方々が、何か用ですか?」

 

《用がなきゃ現れないさ。お前達がここまでミッションで稼いだポイント、全部寄越せよ》

 

「そんなのお断りよ!」

 

《だろうなぁ。だから……ここでお前らを潰してやるよぉっ!》

 

 

 啖呵を切ったモモカプルに向かって、ヴァイエイトが銃口を光らせる。引き金が引かれるかと思われたが、それより早くユッキーのジムⅢビームマスターが牽制して少しでも時間を稼ぐ。

 

 

「リクくん!」

 

「分かってる!」

 

 

 ユッキーの掛け声に合わせて、リクはダブルオーダイバーを駆ってヴァイエイトへと迫ろうとする。だが───

 

 

《やらせないよ》

 

 

 ───空中で様子見をしていたアリオスガンダムがその進路を阻むように、GNツインビームライフルを放った。

 

 

「くぅっ!?」

 

《どうした、その程度か!》

 

「させるかっ!」

 

 

 ドム・トローペンが怯んだダブルオーダイバーへラケーテン・バズを構えるのを見て、ペイルライダーが脚部に備えていた3連装のミサイルを解き放つ。ドム・トローペンはそれを機体への負荷も気にせず、スピードを上げて回避。ヒートサーベルを片手に、ビームサーベルを引き抜いて迫ってくるペイルライダーとぶつかり合う。

 

 鍔迫り合いは僅かな間だけ。押し負けると判断したシンヤは機体を下がらせながら、ブルパップ・マシンガンで装甲を削ろうと試みる。

 

 

「速い!」

 

 

 すべてをかわされた訳ではないが、ダメージはほとんど入っていない。目の前で素早く回避行動を続けるドム・トローペンに内心舌打ちし、シンヤは今の状況を確かめてみる。

 

 遠距離から砲撃を繰り返すヴァイエイト。その援護として、周囲を高速で駆け抜けるアリオスガンダム。そして縦横無尽に動き回るドム・トローペン。見事な連携を見せる上に、彼らはまだブレイクデカールを使ってすらいない。

 

 

《お前はやる方だな》

 

「それは……どうも!」

 

 

 明らかに劣勢だ。このままでは確実に撃墜されていく。いつの間にか背中合わせになっていたコウイチのガルバルディリベイクと共に敵を警戒しながら、シンヤは決心する。

 

 

「コウイチさん、みんなを連れて少しずつ後退してください」

 

「えっ!? だけどそれじゃあ、シンヤくんが……!」

 

「僕個人よりも、全員が撃墜されることを避けなければなりません。ドム・トローペンとアリオスは抑えますから、ヴァイエイトの砲撃に注意してください」

 

「……わ、分かった!」

 

 

 逡巡を見せたコウイチだったが、旗色が悪くなる一方だと判断したのだろう。装甲の厚いガルバルディリベイクを前面に、リク達を引き連れてゆっくりと距離を取っていく。

 

 

《行かせないよっ!》

 

 

 その動きに逸早く気付いたのは、アリオスガンダムだった。高機動のモビルアーマー形態のまま、下がっていくコウイチ達へと迫る。

 

 

「それは、こっちの台詞だっ!」

 

 

 素早く180ミリキャノンを構えて、引き金をひく。しかし照準が甘かったのか、アリオスガンダムには掠めることもなく無情にも弾丸は彼方へと駆け抜けていった。

 

 

《ふん》

 

 

 それを嘲笑うかのように、アリオスガンダムはあっという間に高度を上げていく。そして入れ替わるように肉薄するドム・トローペン。ビートサーベルを一閃し、当たらないと分かると一気に加速してその場を離脱する。

 

 

「くっ!」

 

 

 このまま翻弄されていては、後退したリク達へすぐ向かわれてしまう。ペイルライダーに搭載されている“アレ”を使わなければ、尚更だ。

 

 

(でも……)

 

 

 その迷いを見抜いたのか、ドム・トローペンが再び迫ってきた。また接近戦か──腰に携えているビームサーベルに手をかけた瞬間、ドム・トローペンは素早い動作でリアスカートに懸架しているシュツルムファウストを構えて解き放った。

 

 飛来する弾頭をブルパップ・マシンガンで迎撃してから反撃に転じようと決めたシンヤだったが、マシンガンによって撃ち落とされた弾頭が予想していたよりも多くの煙を吹き出したのを目にして、狼狽えてしまう。

 

 

「しまった!」

 

 

 ぶわぁっと視界を覆い隠す真っ白な煙。煙幕弾(スモーク・ディスチャージャー)だと気付いた時には周囲も囲まれてしまい、どう動くか悩んでしまう。とにかく前面を守ろうとシールドをコクピット近くまで持ってきた瞬間、煙を突き破って何かが躍り出てきた。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 強い衝撃。踏ん張ったにもかかわらず、一気に押し込まれていく感覚。やっと冷静になれた時、シールドに食らいついている何かの正体が分かった。

 

 

「アリオス!? いつの間に……!」

 

 

 モビルアーマー形態となったアリオスガンダムの機首は、尖端から左右へ開いて敵を挟み込むことができる。シールドに噛み付く牙を取り払おうとブルパップ・マシンガンが火を噴く。しかし弾丸はすべて弾かれ、振り払うどころか傷すら付けられない。牙に纏わり付くように、紫色のオーラがそれらを弾いたのだ。

 

 

「ブレイクデカールか!」

 

 

 ここで時間を取られたままでは、リク達と合流するだけでも面倒になる。シールドをパージしようと決めた矢先、アリオスガンダムが急に離れた。いきなり放されたことでバランスを崩すペイルライダー。その大きな隙に向かって、空中からモビルスーツの姿へ切り替わっていたアリオスガンダムが腕部にあるGNビームマシンガンを、ドム・トローペンがラケーテン・バズを、ヴァイエイトがビーム砲を。様々な火器が絶え間なく解き放たれた。

 

 

「うわあああぁぁっ!!」

 

 

 直撃こそないが、身動きすら赦されない状況。しかし彼らの真の狙いはペイルライダーを動けなくすることではない。

 

 ドォンッと背後で大きな爆発音が振動とともに駆け抜けてくる。それも1つや2つではない。次々と巻き起こるそれは、少しずつシンヤ目掛けて襲いかかるように近づいていた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 振り返った時、自分がアリオスガンダムによって油田の詰まったタンク地帯まで運ばれていることにやっと気がついた。先程の爆発は、マスダイバーが放った火器で引き起こされたものだろう。

 

 気付くのがあまりに遅すぎた。そんな浅はかさを嗤うように、業火にも似た紅蓮の炎がシンヤを呑み込んだ。

 




ペイルライダー、そしてマスダイバーとの再会。
次回もお楽しみに♪


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もう1度、前へ

「やめろ……やめてくれえぇっ!!」

 

 

 そんな叫び声が聞こえた気がした。発していたのは多分、目の前で横たわっているガンプラからだろう。無我夢中で武器を振るい、引き鉄を引いて、すべてが終わった時には土砂降りの雨が降り注いでいた。

 

 眼前に倒れているガンプラには胴に穴が空き、握られたビームサーベルによって齎されたものだと分かる。そしてそれを振るった少年は、所在なさげに黙って空を見上げていた。光の差す隙間もない、暗灰色の空を。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「今の爆発は……!」

 

「まさか、シンヤさんが!?」

 

 

 3人のマスダイバーから逃れようと後退を続けていたリク達。しかし少し離れたところで次々と爆発が巻き起こっているのを目の当たりにして、思わず足が止まってしまう。

 

 

「やっぱり、戻った方が……」

 

「でも、あの人達に勝てるの……?」

 

 

 モモの言葉に、誰も返事ができなかった。マスダイバーと戦った経験があるのは、リクとユッキーだけ。しかもその時相対したマスダイバーらは、最初からブレイクデカールを使ってきており、今回はブレイクデカールを使わずとも劣勢に立たされていた。力量が、違いすぎる。

 

 

「勝てないかもしれない」

 

 

 顔を伏せたまま、リクは弱々しく呟く。だが、レバーを握る力は弱まらず、寧ろ強くなる。このままでいいはずがないと、シンヤを置いて行きたくないと心が訴えていた。

 

 

「だけど、シンヤさんを放ってはおけないよ!」

 

「リクくん……そうだね、僕も同じだ!」

 

「僕も行くよ!」

 

「わ、私も!」

 

 

 本当は逃げるのが最善なのかもしれない。それでも、どれだけ絶望的であっても、リクは前を向くと決めた。前に進むと誓った。自分にこの世界の楽しさを教えてくれた、多くの人の背中を追いかけるためにも。

 

 ダブルオーダイバーが、その身を爆心地へと走らせていく。ガルバルディリベイク、ジムⅢビームマスター、モモカプルも後に続き、4機は一直線に向かった。

 

 

「リクくん、ここは僕が!」

 

「お願いします」

 

 

 動きに逸早く気付いたのは、ヴァイエイトだった。銃口を構える仕草を目にしたコウイチが、リクと入れ替わるようにして前に出ると、コクピットを守るようにシールドを持ってくる。放たれた黄金の砲火はまっすぐに、コウイチのガルバルディリベイクを撃ち抜こうと照射される。

 

 

「これ以上は、やらせない!」

 

 

 ビーム砲を浴び続ければ当然、シールドはあっという間に損壊する。そうなればガルバルディリベイク本体にも大きなダメージが出てしまう。すかさず、ユッキーがコウイチの背後から身を踊らせて肩部のミサイルを解放した。数多と評するには足りないが、それでも数十のミサイルが驟雨となってヴァイエイトへ食らいつこうと走っていく。

 

 

《それじゃあ物足りないねぇ!》

 

 

 ヴァイエイト自身も迎撃のためにビーム砲をミサイル群へ射線を切り替える。そして援護のために、アリオスガンダムもGNビームマシンガンで容易く撃ち落としていった。その迎撃の隙を突いて、リクはダブルオーダイバーと共に大空へと舞い上がる。スーパーGNソードⅡから放たれる光。普通の機体なら、当たれば身体を貫かれるだろうに、ブレイクデカールの恩恵を得たアリオスガンダムは当たってもまるで動じない。

 

 

《少しは楽しませてよね!》

 

「くっ!」

 

 

 粗方のミサイルは撃ち落とせたと判断したのだろう。GNダイバーソードを抜いたダブルオーダイバーへ、アリオスガンダムもまたGNビームサーベルを抜刀して斬りかかる。幾たびもぶつかり合い、火花が散る。急いでシンヤの無事を確認したい焦りから、リクはアリオスガンダムを無視してでも駆け抜けようとする。

 

 

《舐めんな》

 

 

 しかし背中を向けられたマスダイバーは彼の行動に冷徹な声を出す。そして何を思ったのかさらに高度を上げるとモビルアーマー形態となって直上からダブルオーダイバーへと迫った。

 

 

「リク!」

 

「なっ!?」

 

 

 悲鳴にも似たサラの叫び。真上から自分目掛けて向かってくるアリオスガンダムは、まるで聖剣のような鋭さを感じさせた。ズンッと大きな振動が全身を襲う。シンヤがそうされたように、リクもまたアリオスに捕らえられてしまう。このまま切断されるのか──そんな不安がよぎるも、ダブルオーダイバーの身体はいつまで経っても引き千切られない。

 

 

「何で……?」

 

《簡単に終わらせちゃあ、つまんないからさぁっ!》

 

 

 通信を介して聞こえてきた女の声はあまりに楽しそうで、それが却って不気味だった。しかし彼女の声色に慄いている場合ではない。必死にもがくリクだったが、ブレイクデカールで強化されたせいで牙から逃れることはできなかった。

 

 

《喰ぅらぁえぇっ!!》

 

 

 防御の体勢をとることも許されず、地面に叩きつけられるダブルオーダイバー。再現された揺れが、リクとサラに襲いかかった。

 

 

「くっ、うぅ……」

 

 

 痛みに悶えている暇はない。それでも、苦悶の声を抑えられない。ゆっくりと機体を起こすと、ガンッと何かがぶつけられて尻餅をついてしまう。それは、目の前に向けられたアリオスの銃口だった。

 

 

《まずは、その頭から消したげる》

 

「っ!」

 

 

 何か武器はないかと周囲を見回すが、先程の衝撃でGNダイバーソードは手から溢れてしまっていた。諦められない想いだけが残された状況に、リクは睨むことしかできない。

 

 だが───

 

 

「大丈夫」

 

「サラ?」

 

「…来るよ」

 

 

 ───リクの傍にいたサラの優しい声色が、焦燥感をあっという間に拭っていく。その言葉は通信を開いていた相手にも聞こえていたようで、嘲笑っているのがよく分かった。

 

 

《あっははは! 何が来るって───》

 

 

 突然、相手の声が途絶えた。しかも起こったのはそれだけではない。向けられていたライフルも、飛来した何かによって火の手をあげて爆発した。

 

 

《な、何が!》

 

「リク、見て!」

 

「あれは……!」

 

 

 戸惑うマスダイバーなど無視して、サラが指差した方向に視線を向ける。ライフルを撃ち抜いたであろうキャノン砲を折り畳みながらまっすぐに駆け抜けてくる蒼いガンプラ。緑色から赤色に染まったツインアイが、眩く光った。

 

 

「ペイルライダー! シンヤさんだ!」

 

《あの爆破から、どうやって!?》

 

 

 驚くマスダイバーよりも早く、リクはその方法に気付く。赤く光るツインアイが、なによりの証拠だ。

 

 

「HADESを使ったんだ」

 

「ハデ、ス?」

 

「ペイルライダーに備わっているシステムだよ。高い反応速度を発揮するんだ」

 

 

 HADES──原作では、EXAMシステムを元にして独自に開発されたものとして登場したものだが、その経緯は決して明るいものではない。パイロットを人間ではなく一部のパーツとして扱い、システムが弾き出した最適解を強制的にパイロットへフィードバックすることで驚異的な反応速度を見せることができる。しかし、当然ながらHADESの反応性にただの人間がその通りに反応できるはずもなく、身体強化や神経伝達向上の薬品を投与されることで、やっとまともにシステムを使えるようになった。

 

 もちろん、GBNでそんな再現はされるはずがない。しようものなら、バッシングの嵐だ。そのため、トランザムやEXAMシステムなどのその他の機体性能を向上させるシステムよりも受けられる恩恵は小さいとされている。

 

 だが、シンヤが駆るペイルライダーは、その恩恵の少なさを感じさせないほどに機敏に動き、あっという間にアリオスとの距離を詰めていく。

 

 

《くそっ!》

 

 

 舌打ち混じりに言い、アリオスは変形すると急いでその場を離脱していく。直線的な動きをすれば180ミリキャノンで撃たれると分かっているのか、その動きは不規則なものだった。

 

 

「シンヤさん、無事だったんですね」

 

「まぁ、なんとか」

 

 

 ダブルオーダイバーと合流し、リクから状況を聞いて再び大地を駆けていく。ヴァイエイトの砲撃をやめさせようと近づいていくと、それをカバーするようにドム・トローペンが立ち塞がった。

 

 

《まさか、無事だったとはなぁ!》

 

 

 ラケーテン・バズを1発放ち、それを追いかけるように後ろからビートサーベルを構えながら肉迫するドム・トローペン。対して、ペイルライダーは弾丸を腕部のビーム・ガンで撃ち落とすと、ビームサーベルを引き抜いて二刀流で迫っていく。

 

 

「っ!」

 

 

 しかしもう少しでぶつかり合うと言った距離で、シンヤはペイルライダーに急制動をかけた。そして地面を蹴って少しでもドム・トローペンから離れると、先程まで自分がいた場所をビームが走り抜けていった。

 

 

《着地地点を狙う!》

 

 

 出力されたビームの威力は小さな物。わざと回避させて、隙を作らせるために放たれたのだろう。跳躍してかわしたとなれば、着地した時に機体が硬直して隙ができてしまう。シンヤは相手の狙いに気付いたものの、スラスターをふかして滞空時間を増やす気はなかった。ペイルライダーは陸戦型で、しかも重装備仕様だ。滞空能力など求められていない。そんな機体で無理に滞空し続ければ、目の前にいるドム・トローペンに良い様にされるだけだ。

 

 

(ヴァイエイトは、そこまで動いてないか)

 

 

 左側に控えているヴァイエイトは、その場からあまり動いていない。ドム・トローペンも射線上に立たないようにしているのか、あまり激しい動きは見せなかった。しかし、狙われている状況に変わりはない。シンヤは跳躍に使ったスラスターをすぐに切り、少しでも早く地面に降り立つと、すかさず全てのスラスターを一気にふかして、前転するように前に躍り出た。

 

 思っていたよりも早くペイルライダーが降りたことで射撃が出遅れたのか、ヴァイエイトから放たれた砲火は何も捉えられずに終わる。その様子など気にも留めず、シンヤはドム・トローペンと斬り結ぶ。位置はドム・トローペンから向かって右側に移動し、その巨体を隠蓑しながら。

 

 

《こいつっ!》

 

 

 明らかに苛立った声色だ。後はアリオスの襲撃に留意しながらドム・トローペンを撃破するだけなのだが、眼前の巨体が紫色のオーラを纏ったことで、その難しさを再認識する。ブレイクデカールを使い、その力をメキメキと増していくドム・トローペン。少しずつ、ペイルライダーは後方へと押しやられていく。

 

 

「くっ!」

 

 

 二刀でヒートサーベルを受け止めているせいで、背部の180ミリキャノンを展開できない。しかしここで時間を取られれば、ヴァイエイトとアリオスから強襲されてしまう。逡巡するシンヤだったが、その一瞬を突かれる形でアリオスがGNツインビームライフルを連射しながら上空から迫ってくる。

 

 鍔迫り合いから、ドム・トローペンの巨体を蹴って後方に回避し、砲火をやり過ごす。しかし隠蓑にしていたドム・トローペンから離れたのを見て、すかさずヴァイエイトがビーム砲を放つ。それに一拍遅れる形で、ドム・トローペンが再び接近戦を仕掛けようと、ヒートサーベルを構える。

 

 

「くそっ!」

 

 

 シンヤは内心、ペイルライダーに謝りながらその場で反時計回りに機体を一回転させる。本体にはビームは当たらなかったが、バックパックの180ミリキャノンが光熱によって溶けていく。それを最後まで見届けず、シンヤはバックパックを切り離した。当然、背中からパージされた武装はそのままビームの奔流に呑み込まれ、爆発を巻き起こす。ドム・トローペンは目の前で起きた爆破に怯み、それを利用してシンヤはビームサーベルを片方だけ投げつける。

 

 

《小賢しい!》

 

 

 爆煙から飛び出してきたビームサーベルを、ヒートサーベルを一閃して弾き飛ばす。その瞬間、爆煙を突き破るようにしてペイルライダーが身を踊らせた。

 

 

《なっ!?》

 

「もらった!」

 

 

 残ったビームサーベルをぎゅっと握り締め、ドム・トローペンの胴体へ一直線に突き刺す。閃く光刃は胴体へと吸い込まれるようにして突き刺さり、やがてその巨体を沈黙させた。

 

 撃墜を示すマーカーが表示されたのを一瞥すると、シンヤは今一度ヴァイエイトへ向かって機体を走らせる。無論、アリオスが黙ってそれを赦すはずもない。背後から浴びせられるビームを右へ、左へ機体を動かしてかわし続ける。しかし可変機と言うこともあり、距離は徐々に縮まっていく。

 

 

「そろそろ、いいかなっ!」

 

 

 ペイルライダーに無茶を強いる戦い方だが、シンヤはスラスターを逆噴射させて機体のスピードを一気に落とす。アリオスが頭上を通過した瞬間、ブルパップ・マシンガンで執拗に狙う。関節部やスラスターなど、作り込みの甘そうな部位に弾丸を当て続け、ようやく1つのスラスターを破壊することに成功する。アリオスは機体を大きく傾ける──が、マスダイバーの反応はシンヤの思っていたそれより早く、また急速に離れてしまう。

 

 

《私達は狩る側なのに、何で……!》

 

「次だ」

 

 

 離れたからにはすぐに戻ってくる心配はないだろう。シンヤは今度こそヴァイエイトを撃墜すべく、ペイルライダーを駆る。その動きに乗じて、リク達もヴァイエイトへの攻撃を再開する。ジムⅢビームマスターとモモカプルが懸命にビームを放ち、少しでも反撃にかかる時間を増やそうとしていた。

 

 身動きが制限されているところに、コウイチのガルバルディリベイクが迫り、ハンマープライヤーを頭上から振り下ろす。紙一重でかわされたが、重装備であるハンマープライヤーが叩きつけられたことで地面に入った亀裂が、さらにヴァイエイトの動きを鈍らせる。その連携によって生じた隙に、ペイルライダーはヴァイエイトを間合いに捉えられる距離まで迫っていた。

 

 

「……何っ!?」

 

 

 しかし、突如としてぞわっと嫌な気配が背中を駆け巡る。HADESによる反応速度向上の恩恵か、ペイルライダーが何かが急速に近づいているのを教えてくれた。慌てて身を翻すと、真上からそれが飛来してきた。まるでミサイルが降ってきたかのような衝撃と、巻き起こる土煙。

 

 

《お、おい! 俺は味方──うわあああぁぁ!!》

 

 

 状況も分からないまま、土煙の向こうで何かぎ爆発する。モニターに表示されたのは、ヴァイエイトの撃墜を示すものだった。

 

 

《トランザム!》

 

「なっ!?」

 

 

 雄叫びにも似た声。トランザムを搭載しているのは1機だけなのだから、降ってきたのはアリオスと言うことになる。煙が晴れるのも待たずに突っ込んできたアリオスは、トランザムによって赤い輝きと紫色のオーラをまとってGNビームサーベルを振るう。まず真横に一閃、続いて右斜めから一閃。振るい、払い、薙ぐ。光刃を幾度も閃かせるアリオスの姿は、鬼気迫るものを感じさせる。

 

 

「味方ごと僕を撃とうとしましたね!」

 

《だから何さ! 私達は常に狩る側……狩られるなんてあっちゃいけないのよ!》

 

 

 モビルアーマー形態で噛みつこうとしたが、寸前でペイルライダーにかわされ、誤ってヴァイエイトを捉えてしまったのだろう。しかしアリオスはそれを放すどころか、構わず切断してしまったのだろう。

 

 

「仲間なのに……!」

 

《仲間ぁ? 笑わせないでよ。邪魔なら潰すに決まってんでしょ!》

 

 

 つい先程までは連携を見せていたはずが、一転して邪魔だと一蹴するマスダイバー。例え仲間であっても躊躇いなく引き鉄を引くその姿勢は、かつてシンヤをフォースに誘いながら、ブレイクデカールに手を出して相手を蹂躙した知り合いを彷彿とさせる。

 

 ブレイクデカールを使うなんて、赦せなかった。なにより、相手をいたぶるやり口が目の前で行われることに、シンヤは耐えられなかった。だから───

 

 

「……ペイルライダー」

 

 

 ───だからシンヤは、ペイルライダーを自分の思うがままに動かし、マスダイバーに成り果てた知り合いに向かって引き鉄を引いた。それが、ペイルライダーを傷つけているとも知らずに。

 

 

「もう1度、君の力を貸して欲しい。でも今度は、マスダイバーを狩るためじゃない」

 

 

 レバーを握る拳に、より力が籠る。アリオスとの距離が近いせいで援護できないでいるのか、後ろで控えてくれているリク達と、そのガンプラ達。

 

 

「あの子達を守るために……もう1度!」

 

 

 バイザーに覆われたツインアイが光る。コクピットにいるシンヤにはそれは分からなかったが、応えてくれるのではないかと言う不思議な感覚があった。

 

 

「ペイルライダー! HADES! 応えてくれるのなら、その力を貸してくれ!」

 

 

 HADESの限界時間まで、残り30秒。迷いも、不安も、躊躇いも、尻込みする気持ちはすべてかなぐり捨てて、アリオスへ斬りかかる。

 

 上段から一閃。それが当たる当たらないにかかわらず、頭部バルカンで牽制。アリオスは鬱陶しそうにするが、バルカン程度で傷はつけられないからとGNビームマシンガンを連射してくる。

 

 

(離れれば飛んで逃げられる……!)

 

 

 破壊したスラスターはメインのものではないし、トランザムを使った状態では簡単に逃げられてしまうだろう。少しでも飛翔するタイミングを与えまいと、シンヤは臆さずアリオスの懐へ飛び込んではビームサーベルを振るう。

 

 刃と刃とがぶつかり合い、火花を散らす。その一瞬の内に、ペイルライダーの脚部に備えられているミサイルポッドを切り離して少しでも身軽になっておく。接近戦では不利だと思ったのか、アリオスは下がろうとする。それを認めまいと、ペイルライダーは瞬時に足元に転がったミサイルポッドを蹴り飛ばし、アリオスの胸部にぶつけた。倒すには弱すぎるが、怯ませるには充分だった。

 

 

「はああぁっ!」

 

 

 すべてのスラスターをふかして、ペイルライダーを急接近させる。怯み、たじろいだアリオスは咄嗟にGNビームサーベルで対応しようとするが、真横から振るわれた右腕を、シンヤは機体を屈ませてやり過ごす。そして、起き上がり様に頭上を通り過ぎた腕を斬り上げる。

 

 

《え……?》

 

 

 呆けた声と、空を舞う右腕。シンヤはそれを一瞥することもなく、その場で一回転してアリオスを蹴り倒す。ズシンッと重たい音と振動が響き渡ることすら気にも留めず、仰向けに横たわるアリオスが逃げてしまわないよう、胴体を踏みつけた。

 

 

《ま、待って! 赦して!》

 

「……その言葉、あなた達が倒してきたダイバーも言ってませんでしたか?」

 

《え? 言ってた、けど……“それが、なんなの?”》

 

 

 聞くだけ無駄だった──このやり取りはかつてマスダイバーになった知り合いとかわしたものだったが、その時とまったく同じ結果に、シンヤは顔を伏せる。

 

 赦せないと。赦さないと、心が叫ぶ。それでも、あの時と違うことだってある。今は、自分に希望を見せてくれた少年少女がいるのだ。だから、その希望を摘み取らせないために。

 

 逆手に持ち替えたビームサーベルを、高々と振り上げる。その剣尖に、かつて怒りに囚われてペイルライダーを巻き込んだ自分への離別を籠めながら、シンヤはまっすぐに刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「シンヤさん、すごかったです!」

 

「助けてくれてありがとうございます♪」

 

 

 マスダイバーを倒したことでミッションクリアのテロップが表示される。恐らくブレイクデカールによって勝利条件に影響が出たのだろう。リザルト報酬を確認していると、リクやサラが駆け寄ってきてくれた。シンヤは彼らに向き直り、照れくさそうに頬を掻く。

 

 

「みんな無事で良かった」

 

「最後まで頼りっぱなしになっちゃったね」

 

「コーイチさん。いえ、こちらこそ助かりました。

 みんなを守ってくれて、ありがとうございます」

 

 

 リクたちは報酬画面を確認してそれぞれのダイバーランクが上がったのを嬉々としてモニターしている。その様子を横目に、シンヤは改めてペイルライダーに向き直る。先程の苛烈な様子はそこにはなく、ただ静かに鎮座している。

 

 

「シンヤ」

 

「サラ?」

 

「この子と戦ってくれて……ありがとう」

 

 

 柔和に微笑み、後ろで手を結ぶサラの姿はとても愛らしかった。シンヤもつられて笑み、ペイルライダーに視線を戻す。

 

 

「シンヤさん、よかったら俺たちのフォースに入ってくれませんか?」

 

「え? フォースに……」

 

 

 リクの誘いは、正直言えば嬉しいものだった。彼ら彼女らとなら、きっと楽しく過ごせるに違いない。フォースメンバーとして、掛け替えのない仲間として共に切磋琢磨していけるはずだ。

 

 だが───

 

 

「ごめん」

 

 

 ───シンヤはその申し出を断った。

 

 今はまだ、少しだけフォースに加入することが怖かった。

 




ビルドダイバーズリライズ、熱かった…!(語彙力)


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始まりの出会い

今回から、シンヤの過去編です。


「君、さっきペイルライダーを使ってたダイバーだよね?」

 

 

 いつものようにソロプレイでGBNにてミッションをこなしていた。その日挑んだのはサバイバルミッションで、制限時間まで生き残った者が報酬を山分けするものだったのだが、シンヤはあと少しと言うところで他のダイバーによって撃墜されてしまった。

 

 それでも始めたばかりにしてはマシな方だっただろう。満足したから今日はもう帰ろう──そう思っていたシンヤに声をかけてきた人物がいた。振り返ると、声の主である少年がいて、答えを待っているのか少しそわそわしている。

 

 

「あ、はい。そうです」

 

 

 シンヤが肯定すると、彼はほっと安堵の息を漏らす。GBNでは大して当てにならないが、ぱっと見は僅かに年上と言った印象だ。なんだろうと首を傾げていると、少年は手を差し伸べながら言った。

 

 

「俺たちのフォースに入ってくれないかな?」

 

 

 それが、フォースブースターズと、そのリーダーを務めるアサバとの出会いだった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「お待たせー」

 

「おせぇよ」

 

「言うなよ。ってか、前もって連絡したろ?」

 

 

 各フォースが所有する拠点──フォースネストにやってきたアサバを開口一番出迎えたのは、非難の声だった。そこに怒りはないし、軽口だと分かるやり取りに、アサバの後ろを続いていたシンヤは少しだけ緊張感がほぐれたように思う。

 

 

「その人?」

 

「そうそう。そんじゃあ、改めて……みんな、彼が俺たちの新しい仲間だ」

 

「はじめまして。シンヤです」

 

「シンヤ、ね。アタシはマヒル。よろしくー、シンヤ」

 

「オイラはユウ。よろー」

 

 

 礼儀正しく頭を下げるシンヤとは違い、マヒルは如何にもギャルと言った雰囲気で接する。髪もピンクをメインに、毛先に近づくにつれて真っ赤に染まっているだけでなく、星に形取られたアクセサリーが散りばめられている。

 

 また、ユウと名乗った少年はタヌキ型のアバターを使っており、まんまるな体つきらしいゆったりとした口調だ。

 

 

「で、そこで黙りこくってるのが……」

 

「ヨルアだ」

 

「って感じ」

 

 

 ヨルアはあからさまに警戒心と言うか敵意を剥き出しにしている。アサバは気にする様子もなく、ブースターズのメンバーを紹介し、シンヤを適当なところに座らせてモニターを表示した。

 

 

「じゃあ、次にそれぞれのガンプラだけど……」

 

「ストップ」

 

「え、何?」

 

 

 ガンプラについても話そうとした矢先、ヨルアが待ったをかけた。彼は寝転がっていたソファーから身体を起こし、じっとシンヤを睨む。

 

 

「本当にコイツを入れるのかよ?」

 

「えー? 今更?」

 

「前に話して決めたじゃん」

 

 

 ヨルアの言葉に呆れ顔を見せるマヒルとユウ。しかし2人を一瞥するだけで文句は言わず、アサバを見る。

 

 

「ペイルライダーの使い方が上手いのは知ってる。けど、それはあくまで個人戦の話だろ?

 フォースに入るからには、それ以上の動きが必要なはずだ」

 

「それはご尤も。けど、それは入ってからじゃないと。

 シンヤは俺たちの動き方を知らないんだから、まずはそれを知ってもらってから一緒にやってくべきだ。だよなー?」

 

「えっ!?」

 

 

 急に話を振られたものだから、シンヤは素っ頓狂な声が出てしまう。それを笑う者はおらず、寧ろマヒルもユウも「あーぁ」と諦めた顔で流してくれた。

 

 

「リーダー、そうやって他人にいきなり振る癖、治した方がいーよ?」

 

「そーそー。オイラもまだ慣れてないし」

 

「えー? 俺そんな癖ないって。だよな、シンヤ」

 

「だから、それだっつーの!」

 

 

 あからさまな言い方をするアサバに、マヒルが額をベシッと強めに叩く。思い切りではないにしろ、乾いた音は意外と大きく鮮明に響いた。

 

 

「決めた。お前、俺と勝負しろ」

 

「勝負?」

 

「そうだよ。1対1のシンプルな対人戦だ」

 

「さっきフォース戦と個人戦は違うって言った癖に」

 

「マヒル、聞こえてんだが」

 

「聞こえるように言ったの」

 

 

 マヒルはツーンとそっぽを向いてヨルアに冷たい態度をしているが、険悪な雰囲気はない。これが彼らブースターズの日常なのだろう。

 

 

「で? やるのか、やらないのか?」

 

「じゃあ、是非」

 

 

 自分の実力を知ってもらういい機会だ。見合わないと思われればそれでも構わない。入ってからやっぱり弱いからダメと言われるよりは充分ありがたかった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

《やってくよー。フィールドは市街地、ルールは敵の撃破なシンプル・イズ・ザ・ベストな奴ね》

 

 

 アサバは相変わらず呑気な物言いだが、お陰で緊張せずに済みそうだ。シンヤはペイルライダーを駆り、市街地へ繰り出す。モビルスーツでも余裕で通れる道もあるが、高層ビルが多く立ち並んでいて道も入り組んでいるせいでトップスピードを維持するのは難しい。

 

 

「ヨルアさんは……」

 

 

 出撃タイミングは同じだが、移動にかける時間はまったく違う。彼が扱うガンプラについて何も聞かされていないので、どこで接敵するか分からないので少しばかり慎重に立ち回る。

 

 そして唐突に、敵にロックされた際のアラートが鳴り響いた。スナイパー系ならもっと早くに射程に収めていたはず。ならば敵は中・近距離系と考えていいだろう。

 

 ふっと直上が翳った。ペイルライダーを通じて空を見上げると、1機のガンプラが大剣を振りかぶって飛び降りて来るのが目に入る。

 

 

「うわっ!?」

 

「どぉっせぇいっ!」

 

 

 まっすぐに叩きつけられた一閃。機体の重量と落下速度が相まって道路は瞬く間に陥没し、後退するシンヤの足下まで迫る勢いだ。

 

 

「何だぁ? 逃げんのかよ!」

 

 

 苛立ちの籠もった声音と鋭い瞳がシンヤを射抜く。ヨルアのガンプラは近接戦闘用の武器を多数所持しており、そのために厚い装甲を追加しているのが分かった。

 

 

「このネモ・スラストから簡単に逃げられると思うな!」

 

 

 モスグリーンをメインに、濃いブラウンの追加装甲に覆われたネモ・スラストは、腰部の左右についているアンカーを射出する。咄嗟にシールドで1つは防いだものの、もう1つが右腕に巻きついてしまう。勢いよく引き戻され、陥没した地面に足を取られてよろめくペイルライダー。

 

 

「もらったぁっ!」

 

 

 背中に大剣を背負い直し、次はリアスカート懸架しているビームアックスを展開して斬りかかる。伸ばされた伸縮式の柄はネモ・ストライカーの全高より高く、威圧的だ。真上から振り下ろされる光刃を、シンヤはビームサーベルを引き抜いて受け止める。すぐにヨルアが動くより早く、ペイルライダーの背中に折り畳まれている180ミリキャノン砲を展開して胸部目掛けて放った。

 

 

「ヤロォッ!」

 

 

 分厚い装甲を撃ち抜くには至らず、強い衝撃によろめくネモ・スラスト。眼前で炸裂した弾丸が煙を広めて視界を奪うが、それも僅かな間だけ。ペイルライダーが両手にビームサーベルを握って、煙から躍り出る。

 

 一閃。まっすぐに振るわれた光刃がビームアックスの柄を捉えるものの、切断には至らない。こうした近接戦闘を想定して、対ビームコーティングを施しているのだろう。

 

 互いに得物をぶつけ合い、一歩も引かない。しかし攻めきれないじれったさに痺れを切らしたのか、ヨルアが動く。競り合ったまま右膝でペイルライダーを蹴り飛ばし、そのまま前へ踏み込むと同時にビームアックスを押し出して体勢を崩させた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 再び斬りかかろうと迫るが、ネモ・スラストが突き出した踵からヒートダガーが飛び出し、すぐさまスピードを落としてギリギリで間合いに入らないよう留まろうとするが、判断が遅かった。胸部に迫る刃を機体を右に傾けてかわし、さらなる追撃に備えてそのまま転げて離脱。持っている武器をビームサーベルからマシンガンに変えてネモ・スラストに弾丸を浴びせる。

 

 

「そんなヒョロ弾で止まるかっつーの!」

 

 

 ビームアックスを構え直し、尖端についたスパイクが太陽に照らされて鈍い輝きを放つ。シンヤは後ろに下がりながらマシンガンを撃ち続ける。

 

 

「逃げの一手かよ。気にいらねぇなぁ!」

 

 

 ヨルアは血気盛んなようで、離れようとするシンヤに対して苛立ちを見せる。その様子に恐怖を感じながらも、シンヤは自分のスタイルを崩さずにビル群でできた細い道を駆けていく。

 

 

「あー、それは良くないねぇ」

 

「ま、知らないししょーがないんじゃない?」

 

「けどビビるだろうなぁ。ヨルアのあれを見たら」

 

 

 モニタリングしていたアサバは苦笑いしつつ、ヨルアの行動を楽しみにしていた。なにせこういった市街地でしか見られない光景だ。マヒルとユウは最早分かりきった動きには興味がないようで、どちらかと言うとシンヤがどうペイルライダーを操縦するか気になっている。

 

 

「はんっ。建物で俺の道を塞いだつもりか?」

 

 

 構えていたビームアックスをリアスカートに戻し、ネモ・スラストはタックルの姿勢を取る。スラスターが今までよりも強い火を灯していき、遂にはそれが最大まで達した瞬間──ネモ・スラストが、眼前のビルに突っ込んだ。

 



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闘争

「え?」

 

 

 一方、次第にできた距離を活かそうとキャノン砲を構えようとしていたシンヤは、離れたビルが轟音と共に崩れ落ちるのを見て動きを止める。その間に崩れていくビルに1番近いビルが、大きく揺れ動いていた。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

 ビームでも撃ったのかと思ったが、ネモ・ストライカーはライフルやビーム砲を所持していなかった。射撃兵装はショットガンがあるようだが、それでビルが立て続けに壊れるとは思えない。

 

 何か情報はないかとレーダーを見ると、さっきまで離れていたはずのネモ・スラストとの距離がだいぶ縮んでいる。

 

 

「ま、まさか……」

 

 

 ある可能性がシンヤの頭をよぎった。しかしそれは可能性としてあまりにあり得ないものだ。

 

 

(いや、でも……)

 

 

 あり得ないと切り捨てるのは簡単だが、この短いやり取りの中でも少なからずヨルアを知った身としては言えることがある。

 

 彼なら───。

 

 

(ヨルアさんなら、あり得るかも)

 

 

 そんな物思いに耽っているシンヤの前で、突然ビルが土煙を上げて何かを吐き出した。いや、正確には“突っ込んできた何かが飛び出してきた”のだ。

 

 

「見つけたぜぇ?」

 

「や、やっぱり……」

 

 

 目の前でゆっくりと立ち上がるガンプラ──ネモ・スラスト。

 

 ヨルアは、5つ程のビルにガンプラを突っ込ませたのだ。普通ならモビルスーツが通れる道をひたすら進むところを、彼は最短距離で直線的に突き進んできた。その執念とやる気は、はっきり言ってシンヤには一生かかっても手にできないと思う。

 

 

「これで終わりにしてやらあっ!」

 

「くっ!」

 

 

 ビームアックスを手に、ネモ・スラストが斬りかかる。その場を下がるシンヤだったが、すぐ背後に建物があり、それ以上後ろには行けなかった。肉薄するネモ・ストライカー。尖端を突き立てようと迫るが、シンヤもペイルライダーを突っ込ませる。

 

 

「おらぁっ!」

 

 

 串刺しにしてやる。一思いにやってやろうとするヨルアだったが、ペイルライダーがシールドのスパイクを構えたことで状況が反転したのを察する。リーチで言えば圧倒的に自分が勝っているが、シンヤの正確な動きを見てきたヨルアは迷わずビームアックスを胸元に持ってきてガードしようとした。

 

 

「HADES!」

 

「なにっ!?」

 

 

 が、シンヤはペイルライダーに搭載されているシステム、HADESを使ってさらに機動力を底上げして一気に迫る。鋭利なスパイクがネモ・スラストへ差し向けられ、今にも届きそうなところまで来た。

 

 

「ぐっ!?」

 

「浅いか……!」

 

 

 果たしてヨルアの判断は正しかった。彼のガードはギリギリで間に合い、スパイクで抉られることはなかった。しかし左手を捉えられ、強い衝撃によってビームアックスが手から溢れてしまう。

 

 このまま畳みかけようとするシンヤはしかし、ビームアックスの柄を右手で掴み直したのを見て戦慄する。

 

 

(速い!)

 

 

 思考が、判断が、自分なんかとは比べ物にならないぐらいに速いヨルア。彼の実力は、誰が見ても本物だと認識できるほどに洗練されたものだった。

 

 柄の終わりの方を思い切り引っ張ると、ビームアックスから外れてしまう。だがそれは、故障や武器の脆さによるものではない。

 

 

「ビーム、サーベル……!?」

 

「終わりだぁっ!」

 

 

 ビームアックスの柄に内蔵されていたビームサーベルが、シンヤとペイルライダーに襲いかかる。咄嗟に腰部にあるビームサーベルを引き抜いてそのまま受け止めるが、思い切り振るわれた一閃はペイルライダーを跪かせるには充分過ぎた。

 

 

「やるじゃねぇか」

 

「あなた程では……」

 

「ったりめーだ、ボケ!」

 

 

 このまま鍔迫り合いをしていれば、間違いなく負かされる。HADESは発動すれば一定時間が経過するまで自分で解除することができない。また、システムの終了後は機体性能が著しく低下するため、発動中にヨルアを倒さなくてはならない。

 

 

(いや、これは無理かも)

 

 

 ペイルライダーには悪いが、ヨルアと自分とでは実力差がありすぎる。HADESの終了までに撃墜するのは難しいだろう。

 

 

「でも……やろう!」

 

 

 だが、諦める材料にはならない。シンヤは懸命にペイルライダーを動かす。体勢が崩れないよう細心の注意を払いつつ、右手にキャノン砲を構える。すかさず銃口を向けると、ネモ・スラストは後ろに下がった。

 

 

「好都合だ!」

 

 

 構わずキャノン砲を放つ。それも1発だけではなく、2発、3発と立て続けに撃った。

 

 

「狙いが甘い──あぁ!?」

 

 

 ヨルアの言う通り、シンヤのそれは照準が甘かった。しかしそれは、ネモ・スラストを狙っていた場合の話だ。

 

 駆け抜けた弾丸はその後ろにあった建物の支柱を貫き、ガラガラと大きな音を立てて破片を降らせていく。

 

 

「こっちが本命かよ!」

 

 

 毒づき、慌てて機体を翻す。それを見越して、シンヤはペイルライダーをネモ・スラストに向かって走らせていく。

 

 

「また突っ込む気か?」

 

 

 左肩に装備しているビームブーメランを投げつけ、少しでも時間を稼ぐ。そして投げてすぐ、右手で取りやすいように斜めに背負った大剣を抜き、今度はヨルアの方からペイルライダーに突っ込んだ。

 

 

「同じ手は通用しないぜ!」

 

「でしょうね」

 

 

 ペイルライダーはビームサーベルでブーメランを弾くと、そのままネモ・スラストへ放り投げる。そうすることで視線が逸れると踏んだからだ。シンヤの予想通りヨルアの注視がビームサーベルに向いたところで左へ大きく迂回する。

 

 

「どこだ!?」

 

 

 一瞬でも視線を外した浅はかな自分を恨みつつ、ヨルアは周囲を見回す。そして1歩踏み出した瞬間、目の前から実弾が飛んできた。

 

 

「ぐっ、おぉ……!」

 

 

 メインカメラで弾丸が飛んできた方を見ると、そこには自分が突っ込んできて崩れた瓦礫の山が築かれていた。そのうずたかく、不規則に積まれた瓦礫で出来上がった山には所々穴があり、大きな穴の向こうにペイルライダーを見つけることができた。

 

 

「はっ、いい射撃するじゃねぇか!」

 

 

 しかし仕留められなかったからには2度目はない。ネモ・スラストは残った大剣とビームサーベルを手に、推進力を活かして瓦礫の山を悠々と跳び越える。

 

 

「とんでもないな」

 

 

 予想以上の動きを見せるネモ・スラスト。HADESの限界時間に到達し、機体性能が低下しているペイルライダーで迎え撃つのはかなり無茶だ。

 

 

「でも、やるしかない!」

 

 

 退路は残されていない。ビームサーベルを抜き、シンヤはペイルライダーを駆った。

 

 互いの武器がぶつかり、文字通り火花を散らす。ネモ・スラストは片手であっても大剣を悠々と振るい、ビームサーベルと合わせてペイルライダーを圧倒する。

 

 

「接近戦なら負けねぇ!」

 

 

 上から下へと一気に振り下ろされる一閃。シンヤはペイルライダーを左に動かしてかわす。ネモ・スラストは右手に持った大剣を振るったばかりだが、シンヤの動きに合わせて思い切り大剣を引き上げる。

 

 

「なんてパワーだ!」

 

 

 ガリガリとアスファルトを削り、シンヤを間合いに入れさせない。このままでは大剣を持ち直すに違いない。旋回する速度を上げ、視界から少しでも逃れたと思ったところで脚部にあるミサイルポッドが火を噴く。

 

 間近で放たれた3つのミサイルはネモ・スラストの足元で爆ぜてバランスを崩させた。その一瞬を突き、ペイルライダーは旋回をやめる。急制動に左足が悲鳴を上げるが、愛機を信じてネモ・スラストへ仕掛ける。

 

 ビームサーベルの光が駆け抜ける。振り返ったネモ・スラストの左手に握られたビームサーベルがそれを防ぐが、ペイルライダーの二刀を受け切ることはできず弾かれる。

 

 バランスが崩れ、たたらを踏むネモ・スラスト。目の前で大きくのけ反っていくのを見たからにはそのチャンスを逃す訳には行かないと、ペイルライダーを踏み込ませる。

 

 

「これでっ!」

 

「させるかよぉっ!」

 

 

 倒れながらも追撃させまいと、ネモ・スラストの踵からヒートダガーが展開される。

 

 

「うっ!?」

 

 

 斬り込めると思って強く前に出たのが災いした。先程の急制動からあまり時間が経過していないこともあり、再び身を翻すのは不可能だ。

 

 回避は、間に合わない──遂にはペイルライダーの胴にヒートダガーが突き刺さり、受けたダメージがすぐに再現されてその場に倒れ込んでしまう。

 

 

「はっ、形勢逆転だな」

 

 

 見上げた先には、大剣の切っ先を突きつけるネモ・スラストが立っていた。

 



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フォースへ

 シンヤとヨルアの試合が続く中、観戦を続けていたアサバはうんうんと頷いていた。

 

 

「よし、決めた!」

 

「ダメ」

 

「いや、まだ何も言ってないんだけど……」

 

 

 唐突に身を乗り出したアサバに、マヒルかピシャリと言う。不服そうに振り返る彼に、マヒルは深い溜め息をついた。

 

 

「どーせ乗り込もうとか思ってんでしょ?」

 

「ソンナコトナイヨー」

 

「無理に片言にしなくても……」

 

「ムリシテナイヨー」

 

「うっっっざいっ!」

 

「理不尽!」

 

 

 アサバの言動に苛立ちを隠さず、マヒルはこれでもかと露骨に嫌悪感を示す。ユウはもう慣れた様子で、どちらにも加勢せずにシンヤとヨルアの戦いに視線を戻す。

 

 

「戦ってみたくない?」

 

「ない」

 

「戦ってみたくなくない?」

 

「な・い」

 

 

 しつこく戦おうと誘うアサバを一蹴するマヒルだったが、あることを思いつく。

 

 

「じゃあ、アタシとリーダーが敵なら考えたげる」

 

「それは全然構わないけど……何で?」

 

「あんたをボコすからに決まってんでしょ」

 

「えっ、こわ……ユウ、助けてー」

 

「オイラもボコられるの怖いんで、リーダーと敵になります」

 

「あれ、味方がいないぞ?」

 

「ヨルアがいるでしょ」

 

「んん? 2人ともシンヤと組むの?」

 

 

 まだ連携の取れないシンヤよりも、ヨルアと組んだ方が断然勝率がいいはずだ。なのにヨルアと組めと言われると言うことは、マヒルには考えがお見通しのようだ。

 

 

「シンヤとやりたいって顔してる」

 

「ご明察」

 

 

 完全に見透かされていた。ヨルアのガンプラとは何度も練習試合でぶつかってきただけに、予想するのは容易いだろうが。

 

 

「それじゃあ、中断してもらいますか」

 

 

 撃墜にまで至ってはいないが、決着がついたであろう2機に向かって、アサバは通信を試みた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「いいとこだったのによぉ……邪魔すんなよ」

 

「そんな美味しいのを独り占めさせるわけにいかないだろ」

 

 

 不満げに口を尖らせるヨルアを宥めながら、アサバは自身のガンプラを熱心に確認する。純白をメインに、センサーは空色で塗られたガンプラ──リゼルブースト。2挺のビームランチャーは背部とアームで接続されており、広い可動域を誇る。また、両碗部には2門ずつグレネードランチャーを備えており、リアスカートにビームサーベルを2本有している。ビームライフルは1挺だけだが銃身が長くなっており、下部にはヒートナイフが追加されていた。

 

 本来のリゼルから様変わりしてはいないものの、洗練されたデザインからアサバの実力が窺い知れる。

 

 

「まっ、一番槍は任せるわ」

 

「ありがたい。向こうも全力で来るだろうから、気を付けろよ」

 

「テメェのせいだろ」

 

「あはは、聞こえなーい」

 

 

 一方のマヒル達はと言うと───。

 

 

「ヨルアは間違いなく、アンタの相手をリーダーに任せるわね」

 

「あの人は自分より上の人には強く出れないからね〜」

 

「なるほど。つまりアサバさんは……」

 

「強いよ」

 

 

 シンヤの言わんとすることを察して、マヒルは断言する。その言葉の重みを受け止めながら、シンヤは先程までの戦いを思い返す。

 

 ヨルアとは真正面からぶつかり合えば間違いなく押し負けていただろう。建物などの小手先を駆使してやっと五分五分になれるかどうかと言ったところだ。そうなると、アサバとの戦力差はあまりに大きいはずだ。

 

 

(しかも可変機なんだよね)

 

 

 高機動がウリの可変機。しかもブースターズのフォース名はアサバが使うリゼルブーストからきているとなれば、素早さは自分の想像よりも高いと思ってかかるべきだろう。

 

 

「アタシとユウは前に出るタイプじゃないけど、ヨルアの相手くらいはできるから」

 

「こっちは構わず、リーダーに専念してていーよ」

 

「ありがとうございます。でも、マヒルさんはアサバさんをボコしたいって……」

 

「アタシのガンプラはアレだから、1度地上に降りてきたらよゆーっしょ」

 

 

 振り返ったマヒルが見上げた先には、ペイルライダーに似た意匠のガンプラが雄々しく立っていた。

 

 

「ジーライン・ヘールアーマー。ガトリングマシマシでかっこよくない?」

 

「えぇ、素敵だと思います」

 

 

 同意してもらったのが嬉しいのか、マヒルはさらに笑みを深くする。背部から肩の上部と腋の下を通って前に突き出たガトリング砲は上下とも2門ずつの計4本備わっている。マヒルの話では上部は実弾、下部はビーム兵器となっているらしい。一斉に射撃した時の制圧力は言うまでもないだろう。ビームライフルは口径が大きく、連射性よりも攻撃に特化させているのが窺える。

 

 

「で、オイラは援護系ね」

 

 

 ユウのガンプラはジム・ナイトバレト。ナイトシーカーをベースに、遠距離からの狙撃も行える援護に特化したガンプラのようだ。

 

 ナイトシーカーがメインになっているだけあって、胸部と背部のランドセルに合わせて6基のスラスターがあり、さらには脚部にも追加装甲とスラスターを増設し、1度に跳躍して移動する距離を大きく伸ばしている。主武装はスナイパーライフルとなっており、離れた味方の援護も得意のようだ。背部にはランドセルだけでなくレドームを背負っており、左手にはジャミングライフル、両腰には煙幕弾を装備しているため、敵を撹乱する役も担っていることが窺い知れる。

 

 

「じゃ、やるわよ。あの2人……って言うか、リーダーをボコる!」

 

「おー」

 

「は、はい」

 

 

 やる気に満ち溢れているマヒルの言葉に、ユウとシンヤは苦笑いした。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 フィールドは先程とは違い、廃コロニーに変更される。ランダムによる結果だが、スナイパータイプのジム・ナイトバレトが身を潜められる場所がいくつかあるだけに、いい結果と言えるだろう。

 

 シンヤのペイルライダーは陸戦重装備型だが、宇宙戦もこなせるように設定されている。ペイルライダーには空間戦闘用の装備もあるから切り替えればいいのかもしれないが、その時間がない時のためにこうして宇宙戦も出来るようしてあった。

 

 

「アサバとリゼルブースト、行きます!」

 

「…ネモ・スラスト、行くぜぇっ!」

 

「マヒル、ジーライン・ヘールアーマー、出るわよっ!」

 

「ジム・ナイトバレト、出るよ」

 

「ペイルライダー、行きます」

 

 

 2機編成、3機編成の部隊がそれぞれの出撃口から身を躍らせる。リゼルブーストは早くも機動性に富んだモビルアーマー形態に変形し、先行する。

 

 一方、ヨルアはユウからの狙撃を警戒して一旦デブリの陰に身を隠す。恐らくシンヤを気遣って、リゼルブーストへ少なくとも1発は狙撃を行うはずだ。そこからある程度の位置を割り出して近づけば余裕だろう。

 

 

「さて、どうだ?」

 

 

 機体を少しだけ物陰から出し、早くも小さい陰になりつつあるリゼルブーストの後ろ姿を見送る。

 

 

「あ?」

 

 

 しかし、リゼルブーストの真下からビームの光が何発が見えるだけで、狙撃の閃光は一向に現れない。機動性に優れたリゼルブーストを真下から狙うにはあまりにリスキーで、ユウがそんなことをするとはどうしても思えなかった。

 

 

「どうなって……!?」

 

 

 もっと視界を確保しようとネモ・スラストを動かした瞬間、先程まで自分が立っていた場所に灼熱の光が駆け抜けてくる。既の所でかわした──と自慢げに言いたかったが、今のは本当にまぐれだ。

 

 

「くそっ! 最初からこっち狙いかよ!」

 

 

 慌てて隣のデブリに機体を走らせながら、ヨルアは毒づく。奇襲を仕掛けるはずが、逆に自分が受ける羽目になるとは思わず、苛立ちに促されるように舌打ちした。

 

 

「ごめーん。ヨルアにかわされた」

 

「はあっ!?」

 

「いやー、まさか動くタイミングで撃っちゃうとは思わなくてさー」

 

「今は?」

 

「また隠れたねー。細かい位置は分からないけど、1発だけならリーダーに撃てるよ」

 

 

 ユウの報告を聞きながら、マヒルは旋回を続けるリゼルブーストを睨む。自分とシンヤを中心に、円を描きながら時折ビームランチャーを放つそれに対し、2人は未だに何も放てずにいた。距離を保たれたまま一方的に殴られるのは非常につまらないし、ユウの援護があればありがたいのも事実だ。

 

 

「目を離した隙にヨルアに仕掛けられても困るし、煙幕だけお願い」

 

「アイアイサー」

 

 

 スコープから目は離さず、ユウは片手で煙幕弾の発射操作を行う。アサバは戦いを楽しんでいるからなのか、ペイルライダーとジーライン・ヘールアーマーから大きく距離を取ろうとしないため、おおよその位置は頭に入っていた。

 

 予め設定していた距離に到達すると煙幕弾は立ち所に爆ぜてはもうもうと煙を撒き散らしていく。

 

 

「いっけぇっ!」

 

 

 4門のガトリング砲が一斉に火を噴いた。立ち込める煙幕が穴だらけになっていく様は、かなり威圧的だ。シンヤもそれに続けとばかりにマシンガンを煙へ放とうとして、白煙を突き破って現れたリゼルブーストに怯んでしまう。

 

 

「なっ!?」

 

「行くぜ、シンヤ!」

 

 

 まっすぐに迫りながらモビルスーツへと変形し、腕部に備えられたグレネードランチャーを挨拶とばかりに放つ。

 

 シンヤは驚いていたこともあり、マシンガンで撃ち落とすことも回避することもできず、咄嗟にシールドで受け止めた。途端に巻き起こった爆発が、コクピットを揺らす。爆煙によって遮られた視界が晴れた時、目の前にはビームライフルの下部に取り付けられているヒートナイフが振り下ろされようとしていた。

 

 

「くっ!」

 

 

 シンヤもペイルライダーのビームサーベルを抜き、応戦する。鋭利な刃が光刃とぶつかり合いながら、少しずつその向きをペイルライダーのコクピットへと向けていく。

 

 

「まさか!?」

 

 

 狙いを察した矢先、ヒートナイフがコクピット目掛けて射出される。ビームサーベルと競り合っていた武器を自ら手放したことでリゼルブーストのライフルは光刃によって裂かれるが、シンヤはそれを気にする余裕などない。

 

 

「この……!」

 

 

 飛来したナイフを避けるべく、背中から半時計回りに動いてかわし、振り向き様にビームサーベルを抜き放つ。

 

 

「かわしたか。やるな!」

 

 

 アサバも両手にビームサーベルを握り、閃く一閃を受け止める。互いに二刀のビームサーベルを手に、幾度もぶつかり合う。上段から一直線に下ろされる刃を、シンヤは迎え撃とうとペイルライダーを駆る。

 

 ビームサーベルを交差させて受け止め、弾き返そうと試みるシンヤ。しかしアサバの方が早く、右手に握ったビームサーベルを真横から振るう。距離が詰まったこの状態では受けられないと知ると、すぐさま交差した手前のビームサーベルを逆手に持ち替え、真一文字を刻もうと迫る刃を既の所で止める。

 

 

「HADESも使ってないのに、よく反応するなぁ」

 

「それは、どうも!」

 

 

 自分でもよく間に合ったとは思うが、どれもかなりギリギリだった。今だってまともな受け答えするだけの余力は大して残っておらず、簡素な返事しか出てこない。

 

 

「おっと!」

 

「うわっ!?」

 

 

 リゼルブーストのパワーが増し、ペイルライダーは弾き飛ばされる。それに一拍遅れる形で、2機の間を一筋の光が走り抜けていく。ジーライン・ヘールアーマーのビームライフルによる攻撃だ。

 

 

「避けんな!」

 

「おいおい、無茶言うなよ」

 

 

 アサバをボコボコにすると息巻いていたマヒルは、ビームライフルの銃身がオーバーヒートしてしまわないギリギリの間隔でビームを放つ。

 

 1発目をかわし、2発目が放たれる前に変形してその場を離脱。急降下してジーライン・ヘールアーマーの真下に回り込もうとする。

 

 

「射角がなんだっての!」

 

 

 ガコンと音を立てて、下部についたビームガトリングがリゼルブーストがいるであろう真下に銃身を向ける。そして間髪入れずビームガトリングの驟雨が降り注いだ。

 

 

「くそっ! こないだまで制限あっただろ」

 

「お生憎様!」

 

 

 ジム・ナイトバレトから位置情報を受け取り、背後に回ろうとするのを知ったマヒルは、ガトリング砲を止めて同じように急降下していく。

 

 

「マヒルさん!」

 

 

 シンヤも加勢しようとその後を追いかけていく。視線の先にはジーライン・ヘールアーマーと、その奥にリゼルブーストの姿も視認できる。

 

 

「2人して接近戦か?」

 

 

 まずは進路を切り開こうと、アサバはビームランチャーを放つ。火力の強さを物語るような赤黒い閃光は2機ともに貫くことはなかった。寧ろそうでなくてはつまらないが。

 

 火線によって開いた2機の間を通り抜け、変形したことで機体の後方を向いた腕部からグレネードランチャーを放つ。しかし放ったものは全てジーライン・ヘールアーマーのガトリング砲によってあとかたもなく消し去られてしまった。

 

 

「相変わらずいい腕してるよ」

 

「あんたもね」

 

 

 離れていくリゼルブーストに向かってガトリング砲で狙いを定めるが、向こうの方が圧倒的に速い。今から撃っても無駄に終わると察すると、マヒルはビームライフルを手放してビームガトリングの砲身から伸びたグリップを握る。

 

 いつまでも離れていてはつまらないからと、リゼルブーストが戻ってきた。ビームランチャーの狙いはマヒルを優先しており、シンヤは火線を掻い潜って接近する。

 

 

「取り付かせるか!」

 

「速い!」

 

 

 ある程度距離が詰まったところで折り畳んだキャノン砲とマシンガンで進路を阻むように撃つが、ことごとくをかわされてしまう。しかも前に出過ぎたせいで、弾丸を充分に放てずに終わってしまう。

 

 ジーライン・ヘールアーマーも上部のガトリング砲で近付いてくるリゼルブーストを狙うも、やはり機動性を上回るような射撃には至らない。リゼルブーストは身を翻すように後方へ一回転。しかも速度を維持したままモビルスーツへと変形し、ビームランチャーを構えてはジーライン・ヘールアーマーを狙い撃つ。

 

 

「チッ!」

 

 

 マヒルは変形したのを見逃さずすぐさま回避。脇を駆け抜けていく閃光には目もくれず、再びガトリング砲を唸らせる。

 

 

「おっと」

 

 

 アサバもかわされたのを見て、すぐさま身を翻そうとする。しかし食らいつこうと必死に追ってきたシンヤのペイルライダーが追いついた。ビームサーベルを一閃するも、リゼルブーストはあっさりかわしてしまう。そして回避しながら向けられたビームランチャーの銃口が向けられた。

 

 

「この距離で!?」

 

「撃てる時に撃つ!」

 

 

 近接戦闘の最中に高い火力を誇るビームランチャーを構える大胆さ。それでいてコクピットをしっかりと狙う冷静さも併せ持つアサバ。実力差は、あまりに明白だ。

 

 それでも怯んでやられる訳にはいかないと、必死にガンプラを動かす。左手のシールドに取り付けられたスパイクが伸び、銃口をコクピットからそらす。しかし発射された光芒は直撃こそ免れたものの、脚部のミサイルポッドを貫く。

 

 

「まだっ……!」

 

 

 すぐに切り離して、脚部そのものへのダメージを最小限にとどめる。そうして顔を上げた時には、リゼルブーストはビームサーベルを手にしており、アサバの行動力と判断力に驚かされる。

 

 ペイルライダーの腕部ビームガンをメインカメラ目掛けて連射しながらシールドで一閃を防ぐと、自身もビームサーベルを抜いた。しかし、すぐには振るわない。

 

 

「おわっ!?」

 

 

 残った片方のミサイルポッドが、リゼルブーストを襲う。抜いたビームサーベルに注目していたせいで、反応が遅れたのだ。だが───

 

 

「避けた!?」

 

 

 ───全てが命中したわけではない。脚部を狙って放たれたのに、当たったのは初弾だけ。残りはこの距離にありながらかわされてしまう。

 

 

「やってくれるねぇ」

 

「アサバさんほどでは」

 

 

 ビームサーベルで互いに弾かれる。リゼルブーストはビームランチャーを、ペイルライダーはキャノン砲を構えて同時に引き鉄を引いた。放たれた弾丸はビームランチャーを捉えることはできなかったが、リゼルブーストの胸部に当たってその動きを怯ませる。

 

 ペイルライダーはリゼルブーストが放った閃光によって焼き尽くされるキャノン砲をバックパックから外し、マシンガンを連射しながらビームサーベルを握り直して肉薄していく。

 

 リゼルブーストもそれに応えるように、ビームサーベルを手に、機体を走らせる。互いの距離が近づくにつれてビームサーベルを握る手に、力がこもる。

 

 そして、振り被り、一閃。

 

 

「うおおおぉぉ!」

 

「はあああぁぁ!」

 

 

 叩き斬る──その一心に突き動かされるようにまっすぐ振るわれた刃。恐れず、退かず、ただ前に、ひたすら前に。

 

 振り切った光刃がぶつかり、弾かれ、再びぶつかる。何度も振るい、火花が散っていく。しかし決定打にならないことを続ける訳にもいかない。シンヤはマヒルに次で行動を起こすと伝え、リゼルブーストに向かっていく。

 

 

「HADES!」

 

 

 ビームサーベルを握って斬り合うことを印象付ける。そして充分に距離が縮まったところでHADESを発動させ、リゼルブーストが振るった刃を紙一重でやり過ごして背後に回り込む。

 

 

「くらえっ!」

 

 

 後ろに回った瞬間振り返り、両手のビームサーベルを一閃。リゼルブーストのスラスターウィングの端が斬り裂かれ、破片がバラバラと虚空を舞う。

 

 

「チッ!」

 

「浅かった……!」

 

 

 クリーンヒットするとは思っていなかったが、予想していたよりもずっと浅く終わってしまった。しかしそれに驚いて怯んではいられない。ビームガンを連射して追撃に移る。

 

 だが、本命は自分の攻撃ではない。リゼルブーストの背後で、ジーライン・ヘールアーマーがビームガトリングの砲身をグリップを介して振り上げる。

 

 

「沈めえええぇぇっ!」

 

 

 マヒルが吠える。それに応えるように、銃口の中央からビームサーベルが出力され、リゼルブーストの頭上から振り下ろされた。

 

 

「えっ……なんだよ、その武装はあぁ!?」

 

 

 それが、アサバの最後の叫びだった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「あー……負けた負けた」

 

 

 アサバを撃墜したところで、シンヤたちの画面に勝利メッセージが表示された。どうやら戦っている間にユウとヨルアの方も雌雄を決していたらしい。

 

 アサバは汗を掻いたからとGBNで使われるゲーム内通貨を使って全員にドリンクをご馳走して真っ先に一口飲み、息をつく。シンヤはマヒルらが飲んでから最後に「いただきます」と断ってから口にする。

 

 

「さて、改めてだけど……みんな、どうだった?」

 

「異議なーし」

 

「オイラも」

 

 

 シンヤがフォースに参加することを問うアサバだったが、マヒルとユウは早くも迎えてくれる。しかしヨルアはすぐには答えず、腕を組んでいた。

 

 

「……まぁ、いいんじゃねぇの」

 

 

 それだけ言い残し、ヨルアはさっさと踵を返してどこかへ行ってしまった。それでも、認めてくれたことに違いはない。

 

 立ち上がり、アサバが手を差し出してくれる。

 

 

「ようこそ、フォースブースターズへ」

 

「…はい。よろしくお願いします」

 

 

 その手を握り返しながら、シンヤは嬉しそうに目を細める。

 

 フォース、ブースターズ──ここが、シンヤにとって初めてのフォースであり、最後のフォースでもあった。

 



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終わりの始まり

 シンヤがフォース、ブースターズに所属してから1ヵ月───。

 

 

「シンヤ、そいつで最後だ」

 

「了解です」

 

 

 目の前で孤立してたじろぐ敵に向かってビームサーベルを振るう。十字が刻まれた巨体はゆっくりと倒れ、やがて爆散した。

 

 

「やったな!」

 

「はい」

 

 

 ブースターズの中でやっていけるのかと言う不安はだいぶ払拭されていた。ここ1ヵ月、毎日ログインしてはブースターズの仲間と共にフォース戦に挑んでは勝利を迎えている。

 

 まさしく順風満帆と言った中、シンヤはこの日常が続くことを信じて疑わなかった。

 

 

「はぁ……」

 

「デカい溜め息だな、ユウ」

 

「そりゃそーだよ。今日、オイラは真っ先にやられたんだし」

 

「スナイパーには厳しいステージだから、仕方ないって」

 

 

 ユウのジム・ナイトバレトはジャミングライフルなども持ち合わせているが、今日は運悪く複数の敵に囲まれてしまい、早々に撃墜されてしまった。ヨルアの言うように、遮蔽物の少ないステージだったこともあり、スナイパーとしての働きもできなかったのが悔やまれる。

 

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れさん」

 

「お疲れー」

 

 

 シンヤが持ってきてくれたドリンクで喉を潤し、溜め息をつく。なるべく心配をかけたくないからと、ネガティブな気持ちは孕ませないように。

 

 

「ユウさん、なんだか元気ないような……」

 

「うっ……」

 

「やーい、見抜かれてやんの」

 

「うっさい!」

 

 

 気を遣ったはずが、シンヤに気を遣われてしまう始末。はやし立てるヨルアを睨み、ユウは申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

 

「いや、今日は活躍できなかったし、役にも立たなかったから……」

 

「あー……僕も最初そうでしたし、今日のはほとんどヨルアさんもアサバさんが倒して、相手の士気を下げてましたよ」

 

「そうそう。ユウはともかく、お前はいてもいなくても変わんねぇんだよ」

 

 

 シンヤの気遣いにこれでもかと同意し、不要だと訴えるヨルア。これも毎日の言い回しなので、もう慣れてしまった。

 

 

「ほら、ヨルアさんもそう言ってますし」

 

「いや、コイツは誰にでもそーだから」

 

「んだと!」

 

 

 ヨルアの言葉を一蹴するユウ。憤慨しているものの掴みかかったりはしない辺り、長い付き合いで仲良くなった関係を窺わせる。

 

 

「あんたら、終わったらさっさと出て行きなさいよ」

 

 

 マヒルの言葉に従い、シンヤは早々にフォースネストから出て行く。しかしユウはその場を去ろうとせず、しばらく顔を俯かせていた。

 

 

「大丈夫か、ユウ」

 

「リーダー……今日は、すみませんでした」

 

 

 ユウの落ち込み具合を察して、すぐアサバが声をかけてくれる。いや、アサバだけではない。マヒルもヨルアもその場を離れはしたものの、帰る素振りは見せなかった。

 

 

「謝ることなんてない。スナイパーだからって、必ずその役目を果たさなきゃいけないわけじゃない」

 

「そうそう。それに、あの状況で1機はやったじゃない」

 

「でも、みんなならもっと倒せてた」

 

「比べたらキリがないって。無理に自分を傷つけるな」

 

 

 アサバが強めに言うと、ユウはまた申し訳なさそうに顔を伏せる。そしてしばらく沈黙した後、彼は重い口をゆっくり開いた。

 

 

「あいつが……シンヤが、活躍するようになって、オイラは置いてけぼりされてるんじゃないかって」

 

「何言い出すんだよ!」

 

「ヨルア、よせ」

 

 

 思ってもいなかった不安を告げられ、すぐさまヨルアが声を荒らげる。すかさずアサバが制するが、彼は明らかに憤慨した様子を隠そうとすらしない。

 

 

「とりあえず、少し休んだら?」

 

「そうだな。ちょっとフォース戦は休むか」

 

 

 このまま引きずらせても良くないので、今度はできるだけ下位ランクのフォースと戦って、自信を取り戻してもらった方が良さそうだ。

 

 シンヤに続いてユウがログアウトし、マヒルも、それを追いかけていく。最後に残ったヨルアはアサバを振り返り、言いづらそうに頭を掻く。

 

 

「……なぁ、あいつマジで強くなってねぇか?」

 

「元々素質はあったんだろ」

 

 

 あいつ──それがシンヤを指していると分かり、アサバは溜め息交じりに壁に寄りかかる。その目に嬉々とした色はなく、寧ろ警戒の色を孕んでいた。

 

 

「いいのか?」

 

「正直、分からん。強くなってもらうのはもちろんありがたいけど……さっきのユウみたいな考えが出るのは良くないな」

 

 

 今は誰も彼もが戦力として充分な力を持っている。アサバもヨルアも、マヒルも、もちろんユウも。しかしシンヤが強くなればなるほど、このフォースの在り方が変わる可能性も少なくない。

 

 先程、ユウが不安になったように、自分が戦力になっていないのではないかと言う疎外感。それを全員が抱えてしまえば、フォースとしては終わりだ。

 

 

「まぁ、ガス抜きは考えるさ」

 

 

 下位のフォースを倒せば、ユウも少しは自信が戻るはずだ。勝利が齎すものは何も、賞品だけではない。自分は強いんだと意識させることにも繋がるだろう。

 

 

「さぁ、俺たちも帰ろうぜ」

 

「だな」

 

 

 そうして、アサバとヨルアもフォースネストを後にする。ログインしている者がいなくなったそこは瞬時に真っ暗な空間へ変わっていった。不気味な程に。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

 ヨルアの声はわずかに震えており、目の前の光景を信じられずにいた。

 

 数日ほど間を空けて、ユウがある程度気を取り戻したのを確認してから臨んだフォース戦。最もポピュラーで慣れ親しんだ殲滅戦で、しかも敵は自分たちよりも下位ランクだ。にもかかわらず、ヨルアが見ていたモニターではアサバのリゼルブーストが撃墜されて黒煙をあげながら落下していく様だった。

 

 結果は言うまでもなく、完敗。敵を1機も墜とせずに、自分たちは敗北を喫したのだ。

 

 

「いやぁ、まさかあんな隠し武器があるとはな」

 

 

 申し訳なさそうに苦笑いしながら戻ってきたアサバの声色は、明らかに動揺していた。勝って自信をつけるために挑んだのに、これでは却って逆効果だ。

 

 なによりまずいのは、また真っ先に墜とされたのがユウだったこと。スナイパーの彼を警戒して、位の一番に強襲してきたガンプラによって、彼はなす術なく撃墜されてしまった。しかもそれを起点に、敵は挟み撃ちを敢行。常に多対1の状況を作り、次々とブースターズのメンバーを蹴散らしたのだ。

 

 

「……お前だ」

 

「え?」

 

「シンヤ! お前のせいだっ!」

 

 

 わなわなと拳を震わせていたユウが立ち上がり、シンヤに向かって吠える。思わぬ一言に面食らったシンヤは呆然としてしまい、言葉を返せずさらに畳み掛けられる。

 

 

「お前がオイラを護衛したり、機動性を上げるHADESを使って戻ってきさえすれば、こんなことにはならなかったんだよ!」

 

「それ、は……」

 

 

 確かに、スナイパーを早々に孤立させたことは結果的に良くなかっただろう。しかしシンヤが使うペイルライダーはその多くを接近戦に持ち込むことが多く、いわゆる前衛タイプにあたる。護衛をするなら、中遠距離もこなせるマヒルかアサバが適任だろう。

 

 また、HADESも制限時間を過ぎればガンプラに使用後の負荷がかかってしまい、ユウのフォローに向かっても足手纏いになる可能性が高い。なにより機動力で言えば、アサバのリゼルブーストが変形した方が圧倒的に速く、ユウの言い分はこじつけているとも言えた。

 

 周りもそれは理解しているようで、同意の声は返らない。しかしシンヤが何を言うのか気になっているのか、彼は強制的に全員の視線を集めてしまう。

 

 

「その……ご、ごめんなさい」

 

 

 結果、シンヤの口から出たのは謝罪だった。自分が最も年少だったこと。フォースのメンバーとして新参者だったこと。周りの目が辛かったこと。あまりに重い空気に居た堪れなくなったシンヤは、謝ることで場が保てるならと考えてしまった。

 

 それが、終わりの始まりに繋がっていく。

 

 シンヤが謝ったことでその場は流れたが、責任を押し付けたユウも、自ら謝罪を選んだシンヤも、互いに実力を充分に発揮できなくなっていく。

 

 次なる試合ではシンヤは狙いが甘かったり、味方を気にするあまり敵からの猛攻にさらされたりと散々な結果を招いてしまう。負ければ敗因の一端は自分にあると思い込んで謝り、勝っても悪かったところがあるからと謝罪。試合結果がどうであろうと、シンヤはただただ謝り続けた。

 

 またある日───。

 

 

「何やってんだよ、お前はぁっ!」

 

「うぐっ……」

 

 

 ヨルアに襟を掴まれ、そのまま壁に叩きつけられる。勢いよくぶつかったせいで、呼吸が苦しくなったが、ヨルアはそんなことなど気にする様子もなく、シンヤを睨む。

 

 

「テメェ、俺に恨みでもあんのかよ!」

 

「そ、そんなことは……!」

 

 

 その日も、敗戦が続いていた時に行われたフォース戦だった。誰もが必死に戦っているのに、シンヤだけが自分のミスに怯えてばかり。それでも足手纏いになりたくないからと、躍起になっていた。

 

 ヨルアのネモ・スラストが敵と接近戦をしていた場面に駆けつけたシンヤは、ペイルライダーで援護しようとキャノン砲を構えた。ヨルアにキャノン砲で援護すると伝えると、彼はすぐさま距離を取ってくれた。だからシンヤは迷わず引き鉄を引いたのだが──あろうことか放った弾丸は開いた距離を詰めようと踏み込んだネモ・スラストに当たってしまったのだ。

 

 シンヤからすれば、どうして射線に入ってきたのか分からなかったが、ヨルアはそれを誤射だと言ってシンヤに怒りをぶつけた。

 

 

「まぁまぁ、それくらいにしておけよ。結局は勝ったんだし」

 

 

 見かねて、アサバが助けてくれる。しかしヨルアが離れた直後、シンヤにだけ聞こえるように「次は気を付けろよ」と、まるで追い討ちをかけるように囁く。

 

 いてもたってもいられなくなったシンヤは「ごめんなさい」とだけ言って、フォースネストから去っていく。その背中が見えなくなったところで、マヒルが真っ先に溜め息をついた。

 

 

「何であいつ残してんの?」

 

 

 誰もがずっと聞きたかったことだ。シンヤが足を引っ張りつつあるのは明白だし、毎度毎度ヨルアが苛立って空気が重くなるのは御免だ。

 

 

「必要だろ。サンドバッグが」

 

 

 間髪入れずに答えたアサバの声色はあまりに冷徹で、なにより迷いがなかった。

 

 

「シンヤを、ガス抜きに使うってこと?」

 

「正解〜♪」

 

 

 ユウの問いかけに、アサバは頷く。負けた時の原因はシンヤにある。仲間が苦戦を強いられたのも、敵を倒せなかったのも、何もかもシンヤが悪い。そう考えれば、少しは自尊心が保たれるから。

 

 アサバの考えを知り、しかし誰もそれを否定しようとしない。ヨルアは当然だとでも言うように鼻を鳴らし、マヒルは興味がなくなったのか「あっそ」と冷淡に言うだけ。ユウも、それが最善だと思ったのだろう。言葉はないが静かに頷いた。

 

 

「まぁだからって、負けばっかりじゃあ面白くないよな。

 そこで、みんなにプレゼントがあるんだ」

 

「プレゼント?」

 

「そう。聞いたことあるんじゃないかな。ブレイクデカールって」

 



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崩壊

「……ごめん、ペイルライダー」

 

 

 数日後───。

 

 しばらくGBNへログインするのを控えていたシンヤだったが、アサバから人手が足りないからとメッセージが届いて久しぶりのフォース戦に臨んでいた。

 

 土砂降りのステージで、ガンプラを通じて聞こえてくる雨音が少しだけ怖い。そんな想いを抱きながら、シンヤはコクピットで愛機に向かって謝っていた。

 

 今、自分の周りには誰もいない。アサバから「今日は俺たちで可能な限りやるから後ろで頼む」と言われてしまい、仕方なく後方でキャノン砲を構えるしかできずにいる。スナイパーもこなせるユウのジム・ナイトバレトならともかく、自分が後方にいてもなんの役にも立たないのに。

 

 戦わせてあげられない申し訳なさと、フォースを抜けようと決意できない自分の不甲斐なさに、気付けばペイルライダーに謝罪していた。

 

 

「あっ、敵?」

 

 

 戦闘の音は聞こえてくるが、敵味方とも姿が見えない中で長らく待たされていたシンヤは、マップに突然表示された敵機を示すアイコンを見て機体を動かす。

 

 森林地帯を突き破って出てきたのは、モスグリーンをメインとして、各部の尖端が鋭利になっていふシルエットが特徴的な機体、ゲイツだった。『ガンダムSEED』の終盤に登場する量産型モビルスーツで、ビームライフルやシールドなどの標準的な装備やエクステンショナルアレスターと呼ばれるビーム砲を内蔵したアンカーを持つ機体だ。

 

 

《うわっ、こっちにも!?》

 

 

 ゲイツのパイロットらしい男の声が聞こえてきた。シンヤはすぐに構えていたキャノン砲を撃とうと、引き鉄にかけていた指を動かそうとする。

 

 だが───。

 

 

《お前ら、卑怯だろ!》

 

「卑怯?」

 

《あぁ、そうだよ。全員がブレイクデカールなんて使いやがって……!》

 

「ブレイク、デカール?」

 

 

 訳が分からず、シンヤは引き鉄を引けなかった。その戸惑いが通じたのか、ゲイツのパイロットもビームライフルを下ろしてくれる。

 

 

《まさか、知らないのか?》

 

「は、はい。すみません……」

 

 

 男からブレイクデカールについて簡単に説明がなされる。ログインする前にガンプラに特殊なチップを籠めると、データを読み込む際にバグを起こして、本来のステータス以上の強さを発揮できる代物らしい。最近、そのブレイクデカールを使う人物が少しずつ増えていて、運営からの知らせこそないものの、掲示板で話題になっているのだとか。

 

 

「そのブレイクデカールを……僕の、仲間が?」

 

《あぁ。だからあんたも、てっきり──》

 

 

 突如として通信が途切れる。長距離から放たれた閃光が、ゲイツのコクピットを的確に貫いたのだ。

 

 

「あっ……!」

 

 

 風穴が開いたゲイツに向かって、思わず手を伸ばす。その手は何かを掴むことも、助けることもできずに虚しく伸ばされ、終わった。爆発して目の前で壊れていく機体を見、次に自分の手を見る。話してくれたのに。ルールを破ったのは、自分の仲間なのに。そう思うと、ゲイツを破壊したのは自分なのではないかと思えてならなかった。

 

 

「終わったみてーだな」

 

 

 ゲイツが走ってきたのと同じ方向から、ネモ・スラストが現れる。続いて上空からリゼルブーストが飛来し、モビルスーツへと姿を変えてシンヤの前に降り立った。その全身は紫色の禍々しいオーラを纏っており、それがブレイクデカールを使っている証だとすぐに分かった。

 

 

「あれ、勝利にならないな。バグか?」

 

「おいおい、せっかく勝ったんだからさっさと帰らせろよ」

 

 

 アサバの怪訝そうな声も、ヨルアの苛立たしげな声も、シンヤの頭にはうまく入ってこなかった。彼らも彼らで、そこにシンヤがいようとまるで気にする素振りを見せない。

 

 

「……なんですか、それ」

 

 

 やっとの思いで絞り出すように発した言葉は、自分でも驚く程に冷ややかだった。

 

 

「これ? あー、そういえば言ってなかったっけ」

 

「お前のペイルライダーも持ってる、HADESみたいなもんだよ。気にすんな」

 

「ブレイクデカール……」

 

「…なぁんだ。知ってたんだ」

 

 

 シンヤが言葉を紡ぐと、アサバは観念したように呟く。しかしそこに悪びれた様子はなく、寧ろ警戒の色が滲んでいた。

 

 

「どうして、そんなものを!?」

 

「いやいや、そんなの勝ちたいからだよ」

 

 

 あっけらかんと言うアサバに、ヨルアも「当たり前だろ」と乗っかる。ゲイツのパイロットが言っていた通りなら、ユウもマヒルもブレイクデカールを使っているはずだ。無理矢理なのか──いや、自分がそう思いたいだけかもしれない。

 

 

「つーか、そもそもお前がヘマしなけりゃ良かったんだよ」

 

「僕……僕、が?」

 

「それはもういいって。それより……シンヤもどうだ? そしたら、みんな一緒だ」

 

 

 アサバの誘いの言葉は、シンヤの耳に入らなかった。それよりも大事なことがあったから。

 

 

(僕の、せい……)

 

 

 ヨルアの一言は、シンヤにとってあまりに重いものだ。今までだって散々自分のせいだと思ってきた。泣きたくなるくらい苦しくて、重たくて、冷たくて、GBNが、ガンプラが、嫌いになりそうだった。

 

 でも、まだ耐えられた。フォースメンバーが活躍するから。楽しそうに笑う時があるから。そこに自分が含まれていなくても、少しでも誰かの役に立てるなら、それだけで良かったんだ。

 

 

(だけど……だけどっ!)

 

 

 だが、今目の前で起きていることは何だ。違反を平然と行い、敵を悪魔に与えられた力で圧倒する。しかもそれは、自分が招いた結果だと言われてしまう。

 

 

「……分かりました」

 

「ん?」

 

「僕が弱いせいなら、僕自身でその罪を清算します……!」

 

 

 そうだ。自分のせいなら、自分が引き起こした原因なら。

 

 すべて消し去ろう。自分自身の手で───!

 

 

「何っ!?」

 

 

 ペイルライダーがビームサーベルを素早く一閃する。差し出していたリゼルブーストの右手が斬り飛ばされたが、アサバが下がった瞬間、その機影の後ろからジム・ナイトバレトが放ったであろうビームの光がシンヤ目掛けて走ってくる。

 

 しかしシンヤはそれを紙一重でかわすと、ビームサーベルを握ったままネモ・スラストへ襲いかかった。

 

 

「正気か、テメェ!」

 

「この状況がもう、正気じゃない!」

 

「狂ってやがる……」

 

「アンタが言うセリフかっ!」

 

 

 いきなり襲いかかってきたことに多少なりともヨルアも驚いているが、アサバと同様に冷静さを取り戻すのは早かった。

 

 ビームサーベルを振るうペイルライダー。薙ぎ払うように迫る一閃を、ネモ・スラストは屈んでやり過ごす。光刃が頭上を走り抜けた瞬間、反撃に転じようと握っていた大剣を振り上げようとする。

 

 しかし、ペイルライダーの方が幾分か早かった。重たい大剣が上がりきるより早く、右足で腕を蹴り飛ばす。重心がずらされ、ネモ・スラストは刃を閃かせることは叶わず、さらには後ろへよろけてしまう。それでもペイルライダーの動きは止まらない。蹴った反動を活かして背中から一回転。さらにシールドについたスパイクを伸ばし、ネモ・スラストのメインカメラを強打する。

 

 

「こいつっ!」

 

「下がれ!」

 

 

 頭に血が上りそうになるのを、アサバの一言が制した。有無を言わさぬ勢いある言の葉に、ヨルアは反撃ではなくその場を退くことを選ぶ。

 

 リゼルブーストが、ビームライフルを捨てて背負っているメガビームランチャーを放つ。しかし既に右腕を斬り飛ばされた状態で、2つある内の1つしか放てないのは制圧力に欠ける。それでも、ヨルアをやらせまいと躊躇わず引き鉄を引く。

 

 シンヤはペイルライダーのスラスターを全開にして、思い切り後ろへ跳躍して放たれた火線をやり過ごす。そうして後退しながらマシンガンを向けるが、その銃身をリゼルブーストとネモ・スラストの奥から現れたガンプラによって撃ち貫かれる。

 

 

「マヒル、さん……!」

 

「何やってんのよ、シンヤ!」

 

 

 逡巡するマヒルの声とは違い、シンヤの声は諦めの色を孕んでいた。さっきは思わず手が出てしまった──そう思ったのも束の間、もう引き返すつもりがないのだと自分の声音で察したシンヤは、続く火線を全開にしていたスラスターをすべて切ってかわす。

 

 しかし、着地地点には早くもネモ・スラストが先回りしており、シンヤとの距離が近づくにつれてその気迫を増していくように感じられた。

 

 

「テメェ……絶対に赦さねぇ!」

 

「赦してもらおうなんて、思ってませんよ……!」

 

 

 今になって、赦しを請うなんて真似はしない。自分が弱いから、今を作り出してしまったのだから。

 

 ネモ・スラストが、腰部のアンカーを射出する。ペイルライダーはそれをビームサーベルの二刀で斬り裂き、落下速度と合わせて思い切り刃を振り下ろす。

 

 

「かたい……!」

 

「当たり前だ! これが、ブレイクデカールの力なんだよぉ!」

 

 

 先刻は隙をついただけに過ぎない。ブレイクデカールの力を目の当たりにして、これが手軽に求められる手に入る強さなんだと理解する。誰もが簡単に、圧倒し、蹂躙し、勝利に酔いしれる。それを可能とするブレイクデカールは、人によっては喉から手が出るほど欲しいに違いない。

 

 もしかしたら、自分だって──だからこそ、負けたくなかった。目の前にある虚構の力を、認めたくなかった。

 

 大剣に押し返される反動を利用しながら後ろに下がり、三連装のミサイルポッドからヨルアとマヒルのガンプラ目掛けてミサイルを放つ。2機が怯んでいる間に、ガンプラ以上の高さを誇る木々を盾にして森林の中へと消えた。

 

 

(ユウさんは……?)

 

 

 手負いのリゼルブーストを援護するべく、ユウのジム・ナイトバレトはどこかに身を潜めながら、こちらの位置を確認しているだろう。幸い、自機がロックオンされているアラートはないが、気は抜けない。

 

 

(きた!)

 

 

 痺れを切らしたのか、別方向で木々が薙ぎ払われる音が雨音に混じって響き渡る。その中には確かにガトリングの音もあり、マヒルのジーライン・ヘールアーマーが自慢のガトリング砲を使っているのだろう。

 

 シンヤはペイルライダーの両足からミサイルポッドを切り離し、わざと目立つようにその場の樹木を倒して警戒の目を引きつけた。

 

 

「そこか!」

 

 

 マヒルはなんの疑いもせず、4つのガトリング砲をフルに稼働させる。やがて小規模な爆発が起こったのを見て、やったのかと思わず手を止めた。

 

 その瞬間───

 

 

「はあああぁぁっ!」

 

 

 ───シールドのスパイクを展開し、ジーライン・ヘールアーマーに突き立てようと真っ直ぐにペイルライダーが突っ込んできた。

 

 

「なに、なんでっ!?」

 

 

 驚きに目を見開き、うろたえるマヒル。先程の爆発が、ペイルライダーから切り離しておいたミサイルポッドを貫いたものだと知らないのだから、無理もない。

 

 隙だらけなジーライン・ヘールアーマーに向かって駆け抜けるペイルライダー。しかしそれを阻むように、真横からネモ・スラストが強襲する。大剣を振り被り、左腕をシールドごと叩き斬ろうと飛びかかった。

 

 高らかに上げた刃が、真っ直ぐに振り下ろされる。ブレイクデカールの力を誇示するように荒々しく振るわれた一閃は、しかしシンヤの操縦技術によって儚く虚空を薙いだ。

 

 刃が当たるより早く機体を半時計回りに回転させ、ヨルアが放った一閃が地面に激突した瞬間、回転を終えたペイルライダーのシールドが再び頭部にぶつけられる。

 

 

「ぐおっ!? テメェ、まさか……!」

 

 

 再現された衝撃に呻くヨルアは、ある可能性に至る。その考えを肯定するように、目の前のペイルライダーは動きを緩めず、二刀のビームサーベルを振り被っていた。

 

 

「最初から、俺を狙って───」

 

 

 大剣を振り下ろしたばかりで、頭部を狙われ怯んでしまったネモ・スラストは、別の武器を手にする余裕がなかった。一瞬、まばゆい光刃がモニターの全てを埋め尽くす。最期に映ったのはそれだけで、後は斬り裂かれた衝撃がヨルアを呑み込んだ。

 

 

「ヨルアが、やられた……!?」

 

 

 目の前でビームサーベルを右、左と交互に1度ずつ振るい、ダメ押しするように頭から最後に一閃。その動きは早く、誰からの援護も赦さない。

 

 

「ユウ!」

 

 

 アサバの叫びを理解したのだろう。近くまで来ていたジム・ナイトバレトが、煙幕弾を放って援護する。

 

 煙の中に取り残された状態では、アサバたちが断然に有利だろう。しかし森林を盾に逃げたところで、自分の居場所は筒抜けだ。3機の火力に制圧されるに違いない。

 

 

「煙を突っ切る!」

 

 

 煙幕とジャミングのせいで、視界は何も利かない。しかしアサバの位置は大凡だが覚えている。既に変形して移動した可能性は高いが、無傷のジーライン・ヘールアーマーを相手にするよりも片腕がないリゼルブーストの方が狙いやすい。

 

 シールドを前に持ってきて、煙の中を駆け抜ける。煙幕の範囲はそこまで広くなく、すぐさま開けた場所に出ることができた。だが、そこにリゼルブーストの姿はない。ジーライン・ヘールアーマーも、ジム・ナイトバレトもおらず、シンヤは次の行動に迷う。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 その一瞬の隙をついて、背中に熱線が走る。バックパックのキャノン砲を貫かれ、誘爆を起こす前にすぐさま切り離す。たじろいでは狙い撃ちにされるからと、急いでその場を離れて木々の中に入ろうとする。

 

 だが、そうはさせまいとガトリングが唸り、実弾の雨が襲いかかってきた。なんとかシールドでガードするのが間に合ったが、このまま浴び続ける訳にはいかない。けたたましい弾丸によって、シールドは少しずつ削られていく。

 

 

「あれは……!」

 

 

 幸いなのは、ガトリングの射角にある程度の制限が設けられていることだろう。最大でもジーライン・ヘールアーマーの肩までしか向けられないから足下には弾が来ないし、左右への振り幅も狭い。しかしビームガトリングも共に撃たれていたら間違いなく足を狙われただろう。

 

 距離を取ろうかと一歩だけ後ろに下がった時、ペイルライダーの左右からビームサーベルの光が真一文字に迫ってきた。ジーライン・ヘールアーマーがもつビームガトリングの銃口中央にあるビームサーベルが、刃を長大にして振るってきたのだろう。

 

 

「なら!」

 

 

 シールドを前面に持ち直し、ジーライン・ヘールアーマーに向かって走り出す。徐々に狭まっていく左右のビームサーベルとの距離。しかし今はそれよりも、目の前で少しずつ壊れていくシールドに当たるガトリングに意識を集中させる。

 

 

(でも、マヒルさんだけじゃないはすだ)

 

 

 マヒルだけに任せるほど、アサバもユウも手負いではない。きっと2機ともどこからか自分に狙いを定めているだろう。

 

 果たしてシンヤの予想通り、左からリゼルブーストのものであろうメガビームランチャーの光が閃いた。しかしそれを予め読んでいたシンヤは、ペイルライダーのスラスターをさらに強くふかし、トップスピードに移る。

 

 

「やっぱり、時間差か」

 

 

 ジーライン・ヘールアーマーに迫る時、最初から最大スピードになどしていなかったシンヤは、まずリゼルブーストからの射撃をさらに早く駆けることでなんなくかわし、ジム・ナイトバレトが時間差で放った攻撃にすぐさま対処する。

 

 

「HADES!」

 

 

 バイザーが、血塗られたように真っ赤に染まる。ジム・ナイトバレトから放たれた閃光を、シンヤはペイルライダーを高く跳躍させることでかわす。HADESによって増した機動力は、強く踏み込んだことで発生した負荷など気にも止めず、雨空に機体を踊らせた。

 

 マヒルはきっと、驚いているのだろう。ジーライン・ヘールアーマーの動きから、その狼狽っぷりが窺える。せめてもの抵抗なのか、ガトリング砲がこちらを向くがあまりに遅い。腕部のビームガンが左右のガトリング砲を撃ち貫き、爆発を巻き起こす。そしてボロボロになりかけたシールドのスパイクを伸ばし、直上から肉薄した。

 

 

「ちょっと、待っ───」

 

 

 マヒルが何かを言っていたようだが、そんなことはシンヤの知ったことではない。真上から深々と突き立てられたスパイクは、ジーライン・ヘールアーマーの胸部を抉り、やがて爆発させた。

 

 ゆっくりとペイルライダーを立ち上がらせる。土砂降りでも簡単には鎮火しないジーライン・ヘールアーマーの身体から巻き起こる炎に、不気味に照らされながら。

 

 

「あと、2機」

 

 

 ジム・ナイトバレトもリゼルブーストも、姿を見せずにどこかに潜んでいる。索敵範囲は向こうが上だが、闇雲に動いてもこちらが後手に回ってしまうだろう。かと言って動かずにいてはただの的でしかない。

 

 

(HADESの限界時間を考えると、待ってはいられない)

 

 

 一先ず、先程放たれた射撃から予測できる居場所に向かうのがいいだろう。そう思ってペイルライダーを走らせていくと、ジーライン・ヘールアーマーが振るった長大なビームサーベルによって開けた場所に出て行く。

 

 

「反応……上か?」

 

 

 一瞬だけ映った敵機の反応を見逃さず、シンヤは視線を巡らせる。しかし反応があった方向には機影がなく、レーダーには高低差が表れていないことを思い出して空を見上げた。

 

 

「あれだ」

 

 

 モビルアーマーの形態へと変形したリゼルブーストの背中には、ジム・ナイトバレトが乗っていた。2機が向かう方向には何もなかったはずだけに、その真意を測り知ることはできない。

 

 キャノン砲を失ったペイルライダーでは、あの高度にある2機を撃墜するのは難しいだろう。このまま上からなぶり殺しにされるかもしれない。

 

 2機の背中を追いかけながら、マップの表示を距離から高低差に切り替える。少し行った先に丘があるのを確認すると、ペイルライダーは今の速度を維持しながら駆けていく。ユウのジム・ナイトバレトは分からないが、アサバのリゼルブーストは進行方向を向かざるを得ない。強襲するならば、今の方向と速度を保ったままの方がいいだろう。

 

 やがて開けた場所に出ると、シンヤはペイルライダーを一気に走らせた。そして丘の頂点にあたる場所で、再び跳躍させる。

 

 

「リーダー! 逃げ───」

 

 

 ほぼ真下から躍り出たことで、ジム・ナイトバレトは射角を制限されて身動きができなかった。せめてもの抵抗なのだろう。襲いかかったペイルライダーに、ユウは自ら機体を飛び掛からせた。

 

 しかしシンヤは冷静に、ペイルライダーは冷徹にそれを斬り伏せる。邪魔だと言うように、胴体を一閃して薙ぎ払う。分かたれた上半身がリゼルブーストの背後にぶつかり、爆発を起こす。ユウがいきなり飛び出したことでバランスを失ってしまい、すぐにこの場を離脱できなかったのだろう。

 

 爆発によってメインスラスターが傷ついたリゼルブーストは、黒煙をあげながら真っ逆さまに落下していく。咄嗟にモビルスーツ形態へ変形したようだが、あまりに遅すぎた。スピードを殺しきれず、地面を滑っていく。

 

 

「動け! 動いてくれ! でないと、あいつが……!」

 

 

 操縦桿をいくら動かしても、リゼルブーストは動かない。コクピットの中で慌てふためくアサバの背後から、ゆっくりと蒼いガンプラが近づく。第4の騎士。死の象徴。それを体現するような動きを見せるペイルライダー。

 

 

「ゆ、赦してくれ!」

 

「赦す?」

 

 

 アサバの悲痛な叫びに、シンヤは首を傾げる。何を言っているのか分からない。何を赦せと言うのか。どう赦せばいいのか。まるで分からなかった。

 

 

「ブレイクデカールを使って悪かった! 反省してる! だから……だから赦してくれよ!」

 

 

 降りしきる雨の中、なんとか機体を起こして仰向けになったアサバは必死に訴える。しばし沈黙が流れる。それを好意的に受け取ったのか、アサバは乾いた笑い声を虚しく漏らした。

 

 

「それは無理です」

 

 

 だが、シンヤの口から出た答えはあまりに無慈悲で、芽生えたはずの希望をあっさりと打ち砕く。

 

 ペイルライダーが、シンヤの言葉に合わせるように1歩踏み出した。

 

 

「赦すことはできません。だって、貴方たちがブレイクデカールに手を出したのは、僕が弱いからであって、貴方たちは悪くないんですから」

 

 

 悪いのは総て自分だ。だから、彼らを狩らなくてはいけない。弱い自分のせいで、ブレイクデカールになんて悪に手を染めてしまったのだから。

 

 逆手に持ったビームサーベルを振り上げる。アサバが何か叫んでいるみたいだが、シンヤは迷うことなく刃を突き立てた。

 

 雨音だけが支配する世界で、シンヤはふと自分の頬に触れる。

 

 

「何で、泣いてるんだ?」

 

 

 悲しいことなんてないのに。自分がこの結果を招いた悪そのものなのに。泣くなんて、赦されるはずがない。

 

 それでも、涙は止め処なく溢れ続けた。まるで、泣くはずのない無機質なガンプラの分まで込められているみたいに。

 




読了ありがとうございました♪

次で過去編は最後になります。


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進むべきは

「……始まった」

 

 

 巻き起こる爆発。空を切り裂くビームの閃き。それらを遠目に、シンヤは試合が開始されたのだと察する。彼はペイルライダーに乗りながら、味方がこちらへ敵を誘導してくれるのを静かに待つ。

 

 夜の暗闇を活用すべく、カムフラージュのために黒いマントも着込んでいるから簡単には見つからないはずだ。

 

 今回シンヤが挑むのは、3 on 3のチーム戦だが、彼の目的はただ戦うだけではない。ブースターズを辞めてから幾つかのフォースを転々としてきた彼は、新たなフォースに入る度にブレイクデカールを使う味方を屠ってきた。それは別に、不運だから仕方なく撃ってきた訳ではない。自らすすんでネットで情報を拾い上げ、ブレイクデカールに魅入られたダイバーを見つけては叩き潰してきたのだ。

 

 

(これで何度目だっけ)

 

 

 まだ数える程度しかしていないはずなのに、数えるのが面倒だから思い出すのもやめてしまった。しかしペイルライダーばかり使っていては、いずれ警戒されるだろう。いずれは違うガンプラを選ばなくてはならないことが、目下の悩みでもあった。

 

 

(今は集中しないと)

 

 

 頭を振って、目の前の戦闘に集中する。なにせ今日は対戦相手が手強いのだから、目的を果たすためには簡単に負けられない。

 

 

(まさかAVALONと戦うなんて思わなかったな)

 

 

 AVALONとは、チャンピオンのクジョウ・キョウヤが率いるフォースの名だ。GBNを始めたばかりの時から、キョウヤの強さは目を見張るものがあったらしい。そんな彼が築いたフォースは、チャンピオンとなってから当然人気が爆発し、今では最も所属したいフォースであり、最も入りづらいフォースでもあった。元々、キョウヤが目をつけた人物しか入隊できないらしく、GBNで新たな刺激を求めるように日夜奔走している。

 

 そのキョウヤに挑もうとすべく、シンヤが加わったチームは当初2人しかおらず、キョウヤに挑むために急遽3人目を募集していた。ブレイクデカールを使えなくても入れると言うから転がり込んだのだが、まさか相手がそんな強敵とは思っていなかっただけに、今回ばかりは撃墜されることも視野に入れた方がいいだろう。

 

 

「おい、そっちに1機追い込んだ!」

 

「……了解です」

 

 

 思考を遮るように響いた男の声。通信用のモニターには屈強な姿が映っているが、シンヤは一瞥することもなくモニターを確認する。

 

 男の言う通り、2機のガンプラがこちらへ向かって突っ込んでくる。先頭をいくのは、通信を寄越した男が駆る、バイアラン・イゾルデ。大きなプロペラントタンクが特徴的で、頭部はモノアイでもなくバイザーで覆うでもなく、ツインアイが施されている。その後ろを追いかけるのは、ワインレッドが目立つクランシェカスタムのようだ。

 

 

「追い込む!」

 

 

 バイアラン・イゾルデの身体が、黒紫のオーラを纏っていく。ブレイクデカールを使った証だ。スピードも増したバイアラン・イゾルデは素早くトンボ返りし、クランシェカスタムの後ろにぴたりとつくと、少し高度をあげる。そして腕部に備わったメガ粒子砲を立て続けに放った。

 

 ブレイクデカールによって強まった火力が雨となってクランシェカスタムに降り注ぐ。なんとか直撃は避けているようだが、遂にスラスターの傍を閃光が掠める。熱線によって焼かれたスラスターは徐々に勢いを弱め、クランシェカスタムはフラフラと機体を地面に近づけていく。

 

 

「やろう、ペイルライダー」

 

 

 カムフラージュのために羽織っていたマントを脱ぎ捨てながら、シンヤはペイルライダーを立ち上がらせる。そして迷わず、駆逐するためのトリガーを引いた。

 

 

「HADES」

 

 

 感情はいらない。迷いも、後悔も、躊躇いも。全てかなぐり捨てるように、冷徹に力の名を口にする。バイザーが真紅に染まっていく中、ペイルライダーは拳を握り、雄叫びをあげるように身体を震わせた。

 

 

《待ち伏せされてたのか!?》

 

 

 クランシェカスタムのパイロットが驚きの声をあげるが、気にする必要はない。シンヤはビームサーベルを抜き、二刀で機体を走らせる。クランシェカスタムとの距離は、充分すぎるほど縮まっている。そのまま斬り裂く──誰もがそう思っていただろうが、シンヤの狙いは最初から変わらない。

 

 

《なっ、俺を踏み台にした!?》

 

 

 ペイルライダーはクランシェカスタムを踏みつけ、その後ろを追いかけているバイアラン・イゾルデへと飛びかかった。

 

 

「は……?」

 

 

 何が起こっているのか、訳が分からず間抜けな声しか出せなかった男は、襲いかかってきたペイルライダーに反撃する素振りを取ることすら赦されないまま、機体をX字に斬り落とされる。

 

 バチバチと火花をあげながら落下していくバイアラン・イゾルデ。シンヤはそれを見向きもしないまま着地し、警戒すべきクランシェカスタムを睨む。しかしパイロットは動揺しているのか、機体を俯かせていて動く気配はなかった。

 

 

「あとはトリスタンか」

 

 

 バイアラン・イゾルデと登場する作品を同じくする、ガンダムトリスタン。その名が示す通り、ガンダムタイプのモビルスーツで、武装はビームライフルやビームサーベルと言った、標準的なものを装備している。

 

 

「っ!」

 

 

 マップを見てトリスタンの位置を確認しようとした矢先、アラートに突き動かされるようにしてその場を飛び退く。そこへ一拍遅れる形で眩い閃光が駆け抜ける。バイアラン・イゾルデが使っていた、メガ粒子砲の比ではない。

 

 

「トリスタンが、こんな出力のビームを出せるなんて……!?」

 

 

 シンヤが知る限り、トリスタンはビームライフルこそ持つものの、その出力は従来のガンダムタイプを遥かに凌ぐものではなかったはずだ。

 

 熱線が閃いてきた方向に視線を向けると、すぐに巨大な陰が目に入る。それはあまりに大きく、異形な姿をしていた。見るもの全てを圧倒し、思わずひれ伏してしまうほどに威圧的な陰。

 

 

「クレ、ヴェナール……」

 

 

 その名を呟いたシンヤの声は、驚きを隠せずにいた。

 

 型式RX-78KU-01 クレヴェナール。

 

 トリスタンを中枢ユニットとして組み込むことで真価を発揮する、巨大なアームドベース。

 

 GBNであれば拘りを捨てて地形適正を度外視することができるため、大気圏内であろうとお構いなしに出撃できる。シンヤが使っているペイルライダーも、陸戦重装備型でありながら宇宙に出撃したのだから当然だ。

 

 

「そんなもの、いつの間に!」

 

「んー? 最初からさ」

 

 

 シンヤの問いかけに対し、クレヴェナールに乗っている男が饒舌に語った。曰く、クレヴェナールのガンプラは他人に依頼して手に入れたもの。曰く、トリスタンではなくクレヴェナールでログインしたこと。曰く、出撃してすぐにクレヴェナールからトリスタンとの接続を解除したこと。

 

 シンヤは当日までゲームチャットでしかやり取りしていなかったのに加え、出撃位置がそれぞれで違っていたがために、クレヴェナールに気付けなかったのだ。

 

 

「お前が俺らマスダイバーを狩ってるクソ野郎だって知ってたからなぁ。コイツでチャンピオン共々消し去ってやるよぉ!」

 

 

 ガコンと不気味な音を立てて、砲口が自分に向けられる。シンヤはすぐさまクレヴェナールに向かって機体を走らせていく。機動力を活かしてクレヴェナールの真下に入り込むと、真上に向かってマシンガンとキャノン砲を立て続けに放つ。

 

 

《ペイルライダーのダイバー、聞こえるか!》

 

「はい」

 

 

 放った弾丸は全てことごとく厚い装甲に防がれてしまう。作り込んだものなのか、ブレイクデカールによる恩恵だけでなく、ガンプラそのものの出来もいいようだ。反撃のために自機へ向けて降り注いできたミサイル群をかわしながら、シンヤは通信に返事をする。

 

 

《君の名前を聞かせて欲しい》

 

「……はい?」

 

 

 声の主は至って冷静で、静かな声音は頼もしさを感じるほどだ。しかし言われた言葉の理由がすぐには理解できず、思わず間抜けな返事になってしまう。何故、この状況にありながら名前を聞く必要があるのだろう。

 

 

「…シンヤ、です」

 

 

 黙っていると向こうも黙してしまったため、仕方なく名前を告げる。すると通信越しに映る相手は口元を緩めて笑った。

 

 

《シンヤくん、だね。ありがとう。

 私はキョウヤ。マスダイバーを退けるために、どうか君の力を貸して欲しい》

 

 

 男──キョウヤは自機のガンダムAGE-2マグナムをモビルスーツへと変形させ、自分の後ろを追従してくるミサイルを機体に急制動をかけることでかわし、通り過ぎたのを見計らってからドッズライフルを放つ。

 

 

「僕だけで、やるつもりでした」

 

《そうか。なら、互いに相手を利用しようじゃないか》

 

 

 ミサイルはたった1発の閃光で、その全てを消し炭へと変えた。キョウヤの実力は本物だ。肩肘張らずに、その力を借りるべきだろう。だが、ブレイクデカールを使う者は自分で消し去りたいと思うあまり、変なプライドが邪魔してしまう。それでも、“利用”と言う関係だけは避けたかった。

 

 

「それはできません」

 

《どうして?》

 

「利用なんて……その、チャンピオンに申し訳ないので」

 

《……はははっ! そうかそうか、申し訳ない、か》

 

 

 思ってもいなかった一言なのか、キョウヤは大笑いしている。その様子をなんだなんだとチームメイトの2人が不思議そうに声をかけているが、彼は笑い続けた。

 

 

《いやぁ、突然すまない。シンヤくんは、優しいんだな》

 

「そんなこと……」

 

《問答はここまでにしよう》

 

 

 クレヴェナールがもつ大型のビームサーベルが展開し、クレヴェナールそのものが回転しながら機体を走らせる。大地と空とを切り裂きながら迫るそれに、キョウヤはビームマグナムで牽制しながら後退する。

 

 

《エミリア、カルナ。シンヤくんと4人でクレヴェナールの対処にあたる。総員の奮起を期待している!》

 

《了解!》

 

《分かりました》

 

 

 キョウヤの号令に応えるように、2機のクランシェカスタムが空を駆ける。ビームサーベルの間合いから出たところで、モビルスーツへと姿を変えてビームライフルを連射した。

 

 

《チッ! 全然通らねぇ!》

 

《これが、ブレイクデカール……!》

 

 

 カルナとエミリアが撃ち続けると、クレヴェナールは鬱陶しそうに機体を動かし、ミサイルを解き放つ。数多のミサイルはクランシェカスタムを襲うだけに留まらず、地面にいくつもの穴を作ってはペイルライダーの機動力を殺す。

 

 

「くっ、やりづらい!」

 

「チャンピオンと結託しても、このクレヴェナールは簡単に墜とせねぇよ!」

 

 

 機体下部についたメガビーム砲が、自分に向けられる。もう1度死角に回り込みたいところだが、進路は既に先程のミサイルによって大地はめくり上がり、ペイルライダーの道を阻む。

 

 

「消えろぉっ!」

 

 

 どうするべきか悩み、立ち尽くした瞬間、向けられた銃口から極太のビームが自分を呑み込もうと迫る。

 

 

《捕まれ!》

 

 

 寸前、キョウヤが割り込むように機体を滑らせてくる。迷う時間はない。シンヤはすぐさまAGE-2マグナムに手を伸ばし、その場をやり過ごす。

 

 

「上に取りつきます」

 

《頼んだ》

 

 

 AGE-2マグナムの背中に乗り、一気にクレヴェナールの真上へ躍り出る。すかさず、シンヤはペイルライダーと共にクレヴェナールへ身を投げた。

 

 

「させるかっ!」

 

 

 マイクロミサイルポッドを切り離し、そこから現れた新たな武装、5連装ビームポッドが降下するペイルライダーに襲いかかる。

 

 

「それは、こっちのセリフだ!」

 

 

 自重と合わせてスラスターをふかし、さらに降下スピードを速くする。ビームポッドからの火線をかわし、キョウヤが援護しやすいようにと機体上部にあるHSDキャノンへ火力を集中させた。マシンガンを弾切れになるまで撃ち、キャノン砲の砲身が熱で歪まないように間隔をあけながら放つ。

 

 

「ここまで硬いのか!」

 

 

 堅固なキャノン砲は、数多くの弾丸を浴びても壊れる気配がない。しかしこれで終わりにするほど、シンヤは諦めがよくない。シールドにあるスパイクを構え、落下速度と合わせて鋭利な刃をキャノン砲に突き立てる。

 

 

「貫けえぇっ!」

 

 

 ブレイクデカールによるオーラが、鋭い突撃を阻もうとする。しかしシンヤは諦めない。いや、諦めてはならない。これが阻害されでもしたら、ここで負けでもしたら、今まで自分がしてきたことはなんだと言うのか。

 

 

「ペイルライダー!!」

 

 

 叫ぶ。吠える。訴える。

 

 ここで終われないと。

 

 出せる力はこんなものじゃないと。

 

 

「やれえぇっ!」

 

 

 命じる。

 

 壊せと。

 

 失くせと。

 

 消し去れと。

 

 そうして振り下ろした刃は、遂にブレイクデカールを打ち破ってキャノン砲へと噛みついた。シンヤが突き立てたシールドのスパイクを起点にヒビが入り、小規模だが破壊されたことによる爆発が起こる。それを見届けると、シンヤはクレヴェナールの前面におさまっているトリスタン目掛けてペイルライダーを走らせた。

 

 

《さすがにここからでは厳しいか》

 

 

 キョウヤも、トリスタンへの攻撃を考えていたのかクレヴェナールの正面に回ってドッズライフルを構えるが、引き鉄を引くより早くクレヴェナールの武装がキョウヤを退けた。何回か撃つことはできたが、どれもブレイクデカールによって弾かれてしまう。今はシンヤの援護に徹する方がいいのかもしれない。

 

 

《まずはHSDの方をやったようだな》

 

 

 再びクレヴェナールの上へ向かうと、ちょうど爆発の光が見えた。次々と起こるそれが何を示しているのか察したキョウヤは、シンヤを振り落とそうと機体を回転させるクレヴェナールに向けてドッズライフルからビームを浴びせる。いくらブレイクデカールで硬くなろうとも、まったく傷ができない訳ではない。正確無比な射撃は少しずつだが、確かにその装甲に傷を刻んでいった。

 

 

「落とされてたまるか! コイツは……コイツも、絶対に!」

 

 

 ブレイクデカールは赦さない。それは弱さの証だ。自分が弱いから、こんなものが蔓延してしまう。弱いことは悪だ。赦されてはならないことなんだ。

 

 必死にしがみつくシンヤだったが、クレヴェナールが唐突に回転をやめる。それを好機と捉え、今一度トリスタンの撃破にうつる。

 

 

「なっ……ビームサーベル!?」

 

 

 しかしそれは、クレヴェナールが仕掛けた罠だった。走り出したシンヤを挟み撃ちするように、前後から大型ビームサーベルが迫りくる。クレヴェナールが装備するそれは、ユニットごと射出することができ、有線による遠隔操作を可能としている。

 

 

「くっ!」

 

 

 後ろから迫る光刃を跳んでかわし、前から閃く刃はメインスラスターを切って落下しながらかわす。だが、それをいつまでも続けられるはずがない。

 

 

「HADESの限界時間が……!」

 

 

 HADESの稼働時間は、残り僅か。それを過ぎれば機体性能は一時的とは言え著しく低下する。まっすぐ進むだけならともかく、邪魔を受けながら進むのは困難を極める。

 

 

「クランシェカスタムは!?」

 

 

 キョウヤのAGE-2マグナムが気を引こうとクレヴェナールの周囲を飛び回るのが目に入る。しかし少し前まで同じように空を駆けていたクランシェカスタムが2機とも姿を見せない。

 

 そのことに気を取られた瞬間、ペイルライダーの背後から大型クローが迫った。

 

 

「ぐうぅっ!」

 

 

 反応が遅れたせいでクローから逃れることは叶わず、捕まってしまう。5連装ビームポッドを切り離した後、使えるようになる武装の大型クローは、今までのミサイルポッド、ビームポッドと同様に2つある。シンヤを捕らえたのはその内の1つ。

 

 

「まさか!」

 

 

 クランシェカスタムも、自分と同じく大型クローに囚われたと見るべきだろう。ビームサーベルとは違って無線での操作を可能としており、シンヤはクローに捕まったまま地面に向かって一直線に落下していく。

 

 

《シンヤくん!》

 

「撃ってください、チャンピオン!」

 

《……分かった》

 

 

 追いつけるようにモビルアーマー形態で滑空するAGE-2マグナム。機首として扱われているドッズライフルの銃口が、その輝きを増していった。

 

 

「チャンスは1度……」

 

《…撃つ!》

 

 

 キョウヤの掛け声に合わせて、引き鉄が引かれる。放たれた閃光はまっすぐに大型クローだけを貫く。まばゆい光によって焼かれたクローはその力を弱め、シンヤは爆発に巻き込まれる前に拘束から逃れる。

 

 

《シンヤくん、君に1つ頼みがあるんだが……》

 

「……はい、お引き受けします」

 

 

 助けてくれたAGE-2マグナムの背中に乗り、今度は真正面からクレヴェナールへ肉薄する。ほとんどの武装を破られたクレヴェナールにとって、急速に迫るAGE-2マグナムとペイルライダーへ脅威だろう。

 

 すぐに、下部に備えられたビーム砲が光を宿す。AGE-2マグナムはさらに速度を上げて、射角から逃れようと走る。しかし、クレヴェナールの方が早かった。獲物を喰らおうと、今にも獰猛な光が放たれようとしている。

 

 それを見ても、シンヤは臆せずAGE-2マグナムの背中から飛び出した。トリスタンとの距離はまだあるが、背中に折り畳まれているキャノン砲を展開する。

 

 

「これで!」

 

「甘いんだよぉっ!」

 

 

 キャノン砲の先端が、ビーム砲によって掻き消される。そのままシンヤのペイルライダーも消し去ろうと、少しずつ眩しい光が迫ってきた。が、ペイルライダーが発動させていたHADESが限界時間を迎えたことで、機動力を失ったペイルライダーはあっという間に落下していく。

 

 

「チッ、しぶとい野郎だ」

 

《あぁ。しかし、それももう終わりだ》

 

「何っ!?」

 

《君の敗北と言う形でね》

 

 

 飛びかかってきてペイルライダーにばかり注意が向いていたクレヴェナールは、本来最も警戒すべき相手を、キョウヤを見失っていた。それが例え一瞬であろうとも、目を離すべきではなかったのだ。

 

 

《今、必殺の剣をもって、君を打ち破ろう》

 

 

 AGE-2マグナムの右手に、輝かしく温かな光が集まる。

 

 

「ひ、必殺技だと!?」

 

 

 ダイバーポイントを貯めてCランク以上になった者のみが扱うことのできる、必殺技。それは1つとして同じものはなく、今までどんな戦い方をし、どんなガンプラを作り上げたかで変わるもの。

 

 キョウヤのそれは、金色の眩い剣。まさしく、聖剣と呼ぶに相応しい形をとっていた。

 

 

《EX・キャリバー!!》

 

 

 振り下ろされる一閃。クレヴェナールが纏うブレイクデカールの紫色のオーラが堰き止めるかと思われたが、悲しいことにそれもたった一瞬だけ。

 

 ただ切り裂くためだけに研がれた一振りの刀のように、装甲を容易く真っ二つにしていく。クレヴェナールのユニットとして鎮座していたトリスタンは逃れられるはずもなく、巨体と共に地に伏していく。

 

 

《さらばだ。愛のない者よ》

 

 

 爆散するクレヴェナールを背に、キョウヤは静かに呟いた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ブレイクデカールを使うダイバーを、今はマスダイバーと総称しているんだ」

 

 

 クレヴェナールとの戦闘後、早々にリタイヤしようとしていたシンヤはキョウヤに呼び止められ、ガンプラから降りて互いの状況を話していた。

 

 キョウヤは既にマスダイバーの存在を認知しており、GBNで可能な限りパトロールを繰り返して発見次第説得、或いは戦闘を行っているらしい。

 

 

「我々は、ブレイクデカールによるGBNへの影響を危惧している。運営からは何もコメントがないが、彼らも同様のはずだ」

 

 

 シンヤもブレイクデカールを放置する気はなかったが、それはあくまで自分のためであってキョウヤのように誰かと、そしてその誰かがいるGBNのためではない。やってることは似ていても、思想がまるで違う。

 

 そのことに後ろめたさを感じ、シンヤは自分でも気づかぬ内によそよそしい返事になってしまう。エミリアが時折咳払いをしていたのは、そのせいだろう。

 

 

「シンヤくん。よかったら、君の力を貸してくれないか?

 一緒に、GBNを守ろう」

 

 

 手を差し伸べるキョウヤ。彼の清廉潔白な心情を表すように真っ白な手袋が嵌められた手は、自分にはあまりに眩しすぎて、思わず目を逸らしてしまう。

 

 

「その……ごめん、なさい」

 

 

 気付けば、シンヤは謝罪していた。エミリアもカルナも、その謝罪の意味が分からずに首を傾げている。しかしキョウヤだけは違った。差し伸べた手を下げ、顔を上げる。視線の先にあるのは、“修理中”と大きな表示がなされているペイルライダー。

 

 

「それは、ペイルライダーへの言葉かな?」

 

「っ!」

 

 

 思わず、後ずさる。無意識の内に出た言葉が、誰へのものだったのか見透かされ、シンヤは明らかに狼狽する。

 

 

「僕、僕は……」

 

 

 自分のことなのに、キョウヤに言われるまでペイルライダーに謝ったのだと分からなかった。その事実はあまりに冷ややかで、かつ重苦しくのしかかる。

 

 

「君は本当は、あんな戦い方をするとは思えないな」

 

 

 キョウヤが指差す先には、ヒビが回り始めている左腕。クレヴェナールに取り付こうと砲身を破壊した時にできたものだ。

 

 そうだ。あの時、別に誰もビーム砲に狙われていなかった。なのに壊すことに執着していたシンヤは、“ペイルライダーの左腕が悲鳴をあげるのを分かっていながら”砲身への攻撃を続けた。

 

 自分で傷つけた。

 

 自分で壊した。

 

 自分で。

 

 自分で。

 

 

「うっ……えっ、げぇっ!」

 

 

 湧き上がる吐き気に、たまらずその場にうずくまる。吐き出される物は何もなかったが、吐き気がおさまることはなく、何度も何度も何かを身体から追い出そうと繰り返した。

 

 

「はぁ、はぁ…はっ……」

 

 

 しかし吐き出そうとすればするほど、心の奥底に自分への憎悪が根付いていくばかり。ガンプラを顧みず、あまつさえ自分の気持ちを優先して傷つけてしまった。そんな自分を、どうして赦すことができようか。

 

 思わず、ペイルライダーを見上げる。既に修理は完了しているはずなのに、シンヤの目にはどうしても傷だらけに見えてしまう。

 

 

「僕は、何を……」

 

「君がどうすべきか、どうしたいのか。それは、私には答えられない。

 だけどもし、君に愛があるのなら……答えは、この世界でしか得られないかもしれない」

 

 

 大事なガンプラを、共に戦場を駆けてくれる愛機を傷つけてしまった。それから目を背けることは簡単だ。

 

 ブレイクデカールやマスダイバーを赦せなかったのだから。

 

 ガンプラはただの玩具だから傷ついたりなんてしない。

 

 そう思えば、どれほど楽だったろうか。

 

 それでも。

 

 それでも!

 

 

「……やります」

 

 

 どれだけ辛くても、自分には進む道しかない。だって、ガンプラが好きだから。この世界が、GBNが好きだから。

 

 

「僕にも、GBNを守らせてください」

 

 

 GBNがなければ、ペイルライダーに乗ることができない。語りかけることも、謝ることだって。

 

 それからは、キョウヤから情報をもらいながらGBNの世界を回り続けた。いつかもう1度でもいいから、ペイルライダーと向き合うために。

 

 その最中、キョウヤを始めとする上位ランカーと出会い、時には叱咤激励を受け、少しずつだが確かに向き合うための勇気をもらった。

 

 しかし1番の薬となったのは、なによりもビルドダイバーズと巡り会ったこと。純粋に褒められ、GBNを楽しむ彼らの姿は眩しくて、羨ましくて──それはいつしか、自分が忘れてしまったものだった。

 

 そんな彼らを、彼らが好きだと言うGBNを守りたくて、シンヤは再びペイルライダーのHADESを使う。寸前まで怖かったし、また同じ戦い方をして傷つけたらどうしようと不安を抱えていた。

 

 でも、不思議と後悔はない。誰かの好きを、自分の好きで守る──それが、とても誇らしかったから。

 

 さぁ、もう1度歩き出そう。誰かの好きが詰まった世界を。

 

 さぁ、もう1度走り出そう。新たなガンプラと共に。

 




お読み頂き、ありがとうございます。
これにて過去編は終わりになります。

次回は再びマスダイバーと戦う予定です。


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海に潜む悪意

「間もなく降下ポイントだ。準備はいいかね?」

 

「はい、もちろんです。なんでしたら、オムツ持参でお供します」

 

 

 通信越しに聞こえる穏やかな声に、シンヤは頷き返す。その返答に彼は満足そうに微笑んだ。モニターに映るのは人間のアバターではなく、真っ白な小動物のもの。一見して愛らしいフェレットだが、発せられる声はとてもダンディーで冷静を保っているのが分かる。

 

 フォース、第七機甲師団の筆頭であり智将の二つ名をもつ彼の名は、ロンメル。チャンピオンであるキョウヤの友人にして、フォース戦で最後まで熱戦を繰り広げたライバルでもある。

 

 そんなロンメルとシンヤが、どうして共にいるのか。事の発端は、数日前に遡る。

 

 

「マスダイバー、か」

 

 

 ロンメルの目の前に広げられた、複数枚の写真。ブレイクデカールを駆使して圧倒的な力を振るうマスダイバーの脅威はいつも頻発していた。それはロンメルのように強大なフォースを率いる者にとって、とても感化できるものではなかった。幸い、フォース内部ではブレイクデカールに手を出した者はいないが、かつて苦楽を共にした仲間のすぐ傍で、その悪魔が姿を見せてしまう。

 

 第七機甲師団を立ち上げたばかりの頃、ロンメルのもとで研鑽を積んだ仲間、ガルド。彼は今、第七機甲師団から抜けて自分のフォースを立ち上げたばかりだ。しかし、戦績はお世辞にもいいとは言えず、遂にはブレイクデカールを使うにまで至ったらしい。そのことを相談しに、先程までガルドが来ていたのだ。

 

 当然だが、マスダイバーを放置するなどできない。ましてやかつて仲間だった同胞が立ち上げたフォースだ。見過ごすことなどできようはずもない。しかし、ロンメルには1つだけ危惧していることがある。それを考えると、二つ返事で引き受けることはできなかった。

 

 

「ふむ、ここは彼を頼らせてもらおうか」

 

 

 タイガーウルフ、シャフリヤール、マギー、そしてキョウヤ。錚々たるダイバーと面識を持ち、なおかつ彼らが口にする評価は中々。上出来とまではいかないが、及第点らしいその人物こそ、シンヤに他ならない。全幅の信頼を寄せるにはまだ早く、なにより自分の目で確かめなくてはその気にすらならない。

 

 マギーを通じてシンヤに連絡を取り、予めガルドから聞いていた日程と都合の良い日を擦り合わせる。ロンメルも、それまでに作戦を練ったりフォースメンバーの戦力向上に努めたりと慌ただしい日々が続いたため、事前にシンヤの実力を知るには今までの戦闘記録を動画で見るしかできなかった。それでも、作戦の要を任せられるだけの実力は伴っていると判断し、当日となった今日、2人はガルダと呼ばれる輸送機の中でそれぞれのモビルスーツで待機していた。

 

 

「改めて作戦を説明しよう。今回、ガルドからの依頼で我々は彼が設立したフォース、アルティメイトとフォース戦を行う。目的は、アルティメイト内でどれだけのマスダイバーがいるかの調査、及びそれらの殲滅だ」

 

 

 フォース戦の内容は至ってシンプルな掃討戦。倒すか倒されるか、ただそれだけ。しかしこちらはロンメルと言う実力者を出す代わりに、出撃できるメンバーには限りが設けられている。ロンメルと彼の右腕とも言うべきクルト、そしてシンヤの3人だけ。対して、アルティメイトは筆頭をつとめるガルドの他に5人おり、合計で6人とロンメル側の倍の人数で挑んでくる。

 

 

「戦闘中、ガルドだけは我々に手を出さないと言っているが、油断は禁物だ。彼らは陸海空にそれぞれ2機ずつのガンプラを配している。そのため、我々もそれらにできる限り対応しなくてはならない。陸に関しては全員が対応できるだろうから、後回しで構わん」

 

 

 ロンメルが駆るのは、グリモアレッドベレー。多くのダイバーがガンダムタイプを扱う中、量産機のグリモアをベースとするロンメルのガンプラは、他の量産機主体のダイバーから多くの信頼と希望を集めている。さらに彼の率いる第七機甲師団は誰もが量産機を使っているから、なおさらだ。

 

 

「まずは空から潰す。クルト、水中戦はひとまず任せた」

 

「承知しました、大佐」

 

 

 クルトと呼ばれた壮年の男。彼は普段のガンプラと違ってゼー・ズールに乗り込んでいた。ロンメルが空中の敵を相手取る最中に奇襲されないよう、水中へ身を投じる役目を任されている。いつもと違うガンプラ。そして勝手がまるで変わる水中戦。しかも相手の方が数が多いと言う数的不利な状況まである。にもかかわらず、クルトは緊張も感じさせないハキハキとした声で返事をする。

 

 

「ではシンヤくん。君はまず、私と共に空中戦に臨んで欲しい。敵機を減らした後は、すぐ水中戦に移行してクルトの援護を頼む」

 

「分かりました」

 

「緊張する必要はないが、常に気は張っておいてくれたまえ」

 

「はい!」

 

 

 シンヤが返事をした瞬間、出撃の合図が響き渡る。ガルダの後部ハッチが開放し、まずはロンメルが空中へと身を躍らせた。

 

 

「グリモアレッドベレー、出るぞ!」

 

「ゼー・ズール、参ります!」

 

 

 そして進路上の安全を確保したところで、クルトとゼー・ズールが空中へ、そして水中へと身を潜めた。

 

 

「アトラスガンダム、行きます!」

 

 

 最後に出撃したシンヤが乗り込んだのは、アトラスガンダム。地上戦に特化しながら、水中戦も可能とした高い汎用性を誇る機体だ。【機動戦士ガンダム サンダーボルト】に登場する球体関節が珍しいガンダムだが、最たる特徴と言えば腰部にアームで接続されているサブレッグだろう。これを活用することで、水中での潜航を始め、大気圏内でありながら飛行も可能となっている。

 

 シンヤはガルダから飛び出ると、すぐに件のサブレッグを可動させて足裏に接続する。そうすることで推進力を飛躍的に向上させて飛行できるようになるからだ。接続するまでに下がった高度を取り戻すように、一気に上昇する。

 

 

「では行くぞっ!」

 

「はい!」

 

 

 先行するグリモアレッドベレーの後ろに並びながら、シンヤはいつでもレールガンを撃てるように準備する。相手が使ってくるのはアッザムとカオスガンダムだと事前に聞かされているので、まずは図体の大きいアッザムをレールガンで早々に潰してしまおうと言うわけだ。

 

 

「見えたぞ。あれだな」

 

「こちらも視認しました。ですが……」

 

「あぁ。どうやら、向こうも同じ考えのようだ」

 

 

 ロンメルらの視線の先には、情報通りアッザムとカオスガンダムが控えている。しかしその機体は既に紫色のドス黒いオーラを纏っていた。

 

 

「先んじてブレイクデカールを使ったか!」

 

 

 それでも攻撃の手段は変えない。ロンメルがグリモアレッドベレーを駆ってカオスの注意を逸らす。その一瞬を狙い、シンヤはレールガンを解き放った。独特な発射音。流星のように瞬く間に駆け抜ける弾丸。シンヤの予想よりも僅かに弾道に違いはあったものの、それは確かにアッザムの巨体に命中した。しかし───

 

 

「くっ……!」

 

 

 ───悲しいかな、ブレイクデカールで堅固となった装甲を打ち破ることは叶わず、お返しとばかりにビーム砲が牙を向いた。放たれる砲火を掻い潜り、1度離れて距離を取る。そうやってできた隙間に割り込むように、カオスが滑り込んでくる。ツインアイが不気味に光った──そう認識した時には、光条を浴びせようと何度もビームライフルから熱線が放たれていた。

 

 

「ロンメルさんは?」

 

 

 閃く閃光をブレードシールドで防ぎ、或いは避る。視線はカオスとレーダーを常に行ったり来たりだが、シンヤは冷静にロンメルの位置を確認する。

 

 

(離されてる! 2対1にするつもりか!)

 

 

 早くもブレイクデカールを使い、時間がかかってしまっている今、水中戦をクルトだけに任せきりにする訳にもいかない。

 

 

「どいてもらう!」

 

 

 ビームサーベルを抜いたカオスに対し、シンヤもアトラスにビームサーベルを握らせる。互いの距離は瞬く間に縮まり、刃と刃とが交錯し合う。火花を散らす光刃同士だったが、アトラスはサブレッグから片足だけ接続を外すとカオスの胴体目掛けて蹴り込んだ。バランスを崩し、機体の姿勢制御に気が向いたその一瞬の内に、アトラスはすかさずレールガンを構え直していた。

 

 走る閃光。舞い上がる黒煙。砕けた破片が大海へと落ちていく。

 

 

「仕留め損ねた……!」

 

 

 が、撃ち砕いたのはシールドだけ。ゼロ距離で解き放てばブレイクデカールで守られていようと致命傷になったのだろうが、カオスは寸前でシールドを割り込ませて難を逃れてしまった。幸い、バランスを失ったカオスはきりもみしながら海へ真っ逆さまだが、これを追撃するには距離が離れすぎてしまっている。なにより、元々はアッザムの排除が優先されているため、シンヤは後ろ髪を引かれながらもロンメルと合流すべくアトラスを駆った。

 

 降り注ぐビームの雨を掻い潜り、アサルトライフルで的確な射撃を繰り出すグリモアレッドベレー。ブレイクデカールの前には雀の涙ほどのダメージすらないように思えたが、接地用のダンパーの関節部を立て続けに狙っているのが分かる。シンヤも彼に倣い、レールガンから連射性に優れたアサルトライフルに切り替えて関節部へと火力を集中させた。

 

 

「何っ!?」

 

 

 が、周囲を駆け巡る2機に苛立ちを募らせたのか、アッザムはその巨体をもってしてダメージを与えようとグリモアレッドベレーに突撃を仕掛ける。それはあまりに突然で、避けようにも目の前にまで迫った巨躯がそれを許そうとしなかった。

 

 そして、アッザムがグリモアレッドベレーを丸呑みした───

 

 

「……ふっ、わざわざ懐に入れてもらえるとはな」

 

 

 ───そんな風に見えたのは、一瞬だけ。目をこらすと、アッザムの脚に食らいついたグリモアレッドベレーが。膝部分に格納されたシザークロウと呼ばれる武器で、アッザムに取り付いたのだ。

 

 

「遠慮なく、叩かせてもらう!」

 

 

 眼前にある関節部目掛けて、アサルトライフルが即座に火を噴いた。鋭利な弾丸を浴びせられ、見る見る内に被害を大きくしていく。

 

 

「ロンメルさんの邪魔はさせない!」

 

 

 小賢しいと言いたげに機体を揺らすアッザムだが、シンヤがアトラスを駆って少しでも意識を自分へ向けさせる。アサルトライフルを連射し、反撃のために動きを止めたところでレールガンに構え直す。狙うはロンメルが取り付いていない接地ダンパーに備わったビーム砲。ロンメルがあの接地ダンパーを破壊するまで、そう時間はかからないだろうから、シンヤは自分のできることをやるだけだ。

 

 

「終わりだな」

 

 

 淡々と言い、ロンメルがプラズマナイフを突き立てた瞬間、接地ダンパーの1つが火の手をあげてアッザムから切り離されていく。あまりに早く、そして唐突に起こったそれは、機体のバランスを狂わせるのに充分過ぎた。グリモアレッドベレーはすかさず離脱するとアッザムの天辺に陣取り、プラズマナイフを閃かせる。

 

 

「うおおおぉぉっ!!」

 

 

 十文字が刻まれ、続いてアトラスがその中央に狙いを定めてレールガンを放つ。1発、2発と寸分違わず命中したのを確認してから、シンヤは再びビームサーベルを引き抜いて深々と突き立てた。

 

 

「クルト、今からシンヤくんに合流してもらう」

 

「了解しました、大佐」

 

 

 爆発を繰り返すアッザムから離れ、シンヤはアトラスを駆ってクルトから送られてきた座標を目指す。しかし、その行手を阻む光が幾度も目の前を走り、機体を掠めていく。

 

 

「カオス!」

 

「それは私が引き受けよう!」

 

 

 水中に移ろうとするアトラスに向けてビームライフルが連射される。かわし、或いはシールドで弾き、少しでも早く水面へ近づこうとするシンヤ。ロンメルも援護しようと駆けつけてくれる。

 

 

「変形した!?」

 

 

 しかしロンメルの装備する武器が射程に入るより早く、カオスはモビルアーマーへと変形して背部センサーに備えられたカリドゥス改複相ビーム砲を解き放つ。

 

 

「間に合え!」

 

 

 入水を急ぐアトラスを見越して、僅かに射線を下にして放たれた砲火。シンヤはスラスターを最大限にふかしてやり過ごし、そのままアトラスをカオスの真上まで持ってくる。

 

 

(サブレッグとの接続を解除してたら、やられてた……!)

 

 

 潜航に適した形態に変更していれば、間違いなく先程のビーム砲に貫かれていただろう。ギリギリまで飛行形態を維持しておいて正解だった。

 

 アトラスは太陽光を背に受けながら、アサルトライフルを連射しつつビームサーベルを構え直す。先刻とは真逆でふかしたスラスターを全てカットし、姿勢制御に僅かにスラスターを使うと機体を垂直落下させてカオスへ襲いかかる。カオスはモビルアーマー形態のまま冷静に今いる位置から離れると、アトラスのビームサーベルが空を薙いだ瞬間、反撃に転じようと両膝と爪先のクローからビームクローを展開する。

 

 

「させんよ!」

 

 

 それを阻んだのは、ロンメルが駆るグリモアレッドベレー。アサルトライフルでカオスの行先を乱し、肉薄していく。

 

 

「ロンメルさん!」

 

「こちらは任せたまえ」

 

 

 心配は無用だ──声音からそう言っていると分かった。彼が言うのだから、ここは従うべきだろう。なにより、クルトもずっと1人で戦っているのだから、合流を急ぐ他にない。

 

 アトラスを潜航形態に切り換える。サブレッグとの接続を解除して反転させ、その中央にブレードシールドをセットする。そして水中へと身を潜めた。

 

 

「ここの地形は……」

 

 

 水中戦で重要になっていくのは、ガンプラの仕上がりだけではない。地形も大きな影響を与えてくる。まずガンプラは、作り込みが甘いと影響が出てくるのも早くなる。水圧に耐えられず、あちこちが軋み、やがて圧壊してしまう。また、例えGBNで設定できる水中ステージであろうと深くに潜ればガンプラが耐えられないのは変わらない。

 

 そしてシンヤが気にした地形。今回、彼が臨んだステージは陸に近い位置もあり、そこは当然ながら近づくにつれた浅瀬になっていく。そこを潜航形態のまま突っ込めば敵のいい的だ。シンヤが水中用のマップを眺めていると、敵にロックされたアラートが響き始めた。

 

 

「速い!」

 

 

 迫りくる脅威。アサルトライフルを構えるが、標的はシンヤの想像を凌駕するスピードで脇を通り抜けていく。威嚇か──そう思ったが、未だにアラートが鳴り響いていることを考えると敵はアトラスからロックを外さないまま駆け抜けていったことになる。

 

 

(またすぐに反転する……? いや、違う!)

 

 

 水中ではガンプラの動きが想像以上に鈍くなる。その中でわざわざ反転して改めて攻撃するのは、時間がかかってしまう悪手と言える。なにより、シンヤはついさっき水中へ身を潜めたばかり。狙うには格好の的だったはずだ。

 

 

「来る!」

 

 

 シンヤの予想を称賛するように、何か爆ぜたような眩しさが一瞬だけ目に映る。それはアトラスの脇を駆けた軌道を逆走するように迫りくる。

 

 

「間に合えっ!」

 

 

 襲来する実弾はあまりに速く、今からアサルトライフルで迎撃するのは厳しいと判断し、レールガンを電磁パルス・ガードとして活用して既の所でやり過ごす。

 

 しかし相手はそれを読んでいたのか、実弾を放ってすぐにアトラスへ向かって転身。すぐ傍まで迫っていた。

 

 甲羅のような堅固なシールドを纏った潜水艇──否、モビルアーマーがその姿をモビルスーツへと変えていく。ガンダムタイプに違わぬ頭部、鋭利な刃を持つ槍、散見される重火器。それらは、カオスと同じ作品に登場し、同時期に開発された水中戦を得意とするガンダム。

 

 

「アビスか……!」

 

 

 深淵の名を冠したガンダム、アビスが切り裂こうとビームランスを振り上げるのだった。が、その一閃が振り下ろされるより早く、2機の間にゼー・ズールが割り込んだ。ビームランスを受け止め、下から浮上した勢いを使って僅かに押し返す。その合間に、シンヤは少しでもダメージを与えようとアサルトライフルを2挺持ってひたすらに放つ。

 

 

「くっ! やっぱり通りが悪い!」

 

 

 ブレイクデカールを使っている上に、アビスはVPS装甲と呼ばれる実弾に対して強い防御力を誇る装甲を持っている。的確に関節部やスラスターを狙わない限りは大きなダメージに繋がらないだろう。

 

 アビスはゼー・ズールとの迫合いを止めて蹴飛ばし、少し離れた瞬間に両肩にあるシールドの先端部から魚雷を4つ放つ。すかさずシンヤがアサルトライフルで叩き落とすが、爆発によって巻き起こった泡が周囲の景色を塗りつぶしていく。その目眩しを利用し、アビスはモビルアーマーへと変形。機体の下部にマウントしたビームランスの先端を突き立てるべく、その身をアトラスへ向けて走らせる。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 寸前でアビスの動きに気づいたシンヤはアトラスを起こし、サブレッグに挟むように接続されているブレードシールドで受け止める。突撃してきたアビスをなんとか受け止めるが、その速度は簡単には緩まない。このまま押し込むだけでは済まないだろう。ビームランスで仕留められなかったのなら、次は魚雷を使ってくるはずだ。

 

 先に動いたのは、アトラスだった。サブレッグは長いアームで接続されているため、潜航中でもアトラスはある程度なら身動きが取れる。アサルトライフルで与えられるのは微々たるダメージであろうと、魚雷を間近で撃たれるよりはマシだ。

 

 しかし引き鉄を引くより数瞬だけ早く、別方向からの接近を報せるアラートが耳をつんざく。確認に視線を向けた矢先、手にしていたアサルトライフルが急に炸裂、バラバラと破片となって海底へ消えていく。破壊されたそれを気にする余裕はない。

 

 真横から迫るソレは、構えたライフルの先端に光を集束させていく。ビームの光だ──瞬時に理解したシンヤはスラスターを片側だけ強くふかし、アビスに押される力と合わせて背中から一回転。すぐにその場をやり過ごすべく深く潜る。一拍遅れて、アトラスの頭上をビームが閃いた。

 

 仕留めきれなかったのを察して、距離を詰めるのをやめた敵機は中距離を維持しつつ独特な形状のカバーがついたビームライフルに再び光を集束していく。

 

 

(水中型ガンダム……!)

 

 

 蒼を基調とした水中戦に特化した機体。水中でも使えるように調整された偏向ビームライフルを携行しており、高い汎用性を誇る。可変機構を持つアビスや、潜航形態へサブレッグを組み替えられるアトラスとは違い、水中での高速戦闘は望めないが、ハンドアンカーやハープーンガンなど水中戦をそつなくこなせるよう標準的な武装を装備している。

 

 アトラスのアサルトライフルは、水中型ガンダムの左腕に装備されているハープーンガンによって破壊されたに違いない。残る武装はレールガンとアサルトライフルが1挺、そしてビームサーベルだが、水中にいてはビームサーベルをうまく取り回せないだろう。しかし悩み、思案する時間はない。再び迫るアビスの突進をかわし、二の矢をつとめる水中型ガンダムを睨んだ。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「さすがに速いな」

 

 

 アサルトライフルを眼下を駆けるカオスに向けて連射するが、右に左にかわし、或いはさらに加速してやり過ごす。グリモアレッドベレーも飛行戦を想定してティルトローターパックを装備しているが、メインスラスターと機動兵装ポッドの推進力には追随を許してもらえそうにない。

 

 

「ならば!」

 

 

 少しでもその動きを鈍らせようと、ミサイルを放つ。左右3発ずつの計6発のミサイルは不規則な機動を描いて接近していく。カオスはそれぞれのミサイルとの距離を見直したのか、海面に背を向けて相対し、頭部と胸部にそれぞれ備わっているバルカンで全てのミサイルを撃ち落とす。

 

 そうやって齎された、僅かな静止時間。爆煙が立ち上ろうと構わず、その中を突っ切ってきたグリモアレッドベレーが身を躍らせる。両の手にチェーンソーを構え、肉薄する姿にたじろいだのかどうかは知らないが、今からビームサーベルを取ろうとしてももう遅い。

 

 

「その首……もらったぁっ!」

 

 

 振り上げた刃。煌く刀身。メインカメラを切り裂こうと唸り声を上げる猛獣の牙が、今正にカオスの首に迫ろうとした、その時───

 

 

「むぅっ!?」

 

 

 ───ティルトローターパックの片側がビームによって貫かれた。レーダーと目視で確認できる範囲に敵性反応はない。しかし、現に彼は背後から攻撃を受けたばかり。

 

 

「ガルド……“やはり”か」

 

 

 自分を撃ち抜こうとしたであろう人物の名を呟き、ロンメルは小さく毒づいた。協力を求めてきたはずのガルドが使うガンプラは、狙撃に特化したジム・スナイパーをベースとしたもの。カオスとの戦闘中に孤島へと近づいていたロンメルは、密林に身を潜めていたジム・スナイパーから手熱い歓迎を受けた訳だが、裏切りにあってもなお彼はあまりに冷静だった。なにせガルドが裏切ることは“予想通りの行動”なのだから。

 

 とは言え、ティルトローターパックの片側を失って、目の前のカオスと未だに姿を見せないジム・スナイパー、そして残る1機にあたるガイアガンダムの3機を同時に相手取るのは骨が折れそうだ。

 

 

「なぁに、キョウヤ(彼)を前にするよりは気楽さ」

 

 

 自分に言い聞かせながら、終生のライバルであり友人を思い浮かべる。あの熱い激戦を思えば、今の状況など恐るるに足りない。不敵に笑い、ロンメルはまずカオスへと肉薄する。機体バランスは明らかに悪く、スピードも普段よりもかなり鈍い。

 

 

「だからどうした!」

 

 

 喚いたところで、嘆いたところで、状況はまるで変わらない。ならばがむしゃらにでもやるしかない。泥臭かろうが、情けなかろうが、この不利を脱するだけの何かがあると信じて。

 

 悠々とグリモアレッドベレーが繰り出した一閃をかわすカオス。ビームライフルが何度か光条を放つが、そのどれも照準は甘いもので、ロンメルを弄んでいるのが分かる。が、その程度はロンメルにとって挑発にすら値しない。火線を掻い潜り、再び接近を試みると真横から木々を薙ぎ払いながら何かが飛びかかってきた。陽光を受けてこそ艶めく黒い毛並みを思わせる装甲。4つの健脚と背中に大きな刃を携えた猛獣が──ガイアがグリモアレッドベレーに取り付く。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 土手っ腹に突き刺さるような衝撃が走り、そのまま浅瀬に叩きつけられる。幸い、ガイアは押し倒して真下に組み敷いた敵に対してすぐ撃墜に追い込むほどの武装は持ち合わせていない。巻き起こる波飛沫を目眩しに、役に立たなくなったティルトローターパックを切り離してその場を離脱する。それから僅か数秒遅れる形で、グリモアレッドベレーが倒れていた場所をビームサーベルが切り裂いた。モビルアーマーからモビルスーツへと変形したガイアによる一閃だ。

 

 

(ひとまず、立て直すか)

 

 

 ビームサーベルによって破壊されたティルトローターパックから、大量の煙りが立ち上り始めた。もしものためにと、ティルトローターパックが壊れた時はレーダーを使えなくする煙幕弾が数多く詰め込まれてあるのだ。

 

 濛々と煙幕が立ち込める中、ロンメルも周囲への警戒を怠らずに少しずつ移動していく。早くクルトとシンヤの2人と合流すべきだが、焦ってスラスターを全開にすればすぐに居場所を特定されてしまう。しかし敵がこの数的有利をむざむざ手放すはずもなく、グリモアレッドベレーの近くをガイアがモビルアーマー形態で駆け抜けていく。だが、近いと言うだけで未だ煙幕が晴れないこともあって正確な位置までは分からない。

 

 

(やはりガイアでローラー作戦のように来るか)

 

 

 ガイアはアビスと同様にVPS装甲を持ち、実弾兵器が主体のグリモアレッドベレーと真っ向からぶつかり合っても被害を抑えられる。その利点を活かして虱潰しに走り回っているのだろう。このままではジリ貧だが、自分だけでどうにかできる状況ではない。少しでもガイアから距離を取ろうとした、その矢先。爪先にビームクローを展開したカオスが直上から降ってきた。

 

 砕かれる大地。荒れる煙幕。巻き上がる砂粒。既の所でかわせたが、咄嗟に後ろに下がったグリモアレッドベレーをビームライフルが火線をもって追いかけてくる。1射目、2射目とかわすも、立て続けに閃く光線は遂にミサイルポッドを捉えて焼き尽くすのだった。誘爆に巻き込まれる前になんとか切り離すが、その判断が僅かに遅かった。

 

 

「むっ!?」

 

 

 至近距離で起こった爆発によってグリモアレッドベレーはバランスを崩し、たたらを踏んでしまう。そこへ猛スピードで突っ込んでくるガイア。背面に備えられた姿勢制御用のウィングを真横に倒す姿は猛獣でありながら、翼を広げた鳥が滑空する姿すら彷彿とさせる。そのウィングの前面に出力されるビームエッジの狙いを獲物に定め、ガイアは突進する。

 

 ここまでか──諦めの気持ちが湧き上がった刹那、彼の脇をビームの弾丸が突風のように駆け抜ける。それは迫りくるガイアの前足を片方潰し、制御を奪い去った。放った人物の確認はしていないが、構わない。なにせ確認する必要がないのだから。

 

 

「待っていたぞ、クルト!」

 

「お待たせ致しました、大佐」

 

 

 挨拶もそこそこに、目の前で伏せているガイアの背中に向かってチェーンソーを叩き込む。ガリガリと不気味な音を立てて装甲を削り、できた隙間に素早く銃弾を放つ。それが充分になされたと判断するや否やロンメルはすぐさまそこを離れ、ガイアの爆発に巻き込まれる前にクルトと合流を果たす。

 

 

「彼は?」

 

「現在、浅瀬でアビスと交戦中です。水中型ガンダムは、撃墜を確認しています」

 

 

 クルトの報告に「そうか」と短く返してから、ロンメルも現状を伝える。予想通りガルドが裏切ったこと、敵がカオスとアビス、ジム・スナイパーになっていること。本来なら多対1の状況を作りたいところだが、高機動なカオスと未だに森林地帯から姿を見せないジム・スナイパーが相手では奇襲を受けかねない。

 

 

「アビスは脚部のスラスターを破壊していますので、シンヤくんだけで大丈夫でしょう」

 

「ならば、甘えさせてもらおう」

 

 

 ふっと笑い、2人は頭上から迫り来るカオスと相対した。

 



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戦う理由

 水中戦の攻防は、その戦闘に特化したガンプラで戦えば勝てると言った簡単なものではない。ガンプラの出来栄えに左右される水圧の影響、地上などとは様変わりする動きへの制限、可変機であればモビルスーツとモビルアーマーでの違いなど、地上、空中、宇宙よりも要求される練度がかなり違ってくる。

 

 また、GBNでも主体となるのはどうしても活躍の幅が広い地上と宇宙になるため、水中戦を得意とするダイバーはかなり少ない。

 

 

「このっ……!」

 

 

 シンヤとて、水中戦の経験はせいぜい片手で数える程度。しかもアトラスに乗って戦うのはそれよりも少ない。それでも、空中、地上、水中のそれぞれに対応するアトラスを選んだのは間違いではないし、自分が間違いにさせない。

 

 シンヤは水中型ガンダムと交差する一瞬、間合いを詰められないようアサルトライフルを撃って牽制するが、転身するより早くハンドアンカーが飛来し、動きを阻害される。

 

 

「シンヤくん……くっ!」

 

 

 推進力でアトラスが負けることはないかと思っていたが、ブレイクデカールによってパワーを増した水中型ガンダムの膂力からは簡単に逃れられそうにない。すぐさまクルトが駆けつけようとするが、その鼻先をアビスがビームランスを一閃して阻んでくる。

 

 

「こちらには構わず、行ってください!」

 

「しかし……」

 

「アトラスなら……いえ、アトラスとなら、やってみせます」

 

 

 もう自分を卑下するのはやめた。自分の力を、ガンプラを、最後まで信じ抜く。不安だって恐怖だってある。それでも、クルトにロンメルと合流してもらうことに迷いも後悔もない。

 

 

「すまない……いや、ありがとう。ここは任せた!」

 

「はい!」

 

 

 踵を返すゼー・ズール。すかさず、アビスがモビルアーマーへと変形して追いかけようとするが、シンヤはアトラスのスラスターペダルを思い切り踏み切り、真下からその胴体を突き上げる。

 

 

「浅いか。けど、行かせない!」

 

 

 ギリギリでアビスが身を翻したせいでぶつかった時の衝撃は弱々しい結果になったが、航行を続けるアビスの真上に位置取ったのをいいことに、脚部にあるスラスターを破壊すべくアサルトライフルを驟雨のように浴びせる。

 

 程なくしてスラスターは壊れ、アビスはゆっくりとその身を水底に沈めていく。だいぶ浅瀬に近づいたため、モビルスーツに変形すれば歩くのに支障はないだろう。

 

 

「このまま叩く!」

 

 

 しかし、接近を試みようとした矢先、急激に機体が重くなる。振り返れば、ハンドアンカーを思い切り引っ張る水中型ガンダムが。アサルトライフルを向けたが、引き鉄を引くより早くハープーンガンから飛来した銛が銃身を撃ち抜いてしまう。

 

 アビスを見ると既にモビルスーツ形態になっており、早くも陸に歩き始めている。クルトを先に行かせてからまだ間もないことを考えると、すぐ追いつかれてしまうだろう。

 

 

「だったら……上がれえぇっ!」

 

 

 スラスターを最大限に発揮し、アトラスは海上へ身を躍らせる。そして潜航形態からサブレッグの接続を変えて、再び大空へと舞台を移した。無論、繋がれたハンドアンカーはそのままにして、眼下に広がる大海へレールガンを構える。自分を縛り付けるような手綱を握った敵へ向けて。

 

 そして───

 

 

「終わりだ」

 

 

 ───水中型ガンダムが顔を覗かせた瞬間、レールガンから1つの閃光が放たれた。

 

 光の矢にも似た、圧倒的な速さと鋭さ。それは真っ直ぐに敵の胸部を上から穿ち、貫いていた。身体を貫かれたことで力を失ったのを示すように、ツインアイは明滅を繰り返し、やがて海中へずぶずぶと沈んでいく。巻き付いているハンドアンカーの残骸をビームサーベルを使って薙ぎ払うと、シンヤは一瞥をくれることもなくその場を後にする。

 

 

「逃がさないと言ったはずだ!」

 

 

 海岸まで辿り着いたアビスへ肉薄すると、こちらに気がついたのか両肩のシールドと背部にあるビーム砲をそれぞれ前面に展開し、一斉に解き放つ。背部のビーム砲が2つ、シールドの内側に3つずつ、そして胸部に1つ、全て合わせて9門あるビーム砲が火を噴いた。アトラスを貫き、焼き尽くさんと迫りくる様はまるで、悪魔の手に握り潰されそうなくらい迫力がある。

 

 シンヤは1度各スラスターを切ると、ビームを避けるように下方へと急速に落下していく。上方にいたアトラスは数多のビームを一気にかわし、海面に叩きつけられる寸前で再びアビスに向かって一直線に飛んでいく。あの高さから落下し続けて海面にぶつかったら、間違いなく機体が壊れてしまっていただろう。無茶をしたことを謝りつつ、シンヤはアトラスを駆った。

 

 なおも迫るアトラスに対し、アビスは胸部のカリドゥス複相ビーム砲を光らせる。アトラスはブレードシールドで守られているが、サブレッグはその巨大なシールドをもってしても隠しきれない。狙ってくるとすれば、そこだろう。

 

 

「撃たせるものか!」

 

 

 スピードをさらにあげたところで、シンヤはサブレッグの接続を解除してブレードシールドに隠れるように背面に位置を調節する。放たれた砲撃がアトラスの走りを止めようとするが、距離は充分に埋まっており、もう遅かった。

 

 ブレードシールドで敵に体当たりを決めるアトラス。生半可ではない衝撃がガタガタとコクピットを揺らしたが、視線は真っ直ぐと前を見据えたまま。着地した──そう直感した途端、肩からビームサーベルを引き抜いて倒れているアビスに斬りかかる。

 

 しかし、アビスもそう易々と刃を受け入れるはずもなく、ビームランスの柄で受け止められてしまった。このまま押し切るか一瞬だけ迷ったが、両肩のシールドがアトラスへ向いた瞬間その場を飛び退いてビーム砲を回避する。

 

 吹き上がるようにして発生した水しぶき。視界を奪うほどではないし、見惚れるような綺麗な光景でもない。息を整え、アトラスと共にアビスを見詰める。ビームランスを両手に構えて切っ先を向けてくるが、シールドもいつでも展開できるようにしているだろう。

 

 自分を落ち着けるため、相手を倒すため、深呼吸を1つ──そして、アビスを屠るため一気に走り出した。

 

 胸部のビーム砲が、再び光を宿す。連射性はないが、高威力のそれは当たればひとたまりもない。しかし隙を作ることもせずに放とうとする行動は不可解とも言える。案の定、アビスはシールドに備わった連装砲を先に撃ってきた。それが直撃コースではないと判断するや否や、シンヤもレールガンでアビスを狙い撃つ。連装砲から放たれた実弾が足下で炸裂し、巨大な水柱が目眩しとしてアトラスとシンヤの視界を奪うが、それを貫くようにビーム砲が頭上を掠めていく。レールガンがアビスに命中し、バランスを崩してビーム砲の狙いを逸らせたようだ。

 

 

「接近戦なら!」

 

 

 ビームサーベルを握り直し、アビスに斬りかかる。下段から振り抜くように上へ向けて一閃。切り飛ばされた腕が空を舞う。しかし本体には届かないのなら意味はないと、飛んでいく腕に一瞥もくれずブレードシールドを叩きつけてよろけさせたところで三度光刃を閃かせた。

 

 

「これで!」

 

 

 高らかに突き上げた刃で地面を叩き割るように一気に振り下ろす。防御は間に合わず、ブレイクデカールの恩恵などなかったように深く刻まれる一太刀に、アビスは力なく倒れるのだった。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 

 水中型ガンダムとアビス、2機と連続しての戦闘は大きな疲労感となってシンヤにのしかかった。しかしここで足を止める訳にはいかない。再びサブレッグを稼働させて足裏に接続すると、空高く飛び上がって未だに姿を見せないガルドを探す。自分1人ではあまりに広大な森林地帯だが、シンヤには心強い味方がいる。

 

 

「来た」

 

 

 ピピッと電子音が鳴り、モニターには新たなマップが表示される。そこには自分が駆るアトラスとロンメルのグリモアレッドベレー、クルトが扱うゼー・ズール、敵のカオスとそれ以外に小型の機影が2つ確認できる。その2つは、身を潜めているガルドを見つけ出すためにロンメルが放ったミニモアと言う小型の支援メカだ。未だに姿を見せないガルドを探すため動いてくれている。

 

 

「どこに……!」

 

 

 ロンメルを狙撃した位置からは、既に移動をしているだろう。念のためにミニモアが既に探索したようで、チェックマークが表示されている。

 

 と、更新されたマップに動きがあった。ミニモアを示すマーカーが、突如として消えたのだ。狙撃か、或いは近接戦闘によるものか。どちらにせよ、ガルドが動いたのなら仕掛けるしかあるまい。破壊されたミニモアから送られてきた撃破される直前の映像を確認する。

 

 

(狙撃で破壊されてるか。これじゃあ位置の特定は難しいか)

 

 

 今すぐ駆け付けたとしても、狙撃してきた方向は分かっても詳細な位置までは分からないだろう。せめてあぶり出そうと、ビームが飛来した方向を算出してもらい、レールガンを解き放つ。木々を薙ぎ倒し、煙が立ち込める。しかしガルドのガンプラはそこにはいないのか、煙もまったく揺れる気配がない。

 

 

「いったいどこに───!?」

 

 

 もう1機のミニモアだけを頼りにしていては、時間がかかりすぎるだろう。自分も探索に加わりたいところだが、アトラスはそれに適した装備をもたない。またレールガンを使ってあぶり出そうか──そう思った矢先、眩い閃光が見えた。しかしそれは直線的な動きではなく、歪曲してアトラスに襲い掛かった。

 

 閃光はアトラスのコクピットを的確に狙っており、咄嗟にシールドで防いで既の所でやり過ごす。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 しかし巨大なブレードシールドを持ってきたせいで視界が塞がってしまい、次なる射撃への対応ができずにサブレッグの片方を破壊されてしまう。途端にバランスを失い、アトラスはガクッと機体を揺らして地上へと一気に落下していく。

 

 

「ミニモアは!?」

 

 

 ロンメルとクルトは未だにカオスと相対していて、合流までに時間がかかると思われる。頼りにできるのはミニモアだけだ。マップを見るとまだ表示されているが、悠長にはしていられないだろう。

 

 

(ビームが曲がった? ゲシュマイディッヒパンツァーか)

 

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーとは、『機動戦士ガンダムSEED』に登場するフォビドゥンが搭載している特殊な装甲だ。ビーム攻撃に対して絶対的な防御力を誇り、また自身が放つビームを歪曲して軌道を変えることができる。

 

 片側しかない状態でサブレッグを使ったところで、バランスを取るだけで精一杯だろう。接続アームから切り離し、ガルドからの攻撃に備えてブレードシールドを構えながら少しずつ進んでいく。

 

 

「またミニモアが!」

 

 

 もう1機のミニモアが、マップ上から消え失せる。近くで爆発音が聞こえて煙も上がっているのが見える。しかし送られてきた映像に敵の姿は映っておらず、また狙撃によるものだと分かった。これでは敵機の位置を特定するのは難しい。

 

 

(アニメ版のアトラスならまだ手があったんだけどな)

 

 

 アトラスガンダムは漫画版とアニメ版で多少デザインと武装が異なっている。アニメ版のものではレールガンはもっとスマートになっており、ブレードシールドにもメドゥーサの矢と呼ばれる兵器を内蔵しており、それらは敵機に突き刺さるとゲル状の物質を噴出してその行動を阻害させられるのだ。

 

 だが、悲しいことにシンヤが使うアトラスはその武装を有していなかった。せめて敵の気を逸らせれば、今までの射撃から割り出したおおよその位置へレールガンを放てるのだが。

 

 その時、すぐ近くに空から何かが降ってきた。何かと視線を向ければ、見るからに満身創痍だと分かるほどに傷ついたカオスだった。

 

 

「今しかない!」

 

 

 ロンメルとクルトには通信を介して報告できる。シンヤはアトラスを走らせ、割り出してあるポイントに向かってレールガンを放っていく。

 

 背後ではヒートナイフに貫かれてカオスが撃墜されたようだが、見向きもしない。

 

 

「あとはガルドだけか。クルト、念のため水中に頼む」

 

「承知しました、大佐」

 

 

 シンヤからの手短な説明にも、ロンメルは至って冷静に指示をくだす。可能であれば強襲してもらうためにクルトには水中に身を潜めてもらう。さらに自身もシンヤからもらった情報をもとに、別方向からアサルトライフルを浴びせた。

 

 

「出たか!」

 

 

 さすがに2機から同時に火線がくるのは耐えられなかったようで、ガルドのガンプラ──ジムスナイパー・ディストートが姿を現した。ロングレンジライフルに接続していた冷却用の巨大な設備を切り離し、脛部に備えていたビームガンを連射して牽制する。

 

 歪みを意味するディストートを名前に冠したその機体は、ジムスナイパーの特徴的なカーキ一色の色合いはそのままに、両肩にはフォビドゥンがバックパックに接続していたはずのゲシュマイディッヒパンツァーを装備しており、腰部にはレールガンと自身から放ったビームを歪曲するための装備を有していた。両腕にはボックスタイプのビームサーベルを装備しており、接近されてもすぐに対処できるよう設計されている。パックパックにはミサイルポッドを積んでいるようで、鈍重な点を解消しようとスラスターも増設されていた。

 

 

「畳み掛けるぞ!」

 

「了解です」

 

 

 アサルトライフルの引き鉄を引いたまま、無限軌道を駆使して少しずつジムスナイパー・ディストートへ肉薄するグリモアレッドベレー。注意がそちらへ向いたタイミングで、シンヤはアトラスのレールガンを放った。

 

 一直線に駆け抜けた閃光は、ジムスナイパー・ディストートの両肩についたシールドに当たり、機体のバランスを崩させる。

 

 

「もらったぞ!」

 

 

 その一瞬の隙に、一気に距離を詰めたグリモアレッドベレーがリアスカートの裏に仕込んでいたプラズマナイフを引き抜いて斬りかかる。ジムスナイパー・ディストートはスナイパーライフルを手放し、ビームサーベルを発生させて反撃に転じようとするが、その腕をシザークロウで掴まれてしまう。

 

 

「うおおおぉぉ!」

 

 

 飛びついた勢いをそのままに、ジムスナイパー・ディストートを押し倒そうとする。しかし、パックパックから突如としてジャッキが伸び、バランスを保ったジムスナイパー・ディストートは空いている方の腕にあるボックスタイプのビームサーベルを展開。グリモアレッドベレーのコクピット目掛けて突き出す。

 

 

「やらせるか!」

 

 

 すぐさまシンヤがレールガンを使って腕を弾く。ロンメルも無理だと判断したのだろう。急いでシザークロウを解除してそこから離脱した。

 

 離れた場所からレールガンを放つものの、どれもがシールドに防がれてしまう。フレキシブルアームに接続されているのもあり、様々な方向に対応してくるジムスナイパー・ディストート。ブレイクデカールの力故か、ロンメルと2人で攻めても簡単に墜とせそうもなかった。

 

 

「ガルド! 何故ブレイクデカールに手を出した!?」

 

《簡単なことですよ、大佐。これさえあれば勝てるからです!》

 

 

 プラズマナイフとビームサーベルとがぶつかり合い、火花を散らす。ロンメルの援護をしようとレールガンを構えるが、それを見越したようにシールドが動き出してはジムスナイパー・ディストートを守った。

 

 

《フォースを作った貴方なら分かるはずだ。リーダーであるならば、勝たせなくてはならないと言うことを!》

 

「何を……!」

 

《それがフォースを束ねる者のつとめ!》

 

「ぐっ!」

 

「ロンメルさん!」

 

 

 弾かれたグリモアレッドベレーを見て、すぐさまアトラスを割り込ませる。巨大なブレードシールドを正面にして、ロンメルが機体を立て直すための時間を少しでも確保した。

 

 

《邪魔だあっ!》

 

 

 ガルドが吠える。ビームサーベルを何度も何度も振るい、遂にはブレードシールドを十文字に切り裂いた。

 

 

《フォースの筆頭として、部下に負け戦を強いる訳にはいかんのです!》

 

「それが、ブレイクデカールを使った理由か」

 

「でもそれは、貴方方が望んだ勝利なんですか!?」

 

《黙れっ! 貴様のように、助っ人ばかりする流れ者には分かるまい!》

 

 

 レールガンが斬り飛ばされる。それでも退くわけにはいかない。退けばガルドの言うことを認めたようなものだ。アトラスもビームサーベルを抜き、ジムスナイパー・ディストートと対峙する。

 

 

《勝利した者のみが、得られるものがある! 敗者には何もない!》

 

「大佐、シンヤくん!」

 

 

 水中に潜んでいたゼー・ズールが姿を現す。ビームマシンガンを浴びせるが、すべてゲシュマイディッヒパンツァーによって軌道を曲げられてしまう。しかしクルトはそのまま銃身の下部に付いているグレネードランチャーを織り交ぜて放つ。ビームマシンガンの連射ペースを少し落としたが、背後を取っているなら実弾を混ぜたとは気づかれないと踏んだからだ。

 

 果たしてクルトの思惑通り、グレネードランチャーはジムスナイパー・ディストートのミサイルポッドに命中する。それを瞬時に察して、ミサイルポッドが完全に壊れてしまう前に、放てるだけミサイルを解き放つ。

 

 

「くっ!」

 

 

 直上に飛んで、驟雨のように降り注ぐミサイル群。シールドを失ったアトラスでは受けきるのは危ういと判断して急いで後退するが、ジムスナイパー・ディストートが足元に転がったスナイパーライフルを手にしたのを見て、慌てて機体を傾ける。

 

 真横を駆け抜ける光条。間一髪で避けたはいいものの、機体バランスを失ったアトラスはその場に倒れ込んでしまう。それでもお構いなしに照射される閃光。ロンメルが被弾しないよう留意しながらプラズマナイフでスナイパーライフルを斬り裂く。銃口が空を舞い、引き裂いたそこへもう1本のナイフを突き立てる。

 

 

《チッ!》

 

 

 すぐにスナイパーライフルを手放すガルド。しかしロンメルは攻撃の手を緩めようとはせず、シザークロウを展開しながら接近戦を仕掛けた。だが、ガルドも引く気配はない。ビームサーベルを展開した上で、さらにジャッキを伸ばしてその場に留まろうとする。

 

 

「何を……!」

 

《こういうことだ!》

 

 

 シザークロウを受け止めると同時に、ジムスナイパー・ディストートの腹部にある装甲が左右に開く。現れたのは、集束した光を今にも放とうとするビーム砲だった。

 

 まずい──脳が理解するより、身体が叫んでいた。すぐさま離脱するロンメルだったが、放たれたビームの軌道が変わったことで彼の予想は裏切られる形に。

 

 

「しまった!」

 

「狙いはシンヤくんか……!」

 

 

 グリモアレッドベレーの横を迂回するように駆け抜けていくビーム。目の前でロンメルが食い止めていた安心感から、シンヤは咄嗟のことに対応できずに左腕をもっていかれてしまう。

 

 

「ぐあぁっ!?」

 

 

 直撃だけは免れたものの、破壊された衝撃がシンヤに襲いかかる。立て直していた身体が再び地面に倒れ込んでしまった。ゼー・ズールがカバーするように入ってくれたが、すぐアトラスを動かさねばビーム砲で2機とも貫かれかねない。

 

 

《戦いだけではない……ガンプラの出来栄えやイベントなど、GBNでは数多の催しがあることは承知しています》

 

 

 ジムスナイパー・ディストートはゆっくりと歩みを進め、ロンメル達に迫る。腕は下げ、腰部のレールガンも腹部のビーム砲も静かでありながら威圧的な雰囲気は健在だ。それは、ブレイクデカールが放つ禍々しいオーラだけではない。ガルド自身の、鬼神めいた何かが醸し出されているようだった。

 

 

《しかし、そこでも優劣はある。人が集まればこそ、それは自然と生まれるものだ。

 ならば、手の届かない者は!? 戦いしか知らぬ者は!? 彼らは、我々は、いったいどうすればいいと言うのです!》

 

 

 ガルドの言うことは、GBNだけに留まらない。オンラインゲームに限らず、そう言った優劣は日常にすら潜んでいる。操縦センスだけでなく、ガンプラの出来栄えが左右するバトル。発想力が物を言うコンテスト。順位によって報酬に変化があるイベント。結局、上位に入らねば栄光を手にできないのだ。

 

 

「1つだけ……聞いてもいいですか?」

 

 

 猛る怒りに臆せず、シンヤが口を開く。ガルドからの許可はなかったが、構わず言葉を続ける。

 

 

「あなたは、勝ちたいからGBNを始めたんですか?

 それとも……ガンプラバトルがしたかったんですか?」

 

《なっ…それ、は……っ!》

 

 

 ガルドが言葉を詰まらせる。シンヤも、過去にキョウヤから聞かれた質問だ。問われた時は何も言えなかったが、今ならはっきりと言える。ガンプラそのものが好きだから──と。

 

 明らかに狼狽えるガルドに向かって、シンヤはアトラスを走らせた。それまで沈黙していた火器が、再び息を吹き返す。

 

 閃くレールガンをかわし、貫かんと迫るビームをサーベルで切り裂き、アトラスは一気に迫った。ジムスナイパー・ディストートの照準はどれも甘く、ガルドの慌て振りがよく分かる。しかし、いつまでも狼狽しているはずもない。あと少しでビームサーベルの間合いまで迫った時、腹部のビーム砲が光を宿す。

 

 

《これでぇっ!》

 

 

 ここまで近づけば、放つ方向は限られてくる。シンヤがアトラスを無闇に動かさなければ、直線的に放つだろう。或いは避けるのを見越して左右のどちらかに放つ可能性もある。

 

 もっとも、シンヤにとってはどの方向であっても構わなかった。

 

 解き放たれた閃光が、視界に広がっていく。シンヤ思い切り操縦桿を動かし、アトラスを飛び上がらせた。それをサポートするように、グリモアレッドベレーのティルトローターパックが追いかけ、アトラスは手を伸ばしてさらに上昇していく。

 

 

《なにぃっ!?》

 

「ガラ空きだ!」

 

 

 直上へ回避したアトラスに目を奪われた一瞬を突いて、アサルトライフルがゲシュマイディッヒパンツァーに向けて連射される。ガルドが視線を地上へ戻した時には既に、ロンメルが無限軌道を駆使して真横まで迫っていた。両肩のパーツをプラズマナイフで切り裂き、ゲシュマイディッヒパンツァーの機能を停止させる。

 

 

《俺は、負ける訳には……!》

 

 

 ビームサーベルで斬りかかろうとするジムスナイパー・ディストートには先程までの余裕は最早欠片ほども残されてはいない。ロンメルを守るようにゼー・ズールが割って入り、ヒートナイフで両腕を落とす。

 

 

《あっ、うっ……》

 

 

 ズンッと尻餅をつくジムスナイパー・ディストート。その頭上から舞い降りたアトラスのビームサーベルがコクピットを切り裂いた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「今日は助かった。ありがとう」

 

 

 試合を終えてすぐに運営へ今回の事態を報告したロンメル。シンヤに向き直り、ダンディーな声とは真逆の愛らしい手を差し出す。

 

 

「いえ。こちらこそ、お役に立てて光栄です」

 

 

 しっかりと握り返し、ふとシンヤは気になっていたことをロンメルに訊ねた。

 

 

「あの、運営にはブレイクデカールのことは……」

 

「無論、伝えてある。今、GBNではブレイクデカールの報告があちこちで上がっているが、対処できていないところを見るに、報告数がまだ足りていないのかもしれないな」

 

 

 シンヤも毎日ブレイクデカールを使うマスダイバーと遭遇している訳ではないが、どちらかと言えば多い方だ。それだけに報告数や事案が少ないとはどうしても思えない。

 

 もっとも、全ダイバーの中でマスダイバーを探す方が難しいと言われれば、それも納得できてしまう。それほどまでにこのゲームは広く、大きいのだ。

 

 

「キョウヤともこの手の話題でもちきりでね。互いに新人を育てたり勧誘したりで忙しないと言うのに」

 

 

 ロンメルもキョウヤも、フォースランクはそれぞれトップクラスだ。入りたいダイバーはいるだろうし、彼らも新しい刺激を求めて勧誘と指導は怠らない。

 

 しかし、マスダイバーが出てきてから新メンバーの募集を行うフォースはめっきり数を減らしてしまった。以前、中堅ランクのフォースが新入りのダイバーを加入させたところ、その人物はマスダイバーで、入ったばかりのフォースを内部崩壊に追い込んだことがあったらしい。しかも「ブレイクデカールはフォースメンバーからもらった」などの悪い噂を吹聴したらしく、そのフォースに所属していた他のメンバーはGBNで孤立してしまった。

 

 ネットゲームならではの情報の拡散力が災いし、誰も彼もが疑いの目を向けるようになってしまったのだ。

 

 

「早くブレイクデカールの元凶を正さねばならない。その時は是非、君の力を貸してくれ」

 

「喜んで。大佐」

 

 

 ロンメルのまっすぐな眼差しに、シンヤは敬礼をもって答えた。

 




読了ありがとうございました♪


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タッグマッチトーナメント

「今、時間ある?」

 

 

 ペイルライダーを受け取ってから数日、シンヤには悩みがいくつかあった。1つは、自分が使いたいガンプラのこと。何を使うかは決まったのだが、どうカスタマイズするか悩んでいる。

 

 そしてもう1つ。これはガンプラよりも深刻な問題だ。

 

 ペイルライダーを受け取ったあの日、ガンプラ売り場で出会したクラスメートのフジサワ・アヤに、未だ謝ることができていないのだ。同じクラスだから学校で会えるからと慢心していたのがいけなかったのか、タイミングを逃してまったく謝罪できずにいる。

 

 なにより、あれからアヤには避けられている気がしてならないのだ。ただ、元々必要以上に交流があるわけでもないので、気のせいと言う可能性もある。

 

 そんな日が続いたから、自然と諦めもつく──はずだったのだが、どういう訳か今、シンヤの目の前にはその悩みの種となっているアヤがいた。

 

 たまには屋上で昼食を取ろうと思い立った彼は、スマートフォンで撮影した組み上げたばかりのガンプラを隅々までチェックし、使いたい武装をどこに配置するかなど思案していた。程なくして食事を済ませ、改めて考えようかと思考を傾けた時、彼女が現れたわけだ。

 

 

「えっと……聞いてる、かな?」

 

「ご、ごめん! 聞いてたよ、フジサワさん」

 

 

 慌てて返事をすると、アヤは安堵したようにほっと胸を撫で下ろす仕草を見せる。座る位置を確保しようと広げていたものを片付けると、「ありがとう」と言って腰掛けた。スカートにシワができないよう、綺麗に座る仕草になんとなく目が奪われる。

 

 

(うーん、噂になるのも分かるかも)

 

 

 そもそもアヤとはただのクラスメートでしかないシンヤ。接点と言えるものはその肩書きだけで、言葉を交わしたことすらなかったように思う。それでも、彼女の噂は友人を通じて耳にする機会も多い。鈴を転がすような声、常に落ち着いた雰囲気、愛らしい微笑みなどなど、彼女を好意的に褒め称える噂は跡を絶たなかった。

 

 そんな有名人と言ってしまえそうな人が、隣にいる──妙に意識してしまうのは仕方がないのだが、噂に呑まれるよりもちゃんと彼女の話を聞こうと向き直る。

 

 

「それで、何か聞きたいことがあるみたいだけど……」

 

「えっと、その……」

 

 

 アヤは何故かすぐに用件を言わず、そわそわと髪を弄ったりして誤魔化してくる。そんなところも可愛いな──などと呑気に考えてしまう。

 

 

「GBNって、やってる?」

 

「え? うん、やってるけど……」

 

「良かった。こないだ、たまたまノートにあった走り書き見ちゃって……」

 

「あー……あはは、変なところ見せちゃってごめん」

 

「ううん。私の方こそ、覗き見たりしてごめんなさい」

 

 

 平謝りに謝るが、それはあくまで結果としてそうなっただけだろう。見られていた恥ずかしさはあるが、教室でノートを広げていたら誰の目に入っても不思議ではない。

 

 

「でも、どうして僕に? GBNだったら、他の人もやってるみたいだけど」

 

「うん。一応、声をかけられそうな人には聞いてはいるの」

 

 

 アヤは物静かな性格なのか、自分から率先して誰かに声をかけることは少ない。どうやら彼女の中で話しやすそうな人物を予めピックアップしてから、こうしてGBNをやっているか聞いているらしい。

 

 

「それで、もしよかったらプロフィール見せてもらいたいの」

 

「いいよ。はい、どうぞ」

 

 

 スマートフォンでGBNに登録してあるアカウントに接続し、プロフィールを表示してアヤに手渡す。アカウント名、プレイヤーランク、最近使ったガンプラ、これまでの戦績などなど、普通のゲームより多くの情報が掲載されるプロフィール。しかしシンヤは自分でプロフィールを見たことは滅多にない。ランクが上がった時はだいたいがGBNにログインしている時なので別ウインドウで表示されるし、戦績などにはまったく興味がないから見る気にすらならないのだ。

 

 

「すごい、Cランクなんだ」

 

「……え?」

 

 

 アヤの言葉に首を傾げると、彼女も不思議そうにしている。彼女の反応は自然なもので、寧ろ自分のランクを理解していなかったシンヤの方が変だろう。しかしアヤはそれを指摘せず、「ほら」と言ってスマートフォンの画面を見せてくれる。

 

 

「本当だ。見逃してたみたい」

 

 

 ここのところの激戦で、知らず知らずのうちに鍛えられたのだろう。ランクにそれが表れるのは嬉しくもあるが、今は気付いていなかった恥ずかしさの方が勝っている。

 

 それからはアヤがまたスマートフォンに視線を落として黙々と見入っているため、シンヤは口を出さずに黙って見守る。真剣な面持ちから察するに、単純に強いプレイヤーを探していると言う訳でもなさそうだ。

 

 

(フジサワさんもGBNをやってるみたいだけど、どんなアバターなんだろう?)

 

 

 シンヤのアバターはリアルとあまり変わりばえしないが、女性はやはりGBNでもアクセサリーや服装への拘りがかなり強いらしい。彼女のアバターも気になるところだが、まずお眼鏡にかなうような戦績はないので、目にする機会はないだろう。

 

 

「チャンピオンと、フレンドなの?」

 

「あぁ、以前たまたま知り合って。でも、連絡とかは取ってないよ」

 

 

 キョウヤを口にされて、すかさず関わりが薄いことを伝える。まさかと思うが、彼に会いたいと言われても困る。キョウヤとは自分を介して誰かと会わせるためにフレンドになったわけではないし、シンヤもそんな理由で絡まれても迷惑この上ない。

 

 少し警戒の色を滲ませての返事に対し、しかしアヤは何故か「なら良かった」と呟いた。てっきり会わせて欲しいと言うのではないかと身構えていたシンヤは思わず言葉の真意を聞きたくなったが、それより早くアヤからスマートフォンが返却されたので自然と口を噤んでしまう。

 

 

「うん、決めた」

 

 

 おもむろに立ち上がると、アヤは少し緊張して面持ちで向き直る。そして勇気を振り絞るようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「お願い。私に、力を貸して欲しいの」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「なんか、緊張する……」

 

 

 GBNで最も人が集まるログインカウンター。待ち合わせする者、ミッションに臨む者、ログアウトしようとする者。数多の人々がここを利用するだけに、1日たりとも閑散とすることのない雑踏を見ながら、シンヤは独りごちる。

 

 アヤからいきなり力を貸して欲しいと言われて、内容を詳しく聞かずに「いいよ」と答えてしまった恥ずかしさと、女の子と待ち合わせをすると言う緊張感から、時間が近づくにつれてそわそわとしてしまう。

 

 

「シンヤ…くん?」

 

「え?」

 

 

 後ろから遠慮がちに声をかけられて振り返ると、そこにはアヤに似た少女が立っていた。しかし穏やかな印象の際立つアヤとは真逆で、鋭い吊り目と忍者のような服装が近寄りがたい雰囲気を持っていた。

 

 

「もしかして、フジサ───むぐっ」

 

「しーっ! リアルの名前は言わない!」

 

「ご、ごめん……」

 

 

 いきなり口を塞がれた時は驚いたが、彼女の言う通りだ。これだけ人が多ければ周りの喧騒に呑まれるかもしれないが、誰が聞いているか分からないだけに、リアルに通じる情報を口にするのは避けるべきだろう。

 

 

「私の方こそ、急にごめんなさい」

 

 

 アヤ──いや、アヤメはゆっくりと離れ、淡々と告げる。いつもの柔らかい感じよりも凛とした雰囲気に満ちた彼女に戸惑いはあるが、先程の慌てた様子を考えると同一人物で間違いないだろう。

 

 

「それで、今更だけどお願いって言うのは?」

 

「えぇ。実は……今日開催のタッグマッチに一緒に出て欲しいの」

 

「タッグマッチに?」

 

 

 2人1組でトーナメント戦を行うタッグマッチ。ルールは相手チームの殲滅と言ういたってシンプルなものだが、フォース戦と違う少人数バトルを好むプレイヤーから注目を集めている──そんな風に聞いたことがある。

 

 アヤメに言われて今日のイベントスケジュールを見ると、確かにタッグマッチの文字があった。報酬は無難なもので、ゲーム内で使えるポイントや称号、限定ガンプラも用意されているようだ。

 

 

「それはいいけど……えっと、アヤメは僕でいいの?」

 

 

 また名字で呼びそうになり、慌てて言葉を呑み込むシンヤ。その様子をじっと見ていたからにはアヤメも気付いているだろうが、特に指摘されることもなく「私、ソロだから」と静かに言った。

 

 

「どこまで行けるか分からないけど……アヤメに力を貸すよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 断る理由はないし、なによりせっかく勇気を出して手伝って欲しいと言ってくれたのだ。無碍にはしたくなかった。シンヤが二つ返事で了承すると、アヤメは少し驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに安堵の表情に掻き消されてしまう。

 

 一先ず申し込みを済ませた2人は時間になるまでガンプラを見せ合って作戦を練るため、モビルスーツハンガーへ移動する。

 

 

「アヤメは……SDガンダム?」

 

「……えぇ」

 

 

 彼女の前にそびえるガンプラは、よく目にするものと頭身が違っていた。シンプルなデザインと大きなツインアイ。鋭さよりも丸みを帯びた四肢。歩けば愛らしさを感じさせるであろう脚部。SDガンダムと総称されるタイプのガンプラが、そこに立っていた。

 

 

「その……頼りないかもしれないけど」

 

「え、何で?」

 

「え? えっ、と……」

 

 

 シンヤ自身がSDガンダムを使うことはないが、何度か使っているダイバーを見たことがある。彼ら彼女らは小回りのきくSDガンダムを使いこなし、機敏に動き回りながら様々な方法で攻勢を維持していた。リアルタイプではできないことが、SDガンダムでならできる。そう感じさせる戦闘を何度か見てきた。

 

 

「それに、僕はSDガンダムをうまく使えないから……だから、アヤメがすごいと思うよ」

 

「私は、そんな……そ、それより、シンヤのガンプラは、マルコシアス?」

 

「うん。最近発売されたばかりだから、みんな乗ってるかもしれないけど」

 

 

 ガンダムマルコシアス。鉄血のオルフェンズと言う作品に登場するバルバトスやフラウロスに連なるガンダムだが、作中でその姿や名前が明るみに出ることはなく、あくまで「マルコシアスはいた」と言う程度に過ぎなかった。しかし最近になってそのマルコシアスがデザインされ、そしてガンプラとして販売を迎えたのだ。

 

 シンヤのマルコシアスは、本来の純白のカラーリングとは真逆で黒く彩られ、紅いパーツはより鮮烈に見えるように深紅に染まっている。GBNでは最近発売されたばかりのガンプラだからと試しているダイバーも少なくないだろう。

 

 

「武器は変えてないの?」

 

「1つだけ……背中の武器は、ちょっと違うよ」

 

 

 マルコシアスが背部に携えている大型のメイス。巨大な鞘に収納されたその中には一振りの剣が入っているのだが、シンヤのマルコシアスが本来持つそれとは少しだけ違っでいる。自分なりのカスタマイズがされていない分、尖った長所が少ないからアヤメの反応次第ではタッグマッチに出ない方が良い可能性もある。

 

 

「僕の方が頼りないと思うけど」

 

「そんなことないわ。期待してるから」

 

 

 期待している──そんな風にまっすぐ伝えられたのは初めてで、思わず生返事になってしまう。それを不思議に思われる前に、件のメイスについて変わっている点を説明するのだった。

 

 互いのガンプラについて話し合う内に集合時間を迎えた2人はトーナメント会場へ移動する。そこには既に多くの来場者が集まっており、賑わいを見せている。

 

 参加しているのは15組。その内1組は前回の優勝チームらしく、1回戦目はシード権を持っている──と、アヤメが説明してくれている時、場内がざわざわと浮き足立っていく。視線をさまよわせると誰もが後ろを振り返っており、それに倣えば2人の男性が立っていた。やる気に満ちた顔にあどけなさが垣間見える少年と、余裕の笑みを浮かべた落ち着き払った青年の2人組は、既に闘志を漲らせているのかパイロットスーツを着用している。

 

 

「フォードとルークスだ……!」

 

「やっぱり今回も来たか」

 

 

 フォード、ルークス。2人ともガンダムの外伝作品の1つにあたる『宇宙、閃光の果てに…』でモビルスーツのパイロットをつとめるフォルドとルーカスにそっくりなアバターと名前を使用しており、何度も優勝を勝ち取っただけに注目を集めている。その戦術や使うガンプラは全大会を通して変わらず、それでいて優勝を果たすと言うことは分析をされて作戦を立てられてもそれを打ち砕くだけの実力が備わっていることに繋がる。

 

 

(思ってたより強敵がいるんだ)

 

 

 呑気に言えたことではないのだろうが、隣にいるアヤメはとても冷静で動じた様子もない。優勝は難しいはずなのに、顔色すら変わっていなかった。

 

 

(あれ、優勝が目標だったっけ?)

 

 

 そこでふと、アヤメに言われたことを思い出す。彼女は一緒に大会に出て欲しいと言っただけで、優勝したいとは一言も口にしていない。目標はなんなのか──それを聞こうとしたシンヤだったが、試合相手の抽選が始まったため、黙って結果を眺めるのだった。

 

 

「えっ、いきなり……?」

 

「そのようね」

 

 

 モニターに映し出されたトーナメント表を見て、シンヤは思わず尻込みしそうになる。まだ互いに同じ戦場に出たことがないから、せめて戦闘動画を確認したかったのだが、それも叶わないようだ。

 

 

「大丈夫。私がサポートするから」

 

「う、うん」

 

 

 アヤメの言葉に頷き返し、2人は早速対戦ルームへ移動する。シンヤの戦闘動画はアヤメも少しは見ているので、少しは動きも理解しているはずだ。しかし、アヤメの動画は彼女から「しばらく戦闘ミッションとかはしてないの」と言われてしまったため、彼女が強襲を受けた時どう立ち回るべきか、シンヤには分からなかった。だからせめて、自分に矛先が向くことを期待するしかあるまい。

 

 いざガンプラに乗り込むと、目の前に宇宙空間が広がっていく。戦場は全て宇宙空間に設定されているが、デブリ帯やコロニー内部、もしくは宇宙広域など多く用意されている。

 

 

「RX-零丸、出る!」

 

「ガンダムマルコシアス、行きます!」

 

 

 合図と共に宙域に身を躍らせる零丸とマルコシアス。まだ正式な名前を決めていないマルコシアスだが、カラーリング以外に大きな変更点がないので自分でも違和感はない。

 

 宙域は開けており、遠くても敵のスラスターの光を目にすることができた。先に決めていた通りシンヤのマルコシアスが先行し、零丸はその小型な身を活かして素早く隠密行動に長けた“カクレ形態”に切り替わる。

 

 先行するマルコシアスを通じてモニターに映る敵機を静かに見詰めていたシンヤだったが、一瞬走った閃光を見逃さず、機体を翻す。少し遅れて駆け抜けていくビームの光に一瞥もくれず、それが飛来した方向へ宙域を駆けた。

 

 それを阻むように、続けて放たれたのはバズーカの弾頭。咄嗟に腰部のバインダーにあるレールガンを使うか悩んだが、その答えを決めるより先に目の前で弾頭が炸裂し、内に秘められていた物が刃となって襲いかかってきた。

 

 

「散弾タイプか!」

 

 

 すかさず、背部のバインダーの向きを変えて思い切りスラスターをふかして身を翻して拡散した弾丸から離れる。それを見越して、上と下の両方向からビームサーベルを引き抜いて2機のガンプラが迫りくる。

 

 

「やらせるか!」

 

 

 慌てることなく背中の中央に懸架してあるバスタードメイスγに手をかけ、上方から迫る敵に突っ込みながら引き抜いて弾き飛ばすと、そのまま下を向いて今度は一直線に駆け下りていく。

 

 

「デカい!」

 

《やるようだな!》

 

 

 対艦刀にも匹敵する大きなバスタードメイスγをぶつけられても、敵はびくともしなかった。ビームサーベルで受け止めた敵もまた、その巨体に備わったスラスターを活かし、押し返そうとする。

 

 

《名乗らせてもらおう。我が名はアーファル。

 そして我が愛機、サイサリス・フラム!》

 

 

 名乗ると同時に真紅と灰色に彩られたサイサリス・フラムは巨体を器用に動かしてマルコシアスを蹴り飛ばす。そして一定の距離ができたところで背部にある2つの5連装ミサイルランチャーがフタを開き、赤い弾頭が姿を現す。すぐさまレールガンを構えたシンヤだったが、再び直上からもう1機が迫ってくるのに気がついて背部バインダーを開いて内部に仕込んだサブアームが短剣をもって展開され、ギリギリのところで敵の突進を受け止める。

 

 蒼を基調として、所々に白を織り交ぜた美しい機体。しかしその勢いは鬼神のように熱く、苛烈なものを感じさせる。

 

 

《このターベとGP0103・ブルーローズが押し込んでやる!》

 

 

 男の声が通信を介して聞こえてくる。ブルーローズは腰部バインダーと背部のバーニアをふかして徐々に推力を増していく。逃げようと思えばできなくはないが、未だミサイルで狙いを定めたサイサリス・フラムが目を光らせているせいで簡単には逃げられそうにない。

 

 

「シンヤ!」

 

 

 それまで“カクレ形態”で追従していた零丸が急に姿を現し、種子島雷威銃でブルーローズを追い払ってくれる。それを見て、サイサリス・フラムがミサイル群を放つが、アヤメの方が次に備えて早く動いていた。背中のシールド手裏剣を投げ、迫りくるミサイルの全てを叩き落とす。

 

 

《見事》

 

「それはどうも」

 

 

 ビームサーベルを構えるサイサリス・フラムとブルーローズ。どちらも『機動戦士ガンダム0083 Stardust Memory』に登場するガンダムがベースとなっていた。

 

 サイサリス・フラムはアトミックバズーカを使わないからなのかラジエーターシールドの代わりに標準的なシールドを懸架し、左手には先刻ビームを放ったのに使ったと思われるビームバズーカを。そして背中にはミサイルランチャーを接続しており、ベースとなっているガンダム試作2号機から大きな変化はないようだった。

 

 それに対してブルーローズと名乗ったガンプラは、ガンダム試作1号機と3号機のミキシングによるものだった。下半身は3号機、上半身は1号機のフルバーニアンで作られており、機動性の高さがありありと伺える。1号機と3号機は同時に存在する──作中なら有り得ない、叶わないと言う観点からその花言葉を宿す青いバラの名を冠したのだろう。背中には2挺のバズーカが二つ折りされた状態で懸架されており、背部の中央にも別の武装が折り畳まれた状態で配されていた。

 

 睨み合い、互いに出方を伺う。シンヤとアヤメは組むのが今日が初めてなため、無闇に突っ込むわけにはいかない。威圧的なプレッシャーから背中を冷や汗が伝って気持ち悪い。

 

 刹那、ブルーローズが前傾に身を構えた。それを認識するより早く、勢いよく突っ込んでくる。ビームサーベルが一閃される──そう思った瞬間、ブルーローズはくるっと左へ回転して一瞬にして2人の視界からいなくなる。が、ブルーローズの突進はあくまで囮に過ぎず、後続していたサイサリス・フラムがシールドを構えて肉薄してくる。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 ブルーローズに気を取られていた2人はすぐに対処できず、零丸への突撃を許してしまう。

 

 

「アヤメ!」

 

 

 強い推力と巨体を受け止められるほど零丸は力強くなく、吹き飛ばされてしまう。追撃に放たれようとするミサイルを止めるべくマルコシアスを近づけるが、2つの内の1つが自分に向けられていることに気がつき、慌ててガードの体勢を取る。

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

 レールガンで撃ち落とすのは間に合わず、5発のミサイルが全身に叩きつけられる。しかし装甲を厚くしているマルコシアスは怯まず、寧ろ受けたことで出来上がった煙から身を踊らせてサイサリス・フラムへ襲いかかる。バスタードメイスγを頭上から振り下ろすが、ビームサーベルで受け止められてしまう。

 

 

「まだっ!」

 

 

 受け止められるのは予想していた。すぐさま腰部バインダーのレールガンが砲口を覗かせ、サイサリス・フラムのミサイルランチャーに向かって閃光が放たれる。閃いた弾丸は寸分違わずミサイルランチャーを消し飛ばす。

 

 

「このまま押し込む!」

 

 

 背面の武装が破壊されたことでバランスを失うサイサリス・フラム。追撃しようとバスタードメイスγを振りかぶるが、すかさずブルーローズがフォローのために背後から迫ってきた。

 

 サイサリス・フラムを蹴り飛ばし、強襲するブルーローズへ向き直り、背部バインダーを展開して2つの短剣で受け止めると今一度レールガンが構えられる。狙うはコクピット。突進に推力を目一杯使ったばかりのブルーローズを撃ち貫く──それを信じて疑わなかったシンヤだったが、ブルーローズの方が早く動き、上半身と下半身を分離してレールガンから放たれた閃光をかわし、直上に位置したところで背部に畳んでいたフォールディングバズーカを立て続けに放っていく。

 

 

「くっ……!」

 

 

 散弾タイプの弾丸の驟雨をかわし、或いはバインダーに収納されていた短剣で叩き斬ってやり過ごす。しかし、迎撃に気を取られていたシンヤへ分離して宙域を漂っていたブルーローズの下半身が突撃してくる。

 

 

「なっ!?」

 

 

 リモート操作が仕込まれていたのか、驚きに目を見開く彼に躊躇なく叩きつけられる下半身。かわせる程の距離が充分になかったせいで左半身に引っかかり、バランスを失ってよろけてしまう。その隙はあまりに大きく、追撃を容易に行えてしまうほどだった。

 

 ブルーローズの背部中央に折り畳まれていたものが、いつの間にか展開を終えていた。それはモビルスーツが手にするにはあまりに長く、少なくとも担い手であるブルーローズの全高の倍を優に超えている。

 

 

「まさか……デンドロビウムのビーム砲!?」

 

 

 尖端に集束されていく閃光。まだ放たれてすらいないのに、見る者全てを圧倒する輝きに満ちたそれを前にして、シンヤは自分が絶望的な状況に置かれているのを改めて理解する。

 

 かわしきれないとはっきり分かってしまうほど、あまりに脅威的な光景。

 

 しかし───。

 

 

「だからって……」

 

 

 彼はまだ───。

 

 

「諦めて……!」

 

 

 絶望していない。

 

 

「たまるかあああぁぁっ!!」

 

 

 全てのスラスターをふかして、とにかく右に避ける。マルコシアスのすぐ横を眩い閃光が全てを焼き尽くさんと襲いかかってきた。勢いよく放たれる火線を恐れれば、その恐怖心に漬け込むように何かが引っ張ってくるのではないか──そんな気さえした。

 

 姿勢制御は後回しにして、まずは砲火をかわすことにだけ専念する。未だバランスの悪いマルコシアスに向けてサイサリス・フラムがビームバズーカを構えたが、その銃身が突如として尖端を斬られて火の手をあげた。

 

 

「忘れてもらっては困るわね」

 

「ありがとう、アヤメ」

 

 

 カクレ形態で間近まで迫っていた零丸が、忍者刀で叩き斬ってくれたのだ。無事だったことに安堵しながら、サイサリス・フラムを彼女に任せてさらにスピードを上げていく。

 

 

「貴方の相手は私よ!」

 

 

 ビームバズーカを失ったサイサリス・フラムは種子島雷威銃で牽制する零丸に向け、厚い装甲を活かしてバルカンを撃ちながら勢いよく接近する。そして距離が詰まったところでビームサーベルを引き抜くと、忍者刀で防御されると分かりながらも力強く振り下ろした。しかしもそこで手を止めることはせず、ビームサーベルの出力を徐々に徐々に上げていく。

 

 

「くっ……!」

 

 

 唸り声を轟かせる獣ように勢いづいた刃が、遂には忍者刀を噛み砕いた。零丸は既の所でやり過ごすが、がら空きとなった胴体目掛けて、切っ先が迫り来る。武器を失ったばかりの見目はあまりに弱々しく映ったことだろう。だが、まだ全ての武器がなくなった訳ではない。なにより、この戦闘中に1度も見せていないものだってある。

 

 胴体を狙って一直線に放たれる突き。何もしなければ貫かれるのは必至だろうが、そう易々と身を捧げるはずもない。零丸の腕部に備えていた苦無が鈍く光った。2つの苦無で光刃をいなし、突くために注がれた力が出尽くしたタイミングを見計らって攻勢に転じるアヤメ。

 

 サイサリス・フラムに向かって苦無と手裏剣を投げつけ、畳み掛けるように自身も突っ込んでいく。出力を上げすぎたせいで取り回しの悪くなったビームサーベルでは小さな苦無はもちろんのこと、零丸の俊敏な動きを止めることはできず、全ての武器を一身に浴びてしまう。

 

 

「これでっ!」

 

 

 苦無が胸部に刺さり、手裏剣がメインカメラを切り裂く。猛スピードで飛来した武器によって体勢を崩したサイサリス・フラムのコクピットはがら空きで、零丸の砕かれた忍者刀があっさりと深々突き刺さった。

 

 爆発に巻き込まれないよう飛び退くと、巨体はすぐさま火の手をあげてたちまち爆発を起こしては破片を撒き散らす。

 

 勝った──言いようのない安堵と共に深い溜め息が零れる。気を緩めるにはまだ早いと分かっていても、安心感はいつまでも付き纏って離れようとしなかった。

 

 

「アヤメ、やってくれたんだ」

 

 

 サイサリス・フラムの撃墜がマップに表示され、シンヤは改めてブルーローズへ警戒心を強める。先程のビーム砲は取り回しが悪いのか撃ってこないようだが、既にバズーカで何度か牽制に遭っているせいで未だに近づけずにいる。

 

 射撃兵装がレールガンだけで心許ないとは思っていたが、ここまで苦戦するのは頼ってくれたアヤメに対して申し訳なかった。

 

 

(だから、絶対に負けられない!)

 

 

 マルコシアスを駆り、バズーカを潜り抜けて少しずつだが着実に近づいていく。しかしあまりに時間がかかっているせいで、次第に焦っているのも事実だ。その影響からなのか、被弾する回数も増えていた。

 

 

「情けないよね」

 

 

 独り言つシンヤに返る言葉は1つもないが、マルコシアスに肯定されているようにも思う。ならばこそ、アヤメのためだけではなくマルコシアスのためにも負けられない。シンヤは勝利を貪欲に望み、ブルーローズへ何度目かも忘れた接近を試みた。

 

 放たれるバズーカをレールガンで撃ち落とし、すかさずバスタードメイスγをぶん投げる。愚直なまでに真っ直ぐ投擲されたそれは、しかしブルーローズを捉えることは叶わず、脇を通り抜けてしまう。

 

 

「今だ!」

 

 

 だが、シンヤの狙いは寧ろかわされることにある。投げたバスタードメイスγの持ち手に絡められているワイヤーを手繰り寄せ、中に仕込んでいたγナノラミネートソードを引き抜く。突然、真横を通り過ぎたはずのメイスの中から別の剣が出たことに驚くブルーローズ。再びの回避は間に合わず、メインカメラを斬られて宙域をぐるぐる回ってしまう。

 

 大きな隙が出来たこの瞬間を逃すはずもなく、シンヤはマルコシアスを肉薄させていく。自機へと戻ってくるγナノラミネートソードを途中でしっかり受け止めると、マルコシアスはさらに加速してブルーローズの眼前まで一気に距離を詰めた。今度は分離を赦さないように、真上からソードを一閃。真っ二つに引き裂かれたブルーローズは、瞬く間にその姿を宇宙に散らすのだった。

 

 

「か、勝った……!」

 

 

 ドッと疲れが押し寄せてくる。自分とアヤメの戦いは、まだ始まったばかりなのに。

 




読了、ありがとうございます!


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示される強さ

「君たちが、次の対戦相手か」

 

 

 1回戦目を終えて、少しでもゆっくりしようと選手用に設けられた休憩スペースで、シンヤとアヤメは慌てて身体を起こして同時に振り返る。そこには20代の男性と、その後ろに同年代と思われる女性がそれぞれ立っていた。

 

 2人ともお揃いの軍服を着ているだけでなく、アクセサリーまで揃えているところを見るに、仲の良さがありありとうかがえた。

 

 

「1回戦を拝見させてもらったが……なかなかいい動きをしていたよ」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、それだけではこのタッグマッチは勝ち抜けない」

 

「どういう意味かしら?」

 

「深い意味はないさ。言葉の通りだと思ってくれて構わない。

 なに、次の試合で嫌でも分かるとも」

 

「随分な自信ね」

 

「当然だな。なにせ私には、我が伝説が共にあるのだから!」

 

 

 そう言って、後ろに控えていた女性の肩を掴む。彼女は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑み、ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。

 

 

「突然ごめんなさい。他に男女のペアがいなかったものだから、彼がどうしても挨拶したいと……」

 

「あぁ、いえ」

 

「ところで……お二人は恋人なのかしら?」

 

「「違います」」

 

 

 期せずして互いの声がぴたりと被った。しかし事実なだけに驚きはなく、寧ろ当然にさえ感じられる。一方、否定された彼女は少し残念そうな顔をしていたが、それも一瞬だけ。すぐににこやかな表情を見せると勘ぐったことを謝罪し、さらに続ける。

 

 

「私と彼は恋人なの。だからつい気になって……浮かれていると思われてもおかしくはないけど、でもそれだけではないから、覚悟してね」

 

 

 それだけ言うと、2人は再び一礼して去っていく。その後ろ姿を見送りながら、シンヤは次の試合が言葉通り簡単に行かないのではないかと思い始めていた。

 

 

「ふーん」

 

 

 ふとアヤメの冷ややかな声で我に返ると、彼女はじーっとシンヤを見て──いや、睨んでいる。

 

 

「え、何?」

 

「別に。ただ、美人だったし見惚れるのも無理ないかーと思っただけよ」

 

「あー、そういえばそうだった……ね?」

 

「なんで疑問形なのよ」

 

「いや、そこまで気にする余裕なかったから……1回戦目でもだいぶ苦戦したし」

 

 

 先程戦ったチームが今大会で最も強いと謳われているのならまだしも、そうではないのだから今後も気は抜けないだろう。なにより、男が言っていた「それだけでは勝てない」と言う言葉が、嫌に重くのしかかってくる。

 

 

「あまり気負わなくて大丈夫よ。シンヤが1人で全部背負う必要はないんだから」

 

「……それもそうだね」

 

 

 アヤメの言葉に感謝しながら、2人は次の試合に備えて出撃ブースへと向かった。その道中、改めてアヤメにマルコシアスが使う武器の説明をしておく。

 

 バスタードメイスγ──バスタードメイスの鞘そのものは本来のものと変わりないが、収納されている漆黒の大太刀は、ガンダムアスタロトオリジンが持つγナノラミネートソードをベースにしたものになっている。エイハブ粒子を刀身に纏わせて特殊な反応を引き起こし、破壊力を増幅させる武器で、マルコシアスに持たせたものは柄の端にケーブルがあり、それを鞘と繋げることでバスタードメイスとしての破壊力も格段に上げられる仕組みだ。

 

 

「ワイヤーは、左右の腕部下部についてて……」

 

 

 出撃ブースまであっという間に辿り着いてしまい、2人は苦笑いしつつそれぞれのガンプラに乗り込んだ。バスタードメイスγの方は最後まで説明できたから、大丈夫なはずだ。

 

 

「マルコシアス、行きます」

 

 

 先程と同様に、シンヤとマルコシアスが前に出て先行する。アヤメは既に零丸をカクレ形態にしており、強襲を仕掛ける準備を整えていた。

 

 1回戦目とは違い、今度はデブリが数多く漂う中での戦闘だが、シンヤは慣れた手つきでマルコシアスを動かし、デブリの中を駆けていく。しかし、それも突然終わりを迎えた。敵にロックされた旨を知らせるアラートが響き、咄嗟に最も空間のある真上へ避難する。と、ついさっきまでマルコシアスがいた場所を、ビーム砲が貫いていった。

 

 

「あれは……え?」

 

「どうしたの?」

 

「あぁ、いや……敵はデスティニーとレジェンドみたいだ」

 

「了解……って、ええ?」

 

 

 アヤメも件の2機を目にしたのだろう。間の抜けた声が出てしまうのも無理はない。なにせ迫りくるデスティニーとレジェンドは、どちらも愛らしいピンク一色で彩られていたのだから。

 

 ガンプラを自分の好きな色で染めるのは、別に不思議でもないし珍しくもない。しかしいざピンク一色に仕上がったガンプラを前にして、驚くなと言う方が無理な気がする。それくらいに印象深いのだ。しかも2機はパーソナルマークも共通しているのか、肩にはハートマークが幾つかあしらわれている。

 

 事前に恋人同士とは聞いていたが、まさかここまではっきりアピールしてくるとは思わず、困惑してしまう。その機微を察したのか、ピンク色のデスティニーから通信が入った。

 

 

《素晴らしいだろう。これぞ我が伝説が作りし、彼女のためだけの剣……ユア・デスティニーだ!》

 

《そして私のために、我が運命が作ってくれたガンプラであり、彼のためだけの剣、ユア・レジェンドです!》

 

「バ……バカップルだわ」

 

「す、すごい」

 

「シンヤ!?」

 

 

 呆れてしまうアヤメとは真逆で、素直に褒めてしまうシンヤ。バカップルなのは間違いないが、ガンプラの出来は良いし、的確にビーム砲を撃ってきたことを考えると相当な腕前なのだろう。愛に満ちた2人だが、決して油断ならない。

 

 

《行くぞ、我が伝説!》

 

《はい、我が運命!》

 

 

 呼び方がダイバーネームですらないのはどうかと思うが、ツッコミを入れる気力すらわいてこない。ともかくさっさと片付けようと、アヤメはデブリから身を躍らせる。狙うは背部の右側に背負った大剣に手をかけようとしているユア・デスティニー。

 

 

「もらった!」

 

《意気や良し。しかし、それだけだ》

 

 

 ユア・デスティニーは慌てる様子も見せず、大剣ではなく肩部に備えられたフラッシュエッジ2ビームブーメランを引き抜き、零丸が振り下ろした忍者刀を余裕をもって受け止めた。デスティニーのビームブーメランは投擲することを主目的としているが、ビームの出力を調節することでビームサーベルとしても活用できる。彼が駆るユア・デスティニーもそれは例外ではないようだ。

 

 迫合いになれば機体重量と推進力で圧倒的にユア・デスティニーが有利だ。押し切られる前に下がろうとしたアヤメだったが、零丸を僅かに動かした瞬間、ユア・デスティニーも迫合いを止めてその場で背中から一回転し、左腕に装備したシールドで零丸を吹っ飛ばす。

 

 

「きゃあっ!」

 

「アヤメ! くっ!?」

 

 

 追撃が来る前に零丸とユア・デスティニーとの間に入ろうとするシンヤだったが、四方からビームが閃き、慌てて機体を翻す。先程まで自分がいた場所をいくつもの光条が混ざり合う光景を目の当たりにし、緊張から喉が鳴った。

 

 

「ドラグーンか……!」

 

 

 さらに頭上から降り注ぐビームの雨。それらを掻い潜りながら今一度アヤメへ駆け寄ろうと彼女の場所をマップで確認するが、次第に距離が開きつつある。

 

 

《通しはしません》

 

 

 ユア・レジェンドから発せられた毅然とした声音。彼女の決意を示すように、ビームの猛攻が繰り返された。

 

 ベースとなっているレジェンドは、デスティニーと同じく『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』に登場する機体で、その最大の特徴がドラグーンシステムである。機体背部に背負った専用のプラットホームからドラグーンと呼ばれるビーム突撃砲を分離し、それらを駆使することで全方位攻撃を行える。このGBNでもそれは当然再現されているし、アニメや原作とは違いゲームとして扱いやすくなっている。

 

 だが、憧れる者は多くとも、扱える者はだいぶ限られてくる。ドラグーンは劇中同様大気圏内での分離はできず、宇宙空間でのみの運用となるため、地上、宇宙問わず様々なミッションが用意されているGBNではあまり重宝されていない。なにより、ドラグーンを使うには空間認識の力がある程度ついてなければならないことが敷居の高さを物語っていた。ゲームらしく、ドラグーンを放った後にオートモードで敵を攻撃する設定にもできるが、それでも味方の位置や援護に的確な射撃タイミング、高速移動中の敵の進路妨害など、自分が何を目的としているかをゲーム側が理解するはずもなく、状況判断と空間認識能力の両方を一遍に求められるドラグーンを扱うには相当な技量が必要とされている。

 

 そんなドラグーンで絶えず攻撃してくるユア・レジェンド。アヤメの援護に向かうことは当然許されず、マルコシアスそのものへの攻撃も続いており、シンヤは常に全方位へ気を配ることを余儀なくされる。

 

 そして吹っ飛ばされたアヤメもまた、ユア・デスティニーの対処で手一杯だ。さっき身を隠すのに使ったデブリに吹き飛ばされた零丸へ、ユア・デスティニーはビームブーメランを投擲して追撃に移る。

 

 

「やらせない!」

 

 

 1つは手裏剣で迎撃、もう1つは忍者刀で弾き飛ばす。それを流れるように素早く行ったアヤメだったが、ユア・デスティニーが背中の大剣を既に抜き終えて自分目掛けて猛スピードで突っ込んでくるのを見て急いでその場から離脱する。ユア・デスティニーは動きを緩めることなく対艦刀をデブリに突き立てる羽目になったが、気にする様子もなくビームライフルに持ち替えて執拗に零丸を狙う。

 

 

「シンヤは……!?」

 

 

 なんとかデスティニーから距離を取ろうと、ビームをかわしながらシンヤとの距離が最も近くなるように複雑な軌道を描きながら進んでいく零丸。しかしその動きに気付いたユア・レジェンドが、プラットホームの最上端に残った2基の大型ドラグーンで進路を阻んだ。

 

 

「くっ……このっ!」

 

 

 種子島雷威銃で大型ドラグーンを撃ち抜こうと試みるが、引き鉄を引く暇すら与えてもらえない。小型のドラグーンさえも自分を狙うようになり、いつまでも劣勢に立たされて歯痒い想いを強いられる。

 

 

「あっ……シンヤ!」

 

「アヤメ?」

 

「デスティニーが、そっちに!」

 

 

 焦りを滲ませたアヤメの叫びに周囲を探るが、未だにドラグーンが辺りを漂うばかりで肝心のユア・デスティニーを見つけられない。

 

 

「違う。下からか!」

 

 

 さっきまで上下からもビームが閃いていたはずなのに、今はそれがない。ユア・デスティニーの射線を確保するためのものだとするなら──その直感通り、ユア・デスティニーはマルコシアスの下で背部に折り畳まれて懸架されているビーム砲を展開していた。

 

 

「ぐうぅ!?」

 

 

 真っ直ぐに飛来する熱線。直撃は免れないと判断し、左腕に装備したシールドでなんとかビームを防ぐが、齎された衝撃は決して生半可なものではなかった。間違いなく追撃がくると身構えたシンヤだったが、眼前に迫っていたのは2基の大型ドラグーン。

 

 予想を裏切られた驚きから動揺をしてしまったシンヤは、尖端に形成されたビームスパイクが迫り来るにつれて輝きを増すことでやっと気付いて回避行動にうつる。ドラグーンはマルコシアスのすぐそばまで迫っており、横を掠める度にガタガタと揺らされて思うように進めない。

 

 

《くらえぇっ!》

 

「しまった!」

 

 

 あまりに無駄な動きばかりになってしまったマルコシアスの下から、再びユア・デスティニーが仕掛ける。右手の掌が眩いばかりに輝いているのを見て、何を狙っているのかは理解できる。しかし、ドラグーンによって身動きに制限を設けられたこの状況では避けるだけの時間は残されていなかった。

 

 

《パルマ……フィオキーナアアアァァッ!!》

 

 

 武装の名前を高らかに叫び、肉薄する姿は正しく鬼神の如く苛烈な雰囲気を纏っていた。左右の掌底に施された小型のビーム砲にあたるこの武器は、主にゼロ距離で発砲する場面が原作アニメでも何度も見られただけに、ユア・デスティニーも距離を詰めてきた。

 

 

(レールガンだと、射角が合わないか!)

 

 

 接近させまいとレールガンで対応したかったが、ほぼ真下から迫ってくるユア・デスティニーに当てられる角度にないため、それは叶わない。ならばも腰部のバインダーを開いてサブアームを操り、短刀を掌底に向かって突き立てた。

 

 

《甘い!》

 

 

 しかし、短刀がユア・デスティニーの掌底を貫くことは叶わず、鷲掴みにされてしまう。メキメキと軋む音が聞こえてきそうな程に力強く握っているのだろう。短刀に少しずつヒビが入り、そして間もなく無残に握り潰された。

 

 

「これ以上は……!」

 

《アロンダイトォ!》

 

 

 マルコシアスはバスタードメイスγを、ユア・デスティニーは大剣──アロンダイトを引き抜き、ぶつけ合う。

 

 円卓の騎士たるランスロットの愛剣の名を冠する大剣だけあってその重量はすさまじく、バスタードメイスγの鞘ですら押し返そうとする勢いだ。

 

 

《君達は確かに強い。きっと1対1では勝てないだろう》

 

「なにを……!?」

 

《だがこれはタッグマッチだ。連携のとれていない君達が挑むには、早すぎたんだよ!》

 

 

 アロンダイトを振り上げながらバスタードメイスγを弾き、ユア・デスティニーが改めて接近する。今度は翼を広げ、光の翼を纏いながら。デスティニーは特殊な推進機構を有しており、光の翼だけでなく残像を形成することもできる。残像は本当に数瞬間しかもたないが、目視では早すぎて機体を追うことができず、かと言ってレーダーでは複数の機影として捉えてしまうため、どちらであっても捉えるのは難しい。

 

 

(けど、大剣をもっているなら迫ってくるのは確実なんだ)

 

 

 初撃さえ抑えれば、あとはもうひたすらに反撃するしかない。バスタードメイスγで迎え撃とうと身構えるが、そうはさせまいとドラグーンが再度マルコシアスに襲い掛かった。

 



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得たもの

「くっ!」

 

 

 ユア・レジェンドは決して、自ら仕掛けようとはしない。戦況を把握しながらドラグーンを適切に使う姿勢は、尊敬すら覚えるほどだ。全てのドラグーンを1機には集中させず、自分とアヤメの両方に繰り出すため、連携は常に分断されたまま。そしてユア・デスティニーも、片方に固執せずにマルコシアスと零丸のどちらを狙うか瞬時に切り替えてくる。今も標的を零丸に切り替え、アロンダイトを手に猛攻を仕掛けていた。

 

 

「このままじゃあ……!」

 

「シンヤ!」

 

 

 小回りのきく零丸でドラグーンを掻い潜りながら合流しようと試みるアヤメ。多少被弾してでもユア・レジェンド本体へ攻撃して、全てのドラグーンを自分へ向けさせたい。しかし、小型のドラグーンだけでなく、大型ドラグーンがビームスパイクを展開して突っ込んできて大きく弾かれてしまい、それは叶わない。このままではジリ貧だ。

 

 

「こうなったら……シンヤ、お願いがあるの!」

 

「え?」

 

 

 アヤメに言われ、シンヤはすぐさま彼女の提案に乗れなかった。かなり危険を伴う作戦だし、そう簡単にうまく行くとはとても思えなかったから。だが、この状況を打破する術を自分は知らない。

 

 

「分かった。やろう!」

 

 

 なればこそ、アヤメを信じるしかあるまい。彼女と彼女の作戦を信じ、それらに全力をもって応える。シンヤは心を決め、バスタードメイスγを振りかぶる。

 

 その動きを察知したドラグーンがマルコシアスに向けられる。逃げ道を作らないようにビームが放たれるタイミングもバラバラだが、今は一斉に照射されない方がありがたい。

 

 

「いっけえええぇぇっ!!」

 

 

 高らかに叫び、シンヤはバスタードメイスγを思い切りユア・レジェンドに向かって投げつける。ドラグーンで迎撃するには数が足りず、またそれらを犠牲にして進路を妨害すれば貴重な火力を失うことにもなる。そうなると選択肢は自ずと決まってくる。自身で迎撃するか、或いは避けるか。

 

 

「避けた!」

 

 

 ユア・レジェンドが選んだのは、回避だった。あまりに突然で迎撃にまで手が回らなかったのか、或いは質量から自分の武器では迎え撃てないと判断したのかは分からない。しかし避けたとなれば、“ありがたい”。

 

 虚空を突き抜けていくバスタードメイスγは、そのまま零丸へ一直線に向かっていく。小柄な零丸なら避けるのは簡単だろう。だが、あろうことかアヤメはその場に留まり、遂にはバスタードメイスγが直撃してしまう。

 

 誰もが息を呑む光景。味方へ当たってしまうなど、初心者ならばあるかもしれないが、それでも頻繁に起こり得るはずもない。それが目の前で、いきなり起こった。皆がガンプラの操作を忘れて見守った。

 

 

「大丈夫」

 

 

 深い溜め息まじりに、アヤメが言った。

 

 

「上手くいったわ!」

 

 

 断言し、零丸はシールドとして使った手裏剣を捨てて、眼前に迫っていたユア・デスティニーに取り付いた。

 

 

《何っ!?》

 

「これでドラグーンを抑える!」

 

 

 アヤメの狙いは、最初からドラグーンを封じることにあった。バスタードメイスγを投げてもらい、ユア・レジェンドが自分で対処したなら被弾も覚悟で一気に肉薄するつもりだったし、避けられたならバスタードメイスγを手裏剣で受け止めて吹っ飛んだフリをしてユア・デスティニーに迫るつもりでいた。

 

 最初提案を受けた時はアヤメに直撃して何かあったらどうしようかと気を揉んだが、どうやら作戦はうまくいったようだ。このチャンスを逃すまいと、シンヤもマルコシアスを駆ってドラグーンへレールガンを浴びせる。

 

 

《放せ!》

 

「放す訳ないでしょ!」

 

《くっ……我が伝説よ、ここは私ごと撃て!》

 

《そ、そんな……!》

 

「恋人に撃たせるなんて、最低ね」

 

《貴様!》

 

 

 ユア・デスティニーの背面に取り付いて、必死に食らいつく零丸。いくら高速で移動しようともそう簡単に振り払えない焦燥感から自分ごと撃たせようとするが、ユア・レジェンドは明らかに狼狽えていた。

 

 あまりに大きな隙を見逃すはずもなく、周囲を駆けるドラグーンも明らかに影響を受けてスピードが緩んでいる。

 

 

「やるぞ、マルコシアス!」

 

 

 腰と背中のバインダーを広げ、中に収納されている短剣を展開する。ユア・デスティニーに1本壊されて、残りは3本になっているがそれを不安に思うことはなかった。サブアームを操り、ドラグーンを切り裂き、或いは貫く。破壊されていくのを阻止するためか、大型のドラグーンがビームスパイクを形成してまっすぐに閃いた。が、その軌道は先程まで翻弄していたそれとは違い、あまりにまっすぐ過ぎた。マルコシアスはレールガンを連射し、1発目で軌道を逸らし、2発目で叩き落とした。

 

 

「畳み掛ける!」

 

 

 腕の下部に備えられたナックルガードを反転させてクローを展開し、マルコシアスは一気にユア・レジェンドとの距離を詰めていく。すぐさまビームライフルが火を噴くが、ドラグーンと違って火線がやってくる方向は限られる。シールドで防ぎ、或いは身を翻す。悉くをかわし、遂に目の前まで迫った。

 

 銃身の長いビームライフルも、ここまで近づけば最早使い物にならない。それでも残せば脅威になると判断し、シンヤはまずビームライフルにクローを突き立てて破壊。そして今度こそユア・レジェンドの胴を貫こうと右腕を閃かせた。

 

 だが、ユア・レジェンドの方が幾分か早かった。脚部の側面にあるウェポンラックが開き、ビームジャベリンが輝いた。突き出されたクローを受け止め火花を散らすが、それも僅かな間だけ。もう一方の手にもビームジャベリンを握り、真上から振り下ろす。

 

 

「くっ!」

 

 

 咄嗟にユア・レジェンドから距離を取ってやり過ごし、シンヤは再び仕掛けようとする。もっともそれは、自分から向かっていくだけの距離がある程度稼げていればの話だ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 ユア・レジェンドは、あろうことかマルコシアスへ肉薄してきた。手甲にある発生装置からビームシールドを展開しながら突撃するユア・レジェンドからタックルをもらい、バランスが崩れる。そして今一度振るわれる光刃に裂かれる前に、腰部のバインダーから短剣を展開して既の所で受け止めた。

 

 それで攻撃の手が緩むはずもない。左手に握ったビームジャベリンを逆手に持ち替え、バインダーを突き貫く。瞬く間に火の手をあげるそれを切り離し、ユア・レジェンドを蹴り飛ばして少しでも離れると、残ったバインダーのレールガンを何度も放つ。

 

 だが悲しいことにそれらは狙いが甘過ぎた。シールドで防ぐことすらせず、ユア・レジェンドは閃く弾丸をかわし、振り返り様にビームジャベリンを投げつけて最後の腰部バインダーもあっという間に破壊してみせた。

 

 

「まずい……!」

 

《よそ見とは、随分と余裕だな!》

 

「えっ……きゃあぁっ!」

 

 

 ユア・デスティニーの背中にしがみついていた零丸だったが、勢いよくデブリに突っ込まれた衝撃で手が離れてしまう。もうもうと立ち込める砂煙が視界を覆うが、奥に見えたツインアイの光が揺らめいたのを見逃さなかった。

 

 砂煙から躍り出た右手が零丸を鷲掴みにしようと牙をむく。受け切れないと判断してすぐにその場を離れると、一拍遅れて激突したデブリが粉々に吹き飛ぶ。パルマフィオキーナによって砕け散った破片が漂う中、零丸は忍者刀を引き抜いて迫った。ユア・デスティニーも迎え撃とうとビームブーメランを引き抜き、ビームの出力を上げてサーベルとして用いて零丸へ斬りかかる。刃と刃とがぶつかり合い、火花を散らす。パワーではユア・デスティニーが上回るが、零丸もまったく退こうとはせず互いに譲らない。

 

 だが、このまま競り合っても状況が変わらないのも事実。零丸はユア・デスティニーのメインカメラ目掛けて苦無を投げつけると、それを防御しようと庇うために動いた隙をついて自身も動き出す。ガラ空きになったコクピットへ狙いをつけて滑り込む零丸。それに既の所で気が付いたユア・デスティニーが翼を広げて急いで離脱する。

 

 

「遅かった……!」

 

 

 あともう少し早ければコクピットを貫けたと思うと、悔しさが込み上げてくる。しかしユア・デスティニーが攻撃の手を緩めるはずもなく、ビーム砲とビームライフルを連射して零丸を追い込む。

 

 一見してデタラメに放たれている火線を掻い潜りながら、自身がユア・レジェンドに近づいているのに気付いて、なんとか反対側に移って距離を取ろうとするが、それより早くユア・デスティニーに回り込まれてしまう。

 

 

「そう簡単に!」

 

 

 それでも、アヤメはされるがままな状況に抗う。少しでも時間をかけて何か突破口を見出そうと粘るが、ユア・レジェンドとの距離を気にして振り返るも、マルコシアスが蹴り飛ばされてくる姿が目に入った。

 

 突然のことに避けることは叶わず、シンヤもマルコシアスを動かすのが間に合わなかったのか、2機は思い切りぶつかり合った。それは大きな隙となり、ユア・デスティニーが大剣を振りかぶって一直線に突っ込んでくる。

 

 

「くっ!」

 

 

 一撃で敵を屠るであろう突撃をなんとかかわした──その安心から気が緩んだのを見逃さず、ユア・デスティニーは大剣をユア・レジェンドに任せ、ビーム砲を立て続けに放った。

 

 

「させるか!」

 

 

 すぐさまマルコシアスのシールドを構え、零丸を守るように前に立つ。しかし何度目かのビーム砲を受けたところでシールドは完全に破壊され、殺しきれなかった衝撃が2人を襲った。

 

 投げ出されるように虚空を漂うマルコシアスと零丸。2機を纏めて葬ろうと、ユア・レジェンドが引き継いだ大剣を構えて突出する。

 

 

(ダメだ……“これはかわせない”)

 

 

 自分もアヤメも姿勢を戻すのに手一杯で反撃は間に合わない。しかも、どう足掻いても自分は絶対にかわせない距離まで敵が迫っていた。

 

 

「アヤメ、ごめん」

 

「え?」

 

「あとは頼んだよ」

 

 

 ならば、せめてアヤメと零丸が巻き込まれないようにするしかあるまい。矢継ぎ早に言い残し、バスタードメイスγの鞘を零丸に向かって射出する。突然飛来したそれは零丸を弾き飛ばし、少しだがマルコシアスと距離ができる──が、シンヤが成否を確認することは叶わなかった。

 

 

「シ、シンヤ……!」

 

 

 突撃してきてユア・レジェンドの大剣が、深々とマルコシアスに突き刺さっている。あまりに強い衝撃があったに違いない。胸を貫く大剣は柄まで埋まっている。

 

 しかし、ユア・レジェンドもまた、コクピットを真紅の剣に貫かれて佇んでいた。γナノラミネートソードでの反撃が間に合うとは思えなかった。恐らく、突っ込んでくるのに合わせてユア・レジェンドを貫ける位置に刃を構えただけなのだろう。僅かでも狂えば致命傷には至らなかったはずだが、シンヤはあの数瞬にやってみせたのだ。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 だが、シンヤが撃墜された衝撃は、アヤメにとってあまりに大きかった。戦いの最中でありながら、思わず我を忘れて立ち止まってしまう。思わず零丸を駆って近づこうとした矢先、行く手を阻むように目の前を閃光が走る。

 

 

《まだ決着は……ついてない!》

 

「くっ!」

 

 

 ビームブーメランを左右から挟撃するように投げ、自身も掌底部にあるビーム砲を輝かせながら肉薄するユア・デスティニー。咆哮する彼の言う通り、まだ戦いは終わっていない。忍者刀を抜き、アヤメも零丸を走らせる。

 

 迫りくるビームブーメランを忍者刀で交互に弾く。後方へと失速しながら弾かれたそれらの行き先を確認しようと零丸を振り返らせるアヤメ。また使われてはかなわないと、苦無を投げて2つのビームブーメランを両方共破壊する。しかし、まだユア・デスティニーそのものが勢い良く突進してきている。

 

 

《背中がガラ空きだあぁっ!》

 

「でしょうね!」

 

 

 機敏さでは負けていないつもりだ。零丸はすぐさま宙返りし、既の所でユア・デスティニーの突進から逃れる。そしてかわせたと分かった瞬間、ライフルを構える。

 

 それは、ユア・デスティニーも同じだった。互いに構えたライフルが、相手の火線に貫かれて火の手をあげる。

 

 

「なら!」

 

 

 武器を失ったからと、怯むわけにはいかない。零丸に残された武器は、忍者刀と苦無だけ。対してユア・デスティニーは背部と掌底部にあるビーム砲と、頭部に備わっているバルカン。いくら零丸が小さめの的とは言え、距離を取ったまま戦えるはずもない。

 

 すかさず零丸を接近させ、忍者刀を握り直す。相手に立て直す余裕は与えない。距離を取らせない。それを念頭に、一気に距離を詰める。

 

 ユア・デスティニーはバルカンの威力を考えてか、迎撃よりも牽制として連射する。しかしずっと続ければ砲身が焼け切れてしまうことや、標的の零丸が小さくてまったく当たらないのを気にして、ある程度距離が縮まると撃つのをやめ、掌底部のビーム砲を振りかざす。

 

 

「見えてるわ!」

 

 

 振り被った右手に、光が集束する。繰り出されるのは右手だ──そう確信したアヤメだったが、次の瞬間には己の目を疑う光景が待っていた。

 

 あろうことかユア・デスティニーは、今にも忍者刀が届きそうな距離になった途端、左手で背部ビーム砲のトリガーを握ったのだ。

 

 

「なっ、この距離で……!?」

 

 

 折り畳まれた状態のまま、砲身が零丸に叩きつけられる。あまりに急すぎる動きに翻弄され、零丸は機体を大きく揺らしながらバランスを崩して虚空を彷徨う。その間にユア・デスティニーはビーム砲を展開し、零丸へ狙いを定めていた。

 

 アヤメが零丸の姿勢を整えた時にはもう、自分を呑み込んでしまいそうな程に眩い閃光が目の前まで迫っていた。

 

 回避する術は、何もなかった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ほんっっっとうに、ごめんっ!」

 

 

 アヤメが出場選手用の待機ブースに戻るなり、手を合わせて謝るシンヤ。それを見て、慌てて首を振る。

 

 

「あ、謝らないで。シンヤのお陰で、こうして戦えたわけだし」

 

 

 失礼のないように、アヤメは口元を覆うマスクを取った。普段はそうやって話さないからなのか、彼女はどこか恥ずかしそうに頬を掻いている。

 

 

「シンヤと戦えて、良かった」

 

「そ、そっか」

 

 

 嬉しそうに微笑む姿は新鮮で、その可愛さに思わずドキッとさせられる。きっとアヤメはそのことに気付いていないだろうが、ドキドキしたなんてバレたら恥ずかしい気がするのでいいのかもしれない。

 

 

「でも、優勝までいけなくて申し訳ないよ」

 

「え? 私、優勝したいなんて言ったっけ?」

 

「……え?」

 

「『え?』って……あれ?」

 

「そういえば、言われてない気がする」

 

 

 思い返してみても、優勝したいと言われた記憶がまったくない。ただ単に一緒に出場してほしいとしか聞いていなかった。早とちりしてしまった恥ずかしさと申し訳なさから、再び頭を下げるのだった。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

 するとそこへ、大会の運営者と思しき人物がやってくる。その手にはガンプラの箱があり、早速シンヤとアヤメに手渡される。

 

 

「こちら、出場者全員にプレゼントしている参加賞になります」

 

 

 パッケージに描かれているのは、マスコットキャラとして位置付けられているプチッガイ。この大会の限定品らしい。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 それを嬉しそうに、大事そうに受け取るアヤメ。そこでようやく、以前彼女とガンダムベースで会った時のことを思い出す。

 

 

(そういえばあの時見てたのって……プチッガイだったのかな)

 

 

 商品自体は見えていなかったが、立っていた棚の位置からして間違いないだろう。

 

 

「アヤメ、好きなの?」

 

「ま、まぁ……変?」

 

「ううん、全然。可愛いし」

 

「かわっ……!?」

 

 

 唐突に驚きの声があがる。いったいどうしたんだろうと思いつつ、シンヤはプチッガイの入った箱を揺らす。

 

 

「うん、可愛いよね、プチッガイ」

 

「あぁ……そっちね」

 

「ん?」

 

「なんでもないわ」

 

 

 ピシャリと言われ、シンヤは思わず何も言えなくなる。少しばかりアヤメが剥れているように見えるが、きっと気のせいだろう。

 

 

「アヤメ、ありがとう」

 

「どうしてシンヤがお礼を言うの?」

 

「そりゃあ、楽しかったから。アヤメと一緒にGBNを楽しめて、良かった」

 

 

 感謝をこめて、手を差し出す。アヤメはその手と自分の手とをしばし交互に見詰めていたが、やがてそっと握り返してくれた。

 




アヤメはリアルもダイバールックも可愛い~。


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邂逅

「あー……ダメだ、纏まらない」

 

 

 キャスターチェアの背もたれに全身を預け、ギッと音が鳴る。部屋には自分しかいないから自然と声が大きくなるが、下の階には家族がいることを思い出し、シンヤは誤魔化すように咳をする。どうせ聞こえはしないのだが、つい気になってしまった。

 

 目の前の机の上には、新しいガンプラがだいぶ形になりつつある。アヤメとのタッグマッチで使ったマルコシアスベースの新しいそれは、ガンダムキマイラと名付けてある。

 

 頭部はマルコシアスからあまり変わり映えしないが、背部のバインダーは2枚から4枚のスラスターウィングに変わっており、機動力を大幅に向上させた。代わりに、短刀とサブアームの機能はオミットされている。

 

 また、右腕はマルコシアスのものをベースに腕の下部にパイルバンカーを設置している。こちらはナックルガードとクローはそのままで、その内部にさらにパイルバンカーが仕込まれている形だ。相手を掴みやすくするために、手指だけは少し大きめで、本来の細腕と比べると少し異形にも見える。

 

 その右腕よりもさらに異形なのが、巨大な左腕。こちらはマルコシアスが登場する作品と同じ作品で主人公が乗ったガンダムの、バルバトスルプスレクスの腕を基本に作られたものだ。今のところ右腕と違ってナックルガード、クロー、パイルバンカーのような近接武装を有してはいないが、中にリード線があり、肘から先を射出して有線で操ることができる。

 

 そして背中には以前と同様にバスタードメイスγを懸架していた。

 

 上半身だけ見ればだいぶ形になってきたとは思う。しかしシンヤを悩ませているのは、射撃兵装と下半身だった。接近戦を好む自分だが、射撃兵装がまったくない状態は心許ない。あとはどこにどんな兵装をもたせるかと言うことだ。

 

 レールガンのような速射に優れたものがいいのだが、どこに配するかが目下の悩みになっている。ベースとなっているマルコシアスを活かすなら、やはり腰部のバインダーは必須だろう。問題点と言うほどではないが、敵の位置が斜め下にある場合は射角が制限されてしまうのが気になる。

 

 もう少し射角の幅を広げるならば、ストライクフリーダムのような展開式のレールガンがいいだろう。展開してすぐさま放つだけの余裕のある武装でもあるから、こちらの方がメリットはあるとも考えられる。

 

 

(まぁ、メリットって言えるほど大きくはないかもだけど)

 

 

 射角の問題は、結局のところその状況にならなければ分からないことだらけだ。それを大きいか小さいか判断できるほど、シンヤは歴戦の勇者でもなんでもない。

 

 残るは下半身。レールガンを搭載する場所はほぼ腰部で決まりつつある。そうなると、ヴィダールやバルバトスルプスレクスのような足裏に格闘兵装を仕込んだところで、柔軟に動けるとも思えない。

 

 

「バランスよくするのが精一杯かなぁ」

 

 

 重い上半身を支えられるほどの太さと、機動力を損なわないための細さ。自分で考えておきながら、結構無謀なガンプラ作りだと思えてならなかった。

 

 

「……気晴らし、しようかな」

 

 

 なんとか足回りが出来上がったところで、GBNへログインする。相変わらず賑やかなロビーは、自分の悩みなどあっという間に呑み込んでいく。

 

 

(アヤメ、どうしてるんだろう)

 

 

 以前、タッグマッチをした時にアヤメとフレンド登録をしたものの、彼女はログイン状態を非表示にしている。それは別に珍しくもないのだが、あれから一緒に遊んだりしていないのもあって、少し距離があるように思えてならない。

 

 

(いやいや、自惚れてどうするんだよ)

 

 

 フレンドになったからと言って、毎日一緒に遊べるとは限らない。アヤメにだってやりたいこと、やらなくてはならないことがGBNとリアルの両方にあるはずだ。遊べないことは当たり前なんだと自分に言い聞かせながら、表示しているフレンド一覧の電子情報から顔を上げた時だった。

 

 

「きゃっ!」

 

「うわっ!?」

 

 

 ドンッと走ってきた誰かにぶつかった衝撃に、思わず声が出る。押し倒される形で床に転がったシンヤは、痛みに顔をしかめながら視線をさまよわせる。往来の多いロビーだが、当然こんな風にぶつかったら周りの目を集めてしまう。それが少し気になったものの、走ってきた女性が慌てて身体を起こしてくれた。

 

 

「ご、ごめんなさい! 急いでいて……」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 それっきり会話は終わるかと思いきや、彼女は振り返り、さっとシンヤの背中に回る。何だと思って問いかけるより早く、3人の男が女性と同じように走ってくる。

 

 

「私、この人とミッションに行く約束してたんです!」

 

「え……」

 

 

 開口一番、追いついた男らにはっきりと言う女性。だが1番驚いたのは、もちろんシンヤだ。見ず知らずの人物にそんなことを言われて戸惑うなと言う方が無理なのだが、男たちはすんなり納得してしまう。

 

 

「それじゃあさ、今度は俺たちと遊ぼうよ。これ、俺のプロフィールだから」

 

 

 中央にいた男性が、電子プロフィールを表示してこちらにスッと投げてくる。女性は何も言わなかったが、それを肯定と受け止めたのか、さっさと踵を返してどこかへ行ってしまった。

 

 

「ホストダイバー……ムゴウ?」

 

「はぁ、助かったぁ……」

 

 

 もらった電子プロフィールをまじまじ見ていると、背後にいた彼女が安堵の声を出す。あまりに分かりやすい言い方に、追いかけられていたのをなんとなく理解する。

 

 

「あの、ありがとうございました。ミッションの協力者を募集しようと思ったら、彼らにしつこくされて……」

 

「そうでしたか」

 

「私、ステアって言います」

 

 

 ステアと名乗った彼女は、『ガンダムSEED DESTINY』に登場するステラ・ルーシェが着ていたドレスを身に纏っていた。アバターは恐らくリアルに似たもので、服装だけ変えて楽しんでいるのだろう。

 

 

「シンヤ?」

 

「え? あ、アヤメ」

 

 

 ふと名前を呼ばれて振り返ると、そこにはアヤメが立っていた。その瞳はシンヤとステアとを交互に見た後、じっとシンヤを見据えていた。言葉もなく、視線だけなのに何かチクチク刺されている気がしてならない。

 

 

「あっ、もしかして恋人?」

 

「「違います」」

 

 

 期せずして、シンヤとアヤメの声が重なる。それを聞いてステアはさらに申し訳なさそうに「ごめんなさい」と小さく謝った。

 

 

「あなたは……ステアさん、ですよね」

 

「そういえば……ビルドダイバーズの、アヤメさん?」

 

「アヤメ、フォースに入ったの?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 

 はっきりとした物言いの彼女にしては、何か歯切れの悪い感じだ。それを深く聞くことはできなかったが、ビルドダイバーズの名を耳にして、なんとなく気にする必要はないかなと思ってしまう。同名のフォースもなくはないのだろうが、ほとんどのダイバーは被るのを避けたがる傾向にある。それだけフォースに自分の想いを詰め込むからだろう。

 

 

「2人は知り合い……なんだよね?」

 

「そうですよ」

 

「……じゃあ、折り行ってお願いがあるんだけど」

 

 

 おずおずと語るステアの話をまとめると、もうすぐ親友の誕生日があり、その友達が前に取り逃がしたアクセサリーが今、チームミッションの報酬として復刻しているらしい。最初は親友と自分とでミッションに挑むつもりが、リアルが忙しくて一緒に臨めないのだとか。

 

 

「それで、協力者を募集しようか悩んでいたら……さっきの人に絡まれちゃって」

 

 

 さっきの人とは、ムゴウのことだろう。女性ダイバーが1人でいるのは目立ってしまう。GBNでは即座に運営が対応できるよう、ヘルプ機能もあるとは言え、初心者のダイバーばかり狙う悪質なケースも少なくない。

 

 

「復刻してる報酬は、明日までだから、どうしてもミッションを受けたいの。お願い! 2人の力を貸して!」

 

 

 顔の前で両手を合わせ、懸命に頼み込んでくるステア。シンヤがチラリとアヤメを見ると、彼女はすぐに頷き返してくれた。

 

 

「分かりました。僕たちでよかったら、お手伝いします」

 

「あ、ありがとう。アヤメさんも、本当にありがとう♪」

 

 

 駆け寄り、嬉しそうに謝辞を述べるステアと、ちょっぴり恥ずかしそうなアヤメ。そんな2人は、シンヤの目から見ると、少しだけよそよそしく思えた。

 

 

「じゃあ、早速行こうか」

 

 

 ステアからミッション内容を聞きながら、3人はモビルスーツハンガーには立ち寄らずに即座にミッションを開始する。ステージ数は10と、少し多めだがアヤメの実力を考えればそこまで苦労しないだろう。

 

 

「ガイア、行きますっ!」

 

「零丸、出るわ!」

 

「キマイラ、出ます」

 

 

 3機のガンプラが、それぞれ出撃していく。眼下に広がるは荒野のステージ。ステアが使うガイアにとって都合が良かった。

 

 そのガイアは、原作とまったく同じ造りをしており、特にカスタマイズされてはいない。カスタマイズの有無で勝敗が決まったりはしないし、原作の造りが好きな者も珍しくない。

 

 しかしシンヤの目を引いたのは、零丸が乗っている鳥型のメカだ。

 

 

「アヤメ、それは?」

 

「武装装甲八鳥……サポートメカと思ってくれて構わないわ」

 

 

 零丸と同じく、白と紅をメインとした鳥はサブフライトシステムとして使える他、敵の注目を集めたり、味方の援護も行えるらしい。

 

 

「武装装甲……」

 

 

 名前からして、ただサポートするためだけのものとは思えないが、アヤメが会話を打ち切るような言い回しをするので、深くは聞けなかった。

 

 

「見えてきたよ」

 

 

 ステアの声に視線を移すと、彼女が駆るガイアと同じ作品に登場するザクウォーリアが見えた。数は10機だが、ウィザードと呼ばれるバックパックは装備していない、素体のものばかりだ。

 

 

「先行しますね」

 

 

 言うが早いか、シンヤはキマイラのスラスターウィングを展開し、一気に速度を上げる。前に控えていた3機がすぐさまビーム突撃銃を時間差で放つが、それらをすべて掻い潜って目の前の1機の頭を掴むと、速度を緩めずにそのまま奥へ突っ込んでいく。すぐに次の列のザクウォーリアにぶつかって、隊列が乱れる。

 

 

「このまま潰す!」

 

 

 掴んだザクウォーリアを離さず、右腕下部のナックルガードが下へスライドし、パイルバンカーが閃いた。駆動系を貫いたわけではないから爆発はしないだろうが、そのまま押し倒して2機をドミノ倒しのように押し倒す。

 

 近くを陣取っていたザクウォーリアがシールドに収納されているビームトマホークを抜き、キマイラへ斬りかかる。シンヤもバスタードメイスγを手に、向かってきたザクウォーリアの迎撃にうつった。

 

 互いの得物がぶつかり合い、重撃の音が響く。迫合いに負けると思ったのだろう。ザクウォーリアはバスタードメイスγから逃れるように、後退する。しかしシンヤはそれを追いかけようとはせず、左腕の肘から先を射出してコクピット部を鷲掴みにして、握る力を強めた。メキメキと不気味な音を立てて、ザクウォーリアの身体がひしゃげていく。鋭利な爪が動力部を引き裂き、遂には爆発を引き起こす。硬質なワイヤーを介して腕を引き戻し、シンヤは再びバスタードメイスγで周囲のザクウォーリアと相対した。

 

 銃撃にさらされるかと思ったが、それより早くアヤメとステアが追いついた。武装装甲八鳥が手近なザクウォーリアに突撃し、注意を引きつける。その間に零丸はライフルを撃ち、次々とザクウォーリアのコクピットを的確に貫いていく。

 

 

「わ、私も!」

 

 

 ステアもそれに続こうと、ガイアをモビルアーマーへと変形させ、背部に備えたビームブレイドを展開しながら大地を縦横無尽に駆け抜けてはザクウォーリアの脚部を引き裂くいた。

 

 程なくして最初のステージは終了の合図を告げ、3人は次なるステージに向けて飛翔する。

 

 

「シンヤ、射撃兵装はないの?」

 

「うん。今日はミッションに参加するつもりはなかったから」

 

 

 アヤメからの通信に、ステアには聞こえないよう彼女を介さず返事をする。するとアヤメはしばらく黙ったまま、何も言わずにいる。

 

 

「どうかした?」

 

「いいえ。ただ、お人好しだなって」

 

「そう?」

 

「だって、まだ未完成なんでしょ?」

 

「まぁね。でも、ミッション自体は高難度じゃないから。それに、アヤメもいるからなんとかなるかなぁって」

 

「はぁ……シンヤは私を買い被りすぎよ」

 

「そんなことないと思うけど……」

 

「あるっ!」

 

 

 苦笑いしていたシンヤだったが、アヤメのあまりの剣幕に驚きを隠せない。それが伝わったのだろう。アヤメも申し訳なさそうに目を逸らした。

 

 

「じゃあ、アヤメはどう思われたい?」

 

「それ、は……別に、どう思われても平気よ」

 

 

 最初こそ言葉を詰まらせていたのに、『どう思われても構わない』とはっきり口にしたのを考えるに、悪い印象をもたれてもいいと言うことかもしれない。今までのアヤメを見ていて悪く感じる部分はないが、それが平気となれば、そう思われても仕方ないことをしてきたとも考えられる。

 

 

(まぁ、それを聞けたら苦労しないけど)

 

 

 結局、細かいことを聞こうとは思わず、シンヤも口を閉ざす。それが会話の終わりだと察したのか、アヤメも通信をやめて視線を戻した。

 

 進むにつれて、次第に岩壁の目立つ峡谷へと景色が変わっていく。やがて【2nd stage】と記された電子掲示板が現れ、3機がそれを越えた瞬間アラートが響き渡った。

 

 

「くっ!」

 

 

 咄嗟に回避行動を取る3機。その横を掠めるように、ビームの閃きが駆け抜けていく。敵の姿を視認できないことを考えると、零丸とガイアの武装では射程距離が足りない。その間にも砲撃は続き、3機は次第に高度を下げていく。

 

 

「二手に別れましょう」

 

「了解」

 

 

 ちょうど峡谷でできた道が2つあり、零丸とガイアは小型であり、また細身なのを活かして一緒に行動することに。キマイラはスラスターウィングを展開したままでは2機と同じ道は辿れないため、少し幅広の道へ。

 

 

「今のビーム演出……ガナーザクか」

 

 

 ビームの色は作品によってバラバラだが、似ているものも少なくない。それでも、ライフルではなくビーム砲など火力の高いものは結構違いが出ている。また、先程のステージでザクウォーリアが出たことを踏まえると、敵の想像は容易だった。

 

 ガナーザクウォーリア──前述するザクウォーリアに、オルトロスビーム砲を備えたガナーウィザードを装備させた砲撃タイプで、機動性は素体のザクウォーリアから大きく増していないものの、その分火力に重きが置かれている。当たりさえ良ければ一撃で戦艦を屠るほどだ。

 

 

「射角を考えると……」

 

 

 さっき放たれたビームから、ある程度の位置を算出しようとパネルに手を伸ばす。その矢先のことだった。

 

 

「後ろ!?」

 

 

 アラートが耳をつんざき、シンヤは慌ててマップを確認する。見れば、自機を追いかけるように、敵の機影が1つついてくる。幸い、曲がり道も多いので直線的な場所に出なければ砲撃される心配はないが、追従してくるスピードを考えると油断はできない。

 

 

「グゥルに乗っているのか」

 

 

 大気圏内でも機動性を損なわないためにモビルスーツを懸架するサブフライトシステム。その中でザクウォーリアと登場作品を同じくするグゥルは、ミサイルも積んでいるので攻撃手段も増えて厄介だ。

 

 

「迎え撃つ!」

 

 

 徐々に直線的な道が近づいてきた。これ以上後ろを取られるのはまずいと判断し、シンヤはキマイラを転身させる。曲がり角から姿を現したガナーザクウォーリアは、構えていたビーム砲の銃口を素早くキマイラへ向けた。

 

 

「遅い」

 

 

 このまま突っ込んでも、敵の火力に焼き尽くされるだけだ。シンヤはキマイラのスラスターウィングを動かし、高度を上げて閃光をかわす。そのまま真上まで来ると、バスタードメイスγを抜いて襲いかかる。

 

 だが、ガナーザクウォーリアは寸前でグゥルから飛び降りて一閃をよけ、スカートに懸架しているクラッカーを放り投げてきた。咄嗟にバスタードメイスγで受け止めると、すぐさま左腕を射出してビーム砲の砲身を掴み、破壊する。残る武器は先程投げてきたクラッカーと、ビームトマホークだけ。シンヤは畳み掛けるように、バスタードメイスγを叩きつけた。

 

 

「アヤメとステアさんは……?」

 

 

 マップを見ると、どうやら近くで戦闘中のようだ。ジャミングなどがないから位置をすぐに確認できるのはありがたい。岩壁をこえて反対側に行くしか道はない。シンヤはキマイラを飛翔させ、アヤメたちのいる場所へ向かおうとする。

 

 

「うん?」

 

 

 が、敵にロックオンされたアラートに身をかためる。視線をさまよわせて全方位に気を張るシンヤへ向けて、3方向から時間差でビーム砲が放たれた。それらを身を捻り、或いは高度を下げてかわし、ビームが発された方を見やるとガナーザクウォーリアがそれぞれ控えている。

 

 

「上を取られているのは厄介だなぁ」

 

 

 射撃兵装を持たないキマイラでは、3つの方向への対処が難しい。ガナーザクウォーリアは3機とも別の高さ、別の場所におり、常に時間差でシンヤを狙う。

 

 

「潰せても1方向だけか」

 

 

 壁伝いで行けば射角を確保できない機体もあるようだが、せいぜいが1機だけだろう。しかし、シンヤは迷わずその方法を選択した。

 

 キマイラを駆り、岩肌が鋭い壁際のすれすれを上がっていく。そして最初のガナーザクウォーリアとの距離が詰まっていく最中、岩壁に左腕を突き立て、そのまま足下から腕を振り上げて機体を引き裂いた。

 

 

「1つ」

 

 

 続く2機目はビーム砲の狙いを定め終えていて、よけることはかなわない。よけられないのならば、“受け止めればいい”。迫りくるビームの奔流を、キマイラはバスタードメイスγの鞘で受け止めきる。程なくして光が終息したのを認め、エイハブ粒子を通わせて破壊力の増したそれをガナーザクウォーリアへ向けて投げつけた。

 

 

「2つ」

 

 

 圧壊して爆散する姿に、痛かったのではないかと少しだけ申し訳なさもあったが、シンヤはそれを回収してさらに上空へ。最後の1機を、鞘から抜いたγナノラミネートソードですれ違い様に切り裂いた。

 

 

「3つ、と」

 

 

 崖の上に降り立ったところで、反対側から同じようにガイアと零丸がやってきた。

 

 

「良かった。無事だったんだね」

 

「えぇ、なんとか。お二人も無事に切り抜けたみたいで、よかったです」

 

「あはは、ほとんどアヤメちゃんがやってくれたから」

 

「そんな。私は、別に……」

 

 

 ステアの言葉に、アヤメは少しだけ恥ずかしそうな反応を見せる。その年相応な姿を見て、シンヤは人知れずほっと溜め息を零した。

 

 続く第3ステージ。ザクウォーリアはシールドを肩の左右に有した指揮官タイプのザクファントムとして現れ、ウィザードもミサイルポッドを備えた中距離タイプのブレイズウィザードを装備していた。

 

 3機で1本道を進む中、真正面から数多くのミサイルが降り注ぎ、1度は後退したもののキマイラの堅牢なバスタードメイスγで防ぎながら、零丸が小回りを活かして手裏剣を投げたりライフルで打ち倒したりと、活躍を見せた。

 

 

「たあぁっ!」

 

 

 そうして敵陣に突っ込んだことでキマイラと零丸に注目が集まった瞬間、ステアとガイアが続いて奇襲を仕掛ける。モビルアーマー形態での機動性を活かして俊敏に大地を駆け抜け、背中を向けていたブレイズザクファントムをビームブレイドで両断。さらにモビルスーツ形態へと変形し、ビームライフルで1機のコクピットに風穴を開けた。

 

 

「着地は狙わせないわ」

 

 

 すぐに迎撃の動きを見せたブレイズザクファントム目掛けて、零丸のサポートメカである武装装甲八鳥がぶつかり、狙いを狂わせる。怯んだその隙をついて、他の敵からの攻撃を掻い潜った零丸が、忍者刀で胴体を切り裂いた。

 

 

「これで終わりかな」

 

 

 頭上から左腕を叩きつけるように振り下ろし、鋭利な爪でブレイズザクファントムに爪痕を刻み付けるキマイラ。右腕に装着されたナックルガード付きの腕を閃かせ、コクピットを拳によって破壊する。

 

 

「ふぅ……第3ステージも突破だね!」

 

「はい。ステアさんの動きもすごかったです」

 

「あはは、あれからいっぱい練習して──あっ!」

 

「どうしました?」

 

「う、ううん。なんでもない!」

 

 

 ステアの言う“あれから”がいつからなのかは分からないが、余計なことを言ってしまったと後悔しているような反応に、シンヤは何も聞けなかった。アヤメに何か話題を振ろうかとも思ったが、彼女も押し黙っていてとても話しかけられる雰囲気ではなかった。

 

 ステアの様子から休憩を挟んだ方がいいのではないかと思ったものの、彼女の口から「先に進もう」と言われたからには仕方がない。その言葉に従い、3機は次なるステージへと駆け抜けていく。

 

 

「ガナー、ブレイズと来たから、次は……」

 

「スラッシュ、ですよね」

 

「一応、外伝なら他にもあるんだっけ?」

 

「えぇ。確か、ケルベロスバクゥハウンドのウィザードを装備してたものとか」

 

 

 外伝に登場したものを挙げれば、きっとキリがない。残りのステージは2つなので、次はスラッシュウィザード。その次のラストでボス戦だろう。

 

 案の定、4つ目のステージは中近距離戦用のスラッシュウィザードを装備したザクファントムが現れた。特徴的な2門のビームガトリングに加え、近接武器としてビームアックスをリアスカートに装備している。

 

 2機がビーム突撃銃を連射しながら迫る。駆ける火線をかわし、シンヤは内1機と接近戦をできるまでに間合いを詰めた。素早く抜いたビームアックスと、バスタードメイスγがぶつかり合い、火花を散らす。重量で言えばバスタードメイスγの方が上回る。

 

 

「押し切る!」

 

 

 4枚のスラスターウィングが推進力を増し、スラッシュザクファントムを確実に押していく。そうはさせまいとさらに別のスラッシュザクファントムが、援護すべく近づいてきた。このまま挟み撃ちされる気はないので、シンヤはまず目の前のスラッシュザクファントムとの迫合いをやめる。

 

 バスタードメイスγで弾き飛ばし、ガラ空きになった胴体を蹴り飛ばして姿勢を崩させる。そうして肉薄していた方のスラッシュザクファントムが振り下ろそうとしていたビームアックスを、右腕のナックルガードで受け止める。そして巨大な左腕でメインカメラをぶん殴った。思い切り。グーで。

 

 頭部への攻撃が直撃して怯んだからには、畳み掛けるしかあるまい。右腕のナックルガードを反転させてクローへ切り替え、スラッシュザクファントムの左腕に強打を見舞う。モニターを介してもはっきりと目に映ったヒビ。そこへ再びキマイラの鋭利な爪が襲いかかる。スラッシュザクファントムの腕は容易くもがれ、両手持ちをしていたビームアックスは地面へ真っ逆さま。

 

 峡谷の岩壁に叩きつけられ、身動きができなくなったスラッシュザクファントムのコクピットに、そっと右腕を当てる。

 

 

「やりすぎ、かな」

 

 

 戦いの最中にそんなことを考えられるほど余裕ができたのはいいことかもしれないが、これが対人戦なら悪いことだろう。シンヤは申し訳なさを振り払うように、パイルバンカーを射出してスラッシュザクファントムを沈黙させた。

 

 

「このぉっ!」

 

 

 一方、ステアはモビルアーマーの形態となって機敏に動き回り、ビームの雨霰を切り抜けるながら、背部ビーム砲で何機かを貫いていた。

 

 メインカメラをビームによって貫かれたスラッシュザクファントムがフラフラと落下するのを見て、ここぞとばかりにガイアが飛びかかる。

 

 

「やあぁっ!」

 

 

 落ちてきたスラッシュザクファントムを踏み台にして、さらに上へ飛び上がるガイア。それを追いかけるようにビームアックスを手に、1機がビームガトリングの照準を合わせながら迫ったが、ステアの方が早かった。

 

 岩壁を蹴って反対側に移動し、ビームガトリングをかわすと素早く変形をといてモビルスーツへと姿を変える。一瞬とは言え目標を見失ったスラッシュザクファントムの隙を見逃さず、ガイアはビームサーベルを抜いて斬りかかった。自重と落下スピードとが合わさり、スラッシュザクファントムの身体すら一刀両断する。

 

 

「やった♪」

 

 

 うまくいったことが嬉しいのだろう。ステアの喜びが通信を介して聞こえてくる。それはシンヤにも伝播し、自然と気分が高揚する。

 

 

「……はっ!」

 

 

 アヤメも零丸を駆ってスラッシュザクファントムを圧倒していた。苦無を放り投げ、関節部へダメージを通してから忍者刀で引き裂く。無理のないシンプルな戦いだが、その実3人の中で最も被弾率が少ない。

 

 

「このステージもクリア、だね」

 

「えぇ」

 

「そのようですね」

 



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それぞれの強さ

 次のボスステージを前に、3人はインターバルの最中にそれぞれの機体の修理を行う。そこまでダメージはないからすぐにでも出撃できるのだが、ステアの提案でコクピットから下りて話していた。

 

 

「そっか。2人ともソロが長いんだ」

 

「僕は何度かチームを組んだことはありますけど……フォースは1度だけですね」

 

「私は……今のビルドダイバーズが初めてのフォースです」

 

「意外だなぁ。実力は充分だし人当たりもいいし……って、強いかどうか私なんかが言ってもしょうがないね」

 

 

 GBNにはまだまだ実力者が数多くいる。ステアのランクは分からないが、その口振りから上位ランカーではないようだ。

 

 

「うーん……女性縛りがなかったらシンヤくんを勧誘したかったなぁ」

 

「そう言ってもらえて、光栄です」

 

「そろそろ、行きましょうか」

 

 

 アヤメの言葉に振り返ると、全機の修理が終わったようだ。彼女に倣うように立ち上がるが、ふと視線を戻すと、ステアが座ったまま顔を俯かせていた。

 

 

「ステアさん?」

 

「……ごめん。最後のステージに行く前に、話しておきたいことがあるの。特に、シンヤくん」

 

「僕に?」

 

「うん」

 

 

 まっすぐと見詰めてくるものだから、シンヤも自然と居住まいを正す。アヤメも零丸には乗り込まず、待ってくれた。

 

 

「私……マスダイバーだったの」

 

「…………え?」

 

 

 思ってもいなかった一言。シンヤも言葉を失い、間抜けな反応をするのがせいぜいだった。

 

 ステアも何を話していいのか分からないのか、言葉は紡がれない。しかしスカートを握る手が震えているのを見て、話すことがどれだけ勇気のいることなのかを察する。

 

 

「無理しなくていいですよ。

 でも……よかったら、話してくれませんか?」

 

 

 シンヤがまっすぐに見詰める。ステアは1度だけ罰が悪そうに顔を背けるが、それも僅かな間だけ。ゆっくりと面を上げ、シンヤを見詰め返す。そして、訥々と語り始めた。

 

 

「私、ガンプラバトルが下手っぴで……それが、ずっとフォースのみんなに迷惑をかけてるんだと思ってたの」

 

 

 ステアが所属するフォース、アークエンジェルズ。女性だけで構成されたそこは、ステアにとって大切な友達と一緒に結成し、なによりも大切な居場所だった。

 

 だから守りたかった。

 

 だから役に立ちたかった。

 

 だから──だから、どんなことでもする覚悟があった。

 

 その強い想いから、ステアは遂にブレイクデカールに手を出してしまう。それがいけないことだと分かっていながら。

 

 

「私のせいでフォースランクも落としちゃって……いつかは見放されちゃうんだって考えてた」

 

 

 後ろで手を組んで、苦笑いするステア。それが強がりなのは誰の目にも明らかで、無理をしているのがよく分かる。本当は打ち明けたくなんてなかっただろう。軽蔑されるのが怖かっただろう。だけど、ステアは話すと決めてくれた。こうして、言葉を紡いでくれた。

 

 

「そうしたら、ビルドダイバーズのリクくんに怒られちゃった。『仲間を裏切っているのはお姉さんの方だ』って」

 

「仲間……」

 

 

 シンヤの脳裏に、かつてのフォースメンバーが浮かぶ。彼らも自分のミスでブレイクデカールに手を出してしまった。それまで築いたものは希薄だったかもしれないが、仲間だった時の時間を信じていたなら、或いは結末は違っていたのかもしれない。

 

 

(いや……でもそれは、今だから言えることか)

 

 

 もしあの時、別の道を選んでいたなら──そう思わずにはいられない。それでも、やり直しなどできないのだから、今ある時間を精一杯進んでいくべきだ。なにより、自分がペイルライダーを傷つけたことを忘れたくなかった。

 

 

「だから私、仲間のみんなのためにできることをしたい。今度はブレイクデカールなんて使わず、自分の力で!」

 

 

 拳を強く握り、改めて意気込むステア。すぐにハッとして、「シンヤくんとアヤメちゃんに力を貸してもらってるけど」と苦笑するが、彼女の想いは確かに伝わってきた。

 

 

「約束します。最後まで、ステアさんの力になりますよ」

 

「うん。ありがとう♪」

 

 

 差し出された手を握り返し、ステアは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 各機の修理が終わり、すぐさまラストステージへ向かう3人。しかし目的地に着いてもバトルは開始されず、【Last stage】と記された表示板がずっと目の前に浮かんでいる。

 

 

「なんだろう? 故障、かな?」

 

「……違うわ」

 

「これは、まさか……」

 

 

 首を傾げるステアの前にある表示板が、不規則に乱れている。それを見てアヤメとシンヤが警戒を強めていると、1機のガンプラが近づいてきた。

 

 

「あれは……ウイングガンダム?」

 

 

 鳥を模したモビルアーマーを視認した矢先、それはモビルスーツへと変形し、シンヤたちの前にゆっくりと着地する。

 

 

《さっき振りだね、仔猫ちゃん》

 

「仔猫……?」

 

「誰?」

 

 

 奇妙な通信が飛んできたことに驚くが、男の声には聞き覚えがある。確か、ステアを追いかけていた───

 

 

《忘れちゃったかい? ホストダイバーのムゴウだよ!》

 

 

 ───そう、去り際に名刺を投げていた彼だ。ただ、受け取ったはずのシンヤはステアに渡すことをすっかり忘れていたため、彼女が分からずにいるのも仕方ない。

 

 

《君を追ってきたんだ。ガイアに乗っている君を》

 

「えぇっ!?」

 

 

 ステアが驚きの声を上げる。ムゴウはステアが挑むミッションを知っていたから、付け回してきたのだろう。怖がらせてしまわないよう、シンヤとアヤメが前に出る。

 

 

「悪いけど、彼女は私たちとミッションに挑戦中なの。貴方はお呼びじゃないわ」

 

《そんな冷たいことを言わないでくれよ。それに、ミッションのことなら気にしなくていい。僕らが終わらせておいたから》

 

 

 ムゴウの言葉を証明するように、さらに2機のガンプラが姿を現す。濃い緑に染まった重厚な装甲とが特徴的な地上型ティエレンと、蒼を基調とした鋭利な腕を持つカッリストだ。

 

 

《報酬も君にちゃんとあげるから。だからさぁ……来いよ》

 

「っ!」

 

 

 先程までの穏やかなものとは打って変わって、冷ややかな声音。ステアはビクッと身を強張らせ、思わず後ろに下がる。

 

 

「ホストを肩書きにしてる割に、随分な態度ね」

 

「そもそもなんだけど……ホストダイバーって、なに?」

 

「主に初心者の女性ダイバーに戦い方をレクチャーするダイバーだよ」

 

 

 通信を仲間内だけに設定して問いかけるシンヤに、ステアがすぐに教えてくれた。男のシンヤには全く無縁な存在だけに、知らなくても無理からぬことだろう。

 

 

「最近は立場を利用して初心者狩りしてるって噂だけど」

 

《さっきから何をこそこそと……ほら、ガイアの子はこっちに来な。このミッションのクリア報酬、欲しかったんだろ?》

 

「それ、は……」

 

 

 逡巡するステア。即席のチームとは言え、ここまで共に頑張ってきただけに、それを無駄にするような行為に甘えたくはなかった。しかしここで断れば何をされるか分かったものではない。自分だけならともかく、アヤメとシンヤを巻き込みたくはなかった。

 

 だが───

 

 

《……はぁ、もういい》

 

「え?」

 

《強引に出るのも、嫌いじゃないからなぁ!》

 

 

 ───痺れを切らしたムゴウが、ウイングガンダムの主武装であるバスターライフルを構える。

 

 

「させない!」

 

《それはこちらのセリフだ》

 

 

 腕に佇んでいた武装装甲八鳥が翼を広げてウイングガンダムへ襲い掛かろうとする。それを制したのは、鋭い腕と巨体とを併せ持つカッリストだった。腕で弾いた後、その巨躯からは想像できない速さで零丸へと突っ込んではその場から一緒に離れていく。

 

 

「アヤメ!」

 

「私のことはいいから!」

 

《まずは邪魔者からだ》

 

 

 ムゴウが再びバスターライフルの銃口を向ける。引き鉄が引かれる前に、キマイラの左手が獰猛な獣のように飛びかかり、食らいついた。

 

 

「アヤメはやらせない!」

 

《ったく……邪魔だって、言ってんだろぉ!》

 

 

 シールドに収納されているビームサーベルを抜きながら吼えるムゴウ。ケーブルを切断されては左手を使えなくなるため、シンヤは致し方なくバスターライフルから手を離す。

 

 

《女は任せた。多少痛ぶっていいから》

 

「なっ!?」

 

 

 モビルアーマーへと変形したウイングガンダムが、キマイラに向かって突撃する。機首にもあたる部分にはバスターライフルがくるため、シンヤは避けようとするがムゴウの方が早い。

 

 

《まずはお前だ。消えろぉ!》

 

 

 銃口から今にも飛び出さんとする眩い閃光が、キマイラを呑み込もうとしていた。

 

 

「アヤメちゃん! シンヤくん!」

 

 

 心配になって後ろを振り返るステアの耳に、攻撃を知らせるアラートが響く。それは足元へと着弾して爆ぜたものの、わざと外したのだとティエレンとの距離が物語っていた。

 

 

《ムゴウさんに従ってくれねーかなー》

 

「お、お断りですっ!」

 

《あっそ……じゃー、遠慮なくやらせてもらおーか!》

 

 

 ティエレンが不気味な動きを見せる。かと思えば、全身を紫色の禍々しいオーラが包み込んでいく。それはあまりに見知ったもので、ステアは思わず息を呑んだ。

 

 

「ブレイク、デカール……」

 

《痛ぶっていいって言われたし、俺そーいうの……好きなんだよねー》

 

 

 愉快に笑いながら、ティエレンは右腕側面に装着された滑腔砲を放つ。迫る危険を前にして、過去を思い出して怯んだ自分を恥じるステア。実弾を右に避けてかわしながらモビルアーマー形態へと姿を変えてティエレンへ突っ込む。

 

 

「ビームブレイドなら!」

 

 

 背部のビームブレイドを展開し、俊敏な動きでティエレンに迫る。しかしそれを目の当たりにしても、相手は臆する素振りも見せない。さらにはカーボンブレイドを手にし、同じように突撃しようと迫りくる。

 

 

(あの重量で振り下ろされたら、まずい)

 

 

 ブレイクデカールでパワーを増しているのは間違いない。その上で巨体を活かして攻撃されれば少なくとも中破は免れないだろう。咄嗟にガイアを跳躍させてティエレンを飛び越える。

 

 

《そーくるか。ま、その方がありがたい》

 

「え? きゃああぁ!」

 

 

 飛び越えた先で攻撃に転じようとした矢先、機体に衝撃が走る。滑腔砲が命中したのだ。

 

 ダメージを受けたせいで反撃の糸口を失ったガイアはそのまま地面に落下し、ステアをさらなる衝撃が襲う。

 

 

「うぅ……ダメ、立たなきゃ……」

 

 

 なんとか立ち上がろうとするステア。しかし嘲笑うように次なる攻撃が飛来する。先程の滑腔砲以上の強い振動と破裂音に、思わず目を閉じてしまう。

 

 

「な、何……?」

 

 

 視線を彷徨わせれば、ティエレンの手にはミサイルランチャーが。黒光りする銃器はあまりに恐ろしく、自然と喉がひくつく。

 

 

《まずは恐怖心を与えてっと》

 

 

 ティエレンは立ち上がらんとするガイアへ滑腔砲を放ち、怯ませる。直撃はしていないが、不用意に動けば命中するギリギリの距離へ弾丸を撃ち込み、ダイバーの恐怖心を煽るのだ。

 

 

《ふへへ……へへへへへ、楽しいなぁ!》

 

 

 地上でティエレンが猛威を振るう様子を、アヤメは零丸と共に空から目にしていた。一刻も早く駆けつけて、ステアを助けなくては──しかし、彼女を追いかけるカッリストもまた、高機動を活かしてそれを赦さない。

 

 

「くっ!」

 

《アンタもどうだ? あのガイアの子と一緒に、俺たちが手取り足取り教えてやるぜ》

 

「ふん。三流……いえ、それにも届かないマスダイバーの厄介になるなんて、死んでも御免だわ」

 

《くぅ、そのつんけんしたのもいいね》

 

「うるさいっ!」

 

 

 アヤメがどう言ったところで、カッリストを駆る男はまったく気にする様子がない。そのせいでさっきから心を掻き乱されて鬱陶しい。

 

 カッリストとの距離が縮まり、その巨体が両腕に装備した可変型のブレードシールドを展開して斬りかかろうとする。その寸前、アヤメは武装装甲八鳥から離れるように飛び退き、カッリストの刃は虚しく空を切る。

 

 

「はっ!」

 

 

 すかさずライフルを連射して弾丸を浴びせるが、ブレイクデカールがそれらを尽く弾いた。カッリストが戻ってくるより早く、武装装甲八鳥に着地し、諦めて踵を返す。撃墜できないのなら、固執して時間を無駄にするわけにもいかない。

 

 

「ステアさん!」

 

「アヤメちゃん!」

 

 

 零丸が投げた手裏剣はガイアを守るように手前に突き刺さり、ティエレンからの火線を少しでも減らす。そして流れるようにティエレン目掛けて忍者刀を煌めかせる。

 

 

「斬っ!」

 

 

 突如目の前に降ってきた手裏剣と、自分へ突っ込んでくる零丸を前に、ティエレンは回避もままならず頭部を切り裂かれる。しかしまだ撃墜には至っていない。

 

 

「ええいっ!」

 

 

 怯んだティエレンを見て流れは自分たちにあると思ったのだろう。ステアがビーム砲を連射してその胴体を貫いた。

 

 

「やったわね」

 

 

 が、喜んだのも束の間、安堵していたアヤメを真上からカッリストが襲い掛かった。ズドンッと大きな落下音と地面に響く振動。巻き起こった砂煙が晴れた時、零丸はカッリストに組み敷かれていた。

 

 

「アヤメちゃんから、離れて!」

 

 

 ビームサーベルを抜き、カッリストへ肉薄する。光刃を閃かせるが、カッリストはブレードシールドでたやすく受け止める。

 

 

「このぉ!」

 

 

 アヤメを助けたいと、何度も何度も刃を振るう。しかしカッリストは意に介することもなく、ブレードシールドで薙ぎ払い、ガイアを突き飛ばした。

 

 

「きゃあぁ!」

 

 

 しかし意識を向けさせることには成功したようで、カッリストは四連装式のロケットランチャーをガイアへ向けて構える。

 

 放たれる弾頭から逃れるように、モビルアーマー形態へと変形してその場を離脱するガイア。充分距離ができたところで身を翻し、ビーム砲で撃ち落とし、カッリストへ向かって飛びかかる。

 

 

「やあああぁぁっ!」

 

 

 稼いだ距離を活かして出せるだけの速度を出し、突進をお見舞いする。あくまで零丸を助け出すことが目的のため、ビームブレイドで切り裂けなかったがなんとかカッリストを退かすことができた。

 

 零丸がカッリストから逃れたのを見て、ステアもそれに続こうとする。だが───

 

 

《やってくれたなぁ!》

 

 

 ───獲物を失ってご立腹なのだろう。カッリストはガイアを掴み、ブレイクデカールで強化された推進力を最大限に駆使して青空へと舞い上がった。

 

 

「え?」

 

 

 それはあっという間の出来事で、気がついた時にはもう、ガイアは手を伸ばしても何もない、大空へと投げ出されていた。

 

 

「あっ……」

 

 

 ガイアは地上専用機ではないし、宇宙空間での戦闘も行える。なによりステア自身、地上、宇宙問わずGBNで何度も戦ってきた。しかし、大空での戦闘はあまり経験がない。搭載されているスラスターも長時間の飛行には適さないもので、精々が滞空時間を少しだけ引き延ばす程度。

 

 だが、そうだとしても───

 

 

「私は、諦めない!」

 

 

 ───叫び、もがきながらモビルスーツ形態へと変形し、ビームライフルを懸命に撃ち続ける。

 

 きっと、かつてのようにブレイクデカールを使っていたのなら落下するのを防げただろう。でもそれは、自分の力ではない。誰かを傷つける気はなくても、ガンプラを、仲間を、友達を裏切る力はもう、必要ないから。

 

 

《鬱陶しいんだよぉ!》

 

 

 照準も定まっていない、デタラメに放たれる砲火。当たっても擦り傷を与えるだけだが、行手を阻むような射線に苛立ちを募らせる。

 

 ロケットランチャーが火を噴き、ガイアのビームライフルに命中する。途端に火の手をあげて使えなくなったそれを手放すが、それでカッリストの心が落ち着くはずもなく、ロケットランチャーが装甲を打ち砕かんと何発も放たれた。

 

 

「きゃあぁっ!!」

 

 

 立ち上る黒煙から姿を現した時にはもう、ガイアは頭部が半分ほど消し飛び、各部もボロボロになっていた。あまりに酷い衝撃と落下速度に、気を失いそうになる。

 

 

《これで、終わりだあっ!》

 

 

 可変型のブレードシールドが、太陽の光を受けて鈍く輝いているのが目に入った。

 

 

(なんとか、しなきゃ……)

 

 

 強い振動に泣きそうになるのを堪え、折れそうな心を奮い立たせる。自分は──ガイアはまだ、負けてないんだと。

 

 だが、残された武装は精々ビームサーベルだけ。必死に腕を動かして武器を取ろうとするが、カッリストの方が圧倒的に速い。迫りくる凶刃を前に、ステアは思わず目を瞑った。

 

 

「終わるのは、アンタの方だ」

 

 

 冷静な声が響く。通信を介してカッリストが悲鳴を上げていると気付き、恐る恐る目を開けると、シンヤの駆るキマイラの巨大な腕によって頭を鷲掴みにされている光景が目の前にあった。

 

 

「シンヤくん! 無事だったんだ」

 

「なんとか、ですけど」

 

 

 苦笑い気味に言う彼の言葉通り、キマイラは右腕を失っていた。恐らくウイングとの戦闘で破壊されたのだろう。

 

 

「アヤメ、ステアさんをお願い」

 

「えぇ」

 

 

 すぐそばまで来ていた零丸が、武装装甲八鳥と共にガイアを優しく抱き止める。それを確認した後、シンヤはキマイラのスラスターウィングを展開し、地上へとカッリストを掴んだまま急降下していく。

 

 

《何を……!?》

 

「残念ですけど……答える義理はない」

 

 

 冷徹に、吐き捨てるように言い、カッリストを大地へ叩きつける。ガイアを上空へ連れて行った時に高度を上げすぎたせいか、落下の衝撃はブレイクデカールでもどうにもできないほどに機体を壊していく。

 

 まだ撃墜には至らないが、最早身動きはかなわない。残った左腕を頭上に高らかと上げ──そして、一気に振り下ろした。鋭利な爪が、巨大な腕そのものが武器となり、カッリストの身体をズタボロに引き裂く。粉々になり、或いはひしゃげた装甲を一瞥し、シンヤは青空からゆっくりと降り立つ最後の敵に視線を戻す。

 

 

《なんだよ、これ……》

 

 

 ウイングに乗るダイバー、ムゴウの弱々しい声が聞こえる。目の前にある現実を受け入れられないと言いたげで、震えていた。

 

 

《くそ……くそっ! くそぉ! こんなはずじゃあなかったのに!》

 

「もう、諦めてもらえませんか?」

 

《うるさいっ! だいたいお前、何であんな奴の味方してるんだよ!》

 

「あんなって……」

 

《お前ら、本当は知り合いじゃなかったんだろ?

 あいつが知り合いだって嘘つかなきゃ、こうはならなかったんだ!》

 

「それはあくまで結果論ですよ。あなた達がブレイクデカールを使っている限り、いずれは誰かの目に止まって、こうなっていたはずです」

 

 

 今もフォースを上げてパトロールを繰り返すAVALONや、様々なミッションに挑んでいるビルドダイバーズ。彼らなら、自分以上に果敢に挑んでいたに違いない。

 

 

《あの女は、庇う価値なんてないとしても、か?》

 

「……どういう意味ですか?」

 

《思い出したんだよ。あいつは……マスダイバーだってなぁ!》

 

「っ!」

 

 

 ムゴウの言葉に、ステアが息を呑んだ。どうして知っているのか分からず、うまく言葉を紡げない。緊張から喉が渇き、ひくついてしまう。

 

 

《自分のことは棚に上げて、呑気にGBNにいやがる……ふざけるな! 自分だってマスダイバーのくせに》

 

「あなただって今、自分のしたことを棚に上げていますけど」

 

《うるさい!》

 

 

 指摘されて苛立ったムゴウが、ウイングガンダムのバスターライフルを構える。引き鉄が引かれるより早く、シンヤはキマイラを動かして放たれた火線をかわし、バスタードメイスγを抜く。

 

 

「エイハブ粒子、伝送開始」

 

 

 γナノラミネートソードの持ち手についたケーブルからエイハブ粒子を鞘へと纏わせていく。漆黒で彩られたそこへ、まるで血を通わせたかのように赤い線が走った。

 

 ウイングガンダムとの距離を一気に詰め、一閃。

 

 

《なっ、あぁ……!?》

 

 

 ムゴウが驚きの声を上げる。ブレイクデカールで堅固になったはずのシールドが、あまりに容易く砕かれてしまったから。それも、たったの一撃で。

 

 スラスターを素早く動かし、続く真一文字に振るわれた重撃をかわそうとして──しかし、胸部に掠めてしまい、真っ直ぐ逃げることは叶わずに倒れ込み、地面に突っ伏してしまう。

 

 

「掠っただけか」

 

 

 大振りだったせいで、装甲を打ち破るには至れなかったようだ。なおも必死に逃れようとするムゴウを、キマイラは歩くだけで簡単に追いついた。

 

 

《おい、あの女はマスダイバーなんだぞ! 分かってるのか!?》

 

「えぇ。本人から直接聞きました」

 

《だったら……!》

 

「すごいですよね。自分のしたことを、ちゃんと話せて」

 

《は……?》

 

「僕には、話したくない過去があります」

 

 

 仲間を、ガンプラを傷つけたこと。

 

 今でも、フォースと言う形が怖いこと。

 

 聞かれても口を閉ざし、聞かれなければそもそも話そうと思わない。

 

 相手が見ず知らずであろうと、チームを組んだ仲間であろうと、自分を知られてどう思われるかが怖くて仕方ない。

 

 それはきっと、ステアも同じだったはずだ。それでも彼女は話すと決め、打ち明けてくれた。仔細は知らないが、マスダイバーだった過去を明るみに出すのはとても怖かったに違いない。

 

 

「僕を信じ、勇気を振り絞って話してくれたステアさんを、僕は信じます」

 

 

 ムゴウから返る言葉はない。呆れているのか、呆然としているのかは知らないが、シンヤにはどうでもいいことだった。

 

 彼はここで、潰すのだから。

 

 

「あぁ、でも1つだけ。ステアさんをマスダイバー呼ばわりするの、やめてくれませんか?

 彼女はもう、ブレイクデカールを使ったりしないんですから」

 

 

 そして、鉄槌が下された。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「今日はありがとう。2人のお陰で助かったよ」

 

「いえいえ」

 

 

 運営に報告した後、事情が事情だからとステアが求めていた報酬は無事に彼女の手に渡った。しきりにお礼を言いながら、ステアは足早に去っていった。アヤメ曰く、報酬を渡すつもりの友人がちょうどGBNへ来ているのだとか。

 

 小さくなっていく背中を見送り、シンヤはほっと息をつく。未完成のキマイラでどこまでできるか怪しかったが、なんとか目的を達成できてよかった。最後まで行けたのは、間違いなくアヤメの功績が大きいだろう。

 

 

「アヤメのお陰だよ、ありがとう」

 

「私は別に……」

 

「せっかくだから、何かお礼させて欲しいんだけど」

 

「……じゃあ、聞かせて欲しいことがあるんだけど」

 

「何?」

 

「ブレイクデカールを、マスダイバーを……そして元凶を、どう思う?」

 

「え? うーん……」

 

 

 思ってもいなかった問いかけに、思わず腕を組んで唸ってしまう。それを見てもアヤメは大袈裟だとも簡単でいいとも言わない。真剣な問いなんだと分かり、シンヤはゆっくりと言葉を探りながら口を開いた。

 

 

「ブレイクデカールは、色んな人の想いに見合っていると思う」

 

 

 かつてシンヤが戦ってきたマスダイバーは皆、自分が勝つための力を求めて禁忌に手を出した。しかし此度知り合ったステアのように、悪いことだと知りながらも誰かとの勝利を願って力を欲した者ももしかしたらいたかもしれない。

 

 簡単に手に入り、思い描いた理想の自分を体現できるブレイクデカールは、誰の目にも魅力的なのだろう。悪そのものだとしても、求めてやまない程に。

 

 

「どうやって作って、配っているのかは分からないけど……その人にも、何か成し遂げたいことがあるのかも」

 

「成し遂げたい、何か」

 

「でも、単独犯ではなさそうだよね」

 

「えっ……」

 

「だってほぼ毎日マスダイバーが出てるし、1人だと、多くばら撒いたらすぐ足がついて捕まえられそうじゃない?」

 

「それは……そう、かもしれないわね」

 

 

 心なしか、アヤメの声はどこか空虚な気配がする。しかし所詮は直感。それを確かめる術を持たないシンヤは、首を傾げるしかできなかった。

 

 

「もし雇われている人がいるとして……その人を、シンヤはどうしたい?」

 

「どうって言われても……別に。事情も知らないのにとやかく言えるほど、僕は聖人じゃないから」

 

「違うの?」

 

「違うよ!?」

 

 

 意外そうな口振りに、思わず強く否定してしまう。アヤメになら過去のことを話せる気がして、せっかくだからとGBNにあるカフェへと彼女を誘った。

 




ステアとの出会いでした。
お読みいただきありがとうございます♪


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潜入捜査

「潜入捜査……ですか」

 

「そうだ」

 

 

 いつものようにキマイラの調整に勤しんでいたシンヤは、かつて共闘したロンメルの部下たるクルトからメッセージを受け、GBNへログインしていた。

 

 メッセージに「頼みたいことがある」と書かれてあり、なにより雲の上の存在と言ってもいいフォースからとあれば、断るわけにもいかない。カフェスペースへと通されたシンヤはクルトから電子情報を受け取り、スクロールしていく。

 

 

「実は先日、『第七機甲師団を潰す』と書き込みがあってね」

 

「それは……穏やかじゃありませんね」

 

 

 GBNについて語らう掲示板は、ダイバーだけでなくプレイしていない者も自由に書き込めるだけあって、数多の人たちが集い、なんらかの書き込みを行っている。中にはいわゆる荒らしと称されるものも見受けられるが、GBNそのものの運営と掲示板の対応にはかなりの労力がかかり、火種を消すにはそれなりの時間を要してしまうのが現状だ。

 

 

「我々のフォースは大所帯だから、掲示板で不穏な書き込みがあれば運営や他のフォースに報告している部署が存在するんだが……」

 

「それでこの書き込みを見つけた、と」

 

 

 シンヤが目で追っていた文章には、【第七機甲師団に入ってぶっ潰す】とあり、彼らのフォース名がはっきりと記されていた。

 

 

「無論、イタズラの可能性も拭えなくはないが……実は少し前に、実際に解散を余儀なくされたフォースがあってね」

 

「え?」

 

 

 思ってもいなかった言葉が紡がれ、シンヤは目を丸くする。渡された資料には、無惨にもズタズタに裂かれたガンプラの写真が添付されていた。

 

 

「000(トリプルオー)と言うフォース名で、主に『ガンダム00』に登場する量産機を軸に組まれた部隊だ」

 

 

 クルトに言われてみれば確かに、アヘッドやジンクス、ティエレンなど量産機ばかりが目立っている。中には特攻兵器として開発されたガガを改良したガンプラもあった。

 

 

「そこのフォースが新メンバーを募集したところ、何人か入ってきたんだが……その内2人はマスダイバーだった」

 

「マスダイバーが?」

 

「あぁ。しかしマスダイバーだけでフォースを瓦解させたわけではない。新入り全員が、グルだったんだ」

 

「どういう、ことですか?」

 

「彼らはまず、目的のフォースに入り込み、信用を得てから新人全員で他のフォースに戦いを挑む。そこで、マスダイバーの出番だ」

 

「まさか……」

 

 

 常にフォースメンバーの募集や実戦が求められるGBNで、新入り同士を戦わせる機会は少なくない。見知ったフォースでの戦いならともかく、まだ知り合って間もない時期に相手がブレイクデカールを使って蹂躙したとなれば───。

 

 

「そしてトドメとなったのが、マスダイバーではない者達の言葉だ。『ブレイクデカールは俺たちのフォースでは当たり前になっている』とね」

 

 

 そんなことを言われれば当然、000(トリプルオー)の信頼は失墜する。いくら初期メンバーが否定しようと、フォースメンバーがブレイクデカールを使ったと言う事実は覆しようがない。

 

 

「000(トリプルオー)は解散。さらに、メンバーは全員がマスダイバーではないかと疑われ、GBNでの居場所もなくなってしまった」

 

「そんなことが……」

 

「運営が初期メンバーの潔白を周知しているが……知らずに後ろ指を指す者も未だ多いと聞いている。なんとかウチで引き取りたかったが、いかんせん部隊の規模などを考えると、難しくてね」

 

 

 第七機甲師団に無条件で入れるわけもないが、それでもロンメルのツテで何人かのフォースメンバーは行き先を得られたのだとか。

 

 

「それで、具体的には僕は何を?」

 

「うむ。今度行われる新人訓練に君も参加して、マスダイバーがいないか探って欲しい」

 

「だから、潜入調査……ですか」

 

「無論、すべて君に丸投げするつもりはない。隊員達の動向には我々も目を光らせるが、やはり新人同士の方が口を開きやすいだろう」

 

「それはまぁ、確かに」

 

 

 掲示板に書き込んだ本人が来るかどうかは未知数だが、マスダイバーも警戒されていると知りながらクルトたち初期メンバーに口を割るはずもあるまい。とは言え、それでも自分に対して話してくれる可能性は僅かだろう。無闇矢鱈に突っ込んだことを聞けば、逃げられる可能性もある。

 

 

「それとすまないが、新人らに合わせてもらいたいから、ガンプラはモノアイの量産機で頼みたい」

 

「はい、分かりました」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 調査当日───。

 

 

「シンヤです。よろしくお願いします」

 

 

 第七機甲師団の支部にあたる新人だけで編成されたフォース、第七士官学校の制服に身を包み、シンヤは自分と同じ新人らに向けて頭を下げた。パチパチと温かな拍手はあるものの、全員が友好的な態度とは言えなかった。

 

 

(ここから熟練度を見て、さらに振り分けられるし、仕方ないか)

 

 

 ガンプラの出来や操縦技術に関しては、第七機甲師団で享受する機会もある。しかし一朝一夕に身につくわけでもないため、長い目で見るか短期間での成長を重視するかは、配属される部隊によって変わってくる。

 

 誰もが知将と名高いロンメルの直属の部隊を目指しているだろう。早々に戦果を上げて目立つか、はたまた伸び代を強調して長い道のりを行くかはその人次第にはなるが、やはり前者が多いようだ。

 

 

(僕はどうするべきかな)

 

 

 シンヤの目的はあくまでマスダイバーを探し出すこと。その人物を特定するには、向こうから声をかけてもらう方が好都合だろう。

 

 

「今日から諸君らの教官を務める、ジャックだ。よろしく頼む」

 

 

 クルトと同様に副隊長を務めているジャックは、眼帯をしており、なおかつ巨漢ともあってなかなかに厳つい。シンヤは面識がないものの、クルトから話は通してあると聞いているから変に緊張せずに済みそうだ。

 

 

「では早速、各々モビルスーツに乗り込んでくれ」

 

 

 各々のガンプラが姿を現す。シンヤが選んだのは、『閃光のハサウェイ』に登場するメッサーと呼ばれる鈍重なモビルスーツだ。宇宙世紀は物語が進むにつれてモビルスーツの大きさも次第に大きくなっていく傾向があり、メッサーもその例に漏れず巨体になっている。

 

 もっとも、『Vガンダム』や『ガンダムF91』などの作品は逆に小型化が注目を集めており、必ずしも作品を辿れば大きくなっていくとも限らないのが楽しい一面でもある。

 

 そんなシンヤの隣には、今回の新人らの中で唯一の女性、クレハが自機を淡々と見詰めている。真紅の長い髪を一条に束ねてポニーテールにしており、キリッとした表情は凛としていて周りの男性が霞むほどにかっこいい。

 

 クレハの搭乗するモビルスーツは、ドム・バラッジのようだ。ドムの中でも肥大化が目立つ本機は、バックパックにドラム型のマガジンを背負っているのが特徴的で、重兵装のガトリングキャノンの弾が詰め込まれている。

 

 

「へへっ、腕がなるぜ」

 

 

 調子良い声に振り返ると、新人の中で最も豪胆な男が楽しそうに自機を見上げていた。名前はダイナ。彼が選んだガンプラ、ドライセンはドムと酷似した姿をしているが、その実武装を多く保有し、単純な戦闘力は飛躍的に向上していると言えた。

 

 ダイナの隣では、友人同士でフォースに入れた2人──ヒミとギダリが、それぞれリゲルグとサイコザクに乗り込んでいく。

 

 リゲルグはゲルググの発展機で、リファインゲルググを略してリゲルグと呼ばれているのだとか。肩のアーマーが横へさらに広がり、その裏にはスラスターが増設されていて機動力の高さが窺える。ヒミが使うリゲルグは、紫黒色を基調とし、袖には綺麗な紋様が描かれていることから『機動戦士ガンダムUC』に登場したものだと分かる。

 

 そしてギダリが乗り込んでいるサイコザク。バックパックにはこれでもかと重火器が積まれており、扱いの難しさを物語っている。普段からそれに乗っているとすれば、実力は充分にあるのだろう。

 

 

『各員、乗り込んだようだな』

 

 

 コクピットに乗り込み、ハッチを閉じるとすぐにジャックから通信が入った。その画面端には現在の通信が個人なのかチームなのか、それともオープンチャンネルなのかが表示されている。今は自分たち新人と、それを見守る他の団員に聞こえるようオープンとなっていた。不用意な発言には気を付けねばならない。

 

 

『お前たちにはこれから、士官学校の精鋭たちと模擬戦をしてもらう。相手が先輩だからと臆する必要はない。徹底的にやれ!』

 

「ハッ、当たり前だ!」

 

「作戦とかは……」

 

「いらねぇよ、そんなの。所詮は支部の連中だろ」

 

 

 ヒミの問いかけに、ダイナは強気に答える。しかしいくら支部とは言え、自分らと違って彼らは連携に長けているに違いない。無策で挑むには強敵過ぎる。

 

 

「作戦って言われてもなぁ。俺たち、まだ何も知らないし」

 

「ギダリまで……」

 

「とりあえず、アレを囮に使うか」

 

 

 割って入ってきた声に視線を移すと、クレハがドム・バラッジで後ろに並んでいる最中だった。彼女の言うアレとは、ダイナのことだろう。

 

 

「いや、でも味方だよ?」

 

「では、何かいい作戦でもあるのか?」

 

「それは……」

 

 

 短時間で案を出すには、場の空気が重すぎた。冷静沈着な雰囲気を纏うクレハに、尽く却下されてしまいそうな気配がのしかかっているし、これから第七士官学校との戦いが待っていると思うと、うまく思考がまとまらない。

 

 

「……とりあえず、クレハの案でいいんじゃないかな。時間もないこの状況で出しても、すぐ実行できるかは分からないし」

 

 

 味方を囮にすると言う作戦に後ろめたさがあるのか、ヒミもギダリも何も言わないので、シンヤはそっと背中を押す。この言葉が決め手になったようで、3人は先に向かったダイナの後ろをついていく。それを見送ってから、シンヤもメッサーをスタート地点へと移動させた。

 

 

《準備はいいな? では、試合開始!》

 

「オラァッ、行くぞぉ!」

 

 

 ジャックの合図が終わるや否や、ダイナがドライセンを駆って戦場へと躍り出る。ホバー移動で駆けていくが、さすがの彼も直線的には動かずに不規則に蛇行して先行していく。

 

 

「やれやれ……」

 

 

 その後を追いかけるのは、ドム・バラッジに乗るクレハだ。離れすぎず、かと言って近づきすぎず、一定の距離を保って襲撃の際には自分だけでも離脱できるように機体を走らせた。

 

 

「ギダリ、俺たちは……」

 

「そ、そうだな。とりあえず、あの森林地帯に何かないか探ろう。多分、トラップとかありそうだから、上空から」

 

「了解」

 

 

 リゲルグとサイコザクが、高度を上げていく。あまり高過ぎると敵の視認すら難しくなるため、高度は少し低めに飛んでいく。

 

 

「さて、と……今は試合に向き合おうか」

 

 

 メッサーに語りかけながら、シンヤは先行したダイナとクレハに続く。都合よく2人ずつに分かれた上、ヒミとギダリは友人なので今後も共に行動する機会は多いはずだ。まずはダイナとクレハを見ておいていいだろう。

 

 

「早速お出ましか」

 

 

 ダイナの声に視線を巡らせると、1機のモビルスーツが身構えていた。一見してザクを彷彿とさせるシルエットだが、それにしては四肢が少しばかり細い。

 

 

「ギャバンボルジャーノン、か。珍しいかも」

 

 

 ザクにそっくりなモビルスーツ、ギャバンボルジャーノンは『∀ガンダム』に登場する量産機の1つだ。量産機を使うこともそうだが、『∀ガンダム』と言う作品から自分の愛機を選ぶダイバーはあまり多くない印象だ。理由は幾つかあるが、ガンプラ化されていないことや独特な造りによる扱いの難しさが大きいだろう。

 

 

「潰してやる!」

 

 

 バズーカを構え、狙いを定めるや否やトリガーを引く。まっすぐに飛んでいく弾頭を、ギャバンボルジャーノンは難なくかわす。しかしダイナの攻撃はそれで終わりではない。腕部のカバーがスライドし、3連装のビームガトリングが姿を現した。絶え間なく連射されるビームの弾丸が襲いかかっていく。

 

 しかしあまりに直線的過ぎる攻撃だけに、たった1歩下がり、身を捻ると言う僅かな動作でかわされてしまう。

 

 

「なにぃ!」

 

 

 当たると思っていたのか、ダイナは苛立ちを見せる。彼のドライセンは速度を落とすことも忘れ、遂にはギャバンボルジャーノンを射程外へと逃してしまう。

 

 

「……下手ね」

 

 

 溜め息まじりに呟き、クレハはドム・バラッジのガトリングキャノンを構える。照準はすぐにギャバンボルジャーノンを捉えず、少し手前の地点から狙い撃ちながら銃身を上げていく。こうすることで敵がどの方向に逃げてもすぐに追いかけられるからだ。

 

 

「っ!」

 

 

 だが、2機の間に突如として巨体が割り込んだ。それが味方のドライセンだと気付いて、クレハはすぐに攻撃を中止する。

 

 

「こいつは俺の獲物だぁっ!」

 

「邪魔をして……!」

 

 

 ドライセンに射線を切られたせいで、ギャバンボルジャーノンはまったくの無傷。一緒に撃ち抜いてしまいたかったが、そんなことをすれば第七機甲師団への正式な採用はなくなってしまう。仕方なく、別の場所から再びガトリングキャノンを見舞うべく移動を開始する。

 

 

「連携取れそうにないな……」

 

 

 クレハならともかく、ダイナは完全に独りよがりな戦い方をしている。彼を差し置いてクレハと連携しても、ギャバンボルジャーノンを撃墜するのに苦労しそうだ。

 

 メッサーの右手に握られたビームライフルを構え、ドライセンを貫かないように側面から狙い撃つ。放たれた光はまっすぐに駆け抜けるが、後ろに下がってかわされてしまう。その着地の隙をつこうと、ドライセンがヒートランサーを手に襲撃する。

 

 

「もらったぜ!」

 

 

 ダイナは撃墜を確信した声音で嬉しそうに刃を振り下ろす。しかしギャバンボルジャーノンは着地後の硬直など物ともしないように俊敏に動き、シールドで防いでしまう。

 

 

「何っ!?」

 

 

 それどころか、体格差を感じさせない勢いでドライセンを押し返す。思っていたことができず、その上反撃を許してしまうったことに、ダイナは明らかに狼狽えていた。ギャバンボルジャーノンがビートサーベルを振り上げたのを見て、ドム・バラッジがガトリングキャノンで一閃を阻む。

 

 集結を始めた3機を相手にするのは厳しいと判断したのか、ギャバンボルジャーノンは森林地帯へと後退していく。

 

 

「逃がすかぁっ!」

 

「そんな不用意に追いかけたら……!」

 

 

 頭に血が上ってしまったのか、ダイナはシンヤの言葉に耳を貸すこともなく、猛スピードで追いかけていく。シンヤとクレハは第七士官学校が仕掛けたであろうトラップを警戒しているため、迂闊に飛び込めない。

 

 その迷いに乗じて、密林から1機のモビルスーツが飛び出してくる。突然の出現に、2人は弾かれたように視線を向けた。眩しく輝くような白で彩られた機体が、モノアイを光らせながら迫りくる。

 

 

「見た目はザクなのに!」

 

 

 クレハが毒づくのも納得だ。肉薄する機体はどう見てもザクⅡでありながら、手にしている武装はゲルググのもので、強襲を仕掛けられた側は判断が鈍ってしまう。

 

 ビームナギナタを構えて突進してくるザクⅡとの距離はまだ充分にある。ドム・バラッジのガトリングキャノンで迎撃しようと銃口を向けた。だが引き鉄を引くより先に、ザクⅡが飛び出してきた密林で何かが煌めいた。それがなんの光なのかは分からない。分からないが、撃たれる──脳がそう直感し、気付いた時にはその場から離れていた。

 

 

「くっ!」

 

 

 クレハがいた場所を、ビームマシンガンの閃光が貫く。ドム・バラッジはその機動性を活かして身を翻し、熱線をかわしていく。それでも、その間ザクⅡから視線が逸れてしまうのは避けられない。逃げた先に回り込まれていたとなれば、できる手立ては極端に少なくなる。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 ビームナギナタを振り被るザクⅡが目の前にいたのを理解した時にはもう、クレハは相手の間合いから逃れられないほどに近づいていた。頭からまっすぐに降ってくると確信していた刃は、しかし割り込んできた別の光刃によって止まることを余儀なくされる。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 シンヤのメッサーがビームサーベルを抜き、受け止めてくれたのだ。クレハは答えなかったが、見た目に損傷は確認されないからとそれ以上は問わずにザクⅡを押し返す。できた距離はそのままにせず、シンヤはメッサーを突っ込ませて斬り結ぶ。

 

 

「射線からして、敵の位置は……」

 

 

 ビームマシンガンを撃ってきたのがどんな機体かは分からないが、大まかな位置は把握できている。ザクⅡの身体で射線を遮るように立ち回っていると、ドム・バラッジが移動し始めた。ドライセンが走っていった軌跡を辿るように動いていたが、それも途中まで。密林に入る直前で軌道を変え、ガトリングキャノンを連射しながらザクⅡの背後辺りにいるであろう敵機をあぶり出す。

 

 

「現れたわね!」

 

 

 たまらず飛び出したのは、後期型ザクⅡだった。下半身は本来の緑色だが上半身はサンドブラウンで彩られたその機体は、ギラ・ドーガが装備するビームマシンガンとシールドを有していた。

 

 

「逃がさない!」

 

 

 姿を見せたからには、ここで仕留めたい。クレハは後期型ザクⅡへ肉薄しながら吠えた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「くそっ、なんなんだよ!」

 

「落ち着いて、ギダリ!」

 

 

 同じ頃───。

 

 上空から敵を探していたギダリとヒミ。密林から立て続けに狙い撃ちされ、苛立ちと焦りを募らせていた。

 

 

「何で当たんないんだっ」

 

 

 舌打ちし、バズーカとマシンガンで反撃しているがどうにも手応えが感じられない。恐らくある程度撃ったらすぐに移動しているのだろう。相手はこの地形を隅々まで把握していると思った方がいい。

 

 サイコザクは多くの火器を搭載しており、取り回しも考えてサブアームも備えている。しかしそれでも1度に全ての武器が使えるわけではなく、また何度も連射を継続できる武器ではないため、必然的に何かしらの穴ができてしまうのだ。敵はそれを利用して一方的に攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「こいつら、いい加減に……!」

 

 

 構えたバズーカに向かってバルカンが走り、粉々に撃ち砕く。このまま狙い撃ちされると思い、ギダリは慌てて機体を下がらせた。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 だが、突如として背後に衝撃が走る。モニターを見ると、ヒミのリゲルグとぶつかってしまったようだ。自分はともかく、ヒミがよそ見をしていたとは思えない。よく見ると、彼もシールドを前に構えて攻撃を防いでいる。挟み撃ちにされたのだとすぐに分かった。

 

 

「この野郎!」

 

 

 未だにバルカンは止まらない。ギダリはサイコザクを走らせ、一気に距離を詰めるとヒートホークを手に、主へと襲いかかる。

 

 怯ませられなかった驚きからか、バルカンの持ち主──ザクキャノンは1歩後ろに下がる。ヒートホークはリーチが短いものの、それを考慮して距離は詰めれるだけ詰めてある。あとはこれを思い切り一閃する。それだけだ。

 

 だが、ザクキャノンは逃げるどころか両手にビッグガンを取り、サイコザクに照準を合わせる。近すぎる距離にありながら高い火力を誇る武器へ躊躇わず手を伸ばす速さに、ギダリは驚くしかできず、彼が乗るサイコザクの胴体が容易く撃ち貫かれた。

 

 

「ギダリ!?」

 

 

 仲間の、親友の反応がなくなったことに気を取られたヒミは、自分へと攻撃を集中しているアクトザクから視線を外してしまう。それが命取りになってしまうことは、頭で分かっていたはずなのに。視界の端にビームサーベルの光を捉えた時にはもう、アクトザクとの距離は避けようがないほど縮まっていた。

 

 

「下手くそがっ!」

 

 

 ギダリ、ヒミと立て続けに撃墜されたと知り、ダイナは苛立たしげに舌打ちする。ギャバンボルジャーノンを追いかけて密林に足を踏み入れたはいいものの、敵機の姿はどこにもない。見失ってしまった焦りが余計にダイナをイライラさせていく。

 

 

「どわっ!?」

 

 

 だから、足元にワイヤートラップが仕掛けられていることに気付かなかったし、よろめく機体を立て直すのに必死で、背後からギャバンボルジャーノンが肉薄しているのも分からなかった。

 

 

「……決したわね」

 

「みたいだね」

 

 

 クレハとシンヤにも、味方がやられたことは伝わっている。戦力差を考えるとこれ以上長引かせては却って目立ってしまうため、早々に撃墜されるよう動き始めるシンヤ。

 

 ドム・バラッジがガトリングキャノンで後期型ザクⅡとザクⅡとを分断し、その隙にシンヤが斬りかかる。大振りの一閃だから敵には格好の的として映っているだろうが、なんとなく後ろに控えているクレハに申し訳ない気持ちになった。

 

 

「分かってたけど……向いてないなぁ」

 

 

 後ろ髪を引かれる思いのまま、シンヤは苦笑いしながら撃墜を受け入れるのだった。

 



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大きな壁

 第七士官学校との模擬戦は、言葉にするのも憚られるぐらいに無様なものだった。意気込んで飛び出したダイナはそうだが、援護すら叶わなかったクレハたちにも事実が重くのしかかっている。

 

 そんな中、シンヤだけは潜入と言う別の目的を胸に動いているため、どうにも他の4人との接し方がいまいち分からなかった。

 

 

(とりあえず、飲み物でも持っていこう)

 

 

 心を落ち着かせるためにホットミルクでも──と思い立ったものの、ダイナは仏頂面のままシンヤを無視し続け、ヒミとギダリはかろうじて受け取ってくれはしたが表情は変わらず暗いまま。

 

 

(うーん……)

 

 

 そもそも、リアルでこそ数少ないながら親友はいるが、GBNでは基本的にソロで活動してきたシンヤにはうまく言葉を紡げない。話すよりも聞く方が好きなだけに、彼らとは別の意味で気が重かった。

 

 

「あとは……」

 

 

 しかし考え込んだところで何か妙案が閃くはずもなく、シンヤは最後にクレハを探そうと敷地内をあてもなく彷徨う。

 

 幸い、自分たちが制限なく動ける範囲はそんなに広くないので、すぐに彼女を見つけることができた。しかし、誰かと話しているのか何かに向かって細々と喋っている。邪魔できない雰囲気と、ブレイクデカールの件とで、思わず身を隠してしまうが肝心の内容までは聞き取れなかった。

 

 

「クレハー」

 

 

 少し離れてからなるべく大きな声を出し、自分の存在をアピールする。改めて彼女の姿を見つけた時には、さっきまでのやり取りを感じさせない佇まいで立っていた。

 

 

「…何?」

 

「お疲れ様ってことで」

 

 

 ホットミルクの入ったカップを差し出すと、彼女はしばしそれを見詰めていた。何か変だったか、或いは苦手なのか、よく分からずシンヤも黙っていると、ようやく受け取ってくれた。

 

 

「もしかして、ミルクがダメだった?」

 

「いいえ。大丈夫」

 

「そう。それならいいんだけど」

 

 

 何かしら情報を引き出したいところだが、自分だけでは難しいだろう。勝手に隣に並ぶのもどうかと思うので、さっさと踵を返す。

 

 

「シンヤくん」

 

「あ……お疲れ様です」

 

 

 クルトに呼ばれ、団員らしく敬礼。話し込んでいて変に思われることはないと思いたいが、用心するにこしたことはない。シンヤはメッサーに乗り込むと、すぐにクルトから通信が入った。

 

 

「何か気になったことはあるかい?」

 

「えっと、クレハが……」

 

 

 つい先程の出来事を思い出し、すぐに伝える。明確に怪しい訳ではなく、確証もないことを言うのは気が引けたが、クルトもジャックも警戒を第一に動いている。大きな混乱を招くことはないだろう。

 

 

「そうか、ありがとう」

 

「これから僕は、どうすれば……」

 

「こちらも手を尽くしているから、積極的に動くことはない。今日はもうログアウトして、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 クルトの言葉に従い、シンヤは早々にログアウトする。仮想世界から現実世界へと戻ってくると、ダイバーギアを外してそばに直立しているガンプラを手に取る。

 

 

「お疲れ様」

 

 

 わざとやられるのは、分かっていても中々くるものがある。静かに感謝の言葉を述べると、作業用のテーブルに移り、メッサーを少しずつ分解していく。

 

 

「久しぶりに出したもんな」

 

 

 メッサーは今回の潜入に合わせて、棚から引っ張り出したガンプラだ。棚に陳列している他のガンプラと同じように、しばらく動かしていないから急に動かすことに少し申し訳なさもあった。

 

 お詫びも兼ねて、メッサーを各部ごとに分解していく。隙間から入り込んだ埃を取り除き、最後に丁寧に拭き取る。この作業で機体性能が大きく向上するはずもないが、シンヤにとっては別に苦ではないし、寧ろ好きでさえあった。

 

 各部位を綺麗にし終えると、足を、腰を、胴体を、腕を、頭部を──それぞれを接続していき、再びメッサーが組み上がった。

 

 

「明日からも、よろしく」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 翌日から、シンヤたちは第七機甲師団の一員を目指しての特訓が本格化していく。まるで軍人さながらのランニングやガンプラに乗っての行軍訓練もあったものの、主たるものはやはり戦闘訓練だった。

 

 とは言え、全員が集まれる機会はかなり少なかった。中でもクレハとダイナは社会人と言うこともあって、時間を確保するのはかなり厳しいのだとか。

 

 そうなると必然的に、ヒミとギダリとのやり取りが増えていき、シンヤも2人だけに集中できる安心感からなるべく声をかける機会を増やしていった。

 

 

「はぁ……」

 

「随分と深い溜め息だね」

 

「そりゃそうだよ」

 

 

 これみよがしに溜め息を零したヒミは、廃墟と化したビル群に身を潜めながら不貞腐れたようにシンヤへ返す。2人は、ギダリと合わせた3人編成で、1人の敵と相対している。その人物こそ、この第七機甲師団の猛者をまとめる隊長──ロンメルだった。

 

 今はそのロンメルを相手に、3対1の戦いの真っ最中。開始から廃墟を縦横無尽に駆け抜けていくロンメルのグリモア・レッドベレーを追いかけるのは難しく、ギダリのサイコザクに搭載されている数多の火器で爆撃じみたことをして炙り出したまでは良かった。

 

 

「気付いたらこっちが追い込まれたんだ……溜め息も出るよ」

 

 

 ヒミの言う通り、爆撃で生じた煙に紛れてミニモアが出撃し、各所にトラップを設置したり錯乱したりと、手痛い反撃をもらってしまった。お陰でサイコザクは中破。戦闘の継続は厳しく、残された右腕でバズーカを持っているものの、戦力としては数えられないだろう。ギダリは活躍の場を奪われたからか、さっきから仏頂面のまま黙っている。

 

 

「いいよな、最初から強い人は」

 

「確かに、負け続けは正直、気が滅入るよね」

 

「簡単に強くなれる方法があればなぁ」

 

 

 その言葉に、シンヤはブレイクデカールについて言うか、逡巡する。もしヒミが第七機甲師団を潰すために入ってきたとして、掲示板にまで書き込んだのだから、周囲の人間をかなり警戒しているだろう。そこに自分が深く突っ込めば、ヒミは早々に姿を眩ませてしまうかもしれない。

 

 緊張から、ごくっと喉が鳴る。平静を装うと自分に言い聞かせながら、シンヤはゆっくりと口を開いた。

 

 

「簡単にって……まさかブレイクデカール、とか?」

 

「あははっ! さすがにそれはないって」

 

 

 どんな反応が来るか身構えていただけに、笑われたシンヤは肩透かしだ。だが───

 

 

「まさかと思うけど、興味あるのか?」

 

 

 ───続く言葉に、シンヤは今度こそ狼狽えてしまう。ここで否定しては、狼狽した怪しさが目立ってしまうだろう。肯定するしか、残された道はなかった。

 

 

「興味だけ……ごめん。こんな奴が同じチームだなんて、嫌だよね」

 

 

 なるべく申し訳なさそうに。自分に全ての非があるのだと言うように、シンヤは言の葉を紡ぐ。しかしヒミは怒ることもなく苦笑いする。

 

 

「いやいや、怒らないよ。自分でも楽して強くなりたいとか思うし」

 

 

 誰しもが強くなりたい、もっと高みに上りたいと願うだろう。無敗を記録している者はこのGBNには存在しない。隊長をつとめるロンメルだって、チャンピオンのキョウヤだってそうだ。

 

 しかし、やはり負けた回数やその時の圧倒的な差など、どうしても違いは出てくる。それに打ちのめされてやめてしまう者も少なくなく、負けた腹いせにブレイクデカールに手を出してしまうパターンもあった。

 

 

(蔓延している割に、アカウントの削除とかは聞かないけど……何でだろう)

 

 

 今までブレイクデカールを使うダイバーには何度か会ってきたが、誰も大した処分を受けていない。アカウントの停止くらいはあるかと思っていたが、ダイバーランクの下降、ポイントの全損なども聞いたことがない。何か、それができない理由があるのだろう。

 

 

「おい、お喋りはそこまでみたいだぜ」

 

 

 ギダリに言われて顔を上げると、1機のミニモアがゆっくりとこちらに近づいてくる。グリモア・レッドベレーと他のミニモアの姿は見当たらないから、別の通りから挟撃してくるのかもしれない。

 

 

「僕が出るよ」

 

 

 言うや否や、シンヤのメッサーが身を躍らせる。ミニモアはすぐに停止し、一目散に後退。メッサーが放ったビームライフルの火線を、右へ左へ機体を走らせながらかわす。

 

 

「この音は……!」

 

 

 ミニモアへ決定打を与えられないまま、背後から迫る音に気が付き、機体を翻す。独特なプロペラ音には聞き覚えがある。グリモア・レッドベレーがバックパックとして装備するティルトローターパックのプロペラが奏でる音に違いない。ミニモアを囮に、後ろから強襲してきたのだろう。

 

 振り向き様にビームライフルを構え、照準も甘いまま引き鉄を引いた。当たるとは思っていないが、一瞬でも怯むのではないかと考えたから。

 

 しかし、シンヤの予想は大きく裏切られることになる。ビームはティルトローターパックを掠めることもなく、虚空に一筋の光を散らすだけ。それはいい。最初から当たるなんて思っていないのだから。だが、空を駆けるのは“ティルトローターパックだけ”で、グリモア・レッドベレーの姿がない。

 

 

(しまった。切り離して──くっ!)

 

 

 驚きが生んだ、一瞬の硬直。それを待っていたと言わんばかりに、無限軌道を活かして物陰からグリモア・レッドベレーが襲いかかってくる。

 

 プラズマナイフとビームサーベルが火花を散らす。一撃で決めきれないと判断するや否や、ロンメルは巧みにグリモア・レッドベレーを操り、シンヤを立て続けに切り裂こうとプラズマナイフを振るう。

 

 一閃。

 

 離脱。

 

 また一閃。

 

 また離脱。

 

 ひたすらそれを繰り返し、精神的にもシンヤを追い込んでいく。

 

 

(くっ、この距離じゃあ……)

 

 

 ヒミのリゲルグが援護しようとビームマシンガンを構えるが、グリモア・レッドベレーとメッサーの距離があまりに近過ぎる。迷いを見透かしたように、ティルトローターパックが携行している3連装のミサイルを放ち、爆撃して怯ませてくる。

 

 

「鬱陶しい……!」

 

 

 苛立ちに動かされ、自然と舌打ちが零れる。ヒミはその場から後退し、広い場所に出るとバーニアをふかして空へと身を躍らせる。ビームマシンガンで飛来するミサイルを撃ち落とし、距離を詰めたところでビームナギナタを振り抜く。刃は両断するには至らず、プロペラとの接続部を裂くだけにとどまった。

 

 それでもバランスを崩させるには充分で、ティルトローターパックはきりもみしながら落下していく。少しでも戦力は減らしておきたいと逸る気持ちに突き動かされ、着地した瞬間にビームマシンガンの銃口を突きつける。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 が、引き鉄が引かれるより早く視界に何かが飛びついた。小柄な陰でありながら、簡単に引き剥がせないようクローを突き立ててくるそれがミニモアだと知り、ヒミは必死に振り解いた。

 

 やっと退けた時にはもう、ティルトローターパックは離脱しており、自分に取り付いていたミニモアも早々に踵を返してしまう。

 

 

「くそっ!」

 

 

 ロンメルにいいようにされている苛立ちに駆られ、コクピットに拳を叩きつけた。

 

 

「シールドは……そろそろ限界、か」

 

 

 グリモア・レッドベレーからの猛攻を受け続けたせいで、メッサーのシールドはかなりのダメージを受けている。プラズマナイフの斬撃に加え、無限軌道を駆使した突進も合わさって受け止めているせいで、想定より壊れるのが早そうだ。受けられたとしても、せいぜいがあと数回。

 

 

「こっちも動くしかない!」

 

 

 斬撃を受け止め、グリモア・レッドベレーがすぐに離れる。それに合わせて、シンヤはメッサーを後退させていく。頭部のバルカンを連射して牽制するが、ロンメルは縦横無尽に機体を走らせてすぐに弾道から逃れる。

 

 

「ここだっ!」

 

 

 すぐさま廃墟に隠れられないよう、道の中央を走り始めたところで、シンヤはバルカンを止め、メッサーを突き動かす。後退していた巨躯をグリモア・レッドベレーへ走らせながらビームサーベル構える。

 

 ロンメルは迎え撃つつもりでいるのだろう。グリモア・レッドベレーも速度を緩めることなく駆けてきた。プラズマナイフを深く突き立てられるよう、斬撃ではなく刺突に適した持ち方に変えて迫りくる。

 

 

(チャンスは1度!)

 

 

 近づく距離。次第に大きくなる機影。渇いた喉がヒリヒリと痛いが、それを気にする余裕はなかった。間もなく、刃がぶつかり合う──正にその瞬間、メッサーが突如としてシールドを抛った。

 

 目の前を舞い、一瞬だけ視線が奪われるグリモア・レッドベレー。しかしロンメルはすぐさま冷静さを取り戻し、速度を維持したままプラズマナイフでシールドを切り裂く。当然、その先にメッサーの姿はなかったが、追撃を警戒してスピードはそのままにしてある。

 

 華麗にUターンし、背後から迫っていた火線をかわした。メッサーはシールドを投げた後、僅かにグリモア・レッドベレーとの距離を空けてぶつかり合わないようにして脇を通り抜け、後ろからビームライフルで追撃してくるだろうと考えたロンメルの読みは正しかったのだ。

 

 盾と言う守護を失ったメッサーだが、戦意までは失われていない。ロンメルは目ざとくそれを見抜き、アサルトライフルで牽制しながらプラズマナイフを突き立てようと急接近する。

 

 弾丸に誘われ、壁際へと追い込まれていく。煌めく刃を避ける術は、なかった。

 

 

「うおおおぉぉ!」

 

 

 突如として、ビルの隙間から1機のモビルスーツが出てくるまでは。

 

 

「サイコザク……ギダリ!?」

 

 

 残された唯一の火器、バズーカから放たれた弾頭がグリモア・レッドベレーの身体を焼こうと迫る。死角からの襲撃に近かったはずだ。なのにロンメルはすぐさま回避行動に移り、事なきを得る。

 

 それでも諦めきれないのか、ギダリは追いかけた。アサルトライフルの銃口が向けられても進路を変えず、ただひたすら真っ直ぐに、一直線に。

 

 

「ギダリ、それじゃあサイコザクが……!」

 

「どの道大破を待つだけなんだ。やれるだけのことをやるんだよぉ!」

 

 

 被弾を考えて装甲を少しでも厚くしてあるのか、サイコザクはアサルトライフルの弾を受けても簡単には怯まなかった。ロンメルは鬼気迫る勢いを見て嬉しそうに口角を吊り上げる。

 

 

「愚直だな。しかし、心地良い!」

 

 

 標的をサイコザク本体からバズーカへと切り替える。いくら装甲を分厚くしたところで、火器は容易く火を上げてしまう。ギダリのサイコザクもそれは例外ではなく、彼はなくなくバズーカを手放す。だが、スピードは殺さない。残った右腕を懸命に伸ばし、遂にはグリモア・レッドベレーの頭部を捉えた──ように見えた。

 

 

「だが……」

 

「なにっ!?」

 

「まだ青いな」

 

 

 伸ばされた腕を、ロンメルは逆手に取ったのだ。脚部装甲からクローを展開してサイコザクの腕部を掴み、自分の足元に引きずり落とした瞬間に自身は巻き込まれないよう急旋回して離脱。残されたのは、地面に倒れ込むサイコザクと銃口を突きつけるグリモア・レッドベレーの姿だった。

 

 

「ふむ、時間か」

 

 

 引き鉄が引かれることはなかった。戦闘時間の終了を告げるブザーが鳴り響き、ロンメルが早々に銃口を逸らしたお陰だ。

 

 

「3機で挑んでこれか……」

 

 

 苦々しく呟くギダリは、ヒミと通信で話してさっさとフォースネストへと帰還する。残されたシンヤはと言うと、ロンメルに今日のヒミとのやり取りを話しながら、彼の実力を改めて痛感していた。

 

 こちらが撃墜されなかったのは良いことではあるのだが、サイコザクは大破、リゲルグとメッサーは小破と多かれ少なかれ誰かしらダメージを受けている。それに対してグリモア・レッドベレーはメッサーの頭部バルカンで僅かに傷ついた程度。小破にすら至っていない。

 

 

(これが、上位ランカーの実力……)

 

 

 シンヤとて自分なりの戦い方に見合った動きとガンプラがあればもう少しまともにはなるだろう。それでも、ロンメルを追い込むにはまだまだ遠いが。

 

 

(今思うと、タイガーウルフさんはだいぶ手加減してくれてたんだよな)

 

 

 立ち上がるための稽古をつけてくれたタイガーウルフ。彼の拳をある程度受けて尚、敗北にならなかったのは手加減あってこそ。文字通り、彼らは雲の上の存在なのだと改めて痛感するのだった。

 



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走り出す者達

「諸君らには、今日はフォース戦を行ってもらう」

 

 

 第七士官学校に所属して、早くも2週間。久しぶりに全員が顔を合わせた中で言い渡されたのは、他流試合だった。

 

 ちなみにこれまでの戦績は芳しくない。すべて第七士官学校、或いは第七機甲師団のメンバーとの模擬戦だったが、10回行われた戦いで勝てたのは1度だけ。何度も味わった敗北に、彼らの表情は険しかった。既に覇気のない者、燻り続ける苛立ちを露わにする者、5人が5人ともバラバラではあったが、少なくともフォース戦に乗り気ではなかった。

 

 

(大丈夫なのは……クレハぐらい、かな)

 

 

 クールであまり表情を変えないクレハ。彼女も負け戦ばかりで少しばかり不満そうな雰囲気はあるものの、それを如実に表したりはせず、平静を装っている。

 

 ロンメルの狙いは、敗北によってブレイクデカールを使わせること。蓄積された敗北の鬱憤に促され、ブレイクデカールを使うのではないかと読んでいるのだ。

 

 第七機甲師団の名は、GBNをプレイしていれば自然と耳に入り、目につくぐらいに人気を集めている。仲間内の模擬戦はともかく、他のフォースとの試合ともなれば映像を中継されることもあって、「フォースを潰す」と書き込んだマスダイバーにとって格好の機会と言えるだろう。

 

 ジャックから対戦相手に関する情報をもらい、5人だけでミーティングをするよう言い渡される。だが、案の定誰も口を開こうとはしなかった。

 

 

「えっと……とりあえず、確認だけでもしていこうか」

 

「そうね。黙っていても時間の無駄だし」

 

 

 幸い、シンヤの言葉にクレハが同意してくれた。ダイナとヒミ、ギダリからは何も返事はないが、視線はちゃんとこちらを向いており、やる気はあるように感じられたので電子情報を表示する。

 

 

「対戦相手はZAFT'sってフォースで、僕らと同じく量産機を主軸に組まれてるね」

 

 

 相対するフォース、ZAFT'sは『ガンダムSEED』シリーズにてZAFTと呼ばれる軍に所属する量産型のモビルスーツに限定して組まれている。

 

 乗機は互いに前もって知らされているため、対策も立てやすい。もっとも、生半可な対策では相手に読まれて返り討ちに遭う可能性もぐんと高くなるため、絶対的に優位に立てるわけでもないが。

 

 ZAFT'sが使用するモビルスーツはどれもカスタマイズはされておらず、原作通りのもののようだ。

 

 大気圏内でも単機で飛行し、多くの火器を有するバビ。

 

 ビームライフルと切断力に特化した刀のみと言うシンプルな武装を持つジンハイマニューバ2型。

 

 宇宙世紀シリーズでも馴染み深く、バビと同様に大気圏内で飛行できるグフイグナイテッド。

 

 丸みを帯びた身体と、それを支える細身の四肢が特徴的な水陸両用モビルスーツ、アッシュ。

 

 そしてフリーダムとジャスティスの装備を試験的に運用することを目的に開発された、火器運用試験型ゲイツ改。

 

 バランスの取れたフォースだと言えた。特にバビとグフイグナイテッドは大気圏内でありながら高い機動性を誇り、サブフライトシステムがないと空中戦の厳しいシンヤたちにとって強敵になると思われる。

 

 ステージは海上都市で、水陸両用のアッシュにも細心の注意を払う必要が出てくるだろう。

 

 

「なるべくなら、2人か3人で組んで敵を各個撃破したいけど……」

 

「なら、俺とギダリを組ませてくれ。2人でミッションをやったことも何度かあるし、互いの癖は分かってるから」

 

「じゃあ、それで。クレハとダイナも、いいかな?」

 

「えぇ、異論ないわ」

 

「あぁ、いいぜ」

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ZAFT'sの面々と軽く挨拶をかわし、モビルスーツへ乗り込む。その間にシンヤはクルトからZAFT'sのメンバーには予め話を通してあり、マスダイバーがブレイクデカールを使う危険性も周知してあるとのこと。また、マスダイバーとブレイクデカールについて知る千載一遇のチャンスと言うことで、運営も目を光らせているらしい。

 

 

(つまり、運営はまだブレイクデカールをすべて把握しきれていないってことか)

 

 

 本来であれば早くに対策がなされるはずなのに、それが未だ形になっていない事態。それほどまでにブレイクデカールとは未知の存在と言っても過言ではないのかもしれない。

 

 

「メッサー、出ます!」

 

 

 最後にシンヤが出撃し、早速二手に別れる。いつもなら機動力のあるドライセンとダイナが最前を行くのだが、今回は敵を引きつける目的からシンヤが先頭を。クレハのドム・バラッジが援護のために続き、ダイナは強襲をかねて最後尾を走る。

 

 また、万が一後ろから狙われてもドム・バラッジのガトリングキャノンなら射程に優れているのですぐに反撃に転じられるだろう。

 

 

「…来た」

 

 

 索敵可能な範囲に入ったのだろう。レーダーに1つの機影が表示される。まだ接敵するには距離があるものの、次第に距離が縮まっていく中、シンヤは違和感を覚える。

 

 

(機影が増えない、か)

 

 

 レドームなどを装備して索敵範囲を拡大している機体ならともかく、ほとんどの機体は索敵できる範囲が同じように設定されている。恐らくこちらが3機いることは既に分かっているはずなのに、向こうは増援が来る様子がない。

 

 

(向こうに4機行ったとすると厄介だけど、そんな割り振り方をするか?)

 

 

 実力差はあまりないと事前に聞かされているし、いくらロンメルの顔が利くフォースとは言え、第七士官学校の面々相手に1対3と言う一見して不利な状況を作るとは思えなかった。

 

 

「シンヤ、どう思う?」

 

「バビかグフが大きく迂回してくるかも」

 

「同感だわ」

 

 

 クレハは背後を警戒して機体の速度を落とし、代わりにダイナが前へ出る。間もなく敵の姿を捉えるであろう距離まで来た時、突如として機影が2つに増えた。

 

 

(モビルスーツ? いや、これは……)

 

 

 最初から見えていた機影から飛び出すように、何かが近づいてくる。しかしモビルスーツにしては小さく、小柄な影。

 

 

「ファトゥムか! ダイナ、右のビル群を抜けて最初に見えてた機影を頼むよ」

 

「前に出ていいんだな?」

 

「もちろん。思い切り、ね」

 

「任せろおおおぉぉ!!」

 

 

 ずっと最後尾を走らせれていた鬱憤でもあるのだろう。ダイナはドライセンのスピードを一気に上げると、メッサーから離れて右へ曲がってビルの隙間を駆けていく。

 

 

「やっぱりか」

 

 

 そしてシンヤの目の前に、小柄な機影がその正体を現す。火器運用試験型ゲイツ改が、背部に背負ったリフター。遠隔操作を可能とし、ジャスティスが装備する武器の中でも最も特徴的な武装──ファトゥム-00だ。

 

 ビームライフルを構え、照準もそこそこにファトゥムへ向けて1発。掠めるかどうかの瀬戸際だったが、ダメージを恐れてファトゥムは片側に傾いて熱線をやり過ごす。そのまま翻るかと思いきや、さらに速度を上げて急旋回するとメッサーへ狙いを定めてビーム砲と機関砲を放つ。

 

 今度はシンヤの方が隠れることになったが、ビルとビルの隙間を抜けるとそのまま先行したドライセンを追いかける。すぐにファトゥムが追撃に迫るが、クレハのドム・バラッジがガトリングキャノンで進路を塞いでくれた。

 

 

「見つけたぜぇ」

 

 

 その頃、ダイナは火器運用試験型ゲイツ改を視界に捉え、ヒートランサーを手に一直線に近づく。ゲイツ改がビームライフルを構えるが、それを見たダイナはすぐさまビルの陰に隠れてしまう。

 

 

「こんなビルに囲まれたところじゃ、どうしようもねぇだろ!」

 

 

 遮蔽物の多い位置にいては、射線を遮られてしまう。ましてやホバー移動で高速に動き回るドライセンを相手にするには、ビルが邪魔だろう。

 

 

「もらった!」

 

 

 側面に回り込んだ瞬間、再びヒートランサーを振り上げる。だが、刃がゲイツ改の身体を切り裂くことはなく、寸前でビームサーベルによって受け止められてしまう。

 

 すかさず、反対側から追いついたメッサーがビームサーベルを抜き、斬りかかる。しかし、これも同じように受け止められてしまった。

 

 

「このっ……!」

 

「2機を相手に、やる!」

 

 

 左右からじわじわとでもいいから追い詰めるつもりだったが、ゲイツ改はまるで涼しい顔でもしているように、刃を受け止めたまま微動だにしない。

 

 

「っ!」

 

 

 アラートに促されてレーダー見ると、ファトゥムが猛スピードで迫っていた。下がらざるを得ず、シンヤはメッサーを後退させる。それに僅かに遅れる形で自分が先程までいた場所を、獲物を捉えようと肉薄する猛禽類のように駆け抜けていくファトゥム。

 

 ダイナも迫り合い以上の攻めには繋がらないと判断したのだろう。腕部のビームガンを撃ちながら後退する。

 

 

「今度はなんだよ!?」

 

 

 ファトゥムがゲイツ改の背中に戻っていく。それでも立て続けに響いたアラートに、ダイナは苛立ち紛れに吐き捨てる。空を仰ぎ見れば、いつの間にか上空に控えていたバビから数多くのミサイルが降り注ぐところだった。

 

 

「チッ!」

 

 

 舌打ち。頭に血が上っているが、レバーを動かす手は割と冷静だ。なにせこれまでも爆撃や銃撃など、多対1の状況は何度となく経験してきたのだから。もっとも、その多くは“悪い意味で”だが。

 

 

「ごちゃごちゃ……うるせぇんだよぉ!」

 

 

 聞き飽きるほどに耳をつんざいてきた警報音。さっさと聞こえなくなるよう、敵を斬り倒していきたい気持ちはゼロではない。突っ込んで、刃を突き立てて、敵を倒して、勝利を噛み締めたい。

 

 

「けどそれは……今じゃねぇよな、隊長!!」

 

 

 バビの背中から、ジンハイマニューバ2型が抜刀しながら飛び降りてくる。ドライセンの背中に懸架してあるトライブレードを差し向け、少しでも時間を稼いだところで傍らのビルをビームランサーで斬り裂く。

 

 裂かれた身体を支えきれず、ビルは射出したトライブレードとジンハイマニューバ2型を諸共呑み込んだ。

 

 

「へっ、どーよ。俺の腕も大したもんだろ」

 

 

 自信を見せるダイナ。なにせ、ロンメルから直々に指南してもらったのだ。これくらいできなければ、到底第七機甲師団にまで上り詰めることはできまい。

 

 

(あれはマジでキツかったけどな)

 

 

 突貫力を認めてもらえたダイナだが、ロンメルから「今のままでは秒だ撃墜される」と言い渡された時は泣くかと思うほどショックだった。これまでは偶々偶然、運が良かっただけなのだ。それを運ではなく、実力で成せるようになりたくて、無理を承知で指導を願い出た。

 

 その結果が、上空からの爆撃、遠距離からの砲撃、多方向からの銃撃、数多くの遠距離攻撃をひたすらかわし、逃げ、生き残ると言う訓練に駆り出される羽目になったが、結果としてそれは功を奏したと言えるだろう。

 

 

「…はっ、さすがにしぶといな」

 

 

 目の前でビームの光が弾け、ジンハイマニューバ2型が姿を現す。思い返して余韻に浸っている暇はなさそうだ。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「狙いも充分。機体のパワーも申し分ない、か」

 

 

 ゲイツ改が腰の左右に装備するレールガンから、高速の弾丸を放たれる。クレハはそれをひらりとかわし、ビルを盾にしながら後ろ側へ回り込んだ。

 

 

「けど……せっかちね」

 

 

 クレハが隠れ蓑にしたビルへ向けて、ビームが立て続けに浴びせられる。程なくしてビルを貫き、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 

 少しだけビルから離れ、ガトリングキャノンを構える。けたたましい音が唸り、矢継ぎ早に弾丸がまっすぐに砂煙を突き破って、その先にいるであろうゲイツ改へ閃く。しかし何かに当たってはいるものの、手応えは感じられない。

 

 

(シールドで防がれてる。となると、恐らくは……)

 

 

 レーダーを見れば、クレハの予想通り機影が2つに増えている。高速で迫る2つに対し、クレハはガトリングキャノンの連射をやめて迎え撃とうと機体を走らせた。

 

 その場を後退しながら離脱すると、未だ濛々と立ち込める煙を突き破って、ファトゥムが迫っていた。そこらのモビルスーツよりも高い旋回能力を有しているそれを、ビルの隙間を縫ってやり過ごすのは厳しいだろう。

 

 

「だったら……!」

 

 

 急制動をかけ、ファトゥムが擦れ違う瞬間に背中から1回転して突撃をかわし、クレハは追いかけてくるゲイツ改に向かって駆け抜けていく。突然自分に狙いが向いたことに驚いたのか、ビームライフルを構えるが既にクレハの方が早く手を打っていた。

 

 ドム・バラッジの腰部にあるミサイルランチャーが火を噴き、曲線を描いてゲイツ改へと降り注ぐ。それが致命傷にならないことは、分かっていた。よほど正確に着弾させられない限り、牽制にしかならないだろう。

 

 だから、スピードは緩めない。グッと操縦桿を倒し、空いた距離を一気に詰める。格闘兵装は持ち合わせていないが、重厚な拳とスピードさえあれば充分だ。

 

 

「くらえっ!」

 

 

 手を結び、思い切り振り上げる。煌めく太陽に背中を押されるように、クレハは重たい拳をゲイツ改目掛けて振り下ろした。

 




読了ありがとうございます!


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伝播する悪意

 海辺を疾走するリゲルグとサイコザクは、時折並走するように真横を走る水陸両用のモビルスーツ、アッシュから放たれるミサイルをかわしながら、自分らから逃げるように目の前を飛行するグフイグナイテッドへ攻撃を続けていた。

 

 

「当たらない……!」

 

 

 ギダリのサイコザクが、搭載されているありったけの火器を懸命に撃つ。しかし迫りくる弾丸の雨を気にも留めず、グフイグナイテッドは身を捻ってかわし、或いは腕部に備えられたビームガンで迎撃し尽くしてしまう。

 

 ならばアッシュの方から先に片付けるかと視線を向けるが、相変わらず一定の距離を保ったままミサイルばかり撃ってくる。直撃はないが、正直なところ鬱陶しい。しかしこちらが反撃に転じたところで、攻撃が当たる前に海中へ姿を消してしまうだけにどうしようもなかった。

 

 

「これは……いよいよまずいかもな」

 

 

 独り言のように呟くギダリの言葉に、ヒミは身体を強張らせる。久しぶりに会ったダイナとクレハは、初めて一緒に戦った時よりも明らかに動きが良くなっていた。それについて行けているシンヤも、はっきりと分かるわけではないが強くなっているのだろう。

 

 

(なのに、俺は!)

 

 

 焦りが、喉を突き刺す。乾いたせいで呼吸すら苦しい。

 

 一瞬だけモニターから視線を外したせいで、アッシュが放ったミサイルに運悪く当たってしまった。リゲルグは姿勢制御もままならず、地面を削るように倒れ込んで失速していく。

 

 

「ヒミ!」

 

 

 すかさず、サイコザクが庇うようにグフイグナイテッドとの間に入り込む。幸い、まだ距離があるからすぐに攻撃が来ることはないが、このまま見逃してもらえるはずもない。

 

 

「何で、俺……何も、できないっ……!」

 

 

 周りに置いていかれる疎外感。自分だけが世界から弾かれたかのようにさえ思えてくる。何故世界はこんなにも不平等で、こんなにも自分を虐げるのだろう。

 

 

 ───それは、世界が間違っているからだ───

 

 

 脳裏に蘇る言の葉。このフォースに入る前、出会った男からもらった物。もらった言葉。最初こそどこか不気味に思っていたが、今はすんなりと受け入れられる。

 

 

 ───間違っているのは、世界の方だ───

 

 

 そうだ。誰もが楽しめる世界でないのなら。自分が苦しい思いをさせられる世界であるのなら。

 

 

 ───そんな世界は、ぶっ壊せ───

 

 

 この世界なんて、なくなって構わない。

 

 

「くっそおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 叫び、雄叫びを響かせ、ヒミは“それ”を使った。紫黒色のオーラを纏い、力を誇示するように握り拳を作るリゲルグ。ブレイクデカールが、唸り声をあげる。

 

 

「ヒミ……“よくやったよ”、お前」

 

 

 サイコザクを少しずつ後退させながら、ギダリは嬉しそうにほくそ笑んだ。

 

 

「マスダイバーか!」

 

 

 グフイグナイテッドがリゲルグを視認した後、情報共有のために通信を開く。だが───

 

 

「何だ? 繋がらない!?」

 

 

 ───その思惑は見事に打ち砕かれてしまう。とにかく相手をとめなくてはならない。その一心で、グフイグナイテッドは中距離まで来たところでヒートロッドを振り回し、リゲルグのビームマシンガンへ巻き付かせる。

 

 

「本体が硬くとも、武器さえ破壊していけば……!」

 

 

 ビームマシンガンを亡きものにしようと、ヒートロッドを電撃(パルス)が走る。だが、普段であれば瞬時に破壊できるはずが、一向にその気配がない。それに戸惑っていると、リゲルグはあろうことかヒートロッドを掴み、その持ち主を叩きつけるように思い切り引っ張る。

 

 バランスを失い、フラフラと落下するグフイグナイテッドへ、追撃の手が迫る。リゲルグのバックパックにあるミサイルポッドから放たれたミサイルが、雨となって降り注いだ。シールドである程度防いだから致命傷にはならなかったが、気付けばリゲルグの姿が目の前から消えている。

 

 

「どこに──がはっ!?」

 

 

 怯んだだけで充分だと判断したのだろう。ヒートロッドを手放し、一直線に獲物へ向かって加速したリゲルグはビームナギナタを一閃。グフイグナイテッドを瞬く間に屠った。

 

 そこへ、ジャミングによって状況を把握できないまま海にいたアッシュが海中から身を躍らせる。判断は早く、味方がやられたことに激昂したのか両方に装備したビーム砲が閃光を放った。しかしブレイクデカールで力強さを増した装甲は、ビームを受けたところでびくともしない。

 

 モノアイがゆっくりと次なる獲物を捉えると、それとは反対に俊敏な動きでアッシュへと肉薄する。接近戦に対応しようとビームクローを展開するアッシュと、ビームランサーを閃かせるリゲルグ。刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 

 バチバチと嫌な音を目の前で繰り広げられた上、徐々に押し込まれていくことに恐怖したのだろう。アッシュはたまらず迫合いを止めて、海中に逃げようと背を向ける。自分だけでは勝てないし、ジャミングの範囲外へと逃げたかったから。そこまでの判断は良い。しかし、リゲルグをよろけさせることも、怯ませることもしないまま背を向ければ、どうなることか。

 

 背後から迫るビームランサーが、易々とアッシュの肉体を貫く。潜る暇もないまま沈黙し、アッシュは海の藻屑と化した。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 最初に異変に気がついたのは、シンヤだった。上空からガンランチャーとビームライフルを主軸に攻撃の手を緩めないバビから距離を取る最中、突如として仲間との通信が途絶えたのだ。

 

 

(誰かジャミングを使ってるのか?)

 

 

 自分たちも相手のフォースも、ジャミングを使える装備は持ち合わせていないはずだ。ジャミング下にあると仲間内でも予め別回線を用意していないと通信できなくなる。だから事前にその用意があることを打ち明けておかないと、今のように味方同士でも情報の伝達ができなくなってしまう。

 

 シンヤは転身し、今までいた場所へメッサーを移動させる。出撃前に味方のガンプラにジャミング用の装備はなかったはずだ。敵が使っていないのだとしたら、ジャミングの範囲はかなり限られてくるだろう。

 

 

「…よし、戻った」

 

 

 開きっぱなしにしていた回線に、クレハの呟きが入った。彼女もいつでも連絡できるように回線は開いたままにしてくれているからありがたい。

 

 

「クレハ、ダイナ、悪いけどここを任せたい」

 

「はぁっ!?」

 

「いきなりね」

 

 

 素っ頓狂な声を上げたダイナはすぐさま噛み付いてきそうな勢いだが、出かかった言葉を必死に抑え込んでいるのが息遣いで分かった。

 

 

「さっき通信が途絶えたポイントがあったんだ。その確認をさせて欲しい」

 

「そんなことかよ。敵が通信障害を引き起こしてるんだろ?」

 

「もしそうなら、そいつを叩いてくるよ」

 

「……5分で戻りなさい」

 

「ありがとう、クレハ」

 

 

 去り際に、ゲイツ改とジンハイマニューバ2型に向けてビームライフルを連射し、少しでも敵意を自分へ差し向ける。クレハとダイナはすぐさま物陰に隠れたため、2機ともシンヤを追いかけ始めた。背中から後退しながら向かう先は、ヒミとギダリのいる海岸沿いだ。

 

 

「こちらメッサーのパイロット、シンヤです。ロンメル隊長からお話しは聞いていると窺っています」

 

 

 回線を変えて、迫り来るゲイツ改へ通信を試みる。少し経ってから、厳つい声が返ってきた。

 

 

「あぁ、もちろん。何か気になったのかね?」

 

「先程、通信が途切れた場所がありました。念のため、一緒に確認をお願いできませんか?」

 

「了解した。ZAFT's総員、協力しよう」

 

 

 それから程なくして、ジャミングの適用範囲に入った。直前にゲイツ改からバビとジンハイマニューバ2型へ先行するよう命令が下されており、2機は機動性を活かして駆け抜けていく。

 

 モビルアーマーの形態へと変形したバビが逸早くリゲルグの姿を捉える。ブレイクデカールのオーラは健在で、マスダイバーだと分かるとすぐさま攻撃に転じた。

 

 今、放てるだけのミサイルを一斉に解き放つ。バビのミサイルは最初こそ花開くように広い範囲をカバーするように動くが、すぐさま放物線を描くように中央へと集束していく。これだけの量を1度に浴びれば、例えブレイクデカールを使っていようと多少のダメージは与えられるはずだ。過去にマスダイバーと戦った経験が、それを物語っている。

 

 しかしリゲルグは臆する様子もなく、ビームナギナタを前方に持ってくるとぐるぐると回転させる。その速度はあまりに早く、迫り来るミサイルの数がいくら多くとも、回転し続けるナギナタを掻い潜ることはできず、次々と破壊されていった。

 

 バカな──驚きから、開いた口が塞がらない。次に胸部に備えたビーム砲を使いたかったバビだったが、ナギナタを貫くことはできないと判断し、追いついてきたジンハイマニューバ2型と一緒に攻めていく。

 

 腰にある重斬刀を抜き、一直線に向かっていくジンハイマニューバ2型。振り上げた刃を一閃するが、リゲルグはなんなくそれを後ろに跳躍してかわす。その着地点へ、バビがガンランチャーを放った。地面はたちまち歪な形になり、平らな部分への着地ができなかったリゲルグはバランスを崩す。

 

 体勢を乱され、膝をつくリゲルグ。隙だらけとなった上で、ジンハイマニューバ2型が背後から再び刃を閃かせる。ビームナギナタによる防御は──間に合わない。

 

 一刀両断の言葉に違わぬ速さと鋭さ。右腕を肩から斬り落とされたリゲルグが、恨めしそうにモノアイを光らせる。このまま一気に攻めれば勝てると確信して、さらに1歩踏み込む。しかしリゲルグの方が速く動き、ジンハイマニューバ2型は蹴り飛ばされてしまった。

 

 背中から叩きつけられ、痛みに苦悶しながら機体を起き上がらせようとして、ピタリと動きが止まった。なにせ、目の前で驚きの光景が広がっていたのだから。

 

 先程斬り伏したはずの“リゲルグの腕が、戻っている”。これも、ブレイクデカールによるバグが引き起こしているのか。はたまた、ブレイクデカールそのものの力なのか。思案を巡らせるが、いずれにせよ証明はできない。せめて仲間が合流するまでは耐えなくてはならないこの状況で、考えなどまとまるはずもなかった。

 

 しかしバックパックから放たれたミサイルが降り注ぎ、身動きを封じられる。迫り来るリゲルグへ咄嗟にビームライフルを構えるが、腕部に備えられたビームガンから飛んだ閃光によってライフルを破壊される。残された武器は、重斬刀のみ。

 

 指を咥えて待っているなど、性に合わない。ジンハイマニューバ2型もまた、リゲルグに向かってスラスターをふかした。接近をただ黙って赦されるはずもなく、ビームマシンガンの銃口が向けられる。可能な限りシールドで身体へのダメージを避けるが、それでも全てを防げるはずもなく、少しずつ足に、肩に着弾してスピードを殺されてしまう。それでも、ジンハイマニューバ2型は墜落せず滑空を続けた。この刃を届かせる──その一心で。

 

 遂にはその切先がリゲルグを捉えるまでに近づく。文字通り、あと1歩のところまで来た。その瞬間、“ジンハイマニューバ2型は機体を右へ翻した”。その後ろには、モビルアーマーの形態で付かず離れず追従していたバビが。

 

 バビは変形を解き、胸部にある複相ビーム砲を向ける。ここまで近づけば、外すこともビームナギナタで防がれることもない。誰もが命中を確信していた。ビームが身体を貫くと疑いもせず、安堵の息を漏らす。

 

 だが、予想に反してリゲルグは驚きの行動を見せる。突如としてスラスターをすべてカットし、失墜したのだ。いきなり目標を見失ったせいで、バビは照準を定められるずに虚空へ向かってビームを放ってしまう。多少なりとも機体へのダメージはあるし、衝撃も再現されるこのGBNにおいて、そんなかわし方をするとは思ってもいなかった。

 

 呆然とするバビを、リゲルグは立ち上がりざまにビームナギナタで斬りあげる。真っ二つにされた身体は火花を散らし、爆発した。

 

 残ったのは手負いのジンハイマニューバ2型のみ。轟々と火の手をあげる、味方が乗っていたガンプラの残骸。それに一瞥もくれることなく、リゲルグは1歩、また1歩と近づいていく。

 

 そして、さらに踏み込もうとした矢先、その鼻先に一筋の閃光が走った。リゲルグと共に振り返った先にはメッサーとゲイツ改がおり、メッサーはビームライフルを撃ちながら、ゲイツ改はファトゥムを飛ばしてくる。

 

 まっすぐに飛び込んできたファトゥムの突撃をかわし、リゲルグはメッサーと光刃をぶつけ合う。

 

 

「ヒミ!」

 

「っ!」

 

 

 名前を呼ばれ、ヒミは思わず息を呑む。自分がしたことは間違っているんだと分かっていながら、止められなかった。いや、止まれなかったのだ。だから仕方ないと言い聞かせる他なかった。

 

 

「うる、さいっ!」

 

 

 鬱陶しそうに返すヒミと、それに応えるようにビームの刃が大きくなっていく。それが振り切られる前に、シンヤはメッサーの頭部バルカンでリゲルグのメインカメラを狙う。

 

 

「無理か!?」

 

 

 ブレイクデカールによって増した硬さは尋常ではなく、バルカンでは牽制にすらならないこともある。リゲルグもそれに漏れないようで、メインカメラを壊すことができないまま、シンヤは機体を下がらせる。

 

 入れ替わるようにゲイツ改が2本のビームサーベルの柄を連結させ、ビームナギナタように長いビームサーベルで迫った。シンヤも側面から回り込み、再びビームサーベルを振るう。

 

 

「舐めるなっ!」

 

 

 ビームナギナタとビームランサーで、ゲイツ改とメッサーの刃を受け止めるリゲルグ。それに対し、背後からさらにファトゥムが迫る。数的有利で押し込もうと狙ってみるが、ヒミはリゲルグを巧みに動かす。

 

 ミサイルポッドから放ったミサイルでファトゥムの進路を妨害し、ビームナギナタの刃を消してゲイツ改との拮抗を止める。途端に押し込む相手を失ったゲイツ改はバランスを崩し、前のめりに。たたらを踏んで膝をつきそうになるその背中に、再び光刃を宿したビームナギナタが突き刺さった。

 

 

「くっ!」

 

 

 機体の爆発に巻き込まれないようにその場から離れるが、ヒミはシンヤへの攻撃の手を緩めない。ビームマシンガンが的確に自分を狙ってくることに、奇妙な違和感を覚えた。

 

 

(いつもと、動きが違う?)

 

 

 ヒミの腕前を嗤うわけではないが、ゲイツ改を斬り伏せたあの動きは、普段のそれとはだいぶ違って洗練されたもののように感じられる。

 

 

「しまった!?」

 

 

 気を取られた隙を見抜かれ、気付けばミサイルが目の前にまで迫っていた。シールドで防ごうにも数が多い。ダメージは避けられない──が、覚悟を決めたシンヤの眼前で、飛来してきたミサイルが次々と破壊されていく。

 

 けたたましい唸り声が近づいてくる。振り返れば、モノアイの機体が2機、駆けつけてきた。

 

 

「クレハ、ダイナも……」

 

「おせぇぞ、何やってんだ!」

 

「ご、ごめん」

 

 

 未だ通信状況が回復しない中、接触回線でダイナから軽く小突かれながら怒られてしまう。クレハは何も言わなかったが、凛とした空気が声をかけるのを阻んだ。

 

 

「マスダイバー……まさか、私たちの中にいるなんてね」

 

「おい、ヒミ! テメェ、ふざけてんのか!?」

 

「できるかよ……おふざけでこんなこと、できるわけないだろっ!」

 

 

 ビームマシンガンが向けられる。ドライセンとドム・バラッジは素早く左右に散開し、メッサーはシールドを構えて突進する。ヒミは逡巡を見せたものの、肉薄する脅威に対処すべきと判断し、メッサーへ銃口を向ける。垂れ流されるビームの弾丸をシールドでちゃんと受け止める。そして充分に距離が縮まったところで、シンヤはビームサーベルに手をかけた。

 

 

「まずは武装だけでも!」

 

「させるか!」

 

 

 振り抜き様にビームマシンガンを破壊しようと一閃。しかしリゲルグの方が僅かに早かった。必要最小限の動きでビームマシンガンを引っ込め、ビームナギナタとビームランサーの二刀流でカウンターを仕掛けてくる。

 

 

「くっ!」

 

 

 シンヤはすかさずメッサーを下がらせるが、これもリゲルグの方が速かった。シールドの先端が斬り飛ばされる。空を舞う破片を気にかける余裕はなく、シンヤは後退を続ける。接近戦の武装を手にしたからなのか、リゲルグはメッサーを追いかけた。その背後から、大回りして回り込んできたドライセンがトライブレードを。ドム・バラッジがガトリングキャノンを放つ。

 

 

「無駄なんだよ!」

 

 

 ヒミはリゲルグを半身だけ振り返らせ、ガトリングをビームナギナタの回転で受け流し、挟み撃ちするように迫ったトライブレードをビームランサーで一閃。一振りですべてを破壊してしまう。

 

 

「なんだ、あの動き!」

 

「いつもの彼とは違うわね」

 

 

 引き返してきたリゲルグに、ドライセンが庇うように前に出てビームランサーをぶつけ合う。単純なパワーならドライセンに分があるはずなのに、少しずつ押し込まれていく。

 

 

「ダイナ!」

 

 

 押し切られれば、後ろにいるクレハごと切り裂かれる。すぐさまシンヤが駆けつけ、ビームサーベルで刺突する。メインカメラを掠めただけだが、シンヤは構わず横に振り抜く。今度こそリゲルグの頭部が吹き飛んだ。ブレイクデカールを使っていても、メインカメラを破壊されれば視覚は失われる。

 

 このまま畳みかけようとドム・バラッジがビーム砲でリゲルグをよろけさせる。ドライセンが側面からビームトマホークを真一文字に振り、メッサーが逃げ口を塞ぐようにビームサーベルを手に斬りかかる。やっと捉えた──はずだった。

 

 リゲルグは突如としてドライセンに向かって突進を仕掛ける。ビーム刃が左腕に食い込むが、気にする様子もなく、ただただ貪欲に、執着するように迫りくる。

 

 

「ぐぉっ!?」

 

 

 体当たりを避けられず、リゲルグと取っ組み合う形に。メインカメラいっぱいに、リゲルグの身体が映り、ダイナは思わず顔を引き攣らせる。

 

 

「させない!」

 

 

 このまま撃墜されるのではないかと思った矢先、ドム・バラッジが巨体をぶつけてリゲルグの手を振り払った。感謝もそこそこに、ダイナは呼吸を整える。

 

 

「これも、ブレイクデカールの力なのか?」

 

「それはないと思うわ」

 

 

 2人もヒミの動きに違和感を覚えたのだろう。ゆっくりと立ち上がるリゲルグを前に、自然と操縦桿を握る力が強まる。

 

 ブレイクデカールは確かに機体のスペックを上昇させる力をもつが、結局は操縦するのはダイバーのため、反応速度や反撃へのスピードは使っているダイバーの力量に依存する。

 

 ヒミが自分の腕前を隠していた可能性も考えられなくはないが、そうなると自分たちの被害が軽微なのは不自然だ。撃墜されていてもおかしくないはずの動きをしているのに、損傷はほとんどない。

 

 

「EXAMとか、HADESかな?」

 

 

 あるとすれば、そう言った補助システムによる機体性能の強化だが───

 

 

「どうかしら」

 

 

 ───それにしては、1つだけ奇妙なところがあった。先程の、ドライセンとの取っ組み合い。直前に左腕へ損傷を受けながらもダイナに向かって突撃したあの動きは、どうにも不自然だ。

 

 EXAMもHADESも、原作ではパイロットへの不可が軽視されてはいたものの、機体が傷つく結果を推奨するようなものではなかった。

 

 

「ってことは、それ以外かよ」

 

「でも、そんなシステムなんて……あれしか、ないよね」

 

「えぇ、恐らく間違いないわ。

 ヒミが使っているのは──ゼロシステムよ」

 

 

 ゼロシステム。『新機動戦記ガンダムW』に登場するシステムで、【敵の撃破と自身の勝利】を目的に機能するものだ。

 

 毎秒、無数の状況の分析と予測を行い、その結果を常にパイロットへ送り続け、勝利を齎すとされているが、問題はその勝利の仕方にある。リゲルグが被弾も恐れずに突っ込んできたが、上等なシステムならば、普通は機体へのダメージを極力避けるものだ。

 

 しかしゼロシステムはそれすらも考慮した上で勝利をもぎ取ろうとする。人道など構わず、倫理など問わず、ただ持てる総てを駆使して敵を倒し、勝つことへ執着するシステム。それが、ゼロシステムの危険性だ。

 

 GBNでもダイバーへの負担はなくともその拘りは再現されており、故にゼロシステムを使いこなせるダイバーはかなり少ないのだとか。

 

 

「けど、時間制限があるはずだろ!」

 

「一向にシステムが切れないのは、恐らく……!」

 

「それもブレイクデカールのお陰ってことかよぉ!」

 

 

 ミサイルを撃ち落としながら、ダイナが毒づく。再びビームサーベルを手にメッサーを突っ込ませるが、ビームランサーで弾き返されてしまう。

 

 いつまでも決め切れない焦燥感から、いつの間にか被弾が増えていく。それが余計に焦りを生み、シンヤたちは冷や汗を抱えながら戦い続けることを余儀なくされる。

 

 

「俺がやる!」

 

「ギダリ!?」

 

 

 その横を、ビル群から姿を現したサイコザクが駆け抜けた。止めるのは間に合わず、ギダリのサイコザクはリゲルグに突進を決めると、長いブースターを活かして一気に速度を上げていく。

 

 サブアームが稼働し、懸架しているシュツルムファウストを次々とコクピット目掛けて放つ。掴み合ったまま、ゼロ距離で放たれたそれは離れる時間もくれずに爆ぜていく。自分が傷つくのも構わず、ギダリは残る武器をサブアームと自機の手に持たせた。

 

 4挺のバズーカをリゲルグにぴったりと当て、銃口を突きつける。逃げようともがく暇も与えず、ギダリは引き鉄を引く。残弾をすべて叩き込むとようやくリゲルグの身体に穴が開き、力なく横たえる。

 

 沈黙したリゲルグを見下ろしながら、しかしギダリは後悔などしていなかった。例え友達だろうと、容赦はしないと決めていたのだから。

 

 

「お前は、もういらないよ」

 

 

 ギダリはほくそ笑み、吐き捨てるように言った。

 



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ブレイクデカール

 ヒミがブレイクデカールを使い、リゲルグを駆使したあの日から3日。

 

 ZAFT'sとの戦いはロンメルが警戒していたのもあって最初から中継は行われておらず、精々が掲示板で少しだけ騒がれる程度に終わった。

 

 規模の大きい第七機甲師団は所属していないダイバーからの信頼も厚く、掲示板の書き込みは大した盛り上がりも見せないまま、新たなる噂話に掻き消された。

 

 それはあくまで、ロンメルが事態の経緯を運営の公式チャンネルを通じて説明したからと言う理由が大きいだろう。元からだんまりを決め込むつもりはなかったが、やはり説明の有無は受け手の印象を大きく左右するのは間違いなかった。

 

 

「さて、と」

 

 

 自分専用のモビルスーツハンガーで、キマイラを見上げるシンヤ。腰部には新しく二つ折りタイプのレールガンが追加されており、射撃戦にも幾分か対応できるようになった。

 

 今日はマスダイバーが入ってきたことを受けて、第七機甲師団で参加できるメンツを集めて会合が設けられている──と言うのが、表向きの話。本当の目的は、ヒミの協力者と話すことだ。ロンメルはどうやら目星がついているようだが、万が一を想定してシンヤは本来のガンプラでGBNへログインするよう言われていた。

 

 

「行こう」

 

 

 キマイラから離れ、第七機甲師団のフォースネストへ向かう。既に多くの団員が集まっており、その中心にはロンメルと、後ろにクルトとジャックが控えている。団員の顔ぶれは、シンヤにとっては初めての者ばかり。第七士官学校に所属する者は、誰もいなかった。ロンメルの言う万が一に備えて、精鋭を集めたのだろう。

 

 

「皆、よく集まってくれた」

 

 

 ロンメルが前に出、言葉を発すると全員が改めて姿勢を正し、彼を見やる。今回の騒動について、掲示板に書き込みがあったことを始め、分かりやすく要所が伝えられる。最初こそざわめくことはあったが、ロンメルの変わらぬ語気に安堵したのか再び静けさが取り戻されていく。

 

 しかしそれも束の間、実行犯が複数おり、ヒミの協力者がまだ潜んでいること。そして最近フォースに加わった者の中にいることが伝えられると、視線はすぐさまシンヤたちに注がれることとなった。

 

 今にも憤慨してきそうな雰囲気を背中に感じながら、シンヤはちらりと視線だけ動かして隣に並ぶクレハたちを見る。ダイナも他の団員らと同じく、怒りを宿した瞳で左右にいるクレハとギダリ、そして自分を睨んでいた。残る2人は涼しい顔をしているように見えるが、内心は見えてこないだけに感情を推し量ることはできない。

 

 

「今回の事件、最初にも述べた通り複数のダイバーが関わっている。そして、その人物についてだが……ヒミから直接聞き出してある」

 

「えっ……」

 

 

 思いもよらぬ言葉に、自然と驚きの声が出てしまう。幸か不幸か、場内もまたざわつき始めたお陰で声が届いたのは近くにいた者だけのようだが、ダイナがズカズカと歩いてくる。

 

 

「おい、今の『えっ』はなんだよ?」

 

「いや、特に深い意味は……」

 

「ダイナ、所定の位置に戻れ!」

 

 

 ジャックの声に、ダイナは不満そうに踵を返す。ダイナと同じ気持ちの団員は多く、先程よりも鋭い視線が背中に浴びせられる。冷や汗が止まらない。シンヤとしても、一刻も早く犯人の名を教えて欲しかった。

 

 

「……“ギダリ”、前へ出ろ」

 

 

 一拍置いて告げられた名前に、再び全員の視線が1人に集中する。ヒミの友達で、共に第七士官学校に入ったギダリ。彼が、もう1人のマスダイバー。

 

 

「さながらデキムに見つかったトロワみたいだな」

 

「ギダリ、テメェ!」

 

 

 とぼけたように言うギダリの態度に、ダイナはさらに怒りを強める。今にも殴りかかりそうな勢いだが、先程ジャックに止められた直後と言うのもあって、睨むだけに留まる。他のメンバーも、ロンメルの前でなければ手を出していたかもしれない。

 

 ギダリは気にする様子もなく、頭を掻きながら前へ歩いていく。その姿を、誰もが苦々しく見ているだけしか出来なかった。

 

 

「やれやれ……まさかヒミが喋るなんてねぇ」

 

「お前に裏切られたのがショックだったのだろう」

 

「裏切る? ははっ、こいつは傑作だ!

 俺は裏切っちゃあ、いない。単にあいつを利用してやっただけだ」

 

「貴様!」

 

 

 ジャックが吼える。しかしロンメルがスッと手を挙げると、それ以上の言葉を呑み込み、深呼吸して冷静を取り戻す。

 

 

「第七機甲師団を潰すのが目的だったようだが、何故我々のフォースだったんだ?」

 

「んー? いや、別に。どこでも良かったんだよ。別にアンタらが特別だからじゃない。

 ただ、多少なりとも有名所なら面白くなりそうだなぁとは思ったけど」

 

「ふざけるな!」

 

「俺たちは、誇り高き第七機甲師団だぞ!」

 

「そうよ! どこでもいいなんて、嘘でしょ!」

 

 

 次々と上がる非難の声。それらに晒されても、ギダリはまったく顔色を変えない。寧ろこの状況を楽しんでいるようにすら見えた。

 

 その表情に嫌な予感がして、シンヤは熱くなる人達を掻き分けて、少し離れた場所へ移動する。

 

 

「では、何故ヒミを撃った? 利用しているとは言ったが、撃つのはリスクがあるだろ」

 

「あー、あれね。つまらなかったんだよ、あの戦いが」

 

「どういう意味だ?」

 

「ヒミの奴、ブレイクデカールとゼロシステムで優位にいながら、全然敵を倒せねぇんだぜぇ?」

 

 

 ガクッと項垂れて、落胆を見せるギダリ。溜め息も出てきて、本当に残念そうだ。

 

 

「見ていてつまらない、わくわくしない、なんなら押されてた……くっっっそみたいにぃっ! つまんねぇんだよぉ!!」

 

 

 苛立ちに任せて、地団駄を踏む。ズンッと響き渡る怒りに、その場にいた誰もがしーんと黙り込む。

 

 

「だーかーらー、俺が撃ってやった。アイツには先に退場してもらうつもりだったし、ちょうどよかったんだよ」

 

「では最後に1つ。何故ブレイクデカールを使う?」

 

 

 冷静な問いかけを続けるロンメル。しかしその手は強く握られており、怒りが見て取れる。誰よりもこのフォースを愛しているからこそ、仲間が傷つくのが赦せないのだろう。

 

 そんな気持ちなど露知らず、ギダリは嬉しそうに語る。

 

 

「決まってる。壊すためさ」

 

「なんだと?」

 

「ついでにもう1つ教えてやるよ。俺がこうしてお喋りなのは……」

 

「っ! いかん! 総員、急いで離脱しろ!」

 

 

 ゆっくりと、高らかに上げられる手。それが何かしらの合図だと察したロンメルが叫んだ瞬間、巨大な紅蓮の炎が──否、サイコザクが降ってきた。

 

 ズシンッと大きな音と振動。あまりにいきなりの出来事に、誰もが我を忘れて逃げ惑う。その様子を楽しそうに一瞥し、ギダリは素早くサイコザクへ乗り込んだ。

 

 

「いいね、いいねぇ! こうでなくっちゃなぁ!」

 

 

 モノアイが不気味に光る。途端にブレイクデカールの黒いオーラを纏い、サイコザクは雄叫びをあげるみたいに全身を震わせた。

 

 

「戦闘エリア外でも出せるとか、なんでもありかよ!」

 

「隊長!」

 

「えぇい、やむを得ん! クルトは私と共に出撃、ジャックは避難誘導を終えた後に合流!」

 

「「了解!」」

 

 

 サイコザクはブレイクデカールのお陰で設定を無視してこの場に現れたが、ロンメルたちはそうはいかない。素早く設定の変更を行い、それぞれのモビルスーツに乗り込む。

 

 

「相手がマスダイバーでも怯むな! 数で押す!」

 

 

 ロンメルの言葉に、クルトが、クレハが言葉を返す。シンヤはジャックと共に避難誘導を行っていて動けないが、ダイナもまた、苦々しくサイコザクを見上げている。

 

 

「ダイナ、1度立て直した方が……」

 

「うるせぇ! マスダイバーを見過ごせるか!」

 

 

 ダイナの怒りに応えるように、ドライセンが具現化する。連携など二の次なのか、サイコザクへとまっすぐに突っ込んでいく。

 

 

「ギダリ、テメェ!」

 

「キャンキャンとうるせぇんだよ、犬がぁっ!」

 

 

 トライブレードを射出し、ビームトマホークを手に斬りかかる。放物線を描いて三方向から迫るトライブレードを、バズーカとマシンガンで叩き落とし、肉薄するドライセンのビームトマホークをヒートホークで受け止めた。

 

 しかし迫合いで終わるはずもなく、バックパックのサブアームが稼働し、新たなバズーカを掴み取り、銃口が向けられる。ドライセンはすぐさま後退するが、弾が脚部に直撃してしまい、バランスを崩して倒れ込んでしまう。

 

 

「くそっ、ふざけんな! お前だけは絶対に……!」

 

「絶対に…なんだって?」

 

 

 痛みに苦悶するダイナは、苛立たしげに顔を上げ、しかし言葉を失う。先程よりもサイコザクの姿か、大きくなっている。

 

 

「は?」

 

 

 思わず、間抜けな声が出た。それも当然だ。ガンプラが巨大化するなんて、聞いたことがない。巨大な敵が出るミッションは山程あるが、途中で大きさを変えるなどあり得ないからだ。

 

 

「面白いだろ、ブレイクデカールって。こうやって大きさも誤魔化せるのさ」

 

「誤魔化す……? まさかお前のは、MGなのか!?」

 

「正解」

 

 

 サイコザクは1/144サイズにあたるHGだけでなく、1/100サイズのMGでも商品化されており、ギダリはそれにブレイクデカールを使うことで、GBNのシステムを掻い潜ってきた。

 

 

「なんで、こんな……!」

 

「言っただろ、壊すためだって。このフォースも、ぶっ壊すのさぁ!」

 

 

 サイコザクが、1歩を踏み出す。足元はその巨体の力強さを示すように、あっという間にひび割れていく。まるで、蜘蛛の巣が描かれたみたいに。

 

 

「ざけんな……俺は、ここが! 第七機甲師団が、好きなんだ!」

 

 

 バズーカを連射し、ダイナが叫ぶ。こめられている弾丸をありったけ放ち、弾切れを起こしたら次は腕部に備えたビームガトリングを浴びせた。黒煙が立ち上って、前が見えなくなる。

 

 それでもダイナは攻撃の手を緩めない。やがて連射速度に耐えきれず、砲身が焼き付いた。濛々と立ち込める煙が、風によって運ばれていく。

 

 

「で?」

 

 

 晴れた視界の先には、攻撃をする前とまったく変わらない光景が。

 

 

「それだけか?」

 

 

 ドライセンの攻撃を、ダイナの想いを嘲笑うように、サイコザクが何事もなく足を上げる。

 

 

「壊させて、たまるかあああぁぁ!!」

 

 

 ビームランサーを突き上げ、自分に向かってくる足を狙うダイナ。雄叫びを上げ、今にも逃げ出したい自分を奮い立たせる。

 

 だが───

 

 

「…あっそ」

 

 

 ───その姿勢は、跡形もなく踏み潰され、そして消え去った。

 

 

「まったく、ブレイクデカール様々だぜ」

 

 

 嬉々とした声音で進撃を始めるサイコザク。ロンメルとクルト、クレハが進路を阻むように前に立ち塞がる。

 

 

「そんなんでやれると思ってるのか?」

 

「無論、やれるとも」

 

 

 強大な敵を前に、ロンメルはいつもと変わらぬ声音ではっきりと答えた。仲間の避難が終わったのだから、遠慮はいらないだろう。

 

 

「行くぞ、クルト!」

 

「ハッ!」

 

 

 グリモア・レッドベレーが無限軌道を活かして足元へ素早く入り込む。そしてティルトローターパックの機動力を駆使してプラズマナイフを突き立てながら一気に上昇する。そして僅かにできた傷口へ、ギラ・ドーガがビームマシンガンを浴びせていった。

 

 しかし、分厚い装甲は僅かな傷など物ともせず、鬱陶しそうに払われた手によってロンメルは大きく弾かれる。

 

 

「隊長!」

 

「構うな!」

 

 

 クルトが駆けつけようとするが、ロンメルは一喝してそれを制する。追撃に放たれたバズーカの弾をアサルトライフルで撃ち落とし、機体を立て直そうと急ぐ。

 

 ふと、頭上が陰る。顔を上げれば、悪魔のような禍々しさを宿したサイコザクがヒートホークを振り上げているところだった。赤熱をの刃が、触れるもの全てを焼き尽くす勢いを持ち、まっすぐに迫り来る。

 

 GBNを長くプレイしてきたロンメルでさえ、こんなにも恐怖心を煽る光景は見たことがない。必殺技のような眩しい煌めきなど、欠片も持ち合わせていないそれに、思わず足が止まってしまう。

 

 

「あばよ、隊長さん」

 

 

 嘲笑うように言い残し、刃が一閃された。

 

 

「頭を潰せば後は簡単……ん?」

 

 

 レーダーを見て、ギダリは違和感を覚える。ロンメルに向かってヒートホークを振り下ろし、撃墜したはずなのに、レーダーに映る敵機のマークが表示されたままだ。

 

 

「何だ? バグ、か?」

 

 

 倒せていなかった──その事実を受け止めきれず、思わず狼狽える。そんなギダリへ、微々たる振動が伝わってきた。視線を向ければ、ヒートホークを握る手に、微かな損傷が。

 

 

「なっ!? 誰だ!」

 

 

 狼狽する心を見透かしたかのように、ヒートホークが弾き返される。サイコザクの拳の下から現れたのは、漆黒のガンプラ。ガンダムタイプの頭部をもつことから、量産機が集う第七機甲師団の機体ではない。ヒートホークを受け止めたであろう大剣を一閃し、腰に携えているレールガンを元に戻す。

 

 真紅の双眸が、ギダリをゆっくりと見上げた。

 



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真紅の輝き

「遅くなりました、隊長」

 

「いや、助かったぞ、シンヤ」

 

 

 ガンダムキマイラ──シンヤはサイコザクから視線を外さないまま、ロンメルの無事を確認し、ひとまず安堵の息を漏らす。

 

 スラスターウィングを展開し、キマイラは一気にサイコザクの頭頂部へ。メインカメラ目掛けて、レールガンを2発、3発と立て続けに放つ。しかし壊れるどころか、大した傷さえ出来上がることはなく、続いて振り抜いたγナノラミネートソードでさえも切り裂くには至らなかった。

 

 

「硬い……!」

 

「当たり前だ!」

 

 

 サブアームがマシンガンを掴み取り、キマイラの行く手を阻む。無理矢理軌道をずらされたせいで、シンヤは背後から迫るサイコザクの手に気付かなかった。

 

 

「くっ!」

 

 

 大きく広げた両手が、キマイラを丸呑みにしようと伸ばされる。バスタードメイスγで振り払おうにも、体格差があるこの状況では却って捕まる要因になりかねない。

 

 シンヤはすかさず、スラスターを全てカット。推進力を失ったキマイラは、糸が切れた操り人形みたいにガクッと項垂れて落下していく。そうしめサイコザクの手から逃れ、地面に激突する前にスラスターの息を吹き返す。

 

 捕まえられなかった怒りからか、ギダリは執拗にシンヤを狙う。両手にバズーカ、サブアームにシュツルムファウストを構え、次々と放ちながら追いかけてきた。

 

 堪らず、キマイラを振り返らせる。後退しながら新たに装備したばかりのレールガンで1発ずつ、自分に当たりそうなものだけを選出して撃ち落としていく。

 

 

(銃身が……!)

 

 

 まさかレールガンがこんなにも早々に活躍するとは思っていなかった。しかしあまり間を置かずに撃っているせいで、冷却が追いつかない。片方ずつ撃つことも試してみたが、ブレイクデカールで強化された弾を相手取るには厳しかった。

 

 機体状況を気にしていた頭に、アラートが響き渡る。背中を、冷や汗が伝う。間違いない。直撃コースだ。

 

 

「シンヤくん!」

 

 

 心強い声と共に、弾丸が目の前で爆ぜた。爆炎から庇うよう、クルトのギラ・ドーガが割って入る。

 

 

「行ってくれ!」

 

「はい!」

 

 

 クルトが示したデータを受け取り、シンヤはキマイラを着地させる。後退するスピードを殺し切れないまま地に足を着いたからには当然、脚部に大きな負担がかかってしまう。

 

 しかしシンヤは構わず、減速を続ける。

 

 

「キマイラ、行くぞっ!」

 

 

 顔を上げ、叫んだ。

 

 瞬間、キマイラは膝を曲げて一気に前へ飛んでいく。

 

 急に動きを変えたキマイラへ、バズーカが閃く。左腕を射出し、弾丸を刺突して貫いた。爆発によって視界いっぱいに広がる黒煙を恐れず、一思い突き破っていく。

 

 バスタードメイスγを横に構え、推力を維持しながらぐるっと一回転。サイコザクのコクピット目掛けて、回転力も加えた一閃をお見舞いする。

 

 その一撃は──ブレイクデカールを前に、かすり傷をつける程度だった。しかしそれでめげてしまっては、活路を見出せなくなる。シンヤは構わず、バスタードメイスγを振るい続けた。

 

 

「目障りなんだよ!」

 

 

 サイコザクの手が伸びる。シンヤは攻撃を止めて、巨体を迂回するようにして背後に回り込む。装甲は分厚くとも、関節部やスラスターの中はまだ脆い方だろう。バックパックにあるロケットブースターへ、レールガンを放つ。

 

 

「この……!」

 

 

 狙いを察したのか、サイコザクがその身を動かそうとする。その時、ティルトローターパックを装備したクレハのドム・バラッジが目の前に飛んできた。

 

 

「はぁ!?」

 

 

 グリモア・レッドベレーが装備しているはずのそれを、別のガンプラが懸架している姿は正に予想外。ギダリは虚をつかれた形となり、思考を奪われる。

 

 

「いくらブレイクデカールを使っても、遮光性までは気にしてないでしょ」

 

 

 ドム・バラッジのビーム砲が、眩いばかりの光を浴びせる。

 

 

「うあぁっ!」

 

 

 サイコザクのメインカメラを通して、閃光に苛まれたギダリは思わず、操縦桿から手を離して目を庇う。そうなれば当然、サイコザクはまったく身動きできないまま、無防備になる。その隙に、キマイラとグリモア・レッドベレー、それにギラ・ドーガがバックパックへ攻撃を集中させた。

 

 

「こ、こいつら……!」

 

 

 響く振動に、ギダリは何をされているのかを察し、手当たり次第に操縦桿を動かす。暴れ回るサイコザクに、簡単に近づくことができず、4人は再び距離を取った。

 

 閃光が落ち着いたことで、ギダリの視界も鮮明になっていく。眼下に並ぶ4機のガンプラを苦々しく睨みつけ、その巨大な足を踏み出した。

 

 

「クソが! ぶっ壊してやる!」

 

 

 4人はすぐさま散開。思い思いの場所に向かって走り出す。サイコザクは両手にバズーカを持ち、サブアームにマシンガンを取り、いつでも迎撃できるように構える。

 

 無限軌道とホバー移動でくまなく動き回るグリモア・レッドベレーとドム・バラッジは、わざと視界に入るギリギリの位置をキープしながら、それぞれの銃口を突きつけた。

 

 アサルトライフルとガトリングキャノンが唸る。バラバラと放たれた弾丸はまっすぐな軌道を描いてサイコザクの装甲で弾ける。ブレイクデカールがそれらの侵攻を防ぐみたいに、紫黒色のオーラに阻まれようと、2機は射撃を続けた。

 

 

「気付いてんだよっ」

 

 

 舌打ちを響かせ、サイコザクが振り返る。その視線の先には、キマイラとギラ・ドーガ。

 

 

「思ったより早い!」

 

「しかし、退く訳にはいかん!」

 

 

 ロンメルとクレハが気を引いてくれていたにもかかわらず、ギダリは回り込んでいたシンヤとクルトに敵意を露わにする。

 

 ギラ・ドーガがシールドに備えたシュツルムファウストを全て放つ。全弾がサイコザクの前で爆ぜ、一瞬だけでも視界を奪う。

 

 

「そうそう何度も……!」

 

「後ろを取った!」

 

 

 機動力を活かし、再び背後へ急行するキマイラ。鞘からγナノラミネートソードを抜き、ロケットブースターの上を滑るように滑空していく。ブースターに刃を深々と突き立て、一気に駆け抜ける。

 

 

「断ち切れえええぇぇ!!」

 

 

 思いの丈を、声に乗せて。

 

 纏っているブレイクデカールのオーラを突き破り、ブースターを引き裂いていく。しかしMGサイズのモビルスーツを前に、次第にγナノラミネートソードも限界へ近づいていた。

 

 ブレイクデカールで増した堅固な装甲へ、無理矢理ながら剣を突き刺した挙句、猛スピードで駆け抜けているのだ。その負担は想像するよりも遥かに大きいものだろう。

 

 やがて、刀身に罅が入っていく。半分を過ぎたばかりで、ロケットブースターを破壊するにはまだ足りない。

 

 

(まだだ……まだ、もってくれ!)

 

 

 あと少し、もう少しだから──が、シンヤの願いを打ち砕くように、遂には刃が折れてしまう。

 

 バキンと甲高い音を1つ響かせ、γナノラミネートソードは中央から砕け散った。あまりに突然訪れた終わりに、しかしシンヤは諦めることをしなかった。刃が折れようと、負けた訳ではないのだから。既に8割近くには傷をつけた。

 

 本当に、あと一撃だけだ。

 

 刃はロケットブースターに刺さったまま、まるで次を待つかのように輝いて見えた。それに応えようと、シンヤは再びキマイラを走らせる。

 

 

「ぶち───」

 

 

 γナノラミネートソードを収めていた鞘を高らかに掲げる。それだけで充分な強度と重量を兼ね備えている鞘を、突き刺さっている刃に向かって一直線に振り下ろす。

 

 

「───抜けえええぇぇっ!」

 

 

 思い切り、直上から突き落とされた一撃。刃はさらに深く突き刺さり、致命傷に至った。

 

 上側のロケットブースターが、たちまち火の手をあげる。そこから爆発が巻き起こるが、ギダリはすぐさまロケットブースターを切り離し、被害を最小限に留めた。

 

 

「お前……このっ、このおおおぉぉ!」

 

 

 サイコザクが羽虫を払うように、キマイラを叩きつける。ブースターを壊した喜びで気が緩んだ瞬間を狙われたシンヤは、姿勢制御もままならず、地面へ激突。

 

 再現された振動に、強く身体を揺さぶられる。遠のきそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、キマイラを起き上がらせたが、目の前にサイコザクの足裏が視界いっぱいに広がっており、逃げることは叶わなかった。

 

 

「潰してやるっ!」

 

 

 ズンッと大きな足音とともに伝わってくる衝撃。咄嗟に両手をあげて受け止めるが、勢いのついた重さに、腕部がミシミシと悲鳴をあげる。

 

 

「ぐっ、うぅ……ああぁっ!」

 

 

 コクピットにある全ての計器が、機体へのダメージが深刻だと訴えてくる。真っ赤に染まる内部。けたたましいアラート。悲鳴にも似た、ガンプラが壊れていく音。

 

 

「シンヤ!」

 

 

 遠くで誰かが呼んでいる気がする。クレハか、ロンメルか、或いはクルトか。誰なのか判別できない程に、シンヤの頭も心も、キマイラを支えることでいっぱいだった。

 

 

「潰れろ! 壊れろぉ!」

 

「いやだ……絶対に、いやだっ!」

 

 

 壊れたくない。壊したくない。壊されたくない。

 

 1度はGBNから逃げた自分だが、再び前を向くと、歩いていくと決めたからには譲れないものがある。

 

 自分のガンプラを受け入れてくれるこの世界を。

 

 自分にもう1度乗るための機会をくれたガンプラが生きる、この世界を。

 

 今、こうして自分と共に戦い抜いてくれているガンプラを信じられる、この世界を。

 

 

「壊させてっ……たまるかあああぁぁ!」

 

 

 サイコザクが足を振り上げた。今度こそ踏み潰そうと、思い切り降ってくる。シンヤの叫びに応えるように、キマイラが左腕を突き出した。

 

 バキンっと何かが壊れる音が響く。弾け飛び、空を舞うのは──サイコザクの爪先のパーツ。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 思ってもいなかった損傷に、ギダリは狼狽える。その様子はサイコザクを通じてでも分かるほどに鮮明で、はっきりとしたものだった。

 

 

「キマイラあああぁぁ!!」

 

 

 咆哮。

 

 合成獣の名を冠した獣に相応しい、地響きにも似た叫びが、キマイラから発せられているようにしか見えない。間違いなく、キマイラの周囲の空気だけが、ビリビリと振動している。

 

 

「あれは……」

 

「いったい、何が……」

 

 

 普段と違うのは、キマイラの雰囲気だけではない。異形とも言える大きな左腕が、いつにも増して禍々しい光を宿している。

 

 漆黒を中心に、赤いパーツが取り付けられているだけのシンプルな造り。なのに今は、まるで血が通っているように赤黒い線が走っていた。

 

 

「モールドが、光っているの?」

 

 

 プラモデルに施されているモールド。ディテールライン、或いはパネルラインとも呼ばれ、機械的な造りを演出するものだ。

 

 そのモールドが、色を帯びている。熱く、猛々しく、力強く、悪魔が如く、赤い色を。

 

 キマイラは身を屈めたかと思えば飛び出し、一気にトップスピードに迫る勢いでサイコザクの懐へ一直線に向かう。

 

 咄嗟にヒートホークを右手に取り、突撃してくるキマイラを叩き落とそうと一閃。だが、キマイラは直前で軌道を変え、直上に飛んでいく。そして刃をかわしたと気付いた時には急降下を始めており、サイコザクの右腕に合成獣の牙が突き立てられた。

 

 

「バカな……!」

 

 

 目の前の光景が信じられず、声が裏返ってしまう。大きな振動と共に、壊された右腕の残骸が空を舞う。ついさっきまで翻弄していたはずの自分が、気付けば追われ、今にも食われそうな恐怖にすくみ上がってしまう。

 

 

「クルト、今の内に我々も叩くぞ!」

 

「了解です!」

 

 

 サイコザクの意識がキマイラに向いている機会を逃せない。グリモア・レッドベレーとギラ・ドーガ、ドム・バラッジが集まり、1点を集中して素早くダメージを蓄積させていく。

 

 

「バックパックをやる!」

 

 

 ロンメルの声に、クレハがガトリングキャノンでサイコザクのメインカメラを重点的に狙い撃つ。その間に、グリモア・レッドベレーはチェーンソーを両手に構え、もう1つのロケットブースターを切り裂いていく。

 

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 

 雄叫びを上げ、チェーンソーを走らせる。それによって出来上がった傷口に、クルトのギラ・ドーガが銃火器でさらにダメージを与えてあっという間に破壊し尽くした。

 

 

「ふざ、けんなっ……!」

 

 

 次第に言うことを聞かなくなってきたサイコザクに苛立ちながら、ギダリは懸命に操縦桿を動かす。

 

 

「壊すのはお前らじゃない……俺だ!」

 

 

 なんとか逃げよう──その思いで、1歩ずつ離脱するべく歩みを進めていく。

 

 

「俺が、壊すんだよぉ!」

 

 

 眼前に回り込んできたキマイラが、なんの躊躇いもなく赤黒い左腕でコクピットを貫いた。ギダリの破壊衝動諸共を潰すように。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「君たちのお陰で、無事に事態を収束することができた。心から感謝する」

 

 

 サイコザクが沈黙した後、ギダリは第七機甲師団の全員に囲まれる形で拘束され、運営へ身柄を引き渡された。

 

 フォースネストと言う閉塞的な場所でブレイクデカールが使われたからなのか、GBNそのものにはあまり影響はなかったそうだ。幸い、フォースネスト自体にも被害はあまり出ていない。

 

 

「本来なら褒賞でも出したいところだが、生憎と早急に報告しなくてはならない事案なのでね。何か要望があれば先に聞いておこう」

 

「では、恐れながら」

 

 

 シンヤもダイナもすぐには思いつかなかったが、クレハはすっと手を上げて前へ出る。

 

 

「うむ、なんでも言ってくれ。無理なことは別だが、極力応えるつもりだ」

 

「それでしたら……隊長をモフモフさせて頂けませんか?」

 

「え……」

 

「はぁ?」

 

 

 予想もしなかった言葉に、間の抜けた声が出てしまう。クレハは気にする様子もなく、ロンメルの返答を待っていた。その眼差しは真剣で、シンヤとダイナは顔を見合わせるが、何か言うのは無粋だと感じて口を噤む。

 

 

「ふむ、それくらいなら構わんとも。遠慮はいらん!」

 

「では……失礼します!」

 

 

 言葉通り、クレハは飛びつくようにロンメルを抱き締め──顔をふにゃっと綻ばせた。

 

 

「はあああぁぁ! これが、これがロンメル隊長のモフモフ感! 同じ動物アバターでもこんなに違うなんて。いったい何が……何か特別なアイテムでも使っているんですか!?」

 

「お、おぉ……なんかすげぇな」

 

「クレハって、動物アバターが好きなの?」

 

「彼女は、実は【動物アバターを愛で隊】と言うフォースに所属していてね」

 

「なんだそりゃ?」

 

「簡単に言えば、名前の通り動物型のアバターを入手している人物を、こうして愛でるのだとか」

 

「へ、へぇ……」

 

 

 ロンメルはフェレットの姿だから、愛でたい気持ちは分からなくもない。GBNでは自分の本来の容姿になるべく近くした上でアバターを設定する人物が多く、動物アバターを使用するダイバーは実の所あまり多くなかったりする。

 

 だから動物アバターを使用する人物は珍しく、件のフォースに所属するクレハはロンメルをモフモフすることを目当てに、一時的に第七機甲師団へ志願したのだとか。

 

 

「って、本気で第七機甲師団入りを目指してたんじゃねぇのかよ!?」

 

「えぇ」

 

 

 しれっと肯定するクレハに、ダイナは何も言えずに頭を抱えてしまう。もっとも、シンヤも本気ではなかったので何も言えなかった。

 

 

「それにしても……シンヤ、君のガンプラの力は凄まじいものだったな」

 

「何かのシステムか?」

 

「いえ、それが……自分でも、よく分からなくて」

 

 

 あの時の出来事を思い返しながら、シンヤは事実を紡いでいく。GBNを壊されたくない一心を叫んだ時、自分でも無意識の内に左腕を突き上げていた。まさか何か力を帯びていたとは思いもしなかったが、サイコザクの踏み付けを退けた時はそれを気にする余裕なんてなかった。

 

 変化に気が付いたのは、決着がついた後。だから正直なところ、自分の方が訳がわからないぐらいなのだ。

 

 

「ふむ…君が自分で組み込んだものではないとすれば、それは……」

 

「必殺技。或いはその片鱗、と言うことになるわね」

 

「あれが……僕と、キマイラの」

 

 

 振り返り、沈黙を貫く愛機を見上げる。物言わぬキマイラの顔が、どこか誇らしげに映った気がした。

 



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結成! 有志連合

「すごい人の数……」

 

 

 目の前に広がる光景を、思わず口に出してしまう。それだけ珍しい故なのだが、出てしまってから周りに聞かれていないか気になって、シンヤは思わず周囲を見回した。

 

 第七機甲師団への潜入調査を行ってから1週間。いつもと変わらぬGBNの仮想世界で思い思いに過ごしていたシンヤは、突然キョウヤから届いたメールに誘われて、彼のフォース、AVALONのフォースネストに来ている。

 

 豪華な造りをしている洋風建築の建物は、多くの人が集まっても簡単に収容できてしまう程に広く、パーティー会場として飾りがあしらわれたこの部屋もなかなかの広さだ。

 

 喧騒を他所に、シンヤは1人で壁に寄りかかっては改めて集まった顔ぶれを眺める。

 

 ワールドランク7位の猛者、ランディ。

 

 実力派揃いのフォース、鉄仮面ズ。

 

 自分が世話になったタイガーウルフ、シャフリヤール、ロンメル率いる第七機甲師団。

 

 錚々たる顔ぶれと精鋭の集まりに、しかしシンヤはあまり盛り上がる気にはなれなかった。キョウヤは人当たりもよく、優しさと勇猛さを兼ね備えた人物ではあるが、なんの理由もなくフォースネストに呼ぶとは思えない。

 

 

(マスダイバー絡みだよね、やっぱり)

 

 

 そしてここ最近、キョウヤが何かを成し遂げた功績もないため、喜ばしい集会ではないのだろう。また、迎えに来たAVALONのメンバーからは「内容は直接キョウヤから聞いて欲しい」とだけ言われ、外部に情報が漏れるのをかなり警戒しているのが窺えた。

 

 そうとなれば、残るはマスダイバーやブレイクデカールに対して、何かしらのアクションを起こすために集められたのだろう。上位ランカーが多いのを見るに、恐らく戦いは避けられないようだ。

 

 

「あれ、シンヤさん?」

 

「え? リク。みんなも」

 

 

 声をかけられて振り返ると、かつて共に闘ったビルドダイバーズの面々がいた。そこには新たに加わったアヤメもいたものの、彼女はシンヤがいるとは思っていなかったようで、驚いた表情をしている。

 

 

「アヤメも、久しぶりだね」

 

「そ、そうね」

 

「あれ、アヤメくんと知り合いなんだ」

 

「えぇ、友達です」

 

 

 コーイチにそう返したが、アヤメはクールに腕を組んでそっぽを向いてしまう。あまり大っぴらに交友関係を知られたくないのかもしれないので、シンヤもそれ以上は何も言わなかった。

 

 やがてキョウヤから声がかかり、全員が別室に移動する。作戦会議を行うような大きな会議室に通され、中央にキョウヤが登壇すると、先程までのざわめきが嘘のようにしんと静まり返った。

 

 

「みんな、今日はよく集まってくれた。用件を伝えなかったにもかかわらず、こんなにも多く来てくれたこと、心から感謝する」

 

 

 返事はなかったが、誰も視線を外さず、或いは黙って頷く。キョウヤの人徳あってこそ、ここまで集まったと誰も彼もが理解している。

 

 

「君たちも知っての通り、このところマスダイバーによる被害報告が日に日に増えてきている。私やロンメル大佐率いる第七機甲師団が、逐次パトロールを行ってはいるが、それでも焼け石に水だと言わざるを得ないだろう」

 

 

 ブレイクデカールやマスダイバーの被害は、運営からのお知らせよりもプレイヤーが立てた掲示板の方で多く見られる。もっとも、中には相手を陥れようと嘘の書き込みをする輩もいるが、そういう人物には運営が裏をとって事実関係を確認して対処しているのだとか。

 

 

「運営も事態を重く受け止めているが、巧妙な手口によってマスダイバーの根絶に至っていないのが現状だ。そこで私は、黒幕の正体を掴むべく、ここに有志連合の結成を宣言する!」

 

 

 どよめきはなかった。皆、マスダイバーやブレイクデカールの脅威を理解し、それがなくなることを切に願っているから。

 

 

「ここからは私が説明しよう」

 

 

 キョウヤに代わり、ロンメルが指示棒を手に、後ろにあるモニターを軽く叩く。表示されたのは、現段階で決まっている今後の方針。

 

 

「現在、私の部下がブレイクデカールを配っている人物と接触している。その人物が根城にしている場所を突き止め、我々有志連合が突入すると言うものだ。当然、マスダイバーからの反撃も予想されるだろう」

 

 

 これまでブレイクデカールを手にしてきた人物から話を聞いたところ、配っている人物の特徴が全て一致したため、黒幕本人が取引を行っていると考えていいようだ。ロンメルが送り込んだ諜報員も、どうやらその人物と近々直接取引できるらしく、居場所とブレイクデカールを配る人物のIDを特定できるのも間近なのだとか。

 

 

「マスダイバーの力はかなりの脅威だ。今回の任務はあまりに危険だと言わざるを得ないだろう。

 しかし、その上で敢えて言おう。私に、みんなの命をくれ」

 

 

 キョウヤの願いを秘めた言の葉に、その場にいた全員が立ち上がり、敬礼した。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 有志連合の決起集会とも言える日から、早数日。事態は唐突に動き始めた。送り込んだ諜報員が、突如としてログアウトしたのだ。すぐさまリアルにてロンメルへ報告があり、居場所を突き止めることに成功したらしい。

 

 しかし潜入がばれて強制的にログアウトさせられてしまったことから、当初の予想よりもマスダイバーの反撃は激しくなることが確定。一筋縄ではいかない状況だが、誰も作戦からおりるとは言わず、寧ろ俄然やる気を見せ、結束力はより高まったと言えた。

 

 

「行くぞ! 我々と、GBNの明日を取り戻す!」

 

 

 士気を高める意味をこめて、キョウヤがいの一番に出撃していく。その勇ましい姿に、我先にと多くのダイバーが続く。

 

 

「まさか初心者用サーバーにいたなんて……」

 

 

 資源衛星が漂う宇宙空間。遮蔽物が少なく、開けたこの場所は初心者が宇宙での戦闘に慣れていくために作られた、専用のサーバーにあたる。マスダイバーの中には早く強くなりたい初心者もいるが、伸び悩みからブレイクデカールに手を出す者がほとんどで、このサーバーを根城にされているのは予想外だった。

 

 

「各員、運営がこのサーバーへの出入を制限してくれている。黒幕も逃げることはできないが、我々も撃墜されれば戻ることは許されない」

 

 

 敵の物量がどれほどかは分からない上、待ち受けているからにはなにかしらの罠が仕掛けられている可能性もある。充分に気を引き締めなくてはならない状況に、シンヤは思わず緊張から喉を鳴らす。

 

 

「総員の奮起に期待する。私の……クジョウ・キョウヤの期待を胸に、戦ってくれ!」

 

 

 決して1人ではない。キョウヤが、彼が呼んだ精鋭が揃っている。その言葉に背中を押されるようにして、シンヤは先行する仲間とは別ルートを進みながら、資源衛星へと近づいていく。

 

 それと同時に、資源衛星からも次々と小さな機影が現れ、次第にその姿を鮮明にしていく。シンヤが進んでいく進路上にも、何機かのモビルスーツが立ちはだかるように陣取っていく。

 

 内、真紅に彩られた飛行機を思わせる形のガンプラが突出してきた。前面に向けられた2門のビーム砲と、砲門の上部にあるライフルが立て続けに放たれる。

 

 

「セイバーか」

 

 

 高度を上げ下げして俊敏にかわし、撃たれたビームと機体の色から敵機を特定すると、すかさず反撃に出る。

 

 

「フェイズシフトだからって!」

 

 

 セイバーが登場する『ガンダムSEED DESTINY』ではお馴染みの、実弾兵器に対して強い硬度を誇るフェイズシフト装甲。GBNでもそれは健在で、シンヤが駆るキマイラはビーム兵装を持ち合わせていないため、相性はあまりよろしくない。

 

 対して、キマイラのベースとなったマルコシアスが登場する『鉄血のオルフェンズ』では、ほぼ全ての機体がビーム兵器を限りなく無力化するナノラミネート装甲を有している。キマイラも同じで、避けられないビーム攻撃は左腕で悉く弾いていく。

 

 距離が縮まり、レールガンの射程におさめるとすぐに展開し、セイバーに向かって1回、2回と放つ。ブレイクデカールとフェイズシフト装甲とで物理兵器にはかなり強くなったからか、セイバーは気にすることなく弾丸を一身に浴びる。

 

 

「ガラ空きだ」

 

 

 だが、衝撃だけは消すことができない。怯んだ一瞬の隙をつき、セイバーの真上をとったシンヤは、無防備な背面にバスタードメイスγを叩きつけた。セイバーを真っ二つにへし折り、キマイラは一瞥もくれることなく次の目標に向かって飛び立つ。

 

 

「後ろ!?」

 

 

 しかし、アラートに促されて背後を振り返ると、“倒したはずのセイバーが追いかけてきた”。

 

 

「本当に、復活するのか!」

 

 

 ロンメルから聞かされてはいたが、いざ目の当たりにすると驚くなと言う方が無理だ。自分を追い抜いたセイバーが機体を反転させながら変形し、露わになった頭部のツインアイが不気味に光る。

 

 ビームサーベルとバスタードメイスγがぶつかり、火花を散らす。しかし1機に時間をかけすぎた。続いてきたマスダイバーが追いついてくる。

 

 

「コクピットを潰す!」

 

 

 鞘でビームサーベルを受け止めたまま、γナノラミネートソードを抜き、セイバーのコクピットに突き立てる。沈黙したセイバーを、後続の敵機から放たれたビームに沈めた。

 

 爆散したセイバーを気に留めることなく、巨大なビームバズーカを手に、漆黒の機影がモノアイを光らせながら迫った。

 

 ドムの前段階にあたる、試作実験機。装備はビームバズーカとヒートサーベルのみとシンプルでありがなら、ビームバズーカはその巨大な見た目の通りの火力を有しており、直撃すれば一溜まりもないのは明らかだ。

 

 

「クールタイムもないって聞いていたけど、これは……!」

 

 

 銃火器の欠点として、次弾を撃つための発射間隔がGBNにおいて再現されており、間隔を置かずに連射し続ければ銃身が焼きついてしまう。ブレイクデカールはその欠点すらないものとして扱い、目の前のドム試作実験機も、ビームバズーカの火力を前面に押し出した戦い方を仕掛けてくる。

 

 さらにはレーゲンデュエルがビームライフルとライフル型のレールガンを連射しながら接近してきた。デュエルの発展機の中ではアサルトシュラウドやフォルテストラと言った追加装甲が少なく、素のデュエルと同様にスマートなレーゲンデュエルは、連携など二の次と言った様子でキマイラとドム試作実験機との間に割り込み、両膝に装備したビームサーベルを抜き、斬りかかってくる。

 

 咄嗟にキマイラの左腕で先に振われた一閃を握り、その勢いのまま押し倒して続く二刀目をやり過ごすと、シンヤは接近戦よりもビームバズーカを警戒し、再びドム試作実験機へ迫った。

 

 

「撃たせるものか!」

 

 

 銃口に光が灯る。先程連射されたこともあって、放たれるまでの時間は分かっていた。キマイラの左腕を射出してビームバズーカに叩きつけ、僅かに軌道をずらす。放たれたビームは予期せぬ方向に向かい、虚空を一瞬照らすだけに終わった。

 

 ドム試作実験機が接近を許し、ヒートサーベルを抜こうと背中に手を伸ばす。しかしそれより一歩早く、キマイラの右手が頭を鷲掴みにした。瞬時にパイルバンカーでメインカメラを貫くが、それで終わるはずもないのは分かっている。ナックルガードを反転させてクローを展開し、機器が露わになったそこへ突き立てる。一気に振り下ろした爪が深々と刻まれ、ドム試作実験機の身体を引き裂いた。

 

 なんとか2機を立て続けに撃破したものの、それを見ていた他のマスダイバーが新たに加わり、数的な問題は一向に解決しそうにない。

 

 

「シンヤくん、そこのマスダイバーもまとめて駆逐する。指定ポイントまで来てくれ!」

 

「分かりました!」

 

 

 肉薄してきたレーゲンデュエルと迫り合いながら、シャフリヤールの指示になんとか返事をする。

 

 レーゲンデュエルが背部に接続されているサブアームを稼働させ、懸架している巨大なバズーカを構え、トリガーを引く。バスタードメイスγの鞘で受け止めるが、響いた衝撃がコクピットを揺らし、シンヤは思わずうめく。しかし怯んではいられない。踵を返し、敵が見失わず、諦めないような速度と距離を維持しながら、シャフリヤールから言われたポイントへ。

 

 

「射線には入らないでくれよ」

 

 

 その言葉に返事をするより早く、極太と形容したくなるほどに大きな粒子ビームが闇に満ちた宇宙を眩いばかりに照らした。彼が駆るセラヴィーガンダム・シェヘラザードから放たれた光は、シンヤを追いかけていたガンプラはもちろん、彼と戦っていたガンプラや後ろで控えていた者まで一息で呑み込んでいく。

 

 

「す、すごい……」

 

 

 まだトランザムを使っていないにもかかわらず、これほどの火力を叩き出す姿は、周りにも希望を与えるには充分だろう。

 

 

「敵が怯んでいる!」

 

「突入部隊、行くぞ!」

 

「我々は彼らの援護だ!」

 

 

 次々と指示が飛び交う戦場において、しかし誰もが混乱せず的確に動いている。初めて会う者も少なくない中で、予め決めておいたシンプルな指示と役割を誰もが頭に叩き込んでいるお陰だろう。

 

 誰よりも早く、真っ先に資源衛星へと向かうキョウヤは、後続が狙われないようにわざと目立つ軌道で進みながら、隙あらば撃墜へ追い込んでいく。

 

 

「続け!」

 

 

 モビルアーマーの形態へ変形していることで、キョウヤのAGE-2マグナムは使える武装が限られている。それでもマスダイバーは機動性の優れたAGE-2マグナムを捕まえられず、隙をつかれる形で後続のガンプラに撃墜されていった。

 

 

「リク! 何か、来る!」

 

「え? あ、あれは……!?」

 

 

 少しずつ資源衛星に連合軍のガンプラが入り込んでいく中、オープンにしてある通信の向こうで、サラとリクの慌てた声が聞こえてきた。シンヤも視線を巡らせると、資源衛星の下側から何かがゆっくりと姿を現す。

 

 ぱっと見は戦艦のような形と、暗灰色をメインとしたカラーリングの大きなモビルアーマー。威圧的なその姿に、思わず息を呑む。

 

 そんな驚きなど露知らず、機体の前面に備えられた砲塔がこちらを向く。

 

 

「リクくん、危ない!」

 

 

 叫び、割り込むようにダブルオーダイバーエースの前に立った瞬間、向けられた砲塔から閃光が放たれる。対ビームコーティングを施してある鞘で弾き続けるが、先程のバズーカのダメージと相まって、遂には鞘が溶解し始める。

 

 

「まずい!」

 

 

 鞘と、そこに内蔵されている剣の両方を失うわけにはいかない。溶け切る前に鞘からγナノラミネートソードを抜き、リクと共にさらに後ろに下がる。

 

 

「リクくんは先に」

 

「でも……!」

 

「大丈夫。あの機体、後ろを取れば余裕だから」

 

 

 それだけ言い残し、シンヤはキマイラと共にモビルアーマーへと急速に接近する。近づけば近づくほど、その大きさに驚かされるが、ついこないだサイズアップしたサイコザクと戦ったばかりだからなのか、恐怖心はあまりない。

 

 

「ユークリッド、か」

 

 

 『ガンダムSEED DESTINY』に登場するモビルアーマー、ユークリッド。射撃兵装をことごとく防ぐ陽電子リフレクターを持ち、機体の前面にビーム砲とガトリングを2門ずつ備えるが、後方や機体下部に回りこめさえすれば、撃墜は容易だろう。

 

 

(入り込めれば、だけど)

 

 

 リクの反応がレーダーから消えた。きっと資源衛星に突入したのだろう。さっきは大丈夫だと言ったが、実のところそう簡単な話ではない。

 

 ユークリッドの火器は前面に集中しているものの、陽電子リフレクターが形成される範囲は機体側面のほぼ全域にあたる。ブレイクデカールで硬さが増している上に陽電子リフレクターを貫くのは厳しいため、狙えるのは本当に後方と下部しかない。それは敵も想定しているはずだ。

 

 案の定、シンヤが機体を急降下させると、ユークリッドも下がり、或いは進路を阻むようにガトリングやビームを浴びせてきた。ブレイクデカールによって傷が修復されてしまうことも考えると、生半可な攻撃で済ませるわけにはいかない。

 

 

「けど、こいつは、ここで!」

 

 

 今、ユークリッドを抑えられるのは自分だけだ。無視して資源衛星に近づけば、殲滅部隊の大きな普段になってしまうだろう。シンヤはキマイラと共に、再び接近した。

 

 簡単には近づけさせまいと、ガトリングが火を噴く。射線を遮るもののない虚空を駆け抜けながら、シンヤはなおも接近を試みる。次第に距離が縮まっていく。それに焦りを感じたのか、ユークリッドが突如として機体を傾ける。

 

 

「ビーム砲も……!」

 

 

 ガトリングだけでは足りないと悟ったのだろう。ビーム砲も合わせて放ち、遂にはその巨体が動き出した。

 

 

「体当たりする気か!?」

 

 

 キマイラ目掛けて突進をかまそうとするユークリッド。作品によってモビルアーマーと称される機体の全高は様々だが、モビルスーツがぶつかり合えるような柔な物はない。

 

 ユークリッドの体当たりを既の所でかわし、振り返ってその背面に向けてレールガンを放つ。

 

 が、当たるより早く眩い光が広がり、射撃を無効化してしまう。

 

 

「陽電子リフレクター……」

 

 

 ブレイクデカールの力か、或いはマスダイバーがカスタマイズしたからなのかは分からないが、予想していたよりもリフレクターの発生範囲が広い。

 

 転身して再び強襲するユークリッドに、シンヤはなんとしてでも接近しようと機体を走らせる。

 

 7連装のガトリングから放たれる激しい弾丸の雨を掻い潜り、今度はユークリッドの底面に潜り込む。逃げられるより早く、至近距離でレールガンを放つが、傷ができたのはほんの一瞬だけ。

 

 連続で攻撃されないよう、ユークリッドは一気に加速してすれ違う時間を僅かにし、損傷を最低限に抑えた上、ブレイクデカールによって傷を修復してしまう。

 

 しかし諦められるはずもなく、シンヤはユークリッドを追いかけて後ろにつく。スラスターを狙って、レールガンを再び見舞った。また陽電子リフレクターが展開され、放った弾丸のことごとくを無力化するが、キマイラのスピードを緩めず、突っ込んでいく。

 

 

「食い破れ、キマイラ!」

 

 

 シンヤの叫びと共に突き出された左腕が、獰猛な牙となってリフレクターに突き立てられる。リフレクターとナノラミネートアーマーとがぶつかり合い、火花を散らす。身を翻そうとするユークリッドに逃げられないよう、シンヤも懸命に食らいついた。

 

 

「逃がさない!」

 

 

 遂にはリフレクターに小さな綻びが生じる。そこへγナノラミネートソードの切先を刺し、光の壁を切り裂くように真一文字に振るった。

 

 キマイラの牙が、壁を食い千切る。

 

 陽電子リフレクターを抜けてさらにユークリッドに迫ると、今度こそスラスターに向けてレールガンを放つ。各部がたちまち火の手をあげ始め、ユークリッドはその軌道を制御できずに彼方此方へふらついた。

 

 隙だらけとなったモビルアーマーを沈めるのは、簡単だ。

 

 ユークリッドのコクピットへ回り込み、シンヤはγナノラミネートソードを深々と突き刺した。

 



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その手に輝きを

 こんな風に“彼”と関わり続けるなんて、思いもしなかった。1度だけ、たった1度だけ頼ろうと思っただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

 

(後悔してる……? そんなこと、私には赦されないのに)

 

 

 後悔がないと言えば、嘘になる。でもそれが何に対しての後悔なのかは、まだ分からなかった。

 

 “雇い主”から通信が入る。【前を走るダブルオーベースのガンプラを近づけさせるな】と。

 

 仲良しごっこは、もう終わりにしなくては。

 

 目の前にいる彼らとも。

 

 そして、今は別の場所で戦っているであろう“彼”とも。

 

 一瞬、“彼”がこのことを知ったらどう思うのかと気になってしまう。操縦桿を握る手が、微かに震えた。

 

 しかし振り払うように頭を振り、鋭い視線で仲間の前に立つ。

 

 

「リク、これ以上あなた達を進ませるわけにはいかないわ」

 

 

 武装装甲八鳥、RX-零丸。2機のガンプラを駆り、アヤメはただただ冷徹に告げるのだった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ユークリッドとの戦闘を終え、シンヤは改めて資源衛星に入り込む。突入しようと思った出入口は既に封鎖されており、唯一開いていたのはユークリッドが出てきたところだけ。

 

 

(マップは……ダメだ、味方のマークも出ない)

 

 

 衛星内部のマップは確認できたものの、ブレイクデカールの影響なのかジャミングを張っているのかは分からないが、味方の位置が表示されない。ひとまず、目的地となるロンメルの部下の信号が消失した地点を目指していく。

 

 

(不気味なほど手薄だ……)

 

 

 手厚い反撃を予想していたが、それがまったくない。先に突入した部隊へ力を割いている可能性が高いだろうが、油断はできない。極力急ぎながら、敵意を見逃さないよう周囲に気を配る。

 

 ふと、目の前にぼんやりとした光を見つけた。

 

 

「赤い、光……?」

 

 

 何かこの迷路を打破するものかもしれない。そう思って光へ近づこうとして、シンヤは咄嗟に機体を翻した。直後、目の前から赤黒い閃光が襲いかかる。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 正に間一髪。真横を掠めるビームの光に、シンヤはキマイラの速度を上げて主へと急速に近づいていく。

 

 

「ヤークトアルケー……」

 

 

 僅かだが、視界に敵の姿を捉える。遠目でもその異形な造りは目立ち、さらにはトランザム特有の赤い光を纏ったうえ、ビームの色が敵の正体をはっきりと物語っていた。

 

 ガンダム00の外伝作品に登場する、ヤークトアルケー。アルケーガンダムの発展機で、ベースとなったガンダムスローネのアイン、ツヴァイ、ドライ、それぞれの武装を有している。単機で戦局を覆すことすら可能とされる機体スペックをもつが、機体に対して積まれた武装が多く、扱いが非常に難しくもあった。

 

 

「レーダーが機能しないのは、こいつか」

 

 

 GNステルスフィールド。コンテナからGN粒子を広域に散布し、レーダーを無効化する巨大なジャミングフィールドを形成する力を持つ。そのせいで、キマイラはレーダーはもちろん、仲間への通信すら許されないわけだ。

 

 

「貧乏くじを引かされたと思ってたが……まさかこっちからも敵がおでましとはなぁ!」

 

 

 マスダイバーの声と共に、GNファングが射出される。近づいていたキマイラはすぐさま速度を落とし、襲いくるGNファングをγナノラミネートソードと左腕で対処していく。

 

 

「背中を向ける余裕があるか!」

 

「くっ!」

 

 

 GNバスターソードを振り上げ、ヤークトアルケーが迫る。上段からまっすぐに閃いた一撃を紙一重でかわし、キマイラもγナノラミネートソードを振り抜くが、ヤークトアルケーは爪先に装備したGNビームサーベルを展開して斬撃を弾いた。

 

 続く一撃で大きく蹴り飛ばされ、2機の距離が自然と開く。そのタイミングで、控えていたGNファングが再びその牙を見せた。ビームを剣で弾き、刺突しようと迫る物は腕で握り潰す。そうして少しずつ数を減らそうとした矢先、ヤークトアルケーがさらに距離を取って背面右側に装備したビーム砲を展開する。

 

 

「くくっ、デカいの見せてやるよぉっ!」

 

 

 砲口から今にも飛び出しそうな、赤黒い獣。マスダイバーの愉悦に満ちた声と共に放たれたそれは、獰猛な勢いを抱えてキマイラを丸々呑み込もうとする。

 

 

「くっ、うぅ……! この火力!」

 

「ブレイクデカール様々だぜ。パワーアップだけじゃねぇ、トランザムの制限時間も関係なくなるんだからなぁ」

 

 

 ヤークトアルケーが背中に装備するGNランチャー。単体でも充分な火力を誇るが、展開することでGNハイメガランチャーとなり、破壊力をさらに増すことができる。

 

 元となったGNランチャーはスローネアインが有し、またハイメガランチャーを使う場合はスローネツヴァイ、スローネドライからエネルギーを供給してもらわないと使えず、ヤークトアルケーもトランザムによって粒子放出量を増加させなくては使用できない。

 

 だが、ブレイクデカールによってトランザムの制限時間をなくし、粒子残量を気にしなくてよくなったヤークトアルケーは、なんの気兼ねもなくGNハイメガランチャーを使えるわけだ。

 

 

「この人、強い!」

 

「当たり前だっての!」

 

 

 ただ闇雲に力を振るうような戦い方ではない。GNファングで翻弄し、隙を作り出したところを強襲。シンプルだが確実なやり方に、シンヤは冷や汗を禁じ得ない。

 

 

「金稼ぎしてんだから、弱くちゃ話になんねぇだろうがっ!」

 

「金……!?」

 

 

 GNバスターソードを左腕で受け止め、γナノラミネートソードを一閃。しかしヤークトアルケーは爪先のGNビームサーベルを展開し、互いの得物が火花を散らす。

 

 

「ポイントやイベント報酬を欲しがる奴らに、俺が恵んでやってんのさ」

 

「そんなことを……!」

 

「簡単に稼げるんだぜ。敵を倒せばいい、シンプルな仕事だぁ!」

 

 

 γナノラミネートソードが、ヤークトアルケーの踏み付けによってミシミシと嫌な音を立てて軋む。壊されるか離れるかの二択に、シンヤは武器を失うことへの躊躇いから、すぐに距離を取った。

 

 それと同時に襲いかかってくると予期していた通り、迫りくるGNファングに向けてレールガンを放って破壊。壊れた武器が黒煙を上げるが、すぐに形を取り戻していく。

 

 ブレイクデカールの再生能力を前に、思わず舌打ちしてしまう。

 

 

「背中がガラ空きだぜ?」

 

「くっ!」

 

 

 トランザムによって向上した機動性を活かして背後に回り込んでくるヤークトアルケー。GNバスターソードが叩きつけられるように振るわれ、通路を陥没させる。紙一重でかわしたはいいが、また背中をとられては敵わない。壁に背中を向けながら、キマイラを少しずつ奥へ進ませていく。

 

 

(誰かと合流できれば……!)

 

「逃げても無駄だぜ。お仲間はみんな、倒されただろうさ」

 

「そんなこと、あるもんか!」

 

「あるんだよ。なにせスパイがいるからな」

 

「え……?」

 

 

 思わぬ一言に、一瞬思考が奪われる。その隙はマスダイバーにとって都合の良いものでしかなく、GNバスターソードが思い切り叩きつけられる。

 

 

「ぐっ、うぅ!」

 

 

 再現された大きな振動が、機体全体を襲う。ギリギリで直撃は免れたものの、胸部の装甲が少しばかりひしゃげてしまっていた。

 

 バランスを崩し、通路に倒れ込むキマイラ。追撃を警戒して急いで立ち上がらせるが、間髪入れずGNビームサーベルが閃き、右側のスラスターウィングを斬り飛ばされる。

 

 

「うわあああぁぁ!」

 

「心配するな。お前もすぐに仲間の後を追わせてやる!

 いや、それともお前が仲間を迎えられるようさっさと倒してやろうか!」

 

「ぐっ……どっちも、お断りだっ!」

 

 

 取り囲むように展開されたGNファングを斬り裂き、握り潰す。それらが再生しきるより早く、ヤークトアルケーとの距離を詰めて互いの剣をぶつけ合った。

 

 

「突入部隊の中にそのガンプラがいるのも聞いてたよ。マルコシアスベースで、近接戦闘に主軸を置いているってな」

 

 

 マスダイバーは言うが、シンヤはそれを信じようとは思わなかった。それくらいの情報なら、今までの戦いで把握できる。スパイなど、まやかしに過ぎない。

 

 

「信じてないってか」

 

「当たり前だ!」

 

「ならお前、忍者のルックスをしたダイバーはどうだ?」

 

「忍…者……?」

 

「ははっ、心当たりあるみたいだなぁ!」

 

 

 忍者と言われて真っ先に思い浮かんだのは、アヤメだった。彼女の他にも忍者を思わせる服装のダイバーはいるだろうし、彼女がスパイとは限らない。それでも、身近に知る誰かを連想できてしまえるだけに、シンヤにとってそれは大きな動揺となって襲いかかった。

 

 

「名前までは知らねぇけど、確か……そうそう、SDガンダム使いの女だったよ」

 

 

 見事なまでにアヤメと情報が一致し、シンヤは呆然とする。

 

 GNバスターソードが下段から上段へ向かって振り上げられ、受け身もまともに取れないまま、キマイラは大きく吹っ飛ばされた。

 

 

「アヤメが、そんな……」

 

「終わりだ」

 

 

 一歩一歩、武器を手に近づくヤークトアルケーはまるで悪魔のような恐ろしさを秘めている。

 

 高らかに振り上げられた刃が、キマイラの頭を粉々に打ち砕く──はずだった。

 

 

「なにぃ……?」

 

 

 苦々しく呟くマスダイバーの前で、GNバスターソードが動きを止める──いや、そうではない。キマイラの巨腕が、真っ向から受け止めているのだ。

 

 

「このっ! なんだ、こいつ……動かない!?」

 

 

 いくら動かそうと、掴まれたGNバスターソードはびくともしない。次第に、大剣を鷲掴みにしているキマイラの腕が、紅く染まっていく。

 

 

「トランザム!? いや、違う……なんだよ、なんなんだよぉっ!」

 

 

 急に自分の思うような動きを禁じられた焦りなのか、マスダイバーは見るからに狼狽えている。だが、シンヤは相手の気持ちを汲むことすらなく、ぽつりと呟いた。

 

 

「……謝らなきゃ」

 

「は?」

 

 

 通信越しに聞こえた言の葉に、マスダイバーは訳がわからなくなり、思わず聞き返す。しかしシンヤは答えない。ただただ申し訳なさそうに、声を絞り出した。

 

 

「アヤメに、謝らなきゃ」

 

 

 彼女がもし、本当に裏切り者だとして。自分は、彼女に何かしただろうか。

 

 

「何もない……何もないんだ。何も───」

 

 

 何度かそばにいたのに。いつも自分が聞いてもらうばかりで、アヤメのことを何も聞こうとはしなかった。

 

 謝りたい。

 

 なにより───

 

 

「僕は! アヤメに!」

 

 

 ───会いたい。

 

 

「会わなくちゃ、いけないんだっ!」

 

 

 シンヤの決意に応えるように、キマイラの左腕に配されたモールドが紅く光り輝く。ミシミシと嫌な音を立てたいたGNバスターソードは、遂にその刀身を握りつぶされた。

 

 

「チッ! ファングゥ!!」

 

 

 砕かれたGNバスターソードをすぐに手放し、後退しながらGNファングを放つ。四方八方から不規則な軌道を描いて迫る鋭利な牙。

 

 

「避けられないのならっ!」

 

 

 レールガン、左腕、γナノラミネートソード。3つの武器を駆使するキマイラ。破壊し、進み、破壊し、進み──強く、着実に、歩んでいく。

 

 

「鬱陶しいんだよぉ!」

 

 

 トランザムによって増した機動性を活かし、ヤークトアルケーは一気に距離を取った。GNバスターソードを失い、GNファングのほとんどが壊れてしまったこの状況で接近戦は不利だ。

 

 GNハイメガランチャーを展開し、ありったけの粒子ビームを解き放つ。極太の閃光が、丸呑みする勢いで迫る。

 

 

「行こう、キマイラ」

 

 

 それを目の当たりにしても、シンヤは歩みを止めなかった。それどころか、自ら破壊の光に飛び込んでいく。

 

 大きな左腕を前面に突き出し、ビームの奔流に逆らう。いくらナノラミネートアーマーであろうと、トランザムとブレイクデカールの合わせ技で破壊力の増したビームを受け続けるのは非常に危険だと言わざるを得ない。

 

 それでも通路の全体を覆い尽くすほどに太いビームを避け続けるのは厳しく、シンヤは最短距離で進むことを選んだ。

 

 

「消えろおおおぉぉ!!」

 

「負けるかあああぁぁ!!」

 

 

 叫び、互いの意志をぶつけ合う。負けない。負けられない。

 

 それでも力を放ち続けるだけでいいヤークトアルケーの方が圧倒的に優位であることに変わりなく、ビームを浴び続けているキマイラは、次第にその姿を歪めていく。

 

 

「まだだ! まだ……まだ、行けるっ!」

 

 

 痛いだろう。苦しいだろう。熱いだろう。キマイラが感じる苦痛を一緒に背負えない辛さを噛み締めながら、それでもシンヤは歩みを止めない。

 

 

「キマイラなら……!」

 

 

 だって、信じているから。

 

 

「いや……僕と、キマイラなら!」

 

 

 自分を。ガンプラを。

 

 

「一緒なら!」

 

 

 必ず光を掴み取れると、信じているから。

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 

 遂にビームの奔流を抜け、キマイラの腕がGNハイメガランチャーの砲身をへし折る。

 

 

「バ、バカなっ!?」

 

 

 ボロボロになりながらも鋭い眼光を宿した猛獣を前に、マスダイバーは驚きの声を上げる。勝利を確信していたその姿勢が、大きな隙を生むことになるとは思いもしなかっただろう。

 

 

「これでっ!」

 

「させるかっ!」

 

 

 γナノラミネートソードを振り上げるキマイラ。ヤークトアルケーは爪先のGNビームサーベルを繰り出す。

 

 キマイラの左腕が、斬り飛ばされた。接続部が爆発し、バランスが乱れる。倒れ込む寸前、キマイラはさらに一歩を踏み出す。刃が、ヤークトアルケーを完全に間合いに捉えた。

 

 

「断ち切る!」

 

 

 振り上げた一閃が、ヤークトアルケーのコクピットを深々と切り裂く。見舞った刃の勢いを示すように、斜めに裂かれた上半身が崩れ落ち、大きな爆発を巻き起こした。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 息も絶え絶えだが、止まっている時間はない。キマイラを休ませたかったが、せめてアヤメに真意を聞かなくては。

 

 

「我儘を言ってごめん、キマイラ。もう少し……もう少しだけ、僕に付き合って」

 

 

 GNハイメガランチャーに晒され、背部のウイングバインダーは4つともボロボロ。左腕は肩から切り裂かれたせいで、もう使えない。メインカメラもアンテナが歪んでおり、右目も壊れている。

 

 

(武器はレールガンとナノラミネートソードだけか)

 

 

 頼りないとは思わない。寧ろこれだけ使えることに感謝したいくらいだ。シンヤは使えなくなったバックパックを切り離し、なんとか姿勢制御させながら先を急いだ。

 



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君と、ここで──

「私、何してるんだろう……」

 

 

 呟き、周囲を見回す。先程まで相対していた量産型キュベレイの残骸の他にも自分の愛機、RX-零丸のパーツも幾らか見受けられる。

 

 少女──アヤメは苦しそうにコクピットの中で膝を抱えていた。

 

 マスダイバーらの黒幕が差し向けたスパイとして、アヤメはビルドダイバーズのリクと刃を交えた。彼らと同じように、アヤメにも守りたいものがあったから。

 

 ル・シャノワール──アヤメがかつて所属していたSDガンダムのみで構成されたフォース。最初こそ流れで入っただけだったが、メンバーの優しさや一緒に戦い、勝利を収めることに楽しさを見出した彼女にとってル・シャノワールは、いつしか自分の大切な居場所へと変わっていった。

 

 仲間は誰もが気さくで仲が良く、フォースメンバーが持ち寄ったパーツで世界で唯一のガンプラを作り上げるほどだ。

 

 常に連携の取れた動きで勝ち星を上げてきたル・シャノワールは、フォースランキングを順調に駆け上がっていく。

 

 が、しかし──ランキングがあがるにつれて周囲もSDガンダムへの対策を入念なものにし、次第に連敗が目立つように。それはフォースランキングと言う見える形だけでなく、仲間内の間にも不和を生み落とす。

 

 そこで当時のリーダーはリアルタイプの導入を決定。その時傭兵としてル・シャノワールに在籍していた男に頼んで、リアルタイプを用意してもらったのだ。メンバーが持ち寄ったパーツで作り上げた絆の結晶であった、あのガンプラと交換する形で。

 

 しかし悪い流れを止めることは叶わず、リアルタイプを用いて臨んだ試合は大敗。それが決定打となり、フォースからは次々とメンバーが離れ、遂にはアヤメだけとなってしまった。

 

 交換してしまったガンプラさえ取り戻せば、きっとみんなまた戻ってきてくれる──そう信じて、アヤメは傭兵だった男に頼み込んだ。そして交換条件として出されたのが、彼の部下となってブレイクデカールをGBNに広めることだった。

 

 それからはなんでもやった。

 

 ブレイクデカール勧誘・取引時の護衛。運営に対する撹乱工作。マスダイバーの支援。邪魔なフォースを内部から崩壊させる潜入スパイ。

 

 数えきれないくらい嘘をつき、数えきれないくらい人を騙してきた。進んできたこの道を、今更引き返すことなどできないのだ。

 

“みんなとの思い出を守るために、みんなとの思い出が詰まったGBNがなくなってもいいの?”

 

 リクの言葉が甦る。彼は、最後まで自分に反撃しようとしなかった。いくら刃を向けても、銃口を突きつけても。いつもと変わらぬまっすぐさで、自分に言葉を紡いでくれた。

 

“アヤメも、ガンプラも、泣いてるよ”

 

 サラが悲しそうに言ってくれた。彼女が悲しそうだったのは、自分が裏切ったからではない。自分と零丸の悲しさを受け止めてくれたから。

 

 居場所ならあると言ってくれた。GBNが、ビルドダイバーズが、自分の居場所だと。

 

 

(私は……)

 

 

 その言葉がどれだけ嬉しかったか。言葉では表せないほど、温かくて心地良かった。一緒にいようと言ってくれたリクを、サラを、ビルドダイバーズを、信じたい。

 

 自分を信じてくれた気持ちに応えたくて、アヤメは自分の援護にやってきたマスダイバーが駆る量産型キュベレイに刃を向けた。

 

 交戦の末、なんとか量産型キュベレイを倒すことはできたが、零丸は大破。右腕と左足を失い、武器も忍者刀だけ。敵襲を受ければ即座に撃墜されるだろう。

 

 資源衛星の中を力なく漂う零丸は、まるで自分の写し鏡のようにただ黙っていた。

 

 

「…何?」

 

 

 しかし、味方の接近を知らせる音に顔をあげると、ちょうど向こうから黒い機影が向かってくるのが見える。その機体は傷だらけだったが、それでもアヤメには見覚えがあった。

 

 

「……シンヤ」

 

 

 友達──だと思う──のガンプラ、ガンダムキマイラだ。

 

 向こうもこちらを捉えたのか、まっすぐに駆けてくる。だが、アヤメは気付けば零丸を転身させていた。

 

 

「アヤメ!」

 

「っ!」

 

 

 自分の名前を呼ぶ声が響く。聞こえていながら、それでもアヤメは逃げるように衛星の内部へ零丸を進めた。

 

 

「待ってよ、アヤメ」

 

「来ないで!」

 

 

 会いたくなかった。自分のしたことを知られるのが、怖かった。仲間を裏切った自分には居場所なんてないと思うし、ましてやシンヤと会う可能性のあるGBNを続けるなんてできない。

 

 アヤメは必死に零丸を進めるが、遂には袋小路に行き着いてしまう。これ以上は逃げられない──そう思うと、無意識の内に忍者刀を構えていた。

 

 

「アヤメ……?」

 

「私は……さっきまでリクを攻撃していたわ」

 

 

 裏切りの告白に、驚かないはずがなかった。事前に聞かされていたとしても、予想できていたとしても、やはり本人から直接聞かされるのとは重みが違いすぎる。

 

 シンヤは間合いに入らないギリギリの距離を見定めて、キマイラを停止させる。残されている右腕に握ったγナノラミネートソードの鋒が、零丸に向かないよう留意しながら。

 

 

「裏切り者なの、私」

 

「でも、その零丸の傷はダブルオーダイバーがつけたものじゃないよね」

 

「それ、は……」

 

 

 そもそも、リクがアヤメと彼女のガンプラに対して反撃し、傷を負わせるとは思えない。明らかに狼狽えるアヤメに、シンヤはゆっくりと近づく。

 

 

「来ちゃ、ダメ……!」

 

「どうして?」

 

「だって私は、裏切り者ものだから!」

 

「うん、みたいだね」

 

「“みたいだね”って……」

 

「だからって、アヤメのことを諦める気はないよ。話したかった……ううん、謝りたかったんだ」

 

「え?」

 

「ごめんね、アヤメ。何も気付けなくて」

 

 

 息を呑む音が聞こえる。通信パネルはアヤメが非表示にしているからなのか、【sound only】と無機質な文字が並んでいるだけ。それでも、僅かばかりでも、小さな息遣いが自分とアヤメとを繋ぎ止めてくれている気がした。

 

 

「シンヤは、悪くない……やっぱり、私がいけなかった」

 

「アヤメ?」

 

「私、本当はシンヤのことを知っていたの」

 

 

 知っていたとは、どういうことなのか。彼女とは今の学校で初めて知り合ったはずだ。GBNでも一切の交流はなかったし、シンヤが今まで戦ってきた相手にSDガンダムのガンプラを使う者は誰一人としていなかった。

 

 なのに、知っていた───。

 

 

「ブースターズ……シンヤが所属していたフォースでしょ?」

 

「なんで、それを……」

 

 

 アヤメには自分が過去にフォースメンバーに銃を向けたことを打ち明けたが、その時はフォースの名前までは口にしていない。話したのはせいぜい、使っていたガンプラがペイルライダーだったと言うことぐらい。

 

 

「ブレイクデカールの受け渡しの護衛に立ち会ったの。ブースターズのリーダーとはそれきりだと思っていたけど、後日になってまた、ブレイクデカールをくれってせがんできたのよ。新入りのペイルライダーに仕返しがしたいからってね」

 

「アサバさんが……」

 

「結局ブレイクデカールは渡さなかったけど……分かったでしょ、私が貴方を追い込んだ手助けをしたってことが」

 

 

 確かに、アヤメと言う護衛役がいなかったら、ブレイクデカールの交渉はなかったかもしれない。そうすれば、シンヤとてマスダイバーになった仲間に銃を向けずに済んだだろう。

 

 しかし───

 

 

「悪いけど、“たられば”には興味ないよ」

 

 

 ───シンヤは、アヤメの言葉に頷かなかった。

 

 もし、もしも──そう考えることはシンヤにだって何度もあった。それでも、逃げた事実は変わらない。銃口を突きつけた事実は消せない。

 

 その事実を受け止めると決めたのだ。傷つけてしまったペイルライダーが、自分が前を向くことを信じている気がするから。

 

 

「……シンヤは、優しいね。そう言うと思ってた」

 

 

 諦めと悲しみが混じり合った声。アヤメは拒むようにゆるゆる首を振った。零丸が、忍者刀を構える。

 

 

「でも私は、自分を赦さない」

 

「分かった。アヤメが自分を赦せないのなら、僕は赦す。だから……戦おう」

 

 

 アヤメの決意を蔑ろにしたくない。自分を赦せない気持ちは、痛いほどよく分かるから。キマイラが、γナノラミネートソードを握り直す。

 

 一瞬の静寂。無重力に乗って漂うガンプラの破片が、2機の前を通り過ぎた──瞬間、零丸が斬りかかる。

 

 

(やっぱり、速い!)

 

 

 タッグマッチトーナメントをした時も思っていたが、零丸はSDガンダムとしての小回りの良さだけでなく、充分な速さを備えていた。

 

 上段から振るわれる刃を素直に受け止めて、押し返す。弾かれた零丸はくるっと背中からとんぼ返りをして、さらに距離を取る。

 

 

(さすがに、重い!)

 

 

 キマイラと直にぶつかり合うのは無論これが初めてだが、巨大な左腕ばかりではなく右腕にもしっかりと力が込められている。機体の姿はアンバランスでも、シンヤの操縦技術と合わせてパワーバランスはしっかりと取れているようだ。

 

 零丸が壁を蹴って再び斬りかかる。迎え撃とうと剣を構え直すキマイラの前で、しかし零丸は急に進路を変えた。ほんの一瞬だけ、姿が見えなくなる。今は忍者らしい動きに感心している暇はないが、俊敏な動きに拍手を贈りたいくらいだ。

 

 視線を巡らせるよりも確実な、レーダーによる位置の確認。シンヤは視線だけ動かして零丸の居場所を知ると、γナノラミネートソードで続く一撃も受け止める。

 

 すると零丸はまたもやとんぼ返りを見せて距離を稼いでは、壁を蹴って急速に迫る。

 

 一閃。転身。

 

 一閃。転身。

 

 ひたすら繰り返される一撃離脱に、シンヤは次第に焦りを募らせる。

 

 

「先手を取られたのはまずかったかな……」

 

 

 独り言ち、アヤメの決意の鋭さを改めて痛感する。素早く駆け回る零丸を相手に、自分の視力だけで追いかけるのは厳しい。レーダーと合わせて、なんとか零丸が繰り出す一撃を受けるが、反撃に転じる隙さえ与えてくれない。

 

 

(けどそれは、アヤメも同じはず)

 

 

 これだけで仕留められるとは思っていないだろうが、それにしても何度も奇襲に近い攻撃を防がれては、アヤメも焦っているはずだ。

 

 

(ここは動くのを待つしかない)

 

 

 それは、唐突に訪れた。何度目かの攻防。背後に回り込んだ零丸を迎え撃とうと振り返った時、シンヤは驚きに目を見開く。

 

 

「ガンプラの破片!? しまった!」

 

 

 サポートメカとして働く、武装装甲八鳥。その残されたパーツを強襲しながら手繰り寄せた零丸は、キマイラが振り返る直前にそれを足場にしてさらにワンステップ設けることで攻撃のテンポをずらし、再びキマイラへ斬りかかる。

 

 

(レーダーの位置は然程変わってないから、零丸は……上!)

 

 

 高低差まで見ていなかったシンヤにとって、アヤメの行動は最善な手と言えた。しかし、驚きに絡め取られるより早く、シンヤの思考が身体を洗練された動きへと導く。

 

 

「抑えられた!?」

 

「ここだっ!」

 

 

 ガキンッと刃がぶつかり合う音に、今度はアヤメが驚く番だった。受け止められるとは思っていなかった彼女は、それでもすぐ離れようとするが、シンヤの方が早く動く。

 

 γナノラミネートソードを思い切り振るい、零丸を押し返す。膂力を抑えられなかった零丸は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。背中側から伝わる衝撃に、息が詰まりそうになるアヤメ。視界の端に剣尖を構えるキマイラが見え、すぐにその場を離脱。

 

 

「逃がさない!」

 

 

 思っていたよりも早く体勢を立て直されたが、まだレールガンが使える。左右で発射タイミングをずらし、零丸を翻弄していく。

 

 

「くっ!」

 

 

 直撃はないが、大きく立ち回れないせいで、次第にキマイラとの距離が詰められる。ならばいっそのこと───

 

 

「こちらから仕掛ける!」

 

 

 ───近づいていた距離を逆に利用しようと、

零丸は身を翻して忍者刀を手に肉薄した。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚きから、反応が遅れる。その隙に左側のレールガンが通過様に斬り伏せられ、シンヤは慌てて零丸との距離を空けようと機体を駆った。

 

 

「今度はこちらの番よ!」

 

 

 追いかける零丸に向かって、キマイラが後ろ向きで下がりながら、残ったレールガンを放つ。切り結んだせいで、忍者刀はかなり消耗している。零丸はもちろんだが、最後の武器まで壊されては敗北は必至。

 

 シンヤもそれを分かっているのだろう。零丸が弾道から逃れるだけでなく、レールガンの弾を忍者刀で弾く狙いも込めて、先程から接近戦を仕掛けようとしない。

 

 

「それでも!」

 

 

 放たれる一筋の弾丸をかわし、再び懐へ入り込む零丸。キマイラの首を──落とすより先に、キマイラが一気に減速して振るわれた一閃をやり過ごす。

 

 

「そんなかわし方をするなんてね」

 

「アヤメこそ。ああも容易く踏み込んでくるなんて、流石だよ」

 

 

 互いの声音には、嬉々とした感情が確かに籠っていた。しかし今のアヤメには、それを認められる程心に余裕はなく、頭を振って自分の気持ちを否定し続ける。

 

 対峙し、どちらともなく走り出す。刃が火花を散らしては消え、再び散らし、また消える。

 

 零丸が至近距離まで詰めてきた。そのまま畳みかけようと、忍者刀を振り被る。しかしシンヤも負けじと懸命にキマイラを動かす。振り下ろされるよりも先に、体格差を活かしてタックルを叩き込んだ。

 

 

「まだっ!」

 

 

 ごろごろと転がる零丸を必死に起こし、追いかけてきたキマイラの踏みつけをかわす。大きく飛び退いた零丸の中で、アヤメは勝利を確信した。

 

 シンヤは間違いなく、レールガンを使うだろう。

 

 

(やっぱりね)

 

 

 果たして予想通り、キマイラがレールガンを展開したのを見て、零丸はすかさず忍者刀を投げつける。発射される寸前、レールガンの砲口に忍者刀が突き刺さり、爆発を起こす。当然、それを装備しているキマイラはバランスを崩し、大きな隙が生じる。

 

 投げた忍者刀に追いついた零丸は、その手で刃を取り返し、煙を突き破ってキマイラの目の前に躍り出た。

 

 

「終わりよ、シンヤ」

 

 

 つとめて冷淡に言い放つアヤメ。彼女の気持ちを表すように、刃が冷たい光を宿している。しかし──忍者刀を握りしめた手が、震えていた。

 

 刃を振り下ろせば終わる。自分は自分を赦さないまま、シンヤを言の葉諸共一刀両断できるのだ。

 

 

「なのに、どうして……!」

 

 

 苦しそうに。絞り出すように。やっと出た声は、酷くしゃがれていた。今にも泣き出しそうな気配に、シンヤはキマイラのコクピットを開ける。

 

 

「やっぱり、アヤメは優しいね」

 

「違う……そんなんじゃ!」

 

 

 シンヤの言い分を遮るように、忍者刀を突きつける。それでも彼はコクピットの中に下がろうとせず、静かに零丸を通してアヤメを見詰めた。

 

 

「だって私は、たくさんの人を裏切って、傷つけて! それなのに、まだGBNにいるなんて、そんなの赦されるはずがない!」

 

 

 今までブレイクデカールを使ってきたマスダイバーたちがどういった処分を受けたのか。具体的なことはシンヤも知らない。ダイバーたちも口にはしないが、アカウントの停止などは求めているだろう。

 

 アヤメも、もしかしたら何かしらの処分が言い渡されるかもしれない。

 

 

「リクくんが言っていたんでしょ? 分かれた道は、繋げばいいって」

 

「でも、私は……私には、罪があるから」

 

「その罪を、アヤメだけで背負う必要はないよ。僕も一緒に、背負うから。

 だからアヤメは、ここにいていいんだ! GBNに、ビルドダイバーズにいていいはずだ!」

 

「シンヤ……」

 

 

 きっと、ここにいてはいけない人なんて、誰もいない。この世界は仮想世界だけれども、ガンダムが、ガンプラが好きだと言う気持ちは本物だ。好きが詰まったGBNに、アヤメの好きがあってもいいに決まっている。

 

 一緒に、もっとGBNを楽しみたい──その一心で、シンヤはアヤメに向かって手を伸ばす。

 

 

「誰かがアヤメを傷つけるのなら、例えその人を敵に回しても……僕がアヤメを、護ってみせるからぁっ!!」

 

「私は……」

 

 

 アヤメの気持ちを代弁するみたいに、握っていた忍者刀を手放し、零丸が手を伸ばそうとする。

 

 ゆっくりと近づいていく互いの距離。しかし───

 

 

「うわっ!?」

 

 

 ───突如として、大きな振動が2人を襲う。すぐさまキマイラの中に戻って周囲を見回すと、資源衛星がひび割れていくところだった。

 

 原因を探ろうとモニターを見ると、資源衛星の内部から通常よりも数倍は大きいビグ・ザムが姿を現し、手始めとしてビームを周辺にばら撒いていた。それを見て、ここにいては危険だと判断し、零丸を抱えて脱出しようとする。

 

 

「きゃあぁっ!?」

 

「アヤメ!」

 

 

 開いた穴から空気が勢いよく漏れ出ていく。零丸もその勢いに引っ張られ、瞬く間に呑み込まれて外へと放り出されてしまう。

 

 

「アヤメーーー!!」

 

 

 伸ばした手は掴まれないまま、シンヤはビグ・ザムから放たれたビームによって機体を撃ち貫かれ、現実(リアル)へと引き戻されるのだった。

 




中途半端になってしまいましたが、アヤメとの戦いを描きたかったのでここまでになります。


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矛先

 有志連合戦から、早くも3日が経過した。

 

 最後にアヤメと少しだけしか言葉をかわせずに終わったシンヤは、周囲が有志連合戦の成功に沸き立つ気持ちにつられることもなく、彼女と連絡がつかないことを不安に感じていた。

 

 アヤメとは学校が同じではあるものの、土日を挟んで学校には行けず、やっと月曜日を迎えたと思えば体調が悪いから休んでいると聞かされ、何も得られずにいる。

 

 また、GBNにダイブしてもアヤメのログイン状態は非表示。フレンド同士でやり取りできるメッセージにもなんの反応もない。

 

 やきもきする気持ちのまま、シンヤはキョウヤに呼ばれてAVALONのフォースネストに顔を出していた。事件のその後について、話しておきたいことがあるのだとか。

 

 

「やぁ、急に呼び出してすまない」

 

「いえ。それで、お話しと言うのは?」

 

 

 キョウヤに促されてソファーに腰掛けると、付き添いをしてくれたエミリアが紅茶を出してくれる。早々に話を切り出すかと思ったが、キョウヤに口を開く様子が見られないため、紅茶を一口。

 

 喉を潤したところで、ようやくキョウヤが話を切り出してくれる。

 

 

「君にも、個人的に伝えておきたいと思ってね」

 

 

 言いながら、キョウヤが電子パネルを操作すると、シンヤの目の前にとあるリストが表示される。少しずつスライドさせていく内に、それがブレイクデカールに関するものだと分かった。

 

 

「これは……」

 

 

 ブレイクデカールの販売ルートや購入者のリスト。購入者のダイバーネームは伏せられてあるのは、公にするつもりがないからだろう。

 

 

「実は、匿名でリークがあってね。恐らく、彼女からだろう」

 

「アヤメが……」

 

「事情はリクくんから聞いている。彼女も、相当辛かったはずだ」

 

 

 キョウヤ曰く、GBNのログデータにはブレイクデカールの使用履歴が残らないため、簡単に罰することはできないそうだ。運営もその方針は変えず、今はとにかく修正パッチの完成を急いでいるのだとか。

 

 

「君は最後まで戦場にいられなかったから知らないだろうが……これを見てくれ」

 

 

 新たなパネルが表示される。そこには温かい緑色の翼をはためかせるダブルオーダイバーの姿が。

 

 

「この翼が確認された直後、ビグ・ザムは停止。ブレイクデカールによるサーバーへの影響も、瞬く間になくなったそうだ」

 

「そんなことが」

 

「もっとも、リクくんも同乗者のサラくんも、これについては何も分からないと言っている」

 

 

 この時の戦闘データを元に修正パッチが作られているとのことで、完成までそう時間はかからないらしい。

 

 

「と、ここまでは単なる報告だ」

 

 

 キョウヤの声音が変わる。シンヤは思わず居住まいを正して向き直るが、彼は笑みを零さない。畏まらなくていいと言われているみたいだが、真剣な表情を前にしては無理な話だ。

 

 

「改めて、協力してくれてありがとう」

 

「え?」

 

 

 思ってもいなかった一言。シンヤは呆気に取られて、思わず間抜けな返事をしてしまう。

 

 

「初めて出会った時から今の今まで、君はずっと僕に手を貸してくれた。そのお礼をしたくてね」

 

「そんな! 僕の方こそ、前を向く機会をくださって……ありがとうございます」

 

 

 ブレイクデカールが出回り始めたばかりの頃、キョウヤと出会い、ひたすらにマスダイバーを狩り続けた。自分で傷つけてしまったガンプラへの贖罪と答えを追い求めた日々をくれたのは、誰であろうキョウヤだ。

 

 

「結局、僕は君に答えを渡せなかったが」

 

「いいえ。辿り着くための道を示してくれました。例えそれが険しくても、辿り着けると信じてくれたから、導いてくれたんですよね」

 

「あぁ。君なら……いや、君と君のガンプラなら、必ず成し遂げられると信じていたさ」

 

「それで充分です。僕には、とても充分過ぎるほどの信頼です」

 

 

 固い握手を交わし、シンヤは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 

「それで、アヤメくんのことなんだが……どうやら、GBNにログインこそしているものの、リクくん達とは会っていないみたいでね」

 

「そうでしたか。僕も、彼女とは会えていなくて……」

 

「戦闘データを見せてもらったが、きっと君の言葉は届いているはずだ」

 

「だと、いいんですけど」

 

 

 そこまで言って、はたと気付く。あの時自分は、アヤメになんと言ったのかを思い出した。

 

 

『誰かがアヤメを傷つけるのなら、例えその人を敵に回しても……僕がアヤメを、護ってみせるからぁっ!!』

 

 

 報告のためとは言え、あんなことを言ったのだと改めて実感し、シンヤは顔を赤くする。キョウヤはそれに気付いているのかいないのか、どちらとも言えない表情でニコニコと笑っていた。

 

 

(いや、気付いているよね、あれ……)

 

 

 茶化されるよりはずっとマシだろう。シンヤは出されている紅茶を一気に飲み干して、さっさと帰ることにした。

 

 

「では、これで」

 

「あぁ。急に呼び立ててすまなかったね」

 

 

 キョウヤに一礼し、部屋を出ようとする。その時、ピコンと軽やかな電子音が部屋に響いた。シンヤが、アヤメから連絡が来たらすぐ分かるように設定しておいた電子音だ。

 

 

「アヤメから……!」

 

 

 届いたのは、1通のメッセージ。しかし几帳面な彼女らしくなく、件名が何も記されていない。何を書こうか悩んで、そのまま送ってしまったのだろうかと思い、開いてみる。

 

 

「え?」

 

「どうした?」

 

 

 シンヤの不思議そうな声に、キョウヤも異変に気付いたのかメッセージを覗き込む。しかし本文にあるのはURLだけ。それ以外には何もない、なんとも不可思議なメッセージ。

 

 しかしシンヤは次第に焦りを覚える。何か嫌な予感が付き纏い、嫌な汗が背中を伝う。

 

 

「このURLは……」

 

「GBNのもの、ですね」

 

 

 クエストカウンター、ラウンジ、フォースネスト、モビルスーツハンガーなど、様々な場所が点在するGBNの仮想世界。それらへすぐさま移動できるよう、URLが予め設けられており、クリックすることで瞬時に移ることが可能になっている。

 

 アヤメから届いたメッセージにあるものも、GBNでのみ使えるURLだ。もしも万が一、それしか送れないのだとしたら───。

 

 

「隊長!」

 

 

 静寂を破るように、焦りを滲ませた声が響く。キョウヤが応えるより早く扉が開き、副隊長のカルナが慌てて入ってきた。

 

 

「これを見てください」

 

「なっ!?」

 

 

 カルナが見せた電子パネルに映るのは、何かの生中継の映像のようだ。タイトルは、【ブレイクデカール工作員の処刑】。

 

 

「アヤメ!?」

 

 

 映像の中央に座らせれているのは、ぼかしこそ入っているが間違いない。大事な友達だ。アヤメだ。

 

 シンヤは静止の声を振り切ってフォースネストを飛び出し、外部のURLへアクセスが可能になったところで届いたメッセージに添付されているURLをクリックする。

 

 途端に景色が様変わりし、シンヤはいつの間にかキマイラに乗り込んでおり、目の前には真っ暗な海が──宇宙が広がっている。

 

 予め招待されている人物しか来られない設定なのか、シンヤの後に続く者は誰もいなかった。

 

 

「アヤメは……あのコロニーか?」

 

 

 宇宙には、コロニー以外は何もない開けた空間が広がっていた。映像は零丸のコクピット内部ではなかったから、きっと宙域を漂ってはいないだろう。

 

 

「シンヤさん!」

 

「リクくん?」

 

 

 通信越しに響いた声に振り返ると、そこにはダブルオーダイバーを始めとするビルドダイバーズのガンプラが集まっていた。パネルが表示され、リクと、一緒に乗っているサラが映る。

 

 

「ついさっき、俺たちビルドダイバーズ宛にメッセージが届いたんです。裏切り者を処刑してやるって」

 

「裏切り者って……」

 

「多分、アヤメのこと」

 

 

 サラの切なそうな声に、自然と沈痛した面持ちになっていく。しかしコロニーから幾つものスラスターの光が見えたことで、強制的に気持ちを切り替えさせられる。

 

 先陣を切るのは、金色のガンプラ。戦闘機にも似た、いわゆるウェーブライダー形態で接近してくる機体は、リクたちの前でモビルスーツの姿へと変形。そして、訝しむような声が聞こえてきた。

 

 

「何だ? あんたらも処刑を見にきたのか?」

 

 

 デルタガンダム──対ビームコーティングが施された輝かしい黄金の装甲と赤いツインアイは、百式を思わせる風格を漂わせる。Z計画のコンセプトを元に、可変機構を備えたそのガンプラは、値踏みするようにシンヤたちをじっくり眺めている。

 

 

「あのコロニーに、彼女が?」

 

「あぁ、そうさ。もうすぐ裁かれるんだ」

 

 

 楽しみだろとでも言いたげな雰囲気に、リクは恐ろしさを感じて思わず尻込みする。だが、退こうとは思わなかった。

 

 

「俺たちは、仲間を助けに来たんです」

 

「そうよ!」

 

「お願いです。道を開けてください」

 

 

 リクが、モモが、ユッキーが、口々に言う。仲間を助けたい──この気持ちを分かってもらえると信じているから。

 

 だが───

 

 

「仲間、だと? まさかお前ら……!?」

 

 

 ───突如として、銃口が突き付けられる。

 

 

「させない!」

 

 

 引き鉄が引かれ、銃口から閃光が飛び出す。咄嗟にコーイチのガルバルディリベイクが射線を遮るように前に出て、ハンマープライヤーでビームを弾いた。

 

 それと同時にシンヤがキマイラを駆り、巨大な左腕でデルタガンダムのビームライフルを握り潰す。

 

 

「何するんですか、いきなり!?」

 

「僕たちに戦う気は……」

 

「うるさいっ!」

 

 

 デルタガンダムはビームライフルを捨てて、すかさずビームサーベルを手に取る。それが振るわれるより早く、キマイラが両腕を掴んで身動きを封じた。

 

 

「お前ら、あいつの仲間ってことは、マスダイバーだろ!」

 

「え?」

 

「ち、違うわよ!」

 

「嘘つけ!」

 

 

 信用ならないとわめく相手を前に、コーイチは冷静に現状を整理する。

 

 

「リクくん、みんな。アヤメくんのことが露呈した経緯は分からないけど……彼らはマスダイバーを、ブレイクデカールを憎んでいるんだ」

 

「憎んで……」

 

 

 これまでリクたちが見てきたダイバーは、ブレイクデカールを悪とし、間違いだと言っていた。有志連合戦の時だってそれは同じで、口々に意気込みを叫んでいた。

 

 しかし、誰も憎悪を持ってはいなかった。許せないと口にする者も、ブレイクデカールを使うのを止めれば許せるものだと思っていた。

 

 

「その中に僕らがアヤメくんの仲間であり、助けに来たと言えば、こうなるのは必然だ。確実に助けたいのなら……仲間じゃないフリをして一気に懐に入ることも出来るかもしれない」

 

 

 コーイチの言葉に、リクは顔を伏せる。確かにそれなら無駄な戦闘は避けられるし、うまくすれば誰も傷つけずにアヤメの元へと辿り着ける可能性すらある。

 

 それでも───。

 

 

「いえ。それはできません」

 

 

 面を上げ、ダブルオーダイバーの視線をコロニーに向ける。行き先は、変わらない。

 

 

「だってアヤメさんは、俺たちの仲間だから!」

 

「……了解だ!」

 

 

 リクの決意を聞いて、コーイチはガルバルディリベイクのハンマープライヤーをデルタガンダムの右腕に噛み付かせる。ニッパーのように開いた口が肩に牙を立てて、一気に圧壊させる。

 

 

「みんな、今回は籠城戦だ! アヤメくんを助け出すまで、持ち堪える!」

 

「分かりました!」

 

「それなら、アタシにも出来るかも」

 

 

 コーイチの指示に、ユッキーが真っ先に動き出す。ジムⅢビームマスターが携行しているミサイルを、デルタガンダムに続いていたガンプラに向けてありったけ放つ。

 

 

「シンヤさん。行ってください」

 

「え、僕が?」

 

「行って。アヤメはきっと、シンヤを待っているから」

 

 

 リクとサラの声音に、揺るぎない決意を感じて、シンヤは「ありがとう」と言い残してキマイラをコロニーに向かわせる。

 

 刹那、その行手を阻むように実弾が遠距離から飛来してくる。機体を1回転させて弾丸をかわすが、敵の姿はまだ遠く、視認は叶わなかった。

 

 その射撃を活かすように、死角からビームライフルを連射しながら重量感のあるガンプラが迫った。

 

 

「クラウダか!」

 

 

 『ガンダムX』に登場する登場する機体で、量産数は少ないものの量より質を重視したモビルスーツだ。実弾にもビーム兵器にも強く分厚い装甲を持ちながら、各所に配された大型のスラスターによって高い運動性を維持しているのが強みだ。

 

 ライフルで牽制しながら、クラウダは背部に装備している対艦用のビームカッターを手に、キマイラへ斬りかかる。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 対艦用とされているだけあって、大型のビームカッターは重たく、バスタードメイスγで受け止めても勢いを殺しきれない。

 

 

「お前、何で邪魔をする!」

 

「彼女は、僕の仲間だからです!」

 

 

 助けに来たのが不可解で仕方ないのだろう。クラウダを駆るダイバーは苛立ちを隠さないまま、ビームカッターを振るう。

 

 

「何が仲間だ! お前も裏切られただろうに」

 

 

 確かに自分は、アヤメに何も聞かされていなかった。ブースターズにブレイクデカールが渡った時、彼女が関わっていたことも衝撃的だった。

 

 しかし、少なくともアヤメに悪意はなかったはずだ。たった1つ残された、ル・シャノワールの絆とも呼べるガンプラを取り戻すため、自らを偽りながら協力してきた。その事情を知れば、きっと分かってくれるかもしれない。

 

 

(けど、時間がない……)

 

 

 助けが来たとすれば、アヤメに危害が及ぶ可能性が高い。一刻も早く、彼女の傍に辿り着かなくては。

 

 なにより───。

 

 

「約束したんだ。アヤメを、護ってみせる!」

 

 

 ビームカッターとバスタードメイスγとがぶつかり合い、火花を散らす。互いの得物が激突しただけで決定打には至らないが、シンヤはキマイラの進路をコロニーに向けた。

 

 

「行かせるか!」

 

 

 すかさず、クラウダが追いかけてくる。連射されるビームライフルの火線をかわす内に、2機の距離は次第に近づいていく。クラウダが接近戦を試みようと、再びビームカッターに手を出した瞬間、シンヤはキマイラを転身させた。

 

 

「何っ!?」

 

 

 大型で取り回しの悪いビームカッターを抜くより先に、キマイラの左腕がクラウダの動作を一時的に封じる。驚く隙を見逃さず、右腕で頭を鷲掴みにすると間髪入れずにパイルバンカーを打ち込んだ。

 

 頭部をもがれ、ビームカッターを取ろうとしていた右腕も壊された。クラウダは撃墜されることを覚悟していたが、シンヤはそれ以上構うことなくコロニーへ急ぐ。

 

 

「さっきの奴は、あそこだ!」

 

 

 クラウダとぶつかり合う前、キマイラに向けて遠距離から砲撃してきた相手を見つけ、一気に距離を詰めていく。その間にまた実弾が飛んでくるが、それを掻い潜って次発に気をつけながらレールガンで応戦する。

 

 

「ダガーLか」

 

 

 『ガンダムSEED』シリーズに登場する、地球連合軍が有する量産機。その最大の特徴が、バックパックを自由に換装できること。シンヤの目の前に迫るダガーLは、長射程の攻撃を行えるドッペンホルンと呼ばれるもので、先程の攻撃はそれだろう。

 

 接近されたダガーLは、ドッペンホルンでの攻撃を止め、ビームカービンで的確にキマイラを狙う。ライフルよりも小型で連射性に優れるカービンから放たれる光をかわし、或いは対ビーム兵器に強い左腕で薙ぎ払いながら、さらに進んでいく。

 

 

「なんなんだよ、お前らは! 邪魔しやがって!」

 

「貴方達こそ! 処刑と言う言葉に、何も感じないのか!?」

 

 

 キマイラが振り下ろしたバスタードメイスγを、逆手で振り抜いたビームサーベルで受け止めるダガーLは、戦い合うことに少なからず疑問を持っていた。

 

 

「それは……」

 

「彼女がしたことは確かに間違っている。でも、私刑を下されていい理由にはならないはずだ」

 

「だとしても! 俺たちにだってあるんだよ。それだけの理由が!」

 

 

 ビームカービンを投げつけ、キマイラがそれに気を取られた僅かな隙を狙い、ダガーLが力任せに押し返す。

 

 

「例え、私刑だって後ろ指指されてもなあっ!」

 

 

 シールド越しにタックルを決められ、弾き飛ばされたシンヤは姿勢制御に移ろうとして、ダガーLが腰部に格納しているスティレットを手にしたのを見て、慌ててバスタードメイスγを機体の前に持ってくる。

 

 突き刺さったスティレットが鞘を貫徹し、途端に炸裂。鞘がバラバラに砕け散っていく。しかし中のγナノラミネートソードまでは破壊させまいと鞘を捨てて剣を抜き、そのままダガーLへと斬りかかった。

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 別の武器が内蔵されているとは思わなかったのだろう。攻勢に転じたキマイラに慄き、ダガーLはシールドを構えることも忘れて刃が振り下ろされるのをただ黙っているしか出来なかった。

 

 

「っ!」

 

 

 コクピットを引き裂くと思われた一閃は、しかし直前でその軌道を変えて両足を斬り落とすだけに留まった。

 

 

「な、何で……?」

 

「戦いに来たんじゃないんです。僕はただ、アヤメを助けに来ただけだから」

 

 

 それ以上は言わず、相手の言葉にも耳を傾けぬまま、シンヤは再びコロニーへの道を急いだ。



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