死なない少女の英雄志願 (緑茶わいん)
しおりを挟む

綾里永遠
綾里永遠:オリジン(前編)


原作二十五巻までの知識で書いています。
不定期更新。


 暗い、暗い、暗いところにいた。

 

 狭くて、息苦しくて、何もない、誰もいない場所。

 ずっとずっとそこにいた。気の遠くなるくらいの時間を過ごした。

 楽しみは、ごくたまに手に入る美味しいモノ。

 一口にも満たないそれだけを支えに、ずっと生きてきた。

 

 ――いや、ただそこに在った。

 

 それでも月日は流れる。

 長い、長い、長い時を過ごして。

 前よりはずっと大きく、強く、頑丈になったある日。

 

 光を見た。

 

 これまでの世界の全てを過去にして、消し去る光。

 そうして、私は私になった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

永遠(とわ)ちゃん、オムレツ一つ頂戴」

「あ、こっちお水もらえる?」

「すいません、お会計お願いします」

「はいはい、順番に対応します!」

 

 日曜日のお昼時ともなると、店はいつも満員だ。

 無地の白ブラウスにスカート、その上から制服代わりのエプロンをつけた私は忙しく、でも乱雑に見えないように気を付けながら動き回る。

 注文を取り、お冷を注ぎ、レジを打ち、空いたお皿を下げ、テーブルを拭き、新しいお客様を笑顔で出迎える。他にもアルバイトの人がいるけど、二人でフル稼働しないと追いつかない。

 家族で経営している街のレストランでは、中学三年生の女の子も当たり前のように戦力として扱われている。

 

 私は綾里(りょうり)永遠(とわ)

 このレストラン『RYORI』で、十歳から今日まで育てられてきた――いわば養子だ。

 

 だから、というわけではないけれど、お休みの日に目いっぱい「家の手伝い」をさせられるこの環境に文句はない。

 むしろ、楽しいとさえ思っている。

 子供っていうのは持てあますくらいに暇なものだし、こうやって今のうちから働いて、できることを増やしておけば将来役に立つ。

 職に困らないのは大事なことだ。

 何しろ、

 

「ネギ類が駄目なんですけど、お薦めの料理ありますか?」

「大抵のお料理はネギ抜き、タマネギ抜きできますけど――特にお薦めはシーフード系ですね。エビフライとかカニクリームコロッケとかなら最初から入ってないので美味しく食べられると思います」

「嬢ちゃん、コロッケ肉多めってできる?」

「できますけど、それだったらメンチカツがお薦めですよ?」

 

 猫耳の生えたお姉さんと犬耳の生えたお兄さんのカップル。

 

「この体型でも入れる?」

「大丈夫ですよ。背もたれのない椅子もありますから、並べて腰を下ろしてください」

 

 馬系なのか、四本足のおじさん。

 

「すっごーくつめたいデザートが食べたい!」

「おれは目いっぱい焼いたハンバーグ!」

「はい。ハンバーグは超よく焼きでお持ちしますね。デザートは……かき氷とかできますけど、いかがですか?」

 

 冷気を纏った女の子と、熱気を纏った男の子を連れたご家族。

 色んな人達が色んな要望を持ってお店にやってくる。

 

 このお店が特殊なわけじゃない。

 この世界全体がそういう風になっているのだ。

 

 ――世界総人口の八割以上が人と違う『何か』を持った世界。

 

 『何か』とは能力だったり、体質だったり、人によって様々。

 細部まで含めれば全く同じものはないと言われるほどで、そのためその『何か』、能力や体質等々はひっくるめて“個性”と呼ばれている。

 はじまりは突然。

 ある日、生まれた一人の赤ん坊からだったというけれど、今ではそれが世界の当たり前になっている。

 

 強い“個性”もあれば弱い“個性”もある。

 特別な職業を除き、公の場での“個性”使用は禁じられているけれど、中には己の力を過信したり、思い余って犯罪に出る人もいる。

 “個性”を用いた犯罪者は(ヴィラン)と呼ばれ、個性を用いて敵を捕まえる職業をヒーローという。

 

 そう、ここはヒーローが実在する世界。

 前世の記憶を持つ私にわかりやすく言えば、『僕のヒーローアカデミア』の世界なのである。

 

 こんな世界で普通にのほほんと学生生活なんかできるだろうか。いや、できない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 お昼の営業が終わると、従業員一同はほっと一息。

 

 お父さんとお母さん、雇われコックのお兄さんは午後の準備があるけれど、アルバイト及び子供組にはさすがにその仕事は回ってこない。

 まかないの昼食を平らげた後はしばらく自由時間だ。

 

浩平(こうへい)、行こ」

「おう」

 

 カレーの残りをかきこみ、グラスの水をぐっと飲みほしたのは、同い年の男の子だ。

 中肉中背。

 “個性”的な見た目も特にない、平凡な男子。最近お洒落に目覚めたのか、前髪を遊ばせ始めたのがちょっと生意気。

 綾里浩平。

 両親――店主夫妻の実子で、中学生ながら厨房を手伝っている。

 

「お父さん、お母さん。ちょっと出かけてきますね」

「日が暮れる前には戻ってくるのよ」

「浩平。永遠の傍を離れるなよ」

「俺をいつまでもガキ扱いすんなよ……」

 

 顔を顰めつつコックコートを脱ぎ捨てた浩平は、代わりにジャケットを羽織って店の入り口へ歩き出す。

 

「行こうぜ、永遠」

「うん」

 

 午後の自由時間。

 二人でふらりと街に出るのは、日曜日の恒例だ。

 友達と遊びに行くには時間が中途半端だし、ずるずる帰宅を伸ばして遅刻しかねない。その点、門限が同じ同士ならそういう心配はない。

 

「楽しみだなあ、新作パフェ」

「お前、本当食うの好きだよな」

「私の生き甲斐だもん」

 

 浩平にとっては生まれてからずっと、私にとっても五年間暮らしてきた街なので、どこに何があるかは殆ど把握している。

 街に出てから「今日はどうしようか」と相談することも多いけど、今日は最初から目的があった。

 

「浩平だって楽しみでしょ?」

「そりゃあな。うちの店じゃ、専門のパティシエなんて雇えないし」

 

 私は食べるのが好き。

 浩平は将来店を継ぐ時のために少しでも勉強したいと、色んなお店の色んな物を食べたい。

 お互いの利害は一致している。

 そのため、私達のお小遣いの殆どは二人での外出で消えていく。

 ささやかな、でも、かけがえのない幸せ。

 

「浩平はヒーローに興味ないの?」

「またその話かよ。ないって。俺はうちの店を継いで、もっと大きくするんだ」

「でも、せっかくヒーローのいる世界に生まれたのに」

「ヒーローのいない世界なんてどこにあるんだよ」

 

 私達が生まれた時にはもう、ヒーローは存在していた。

 そのせいか、この世界は前世の世界とはかなり違う歴史を辿っている。

 

 ――ヒーローと敵の戦いの歴史。

 

 軽犯罪から凶悪犯罪まで、各種犯罪の発生率はぐっと高く、ヒーローによる捕り物の結果、街が破壊されることもしばしば。

 “個性”のお陰で技術の進歩も著しいので、壊れた街は割とあっさり修復される。

 最近はヒーロー飽和時代なんて言われてるみたいだけど、子供のヒーロー志望率は変わらず高い。いわゆる「ヒーロー科」を設けている高校も多いし、能力の高い新人ヒーローは引く手あまただ。

 中三の二学期。

 ヒーロー科へ進学を志望するクラスメートなんて両手の指では数え切れないほどいる。

 

「永遠こそ、ヒーローになればいいだろ」

「なんで」

「お前の個性、結構強いじゃん。成績もいいし。雄英は無理でもどっか入れるだろ」

「私も別にヒーローとかなりたくないし」

 

 むしろ絶対なりたくない。

 だって、そんなの絶対自殺行為だ。日常パートがコメディチックだから騙されそうになるけど、この世界は絶対、ディストピアだ。

 敵連合だのヤクザだの異能解放戦線だのが次から次へと湧いてきては街を壊し、人を殺し、それがさも当然という顔をする。そして、彼らの凶行の矢面に立つのがヒーロー。

 なりたいわけない。

 今年の雄英の体育祭見たら二年生にミリオがいたのが駄目押しである。

 

「私は一生、お父さんたちのお店でウェイトレスしてればいいよ」

「そんなこと言ってると二人纏めて継がされるぞ」

「いいよ、それで。むしろ、浩平は嫌なの?」

 

 私は中三の割にかなり背が低い。

 見上げるように顔を窺うと、浩平は頬を掻いて視線を逸らした。

 

「これからもずっとお前と一緒とか、勘弁だろ」

「ふーん」

 

 何気ない会話。

 何気ない幸せ。

 こういうのがずっと続けばいいと、本気で思う。

 

 ――思っていた。

 

 私達は何気なく角を曲がった。

 話しているうちに目的のお店に近づいている。このまましばらくまっすぐ行けば到着、

 

「あぁー……!」

 

 到着、できるのに。

 

「新しい幼女だあああっ!」

 

 曲がった先には惨状が広がっていた。

 

 

 

 

 

 腰が抜けて立てない様子の若いお母さん。お父さんらしき人は殴られたのかうつ伏せで倒れている。そして、二人の子だろう、小学生くらいの女の子が()()()()()()()()()()()()地面に座り込んでいる。

 女の子の顔は何かの液体でべたべたしていて、足元には小さな水たまりがある。

 

 彼ら、彼女らの傍らには、小太りの男が一人。

 ジャージの上下。上着の前ははだけており、その中に黒のタンクトップ。身長も筋肉もそこそこあり、私から見ると威圧感が凄い。

 目は、薬でもやったのかと思う程にギラギラ輝いていて、右手の指は別の生き物のようにわしわしと蠢いている。

 極めつけは、左腕。

 ()()()別の女の子が、当たり前のように小脇に抱えられ、虚ろな目で宙を見つめている。

 

 やばい。

 やばいやばいやばい! こんなの絶対やばい!

 だから言ったんだ!

 

 この世界はおかしい。

 異常だ。犯罪者の出現が突発的かつ日常的すぎる。

 

 ――日常的に恐怖が、死がやってくる。

 

 もちろん、ヒーローによって敵が退治されるのも日常なんだけど、すぐにはヒーローが来ないことだってある。

 そういう時は、助けが来るまで自衛するしかない。

 私は反射的にスマホを取り出そうとした。

 110番をコールするだけ。でも、だけど、スマホは()()()()()()()()だ。取り出してコールするのに十秒はかかる。

 奴は。

 敵は、角を曲がった瞬間から、私達に気づいている。

 

 

 

 

 

 

「よ、お、じょ、だああああっ!」

「え、な……!?」

 

 私が、間に合わないことを理解する間に。

 浩平は、突然すぎる事態に硬直している間に。

 敵は私達に、否、()()向かって駆け出してきていた。

 

 ――繰り返すが、私の背は低い。年齢を幾つも間違われそうなくらいに。

 

 私は。

 助かるために必死に叫んでいた。

 

「私は、中学三年生だからっ!」

 

 別にふざけているわけではない。

 敵が異常な幼女愛好なのは、今までの言動だけで十分にわかる。こういう輩は自分の中の線引きにうるさい。中三とかババアじゃねえか、と、がっかりして止まってくれれば多少時間が稼げ、

 

「じゃ、じゃあ、今のうちにぺろぺろしておかないとねええええっ!」

「ギリギリセーフなのっ!?」

「ぼ、ぼくは、幼女が近くにいるほどパワーアップするんだなああああっ!」

 

 馬鹿じゃないの死ねばいいのに!

 もう、敵はすぐそこまで迫ってきている。

 

 恐怖。

 

 命の危険は感じない。ただ、この身体は確実に穢されるだろう。

 穢されるのなら。

 私が狙われるのなら、時間は稼げる。

 

「逃げてっ! みんな、早く逃げてっ!」

 

 叫んだ。

 同時に一歩前に出る。敵がにぃっと笑って加速。腕を掴まれた。

 ぞわりとする感覚を覚えながら振り返る。

 

「浩平も、早くっ!」

 

 他の人がここにいる必要はない。

 むしろ、近くのヒーローを呼んでくれる方がずっと役に立つ。敵の能力が言った通りなら、あそこでへたりこんでいる子が離れるだけで弱体化するだろうし。

 浩平に、見られたくはない。

 私がこいつにキスされて、服を脱がされて、ありとあらゆる凌辱を受けるところを。

 だから。

 

 ――なのに。

 

 敵の腕が掴まれる。

 まだ大人になりきれていない、中学生の少年の手。

 

「永遠を、離せ」

 

 浩平が、がくがくと震えながら、それでも必死に敵を睨んでいた。

 

「あぁー?」

 

 敵は意に介さない。

 私を引き寄せ、小脇に抱えながら、不思議そうに首を傾げる。

 

「なんだぁ、お前? ぼ、ぼくに勝てると思ってるのかぁ?」

「当たり前だろ……っ!」

 

 言って、浩平は空いている方の腕を振るった。

 空振り。

 敵には当たらない。外したのか。ううん、そうじゃない。ぴしゃっ、と、敵の顔が液体で濡れる。

 

「……んんー?」

「俺の“個性”だ。早く洗わないと大変なことになるぞ」

 

 震えながらも不敵に笑ってみせる浩平。

 嘘だ。

 ブラフ。はったり。彼の“個性”は、栄養のある美味しい水を出す(一日二リットルまで)というもの。あれは害のある液体じゃない。

 でも、いい判断。これで引いてくれれば――。

 

 二、三秒。

 

 お母さんが子供を抱き上げて走り出す程度の間を置いて、敵は、笑った。

 

「じゃーあ、この子を連れて逃げないとねええええっ!」

「っ!?」

 

 最悪だ。

 ここで逃げられたら、ヒーローが間に合わないかもしれない。凶行に及ぶならここでやってくれた方がまだ、マシだ。

 どうする。

 それはただの水だと言えばいいだろうか。でも、信じてくれるか? それに浩平が助かるなら、別にこのまま連れ去られても、

 

「ふ、ざ……けんなっ!」

 

 軽い衝撃。

 浩平の足が、敵の足を直撃している。

 

「このロリコン野郎っ! 俺はな、そいつの傍を離れるなって、言われてるんだよぉっ!?」

「……あ」

 

 それは。

 出がけにお父さんが言っていた、冗談めかした文句。

 わかっていた。

 あれは、浩平が頼りないから言ってたわけじゃない。逆だ。男の子なら女の子を守ってあげなさい、っていう、激励の言葉。

 もちろん、私がわかっていたんだから、実の息子の浩平だって。

 

 ああ。

 

 その瞬間、彼は――浩平は、間違いなく私のヒーローだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

綾里永遠:オリジン(後編)

 手術室のランプが消えたのは、午後八時を回った頃だった。

 ばたんと開いた扉からガラガラと出てきた()()――目を閉じたまま意識がない彼に、私は一も二もなく駆け寄った。

 夕飯を食べていないせいか足がふらついたけど、そんなことはどうでもいい。

 

「浩平は!? 浩平は、どうなりましたか!?」

「……命は助かりました」

 

 先生の重い声。

 彼は、私の質問に答える体を取りつつも、私の後ろ、お店をお父さんに任せて来てくれたお母さんと、その隣にいるヒーローを見ていた。

 子ども扱い。

 でも、良かった。

 助かった。浩平が無事だったなら、それで、

 

「ただ、右腕の損傷が酷く――」

「え」

「切断するしか、ありませんでした」

「な、にを」

 

 私には、先生が何を言っているのかわからなかった。

 右腕を切断?

 浩平の? 右腕が? 切られた?

 理解したくない。したくないのに、頭は徐々に事実を呑み込んでいってしまう。

 理解するにつれ、身体からは力が抜ける。

 

 ぺたん、と。

 

 床に座り込んだ私は、なんで、と声を上げた。

 

「なんで浩平が、腕を切られなくちゃいけないの!?」

 

 だって、浩平は。

 あの事件が起こるまで、私と一緒に笑っていて、それで、

 

「浩平は、料理人になってお店を継ぐのが夢だったのに!」

 

 利き腕を断たれた少年に、料理人の道は険しすぎる。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ロリコン(ヴィラン)事件による負傷者は一名だった。

 裸で運ばれていた子も、服をボロボロにされた子も、私も、精神的なダメージはあったものの、傷らしい傷は負わなかった。

 あいつが「挿入は無し」というポリシーを持っていたのと、ヒーローが間に合ったからだ。

 私に至ってはキスさえされていない。

 敵が何を言って脅そうとも()()()()()()、浩平が守ってくれたお陰だ。

 

 代わりに。

 

 ヒーローが来るまでの間、激昂した敵によって浩平の右腕は滅多打ちにされ、太い指で掴まれて締め上げられた。更には、私と裸の子を放り出した敵に関節さえ破壊された。

 何もできなかった。

 自分が犠牲になるという決意もどこへやら。私は腰が抜けて一歩も動けなかった。ただ、その場から「やめて」と悲鳴を上げるのが精一杯だった。

 そのうちにヒーローが来て敵は退治され、私達は保護、そして浩平は病院に運ばれた。

 

 私はお店の手伝いも休み、手術室の前で座り込み続けた。

 駆けつけてくれたお母さんの胸で涙が枯れるまで泣いたのと、どうしても我慢できなくてトイレに立った以外はずっと手術が終わるのを待っていた。

 お母さんが作ってきてくれたおにぎりは少しも喉を通らなかった。

 お腹が空いてしまうこと、トイレに立ってしまったことさえも浩平に申し訳なかった。

 そして。

 

 ――処置の結果は、さっき先生が言った通りだ。

 

 私は学校をズル休みした。

 月曜日と火曜日の二日間、部屋に閉じこもってひたすら泣いた。途中から何に泣いているのかよくわからなくなってきたけど、とにかく悲しくて仕方なかった。

 浩平のお見舞いに行けたのは、次の水曜日、瞼の腫れが多少なりとも引いた午後のことだった。

 

 

 

 

 

 足が重い。

 

 病室に近づけば近づくほどストレスで死にそうになったけど、帰るという選択肢は選べなかった。

 浩平が入院しているのは個室。

 ヒーロー側が気を遣って入れてくれた部屋のドアをノックすると、すぐに返事があった。

 

「はーい」

 

 元気な声。

 恐る恐る開ける。すると向こうにいたのは、呑気な顔をした浩平だった。

 

「よう、永遠」

「……浩平」

 

 意外すぎて、私は言うべき言葉を全て忘れてしまった。

 中に入ると、スライド式のドアがひとりでに閉まった。

 

 元気そうだ。

 

 上半身を起こして座っている。

 パジャマ姿だけど、いつもの浩平。

 

「大丈夫、なの?」

 

 聞いた直後に後悔した。

 馬鹿か私は! 大丈夫なわけない! その証拠に、パジャマの右袖からは()()()()()()()()()()じゃないか!

 考え無しにも程がある。

 人の気持ちがわからないのもいい加減にしろ。

 でも、浩平は鷹揚に答えた。

 

「おう。この通り。先生の腕が良かったんだろうな。飯食って寝たら体力も戻ったぜ」

「そっ、か」

 

 吐き気がした。

 気を遣わせた! 私のせいで、私のせいで、私のせいで。

 

「そんな顔すんなって」

 

 顔に出ていたのだろう。

 私を見た彼は歯を見せて笑った。

 

「あんな頭おかしいのに絡まれて生きてたんだぜ? ラッキーじゃん」

 

 でも、右腕が。

 

「たかが右腕なくなっただけだ。なんともないって」

 

 なんともないわけがない。

 この“個性”社会ならどうにかする方法はあるけど、腕を復元するにしても、精巧な義肢を作ってもらうにしても、それ相応のお金がかかる。

 

 ――昨日の夜、お父さんとお母さんが相談しているのを聞いた。

 

 必要な費用は、下手したらお店を手放さなきゃいけないくらいの額だ、と。

 そんなの浩平が承知するはずない。

 だって、彼の夢はお店を継ぐことなんだから。

 

 片腕で料理人をするのは絶望的。

 腕を取り戻すには、実家のお店を犠牲にしないといけない。

 ふざけた、話だ。

 

「片手だって料理はできるだろ。これからも料理するよ、俺は」

 

 無理だ。

 野菜一つ切るのだって、片手で具材を押さえながら切るのが当たり前。

 字を書くとかパソコンを扱うのとは比べものにならないハンディ。

 家庭料理ならなんとかなるかもしれないけど、料理人なんて。

 

「それより、ありがとな永遠。俺に逃げろって言ってくれて」

 

 違う。

 私は格好いいこと言いながら、結局何もできなかった。

 

「あそこで声をかけられなかったら、俺、お前を守れなかった。きっと突っ立ったままアホな顔してるだけだった」

 

 違う。

 私は浩平に犠牲になって欲しくなかった。

 

「お前が無事で良かったよ」

「違う!」

 

 私の声が個室内に響き渡った。

 反響した声が完全に消え、しん、とした静寂が戻ると――私の頭に浮かんだのは後悔だった。

 衝動というのはえてしてそういうものだ。

 

 でも、噴き出したのは私の中にあった感情。

 

「傷つくなら私で良かった。だって、私の“個性”は――」

「永遠」

 

 鋭い声。

 びくっとして顔を上げる。

 浩平が、怖い顔をしていた。

 

「もう一回言ったら、絶対許さないからな」

「だ、だって」

「だってじゃない。俺達は同い年で、お前は女だろ。だったら、男の俺がお前を守るのは当たり前だ」

 

 そんなの、合理的じゃない。

 強い方が弱い方を守ればいい。一の犠牲と二の犠牲なら一の犠牲を選ぶべきだ。

 

「それにさ」

 

 ぽん、と。

 浩平の左手が私の頭に乗せられる。

 

「俺の“個性”だって凄いんだぜ。あの敵を一瞬悩ませたし――」

 

 手が離れて私の前に掲げられる。

 

「お前が『美味しい』って飲んでくれるからな」

 

 人差し指から水が溢れた。

 私は反射的に半歩踏み出していた。口を開け、上を向いて、こぼれ落ちる水を迎え入れる。

 

 ――美味しい。

 

 甘いわけでも塩気があるわけでもない。

 水は水なんだけど、でも、世界中の飲み物の中で、浩平の水が一番美味しいと私は思う。

 ごくごくと。

 注がれれば注がれるだけ、私は飲んだ。

 一滴もこぼさないように。

 浩平の指から水が出てこなくなるまで、飲み続けた。

 

「な、永遠。俺の料理、これからも味見してくれるか?」

「……当たり前でしょ」

 

 瞳から涙が溢れてくるのを感じながら、私は答えた。

 

「私は、浩平の料理のファン一号なんだから!」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私はようやく、本当の意味で理解した。

 

 世界の無慈悲さを。

 人々の無力さを。

 ヒーローの力不足を。

 そして、敵という存在の救いようのなさを。

 

 私は決意した。

 平和がないなら自分で作ろう。

 争いを止め、大切な人を守れるだけの力を手に入れよう。

 

 ――ヒーローになろう。

 

 ついこの間まで絶対に嫌だと、ありえないと思っていた進路。

 でも。

 この時から、それが私にとっての最大の夢になった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 そこからはあっという間の日々だった。

 お父さんとお母さんを説得し、浩平を説得し、担任の先生に希望進路の変更を伝え、毎日のランニングと筋トレ・ストレッチを日課に加えた。

 運動するようになったせいで、もともと女子としては多かった食事量は更に増えた。

 クラスの男子からは色々な意味でからかわれるようになり、もっと直接的に「お前にヒーローは無理だ」なんて言われたりもしたけど、無視した。

 

 ――できるかできないかを決めるのは国であり、養成学校だ。

 

 お父さんとお母さんは最初反対だったけど、話したらわかってくれた。

 浩平からは滅茶苦茶反対されたけど、学校には家から通うつもりでいることとか、お店の手伝いはこれからもすることとかを伝えて、何度も何度も根気よく説得したら最後には折れてくれた。

 担任の先生はむしろ喜んでいた。

 もともと、結構良い“個性”を持っていたからだ。先生からはむしろヒーロー科受験を薦められていた。

 

 私の“個性”は「しぶとい」こと。

 

 人より身体が頑丈で病気知らず。

 回復力も高く、ちょっとした怪我ならすぐに治ってしまう。いじめるとその度、前よりちょっと強くなって回復する。

 ご飯食べてるのになかなか伸びない身長がアレだけど、ぶっちゃけ、その辺の子供とケンカする分には私が一番強い。どれだけ痛めつけられても諦めずに立ち上がってればそのうち相手が力尽きる的な意味で。

 

 そして。

 

「受験票よし。トレーニングウェアよし。参考書よし。お財布よし。お弁当よし。……浩平のお水よし」

「最後のは必要なのかよ」

 

 出発前の最終確認をしていると、ノックもなく部屋に入ってきた浩平が呆れ顔で言った。

 私は鞄をしっかりと閉じながら答える。

 

「必要でしょ。これがなきゃ始まらないもん」

「ドーピング薬かなんかか」

「似たようなものかも」

 

 笑って立ち上がる。

 時計は……うん、ちょうどいい時間。

 鞄を持ちあげると、浩平も察したみたいだった。

 

「怖い受験生に絡まれても泣くなよ」

「泣かないよ!」

「向こうが泣いたら許してやれよ」

「私は鬼か何か?」

「弁当。俺も作るの手伝ったからさ。残さず食えよ」

「もちろん。ご飯は大事だからね」

 

 幸い、プレッシャーで鈍るような胃はしていない。

 部屋を出て歩き出すと浩平もついてくる。

 

「……しかし、お前が雄英受けるとはなあ」

「どうせ受けるなら一番いいとこでしょ」

 

 そう。

 幾つか滑り止めも受けているものの、私は第一志望に国立の雄英を選んだ。

 原作でデクくん達が通っている、たった一年で何度も襲撃されちゃったりする、「トップ校の割にセキュリティ甘くない?」と評判のあの学校である。

 

 予想通りなら私はデクくん達と同い年。

 もし受かったとしても色々危険が伴うわけだけど、それでも雄英が一番いいと思った。

 原作通りの出来事が起こるとした場合、雄英にいれば先のトラブルを予想できる。雄英以外に行った場合、作中では語られない事件が起こってさっくり潰される可能性がある。

 原作通りに進まない場合、敵連合とかの襲撃も起こらないかもしれないんだから、一番いい学校行っておくのが無難。

 国立だから学費安いのも重要だ。

 

 ――みんなには言ってないけど、私がヒーローを志望するのにはもう一つ理由がある。

 

 それは、お金が儲かるから。

 何せ身体を張る職業だから危険手当的な意味で報酬は多い。稼げば美味しいものを食べられるし、お父さん達に楽させてあげられる。

 いっぱい稼げば、浩平に義手をプレゼントすることだってできる。

 そのためには、

 

「まずは試験に受からないとね」

 

 玄関に着いた。

 運動靴を履き、万が一にも脱げないように二重に固結びした私は、傘立ての横に置いておいた細長いケースを背負う。

 私の身長だと妙にアンバランスで、ゲームによくいる幼女戦士みたいなビジュアルになるけど、彼女達と同じように、重さでふらつくことはない。

 

「……本当に持ってくのかよそれ」

「備えあれば患いなしでしょ」

 

 試験内容が予想通りなら武器が要るし。

 私の決意が固いことを理解したのか、浩平は肩を竦めると笑った。

 

「頑張って来いよ」

「うん」

 

 ぐっと拳を突き上げて答えると、母屋の玄関を出てお店の入り口に回る。

 お父さんとお母さんが店から出てきて、手を振ってくれる。

 

「行ってらっしゃい」

「無理はするなよ」

「……うんっ! 行ってきます!」

 

 浩平。

 お父さんとお母さん。

 血は繋がっていないけど本当の家族だと思っている大好きな人達に見送られ、私は歩いていく。

 

 目指すは雄英。

 

 私はヒーローになる。

 なって、浩平を、お父さんとお母さんを、お店にお客さんたちを、守れるようになるんだ。

 だから。

 ここが、私の原点(オリジン)だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学試験

 というわけで、やってきました雄英高校。

 

「……すごい人」

 

 さすが倍率三百倍以上。

 一般入試での合格者が三十六人。その三百倍って、冷静に考えるととんでもない。最低でも毎年それだけのヒーロー志望者がいるってことだもん。

 そんな大勢の中で合格を勝ち取らないといけない。

 定員が決まっている以上、受かるには原作組の誰かを蹴落とさないといけない。

 

 ――それでも、やる。

 

 あらためて覚悟を決め、一歩踏み出した時、

 

「おい君! ここは雄英の入試会場だぞ!?」

「?」

 

 誰かに呼び止められて振り返る。

 立っていたのは、四角い顔に四角い眼鏡をかけた、いかにも委員長風の少年。

 

「受験生に混じっても雄英には入れないぞ! ちゃんと受験資格を得てから出直して来るんだ!」

 

 私は彼を知っている。

 直接の面識はないし、絵姿しか見たことはないけど、間違いない。

 飯田天哉。

 原作キャラの存在が、早くも確認できてしまった。

 

「………」

「ん? どうした? 黙っていても駄目だぞ。大人の人に怒られる前に――」

「小さくてごめんなさい。私、受験生なんです」

 

 いきなりのエンカウントにしばし呆けてしまったけど、我に返って受験票を差し出す。

 それを見た飯田くんは目を「くわっ!」と開いて驚いた。

 

「何と! それは失礼をした!」

「いいんです、気にしないでください」

 

 未だに小学生に間違われかねないから、しょうがない。

 場を和ませるために笑みを浮かべて、私はその場を離れた。

 

 ――いるんだ、原作キャラ。

 

 飯田くんの存在が確認できたことで予感は確信に変わった。

 この分だとデクくんとかお茶子ちゃんとかもいるよ、絶対。

 

 

 

 

 いました。

 午前の筆記試験を無難に終え、お昼休憩を挟んで大ホールに移動した私。

 なんかぶつぶつ言ってる地味な少年と、無駄に殺気を放っている不良っぽい少年を発見。どう見てもデクくんと爆豪です、はい。

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバヒセイヘイ!!!』

 

 生で聞くと予想以上にうるさい。

 プレゼントマイクの登場から、実技試験概要の説明。幾つかの演習場に分かれ、十分間の「模擬市街地演習」。ばらまかれた仮想(ヴィラン)()()()()にしてポイントを稼ぐ、マンガで見たアレだ。

 0Pの四種類目もちゃんといる。

 

 ――予想通り。

 

 前世知識から心を落ち着けた私は、マイクの締めの文句を聞いた。

 

『“Plus Ultra”!! それでは皆、良い受験を!!!』

 

 

 

 

 

 演習場。

 どうやらデク君達とも爆豪とも別らしく、彼らの姿はなかった。

 中学の体操着に着替え、得物を手にした私はスタート地点の人混みの一番前に陣取った。

 

 ――得物は金属バット。

 

 簡単に手に入る武器と言ったらこれだろう。

 ゴルフクラブもリーチと遠心力的に魅力はあったんだけど、打点が小さいのと、柄でメカを殴ると折れそうなので断念した。

 硬くて太くて握りやすいこれなら、身体の小さい私でもある程度の打撃力が出る。

 

 金属バット持った幼女が自信満々で最前線にいる光景が他の人からどう映っているかは若干怖いけど。

 体力気力は十分。

 お弁当と浩平の水できっちりエネルギーは補給できている。

 

『ハイスタートー!』

 

 来た。

 声から一瞬だけ遅れて走り出す。来るとわかってても「え? 今の合図?」ってなるくらい自然でわかりづらかった。これに初見で反応できる人は凄いと思う。

 私が走り出したせいか、後続もさほど遅れずにスタートする。わかってはいたけど、大してリードはできなかった。

 

 と、前方から駆動音。

 自走型のモノアイメカが私と、後ろにいる受験生達を睨む。形からして1Pだけど、大きい。成人男性以上の全長に、太った男性並の巨腕。

 ちょっとやりすぎじゃないかと思うほどの脅威に対し、私は――スピードを落とさず走り抜けることを選んだ。

 

「スルーかよ!?」

 

 誰かが叫ぶのが聞こえた。

 

「その子はお任せします!」

 

 一応、叫びかえしておく。

 ここで立ち止まる意味はない。入り口付近で固まってもお互い効率が悪いし、人の多い状態では金属バットが振りにくい。

 加えて言えば、この演習の想定は「街に敵が散らばっている」状況。

 敵を一体見つけたからって、寄ってたかって叩きのめしてどうするという話。迅速に、最短で、全域に十分な戦力を広げるべきだ。

 

 だから、私は走る。

 

 運動神経自体はそこそこ悪くないものの、足の長さの関係でリードは徐々に削られていく。

 それでも、走れば走るほど受験生は各地に散らばっていき、なんとか奥の方まで先頭のままに到達した。

 

 ――途端、現れる1P。

 

 おあつらえ向き。

 私が、この世界でどれだけやれるか、

 

「確かめさせてねっ!」

 

 走って接近、アームによる打撃をかわし、跳躍。

 こいつは胴体と腕、頭を繋ぐ部分が伸びる仕様になっており、そこの装甲が脆い。体重を乗せ、上段から金属バットを叩きつければ、あっさりと接続が断たれた。

 よし、いける。

 片腕を無くした1Pのもう片方の腕を断ち、頭突きと体当たりしかできなくなったところでメインカメラを叩き割る。モノアイが沈黙すると、キュウウ、と音を立てて停止した。

 カメラの近くに頭脳も内蔵されているらしい。

 

「それならっ!」

 

 走って次の標的を探し、攻撃をかわし、カメラに打撃!

 サソリ型? 恐竜型? の2Pは動きが変則的で読みにくいけど、それさえ注意すれば同じ方法で相手ができた。

 重装甲・重武装の3Pは正直、私には荷が重い。カメラ部分も打撃を受けにくい構造で、一撃必殺も狙えない。木刀とかで刺突攻撃できればまだ違ったけど、二つも武器を持つと重いから仕方ない。こいつは比較的弱い部位に打撃を加えて弱らせたら、なるべく他の受験生に任せるようにした。

 

 ――それにしても、動きまわりながら戦闘ってキツイ!

 

 私は近接打撃しかできないから余計だ。

 身体を鍛えてなかったらあっという間に息切れしてた。弱い部分を狙ってるとはいえ硬いものを殴ってるから腕も疲れる。

 それでも、

 

「これで、15P!」

 

 何体目かの1Pを叩き壊したところでカウント。

 今までに怪我らしい怪我は負ってない。殴られても平気とはいえ、ダメージが入ると動きが鈍る。時間制限のきついこの状況では避けたかった。

 なので、ここまでは順調といっていいんだけど。

 ちらりと時計を見れば、残り時間二分。

 

 そろそろ、アレが来るんじゃないだろうか。

 

 思った直後、中央付近から轟音が響いた。

 そっちを見る。その巨体が遠目にもわかった。ビル並みの大きさがある歩く災害。下手な脳無より強いんじゃないのかこいつって感じの巨大ロボこと、0P。

 忘れた頃にやってくるのがいやらしい。

 

「……増強系とか一部の異形系以外が相手したら死んじゃうよね、アレ」

 

 その辺、パワーセーブしてるのかどうなのか。

 色々気になるところではあるけど、私は、そいつを見るやいなや走り出した。

 

 0P(そいつ)に向かって。

 

 あれは敵だ。

 そういう想定である以上、放っておくわけにはいかない。得点にならない――報酬が出ないから何もしないなんて、実際の現場で通用するわけがない。

 もちろん、何もできずに犬死にするくらいならスルーする方がマシだけど。

 何もしないうちから「何もできない」と決めつけるわけにはいかない。

 

 向かう間に複数回の地響き。

 

 0Pが移動するだけで衝撃が来ているのだ。

 逆方向に向かって逃げる受験生とも何度かすれ違う。アレを無視して他のターゲットを倒す受験生とも。

 それはそれで、一つのやり方だ。

 

「……着いたっ!」

 

 見回し、見上げる。

 瓦礫。

 周囲の建物には頓着せず、ゆったりとしたスピードで、途轍もない威圧感を伴って、0Pがそこにいた。

 大きい。

 人より小さい私は、思わずガリバー旅行記を思い出した。手にした金属バットのなんと頼りないことか。ここまでの戦いであちこちへこんだこの武器では致命傷どころか有効打すら難しいだろう。

 なら、

 

「誰か! アレを倒せる人はいませんか!?」

 

 他の手を借りる。

 けど、返ってきた声は無情。

 

「アホか! 倒す必要がどこにあるんだよ!」

「逃げなきゃ! そんなに小さい身体じゃ死んじゃうよ!?」

「敵ですよ!? 倒さなきゃ駄目じゃないですか!」

 

 叫びかえす。

 そんな中を、何人もの受験生が逃げていく。彼らのうちの何人かは、私のことを「気でも狂ってるのか」という目で見ていた。

 きっと私も、逆の立場ならそう思う。

 

「後一分ちょっとだ! 逃げて、1Pでも多く……!」

 

 逃げればいい。

 その間に、私は私にできることをする。

 

 ――あいつは、何をしようとしている。

 

 ゆっくり移動しながら巨大な頭を巡らせている。

 索敵。

 受験生をサーチして狙う機能があるなら。

 

「こっち!」

 

 走り寄りながら再び叫ぶ。

 反応なし。聞こえていない? なら、足が地面を踏みしめた瞬間を狙って駆け寄る。間近からの振動によろめきながら、大上段に構えたバットを叩きつける。

 がいん、と、やばい音を立てて弾かれた。

 宙を飛ぶバット。根元から折れ曲がっていて、拾ってももう役に立たない。

 

 でも、気づいた。

 

 巨大な頭がこっちを向いた。

 時計は、ちょうど後一分。

 

「来い!」

 

 僅かに距離を取って待ち受ける。

 大きく逃げるわけにはいかない。街の被害も考慮すべき。なら、できるだけこの場で食い止める。

 足が浮く。

 踏みつぶし、違う、蹴りだ! 飛びのいて回避。足の動きが歩行時より速い。足先がほんの僅かにかすめた。衝撃。脳をぐらぐら揺らされながら吹き飛ばされる。

 二、三メートル離れた地面に叩きつけられた私は、間髪入れずに起き上がった。

 

 ――うん、生きてる。

 

 脇腹がズキズキいってるけど、折れてはいないだろう。動ける。痛みや苦しみを我慢するのは割と慣れてる。

 後三回も耐えればタイムリミット。

 

「まだまだ!」

「……な、なにやってんだ、あいつ」

 

 誰かの声が少し遠くから聞こえた。

 見てるなら手伝って欲しい。それか、早く逃げた方がいい。でも、そんな話している暇はもうない。

 

 二回目の蹴りを回避。

 三回目。ギリギリかわした。でも、体勢が崩れた。

 四回目は、避けきれない。

 

 当たらなければどうということはない、とは言えない。

 それなら「死ななきゃ安い」だ。

 斜め後ろに飛びながら両腕をクロスする。誰かの悲鳴。つま先が当たり、一瞬、意識が吹き飛ぶ。気づいた時には宙を吹き飛んでいて、近くのビルの壁に叩きつけられる。

 ぐらり、と。

 ボロ雑巾のように落ちた私は、地面に倒れた。

 

 死んで、ない。

 

『終、了~~!!!!』

 

 制限時間の十分が経過し、プレゼントマイクの声が響く。

 同時、あの0Pも他のターゲットも全て機能を停止。演習場に作られた仮の街は、急速に静けさを取り戻していった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 タイムアップの直後、演習場には複数のスタッフが担架や救急箱を持って駆け込んできた。

 

「……なるほど」

 

 デクくんの演習場にリカバリーガールが歩いて来てて「他のところは?」と疑問に思ったものだけど、多分、あそこが一番、被害が酷かったから彼女が直接向かったのだろう。

 他の演習場の負傷者は他のスタッフが応急処置を施すか、リカバリーガールのところまで運ぶのだ。

 

「君! 大丈夫か!?」

「無茶をしたな! 身体は動くか!?」

 

 私のところにもスタッフさんが来てくれた。

 心配そうに呼びかけてくる彼らに微笑み返しながら、私はゆっくりと身を起こした。

 

「はい、大丈夫です。……すみませんが、消毒液と包帯だけ分けていただけますか?」

「それだけでいいのかい? ちゃんとしたお医者さんのところへ連れて行くことも――」

「大丈夫です。私は『しぶとい』ので」

 

 しばらく安静に座っていれば歩けるようになる。

 リカバリーガールの“個性”は治癒力の促進だから、デフォで似たような身体の私には基本的に必要ない。一応、もらった包帯と消毒で外傷の手当てをして、しばらく休んで、多くの受験生が撤退してがらんとした演習場を歩いて出た。

 

「……あのロリコンの方が怖かったなあ」

 

 今回の演習は楽なセッティングだった。

 街も専用のセットだし、敵は命のないロボット。悪意を向けられることもなければ、守るべき人や大切な人が近くにいるわけでもない。

 怖かったのは即死だけだ。

 

「体操着ボロボロ。勿体ないの我慢して予備を注文しておいて良かったなあ」

 

 最終獲得P、15。

 確か爆豪が70とかだっけ。彼の得点の二割取れたなら結構凄いんじゃないだろうか。筆記もそこそこ良かったし、後は救助(レスキュー)Pが入ってくれるのを祈るだけ。

 個人的な解釈で正しいことをしたつもりだけど、見ようによったらただの無謀だったし。その辺は音声とか細かい動きまで拾って慮ってくれるのに期待。

 

 何はともあれ、ひとまず終わった。

 

「……おうちのご飯が食べたい」

 

 家に帰ってみんなに報告した私は、お父さんとお母さん、浩平の三人から「無茶はするなって言っただろう!」とサラウンドで怒られ、怪我がないことをお腹をまくってアピールしたら浩平から殴られ、ようやくありついたご飯を美味しくいただいた。

 疲れたせいか、白米はいつもより多くおかわりしてしまった。

 

 

 

 

 そして、一週間後。

 私よりもお父さん達が落ち着かず、そわそわふわふわしていた日々の末、私は雄英からの結果通知を受け取った。

 封筒に映像機器を入れて郵送という、ハイテクなんだかローテクなんだかよくわからないそれを確認した結果は――。

 

「お父さん、お母さん、浩平! 私、合格したよ!」

 

 綾里永遠。

 春から雄英高等学校に通うことがめでたく決定しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登校初日:個性把握テスト

 入試翌日の雄英高等学校某所。

 教師その他関係者による実技試験の感想会は大いに盛り上がっていた。

 

「俺はあいつ気に入ったよ!! YEAHって言っちゃったしな――」

 

 雄英ヒーロー科の教師は皆プロヒーロー。

 若者の頑張りが嬉しいのは当然だったが、そんな中でも冷静さを崩さない者も僅かにいる。

 

「イレイザーは気になった奴いないのかよ!?」

「俺ですか?」

 

 クール組筆頭――抹消ヒーロー《イレイザーヘッド》こと相澤は、不意に水を向けられて気の無い声を返した。

 

「いないわけじゃないですが」

「じゃあ聞かせろよ、年に一度のイベントだろ!?」

「……じゃあ、あの小さいのですね」

 

 ああ、と、幾つかの声が上がった。

 

 宙に投影された結果表(リザルト)

 四十名ほどが記載された表の下の方――三十二位にその名前があった。

 綾里永遠。

 (ヴィラン)P15、救助(レスキュー)P25という凡庸な成績。救助Pゼロで実技一位の爆豪や、敵Pゼロで実技七位の緑谷のような派手さはない。

 “個性”も地味で、直接的には敵逮捕に役立たないもの。

 下手をすれば小学生に見えかねない容姿も威厳という意味でマイナスだが、

 

「徹頭徹尾、この試験の主旨を踏まえた上で行動してます」

「確かに」

「相澤君の好きそうな子ではあるね」

 

 筆記試験も加味した成績ではもう少し上に行く。

 上位三十六人に入っている時点で、強硬な物言いがない限りは合格する。

 

「地味ですが、こういうタイプは潰しがききます。彼女はA組にください」

「ほう。相当気に入ったんだな」

 

 感心とからかいを含んだ言葉に、相澤はにこりともせずに答えた。

 

「あれは俺が指導します」

 

 自分のすべきことを理解した玄人好みの新人。

 超えてはいけないラインをしっかり教え込めばいい活躍を見せてくれるだろうが――ラインを踏み間違えると早死にする。

 故に、分を弁えきれないと判断した場合は、

 

(除名する)

 

 この時点で、相澤の内心までを推し量れている者は、そう多くはなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 再びやってきました雄英高等学校。

 

 仰々しいセキュリティゲートって感じの校門前に立つのはこれで二度目だ。

 前回は受験生としてだったけど、今回は生徒としてだ。

 灰色メインのブレザーに赤いネクタイ、深緑のスカート。意外と地味な、ちょっと軍服っぽいような気もする制服を私は身に纏っている。ちなみにオーダーメイド。「小さい」方は珍しいみたいだけど、人よりごつい子とか大きい子とか普通にいるので、その対策だ。

 これを着ているだけでいつもより目立っていたのは面白かった。やっぱり雄英はネームバリューがあるらしい。まあ、「高倍率を誇る国立の高校」なんだから当たり前といえば当たり前だけど。

 

「……さて」

 

 一息ついてから歩き出す。

 入試の際はセキュリティレベルが落ちてたけど、通常レベルのセキュリティでは学生証等がないとゲートを通過できない。忘れたら取りに帰るしかない。そして、何度も忘れていたら学校からの評価がぐんぐん下がる。

 忘れ物と遅刻のせいで退学とか笑えない。

 しっかり荷物チェックをしてきた私は無事ゲートを通過し、校舎に向かって歩く。

 

 ――早めに来たので人気は少ない。

 

 半分くらい歩いたところで脇に寄り、わざとらしくないよう自然に屈みこむ。

 ひらり。

 ブレザーの袖口から()()()()封筒を「最初から落ちてました」という顔で拾い、表裏を眺めてから再び歩き出す。

 封筒には「校長先生へ」と書かれている。

 

「職員室は……」

 

 校内マップで場所を確認した私は、封筒を届けに職員室へ入った。

 

「すみませーん」

「何だ」

「ひっ」

 

 床から声がした。

 見れば、寝袋に入ってミノムシみたいに落ちている髪ボサボサの男が一人。イレイザーこと相沢先生。またまたいきなりのエンカウントである。

 原作ではデクくん達の所属するA組の担任。

 事前通知されている私のクラスもA組。なので、順当にいけばこの人が担任なわけだけど――。

 

「あの、先生はいらっしゃいますか?」

 

 ()()が初見で先生に見える生徒は相当レアだ。

 

「何の用だ」

 

 何の自己紹介もなく睨まれた。

 

「……これが道に落ちていたので、一応お渡ししたくて」

「……ゲートの中と外、どっちだ?」

「中です。校舎まで半分くらい歩いたところでした」

 

 寝袋からにゅっと伸びてきた手が封筒を掴むという、ちょっと怖い光景。

 相澤はしばらく沈黙した後、低い声で言った。

 

「わかった」

「ありがとうございます」

 

 私はぺこりと頭を下げ、職員室を後にした。

 

 ――私にできるのはこんなところだろう。

 

 あの封筒、その中の手紙が校長先生に渡るかはわからない。渡らない確率の方が高いだろう。相澤先生が中身を見ずに捨てるかもしれないけど、それならそれで仕方ない。

 これ以上のリスクを負う気はない。

 手紙に書いたのは覚えている限り(原作を読んだのは遠い昔だ)、書ける限り(OFA(ワンフォーオール)のこととか詳しくは書けない)の原作知識。予言者か何かが書いた風を装って断定口調で書き連ねておいた。サーみたいな予知能力者もいるわけだから、読んでくれさえすれば注意はしてくれるかもしれない。

 

 外れる可能性を考えると直談判はできない。

 雄英に内通者がいる、なんて話もある以上は目立ちたくない。危険視された挙句、攫われて脳無の素材にされましたー、とかめでたくないにも程がある。

 できれば良い方に外れて欲しいけど、こればっかりは蓋を開けてみないとわからない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「いきなり着替えなんてびっくりだよね!」

「うん。変な先生だったね」

 

 女子更衣室。

 計七人のA組女子達は、相澤先生が怖いのでてきぱきと体操着を取り出しつつも、あちこちで声を上げていた。

 隣で私に話しかけてくれたのは、見るからにうららかな感じ(?)の女の子。

 

「私は麗日お茶子。よろしくね」

「私は綾里永遠って言います。よろしくお願いします」

「敬語とかいいよ! クラスメートなんだし!」

 

 黒地に白で「UA」と入った体操着(個人的にはダサイと思う)を手に、にかっと笑うお茶子ちゃん。

 

「うん、わかった。お茶子ちゃん、って呼んでいい?」

「いいよ! 私も永遠ちゃんって呼ぶね!」

 

 早くも友達っぽくなってしまった。

 と。

 

「綾里さんっていうんだ」

「可愛い。飛び級じゃないよね? 同い年だよね?」

「ケロ。私のことは梅雨ちゃんって呼んで」

 

 なんか他の子達からもいっぱい話しかけられた。

 髪を後ろでアップにした聡明そうな女子(自己紹介はされてないけど百ちゃん)が「遅刻しますわよ」と口を挟んでくれなかったら、私は聖徳太子にチャレンジすることになっていた。

 あ。

 ちなみにクラス構成はほぼ原作と同じ。定員にあぶれたのか不在だったのは峰田君だった。ほんとごめんなさい。

 

 

 

 

 

「個性把握テストォ!?」

「トータル成績最下位の者は除籍だ」

 

 グラウンドに集まった私達に言い渡されたのは例の無慈悲な宣告だ。

 原作では実行されることはなかった。

 ただ、それはデクくん達がしっかり実力を引き出したからで――結局のところ、原作知識のある私も手を抜くことなどできない。

 

 評価に繋がる以上、手を抜く意味もない。

 私は、A組の皆と共に、全八種の体力テストに“個性”使用アリで臨むことになった。

 

 といっても、私にできることは多くない。

 普段の全力以上を常に引き出す。

 この頃のデクくんがやってた身体を壊すやつのしょぼい版がせいぜいだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

(……こいつ)

 

 相澤消太は警戒を強めていた。

 綾里永遠。

 入試時点から注目していた少女は、思った以上に目が離せない奴だった。()()緑谷や、素行に問題ありの爆豪も要注意だが、ある意味ではそれ以上。

 

(初手から全力で行きやがった)

 

 一種目目の50m走。

 永遠は高一女子の平均を超えるスコアを叩きだした。“個性”使用ありとしては平凡すぎる数値だが、体格を加味すれば十分破格。

 その代わり、走った後の彼女は歩くことも困難なくらい困憊していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「綾里。お前にだけ休憩はやらんぞ」

「わかっています。大丈夫です」

 

 通常、人の運動能力は「自分の身体を壊さないように」リミッターがかかっている。

 一般的な全力とはリミッターがかかった状態での上限を指すが、永遠のスコアはその上限を超えている。

 頑丈さと高い治癒力を併せ持った“個性”。人より上限が高いか、一時的に痛めつけてもすぐに回復すると踏んだか、その両方か。

 実際、彼女は次の種目に移行する頃には立って動けるようになっていた。

 

 他の種目もその繰り返し。

 

(意識的にリミッターを外せるのか……?)

 

 身体を壊すといえば緑谷だが、彼の場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味合いが大きい。使い方がわかっていない子供だ。

 だが、永遠は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 似ているようでいて対照的ともいえる。

 

(当初の懸念は杞憂だったか? しかし……)

 

 彼女のスタイルは逆に危うい。

 治るからいいや、という考えは人として、生物として危ういところに行きかねない。行き過ぎれば――人を救いながら、()()()()()()()()()()()()()()()救命マシンのような存在が誕生してしまうかもしれない。

 加えて、緑谷への影響。

 今のところは周囲は「スタミナが極端にない奴」と見ているので問題ないが、他の者が真似すればあっという間に死ぬ。

 

 ()()()()()()もある。

 

(やっぱり見てないと駄目だな、こりゃ)

 

 相澤はひとまずそう結論づけるのだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ソフトボール投げでデクくんが指を折った。

 やっぱりあの子、頭のネジがどっか外れてるんじゃないだろうか。

 

 ――それにしても、私のスコア。

 

 二十位。クラス内でビリ。

 原作だと最下位はデクくんだったけど、峰田君がいなくなった&私のスコアがぱっとしなかったため、彼は十九位になっている。

 ソフトボール投げ以外の種目でもデクくんと同じかちょっと低いくらいだったんだから当然だけど。

 女子のみんなが「永遠ちゃんともうお別れ」みたいな顔をしている中、相澤先生はしれっと告げた。

 

「ちなみに除籍はウソな」

「!?」

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

「はー!!??」

 

 良かった、と、心底思った。

 宣言通り綾里は除籍な、とか言われたら始業式で退学、という恐ろしいことになるところだった。

 

「良かったね、永遠ちゃん!」

「うん。ありがとう、お茶子ちゃん」

 

 お茶子ちゃんとか葉隠ちゃんとかが一緒に喜んでくれた。

 

 制服に着替え直す頃には始業式は終わっていた。

 相澤先生はガイダンスを資料配布だけで終わらせるとさっさと教室を出ていった。ちなみにデクくんはガイダンスをパスして保健室に行った。

 時間的にはまだお昼前。

 うん、ご飯はお家で食べられそうだ。

 

「永遠ちゃん、途中まで一緒に帰らへん?」

「いいけど、方言?」

「あ! ごめんね、つい出ちゃう時があるんよ!」

「ううん。可愛くていいと思う」

 

 おっとり系の声の方言って独特の可愛らしさがあるよね。

 

「永遠ちゃんってスタミナないんやね」

「あはは……。うん、動くとすぐ疲れちゃうんだよね」

「小っちゃいもんね。でも、体力づくりは重要だよ!」

 

 お茶子ちゃんと並んで昇降口を出ると、前方に飯田くんとデクくんを発見。

 行く? とお茶子ちゃんに目線で聞かれたのでこくんと頷く。

 直後、二人で小走りに男子達のところへ。

 

「お二人さーん! 駅まで?」

「∞女子。それから沖田女子」

 

 沖田……総司?

 

「私、病弱じゃありません」

「これは失礼!」

 

 三人と駅まで歩きながら他愛ない話をした。

 お茶子ちゃんに惑わされた(?)デクくんが「デク」を認めたのも原作通りだった。その流れで私もデクくんって呼べそうだったけど、ちょっと考えて「緑谷くん」にしておく。

 距離を詰めすぎてお茶子ちゃんとの関係が変わっちゃったら困る。この二人にはちゃんとくっついて欲しい。いや、壊理ちゃんあたりとくっつく可能性もあるしそれも捨てがたいけど。

 

 その後は家に帰ってご飯を食べて、夜までお店を手伝った。

 

「永遠。お前体調平気なのか?」

「今日は体力テストだけだったもん。全然平気だよ」

 

 浩平は、自分のペースでお店を手伝っている。

 見てるだけでも勉強になるし、道具の準備とかなら役に立てるから、と。

 早く稼げるようになりたいけど、まだまだ先は長い。

 

 ――明日は戦闘訓練だっけ。

 

 後はコスチュームのお披露目。

 デザインと素材の希望は送ってあるけど、はてさてどんなのが出来上がるやら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦闘訓練

「やあ、よく来たね! さあ入って!」

 

 雄英高等学校長――根津は陽気に言って、オールマイトを歓迎した。

 No.1ヒーロー・オールマイト。

 スーツに身を包んだ筋骨隆々の男は校長室に入るとすぐ、単刀直入に尋ねた。

 

「先生。お話というのは?」

「うん。その前に、ちょっとだけ待ってもらおうかな!」

 

 ハハッと笑い、根津は部屋のカーテンを閉じる。

 一つきりの出入り口も鍵をかけ、ドアに小さな装置を取り付ける。カチッとスイッチを入れれば、装置からは断続的な振動音が発生した。盗み聞き防止のための措置だ。

 

「さて! これなら落ち着いて話ができるね!」

「………」

 

 意図を察したオールマイトは変身を解く。

 すると、パワーに溢れた頼りがいのある姿はみるみるうちに萎み、真の姿(トゥルーフォーム)である痩せすぎ猫背に戻った。

 オールマイトは五年ほど前、ある(ヴィラン)との戦いで大怪我を負い、それ以来、力がどんどん衰えている。それこそ、戦闘用のフォームを維持し続けられないほどに。

 ヒーロー側でもごくごく一部の者しか知らない事実である。

 

「実は、私宛に匿名の手紙があってね! 人気者の辛いところさ!」

「何かと思えばファンレターの自慢ですか……」

 

 オールマイトは溜め息をつく。

 わざわざ二人っきり、盗聴防止までした挙句にそれとは。根津は頭が切れるしユーモアもあるが、時々そういう悪戯じみたことをする。

 まあ、ワーカーホリックな彼を少しでも休ませようとしてくれているのだと、わかってはいるのだが。

 

「授業の準備があるので、私はこれで――」

「近日中にマスコミが(ゲート)を破って雄英に押し寄せてくる」

「!?」

 

 言いかけたオールマイトは硬直する。

 根津は構わずに続けた。

 

「すぐに鎮静化するが、それは敵による本命の作戦の前準備にすぎない。数日もせずに敵連合なる一団が侵入し、授業中の生徒および教師を狙ってくる。これには雄英内部、あるいは警察組織に存在する内通者が関わっている疑いがある」

「先生、一体何を仰っているので……!?」

「手紙にあった内容さ。まるで未来でも見ているかのように断定的で、そのくせコミックのように派手だね!」

「ただの手紙でしょう? 我々は職業柄、悪戯を受けることも――」

「手紙にはこうもあったよ。AFOは生きている。後継を育てて更なる混乱を起こそうとしている――と」

 

 馬鹿な。

 

「オール・フォー・ワン。その名があったと!?」

「いいや。アルファベットでAFOの三文字さ。そう書けば()()()()()()()()()()()()と、知っているみたいにね」

「……そんな」

 

 室内に静寂が満ちた。

 ドアに取り付けた装置だけが振動音を発し続ける。

 

「予知能力? まさか彼が――」

「サーなら直接僕達に連絡してくるだろう。手紙は雄英の敷地内に落ちていたそうだ。それを新入生が拾って相澤君に届けてくれた」

 

 非効率的なやり方。

 正体を知られたくなかったのか? だとすれば、予知ではなく、その敵連合とやらにスパイとして入っているのか? どこからその組織の存在を知った? どうやって雄英の敷地内に手紙を落とした?

 次から次へと推測、疑問が湧いてくる。

 あまり頭の良くないオールマイトでさえそうなのだから、頭の切れる根津は様々なことを考えているだろう。

 

「その、届けた生徒というのは……?」

 

 一瞬、緑谷出久の顔が浮かぶが、

 

「綾里永遠君。一年A組の女子生徒さ」

「あの、小さい子ですか」

 

 出久を見守るついでにちらりと見たが、なかなか根性には見どころがあった。

 ただ、オールマイトとしては、ああいう子には日常の中で笑っていて欲しいと思う。まして敵に与しているなどとは到底思えない。

 

「真相は闇の中さ。ただ、無視するには少々具体的すぎるからね」

「……承知しました。私の方でも注意しておきます」

 

 いつ敵が来るかわからない心構えをしておく。

 常にそのつもりではいるが、具体的な危機がわかっていれば警戒が一段上になる。

 

「頼むよ。ただし、くれぐれも他の者には――」

「わかっています」

 

 わざわざオールマイトだけを呼んだということは「そういうこと」だろう。

 後継の件を伝えているリカバリーガール、仲が良く情報共有をしている塚内警部――彼らが内通者だとは思わないが、巻き込まないためにも今聞いたことは漏らさないでおくことにする。

 一礼し、変身し直してからドアへと向かって、

 

「ああ、そうそう」

 

 思い出したように、根津の声。

 

「敵連合とやらのリーダーは死柄木(しがらき)(とむら)。本当の姓は志村。()()の孫だとも書いてあったよ」

「……な!?」

 

 今度こそオールマイトは絶句し、恐怖した。

 ヒーローを、敵を、世界を蝕もうとする何かの大きな流れが動き始めていることを、感じずにはいられなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 雄英の大食堂は凄く広くて綺麗だった。

 総責任者は“クックヒーロー”ランチラッシュ。彼が監修した料理が格安で食べられるのは雄英関係者の特権だ。

 大学の学食とかと違って、敷地内には関係者以外は入れないからね。お陰で食堂が混みすぎるということもない。

 

「美味しい!」

「これは毎日通いたくなっちゃうね!」

 

 午前中の座学を終えた私は、お茶子ちゃん、デクくん、飯田君と一緒に食堂に来た。

 お茶子ちゃんが焼き魚定食、デクくんはカツ丼、飯田君はビーフシチュー、私は悩んだ末にハンバーグを選択した。

 洋食の定番。これを食べれば全体的なレベルは大体分かると踏んでのことだったけど、果たしてその味は――、

 

「……うちの方がちょっとだけ美味しいかな」

 

 断じて負け惜しみじゃない。断じて。

 

「む? 綾里の母君は料理が得意なのか?」

「うん、お母さんの料理は美味しいけど――実家がね、洋食屋さんなんだ」

「そうなんだ! 行ってみたい!」

「お客さんはいつでも大歓迎だよ。休日に来るなら開店直後か、ランチタイム終わり際がおススメ」

「か、カツ丼もあるかな? 無いよね」

「カツレツはあるから、言ってくれれば卵でとじるよ」

 

 これだけ美味しくて安ければ、お弁当を持ってこなくてすむ。

 中学時代は作ってもらってたんだけど、その、私の食事量だとお弁当も結構かさばるのだ。なら、せっかくの設備を活用しない手はない。

 

「それにしても……えっと、綾里さん。食べすぎなんじゃ?」

「ううん。私、このくらい食べないと足りないんだ」

 

 デクくんの声に笑って答える。

 私の注文したメニューを正確に言うと「ハンバーグ定食(ご飯大盛り)サラダとミニパスタとデザート付き」である。

 栄養バランスと味の満足感はあるけど、値段的にはオプションを止めてもう一品頼む方が良い。次からはそうしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 そして、午後はヒーロー基礎学。

 講師として1-Aにやってきたのは、言わずと知れたNo.1ヒーロー、オールマイトだった。

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」

 

 でかい。暑苦しい。強そう。やかましい。

 こうしてみると迫力が凄い。

 この人に任せておけば敵なんかイチコロだろ、と思える安心感。既にOFA継承済みで、かつパワーも大分衰えているとは全く思えない。

 

「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」

 

 いきなりの宣言にクラスが湧く中、教室の壁からラックのようなものがせり出してくる。

 一番から二十番までの番号が振られたボックスに入っているのは、私達の戦闘服(コスチューム)だ。

 次々にボックスへ向かう皆。

 私も自分の分の戦闘服を確保し、更衣室へ移動する。ちょっとだけわくわくした。

 

 

 

 

 

 

「……うんっ」

 

 メインは伸縮性のある黒いボディースーツ。

 その上から白いグローブとショートブーツ、スカート、リボンのついた上着を身に着け、髪をツインテールに纏める。

 おまけとして長めのステッキ(先端に星の飾り付き)を握れば完成だ。

 

「永遠ちゃん、それって……」

「魔法少女風、かな」

 

 宇宙飛行士っぽいイメージのぴっちりスーツ(大きいレッグガードが特徴的)に身を包んだお茶子ちゃんが私を見つめる。

 私の戦闘服は古き良き魔法少女風。

 アメコミとか戦隊ヒーローからはズレるけど、魔法少女だって立派なヒーロー。私の幼い外見を活かすならフリフリ可愛い方がいいと思ったのだ。

 メインのボディースーツは切断・刺突に強い特殊素材。衝撃は殆ど吸収できないけど、打たれ強さなら自信がある。

 

「可愛い!」

「ほんとだ! 可愛い!」

「残念だけど注目は持っていかれたわ。ケロ」

 

 掴みはばっちりだったようで、女子のみんなからもみくちゃにされた。

 意図した効果は発揮されてるっぽいけど、威厳がないのは課題かも。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「君らにはこれから『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて二対二の屋内戦を行ってもらう!」

 

 舞台は全五階の廃ビル(を模したセット)。

 制限時間は十五分。

 敵側は核兵器(という設定のでかいオブジェ)を所持し、それを守きらなければならない。ヒーロー側は敵を捕まえるか核兵器を回収すれば勝利。

 組み合わせ抽選のクジの結果、私は百ちゃんとのペアで敵側になった。対戦相手は口田君と瀬呂君のペアだ。

 

「よろしくね、八百万さん」

「ええ、こちらこそ。よろしくお願いいたしますわ」

 

 握手を求めると、百ちゃんはクールな表情ながら手を握ってくれた。

 私達の順番は最後。

 一組目――ヒーローがデクくんとお茶子ちゃん、敵が爆豪と飯田くんのペアは、核兵器の回収によりヒーロー側が勝利した。

 デクくんと爆豪が暴れたせいで、たった十五分でビルはボロボロ。

 残りのメンバーは映像で一部始終を見守った。

 

 オールマイトのありがたい講評を聞いた上で二戦目へ。

 隣に立つ百ちゃんは相変わらずモニターに視線を向けてるけど、

 

「同じビルは使われないだろうけど、雰囲気は掴めたね」

「そうですわね」

 

 声をかけると、意外そうに視線を向けてくる。

 

「案外、考えていらっしゃるのですね」

「私は攻撃力がないから。少しくらい作戦も考えないと」

 

 どうやら考え無しの馬鹿に見られていたらしい。

 この格好じゃしょうがないけど、映像を見ながら自分なりの考えを纏めるくらいはする。

 勤勉な百ちゃんはその何倍も考えてるだろうけど、

 

「であれば、少しお聞かせ願えますか。あなたのステッキですが――」

「あ、これはね。ただのステッキじゃなくて、中に――」

 

 二十人しかいないとはいえ、四人ずつだと一時間以上も待つことになる。

 みんなの“個性”や作戦から勉強しつつも、私達は小声で話し合いを続けた。

 

 

 

 

 

 待ちに待った五戦目。

 核兵器(という設定がされたロケットのオブジェ)を担いだ八百万さん(大きすぎて私が持つとあちこちつっかえる)と一緒にビルへ侵入。

 敵側には五分の準備時間が与えられているため、急いで上に上がりながら最後の打ち合わせをする。

 

「どう? ()()()()?」

「見た目を真似るだけなら問題ありませんわ」

「良かった」

 

 最上階に上がったら適当な位置に核兵器をセット。

 窓際や外壁に接していると外部からの侵入が怖いので、中の壁を背にして置き、八百万さんの能力――『創造』を使って壁のダミーを作成。位置を隠す。

 更に、別のところにもダミーの壁を作る百ちゃんに私は背を向けて、

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「ええ。()はお任せしますわ」

 

 五分が経過する前に、上がってきた階段を駆け下りる。

 

 ――そして、待ち伏せは成功。

 

 侵入してきた口田君、瀬呂君と鉢合わせ。

 時計は既に六分以上が経過。入ってきたのが微妙に遅い。多分、口田君の“個性”で鳥か何かを使って偵察していたんだろう。だとすると百ちゃんが最上階にいるのはバレてる。

 

「綾里が妨害役かよ! お前一人で止められるか!?」

「時間稼ぎくらいはできるよ!」

 

 スカートを翻しながら構える私。

 早速になっちゃうけど、ステッキの柄をぐりっと回し、下半分を引き抜いて――。

 

「先手必勝!」

 

 瀬呂君が伸ばしてきた『テープ』に向けてステッキを振るう。ステッキを逆に持って、だ。こういう時のために長めの設計になっている。

 瀬呂君の“個性”であるこのテープは強度もある上にべたべたくっつく厄介なものだけど、()()()()

 

「仕込み杖かよ!?」

「その通りだよ!」

 

 飛んできたテープを次々に切断していく私。

 口田くんは鳩を連れてきていたみたいだけど、刃物を振るう相手には差し向けたくないようでオロオロしている。廃ビルとはいえセットだから、周りに他の動物って殆どいないしね。

 

「くそ、ありかそんなの!」

 

 銃刀法違反にならない刃渡りにちゃんと収まってます。

 それに、生き物を切る気は一応ない。太めに作られている柄でぶん殴るつもりだけど、相手が動くとうっかり切っちゃう可能性はないでもない。

 

「なら肉弾戦だ! 口田、取り押さえるぞ!」

「……!」

 

 ウンウン、と、動作だけで頷いた口田君が、瀬呂君と同時に飛び掛かってくる。

 

 ――うん、そうなるとちょっと弱い。

 

 柄を元に戻してステッキを握った私は、身長と腕力で勝る男子二人を相手にしばし大立ち回りを繰り広げた。

 打撃に拘ってくれれば十分くらい粘る自信あったんだけど、残念ながら拘束メインで来られたので、そんなに長くはもたず、取り押さえられる結果に。

 セクハラ、などと言える土壌は当然、ヒーロー科にはない。

 

 でも。

 

 私の妨害でたっぷり時間を使ってしまった二人は最上階までの移動時間、更に、百ちゃんが待機中に作りまくった「核兵器のダミー」のせいで時間を浪費し、あえなくタイムアップとなったのだった。

 ちなみに百ちゃんはダミーを作った後、一つ下の四階に潜んでました。策士。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マスコミ事件→USJ襲撃

 百ちゃんと少し仲良くなりました。

 明日ご飯を一緒に食べようって約束してみたり。せっかく同じクラスなんだから仲良くしたいもんね。

 

 それと、今朝は一段とマスコミが凄かった。

 私は足元をさらっとすり抜けてきたけど、みんなは割と絡まれて大変だったみたい。警備員さんとかもお仕事してるとはいえ人数が人数だし、向こうも悪気があるわけじゃないから強硬な態度にも出にくい。

 ヒーローが一般人に足を引っ張られる、っていうのもアレな話だ。

 

「急で悪いが今日は君らに学級委員長を決めてもらう」

 

 立候補が乱立した後、飯田君の発案で投票制になった。

 飯田君本人も立候補してたのはご愛嬌として、この時点で仕切ってる気がするのは気のせいだろうか。

 

 一人一票ずつの投票権、私はどうしようか。

 確か、峰田君は自分に入れてたっけ。私は委員長って柄じゃないから他の人にいれるけど――飯田君か百ちゃんか。せっかく訓練で一緒になったし百ちゃんにしよう。

 結果。

 デクくん三票。百ちゃん三票。

 私の一票が増えたせいで同点に。どっちが委員長かじゃんけんで決めた結果、デクくんが勝利した。こういう無駄なところで運を使うのはデクくんらしいかも。

 

 ちなみに私にも一票入っていた。何故だ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「惜しかったね、委員長」

「残念ですわ。運ばかりはどうしようもありませんもの」

 

 百ちゃんと二人でお昼ご飯。

 私はオムライスとカレーライス。百ちゃんはミートソースパスタとビーフステーキ(ライス付き)。そういえば大食いキャラだったっけ。

 なんか親近感を覚えちゃうかも。

 

「綾里さんは健啖家ですのね」

「私の身体、回復力が高い分、エネルギーを使っちゃうから」

「なるほど。わたくしも“個性”に脂質を使うので、たくさん食べる必要がありまして……お恥ずかしいのですが、綾里さんと一緒なら安心ですわ」

 

 一人だと目立つけど、二人以上なら「そんなもんか」で割と流されるもんね。

 

「私も、よく人から驚かれるんだ。八百万さんとお揃いで嬉しい」

「まあ」

 

 百ちゃんはくすくすと笑ってくれた。

 

「でも、お昼にビフテキなんて豪勢だね」

「古風な言い方ですのね。……我が家ではよく食べるのですが、綾里さんのお宅では?」

「うちは洋食屋さんをやってるから見慣れてるけど、食べるのは時々かな。お店で残った食材を使うことが多いから」

 

 カレーとかシチューが余ったら消費しちゃわないとだし、明日に持ち越せない食材で即興料理が始まることが多い。

 

「お店を営んでいらっしゃるのですね。お名前はなんと?」

「そのままだけど『RYORI』だよ。街の洋食屋さんだからちょっと騒がしいけど、安くて美味しいのが自慢なの」

「素敵だと思いますわ。綾里さんの笑顔を見るだけで、皆様に愛されているのがわかります」

 

 あれ、百ちゃんって良い子すぎない……?

 と、チョロインみたいな感想を抱きつつ、百ちゃんとしばし雑談をしていると――突如、大食堂を含む校内に警報が響いた。

 しまった、話に夢中で食べ終わってない。

 私のお皿も百ちゃんのお皿も二割分くらい料理が残っている。

 

「何事でしょう……!?」

「わからないけど、残すのは勿体ない……!」

「……呑気すぎる、と言いたいところですが、正論ですわね」

 

 私達が残りの食事を平らげる間に校内放送が入り、雄英のセキュリティが突破されたことが報じられる。

 

 セキュリティ3というフレーズに上級生が色めき立ち、率先して避難を開始。

 雄英はセキュリティの厳しい高等学校。

 昼休みに外へ食べに行く生徒なんて基本的にいないので、殆どの生徒が食堂でご飯を食べている。ヒーロー科以外にも普通科やサポート科、経営科などがあり、生徒数は多いので――その大半が出口に殺到したことで、渋滞が起こった。

 押し合いへし合い。

 厳重なセキュリティの弊害か、ここ数年で初めてらしい警報にみんながパニック。逆に避難が遅くなっている感がある。

 

 席に残ったままそれを見た私達。

 

「……避難経路に問題あるんじゃないかなあ」

「言ってる場合ではありませんわ。出入口が足りていないのなら別の経路を――いえ、下手に設備を破損させるのは得策ではありませんわね」

「うん。(ヴィラン)の襲撃なら速度最優先だろうけど」

 

 そこまでは報じられていない。

 

「それに、ここは雄英だよ。慌てなくても誰かが沈静化を――」

 

 言っているうちに動きがあった。

 

 飯田君が注目を集め、生徒達を落ち着かせる。

 彼の口から「マスコミの侵入」が伝えられると、みんなほっとしたのか穏やかになり、規則正しく避難を開始した。

 私と百ちゃんはスムーズになった人の流れに乗って避難すればよかった。

 マスコミは警察の到着によって鎮圧。

 午後のHRにて学級委員以外の委員決めが行われた際――他でもない委員長、デク君によって飯田君が委員長に推薦された。

 多数決で同票だった百ちゃんには異議を申し立てる権利があったけど、彼女は「異議なし、ですわ」と言っただけだった。

 

 こうして。

 私が知る事件の一つが無事(?)に終わった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……当たってしまったね」

「……当たってしまいましたね」

 

 マスコミの暴走による雄英侵入。

 ()()()()の的中を受けた根津校長は、再びオールマイトと二人の時間を設けた。

 当たるはずがなかった。

 当たるべきではなかった予言が当たったことで、残りの予言も信憑性を帯びてくる。

 

 ――敵連合なる組織による雄英襲撃。

 

 もちろん、そう簡単に侵入を許すとは思っていない。

 だが、放置してはいけないのも事実。

 故に、根津は最低限の対処をした。マスコミの侵入を受けたセキュリティの強化、そのレベルを「鶴の一声」によって更に一段階引き上げたのだ。

 

 それは、近日予定されている一年A組の救助(レスキュー)訓練に当たるヒーローを三人から四人にする、程度の変更。

 

 念には念を入れておこう、という理由で行えるギリギリの措置。

 これでも教師達の負担は増える。

 杞憂に終わってくれればそれが一番いいのだが、

 

「起こると思うかい?」

「正直に申し上げますと、私の勘では、ほぼ確実に」

 

 オールマイトは根津に死柄木弔の件について話す。

 彼の先代――志村菜奈に子供がいたことは知っていた。だが、菜奈自身から「接触禁止」を言い渡されていたため繋がりはなかった。

 この間の話から、あらためて調べたものの、その子にも孫にも行き着くことはできなかった。

 ごく短い期間での調査だが、普通に生活しているのであれば痕跡くらいは手に入っても良い。何かあった、と考えるには十分だ。

 

 辻褄は、合う。

 

「予言には『いつ』とは書かれて?」

「ないね。外れることを恐れたのかもしれない」

 

 人の行動は些細なことで変わる。

 絶対当たるサーの“個性”と違って変更が可能なのだとすれば、そういった備えは必要だろう。

 

「今度の救助訓練には君も参加することになってる。くれぐれも、訓練の前に力を使い切った! なんてことにならないようにしてくれよ! 笑えないからね!」

「肝に銘じます……」

 

 そう答えたオールマイト。

 救助訓練当日の朝、なんだかんだで()()の事件に首を突っ込み、根津からこっぴどく叱られるのだが――それはまた別のお話。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイトを含む四名で見ることになった」

 

 人数増えてる。

 今朝のニュース、オールマイトが解決した事件も一つ減ってたし、これはお手紙の効果あったかな? あ、ちなみに残りの一つの事件はちゃんと別のヒーローが解決してくれました。

 

 ――いよいよ来た救助訓練。

 

 多分、敵連合の介入は止められない。

 オールマイトに余力ができたこと、担当教師が一人増えたことがどう影響するか。うまいこと死柄木を捕らえられればいいけど……。

 ちなみに、今回、戦闘服の着用は自己判断。

 

「綾里さんも着替えますのね」

「うん。これ、ボディスーツ部分が水着代わりにもなるんだ」

 

 女子はなんだかんだ全員戦闘服に着替えていた。

 男子も体操服なのはデクくんだけだ。皆、戦闘服は場所を選ばないように考えていたんだろう。

 

 訓練場は校舎から離れているためバスで移動。

 敷地内でバスが必要っていうのが凄い話だけど、このせいで救助訓練が狙い目なんだよね。生徒は戦闘要員になりにくい一年生だし。

 戦闘、か。

 覚悟はしてる。でも、プレッシャーはある。死柄木の“個性”は破壊力が凄い。下手に動いて生徒に死者が出るようなことだけは避けないと。

 

「永遠ちゃん? どしたん? お腹痛い?」

「気合を入れるのも大事ですが、平常心も大事ですわよ」

「あ、ううん。大丈夫だよ」

 

 お茶子ちゃんや百ちゃんに笑い返しながら、その通りだと思った。

 落ち着け。

 落ち着いて、自分にできることをする。地味な“個性”しかない私にできることはそう多くないのだ。

 

 

 

 

 

 程なくバスは訓練場に到着した。

 ウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)。見た目はほぼまるきりテーマパークだけど、それは様々な環境を一つに集めた結果。

 水難事故や土砂災害、火事等々、様々なシチュエーションに対応可能な優れもの、らしい。

 

 私達の前に立ったのは三人。

 宇宙飛行士の服を模した戦闘服(お茶子ちゃんのと違って全身覆う本格的な奴)の人物、スペースヒーロー「13号」。

 木目調の肌をしたいぶし銀の男性ヒーロー、シンリンカムイ。

 最後に相澤先生。

 

 シンリンカムイは教員じゃないはずだけど――人手が足りなくなったから外部に依頼したのかな。体育祭でMt.レディなんかと一緒に警備に駆り出されてたし、仕事を頼みやすい若手扱いなのかも。

 

「オールマイトは?」

「準備が整っていないそうで、途中から合流することになっています」

「不合理な動き方をするからだ」

 

 不在の理由が体調不良じゃない。原作よりは余裕がありそうだ。

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

 

 園内よりも高台になっている入り口前に集合し、13号からのありがたいお話を聞く。

 相澤先生は遠巻きに立って周囲を警戒している。

 そして、13号のお話が終わった直後、異変は起こった。

 

 入り口から下りたところにある噴水広場。

 その一角に黒い霧のようなものが発生し――()()()()()()()()()()()()()()()()、いかにも「俺は敵だ」と主張している男が姿を現す。

 登場したのはそいつ一人では終わらず、後から次々、いかにもアウトローといった感じの者達がぞろぞろと現れてくる。

 

 敵連合。

 

 やっぱり来た。

 この時の襲撃で出てきたのは殆どが有象無象扱いだったけど、こうして見ると恐ろしい。殆どが成人男性で、鍛えられた筋肉や異形の身体、あるいは抜き身の刃物なんかを備えている。

 特に首魁、死柄木はやばい。

 手だらけ人間という頭のおかしい格好だからというだけじゃなくて、オーラがやばい。多分、手を全部外して普通の服装をしていても、こいつは敵だと一目でわかる。

 

 わかっていても、リアルで出会うと迫力が違う。

 

「っ、全員、一かたまりになって動くな!」

 

 相澤先生は私達に指示を出すと、13号に防衛を任せ、シンリンカムイと一緒に飛び出していく。

 

「ウルシ鎖牢!」

 

 イレイザー・ヘッドとしての本領を発揮した相澤先生は、シンリンカムイと背中を合わせるようにして敵の群れに対処し始めた。

 捕縛布もシンリンカムイの得意技も射程が長めのため、多数相手でも戦いやすい。

 

「先生! 侵入者用センサーは!?」

「もちろんありますが……!」

 

 センサーはやっぱり働いていない。

 何者かの“個性”、あるいは事前の小細工によって無力化されている。

 

「なら、早く避難を! 応援を呼んでこないと!」

 

 私は叫んだ。

 初動の遅れは命取り。逆に言えば、ここが早くなれば結果は良い方に向く。

 

「させま――」

「させるか、はこっちの台詞だ」

 

 ナイス相澤先生!

 黒い霧状の敵――黒霧を睨んで足止めした。あの手紙を確認してから校長先生に渡したのなら、幹部級の能力は一通り頭に入っている。

 原作みたいに瞬きの間に、とはいかない。

 

「皆さん、今のうちに避難を――」

「くそ。話が違う。どこだよオールマイトは……」

 

 だけど。

 敵もただではやられてくれない。

 シンリンカムイの伸ばした蔦を手だらけ男――死柄木が掴み、崩壊させる。

 

「ムゥッ!」

「シンリンカムイ!」

 

 出口に向かおうとしていた生徒達が足を止め、悲鳴を上げる。

 悪手。

 加えて、相澤先生の注意が一瞬逸れた。解放された隙を突いて黒霧が移動、私達の前に姿を現す。

 

「どうやら余裕がなさそうですので――」

「ケッ!」

「この!」

 

 爆豪と切島くんが飛び出すのと、黒い霧が広がるのがほぼ同時。

 初手ワープゲート!

 まどろっこしい口上は!? 私が余計な対策したせい!? ああもう……っ!

 

 私は僅かな時間で周囲を見回す。

 このワープは近い人を同じところに飛ばすものだったはず。なら……!

 咄嗟に()()()に抱きつく。

 直後、私の意識は一瞬暗転し、気づいた時には、私は別の場所にいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

USJ襲撃2

 内通者は誰か。

 

 『ヒロアカ』における大きな謎だ。早くに示唆されながらもなかなか判明しないため、色んな人が「あいつだろう」「いやあいつだ」と説を展開していた。

 完結まで見届ければ正解がわかったんだろうけど、残念ながら私は途中までしか知らない。

 この件については推測するしかない。

 

 根津校長説は個人的にナシ。

 原作における「USJ襲撃事件」で怪しい動きをしてたけど、内通者というには動きが中途半端。もし(ヴィラン)側に通じているとしても、流す情報を調整してヒーロー側に有利な状況を作ろうとしている、いわば二重スパイの可能性が高いと思う。

 もし校長が内通者なら、私は一番渡しちゃいけない人に情報を流したことになる。

 

 個人的一押しは警察の塚内警部。

 彼には「黒霧と服装が同じ」っていう物凄い不審な点がある。オールマイトの親友というポジションでもあるため、各種情報も入手可能。

 他にも何人も候補はいるものの、塚内警部以上に怪しいとは思わない。

 

 ――ただ、怪しい上、その怪しさを否定しようもない人物が一人。

 

 『透明化』という“個性”を持っているために隠密行動が可能。

 服を完全に脱いで全裸になってしまえば、基本的に発見不可能。盗み聞き、極秘資料の閲覧、敵側との密会・情報交換などなどが思いのまま。

 ()()の名前は一年A組、葉隠透。

 黒霧の“個性”で飛ばされる際、私が咄嗟にくっついた人物だ。

 

 

 

 

 

 

「いたた……。永遠ちゃん大丈夫!?」

「う、うん。葉隠さんこそ」

 

 私達が飛ばされたのはやや奥まったエリア。

 水難ゾーンや火災ゾーンなど四つのアトラクションと等距離にあり、相澤先生達が戦っている広場にもダイレクトで移動できる。

 中途半端な場所だからか、近くにヴィランの姿はない。

 

 私のすぐ傍には手袋とブーツだけが浮いている。

 葉隠さんだ。

 知っている範囲では素顔さえ明かされていない、謎に包まれた透明女子。

 

「バラバラに飛ばされちゃったのかー! みんなは大丈夫かな?」

「みんな簡単にはやられないと思うけど……」

 

 楽観はできない。

 私達だってもちろんそうだ。

 

 ――あらためて周りを見渡す。

 

 原作で誰がどこに飛ばされたか、詳しくは覚えてない。

 ただ、デクくん&梅雨ちゃん&峰田君が水難ゾーンは確かだ。配置が同じで、峰田君がいない穴がそのままだと仮定すると、残った二人が気になるけど、

 

「もうー、永遠ちゃん危ないよ! いきなり抱きついてくるんだもん!」

「ごめんね。葉隠さんは見えにくいから、万が一があるかなって」

「私一人の方が安全だよ! 裸になって隠れれば見つからないし!」

「ご、ごめんなさい」

 

 轟君とか爆豪の流れ弾が怖いのは本当。

 原作でも「いたのか。凍らせるところだった……」みたいな場面があったくらいだ。

 でも、それは表向きの理由。

 本当の理由は、葉隠さんには伝えられない。

 

「せっかくだから脱いじゃお」

 

 言って、ぽいぽいと手袋&ブーツを捨てる葉隠さん。

 所持品は透明にできない彼女だけど、逆に言うと身体は完全に透ける。全裸になればどこにいるのか全くわからない。

 絶対恥ずかしいから私ならやりたくないけど。

 

「さて! これからどうしよっか! 別行動する?」

「ううん、できるだけ一緒にいた方がいいと思う。非常時だし」

 

 ちょっと苦しいかな?

 さっき、一人の方が安全って言われたばかり。

 でも、ここで彼女を一人にするわけにはいかない。

 

「うーん、そっか」

 

 返事だけが聞こえる。

 姿は見えない。声の位置が、さっきと少し違った。移動している。何のために? どうしてこのタイミングで()()()姿を隠した?

 

 ――原作のUSJ襲撃が解決した後、葉隠さんは「轟君の傍にいた」と証言していた。

 

 ただ、彼女は轟君の範囲攻撃に巻き込まれていない。本当に近くにいたなら凍っていてもいい。凍らなくても彼女なら「もー! 気をつけてよ! ぷんぷん!」くらい言いそうなのに、轟君は葉隠さんの存在を知らなかった。本当にそこにいたのか? いなかったとしたらどこにいたのか?

 騒ぎに乗じて何か別の工作を行う。

 いかにも内通者がしそうなことじゃないだろうか。

 

「ねえ、永遠ちゃん」

「―――!?」

 

 声は、背後からした。

 びくっとして飛びのこうとするも、その前に、首へ冷たいものが触れた。

 指だ。

 細い女の子の指。でも、爪を立てれば首の皮くらいなら破れる。

 

何を気にしてるの?

「っ」

「妙に冷静じゃないかなー? 戦闘訓練でも圧勝だったし、体力テストもビリになるように調整してなかった? 何を隠してるの?」

「そんな、こと」

 

 怖い。

 葉隠さんが怖い。

 妙に冷たい声以外、情報がないから余計だ。今、彼女はどんな顔をしているのか。何を思って私に尋ねているのか。

 彼女にとって都合の悪い答えを出したら、私はどうなるのか。

 

ねえ。永遠ちゃんは、誰の味方なのかな?

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 一方。

 広場周辺の戦いは、綾里永遠の知る『原作』と概ね同じ流れを辿った。

 

 黒霧の接敵を許した13号は、霧を免れた生徒達を守ることを優先した。

 最も機動力に優れる飯田を逃がし、己の“個性”でブラックホールを作り出して攻撃――黒霧の“個性”によってブラックホールの位置をズラされ、当人が重傷を負う結果となる。

 永遠が送った手紙の内容を、根津はオールマイト以外には伝えていなかった。

 漏洩を恐れたのが理由だが、結果的にはこれが裏目に出た。

 

 相澤・シンリンカムイvs死柄木率いる敵軍団は一進一退。

 二人のプロヒーローの共闘によって雑魚は少しずつ蹴散らされていくものの、首魁と見られる死柄木が捕まらない。

 深追いすれば、触れた物を崩れさせる“個性”が発動しかねないし、相澤もシンリンカムイも捕縛に向いたヒーローであって長期戦は得意ではない。

 じりじり、じわじわ、「数」と「体力」の交換が行われる中――ブレイクスルーとなったのは、敵の増援。

 

 脳が剥き出しになった謎の怪人。

 死柄木が脳無と呼んだその敵は、オールマイト並のパワーによって相澤達を圧倒。

 

 しかし、黒霧が飯田を取り逃がしたことで、敵連合も窮地に。

 

「平和の象徴としての矜持を少しでも、へし折って帰ろう」

 

 死柄木がそう宣言し、脳無が相澤の身体を砕こうとした時。

 

もう大丈夫。私が来た

 

 No.1ヒーローの剛腕が怪人・脳無に強烈な一撃を浴びせた。 

 

 

 

 オールマイトは、相澤達との連絡がつかなくなってすぐに行動を起こしていた。

 校長に報告した上で訓練場に急行。

 途中、行き会った飯田をそのまま校舎に向かわせ、全速力で到着した。

 

 

 

 このUSJ襲撃――敵連合側の目的は平和の象徴・オールマイトである。

 彼の登場によって連合は方針を変更。

 撤退は取り消され、オールマイトvs脳無の大決戦が始まった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 まさか、当たりだった……?

 

 最悪すぎる流れに、私は冷や汗をかいていた。

 A組に内通者がいるとは思いたくなかった。

 でも、何の裏もない子がこんな言動するはずない。これじゃまるで、私が「勘のいいガキは嫌いだよ」って消される流れだ。

 

 ――次の一手で最悪、殺される。

 

 正解は何か。

 葉隠さんが敵側なら、私もそうだと勘違いしてもらうべき? でも、彼女はどこまでの情報を持っているのか。協力者一覧まで握っているなら藪蛇になりかねない。

 わからない。

 わからないなら、素直に答えるしかない。

 

「私は弱い者の味方だよ。……もっと言うなら、平和に暮らしたい人の味方かな」

 

 それが私のアイデンティティ。

 心に嘘はつけない。

 読心術を使ったって「嘘」判定はされないだろう。

 

「本当?」

 

 でも、指は離れない。

 

「本当だよ。スパイ的なアレなら、もっと上手くやると思わない?」

「………」

 

 さあ、どうだ。

 ドキドキしながら待っていると――指は、そっと私の首から離れていった。

 

「しょうがないなあ! 信じてあげる!」

 

 何も見えないけど、「ニコッ!」って擬音が見える気がする。

 

「殺さないの?」

「殺さないよ! 私をなんだと思ってるの!?」

「……敵のスパイ?」

知られたからには口封じを。……って、しないよそんなこと! 私、ヒーロー志望なんだよ?」

 

 良かった……。

 息を吐いてへたりこむ。

 

 ――心臓に悪いよ、もう。

 

 葉隠さんは味方だったっぽい。

 内通者じゃないのか。それともやっぱり二重スパイ?

 

「詳しいこと、教えてくれる?」

「いいよ! って言いたいところだけど、今はそんな場合じゃないよ、永遠ちゃん!」

「あ、そうだね。先に敵をなんとかしないと」

 

 答えて立ち上がる。

 

「私的には水難ゾーンが気になるんだけど」

「んー、そっちは緑谷君と梅雨ちゃん、あと青山君が船の上にいるみたい。ビームを警戒してるのかな? 敵は上がって来てないから、しばらく平気じゃないかな!」

「見えるの?」

「目はいいんだよ!」

 

 私も船のシルエットくらいは見えるけど、よく見えるなあ。

 つくづく敵に回したくない。

 

「それなら優先は暑いところかな」

「火災ゾーンだね。なら、そっから半時計周りにみんなを回収しよっか!」

「りょうか……わっ、と?」

 

 話が決まった途端、ひょいっと抱き上げられる私。

 柔らかいものが当たってるような。

 葉隠さん、今、裸だったよね……?

 

「は、葉隠さん?」

「この方が早いからね! それじゃあ行くよー永遠ちゃん!」

「わ、ちょっ」

 

 私が手ぶらで走るより早いんだけどっ!?

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 私と葉隠さんは急いで皆のところに急行、寄せ集めのチンピラっぽい敵をぶっ飛ばしながらA組メンバーと合流していった。

 

 火災ゾーンで尾白君。

 山岳ゾーンで百ちゃん、耳郎さん、上鳴君。

 土砂ゾーンで轟君と合流。

 

 倒壊ゾーンはどっかんどっかんやってるのが聞こえたので「あ、爆豪だコレ」と無視した。

 物の多いところで爆発を連打されてたら、近づく方が危ない。

 

「助かりましたわ」

「これで三分の一くらいか。他の奴らはどこだ?」

「たぶん、飛ばされなかった人もいると思うよ!」

「轟君。水難ゾーンの敵を凍らせて緑谷君達を助けられない?」

「ああ。できると思う」

 

 広場周辺はまだ危ないので、こっそり迂回してデクくん達を救出。

 

「た、助かったよ……! でも、目立ちすぎじゃ……っ!?」

 

 凍った水面を歩いて船の上まで行くと、デクくんがそう叫ぶ。

 

「大丈夫。向こうも取り込み中だから」

「な、なんだあの怪物……!?」

 

 もう脳無が出てきて、オールマイトと打ち合ってる。

 相澤先生とシンリンカムイは疲弊してるけど、命に関わる怪我じゃない。黒霧も牽制されて大きな動きができてないけど、死柄木の動向含めて予断を許さない。

 

 下手に介入すると不利になりかねない。

 既に救援要請が行ってるなら、見守る方が得策かもしれないけど――。

 

「なんだよオイ! ボス残ってんじゃねえか!?」

「爆豪ぉ!?」

 

 私達が迂回した分、向こうが先になったか。

 不意を突いて死柄木に襲い掛かるツンツン頭の不良少年。あれがボスって判断したのは凄いけど、死柄木の反射神経は異常だ。

 直撃を回避された上、爆豪はコスチュームごと腕を掴まれる。危ない! と思った時には咄嗟の判断で腕を引き、手榴弾を模した腕パーツを犠牲に離れた。セーフ。

 

「……助けよう!」

 

 うん。デクくんならそう言うよね。

 

「オールマイトの邪魔はしない方がいい。やるなら手だらけ男と霧のやつだと思う」

「なら、俺の出番か」

 

 呟く轟君。

 

「不意打ちなら私にお任せだよ!」

「透ちゃん、喋ってないといるのかいないのかわからないわ」

 

 葉隠さんも危険な位置を買って出てくれる。

 作戦会議ができる時間は短い。

 

「行こう!」

 

 自然とリーダーになったデクくんの一声で、皆が動きだした。

 まずは、轟君が氷結で壁を作り、オールマイト&脳無とそれ以外を分断。

 

「なに……!?」

「やあああああっ!」

 

 驚く死柄木。

 黒霧は霧を展開し、向こう側にワープしようとするけど、そこに私が大声を上げて突っ込む。

 ステッキ構えた魔法少女が真っすぐぶっ飛ばしに来た。

 見た目のインパクトで一瞬、注意を逸らし、葉隠さんが背後から一撃。

 

「!?」

 

 これには黒霧さえも動きを止めた。

 でも、まだ終わってない。止まった死柄木と黒霧に向け、残ったメンバーが野球ボール(百ちゃん作)を次々に投擲。葉隠さんの存在を認識させる前に畳みかける。

 ここまで来たら、あの暴れん坊が黙っているわけがない。

 

「邪魔すんな! ボスは俺がやる!」

「餓鬼がぞろぞろと……!」

 

 死柄木も、黒霧も、オールマイトの方を忘れざるをえない。

 

 死柄木に殴りかかった爆豪が。

 黒霧に殴りかかった私が。

 

 それぞれ一蹴され、葉隠さんが離脱、野球ボールが尽き、残った轟君達が敵にロックオンされた時には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして。

 物凄い衝撃音と共に脳無がどこかへぶっ飛ばされていく。

 氷が砕ける。

 

「どうやら私達の勝ちのようだな悪党共!」

 

 オールマイトが、無事に姿を現した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

USJ襲撃3、と後始末

※作者はコミック派です。
 永遠が知ってるのも原作二十五巻までの情報です。


「あーあ、こりゃダメだ。ゲームオーバー」

 

 死柄木が言う。

 顔に手がくっついてるせいで頭を抱えてるように見えるけど、どの程度悔しがってるのかはわからない。

 

「帰って出直すか、黒霧」

「承知しました」

 

 渦巻く黒い霧。

 このままだとワープゲートで逃げられる。原作程の被害は出てないけど、敵側を追い詰めることはできていない、中途半端で終わってしまう。

 私は咄嗟に叫んだ。

 

「相澤先生! 霧を!」

「―――」

 

 相澤先生は声に反応した。

 黒霧を睨もうとして、その時にはもう霧が死柄木達を包んでいた。ううん。ギリギリ間に合いそうだったのに、敢えて一瞬遅らせたんだ。

 どうして。

 思った私は、相澤先生を見ている別の人物に気づいた。

 

 ――オールマイト。

 

 私が視線を向けると、オールマイトも私を見る。

 その目は、妙に鋭く尖っているように思えた。

 

 程なくして応援も到着し、敵連合によるUSJ襲撃事件は無事に幕を下ろした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 無事に。

 無事に……無事……?

 

「やあやあ! よく来てくれたね!」

「は、はい」

 

 放課後。

 相澤先生に呼び出された私は「いいからついてこい」と、ある部屋に連れて行かれた。私の目が曇っていなければ、入り口のプレートには『校長室』とあった。

 中には二足歩行して喋る陽気なネズミ――根津校長と、それからもう一人。

 

「っ」

 

 私は、彼を見た瞬間に硬直してしまった。

 

 ガイコツを連想させる貧相な男。

 オールマイトの真の姿(トゥルーフォーム)なんだけど、問題はそれが公にされていないことと――私は()()()()()()()()()()一目でわかったということだ。

 不審がらないといけなかった。「何この人? 先生じゃないよね? キモ……」くらいの反応で良かったのに、硬直してしまった。

 

知っているな?

 

 後から入ってきた相澤先生が低い声を出す。

 

 ハメられた!

 

 ドアに鍵をかけてそのまま立ちつくすものだから、どうやっても逃げられない。部屋のカーテンはあらかじめ閉まっていて、盗聴防止っぽい装置が四方の壁に取り付けられている。

 なにこの警戒態勢。

 

 ――これ、絶対バレてるよね。

 

 さっきから心臓が騒ぎっぱなしだ。

 ぶっちゃけ、この反応だけで「何かあります」って言ってるようなものだけど、だからといって「そうです」とは言えない。

 

「な、なんの話ですか?」

「そこの彼を見て驚いただろう」

「はい。あまりにも痩せてる方だったので……すみません、失礼な反応で」

 

 たぶん、これがベスト。

 私が答えると、相澤先生は溜め息をついて黙った。

 セーフ、と思ったら校長がHAHAHA! と笑って、

 

「この前はお手紙ありがとう!」

 

 今度はこっちですか!?

 

「あ、はい。大事なお手紙だったんですね。良かったです」

「うん。とっても貴重な情報だったよ! ……時に、綾里永遠くん。君は指紋って知ってるかい?」

 

 ぎく。

 とは、ならない。

 その辺はちゃんと細心の注意を払った。筆跡がわからないようにパソコンで作って印刷し、手袋着用で封筒に入れたし、宛名もプリントしたシールを使った。

 ノリで封をしてからは一度も開けてない。

 

「はい。それが、何か?」

「………」

 

 校長が黙った。勝った、かな?

 

「話は変わるけど、私の友人に来歴探知の“個性”持ちがいてね!」

「私がやりました」

 

 土下座した。

 嘘かもしれないけど、これ以上シラを切るのは精神的にキツイ。

 相澤先生が溜め息をつく。

 

「絵的に犯罪臭がするからさっさと立て」

「は、はい」

 

 立ち上がる。

 「本当にこいつなのか?」という視線がオールマイトと相澤先生から向けられた。

 そう言われても、無理やり自白させたのはそっちじゃないですか。

 

「綾里永遠君」

「はい」

 

 口を開いたのはオールマイトだ。

 決して大きな声じゃない。耳が痛いくらいやかましい普段の声とのギャップが凄いけど、不思議と注意を向けてしまう何かがある。

 そして、彼の眼光はガイコツ状態でも死んではいない。

 

「君はどこであの情報を知った? 他に知っていることはあるのか?」

 

 難しい質問だ。

 私は首を振って答える。

 

「……残念ですが、知っているのはあれでほぼ全部です。新しく調べることもできません。私の“個性”は予知ではないので」

「では、他の誰かが『予知』したのか?」

「いいえ。あれは私の知識です。私はあれを生まれた時から知っていました。そして、知識が増えたことは今まで一度もありません」

 

 前世の記憶とは言わなかったけど、それ以外はほぼ正直に言った。

 黙るオールマイト。

 代わりに相澤先生の低い声。

 

「“個性”に由来しない能力? いや、旧時代の超能力者は全て眉唾と言われている。……記憶を植え付ける“個性”を受けたか……?」

 

 私は何も言わない。

 勝手に補完してくれるならその方がいい。

 

「ふむ。そうなると信憑性は低い。いや、何者かが意図して与えた可能性もあるね」

「“個性”届を洗った方がいいですね。該当しそうな“個性”の持ち主がいなければ敵の関与を疑った方がいいでしょう」

「十五年前となると既に故人かもしれない。調べ切れるかはわからないが――」

 

 うう。そこまでしなくても大丈夫です、って言いたい。言いたいけど、言ったら余計に怪しい。

 

「私にも証明できない知識なので、あまり信じすぎないでください」

 

 言えるのはそれが限界だった。

 大人達は顔を見合わせ、校長先生が代表して答える。

 

「もちろん。……と言いたいところだけど、マスコミの暴走とUSJ襲撃、二つ立て続けに当たったからね。無視もできないのが現状さ」

「それは、そうですけど」

「それより綾里君。さっき『殆ど』と言ったね? 僅かな情報でも構わない。知っていることを全て話してくれないかな?」

「全て、ですか」

 

 オールマイトを見て、それから相澤先生を振り返る。

 

 ――OFA(ワン・フォー・オール)のことも含まれますよ?

 

 意図は伝わったらしい。

 相澤先生が淡々と言う。

 

「席を外します」

「いや」

 

 校長先生が制止した。

 

「乗り掛かった舟だ。相澤君も聞いてくれたまえ。……この話は、この場にいる四人だけの秘密だ」

「……わかりました」

 

 話が纏まったのを見て私は話し始めた。

 手紙に書ききれなかった些末。知っている原作知識の全てを。

 

 

 

 

 

 約二時間後。

 

「……これで、本当に全部だと思います」

沢山あったぞ、おい

「話してて思い出したんだから仕方ないじゃないですか!」

 

 何か話す度に誰かがツッコミを入れるせいでなかなか進まなかった、というのもある。

 疑問に答えるうちに別の情報を思い出す、ということも何度かあったので、そういう意味では有意義な場だったけど。

 

「なんとまあ、既存の価値観が一気にひっくり返ったねえ!」

「笑いごとじゃありませんが……」

 

 本当に笑いごとじゃないだろう。

 

 USJ襲撃。

 ヒーロー殺しステインによるインゲニウム殺害未遂。

 保須での敵騒動。

 ショッピングモールでのデクくんと死柄木の接触。

 合宿先での敵襲撃。爆豪・ラグドールの拉致。

 神野事件。

 死穢八斎會の一件。

 ジェントルの学園祭乱入未遂。

 異能解放軍と敵連合の抗争、そして合併。

 

 出てくるわ出てくるわ。

 詳しい地名とか組織名とかは完全に失念していたので、校長先生達の知識とすり合わせて思い出した。

 事件を箇条書きにしただけで惨憺たる有様だけど、詳細を語れば「内通者の存在」「AFO(オールフォーワン)によるラグドールの個性抜きだし」「ベストジーニスト重傷」「個性破壊弾の完成」「サーの死亡」「ミリオ無個性化」「ギガントマキア登場」「死柄木の個性強化」エトセトラエトセトラ、割と絶望的である。

 相澤先生に関しては、ここにOFAとAFO関連の事項が加わるわけで。

 

「綾里。お前殺されるぞ

「洒落にならないのでやめてください」

 

 簡単には死なない“個性”なのが幸いである。

 

「……でも、既に未来はズレ始めています。USJ襲撃で相澤先生は重傷を負ってるはずでしたが、シンリンカムイのお陰で軽傷で済んでいますし」

「予言があてになるかはわからない、ということだね」

「はい。むしろ、いい意味でゴミにしてください。本気で」

 

 特に死穢八斎會の壊滅――というか壊理ちゃんの救出と、敵連合の解体はさっさとして欲しい。

 後者のアジトも「神野のバー」と大まかに伝えられたし、原作よりは楽になるはずだ。

 

 ――とはいえ内通者の件もある。

 

 私の予想通り塚内警部がそうだった場合、警察の力を借りられないことになってしまう。

 まあ、塚内警部=黒霧とは一概に言えない描写もあるんだけど。二箇所に同時に存在してる節があったり、敵連合の強制捜査を察知できてなかったり。

 その辺りはコピーを作る個性とかでなんとかしたのかもしれないし、結局なんともいえない。

 

「話はわかった」

 

 思考を断ち切るように、オールマイトの声。

 

「もし、今の話が全て本当だとしたら。綾里少女。君は、いや――私達は、本当に危ない橋を渡っていたぞ」

「っ」

 

 USJの件、か。

 どうして。

 もう少しで黒霧を捕らえられていた。ワープゲートの“個性”持ちを無力化できれば死柄木も逃げられない。今のうちならトガちゃん他のメンバーも合流してないからそれで終わり――。

 じゃない。

 

 原作の神野事件がああなったのは、どうしてだった?

 死柄木弔が()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないのか?

 

「あそこで死柄木を追い詰めたら……AFO(オールフォーワン)が出てきていた?」

「そうだ」

 

 だから、相澤先生は手を止めたのか。

 オールマイトの無言の制止を察知して。敵を敢えて逃がしてでも生徒を、雄英を守るほうを優先した。

 英断だっただろう。

 上手くいけば相澤先生との連携で無事に勝てただろうけど、最悪の場合は皆殺しだった。

 

 私は肩を落とした。

 

「……すみません。そこまでは頭が回っていませんでした」

「それだけじゃない」

 

 相澤先生の追い打ち。

 

「二度だ。二度、お前は誰よりも早く適切な指示を出している。まるで最適解を知っていたかのように、だ」

「……殺されるっていうのは」

「そうだ。脅しじゃない。本当に覚悟しておけ」

 

 溜め息。

 

「お前のことも徹底的に調べるぞ」

「……どうぞ。でも、私は本当にただの女の子ですよ?」

「それならそれでいい」

 

 他言無用。

 それをあらためて厳命された上で、私は退室を命じられた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「失礼しました」

 

 一礼して部屋を出る。

 中の話し声はドアの傍にいても全く聞こえない。でも、中ではきっと込み入った話し合いが続いているだろう。

 

 ――殺される、か。

 

 廊下を歩く間も相澤先生の言葉が頭をよぎる。

 死の危険は誰にでもある。

 一般人でさえ敵に殺される可能性があるし、ヒーローともなれば死と隣り合わせだ。

 死にたくなければ、強くなるしかない。

 

 鍛えて、鍛えて、少しでも死を遠ざける。

 

「永遠ちゃん、お疲れ様! お話終わったね!」

「わっ!? は、葉隠さん!?」

 

 いきなりがばっと抱きつかれてどきっとする。

 振り返っても姿が見えない。それにこの声となれば一人しかいない。っていうか「終わったの?」じゃなくて「終わったね!」って。

 

 まさか、聞いてたんじゃ……?

 

 うん、怖いから確かめるのはやめよう。

 

「待っててくれたの?」

「うん! 一緒に帰ろうと思って!」

 

 監視したかったからが正しいのでは。

 

「ありがとう。でも、鞄とかいいの?」

「あ! 教室に取りに戻ってもいい?」

「うん、いいよ」

 

 ふっと吹き出して頷く。

 二人で荷物を取りに戻って、校舎を出る。

 

「それで永遠ちゃん。今度お話したいんだけど、日曜日空いてる?」

「ん……多分、大丈夫だと思う」

 

 お店の手伝いを休まないといけないけど、お父さん達も許してくれるだろう。

 これからそういう機会も増える。

 できるだけお手伝いはしたい反面、私抜きで回るようにしておいてもらいたい。

 

「お父さん達に聞いてみて、連絡するよ」

「おっけー!」

 

 本当に明るい子だ。

 擬態なんだとしたら凄いと思う。ぱっと見、ごく普通のJKにしか見えない。いや、どんな姿か全然見えないんだけど。

 

「葉隠さん。ついでにお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ん? どんなこと?」

「えっとね……」

 

 私が話すと、葉隠さんは「お安い御用だよ!」と請け負ってくれた。

 

「っていうか永遠ちゃん! いつまでも『葉隠さん』ってひどいよ! 私のことも名前で呼んで!」

「え、いいの?」

「いいも何も、友達でしょ?」

 

 そっか。

 それなら是非、そうしたい。

 

「ありがとう。透ちゃん」

「よし! これからはもっと仲良くしようね!」

「そうだね。同じクラスの仲間だもんね」

 

 そうして、私達は駅まで一緒に帰ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭開催

「雄英体育祭が迫ってる!」

「クソ学校っぽいの来たあああ!!」

 

 襲撃の翌日は臨時休校となり、その次の日から授業が再開された。

 朝のHR、ガーゼや包帯の見え隠れする相澤先生が単刀直入に告げたのは、次のイベントについてだった。

 

 雄英体育祭は全国放送されるビッグイベント。

 主に注目されるのは二、三年生だけど、一年生でも活躍すればプロの目に留まりスカウトの道が開ける。実際、原作でもトップ層はプロ事務所から指名で職場体験の誘いが来ていた。

 外せないビッグチャンス。

 もちろん、私にとっても重要なイベントだ。

 

 

 

 

 

 

「ヒーローになってお金を稼ぐ、かあ」

 

 その日のお昼ご飯は百ちゃんとお茶子ちゃん、飯田君と一緒だった。

 百ちゃんと食堂に行ったら二人がいたので同席させてもらったのだ。なんでも、デクくんはオールマイトに呼ばれて行ってしまったらしい。

 そこで話題に上ったのはお茶子ちゃんの志望動機。

 彼女の実家は建設業を営んでいる。ただ、仕事が全然なくて貧乏生活が続いており、お茶子ちゃんはそういう状況を変えたいと思っている。

 ヒーローになれば稼げるから雄英に来たというわけだ。

 

「じゃあ、私とおんなじだね」

「綾里君も?」

「うん。私は家族の怪我の治療費を稼ぎたくてプロを目指してるの。……怪我の原因が(ヴィラン)だったのも理由だけど」

「立派な理由ですわ」

 

 静かに話を聞いていた百ちゃんがそう言ってくれる。

 

「身近な誰かのため。ひいてはそれが皆さんのためになる。よろしいのではないでしょうか。精密機械も小さな部品一つ一つから出来ているのです」

「うん」

 

 お茶子ちゃんが小さく、でもしっかりと頷く。

 

「私がんばる。みんなに負けないように!」

 

 うん、それでこそお茶子ちゃんだ。

 私も、もっともっと強くならないと。

 

 

 

 

 

 

 そして週末。

 私は都内のとある格闘ジムにやってきた。

 葉隠さん、もとい透ちゃんと待ち合わせだ。指定されたジム前で待っていると、私服姿――というか、女子の私服と鞄()()()浮いた状態で私のところに駆けてくる。

 

「お待たせ永遠ちゃん、待った?」

「ううん。今来たところだよ」

 

 別にデートではないんだけど、割と便利だよね、このセリフ。

 

「ここね、よく来るんだ! 設備も充実してるんだよ!」

「へー」

 

 予約してあったらしく、透ちゃんは受付の人から鍵を受け取ると更衣室に案内してくれた。

 着替えた後は地下へ。

 特殊な“個性”持ちの人なんかが個人、または少人数での利用を希望する場合があるらしく、そういう時のためのスペースがあるとのこと。

 幾つかある部屋のドア(分厚い)を開けると、コンクリ剥き出しの部屋の中へと二人で入った。

 

 ――施錠すれば、密室状態。

 

 出入口はドア一つだけなので、液状化とか平面化とか、そういう個性でもない限りは誰も中に入ってこない。

 内緒話にもぴったり。

 事情を話してくれる件、伸び伸びになってたけど、果たしてくれるつもりなのだろう。

 

「ここで特訓とかしてるの?」

「そうだよ!」

 

 クッションとして問いかければ、返ってきたのはストレートな言葉。

 

私は忍者だからね! 無暗に見せられない技とかあるんだよ!」

「い、いきなりだね……!」

 

 忍者。

 透ちゃんの口にした単語は、前世の感覚だと「騎士」とか「魔法使い」とかと変わらない。殆どファンタジーな職業だ。

 でも、この世界だとそうとも言えない。

 なにしろ“個性”があってヒーローがいる。有名なプロの中には忍者ヒーローもいて、その人は忍法まで使うのだ。

 

「忍者っていうと、エッジショットさんみたいな?」

「うーん……ちょっと違うんだよね」

「ちょっと?」

「エッジショットさんはスタイル的な意味で忍者だけど、私は本質的な意味の忍者――とでも言えばいいかな?」

 

 スタイルと本質。

 

 エッジショットさんは素早い動きや隠密行動が得意で、忍法を使う。だからスタイル。

 じゃあ本質ってなにか。

 詳しくないけど、昔の忍者は権力者に仕えて裏の仕事をする人達だったはず。そのうえ、場合によっては侍並みに戦えちゃったりもするんだっけ?

 そういう人達を例えるなら、

 

「戦えるスパイ」

「正解!」

 

 透ちゃんの明るい声。

 背景にニッコリ、っていう文字が見えた気がした。

 本当に笑ってるかわからないから凄く怖いんだけど。

 

「葉隠家は代々忍者――スパイの家系なんだよ。お父さんもお母さんも小さい頃から厳しい訓練を受けて、仕えるべき主を決めて、主のために活動してるの!」

 

 表向きはただの一般家庭だよ。

 透ちゃんはそう付け加える。

 家族揃って透明人間は十分怪しいと思うけど、その辺は上手くやってるんだと思う。透明なのは怪しさを補って余りあるくらい便利だ。

 

 でも、“個性”が生まれたのって百年ちょっと前だよね?

 忍者やってた家が偶然、透明になる“個性”になった? それとも“個性”婚とかいうので無理やり? もしくは逆に、透明な“個性”の子を集めて葉隠家の子として教育――。

 

「永遠ちゃん?」

「な、なんでもないよ」

 

 ごめんなさい殺さないでください。

 これ以上はまずそうだったので思考放棄する。

 

「透ちゃんはもうご主人様を決めてるの?」

「ううん! 私のご主人様はまだ未定! ヒーローになるのも反対を押し切った感じだし。不肖の娘って感じ?」

「そうだったんだ……」

 

 こんな設定、原作にはなかった。

 そもそも、透ちゃんの活躍自体が少なかった。彼女のバックボーンが明らかになるのは私が知ってるより『先』のことだったのかもしれない。

 

 葉隠透。

 妙に内通者っぽい動きも、紛れることが得意な忍者なら納得だ。

 ヒーローやったら目立つ。

 相反する職業を選んだあたりが不肖の娘って言われる所以なんだろうけど、とりあえず情報を集めまくってるあたり、ご両親の教えはちゃんと生きてる。

 

 不安材料はご主人様が未定ってこと。

 生徒かプロヒーロー、例えばデクくんとかが主になるならいいんだけど、何かの間違いで死柄木に忠誠を捧げられた日には目も当てられない。

 もし、できるなら注意しておきたいところだ。

 

「で、それを私に話したってことは……」

「うん。永遠ちゃんには()()、秘密を守り通してもらわないとね」

 

 その発言はトーンが違った。

 大人びた印象を受ける、冷静で冷徹な声。

 仕事モードの彼女なのだろう。

 

 ――もし、秘密を漏らしたら、本気で口封じをされる。

 

 心にそんな恐怖が刻み込まれる。

 でもまあ、言わなければいいだけではある。

 もともと秘密が多い私だ。言えないことが一つ二つ増えても気にならない。友達を売るような真似、ヒーロー志望者ができるわけないし。

 でも、敢えて意趣返しをするなら、

 

「この前、私が校長室でしてた話も他言無用だからね」

 

 透ちゃんはくすりと笑って明るく答えてくれる。

 

「なんのこと? 私、永遠ちゃん待ってただけだから何も知らないよ!」

 

 なるほど、共犯者。

 私達は互いに互いの秘密を知ったことになる。バラされたくないならバラしてはいけない。一方的に脅迫するつもりはないっていうアピール。

 やっぱり透ちゃんはいい子だと思う。

 

「うん、それならいいの。私()誰にも言わないよ」

 

 私達は微笑みあった。

 透ちゃんの顔は見えないけど、きっと笑ってくれていたと思う。

 と、透ちゃんがぐっと拳を握って、

 

「よしっ! それじゃあ永遠ちゃん、始めよっか!」

「お願いしますっ!」

 

 私が透ちゃんにお願いしたもう一つの用件は特訓。

 実戦を意識した格闘訓練だ。

 お願いした段階では忍者だとは思ってなかったけど、只者でないのはわかってた。だから教えを乞おうと思った。

 

 私達は二人とも直接戦闘用の“個性”じゃない。

 二本の手足によるものである以上、透ちゃんの戦法は参考になる。

 

「適度に手加減するけど、多分痛いよ! 覚悟してね!」

「大丈夫! 私は“しぶとい”のが売りだから!」

 

 私達はそれから夕方まで、身体をいじめ続けた。

 

 基本的に透ちゃんが私をボコボコにするだけだったけど、最終的に音を上げたのは透ちゃんの方だった。

 私がもう一回と何度もせがむせいでへとへとになってしまったのだ。

 それでも、来週もお願いできないかと尋ねると快諾してくれる。死なない程度の人体破壊の練習にちょうどいいらしい。

 

 体育祭までは二週間。

 

 平日はきっちり授業が入っているので、使えるのは余暇の時間だけ。

 幸い、死柄木が想定外の襲撃をかけてくるなんてこともなく。

 私と透ちゃんは週末が来るたびにジムに通って特訓を繰り返した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 あっと言う間にやってきました雄英体育祭。

 

 すごい人だ。

 プロヒーローからマスコミから一般の方まで大勢集まるということで、もう登校時点から人が集まってきていた。今年はUSJ襲撃(と私からの情報)を受けて警備を目いっぱい増強していることもあって、もう本当に大イベントである。

 生徒は体操着に着替えた後、教室ではなく控え室で待機。それから入場になる。

 コスチュームは有利不利が出る(あと多分、単に見た目がごちゃごちゃするから)着用禁止。爆豪とかは影響があるかもだけど、私はあんまり問題ない。

 

「緑谷。おまえには勝つぞ」

「僕も本気で獲りに行く!」

 

 轟君からデクくんへの宣戦布告も行われた。

 私は端で見てただけだけど、ちょっと安心。デクくんはUSJで無茶しなかったため、大きな怪我をしてない。また、人を殴ろうとしたのを機にOFA(ワン・フォー・オール)のコツをつかむというイベントも経てない。

 どうなるかと思ったけど、彼の表情は凛々しいものだった。

 

「永遠ちゃん、頑張ろうね!」

「うん!」

「お二人共、随分仲良くなりましたわね……」

 

 私は透ちゃんと激励しあい、しみじみと呟いた百ちゃんとも同じことをした。

 

 

 

 

 

 選手入場。

 体育祭は一年生、二年生、三年生がそれぞれ別のスタジアムに集まって平行して進行する。他の学年が動いている間は暇、なんてうまい話はない。

 逆に言うと。

 野球やサッカーの試合かと見紛うような――ううん、オリンピック競技かのような大観衆が「一年生のスタジアムに」集まっているという事実に震える。

 

 雄英ヒーロー科は二クラス計四十名。

 他にも普通科や経営科、サポート科があり、全部で十一クラスあるため、生徒の方もかなりの数だ。

 注目はやっぱりヒーロー科に集まるけど、普通科にもヒーロー科を落ちた子なんかがひしめいている。中にはギリギリで落選した子や、入試形式と“個性”が合わなかった子もいるので気は抜けない。

 

 選手宣誓は一般入試一位の爆豪が爆豪らしい、身も蓋もない感じの宣言をし、色んな意味で全員の度肝を抜いた。予期していた私としては「うわぁ、本当にやったよ……」という感想しかない。

 

『さて運命の第一種目!! 今年は……』

 

 障害物競争!

 変えてくるかなと思ったけど、そんなことはなかった。二週間前の時点で決定を覆せなかったのかもしれないし、私一人しか知らない以上、変える意味はないと思ったのかもしれない。

 ともあれ。

 この種目は十一クラス全員参加の総当たりレース。スタジアムの外周約4kmを「妨害のある中」走り抜く。直接退場狙いで他の生徒をぶっ飛ばすのは禁止だけど、それ以外なら“個性”を使うのも、生徒同士で妨害するのも自由というロックな競技だ。

 

 っていうか、普通の高校生なら4km走るだけでも結構キツイよね……?

 

 まあ、そこは雄英。

 ヒーロー科はもちろん普通科の平均運動能力も高めだ。サポート科や経営科の子の中には最初から諦めてる子もいるだろうけど、競争率は高い。

 数百人の生徒が「妙に狭いゲート前」にひしめき、

 

『スターート!!』

 

 合図と共に一斉に走り出した。

 

 

 

 

 

 走り出した直後。

 割と後方に位置していた私は、前方で生徒達の悲鳴が上がるのを聞いた。

 

「ってぇー!! 何だ凍った!! 動けん!!」

「寒みー!!」

 

 炎と氷を操る“個性”を持つ1-A生徒、轟君がトップで飛び出した上、後方の地面を凍り付かせたのだ。

 滑る上、地面に足をついていた子は靴ごと凍らされて動けなくなる。

 が。

 

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!!」

 

 と、ガラの悪い爆豪を筆頭に、結構な数の生徒が「あらかじめ予想していたように」これを回避、轟君を追いかけていく。

 すごいとしか言いようがない。

 本当に知ってた私は回避だけならともかく、人混みの中で前線に出る自信がなかったので、こうして後ろにいたわけなのに。みんなは自分の個性を上手く使って突破している。

 

 でも、後ろにいたお陰で氷結は免れた。

 

 前の方にいた生徒の大半が動けなくなったこともあってスタート付近は混乱状態。

 押し合いへし合いならともかく、人が減った上に足が止まってる人が多いなら、小柄な私は隙間を抜けていくことができる。

 私の今日の運動靴は滑りにくく簡単に脱げないアウトドア仕様!

 凍った地面もわかってれば怖くない。服と靴を捨てるか苦悩してる生徒の横を通り、あるいは背中を踏みつけて、一気に順位を上げる。

 

 視界がかなり開けた頃。

 前方に入試の時の0P敵――あのデカブツを複数含む機械の群れが待ち受けているのと、それを轟君が凍らせるの、そして、横を後続が通り過ぎようとした時、凍ったデカブツが倒れて大惨事になるのが見えた。

 

「……死人が出るよこれ」

 

 正気に戻ってみるとヤバすぎる光景。

 だけど、私も立ち止まれない。むしろ、これで更に上位陣がふるいにかかった。

 なるべくペースを落とさず走り、並み居る小型メカは蹴って倒し、倒れている0Pの身体に飛び乗る。別の0Pが手を伸ばしてくるのをかわし、ジャンプして着地。

 

「よしっ!」

 

 突破した先には第二関門。

 特設された階段を上ると、落ちて刺さった氷柱みたいな無数の足場と、その間を張り巡らされたロープが見えた。落ちればアウト、とのこと。

 下歩いて最後にロッククライミングでいいなら、その方が楽だったんだけど。

 

 仕方ない、地道に渡りますか。

 

 他の生徒が揺らしてくるかもしれない状況で歩く気にはなれない。

 私は、時間効率が悪いのを承知でロープに飛びつくと、四肢を使ってずりずりと進み始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭1

 私は慎重に、でも急いで第二関門を突破した。

 

 頑丈なロープが使われてたのは救いだった。

 でなかったらロープを切って後続を渡らせない、なんて外道戦法が通ってしまう。飛べない私はその時点で詰みだっただろう。

 綱渡りは握力と我慢強さが必要だけど、後者には自信がある。

 

 突破した後は全力で走る。

 向かった先からは爆発音。第三にして最後の関門は地雷原。そこを駆け抜けた先にゴールがある。一応、地雷が埋まってる場所はよく見るとわかるようになってるんだけど、うっかりすると踏んで爆発する。だから下手すると死ぬってばこれ。

 トップ陣は轟君と、それに追いついた爆豪。既にかなりの距離を走っている。訓練と自主トレで身体能力は上がってるけど、全力疾走しても追いつけないだろう。

 加えて、私の予想通りなら、

 

 ――いた、デクくん。

 

 ロボの装甲をスコップ代わりに、地雷を掘り出して集めている。

 何の情報もなく見たら「何あの子、正気?」と思うことうけあいだけど、彼がこれからすることを思うと「何あの子、正気?」としか思えない。

 できれば彼が事を起こす前に追い越したかったけど、間に合わない。

 

 デクくんは集めた地雷をわざと起爆し、スコップにしていた装甲を今度はサーフボードか何かのように使って、()()()()()()()()()

 

 文字通り爆発的なスピードで前線に追いついていくデクくん。

 近くにいた他の選手は転ぶか、足を止めるしかない。

 多少なりとも距離があった私は、直撃を受けなかったのをいいことに走り続ける……!

 

 トップに追いつくのは無理。

 十位以内に入るのも厳しい。それでも、一つでも上の順位に。それだけを思って、視線は前に。

 

「おい、地雷……!」

 

 誰かが声をかけてくれるけど、答えない。

 ()()()()()()()()()()

 前へ。一歩でも、少しでも前へ。

 

 地雷原の入り口付近はあらかた掃除されたのか、そのまま走り抜けられた。

 でも、三分の一を越えた辺りで、かちっと何かを踏んだ。

 

 爆発。

 

 構わない。

 前だけを目指していた私の身体は、地雷の爆発を受けて()()()()()()()。私は姿勢の制御だけを考えればいい。

 うまく着地したらそのまま走る。

 体操着はちょっとボロボロになるけど、これなら。

 

「普通に走るより多分早い……!」

 

 そうして、私はゴールまで走り抜けた。

 結果は、十六位だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 身体の回復に努めながら第二種目の説明を聞いた。

 

 今度は騎馬戦。

 

 第一種目の上位四十二人が出場し、二人から四人の騎馬を自由に組む。

 制限時間は十五分。

 各選手には前種目の順位によってポイントが設定され、騎手はメンバーの合計ポイントの書かれたハチマキを着ける。これを奪うことでその分のポイントを奪い取れる。終了時点で持ち点の多かった四チームが次の種目に進める。

 ただし、ハチマキが無くなっても、騎馬が崩れてもアウトにはならない。

 時間の許す限り、体力の続く限り乱戦が続くサバイバル仕様。

 

 私の持ち点は125。

 二位の轟君だと205。そして、轟君と爆豪を抜かして一位になったデクくんは――1000万!

 クイズ番組の最終問題かって言いたくなる大盤振る舞い。当然、全参加者がデクくんのチームを狙うことになるけど、逆に守り抜ければトップ通過は確実。

 そういうところも含めて戦略性は高い。

 

「それじゃ、これより十五分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

 交渉は十五分間。

 もたもたしている暇はない。放っておいたらどんどん組ができあがって選択肢が減っていく。「はい二人組作ってー」的な緊張に戸惑っている子がいるうちに、私はあらかじめ決めていた相手に声をかける。

 

「障子君! 梅雨ちゃん! 私と組んでください!」

 

 幸い、交渉は上手くいった。

 

 

 

 

 

 

「よろしくね、二人とも」

「ああ。一緒に勝ち上がろう」

「ケロ。綾里ちゃん、鉄砲玉期待してるわ」

 

 障子目蔵君。“個性”は複製腕。

 蛙吹梅雨ちゃん。“個性”は蛙。

 

 私のせいで霊圧の消えた峰田君と同じチョイス。

 二人に声をかけたのは、下手に他の人と組むより先が読みやすいのと、単に、二人の“個性”が私と好相性だからだ。

 小柄な私は峰田君と条件が近い。

 このチョイスになるのはある意味必然だった。

 

 合計ポイントは障子君145、梅雨ちゃん150で435。

 

「さあ、上げてけ鬨の声!!」

 

 騎手になるのは私、ではなく梅雨ちゃんだ。

 

「血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!!!」

 

 十五分間の熱い戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 騎馬戦の開始と同時。

 障子君は“個性”を使って身体部位を複製、上に乗った私と梅雨ちゃんを腕と皮膜を使って覆い隠した。

 彼は大柄で力も強いので、小柄な私と梅雨ちゃんを運ぶくらいは問題ない。

 

「梅雨ちゃん、くっついちゃうけどごめんね」

「気にしないで。私こそぬるぬるするかも」

 

 ハチマキを着けた梅雨ちゃんを完全防御。

 原作でこのチームがやっていた、重戦車級の防御態勢である。

 

「まずは様子見か」

「そうだね。強敵に挑む必要はないと思う」

 

 騎馬が一人しかいない分、素早くは動けない。

 私達は中央を避けて移動する。

 無理はしない。騎馬の数は多くて16。ハチマキがチームと同数しかない以上、他のチームから一つ奪えば8位以上はほぼ確定。三つ以上のハチマキを奪取するチームもあるはずなので、実際はもっと上に行ける。

 自分達の点数を守るのが優先。その上で、高めのハチマキ一つか、低めのハチマキ二つを取ればいい。

 どっちが楽かというと、

 

「三人組のチームと二人組のチームを狙っちゃおう……!」

 

 三人組(わたしたち)が言うのもアレだけど。

 B組生徒が作った少人数のチームが二つ、近くにあった。私達と同じく乱戦を避けて外周に来ている。トップ層はデクくんを狙って突撃中なので、今が狙い目。

 

 実はB組、騎馬戦に不利な“個性”が多い。

 

 ノックアウト目的の攻撃は禁止なので攻撃系の“個性”は使いづらい。

 テクニカルな“個性”も動き回る関係上難しいし、身体の一部を切り離す“個性”とかも騎馬戦やりながらだと厳しい。

 なので、

 

「もらうわ」

 

 障子君が防御態勢のまま突っ込み、梅雨ちゃんが盾の隙間から舌でハチマキを奪取。

 三人編成の小大チーム(160ポイント)、二人編成の鎌切チーム(70ポイント)から次々に奪い、これで665ポイント。

 もう一本くらいあると盤石だけど、

 

「今だ! 一本、二本、いや三本寄越せ!」

「来た……!」

 

 B組の鉄哲チームが私達に向けて迫っていた。

 騎馬は骨抜君と泡瀬君、塩崎さん。男子の騎馬が二人いるからパワーがあるうえ、塩崎さんは髪がツルになっていて自在に操れるという強力な個性持ちだ。

 逃げ切れないから応戦する方が無難だけど、騎手の鉄哲君もフィジカルが強いタイプ。

 

「ケロ」

「させるか!」

 

 梅雨ちゃんが舌を伸ばしても、当然弾かれてしまう。

 でも、それはわかってた。

 舌が弾かれた時にはもう、障子君が防御の一部を解除して()()()()()()()()()()

 

「行ってこい綾里!」

「何!?」

 

 私の利点は身体が小さいこと、体重が軽いこと、多少のダメージじゃびくともしないこと。

 原作の峰田君みたいな便利さのない私が活躍するには、()()()()もらうのが一番だ。

 文字通りの鉄砲玉。

 

「だが甘い!」

「くっ!」

 

 ギリギリのところで鉄哲君がかわす。

 浮遊も飛行も爆発もない私は、こうなると飛んでくしかないわけだけど――すかさず私の左腕に梅雨ちゃんの舌が巻きつく。引き戻した舌をすぐさま私に飛ばしていた。

 私は引っ張られながら、鉄哲君のハチマキに手を伸ばす。

 

「もういっか――」

「前を失礼いたします」

「っ!」

 

 塩崎さんのツタが私の視界を塞ぎ、手を阻む。

 梅雨ちゃんの舌に引き戻された私は、はあ、と息を吐いた。

 

「あれは手強いよ」

「遠距離戦では分が悪いか」

「ケロ。でも、それは向こうも同じなのよ」

 

 その通りだった。

 

「行くぜ!」

 

 騎手の鉄哲君が騎馬を突っ込ませてきたのだ。

 塩崎さんのツタは全てを精密操作するのは難しいし、一本一本の強度も梅雨ちゃんの舌ほどではないだろうけど、とにかく数が多い。

 このチームと接近戦をするのは数倍の腕とやり合うのに等しいけど、

 

「取れるものなら……」

「取ってみればいいよ!」

 

 接敵しきる前に、私は盾から出て()()()()()()

 盾はまた閉じ、梅雨ちゃんが中から隙を狙う。トーテムポールというか、焼売の上にグリーンピースが乗ったみたいな体勢で真っ向勝負!

 向こうが鉄哲君の両手と塩崎さんのツタなら、こっちは私と障子君の両手、それから梅雨ちゃんの舌だ。

 伸ばしては弾かれ、弾いては伸ばす。

 手数ではこっちが負けてるものの、こっちはハチマキをほぼ隠しきってる。焦れるのは向こうだけど、実は鉄哲チームのハチマキは一本で705ポイントある。どっちが有利とは言い切れない状態で、

 

「随分ちまちまやってるんだな」

「あ!? うるせえな!?」

 

 あ。

 横合いからかかった『声』に、焦れた鉄哲君が反応した。

 途端。

 がくん、と動きを止める鉄哲君。まるで糸の切れた人形のようだけど、あれは“個性”の影響だ。

 やったのは()()()、心操君。彼の“個性”は呼びかけに答えた相手を操るもの。ただし、ヒーロー科ではないため殆どの生徒が彼の個性を知らない。A組もB組も、だ。

 

「綾里!」

「うん!」

 

 ただし、原作知識のある私は除く。

 乱戦だからこそ厄介なこの能力について、私は前もって仲間に話してあった。操られかねないから仲間以外とできるだけ会話しないように、と。

 だから。

 私達には心操君の“個性”は効かない。

 

「悪いけど奪らせてもらうよ」

「卑怯な。かの者のように正々堂々と――あ」

 

 何やってるの塩崎さん……。

 物凄く強い“個性”持ちだけど、真面目で正義感が強くて礼儀正しい塩崎さんは心操君と相性が最悪。

 

「ハチマキを外して俺に投げろ」

「……ああ」

 

 ここ!

 鉄哲君のハチマキが受け渡される瞬間。

 梅雨ちゃんが舌を伸ばし、一拍遅れて私が飛んでく。騎馬には尻尾を持つ尾白君がいるためにブロックは可能だけど、大きく揺らせば心操君の手元が狂う。

 梅雨ちゃんの舌を払うのが精一杯だった彼らは、私による二手目を防げなかった。

 

 ――心操チームのハチマキ、ゲット。

 

 ポイントは295。

 ただし、鉄哲チームの705ポイントは向こうの手に。これで手打ちにしない? と視線だけで告げると、心操君は私が「わかってる」と理解したらしく、黙って頷いた。

 これで私達のポイントは955。

 自分達のも含めてちまちまと重ねた感じだけど、これだけあれば四位以内はかたい。

 

 私はハチマキを梅雨ちゃんに渡して、

 

「後は守り切るぞ」

「うん!」

「ケロ」

 

 そうはいくかとばかりに、幾つものチームが襲い掛かってくるのを、私達は逃げ回り、手数で防ぎ、徹底的に守った。

 途中で、まだあった二人組、鱗チームの125ポイントも奪取。

 代わりに、危ない場面で70ポイントのハチマキを()()()()()()()囮に使い――。

 

「TIME UP!」

 

 終了の合図が鳴り響いた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最終順位は次の通りだった。

 

 一位:轟チーム

 二位:蛙吹チーム(私達)

 三位:爆豪チーム

 四位:心操チーム

 五位:緑谷チーム 以下省略

 

 轟、爆豪、緑谷チームの動きはほぼ原作と変わらなかったらしい。

 爆豪チームがB組の物間君に挑発されて時間を食っている間に轟君とデクくんが衝突。激しいぶつかり合いの末、ギリギリで轟君が勝利。

 デクくんもハチマキを一つ取り返したものの、それは自チームの1000万ではなかった。

 原作では緑谷チームの常闇君がもう一つハチマキを手に入れていたんだけど、私達が暴れたせいで轟チームの取り分が減っており、デクくん達は四位に入れなかった。

 

「くそっ!」

 

 地面を叩くデクくん。

 お茶子ちゃんは涙を流し、チームメイトの常闇君と発目さんもしょんぼりしている。

 よって、

 

「最終種目の出場チームは上位四チーム、計十五人よ!」

 

 轟、爆豪、心操チームの十二人。

 プラス、私と障子君、梅雨ちゃんの三人。

 

 ――勝てた。

 

 すとん、と、肩の荷が下りる。

 私が入り込んだ位置は峰田君の位置。原作では彼のチームは敗退している。これは明確に流れが変わったことを意味している。

 最終種目へ出るか出ないかはアピールできる機会が段違いだから、誰もがここに進もうとする。

 

「ありがとう。障子君。梅雨ちゃん。二人のお陰だよ」

「こちらこそ礼を言う。綾里。お前の采配は見事だった」

「ここからは恨みっこなしよ、永遠ちゃん」

 

 もちろん、代わりに原作主人公を蹴落としたことになる。

 この意味、影響は重いけど、

 

「ただし! 最終種目はトーナメント! 出場者は()()()です!」

 

 司会進行役のミッドナイトが宣言し、

 

「あの…! すみません、俺辞退します」

「僕も同様の理由から棄権したい」

 

 心操チームの尾白君、庄田君が「殆ど何もしていないから」と棄権を宣言。

 三枠、出場権が開いた。

 この場合、権利は一つ下――()()()のチームに移る。

 

「で、デクくん!」

「っ!!」

 

 緑谷チームの四人のうち、サポート科の発目明はこれを辞退。

 

「私は決勝進出自体に拘りはありません。ただ! ただし! 売り込みの機会は逃したくない! ですので代わりにこのステッカーを貼って出場してください!」

 

 『一年サポート科・発目明』。

 『私は発目さんの発明のお陰でここまで来ました』などなど……。

 なんとまあ恥ずかしいステッカーではあったけど、そんなことでいいならと、デクくん達はこれを快諾。

 よって。

 

 緑谷出久。

 麗日お茶子。

 常闇踏陰。

 

 トーナメント、進出決定。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭2

 最終種目の前には休憩とレクリエーションが挟まれる。

 出てもいいし出なくてもいい。

 敗退した選手も出ることができる、普通の体育祭っぽい催しだ。

 

 原作ではここで一波乱(?)あった。

 私のせいで霊圧の消えた峰田君――A組男子きっての煩悩の塊が女子を騙くらかし、チアリーディングをさせるという一幕。

 ただ、ここに彼はいない。

 放っておけば行わずに終わるんだけど、

 

『どーしたA組!!?』

 

 せっかくなのでやってみました。

 

 お茶子ちゃんに梅雨ちゃん、百ちゃん、透ちゃんに耳郎さん、芦戸さん、そして私。

 計七人のA組女子はチア衣装で勢揃いしていた。

 ノースリーブのへそ出し衣装。ソックスは膝丈なので脚もしっかり見えちゃってる。ちなみに製作は百ちゃん。学校側が呼んだ正規のチアリーダーさん達と同じデザインだ。

 

 うん。

 正規のチアリーダーさんがいるので、生徒がチアする必要はどこにもないんだけど……。

 話はちょっと前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「あのね、八百万さん。お願いがあるんだけど」

 

 私は百ちゃんにチア衣装の作成をお願いした。

 

「構いませんが……どうして?」

「それはもちろん、目立ちたいからだよ!」

 

 ドヤ顔で胸を張ったら、百ちゃんはもちろん、話を聞いていたお茶子ちゃんや梅雨ちゃんからも「何言ってるのこの子」っていう目で見られた。

 でも、別にギャグで言ってるわけじゃない。

 露出癖があるわけでもない。

 

「女の子のヒーローって愛嬌も重要でしょ? こういうのってちょうどいい機会なんだよ」

「あ」

「あ」

 

 その発想はなかった、という顔になるみんな。

 ぶっちゃけ私だって原作知らないと思いつかない発想だもん、当たり前だ。

 でも、

 

「私は特にほら、こんな見た目でしょ? 可愛い方面で顔を売っておかないと」

「確かに。綾里さんがチアやってもエロくはないな……」

「可愛いだけだよね」

 

 可愛いを馬鹿にしちゃいけない。

 原作での百ちゃんの職場体験先はCM出演とかもしている女性ヒーロー・ウワバミだった。そして、百ちゃんが指名された理由の一つは「かわいいから」。

 注目されたきっかけが峰田君主催のチアだった可能性は普通にある。

 

「良かったらみんなも一緒にやる? その方が目立つよ?」

「それは」

「魅力的ではありますが……」

 

 A組女子一同、神妙な顔で相談を始めて――結果はさっき言った通り、全員参加。

 

 

 

 

 

 

「よーし! やるからには楽しんでこ!」

「透ちゃん、ノリノリ」

「永遠ちゃんこそ、すっごく楽しそうだよ!」

 

 それはまあ。

 私を性的な目で見るのなんてロリコンくらいだし、そう考えれば、可愛い衣装で踊るのって割と楽しいと思うのだ。

 

 ――お父さんやお母さん、浩平が見ると思うと恥ずかしいけど。

 

 っていうか絶対見る。

 何度でも見られるように録画するって張り切ってたし、浩平だって「応援してやるから格好わるいとこ見せるなよ」とか言ってた。

 あれ、早まったんじゃないだろうか。

 いやいや、これは必要なこと。

 

「行くよ、みんな!」

「おー!」

 

 今になって恥ずかしくなってきた私がわざとらしく声を張り上げると、みんなも元気よく答えてくれる。

 沢山来てるテレビカメラにちらちらと視線を向けつつ、私達は笑顔でチアリーディングをやりきった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最終種目は十六人によるトーナメント。

 特設ステージを使用した1vs1のガチバトル。制限時間なし。場外か行動不能、降参で負けになる。ここまでは制限されてきた直接攻撃も当然OK。リカバリーガールが待機してるから後で治せばいいという太っ腹なルールだ。ただもちろん、死ぬような威力はNG。

 私には都合がよく、かつ都合が悪い。

 

 計八戦が行われる一回戦、私の出番は七番目だった。

 一回戦の他の試合はというと――。

 

 デクくんvs心操君はほぼ原作通り。

 心操君の“個性”を喰らったデクくんが操り人形になるも、OFA(ワン・フォー・オール)の先代達の意志に触れ、力を暴発。

 無理やり洗脳を解いて勝利した。

 

 轟君vs瀬呂君は轟君が危なげなく勝利。

 

 梅雨ちゃんvs上鳴君。

 四本足による変則機動と舌を絡めた攻撃で梅雨ちゃんが優勢に進めるも、難敵と見た上鳴君が馬鹿になりながら(“個性”の副作用だ)強烈な技を決めて勝利。

 

 飯田君vs障子君。

 機動力の飯田君と防御力の障子君によるぶつかり合い。致命打を与えられない飯田君と、攻撃をひょいひょいかわされる障子君が我慢比べを続けた末、飯田君が奥の手、レシプロバーストで競り勝った。

 

 芦戸さんvs青山君は芦戸さんの勝ち。

 

 常闇君vs百ちゃん。

 範囲の決められたリングかつ、向かい合った状況では百ちゃんに分が悪く、常闇君が順当勝ち。

 

 順序が逆転するけど八試合目のお茶子ちゃんvs爆豪は、お茶子ちゃんが全てを出しきって爆豪に攻勢をかけ続けるも、体力の限界がきて気絶。

 爆豪がその才能と身体能力を見せつける形で勝利となった。

 

 そして。

 

「悪ぃが手加減しねぇぞ、綾里!」

「うん。私も最後まで諦めないからね……!」

 

 私はA組所属のツンツン頭、切島君との対決となった。

 

 

 

 

 

 

 試合開始。

 

「速攻!」

 

 切島君はすぐさま突っ込んできた。

 彼の“個性”は硬化。身体を硬くするというシンプルな効果だけど、それはつまり、自分の身体自体が武器であり鎧であるということ。

 殴ってもびくともしないし、逆に向こうは鉄の塊のような硬さでぶん殴ってくる。

 

 スピードも十分。

 

 風と切って飛んできた拳を私はじっくり見てかわし、試しに一発拳を入れてみる。

 

「い……たぁ……っ!?」

 

 コンクリートの柱でも殴ったような感触。

 見越して軽めに殴ったはずなのに手ごたえがないどころか、こっちの手にじんとした痛みが伝わってくる。

 重量のない全身鎧を纏った格闘家が積極的にぶん殴ってくるとか、理不尽すぎる。

 

「悪ぃな、このルールは俺に有利すぎだぜ!」

「ほんとだよ!」

 

 リングから外れたら場外負けである以上、隠れて隙を伺うことができない。

 この状況で私が有利なのは、

 

 ――小ささ!

 

 ラッシュをかけてくる切島君。

 対し、私はとにかく回避に専念する。防御してもその上からダメージを入れてくる相手だ。身体が小さいのを活かしてちょこまかと逃げ回る。

 右へ左へ後ろへ前へ。

 跳んで、跳ねて、ステップして、とにかく避ける。

 

「消耗戦か。いいじゃねぇか……っ!」

 

 切島君は一歩も引かない。

 攻められない私の不利をわかっているのか。ううん、多分、気性的にこういうのが大好きなんだ。でも正解。

 

「届い、たっ!」

「くっ、うっ……!」

 

 逃げ回ること数分。

 遂に避けられない一発が来て、私はクロスした両腕で受けた。衝撃。金属の棒で思いっきり叩かれたような感じ。たまらず数歩後ろに下がる。

 痛い。

 骨が悲鳴を上げてる。何発も立て続けに喰らったら折れそうだ。

 

 切島君の攻めは苛烈さを増す。

 

 捉えられるとわかったからだ。

 それでも私は避ける。それしかないからだ。観客の声が少しずつ小さくなっていくのを感じる。一方的すぎる、と思われているんだと思う。

 でも。

 最初に言った。私は諦めないって。

 

「よし、二発目……っ!」

「ん……っ!」

 

 次に避けきれなくなった時。

 私はかなりリングの際にいた。後ろに跳んだり、攻撃を防御すれば場外で負け。

 拳が来る。

 私は。

 都合三回にわたる透ちゃんとの特訓を思い出していた。

 

『永遠ちゃん。自分より大きい人を倒す方法って何があると思う?』

『急所を蹴るとか?』

『正解! だけど、一発目でそれ出しちゃうかー! 他には?』

『えっと、うーん、合気道みたいな……?』

『そう! 理屈っぽく言えば「相手の力を利用する」ってこと!』

 

 方法は色々ある。

 例えば、

 

「待ってたよ!」

「何!?」

 

 切島君の腕を掴み、ダンスでも踊るみたいに円運動。

 エネルギーは切島君が前進のために生み出したものだ。

 くるりと。

 位置を入れ替えた私達。

 私が内側。切島君がリングの淵ギリギリに。

 勢い余った少年は、そのまま、

 

「っ、と、危ねえっ!」

「っ」

 

 場外に出ることなく踏みとどまって――私をまたぶん殴ってきた!

 腕をクロスして防御。

 やっぱり何歩か吹き飛ばされたけど、中央付近に戻っただけでセーフ。

 

「端っこは注意しねえとな!」

「端っこだけじゃないけどね……っ!」

 

 相手の動きに慣れてきたのは切島君だけじゃない。

 彼の拳をギリギリのところでかわした私は、すれ違いざまに、とん、と()()()()()()()()。同じベクトルに力を追加された彼はよろめき、転ぶのをなんとか堪えた。

 これも失敗……!

 反転しての追撃。拳をかわしながら服を掴んで投げ飛ばす。切島君は硬くなってるだけで()()()()()()()()()()()()

 だん、と。

 彼が背中から叩きつけられると、会場が一瞬どよめいた。

 

 ――私だって、やられっぱなしってわけじゃない!

 

 まあ、と言っても、

 

「やるじゃねぇか!」

 

 切島君はほぼノーダメージで起き上がって来たわけですが。

 でも、それでいい。

 衝撃は入ってる。私が殴ったくらいじゃ微々たるものだけど、投げなら全身の体力を削れる。

 後は、

 

「我慢比べ……!」

 

 私は避ける。かわす。ずらす。利用して投げる。

 切島君は殴る。殴る。殴る。殴る。

 

 たまに攻撃を受けちゃうけど、その一発は距離を取るための手段として使う。

 そうやってもっと、もっと、もっと粘り続ける。

 

 

 

 

 

「なあ、おい。あの娘」

「ああ。見かけによらずタフだな……!」

 

 空気が、変わり始めていた。

 

 

 

 

 

 腕が痛い。

 動き続けているせいで足も悲鳴を上げている。

 それでも。

 

「普通の奴ならとっくに倒れてっぞ……!?」

「ごめんね。私、しぶといんだ……!」

 

 動かそうと思えば身体は動く。

 腕の痛みは、避けている間に少しずつ小さくなっていく。小さくなってきたらもう一発受けても大丈夫。

 息も切れてる。

 でも大丈夫。朝ご飯は目いっぱい食べてきた。まだまだもつ。

 

 辛いのは切島君も一緒。

 ううん。

 この戦い方なら彼の“個性”は半分以下の活躍しかできない。一方、私はしぶといのが“個性”だ。

 

 “個性”持ち同士の戦いは得意分野の押し付け合い。

 我慢比べなら、私が勝つ。

 

「く、そ……っ!」

 

 何度目か。

 私の投げで床に叩きつけられた切島君が、悔しそうに声を上げた。

 今まで跳ね起きてきていた彼が、動かない。

 私は息を切らせながら彼の様子を窺う。

 

 立たないなら、その間は休憩できる。

 そして、本当に立たないなら、

 

「参った」

「……っ」

「俺の負けだ。根性あるな、お前」

 

 私は、二回戦に勝ち進んだ。

 

 しばらくして起き上がった切島君は私と握手をした後、次は負けねえからなと笑った。

 うん、と、私は笑顔で答えた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「綾里君、そのおにぎりは……?」

「お弁当。お母さんに作ってもらったの」

「昼休憩で二、三人前食べていなかったか」

「足りないもん」

 

 飯田君、常闇君の隣に座っておにぎりをもしゃもしゃ(こんなこともあろうかと手荷物に入れておいた)していると、試合と治療を終えたお茶子ちゃんが戻ってきた。

 

「惜しかったね」

「ううん、完敗やよ。永遠ちゃんこそすごいやん。根性見習わんと」

「私は攻撃力が欲しいよ……」

 

 湿っぽい話は他の人がしてくれてたので、私はあまり重くならないように努めた。

 

 ――お茶子ちゃんの健闘はきっと報われる。

 

 原作でも武闘派のヒーローから職場体験の誘いが来ていたし、それがきっかけで戦闘能力を大きく増し、めざましい成長を遂げていた。

 お茶子ちゃんは頑張れる子だ。

 そういう“個性”も持ってないのに、ぼろぼろになるまで爆豪に立ち向かい続けた。それは本当に凄いことだと思う。

 

「爆豪が疲れててくれるといいんだけど」

「そっか、次は永遠ちゃんが当たるんやもんね。無理せんといてね?」

「粘るよ。お茶子ちゃんの根性を見習わないと」

 

 笑って言うと、お茶子ちゃんも笑った。

 

「頑張れ! っていうか、そのおにぎりは……?」

「ご飯は元気の源なんだよ」

「そうだけど運動の直後にそのサイズ二個は……」

「安心しろ麗日。綾里は既に一個食べている」

「全然安心できへん!」

 

 身体より胃袋の心配をされてる気がする。

 と、言ってる間に試合が始まる。

 

 二回戦第一試合。

 トーナメントなので当たり前だけど、一回戦で勝ち抜いた者同士が当たる。前もって人数を合わせ、棄権者も出ていないのでシードはない。

 デクくんvs轟君。

 体育祭第一種目一位と第二種目一位の戦い。

 

 No.1ヒーロー(オールマイト)の後継者とNo.2ヒーロー(エンデヴァー)の戦いでもあるそれを、私はみんなと一緒に目に焼き付けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭3

 綾里永遠。

 二回戦で割とあっさり敗退しました。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 話をちょっと戻して――。

 

 デクくんvs轟君の試合は、お互いが感情を剥き出しでぶつかり合った結果、轟君が今まで封印していた炎の力を振るい、勝利を収めた。

 試合後のデクくんはボロボロ。

 制御しきれていないOFA(ワン・フォー・オール)を連発、打つたびに指一本を壊しながら戦った彼の姿は「凄惨」と言うしかなかった。何度も攻撃のために自爆した結果だっていうんだから、A組の仲間でさえドン引きである。

 でも私は、苦言を呈する気になれなかった。

 

 デクくんは限界まで頑張った。

 

 頑張ったことで、轟君の心をも動かした。

 ボロボロになったけど死んでない。

 死んでさえいなければ、また立ち上がれる。

 

 

 

 上鳴君vs飯田君。

 開幕全周囲放電を狙った上鳴君より一瞬早く、飯田君の速攻が決まってKO。お互い一回戦で消耗してたけど、上鳴君の方が若干負担が大きかったのかも。

 

 芦戸さんvs常闇君は常闇君が勝った。

 彼の“個性”である黒影(ダークシャドウ)はある程度の自立行動を取る攻防自在の使い魔で、非常に強い。フラットなステージ戦だと弱点をつきにくいことも後押しだったかもしれない。

 

 

 

 

 そして、私vs爆豪。

 

「また女かよ……!」

「甘く見たら痛い目を見るかもよ」

「言うじゃねえか」

「言うよ。私、あなたのこと嫌いだもん」

 

 試合開始直後。

 私は姿勢を低くして前進した。爆豪の“個性”は汗腺から爆発性の汗を出すもの。攻撃や防御はもちろん、衝撃で浮いたり方向転換したり加速したりと便利に使える。

 ただし、切島君と違って本体の防御力は並。

 当てればダメージを入れられるんだけど――牽制の爆発をかわし、突き出した拳はあっさりと空を切った。

 

「痛い目なんか見ねえよ」

 

 お腹に爆撃。

 

「お前、一回戦の女より弱ェだろうが」

 

 うん、そうだね。

 私はお茶子ちゃんより弱い。直接戦ったら、私は何もできずに負けるだろう。

 でも。

 

「弱いから勝てないとは限らないよ……っ!」

 

 痛みを堪えて前へ。

 お茶子ちゃんだって何発も耐えたんだ、私だって耐える……!

 低い姿勢のまま飛び込んで拳を放つ。

 一回戦の切島君が乗り移ったみたいにガンガン行く。右がかわされたら左、左もかわされたら引き戻した右をもう一回。

 

 でも、爆豪は強かった。

 

 攻撃をかわすだけじゃない。

 避けた直後、私の背中に何度も、爆発や拳、蹴りを落としてくる。その度に私は床に叩きつけられて息を詰まらせた。

 それでも起き上がる。

 防戦ではなく、積極的に攻めながらの持久戦。

 私の勝ち筋は、相手に()()()()()()()()()()()()()()削り勝つこと――。

 

「あァ、そういうことかよ」

 

 爆豪が呟いたのは試合開始から数分後だっただろうか。

 何十回目かの私の攻撃を彼はバックステップでかわした。これまでより大きな動き。何かを警戒された? ううん、違う。()()()

 その証拠に、次の瞬間には振り上げるような蹴りが腹にめり込んでいた。

 肺の空気が吐き出される。

 

 まずい!

 

 背中の方が背骨の分だけ防御力が高いから――なんて、微妙な理由じゃない。()()()()()

 軽い私の身体はよく浮く。

 そして、空中には蹴るべき床が存在しない。せいぜい姿勢を変えられる程度。だからこそ、私は姿勢を低くし、足技を使わないようにしていた。

 だけど。

 

「おらぁっ!!」

「あああっ!?」

 

 浮いたところにもう一発爆発。

 衝撃で吹き飛ぶ。

 まだだ。

 浮いた場所が中央付近だったから、今の爆発じゃ場外にはならない。空中で姿勢を整えながら着地のタイミングを――。

 

「――もう一発」

 

 悪辣にして的確。

 追ってきた爆豪の拳が私を吹っ飛ばし、場外の地面へと叩きつけた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「永遠ちゃんドンマイ! 頑張ってたよ!」

「ありがとう。でも、次までに弱点克服しないとね」

 

 透ちゃんの励ましに私は笑って答えた。

 

 当たり前だけど、私が負けてもトーナメントは続いた。

 優勝は爆豪。

 轟君が飯田君を、爆豪が常闇君を制して迎えた決勝戦。轟君がデクくん戦以降、一時的な燃え尽き症候群を発症し、割とあっけなく勝負がついた。

 

 対戦相手の不甲斐なさに野獣と化した爆豪、どこか冴えない顔の轟君、三位になった常闇君が上がった表彰台はなんというかカオスというしかなかった。

 飯田君は?

 三位決定戦は行われなかったため、飯田君も同三位なんだけど――彼は()()()()()で早退、表彰台には上がらなかった。

 

 原作と、同じ展開。

 

 詳しい事情は説明されなかったけど、私にはわかる。

 飯田君のお兄さん、プロヒーロー・インゲニウムが襲われたのだ。

 犯人はヒーロー殺し・ステイン。

 

 

 

 

 後日確認したところ、校長先生達はちゃんと手を打っていた。

 

 保須市周辺のプロヒーロー及びインゲニウムへステイン出没の可能性を伝達、未確定情報として彼の“個性”を伝えていたのだ。

 十分な対応とはいえない。

 本当にヒーロー殺しが出てくるなら、ヒーローが捕まえないわけにはいかない。インゲニウムはむしろ積極的にステインを探してしまったかもしれない。

 

 ――でも、強硬に動くわけにもいかなかった。

 

 内通者の存在。

 出所を明かせない情報を理由に雄英校長が声高に対策を主張――なんて、ヒーロー側の動向を監視してる誰かさんに「怪しんでください」と言っているようなものだ。

 警戒されて動きを変えられたら元も子もない。

 確度の高い予知を利用するならここ一番、決定的なところで使うべき。それは(ヴィラン)連合、あるいは死穢八斎會の壊滅時であるべきだ。

 

 警告の成果か、発見時のインゲニウムは一刻を争うほどの怪我ではなかったらしい。

 あらかじめ“個性”にあたりをつけられたお陰だろう。完治までの期間も多少、原作より早くなるかもしれない。それは喜ぶべきことだろう。

 

 ただ、私は理解するべきだった。

 

 校長先生達が踏み切れなかった理由はそれだけじゃない。

 謎の情報の存在を明かす。

 この段階でそれをやれば、情報の出所――すなわち、()()()()()()()()()()に危害が及ぶ可能性があるからだ。

 生徒を守るのが教師の役目。

 ならば、いくら怪しくとも、雄英の生徒である間は私だって庇護対象なのだ。

 

 被害を少しでも抑えたくて情報を流したのに、流した私自身が足枷になっている。

 ままならない現実。

 私にできることは、本当に少ない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「よう、永遠。お疲れ」

 

 体育祭が終わって家に帰ると、浩平が出迎えてくれた。

 シャワーは浴びてきたけど埃っぽいかな、って、家の方に直接帰ってきたんだけど。

 

「浩平、お店は?」

「一人くらいリアルタイムで応援してやれって休まされた。まあ、俺じゃ大した手伝いできないけどさ」

 

 憮然とした表情で肩を竦める浩平。

 

「あはは。早く一人前にならないとね」

 

 二階の自室に移動して荷物を置く。

 洗濯物は……ブラウスとかハンカチだけかな。体操着はボロボロになっちゃったので、洗っても着られない。勿体ないけど捨てるしかない。

 ダメになる度に体操着買い足し。

 雄英が国立で、学費自体が超破格じゃなかったら家計に大ダメージが入るところだ。

 

「じゃあ、ずっと応援してくれてたんだ?」

「……まあな」

 

 制服を脱ぎながら顔を向けると、浩平は微妙に不機嫌そう。

 ブレザーをハンガーにかけた私は彼に歩み寄って顔を覗き込む。

 

「なに? どうかした?」

「なんでもねえよ」

 

 ぷいっと顔を背けられた。

 いや、なんでもないって、そんな態度取られたら気になる。

 じーっと見つめていると、浩平は観念したように小さい声で言った。

 

「ずっと見てたよ。お前の体操着がだんだんボロボロになるのも、ノリノリでチアしてるところも」

「なっ」

 

 今度は私が動揺する番だった。

 

「あ、あれは勝つためと、目立って職場体験を勝ち取るためで……そういうのじゃないし!」

「はいはい。勝つためなら下着見せたりとかしても平気なんだよな、お前は」

「む。……浩平、怒ってる?」

「怒ってねえよ! 俺はただ、学校で『体育祭の永遠、意外とエロかったよな』とか言われるのが嫌なだけだ!」

 

 浩平の進んだ高校には中学時代の知り合いが何人もいる。

 実際、ボロボロになった体操着は最終的にブラがちら見えしてた。それが全国放送されたことは疑いようがない。知り合いが映ってるとなれば大体の子が見てるだろう。

 でも、私の下着見てエロいとか思うのは浩平くらいだと思うんだよね……。

 

「浩平のエッチ」

「は? 俺のどこがエロいってんだよ」

 

 とぼけますかそうですか、それなら、

 

「ふーん。じゃあ、私、これから着替えるけどなんともないよね?」

 

 挑発的に言ったらみるみる顔を赤くして、

 

「ないわけあるか馬鹿!」

 

 ばたん、と、大きな音を立てて部屋のドアが閉まった。

 ふ、勝った。

 勝ち誇り、こっちまで真っ赤になった顔を誤魔化していると、ドアの向こうから声がした。

 

「……怪我、してねえよな」

「うん。どこか怪我、残ってるように見えた?」

「ねえよ」

「そう。私は全然大丈夫だよ」

 

 そんな風に、私達はいつもと同じくじゃれ合ったのだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 体育祭の後は二日間のお休み。

 透ちゃんを特訓に誘ってみたら「ごめん、せめて一日休ませて!」とのことだったので、お休み一日目は久しぶりにお店のお手伝いをした。

 なんだかんだこれも状況判断の訓練になるはず、とか自分を誤魔化しつつうきうきしていたら、お昼の開店直後から常連さんが押し寄せてきた。

 

「永遠ちゃん、格好良かったよ!」

「ベスト8とか凄いん」

「ねーちゃん、サインちょうだい」

 

 お陰でお店は大忙し。

 平日なので学校に行っている浩平が恨めしくなるくらい、閉店後はへとへとになっていた。お陰でまかないの夕食をいつもより多めに食べてしまった。

 でも、お父さんお母さんからは褒められた。

 

「永遠がヒーローになってくれたら、お店のいい宣伝かもな」

「あなたが戦うのは心配で仕方ないけど、チアリーディングは素敵だった。ああいう、みんなが笑顔になれるヒーローを目指したらどう?」

 

 私としても嬉しい誤算だ。

 こうやって宣伝になれば、私がヒーローになって稼ぐよりも早く生活が楽になるかもしれない。そうしたらもっと早く浩平の義手が買えるかもしれない。

 そうなるように、もっと頑張らないと。

 

 

 

 

 

 次の日は透ちゃんとジムで特訓。

 

「透ちゃん、体育祭で手加減してたよね?」

「わざと手を抜いてるわけじゃないんだよ! 殺人技はできるだけ使いたくないから!」

「なるほど」

 

 だから成績も凡庸なのか。

 ある意味、スパイ気質が染みついてるってことでもあるかも。透ちゃんはどうしても目立ちにくいし、そうやって奥の手を隠しておく方が敵対策になりそうだ。

 

「目立つヒーローとコンビを組んだら良さそう?」

「永遠ちゃんがフリフリの衣装着てくれれば大丈夫そうだね!」

「そ、それはさすがに恥ずかしいなあ……」

 

 二人共、体育祭の興奮が冷めてきっていないせいか、特訓にも熱が入ってしまい――時間自体は早めに切り上げたものの、身体には疲労がのしかかっていた。

 

「……帰ってご飯食べて寝よう」

 

 明日からは授業再開。

 ヒーロー学の時間には自分のヒーローネームを決めることになるはず。その後は職場体験になだれ込む。

 

 ――職場体験中にはステインが暴れ、連合が脳無を出してくる可能性が高い。

 

 しばらく、のんびりしていられなくなる。

 というか、ここからは怒涛の展開だ。

 

 原作では、デクくん達の奮闘によってステインは捕縛。

 プロヒーロー達が脳無を撃退するんだけど、この一件が切っ掛けで、敵連合には新たな戦力が続々と加入していく。

 いわば幹部級の連中。

 その中には、ずっと後の巻まで登場する人達も含まれる。

 

 トガちゃんとか、トゥワイスとか。

 

 なんとか阻止できないだろうか。

 ステインの件と脳無の件が別日になってくれれば注目度も減るだろうけど、あの件って連合がステインをスカウトした結果だから難しい。

 スカウトが起こる前にステイン発見、捕縛できれば別なんだけど。

 もしも、塚内警部が本当に内通者だとすると、脱獄からの死柄木との接触なんて可能性もある。

 

 参戦前に幹部を捕まえるのもほぼ無理。

 彼らがそれまでどこにいたのか、原作に情報がないからだ。私はその情報を齎せなかった。

 何もしなければ原作通りになるのなら、トガちゃん達は見つからない。

 

「せめて一人だけでも確保できればなあ……」

 

 とはいえ、闇雲に探して見つるものでもない。

 生徒の立場じゃ捜索自体も難しい。第一、見つけたとしてどうするのか。戦う? いや、そんなことしたら爆豪誘拐の前にスキャンダルになる。

 でも、原作通りに事件が起こっちゃうと私には止められない。

 私も職場体験中なのだ。あの街の近くにいてパトロール中とかでない限りは介入できない。体験先を選べば可能だけど、そこまでして介入しても「結果が良くなるとは限らない」。

 

 小さくため息をついたその時。

 

「……血の匂いがします」

 

 声。

 

 私は立ち止まって振り返る。

 女の子がいた。

 左右に栗みたいなお団子作った女子高生。やや小柄で萌え袖。とろんとした目つき、笑みの形に歪んだ口元は、ちょっと見ただけだとユルい感じがして可愛い。

 

 でも、危険だ。

 

 私にはわかる。

 笑顔のままゆっくり近づいてくる彼女は、「お前が言うな」と言ってやりたいくらいにはわかりやすく――甘い女の子の匂いの下に、血の匂いを漂わせている。

 

 こんなマンガみたいな出会い方をするつもりはなかったんだけど。

 

「ねえ。こんな時間まで遊んでたら悪い人に捕まっちゃいますよ?」

 

 そう言って。

 わるいひと(トガヒミコ)が私の瞳を覗き込んできた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トガヒミコ

口調再現は挫折しました……。
やばいやつに遭遇したけど実は永遠も……っていう回です。


「いいにおい」

 

 顔を近づけ、すんすんと鼻を鳴らすトガちゃん。

 

 可愛い。

 

 リアルで見てもそう思う。

 作中女子の中で屈指の人気だっただけのことはある。同性の私でさえ「何時間見てても飽きなさそうだ」と思う。

 でも、彼女は危険だ。

 動物としての本能か。それとも原作を知っているせいか。彼女の纏うやばい気配を強く感じる。

 

 ――本人の言葉を借りるなら『血の匂い』。

 

 私から血の匂いがするとすれば、それは特訓で流した私自身の血だけど。

 彼女のは、たぶん犠牲者の流した血。

 

 僅かな動きで周囲を窺う。

 道行く人が不審がる様子はない。見た目は女子中学生と女子高生のコンビだ。くっつきすぎではあるものの、トガちゃんの人懐っこい様子もあって「仲がいいんだな」としか見られないだろう。

 声を上げて助けを求める?

 もちろん、それは一つの手だ。声に反応したトガちゃんが何かの反応を起こすのと、ただの一般人が警察やヒーローに連絡するの、どちらが速いかを考慮しなければだけど。

 

「あの。どこかで会ったことありますか?」

 

 とりあえず、私は無難な対応を選ぶ。

 トガちゃんは顔を上げて首を傾げた。

 

「ううん。初対面ですよ?」

「じゃあ、なぜそんなに顔が近いんですか……?」

「いい匂いがするから」

 

 うん。

 駄目だ、まともな会話になってくれない。

 そうだろうと思ったけど、この子の思考回路はとてもシンプルにできてるっぽい。人間というよりはマスコット的なものと考えた方がいいのかも。

 

「ね、どこかでお話しようよ」

「い、いいですけど。じゃあ、ファミレスでも」

「静かなところがいいです」

 

 くいくいと袖を引かれる。

 示された方向は、トガちゃんが出てきた裏路地。それは人がいなくて静かだろうけど、殺る気満々ですよね、それ。

 私がそのまま立ち尽くしていると、トガちゃんは押せ押せとばかりに腕を引いてくる。

 駄目だ。

 さすがに路地に連れ込まれるのはまずい。

 

「あ、あああの、私、お腹空いちゃって。後、服が汚れちゃうのは嫌かなって」

「………」

 

 止まった。

 小首を傾げたままフリーズしたトガちゃんは数秒で復帰して、にかりと笑う。

 

「じゃあ、ホテル行きましょう」

「へ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最近のラブホテルは普通っぽい見た目のところが多い。

 ついでに言うと、部屋は“個性”対策で防火ルームとか防水ルームとか防音ルームとか、用途別に分かれていたりするようだ。

 受付自体は無人だけど各種センサーがついていて、異形型が普通のベッドを使わないようにとか、そういう配慮がされている。

 その割に未成年識別をしないのは――まあ、厳密にシャットアウトしない方が売り上げに繋がるからだろう。

 

 って、この歳で知りたくもなかったけど。

 

 コンビニでご飯を買った上でやってきたのはお風呂ルーム。

 部屋に入ってすぐのところが脱衣所を模した造りになっていて、その奥はまるまる広いお風呂。防水仕様のウォーターベッドが置かれ、広い浴槽や鏡付きのシャワーとかがある。

 たぶん、体液が出る“個性”とか、水生生物系の“個性”の人が主に利用するんじゃないだろうか。

 

「さ、脱いでください」

 

 入り口のドアを閉じると、トガちゃんはあっけらかんと言った。

 

「入る前にも聞いたけど、なんでラブホテルなんですか?」

「入る前にも言いましたけど、安いからです」

 

 ああ、うん、下手なホテルより防音も効いてるしね……。

 

「建物の入り口にも廊下にも、エレベーターにも防犯カメラありますからね?」

「えっちなことはしないから心配しないでください」

 

 痛いことはする気なんですよね?

 まあ、来てしまったからには仕方ない。お父さん達にも「遅くなりそうだからご飯は食べて帰ります」ってメールしちゃったし。

 ぶっちゃけコンビニで買うより家のご飯の方がずっと美味しいんだけど――。

 

 会ったからには逃がしたくない。

 閉鎖空間に連れ込まれたからには無策というわけでもない。

 

「じゃあ、一緒に脱ぎませんか?」

「そうします」

 

 トガちゃんはあっさり頷いてセーターに手をかけ始めた。

 躊躇がない。多少、犯行に繋がりにくくなるかと思ったんだけど、この子の“個性”を考えるとあんまり関係ないのかも。

 私を殺した後、変身してこの場を去る、なんてお手のものだろう。

 

 トガヒミコ。

 原作における(ヴィラン)連合のメンバーの一人。血の匂いが好きで、好きな人と同一化したいと思っており、好きな人を殺したいとか言っちゃう危ない子。

 “個性”は変身。

 血を吸うことによって相手に変身することができる。その際、相手が着ていた服までコピーする。つまり、私を殺した上で私になってでていくことが可能。ただし、制限時間があるので継続して誰かに成り代わることはできない。

 

 二人して全裸になると、トガちゃんは不思議そうに呟く。

 

「綺麗な身体」

「ありがとう」

 

 傷はもう治ってるから血は出てない。

 

「じゃあ、ご飯食べてください」

「一緒に食べませんか?」

 

 念のため多めに買ってある。

 二種類買ったお弁当を「選んで」とばかりに差しだしてみるけど、無反応。

 

「お金は気にしないでください」

「それなら」

 

 笑って受け取ってくれる。

 最近殺れていないか、殺った人のお財布がペラペラだったらしい。箸を割って食べ始めると、満更でもないのかほくほく顔に変わった。

 そうやってると普通の女子高生なんだけど……。

 せっかくなのでトガちゃんを観察しつつ、私も夕飯を食べ進める。お弁当の他にはおにぎりと菓子パンと、デザートに板チョコを買ってある。

 

「へんなひとです」

「私の台詞なんですけど」

「じゃあ、お互い様じゃないかな」

 

 それはそうかもしれない。

 

「私は綾里永遠。雄英高校の一年生です」

 

 名乗ってみる。

 雄英の名前にピンと来たのか来てないのか、トガちゃんはぱっと見なんの反応も示さず、しばらく黙ってから言ってくる。

 

「トガ。トガヒミコ」

「じゃあ、トガちゃんって呼んでいい?」

「うん」

 

 にっこりと、笑顔が返ってきた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 お腹いっぱいになって(菓子パン一個と板チョコ半分と缶のトマトジュースを残した)浴室に移動すると、トガちゃんに押し倒された。

 

「もう我慢できません」

「だから殺すのは駄目だってば!」

 

 メスみたいな刃物(どこから取り出した)を構えた手を押さえて上下反転、トガちゃんの身体を組み敷く。

 満面の笑顔。

 

「ヒーロー学校の生徒さんが私を捕まえますか?」

「トガちゃんこそ、もっと問答無用かと思ってた」

「だって可愛かったんですもん。好みの子の血は味わって吸いたいのです」

 

 あっさり腕が振りほどかれ、お腹を蹴られる。

 押し出されて尻もちをついた私はメスが首筋に押し当てられるのを見た。

 

「永遠ちゃんの血はどんな味がするんでしょう」

 

 あらためて思う。

 この子やばい

 

「トガちゃん、殺しは良くないよ」

「どうしてですか?」

「痛くて苦しいのは嫌でしょ? 自分が嫌な事は人にしちゃ駄目なんだよ」

 

 メスを持つ手がぴくりと動く。

 首の皮が切れて血が滲む。

 痛い。

 

「でも、好きなのです」

「うん」

 

 知ってる。

 彼女は生まれつきそうなのだ。

 

「苦しいよね。辛いよね。でも、なんとか妥協点を見つけられないか……っぁ!?」

 

 刃がコンマ分だけ深く食い込む。

 かと思ったら離れて、何度も何度も閃く。私の肌が浅く、無数に、次々と切り裂かれていく。

 

「でも、そんなことしても、私は楽しくないもん!」

「ちょっとくらいなら切られてもいいって人がいるかもしれないよ」

「そんな人、どこにいるんです?」

 

 メスは止まらない。

 切られた箇所から血が滲んで、室内にだんだんと血の匂いが漂い始める。

 独特の匂い。

 いい匂いとは思わないけど、慣れてるせいか嫌だとも思わない。

 

「ここにいるよ」

「っ」

 

 刃が肌を切る。

 腕も、足も、お腹も、背中も、首も、頬も。

 あちこちが切り裂かれた。

 滲む程度の出血でも、積もれば致命傷になりかねない。ただ、最初の方につけられた傷からは、もう殆ど血が流れていない。

 

 意外なほど柔らかな手が私を押す。

 

 再び押し倒された私は、今度は抵抗しなかった。

 ただ、ゆっくり口を開いてお願いする。

 

「死なない程度ならお好きにどうぞ。ただ、先に浴槽にお湯張ってもいい? 終わったら身体洗いたいから」

 

 上下に向かい合ったまま見つめ合う。

 さあ、どうなるか。

 身体を張った説得の結果は数十秒後に出た。

 

「……大好き」

 

 同性からの、世にも恐ろしい告白だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 別に自殺志願のつもりはない。

 レズビアンというわけでもない。

 

 大人より未成年、男より女に感情移入してしまうのは仕方ない。

 同族にはどうしたって甘くなるもの。

 せっかく会ったんだから、敵連合には行かせたくなかった。罪を重ねさせる以外の方法で、彼女を肯定してあげたいと思った。

 単なる説得じゃ通じない。

 正論を唱えてもトガちゃんは納得してくれない。

 

 切るのが楽しいというのなら。

 血の匂いが好きだというのなら。

 

 ――私なら、それを提供してあげられる。

 

 説得できるかどうかは良くて五分五分だと思った。

 もしも話が通じないようなら反撃に移るつもりだったけど、トガちゃんは慣れた手つきで致命傷を()()()私を切り刻み続けた。

 痛くて痛くて、悲鳴を上げる度、トガちゃんが恍惚の笑みを浮かべる。

 溢れた血は舐められ、吸われ、たっぷりと味を確かめられた。

 

「永遠ちゃん。永遠ちゃん」

 

 何度名前を呼ばれたかわからない。

 三十分ほどトガちゃんのお楽しみタイムが続き、私はそれからしばらく苦しみながら傷が塞がるのを待った。

 結構な血を流したせいか頭がくらくらする。

 普通の人なら出血多量で死んでるところだ。

 

 室内を見回すと、案外綺麗だった。

 血の大部分をトガちゃんが吸ったせいだろう。当の彼女は片手にメスを握ったまま放心している。

 

「よく我慢できたね」

「永遠ちゃん、本当に生きてるんですね」

「私は“しぶとい”んだよ」

 

 笑って、私はシャワーに歩いていく。

 浴槽にはいい感じにお湯が溜まってる。あったまる前に身体を洗っておかないといけない。

 

「永遠ちゃん」

「うん?」

「私に監禁されません? ご飯はちゃんとあげますから」

「駄目だよ。私、ヒーローになってお金稼がないといけないんだもん」

 

 振り向きもせずに答える。

 

「トガちゃんこそ、ふらふらするの止めない?」

「捕まったら死刑じゃないですか」

「あー……」

 

 死刑まではいかないような気もするけど。

 殺した人数と精神鑑定の結果によるだろうか。まあ、かなり重い刑は免れないだろう。

 それでも、罪は償うべきだ。

 

「人を殺すのに、殺されたくないっていうのは我が儘だよ」

「だって」

「私はヒーロー志望。悪いことは悪いって言わないといけない。今はまだ一般人だけど、ヒーローになったら悪い人を捕まえないといけない。でも、できれば、わけがわからずに捕まるより納得して捕まって欲しい」

 

 正直、犯罪者は死ねって思う。

 浩平の腕をあんな風にしたあいつを同じ目に遭わせたい気持ちはある。トガちゃんが殺した人にだって家族がいただろうし、彼らだってトガちゃんを殺したいだろう。

 でも。

 もし、一歩踏みとどまって引き返せる敵がいるなら、手を差し伸べたいとも思う。

 ダブルスタンダード。

 しょうがない。心からそう思うんだから。

 

「先生に頼んでみてあげる。これ以上誰も殺さないって誓うなら、少しは刑が軽くなるんじゃないかと思う」

「そんなこと、できるんですか?」

「やってみないとわからないけどね」

 

 返答までには間があった。

 

「外に出てから電話してください。駄目だったら私は逃げます」

「ありがとう」

 

 せっかくだから二人で一緒に湯船につかった。

 ちゃんとしたお風呂は久しぶりです、なんてトガちゃんは言ってた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 残した食料とトマトジュースで失ったカロリーを補給してからホテルを出た。

 トガちゃんは私の服の裾を掴んだままついてくる。

 静かな公園のベンチに座って電話をかける。こんなこともあろうかと聞いておいた、校長先生への直通番号。一応トガちゃんには見えないように気を付けて、

 

『もしもし?』

 

 スピーカーホンにしたので、声はトガちゃんにも聞こえる。

 

「私です。トガヒミコが自首したいって言ってるんですが」

『は?』

「まだ未成年ですし、情状酌量の余地がないかと思いまして。いい弁護士さんを紹介していただくか、警察に口添えをお願いできませんか?」

『ちょっ、ちょっと待ちたまえ。さすがの私も話についていけてないよ』

 

 訓練の帰りにトガちゃんからナンパされた。

 自首を薦めたら譲歩してくれたのでこうして尋ねている。ちなみに駄目ならすぐに逃げると言っている、といったことを説明する。

 

「あ、私は無事です」

『……できる限りのことはすると約束しよう。相澤君を行かせるから合流してくれるかい?』

「わかりました」

 

 相澤先生は一人でやってきた。

 これで警察が一緒だったらトガちゃんは脱兎のごとく逃げてただろうけど、一応、私の説得を信じてくれたのだろう。

 大人しく捕縛布に手を縛られ、車に乗ってくれた。

 

「こいつを雄英に運んでからなら送るぞ」

「いえ、私は普通に帰ります」

「そうか。……明日は絶対に休むなよ」

「は、はい」

 

 絶対にお説教か尋問を喰らうだろう。

 思いつつも、私は素直に頷いた。

 

 家に帰ったらお父さんとお母さん、浩平から「遅い」って叱られた。

 ヒーローとして危険なことをするのと、高校生が遅くまで出歩くのはまた別の話らしい。ごもっとも。私はしゅんとして「ごめんなさい」を言うしかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローネーム決定と地下室のトガ

「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」

「胸ふくらむヤツきたああああ!!」

 

 次の日。

 淡々と話す相澤先生の姿はいつも通りで、どっか切られたとか腹をかっさばかれたとか、そういう様子はない。

 たぶん、トガちゃん関連でトラブルは起きなかったのだろう。

 

 ヒーロー学の授業テーマは予想通り。

 ヒーロー名の考案は、これは体育祭の結果に基づく「プロからのドラフト指名」に関係している。近々ある職場体験に伴って、名前がないと不便だという話。

 この段階で本決定ではないものの、プロヒーローからの心象にも繋がりかねないので結構大事。

 というわけで、それぞれ自分に合ったものを考えては発表することに。

 

 審査は雄英の教員でもあるプロヒーロー・ミッドナイト先生。

 女性ヒーローの代表格ともいえる彼女の元、一人ずつ前に出て発表。講評を頂き、必要であれば修正・変更するという流れだ。

 私はこういうの割と苦手なんだけど……。

 一応、前もって考えてはきてある。生徒の中にも前もって案のある子がいるみたいで、すんなり決まる子は本当に早い。

 

 良い例はお茶子ちゃんの『ウラビティ』とか、梅雨ちゃんの『FROPPY』とか。

 悪い例は爆豪の『爆殺王』みたいなやつだ。

 当然、爆豪のはNGを喰らって考え直しになった。

 

 要は呼びやすく、それでいてインパクトがあり、人々から親しんでもらえる名前がベター。

 表舞台に出ない相澤先生の『イレイザー・ヘッド』みたいに、本当にコードネームチックになる場合もあるけど、それは特殊な例。

 でも、そう言われると結構難しい。

 

 考えてる最中に浮かんだのは「トワイライト」とか「リョーリィ」とか。

 でも、前者は何がトワイライトなのかわかんないし、後者に至っては「敵をちょいちょいと料理する」みたいなわかりにくいダジャレで寒い。

 あーでもないこーでもないとノートを開いて悩んでいたら、浩平から「小学生の男子か」なんて言われてしまったりもした。

 そんな苦悩の末に辿り着いた名前は、

 

 『小さな頑張り屋さん』トワ

 

「シンプル!」

「いつまでも若手でいたいという気持ちを込めました」

 

 下手にエターナルとか永遠とか言うと格好つけすぎだし、小っちゃいのをネタにしようとすると縮める系ヒーローと勘違いされそうなので、いっそストレートな方が可愛いかなと思った。

 

「二十年後くらいに後悔しそうね」

「やめてください!」

 

 ミッドナイト先生はそう言いつつも、私の案を特に却下しなかった。

 

「ネーミングはいいと思うわ。後で後悔しなければ」

「先生、ひょっとして最近化粧のノリが……」

「おっと鞭が勝手に」

「ひいっ!?」

 

 それ以上言ってはいけないと察した私は口を閉ざした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ヒーロー名決めが一段落した後、職場体験の詳細が話された。

 指名が来ている生徒には先方のリストが、それ以外の生徒には学校側が用意した受け入れ先のリストが渡された。なので、休み時間はその話題でもちきりだった。

 

 指名件数ぶっちぎりは決勝まで行った轟君と爆豪。

 最終種目での順位がだいたいそのまま件数になってる感じ。ちなみに指名は一つの事務所につき二名までなので、指名件数が多いというのはそれだけ期待されてるということだ。

 

「3000件とか4000件とか、まずヒーロー事務所がいくつあるのって話だよねえ……」

「永遠ちゃんだってすごいじゃん、18件も来てるんだし!」

「うん。嬉しい限りだよね」

 

 透ちゃんの言う通り、私も20件近い指名をもらった。

 知ってる名前もあれば知らない名前もある。

 後で一つずつ調べて検討してみないといけないだろうけど、

 

「気になるところあった?」

「Mt.レディさんのところかな」

「え? 格好いいけど、私のリストにも入ってるとこだよ?」

 

 そう。

 Mt.レディさんの事務所は学校側からオファーされた、一般生徒受け入れ可能事務所でもある。

 私がもらった指名リストにも名前があるけど、そこに行くと他の生徒とかちあう可能性が高い。まあ、三年生まで含めても120名って考えると私一人の可能性もあるけど。

 

「私のスタイル的に美味しいかなって」

「? 真逆だと思うけど……あ、逆に?」

「そうそう。お互い引き立てあえるんじゃないかって」

 

 Mt.レディさんの“個性”は巨大化。

 ウルトラ――もとい、某あのヒーローくらい大きくなれる。サイズ調整が効かないのが困りものだけど、パワーは物凄い。そして、戦闘の際にビルとか壊す。

 大きくて色々壊す彼女と、小さくて壊れにくい私。

 少なくともMt.レディさんの見せ場を奪うことは絶対ないし、これ以上ないデコボコ感が受けるかもしれない。上手く役割分担ができれば、お互いの弱点を補えるかもしれない。

 

 先方が私を指名したのも、そういう理由じゃないだろうか。

 だとすれば、期待されてる役割をこなすことで、将来のサイドキック(助手みたいな立場)に繋がるかもしれない。

 

「へー! 色々考えてるんだね!」

「早く活躍して稼ぎたいからね」

 

 問題があるとすれば、Mt.レディ事務所が金欠ということ。

 まあでも、その辺りは今考えてもどうしようもないし……。

 

「私も一緒のところにしようかな。大きいのと小さいのと、見えない私! どう?」

「私と透ちゃんがまとめて踏みつぶされそう」

「死ぬときは一緒だよ、永遠ちゃん!」

 

 がばっと抱きつかれたので、私も抱き返す。

 

「透ちゃん……! そこまで私のことを……! ぎゅー」

「ぎゅー!」

 

 と、そこに吐き捨てるような声。

 

「仲良しごっこならよそでやれ。雑魚が」

 

 爆豪……。

 私達も本気で言ってたわけじゃないけど、もうちょっと言い方があると思う。

 

「爆豪君! 君は婦女子に辛辣すぎるぞ!」

「うるせえメガネ! 殺すぞ!」

 

 何か言い返す前に飯田君が割って入ってくれたけど、それでもこの有様。

 皆、爆豪が吠えただけじゃ特に反応せず普通に談笑してるけどね、もう。

 

「飯田君、お家の方は大丈夫だった?」

「ああ。心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

 眼鏡をくいっとやって去っていく彼を、私は声で追いかけた。

 

「無理しないでね」

「……ああ」

 

 飯田君は振り向かずに答えた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「綾里。生徒指導室に来い」

 

 帰りのHRの最後、相澤先生は一方的にそう告げて教室を出て行った。

 

「綾里さん。何かしたんですの?」

「ううん。何だろうね?」

 

 嘘です。ばっちりやらかしました。

 

「生徒指導室に来い……。はっ、まさか恋!?」

「ないない」

 

 恋愛ネタはお茶子ちゃんの専売特許だし。

 私はみんなに別れを告げてから、荷物を持って生徒指導室に向かった。

 中に入ると、相澤先生に早速睨まれた。

 

「遅い。もっと合理的に動けるようにしろ」

「すみません」

 

 先生は軽く溜め息を吐くと、私に「来い」と言って部屋を出る。

 校長室だろうか。

 と思ったら、別の方向にどんどん歩いていく。どこに、と尋ねられる雰囲気でもないので黙ってついていくと、何やら電子制御のドアが。相澤先生がカードキーを通すとピピッと開く。

 

「お前の分だ」

 

 放られた真新しいカードを受け取って中へ。

 入った先にはもう一つドアが。今度は指紋認証式になっている。先生の管理者権限で私を登録してから先へ。

 と、またドア。

 

「今度は何ですか?」

「声紋認証だ」

 

 その先で網膜認証を行い、最後のドアで合言葉を唱えたら、ようやく通路が現れた。

 

「厳重ですね」

「姿をまるまるコピーできる奴なら、最初と最後以外クリアできるがな」

 

 そんなの一人しか知らな……いや、二人か。トガちゃんと、限定的だけどトゥワイス。

 別の手段でいいならAFO(オールフォーワン)も突破しそうだし、ミリオならこんなドアは障害にさえならない。そう考えると、厳重だけど万全ではない。

 

 そして、数少ない変身の“個性”持ちが多分、この先にいる。

 

 しばらく通路を行ってからエレベーターで降りる。

 降りた先はまた廊下。

 ただし、今度は幾つものドアが見える。相澤先生が向かったのは一番奥のドアだ。

 

「お前のキーでも開けられるようになってる」

 

 スライドして開いた厚いドアの先には――。

 

「永遠ちゃん!」

「トガちゃん!」

 

 縄で椅子に拘束された上、手枷足枷を嵌められたトガちゃん。

 背後でドアが閉まるのも構わず、私は彼女に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫? 痛いことされてない?」

「敵の心配とはいい度胸だな、ヒーロー候補生」

「っ」

 

 一瞬、背筋がぞくっとした。

 慌てて作り笑顔を浮かべて相澤先生を振り返る。

 

「だ、だって。トガちゃんとは友達になったので」

「はい。永遠ちゃんとはソウシソウアイなのです」

 

 可愛い。

 って、それはとりあえず置いておいて、トガちゃんの状態をチェック。怪我はない。ちゃんと制服(?)も着てる。

 この格好のまま一日過ごしたとすると肩凝りが心配だけど。

 

「ご飯はちゃんともらえた?」

「お前は俺達を何だと思ってる。ちゃんと与えたに決まってるだろ」

「ならいいんですけど。じゃないとトガちゃん逃げちゃいますよ」

「逃げませんよう。永遠ちゃんが来てくれたから」

「もちろん。ちゃんと来るよ」

 

 なでなでしてあげると「えへへ」と笑ってくれる。

 私は高一、彼女は高二相当のはずだけど、なんだか小動物とじゃれてる気分だ。

 

「綾里。下手に手を出すと噛まれるぞ」

「私の血は昨日いっぱいあげちゃってるので、あんまり変わらないですよ」

 

 すると相澤先生は溜め息。

 

「厄介な奴を連れてきやがって」

 

 トガちゃんは変身時に身体をドロドロに溶かす。

 その際、副作用として拘束を解けるかもしれない。

 ただ、服をコピーするのに全裸にならないといけない、っていう描写もある。身体だけ変身できるかは謎。なので、拘束しておけば変身できないかも。

 

「そのへんどうなの、トガちゃん?」

「えへへ、それはねぇ……」

「聞くなよ。先入観ができて逆に混乱する」

 

 相澤先生――イレイザー・ヘッドが一緒なのは、彼なら変身に対処できるからだろう。

 

「先生。トガちゃんはこれからどうなりますか?」

「その前に、聞きたいことが山ほどある。少し待て」

「はあ」

「じゃあ永遠ちゃん、その間に指噛んでいいですか?」

「あ、じゃあブレザー脱ぐから待って」

「脱ぐなよ」

 

 なんて言っているうちに、室内に新たな人が訪れた。

 

「やあやあ! お揃いだね!」

「校長先生……? ここ、危ないですよ」

「誰のせいだ」

 

 漫才みたいになってるけど、相澤先生は真剣だ。

 事と次第によっては本気で排除するって意思が窺える。ツンデレとかじゃない。敵なら元恋人でも容赦しない、ってイメージの人だし。

 校長はHAHAHA! と、私の発言を聞き流し、再び口を開いた。

 

「とりあえず、彼女は雄英で拘束させてもらったよ。この一日、問題らしい問題は起こしていない。大人しいものだった。……ただ一つ、君に会わせろと言って聞かなかったこと以外はね」

「永遠ちゃん以外の言うことなんて聞かないもん」

「だそうだ。綾里君、君はどうやって彼女を説得したんだい?」

「どうやって、って言われましても……」

 

 治るのをいいことに身体を切り刻ませました。

 と、そんな内容をもうちょっと順序だてて話したところ、相澤先生の表情が険しくなった。もともと仏頂面だからわかりにくいけど。

 

「……本人の証言と一致します」

「そうだね。すると綾里君、君はトガヒミコの殺人衝動を肯定した上で、彼女の無罪放免を望んでいるということかな?」

「いいえ。そこまでは言いません。悪いことは悪いことです。トガちゃんが捕まるのも罪に問われるのも、仕方ないことだと思います」

 

 そこを曲げる気はない。

 

「ただ、トガちゃんはそうしないと生きられなかった。人と違うことに苦しんでもいた。だから、チャンスをあげて欲しいんです」

 

 血が欲しいと、他人が傷つくのが見たいと思うのは彼女の本能。

 優越感や自尊心といった感情は希薄で、彼女自身は皆と仲良くしたいと思っている。ただ、普通はこうだから、と一方的に押さえつけられるのに我慢ができなかっただけ。

 力に溺れ、持ち合わせていた倫理観をぶっちぎって敵になった奴らとはちょっと違う。

 

「具体的には?」

「……どこまでできるのか、私には見当もつきません。例えば、監視付きで経過観察した上で、更生の余地ありと判断できれば減刑とか――そんな感じにできませんか?」

「こいつが衝動を抑えられるのか?」

「私がリハビリに付き合います」

「どうしてそこまで? 君に何のメリットがあるんだい?」

 

 その問いには明確な答えを出せなかった。

 私は少し考えてから素直に答える。

 

「単に乗り掛かってしまったから、だと思います。それから、トガちゃん以外が相手ならここまでしなかったとも思います」

「……わかった。私から掛け合ってみようじゃないか。どの道、ただここに置いておくわけにもいかないからね」

「ありがとうございます、校長先生」




掛け合ってみる(必ず通すとは言っていない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠とトガ

「それじゃあ、私は失礼します」

 

 トガヒミコが監禁された部屋の前。

 制服をしっかりと着用しなおした少女――綾里永遠は笑顔で一礼した。

 

「綾里」

 

 相澤は彼女を呼び止め、一枚のSDカードを差し出した。スマートフォンのスロットに挿して使うが、単なる記憶媒体ではない。

 

「そいつを認識させた端末を食堂の券売機にかざせば、一日につき一品だけタダで注文できる。昼休みは使えないがな」

 

 いわば、タダでおやつが食べられるチケットだ。

 早めに登校して軽く腹に入れるもよし。放課後にデザートを食べるもよし。もちろんフードメニューにも使えるので、燃費の悪い彼女にはお得だろう。

 少女は装置を受け取るとこくりと頷く。

 

「私の監視も兼ねてるってことですよね? ありがとうございます」

「……わかっているならいい」

 

 淡々と答えつつ、内心舌打ちする。

 永遠の推測は正しい。

 装置は発信機も兼ねており、位置情報を二十四時間監視できる。

 説明するつもりだったが先回りされた。

 

 だが、これで「知らなかった」は通らなくなった。

 SDカードを捨てたり発信機を除去すれば「私は悪人です」と言っているようなものだ。

 

 相澤はもう一度口を開いた。

 根津は彼の後ろにいる。よほどのことがない限りは庇える。

 

「お前の戸籍を調べた」

「………」

 

 永遠は特に表情を変えずに見上げてくる。

 

「お前は約五年前――十歳の時に綾里家の娘として登録されている」

 

 対外的には『養子』とされているが、戸籍上は実子だ。

 

「登録以前の記録はない。両親、兄弟その他が一切不明。ある日突然、綾里夫妻によって拾われている」

「拾われる前のことは殆ど覚えていないんです。最初に見つけてくれたのは浩平――同い年の兄でした」

 

 養子にしようにも元の戸籍がなかった。

 故に、永遠は綾里家の娘として初めて登録された。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あらためて考えると物凄く怪しいですね、私」

 

 少女はバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

 怪しいにも程がある。

 子供を育てるには金も労力もいる。人や金が動けば違和感が生まれる。長期間、一般人が隠し続けるのは不可能と言っていい。

 何らかの組織や強力な(ヴィラン)が関わっているなら話は別だが。

 

「捨て子。身元不明。そのくせ妙な未来の記憶がある」

「お母さん達は何も知りません」

「そこは疑ってない。ただ、そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が存在する可能性はどうだ?」

「……わかりません」

「だろうな」

 

 シロにせよクロにせよそう答えるしかない。

 行っていいと顎をしゃくると、永遠はもう一度頭を下げてから今度こそ去っていった。

 エレベーターの扉が閉まり、駆動音が上っていく。

 後には静寂だけが残された。

 

「どう思う?」

 

 根津からの端的な質問に淡々と答える。

 

「演技にしては稚拙すぎます。本人はほぼ間違いなくシロでしょう」

「だろうね」

「はい。ですが――あれは明らかに異質です」

 

 

 

 

 

 根津はトガヒミコの減刑を確約しなかった。

 雄英校長も司法には口出しできない。できるのは伝手を頼って「お願い」する程度だ。やってみたけど駄目でしたという可能性は十分ある。

 永遠もトガも「仕方ない」と答えた。

 

 話を終えると少女達はスキンシップを希望した。

 

 場所は隣の部屋へ。

 マジックミラーによって監視可能となっており、根津は鏡の向こうに待機。相澤が部屋の隅に控えた状態で、少女達は生まれたままの姿を晒した。

 永遠がトガにカッターナイフを渡すと、トガの瞳に狂気が宿った。

 

「もう我慢しなくていいの?」

「いいよ、トガちゃん」

 

 その言葉がトリガーだった。

 

「カァイイ……。カァイイよう、永遠ちゃん」

 

 トガが、恍惚の表情で永遠を押し倒す。

 抵抗はなかった。

 カッターが永遠の手首に押し当てられた瞬間、相澤は反射的に動きだしそうになった。永遠自身の望みでなければ実際に動いていただろう。

 

 刃が引かれ、浅い傷がついて、鮮血が溢れ出す。

 “赤”。

 少女達の裸身に穢し、彩り、染めていく。

 

「あは」

 

 トガが傷口に舌を這わせる。

 ぺろぺろと、ぴちゃぴちゃと音を立てて血を吸い、唾液と混ぜあわせて飲み込んでいく。

 

「永遠ちゃん、永遠ちゃん。大好き。だぁい好き」

「ありがとう」

 

 永遠が微笑む。

 ただし、その微笑は涙に彩られている。痛みが自然と滲ませた涙だ。

 

 トガが血を味わううち、腕の傷は癒えていく。

 出血が止まり、傷痕が完全に消えるまでにかかった時間は一分程度。リカバリーガールの“個性”を受けているかのような回復力。

 するとトガはまた別の個所にカッターを押し当て、刃を引く。

 

 後はこの繰り返しだ。

 

 手首に、腕に、胸に、腰に、足に、耳に。

 新しい傷がつけられる度、トガと永遠の身体は赤く染まっていく。室内に響くのはトガのくすくすという笑い声と、永遠の苦悶の声。

 歪で、猟奇的で、一方的で、しかし、どこかたまらなく淫らな交歓は、終わってみれば三十分にも満たなかった。だが、傍観していた相澤には永遠のように長く感じられた。

 

 トガが永遠につけた傷、一つ一つは致命傷にほど遠い。

 次々に傷が治るせいで傷が積み重なることもなく、命の危険はないと判断せざるをえなかった。

 しかし、少女達が繰り広げた遊戯は明らかに常軌を逸していた。

 

 終わった後、トガは迅速にカッターを返却した。

 二人は永遠が持ってきたウェットティッシュで互いの身体をざっと清め、同じ階にあるシャワールームで血を洗い流すと、何事もなかったように服を着直した。

 あまりにも、あまりにも平然としずぎていた。

 

「トガちゃん、我慢できそう?」

「うん。だいじょうぶ。また来てね、永遠ちゃん」

「うん。また来るよ」

 

 トガは暴れることもなく元の部屋に戻り、拘束を受け入れた。

 そして、根津も含め三人で部屋を出たのだが。

 

 

 

 

「綾里君の“個性”はしぶといこと、だったね」

「ええ。身体が丈夫で、回復力も高い。治癒した後はより丈夫になると」

 

 間違ってはいない。

 丈夫なのも回復が早いのもその通りだ。

 だが、

 

「しぶといで済む範囲じゃない。あれではまるで再生だ」

「個性消去は?」

「効きませんでした」

 

 相澤の“個性”は蛙吹梅雨などの異形型には通用しない。

 永遠の治癒は任意発動型ではなく常動型――いわば彼女個人の「体質」だということだ。

 あれならば、あの少女が無茶をするのも頷ける。

 入試で0P敵を足止めしたのも、個性把握テストで全力を出し続けたのも、体育祭で切島の猛攻を耐えきったのも、当人の基準では()()()()()()()()()()()()()

 緑谷出久が本気で羨ましがりそうな“個性”だ。

 

「ふむ。“個性”届に具体的数値を記載しないのは普通だが――」

(いささ)か過小評価の嫌いがあります。この五年で成長したのか、意図的な過少申告か」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 防御系の“個性”の場合はままある話だ。

 どこまで耐えられるかを試していたら耐え切れなくなって死にました、では笑い話にもならない。具体的数値を取ったのはヒーロー科に進んでバックアップを受けてから、というのはよくある。

 もしそのパターンであれば、綾里永遠の“個性”には先があるかもしれない。

 

 意図的な過少申告だった場合はその理由が問題だ。

 単にトラブルを避けるためかもしれないし、何らかの悪意によるものかもしれない。

 

「そしてあの精神力か」

 

 果たして精神力で片付けていいものか。

 治るから。

 死ななければ大丈夫だからで血を流し、骨を折り、ボロボロになるのは狂人のすることだ。それこそ緑谷出久を見ればわかる。

 もちろん、ヒーローにはそうすべき時があるのも事実だが。

 

「除名するかい?」

「……いえ」

 

 そうしたいという気持ちを抑え、相澤は首を振った。

 

「ここまで首を突っ込んでしまった以上、彼女はヒーローになるべきです。雄英(ここ)で自分の身を守る方法とヒーローの在り方を学ぶべきだ」

 

 そうでなければ。

 きっと、綾里永遠という少女は敵に堕ちるか――若くして命を落とすことだろう。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 職場体験が始まるまではあっという間だった。

 

 放課後、私は大体一日おきにトガちゃんに会いに行った。最初にちょっとお話をして、それから過激なスキンシップをするのがいつもの流れ。

 愛情表現が痛いのとテンポが独特なのが困るけど、トガちゃんは悪い子じゃない。

 毎日会いに行かなかったのは、休みの日までは会いに来れないというのと、職場体験が始まるとなかなか時間が取れなくなるから。今のうちに慣れて貰わないと後が辛くなる。

 

「ここでの生活、大変じゃない?」

「ううん。殺して奪わなくてもご飯が食べられるのは快適なのです」

「そ、そっか……」

 

 さすがにその時は私の顔も引きつったけど。

 トガちゃんはしばらく雄英で保護することになったらしい。私の傍にいないと逃げる可能性が高い、と校長先生が進言した結果、各種取り調べ中および逮捕中の拘禁場所として「警察が雄英地下を一時借り受ける」という措置になったのだ。

 私が会いに行くのは構わないらしいけど、トガちゃんがいる地下の様子は二十四時間監視され、部屋の内部および周囲には警察の人も詰めている。当然、私とトガちゃんによる「特殊な趣味の人に高く売れそうな映像」も見られるわけで、それはちょっと恥ずかしい。

 ま、まあ、エッチな映像じゃないし、しょうがない。

 

「コスチューム持ったな」

「はーい!!」

 

 A組生徒二十人は雄英最寄り駅構内から出発となった。

 担任である相澤先生が付き合えるのはここまで。ここからは事前手配された切符やチケットを使って各体験先に移動しての活動になる。

 期間は一週間。

 体験先は結局、Mt.レディさんのところにした。生徒の中には九州まで行く子とかもいるけど、レディさんのところはそこまで遠くない。デクくんが中学時代、通学途中に出くわしていた通り割と近場だ。ただ、自宅から通えるかは微妙な距離なので雄英がホテルを取ってくれている。

 

 保須からは、ちょっと遠い。

 飯田君の様子を窺うと、彼はやっぱり思い詰めた様子だった。体験先はノーマルヒーローのマニュアルさん。原作と一緒だ。

 お兄さんを傷つけたヒーロー殺し・ステインと遭う可能性を考えたのだろう。

 何か言ってあげた方がいいのかもしれない。

 でも、怒りに燃えている彼に下手な綺麗事は逆効果。より頑なにしてしまうことを考えると何も言えない。

 

 ――ステインの件は原作より好転している。

 

 飯田君のお兄さん、インゲニウムから“個性”の証言が取れているからだ。

 対象の血液を取り込むことで行動不能にする。

 強力な“個性”だけど、わかっていればある程度は対処できる。前情報があった上でインゲニウムがやられた以上、ヒーロー側の警戒もより強くなっている。

 

 きっと大丈夫。

 なんなら飯田君やデク君の出番さえなく終わるかもしれない。

 

「永遠ちゃん、お互い頑張ろうね!」

「うん」

 

 不安を振り払った私は皆としばしのお別れをする。

 透ちゃんは結局、私とは別の事務所を選んだ。場所は――場所は、()()()()()()()()()

 

「念のため、私も注意しておくね?」

「……ありがとう、透ちゃん」

 

 わざわざそこを選んでくれた……というのは考えすぎかもだけど、私は透ちゃんの心遣いに感謝した。

 

「八百万さんはウワバミさんのところだよね? 頑張って」

「ええ。私なりに精一杯」

 

 本当に頑張って欲しい。CM撮影とか。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 電車で移動し、Mt.レディ事務所へ。

 

「雄英高等学校から職場体験で来ました、綾里永遠です」

 

 他生徒との被りはなかったようで私一人。

 受付で名乗ると事務スペースの方に通してくれた。

 全体的にこじんまりしたつくり(定期的に壊す人がいるからかも)で、トップであるレディさんも書類仕事をしていた。

 でも、私が行くとすぐに気づいて顔を上げてくれる。

 

「あ、トワちゃん! ようこそ! こっちこっち!」

 

 すごくフレンドリーだった。

 

「初めまして、綾里永遠でむぎゅっ!?」

「可愛い! ね、みんなもそう思うでしょ!?」

「キタコレ」

 

 近寄っていくなり抱きしめられ、サイドキックの皆さんに写メを取られる。

 いやまあ、金髪美女が幼女を抱きしめてるところは絵になるかもだけど……。

 

「まさかうちに来てくれるなんて! 指名した甲斐があったわ! これで勝つる!」

「むぐむぐ」

「せっかく来てくれたんだから、いっぱいお手伝いしていってね! パトロールも敵退治もひととおり経験させてあげるから!」

「ふがふが」

 

 嫌味みたいに大きな胸に顔を埋めながら、私は思った。

 ここに来たの、正しかったのか間違いだったのか、どっちだろう……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

職場体験

「どう、うちの事務所は」

「和気あいあいとしてて楽しそうです」

 

 挨拶して早々、皆でキタコレとは思わなかった。

 

「でしょう? アットホームな楽しい職場を目指してるのよ」

「ブラックな匂いがしてきました」

 

 ここはそういうのじゃないだろうけど。

 私の考えてることがわかったのか、レディさんは笑って、

 

「私、細かいことって苦手なのよ。だから他の人に任せて、じゃんじゃん駄目出ししてもらってるの」

「それは、気楽なのかそうじゃないのか……」

「ヒーロー事務所なんてどこもブラックよ実際」

 

 定時に出勤退勤とはいかないだろうしなあ……。

 

 事務スペースの一角にある応接セットで向かい合って談笑(?)する私達。

 Mt.レディさんのお仕事を止めちゃってる形だけど、サイドキックの皆さんからは「レディさんが手伝ってもそんなに仕事減らないんで、生徒さんの相手してください」って言われてた。

 レディさんはスタイルのいい金髪美女。

 ヒーローコスチュームが身体の線が出るボディスーツなので、男性からかなり評価されている。一方、パワフルな戦いぶりから女性人気も悪くない。

 

「私とトワちゃんって全然タイプ違うわよね」

「そうですね。指名いただいた時はびっくりしました」

「あはは。でも来てくれたんだ?」

「タイプが違うからこそ、だと思ったので」

「………」

 

 レディさんが一瞬、ぎらついた目で私を見た。

 何気ない動作で事務所内に視線を向けて、

 

「私ってこの業界じゃ新人でしょ? お給料もそんなに出せないから、働きたいって来てくれる人も少なくて」

「邪な目的の応募なら山ほどありそうですけど」

「論外に決まってるじゃない」

 

 そりゃそうだ。

 

「事務処理もできて、私の見せ場を奪わなくて、別方向から盛り立てられる子がいるといいんだけど」

「青田買いでもしないと難しいですよね」

「時に永遠ちゃん。卒業後はどうするつもり?」

「正直、安定収入と下積み期間が欲しいので……どこかの事務所のサイドキックになれないかと」

「そうすると地方より近場よね」

「雑用も嫌いじゃないので、小さめの事務所でいいところがあると嬉しいんですけど」

 

 二人して見つめ合ってゲスな笑みを浮かべる。

 

「思った通り、結構()()()わね」

「あの、私、失礼な口ききすぎてませんか?」

「大丈夫。そのくらい打算的な方が話しやすいから」

 

 Mt.レディ。

 “個性”を使って巨大化すると20メートル越えの巨体となるスーパー、もといウルトラヒーロー。

 23歳にして自分の事務所を立ち上げ、メディアやエロ目的の男性達まで利用して顔を売り、のし上がろうとする姿勢からかなりの野心家であることも窺える。

 

「さてトワちゃん。いちおー、一週間以内にひととおり説明するつもりだけど、どんなことが知りたいとかある?」

「学校では教えてくれないことを。事務所の細かな内情とかが知りたいです」

「その物怖じしない性格。イイわね。なんであなた一年生なのかしら。来年あたり新卒で入ってくる気ない?」

「雄英に飛び級はないと思います。残念ながら」

 

 私が卒業する頃には引く手あまたになってないかが心配なくらいだ。

 そう素直に告げると、レディさんは自尊心を刺激されたのかにんまりと笑みを浮かべた。

 

「よっし! それじゃあ、素直で良い子なトワちゃんに、お姉さんがいっちょ稽古つけてあげましょう!」

「レディさん。やりすぎて事務所壊さないでくださいね」

「大丈夫! “個性”は使わないから!」

 

 なんて答えたレディさんに、私はトレーニングルームへ連れて行かれて――。

 

 

 

 

 

 

「おらぁ!」

「げふぅ!?」

 

 女の子が出しちゃいけない声を思う存分出させられました。

 腰ががくがくになっても、恥ずかしい声が出てもレディさんは容赦なく()()立ててきて、私はされるがままになるしかなかった。

 お互い攻撃系の個性じゃないから素の身体能力だけ。

 にもかかわらず、レディさんは驚くほどパワフル。特にその長い脚から繰り出される蹴りは重く、まともに喰らえばそれだけで意識が飛んでしまいそうになる。

 

 殴られ蹴られ投げられ踏みつけられて。

 一時間くらい粘った末に気力が尽きた私は、トレーニングルーム内の道場っぽいスペースで大の字になって呼吸を整えるだけの生き物になった。

 

「駄目です。手も足も出ません」

「フフフ。強がってても所詮高校生。お子ちゃまに負けるほどプロヒーローは甘くないわ」

 

 純粋な格闘戦で負けたということ。

 私は“個性”も使った上で粘り勝てなかったのだから、つまりは完敗だ。

 

「まあ相手が悪いけどね。私は身体を張ってナンボだし」

「巨大化前の攻撃力がちょっとでも上がれば、巨大化後はそれの差が何倍にもなりますもんね」

「そういうコト」

 

 レディさんの売りは巨大化状態で繰り出される超攻撃力。

 その威力は技のキレと身体の作り込みに依存するわけだから、そりゃあ個性なしで戦ってもやばいくらい強い。

 

「もっと鍛えなきゃ駄目ですね、私」

「トワちゃんだって見込みあるってば。それだけ粘り強ければ、他のヒーローが到着するまでの繋ぎになるし。私とか」

「あはは……。サイドキックにはもってこいですね」

 

 でも、いつか独立することを考えたら、自分だけで勝てないといけない。

 透ちゃんに見せてもらった技術もまだまだモノにできてない。

 

 身体も技術も、もっともっと鍛えないと。

 敵は、物語の流れは待ってくれないんだから。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……冗談」

 

 綾里永遠が寝そべって休憩している部屋の外。

 一歩出てドアを閉めただけの場所で、Mt.レディは壁に手をつき眩暈を堪えていた。

 

「私が、体格の劣る女の子に根負けしそうになるなんて」

 

 他のヒーローが到着するまでの繋ぎ?

 冗談じゃない。

 一時間。腕っぷしが自慢のMt.レディが殴って蹴って踏みつぶしてようやく屈服させた。()()()()()()()()()()()()だ。

 倒しても倒しても起き上がってくるあの子は、敵から見ればオマケ扱いできるような存在じゃない。

 もちろんまだまだ経験不足。

 だけど、経験を積み、もっともっと身体を鍛えたのなら。

 

「イイじゃない」

 

 にっ、と、口元に笑みが浮かぶ。

 

「あのコに目を付けた私、グッジョブ!」

 

 ああいうのが下にいると張り合いも出る。

 とりあえず、激励の意味も込めてたっぷり「可愛がって」やろうと心に決めるMt.レディだった。

 

「でもとりあえずちょっと休憩したい……」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 職場体験、超ハードだった。

 

「あぁ……うちのベッドが懐かしい……」

「一週間ぶりに帰ってきたと思ったら、ホームシックか?」

 

 帰るなりシャワー浴びてベッドにダイブした私は浩平から見事に呆れられた。

 

「しょうがないでしょ。ほんとにきつかったんだから」

「プロだもんなあ」

「プロだもんね」

 

 お手伝いやバイトと本職の差っていうのはうちのお店で十分理解してるつもりだったけど、想像以上だった。

 プロ――その仕事でお金貰ってるっていうのはやっぱり凄い。

 

「具体的には何してきたんだよ?」

「んー……」

 

 ベッドで無駄にごろごろしながら私は唸って、答える。

 

「全部?」

「全部って」

「事務所の掃除でしょ、Mt.レディさんのトレーニングの相手でしょ、パトロールにも連れて行ってもらったし、実際(ヴィラン)に出くわすこともあったし、電話応対に備品の買い出しに、ファンレターの返信の宛名書きに、ああ、お昼ご飯作ったりもしたっけ」

「だいたい全部だな」

 

 うん、だいたい全部。

 慣れない作業が中心だったのもあり、毎日仕事終わりはくたくた。え、これから電車乗って家まで帰るの……? って絶望するような有様だったので、結局最後までホテルにお泊まりである。

 レディさんは「未成年じゃなければ飲みに誘うんだけどねー」なんて言いながら、週の半分以上は事務所に泊ってた。

 出勤してくるのが面倒臭いのと、夜間は活動するヒーローが減るのでかき入れ時なのだそうだ。

 

「敵と遭ったって、大丈夫だったのか?」

「うん、平気平気。あくまでお手伝いだし」

 

 宣言通りパトロールに連れて行ってくれたレディさん。

 近所の商店街とかでは人気者で、おじさんおばさんから「また壊すのは勘弁してくれよ」なんて冗談まじりに言われたり、小学生から「おっぱいでけー」って言われて「あぁん?」とガンを飛ばしてみたりと楽しそうだった。

 都合よく(悪く?)敵が出てくると呑気な雰囲気は一変。

 ひょいっと私の身体を持ち上げたかと思うと、レディさんは弾丸のように走り出した。

 

 その時に出くわした敵は巨体でもパワータイプでもなく、そのくせ逃げ足は速い奴だった。

 市街地が苦手なのを知っているのか偶然か、逃げ続ける敵を見てレディさんが取った行動は、

 

「飛んでけトワちゃん!」

「わわっ!」

 

 投げ飛ばされ、真っすぐに飛んだ私がステッキを一振り。

 星の飾りで思いっきりぶん殴ると、哀れ敵は盛大に転び、地面に頭を打って昏倒した。

 

「なかなかイイ飛び道具ね」

「私じゃなかったら大怪我になりかねませんよ!?」

「大丈夫。トワちゃん以外にはこんなことしないわ」

 

 そういう問題かな……?

 まあ、思った通りというかなんというか、私とレディさんは割と相性が良かった。巨大化しなくても長身でパワフルな彼女を小さな私が補える。

 飛び道具扱いはどうかと思うけど。

 

「お前の写真、ネットに上がってるぜ」

「嘘!?」

「本当だって」

 

 言って浩平はスマホを見せてくれる。

 なうでおなじみのあのアプリに、レディさんのファンが投稿した写真だ。敵を逮捕した後、ご褒美と称して抱きしめられた時のものみたい。

 

『色々小さい後輩の子とスキンシップをするMt.レディ様キタコレ』

 

 ついたコメントが「おい後輩そこ代われ」とかそんなんばっかりなのがさすが。

 というか、色々小さいは余計じゃないかな……?

 

「まとめサイトとか作られないように気を付けろよ」

「う、うん。いや、でもヒーロー的には本望なような……?」

 

 難しいところかもしれない。

 うんうんと私が唸っていると、浩平がぽすっとベッドに座った。

 

「こうやってるとただの永遠なんだけどなあ」

「なにそれ」

「なんでもねえよ」

「変なの」

 

 しみじみ言わなくたって私は私だよ。

 と、返そうと思ったけど、私は何も言わずに目を閉じた。夜八時過ぎ。寝てしまっても問題ない。晩御飯はレディさんがラーメン奢ってくれたし。

 

 ――私は、ヒーローになる。

 

 プロと一緒だったとはいえ、敵を相手にしても戦えた。

 あのロリコン相手に何もできず竦んでいた私じゃない。あの頃の私はもういない。綾里永遠はこれまでも、これからも変わっていく。

 打たれる度にタフになっていくのは身体だけじゃない。

 

 ごめんね、と。

 言いかけたその言葉も、私は飲み込んだ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私が職場体験に必死な間に保須の騒動は収束した。

 ヒーロー殺し・ステインの凶行と怪人・脳無の大暴れ。二本軸による騒動がほぼ原作通りに発生。脳無の数も原作通り三体。

 ただし、脳無と一緒に手だらけ男――死柄木が暴れた。

 USJで被害を小さく抑えた分、向こうもダメージが小さかったからだ。死柄木当人が動けるのに脳無を持ってきたのは、ヒーロー側の警戒が向こうにバレているせいだろう。

 

 死者三名。

 負傷者七十三名。

 

 大きな被害が出た。

 代わりに――と言っていいのかはわからないけど、ステインと対峙したノーマルヒーロー・マニュアル及び飯田君、救援に駆け付けたデクくんと轟君は軽傷で済んだ。

 マニュアルにステインの“個性”が伝わっていたことで飯田君達と共闘、情報共有ができた結果だ。

 

 死柄木側も、脳無が増えていた割には被害を抑えられた。

 これもヒーローの警戒が強まっていたお陰。でも、脳無こそ撃退したものの、死柄木を捕まえることはできなかった。マスコミが撮影した彼の姿は「ステイン逮捕」の報や死傷者数と一緒に報道され、全国に大きく知られることになった。

 これで敵連合の知名度が跳ねあがる。

 死者が出たことでヒーローへの批判も強くなる。

 そんな中で不幸中の幸いといえるのは、死柄木を「本名不明の敵」として広く手配できることだ。もともとUSJ襲撃の件で手配はされていたものの、ぶっちゃけ一般の人は「敵なんて数多すぎて一々覚えてない」状態。顔が知られたことで警戒は強くなる。

 

 ステインの仁王立ちもなかった。

 凄惨で、ある種の格好良さのある生き様に共感される敵は減るかもしれない。

 

 でも、歴史が変わっていく。

 

 ヒーローの対応は加速してるけど、一般への被害は増えた。

 私のやっていることは意味があるのか。

 平和な世の中のためにヒーローを目指しているのに、今起こっている事件に手を出せない。

 

 デクくんじゃないけど、歯がゆい。

 

 もっと、私にできることはないだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

期末試験(前編)

 透ちゃんとはメールで連絡を取った。

 世間話に偽装し、特殊な暗号(難しいのは私が読み解けないので、縦読みと斜め読みの複合だったけど)で話を聞いたところ、保須の件に助力してくれたらしい。

 死柄木に一発食らわせた後、すぐにステインの方に移動してこっちにも一発入れたとか。

 こんなことならもうちょっとぶん殴っとくんだったよ! って憤慨してたけど、それをやったら警戒されそうだし、やらなくて正解だと思う。

 

 次の登校日、デクくん達はちゃんと登校してきた。

 休み時間に皆と職場体験の感想を言いあったり、普通に授業を受けたり、まるで保須の件がなかったような日常を過ごして――。

 

「永遠ちゃん! 永遠ちゃん永遠ちゃん……! 会いたかったよう!」

「久しぶりトガちゃん。良い子にしてた?」

「はい。誰も殺したりチウチウしたりしてませんよう」

 

 放課後にはトガちゃんと会った。

 相澤先生が気を利かせてくれて、何度か電話だけはさせてもらってたんだけど、会うのは一週間と少しぶりだ。

 

「よく我慢できたね。えらいえらい」

「えへへ……。お肉とかパンとかザクザクしてました」

「そ、そっか」

 

 で、久しぶりということで、念入りにザクザクされた。

 治るからいいけど、痛いものは痛いし血も足りなくなる。カツ丼食べてから帰ろうと思いつつ、トガちゃんと拘束部屋に戻ってくると、

 

「仲が良いのはいいが、もうすぐ夏休みだぞ」

「えー、また永遠ちゃん忙しいんです?」

「別に夏休みだろうが校舎は解放されてるが、合宿があるからな」

「ああ、またお泊まりですね」

 

 合宿所が遠いからトガちゃんには会えなくなる。

 

「私もイク! いきます!」

「駄目に決まってるだろう馬鹿か」

 

 ストレートだった。

 はあ、と相澤先生は溜め息をついて、

 

「トガヒミコ。お前、こいつを切り刻んでるせいで自分の刑期が伸びてる自覚あるか?」

「?」

「お前の動向はあまさず録画されてるんだぞ? 同年代の女子を嬉々としていたぶる奴なんぞ、精神に問題ありと見做されて当然だ」

「私はいわゆる錯乱状態にあると主張します」

「自分で言っちゃった……」

 

 まあでも、そりゃそうだ。

 リハビリのためとはいえ、私の身体ざくざく切り刻んでたら見るからに猟奇犯罪者だ。

 でも、社会復帰するためにはリハビリが必要だし……。

 

「永遠ちゃんが会いに来てくれるなら懲役百年でもいいのです」

「こんな特殊な面会が許されるかは校長と警察が交渉中だ」

 

 駄目です、って言われても「そりゃそうですよね」って話だ。

 できれば通って欲しいところだけど。

 

「永遠ちゃんが合宿行かなければいいんだよ!」

「そりゃ名案だ」

「相澤先生!?」

「半分くらい冗談だ」

 

 トガちゃんと手を振って別れ、二人でエレベーターに乗った後、相澤先生は話の続きをしてくれる。

 

「お前、合宿で何するのかわかるか?」

「? ええと、“個性”の強化ですか?」

「そうだ。お前、今更あらたまって必要あるか?」

「……そう言われると、ない気もします」

 

 原作では合宿半ばくらいで襲撃を受けたわけだけど、訓練の様子もある程度描かれていた。

 身体能力や戦闘技術ではなく“個性”そのものの強化。

 どうやって強化するかといえば、主に“個性”を使いつづけるというアバウトかつストレートなもの。

 

 で、私の場合は何をするかというと――文字通り、徹底的に身体を痛めつけることになると思う。骨を折ってみたり、切り傷刺し傷を作ってみたり、硬いものを殴ったり硬いものに殴られたり。

 気のせいか、さっきまで似たようなことしてましたね……? 個性強化なら二十四時間トガちゃんと一緒にいればいいんじゃ? っていう話だ。

 

「いや、でも、私だけ特別扱いは」

「そうだな。非合理的だが仕方ない」

 

 良かった、ちゃんと合宿行けそう。

 

「そもそも候補地の選定、合宿を実施するか否かが審議中だけどな」

 

 あ、それも私のせいですよね……。

 

「ご面倒おかけします」

「そう思うなら面倒を増やすな」

 

 相澤先生はこういう時、全然優しくない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「期末試験の割り振りですが、残り二人で少し迷っています」

「瀬呂・綾里か」

「余ってるミッドナイトじゃ駄目なのかYO?」

「女の子だと眠り香の効果が落ちるのよねぇ」

「なるほど」

 

「他の組と入れ替える手もありますが……」

「綾里永遠は得手不得手が非常に極端です。例えば、パワー不足だからとセメントス先生のところへ放り込むと――」

「閉じ込められただけで詰みですね。そして、そうしない理由がない」

「むう……」

「補いようのないピンチを作るのは本意ではないね」

「オールマイト先生に宛がうのは意外とアリなんですが、緑谷・爆豪ペアは崩したくない」

「ですね」

 

「………」

「ま、なら、あたしがそのまま担当するわよ」

「いいんですか?」

「効かないわけじゃないしね。小さい身体なら回りも早いでしょ」

「では、それでお願いします。殴ってこない敵への対策を強いるのも悪くない」

「了解。たっぷり可愛がってアゲル」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 イベント目白押しすぎて本当にあっという間だったけど、期末試験がやってきた。

 

 期末までの日々は特筆することはなく。

 授業を受けて、トガちゃんに会いに行って、休日は自主練もしくは透ちゃんと特訓。一つ終わったと思ったら次のイベント準備でスケジュールが埋まるっていう、雄英の過酷さがよくわかる。

 その間、私が重点的に鍛えたのは機動性と攻撃力。

 とにかく足腰の強化、それから少しでも力をつけて一発の威力を上げる。太ったりして体重増やすことも考えたけど、カロリー消費量を考えて断念した。

 

 期末は筆記試験と実技試験の二段構え。

 二人ずつに分かれてプロヒーローと戦うっていう鬼畜仕様で、組み合わせが原作通りなら私は瀬呂君とミッドナイト先生に当てられる。

 ただ、そのまま私に当ててくるかというと微妙なところなので、これに関しては「予想するのは無理」と結論づけた。

 外部からMt.レディさん呼んできました、とか言われる可能性もあったし。

 

 ――で。

 

 筆記試験は可もなく不可もなく済んだ。

 結果発表はまだだけど、十分な点数は取れてると思う。百ちゃんのお宅にお邪魔して勉強会をさせてもらったのも効果があったかも。

 

 肝心の実技試験だけど、組み合わせと担当教師は原作通りだった。

 

 

 

 

 

 

「綾里とか。よろしくな」

「うん。よろしく、瀬呂君」

 

 ペアは瀬呂君と私。

 担当教師はミッドナイト先生。場所はUSJの山岳エリアの一角。

 どうしてだろう、と、相澤先生の様子を窺ってみるけど、彼は私に一瞥もくれなかった。

 

「それじゃあ二人とも。移動するわよ」

「は、はい」

「はいっ」

 

 実技試験は三十分の時間制限つきだ。

 勝利条件は「ペアのどちらかがステージから脱出すること」もしくは「ペアに一つだけ支給されるハンドカフス(いわゆる手錠)を教師にかけること」。

 ステージは壁で囲まれ、出入り口は小さなゲートが一つきり。

 教師陣はハンデとして、体重の半分の重さのウェイトを付ける。

 

 相手はプロヒーロー。

 彼らを敵と仮定し、打倒するか逃げて応援を呼ぶ――というのが想定するシチュエーションだ。

 

 ぶっちゃけ超キツイ。

 頑張ったら勝てるようには設定されてるんだけど、その「頑張る」ががむしゃらに立ち向かうこととは限らない。多くの場合、生徒には「苦手な状況をどうにかすること」あるいは「ペアとの連携を密にすること」が求められる。要は頭を使ったりコンビネーションを駆使しないと勝てないかもしれないということ。

 

「ミッドナイト先生の“個性”知ってるよな」

「うん。眠り香……嗅いだ人を眠らせちゃう香りだね」

「とにかく嗅がないようにしないとな」

「でも、息をするなって相当厳しいよね……」

 

 ステージはそれなりの広さがある四角いエリアだ。

 生徒ペアは中央あたりに配置され、教師側は不明だけど生徒から離れた場所からスタートする。普通は一つきりのゴールを守るだろう。

 USJ山岳エリアは剥き出しの地面のあちこちから岩が突き出したような地形だ。

 勾配も地面の凹凸もあり、走りにくいことこの上ない。移動にいつもより体力を使う分、全力疾走したり激しい運動をすると()()()()()はず。

 

『皆位置についたね』

 

 放送は救護班、リカバリーガールのもの。

 

『それじゃああ今から雄英高1年期末テストを始めるよ!』

 

 私と瀬呂君は頷き合う。

 

『レディィーー、ゴォ!!!』

 

 試験が始まった。

 

 

 

 

 

 

「どうする!?」

「いったん作戦会議しよう!」

 

 私達はゲートから逆方向に歩いて移動しながら方針を話し合う。

 ステージが広いとはいえ、端から端まで走っても多分、五分くらいしかかからない。チャンスは多くないけど時間は十分ある。

 

「眠り香を吸わないのが一番なんだけど……。瀬呂君が飛びまわれるような高い障害物もないんだよね」

「ああ。岩はあるけど高さがないから方向が限られる」

 

 一番高いのが壁とゲート。

 ゲート付近まで近づければセロテープを貼り付けて一直線にいけるかも、っていうくらいだ。

 単に息を止めるっていうのも難しい。

 ミッドナイト先生は眠り香に頼りっきりのヒーローじゃない。だいたいいつも持ち歩いてる鞭は射程距離がある上、パワー不足を補える優秀な武器だ。

 

「綾里ならある程度耐えられるんじゃないのか?」

「女の子の方が効きづらいらしいけど、具体的にどのくらいかがわからないから……」

 

 男子なら一呼吸、女子なら二呼吸、とかだったらぶっちゃけ大差ない。

 

「先生をテープでぐるぐる巻きにすれば眠り香は出せないかもだけど」

「それができたらもう勝ってるだろ」

「ほんとだ」

 

 話し合ってもいい案は出なかった。

 百ちゃんがいればガスマスクを作るところ。爆豪なら爆発で眠り香を散らせる。飯田君やデクくんの機動力なら一瞬で懐に飛び込めるし、飛び道具が使える子なら眠り香の範囲外から攻撃できる。

 でも、私達の“個性”だとそれは厳しい。

 ミッドナイト先生を誘い出そうにも、出入り口が一つしかないから難しい。

 

 現実的な範囲で取れる作戦は、

 

「俺のテープで引きつけてる間に綾里が突破……くらいか?」

「……それくらいだね」

 

 実は私にはもう一つ、突破できる可能性があるんだけど――正直、全く確証がない話なので言えない。

 時には分の悪い賭けも必要だけど、前提条件さえ不明な賭けは危険すぎる。

 

「なら、瀬呂君。具体的な手順は――」

「――ん、了解」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 永遠の予想通り、ミッドナイトはゲート前で待ち受けていた。

 彼女のヒーローコスチュームはSMの女王様が身に着けるようなボンデージ。豊かな乳房は肌色の極薄タイツを着ただけの状態で露出しており、男子生徒は目のやり場に困る。これは、厚着すると眠り香が散布しにくいためだ。

 手には愛用の鞭。

 かなりの長さがあるため、扱いには熟練が必要だが――ミッドナイトが使えば攻防一体、足りないパワーとリーチを補うことができる。

 

 もちろん、ミッドナイトには場を離れる気は毛頭なかった。

 

 接近距離は彼女の領域。

 見晴らしのいい場所に陣取り、息を止めて近づいてきた相手に二、三度攻撃、足止めして呼吸をさせてしまえば、それで終わり。

 女子である綾里永遠なら一息でこてんとはいかないだろうが、それだって意識は鈍る。

 戦闘経験の少ない未成年二人が相手など、ミッドナイトには児戯に等しい。

 

 と。

 

「……来たわね」

 

 右前方から駆けてくる小柄な姿。

 永遠は、呼吸を気にするように余裕のあるスピードで接近してくる。右手には魔法少女のようなステッキ、左手には瀬呂の出したものだろうテープを持っている。

 なるほど、あれを貼ればしばらくは呼吸を止められる。

 とりあえず一撃。

 鞭を振るうと、立ち止まってバックステップ。かわされた。

 

「職場体験、Mt.レディさんのところに行ったんです!」

「そうらしいわね」

 

 意図が読めない。

 奇襲を諦めたのか、世間話を始める。眠り香の有効範囲からは外れているが……本命の瀬呂の奇襲に備え、注意を逸らすつもりか。

 そうはいかない。

 何故、ここでMt.レディの話を持ち出してきたのか知らないが、冷静な思考を止めるつもりは、

 

「お二人を間近で見た感想ですけど、レディさんの方が綺麗ですよね!」

「っ、このガキ……っ! 今なんて言った!?」

 

 鞭でもう一撃。

 ステッキで弾かれた。距離が遠い。

 一歩踏み出しかけてはっとする。相手の術中に嵌まりかけている。あの女とミッドナイトが不仲――というか、ファンの奪い合いをしているのは周知の事実。そこを突いて怒らせようとしているだけで、

 

「Mt.レディさんは格好良かったです! 若くて、綺麗で、野心的で! 世代交代を感じちゃいました!」

「胸も身長もないロリが!」

「大きい人には絶対狙えない需要ですもんね!」

「そんなに鞭を味わいたいなら……イイわ! 教育してあげる!」

 

 試験とかなんだとか、頭から吹き飛んだ。

 前進しながら大きく鞭を一振りするミッドナイト。このロリ娘は耐久力が高いので大変だろうが、その分、長く楽しめるというもの。

 思わず嗜虐的な笑みが口元に浮かび――。

 

 横合いから放たれたセロテープが、鞭の柄付近に接着した。

 

「しまった!」

 

 驚きに頭が冷えた時には、瀬呂がミッドナイト自身に向けてセロテープを発射してきていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

期末試験(後編)→ショッピングモール

「……やられたわ」

 

 試験終了後、ミッドナイトは苦笑と共に手を差し出した。

 ぎゅっ、と。

 ぎゅううう~っ、と、綾里永遠の手を握りしめて告げる。

 

「やるじゃない、小娘」

「生意気な口をきいてすみませんでした。後できちんと謝らせてください」

 

 と、試験中とはうって変わって、少女はひどく申し訳なさそうに言うのだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 時は遡って――。

 

「くっ……!」

 

 ミッドナイトは瀬呂のテープをかわしきれなかった。

 ぐるぐると腕に巻き付く。

 タイツを破くか、と、僅かに思考する間に「ぐっ!」とテープが引かれる。どうやらこの場から動かすのが目的らしいが、

 

「甘い!」

 

 鞭と腕、くっついた二本のテープをまとめて引っ張り返す。

 

「なっ!?」

「女だからって甘くみたでしょ? 残念! 筋トレが足りないわね!」

 

 引っ張ろうとした瀬呂を逆に引っ張り、眠り香の効果範囲に誘導。

 瀬呂もコスチュームのマスクのせいで若干、“個性”の効きが悪そうだが――。

 

「なら実力行使で……!」

「ふんっ!」

「ぐはっ!?」

 

 一発ぶん殴ったら悲鳴を上げて息を吐いた。反射的に深く呼吸した彼はがくん、と崩れ落ちながらも更にテープを出し、ミッドナイトの鞭を念入りに接着。

 こうまでされたら鞭は使えない。

 ミッドナイトは愛用の武器を放り捨てる。痛いが、こちらも片方を無力化した。永遠(しつれいなこむすめ)一人ならどうとでもなる。

 まずはタイツを破って拘束を解こうと空いた手を伸ばし、

 

「むぐむぐ(隙あり)!」

「おっと」

 

 すかさず攻めてきた永遠をギリギリでかわす。

 少女は口にテープを接着済み。

 数十秒から一分という時間を彼女は手に入れたが、戦闘するにはあまりに短い。

 

「身体で教えてアゲルのもそそるじゃない!?」

 

 蹴りを見舞えば、永遠はステップして回避。意外と素早い。だが、ゲートから遠ざけることに成功。ミッドナイトが立ち塞がっている限り、簡単には抜けさせない。

 永遠はステッキの柄を捻って仕込み刃を晒して構える。

 刃物は珍しいが、禁止されているわけではない。刃渡りからして殺傷目的ではなく、怪我をさせて継戦能力を奪うのが目的だろう。

 

「むぐーっ!」

 

 速攻。

 猫か何かのような俊敏さで飛び込んできた少女はステッキを一閃。回避はできない。ゲート前から離れられない。舌打ちしつつ腕を持ち上げる。瀬呂と繋がっている方だ。

 テープを切断してくれれば。

 しかし、永遠は素早く武器を引いた。かと思えば身体を捻りながら左手を閃かせてくる。いつのまにかその手に握られているのは――拘束用のカフス!

 

 かちん。

 

 手首にカフスが嵌まる。

 でも、永遠の腕には固定されていない。嵌める暇がなかったのだろう。もう一方がぶらぶらした状態では無意味だ。

 ならば、

 

「おらぁ!」

「む、ぐううぅっ!」

 

 今度こそ、蹴りが決まった。

 少女の軽い身体が吹っ飛ぶ。だが、永遠は右腕を振りかぶっている。

 左腕。

 ステッキの先、刃がタイツを破り、自由な方の腕に突き刺さる。鋭い痛み。

 

「こ、のっ!?」

 

 頭に血が上る。

 だが、追撃はギリギリで取りやめた。吹き飛んだ永遠が眠り香の圏外に逃れていたからだ。少女は念を入れてバックステップしながら、口のテープをばりばりと剥がす。粘着力のせいで皮膚まで剥がれているが、お構いなし。剥がれた傍から治り始めている。

 呼吸が再開。

 互いに距離を詰められないまま睨みあう。時間はなんだかんだで十五分過ぎ。()()()()()。小さいとはいえ出血があり、二十キロ以上ある重りをつけた状態で、更に瀬呂という重りとハンドカフスという弱点をぶら下げて、だ。

 どう出る?

 気づけば、全く気の抜けない状態に追い詰められている。腕のステッキか瀬呂のテープを排除したいが、永遠は息を整えながらも走り出せる態勢にある。

 

 永遠が取れる手段は三つ。

 突破。

 カフスのもう一方に自分の腕を通す。

 そして、ミッドナイトを殴り倒す。

 

 どれがフェイントで、どれが本命になるか。

 

「……っ!」

 

 来た。

 唐突に、小さな身体が跳ねる。

 右手は握り拳。左はスカートのファスナーを下ろし、顔に向かって投げつけてきた! 若さのアピールかむかつく、なんて言ってる場合ではなく、視界を一時的に隠された。

 

「ウザったい!」

 

 腕を振って跳ねのける。

 同時に足を振り上げる。狙いも碌に付けられなかったが、脇腹にヒット。それでもカフスに伸びる手。半身を下げる形で妨害。

 少女の口元に笑み。何だ。もう一方の手がステッキを掴んで引き抜く。今更?

 永遠は衝撃に後退しながら、身体の捻りも使ってステッキを投擲。反射的に腕で庇う。だが、狙いはミッドナイトではなかった。

 

 刃が、瀬呂の腕に突き刺さる。

 

「瀬呂君! ダッシュ!」

「っ!?」

 

 痛みが覚醒をもたらす。

 起き上がろうとする瀬呂。同時に駆けてくる永遠。ミッドナイトは咄嗟に少女の迎撃に動きながら、ああ、間に合わないなと思った。

 先の繰り返し。

 突破と捕縛と打倒の三択を迫ってくる永遠にかまけた数秒のうちに、瀬呂がゲートにテープを伸ばし、そして、ミッドナイトにくっついたテープを剥がした。妨害が間に合わない。テープが巻きとられ、

 

「うおお、肩痛え……!」

 

 逃走成功により綾里・瀬呂チーム、合格。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「合格はしたけど、綱渡りだったわね。ちゃんとした講評は後で出すケド、あんたは選択肢を広く持ちすぎて逆に決定力不足。瀬呂君は最初の作戦に拘りすぎて判断を誤ったんじゃない? あたしが序盤に挑発された時点でこっそり突破できたと思う」

「仰る通りです……」

 

 ほっとしたら眠気が来たのか、もう一回寝た瀬呂君を救急箱で治療しながらミッドナイト先生が言う。

 私は色んな意味で反省しつつ、責任を持って先生の肩を消毒し、包帯を巻いた。

 

「まあ、何にせよおめでとう。っていうかアナタ、何で起きてるわけ? この辺、まだあたしの“個性”が効いてるわよ? 試験中はうまく呼吸をコントロールしてたケド」

「いえ、かなり眠いんですよ?」

 

 肩に突き刺した眠気止め(ステッキ)を指して答える。

 

「そこまでするなら寝なさい」

「でも、せっかくなので耐性をつけておきたくて」

 

 ミッドナイト先生の表情が変わった。

 

「待ちなさい。アナタ、状態異常にも強いわけ?」

「そうみたいです。今日、初めて知りました」

 

 抗体的なものが眠り成分を端から食い止めてくれているのだろう。

 お陰で今もこうしてギリギリ耐えられている。

 試験中は確証がなかったので耐えられない前提で動いていた。次にこういうタイプと当たる時は取れる手段が増えそうだ。

 

「食えないガキね」

「本当にごめんなさい」

 

 他に見ている人もいないので土下座して謝った。

 

 

 

 

 

 期末試験が終わると、いよいよ夏休みと林間合宿がやってくる。

 

 林間合宿は一週間にわたって行われる強化合宿だ。

 相澤先生から配られた要綱には例年の実施内容を元に概要が書かれていた。持ち物とか、あとは合宿所の場所とか、大雑把な日程とか。

 この通りに行かないのを私は知ってるけど、みんなは当然そんなことは知らない。

 

 水着とかアウトドア用の靴とか、記載された持ち物をわいわいと声を上げ、

 

「じゃあさ! 明日休みだし、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

 透ちゃんが原作通りに買い物を提案した。

 

 

 

 

 

『合宿の前にみんなで遊びに行きたいよね!』

 

 そんな話は、前もって透ちゃんからされていた。

 永遠ちゃんの()()通りに誘っていいのかな? と、暗に確認してくれたのだ。

 

 原作では合宿前のショッピングで死柄木が現れている。

 荒事には発展しなかったものの、デクくんを脅迫まがいに一時拘束、雄英やヒーローにプレッシャーを与えていた。

 描写的には偶然の遭遇にも見える一件。

 一方、何かを間違えていれば大事件になっていたかもしれない出来事。

 

 私は透ちゃんにこう答えた。

 

『そうだね。お買い物とか?』

 

 ゴーサイン。

 相澤先生や校長とも相談済みだ。

 偶然なら同じことが起こるとは限らないし、逆に故意ならキャンセルしても別の形で起こる。

 原作で死柄木が引いたのは、話の途中でお茶子ちゃんが来たせいだった。

 下手に変えて悪い結果になったら目も当てられないので、ここはできるだけなぞった方がいい。

 

 というわけで、

 

「永遠ちゃんも水着買おうよ!」

「いや、私は中学のやつ(すくみず)がまだまだ使えるし……」

「大人っぽいの買ったら成長するかもしれないよ!」

「逆に?」

「逆に!」

 

 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端、と巷で話題の木椰区ショッピングモールにやって来ました。

 馬鹿らしいと切って捨てた爆豪とか、お母さんのお見舞いに行く轟君とか不参加の子もいるけど、暇な面子は皆集まった。

 モールの近くで集合して一緒に中に入ったら、欲しい物が一緒の子とか気の合う子同士で自然と散らばっていく。その後は合流したりしなかったりしながら遊ぶ感じ。

 

 私は自然と透ちゃんと一緒になった。

 ファッションフロアに向かって歩きながら、ちらりと後ろを振り返る。デクくんとお茶子ちゃんが取り残された感じで所在なさげにしていた。

 

「気になる?」

「うん。……青春って感じだよね」

「わかるー!」

 

 取って付けたような理由だったが、透ちゃんは乗ってくれた。

 

「後つけちゃおっか?」

「いいの?」

「もちろん!」

「……ありがとう、透ちゃん」

 

 持つべき者は友達である。

 事情を知っていて相談できる誰かというのがこんなにありがたいとは。

 逆に言うと、相澤先生や校長は内通者の件で窮屈な思いを強いられているんだよね……。

 

「あ、ごめん。その前にトイレ行ってきてもいいかな?」

「おっけー! じゃあ、先に尾行しとくから後はメールで!」

「ん、わかった」

 

 手を振って別れ、小走りにトイレへ向かう。

 もし騒ぎになっちゃうとトイレどころじゃなくなる。原作通りに死柄木が接触してくるとしても若干時間があるはずだから、ここがチャンス――。

 と。

 考え事をしていたら前の人とぶつかってしまった。ふらついた私をぶつかった人が支えてくれる。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、すみません、ぼうっとしてて……っ」

 

 顔を上げて、ぞくっとした。

 フードを被ったやせ型の若者。髪は長くぼさぼさで、笑みを浮かべているのに瞳は妙に濁っている。

 嘘。

 何で私が。

 

 ――死柄木弔。

 

 硬直した私に死柄木が囁く。

 

「こんなところで会うとは思わなかったよ、雄英高校。お前、黒霧に殴りかかった奴だろ?」

「……こんなところでお買い物ですか?」

 

 表情を取り繕って尋ねると、くくっ、と低い笑い声。

 

「分を弁えてるじゃないか。そうだ。俺はいつでもお前を壊せる。ちょっと話をしようぜ」

「わかりました」

 

 そう答えるしかない。

 大事を取って誰か――オールマイトか相澤先生が近辺に待機しているはずだけど、死柄木は原作でこう言っていた「捕まるまでに二、三十人は殺せる」。あれはハッタリでもなんでもないはず。逃げる人達を追いかけて、片っ端から触るだけでいいんだから。

 騒ぎになって困るのは私の方。

 

 仲の良い兄妹を装うように手を繋いで歩く。

 死柄木の指は不自然に一本だけ離れていたけど、それは五本全てで触れると“個性”が発動するからだ。

 

「ソフトクリームでも買ってやろうか?」

「子ども扱いしないでください。食べます」

「……食べるのかよ」

 

 食べ物に罪はないもん。

 甘いソフトクリームで気持ちを落ちつけながら、近くのベンチに座る。透ちゃんか、他の子でもいい。誰かが見つけてくれるのを期待。

 それとも、下手に見つからない方がいいだろうか。

 死柄木の意図がわからない。私に声をかけてどうするつもりなのか。原作のデクくんみたいな受け答えを期待されても困る。

 それに、彼を追い詰めるとまずいのは変わっていない。

 

 こんなところでオールマイトとAFO(オール・フォー・ワン)の対決が起こったら、最悪だ。

 

「手配書が出回ってるのに余裕ですね」

「顔が隠れてる手配書に意味なんてあるか」

 

 ごもっとも。

 出回っている手配書は例の手だらけ状態だ。

 誰も死柄木の素顔を知らなかったのだから仕方ない。

 今、こうして座っている彼と手配書の敵、一致させられる人間はそういないだろう。

 

「保須の件は知ってるだろ」

「ええ。百人近い人を傷つけてくれましたよね」

「こっちも脳無(おもちゃ)を壊した上に、一躍人気者だ」

「お陰で手下が増えたんじゃないですか?」

 

 うっかり「何人くらい」って教えてくれないだろうか。

 トガちゃんが抜けた分、単に戦力ダウンしてるんならいいんだけど――思わぬ追加要員がいると困る。

 

「あぁ……。暴れたい馬鹿どもが集まってきてる。ヒーロー殺しに憧れた奴も、な」

「どっちが多いんです?」

「……お前。見かけによらず頭が回るな」

 

 喋りすぎた、と後悔している間に、死柄木は「まぁいい」と呟いた。

 

「ステインにかぶれた奴の数は少ない。だが、質は良い。疑問なんだよ」

「疑問?」

「平和だの誇りだの、そんなものがどうして持て囃される? やりたいことをやればいい。たった三人の死者に民衆がどれだけ怒った? 死ぬのが嫌なら自分で敵をぶっ殺せばいいのに」

 

 疑問の解消。

 私を捕まえて話をしようとした目的は、どうやらそれらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ショッピングモール→合宿

「どうして人に強制する? 民衆が上でヒーローが下なのか? だとしたら奴らは随分と勝手じゃないか?」

 

 死柄木は『成長する敵』だ。

 初登場時の彼には黒霧以外の幹部がおらず、チンピラ同然の配下を率いていた。

 目的意識も希薄。

 USJでオールマイトを狙ったのは、単に「一番強い奴を倒したい」という欲求だったと思う。

 

 だけど、ステインへの劣等感が彼に疑問を抱かせた。

 デクくんに疑問を問いかけ、答えを得ることで、彼は目標を手に入れる。平和の象徴(オールマイト)を崩すことで混沌を作り出すという目標を。

 それが原作の流れ。

 

 ――でも、この世界のステインは「悪のカリスマ」になりきれなかった。

 

 割とあっさり逮捕されたせいで、死柄木は「負けた」とまでは思ってない。

 デクくんがUSJで暴れなかったことで、彼への興味も薄くなってる。

 

 だから、話し相手は私でも良かった。

 だから、彼の疑問はベクトルが違っている。

 

 根っこの部分は同じなのかもしれないけど。

 

「……そうですね。いつの時代も、人間は勝手な生き物です」

 

 保須の一件でヒーローは盛大なバッシングを受けた。

 『死者三名』。

 この言葉が新聞でもテレビでもネットでも連呼され、怠慢だ失態だオールマイトがいなかったからだ、と言いたい放題に言われている。

 扇動しているのはマスコミ。

 だけど、騒ぎが大きくなったのは一般の人達の中に恐怖と怒りがあるからだ。

 

 茶の間でみかん片手にテレビを見ながら。

 さも当事者のように文句をいう。

 そこに思うところがないかといえば、答えはノーだ。

 

「でも、あなたはただの犯罪者です」

 

 死柄木は怯まない。

 

「法律がなんだ。あんなもの、ただの押し付けにすぎない。弱者が強者を縛り付ける論理だ」

「誰だって死にたくないからです。死にたくないから『殺しちゃ駄目』『壊しちゃ駄目』ってルールを作って、皆で守ろうとするんです」

「死にたくないなら強くなればいい。どうして弱い奴が強い奴を脅して、寄ってたかって捕まえて、罰を強制する?」

「弱肉強食を続けていたら、行き着く先は地獄です。自分が虐げていた相手が明日、強くなって自分を殺すかもしれない。そんな世の中がいいんですか?」

「殺されたんならそいつが弱かっただけだ」

「黒い霧の人に頼りっきりの人が何を言って……っ!?」

 

 ぎち、と、繋がれた手が軋む。

 腕一本くらいなら持っていかれてもいい。

 でも、荒事はまずい。

 

「………」

「誇りはどうだ。ヒーロー殺しと俺と何が違う」

「わからないものは怖いじゃないですか。一貫して筋が通っている犯罪者は、許せないけど理解はできるんですよ」

 

 原作のデクくんが「理解」と「納得」という言葉で説明したのと同じこと。

 

「……それが『本物』と『偽物』って訳か」

「……どうでしょう。ヒーロー殺しの勝手な理想かもしれません。私にしてみれば、あなたもステインも犯罪者です。理解できない犯罪者と、理解できる犯罪者」

「口の減らないガキだ」

「私、高校生です」

 

 手の痛みは更に強くなる。

 死柄木はしばらく黙った後、呟くように言った。

 

「綾里。綾里永遠、だったか」

「気持ち悪いから名前覚えないでください」

「っ、ははは……っ」

 

 言った傍から気持ち悪い笑い方をする死柄木。

 くっくっく、と、低く笑い続けて、

 

「なあ、優等生。お前はなんでヒーローを目指してる?」

「平和が欲しいからです。敵はたくさんいます。黙ってても平和にはならないので、仕方なくヒーローになることにしました」

「へえ。……仕方なく。仕方なく、ねえ」

 

 なんだろう、本気で気持ち悪い。

 これ以上、会話を続けていたら不快感でどうにかなってしまうかもしれない。

 

「平和か」

 

 死柄木の独り言。

 

「平和。平和。平和。……なるほどな、よーくわかった」

 

 駄目だ。

 背筋に悪寒が走る。良くない流れだ。顔を上げてはいけない。見たくないものを見てしまう。

 わかっていたのに。

 私は死柄木の顔に視線を向けてしまった。

 

「オールマイトだ」

 

 ああ。

 見てしまった。

 原作の、ただの絵でさえも「最高に気持ち悪い」と思った死柄木の顔。

 

 ()()()()()

 

 彼は悟ってしまった。

 変えようのない絶対悪として、正義に対する敵対をあらためて心に決めてしまった。

 収束する。

 変えようのない運命であるかのように、死柄木は目的を見つけてしまった。

 

 と。

 

「綾里。何をしている」

「……ぁ」

 

 気づくと、すぐ近くに小汚い男がいた。

 髪はボサボサで目つきが悪い。といっても死柄木が増殖したわけじゃない。イレイザー・ヘッド。相澤先生だ。

 

「連れに何か用ですか?」

「………」

 

 先生と死柄木が睨み合う。

 手が離れた。

 私はソフトクリームの包み紙をくしゃっと潰しながら相澤先生に駆け寄り、彼の背中に隠れた。

 にっこりと、わざとらしい愛想笑いを浮かべる死柄木。

 

「やだなあ。迷子を保護しただけですよ」

「そうですか。ありがとうございます。では、もう大丈夫ですので丁重にお引き取りを」

「言われなくとも」

 

 立ち上がる死柄木。

 突如、彼の身体を黒い霧が包み、隠していく。どこかに黒霧が待機していたらしい。死柄木の“個性”は先生が封じてるけど、本体が見えなければワープは封じられない。

 まあ、いずれにせよ、私達は彼を逃がすしかない。

 

 一呼吸の後には、死柄木はその場から完全にいなくなっていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 警備員に迅速に通報、モールは一時的な非常措置が取られた。

 被害者はなし。

 一方で(ヴィラン)を発見することもできず――私は目撃者兼被害者ということで詳しい事情聴取やら似顔絵作成やらに協力させられ、夜まで拘束されることになった。

 

 夕飯は取調室でカツ丼大盛り(相澤先生の奢り)を食べた。

 これで死柄木の手配書には素顔が追加される。

 

 迎えに来てくれたお母さんには泣かれてしまった。

 傷一つ無いからって言ったんだけど、そういう問題じゃないって。

 他の人の代わりに危ないことをするのがヒーローなんだけど、きっと、私も逆の立場だったら同じことをするんだろう。

 嬉しくて、申し訳なくて、苦しかった。

 

 

 

 

 

「敵連合については警察が調査を進めているよ」

「アジトの情報は……」

「匿名のタレコミが『どこかから』あったらしいよ!」

 

 暗躍ありがとうございます、校長先生。

 

 トガちゃんを連れてきて以来、地下の空き部屋が密談場所になっている。

 思いっきりトラブルに巻き込まれた私は「お話をしようか!」と校長に捕まり、事情聴取を受けると共に捜査の進捗を聞かされた。

 

 敵連合の件はアジトの発見待ち。

 匿名情報の信用度によるけど、上手くいけば原作より早く発見できそう。バーと廃ビルセットの情報なので、割と信用してくれると思いたい。

 むしろこれでタレコミが揉み消し、あるいは連合に漏れるようなら内通者は十中八九警察関係者だ。

 

 死穢八斎會についても調査中。

 校長からファットガムほか数名、麻薬や武器密売に詳しいヒーローへ声をかけて進めてもらっている。噂レベルとはいえ個性破壊弾の話をするため、口の堅いメンバーにしか依頼できていないらしいけど、早めに動ければその分、早く結果が出るはず。

 一か月でも、一週間でも早く強制捜査ができればいい。

 早ければ個性破壊弾の完成を阻止することだってできる。

 

 異能解放軍については大きな動きは取れていない。

 表現や宗教の自由がある以上、書籍「異能解放戦線」の出版差し止めはできないし、思想が世相と合わないからと逮捕することもできない。

 原作のこの時点で行われているはずの悪事――大手企業による敵へのサポートアイテム横流し、社長による部下の謀殺をエッジショット等、隠密性に優れたプロヒーロー数名に『噂』として伝え、内偵を進めてもらっている、という状況だ。

 

「……ヒーローが大忙しですね」

「お恥ずかしい限りだね。全く手が足りていない上、不確かな情報しか提示できないせいで一足飛びに行くことができない」

「手がかりがないと強制捜査なんてできませんよね」

 

 悪だくみをする人間はいくらでもいる。

 原作で触れられていない、あるいはさらっと流された事件だって手を抜いていいわけじゃない。予兆の段階で動きだせているだけマシな方だ。

 でも、もどかしい。

 社会が複雑になればなるほど犯罪は巧妙になり、凶悪になっていく。

 正義の味方はいつだって後手後手だ。

 

「できることをするしかないさ」

 

 校長は力強く言った。

 

「信じて欲しい。私達の努力を。そして君自身をね」

「……わかりました」

 

 私は頷いた。

 信じるしかない。

 ヒーローが、それを志す者が、法を破るわけにはいかないんだから。

 

「合宿はできるんでしょうか?」

「うん。検討した結果、やはりあの、山間の合宿所以上の立地は用意できそうにない。敵連合からの襲撃、接触の前例を受け、メンバーを増員した上で実施することになるよ」

「なるほど……」

 

 それしかないか。

 この時点で内通者がいる! なんて声高に叫んでも疑心暗鬼を煽ってしまいかねない。あらゆる可能性を想定する、という建前で態勢を整えるのがせいぜい。

 USJと同じ対策になっちゃうけど、あの時も原作よりは良くなった。

 

 きっと今回も上手くいく。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……これで良かったのでしょうか」

「仕方ないさ。彼女が貴重な情報提供者だとしても、特別扱いはできない。()()()()宿()()は明かせないさ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 合宿当日。

 

 出発地点に選ばれたのは雄英高校の敷地内だった。

 集合した私達は注意事項を伝えられた後、A組とB組に分かれてバスに乗り込む。

 乗り込む前にB組の物間君から挑発めいた文句が投げられたりもしたけど、まあ、それは割愛して。

 

「……なんか物々しいバスだな?」

「堅牢制を重視したんだろう。さすが雄英! あらゆる事態を想定している!」

 

 切島君が首を傾げ、飯田君が賞賛した通り、送迎用のバスはなんだか妙にがっしりしていた。

 防弾防刃に優れてそうなのは確かだけど、なんかそれ以上に――なんだろう、何かイメージしたものがあるんだけど。

 

「あ」

 

 透ちゃんと隣同士で席に座り、()()()()()()()()()()()が閉じて、バスが公道に出てからのことだった。

 

 ――そうだ、防音室だ。

 

 気密性と遮音性に優れた部屋。

 でもまあ、関係ないだろう。バス内で密談するわけじゃないし、ましてや毒ガス対策とか必要ないだろうし「プシュー」。

 ……今の、何の音?

 顔を上げれば、バス内の色んなところが開いて、そこから何かの気体が噴き出している音だった。

 

「な」

 

 相澤先生を見る。

 彼は全く動じていない。知っていたのだ。バスが気密性の高いものだった時点で、最初から仕組まれていたとしか思えない。

 A組のみんなが次々に倒れていく。

 気を失った? ううん、眠っているだけ。私の身体にも強い眠気が襲ってきている。この感覚は――ミッドナイト先生の眠り香!

 

「……聞いていた通り。お前には効果が薄いな」

「相澤せん……っ!?」

 

 瞬時に接近してきた相澤先生――ううん、イレイザーが、私に硬い棒状のものを押し当てる。

 ばぢっ! と、なんともいえない音が聞こえ、私は意識が急速に失われていくのを感じた。

 スタンガン。

 薬物にさえある程度の耐性があるとわかった私の身体だけど、それは防げない。電流によって気絶に導かれはするけど、気絶してしまえば後は意識が失われているだけ。身体的な異常があるわけではないので回復してくれない。でないと、私は夜に眠ることさえできない。

 

 でも、それじゃあ。

 私は、先生に真意を問いただすことができない。

 

「……悪いな」

 

 低い声だけが、薄れ行く意識の中に響き。

 次に気づいた時、私はぐるぐる巻きに縛られて箱詰め梱包され、どこかに車で運ばれていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 まずい。

 雄英高校一年A組、葉隠透は強い危機感を覚えた。

 

「説明してください!」

 

 いつの間にか到着していた合宿先。

 ()()()()()()()()()()()()()()の入り口に、葉隠たち一年ヒーロー科の面々は立っている。A組もB組も一緒くたで、だ。

 目覚めた時、葉隠は何故か一般乗用車のトランクの中だった。

 他の生徒達もトランクの荷台やら段ボール箱の中だったりしたのは不可解としか言いようがなかったが――。

 

「相澤先生!」

 

 友達。

 親友と言ってもいいだろうか。いや、さすがにそれはちょっと恥ずかしい。ならば、秘密を共有する仲ということで「運命共同体」とでも呼んでおこう。

 その永遠がえらい剣幕で担任教師に詰め寄っていた。

 これには他の生徒達全員がぽかんとしている。あのプライドの高いB組物間や、喧嘩っ早い爆豪でさえ、だ。

 

 ――永遠ちゃん、ここは怒るところじゃないよ。

 

 透達がいるのは雄英高校の地下らしい。

 情報漏洩を避けるために生徒全員を眠らせ(ミッドナイトの“個性”を濃密に詰め込んだ空気を使用)、適当なホテルの地下で「詰め替えて」運んだと説明があった。

 扱いに文句はあるが、理由は納得できるものだ。いつもなら爆豪あたりが癇癪を起こして誰かが止め、それでなあなあに済ませられるところ。

 

 なのに。

 綾里永遠は本気で怒っていた。何か、他の生徒達とは違う理由があるように。

 これはまずい。

 彼女は、否、()()()()、輪の中に溶け込んでいなければならないのだ。

 

「落ち着いて永遠ちゃん!」

 

 だから、透は永遠を止めにかかった。

 後ろから抱きかかえて制止すると、永遠は透を振り返り――悲しそうな、本当に悲しそうな表情を、透にだけ見せてくれた。

 それは心底から胸を締め付けられるような表情だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿2

 魔獣の森は雄英地下にしっかり再現されてました。

 

 たぶん、セメントスやプッシーキャッツが頑張ったんだと思う。

 手前には鬱蒼とした森。

 奥には山がそびえ立っており、人工フィールドとは思えないインパクトがある。さすがに樹木は用意しきれなかったのか、半分以上がコンクリのオブジェだったけど。

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」

 

 彼女らは四人組のヒーローチームだ。

 名前の通り猫をモチーフにしたコスチュームに身を包んでおり、うち三人は女性である(残りの一人は女性から性転換した男性)。

 

 テレパスのマンダレイ。

 土流のピクシーボブ。

 軟体の虎。

 サーチのラグドール。以上四名。

 

 応用の効きやすい個性ということで、原作でも人手不足を補うために合宿に協力していた。そのため雄英の教員ではない外部のヒーローだ。

 合宿場所を作ったついでなのか、セメントスも一緒にいる。

 彼の作成物の多いこのフィールドなら、その力は何倍にも高まるだろう。

 

 現時刻は午前九時半。

 

「悪いが、もう合宿は始まっている」

 

 私に下から睨まれたまま、相澤先生が告げれば。

 マンダレイとピクシーボブが声を上げる。

 

「あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

「今から午後一時までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

 一方的に宣言された修行開始。

 A組、B組の生徒達がぽかんと口を開け、しばし顔を見合わせた後――入試を思い出したのだろう、わっ! と、一目散に走りだした。

 私と、それから気を遣ってくれた透ちゃんだけを残して。

 

「行かないなら参加放棄とみなすぞ」

「……先生」

「言ったはずだ。合宿場所の変更はセキュリティ上の理由。()()()()()()()

「っ」

 

 私は憤りに任せて奥歯を噛みしめた。

 叫びたくなるのを必死に堪え、くるりと足を森へと向ける。

 

 ――中は阿鼻叫喚。

 

 微笑んで透ちゃんを振り返る。

 

「ごめんね。行こう、透ちゃん」

「永遠ちゃん。いいの?」

「うん。仕方ないよ」

 

 透ちゃんは僅かな間を置いて「わかった」と頷き、率先して走り出した。

 私もすぐにその後を追う。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 セキュリティ上の理由だと先生は言った。

 内通者からの情報漏洩を警戒してるんだ。

 

 ――内通者は生徒かもしれない。

 

 合宿に参加する生徒が誰も知らなかった合宿場所。

 地下のため通信機器は圏外。

 眠らされている間に発信機その他は徹底的に調べたはず。この状況でもし合宿先が襲われたら、生徒はほぼシロだと断定できる。

 ()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 だから、ないがしろにされたわけじゃない。

 単に特別扱いをされなかっただけ。

 

 わかってる。

 わかってるけど、気持ちがついてきてくれなかった。

 

 私には教えてくれなかった。

 私はあんなにたくさん情報提供したのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 力があっても資格がないと何もできない世界。

 理不尽を。

 憤りを。

 何もできない私という存在の無意味さを。

 全部。全部飲み込んだ。

 

 強くなればいい。

 強くなるしかない。救いたければ、仮免を取ればいい。前代未聞の飛び級でヒーロー試験を認められるくらい、成果を上げればいい。

 

 そうしなければ、私は、世界に対して何もできない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「十二時五十三分。第一号到着、っと」

 

 目的地に着いた途端、私はその場に倒れた。

 誇張ではなく本当に全身が動かない。

 限界をとっくに超えた筋肉を「まだ動かないといけないから」と無理やり()()()()()()()()()()()()際限なく動かし続けたツケだ。

 肺と心臓が動いているだけよくやった方だと思う。

 全身が再構築される激痛に耐えながらなんとか呼吸を整え、仰向けになって荒い息ができるようになったのが、約十分後。

 

「大丈夫? お昼ご飯、食べさせてあげるにゃん」

 

 おにぎりが口に運ばれて来る。

 一口、二口。

 食べると塩加減が絶妙で、疲れた身体に染みてくるのがわかる。運動の後を想定してちょっと塩を強めに作ってるのが心憎い。

 食べ進めるにつれて元気が出てきて一口が大きくなる。最後のひとかけが放り込まれると、ああ、もう終わっちゃった……と残念な気持ちになった。

 

「おかわりいるかにゃ?」

「いります」

 

 都合三つ食べたところで、なんとか身体が動くようになった。

 他のみんなはまだ誰も到着してない。

 原作だと全員揃ったのが午後五時半とかだっけ? だとしたらまだまだ到着は先だろう。

 

「豚汁もあるけど食べるかにゃん?」

「食べなかったら罰が当たります」

 

 マンダレイに肩を借りてよろよろと宿舎に入り、まだ温かい豚汁をいただく。

 美味しい。

 具材の旨味。豚肉の油はもちろんのこと、何よりも水分が嬉しい。あっという間に一杯食べきってお代わりをもらい、ついでに「バターないですか?」と尋ねると、快く出してくれた。

 

「豚汁にバターとはなかなか通だにゃ」

「洋食屋の娘なので」

 

 二杯目を平らげると人心地ついてきたので、三杯目にバターを投入し、おにぎりと一緒にゆっくり味わうことにした。

 幸いなことにおにぎりと豚汁はいっぱいあった。

 全員時間内に着いてもいいように、と、準備してくれていたらしい。必要なかったら必要なかったで夕食の際に供されるという寸法である。

 原作では夕飯に土鍋ご飯が出てたはずだけど……まあ、高一の腹ペコが四十人ならおにぎりの他にそれくらい余裕か。

 

「どうやって突破した?」

 

 私が落ち着いたのを確認した相澤先生が尋ねてくる。

 無視してやろうかと思ったけど、馬鹿馬鹿しいので普通に答える。

 

「真っすぐ行ってぶっ飛ばしました」

「……わかるように言え」

「荷物に方位磁石が入っていたので、森に入る前に方角を確かめました。土くれの魔獣は耐久力がそれほどでもなかったので、さっさと殴って動けなくして次々先に進みました」

 

 森にはピクシーボブ謹製の魔獣――土でできてるので、どっちかというとゴーレムに近い――がうようよしてたけど、これの存在は原作で見ていたから知っていた。

 数が多い上に遠隔操作なので一体一体は複雑な動きをしないし、硬度も決して高くない。

 OFA(ワン・フォー・オール)5%のデクくんが腕を怪我せずぶち抜ける硬さなので、私だって「腕の疲労を加味しなければ」ダース単位で倒せる。

 

 どんなに疲れていても足さばきを衰えさせない技術は透ちゃんから鍛えてもらってる。

 師匠の透ちゃんは目立たないようにわざと苦戦してるので、肉体ダメージや疲労を押して進める私の方が先に到着したわけだ。

 

「私はしぶといですから」

 

 笑顔を浮かべていつもの台詞を口にする。

 

 おにぎり七個に豚汁三杯を完食した私は、食後のお茶を美味しくいただいてから立ち上がった。

 お父さんが作ってくれたお弁当も荷物にあるけど、それはおやつにしよう。浩平が水筒いっぱい入れてくれた水は勿体ないけど飲み干してしまう。

 時刻は午後二時半。

 

「相澤先生。今日の予定は他にありますか?」

「……ない」

 

 うん、そうだろう。

 魔獣の森を突破するだけだって十分なハードワーク。

 “個性”を使いまくって心身ともにボロボロで到着するだろうから、せめてその後はゆっくりと休ませてくれるはず。そうでないと逆に効率が悪い。

 ならば、

 

「あの、虎さん」

「ぬ?」

「もしお時間があれば稽古をつけていただけませんか?」

 

 現状は割と暇だろう、プッシーキャッツの黒一点にお願いしてみる。

 生徒達の奮戦の様子を観察して明日以降の指導に生かす……っていう話なら、今この場を離れられないかもだけど。

 

「……よかろう」

「ちょっ!? まだ休んでないと……!」

「大丈夫です」

 

 ぐっと拳を握って腕をぐるぐる回してみせる。

 豚汁が具だくさんだったこともあり、十分栄養補給できたので元気は戻った。

 

「……化け物かよ」

 

 片隅に立つ小さな男の子――マンダレイの甥っ子、洸汰君の呟きには、黙って微笑みだけを返した。

 っていうか、連れてきたんだ。

 わざわざ雄英に呼んだ以上、プッシーキャッツには襲撃の危険性を伝えているはず。洸汰君は置いてくる選択肢もあったと思う。下手に留守番させる方が危険と判断したか、適当な預け先が見つからなかったのか。

 

 誘拐された洸汰君を解放する代わりにラグドールを寄越せ、なんて要求される可能性もある。

 ならば雄英の中、自分達の手元に置いた方が安全と判断したのかもしれない。

 

「来るがいい」

 

 良く聞くと若干高いような気がする渋い声に導かれ、私は表に出て――みんなが到着するまでの間、嫌と言うほど虎さんにしごかれた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 生徒達は午後三時半前後から続々と到着し始めた。

 早めに着いた子もその場にぶっ倒れるので、最後の子が到着した時にはまだ全員が外にいた。私は虎さんにぶっ飛ばされた後、お弁当でおやつを食べてた。

 休憩の後、回復した順に荷物を運び入れ、六時過ぎくらいに夕食になった。

 

 プッシーキャッツ(ぷろひーろー)が手ずから腕を振るったご馳走に一年ヒーロー科の面々は大歓喜。疲労困憊の上にお昼抜きで、持ってきたお菓子を食べ尽くして飢えを凌ぐような有様だったので、土鍋ご飯に山盛りのオカズは天の助けだっただろう。

 カロリーはあればあっただけいい。

 甲斐甲斐しく世話をするのは今日だけ、という意味深な宣言もあって、私も含めて全員、お腹が物理的に膨れるくらい食べまくった。

 

 お前今日何食目だって? 聞きたくないです。

 

 夕食の後はお風呂。

 わざわざ露天風呂まで作ったらしく、男女別のお風呂にクラス別で入浴。なんとちゃんとした温泉らしい。どこでもだいたい深く掘れば温泉に当たるとはいうけど、まさか雄英の地下で温泉に入れるとは。

 峰田君がいないせいか覗き騒動は起こらず。

 隣の男子風呂から「今、隣で女子が入ってんだよな……」みたいな声が聞こえたりはしたけど、それはまあ、聞かなかったことにしてあげた。妄想するくらいは仕方ない。

 

「一番スタイルいいのは八百万さんかなあ……」

「なっ!? 綾里さん、そういう話題はデリケートですのよ?」

 

 恥ずかしそうに胸を隠す百ちゃんが可愛い。

 とはいえ、他のみんなも決して負けてはいない。最近の女の子の発育の良さについては原作参照だ。なお、ワーストは決まりきってるので省略。

 

「透ちゃんも実はスタイルいいよね?」

「ケロ。人型に空いたスペースが意味深ね」

「ふっふっふ。バレちゃあ仕方ない! 代わりに永遠ちゃんはもらっていくよ!」

「きゃー、さらわれるー」

 

 と、わいわい声を響かせながら、ひとときの安らぎを満喫した。

 

 

 

 

 

「永遠ちゃんだったっけ? こっちこっち」

 

 お風呂上り。

 一階に設置されていた自販機でフルーツ牛乳でも買おうとしていたら、ラグドールからこっそり手招きされた。

 なんだろうと歩いていくと、小部屋に引っ張り込まれて施錠され、更に服を脱がされた。

 

「え」

「時間かけると怪しまれるからさっさと済ませるにゃん」

 

 耳の付け根とうなじあたり、後は腿の裏に何やら小さな機械を取り付けられる。

 

「発信機ですか?」

「ご名答」

 

 何で今更私にだけ、そこまで信用されていないのか……と、再び気分が沈んだものの、ラグドールが言うには逆らしい。

 

「キミだけは特別だって言われてるにゃん」

「特別?」

「宿舎の裏、五分くらいのところにエレベーターがあるでしょ? そこ、雄英発行のカードキーがあれば使えるにゃん」

「あ……」

 

 トガちゃんに会いに行くのに使ってるやつ。

 

「イレイザーから『野暮用があるなら好きに使え』だそうだにゃ。愛されてるにゃん?」

「相澤先生、ツンデレ……?」

 

 発信機は地上に出す代わりらしい。

 一つでも外すか、信号が途絶えた時点でアラートが鳴るようになっている。ちなみにスマホは念のために全員分が回収済みだ。

 上に行っても外部との連絡はできない。

 

 できるのはトガちゃんに会いに行くことくらい。

 でも、それが大きい。

 

「ありがとうございます」

「伝えとくにゃん」

 

 ラグドールはそう言ってウインクしてくれる。

 

「あの、ラグドールさん」

「にゃ?」

「私の弱点って見えますか?」

 

 百人分の位置情報や弱点を丸裸にする『サーチ』のラグドール、本命の発信機であろう彼女は、数秒だけ首を傾げた後で答えてくれた。

 

「食いしん坊だにゃ」

「……あー、それはどうしようもないですね」

 

 私は苦笑して部屋を出た。

 

 

 合宿中、女子は二人ずつの小部屋で寝泊まりすることになる。

 奇数人のためにあぶれることになった一人が私だ。たぶん、これも先生方が気を遣ってくれたんだと思う。

 人目を避けながらエレベーターに乗り、私はトガちゃんに会いに行った。

 

 しばらく会えないと言っていたので大喜びされ、いつもの交流をした後、私はトガちゃんに一つのお願いをした。

 

「ねえ、トガちゃん。気配を消す方法教えてくれないかな?」

 

 トガちゃんはきょとん、とした表情をした後で「いいですよぉ」と答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿3

「永遠ちゃん、随分眠そうだけど何かしてたん?」

「ん……あはは、枕が変わったせいか寝付けなくて」

 

 翌日。

 昨夜遅くまで色々していたせいで私は少々寝不足気味だった。でもまあ、このあとたっぷり殴り合いをするので、そこで眠気は吹き飛ぶはず。

 

「今日から君らの“個性”を伸ばす」

 

 体操着で集まった私達に相澤先生が宣言。

 

 一学期、私達は揉まれに揉まれて成長してきた。

 身体能力や技術面ではぐっと磨きがかかっているものの、“個性”自体はそれほど成長していない。そこで合宿ではそこを伸ばすとのこと。

 伸ばし方はこの前、先生と話した通り非常にシンプル

 

 『徹底的に“個性”を使いまくる』。

 

 それがどんな絵面を生むかというと――。

 

「くれぐれも死なないように」

 

 と、言われた通りの地獄絵図。

 

 ひたすら飲み食いしながら“個性”を使い続ける百ちゃんや砂藤君。

 ひたすら尻尾で殴る尾白君と殴られ続ける切島君。

 ひたすら電気を浴びる上鳴君にひたすらビームを撃つ青山君etc……。

 

 これを管理するのがプッシーキャッツの面々。

 ラグドールが『サーチ』で全員の状況を把握、ピクシーボブが適切な鍛錬の場を構築、マンダレイが『テレパス』でアドバイスを送信。

 そして虎が単純な増強型――脳筋達をまとめて相手にする。

 

「じゃあ私は虎さんのところに……」

「待て、綾里」

「へ?」

 

 相澤先生に止められた。

 

「お前は自主練だ」

「……えー」

 

 どさっと渡されたのは、昨日の夕飯の余りをおにぎりやサンドイッチにしたもの。

 

「食べていいんですか?」

「お前も八百万達と事情が似てるからな」

「……ありがとうございます」

 

 食べ物もらえるのはありがたい。

 リュックにずっしりと入ったそれを背負い、私はみんなから離れていく。ピクシーボブがどかどか障害物を作るせいで気に留められることもない。

 

 ――自主練って、一番効率いいのは()()なんだけど。

 

 いいのかな? と相澤先生を見ると、何も言わずに視線を返してきたので、まあ、いいんだろうなと、私はエレベーターに乗ってトガちゃんに会いに行った。

 

「アレ? 永遠ちゃん? どうしたんです? 忘れ物?」

「ううん。あのね」

 

 リュックをいったん下ろして告げる。

 

「トガちゃんに、私の身体をいい感じに壊しまくって欲し――」

「やったぁ!」

 

 食い気味に喜ばれた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 刺されたり折られたり噛まれたりするのを詳細に語っても仕方ないので省く。

 

「最近、シャワー浴びる回数が増えたなあ……」

 

 午後三時前くらいに地下を出て地上に戻り、校舎を出て少し歩いた後、ぽつんと立つエレベーターからまた地下へ、というよくわからない移動をして。

 そっと物陰から様子を窺うと、死屍累々! って感じでみんながぐったりしているのが見えた。

 後三十分頑張れ、という声を聞いて、自分の姿を見下ろす。

 

「……このままだと怪しまれるか」

 

 着て脱いで着ただけの体操着。

 森の中で数分間ごろごろー! ってしたらいい感じに汚れがついたので、終了時刻を見計らって戻って、

 

「はい終了ー! みんなお疲れ様!」

「死ぬかと思ったああああーー!!」

 

 本当に、私も死ぬかと思ったよ……。

 

 

 

 

 

 考えてみると、一般の人は公の場で“個性”使用禁止なわけで。

 限界ギリギリまで“個性”を使うっていうのはヒーローかヒーロー志望者、あるいは犯罪者でもないとやらないことだ。

 鍛えることで化ける“個性”があるのに、ヒーロー科に入らないと鍛えられない。ある程度強い“個性”でないと入試に受からないっていうのはちょっと勿体ない気がする……なんてことを考えつつ、

 

「己で食う飯くらい己で作れ!! カレー!!」

 

 具材と道具と薪がドン! と広場に置かれているのを私は見た。

 まさかの自炊。

 めっちゃ疲れてるところで料理とかほんとにしんどい。でも、一人暮らししながら働いてる人は毎日そういう状況なんだよね。いやまあ、だからスーパーとかコンビニのお弁当が重宝されるわけですが。

 

 目の前にカレーの材料があるのに「作らずに寝る」なんて選択肢はない。

 

「世界一旨いカレーを作ろう!! 皆!!」

 

 組ごとに分けられた生徒達。

 私達A組は委員長・飯田君の号令の下、カレー作りに動き始めた。こういう時に音頭を取ってくれる人がいるのは本当にありがたい。

 ならば、

 

「ここからは私の出番だね……!」

「綾里さんがいつになく燃えていますわ」

「料理屋の娘としては黙っていられないよ。下ごしらえに調理、なんでもやるよ!」

「お、じゃあ飯炊いてくれよ!」

「ごめん、飯ごうでは炊いたことない」

「使えねェ、死ね!」

「ん、喧嘩売ってるなら買うよ、爆豪」

「永遠ちゃん落ち着いて!」

 

 女子の中で料理できる勢は私、お茶子ちゃん(自炊の方が安いから)、透ちゃん、梅雨ちゃん(弟妹達の世話で)の四人。

 男子だと砂藤君とか、意外なところで爆豪とかができたので、その辺のメンバーが主導で作っていった。

 轟君は着火と消化に便利。百ちゃんは便利アイテムを作成して調理を助けてくれる。飯田君はキビキビ指示を出していた。

 

 私は男子の料理できない勢が洗い、皮を剥いた野菜を端から切った。

 材料が切り揃ったら大きめの鍋で具材を炒め、お水とルーを投入して煮込む。具材や調味料の中に「使いたいなら使え」とばかりに本格的な香辛料があったので、有難く使わせてもらう。

 あらかじめお父さんや浩平に「市販のルーをアレンジするなら」というアンケートを取っておいて正解だった。ちょっとしたアクセントにするだけでぐっと味が良くなる。

 

「できたー!!」

 

 飯ごうで炊かれたご飯と合わせたら立派なカレーだ。

 

「美味ぇ! 結構いけるぞこのカレー!」

「もっと美味しいカレーが食べたかったらうちのお店に是非どうぞ」

「宣伝かよ!」

 

 売り上げに貢献する機会は逃しませんとも。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……あの、綾里さん」

 

 お風呂の後。

 ちょっと涼もうかなと出てみたら、意外な人に呼び止められた。

 デクくん。

 言わずと知れた原作主人公。平和の象徴・オールマイトから“個性”OFA(ワン・フォー・オール)を託された次の英雄。

 話したことは殆どないけど、彼の動向は目で追ってた。一方的に良く知っている相手。

 

 山の方から来たところを見ると、さっきまで洸汰君と会ってたのかも。

 

「どうしたの、緑谷くん」

 

 微笑んで首を傾げると、デクくんはちょっとだけ躊躇してから言ってきた。

 

「その、少しだけ話せないかな?」

「うん、いいよ」

 

 特に断る理由もない。

 自販機でフルーツ牛乳を買って、宿舎の裏手あたりに腰を下ろした。

 座ってしばらく、デクくんは口を開かなかった。女の子と二人っきりで緊張してるってわけでもないと思うけど……。

 

「話って、なに?」

「あ、うん……」

 

 頷いた彼は、なおも言葉を選ぶようにして、

 

「初日に森を抜けた時、一人だけ時間内にゴールした……って聞いたんだ」

「ああ」

 

 なるほど、その話か。

 

「びっくりするよね。一人だけ呑気にお弁当食べてたら」

「うん、それもびっくりしたけど……。お昼ご飯の後、虎と格闘してたって」

「うん、してたよ」

 

 嘘ついてもすぐバレるだろう。

 

「……っ」

「緑谷くん?」

「体力テストの時、綾里さんは最下位だった」

 

 デクくんは私の上。

 十八位の透ちゃんは手加減してたから、私と彼はダントツで低成績だったことになる。

 

「戦闘訓練でも機転は利いてたけど、戦いになったらやられてた。でも、体育祭では切島君に勝った。期末試験でもミッドナイトを相手に立ち向かったって」

「………」

「どうやって強くなったのか、教えてくれないかな……!?」

 

 こっちを向いたデクくんの顔は真剣だった。

 

 ――彼も自分の無力に喘いでいる。

 

 オールマイトの後継者に選ばれ、力を受け継いだのに使いこなせていない。

 必死に努力した。

 何度もブレイクスルーを経験し、その度に成長しているけど、時代の流れが、(ヴィラン)連合の台頭が彼を待ってくれない。

 人一倍努力しても全然足りない。

 もっと早く強くなりたいのに、できることがない。

 

 強くなる方法を求めている。

 でも。

 

「強くなりたかったら鍛えるしかないよ」

「っ」

「私も特別なことはしてないんだよ。技術を磨いて、身体を鍛えて、“個性”を鍛えただけ」

 

 透ちゃんやトガちゃんに教えを乞うことができたのは幸運だったし、そのお陰で修得できたものもたくさんあるけど、それは教えられない。

 それに、デクくんにはもっと凄い師匠がいる。

 

「普通のやり方で――そんなに、強くなれるものなのか……?」

 

 普通、か。

 

「“個性”持ちに『普通の訓練方法』なんてないんじゃないかな」

「え……!?」

 

 私は立ち上がって地面に五本の指を置く。

 

「綾里さん」

「見てて」

 

 手のひらはつけず、指先だけを触れさせながら逆立ちの要領で――ううん、もっと強引で乱暴に、指へ全体重を乗せて、

 

「っ!?」

 

 逆立ちできたのは一瞬。

 負荷をかけられた指が折れ、私の身体はどさりと倒れた。

 

「ちょっ、何を……!?」

「こんな風にいじめてあげるとね、私の身体はちょっと丈夫になって治るの」

 

 もちろん痛い。

 何度も何度も。治る度にすぐ同じことを繰り返していると、なんでこんなことしているのかわからなくなって、よくわからないけど怖くなって、死にそうなくらい辛くなる。

 

「これが私の“個性”を訓練する方法なんだけど、緑谷くんにはできないでしょ?」

 

 笑いかけると、デクくんは化け物でも見るような目で私を見た。

 私は苦笑する。

 

「自分で治せないのに大怪我しちゃう人も、怖いと思うよ」

「あ……」

 

 はっとするデクくん。

 

「私と緑谷くんの“個性”が一緒にあったらいいんだけどね。過剰なパワーで身体を壊して、その度に治って。普通の何倍ものスピードで強くなれそう。でも、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 OFA(ワン・フォー・オール)は譲渡できる。

 でも、オールマイトに選ばれたのはデクくんであって私じゃない。

 彼自身が証明しなくちゃいけない。

 自分こそが後継者だ、って。

 

「……そうだね」

 

 ぐっ、と、拳を握るデクくん。

 

「僕と綾里さんは違う。僕には僕の方法が必要なんだ」

「オールマイトと緑谷くんも違うよ」

「え……?」

「憧れてそうだったから。“個性”も似てるしね。でも、別のスタイルがあってもいいんだよ。もちろん、同じスタイルを目指してもいいけど、途中の道筋が違ってもいいと思う」

 

 アプローチの仕方を一つに限定するのはまだ早い。

 なんて、私は単に彼の可能性(シュートスタイル)を知ってるから言えるだけだけど。

 

「困ったら誰かに聞いてみてもいいんじゃないかな? オールマイトとか、後はそう、緑谷くんが職場体験したプロヒーローさんとか」

「聞いてみる、か……」

 

 呟いて、デクくんは何かを考えるように星空を見上げた後、立ち上がった。

 

「ありがとう綾里さん。参考になったよ」

「ううん。大して役に立てなくてごめんね」

「そんなことないよ。それじゃあ、お休み」

「おやすみなさい」

 

 私は、デクくんが戻ってから少し間を置いて宿舎に戻った。

 しばらく女子のみんなと談笑して、私服のまま布団に入って、宿舎が静かになったのを見計ってトガちゃんに会いに行く。

 

 ――原作での襲撃は三日目の夜だった。

 

 もし、合宿場所を雄英にしてもなお襲撃が防げないというのなら。

 大きな流れを変えることはできない。

 私に原作は変えられない、と、諦めるしかないのかもしれない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……合宿場所は雄英地下、か。随分警戒されたもんだ」

 

 某所。

 バーテンさえいない寂れたバーの中で、敵連合首魁――死柄木弔は呟くように言った。

 

「だが、まぁいい……。雄英の敷地内なら黒霧の“個性”で一発だ」

 

 黒霧のワープゲートは座標指定型。

 USJに出現できた通り、雄英の座標は既に記憶済みのため、単に高さ座標をいじるだけでいい。これが行ったことのない場所――例えばどこかの山中などであれば、手勢の誰かを実際に行かせ、詳しい座標を把握する必要があるが。

 暗に「決行」を告げる死柄木に、黒霧が忠告する。

 

「死柄木弔……。今回のこれはおそらく罠かと」

「ああ……だが、危険なのは向こうも同じだ。俺達はただ、奴らの懐で暴れてやりゃあいい。それだけで雄英は滅茶苦茶になり、権威は失墜する」

 

 壊れた設備は直せばいい。

 だが、マスコミというのは厄介なもので、壊れたという事実を面白おかしく報道してくれる。人的被害がなかろうと設備を修復できようと、民衆の目には「トップ校が敵の襲撃を許した」という風に映る。

 

「……教師どもが手こずればオールマイトが出てくるかもしれないしな……」

「それは……その通りですが」

「大丈夫だ。目的さえ達したらずらかればいい」

 

 彼らの目的。

 今回は一人の生徒と一人のプロヒーローの拉致を目指す。小さいと思えるかもしれないが、これでもヒーローの信用を落とし、雄英の伝統に泥を塗るのに十分だ。

 

 プロヒーローの方は死柄木の『先生』からの頼み。

 そして生徒の方は死柄木個人の興味――だったのだが、どういうわけか『先生』も彼女に興味を持っている。明言はしなかったが、どっちかというとこっちを連れてきて欲しそうに見えるくらいだ。

 

 というわけで、襲撃は必須。

 死柄木が止まらないと悟った黒霧は溜め息と共に尋ねてくる。

 

「……狙うのはプロヒーロー・ラグドールと」

「綾里永遠。この賢しらなチビガキだ」

 

 ひらり、と。

 

 死柄木の投げた写真が宙を舞い、床に落ちる。

 写真の中では、とても高校生には見えない幼い姿の少女が一人、笑顔を浮かべていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿4

 来たる合宿三日目。

 今日も朝五時半に集合した私達は、昨日と同じように“個性”訓練を命じられた。

 

「でもでも、ムチの後にはアメも用意されてるよ」

「今日の晩御飯はバーベキューだにゃん」

「「マジか!」」

 

 バーベキュー……? そんなイベントあったっけ?

 私が首を傾げていると相澤先生が補足するように、

 

「当初は肝試しの予定だったんだが、迷子になられても面倒だからな」

「全然イイっす! ビバ・バーベキュー!」

 

 なるほど、肝試し中に襲われると回収が大変だからか。

 一か所に集まる分、包囲される危険と乱戦の危険があるけど、ラグドールや爆豪をこっそり誘拐されるよりはいい。

 膠着状態を作れば応援を期待できる、っていうのもあると思う。

 

 ――来ないで欲しいけど。

 

 同時に、ここで終わらせて欲しいという思いもある。

 死柄木も参加しての総力戦、オールマイトが参戦し、AFO(オール・フォー・ワン)との決戦を制する。そうなってくれたら一番いい。

 でも、それを望んでいいのか、悪いのか。

 (ヴィラン)が来てしまえば、他の生徒も巻き込まれてしまう。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「肉だーーー!!」

 

 宿舎前の広場にはバーベキュー用のコンロ+鉄板or網のセットが複数設置され、カット済みの食材がどかっと用意されていた。

 豚肉、鶏肉、牛肉はもちろん、エビやホタテなどの魚介類、手頃な大きさにカットされたとうもろこしや玉ねぎ、

にんじん、ピーマンなどなど食材は豊富。勝手に串に刺して焼け、という豪快な仕様だ。

 

「白米もある……!」

 

 食堂のランチラッシュさんに畏敬の念を抱いているお茶子ちゃんは白いご飯に歓声を上げている。

 付け加えると、ご飯だけじゃなくて焼きそばも用意されてる。至れり尽くせりだ。

 

「さーじゃんじゃん焼いてドンドン食べな! 食材はたっぷりあるけど売り切れ御免!」

「なら高い奴からだ!」

「はしたないですわよ皆さん。こういった催しは仲良く優雅にするべきです」

「って言いながら八百万さん、牛肉ばっかり取ってるんだけど……」

 

 私も負けじと食材を確保する。

 お肉も美味しいけど、玉ねぎとか焼きとうもろこしも美味しいんだよね……。あとシイタケは網で焼いてしょうゆを垂らすと絶品。

 さっさと焼いてお腹に詰め込む。最初に用意した分がなくなったら、また串を作って焼く。自分の串が他の子に取られたりもするけど、それはもうお互い様、持ちつ持たれつな感じだ。

 

 三度目の串を持って鉄板へ移動しようとしていた時、視界に小さな影が入った。

 私が小さいと認識できるのは子供しかいない。つまり、洸汰君だ。

 

「食べてる?」

「……話しかけてくんなよ」

「ご飯は美味しく食べないと損だよ」

 

 深く干渉するつもりはないけど、つい話しかけてしまった。

 返って来たのは案の状、冷たい反応。

 

「ヘラヘラ笑いやがって。頭おかしいんじゃねぇの?」

「ヒーロー、嫌い?」

「……嫌いだよ。目立って、人の何倍も働いて、そんで死にやがって」

「人の代わりに傷つくのがヒーローだからね。私は凄いと思う。人にできないことをしてるんだもん」

「……はっ」

 

 洸汰君は息を吐きだすと私から顔を背けた。

 歩いていこうとする彼を私は見送る。

 

 ――何もなければ、そのまま別れられるはずだった。

 

 だけどその瞬間、私達の頭の中に声が響いたのだ。

 

『緊急事態発生! 教員以外は全員、宿舎の中に避難して!』

 

 マンダレイの“個性”による念話だ。

 私は食材の載ったお皿を放り出すと、洸汰君の腕を掴んで引っ張った。小さな身体を抱きかかえ、宿舎に向けて走り出す。

 

「な、何だよ!?」

「聞こえた通りだよ!」

 

 敵連合が攻めて来たのだ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「全員聞こえたな。バーベキューは中断。宿舎に入って待機しろ。非常時は各自判断で防衛。いいか、守りに徹しろ……!」

 

 相澤は可能な限りの大声で告げた。

 

「先生! 何があったんですか……!?」

「黙れ。口論している暇はない。USJの件を忘れたのか」

 

 そこまで言えば全員に伝わった。

 特にA組は直接経験しているだけに理解が早い。綾里永遠がいち早く駆け出していることもあり、かなり迅速に避難していく。

 内心で「よし」と軽く安堵する。

 肝試しを中止したのは正解だった。広場から出ている者がいないので、避難は迅速に完了するだろう。

 

 ――現段階では敵が来たと決まっていない。

 

 相澤を含めた合宿担当者は、このスペース全体に張り巡らされたセンサーから随時情報を受け取っている。

 先程、マンダレイが緊急事態を宣言したのは、各種センサーのうちの一つが機能停止したからだ。単なる障害の可能性もある。

 が、十中八九、敵だろうと相澤は思い、そしてその予想は正解だった。

 センサーからの情報が次々に途絶える。

 

 伝わってきた僅かな情報からわかったのは、敵が出現した方向。

 北。

 地上との連絡用エレベーターがある方向だ。

 

「イレイザー! 森の方でガスが発生してる!」

「宿舎側が高台になっている。当面は問題ない。……セメントス」

「ええ。壁を作ります」

 

 広場の外周百八十度をカバーするように、人の身長ほどのコンクリ壁が形成。

 向こうから乗り越えるのは一苦労だが、高台にあるため視界は通る。ついでに毒ガスを遮る効果も期待できるだろう。

 

 永遠から敵構成員の予想は聞いている。

 毒ガス使いの存在もわかっていたため、ある程度の対策はしてあった。

 少数で多数を相手にする方策も、だ。

 

 ――敵の出現位置も幸いだった。

 

 初手で広場を襲われていれば混乱は避けられなかっただろう。

 だが、

 

「遠目の位置に出てきたのは本当にタダのミスか?」

「どうでしょうね。ここの地形図が入手できなかったせい、と思いたいところですが」

 

 合宿フィールドの地形図は警察にさえ渡していない。

 急ピッチかつ秘密裏の作業だったため、詳しいものを作る暇がなかった。細かいデザインをセメントスとプッシーキャッツに一任したせいもある。

 侵入者を感知するセンサーもあるため、単に下調べができなかった可能性は十分あるが、()()()()()()()()()()に小細工抜きで来た、というのも考えられる。

 

 まあ、考えてもわからない。

 まずは動くことにする。

 

「ブラド、ピクシーボブ、セメントス、しばらく任せる」

「応!」

 

 狙われる可能性が高いラグドールの他、マンダレイ、虎と共に生徒達の背中を追いかける。

 宿舎に入り、生徒の収容を確認した後、広い食堂に集めた。

 

「先生……」

「敵の襲撃だ。安心しろ、最悪そうなることも想定して準備はしてある。しばらく持ちこたえれば応援も来る」

 

 ほっとした表情になる生徒達。

 永遠は。洸汰を腕を抱きしめたまま室内にいた。視線をやると「わかっている」とでもいうように頷く。

 

「虎」

「うむ。屋内は引き受けよう」

 

 虎を食堂に残し、三人で階段を上がる。

 

 向かったのは屋上。

 

 そこからなら全周囲が見渡せる。視線がキーとなる相澤やラグドールにはもってこいの場所だ。迅速な対応のため、司令塔となるマンダレイにも来てもらった。

 到着して状況を確認すると――。

 

「……これは」

「結構まずいかも」

 

 セメントスの作った壁が一部壊されている。

 打撃で穿ったような穴からして、パワー系の“個性”持ちの仕業だろう。穴の向こうに覗く姿は隻眼の男。

 

「ラグドール」

「『血狂い』マスキュラーだにゃん」

「やはりか」

 

 壁の破壊に対し、セメントスは新しい壁を立てる。

 二度目の打撃。

 作ったばかりの壁が壊され、マスキュラーが嗤う。だが、立てて壊しての繰り返しなら時間は稼げ――。

 

「上!」

 

 ラグドールが叫んだ。

 見上げる。空中。()()()()()()()を使い、棒高跳びの要領で飛び上がる敵がいた。更に別の地点から、爬虫類のような見た目をした少年が異形の剣を手に()()()()()()()()()

 

「死刑囚ムーンフィッシュ。もう一人は知らない奴。弱点は――」

『マスキュラーは隻眼のため視界が限られる。また、パワー型のため遠距離攻撃が有効。口から剣を出す奴はムーンフィッシュ。“個性”は――」

 

 ラグドールが“サーチ”した結果を次々と口にし、マンダレイが“テレパス”で教師陣に伝達していく。

 情報は力だ。

 特に“個性”持ち同士の戦いにおいては、相手が何をしてくるか知ることが勝利への近道となる。散開して各個撃破となっていたら使えなかった作戦だ。

 

 ――綾里永遠様々だな。

 

 トカゲ、否、ヤモリの方はスピナーだろう。彼を打ち上げたのは『磁力』の“個性”を持つマグネと思われる。いずれも永遠からの情報にあった敵だ。

 今のところ全くの未知の敵は現れていない。

 壁を越えてくる奴が複数いるのは厄介だが、待ち時間の間にピクシーボブが()()を量産している。時間をかければ生徒でも打倒可能な性能だが、敵連合にとって時間と体力は有限。

 今のところ状況は優勢か。

 

 いや、待て。

 

「ラグドール。()()()()()()()()()()?」

「っ。全員、大きなダメージに弱いにゃん!」

 

 やはりか。相澤は舌打ちする。

 トゥワイス――『二倍』の“個性”の産物だ。データを詳細に取る必要がある代わり、対象を“個性”まで含めてまるまる複製することができる。

 作られた複製は耐久性に難がある以外、完全に複製元と同じであり、つまり、仲間をコピーする限りにおいて、トゥワイスの“個性”は無類の強さを発揮する。

 

『ピクシーボブ、ブラド、セメントス! そいつらは分身の可能性が高い! おそらく陽動!』

 

 マンダレイが念話を送る間に背後を振り返る。

 宿舎の裏手には山がある。

 その山肌は遠目にしか見ることができないが――居た。複数の影。おそらくはこちらが本命、というか()()だろう。

 

「……挟み撃ちとはな……!」

 

 策を弄してくるのはこちらだけではない、ということか。

 ここにトガヒミコの『変身』が加わっていたと思うと恐ろしい。彼女は敵連合との接触前に拘束したため、戦力として数える必要がないが。

 

 ――いや。

 

 待て。

 ()()()()()()()()()()()。確かに拘束こそされているが……。

 あのトガヒミコが偽物だったら? 偽物でなくとも永遠の予言が一部誤っていて、既に敵連合と組んでいたら? そもそも永遠自身が敵連合の間者で、このタイミングを狙っていたとしたら?

 ぞくりとした。

 そんなわけがない。理性で否定しても、悪い想像は一向に、頭の端から消えてはくれなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 トガヒミコは窓のない部屋で独り拘束されていた。

 

 一人ではない。

 部屋の中にも外にも監視が付いているし、室内の様子は全て撮影されている。

 だが独りだ。

 ここには彼女を肯定してくれる人間はいない。

 

 快適ではある。

 捕まる危険を冒して財布を奪わなくとも、三食ご飯が食べられる。

 身動き一つ取れないが殺される心配もない。

 捜査だの尋問だのが終わった後、死刑になる可能性はあるが――少なくともそれまでは、警察の方が守ってくれる。

 ただ、

 

 ――永遠ちゃん、早く来ないかなあ。

 

 彼女の今の楽しみは綾里永遠という少女だった。

 出会ったのは偶然。

 美味しそうな血の匂いがしたから声をかけた。ひとしきり楽しんだ(ころした)ら財布を奪ってさよならするつもりだったけど、彼女は変な人間だった。

 

 自分を傷つけてもいい。

 代わりに他の人間を殺すなと言い、その通りにした。

 刺しても切っても耐えた。

 傷が癒えるのが早く、多少の怪我ではびくともしなかった。

 

 この子なら、殺しても死なないかもしれない。

 それは、トガにとって新鮮な経験だった。

 

 ――好きな人を殺したい。

 

 友情にしろ愛情にしろ、それがトガのアイデンティティ。

 好きな人を殺す時ほど興奮するが、そこには一つの矛盾がつき纏う。

 殺した人はいなくなってしまう。

 殺すのはその過程、相手が傷つき、命が失われていく様子が好きだからであって、永久の喪失、それ自体が望みではない。

 だから。

 何度も殺せる相手というのは、トガにとって、一つの究極的な宝物だった。

 

 ちょっと注文が多いことと、普通に暮らしているせいで構ってくれる時間が少ないことが難点だが、永遠が会いに来てくれる限りは我慢できる。

 来てくれなくなったら、とっととこんなところ抜け出して元の生活に戻る――いや、永遠をさらって、死ぬまで二人だけで暮らそう。

 

 永遠が死ぬわけがない。

 だから、彼女が来なくなったとしたら、きっと、それ以外の理由で来られなくなった時だ。

 

『トガちゃん、元気にしてた?』

 

 あの声、笑顔が待ち遠しい。

 時計が無く、太陽の光も入らない地下室では時間の感覚も乏しい。

 明日も来ると言っていたので、多くとも三食食べたら会いに来てくれると思うのだが。

 

 どさり。

 

「……?」

 

 聞きなれない音に、トガは視線を向ける。

 見れば、監視の警察官が倒れていた。

 どうして?

 具合でも悪いのだろうか。だとしたら誰か呼んだ方がいいのか。いや、監視されてるんだからすぐに誰か来るか。

 というか。

 倒れた警官の傍に立つ、この男は誰だろう。

 

「よう、トガヒミコ」

 

 ()()()()()()()()()()ダサい奴。

 そいつは口元に笑みを浮かべて言った。

 

「解放してやる。代わりに暴れろ」

 

 彼が死柄木弔という名前だと、トガは後から知ることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿5

 (ヴィラン)連合の攻撃は予想以上に激しいものだった。

 

(やはり消えないか)

 

 二倍の戦力による挟み撃ち。

 相澤は真っ先に、敵達への『抹消』を試みた。結果、視界内にいる二人のマスキュラーを含め、視ただけで消失する者はいなかった。

 予想通りの結果ではあった。

 『抹消』は相手の“個性”自体を消すわけではない。“個性”因子を一時停止して使えなくするだけなので、作成物を消すことはできない。

 作ったトゥワイス当人を視られれば違うかもしれないが。

 

(維持の必要がない“個性”ならそれも無駄だ)

 

 見える範囲にトゥワイスはいない。

 隠れているのだろう。

 のこのこ出てくるようなら真っ先に捕縛するなり気絶させるなりするのだが。

 

「ラグドール。向こうは本物か?」

「ん……うん、本物ね。隠れて量産し続けられるよりは良かったかしら」

「どうかな」

 

 コピーは耐久性に難があるらしい。

 雑魚はいくらいても雑魚、となるのを警戒したのかもしれない。

 

(あながち間違いでもないだろう)

 

 こちらとしては逆に、いかにして本体を打倒するか。

 

「視える範囲にガス使いは?」

「無し」

「コピーが潜んでる可能性も伝達しておく」

「頼む」

 

 さて。

 セメントスの壁とピクシーボブの魔獣だけで手が足りるか。

 数十はいる魔獣の半数が裏への移動を始めているが、

 

(無理だな)

 

 即座に判断し、打って出ることにする。

 

「俺は本命を迎撃する。マンダレイ、戦況が悪いと判断したら生徒達に戦闘を許可しろ。俺の名前を出していい」

「了解。気をつけて」

 

 山側に見えるのは五名。

 捕縛布をロープ代わりに下へ降りつつ、近づいてくる彼らを睨む。

 最も速いのはやはり『血狂い』マスキュラーだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆ 

 

 

「クソうぜぇ! 敵なんざとっととぶっ殺しゃいいだろが!」

「落ち着きたまえ爆豪君! ここは先生方に任せるべきだ!」

「うるせえクソメガネ! 敵倒さねえで何がヒーローだ!」

 

 食堂内の空気はかなり悪かった。

 無理もない。みんな不安と緊張でピリピリしている。

 私が(無理やり)抱きしめている洸汰君なんか小さく震えている。

 きちんと指示を出されたことと、虎さんが腕組みして威厳を保っているお陰で騒ぎにこそなっていなかったけど――。

 

 爆豪。

 

 良い意味でも悪い意味でも怖いもの知らずの天才肌が、空気を読まずに持論をぶっぱなす。

 

「ならぬ。ここは我達に任せよ」

「突っ立ってるだけの癖に偉そうだな化け猫! ならとっとと敵の一人も殴りに行けや!」

 

 虎さんが諫めようとしてもこの有様。

 気持ちはわかる。

 わかるけど、この状況でそんなこと言いだされたら――。

 

「そうだ。USJの時だって危なかったんじゃねえか」

「手の奴とか霧の奴みたいなのが来てんなら戦力が要る」

 

 ほら。

 切島君や鉄哲君など、頭に血が上りやすい面子が同調し始めた。

 待つより動く方がえてして気楽なもの。

 三人もの生徒が危険なポジティブ思考を口にしたことで、全体の空気が弛緩。特にA組。一度経験してしまっているだけに「自分達も戦えばいい」というムードが高まっていく。

 

「どけ」

「ならぬ」

「どけ。力づくで通れってんなら通るぞ」

 

 出て行こうとした爆豪が虎に阻まれる。

 体操着だったので腕のプロテクターはないけど、手のひらを持ち上げて虎を威嚇する。

 血走った目。

 にやりと笑う口元からして、本気だ。

 

「もう一度だけ言ってやる。さっさとそこから――」

「うるさい黙れこの馬鹿」

「……あ?」

 

 止まった。

 ツンツン頭が私を振り返る。

 

「なんつった? このクソチビィ!」

「黙れって言ったんだよ」

「綾里君! 君まで喧嘩を始めてどうするんだ!」

「ごめんね、飯田君」

 

 洸汰君を離して遠ざけながら爆豪を睨み返した。

 飯田君や他の皆には本当に申し訳ない。

 でも、私だって止まれない。黙ってられない。

 

「いいからここにいてよ。じゃないと先生方の邪魔になるの」

「は?」

「私達が怪我でもしたら、先生方が怒られるの。敵を倒しても怒られるんだよ」

「怒られるのが怖いから何もできませんって? ガキかよ」

「そうだね、おかしいよね。……でも、ルールを守らないと、学校だってやっていけない。事務所の人気も落ちる。生徒も仕事もいなくなったら、雄英もヒーローも意味がなくなる」

 

 はっ、と鼻で笑われた。

 

「何もできねぇ癖に口だけは一人前かよ」

「そうだよ。私には何もできない」

 

 私は何もできない子供だ。

 トップのヒーロー校に合格したって、戦闘技術を身に着けていたって、人より頑丈な身体があったって、原作知識があったって、自己責任で戦うことさえできない。

 他の誰かが傷つくくらいなら、私が傷つく方がずっといいのに。

 

 なんで、「ヒーローが職業」なんていう社会を真面目に構築してしまったのか。

 

 現代社会でヒーローやる場合、正体不明ってことにして「細かいことはいいんだよ!」で流すのが普通。だって、そうしないとマスコミだの警察だの壊した建物の修繕費だので面倒なことになるからだ。

 そう、面倒すぎる。

 

 なんで、平和を願う人が悪と戦うのに、民衆の顔を窺わないといけないのか。

 

 でも。

 納得してないからってルール違反はできない。

 ヒーローになりたいのなら、決められたルールにのっとって資格を得るしかない。

 

「あなたが困るんじゃない。あなた以外の人が困る。……ここまで言ってわからないなら、好きにすれば。ただし、敵を倒して落ち着いたあと、退学になっても私は知らない」

「………」

 

 鋭い視線が突き刺さる。

 正面から睨み返した。

 永遠のように長い十数秒が過ぎて、

 

「……納得したわけじゃねぇぞ」

「……ありがとう」

「っるせえ! 納得してねぇって言ってんだろ殺すぞ!」

 

 猛獣のように吠えながら、爆豪は――渋々と、本気で不満そうにしながら、食堂の隅の方に座り込んだ。

 途端、あちこちから安堵の息が聞こえた。

 打って出たい子がいるように、大人しくしているべきだという子もいたのだ。私に向けられる視線は非難と感謝がだいたい半々。

 それでも、

 

「すまぬ」

「……いいえ」

 

 虎さんは小さく、でもはっきりと、私にそう言ってくれた。

 

 ――これで、釘を刺せたかな。

 

 多少でもいい。

 爆豪の無茶が収えられてくれるといい。ここで誘拐なんて本当に勘弁だ。

 でも。

 なんとか場を収められてほっとしている反面、私の胸はどうしようもない苦しさに襲われてもいた。

 

 ――本当は、誰よりも戦いたい癖に。

 

 そう。

 爆豪に言ったことは、私が私自身に言い聞かせていることだ。

 動いちゃいけない。

 動いたらみんなに迷惑がかかる。

 もし、そんなしがらみを全部、無視してしまっていいのなら。

 

 ――さっさと死柄木を殺しに行くのに。

 

 暗い気持ちを押し殺すように、私は適当なところに座って膝を抱えた。

 すると、隣に洸汰君が座って体育座りをする。

 

「………」

「なんだよ」

「ううん」

 

 首を振って微笑む。

 気分がちょっとだけ晴れた気がした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 外では戦いが続いている。

 刻一刻と変化する状況の中――雄英教師陣は『質』と『数』によってジリジリと押し込まれていた。

 

「はっはは! 多勢に無勢って感じだなあ! 先生!」

 

 正面側と裏口側。

 どちらの襲撃も、先鋒を務めたのは『血狂い』マスキュラー。

 『筋肉増強』というシンプルな“個性”を鍛えに鍛えた彼の身体は太く、硬い。利き腕である右腕などは筋繊維が増加しすぎて「筋肉の籠手」を纏っているような様相。そんな剛腕から繰り出される一撃は、オールマイトの(スマッシュ)を彷彿とさせるほどに強烈だ。

 腕を引き、思いきり殴りつける。

 たったそれだけで分厚いコンクリートの壁がいともあっさりと砕け、土くれの魔獣がただの土へと還されてしまう。

 

 過去にプロヒーローを複数殺害している強敵。

 彼の相手をすることになったのは、セメントスと相澤だった。

 セメントスはコンクリの壁でドームを作り、マスキュラーを閉じ込めにかかる。壊されれば壊された上から再度、壁を作って他の行動を起こさせない。相澤は『抹消』の“個性”を使いつつ、捕縛用の特殊な布で腕や足を絡め取ろうと狙い続ける。

 どちらも千日手、封殺と言っていい大健闘だが――ただ四肢を振るうだけのマスキュラーと、“個性”を行使し続ける相澤達。長引けば消耗するのは後者の方だ。

 マスキュラーにもそれはわかっている。

 

 加えて、敵連合の人員はマスキュラーだけではない。

 

 

「我こそはステインを継ぐ者・スピナー!」

 

 無数の刃物を寄せ集めて作った特異な剣を握るヤモリの異形型。

 武器までは複製できないのかコピーは単なる刀を握っていたが、いずれにせよ、生身の人間が喰らっていいものではない。

 若く、技術もまだまだ甘いが、勢いはある。

 ピクシーボブの魔獣――「プッシーキャッツ及び雄英教員以外で屋外にいる者を攻撃」するようプログラムされた土くれをフットワークでいなしつつ、その身体を削り取っていく。

 

 

「肉……肉……」

 

 不穏なフレーズをぶつぶつと呟く拘束衣の死刑囚・ムーンフィッシュ。

 口から生えた刃で走り、跳躍し、敵を切り裂くというホラーの怪人のような――ぶっちゃけ気持ち悪いスタイルの彼は、スピナーより更に速い。

 土くれの魔獣では追いつけず翻弄されるばかりで、逆にムーンフィッシュの刃は確実に魔獣を切り刻む。

 ピクシーボブが『土流』で牽制し、相澤が合間を見て“個性”を封じることでどうにか宿舎への移動を防ぐしかなかった。

 

 

「あら。アタシの相手もこのコたちなの? できればもっと可愛いコがいいんだけど」

 

 『磁力』使いマグネ。

 サングラスをかけた長髪の()()は、太い鉄棒を振り回して魔獣をいなしている。

 無生物かつ非金属では“個性”が働かないらしく目立った活躍はしていないが、油断なく周囲を睨み続けており、隙さえあれば横槍を入れてくることは間違いない。

 構っている暇がないが、放っておける相手でもない。

 

 

 ピクシーボブの魔獣が大活躍してくれているお陰でなんとか保っている――合宿でも生徒四十名を恐怖させた力は健在だ――ものの、苛烈な攻勢は止む気配がない。

 ひとまず手一杯になっていないB組担任・『操血』のブラドがスピナー、ムーンフィッシュのコピーを処理しようと向かうが、そこへ。

 

「凶暴なケダモノがあら不思議」

「!?」

 

 仮面を着けてシルクハットを被った道化師が、魔獣のうち一体の身体をごっそりと()()させつつ、ブラドへ迫った。

 彼の名はMr.コンプレス。

 生体だろうが物体だろうが『圧縮』して破壊、あるいは動きを封じる“個性”持ちであり、トリッキーな動きと相まって脅威度が高い。

 

 綾里永遠が相澤や校長に伝えた警戒ランクで言えば、マスキュラーとトゥワイスに並ぶレベル。

 まあ、ぶっちゃけた話をしてしまえば、合宿襲撃メンバーに「軽視していい敵」なんていうのは一人もいないのだが。

 

 合宿参加教員およびプッシーキャッツには、校長から「敵連合の予想メンバーリスト」が渡されている。

 接近されただけで腕でも足でももぎ取り放題のコンプレスを見たブラドはすぐさま前進を止め、後退しながらの射撃戦に移行する。

 警戒されていることにコンプレスは舌打ちするも――ブラドの加勢を封じた時点で、その戦果は十分すぎるものとなった。

 

 そして。

 魔獣とコンクリによるかりそめの拮抗が破れたのは、開戦から僅か数分後のことだった。

 

「作るペースより壊されるペースの方が早い……!」

 

 単純な話。

 魔獣のストックが枯渇し始めたからだ。ピクシーボブの“個性”操作は卓越しているが、それでも多数の魔獣を出しっぱなしにはしておけない。

 襲撃を感知してから開戦までの僅かな時間では十分な数が用意できなかった。

 表と裏。

 一撃で戦闘不能にしてくるような敵複数が相手ではさすがに分が悪い。

 

「あぁ……っ!」

 

 遂にスピナーが、マグネが、ムーンフィッシュが、自身に向かってくる最後の魔獣を倒した。

 形勢が、一気に傾く。

 

「いけるわ! 努力目標の方まで満たしちゃいましょう!」

「全員ぶっ殺しゃあ勝ちだ! やっちまえ! 生かしておくのは確保対象だけでいい」

 

 限界だった。

 相澤とセメントスは目いっぱいの働きをし続けている。ブラドの『操血』は応用が利く反面、使いすぎると体力をどんどん失ってしまう。ピクシーボブの『土流』は速い敵やパワフルな敵には効果が薄い。

 屋上から戦況を分析していたマンダレイが「もう無理」と判断したのは当然のことだった。

 

『一年ヒーロー科の生徒達に告ぐ! 教員の名において戦闘を許可する! 繰り返す! 戦闘を許可する!』

 

 だが。

 結果論で言えば――後一分、持ちこたえていれば、良かったのかもしれない。

 

 轟音。

 

 天井が割れ、()()()()複数の影が下りてくる。

 オールマイト以下、雄英教員達の到着だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合宿6

 雄英側の増援は決して遅れたわけではない。

 彼らは、地下に設置したセンサーの一つが機能停止した段階ですぐに動きだした。

 

 三日目の夜が最も危ないことは、校長が独自入手した機密情報によって判明していた。

 そのため、合宿を監督していない教員達も大半が校舎に詰めていた。

 彼らはすぐさま集合し、センサーが次々に沈黙している状況を把握。すぐさま救援に向かうことを決めた。

 

 まず、移動用のエレベーターが動くかを確認。

 案の定、沈黙していたため、校長は強行突入を承認。

 地下のマップを元に、敵の予想侵入経路、教師陣の防衛方針から突入ルートを策定。最大のパワーを持つオールマイトが()()()()()()()()

 

 ここまで五分もかかっていない。

 

 もっと時間をかけていれば、より決定的な苦境が待ち受けていただろう。

 むしろ、生徒が無事なうちに到着できたのだから、事前に立てたプランは十分に機能していたといえる。

 

 誤算だったのは敵の攻撃の苛烈さ。

 また、教員の多くが「本当に来るとは思っていなかった」――万全の防備に対する無意識の信頼が、ほんの僅かに行動を遅らせたのかもしれない。

 

 結果的に、雄英側は「生徒を巻き込まない」という目標を達成できなかった。

 

 オールマイトが穴を開けた時には生徒はもう立ち上がり、行動を開始してしまっていた。

 一度火がついてしまったやんちゃ坊主に後から「やっぱナシ」と言ったところで、聞いてくれるはずがなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最も早く立ち上がったのは爆豪だった。

 

「よぉ、チビ。許可が出たなら文句ねぇよなあ?」

 

 凄みのある笑みで聞いてくる彼に、私は「うん」と言うしかなかった。

 

「でも、気を付けて。私がさっき言ったことは忘れないで。あれが無くなったわけじゃない。くれぐれも怪我したり、敵に捕まったりしないように――」

「っせえ!」

「っ」

「ケンカの最中にンなこと気にしてられるか。……ただ」

 

 爆豪は言葉を切って、言った。

 

「無傷で勝った方が格好いいよなぁ?」

「……ありがとう」

 

 彼に続くようにして大勢の生徒が立ち上がった。

 その中には切島君や鉄哲君、デクくんの姿もあった。

 止められない。

 教師名義で許可が出てしまった以上、私にはどうすることもできない。

 この上、みんなを止めようとするのは利敵行為になりかねない。

 

 ――でも、これで私も戦える。

 

 誰でもいい。

 (ヴィラン)の一人でも食い止められれば、その分、他の人が楽になる。

 と。

 思った直後、近くで落雷でもあったような轟音が、地下空間中に響き渡った。

 

「何だ!?」

「わかんねぇ! でも、敵がなんかしたのかも!」

「なら、とっとと先生達助けに行かねぇと!」

 

 違う。

 オールマイトが来たんだ――と、想像することができたのは、きっと私だけだったと思う。敵の構成を知っていなければ出てこない発想だから。

 みんなはより勢いこんで、次々に立ち上がり、その場から飛び出していく。

 虎さんも、もうみんなを止めなかった。

 

「各自、自己防衛を最優先にせよ」

 

 言って、我先にと飛び出していったくらいだ。

 きっと、仲間の様子が気になっていたんだと思う。

 

 私は。

 轟音に余計な思考を呼び覚まされたせいか、出遅れてしまった。

 立ち上がったのは一番最後。

 そして、立った途端、体操着の端を掴まれた。

 

 洸汰君だ。

 

「……行くのか?」

「うん、行くよ」

 

 微笑んで答える。

 

「誰かの代わりに傷つくのがヒーローだからね」

「っ。お前、自分で言ってただろ。怪我しちゃ駄目だって」

「うん。でも、私は自分で治せるから」

 

 これもダブルスタンダードだけど。

 

「落ち着いた時点で無傷だったら、幾ら傷ついても平気だと思わない?」

「………」

 

 返事は、なかった。

 洸汰君は目を見開いて私を見て、掴んだままの体操着をぎゅっと引っ張ってきた。

 

「馬鹿じゃねえのかお前! 何で、自分から痛い目に遭いに行くんだよ!」

「私には、それくらいしかできないからだよ」

 

 しゃがんで、ぽんぽん、と洸汰君の頭を叩く。

 

「君は隠れてて。台所の地下に食糧庫があるらしいから一緒に行こう。……って、ここがもう地下だけど」

「………」

 

 洸汰君は何も言わなかった。

 何も言わないまま涙を滲ませ、手を震わせていた。

 私は彼を抱き上げて歩き出す。

 と。

 肩を誰かに叩かれた気がした。

 振り返る。でも、そこには誰もいない。()()()()()()

 なので私は独り言を言う。

 

「どさくさ紛れなら、敵が行動不能になったり気絶しても平気だよね」

「………」

 

 くすりと、呼吸だけで誰かが笑った。

 

「なんだよ、今の」

「ん? うん、独り言だよ」

 

 私はそう答えて、洸汰君を食糧庫に連れて行き、笑顔で手を振ってから入り口を閉ざした。

 さあ。

 

「……行こう」

 

 思考を戦闘用に切り替えて、一歩を踏み出し、

 

永遠ちゃん

 

 意識の外から呼びかけられた。

 

 反射的に飛びのきながら振り返ると、私のよく知っている子がそこにいた。

 イカ饅頭みたいなお団子を左右にくっつけた、制服風コーデの美少女。

 一見、小動物系のゆるふわ女子だけど、編み物でもするみたいに人の身体を刺したり、切ったりできちゃう変わった子。

 

「……トガちゃん?」

 

 名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうな顔をする。

 

「はい」

「え。いや、はいじゃなくて……」

 

 混乱する。

 当たり前のような顔でいきなり現れて、そのくせ悪びれた様子もない。

 色々気になるところはあるけど――。

 

「どうしてここに? 警察の人達は?」

「みんな倒れちゃったの。私は永遠ちゃんが心配だったから」

「倒れたって、応急処置とかは……してないよね」

 

 拘束施設にも連合が行ったってこと?

 あそこにトガちゃんがいるのを知ってるのは警察関係者――ってことはやっぱり塚内警部が内通者? いや、今はそんなことより誰かに知らせないと。

 ただでさえ連合が来てて、教員は合宿所の方に集中してる。

 こんなタイミングで校舎の方まで狙われたら。

 

 ――こんな、タイミングで?

 

 待った。

 何かが引っかかる。

 連合はなんでわざわざトガちゃんを? 雄英が預かっている犯罪者が逃げれば失態にはなるけど、もっと大事な作戦中に戦力を割く必要があるだろうか。

 もちろん、ないとは言い切れないけど、

 

 敵連合。

 トガヒミコ。

 

 この二つのフレーズに、どうしても危機感を覚えてしまう。

 私は顔を上げて、

 

「ねえ、トガちゃ――」

「良かったぁ」

 

 胸に、鋭い痛み。

 ナイフ。

 刺された。誰に? トガちゃんに。全然気づかなかった。私が教えを請うた「気配を消して動く方法」の本家本元。

 痛い。

 苦しい。

 心臓をかすめるような位置。ナイフが引き抜かれた途端、血がどばどば溢れ出す。私でも楽観はできない傷だ。

 

「……どう、して?」

「ごめんね、永遠ちゃん」

 

 私は、仰向けになるようにして床に倒れる。

 傷口を上にした方が出血は少なくなる。少しでも早く傷を塞いで、エネルギーの消耗を抑えないと。

 

 本当は攻撃するべきなのかもしれないけど。

 どうしても、そうする気にはなれなかった。

 トガちゃんの真意を確かめるまでは。

 

「手の人と約束したのです」

「やくそく……?」

 

 死柄木弔。

 原作で作戦に参加していなかった彼なら手は空いている。手だけに。

 

「はい。永遠ちゃんには手を出さないって。もし、本当に永遠ちゃんが無事だったら、協力するって」

「協力」

「永遠ちゃんをひとりじめさせてくれるんだって」

「っ!?」

 

 トガちゃんは。

 可愛くて、綺麗で、色っぽくて、それでいてどこか恐ろしい、満面の笑顔を浮かべていた。

 一般人にはできない。

 常識を身に着けてしまうと邪魔されてできなくなる、心のままの表情。

 

「だから、ごめんね永遠ちゃん」

「トガ、ちゃん」

 

 駄目だよ。

 身を起こそうとする。彼女を拘束するために。

 でも、その前に右足を刺された。

 息が詰まる。思考が止まる。続けて左足。致命傷じゃない。私なら、時間さえあれば治る。

 でも。

 

「大人しくしてられなかったの。でも、約束は破ってないよ。永遠ちゃん以外は傷つけてないのです」

「あ、あはは……」

 

 守ってくれたのが嬉しいけど……。

 まずい、意識が遠くなってきた。

 

「だめ。トガちゃん、だめだよ」

「? どうして駄目なんです? 永遠ちゃんが無事ならそれが一番だよ」

 

 現在進行形で出血中なんだけど……!

 って、それはまあ、トガちゃん的にはいいんだろう。私的にもなんかこう、やられ慣れた相手なのと、手際が異様にいいせいで危機感はそこまでない。

 トガちゃんは私を殺さない、って信じちゃってる。

 

「大丈夫。永遠ちゃんは私が守ってあげる」

 

 と。

 自ら私を刺し、血を流させながら、トガちゃんは慈愛の籠もった声で言うのだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……派手にやられたもんだね」

 

 地上にて。

 地面に開いた――開けられた大穴を見下ろし、雄英校長の根津は呟いた。

 

「申し訳ありません」

 

 一人の男が傍らに立ち、ぼそぼそと言う。

 A組担任、イレイザー・ヘッドこと相澤だ。

 

「生徒達は?」

「全員、家に帰しました」

「そうか。ありがとう」

「……いえ」

 

 相澤の表情は優れない。

 元から顔色は悪いし、戦いの疲れもあるが、それだけが原因ではないだろう。根津とて似たような顔をしているはずだ。ネズミの表情は人には読みにくいだろうが。

 

 ――戦いは終わった。

 

 夜は明けかけており、もうしばらくしたらマスコミが大勢押し寄せてくる。

 今回の件の経緯と結末、今後の対応、諸々を含めて説明しなければならない。

 

 今回の襲撃において、雄英側は一定の成果を挙げた。

 合宿スタッフ、および応援に出た教師によって連合のメンバーは捕縛あるいは撃退。特にオールマイトの活躍は目覚ましく、敵の主力であったマスキュラーを一蹴、大量逮捕の流れを形成してくれた。

 教師は何名か負傷したものの、生徒に()()()()なし。

 逃がした敵についてもプッシーキャッツの一人、ラグドールが視認しており、彼女の『サーチ』によって追跡が可能である。

 トップ校およびプロヒーローとしての意地を示したといえる。

 

 ただし、敷地に大きな穴を開け、地下を損壊。

 警察の要請を受けて保護していた未成年の犯罪者一名を取り逃がした上、合宿に参加していた生徒の一人――A組所属の綾里永遠が行方不明になっている。

 こちらもラグドールの『サーチ』により居場所は判明しているが、それは敵連合の逃亡メンバーと同位置。

 つまり、永遠は敵によって誘拐されたものとみられる。

 

 一人誘拐されておいて「生徒は無事です」などと言えるはずがない。

 別の敵に逃げられました、では敵連合撃退を誇れるわけがない。

 

 会見ではそのあたりを徹底的に責められるだろう。

 

「……敵の狙いはなんだったんだろうね」

 

 半ば独り言だったが、返答があった。

 

「結果から見れば、我々への嫌がらせ、及び綾里永遠の誘拐かと」

「そうだね」

 

 永遠が狙われることは予想外だった。

 いや、可能性があることは承知していたが、このタイミングで狙われるとは思わなかった……と言った方が正確か。

 確かにあの少女には価値がある。

 死柄木弔が接触してきた前例もある。

 だが、永遠の価値が真に理解されているとは考えづらい。

 

 あるいは。

 

「我々が予言者から見放されたのかな?」

「……目を付けられたのは“個性”の方かもしれません」

 

 弱気な発言を相澤はスルーし、別のことを言った。

 

「あの“個性”かい?」

 

 確かに、オール・フォー・ワンの存在がある以上、“個性”を奪われる可能性は常に想定しなければならない。

 しかし、それこそ「そこまでする価値があるか?」だ。

 

「彼女の“個性”は単に頑丈になるものじゃありません。私はそれを間近で見てきました」

「利用価値がある、と?」

 

 根津にも思い当たるところはある。

 ミッドナイトの眠り香に抵抗してみせたこと。入試から体育祭、トガヒミコの一件と進むにつれ、だんだんと「治癒能力が高まっている」こと。

 高い耐久性能に異物耐性、更に治癒を続けることによって身体能力さえ向上していく。

 

 オール・フォー・ワンはオールマイトに酷い手傷を負わされたという。

 永遠の予言では既に『超再生』なる“個性”を手にしているというが――更なる治療に用いるつもりなのだろうか?

 

「……しぶとい、とはよく言ったものです」

「……なんにせよ、早急に助け出さないとね」

 

 根津は思考を打ち切って言った。

 

「ええ、その通りです」

 

 相澤もそれ以上、話を続けようとはしなかった。

 少女によって振り回されて来た男達は、しばしの間、黙って大穴を見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神野のバー

「……ここは」

 

 目が覚めた途端、お酒と煙草の臭いがした。

 顔を顰めつつ辺りを見回すと、どこかのバーのようだった。どことなく見覚えがあるのはコミックで見ていたせいだろう。

 周りにいるのは手だらけ男に火傷男、黒い霧の男。

 

「永遠ちゃん、起きた?」

「トガちゃん」

 

 私は椅子に座らされ、足をロープで拘束されている。

 自分の足ごと椅子の足を折ることはできなくもなさそうだけど、最終手段にしたいところ。

 

 後ろから覗き込んできたトガちゃんを見て、とりあえずほっとしておく。

 トガちゃんがいなかったらこの空間、むさくるしすぎる。

 

「私、誘拐されたんですね?」

 

 死柄木に尋ねる。

 

「あぁ。お前に用があったんでな」

「私、何を言われても寝返りませんよ?」

「脅し甲斐のない女だ」

 

 くくっと低く笑い、死柄木は言った。

 

「とりあえずメシにしないか? ちょうど買い出しが戻ってくる頃だ」

「……食べたいですけど」

 

 傷はもうすっかり治ってる。

 代わりに、治癒に使ったエネルギーを身体が猛烈に求めている。

 

「でも、仲間に行かせたんですか? 一体誰に……」

「俺だよ! いや違う俺じゃない、別の奴だ!」

 

 と、なんか無駄にハイテンションな男がバーの中に入ってきた。

 似非スパイダーマンみたいな格好をした彼は――トゥワイス。悪用された場合の危険性で言えば(ヴィラン)連合でもトップクラスのやばいやつだ。

 当人は人情味溢れる、ちょっと同情したくなる性格なんだけど、でも敵。犯罪者。自分を増やして集団犯罪とか平気でやっちゃう。

 彼は両手に抱えていた幾つもの袋を、適当なテーブルにどさりと乗せ、私の前に移動させてくれる。

 

 ハンバーガーにチキンに牛丼。

 ファーストフードのオンパレード。

 わざわざ色んな店を回ったのだと思うとシュール。というか、妙に量が多いけど……あれか、最初に言ったのと別のことを続けて言うせいで、全部注文として扱われたのか。

 チーズバーガーセットとハンバーガー単品で五個! チキンバーガーセットとポテトLを五個! みたいな。

 

「ほら食え。毒なんて入ってない」

「そういう意味だとファーストフードは信用できますね」

 

 敵の懐事情を心配してやる義理もない

 適当に目についたのに手を伸ばして口に運ぶ。片手にチキン、片手にバーガーとか一回やってみたかったところだ。

 うん、美味しい。

 うちの店の料理にはもちろん全然敵わないけど、そうそうこの味、っていうのをどこでも食べられるのって安心するよね。

 

 私の食べっぷりに触発されたのか、それとも単に腹ペコだったのか、死柄木やトガちゃんも手を出して食べ始める。

 別にいいけど、それでも食べきれるかわからないし。

 

「話の続きだが」

 

 顔に手をくっつけたままバーガーを貪る死柄木。

 緊張感が無いにも程があるけど、私は思考をシリアスモードに切り替える。ただし、ご飯を食べる手は止めないまま。

 

「お前のことは調べさせてもらった」

「大したことは出てこなかったでしょう?」

「ああ」

 

 またも笑う死柄木。

 

「異様なほど情報がなかった。五年ほど前、綾里家に拾われるまで、どこで何をしていたのかがわからない。お前が赤ん坊やガキだった頃を誰も知らなかった」

「私でさえろくに覚えてないので、それはそうじゃないですか?」

「そうだな」

 

 やけにあっさり肯定される。

 

「その違和感はどうでもいいのさ。先生はむしろ、そこに注目していたが――」

「待って。そこのところ詳しく」

「俺が不思議なのはお前っていう人間なんだよ。綾里永遠」

 

 死柄木が、食べ終わったバーガーの包みをくしゃっと潰す。

 

――なあ。お前、人を殺せるやつだろう?

 

 

 

 

「………」

 

 何を言うかと思えばそんなことか。

 くだらない。

 私は鼻で笑って答える。

 

「人殺しなんて駄目に決まってるじゃないですか。人を殺すんですよ?」

「じゃあ、なんで人を殺しちゃ駄目なんだ?」

 

 間髪入れずに死柄木は問い返してくる。

 

「……人の命は取り返しがつかないからです。償いようがないからです。自分がされたくないことを人にするべきじゃないからです」

「ふうん」

 

 苛立ちながら答えれば、死柄木の返事は気のないもの。

 

「一体何が言いたいんですか?」

可愛くない答えだなあ

「っ!?」

「なあ、綾里永遠。こういう質問にはさ、大抵のやつはもっと可愛い答えを返すものなんだよ。例えば――可哀想だから、とか」

 

 そこで言葉が切られて、

 笑われる。

 死柄木は、顔の大半が隠れていてもわかるような笑みを浮かべて、

 

人を殺しちゃいけないのは、人を殺しちゃいけないからだ、とかな

「……屁理屈です」

 

 当たり前じゃ済まない人用に説明しただけだ。

 

「普通、なんで人を殺しちゃいけないか、なんて聞かれないんですよ」

「そうだな。だからお前の異常性がわからない」

「だから」

「お前は、必要なら人を殺せる。なにせ、()()()()()()んだ」

 

 トガちゃんとの関係について言ってるんだろうか。

 

「死なないから我慢してるだけです」

「じゃあ、死なない程度なら他人も傷つけて問題ないか」

「時と場合によります」

「死ぬべき人間なら、殺してもいいってことだろ?」

「………」

 

 話にならない。

 私は死柄木を無視して食事に集中する。

 美味しい。

 でも、死柄木はぶつぶつと話し続ける。

 

「お前は『こっち側』に来られる奴だ。社会に、ヒーローに、憤りを覚えたことはないか? 絶望したことはないか? 恨みを覚えたことは?」

「うるさいなあ」

 

 顔を上げ、怒りと悪意を叩きつける。

 

「私は犯罪者が嫌い。今の社会にどれだけ不満があっても、敵の方が嫌い。だから私は敵にならない。殺すとしてもあなた達だけを殺す」

そこの女(トガヒミコ)とつるんでる癖にか?」

「トガちゃんは戻って来ようとしてる。殺さないで我慢しようとしてくれてる。だから、トガちゃんのことは嫌いじゃない」

「情が移ったか」

 

 死柄木は笑う。

 楽しそうに。愉快そうに。心底どうでもよさそうに。

 

「なら、もっと大切なものと引き換えならどうだ?」

「……何を」

 

 言ってるのか。

 頭に思い浮かんだのは、お父さんお母さん、浩平の顔。

 きっと心配してる。

 私の帰りを待っててくれてる。

 

「家族で洋食屋を経営。兄の浩平は約一年前、敵に襲われて片腕を損傷、切断している。お前がヒーローを志したのはこの事件の後かららしいな」

「やめて」

「店の名前は『RYORI』。両親とは仲が良く、休日には今でも手伝いをすることがある。住所は――」

「やめてって言ってるでしょ!?」

 

 叫んだ。

 テーブルに手をつき、椅子ごと身体を持ち上げる。このままテーブルを下から蹴り上げれば、少しは痛い思いをさせられるはず――。

 

「やめないか、弔」

「っ!?」

 

 硬直する。

 腕から力が抜けて、椅子が、身体が元の位置に下りた。

 

 いつの間にかバーにもう一人いた。

 

 仰々しいマスクを被った男。

 表情は全く見えない。

 身体も筋骨隆々というわけではなく、特別な異形にも見えない。

 なのに。

 なのに、どうしようもなく彼が怖い。

 

 同じ場所に居たくない。

 居れば、一瞬の後に殺されるかもしれない。そんな気がする。

 

「……オール・フォー・ワン」

「その名前を知っているのか。やはり只者じゃないようだ。綾里、永遠君」

「先生」

「すまない、弔。彼女と話すのが待ちきれなくなってしまった。何しろ、数十年ぶりに会う“オリジン”だ」

 

 “オリジン”。

 それは原作コミックの各話タイトルにしばしば登場する単語だ。このフレーズがつけられた話では誰か一人、特定キャラクターの過去――原点が語られる。

 でも。

 彼が言ったのはそういう意味ではない。

 

「……何の話ですか?」

「ああ、すまない。“オリジン”というのは私が勝手に使っている呼称でね」

 

 彼は。

 オール・フォー・ワンは核心を告げる。

 

「第一世代。つまり原初の個性持ちということさ。私と同じくね」

 

 

 

 

 

「……私、高校一年生ですよ?」

 

 いきなり何を言い出したのか。

 私は笑って聞き流す。

 

「こう見えて私も“オリジン”なんだ」

「はあ」

「昔は“個性”に悩まされる人が今より多くてね。そんな人から“個性”を奪うことで救う活動をしていた」

「自分用の“個性”を選別しながら、要らないのを他の人に与えて手駒にしていたんですよね?」

「解釈の違いというやつだね」

 

 さらっとスルーするオール・フォー・ワン。

 

「そんな私だから、色んな噂を聞き、色んな人と出会った。その中に、幼い娘を失った母親がいた」

「………」

「まあ、そんなのは珍しい話でもないんだが――問題は、彼女が奇妙なことを言っていたことなんだ。彼女は何て言ったと思う」

「知りません」

「『あなたと、もっと早く出会えていたら』」

 

 幼い娘を失った母親。

 もっと早くオール・フォー・ワンに出会っていたら、彼女は何を願ったというのか。

 娘の喪失と関係があるとでもいうのか。

 

 ――気持ち悪い。

 

 ご飯の味は何も変わっていないのに、それ以上、食べ進めることができなくなった。

 オール・フォー・ワンは構わずに続ける。

 

「調べてみたところ、不審な点が見つかった。彼女の娘は死んだんじゃなく()()()()になっていた。今ほどじゃないにせよ、そこそこ発達した社会で、だ」

「行方不明に見せかけて殺した、とでも言いたいんですか?」

「その通り」

 

 淡々とした、教師然とした声の奥に、かすかな喜色があった。

 

「私は後日、母親を個人的に訪ねて話を聞いた。彼女は()()()()()なかなか真相を語ってくれなかったが、やがて教えてくれた。泣きながらね」

「――何て、言ったんです?」

娘を殺した。何をしても死んでくれないから、四肢を解体し、ぐちゃぐちゃにすり潰し、跡形もないほど殺し尽くして、庭に埋めた、と」

 

 ああ、それは。

 なんて、救われない話なんだろう。

 

「早くあなたに会っていれば、その子は死なずに済んだんでしょうか」

「そうだね。そして私は、得難い強力な“個性”を手に入れられていた。『超再生』。……いや」

 

 オール・フォー・ワンの顔が私を向く。

 マスク越しでも見つめられているのがわかる。

 

『不老不死』

「………」

 

 私は答えない。

 私は驚かない。

 

 原作にはなかった物語。

 

 でも、私の身体は知っている。

 覚えている。

 ()()()()の生い立ちを。

 

「おい。ちょっと待て、先生。まるでその話じゃこいつが――」

「そうだよ弔」

 

 知らされていなかったのか。

 死柄木も、他の連合メンバー達も驚愕する中、オール・フォー・ワンは言った。

 

「その少女の名前は『永遠』。つまり君だ、綾里永遠君」

 

 

 

 

 

「……何の証拠もありませんね」

「証拠ならあるさ」

「?」

「小学校、中学校の身体測定の結果。君の身長は2()()()()()()()()()()()()()()

「最初は歳の割に発育が良かったんですけどね」

 

 私は苦笑する。

 

「どういうわけか全然伸びないんですよ。この通り」

「……2ミリなんて誤差だ。測り方の差でしかねえ。しかも、上下しているだと?」

「そうだ。身長は変わっていない。自身に起こったあらゆる異常に抗い、正常に戻し、生命活動を維持する能力を持っている。彼女の身体は成長しない。できるのは進化と再構築だけだ」

「死ななかったってのか。すり潰されて、地面に埋められて」

「ああ。残念ながら、再構成するためのエネルギーがなかったせいだろう。()()()()()()()()()()()()()みたいだけどね。でも、彼女もただでは死ななかった。再生する際、ある程度の自由が利く年齢まで、身体を強制的に進化させたんだ」

 

 オール・フォー・ワンの推測は正しい。

 そこまで真実に迫られていてはとぼけることもできない。

 

 ――まさか、私より私に詳しい人がいるとは。

 

 この男がそうだったのは、ある意味、当たり前といえば当たり前なんだけど。

 死柄木が溜息をついて頭を抱える。

 

「ちょっと待て。“オリジン”だと? 個性ってのは代ごとに強くなってるんじゃなかったのか?」

「基本的にはそうさ。ただ、個体単位ではそうとも限らない。()()()()()()()()。シンプルにして最強。そういう才能がごく僅かに存在した」

「あなたの“個性”のことですか? オール・フォー・ワン」

「君の“個性”のことさ。綾里永遠」

 

 私達は見つめ合う。

 

「そんなに私の“個性”にご執心なら、奪ってしまえばいいのでは?」

「もうとっくに試したさ」

「え」

 

 それは、なんだ、意外だった。

 私は初めて目を丸くする。

 

 ――だって、身体には何の異常もなかったから。

 

 念のため、歯で舌を噛み血を流してみても、ほんの数秒で傷が塞がる。トガちゃんがキスしてきそうになったので、さすがに今は止めてもらった。

 “個性”はある。

 

「君の“個性”『不老不死』は何がなんでも現状を維持するものらしい。試しに奪ってみたら、私の肉体と精神を支配し、侵食し、()()()()()()()()()()()()()()()()。慌てて返却したものの、ストックしていた“個性”が幾つか機能不全を起こしている」

 

 なるほど。

 私の“個性”は所有者を不老不死にするものじゃない。

 私を、綾里永遠を、何がなんでも永続させる“個性”。“個性”と肉体情報と精神情報、全てが揃って綾里永遠なので、“個性”が移譲されれば元の肉体は廃棄され、移譲先の肉体と精神が上書きされる。

 

 ――だとすると、個性破壊弾も私には効かないかも。

 

 壊理ちゃんの“個性”を喰らって初めて死ねるかどうか。

 たぶん、逆行しようが何しようが復元が働くだろうけど……その速度が逆行速度より下回っていれば、私は跡形もなく消滅する。

 逆に言うと、それが唯一、私が死ねる方法かもしれない。

 

 死にたくないとは思ってたけど。

 

「……気の滅入る話ですね」

 

 考えないようにしていた過去と直面させられ、私は途方に暮れる。

 そこにオール・フォー・ワンが言う。

 

「そこで勧誘の続きだ。綾里永遠君。君は社会の、常識の枠から外れた存在。世界で唯一と言ってもいい、真の意味での私の同族だ」

「―――」

「どうだい? 私達に協力しないか? うん、と頷いてくれさえすれば、私達は君の『家族』にひどい事をしないで済む」

「それは、優しいですね」

 

 私は、心の底からオール・フォー・ワンを侮蔑しながら、冷たい笑みを浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

囚われの永遠

 暗い、暗い、暗いところにいた。

 

 小さい頃のことは本当によく覚えていない。

 当時の私は赤ん坊だった。

 成長しない赤ん坊。

 

 ()()が心配し、気味悪がり、恐れ、ついには殺そうとしたのも、仕方ないことだと思う。

 

 私はばらばらにされて地面に埋められた。

 人としての私はそこで一度、死んでいる。

 

 狭くて、息苦しくて、何もない、誰もいない場所。

 ずっとずっとそこにいた。気の遠くなるくらいの時間を過ごした。

 楽しみは、ごくたまに手に入る美味しいモノ。

 一口にも満たないそれだけを支えに、ずっと生きてきた。

 

 生物としての私は、細胞レベルでずっと生きていた。

 

 ――いや、ただそこに在った。

 

 意識はない。

 ただ、“個性”が私を生かし続けていた。

 

 地中の栄養素に触れる度、それを吸収して少しずつ復元する。

 運よく、虫の死骸が隣り合ってくれたりしたら、それは御馳走だ。

 

 そうやって少しずつ身体を復元した。

 いや。

 今度は簡単に殺されないように、赤ん坊ではなく、最低限動ける身体へと自分を進化させていった。

 ゆっくりと。

 着実に。

 

 それでも月日は流れる。

 長い、長い、長い時を過ごして。

 

 ある時、地表から美味しいモノが染みこんでくるようになった。

 『綾里永遠』になってから知ったところによると、とある洋食屋の息子が「美味しい水を出す」だけの“個性”をこっそり訓練していたらしい。

 栄養たっぷりのその水によって、私の身体は急速に完成していった。

 

 もちろん、普通なら「身体が大きいだけの赤ちゃん」が生まれるだけ。

 でも、幸か不幸か、私には前世の記憶があった。

 

 前よりはずっと大きく、強く、頑丈になったある日。

 

 光を見た。

 これまでの世界の全てを過去にして、消し去る光。

 

 這い出し、這い出し、やっと地上に出た。

 久しぶりの人の世界で初めてあったのは、呆けたような顔をした少年。

 私の命の恩人。

 彼は裸の私をしばらく見つめた後、急に真っ赤になって、服はどうしたとか何で埋まってたんだとか、色々世話を焼いてくれた。

 

 彼は私を自分の家に連れ帰り、彼の両親は私を娘として育てると言ってくれた。

 

 そうして、私は私になった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 全身が割れるように痛い。

 

「あー……」

「永遠ちゃん、大丈夫? ひどい声出してるよ?」

「うん。だいぶマシになってきたし……」

 

 テーブルに突っ伏していた私は顔を上げ、目の前にあった菓子パンを取る。

 封を開け、齧りつきながら足をぶらぶら。

 拘束はもう解かれている。

 

「どれくらい痛かった?」

「正直、トガちゃんにやられるより辛い」

「……じゃあ、私ももっとやるのです」

「待ってトガちゃん。今やられたらほんとに死んじゃうから」

 

 この痛みは外傷によるものじゃない。

 私の中に入ってきた異物に対する抵抗――より正確には、その異物を取り込んで運用できるようにするために、身体が進化している痛みだ。

 最初の方は本当に死んじゃうんじゃないかと思うほど痛くて、なりふり構わず泣き叫んで転がりまわった。お陰で「うるさい」とか言われて口を封じられ、別室に放り込まれていた。

 でも、半日くらい経った今はもう、だいぶ身体が馴染んできて、ゆっくり動くくらいなら問題なくなってる。

 

 菓子パンを食べ終わったので次はおにぎり。

 むしゃむしゃもぐもぐ。

 連合の財政事情を悪化させるくらいには食べておかないと割に合わない。まあ、それで新たな略奪が起こるかも、と考えるとアレなんだけど。

 

 でも私、今は正義サイドと言えないしなあ……。

 

「新しい“個性”は使えそうかい?」

 

 当然のようにカウンターに居るオール・フォー・ワンが尋ねてくる。

 

「使えると思いますけど……何でしたっけ?」

「『膂力増強』と『瞬発力』。どちらも君によって機能不全を起こした分なんだが」

「んー……」

 

 私は立ち上がると、座っていた椅子を宙に投げ、床を蹴った。

 ぐん、と加速。

 軽く腕を振り上げると、木製の椅子がいともあっさり砕け散る。

 

 身体能力はざっと数倍。

 

 譲渡された“個性”の定着時にいっぱい痛めつけられたのもあって、凄いことになってる。

 

「これじゃ私、化け物じゃないですか」

「見た目は全く変化していないよ」

 

 いや、そういう問題ではなく。

 

「……私を『ハイエンド』としてカウントしないでくださいね」

「君をあの程度のもの(ハイエンド)と一緒にはできないさ。いっそ弔と契ってもらいたいくらいだ」

「絶対嫌です」

 

 きっぱりと答えて、私はオール・フォー・ワンに確認する。

 

「約束は覚えてますよね?」

「ああ。君は我々の仲間にはならない。ただし抵抗も脱走もしない。代わりに、我々は君の家族に手を出さない」

「はい。後は、ご飯さえ食べさせてくれれば文句は言いません」

 

 私は死柄木、オール・フォー・ワンと約束した。

 連合には入らない。でも敵対しない。

 緩やかな拘束を受け入れる代わり、死柄木達も私の家族に手を出さない。

 

 ――“個性”の移譲は実験だ。

 

 私の身体に別の“個性”が与えられたらどうなるか。

 使ったのは機能不全に陥った分だから、オール・フォー・ワンとしてはゴミ捨てでもする感覚で実験ができるし、成功すれば私にもメリットはある。

 Win-Winならと承諾した結果は、激痛と引き換えの新“個性”二つ。

 

 『超再生』の上位互換に並外れた身体能力。

 なんていうか、脳無になった気分である。

 

 でも、これで私の重要性が上がった。

 下手に手放したら面倒な存在になりかねないので、多少、無茶な条件であっても呑まざるをえない。

 

「……面倒なお姫様だ」

 

 死柄木は心底から面倒そうだった。

 彼はため息を吐くと、私に抱きついているトガちゃんを見て、

 

「トガヒミコ。お前はどうだ?」

「私は永遠ちゃんの付き添いです」

「協力するって言っただろうが」

「もう協力しましたよ? それに、永遠ちゃんの傍から離れたくないので」

 

 ごろごろと、頬を擦りつけてくるトガちゃん。

 懐きすぎじゃないかって気もするけど、正直、男ばっかりのところだから、彼女がいてくれると心が和む。

 

「永遠ちゃんは殺しても死なないんだよね? じゃあ、何回でも殺せるんだよね?」

 

 すごく物騒な好かれ方をしてるけど……。

 

「うーんと……一日一回までね。エネルギーが足りないと復活できないから」

「一回……。朝にしようかな、それともお昼? 夜も捨てがたいのです」

「お前ら頭おかしいんじゃないのか」

「あなたたちには言われたくないです」

 

 さっさと壊滅しろ敵連合。

 

 ――壊滅といえば。

 

 実際問題、彼らがいつまで保つかはわからない。

 約束はしたものの、救助が来るなら逃げる気は満々だ。

 

「知ってると思うから言いますけど、私も他の人達もマークされてますよ?」

「そうだね。困ったものだ」

「……待て先生。何の話だ」

「うん? ヒーロー共の“個性”は情報共有しただろう? 君達が捕らえ損なったプロヒーロー、ラグドールの“個性”はなんだったかな?」

 

 不思議そうにオール・フォー・ワンが言えば、死柄木は一瞬遅れて舌打ちをした。

 

「……そういうことかよ。じゃあ、さっさと移らないとやばいじゃねぇか」

「「本気で気づいてなかったの(かい)?」」

「……うるせえ」

 

 あれ、死柄木って意外と馬鹿なのかな……?

 と思ったら、続けて説明があった。

 

「ガキが追跡されてる可能性は考えてたさ。だが、子供を助けるつもりなら万全を期すはず。この市街地に今日明日で乗り込んでくることはねぇだろ」

 

 それがありえちゃったりするんだけど……。

 それは私が情報提供したせいだ。

 前もって準備してないと今日明日で突入なんてできないのは確かだから、考えが及ばなくても仕方ない。

 

 また、新しいアジトは義爛(裏のブローカーだ)に探させているらしい。

 いい場所が見つかる前に攻められたら、いったん「脳無の隠し場所」に逃げることも可能だとか。

 そう聞くと十分なプラン。

 まあ、これも私のせいで、隠し場所の方も探索が進んでたりするんだけど。

 

 ――たぶん、オール・フォー・ワンは本当に「教師」なんだ。

 

 ああしろこうしろ、と指図したりはしない。

 動きだすきっかけは与えるし、致命的な失敗をしないようフォローもする。乞われれば助言もするけど、できるだけ、生徒が自分で考えるよう促している。

 

 となると、原作でのアジト襲撃の件も、彼は知ってたのかな……?

 

 内通者、あるいはそれに類する情報網はオール・フォー・ワンのもの。

 一部の情報は死柄木達にも伝達されるものの、その意味や使い方までは教えない。警察のアジト発見を伝えるつもりがなかったのか、それとも、少しだけ時間を置くつもりだったのかはわからないけど。

 

 マスクの男を見る。

 相変わらず表情はわからないけど、彼が微笑んだような気がした。

 

「オール・フォー・ワン。ドクターに会いたいんですけど」

「彼の存在も知っているのか。なら、居場所を教える必要はないんじゃないかな?」

「む」

 

 藪蛇。

 私がどこまで知ってるか、逆に探られてるみたいだ。

 

「追跡されている状況で彼の元に連れて行くのは危険すぎる。すまないが我慢してくれるかな?」

「……仕方ないですね」

 

 さすが、一筋縄ではいかない。

 オール・フォー・ワンにとって、私はオールマイトのようなイレギュラーなのだろう。だからこそ取り込みたいし、だからこそ警戒する。

 実際の私はただの小娘なわけだけど、それをこっちから明かす必要はない。

 重要視してくれるなら、それを利用するまでだ。

 

 私は黙ってご飯を食べ、食べ終わったらトガちゃんと(流血なしで)遊んだ。

 

 

 

 ヒーロー達がアジトを襲撃したのは、その夜のことだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「ヒーローだと!? クソが、いくらなんでも早すぎるだろ……!?」

 

 その時、オール・フォー・ワンは不在だった。

 もともと、彼はアドバイザーのようなもの。不本意だけど、私と遊びに来ていたというのが近い。用が無くなればさっさと別の場所に移動していった。

 もちろん、死柄木達の様子はチェックしてるんだろうけど。

 

 襲撃はテレビ会見の直後。

 会見の内容もほぼ原作通りだった。違うのは生徒が無傷だったこと。代わりに誘拐されたのが私=女の子だったことが取りざたされたくらいか。

 相澤先生の謝罪を、バーにある古いテレビで死柄木達と一緒に見た。

 まさかこんなことになるとは思わなかった。

 

 私のミスだ。

 

 トガちゃんを引きこんだことは後悔してない。

 でも、結果的にこうなってしまったことは、申し訳ないと思う。

 

 そして、そんな想いを、私が消化しきれないうちに――あっさりと、あっけなく、ヒーロー達がやってきて、(ヴィラン)連合を捕縛していった。

 保管場所からの脳無召喚も失敗。

 それは同時に、死柄木達が自力で脱出できないことを意味していて、

 

「大丈夫か、綾里少女」

 

 私は。

 拘束された敵達の中、一人だけ立っていた。

 巨漢――オールマイトが私の傍に立つ。

 

「永遠ちゃん!」

 

 敵扱いなのだろう。後ろ手に押し倒されたトガちゃんが叫ぶ。

 いざとなったら『変身』を使っちゃうかもしれない。

 私は微笑んでトガちゃんを見た。

 

「戻ろう、トガちゃん」

「でも! 永遠ちゃん、約束が!」

「約束?」

「……逆らったら家族を殺すと言われました。だから、何の抵抗もできませんでした」

「……そうか」

 

 苦い顔になるオールマイト以下、プロヒーロー達。

 

「あの、トガちゃんにはひどいことしないであげてください。私を守ってくれたんです」

「守った?」

「はい。私の説得材料に連れてこられただけなんです。誰も殺してないのは私が保証します」

「……それは」

 

 困った顔をされた。

 そりゃそうだ。というか、それは今じゃなくてもいい。

 私は話題を切り替える。

 

「それより、オールマイ……とっ!?」

 

 ごぼっ、と。

 黒い泥のようなものがお腹の中から湧きあがり、口からこぼれた。

 気持ち悪い。

 食べた物を吐いてるわけじゃないからいいけど……って、そういう問題でもなく。

 不快感を堪えつつ見上げると、オールマイトは。

 

「大丈夫。わかっているさ」

 

 ああ。

 

「必ず助ける」

 

 格好いいな、と。

 No.1ヒーローの雄姿に、この時初めて、心の底から感動した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 瓦礫。

 そして、地面に穿たれた一直線の痕跡。

 脳無の保管庫となっていた廃病院周辺は破壊され、惨憺たる有様だった。

 でも。

 

 ――思ったよりは被害が少ない?

 

 単純年数なら百年以上、主観でも十年くらいは前だから記憶もアレなところがあるけど、原作での破壊痕はまるで怪獣でも来た後のようだった。

 確かに、余波は凄い。

 近くのビルも倒壊しているけど、逆に言うと「倒れたビルが折り重なっている」なんてことはない。

 

「“個性”が減った影響だね」

 

 オール・フォー・ワン。

 死柄木と先に話していたんだろう。

 手だらけ男の居る方から歩いてきた彼は、淡々とそう言った

 そっか。

 私に“個性”を譲渡したせいだ。少なくとも『膂力増強』『瞬発力』が一つずつ減っている。そう簡単には補充もできなかったのだろう。

 それでも馬鹿みたいなパワーだけど、意味はあった。

 

「……おっと。意外と来客も早かったな」

 

 マスクに覆われた顔が上がる。

 飛んできた――“個性”を考えると、正確には『跳んで』きたのは、アメコミヒーローのようなスーツに身を包んだ筋骨隆々の男。

 オールマイト。

 

 激突。

 

 二人がぶつかっただけで衝撃が発生し、連合のメンバーが吹き飛ばされる。

 もちろん私も。

 新しく得た“個性”を使えば踏みとどまれるかも、とか思ったけど、近くにいるメリットがないので素直に吹っ飛んでおく。

 

「やあ、オールマイト」

 

 その間に、オールマイトとオール・フォー・ワンは旧交を温める――とは言い難い会話を繰り広げていた。

 

「約三十秒か。全盛期には程遠いね」

「貴様こそ、何だその工業地帯のようなマスクは!? だいぶ無理してるんじゃあないか!?」

 

 絶対の善と絶対の悪。

 両者の衝突は、まさしく桁が違っていた。

 

「周辺の避難はもう開始している! 貴様の思い通りにはならんぞ!」

「ふむ。衝突を予期されていたようだ。誰の機転か……案外、これも永遠君かな?」

「無駄口を!」

「叩く暇がないのは――どちらかな?」

 

 頂上決戦。

 その始まりを、私は間近で見ることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神野の激戦

 オール・フォー・ワンが動いた。

 思った次の瞬間には、オールマイトが吹き飛んでいた。

 

 たしか、空気を押し出す“個性”に幾つもの“個性”を重ねてるんだったはず。

 

 圧縮して押し出された空気の塊は、見えない鈍器みたいなもの。

 数人分の“個性”による超パワーで殴られたら、いくらNo.1ヒーローでもひとたまりもない。

 碌に姿勢も変えられずに飛ばされていく。

 

 と。

 

 そのままならビルに激突、突き破っただろう。

 でも、激突の寸前、オールマイトを受け止めるように地面からせり出してくるものがあった。

 複数枚のコンクリートの壁。

 道路などにも使われる硬い素材が、衝撃を受け止めきれずに次々と砕ける。でも、一枚がぶつかり、砕けるたび、勢いは確実に減っていく。

 そして、全てのコンクリを突き破り、ビルの外壁にぶつかったオールマイトは――そこで止まった。

 

「コンクリヒーロー、セメントスか」

 

 来てたんだ。

 そういえば、さっきオールマイトが言ってた。既に避難誘導が始まってるって。

 原作でもプロヒーローが大勢であたってたはずけど、それにしても対応が早い。きっと、廃病院を攻撃すると同時に避難勧告・誘導を始めてたんだ。

 被害軽減要員としてセメントスも待機してた。

 

 合宿襲撃を阻止できず、アジトを攻めざるをえなかった校長達の苦肉の策。

 

「厄介だな。先に始末するか」

「貴様の相手は、私だ!!」

 

 オールマイトが吠える。

 再び放たれた空気の弾を突き破り、オール・フォー・ワンに肉薄。激しい衝撃と共にぶつかり合う。

 

 互角……?

 

 思った私は、ぞくりと寒気を感じた。

 頭を誰かの手が掴んでいる。誰の手かは、続く声でわかった。

 

「先生は“個性”が減ってるが、オールマイトも昨日の件で疲れてる。万全じゃないのはお互い様か」

「……こんなところにいないで、さっさと逃げなきゃ危ないですよ?」

 

 どんなヒーローが来てるかわかったもんじゃない。

 エッジショットさんとかが細くなって忍び寄ってる可能性も否定できない。

 

「お前を人質にしてりゃ安全だろ」

「ごもっとも」

 

 たぶん、監視の意味もあるんだろう。

 抵抗も妨害もしないと約束したけど、私が約束を守る保証はない。

 保険をかけておくにこしたことはない。

 

「いや弔。ここは永遠君を連れて逃げるんだ」

「先生。あんたはどうするんだ?」

 

 オール・フォー・ワンは答えなかった。

 

「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できる」

 

 それは遺言のようだった。

 闇の師弟関係。

 あのマスク男は、その終わりを暗に示唆しているように見えた。

 

 ――負けるつもりだったのかな?

 

 原作を見る限り、手を抜いているようには見えなかった。

 どっちでも良かったのか。

 勝つつもりで戦いはするけど、オールマイトならそれを打ち破ってくると予想もしていた。その上で、脱獄または獄中から影響を及ぼす術を確保していた。

 

 彼とオールマイト。

 双方の消耗率が同等と考えれば、黙ってても大丈夫なはずだけど。

 

「死柄木」

「……なんだ」

「オール・フォー・ワンは(ヴィラン)連合なの?」

 

 返答には間があった。

 

「……連合は俺の組織だ。先生は構成員じゃない」

「そう」

 

 正直なことだ。

 私の意図がわかっていても、嘘をつくのが癪だったのか。

 

「なら、彼に攻撃するのは約束違反じゃないよね?」

「殺すぞ」

「どうぞ」

 

 一度死んだ事実を確定されてしまった以上は開き直る。

 

「残念ながら死んでも生き返るから、私」

「死にたくはねえだろ」

 

 もちろん。

 でも、必要なら死ねるっていうのは私だけのアドバンテージだ。

 

「離して」

「脅しじゃねえ。大人しくしてろ」

 

 私をダシにしてオール・フォー・ワンを助けるつもりか。

 人質の存在がネックになってるのは確か。

 ならいっそ、私がいなくなってしまった方が、ヒーロー達は動きやすい。

 

「離して!」

「……警告したぞ」

 

 裏拳の如く殴りつけようとした腕を掴まれた。

 不思議と痛くはない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 認識が、理解が後から追いついてきて、猛烈な喪失感と激痛が湧きあがってくる。

 

「――ッ!」

 

 叫び出しそうになるのを、歯を食いしばって堪え、もう一方の腕を振るおうとして。

 

「……が」

「え」

 

 声。

 死柄木の、苦悶の声。

 頭を掴んでいた手が離れる。

 解放された私は一歩、離れてから振り返った。

 青年の後ろ。

 ちょうど心臓の位置にナイフを突き立てている少女が一人。

 

「トガちゃん」

「永遠ちゃんを傷つけないって約束したよね」

「……トガ、ヒミコ」

「嘘つき。あなたも、あのマスクも、永遠ちゃんを傷つけた。そういうのはもう嫌なのです。永遠ちゃんは、私に、一度も嘘つかなかった」

 

 ぐらりと。

 死柄木が倒れる。

 

「弔!」

 

 オール・フォー・ワンの声。

 彼の指が変形し、伸長し、節を持った刃、もしくは槍のようになる。

 それは死柄木に、他の敵連合メンバー達に次々と刺さっていく。

 アジトの一件で気絶している黒霧が最後。

 私達にもついでのように伸びてきたけど、私とトガちゃんは飛びのいてそれをかわした。

 

 ――死柄木の逃走は邪魔できない。

 

 『個性強制発動』。

 黒霧の“個性”が無理やり発動するのを私はただ黙って見つめた。

 あの指から逃れたのは約束違反になるかどうか。

 知ってなかったら普通避けると思うし、オール・フォー・ワンが対象外ならセーフだと思うけど。

 

「死柄木弔」

 

 ワープゲートで消えようとしている、倒れたままの彼に告げる。

 

「お父さんやお母さん、浩平に手を出したら許さない。ヒーローの矜持とかどうでもいい。……殺してやる」

「―――」

「どんな手を使ってでも、何年かかってでも、絶対に殺す。死なない私に一生つき纏われるのが嫌だったら、絶対に、私の家族に手を出さないで」

 

 返事は、なかった。

 死柄木達が消える。

 

 オールマイトが攻勢に出て、オール・フォー・ワンを私達から引き離す。

 

「トワちゃん!」

 

 レディさんの声。

 彼女をはじめ、廃病院襲撃組のヒーロー達が大きく動きだしていた。

 避難誘導や瓦礫撤去に回った人もいるだろうけど、戦闘要員は(ひとじち)のせいで静観を迫られていたのだ。

 そう考えると、勢いでオール・フォー・ワンをぶん殴ってたオールマイトは綱渡りだけど。

 

 ――加勢する?

 

 二人は今なおぶつかり合っている。

 それを見て、駄目だと思った。

 私じゃ、あの戦いについていけない。オールマイトの盾にでもなれればいいけど、下手に動いたら逆に邪魔になってしまう。

 それなら、

 

「永遠ちゃん!」

「トガちゃん!」

 

 トガちゃんと合流。

 抱きついてくる彼女の身体を、無事な方の腕で抱きしめる。

 

「守ってくれてありがとう」

「ううん……っ。腕、大丈夫なのですか?」

「うん。痛いけど、そのうち治るよ」

 

 出血はもうほぼ止まってる。

 我ながら便利な身体だ。エネルギー補給が大変だから出血は勘弁して欲しいけど。

 

「行こう、トガちゃん」

「やっぱり、戻るですか? 永遠ちゃん」

「うん。現代じゃ、潜んで生きるなんて無理だよ」

「それは、そうですけど」

 

 手を引いても、トガちゃんは迷うように立ち止まったまま。

 

「……逃げてもいいよ、トガちゃん」

「え……?」

「私を刺して、その隙に逃げちゃいなよ。今ならヒーローも手一杯だろうし逃げられるよ。捕まったら今度こそ死刑かもしれないし」

「永遠ちゃん」

 

 手を離す。

 トガちゃんは、繋がれていた手と、もう一方の手にあるナイフ。それぞれを見つめた。

 時間はない。

 レディさんはもう近くまで走ってきてる。

 

 ――行ってよ、トガちゃん。

 

 私がこんなこと言うのは、たぶん、これが最初で最後だよ。

 私を助けてくれた子に、死んでほしくないんだよ。

 

「いやです」

 

 でも。

 トガちゃんはナイフを放り捨てて、私の手を両手で握った。

 

「一緒に行きます」

「でも」

「駄目です。……放っておいたら永遠ちゃん、消えちゃいそうな顔してます」

「そんなこと」

 

 できるわけない。

 そう言いたかったけど、確かに、今の私の心はぐちゃぐちゃだ。過去のことに現在のこと、未来のこと。“個性”のこと。腕の痛み。

 今なら消滅することくらいできちゃうかもしれない。

 

 でも。

 

 トガちゃんの温もりが、私の心をじわじわと癒してくれる。

 

「トワちゃん! その子から離れなさい!」

 

 レディさんが追いついてきた。

 

「大丈夫です、レディさん。トガちゃんも人質だったんです」

「……降参しますから手錠かけてよ、ヒーローさん」

「……どういうことなのかよくわからないけど、まァいいわ」

 

 しばらく沈黙したレディさんだけど、仕事が楽な分にはいいと割り切ったのか、さっさとトガちゃんに手錠をかけた。

 こういう割り切りは本当、凄いと思う。

 

「警察に引き渡すわ。落ち着いて、事情聴取が終わったらお家に帰れるから」

「ありがとうございます」

 

 うちに帰りたい。

 うちのご飯が食べたい。

 

 ――帰れるのかな、私。

 

 余計な考えを今は振り払って歩く。

 と。

 背後に視線を感じて振り返る。

 未だ戦い続ける工業地帯マスク。こっちなんて見てもいない。でも、ちょっとだけ押されてる?

 

「さよなら。オール・フォー・ワン」

 

 呟いた直後。

 一瞬、動きが止まってオールマイトに殴られたのは、単なる偶然だったかもしれない。

 

 でも。

 

 戦いに勝利したのはオールマイトで、敗北したのはオール・フォー・ワンだった。

 激闘を終えたNo.1ヒーローは真の姿を全世界に晒し、彼の時代の終わりを印象付けた。

 “個性”黎明期から暗躍し続けた大犯罪者は捕縛され、彼を知るごく一部の者達に衝撃を与えた。

 

 保護され乗せられたパトカーの中で、警察の人が貸してくれたスマホを通してそれを見た。

 

 新たな時代の到来。

 原作よりはずっと被害は減った。初動の速さと、セメントスなどの防衛、レディさんなど数名のヒーローがオールマイトに加勢したことによる戦闘の早期終結。

 それでも、世界が混乱の時代へと突入したことは、紛れもない事実だった。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「御足労いただいて申し訳ありません。根津校長」

「こちらこそ、我々の力不足でご迷惑をおかけして申し訳ない」

 

 警察署長と対面した根津はぺこぺこと頭を下げ合い、互いの迷惑について詫び合った。

 騒動から数時間。

 夜明けが訪れた直後のことである。件の謝罪会見から一夜、合宿襲撃からでも二夜明けただけの忙しい中、彼が招かれたのは警察側の要請によるものだった。

 

「それで……綾里君が事情聴取を渋っている、と?」

「ええ。黙秘している、というのとは少し違うのですが……」

 

 要請の理由は根津としても意外なものだった。

 敵連合に拉致されていた雄英生徒、綾里永遠。無事に保護され警察に移送された彼女が、事情聴取に非協力的な態度を取っているというのだ。

 

「というと?」

「はい。広まるとまずい情報が多すぎて、どこまで話していいかわからないので、何を聞かされても問題ない人を呼んでくれ……と」

「ふむ」

 

 ほぼ原文ままであろう署長の証言に、根津は唸る。

 ()()永遠のことだ。何か思いだしたか、あるいは敵から何か聞き出してきたのだろう。

 幼い外見の割にしっかりした物言いをする少女だ。

 話す気はあるし、あなた方を信頼していないわけでもないが、ぺらぺら話すにはリスクが大きすぎる……と主張されれば、警察としても無碍にはできない。

 何しろ、犯罪者以外で唯一、敵連合やオール・フォー・ワンと接触した人物でもあるのだ。

 

 そんな少女との対話に根津が呼ばれたのはある意味、当然のことだろう。

 

「事情聴取には他に誰が?」

「私が。それからプロヒーローのセンスライにも来ていただきました。聴取の様子はマジックミラーと、音声を拾わないカメラを使って常時監視します」

「扇君か。適任だね」

 

 センスライの本名は(おうぎ)頼子(よりこ)

 ヒーローネームの通り『嘘発見』の“個性”を持つヒーローだ。街に出て敵を退治するよりは、こうして警察に招かれて事情聴取に協力することが多い。

 

「センスライも既に到着されています。先に打ち合わせを?」

「いや。話がどれだけ長くなるかもわからないからね。工作を疑われたくもないし、すぐに事情聴取を始めませんか?」

「承知しました」

 

 実直なタイプらしい署長はすぐに頷き、部下にセンスライを呼ぶよう伝えた。

 

「……ああ。校長先生、久しぶり」

「やあ扇君。よろしく頼むよ」

「……ええ。今回、私はあなたの監視も兼ねているから」

「だろうね」

 

 肩を竦め、取調室に入る。

 

「お久しぶりです、校長先生」

「やあ、久しぶり。……っていうほどでもないんだけどね」

 

 綾里永遠は意外にいつも通りだった。

 肌の張りや艶は子供の肌のようで、出血があった割に顔色もいい(聞けば、エネルギー補給と称して三人前近い食事を既に平らげたらしい)。

 

「……小さい子。高校生?」

「一応、高校一年生です」

 

 永遠の返答にセンスライが頷く。

 嘘はなかったようだ。

 追加で用意されたパイプ椅子に並んで座り(狭苦しいことこの上ない)、根津はさっそく口火を切った。

 

「じゃあ、聞かせて貰おうか。君が何を見て、何を耳にしてきたのか」

 

 根津は十分もしないうちに驚愕し、絶句し、耳を疑うことになる。

 綾里永遠が話すのを躊躇った理由。

 それが十分すぎるほどに理解できてしまい――同時に、彼は珍しいことに、聞いたことを若干後悔さえしてしまった。




センスライはオリキャラです。
多分、ちゃんと整えたら美人な目隠れ系成人女子。
嘘発見のできるヒーローが欲しかったので出しましたが、今後出番があるかは微妙なので覚えなくて大丈夫です(


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離別

※一応、ストレス展開注意です。


 綾里浩平にとって、その数日は永遠のように長かった。

 

 夏休みの宿題は例年以上に手につかない。

 マンガやゲームで気を紛らわそうとしても落ち着かない。

 店の手伝いなんてしようものならミスを連発して父親からどやされる。

 誰かを誘って外に行く、なんて気にもなれない。

 

 まともにできたのは待つことだけ。

 

 結局、合宿中に永遠が誘拐されてから一週間近く、綾里家一同は待たされた。

 とっくに救出されているはずなのに面会は断られるばかり。

 

「なんでだよ!? 本当はまだ誘拐されてるんじゃないだろうな」

「誘拐されていたんだ。落ち着くまで色々あるんだろう」

「待ちましょう。無事だったならそれでいいじゃない」

 

 両親の言うこともわかったが、それでも焦燥は募った。

 

 浩平にとってはたった一人の妹。

 血が繋がっていなくても、大事な家族だと思っていた。

 血が繋がっていないからこその想いも、なかったとは言わない。

 

(無事なんだろ、永遠?)

 

 ふてぶてしいほど頑丈な少女だ。

 ()()()()()()どうにかなるわけがない、と言い聞かせ続けて。

 

「永遠!」

 

 とうとう、警察から面会許可が下りた。

 一人でも会いに行くつもりだったが、両親は迷わず店を臨時休業にした。娘を迎えに行くのに息子一人で行かせられるか、と。

 普段通りに店をやっていたから見誤っていた。

 両親も浩平と同じかそれ以上に、永遠のことを心配していたのだ。

 

 ――指定されたのは警察署ではなく病院だった。

 

 しかも個室。

 やはりどこか怪我をしたのか。

 はやる気持ちを抑えて病室へ向かい、扉を開けると――そこには五体満足で、雄英の制服を着た妹が、ベッドではなく椅子に座っていた。

 血色もいい。

 相変わらず小さくて中学生みたいだが、それでこそ永遠だと思った。

 

(なんだ、やっぱ元気じゃねえか)

 

 ほっとしつつ駆け寄り、肩を叩こうとして、

 

「っ」

 

 びくり、と、永遠が身を震わせた。

 手が止まった。

 後一歩という距離から少女の瞳を見つめる。相手を見定めようとするような、記憶の中から該当する者を探っているような、そんな目だった。

 

(なんでだよ)

 

 どうしてそんな目をするのか。

 

「久しぶり」

 

 湧きあがる恐怖を抑え、口を開く。

 

「ちゃんと飯食ってたか? お前のことだから、食いすぎて迷惑――」

「あの」

「っ」

 

 言わないでくれ。

 浩平は心の底からそう思ったが、永遠の言葉は止まらなかった。

 

「……すみません、どちら様ですか?」

 

 少女は、記憶喪失になっていた。

 

 

 

 

 

 

「詳しい説明をさせていただきたい」

 

 声をかけられるまで気づかなかったが、病室には他にも人がいた。

 雄英校長のネズミ、髪で目を隠した女、警察署長に、病院の院長。

 大事な話なのは明らかだった。

 

「娘さんは――永遠さんは、あなた方、家族に関する記憶を失っています」

 

 話の間、永遠はどこか申し訳なさそうに座っていた。

 

「発見時は酷い状態でした。目立った外傷は右腕だけでしたが、その、肘から先が完全に破壊されていました」

 

 今はもう完治している。

 当人の“個性”故、大事には至らなかったものの――だからこそ、もっと多くの傷を負っていた可能性がある。

 虐待。

 拷問。

 家族のことを忘れてしまうほどの責め苦を与えられたか、あるいは、頭の中を直接弄り回されたか。

 

 通常の記憶喪失というのは、記憶の『消失』ではない。

 記憶へのアクセスができなくなっただけで、記憶自体は残っているので、アクセスする道筋を確立することができれば治る。

 ただ、永遠の場合は記憶自体が破壊されている可能性があるという。

 “個性”を用いられれば、そんなことも簡単にできてしまう。

 

「つまり、娘の記憶はもう戻らないと?」

「残念ですが、その可能性が高いかと……」

「っざけんなよっ!?」

 

 浩平は叫んだ。

 

「お前らのせいだろ!? 学校が、ヒーローが、ちゃんとしてなかったから永遠がこうなったんだろ!? 治せよ、いいから永遠を治せよ!」

「浩平」

「親父はいいのかよ!? 永遠は家族だろ!? 血が繋がってなくたって――」

「浩平!」

「っ!」

 

 父親の一喝で我に返る。

 父は、見たことがないほど硬い表情をしていた。

 

(俺の腕がなくなった時も、こんな顔してたのか?)

 

 息子である自分には見せなかったが。

 永遠は娘だ。女の子だ。兄が、父親が、守ってやらなきゃいけない。

 守ってやらなきゃいけなかった。

 

「……身体は、大丈夫なんですよね?」

「はい。身体の方はいたって健康です」

 

 単に治っただけの話だが。

 そうわかっているからか、大人達の表情も沈痛なものだった。

 

「でしたら、もうそれで結構です。永遠が生きて帰ってきてくれたなら、それで」

「……お袋」

 

 そうだ。

 生きているならやり直せる。

 五年前に会った時は赤の他人だったのだ。

 もう一度、最初から家族をやり直すだけだ。

 

(なんだ、簡単じゃねえか)

 

 (ヴィラン)が何故、永遠の記憶を奪ったのか知らないが、そんなことで自分達はへこたれたりしない――。

 

「それなのですが――永遠さんを養子に出していただけませんか?」

「……なんでだよ」

 

 一緒に家に帰る。

 浩平達にはそれさえ許されなかった。

 

「敵の狙いがご家族と引き離すことにある、その可能性が高いからです」

「……ならば猶更、敵の言う通りにしてはまずいのでは?」

「確かに。ですが、そうして頑なな姿勢を取られた場合、敵は強硬手段に出てくるでしょう」

 

 強硬手段。

 永遠をより確実に家族と引き離す方法。

 簡単だ。

 消せばいい。永遠の家族を、全員。

 

「犯人は捕まったんですよね?」

「……いいえ。敵連合を名乗る集団、そのバックにいた男は捕らえましたが、構成員およびリーダーは未だ逃走を続けています」

 

 ニュースでもそう報じられている。

 オールマイトが大立ち回り演じて強敵を捕らえたが、危機はまだ去っていないのだ。

 

「どうして永遠が狙われるんだよ?」

「彼女の“個性”が原因かもしれません」

「単にしぶといだけの個性なんていくらでもいるだろ?」

「『傷が治る』というのが問題なのです。件の敵はマスクで顔を隠さなければならないほど酷い怪我を負っており、治療できない状態にありますので……」

 

 そう言われてしまうとどうしようもない。

 自分達が狙われるのはいい。「かもしれない」で家族を放り出すことなどできない。

 義憤にかられて恐怖を忘れることはできるだろう。

 だが、永遠がもう一度狙われるとすれば別だ。

 

(俺達じゃ永遠を守れない)

 

 ヒーロー学園である雄英でさえ守り切れなかったのだ。

 家にいる時に敵が押し入ってきたら――現実問題として一家全員殺され、永遠だけが攫われるだろう。

 

(どうしようもないのかよ)

 

 やっと会えた妹。

 彼女は自分達のことを忘れていて、しかも、家族の縁さえ切れてしまう。

 こんな酷い話があっていいのだろうか。

 

「……なあ永遠。お前はそれでいいのか?」

 

 何も覚えていない妹に、浩平は思わず問いかけた。

 永遠は意外だったのか目を丸くした後、こくりと頷いて答えた。

 

「はい。……私はヒーローになりたい。そのために、一番いい方法を取りたいです」

「……そうか」

 

 こんな目にあってもヒーローを目指すのか。

 自分達のことを忘れても変わらないほど、大きな目標なのか。

 変わらない。

 記憶を失っても、永遠は小さくて一生懸命で、ふてぶてしいほど健康で、妬ましいほど真っすぐだ。

 

(畜生)

 

 なら、笑って送り出してやらないといけない。

 

(約束したじゃねえか。一緒に店を継ぐって)

 

 ヒーローになるのなら、彼女の元気な姿はテレビやネットできっと、見られるだろう。

 それで十分じゃないか。

 

(ずっと一緒の腐れ縁だろ、俺達は!)

 

 内心を押し殺して、浩平は無理やり笑顔を作った。

 

「なら、頑張れよ」

「……ありがとう」

 

 永遠は顔をくしゃっと歪めて、小さく礼を言った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……記憶の方はどうだい?」

「はい、戻りませんでした。時々違和感はありましたけど、都度すぐに収まりました」

「そうか……。君の“個性”がバグを修正したのかな」

「たぶん、そうだと思います」

 

 私は、私の家族だという人達との面会を終えた。

 私のおかれた事情を説明し、引き続き雄英で学ぶことや養子縁組で戸籍を移すことを了承してもらった。記憶にないとはいえ、私のことを知っている人達が辛そうな顔をするのは心苦しかった。

 特に同い年の兄。

 彼とはかなり距離が近かったらしい。兄妹としてか男女としてかはわからないけど。

 

 面会中に何度かあった違和感はもうなくなっている。

 物凄く強引に行った記憶操作の微調整が完了しつつあるんだろう。

 

「これで良かったんだね?」

「……はい。たぶん、これしかないと思います」

 

 私の記憶喪失は演技じゃない。

 私は本当に、家族だった人達のことを綺麗さっぱり忘れている。

 でも、嘘もある。

 家族以外のことは全部、私の記憶に残っている。

 

 

 

 

 

 

 オリジンのこと。

 私の“個性”のこと。

 オール・フォー・ワンとの因縁のこと。

 移譲された“個性”のこと。

 死柄木が私に興味を持っていること。

 死柄木と交わした約束のこと。

 

 話を聞いた校長先生は絶句していた。

 

「……つまり、君の家族が狙われるかもしれないと?」

「はい。可能性は高いと思います」

 

 死柄木は混沌を望んでる。

 雄英の生徒が法を犯す(おちる)のを期待してる。別に敵連合に入らなくてもいい。ぶっちゃけ敵同士でも構わないはず。

 だとしたら、私なら殺す。

 私を怒らせて復讐に走らせる。そうすれば規則や法律なんて簡単に破る。

 

 死柄木に言った「殺す」は完全に悪手だった。

 でも、あの時は頭に血が上ってた。

 あれは紛れもない本心だし、もしかしたら怖がってくれるかもしれない。

 少なくとも傷の治療が終わるまで動かないとは思うんだけど。

 

「わかった。なら、警察やヒーローに手配して君の家を守るように……」

「やめてください」

「……どうしてだい?」

「無駄だからです。……いえ、言い方が良くないですね。費用対効果が悪いからです」

 

 この際だからぶっちゃける。

 

「私はプロヒーローを信用していません」

「………」

「駄目だって言ってるんじゃありません。皆さんが必死に頑張ってるのは知っています。ただ、社会のルール的に、敵が圧倒的に有利なんです。向こうはこっちを簡単に出し抜けるんです」

 

 だから、無駄。

 本気で秩序を守りたいなら、人数か質、どっちかを格段に上げないといけない。

 質をこれ以上高めるなんて無理だし、人数だって急に増やせるものじゃない。

 

 校長は黙った。それから重苦しい声で言ってくる。

 

「じゃあ、どうするんだい? 他に方法は――」

「私なりに考えてみました。……私が記憶喪失になります」

 

 お父さんお母さん、浩平のことを忘れてしまえばいい。

 私の、みんなへの想いが他の一般人と同等になれば、そもそも殺す意味がなくなる。

 脅しは無意味になる。

 問題は、記憶喪失の振りじゃ駄目だってこと。どこかで絶対に見抜かれる。それに、第二第三の死柄木が出てこないとも限らない。

 だから、やるなら本当に記憶を失うこと。

 

「どうやって? 記憶操作を行う“個性”持ちもいないわけではないが……」

「脳を潰します」

「は?」

 

 大人達の目が点になった。

 

「私の“個性”は壊れた部分を進化・調整して修復します。なので、脳を潰せば、要らなくなった記憶を飛ばして修復してくれると」

「ま、待ちたまえ! それは自分で自分の脳を潰すってことかい!?」

「まあ、人に頼めないので」

「そんなことが許可できるわけないだろう!?」

 

 何言ってるんだこいつ、っていう目で見られた。

 

「でも、手っ取り早いと思うんです」

「復活できる確証もないんだろう!?」

「私が土の中で生きてたのは間違いなく事実ですよ?」

「……もし記憶を消せたとして、その後はどうするんだい?」

 

 校長が遠い目になって話を逸らした。

 いや、それも重要なことなんだけど。

 

「……戸籍がそのままだと、やっぱり家族が狙われる気がするんです」

「養子縁組か。妥当な線ではあるね。……君の“個性”を公表すれば、欲しがる輩は無数にいる」

 

 相手は敵に限らない。

 当たり前の顔して暮らしている人々の中からも出てくるだろう。研究者、資産家、後は他国の諜報機関とか? なにせ不老不死だ。どうにかしておこぼれに預かりたいって人はいるだろう。あとは昔のエンデヴァーみたいな個性婚とか。

 ある程度、力を持った人の戸籍に入れれば、そういった輩から身を守れる。

 

「私が言うのもアレなんですが、どなたかにお願いできませんか?」

「どなたか……か」

「どなたか……ね」

 

 同席している署長さんと、プロヒーローの女性が校長を見る。

 

「ネズミの養女はいろいろ問題があるだろう!?」

 

 ごもっとも。

 

 私達はそうやって、相澤先生とか、オールマイトとか、サーとか、それこそエンデヴァーとか、お願いできそうな人の候補を全員で挙げた。

 結果、最有力候補として挙がったのは、意外といえば意外、でも考えてみると順当かもしれない、そんな人物だった。




次回、とあるキャラの家に行きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八百万永遠
養子の打診


「……お前は面倒事ばかり持ち込みやがって」

「……本当にすみません」

「まぁまぁ、相澤君。説教は程々にね」

 

 両親との面会を終えた翌日。

 私はオールマイト、相澤先生と一緒に車に乗っていた。

 

 今年度に入ってから起こった一連の騒動を受け、雄英は全寮制への移行を決めた。

 先生方は制度移行に伴う説明のため、各家庭を訪問中。

 なら、ついでじゃないけど養子の件も済ませてしまえ、ということで、候補者のお家に私も同行させてもらうことになったのだ。

 

 既にデクくん含め、だいたいのご家庭からは了承をもらったらしい。

 そのせいか、オールマイトと相澤先生の距離が若干縮まっている。

 

「先生。私を除籍にしますか?」

「……自分の身を顧みない愚か者はそうした方がいいんだろうが」

 

 先生は溜め息をついて言った。

 

「お前、除籍されたらどうする?」

「他校のヒーロー科に転入するか、警察を目指すか、いっそ自警団にでもなりましょうか」

 

 自警団。

 自主的に敵と戦っている一般人の総称だ。もちろん、法的には認可されてないので、“個性”不正行使で捕まりかねない。肉体と武器だけで戦っても暴力行為で最悪捕まる。

 敵としか戦わないから一定の支持を集めてるけど、ぶっちゃけチンピラと変わらない。

 

「……それも駄目なら『(ヴィラン)殺し』でも名乗りますよ」

「おいおい。洒落になってないぞ」

 

 ガイコツ姿のオールマイトが渇いた笑いを漏らす。

 真の姿(トゥルーフォーム)を衆目に晒してしまった彼は、ヒーロー活動から退くことを表明している。無理すれば数分くらいは変身できるらしいけど、ぶっちゃけもう、彼の中にOFA(ワン・フォー・オール)は残っていないと思った方がいい。

 でも、雄英の教員は続けるとのこと。

 デクくんへの指導もあるし、彼が培ってきた経験は何にも代えがたい。力がなくなっても心構えの講義や警察関係者、プロヒーローへのアドバイスなどでまだまだ貢献できるのだ。

 

 駄目かなあ、敵殺し。

 オンラインゲームのPKKみたいでネーミングは格好いいと思うんだけど。

 

 あ。相澤先生にじろりと睨まれた。

 

「お前は絶対にヒーローにしてやる。ありがたく思え」

「心なしか『死ね』っていうトーンなんですが……」

「馬鹿を言うな。……単に、お前は絶対に除籍しない。嫌だと言おうが泣きわめこうがヒーローの心得を叩きこんで合格させてやる。それだけだ」

「……ありがとうございます」

 

 深く頭を下げると、先生はふん、と鼻を鳴らして答えた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「お待ちしておりました、先生方。それから、綾里さんも」

 

 庶民の私としては「でかい」としか言いようのない大豪邸。

 正門から使用人の方に案内されて(案内が必要なのだ)辿り着いた正面玄関では、私の学友でもある女の子が待っていた。

 黒髪黒目で長身、かつスタイルのいい美人。

 並外れたお金持ちでもある、我がクラスの副委員長――八百万百ちゃんだ。

 

 自宅だからか今日はドレス姿。

 いや、自宅で普通にドレス着てるっていうのも凄い話だけど。

 

「両親は既に応接間で待機しております。どうぞこちらへ」

 

 優雅な微笑みを浮かべて、自ら私達を案内してくれる。

 あ、オールマイトと相澤先生が気遅れして「帰りたい」って顔してる。二人は終わったら帰れるんだからいいと思う。

 私はうまくいった場合、この家の娘になるのだ。

 

 

 

 

 

「どちらの件も了承致しました。よろしくお願いいたします」

 

 早っ!?

 あらためて事情説明ということで話をして、じゃあ詳しい相談を、という段でいきなりだった。

 

「ほ、本当にいいんですか……?」

「ええ」

「あらかじめ書類やお電話で話は窺っておりましたし、百からも雄英での話は聞かされております」

 

 揃って頷く八百万夫妻。

 百ちゃんのご両親だけあって品が良く、一見穏やかな感じの人達だ。

 でも、これだけの財産を持っていて、しかも維持できているんだから、見た目通りにのほほん、としているだけの方々ではないはず。

 十分に検討を重ねてくれているとは思うんだけど、

 

 こほん。

 

 オールマイトが咳ばらいをして仕切り直す。

 

「それは、全寮制の件と綾里永遠君の養子縁組の件、どちらもご了承いただけるということでしょうか……?」

「はい」

「よろしくお願いしますね、永遠さん」

「は、はい」

 

 まじですか。

 未だ半信半疑でぽかんとする私達を見て、百ちゃんのお父さんは微笑み、

 

「ヒーローになりたい、と娘が言いだした時から、危険は承知しております。雄英がこの国で一番のヒーロー校であることも、全寮制への移行が生徒のためであることにも疑いはありません」

「………」

 

 先生方が言葉に詰まった。

 心なしか涙ぐみそうになっている気もする。

 と、百ちゃんのお母さんが、

 

「永遠さんには百も良くして頂いているとか。真面目で礼儀正しい娘さんのようですし、当家としては大歓迎ですわ。それに、小さくて可愛らしいですし。百はすぐに大きくなってしまったので、着せてあげられなかった服がたくさん――」

「お、お母様!」

 

 百ちゃんが真っ赤になってる。可愛い。

 

「あの、八百万さんもいいの? 私が妹になっても」

 

 尋ねると、彼女はきょとんとした顔をした。

 

「何か問題がありまして?」

「え、いや、友達と姉妹だとやっぱり色々違うでしょ? 距離感とか、遺産相続の問題とか……」

「そこで遺産の話を持ち出すのもどうかと思うが」

 

 相澤先生のツッコミは無視。

 

「構いませんわ」

 

 くすっ、と、百ちゃんは微笑んで、

 

「この件についてはわたくしも同意しております。綾里さんでしたら大丈夫ですわ。わたくし達、きっといい姉妹になれると思います。ただ……」

「ただ?」

「これからは『永遠さん』とお呼びしなければなりませんわね」

「―――」

 

 私は、その時、彼女の笑顔に見惚れてしまった。

 何か言わないといけないのに出てこなくて、ぱくぱくと口を動かして、

 

「……私は、なんて呼んだらいいかな?」

「お好きなように。百、と呼んでくださってもいいですし――姉と呼んでくださるのでしたら、それも楽しそうですわ」

「じゃあ、お姉ちゃん……とか?」

「まあ、素敵。わたくし、妹が欲しかったんですの」

 

 手を合わせて嬉しそうにしてくれる百ちゃん。

 どうしよう。

 つられて私の顔も綻んじゃってる。

 

「……早速馴染みやがって」

 

 相澤先生の呟きは無視。

 でも、的を射てる。

 

 ――たぶん、私は環境に順応するようにできてる。

 

 私の『不老不死』はどんな状況でも生きられる能力。

 綾里家に拾われて娘になったように、きっと、新しい生活にも馴染めるだろう。

 八百万の人達は、もし敵に狙われてもそう簡単にはやられない。

 単純に「狙うリスク」が段違いだからだ。門から家屋までの距離、セキュリティの厳重さ、家人以外の使用人の存在、殺害に成功した場合の世間の反応。総合的に見て「分が悪い」と判断される。

 だから、この人達なら頼っても大丈夫。

 

 ――だからって、綾里家より八百万家が優れている、ということにならないけど。

 

 私は記憶している。

 家族自体への想いや思い出は綺麗さっぱり消えているけど、記憶を消す前、私がどれだけ悲しんだかは記憶に残っている。

 

『無くしたくない! 忘れたくないよぉ……っ! お父さんお母さん、浩平、お家に帰りたいっ! みんなと一緒にご飯食べて、お店をやりたいよぉ……っ!』

『でも、忘れないとみんなが困る……っ! 忘れないと、忘れないとっ!』

 

 苦しんでいる顔を、私は誰にも見せなかった。

 校長にも、署長にも、あのプロヒーローにも、病院の医師やナースにも。

 一人きりの病室で枕に顔を埋め、誰にも聞かれないように嗚咽し、泣き叫び、それから、血や肉片が飛び散ってもいいよう部屋に処置を施して――。

 

 だから。

 

 覚えているのは私だけ。

 前の私の想いは、きっと私が受け継いでみせる。

 

「永遠さん。我が家へ来るのはいつがいいかしら?」

「ええと、皆さんの都合はいかがでしょうか……? 私としてはいつでも。その、今のところ行くところがないもので……」

「でしたら、このままうちにいらして。実はもう、お部屋を整えてあるの」

「ごめんなさい、永遠さん。お母様ったら気が早くて……」

「いいえ、助かります。ありがとうございます。えっと、お母様?」

 

 百ちゃんのお母さん――お母様が感激した様子で手を口元に当てる。

 百ちゃんは若干呆れた様子だけど、お父様は微笑むばかりだ。

 

「永遠さん。引っ越しにあたって、何か欲しい物はあるかな?」

「いえ。もともと庶民だったので、特別、ないと困るものは……。その、代わりに、もし可能だったらでいいんですが……」

「ああ。事前に聞いていた件だね。もちろん構わないとも」

 

 まじですか。

 

 決して安いものじゃないはずなんだけど。

 私が希望したもの――料理をするのにも支障がないような高性能の義手って。

 

「ありがとうございますっ。働けるようになったら必ずお返ししますので」

「その必要はないよ。『不老不死』の“個性”を――いや、黒い話は抜きにしても、我が家に二人目の娘が来てくれるというのなら、そのくらいは安いものさ」

「そうね。全寮制となってしまうと、永遠さんに新しいお洋服を仕立てる時間もないもの。でも、百の着なかったお洋服がたくさんあるから、良かったら好きなのを持っていってね」

「あ、あはは。ありがとうございます」

 

 私は涙ぐみながら頭を下げた。

 何から何まで感謝するしかない。

 

「なら、綾里。帰りの送迎は必要ないな」

「はい。……あ、でも私、綾里じゃなくなるんですよね?」

「……二学期からは八百万が二人か。面倒だな。片方B組とトレードするか」

「あら、相澤先生。推薦入学のわたくしを手放すおつもりですの?」

「先生? 卒業まで面倒見てくれるって言いましたよね?」

「うるさい。ただの独り言に反応するんじゃない」

 

 オールマイトと相澤先生は、八百万夫妻にあらためてお礼を言い、必要書類などの説明をしてから去っていった。

 残る家庭訪問は一件らしい。

 大体の家庭は八百万家同様、襲撃があったとはいえ雄英を信用する、危険は元より承知の上、というところが多かったそうだ。原作と違って私以外負傷しなかったので、その辺の事情もあると思う。

 既に済んだ中で一番反発が強かったのはデクくんのところ。

 合宿での大怪我と神野の一件がなくなったので大丈夫かとも思ったけど、結局、オールマイトがお母さんに直談判したっぽい。敵が襲撃してきたのは事実だし仕方ないか。

 

 で。

 

「問題は残る一件だ」

 

 相澤先生はいつも以上にしかめっ面を浮かべて言った。

 

「もしかしたらあいつは自主退学になるかもしれん」

「それって、誰なんですか?」

「葉隠だ」

「透ちゃん……」

 

 原作でも揉めてたっぽかったけど、そういえば雄英入学自体、ご家族は反対だったって言ってた。

 忍者――スパイの家系。

 プロヒーロー目指すなんて、足軽から戦国武将目指します、って言ってるくらいの暴挙だもんね。素直に忍者になってくれた方がご両親も安心なのかも。

 

「もう訪問はしたんですか?」

「した。だが、当人と親が喧嘩を始めたので出直すことになった」

「それはまた……」

「次に行っても意見が纏まらないようなら諦めろ、とは言ってきたがな」

 

 相澤先生らしい合理的な判断。

 学校としても、親が反対している生徒を無理矢理教えることはできないだろう。

 でも。

 透ちゃんがいなくなったら、ちょっと、ううん、かなり寂しい。

 

「……お前のところにも泣き言が届いてるかもな」

「え?」

「これだけ先に返しておいてやる。念のために持ってきて正解だったな」

 

 ぽん、と、投げ渡されたのは私のスマホ。

 合宿で誘拐された時は持ってなかったから、ほぼ一週間ぶりに手にした。

 充電しておいてくれたのかバッテリーは十分。

 おお、電源入れた途端、ラインの通知が次から次へと届く。未読件数がこんなになったのって初めてな気がする。

 

 殆どはA組のみんなから。

 中には中学時代の友達からのものもある。

 そして、

 

「……透ちゃん」

 

 何通も来てる。

 一番古いものは絵文字やスタンプをふんだんに使った可愛いものだけど、新しいものになるにつれて簡素で、切実なものになってる。

 最後のはただ『会いたいよ』とだけ書かれていた。

 

「綾里。葉隠の面談、来るか?」

「行きます」

 

 相澤先生は本当にツンデレだ。

 淡々としているようで、私達のことを本当に考えてくれている。

 だから、綾里って呼ばないでください、とは言わないでおいた。

 

 透ちゃんの家には早速明日、向かうことになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約

 おっきな日本屋敷が目の前にあった。

 表札を見ると「葉隠」って書いてある。

 

「……ここが透ちゃんのお家なんですか?」

 

 規模とベクトルが違うものの、透ちゃんも結構なお嬢様なのでは?

 

「いや。前回行ったあいつの家は一般住宅だった」

「じゃあ、どうしてここに……?」

「お前のせい以外に何かあるか?」

「ひどい」

 

 自分でもそうかなあ、とは思うけども。

 

「……私、帰ってもいいかな?」

「職務放棄として校長に報告しますよ」

「オールマイト先生の裏切り者」

「君たち、こういう時だけ息ぴったりだよね……?」

 

 呼び鈴を鳴らしてしばらく待っていると、着物を着た女中さん二人現れた。

 

「ようこそいらっしゃいました」

「あの……こちらに葉隠、透さんが?」

「はい。ここは葉隠の本家でございますので」

 

 本家か。

 忍者っていう割には堂々としてるけど……まあ、この家がスパイの家だって知ってる人自体が殆どいないだろうから、特に問題ないんだろう。

 門の奥に通され、日本式の庭園を通って家に上がらせてもらう。

 

 と、女中さんの片方が口を開いて、

 

「綾里永遠様のみ、私と一緒にお進みください」

 

 もう一人の女中さんが続けて、

 

「先生方は私の後に続いてくださいませ」

「何故、別々に?」

「ただ今、一族による会合が行われております」

「会合にお通しすることが許されているのは、永遠様のみとなっております」

「……ほら見ろ」

 

 やっぱりお前のせいだったじゃないか、という視線。

 いや、そういう場合じゃないですよね……?

 相澤先生は真剣な表情に戻ると女中さんに言った。

 

「我々には生徒を守る義務があります」

「もちろん、責任をもってお預かりいたします」

 

 生徒に手を出したら承知しないという宣告に、そういうつもりではない、と返答があった形だ。

 

「さっさと済ませろよ」

「それを私に言われても……」

 

 別室で待たされることになった先生方を見送ってから、私も女中さんの先導で奥へと進む。

 日本家屋の廊下ってなんか落ち着かない気分になるよね……。

 普段歩きなれてないせいか、妖怪とか落ち武者が出てくるんじゃないか、って妙な妄想さえしてしまう。って、忍者の巣窟なんだからあながち間違ってないのか。

 

「あの、禊とか必要ですか?」

「いいえ、そこまでは。お召し物も素敵ですので、そのままで」

「ありがとうございます」

 

 今日の私服は百ちゃんのお古だ。

 お古と言っても一回も着てないやつだし、高級ブランドのティーンズファッションだから結構上等である。

 

「こちらです」

「わ」

 

 かなり奥まった場所のとある襖を女中さんが開く。

 中には、案内役の女中さんと同じ着物を纏った女性が数人、待機していた。

 

「この奥の奥が会合の場となっております」

「最後の襖はご自分で開いてお進みください」

「わ、わかりました」

 

 本格的すぎて緊張するんですが……。

 二つ目の襖の奥に進むと、背後で音もなく退路が断たれる。

 最後の襖。

 特別、音は聞こえないけど、人の気配はなんとなく感じる。

 

 ――行くしかない、か。

 

 深呼吸をしてから襖に手をかけ、開く。

 

「……っ」

 

 途端、濃密なプレッシャーを感じた。

 人。

 十人近い男女が部屋にいて、左右に座っている。中央側を向いている彼らが一斉に私を見ている。

 ううん。

 この場にいる人は、もっと多い。多分、全体の人数は倍近い。

 気配があるのに姿が見えない。

 そのからくりは、ちょっと考えればすぐにわかった。

 

 ――中に入って襖を閉じる。

 

 作法なんて知らないので、両手でゆっくり閉めただけだけど。

 完全に閉じたのが合図になったのか、一つの声がした。

 

「来てくれてありがとう、永遠ちゃん」

「透ちゃん」

 

 声は正面、部屋の真ん中辺りから聞こえた。

 

「来るよ。友達に呼ばれたんだもん」

「……うん」

 

 噛みしめるような声。

 と、あちこちから声がした。

 

「友達」

「友達か」

「それよりも、あの娘が」

「例の」

「不老不死」

 

 どこから聞きつけてきたのか、私のことはもう知っているらしい。

 

「凄い情報網ですね」

 

 なんとなく、部屋の奥に向かって言えば、厳かな声が返ってきた。

 

「我らにとってはこの程度、造作もない」

「当主様でしょうか? お初にお目にかかります。綾里永遠と申します。間もなく、名は八百万永遠と変わる予定ですが」

「知っている」

 

 はったりをきかせてみたのに、いともあっさり流されてしまった。

 仕方ないので前に進んで、透ちゃんの傍かな? っていうあたりで立ち止まる。

 ぎゅっ、と、私の右手が握られた。

 

「大変だったんだね、永遠ちゃん」

「ありがとう、透ちゃん」

 

 さすがにこの場では透ちゃんも声を張り上げない。

 というか、どこか凛とした、忍者モードの声音になっている。

 

「この場にあって、堂々としたものだな。娘よ」

「……もっと怖い人に会って、まだ間もないもので」

「不老不死の八百万永遠、か」

「ちょっと凄い字面ですよね」

 

 不老不死で八百万で永遠(えいえん)とか、神様か妖怪かって感じだ。

 殺されても死なない以上は似たようなものかもしれないけど。

 

「其方は何用で呼ばれたのか承知しているのか?」

「いいえ。ですが、ただならぬ用件だというのはなんとなくわかります」

「左様」

「……永遠ちゃん」

 

 透ちゃんの手の力が強くなる。

 

「葉隠透は我が一族の分家の娘である。両親同様、透明の“個性”を持ち合わせていた故、一族の掟に従う義務が与えられている」

「義務」

「忍びとして生き、忍びとして死ぬ。それが我が一族の義務」

「主人を決め、その人に仕えると聞きましたが」

「左様。それが忍びとしての生き様よ」

 

 透ちゃんは生まれた時から家に縛られているわけだ。

 

「ヒーローになると義務が果たせない、と?」

「ヒーローになること自体は問題ではない。だが、世相や混乱の表に立つことは、闇に生きる者として不都合が多すぎる」

(ヴィラン)を止めたいだけなら、誰にも知られずに()()をする道もある」

「わかっているではないか」

「でも、彼女はヒーローになることを希望しています。今更、反対するくらいなら、入学前に止めるべきではありませんか?」

「事情が変わったのだ」

 

 それは、そうなんだろう。

 今は雄英があまりにも狙われすぎてる。在学中に敵に狙われて死亡、なんて可能性が普通にある。

 飽和時代の今、卒業してヒーローになってしまいさえすえば、他のヒーローに紛れて裏のお仕事もできるんだろうけど。

 

「故に透には条件を提示した」

「条件?」

「左様」

 

 詳しい条件については、隣にいる透ちゃんが教えてくれた。

 

「すぐに主を決めなさいって。主がヒーローになれって命じるなら、雄英に通っていいって」

「……なるほど」

 

 葉隠家の者は主の利益と家の利益を考えるっぽい。

 家と真っ向から逆らわない限りは主の利益が最優先なんだろう。だから、主が命令すれば「透が決めた主の意向だから」で一族としても納得できる。

 

「一生に一度のことですし、なかなか難しいと思いますけど……」

「無論。我らの主となる者には相応の格も求められる。一時の夢を追うために凡俗を主にするなど言語道断」

「じゃあ、この会合は」

「大きな目的がなければ一族を集めはせぬ。代表的なものでいえば――主従決定の儀」

「そう、ですか」

 

 そこまで聞けば話はわかる。

 

 どうして透ちゃんが私を呼んだのか。

 どうして私だけここに通されたのか。

 どうして私の情報が調べられているのか。

 

「私が、透ちゃんの主に?」

「其方であれば条件は満たしている」

「養子とはいえ、八百万の家の娘。その“個性”。大罪人と遭い、その上で生き残った天運。……家柄の件は、透とて予想外であったようだがな」

 

 そっか。

 偶然だけど、百ちゃんちの子になることが決まったことで、ネックだった家格と財力が埋まっちゃったんだ。

 今現在の私はただのヒーロー候補生なわけだけど、将来性も見込んでくれたのだろう。

 

「不老不死のお姫様を守る忍者、なんてちょっと格好よくない?」

「透ちゃんは私でいいの? 一生に一度のことなんだよね?」

 

 私は、本当によほどのことがない限り死なない。

 私が主になったら、透ちゃんは本当に死ぬまで、私から解放されることができなくなる。

 

「いいよ。永遠ちゃんなら」

「本当?」

「うん。私の秘密を知っても普通に接してくれてるし、同じヒーロー志望だし。永遠ちゃんなら、私を変なふうに使ったりしないでしょ?」

「……うん。それは、もちろん」

 

 主になったからって不当にこき使うとかできるわけない。

 普段はこれまで通りの友達関係になると思う。

 女の子同士だから、透ちゃんに身の危険を感じさせることもない。いやまあ、えっちな命令にさえ逆らえないのかどうかは知らないけど。

 

「他にアテもないんだよ」

「お姉ちゃん――八百万さんの方とかは?」

「ううん。現時点の百ちゃんだと実力が足りないの。ヒーロー志望だから、大成する前に死んじゃうかもしれないし」

 

 私なら死なない。

 死なないという“個性”が私の実力を埋めている。

 

「雄英を辞めれば、ゆっくり選べるんだよね?」

「うん。でも、私はヒーローになりたいんだ」

 

 透ちゃんにとっても、それは譲れないことなんだ。

 

「それに、永遠ちゃんはほっとけないからね! ちょっと目を離すとすぐどっか行っちゃうし!」

 

 ショッピングモールの件とか、合宿の件とかか。

 あれは基本的に不可抗力なんだけど……。

 

「永遠ちゃんなら平気。……ううん、永遠ちゃんがいい。だから、私の主になってくれないかな?」

「ふふっ。……わかった。私で良かったら、透ちゃんのご主人様にしてください」

「うんっ。……ありがとう、永遠ちゃん」

 

 私達はぎゅっと手を握り合ったまま、葉隠家現当主に向き直った。

 

「何をすればいいんですか?」

「この場で宣誓の後、血判を。その後、別室にて互いのみで己の全てを晒してもらう」

「は、裸になるんですか……?」

「私はもう裸だけどね」

 

 透ちゃんは見えないじゃないですか……。

 女の子同士で良かった、とあらためて思った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

『私、綾里永遠――八百万永遠は、葉隠透を生涯の友とし、その期待と信頼に応え続けることを誓います』

『私、葉隠透は、永遠ちゃんを生涯の主とし、彼女の望みを叶えるために全力を尽くすことを誓います』

 

 私達は誓いあい、和紙で作られた誓約書に血判を押した。

 葉隠家の人にとっては本人証明の他、主のために血を流す覚悟を証明する意味があるらしい。

 

 それから別室に移って透ちゃんに肌を見せた。

 ただ恥ずかしいだけなんじゃないかって思わなくもなかったけど、これも「守ってもらうという誓い」なんだとか。

 とはいえ、若いうえに同性の私達は「恥ずかしいね」とか笑いあいながら儀式を終えた。

 

 透ちゃんも面談があるので、一緒に服を着ながらこれからのことを話した。

 

「えっと、私達の関係はみんなに秘密なんだよね?」

「うん。二人っきりの時以外は普通にしてないとダメなんだ」

「良かった。むしろその方が気楽だよ」

「あはは、私もそうかも!」

 

 透ちゃんはそう言って笑ったあと、真面目なトーンになって言う。

 

「でも、困ったことがあったらいつでも言ってね? 私は永遠ちゃんの忍なんだから」

「ありがとう。でも、そんなことそうそう起こらないと思うなあ」

「本当? 個性破壊弾とか異能解放軍とかトガヒミコちゃんとか大丈夫?」

「う」

「特にトガヒミコちゃんの件とか、私、詳しく聞いてないんだけど?

「と、透ちゃん、浮気を問い詰めるみたいになってるから」

 

 身の危険を感じつつ微笑んで言う。

 

「嬉しいけど、大丈夫だよ。さすがに透ちゃんでも警察とかヤクザを一人でどうにかするのは無理でしょ?」

「うん、無理!」

「さっぱり言われたなあ」

 

 でも、そうだと思う。

 

 トガちゃんは私とは別個で警察に連れて行かれ、今度はちゃんとした形で拘束されてる。

 今のところ会うことはできてない。

 敵連合のことはもちろん、これまで犯してきた殺人についても全部取り調べを受けているはず。罪状的に有罪は免れないだろうし、逮捕期間も結構長くなるはず。

 こればかりは新しい両親にお願いするわけにもいかない。

 罪は罪だから、脱獄を手伝ったりもできない。敵連合の件についてはトガちゃんが助けてくれたこと、嘘発見付きで証言したから、それで少しは罪が軽くなることを願うしかない。

 

「とにかく、まずはヒーローになれるように頑張ろう」

「うん! 友達として仲良くなるのは問題ないし、協力するのも問題ないからね!」

「寮が同じになったら色々協力しあえることもありそうだよね」

 

 百ちゃんとも仲良くなったし、寮でもうまくやっていけそうだ。

 

 それから二人で先生方のところへ移動して、遅いとか言われた挙句に家庭訪問の話になり、一族の総意が出たことで透ちゃんの両親(二人とも透明人間)もあっさりと全寮制への移行を了承した。

 話が始まってから終わるまで五分もかからなかった。

 

「……これなら電話で済んだんじゃないのか。非合理的だ」

「相澤先生。こういうことは顔を合わせないと意味ないんですよ」

「知っている。だが、それが非合理的だと言っている」

 

 それについては「ごもっとも」としか言えなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入寮

 透ちゃんの家に行ってから数日後。

 八月下旬に差し掛かろうという頃、私達A組は一斉に入寮となった。

 

 家庭訪問が始まった頃には造り始めていたとしても物凄く速い。

 使える“個性”を総動員したんだろう、さすが雄英。

 

「大きい建物だねー」

 

 寮の名前は「ハイツアライアンス」

 校舎から徒歩五分。

 普通科やサポート科、経営科も含め1クラス1棟。私達が入る寮には大きく「1-A」と書いてあるので、迷うことは絶対にない。

 正面入り口の向かって右が女子寮、左が男子寮。

 一階は共同スペースになっており、食堂やお風呂、ランドリーなどが纏められている。

 

「そうですわね。我が家より少し小さいくらいです」

「そう聞くとあらためて規格外だなあ……」

 

 私はその八百万家から百ちゃんと一緒にやってきた。

 やってきた、と言っても車で送ってもらっただけなので凄く楽だったんだけど。

 

 合宿から一か月も経ってない。

 途中で先生の顔も見ていたせいか、登校するのはあんまり久しぶりな気がしない。

 

「永遠ちゃん、元気だった!?」

「うん。ご心配をおかけしました。この通りだよ」

「すごく元気そうね。少し安心したわ」

 

 お茶子ちゃんや梅雨ちゃん、他のみんなから質問攻めにあい、わいわいやっているうちに相澤先生もやってきた。

 寮を前にして集合する。

 

「無事にまた集まれて何よりだ」

「先生もね」

「ああ。二学期からもお前らの顔が見られて嬉しく思う」

「顔が全然嬉しそうじゃねえな!?」

「わかっていると思うが、全寮制への移行は先の襲撃を受けての措置だ。特に1-A(うち)には誘拐された奴までいるからな」

「………」

「見ての通り、その当人はこうして無事だ。救出できたのはオールマイト先生を始め、多くのプロヒーローが骨を折ったからだ」

 

 うん。

 レディさんやオールマイト、みんながいなかったら、私はどうなってたかわからない。

 AFO(オール・フォー・ワン)だって捕まってないだろう。

 

「お前達がこれから目指すのはそういう職業だ。むざむざ(ヴィラン)に捕まった挙句、救出を受けた奴だけでなく、全員が『今、自分がどうしてここにいて、何を目指しているのか』改めて考えるように」

「………」

 

 相澤先生らしい合理的かつ端的な指導に、思わずみんなが黙り込む。

 爆豪とかは「けっ」て顔してるけど、面と向かって反抗するほど彼も子供じゃない。

 それぞれに考えているはずだ。

 ヒーローになるという、その意味を。

 

「それとその綾里だが、近々戸籍が変わる」

「は?」

「八百万の家に養子に入る。だから新しい性は八百万だ」

「はああ!?」

 

 私と百ちゃん以外のみんなが声を上げて驚く。

 透ちゃんもカモフラージュのため、不審がられない程度に驚くフリをしてた。

 

「手続きには時間がかかるが、面倒なので今後は新しい性で統一する。姉は副委員長の方だから、適当に呼び分けろ」

「マジかよ……」

「妹の方、新しい学生証を渡すから取りに来い。正式に戸籍が変わるまでは両方使い分けろよ」

「わかりました」

 

 セキュリティを抜ける時は新しい方が必要だけど、公共機関で提示を求められた時は現状古い方が有効。

 これからは校門を通る機会が激減するから、それが救いだ。

 

「あ、あの! 綾里さん――八百万さんの“個性”は大丈夫だったんですか……?」

 

 デクくんが手を挙げて尋ねた。

 

「ああ。こいつは見ての通り『しぶとい』からな」

「そ、そうですか。……良かった」

 

 私の“個性”の詳細については公にされないことになった。

 なので、これからも私は『しぶとい』で通すことになる。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 話が終わったところで寮の中へ。

 寮は五階建て。二階以降が部屋になっていて、各階四部屋。部屋割りは学校側から指定があった。

 私は二階。

 透ちゃんは三階で百ちゃんは五階なので二人とも別の階だ。というか、二階には私一人だけ。なんだろう。夜這いに入られそうな順に上からなのかな……? 透ちゃんはスタイルいいけど、透明だから覗く意味がないし。いや、それだと私が透明人間以下になっちゃう。

 

 部屋の中はエアコンにトイレ、冷蔵庫、クローゼット付きの贅沢空間とのこと。

 実際かなり豪華だ。

 普通、トイレなんて各階一つで十分だし、冷蔵庫は食堂に共用のがあるだけとか珍しくないと思う。キッチンはないけど電子レンジとかホットプレートは置けるので、部屋だけでもかなり生活できる。

 

「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね……」

「豪邸やないかい」

「八百万妹、そうなの?」

「うん。あれに慣れたら普通の家に住めなくなるよ……」

 

 養女の私の部屋だってびっくりするくらい広かったし、服も何十着ってもらったし、エアコンやテレビやオーディオ機器なんか当然完備だし、なんなら使用人にお願いするだけでいつでもティータイムにできる。

 お姫様か! っていう好待遇だった。

 慣れる前に入寮できてよかったと思う。

 

「とりあえず今日は部屋作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上解散!」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 いや、普通に考えると一日で荷ほどきっていうのも無茶なんですが。

 

「あらかじめ考えておいてよかったなあ……」

 

 夕方。

 なんとか部屋を整えた私は事前準備の大切さを噛みしめた。

 私物が少ないのも良かったと思う。

 部屋の広さはだいたい想像がついていたので、それに合う家具やらを前もって注文させてもらった。

 

「永遠ちゃん。お部屋片付いた?」

「あ、お茶子ちゃん。うん。だいたいオッケーかな」

 

 ゴミ捨てなんかの関係もあって明け放していたドアからお茶子ちゃんが入ってくる。

 後ろには他のA組女子が続々と。

 

「あ、可愛い!」

「あ、ほんとだ。落ち着く」

「永遠ちゃんらしいね!」

「そうかな? ありがとう」

 

 フローリングの床には淡いクリーム色のカーペット。

 小さな座卓と、座布団代わりのふかふかクッション。ベッドには大きなクマが一体座っている。後は本棚や電子レンジ、電気ケトルにノートPC。

 家具、家電は可愛いのを選ばせてもらった。それでいてあまりピンクはしてないので、耳郎さんが言ってくれた通り落ち着く感じに仕上がったと思う。

 

 あと、部屋の隅にインスタント食品、菓子パン類、お菓子を分けて入れられる戸棚を用意したのが一番私っぽいポイントかも。

 夜、小腹が空いた時のために食料はいつでも確保しておかないと。

 

「葉隠ちゃんのところにちょっと似てるかも」

「仲良しだからね!」

「ねー」

「永遠さん……あなたのアドバイスをちゃんと聞いていれば」

 

 百ちゃんが落ち込んでる。

 

「何言ったの、永遠ちゃん?」

「たぶん、寮はうちより狭いから物を選ばないと、って」

「ああ……」

 

 百ちゃんの部屋は大半をベッドが占領してた。

 私の話は参考にしたけど、それでもイメージしてる広さが全然違ったみたい。お嬢様だもんね。

 

「ね、男子も集めて部屋を見せ合おうって話してるんだけど、どう?」

「うん。いいんじゃないかな」

「よし! じゃあ行こー!」

 

 その後、ノリで開かれた第一回お部屋コンテストは砂藤君が優勝した。

 引っ越し初日にお菓子焼き始める女子力には誰も敵いません。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「必殺技を作ってもらう!!」

「学校っぽくて、それでいてヒーローっぽいのキタァァ!!!」

 

 翌日からは仮免取得に向けた特別訓練が始まった。

 仮免を取れば限定的にだけどヒーローとして活動できるようになる。それだけに重要で、合格率は例年五割を切っているらしい。

 雄英でさえ例年二年時から目指すそれを私達は一年から狙っていく。

 

 連れて行かれたのは「トレーニングの台所ランド」通称TDL。

 講師は相澤先生、エクトプラズム先生、セメントス先生、ミッドナイト先生。

 セメントス先生がフィールド構築、プッシーキャッツが担当していた作業を行い、エクトプラズム先生が分身して仮想敵を作る。相澤先生が全体を把握し、ミッドナイト先生は……何するんだろ? 鞭でキビキビ訓練させるのかな?

 要は合宿でやるはずだった訓練の続きみたいな感じだ。

 今回はそこによりはっきりとした「必殺技の作成」という目標が加わる。

 

 ヒーローは一般の人に見られるのも仕事。

 自分が何ができるのかアピールしなくてはならず、そのために必殺技を作る。

 敵を相手にするには手の内を隠した方がいいんだけど、何ができるかある程度知られた上で敵を打ち破らないといけない、ヒーローの辛いところだ。

 

 で、必殺技だから、普通は“個性”を使ったものになる。

 ミッドナイト先生だと眠り香、相澤先生だと個性消去がそのまま必殺技になる。

 

 

 

 

 

 というわけで、訓練開始。

 切り立った足場やら狭い決闘場やら不安定な足場やら、いろいろに作られたフィールドで、みんなが思い思いに試行錯誤を始める。

 “個性”をどういう風に使おうか考えるところからの子もいれば、とにかく実戦あるのみな子もいる。共通しているのはみんな一生懸命なことと、楽しそうなこと。

 

 さて、私はどうしよう……。

 

「どうしたの、小娘」

「その節は申し訳ありませんでした」

 

 ミッドナイト先生が眼光鋭く声をかけてきたので土下座する。

 

「何言ってるの。もう気にしてないわよ。これっぽち、これっぽちしか」

「してるじゃないですか!」

「冗談だってば。で?」

「ありがとうございます。……いえ、その、私って地味じゃないですか」

「そうね」

 

 先生は頷いて、私の格好を上から下まで見る。

 フリフリの魔法少女ルック。

 殆ど露出なく隠された身体は相変わらずの小ささだ。

 

「胸もお尻も身長もないし、地味としか言いようがないわね」

「根に持ってるじゃないですかぁ!?」

「アンタ意外にいじめると面白いわね」

「ううう……」

 

 この人と話してると変な性癖を植え付けられそうな気がする。

 

「雑談はこれくらいにするとして。“個性”と必殺技が結び付かないって話でしょ?」

「はい。そのまま『しぶとい』を必殺技にしていいならいいんですが」

「悪くはないんじゃない? あんたの場合、毒とか病気にも耐えられるんでしょ? 率先して盾になれるのは立派な才能よ」

「ミッドナイト先生……」

「まあでも、あんたが殴られたり毒を喰らったりしてるのって絵面的にアレよね」

「ですよね」

 

 見ててハラハラするから止めて、って言われそう。

 殴られても蹴られても刺されても耐えるのが必殺技です! って、ピンチにならないと見せ場が来ないって言ってるようなものだし。

 

「別に。必殺技が“個性”関係なくてもいいわよ。オールマイト先生とか、関係あるけど関係ないでしょ」

「確かに」

 

 基本的に「スマッシュって言いながら殴る」だけだし。

 怪力(ワン・フォー・オール)があるから必殺技に昇華されてる面はあるにしろ、やってることはただの格好いいパンチだ。

 

「ありがとうございます。ちょっと色々考えてみます」

「ええ。頑張りなさい。耐える必殺技に落ち着きそうになったら言って。いくらでも虐めてアゲル」

「で、できるだけそうならないように努力します……」

 

 私は一礼してその場を離れ、エクトプラズム先生に分身を一体お願いした。

 セメントス先生が気を利かせて、みんなから見えにくいフィールドを作ってくれる。

 

「何カ案ハ浮カンダノカ?」

「とりあえず片っ端から試してみることにします」

「アア、休ミ中ニ“個性”モ強化サレタノダッタナ」

 

 答えたエクトプラズム先生(分身)は腰を低く落として突っ込んできてくれる。

 私はそれに対して真正面から突っ込んで、右の拳を叩きつける。

 気分はスマッシュもどき。

 

「ブッ……!?」

 

 手ごたえあり。

 思った直後、ぼふん、と、煙のように掻き消えるエクトプラズム先生。

 

「一撃トハナ」

「……強力ですね、私の身体」

 

 “個性”三つ分だから当然といえば当然だけど。

 私はズキズキする手をぷらぷらしながら苦笑した。これまでパワー不足だったので、身体を痛める威力を出す癖がついちゃってる。

 治るからいいとはいえ、パワー調節を覚えないといけなさそうだ。

 

「デハ、瞬発力ハドウカ」

「っ!」

 

 今度は左右へ撹乱するように動き回る先生。

 私はその動きをじっと見つめ、

 

「ここ!」

「コッチダ」

「あいたっ」

 

 すこん、と、頭に一発、軽い一撃をもらった。

 

「速サハ申シ分ナイガ、動体視力ガ足リテイナイナ」

「精進します……」

 

 そんな風にして、私は一つ一つの動きを試していく。

 パワー系、スピード系、パンチ、キック、投げ技、関節技……。

 色々やってみる中で一番、必殺技としてしっくりきたのは、見た目としては地味、それ自体には攻撃力のない、一つの小技だった。

 

「良イデハナイカ」

「ありがとうございます」

 

 互いに相手へ自分の拳を向けた姿勢のまま、私とエクトプラズム先生は言葉を交わした。

 

「ソレニスルカ?」

「はい。この歩方を訓練してみます」

 

 そうして、私の必殺技開発はなんとか進んだのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮免試験1

「恋、かあ」

 

 寮生活は賑やかだ。

 食事は基本的に食堂だし、夜の暇な時間には一階の談話室(男女ごとに用意されてる)でお話したりすることもある。

 その日は珍しく恋バナに。

 「最近落ち着かないことが多い」とお茶子ちゃんがこぼしたところ、芦戸さんが「恋だ」と言い出した。

 

「知らん知らん。チャウワチャウワ!!」

 

 違うなら落ち着いてればいいのに、妙に取り乱すお茶子ちゃん。

 脈ありですな、と、俄然張り切りだす女子達(主に芦戸さんと透ちゃん)。

 激しい追及に真っ赤になったお茶子ちゃんはふよふよ浮いて上に逃げたんだけど、窓の外に誰か――意中の人が見えたんだろう。

 彼女の表情は、恋する乙女そのものだった。

 

「無理に詮索するのはよくないわ」

「ええ」

 

 冷静な梅雨ちゃんや百ちゃんはそう言うんだけど、

 

「でも、いいと思うな。私はそういうのないからちょっと羨ましい」

「……永遠さん」

「あれー、でも永遠ちゃんもお相手いなかったけ? ほら、同い年の男の子と一緒に住んでたんでしょ?」

「あ、うん。……でも私、その子のこともう何も覚えてないんだ」

「え――?」

 

 一瞬、凍り付くみんな。

 お茶子ちゃんでさえ浮いたまま私の方を見てる。

 百ちゃんが溜息をついて、

 

「永遠さんは記憶喪失なのですわ。事件の後遺症で、ご家族の記憶を失くされているのです。……養子の話が出たのはそれが理由でもあります」

「……じゃあ、恋も……?」

「うん。今のところそういう人はいないかな。あ、記憶喪失って言っても生活に支障はないんだよ? この通り、他のことは全部覚えてるし」

「~~~っ!」

「わ、お、お茶子ちゃん?」

 

 あんまりシリアスモードを続けたくなかったので誤魔化すように笑うと、落ちてきたお茶子ちゃんがぎゅっと抱きついてきた。

 触れあったところから体温が伝わってきてあったかい。

 

「うー」

「あはは。本当に、私は全然平気なんだよ」

 

 涙は全部、忘れる前の私が流したし。

 本当に辛いのは置いて行かれた綾里家の人達の方だ。

 

「でも、そんな感じだから、もし好きな人がいるならちょっと羨ましいんだ」

「……永遠ちゃん」

「ヒーローなんて目指してると、どっちかが死んじゃったり大怪我したりとかもあるかもしれないし。もし本当に好きなら、今のうちに恋を楽しんじゃってもいいんじゃないかなー、なんて」

「どわぢゃああああああんっ!」

「お、お茶子ちゃん? なんでそんなに泣いてるの!?」

 

 身長的に、抱きつかれた私が抱きしめられてるんですが。

 

「どうやらツボに入ったようですわね」

「あーあー、永遠ちゃんが泣かしたー」

「責任をもって部屋まで送ってあげた方がいいんじゃないかな!」

「あ、みんな他人事だと思って!」

 

 頬を膨らませて睨むと、みんなから明るい笑い声が漏れた。

 良かった。ちゃんと空気は戻ったっぽい。

 

 私は抱きしめられたまま、お茶子ちゃんに付き添って部屋まで行って、お休みを言った。

 翌朝、お茶子ちゃんに謝られたので「むしろ可愛かった」って言ったら怒られた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 仮免試験が開かれたのは、訓練期間が終わってすぐのある日だった。

 

 国立多古場競技場。

 到着した私達は、雄英に匹敵する西の難関校「士傑高校」や、相澤先生の知り合いが先生をしている「傑物高校」などと出会った。

 仮免試験は同時に複数の会場で開かれており、合格者は会場ごとに選抜される。なので、どこの学校も大体、生徒を分けて投入している。うちもA組とB組は別会場だ。

 そんな中、士傑のメンバーには雄英の推薦試験で一位の成績を取りながら入学しなかった男、夜嵐イナサなどが含まれていた。

 

 

 

 

「ずばり、この場にいる受験者1540人一斉に勝ち抜けの演習を行ってもらいます」

 

 机と椅子を取っ払った大会議室のような場所にすし詰めにされた私達は、ヒーロー公安委員会の目良さんという人から仮免試験・第一次選考の説明を受けた。

 例年は筆記試験とかがあるみたいなんだけど、今年は都合により廃止。

 

「試されるのはスピード。よって条件達成者先着100名を通過とします」

 

 五割程度のはずの合格率が、今年は一割弱。

 たぶん、例年は定員制じゃないんだと思う。

 一定ライン以上の受験者全てを合格にしていたところ、今回は上澄みだけを掬い上げることにした。

 

 ヒーローが必要な時に逆を行ってる気もするけど、この状況で有象無象の新人を鍛えていられない、っていう判断なんだろう。

 即戦力だけ拾い上げて使う。

 仮免の人数が減ればインターンの人数も減り、その分、ヒーロー事務所が敵の対処に集中できる。

 

 ルールは的当て。

 各自、野球ボール大の軟球を六つと、ボールと同サイズのターゲット三つが配られる。

 ターゲットは身体の見える箇所に装着する。ボールが当たると発光する仕組みで、つけたターゲットが三つとも光ったらゲームオーバー。

 逆に、クリア条件は二人を倒す――ゲームオーバーにすること。

 同じ人が三つのターゲットに全て当てる必要はない。三つ目に当てれば「倒した」ことになる。

 

 “個性”での攻撃は可。

 

 原作でもそうだったけど、この試験、律義にボール投げする必要はなかったりする。

 ボールが六つしかない上、動く的になんてそうそう当たらない。防御することだって許されている。

 なので、原作のトガちゃんが言っていたように「ボールでぶん殴った方が早い」。もしくは相手を気絶させてからゆっくりボールを押し当てるか。

 

「えー……じゃ展開後ターゲットとボール配るんで、全員に行き渡ってから一分後にスタートとします」

 

 すると、ぎゅうぎゅうだった大会議室の天井と床が()()()、外のフィールドが露わになった。

 

 雄英の訓練施設を大規模にしたようなフィールド。

 山あり、ビルあり、街あり、滝あり、建設現場あり。様々な地形・環境が存在する特設ステージだ。

 

「このルール、透ちゃんに不利だよねえ……」

「どうやってもターゲットだけ見えちゃうからね」

 

 運も実力のうち。

 ルール上の不利をどうやって打ち破るかも腕の見せ所、ってことなんだろうけど、ちょっと厄介。

 

「……でも、予想通りだね!」

「そうだね」

 

 耳元で囁いてきた透ちゃんに微笑みを返す。

 彼女には私の原作知識がバレてる。主従関係になった今、隠す意味もないので、私の部屋でこっそり作戦会議をしてあった。

 だからちょっとだけ有利。

 といっても、透ちゃんに厄介なのは変わらない。ターゲットが登録制だったら私が六個受け持って奇襲してもらうんだけど、つけてないと反則なのでその手も使えないし。

 

「お姉ちゃん。一緒に行動しない?」

「ええ、構いませんが……どうするつもりです?」

 

 せっかくなので、仲のいい百ちゃんにも声をかける。

 ルールを吟味して思案中といった感じの彼女に私は悪い笑みを返した。

 

「ゲリラ戦だよ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 チーム戦に徹しないかというデクくんの申し出を丁重にお断りして、試験開始前にできる限り外周へ移動した。

 といっても、雄英は体育祭のせいで顔が割れているので、行く先行く先で注目されちゃってたけど――真ん中にいるよりはいくらかマシだ。

 

「START!!」

「行きますわよ!」

 

 開始の合図と同時、百ちゃんが小さなモノを投擲する。

 フラッシュグレネード。

 もちろん、三人分のサングラスは用意してある。

 

「うお、まぶしっ!」

 

 いきなりの閃光で周囲が混乱しているうちに、その場からダッシュで離脱。

 

「どちらに!?」

「市街地! 建物の中!」

 

 背後では閃光が止み、目が慣れた人から我に返り始めている。

 元の位置に私達がいないことを知った彼らは一瞬、呆然として――多くは同士討ちを始めた。

 

「隙あり!」

「そっちこそ!」

 

 こっちにも散発的にボールが飛んでくるけど、それは百ちゃんが自作のシールドをかざして防ぐ。私もステッキを振るって叩き落としていく。

 今日のステッキは新しく作ってもらったロングアタッチメントを装着した「ウイングスピア仕様」だ。

 柄が延長されたことで振り回しやすくなっている上、大きな羽のオプションパーツが付いたことで空気を巻き込みやすくなってる。

 

 そうやってどさくさ紛れに最短で市街地へ。

 よし、まだ本格的な戦闘は始まってない。今のうちに手頃なビルの中へ――。

 

「いたぞ、雄英だ!」

「二人は遠距離攻撃なしじゃん! ラッキー!」

 

 二人の受験者がこっちに気づいて追いかけてくる。

 

「永遠さん、どうしますの!?」

 

 百ちゃん、そう言いながら不敵な笑みが浮かんでるよ?

 私も似たような顔になっているだろうな、と思いつつ答える。

 

「このまま入るしかない!」

「待てぇ!」

 

 そう言われて待つわけがない。

 入ったビルは普通のオフィスビル風で、一階はロビーと受付になっていた。

 ()()()()()()は全速でロビーを駆け抜けて階段の方に向かい――。

 

「わざわざ狭い所に入ってくれるなんてな!」

「こいつら馬鹿なんじゃ――あっ」

「どうした? ……え、ぐわっ!?」

 

 透ちゃんを見失った受験者二人は、背後からの奇襲を受けてあえなく気絶した。

 胸の大きな美女+フリフリの魔法少女の組み合わせが目立つ上、透ちゃんを「なんか透明なの」って認識してると、咄嗟にいるかいないか判断を見誤るよね。

 透ちゃんも目にもとまらぬ手刀、お見事。

 

「二人とも、一人ずつどうぞ」

「いいんですの?」

「うん。次の人を私にくれればいいから」

「……わかりました。そういうことなら」

「そうなると、次は四人いっぺんに釣りたいね!」

 

 二人はそう言って迅速に一人目を「倒した」

 と。

 

「こんなところに誰かいるぞ!」

 

 入り口から声。

 見れば、五つ分の人影があった。

 私達は顔を見合わせて微笑み合い、一目散に階段へ向かった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 二階以降は幾つかの部屋と通路で構成されていて、初めて来る人にとってはちょっとしたダンジョンだった。

 私達は三階で止まると適当な通路に入り、ロッカールームを見つけてそこに隠れた。

 

「見つけてくれるかな?」

「距離はそれほど取れませんでしたので、追いかけてくるとは思いますが……」

「一人ずつ来てくれると最高だね」

 

 ひそひそと囁きあううち、一人分の足音が聞こえてくる。

 足音が一人分だからって一人とは限らないのがこの世界の怖いところだけど。

 

「私に任せてくれないかな?」

「一斉にかかった方が確実ではありませんこと?」

「範囲攻撃が怖いし、ちょっと試してみたいことがあって」

「わかった! でも、危なくなったら援護するからね!」

「ありがとう」

 

 二人に隠れてもらったまま、一人で出る。

 位置まではバレてないはずなので静かに。

 

 少しくらい活躍しないと、おんぶに抱っこになっちゃうし。

 

「どこだ、隠れてないで出てこい雄英!」

「………」

 

 挑発は無視。

 来たのは男子らしい。入り口の脇に待機して待つと、しばらくしてガチャリと開き、

 

「隙あり」

「ぐはっ!」

 

 突き出したステッキの飾りが側頭部を直撃。

 揺れた頭がドアに当たってがん! と音を立てる。すごく痛そう。必殺技を試す前に気絶しちゃうんじゃないだろうか。

 と、思ったら、意外と頑丈だった彼は笑顔を浮かべて、

 

「ふ、ふははは! 残念だったな! 俺の“個性”は――」

「足りなかったかー」

「いた! 痛い! やめて! 喋らせ、あ痛ー!?」

 

 ガン! ゴン!

 もう二発くらい殴ってみたけどなかなか倒れてくれない。ちょっとパワーを抑え過ぎたかな? 星がトゲトゲしてて痛いはずなんだけど。

 

「馬鹿め! 俺の“個性”は、痛めつけられれば痛めつけられるほどパワーアップするもの! 今のダメージで俺のスペックは格段に上がったぁ!」

「む」

 

 反射的に距離を取ると、さっきまで私がいた位置を蹴りが通過した。

 速い。

 どうやら言葉通り、なかなか手強い“個性”持ちらしい。蓄積できるダメージ量、制限時間にもよるけど、鍛えたら化けそうだ。

 端的に名付けると『ドM』になっちゃいそうだけど。

 

「ほらほら、どうする!? お仲間は一緒じゃないのか!?」

「そっちこそ! 一人で大丈夫なんですか!?」

「はっはっは! 俺が騒いでるのはなんでだと思う!?」

 

 そういうことですか。

 でも、バラバラに探索してるなら多少時間はあるはず。

 なら、対処方法は――。

 

 私はドMさん(仮称)に正対すると、身体から無駄な力を抜く。

 

「観念したか!? ならば!」

 

 向こうもノックアウト作戦なのか、ボールは手に持っていない。

 大振りのストレートの予兆に、回避、それから迂回の挙動を身体へ入力。即座に()()()()()()。五感も、今日の晩御飯も何もかも頭から外して「無」を作る。

 

 ――思えば、思考を手放すのは割と得意なのだ。

 

 暗い地中で何年も何年も、何もできずに過ごしてきた。

 脳まで再生してからの時間は、最後の一割にも満たないとはいえ、普通の人がなかなかしない経験だ。

 だから、私にはある程度の素質があった。

 

「な、にっ!?」

 

 意識が戻った時、私はストレートを避けて側面に回っていた。

 ドMさんは一瞬動揺し、私の姿を探してしまう。自意識すら消すことで気配が消え、相手には姿が消えたように錯覚させるらしい。

 トガちゃんが裏社会での生活中に身につけた絶技。その劣化コピーに、透ちゃんから教わった歩き方を組み合わせることで、自分なりに形にしたもの。

 

「悪く思わないでね……っ!」

 

 ステッキを手放し、拳を握った私は強烈な右ストレートを繰り出す。

 まともに喰らったドMさんは吹っ飛び、正面の壁に叩きつけられて――ぐったりと、起き上がることなく身を横たえた。

 

 接近し、彼が息をしていることを確認した私は、さっさとボールをターゲットにくっつけたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮免試験2

「……そろそろ限界かな」

「そうですわね。潮時かと」

 

 結局、ゲリラ戦術っていうか待ち伏せ戦法になった。

 ビル内に潜伏したまま戦い続けた私達は、十二人目の犠牲者を見下ろして判断した。

 

 ついさっき、外ではすごい暴風が吹き荒れていた。

 夜嵐イナサが風を操って大勢を狩ったらしい。受験者が一気に脱落した報せが会場アナウンスで流れている。

 ライバルが減れば仲間が楽になると粘ってたけど、市街地の人が一気に減ってしまった。

 これ以上頑張ってもあんまり意味ないだろう。

 

 まとまって気絶させていた三人にボールをタッチし、クリア。

 

 クリアすると自分のターゲットが三つとも光りだし、一次選考合格を伝えてくれる。

 合格後は控え室まで移動して待機する手はずだ。

 

「良かったぁ! なんとかなったね!」

「うん。透ちゃんとお姉ちゃんのお陰だよ」

「永遠さんがわたくし達を誘ってくださったからこそですわ」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 

 控え室には飲み物と軽食が用意されていた。

 

「カロリー!」

「脂質!」

「永遠ちゃん達って、時々すごく姉妹っぽいよね!」

 

 はい、腹ペコ姉妹です。

 背に腹は代えられないと遠慮なく食べていたら、先に通過していた轟君が呆れ顔で寄ってきた。

 

「……何やってるんだお前ら」

「エネルギー補給」

「ですわ」

 

 腰に小さなポーチを装備してブロック栄養食を用意してたりはするけど、外部から補給できるならその方がいいのだ。

 

「程々にしとけよ」

「轟君は食べないの?」

「蕎麦があれば食べるんだが」

「お蕎麦が好きなんだ?」

「……まあ」

 

 とかやっているうちに、他のみんなも続々と通過してきた。

 

 爆豪・切島・上鳴組は途中危なかったけど、結果的には危なげなく。

 密かに心配だったのはデクくん。合宿と神野の分の経験値が減った上、ケミィちゃんが本物になってることでどういうバタフライエフェクトが起こるかと思ったけど、お茶子ちゃんと一緒に仲良く通過してきた。二人の顔が微妙に赤かったところを見ると、ちょっと進展があったのかも。

 なお、瀬呂君は犠牲になった。いや、見せ場がなくなっただけで、他のみんなと一緒に通過したんだけど。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「えー、百人の皆さん。これをご覧下さい」

 

 モニターに映し出されたのは、失格者の撤収が終わったフィールド。

 市街地あり山あり滝ありだった広い舞台が轟音と共に爆破された

 

「次の試験でラストになります! 皆さんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます」

 

 二次選考は災害救助。

 さっきまで無事だったフィールドは阿鼻叫喚の地獄絵図。そこにはこのために雇われた「要救助者の演技」のプロ達が配置されている。

 彼らが民間人の役と採点者を兼ね、受験者を待っている。

 破壊され、火の手の上がるフィールドは神野の一件を模しているようにも見える。この歴史では市街地での激戦の割に少ない被害で終わったので、実際の事件より凄惨な現場を作っていることになるけど。

 

 想定は敵による大規模破壊(テロ)が発生した状況。

 規模は一つの市の全域。

 建物倒壊による死傷者多数。

 道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ、到着する迄の救助活動はその場にいるヒーロー達が指揮をとり行う。

 一人でも多くの命を救いだせ――とのこと。

 

「入試の時と同じだね」

 

 呟くと、反応した人がいた。

 デクくんだった。

 

「同じって、あの時とは全然違うんじゃ……」

「同じだよ」

 

 敵がいて、街を壊してる。

 入試の時は一般の人がいないってわかってたから、その点では違うけど。

 

「私達は与えられた状況に沿って、相応しいロールプレイをする。それだけだと思う」

「ロールプレイ……」

 

 意味を掴もうとするように、デクくんが呟く。

 私は微笑んで彼に言う。

 

「深く考えなくてもいいよ。それより、今回はとりあえず一緒に行動しよう」

「指示があったら遠慮なく言ってね!」

「え? えええ!?」

「一次で皆に声をかけておいて今更慌てなくても」

「まあ、私と永遠ちゃんは、いざとなったら勝手に動くと思うけど!」

 

 私達は便利系の“個性”じゃないからね……。

 

「わ、わかった。……八百万さんは?」

「わたくしは永遠さん達とは別行動で。“個性”で様々な物を作らなければいけませんので。……ですわよね?」

「うん、ごめんね、お姉ちゃん」

「何を言うのですか。むしろ、危険なところをお任せすることになるというのに」

「? それって……」

 

 デクくんが言い終わる前に控え室が展開し、開始の合図が聞こえた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「よーっし、頑張ろうね、永遠ちゃん!」

「うん。頼りにしてるよ、透ちゃん」

 

 全裸になった透ちゃんと声をかけあう。

 脱いだコスチュームは私が受け取る。

 味方からも見えなくなっちゃうけど、私と一緒に動けば問題ない。むしろ、今回は隠密能力が役に立つと思う。

 

「緑谷くん」

「っ、と、とりあえず一番近くの都市部ゾーンへ行こう! なるべくチームで動くぞ!」

「了解!」

 

 一番人が多いのは都市部だろうから、まずはそこへ。

 A組メンバー(爆豪とか轟君は除く)とダッシュで向かうと、先頭のデクくんが怪我した子供(役の人)を発見。助けようとして駄目出しをくらう。

 その間に私は、

 

「砂藤君! 私を高く上に投げてくれないかな?」

「は? お前を? なんで?」

「索敵だよ!」

「よくわからんが……わかった!」

 

 砂藤君の怪力で空高く放り投げられる。

 空中で素早く周囲を見渡して状況を確認。

 

「三時方向と十一時方向に負傷者を確認! でも障害物も多いから他の箇所も要確認! 見える範囲に(ヴィラン)は無し!」

「敵って……これ救助ミッションだろ!?」

「敵が起こしたテロ現場での救助ミッションだよ! 妨害は警戒しないと!」

「!?」

 

 確かに、という顔になるみんな。

 救助するだけでも大変なのに敵まで出てくるなんて考えたくないよね。

 でも、自己判断は危険だ。

 敵が起こしたテロなら、その敵はどこに行ったのかという話。

 事前情報に「敵は逃亡済み」となかった以上、確認・警戒もしておくべきだ。

 

 ……まあ、私が言えるのは原作知識のお陰なんだけど。

 

 原作知識に頼りすぎるのも危険だ。

 情勢が微妙に変わっている以上、試験内容にも差が出るかもしれない。

 あくまで与えられた条件下で考えるべき。

 

 すとんと着地し、考えを纏める。

 

「敵は見つからない。逃げたか、隠れてるか、離脱して機を窺ってるか」

「隠れてるなら見つけないとダメだね」

「うん。それと、何かを狙ってるとしたら何を狙うか――」

 

 街は既に破壊されてる。

 事前情報に重要施設については含まれていない。指示されたのは一般人の保護。

 来た道を振り返る。

 応急手当の技能を持ってる人を中心に、スタート地点に簡易避難所が作られてる。火の手が及んでいない開けた場所だから、そこが使われるのは当然。

 当然なら、予想もできる。

 

「……避難所が狙われるかも?」

 

 結論ありきだけど、無理のある推理じゃないはず。

 

「でも、救助も進めないと。特に燃えてるあたり」

「なら、私は救護のお手伝いしながら襲撃に備えておくよ!」

「ありがとう。なら、私は突っ込んでくる」

 

 透ちゃんと役割分担。

 忍として手当ても心得てるから、向こうでも活躍できるはず。

 

「永遠ちゃん、危ないよ? 水出せる人探した方が……」

「大丈夫。それに、時間もないから!」

「わかった。でも、無理はせんといてね?」

 

 デクくんもさっきの子を運んで行ってる。

 お茶子ちゃん達に伝言をお願いして、走りだした。

 

 瓦礫の散乱する道は走りにくいけど、鍛えているお陰で結構スピードが出る。

 AFO(オール・フォー・ワン)にも、“個性”をくれたことだけは感謝。

 

 火の手のきついエリアにはそう時間をかけずについた。

 

「誰かいませんか! 救助に来ました!」

 

 反応はなし。

 ならばと、燃える一軒家へ足を踏み入れる。

 

 熱い。

 暑い。

 

 酸素が薄いうえ、煙も充満している。

 手近な窓を壊して外気を確保。

 

「誰かいませんか! 聞こえたら返事をしてください!」

 

 小走りに探索。

 火をどうにかしたいけど、根本的な解決は難しい。

 まずは逃げ遅れた人の救出が優先。

 

「……けて!」

 

 奥の方から、かすかに人の声が聞こえた。

 急行する。

 女性が一人、キッチンにうずくまり咳き込んでいた。

 

「今運びます。もう少しだけ我慢してくださいね」

 

 声をかけて抱き上げ、来た道を戻る。

 

 外に出ると空気のおいしさをあらためて感じた。

 女性も何度も呼吸を繰り返して空気を取り入れている。その間に外傷を確認。火傷はほぼなし。煙を吸ってるから、見た目だけじゃなんとも言えないけど。

 

「首を振るだけでいいので教えてください。お家に逃げ遅れた人はいますか?」

 

 女性は首を横に振った。

 私は微笑んで頷く。

 

「わかりました。じゃあ、一緒に避難所まで行きましょう」

 

 と、その時、

 

「おーい! 手伝えることはないか?」

 

 二人の受験者が走ってきてくれる。

 速そうな人と、腕っぷしが強そうな人だ。

 

「ありがとうございます。この人を避難所まで運んでもらえませんか? 怪我はほとんどないんですが、煙を吸ってます」

「わかった。お前はどうする?」

「引き続き捜索と延焼防止をしようかと」

「なら、俺はそっちを手伝うぜ」

 

 速そうな人に女性を預け、強そうな人に家の破壊をお願いした。

 

 炎が燃え広がるのを放置するより、燃えている家を壊す方がいい。

 可燃物が上下左右に伸びているからあっちこっち行くわけで、壊してぺしゃんこにしてしまえば広がる危険は大きく減るのだ。

 

「私はあのビルを見てきます!」

「おう!」

 

 強そうな人が壊し方に注意しつつ家を破壊して行く中、私は別の建物を捜索し、終わればそこの破壊をお願いする。

 といっても、燃えているのがビルとなると壊しようもなかったけど。

 

 そうやって三、四の建物を捜索、破壊したところで、

 

 ――BOOOOM!!

 

 爆音が辺り一帯に響き渡った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 音は会場の外周からだった。

 適当な信号機によじ登って確認したところ、開いた穴から大勢の人が侵入してきている。はっきりとは見えないけど、非常に敵っぽい外見。

 十中八九、ギャングオルカとそのサイドキック達だ。

 出現位置は予想通り、避難所の近く。

 

「行かなきゃ」

 

 救助をしている受験者達も徐々に行動範囲を広げている。

 後は任せてしまっても大丈夫だろう。

 

 私は敵のいる方へと全力で駆ける。

 

「認められないんスよォーー!」

 

 着いた時には轟君と夜嵐イナサが敵を前に口論していた。

 二人には因縁がある。

 イナサは轟君の父親――エンデヴァーにサインを頼もうとして邪険にされたことがある。その時のエンデヴァーに轟君がそっくりだからと敵視しているのだ。

 轟君としても、エンデヴァーと同一視されるのは気に食わない。

 

 本来の二人ならそんなミスはしないはずなんだけど。

 

 敵はやっぱりギャングオルカ達。

 傑物高校の真壁君がやられてへたり込んでいる中、炎と風がぶつかり合い――軌道がズレて真壁君に向かう!

 

「何を、してるんだよ!」

 

 飛び込んで真壁君を救出したのはデクくん。

 彼の動きが見えていた私はそのままダッシュで前線に追いつき、

 

「まずはリーダーからっ!」

「む……っ!」

 

 ぶん殴ろうとしたところでギャングオルカが振り返った。

 

 ギャングオルカ。

 個性“シャチ”を持つプロヒーロー。シャチっぽいことはだいたいできるらしく、がっしりした体格からの肉弾戦だけでなく超音波等の搦め手も使える。

 そして、一番の特徴は、

 

「不用意に飛び込んでくるとはな」

「ぐ、がああっ!?」

 

 見るからに鋭い歯。

 顎に決まるはずだったストレートが、がぶり、と食いつかれた。

 激痛。

 一応、手加減はしてくれたみたいだけど、無数のカッターでざくざく刺された気分。

 

「こ、のぉっ!!」

「ぐっ!?」

 

 でも、ただではやられない。

 足を振り上げて顎を蹴り飛ばすと、ギャングオルカは口を開けて歯を離した。

 と。

 サイドキック達(揃いのコスチュームに身を包み、“個性”の使用を禁止されている)が私に向かってセメントガンを発射してくる。

 

「社長!」

 

 その名の通り、固まっていないセメントを発射する銃だ。

 殺さずに無力化する目的から警察などでも使われている。着弾後は急速に乾いて固まる。

 べちゃっとしたそれを、私は怪我した腕で防御し、

 

「ぐあっ!?」

「どうした!? がっ!?」

「な、なんだっ!?」

 

 サイドキックが『見えない何者か』に襲われて次々に声を上げる。

 透ちゃんだ。

 ギャングオルカが舌打ち。

 超音波を放とうと口を開けて――。

 

「させない!」

「邪魔だ」

 

 至近から、私に向かって超音波が放たれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮免試験3

 超音波による麻痺攻撃。

 情報としては知ってたけど、実際に喰らってみると全然違った。

 

 ――無。

 

 目は見える。耳も聞こえる。

 でも、身体が動かない。

 首から下が一瞬で吹き飛んでしまったみたいに感覚が無い。

 ああ。

 ゲームで麻痺攻撃が致命的な理由がよくわかった。

 

「さて」

 

 ぐらり、と、身体が後ろに倒れていく中。

 ギャングオルカが私に背を向けるのが視界に入った。

 もう一発、透ちゃんに向けて放つつもりだ。

 

「―――」

 

 させちゃ駄目だ。

 近くにいた轟君やイナサもまとめて痺れてる。

 このまま形勢を傾けられたら立て直せなくなる。

 

 動け。

 動け、私の身体……っ!

 

 意識の全てを無事な方の腕に集中。

 感覚のない腕が「あるものとして」運動命令を何度も何度も送り付ける。

 何度、繰り返した時だろう。

 時間にすれば数秒。

 ぴくりと、腕が動いた。

 

 麻痺だって、言ってしまえば状態異常。

 私の身体は一生懸命それを修復しようとする。人より回復はずっと早い。その回復を一点に向ければ、

 

「っ」

 

 腕を回し、倒れる身体を受け止める。

 バネの要領で身体を起こすと拳を握り、

 

「――何!?」

 

 筋肉がぶちぶち千切れるのを感じながら、ギャングオルカの横っ腹を思いっきり叩いた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「永遠ちゃん、腕は大丈夫?」

「うん。もう殆ど塞がったから」

 

 二次選考終了後。

 私達は会場の一角に集められて結果を待つことになった。

 

 ギャングオルカ戦の顛末は原作と大きくは変わらない。

 

 轟君、イナサ、真堂君、デクくん達と一緒に必死に抵抗し、相手をギリギリで食い止めた。

 他のみんなも次々と加勢に来てくれて、互角かちょい優勢くらいでさあ真っ向勝負、っていうところで終了の合図があった。

 

『皆さん、長いことおつかれ様でした』

 

 採点方式の説明があった後、合格者の掲示があった。

 

『綾里永遠』

 

 法的な手続きはまだなので旧姓で、私の名前もあった。

 

『葉隠透』

『八百万百』

 

 透ちゃんや百ちゃんの名前も。

 

「やったぁ! 合格だよ、永遠ちゃん!」

「揃って合格とお父様お母様に報告できますわ!」

「うん! やったね、透ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 他のA組のみんなの名前もたくさんある。

 減点方式――ヒーローとして、救助者として相応しくない行動を取ることで点が減るシステムだったので、真っ当に頑張っていればそうそう落ちない。

 

 わかった範囲で落ちたのは、喧嘩してしまった轟君とイナサ。それと爆豪。

 止められたかもしれないけど、私はそうしなかった。

 止めることで彼らが良い方向に向かうかわからなかったし、それにこの試験は落ちても救済措置がある。

 

『不合格となってしまった方々。君たちにもまだチャンスは残っています』

 

 三か月の特別講習とテストを経ることで仮免を発行する。

 飛び級的に受験している私達にとっては、むしろ正規のルートかもしれない。

 

 でも、私は早く仮免が欲しかった。

 

『ヒーロー活動許可仮免許証 綾里永遠』

 

 仮免許証はその日に発行された。

 なんだかんだで、終わった時には夕方になってたけど、ぴかぴかの仮免許証が何よりも嬉しかった。

 

 今、これを一番見せたいのは――。

 

 

 

 

 

「相澤先生!」

 

 先生はすぐに見つかった。

 傑物高校の先生――Ms.ジョークとの話が終わったところだったのか、彼女と別れて歩いてきた先生に仮免を見せ、告げる。

 

「インターンがしたいです!」

「早えよ」

 

 せめてみんなに説明するまで待てと怒られました。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「あー疲れたー、書類仕事やだー。ねーパトロール行ってきていいー?」

「レディさん仕事してください」

「せめてトレーニング」

「レディさん仕事してください」

「だって面倒臭いんだもん……お?」

 

 ぴろん、と、スマホに着信。

 地味な仕事に辟易していたMt.レディは天の助けとばかりに飛びつき、確認する。

 

 グループチャット。

 

 送られてきた写真と送ってきた相手を確認し、にんまりと笑う。

 

「雄英が仮免取得を早めたとは聞いてたけど……なんだ、思ってたよりずっと早かったじゃない」

 

 インターンはよ、と返信して、がたりと席を立つ。

 

「みんな! トワちゃんが仮免取ったそうよ!」

「まともな事務戦力キタコレ」

「それはそうとレディさん仕事してください」

「……はーい」

 

 とりあえず、永遠にはもう一回「はよ」と送っておいた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「何を企んでいる、オール・フォー・ワン」

「何を、とは?」

 

 緑谷出久達が仮免試験で奮闘している頃、オールマイトは仇敵と相対していた。

 最新鋭の設備を備えた最高峰の刑務所“タルタロス”。

 収監されたオール・フォー・ワンは四肢を封じられたまま、常にバイタルや脳波をチェックされ、身じろぎしただけ、“個性”を使おうと()()()()()で複数の銃口に狙われる――そんな状態に置かれている。

 だが、彼の声音、口調は決戦時と何ら変わっていなかった。

 

 既に、問答は終盤へ差し掛かっている。

 

 オールマイトが問い、オール・フォー・ワンがはぐらかす。

 オール・フォー・ワンが挑発し、オールマイトが必死に己を抑える。

 

 収穫のない会話。

 楽しんでいるようでさえあった悪の支配者は、ここにきて、ようやく違う表情を見せた。

 

「その気になれば出られるんだろう、ここから」

『オールマイト。何を――』

「どうして、そう思うんだい?」

 

 カメラで監視している所員が声を上げるが、オールマイトもオール・フォー・ワンも構わなかった。

 

「君が神野で見せた黒い泥。呼び寄せか転送しかできないそうだが――自分を転送することは本当にできないのか? できないとしても、手勢を呼び寄せることはできるんだろう?」

「……何を言うかと思えば。僕が“個性”を使えばたちまち銃弾に襲われるんだよ?」

「肉体の強度を上げ、『超再生』を持つお前を殺しきることなどできないさ。僅かな間さえあれば、それでもう十分な隙を作ることができる」

 

 オール・フォー・ワン脱走の可能性。

 誰もが恐れているそれが現実として存在すると、オールマイトは指摘する。

 机上の空論だ。

 もし、本当に可能なのだとすれば、支配者を収監しておける施設など存在しない。()()()()()()()()()()()()ということになってしまう。

 実際、そう叫ぶ者もいるが、日本の現行法では即座の死刑は不可能。

 

「随分賢そうなことを言うね。誰かの入れ知恵かな」

「……本来は『サーチ』を奪うはずだったらしいな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とどう組み合わせるつもりだった?」

 

 オール・フォー・ワンは答えない。

 

「この状況はイレギュラーなのさ。存在するはずのなかった因子が混じっている」

「………」

 

 今度はオールマイトが沈黙する。

 イレギュラー、不確定因子が誰かは明白だ。()()()()の齎した情報がラグドールを守り、神野事件の被害を大きく減らした。

 ラグドールの『サーチ』で連合の構成員達は居場所が割れる。

 肝心の死柄木と黒霧がノーマークだが、他の者は警察に日々追いかけまわされており、仲間と連絡を取り合うどころか一か所に潜伏することさえ難しい。

 首魁の死柄木も深い傷を負っており、連合は四肢と牙をもがれた状態にある。

 

「だが、あれはあくまでイレギュラーだ。君達の切り札ではない」

「………」

「場に残り続ける鬼札が、思いもよらない役を作り出さないよう、気を付けることだ」

 

 オールマイトは何も答えなかった。

 所員が時間オーバーを告げ、オール・フォー・ワンとの面会は終わりを告げた。

 

 まだ終わっていない。

 

 悪との戦いに終わりがないことを痛感したオールマイトは帰路につく途中、後継者からの仮免合格の報を受け取った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 仮免を取れたのは本当に嬉しかった。

 今なら何でもできそう、みたいな気分はまだ胸の中にあるんだけど、寮に帰ってきてご飯を食べて、お風呂に入ってさっぱりしたあたりで素に戻り始めた。

 

「明日から普通に授業かあ……」

「それ普通に過酷だよねえ……」

 

 談話室でぐでっとしながら透ちゃんと言う。

 時間の感覚がおかしい。

 夏休みってなんだっけ。合宿の後は神野事件があって、その後は家庭訪問で、かと思ったら特訓。羽を伸ばしてる暇はどこに行ったのか。

 寮はエアコン効いてるから余計に季節感がない。

 

 とりあえず今日は寝るだけなんだけど……。

 

 ――今日って、デクくんと爆豪が喧嘩する日じゃなかったっけ?

 

 記憶を探る限り今日だった気がする。

 でも、起きるのかな?

 あれはラグドールの誘拐とか、オール・フォー・ワンの情報とか諸々あって爆豪が「気づいた」のが発端だ。あのあたりの事情がごっそりなくなってるから、たぶん、気づくには情報が足りない。

 大丈夫、だと思う。

 

 デクくんとオールマイトの関係については基本、干渉してない。

 私が知っていることを知っているオールマイトならともかく、デクくんにはあんまり思わせぶりな素振りを見せられない……。

 

「り、綾里さん」

「え」

 

 突然声をかけられて、びくっとしてしまった。

 でも、びくっとしたのはそれだけが理由じゃなくて、声をかけてきたのが想っていた人だったから、でもある。

 

「あ、いや、もう八百万さんなんだっけ……。でも、妹さんって呼ぶのもなんか違うし……」

 

 声をかけてきたと思ったら、気遅れしたのかブツブツ言い始めるデクくん。

 周りに他の女子もいるから、その、ちょっと挙動不審なんだけど。

 

「ど、どうしたの、緑谷くん?」

 

 仕方ないのでこっちから尋ねると、デクくんは表情を引き締めて頷いた。

 

「う、うん。その……ちょっと、聞きたいことがあって」

「え」

「どこかで、二人だけで話せないかな?」

「ええ……!?」

 

 ざわっ。

 デクくんの一言で周囲がざわつく。

 ちょっと待って、その言い方だと……!?

 

「おいおい、告るのか緑谷!?」

「そーゆーの興味ないフリして大胆だなおい……!」

 

 やっぱり。

 男子が女子に「二人っきりになりたい」なんて言ったらこうなるよね。

 デクくんも言ってから気づいたみたいで、目を丸くして両手を広げる。

 

「そ、そういうのじゃないんだ! 全然! これっぽっちも!」

 

 まあ、そうだよね。

 そういう言い方をされると若干傷つくけど……。

 

 デクくんの用件はなんとなくわかる。

 真面目な彼が告白してくるわけがないし、爆豪じゃないんだから決闘とかでもないはず。

 なら、AFO(オール・フォー・ワン)関連なんじゃないだろうか。

 

「永遠ちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 事情を知ってる(というか、盗み聞きしてた)透ちゃんが確認してくるけど、微笑んで頷く。

 

「緑谷くん、“個性”の相談だよね?」

「あ……う、うん! そう!」

 

 とりあえず、それっぽい単語で誤魔化す。

 デクくんも慌てて頷く。

 それを確認したみんなはあからさまにがっかりした顔になった。

 

「なーんだ」

「つまんねー」

 

 つまんなくていいんだよ!

 こんなことでお茶子ちゃんに恋敵と勘違いされるとか笑えないんだから……!

 再びぐでっとしたみんなに見送られ、私達はその場を離れた。

 下手に外に行くと指導対象になりかねないので、考えられるプランは二つ。私の部屋に招くorデクくんの部屋に行く。

 こういう場合ってどっちがセーフなんだろう……? と、しばし悩んだ末、同じ階に住人のいない私の部屋に行くことにした。

 

「永遠ちゃん、変なことされたら大声出してね!」

「ありがとう、透ちゃん。たぶん大丈夫だよ」

「多分じゃないから!」

 

 念のためと廊下で待機してくれるという透ちゃんにお礼を言って、デクくんを部屋に招き入れた。

 

「適当に座って。お茶でも淹れるね」

「あ、お、お構いなく……」

「そういうわけにもいかないよ」

 

 デクくんはガチガチに緊張してる。

 女子の部屋が初めてってわけでもないだろうに。いや、初めてなのかな……? 私はそんなに緊張してない。たぶん、綾里家の男の子と部屋を行き来していたんだろう。覚えてないけど。

 本当に緑茶を淹れて二人分置く。

 

「お茶請けは何がいいかな? パンかポテチかカップ麺ならあるけど」

「い、いや、晩御飯食べたし……!」

「そう? じゃあ私は天ぷらそばでも食べようかな」

 

 せっかく緑茶だし、和食の方が合うよね。

 

「……変わってるね」

「食べられる時に食べておかないと、飢え死にしちゃうかもしれないからね」

「はは……」

 

 変な生き物を見るような目で見られた。

 でも、それでちょっとは気が紛れたのか、デクくんは落ち着いた表情になった。

 

「それで、その。“個性”の話なんだけど……」

「うん」

 

 あ、本当に“個性”の話だったんだ。

 でも、なんで私に?

 OFA(ワン・フォ・オール)のことだったらオールマイトに相談するだろうし……。

 

「――君も、誰かから“個性”を授かったのか!?」

「え」

 

 ちょっと予想外の問いかけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮免試験4

 びっくりしたけど、考えてみればありえない話じゃない。

 

 デクくんはオールマイトの後継者だ。

 オール・フォー・ワンの“個性”も知ってるので、譲渡という発想が出てもおかしくない。

 

 と、数秒の間を置いて落ち着いたところで――私は首を傾げた。

 

「……どういう意味?」

「……違う、の?」

 

 きょとんとした顔になるデクくん。

 誤魔化すつもりの私も同じようにきょとんとする。

 

「違うも何も、“個性”は生まれながらのものでしょ?」

「オールマイトから言われたんだ。君はAFO(オール・フォー・ワン)の“個性”やOFA(ワン・フォー・オール)のことも知ってるから、何かあったら相談しろって」

「え」

 

 ちょっ、オールマイト……!?

 言うのはいいけど、事後報告して欲しい。

 というか、後継者の指導を私に投げられても。

 

「……そうだったんだ」

「じゃあ……」

「うん。色々聞いたよ。“個性”のこと。オールマイトのこと」

 

 微笑んで頷く。

 知ってるなら少しは話してもいいだろう。

 

「緑谷くんは、オールマイトからOFA(ワン・フォー・オール)をもらったんだよね?」

「……うん」

 

 デクくんが手のひらを持ち上げて、ぐっと握る。

 

「託されたんだ。オールマイトから。……この力を」

「それで、私も似たような境遇なんじゃないかって思ったんだ?」

「違う……の?」

「違うよ。むしろ、どうしてそう思ったの?」

「それは……。OFA(ワン・フォー・オール)がもともとは『与えられた力』だったから……」

 

 一般に、No.1ヒーロー、オールマイトの“個性”は超パワーだとか怪力だとか言われている。それも決して間違いじゃないんだけど、本質はそこじゃない。

 OFA(ワン・フォー・オール)は『個性を譲る』個性と『力を蓄える』個性が混ざり合ったもの。

 代々の継承者が鍛え、次の後継者に譲り渡すことで連綿と培ってきた正義の力のバトン。その発端は、初代OFA(ワン・フォー・オール)所有者が『力を蓄える』個性をAFO(オール・フォー・ワン)から与えられたことだという。

 

 あらためて思うと。

 『個性を譲る』個性が一緒に引き継がれてるんだから、歴代継承者独自の“個性”も一緒に引き継がれるのは全然不自然じゃないよね……。

 と、いずれ目覚めるはずのデクくんの新しい力については置いておいて。

 

 OFA(ワン・フォー・オール)の由来がAFO(オール・フォー・ワン)なら、もう一度、似たようなことが起こってもおかしくはないかもしれない。

 でも。

 私の“個性”について詳細は秘密なのだ。

 

「私の“個性”は生まれつきだよ」

「でも……!」

 

 デクくんは粘る。

 座卓を挟んで、どこか必死な表情で私を見てくる。

 

「君は強い。また、強くなった!」

「強くなんてないよ。合宿では攫われちゃったし、一対一で戦ったら緑谷くんの方がずっと強いと思う」

 

 パワーでもスピードでもOFA(ワン・フォー・オール)には及ばない。

 デクくんの機転と発想力はそれだけで脅威だ。

 耐久性と回復力では分があるけど、超パワーでぶっ飛ばされたら気絶しかねないし、戦闘中に回復しきるのは無理だと思う。

 シュートスタイルに移行したことで余計相性が悪くなった。

 ストロングスタイルでガチガチの殴り合いをしてくるタイプの方が、私はむしろ戦いやすい。

 

「でも……っ!」

「前にも少しだけ話したよね。私の“個性”」

 

 表向きは『しぶとい』ということになっている。

 大まかな効果は合宿でもデクくんに話した。

 

「私の身体は、いじめればいじめるだけ強くなるの。ちょっとずつだけどね」

「……それだけ、なのか?」

「それだけだよ。私だって努力してるんだから、だんだん強くなるのは当たり前だよ」

 

 デクくんにだったら言っちゃってもいいかもだけど――できるだけ、秘密は洩らさない方がいい。

 原作で爆豪相手に口を滑らせてるあたり、口が堅い方じゃないんだろうし。

 

「だから、ごめんね。同じ立場からアドバイスはできないよ」

「……っ」

 

 唇を噛むデクくん。

 藁をも掴む思いで来たんだと思う。

 仮免を取ったばっかりなんだから、もっと浮かれていてもいいはずなのに。

 

 ――焦れてる。

 

 合宿での奮闘がなくなり、爆豪救出も経ていない。

 成長を実感する機会がなくなったのに、敵の脅威は見せつけられてる。

 彼も無力を感じてるんだ。

 

 なら、私と同じだ。

 

「でも、素人考えで良ければ相談には乗れるよ」

「本当……!?」

「うん」

 

 私程度の意見で何が変わるかって言ったらアレな気がするけど。

 五分経った天ぷらそばの蓋をぺりぺり剥がしながら、私は微笑んだ。

 

 

 

 

 

「シュートスタイルはもともと、君に言われたことがきっかけなんだ」

「私の?」

「うん。オールマイトと違うスタイルってなんだろうって考えたら、足技かなって」

「そうだったんだ……」

 

 ずるずる。

 

「今は、シュートスタイルで撹乱しながらのスマッシュを検討してるんだ」

「え、腕大丈夫?」

「腕? うん、体育祭では無茶したけど、よほどのことがない限りは無茶しないようにはしようと……」

「あ、そっか。合宿の件がないから……」

「合宿?」

「ううん、こっちの話」

 

 ずるずる。

 

「……うん。腕って、簡単になくなるんだなって思ったんだ」

「え。えーっと、もしかして神野の時の私?」

「ああ。警察に保護されてからの映像はテレビで何度も流れてたから」

「あー……恥ずかしい所を見られちゃったね」

 

 ずるずる。

 

「そんなことないよ! あの時の綾里さん――あ、えっと、何かいい呼び方ないかな……。永遠さん、は失礼だよな……?」

「失礼じゃないけど止めて。そういうのはお茶子ちゃんとかにしてあげて」

「え? う、麗日さんを呼ぶのはハードル高いっていうか」

「え、私だったらいいの……?」

 

 ずるずるずる……。

 

「っていうか美味しそうだな天ぷらそば!?」

「食べていいって言ったじゃない!」

「おーい二人ともー。そろそろ寝た方がいいんじゃないかな!」

「「え、もうそんな時間!?」」

 

 なんだかんだ話しこんでしまった私達は、透ちゃんの声で我に返った。

 

 相談とか、組み手とかならいつでも付き合うからと約束して、デクくんと別れる。

 

「付き合ってくれてありがとね、透ちゃん」

「ううん! 永遠ちゃんは私が守らなきゃだからね!」

 

 言いつつ、透ちゃんはなんとなく眠そうだった。

 一緒にいることが多いせいか、服の揺れだけでなんとなく彼女の状態がわかるようになってきてる。

 

「透ちゃん、部屋行くの面倒だったら一緒に寝る?」

「そう言ってくれるのを待ってたよ!」

 

 洗い物なんかを済ませてから、透ちゃんと一緒に寝た。

 透ちゃんは寝る時は全裸派らしく、抱き枕みたいだったというか、私が抱き枕にされたというか、そんな感じだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 そうして、翌日から二学期が始まった。

 

 インターンについてはHRでざっと説明があった。

 実際にプロヒーローの事務所へ行ってヒーロー活動について学ぶ、いわば職場体験の延長みたいな制度なんだけど、違う点がいくつか。

 まず、学校行事じゃないので授業は休みにならない。休日を使って行くことになる。

 次に、体験じゃなくて仮免持ち――半人前とはいえヒーローとして行く。どこかお客様感のあった職場体験と違い、よりちゃんとしたプロ意識を求められる。もっとわかりやすく言うと「使えれば戦力、使えなければお荷物」ということだ。

 あ、多少だけどお給料も出るらしい。

 

 詳細な説明会は二日後と指定された。

 内容が原作通りなら、ビッグ3の予定もあるだろうし仕方ないと思う。

 でも、

 

「早くインターンに行きたいです!」

「お前、前にも増して遠慮がなくなりやがったな」

 

 直談判してみたらため息をつかれた。

 

「どっちにしても今週末は無理だろ。向こうの受け入れ準備もある」

「Mt.レディさんから話来てませんか?」

「………」

「あ、目を逸らした!」

「うるせえ。いいからもうちょっと待っとけ」

 

 最終的に問答無用だった。

 仕方ないので納得した。納得したけど不満は不満なので、頬を膨らませてアピールしたら睨まれた。

 

「ガキか。もうちょっと落ちつけ」

「ジリジリしてても何にもならないので、言いたいことは言おうかと思いまして」

「長生きしないぞ」

「長生きなんてしてもいいことないですよ」

「……世の中の役に立ちたいなら、一人でも多くの敵を捕まえろ」

「なるほど。頑張ります」

 

 果たして、何人の敵を捕まえたら世界が平和になるんだろうか。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!!」

「え……、ええ~~!?」

 

 二日後。

 私達は、雄英の現三年生のトップに位置する三人――通称“ビッグ3”を教室に迎えた。

 

 見覚えはあるけど、こうして対面するのは初めてだ。

 訓練の進度上、仕方ない措置なんだろうけど……この学校って体育祭さえ学年別だから、上級生に会う機会どころか見る機会もあんまりない。

 

 『透過』の通形ミリオ。

 『再現』の天喰環。

 『波動』の波動ねじれ。

 

 良く言えば馴染みやすい、悪く言えば平凡な顔立ちをした長身の青年。

 どこか影があるというか、ぶっちゃけ暗そうな感じがする細身の青年。

 馴れ馴れしいと思えるほどにフレンドリーなロングヘアーの美少女。

 

 ――中三の時、体育祭の中継でミリオを見たのが遠い昔のことのようだ。

 

 三人から自己紹介をされた後、ミリオがインターンへの心構えを話し始めたんだけど、私達がピンと来ていないのを見た彼は方針を転換。

 さっきの台詞に繋がることになった。

 

 

 

 

 

 体操着に着替えた私達。

 石柱の立ち並ぶ体育館γに移動すると、ミリオと相対する。

 

 そう、ミリオ一人と。

 

「いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ!?」

 

 余裕。

 ううん、違う。これは自信だ。

 血の滲むような努力を続け、それだけの力を培ってきたという確信。

 

 考えてみればいい。

 

 私達一年生でさえ、スパルタ特訓でプロヒーローと戦い、仮免取得にこぎつけた。()()()()()()()()続けた生徒がいるとしたら、どれだけ強いかを。

 彼――通形ミリオが強ければ強いほど、私達に伸びしろがあるということでもある。

 

「よろしくお願いしまーっす!!」

 

 思いは人によって様々だろうけど。

 とにかくみんな覚悟を決めてミリオに挑みかかろうとして――。

 突然、ミリオが全裸になった。

 『透過』の“個性”のせいで普通の服はすり抜けてしまうからなんだけど、私は原作知識のお陰で知ってたわけなんだけど、ほぼ大人の身体をした男性の「アレ」を見せつけられて、一瞬硬直してしまわないかと言ったら嘘になるわけで。

 

 女性のプロヒーローはこういうハードルも越えなきゃいけないんだとしたらひどい話だ。

 ミッドナイト先生やMt.レディさんがあんなにスレてしまったのも無理はないんじゃないかと……って、話が逸れた。

 

 

 

 

 一番手で向かったデクくんの攻撃を、ミリオは『透過』でスルー。

 後ろの方にいた遠距離型、特殊型のみんなのところへ一瞬にして移動すると、僅か一分足らずで叩きのめした。

 

「いや、その」

 

 ちょっと落ち着いて欲しい。

 原作では天喰が「ミリオは必死に鍛えて強くなっただけで別に強個性じゃない」とか言ってるけど、成長や応用の余地があって、強い使い方ができるならそれは強個性だよね……?

 その理屈だとOFA(ワン・フォー・オール)も別に強個性じゃないって言い張れるわけ……って、また話が逸れた。

 

「何か勝ち筋があると思うよ!」

 

 呆然とする接近戦組を鼓舞するようにデクくんが分析する。

 

「……うん。通形先輩の“個性”は『透過』だったはず。ワープして見えたのも、攻撃をすり抜けるのも、全部“個性”を精密制御してるからだと思う」

「なるほど……。なら、“個性”を使っていない時なら……!」

「後は場所。二点以上を同時攻撃したり、フェイントが有効かも」

「ヤオトワがそーゆーの参加すんの意外だけど、サンキュー二人共!」

 

 視線の先で、ミリオが笑むのがわかった。

 好戦的な笑み。

 

 ――来る。

 

 瞬く間にやってきた彼はデクくんの背後に出現。

 読んでいたデクくんはカウンターを狙うも、ミリオは()()()()()()()()()()()()()()を決めてみせた。

 みぞおちを殴られたデクくんは悶絶。

 

 ミリオは即座に地中へ消え、また誰かの背後へ――。

 

「……ここっ!?」

「正解」

 

 あてずっぽうで裏拳を放つと、私の拳ががっしりと受け止められた。

 

「男女平等パンチ!」

「ごふっ!?」

 

 容赦ないお腹へのパンチ。

 食べた物は死んでも吐かないけど、呼吸が止まり、思考が中断するのは避けられない。

 堪えて拳を握った時にはミリオはもういない。

 

「がっ!?」

「どげっ!?」

「ぐはっ!?」

 

 ドガガガガガガガ……!

 

 格ゲーのコンボでも見せられてるような連打で次々悶絶していくみんな。

 予想はしてたけど、予想以上にきつい。

 でも、ちょっとだけわかった。

 

「点の攻撃より、線の攻撃……っ!」

 

 そして、しぶとい私を一発KOできると思わないで欲しい。

 声を上げて飛び掛かる私。

 

「おっと、我慢強い子がいたか」

「っ……はっ!?」

 

 腹部により強い一発。

 私は眩暈と共に吹っ飛びながら、にやりと笑う。

 ミリオが訝し気な表情を見せ、

 

「ナイス永遠ちゃん!」

「線なら――蹴りと、手刀だ!」

 

 咄嗟に全裸になって逃れていた透ちゃんと、ギリギリ復帰してきたデクくんの、同時攻撃が炸裂した。




※合宿からの一連の流れに一段落ついたので、投稿間隔を落とします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

久々の密談

「きゅう……」

「あ……あああ……」

「いやあ、危機! 一髪だったね!」

「うわあ……」

 

 駄目だった。

 ビッグ3の名前は伊達じゃない。不意を打ったはずの透ちゃんとデクくんの攻撃はギリギリのところで迎撃され、後には死屍累々のA組メンバーと、立っているミリオだけが残った。

 そして。

 そうやって自分の力を見せつけた上で、ミリオは言った。

 

「俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ! ので! 恐くてもやるべきだと思うよ一年生!!」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……というわけで。インターンについて、雄英としては生徒の自主性を重んじることとした」

「せんせー、つまりどういうことですかー?」

「もともと課外活動だからな。最低限、事務所の選別はするし指導もするが、基本的なスタンスとしては『おススメはしないがやりたければどうぞ』ってことだ」

 

 あ、ちょっと条件が優しい。

 

 原作だと「インターン受け入れ実績の多い事務所のみ」っていう条件だった。

 Mt.レディさんの事務所はできたばかりで、当然、実績なんてないから弾かれそうだったけど――この条件なら大丈夫そう。

 もちろん、私のために緩和されたわけじゃないだろうけど。

 

「情勢が情勢だ。学校としては本来なら禁止したい。だが、世論は強いヒーローを求めている。自ら試練を望む者を遠ざけていいのかって声もあってな」

 

 で、校外での事故にまで責任持ちきれません、という態度を取るわけか。

 

「だが、くれぐれも問題は起こすな」

 

 相澤先生は念を押す。

 

「問題が起きれば、校外での出来事だろうと学校側が責任を問われる」

「オトナノジジョー……」

「ああ。だが、重要だ。来年以降のインターン方針にも影響するからな」

 

 私達の二年目、三年目だけじゃなく、後輩達にまで迷惑がかかるってことだ。

 

「怪我もしちゃいけねーってのか?」

「いや。ヒーロー活動に負傷はつきもの。多少の怪我は『そういうもの』と許容される。リカバリーガールもいるしな。だが、間違っても死ぬな」

 

 死。

 ヒーローをやっていれば、それは決して絵空事じゃない。

 だって、敵は大概、こっちを殺す気で来る。

 

「過去、インターン中に死亡した生徒もいる。名誉の死亡、なんて格好いいものじゃない。生きていれば多くの敵を逮捕できたかもしれない。そっちの方が余程合理的だ」

「―――」

「いいか。繰り返し言うぞ。何があっても死ぬな。お前達はまだ仮免段階。一人前と認められたわけじゃない。学校にも、監督するプロヒーローにも、お前達を守る義務がある」

「……はいっ!」

「よし」

 

 相澤先生の言葉は、ミリオの激励に水を差すものでもある。

 しかし学校側としては言わないといけないのだ。

 子供たちを守り、育てるのが学校の役割だから。

 

 でも、子供っていうのは無鉄砲なもの。

 

 もっと先を目指したくて仕方のない生き物だ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「インターンに行きます」

「……まあ、もう『待て』とは言わないが」

 

 今度こそ、相澤先生は申請用紙を受理してくれた。

 

「Mt.レディ事務所か」

「はい。先方もそのつもりでいてくれてますし」

 

 職場体験で指名をくれた他の事務所でも、きっと受け入れてくれるだろうけど、一度行った事務所の方が馴染みやすいし、何より通いやすい距離なのが嬉しい。

 他の地方とかになっちゃうと授業を休むことになりかねない。

 

「姉の方や葉隠は一緒じゃないのか?」

「お姉ちゃんはまだ迷ってるみたいです。透ちゃんは私と一緒に行きたがってましたけど、他の事務所に連絡してみることにしたようですよ」

「……そうか」

 

 百ちゃんにはウワバミをはじめとした色んなコネがある。

 戦うだけがヒーローの仕事じゃない。CM撮影が百ちゃんに向いてるかはともかく、Mt.レディ事務所以外にいいところがあるだろう。

 

 透ちゃんはだいぶ迷ってた。

 忍としては主人の傍に……っていうのがあるし、前に冗談っぽく話したコンビネーションも悪いアイデアじゃない。

 でも、持ち味を生かすならやっぱり他の事務所がある。

 ということで、エッジショットの事務所に掛け合ってる。葉隠家の名前を出せばOKしてくれるだろうって。忍者繋がりでコネがあるんだろう。

 

「他にお勧めがありますか?」

「いや」

 

 何か悩んでるっぽかったから尋ねてみると、相澤先生は首を振って。

 

「そういうわけじゃないが……。八百万妹、お前に指導がある」

「え、久しぶりにお説教ですか」

「ああ。お前には幾ら言っても言い足りないようだからな」

「……わーい」

 

 げんなりと肩を落とすと、ミッドナイト先生が「いい気味よ」とでも言いたげなウインクをくれた。

 

 

 

 

 

 

 職員室を出ると、結構なスピードで先生は歩いていく。

 スマホでどこかへ連絡を取りつつ向かう方向は生徒指導室じゃない。

 

「………」

「………」

 

 何か言っても「黙って歩け」と言われるだろうから、何も言わない。ちょっとは学習したのだ。

 

 ――この道順って。

 

 一学期に何度となく通った道だ、忘れるはずがない。

 

「カードキーはまだ持ってるか?」

「はい。ちゃんと持ってます」

 

 セキュリティを通過して地下へ。

 取り調べる相手がいなくなったため、警察の人はもういない。地下の部屋は無人だった。

 トガちゃんが監禁されていた部屋は綺麗に掃除され、新たにテーブルと椅子が置かれていた。明らかに密談用といった感じ。

 校長や相澤先生ってば、ちょくちょく使ってたっぽい。

 

「座れ」

「奥ですか?」

「当たり前だろ」

 

 つまり私が上座ってことですね、なんてボケはしない。

 わざわざ奥に追いやられるのは出口を遠ざけて圧迫面接するために決まってる。

 げんなりしつつ腰かけて、

 

「話、始めますか?」

「いや」

「やあやあ待たせたね! みんなのアイドル校長の登場だよ!」

 

 ぱちぱちぱち……。

 

「………」

「………」

「いや、相澤先生も拍手してくださいよ!」

「時間が勿体ない」

「HAHAHA! 相澤君はいつも容赦がないね!」

 

 校長と相澤先生は私の向かいに腰かけた。

 

「……久しぶりな気がします」

「状況が、君の予言からズレ始めているからね」

「そうですね」

 

 少なくとも、敵連合には打撃を与えた。

 原作と同じような動きはできないとみていい。

 

「で? 今日はインターンの件かな?」

「はい。彼女のインターン先はやはりMt.レディ事務所だそうです」

「ふむ、そうか……」

 

 話を聞いた校長は顎に指を当てて考え込む。

 一体なんだろう。

 インターンの件が問題だけど、行って欲しいところがあるわけじゃない……?

 

「あの……?」

「ああ、すまないね。実は、ちょっと状況に動きがあったんだ」

「動き?」

「ああ」

 

 校長は頷いて、

 

「死穢八斎會への強制捜査が決まった」

「っ!」

 

 思わず、がたっと立ち上がってしまった。

 

「じゃあ」

「うん。約一か月。早いとはいえないかもしれないけど、助けられそうだ」

「……良かった」

 

 ほっと息を吐き、椅子に座り直す。

 

 助けられる。

 また一つ流れを変えられる。

 もちろん、強制捜査が成功しないといけないんだから、決して楽ではないだろうけど……って、待った。

 

「あの……戦力は足りているんですか?」

 

 問題はそこだ。

 原作でもナイトアイ事務所、ファットガム事務所、リューキュウ事務所等、幾つもの事務所が警察と協力してチームを結成し、そこにビッグ3やデクくんたちを含む何人ものインターン、相澤先生を加えてギリギリで成功させた。

 ギリギリ、だ。

 タイミングが変わっている以上、同じ戦力で上手くいくとは限らない。

 ううん、っていうか、そのままだったら戦力は減る。

 

「強制捜査に参加する事務所には、一年生のインターン受け入れを延ばしてもらうことになっている。インターンの初仕事がヤクザへのカチコミ、なんて酷すぎるからね」

「……ですよね」

 

 原作で参加していた一年生はデクくん、切島君、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん。

 四人分の戦力減は痛い。

 特に、原作で敵のリーダーを倒したのはデクくんだった。彼が欠けるのは大きな損失だ。

 

「だからもちろん、君の予言にあった事務所以外にも協力を要請するつもりだ」

「それは、どこに……? あ……っ」

 

 もしかして。

 さっき、校長達が思案していたのは。

 

「パワー系のヒーロー不足が懸念される。となると、フットワークが軽い若手のヒーローから有望株を引っ張ってくるのが得策だろう」

「それなら、一人思い当たります。神野の件でも活躍した人なんですが……」

「おや。気のせいか、君のインターン受け入れ先だったような気がするね」

 

 校長が悪い顔をしている。

 だけど、そんなこと気にならない。

 続く言葉への期待に胸が躍っている。

 

「永遠君。強制捜査、Mt.レディと一緒に参加するかい?」

「いいんですか? 一年生は不参加だって――」

「君のインターン受け入れは以前から半確定していたんだろう? それに、Mt.レディに協力を打診するのはこれからだ。ギリギリセーフというかアウトというか。大義名分は立つさ」

「お前の“個性”はオーバーホールや、実験対象の娘へのカウンターになるかもしれない。俺がお守りにつく言い訳にもなるしな」

 

 あからさまな特例だ。

 でも、チャンスがあるなら、

 

「やらせてください。お手伝い、させてください」

「わかった。Mt.レディ事務所に打診をしておこう。……その結果、彼女が『ノー』と言うようなら諦めてもらわないといけないが」

「あの野心的な女が断るとは考えにくいですね」

 

 うん、レディさんならきっと喜んでくれると思う。

 

「強制捜査はいつの予定ですか?」

「来週の日曜だね。今週日曜に顔合わせをすることになってる」

 

 ビッグ3は連れて行くわけだから、それが限界かな。

 

「……当日までに再生能力を上げておきたいですね」

 

 オーバーホールの“個性”は触れたものを一瞬でバラバラにできる。しかも、私が前にされたみたいなバラバラ殺人じゃなくて、分子レベルだか原子レベルだかの分解だ。

 あらためて考えても「馬鹿じゃないの?」って言いたくなるくらい強い。

 分解の難易度が質量なのか情報量なのか、溜め込んでいたエネルギーが分解されるとどうなるのかにもよるけど、そこまでバラバラにされたら再生にはかなりの時間がかかってしまう。

 

 触られないよう心掛けるのは当然として、再生時間もできるだけ短くしておきたい。

 

 私が独り言のように言うと、校長と相澤先生がこっちをじっと見てきた。

 

「……自殺を繰り返す気じゃないだろうね?」

「精神科にでもぶちこんでやろうか」

「や、やだなあ。“個性”の訓練じゃないですか」

 

 何度も人の死を見せられ、自分自身も殺されて、それでも人を気遣う余裕があった壊理ちゃんを思えば、痛いとか苦しいなんて言ってられない。

 できる対策は立てておかないと。

 

「体術を鍛える方がどう考えても合理的だろ」

「もちろんそっちもやりますよ」

 

 要は私を捉えられなくなればいいわけだから、気配を消す動きが役に立つ。

 

「……ふむ。となると、やはり『そう』なるか」

「不本意ですが、そうですね」

「? まだ何かあるんですか? ……異能解放戦線の方も動きがあったとか?」

「いや。そちらも進んではいるが、今、動くのは難しいんだ。あまりにも規模が大きいしね」

 

 街一つ分の“個性”持ちだもんね……。

 八斎會の件が終わってからじゃないと動けないヒーローも多い。

 

「要は、気配を消す体術を訓練しつつ、効率的に『死ねれば』いいわけだろう?」

「えっと……はい。そうですけど」

 

 言うほど簡単じゃない。

 考えられる範囲だと透ちゃんに相手をお願いするしかないだろうか。理想を言うならトガちゃんにお願いしたいけど――。

 

「あ……!」

 

 思い浮かんだ名前にピンときた。

 

「あの、もしかして……!」

 

 校長達の意味ありげな会話パート2。

 パート1が私にとっていい話だったんだから、今度のだってそうかもしれない。

 だとしたら。

 私の想像も、そう大きく外れていないんじゃないか。

 きらきらした目で見つめると、二人は顔を見合わせて溜め息をついた。

 

「トガヒミコへの取り調べが一段落した。その結果、未成年であることも鑑み、一定の条件下での減刑を行うべきだとの意見が出ている」

 

 合宿の時、トガちゃんが連合に協力したのは事実。

 でも、トガちゃんは誰も殺してない。警備の警官は全員、死柄木の“個性”でやられていた。唯一刺された私も急所を外されていて、殺意があったとは判断できない。

 センスライの“個性”によって保証された私の証言により、バーでのトガちゃんの行動がむしろ私を守り、連合を牽制するものであったこともわかっている。

 私と会う前の罪についてはどうしようもないけど、校長が言った通りトガちゃんは未成年。

 大人の犯罪者と同様に裁くべきではない、という話らしい。

 

「条件というのは?」

「警察への協力。犯罪者の視点から捜査に意見を提供するとか、場合によっては変身能力で囮捜査に関わるとか、そういったことだね」

「目いっぱいこき使われるやつですよね、それ……?」

 

 囮捜査って、それこそ未成年使ってやることじゃないような。

 

「そうかい? 君も仮免とはいえヒーローになったことだし、Mt.レディ事務所への協力要請扱いで、特訓の機会を作ろうかと思ったんだが」

「是非お願いします」

 

 この時ばかりは国家権力に魂まで売り渡してもいいと思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターン

「……久しぶりだなあ」

 

 Mt.レディ事務所が入ったビル。

 一学期の職場体験以来だ。

 

 インターンが解禁された週の土曜日。

 ヒーローコスチュームとその他の荷物を抱えた私は、いざ事務所のドアを叩いた。

 

「失礼します!」

 

 ここの雰囲気は把握してる。

 体育会系とオタク気質が合わさった独特の空気。

 明るく元気よく、それでいて愛嬌がある感じで挨拶して踏み込むと、

 

「……トワちゃんだ」

「……トワちゃんが来たぞ」

「あれ?」

 

 暗い。

 サイドキックの人達がどんよりした目で見つめてくる。

 まるでゾンビか何かのそれ。

 あれ、もしかして私、歓迎されてない?

 レディさんからは「はよ」って急かされるくらいだったんだけど……。

 

「お久しぶりですっ。雄英高等学校からインターンで来ました、ヒーロー名:トワです。よろしくお願いしますっ」

「おー」

「あー」

 

 ぱちぱちぱち……。

 気のない返事と共にまばらな拍手が返ってくる。

 あれー、キタコレはどこに?

 あれかな、インターンで来たからには職場体験の時と違ってビシバシ行くから的な?

 

「いらっしゃいトワちゃん!」

「ひあっ!?」

 

 いきなり後ろからぎゅーってされて、思わず変な声が出た。

 この声と感触は間違いない、レディさん。

 

「お久しぶりです。その節は本当にお世話に――」

「あー、いいのいいの。私とトワちゃんの仲じゃない」

「あ、ありがとうございます」

 

 あれ、レディさんはいつも通りだ。

 すると皆さんのテンションは一体何故?

 

「レディさん仕事してください」

「レディさん仕事してください」

 

 今度は仕事してくださいマシンと化していらっしゃる。

 

「あれ、もしかしてお忙しい感じですか……?」

「あー、うん。トワちゃんが大口のお仕事持ってきてくれたからねー」

「……そのせいでレディさんがはしゃいで書類仕事しないんだよ」

「……そのせいでレディさんがはしゃいで街を壊すんだよ」

「本当にごめんなさい」

 

 土下座して謝った。

 まさかそんなところに影響があるとは……。

 と、レディさんはひらひら手を振って、

 

「気にしなくていいわよ。それよりトワちゃん、早速トレーニングに付き合ってくれない?」

「私からもお願いしたいくらいですけど……お仕事の方は?」

「私が手伝っても大して変わらないし」

「……仕事の規模考えるとトレーニングは必要ですけど」

「……トワちゃんが来たら手伝ってもらえると思ったのに」

 

 本当にごめんなさい!?

 一段落したら絶対にお手伝いしようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 ぱぱっとヒーローコスチュームに着替え、道場でレディさんと向かい合う。

 

「さて。どれくらい成長したか見せてもらいましょうか」

「よろしくお願いします」

「“個性”なしの私を倒せるくらい強くなっててくれると嬉しいんだケド」

「あはは。さすがにそれは難しそうですね」

 

 レディさんは女性としては体格がいいし、武闘派だし。

 と思ったら、鋭い視線が返ってくる。

 

「……ナンだ。そんな覚悟だったの?」

「え?」

「プロの強さを実感して、(ヴィラン)に誘拐されるなんて醜態も晒して、仮免も取ったのに、“個性”なしの私にさえ勝つ気がないなんて、がっかりよ、トワちゃん」

「―――」

 

 そう来たか。

 あの空気の中、レディさんだけはフレンドリーだったから、ちょっと気を抜いてしまっていた。

 そうだ。

 この人はそういう人だった。

 どうでもいいお世辞なんかより、野心的な挑戦を求める人。

 

「……すみません。ちょっと調子に乗ってました」

 

 私は首を振って意識を切り替える。

 

「ぶっ倒します!」

「よく言ったわ! 来なさいトワちゃん、返り討ちにしてあげる!」

 

 レディさんは嬉しそうに笑って、私に向かって突っ込んできた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

(倒す気で来なさいとは言ったケド――)

 

 組み手の開始から約二分後。

 Mt.レディは内心で舌を巻いていた。

 

(トワちゃん、ちょっと強くなりすぎじゃない!?)

 

 本当に負ける気はなかった。

 日々、精進しているのはMt.レディだって変わらない。永遠の職場体験、それから神野の一件を経て、まだまだ強くならないといけないと今なお自分を鍛え続けている。

 前に戦った時より強くなっている自信がある。

 だというのに、永遠の成長速度はMt.レディのそれを遥かに超えていた。

 

「どっせい!」

「―――」

 

 何度目だろうか。

 Mt.レディが繰り出した渾身の一撃はことごとくをかわされていた。

 ひらり、ひらりと。

 まるで柳のような回避行動。幽霊に例えられる特徴そのままに、ちょっとでも気を抜くとすぐに『気配がかき消える』。

 別に透明になっているわけじゃない。

 そのはずなのに、完全に気配がなくなると一瞬、姿さえ消えたように錯覚してしまう。

 

(職場体験の時は耐えるだけの子だったのに……!)

 

 当たらない。

 速さが特別優れているわけじゃないのに。

 

 加えて、彼女は耐久力もある。

 

 Mt.レディの攻めに一時間耐えたタフさも健在なはず。

 避ける上に硬いとか、ゲームのキャラクターだったら強すぎるとクレームになるだろう。

 

(でも、こっちだってただ空ぶってるわけじゃないわよ!)

 

 気配を捉えられない時間がほんの少しずつ減っている。

 感覚が慣れてきているのだ。

 永遠は異形型じゃない。基本の四肢しか持たない以上、上や下にはそうそう逃げられない。パターンを蓄積していくことで、僅かな挙動の差を五感が察知し、どっちに避けたか本能的に判断できるようになる。

 さあ、どこまで避け続けられるか、

 

「勝――っ!?」

 

 勝負、と言おうとしたMt.レディは、言いようのない寒気を覚えた。

 見れば。

 永遠の口元に不敵な笑みが浮かんでいる。

 息を吐く。

 深くえぐり込むような右ストレートを打ち込んだ体勢から、無理やり身体の勢いを引き留め、戻して、

 

「やああああああっ!」

「ぐうううう……っ!?」

 

 ()()()()()()()()()永遠が繰り出してきた重い一撃が、身長と体重で勝るMt.レディの身体を大きく吹き飛ばした。

 重い。

 威力も、精度も、出のスピードも、何もかもが前の時より洗練された、悔しくなるような一撃だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「フ、フハハハハハッ! 勝った、勝ったわっ!」

「い、痛い痛い! 痛いですレディさんっ!」

 

 戦闘開始から約三十分後。

 私は、やたらめったら打ち込まれてボロボロの状態(良いのか悪いのか、打撃のダメージなのでコスチュームはほぼ無傷)で、レディさんに組み敷かれていた。

 ちなみにレディさんもボロボロ。

 結構いいやつを何発も入れたのに、入れる度に底力を発揮して襲い掛かってきた。

 

 気配遮断と捨て身のカウンターを使い分ける必殺戦法を野生の勘で見切られ、最終的に乱打戦になった挙句、この有様。

 

「うう、もうちょっとだったんですけど……」

「馬鹿じゃないの? 本当に勝たせるわけないじゃない」

「もうちょっとだったんですけど……」

「あ?」

「ごめんなさい調子に乗りました」

 

 そこでようやく解放され、二人してぜーはーぜーはー呼吸を整える。

 

「っていうか、今回くらい勝たせなさいよ。次やったらあんたが勝つでしょ?」

「あー。まあ、多分」

「否定しろよ」

「あいたっ」

 

 殴られた。

 いや、でも、肉体的にも精神的にもレディさんの動きに慣れちゃうから……。

 というか、殺し合いなら私が勝ってたかもしれない。

 こうしてる間も身体のダメージは治ってるし、とどめを刺しきれなかったら不利になるのはレディさんの方だ。なんて、“個性”なしvsありじゃ威張れないけど。

 

「……あの。そういえば、例の件は参加させてもらえるんですか?」

「ん? ああ、あの件でしょ? うちからは私とトワちゃんで行くわよ」

「ありがとうございます」

「むしろこっちがお礼言いたいくらいよ。でかいヤマに参加できれば知名度が上がるしね」

「そのお陰で皆さん死にそうですけど……」

「トワちゃんだって大変よ。授業受けながらあっちこっち行くんだから」

 

 明日の日曜日は顔合わせ。

 来週の土曜日はトガちゃんのいる警察関係の施設で特訓。終わったら最終ミーティングに参加して、日曜日に強制捜査。

 もちろん平日には普通に授業がある。

 授業も普通の学科を消化しつつ(詰め込み式なのでどんどん進む)、戦闘訓練やらヒーロー学やらをきちんとこなさないといけない。

 

「……馬鹿みたいなスケジュールですね」

「だからそう言ってるでしょ。ちなみにそれが卒業するまで――大学行かずに就職するなら卒業しても続くから」

「何言ってるのかわかりません」

「そんなもんよ」

 

 さすがヒーロー、労働条件がブラック……!

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 休憩の後は通常業務をお手伝いしている間に一日が終わった。

 皆さんは本当に忙しかったみたいで、私が電話応対したり、誰でもできる書類整理とかをするだけで泣いて喜んでくれた。

 明日もそのままインターンだから問題ないよね! とばかりに残業をしてから、翌日の顔合わせのためにレディさんと一緒に事務所を出た。

 

 サイドキックの人の車で駅まで送ってもらって(経費節約)、電車で移動してから、牛丼屋さんでご飯を食べた(経費で落ちないので個人資産の節約)。

 金髪美女と見た目幼女の二人が大盛りやら特盛りやらをかきこむ姿はきっと異様だっただろうけど、安くて美味しいんだから仕方ない。

 

 それから、その後はビジネスホテルに二人一部屋で宿泊(経費節約)。

 

「部屋が広く感じるわー」

「それは私が小さいってことでしょうか……?」

「わかってるじゃない」

 

 抱き寄せられて、ぬいぐるみのごとく抱きしめられる。

 

「シャワー浴びてからにしませんか?」

「シャワー浴びたらしてもいいんだ。じゃあいっそ、お姉さんと一緒に寝る?」

「もうちょっと寒い時期なら喜んでお願いするんですけど」

 

 この時期だとぶっちゃけ暑い。

 レディさんは「やっぱりトワちゃん面白いわー」とけらけら笑った。いや、だって女同士ですし。

 でも、ヒーローコスチュームじゃないレディさんはちょっと新鮮。

 あのコスプレっぽい衣装じゃないと、ぶっちゃけただの金髪美女だ。

 

「レディさんは彼氏いないんですか?」

「どっちだと思う?」

 

 一緒にシャワーを浴びながら尋ねてみると、にやりと笑って頬を撫でられる。

 

「いないと思います」

「こいつめ」

「ひはひひはひ(痛い痛い)」

 

 つねられた。

 赤くなった頬をさすっているうちに、その話は有耶無耶になった。

 

 シャワーが終わったら、明日に備えてさっさと寝なくちゃいけない。

 ツインのベッドに分かれて横になって、目を閉じてぼうっとしていると。

 

「ねえ、トワちゃん」

 

 レディさんのぼんやりした声がした。

 

「なんですか?」

「怖くないの? 戦い……ううん、殺し合い。痛くて怖くて、血の匂いで満ちてる。ヒーローの現場はそういうものよ。それでも、戦うの?」

「はい。戦います」

「どうして?」

「いろいろ、です」

 

 平和が欲しいから。

 自分の身を守るため。

 原作の流れを壊したいから。

 そして、『綾里永遠』と家族との約束だから。

 

「トワちゃんにも色々あるのねえ」

「レディさんは、どうしてヒーローになろうと思ったんですか?」

「目立ちたいから。お金が欲しいから。モテたいから」

「素敵な野望ですね」

「でしょ?」

 

 私達はくすくすと笑った。

 もちろん、レディさんの志望動機が言われた通りだとは思わない。いや、言われた通りだったとしても幻滅するとかそういうのはないんだけど。

 誰にだって理由はある。

 そのために命をかけられるなら、それは尊い理由だ。

 

「死んじゃダメよ、トワちゃん。私が怒られるんだから」

「はい。怒られるレディさんを見られないんじゃ、つまらないですからね」

「そっち行って絞め殺してあげましょうか」

「きゃー、プロヒーローに襲われるー」

 

 オフのレディさんは明るいお姉さんっていう感じだった。

 私達は明日も早いっていうのにしばらくどうでもいい話をして、はしゃいでから眠りについた。

 原作を読んでいた時に感じていたMt.レディの印象と、今のレディさんの印象。それがだんだんと、重ならなくなっていた。

 

 当たり前だ。

 みんな生きている人間なんだから。

 泣いたり笑ったりして生きている。

 死んでいいはずがない。

 

 全員救えるなんて思い上がることはできないけど、手を伸ばせる範囲には必ず伸ばす。

 もちろん、壊理ちゃんにも。

 私は、あらためてそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイトアイ事務所

 サー・ナイトアイ。

 

 『予知』の“個性”を持つプロヒーロー。大のオールマイトファンで、以前は彼のサイドキックを務めていた。考え方の違いから道を違えた後もその想いは変わっておらず、自身が予知した「オールマイトの死という運命」を変えたいと思っている。

 性格は理性的で堅実。

 ただ、オールマイトの死を予知したことをずっと悔やんでいたり、事務所内ではユーモアを重んじていたりと感情的なところもある。

 むしろ、情に篤い性格を抑えて理性的に振る舞っている、という方が正しいかもしれない。

 

 そんなナイトアイの事務所は、

 

「……大きい」

「やり手だし、活躍期間も長いもの」

 

 私を連れたMt.レディさんはふん、と鼻を鳴らした。

 

「でも私、あの人苦手なのよね」

「あー……。礼儀作法とか服装とかうるさそうな方ですもんね」

「そうなのよ。何だその格好は、人々を鼓舞する目的もあるとは言え、もう少し貞節というものを弁えて――とか、ごちゃごちゃうるさいったら!」

「それでホテルからコスチュームなんですね」

「? コスチュームはヒーローの正装よ?」

 

 強制捜査の打ち合わせなんだし、外で目立ったら駄目なんじゃ……?

 と思ったけど、他にもヒーローコスチューム姿の人がうろうろしてたので、私は考えるのを止めた。

 

 この世界、ヒーロー事務所なんてコンビニより一杯あるわけで、その一つ一つを監視なんかしていられないし、ヒーローの移動一つで一喜一憂してたら身がもたないんだろう。

 うん、そういうことにしておこう。

 

 ちなみに私は制服。

 別にコスチュームでも良かったんだけど、学生は制服が正装だ。

 

「さ、行くわよトワちゃん。失礼の無いようにね」

「……はい」

「よし。その間は気にしないでおいてあげる」

 

 私よりレディさんが心配、とか思ってません。本当です。

 

 

 

 

 

 

 ナイトアイ事務所の会議室に、多くのヒーローが集まっていた。

 

 サー・ナイトアイ。

 ファットガム。

 リューキュウ。

 シンリンカムイ。

 エッジショット。

 Mt.レディ。

 イレイザー・ヘッドに、その他数名。

 

 更に、それぞれの事務所のサイドキックやインターンも含めると数十人規模。会議室が一杯に近い状態だ。まあ、インターンはビッグ3と私を含めて五人だけなんだけど、

 

「って、透ちゃん!?」

「やっほー永遠ちゃん、来ちゃった!」

 

 慣れ親しんだ姿(雄英の女子制服だけ浮いてる)に驚いた次の瞬間には、透ちゃんが明るく手を振ってくれていた。

 来ちゃったって……あ、そっか。

 

「エッジショットさんの事務所に入れてもらえたんだね」

「うん! 滑り込みセーフだよ!」

「おめでとう、透ちゃん」

「ありがと! へへー、びっくりさせようと思って黙ってた甲斐があったよ!」

 

 本当にびっくりした。

 

「私とシンリンカムイとエッジショットさんはチームアップの話を進めてるのよ。で、まとめて話が来たってワケ」

「なるほど……」

 

 そういえばそんな話が原作でもあったっけ。

 それでその三人が追加、代わりにデクくん達とグラントリノが不在。彼らについては時期のズレが原因だと思う。

 原作で名前の出てないプロヒーローもいるので、具体的な増減はわからないけど、増えてるのは間違いない。

 

 でも、デクくんとか切島君の活躍も大きかったし……。

 

「うるさいぞインターン」

「「すみません」」

 

 二人で謝ってから大人しく座る。

 所属ごとだから透ちゃんとは別だ。さすがにこういうところで我が儘は言わない。

 全員が揃い、時間になったところで会議は始まった。

 

「忙しい中、集まって頂き感謝する」

 

 進行役を務めるのはナイトアイ。

 七三分けに硬そうな眼鏡をかけたスーツ姿の男性。サラリーマンかな? って思ってしまうような格好で、組んだ腕に顎を乗せている。ロボットアニメか何かで見た姿勢。

 

「急遽、参加してもらうことになったヒーローもいるため、あらためて概要を説明させてもらう」

 

 強制捜査を行うのは「指定(ヴィラン)団体」(ヤクザ)である死穢八斎會の本拠地。

 彼らは「敵」と称されているものの、表立って具体的に悪事を働いているわけじゃない。裏ではあくどいことをいっぱいしてるだろうけど、表向きは企業運営をしたり、投資をしたりという体をとってる。

 だから、先に裏付け捜査をして「悪事を働いている証拠」を集める必要があった。

 

 八斎會を調べ始めたきっかけは「ある筋からの情報」。

 

「ある筋って?」

「雄英校長だ」

「なる」

 

 校長先生の顔の広さが窺えるやり取り。

 ヒーロー校のトップで校長をやっているだけあって、彼ならどんな情報を掴んできてもおかしくない、と思われているらしい。

 

「情報は、奴らが人体を素材に『個性を破壊する弾』を作っているかもしれない、というものだった」

 

 噂レベルの話ではあったが、校長の依頼で幾つかの事務所が調査を開始。

 片手間に少しずつ進めた結果、どうやら情報が正しいとわかった。

 

「八斎會の実質的なリーダー、若頭の治崎廻は一人の少女を監禁し、その身体の一部を使って『個性破壊弾』の研究をしている」

「女の子を……!?」

「ああ。その少女――壊理の身体を用いることで、彼女の“個性”を銃弾に影響させているらしい」

 

 ファットガム等が調査した結果、既に裏市場に粗悪品が出回り始めている。

 粗悪品でも、打たれた“個性”持ちは短時間“個性”が使えなくなる。

 もしも研究が進めば、もっと長時間“個性”を封じたり、あるいは名前通り「完全に破壊する」弾が出来上がるかもしれない。

 

「虐待、武器弾薬の密造・販売。強制捜査には十分な証拠だ」

「八斎會は全国に拠点を持っているはずだが、強制捜査は本拠地でいいのか?」

「ああ。壊理という少女が本拠地に監禁されていること、治崎廻も主にそこへ滞在していることがわかっている」

「どうやって調べたんです?」

「私の『予知』を末端構成員に用い、地道に情報を集めた」

 

 ナイトアイの“個性”は「観測した未来を変えることができない」という制約がある。

 なので使いどころが難しい(上がりやめのタイミングを間違えると、誰かの死を確定させてしまう)けど、ちまちま使えば危険はぐっと減る。

 別の構成員の未来を根気よく見ることで本拠地の構造や壊理の存在、治崎の研究内容などを、ジグソーパズルをくみ上げるように特定した。

 

「だったらすぐにでも行こうぜ! 一週間後なんて待ってられねえ!」

「駄目だ。相手は全国規模の指定敵団体。万全を期す必要がある」

「だとしても一週間後は遅すぎだろ! 高校生の休日を待つ意味があるのかよ!?」

「ある」

 

 うわ、断言した。

 言ったのはイレイザー・ヘッド――相澤先生だ。

 

「ルミリオン、サンイーター、そしてネジレチャン――どうにかならないのかこの名前――の三名の参加は大きい。それぞれ、下手なプロヒーロー以上の能力を有しているし、想定される障害へのカウンターにもなりうる」

「……じゃあ、そっちの一年生共はどうなんだよ?」

「各事務所でインターンの新規受け入れは中止したんじゃないのか?」

 

 相澤先生が嫌そうな顔をした。

 たとえ本当のことでもこいつらを褒めたくない、みたいな顔。失礼――でもないか。

 

「要請が来た時にはもう、この子を取るって正式に決まってたし」

 

 レディさんがしれっとした顔で言い、相澤先生が引き継ぐ。

 

「葉隠は潜入しての単独行動に長けている。やおよろ――綾里は打たれ強い上に治癒能力が高い。一撃必殺になりうる治崎に対抗できるかもしれない。できなくとも、増員としては適切だ」

「ふうん。……透明な方はともかく、そのチビはどうかと思うが」

「トワちゃんを甘く見ないでよね。この子は“個性”なしの私とほぼ互角よ」

「はっ。プロになって腕が鈍ったんじゃないのかMt.レディ」

「なんですって!?」

「れ、レディさん、落ち着いてください!」

 

 Mt.レディ事務所から来てるのは私達だけなので、ここは私が止めないといけない。

 尻尾踏まれた猛犬みたいになったレディさんを宥めた後、私は微笑む。

 

「私の実力が信じられないのは当然だと思います。……でも、お願いします。足手まといにはなりませんから、連れ行ってください」

「死ぬかもしれねえんだぞ?」

「邪魔だと思ったら、その辺に捨てて行ってください。自力で生き残って帰ってきます」

「……けっ」

 

 口が悪いらしいそのヒーローは、不満そうな顔のまま顔を背けた。

 許してくれた、らしい。

 

「ありがとうございます」

 

 その後、細かいデータや予想突入径路などを話し合った後、解散になった。

 

 

 

 

 

 

「やーっと終わった! 帰りましょ、トワちゃん。ハンバーガー奢ってあげる」

「ありがとうございます。いくらまで注文していいですか?」

「500円まで」

「それじゃ大して頼めないじゃないですかー。じゃあ、飲み物はお水もらうとして、バーガーとポテトを……」

「綾里永遠」

 

 会議が終わって。

 ぐっと伸びをしたレディさんとじゃれ合いつつ、帰る算段をしていたところで、意外な人から呼び止められた。

 

 スーツに眼鏡。

 他でもない、サー・ナイトアイその人である。

 驚いた。

 まさかサーが話しかけてくるとは思わなかった。

 

「はい」

 

 答えて向き直る。

 結構背の高い人なので、ぐっと見上げる体勢にならないといけない。

 当然、向こうからは見下ろされるわけだけど……なんだか、値踏みされてるような感覚。

 

「君が、か」

「……あの。私が、何か?」

「いや」

 

 ナイトアイは苦笑して、首を振る。

 

「失礼した。……まさか君が、Mt.レディの事務所のインターンとは」

「ちょっと。私のトワちゃんに文句でもあるっていうんですか?」

 

 レディさんがイラっとした顔で割って入った!

 

「そういうことを言ってるわけじゃない」

 

 ナイトアイの方も眼鏡をクイっとして「若干イラっとしました」というポーズ。

 なんだこれ。

 

「あ、あの! もし何かあるなら、聞かせていただけませんか?」

 

 私は慌てて、場所を移す提案をした。

 

 

 

 

 

 

 静かな応接間。

 ちゃんとした応接用の部屋がある時点でMt.レディ事務所の負けなわけだけど……その辺が気に入らないのか、テイクアウトしたハンバーガーの数々を前に、レディさんはやけ食いのような体勢に入っていた。

 私もお腹が減っているので、一応、食べ方に気を付けながらご相伴に預かり、

 

「……先程は失礼した。大した用件ではなかったのだ」

「と、いいますと?」

「一目、近くで顔を見ておきたかった。それだけだ」

 

 それだけって言われても……。

 私とナイトアイさんに関わりは殆どないはずだ。

 私は原作で一方的に知ってるけど、それだって断片的な情報に過ぎないし。

 いや、原作知識でオールマイトやデクくんの現状を変化させてる以上、全く無関係じゃないんだけど。

 

「どうして、私なんかを?」

 

 『不老不死』の件がバレたのかな?

 

「……君が『特異点』だからだ」

「え」

 

 特異点。

 言うべきか迷った、という風にナイトアイが紡いだ言葉は、今まで聞いたことのない単語だった。

 似たようなことは言われてきたけど。

 どうして?

 

「ナイトアイさんの“個性”に関係があるんでしょうか……?」

 

 尋ねると、意外そうな顔をされる。

 

「そうだ。わかるのか? ……いや、わかるのだろう」

「えっと……?」

 

 ナイトアイが溜息をつく。

 

「特異点と言ったのは、君が私の『予知』をかき乱すからだ」

「え?」

「君が関わると、私の『予知』が不鮮明になる。まるで、君のいる場では()()()()()()()()()()()()

「……そんなことが」

 

 あるんだろうか。

 あるんだろう。

 わざわざナイトアイが言ってきたからには嘘とは思えない。

 どうしてか?

 たぶん、『不老不死』じゃない、もう一つの私の秘密が関係してる。

 

 転生者。

 

 原作知識が原作に干渉する、ありえない現象の影響だと思う。

 

「ナイトアイさんの『予知』も完全じゃないんですねー」

「……貴様は」

 

 しれっと言うレディさんが癒し。

 

「トワちゃんの未来が見通せない? いいことじゃないですか。この子の未来はいくらでも可能性があるってことでしょ?」

 

 たぶん、レディさんには深い意図はない。

 ナイトアイの鼻を明かしたくて言ってる部分が大きいと思う。

 

「……ああ。そうかもしれないな?」

「は?」

 

 素直に認めたナイトアイを見て、変な声を出したのがその証拠。

 でも。

 

「綾里永遠」

「は、はい」

「私は、君に僅かな期待を抱いている」

「……え?」

 

 ナイトアイの手が私に触れる。

 『予知』を使ったのかもしれない。

 彼は苦笑を浮かべると、首を振って。

 

「君が関わったことで、オールマイトの未来が僅かに変わった。……理由はわからないが、君は『未来を変える因子』になりうるのかもしれない」

 

 私を、真っすぐに見つめてくる。

 

「もしできるなら、未来を変えてくれ。切り開いてくれ。オールマイトが死ぬ未来が変わるくらいに」

「……できるかどうかは、わかりませんけど」

 

 私は知っている。

 オールマイトだけじゃない。

 あなたが、死んでしまう未来も。

 

「精一杯頑張ってみます」

 

 死んでしまう人は、少ない方がいいから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トガ再び→突入

 翌週の土曜日。

 私は、待ちに待った時を迎えていた。

 

 窓に格子のはまった、物のない部屋。

 あるのは天井の監視カメラと一脚の椅子だけ。

 そして彼女は、その椅子に鉄の拘束具で繋がれていた。

 

「……永遠ちゃん?」

「トガちゃん!」

 

 トガちゃんは少しやつれたように見えた。

 見慣れた制服風コーデじゃなくて無地のさっぱりした服を着せられて、トレードマークの髪形もただ垂らしただけのセミロングになっている。

 特に、目が違う。

 ギラギラに近いキラキラだった目には隠しようのない疲れが見える。

 

 駆け寄ると、トガちゃんはゆっくりと顔を上げて私を見た。

 

「永遠ちゃん? 本当に永遠ちゃんなの? 誰かの変身とかじゃないよね?」

「そっくりに変身できる“個性”なんてトガちゃんくらいだよ」

 

 拘束具の鍵は借りている。

 私は手を伸ばしてトガちゃんの拘束を解いた。

 

「なかなか会いに来れなくてごめんね」

「ううん」

 

 静かに腕を回すと、トガちゃんも抱きついてきてくれた。

 

「会いに来てくれてありがとう。……会いたかったのです」

「私も、トガちゃんに会いたかったよ」

「永遠ちゃん。永遠ちゃん永遠ちゃん、永遠ちゃん」

 

 私の小さな胸に顔を押し付けて、呻くように言うトガちゃん。

 寂しかっただろう。

 周りにたくさんの人がいて、することもたくさんあって、目まぐるしく日々が過ぎていく私と違って、拘束されたトガちゃんの日々は灰色だ。

 楽しくない。

 好きなこともできない。

 そんな日々は、きっと長くて辛くて退屈だったはずだ。

 

「永遠ちゃん。いつまでいられるの?」

「えっとね、五時間……六時間くらいかな」

「……それだけ?」

「ごめんね。前と違って、ここには簡単に来させてもらえないんだよ」

 

 大事件の重要参考人。

 それでなくても複数人を殺している凶悪犯だ。

 一介の高校生が会いたいと言って会えるものじゃない。

 

「今日もね、ただ遊びに来られたわけじゃないの」

「……どういうこと?」

「トガちゃん、警察に協力することになったんでしょ?」

「うん。協力すれば、刑が軽くなるって言われたのです」

「それでね、協力してもらうにあたって、暴れられたら困るからストレス解消をさせようって話になったの」

 

 意見協力なら拘束は外さなくていいけど、アメをあげずにムチばかりじゃ素直に協力してもらえなくなる。

 『変身』しての囮捜査なら猶更。

 協力していればいいことがある、と思わせるのも大事――という、校長の方便。

 

「あと、ついでに私の特訓に付き合ってもらおうかなって」

「……どうすればいいの?」

「帰る時間まで……ううん、シャワーの時間があるからギリギリまでだと困るけど、私を実戦形式で殺してくれないかな」

「っ」

 

 ぴくっと、トガちゃんが震えた。

 無意識か、背中に回された手に力が入って、爪が服越しに食い込んでくる。

 

「いい、の?」

「もちろん。……リハビリは必要だよ。いきなり禁止されたら、気が狂っちゃうでしょ?」

 

 私だって、もし食事の必要がない身体になったとして、じゃあ明日から何も食べないでくださいって言われたら「ちょっと待って」って言う。

 せめて最後の晩餐だけでも、ううん、一か月くらいかけて移行期間を設けてくれないかなってなる。

 

「だから、いいよ。好きなだけ殺して」

 

 ご飯もいっぱい食べてきたし、持ってきた。

 トガちゃんと一緒に食べられるように検査もしてもらった。

 

「……永遠ちゃんは、やっぱり永遠ちゃんなのです」

 

 噛みしめるような声だった。

 

「もちろん。私は私だよ」

 

 すぐに始める? と尋ねると、意外なことにトガちゃんは「ううん」と首を振った。

 

「もうちょっと、こうしててもいい?」

「もちろん」

 

 私達はしばらくの間、そのまま、お互いの体温を感じ合った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 数時間後。

 疲労困憊になった私は、ウェットティッシュとか濡れタオルとかを使って身体の汚れに応急処置を施しながら、部屋の状態をあらためて見回した。

 来た時は綺麗だった部屋は見事なまでに汚れていた。

 私の血。

 実戦形式だったため、大部分が飲まれずに飛び散った結果がこれだ。掃除はさぞかし大変だと思う。っていうか、まるで殺人事件の跡地だから、潔癖な人なら部屋に入っただけで吐いてしまうかもしれない。

 

 特訓の間、スピーカーから「うわあ……」とか声が聞こえてきたような気がしたけど、まあ、もはや気にしても仕方ないよね。

 

「うん、結構良くなったよ」

「本当?」

「永遠ちゃんは飲み込みが早いのです」

 

 本家本元に褒められた。

 

「ありがとう。トガちゃん相手じゃなかったらこうはいかなかったよ」

 

 トガちゃんの特訓はスパルタだった。

 

 ルール自体は簡単。

 トガちゃんにはナイフを渡し、私の方は両手にふわふわしたグローブをはめる。こっちの攻撃は当たってもダメージにならないけど、向こうの攻撃は必殺。

 後は真剣勝負をするだけ。

 なんだけど、まず攻撃が当たらない。なのに向こうの攻撃はさくさく当たる。

 こっちもちゃんと気配を消してるはずなのに、トガちゃんは本当に消えたみたいに私の視線を避け、私の気配なんて簡単にわかるとばかりにナイフを走らせてくる。

 

『まだまだ気配の消し方が甘いのです』

 

 と、トガちゃんは軽く言う。

 

『身体に命令してから頭を空っぽにするのもいいけど、それじゃほんの少ししか消えられないし、咄嗟に対応しにくいよ。それより、動きを全部身体に覚えさせて、何も考えなくても攻撃できるようにした方がいいのです』

 

 本当に軽く言う。

 いやいや、そんな達人みたいなことそうそうできない。

 透ちゃんだったらある程度再現できるかもだけど。彼女は逆に、頭を空っぽにするのが無理だって言ってた。気配を希薄にしながら頭をフル回転させる術を身に着けて来たので、それと考え方が相反するらしい。

 

『永遠ちゃんは素手だから余計に大変なんだよ』

 

 格闘だと、手や足を相手に叩きつけないといけない。

 力を込めると、どうしてもそこに意志が乗っちゃうから気配を読まれやすくなる。

 ナイフなら腕を滑らせるだけで相手が勝手に傷ついてくれる。そこに余計な力はいらない。

 

『というわけで特訓なのです。考えなくても相手をぶっとばせるように』

『物騒な特訓だなあ……』

 

 なお、一回ミスするごとに身体の部位がランダムに切り裂かれたり、刺されたりする。

 腕や足ならまだいい。我慢して動くのは難しくない。

 でも、肩とか胸とかお腹とかになってくると、長い時間我慢するのはほぼ無理だ。

 

 動けなくなって倒れたらお楽しみタイム(注:トガちゃんにとっては)。

 

『えへへ。永遠ちゃん。永遠ちゃん。カァイイよう……』

 

 ざくざく。ぐさぐさ。ちうちう。

 復活するとわかったので、トガちゃんは更に遠慮がなくなった。

 私はさくっと息の根を止められた挙句に解体され、新鮮な血をたっぷり吸われた。手際が良く、余計な損傷がないお陰で治りが早かったのが救いだ。

 血が出るとやっぱりエネルギーをたくさん消費する。

 復活する度に水分補給と食事を取って、また特訓。

 

 何気に、土の中から出てきてから明確に『死んだ』のは一回だけだった。

 

 死んで生き返る度、私は自分の中の「死への恐怖」が薄れていくのがわかった。

 積極的に死にたいわけじゃない。

 痛いのも苦しいのも嫌だけど、なんていうんだろう。戦いや死に対する余計な気構え、硬さのようなものがなくなっていった。

 敵と相対していても、自室で横になっている時と同じように「無」を作れるようになっていった。

 『不老不死』の最適化も関係してるんだろうけど。

 お陰で、私の体術はかなり進歩した。

 

「永遠ちゃん。次はいつ頃会えるかな?」

「わからない。私がプロになって活躍すれば、もうちょっと楽に面会できると思うんだけど」

「本当? いつ頃プロになれるの?」

「うーん……早くても二年以上先かなあ」

「長すぎるのです」

 

 長いよねえ……。

 

「トガちゃんが自由の身になればいつでも会えるようになるよ」

「それも結構時間がかかると思うの」

「そっか、そうだよねえ」

 

 しみじみと、私達はままならなさを実感する。

 

「でも、絶対また来るから」

「うん。待ってる」

 

 服を着た私達は、最後にもう一度ぎゅーっとしてから、別れた。

 

 心なしか警察の人達が引きつってたような気もしたけど。

 私は深く頭を下げてお礼を言って、施設を後にした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ホテルでしっかりシャワーを浴びて、ご飯をお腹いっぱい食べて、ぐっすり寝て(この日は一人部屋だった)、翌日。

 私は他のヒーローやインターン、武装した警察官と一緒に、死穢八斎會の本拠地前にいた。

 本拠地は高い壁に囲まれた日本屋敷。

 葉隠の本家と比べるといかついというかごついというか、風流さより近寄りがたさを感じるあたりが「いかにも」だ。

 

 集まっている人数は会議の時の数+警察数十名なので物凄い。

 殆どの人がプロなのでわいわい騒いだりはしてないけど、明らかに物々しい雰囲気。

 ぶっちゃけ、これから強制捜査ですよー、っていうのは見ればわかる状態。

 

 ――原作ではチャイムを鳴らした途端に攻撃されてた。

 

 味方側は「気づかれたのか!?」みたいな反応だったけど、いや、これは気づくよと言いたい。

 まあ、だからって八斎會側から攻撃するのは早計な気もするけど。

 

「始まるぞ」

 

 警察の人が、門の横にあるチャイムを鳴らそうとして、

 途端。

 

「何なんですかァ!? 朝から大人数でぇ……!?」

 

 木製の大きいな戸をぶち破り、巨大化した何者かが突撃してきた。

 

 ――原作通り。

 

 疑われていることには気づいていたんだろう。

 先制攻撃に、警察官二人が跳ね飛ばされて宙を舞う。捕縛布を伸ばした相澤先生が一人を、ジャンプした私がもう一人を助けているうちに、ドラグーンヒーロー・リューキュウがドラゴンに変化して巨人を止めた。

 波動ねじれ先輩を含めたリューキュウ事務所の面々がすぐさまサポートに入る。

 

「突入!」

 

 こうなる可能性も前もって話し合われていた。

 訪問してきた警官がまだ何もしてないうちからいきなり暴行。これはもう十分に「悪いこと」だ。

 遠慮する必要はなくなった。

 

「ヒーローと警察だ! 違法薬物製造・販売の容疑で捜索令状が出てる!」

 

 一応、宣言だけはしてから一気に突入。

 妨害に出てきた組員を勢いで蹴散らし、拘束は警察の人に任せて屋内に侵入。

 通路の一角に仕掛けられた隠し通路を開き、飛び出してきた組員を即座に拘束。

 

 地下に下りれば――行き止まり。

 

「俺、見てきます!」

「要らん」

 

 壁をすり抜けられるミリオが言うけど、相澤先生はそれを止めて、

 

「八百万妹」

「はいっ!」

 

 『膂力増強』フルパワー。

 骨の損傷を度外視して放った正拳が壁に突き刺さり、放射状に罅を走らせたかと思えば、がらがらと音を立てて崩していく。

 ダルマみたいな体型のヒーロー、ファットガムがひゅう、と口笛を吹いた。

 

「でかした」

「行くでぇ!」

 

 再び駆け出した私達は、また新たな障害に阻まれる。

 

 道が、うねる。

 地震どころの話じゃない。通路そのものが生きてるみたいに動き、更には壁が移動して道を塞ぎにかかってくる。本部長の入中という人物の“個性”『擬態』の効果だ。

 物体に入り込んで操ることができる。

 

「先に向かってます!」

 

 今度こそその能力を発揮したミリオが壁をすり抜けて強行突破。

 入中の“個性”ではミリオを止めることはできない。

 ただ、このままじゃ私達が通れないのは変わらない。原作だとこの入中に苦しめられることになるんだけど、

 

「レディさん、出番です!

「もち! さっきはリューキュウに出番を取られちゃったしね!」

 

 ここにはMt.レディがいる。

 『巨大化』の“個性”が発動。

 屋内で使えば天井を突き破って破壊するその力はこの地下でも遺憾なく発揮され――地表までの大穴を開けた挙句、入中の支配する通路を強制的に破壊!

 

「ぐわああああ!?」

 

 大ダメージを受けた入中は、悲鳴を上げながらも通路の床を消し、下の部屋へと私達を誘導。

 落下のダメージはなかったものの、落ちた先には三名の、いかにも「アウトローです」という感じの男が三人、待ち構えていた。

 原作通りなら、それぞれかなり厄介な“個性”の持ち主なんだけど、

 

「邪魔だ」

「っ」

 

 相澤先生がひと睨みしただけで彼らは“個性”の発動を封じられる。

 慌てて銃やナイフを引き抜くけど、その次の瞬間には、

 

「はいはい。お疲れ様」

 

 巨大化したままのレディさんの足が三人まとめて蹴っ飛ばし、壁に叩きつけて気絶させていた。

 

「これは……ミもフタもあらへんな」

「この方が合理的です」

「よっし、勝利! 皆さん、この勝利はこのワタシ、Mt.レディのお陰! よく覚えておいてくださいね!」

 

 レディさんの声は非常時なので無視されたけど、彼女の功績は間違いなくとても大きいものだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八斎會1

「Mt.レディ。もうニ、三発、壁にぶち込め」

「ラジャ!」

 

 轟音を立てて壁が蹴っ飛ばされ、崩れていく。

 地下全体が崩落しないか心配になってくるほどだけど、構造がしっかりしているのか、幸いそういったことはなかった。

 地下空間に『擬態』していた本部長・入中は耐え切れずに気絶。

 レディさんが巨大化を解除した後、私達は追跡を再開した。

 

 ――ここまで、タイムロスは二、三分。

 

 ほぼ足止めは喰らってないと言っていい。

 ワープじみた速度で移動できるミリオは相当先に行ってるだろうけど、いいペースで動けてると思う。

 

 この世界では八斎會と敵連合の接触も起こってない。

 なので、原作であったトゥワイス、トガちゃんの妨害はない。

 

 となると、次なる足止めは。

 

「突然ですまぬが、止まってもらえるか」

「ここを通りたきゃ俺達を倒してからにしな」

 

 通路の前方にちぐはぐな姿の男が二人。

 名前までは憶えてなかったけど、こっちの世界に来てから調べ直したところによると――『バリア』の天蓋壁慈と『強肩』の乱波肩動。

 順番と組み合わせまで同じなのは有難い。

 彼らの基本防衛プランだから変えようがないだけだろうけど、

 

「悪いが、構っている暇はない」

「む」

「ちぃっ!?」

 

 馬鹿の一つ覚えと言われようが構わない。

 ロマンとか戦闘の快感とか、そういうのとは無縁な相澤先生が睨むと、彼らもまた“個性”を封じられた。

 だけど。

 さっきの三人組と違い、心構えをするだけの時間があったせいか、単に「何もできずにお手上げになりました」とはいかなかった。

 

「無粋ではあるが仕方あるまい」

「ケッ。男なら正々堂々勝負しやがれ!」

 

 天蓋と乱波が取り出したのは、黒光りする殺傷用武器――拳銃。

 二人共、銃が似合うタイプじゃないけど、一応練習はしてたんだろう。取り出した勢いのまま、同じ目標に狙いをつけ、すぐさま引き金が引かれた。

 

 当然、狙われたのは相澤先生。

 

 私は、先生を庇って前に出てからそれを確認した。

 胸の二箇所に激痛。

 残念そうに顔を歪め、二射目を放とうとする天蓋達だけど、さすがにそれは許してあげられない。

 

「……捕縛します」

「何ぃっ!?」

 

 天喰先輩が『再現』の“個性”で腕をアサリに変え、二人の銃を絡め取って。

 

「オラァ! 歯ァ食いしばらんかい!」

「ウルシ鎖牢!」

「ごは……っ!?」

 

 突撃したファットガムと、蔦を伸ばしたシンリンカムイが、あっという間に二人を無力化した。

 相澤先生、便利すぎ。

 胸の傷を押さえながら、私はほっと息を吐いた。

 

「でかした、妹。……傷の具合はどうだ?」

「ちょっと治りが遅いです。多分、劣化品の個性破壊弾だったんじゃないかと」

 

 まあ、それでも出血は止まりつつあるけど。

 弾がうにうに押し出されてくる感覚は、その、控えめに言っても超痛い。

 

「馬鹿な。“個性”を封じる弾を喰らって、何故傷が治っている……!?」

「生憎ですけど、私の“個性”はしぶといんです」

「なんという……!?」

 

 天蓋と乱波は気絶させた上で警察の人に後をお願いした。

 

「走れるか?」

「後一分欲しいです。先に行ってください」

「わかった」

「いいのかイレイザー?」

「必要なら置いていけと言ったのはこいつ自身です」

「トワちゃん、ちゃんと後から追いつくのよ?」

「はい、大丈夫です!」

 

 うん。

 今は一分一秒を争う時。

 私は走り去っていく他のみんなを見送ると、脇に寄って回復を待つ。その間、天蓋達を拘束して運搬していく警察の人が私に視線を送ってきた。

 

「君、本当に大丈夫なのかい?」

「はい。……ほら、もう治ります」

 

 傷口から押し出された弾丸がぽろりと落ちて、床に転がった。

 

 でも、劣化品の割に結構効果があるなあ。

 傷口付近の修復機能がエラーを起こすせいだ。修復機能を修復してから傷の修復に入るからワンテンポ遅れる。

 この分なら完成品を喰らっても『不老不死』が死ぬことはなさそうだけど、弾自体の殺傷能力を高くすれば出血多量で殺される可能性はあるかもしれない。

 あと、身体に埋まった弾を押し出すせいで痛いのは、完全に“個性”の弊害だ。

 

「よしっ」

 

 ポーチに入れてあったチョコレートをひとかけ口に放り込んで、回復完了。

 

「す、凄いんだな……」

 

 声をかけてくれた人は呆然と言った上で「気を付けて」と念を押してくれた。

 

 

 

 

 

 

 駆け出した私は、相澤先生達が通った道を一人で進む。

 地図は頭に入ってる。

 ちゃんと進める自信はあったけど、先行部隊が分かれ道にマーカーを落としてくれていた。お陰で迷わずに進んでいけた。

 一人だと足音がクリアに聞こえる。

 どれくらい走っただろう。二、三分? もっとかな? 景色の変わらないところを走ってると感覚が狂う。そろそろ追いついてもいい頃――。

 

「……待て」

 

 声が私を呼び止めた。

 声の主は脇の壁に背を預けた一人の男だった。よく見ると、その場にはもう一人男が倒れている。そっちは完全に気を失ってる。

 二人共、鳥の顔だか悪魔の顔だかを模したような仮面を着けてる。

 誰だろう。八斎會の幹部だとすると、音本真と酒木泥泥だろうか。本音を喋らせる“個性”と酔わせて平衡感覚を奪う“個性”。

 どうしてここに?

 先生達と戦ったにしては戦闘音が聞こえなかった。ミリオに叩きのめされて意識を失った後、相澤先生達が通った直後に目覚めた――というところだろうか。

 

 スルーしたいところだけど、目覚めてるのを確認してしまった以上、無視できない。

 

「………」

 

 話す必要はないので無言で近づいていくと、

 

「少女よ。君の名前は?」

「永遠」

 

 口が勝手に動いた。

 ということは、こいつは音本の方。尋ねられて答えるという短いプロセスの上、直接的な害がないから私の“個性”でも無効化できない。

 さっさと気絶させてしまうしか、

 

「“個性”は何かな?」

「『不老不死』と『膂力増強』『瞬発力』」

「何だと。複数の“個性”持ちとは。是非とも若の研究対象に――ぐわっ!?」

「黙って」

 

 やばい。

 こいつは思ったよりやばい。

 一発、重いのを入れたからこれで気絶――。

 

その“個性”を疎ましいと思ったことはないかな?

 

 手が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 音本の“個性”は戦闘向きじゃないと思ってた。

 元詐欺師だっていうんだから当然だけど、でも、それは認識が甘かった。

 

 ――胸の奥から感情が湧きあがってくる。

 

 抑えられない。

 普段は押し殺している思いが私自身の邪魔をする。

 

 本音を言わせるっていうのは、単に口を動かさせるわけじゃないんだ。

 心の底からその言葉を口にさせる。

 言葉を選ぶ必要があるけど、チョイスさえ間違えなければ簡単に、個人の戦意を削いでしまえる。

 ミリオ相手にはチョイスを間違った。

 私相手に「効く」質問を見つけるのは、きっとずっと楽だっただろう。

 

「辛いに、決まってるでしょ……!?」

 

 手を止めたまま、私は叫んだ。

 

「私は死なない! 死ねない! こんな“個性”いらなかった! 死にたくないっていうのはそういう意味じゃない! ただ平和な世界で平和に暮らしたかっただけ!」

「“個性”が憎いのですね」

 

 音本は必死に呼吸を整えながら問いを重ねてくる。

 黒い感情が後から後から湧いてくる。

 

「憎いに決まってる……! “個性”なんて、人を幸せにする力じゃない! どうして、こんなどうでもいい力のために、私が苦しまなくちゃいけないの……っ!」

 

 言っちゃいけない。

 叫んじゃ駄目だ。

 先に行ったプロヒーローや、後ろにいるはずの警察官達にも聞こえてしまうかもしれない。

 こんなセリフが聞こえたら士気に関わる。

 

 でも、止められない。

 

 私は、ヒーローになんてなりたくなかった。

 こんな世界に来たくなかった。

 私の“個性”が欲しいなんて人がいたら言ってあげたい。漫画でも小説でもいい、不死者の末路を見たことがあってそう言ってるのかと。

 

 生まれて一年も経たず、実の母に殺された。

 せっかくできた大切な家族とは離れなくちゃいけなかった。

 透ちゃん、百ちゃん、みんなとだって、百年もしないうちにお別れしないといけない。

 

 でも、私は生き続ける。

 生き続けなくちゃいけない。

 知ってる人のいなくなった世界で、永遠に。

 

「ならば、ヒーローなど止めてしまえばいい」

 

 声が染みこむ。

 私の心を折ろうとしてくる。

 

「我らは“個性”を消す去る手段を開発中です。それさえあれば、あなたの望みも叶う」

「―――」

「どうです、こちら側に来ませんか? 有能な人材であれば大歓迎ですよ」

 

 ああ。

 なるほど、彼は元詐欺師だ。

 

 ――元、というのがよくわかる。

 

 詰めが、甘い。

 ぐちゃぐちゃだった心が怒りに塗りつぶされる。

 

「誰が、ヤクザなんかに」

「ぐっ……!?」

 

 腹部に一撃。

 今度こそ、音本は気を失い、完全に沈黙した。

 でも、もう一回起きるかもしれない。後を追われたりするのは勘弁なので、二人の服を脱がせて即席のロープにすると、腕や足を縛り上げた。

 

「……これで、大丈夫」

 

 でも、時間を食ってしまった。

 私は全速力で奥へと走りだした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 約一か月。

 八斎會への突入はそれだけの期間、原作より早まった。

 

 結果。

 一か月かけて精製されるはずだった、個性破壊弾の完成品五発はまだこの世に存在しない。

 若頭補佐の玄野――相手を遅くする“個性”の脅威、オーバーホール――治崎が治す可能性が入念に伝えられていたため、奇襲は封じることができた。

 私が音本達と接触して足止めを喰らったことで、決戦の場に音本が到達することはなく、治崎は彼と合体できなかった。

 音本の“個性”で壊理ちゃんが揺さぶられることもなかったし、トガちゃん達が不在のため、リューキュウ達が誘導されて逃げ道を作ることもなかった。

 

 早期突入と事前情報のお陰で良い方向に進んだと言っていい。

 でも、良いことばかりじゃなかった。

 

 先鋒となったミリオには一か月分の経験と、壊理ちゃんへの想いが欠けていた。

 一年生を圧倒できるだけの実力と、伝聞による「可愛そうな少女」への義務感。十分といえば十分だけど、勝負を分けるのは鍛錬や想いの、ほんのちょっとの差。

 後続が追いつくのが早かったのもあって、ミリオは壊理ちゃんを守り切ったけど、その時にはもうボロボロになっていた。

 

 そこへ相澤先生達の応援が到着。

 

 壊理ちゃんを抱えたミリオを退却させつつ、相澤先生が治崎の『個性』を消去。

 多数のヒーローが散開して取り囲み、透明な透ちゃんが気絶している玄野を運んで治崎から遠ざけた。

 詰みだと多くが思っただろう。

 結果論だけど、透ちゃんに玄野の運搬を任せたのは失敗だったかもしれない。学生にはできるだけ安全な仕事を、という配慮だったんだろうけど――麻酔銃か何かを治崎に打ち込ませていれば、それで終わっていた可能性は高い。

 

 治崎はたった一人で、イレイザーを含むヒーローを相手に粘った。

 

 懐から銃を取り出して相澤先生へ向ける。

 未完成品とはいえ個性破壊弾を喰らうわけにはいかない。相澤先生は当然避ける。それで良かった。ヒーロー達に緊張を与え、僅かな時間を稼ぐのが目的だったから。

 瞬き。

 視線が切れた瞬間に『個性』が戻ることを、治崎は僅かな情報から推測し、確実に突いて見せた。

 

 地面から土壁がせり上がり、治崎の姿を隠す。

 当然、ヒーロー達は追い縋ろうとしたけど、そこを、地面から飛び出した無数のトゲトゲが襲った。治崎の『個性』はあらゆるものの分解、再構築ができる。百ちゃんと同じく知識が必要なのがネックだけど、やろうと思えば大抵のことができてしまう。

 多数で追い詰めたのが仇になった。

 初動が見えなかったこともあり、ヒーロー達はトゲトゲをかわすので精いっぱい。苛立ったレディさんが巨大化してトゲトゲを文字通り蹴散らしたので、治崎もその隙に逃亡とまではいかなかったけど、トゲトゲ第二弾を放ちつつ、レディさんの影に隠れるように移動。

 

「どけ、Mt.レディ!」

「ちょっ、イレイザーさん何やってるんスか!?」

 

 相澤先生の視線を受けたレディさんは巨大化を強制解除。

 学者肌かと思いきやちょこまか動き回る治崎をシンリンカムイ、天喰先輩が捕縛しようとすれば、不完全な個性破壊弾で牽制。

 また、誰かが治崎を追えば追うだけ死角ができる。そこを治崎は的確に突いてきた。

 膠着状態。

 えんえん続けていれば、体力が切れるのは治崎の方だろうけど、ヒーロー達にとっても好ましい状態とはいえない。

 

 そんな中――。

 

 みんなを追いかける私は、前方から移動してくる二人の人物を見た。

 

「永遠ちゃん!」

「トワさん、無事だったんだな!」

 

 全裸で玄野を引きずる透ちゃんと、壊理ちゃんを抱いたミリオ。

 

「二人とも、良かった。先生達は、この先?」

「うん! 大丈夫だと思うけど、大きな音もしてたから――」

「可能なら加勢に向かった方がいいかもしれない」

「わかった」

 

 私は頷いて、ミリオに抱かれた壊理ちゃんを見上げる。

 思った通り可愛い……じゃなくて。

 怯えてる。

 突然のことで何がなんだかわからないだろう。でも、ミリオのしっかりとした腕に抱かれて、僅かな期待を抱いているようにも見える。

 

「大丈夫だよ」

 

 私は彼女に微笑みかけた。

 比較的、年恰好が近く見える私の言葉なら、多少は届きやすいんじゃないだろうか。

 

「みんなが助けてくれるから。……ヒーローはなんでもできるわけじゃないけど、悪い人をやっつけて、困ってる人を助けてくれる、正義の味方なの」

 

 そう。

 だから、この子はちゃんと救われないといけないんだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八斎會2

 ホールのような場所に飛び込むと、そこは惨憺たる有様だった。

 

 地面のあちこちが隆起、あるいは陥没し、土塊や石片が散乱。

 平らな地面なんて見当たらないような状態の中、ヒーロー達は疲労からか息を荒くしながら散開している。

 殆どの人が腕や足を怪我している。

 唯一、相澤先生には目立った傷が見られないけど、それはきっと、他のヒーローが庇ったからだ。イレイザーが負傷して倒れれば、ここからでも逆転されるかもしれない。

 

「追いつきました!」

「トワちゃん!」

 

 レディさんが振り返ってくれる。

 巨大化はしていない。でも、天井にはぶつけてできた痕があり、青空がかすかに覗いている。連合が介入しなくても結局壊れちゃってるし……!

 逃げられなくて良かった。外に出られて、集団に紛れられたら最悪だ。

 

「……来たのか。来なくても良かったんだが、邪魔だけはするなよ」

 

 相澤先生が振り向かずに言った直後。

 

「増援か。だが、ガキが一人とはな」

 

 突起の影から治崎が飛び出してきた。

 片手は開け、もう一方の手には銃。疲労の色を浮かべながらも眼光は鋭く、“個性”を使う機を窺いながら、機敏な動きで戦場を駆ける。

 黒く硬い武器の先端が向けられた先は――私。

 経験値が少なく、状況も把握しきれていない私を狙い、動揺を誘う。ごく短い時間でそこまで判断してくるなんて恐ろしい。インターンが狙われれば大人組は動かずにはいられないし、個性破壊弾を喰らわせれば場に役立たずを出現させられる。

 

 でも、私は知っている。

 個性破壊弾のことも、治崎のことも、単なる知識としてではなく、一定の情景情報まで込みで把握している。

 

 治崎を追って真っすぐに走り出す。

 

「……馬鹿が」

 

 銃声。

 私は銃口からの直線状に左の手のひらを置き、弾を防いだ。鋭い痛みと共に左腕が重くなる感覚。“個性”が消えたのは広くて腕一本といったところ。

 別にそれくらい構わない。

 足は止めない。増強系“個性”を併用した私のスピードはプロに匹敵する。いくら治崎がすばしっこくても逃げきることはできない。

 

「どうやら死にに来たらしいな」

「負けるつもりはないけどねっ!」

 

 治崎は距離を取るのを諦めて逆に接近してくる。

 チャンス。

 と、私が考えるのを期待しているんだろう。でも、彼はさりげなく、自分と相澤先生との間に私を置いている。生徒を遮蔽にすることで消去を防ぐ気なんだ。

 プロが攻めあぐねてるのもそれが理由。

 触れられただけで即死、と事前情報があるので迂闊に近づけない。イレイザーがいるから平気、と肉弾戦を挑んだ結果、自分が遮蔽になって死亡とか笑えなさすぎる。

 

 近づくなら、一発も当たらない自信があるか、当たっても平気な自信があるか。

 

 急速に距離が詰まるのを見て、私は意識のモードを切り替える。

 主観から俯瞰に。

 自分を殺し、ゲームキャラを冷徹にコントロールするように、思考と肉体を切り離す。

 

「……な、に!?」

 

 治崎には、私が消えたように見えただろう。

 私は直線上から外れ、僅かに回り込みながら接近、脇腹に拳を叩きこむ。

 

「ぐっ!?」

 

 呻き、よろめく治崎。

 首を巡らせ、腕を振り、対処しようとする彼に、回り込んで更に一撃。それでも踏みとどまってくるので、もう一撃。

 気配遮断モードだと気合いが乗せられないのが難点。

 ついでにいうと、追加された二つの“個性”も未使用の方が制御がしやすいので、一発一発が軽くなる。トガちゃんが「刃物を使え」と言っていた理由がよくわかるけど、着実にダメージを蓄積していけばいつかは――。

 

 そうして、何発目かの攻撃で、

 

「え」

 

 腕を、掴まれた。

 

「捕まえたぞ」

 

 冷えた声、男の指の感触にぞくりとする。

 不測の事態に硬直し、俯瞰モードを切ってしまったのは、確かに経験不足のせいだろう。

 軽い身体を持ち上げられて振り回される。

 苦しくて目が回る。でも、治崎の狙いはそこじゃなくて、今度こそ私を遮蔽にすること。

 

 消去が途切れる。

 

「綾里!」

 

 相澤先生の声が聞こえた直後。

 

「終わりだ」

「あ」

 

 痛みも何もなく、右腕が消失した。

 本当に一瞬。

 支えを失った身体が、どさ、と、あっけなく落ちる。何が起こったのかわからない。普通の人なら今ので全身バラバラ、理解する間もなく死んでいるんだから、本気でチートだ。

 痛みはない。

 時間を置いたら幻肢痛とかが襲ってくるのかもしれないけど、まるで、腕が一本、()()()()()()()()()()()()なくなっていた。

 死柄木に崩された時と違うのはそこだ……って、今はどうでもいいけど。

 

 あまりに一瞬で受け身も取れなかった。

 身体のバランスが変わったせいで立ち上がるのが難しい。

 

 でも、予想外だったのは向こうも同じで、

 

「何故、生きている……!?」

 

 やった側の治崎はひどく狼狽し、棒立ちしたまま叫び声を上げた。

 

「俺は確かに分解したはずだ! なのに何故!?」

 

 多分、単純なことだ。

 一瞬にして全身分解すると言っても、実際は触れた箇所から“個性”を伝達している。その崩壊命令が私の“個性”因子に触れた瞬間、因子は異常を察知して抵抗を始めた。

 分解する端からの再生。といっても、コンマ秒が二倍か三倍か、それくらいになるだけだっただかもしれないけど、その間に身体は次の行動を起こした。

 分解されていく腕を自分から切り離した。そう、まるでトカゲの尻尾切りのように。

 どうせ無くなっても生えてくるんだから問題ないし。『不老不死』にとっては私という個体を保全する方が大切なんだから。

 

 ともあれ、これで動きは止まった。

 

「上出来だ」

 

 相澤先生が捕縛布を伸ばす。

 四肢に絡みついていこうとするそれを、治崎は銃を手放し、慌てて分解していこうとする。でも、イレイザーが自分の武器で視界を塞ぐわけがない。

 動きを止めたこと、思考を止めたことが彼の敗因。

 

「ふざけるな……っ! こんなところで終わりにできるか! 壊理を取り返して、組を、八斎會を――」

 

 治崎は暴れた。

 声を上げ、四肢を振るおうと必死にもがいた。

 猛獣を連想させるほど、科学者としての一面からは信じられないほど、激しく、荒々しく。

 野望の第一歩が成ろうという矢先だ。受け入れられないだろう。

 でも、私達ヒーローは、混乱が起きるのを見過ごせない。

 

「エッジショット」

「応」

「組、を……っ」

 

 細くなって忍び寄っていたエッジショットが首筋を一突きすると、治崎はがくん、と気絶した。

 倒れた彼を捕縛布がぐるぐる巻きにする。

 後でちゃんと拘束するけど、とりあえずの応急処置。

 

「アホか。恩義を感じ、組織に尽くそうっちゅう気概は買うで。でもな、人様にメーワクかけてまでそれをするのは違うやろ」

「その通りだ」

 

 ファットガムが呟き、ナイトアイが眼鏡に手をやり答える。

 

「被害者の少女、および組織の実質的リーダー、治崎を確保。家宅捜索も継続している。人体を用いた個性破壊弾の製造・密売。その他容疑の証拠がどれだけ出てくるか」

「長く続いた死穢八斎會(くみ)も、これで終わりか」

「若頭の独断の結果がこれじゃあ、組長も浮かばれんやろうな……」

 

 もっと真っ当な方法なら組を続けられたかもしれない。

 どんなに秘密裏に進めても完全には隠せない。

 原作でもほんの一か月後には企みが露見して、壊滅させられているのだ。

 

「悪いことなんて、しちゃいけないんだよ」

「……そうだな」

 

 と、頭上に相澤先生の顔があった。

 目が合う。

 睨まれた。

 

「無茶しすぎだ。俺の言ったことをもう忘れたのか?」

「い、いえ、ほら。死んでませんし」

「常人なら二回は死んでいる。いいから掴まれ」

 

 手が差し出される。

 右手だ。

 私は、残っている左腕を持ち上げる。こっちも銃創が治癒してなくて痛いんだけど。

 

「でもお手柄よトワちゃん。お陰で被害が少なかったわ」

「治崎がギリギリまで銃を使わなかったからな」

「あれ、そうなんですか? 私はてっきり、未完成の個性破壊弾でばんばん牽制を――」

 

 身体が引き上げられ、足で地面を踏みしめようとした直前。

 

「――へ?」

 

 ぼとり、と。

 左腕が根元から落ちた。

 

「え?」

「トワちゃん!?」

「綾里!?」

 

 再び身体が落ちて、それと同時に、私の意識は急速に遠のいていった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 気がつくと、私はベッドに寝かされていた。

 白い天井。

 どこかの病院にいるらしい。起き上がるために腕を動かそうとして――身体が反応しないことに気づく。

 そっか。腕、両方やられたんだっけ。

 と。

 

「目が覚めましたか?」

「あ……」

 

 首を動かすと、看護師さんの姿。

 個室に入れられたようで、室内にはベッドが一つしかない。

 

「あの、ここは?」

「ここは〇〇記念病院です。あなたは、大怪我をしてここに運び込まれたんです」

「私、どれくらい眠ってましたか?」

「そうですね……三時間くらいでしょうか?」

 

 三時間。

 とっくに生え変わっていていい頃だけど……。

 私はさっぱりした服に着替えさせられていた。腕はやっぱり両方とも欠けている。

 

「ヒーローさん、なんですよね? 他の人達は事後処理に追われているみたいで、落ち着いたら顔を出すそうです」

「なるほど……」

「それと、傷なんですけど……本当に大丈夫なんですよね? 処置はもうしてあるから大丈夫、とは言われてますし、実際、血は出てないんですけど」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 微笑んで答えると、彼女はほっとした様子で笑みを浮かべた。

 

「念のため診察をしますので、先生を呼んできますね」

「はい、お願いします」

 

 

 

 

 診察を受ける間、私はぼんやりと考えていた。

 

 私、どうなったんだろう。

 答えは出ない。身体に意識を集中すると、かすかに「ぞわぞわ」する感覚はあるんだけど、それがどういう意味なのかまではわからない。

 もやもやしたまま「特に問題ない」という診断をもらって病室に戻ると、相澤先生がいた。

 

 看護師さんにベッドへ寝かせてもらった後、席を外してもらい、先生と二人きりになった。

 

「強制捜査は問題なく終わった。証拠品も次々に発見されている。組を潰すのには十分だろう」

「そうですか、良かった」

 

 これでまた一つ、原作の事件が片付いた。

 

「壊理ちゃんはどうですか?」

「怯えている。身を挺して救いだしたミリオ相手なら多少マシだが、“個性”の暴発を考えるとずっと学生に相手をさせるわけにもいかない」

「相澤先生、こんなことしてる場合じゃないんじゃ?」

「誰のせいだと思っている?」

 

 私のせいですね、はい。

 

「彼女――壊理はお前のことも気にかけていた。『あのお姉ちゃんは大丈夫?』とな」

「………」

「それだけに、お前にミリオと交代して欲しかったんだが、その腕じゃあ無理だな」

「はい。どういうわけか治ってないので」

「治らない理由として推測できるのは一つだ」

「個性破壊弾」

「そうだ」

 

 相澤先生は頷いた。

 

「だが、お前は既に一度喰らって抵抗している。未完成品とは考えにくい」

「完成品は見つかったんですか?」

「見つからなかった。精製途中の機械は見つけたために即座に停止したがな。……五発精製に一か月、という情報が正しければ、単に完成前なんだろうが――」

 

 意味深なところで言葉が切られた。

 

「何か、あったんですね?」

「単純な話だ。現行の個性破壊弾は未完成品。当然、その先には完成品がある。五発の完成品はまだこの世にない。ここまではいい。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「それは……」

 

 私は息を呑んだ。

 

「試験用の完成品。個性破壊弾の六発目――いえ、()()()があったかもしれないと?」

「可能性の話としか言えない。試験用なら試験によって失われている、と考える方が自然でもある。だが、ありえない話じゃない」

「もし、それが残っていて、あの時、私に打ち込まれていたら?」

「治崎は銃をちらつかせてはいたが、結局一発しか撃たなかった。後から確認したところ、弾倉に()()()()()()()()()()

 

 撃たなかったのは、撃ちたくなかったから。

 撃ったのは、増援を見て「ここまでだ」と思ったから。研究データの大半は頭の中にあっただろうから、試作の完成品を捨ててでも逃げられる可能性に賭けた。

 

「戦ってる間は“個性”発動しましたけど……」

「せめぎ合いの末、限界が来て腕が落ちたのかもしれない」

 

 “個性”の保全を捨てて、私の生存を優先した?

 

「あるいは、単に復旧中なのかもな。お前の“個性”なら因子が一つでも残っていればそのうち復元されるだろ?」

「そうですね」

 

 ただ、その場合でも、『不老不死』が直るまでは腕が治らないことになるけど。

 

「先生。ここのお医者さんから、大病院を紹介されたんですけど」

「どこの病院だ?」

「蛇腔総合病院だそうです」

「……確か“個性”研究の権威がいるところか」

 

 妥当ではあるのか。

 

「診てもらった方がいいでしょうか?」

「……校長にも相談する。だが、お前の噂は耳ざとい者には広がっているだろうし、まあ、行く方向に固まるんじゃないか?」

「調べておくに越したことはありませんしね」

 

 私は知らなかった。

 AFO(オール・フォー・ワン)の協力者であるドクターが、まさか、当たり前の顔して医者をやっているなどとは思っていなかった。




永遠の知識は原作二十五巻までです(第一話前書きより)。
というか、作者もコミック(電子)派なので、手元の資料だとヒーローが病院に辿り着いていないのですが(ぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇腔総合病院

※27巻相当分の話を読めていないので、そのあたりの描写をなるべくぼかしましたが、内容に齟齬がある可能性があります。


 私は、その場に至ってようやく自分の迂闊さを悟った。

 

「……よう。久しぶりだな、綾里永遠」

「……死柄木」

 

 頭をがっしりと掴んだ()()の指。

 残る一本が触れれば頭が消し飛ぶと、頭上からの声で理解する。

 死柄木弔。

 しばらくぶりの再会は、『不老不死』を診てもらうために訪れた病院で起こった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 蛇腔総合病院。

 入院先で紹介されたその病院へ、私は“個性”の診察のために赴くことになった。

 

『こちらから打診してみたところ、なんと院長自ら診たいと言ってくれたよ!』

 

 校長先生は電話でそう言っていた。

(私はスマホを持てないので看護師さんに耳に当ててもらった)

 

 院長の名前は殻木球大。

 “個性”研究においては名を知られた人物で、数々の慈善事業にも手を出している人格者らしい。

 正確さと信用の両方を考えた場合、『不老不死』を調べるのにこれ以上ない人選だ。

 

『危険はないでしょうか?』

『念のためMt.レディに同行してもらうことになっている。それに、病院だからね。敵の襲撃は常に警戒されているから、連合の残党も他の勢力も手は出せないだろう』

『そうですね』

 

 病院の周辺にはヒーロー事務所があることも多い。

 私の知る限り、病院関係のやばいイベントもなかった。八百万家からも了解を得たということなので、私は総合病院行きを了承した。

 

 診察日はなんと入院から二日後という早さだった。

 雄英校長・八百万家からの連名依頼ということで気を遣われたのかもしれない。なんにしても有難いことだ。

 

「やっほートワちゃん。元気?」

「こんにちは、レディさん。体調はいいですよ。でも、腕が両方ないと不便で不便で……」

「だよねぇ。でも、治るかもしれないんでしょ?」

「かも、ですけどね」

 

 当日、レディさんは朝早くからやってきた。

 私服でもスーツでもなくてヒーローコスチューム。どうやらヒーロー活動の一環として幾らか謝礼が出るらしい。牽制の意味もあって敢えて目立つ格好。

 

「今日はよろしくお願いします」

「気にしないで。うちのインターンなんだから、私が面倒見るわよ。……って軽っ!? 腕二本ないとこんなに軽くなるもんなの!?」

 

 ひょいっと持ち上げられて抱きかかえられる。

 もともとの体格差+軽くなった分で、体重差は二倍近いんじゃないだろうか。

 と、ぎゅう、と抱きしめられて。

 

「ごめんね。辛い思いさせて」

 

 しんみりした声だった。

 

「……私の責任じゃないですか」

「そりゃそうだけど」

 

 あっさり肯定した上で、レディさんは困ったような顔をする。

 

「そういう問題じゃないのよ。私は年上で、プロヒーローで、上司なんだから」

「レディさんってそういうこと気にするんですねって、痛い痛い痛い!」

「人がせっかく真面目に話してるのに、茶化すんじゃないわよ」

 

 だって、お世話になってる人が暗い顔してるの嫌じゃないですか。

 

「大丈夫ですよ、レディさん」

 

 そう、きっと大丈夫。

 

「私はしぶといですからね」

 

 この程度で死ねるなら、私はもうとっくに死んでいる。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 着替えとトイレを手伝ってもらった後(めちゃくちゃ恥ずかしかった)、レディさんの運転する車で蛇腔総合病院へ向かった。

 

「これってレディさんの車ですか?」

「レンタカー。私、車持ってないし」

 

 事務所としては所有しているが、個人では持ってないらしい。

 なんでかって聞いたら「車って高い癖に脆いじゃない」とのこと。いやまあ、ヒーロー基準で考えたら脆いけども。

 レディさんの場合、巨大化して壊すこともあるから気持ちもわかるけど。

 

「………」

「今日はトワちゃん、大人しいわね」

「や、腕がないとすることがなくてですね」

 

 人間の生活がいかに腕に依存しているかという話。

 死柄木も治崎も手がなかったら“個性”使えないし――片腕なくなっただけでも料理とかで難儀するのだ。

 

「暇なら寝てていいわよ」

「そうします」

 

 治崎との戦闘以降、妙に疲れやすい気がする。

 車の適度な揺れもあってか、目を閉じると意識はすぐに落ちていって、病院の駐車場に着くまで一度も起きなかった。

 レディさんの声で起こされた後は、サンドイッチやらおにぎりやらの食べやすいもの(途中のコンビニで買ったらしい)とミネラルウォーターをしこたま胃につめこまされ、またしてもトイレに行かされてから受付を済ませた。

 

 ――いや、うん、さっさと腕をなんとかしたい。

 

 あらかじめ予約を取ってあったお陰で、ほとんど待たされることなく殻木先生に会うことができた。

 殻木先生は朗らかな感じのおじいちゃんだった。

 『個性』診察用だという奥まった診察室に通され、問診や触診等々、一通りのことが行われた後、詳しい検査が行われることになった。

 

「時間がかかりますから、付き添いの方はどうぞ時間を潰してきてください」

「いえ、私は一応ボディーガードでもあるので」

「ですが、下手したら夜までかかりますが」

「トワちゃん、私、車かレストランにいるから」

 

 レディさん、弱っ!?

 

「大丈夫よ。あなたの位置情報や健康状態は常にチェックされてるから」

「……なるほど」

 

 それをこの場で言うってことは、殻木先生への牽制でもあるんだろう。

 この人が敵ってことはないと思うけど、私の『不老不死』で邪な研究をしようとするマッドサイエンティスト、って可能性はまああるわけだし。

 病院内か入り口近くに張って、不審人物がいないか見張ってくれるつもりだ。

 

「そういうことで先生、この子をよろしくお願いします」

「ええ。承りました」

 

 殻木先生もにこやかに応じてレディさんを送り出した。

 

「では、検査を順に行っていきましょうか」

 

 そこからが長かった。

 血液検査、レントゲン、心電図、呼気、エトセトラエトセトラ。この病院独自だというよくわからない機械も含めて、できる検査を全部やったんじゃないかっていうレベルでたらいまわしにされた。

 まあ、『個性』って人によって全然違うから、やれるだけのことはやっておいて損するってことはないんだろうけど……。

 疲れた。

 結果が出るのに時間がかかる検査もあるし、これは本気で夜までかかるんじゃないかと思えた。病院に着いた時に食べられるだけ食べておいて正解だった。

 

 と。

 

「……ふうむ。これは」

 

 最初の診察室に戻ってきた私は殻木先生と二人きりになった。

 

「何かわかりましたか?」

「ええ。なかなかに興味深い。これは――より特殊な機器で調べたいところです」

「もっと特殊な機械があるんですか……?」

 

 意訳:まだ検査するの?

 

「滅多に使わない機械ですし、情報漏洩の可能性もあるので別室に保管しているのです。この際ですから徹底的に調べておきませんか」

「……じゃあ、お願いします」

 

 また検査しに来ることになっても面倒臭いし、できることは全部やっておいた方がいい。

 私は頷き、殻木先生に導かれるまま、診察室の奥へ奥へと入っていく。

 部屋を移動し、通路を抜け、階段を下りてエレベーターに乗り、辿り着いた部屋は殻木先生個人の研究室といった感じの場所だった。

 途中で何度かセキュリティを抜けているので関係者以外は立ち入れない。研究室自体の鍵は殻木先生が持つ金属製の鍵で施錠されていた。

 

 本や書類やらが散乱してるけど、割と普通。

 

「……さて」

 

 殻木先生は着くなり、机の上に置かれていた何かの装置を操作。

 満足そうに頷くと私の方を振り返った。

 

「盗聴の類はないようじゃ。……これでやっとゆっくり話ができる」

 

 口調が変わった。

 人の良い、丁寧な態度のおじいちゃんから、いかにも老研究者といった感じに。

 瞳の奥の光も、人を値踏みするようなものに変わる。

 

「さあ、こっちへ」

 

 壁の一部に巧妙に隠されていたコンソールに何かを入力すると、隠し通路が開く。

 殻木先生――ううん、殻木は、机の前にあった駆動式の椅子に腰かけると、私を誘うようにぎゅいーん、と奥へ移動していく。

 追いかけるしかない。

 暗い中にぼんやりした光が幾つも浮かぶ通路。

 ケーブルやチューブが散乱するそこが、気になって仕方なかったからだ。

 

 これ、って。

 

 頭がズキズキする。

 主観でも二十年とか前になる、ヒロアカの原作知識。その中に、似たような光景があった。

 ほら。

 足を踏み入れると露わになった通路の全貌は()()()()()おぞましい。

 

 通路に見えていたのは、大きなものが整然と並んでいるから。

 柱と見間違いそうな、人の背丈よりも大きな培養カプセル。その中に浮かんでいるのは「つぎはぎの人」とでも言うしかないモノたち。

 彼らの脳は剥き出しだったり、欠損していたり、妙に肥大化していたりする。

 多くの者が成人男性よりも良い体格をしている。

 

 つまり――こいつらは、脳無。

 

 わかった。

 殻木球大の正体。

 まさかとしか言いようがない出会いに、私がぞくりと寒気を感じていると、横合いから出てきた何者かによりがしっと頭を掴まれた。

 

「……ドクター」

 

 呟いた直後、男の声。

 

「……よう。久しぶりだな、綾里永遠」

「……死柄木」

 

 AFO(オール・フォー・ワン)の協力者であるドクターとは、蛇腔総合病院の院長、殻木球大のことだったのだ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「何の用件ですか、ドクター?」

「随分落ち着いてるじゃねぇか、おい」

「頭が潰れて死ぬのも初めてじゃないし」

 

 死柄木の低い声に私は淡々と答える。

 彼からしたら、私の存在は面白くないだろう。私がいなければオール・フォー・ワンは――まあ、実際はどうにもならないんだけど――助かっていたと考えているに違いない。

 彼が人を殺せる人間なのも間違いないけど、

 

「今、私を殺したら、困るのはあなたたちの方でしょ?」

「いかにも! さあ、その手を離せ死柄木弔。……それから君も『ここがどこなのか』『私が誰なのか』わかる情報は謹んでもらいたい」

「構いませんけど」

 

 原作でも、ドクターは自分の居場所を秘匿したがっていた。

 死柄木にも自分の本名や肩書きは教えていないんだろう。

 

 でも、どうして私に接触してきた?

 ああもう、知識がいいところで切れてる! ホークスのスパイの結果がどうなったのかも、ドクターにどの程度の駒があるのかもわからない。

 ともかく、わかっている知識だけでなんとかするしかない。

 

「オール・フォー・ワンが死んで、敵連合も散り散りになってしまった。動けるのが死柄木と黒霧だけだから、仕方なくあなたが死柄木を匿っている――でも、転送で連れてきたからここの所在地は教えていない。そんなところですか?」

「その通り。なかなか頭も回るようで結構」

「……ちっ」

 

 舌打ちする死柄木の背後で、隠し通路の入り口が音を立てて閉じていく。

 これで、もしこの部屋に誰かがやってきても、私達の存在も脳無のことも知られることはない。

 

「私には教えてしまっていいんですか? 私、ヒーローですよ?」

「そうじゃな。しかし同時に、君は『オリジン』でもある」

「生まれたのが昔なだけで、私は現代人です」

「君の“個性”を真に理解できる者は少ない。君の望みを叶えられる者も。その相手をみすみす手放せはしない――と、ワシは考えているのじゃよ」

 

 言いながら、ドクターは奥へと移動していく。

 脳無の培養カプセルからはあまり良くない匂いがする。できれば長居したくはないんだけど、そういうわけにもいかなさそうだ。

 

「私の望み? ……世界を平和にでもしてくれるんですか?」

「直接そうすることはできない。じゃが、そのための力を与えてやることはできる」

 

 意外な答えが返ってきた。

 私の『不老不死』を消し去ってみせる、とでも言われるのかと思ったら、本当に世界平和の方を引き合いに出してくるとは。

 

「おい。こいつを殺す気なんじゃねぇのか」

「殺す? どうしてそんな勿体ないことをしなければならない? 『不老不死』! 誰もが求めてやまない“個性”の究極系! 完全なる一(パーフェクト・ワン)とでも名付けようか!? 彼女はオール・フォー・ワンと並ぶ才能だよ!」

「こいつは敵だ。殺すぞジジイ」

「おまえにワシは殺せんよ死柄木弔。社会を敵に回しているお前はワシのバックアップが欲しい。そして、必要な力も手に入れていない」

 

 必要な力?

 原作でも死柄木のパワーアップ――覚醒による本領発揮とは別の外付け強化が仄めかされてはいたけど……。

 力。

 死柄木とドクターにまつわるものの中で、最大の力といえばやっぱり、

 

「オール・フォー・ワン」

 

 この場合、個人名ではなく能力名としてのそれ。

 ドクター達はどういう方法によってか脳無を製造し、そこに複数の“個性”を与えている。一定以上のレベルの脳無は『超再生』がデフォルトらしく、そこからは「彼らには個性を複製する手段がある」ことがわかる。

 つまり。

 理論上は()()()さえも複製していておかしくない。

 

 ドクターはにやりと笑って答えた。

 

「そう。君の態度次第では『オール・フォー・ワン』を与えてもよい、と、ワシはそう考えておる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇腔総合病院2

 オール・フォー・ワン。

 

 同名の敵が所有している“個性”であり、第一世代にしてある種の頂点にあるチート能力。

 “個性”を奪う、あるいは与えることができ、更に複数の“個性”所有に耐えられる。タルタロスに収容中の彼は少なくとも十個以上の“個性”を操っていた。

 与えられるというのもミソで、彼は自分が必要ない“個性”を他人に与えたり、あるいは“個性”で苦しんでいる人からそれを取り上げたりして信奉者を増やしていたらしい。

 

 神野の一件では、えげつないコンボでオールマイトをも追い詰めた。

 いや、馬鹿みたいなコンボ相手に残り滓のOFA(ワン・フォー・オール)で戦えてたオールマイトが凄いって言うべきかもしれない。

 

「……裏切る気か、ドクター?」

 

 低い声で死柄木が尋ねると、ドクターは変わらない口調で答える。

 

「裏切る? とんでもない。これはAFO(オール・フォー・ワン)も承知していることじゃよ」

「なんだと……!?」

 

 死柄木が目を剥いた。

 私としても初耳だ。そんな傍迷惑な話がいったいどうして持ち上がったのか。

 

「正直に答えろ。先生が俺を見限ったっていうのか……!?」

「答えは否じゃ。AFOはお前を見限ったわけではない」

「……じゃあ、なんだってんだ。なんでそんな話になりやがる……!?」

「簡単な話じゃ。後継者を一人と定める必要はないじゃろう?」

 

 うわ、嫌な話になってきた……。

 

「私達を競わせる気? それとも、両方を使う気なの?」

「前者からの後者狙い、といったところじゃな」

 

 競わせることで成長を促し、結果的に両方がモノになれば万々歳、か。

 嫌なことを考える。

 確かに、今の死柄木は指名手配中な上、連合メンバーという手足をもがれている。散り散りになってるメンバーの総数自体も原作よりかなり少ない。

 ここで覚醒を促さないと継承どころじゃない。

 

「……私がはい、なんて言うと思う?」

「言う。君は何よりも、かの“個性”を欲しているはず」

「何言って……。あんな気持ち悪い能力、別に欲しくなんか」

「人から永久に“個性”を取り除く方法は何があると思う?」

「っ」

 

 硬直する。

 それは。

 

 ――それは、考えちゃいけない解決策。

 

 この世界が混乱の中にあるのは“個性”が原因。

 余計な“個性”で苦しんでいる人を救ったり、危険な“個性”持ちが敵になるのを抑止するために、一つ、決定的な解決策がある。

 簡単だ。

 かつて、AFOがやっていたのと同じことをすればいい。

 

 個性破壊弾と違って痛みも伴わないはず。

 手術するより気軽に無個性になれるなら、あるいは犯罪者を無個性にできるなら。

 

「……世界から“個性”がなくなるわけじゃないでしょ」

「そうかな?」

 

 でも、ドクターは引かない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。そうすれば、新たな“個性”持ちも生まれなくなる」

「それ、は」

 

 否定しきれない。

 代わりに死柄木が指摘する。

 

「無個性同士の結婚でも“個性”持ちは生まれるだろうが」

「無論。じゃが、それは“個性”因子の問題じゃ」

「あ?」

「現状、無個性と呼ばれている者は()()()()()()()()()()()()()、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということじゃよ」

 

 そう。

 デクくんやオールマイトのような「通常の無個性」とオール・フォー・ワンによって生まれた「特殊な無個性」が同じものとは限らない。

 通常の無個性同士の子供から“個性”持ちが生まれる以上、どんな人にも“個性”因子はあると考えた方が自然だ。

 オール・フォー・ワンで奪った場合の「特殊な無個性」が真の意味での無個性か、という問題もあるけど……ストレートに考えれば、“個性”を奪った際に因子も一緒に奪ってるはずだ。相澤先生が因子を止めると“個性”が使えなくなるんだし。

 

 仮定に仮定を重ねた推測だけど、単純に考えても、マグネやマスキュラー等々の犯罪者に「個性はく奪刑」のようなものを執行できれば敵の数は減るはずだ。

 

「『不老不死』である君ならば、最終的に“個性”を撲滅することも不可能ではなかろう?」

「あの“個性”にも限界(リミット)――容量(キャパシティ)でもスロット数でもいいですけど、そういうのがあるでしょ?」

 

 AFOだって“個性”を取捨選択していた。

 原作の表現からして、単に“個性”を削除――ゴミ箱に捨てるみたいなことはできないと思う。いっぱいになった“個性”を捨てるのに誰かに渡さないといけないなら意味がない。

 

「左様。じゃが、それはあくまでもオール・フォー・ワンという“個性”側、およびAFO個人のハード側の問題じゃろう。理論上、別の者があの“個性”を用いれば限界は変わってくる」

「……もし、私が使ったら?」

 

 言いたいことがわかってきた。

 持てる“個性”数に限界がないか、限りなくないに近いなら、世界から“個性”を消すことができる。

 

 ――理論上は。

 

 私は「聞いちゃいけない」と思いつつも聞いてしまった。

 

「無改造で三つの“個性”を保持し、初期の反発こそあったものの、現在は完全に適応しておる。君がオール・フォー・ワンを手に入れたなら、限界は非常に大きいものとなるじゃろう!」

 

 それは、誇張じゃなく「世界を変える」発想だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……そんなことして、あなたたちに何のメリットがあるの?」

「ワシは研究がしたい。君が『不老不死』と『オール・フォー・ワン』を手に入れたとして、メンテナンスができる人間が必要じゃろう? 万全なメンテのためには十分な研究設備と研究資料が必要になる」

「身の安全を保障しろ、と?」

「ワシ以上に適切な人間などいないと思うが?」

 

 それは、そうだろう。

 “個性”の切り張りなんてところまで理論を進めていて、実際に脳無なんてものを作り出している研究者。これだけの研究を秘密裏に行っているあたり、コネクションだって相当なもののはず。

 だけど。

 

「マッドサイエンティストの提案なんて呑めるわけないでしょ?」

「君が呑まずとも、体制側の人間にとってはメリットのある話だと思うが?」

「………」

 

 私は舌を噛んだ。

 話が大きくなりすぎてる。この話は校長先生や八百万家ですら持て余す。国の代表レベルが協議して結論を出すべき話だ。

 “個性”に対する関わり方と、“個性”のあり方そのものが変わってしまうんだから。

 

 私が黙ると、死柄木が吐き捨てるように言った。

 

「……気に入らねえ」

 

 低い声音。

 怒っているのがよくわかる。

 

「苛々する。体制だの秩序だの、そんなものに何の意味がある。全部、全部、全部ぶっ壊すのが俺の、連合の目的だ」

 

 いいぞもっと言ってやれ、と初めて思った。

 死柄木の言い分も看過しちゃいけないわけだけど、悪い奴だからやっつける、捕まえる、で成立するだけわかりやすい。

 

「お前はそうすればいい。『悪』としての矜持を行動で示してみせろ。そうすればお前にも『力』を授けてやろう」

「……行動で、だ?」

「そう。こんな暗がりでワシの世話になっているチンピラにオール・フォー・ワンは勿体なかろう」

「……チッ。そっちから連れてきておいてその言い草かよ」

「黒霧に頼り切り、手勢も失ったままいつまで燻っているつもりだ、と言っているんじゃよ」

「ハァ……どいつもこいつも、苛々する」

 

 死柄木はぶつぶつと言いながら、培養カプセルの間を奥の方へと歩いていった。

 そのうち姿が見えなくなり、声も聞こえなくなって、

 

「さあ、どうする?」

 

 ドクターが勝利を確信したように尋ねてくる。

 

「……はい、って言ったらすぐに“個性”をくれるの?」

「いや、そうはいかん。君の『不老不死』が万全でなければ不安が残る。腕と“個性”が万全になってからじゃ。その上で、相応の証を立ててもらおう」

「ギガントマキアを倒せ、とか言わないでよね……?」

「ほう! 知っているなら話は早い!」

 

 いや、無理だから。あんなの冗談じゃないから。

 まあ、“個性”が万全ならそのうち勝てるとは思う……本当に? 勝てる?

 

 ――もうやだこの世界。

 

 冗談めかして受け流さないとどうしようもなくなりそうなくらい、私は追い詰められていた。

 死柄木もドクターもAFOも、みんな勝手すぎる。

 どうしてもっと平和でいられないのか。

 

「……私の“個性”は治るの?」

「因子の存在は確認した。放っておいてもそのうち復元するじゃろう。もし、早く治したいというのなら、治癒力を極力高めるしかあるまい」

「というと?」

「刺激の少ない環境で、身体を冷やさず、十分な栄養と睡眠を取ることじゃな」

 

 まともな医者っぽいことを言わないで欲しい。

 

「数日は入院してもらう。その間によく考えることじゃな。……まあ、否と言えるはずもなかろうが」

 

 私は、ドクターからの話で頭がいっぱいになったまま上階に戻り、レディさんを探して入院の手続きを取った。

 ドクターの正体も、オール・フォー・ワン譲渡の話もできなかった。

 

 今、ヒーローに伝えて襲撃したところで、ドクターは逃げるだけだろう。

 私に正体を知らせたことで「いつ襲撃が来るかわからない」と警戒しているはず。当然、相応の防御もするだろうし、逃走ルートだって確保する。

 AFOがいつまでもタルタロスにいてくれるとも限らない。

 下手に襲撃したことで、敵とヒーローの全面戦争なんてことになったら大変だ。

 

 オール・フォー・ワン譲渡の話も、どこにしたらいいのやら。

 悶々としたまま、私は蛇腔総合病院の清潔な病室(個室だった)に移され、数人前はある病院食(最近のは美味しいから困る)を平らげ、休むことになった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 数日後。

 

「……何事もなかったように治ってくれたなあ」

 

 元通りに生えた腕を見て、私はため息をついた。

 初日は全然変化がなくてやきもきさせられたかと思えば、急にぽこぽこと生えてきて、そこからは短い時間であっという間だった。

 生えたら生えたでまた色んな検査させられたけど、特に異常なし。むしろ前より調子がいいくらい。

 

「トワちゃーん。退院おめでと。迎えにきたわよー」

「ありがとうございます、レディさん」

 

 帰りは電車でも帰れるっちゃ帰れるんだけど、さすがにそれはどうなのってことで、レディさんが迎えにきてくれた。

 

「先生。ありがとうございました」

「いえいえ。大したことはしておりません。完全に失った“個性”を戻すことはできませんからね。彼女は運が良かった。それだけですよ」

「私も困った時のためにこの病院を覚えておきます。ほらトワちゃんもお礼言って」

「……ありがとうございました。いや、でもレディさん。ここは止めておいた方がいいですよ。ほら、今回はご厚意でかなり割り引いてもらいましたけど、紹介なしであんな検査したら三桁万円普通にかかりかねません」

「マジ?」

「ははは。最新機器も取り揃えておりますからね」

 

 ドクターも特に否定しない。

 レディさんを引き留めたいのは別の理由だったけど、お値段の件もばっちり本当だ。

 

 またレンタカーに乗せてもらって移動。

 

「トワちゃん。行き先は雄英でOK?」

「えーっと……。そうですね、いったん寮に戻ります」

「ん? なんかあんの?」

「いえ、さすがに家に報告しないといけないので」

「ああ。お金出してもらったしね」

「はい」

 

 それもあるし、それ以外も諸々あってね……。

 

「永遠さん!」

「永遠ちゃん! 腕大丈夫!?」

「うん。ほら、元通り治ったよ」

 

 寮に戻ったのが日中だったので、部屋でごろごろしつつ、賞味期限がやばい食料を整理(胃の中に)していたら、放課後になった途端、みんなが雪崩れ込んできた。

 先生方は詳しいことを伝えなかっただろうけど、途中まで現場にいた透ちゃんもいる。

 大体の事情はみんな知っているようで、心配してくれた。

 

「明日からは授業出られるん?」

「あ、ううん。いったん実家に戻って来ようと思って」

 

 言いつつ、百ちゃんをちらりと見る。

 彼女はそれだけで何かを察したようで「それがいいですわ」と頷いてくれた。詳しく説明したいのは山々なんだけど、ちゃんとした形で会って話さないといけない話なので、伝えようとすると百ちゃんにも休んでもらわないといけなくなる。

 長女に話すかは八百万家の人達に判断してもらった方がいい。

 

 みんなとわいわい話して(人数が多いので談話室に移ったら男子まで参加してきた)、目いっぱいお話した後、一緒にご飯を食べて、夜。

 私はこっそり透ちゃんに部屋へ来てもらった。

 

「それで、話って何?」

「うん。透ちゃん。明日、黙って一緒に来てくれないかな? 大事な話があるの」

「わかった」

 

 透ちゃんは何も聞かず、文句も言わず、私のお願いにOKしてくれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相談

 慌ただしく入寮してしまったせいか、八百万家を訪れても「帰ってきた」という気はあまりしなかった。

 

「おっきい建物だね!」

「大きいよねえ……」

 

 透ちゃんと一緒にしみじみ言い合ってしまう。

 葉隠本家を知ってる透ちゃんなのでこの程度のリアクションで済んでるけど、ほんとの庶民からしたら冗談みたいに大きいからね、このお屋敷。

 

 と、本家と言えば、透ちゃんは表向き「家の用事で欠席」ということになっている。

 透ちゃんから本家に連絡して、本家から学校に連絡して、正式な外出許可をもらっている形だ。彼女が私と主従なのは一応秘密なので、こういう形を取らないといけなかった。

 家のしきたりで私に付き添っているわけだから嘘をついてはいない……と思う。

 

「ただいま戻りました、お父様、お母様。お忙しい中、お時間をいただき申し訳ございません」

「お初にお目にかかります。葉隠家の葉隠透と申します。ご存知かとは思いますが、永遠様の従者をさせていただいております。このような姿でご不快な思いをおかけいたしますが、なにとぞご容赦くださいませ」

「ははは、堅苦しい挨拶はいらないよ」

「娘がお友達を連れて大事なお話に来たのです。聞いてあげなくてどうしますか」

「「ありがとうございます」」

 

 ありがたい。

 二人とも本当に忙しいだろうに、こうして会う時間を作ってくれた。

 まあ、でも、それくらい急を要する話だと思う。多分。

 

「それで、どんな話だい?」

「はい。お話をする前に、できる限り人払いをお願いします。……私はもちろん、雄英校長でも扱いに困る、と判断した内容です」

「なるほど。わかった」

 

 奥まった部屋に移動して、お茶や茶菓子を用意してもらった後、透ちゃん以外は私とお父様、お母様だけが残る。部屋の周囲はちゃんと固めてもらってるし、基本的な護衛は透ちゃん一人で十分だろう。

 私は息を吸って口を開いた。

 

「順を追ってお話します。事の経緯を知ってもらうには、死穢八斎會への強制捜査の件からお話しないといけないんですけど……」

 

 八斎會が「壊理ちゃん」と「個性破壊弾」という危険要素を抱えていたこと。

 実質的なリーダーである若頭、治崎の“個性”が分解と再構築という非常に厄介なものだったこと。

 人体実験による個性破壊弾の製造という非人道的な行いを受けて、複数名のヒーローの協力のもと、強制捜査が行われ、私もそこに参加していたこと。

 

 完成品のサンプルと思われる個性破壊弾を受けたこと。

 治崎の“個性”で崩れた分と併せて両腕を失った私は、一度しっかりとした検査を受けるために蛇腔総合病院へ行き、院長から診察を受けたこと。

 実はその院長がAFO(オール・フォー・ワン)の協力者であり、脳無を作り上げた張本人『ドクター』であったこと。

 個性の奪取&譲渡を可能とする個性『オール・フォー・ワン』は複製が行われており、その所有者の一人として私が指名されたこと。

 『不老不死』の“個性”と併用することで無制限に近い“個性”保有が可能となるかもしれないこと。

 

「これはもう、私の判断で『受ける』『受けない』を決めていい話じゃないと思いました。なので、返答は保留にして、まずはお父様達にお話ししています」

「……なるほど。それは確かに、大変な話だ」

「はい。下手に話を持って行くと、八百万家の権利と利益を他に取られかねませんし……」

 

 話し終えると、お父様とお母様は揃って頭を悩ませ始めた。

 その間、透ちゃんが背後で呟くのが聞こえる。

 

「……永遠ちゃんはほんと、次から次へと変なことに巻き込まれるねえ」

「ほんとにね……」

 

 しばらくして、お父様達は私の方に向き直った。

 

「話してくれてありがとう。……ある程度の予想はしていたが、それを上回る大ごとだった」

「本当にすみません……」

「いや、君が謝ることじゃない。陰謀や策謀が大好きな我々大人が悪いんだ」

 

 お父様は「それで」と言葉を切り、代わりにお母様が尋ねてくる。

 

「永遠さんは、どうしたいの?」

「……え?」

「先程の話には『あなたがどうしたいか』が含まれていなかったでしょう? あなたは、新しい力を欲しているの? それとも、欲していないの?」

「私、は」

 

 考えてもいなかった。

 というか、私が決めていい問題じゃないと思ったからこうやって話をもってきたわけで「私が本当はどうしたいか」なんて、どうでもいいと思っていた。

 言われた私は心の中へ意識を落とし、あらためて考えてみる。

 

「私が本当にしたいことは、平和な世界で生きて平和に死ぬことなんです」

 

 それが私のオリジン、ならぬ、根源。

 

「でも、今のこの世界ではそれはできません。私の『不老不死』もそれを許してくれません」

 

 私の“個性”だけなくなればいいという話じゃない。

 世界が平和にならなければ、平和な生活なんて結局できはしない。

 黙っていても、世界は平和にならない。

 

「だから、私は戦うことにしました」

「永遠ちゃん……」

「でも、不死身なだけでできることなんてたかが知れています」

 

 個人が殴る蹴るした程度じゃ、せいぜい街の治安を守るのが限界。

 あのオールマイトの超パワーでさえ、かりそめの平和を維持するのがやっと。エンデヴァーのような「オールマイトに並ぶ、超える」意志を持つヒーローも殆どいないような有様。

 

「……だから、私は力が欲しいです。強い敵を止められるような力が」

「……いいのかい? それはきっと過ぎた力だ。持てば、君はきっと『平和を維持するための装置』に成り下がるよ」

「大丈夫です」

 

 平和を維持する装置? いいじゃないか。

 

「維持できるくらい平和になったなら、私の望みは叶っていますから」

「永遠ちゃん……!」

 

 我慢できなくなったように、透ちゃんが後ろから抱きついてくる。

 椅子の背のせいで、彼女の温もりはあんまり伝わってこなかったけど、その気持ちはちゃんとわかった。

 

「いいの? 一生戦うことになるんだよ?」

「死なないっていう保証があるだけマシだと思うよ」

 

 オールマイトは全身ボロボロになっても戦った。

 無個性だった少年が、シンプルな超パワーを鍛えて鍛えて鍛えぬいて、百年栄え続けた悪を打倒した。半生をかけて。命をかけた。

 あの格好良さに比べたら――ううん、命をかけて戦っているどのヒーローと比べても、私の覚悟なんて大したことない。

 だって、私は死なないんだから。

 

「戦えるよ。平和になって、笑顔になる人がいる限り」

「……わかった」

 

 お父様が厳かに頷く。

 

「最初にうちに話をしてくれて助かった。お陰で、ある程度ならコントロールできるだろう。……パワーバランスを。各方面の動きを、ね」

「協力してくれますか?」

「もちろん」

 

 彼の表情はとても力強いものだった。

 

「これは我が家にとってもチャンスだ。値上がると思って買った株が、思ったよりもずっと早く、何倍にもなってくれた。活用しない手はないだろう?」

 

 それはやり手の有力者としての判断。

 でも、その裏に温かい思いやりがあるのが手に取るようにわかった。

 お母様が続けて、

 

「安心なさい、永遠さん。あなたは我が家の貴重な財産。手放したりはいたしません」

「……ありがとうございます、お母様」

 

 涙が出そうになったので、私は俯いて誤魔化した。

 各種調整・連絡は八百万家の方から行う、ということを確認してから、話し合いは終了になった。

 

「ごめんね、透ちゃん」

 

 帰り道。

 駅に向かうためのバス停で、私は透ちゃんに言った。

 

「本格的に一生、忙しいことになりそうで」

「今更何言ってるの!」

 

 ばしーん、と、背中を叩かれた。

 

「そんなの最初から覚悟してるよ!」

「透ちゃん」

「それに、私が一族で一番の出世頭になれそうだしね!」

 

 それは……そうかも?

 

「総理大臣に仕えた人とかいないの?」

「それはこんなところじゃ言えないよ!」

「そうだね」

 

 思わずくすりと噴き出すと、透ちゃんもくすくす笑って、私達はしばらくそのまま笑い合った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……やってくれたね」

「あはは、すみません」

「あはは、じゃないよまったく! 大変じゃないか!」

 

 数日後のこと。

 例によって呼び出された私は、地下の部屋で、珍しくご立腹な様子の校長先生から罵声を浴びせられた。

 

「異能解放戦線がどうでもよくなりそうな勢いじゃないか!」

「いや、どうでもよくなっちゃ駄目でしょう、そこは」

 

 一応、内偵も進んでるはずですよね?

 

「“個性”社会そのものが変革すれば、異能解放どころじゃなくなるからな」

「相澤先生も、いつもいつもご迷惑かけます」

「ああ。お前のせいで、俺は雄英から離れられそうにない」

「心配しなくても相澤君には、君が卒業後、それなりのポストについてもらうよ!」

 

 イレイザーにして「知りすぎた男」となった相澤先生は、雄英と無関係になった瞬間、各所から様々な意味で狙われる羽目になる。

 であればまだ、雄英に所属して守ってもらった方がマシなんだけど、胃が痛いのはどうしようもないだろう。

 

「どのくらいまで情報が飛んでるんですか?」

「現状、ごく僅かな人間だけだね。ことが確定する前に広めてしまうと反発も大きいだろうから、やってしまってから拡散することになっている」

「時間の問題な気がしますけど」

「なので、君にはできるだけ早急に話を進めてもらわないといけない」

 

 さっさとギガントマキアを倒せってことですか……。

 原作の敵連合が束になっても長期間かかった相手なんだけど。死柄木とか触るだけで人殺せるのに、それでも勝てなかったんだから相当だよね。

 

「次の休日、チーム『ラーカーズ』にはとある一帯の調査を依頼してあるんだ」

「なるほど」

 

 そこにギガントマキアがいるってことだ。

 彼はAFO(オール・フォー・ワン)の命令で潜伏し、時を待っている。原作ではそこに死柄木達が接触し、後継者としての証を示すことになった。

 ラーカーズというのはMt.レディ、シンリンカムイ、エッジショットからなるチームのこと。

 彼らの共同任務となれば当然、私と透ちゃんもインターンとして協力することになる。五対一ならまあ、なんとかなる……かもしれない。

 

 見事、力を認められれば、ドクターが“個性”譲渡に踏み切ってくれる。

 

「しかし、君としてはいいのかい? そのドクターは人道無視のマッドサイエンティストなんだろう?」

「……良くはないです」

 

 私は顔を歪めて答える。

 

「脳無の素材には、敵とはいえ人が使われているみたいですし。ぶっちゃけ一日でも早く捕まえて欲しいですけど……ドクターの能力が有用なのも事実です。彼のコネクションと潜在的な兵力、表向きの人望なんかも考えると、むしろ重要ポジションにつけて行動制限する方が安心かもしれません」

「苦肉の策だね」

「本当にそうですね……」

 

 悪役はもっとこう、ばばーんと出てきてどかーんとやられて欲しい。

 

 校長先生はふう、と息を吐いて、

 

「オール・フォー・ワンでオール・フォー・ワンを奪うことはできるのかな?」

「どうでしょうね……? やってみないとわからない、としか言えません」

 

 問題なく奪える、同じ個性は重ならない、奪えるけどエラーが出てやばいことになる、等々、いくらでも可能性は考えられる。

 もし奪えるなら、AFO(オール・フォー・ワン)を相澤先生に凝視してもらった上で私が個性奪取、で無力化できる。

 ただまあ、この方法にしても、消去される直前によくわからない抵抗される可能性があるし、実行するかどうかはかなり悩ましいんだけど。

 

「ともあれ、『かの個性』がヒーロー側に与えられるのなら、本当にブレイクスルーになりえるよ」

「異能解放戦線にも、ですか?」

「ああ。君がオール・フォー・ワンを手にしたと知れれば、戦線の人間は面白くないだろう? そして、戦線メンバーは各方面に潜伏している」

 

 政治・経済を回しているメンバーも中には当然いる。

 

「あ……つまり、猛反発してくる人が怪しいと?」

「そうさ。もちろん、中には別の理由から反対する者もいるだろうけどね」

 

 オール・フォー・ワンが踏み絵になるというわけか。

 

「逆に過激化する可能性もありますけど」

「そこは上手く抑えるしかない。現状、既に、積み上げた証拠からちくちくと行動を抑止しているしね」

 

 原作ほど上手く動けてはいない、ということだ。

 戦線が本格始動するのは原作でも八斎會より後だから、八斎會の件が一か月前倒されたこの世界ではまだ余裕がある。

 

「……とにかく、決まったからには早く手に入れないとですね」

「うん。ドクターとやらの気が変わらないうちにね」

 

 そして週末、私はレディさん達と一緒に巨人(ギガントマキア)討伐に打って出ることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギガントマキア

 ギガントマキア。

 

 成人男性の数倍はある長身・巨体の男性で、AFO(オール・フォー・ワン)の熱狂的な信奉者。連合に参加していないのはAFOの命令によって身を隠していたから、らしい。

 能力としては、少なくとも怪力と、異常な耐久力がある。原作によると「改造なしで複数の個性を所持」しているらしいので、元の“個性”はたぶん超耐久力。頑丈な身体があれば“個性”複数持ちに耐えられるという実例。

 AFOが好きで好きでたまらないようで、原作では後継者である死柄木を認める条件として「力づくでの屈服」を要求していた。

 

 私はとある山の麓に立ちつつ、脳内で情報をおさらいした。

 

「山間部に出没する謎の大男、か」

「まず間違いなく敵だろうな」

「ま、敵でしょうネ」

 

 短く言い合うのはエッジショット、シンリンカムイ、Mt.レディという三名のプロヒーロー。オールマイトの現役引退を受けて結成されたチーム『ラーカーズ』のメンバー達だ。

 彼らには、私が回想したような情報は行っていない。

 断片的な目撃情報がせいぜいだけど、ぶっちゃけそこからでも「でかい、硬い、疲れ知らず」くらいは予想できるので、戦う分にはあまり問題ない。

 

「役割としては拙者が索敵」

「我が捕縛」

「暴れるようなら私がぶん殴るってトコね」

 

 さすがプロだけあって一瞬で役割分担が決まる。

 私を引っ張り出すための人選なんだろうけど、捜索からの巨人退治にはちょうどいいメンバーになってる。そのこともあって依頼自体も怪しまれなかった。

 そして、荷物持ち+援護役という名目で『ラーカーズ』に同行しているのが私と透ちゃんだ。

 

 『オール・フォー・ワン』譲渡だのドクターとの取引だのといった話はレディさん達に伝わっていないので、あくまで同行するだけで見学に近い扱い。

 なので、レディさん達は振り返って釘を刺してくる。

 

「あんたたち、くれぐれも無茶はしないこと」

「うむ。情報通りの巨体であれば力も強かろう。捕まればひとたまりもないやもしれん」

「「はい!」」

 

 できるだけ離れていろ、いざとなったら逃げろとの指示に、私と透ちゃんは声を揃えて答えた。

 

 ――実際は逃げるわけにいかないんだけど。

 

 透ちゃんにはあんまり無理しないように私からも言ってある。心臓止まっても脳が潰れても蘇生する私と違って、彼女は本当に「捕まったら」終わりだからだ。

 プロヒーロー三人がいるうえ、忍者の体術があれば大丈夫だとは思うけど、

 

「……返事だけはいいのよねえ」

「ちゃんと生き残りますから安心してください!」

「トワちゃんは『終わった時に生きてればいいんでしょ?』とか思ってそうだからヤなのよ」

「なんでバレたんですか……?」

「あんたね」

「いひゃいいひゃい」

 

 頬をつねられた。

 赤くなった頬を押さえながら、私はレディさんを見上げて、

 

「さすがに冗談ですけど、皆さんが危なくなったら本当に割って入りますよ」

 

 すると、ぽんぽんと頭が叩かれた。

 

「大丈夫よ。私達だって幾つも死線をくぐって来てるんだから」

「はい」

 

 私は微笑んで頷いた。

 でも――今回の敵は、あっさり捕まってくれるほど甘い相手ではなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「見つけたぞ」

 

 “個性”で細くなったエッジショットの端を掴み、ゆっくり山を登ること十五分。

 ギガントマキア発見の報は意外と早くやってきた。

 

 エッジショットは身体を細くすることができる。

 どんな場所にも入り込める上、細くなった状態で高速移動も可能。あちこち身体を伸ばしまくることで、こうやって索敵もできる。

 

「どこです?」

「北西、約百メートル。小川のほとり。でかいぞ。七、八メートルはある」

「はっ」

 

 レディさんが鼻で笑った。

 

「エッジショットさん。それは小さいって言うんですよ?」

 

 巨大化時のレディさんの身長は二十メートル超だ。

 

 私達は迅速さ優先で進んだ。

 交戦は覚悟しているので、相手に気づかれることより移動中に見失うことの方が怖かった。

 そして幸い、私達が辿り着くまで『彼』は動かなかった。

 

 でかい。

 川のほとりに蹲るようにして座る裸の大男――ギガントマキアは、その状態でも私達の誰より大きかった。

 筋骨隆々なせいで威圧感もすごい。

 とはいえ、“個性”社会となった現代、それだけなら異様と言うほどのことじゃない。

 

「もし、そこの方。ちょーっとお話いいですか?」

 

 レディさんがおどけた調子で近づくと、ギガントマキアは唸るような声で呟いた。

 

「……ヒーローか」

「はい。山で大男を見た、と、近隣の住民から通報を受けまして。こちらで何をされてるんです? 山ごもりか何か? 所有者に許可は取られてますか?」

「………」

 

 レディさんの形式的な問いかけには無反応。

 代わりに、舐めるような視線がレディさん、エッジショット、シンリンカムイ、透ちゃん(同士討ちを避けるために私服)――そして私(コスチューム)に注がれる。

 魔法少女コスが珍しかったわけじゃないだろうけど、私を見る時間が一番長かった。

 

「後継者、候補」

 

 ドクターから話は通っているらしい。

 大体の姿形を聞いていたのか、さほど迷うこともなく言ってくる。

 

「ギガントマキア」

 

 応えるように小さく呟くと、巨人の耳はそれをしっかりと拾ったようだった。

 おもむろに立ち上がると大きく咆哮を上げる。

 

「……っ!?」

「Mt.レディ、エッジショット、シンリンカムイ! AFO(オール・フォー・ワン)捕縛に関わったプロヒーロー! よくも……!」

「レディさん!」

「下がりなさい、トワちゃん、インビジブルガール!」

 

 言わるままに飛びのくのと同時、シンリンカムイが両手の蔦を伸ばした。

 

「ウルシ鎖牢!」

 

 軽く十を超える蔦が巨人一人に迫り、容赦なく巻き付く。

 一度に複数人を捕縛可能なシンリンカムイの必殺技。十分な強度もあるはずだけど――今回の相手は、両腕を胴に固定されたまま、強引に身体を振るってきた!

 

「シンリンカムイ! 蔦を離せ!」

「くっ……!」

 

 宙に浮かされ、振り回されそうになったシンリンカムイはやむなく蔦を離す。

 自由になった巨人は何事もなかったように腕を振り上げ――。

 

「Mt.レディ!」

「ええ!」

 

 レディさんが“個性”を発動。二十メートル超の体躯となって相手を逆に見下ろす。

 直立した(ドラゴン)牛人(ミノタウロス)を相手取っているようなサイズ感。身長だけを見れば、逆にこっちがいじめに来てるみたいに見えるけど……。

 巨人は少しも怯んだ様子を見せなかった。

 咆哮。足元の地面を砕きながら跳躍し、レディさんに向かっていく。衝突。周りにまで衝撃が伝わってくるようなぶつかり合いの結果、

 

「く、うう……っ!?」

 

 呻いてよろめいたのは、レディさんの方だった。

 

「この程度、か、Mt.レディ……!」

「この……っ、舐めるなぁっ!」

 

 巨大な右拳が空気を切り裂く。

 巨人が合わせると、再びの衝撃。そして、レディさんの拳が大きく弾かれる。

 

「永遠ちゃん」

「……うん」

 

 押されてる。

 大きいはずのレディさんの方が力負けしてる。

 

 ――予想はしていた。

 

 レディさんの“個性”は巨大化。身体が大きくなるのに比例して身体能力も上がるけど、直接的に肉体を強化してるわけじゃない。

 対するギガントマキアは超パワーの上に超耐久力。身体への負担を碌に気にせず全力を出し続けられるので、この程度の体格差なら簡単に補えてしまう。

 

「まだ、まだぁっ!!」

「……フン」

 

 もちろん、レディさんもそう簡単には諦めない。

 二度、三度と拳を振るい、蹴りを放ち、巨人の身体を持ち上げて投げ飛ばそうと試みる。けど、巨人もそこに拳を合わせ、蹴りを腕でガードし、持ち上げようとした腕に打撃を浴びせて脱出する。

 数分。

 たった数分の、でも、何倍にも感じられる激しい衝突の末――。

 

「ハァッ、ハァッ……」

「……弱い」

 

 レディさんは息を切らし、ギガントマキアは平然としていた。

 

「加勢する」

「……要らないって言いたいケド、お願いします」

「応!」

 

 仕方なさそうにレディさんが答えると、様子を窺っていたシンリンカムイ、エッジショット、が動き出す。

 

「ウルシ鎖牢!」

「無駄だと――」

「無駄かどうかはぁっ!」

「む……!?」

 

 身体に巻き付こうとする蔦をうるさそうに振りほどこうとしたところへ強烈なキックが炸裂。

 これにはさすがのギガントマキアも若干よろめく様子を見せるも、

 

「おおおおおぉぉぉぉっ!」

 

 巨人はすぐさま唸り声を上げ、レディさん、シンリンカムイへ逆襲しようと突進を開始。

 シンリンカムイが伸ばす蔦を都度振り払い、レディさんと繰り返し激突する。二人がかりでもその場に留めるのがやっとという有様。

 でも、『ラーカーズ』の狙いはそこではなかった。

 

「ぐ、お……!?」

 

 突如、呻いて腹を押さえるギガントマキア。

 

「ナイス、エッジショットさん」

 

 僅かにできた隙に息を整えながら、レディさんがにやりと笑う。

 そう。

 レディさんとシンリンカムイが気を引いている間に、細くなったエッジショットがギガントマキアの口から体内へ入り込んでいたのだ。

 言うならば一寸法師みたいな攻略法。

 いくらギガントマキアでも体内までは鍛えられない。内側からの攻撃は十分過ぎるほどに有効――。

 

「ぐおおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 思わぬ攻撃に暴れ出す巨人。

 慌てたシンリンカムイが片腕を拘束するも、その状態で振るわれたもう一方の腕は、レディさんの渾身の一撃を大きくはじき返した。

 パワーが上がってる。

 

 ――さっきまでのも本気じゃなかった!?

 

 ギガントマキアが、レディさんが動く度に地面が崩れ、近くの木々がなぎ倒される。

 そんな中、巨人が口からごぼっと唾液、あるいは胃液を吐きだし、人型に戻ったエッジショットさんが一緒にべちゃっと倒れる。

 慌ててかけよると、彼はふらふらと立ち上がりながら呻いた。

 

「長時間の滞在は難しいな。しかも、()()

「やっぱり……」

 

 やっぱり持ってた超再生。

 超パワーに超耐久力に超再生って、パワー型の究極系だ。全盛期のオールマイトがHP自動回復状態で襲い掛かってくるようなもの。

 勝とうと思ったら一撃でノックアウトするか、滅茶苦茶不利な持久戦を制さないといけない。

 

「後継者!」

 

 鼓膜を震わせる大声が、私に突き刺さる。

 巨人の鋭い目がこっちを見ている。

 仲間を戦わせておいて自分は何もしないつもりか、それで認められると思うのかと、強くこっちに訴えかけている。

 

 ――別に、私はギガントマキアに認められたいわけじゃない。

 

 ドクターから言われたのはギガントマキアを倒すことだから、私自身の力で勝つ必要はないんだけど、

 

「永遠ちゃん……!」

「うん、行ってくる」

 

 私は担いでいた荷物を下ろして透ちゃんにお願いする。

 ついでに荷物から板チョコを一枚取り出し、適当に砕いて口に放り込んだ。

 

「ギガントマキア!」

 

 叫んで駆け出す。

 

「トワちゃん!」

「大丈夫です!」

 

 レディさんに答えながら、振るわれた巨拳を跳んで避ける。

 動き自体はそんなに早くない。

 筋肉は強化されてる分、体重も増えているからだ。ちゃんと見ていれば避けられないスピードじゃない。

 

 巨人は引き抜いた拳をすぐさま振るってくる。

 

 左右に跳んでかわしつつ接近。

 地面が殴られる度に地震みたいになって走りにくいことこの上ない。でも、少しずつ近づいていく。側面からレディさん、シンリンカムイが迫るとさすがに無視はできないのか、無茶苦茶に腕を振り回して牽制をかけてくる。

 シンリンカムイはたまらず後退。

 

「いつまでも好きにさせるかっての!」

 

 レディさんは逆に前進してギガントマキアにしがみつく。

 背丈では勝ってるので、全身を使って抑え込めればそこそこいい勝負ができる。そして、お陰で動きが止まった。

 

 私はステッキの先端を解放。

 

 鋭い刃先を露わにすると、投げ槍の要領でそれを構え、投擲した。

 

「レディさん!」

「OK!」

「ぐ、こ、の……!?」

 

 逃げようとしても、レディさんがここぞとばかりにがっちりホールド。

 

 結果。

 

 私の投げたステッキは、ギガントマキアの喉に深々と突き刺さり――山に、巨人の悲鳴が高々と木霊した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギガントマキア2

 ステッキの刺さった傷口から赤い血が飛び散る。

 ギガントマキアも人間だという証拠。並の人間なら今の攻撃で致命傷だけど、この程度で勝負が決まるとは思ってない。

 

「おらぁっ!」

 

 暴れようとする巨人を、レディさんが背中から蹴り飛ばす。

 

「グ……!?」

「勝機!」

 

 地面に叩きつけた直後、巨人の片足に蔦が巻き付いて自由を奪った。

 

「もう一度――」

「いいえ、何度だってぶん殴ってアゲルッ!」

 

 更に、細くなったエッジショットが口から飛び込み、ギガントマキアの背中を巨大な足裏が遠慮なく踏みつけにする。

 さすが、プロヒーロー。

 小さな隙を逃さず、動きを封じた上で内外からの同時攻撃。

 これならこのまま、と思ってしまうような見事な手際。

 

 でも、ここから更にもう一押し――!

 

 跳躍し、なぎ倒された木々の傍へと着地。

 良さげな太さの木を見繕うと先端をへし折り、即席の丸太を作り出して、

 

「だああああっ!」

 

 再度の跳躍から、そのままギガントマキアの脳天に叩きつける。

 

「うわ、キッツ」

 

 踏んだり蹴ったり(文字通り)しているレディさんが素の表情で呟くくらい、見事に入った。

 ばきゃ、という良い音と共に丸太は半ばで折れ、衝撃が私の腕にもびりびりと伝わってくる。切っても刺しても治る以上、打撃の方がむしろ効くはず。

 ここは半分になった丸太でもう一発――。

 

「舐メルナ――」

「!?」

 

 巨人の右手が持ち上がると、指パッチンの如く指が動く。

 あ、これ、と悪寒が走った直後、発生した風圧が私の身体を丸太ごと吹き飛ばした。そのまま十メートル近く飛び、無事だった木の幹に叩きつけられる。

 

「トワちゃん!」

「だ、いじょうぶですっ! それより追撃を――」

「遅イ」

 

 巨人が跳ねるように起き上がった。

 レディさん、シンリンカムイがまとめて吹き飛ばされ、私達が体勢を立て直している間に、あっさりと、敵は二本の足で立ち上がっていた。

 

「さア、証を――!」

 

 これ、やっぱりオールマイトと戦ってるようなものじゃ……?

 

 眩暈を振り払いつつ、私は拳を固める。

 レディさん達に少しでも余裕を与えるため、時間を稼がないと。

 

「ギガントマキア!」

「オオオオッ!!」

 

 巨人はまっすぐこっちに向かってきた。

 応じるように、彼へ向かって跳躍――の直前に意識を手放す。岩のような表情に僅かな動揺が浮かぶ。気配遮断は効果があるっぽい。

 振り下ろされた拳は空を切り、跳ね上げられたつま先をギリギリでかわす。

 あらかじめ定めた目標は懐の内側。両足の間あたりで着地、同時にもう一度踏み切って、

 

「っ!」

「ゴオオオオオアアアアアアッッッ!?」

 

 硬く丈夫に作られた靴の先端が、男性なら誰もが持つ急所を強かに蹴り上げた。

 

「ナイス! さすが私の弟子!」

「恐ろしい教育を……」

 

 レディさんとシンリンカムイが正反対の反応をするのが聞こえた。良かった。二人とも無事っぽい。

 でも、代わりにエッジショットが胃の中から飛び出してきた。ふらふらな上、胃液まみれでその、なんていうか臭う。

 さすがに今のは効いたようで、ギガントマキアはぴょんぴょんと跳ねて痛みを表している。いや、跳ねる度にどすんどすん音がしてるから「ぴょんぴょん」なんて穏やかなアレじゃないんだけど。

 

 攻撃が効かないわけじゃない。

 いくら『超再生』だってスタミナまでは無限にならない。あのサイズじゃシンリンカムイの捕縛もできないし、合う移動式牢もない。

 屈服させるには心を折るか、単純に疲れさせるしかないのだ。

 

 確か、原作で死柄木達と戦っていた時は四十時間以上の連続戦闘ができてたと思うけど――。

 

「何十時間もかけない。今日のうちに潰す」

 

 呟き、私は再びギガントマキアに挑みかかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……すごい」

 

 今回の件において、葉隠透はバックアップ要員だった。

 理由は「相性が悪いから」。葉隠家の技術は主に人型、人間大の相手に対するもの。人型とはいえ数倍サイズ、しかも再生する相手には有効打を出せない。

 殺傷してもいい前提なら、某進撃してくる巨人相手みたいな立ち回りもできなくはないのだが……。ヒーローである以上、殺したり重傷を負わせる可能性は極力排除しなければならない。永遠の槍投げだってギリギリのラインを突いていたのだ。

 

 というわけで荷物持ちと記録係に徹する葉隠だが、『ラーカーズ』+永遠は想像以上に奮戦していた。

 ギガントマキアの情報はあらかじめ永遠から聞いていたし、実物はもっと危険だったが、そんな相手と渡り合っている。

 

 主力はMt.レディ。

 シンリンカムイが妨害を担当し、エッジショットは休憩を取っては体内に入り込んで着実にダメージを与えている。

 一応、エッジショットも時たま秘孔を突いてみたりしているのだが、効かないのか瞬時に回復しているのか、有効な感じは全くない。

 正攻法だと超強い癖に絡め手を封殺してくるとか、本当に勘弁して欲しいものだが――。

 

 永遠は、プロヒーロー達に混ざり、その小さな身体で奮闘していた。

 

 巨人と出会った川のあたりから戦場は徐々に移り、だんだんと山の上へ。

 通ってきた道はあらかた木々がなぎ倒されているためにわかりやすい。出会ってからここまで戦いづくめ。追いかけるだけの透ですら疲労を感じているのだから、戦っている面々はもっときついだろう。

 

「あーもう! いい加減倒れなさいよ!」

「レディさん、交代します!」

「ごめんトワちゃん! 一分、いや三十秒だけ持たせて!」

 

 ギガントマキアと怪獣大決戦を繰り広げるMt.レディが息を切らせる度、永遠はカバーに入って巨人と立ち向かう。

 猫とネズミくらいのサイズ感だが、彼女は怯まない。

 巨人の方も永遠を意識しているのか、彼女が前に出てくると率先して狙ってくれるため、葉隠(と、複雑な気分だけどトガヒミコ)直伝の体術によってとにかく避けまくる。気配遮断をピンポイントで使いつつ右に左に上に下にと縦横無尽に動き回る。

 シンリンカムイも腕や足を蔦で引っ張って援護してくれる。

 とはいえ、敵もさるもの。

 ただ闇雲に手足を振り回しているように見えて、着実に永遠の動きを制限し、誘導し、回避パターンを減らしている。攻撃の度に地面がえぐれ、木々が倒れて、フィールドは広くなっているのに、だ。

 

 そして、指定された三十秒がとうに過ぎ、一分が過ぎようという頃――。

 

「さア、来い――!」

「ああ、もうっ!」

 

 周辺穴だらけで飛び回るスペースのなくなった永遠は、ギガントマキアの右ストレートに己の拳を合わせた。

 ぐきぼきぐしゃ、ばりばり。

 右腕がぽーん、とどこかに飛んでいきそうな勢いで殴り負けた。体術を駆使し、胴体への衝撃は逃がしているので大事はないが……。

 いや、右腕の骨が粉々で、ぷらーんと垂れ下がるしかなくなったのは十分大ごとだ。常人ならヒーロー生命を断たれてもおかしくない。

 しかし、永遠は深く気にした様子もなく、痛みを必死に堪えながら後退する。

 

「レディさん!」

「オッケーよ! コラそこのデカブツ、うちのトワちゃんに何してくれてんの!」

 

 そこへ再びMt.レディが復帰。

 息を整える程度の間しかないというのに元気に復活してくる彼女も凄いが、サイズ差のある中、僅かな間でも交代要員を果たす永遠も十分すごい。

 八斎會の一件を経て再生能力も更に向上しており、こうしている間にも腕は少しずつ形を取り戻している。それどころか今日、砕かれる度に少しずつ再生が早くなっている気さえする。

 

 再生のためのエネルギー源は腰のポーチや、葉隠が抱える荷物の中にたっぷり用意してある。チョコレートやおにぎり、サンドイッチなどの食べやすくてエネルギーになりやすい食品が主だ。

 

 それに、

 

「後継者は、強き者でなければ――」

「ごちゃごちゃうるさいっての!」

「グ、オッ!?」

 

 ギガントマキアの動きが衰え始めている。

 永遠の知識では敵連合の猛攻相手に二日近く持ちこたえたらしいが、確かに二日も要らなかった。Mt.レディとエッジショットがしつこいくらいにダメージを入れ続けたお陰だ。ダメージらしいダメージがないのと、度重なるダメージを治しながらの戦闘では限界に差が出るのは当然。

 

「シンリンカムイ! 弱点!」

「男の急所を狙うのは気が引けるのだが……」

「キ、様、ラアアアアアッッ!?」

 

 蔦で急所を締め上げられた――ギガントマキアもシンリンカムイも可哀想だと思ってしまうのは間違っているだろうか――巨人が絶叫する。

 痛み。

 それは『不老不死』の永遠も抱えている弱点の一つ。人よりタフで痛覚も鈍いだろうが、それでも十分すぎるほどのダメージが、

 

 と。

 葉隠は、巨人の瞳に剣呑な光が宿るのを見た。

 

「気をつけて、何か奥の手があるのかも……っ!」

「我慢比べというのなら」

 

 ()()()

 巨人の、ギガントマキアの身体が突如として熱を帯び、発火した。

 赤い、炎。

 葉隠は、思わずそれをぼうっと見つめて、

 

「透ちゃん! 消防に連絡!」

「う、うん!」

 

 永遠の声にはっとしてスマホを取り出す。

 はやる気持ちと共にコール音を聞きながら、思った。

 

 ――奥の手だ。

 

 発火能力(パイロキネシス)

 彼のそれは不完全なのか、それとももともとそういう能力なのか、自分自身の身体を燃やしてしまっているが、炎とはそれだけで脅威だ。

 触れれば火傷する。

 当然のことではあるが、それは肉弾戦を大きく制限されるに等しい。

 加えて、この山の中でそんなものを使えば、

 

「山火事になるじゃない!」

「いよいよもって、余裕がなくなってきたな」

 

 いくら『超再生』があるとはいえ、ギガントマキアも辛いはず。

 全身を包むだけの火力を維持しつつ、焦げる身体を治し続ける。相当なカロリーの消費になる。つまりあの形態(フォーム)は短期決戦仕様。

 

「組みつきが無理ならっ!」

「打撃……!」

 

 Mt.レディ、シンリンカムイはすぐさま行動パターンを切り替えた。

 至近に長く留まることを避け、殴っては離れるを繰り返すスタイルに。炎の燃え移りやすいシンリンカムイは必殺技の「ウルシ鎖牢」を諦めて蔦でギガントマキアを殴りつける。

 

「止むを得ないか」

 

 近くからエッジショットの声が聞こえたかと思えば、彼は荷物の中から複数本の刃物を取り出していた。

 忍者刀。

 ばばばっ、と瞬く間に鞘が抜かれて宙を舞う。かと思えば、細くなったエッジショットの身体が全ての刀を保持し、白刃を煌めかせながら巨人へと向かった。

 

「忍法・剣山の術」

 

 高速で投擲された忍者刀がギガントマキアの四肢に、胴に突き刺さり、あちこちから鮮血を噴き出させる。

 

「続けて忍法・千枚通し」

 

 あっという間に武器を使い切ったエッジショットだが、細くなった彼の身体はそれそのものが武器となる。音速を超える速度で繰り出される刺突は常人の身体をあっさりと貫く。

 頑強なギガントマキアの身体は小さな穴を開けるのが精一杯だったが、超高速で、しかも無数にとなれば無視できるものではない。

 

「ゴアアアアアアアッッッ!?」

「畳みかけろ、Mt.レディ!」

「モチロン!」

 

 傷の癒えきらない間を狙ったラッシュ。

 拳が、蹴りが、次々と突き刺さると、巨人は本気の絶叫を上げる。じたばたと腕を振り回した彼は、不意に、自分の作った大穴に足を取られた。

 がくん、とバランスが崩れる。

 嵌まった足をすぐさま引き抜こうとする彼だったが、そこに小さい人影が大きな塊を伴って挑みかかった。

 

「丸太じゃ物足りないみたいだからっ!」

 

 大きな岩を持ち上げた永遠。

 迎撃に振るわれた拳をギリギリで避けると、彼女はギガントマキアの頭に直接、岩を叩きつけた。

 

 決定打だった。

 

 一瞬、白く目を剥くギガントマキア。

 彼の身体から炎が消え、巨体がどう、と倒れる。

 

「……文句があるならまた、一対一で付き合ってあげる。だから、今日のところは倒れて」

「……イイ、だ、ロウ」

 

 それが、最後の言葉だった。

 

「インビジブルガール! ロープ!」

「は、はい!」

 

 答えて、荷物の中にあった極太ロープ(超ロングサイズ)を葉隠は慌てて引っ張り出した。

 

(やったね、永遠ちゃん)

 

 ちらりと見ると、永遠と目が合った。

 彼女は疲れを顔に表しつつも、にこり、と、葉隠に向けて微笑んでくれた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 迅速に到着した消防車のお陰で山火事は未然に防がれた。

 ロープでぐるぐる巻きにしたギガントマキアは、続いて到着した警官隊によって防燃ワイヤーで更にぐるぐる巻かれ、護送されていった。

 

「お仕事終了、っと」

 

 全てを見送ったところで、私達の任務は完了である。

 『ラーカーズ』の名前を売るには規模的にも報酬的にもちょうどいい仕事だったんじゃないだろうか。

 まあ、報告書を作成しないと報酬出ないんだけど。

 

「インターンに書類経験積ませるには丁度良いわね」

「レディさん、自分が事務苦手な癖に!」

「フフフ、悔しかったら偉くなることね?」

 

 ぐぬぬ、とレディさんを睨んでいると、背後から声。

 

「あー、すみませんが、トワさんをお迎えに上がりました」

「ん?」

「へ?」

 

 振り返ると、そこにはサングラスをかけた有翼人が一人。

 

「蛇腔総合病院までご同行願えますか?」

 

 って、なにやってるの、ホークス……!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オール・フォー・ワン

「いや、軽くて運びやすいですね」

 

 私はサングラスの好青年に抱えられて空を飛んでいた。

 空気の流れを感じながら、流れていく景色を眺める感覚は独特で、なんというか現実感がなかった。

 

 ――どうしてこうなったの!?

 

 ギガントマキアをなんとか倒したというか、負けを認めてもらったと思ったらホークスが現れて、私を病院まで連れて行くと言い出した。

 で、有無を言わさず抱えられてこの有様。

 

「あ、鳥だ!」

「飛行機だ!」

「いや、ホークスだ!」

「ははは、応援ありがとうございます」

 

 子供が下で声を上げれば明るく手を振り返す彼はホークス。

 

 二十二歳にして第三位(オールマイトの引退で実質二位)に位置しているプロヒーロー。その活躍ぶりから「速すぎる男」と呼ばれていて、人々から広い支持を集めている。

 表向きは明るい性格だけど、実際には冷静沈着。

 原作では敵連合及び異能解放戦線へのスパイを務めており、彼等の懐に潜り込むために死体を差し出すことまでしていた。

 有名なヒーロー学校出身じゃない、突然現れた有望ヒーローで、読者からは「公安が独自に育成した駒なのでは」なんて言われていた。

 

 そして、そんな推測はあんまり間違っていないんじゃないかと私も思っている。

 

「あ、あの。ホークス……さん?」

「ん? 何スか?」

 

 だから、ぶっちゃけ怖い。

 有名ヒーローに会えた嬉しさも、空を飛んでる恐ろしさもどこかに吹き飛ぶくらい怖い。

 

「えっと、なんていうか、どうしてあなたが?」

「んー、まあ、成り行きってヤツっすかね」

「成り行きって」

 

 嘘だ。絶対そんなあっさりした話じゃない。

 なんか色々利権とかパワーバランスとか絡んだ結果、落ち着くところに落ち着いたとか、そういう話に決まってる。

 

「ホークスさんの羽は便利ですから、少人数であらゆる状況に対応するため……ですか?」

「ま、そのあたりが説明としては妥当っすね」

 

 何その含みのある言い方!?

 腹の探り合いを始めると面倒だからそういう建前で納得しておこうぜ、みたいな意図を明確に感じて、私は混乱した挙句に泣きそうになった。

 

「……そういう込み入った話は苦手なんですよ」

「苦手なこともやらなきゃいけないのがヒーローっすよ」

「もうやだおうち帰る!」

「っと、いきなり暴れないで下さいよ、『トワ』さん」

 

 冗談めかして暴れてみれば、ぬいぐるみでも抱えるみたいに支えられた。

 私を『トワ』と呼んだのはヒーロー名だから、と見せかけて、私にとって特定の苗字はあまり意味がないから――だろう。

 空を移動していて他に人がいない状況はある意味密談にもってこいだ。

 

「どこまで知ってるんですか?」

「全部、って言ったらどうします?」

 

 全部だと、私の前世の名前まで把握してることになるんですが。

 本当にそこまで知ってたら怖すぎていっそ笑う。

 

「私が病院に行く目的と、だいたいの裏事情もご存知なんですね」

「そういうことです」

 

 私が質問を終わらせると、ホークスも余計なことは言ってこなかった。

 

「あなたの改造中は俺が護衛しますんで、ま、安心してください」

「全然安心できません」

「悪いようにはしませんって。仲間ですし」

 

 上のお偉いさんに使われる者同士、っていう意味で言ってませんか……?

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「ギガントマキアを下したようじゃな」

「私が倒したわけじゃないですけど、倒せばいいんですよね?」

「良かろう」

 

 対面したドクターとホークスはどちらも動揺を見せなかった。

 

「君には入院という形を取ってもらう」

「俺が付き添いますけど大丈夫っスか?」

「構わないとも」

 

 水面下で話はついているんだろう。

 淡々と、怖いくらいあっさり話は進んでいく。

 

「入院……って、どのくらい?」

「およそ四か月」

「……長すぎませんか?」

 

 “個性”一つでそれじゃ、並の脳無を作るだけで一年以上はかかりそうだ。

 オール・フォー・ワンは並の“個性”とは違うから、その辺は単純計算できないんだろうけど……。

 

「並の人間ならそれくらいはかかる。肉体が耐えられないからじゃ。むしろ、四か月に引き延ばしてなお、地獄の苦しみを味わい、何も得られず死ぬ可能性がある」

 

 言いたいことはわかった。

 

「じゃあ、無限に死ねる私なら?」

「一週間もあれば十分じゃ」

「……現実的な長さですね」

 

 四か月の「地獄の苦しみ」が一週間に圧縮されるって、どんな悪夢だって話だけど。

 私の『不老不死』は私の保全を最優先にする。

 どれだけ痛めつけられ苦しめられ、精神を汚染されようと、最終的には復帰できる。むしろそれだけ圧倒的な苦しみなら考える暇がないから楽でいいかもしれない。

 

「ところで、死柄木がいませんけど」

「ああ。奴ならギガントマキアの奪還に向かっておる」

 

 ああ、そうなんだ……って、

 

「奪還!?」

 

 あっさりと爆弾発言が飛び出しすぎだ。

 慌ててホークスを振り返ると、彼はスマホを取り出して何やら操作していた。

 

「駄目っスね。やっぱ通信機器の類は全滅っス」

「今から連絡しても間に合わんよ」

「……ドクター……?」

 

 裏切る気なのかと睨めば、彼は飄々と答えた。

 

「ワシは奴の動きを知っていたに過ぎん。指示はしておらんし、協力もしておらん。そして――」

「襲撃があるのを見越して、護送車には応援を寄越してあります」

「は……?」

 

 示し合わせていたかのように言う二人に、ぽかん、と口を開けてしまった。

 つまり、死柄木の襲撃は放っておいても失敗する可能性が高い、と。

 ドクターは肩を竦めて言う。

 

「奪還が成功したにせよ、死柄木弔がギガントマキアを屈服させるには長い時間がかるじゃろう。君と違って人目を欺きつつ、協力者の殆どいない中、碌な情報もなく戦い続けねばならん」

「放っておけ、と」

「トワさんの仕事は、さっさとオール・フォー・ワンを手に入れることっスからね」

「……わかりました」

 

 私は溜め息をついた。

 

「じゃあ、さっさと始めてください。時間がもったいないです」

「いいじゃろう!」

 

 人を改造できるのが嬉しくてたまらないのか、ドクターは歓喜の声を上げて答えた。

 

 私達が連れて行かれたのは更に地下の一室。

 チューブやらコードやらが繋がれまくって、いっそ触手の化け物みたいになった培養カプセルに入るように告げられる。

 どう見ても怪しさ満点。

 読者の立場だったら「罠でしょ」って冷めた目で呟くところだけど……ここまで来て拒否する意味が特にない。ドクターの裏切りも考慮した上でのホークスだろうし。

 

 考えるのを諦めた私は素直にカプセルへ入った。

 男二人の前で裸になるのも結構抵抗あったけど、まあ、おじいちゃんとホークスだし……と割り切った。

 四肢が固定され、何やら色んな装置が伸びてくるのと同時進行で怪しげな培養液がカプセル内に満ちてくる。その液体に全身、胃の中まで満たされた私は瞬間的な激痛を感じ――。

 

 次に気づいたら培養液と装置の抜けたカプセルの中で、ホークスとドクターに見下ろされていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 カプセル内では改造が始まっていた。

 わけのわからない薬品に全身を浸され、体中を同時にいじくられ始めた少女の姿は、非道に慣れたホークスから見ても「拷問を通り越して虐殺の域」と思えるものだった。

 見ていて気持ちのいいものではない。

 嘆息し、ドクターを振り返る。

 

「彼女は何回くらい『死ぬ』んスか?」

「さあ? 十七の二乗くらいで済むとは思うが」

「適当っスね」

 

 十七という数字は四か月(百二十日)を七日で割っただけだろう。そんな曖昧な計算があるか。

 

「で?」

「で、とは?」

「これ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っスよね?」

「………」

 

 ドクターは黙ってにやりと笑った。

 それが答えも同然だった。

 

「もちろん、オール・フォー・ワンも付与されるでしょう。でもそれじゃ終わらない。盟主を倒されたあんた達が、()()()()()()()()()程度のもので満足するはずがない。必ずそれ以上を求める。……いや、そうじゃなくても、マッドサイエンティストのあんたが『殺しても死なない実験台』を手に入れて遊ばないはずがない」

「そこまでわかっていてワシに許すと?」

「こっちとしても好都合っスからね。これは貸し一つっス。そして、あんたは自分の知的好奇心を満足させるのと引き換えに――」

 

 誰にも手がつけられない化け物を誕生させるのかもしれない。

 

「コレ、どのくらい痛いんでしょうね?」

「控えめに言っても骨折と抜歯と破瓜と出産の痛みを麻酔無しに延々と受け続ける程度には痛いじゃろうな」

「死にますね」

「だから、最初から死ぬと言っておる」

 

 あるいは、もう既にあれは化け物だったのか。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……シャワー浴びたい」

「用意しておるよ」

「……お腹空いた」

「お姫様、こちらにお食事を用意しております」

「眠い」

「帰りは車ですから、寮に着くまでお昼寝をどうぞ」

 

 出てきた時にはほぼ七日――正確には六日と二十二時間くらい経っていた。

 

 改造中のことは正直よく覚えていない。

 激痛がしたと思ったら意識がぷつっと途切れてしまったせいだ。無理すれば思い出せなくはないと思うけど、思い出しても発狂するだけだと思う。

 多分、覚えててもいいことないから“個性”が記憶を封じてくれたんだろう。

 

 なんかべとべとする身体をシャワーでさっぱりさせた後、ぺこぺこだったお腹を手っ取り早いご飯の代表、ファーストフードにコンビニご飯、バナナに栄養ゼリーで満たす。

 

「……美味そうに食いますね」

「ご飯食べてる時が一番幸せです」

「なるほど」

 

 ふう、と、溜め息をつくホークス。

 なんか呆れられた気がするけど気にしないことにして、私はお腹いっぱいになるまで食べ続けた。食べますか? と尋ねると、ホークスは苦笑してブロック状のバランス栄養食を齧った。

 

「食べながらでいいが、体調はどうだね?」

「特別、変わった感じはしません」

 

 いつも通り。むしろ体調がいいくらいだ。

 

「ふむ。では、身体能力は?」

「えーっと……」

 

 何も持っていない右手に軽く力を込めてみると――ぞく、と、背筋に悪寒が走った。

 あ、これ駄目なやつだ。

 意識しなかったら「いつも通り」で済んでたのに、ドクターは余計なことをする。

 

「この病院を割るくらいのパワーは出そうですけど、多分、身体が耐え切れません」

「大体予想通りか」

「……ドクター。私に何を植え付けたんですか?」

 

 さすがの私もここまで来れば状況を理解できる。

 私に与えられたのはオール・フォー・ワンだけじゃない。その気になれば“個性”が奪えそうな感覚はあるから、あの“個性”もしっかり手に入っているっぽいけど、それにしたってこの感覚は尋常じゃない。

 ドクターは悪びれもせずに答えてくる。

 

「まずは『超再生』。更にギガントマキアと同じ超耐久力を与え、肉体の強度を限界まで上げた後にオール・フォー・ワンを」

「それから?」

「現状で複製可能な“個性”を全て」

「馬鹿じゃないんですか!?」

 

 とりあえず全部、みたいなノリで人を改造しないで欲しい。

 ギャグ漫画の世界ならまだしも、能力バトルで人が死ぬ世界なんだから笑えない。いったい、人間の身体を何だと思ってるのか。

 馬鹿と言われて怒ったわけじゃないだろうけど、老人の眼光が鋭くなる。

 

「むしろ、オール・フォー・ワンだけで済むと思っていた方が驚きじゃ。君はAFO(オール・フォー・ワン)の後継者争いに参加していたのに」

 

 それは、まあ、そうかもしれないけど。

 

「……あなたの『超再生』も奪いますよ?」

 

 ちょっと感覚を研ぎ澄ましたら、ドクターが“個性”を持っているのもわかった。

 確か、届け出上は無個性のはずなんだけど。

 

「ワシから『超再生』を奪ったら即死するが?」

「………」

 

 本当なら死んでる年齢のところを“個性”で無理やり延命しているわけか。

 世界平和のためなら悪人が死んでも構わないとは思ってるけど、だからといって無暗に人殺しなんかしたくない。ここで殺して本当に良いのかわからないし。

 

「無数の“個性”を手にして平然としていられるとは素晴らしい! じゃが、詰め込みすぎたか、あるいは『不老不死』のせいで()()()()()()()()()()()()()のか、得た“個性”を使いこなせているとは言えないらしい! そのあたりは今後の課題といったところか!」

「トワさん、俺の“個性”を試しに奪ってみてくれません?」

 

 なんか狂喜乱舞してるドクターをよそにホークスが言ってきた。

 

「……いいですけど」

 

 ホークスに触れて念じると、彼が持っている“個性”がわかる。『剛翼』。それを自分に移すイメージ。

 すると、青年から翼が消えて私に生えた。

 

「返します」

「ありがとうございます。……うん、これで証明できた」

 

 いい笑顔で頷いたホークスは、私に「帰りましょうか」と言った。

 

「帰っていいんですか?」

「構わんよ。たまにここへ通ってもらうことになるが」

「諸々の手続きはこっちの方でやっておきます」

 

 裏で色々なことが進んでいる。

 でも、話がどんどん進みすぎて現実感がなくて……とにかく今はゆっくり休んで、自分の現状を見つめ直したい私だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊理1

 私が寮に戻ってきて数日が過ぎた。

 

 二学期に入ってから、いや夏休み中から、もとい入学以来ずっと慌ただしかったせいか、談話室でぐでっとする時間が物凄く愛おしく思える。

 普段の授業も十分すぎるほど過酷なのが難点といえば難点だけど。

 

「……ようやく日常が返ってきた気がする」

「永遠さんはインターンに入院、インターンに入院とトラブル続きでしたものね」

 

 百ちゃんが膝枕をしながら微笑んでくれる。

 彼女はもう私の事情を知っている。

 入院している間に実家へ帰って、諸々の話を聞いてきたそうだ。

 オール・フォー・ワンを手に入れた私は、接触して願うだけで彼女の“個性”を奪える。それでも、こうやって姉妹として接してくれるのはすごく嬉しい。

 

『確かに、恐ろしい力ですわ。……ですが、使うのが永遠さんであれば、間違ったことにはならないと信じております』

 

 部屋で話をした時にはそう言ってくれた。

 彼女の信頼に応えられるよう、“個性”の使い方は間違えないようにしないと。

 

「ちょっとはのんびりして欲しいよ。どんどん差付けられてる感じ」

「あはは……。私も怪我はしたくないんだけどね」

 

 耳郎さんからはそんな風に言われてしまう。

 八斎會への強制捜査にギガントマキアの捕縛。二つの大きな案件に参加した私と透ちゃんはみんなからの羨望と嫉妬を受けている。

 競いあいを推奨しているのが雄英なので、ひどいやっかみなんかはないけど、それでも「ずるい」とは思われているだろう。

 特に、私に対しては。

 透ちゃんは安全圏でバックアップしてた感じだし、実際、怪我しないで授業に出てる。一方、私は事件の度に怪我して入院。

 つまりそれは「怪我するくらい前線にいた」という証だ。

 

「みんなも、インターンの許可が出たんでしょ?」

「うん! 早い子はもう先週あたりから行ってるよ」

「そっか」

 

 みんなも頑張ってる。

 八斎會の件ではビッグ3もそれぞれ活躍してる。ミリオの“個性”喪失が起こらなかった分、大きな成果を挙げたという印象が強い。

 目指すべき身近な目標が上にいれば、それだけ勉強にも特訓にも身が入る。

 

 私もうかうかしてはいられない。

 インターンでの実績は学校内での成績には直接結びつかないから、むしろ、クラス内では出遅れていると言ってもいいのだ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 一週間の眠りから目覚めた日。

 雄英に戻ってきた私は、寮に戻ることさえないまま相澤先生に拉致され、地下の秘密部屋でのお話に参加させられた。

 改造の結果について洗いざらい吐かされ、相澤先生や校長からも色んな話を聞いた。

 

 まず、死柄木はギガントマキア奪還に失敗したらしい。

 散り散りになっていた連合メンバーも使っての本格的な攻撃だったみたいだけど、プッシーキャッツ他のプロヒーローが見事にガード、撃退した。

 メンバーは再び逃走。

 ラグドールの『サーチ』で追跡、捕縛しようとしたものの、黒霧が囮となって他の全員を逃がした。

 でも、黒霧を捕らえることには成功。死柄木も『サーチ』の対象にすることができた。ドクターがヒーロー側に加担したため、連合はこれまで以上に動きを制限される。

 

 ――というか、死柄木はほぼ詰んだんじゃないかな、これ。

 

 私が新たに得た“個性”については、オール・フォー・ワンもそれ以外も全部、表向きはないものとして扱うことになった。

 

「身体能力の範疇で済むもの以外は人前で使うな」

 

 というのが相澤先生と校長先生からのお達しだ。

 二度目の入院については、個性破壊弾のダメージで不安定になっていた“個性”をギガントマキア相手に酷使した結果、安静が必要と判断された、ということになってるらしい。

 

「何百回か細胞が死んでは生まれ変わった結果、大幅に強化されたとでも言っておけ」

「わかりました」

 

 実際、死にまくったわけだから嘘ではない。

 引き続き私は「丈夫で治りの早いトワちゃん」として扱われるわけだ。

 

「……それと矛盾するようで悪いんだけど、君には早期のヒーロー免許取得を目指して欲しい」

「というと、飛び級ってことですか?」

「いいや。順番が逆だね」

 

 普通、プロ試験挑戦は三年生の後期からだけど、これはあくまで学校の指導方針。

 試験の制度的には学年関係なく受験資格がある。

 まあ、殆どのヒーロー事務所が採用条件を「高校卒業」としてるから、高校生がプロヒーローをするのは現実的じゃないんだけど……。

 重要なのは、一年生や二年生でも受かる可能性が高いなら、学校側も受験を認めるしかないということ。

 

 ――そして、もし受かったら。

 

 まして、卒業後の就職が内定したり、学生のうちから実績を積んでしまったりしたら、もう教えることは何もない。

 特例として飛び級を認め、卒業させることができる。

 

「実力をつける→飛び級する→プロ試験を受ける、じゃなくて――」

「実力をつける→プロ試験を受ける→飛び級する、という流れになる」

「……なるほど」

 

 もちろん、並大抵のことじゃない。

 “個性”や身体能力がなんとかなっても知識や経験が圧倒的に足りない。相当な詰め込み方をした上、一定以上の運が必要になるだろう。

 それでも、

 

「君が手に入れた『力』は特殊すぎる」

「悠長に三年かけて卒業させていたら、各所から圧力がかかりかねない。それだけなら雄英(うち)が突っぱねれば済むが、お前や八百万家へ実力行使に来られたら守りきれん」

「既に警察や研究機関から協力要請が来ているしね」

 

 どこから漏れたのかわからないけど、蛇の道は蛇。

 さほど時間をかけず、大人の世界では公然の秘密になるだろう。

 なんとかするには、さっさとプロになってしまえばいい。

 

「わかりました。できる限りのことはやってみます」

 

 大きな顔して仕事ができるようになれば、色々自由がきくし。

 

「……でも、たぶん相当荒っぽいことになっちゃいますよ?」

「構わん。ヒーローやるなら理不尽はつきものだ。ただし、無駄に煽るような真似は避けろ。成果を示して周りを納得させろ」

 

 相澤先生はいつも以上に真剣な表情で私に告げた。

 

「俺達に、お前の卒業を見届けさせてみろ」

「……はい」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 そうそう、壊理ちゃんにも会いに行った。

 

 “個性”が暴発しても影響が少ないよう、彼女用の生活スペースは雄英敷地内、生徒が立ち入らないエリアに用意されている。

 実際に訪れたそこは新築の一軒家を古材を用いて和風にリノベした、お金と手間のかかったお宅だった。

 わざわざそんなことをしたのは時間を戻された時、家がもつようにという配慮。

 彼女の力が影響するのは生物だけのはず(じゃないと服とか床まで消えかねない)だけど、確証がない以上は念を入れたらしい。

 

 ……生物だけが対象だとしたら、植物には効くのかな? 動物にしか効かないとしたらシンリンカムイみたいな植物人間はどうなんだろう。もしくは植物にも効くけど死体には効かない? 死にかけの大木を蘇らせるとかならセーフなんだろうか。

 謎だ。

 って、それはこの際どうでもよくて。

 

 壊理ちゃんのお世話はご厚意から協力してくれている年配の方々(皆さん子供好き)が中心で、ミリオと相澤先生が時間を見つけては会いに来ているのだとか。

 放課後に先生と一緒にお邪魔すると、現役時代は保育士さんだったというおばあちゃんが笑顔で出迎えてくれた。

 

「あらまあ。今日はまた随分と可愛らしいお客さんですこと」

「こう見えて、こいつは高校生です」

「まあ。こんなに小っちゃくて可愛いのに」

 

 事実なので「ちっちゃくないよ!」と抗議することもできず、私は愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 家は、小さい子が一人で住むには広いつくり。

 家族四人くらいで住めばちょうどいいかな、という感じだけど、壊理ちゃんはもっぱら子供部屋に籠もっているらしい。

 奥まった場所にある子供部屋のドアには「えり」と可愛らしいプレートが下がっていた。

 

「壊理。俺だ。入ってもいいか?」

「……うん」

 

 相澤先生がドアをノックすると、少し遅れて返事があった。

 がちゃりと開く。

 

「わ、可愛い」

 

 開いた瞬間、クリーム色と薄いピンク色が目に飛び込んでくる。

 床にはカーペットが敷かれ、うさぎやクマ、犬などのぬいぐるみが鎮座し、柔らかそうなクッションが点在している。

 ベッドに本棚、衣装箪笥、お菓子の入った戸棚と小さな冷蔵庫まであって、なかなかに便利そうだ。

 テレビやゲーム機が見当たらないのは刺激が強いからだろうか。

 

 色合いも相まって、小さい子でも気に入るかどうかは性格次第って感じだけど、なんだかんだ落ち着くいい感じの部屋だと思う。

 

「お邪魔します」

 

 断ってから一歩を踏み出すと、相澤先生が遅れて後に続――かない。

 

「何してるんです?」

小さい子供(ガキ)の部屋に入るのが気まずいんだよ」

 

 今まで何度も入っているんですよね?

 

「娘さんとの距離感がつかめないお父さんですか」

「俺はまだ若いんだよ」

「不摂生のせいで老けて見えますよ?」

「せめてストレスの種を減らして欲しいもんだな」

 

 冗談を言ってみたら睨まれてしまった。

 

「……だれ?」

 

 部屋の奥からか細い声。

 

「例の生徒がようやく退院したんでな。連れてきた」

「っ」

 

 息を呑む気配。

 私はゆっくり振り返ると、室内を見回して、少女の姿を見つけた。布団にくるまるみたいにしてベッドに座り、猫のぬいぐるみを抱いている。

 着ているのは白ブラウスに赤いジャンパースカート。

 可愛い。

 うん、あのダサいトレーナーじゃなくて良かった。

 

「こんにちは、壊理ちゃん」

 

 私はその場から動かないまま、壊理ちゃんに笑いかけた。

 

「覚えてるかな? 前に、ちょっとだけ会ったんだけど」

「……うん」

 

 少しは警戒を解いてくれたのか、私の顔を見ながら答えてくれる。

 

「怪我、したって……大丈夫?」

「うん。ほら、この通りだよ」

 

 軽く腕を回して見せると、ほっとしたのか小さな吐息が聞こえた。

 

「そっち、行ってもいい?」

「……ん」

 

 はいともいいえとも取れる反応だったけど、表情は特別硬くはならなかった。OKと判断してゆっくりと歩み寄る。背後で相澤先生がドアを閉じた。

 

「私も会いたかったんだ。あのお兄さんとこのおじさんだけだと心配だったから」

「おじさん……?」

 

 相澤先生の静かな抗議は無視である。

 ベッドの傍にぺたんと座って、クマのぬいぐるみを抱き寄せる。ふかふかだ。

 

「あのおじさん目つきが怖いでしょ? いじめられたりしなかった?」

「おい、八百万妹。俺をなんだと思ってやがる」

「目が怖いのは事実じゃないですか」

「ドライアイなんだよ。細目の方が楽なんだ」

 

 ドスの効いた声で言いつつ、先生は躊躇いがちに視線を彷徨わせて――。

 

「……もっと早く連れて来られれば良かったんだがな。素の第一声で『可愛い』が出てくるような奴が必要だった」

「あれ? ひょっとして褒めてますか?」

「見た目的にも壊理に近いしな」

「私、高校生です」

「遺憾ながらよく知ってるよ」

 

 むう、ぽんぽんと売り言葉に買い言葉が……。

 っていうか、相澤先生と話してるとどうも止まらなくなってしまう。

 視線を戻して微笑むと、壊理ちゃんがぽつりと、

 

「高校生、なの?」

「そうだよ。こう見えて結構お姉さんなんだから」

 

 ふふん、と胸を張ってみせる。

 壊理ちゃんは八歳とかだったはずだから、年齢的には倍近い。

 肉体年齢だと私は百歳超えてるから――うん、考えないことにしよう。

 

「お姉さん」

「? どうしたの、壊理ちゃん?」

 

 首を傾げて見つめる。

 壊理ちゃんは俯き、かたまって、小さな涙をベッドに落とした。

 

「……ごめんなさい」

 

 それは、辛い境遇にあった彼女が、必死に絞り出した言葉だった。

 

「私のせいで、怪我させちゃって、痛い思いをさせちゃって、ごめんなさい」

 

 壊理ちゃんは何度も「ごめんなさい」を繰り返した。

 オーバーホール――治崎は彼女にひどい教育を施していた。お前のせいで他の人間が傷つくんだ、と、言い聞かせ、内罰的な性格になるように誘導していた。

 辛かっただろう。

 苦しかっただろう。

 誰かに助けられるのが辛くて苦しいなんて、悲しすぎるというのに。

 

「大丈夫だよ」

 

 私はそう答えると、壊理ちゃんのいるベッドによじ登った。

 

「お姉さん……っ」

「大丈夫。私は消えたりしないよ」

 

 怯える彼女をちょっと強引に抱きしめる。

 

「私はしぶといからね」

 

 百年以上生きてきた私は、個性破壊弾に打ち勝った『不老不死』は、そう簡単には殺しきれない。

 ここに来てからは誰も消してないらしいし。

 

「だから、安心して」

 

 じたばたと抵抗しようとしていた壊理ちゃんだけど、しばらくすると諦めたのか暴れるのを止めて、代わりに私の胸に顔を押し付けて泣き始めた。

 わんわんと。

 私は、泣き止むまでずっと壊理ちゃんを抱きしめていた。制服、クリーニングに出さないとかもだけど、破れたり汚れた時用の予備が二、三着はある。ビバ八百万家の財力。

 

 そうして、泣き止んだ壊理ちゃんに、私は尋ねた。

 

「ね、壊理ちゃん。……“個性”がない普通の女の子に戻れるとしたら、どう?」

「え……?」

 

 思ってもいない問いかけだったのか、まん丸い瞳が私を見つめ返してきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊理2→平和の象徴の治療

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 

 壊理ちゃんの家を出て、玄関からは見えない物陰に入ったところで限界が来た。

 身体が熱い。

 立っていられなくなった私は地面に座り込んで荒い呼吸を繰り返す。

 と。

 急に身体が楽になったかと思えば、相澤先生が“個性”を私に向けていた。

 

「無茶しやがって」

「あはは。まあ、この手の反発は経験済みなので」

 

 オール・フォー・ワンを用いた上でこの反発は予想外だったけど。

 先生の『抹消』はありがたい。

 『不老不死』には効かないけど『巻き戻し』には効くので、反発を抑えた上で“個性”への適応を進められる。

 

「壊理ちゃん、これからどうなるんでしょう?」

「……とりあえずは経過観察だろうな」

 

 壁に寄りかかるようにして隣に立った先生は淡々と答えてくれる。

 

「本当に“個性”が発動しないか様子を見て、問題ないと判断されれば――後は医者の仕事だ」

「リハビリ、ですか?」

「カウンセリングを繰り返して恐怖心を取り除いてやらないとな。頃合いを見て少しずつ、勉強の遅れを取り戻させて、上手く行けばどこかの小学校にでも入るんじゃないか?」

「入院、しちゃうんでしょうか」

 

 リハビリするならその方がスムーズだ。

 

「……本人の希望次第だ。知らない大人に囲まれるのが不安だっていうなら、あの家に医者を招くこともできる」

 

 合理的ではないがな、と小さく付け加えたのは照れ隠しだろうか。

 

「優しいですね」

「ヒーローってのは一般人を守る仕事だろうが」

「それもそうですね」

 

 生徒にだってぶっきらぼうな優しさを見せてくれるんだから、普通の子に厳しくする必要はない。

 

「暴走の心配は?」

「ないと思います。さっきまでの状態でも『巻き戻し』と『不老不死』は拮抗してましたし、あの“個性”は感情の昂りで暴走するはずですから」

「所有者の精神年齢が上がるだけでも危険性は下がる、か」

「はい」

 

 私は、ほう、と溜め息をついた。

 

「良かったですね、壊理ちゃん」

「……お前の功績だ」

 

 嫌そうな口調で褒め言葉が返ってきた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「戻りたい」

 

 私の問いへの答え。

 壊理ちゃんは“個性”を失うことを願った。

 

「でも、そんなこと――」

「できるよ」

 

 仮定の話だと思っただろう。

 辛そうに首を振る彼女にしっかりとした口調で告げる。

 

「内緒なんだけどね。私は“個性”を人から取っちゃうことができるの」

「え……?」

「だから、壊理ちゃんがそうしたいなら、戻れるよ。普通に」

 

 小さな目が真ん丸に見開かれた。

 私の言った意味を、それが嘘じゃないことを彼女が理解するのにはそれなりの時間がかかった。

 震えていた。

 喜びの興奮を全身で表しながら、壊理ちゃんは言った。

 

「お願いします」

 

 それは、彼女の心からの願いだった。

 

「こんな“個性”いらない。……私の“個性”取ってください」

「その言葉が聞きたかった」

 

 ぽろぽろと涙を流す壊理ちゃんを見ているともらい泣きしてしまいそうだったので、私は敢えておどけた感じでそう返した。

 “個性”の奪取は一瞬で終わった。

 壊理ちゃんから私へ『巻き戻し』が移ると同時、彼女の額にあった小さな角が消失。代わりに私の額に同じものが現れる。

 手鏡も使って両者の姿を確認した壊理ちゃんは、もう一度私に抱きついてきた。

 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 

 生まれ持った“個性”のせいで苦しんできた少女は、無個性に戻った。

 デクくんのように“個性”が欲しくて欲しくて仕方ない人もいれば、壊理ちゃんのように“個性”のせいで苦しんでいる人もいる。

 本来、オール・フォー・ワンはそういう人達のための力なんだろう。

 実際、初期のAFO(オール・フォー・ワン)の活動にはそういった面もあった。

 

 あの男に感謝する人がいる事実を、その意味を、私はあらためて、ちょっとだけ実感した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 相澤先生が手伝ってくれたお陰もあって、翌朝には体調が戻った。

 “個性”が馴染むと同時に角も消えた。もともと髪に隠れて目立たなかったけど、消えてくれるのはありがたい。

 

 もろもろ含めて結果オーライ。

 

 正直に言うと、壊理ちゃんから『巻き戻し』を奪うのは怖かった。未知の理由で奪えない可能性や、奪った瞬間に暴走して壊理ちゃんを消してしまう可能性もゼロじゃなかったから。

 でも幸い、そういうことにはならなかった。

 

 今日は休日。

 インターンの方は大事を取って「学校の用事でお休み」してある。思ったより早く復調できたのでまるまる空いてしまったけど、それならそれで予定が降ってくるのが雄英(このがっこう)

 朝食後に電話で体調を報告すると、即「じゃあいつものところで会議な」という話になった。

 

 そうして地下に集まったのは私と校長先生、相澤先生に――オールマイト。

 

「じゃあ、壊理君の“個性”は定着したんだね?」

「はい。実験するわけにもいかないので試してはいませんけど……」

「ハハッ。ラットで実験してみるかい?」

 

 校長先生、あなたが言うと笑えないどころか怖いです。

 

「加減を間違ったら消えると思うと動物実験も気が引けますよ……」

「そうだね。だが、非常に貴重な“個性”なのも確かだ」

 

 対象生物の時間を巻き戻す壊理ちゃんの“個性”。

 目いっぱい戻して生まれる前の状態――つまりは消滅させたり、新人類(こせいもち)旧人類(むこせい)に戻す個性破壊弾の素材になったり、破壊的な面が目立ってしまうけど、使い方はそれだけじゃない。

 原作では、OFA(ワン・フォー・オール)を全開にして戦うデクくんを「適度に戻し続ける」ことで肉体の破壊を防ぐ、なんていう斜め上のサポートもしていた。

 『巻き戻し』は()()()()()()()()()()として扱うこともできるのだ。

 

 リカバリーガールも深すぎる怪我は治せない。

 『超再生』は老化さえ止めるけど、他人の怪我を治せない。

 でも、時間を巻き戻して怪我自体をなかったことにする『巻き戻し』にはそういった制約がない。

 

「使わないのはあまりに惜しい。特に……そう。怪我で戦えなくなったヒーローの治療に用いられれば、現状は激的に変わる」

「……それで、私ですか」

 

 現役を引退し、講師やアドバイザーとして活動している元No.1ヒーロー、オールマイトが、やせ細った顔に苦笑を作った。

 

「まさか、ここまで来てからそんな方法が見つかるとは……」

「皮肉なものだね。やっぱり、抵抗があるかい?」

「……そうですね」

 

 校長の問いにオールマイトは頷く。

 五年前――AFOとの戦いで彼が負った傷は深すぎて治療法がなかった。臓器にさえ深刻なダメージを負ったまま戦い続けたせいで、今となっては生きながらえているのが不思議なくらいだ。

 そんな身体が治るかもしれない。

 だというのに、彼の表情は浮かないものだった。

 

「正直言って、私としては気が進みません」

「………」

 

 相澤先生が黙ったまま校長を見る。

 いろいろあってオールマイトと仲良くなった彼としては、オールマイトの方の意見を尊重したいのかもしれない。

 それでも校長は動じた様子を見せず、

 

「君にもう一度戦って欲しい、というわけじゃないさ。ただ、その身体を治すだけでも――」

「軽々しく治していいものではない、と思うのです」

「っ」

 

 オールマイトは大声が出せない。

 だから、決して威圧感は強くないはずなのに、彼の発言には重みがあった。

 平和の象徴として戦い続けてきた男。

 彼以外の者が言ったとしても同じようにはならないだろう。

 

「勲章、などと言うつもりはありません。ただ、この傷は死力を尽くして戦い、勝利した証です。力を後継に託した今、不用意に治してしまえば、()が力の意味を軽んじてしまうかもしれない。そうでなくとも、治るからと軽挙妄動に出るヒーローを生んでしまうかもしれない」

「……それは、避けたいところだね」

 

 人は死を恐れる。

 恐怖は身を竦ませ、足を止めさせる原因にもなるけど、死にたくない、怪我をしたくないからこそ頑張れることだってある。

 そういう場面で「死ななければ怪我は治る」なんて気持ちを持ったら踏ん張りが効かなくなる。

 そして、戦いの中ではちょっとの油断が死を招く。

 

「故に、私の傷はこのままでいい。いえ、このままにしておくべきだ」

「………」

「………」

 

 校長も、相澤先生も何も言わない。

 理屈だけなら反論もできるだろうけど、オールマイトの気持ちも尊重すれば軽々しい言葉は出せない。

 私も、無理に治す必要はないと思う。

 

「オールマイト」

「永遠君」

 

 だから、私は別の角度から話をする。

 

「あなたの時間を戻しても、OFA(ワン・フォー・オール)は戻らないかもしれません」

「……そうだね。あれは失ったのではなく託したものだから」

 

 何が言いたいのかはわからないが……といった表情ながら、オールマイトはそう答えてくれる。

 良かった、彼も同じ意見なんだ。

 

 システム的に考えるとOFAは戻る。

 例えば、片腕を失った人の時間を戻したら腕は生えてくる(正確には失う前に戻る)。なら個性だって戻る方が自然だ。

 でも、出産と個性喪失ではだいぶ違う。

 個性因子と呼ばれているものが単なる身体の一部――細胞の一種みたいなものなのか、そうでないのかがそもそもわからない。便宜上因子と呼ばれているだけで、人に寄生している宇宙人やウイルスの類、なんていう可能性もある。

 三歳の子供がいるお母さんの時間を妊娠中まで戻したとして、お腹の中に赤ちゃんが現れるか――なんて、やってみないとわからないだろう。

 特に、OFAは例外中の例外だ。

 このへん、原作で“個性”を失ったミリオがその後どうなったかわかれば話が早いんだけど、あいにく原作はそこまで進んでなかった。

 

「何もかも取り返せるわけじゃない。仕方ないし、それでいいんだと思います。いくらでも復元できるなら物を大事になんてしないでしょうし」

「ええと……何の話?」

「普通は取り返しなんてつかない。それでも、どうしても返ってきて欲しい大事なものもあるんじゃないでしょうか、っていう話です」

「返ってきて欲しい、もの」

 

 私が言いたいのは治療による弊害でも、オールマイトの心持ちでもない。

 

「あなたが元気になったら、デクくんは喜ぶんじゃないでしょうか。戦力になるとか、そういうのは関係なく。ただ、大切な人ともっと一緒にいられるから」

「!」

「デクくんだけじゃありません。サーだって、あなたの怪我が治ったらほっとします。胸のつかえがとれて、きっと前以上に活動に打ち込めます。それだけでも、治す価値はあるんじゃないでしょうか」

 

 私は、治せるんなら治して欲しい。

 無理強いはできないから、もちろん私の希望でしかないけど。

 

 ――校長と相澤先生が顔を見合わせる。

 

 二人はそれぞれに息を吐いて、心底驚いている様子のオールマイトに言う。

 

「私だって、友人が今にも逝きそうなのは心苦しいさ」

「一杯奢る約束、果たさせてもらえませんか」

「………」

 

 オールマイトが俯いた。

 髪の隙間から、零れ落ちる何かが見えた気がしたけど、それは気のせいだったかもしれない。

 

「オールマイト。……いいえ、オールマイト先生。私の練習に協力していただけませんか?」

「……ああ、いいとも」

 

 かすれた声でオールマイトはそう答えた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「いいか妹。全力で出力を絞れ。絶対だ。間違っても制御を緩めるなよ」

「フリじゃないですよね?」

「当然だろうが馬鹿か除籍するぞ」

 

 場を和ませようとしてガチで罵倒されたりしつつ、広い部屋に場所を移して『実験』は行われた。

 中央に私とオールマイト。

 相澤先生はちょっと離れたところで油断なく立ち、私がやりすぎそうになったらいつでも『抹消』できる構え。

 校長は部屋の隅まで移動して、間違っても巻き込まれない態勢。

 

「じゃあ、行きます」

「これで消されたら化けて出るからね」

 

 オールマイト本人からも言われてしまったのでいささか緊張しつつ、極力低出力になるよう必死で抑えながら『巻き戻し』を発動。

 結果から言えば、成功した。

 ちょっと使っては『抹消』を併用して発動を中断し、再開するの繰り返し。時間をかけて“個性”を使ううちにオールマイトの顔色が少しずつよくなって、ある時、彼が負っていた幾多の深手が消え始めた。

 そうしてきれいさっぱり、真の姿(トゥルーフォーム)から傷が消え去ったところで、私は『巻き戻し』を止めた。

 

「成功だね」

 

 オールマイトの死期は伸びた。

 何もなければ老衰するまで、これからも長く生きられるだろう。

 このことはデクくんとサー、リカバリーガールなど、ごくごく一部の関係者以外には伏せられることになった。それでもきっと、知った人達の喜ぶ顔はオールマイトにとっても良いものだろう。

 

 たぶん、サーとの約束も果たせたと思う。

 

 私は心からの笑みを浮かべて、

 

「じゃあトワ君。警察から協力要請が来てるから移動しようか!」

「私、まだ仮免なんですけど!?」

 

 やることはまだまだあるみたいだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Re:ギガントマキア

 警察から依頼された仕事は危険が伴うらしい。

 病み上がりのオールマイトとは別れ、残りのメンバーだけで移動した。

 

「……なんか、久しぶりですね」

 

 エレベーターを降りた先は広大な地下空間。

 人工のものと自然のものが半々で共存する山と森は、夏合宿のために作られた特別フィールドだ。

 現在は派手な戦闘訓練などに使われていて、申請すれば特訓にも使わせてもらえる。

 

 ただし、今回は特訓目的じゃない。

 

 合宿所前の広場まで移動すると、数人の警察官が待機していた。

 彼らは私達――というか、校長先生を見て一斉に姿勢を正す。それから、まとめ役らしい人が進み出てきて口を開いた。

 

「ご苦労様です」

「こちらこそ、ご足労いただき申し訳ありません」

 

 私と相澤先生も挨拶を交わした後、今回の目的を教えてもらう。

 

「先日、ラーカーズの皆さんが捕縛した巨人が、トワさんと戦わせろと繰り返し主張しておりまして――」

 

 戦わせてくれないなら暴れると言っているらしい。

 普通の犯罪者なら拘束しておけばいいんだけど、ギガントマキアをずっとそうするのは難しい。

 拘束具を何度も壊されては費用も馬鹿にならない。

 

「で、いっそ望みを叶えてしまおう、と」

「ええ。さすがに無茶が過ぎると上申したのですが、強引に指示されまして……」

 

 見れば、撮影用の機材まで用意されている。

 私の新しい力がどの程度のものか試す意図もあるんだろう。

 

「でも、ギガントマキアはどこに?」

「移送が難しいので直接呼び出して欲しいとのことです」

「わかりました」

 

 私はこくんと頷いて答える。

 

「永遠君。できるかい?」

「初めてですけど、たぶん大丈夫です」

 

 他の人達に離れてもらってから“個性”を発動。

 使うのはあの黒い泥だ。

 他者の呼び寄せと自分の移動。どっちもできる力だけど、今回は呼び寄せの方を使う。ギガントマキアの姿と、それを遠くから引き寄せてくるイメージ。

 

「できた」

 

 どろり。

 前の空間に泥が現れる。

 直後、ギガントマキアの巨体が音を立てて落ちてきた。拘束衣に縄、手錠で全身がちがちに固められた姿。

 唯一無事な頭を動かして、彼は、正面に立つ私を見た。

 

「……後継……!」

「久しぶり、ギガントマキア」

 

 私の主観では一週間も経ってないけど、彼としては二週間近い。

 中途半端な決着からそれだけの期間大人しくしていたのだから、さぞかしストレスが溜まっただろう。

 

「本当に呼び出したぞ」

「あんなでかいのに勝てるのか?」

「いくらヒーローだって」

 

 周囲の声を聞き流しながら、私は巨人を見上げる。

 

「今度こそ、一対一で戦おう」

「有難い……!」

 

 地下空間全体に響くような咆哮が上がった。

 地面に蹲ったまま、ギガントマキアが腕を振り上げる。私は振り下ろされる腕に向けて跳躍し、手錠の繋ぎ目を殴りつけた。

 繋ぎ目が砕け、手首部分が自由になる。

 足枷の方も蹴っ飛ばして破壊してやれば、後はギガントマキア自身がぶちぶち千切り飛ばした。残骸を軽く処理すれば、ボロだけを纏った自由な姿になる。

 

「いつでもいいよ」

「ならば、行くゾ……ッ!」

 

 巨人はすぐさま襲い掛かってきた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ギガントマキア。

 二週間前。私は彼相手に時間を稼ぐのが精一杯だった。巨大化状態のレディさんでさえ押されてしまう超パワーは、ただ単純に脅威だ。

 だからこそ、私は真っ向から拳を合わせた。

 

 衝撃。

 

 一瞬の拮抗の後、骨の砕ける嫌な感覚。

 圧される。

 数メートルを吹き飛ばされ、空中で一回転して着地。ばきばきになった右腕がぷらんと垂れ下がる。巨人もよろけたが、向こうの腕は無事。すぐに立て直して向かってくる。再度の右ストレートに左を合わせる。さっきの焼き直しのように腕が砕けた。

 でも、

 

「やれる……っ!」

「強者よ……!」

 

 向こうも「前とは違う」ということを感じとったらしく、褒め言葉を贈ってくれる。

 駆けだす。

 馬鹿の一つ覚えのように繰り出される拳にこっちも応戦。砕けた右腕は『超再生』もろもろの効果によって既に再生している。

 骨が砕ける。衝撃を受け流して飛ばされる距離を短縮。今度は左。更に右。左。右。左。

 ギガントマキアは右拳一本で攻撃を繰り返している。

 

 我慢比べだ。

 

 集団戦で倒してしまったお詫びも兼ねて乱打戦に付き合う。

 パワー自体はほぼ拮抗。

 私が押し負けているのは体格差によるところが大きい。各“個性”による外見変化は『不老不死』が軒並みキャンセルしてくれているけど、その分、肉体の耐久度がギガントマキアよりも低い。自分と相手、二人分のパワーを受けるとさすがに腕が砕けてしまう。

 でも、このままじゃ向こうも決定打にならない。

 二人共『超再生』を持っている以上、多少のダメージなんて何の意味もない。

 

 ――さあ、どうするギガントマキア!?

 

 私としてはいつまでも続けても構わない。

 何度も何度も腕を砕いてもらえれば、それだけ身体が進化する。

 スタミナ勝ちを狙うつもりなら、それで勝てると思うならそうすればいい。

 

 殴って、殴って、殴り合って。

 

「なら、ば!」

 

 巨人の瞳がぎらつく。

 右と右の衝突の直後、続けて左拳が飛んできた。

 来た。

 焦れたのは向こうの方。私はぴりぴりとした緊張を感じながら、努めて冷静に拳を回避。空ぶった左腕を思いっきり蹴りつけた。

 

「グ、オォッ!?」

「小回りはこっちの方が上でしょ!?」

 

 本来、馬鹿正直に殴り合う必要はないのだ。

 腕が砕けるほどの攻撃なら避けてしまえばいい。それをしなかったのは相手への敬意。だけど、向こうがリズムを崩したのなら付き合う義理はない。

 

「コ、ノ!」

「無駄だよ」

 

 捉えようとしてくる二本の腕を、私はステップを駆使して回避。

 パワー同様、スピードも上がってる。

 新しい性能に慣れるまで暗殺殺法は上手く使えないけど、避けながら一方的に反撃を加えていければ十分だ。

 と。

 一本、二本と腕を避けたところで巨人のつま先が跳ねあがる。蹴りだ。でも、むしろ足技の方が対処しやすい。僅かに位置をずらすだけで難を逃れ、逆に足の側面を蹴りつけてバランスを崩させる。

 

 巨人が大きくよろめく。

 

 彼が体勢を立て直した時には、私は数メートルの距離を離していた。

 視線が交わる。

 

「正々堂々と来て」

「……キサマ」

「ただの殴り合いなら、小細工なしで応じてあげる」

「グ、オオォッ!!」

 

 再びの右ストレート。

 宣言通り、こちらも右拳を合わせる。

 弾かれたのは、ギガントマキアの拳だった。

 

「ナ、ニ……!?」

 

 『衝撃吸収』。

 腕へのダメージが減ったことで骨が砕けなくなり、受けたダメージの回復が間に合う。

 

 ――困惑を表しながらも、巨人の拳が再び来る。

 

 『膂力増強』×2。

 衝突の直後に競り勝った。大きく逸れた拳が引き戻されるのを待つ。

 

 ――咆哮と共に、溜めを乗せた重い一撃。

 

 『瞬発力』×2。

 地を蹴ってパワーを乗せ、飛び込むように殴り勝つ。

 

「オ、オオオオオオオォォォッッ!!」

 

 左。こっちも左を合わせた。

 

 ――そこから先は本当に乱打戦。

 

 ギガントマキアががむしゃらに振るってくる腕に拳を返すだけ。

 何回も、何十回も、何百回も。

 殴り合った後に巨人は息を切らせ、汗を飛ばし、限界を迎えて膝をついた。

 

「……認めよう」

「………」

「後継よ、我に何でも命じるがいい」

 

 警察官達の視線が集まる中、彼は厳かに言った。

 私はきっぱりと答えた。

 

「なら、罪を償って。あなたのしたことを全部話して、警察に協力しなさい」

「いい、だろう」

「素直に従ってくれる?」

「愚問だ。力こそが全て。強者であれば、(ヴィラン)であろうと正義(ヒーロー)であろうと関係ない」

「……ありがとう」

 

 恐る恐る警察官達が寄っていっても、ギガントマキアは暴れなかった。

 元いた場所に送ることはできない(向こうに知り合いがいない)ので、車かヘリを手配して運ぶことになるだろう。……って、あのサイズじゃエレベーターに乗れないし、合宿の時の穴はとっくに塞いじゃってるから、相澤先生あたりに先に上へ行ってもらって、ギガントマキアを転送しないと駄目か。

 

「ご協力感謝します」

「いえ。できることをしただけですから」

 

 まとめ役の人は深く頭を下げてくれたものの、ちらちらとこちらを見てくる部下の人達の視線は、どこか恐ろしいものを見るようなものだった。

 

巨人(ギガントマキア)の心を折ったのか」

 

 巨人が移送されていった後、相澤先生が尋ねてきた。

 

「はい。身体能力で済む範囲だとそれしかないと思ったので」

「だから、あれに心理戦を仕掛けたのか」

「私に切り札があるのは向こうも知ってるでしょうから」

 

 ギガントマキアが何故焦れたのか。

 答えは簡単。

 オール・フォー・ワンがある以上、私が彼を倒すのは簡単だからだ。あるいはオール・フォー・ワンでなくても『槍骨』とか『二倍』あたりを使うだけで形勢は傾く。

 巨体と怪力で叩き潰せない相手が奥の手まで持っているとなれば焦るのは当然だ。

 

 ――まあ、借り物の力で勝っただけだからあんまり威張れないんだけど。

 

 使えるものは使う。

 少しでも世界を平和にするためには立ち止まっていられないのだから。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 学生に復帰してからの日々も慌ただしく過ぎていった。

 校長達から「さっさとプロになれ」と言われてしまった私は授業をしっかり受けるのはもちろん、放課後の自主練や予習復習に精を出すことになった。

 幸か不幸か『超再生』か『超耐久力』あたりのお陰で一日三時間も寝れば十分(頑張ったら二日くらい徹夜可能)になったので、時間は捻りだすことができる。

 気分的になんか損した気分になるのと、起きてる時間が長い分だけ夜食の減りが早いのがタマにキズだけど、まあそこはしょうがない。

 

 ジェントル・クリミナルが逮捕された、というニュースを見て「そういえば忘れてたな……」とか思ったりしつつ、あのイベントの時期が来た。

 

「文化祭があります」

「ガッポオオオイ!!」

「いいんですか!? この時世にお気楽じゃ!?」

「今年は()()()()()()、ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭となる」

 

 いろいろ規格外な雄英にも学園祭はある。

 体育祭がヒーロー科メインの行事だとすれば、文化祭はサポート科や普通科、経営科のための行事といえる――らしい。

 どうしても身体を動かす系だとヒーロー科が有利だから、研究発表だったりはっちゃける系だったりは彼らのストレス解消にもなっているのだとか。

 

「決まりとして一クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」

 

 というわけで、飯田君が議長となって出し物のアイデア出しが始まった。

 

「メイド喫茶!」

「おもち屋さん!」

「腕相撲大会!」

「ビックリハウス!」

「クレープ屋!」

 

 次々と出るアイデア。

 そんな中、私はどうしようかと首を捻る。原作でライブやったのを知ってる私が介入していいものか。下手に別のものを言って未来が変わったら、あるいは直接ライブを提案して却下されたら……。

 体育祭なんかと違って無理に我を出す必要がないから逆に困る。

 うーん、と悩んでいると、

 

「永遠君は何かないか?」

「焼きそば屋さん!」

 

 しまった、反射的に食べたいものを言ってしまった。

 ちなみに飯田君が「永遠君」って呼ぶようになったのは「綾里」か「八百万」かでややこしいから。

 で、

 

「……まとまりませんでしたわね」

 

 百ちゃんが要らないのを削除したりして頑張ってくれたんだけど、やっぱりまとまらなくて、相澤先生から「明日までに纏めておけ」というお達しが出た。

 で、場所は寮の談話室に移る。

 こういう時、クラス全員が同じところに住んでると便利だ。帰る時間を気にしなくていいから、最悪えんえんと話ができる。

 

「落ち着いて考え直してみたんだが、先生の仰っていた他科のストレス。俺達は発散の一助となる企画を出すべきだと思うんだ」

「そうですわね……。ヒーローを志す者がご迷惑をおかけしたままではいけませんもの」

「そうなると正直……ランチラッシュの味を知る雄英生には食で満足させられるものを提供できないと思うんだ」

 

 これも原作通りの流れ。

 ここからご飯系は自粛する流れになってライブ案が出てくるんだけど……ちょっとだけ言いたいことがある。

 さっき普通に焼きそば屋さんって言っちゃったし、せっかくだから言っちゃおう。

 

「飯田君はわかってないよ」

「な、なんだと……!?」

そもそもランチラッシュと張り合っちゃだめだよ

「!?」

「ううん、もっと言えば、料理の美味しさっていうのは素材や味付けだけで決まるものじゃないんだよ。盛り付けの仕方、食べる場所、払った値段、誰と食べるか。そういったものも加味した上での味なの。だから、学園祭でやるならチープな味でいい。チープな味がいいんだよ。誰もが懐かしいと思うような独特の美味しさは、ランチラッシュには出せない」

 

 元洋食屋の娘として、現役の食いしん坊として、それだけは言っておかなくちゃいけない。

 飯田君が気圧されるように眼鏡を押さえて、

 

「で、では、永遠君はどうしても食事系がいいと?」

「ううん。みんなに楽しんでもらうならエンタメ系の方がいいんじゃない?」

さっきのはなんだったんだ!?

 

 結局、出し物はライブになりました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園祭

「永遠ちゃん、何か楽器できない?」

「リコーダーとカスタネットなら」

「ケッ。義務教育の遺産か」

 

 うるさい爆豪。いや、その通りなんだけど。

 

「我が家で教育を受ける時間があれば、何か覚えられたのでしょうけれど」

「気にしないで、お姉ちゃん。私はダンス隊に入るから」

 

 我らが1-Aの出し物はバンドに決定。

 クラブミュージック的な派手な奴で、メンバーは大きく分けて三つのチームに分かれる。楽器と歌を担当するバンド隊、ダンスを披露するダンス隊、派手なエフェクトなんかで盛り上げる演出隊。

 私は明らかに演出隊向きじゃないので、必然的にダンス隊になる。

 

 と、切島君が私の頭をぽん、と叩いて、

 

「でも、こいつの見た目を使わないのって損じゃね?」

「前列でダンスしてれば十分目立つんやない?」

「いや、切島の言う通りだよ! ヒーロー衣装でセンター立ったら絶対目立つ!」

「魔法少女だもんな」

「魔法少女だもんね」

「撲殺天使トワちゃん」

「あれ、私のコスって不評?」

「私は可愛いと思うよ!」

 

 ありがとう、透ちゃん。

 

「じゃあ、ウチと一緒にボーカルする? ギターなしダンスありで」

「あ? それじゃ俺より目立つだろうが!」

「晒し者と言った方が正しいのでは」

「なら良し!」

 

 いいんだ!?

 

 ……というわけで、私はうろちょろしつつ、耳郎さんと一緒に歌う役になった。

 中学までは音楽の授業あったし、普通に歌えはするけどプレッシャーである。他のみんなも普段やらない子が多いので、放課後とか休日を使って特訓しないといけない。

 

「あ、でも私、インターンもあるんだよね……」

「僕もトレーニングは日課だから……」

 

 私に続けてデクくんも手を挙げると、

 

「歌って踊りながらパトロールやトレーニングすればいいんじゃね?」

「それだ!」

 

 それでいいのかな……?

 と思いつつ、まあ、身体を動かすのはダンスにも役立つし、歌を口ずさむくらいなら色んなところでできる。睡眠時間ギリギリの生活を継続するということで納得した。

 そして、

 

「永遠さん。今日もいいかな?」

「あ、ウチも」

「うん、いいよ」

 

 放課後、耳郎さんを中心に特訓した後、デクくんとお茶子ちゃんから声をかけられた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最近、私はたびたびデクくん達とトレーニングをしている。

 オールマイトの秘密を共有する仲としてデクくんとはよく話をするんだけど、その繋がりで話をもちかけられたのだ。

 もちろん、それ自体は嬉しいことだし、私にとっても良い経験になる。

 ただ、デクくんと二人っきりでトレーニングなんて勘違いされそうなシチュエーションは避けたかったので、一緒にお茶子ちゃんも誘った。

 

 で。

 

 橙色の消えかけた空の下、私達三人は三角形で睨み合う。

 周りに人気はない。

 静寂の中、スタートの合図代わりに仕掛けたアラームが音を響かせ――同時に全員が動いた。

 

「おおおおおおォ!!」

 

 吠えて駆け出したのはお茶子ちゃん。

 

「ッ!」

 

 一瞬遅れてデクくんが地を蹴る。鋭いジャンプで向かうのは周囲の木立ち。シュートスタイルを用いた高速の立体機動は彼の十八番。

 どこから狙われるかわからないのはかなりの恐怖だけど、お茶子ちゃんは怯まない。すぐさま進路を微調整して私一人に狙いを絞ってくる。

 

 そんな二人を相手に、私は主観的な意識を手放す(いつもの)

 とん、と。

 斜め前に軽く踏み出せば、それだけで、お茶子ちゃんが動揺を浮かべる。デクくんにしてもターゲットの片方が「消えた」ように感じているはず。わかっていてもなかなか対処できないからこその暗殺殺法。

 

「だからって……いつもやられるわけにはいかへんやろっ!」

 

 0.5秒の瞬き。

 だんっ! と、地面へ足を叩きつけて強引な方向転換。歯を食いしばりながら振るわれる拳は、私の初動を正確に捉えていた。

 ほんの僅かな間で認識のズレを埋めてきた!

 音や匂いなどの総合による曖昧な対象認識――いわば「気配」を完全に無視し、視覚のみに頼ることで私の歩法は対処可能。

 

 でも。

 彼女が動く間に、私も動いている。

 俯瞰状態を保ったまま、私はお茶子ちゃんの懐に身を滑り込ませる。そのまま自然な動作で拳を差し込み、自分と相手のスピードを用いてインパクトの衝撃を生む。

 

 同時。

 

 ターゲットを絞ったデクくんの蹴りが反対側――お茶子ちゃんの背中に炸裂。

 想像するだけで痛そうな光景に一瞬、動きを止めると、

 

「これを」

 

 お茶子ちゃんが、痛みに顔をしかめながら身体を横回転。

 左右の手で私とデクくんへ同時に()()()

 

「待ってたって言ったら!?」

 

 FLOAT(ふわっと)

 身体の自由がきかなくなり、文字通り地に足がつかなくなる。咄嗟にデクくんと顔を見合わせ、すぐに下へと視線を向ければ。

 お茶子ちゃんが痛みに歯をくいしばりながら、私達二人へ不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「あー、永遠ちゃんのアレが攻略できひん。見切ったと思ったら避けられるし。デクくんからは無防備になるし」

「麗日さんこそ凄かったよ。まさか読まれてるとは思わなかった」

「私は緑谷君のシュートスタイルが怖いよ。気配が読まれなくても移動のついでで蹴っ飛ばされそうだし……」

 

 実戦形式のトレーニングを終えた後は寮で晩御飯。

 デクくんもお茶子ちゃんもちょっと身体が痛そうだ。授業の後にダンスの特訓して、更にトレーニングだから無理もない。

 あの後も戦いは続いて、お茶子ちゃんはもちろんデクくんからもぶん殴られ、私も殴り返した。お陰で三人ともウェアを汚してしまい、ご飯の前に着替えないといけなかった。こういう時は傷がすぐ治る私の身体はすごくありがたい。

 

「お前らホントよくやるよな」

「切島君だってファットガムのところで頑張ってるんでしょ?」

「おうよ! お前ともまた再戦したいぜ!」

「う、切島君とやると手が痛くなるからなあ」

 

 色々あったせいか、みんな二学期は一学期以上に張り切ってる。

 その分ご飯も進む。男女問わず体育会系のごとくご飯を食べ、おかわりするものだから、全体の摂取カロリーはきっとすごいことになってると思う。

 私も「今日の夜食は何にしようかなあ」と考えながら豚の生姜焼きメインの晩御飯を美味しくいただいた。

 

 夜はヒーロー関係の知識を詰め込みつつ、座学の予習復習をして、時間が余ったら寮を抜け出して歌の練習と自主トレ。

 記憶力が良くなる“個性”とか欲しいなあ、と思うものの、今となってはあんまり洒落にならないので、この手の思考は封印した方がいいかもしれない。

 

「緑谷君はサーのところなんだよね?」

「うん。厳しいけど、いい刺激になるよ。……あ、そうそう。永遠さ――君にも会いたがってたよ」

「そうなんだ。でも、ちょっと見た目怖いんだよね、サーって」

 

 デクくんとサーにはオールマイトの回復の件が伝わっている。

 たぶん、会いたいというのはその件だろう。特異点としての役割を果たせたのなら良かったと思う。

 でも、オールマイトが治療を決意してくれたのはサーやデクくんの想いのお陰だから、もし万が一、お礼を言われちゃったりしたら困る。

 

「あはは、でもああ見えていい人なんだよ」

 

 私の発言にデクくんも笑って返してくれる。

 ……よし。さっきの失言はスルーできた。このまま話題を流してしまえば、

 

「おいデク。色気づいてんじゃねーぞコラ」

「緑谷君! 永遠君と親しいとは思っていたが、さっきの言い直し方――まさか、彼女と交際しているのか!?」

「違うよ!? っていうか飯田君こそ名前で呼んでるじゃないか!? あとかっちゃん、色気づいてるって何!?」

 

 駄目でした。

 爆豪が怒ってるのは『私に』嫉妬してるからかなーとか、現実逃避的にアレな思考をしていると、麗らかな人から麗らかではない視線が飛んでくる。

 

「……ふーん。良かったやん、永遠ちゃん」

「お茶子さん、違うんだよ、今のは! なんていうか、八百万さんの呼び方は安定してないから、つい!」

 

 ほら、そういうことになる。

 気になる女の子には特別扱いしてあげないと魚を逃すことに、って……。

 

「お茶子さんって言ったよね、透ちゃん?」

「お茶子さんって言ったね、永遠ちゃん」

「これは、ひょっとするかもしれませんわね、お二人とも」

 

 ハンカチで口をふきふきしながら百ちゃんが言うと、直後、食堂に歓声が溢れた。

 なんというか、その雰囲気を一言で言うなら「祭りじゃー!」って感じだった。一部「呪ってやる……」とか「祟りじゃー!」って感じの人もいたけど。

 

「ち、違うんよ! 私達は別にそういうんじゃ、なくて……」

「おやおやー? 緑谷、この子赤くなって俯いちゃったけどー?」

 

 騒ぎは「飯時に騒ぐな!」という爆豪の一喝と、「ほっといても学祭でくっつくでしょ。それよりみんな、明日の放課後も特訓だから」という耳郎さんの声がかかるまで続いたのだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 そうして、あっという間に文化祭当日。

 

 全寮制となり「最終下校時刻? なにそれ美味しいの?」とばかりの雄英内は数日前から大騒ぎで、昨日なんかは私以外の1-A生も殆ど寝てないんじゃないかっていう勢いだった。

 午前九時の開会時には花火まで上がっての大騒ぎ。

 

 うちのライブは初回が午前十時なので、開会アナウンスを聞いて盛り上がった後はすぐさま最終準備に移らなければならなかった。

 なので、

 

「すみません、ミリオ先輩。お姫様のエスコートをお願いします」

『ああ、任せてくれていいよ! 君もライブ頑張って!』

「はい。……でも、恥ずかしいので見に来なくていいですよ?」

『はは。俺はお姫様のガードだからね』

 

 壊理ちゃんの案内は原作通りミリオにお願いした。

 “個性”がなくなって普通の女の子になったとはいえ、悪い奴が狙ってくる可能性はゼロじゃない。何より、小さな女の子を大人だけで案内するのではちょっと不足だ。

 

「電話終わった? じゃあ動かないでね、永遠ちゃん!」

 

 ダンス組の衣装はフリフリなので他の子が協力して整えてくれている。

 

「透ちゃん楽しそうだね……」

「うん! 永遠ちゃんは楽しくないの?」

「楽しいけど、胃が痛くて辛いんだよ……」

「永遠ちゃんが胃痛で死ぬわけないから大丈夫だよ!」

 

 まあ、宇宙とまではいかなくても超丈夫にはできてるだろうけども。

 

「妹」

「相澤先生。あっちの首尾はどうですか?」

「問題ない」

 

 良かった。

 

「なら、後は頑張るだけですね」

「………」

「なんだかんだ言ってノリノリで恥ずかしいなこいつ、みたいな目で見ないでください!」

 

 そして、ライブが始まった。

 

 

 

 

よろしくおねがいしまぁス!!

 

 前日のリハーサルにて、爆豪は「雄英全員音で殺るぞ」と語っていた。

 彼の宣言通り、私達のライブは音と光による圧倒的な暴力だった。

 

 爆豪の“個性”がバンドの頭上に爆発を起こす。

 バンド組が大音量を響かせ、ダンス組がステージ上をところ狭しと踊る。

 デクくんと青山君がコンビでダンスを披露したかと思えば、デクくんの投げた青山君が空中をレーザーで照らす。

 轟君と瀬呂君が観客達の頭上に氷とテープの道を作り、みんながそこを渡って更なるパフォーマンスを繰り出していく。

 お茶子ちゃんは自分も浮きながら観客にタッチして独特の浮遊感を作り出す。

 

 私は、ヒーロー衣装を元にした魔法少女風のコス(ダンス組とも違う専用の衣装だ)に身を包み、あっちこっちに駆け回りながら精一杯歌った。

 青山君のついででデクくんに投げられ、瀬呂君のテープで引っ張られ、氷の上をスケートのごとく滑りながら、インカム型のマイクで声を響かせた。

 

 途中、りんご飴を片手に歓声を上げる壊理ちゃんの笑顔が見えた。

 

 無我夢中のまま終わってしまったけど、大成功だったと思う。

 満員の大盛況と、お客さんの熱気が物語っていた。

 

 慌ただしくて他を回る時間があまり取れなかったのが残念なところだけど、自分達も盛り上がって、お客さんにも盛り上がってもらえたならそれが一番だろう。

 ただ、百ちゃんのライバル、B組所属の拳藤さんやビッグ3のねじれ先輩が出るミスコンは見られた。

 

「お姉ちゃんも出ればよかったのに」

「永遠さんが出るなら出てもよかったのですが」

「ねじれ先輩がいるんだから、私なんかかすんじゃうよ」

「そういうことですわ」

 

 ミスコン優勝はねじれ先輩だった。

 

 そうして、学園祭は最後まで賑やかに終了した。

 後片付けをした後、ファミレスで打ち上げ――はセキュリティ上まずいので、買い込んだ食べ物飲み物をメインに寮で騒いだ。

 この日ばかりは日課の殆どを忘れて楽しみ、笑いあい、ベッドに入って眠った。

 

 明日からまた頑張ろうと思いながら。

 

 ――起きたら世界が一変しているとも知らずに。

 

『ヒーロー科一年・八百万永遠は『不老不死』の“個性”の持ち主』

 

 突如、ネットに流されたその情報は、関係者が気づいた時にはもう、手の施しようがないところまで拡散していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暴露された秘密

『――警視庁等、複数の機関のコンピュータに不正アクセスを行い、機密情報を盗み出したうえ、それを漏洩した疑いで、ハンドルネーム・ラブラバこと相場(あいば)愛美(まさみ)容疑者、二十一歳を逮捕しました。繰り返します――』

『宮城さん。この事件の焦点は一体どこなのでしょうか?』

『……まず、これは複雑な事件だと思います。

 相場容疑者は先日逮捕されたジェントル・クリミナルこと飛田被告と恋仲にあったらしく、彼の逮捕を逆恨みして犯行に及んだと言われています。

 先の事件において犯行を幇助していた疑いの強い相場容疑者を放置していた警察の怠慢。不正アクセスを受けた側の管理体制の不備。未成年の少女の“個性”が一部の者によって隠匿されていた事実。隠匿に雄英の校長も関わっていたこと。同時にその情報は当人のプライバシーを考えれば秘匿されてしかるべきもので、不正に利用されるべきではないという人道的な問題。

 オールマイト引退後による社会への影響、新体制が必要とされている事実をあらためて、強く我々に印象付けた事件ではないでしょうか』

『ありがとうございます。では、続いて専門家の方の意見を――』

 

 スマホで流していたニュース番組を終了させ、私は息を吐いた。

 

「キリがないし、行こうかな」

 

 寮の自室――じゃない。

 例の地下室の一つに最低限の服や私物だけを持ち込んだ即席のセーフハウスに私は避難していた。避難させられていた、が正しいかもしれない。

 情報流出から早何日。

 多少、状況が落ち着いてきたから顔を出していい、とお達しが出たのが今朝のことだ。

 

 ニュースの通り、私が『不老不死』だという情報を流したのはラブラバらしい。

 

 原作の文化祭編で雄英侵入を企て、デクくんが激戦の末に打倒した自称『義賊』の動画配信者――ジェントル・クリミナルのパートナーにして凄腕のハッカー。

 原作でも「ジェントルと一緒に捕まりたい!」と主張していたくらい愛の深い彼女。

 ジェントルだけが捕まり、自分のことは『捕まえてくれない』警察に苛立った彼女は、せめてもの嫌がらせをと考えたのだろう。

 もしくは、急な逮捕に作為的なものを感じて裏を取ろうとしたか。

 

 何故、私の情報を流したのかといえば、ジェントルの逮捕を働きかけたのが校長だったことを知ったからだろう。

 校長自身の弱みが見つからなかったので、代わりに彼が隠している生徒の秘密をバラした。

 

 本当に余計なことしないで欲しい。

 でも、むしろ『不老不死』の件だけで助かった気もする。私の“個性”に辿り着いたのなら、オール・フォー・ワンの件を知られてもおかしくなかった。

 あれを公開すると問答無用で消されかねないから、やらなくて正解だと思うけど。

 

「制服、よしっと」

 

 身支度を確認してから地下室を出て教室へ移動する。

 この時間は予定を変更してHRをしているらしい。頃合いを見計って来い、と、相澤先生からは言われている。

 

 ――最悪、退学も覚悟しておかないとなあ。

 

 ホークスの例があるように、ヒーローになるのに学歴はいらない。

 校長は守ってくれるだろうけど、A組のみんなや他クラスの反応によっては自主的に辞めないといけないかもしれない。

 そうなって欲しくはないと思うけど。

 静かな廊下をこっそり歩き、いっこうに解けない緊張を覚えながら、教室のドアをがらりと開いた。

 

 視線が集まる。

 三十八、ううん、相澤先生を含めて四十の瞳が私を見ている。

 何を言われるんだろう。

 私は緊張しながら一秒程度の時間を待って――。

 

「あ、不老不死ちゃんだ!」

「よう、不老不死!」

「おいコラ、何が『しぶとい』だコラ! ぶっ殺してやるから勝負しろコラ!」

「皆さま、その呼び方はどうかと思うのですが……」

「あれえ……?」

 

 ノリ、軽っ!?

 いや、ある意味嫌味を言われてるんだけど、なんていうか、自転車で転んで腕の骨を折ったクラスメートに「この骨折野郎!」って言うくらいの気軽さを感じる。

 意外すぎてぽかんとしてしまっていると、相澤先生が、

 

「なんか余計な心配してやがったのか、不老不死」

「先生まで言わないでください!」

 

 言い返しながら、私は一つ、胸のつかえが取れるのを感じた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「でも実際、私のこと気持ち悪くないの……?」

「いや、そんなこと言ったら気持ち悪いやついっぱいいるし」

 

 いともあっさりと言ってのけたのは切島君。

 と、出身校が一緒の芦戸さんが笑って、

 

「だよねえ。私だってちっちゃい頃、お年寄りとかから『気持ち悪い』ってよく言われたし」

「常闇とか夜道で会ったら絶対怖えーよな」

「そこで引き合いに出されるとは……」

 

 なんだか、まるっきりいつも通りのノリ。

 アクの強い面々がわいわいと言いたいことを言って、そのくせ、なんとなくまとまっている。

 

「みんな……」

 

 ありがとう、と言おうとして、

 

「ケロ。勘違いしないでね。気持ち悪くない、って言ってるわけじゃないのよ」

「っ」

 

 梅雨ちゃんだ。

 時々、鋭いことを遠慮なく言ってくる彼女は私をじっと見た後、にこりと笑って、

 

「でも、私はあなたのことを知っているわ。だから、『不老不死』は気持ち悪いと思うけど、永遠ちゃんのことは嫌ったりしないわ」

「――ありがとう」

 

 今度こそ、私はその言葉を口にした。

 

「ねー、永遠ちゃんって今までに何回くらい死んでるの?」

「えーっと……千回くらい?」

「うわ気持ち悪!」

「ひどくない……?」

 

 ほっと安心する一方、オール・フォー・ワンのことが知られてもまだ、今と同じ反応をしてくれるだろうか……と、考えながら。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 幸いなことに、私はA組のみんなから受け入れられた。

 B組の生徒や上級生のヒーロー科も割と好意的な反応を示してくれている。イモータルヒーローとか超格好いいじゃん、なんていう声もあった。

 校長先生も雄英の見解として「生徒を育み、育てるという方針に何ら変わりはない」と示した。

 

 こうして退学の必要はなくなったけど――みんながみんな、私を受け入れてくれたかといえば、そんなことはなかった。

 

「あいつだよ、例の」

 

 廊下を歩けば、そんなひそひそ声が聞こえてくる。

 

「あの不老不死?」

「そうそう。校長のお気に入りらしいよ」

「校門前もマスコミだらけでいい迷惑だよな」

「死なないんだから、さっさとプロになって敵と戦えよ」

 

 聞こえていないと思ってるのか、聞こえていても構わないと思ってるのか。

 飛んでくる『悪意』を私は無視する。

 反応したところで何もできないからだ。私が辞めたところで彼らの溜飲が下がるかといえば一概にそうともいえない。何より、ヒーローになるのに雄英以上の環境はない。

 さっさとプロになって飛び級で卒業する。それ以上の方法はないだろう。

 

「本当さあ。強い“個性”があればそれだけで人生勝ち組だもんな。やってらんねーよ」

 

 だから、やっぱり私は立ち止まれない。

 

 

 

 

 

「はい、永遠ちゃん。頼まれてたパンとお菓子とカップ麺」

「ありがとう透ちゃん。ごめんね」

「いいのいいの! 外を歩くと捕まっちゃうもんね!」

 

 校門前にマスコミが待機しているため、私は外へ買い出しに行くこともできなくなった。

 食料品が尽きかけても買いにいけず、仕方なく透ちゃんに頼んで買ってきてもらわなければならなかった。いくら主人と従者とはいえ、こんなお使いみたいな真似させるのは心苦しいんだけど。

 

「っていうか凄い量だな。食いきれるのかよ……?」

「パン以外は賞味期限長いし、余裕だよ」

「マジか」

 

 寮がクラス毎なのは本当に助かっている。

 寮の中にいる分には普通に過ごせるので、私としては憩いの場所だ。

 

「けれど、ここのところ世論の動きも不安ですわね……」

「校長もマスコミに叩かれてるもんな。別に悪いことしてねえってのに」

「あと『異能解放論』な」

 

 校長先生は私の『不老不死』を知っていて隠していた、ということでバッシングを受けている。

 個人の“個性”はわざわざ宣伝するものでもないんだけど、私の場合はインパクトが大きすぎたのと、裏で偉い人達がよからぬことを企んでいたのが良くない。

 誰だって不老不死とか羨ましいというのもあって、批判が起きてしまったのだ。

 

 同時に、擁護する論調も大きい。

 “個性”という名称自体が差別を抑制するためのものであって、他人がどうこう言うのはおかしい。件の少女(私のことだ)もいい迷惑である。そもそもこの“個性”社会、もっと自由に、排斥されることなく己の“個性”を誇れるようにするべきだ、という主張である。

 言うまでもなく、火付け役は異能解放戦線だろう。

 私の騒動のせいで彼らのバイブル『異能解放戦線』がヒットしているそうで、私としては寝耳に水すぎる。なんでそこでそう繋がったのかと言いたい。

 

 異能解放戦線自体は内偵が進んでいて、犯罪行為のあった幹部を中心に摘発が進んでいるものの、新たな賛同者が増えてしまってもいるらしい。

 

 本当、世の中はうまくいかない。

 

「“個性”を自由に使えるように、ってのは間違ってねーと思うんだけどな」

「無暗な“個性”使用は混乱を生みますわ。誤って人を傷つけ、敵にならざるをえなくなる方だって出てくるでしょう」

「難しいよね……」

 

 “個性”を使ってヒーローをしている身としては否定しづらい。

 ただ、敵の発生につながっているのも事実で、それを考えると自由な“個性”社会というのはとても怖い。

 どうするかは政府とか学者が考えることであって、いち学生には荷が重い話だけど、一人一人が自分の意見を考えることは大事かもしれない。

 

 意見、か。

 

「いっそ、私の意見を言っちゃった方がいいのかな……」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 渦中の人物が表に出ることで、逆に事態の鎮静化をはかる。

 校長やお父様お母様も似たようなことを考えたようで、話はどちらからともなく、とんとん拍子でまとまった。

 

「本日は雄英高等学校の一年生、八百万永遠さんと、元記者で現『集瑛社』専務取締役の気月置歳さんにお越しいただいております。お二人共、どうぞよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

 

 挨拶をしつつ、私はあらためて気を引き締める。

 事前打ち合わせで顔を見て思い出した。

 気月置歳。彼女は異能解放戦線の幹部の一人だ。コードネームは確か『キュリオス』。

 原作ではトガちゃんを爆発責めにしながら過去を問い詰め、身心ともに大きなダメージを与えた。なので私怨も多々混じってしまうものの、私はこいつが嫌いだ。

 

 ちなみに私は雄英の制服姿。

 ヒーローコスチュームと迷ったけど、まだ仮免の身だし、ヒーローの卵としてより個人として出演する方が効果的だと思った。

 

「八百万さんは先日の不正アクセス騒動で個人情報を公開された、いわば被害者ということになりますが、犯人についてはどんな印象をお持ちですか?」

「愛する人を逮捕されてしまった悲しみがどれほどのものだったのか、私には想像もつきません。ですが、不正アクセスが犯罪行為であるのは間違いありませんし、それは許されることではないと思います」

「犯人に対して恨みをお持ちではありませんか? 不正に“個性”を暴露されたことで心ない言葉を浴びることもあったと思いますが」

「辛い、と感じることがなかったと言えば嘘になります。個人的な不快感がないわけでもありません。ですが、ヒーローを志す者として、公の場で個人的な感情をぶつけるべきではないと思っています」

 

 番組関係者からの質問は基本的なもので、淡々と答えることができた。

 私のスタンスについては事前に話し合ってある。簡単に言ってしまえば優等生の回答だ。

 

「最近囁かれている“個性”解放論についてはどう思われますか?」

「自分らしく生きたいというのは当然の欲求です。ですが、力は制御されるべきだと思います。“個性”が無かった時代からそういう考え方は存在しました。格闘家は喧嘩で技を振るわない。そういったことと同じような配慮が必要なのではないでしょうか」

 

 カメラを向けられる緊張はあるものの、魔法少女コスで街中を練り歩いたりした経験のお陰できちんと話せている。

 スタッフが頷いてくれていることからも一定の理解は得られている。

 と。

 

「随分、昔の話にお詳しいのですね。それは、そういう時代を生きたことがあるからこその発言なのかしら?」

 

 キュリオスが口を開いた。

 どこかいやらしい笑みを浮かべて見つめてくる彼女に私は答える。

 

「私には十歳以前の記憶がありません。なので、そのようなことはありません」

 

 ひくっ、と、キュリオスの頬がかすかにひくついた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠vsキュリオス

思った以上に口喧嘩が長くなりました……。


 気月置歳――キュリオスはめげない。

 対話する気があるならむしろチャンスだ、とでも思ったのだろう。笑顔を浮かべ直して質問を続けてくる。

 

「八百万永遠さんは旧姓・綾里永遠――十歳の時に洋食屋夫婦と出会い、十五歳まで育てられたそうですね。そして雄英入学後、八百万家の養子となった」

「はい、そうです」

「戸籍上は十歳の時、綾里家の実子として登録されていますが、以前は何をされていたんですか?

「覚えていません」

「覚えていない?」

 

 にやり、と、キュリオスの口元が吊り上がった。

 

「十歳といえば、とっくに物心ついている年齢ですよね? にもかかわらず、それ以前の記憶を全て喪失していると? 随分と不思議なことがあるものですが……例えば、それまで(ヴィラン)に育てられていたとか、過剰な虐待を受けていただとか、もっと言えば、何らかの目的で製造された改造人間だったりする可能性も、あるということでしょうかぁ?」

「そうですね。可能性で言えば、当然ゼロではないと思います」

「認めるんですね!?」

「可能性があることは認めます。ただ、もちろん別の可能性もあります。ある人は、私が『赤ん坊の時に親に殺され、それから百年以上地中に埋められていた』と言いました」

 

 我ながら話していて気持ちいいことではないので、自然と表情は苦いものになる。

 

「『不老不死』の個性によって時間をかけて再生した私は地中で十歳になっていて、綾里家に拾われた。十歳以前のことは覚えていませんから、これでも矛盾はありません。証拠も何もない仮説ですけど、拾われた時、私が地中から這い出したのは事実ですよ」

 

 スタジオ内が一瞬ざわついた。

 キャスターが慌てて聞いてくる。

 

「そ、それは本当の話でしょうか?」

「覚えていないので事実かどうかはわかりません。ただ、私としては一応、その説が正しいと思っています。名前も覚えていませんが、本当の母親の顔だけはぼんやりと、見たことがあるような記憶がありますから」

 

 ある意味、スクープだろう。

 話題性のありそうな衝撃的な話が引き出せたのだ。番組側としては万々歳のはず。キュリオスがどう思っているかはまた別だけど――。

 見れば、彼女は青い顔を紅潮させ、恍惚の笑みを浮かべていた。

 

「死亡して埋められた状態からの蘇生!? あなたの『不老不死』にはそれだけの力があるということね!?」

「そうですね。……実際、私は脳を潰された状態から生還したことがあります」

 

 女性の出演者が口元を押さえる。

 

「その時には記憶の一部が欠けてしまいましたから、埋められたのが赤ん坊の時かどうかはともかく、記憶喪失が死んだせい、という可能性はあると思います」

 

 ……あらためて思うけど、私、かなりアレな人生送ってるなぁ。

 

「そ、そんなあなたが何故、雄英に入ろうと思ったのかしら!? 養子縁組を行ったのはどうして!? 洋食屋のご両親に不満があったから!?」

「雄英に入ったのは、ヒーローになりたかったからです」

 

 私はあくまで淡々と答える。

 キュリオスが煽るような聞き方をしてくるって事前に知ってて本当に良かった。じゃなかったら途中でイラっとして顔に出てたと思う。

 でも、原作のトガちゃんはこれを、集団からの攻撃を受けながらやられたんだよね。

 うん、できるならこいつ、一発ぶん殴りたい。

 

「前もって言っておくと、さっき言った『記憶が一部欠けた』というのは、育ててくれた洋食屋の家族の記憶です。なので、当時の私について情緒的な記憶は殆ど残っていないんですが、覚えている限りでは虐待も育児放棄も、それに類することも全くありませんでした」

「―――」

「むしろ、本当の娘のように可愛がってもらっていた、と言っていいのでしょうし、感謝もしています。雄英に入ろうと思ったのは、さっきも言ったようにヒーローになりたかったからですが……きっかけは、一緒に暮らしていた血の繋がらない兄が敵に襲われて腕を一本、失ったからです」

「っ、復讐、ということかしら!?」

 

 キュリオスさん、そこで鼻息を荒くして目を見開かないでください。

 番組スタッフがドン引きしてるから。

 この人、異能解放戦線に忠誠を誓ってはいるけど、それはそれとしてインタビュー趣味もガチなんだ。戦線のイメージアップには繋がらないけど面白いからいいや、ってなってるっぽい。私としてはやりやすいからいいんだけど。

 

「そういう気持ちがないわけじゃありません。でも、犯人はもう捕まっていますし、他の敵に八つ当たりする気もありません。ただ、敵による犯罪は憎くて仕方ありませんでした」

「正義のためにヒーローを志した、ということかしら?」

「そんないいものじゃありません。平和は黙っていてもやってこないんだって思ってたので、戦って守ることにしただけです」

「死なないあなたが他の人の代わりに傷つこう、と?」

「まあ、そうですね。当時は自分が『不老不死』だとは知りませんでしたけど、自分の身体が頑丈で治りも早い、っていうのは知ってましたから」

 

 私は一呼吸置いて、

 

「だから、私は“個性”で好き勝手にできる世界が良いものだとは思いません。誰もが伸び伸び生きられる世界が来たら幸せだとは思います。私の友達にも、人と違うせいで苦しんでいる子がいますから。でも、自分が楽しく生きるために人を傷つけるのは違うと思います」

「……“個性”解放論は混乱を助長するものではないわ」

 

 キュリオスの表情が変わった。

 すました表情を取り繕いつつも、私をそれとなく睨んでくる。

 

 うん、“個性”解放論()違うよね。

 戦線がバイブルにしてる本『異能解放戦線』はそういう側面があるけど。

 

 私はしれっとした顔で無視して、

 

「そうですね。例えば、世界を変えるために大勢で暴れて力づくでどうにかする、なんていうのは絶対にやってはいけないことだと思います。気月さんも、触れたものを爆弾に変える能力をお持ちですけど、それで人を好き放題に爆破しようだなんて思わないでしょう?」

 

 さあ、どうするキュリオス?

 さりげなく戦線のやり方を完全否定してみた。同意すれば、マスコミを通じて「戦線とそぐわない考え方」が大勢の人に配信されてしまう。

 それは戦線への背信になりかねないけど、かといって「私はたくさんの人を爆破したいです!」なんて言えば、

 

「あなたの主張はよくわかるわ。だけど、今、現在進行形で苦しんでいる人がいるの! おかしな世の中を変えるためには痛みを伴う改革も必要でしょう?」

「もちろん、そういう場合もあると思います。でも、一人の苦しんでいる人を救うために別の一人を不幸にして、それで本当に誰かが救われるでしょうか? 世の中を良くするためだからこそ、やってはいけないことがあるんじゃないかと思うんです」

「……犠牲者が出ると決めつけるのはおかしいのではないかしら? 論点をズラしているんじゃなくて?」

「はい。ですから、無理のない形で改革ができるなら、それは素晴らしいことだと思います。そうなったら多くの人が救われて、敵の数も減るかもしれません。私が言いたいのは、余計に傷つく人が出て欲しくない、ということだけです」

「………」

 

 キュリオスが黙った。

 苛々しているのが傍目からもわかる。

 

「社会の仕組みを変えるのはとても時間がかかります。一人一人の意識が変わっていかなければ、いつまで経ってもできないでしょう。だから、新しい考え方が生まれるのはとても良いことだと思います。……でも、今までのやり方がすぐ要らなくなるわけでもありません。ヒーローは今この時も、みんなのために戦っています」

「ず、随分とご立派な理想をお持ちなのね。では、ヒーローが二十四時間、平和のために戦い続ければいいということかしら?」

「そんなことを言ったつもりはないんですが……」

 

 そう聞こえてしまっていたのならすみません、という感じの、しゅんとした顔を作る。

 

「ヒーローだって人間です。疲れたら眠くなるしお腹も空くし、お休みの日にぱーっと遊びたくなることだってあります。それは当たり前のことです。だから、ヒーローにだってできることには限りがあります。私みたいなヒーロー志望者がすぐにヒーロー活動ができるわけでもありません」

 

 私は自分に向けられているカメラを見て告げる。

 

「だからこそ、人を傷つけることの意味を、人と仲良くする大事さを、知って欲しいんです。みんなが少しずつ優しくできたら、それだけで、ストレスを抱えて敵になってしまう人が減るかもしれません」

「………」

「ありがとうございました。お時間も押しておりますので、ここでインタビューを終了させていただきたいと思います」

 

 キュリオスが完全に黙ったところでキャスターが告げ、撮影は終了となった。

 

 色んな話が飛び出したせいか、番組スタッフは上機嫌で私にお礼を言ってくれた。

 キュリオスは相当頭に来たのか、早々にスタジオを去っていった。苛々したからって変なことを始めないといいんだけど……そういうことする人なら専務になんかなってない、と思いたい。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「録画見てみたら、私、明らかに一人で喋り過ぎなんですけど……大丈夫でしょうか?」

「構わないさ! ヒーロー志望で正義感の強い優等生、というイメージなら少々のでしゃばりは許容される。現に滅茶苦茶バズってるしね!」

「一躍大人気だな、お前」

「いや、あんまり嬉しくないんですけど……」

 

 幸い、校長先生達からお叱りはなかった。

 ネット上の評判はというと、まあ賛否両論。

 

『ちっちゃい』『可愛い』『これ本当に高校生?』『※ヒーローコスチュームは魔法少女です』『画像はよ』『むしろ動画を寄越せ』『インターン先のMt.レディとは百合百合だとか』『詳しく』

『正論』『しっかりしてんなー』『ドヤ顔うざい』『はいはい優等生乙』『相手の顔青ざめてんじゃん』『←それ元から』

 

「まあ、意見関係ない評判の方が多いね!」

「なんですか……」

「余計に表を歩けなくなったな、お前」

「いやまあ、ヒーローってそういうものですけど……」

 

 恥ずかしいのはどうしようもない。

 話している時はキュリオスに対抗するので精いっぱいだったというか、言いたいことが後から溢れてきて止まらなくなっていた。

 

「いやいや、お陰で戦線の勢いも多少は収まるはずさ。君が自分から色々暴露したお陰でメディアも余計な仮説を立てにくくなったしね」

「戦線のメンバーだと知っていると、あの女の『ぐぬぬ』顔が面白くはあったな」

「ありがとうございます」

 

 一応、そう言ってもらえると気が楽になった。

 

 学校内からの評判も色々で、1-Aのみんなは基本的に優しい反応だったけど(例外:爆豪)、それ以外は「見直した」と言ってくれる人もいれば「なんだあれ」という人もいた。特に普通科からの私の印象は出演前とそれほど変わっていない。

 マイナスイメージを持っている相手に見直してもらうのはとても大変だから、仕方ない。

 

 

 

 

 そして、そんなことをしているうちに、社会に一つの動きがあった。

 『ヒーロービルボードチャート』下半期の発表である。

 過去一年間のプロヒーローの活躍を総合的に集計して数値化、順位にして発表するもので、巷でヒーローの序列について話される時はほぼ確実にこれの順位を指す。

 ここしばらくはずっと『一位:オールマイト』だったんだけど――。

 

 1 エンデヴァー

 2 ベストジーニスト

 3 ホークス

 4 エッジショット

 5 ミルコ

 6 シンリンカムイ

 7 クラスト

 8 ウォッシュ

 9 ヨロイムシャ

 10 リューキュウ

 

 一位は今まで二位だったエンデヴァーに。

 全体的に原作で見た順位とほぼ一緒だけど、原作では大怪我で休業(この世界では回復済み)だったベストジーニスト、ギガントマキア捕縛に参加したシンリンカムイの順位が上がっている。

 残念ながらレディさんは十位圏外だったものの、二十位以内に入る健闘ぶりだった。私のテレビ出演の件は時期的に考慮されてないけど、入ってたらどう影響したかちょっと怖い。

 

 原作では、ビルボードチャート発表の後にホークスの連合接触、ハイエンドvsエンデヴァーの激闘があった。

 この世界では連合は散り散り、脳無を管理しているドクターは体制側についているため、事件が起きることはなかった。

 そうしてしばらくの時が流れて――。

 

「さァA組!!! 今日こそシロクロつけようか!?」

 

 初めてのクラス対抗戦が幕を開けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クラス対抗チーム戦(前編)

 初のA組対B組――クラス対抗戦は工場地帯を模した運動場で行われることになった。

 鉄の構造物が入り組んでいて視界・足場共に良くない。壊しても爆発したりしないだけ本物よりマシだけど、戦う時は注意が必要だ。

 

 私は、いつもの魔法少女ルックで対抗戦を迎えた。

 武器はステッキと、腰の左右に着けたポーチ内の小道具。後は自分の身体。

 他の生徒達も各々のヒーローコスチュームを纏っている。前に見た時よりも改良されて見た目が変わっている人も多い。百ちゃんなんかは「寒い」という理由もあってマントを着けていた。そろそろ冷え込んで来たもんね……。

 

 ルールは四対四のチーム戦。

 各クラス二十名なので五チームずつできることになる。自チームにとって相手チームが『(ヴィラン)』で、その確保が目的。

 自チームの陣地に設置された檻に相手チームメンバーを『四人』放り込んだ時点で勝ち。

 制限時間二十分が過ぎた場合は残り人数の多い方が勝利。

 

「先生。捕らえられた仲間を解放するのはアリですか?」

「禁止だ」

「わかりました」

 

 そりゃそうだよね。じゃないと檻がいくつあっても足りないし、いつまでも終わらない。というか、私だったら初手で相手チームの檻を壊す。

 と、ここで特殊ルールが一つ。

 

「各陣営に一人、追加の人員が入る」

 

 ヒーローコスチューム、ではなく雄英の体操服に、相澤先生と同じ捕縛布らしきものを巻いた細目の少年。

 普通科一年、心操君。

 体育祭の時、『洗脳』の個性デクくんを操ろうとした子だ。ヒーロー科編入を希望している彼が特別ゲストになる。

 

「慣れ合うつもりはありません。この場のみんなが越えるべき壁です」

 

 心操君はA組とB組それぞれのどこかのチームにランダムで加えられる。

 五人のチームが一つずつできるということ。一見すると五人チームは有利だけど、慣れないサポートメンバーとの連携はなかなか難しい。勝利条件がちゃっかり『四人捕縛』になっているので、ちゃんと連携しないと足手まといになりかねない。

 

 チームメンバーはクジ引きで決定されて――私の仲間はデクくん、お茶子ちゃん、芦戸さん。

 対戦相手は物間君、小大さん、庄田君、柳さんに、心操君。

 

 原作で峰田君がやっていた立ち位置にそのまま滑り込んだ形。ランダムだとそうなる運命らしい。やりやすいといえばやりやすいけど、私に峰田君と同じことができるわけじゃない。

 メンバー構成が違う以上、敵も味方も戦い方は変わってくるだろう。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私の出番は最終戦――五戦目になった。

 四戦目までの結果はA組の勝ちが2、負けが1、引き分けが1。引き分け以上ならA組の総合勝利になるけど、

 

「ふふっ」

 

 クールと気持ち悪いの中間くらいの感じで笑う少年、物間君の姿が目に入る。

 策士タイプの彼に加え、トリッキー極まる心操君までいる。

 

「簡単に勝てるとは思わないほうがいい、よね」

「うん」

 

 腕の感触を確かめるようにしながら頷いたのは、自然とリーダーの雰囲気を醸し出しているデクくん。

 

「でも、こっちのチームだって負けてない。勝とう。絶対」

「そうだね」

 

 私は微笑んで頷く。

 

「よっし! 気合い入れていこー!」

「おー!」

 

 芦戸さんとお茶子ちゃんが声を上げ、私達は必勝を誓った。

 

 ――うん。絶対勝たないと。

 

 訓練である以上、勝つことより自分のパフォーマンスを発揮することの方が重要だけど、私の場合はそうも言っていられない。

 相澤先生からは事前にこう告げられている。

 

『お前の力を見せる絶好のチャンスだ』

 

 活躍してみせろ、ということだ。

 強敵を相手にした上で力を見せられれば、それだけプロが近くなる。

 

「頑張らなくちゃ」

 

 一分の作戦会議タイムを経て、第五戦が始まった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「それじゃ、行ってくるね」

「無理せんといてね、永遠ちゃん」

「ありがとう!」

 

 スタートと同時、私は一人跳躍した。

 あちこちに伸びるパイプなどを足場に建物の上に到達すると、可能な限りのスピードで前進する。相手がどこにいるのかはわからないからひとまず真っすぐに。

 

 ――私の役割はずばり『囮』だ。

 

 原作ではデクくんが担っていた役割。

 彼も囮を買って出ようとしてくれたんだけど、それを譲ってもらった。

 

『私の方がリカバリーが効くから、任せてくれないかな』

『いくら永遠ちゃんでも一人じゃ危ないって』

『大丈夫だよ。私なら、死ぬことだけはないし。それに』

『それに?』

『緑谷君は精神的な支えだから、みんなと一緒にいた方がいいよ』

『……!』

 

 気を引き締めるデクくんとほんのり頬を赤らめるお茶子ちゃんをずっと見ていたかったけど、そうもいかない。

 

『……そうだね。八百万さんなら簡単には倒されない。索敵して奇襲できれば良し。集中攻撃を受けても敵の位置が特定できるし、最悪無視されても……』

『私のスピードならみんなに合流できると思う』

 

 打ち合わせを思い返しながら、私は次々と建物を飛び移っていく。

 目まぐるしく変わる視界。

 動くものがないか目を光らせるけど、なかなか見つからない。隠れながら進んでいるのか、それとも……。

 強引に視界を良くする? いや、止めた方がいい。ヒーローである以上、無暗に建物を壊すべきじゃない。とにかく飛び回って、向こうを発見するか、向こうに発見させる。

 

 と。

 

 幾つも建物を飛び移ったか、数えるのが面倒になってきた頃――小さな飛来物が多数、視界に入ってきた。

 小石や鉄片、ナットに鉄パイプ。

 B組の柳レイ子さんの個性『ポルターガイスト』は、人間程度までの重量物を自在に動かせる。身近になるあらゆる物を飛び道具に変えられる強力な“個性”。

 そして、飛んできた小物達が突如、何の前触れもなしに()()()()()。小石が岩に、鉄パイプがぐっと太くなり、鉄片がちょっとした盾くらいの大きさに。これは小大唯さんの『サイズ』。物の大きさを変化させられる。

 小さくした物体を柳さんに飛ばしてもらい、タイミングよく“個性”を解除すればこの通り、巨大な飛び道具が複数現れる。

 

「くううっ!」

 

 ステッキと腕を使って小物、ならぬ大物の飛び道具達を払いのける。

 多少の被弾は無視して再び跳躍。迂回してきてる可能性もあるけど、いったん物が飛んできた方向へ移動――。

 

「永遠さん! 作戦変更だ! いったん戻って!」

「緑谷くん!?」

 

 横手から聞こえた『デクくんの声』に私は応え、そっちに視線を向けようとして――がくん、と、身体の自由が効かなくなるのを感じた。

 

「ハハハ、かかったねぇ!」

 

 物間君の哄笑が聞こえる。

 さっきの声は変声機を経由したダミーだったらしい。心操君の『洗脳』は「相手に声をかけて返事をしてもらう」プロセスが必要になるので、普通にやると警戒されてなかなか成功しない。そこでアイテムを使って油断を誘っているのだ。

 別のチームの戦いではA組側に入って見事に活躍してくれていた。

 

「ちょっと油断が過ぎるんじゃないかなぁ、不老不死!?」

 

 イラっとする声に反応するどころじゃない。

 空中で身体が動かせない。

 二階分くらいの高さから落ちる――!

 

『意外なチャンスが来たね』

 

 その時。

 不意に感覚がスローになって、頭の中に声が響いた。

 これは、私の中にいる()()が身体を乗っ取ろうとしている――?

 

『折角だ。悪いが挑戦させてもら――うわ、何する止め、ぎゃああああ!』

 

 と思ったら、ぶつっ、と回線が途切れるように気配が消えた。

 たぶん『不老不死』に駆逐されたんだ。私の“個性”は私以外の主を許さない。表に出て来なければ見逃されていただろうに。

 声的にはAFO(オール・フォー・ワン)ぽかったんけど、まさかあの人、性懲りもなくちょっかいかけてきたんだろうか。それで返り討ちにあってたら世話ないというか、何しに来たの? いや、どうでもいいけど。さすがにタルタロスにいる本体からのアクセスじゃなくて分身とかそういうのだろうし。

 

 半分くらい落ちたところで自由が戻り始めた。

 力づくで制御を取り戻し、身体を回転させて体勢を整える。横手から捕縛布が飛んできたのでステッキで薙ぎ払いながら着地。

 数メートルの距離に心操君と物間君を確認。

 物間君は捕縛布を引き戻しながら舌打ちし、呟く。

 

「効かないか」

「大丈夫、効いてはいる、よ――っ」

 

 答えながら駆け出した身体が、がくん、と力を失う。

 べちゃっ、と地面に倒れて「はっ」と我に返る私。起き上がると、男の子二人が呆れたような表情で私を見ていた。

 

「君、ひょっとして馬鹿なのかい?」

「ひどい。馬鹿じゃない、よ――」

「はい三回目。動かずにそのまま立ってろよ」

 

 どうやら物間君も『洗脳』を使ったらしい。

 物間寧人。『コピー』の“個性”を持っていて、ストックの数まで他人の個性を複製して使える。制限時間は五分間。

 心操君の“個性”を彼までもが使ってくるというのは脅威だ。

 

「物間!」

「わかってる。すぐ戻るんだろ。その前にテストを終わらせるさ」

 

 足早に近づき、手を伸ばしてくる物間君。

 私の“個性”をコピーするつもりだろう。もし、コピーに成功されたらどうなるのか。五分間だけ不老不死になる?

 “個性”を得た時点で自己保存機能が働いて、制限時間が撤廃される可能性もあるけど――。

 

 触れられる直前、私は物間君を殴って吹っ飛ばした。

 

「がっ!?」

「物間!!」

「止めておいた方がいいよ。下手したら死んじゃうから」

 

 所有者登録が私のままの『不老不死』がコピーされたら、物間君は少なくとも五分間「身体を他人のものに書き換えられていく」感覚を味わうことになる。

 書き換え完了したら唯一性を維持するために自己崩壊するだろう。

 さすがにちょっと、それは可哀想だ。

 

「でも、私の方に二人も来てくれてよかった。これならみんなは三対三で戦えるから」

「まさか、わざと『洗脳』を受けていたのか?」

「そうだよ。耐性をつけておいた方が便利だし、二人を引きつけられるから――」

 

 また身体が止まる。

 でも、拘束時間は短くなってきてるし、もう瞬きするくらいの間しか、

 

「油断大敵、だよ」

「っ!」

 

 一瞬。

 感覚が戻って上を見上げた時には、いつの間にか物間君が用意していた大量の重量物が、さっきの数倍に感じられる威圧感で、こっちに降り注いでいた。

 

 私は、反応できなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 八百万永遠にどう対抗するか。

 組み合わせが決まった時から――否、彼女の“個性”について詳しく知った時から、物間寧人は考え続けていた。

 

 『不老不死』。

 しぶといだけの“個性”と言っても嘘にはならないが、実際に対処方法を考えてみると難しい。直接攻撃でノックアウトするのは至難の業。

 ミッドナイトの眠り香も効きが悪いというように、状態異常系の搦め手では決め手にならない。

 拘束が有効だが、当人の身体能力も決して低くはない。

 

 となると、荒っぽい手段。

 絶対に跳ねのけられない質量で埋めてしまえばいい。

 今回の対抗戦ルールでは埋めただけで勝ちにはならないが、彼女を封じた上で他の三人を相手にできればかなり有利だ。

 

「これは授業だからさあ。もちろん殺したり大怪我させたりは禁止だけど」

 

 しん、としたまま反応のない瓦礫の山を見ながら物間は呟く。

 

「殺しても死なないやつ相手なら、少しくらい派手にやっても問題ないよねえ?」

 

 答えはない。

 だが、死んではいないはずだ。

 

「行くぞ、物間。三対三とはいえ、向こうには緑谷出久がいる」

「ああ、わかってる」

 

 ひらひらと手を振って答え、物間は瓦礫から背を向ける。

 

 直後。

 轟音と共に瓦礫の一部が吹き飛んだ。

 

「な……!?」

 

 慌てて振り返る。

 がらがらと瓦礫が崩れ、そこからぼろぼろになった魔法少女がゆっくりと歩み出てきていた。

 

「もう、さすがにびっくりしたよ」

「い、いや、いやいやいや」

 

 ……ぼろぼろ?

 否、ぼろぼろなのは服だけだ。当人はぴんぴんしており、幾つか見える擦り傷の類さえ現在進行形で治りつつある。

 冗談じゃない。物間自身がアレを喰らったら無傷じゃすまない。まして抜け出すなんてできるわけがない。

 なのに「びっくりした」で済まされてたまるか。

 

「お、落ちつけ! 話し合おう!」

「そんなこと言って、だまし討ちするつもりでしょ?」

「騙された程度でどうにかなる君じゃないだろう!?」

「それはそうだけど」

 

 答える度に固まる永遠だが、すぐに動きだしては近づいてくる。

 心操が捕縛布を伸ばして動きを封じようとすれば、ステッキの先端を刃にしてぶちぶちと切断し始める。

 一歩ずつ、一歩ずつ。

 近づいてくる小柄な少女の姿に、物間は本能的な恐怖を覚えて腰を抜かした。

 

「く、来るな! 来るなああ!」

「……そう言われても」

 

 振るわれたステッキの先端――星の飾りが直撃すると一発で気を失い、次に気づいた時には檻の中だった。

 それから一週間ほど、物間は「見た目幼女に半泣きで命乞いをした」とクラスメートにからかわれ続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クラス対抗チーム戦(後編)

 すこーん!

 

 投擲したステッキがクリティカルヒットし、心操君はぱたりと気絶した。

 

「……ふう」

 

 物間君と心操君、二人の無力化に成功。

 心操君は一人では不利と悟るとすぐ逃げに転じた。捕縛布と『洗脳』でゲリラ戦をされるとさすがに鬱陶しいので、うまく仕留められて良かった。

 さて、二人を陣地まで運ばないと。

 近くに倒れている物間君をひょいっと持ち上げ、心操君のところまで近づいて、

 

「ステッキ邪魔じゃない……?」

 

 仕方ないのでそのまま捨てて行くことにする。

 背負えるような装備を作ってもらった方がいいだろうか。でも、下手なものくっつけると見た目が格好悪くなるんだよね……。

 うーん、まあ、そこは今度考えよう。

 空いた手で心操君を担いで駆け出す。

 

 運がいいのか悪いのか、道中、デクくん達とも残りのB組メンバーとも出くわさなかった。

 もし会ったら物間君達を盾にして逃げる気満々だったんだけど……。

 

 って、私、素で悪役みたいな動きしてない……?

 それこそ考えてもどうしようもないか。

 

 檻の奥の方へ二人まとめて放り込んで、顔を上げる。

 

「よし、急ごう」

 

 残りのメンバーは既に交戦を始めているようで、物音から大体の方向がわかる。

 

 ダッシュとジャンプを駆使して向かえば――戦場は結構すごいことになっていた。

 バラバラと瓦礫やら機械部品やらが散乱し、周りの建物は溶けたり吹っ飛んだりして半壊状態。そんな中を、人と物が飛び交っている。

 

「ああもう、キリがないってば!」

 

 B組に狙われているのは芦戸さん。

 上下左右から飛び来るモノを酸のベールで溶かしたり、単に避けたりして必死に身を守っている。

 

「それは、こっちの台詞だ……!」

「こっちだって、簡単にはやらせへん!」

 

 お茶子ちゃんは庄田二連撃君(すごい名前だと思う)と壮絶な接近戦を行っていた。

 庄田君の“個性”は『ツインインパクト』。一回殴った箇所に任意のタイミングで「数倍の威力の打撃」を叩きこめるという、パワー系のヒーローが喉から手が出るほど欲しそうなものだ。というか、AFO(オール・フォー・ワン)はサーチとか狙ってないで、こっちを手に入れてればオールマイトに勝てたんじゃないだろうか。

 と、それはともかく。

 接近戦を仕掛けながらも相手の攻撃は全部かわさないといけない、という面倒な縛りだけど、むしろ攻めているのはお茶子ちゃんの方で、庄田君は逃げようとしている。

 理由は、お茶子ちゃんはお茶子ちゃんで、触れただけで相手を浮かせられるから。それから、二人一緒にいる状態では飛び交う障害物の邪魔になるから。

 

 更に、

 

「ちょこまかと……うらめしい」

「ああもう、逃げるだけで精いっぱいだよ!」

 

 グラントリノ、飯田君仕込みの変則機動で動き続けるデクくんが柳さんと小大さんを狙っている。

 二人も一生懸命逃げてるから今のところ決め手には至ってないけど、

 

「お茶子さん!」

「デクくん!」

 

 柳さん達を追いかけているかと思ったら、急に反転してお茶子ちゃんを拾い上げるデクくん。

 ディズニー映画とかにありそうな手繋ぎ空中移動の後、おもむろに投擲されるお茶子ちゃん。

 

「くっ!」

 

 庄田君としてはたまったものじゃない。歯噛みして必死に逃げるも、お茶子ちゃんはお茶子ちゃんで着地と同時に追いかける。

 いい勝負だ。

 B組としては身を隠して主導権を握りたかったし、A組としては乱戦に持ち込んだ時点で勝負を決めたかったけど、どちらも相手に阻まれた形。

 

 なら、私がバランスを崩す!

 

「みんな、お待たせ!」

「永遠ちゃん!」

「八百万さん! 無事だったんだ!」

「うん! 物間君と心操君は檻に放り込んできたよ!」

「マジで!?」

 

 芦戸さんが歓声を上げる。

 

「……うらめしい」

 

 同時に、柳さんの『ポルターガイスト』が私の方に来る。

 私は敢えて、飛び来るモノに自分から突っ込んで、

 

「解除!」

 

 残念ながら、小大さんはタイミングを誤らずに『サイズ』を解除。

 奇襲的に抜けてしまおうという作戦は失敗したので、私は次善の策として、飛来物から長めの鉄パイプを掴み取った。

 代わりに、大きなモノにしこたま殴りつけられる。

 

「ぐううっ!」

「ツインインパクト、解放(ファイア)!」

 

 ここぞとばかりに発動する『ツインインパクト』。

 大きくなったことで重量制限に抵触した品々はそのままなら地面に落ちるはずが、それぞれに新たな衝撃を加えられ、バラバラな方向に「弾かれる」。

 全方向からの奇襲に、私は手に入れた鉄パイプを振るうことで抗い、幾つかを叩き落とし破壊しながら、その全てに耐えきった。

 

 ――ダメージは大きいけど、まだまだ!

 

 柳さんと小大さん、庄田君のコンボは、後ろ二人の“個性”が使い捨てなのが弱点だ。

 用いられる「弾」には限りがあるので、直撃しても決めきれないような相手とは相性が悪い。小さいモノが突然大きくなって、しかも軌道を突然変えるからこそ怖いのであって、大きなモノを二、三個飛ばしてくるだけならどうとでもなる。

 と、

 

「物間達がやられた以上、我々が勝つには君を倒すしかない」

 

 いつの間にか庄田君が迫ってきている!

 

「我々三人で取り得る手段は、打撃の連打によって疲労させる。それだけだ」

 

 その判断は多分、正解だ。

 私やラーカーズがギガントマキア相手にやったのと同じこと。再生できてもスタミナは有限だから、殴り続ければいつかは勝てる。

 

「でも!」

 

 私は鉄パイプを破棄。

 マントを外すと庄田君に投げつけ、時間を稼ぐ。

 当然、庄田君はすぐさまマントを払ってしまうが、それでいい。その時にはもう、ポーチの中に仕込んだ「武器」が私の手の中に収まっている。

 それは、ゴムでできた色とりどりの小さなボール。スーパーボールなんて呼ばれてるやつだ。

 

「な、に!?」

「えいっ」

 

 左右五個ずつくらい。

 適当に掴み取ったそれらを投擲。庄田君は咄嗟に払いのけようとするも、軌道が微妙に違うせいで全部は防ぎきれない。

 強化された筋力で投げたボールだ、当たれば顔をしかめずにはいられない。

 そして、それだけの隙があれば近づくには十分。

 

「真っ向勝負か、面白い」

 

 私の拳が庄田君の頬に食い込むと同時、庄田君の拳もまた私の腹に突き刺さった。

 数メートル吹っ飛ぶ庄田君。

 私は地面に足をつけたまま大きくたたらを踏み、そして、

 

「ツインインパクト、解放」

「もう一回!」

 

 庄田君が倒れたまま“個性”を起動するのと、私が再度ボールを投げるのが同時。

 

 どんっ、と、腹部を貫く衝撃。

 

 今度のはさすがに立っていられず吹っ飛んだ。

 じんじんとお腹が痛むのを感じながらよろよろと立ち上がると、庄田君は白目をむいて気絶していた。

 ガード役のいなくなった柳さんと小大さんはデクくんにお茶子ちゃん、更にはフリーになった芦戸さんに追いかけられていて――あ、二人とも両手を上げて降参した。

 

 結果。

 五戦目は、A組の勝利となった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 講評は色々あったけど、私が言われたところだけに絞ると、

 

「八百万妹。お前は身体能力に頼り過ぎだ。もっと頭を使え。相手の力が予想より強くてノックアウトさせられたらどうする。あのボールみたいに、攻撃パターンが足りないならアイテムで補え」

 

 という感じだった。

 三人ノックアウトしたにしては辛口な評価だけど、殆ど『不老不死』に頼った勝ち方だったから仕方ないといえば仕方ない。

 むしろ、主にB組の何割かが「いや、あれで更に頭使われたら勝てねえっす」みたいな顔してたので、下手に褒められなくて良かったと思う。

 無双するっていう目的は果たせたし。

 

 相澤先生のアドバイスを受けて、コスチュームや装備に改良を加えようと要望を出した。

 それから、休日はインターンで忙しく駆け回っている。

 

 レディさんの人使いの荒さは相変わらず。

 私の『不老不死』についてどう思ったのか聞いてみたところ、

 

「トワちゃんが目立つってことはうちの事務所が目立つってこと。なんの問題があるワケ?」

 

 とのこと。

 ちなみにその後は「まあ、トワちゃんばっかり目立つのは悔しいけどね!」と頬を引っ張られた。

 どこまでもレディさんらしい答えに私はほっとしてしまった。

 

 事務所の他のスタッフのみんなも優しかった。

 ただ、あのテレビ出演の一件で私の知名度が上がってしまったせいで、一部事務仕事はできなくなった。具体的に言うと電話番。明らかに若い、というか幼い声で「はい。Mt.レディ事務所です」なんて出るものだから「トワちゃん?」とモロバレなのだ。

 中には私への取材の申し込みまであったりするものだから、私自身が出ると話がひたすらややこしくなるのだ。

 

 パトロールの方は平常運転。

 仮免の私は正規のヒーローがいないと活動ができないので、街を見回る時はレディさんと一緒だ。当然、(ヴィラン)に出くわすこともあるんだけど、そういう場合、だいたいレディさんに投げ飛ばされて私がぶん殴っている。

 レディさんいわく「だって街って狭いんだもの」とのこと。

 そんなことやってるから、ネットで私が「Mt.レディ専用飛び道具」だの「ビット」だの「ファンネル」だの言われるんですが。まあ、レディさんも広い場所では率先して戦っているので適材適所である。

 

 もろもろコミコミで、Mt.レディ事務所の知名度が上がったのは本当だ。

 

 活動を続けるにつれて私のファン層は広がっていて、大きいお友達からお年寄り、小さい子供まで幅広くなりつつある。

 小さい女の子にとっては自分より少し年上に見える私が悪い敵をやっつけるのが爽快らしく、男の子にとってはコスチュームの割にストロングスタイルな戦闘がヒーローものっぽくて受けているらしい。

 まあ、そういう純粋な応援はもちろん嬉しいんだけど、ネット上で「不老不死トワちゃんの至って健全な苦戦シーンまとめ」とかそんなサイトを見つけてしまった時は削除申請を出そうか滅茶苦茶迷った。それはまあ確かに、攻撃されても服が破れるだけで傷は治るから物凄く健全だけど。

 

 また、変わり種の仕事も出てきた。

 例えば、

 

「君のハートに本気の煌めき♪ マジキラッ♪」

 

 いつものヒーローコスチュームとはデザインの違うフリフリのコスチュームを着せられ、ポーズを取らされ、何人ものカメラマンにシャッターを切られる。

 現在放送中の魔法少女もの、というか戦う変身ヒロインもののプロモーション企画だ。幼い見た目だけど高校生、ヒーローとしてのイメージもそっち系なうえ、不老不死なので何年でもイメージキャラを続投できる、ということでアニメ会社や玩具会社からオファーが来たのだ。

 

 そういうところのギャラって結構いい上、敵と戦うわけじゃないからレディさんの付き添いもいらないということで、弱小のMt.レディ事務所が断るわけもなく、今回は広告に載せる分、今度は雑誌に載せる分、みたいな感じで何度も撮影に呼ばれている。

 いや、もちろん仕事を選り好みする気はないけど、恥ずかしいんですよ?

 

「トワさん、今度マジキラのイベントをやるんですけど、そこにも出演を……」

「ひぃ」

 

 小さい女の子と大きいお友達からの人気が更に上がった。

 

 後は、あのテレビ出演で優等生っぽい受け答えをしたせいか、何故かクイズ番組に呼ばれたり。

 

「えっと、アイドル枠って考えた方がいいんでしょうか?」

「普通に答えて大丈夫ですよ」

 

 わざと馬鹿っぽくした方がいいの? と思ったけど大丈夫だそうなので普通に答えた。普通に答えたら、優等生イメージにしてはそこまでスコアが良くなかったようで、「意外とポンコツ」「可愛い」と何故か人気が上がった。

 何度もテレビやらマスコミに呼ばれるせいでウワバミとも知り合ってしまった。

 

 私は何を目指してるんだっけ? って気がしてくるけど、これはこれで問題なかったりする。

 仮免とはいえ一応ヒーローとして呼ばれているわけで、そんな私がメディアに露出するということは、「私=ヒーロー」の構図が世間に浸透してくるということ。

 知名度が上がれば上がるほど「あれ、トワちゃんってまだプロじゃなかったの?」「もうプロにしちゃえよ」みたいな声も出てくるので、試験を受ける条件緩和に繋がる。

 ヒーロー側としても、知名度の高いヒーローが増えるのはプラスになるのだから。

 

 そして、そんなある日。

 私はMt.レディ事務所に顔を出した途端、レディさんに捕まえられた。

 

「いらっしゃい。行くわよトワちゃん」

「へ? えっと、パトロールですか?」

「ううん、い・い・ト・コ・ロ」

 

 異能解放軍のリーダー、四ツ橋力也が社長を務める『デトネラット社』に連れて行かれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

vsリ・デストロ

 私達、ものすごく場違いな気が……。

 

 スーツ姿の男女が行き来するビル内。

 自分とレディさんのヒーローコスチュームを見下ろして居たたまれない気持ちになった。

 

「はい、トワちゃん。これ」

「?」

 

 片耳イヤホン型の機器を渡され、疑問符を浮かべながら再生ボタンを押す。

 

『デトネラット社代表取締役、四ツ橋力也に逮捕状が出ている』

 

 どうやら今回の指令が録音されているらしい。

 

『Mt.レディ事務所には彼の逮捕、およびそれに伴う捜査に協力してもらいたい。なお本件は極秘とする。この音声は再生後に自動的に消去される』

 

 いつの間にかトップを逮捕する話になっていた。

 偉い人達もちゃんと仕事してるんだな、とあらためて思う。いや、必死に証拠集めしたのはヒーローだったりするんだろうけど。

 

『四ツ橋が逮捕に抵抗するようであれば、こちら側の正当性を示した上で捕縛に協力して欲しい。その際には“個性”の行使を許可する。なお、素直に受け入れるようであればこの限りではない。では、健闘を祈る』

 

 そこでぷつっと音声は途切れた。

 なるほど。正当性を示した上で、か……。

 

 機器を外して意識を戻す頃には、タイミングを合わせていたのか警官達も集結していた。

 警察にヒーロー。受付をはじめ、ロビーにいた人達は何事かと騒ぎだすが、急に暴れ出したりする人はいなかった。

 当然だ。中には戦線のメンバーもいるかもだけど、社員の多くは一般人のはず。

 警察の人が受付に話を通し、四ツ橋に面通ししてもらう。

 

「し、社長は社長室におります」

「ありがとうございます」

 

 エレベーターと階段に分かれて社長室へ向かった。

 念のため、一階にも人を残して来たけど――幸い、四ツ橋が逃げだしたりすることはなく、私達は彼と対面することができた。

 

「これはこれは、警察の皆様にMt.レディさん。わが社になんの御用でしょう?」

 

 尖った顎に鷲鼻が特徴の、顔色の悪い男。

 四ツ橋力也は当初、にこやかな笑みを浮かべて応対してみせたものの、私達の用件を聞くにつれて顔色を変えていった。

 

「四ツ橋力也。殺人の容疑で逮捕状が出ている」

「それは……何かの間違いでは?」

「証拠も揃っている。異議があるなら署で聞かせてもらいます」

「ッ」

 

 罪状は殺人。

 他にも裏市場へのサポートグッズ流出などの容疑があるようだけど、メインは邪魔な部下の殺害。およびその事実を隠蔽したこと。

 

 なおも色々と言い募る四ツ橋だったが、警察側は頑として譲らなかった。

 完全に苦渋の表情を浮かべた四ツ橋が、苛立たしげに私を睨んだ。

 

 ――お前のせいか。

 

 そんな風に言っているように思えた。

 言いがかりだと言いたいところだけど、元はと言えば原作知識をリークした私のせい。ついでに、公の場でキュリオスをやりこめた件で目をつけられていたはず。

 そういう特殊な何かさえなければ隠し通す自信、どうにかする自信はあったのだろう。原作での戦線のメンバーは十一万人。気づいても、気づいた時には抑止しようのない数。

 実際、原作では戦線蜂起まで行っていたのだ。

 今回の警察だって、四ツ橋を捕らえられる自信がなければこんな強硬手段には踏み切れなかったはず。

 

「皆さんは面白いことを仰る」

 

 四ツ橋は笑み、両腕を広げた。

 

「逮捕すると言われて、素直に応じる犯罪者がいるだろうか!」

 

 ぶちぶちとスーツが弾け飛び、やせ型だった身体が大きくなっていく。

 

 四ツ橋の“個性”は『ストレス』。

 ストレスを溜めこむことでパワーを得る。消費型なのが難しいところだけど、一気に解放すれば馬鹿みたいな超パワーと巨体を得られる。

 

「て、抵抗する気か!?」

「セメントガン程度で抑えられると思うならやりたまえ。無駄だと思うがね!」

 

 巨人となった四ツ橋の頭が天井を打つ。

 どよめく警官達をよそに、進み出るのはレディさんだ。

 

「警察の皆さん。屋上に人は?」

「全員、避難を完了しております!」

「OK。じゃあみんな、下がってなさい!」

 

 社長室は最上階。

 屋上の被害さえ防げれば――大決戦を妨げるものはない。

 

 一気に巨大化したレディさんの頭が、あっけなく天井を突き破る!

 

 大きくなったとはいえ、四ツ橋の体格はレディさんから見れば小柄。

 

「あ、あら?」

 

 レディさんが大きすぎて、社長室の床がめきっと抜けたけど。

 

「ここじゃ無理です!」

「ああもう、しょうがないわね!」

 

 下階の床を踏み抜きながら前進したレディさんは、四ツ橋を大きく突き飛ばす。

 巨体が窓を突き破って空中へ。

 追いかけるようにダイブしていくレディさんの足の指を、私は慌てて掴んだ。

 レディさんの身体はみるみる縮んで、私は宙に放り出される形になったけど、そこを長い腕が捕まえてくれて、柔らかい胸にホールドされる。

 などとやっている間に地面はどんどん近づいてきていて、

 

「もっかい巨大化するわよ!」

「私をぷちっていかないでくださいね!」

「大丈夫! 気をつけるから!」

 

 微妙に信用できません、と言い返す間もなく、クッションがバルーンになり、おもちでできた山みたいになった。

 レディさんのスーツをひっつかんで身体を固定した直後、大地を揺るがす音と共に二つの巨体が道路に着地。こっちも交通整理が進んでいたようで、巻き込まれた人や車はいないっぽい。

 

 さて。

 指令にあった「こちらの正当性を示す」を実行する時だ。

 

「デトネラット社長、四ツ橋力也!」

 

 胸の谷間にいた私をひょいっと指でつまみながら、レディさんが声を上げる。

 巨大化状態なので肺活量もとんでもなく上がっており、メガホンを使ったみたいな大声が辺り一帯に響き渡る。

 

「あんたが部下を殺した証拠は挙がってるのよ! 大人しく捕まって罪を償いなさい!」

「私を逮捕するかね! (ヴィラン)として!」

 

 負けじと声を上げながら突進してくる四ツ橋。

 衝突。空いている手で受け止めたレディさんが「ぐうっ!」と呻く。ギガントマキア戦以降、筋トレを増やしていたはずだけど、それでも。

 『ストレス』の“個性”がそれだけ凄まじいのか。逮捕されようとしているこの状況が彼のストレスを引き上げているのか。

 

「いい気なものだ! 君達ヒーローは勝手気ままに“個性”を振るい、我々一般人が同じことをすれば、たちまち敵として処理される!」

「あんたは、一般人じゃないわっ!」

 

 四ツ橋の巨体をレディさんの手が突き飛ばす。

 

「ただの犯罪者よ!」

「自由に個性を振るう快感! やはり、異能とは解放されるべきだ!」

 

 弾丸のように四ツ橋が飛んでくる。

 阻もうとする腕を跳ねのけ、私のいる方の手に組みつこうとしてくる彼。

 まずい。

 咄嗟にジャンプして、ごつごつした巨体の方にしがみつく。同じ巨人でもレディさんとは雲泥の感触。

 

「貴様ァ!」

 

 振りほどこうと、掴もうと動く腕。

 四つん這いの体勢で走り抜けて頭の辺りまで辿り着くと、ジャンプしながら武器を準備。

 クラス対抗戦の反省を踏まえ、ステッキを背中に装着できるようにしておいたのだ。引き抜いたそれを、軽くジャンプしながら振りかぶって、

 

「「せーのっ!」」

 

 後頭部から私が、顔面をレディさんが同時に殴打。

 衝撃の大きさは想像して余りある。ぶっちゃけ、私だったら絶対喰らいたくない。

 

 これで倒れてくれればそれでいいんだけど――。

 

「まだ、だあっ!」

 

 四ツ橋は頭を振りながらも咆哮した。

 ぎらり。

 輝いた瞳が空を見上げ、テレビ局のヘリコプターを認識する。攻撃するつもり? いや、違う。

 

「トワちゃん!」

「はい!」

「聞け! 我は四ツ橋力也! デストロの息子にして――」

 

 頃合いだ。

 落下しながらレディさんとアイコンタクトした私はステッキを捨て、四ツ橋の腰辺りにしがみつく。レディさんは四ツ橋に駆け寄りながら腕を振りかぶって、

 

「リ・デストロを名乗るも、のおッ!?」

 

 私がこっそり発動した『オール・フォー・ワン』により『ストレス』を失った四ツ橋は、疑問の声を上げようとした直後、レディさん渾身の腹パンを喰らった。

 “個性”により形成された筋肉の残滓が一撃で消し飛ばされ、倒れた四ツ橋は元のサイズに戻る。

 受け身を取って着地した私は、巨大化を解いたレディさんと一緒に彼の元へ駆け寄り脈を確認。まあ、レディさんは本当に脈を取ってるけど、私はそのフリをして、奪ったばかりの『ストレス』を返却した。

 

 うん、本当に気絶してる。

 

 私達は頷き合うと同時に立ち上がり、笑顔でハイタッチを交わした。

(正確には、身長差のためレディさんはロータッチだけど)

 

「うおおおおおっ!!」

 

 歓声が上がった。

 撮影していたテレビ局や、通りかかった市民、ビルから避難した社員などの声だ。

 巨人大決戦の末、良い方の巨人が勝った。

 デトネラット社長、四ツ橋力也は後ろ暗いことをしており、それを追求された途端、ヒーローに牙を剥いて敵に堕ちた。更なる悪事を働こうとしていた彼をヒーローが見事退治し、危機は免れた。

 傍目からはきっと、そんな風に映っていることだろう。

 

 間違ってはいないんだけど。

 

 ヒーローというのも難しい職業だと、私はあらためて思った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 今回の逮捕劇は四ツ橋が暴れることと、暴れても『オール・フォー・ワン』で止められることを前提とした、いわば予定調和だ。

 茶番とまでは言わないけど。

 四ツ橋は最大規模十一万人のやばい組織のリーダーであり、万が一、捕らえきれずに取り逃がしてしまったり、善戦させてしまったりしたら配下達が暴れ出しかねない。

 だからこそ、加勢が入るほどの時間をかけず、それでいて「四ツ橋が敵として暴れた事実」がしっかりと人々の記憶に残るようにした上で、ヒーローによってあっさり逮捕されるという結末を作った。

 

 四ツ橋は気絶している間にがっちがちに拘束し、その上で私達が警察署まで一緒に移動した。

 幸いにも道中で襲われるようなこともなく、別の場所で幾つか小規模のテロ活動が発生したものの、各地のヒーロー達によって鎮圧された。

 

「暴れた戦線メンバーはかなり少ないですよね?」

「戦線メンバーの総数が十一万人残っていたかも怪しいが、ね」

 

 何度目かわからない密談の席。

 私の疑問に、校長先生が静かに答えた。

 

「君のテレビ出演の一件を代表とする各種の離反工作によって人数は減っていたはずだ。……加えて、リーダーである四ツ橋力也の突然の逮捕」

 

 更に、他の幹部も罪の証拠を集められた者については次々逮捕されている。

 

「これだけ続けば、蜂起することなく静かに諦めた者もかなりいるはずだ」

「残党はかなり小規模になった、と……」

「ゼロになった、と見るのはさすがに希望的観測が過ぎるだろうね」

 

 脅威がゼロになったわけじゃない。

 でも、元となった組織が壊滅しても裏でくすぶっている残党って、戦線だけじゃなくて他にも沢山いるのだ。未だしぶとく逃げ回っている敵連合もここに加えていいかもしれない。

 つまり、警戒を解けるわけじゃないものの――いつものこと、とも言える。

 

「まあ、十一万人が一斉蜂起――なんてことにならなくて良かったです」

「敵に集結する隙を与えなかったのは大きいね。君とMt.レディがリーダーを抑えたのも、そうだ」

「レディさん、最近大活躍ですね」

 

 主だった事件――といっても、私が原作で読んで知ってる事件っていう意味だけど――には殆ど関わっている。

 校長は「そうだね!」と頷いた上でにやりと笑って、

 

「永遠君も更に注目されてるけどね!」

「う」

「仮免ながら事実上、Mt.レディの相棒格だからね! 二人とも女性でタイプが真逆だから話題性もある。騒がれないはずがない」

「うう」

「取材がこれまで以上に入るだろうから頑張ってね!」

「訓練と勉強の時間がどんどん削られるんですが!」

「いやあ、有名人は辛いね!」

 

 はっはっは、と笑う校長先生。

 いや、笑いごとじゃないです。

 

 げんなりした私が「また質疑応答の練習しないと」と考えていると、校長は思い出したように、

 

「そうそう。もっと有名人になれそうだよ」

「は?」

「今年度末――三月。そのタイミングで君にプロ試験を受けさせたい。そう上からお達しがあった」

「っ!?」

 

 思わず硬直する。

 その話、どう考えても「ついで」ですることじゃないでしょう……?

 

「思ったより早かったですね」

「試験準備頑張ってね」

「ぜ、善処します」

 

 いや、もちろん嬉しい。

 わくわくする気持ちも、成果が報われた喜びもある。

 でも。

 

 三月とか、とっくに半年切ってるんですが……。

 

 さっき感じた以上の過酷な現実が私の肩にのしかかってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インタビュー・ウィズ・ヒーローズ

 プロ試験まで残り数か月。

 

 できる限り試験対策するのは当然だけど、具体的にどんな対策が必要だろう。

 ヒーローは一人で何でもできないといけない、とは言うものの、残り時間が限られる以上、効率の良い勉強・特訓方法が欲しい。

 というわけで、知り合いのヒーロー達に聞いてみることにした。

 

 

【Mt.レディの場合】

 

「レディさんは、どうやってヒーローになったんですか?」

「は? どうやってって、試験に受かったからよ」

「あ、いえ、そうじゃなくて、試験対策的な意味で」

「あー、なるほどね」

 

 道場での訓練の休憩時間中。

 レディさんは「面倒なコト聞くわね」と呟いた後、ぐっと握り拳を突き上げて、

 

「私の場合は、気合よ気合!」

「全く参考になりません」

「なんだとこいつめ」

「いひゃいいひゃい、いひゃいれふ」

 

 わざわざ近寄ってまで頬を引っ張られた。

 ぱっと手を離したレディさんは、腫れがどんどん引いていく私の頬をつんつんしながら、

 

「って言ってもねー。試験内容は毎年全然違うらしいし」

「え、そうなんですか?」

「そ。トワちゃんの場合は特例の試験でしょ? 内容が全部、専用のものでもおかしくないんじゃない? ……ま、通常のプロ試験なら知識を問う筆記は絶対あるけど」

 

 その筆記も、どんな問題が出るかは蓋を開けてみないとわからないらしい。

 何が出るかわからないから全部を勉強しなければならず、結果、ある程度網羅した知識がないとヒーローになれないと。

 

「じゃあとりあえず筆記対策ですかね」

「それでいいんじゃない?」

「うわ適当」

 

 抗議を込めてジト目で睨むと、同じような目で返される。

 

「だって、ヒーロー試験なんて受かる時は受かるし、落ちる時は落ちるわよ?」

「身も蓋もないですね……」

 

 レディさんらしいけど、あんまり参考にならなかった。

 

 

 

【シンリンカムイの場合】

 

 ラーカーズの関係で、顔を合わせることが多くなったシンリンカムイ。

 

「プロ試験って、やっぱり難しかったですか?」

「うむ」

 

 尋ねると、真面目な彼は神妙な面持ちで答えてくれた。

 

「心身ともにプロに相応しいか、厳正に試された。生半可では合格できないだろうな」

「試験対策みたいな小細工は良くないでしょうか」

「む……いや、そうだな」

 

 頷きかけたものの、思い直したように上を見上げて、

 

「合格率を上げるために手を尽くすことは悪ではない。……そうして苦手分野を補い、得意分野で合格を勝ち取ったプロも多い。そして、そうした者は得てして活躍する」

「……なるほど」

 

 思わず唸ってしまった。

 地道にコツコツやってきた彼の言葉には、経験に裏打ちされた力強さがある。

 それもそうだ。

 雄英からして競争上等、一定のルールがあるとはいえ、競争相手を出し抜いた者勝ちみたいなところ。

 やれることをやって悪いことなんてない。

 

「ところで、そのプロって例えばレディさんとかですか?」

「何故、そこであいつの名前が出る」

「またまた」

 

 

 

【エッジショットの場合】

 

「プロ試験の対策?」

「はい。何か参考にならないかと思いまして……」

 

 見上げて言うと、エッジショットはしばらく沈黙した後、ぽつりと言った。

 

「研鑽あるのみ」

「あ、やっぱりそうですよね」

 

 エッジショットも真面目なタイプだ。

 彼の場合、本当に何でもできるように学んでいそうだし、それも一つの回答だろう。足りないなら足りるまで学べばいい。

 私の場合、睡眠時間とかを犠牲にするしかないか。

 

「ありがとうございました」

「待て」

 

 ぺこりと頭を下げ、お礼を言って離れようとしたら呼び止められて、

 

「時間が足りないのなら持ち味を生かす努力をしろ。得意の押し付けは敵相手だけでなく、試験官にも通用する」

「勉強になります」

 

 貴重な助言に、私は再度深く頭を下げた。

 

 

 

【サー・ナイトアイの場合】

 

『先日質問があった件について回答する』

 

 サーにもダメ元で連絡を取ってみた。

 電話した時は「忙しい」と通話を切られちゃったんだけど、後日メールでアドバイスが送られてきた。

 さすが、マメというか神経質というか。

 文章で打つ方が時間かかっちゃいそうな気もするのに、ありがたい。

 

『ヒーロー試験の傾向と対策ということだったが、私は試験に一度で合格している。よって、統計に基づいたパターンという意味では何も言いようがない。書店に行けばその手の本が幾らでも溢れているので、そちらを手に取る方が有用だろう』

 

 って、本当に繊細な回答だった!

 この後、参考書の良しあしは読んでみないとわからないから、と、地盤のしっかりした出版社の名前がしばらく続いて、

 

『さて、その上で敢えて言うなら、自分が何を求められているのかを今一度考えることだ』

 

 本命はその後。

 まるで、ここまでちゃんと読んだご褒美とばかりにそれは書かれていた。

 

『君は何のためにヒーローになった? 何のためにヒーローをしたい? プロヒーローを認定する側は、君をヒーローにして何をしたい? 人々はヒーローとしての君に何を求めている? それを考えれば自ずと答えは見えてくるだろう』

 

 私はサーのメールに返信した。

 

『ありがとうございました。大変参考になりました。私なりに精いっぱい、試験に臨みたいと思います』

 

 そんな硬い、用件だけの文面。

 添付ファイルとして動画を一緒に送った。こっちはヒーローコスチュームで、オーバーアクションかつ笑顔で、彼への感謝を目いっぱい示すものだ。

 

『上出来だ』

 

 後日、そんな返信があった。

 

 

 

【オールマイトの場合】

 

 元No.1ヒーロー・オールマイト。

 即行でプロになってみたり、渡米して数年間修行してみたり、あのAFO(オール・フォー・ワン)を死闘の末に破ってみたり、大災害から一人で何十人も救出してみたりと伝説の多い人。

 怪我が完治したとはいえ、既にOFA(ワン・フォー・オール)を失っている彼だが、その経験までは失われていない。

 なので彼にも話を聞いてみたのだが、

 

「試験対策? 気合いだよ気合い」

 

 まさかの、レディさんと同レベルの回答だった。

 

「気合いですか」

「うん、気合い」

 

 真顔で頷くオールマイト。

 冗談を言っている様子はない。うん、やっぱりこの人、指導者にはあんまり向いてないのかも。

 

「あの、すみません。図々しいことを言っているのは重々承知なんですが、もうちょっと何かないでしょうか……?」

「そう言われても、私は一発でさらっと合格したからな……」

 

 さらっと凄いことを言われた。

 本当に凄い人が言うと嫌味にならないから凄い。

 

「オールマイトって勉強できるんですよね?」

「さらっと酷いこと言うね君」

「言葉が過ぎました」

 

 レディさん相手ならじゃれ合いで終わるんだけど、他の人相手にこれはまずい。

 伏して謝ると、オールマイトはひらひらと手を振って、

 

「いや、いいよ。でも私だってこう見えて英語ペラペラなんだぜ?」

「何年もアメリカにいたんですから、そりゃそうですよね」

「そうそう。まあ、応急処置法とかそっちの方はだいぶ怪しいけどね!」

 

 ははは、と、笑う彼だったが、私としては一緒に笑うことができない。

 

「それで試験大丈夫だったんですか……?」

「大丈夫だよ。だってほら、私の場合、その場で応急処置するより、病院に運んだ方が確実で速いし」

「あー」

 

 なるほど。

 力業だけど、そういう解決法もあるのか。力業だけど。

 

「他のヒーローから『持ち味を生かせ』と言っていただいたんですが、そういうことなんですね」

「そうだね」

 

 オールマイトは頷き、「いいことを言うヒーローもいたものだ」と呟いて、

 

「私達はヒーローだ。どんな困難にも立ち向かわなければいけない。だが、別に馬鹿正直に教科書通りの対処をしなきゃいけないわけじゃない」

「そっか。ヒーローですもんね」

「ああ。ヒーローは、不可能を可能にするものだからね」

 

 オールマイトは、やっぱりオールマイトだった。

 

 

 

【イレイザー・ヘッドの場合】

 

「試験対策? んなこと考えなくても普通に勉強しときゃ受かるだろ」

「適当!」

 

 担任に聞くのが最後になったけど、相澤先生にも聞いてみたら結果がこれでした。

 

「私、こう見えて努力型なんですよ?」

「天才じゃないのは良く知ってる」

「ひどい」

「自分で言ったんだろうが」

 

 先生はため息をつくと、迫力のあるジト目で私を見た。

 

「あのな。逆に聞くが、お前、自分が落ちると思うか?」

「へ?」

「特例でのプロ試験。どうしてもさっさとお前をプロにしたい連中が、わざわざ落とすと思うか、と言っている」

「それは……」

 

 私は一瞬口ごもった。

 意味がわからなかったわけじゃない。

 ただ、先生の言ったことは、つまり、

 

「試験自体が茶番みたいじゃないですか」

「いや、まあ、そこまでは言わんが」

 

 ひょいっと肩を竦めて、

 

「よほどのことがない限り落とされないのは事実だろうよ。そして、お前は『よほどのこと』を起こすほど無策じゃないだろ」

「あ……」

 

 ぽかん、と、口を開けてしまう。

 今のはツンデレなんじゃなかろうか。

 

「これまでの訓練、仮免試験を見ても、お前には特殊状況――設定されたシチュエーションに準じる能力がある。実地での研修もこなして経験も積んでる。気楽に受けてこい。そもそも本来は『三年で一発合格して優秀』ってレベルのもんなんだ」

「はいっ」

 

 ちょっとだけ、試験への自信が湧いてきた私だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 授業、自主特訓、自主勉強、インターンに、テレビとか雑誌とかのお仕事。

 慌ただしく毎日を過ごす。

 なんというか、私の身体ときたらいじめればいじめるほど丈夫になっていくようで、ギリギリまで寝ない生活を続けているうちに耐久可能時間が長くなっていっている気がする。

 まあ、考えてみると、寝ないだけで死ぬような不老不死がいてたまるかって話ではあるんだけど、

 

「日に日に人間離れしてる気がするなあ」

「今更だね!」

 

 深夜。

 じゃれ合い的なノリでガチの組み手をしながら透ちゃんと雑談をする。

 

 ……冷静に考えるとこれも何言ってるのかわからない気がする。

 

 まあ、私はアレだし、透ちゃんも幼少期から訓練漬けのニンジャだから深く考えちゃいけない。

 

「永遠ちゃんが口から火を吹き始めても私は驚かないよ!」

「あはは……」

 

 実はもうできたりする。

 透ちゃんにも私の持ってる“個性”ぜんぶ教えたわけじゃないからなあ……。というか、かなり多いから把握するだけで大変なのだ。

 

「なんかいつの間にか、普通に私の攻撃対処されてるしねっ!」

「それは、鍛えてもらったお陰だよ」

 

 深夜に、碌に照明もない中、そもそも透明な相手と打ち合いをしてるんだから、傍目から見たら驚くべき光景かもしれない。

 五感も強化されているため、その気になれば音や匂いだけで透ちゃんの位置を把握することも可能なのだ。

 むしろ、夜だと周りが静かなので感知しやすいかもしれない。

 

 とはいえ、透ちゃんの暗殺殺法も侮れない。

 油断してると「首を太腿で挟んでへし折る」とか普通にやってくるし。完全に透明(つまり裸)な状態でそういうことしてくるものだから、新しい技を受ける度に驚きで動きが止まってしまう。

 

「透ちゃんの技って、透明じゃない人が使っても凶悪そうだよね」

「そりゃあ、元はそういう殺人術だからね!」

 

 さっき言った技とか、視覚的な驚きを与える意味もあるらしい。

 

「トガちゃんとかそういうの得意そうだなあ……」

え、また他の女の話?

「急にヤンデレ化しないでよ!」

「ごめんごめん。トガヒミコちゃん、私も会ってみたいんだけどなあ」

「仮釈放でもされないと難しいよねえ」

 

 逮捕されてから半年も経ってないわけで、殺人罪がついてるトガちゃんの場合、そう簡単にはいかない。

 

「私がプロヒーローになれば、もうちょっと融通が利く――かも?」

「面会くらいは楽にできそうだね!」

「面会する時間がなくなりそうだけどね……っ!」

「あはは」

 

 笑いごとかなあ……?

 

「永遠ちゃんが早くプロになってくれると、私としても助かるよ! Mt.レディさんのところで二年間サイドキックして、独立したら私を雇ってよ!」

「あ、それいいね。頑張ってみようかな」

 

 笑顔で返事をしながら、心の中で透ちゃんに「ありがとう」を言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新年→永遠vs1-A

 着物は貧乳の方が似合う。

 誰が言ったか、いいえて妙だとは思うけど、

 

「……体型より、気品とか所作の方が重要かも」

 

 百ちゃんの小さい頃のものを仕立て直したという着物を着つけてもらいながら、私は小さく息を吐いた。

 品定めなんてできない私でも高級そうとわかる一品。

 和服店のスタッフさんが着付けに来てくれていることもあって、上流階級の仲間入りをしたような錯覚を覚えるけど、すぐ傍にいる「本物」を見るとそんな気持ちも吹き飛ぶ。

 

「お姉ちゃん、着物も着こなせるんだね」

「ありがとうございます。……普段はドレスですので、着るのは行事の時くらいですが」

 

 しっとりと微笑む百ちゃん。

 綺麗な黒髪は簪を使ってアップにまとめ、羨ましいにも程がある胸はさらしでボリュームを抑えてもまだ起伏がはっきりとわかる。

 これでもかと色気があるのに下品になっていないのは、立ち居振る舞いがしっかりしているからだ。

 

 百ちゃんに比べたら、私なんて馬子にも衣裳だ。

 

「永遠さんも良く似合っていますわ」

「ありがとう。でも、私は着物なんて着たの初めてだし」

 

 正確には前世の七五三とかで着たけど。

 十歳相当の時に綾里家に拾われてるから、今世では本当に着た覚えがない。中学校の卒業式は制服だし、小学校の時は洋服だった。

 透ちゃんは「慣れれば着物も楽だよ!」って言ってたけど。さすがは大きな日本屋敷を持っている葉隠家だ。

 

 と、私の着付けをしてくれているスタッフさんが微笑んで、

 

「初めてとは思えませんよ。可愛らしいお着物を身に着けつつも、端々から落ち着きが感じられて、とても素敵です」

 

 しっかりして見えるとしたら、見た目が小さいせいなんだけど。

 百ちゃんが微笑んで、

 

「気負う必要はありませんわ。私だって普段は着ないのですから、今日は気楽に構えてよろしいかと。むしろ、永遠さんはドレスの着こなしを覚えた方がよろしいかと」

「うう。礼儀作法はなんとか大目に見てもらえないかなあ」

 

 私は遠い目をして呻いた。

 

 

 

 

 二学期が終えると、短い冬休みがやってきた。

 

 さすがの雄英も年末年始に合宿を始めたりはしないようで、我らが1-Aのメンバーもそれぞれに里帰りをしている。

 しばらく前、正式に「八百万永遠」になった私は当然、百ちゃんと一緒だ。

 

 プロ試験対策が忙しいので、滞在できるのは大みそかと三が日の四日間だけ。

 それでもお父様お母様は歓迎してくれて、毎食のように御馳走が振る舞われ、学園での出来事の話を楽しそうに聞いてくれた。

 で、「それはそれとしていい機会だから」と、テーブルマナーや礼儀作法、服の着こなしなんかを詰め込み式で叩きこまれた。

 お正月だからと着物を着せられたのもその一環だ。

 

 

 

 

 

「「明けましておめでとうございます、お父様、お母様」」

 

 着物で挨拶した後、作法の練習も兼ねて食べたおせち料理はあんまり味がしなかった。見るからに美味しそうにできていたので、私がガチガチに緊張していたせいだろう。

 おかしい。

 お正月っておせちとおもちとお雑煮を食べてぐでーっとして、二日と三日はこたつでみかん食べながら箱根駅伝見るものだと思ってたのに。

 

「つ、疲れた……」

 

 夕方。

 各種レッスンを必死にこなし、ようやく許しを得た私はさっそく楽な部屋着に着替え、ぼふっとベッドにダイブした。

 

「お疲れ様でした、永遠さん。さすが、覚えが早いですわね」

「覚えないと楽になれなかったからね……」

 

 先に洋服に着替え、私のレッスンを見守っていてくれていた百ちゃんが楽しそうにくすくすと笑う。

 

「本番は明日と明後日ですわ。あちこち挨拶に回らなければなりませんから」

「し、死んじゃう……」

「普段、敵と大立ち回りしていらっしゃる方が何を仰いますか」

「敵と戦う方がある意味楽だよ……!」

 

 とはいえ、プロヒーローなら休日返上の人もいるけど、さすがに仮免生まで駆り出されない。

 

 初詣のお賽銭を狙った敵がヒーローに退治され……なんていうニュースをスマホで流し見したり、あいさつ回りの受け答えをシミュレートしたりしているうちに、私のお正月は過ぎていった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 三学期に入ってすぐ、私のプロヒーロー試験が「三月頭」に決まったと連絡があった。

 

 通常のプロ試験はもうちょっと前に行われる。

 なので、私のそれは本当に特例。

 わざわざ私専用に設けられた試験になる。

 

 他の受験者と一緒にすることもできたはずなのに、上の人達が敢えて特別措置を選んだのは、校長いわく「色んな思惑があるだろうね」とのこと。

 

 例えば、私が複数“個性”を使うことになっても噂が広がらないようにするため。

 例えば、ほぼ全員が高三以上である他の受験者が万が一にも自信を失わないようにするため。

 例えば、来年以降、合格者数水増しを狙ったヒーロー校が二年生以下をねじこんでくるような事態を避けるため。

 

 正式な日程が決定したことで、他生徒にも公式的に通知された。

 

「は!? プロ試験!?」

「俺達まだ一年だぞ!?」

 

 HRにて、相澤先生に告げられたみんなはさすがに声を上げて驚いた。

 

「そいつだけ特別扱いかよ」

 

 吐き捨てるように爆豪が言った。

 表面的には誰も彼の意見に乗っからなかったけど、内心はきっと似たような想いを抱いていただろう。

 でも、相澤先生は淡々と答えた。

 

「そうだ」

 

 まさかの直球での肯定に教室内がしんとする。

 

「これはプロヒーロー試験の運営側と警察上層部、その他が正式に協議して決定した『特別措置』だ。雄英(うち)としても向こうからの要請を飲むことに決めた。『上』は八百万永遠には試験に合格できる能力があり、かつ、早急にヒーローにする価値があると判断したんだ」

「ですが先生! これは前代未聞なのでは!?」

「……ま、オールマイト先生ですらプロになったのは雄英の通例通りだった。それ自体は確かだ」

「でも」

 

 先生の声を遮る、あるいは引き継ぐようにして声を響かせたのは――デクくん。

 

「オールマイトが学生だった頃とは時代が違う。雄英が敵連合に襲撃されて、色んな敵が台頭してきてる。そのオールマイト自身も激しい戦いによって引退しちゃったんだ。だから……」

「そうだ。世の中は『強いヒーロー』を求めている」

「………」

「仮免試験の時もそうだっただろ。プロになってから何年もかけて下積みして経験を積んで、ようやく一人前になりました――なんて奴は求められてないんだ。即戦力。八百万妹は求められている新ヒーロー像に合致したために特例が認められた」

 

 ざわつく教室内。そこへ、

 

「悔しかったらそいつに追いついてみろ――ってことだ」

 

 はっきりとした厳しい言葉が投げかけられる。

 いたたまれないとしか言いようがなかったけど、私は先生の発言の手前、すました顔で座っているしかなかった。

 

 言い訳はしない。

 私は、先に行く。誰になんと言われようと、進める限り進まないといけない。

 

「……っても、やっぱ鬱憤は溜まるわな」

 

 と、先生はトーンを和らげて首の後ろ辺りを掻き、

 

「というわけで、一週間後に特別な趣向を用意した」

「トクベツナシュコー?」

「そこの小さいのを仮想敵とした特別戦闘訓練だ。好きなだけそいつと()らせてやるから喜べ」

「なっ……!?」

 

 悲鳴を上げたのは私。

 それとは対照的に、クラス内からは幾つもの歓声が上がった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 そして、あっという間に一週間が過ぎて。

 

「USJも久しぶりだなあ……」

 

 1-Aのメンバーは校舎からやや離れたところにあるUSJ(ウソの事故や災害ルーム)に来ていた。

 全員、ヒーローコスチュームかあるいは体操着。

 私も魔法少女コスチュームを纏い、ステッキを背負っている。

 

 周りからは、どこかギラギラとした視線。

 

「永遠ちゃん、負けへんからね!」

「今回ばかりは遠慮なく狩っちゃる……!」

「あ、あはは」

 

 全員から狙われているというのは凄いプレッシャーだ。

 

「んじゃ、ルールを説明するぞ」

 

 ぱんぱん、と相澤先生が手を叩いて口を開く。

 彼の傍らにはオールマイト、それからミッドナイト先生も来ている。

 

「AとB、二つのチームに分かれてのチーム戦だ。気絶するかギブアップしたやつはそこでアウト。どっちかのチームが全滅した時点で終了になる」

 

 ぐるりと生徒全員を見渡して、

 

「チームAは八百万永遠。チームBはそれ以外の1-A全員な」

「先生! チーム分けがおかしいです!」

「気のせいじゃないか?」

 

 抗議したら即座に一蹴された。

 

「戦場はUSJ全域。どこに移動してもいいが、外に出るのは禁止とする」

 

 フィールドはかなり広い。

 逃げ隠れするスペースはいくらでもあるものの、敵が十九人もいる以上、いつまでも逃げられるとは思えない。

 

「制限時間は一時間。チームAには『生き残っていれば勝利』という特殊ルールをやろう」

「わーい、やったー」

 

 相澤先生ったら太っ腹……とは間違ってもならないけど。

 デクくんや轟君や爆豪を相手に「一時間以内に全滅させないと負けね」とか言われたらさすがに泣く。持久戦を狙うくらいは許して欲しい。

 

「何か質問はあるか?」

 

 真っ先に爆豪が挙手した。

 

「殺してもいいのか?」

「駄目に決まってるだろ。……明らかに生命活動が断たれるような攻撃は禁止だ。脳とか心臓は狙うな。腕か足を吹き飛ばすくらいに留めろ」

 

 手足なら吹っ飛ばしてもいいんだ。

 

「はい。スタート地点は全員一緒ですか?」

「チームAには一分間の猶予をやろう。スタートして一分後にチームBがスタートする」

 

 なんかだんだん「チームA」っていう呼び方にイラッとし始めたんですが。

 

 それ以上の質問は出なかったので、スタート準備に移る。

 

「八百万妹。好きなタイミングでスタートしろ。それから一分後にチームBをスタートさせる」

「わかりました」

 

 答えた私は深呼吸をした後、入場ゲートの前に立った。

 背中に複数の視線が突き刺さるのを感じる。

 

 ――さすがに厳しいと思うけど。

 

 やるからには勝ちを狙っていかないと嘘だよね。

 

「行きます……っ!」

 

 告げて、私は最初の一歩を踏み出した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 入場ゲートを抜け、広場を全速力で走る。

 

 目指すのは山岳ゾーン。

 全員を倒すにしろ一時間耐えるにしろ、できるだけみんなには散開して欲しい。なので、視界が開けている広場はNG。

 足場の悪いアトラクションや水場はありえないし、屋内に行ってしまうと轟君の氷や爆豪の爆発で一発アウトがありえるので、選択肢は多くなかった。

 

 問題は、膂力増強や瞬発力を×1に絞った状態の全速力だとスピードが足りないことか。

 脳内カウントで一分が経過した時、私はまだ目指すゾーンの入り口にも到達できていなかった――って!

 

「あっぶな!」

 

 悪寒を覚えて飛びのくと、さっきまでいた地点に真っすぐ光線が抜けていった。青山君のへそビーム……もとい、レーザーだ。

 広場で射線が通っているのをいいことにいきなり撃ってくるなんて……。

 青山君はレーザーを撃ちすぎると腹痛を起こすという弱点があるので、できるだけ外させて無力化したいところ。

 

 他の子の飛び道具はそこまで射程がないはずなので、レーザーにだけ気をつけつつ山岳ゾーンの入り口あたりに到達して――。

 

「追いついたぞ、永遠君!」

 

 暑苦しい声が響いたと同時、私の眼前に眼鏡の委員長が立ちはだかっていた。

 1-Aきっての機動力を誇る飯田君だ。

 ちらりと背後を見れば、機動力の高いデクくんや爆豪、常闇君が迫ってきている。

 

「いや、ちょっと、これ……」

 

 思った以上にきつくないでしょうか、相澤先生。

 

 恨みがましく思いつつ、私は一瞬で状況判断。

 緩みかけた足をノンストップに切り替え、腰のポーチに手を突っ込む。

 

「行かせないぞ! 君を足止めするのが俺の役目だ!」

 

 少年漫画の主人公になれそうな熱さで宣言し、高速で向かってくる飯田君。

 ポーチから手を引き抜いて投擲するのと、飯田君がすぐさま転進するのは同時だった。

 

 散弾のごとくバラまかれるゴムのボール。

 

 直撃を避けるために転進する、という発想は決して間違いではないけど、敢えてばらまくように投げたため、直進を避けた程度ではかわしきることはできない。

 むしろ「当たったらそれなりに痛い」と避けることに固執し、道を開けてくれたところを、私は一気に走り抜けていく。

 

「飯田君!」

「なにやってんだメガネ! 自分の役割くらい果たしやがれ!」

「む……! すまない、すぐに挽回する!」

 

 残念だったのは、後ろから追い縋ってくるメンバーが叱咤激励をしてしまったこと。

 大した隙を作ることもなく再び私を捉えようとしてくる飯田君に、私は内心で歯噛みした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠vs1-A (2)

 1-Aのクラス委員長、飯田天哉。

 彼の“個性”は『エンジン』。足に備わっているエンジンのような器官が出力を生み、高速移動を可能にする。

 出力自体も訓練によってどんどん上がっていて、スピードだけで言えばデクくんのシュートスタイル以上。

 

 当然、人より筋力が高い程度の足では引き離せるはずもなく――。

 

「ここから先は通行止めだぞ、永遠君!」

 

 せっかく突破したと思った先へ、飯田君はあっさりと回り込んできた。

 両手を広げてゴールキーパーのような姿勢を取る彼。向かってくることもできただろうに、ここは足止めを優先したらしい。

 機動力で勝る飯田君が左右をしっかり警戒しているのでは、目指す先、山岳ゾーンへの到達は、

 

「厳しいか……なっ!」

 

 私は声を上げながら直進、眼鏡の委員長に突っ込んだ。

 

「むっ!? 正面突破か!」

 

 エンジンが火を吹く。

 お互いの距離が急速に縮む。高スピードを乗せた左の回し蹴りが来た。

 左に避けるのは難しいし、右に避けようとすれば回転した身体と再び相対してしまう。だから私は、

 

 ――飯田君の回し蹴りへ自分から近づいて、迎え入れた!

 

 強烈な打撃がお腹にめり込む。

 私の体重では身体を支えることもできずに吹き飛ばされて、

 

「なっ!? まさか、蹴りの威力を利用して!?」

 

 そう。

 蹴りを受ける瞬間、私は後ろ向きに跳んで逆方向への力を手に入れている。蹴りから身体を支える気なんて最初からなかった。

 むしろ、猛烈な勢いを得て飯田君から距離が離れる。

 吹き飛ばされながらくるりと回転すると、着地と同時、私は山岳ゾーン――ではなく、隣の火災ゾーンに向けて走り出した。

 

「逃がす――」

「逃げさせてよ!」

 

 勢いを落とさないまま振り返ってゴムのボールをばらまく。

 飯田君だけでなく、後続のデクくんや爆豪への牽制も含めた攻撃だ。稼げるのはせいぜい一呼吸の間だろうけど、それだけあれば少しは進める。

 

 と。

 

「行け、黒影(ダークシャドウ)!」

「オウ!」

 

 ぶつかるボールをものともせずに迫りくる影。

 文字通りの黒い影であるそれは常闇君の“個性”である『黒影』だ。知性ある相棒を使役する珍しいタイプで、黒影が傷ついても常闇君にはダメージがない上、黒影は飛んだり爪で切り裂いたりと多芸。

 厄介なことこの上ない。

 

「オラオラ!」

 

 正面に回り込み、両手に生み出した爪を振るってくる黒影。

 背中のステッキを手にして迎撃。

 幸い、柄が切り裂かれて終わりにはならなかった。がきん、と、爪とステッキがかち合って音を立てる。筋力自体もなかなかのもの。

 だけど、軽い!

 

「はっ!」

「グッ!?」

 

 ステッキを振るって押し返す。

 すかさず地面を蹴って推進力を前に。

 黒影も崩れた体勢をすぐに戻して追撃に来るけど、それも織り込み済み。

 

「だああああっ!!」

 

 私はステッキを両手で握りしめ、一回転する勢いでスイング。

 

 ――ボディを強く叩かれた黒影は大きく吹き飛ばされていく。

 

 あの謎生物は飛べるので、壁や床に叩きつけられたりはしないけど、別にそれは構わない。私の狙いは黒影を火災ゾーンに近づけることそのものだ。

 

「そうか、火か!」

 

 追ってきた飯田君が声を上げる。

 そう。

 火災ゾーンはその名の通り、火の手の上がるフィールド。黒影はその名の通り影であるため明るいところでは力を発揮できない。

 今は昼間。USJのドーム内にも外からの陽光が入ってきている。その上、炎の明かりが多くなれば、確実に弱体化するのだ。

 明るいところの黒影は別に大して怖くない。

 

 このままゾーンに到達できれば――。

 

「させないと言っているだろう!」

「八百万さん! 悪いけど本気で行くよ!」

「しゃらくせえことばっかしてんじゃねえよ、このチビ!」

 

 しかし、気づくと私は三つの声に追いつかれていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 飯田君。デクくん。爆豪。

 

 この三人相手に逃げられるとは思えない。

 私はすぐさま足を止めて振り返った。

 

 真ん中に爆豪。左右に飯田君とデクくん。

 

「腕や足なら吹き飛ばしていいんだったよなあ!?」

 

 斜め後ろに小爆発を起こして急接近してきたのは、真ん中にいたツンツン頭だ。

 どうしてこう、荒事の際ばかり楽しそうなのか。

 私が後ろに跳んで距離を取ろうとするのも意に介さず、牽制に三度ボールを投げても動揺しない。

 

「こんな玩具が何度も効くかよ!」

 

 爆豪の『爆破』は飛び道具に強い。

 あっという間に懐に飛び込んできたかと思うと右手が閃いて――。

 

「待つんだかっちゃん! さっきの見ただろ!」

「っ!」

 

 響いた声に動きが止まった。

 僅かな隙に距離を取りつつ、私は少年達を見やる。回り込みながら叫んだのはデクくん。爆豪は私と、私の後ろにある()()()()()を見て舌打ちした。

 

「邪魔してんじゃねえぞクソデク! わかってたに決まってんだろ!」

 

 いやあ、どうだろうね……?

 

 読者視点に戻りつつ苦笑する私。

 とはいえ、さっきと同じ「吹き飛ばされ戦術」が通用するかどうかは良くて五分五分だったんだけど。爆豪、手か足だけを吹っ飛ばすために私の身体を掴む気だったし。

 お腹辺りから身体全体で爆風を受け止めないと十分な推進力は得られない。

 

「回り込めばいいということだな!」

 

 デクくんとは逆方向から来る飯田君。

 真後ろからは復帰した黒影が再び接近してきているし、これで四人に囲まれた形だ。

 せめて、彼らが力自慢タイプならいいんだけど、よりにもよって全員が高機動タイプと来ている。相性が悪いことこの上ない。

 こうなると、私に生き残る手段は、

 

「死ねえ!」

「その掛け声はどうかと思うぞ!」

「みんな、油断しないで! 彼女は甘い相手じゃない!」

「グルル……」

 

 四方向から()()()()()()()()()

 視界を広く持って俯瞰するように分析しながら、主体的な意識を手放す。

 

「あ?」

「む」

「あっ」

「ム」

 

 ジャンプした。

 

 四方を囲まれた状況では逃げ場は「上」しかない。

 バックジャンプ気味に跳躍した私に四人(?)も一瞬遅れて気づいただろうけど、視界からいなくなった上に気配を消したことですぐには対処できない。

 そして、移動する物体には慣性というものが存在する。

 走っていた車が急ブレーキをかけても、いくらかは進んでしまうように、彼らはお互いぶつからないように動きを止め、攻撃を中断しなければならなかった。

 

 ――ああもう、全部ボール使っちゃおう!

 

 残ったポーチの中身を全部ひっつかむと、固まったデクくん達に投擲。バラまかれた散弾は今度こそ命中し、彼らに小さなダメージを与えた。

 後は、着地してからリードを守って少しでも遠くに、

 

「痛えだろうがコラ!?」

「っ」

 

 意識を引き戻す。

 気づけば、爆豪が眼前に迫っている。『爆破』で強引に姿勢制御、急接近してきたらしい。便利すぎじゃない!? っていうか、“個性”も凄いけど、こいつの戦闘センスと闘争心はどうなってるのか。

 

「や、だっ!」

「無駄なんだよ」

 

 ステッキを振るった途端に小爆発。

 巻き込まれ、後ろに流れるステッキ。持っている右腕も当然引っ張られる。

 空中では、私は推力を生み出せない。

 いっぱい持ってる“個性”の中から『エアウォーク』とかやってもいいなら別だけど、あれは明らかに身体能力じゃないし――。

 

 詰まされる。

 一手をかわす度、死地に追い込まれている。

 

「気に食わねえんだよ! このクソチビが! 体育祭で俺に手も足も出なかっただろうが手前!」

 

 空いている左腕が掴まれる。

 私は反射的にステッキを手放し、筋力だけで強引に、右腕をツンツン頭の少年に伸ばしていた。

 

「プロになるとか言うんなら俺に勝って――」

「まだまだ、諦めないよ」

 

 爆破。

 腕が『熱い』と感じた次の瞬間には左腕の感覚が消失していた。出力制御は完璧。掴まれた部分が一瞬で吹き飛ばされ、千切れた腕は爆風で下へと落下していっている。

 腕一本。

 並のヒーローであれば致命傷。再生できる私にとっても決して小さくないダメージだが、

 

「がっ……!?」

「敵相手なら腕一本じゃすまないんだから」

 

 プロヒーローになるなら、複数の敵相手に孤軍奮闘しなければならない場面も出てくる。

 

 私の右手は爆豪の首を掴んでいた。

 リンゴくらい余裕で握りつぶせる握力で指を食い込ませる。首は鍛えにくい部位の一つ。さすがの爆豪もこれには苦悶の表情を見せ、私に左の手のひらを向けてきた。

 爆発。

 ()()()()()()()()()()()に私は逆らわなかった。手を離し、爆風に乗って一気に移動する。

 

「かっちゃん!」

「我が受け止める! 緑谷と飯田は戦闘を続けよ!」

 

 カバーには常闇君(本体)が入った、か。

 一瞬で相談を終えた少年達。デクくんと飯田君が下を高速で駆けるのが見える。でも、こうなると空中にいるのは有利だ。

 爆風に乗ったことで、私は悠々と火災ゾーンの中へ落下して――。

 

 圧倒的な冷気が、燃え盛る炎ごと、辺りの空間を凍り付かせた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「悪ぃ、遅くなった」

 

 火災ゾーン入り口付近一帯は完全に凍り付いていた。

 轟焦凍は技の出来を横目で確認しながら緑谷、飯田と合流した。

 緑谷達もスピードを落とし、氷の塊をみやりながら声を上げる。

 

「轟君!」

「永遠君をまとめてやったのか!?」

「ああ」

 

 轟の“個性”は『半冷半燃』。左半身で熱を、右半身で冷気を操ることができる。特に氷は得意で、体育祭の試合ではステージの殆どを覆い尽くす氷の塊をほぼ溜めもなく作り出した。

 先程の攻撃はその時よりも更に研鑽を積み、範囲を増した技である。

 

「あいつが落ちるのに合わせて撃った」

 

 氷を作って滑ることで高速移動が可能な轟だが、緑谷達に比べればスピードは出ない。

 いいタイミングでギリギリ間に合ったのは幸いだった。

 

「さすがにこれなら避けようがねえだろ」

「だが、大丈夫なのか? 氷漬けだぞ?」

「一般人でも、すぐ解凍すりゃ死にはしねえよ」

 

 まして永遠はヒーロー。

 生半可な鍛え方はしていないし、何より『不老不死』である。あの氷結だけで即死攻撃にはなりえない。

 

「むしろ、凍らせとかないと面倒だっただろ」

「え、どうして……あ、そうか!」

 

 さすがヒーローオタクというべきか、緑谷はすぐに思い至ったようだった。

 

「八百万さんは『不老不死』。最近の回復速度は『超再生』並みだ。やろうと思えば、()()()()()()()()()()()()()()!」

「ああ。飯田達が火災ゾーンに誘導し始めた時は慌てたぜ」

 

 あのまま到達されていたら、轟がなんとかするまで他の面々は迂闊に近寄れなくなっていた。

 着地する前を狙わなければ、あの永遠のことだ。冷気の来る方向から遠ざかって難を逃れるくらいのことはやってのけただろう。

 

「……意外とあっけないものだな」

「いや。速攻を仕掛けられたからこそだよ。彼女に逃げ隠れされたら各個撃破されてた恐れがある」

「だな」

 

 轟は氷塊に向き直って、

 

「ぼちぼち向かうか。一番良いのはあいつが気絶したタイミングで解凍することだ。溶かした途端に動きだしたら洒落にならないからな」

「なんか、しぶとい虫か何かみたいな表現だね」

 

 引きつった表情で呟く緑谷。

 言いえて妙だと轟は思った。

 三人はゆっくりと回り込みながら永遠の姿を探して――。

 

「アホか!」

 

 背後から罵声が響いた。

 首の痛みから立ち直った爆豪と常闇、そして黒影である。

 

「あのガキが凍らされたくらいで死ぬわけねぇだろうが。ぼーっと歩いてる暇あったらもう二、三発撃つくらいしやがれこの役立たずが!」

「いや、さすがにそれやったら死ぬだろ」

 

 中心部の温度がどんな酷いことになるかわかったものではない。

 

 と。

 

 爆豪の懸念を裏付けるかのような事態が直後に起こった。

 みし。

 氷塊がきしむような音を立てたのだ。

 思わず口を閉ざして顔を向ける一同。するとそうするうちに、氷に無数の小さな傷が入って――。

 

 ぱきぃん……!

 

 いい音と共に氷塊が砕け散った。

 轟は思わず呆然と口を開けてしまう。永遠を凍らせたのは間違いない。だとしたら、まさか、内側から力だけで氷を割ったというのか。

 

「だから言っただろうが」

 

 つまらなそうに言った爆豪に誰もツッコミを入れることなく、一同は顔を見合わせると、一斉に火災ゾーン内部へと走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠vs1-A (3)

「あああ、寒かった……!」

 

 轟君の仕業だろう。

 周辺の地形や燃える火と一緒にまとめて凍結させられた私は、悪戦苦闘の末、氷を砕いて脱出した。

 外気に触れ、下がった体温が上がり始めるのを感じながら辺りを見渡す。今のところ至近距離に人の気配はない。ただ、さっさと離れないとすぐに追いつかれるだろう。

 

 とりあえず、砕いた氷のうち大きそうなもの――直径が私の身長と同じくらいある塊を持ち上げて、ゾーンの入り口めがけてぶん投げておく。

 

「うわあ!?」

「うるせえ、いちいち騒ぐなクソデク!」

 

 声と共に爆音が響き、塊が砕け散る。

 うん、やっぱりいた。

 なら、あったかいところに行きたいし、火災ゾーンの奥へとダッシュ。凍らされたのは入り口付近だけだから、奥のほうはまだまだしっかり燃えている。

 周囲が明るく、気温も高くなってきた辺りでもう一度爆音。残った氷を爆豪が吹き飛ばしたんだろう。何気なく上を見上げれば、常闇君の黒影と、一羽の小鳥が私を見下ろしている。動物と話ができる口田君が偵察要員になっているらしい。

 となると――。

 

 数秒後、私のいる一帯に強烈な冷気が駆け抜け、炎をあらかた吹き散らした。

 

「やっぱり……っ!」

 

 視界が開け、複数人の姿が遠目に見えた。

 こっちから捕捉できるということは、つまり向こうからもバレたということ。

 ああもう、次から次へと。

 こうなったら、

 

「逃げる!」

 

 まだ火の手があがっているところへ走る――と。

 

「今度こそ逃がさねえぞ、チビ!」

「っ。簡単には、やられないよっ!」

 

 爆豪の声。

 一瞬、腕がぎくりと硬直する。さっき爆破されたのを思い出したせいだ。でも、再生は終わっているので問題なく動く。

 三方向からデクくん、爆豪、飯田君。

 さっきと同じ流れだけど、今回はバックアップに轟君が入っている上、他のクラスメート達もぼちぼち合流してくるはず。

 

 逃げられない。

 

 私は気配遮断モードに切り替えて三人を迎え撃った。

 狙うのは――爆豪。

 ツンツン頭の不良めいた顔を見据えると、彼はにやりと笑った。

 

「上等だコラ」

 

 視界が、光に包まれた。

 衝撃。

 身体が吹き飛ばされて宙に浮く。

 

「ちょろちょろされると鬱陶しいけどなぁ――吹き飛ばしちまえば関係ねぇだろ!」

 

 強い。

 爆破を用いた広範囲攻撃なら、多少狙いが甘くても問題ない。吹き飛ばし攻撃になるから私は姿勢が崩れる。

 受け身を取るために身体の向きを入れ替えるも、

 

「悪いが、不意を突かせてもらうぞ!」

「八百万さん、勝負だ!」

 

 爆風を突き抜けるようにデクくん、飯田君が出現。

 前後からタイミングを合わせての蹴り。

 私は俯瞰視しながら反応し、前から来たデクくんの足首を掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 目を見開き驚くデクくん。

 でも、飯田君の蹴りは止まらない。背中からの衝撃に再び吹き飛ぶ。……デクくんと一緒に。

 慌ててもがく彼の身体を、腕と腰の力だけで振り回して投げる。飯田君にぶつけ、二人まとめて遠ざけた。

 

 意識を半ば手放した状態なら痛覚も殆どなくなる。

 お陰でこういう無茶もできる。

 

 結局、一対多における私のアドバンテージは、連携によって生じる隙だったり、同士討ちを誘うことだ。

 轟君だって、味方に当たるかもしれない状況ではそうそう攻撃することが、

 

「――油断か?」

「あ」

 

 今、この瞬間は私の周りに誰もいない。

 直線状に吹き付けた冷気が辺りの空間ごと私を凍り付かせ、

 氷の向こうに、右手を突き出す爆豪が見えた。

 

 BOMB(どっかん)

 

 できたばかりの氷が砕け散って――私は、にやりと笑った。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「……まずいですわね」

 

 八百万百はノートパソコンで戦況を監視しながら呟いた。

 

 可愛い義理の妹をクラス全員で追い詰めるという特殊な訓練。

 彼女とてヒーロー志望である以上、やるからには全力で臨んでいる。あらかじめ電子機器を持ち込んだのも必勝を期すためだ。

 カメラは口田の使役する鳥達に装着してある。彼ら(彼女ら?)の撮影した映像がノートパソコンに送られてくるという仕組みだ。

 

 戦闘が始まって二十分強。

 未だに永遠を倒せていない。緑谷や飯田、爆豪、轟といった、A組内でもエース級の面々が早くから交戦していたというのに、だ。

 

 持ち物を投げて強引に手数を増やしてくる。

 二人以上で攻撃すれば同士討ちを誘ってくる。

 攻撃()()()()()を逆用して戦場から離れようとする。

 一度や二度の打撃ではさほど効果がなく元気いっぱい。

 腕を吹き飛ばされても氷漬けにされても、氷漬けから爆破されても生き残る。

 

 その上――身体能力は鍛えた常人を上回っているのだから始末が悪い。

 難敵、と言わざるをえない。

 こと「負けない」ことにかけて、永遠の右に出る者はなかなかいない。今更ながら相澤のルール設定が恨めしい。

 八百万としても永遠を殺すつもりなど全くないのだが、「厄介な敵との戦い」として考えた場合、どうにも頭が痛いのだ。子供向けのコミック作品なら大火力でぶっ飛ばしても気絶で済むが、ヒーローが敵を相手取る場合にはそうもいかない。ギリギリまで相手を殺さず捕まえようとしなければならない。

 「これならどうだ」→「これでも駄目なのか……」の繰り返し。

 並の相手なら決定打になる場面が幾度もあったにも関わらず、未だ決着がついていないのはそういうわけだ。

 

「切島さんや芦戸さん、上鳴君も戦線に加わっていますが――」

 

 正直、成果は芳しくない。

 

 硬化を深くすることで打撃の衝撃を克服した切島だが、殴られても痛くない彼と殴られてもすぐに治る永遠では千日手になってしまう。あの少女にとっては緑谷や飯田のような「速くて捕まえられない」タイプの方が難敵となる。

 芦戸の放つ酸は攻略の決め手になりえたが、あろうことか「その攻撃も克服しておきたかったんだ」と、永遠は致命傷にならない範囲で敢えて喰らいに来た。お陰で酸の中和、溶かされた皮膚の再生速度がだんだん上がってきてしまっている。

 上鳴の電撃で神経を麻痺させても、神経自体が高速で再生してしまう。

 

 効かないわけではない。

 ただ、しぶとすぎて効果がないようにしか見えない。

 八百万も麻酔銃やトリモチ、捕獲用ネットなどを作成して仲間に託したが、その程度では永遠は止まってくれなかった。

 べたべたにくっついたトリモチを皮膚ごと剥がして脱出されたのなどは軽くトラウマものである。

 

 攻撃し続けていればいつかは疲労で動けなくなるだろうが、それはこちら側も同じだ。

 果たして、先に根負けするのはどちらか。

 

 切り札になりえるとすれば、

 

「麗日さん、それともしかすれば蛙吹さん、でしょうか……」

 

 十九人のA組メンバーは望まない持久戦を強いられていた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「うう」

 

 私は忙しくて死にそうだった。

 殴られても爆破されても凍らされても焼かれても酸で溶かされても致命傷にはならない。致命傷になっても治るけど、だんだん攻撃の上限値というか「ここまでならやってもいいよね」が厳しくなってきてる。

 特に酸とか電撃は勘弁して欲しい。再生するのに結構時間がかかるのだ。喰らう度にちょっとずつ耐性がついてくれてるのは嬉しいけど。

 

 息を切らせながらUSJ内を駆け回る私。

 合間を見て、空になっていない(ボールが入っていたのではない)方のポーチから食料を取り出しては口に入れる。ちょっとでも栄養補給しておかないともたなくなるかもしれない。

 

 幸いなのかどうなのか、二、三分前から、総出で殴る蹴るされることはなくなった。

 入れ替わり立ち替わり誰かがやってきて私を休ませない、そんな作戦にシフトしたようだ。

 と、言ってる傍から、何か細いものが伸びてくる。

 

「瀬呂君!」

「ああ、俺だよ!」

 

 腕に巻き付き張り付くテープ。

 このテープはちょっとやそっとじゃ取れない。刃物で切るのが一番だけど、生憎ステッキは落としたままで回収できていない。

 なので、

 

「これでお前は俺から逃げられ「えいっ!」うわあっ!?」

 

 ぐいっとテープごと引っ張って瀬呂君の身体を引き寄せる。

 たたらを踏むようにして私の傍まで来た瀬呂君と見つめ合い、

 

「や、優しくしてくれ」

「ごめん、無理」

 

 加減はしたものの、やや強めに腹パンを入れる。

 

「……がくっ」

 

 気絶してくれたところで強引にテープを引きちぎると、再び走り出す。

 っと、今度はレーザー。

 なんとか避けて、二度、三度と来る追撃も同じようにかわす。

 すると更に冷気、電撃、炎。

 ギリギリかわせてるけど、これは、もしかすると――。

 

「誘導されてる?」

「ああ、そうさ!」

 

 水難ゾーンの端に到達した私が呟くやいなや、背後から肉薄してくるデクくん、飯田君(きどうりょくちーむ)。更にその後ろに、

 

「私もいるよ!」

「……お茶子ちゃん」

 

 唇を噛む。

 お茶子ちゃんの『無重力』は触れたものをふわふわ浮かせることができる。解除はお茶子ちゃん自身の任意。しかも、『不老不死』が「肉体への悪影響ではない」と判断しているのか耐性が未だにできていない。

 触れられたら一発アウト。

 やろうと思えば百メートルでも千メートルでも浮かべて酸欠にさせたり、落としてぺしゃんこにできる、思った以上に凶悪な“個性”だ。

 

 ここまでにも何度か狙われていて、私はその度に最優先で対処してきた。

 両手をかわして打撃を浴びせたり、コンクリの地面を砕いてまで飛び道具を作って投げつけたり、複数人の乱戦にもちこんで味方への攻撃を誘ったり。

 とはいえ、文字通りの背水の陣で出て来られると、

 

「今度こそ!」

 

 左にデクくん、右に飯田君、前からお茶子ちゃん。

 お茶子ちゃん一人ならスピードで突破できなくもないけど、正面に突進した途端、残りの二人が左右を再び塞ぐだろう。

 

 ――しょうがない。

 

 私はくるりともう一度身体を回転させると、すぐさま地を蹴った。

 

「え?」

「へ?」

「な」

 

 どぼん。

 

 追いつめられて逃げ込んだ先は、最初に「ありえない」と判断した水の中だった。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 来た。

 蛙吹梅雨は顔を上げ、水中への侵入者を察知した。

 

 彼女は早くから水難ゾーンに陣取っていた。

 永遠が簡単にやられないことを理解した上で、広いUSJ内を逃げ回られる方が厄介だと判断、もっとも得意な場所を確保していたのだ。

 活躍の機会が来るかどうかは賭けだったが、どうやら彼女の勝ちらしい。

 

(悪く思わないでね。ケロ)

 

 『蛙』の“個性”により、彼女は水中での活動が可能。

 永遠ならある程度、長い時間の潜水も可能かもしれないが――水の中なら梅雨の方が一枚も二枚も上手だ。

 

 上からの追撃を避けるためか、飛び込むなり潜ってくる永遠に向かっていって、

 

「!」

 

 彼女が驚き動きを止めた時にはもう、攻撃できる距離に入っていた。

 

(逃がさないわ)

 

 蛙を模した動きで更に接近しながら舌を伸ばす。

 右腕を絡み取り、小さな身体を引き寄せたら、本格的に抗われる前に全身を使って抱きついてしまう。

 ごぼ、と、永遠の口から息がこぼれた。

 ふりほどこうともがく永遠。だが、二人分になった体重は彼女達を深いところに沈めていく。水中にいるせいで永遠の筋力も十分に発揮できておらず、梅雨でもくっつき続けることが可能だった。

 

『この戦い、キーになるのは麗日さんと蛙吹さんだと思いますわ』

 

 開始直後。

 八百万百は永遠を追いながら、梅雨とお茶子にそう告げていた。

 彼女の考えは正しかったと言っていい。

 不死身の相手を倒す方法。

 決して多くはないその方法の一つが「浮かせること」であり、別の一つが「呼吸困難に陥らせること」だ。

 

 いくら不老不死といっても、人間である以上は水の中で呼吸できない。

 息が続かないのなら思考は鈍り、動きは止まり、やがて気絶に至る。

 そうなったらあとは頃合いを見て陸に上げ、どうやっても動けないくらいまで拘束してしまえばいい。

 

(と、暴れないで欲しいわ)

 

 さすが永遠と言うべきか、ここまで追い込まれてもなお足掻く。

 じたばたと暴れる活きの良さは、これが魚ならさぞかしい美味しいだろうという感じだ。だが、暴れれば暴れるだけ、残り少ない酸素を浪費することになる。

 梅雨は、腕と足を存分に使って身体を絡みつかせ続けた。

 

 そして。

 

 やがて全身から力を抜いた永遠は、ただ深く沈んでいくだけの状態になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠vs1-A (終)

「……静かだ」

 

 緑谷出久が水難ゾーンの水面を見つめて呟いた。

 水の波打ち方は仕様の範囲内。

 外部からでは何が起こっているのか伺い知ることができないが――少なくとも、激しい戦闘が起こっている様子はない。

 

 永遠が水に落ちてから、約五分。

 

 ゾーン付近には1-Aのほぼ全員が集まっている。

 この場にいないのは当の八百万永遠と、その対処をしているはずの蛙吹梅雨だけだ。

 

 水に落ちた永遠を梅雨が捕まえて気絶させる作戦。

 永遠が上がってこないところを見ると、成功したのだろうが。

 

「なあ、五分はさすがに死ぬんじゃねえの?」

「いや。あいつなら息を止めてもしばらくもつだろ」

 

 切島の疑問に轟が答える。

 氷漬けの状態も「息ができない」という点では同じだから、一応の根拠はある。

 

 一同の参謀役を務める八百万百は彼らの言葉に頷いて、

 

「危険状態であれば先生方が動くはずですわ」

 

 訓練では「万が一」が起こらないよう、各種方法で状況をモニターしている。

 相澤やミッドナイト、オールマイトが動いていないということは、少なくとも永遠に命の危険はない、ということだ。

 教師の顔色から状況を判断するのは少々、行儀が悪いかもしれないが。

 

「……蛙吹さんは水中でも呼吸できますから、ニ十分でも三十分でも問題ないでしょう」

 

 問題は永遠の方だ。

 

「口田さん。USJ内の様子は……」

「う、うん。異常ないよ」

「黒影にも『何か見つけたらすぐに知らせるように』と言ってあるが、動きは無いな」

 

 カメラ映像を映すノートパソコンは口田に渡してある。

 常闇も黒影を偵察に出し、念には念を入れた監視体制だ。

 

 この五分間はメンバーを集結させたり、いつ飛び出してくるかわからない永遠に警戒したりと中々に慌ただしかった。

 しかし、切島が言った通り、これだけの時間、音沙汰がないのは少しおかしい。

 

「……五分も息を止めていれば相当に動きは鈍るはず。水中の蛙吹さんなら遅れを取ることはないと思うのですが」

「でも、彼女なら何をやってもおかしくないよ」

 

 緑谷が言った。

 一緒にトレーニングをしているお茶子もそれに応じて、

 

「そうやね。永遠ちゃんなら、これくらい平気で乗り越えてくるかも」

「では、仕方ありませんわね」

 

 カロリーには限りがあるが、ここは使いどころだろう。

 

 水中用のカメラと、自撮り棒のような器具を作成。

 水の中を覗いた八百万は驚愕した。

 

「これは――」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 意外と水の中でもそんなに苦しくないなあ。

 梅雨ちゃんと一緒に水の底に位置した私は、しみじみとそんなことを思った。

 

 水に落ちてから既に何分か過ぎている。

 もちろん苦しくないわけではないのだが、なんだかこの分ならタイムリミットまで潜っていられそうな気がする。

 

 ――原因は多分、ドクターに改造された時の経験だ。

 

 お腹の中まで液体に漬けられたりしたせいか、水を飲んでも平気というか、ギリギリ生命維持に必要な空気くらいならお腹の中の水から取り込めるっぽい。

 それならと『不老不死』の効果でより平気になるため、ちょっとずつ故意に水を飲み込んでいる最中だ。

 

(もがもが)

 

 梅雨ちゃんは私に四肢を拘束されている。

 駄目だと思って力を抜いた私を、彼女は陸に引き上げようとした。でも、そうされている途中で「意外と大丈夫だ」とわかったので、私は逆に梅雨ちゃんを抑え込んだ。

 いざとなったら彼女のお腹の中の空気をいただく、という案もあったんだけど、幸い、それは必要なさそうだ。

 

 さて。

 このまま気づかれないといいんだけど。

 多分、そう上手くはいかないだろうなと、完全防水仕様の時計を見ながら私は思った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 永遠は健在である。

 衝撃の事実を受けて、陸上の1-Aメンバーは騒然となった。

 

「マジかよ……」

「あれだけやって平気って……」

 

 ヒーローの訓練というより、HP無限の敵相手に狩りゲーでもしている気分になりつつあったが、ここまで来て何も手を打たずに負けられるはずがない。

 

「蛙吹さんは拘束されているだけです。呼吸も心配ありませんが、このまま待っていても我々の勝利はありません。対策が必要です」

「対策って言っても……」

 

 肝心の相手は水の底。

 果たしてどんな手段を取れば勝利することができるというのか。

 

「轟。水全部凍らせられねえのか?」

「できなくはねえけど、時間がかかるし、さすがにやばいだろ。八百万妹が耐えても蛙吹が耐えられねえ」

 

 上鳴の電撃も似たような理由でアウト。

 青山のレーザーも水中では光の屈折が変わるためにまともな効果が出せない。

 

「面倒臭え。その辺のモンぶっ壊して水の中埋めちまえば――」

「却下」

「麗日。水全部浮かせられたりしねえ?」

「無理やって。何トンあると思ってるん?」

 

 なお、一般的な小学校の25mプールでも数百トンあるらしい。

 水難ゾーンの水全部を浮かせようと思ったらお茶子が何百人も必要である。

 

 ――蛙吹のような特異体質でない限り、水中というのは困難なフィールド。

 

 永遠に勝つために選んだ手段が逆に彼らを追い詰めている。

 

 ああでもないこうでもないと話し合いを続けて更に五分――残り時間が二十分と少しにまで減った頃、一応、結論は出た。

 

「……わたくしが酸素マスクを作りますから、機動力に優れる数名で人海戦術を取ります」

「それしかねえか」

 

 作戦、と呼べるほどの作戦ではない。

 消去法で正攻法に落ち着いた、というだけの話だ。

 

「悪いが、俺は参加できそうにない」

 

 悔しそうに言ったのは飯田だ。

 彼の『エンジン』は自動車やバイクのそれに近い。要は地上を走行するための仕様であり、水の中での本領発揮は難しかった。

 足手まといになるのを懸念した彼は参加を断念。

 

 結果、選ばれたのは――緑谷、砂藤、障子、尾白の四人だった。

 

「頼みましたわよ、皆さん」

 

 四人は仲間達からの激励に頷き、水中への戦いに身を投じた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 何か来る。

 気づいた時にはもう、敵は半分くらいまで距離を詰めていた。

 一人、二人……もうちょっといる気がする。

 

 梅雨ちゃんを後ろから拘束したまま私は考える。

 この子を離して戦う?

 いや、ここは人質作戦!

 

 四肢に身体を絡みつかせたまま海底に座るような姿勢を取って待つ。

 やがて、彼等はやってきた。

 

 ――四人。

 

 デクくん、砂藤君、尾白君は真っ当に泳いで。

 残る一人、障子君は腕を複製することで彼にしかできない変則的な泳ぎ方を見せている。

 彼らは梅雨ちゃんを人質に取った私と視線を合わせると、ぎょっとしたような顔をした。

 

 さあ、どうする?

 

 下手に攻撃すれば梅雨ちゃんに当たってしまう。

 これで諦めてくれれば楽だったけど、それは叶わず。四人は「梅雨ちゃんを救おう!」とばかりに四方へ散って私に向かってきた。

 人質を拘束したまま、海の中では逃げ回るのも難しい。

 仕方なく足を外し、腕だけで抱きついたまま、デクくんの来る方向へと海底を蹴って移動。

 

「!?」

 

 女の子に免疫のないデクくんが動揺するのを見逃さず、梅雨ちゃんを突き飛ばす。慌てて抱き留めた隙を見て、再び海底を蹴り遠ざかった。

 そこへ、残りの三人。

 私の動きを見ていたせいか、三人とも、いったん海底に足をついてから勢いよく飛び掛かってくる。

 まずい。

 不利を見て取った私はもう少し上に浮かぶことにした。ジャンプする要領で攻撃をかわすと、男子達も追いかけてくる。

 

 デクくんは――。

 意外だ。

 梅雨ちゃんもじたばたして疲弊していたので、そのまま連れ帰ってくれるかと思いきや、二人でこちらに向かってきている。

 こうなると五対一、か。

 

 スカートの残骸等々、動きの邪魔になるものを全て外し、水着にもなるインナーと防水の腕時計だけの状態になる。

 腕と足を必死に使って水をかきわけ、次々に来る追撃をかわしにかかる。

 ここは我慢比べ。

 残り時間が少なくなって焦っているのは向こうの方。四人は酸素マスクを着けているものの、酸素量には限界がある。激しい動きをすれば消耗も大きくなるから付け入る隙はある。

 

 ――と。

 

 障子君の攻撃をかわし損ねた私は、六本に増えた腕の一つに捕まった。

 

(く……っ!)

 

 腕をぶん殴って逃げたいところだけど水中では難しい。

 手を伸ばして障子君の腕を掴むと、万力のごとくギリギリと力を籠める。たまらず手を離す障子君だったが、すかさず別の腕が迫る。

 私は呆然と口を開け――その腕に噛みついた!

 

「……がっ!?」

 

 障子君の悲鳴が聞こえた気がした。

 私は彼の腕から顎を離すと、そのままがぶがぶと水を飲んでいく。体内が液体で満たされればそれだけ浮力が減り、水に浮かなくなる。

 沈んでいく私に追撃がかかるも、姿勢制御に意識を割かなくても「下」に落ちていくのなら、空中で戦っているのとそう変わらない。

 泳ぐ必要のなくなった私を追い詰められるのは、

 

(ケロ)

 

 かなり疲れている様子ながら一生懸命に向かってくる梅雨ちゃん一人!

 まさに水棲生物といった感じのトリッキーな動きで向かってくる彼女を二本の腕で必死にさばく。私の呼吸もいい加減まずいんだけど、ここまで来たら我慢比べだ。

 

(くっ!)

 

 何度か交錯した後、梅雨ちゃんの舌が腕に巻き付いた。

 さっき障子君にしたみたいに締め上げようと思ったけど、その前に梅雨ちゃんの身体が近づいてくる。

 拘束が目的じゃなくて、接近のため!

 いつでもどこか冷めたように見える彼女の瞳が私を見つめ、

 

「ぶくぶくっ!?」(えっ!?)

 

 抱きつかれた。

 動きを封じるため? でも、梅雨ちゃんがいたら他の人が攻撃しにくい。水を飲んで重くなってる私の身体は簡単には引き上げられないし、

 っていうか柔らかくて安心しそうになるような――と。

 

「――!」

 

 がっ、と、口に指が突っ込まれる。

 驚いて口を開いた私は、更に突っ込まれてくるぶよぶよしたものに思考を停止する。舌。え、あの、気持ち悪いと言いますか。

 

 あ。

 無理だ、これ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「「「せーのーっ、えいっ」」」

 

 ぴゅー……と、女子数人がかりでお腹を押してもらって、お腹の中の水を吐きだした私は、げほげほ咳き込んだりしながら肺呼吸にモードを戻して、

 

「降参します」

 

 陸に上がった時点で両手を上げてはいたものの、あらためて声でそう宣言した。

 

「四十一分二十三秒。Bチームの勝利だ」

 

 相澤先生がそう告げると、私以外の面々――Bチームのみんなは歓声ではなく、心底からほっとした、というような溜め息を吐いた。

 いや、うん。私としても「やっと終わった」としか言いようがない。

 最初に想定したような逃げ隠れなんて全くできなかった。終始追われたり攻撃されたりで、もう二度とやりたくない。

 

 梅雨ちゃんにやられなくても持久戦で負けてた気がするし。

 

「一対十九は無理だよ」

「四十分耐えといて言うなよ!」

 

 突っ込まれた。

 

「むしろ、四十分ぐらいなら他の人でも耐えられるよ」

 

 飯田君とか。

 透ちゃんだったら二時間くらい余裕かもしれない。いや、耳郎さんが音で探り当てるか、口田君が用意した動物が嗅覚で見つけるかな。

 切島君がげっそりした顔で「ないない」と手を振り、

 

「やっぱお前とは一対一(ガチ)でやりたいわ」

「そうだね」

 

 三時間くらい終わらなさそうだから、頻繁にはやりたくないけど。

 

「いつかちゃんと殺す」

「勘弁してください」

 

 いつも以上にキレてる感じの爆豪には割と本気で答えた。

 

「ま、AチームもBチームも色々、思うところはあっただろ」

「………」

 

 私としては決定力不足。

 ギリギリ説明がつくレベルに身体能力を抑えてるんだから当然といえば当然なんだけど、とはいえ、サーみたいな基礎スペック無双のヒーローもいるわけだし、もっと対応力も攻撃力も欲しい。

 いや、サーの身体能力はおかしいんだけど。

 プロ試験対策とか聞く前にトレーニング方法聞いた方が良かったかも。

 

 Bチームの面々も、チームアップする際の連携の難しさや地形適応の重要性、フィールドを利用する戦い方など、様々な点を自ら上げた。

 

 相澤先生は私達の自己評価に補足を加えた上で、最後に、

 

「ここで聞くが、八百万妹がヒーローとして評価された点はなんだと思う?」

「「「しぶとい」」」

「正解だ」

 

 なんだろう。

 私としては喜ぶべきなのか、それとも「私は一学期からそう言ってたじゃん」みたいな反応をすべきなのか、あるいはうんざりした表情のみんなにツッコむべきなのか。

 

「そうだ」

 

 でも、相澤先生はもっともらしく頷いて、

 

「こいつの売りはとにかくしぶといことだ。オールマイトの引退後、社会は『ヒーローが倒れる』ことに敏感になっている。見た目は全く頼り甲斐がない癖して馬鹿みたいにしぶといこいつは、一つの『新たなヒーロー像』として担ぎ上げられることだろう」

 

 むしろこの人にツッコんだ方がいいかと思うも、結局、私は何も言えなかった。

 

「お前らも『自分なりの売り』をもっと突き詰めろ。でなければ、こいつの後を追うなんて夢のまた夢だぞ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「ところで、梅雨ちゃんはどうやって永遠ちゃんを追い詰めたん?」

「どうもしないわ」

「蛙吹さんが八百万さんにキスしたんだ。それで――」

「キスじゃないわ。舌を入れただけよ」

「そ、それ、ディープキスやん!」

 

 いや、蛙みたいな長い舌がいきなり口に入ってくるのは割と拷問だったんだよ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロ試験1

『祝・プロヒーロー試験合格』

 

 ある日の朝、登校すると校舎にそんな垂れ幕がかかっていた。

 

 私の話、ではない。

 先んじて行われた正規のプロ試験にて、雄英の三年生から合格者が出たことを伝えるものだ。

 合格者数は、日本一のヒーロー校の名に恥じないもの。

 

 今日の午前零時の時点で公式が合格者の氏名一覧も公表している。

 その合格者の中には、私が知っている名前も含まれていた。

 

「嬉しいよね。こうやって祝ってもらえると」

 

 垂れ幕を見上げていた私に、背後から声。

 私は振り返りながら微笑んだ。

 

「合格おめでとうございます――ミリオ先輩」

「ありがとう! いや、催促したみたいで悪いね!」

 

 ははは、と、明るく笑うのは、平凡すぎて逆に目立つ顔立ちをした長身の青年。

 雄英ビッグ3の一人、通形ミリオ。

 先程、私が思い浮かべた人物の一人でもある。

 

 ビッグ3は全員がプロ試験に合格している。

 場数も実力も抜きんでていた彼らだから、順当といえば順当だが、

 

「やっぱりプレッシャーだったよね。僕らより年上の人も沢山いたから」

「……ですよね」

 

 何気なく、でも、確実にトーンを落として言うミリオ先輩に、私も苦笑を返す。

 身長が全然違うので完全に見上げる形だ。

 でも、

 

「あのプレッシャーの中、結果を出してこそプロなんだろうね」

 

 ミリオの目は笑っていなかった。

 彼自身の合格は決まっている。

 別枠で受ける私の合否は、他の人のそれに影響しないのに、それでも――彼は私を『ライバル』だと認識しているのだ。

 

「俺には考えられない。二年前の時点であの試験を受けるなんて」

「お情けで合格した、なんて言われないように、ちゃんと結果を出してきます」

 

 今度は不敵に笑ってミリオを見上げる。

 

「期待してるよ」

 

 差し出された手を、私はぎゅっと握り返した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 三月頭。

 

 私用のプロヒーロー試験は、平日三日間に渡って行われることになった。

 初日が終わった後は雄英まで戻らず、会場近隣のホテルに泊まって二日目、三日目を迎えるコース。

 

 初日の朝。

 早起きした私は、みんなから送り出される形で雄英から出発した。

 A組メンバーはもちろん(爆豪もキレ気味に激励してくれた)、B組や上級生からも応援をもらった。物間君も「これで落ちたらA組の恥さらし、いやA組自体が恥さらしだよねぇ!」などとわかりにくい激励を送ってくれたくらいだ。

 

「……一年生の担任なのにプロ試験の引率かよ」

「今更何言ってるんですか相澤先生」

 

 寮の前でわいわいやっているうちに先生がやってくる。

 朝早いのもあってめっちゃ眠そうな相澤先生は、何やら風呂敷に包まれた重箱のようなものを手に下げていた。

 

「なんですか、それ?」

「お前用の弁当だ」

「え。相澤先生が作ったんですか?」

「んなわけないだろ。いらなきゃ捨てろ。ただし、ここで開けるなよ。時間がもったいない」

「わ、と」

 

 ぐいっと突き出されたそれを受け取ると、かなりずっしりとしていた。

 複数段にわたる重箱にぎっしり主食とおかずが詰まっているのだろう。それが全部私用だとすると……あ、まずい。テンション上がってきた。

 朝ご飯も多めに食べたんだけど、お昼まで待てるだろうか。

 

「うわ、すごいお弁当やね。……私達も作ってみたんだけど、もしかして迷惑になっちゃう感じ?」

 

 みんなの中からお茶子ちゃんが進み出てきて、これまた大きな包みを示す。

 おお、さすがの私も両方とも完食するとなると厳しいものがありそうだけど――。

 

「迷惑なわけないよ! 食べきれなかったら夕飯にしてもいいんだし」

 

 私は、みんなからの気持ちを笑顔で受け取った。

 

 送迎用の車に乗り込む。

 後部座席に座るのは私一人だったけど、二つの大きなお弁当もあるのでわりとスペースいっぱいになった。

 

「安全運転でお願いします」

「時間までに着けばいいんだから、飛ばして事故る方が非合理的だ。というか」

 

 車を発進させようとした相澤先生がじろりとこちらを睨んで、

 

「お前は何を始めている」

「え? 自分で持ってきた朝ご飯を食べようかと――」

「食ってきたんじゃないのかよ」

「朝早いんですから、移動中にお腹空いちゃうじゃないですか」

「遠足じゃないんだぞ」

 

 失礼な。

 腹が減っては戦ができないというじゃないかと、私は毅然と先生を睨み返した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 初日の試験内容は筆記試験だ。

 

 車で連れて行かれた会場は、都内にある多目的ホールのような場所だった。

 近くの駐車場で車を降りると、途端、どこからか現れたマスコミがどっと押し寄せてくる。

 

「おはようございます、八百万さん!」

「いよいよプロヒーロー試験ですが、受験前のお気持ちは!?」

「何か一言お願いします!」

 

 相澤先生が目に見えてうんざりした顔になった。

 放っておくと「邪魔です」とかなんとか言ってさっさと退散させるのが目に見えていたので、せめてその前に、にっこり笑って一言、

 

「頑張りますっ!」

「うおおおおお!」

 

 歓声が上がった。

 珍しくスーツ姿の相澤先生(髪がセットしきれてない上に目つきがアレなのでチンピラっぽい)が視線だけで人混みを割って、カシャカシャとフラッシュを焚かれる中を二人で歩いた。

 ホールに入るとさすがにマスコミの姿はない。

 警備の人員もかなりの数が動員されている。場所と日程を公開しなければ良かったんじゃ? とも思ったけど、ある程度は公にしておかないと試験の正当性に疑問を持たれるから、ということらしい。

 

「八百万永遠さんですね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 受験者が一人なので形だけではあるものの、受験票の受け渡しと本人確認を行ったら、さっそく筆記試験の会場である会議室に移動した。

 

「本日は筆記試験になります」

 

 開始は午前十時。終了は午後十八時。

 任意のタイミングで一時間の食事休憩が取れる他、トイレ休憩も好きなタイミングで好きなだけOK。ただし、試験中もトイレまでの廊下も、なんならトイレの中まで監視がつく。

 食事休憩が不要なら試験にあててもいいし、飲食しながら試験に臨むことも許されている。

 

「科目は――」

 

 たくさん。

 読み上げられた科目は国語、数学、日本史、世界史といったものから一般常識、基礎医学、各種法律に至るまで様々だった。

 プロ試験に合格して活動を始めたヒーローは社会人と見なされるので、ある程度の教養が必要、ということでこれだけ幅広い内容になっているらしい。

 

 問題用紙と回答用紙はまとめて配るので、好きなものに好きなだけ時間をかけろ、というストロングスタイル。

 苦手な科目を無視して得意科目に集中してもいいわけだけど、「〇〇点以下の科目が×個あった時点で無条件失格」みたいな基準がないとも限らない。

 時間配分に気を付けつつ、まんべんなくある程度の点は取れるようにしておいた方が無難だろう。

 

「では、筆記用具等をお出しください。不用品は一度お預かりします」

 

 シャーペン、消しゴム、替え芯。

 時間確認用の小さな置き時計に、眠気覚ましのミントタブレット。

 糖分補給用のチョコレート、水分補給用のミネラルウォーター、あと秘密兵器の栄養ドリンクと缶コーヒー。

 もちろんお弁当も用意して、

 

「……多いですね」

 

 女性の試験官さんが思わず、といったように声を漏らした。

 

「普段はこれ、何百人ってやってるんですか?」

「いえ。一般のプロヒーロー試験では五十五分ごとに五分間の休憩としていますし、私物の持ち込みも厳しく制限しています」

 

 そりゃそうだ。

 ということは、今回のは特例。でも、楽になっているかというとそうともいえない。

 高校一年生の私は試験という状況そのものにあまり慣れていない。

 飲食可という状況で厳しく自分を律し、更にペース配分までこなせ、というのはむしろ、積極的に落としに来てるのかも。

 

 ――まあ、前世で試験なんかさんざん経験してきてるんだけど。

 

 ボディチェックも含めた厳しい確認の上、スマホ等の荷物を取り上げられる。

 

 ついでに持ち込みの私物もひととおりチェック。

 さすがにお菓子までは開けられなかったけど、お弁当はいったん包みが開かれた。

 

「これは……両方お弁当ですか? 一人分にしては物凄く多いですけど」

「あはは……友達からと、あと、なんか先生が」

 

 『なんか先生が』ってなんだ。

 

「なるほど……と、これは」

 

 開かれたお弁当箱は風呂敷に重箱の方。

 中を覗きこんだ女性試験官が口を半開きにして硬直する。首を傾げた私は、鼻をくすぐる美味しそうな匂いに思わず立ち上がった。

 何故かわからないけど、その匂いが物凄く、胃袋を刺激してきたのだ。

 

「ハンバーグにグラタン、エビフライ、トンカツ、コロッケ――主食はオムライスとエビピラフ。まだまだありますよ」

 

 一緒に覗き込むと、確かに彼女の言う通りのラインナップがあった。

 食べ盛りの子供が大好きなメニューのオンパレード。

 これから試験という私にはあまりにも目に毒すぎる。うう、なんでこのタイミングで開けなきゃいけなかったのか。

 

「凄いですね。……これ、洋食屋さんのお弁当って言われても信じちゃいますよ」

「っ!?」

「え。ど、どうしたんですか?」

 

 驚いたような彼女の声も殆ど耳に入らないまま、私は重箱と風呂敷をくまなく確かめた。

 

 ――ない。

 

 メッセージカードも、袋に入った割り箸も。

 調理者、もしくは『店名』を示す証拠はどこにもなかった。代わりに、中学生くらいの女の子が使いそうな持ち運び用のお箸が、箸箱ごと入っていた。

 その箸と箸箱にも、覚えはない。

 ないけど、何故か胸が締め付けられるような想いがした。

 

「……大丈夫ですか?」

「はい」

 

 こみ上げてきた涙を拭って、私は再度、試験への意欲を湧きあがらせた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 筆記試験はつつがなく終わった。

 

 私には今回のレギュレーションがちょうどよかったかもしれない。

 頭が栄養を欲してきたらチョコレートやミントタブレットを放り込み、集中力が切れてきたら五分くらいの短い仮眠を取り、一時間のお昼休憩で食べられるだけお弁当詰め込み――と、だんだん試験官の人達が変な子を見るような目になるのを感じながら、最後までテストをやり切った。

 わかんなくて適当に答えた箇所もあるけど、とりあえず回答用紙は全部埋めた。

 

 一日目の試験を終えた後、相澤先生にあの重箱は誰から受け取ったのかと尋ねると――彼は不自然に目を逸らしながら、素っ気ない口調で答えた。

 

「さあな。……お前と同い年くらいの男だったが」

「男子中学生って意味じゃないですよね?」

「ただしく自己評価できているようで何よりだ」

 

 イラっとしたのでほっぺたを引っ張ってやろうとジャンプしたら、ひょいっとかわされた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 二日目のは試験では「戦闘行為を伴わない」実技全般が見られた。

 必須科目として応急処置などの能力を見られた後、選択科目として幾つかの技能を披露。

 

 これ、ヒーローと関係あるの? っていう感じの科目も含まれていたので、私は「料理」「歌」「ダンス」などを選択した。

 料理は得意分野だし、歌やダンスも学園祭や各種イベント出演なんかで最近やる機会が多かったのでそこそこ自信があった。

 なんというか――意外と経験が生きるものだと思う。

 いや、イベント出演も一応ヒーローとしてのお仕事だったわけだし、そもそもこの実技試験自体がそういう、戦闘行為以外のお仕事への適性を見てるんだろうけど。

 

 お昼休憩を挟んで、午後は面接だった。

 

 会議室で、複数人の大人と向かい合っての質疑応答。

 雄英と並び称される難関・士傑高校の校長先生や警察の偉い人、官僚の方など試験官はそうそうたるメンバー。

 そんな中、一人、ヒーロー代表として座っていたのは、以前に会ったことのある『センスライ』――嘘発見の“個性”を持つ女性だった。

 要は、私がどれだけ『駒』として使えるかを確認する目的なのだ。

 

 聞かれ、答えたのは通りいっぱんの内容が殆どだったけど、嘘偽りが一切通用しないとなれば、その意味はとても重くなってくる。

 自分を大きく見せるための良い意味での虚飾さえ見通される。

 それでも敢えて誇張するか、それとも等身大の自分を自信をもって表現できるか。嘘を見破られるという緊張から言葉を詰まらせないで済むか、などなどを見られた。

 

 結果は全ての試験が終わった後でないとわからないけど、センスライは最後、こっそりと私に向かって微笑んでくれた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最終日。

 

 試験会場に指定されたのは、一日目と二日目に使われたのとは別の場所だった。

 国立多古場競技場。

 仮免の時にも使った場所だ。なんでも伝手とかコネの問題で借りやすい施設なんだとか。

 

 広々とした前の時と似たようなフィールドが形作られている。

 でも、前回と違い、受験者は私一人。

 

 相澤先生は観客席で見学。

 魔法少女のヒーローコスチュームでフィールドの端辺りまで進むと、黒くて大きい影が現れた。

 

「最終試験では複数の課題に取り組んでもらう。課題の数と内容、採点基準は非公開。本日の十八時を迎えるか、課題が打ち止めになったら試験終了とする」

 

 どこか丸みのあるフォルム。

 大きな体格に、ずらりと並んだ鋭い歯。

 

「そして、一つ目の課題は俺を打ち負かすことだ」

「ギャングオルカ……!」

「久しぶりだな。今回はお互い、余計なハンデはなしでやろうか……!」

 

 いくつ有るかわからない課題の、一つ目がプロヒーローとのガチバトル!?

 予想はしてたけど、プロ試験、思った以上に厳しそうだった。




試験内容は情報がないので、独断と偏見で決めました。
永遠のは特例なので、実際の試験とは異なる可能性があります(言い訳


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロ試験2

 鯱ヒーロー、ギャングオルカ。

 個性は『シャチ』。シャチっぽいことなら何でもできるという、物凄く大雑把で、だからこそ強力なプロヒーロー。

 

 私達は数歩の間合いを取って睨み合ったまま動かなかった。

 十時。

 開始時刻が来ると同時に、

 

「時間だ」

 

 黒い巨体が動きだした。

 力強く、素早く、踏み出される足。

 同時に、人の可聴域を超えた超音波が発せられ、耳鳴りのような感覚と共に全身が痺れる。

 

「……くっ」

「遅い」

 

 麻酔が抜けた後のような気怠さ。

 気力で足を動かしてバックステップすれば、向こうはそれを上回るスピードで接近、私の左肩をがしっと掴み――どんっ! と、重い膝蹴りがお腹に叩きこまれた。

 衝撃が身体中に走る。

 吹っとぶこともできずに泳ぐ身体。地面から足が離れるやいなや、ギャングオルカは私を更にぐいっと持ち上げ、何の容赦もなく宙へと蹴り上げる。

 

 キィン――!

 

 再度の超音波。

 回復しかけていた身体に再びの痺れ。為す術もなく地面に叩きつけられ、お腹を踏みつけられる。もう一方の足ががんがんと身体を蹴ってくる。

 これは、きつい。

 一対一で麻痺攻撃。情け容赦のない打撃の連続。私に何もさせず勝負を決めようとしている。本気も本気。戦いというよりもはや狩りの領域だ。

 

「痛いか」

 

 連続して放たれる超音波。

 

「辛いか」

 

 一発一発が重い蹴りの数々。

 

「プロになれば、そんなのは日常茶飯事だぞ」

 

 諦めるなら今のうちだ、とでも言いたげな言葉だった。

 いや、実際そう言ってるんだろう。

 彼は、新たにプロになろうとしている受験者に最後の問いかけをしているんだ。痛いぞ。辛いぞ。苦しいぞ。それでも、本当にプロになるのか? と。

 

 ――私は平穏に生きたかっただけだ。

 

 プロヒーローになって高額納税者番付に名を連ねる、なんて誰かさんの夢には正直共感できない。

 ここまで来てしまったのは成り行きによるところが大きい。

 ならずに済ませられるならなりたくなんてない。

 

 でも。

 

「当たり前です……っ!」

 

 右手でギャングオルカの足を掴む。

 

「む……」

 

 ギャングオルカは唸ると超音波を放ってくる。

 ぴりぴりという耳鳴りは相変わらず感じるものの、私は変わらず右手に力をこめ続ける。ぎりぎりと、小さな手を食い込ませて、

 どんっ!

 私を踏みつけていた足が浮き、同時に側面からの蹴り。ごろごろと転がった私は衣装が汚れるのと鈍い痛みを感じながら、地面に手をついて立ち上がった。

 

 鋭い視線が私を射貫いてくる。

 

「効かなくなったか」

「何度も使ってくれたお陰で、身体が慣れてきました」

「そうなる前に勝負を決めるつもりだったのだが、な」

「殺すつもりでないと、私は止まりませんよ」

「言ってくれる……!」

 

 耳鳴り。

 大砲のごとく跳んでくるギャングオルカと、私は拳を叩きつけ合う。激しい衝撃。身体が後ろに逃げそうになるのを無理矢理引き戻して何度も何度も拳を振るう。

 

「おおおおおっ!」

「ああああっ!」

 

 まるで意地の比べあいだ。

 殴り合ううち、相手の拳に当たらない攻撃も出てくる。それらは肩に、腕に、お腹に当たる。それでもお互い止めない。そのうち自然に蹴りも混ざるようになり、拳撃で拳撃をガードできるかどうか、なんていうことは些細な話になり果てた。

 自分へのダメージなんて気にするな。

 相手が倒れるまで殴り続ければこっちの勝ちだ。

 

 ――暑苦しく泥臭い殴り合いがどれだけ続いただろう。

 

 先にくらっと来たのは私の方だった。

 大きな手が私の頭をがしっと掴む。めりめりという頭痛を感じる。

 

「……悪く思うなよ、期待のルーキー」

 

 ぎらりと、ギャングオルカの鋭い歯が覗いて――直後、私は全身に刺すような激痛を感じた。

 意識が飛びそうになる。

 でも、噛まれた傷口が、()()()()()()()()()()()()()()()()更なる激痛が私に覚醒を促した。自分でもなんて言ってるのかわからない悲鳴を上げながら、私は解放されて振り落とされて、

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 落ちた途端、地面を蹴って再跳躍すると、

 

「なっ!?」

 

 驚愕に目を見開いたギャングオルカの顎を、思いっきり蹴っ飛ばした。

 

「―――」

 

 白目を浮かべたプロヒーローはぐらり、と巨体をよろめかせ、そのままどすんと仰向けに倒れる。

 地面が震え、そして。

 

「見事だ」

 

 血に濡れた口から賞賛が紡がれる。

 

「俺の課題は合格とする。強くなったな」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「半分、殺すつもりだったんだが」

 

 少女が次の課題に向かい、一人になったギャングオルカは宙に向かって呟いた。

 

「本当に、強くなった」

 

 仮免試験で彼女と戦ったのは、ほんの半年前だったか。

 あの時は他の受験者と一緒に必死で戦っていた少女が、今ではプロヒーローであるギャングオルカに「初手から全力で行く」という選択肢を選ばせるまでになった。

 超音波を連発しながら打撃で攻めたのは、そこで攻め切れなければ負けると悟ったからだ。

 彼女は強くなった。

 異常としか言えない速度で、めきめきと力をつけている。

 

「……あんな小さい少女に頼らなければならないとはな」

 

 幸い、外傷はほぼない。

 彼はよろよろと起き上がると、控え室に向かって歩き出した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私は街の中を走っていた。

 次の課題に関するアナウンスがあったからだ。

 

『受験者はC4地区のビル前に向かってください』

 

 どこがA1なの!? と言いたいところだったけど、私の入った入り口から見て左上からだ、とギャングオルカが教えてくれた。

 到着するスピードも重要なのかどうなのか迷いつつ、受けたダメージが和らぐ程度に余裕をもって向かうと――該当する地点には巨大な影が現れていた。

 鋼鉄でできた無骨なフォルム。

 どことなく覚えのあるそれは、具体的に言うと入学試験と体育祭で見た奴で、

 

「雄英ロボ!?」

 

 しかも0点。

 0点だけに、これを倒しても試験結果には関係ありません(ガチ)とかだったらどうしよう、と、思っていると、

 

『目の前のロボを撃破してください』

 

 幸いにも指示が出てくれた。

 指示されたなら仕方ないと、雄英ロボに向かって駆ける。向こうも何かの操作をされたのか、がしゃがしゃと動き始めた。

 狙いは私か、街か。

 街だとしたら時間はかけられない。私はスピードを落とさないまま背中のステッキを手に取ると、ロボの至近でジャンプ、比較的装甲の薄そうな関節部をぶっ叩いた。

 

 手ごたえ、あり。

 

 ロボのバランスが一瞬崩れる。

 バランサー機能でも働いているのか、残念ながらすぐに体勢は立て直されたものの、どうやら私をロックオンしてくれたらしい。身体の向きが明らかに私に向き始める。

 ならば、

 

「こっち!」

 

 広い道路に沿って追いかけさせて向きをコントロール。

 ステッキだと細くて力が乗り切らないな、ということで、背中にしまい直して、今度は素手でぶん殴りに――。

 

「どかーん!」

 

 どがばきぐしゃどーん!

 

「は?」

 

 アホっぽい声と共にロボを叩き潰したのは私ではなく、見たことがある、というか週一以上で見ているエロ……もとい、扇情的なコスチュームの巨大美女だった。

 あの巨大な雄英ロボが文字通り頭から叩かれて潰れたのだから、その威力は推して知るべし。

 

「なにやってるんですか、レディさん」

「やっほートワちゃん! 課題二つめは私よ!」

 

 二つ目ってことは、今の雄英ロボはガチでただの余興だったのでは……?

 

「なんでプロヒーローが立て続けに来るんですか!?」

「もうわかると思うけど、今度は私を倒してもらうわ!」

 

 いや無理。

 っていうかこっちの話無視だし。

 ギャングオルカはまだわかる。めちゃくちゃ強かったけど、人間サイズだし。私を踏みつぶしたりとかはできない。殴ってればいつか勝てる。

 でもレディさんは巨大化したら怪獣とやり合えるじゃないですか……。

 と、言いたいところだけど、これがプロ試験である以上はやらないといけない。

 

「さー、どっからでもかかって――」

「えいや」

「ぎゃあああああっ!? 何したのトワちゃん!?」

「足の小指を蹴っただけです」

「それ駄目な奴じゃない!」

 

 右足を持ち上げてぴょんぴょんするレディさん。

 ちょっと涙目になっていて可愛い。

 

「トワちゃんには血も涙もないわけ!?」

「そっちこそサイズ差を考えてください!」

「ふふん、男の子はおっきい方が好きなのよ。どことは言わないけど」

 

 そんな少年漫画の登場人物みたいなトークを――って、少年漫画の登場人物だっけ。

 

「年増」

「今なんつったコラ!?」

「あ、聞こえました? 歳の話には敏感なんですね。やっぱり気にしてるんですか?」

「……おっけートワちゃん。今日という今日は泣かせるから覚悟しなさい♪」

 

 いや、そんな覚悟したくないです。

 というわけで私は逃げる。

 というか、レディさんを挑発した直後から踵を返して逃げている。

 

「待てやこのクソガキ!」

「子供じゃないです、高校生です! 何でもかんでも相手を子ども扱いするのは年取った証拠ですよ!」

「うん泣かす、絶対泣かす。ごめんなさいお姉様もう言いませんって言うまで許さない!」

「うわ、あの人自分のことお姉様とか言ってる。ミッドナイト先生とシェア争いしてる間にリューキュウさんがねじれ先輩と殴り込みかけてきますよー?」

 

 念のために言っておくと、別に楽しくて挑発してるわけじゃない。

 奇しくもミッドナイト先生にやったのと同じ手。

 私はヒーローとして戦わなければいけない以上、街にはできるだけダメージを出してはいけない。そこで、レディさんの痛いところをこれでもかと突いて怒らせて、私だけを狙うように仕向けた。

 後はマップの端っこにあった山岳地帯にでもおびき寄せられればいいんだけど――足の長さが違いすぎて、あっという間に追いつかれる。

 

「うわ遅っそ。トワちゃんどこもかしこもちっちゃいからなー」

 

 うわ大人気ない。

 素でドン引きしそうになりながら、伸びてきた手をかわす。

 そして避けるだけじゃなく、あらかじめ準備しておいたステッキ(先端の刃先解放済み)でちくっと刺す。

 

「あ痛!」

「下手に捕まえようとしたら刺しますよ! お腹の中に飲み込んでくれてもいいですよ!」

「一寸法師か!」

 

 レディさんもガチギレしてるわけじゃない(と思う)けど、怒りで冷静さが抑えられている。

 なんとかかんとかやりすごしながら目的地に到達。

 デカイ声で喚いたせいか、レディさんはぜーはー言いながら立ち止まって、

 

「きちんと誘導できたのは褒めてあげるわ! でも、これは試験だから応援のヒーローは来ないわよ! どうするのかしら!?」

 

 どさくさに紛れてAFO(オール・フォー・ワン)で『巨大化』を盗む――という手を使いたいところだけど、

 

「私にできるのは、延々一寸法師を続けることだけです!」

 

 一回ちくっと刺しただけじゃ蚊に刺されたようなものだろうけど、いつまでも続けられたら鬱陶しいはず。

 巨大化している分、レディさんのカロリー消費も激しいだろうから、馬鹿の一つ覚えの持久戦をするしかない。

 

「……おっけー。合格よ!」

 

 言うが早いか、しゅるしゅると縮んでいくレディさん。

 元のサイズに戻るとニッコリ笑顔で近づいてくる。

 え、あれ、ちょっと拍子抜けな気もするんですが、

 

「いいんですか?」

「だって、この後はただの泥仕合じゃない。ギャングオルカさんの見てたからもう満足。トワちゃんなりの回答はちゃんと見られたしね」

「レディさん……」

 

 ほっこりと胸が熱くなる。

 このまま一人ずつプロヒーローとアレな戦いをするのかと思ったら、ちゃんと採点して、評価してくれるみたいだ。

 これならなんとか頑張れ――。

 

「それはそれとして」

「ふへ?」

 

 思った矢先、ほっぺを両側からぐにーっと引っ張られて、

 

「人のことさんざん罵ってくれた分はしっかりお返しさせてもらうわ!」

「ちょっ、ギブ! ギブですレディさん!?」

「ああ!? それはプロ試験をギブアップするってこと!?」

「この鬼ー!?」

 

 結局、負い目がある+試験に関係ないのをいいことに、十分くらい無抵抗のまま殴る蹴るされました。

 

「あ、そうそうトワちゃん」

「はい?」

 

 ようやく解放された私は次のアナウンスを待ちつつ、体力回復のために座ったまま、

 

「課題。戦闘ばっかりじゃないから気をつけなさいね」

「え」

 

 どういう意味か聞こうとした直後、アナウンスが響いた。

 

『受験者はC5の芸能スタジオビル内に入ってください』

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ぜーはー言いながら指定のビルに入ると、一人の特徴的な女性が待っていた。

 

「いらっしゃい。ここでは私とカラオケで勝負よ!」

「う、ウワバミさん……!?」

 

 髪が蛇のようになったプロヒーロー・ウワバミさんが、マイクを持って挑発的な視線を送ってくる。

 

「どっちかが百点を出すまで終わらないからね!」

「ええ……」

 

 私のプロ試験はまだまだ始まったばかりのようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロ試験3

「つ、疲れる……!」

 

 開始から数時間。

 私はプロ試験の過酷さを実感していた。

 ウワバミさんとのカラオケ勝負は、お互いに十曲くらい歌ったところで()()()()()()()百点を出したということで終了となった。

 

「先に出せなかったから不合格ですか?」

「どうして? 合格だよ?」

「え?」

「百点出せる歌唱力がプロヒーローに必要だと思う?」

 

 じゃあなんでこんな課題出してるんですか! と言いたいところではあったけど、純粋な歌唱力以外のところを見られていたんだろう。

 歌手本人がやっても、当日の調子とかでなかなか百点出ないっていうし。

 

 そうしてスタジオを出たと思ったら、小さな女の子(知らない子だったのでエキストラだろう)からスカートをくいくい引っ張られ、ペットの子猫(みーちゃん)がいなくなっちゃったの、と泣きつかれた。

 

「おーい、みーちゃん!」

「みーちゃん、どこー?」

 

 もう一生みーちゃんに会えないんだ、と、定期的に泣きだすその子を宥めながら必死にあちこち歩き回り、なんとか路地裏で発見した。

 街と言ってもイミテーションで、基本的に静かだったので助かった。注意していれば小さな鳴き声を聞き取れたからだ。

 

「ありがとうお姉ちゃん! 合格だよ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 大人の演技に乗せられていたんだと思うと一発ぶん殴ってやりたくなったものの、ぐっと堪えて頭を下げるとアナウンスがあって、

 

『食事休憩の時間とします。持参した品があれば食べていただいて構いませんし、B4地区のファーストフード店も利用可能となっています』

 

 お弁当はかさばるからって街には持ち込まなかったので、ありがたくハンバーガーのお店を利用させてもらうことにした。

 なんとメニューは全て0円。そうなると逆にスマイル0円を頼んでみたくなったけど、ネタでスマイルを頼むプロヒーローとか嫌すぎなので普通に注文した。

 ここにも動員されているエキストラの皆さんに混じってテリヤキバーガーセット+ダブルチーズバーガーセット+ナゲット+チキンをもぐもぐ頬張っていると、

 

「ん?」

 

 店のドアが開いて、何やら小っちゃいおじいちゃんが。

 妙に鋭い目つき。わざとらしいくらいによろよろした歩き方になんとなく目が留まる。あれ、あれってもしかしてグラントリノ……?

 いや、でもなんでグラントリノがプロ試験中のフィールドにハンバーガー食べに来るわけ?

 なんとなく嫌な予感がした私は両手にバーガーを持って急いで食べつつ、そのおじいちゃんの動向を見守った。すると、しばらくコントのような店員さんとの攻防(「味噌ラーメン一つ」「あの、ここはハンバーガーのお店なんですが……」とか)が繰り広げられた後、

 

「きゃー」

「ハッハア! この店の売り上げは貰ったぜ!」

「泥棒! 泥棒よー!」

 

 やっぱりなんか起こった!?

 

「残念だったな! こんなところにヒーローがいるわけ――」

「いるよ、ここに一人!」

「なにぃ!?」

 

 わざとらしく叫んでこっちを向くグラントリノ。

 私は食べかけのバーガーを口に押し込みながら立ち上がった。

 

「強盗は犯罪行為です! 大人しくお金を返して自首しなさい!」

「んなこと言われて素直に従う敵がいるかよ!」

 

 グラントリノは脱兎のごとく逃げ出していく。

 ちょっ、機動力であのおじいちゃんに全力出されたら追いつけないんですが。とにかく店を飛び出して、逃げた方向を見る。

 都合よく直線の道路。あのバネみたいな変則機動は使っておらず、速いけど、まっすぐ走っている。

 周りにエキストラの姿はなし。

 

「この強盗! 止まりなさい!」

 

 言いながら、私はステッキを投擲した。

 幸い、うまいことまっすぐ飛んでくれて、そのままおじいちゃんの後頭部に直撃――。

 

「おっと」

 

 直撃せず、ひょいっと横っ飛びにかわされた。

 かと思えば、横手の道から買い物袋をぶら下げた主婦がふらりと現れたかと思うと、グラントリノと視線を合わせて腰を抜かす。

 にやりと笑うおじいちゃん。

 

「やめなさい!」

 

 叫んで駆け出せば、

 

「おっと! この女の命が惜しければ変な真似はやめるんだな!」

「ひ、ひぃ……っ」

 

 主婦の片腕をホールドしながら言ってくる。

 

「く、この卑怯者……!」

「なんとでも言えよ! さあ、大人しくしろ。ゆっくり、そうゆっくりこっちに近づきながら、自分でスカートめくってくれよ、ヒーローさん」

「なっ!?」

「嫌ならこの女に代わりにやってもらうぜ?」

 

 な、なんというセクハラ。

 

「グラントリノさん、なんでそんな役を引き受けたんですか」

「……誰じゃ、それは? そんなやつは知らん」

「急にボケないでください!」

「とにかく、パンツ見せるのか見せないのかどっちじゃ!?」

「そうよ、早く見せなさいよ私のために!」

「ええー……」

 

 なんで主婦の人にまで罵倒されるのか。

 ともあれ、人質を取られた状況では他に方法がない。私はじりじりと近づきながらゆっくりスカートをめくっていく。

 まあ、インナー着てるから見られても恥ずかしくないし――って、そうか、その手が!

 私はにやりと笑った。

 

「な、何がおかしい」

「犯人さん。いいことを教えてあげましょうか?」

「何?」

「私、パンツ穿いてないんですよ」

「何!?」

 

 目をみはるグラントリノ。

 じっと私のスカートを凝視する彼は正直隙だらけ。私達の距離も、会話で時間を稼いだことでかなり近くなっている。

 

「ここだ!」

 

 私は一気に地面を蹴り、おじいちゃんの頭に飛び蹴りを喰らわせる。

 

「ぎゃああ! 頭が割れるよーに痛い!」

 

 なんかわざとらしいことを言ってのたうち回ってるけど、直撃の瞬間、主婦さんから手を離して受け身を取りに行ったのはわかってる。

 私はグラントリノに近寄ると彼の両手をねじり上げ、うつ伏せにして動きを封じる。

 

「大人しくしなさい」

「ぐ、ぐう……参った」

「あ、あの」

「お騒がせしてごめんなさい。大丈夫ですか?」

「は、はい。お陰様で怪我もなく……」

 

 良かった。

 ほっと息を吐いて安堵する。

 

『合格です。次はH8の地点に向かってください』

 

 アナウンスがあった。

 

「ありがとうございました、グラントリノさん」

 

 彼は特殊なヒーローだ。

 免許は取ったものの長くヒーロー活動はしておらず、とある目的があって動いているらしい。オールマイトとは古い付き合いで、彼に関わることであれば出張ってくることが多いんだけど。

 そんな彼が出てきたっていうのは、何か理由があったはずだ。

 

 頭を下げると、おじいちゃんはじっと私を見つめて、

 

「本当にパンツ穿いてないのか?」

 

 私は無視して走り去った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 水辺で溺れている人を助け、TCGのレアカードがどうので喧嘩していた男の子達を仲裁して一緒に遊んであげ、コンビニ強盗をしばき倒し、サインをねだってくるエキストラ達に笑顔で対応した。

 

「そ、そろそろ終わり……?」

 

 そもそも『終わり』があるのだろうか。

 時間を限界まで使ってもクリアしきれないだけの課題が用意されていて、何がなんでも十八時まで終わらないとかだったのかもしれない。

 時計の針がもうすぐ十七時を指そうとしているのを見て、私はそう思った。

 

 たぶん、この試験は「ヒーローの一日」を表したものだ。

 

 もちろん、かなり強調されているとは思う。

 実際は敵が出現しない日っていうのもあったりするんだろうけど、ヒーローっていうのはなかなか休めない。いつ誰が見ているかもわからないし、ご飯中でさえ事件が発生すればすぐに動かなければいけない。

 自分の力で解決できる事件ばかりが発生するとも限らない。

 

 一つ一つを解決できるかどうかというよりは、息をつかせずに起こる事件やお仕事に対応し続けられるかどうかを見られている。

 でも、これは試験だ。

 終了時間が決まっている以上、絶対に終わりはやってくるわけで、

 

「ああ。俺が最後の障害だ」

 

 街中にて。

 堂々とした姿で現れたその男を見て、私は呆然とした。

 

「……嘘でしょ」

「嘘ではない。名高い(ヴィラン)が現れたからといって、一々呆然とするのか、お前は?」

「っ」

 

 強烈な威圧感にびくっと震える。

 でも、怯えて逃げるわけにはいかない。

 なんとか必死に睨み返す。

 原作において、ハイエンドを一人で打倒するという偉業をなしえた男。

 

 ――新No.1ヒーロー・エンデヴァーを。

 

 彼は、いつものコスチューム姿。

 黒を主体とするスーツに、炎を模した装飾。

 明るく陽気に応援できるタイプじゃない。ただ、強さと誠実さに対する信頼感は、他のヒーローの追随を許していない。

 

「エンデヴァー。あなたを、どうすればいいんですか?」

「無論。俺の打倒だ」

 

 男は無造作に手を持ち上げて、

 

「敵として破壊活動を行う俺を、実力行使で止めてみろ――!」

「っ、あああああぁぁぁっ!」

 

 私はすぐさま前に走り出した。

 作戦なんて何もない。

 ただ雄たけびを上げながらエンデヴァーに接近し、思いっきり右拳を振るう。

 でも。

 拳は回避されるどころか、出かかったところで強制的にキャンセルされる。

 男の全身から吹き付けてきた炎に、私の身体が吹き飛ばされたからだ。

 

「ぐううっ!?」

「この俺を無策で倒せると思ったか」

 

 そんなわけがない。

 彼は、私に突撃を強要したのだ。破壊活動を行うと宣言することで、距離を取ったりまわり込んだりといったタイムロスを封じてしまった。

 私は、エンデヴァーに街を攻撃させないために攻め続けなければならない。

 火傷でひりひりするのを感じながらポーチに手を突っ込んで、おなじみになりつつあるボールを投擲。

 

「無駄だ」

 

 跳ね返されることもなく全部溶ける。

 でも、一瞬の時間は稼いだ。投げると同時に私は再び走り出している。グラントリノの件の時、一応回収しておいたステッキを握って、掛け声と共にぶっ叩く――。

 

「無駄だと言っている」

 

 ぐっと握られた柄が一瞬にして溶けた。

 まだまだ。下からつま先で蹴り上げ。入ったけど、ぶすぶすと靴が焦げていく。特殊加工の丈夫なやつなのに。

 足を離して着地し、拳を連打。高熱が吹きつけて阻もうとしてくるけど、私の身体は耐久力も再生力も並じゃない。とにかく、こっちのダメージを度外視して少しでも足止めを――。

 

 瞬間的な意識ごと身体が吹っ飛んだ。

 

 見えたのは、拳が突き出されてきたということ。

 

「赫、灼熱拳……?」

 

 よろよろと身を起こすも、身体が思うように動かない。

 

「貴様の身体はボロボロだ。しばらく動かない方がいい」

 

 強面の顔がこっちをじっと見ている。

 一見怖いけど内心繊細だったりするこの人のことだから、私の身を案じてくれてるのかもしれない。ここまで合格続きだったから、ここで倒れても受かる可能性は十分ある。

 でも。

 私はぐっ、と拳を握りしめた。

 

「敵を前に、諦めるヒーローなんていません」

「……いい覚悟だ」

 

 エンデヴァーの表情は変わらない。

 ただ、街へよそ見をする気はなくなったのか、身体を完全に私へ向けた。

 

「認めよう。お前を倒すまで浮気は許されない。前もって排除しておかなければならない障害だ」

「ありがとうございます」

 

 短い会話だけど、そうしている間に身体が治る。

 とりあえず普通に動ける程度には回復した。

 

「治るか。厄介だな」

「プロミネンスバーンでも使わないと殺しきれませんよ」

「……使えないと知っているだろうに」

 

 使ったら、というか本気で殺しに来たら試験官失格だもんね。

 でも、生憎、私はハイエンド級にしぶといんですよね。

 

「はっ!」

 

 男性共通の急所を狙って蹴りを放つ私。

 並の敵なら避けられればいい方だろうけど――エンデヴァーは慌てず騒がず反応し、私の足をがしっと掴むと、私の身体を振り回すようにして地面に叩きつけた。

 

「ぐううっ!」

「考えすぎだったか」

 

 手が離され、男の身体が向きを変える。

 

「なめ、るな……っ!」

 

 跳ね起き、続けざまに飛び掛かる。

 側面からの攻撃に、エンデヴァーは片手をかざして熱波を放つことで対応。でも、勢いをつけていた私は吹き飛ばされない。

 前方向へのベクトルを失って着地するも、再び前進。

 

「む……」

 

 再びエンデヴァーが振り返るが――ここで、気配遮断モード。

 

「!」

 

 これまでの傷の回復待ちも兼ねて敵の意識を逸らしつつ、回り込んで右腕に一撃。

 決まった。

 一発で腕を痺れさせるほどの威力はないけど、何発も入れられれば――。

 

「動きを捉えられないのなら」

 

 全体への、熱波。

 

「範囲に攻撃すればいいだけのこと」

「ぐううっ!?」

 

 意識が身体に引き戻される。

 せっかく回復しかけていた身体がまたボロボロである。炎耐性が欲しい。爆豪は殆ど毎回、どこかを掴んで爆破してきてたから、熱衝撃波ってあんまり経験がないのだ。轟君も氷の方を使いたがるし。

 でも。

 

「凍らされるよりは対応できますね」

「……貴様」

 

 初めて、本気の刺すような視線が来た。

 

「排熱は順調ですか、エンデヴァーさん。……プロミネンスバーンが使えないなら、私は粘りますよ」

「……ねじ伏せる」

 

 最後の戦いはまだ終わらない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロ試験4

 激しい打ち合いが展開されていた。

 

 必死に拳や蹴りを振るう私。

 応じながら炎を纏い、噴射してくるエンデヴァー。

 

 手数、威力のどちらで言ってもエンデヴァーが上回っている。

 それでもある程度、拮抗しているのは――我ながら「他にないのか」って感じだけど、耐久力と回復力のお陰だ。

 エンデヴァーの“個性”は『ヘルフレイム』。炎系では世界最高峰の能力だけど、使えば使うほど体温が上がって身体の動きを鈍らせてしまう。だから彼は自分の後継者に、炎と氷の両方を使える者を望んだのだ。

 つまり、エンデヴァーとしては熱量をなるべく抑えたい。

 でも、身体の表面が火傷する程度なら私の身体はすぐに治してしまう。一気に勝負を決める方が効率はいいけど、相手を消し飛ばすような必殺技は試験という性質上使えない。

 

 付け入る隙があるとすれば、そこだ。

 

 私は果敢に攻めかかりながら、エンデヴァーの攻撃をできるだけ避けるか防いでいく。

 もう一つの私の長所は身体の()()()

 割と大柄なエンデヴァーからするとかなり小さいので、拳による攻撃が届きにくい。コバンザメのごとく懐に入ると向こうからはどこにいるのか見えづらい。

 攻撃して注意を引きつつ、ダメージを減らして時間を稼ぎ、少しでも回復する。

 

 エンデヴァーも蹴りや体当たりを利用して対応してくるも、そこは気配遮断モードと通常モードを切り替えることでなるべく撹乱。

 

「……その、なんだ」

「?」

 

 打ち合いの最中、厳かな声が私に語り掛けてくる。

 

「焦凍は、雄英でどんな様子だ」

 

 息子の心配だった。

 なんだこの親バカ。いや、後継者として見出した轟君にスパルタ指導を施してトラウマを植え付けたあたりバカ親かもしれない。ついでに言うと、満足する子供ができるまで奥さんに子供産ませた挙句、用が無くなったら放っておくあたり、夫としてもアレかもしれない。

 でも、なんとなくキャラクターとして憎めないのは、彼が不器用で一生懸命だからだろうか。

 

「轟君……あ、苗字だと紛らわしいですよね?」

「焦凍を名前で呼ぶことは許さん」

「あ、はい」

 

 これ、轟君の嫁になる子は大変そうだ。

 

「息子さんは楽しそうにしていますよ」

「本当か?」

「はい。最初の頃はツンツンしてたんですけど、だんだん棘が抜けてきて、天然っていうか、おおらかな性格が出てくるようになって、友達を作って切磋琢磨しています。成績や能力で言っても1-Aのエースの一人ですね」

 

 エースは轟君、デクくん、爆豪といったところだろうか。

 飯田君や百ちゃんなんかもすごいけど、彼らは戦闘特化というよりは色々できるのが強みだから、マルチプレイヤーとかそんな呼称の方がしっくりくる。

 エンデヴァーはなおも攻撃を繰り出しながら「そうか」と低く唸った。

 と、急に鋭い蹴り。

 なんとかかわすと、追いかけるように声が降ってきて、

 

「特例でのプロ試験受験」

「―――」

「そんな偉業を為すとしたら焦凍だろうと思っていた」

「それは」

「親の欲目かもしれん。だが、あの子は立派なヒーローになる。俺なんかさっさと飛び越えて、No.1のプロヒーローに」

 

 私は、なんと言うべきか迷った。

 エンデヴァーの言っていることは決して大袈裟じゃない。

 轟君の“個性”は「素でダブル個性じゃん」と言いたくなるほど強力だし、本人もそれを使いこなせるように努力を重ねている。

 でも、同期である私は彼のライバルということになる。

 

「簡単にはさせませんよ。私も、ライバルのみんなも」

「……そうだな」

 

 さっきと同じように不意に放たれた鋭い拳に反応し損ねた。

 肩を強く叩かれ、こんがり焼かれる。

 仕方なくいったん後退すれば、

 

「私怨で評価を決めるつもりはない。だが、戦いに気持ちが入ってしまうくらいは許して欲しい」

 

 足裏から炎を噴射しての猛加速から、すくい上げるような蹴り。

 

「――がっ!?」

 

 身体が浮いた。

 かと思えば、がっと腕を掴まれ、空中に高く放り投げられる。

 浮いている状態では機動力が発揮できない。

 一方のエンデヴァーは、さっきやってみせたようにジェット噴射を利用したダッシュ、跳躍、疑似飛行が可能で――。

 あっという間に追いついてきた彼は、私の上に躍り出ると、組んだ両手をハンマーのように叩きつけてくる!

 浮き上がった時の二倍の速度で落下した私は、コンクリートの地面に小さなヒビを入れながら動きを止めた。

 

 頭が、全身が痛い。

 立て続けのダメージで、いくら回復しても回復しきらない。

 

 ごろん、と仰向けになって上空を見上げる。

 エンデヴァーは空中に留まったまま、じっとこちらを見下ろしていた。

 

 ――終わりか?

 

 彼は、まるでこっちにそう尋ねてきているようだった。

 終わりなら街を攻撃する。

 無言の宣告を受けた私は、よろよろと起き上がる。

 

「まだ、動ける」

 

 考える。

 この状況でできることは何か。

 満身創痍。

 劣勢の、ギリギリの状況と考えていい。

 ならば。

 

「ちょっとくらい、死力を尽くしてもいいですよね……っ!?」

 

 ぐっと身を屈め『筋骨発条化』を脚にだけ適用。

 通常ではできない超跳躍力を得て、空中のエンデヴァーへ。

 

「―――!」

 

 驚く様子を見せるエンデヴァー。

 瞬間的に縮まっていく互いの距離。でも、彼は慌ても騒ぎもしなかった。

 噴射を調節して僅かな距離を移動。

 たったそれだけで、私の身体は空を切り、更に高く昇っていく。

 昇って、落ちる。

 

「……そういうことか」

 

 私は僅かに斜めに跳んでいた。

 昇るにつれ、その僅かな角度が確かな距離を作り――落下地点を『ジャンプした場所』から『近くのビルの屋上』に変えてくれた。

 このまま着地すれば、屋上から外壁を使って二度目の攻撃ができる。

 落下しきる前にエンデヴァーの追撃があるかもしれないが、それならそれでいい。攻撃対象が向こうから来てくれるなら、最後の一撃を見舞うチャンスだ。

 

 エンデヴァーは、さすがに悩む様子を見せた後、

 

「全身が焦げる程度に調節する」

 

 男の全身から放たれた熱線が、宣言通り、私の身体をこんがりと調理し――私はビルの屋上に落ちた後もしばらく動けなくなった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……撃たないって言ったじゃないですか」

 

 寝転がったまま恨み言を言えば、傍らに立ったエンデヴァーは気まずそうに目を逸らした。

 

「……あの出力ではプロミネンスバーンとは呼べん」

「やましいところがあるから目を逸らすんじゃないですか!」

「うるさい。不合格にするぞ」

「エンデヴァーさんに勝たないと合格できないなんて、誰が合格できるんですか!」

 

 喋っているうちにちょっと元気出てきた。

 身体を起こしてちょこんと座ると、エンデヴァーは鬱陶しそうに、

 

「……全ての課題に合格する必要はない」

「へ?」

「他の課題全てが合格だったのだ。貴様のプロ入りはほぼ決定している。俺の課題が不合格だろうと関係ない」

「マジですか」

 

 頑張った意味は……?

 

「最初から諦めるようなら、プロになる資格なしと進言したがな」

 

 エンデヴァーは視線を逸らしたまま、ぽつりとそう付け加えた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 傷を癒して下に戻った私を出迎えたのは、相澤先生だった。

 

「よう、お疲れ」

「ありがとうございます。……いや、本当に大変でした」

 

 通常のプロ試験もこんなにきついんだろうか。

 だとしたら、残り二年で大勢がプロ入りできるまで鍛え上げてる雄英教師陣をあらためて尊敬してしまう。

 

「で、だ。八百万妹」

「?」

「このフィールドはもう用済みだ」

 

 ぐるりと見渡せば、街並みがある。

 

「まあ、そうですね」

 

 持って帰って保管、っていうわけにもいかないだろう。

 作るのも大変だっただろうに勿体ない話だ。きっと、何かしらの“個性”でコスト削減&時間短縮をしてるんだろうけど。

 

「壊すのも大変だよな」

「そうですね」

 

 頷きながら、私はなんとなく嫌な予感を覚え始めていた。

 なんでわざわざこんな話をするのか。

 考えてみればだいたいの予想はつく。

 

「ぱーっと一瞬であらかた吹き飛んだら楽だと思わないか?」

「ですよねー」

 

 そんなことだと思った!

 

「八百万永遠さん」

 

 と、歩いてくる人影。

 人生に疲れている感が満載な細身の男性――仮免の時に司会をしていた、ヒーロー公安委員会の目良さんだ。

 

「正式な審査はまだですが、面倒なので言ってしまいます。合格おめでとう。というわけで初仕事です。このフィールド、簡単に片づけられる程度にやっちゃってください」

「は、はあ」

 

 いや、ちょっと待って、どういうリアクションすればいいんですか。

 合格おめでとうの後に馬鹿みたいな大仕事の指令が来たせいで、頭と気持ちが混乱しちゃってるんですけど。

 と、とりあえず。

 

「……それは、『本気』を出していいってことでしょうか」

「ええ。『全力』でやっていただいて構いません。つい先程、フィールド内の録画装置も全て停止しましたので」

 

 つまり撮ってたってことですね。

 後日放送したり、販売したりしないですよね? あ、目を逸らした。

 

「そういうことなら、わかりました」

 

 頷いた私は目良さんやエンデヴァー、相澤先生と一緒にフィールドの範囲内から外に出た。

 エキストラの皆さんにも完全退避してもらってから、本気でちょっとした街くらいある高級セットを見渡して、

 

「どうするつもりだ」

 

 尋ねてきたエンデヴァーに答える。

 

「こうします」

 

 起動『二倍』。

 良く知っている相手を増やす、トゥワイスの“個性”。その条件も自分自身を増やす場合には関係ない。

 私が三人に増え、九人に増え、二十七人に増え、八十一人に増える。増えた『私』は私が持っているのと同じ“個性”を備えている。

 本来の持ち主であるトゥワイスは「自分自身による仲間割れが起きる」「自分が本物でないかもしれない」恐怖から「自分を増やす」ことに制限をかけていたけど、私の場合は問題ない。

 

 ――個性“不老不死”。

 

 増えた『私』は生まれた傍から、同一性保存のための自壊が始まる。

 『超再生』の“個性”によってある程度抑えることができるためすぐには崩壊しないものの、オリジナルとコピーの判別がつかなくなることはない。

 

「ごめん、私。悪いけど手伝って」

「「「はいはい」」」

 

 仕方ないなあ、といった感じの自分の声がサラウンドで響いた後、『私達』がフィールドの外周へと散開していって、

 

「せーのっ」

 

 『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』。

 どっかん!!

 超圧縮されて押し出された空気が地面より上の構造物を全て破壊しながら押し流していく。普通にやったら余波でドーム自体も傷ついてしまうところだけど、攻撃同士がぶつかって消滅するのでそういう心配もない。

 と、一回じゃ壊しきれなかったか。

 じゃあもう一回。

 

「せーのっ」

 

 どっかん!!

 

「うん、綺麗になった」

 

 分身たちは『超再生』をカットして自壊していく。

 ……見てて気分のいいものじゃないから、できればあんまり使いたくはないなあ、これ。

 ともあれ。

 

「終わりました。こんな感じでいいですか?」

 

 振り返ると、大人達が呆然とした顔で硬直していた。

 

「……夢でも見ているのか」

「……合理的ではあるが」

「ええと。片付けの間に意見の取りまとめをしようと思っていたんですが、あっという間に終わってしまいましたねえ」

 

 結局、試験結果の取りまとめが終わるまで私は別室で待たされた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「永遠ちゃん! おかえり!」

 

 雄英に戻って寮の入り口まで歩いていくと、宙に浮いた制服が抱きついてきた。

 

「透ちゃん、ただいま」

「みんな待ってるよ! ほら、こっちこっち!」

 

 ぐいぐいと引っ張られる。

 疲れたからってホテルにもう一泊してこなくて良かった。

 中に入ると、女子を中心にもみくちゃにされた。

 

「お疲れ様、永遠ちゃん! お弁当食べきれた!?」

「なんだよ、元気そうじゃねえか! プロ試験、意外と大したことなかったのか!?」

「皆様、騒ぎすぎですわ。永遠さんが困っているじゃありませんか」

 

 わいわいがやがや。

 いつものA組のノリがなんだか懐かしく思えて、私はくすくすと笑ってしまった。

 笑い続ける私を見たみんなはいったん離れてくれて、何かを待つようにじっと見つめてくる。

 

「で? で? 永遠ちゃん、結果は?」

「普通のプロ試験だと、人数が多いから発表は後日らしいんだけど……」

 

 私は一枚のカードを取り出すと、みんなに見えるように掲げた。

 

『ヒーロー活動許可免許証 八百万永遠』

 

 文字にしてしまうと『仮』の文字が取れただけだけど、仮免と区別できるように色やレイアウトが多少工夫されている。

 

「八百万永遠。合格しました!」

「「「うおおおおおおおおっ!!」」」

 

 大騒ぎになった。

 何かしたいことはあるかと聞かれて「ご飯食べたい」と答えた結果、寮の夕飯は終わっていたにも関わらず、飲めや歌えの大騒ぎになった。

 いやもう、アルコール入ってないのにあれだけ騒げるか、というレベルで、その、すっごく楽しかった!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロ試験を終えて

『祝・プロヒーロー試験合格 八百万永遠さん』

 

 翌日には、校舎に新しい垂れ幕が下がった。

 何故か私だけ名指しである。

 新しく下げたいのはわかるけど、ちょっと、いや、だいぶ恥ずかしかった。

 

 ニュースでも取り上げられまくったし、試験後にもさんざんインタビューされた。

 取材依頼やテレビ出演依頼もばんばん来てる。

 

 色んな人からお祝いのメッセージや、プレゼントも来た。

 面識のあるプロヒーローの人とか、洸汰君とか、壊理ちゃんとか。

 雄英内でも「例のあの人」扱いで、明るく声をかけてくる人や遠巻きにひそひそする人、憎らしげに見つめてくる人など、色々な人がいた。

 

 変わった贈り物としては「おめでとぉ」と書かれたメッセージカード(無記名)と一緒に、リコリスの造花が送られてきたりした。

 何でよりによってこの花。しかも造花。死ねってことかな? と言いたくなるところだけど――花の形を見て、私はすぐにある人の髪形を思い出した。

 

「……ありがとう、トガちゃん」

 

 相澤先生に「面会申請ってどうやって出すんですか」って聞いたら「早ぇよ」と言われた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「というわけで、八百万妹がプロヒーロー試験に合格した」

「「うおおおおおおっ!!」」

 

 さんざん盛り上がった後だというのに、もう一回騒ぐ1-Aのみんな。

 相澤先生はその騒ぎを「うるせえ」と黙らせると話を続ける。

 

「今更言うまでもないが、例外中の例外だ。何しろ雄英(うち)は生徒をプロヒーローにするために育成してるんだからな」

 

 三年かけてプロ活動ができるよう育てるのが目的なのに、一年でプロ試験に合格しちゃったのが私である。

 学校の実績としてはこれ以上ないけど、こいつこの後どうすんの? って話だ。

 

「なので、そいつは卒業させる」

「「マジかよ!?」」

「だってそいつ、もう勉強する必要ないんだぞ」

 

 先生方が真面目に授業している時に「もう私には必要ないですけどね」っていう顔をしていられる、ということだ。

 単独(ソロ)で敵逮捕を行うこともできるわけで、場合によっては「近くに敵が出たので行ってきます」と中座することだって起きるかもしれない。

 学校運営としても、もう卒業証書をあげちゃった方がスマートだ。

 

「今度の卒業式で三年生と一緒に卒業な」

「先輩達に混じって卒業証書もらうんですか、私?」

「自業自得だろうが」

 

 確かに。

 

「代わりに期末試験は免除してやる」

「記念に受けちゃ駄目ですか?」

「お前が受けると教師一同(みんな)合格点のラインを上げそうなんだよな」

「「「やめて。マジ止めて」」」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「でよ。ヤオトワ」

 

 休み時間、わいわいとみんなに囲まれる私。

 

「四月からどーすんだ? せっかくプロになったんだし、(ヴィラン)ぶっとばすんだろ?」

「んー、そうだね……」

 

 切島君の問いに、私は微笑みつつ首を傾げた。

 無事に雄英を三月で卒業できることになった私。

 手続き上も三月で学生ではなくなるので、四月からはプロヒーロー活動をして何の問題もない。

 ただ、ついこの間まで受かるかどうかで悩んでいたわけで。

 具体的に準備を進めていたかというと、正直ノーだ。

 

「レディさんのところで正式に雇ってもらえないかなー、とは思ってるけど」

 

 試験中に会ったっきり、まだ連絡が取れていなかった。

 向こうも忙しい身なので試験を最後まで観戦していく、というわけにもいかなかったのだ。

 

「とりあえず連絡してみてからかなー、って」

「なる。ま、大丈夫じゃね? 今までインターンしてたんだし」

「うん。雇ってもらえれば、私としてもありがたいかな」

 

 勝手がわかってるし、サイドキックの皆さんとも気心が知れてる。

 善は急げと、その日の放課後に電話をかけてみると――。

 

 

 

『え? 嫌だけど』

 

 まさかの即行拒否でした。

 

「えっと、その心は……?」

『私の事務所なのに、サイドキックの方が目立つとかありえないじゃない』

 

 私怨じゃないですか。

 と、言いたかったが、レディさんの言うこともわかる。

 ヒーローは人気商売だ。実力も必要だが、仕事を勝ち取るには知名度も要る。サイドキックで入れた新人に人気も知名度も持って行かれた、なんてことになったら立て直すのは大変だろう。

 

『だったら離反してもらって、師弟対決みたいになる方が私が目立つし』

「プロレスの派閥争いか何かですか……」

『日本のヒーロー界はねトワちゃん。オールマイト派とエンデヴァー派の二大派閥があるの。私はその他に属するミッドナイト派に対抗しようとしている有象無象なのよ』

「ぶっちゃけましたね!?」

 

 そこまで自虐ネタに走らなくても。

 

『というか、トワちゃんくらい話題性があると、うちの事務所のスペックじゃ普通にパンクするわよ』

「私一人だったら余計無理なんですが」

『知らないわよそんなこと』

「ひどくないですか……?」

『いやまあ、さすがにそれは冗談だけど。どっか大きなとこにアプローチかけるなら一緒に頼んであげる。気軽に連絡してきなさい』

「ありがとうございます、レディさん」

 

 そっか。

 これはレディさんなりの「独り立ちしろ」っていうメッセージなんだ。

 これからは上司と部下じゃなくてライバルとして、あるいはヒーロー同士として付き合っていこう、って、そう言ってくれてるんだ。

 

「下剋上できるように頑張ります」

『いや、そこまで頑張らなくていいから。そこそこ有名になって、私にお酒でも奢ってくれればいいから』

 

 レディさんらしい言い方に、私はついつい吹き出しそうになった。

 

「私、二十歳まで後四年もあるんですよ?」

『うわ。長すぎ。やめてよ。私がオバサンみたいじゃない』

「いや、実際そろそろ――」

『あ? この前のじゃまだ殴られ足りなかった?』

「本当ごめんなさい」

 

 ひとしきりレディさんとじゃれ合った後、電話を切った。

 ふう、と息を吐く。

 

「……さて。どうしたものかなあ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……一年生の生徒に本格的な進路指導かよ」

「しょうがないじゃないですか」

 

 とりあえず相澤先生に相談してみた。

 

「何かいい方法ないでしょうか、先生」

「……と、言われてもな」

 

 面倒臭そうに息を吐いた先生は、天井を見上げて、

 

「プロヒーロー試験に合格した生徒には、幾つかの進路が考えられる。というか、プロヒーローとしてのスタイルの話だな」

 

 だいたい、分類すると次のような感じだ。

 

 ・他のプロヒーローのサイドキックとして雇ってもらう

 (例:エンデヴァー事務所のフレイム、ナイトアイ事務所のセンチピーダー、バブルガールなど)

 ・自分の事務所を立ち上げて独り立ちする

 (例:Mt.レディ ほか多数)

 ・大学進学、海外留学する

 (例:オールマイト)

 ・個人でヒーロー活動をする

 (例:ミルコ)

 ・別にヒーロー活動をしない

 (例:グラントリノ)

 ・その他

 

「安定なのはどっかのサイドキックになることだ」

「下積みは重要ですよね」

「すっ飛ばした奴が言う事じゃないがな」

 

 確かに。

 

「でも、この歳で事務所立ち上げって無理じゃないですか?」

「別に無理じゃないだろ。家に頼めば金くらい出してくれるんじゃないのか?」

「はい。まあ、できるかどうかだけでも聞いてみたら『ゴーサインを出してくれればいつでも』って言ってもらえましたけど」

「このブルジョワが」

 

 いや、でも事務所立ち上げって金銭面だけの問題じゃないですし。

 年下の小娘に従ってくれて、しかも有能な人材がどれだけいるか。彼等のお給料をちゃんと払えるのかも考えないといけない。

 考えただけで胃が痛くなりそうだ。

 まあ、お父様やお母様があつめてくれる人材ならその辺はクリアしてるんだろうか。物凄く申し訳ないけど。

 

「進学するヒーローとかいるんですか?」

「オールマイトは特殊な例だが、いないわけじゃない。教員免許を取るつもりがあるとかなら、猶更だな」

 

 そっか、先生になるには別の免許が必要だもんね。

 もう一個免許取るとか、素直に凄いと思う。

 

「教員じゃなくて職員扱いなら免許は必要ないぞ」

「私でも雇ってもらえるってことですか?」

「二年に上がったあいつらの前で授業するか? 『私が一年でヒーローになった方法』とか言って」

「や、やめとこうかな……」

 

 私は遠い目で言った。

 

「ミルコさんってアレですよね、蹴り技の」

「ガラの悪い女爆豪みたいな性格の奴だな」

 

 爆豪のガラが悪くないみたいな言い方に聞こえますね。

 

「実際、ミルコさんって書類仕事とかどうしてるんですか?」

「気の合う友人や仲間が何人かいて、そいつらが手伝っているらしい」

「実質、事務所とあんまり変わらないんですね」

「事務所として構えているかどうかは大きな違いだろ。そのお陰でミルコはどこにでも赴くことができる。その分、スタッフは慣れない住所ばっかり書かされて四苦八苦だろうが」

 

 で、次の項目はもっと特殊な例だ。

 

「別にヒーロー免許を取ったからヒーローにならないといけないわけじゃない。作家になってもいいし、アイドルになってもいいし、普通に会社勤めをしてもいい」

「非難ごうごうな気がするんですが」

「全く使わないなら非難も来るだろうがな。いざという時に自分を、周囲を守れるように、というのは立派な動機づけだろう?」

 

 確かに、ヒーロー免許持ってるアイドルとか目立つかも。

 アイドルやってるヒーローなら結構いるけど。

 

「その他もまあ、似たようなものだな。特殊な形でヒーローやってる奴もいれば、ヒーロー免許を『個性使用許可証』として役立ててる奴もいる。もちろん、犯罪に使ったら捕まるが」

 

 ネットを主戦場にしているハッキングヒーローとか、普段は恐山に住んでるイタコヒーローとか、犯罪捜査が専門の名探偵ヒーローとか、色んな人がいるらしい。

 

「そうすると、いっそ芸能事務所に話を通してみるとかもアリなんでしょうか」

「敵逮捕の事務処理できるスタッフがいるなら、別に芸能事務所でも構わんだろ」

「……冗談のつもりだったんですが」

「ノリノリであんなコスチューム着ておいて何言ってるんだお前」

「の、ノリノリじゃないし!」

 

 最近はちょっと楽しんでるけど。

 遠い目になって世の無常を感じていると、相澤先生がジト目で、

 

「エンデヴァーとなんか話してただろ。奴の事務所じゃ駄目なのか」

「いや、たぶん私、エンデヴァーさんとは相性悪いと思うんですよね……」

「刑事ものでよくありそうな組み合わせだが」

「ああ、堅物のベテランと、学校での成績だけは良かった空気の読めない若手……って、なんでですか」

 

 先生はくつくつと低い声で笑った。

 

「一人減ると俺も楽ができるな」

「心操君が入ってくるだけじゃないですか?」

「何だと」

 

 目を見開いた相澤先生の顔はすごく面白かった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 寮の自分の部屋で、透ちゃんと一緒にごろごろしながら話をする。

 

「透ちゃんはどう思う? どうするのがいいと思う?」

「わたくしとしましては、永遠さまのなさりたいようになさるのが一番かと」

「いや、あの。その口調はやめてください。お願いします」

「残念」

 

 透ちゃんはくすくす笑いながら私を抱っこして、

 

「でも、永遠ちゃんがしたいことをやりやすい形が一番いいと思うなー。あ、でも、ずっとアイドルで食べてく! とか言いだされると私がお手伝いしづらいからやめて欲しい」

「やらないけど、そしたら透ちゃんはマネージャーになればいいんじゃないかな?」

「あ、それはそれで面白そう! 服脱いだらステージの上までついて行けるし!」

 

 全裸でステージに立つんだけど、それはいいんだろうか。

 

「私のやりたいこと、かあ」

 

 それは、敵の発生を減らすことだ。

 そのためには、ヒーローの存在を強く印象づけないといけない。悪いことをしたら罰が下る、という、当たり前のことをもっと知らしめる。

 そう考えると、

 

「……事務所を構えるのは違う、かなあ」

 

 特定地域に拠点を置くことは、それだけで犯罪の抑止に繋がる。

 でも逆に言うと、特定地域の犯罪以外には関わりが薄くなる。

 

「いや。事務所を置くのはいいけど、私は色んなところを飛び回れるようにしたい」

「事務所は書類仕事やサイドキック用の拠点ってことだね!」

「そうそう」

 

 都合のいいことに、私には一応、移動用の“個性”もある。

 秘密がバレるから基本的に使えないけど。あと、どうせなら黒霧の奴が欲しいけど。

 

「移動費がかさみそうだね!」

「それが問題だよねえ」

 

 ネットカフェとかを使えば?

 いや、十八歳以下とかだと深夜利用できない気がする。むしろ、十八歳超えても受付で止められそうな気がする。

 私を狙った敵襲撃とかあった場合迷惑極まりないし、だから、プロヒーローはホテルとか、ちゃんとした施設を使うんだろうなあ。

 ちゃんとした施設……。

 

「警察署で泊めてもらえないかな?」

「さすがに無理……ん? 無理でもないのかな? セキュリティはしっかりしてるだろうし」

「ヒーローがいることがセキュリティだしね」

 

 考えたら色々アイデア出てくるものだなあ、と思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

卒業

 次の日はテレビの撮影だった。

 プロ試験に合格する前から入っていた仕事についてはMt.レディ事務所の仕切りになっている。残った仕事はちゃんとこなして、少しでも恩返ししないと。

 とはいえ、

 

「私、食レポとかやったことないんですけど……」

「大丈夫大丈夫。トワちゃんは普通に食べてればいいから」

 

 その日のお仕事は美味しいお店の紹介。

 ちゃんとしたレポートは芸能人やアナウンサーの人がやるから、ということで、私は時々飛んでくる質問に答えつつ、出されたものを美味しくいただくだけだった。

 なんというか「これ、お仕事?」ってなるやつである。

 辛かったのは、食べ始めるタイミングが決まっていることと、なるべく綺麗に見えるよう気を遣わないといけないこと、街を歩いて幾つかのお店を巡る感じだったので一般の人から声をかけられるけど、全部に答えてはいられなかったことだ。

 

「トワちゃん、美味しい?」

「はい、美味しいです!」

 

 とはいえ、美味しいものを食べられて不幸せなわけがない。

 自然と笑顔を浮かべながら食べていると、ディレクターさんが「よしよし」っていう感じで頷いていた。

 

「あ、あれは……」

「ん? あ、キッチンカーの路上販売だ」

 

 街を歩いている途中、あるものに目が留まった。

 視線を向けると、一緒に出演していたタレントさんが反応してくれる。

 大きめの乗用車の後部をキッチンに改造して、移動できるお店にしているクレープ屋さんだ。

 

「美味しそう。せっかくだから食べてく?」

「いいんですか?」

「うん。いいよね、スタッフさん?」

 

 OKが出たので、おススメだというブルーベリーとチーズがメインのクレープを食べさせてもらった。

 

「わ、美味しい!」

「うん、私のも美味しい!」

 

 定番のチョコバナナクレープを食べるタレントさんと自分のを食べさせ合いっこして(ついでに食レポしてもらって)、更に満足。

 目的のお店にあらためて移動しながら、私はちらりとキッチンカーを振り返った。

 

 車、かあ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「キャンピングカーを移動事務所に?」

「するんですの?」

「うん。どうかなって思って」

 

 撮影を終えて寮に帰った後、私は百ちゃんと透ちゃんに時間を作ってもらって相談してみた。

 

「キャンピングカーって、キャンプに使うやつだよね?」

「葉隠さん、それだと名前のまんまですわ。……私も詳しくはありませんけれど」

「基本的には、キャンプに使う豪華な車だよ」

 

 私もざっと調べただけだけど。

 キッチンカーと同じく、キャンピングカーもサイズの大きい車を使う。一般的な大型車を元にしたものもあれば、マイクロバスサイズとかのかなり大きいものもある。

 特徴としてはキャンプ等に使えるよう、簡易キッチンや食事スペースがついていたり、寝る時にはテーブルを片付けて寝袋にくるまったり、簡易ベッドを引き出したりできるようになっていること。

 

「良いやつだとテレビとかエアコンとか冷蔵庫とか、トイレもついてるみたい」

「家じゃん!」

「サイズの分、積載量もありますから……二、三人程度がしばらく生活する程度なら問題ありませんわね」

「うん」

 

 “個性”社会のお陰か、前世の世界より技術的には進歩している。

 かなりハイテクかつ豪華設備のキャンピングカーも存在していた。

 既製品でそれなのだから、カスタムしたり、あるいは一からオーダーした場合には更に凄いことになるだろう。

 

「これならホテル取れなくても寝られるし、電車とかバスとか使わなくても移動できるし、駐車場さえあれば停められるから楽なんじゃないかなって」

「永遠さんらしい発想ですわね」

 

 うん、私もそう思う。

 せっかくの寮のベッドも最近は三時間も使ってなかったし、菓子パンとかカップ麺でも美味しく食べられる性質だ。食パンまるごととかになると「ジャムをください」って言いたくなるけど。

 

「うーん、いいと思うけど……」

「あ、何か問題あった?」

「うん。いや、永遠ちゃんって免許持ってないよね?」

「あー。そこは問題なんだよね」

 

 こっちでも車の免許は十八歳からだ。

 実際に運転できるかできないかはともかく、私も車の免許は持ってない。持ってない以上、私が自分で運転するわけにはいかない。

 

「でも、どっちにしろ、ドライバーさんを雇う必要はあるかなって」

「カーチェイスとかあるかもしれないもんね」

「長距離を移動するなら交代要員としても必要ですわ」

 

 移動事務所にすると言っても、事務仕事までは難しいから、どっちにしろちゃんとした事務所が必要だと思う。

 なので、スタッフさんは雇う前提の話だ。

 

「……よろしいのではないでしょうか」

 

 百ちゃんはしばらくの間、思案してから言った。

 

「本当?」

「ええ。別に正規の事務所を用意するのであれば、リスクは車の調達費用だけでしょう? 駄目だったら諦めればいいのですから、安い出費です」

「安い……かなあ?」

 

 元・庶民の私とは金銭感覚が違いすぎてよくわからない。

 とはいえ、ヒーロー事務所を経営するとなったら、それはもう一企業の社長と同じ――は言いすぎにしても、立派な個人事業主だ。

 お店単位の初期投資として見たら確かに安い。

 

「私もいいと思うよ! なんか楽しそうだし!」

「良かった。じゃあ、お父様やお母様にも相談してみるよ。他にもいい方法がないか聞いてみたり、探してみたりはするけど」

 

 二人からは「頑張れ」とエールをもらった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ビッグ3にも進路を聞いてみたところ、それぞれナイトアイ事務所、リューキュウ事務所、ファットガム事務所へ行くらしい。

 順当すぎて面白みはないけど、理由は「事務所を建てるお金が無い」っていう切実な内容だった。

 インターンでもお給料が出ていたとはいえ、自分の生活費も確保しないといけないわけで。卒業後すぐに貯金はたいて旗揚げは、よっぽど余裕がないとできない。

 

 他の三年生もだいたいそんな感じだった。

 後は、教員免許等を取るために大学に行く人もいた。雄英や士傑の他にもヒーロー学校はたくさんあるから、ヒーロー免許と教員免許両方を持っていれば引く手あまたなのだ。

 そう考えると、私はめちゃくちゃ恵まれている。

 親から無利子で高額の借金が可能(というか「返さなくてもいい」と言われた)。知名度もあるし、テレビとかに出たお陰で結構な蓄えもある。

 

 卒業して寮を出ても、とりあえず八百万邸に戻ればいい。

 あれ、というか、お屋敷の広さなら、あの中に仮の事務所を設置できちゃいそうな気もする。

 

 あらためて恐るべし、八百万家。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「じゃあ、だいたい方針は決まったんやね」

「うん」

 

 お茶子ちゃん、デクくんと軽く身体を動かしながら報告会をする。

 

「……事務所を構えつつ、車で各地を飛び回る、かあ」

 

 デクくんが呟いた通り、基本方針は透ちゃん達に相談した通りになった。

 

 お父様達に相談したところ二つ返事で了承。

 むしろ、事務所や車の件で詳しく相談したいから早く帰って来れないか、と言われてしまった。

 

「うう、お金持ちめ!」

「あはは……。結局、両親には目いっぱい頼ることになっちゃいました」

 

 稼いだお金から返済していくつもりではあるけど。

 

「でも、所長の出張が多いと事務所のセキュリティが心配だね」

「そうだね。だから、そこそこしっかりした事務所を作るつもり。事務仕事用のスタッフさんの他に、留守を守るサイドキックの人も雇わないと」

「わ。本当、いきなり大掛かりなことするんやね」

「といっても、実はちょっとした絡繰りがあってね」

 

 ちゃんとした拠点については「八百万ヒーロー事務所」として設立しようという話になったのだ。

 

 要は、百ちゃんが試験に受かった暁には姉妹で使おうという話。

 二人分なら大きな建物を用意しても、人員を多めに確保しておいても問題ないかな、って思える。百ちゃんがプロになった時にどう使うかはまた、そうなってからの時に話し合うにしても、だ。

 

「だから、各地を飛び回れるのはお姉ちゃんが独り立ちしてからかも」

「それまでは地元で頑張るんやね。いいと思う!」

 

 地元、か。

 拠点をどこにするかも悩ましい。敵連合はほぼ壊滅状態とはいえ、他の敵が私のルーツを探らないとは限らない。あの店の近くに居を構えるのは避けたい。

 これに関してはむしろ、百ちゃんの希望で決めた方がいいのかも。

 

「二人も、期末試験お疲れ様。大変だったみたいだね」

「あはは、ありがとう……」

「本当だよ! 相澤先生の鬼!」

 

 多分、鬼なのは校長先生だと思う。

 

 三度目の期末試験も、これまで通り、これでもかというくらい難易度の高いものが出されたらしい。

 参加できなかったのが残念なような、他人事で良かったような。

 

「……一年、経っちゃったねえ」

「そうだねえ……」

 

 遠い目をする。

 一年。

 入学した時はこれからどうなるかと思ったけど、過ぎてしまえばあっという間だったような気もする。

 原作のデクくん達はどんな風にこの時期を迎えたんだろう。

 今となっては想像することすらままならない。

 と。

 

「八百万さん」

「?」

 

 いつの間にか、デクくんが真剣にこっちを見ていた。

 

「僕は強くなる」

「―――」

「もっともっと強くなってみせる。だから、見てて欲しい」

 

 お茶子ちゃんがいるので、OFA(ワン・フォ・オール)のことは言えない。

 でも、メッセージは伝わった。

 私は「うん」と頷いて、

 

「あー、ずるい! 私だって頑張るから!」

 

 声を上げたお茶子ちゃんを見て、デクくんと二人、笑い声を上げた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「卒業生のみんな、まずはおめでとう!」

 

 卒業式。

 壇上で校長先生が話を始めた。

 

 私は三年生に混じって卒業生の席にちょこんと座っている。

 制服を着るのもこれで最後。

 十八歳の男女と一緒にいると小ささが目立つなあ、と思いつつ来賓席に目をやると、お父様とお母様が手を振ってくれる。

 セキュリティ向上のために保護者の出席は無し、ということに決まったんだけど、二人は「せっかくの娘の卒業式だから」と来賓扱いでやってきてくれたのだ。百ちゃんの入学が決まってから学園に寄付をしているので、資格は十分にある、ということらしい。

 

「目標を遂げた者、惜しくも一歩及ばなかった者、希望した進路に就けた者、就けなかった者――色んな者がいることだろう。でも、私は全員に『おめでとう』を贈りたい」

 

 卒業生を中心に、泣いている人もいた。

 あ、ミリオも密かに涙ぐんでる。

 私はといえば、感慨深いものはあるものの――もう卒業なのか、という喪失感の方が強くて、泣くまでには至らなかった。

 でも。

 

「卒業というのは一つの節目だ。諸君はこれから、私達の手を離れて歩いていくことになる」

 

 こうしていると、本当に自分は卒業するんだという実感が湧いてくる。

 

雄英(ここ)で学んだことを、今後に活かしてくれてもいいし、無理に活かさなくても構わない。ただ、私が願うのは諸君が私よりも長生きすることだ」

 

 そういえば校長の寿命ってどうなってるんだろう……。

 

「長ったらしい話をしても仕方がないので、ここらで終わりにさせてもらおうかな。最後に教員、職員一同から、いつもの言葉で締めさせてもらいたい」

 

 ちなみに途中省略したものの、校長は五分近く喋っていた。

 それはさておき。

 がたっと立ち上がった先生方が一斉に口を開く。

 

「「「Plus Ultra!!」」」

 

 彼らの声に導かれたのか、それとも他の卒業生達に倣ったのか、私も立ち上がっていた。

 

「「「Plus Ultra!!」」」

 

 二度目の声は、卒業生と在校生の唱和になった。

 

 校歌斉唱(一応あったらしい、校歌。いつもプルスウルトラで締めるから歌った記憶がないけど。入学式出てないし)などのプログラムを終えて自由の身になると、一年生のヒーロー科のみんなを中心にもみくちゃにされた。

 

「あーはっはっは! これでA組が一人減って十九人かあ!」

「はいはい物間、わけのわかんない因縁のつけ方やめなよ。……本当におめでとう、八百万の妹さん。でも、負けないからね」

「ありがとう。私も負けないよ、拳藤さん」

 

 物間君と拳藤さんという不思議なコンビに激励されたり、

 

「永遠ちゃーん! しばらく離れ離れになっちゃうけど、私のこと忘れないでね!」

「もう、透ちゃん。大袈裟だよ」

 

 透ちゃんから充電とばかりに抱きつかれたり。

 

「負けてねえからな!」

 

 爆豪から殺気を受けたり、みんなでわいわい過ごして。

 

「お前ら、いつまで感傷に浸ってやがる。二年に上がったらこれまで通りにはいかないからな。気を引き締めろよ」

 

 相澤先生のいつものお小言を半ば聞き流しつつ、ぼちぼち解散した。

 離れ際、先生の鋭い視線が私を刺す。

 目だけで「連絡は欠かすな」と言ってくる彼に、私も口を開かず「わかってます」と応じた。

 

 そうやって全て終わった後は、待っていてくれたお父様やお母様と一緒に車に乗り込む。

 

 私はこのまま八百万邸へ戻ることになっていた。

 寮の片付けや荷造りは人を派遣してもできるから、ということで、私じゃないとできない作業に専念することになったのだ。

 

 そう。

 ここからが本格的に、私を養子にしてくれた恩を返す時。

 そして。

 平和のために、私が拳を振るう時だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不老不死ヒーロー トワ編
プロヒーロー・トワ 活動開始


 三月が終わり、四月がやってきた。

 

 卒業式の後、その日のうちに八百万家へ戻った私は、事務所やその他の決めごと、更にはこれまで見逃してもらっていた礼儀作法教育などで忙しい日々を過ごしていた。

 結果――事務所立ち上げが間に合ったかというと、全然間に合いませんでした!

 

 駄目じゃん。

 

 ……とは、できれば言わないで欲しい。

 プロ試験に合格したのが三月初め。そこから事務所の場所を決めて、内装のプランを決めて、備品を購入して運び込んで設置して、求人募集まで行って、四月頭に間に合うわけがないのだ。

 事務所の位置なんかが決まらないとお役所に届け出も出せないし。

 届け出を出して「じゃあ今すぐ認可しますねー」となるわけもないので、もう笑っちゃうしかないくらい間に合わない。

 

 それでもできる限りの手は尽くしたけど、早くて四月末、順当に行けば五月頭くらいが事務所としての活動開始になる見込みだ。

 なので、しばらくは野良ヒーロー。

 

「トワさん、お迎えに上がりました」

「ありがとうございます。……では、お父様、お母様。行ってまいります」

「ああ」

「ええ。いってらっしゃい」

 

 四月一日。

 警察の人に迎えに来られる形で、私はプロヒーローとしての初仕事に出発した。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

『新プロヒーロー 五百三十一名 門出の日を迎える』

 

 公園のゴミ箱から拾った今日の新聞には、そんな見出しが掲載されていた。

 一緒に載っている写真には、新人ヒーローの代表とばかりにビッグ3と、それから中学生のような少女が一人、映っている。

 

「……糞が」

 

 男は悪態をつき、手にした新聞をくしゃっと丸め――ようとして、ギリギリで思い留まる。こいつ(新聞)には利用価値がある。今日の寝床を確保できなかった場合には、貴重な防寒用具になるのだ。このところはだいぶ暖かいので、公園で寝るのもそう苦ではなくなってはいるが。

 今日はどこで寝るか。

 考える間も足は動き続けている。エネルギーを温存するコツはペースを変えないことだ。余計な力が加わるとその分、消耗が大きくなる。

 

 ――何日か雨が降ってないから、身体も洗えていない。

 

 腹いっぱいの食事もできていないので、その辺りも考慮したいところだ。

 となれば、田舎の方へ足を向けるか。

 適当な畑から野菜を拝借すれば、とりあえず腹は膨れる。あとは川で水浴びだ。森の中で寝るのはリスキーかつ、せっかく洗った身体が汚れてしまうが、もし追手が来た場合に逃走しやすい。

 悪くないな。

 悪の親玉をやっていた時に詰め込んだ各地の地図を思い浮かべながら、男――死柄木弔は頷いて、

 

「こんにちは、死柄木」

「 」

 

 何の脈絡もなく現れた魔法少女――もとい、ヒーローの姿に一瞬、本気で思考を停止した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 初任務は死柄木弔の捕縛でした。

 

 ……うん、何を言ってるのかわからないけど。

 

 私ならうってつけだろう、というお偉いさんの一声によって白羽の矢が立ったらしい。

 三月の末に依頼が来た時は割と耳を疑った。

 でも、考えてみればわからない話でもない。

 

 敵連合は雄英襲撃、神野の事件、それからギガントマキア奪還未遂の一連の事件によって実質的に壊滅、バックアップメンバーであったドクターの裏切りもあって活動を停止している。

 死柄木弔、トゥワイス、荼毘。

 残ったメンバーは未だ逃走を続けているものの、彼らの位置はラグドールの『サーチ』がマークしており、ただ逃げ続ける以上の動きを許していない。

 

 とはいえ、ラグドールからの情報を得て、一日数回現地の警察やヒーローが捜索に向かっているにも関わらず、未だ捕まっていないだけでも恐ろしい。

 

『残るメンバーがいずれも危険人物であることが大きいです』

 

 警察の人はそう言っていた。

 危険じゃない(ヴィラン)なんていないわけだけど、中でも彼らは「触れただけで壊せる」「増える」「やばい炎を出せる」と超危険人物揃い。

 刺激しすぎると死人が続出しかねないので強硬手段に出にくい。向こうもそれがわかっているので、敢えて市街地を出歩いたり、一般人のいる方へ逃げ出したりする。

 刺激しない限りは殺さないので危険度は低く、後回しになり――結果的に今日まで彼らは生き延びていた。

 

 午前中の公園。

 

 決して人気がないわけではないけど、周りは開けている。

 

「……てめえ」

 

 死柄木が放心から復帰したのは、彼が被っていた帽子を私が取り払った後だった。

 

「え? なに?」

「ヒーロー?」

「あ、トワちゃんだ!」

 

 気づいた人達が声を上げる中、私は大きく聞こえるように、

 

「皆さん、ここは危険です! 指名手配中の凶悪敵、死柄木弔を見つけました! 早く避難してください!」

 

 世間話の途中だった主婦も、駆け寄って来ようとした子供も、それで止まった。

 言われた通り、できる限りのスピードで公園から離れていこうとする。

 死柄木の目が彼らを素早く見渡す。

 

「行かせると思う?」

「……格上のつもりかよ」

「少なくとも、今なら勝てるつもりだよ」

 

 死柄木は動かない。

 数秒。

 でも、その間に、人質を取って逃げる選択肢がどんどん遠ざかる。

 

「動かないなら――」

 

 気配遮断モード、オン。

 死柄木の反応が遅れる。一瞬の後に状況を理解した彼は、逃げるか攻めるかを考えるように視線を巡らせる。つまりは二呼吸ほどの間が生まれた。

 それだけあれば、距離を詰めるには十分すぎる。

 

「ッ!」

 

 殴りに行った右腕がぬるりと掴まれる。

 瞬時に崩壊。

 激痛が走るも、私は掴まれる前から左腕を伸ばしている、

 掴んだ。

 死柄木の首筋。

 生温かくて、気持ちいいとは言えないけど。

 

 ――AFO(オール・フォー・ワン)起動。

 

 直後。

 死柄木の手が私の左手も掴んできたけど、そんなことは、もうどうでもいい。

 

「……ッ」

 

 幽鬼のような目が驚愕に見開かれる。

 当然だ。

 自分と一緒にあった“個性”が突然なくなったんだから。

 

 ずるっ、と。

 

 死柄木は腕を滑らせ、落とした。

 地に膝をついた彼は呆然と項垂れる。

 

「使ったのか」

「うん。許可が下りてたから」

 

 今回の逮捕に関しては、外見から効果が推測できない“個性”であれば使用が許可されている。

 筆頭は、当然『AFO(オール・フォー・ワン)』。

 

「奪ったのか」

「………」

「ふざ、けるなよ」

 

 がっと顔を上げた死柄木は、懐から取り出したナイフを私の心臓に突き立てた。

 痛い。

 でも、手は、ぐりぐりと心臓をえぐることもナイフを引き抜くこともないまま、離れた。

 

「返せよ!」

 

 悲痛な叫びが公園に木霊する。

 

「返せよ! それは俺のものだ!」

「それは、どっちの話?」

「ッ。ううう、ああっ、あああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫ぶ死柄木の手に、私は拘束用のカフスを嵌めた。

 

「ねえ、死柄木。あなたに殺された人も、きっとそう思ってるんじゃないかな。俺の命を勝手に奪うなって」

「ふざ、ふざけるんじゃねぇ……っ!! そんな雑魚共と、この俺が同じだとッ!?」

「同じだよ。同じ人間」

「―――」

 

 死柄木は叫び声を止めた。

 涙をぼろぼろとこぼしながら、吐き捨てるように、

 

「なら、死なないてめえはなんだよ。化け物か」

「……そうかもね」

 

 私は死柄木を腹パンで気絶させた。

 

「……とう、さ……」

 

 拘束用のロープを取り出してぐるぐる巻きで拘束した後、公園の入り口で避難誘導などをしていた警察の人へ引き渡す。

 

「終わりました」

「お疲れ様でした。ご協力感謝します」

「いえ。被害なく終われてよかったです」

 

 公園には徐々に人気が戻ってきて、私はサインを求めるちびっことかに取り囲まれて、しばらく動けなくなってしまった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……そうか。死柄木弔が捕まったか」

「はい。“個性”も奪ったので、もう何もできないと思います」

 

 ドクターによる定期健診もこれで何度目だろう。

 お互い慣れたもので、世間話のように物騒な会話を繰り広げながら作業が進んでいく。

 

「これで『崩壊』も君のものか」

「まあ、使いどころはないと思いますけど」

 

 診察中なので肩を竦めることもできない。

 死柄木の『崩壊』に関しては「返さなくていい」とお達しが出たので私が持っている。

 下手に返して逃亡されても困るし、犯罪者が「ヒーローに個性を奪われた」などとのたまわっても戯言にしかならない、ということだろう。

 

「もう少し、何かやってくれると期待していたんだが」

「さすがにあの状況じゃ何もできないと思います」

「だからこそ、じゃよ。あのオール・フォー・ワンの後継者に選ばれた男が、その程度の逆境に負けるようでは……」

 

 オール・フォー・ワン。

 そもそも、どうして死柄木が後継者だったんだろう。オールマイトへの嫌がらせ? AFO(オール・フォー・ワン)への適性が高かったとかの理由? 性格がひねくれていたから? それとも、いざとなったらスペアボディにでも使うつもりだった?

 わからないけど、普通に考えられる意味での「後継者」だとしたら、その狙いは潰えたと思っていいだろう。

 

「まあ良い」

 

 ドクターはため息をついて言った。

 

「終わった男の事より、君の方が重要じゃ。一体、その身体は幾つの“個性”に耐えられるのか」

「無限……だったらいいんですけどね」

「それは良い。君一人を研究するだけで個性特異点の行く末を観察できるのだから」

 

 私が、ありとあらゆる“個性”を掌握する。

 そんな未来が訪れずに、世界が平和になってくれたら一番いいんだけど。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

『先日はありがとうございました。さて、次の依頼です』

 

 死柄木を逮捕した二日後(昨日は病院)、私はとある刑務所へとやってきていた。

 建物の地下、奥まった場所。

 厳重な警備の敷かれる中を案内され、訪れた場所には――黒い霧を纏った男が一人、椅子へガチガチに拘束されていた。

 

「黒霧」

「……貴方は」

 

 霧が揺らめく。

 

「コスチュームが少し変わりましたか? そろそろ、二年生に進級した頃でしょうか? おめでとうございます」

「ありがとう。……でも、生憎、二年生にはなれなかったんだ」

「?」

「敵連合の副官、黒霧。今日はプロヒーロー・トワとしてあなたに会いに来ました」

「!?」

 

 さすがの黒霧もこれには驚いたらしかった。

 

「……まさか。飛び級とは、体制側はそこまで改革を急いでいると?」

「かもね。死柄木弔を捕らえて、次はあなた。敵連合を実質じゃなくて、本当の意味で壊滅させようとしているっぽいし」

「死柄木弔が、捕まった……?」

「うん。私が捕まえた」

「………」

 

 しばらくの間、沈黙が流れた。

 

「我々が間違っていました。貴方はさっさと始末しておくべきだった。死柄木弔も、AFO(オール・フォー・ワン)も、考えが甘すぎた」

「殺されても簡単には死なないよ、私は」

 

 喋りすぎたのか、耳に着けたインカムから『早くしてください』と指示が飛んだ。

 私は監視カメラに頷いて、黒霧に近づく。

 

「何の真似です……?」

「ちょっと、試したいことがあってね」

 

 起動。

 

 ――『巻き戻し』。

 

 変化は、すぐに起こった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 捕縛された黒霧への尋問、及び正体解明については、ドクターの協力もあってかなり進んでいた。

 

 敵連合、というかAFO(オール・フォー・ワン)一派は以前から強力な“個性”を収集しており、その一環として、プロヒーローやヒーロー候補生の死体をも集めていたらしい。

 死体の用途は、改造人間の製造。

 黒霧もそうやって作られた、いわば脳無に近い存在だった。

 

 ただ、黒霧の『素材』に誰が用いられたかはわからなかった。

 

 収集した死体がなんていう人間のものか全て把握しておく必要はないし、データとして保管しておくのもセキュリティ上、ちょっと危ない。

 ドクターとしても、改造が終わってしまえばそこまで興味がなかったようで、詳しいことを覚えていなかったのだ。

 

 なので、根気強く尋問などを繰り返した結果――ある決定的な事実がわかった。

 

 黒霧のメイン素材となったのが、相澤先生やプレゼントマイクと同期だった青年――白雲朧だ、という事実だ。

 これは私も知らなかった。

 知っていたらもっと早くに何かしらアクションを取っていたかもしれない。でも、結果的に、知らされたのはついさっきだ。

 

 黒霧――白雲への尋問には相澤先生達が導入されたものの、僅かに残った自我とほんの短い間、会話ができただけだったらしい。

 そこで、私に役目が回ってきた。

 一度、遺体になっていたとしても、今は生きている。

 であれば、原理上『巻き戻し』は効果があるはずだ。

 

 彼の時間を巻き戻して、どうなるか確かめる。

 

 もちろん、単に遺体が出てくるだけかもしれない。

 複数人の身体が使われているせいでエラーが出るかもしれない。上層部は、相澤先生達は「それでもいい」と判断した。

 ドクターという、もっとずっと上等な情報源がある以上、黒霧を後生大事に抱えておく意味もない、というのもあったと思う。

 

 だから私は“個性”を黒霧に使った。

 

 結果。

 現れたのは、ボリュームのある髪を持った、生意気そうな少年だった。




次話の本文にも書くと思いますが一応補足です。

黒霧とか脳無を巻き戻すとどうなるのか→メインボディに使った人物、もしくはその遺体に戻る
死んだ状態に戻るだけじゃ?→一度に巻き戻す年数を調節することで、今回の場合だと「黒霧」から「白雲」へ一足飛びに戻すことも可能

このお話では↑という設定にしました。
ただし、もし壊理ちゃんが使っていた場合はコントロールが効かないので無に返っていました。

永遠のスタッフに使えそうな原作キャラがいなくて困っている今日この頃です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白雲朧と敵連合の壊滅

 黒霧が消えて、白雲朧が現れた。

 

 たぶん、彼がメイン素材だったからだ。

 他の人の身体は義手とか義足みたいなパーツと判断されたんだと思う。じゃあ何パーセントあれば巻き戻せるのか、と言われても「試してみないとわからない」としか言いようがないけど。

 あとは『巻き戻し』の威力を調整したお陰かもしれない。

 途中までゆっくり巻き戻した後、私は思い切って速度を年単位に引き上げた。そうすれば白雲が死んでいた期間を飛ばせるかもしれない、と思った。

 

 結果は。

 

『成功、したのか……?』

 

 インカムから聞こえてきたのは相澤先生の声。

 雄英もまだお休み期間なので、プレゼントマイクともども協力してくれている。

 

「わかりません」

 

 黒霧――白雲は気絶している。

 

「一応、拘束は解かない方がいいと思います」

『そう……だな』

 

 しばらくの間、意識が戻るのを待つ。

 私が見たのは顔写真だけだけど、見た目は完全に戻ってる。

 ただ、中身まで戻るものなのか。

 

 待っている間に先生達が入ってくる。

 

 マイクは黙ったまま、私の頭に手をのせてくれた。

 わしわしと私の頭を掻きむしりながら、白雲をじっと見つめるマイク。

 

「……頼むぜ、なあ。あいつにはこれくらい、いいことあったっていいだろ」

 

 相澤先生は何も言わなかった。

 ただ、白雲が目を覚ますのを待ち続けて、

 

「……ん」

 

 やがて、小さな声が聞こえた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「個性消去」

「やってる」

 

 『彼』がうっすらと目を開く。

 

「……わた、し、は」

 

 駄目、か。

 部屋にいる全員に緊張が走る。

 

「っ。おれ、は……?」

「!?」

 

 一人称が「俺」になった。

 

「せん――」

「「白雲!!」」

 

 私が声をかけるより早く、先生達は動いていた。

 

「白雲! 俺だ! わかるか!?」

「目を覚ませ! 頼む! 頼むから!」

 

 白雲の目が先生達を映す。

 

「……プレゼント、マイク。イレイザー・ヘッド。うっ、ああっ……」

 

 苦しんでいる。

 記憶が混濁しているんだろうか。

 呻き、拘束された状態でもがきながら、うわごとのように言葉を上げる。

 

「約束! 覚えてるだろ!?」

「一緒に事務所を立ち上げよう。そういったお前が真っ先にリタイアしてるんじゃねえ……! お陰で俺達は、教師なんかやる羽目になったんだ……!」

「白雲!」

「白雲!」

「うううっ、あああっ!!」

 

 必死に声をかける先生達の姿は、私が今まで見たことのないものだった。

 

 ――白雲朧は在学中に死んだらしい。

 

 もし、百ちゃんや透ちゃんが死んでしまったら。

 彼女達が改造人間にされて働かされていると知ったら。それは、想像を絶する辛い現実だろう。

 

「……がんばれ」

 

 思わず、小さく呟いてしまう。

 

 直後。

 

 白雲の瞳が、かっ、と大きく見開かれ――。

 

「ショータ」

「!」

「山田」

「!?」

 

 彼は、ふっと笑みを浮かべ、再び意識を落とした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 白雲が意識を取り戻したのは、更に丸一日が過ぎてからだったらしい。

 

 別の仕事が入っていた私は先に施設を後にしてしまったので、聞いた話だ。

 先生方も、えんえん待つわけにはいかないと、交代で待機していたそうだ。

 

『白雲は俺達のことを覚えていた』

 

 相澤先生が電話でそう教えてくれた。

 

『朧げだが、黒霧だった頃の記憶も残っている。……完全に元のままというわけではなく、死んだ時からえんえんと夢でも見ていたような状態らしい』

 

 夢うつつの状態だったものの、少しずつ元の自分を取り戻している。

 自分が一度死んでいること、死んでからかなりの時間が経っていることも受け入れているらしい。

 

『老けたな、と、昔のままの顔で笑いやがった』

 

 彼はひとまず警察病院に移されるらしい。

 必要なだけの監視はつけつつ、精神が安定するのを待って情報を引き出す構えだ。

 遺族への連絡や、今後の身の振り方については状況を見ながら、ということになった。

 

 ドクター、あるいはオール・フォー・ワンの仕掛けたトラップが発動し、スーパー黒霧が大暴れを始める……なんて可能性もゼロじゃない。

 

 いや、まあ、ないとは思うけど。

 『巻き戻し』で白雲が治ったのは、たぶん、精神への干渉が個性因子経由で行われていたからだ。その個性因子ともども身体を治したんだから、もう干渉は行えないはず。

 回復状況と本人の希望次第で雄英に復学だってできるかもしれない。

 敵として活動していたわけだけど、彼の意志じゃなかったわけだし、裏を返せば敵が欲しがる強力個性の持ち主なのだから。

 

『ありがとう。……お前のお陰だ』

 

 電話越しにそう言われ、私は思わず鼻白んだ。

 

「な、なに言ってるんですか。相澤先生らしくないですよ」

『お前は俺をなんだと思っている』

 

 めちゃくちゃむっとした声で怒られた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 さて。

 私に与えられた別の仕事というのがなんだったのかというと――。

 

「……畜生。黒霧に死柄木まで捕まって、これからどうすればいいんだよ」

 

 寂れた路地裏。

 一人呟く怪しい黒覆面に近づき、声をかけた。

 

「大人しく捕まって罪を償わない?」

「っ! お、お前は……!?」

 

 ばっ、と、飛びのいた黒覆面――トゥワイスは驚きの声と共に私を睨みつけてくる。

 実質的に仲間の敵だ。

 仲良くお喋りなんかしてくれるはずもなく、彼の視線は逃げるか攻めるかをすぐさま考え始めていた。

 

「指名手配中の敵連合構成員、トゥワイスこと分倍河原仁。プロヒーロー、トワが拘束します」

「そ、そんな格好で忍び寄ってきてんじゃねえよ! びっくりなんてしてません、はい!」

「正義の不老不死(イモータル)ヒーロー・トワちゃん、ただいま参上! とかやった方が良かった?」

「変身ヒロインなめんな! 腰の捻りも腕の角度も声に乗せる愛嬌も何もかも足りてねえ! 超可愛いです!」

「ごめんなさい」

 

 ……なんか琴線に触れたらしい。

 

「それはそれとして、投降してはもらえない?」

「はっ。誰がするか! 降伏すれば許してもらえるんですね!」

「なら、仕方ないよねっ!」

「っ、速えっ!?」

 

 逃げる暇は与えない。

 一気に距離を詰めて拳を――と、一瞬早く、トゥワイスは私に何かスプレーのようなものを吹きつけてきた。

 目に染みる。涙が滲んで前が見えなくなる。息も苦しくなってげほげほと咳き込んだ。

 犯罪グッズ。逃亡生活の中、調達も難しかっただろうに。

 

「油断したな! 可哀想に、ごめんな!」

 

 トゥワイスは一目散に駆けだしていく。

 私から遠ざかり、表通りの方へ向かっているのがわかる。

 わかる。

 目が見えてなくても、聞こえる。

 

 追いかけて腕を掴んで、振り向かせて、腹部に一撃。

 

「なっ……!?」

 

 動きが止まったところでカフス等々で拘束。

 

「ざ、残念だったな……! 俺はコピーだぜ……?」

 

 気絶間際に嘯くトゥワイス。

 十中八九、それはない。

 あとでラグドールの『サーチ』で確認し直せばわかる。最初からサーチ登録した時点からコピーだったなら別だけど、だとしたら、フリーだった本体はこの数か月、何を遊んでいたのか。

 

「うん。まあ、とりあえず逮捕します」

 

 私は気絶したトゥワイスを警察に引き渡した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 『蒼炎』荼毘。

 

 たぶん、連合の残党の中では彼が一番厄介だろう。

 何しろ捕らえるのが難しい。

 大規模な炎で無差別な被害を与えてくるのもあるけど、その炎で自分自身さえ焼くのが恐ろしい。迂闊に交戦すると自害してしまいかねない、という意味で。

 

 なので、彼に関しては『サーチ』に頼るだけでは足りない。

 こちら側も策を練った上で挑んだ。

 

 荼毘は死柄木やトゥワイス以上に街中を好む。

 まあ、トゥワイスは覆面を脱げないせいで怪しすぎてあんまり街を歩けないんだけど……。

 下手に手を出せば民間人に被害が及ぶ。

 相手の狙いを逆手に取る。

 

 ラグドールに協力してもらい、荼毘の行動をモニター。

 

 繁華街のコンビニに入り、レジを済ませたところで行動開始。

 地味ーなヘアスタイルのウィッグを被り、野暮ったい眼鏡をかけ、黒っぽい服装に身を包み、印象が変わるように軽い化粧を施した私は、母親(役の女性)と一緒に入店。

 いかにも「親に無理やり連れて来られてふてくされてます」といった風を装って荼毘にぶつかる。

 

「……気をつけろ」

「すみません」

 

 謝り、見上げる私。

 目が合った瞬間、荼毘は気づいたようだった。

 でもその直後、私の拳が彼の腹にめり込む。

 

「がっ……っ!?」

 

 気絶、しない。

 目を血走らせた荼毘は『蒼炎』を起動しようとしただろう。でも、腹に食い込ませた拳からAFO(オール・フォー・ワン)を使ったため、何も起こらない。

 

「て――」

 

 何かを言おうとしていた彼の足を母親役の女性がさっと払い、うつ伏せに押し倒すと腕をねじり上げ、ぺたんこ靴で背中を踏みつけにする。

 そこへ、私がカフスをかけた。

 

「な、何事ですか?」

 

 私と、それから、あまり顔の割れていないプロヒーローということで動員されたセンスライさんは、ウィッグや眼鏡を取って人々に告げた。

 

「ヒーローです。指名手配中の凶悪犯・荼毘を逮捕しました」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「いやあ、すごい快挙じゃないッスか。プロデビューから一週間で敵連合の残党を一掃。お偉いさんは感謝状の贈呈を検討してるらしいッスよ」

「あはは……。ありがとうございます。ホークスさんに言われると恥ずかしいです」

「またまた。この分ならいいセン行っちゃうんじゃないッスか? 初めてのヒーロービルボードチャート」

 

 引き渡し手続きを済ませて帰ろうとしたら、ちょっと胡散臭い感じのグラサンイケメンに捕まった。

 

 お茶でもどうっすか? と誘われて断るわけにもいかず、個室制の喫茶店へ。

 人目は気にしなくていいけど、盗撮・盗聴は可能性あるんだよね……とか思ってると「対策してるから大丈夫ッスよ」と言われて「この人怖い」とあらためて思う。

 それはそれとして「先輩としてお祝いに奢りますよ」と言われたので、季節のフルーツタルトとレアチーズケーキ、ティラミスにほうじ茶、あとアイスティーを注文した。

 

「知名度はそこそこあると思いますけど……変に載っちゃうと恨まれそうですよね」

「はっはっは。だとしたら僕なんか恨まれまくってますよ」

 

 洒落になってないんですが……?

 

「それに、死柄木達を捕まえられたのは相性が良かったからですし」

「便利っすよね、その“個性”」

「ホークスさんの“個性”もマルチで羨ましいですよ」

「なんなら持ってきます? 僕の『剛翼』」

「私が持ってても『小鳥みたいでかわいー』とか言われるだけですよ」

 

 ははははは、と、二人で笑い合う。

 うわあ、心中探られてる感じで超怖い。

 

「なんにせよ、これで敵連合は壊滅ッスね」

「ステインの遺志を継ぐ者が現れたように、連合のフォロワーが立ち上がらないとも限りません」

 

 アメコミはあんまり詳しくないけど、そういうのよくあるイメージ。

 

「それに、残党を全部捕まえたのかどうかもわかりません」

「内通者ッスか?」

 

 こくりと頷く。

 結局、内通者の件は有耶無耶、宙に浮いてしまっている。

 末端を放置して本丸を叩いてしまったため、探る機会が逆に失われてしまった感じだ。もちろん、実は内通者なんていないとか、無意識に内通者と化していただけ、とかいう可能性もあるんだけど。

 

「トワさんは色々考えてて偉いっすねー」

「ホークス先輩に比べたら全然ですよー」

 

 いや、本当に。

 敵ばっかりの組織にスパイとして潜り込んで、暗号でこっちに情報を伝えてくるとか、私には絶対無理。

 

「まあ、そう簡単に越えられたら先輩の立場がないっす。……でも、トワさんの活躍が嬉しいのも本当なんですよ?」

「……えーと、また何か厄介ごとの依頼ですか?」

「厄介ごとというほどでも。事務所、立ち上げに際して人員募集してまスよね? 一人、いい子がいるんで紹介しようかな、と」

「いい子?」

 

 ホークスがスタッフの紹介……?

 裏で誰が糸を引いているのか非常に怖い。でも、体制側のスパイならそこまで怖がる必要もないか。有能ならそれでいいわけだし。

 一応聞くだけ聞いてみよう。

 

「どんな人なんですか?」

「まあ、ちょっとした犯罪やらかした女性なんですけど」

 

 犯罪者。

 

「二十二歳。PCをはじめ電子機器に強いのを保証します。なので、事務処理でも経理でも広報でもなんでもいけますよ」

「あー……」

 

 だいたい誰のことなのか想像がついた。

 

「減刑する口実として、目の届くヒーロー事務所で働かせようと?」

「はい。上手くいけば半年~一年後くらいに、力仕事に向いた成人男性も紹介できます」

「そ、そう来ましたか」

 

 でも、彼らなら確かに能力は悪くない。

 私はホークスに「検討します」とひとまず返事をした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠と面接

「本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます」

 

 四月下旬のある日。

 私は八百万邸の一室でヒーローコスチュームを着て、かしこまった態度を取っていた。

 

 ……衣装と言動が合ってない?

 

 私もそう思うけど、スーツが絶望的に似合わなかったので仕方ないのだ。

 ヒーローの制服ってコスチュームだし。こうなってみると「学校の制服」ってすごく優秀な衣装だと思う。ドレスコード的な意味で。

 この場で私が最年少なのも仕方ない。これから一事務所の所長になるのだから。

 

「ほとんどの方は初めましてですよね。プロヒーロー・トワこと、八百万永遠です」

 

 しーん。

 

 沈黙。

 拍手をするべきか迷った結果、微妙な空気が生まれてしまった感じ。

 私は苦笑して話を続けた。

 

「本日は暫定メンバーの顔合わせと、雇用契約のためにお越しいただきました。お互いに後悔や行き違いのないよう、忌憚のないお話ができればと思っております」

 

 私が個人としてヒーロー活動している間も、八百万ヒーロー事務所設立の件は着々と進んでいた。

 

 立地は八百万邸から近からず遠からずの一角に決定。

 百ちゃんの意見を聞きつつ私も要望を出しつつ、最終的にはお母様の趣味をふんだんに混ぜて間取りや内装が決定し、工事が着工済み。

 スタッフの選定もほぼ終わった。

 ここに集まってもらった何人かのメンバーがオープニングスタッフとして仮決定した方々。今日の顔合わせで「やめます」とか言われたり、あるいは私が「この人はどうしても無理」とならなければ、このまま正式採用になる。

 

「では、まずは一人ずつ自己紹介をお願いします」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「宮下です。二か月前までデトネラット社で務めていました」

 

 一人目は、テディベアっぽい顔をした男性。

 

 デトネラット社といえば、異能解放軍のリーダー・四ツ橋が社長をしていた会社だ。

 というか、四ツ橋をぶっとばしたのが私とレディさんだ。

 

「……えっと、私がお尋ねするのもすごく心苦しいのですが、どうして退職されたんですか?」

 

 リストラ、だろうか。

 すると、宮下さんは苦笑いを浮かべて首を振った。

 

「お気になさらないでください。むしろ、いい切っ掛けだったと思います」

「と、いうと……?」

「元社長の件で、あの会社を信用できなくなってしまったんです」

 

 社長である四ツ橋が突然逮捕されたことで、デトネラット社は大パニックになった。

 警察の捜査が入り、異能解放軍やその他の敵に横流しされていたアイテムのリストが発見されたり、軍に加担していた幹部が次々逮捕されたり……。

 当然、会社は大規模な縮小を余儀なくされ、重役の大幅な入れ替わりもあった。

 

「大きすぎる変化でした。突然、私の信じていたものは偽りだったのだと、気づかされた。冷たい水を顔にかけられたような気分でした」

 

 宮下さん自身は会社への貢献が認められ、かなり上のポストを用意してもらえたらしい。

 

「ですが、辞退しました。それまでやっていた仕事を片付け、引き継ぎも済ませた上で退職し、心機一転、やり直すことにしたんです」

「宮下さんのような方こそ、新体制に必要だったのでは?」

 

 彼――宮下さんは原作で、かなり悲惨な最期を迎えた人だ。

 

 四ツ橋から世間話的にされた質問に何気なく答えた結果、答えが気に食わなかった四ツ橋に「ぐしゃっ」と潰されて……死の真相さえ闇に葬られた。

 真面目に仕事をしていただけだったのに。

 だから、彼はもっと報われていいはずだ。

 

「私に上役は務まりません。中間管理職あたりが関の山です」

「それで、ここに? でも、あなたの能力なら他にいくらでも……」

「まるで思い留まって欲しいみたいですね」

 

 またも苦笑されてしまった。

 

「い、いえ。そういうわけじゃないんですよ? ただ、不思議で」

「ええ、理解しています」

 

 宮下さんは苦笑を微笑に変えて、

 

「次の職をどうしようかは随分悩みました。本当なら新しい職場が決まってから退職すべきだったのですが、早くデトネラットを離れたかったのと――どこに行っても同じになるのではないか、と思ってしまって」

「……後ろ暗いところが全くない企業なんて、そうそうないかもしれませんね」

「ええ。そうして悩んでいる時、ここの求人募集を見たんです。これだ、と思いました。ヒーロー事務所なら世のため人のために仕事ができるでしょう?」

 

 それは、確かにそうだ。

 ヒーローの一番の仕事は、人に迷惑をかける敵を捕まえることなんだから。

 

「でも、縛られる先が警察や政財界に変わるだけかもしれませんよ?」

「それでも、一つ一つの仕事は間違いなく人のためになります」

 

 宮下さんは晴れやかな顔をしていた。

 目のきらきらしたテディベア(顔)。可愛い。いや、言ってる場合じゃないんだけど。

 

「……ありがとうございます」

 

 彼の決意を聞いた私はちょっと泣きそうになった。

 

「私には何も言うことはありません。上司がこんな小娘で本当にいいのでしたら、是非、よろしくお願いします」

「私としても若い方と仕事ができるのはとても楽しみです。後はお給料さえ出していただければ」

「それは、必ず出しますのでご心配なく」

 

 軌道に乗るまでは全く予測が立たないけど、四月頭に敵を三人ほど捕まえた件とかその他諸々あるし、しばらくは私のポケットマネーだけでも皆さんのお給料くらいは出せる。

 

 元デトネラット社勤務、宮下さん――採用。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 二人目はうって変わって、目つきが悪くて小柄な女性だ。

 

「……ラブラバよ」

 

 もっと正確に言うと、目の隈を頑張って化粧で誤魔化しているちびっこ――もとい、とても幼く見える成人女性だ。

 服はちゃんとしたスーツ。

 私と同じく似合わないかと思いきや、バストとヒップが意外にあるせいか、結構様になっている。

 ずるい。

 

「はい。相場愛美さん、二十二歳ですね」

「ラブラバだって言ってるでしょう!?」

 

 睨まれた。

 宮下さんが「なんでこんな人がいるんです?」みたいな顔をしている。ごもっともです。

 

「あの、相場さん」

「ラブラバ」

「……ラブラバ。さすがに犯罪者やってた時のハンドルを名乗るのは良くないと思うんですが」

「……ちっ」

 

 正論だと悟ったのか、ラブラバは「相場愛美でいいわ」と言った。

 

「あの、トワさん? こちらの方は……?」

「相場愛美さんはついこの間まで警察のご厄介になっていたんです」

「警察……!?」

 

 驚きますよね。

 でも、できれば懲りずにうちの事務所に来て欲しいです。

 

「ジェントル・クリミナルの事件はご存知ですか? 義賊を名乗ってコンビニ強盗なんかを続けていた敵が逮捕された事件です」

「……ああ、なんとなくは覚えています。確かその後、彼の恋人がハッキング騒動を起こしたのですよね?」

「はい。そのハッキングの犯人が彼女です」

「! こんな小さな子が……っと、失礼」

 

 こほんと咳払いをして濁したのは、私が「二十二歳」と紹介したのを思い出したからか、それとも、ラブラバに睨まれたせいか。

 

「罪状はハッキングと、とある未成年女子の個人情報を公開したこと。“個性”は一切使用していないので、正確には敵ではないんですが、犯罪は犯罪ですから」

「なるほど……。あれ? その被害に遭った女の子って――」

「はい。当時雄英の一年生だった八百万永遠――ぶっちゃけ私です」

 

 そういう意味では因縁の相手だ。

 

「……その節はよくもやってくれたわね」

「どっちかというと私の台詞じゃないでしょうか、相場さん」

「うるさい! あんたたちヒーローがジェントルを捕まえなければ……!」

 

 きっ、と、ラブラバは私を睨みつけてくる。

 見た面が小さな女の子なので迫力はあまりない。むしろ親近感がある。あ、でも、ケミカルXとかでできてそうな見た目だから、殴られるのは怖いかも。

 

「ヒーローを憎んで事件を起こした女性がヒーロー事務所に応募……?」

「彼女は自主的な応募ではないんです。司法側の要請で……まあ、一種の特別措置として、ヒーロー事務所で働く代わりに、真面目に働けば二人揃って刑を軽くしますよ、という」

「そういうことですか。……ご自身だけならともかく、恋人であるジェントル・クリミナルの刑まで軽くなるとなれば……」

「そうよ!」

 

 ラブラバは、だん! と机を叩いた。

 

「ジェントルのために来ただけなの! そこのところをちゃんと理解しておきなさい、八百万永遠!」

「相場さん、あなたの勤務態度を報告するのは私なんですよ?」

「お、脅す気!?」

 

 いや、脅すというか。

 不真面目な態度を「不真面目です」って報告するのは当たり前なわけで。むしろ忠告だと思うんだけど。

 

「……すみません、権力をかさに着た態度は良くないですね」

 

 でも、私は彼女に謝った。

 好きな人が逮捕されて気分のいい人はいない。

 たとえ、相手が犯罪者――捕まるのが当然の人物でも。

 

「私は、あなたやジェントルが逮捕されたのは当然だと思ってます。それは、あなたたちが法に触れる行為をして、人に迷惑をかけたからです」

「っ」

「考えてみてください。ジェントルが逮捕されてあなたが悲しかったように、あなたたちのせいで苦しんだ人もいるんです。店で乱闘されたコンビニの店長さんがその後どうなったか、あなたは知っていますか?」

「………」

 

 ラブラバはしばらく黙った後、ぽつりと言った。

 

「お説教はたくさんだわ」

「……そうですね。でも、これだけは言わせてください。私にはあなたの能力が必要です。そして、あなたにはここで働く理由があります。だったら助け合って、利用しあっていきませんか?」

「利用、しあう?」

「はい。ここでちゃんと働ければジェントルが早く復帰できるかもしれません。そしたらここで一緒に働いてください。ヒーロー事務所で経験と実績を積めば、もう一回、プロヒーロー試験に挑戦できるかもしれません」

 

 と、宮下さんがふっと笑った。

 

「トワさんはその試験を突破したわけですからね」

「はい。私のはちょっと特別な試験でしたけど、アドバイスくらいはできるかもしれません」

「……あんた」

 

 見れば、ラブラバは震えていた。

 

「お人好しすぎるって言われない?」

「はい。たまに言われます」

 

 『ラブラバ』相場愛美――採用。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「扇頼子。『センスライ』という名前でプロヒーローをやっています」

「何やってるんですか、センスライさん」

「就職活動よ?」

 

 何かおかしい? とでもいうように首を傾げる大先輩。

 長い前髪のせいで目が隠れている感じだけど、結構な美人さんなので様になっている。

 

 いや、それはまあいいんだけど。

 彼女がいることも前もって書類で知ってたけど。

 

「もうヒーロー活動されてますよね?」

「私、個人で活動しているのよ。知らなかった?」

「一応、知ってはいますけど……」

 

 縁あって何度か会っているし。

 

「でも、書類仕事が大変で。夫が手伝ってくれてるんだけど、それでもね」

 

 旦那さんがいるんだ。

 って、この歳でこの容姿ならいない方が珍しいか。

 

「ご自分の事務所、作らないんですか?」

「嫌よ。私、出張仕事が多いもの」

「? それだと、何か問題でも?」

「事務員に女の子でも雇おうものなら、夫と二人っきりになるのよ?」

「絶対嫌ね」

「でしょう?」

 

 いや、ラブラバと意気投合しないでください。

 

「もちろん何もないと思うけれど。でも私の“個性”ってアレでしょう? 万が一嘘なんてつかれたら一発でわかっちゃうのよ」

「あー……」

 

 旦那さんにその気がなくても、相手の子が本気にならないとも限らない。

 まあ、恋愛沙汰だけなら男の子を雇えばいい話なんだけど。

 所長が出張することが多い小規模事務所で、かつ他にヒーローがいないってなると、旦那さんに管理の負担が全部行っちゃいかねない。

 資金的なやりくりとか不動産的な手間とか色々考えたら「雇われの方が楽だわ」ってなるかも。

 

「その点、トワちゃんなら気心も知れているでしょう?」

「あはは……」

 

 たぶん、私はこの人に一生頭があがらない。

 その程度には恩があるし、年の功も違いすぎる。

 

「だからちょうどいいかと思って。所長より指名の多いサイドキックを目指すわ」

「それはどうかと思いますけど……私としても助かります。宮下さんはどうですか?」

「ええ、私としても、大人の方がいてくださると心強いです」

「ちょっと! 私も成人してるんだけど!?」

 

 旦那さんも一緒にどうですか? と尋ねたら「是非」と言ってくれた。

 

 『センスライ』扇頼子――採用。




永遠周りを除くと唯一のオリキャラ、センスライさんをせっかくなので引っ張ってきました。
最初に出した時は本当にちょい役のつもりだったのですが……すっかり「もう出ないと言ったな。あれは嘘だ」状態に……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事務所立ち上げ準備

 遂に完成したと聞いて、所員一同でやってきました『八百万ヒーロー事務所』。

 

 繁華街の一角にある白い建物がそれだ。

 私はお母様や百ちゃんと先に下見を済ませてるけど、できたてでぴかぴかの建物を見ると、一回目と同じようにわくわくした。

 宮下さん、ラブラバ、センスライ夫妻を見ると、彼等は事務所を見上げて固まっている。

 

「どうですか? 専門家の意見も聞いて作ったので、たぶん不備はないと思うんですが……」

「いや、でかいわよ!?」

 

 ラブラバが言うと、他のみんなもうんうんと頷いた。

 

「いや、お金がかかっているだろうとは思っていましたが……予想以上でしたね」

 

 デトネラットの本社で働いていた宮下さんが言うなら間違いないだろう。

 

「あはは……。私も『ひょっとしたら凄いんじゃない、これ?』って思ってはいたんですけど」

「ひょっとしなくても凄いの!」

 

 地上三階、地下二階建て。

 数十名収容できる会議室や専用のトレーニングルーム、キッチン、休憩室に宿泊施設、レクリエーションルーム等々を完備している。

 ここで生活できる設備――というか、私と百ちゃん用の生活スペースもあるし、実際私はここに住むつもりなんだけど。

 

「でも、ナイトアイ事務所の方々は三、四人で凄い事務所使ってるんですよ? うちはもっと人数増えるかもしれないですし」

「あれはヒーローとインターンが三、四人って話でしょ? うちはスタートメンバーこれだけよ?」

 

 センスライさんにもっともなツッコミをされた。

 実際、ナイトアイ事務所は一般的な事務作業とか清掃、警備なんかは専門のスタッフを置いている。

 うちもそうするつもりだけど、他の人を入れるのはちょっと遅らせる予定だ。主にセキュリティ的な理由から。

 

「これだけ大きいと土地代・維持費も馬鹿になりませんが……」

「ただ、先に大きい事務所を作ってしまうのは理に適ってはいます。ヒーロー事務所の改装工事や移転ってなかなか難しいですからね」

「なるほど。本社というよりは物流拠点のイメージですかね」

 

 多くのヒーロー事務所は地域に根差している。

 活動すればするほど「我が街のヒーロー」と認識されていくので、移転とか「しばらく事務所が使えないので別の場所使いますねー」とか言うと反発を喰らうのだ。

 一般市民側からしても、今まで守ってくれていた人が突然いなくなるのだから死活問題なのである。

 

「そういう場合はどうするんです?」

「一時拠点を移しても活動地域は変えないとか、後進のヒーローに地元を託す、とかが多いんじゃないかしら」

「競合他社に既存ユーザーを明け渡すと……それは大変ですね」

 

 宮下さんの感想が企業マンチックでカルチャーショックがすごい。

 

「あんたたち、そういう話は中ですればいいじゃない。いつまで立ち話してるのかしら?」

「確かに」

 

 ラブラバの一声で私達は中へ入ることにした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「広いくせに入り口すぐが詰め所って……」

「奥に作ったら、来客の人が戸惑うじゃないですか」

 

 普段使うスペースはひとまず普通の事務所っぽくまとめた。

 事務机に椅子、パソコン、コピー機にコーヒーミル、冷蔵庫などなど。

 

「ほら、普通です」

「全部有名メーカーのいいやつだけど」

「そ、それは許してください」

 

 どうせ買うならいいやつだと思う。

 安いのがウリ、みたいなのを買ったってすぐ壊れるんだから、お金があるなら高いやつ買った方があとあとお得だ。

 ……と、「お金に余裕ができて調子に乗っている一般庶民」みたいなことを最近思っている私である。

 

「でも、まあ、いいんじゃない? 綺麗だし、色遣いもセンスがあるわ」

 

 わ、ラブラバから褒められた。

 

「ふふふ。実は私のデザインなんですよ?」

「嘘ね」

「なんで秒で見破るんですか」

「あんたが作ったらなんかこう、中途半端な値段の喫茶店みたいになる気がする」

 

 ……なかなか鋭い洞察かもしれない。

 

「あんたのお母さんかお姉さんかしら? とにかく、居心地が良さそうなのは良いことよ。……座席は決まってるの?」

「一応暫定で、あそこが相場さんの――って、速!」

 

 言い終わらないうちに自分の席に飛んでいくラブラバ。

 そんなに仕事したかったのかと思ったら、机の上に載っているノートPCが目に留まったらしい。

 

「こ、これってハイエンドモデル!? 自分じゃ絶対買えないって諦めてたやつよ!?」

「相場さんには良いPCが必要だろうと思って用意しました。デスクトップにしようか迷ったんですが――」

「デスクトップとかありえないわ! いざって時に持って逃げられないじゃない!」

「そこですか」

 

 どうせ高いの買うなら性能が良い方が……とも思ったんだけど、持ち運びができないから、ということでノートにした。どうやら選択は正解だったらしい。

 

「夢みたいだわ。こんなマシンを好きにいじれるなんて……。あ、ねえ。これって持って帰ったら――」

「それは駄目です」

「ちっ」

 

 舌打ちされた。

 まあ、心ゆくまでチューンしたい気持ちはわからなくもないんだけど、落としたり盗まれたり、むしろ情報目当てに襲われたりがあるので許可できない。

 仕方なく、時間の許す限りいじりまわすことにしたらしいラブラバは「ここに住もうかしら」と呟いていた。

 

「泊まりたい時のための宿泊施設とキッチンですよ」

「素晴らしいわね、この事務所」

 

 ひどい手のひらの回転だった。

 宮下さんが苦笑して「私としても泊まりやすいのは助かります」と言ってくれる。

 

「泊まり前提でお仕事するのは身体によくないですよ?」

「ここはヒーロー事務所ですよね?」

「……確かに」

「そこは『ヒーロー事務所をなんだと思ってるんだ?』じゃない?」

 

 いや、だって、明らかにブラックですし……。

 

「いつから活動開始です?」

「五月一日オープンは間に合いそうにないので、八日からにしたいと思います。準備期間も兼ねて、出社――出所? は一日からにしようと思うんですが、いかがでしょう?」

「「異議なし」」

 

 誰からもノーは出なかったので、私達は五月八日オープンを目指して動き始めた。

 

「あ、四月中に私はこちらに越してくるつもりです。セキュリティカードは発行してあるので、机の整理とか、したいことがある方は四月中に来ていただいても構いません。ログから遡ってお給料は出せますので――」

「仕事場の調整くらい自己責任でやりますよ」

「そうね。使いやすく調整できるチャンスなんだし、それくらいはね」

「神様か仏様ですか?」

「トワさんは仕事に負の幻想を抱きすぎでは?」

 

 いや、仕事って辛くて苦しいもので、従業員は雇用主に従わないものじゃない?

 

「人々の希望になるヒーローが楽しくやらなくてどうするんですか?」

 

 目から鱗が落ちた気分だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 決めることが決まって、メンバーも集まってしまえば、後はやることをやっていくしかない。

 

 まず、私が八百万邸から引っ越してきた。

 お屋敷内の広い部屋、使用人付きの生活は落ち着かなかったので、新しい部屋で一人になるとなんだかほっとした。もちろん、お母様たちの気遣いはとても有難かったんだけど。

 事務所の建物内に用意した部屋はお屋敷の部屋ほどじゃないけど、そこそこ広い。

 雄英の寮と同じ広さでいいと言ったらお父様やお母様、更に百ちゃんからも止められたのだ。なので、普通にワンルームマンションくらいの広さになった。

 こっちの家具もいいやつなので快適だ。何より通勤時間がほぼゼロなのが嬉しい。レディさんに自慢したらものすごく羨ましがられた。

 

 みんなも四月中からちょこちょこ来ていたようだ。

 会ったり会わなかったりだけど、気づくと私物が増えていたり、花が飾られていたり、ノートPCに外付けハードディスクやマウスをセットされていたりした。

 私も時間が空いたら事務所内、及び周辺の掃除をしたりしてたけど、なんだかんだ色々お仕事が入ったのでそこまで関われなかった。

 

 そんな感じで五月一日。

 朝から事務所の全メンバー、それからプロデュース担当のお母様が集まって結成式的なささやかな会が開かれた。

 何故かノリノリのみんなに唆されて一言喋らされたので、自己紹介を強要――もとい、お願いして道連れにした。

 三十分もしないで会は終わって、慣らし運転的に業務へ。

 

 事務所がオープンしてないのに仕事があるのか、と思うなかれ。

 私とセンスライさんは個人としてお仕事をしていたので、その分の書類仕事や手続きがある。これを練習台として作業に慣れようという狙いだ。

 

「センスライさんと旦那さんは慣れてらっしゃいますから、みんなで教わりましょう」

「あんた……えーっと、所長は?」

「私もこの一か月ちょっとくらいでさんざんやりましたけど、慣れてるっていうレベルにはとても」

 

 しょっちゅう不備を指摘され、泣く泣く書き直す羽目になっている。

 ちゃんと書かないとお金が出ないというのだからやるしかない。お役所は融通がきかないのだ。

 

「……わかりました。早く覚えられるように頑張ります」

「お願いします、宮下さん」

「ちょっと、私は!?」

「相場さんってそういうの得意なんですか?」

 

 尋ねると、ラブラバは目を逸らした。

 

「わ、私の能力はクリエイティブな方向に特化されてるのよ」

「そうだと思いました。なので、初めは一通りの業務を覚えてもらいながら、事務所のホームページとか作ってもらおうかなって」

「はあ? 別にいいけど、なんでそんな半日もあれば終わるような仕事?」

「えっ」

「な、何よ?」

「事務所のホームページですよ? 『あなたは何人目のお客様です』とか『キリ番』とか『交流用掲示板』とかの個人用ページじゃないんですよ?」

「知ってるけど。っていうか、いつの時代のホームページよそれ」

 

 悪態をつきながら作ってくれた事務所のホームページはこじゃれていて、かつ、必要な項目はきちんと用意されていた。

 

「とりあえずガワだけだけど、こんなもんでしょ?」

「……相場さんって、本当に凄いんですね」

「ホームページ作っただけで褒められても困るんだけど。っていうかその『相場さん』っていうのやめてくれない?」

「下の名前で呼んだ方がいいですか?」

「やめて」

 

 呼び名に関しては結局「ラブラバ」に決まった。

 ハッキングの件では実名報道されていたし、ラブラバの名前は投稿動画くらいにしか載っていなかった(その上、動画は投稿サイトがしつこく削除していた)ので、敵ネーム――というかハンドルネームは殆ど知られていない。

 むしろ本名の方が危険だろうということになったのだ。

 センスライさんなんかはさっそく「ラバちゃん」とか呼び始めて「頼むからやめて」でも、言いやすいから定着しちゃいそうな気もする。

 

「所長。この事務所の活動範囲は具体的にどこまででしょう?」

 

 宮下さんからはそんな質問をされた。

 地図を広げた彼に、私は首を傾げながら指を動かして、

 

「このあたりからこのあたりくらい、でしょうか」

「くらい? いえ、正確にお願いします」

「正確にと言われても……一定の線を越えた敵は追わない、というのではないので、きっちりは決められません」

「それは困ります」

「ええと、具体的にどう困るのでしょう?」

 

 決めごととして明確になっていないと書類上必要になった時や尋ねられた時に困る、ということだったので、そういうことならと、役所への届け出の際に書いた範囲を答えた。

 

「でも、主なお仕事が敵逮捕なので、完全な線引きができないのも本当なんです。近隣のヒーロー事務所には立地が決まった際にご挨拶に行っていますが、もし意地悪なことを言われたら教えてください。私が対応します」

「所長が不在の時はひとまず私が対応しますね」

「ありがとうございます、センスライさん」

「助かります。……うーん、やっぱり業種が違うと慣習の違いに戸惑いますね。ビジネストークとして『御社ではどのような事業を』と聞かれた時に近いでしょうか」

「そういう時はどう答えるんですか?」

「現在は~~を主に扱っています、とかですかね」

 

 今後増えるかもしれないし、末端事業として行っている可能性はあるよ、というわけか。

 

「ヒーロー事務所なんて縄張り争いレベルのことしてますもんね……。人助けだから助け合いでなんとかやってますけど、収入を奪った! なんて言われるくらいなら多少譲るくらいの方がいいかもしれません」

「市街地での敵逮捕の手柄を譲ったところで、うちにはTV出演や警察からの協力依頼がありますしね。損して得を取りましょうか」

 

 そんな感じで日々が過ぎ、『八百万ヒーロー事務所』がスタートした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二年目の体育祭

「やっほートワちゃん。相変わらずちっちゃいわねー」

「成長するにしてもそんな簡単に大きくなりませんよ……」

 

 その日、私は一か月と少しぶりに雄英高校を訪れた。

 

 学校の敷地内は人でいっぱい。

 それもそのはず。今日は年に一度の体育祭の日なのだ。

 一般客から報道陣まで大勢が詰めかけての大騒ぎ。去年はフィールドから観客席を見ただけだったけど、こうやって人混みを見るとまた別の感慨がある。

 人が多いということはそれだけトラブルも多いわけで、私が来ているのは警備のお手伝いのためだ。同じように何人ものヒーローが動員されている。

 

 私を呼び留めたレディさんは、当然のようにシンリンカムイと一緒だった。

 

「エッジショットさんが泣いちゃいますよ」

「別に仲間外れにしてるわけじゃないわよ。こういうのは若手に声がかかるようになってるの」

「ああ。エッジショットさんはちょっと別格ですもんね」

 

 泣いちゃう理由は恋愛の方なんだけど。

 

「シンリンカムイさんもお久しぶりです」

「うむ。活躍めざましく、追い抜かれないかと心配なくらいだ」

「本当よ。もうちょっとゆっくりやりなさいって言ってるのに」

「あはは……。私もそうしたいんですけどね」

「どうだ、事務所の方は?」

「順調、って言っていいんでしょうか。四苦八苦しながらなんとかやれてる感じです。経験者が一人いてくれるのですごく助かってます」

「ああ、センスライさんね。あの人がいれば安心でしょ」

 

 レディさんよりはセンスライさんの方が年上かあ、と今更ながらに確認して頷くと、レディさんが殺気の籠もった目で見てきた。口に出してないのになんでわかるんだろう。

 

「でも、この警備も割と雑ですよね」

「ちゃんとした警備は専門の警備員がいるからねー。私達は『いること』が抑止力になるってわけよ」

「ヒーローの姿が目に付けば、暴れるのは躊躇するものだからな」

「なるほど」

 

 原作のレディさんも食べ歩きしてるの? って感じだったもんね。

 

「だからトワちゃんもせっかくだから楽しみなさい。校長からのご厚意も出ることだし」

「そうですね」

 

 警備の謝礼は微々たる額だが、現金に加えて屋台の無料券(二十枚綴り)が配られている。一枚につき五百円までの品がタダという仕組みだ。警備のヒーローは屋台完全無料としないあたり、身体が資本のヒーローの食べっぷりをよくわかっている。

 屋台の品って基本高いから、五百円で収まらない食べ物もあるし。

 

「あー! トワちゃんだー!」

「あら本当。こんなところで会えるなんて良かったわね」

「うん! トワちゃーん! あくしゅしてくださいー!」

「と、あんまり立ち話もできないわね。それじゃ、お互い楽しみつつ頑張りましょ」

「はい」

 

 レディさんに手を振って別れると、私は駆け寄ってきた女の子に向き直って笑顔を作った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 握手したり、サインしたり、買い食いしたり、笑顔を振りまいたり。

 

 何しに来たんだっけ? と思ってしまうような時間を過ごす私。

 警備の範囲は雄英の敷地内――主に人の多い屋外と定められている。会場内には教師達が多数いるので警備は不要。せっかく来たのに映像でしか競技を見られないのはすごく残念だ。

 でも、デクくんやお茶子ちゃん、みんなが頑張っている姿を近くで見られるのは嬉しい。

 

 時々外部スクリーンに目をやって「頑張れ」と心の中で思いつつ、酔っ払いの人や喧嘩してる人を宥めたり、人前でいちゃついてるカップルにそれとなく注意を促したり、できる限りの警備に励む。

 

 ――まあ、といっても、さすがに(ヴィラン)が出たりはしないよね。

 

 去年色々あったとはいえ、ここは天下の雄英。

 凄腕のヒーローが何人も在籍しているし、USJへの襲撃を生徒が撃退したりしているのだ。レディさん達が言ってた通り、警備に回っているヒーローまでいる中、騒ぎを起こそうなんていう敵は普通はいない。

 いるとしたら相当の馬鹿か、相当の自信があるか、たくさん人が集まっている場所そのものが目的の奴か。

 

「八百万、永遠」

「……?」

 

 声が聞こえた。

 振り返る。

 人がいっぱいで声の主がわからない。小さな声だった。ヒーローとしての私を呼ぶ人は殆どが「トワ」と呼ぶんだけど――違うってことは、なんだろう。

 と。

 いた。

 

 人混みの中に、五月に着るには違和感のあるもこもこフード付きコートの人物。

 目深にかぶったフードのせいで顔はわからない。

 男なのかも、女なのかも。

 

 でも、私は知っている。

 該当する敵の名前を。

 

「外典」

「知っているのか、僕を。会ったことはないはずだが」

 

 距離は少し離れているのに会話が通じる。

 

「何をするつもり?」

「『彼』を継ぐ」

 

 敵連合の次は解放軍――!?

 みんな後を継ぐとか志を引き継ぐとかに拘り過ぎじゃない!?

 

「あなたは必ず捕まる」

「何の策もなく来たと思うか?」

 

 リ・デストロ――四ツ橋の秘蔵っ子、外典。

 彼は解放軍の中でも飛びぬけた実力を持っている。具体的な個性名は不明だが、氷を操る強力な能力だ。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか。

 血の気が引く。

 みすみす逃がす気はないけど、相手がその気になったらいくらでも人を巻きこめる。

 

「……場所を変えない? 声をかけてきたってことは私が狙いなんでしょ? 復讐のつもり?」

「違う。僕がやりたいのは、思想を受け継ぐこと」

 

 乗ってこない。

 冷静なのか。ううん、違う。思想も感情も行き着くところまで行っちゃってるから変わりようがないんだ。他人の影響を受けようがない、ある意味で狂っている状態。

 

「他の人を巻き込むのは」

「勿論。ギャラリーを傷つけるのは本意じゃない」

「ねー、トワちゃん。何してるの?」

「っ!?」

 

 くいっと袖が引かれて、小さな男の子が声をかけてくる。

 まずい。

 最悪の事態に一瞬、どうすべきか迷う。

 

「ヒーローは忙しいんだ。これから敵と戦うから」

「え?」

 

 外典の方を見た男の子が、目を見開いた。

 彼が氷を纏っていたからだ。

 

 ――自分から敵を名乗った。

 

 でも、好都合。

 解放軍の思想は一般大衆を扇動するもの。それを啓蒙という方向で実現しようとするなら、宣言通り、外典は人を傷つけない。

 傷つけるのはきっと、ヒーローだけだ。

 

「みなさん、避難してください! そこのフードの男は異能解放を掲げ、逮捕された敵――四ツ橋力也の部下です!」

「その通り。僕はヒーローに用があってきた。力比べ以外に興味はない。怪我をしたくなければ距離を取ることだ」

 

 場が一気にざわついた。

 

 急すぎて理解が追いついていない人。

 悲鳴を上げながら逃げ出す人。

 スマホを構えて撮影を始める人。

 しきりに「警備員!」を連呼し始める人。

 

 敵の出現にはみんなある程度慣れているだろうけど、それでも「まさか」と思っていたのだろう。私でさえそうだったんだ。

 こんなところに敵が出てくるわけがない、と。

 

「みんなに手を出さないで!」

 

 叫んで、私は外典に向かって駆ける。

 フェイントも気配遮断も使わない。私が攻撃しようとしている、と、伝われば伝わるだけ良い。

 

「遅い」

「―――!」

 

 どん、と、腹部に衝撃。

 前に進めなくなった私は、視線を落として状態を確認する。お腹が氷の槍で貫かれている。槍は、外典のすぐ傍から私まで伸びていた。

 射出したんじゃない。空気中の水分の温度を下げることで、槍の形を瞬時に作り出したんだ。走っていた私はそれに自分から突っ込んでしまった。

 

「いやあああああーーーっ!?」

 

 近くにいた女性の上げた悲鳴が、周囲の人達に緊急事態を明確に伝えた。

 

「こ、のっ!?」

 

 手刀で槍を叩き割り、お腹に刺さった先端を引き抜く。

 即座に始まる再生。

 痛いし、またしてもコスチュームがダメになっちゃうけど、この程度で倒れるわけがない。コスチュームは消耗品みたいなものだからってダース単位で買ってあるし。

 

 跳躍。

 

 槍を足場にするようにして向かえば、その足場が即座に溶解を始める。

 バランスを崩した私は再度跳躍して、

 

「隙だらけだ」

 

 全身に激痛。

 小さな氷の槍が顔も含めた身体中に突き刺さって、私の進もうとする力を削ぎ落す。

 ぐらり、と、傾いた身体がどしゃりと地面に落ちた。

 寒い。

 こっそり炎系の“個性”を起動して身体を温める。うん、体温さえ戻れば再生に支障はない。

 

「氷漬けにしたって私は死なないよ!」

「知っている。死なないのが“個性”なのだろう。だが、負けないから勝てるわけではない」

 

 外典の“個性”は氷だけなら轟君のアッパーバージョンだ。

 凍らせるだけじゃなくて大気中の水分まで操れるうえ、操作範囲が異常に広い。近づいて殴るしかない私とは相性が悪い。

 だけど、弱点がないわけじゃない。

 

「体温は大丈夫? 限界まで付き合ってあげるよ」

「問題ない。優秀なブローカーからいい装備を手に入れた。このコートの中は僕の体温を引き上げる仕様になってる」

「なら……っ!」

 

 ステッキを抜いて、飾りの方を前にして投げる。直撃すればデリケートな機器をおかしくするくらいの威力はある。

 でも、氷の盾が形成されて、あっさりと外典を守った。

 追撃に駆け寄れば氷の槍に氷の矢。形成が瞬間的なせいで出がけにかわすのも難しい。コスチュームには次々と血の染みが増えていく。

 

 血。

 

「そろそろいいか」

 

 外典がおもむろに右手を持ち上げ、私に向かってかざす。

 別に必要な手順ではなかったんだろうけど、傍目にも「何かが起こる」と知らせる明確な動作だった。

 

 まずい。せめて距離を取――。

 

「無駄だ」

 

 背後の地面から突如、極太の錐状の氷がせり出して私を阻む。

 退路を断たれた私が次の行動を起こす前に――私の身体は、みるみるうちに体温を奪われていく。

 

 氷の槍。

 

 最初の一撃を喰らった時点で、()()()()に氷を潜ませられていた。

 

「あ――」

 

 血が、次々と凍りついて。

 私は悲鳴を上げるだけのエネルギーさえ生み出せず、内側から氷となって倒れた。

 

「見ろ、民衆よ」

 

 外典は私にとどめを刺すでもなく、すぐさま声を上げた。

 

「ヒーローは強い。だが無敵ではない」

 

 動けない。

 

「敵もまた強い。そしてどこにでも現れる。不平等ではないか? 何故、ヒーローだけが“個性”を使うことを許される? 何故、試験などというもので“個性”の強さを選別されないといけない? 己の身は己で守ればいい。己の“個性”は自己責任で振るえばいい。それが世界の正しい在り方だ」

 

 外典は最初からこれを狙っていた。

 私を。

 知名度はあるが経験の足らないルーキーを完膚なきまでに叩きのめして、『不老不死』でさえ完全ではないことを示した。

 一般の人達の危機感を煽り、ヒーロー不要論――ううん、異能解放論を唱える。

 効果は絶大だ。

 何しろ今、目の前でヒーローが負けたんだから。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「トワちゃん!? トワちゃーん!?」

「立てよトワ! 死なないんだろ!? 絶対負けないんだろ!?」

 

 子供達が泣いている。

 外典は彼らを見て、彼らに一歩、近寄って言う。

 

「怖いか?」

「ひ……っ」

「怖いなら戦え。抵抗しろ。ヒーローなんて役に立たない。最後に信用できるのは自分だけだ」

 

 体育祭を中継していたマスコミがいるので、この様子も流れてる。

 会場はどうなってるんだろう。

 中止になっちゃったりしたら可哀想だけど。

 

「観念して自首しなさい! ヒーローよ!」

「これ以上の狼藉は我々が許さぬ!」

「Mt.レディにシンリンカムイか。ふん。こいつの二の舞になりたいのか」

 

 地面から氷の錐が連続して出現。

 レディさん達はうまく避けたけど、外典との直線を塞がれてしまう。

 

「Mt.レディ、避難誘導を!」

「え、ええ!」

 

 レディさんの巨大化はサイズ調整がきかない。

 氷を壊すのにはもってこいでも、周りの屋台や人に被害が出てしまう。せめて人気がなくならないと戦えないのだ。

 他のヒーローが来たことで、さっきの挑発はいったん置いておかれた。

 でも、なかったことになるわけじゃないし、マスコミは逃げずに撮影を続けている。敵に慣れているのも善し悪しとしか言いようがない。

 後で特集が組まれたりするんだろう。「新たなる凶悪敵の出現! ヒーロー社会はこれからどうなっていくのか!」とか。

 

 ――そんなの。

 

 解放軍の言ってることは一面的には正しい。

 でも、それは性善説が全面的に有効で、かつ、理論の流布に暴力が伴わない場合の話だ。自分が敵になってヒーローを倒しておいて「自分で身を守ろう!」って人々に呼びかけるとか頭がおかしいと思う。

 

「トワちゃん! いつまで寝てんの!」

 

 ほんとだよ。

 ここで立ち上がらないで、何が『不老不死』なのか。

 

 ――『蒼炎』瞬間発動。

 

 内外の氷を溶かしつつ体温を上昇。跳ねるように起き上がる。

 

「馬鹿な。こんなに早く復帰できるはずが」

「知らないの? ヒーローは何度でも立ち上がるんだよ!」

 

 全身ボロボロになっても戦い続けたオールマイトみたいに、ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二年目の体育祭2

 外典が立ち直るのに要した時間は短かった。

 

「また凍らされたいか、八百万永遠」

「好きにしていいよ。何度やられても私は復活するから」

 

 言いながら、私は溶け残った氷をぱんぱんと払う。

 魔法少女風のコスチュームはぼろぼろだ。もうちょっと発育が良かったら事件映像が放送できなくなってるところだ。

 いや、これはこれで別の法に触れるかもだけど。

 

「ヒーロー校の体育祭に来て、逃げられると思わないでね」

「捕まるかどうかは問題ではない。志を遂げられるかどうかだ」

 

 外典は動じない。

 彼は熱狂的な四ツ橋の信者だ。あの男の理想を遂行するためなら、たぶんなんでもやる。そういう風に育てられたか、洗脳されたかしたんだと思う。

 他の生き方はできない。

 デストロからリ・デストロ、そして外典。

 一人の敵が一人、また一人と新たな敵を生み出してしまう、負の連鎖。

 

「あなたは間違ってる」

 

 彼自身は可哀想な人なのかもしれない。

 それでも、敵に対するヒーローとして、私は言う。

 

「もちろん、みんなが自分で身を守れるならその方がいいよ。でも、そうできない人もいる。“個性”は一人一人違うんだから、傷つけるための“個性”を持たない人がいる。人を傷つけられない優しい人だっている。警察やヒーローはそういう人のために生まれたの」

「お前に何がわかる」

「わからないよ! 『普通の人』に呼びかけるために『敵』になって、暴力を振りかざすような人の気持ちは!」

「ヒーローと敵の違いなど、体制側かそうでないかに過ぎない」

「そうだね。私利私欲のために力を振るうなら、体制側でも、そのヒーローは敵だと思うよ」

 

 誰かのために戦えないような人間は、きっと試験に受からないだろうけど。

 

 ――私の言葉は、避難を続けているみんなにも届いたはずだ。

 

 外典達の思想に染まるのは構わない。

 でも、敵になるのはやめてほしい。他のみんなのことを顧みるのを忘れないで欲しい。

 

 私は気配遮断モードで地面を蹴る。

 

「!?」

 

 迎撃しようとした外典は気配のなさに戸惑ったのか、明確な防御に出た。

 跳躍し、氷でできた龍を作ってその上に飛び乗る。そして、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の全身を氷が覆った。

 

 ――起動『蒼炎』。

 

 あっという間に氷が溶けて、解放された私は再び走り出す。

 氷の龍に向けて跳躍して、

 

「何度凍れば気が済む」

 

 空中で氷漬けになって地面に落下、着地すると同時に割り砕いて脱出。

 

「何回でも試してみればいいよ!」

「ただし、その前に捕らえさせてもらう……!」

 

 氷の障害物を回り込み、ひっそりと忍び寄っていたシンリンカムイが氷の龍へと跳び乗った。

 私は囮。

 派手に動いて注意を引くのが目的で、本命はシンリンカムイの方だ。

 

「邪魔だ」

 

 駆け出してすぐに凍り付く、蔦状の腕。

 

「幸い、寒いのは割と得意でな――!」

 

 でも、本人が言う通り、シンリンカムイの身体は植物。氷耐性はそれなりに強い。龍に叩きつけて砕けば、すぐに使えるようになる。

 

「近づくのが困難ならば、喰らえ、種マシンガン!」

「そんな技あったんだ」

 

 名前がどこかから訴えられそうで怖い。

 効果はそのまま、硬い種を射出してぶつける技のようで、シンリンカムイには貴重な遠距離攻撃技。

 だけど、これも外典が出した氷の壁に阻まれ、空しく落ちた。

 

「あれを植えたら急速成長するとか、そういうのはないんですか!?」

「それはさすがに超人技にも程があろう!」

 

 確かに。

 植えた種からシンリンカムイが生えてきたりしたら作品が変わってしまいそうだ。

 

「……まあ、今度チャレンジしてみるが」

「するんですか」

「漫才をしている暇があるのか」

 

 ごごご、と、地響きが聞こえる。

 

「何をした!?」

「地下下水道の水をまるごと氷に変え、操ってやる。……八百万永遠を倒し、民衆を扇動するつもりだったが、こうなっては『大いなる脅威』でも作り出さなければインパクトが足りない」

 

 まだそんなことをするつもりか。

 

「させるか!」

「止められるか、お前達ごときで」

 

 シンリンカムイの猛攻もあっさりと弾かれる。

 何しろ、相手は氷の龍を作って高いところにいる上、氷の壁や鎧を作って簡単に攻撃を防いでしまう。“個性”の規模とコントロール能力がけた違いだ。

 でも、

 

「させない!」

 

 全力の跳躍なら、届かない距離じゃない。

 

「無駄だと――!」

「無駄じゃない!」

 

 形成される壁に、私は拳を振るう。

 硬い手ごたえ。

 でも、命中した瞬間、氷はじゅっと溶け始め、脆くなったところからぱきんと砕けた。

 

「な、に!?」

 

 種は簡単。

 ストックしている“個性”を使って腕部分の体温を超高くしただけだ。

 もちろん、金属か何かでできてるとか、エンデヴァーみたいにそういう“個性”じゃない生身でこんなの多用できないけど、ブレイクスルーにはなった。

 私は氷の龍の上、外典のすぐ傍に辿り着く。

 

「何をした、八百万永遠」

「何度も冷やされたせいで、温度調節がおかしくなってるんだよ」

「世迷言を!」

 

 細切れにされても復活します、も十分世迷言だと思う。

 複数本にわたって投射されてきた氷の槍を、熱くなっていない方の拳で叩き落とす。

 

「コントロールが鈍ってる」

「っ」

「さっきみたいに私やシンリンカムイさんをいきなり串刺しにしないのが証拠。片手間でできる操作じゃそのくらいが限界なんでしょ?」

 

 なら、距離を詰めるのは難しくない。

 一気に接敵して、腹に一撃を――。

 

「舐めるな」

 

 どん、と、私のお腹に衝撃。

 

 特大の、氷の槍。

 地下のコントロールをいったん手放して反撃に転じたのか。

 落ちる。

 お腹からは出血。すぐに処置しないと命に関わるかもしれない。

 普通なら。

 

「トワ、まだ行けるか!?」

「当然です!」

 

 でも、私もシンリンカムイも、ここで攻めを止めるつもりはなかった。

 シンリンカムイの両腕の蔦が絡まりあい、即席の網のようなものを作り出す。それは落下した私を受け止めると、砲丸投げの要領でぐるんぐるん振り回して、

 

「行け!」

「これ、女の子にする扱いじゃないですね!?」

 

 一応文句を言いながら、私はさっき以上のスピードで飛んでいく。

 

「来るな」

 

 氷の槍を叩き落とす。

 氷の壁を、熱した拳で突き破る。

 氷の龍に激突し、頭部を砕きながら更に上空へ。

 

「来るな!」

 

 落下しながら放とうとした蹴りは、数えるのが面倒くさいレベルの氷の針に迎撃された。

 全身に突き刺さり、体内に潜り込み、神経をずたずたに傷つける。完全に勢いを殺されたところで特大の槍がお腹に風穴を開けた。

 

 さすがに、簡単には復活できない。

 落ちるしかない。

 一度でも触れられれば最悪『AFO(オール・フォー・ワン)』が使えたんだけど。

 

 こうなったらもう、私は戦えない。

 だから。

 

「後はお願いします、レディさん」

「任せなさい!」

 

 巨大化したレディさんの手のひらが私をあっさりと受け止め、空いている方の手が、頭部のなくなった氷の龍を完膚なきまでに打ち砕いた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「Mt.レディ」

 

 外典は自分の落下を、氷の龍の再構築によって防いだ。

 

「Mt.レディ!!」

 

 再構築された龍は、さっきのような東洋の細長いそれを通り越し、更なる姿へと変貌していく。

 細長い首の先にずんぐりと大きい胴体が形成。

 胴体からは更に一つ、二つ、三つ――最初のものも合わせて計八本の首が生え、ガラスのように透き通った瞳で女巨人を睥睨する。

 氷でできたヤマタノオロチ。

 

「あら、怪獣? いいじゃない、真打ちに相応しい相手だわ」

 

 レディさんは私の身体を、下にいるシンリンカムイに向かって「落とす」と、オロチを「見下ろした」。

 

「来なさい化け物! 私の妹分を痛めつけてくれた借り、きっちり返してあげるわ!!」

「死ね、Mt.レディ!!」

 

 八本の首がレディさんに殺到。

 太いのと硬いのをいいことに、そのまま首でぶん殴りにかかってくるも、レディさんは全く怯まなかった。

 首の二本が無造作に捕まれへし折られる。

 残り六本は身体に当たるも、そんなことは気にしない。折った首を捨てたら他の二本を掴んでへし折り、また捨てる。

 

「……私達が苦労したのは一体」

「言うな」

 

 コンビを組んでるシンリンカムイはよく感じるのだろう、目を細めて言った。

 

 後四本なら楽勝じゃん、と思ったけど、さすがに外典も強い。

 折られた首は“個性”を使って即座に復元。本数を戻して攻撃してくる。

 

「へえ、本当にヤマタノオロチみたいじゃない!?」

 

 レディさんはこれを見て戦法を変更。

 首の一本を掴むとオロチを持ち上げ、胴体を地面に叩きつける。みしみし、と、細かい罅割れを起こす氷の胴体。外典は即座に修復。七本の首がレディさんの首をぶっ叩く。

 戦いは根競べの様相を呈した。

 

 ――長期戦になれば、レディさんが不利だったかもしれない。

 

 氷の元になる水は空気にも含まれている。

 素材に事欠かない外典に対し、レディさんは身一つで戦わないといけない。巨体と怪力を持つ代わりに私みたいに再生できるわけでもなく、ダメージと疲労は確実に蓄積されていく。

 でも。

 それはこのまま、レディさん対オロチが続いていればの話だ。

 

 そもそも、外典はどうして地下の水による大規模テロを急いだのか。

 レディさんの本格参戦に声を荒げて憤ったのか。

 勝てないから? 違う。逮捕されるかどうかは問題じゃないと言いながら、本当は恐れていたからだ。勝てなくなるのを。

 時間をかけて、他のヒーローがやってきてしまうのを。

 

「これで、どうっ!」

 

 何度目か、オロチの胴体が砕けて、

 

「―――」

 

 再生、しなかった。

 外典が目を見開き、ある方向を振り返って――敗北を悟ったように、口をぽかんと開けた。

 

「イレイザー・ヘッド」

 

 私にとってはしばらくぶりに見る顔が、そこにあった。

 

「体育祭中だってのに、派手にやらかしてくれたな、おい」

 

 心なしか私達に向けて言っている気がするのは、気のせいだろうか。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 相澤先生の『個性消去』を受けた外典にシンリンカムイの『ウルシ鎖牢』を防ぐ手段はなかった。

 外典は厳重な拘束の末、警察に引き渡し。

 

「……ご協力感謝します、ヒーローの皆さん」

 

 私とレディさん、シンリンカムイは、相澤先生から感謝の言葉を受けた。

 

「あらあらー、イレイザー? かたっ苦しい顔がいつにも増してかたっ苦しくなってるケド? どうしたんですかー? 私達は学校を救った英雄なんですケド?」

「うるせえ。お前、そっちのちっこいのから変な影響受けてないか」

「え? 私はもともとイイ性格してたと思うけど」

「なお悪い」

 

 ぴしゃりと言ってレディさんとの会話を打ち切ると、先生はシンリンカムイに頭を下げ、それから私のところへ来てくれた。

 

「無事か?」

「はい。これくらいなら慣れっこなので」

 

 明らかにズタボロの私を見て「無事か?」もないと思うけど、まあ、私にとって本気で「無事じゃない」状態って「再生するエネルギーがない」っていう緊急事態くらいだもんね……。

 

「そうか」

 

 頷くと、先生はどこか遠くに視線を逸らして、

 

「まあ、その、なんだ、助かった」

「……はい」

 

 久しぶりに見た先生のツンデレは微妙に破壊力が高くて、一、二か月のことだというのに懐かしくなってしまった。

 

「先生。体育祭はどうなりましたか?」

「とりあえず一時中断している」

 

 スタジアムの外とはいえ、敷地内で敵が出たのにそのまま続けるわけにはいかない。

 レディさんやシンリンカムイだけじゃなくて他のヒーローも敷地内の見回りや避難誘導をしてくれていたそうで、教師達も協力して対応にあたっていたらしい。

 

「ただ、あの状況で中にいた客を出す方が危ないからな。中の人間は生徒も含めて待機していただけだ」

「じゃあ……?」

「ああ。そろそろアナウンスが出るだろ」

 

 言った傍から電子音が響き、校長の声が聞こえた。

 

『やあやあ、騒がせたね! 警備をかいくぐって敵を侵入させてしまったことは申し訳ないが、暴れていた敵は逮捕した。数十分遅れにはなるけれど、〇〇時から体育祭を再開しようじゃないか!』

 

 わあああああっ、と、湧きあがる歓声が私の耳にも届いた。

 

「……そっか」

 

 良かった。

 

「体育祭、中止になったらどうしようかと思いました」

「トトカルチョにでも参加してたか?」

「あれ十八歳過ぎないと買えないじゃないですか」

 

 クジが買えないプロヒーローも私くらいだと思うけど。

 

「妹。……せっかくだ、見ていくか、体育祭」

「いいんですか?」

「その格好で歩かせるわけにもいかんし、傷を治す時間も必要だろ」

 

 そういうわけで、ある意味外典のお陰で、私は途中から二年生の体育祭を見学できることになった。




本格的に原作の敵が尽きてきた気がします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭の後で

「体育祭も凄かったよ……」

「いや、ほんとに……」

「あはは。お疲れ様。格好良かったよ」

「永遠ちゃんってば完全に他人事だね!」

「まあ、実際他人事ではあるのですけれど」

 

 ほんと、体育祭は強敵だったね。

 

 というわけで体育祭が終わった後、私は1-A改め2-Aの寮へお邪魔した。

 学年が変わっても場所は変わってない。表の「1-A」という表示が「2-A」になっただけ。ノリで学年刻印しちゃったけど、よく考えたら寮は持ち越す方が楽だよね、という葛藤(?)が裏にありそうだ。

 

「何しに来やがったチビ。偉そうに出てった癖にもう出戻りかクソ」

「ははは。爆豪の悪態がなんか懐かしいなあ」

「すげえ。全然効いてねえぞ上鳴」

「さすがプロヒーローだよな、切島」

 

 男子から変なところで褒められた。

 

「みんなあの激戦の後なのに元気いっぱいだねー」

「敵に腹を突き破られた後、食事しながら観戦していた永遠君には言われたくないぞ!」

 

 確かに。

 でも、疲れたしエネルギー補給も必要だったのでお腹が空いてたのだ。じゃがバターにフランクフルトに焼きそばにたこ焼きにりんご飴にベビーカステラをラムネで流し込んだのも仕方ないと思う。せっかくチケット貰ったし。

 

 ちなみに体育祭(二年目)が具体的にどんなだったかはここでは言えない。

 詳しく言うと長くなるし、去年同様「馬鹿じゃないの!?」って言いたくなるような難関揃いだったからだ。

 

 ちょっとだけ書くなら「人間玉入れ」とか「借り物競争(超鬼畜モード)」とか「クラス対抗リレー(全員参加、ハンデあり)」とか。

 うん、やったら楽しいんだろうけど、正直選手じゃなくて良かった。

 

「永遠ちゃんがいたら玉入れ楽勝だったんだけどね!」

「透ちゃん、それ、私、玉にされてるよね?」

 

 丈夫さなら誰にも負けないからいいけど、玉って。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「お茶子ちゃん、緑谷君とは順調?」

「え? えええ、えーっと。な、なんで急に変なこと聞くん!?」

 

 気になることを聞いてみたらすごく動揺された。

 

「緑谷君はどう?」

「ど、どどどど、どうって!?」

「うわ、挙動不審」

 

 二人して真っ赤になってこの有様。

 喧嘩して気まずいって感じではないから上手く行ってるんだろうけど。

 

「大丈夫大丈夫。二人ともラブラブすぎて、時々割って入れないくらいだよー」

「訓練の時は率先して殴り合ってるけどね」

「なるほどなるほど」

 

 芦戸さんと耳郎さんがわざとらしく耳打ちして教えてくれたので、わざとらしく相槌を打つと、真っ赤になったお茶子ちゃんが限界を突破して、

 

「そ、そんなことしてへんし! ね、デクくん!」

「う、うん。僕とお茶子さんは全然、さっぱり、これっぽっちも、ラブラブなんかじゃ――」

「ふーん」

「お茶子さん!?」

 

 デクくんが地雷を踏んだ。

 

「リア充」

「爆発しろ」

 

 切島君と上鳴君が怨嗟を込めて呟く。

 離れたところで聞いていた耳郎さんが目を細めて、

 

「ばーか」

 

 と、誰にともなく言った。

 芦戸さんは楽しそうにけらけら笑っていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 A組B組共に進級できない生徒はいなかったらしい。

 ある意味私が唯一の脱落者。

 そんな私の飛び級プロヒーロー入りが刺激になって、みんな授業やインターンに励んでいるそうだ。特に爆豪の気合いの入りようは恐ろしいらしい。

 

「こっちも必死にならないと追いつけないよ」

 

 とはデクくんの談。

 

「緑谷君も負けてないと思うけど」

 

 と言うと、彼は真面目な顔で答えた。

 

「いや。かっちゃんにもだけど、君にも追いつきたいから」

「……そっか」

 

 無理はしないでね、とも言えず、私は曖昧に頷いた。

 お前が言うな、って言われると痛い。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 なかなか話は尽きない。

 せっかくだからご飯食べて行けば、と言われて「じゃあそうしようかな」と頷いたところ、

 

「お前の分の飯はねえぞ」

「あ、心操君」

 

 A組のニューフェイス、私がいなくなった枠に入ってきた、元普通科の心操君が、いつの間にか傍に寄ってきていた。

 

「久しぶり、元気だった?」

「ああ。……というか、俺に声かけられて、何の警戒もなく反応するのはお前くらいだ」

「あはは。ごめんなさい」

 

 彼の『洗脳』はかけられるとほぼ抵抗できない。

 かけられてから突破したデクくんとかは例外で、一番の対策は「反応しないこと」。返事するなよ洗脳されるぞ、なんて悪意ある台詞を吐く人までいるくらいなんだけど……私はもう克服してる。

 

「……お前相手だと調子が狂うな」

「って言っても、A組のみんなだってもう慣れたでしょ?」

「「とーぜん!」」

 

 だと思った。

 そのへんどうなのかと見れば、心操君は苦笑していた。

 満更でもなさそうだ。

 

「そういえば、マイクとか使うとどうなるの?」

「変成器と同じで拡声器は問題ない。無線や赤外線、wi-fiで飛ばすインカムだと発動しない」

「じゃあ、仲間全員に咽頭マイクとノイズキャンセリングイヤホンつけさせるっていう手もあるんだね」

「ヒーローじゃなくてスパイみたいだけどな」

 

 たしかに。

 

「でも、さすがに晩御飯が一人分増えたりはしないか……。じゃあ私は自分の分買って来ようかな」

「待って永遠ちゃん! ヒーローは気軽にコンビニ行ったら駄目だよ! 三十分は帰って来れないよ!」

 

 敵に会うか、ファンに捕まるかはその時次第だ。

 

「デリバリーを頼めばいいですわ。雄英の寮と言えば迷いようがありませんし」

「マジか! ヤオトワの奢りか!?」

「みんなは晩御飯あるんだよね!? まあ、デザートかサイドメニューくらいなら好きに頼んでいいけど」

「「ひゃっはー、宴だー!!」」

 

 後で相澤先生に怒られた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「よう」

「あ、轟君」

 

 カツ丼をかき込みながらピザをぱくついていたら、轟君が隣に座った。

 

「親父と()ったらしいな」

「うん。凄く強かった。あれは勝てないよ」

「簡単に勝たれたら俺の立場がないな」

 

 苦笑する轟君。

 ピザを「食べる?」と差しだしたら「いい」と言われた。蕎麦じゃないからかな? でも、みんなで分けられないしなあ。和食が好きならお寿司とかが良かったかも。

 

「親父がさ」

「うん」

「わざわざ連絡してきたんだ。お前と戦ったって」

「うわ。なんか怖いよ」

「俺だって驚いた。それから、食い下がられたって聞いて余計に驚いた」

「それだけが取り柄だからね」

「だとしても、な」

 

 轟君とエンデヴァーは父子だ。

 エンデヴァーは轟君を後継者にするつもりで育てた。実際、轟君はエンデヴァーのアッパーバージョンともいえる能力を持っている。成長したら荼毘や外典でさえ相手にならない「温度使い」が誕生すると思う。

 でも、父子の関係は複雑だ。

 前よりは良くなってるはずだけど、簡単には修復できない。

 

「お父さんも息子との距離を測りかねてるんだよ」

「近所のおばさんみたいなこと言いやがって」

 

 言われたんだろうか。

 

「まあ、でも、いい機会だった。あいつがオールマイト以外のヒーローを話題に出すなんて珍しいからな。お前のことならお互い気にせず話せた」

「エンデヴァー、オールマイトのこと好きすぎだよね」

「ああ。あいつは本気で目指してたからな」

 

 No.1ヒーローを。

 オールマイトを実力で超えることを。

 

「何か言われた?」

「強くなれ、って」

「強くなりたいよね」

 

 ヒーローなら誰でも思うだろう。

 もっと力があれば。

 もっと強くなればもっと救える。もっと守れる。

 

「お前はそのくらいにしておいて欲しいけどな」

「まだまだだよ。私も」

「まだまだか。そうだな」

 

 湯呑みに入ったお茶をぐっと飲み干して、轟君は。

 

「エンデヴァーくらい軽く超えないといけないもんな。俺達は」

 

 静かに笑ってそう言った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……眠い」

「お仕事お疲れ様です」

「残業させておいて何言ってやがる」

 

 こつん、と額をつつかれた。痛い。

 

「ははは、相変わらずだね、トワ君」

「校長先生もお久しぶりです」

「うん。元気そうで何よりだよ」

 

 ご飯を食べ終わってもなお話が尽きなくて、もういっそ泊っていこうかな、なんて思い始めた頃、校長先生と相澤先生から呼び出しがかかった。

 部屋は空いてるし、透ちゃんも「一緒に寝る?」って言ってくれてたのでちょっと残念だ。

 

「あの、私もいるんだけど」

「あ、お久しぶりですオールマイト。プロ試験には出ないでくださってありがとうございます」

「いやいやいや。依頼は来たけど断ったよさすがに」

「でも依頼は来たんですね……」

 

 トゥルーフォーム(がいこつ)のオールマイトはいつも通り気配が薄い。

 

「“個性”は結局戻らなかったんですよね?」

「うん。残り火すら戻らなかった。個性因子自体が消失している場合、『巻き戻し』は効かないのかもしれないね」

 

 OFA(ワン・フォー・オール)やAFO《オール・フォー・ワン》による個性譲渡は特殊事例だ。

 無個性に与えても個性が運用できることから見ても、因子ごと“個性”を移していると考えるのが無難だと思う。私達が“個性”を運用できているのは因子のお陰だということだ。

 そう考えると、複数の個性所持に身体的負担がかかるのも納得できる。“個性”が増えるほど身体が個性因子だらけになるからだ。AFOには複数の個性所持による負担を和らげる効果があるんだろう。

 ギガントマキアや脳無も基本、身体が大きいから、AFOとか無しで複数個性を持とうと思ったら、まず身体をおっきくするのがいいかもしれない。

 

 ……Mt.レディ最強説?

 

 レディさんに青山君のレーザーを移してみたい気持ちはとてもあるけども。

 

「でも、身体は健康になったし、筋肉も戻ってきたんだよ」

「肌艶が良くなりましたよね。加齢臭もしなくなりました」

「加齢臭は止めてくれよ。気にしてるんだから」

「気にしてるんですか。オールマイト先生ともあろう人が」

「相澤君。君はまだ若いからわからないだろうけどね、昔からの知人に『歳食ったな』とか笑われながら臭いを指摘されるのは本当に辛いんだよ?」

「私も清潔にはネズミ一倍気を遣っているよ!」

 

 世知辛い話だった。

 

「それで、今日のお話は?」

「特に大きな話はないんだけど。ほら、白雲君のこととか報告しようと思って」

「あ。白雲、さん? はどうなったんですか?」

「リハビリが最終段階ってところだ」

 

 ということは、経過は順調みたいだ。

 

「良かったです」

「“個性”にも今のところ異常は出ていないね。発動にも運用にも支障はない」

「元の“個性”ってことですよね?」

「いや」

「……え?」

 

 初耳だ。

 

「え、ちょっ。ちょっと待ってください。どうなったんですか?」

「……白い雲を出す能力には戻った。だが、どういうわけかワープゲートの力も備えている」

「なんですかそれ」

「俺にわかるか」

 

 相澤先生がむすっとして言う。

 

「『すげーぞショータ! 俺の“個性”がパワーアップした!』とか威張られた俺の気持ちがわかるか」

「お察しします……」

 

 でも、そうなるとやっぱり『巻き戻し』は個性因子にだけは別の働きをするのか。

 改造される際に因子を移植されたから、巻き戻しても因子自体は残ってしまう。でも、因子の時間は巻き戻ってるから、そこに仕込まれた洗脳やらはリセットされてる?

 詳しくはドクター案件な気がする。

 白雲にあんな改造施した本人に調査依頼するのもアレだけど。というか、あんなことしておいてしれっとこっちに寝返るあたり、さっさと捕まえておいた方が良かったんじゃないだろうか。

 

「リハビリ終わったら雄英に編入ですか?」

「彼もまだ悩んでいるようだけどね。おそらくそうなるんじゃないかな!」

「A組かB組がどっちか二十一人になりますけど」

「別に、絶対に二十人っていう決まりはないが」

「え?」

「あ?」

 

 嘘だ。

 だったらなんであんなに発破をかけてきたのか。

 

「合理的虚偽」

「……もういいです」

 

 白雲が編入することになった場合、誰か一人が普通科に落ちる! って煽って特別試験をして、合格ラインを超えていたら誰も落とさない、という方針らしい。

 

「あ、いつもの雄英ですね」

「だろう?」

 

 自慢げに言うところじゃありません、先生。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その後のトガ

「ヒーロー事務所ってのは本当に忙しいのね」

 

 我らが八百万ヒーロー事務所。

 愛用のノートパソコン(本人はジェントルと呼んでる)を操作しながらラブラバがぼやいた。

 事務所が本格始動してからしばらく経ち、通常業務くらいは戸惑わなくなってきてる。頻繁にわからなくなるので、その都度マニュアル(Mt.レディ事務所やナイトアイ事務所からもらってきた)を開かないとだけど。

 

 研修の時間が減ったからといって仕事が楽になったかというと、そうでもない。

 研修してる間に溜まり気味だった仕事や、今まで目に入らなかった仕事が次々タスクに積まれていくので、むしろ、どんどん忙しくなっている気さえする。

 

「あはは。やりがいがあっていいですよね」

 

 所長決裁が必要な書類に目を通し、ハンコを押しながら苦笑するとジト目で睨まれて、

 

「雄英体育祭の件が滅茶苦茶面倒なんだけど」

「う」

「収入になるのはいいけど支出も増えたんだけど」

「ぐ」

 

 目を逸らしても視線が追っかけてくる。

 しばらくそうしていた後、根負けしてため息を吐いた。

 

「……仕方ないじゃないですか。押し付け合いに負けたんですよ」

「自分でも面倒な案件だって自覚あるんじゃない」

「そりゃそうですよ」

 

 雄英体育祭で外典を倒した件は、最初に遭遇して食い止めた私の手柄ということになった。

 前科がないものの、解放軍の残党であり、雄英体育祭という危険なタイミングでの出現だったこと、それから彼の能力が考慮され、報酬はかなりの額になると伝えられた。

 ただし、手柄が私のところに来るということは、壊した設備の修繕費用の請求もうちの事務所に来てしまう。

 

『レディさんが倒したんですから、ここは譲りますよ』

『いやいや。トワちゃんがいなかったらもっと被害出てたじゃない』

『ええ。私はだいたい自分の身体で受け止めたので、壊れたのは他の要因ですよね』

『ははは。いいから貰っときなさい。立ち上げ初期の収入は貴重でしょ』

 

 敵出現による損害は国がある程度保障してくれる。

 損害額から保険が適用される分などを控除した額を国が一括で被害者(今回の場合は雄英)に支払い→保障される額を差し引いた分を当事者(ヒーロー個人か所属事務所)に請求→必要書類を提出することで過失に応じて請求額が減額という手順なんだけど、この「必要書類を提出」が死ぬほど面倒臭い。

 スーパー技術革新で工事費用が凄く安い世界だけど、それにしたって学校とか企業レベルの損害額って想像を絶するものになる。支払いは一部だけ+別個で報酬が出るとはいえ、減額される前の請求額が通知されて来た時はちょっと肝が冷えた。

 報酬から損害額が引かれるんじゃなくて、それぞれ別個に付与&請求なのがまた怖い。

 大体の場合、報酬が振り込まれる方が請求が確定するよりずっと遅いので、一時的に資産が「がくっ!」と減るし。

 

 ちなみに今回の場合はしかるべき書類を出すことで被害額と報酬をMt.レディ事務所、シンリンカムイ事務所に割り振ることができたんだけど、当然、そうすると書類が増える。

 レディさんが断固として拒否したのも仕方ない話だ。

 最初に発見したのが私、応援が来るまで食い下がったのが私、一般人を庇ったのが私、主に怪我したのも私、設備壊しまくったのはレディさんという状況では、出費ばっかりかさんで大した収入にならない。

 

『トワちゃんはいいわよね。身体も周りへの損害もコンパクトで』

 

 嫌味じゃなくて割と辛そうに言われてしまっては「ごめんなさい、うちで引き受けます」としか言えなかった。

 

「でも、ラバさんのお陰で助かったんですよ?」

「その名前で呼ぶなって言ってるでしょ。……というかよく言うわよ。私がやるのが早いからお願いします、って、みんなして押し付けてきた癖に」

 

 お役所への提出書類は基本的に紙媒体で電子化されていないんだけど、ラブラバはこれが気に入らなかったらしく、よく使う書類を悉く、そっくりそのままの形でパソコン内のアプリケーションによって再現、キーボードで入力して印刷すれば「はい書類ができあがり」というシステムを構築してくれたのだ。

 問題があるとすれば、センスライさんも私もパソコンにはあんまり強くなかったこと、宮下さんはそこそこ情報関係に強いもののラブラバほどではない、ということで、楽をしようとした結果、ラブラバの仕事が増えてしまったことか。

 

「すみません。私ハイテクな機械って苦手で」

「当たり前にスマホ使ってる奴がマニュアル見ながらでも音を上げてるんじゃないわよ!?」

「いや、パソコンはofficeで表計算するくらいが限界ですって」

「生々しい例えは止めてくれない!?」

 

 そう言われましても。

 と、事務所内の掛け時計に目をやった私は「もうこんな時間?」と立ち上がった。

 

「すみません、そろそろ私は外出しますね」

「あ? ……ああ、今日は警察だっけ?」

「はい。友達に会う日なんですよ」

 

 お金にはならない、ただの個人的な我が儘なんだけど、こればっかりは譲れない。

 警察に対して融通が利くのはプロヒーローの特権。ホークスほどじゃないにせよお偉いさんの犬と化しているのは、半分くらいこのためと言っても過言じゃない。

 うきうきし始めた私にラブラバはため息をついて、

 

「……殺されないようにしなさいよ」

「大丈夫ですよ。今日は返り血の処理する時間ないですから」

「そう言う問題じゃないでしょ!?」

 

 事務所にラブラバの絶叫が木霊するのは割といつものことだったりする。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 というわけで、やってきましたとある刑務所。

 

 ヒーロー免許と一緒に名乗るとあっさりと中へ通してくれる。

 まあ、ぶっちゃけ、免許見せなくても顔が見えた時点で「ああ、あの子か」ってなったけど。魔法少女のコスチュームを着て堂々と刑務所に乗り込んでくる幼女なんて私以外いないもんね……。

 

「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」

「お忙しい中、無理を言って申し訳ありません」

「いえいえ。トワさんのお噂は私も聞き及んでおりますので」

 

 まずは所長さんに面会。

 とてもいい人で、笑顔で私に応対してくれた。

 

「……それに、その。我々としても『そろそろ限界か』と思っていたところでして」

「トガちゃんが暴れたりとか?」

 

 遂にストレスが限界に達したか、と、私は大して驚かないで尋ねてしまう。

 酷いといえば酷いのかもだけど、トガちゃんがろくに血を見ず「ちうちう」もせずに長期間我慢できるわけがない。あれは性癖とかそういうレベルじゃなくて、トガちゃんがトガちゃんである限りそう簡単に切り離せない習性なのだ。

 と、所長さんは慌てて、

 

「いえ、そこまでは。ただ……」

「ただ?」

「『永遠ちゃん分が不足しているのです』と言っては変身するものでして」

「あー……」

 

 私に会えない期間が長すぎて私に変身して紛らわせちゃってるのか。

 嬉しいような、どうしていいか困るような。

 

「あの、それ、リストカット始めたりとかは?」

「……お察しの通りです」

 

 ですよね。

 私を切り刻めない欲求を補うには変身して自傷、っていう発想になりますよね。トガちゃんの衝動を満足させるのにあの方法は仕方なかったと思うけど、トガちゃんの中で私の存在が大きくなりすぎちゃったかも。

 でも、私がそれを強いたんだ。

 トガちゃんに我慢させてしまった以上、私はそれに責任を持たないといけない。

 

「会いに来れて良かったです」

「いや、本当に」

 

 所長さんがしみじみと頷くのを見て、本当に申し訳ない気分になった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 所員の人に案内してもらって向かったのは監禁施設ではなく、刑務所の厨房だった。

 

「No.TF01――あ、いえ、失礼しました。トガヒミコさんは現在、こちらで調理の仕事に従事しています」

「気にしないでください。皆さんのお仕事はわかっているつもりです」

 

 収容されている人間を番号で呼ぶのは情が移らないようにだろう。

 人扱いされていないのは酷いと思うけど、トガちゃんが犯した殺人は今の法体制では悪なのだ。嫌なら犯罪に手を染めなければいい、というのも正しい理屈。

 罰を重くするのには「そんな目に遭いたくない」という心理的な抑止効果もあるのだ。

 

「着きました」

「ありがとうございます」

 

 所の厨房は結構広かった。

 最大収容人数を考えるとそのくらいは必要なんだと思う。少なくとも街の小さな料理店のキッチンなんかよりはよっぽど広い。

 中では何人もの職員の方が働いていて、

 

「つまんないです。ニワトリの解体のお仕事とかまたないですか?」

「あんなこと、そうそう何度もできるわけないでしょ」

「ぐちぐち言ってないで手を動かしなさい」

「うー……」

 

 トガちゃんが料理の下ごしらえをしていた!

 

「すごい」

 

 思わず小学生並みの感想を漏らしてしまう私。

 だって、凄いと思う。

 トガちゃんが、あのトガちゃんが、割烹着的な調理服を身に着けたおばちゃん達に混じって、ぐちぐち言いながらも普通に料理してるのだ。

 

 ――え、大丈夫? 近くにいる人殺しちゃわない?

 

 私が「その光景」を見て最初に思ったのはそんなことで……ある意味、私が一番、トガちゃんを信用していなかったのかも。

 

「トガちゃん」

 

 そっと、名前を呼ぶ。

 すると、囚人服の上からおばちゃん達と同じ服を着たトガちゃんは、こっちを振り返って――。

 

「永遠ちゃん!?」

 

 花が咲いたような笑顔と共に、()()()()()私に向かって走り寄ってきた。

 

「永遠ちゃん、永遠ちゃん、永遠ちゃん! 本物だよね!?」

「と、トガちゃんストップ。その振りかざした包丁振り下ろしたら後片付け大変だから!?」

「ツッコミどころはそこでいいんでしょうか……?」

 

 職員の方の困惑した声が印象的だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「じゃあ、ざくざくするの我慢するために料理始めたんだ?」

「そうなのです」

 

 応接室みたいなところで、監視付きでトガちゃんとお話する。

 トガちゃんは囚人服のまま私に抱きついていて、手には刃先が引っ込む玩具のナイフを持っている。それを勢いよく私の肌に「ざくざく」突き立ててくるんだけど、当然、私には傷一つつかない。

 いや、尖ったもので殴られてるわけだし、柄は硬いから微妙に痛いのは痛いんだけど。

 

「永遠ちゃんが会いに来てくれないからストレスがマッハなんだよ?」

「ごめんね。私も忙しかったし、偉い人がなかなか許してくれなくて。……あ、お花ありがとう。嬉しかった」

「えへへ……喜んでくれて良かったぁ」

 

 でへへ、と、鼻の下を伸ばすトガちゃん。

 超可愛いんだけど……これで普通に彼氏とか作って普通にデートとかできる子だったら、すごく幸せだったんだろうなあ。生まれ持った性質が特殊だっただけでこんなに苦労しないといけないんだから、人生ままならないものだと思う。

 

「永遠ちゃん。せっかくだから食べて欲しいのです」

「あ、うん。もちろんいただくよ」

 

 前のテーブルにはトガちゃん作の肉じゃがが置かれている。

 と言っても、おばちゃん達と一緒に作ったやつの一部だから見た目からして完璧だ。いや、トガちゃんが一人で作ったらこうはいかない、って言いたいわけじゃないけど。

 箸を手にしてぱくっと口に運ぶと――じゃがいもがぼろっと解れて、煮汁がじゅわっと染み出してくる。

 

「……美味しい」

「永遠ちゃん。その意外そうな顔はなんですか?」

「いや、わかってるってば。トガちゃん一人でつくったわけじゃ――いたっ!? 痛い!? 何してるのこれ!?」

「こことここを押さえれば構造的に引っ込まなくなるのです」

「何それ!? なんで見ただけでそんなことわかるの!?」

 

 刃が引っ込むのを強制的に封じられた玩具のナイフでしこたま刺され――殴られた私には痣が出来た。

 

「と、トワさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です。このくらいすぐ治りますから」

 

 実際「すぐ」治るから困る。

 

「永遠ちゃんは殺しても死なないもんね」

「死ぬよ。生き返るだけで」

「……なんですか、その会話」

 

 私とトガちゃんの会話としては比較的普通である。

 

「トガちゃん。お料理楽しい?」

「楽しいですよぉ」

 

 にかっと笑うトガちゃん。

 

「刃物使えるのは嬉しいのです。たまーにニワトリとかマグロとか解体させてくれますし」

「マグロ!?」

「生き物解体できるなら料理人目指すのもいいかなーって、思い始めてるです」

「すごいなあ。私、料理は食べる方が断然好きだから」

 

 料理店の娘やってた頃から一通り料理はできたけど、志望はウェイトレスだったはずだし。

 

「一番解体したいのは永遠ちゃんですけど」

「あはは。解体させてあげたいんだけどねー」

「TF01。そういった言動が刑期を伸ばすのだと理解しなさい」

「……うるさいのです」

 

 あ、やばそう。

 やっぱりストレスが溜まっているっぽいトガちゃんの頭を撫でて、私は囁く。

 

「もっと私が有名になって、トガちゃんが警察の人の信用をもらえたら、一緒にお仕事できないかかけあってみるから。事務所の食事担当、なんて楽しそうじゃない?」

「本当? 永遠ちゃん?」

「本当だよ。だから、一緒に頑張ろうね」

「うんっ」

 

 以後、トガちゃんがちょっと大人しくなったと、所長さんから感謝のメッセージが届いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪質サイトともぎもぎ男(前編)

 電話が鳴った。

 

「――はい。八百万ヒーロー事務所です」

『フヒヒ。トワちゃん、今日のパンツ何色?』

 

 悪質な悪戯だった。

 

「電話番号は調べられますから、警察に不審者として通報しますね」

『ぱ、パンツ……』

「白ですけど」

『ひゃっほぉぉぉ――』

 

 がちゃん。

 受話器を置いて電話を切った。

 

「番号、所内メッセンジャーで送ったわよ」

「ありがとうございます。仕事速すぎです、ラバさん」

「次その名前で呼んだら殺すわよ」

「またまた」

 

 八百万ヒーロー事務所は平常運転だ。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……なんか、変態っぽい事件増えてる気がする」

「あんたのせいでしょ」

 

 件のパンツ男ほどひどくないにしても、迷惑電話は結構かかってくる。

 デートしてくださいとか、事務所で働きたいですグフフとか、ロリキャラで売る以上はもっと媚びないといかんとか、グッズ売りたいんで許可下さいとか。

 いや、最後のはまともな企業の売り込みも混じってるから「検討します」って返すし、善意のご指摘であれば暇な時は相手をするんだけど。

 

 電話だけじゃなくて実際の事件も多い。

 白昼堂々事務所に殴り込みに来たと思ったら「トワちゃんに会いたかった」って言われたのが一回、夜中にセキュリティが作動したと思ったら「トワちゃんの寝顔を撮影しに来た」ってのが一回。

 事務所の管轄区域内でも下着泥棒だの公衆浴場の覗きだの。

 

「え、私の影響で性犯罪が増えるんですか……?」

 

 ドン引きなんですが。

 

「嫌なら『白ですけど』とかしれっと答えるの止めなさいよ!?」

「いや、そのくらいならいいかなって……」

「良くないわよ。そんなことやってるから一部界隈で『神対応』とか言われるのよ」

「褒められてるならOK――っていう界隈じゃないんですよね、多分」

「正解」

 

 ラブラバはブックマークから幾つかのサイトをぽんぽん、と開いてくれる。

 

 某大手掲示板のスレッドに、個人ブログに個人サイト。

 どれもいわゆる「女性ヒーローフェチの集い」みたいなページだった。

 

「例えばこのスレ。頻出拾うとあんた、十位以内に入ってるわよ」

「ビルボードチャートなら嬉しいんですけどね……」

 

 ウワバミさんとかレディさんとかミッドナイト先生とかミルコに混じってると「正気?」と尋ねたくなる。

 主に男性が書き込むスレだからか、飛び交っているフレーズはなかなかに濃い。

 なんというか、耐性のない女性が見たらしばらく男性不信に陥りそうなくらいには欲望に満ち溢れていた。

 

「こっちの個人ブログは割とマトモそうですね?」

「ああ、まあ。写真掲載して『好みのポイント』語ってるだけだしね」

 

 厳密には写真も盗撮や肖像権の侵害なんだけど、ヒーローは芸能人みたいなものなので、無断で写真撮ったり載せたくらいで捕まることは基本ない。

 ちなみに、いやらしいコラージュを作ったり、プライベートな下着姿とかを撮ったら別件で捕まる。

 

「最後の個人サイトは……濃いですね」

「犯罪者予備軍のたまり場ね。さっきのスレッドでも『某所』として名前が挙がってるわ。濃い奴らの中でも更に濃い奴らの蟲毒かしら」

 

 画像ページやろくでもない特集ページに独自の掲示板。

 掲示板はおおむねヒーロー毎に分かれていて、私にはマニアックなファンがついているのかかなり賑わっている。まあ、有名な女性ヒーロー自体が割とみんなマニアックなんだけど。

(耳、巨大、SM、耳、永遠のロリ、etc)

 

「ん? 私の話題、一割くらい『ロリ声の事務員さん』が話題になってないですか? ラブラバの出勤写真とかあるし」

「目の錯覚じゃないかしら」

「でもほら、これとか」

「ああもう、個人サイトは削除依頼出してもそうそう消えないから面倒だわ」

 

 話を有耶無耶にされた。

 ちなみにセンスライさんも「おねロリキタコレ」とかネタにされてたけど、本人は「慣れてるから」とスルーだった。

 さすが大人の女性は違う、と感心してしまう私とラブラバだった。

 

「何の話だったかしら。……そうそう、中でも管理人はとびきりの危険人物よ」

 

 個人サイトなのをいいことに欲望ダダ漏れの記事を更新しまくっている。

 さっきのブログが青少年の欲求って感じなのに対して、こっちのサイトの管理人は思考が完全に性犯罪者のそれだ。

 長時間見てると気分が悪くなりそうというか、最悪思想に悪影響を受けそうだ。

 

「実際、こいつはカルト教祖的な人気があるわ」

「ろくでもないカリスマを持ってるんですね?」

「そ。こいつに触発されて盗撮紛いのことやセクハラまがいのこと、果てはガチの犯罪報告まで上がってるわ」

「通報」

「とっくにしてあるわよ」

 

 そりゃそうか。

 でも、警察がどこまで動けるかも怪しいところだ。サイト閉鎖くらいはできるだろうけど、サーバー変えて再開されたらいたちごっこにしかならない。

 掲示板に集まる犯罪報告一つ一つを本当なのかネタなのか、貼られた画像がオリジナルなのか元の投稿者が別にいるのか調査するには時間もかかる。

 

「いっそ何かヘマして捕まらないかしら。このモギ田モギ夫」

「あはは、変な名前ですね……って」

 

 ()()()()夫?

 私の脳裏にとある人物の顔が浮かんだ。

 実像じゃなくて、マンガのキャラクターとしての顔。この世界に転生してからまだ一度も会ってないからだ。

 それもそのはず。

 原作の登場人物でありながら、彼はヒーロー科に入ってきていない。私が入学したせいで合格者から漏れてしまったからだ。

 

 偶然の一致だと思うんだけど……。

 

「み、峰田君、信じてるからね?」

「誰よ峰田君って。彼氏?」

「断じて違います」

 

 私はきっぱりと答えた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

『峰田? ……ああ、D組にそんなヤツがいたな』

 

 電話越しに淡々とした返答。

 普通科にいたんだ、峰田君。

 

『女好きで、特に女のヒーローに目がない奴だろ。仲いい何人かといつもそういう話をしてたはずだ』

「心操君は仲良いの?」

『そんなわけないだろ。……っていうか、あいつに興味があるのか?』

「恋愛とか友達になりたいとか、そういう興味ではないんだけど……」

 

 私は心操君にお礼を言って通話を切った。

 透ちゃん経由で心操君の連絡先を教えてもらい、電話で峰田君の心当たりを聞いてみた。普通科にいた彼なら他の科の生徒に詳しいと思ったからだ。

 駄目ならデクくん経由で発目さんにも聞いてみるつもりだったけど、幸い一発目でビンゴだった。

 

 といっても、突きとめて何かできるわけじゃない。

 いきなり乗り込んで「モギ田モギ夫!」とか名指しするわけにもいかないし。

 それで別人が犯人だったらどうするのか。

 

「となると次は……警察かな?」

 

 私はサイバー犯罪対策課? とかそんな感じの部署に繋ぎが作れないか、ホークス宛にメールを打った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「有名なトワさんに協力願えるとは光栄です」

「そんな……。むしろ、我が儘を聞いていただいて申し訳ありません」

 

 幸い、すぐにコンタクトを取ることができた。

 さすがホークスというべきか、その日のうちには「了解が取れたんで連絡先送りますね」と返信が来たのだ。そこからまたメールを送ったり電話したりして数日後、私はとある会議室にいた。

 

「例のサイトについては我々も目をつけていたんです」

「それじゃあ……」

「ええ。連動していると見られる現実の事件も増えていまして。対策に乗り出さないわけにはいかなくなってきています。なので、ご協力いただけるのであれば心強いです」

「良かった。こんな事件、早く解決しましょう」

 

 警察ではネット経由で管理人の個人情報の抜きだしを試みつつ、最近捕まった性犯罪者のサイトとの関連、何か情報を持っていないかを調べている最中だという。

 

「じゃあ、私は別方向から調べた方がいいですね」

「何かプランがおありなのですか?」

「はい。囮作戦が実行できないかな、と」

 

 案を話すと、担当者さんは頷いて了解してくれた。

 

「ただ、逐一連絡をください。荒事になりそうな際は連携して動きましょう」

「わかりました」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私はラブラバにも手伝ってもらい、この前見たブログサイトの管理者に連絡を取った。

 悪質個人サイトの名前を出した上で「止めるのに協力してもらえないか」と持ち掛けたのだ。

 メールにはラブラバ謹製の暗号によってうちの事務所の名前を仕込んだ。

 

 返信は夜のうちに届いていた。

 自分にできることなら協力する、という内容。

 私は実際に彼(仮)と会うことにした。

 

 待ち合わせは平日午後十六時のとある駅前。

 というか、雄英最寄り駅。

 この時点で妙な予感を覚えつつ、こっそり警察官に監視してもらいつつ、私自身も隠れて相手の出現を待つと――現れたのは案の定、ブドウ頭をした小柄な少年だった。

 

「こっちが峰田君だったの……!?」

 

 驚いた声を上げたせいか、警察の人が「どうしますか?」と聞いてくるが、

 

「大丈夫です、会ってきます」

 

 と、私は顔を見せることにした。

 

「初めまして、地雷処理班さん」

「……ほ、本物だ」

 

 騒がれないための伊達眼鏡と帽子をずらして挨拶すると、峰田君は口をぱくぱくさせながら言った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 峰田君は「そこのハンバーガーショップにでも」ってノリだったけど、落ち着いて話ができないので個室のあるレストランに移動した。

 移動中に相澤先生に連絡して、峰田君の門限を伸ばして(くれるように担任の先生に頼んで)もらった。

 

「好きなものを頼んでください」

「じゃあスマイル一つ」

「そんなにハンバーガー食べたかったんだ!?」

 

 思わずツッコむと、峰田君は「このキレ……本物だぜ」とほろりと涙した。

 

「どうせならおっぱいでかいヒーローと会いたかったけどな」

「へー。ふーん。そうですかー」

「オイラが悪かったので話を進めてください」

 

 遠慮なく、と言いつつステーキセットを頼んだ峰田君に「それだけでいいんですか?」と聞きつつジャンボハンバーグセットのご飯大盛り+エビドリア+野菜たっぷりクリームパスタを注文してから本題に。

 

「あのサイトの実情はご存知ですか?」

「ああ。あの管理人はオイラ的にもなんとかして欲しい。マジで」

「何か被害でも?」

「知らない? ハンドルネーム、パクられてんのよ」

 

 管理人が使っている「モギ田モギ夫」は峰田君が使っていたハンドルネームらしい。

 なのに、後から現れたあの管理人が被せてきた。

 とはいえ、本名ならともかくハンドルネームだ。正当性の主張も難しいし、個人サイトの管理人では外野を巻き込むのも限界がある。

 事を荒立てるよりは、と、峰田君の側がハンドルを変えて事なきを得た。

 

「でも、気持ちいいもんじゃないよね、正直」

「それはそうですね……」

「それに、あいつのサイトには美学がない」

「美学?」

「エロのためになんでもやる姿勢はいい! だけどな! あれじゃ『エロい情熱を吐き出してる』んじゃなくて、ただの犯罪自慢だろ!?」

 

 いや、犯罪犯すこと自体も駄目だからね?

 

「じゃあ、協力してもらえますか?」

「いいよ」

 

 峰田君はあっさり頷いてくれた。

 

「あそこは低俗な馬鹿が絶賛してるけど、マニアにはうちの方が評価高い。うちが煽れば乗ってくる可能性は高いよね」

「それは頼もしいです」

 

 こうして作戦は開始された。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 作戦は簡単。

 峰田君が自分のブログで例のサイトをさりげなく貶す。

 

「最近、ヒーロー愛もろくにない犯罪自慢みたいなサイトが台頭してるけど、お前らはそんなところに行かないでここを愛してくれよな!」

 

 とか。

 何回か繰り返しつつ、例のサイトの方にも批判コメントを書き込む。

 するとヒット。

 峰田君のところに攻撃的なメールが入った。

 見るに堪えない文面はスルーしつつ、煽るような文面を返信してもらう。

 

「じゃあ直接やり合おうぜ! 場所はここで時間はこれな!」

 

 直接と言っても、こっちが用意したチャットルームだ。

 まあ、相手の手中に入るのは危険だって少し考えればわかることではあるんだけど、頭に血が上っていると意外にそういうのはどうでもよくなるもの。

 

 相手は、乗ってきた。

 峰田君には適当に言い合いをしてもらいつつ私達は、

 

「ラブラバ、どう?」

「解析中。……一応対策はしてるみたいだけど、プロじゃないわね。素人の付け焼刃。こんなもの私にかかればないも同然よ」

 

 さすが、重要情報を単独でハッキングした凄腕。

 

「割れたわ」

「じゃあ、行きましょうか」

 

 私は警察の人達と一緒に立ち上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪質サイトともぎもぎ男(後編)

※前編含めてなので今更ですが、今回の話はテーマ的に下ネタに寄ってるのでご注意くださいませ。


「ここが、例の管理人の家……」

 

 閑静な住宅街に佇む一軒家。

 性犯罪を犯すのは寂しい男性が多い――というと偏見になっちゃうだろうか。でも、イメージよりはいい家に住んでいる。

 

『二十五歳、職業はWebプログラマー。既に両親は他界しており、現在は一人暮らし。表向きの職業での収入は微々たるもので、主な収入は広告収入やアダルト動画の販売等によるものね』

 

 ラブラバからの情報は移動中に確認済み。

 違法行為抜きにしても、あんまり好ましいとは思えない人種だ。

 

「令状は取ってありますので、トワさんは相手が暴れた場合の対処をお願いします」

「わかりました」

 

 警察の人と一緒なので、私は後ろで見守っていればいい。

 出番がないまま終わってくれれば平和でいいんだけど。

 

 ――彼が出てくるまでには、ベルを数回鳴らす必要があった。

 

 玄関のドアが開いて、中から顔を出したのは、情報にあったのと一致する容姿の男性。髪はボサボサでラフな部屋着姿。ポリポリと頭をかきながら私達を見て、

 

「……どちら様ですか?」

 

 間延びした声と裏腹に心音が異常に速いことを、こっそり起動した聴覚強化の“個性”が捉えた。

 玄関先に設置された監視カメラはダミーじゃなくて本物か。

 今どき、防犯のために設置する人も多いから「悪いことしてます」っていう証明にはならないけど。

 

 警察手帳が提示され、所属と用件が伝えられる。

 

「Webサイト上への違法画像・動画の掲載、および犯罪教唆等の容疑がかかっています。一度、近隣の署までご同行いただけますか?」

「な、警察? 何かの間違いじゃないですか? サイトって、俺、悪いことなんて何もしてませんよ」

「悪いことをしているかしていないか、こちらで確かめるためにもご同行ください」

 

 こちらは令状を取って来ているのだ。

 警察の捜査により悪質サイトの関与が確定→先んじて令状を発行→ラブラバのハッキングによりサイト管理者の情報を入手、という非正規の手順を踏んでいるのであまり大きな声では言えないけど、違法捜査ではない。

 

「ええー?」

 

 彼は戸惑うフリをしながら先頭の警察官の後ろ――つまり、私を含めた後続を見て、

 

「あ、キミってトワちゃんだよね? プロヒーローの。捜査協力お疲れ様です!」

 

 ぱっと表情を輝かせたかと思うと声を弾ませてくる。

 心音がちょっと落ち着いた。突破口にするつもりか。

 

「ねえ、トワちゃんからも言ってよ。この人達、ロクに証拠もないのに俺が悪いことしたって言うんだよ。そういうのって良くないんじゃないの? ケーサツノフショージ、とか、よくニュースになってるじゃん」

「すみません。ヒーローは犯罪捜査に協力することはできますが、警察の捜査を妨害したり、停止させる権限はないんです」

 

 私はできるだけすまなそうな顔を作って答えた。

 

「私達としても、何もないならその方がいいんです。玄関先で騒ぐとご近所に迷惑ですし、お話聞かせてもらえませんか?」

「はあ? 何言ってんのお前?」

 

 懇願が効かないと見るや、彼は即座に方針を変えてきた。

 声を荒げ、私を睨みつけ、口汚く罵ってくる。

 

「『不老不死』のロリババアがかわい子ぶってんじぇねえよ。ヒーローってのは善良な市民の味方だろうが! なに国家権力の犬になってんだよ!?」

「国家権力があるから街の平和が守られているんです。私達ヒーローはあくまでそのお手伝いをしているだけです。……こちらとしても手荒な真似はしたくないので、大人しく従っていただけませんか?」

「ちっ」

 

 舌打ちする彼。

 一方、苛立たしげなポーズとは裏腹に、心音はどんどん落ち着いていっている。

 

 ――ふうん?

 

 何か企んでるっぽい。

 センスライさんにも来てもらえばよかったかもしれないけど、彼女はむしろ署での取り調べ向きだ。どっちにしても今はいない以上、ここは私が動いてみる。

 

「モギ田モギ夫さん、サイト拝見しました」

「……は? 何その名前。ハンドルネーム?」

「見るに堪えないサイトでした。私の写真もありましたけど、パンチラだとか服が破けてる写真だとか、正直、非常に腹立たしく思います」

「はあ。えーと、あのさー。だから人違いなんだって。どうでもいい話するくらいなら帰ってくんね?」

 

 うん、間違いない。

 時間が経つほど心音が落ち着いていくってことは、彼がしたいのは時間稼ぎだ。

 

「ところで、警察の技術はすばらしくてですね」

「ん?」

「データを消去したところで復元できるんです。Webサイトの情報にしても、複数のサーバーを経由しようが、時間をかけて追えば足跡を発見できます」

「っ!?」

「さあ。十分お話しましたし、そろそろ従っていただけますか?」

「………」

 

 モギ田(仮)が俯く。

 彼は悔しそうに肩を震わせ、そして――。

 

「皆さん、下がってください!」

「従うわけねえだろうが、ばぁーか!!」

 

 私は前にいた警察官を引っ張るようにして後ろへ押しのけると、背中のステッキを手に取り、思いっきりフルスイングした。

 モギ田はその間に後ろへジャンプし、両手から何やら白く濁った液体を発射している。

 飾り付きのステッキの起こす風圧が液体の勢いを軽減、警察の人達が後ろに後ずさってくれたお陰で、振りかけられたのは私と、周囲の無機物だけで済んだ。

 

 肌に触れると若干、ぴりっとする粘液。

 その効果はすぐに表れて、

 

「な、何これぇ!?」

 

 思わず悲鳴を上げてしまう私。

 ステッキの柄が、魔法少女衣装が、粘液のかかった部分から溶けてボロボロになる。幸いと言っていいのか、生体には効果を発揮しないみたいだけど、耐熱や耐冷処理の施された装備をこうも簡単に無力化するなんて。

 これが、彼の“個性”。

 

「エッチな想い出を消却することで、それに応じた結果を齎す――『淫望』」

「そーいうことぉ!」

 

 テンションの上がっている男の周囲、何もない空間から複数の触手が突如出現、にゅるにゅると伸びてきたかと思うと、私の四肢に絡みつく。

 いやいやいや、なにこれ!?

 前情報で聞いた時にも耳を疑ったけど、こんなの出したらマンガのジャンル変わっちゃうよね!? ギリギリ少年マンガではいられるかもだけど、お色気系とかのレッテル張られて真面目な展開できなくなるよね!?

 

 だから原作では出てこないんだろうけど!

 

「“個性”の不正使用は法律で禁じられています、直ちに使用を中止してください!」

「聞くわけねえつってんだろアホか!」

「ああ、そう。じゃあ、力づくでなんとかするしかないよねっ!」

 

 ピンク色のぶよぶよした触手を力づくで引きちぎり、私は宣言する。

 

「これより貴方を(ヴィラン)と認定します。痛い目に遭いたくなかったら、大人しく投降しなさいっ!」

「それはこっちの台詞なんだよ!」

 

 不本意ながら、私はモギ田モギ夫との交戦を開始した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「ゴブリン! オーク! あいつを狙え!」

「悪いけど、ご都合主義は通用しないからっ!」

 

 次々産み出され、殺到してくる醜悪な怪物達を端からぶっ飛ばす。

 ぶっ飛ばされた一体が別の仲間に当たって連鎖的に倒れるのがある意味爽快だけど、一定以上のダメージを与えて消滅させない限は起き上がってくる。

 とはいえ、数だけ居たところで所詮はモンスター、油断しなければ攻撃を喰らうことは、

 

拘束(バインド)!」

「なっ!?」

 

 虚空から生み出された謎の拘束具が直接私の自由を奪ってくる。

 

活力吸収(ドレイン)!」

「きゃあああああぁぁっ!?」

 

 甘い痺れを伴う謎パワーが全身を襲い、身体の力が入らなくなる。

 

催淫刻印(テンプテーション・シール)!」

「うううううっ!?」

 

 お腹の辺りに趣味の悪い模様が浮かび上がって、身体に妙な熱が生まれる。

 

「現代の創作物ってのは便利だよなぁ!? 現実(リアル)じゃそうそうありえない光景を簡単に目に焼き付けられるんだからさぁ!?」

「あ、ああ……」

「“個性”届の内容だけでは脅威度は測れないというのは鉄則だが、これは――」

 

 遠巻きにした警察官達が絶望の声を上げている。

 抵抗された場合を想定してセメントガン等の拘束装備は用意してきてたけど、ゴブリンやらオークやらが周りを守っているせいで当てられない。

 何より、想像を遥かに絶する猛攻を前に、逮捕などと悠長なことを言っている暇さえあるかどうか、

 

「ひ、避難! 市民に避難を呼びかけるんだ!」

「は、はいっ!」

 

 あまりにも現実離れした光景に思考が麻痺していたんだろう。

 慌てて動き出す彼らを見て、私は「無理もない」と思った。

 

 『淫望』。

 馬鹿らしい名前と効果だけど、こうして使われると純粋な脅威だ。

 何が来るのか予想がつかない。事前準備が必要+限定的とはいえ、ある種の願望実現能力。加えて言えば、男性に都合のいい欲求である以上、邪魔な同性を排除し異性を無力化する手段に恐ろしいほど長けている。

 二次元のマンガやゲームでいいなら材料の補充も簡単だ。

 

「いや、本当、ファンタジーは反則でしょ……!?」

「なにぃ!?」

 

 拘束具を破壊し、変な刻印を解除して、群がるモンスターをなぎ倒す。

 

「な、何で動けるんだよ!?」

「何でって言われても。私、行動阻害系は受けるほど耐性できるから」

 

 眠らせるのと身体のコントロールを奪うのはほぼ完全耐性がついてるし、その派生形についてもある程度は抵抗できる。

 

「っ。なら、俺自身を強化して……!」

「させない」

「ぐ、はっ!?」

 

 オークの一体を殴り飛ばし、ガードしていたモンスターごとモギ田を吹き飛ばす。

 その辺のゴブリンをひょいっと持ち上げて二撃目、三撃目。

 

 『淫望』の弱点は、記憶から結果を導き出す「わけじゃない」ことだ。

 結果自体を導けるなら、私は一瞬で屈服させられて彼の奴隷にでもなっている。だからゴブリンやオークなんて怪物を出して戦わせる必要があるんだけど、彼らだって「女性に対して無敵」なわけじゃない。常識的な補正がかかってしまうのか、戦って倒せる程度だ。

 触手やら拘束具やら活力吸収やらにしたって、抵抗すれば抜け出せる。決して対抗策がないわけじゃない。

 

 といっても、油断はできない。

 安全性を考えればAFO(オール・フォー・ワン)で奪ってしまうのがいいんだろうけど、今回は許可が出てるわけじゃないし――何よりその、なんていうか、気分的に手元に置いておきたくない。

 でも。

 

「それだけ強い“個性”があるなら、ヒーローにだってなれたんじゃない?」

 

 妄想の全てが悪辣なものとは限らない。

 正義の味方になって弱きを助け、ハーレムを築くような健全(?)な方向性だってあるはずだ。

 と、モンスターがあらかた消滅し、ボロボロになった玄関から立ち上がったモギ田は皮肉げに笑って、

 

「できるわけねーだろ」

「………」

「俺がどんな人生送ってきたのかわかるか? “個性”があるってわかったのは小学校高学年の時だ。それまでは無個性だって馬鹿にされてた。喜んだよ。こんな、人様に自慢できないような“個性”だってわかるまではな!」

 

 いじめられた。

 笑われ、蔑まれた。

 

「彼女なんてできるわけがない。俺を相手にしたらどういう風に『使われる』かわからないんだからな! ヒーロー? なれるわけねーだろ!? いいよなあ『不老不死』なんて絶対無敵の“個性”貰って、みんなから愛されてるお前はよぉ!」

「……ごめん」

 

 軽率だった。

 彼の気持ちも考えずに言ってしまった。彼の考えが正しいかどうかはともかく、彼だって悩んで、苦しんで、今に至っているんだ。

 

「言いすぎた。でも、悪いことは悪いことなんだよ! 必要以上にいやらしい目で見られて、実際に欲望に晒されて、嫌な気持ちになるのがわからない!?」

「苦しいのがお前達だけだと思ってんのか!? 俺だって、俺だって、我慢してたんだ! でも、どんどん強くなってくんだよ! 欲望が、衝動が!」

「衝動……?」

「女を犯せ、辱めろ、蹂躙しろ! そういう声が聞こえるんだ! 毎日毎日、毎日毎日毎日っ!」

 

 どういう、こと?

 

 彼が言ってるのは、単に彼の性衝動が強いってことなのか。

 やりたくないのにやってしまったっていうのは、単なる言い訳に過ぎないのか。

 それとも、私達には見えていない何かがある……?

 

「ねえ。あのサイトは、あなただけで運営してるの!?」

「サイト? ああ、あれは俺のサイトだよ。共同管理者なんかいないさ。……ははっ。そんな()()()()()()()()()()()んだよ、永遠ちゃんよぉ!」

「………」

 

 わからない。

 彼が何を暗示しているのか、考えても思い当たらない。

 

 モギ田の身体が筋骨隆々に変わっていく。

 肌まで色黒になり、極めてマンガ的な「力強い男」に変わった彼は、私に向かって駆けてくる。

 私は拳を握り、彼のストレートにタイミングを合わせて――ぶっとばした。

 

「……もう遅いんだよ。始まりは最近じゃない。もっと、ずっと前だ」

 

 意味深な言葉が、私の耳に強く残った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 こうして、一つの悪質サイトが警察の手によって閉鎖された。

 かなり念入りに削除してなお、サイトに投稿されていたデータの多くがネット上に拡散してしまったみたいだけど、ローカルに保存していたユーザーだっているのだから、こればかりはどうしようもない。

 

 協力者である峰田君には感謝状が贈られた。

 

「いいコトするってのは気分がいいモンだよな!」

 

 なんて、冗談めかして言っていた。

 ヒーローはもう目指さないの? と尋ねると、

 

「やっぱヒーローはいいよな、って改めて思ったよ」

 

 と笑った上で、ふっと目を細めて、

 

「だけどさ、同好の士が逮捕されるってのは、切ないもんだよな」

 

 そう、辛そうに呟いていた。

 

 モギ田の取り調べに関してはセンスライさんにも協力してもらい、じっくりと行われることになった。

 彼は確実に何かを知っている。

 今回の事件はもしかしたら、何らかの大きな事件の引き金に過ぎないのかもしれない――そんな予感を、私は抱き始めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予兆

 悪質サイト事件からしばらく時間が経った。

 

 ヒーローの戦いは日々、続いていく。

 例のサイトの閉鎖で一安心した私を嘲笑うように、各地で「小さな事件」が増えていた。

 

 覗き、痴漢、下着泥棒、職場でのセクハラ等々。

 男性から女性への事件だけではない。

 複数犯もあれば単独犯もあった。SNS等で繋がっているケースも見られたものの、各事件の犯人には面識がない場合が殆ど。

 特定の犯行グループが関与しているという雰囲気はなく、謎めいた現象としか言いようがない。

 

 目に見える形でデータが出たことで、問題視するヒーローも増えている。

 ただ、本格的な捜査はヒーローだけでは不可能だ。

 

 ――モギ田モギ夫の意味深な台詞。

 

 まずはあの意味を確認しないといけない。

 それには警察やセンスライさんに尽力してもらうしかなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 果たして、取り調べの結果は。

 

「何も知らなかったわ」

「……え?」

 

 長い前髪で目を隠した長い髪の女性ヒーローは、どこか疲れたように息を吐いた。

 

「ハンドルネーム『モギ田モギ夫』のバックに特定組織や人物の影は一切なかった。ラバちゃんにも協力してもらってメールや電話、SNSの履歴も洗える限り洗ったけど命令者がいた形跡はなし。例の悪質サイト経由の友人・知人は複数見つかったけど、どれも小者だった」

「登録していない“個性”がある、もしくは知られていない使い方がある、とかはないですか?」

 

 コーヒーの入ったカップを手のひらで包み込みながら私は尋ねた。

 カップの中で漆黒の液体が小さく揺れている。

 

「プッシーキャッツのラグドールにも『視て』貰った限り、モギ田モギ夫当人にも、現状捕まえたどの人物にも、洗脳等を実行できる“個性”はなし。違法薬物が使われた形跡もなかったわ」

 

 正確に言うと、モギ田モギ夫の“個性”なら可能性はある。

 ただ、彼は他者を直接操作するのが苦手だった。また、彼自身の淫らな経験を原動力とする以上「不特定多数の同性を洗脳」というのには不向きだろう。

 あの口ぶりからするとモギ田自身も「大きな流れ」の末端に過ぎない感じだったし――首謀者が捕まったのだとすれば、そろそろ事件が減って良い頃だ。

 

「他に何か気になる点はありませんでしたか?」

「モギ田に限らず複数の逮捕者について、衝動の異様な肥大化が見られたわ。それこそ、何かに扇動されたみたいに」

「でも、モギ田はバックに居る人物に心当たりがない」

「ええ。所長に言った台詞は、感覚的に予感していたからだそうよ。彼のような者の増加と、それによる混乱を」

 

 センスライさんは相手の嘘を見抜くことができる。

 ということは、モギ田の言葉に嘘はない。もちろん、大規模な記憶操作を受けている(本人が真実と信じていれば嘘発見は効果がない)可能性はあるけど。

 

「……やだなあ」

 

 私は思わず呟いていた。

 コーヒーをぐいっと飲み干してカップを置くと、センスライさんは髪の奥にある瞳で私をじっと見つめてきた。

 

「トワちゃん。何か気づいているんじゃない?」

「……そういうわけじゃないんです。でも、なんていうか、じわじわ犯罪件数の増えている感じが『アレ』に似てるなって」

「アレ、って?」

感染爆発(パンデミック)

 

 別の作業をしていたラブラバが手を止めて顔を顰める。

 

「縁起でもないこと言うんじゃないわよ」

「根拠がないわけじゃないよ。本人が知らない間に受けた洗脳効果なら『嘘発見』も『サーチ』も『個性消去』も効かないでしょ?」

 

 更にはAFO(オール・フォー・ワン)でさえ意味がない。

 洗脳をかけた当人を見つけて個性を奪えば増え方は大人しくなるだろうけど。

 

「更に、被害者から被害者に『感染』する“個性”があったとしたら……?」

「欲望を増幅する“個性”。数人に『感染』させれば所有者本人が手を下さなくても爆発的に増えていくってわけ……!?」

「最悪のケースね。持続時間や伝達できる人数に限界があると信じたいけど……」

「際限なく自分の分身を作り出せる、なんて馬鹿げた“個性”が普通にあるんですよね……」

 

 場合によっては、当の“個性”所有者はもう捕まってるかもしれない。

 新しい犠牲者を増やさなくても、犠牲者が犠牲者を呼んで日本中、世界中に広がっていく。そんなものどうやって止めればいいのか。

 まあ、そんなこと企む奴ならまず間違いなく、自分はのうのうと当たり前の顔して暮らしてると思うけど。

 

「あくまで想像です。そういう可能性もあるな、ってだけで」

「怖すぎて『所長は心配性だなあ』で済まないわよ!?」

 

 と、ここまで黙っていた宮下さんが顔を上げて、

 

「ただの想像でも、念のため注意喚起はしておいた方がいいと思います。モギ田モギ夫と同じ刑務所に入っている人間に定期的な精神鑑定を実施するとか、確認する手段はあるでしょう?」

「そうですね」

 

 私は頷いて、思いつきの『最悪』を伝えるべくホークスに電話をかけた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「いやあ、トワさんの慧眼でしたね」

「全く嬉しくないです」

「静かにしろ。会議の最中だ」

「「すみません」」

 

 ホークスの軽口を窘めるつもりで相槌を打てば、サー・ナイトアイから注意されてしまった。

 

 警視庁の大会議室。

 密かに集められたヒーロー数十名に、今回の『事態』が伝えられていた。

 

 性犯罪を中心とする小さな犯罪の増加。

 私が関わった違法サイト事件と管理人の逮捕、犯人の意味深な言動。

 増え続ける犯罪件数と、私の懸念を発端としたとある『検証』。

 

 ――懸念が当たってしまった。

 

 モギ田モギ夫や他の犯罪者について、彼らに接触した人間に衝動の増加、犯罪指向の強化が見られると、警察が正式見解を出したのだ。

 

「具体的な条件は?」

「直接的な接触。つまり、相手に触れることと見られています」

 

 警察を代表して塚内警部が質問に答える。

 

「既に影響下にある人間を『犯罪因子保有者』としますが、保有者に触れられる、あるいは保有者に触れることで因子が伝染すると思われます。伝染された者も新たな因子保有者となります。接触時間、回数が多いほど効果は累積していき、やがては抑えられない衝動になる……ということかと」

「相手が目に見えない因子では捕えようもないな」

 

 現No.1ヒーロー、エンデヴァーが腕組みをして呟く。

 

「病気と違い、症状が収まるというものでもないのだろう?」

「衝動の上昇自体は恒久的なものではなく、気分の浮き沈みによって沈静化することがわかっています。つまり根が真面目な者や私生活が充実している者には効果がないと考えて構いません。……完全に鎮静化した場合、犯罪因子が消滅するのか否かは現段階ではわかりませんが」

「犯罪を起こしているのが『起こしそうな奴』に多いのはそれが理由か」

 

 雄英代表の相澤先生が心底嫌そうに言った。

 

「厄介なのは事の始まりが不明だってことだ。場合によっちゃ俺達も、いや、世界中の人間の殆どが因子に犯されている可能性がある。……一人だけ絶対無事だろうって奴がいるが」

 

 ほぼ名指しじゃないですか。

 

「ウイルス的なものなら、私からワクチンが作れるかもしれませんけど」

「“個性”による洗脳効果である可能性が高い以上、望み薄と思われます」

「で、どーすんだよ? 犯罪ウイルスが流行ってるからお大事に、ってポスターでも作るのか?」

 

 机に足を乗せてガラの悪い姿勢を取ったウサミミ美人――ミルコが投げやりに言うと、塚内警部は深く頷いて、

 

「ええ。警察では犯罪撲滅運動により力を入れることを決定しています」

「……マジかよ」

 

 たぶん、そういうのが一番効果的なんだ。

 悪いことだから止めよう、って思い留まってくれれば効果が消えるってことは、そういう意識付けをする機会が増えればいいってこと。

 ポスターを張ったりCMを作ったり、そういう細かいことで増加を防げる可能性が高い。

 

 触るだけであらゆる特殊効果を打ち消す手、とかあればもっといいんだけど。

 

「でも、そういうのって一番見て欲しい相手に伝わらないものでしょ?」

 

 と、これはレディさん。

 

「ええ。だからこそ、皆さんにご協力いただきたい」

「……ああ。ヒーローの存在を抑止力に、ってわけね」

「そうです。皆さんにはこれまで通り、人々の平和を守っていただきたい。一人でも多くの敵を捕まえることが何よりの抑止力になります」

 

 当たり前のことを当たり前に、か。

 

「加えて、事件の首謀者捜索に力を入れます」

「“個性”届を偽っている、あるいは能力が進化している可能性もあるが」

「当人でさえ気づいていない可能性もありますね」

「現行犯で捕まえるにせよ、発動の瞬間が全く目立たないのも問題だ」

「いただいたご意見、ご指摘を念頭に置いた上で、あらゆる手段を検討します」

 

 こうして、悪をぶっ飛ばして終わりにならない、ヒーロー達の静かな戦いが始まった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 で。

 

「トワさん、着替え終わりましたか?」

「あ、はい」

 

 広報課の職員だという婦警さんの呼びかけに、私は答えた。

 着替えはばっちり。

 身に着けたコスチュームは、いつもの魔法少女風のをあちこち改造したもの。

 

 まず、頭に警察の帽子。

 腕には腕章。

 スカートは長めにし、インナーで首から下の露出は避け、警棒代わりにステッキを所持。

 

「わあ、とっても可愛いです! さすがですね!」

「ありがとうございます。でも、こんなので本当にいいんですか?」

「いいに決まってるじゃないですか! 絶対効果ばっちりですよ!」

「ならいいんですけど……」

 

 さあさあ、と婦警さんに引っ張られながら、私はこうなった経緯を思い起こした。

 

 犯罪撲滅キャンペーンに力を入れると決定し、全体としては解散した後、私は個別で呼ばれて話をすることになった。

 議題は私のメディア露出についてだ。

 

『あ、そっか。減らした方がいいですよね?』

『いえ。どんどんやっていいッス』

『なんで!?』

『ヒーローを目にする機会が減ったら多分逆効果なんスよ』

『ああ……』

 

 いつでも、どこにでもヒーローがいる、とアピールするにはテレビや雑誌がうってつけだ。

 もちろん警察もポスター張ったりするけど、こういうのは多ければ多い方がいい。

 

『トワさんが関わっている分野は男が代われないところですし、Mt.レディさんやミッドナイトさんに任せるわけにはいかないでしょう?』

『そうですね』

 

 露出度が高かったりおっぱい大きかったりするヒーローがCMに出まくってたら、犯罪は止めようね! っていうのにイマイチ説得力がない。

 魅力的な身体がそこにあるだけで男は興奮するのか、とは言っちゃいけない。言っていいのは異性に興奮したことのない人だけだ。

 

『トワさんだったら性的なイメージはないですし、地味にステゴロヒーローですから』

『いや、私、メイン武器はステッキなんですけど』

『あのステッキって折れてから本番じゃないスか』

『敵の強さをアピールするギミックみたいな扱い!?』

 

 ともあれ、私は「どんどんやってくれ」という警察側からの要望を了承した。

 一部の特殊な趣味の人は大喜びかもしれないけど、一般的にはこの方向で正解だろう。

 

『あ、あと、新しく作るポスターにも出て欲しいらしいっスよ?』

『ええー……?』

 

 と、まあ、そんな感じだ。

 

 撮影は順調に進んだ。

 私は「こういうポーズを」とか「笑顔お願いします」とかの要請に従っていくだけ。警察の要請なのでエッチな写真なんか一枚もなかったし、周りには女性警察官を配置してくれたので気持ち的にも楽だった。

 撮られた写真から検討の上、一番良い物がポスターに使われ、残りの写真もSNSなんかで情報拡散に使われるらしい。

 

「犯罪撲滅、ってステッキ握ってるトワちゃんが映ってる感じがいいですよね」

「あはは、面白いですね」

 

 いいけど、撲滅っていうか撲殺じゃないかな?

 

「あ、今度ある一日警察署長の方もお願いしますね?」

「が、頑張ります」

 

 私、なんやかんやのうちにお仕事が増えました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターン・白雲朧

「インターンで来ました、白雲朧です! お世話になります!」

 

 彼はびしっ、と敬礼を決め、大きな声で挨拶をした。

 ふわふわと広がっているというか、見事に爆発しきっているというか不思議な髪形。額にはゴーグル。鼻には怪我しているわけでもないのに横一文字にテープが貼られている。

 白雲朧。

 相澤先生達と同世代なのに肉体・精神年齢は高校生な雄英ヒーロー科二年生。

 

「ようこそ、八百万ヒーロー事務所へ。歓迎するわ、白雲君」

「お久しぶりです、扇先輩。ちょっと老けましたかって、痛い痛い!」

「今のは素? それともわざと?」

「も、黙秘します!」

 

 頬をつねり上げるセンスライさんと、どこか嬉しそうに悲鳴を上げる白雲。

 二人を見た私は思わず「おぉ……」と呻いた。

 

「知り合いだったんですか?」

「大学時代、雄英に顔を出した時に少しだけね。(ねむり)と一緒にセクハラを受けたわ」

「あれは事故だって言ってるじゃないですか……」

 

 睡っていうのは香山睡――ミッドナイト先生の本名だ。

 ミッドナイト先生は相澤先生の一つ上で、センスライさんは更にいくつか年上。

 (元)担任と同世代の男がインターンとしてやってきて、同僚と学生時代の話で盛り上がっているという、わけのわからない事態に頭が混乱しそうになる。

 白雲の肉体年齢が戻っているのが原因。誰だ、そんなことしたのは。いや、私なんだけど。

 

「えーっと、とりあえず、初めまして。所長の八百万永遠――ヒーロー名は『トワ』です」

「よろしくお願いします」

 

 顔を見上げながら手を差し出すと、白雲はわざわざ膝をついて私の手を取った。両手で。

 

「会いたかった。やっと会えた。……ありがとう」

「……プロポーズかしら?」

「ラバちゃん、静かに。今いいところなんだから」

 

 いや、いいところじゃないです。

 一見すると「運命の人との出会いを神に感謝するイケメン(仮)」だけど、白雲は私に惚れてないだろう。さっきのありがとうは「助けてくれてありがとう」。『巻き戻し』の件を口にできないせいで言葉足らずになっただけだし、跪いたのは身長の足りない私に合わせようとしてくれただけだ。

 

「えーっと、白雲さん? 私の方が年下ですから、そんなに畏まらなくてもいいですよ」

 

 享年で考えても何か月か私より上のはず。

 

「そういうわけにはいきません。上司には敬語を使えってブラド先生からも言われてますし」

「トワちゃんは私より偉いわけだしね」

「扇先輩が誰かの下につくとか怖すぎます――って痛いですって!」

「言っとくけど私、既婚者だから。今度あんなことしたらこの程度じゃすまないわよ」

「わ、わかってます!」

 

 前に何があったの!?

 

「と、とにかく、ようこそ白雲……君? センスライさん、事務所の案内お願いしてもいいですか?」

「了解しました、所長」

 

 こうして、白雲朧が我が事務所にやってきた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 白雲はあれから本人の希望もあり、雄英に復帰した。

 

 彼が一度死んでからかなりの年月が経っている。ご両親も歳を取っており、昔のままの息子に戸惑っただろう。加えて、死の原因になったヒーロー科への復帰――ひと悶着もふた悶着もあったはずだ。

 それでも雄英に帰ってきたのには、一般高校だと手続きや事情説明が煩雑になること、雄英は国立なので学費が安いこと、(ヴィラン)に狙われる可能性を考えたらヒーローの傍が安全なこと等々、様々な事情が含まれている。

 

 編入されたクラスは2-B。

 ブラド先生が受け持っている方だ。

 

「さすがに2-Aには入れなかったんだね」

「ショータ先生が断固拒否したらしいですね」

「先生の仏頂面が目に浮かぶなあ」

「ははは、ですよね」

 

 一通りの事務所案内を終えた白雲と雑談をしてみる。

 

 っていうか「ショータ先生」は新しいなあ。他の生徒がやったら大目玉だろうけど、白雲ならまあ、嫌な顔しつつも最終的に許されそうな気はする。

 白雲を自クラスに受け入れるか、相澤先生的には悩ましいところだったと思う。

 もう一度彼を死なせる可能性を考えれば自分の手元に置いておく方がいい。だけど、教師としての立場を保つために泣く泣く諦めたんだろう。普段合理性を主張しておいて「友達が心配だからA組に入れる」は筋が通らない。そういうところ真面目な人だ。

 

「授業にはついていけそう?」

「問題ないっす。リハビリしてるうちに身体がどんどんコツを思い出しましたし。まあ、法律とか色々新しくなってるんでそこは困りますけど」

「あー、わかる。一回覚えたのを更新する時って混乱するんだよね」

「そう! 浦島太郎にでもなったみたいで!」

 

 あの相澤先生が親友のように思っていただけあって、白雲は人懐っこく屈託のない、少年らしい少年だった。

 これなら2-Bでも楽しくやれそう。

 物間の嫌味を素で煙に巻いた挙句、クラスの雰囲気を盛り上げてるに違いない。むしろ物間より拳藤さんの方と気が合いそうだ。この爽やかさだと素でラブコメ空間を形成してそうで若干(拳藤さんほか女子の面々が)心配になるけど。

 

「っていうか、良かったの?」

「何がです?」

「発足から一年経ってない、うちの事務所なんかで」

 

 不思議そうに首を傾げる白雲に率直な問いを投げる。

 

「白雲君なら他のところでも受け入れてもらえたんじゃない?」

 

 相澤先生やミッドナイト先生、プレゼントマイクの世代ってことは、現在一線級のプロヒーローに顔が利くってことだ。

 いきなり電話して「俺だよ俺」ってやっても、呆れられつつ話を聞いてもらえる可能性は高い。一緒に勉強してた仲なら実力も把握できるだろうし。

 でも、

 

「あー、それはそうなんですけど、お互い気まずいっていうか……」

「あー……」

 

 そりゃそうだ。

 良く知ってる相手と上司部下の関係、しかも向こうと自分の認識にはズレがある。となるとなかなかオーケーしがたいかも。

 

「それに、インターンの申し込み時期を過ぎてるから、受け入れ態勢のあるところも少なかったんですよね」

「ああ。うちなら絶賛人手足りてないから大歓迎だね」

 

 通常業務はなんとかこなしてるけど、マニュアル見ながら手探りの状況だし。

 細々した作業は残業してやってるような状態。自分が残業する分には人件費とか気にしなくていいから気楽だよね。

 なので、書類整理とか電話応対だけでも手伝ってくれたらすごく有難い。

 

「それで、俺は雑用係って感じですか?」

「事務所にいる時はそんな感じになるかな。私かセンスライさんのお仕事についてきてもらうことも多いと思う。後は、時間のある時に組み手とかしよっか」

「了解です!」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「やかましいのが来たわね……」

 

 白雲に対するラブラバの反応は微妙だった。

 

「不満?」

「そこまでは言わないけど。でもまあ、得意なタイプじゃないわ」

「ジェントルも結構暑苦しくない?」

「ジェントルとは全然違うでしょう!? 馬鹿なの!?」

「ご、ごめんなさい」

 

 すごく怒られた。

 

「ラブラバセンパイと所長は仲良いんですねー」

「良い、かなあ?」

「良くない!」

 

 首を傾げたら、ラブラバが自信を持って宣言してくれた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「白雲朧君、ですか……」

 

 宮下さんの反応はもっと微妙だった。

 

「所長。その、彼の――身なりはあれでいいんでしょうか?」

「ああ……。やっぱり気になっちゃいますか?」

「はい。制服を着ているのはいいんですが、髪形とあのゴーグルは……。お客様の前に出していいものか、と思わずにいられません」

 

 気持ちはわかる。

 普通の会社に勤めてた人からしたら「バイトならともかくインターンだよね? 普通にアウトでしょ」ってなって当たり前だ。

 

「ま、まあ、外に出る時はヒーローコスチュームですし」

「そういう問題ですかね……?」

 

 首を傾げる宮下さん。

 

「ヒーローは目立って当たり前じゃないですか。個性的な人ばっかりですし」

「それはまあ、そうですが」

「私とかラブラバだって、応対向きかっていうと微妙でしょう?」

「確かにそうですね」

「………」

「………」

「あれ、話終わっちゃいました?」

「冗談です。所長やラブラバさんに関しては『身長を伸ばせ』『成長を止めるな』と言っても無理ですからね。お二人はなんだかんだ、対外向けの応対はできてるでしょう?」

 

 ラブラバもあの性格で、電話応対する時は余所行きの声を出す。

 電話越しに喧嘩売られると怒鳴り返すけど。

 

「白雲君もできると思いますよ。私相手に敬語使える子ですから」

「……確かにそうですね。馴染もう馴染もうとしているんですが、私もまだまだみたいです」

 

 苦笑する宮下さん。

 

「宮下さんのこと、頼りにしてます。私達も頑張りますから、少しずつ慣れていきましょう?」

「はい、ありがとうございます、所長」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 休日に白雲が来てくれるようになって、多少仕事が楽になった。

 宮下さんやラブラバ、センスライさんも週二日(を目標に)休んでるし、私も毎日出勤してると「休んでください」と言われるし、毎日フルメンバーが揃うわけじゃない。私は出勤しててもパトロールしたり出先の仕事だったりするので、追加の人員はほんとにありがたい。

 

 今度、一日警察署長とかあるし、テレビの仕事とかも引き続き入ってる。

 

「所長のマネージャーが欲しいくらいですね」

「あの雲頭が週四くらいで来れるなら任せてもいいんだろうけどね」

「更衣室やメイク室に入ることもある以上、いずれにせよ同性が望ましいでしょう」

「事務所にいる時は仕事手伝ってくれるなら、ほんとに欲しいなあ……」

 

 求人募集とかもしてるんだけど、事務所にどんどん「ワケアリメンバー」が増えているせいで、下手な人を入れられないというジレンマがある。 

 あと、面接するとその分、仕事の時間が削られるし。

 これが負のスパイラルっていうやつだろうか。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私達の希望は意外な形で叶えられることになった。

 

 警察の人から呼び出しを受けて向かった先は、トガちゃんが収容されている刑務所。

 所長さんやもっと上のお偉いさんと挨拶をして、ソファに向かい合って座る。

 

「あの、トガちゃんが何か?」

「ああいえ。元の罪状から考えれば驚くほどに大人しくしてくれています。調理場のスタッフからも可愛がられていますし」

 

 所長さんは「ただ……」と言葉を濁した。

 何かしら問題が発生したのは明らかだった。

 

「トワさんと会ったり、料理をすることで収まっていた『悪癖』がぶり返しつつあるようなんです」

「一回会ったせいで我慢が効かなくなっちゃったとか……?」

「それもあるかもしれませんが……」

 

 所長さんはちらりとお偉いさんを見る。

 代わって口を開いた彼は、

 

「昨今問題となっている『例の件』が関係している可能性があります」

「あ……っ」

 

 伝染する扇動個性。

 耐性の低い人ほど犯罪を起こしやすく、刑務所は犯罪を起こした人が来るところだ。つまり、こういうところが一番、あの“個性”の影響を受けやすい。

 既に影響下にある人と接触を重ねれば重ねるだけ効果は増していくわけで、

 

「このままだと、トガちゃんが……?」

「はい。再び罪を犯す可能性があります」

「それは――」

 

 なんとかならないだろうか。

 『巻き戻し』? 一応効果はあるはずだけど、どこまで戻せばいいのかわからないし、周りの人全部を戻して回るわけにもいかない。身体の状態を全部戻すわけだから、せっかく治った病気が再発する人や鍛えた身体を失ってしまう人だっているかもしれない。

 それに、それだと時間稼ぎにしかならない。

 

「収容場所を変えていただくとかは……」

「検討中ですが、それは全ての犯罪者に言えることです」

 

 怨恨から殺人を犯した人とかは逆にこの件については比較的無害だけど、危険があることには変わりない。

 移動させる際に暴れる可能性もあるし、移すといっても十分な空きスペースがなければ意味がない。接触頻度を減らせなければ「どこで事件が起きるか」が変わるだけだ。

 

 お偉いさんは私を見て、言う。

 

「そこで、一つ提案があるんです」

「提案、ですか?」

「本来はもう少し時間をかけて行うつもりの措置でしたが、それを速めようかと思っています。もちろん、対外的には秘密というか、当人はボランティア活動でもしていることにしてもらい、偽名を使わせるつもりではありますが」

「ええと、つまり?」

 

 一つの答えを想像しながら先を促す。

 警察の施設に置いておけないなら外に出してしまえばいい。

 

「トガヒミコを貴事務所にて預かりませんか?」

 

 私にとっては願ってもない申し出だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マネージャー・トガヒミコ

「永遠ちゃん、永遠ちゃん永遠ちゃん永遠ちゃん!」

「ちょっ、トガちゃん苦しいってば」

 

 応接室で引き合わされるなり、トガちゃんは私に抱きついてきた。

 ぎゅーっと全身でホールドされた私はすぐさまギブアップする。何気にこの子、両手両足の動きを封じながら首を締めに来てるし。

 ごほん、と、他の人の咳払いを聞いて、ぱっと離れる。

 そこでもトガちゃんは私の腕を抱きながら、

 

「これからは永遠ちゃんと一緒にいられるんだよね?」

「ええ。もちろん、暫定的な措置ではありますが」

「一緒に住んでいいんだよね?」

「犯罪やマナー違反を犯さない限り、私生活に踏み込むつもりはありません」

「永遠ちゃん殺してもいいんだよね?」

駄目です

 

 トガちゃんは聞かなかった振りをして「バレなきゃ犯罪じゃないのです」と言った。

 

「あの、本当にいいんですか?」

「永遠ちゃん!? 裏切るの!?」

「えー……我々も後悔し始めていますが、ここに置いておくよりはいいかと」

「? なんの話です?」

「トガちゃん。最近流行してる性質の悪いウイルス――じゃない、“個性”のこと、どれくらい聞いてる?」

 

 殆ど知らなかったようなので、あらためて説明する。

 

 例の“個性”は他人に伝染して、その人の欲望(主に性的欲求)を増幅する。

 同じ『因子保有者』に直接接触する度に効力は強まっていき、二次感染もするし、時間が経っても効果は消えない。良識を持った人間であれば欲求を抑え込んで無効にすることができるが、潜在的な欲求の強い人間、あるいは犯罪に至る心理的ハードルの低い人間に伝染することで犯罪を引き起こす。

 元の“個性”の所有者が何もしなくても世の中に広がって悪性変異、侵食汚染を繰り返していく、タチの悪すぎる能力。

 

「最近、殺したい欲求が強くなってない?」

「なってるのです」

「肌に爪を立てない。……そういうわけで、トガちゃんが暴走したら大変だから、刑務所から離そうってことになったの。私のところならストレス発散もできるでしょ?」

「発散の方法は具体的に言わないでくださいね」

「永遠ちゃんを殺していいってことだよね?」

 

 言うなって言ったばかりなのに……。

 いや、まあ、全面的に合ってるけど。

 

「幾つかの条件についてトワさんと打ち合わせ済みです」

「条件?」

 

 

【条件その1:トガヒミコはプロヒーロー・トワと一緒に行動する】

 

「トガちゃんは事務所の私の部屋で暮らしてもらうから。……ちょっと狭いかもだけど、我慢してね?」

「ナイフありますか?」

「そういうのはお風呂でやってね? 部屋が汚れると困るから」

 

 寝る時も一緒、仕事中も可能な限り一緒にいることになる。

 

「だから、トガちゃんは私のマネージャー扱いね」

「マネージャーって何するのです?」

「私の荷物持ってついてきてくれたり、次のスケジュールが何か管理してくれたり、かな?」

 

 一緒にいればトガちゃんの凶行も止めやすい。

 私が傍にいれば十中八九、最初に狙われるのは私だから他の人に被害が行かないし、私なら一回や二回殺されても蘇生するし。

 女性のマネージャーが欲しかったところなのでちょうどいい。

 

 

 

【条件その2:トガヒミコには“個性”による制御を施す】

 

「特殊な“個性”による条件付けを施し、トガヒミコさんはトワさんの許可なく他人に危害を加えた場合、絶えず全身に激痛が走るようになります」

 

 護衛の一般所員の人もいるので具体的には言わないが、私がストックしてる“個性”の一つだ。

 脳無にした人を従わせるために使えるかな? って収集したものの、使用条件として「一定以上の知性を持ち合わせている」必要があった上、脳無は痛覚軽減するのがデフォだからあんまり使えない――と、お蔵入りになっていたものらしい。

 効果を与えるのに対象の同意も必要なので、なんというか、味方の裏切りを防止するくらいにしか使えない、用途の限定される“個性”だ。

 もちろん、それでも悪用が怖いけど。

 

「痛いのは嫌なのです」

「嫌だったら無暗に人を殺さないこと、ってこと」

「トワちゃんが許可すればいいんだよね?」

「私を殺す以外では許可出さないけどね」

「自分の時も許可しないでください」

 

 そんな無茶を言われましても……。

 

 

 

【条件その3:トガヒミコは変装して偽名を使う】

 

「何で?」

「世論を刺激しないための措置です。あなたは表向き、別の場所に移送されて特別な奉仕活動を行っている、ということになります」

 

 嘘じゃないけど本当のことも言っていない、というやつだ。

 

「普通の方に変装しろ、などと言っても難しいでしょうが――」

「トガちゃん、そういうの得意だよね?」

「大得意です」

 

 良かった。

 そうだろうとは思ってたけど、あっさり返事が来た。

 変装することへの心理的抵抗もなさそうだ。

 

「じゃあ、何か名前を考えないとね」

「名前……コガ ヒトミとか?」

 

 速っ。

 

「……問題ありません。あまり本名とかけ離れていると、トワさんが言い間違った時にリカバリーが効きません。音が似ているのは好都合です」

「なるほど。じゃあコガちゃん、かな?」

「うんっ!」

 

 ごろごろとじゃれてくるトガちゃんを「よしよし」と撫でつつ、思う。

 

 ――普通の名前過ぎて違和感あるなあ。

 

 麗日お茶子とか八百万百とか葉隠透とかが当たり前の世界で「コガヒトミ」。転生者には一発で偽名ってバレそうだ。“個性”と関係ない上に変な名前でもないとかおかしい! って。

 いや、デクくんはそこまで変な名前じゃないけど。

 

 ちなみに字は「古賀人身」に決まった。あ、やっぱり変な名前かも。

 

 

 

【条件その4:プロヒーロー・トワはトガヒミコに関する全責任を負う】

 

「ん?」

「トガちゃんが何かしたら私のせいってこと」

「永遠ちゃん、責任重大なのです」

「そうだよ。だから変なことしないでね?」

 

 じっと瞳を見つめると、驚くほど透き通った目のまま「わかりました」と彼女は答えた。

 

 なお、全責任というフレーズには裏の意味もある。

 

 トガちゃんが暴走した場合は私が止めろ、ということだ。

 止める際、一切の手心は許されない。

 最速で最短で被害を食い止めることが要求される。でないと私のプロヒーロー資格が剥奪になるし、何より一般の人が犠牲になってしまう。

 AFO(オール・フォー・ワン)を使っても、トガちゃんを殺してでも止めろ――と、私はそう言われている。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「というわけで、新しいスタッフです」

「警視庁の紹介で派遣されてまいりました、古賀人身と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 トガちゃんには大した荷物もなかった。

 調理場のおばちゃん達への挨拶を済ませて刑務所を出たら、警察の車(覆面パトカーってやつだ)で送ってもらった。

 至れり尽くせりの対応だけど、実態としては「公共交通機関で帰すのは怖すぎる」というところだろう。

 

 途中で服屋さん等に寄ったので、トガちゃんは着替えと変装を済ませている。

 曼珠沙華みたいな髪の毛を解いて梳かしてストレートにして、レディーススーツをびしっと着こなし、大人びたメイクをした彼女は「できる女」の装いだ。

 言葉遣いまでばっちり変わっているので、最初から決め打ちして見ないとなかなか正体にはたどり着けないと思う。

 

 『変身』の個性を持ち、気配遮断レベルで身体制御できる彼女だ。

 演技や化粧も当然凄腕。

 原作でもケミィに変身した上、同じ学校の生徒に別人だと気づかれずに過ごしていたくらいだ。

 

 と、事務所の面々は突然の新スタッフにぽかんとして、

 

「……あんた、また新しいのを拾ってきたわけ?」

「そんな犬か猫みたいに」

 

 ラブラバがジト目で放った言葉がだいたい、みんなの総意だったっぽい。

 

「警視庁の紹介であれば身元は確かなのでしょうが……随分急ですね」

 

 宮下さんが鋭いところを突く。

 経理等の事務作業的にも急な変更は大変なので気になるんだろう。

 トガちゃんはこれに慌てず騒がず、

 

「必要書類等は追って送られてくる予定です。何分、急遽決定したことですので、先に身一つでこちらに参りました」

「急遽決定というと、何か問題でも?」

「いえ。トワさんの事務所は知名度を増し、ますます忙しくなっておりますので、表向きはサポートスタッフとして、裏の意図としては内部から監視するために派遣されてきた――というわけです」

「……なるほど」

 

 前もってある程度の打ち合わせはしたけど、よくもまあ、ぽんぽんとそれっぽい設定が出てくるものだ。

 実際に監視するのは私の方なんだけど、その上で、私の監視態度を警察の人が監視する魂胆だろうとも思う。

 

「所長。業務としては何を?」

「古賀さんには私のマネージャーをしてもらいます。私が事務所にいる時は雑用というかスーパーサブですね」

「なるほど。……古賀さんは“個性”をお持ちですか?」

「いえ、私は無個性です」

「その歳で無個性はなかなか珍しいですね。余りある才覚を期待しても?」

「精一杯頑張らせていただきます」

 

 トガちゃん、センスライさんとの会話も完璧。

 嘘ばっかりだけど、実際天才にも程がある子だし、お仕事もそつなくこなすだろう。

 

 ――って、センスライさん?

 

 彼女の“個性”って、今更言うまでもないけど『嘘発見』で……。

 

「所長?」

「は、はい」

「彼女のお住まいはどちらに?」

「わ、私の部屋に住んでもらいます」

 

 これに「は?」と声を上げたのは、センスライさんとトガちゃん本人以外の全員。

 センスライさんはしばらく考えるようにしてからくすりと笑い、

 

「なるほど。所長の『親しい間柄』の人でしたか」

「ちょっ――」

 

 迂闊だった。

 考えてみたらセンスライさんを誤魔化しきれるはずがないわけで、最初から彼女には打ち明ける方向で進めるとか、何か方法を考えておくべきだった。

 私の失策だけど、なんでそうなったんですか。

 

 ……いや、うん、そんなに間違ってないのかな……?

 

「あの、愛人とかそういうのじゃないですからね?」

「わかってるわ。トワちゃんには恋人がいないんだから浮気じゃないものね」

「だ、だからそうじゃなくて……!」

 

 ほら、ラブラバとか宮下さんがぽかんと口を開けてるし!

 

「あ、あんた……」

「な、何、ラブラバ?」

「好きな人いるんなら言いなさいよ。あんたの恋の話くらい聞かないと割に合わないでしょ!?」

「そっち!?」

 

 あ、でもそっか、ラブラバもジェントルとラブラブなわけで、特殊なカップルには耐性というか理解があるのか。

 いや、待った。

 この子もう成人してるし、ジェントルも老けて見えるだけで老紳士とかじゃないから。……あ、でも、身長差的にやっぱり特殊か。

 

「所長。堂々とし過ぎていて咎めにくいです。……仕事さえきちんとしていただければ私としては構いませんが」

「み、宮下さんの目まで冷たい」

 

 ちらりとトガちゃんを見れば、口だけが猫みたいな可愛いものに変化していた。

 

「所長? 食事は私が作りますから、食べたいものがあったら言ってくださいね?」

「え、いいの? じゃあ――」

「「ふーん?」」

 

 所員からの複数の視線が同時に突き刺さり、私は更なる墓穴を掘ったことにようやく気付いた。

 

 みんなの勘違いが解けるまで、というか、どうやらプラトニックな関係らしい? くらいまで理解が深まるのにはしばらく時間がかかった。

 後でセンスライさんにだけ「いいんですか?」と尋ねてみたところ、大人びた笑みを浮かべて、

 

「トワちゃんが大丈夫と判断したなら大丈夫でしょう。ワケアリの子なのはわかったけど、どうやら目の光はちゃんとしてるしね。……古賀さん、は?」

「あ、ありがとうございます」

 

 お仕事が軌道に乗ったらみんなのお給料を上げようと思った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 なお、後日トガちゃんと対面した白雲少年は特に屈託もなく説明を受け入れてくれた。

 

「よろしくな!」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 爽やかな笑みと共に差し出された手をトガちゃんは握り返して、

 

「ちなみに、私を口説いても無駄ですので止めてくださいね」

「……なあ、所長? 俺、口説いてないのに振られたんだけど」

「あはは……。白雲君は格好いいから大丈夫だよ」

 

 フォローしたらトガちゃんにこっそりつねられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢

 悪しき“個性”が裏で蔓延しながらも、人々の暮らしは続いていく。

 

 依然、例の“個性”に影響されたとみられる犯罪は減っていないものの――この世界の人達は(ヴィラン)の出現には慣れっこだ。

 大きな混乱のないまま、少しだけ物騒になった日常の中、改造コスチュームを着た私のポスターが街に貼り出され、Webサイトのトップを飾り、キャンペーン映像となって各所に流れた。

 

「晒し者だよね、これ?」

「ヒーローが何言ってんのよ」

「いや、なんていうか、警察の真面目なポスターとかにこんな格好で写ってるとさすがに来るものが……」

 

 なんて言っているうちに、私が雄英を卒業してから一年が経とうとしていた。

 

「さあ、永遠さん。行きますよ」

「うん。行こう、古賀さん」

 

 スーツをびしっと決めた古賀さんことトガちゃん(オフの時はキャミ一枚でごろごろ転がってる。シフトは私と完全に同じ)と一緒に、事務所を出る。

 本日のお仕事は来るべき(?)、一日警察署長。

 ポスター等の広報物が出回って、私がイメージキャラクターに使われた、という情報が定着しないと効果が薄い、ということで結構間が空いていたのだ。

 

 そろそろ知名度も上がってきたということで、日曜日の今日、ようやく実施されることになった。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

「永遠ちゃんのコスプレ、直接見られるなんて嬉しいです」

「私は恥ずかしいよ。一日警察署長って要は見世物じゃない」

「敵は隠れてこそ、ヒーローは目立ってこそです」

「敵はもっと堂々としていいよ。一般の人襲わないで、名乗りを上げてヒーローに突っかかって来てよ」

 

 トガちゃんの運転する車で仕事先の警察署へ向かう。

 出会った頃は17だった彼女も運転免許の取れる歳になっている。「運転するだけなら前からできたのです」とは本人の談だったが、宣言通り、驚くほど短期間で取得して帰ってきた。

 ちなみにトガちゃんはほぼオフモードの口調だけど、私の方は『古賀さん』呼び。

 万一、誰かに聞かれた時、二人の関係が『同僚以上』とバレるのは問題ないけど、トガちゃんの正体がバレるのはまずいからだ。

 

 あと、車内を流れる音はもう一つ。

 カーラジオがヒーロー情報の番組を流している。最近の大きな事件から目立った活躍をしたヒーローの紹介、知る人ぞ知るいぶし銀ヒーローの発掘や、ヒーローになりたい少年少女向けの情報など、様々なコーナーの詰まった人気番組だ。

 いつも通りスムーズに流れていくその番組を、暇つぶしがてら、教養の一環として聞くでもなく聞いていると――。

 

『コーナーの途中ですが緊急ニュースです』

 

 司会進行にノイズが走った。

 

「え」

「なんでしょうね」

 

 驚く私。

 元敵のトガちゃんは淡々と受け止め、話の先に耳を澄ませる。

 

『都の〇〇刑務所に収容中だった受刑者――敵、計三名が脱獄、逃走を続けているとのことです。警察ではただちに追跡、捜索を開始すると共に、近隣のヒーローにも協力を仰いでいるとのことです』

 

 脱獄。

 敵の中には拘置所や刑務所から抜け出して犯罪を繰り返す者も少なくない。そういう意味ではこれも「よくあること」ではあるんだけど――。

 

「〇〇刑務所って、結構近かったよね?」

「はい。目的地から近いとまでは言えませんが、遠いとも言えない距離ですね」

「連絡してみる」

 

 私は一日警察署長の担当者に電話をかけると、対応について確認を取る。

 

 イベントを取りやめるか、延期するか。

 私も応援に向かった方がいいのかどうか。

 担当者の返答は、

 

「開始時間を一時間遅らせて、警備体制を強化のうえ開催するって」

「……まあ、そうですね。目と鼻の先でもない以上、下手に中止する方が『敵に対応できない』と見做されかねません。ヒーローまで動員している以上はすぐ捕まるでしょうし、脱獄犯がこのイベントを狙うとも考えにくいです」

「もし狙われても、一日警察署長をしているのはプロヒーロー……か」

 

 自分が何もできない歯がゆさもあるが、与えられたお仕事を全うするしかない。

 

「それでも、ね」

 

 私はブラウザを起動し、脱獄事件に関する更なる情報を集め――脱獄した者達の名前に、猛烈な悪寒を覚えた。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ムーンフィッシュ。

 マグネ。

 

 脱獄した敵三名のうち二名が『敵連合』所属だった。

 奴らと私は因縁浅からぬ仲。というか、中枢メンバーを捕縛したのが他でもない私だ。ムーンフィッシュとマグネは直接捕らえたメンバーではないものの、組織に対して一定以上の愛着、あるいは恩を感じているならば、復讐を企ててもおかしくない。

 狙われる可能性は、十分にある。

 

 私はあらためて開催中止を訴えたものの――電話でも、現地に着いてから訴えても、担当者の反応は私の希望とは違った。

 

「握手会に変更して開催する!?」

「はい。完全中止、というのはむしろ難しい状況なんです」

「でも、危ないんです。敵が来ても私が守るつもりですが、()()()()()()()()()()かもしれないんです」

「お気持ちはわかります。ただ、来客の危険を考えるのであれば、きっぱり『来るな』と言ってしまう方がかえって守りにくいのです」

 

 私の一日警察署長は公開イベントだ。

 参加者の中には遠方から来てくれているファンもいる。そして、私のファン層は幅広く――小さな子供も多く含まれる。参加受付不要のイベントなので各自に連絡することもできない。

 朝一の電車や飛行機で来た、というような人達に「中止だから帰れ」と言ってしまうと、彼らは落胆するだろうし、それ以上に「街を通ってもう一度帰らなければならない」。

 帰宅中に誰かが襲われない、という保証はどこにもない。

 

 であれば、近隣住民以外は収容してしまい、事件が収束するのを待った方がいい、という判断。

 私が最初の電話で提案していても、結論は変わらなかっただろうとのこと。

 

「実施場所も屋外から警察署内に変更します。イベント規模を縮小することで危険は最小限に食い止められます」

「……それは、そうなんですけど」

 

 唇を噛む。

 嫌な予感が止まらない。勘なんて根拠にできないと思う反面、何か起こると『勘で』確信できてしまっている。

 

「あの、どうしてそんなに不安に思われるのですか? ここは警察署です。脱獄したその日に暴れるなら、刑務所を襲って被害を大きくするでしょう? もし復讐が狙いだとしても、わざわざ今日襲ってくる意味が――」

「いいえ」

 

 私は首を振る。

 

「正直、『敵連合』の二人についてはまだいいんです」

 

 もちろん、本当に良いわけじゃない。

 ムーンフィッシュは機動力が高い上に動きが読めないタイプだし、マグネの“個性”は厄介だ。男と女をくっつける能力を活用された場合、大量の犠牲者が出るかもしれない。

 それでも、大体の手の内は割れているし――今の私なら、敵わないとまでは思わない。

 

「むしろ、私が気にしているのは()()()

「? 負傷者一名で捕らえられた小者の敵ですよね? この敵が何か?」

「彼は、私が『ヒーローを志す前に』出会った敵なんです。その“個性”と性格は――」

 

 思いだすだけで、背筋が震えた。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 昨日のことのように思いだせる、あの出来事。

 

 前後の記憶はほぼ飛んでいるし、あの時隣にいた少年の顔も声も思い出すことはできないが――あいつとの出会いは、私自身の恐怖として刻まれている。

 

新しい幼女だあああっ!

 

 “個性”名でも性格でも言う事は変わらない。

 あいつは『ロリコン』だ。

 

『ぼ、ぼくは、幼女が近くにいるほどパワーアップするんだなああああっ!』

 

 私は、何もできなかった。

 雄英に合格し、一年でプロヒーローになって飛び級で卒業して、いい気になって活動してるけど、私はあいつを倒すどころか、立ち向かうことさえできなかった。

 あの時の無力感、敗北感は、私を大きく変えた。

 

 あいつがいなかったら、私はヒーローを志さなかった。

 

 峰田君がヒーロー科に合格し、AFO(オール・フォー・ワン)はオールマイトとの死闘の末に倒され、死穢八斎會はデクくんとミリオの奮闘の末に倒されただろう。

 私は『自分の過去』に向き合うこともなく普通の高校に入り、普通の幸せを二、三十年くらいは続けられただろう。

 

 『不老不死』を自覚する必要もなかった。

 疑似ハイエンドになることもなかった。

 死柄木の代わりにAFOを手に入れることだって、なかった。

 

『……もう遅いんだよ。始まりは最近じゃない。もっと、ずっと前だ』

 

 モギ田モギ夫の言葉を思い出す。

 知っていたのだろうか? 私の経歴を調べれば、あいつの存在にも辿り着くはず。

 

 あいつが“個性”の持ち主、というわけではないだろう。

 

 でも、混乱の種は、もうあの時から蒔かれていたのかもしれない。

 モギ田は同じ『因子保有者』としてあの事件に感じるものがあったのかもしれない。

 

 だとすれば。

 この“個性”によるパンデミックは、ある意味で私の事件だ。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

「トワさん? 大丈夫ですか?」

「……すみません、古賀さん。大丈夫ですから」

 

 与えられた改造コスチュームを手にしたまま固まっている私に、トガちゃんが声をかけてくれる。

 話し方こそ仕事モードのものだが、声音やちょっとした表情から、本気で私を気遣っているのだと、簡単に察することができた。

 駄目だな、私。

 

 私はトガちゃんに歩み寄ると、彼女の胸に顔を埋めるようにし言った。

 

「……怖いよ」

「……永遠ちゃん」

「あいつのことが、じゃないよ。今ならきっと殴り飛ばせる」

 

 怖いのは、あいつからみんなを守れるかどうか。

 

 あいつの“個性”は『幼女が近くにいるほどパワーアップする』こと。

 私の握手会には多くの子供連れも来る。子供の多くは女の子のはずだ。魔法少女などの変身ヒロインに憧れる年齢の。

 担当者さんは警備体制の強化を了承してくれたが、中止に舵を切ってはくれなかった。

 常識的に考えたらそうだ。

 距離的にも損得勘定でも、ここが襲われる可能性は低い。

 

「でも、呑気に握手会なんかしてていいのかな、って」

「そうですね」

 

 トガちゃんは多くを語らず、私を抱きしめてくれた。

 そして、囁くように言った。

 

「ねえ、永遠ちゃん。ひとつ約束を破っちゃダメですか?」

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 果たして、プロヒーロー・トワの一日警察署長イベント改め、握手会イベントは開催された。

 

 脱獄事件以降、警察はイベント内容の変更をあらゆるメディアから呼びかけたものの、それでも会場には多くのファンが押し寄せた。

 私自身、私の人気を舐めていた――と、言えるかもしれない。

 でも、やっぱりお客さんのうち、かなりの割合を女の子の家族連れが占めていた。意外と大人の男性も混じっているのは、お父さんも来ているからか、それとも例のサイトが効果を発揮しているのか。

 

 ともあれ、予定より一時間遅れでイベントは開催された。

 

 始まってしばらく、異常は起こらなかった。

 お客さんが思ったより多いせいで「一人一分」という制限でもなかなか終わりそうにないこと、興奮しすぎたのか『私に』キスする幼女が出るなどのハプニングはあったが、幸い、成人男性が真似をするようなやばい事件は起こらず、関係者一同ほっと胸を撫でおろしかけた時。

 

「肉、肉……」

「ああ、いつ来ても警察署(ここ)は空気が悪いわね」

「ぐ、ぐふふ。そんなこと、どうでもいいんだな……」

 

 顔を隠した三人の男が警察署の入り口に現れた。

 

 警察はイベント内容の変更を「脱獄事件に伴う警備体制の強化」と説明している。それを利用して彼らの危険物所持、顔の確認等を済ませようとしたところ――三人は、一斉に動いた。

 

「肉、肉肉肉――ッ!」

「暴れ時よっ! 煮え湯を飲まされた恨み、少しでも多く晴らしてやろうじゃない!?」

「幼女、幼女はどこなんだなあああぁぁぁっっ!?」

 

 動き出す、三人の敵達。

 

「な、な、敵だ……っ!?」

「本当にここに来たのかっ!?」

 

 警察の人達もすぐさまセメントガンで応戦するも、変則機動を得意とするムーンフィッシュはもちろん、マグネや『ロリコン』も当然のようにこれをかわした。

 マグネの“個性”で婦警が『ロリコン』に引き付けられたのを機に、警察署入り口付近での攻防は早くも決着が付こうとしてた。

 

 ――でも、そうはいかない。

 

「やめてくれない?」

「あん? 何か用かしら、坊や? ……あら、細くて可愛い身体。ねえ、顔を隠してないでもっと良く見せてくれない?」

 

 マグネがいやらしい笑みと共に()()囁く。

 私は彼の要請に応えるようにして顔を上げると――力いっぱいぶっ飛ばした。

 

「っ!? ガキンチョ!? なんでここに!?」

「敵が来るってわかってるのに、ヒーローがじっとしてられないからだよっ!」

 

 こうして、私と脱獄敵達の戦いが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢2

※品のない敵が出るので一応ご注意ください。


「トワちゃんだあああああぁぁぁぁっっ!!」

「……敵、敵……」

 

 小太りの男――『ロリコン』が歓声を上げて駆けだす。

 全身ぎちぎちに拘束された顔も不明の男――ムーンフィッシュは奇妙な軌道で跳躍。彼らの狙いは、いずれも私だった。

 マグネは何メートルか吹っ飛んでぴくぴくしてる。セメントガンを持った警察官が複数名向かったので、そちらは任せていいだろう。

 

「悪いけど――」

 

 私は跳躍してムーンフィッシュを迎え撃つ。

 

「変態には容赦できないからっ!」

「――っ!?」

 

 ムーンフィッシュは全身に生やした刃で攻撃、防御、変則機動が可能。刃を幅跳びの棒のように使って軌道をずらしながら、別の刃を伸ばしてくる。

 こっちは空中で動きを変えられないから一方的に攻められたに近い。

 でも、私は慌てず――自分に伸びてきた刃を掴んだ。痛い。傷口から血が吹き出す。それでも、骨が切断されるようなことはない。そのままぐっと引けば、繋がっている敵もバランスを崩すしかない。

 

「ッ、シャッ――!」

「とりあえず、一本折っとこうか!?」

 

 掴むものができたということは、こっちも軌道を変えられるってこと。

 引き寄せられてくる本体が更なる刃を伸ばしてくるも、それはかわして靴の踵を叩きこんだ。ぱきん、と、いい音がして折れる。

 勢いがついた。

 

「ついでっ!」

 

 空中で縦に一回転しながらムーンフィッシュ本体を蹴り、地面へ叩きつける。

 

「ィ――ッ!」

 

 射出するように複数の刃が飛び出て胴体を刺したけど、痛みを堪えながら着地。

 手の切り傷はもう塞がりかけている。

 叩きつけられたムーンフィッシュは動いてない。衝撃で思考が混濁したか。でも、まだ安心できない。幸い両足は無事なので、駆け寄ってもう一発腹へ叩きこむ。

 

「な、何よガキンチョ。あんた、あれから一年半しか経ってないのよ……!?」

 

 肩とお腹にトリモチを喰らいながらも、ゴロゴロ転がって抵抗中のマグネが、叫んだ。

 

「戦い慣れてる! それじゃ、まるでプロヒーローじゃない――!」

 

 プロヒーローだよ、と返したいところだけど、黙って見返す。

 ただいま絶賛契約不履行中なので偉そうなことは言えない。私は、敵を安全に止めることを優先し、握手会の方をぶっちぎったのだから。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「約束……?」

「はい。“個性”を使わないって、約束」

「っ!?」

 

 理解する。

 トガちゃんの“個性”は今更言うまでもなく『変身』。血を飲んだ相手に一定時間変身することができる。“個性”はコピーできないものの、姿かたちは完全に真似られる。本人の演技力が合わされば見分けることはかなり困難だ。

 私の血はたっぷり飲んでる。

 一年くらいぶっ通しで変身していられるんじゃないか、っていうくらいだ。

 

「でも、使っちゃったら、最悪もう会えないかも……」

「悪いコトに使うわけじゃありません。また何年か会えないかもしれませんが、一生ということはないでしょう」

「それ、は」

 

 理屈の上で言ったら、そうだ。

 

「永遠()()が考えている通り、このまま握手会をやったら犠牲者は増えます」

「……うん」

「握手会を勝手にサボったら、ファンの人達が悲しみますし、きっと怒ります。騒ぎになって、敵に付け込まれるかもしれません」

「うん」

「だったら、永遠ちゃんが分身するしかありません」

 

 分身。

 実はできるんだけど、トゥワイスの『二倍』で作った私の分身は時間経過で自壊していく。お客さんの人数と進行状況によっては「ぽろっ」と腕とか取れ始めかねない。アンパンの戦士じゃないんだから子供が見たら一生トラウマだ。

 それに、外に現れる“個性”は使用を禁じられている。

 こんな比べ方をしちゃいけないけど――トガちゃんの“個性”使用禁止よりずっと重い禁じられ方だ。起こる騒ぎによっては『プロヒーロー』の肩書が『人類の敵』に変わりかねない。

 

「やりましょう。私もそれが良いと思います」

「……いいの?」

「はい。私も、この事件は怪しいと思うんです。何かが裏で動いている気がする。……あの覆面男なのか違う奴なのかはわかりませんけど」

 

 AFO(オール・フォー・ワン)

 あいつの策略だとは思いたくない。でも、何かの陰謀があるなら、止めておかなきゃいけない。

 

「わかった。……力を貸してくれる?」

「もちろんです。私達は親友でしょう?」

 

 私はぎゅっと、トガちゃんを抱きしめた。

 

 ――で、後は簡単。

 

 変身したトガちゃんが改造魔法少女コスを着て「トワ」として握手会に出て、私は髪と顔を帽子で隠し、少年風の格好をして警察署の入り口あたりでこっそり待ち伏せ。

 予想通りやってきたマグネ達を奇襲させてもらった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 ムーンフィッシュには痛いのを二発入れた。

 これで普通なら気絶するはず。こいつが『普通』とは思えないからもう二発くらい叩きこんでおこうか――と、思った時、後回しにしていた最後の一人が迫ってきた。

 

「トワちゃ――ああああんっ!」

「シンプルにキモイ」

 

 切られなかった方の拳で顎を突き上げ、吐き捨てるように言う。

 脳を揺らされた『ロリコン』はハァハァ言いながら悶えた後、跳ね起きるようにして復活する。玉のような汗が浮かんでいてキモイ。

 

「そんなこと言って、僕に会いたくて待っててくれたんだよねぇっ!?」

 

 いや、ある意味その通りだけど、

 

「言い方っ!」

「あふぅんっ!?」

 

 腹部につま先をめり込ませると、変な鳴き声を上げる『ロリコン』。

 笑顔が不気味。びくんびくんしてるのが痛みのせいなのか、それとも他の何かなのか、判別できないのが性質が悪い。

 

「トワちゃ――ぎゃふん!?」

「近づかないで! いいから、大人しく自首して!」

「またまたぁ、照れなくてもおほぉっ!?」

 

 ギャグのつもりはないんだけど、独特のノリが止まらない。

 殴っても蹴ってもすぐ起き上がってこっちに走ってくる。他の人には見向きもしない。それは逆にありがたいんだけど、得体の知れない感じがある。あの時は戦いさえしなかったから知らなかった、こいつの姿。でも、考えてみればあの時でさえ、こいつは料理で鍛えた中三男子の腕をあっさり折っているのだ。

 あの時、近くにいた幼女は二人。私を入れるなら三人。

 今はゼロ、ないしは一人のはずだけど。

 

「“個性”の効果範囲、意外と広いのっ!?」

「な、なんのことなんだなぁ!?」

「建物の中にいる女の子まで対象になるのかってことっ!」

 

 起き上がる『ロリコン』を殴り続けながら尋ねる。

 

「ああ。はっきり認識できない子は含まれないんだな! だ、だから、今、僕が滾ってるのは、トワちゃんだけのせいだよぉ!?」

「いいから早くお縄についてよ、この不審者っ!」

「いぃぃぃぃっっ!? い、今の良かった! も、もう一回……!」

「やるかっ!」

 

 股間を蹴り上げられてなお喜ぶ変態を、右ストレートでぶっ飛ばす。

 

 ――おかしい。

 

 さすがに耐久力がありすぎだ、と、私は訝しむ。

 これだけぶん殴ったら一線級のプロヒーローでもフラフラになるか気絶するはず。こいつは『ロリコン』であって『変態』ではないはずなんだけど。

 

「も、もう一つ教えるんだなぁ?」

「っ!?」

「ぼ、僕の“個性”は、僕が興奮すればするほど強くなるんだな。つ、つまり」

 

 こいつは『あの時』よりもはるかに興奮している?

 中に入ればたくさんの幼女がいるのに、偽物である私に?

 

「け、刑務所に入っている間、ずっと考えてたんだな。()()()()()のこと。ぺろぺろできなかった君のこと。た、多分、ガチで恋しちゃったんだな」

「いらない。気持ちは嬉しいけど、そういうのは間に合ってるの。脱獄はいけないことなの! 性犯罪も悪いことなの! それがなんでわからないの!?」

気持ちいいから

 

 ぞくっとした。

 

「気持ちいいことを、なんで禁止されなきゃいけないのかな? 君も、他の幼女たんも、体験すれば絶対、絶対、わかってくれるのにっ!」

「……っ!?」

 

 駄目だ。

 心がぞわぞわする。必死に抑えながら戦っていたのに、こいつの一言一言で心が揺れる。恐怖。怒り。悲しみ。忘れようにも忘れられない「最初の敵」の、どうしようもない発言が、私の「ヒーロー」を揺るがしていく。

 

 ――こんなやつ、一生性犯罪を犯せないように。

 

 よぎった思考を押し殺して唇を噛む。

 駄目だ。駄目だ。

 ヒーローがやっていいのは無力化するだけ。殺すのも、一生残る傷をつけるのも、最後の最後にしかやっちゃいけない手段。

 ましてや、個人的な恨みでなんか、

 

「ねえ、トワちゃん?」

「……え?」

「僕といっぱい、遊んでくれて、ありがとねえっ!」

「っ!」

 

 背後に、気配。

 思った直後『引っ張られるように』後ろへ――意識を回復して上へ跳んだムーンフィッシュと引かれあうように、移動させられてしまう。

 マグネ。

 とうとう全身べたべたにされて動けなくなりながら、彼はにやりと笑ってみせる。小さく動いた唇が「ざまあみなさい」と言っているように思えた。

 

「肉、肉肉肉肉――っ!」

「う、あああああぁぁぁっっ!!」

 

 足が、届かない。

 ムーンフィッシュが前もってジャンプしたのはこのためか。地面を蹴っての方向転換ができない。さっきと違い、牽制の刃も飛んでこない。

 彼我の距離が一気に近づいて、刃が一斉に飛び出してきて――。

 今度こそ、全身余さずずたずたにされながら、私は今日一番の打撃を脱獄死刑囚の胴体へと叩きこんだ。

 

 上昇する力がなくなって、落ちる。

 浮き上がったムーンフィッシュは動く気配がない。また気を失ったのだろう。でも、彼は十分すぎる痛手を私に残していった。

 痛い。痛い。

 着地体勢を取るだけで気が遠くなりそうな痛み。あと一歩で死にそうなダメージ。なのに下では、ニヤニヤした『ロリコン』が手ぐすね引いて待っている。

 

「待ってたよ、トワちゃ――」

負けるなああああああっっ!

 

 ()()()()()()()

 だけど、私の意識を呼び覚ますのには十分だった。痛いからなんだ。苦しいからなんだ。私はヒーローになったんだから、こいつを倒さないといけない。

 拳を握る。

 雄英入学からずっと馬鹿の一つ覚えみたいにぶん殴るしかできないけど、

 

「ロリコンっ!」

「!?」

「罪を償って、更生したら、考えるだけ考えてあげるっ!」

 

 握った両の拳でぶっ叩かれた『ロリコン』は、とうとう我慢の限界に達したのか――。

 

「やっ、た……」

 

 満足げな笑顔を浮かべながら、気を失った。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 着地して、尻もちをつく。

 振り返ると、声のした方には誰もいなかった。私に声をかけたのが誰だったのか、私にはわからない。

 でも。

 あの声がなかったら、待っていたのは別の結末だったかもしれない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「皆さん、本当にごめんなさい。握手会をしていたのは代役の方でした」

 

 深く頭を下げて謝ると、幸い、ファンの皆さんは温かい拍手で私を許してくれた。

 

「お疲れ様、トワちゃん」

「ありがとう」

「敵が来るのがわかってたんだな、さすが」

「全然気づかなかったよー!」

 

 ボロボロになった服のまま、私は「ありがとうございます」と微笑んだ。

 

 ――ここは警察署の建物の中。

 

 敷地の入り口は移送やら現場検証でしばらく使用するということで、握手会が終わった後もファンの皆さんは待機になった。

 それでも大きな文句が出ない辺り、みんな本当に慣れていると思う。

 

「トワちゃーん!」

「あ、だめだよ。汚れてるから」

「いいの! 抱っこしたいの!」

 

 小さな女の子が抱きついて来てくれる。

 血の匂いがするはずなのにすりすりしてくる彼女を軽く撫でてあげると「きゃーっ!」と歓声を上げて喜んでくれた。

 それでスタッフの皆さんもほっとしたのか、服だけ着替え(出血はもう止まってるので)をして、しばしの交流会となった。

 抱きつかれたり握手を求められたり。ちなみに、抱きついてくるのは多くが幼稚園~小学校高学年くらいの女の子。いや、当然というか、大人の男性に抱きつかれたらアウトだけども。

 

「あの、トワさん? 偽トワさんの件、後でお話聞きますからね」

「……本当にすいません」

 

 こっそりスタッフの方に耳打ちされて謝ったり。

 トガちゃん(私に変身中)に目線で謝意を送り「なんのなんの」という顔をされたり。

 と。

 

「お姉さん」

 

 また一人、女の子が近づいてくる。

 そろそろ私より大きいんじゃ? という年齢の彼女は微笑みを浮かべると「助けてくれてありがとう」と私をぎゅっと抱きしめた。

 温かい。

 

「こっちこそ、応援してくれてありがとう」

 

 応えるように囁くと、囁きが更に返ってきて、

 

「二回も、助けられちゃったね」

「……え?」

 

 顔を見る。

 見覚えがあった。『あの時』。『ロリコン』に先に襲われて、裸で抱きかかえられていた女の子。結構年月が経っているのでかなり成長してるけど、間違いなく面影がある。

 良かった、トラウマから立ち直れたんだ。

 瞳から涙が溢れてくる。ごめん、と言って涙を拭い、彼女をもう一度見つめようとして、

 

「……助けてくれなくて良かったのに」

「……え?」

 

 幻聴だろうか。

 去っていく女の子を歪んだ視界で見つめ、呼び留めようか迷った時、

 

 ――とさ。

 

 小さな身体が倒れる音。

 振り返る。

 『もう一人の私』が苦しそうに、はあはあと息を荒げて床に伏していた。




何とは言いませんが、リアルで子供への性犯罪とか本当に駄目だと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢3

やりたいことをやりました。


「『巻き戻し』を使わせてください」

「駄目です」

 

 冷徹な返答が、私の想いを叩き潰した。

 答えたのはお役人だったか、警察上層部からのエージェントだったか、そんなところ。どっちでも「私を管理する権限」を持っていることには変わりない。

 

 ここは、とある警察病院。

 突然倒れたトガちゃんは病院に搬送されることになったものの、色んな意味で普通の病院には送れない。なので、上層部の息がかかったここに送られた。

 搬送中もトガちゃんはずっと苦しんでいた。

 変身したままの状態で奥まった――かなりのVIP以外には使用されない個室に入れられ、お医者さんに診てもらった結果、異常はなし。

 詳しくは精密検査をしないとなんとも言えないが、心疾患等、通常の身体異常による不調ではないだろう、というのが見解。

 そして、トガちゃんは今も苦しんでいる。

 

 普通の異常でないなら、まず間違いなく『個性』の影響だ。

 診察してくれた先生は内科が専門。外科や呼吸器科についてもある程度詳しいけど、()()()はほぼ専門外。洗脳系の能力によって「異常があると錯覚している」とかだったらお手上げだ。そして、もしそういうのが原因なら、普通の方法じゃ治せない。

 うってつけの方法が私にはある。

 『上』によって禁じられた“個性”の行使、という方法が。

 

 でも、許可は下りなかった。

 

「どうしてですか?」

「貴重な『検体』の可能性があるからです」

「『検体』……?」

 

 眉を顰め、その言い方にイラっとした後――私は気づいた。

 

「因子、保有者……?」

「はい」

 

 彼は冷静な表情を崩さないまま頷いた。

 

「そう考えるのが妥当でしょう? ……あなたが戦った三人の脱獄(ヴィラン)()()()()()()()にあったと聞いていますが」

「……はい」

 

 といっても、三人とも元からハイテンションだったり、理性がぶっ壊れていたりする奴らなので、そこまで大きく区別はつかないんだけど。

 

 私を殴りに来たはずのマグネが関係ない少年に声をかけていたり。

 あの『ロリコン』が殴っても殴っても興奮して起き上がってきたり。

 ムーンフィッシュが肉肉言いながら変態みたいな動きをしたり……は、前からか。

 

 例の“個性”に影響されて衝動が抑えきれなくなっていた、と考えれば、脱獄して即、警察署なんかを狙ったのも納得だ。

 

「でも、あの子はマグネ達に会っていません」

「確かに経路は不明です。直接接触以外にも条件があるのか――それも含めて調査すべきでしょう。蛇腔総合病院へ協力を依頼し、今後のためにも徹底的に究明すべきです」

 

 理屈はわかるけど……。

 

「彼女でなくても良いでしょう?」

「“個性”の関係から拘束が有効で、かつ、ある程度は理性的な元敵。因子の影響を強く受けていることがほぼ確定――しかも、一定期間拘束しても問題ない。そんな都合の良い存在が他にいるとでも?」

「っ」

 

 唇を噛む。

 気に入らない。気に入らないけど、それは私の個人的感情だ。理屈で言うならそもそも、最初にトガちゃんに肩入れしたのも間違い。今だって、私とトガちゃんの両方が協力するのを条件に温情を貰っているだけ。

 

「暴れるかもしれませんよ」

 

 藁にも縋る思いで、逆に危険性をアピールしてみる。

 無理に研究するより治しておいた方がいいと思わせられれば――。

 

「拘束が有効と言ったでしょう? それに、他人には危害を加えられない制約が課せられているのです」

「それは、絶対じゃありません」

「ええ。ですから、彼女が暴れた場合はあなたが処理する――そういう約束でしたよね?」

「で、でも、彼女はみんなを助けたんです。その結果、実験動物みたいにされるなんて」

 

 彼はふん、と、鼻で笑った。

 

「助けた。ええ、そうですね。独断専行の結果ですが」

「……う」

「トワさん。あなたもです。いくら彼女に乞われたからと言って『変身』の許可を出すとは、何を考えているのです? 本来であれば即、彼女の扱いを戻してもいいくらいなんですよ?」

「違います」

「え?」

「許可したんじゃありません。あれは、私がお願いしたんです」

 

 言いだしたのはトガちゃんからだったけど、あれは私が願ったこと。

 悪いのは私であってトガちゃんじゃない。

 と、深いため息。

 

「……ルールに反することは反社会行為に繋がる。それでは敵と同じです。あなたが一番分かっていたはずでは?」

「それは、そうですけど」

 

 口ごもる。

 彼の言っていることは正しい。悪いことは悪いこと。そう言い続けてきたのは、他でもない私自身。

 だったら、上との約束事だって本当は守るべきだ。

 

「ああしなかったら、助けられなかったかもしれないんです」

「助けられたかもしれない」

「助けられないとわかっていても、ルールを守る方が優先ですか?」

 

 見上げると、冷たい言葉が再び降りかかった。

 

「助けられない実力不足が悪いのでは?」

 

 私は、何も言えなくなった。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ドクターに連絡を取るという宣言に、黙ったまま消極的な同意を示して、トガちゃんのいる病室へ戻った。

 

「……永遠ちゃん」

「ただいま。お待たせ」

 

 少女は起きていた。

 眠れないんだと思う。謎の症状――想像が正しいとすれば、極度の興奮状態のせいで、目が冴えてしまっているのだ。

 熱っぽい表情ではあはあと息をしながら、首だけ動かして私を見つめる。

 ベッドに四肢、上半身と下半身を拘束されているので、首くらいしか動かせないのだ。私の身体は知っての通りミニサイズ。動物に変身できるという話は聞かないので、ここまでガチガチに拘束されたら『変身』しても抜け出せない。

 下手に『変身』を解除すれば圧迫で死ぬ。

 

「具合はどう?」

「身体はぴんぴんしてるのです」

「じゃあ、幻覚とか、そういうの?」

「ううん」

 

 自分と同じ顔をした人と話す、というのは不思議なものだ。

 話し方でなんとなくトガちゃんだとわかるので、まだいいけど。

 

「もう、わかってるんでしょ? これは、病気なんかじゃないのです」

「―――」

「ううん、病気なのかな。これは、私の中にずっとあったものが大きくなっただけ。誰かに無理やり与えられたわけじゃないのです」

 

 トガちゃんが持っている殺人衝動。

 本来の量だってギリギリ抑えていたのに、増幅されたら、そんなの、耐えられるわけない。

 

「我慢、してたの?」

「………」

「警察署から、ここまで、今まで、そんな気持ちを抱えて、我慢してたの?」

「はい」

「いつから?」

 

 トガちゃんは少し考えてから「握手会の間かな」と答えた。

 

「そんなに前から、ずっと? どうして?」

「約束、だから」

「っ」

 

 胸が締め付けられる。

 トガちゃんはいつの間にか泣き笑いのような表情になっていた。唇を強く噛みしめて、血が流れる。『不老不死』のない私の身体は、傷つけば傷つく、普通の女の子だ。

 

「私の、せい?」

 

 私が、トガちゃんに呪いをかけた?

 更生して欲しいなんてエゴで縛って、自由に生きるチャンスを奪った。あんな干渉せず、原作通りに動けた方が、ずっと幸せだったんじゃないか。

 これまでにも何度か思ったことを、あらためて思う。

 

「違うよ」

 

 でも、トガちゃんは首を振った。

 

「永遠ちゃんのお陰で我慢できた。……永遠ちゃんがいなかったら、とっくの昔に誰か刺してるのです」

「……ありがとう」

「私こそ、ありがとう。だから、思いつめないで欲しいのです。永遠ちゃんは間違ってない。悪いことは悪いこと。その上で、私みたいな子が生きられるように、頑張ってくれてるんでしょ?」

「それは」

 

 そのつもり、だけど。

 そうなれたらいいな、とは思ってるけど、現実の私はまだまだ全然だ。あの人の言った通り、ルールを守りながら全部の人を守ることもできない。弱くて情けない、ひよっこヒーロー。

 

「忘れちゃってもいいよ」

「え?」

「私のこと、忘れてもいいのです。その方が、楽なら」

 

 にこり、と、トガちゃんは笑って、

 

「そうしたら、気兼ねなく私も永遠ちゃんを狙って、逮捕してもらえます」

「……そんなの」

 

 私はトガちゃんの手を両手で握った。

 

「できるわけない。今更、あなたのこと忘れられるわけない。もう、あんなこと、絶対――」

「永遠ちゃんは優しいね」

 

 優しくなんかない。

 私は正義の味方を気取ってるだけの子供だ。自分に正義を強いていないと道を踏み外しそうだからそうしてるだけ。自分が住みやすい世界を目指したら正義の味方に行き着いただけ。前に死柄木に言われたことは正しかったのかもしれない。

 その証拠に、私は『ロリコン』を殺したいとさえ思ったし、今この瞬間も、ルールを破ってトガちゃんを助けようか考えてる。

 

「永遠ちゃん」

「……なに?」

「キスして」

 

 は?

 

「え、あ、え?」

「キスして欲しいのです。駄目?」

 

 潤んだ瞳で見つめられる。

 いや、あの、そういう場面だった? もっとシリアスなシーンだったと思うんだけど。そもそもトガちゃんってノーマルだよね? しかも今の状況だと私がナルシストみたいだし。というか、予想外過ぎて思考がわけのわからないことになってるし。

 うん。

 どうせキスするなら、元の姿のトガちゃんとしたいなあ――って。

 

「いいよ」

 

 わかってる。

 これはきっと、誘いだ。

 キス、なんて体のいい口実でしかない。私が動揺するような言葉を使って、わかりやすく誘っているだけ。断られれば断られたでいい、そう思っているんだ。

 私は微笑んで頷いて、彼女に()()()()()()

 

「永遠ちゃん」

 

 切なげな声の後、唇が重なった。

 目を見開く。次の瞬間、私の唇が猛烈に強く噛み千切られた。激痛。

 

「えへへえ」

 

 蕩けきった少女の顔があった。傷口からこぼれた血液でその顔が汚れていく。私の姿が、血塗られていく。

 

「おいしい」

 

 完全に狂気に呑み込まれている。

 私はもう迷っていられなかった。トガちゃんの――私の形をした身体に手を翳して『巻き戻し』を、

 

「無駄だよ」

「……え?」

「言ったでしょ? これは与えられたわけじゃないのです。“個性”の効果はもしかしたら消えるかもしれないけど――『巻き戻し』って、記憶とか感情も戻るんですか?」

「……ぁ」

 

 戻らない。

 オールマイトは五年以上前に『巻き戻し』されても私のことを覚えていた。原作のデクくんは壊理ちゃんから常時『巻き戻し』を受けながら普通に戦い続けていた。

 少なくとも記憶や想いは戻らない証拠だ。

 “個性”因子に干渉できないのが『巻き戻し』の特性だという仮定から考えれば――私達の記憶や感情は脳じゃなくて“個性”因子に由来しているのかもしれない。

 

 ともかく。

 『巻き戻し』ても、今受けている増幅の効果がなくなるだけ。増幅されて今ある猛烈な感情は消えてなくならない。

 抑えられれば消えるけど、トガちゃんはもともと、爆発寸前の状態を維持していただけだった。

 

「でも、それじゃ」

「いいんです、これで」

 

 言って、トガちゃんは――少しずつ、どろどろと溶け始める。

 

「監視カメラで見てる誰かさん! 永遠ちゃんは何もしてません! これは全部、私の独断です!」

「トガちゃん、やめて、トガちゃん!?」

 

 どうして。

 どうしてこうなるんだろう。

 敵は撃退した。みんなも守った。なのに、全く予想していないところから、予想もしていない悪いことが降りかかってくる。

 呪われているみたいに。

 私が、私自身が、災いを呼んでいるみたいに。

 

「止めません」

 

 半ば以上、トガちゃんは元に戻っていた。

 ぎしぎしと拘束具が悲鳴を上げる。慌てて壊そうとするけど、増強系個性にも耐えるように作られたそれはびくともしない。力いっぱい殴れれば別だけど、それじゃトガちゃんにまでダメージがいく。

 そうしているうちにとうとう、姿が戻って、

 

「永遠ちゃん。私は、永遠ちゃんになりたい」

「……え?」

 

 もう一回『変身』が始まる。

 私に。

 改造されていない魔法少女コスを着た、私の姿に。

 

「永遠ちゃんが羨ましい。みんなから好かれていて、格好よくヒーローをやっていて」

「―――」

「永遠ちゃんが憎い。こんなに好きなのに、みんなに構って、なかなか構ってくれない」

「―――」

「永遠ちゃんが可哀想。これから永遠に、一人で、生き続けなくちゃいけないなんて」

「―――」

「私は、私が嫌い。みんなに嫌われていて、嫉妬深くて、永遠ちゃんを置いておばあちゃんになっていく私が、大嫌い」

 

 そんなことない。

 私はあなたが好き。そう言いたいのに、言葉が出てこない。

 

「だから私は、あなたになりたい」

 

 私になったトガちゃんの全身が悲鳴を上げた。

 

「が、っ、あ、がああああああぁぁぁぁぁっっ!?」

「トガちゃん!?」

 

 わけがわからない。

 何が起こっているのか。私は何もわからないまま、今度こそ『巻き戻し』を使おうとする。とにかく戻せば、この謎の反応だけは収まるはず。

 

「い、いからっ!!」

「でもっ!」

「これで、いいのですっ! このまま、待って――」

「駄目だよ、こんな、トガちゃんが死んじゃいそうでっ!?」

 

 全身から血が吹き出す。

 みしみしと筋肉が鳴り、目からも血が噴き出る。明らかに尋常じゃない。拒絶反応でも起こっているような。

 

 ――拒絶反応?

 

 『変身』に身体が耐えられない。それは、どこかで。

 

「あ……」

「え……?」

 

 反応が止まった。

 くたりと身体が落ち、逆流するように傷が治っていく。かと思えば口が大きく開かれて、絶叫がこぼれた。

 

「あああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!?」

「何、なんなのこれ、どうしてトガちゃんは、こんなこと……っ!?」

 

 何もできない。

 もう、『巻き戻し』で治せるのかもわからない。私はただ十数秒の間、それを見守って、

 ばん! と、何人もの人が飛び込んでくるのと同時、ぷつん、と、糸が途切れたように変身が途切れて、トガちゃんの身体が元に戻っていく。

 再び悲鳴を上げる拘束具。入ってきた人達によってロックが外されトガちゃんの身体が解放される中、私は、見た。

 

 傷だらけで戻ってきたトガちゃんの身体。

 その傷が癒えて、まっさらな状態に戻りつつあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不老不死・トガヒミコ

「不老不死、じゃな」

 

 蛇腔総合病院の院長室は、以前に比べて風通しが良くなっている。

 非合法とはいえ『黙認』されるようになったせいだろう。ドクターの肌艶も心なしか良くなった気がする。『超再生』で肉体を維持している彼のことだから気のせいだとは思うんだけど。

 

 数日かけた検査の結果を聞かされているのは三人。

 私とトガちゃん、それからホークス。

 

 『上』との繋がりがあり、単騎の制圧能力に長けたホークスが呼ばれたのは当然といえば当然なんだけど、めっきり使いっ走りみたいな扱いである。

 

「……私の『不老不死』が伝染ったってことですか?」

「より正確には写し取られたというか、疑似的に複製されたというか、再現された――と、いったところか」

「曖昧っすね」

 

 良くわからない。

 わかるように言え、という私とホークスの視線を受けたドクターは頷いた。

 ちなみにトガちゃんは私を膝に乗せたまま大人しくしている。

 

「結論から言えば、彼女には君と同じ『不老不死』が備わっている。しかも、彼女自身をオーナーにして、じゃ」

「じゃあ――」

「傷つけば再生する。老化は停止し、半永久的に生き続けることが可能。肉体・精神に対するあらゆる異常に耐性を持ち、何度も受けることで完全克服する。そういう身体になっておる」

「お揃いですね、永遠ちゃん」

「う、うん」

 

 いや、お揃いで済ませていい問題じゃないんだけど……。

 

「原因は何なんすか? 『不老不死』は複製しても意味がなかったんじゃ?」

「うむ。それについては『変身』と『不老不死』の相互作用、あるいは反作用が原因じゃろう」

 

 検査の結果、トガちゃんの『変身』は進化していた。

 これまでは変身対象の姿かたち、身体能力を写し取るのが限界だったんだけど、対象の“個性”までコピーできるようになった。

 原作のキュリオス戦でトガちゃんが発揮した真の力と同じだ。

 

「おそらく、彼女が本気で『誰かになりたい』と――自分に取り込むのではなく『同一化』を願ったことが切っ掛けか。これによって、彼女は八百万永遠に『変身』した」

 

 姿が私になると同時に『不老不死』がコピーされた。

 

「無論、これだけでは『不老不死』を獲得することはできん。かの“個性”には唯一性を保持する機能が備わっているからじゃ」

「下手に奪ったり複製すると“個性”に侵食されて自己崩壊する……んでしたっけ?」

「そうじゃ。故に、彼女の中でも同じことが起きた。八百万永遠は二人いらない。新しい方を侵食、崩壊させようと『不老不死』が働いたが……ここで()()()が起きた」

 

 トガちゃんが得た『不老不死』は『変身』の産物だ。

 自己崩壊の途中でトガちゃんが『変身』し直せば、万全の状態に戻ってしまう。もちろん、それには激痛を伴うのだけど、トガちゃんはしつこく頑固にやり続けた。

 

「めちゃくちゃ危険じゃない!?」

「えへへぇ」

「えへへじゃない」

「ひはいひはい」

 

 矛盾。

 自己崩壊してもなお復旧する状況に『不老不死』がエラーを吐いた。

 あるいは、何度も何度も繰り返すことで、自己崩壊の際に攻撃される先がたまたま「オーナー登録にあたる部分」に向いた。

 オーナー認識が空白になったことで、再登録が行われ――新しい『不老不死』はトガちゃんのものになった。

 本当なら『変身』が解けたら『不老不死』はなくなるんだけど、“個性”自体が自己保存能力を持っている。身体が元に戻っても“個性”は残った。というか「トガヒミコ」をオーナーとして登録したので、変身してないトガちゃんを「正常な状態」と認識したんだろう。

 

「『不老不死』獲得後も『変身』は可能じゃが、復元機能は落ちる。だいたい『超再生』並みじゃな。まあ、『変身』を肉体の異常と察知して復元していては、一々元の姿に戻ってしまうからな」

「なんともまあ……レアケースを引き当てたっスね」

「今のは憶測に過ぎん。他の『何か』が作用した可能性もある。加えて、彼女の“個性”、そして想いが強かったからこそじゃろう。個性強度が足りなければ変身解除されて終わり。想いが弱ければオーナー再登録が行えたかどうか怪しいものがある。似たような“個性”で試したところで百回中九十九回は失敗するじゃろ」

 

 それは、残りの一回は成功するという意味じゃない。

 可能性はゼロじゃないけど、それが百分の一なのか千分の一なのか、一万分の一なのかわからない、という意味だ。

 

「えへへ。永遠ちゃんとお揃いー」

「いやあの、トガちゃんわかってる? 『不老不死』だよ? 歳取らないんだよ? 死ねないんだよ?」

 

 膝に乗った姿勢でお説教は格好つかないので、飛び降りてから言う。

 普通っぽいメイクをして髪を下ろしてるせいで単なる美少女状態のトガちゃんは、不思議そうに首を傾げて、

 

「つまり、永遠ちゃんとずっと一緒ってことですよね?」

「それは……そうだけど、でも」

 

 ぽんぽんと頭を軽く叩かれる。

 

「本当は永遠ちゃんになって死ぬつもりだったんですけど」

「え、いまなんて言った?」

「ですけど、もっと嬉しいことが起きちゃいました。ずっと一緒。永遠ちゃんより先に死ななくていい。夢みたいです」

「トガちゃん……」

 

 ぎゅーっと抱き寄せられた私は、そっと囁かれた。

 

「ごめんね、心配かけて。でも、もう大丈夫だよ。私がいつまでも一緒にいるのです。永遠ちゃんは、もう一人じゃないんだよ」

「……そんな」

 

 そんなの、嬉しくないわけないけど。

 だからって、トガちゃんが()()()()()()を味わう必要なんて。

 

「ま、『巻き戻し』。トガちゃんのは後天的だから消せるはず! い、今ならまだ戻れるかも!」

「何を言う!? 貴重な『不老不死』の検体、みすみす手放すなど――」

「うるさい黙ってろ人体実験馬鹿!」

「な、なっ……」

 

 口をぱくぱくさせるドクターを放置して、トガちゃんに訴える。

 

「ね、考え直そう? 永遠に生きるなんて絶対楽しくないよ。周りの人がみんな死んでも死ねないんだよ? 飽きても、人間が絶滅しても生き続けるんだよ」

「そうですね」

 

 にこりと、トガちゃんは笑った。

 人によっては狂気と、人によっては真なる純粋と呼ぶだろう笑顔で、

 

「でも、二人一緒なら楽しいのです」

 

 ……ああ、もう。

 

「トガちゃん、トガちゃん!」

「よしよし」

 

 私は我を忘れたまま、しばらく彼女の胸で泣き続けた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 ようやく私が泣き止んだ後、ホークスが言った。

 

「で、トガヒミコさんの処遇をどうするかっスけど」

「実験! 今こそ『不老不死』の複製! 究極の脳無の作成を!」

「あ、ドクターちょっと黙っててください」

「さっきから扱いがひどくないか……?」

 

 ホークスはさらっと肩を竦める。

 

「今回の一件って光明というより『そこまでしないと不老不死にはなれない』っていう『悲報』じゃないっスか。長生きしたいだけなら大人しく『超再生』でもしてろって話ですよ」

「……むう。莫大な予算を引き出して好き放題研究する夢が」

 

 今すぐ捨てて欲しい、そんな夢。

 

「トガちゃんに変なことするなら『超再生』奪いますよ、ドクター」

「こ、殺す気か!?」

「ホークスさん。マッドサイエンティストの独断専行を制するためにも、無理の効かない身体にするのは有効だと思うんですけど、どうですか?」

「そうっスね。普通、“個性”が無くなっても人は死にませんし」

「お主ら、性格悪すぎやしないか!?」

 

 生きた人間も死体も構わず改造する人に言われたくない。

 私達は顔を見合わせて、

 

「『上』に使われるとどーしても荒んでくるんスよねー……」

「わかります」

 

 最近とみに実感してる。

 

「でも、トワさんが脅しとはいえ『殺す』とか言うの珍しいッスね?」

「少しは反抗的な態度見せないと使い潰されるってわかりましたから」

 

 私が品行方正なお人形だと思ったら大間違いだ。

 『不老不死』に『AFO(オール・フォー・ワン)』なんか与えておいて反抗された時のことを考えないとか、どこの馬鹿なのかという話。

 

「私は平和のために(ヴィラン)を減らしたいんです。人を傷つけて、世界を混乱させて平気な顔をしているなら、誰であろうと私の敵です」

「だいぶご機嫌斜めっスね。不満や怒りはすぐ忘れるのが長生きするコツっスよ」

「生憎、ボケることもできない身体なので。……これからは、私一人の問題じゃないですし」

「困った後輩だ」

 

 ホークスは苦笑した。

 

「彼らも世界を乱したいわけじゃないんスよ」

「本当に?」

「多分」

 

 多分て。

 

「自分が甘い汁吸うのが第一ではありますけど、この国が無くなったら元も子もないですからね。最低限の配慮はしてるはずです。まあ、たまにバランス感覚が狂ってるんですけど」

「だと思った」

 

 百年前の時点でオール・フォー・ワンは暗躍していた。

 では、現在の特権階級の中に彼の息のかかった者がいない、なんていうことがありえるか? 答えはノーだ。『上』の人間だって一枚岩ではないし、国を憂いる善良な者達とは限らない。

 

「なんていうか、真面目な奴ほど貧乏くじ引くようになってるんスよ、この世界」

「言いますね、ホークスさん」

「感受性の強い若者っスからね」

 

 グラサンのイケメン鳥男は私の頭を撫でて笑う。

 トガちゃんが若干ムッとしたけどなんとか耐えてくれた。

 

「トガヒミコさん……もとい、古賀人身さんにはトワさんと居てもらうことになると思います。というか、それくらいはそうさせます」

「いいんですか?」

「大事な後輩のためっスからね」

 

 私が頑張れば頑張るだけホークスの仕事が減るからだ。世知辛い話である。

 

「ただし、トワさんは今回の一件で目をつけられてます。しばらく大人しくした方がいいかと。具体的には警察や政府からの依頼は断らない方がいいでしょう」

「別にそれは構いません」

 

 敵逮捕に繋がる話ならいくらでも受ける。

 警察、政府御用達の事務所になるのもお安い御用だ。そうすればホークスが自由にできる時間も増えるだろうし。私よりは彼の方が暗躍には向いている。

 トガちゃんにひどいことするなら最悪、国を潰してでも抵抗するけど。

 

「じゃあそんな感じっスかね。健闘を祈ります。……あ、例の件は通ったっスよ」

「本当ですか?」

「嘘言っても仕方ないでしょう。これで、感染爆発(パンデミック)に影響があるといいんですけど」

 

 警察署の一件から、私はとある仮説を立てていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 それは、真実であってほしくない仮説。

 

『……助けてくれなくて良かったのに』

 

 妙に耳に残っているあの言葉。

 もしかしたら、あの子が『犯人』なのかもしれない。

 理屈も何もない。

 単なる直観としか言いようのない話だったけど、否定する根拠もない。むしろ「あの日」にはもう感染が始まっていたのだとすれば、当事者の中に犯人がいたとしてもおかしくはない。

 だから、私はあの女の子を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()『上』にかけあっていた。

 

 彼女のサーチは相手の“個性”をも丸裸にする。

 逆に言うと私の保有個性もバレてるってことだけど……まあそれは置いておいて、ラグドールなら、直接視認しさえすれば犯人特定ができるということ。

 登録しておける人数に制限があるので、なかなか気軽にとは言いづらいんだけど……怪しいかもしれない相手を調べるのなら、これほどうってつけの人材もいない。

 

 私はラグドールが実動し、結果が出る日まで待つことになった。

 

「それで、所長? 古賀さんのこと、詳しく話してくださるんですよね?」

 

 その間に、八百万ヒーロー事務所でもひと騒動あった。

 

「うん。彼女の本名はトガヒミコ。前科持ちの敵です」

「はああああっ!?」

「ついでに永遠ちゃんと同じ『不老不死』になったのです」

「「「はああああっ!?」」」

 

 大混乱になった。

 半ば予想していただろうセンスライさんや、人のこと言えないラブラバはともかく、ヒーロー志望の白雲君とかは結構大きな反応をしていた。

 

「ひ、人を殺したってことか!?」

「はい。お恥ずかしながら」

「は、恥ずかしいとかじゃねぇよ!? お前、自分が取り返しのつかないことしたのわかってんのか!?」

「わかってますよ?」

 

 トガちゃんは『不老不死』を得て以来、妙に落ち着いている。

 死なない『私達』には種の保存が必要ない。性欲を捨て去っても問題なくなったことで、猟奇的な欲求もまた、ある程度まで低減されたらしい。

 プライベートで私とじゃれ合う時以外、そういう素振りをあまり見せなくなった。

 

「……命が返ってこないのもわかってます。だから興奮するんですけど」

おい

「無暗に命を奪ったこと、永遠ちゃんと会った今なら馬鹿だったって思います。だから、償えなくても、償う努力はしていきます」

「そうか……」

 

 いつになく熱くなった白雲君だけど、彼なりに納得したのか、トガちゃんに突っかかっていくことはなくなった。納得はいかないようで、あまり話しかけようとはしないけど、それは仕方ないことだと思う。

 宮下さんは白雲君に良い所を持って行かれたのか、彼なりに納得してくれたようだった。

 

 そうして。

 

 ラグドールの『サーチ』の結果、あの女の子が『例の個性』の大元であることが確定した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個性感染の犯人

「……中学生の女の子が犯人、か」

 

 長い前髪で目を隠した隠れ美女、センスライさんが呟きと共に深い息を吐きだした。

 有翼の美青年ヒーロー、ホークスが頷いて答える。

 

「なんとも面倒なことになったっスね」

 

 八百万ヒーロー事務所の会議室内。

 所員だけの時はわざわざ移動することも少ないので、まだまだ真新しさが残るそこには、私を含めた二人のプロヒーローと、警察代表として塚内警部がいた。

 面々の表情は硬い、というか苦々しい。

 ホークスが言った通り、状況が良くない。

 

『常動型の“個性”の扱いには今なお決着のついていない問題だからね』

 

 雄英の校長先生もリモートで参加中。

 大型スクリーンに映し出された愛らしいネズミの姿は、どこかの組織の首領のようにも感じる。

 

 

 

 

 

 “個性”感染爆発の犯人がラグドールによって特定された。

 これ自体は事件解決に向けての大きな一歩であることに間違いないんだけど――同時に別の問題が発生してしまった。

 

 件の“個性”が常時発動するタイプであったこと。

 犯人、というか因子の発生元が未成年であったこと。

 

 オフにできない“個性”については、使用しても罪に問えないケースが多い。使いたくて使っているわけではなく、効果を発揮しないようにしていても、不意に働いてしまうことがあるからだ。

 それでも、目に見えて効果がわかるタイプ、特に死柄木弔の『崩壊』のような破壊的なものであれば因果関係の特定や逮捕、拘束が比較的容易。

 ただ、今回の“個性”は効果が目に見えない。未だに「誰がどの程度の影響下にあるか」測定する手段もない。しかも他人に触っただけで効果が発揮されるのだから、犯人がわかったからといって「はい、逮捕ね」とはいかない。

 

 更に持ち主が中学生ときている。

 責任能力を問うのは厳しい年齢。となると当然、家族――ご両親も交えて事情を話し、対応を検討するしかない。

 既に一度、警察の人とホークスが一緒に自宅を訪問、事件解決に向けて協力してもらえないか、と頼んだんだけど、上手くいかなかった。

 

「わたしは“個性”なんて持ってません」

 

 説明を終えた時点で、女の子本人がまずそう主張した。

 

 実際“個性”届上でも『無個性』になっている。

 検査方法については色んな工夫がされていて漏れが出にくいようになってるけど、目に見えなかったり、影響が直接的でなかったり、発動条件が特殊なものについては網羅できてないのが現状。ラグドールみたいな“個性”は貴重なので、まさか全員を『サーチ』させるわけにもいかない。私の『不老不死』が判明していなかったのもこれが原因だ。

 つまり、本人や家族が「本当はどう認識していたか」はともかく、公的には「無個性として生活していた」という事実がある。

 

「そうです。証拠はあるんですか?」

 

 もちろん、証拠書類は持参していた。

 解析できた限りの詳細を規定のフォーマットに則り記載したもので、関係機関の捺印とラグドール本人の署名、プッシーキャッツ事務所の名前まで記載されている。文句なく正式な書類だったけど――これも結局、難しいところがある。

 

「そうじゃなくて、娘がそんな“個性”持ちだって私達に証明してください」

 

 難癖に近い。

 でも、ご両親だって真剣だ。確認できるところは全部確認してからでないと「はい」とは言えない。認めてしまった瞬間、彼らの娘は日本中どころか世界にまで影響を与える災いになり、彼らはそれを看過していた罪深い人間になってしまう。

 保身を考えないにしても、万が一にも「間違いでした」とならないようにしないといけない。

 

 そして、ホークス達には証明の手段がない。

 女の子にぺたぺた誰かを触らせて変態行為に及び出したら確定、なんて方法じゃ不確かすぎるし――まして「失礼ですがご夫婦の性生活は?」なんて聞けるはずがない。

 

 ラグドールの実績、公的機関が認定したという事実の重みを主張して理解を求めた。

 

「じゃあ、娘にどうしろっていうんです……!?」

 

 対処方法も問題だ。

 誰とも接触しないように監禁されて一生過ごす、なんて、両親及び本人が承知するはずがない。まして、そのための費用負担、および補償を国が行うのも難しい。

 結局のところ「裏技」を教えるしかない。

 

 他言無用の念押しをした上で「個性を消去する方法がある」ことを伝える。

 (正確には「奪う方法」だということは伏せた)

 

「危険な方法じゃないんですよね?」

「もちろん、一切の痛みは伴いません。怖い思いをさせることもないとお約束します」

「なら、私達にも立ち会わせてください」

 

 両親としては「“個性”はなかった」のだ。

 実はあったのだとしても、本当に消えてしまえば問題はない。一日で簡単に終わるなら拒否する理由も少ない。懸念は娘への影響だけになるけど、

 

「嫌! わたしにそんな“個性”ない!」

 

 本人が強硬に拒否した。

 (ヴィラン)認定がされたわけじゃない以上、同行は任意。まして未成年が相手なのだから無理にとは言えない。できるのは本人や家族に「要請」することだけだ。

 両親にしたって娘が疑われていい気はしない。

 

 ましてや効果が「対象の性的欲求を高める」だ。認めずに済むならそれに越したことはない。

 

「お帰り下さい」

 

 食い下がってはみたものの、言い募ればそれだけ心象は悪くなる。結局、引き下がるより方法はなかった。

 

 

 

 

 

『現行法に個性消去、剥奪に関する文言はないしね』

 

 法的な権限があるわけでもない。

 “個性”は呼び名の通り、一人一人が当たり前に持っているものと認識されている。勝手に消したり奪ったりすれば批判されても仕方ない。

 強硬な姿勢を取って大騒ぎにされたら、困るのはお偉いさんだ。

 ネット上のSNSで誰でも情報拡散できるこの時代、相手をちょっと怒らせただけでもそうなる可能性はある。

 

「不甲斐ない結果で申し訳ないっスが、次回以降の『説得』には女性に行ってもらうことになります」

「私……じゃ、駄目ですよね」

 

 プロヒーローで現在活躍中、知名度も上がっているとはいえ、見た目ちびっこの私が行っても「真面目に話しています」感は全くない。

 こういうのは見た目の印象も大事なのだ。

 センスライさんは皆まで言うなと頷いて、

 

「私が行きましょう。そういう仕事は慣れています」

「助かります。……まあ、決め手がないわけですが」

 

 頭をぽりぽり掻いて息を吐くホークス。

 

「あんまり何度も押し掛けるのも『あの家に警察が来ているらしい』なんて噂になりかねませんし」

「詰んでるじゃないですか」

「まあ、割と詰んでますね」

 

 苦笑さえできない様子で青年は言うと、私を見て、

 

「いっそ、こっそり奪っちゃえればいいんですが」

「それこそ大問題じゃないですか」

 

 大きな事件だ。なりふり構っている場合じゃない――とは思うけど、事が女の子、幸せな家庭となると、手も出しづらい。

 もちろんバレずに遂行するのは簡単。

 でも、バレなきゃいい、なんて言っていいものか。何があってもルールは守らないといけない、なんて小さい話じゃない。これはモラル、()()()()の問題。皆が助かるから、大事なことだから、一人に対して不誠実なことをしていいのか。

 

 もちろん、この場にはAFO(オール・フォー・ワン)のことを知らないメンバーもいるので「私はできたらやりたくない」なんて言えないけど。

 

「ま、正攻法で行くしかないっスよね」

 

 ホークスは私から目を逸らして言った。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

「はぁぁ~~っ」

「扇先輩。最近溜め息ばっかついてるわよ。いい加減鬱陶しいから止めてくれないかしら」

「ごめんねラバちゃん、はぁぁ……」

 

 言ってる傍から溜め息を漏らすセンスライさんを見て、ラブラバが私を見てくる。なんとかしなさいよあんた、と言っているのは明らかなんだけど、

 

「はぁぁ……」

「あんたまで溜め息つきだすんじゃないわよ!?」

 

 いや、だって、センスライさんが二回行って二回とも追い返されたんだよ?

 状況が進展しないにも程がある。

 ラブラバはキーボードを操作しながら「まあ、例の件なんでしょうけど……」と口を動かして、

 

「そのクソガキ、嘘ついてないわけ?」

「クソガキ……」

 

 割と可愛い子なんだけど。

 そんなことはどうでもいい、とばかりにふん、と一蹴された。

 センスライさんが眉を顰めて、

 

「いいえ。嘘はついていないわ」

「じゃあ、自分のこと、本当に無個性だと信じてるの?」

()()()

 

 ()()()()()()()()

 嘘にならない受け答えしかしていない、ということ。尋問に慣れているセンスライさんの追及をかわせたのは、子供の場合、黙秘してもわざとらしくならない、っていうのもあるだろう。

 ただ、これは逆に言えば「やましいところがある」という証明だ。

 

「じゃあもう、その辺どんどん突いて追い詰めちゃいなさいよ」

「そんなことしたら『警察の不祥事』で大騒ぎよ」

「面倒臭いわね」

 

 ラブラバまで溜め息をつき始めた。

 

 と、私のスマホに着信。

 メールだ。短い文面を見た私は席を立つ。

 

「ちょっと散歩してくるね」

「パトロールね」

「そうとも言うかな」

 

 散歩が勝手にパトロールになる、とも言う。

 

「では所長。私も一緒に」

「うん。いこう古賀さん」

「気を付けなさいよ」

 

 それはトガちゃんにってことかな?

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 本当の用事は事務所を出て二分で済んだ。

 路地裏に立っていた黒服サングラスの(顔立ちが)目立たない男性が「これを」と私にイヤホンを差し出して去っていく。

 再生装置付きのやつだ。

 再生すれば、厳かな声がして、

 

『プロヒーロー・トワ。君に極秘の依頼がある』

 

 聞かずに握りつぶしてやろうかと三秒くらい迷ったけど、音声は勝手に続きを再生して、

 

『個性感染爆発の女王から“個性”を奪え』

 

 やっぱりこうなったか、と、私は溜め息をついた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「ごめんね、こんな狭い所で」

「そんなことないですよ。シートふかふかで気持ちいいです」

 

 私はあの子と二人で車の中にいた。

 なんでかといえばもちろん誘拐したから――なわけがなく、他に二人だけで話せる場所が思い当たらなかったからだ。

 

 車があるのは彼女の家の駐車場。

 窓が不透明に近いので車内の様子まではわからないけど、そこに車がある、ってわかるだけでもご両親としては大分違うはず。

 ちなみにトガちゃんは車のボンネットに腰かけてアイスを食べている。

 二人だけの車内には、アイスと一緒に買ってきたスイーツや、果汁百パーセントのジュース等が用意されている。

 

「好きなだけ食べていいよ。私の奢り」

「ありがとうございます!」

 

 いきなり押しかけて話がしたい、と言い出した、娘と同い年くらいにしか見えないプロヒーロー(私)だけど、意外と歓迎された。

 主な理由はこの子当人が「嬉しい!」と感激したからだ。

 私の来訪の理由が“個性”の件じゃない、というのも関係していたと思う。表向きの理由は「この前再会した時にゆっくり話せなかったから」だ。もちろん、住所を知ったのは“個性”の件で身元が割れたから、ってことになるんだけど。

 警戒するご両親をよそに彼女が「お姉さんは大丈夫だよ」と言ってくれたことで、こうしてお話できることになった。

 

「お姉さん、甘い物好きなんですか?」

「うん、好きだよ。っていうか食べ物はだいたい好き」

「ご飯食べる番組にも時々出てますもんね。大食いはしないんですか?」

「ご飯は味わって食べるものだよ?」

「なるほど」

 

 実際、大した話をするつもりはなかった。

 なので他愛のない話に興じる。

 彼女もにこにこと頷いて、

 

「好きなことはじっくりしたいですもんね」

「………」

 

 何気なく聞けば、聞き流してしまいそうな言葉。

 でも私には、警察署襲撃事件の時のことが思い起こされた。

 

「ねえ。あの時、私に言ったこと――覚えてる?」

 

 聞かずにはいられなかった。

 彼女は一瞬私の瞳を覗きこんでから、くすりと笑って答えた。

 

()()()()()()?」

「どうして?」

「待ちに待った瞬間を邪魔されたから、ですよ」

 

 くすくす、と笑う彼女が、怖い。

 戦闘能力なんてない。

 ましてや、私を害する気さえない、ただの中学生の女の子が、途方もなく怖く感じた。

 

「邪魔されたのって、()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 やっぱり、そうか。

 二回目に会った時は警察署内だ。もし入り口を突破されたにしても、敵がやりたい放題やって子供を誘拐、逃走なんてことはそうそうできない。

 あの時は「私がいなくても大事なかった」。

 であれば答えは一つしかない。

 

 きらきらした目で私を見ていた瞳が、ぎらぎらとした輝きに満ちる。

 

「やっぱり、お姉さんは凄いです。わたしのこと、ちゃんとわかってくれる」

「悪いことは悪いことだよ。例え『される側』でも、進んでされたいって思うのは良くないと思う」

「でも、わたしが『そう』だっていうのはわかってくれるんですよね?」

「まあ、ね」

 

 生まれつき『そう』だった人を私は知ってる。

 ボンネットで呑気にアイスを食べている親友を見つめながら、苦笑した。

 

「こんなに可愛いのに、穢されたいの?」

「いけませんか?」

 

 さりげなく――どころか、意味ありげに頬に触れる私を、彼女はおっとりと見つめ返してきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女の願い

「きっかけは、あったの?」

「? お姉さんは、どうして『不老不死』なんですか?」

「……ああ」

 

 この子は、同じだ。

 トガちゃんと。そして、もしかしたら私とも。

 そういう人間だからそういう“個性”になったのか。生まれつきの“個性”に性格が引っ張られたのか。ニワトリとタマゴの話のような、天然もの。

 

「わたしはわたしです。気づいたらこうでした。変わりたいとも思ってません。ただ――」

 

 ()()()()()()()()()

 

「おかしいとは思ってるんですよ。周りと違うのはわかりますから。でも、それって悪いことなんですか?」

「それは、違うよ」

 

 みんな違ってみんないい。

 世の中はそういう方向に進んでいるし、そういう風にできている。

 

「いけないのは、あなたの“個性”。それは、そうなりたくない人もそうしてしまうから」

「わたしがわたしらしくあるための“個性”を消さなきゃいけないんですか?」

「ある、って認めてくれるの?」

「多分あるんだろうな、とは思いますよ、さすがに」

「―――」

 

 “個性”にしがみつく人の気持ちが、私にはわからない。

 私のベースは無個性社会から来た転生者。今はもうかなり慣れたけど、こんなもの無くても社会は回る。ぶっちゃけ『不老不死』を捨てられるなら今すぐでも捨てたい。

 “個性”のせいで自由に生きられない、壊理ちゃんみたいな子もいる。

 でも。

 

「お父さんも、お母さんも、お友達も普通に“個性”を持ってるのに。それでいいんだよ、って言ってもらえてるのに、どうしてわたしだけいけないんですか?」

 

 彼女はあくまでも穏やかだ。

 私を「誰よりも同類に近い」と思っているかのように、「限りなく理解のある他人」と思っているかのように、微笑んだまま、切実な問いを投げかけてくる。

 

「家に来たヒーローさん達が言ったみたいな“個性”があるんだとしたら、それはわたしの一部です。わたしがわたしの願いを叶えられるように、神様がくれたんです」

「神様なんていないよ」

「じゃあ、運命です」

 

 定められたものを、巡ってきたものを、第三者が奪っていいのか。

 なおも迷いを感じながら、私は彼女を抱き寄せた。

 背格好の大して変わらない少女を抱きしめ――『AFO(オール・フォー・ワン)』を起動する。

 一秒足らずの時間で“個性”の奪取は完了した。

 

 途端、私は眩暈を感じた。

 天地が逆になったみたいな違和感。衝撃。ああ、と理解する。お酒に酔ったような、食事で「あと一口食べたい」と感じるあの瞬間のような、考えるのに疲れてベッドに倒れ込んだ時のような、どこかふわふわとして、捉えどころがなくて、途方もなく幸せな感覚が来る。

 次いで感じたのは刺された時。殴られた時。切り刻まれた時。締め付けられた時。痛みや苦しみを感じた時の記憶。それらの感覚が甘い幸せを伴って再現されて私を蝕む。

 

 なるほど。

 こんな衝動を常時抱えているんだとしたら、当然だ。

 

 私は『AFO』の機能を用いて“個性”をオフにする。途端、身体の感覚は元に戻った。しばらくすれば『不老不死』がさっきの催淫作用への抵抗力を完成させ、オンにしても『私が望まない限り』何の異常も起きなくなるだろう。

 ああ、と。

 私に身を預けたまま、少女が呟く。

 

「やっぱりお姉さんは、優しいです」

「っ」

 

 私は彼女を覗き込む。

 瞳の輝き。純粋で、狂気的な彼女の色。さっきまでと何も変わっていない。“個性”はなくなったのに。直後すぎて実感がない? それとも本当に、あれがなくとも彼女の魂は何の影響も受けない。“個性”と魂が同じ形をしているのか。

 

「優しくないよ、私は」

 

 彼女から奪った私には、優しいなんて言われる資格がない。

 

「私は、みんなが平和に暮らせる世界が欲しいの。だから戦ってるの。みんながお互いを許し合えたら一番いいと思うけど、暴力は許せない」

 

 もちろん、双方合意のプレイなら否定はしない。

 私がトガちゃんに身体を許しているのもその手のものだ。

 でも、彼女が性の暴力を待ち望み、衝動を振りまいているのは違う。望んでいる人同士が充足のためにしているんじゃなくて、彼女が満たされるために他の人を利用している。望んでいない人まで巻き込まれてしまう。だから、良くない。

 

絶対気持ちいいのに

「本物の痛みは知らないでしょう?」

「知ってますよ?」

 

 彼女は言った。

 散歩中の犬の尻尾を踏んじゃって、本気で噛まれて血を流したことがある。

 低学年の頃、クラスの男子複数から殴る蹴るされたことがある。

 敵と交戦中のヒーローにぶつかられて、転んで額を傷つけたことがある。

 

「自分にはどうしようもない暴力って素敵じゃないですか? どんなに綺麗な身体でも、みんなから可愛いなんて言われてても、強い力で押さえつけられたら簡単に何もできなくなって、めちゃくちゃにされちゃうんです」

 

 性の欲求の中には被虐を好むものもある。

 彼女の場合はそれだけじゃなくて――もっと色んな欲求が複合している。例えば、大切なものが失われることそのものを喜ぶ特殊な感性とか。

 

「みんなも体験してみればわかると思うんです。あんなの絶対、一回体験すれば忘れられなくなる」

「それは、楽しい記憶だからじゃないよ」

 

 心的外傷。

 

「楽しいですよ。絶対楽しくて、癖になっちゃいます」

 

 少女は私の首筋に頬ずりをする。

 

「だってわたしがそうですから。ね、お姉さん? わたしはみんなに幸せになって欲しいんです。嫌がらせで言ってるんじゃないんです。わたしは、みんなにわたしの世界を知って欲しい。みんながわたしと同じになったら、それって、最高に幸せな世界じゃないですか?」

「……違うよ」

 

 私は腕に力を込める。

 

「無理やり『自分が許される世界』を作っちゃ駄目なんだよ。人は違うのが当たり前なの。他人を自分と同じにして、はい幸せになりました、なんて絶対やっちゃ駄目」

「じゃあ、お姉さんは?」

「え?」

 

 ()()()()()()()()()が、響いた。

 

「みんなに長生きして欲しいから、戦ってるんじゃないんですか?」

「―――」

 

 それは、呪いだった。

 

 世界から音が無くなる。

 反論する言葉が出てこなくなって、自分が何をしていたのかさえわからなくなる。

 我に返った時、私は車の中にいた。

 腕の中には美少女と言っていい女の子がいて、微笑んでいる。彼女の家の駐車場。ボンネット辺りには、食べ終えたアイスを名残惜しそうに見つめるトガちゃん。

 何も変わってない。

 

 少女が「ああ」と声を出す。

 

「お姉さん、力いっぱい抱きしめてください」

「ごめんね」

 

 私はそっと、彼女を離した。

 

「私が力いっぱいやったら、骨を折っちゃうから」

 

 別れ際、彼女は私に言った。

 

「お姉さん。世界が良くなるといいですね?」

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「あの子の血の色、ちょっと見てみたいです」

「やったら絶交だからね」

「わかってますよぉ」

 

 事務所に向かう車の中で、私はトガちゃんと言葉を交わす。

 

「でも、良かったんですか?」

「何が?」

「あの子、近いうちに死にますよたぶん」

「……そんなこと言われても」

 

 わかってる。

 あの子の願望は特別だ。極限の破滅願望。

 望みを満たすには、何もかもめちゃくちゃに『される』しかない。

 というか、あんな“個性”を持っていて無事に済んでいたのが不思議なくらいだけど。

 

「私には何もできないよ」

「永遠ちゃんがひどいことしてあげるとか」

「それ、最後は古賀さんとあの子がラブラブになって私放置されるやつじゃない?」

「駄目ですよ。あの子刺したら死んじゃうじゃないですか」

「人は刺されたら死ぬんだよ!?」

 

 大事なことだから何回でも言います。

 

「……大丈夫だよ」

 

 息を吐いて言う。

 

「あの子の望みは特別だもん。……わざと身体を差し出すんじゃ駄目なの。十分注意して、警戒して、大人しい良い子でいた上で、どうしようもない暴力に弄ばれなきゃいけない」

 

 望んでいるからこそ、滅多にそれが起きない状況を作らないといけない。

 だからこそ、彼女にとって『あの時』が絶好のチャンスだった。

 チャンスを潰したのは何もできなかった私というより、一緒にいた少年な気もするけど――いや、違うか。彼がいなくても、あの子の望みは殆ど潰えていたのか。

 新しい獲物が来た時点で。

 そして、あの『ロリコン』が私を狙って脱獄してきたことで、決定的になった。

 

 私はあの子にとって究極の邪魔者であり、羨望の対象だった。

 か弱い少女とヒーロー志望の『不老不死』なら、後者の方が、破滅した時の苦痛と恐怖は大きいに決まっているから。

 

「私に何もできないよ」

 

 彼女を洗脳するわけにもいかないし、説得でどうにかなるものでもない。

 あれが彼女だと、そう分かる程度には私は彼女に共感してしまっている。

 敵ではないのだから逮捕するわけにもいかない。

 

「仕事は終わったんだから、これでいいんだよ」

 

 これ以上、彼女から何かを奪えない。

 そう思うと同時に、私はあの子に「なんてことをしてくれたんだ」とも思っている。

 

 世界の混乱。

 

 そして、私にかけられた呪いの言葉の数々。

 たぶん、一生忘れられない。

 

 私にとってあの女の子は「ヒーローを脅かすもの」という意味で――最強の(ヴィラン)だった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 事件は少しずつ収束に向かった。

 大元を断っただけじゃ決定的な解決にはならないけど、ヒーロー達の努力の甲斐もあってか、性犯罪の発生件数は少しずつ減少、規模も小さくなっていった。実行前に踏みとどまったり、思い切った行為に出られなくなる人が増えたんだと思う。

 私の関わった犯罪防止ポスターや映像も少しは効果があったかもしれない。もしそうなら、恥ずかしい思いをした甲斐があったというものだ。

 

 いったん延期された一日警察署長もあらためて実施され、今度は何事もなく終わった。

 握手会になった本来の実施日の大立ち回りは、一部のファンの間で『伝説』とされ、映像を大事に保管している人もいるとか。

 

 あの子の“個性”を奪った報酬は一日警察署長の件に色を付ける形で『一部』支払われた。以後、小さな依頼をこなす度に少しずつ紛れさせる形で支払われていくはず。でないと、どこかから突っ込まれた時に色々困るし、そうでなくともウチにはお金の流れに正確なプロフェッショナル(宮下さん)がいる。

 その宮下さん曰く、

 

「所長。事務員が足りません」

 

 事務所の実動メンバーは私&トガちゃんのコンビとセンスライさん&白雲君で定着しつつある。トガちゃんの体術は下手な敵なら一人でノせるくらいだし、白雲君の“個性”とフィジカルはセンスライさんの決定力不足を上手いこと補ってくれている。

 破壊力の高い“個性”持ちがおらず、小回りが利くメンバーのお陰で戦闘以外の仕事も結構回ってくる。殺されても死なない私は救助にも向いてるし、センスライさんは言わずもがな、警察の取り調べ等々で大活躍。

 結果、

 

「私と相場さんだけで事務処理から経理まで担当するのは無理です」

 

 事務作業できるセンスライさんが頻繁に外出すると当然、そうなる。

 インターンの白雲君に経理させるわけにはいかないし、トガちゃんも何でもこなすタイプとはいえ、私と一緒にいないといけない縛りがある。

 

「荒事向きの新人なら予定があるんですけど」

「これ以上収入源を増やしてどうするんですか」

「ですよね」

「待ちなさい。それジェントルのことよね? そうなんでしょ!? 雇わないなんて言ったら私辞めるわ!」

 

 ジェントルは雇うことになった。

 

 まあ、ぶっちゃけた話、うちの事務所は十分すぎるほど儲かってる。気づいたらそうなってたって感じだけど、理由を考えれば当然だ。

 警察等々から頻繁に面倒な仕事が入ってくるからだ。

 ホークスの事務所があれだけ躍進したのにもこの収入が関係している。うちにはセンスライさんもいるし、他のヒーローにできない仕事(“個性”を奪うとか巻き戻すとか)は全部私に回ってくるので、それはもう、ばんばんお金が入ってくる。

 もう収入はいらないから先にスタッフを増やしてくれ、となるのも当然だ。

 

 でもあのおっさん――もとい、彼にチマチマした作業ができるとは思えない。掃除洗濯とかはなんとなく得意そうなイメージあるけど。

 

「本格的に人増やさないと駄目そうですね」

 

 事情を抱えているスタッフが多すぎて人選が大変なんだけど。

 

「所長の知り合いで訳ありかつ有能な人材、まだいたかしら?」

「こいつならダース単位で関わってそうだけど」

「待って、本人が訳ありじゃなくてもいいから!?」

「「ほんとに?」」

 

 う、と言葉に詰まったところで、白雲君が楽しそうに笑った。

 

「うちの事務所は訳ありな人の更生も目的ですもんね」

「うん、そんな理念は別にないからね?」

 

 お父様お母様にも「良い人がいないか」打診したりしているうちに、その知らせは入ってきた。

 

「ビルボードチャート5位!?」

 

 寝耳に水すぎて「何言ってるの一体」ってなったのは内緒だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

表彰式

 ヒーロービルボードチャート。

 

 国内ヒーローの人気や実力、活躍度合いを総合的に評価してランキングにした、いわゆる「ヒーロー番付」のようなもの。

 ヒーロー社会と化しているこの世界においてはアイドルの総選挙や流行語大賞、野球の日本シリーズなどと並ぶかそれ以上に注目を集め、人々の話題に上る。

 

 年に二度行われ、上位トップ3はここ何回か変動していない。

 

 1位、燃焼系ヒーロー・エンデヴァー。

 2位、ウィングヒーロー・ホークス。

 3位、ファイバーヒーロー・ベストジーニスト。

 

 かつて2位だったベストジーニストは神野の一件で負傷し、一時期活動休止していた影響でホークスにとって代わられ、以来ずっと3位が続いている。

 今回のチャートでもこれは変わらなかった。

 で。

 

 4位、ラビットヒーロー・ミルコ。

 5位、イモータルヒーロー・トワ。

 

 事務所にて、所員のみんなと発表を見守っていた私は、口に出さずにはいられなかった。

 

「なにこれ!?」

 

 と思ったら、ぱん、ぱん、と銃声――もとい、発砲音。

 見れば、シフト上お休みのメンバーまで私服で集合して、一斉にクラッカーを鳴らしていた。

 

「「おめでとう!」」

「あ、ありがとう。……って、なんでこんな準備ができてるの!?」

「今回はどうせ入るだろうと思って、あらかじめ用意してたのよ」

 

 疑問にはラブラバが答えてくれた。

 『祝・ビルボードチャートトップ10入り!』と書かれたたすきをかけられ、お祝いのケーキまで用意される。切るのが面倒だからとホールまるごとじゃなくて1ピースずつになったやつだったけど。

 

「いや、大幅に最年少記録を更新ですね」

「凄いっす所長! ここにインターンに来た俺は間違ってなかった」

「所長が活躍してくれるお陰で私が楽できてるわ。おめでとう」

 

 前回――雄英卒業から一年後のチャート発表では、私は十一位だった。

 あれでも十分すぎるほどの快挙で、みんなでお祝いをしたんだけど……その時、次はトップ10入りのお祝いを準備しておくから、と言われたけど。まあ十位に入ることはあるかもなー、と思ってたけど、まさかの五位って。

 

「おめでとうございます、永遠ちゃん。お仕事終わってから二人で、あらためてお祝いしましょうね」

「うん、ありがとう古賀さん。……いやでも、五位かあ」

「呆然としてる場合じゃないわよトワちゃん。表彰式の出演依頼が来るはずだから」

「マスコミからのインタビュー依頼もありそうですね。ゆっくりケーキを食べている場合じゃないでしょうか」

 

 宮下さんが可愛らしい顔で言うと、みんなはフォークを動かす手をスピードアップした。

 と、数秒後、一斉に鳴り出す事務所の電話。

 私のスマホにも次々と電話やらメールやらグループチャットのメッセージ通知やらが溜まっていく。なんだこれすごい。

 

「ほら所長、そっちの電話出てください」

「は、はいはい!」

 

 センスライさんに言われた通り、呆然とするのも束の間。

 私はケーキの残りをぱくっと口に押し込むと、もごもごしながら受話器を上げるのだった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「よう、チビっ子。調子はどうだ?」

「ひぃっ、み、ミルコさん!?」

 

 表彰式の出演依頼を断れるはずもなく。

 当日、マネージャー役のトガちゃんだけを連れて会場へとやってきた私は、控え室にて褐色兎耳長身巨乳むっちり太腿のプロヒーロー、ミルコと初めての出会いを果たした。うん、あらためて見てもすごい属性過多だ。原作者の性癖の塊だというのも頷ける。ビジュアル的なインパクトで言えば私なんか相手にもならない。

 事務所を持たない一匹狼スタイルを貫き、立ち塞がる敵を蹴り技一本でなぎ倒す姿はまさに、古典RPGにおける首狩り兎。

 喧嘩っ早く荒っぽい口調も相まって、できればあまりお会いしたくない人物だった。

 

 なので、出会い頭、首に腕を回された私は「殺される!?」くらいの恐怖を覚えたものの。

 

「そう硬くなるなって。私は前からお前に会いたかったんだ」

「な、なぜでしょうか?」

「決まってんだろ。ボロッボロになりながら敵をぶん殴りに行くスタイルが()()()からだよ」

「お、お姉様。勿体ないお言葉です」

 

 このノリ確実に元不良、っていうか現不良じゃない!? 勘弁して欲しい。

 と、緊張しっぱなしで当たり障りのないことばかり吐く私が気に障ったのか、ミルコの笑顔がより怖くなる。こらそこ、トガちゃん。笑いをこらえてないで助けて欲しい。

 

「なあ、お前さあ……?」

 

 ねっとりと、舌なめずりさえ聞こえるような距離で、囁いてくるミルコ。

 傍目から見たらエロいかもしれないけど、私はただひたすら怖い。いや、傍目から見てもヤバいお姉さんが中学生虐めてるだけか。

 

「もっと一撃に魂込めろよ。戦いってのは殺るか殺られるかなんだぜ? 当たったら殺すくらいのつもりでやらねーでどーすんだよ」

「それは――」

 

 意外なほど真摯な言葉に、恐怖が少しだけ和らぐ。

 もちろん、彼女の主張をまるきり受け入れることはできないんだけど。

 

「私の体格じゃミルコさんほど威力出ませんし。敵は捕まえるものであって殺すものじゃありませんから」

「はっ。本気出せばもっと『響く』蹴り出来んのはわかってんだよ。それに、私が言いてーのは、殺す気でいかなきゃ時間ばっかかかるぞ、ってことだ」

 

 それは、そうかもしれない。

 

「手前ぇが手こずったら街や人に被害が増えんだよ。力をセーブするのと手加減すンのは別の話だってことを覚えとけ」

「……ありがとうございます」

 

 私はミルコの顔を見上げて答える。

 

「ミルコさんって、実は意外と真面目なんですか?」

「あ?」

 

 あ、地雷踏んだ。

 殺伐とした笑顔を浮かべた殺戮兎は、両手が左右からぐりぐりと、私の頭を攻撃してくる。やばいこの人、手の力も十分強い。

 

「私はただ、見所ある癖にハンパな戦い方してるガキが、人気あるからって私の上に立つのが気に食わねーんだよ」

「で、でも、凄く真面目なアドバイスー―あああああ、痛い痛い痛いです!」

「うるせえ。手前今度顔貸せ。丸一日使って私の足技、その身体に教え込んでやるから」

「それ死んじゃう奴じゃないですか!」

「そのくらいで死ぬか馬鹿。っていうかお前、死んだって生き返るじゃねーか」

 

 私とミルコのやりとり(というかミルコの一方的ないじめ)は見かねたリューキュウさんが「じゃれ合うのもそれくらいにしておきなさい」と割って入ってくれるまで続いた。私達三人がビルボードチャートのトップ10入りを果たした女性ヒーローということになる。

 でも、レディさんも着々と順位を上げているし、あと何年かしたらねじれ先輩が良い位置につけてくるかもしれない。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 私の支持層は相変わらず幅広い。

 

 第五位として一言を求められ、マイクを握った私には老若男女から声援が飛んだ。一番元気が良かったのはやっぱり、小さな女の子たちだ。

 衣装はいつも通りの魔法少女コスチューム。

 

「こんなに早く、この場に立てるなんて思ってもいませんでした。とにかくできることをできる限りと思ってやってきて、気づいたらここにいた、という感じです」

 

 メインは3位以降の人達なので、私は短めのコメントになる。

 

「これからも平和のために頑張っていきます。でも、私の力だけじゃ足りません。他のヒーローの方の力も、応援してくれる皆さんの力もいります。だから、これからも力を貸してください!」

 

 一礼した私に大きな拍手が送られた。

 隣に立っていたミルコは私にだけ聞こえるように「アイドルのインタビューかよ」と囁き、私からマイクを受け取って、

 

「生意気なガキが出しゃばって来てるが、負けるつもりは無ぇ。だが、私が相手にするのは(ヴィラン)ども、手前らだ。私はこのガキみたいに甘くねえぞ。悪さすんなら死ぬ覚悟しやがれ。わかったか!」

 

 ブーイングと拍手を同じくらい浴びて、ミルコはふん、と()()()

 

「……あれ、ミルコさんって実は格好いいんですか?」

「あ? いっぺん締めるぞこのガキ」

 

 私達の声をマイクが拾って、会場の笑いを誘った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 ベストジーニストが卒なく、ホークスが軽快かつ抜け目なく、エンデヴァーが硬く重厚に締めて、表彰式のメインイベントは終わりを告げた。

 

『ではこの後は事前抽選に当選された方と、トップ10入りされたプロヒーローの皆さんとの交流会となります』

 

 司会がこの後の予定を告げる。

 途端、ミルコは嫌そうな顔になって、

 

「あー。これが長ぇんだよなあ。帰りてえ」

「ファンの皆さんへのお礼も大事な仕事じゃないですか」

「敵ぶっ倒すのが私達の仕事だろうが」

 

 それはまあ、全くもってその通りなのだが。

 

 ビルボードチャートは必ずしも実力順ではない。活躍度や報酬の総額も考慮に入っているので、実力の目安にもなるのは確かだけど、いぶし銀の実力者が上位に入りづらいといった欠点もある。

 つまり、ここに集まっているのが日本のプロヒーローの主力とは一概に言えない。警察も、他の大多数のヒーローも普通に街にいるのだから、十人が一か所に集まった程度で犯罪が増加するようでは社会として欠陥がある。

 

『では、当選者の皆さんはゲートから会場へ――』

 

 当選券を持っているファンの人は事前に選別されて特別ブースで表彰式を見ていた。ここから券の判別が始まるわけではないのでスムーズ――なはずなんだけど、司会の人の声が途中で止まった。

 

『は? 嘘だろ? え、あ、申し訳ありません。少々お待ちください』

 

 何かあったのか。

 ざわつく会場内。ミルコが舌打ちし、エンデヴァーは泰然としたまま動かない。ホークスがスマホを取り出すのを見て、私は彼に歩み寄る。背伸びしても見えないので背中に飛びついて覗き込む。

 

「お行儀が悪い……と、言ってる場合じゃないっスね。まずいことになりました」

「え……?」

 

 書かれていた文字列に、私は硬直する。

 衝撃的な内容すぎて文字が脳に入ってこない。

 代わりにホークスの声が事実を伝えてくれた。

 

タルタロスに収監中だったオール・フォー・ワンが脱獄

「―――」

「彼が姿を消した直後、各地の刑務所にて謎の襲撃が発生。集団の大量脱獄が発生しているそうです」

「は? いや、あの」

 

 口がぱくぱくと無駄に動く。

 

「なん、で」

 

 後に続く言葉が出てこなかったのは幸いだったのかどうか。

 

 ――なんで、さっさと死刑にしなかったのか。

 

 そんな言葉、プロヒーローが言っていいのか。

 

「……ケッ。さっさと殺さねえからそういうことになるんだよ」

「……ミルコさん」

「ホークス、今の話は本当だな」

 

 今度はエンデヴァー。

 ホークスは真面目な顔で「ええ」と頷いて、

 

「ですが、下手に動かない方がいいかもしれません。ここの警備も必要でしょう?」

「確かに、な」

 

 ビルボードチャートの表彰式は全国の人が注目するイベントだ。

 大きなドームに大勢の人が集まっている。

 もし、ここに敵の襲撃があれば大混乱が予想される。ということは、敵にとっては狙い目だということだ。

 普通なら、少なくとも十人のヒーローがいるところに突っ込んできたりはしないんだけど、

 

『え、えー。既にニュースをご覧になられた方もいらっしゃるかもしれませんが、現在、敵による大規模な暴動が発生しております。安全を考慮し、本イベントも以降の内容を中止します。安全確認のため、皆さまにはしばしこのまま待機していただき、安全な移動方法を検討――』

「ああ、晴れの舞台というやつだね。感動的で大変結構。私からも一言、おめでとうと言わせていただけないだろうか」

 

 空気が、凍った。

 上空。

 忽然と姿を現したかのように、いつの間にかそこに、かつて見たのと同じ工業製品マスクの男が悠然と浮かんでいた。

 彼はこちらを見下ろしている。

 会場の中央に集まっている私達プロヒーロー――ううん、勘違いでなければ「私」と「エンデヴァー」を見ている。

 

「新たな十人の『平和の象徴』達に、ささやかながらこちらからも晴れの場を用意した。楽しんでくれると良いのだが」

 

 彼が、オール・フォー・ワンが動きを見せた瞬間。

 私は反射的に動いていた。

 迷いなく動けたのは、ミルコから言われた言葉があったお陰かもしれない。ホークスからの情報によって「こうなるかもしれない」と、前もって心構えができたせいかもしれない。

 

 ()()

 

「い、けぇ――っ!」

「ふっ――!」

 

 超圧縮された空気の塊同士が正面からぶつかり、弾け、相殺されて、後には凪が残る。

 

 そして次の瞬間には、全プロヒーローがそれぞれの使命を果たすべく行動を開始していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘇った悪

 灼熱が駆け抜け、工業製品マスクを襲う。

 

「おっと」

 

 プロミネンスバーン──エンデヴァーの必殺技を、オール・フォー・ワンは軽く滞空位置をずらすだけでかわした。

 当然といえば当然。

 だけど、これで更に一瞬稼げた。

 

 変身したリューキュウが咆哮を上げ、観客席を守るように移動する。

 数人のプロヒーローが避難誘導のために駆け出す。

 ミルコは「オラァッ!」と手近なコンクリートを割り、サッカーボール大の破片を作り出すと空中に蹴り飛ばす。

 

 私もまた“個性”の発動を終えていた。

 『二倍』。

 三人に増えた私は『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』で波状攻撃。オール・フォー・ワンはミルコのコンクリ塊を砕き、空気の塊を二発までかわした後、避けきれないと悟ったのか同じコンボで相殺してきた。

 

「互角か。どうやら成長したようだ、永遠君」

「当たり前でしょ!?」

 

 向上した身体能力のお陰で飛び道具の打ち消し合いに持って行けた。

 私は『エアウォーク』を使って空に浮かび上がる。あの男が持っている“個性”の大半は私も持っている。だから当然、だいたい同じことができる。

 二つの分身が放つ空気塊が再び行動を抑制して──かわしたオール・フォー・ワンを、檻のように展開した羽根が襲った。

 

「む……」

「おっと。消耗は避けたいっスからね」

 

 腕を振って振り払おうとすれば、羽根はすっと離れ、

 

「無駄口を叩いている暇があるのか、悪党」

「エンデヴァー」

 

 炎の噴射で疑似的に浮かび上がったエンデヴァーが迫る。

 

「触られないようにしてください! そいつは──」

「知っている」

 

 赫灼熱拳ヘルスパイダー。

 糸状に噴射された炎が両手の指分、十本で襲えば、腕の振りと共に『空気を押し出す』“個性”が発動、炎を吹き散らすと共にエンデヴァーの身体を押しのける。

 そこへ再びの噴射。

 突進と同時に拳からも炎を放つ、赫灼熱拳ジェットバーン。

 

「貴様と相対するための備えは、常に行ってきた!」

「平和の象徴を引き継ぐ者として、か」

 

 地上、次弾の準備をしていたミルコを突如、黒い泥が襲って『転送』。「うお、なんだこりゃ!?」。盾にするようにエンデヴァーの前へ送り込めば、白い粘土のような私の“個性”が同じくミルコを『転送』。地上付近の空中に戻してどさっと落とした。

 盾が、剥がれた。

 

「多勢に無勢だね。やむを得ない、か」

 

 左腕を変形させて迎え撃つオール・フォー・ワン。

 激突。

 瞬間、『衝撃反転』が発動して、エンデヴァーは自分と相手、両方の放った衝撃を右腕に受けた。砕ける暇もなく引き潰れる腕。それでも「オオオオオォォッッ!!」。彼は吠え、左腕から更なる一撃。同じように腕を潰されながら、敵の左腕を一本焦がし、落とした。

 『衝撃反転』の“個性”はあくまで「衝撃を返す」だけ。ダメージが全部返るわけじゃない。焼かれたり斬られたり刺されたりした傷は残る。だからさっきもやったみたいに『盾』を『転送』して同士討ちを誘いつつ用いる。腕二本対腕一本とはいえ、このトレードは苦肉の策。

 

 だけど。

 

「ミルコさん、私の足裏を!」

「あ? ……アァ、いーぜぇッ!!」

 

 宙に浮かび、揃えた両足を差し出す私に、ミルコがにっと笑んで――足裏を思いっきり蹴り上げてくれる。めっちゃ痛いけど推進力がついた。崩れ落ちるエンデヴァーまでひとっ飛びした私は彼の身体を受け止めると同時に『巻き戻し』を発動して、つい一分前の状態を復元する。

 損害なしで腕一本、取った。

 

「落とせ!」

「言うまでも!」

 

 それどころか、エンデヴァーの大きな身体を蹴って更に跳躍。

 

「さすがだね。この短期間でAFO(オール・フォー・ワン)を使いこなしている。現状ではまだ猿真似の域だが」

「大人しく刑務所で寝ててよっ!!」

 

 再度『転送』されたミルコをノータイムで送還して、オール・フォー・ワンと右腕同士をぶつかり合わせる。

 『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』+『増殖』+『肥大化』+『鋲』+『槍骨』。

 自分の身体が変異するのは好きじゃないけど、贅沢は言ってられない。一瞬の激突の後『衝撃反転』同士が打ち消し合って、お互いの腕が引きちぎれて吹き飛ぶ。

 

「まだま、だあっ!!」

 

 最大出力で『蒼炎』を発動。

 自分の身体さえ焼きながら、エンデヴァーさえ凌駕しかねない豪炎でこんがり焼きに行く。炎に呑まれたマスク怪人はそれを勢いよく振り払い、先に落ちた左腕を再生させつつ迫ってきて、

 

「―――ッ!」

 

 ()()()()()()()()私を見て、慌てたように動きを反転させた。

 惜しい。『崩壊』で触れられれば倒せてたかもしれないのに。なら追撃。ホークスの羽根とミルコの蹴ったコンクリ塊、二つの『分身』の空気塊が下から狙い、オール・フォー・ワンに思うような退避をさせない。その間に『超再生』『不老不死』が私の身体のダメージを癒す。

 ここから空気塊で追撃できればいいんだけど、下手に撃つと客席に当たる。

 

「フ、フフフ、ハハハッ!!」

 

 下降して斜め上気味に撃とうとした時、高らかな笑い声が響いた。

 悪の黒幕みたいな笑い方。

 こいつがこういう芝居がかったことをする時は碌なことが起きない。

 

「何がおかしい……っ!?」

「全てだよ! こんな良い舞台を整えてくれた()()に感謝しなければ、とね!」

 

 再び飛んできたエンデヴァーをさっとかわしながら、オール・フォー・ワンは奥の手を一つ切ってきた。

 

『さすがは永遠君。私と同じAFO(オール・フォー・ワン)を移植された者だ』

「っ!?」

 

 頭に中に直接響く声。この“個性”は知らない。いや、違う。プッシーキャッツのリーダー、マンダレイの『テレパス』。悲鳴を上げて逃げ惑う人達や他のプロヒーローを含めた「ここにいる全員」に正確に声を届けている。

 

『その不老不死の肉体には無数の“個性”が備わっている。(ヴィラン)連合が用いていた脳無の同類――完成形といえるのが君だ』

 

 更に、地面が次々にボコボコ盛り上がり、無数の土人形が形成される。ピクシーボブの『土流』。やっぱり、プッシーキャッツの“個性”。

 前から持っていたわけじゃない。

 考えられるのは、ここに来る前に「ついで」で襲ってきたということ。

 

「殺したの!? プッシーキャッツを!?」

「だったらどうした、と言いたいところだけど、そこまでの暇はなかったさ」

 

 期待はしてなかったけど、返事はきちんとあった。

 生きてる。

 ほっとする一方で、それは何の慰めにもならないことに気づく。死んでいなくとも半殺しにされた上、“個性”を奪われたのがほぼ確定なのだ。

 

『君は死なない。殺されても蘇生する。個性を奪う個性を持ち、いたいけな容姿で人を惑わせる。それがイモータルヒーロー・トワの真実だ』

「無駄口を叩くなァッ!!」

 

 消耗を度外視したエンデヴァーの連撃。

 オール・フォー・ワンはこれに対し、くるっと身体を「上下入れ替え」ると、空中を蹴って下に逃げた。予想外の行動。

 下向きでは飛び道具が撃てない。

 現れた土くれに他のプロヒーロー、それから私の分身が対処中で、どこに当たるかわからない。私達は急降下して追うしかなかった。

 でも、機先を制された分だけ、追いつけない。

 

 地上に向かった奴が狙うのは、

 

「エンデヴァー! 近い方を撃ってください!」

「ッ!? いい、だろう――っ!」

 

 空気塊とプロミネンスバーンが駆け抜け、降下する敵を追い抜いて『私の分身』にそれぞれ直撃。身体を砕き、焼いて()()()()()

 オール・フォー・ワンに当たらなかったのが残念だけど、仕方ない。

 

「何自分に攻撃してんだ手前ェ!?」

「彼女が一番『狙われるとヤバイ』個性持ちだからっスよ」

 

 声を荒げるミルコにホークスが補足した通り、私だけは何があっても()()()()()()()()()()()()。死柄木の『崩壊』や壊理ちゃんの『巻き戻し』はバランスブレイカーすぎる。

 何が起こるかわからない以上、『二倍』もできるだけ使えない。増えると管理が難しくなる。だからこそ、空中戦を挑んだのは本体である私だけにしていた。

 

 ミルコは「なるほどなぁ!」と笑った。

 

「イイじゃねえか! ()()()()でウジウジ悩んでるかと思ったら、自分の分身殺してでも勝ちに行くかよ!」

 

 近くのゴーレムを蹴り潰した彼女はウサギならではの跳躍力で地面を蹴った。

 向かうのは、方向反転して()()()()()()()()()()()凶悪敵。

 

「それでいい! アタシらはヒーローだ! 敵は潰す! 殺してでも止める! そのためだったら命だろうと投げ捨てやがれ!」

 

 渾身のサマーソルトはすんでのところで空振り。

 空中を蹴って方向転換を繰り返すオール・フォー・ワンが“個性”を奪わんと手を伸ばすも、一回転して地面を蹴り、再びつま先を振り上げる。

 黒い泥が土人形の一体を『転送』私はすかさず送還しようとするも、「いらねぇ!」蹴りが腹から土人形を破壊。()()()()()工業製品マスクを襲った。

 

「ぐ……!?」

「へっ! 痛ェ痛ェ! そら、もう一発だァ!」

 

 本体への攻撃も『衝撃反転』されて、通ったのは僅かなダメージ。むしろ自分が大ダメージを受けながら、ミルコはそれでも止まらない。どこか不気味に見える手に肩を掴まれながらも膝を振り上げ、相手の腹へと叩きこんで、

 

「やれ、エンデヴァーッ!!」

「ッ」

 

 咄嗟に飛び上がるエンデヴァー。

 プロミネンスバーンがミルコごと、オール・フォー・ワンを焼いた。

 

「―――」

 

 ふらりと、よろめく敵。

 熱波が収まった時には彼の身体はボロボロになっていたが、そこへ容赦なく、無数の羽根が突き刺さる。ホークスだ。土人形を体術でなんとかしながら攻撃力の殆どをこっちに送ってくれた。

 なら、私だって。

 復元した右腕を再び醜悪な槍に変えて、敵の胴を貫き、引きちぎる。私の腹にも風穴が空いた。マスクの奥から睨まれた気がする。でも、目が見えてないんだからありえない。呼吸さえ難しくなるほどの激痛を覚えながら、左手で首を掴む。

 

 AFO(オール・フォー・ワン)起動。

 優先順位に悩む暇はなかった。頭に浮かんだ順から奪う。

 

 最初は『サーチ』。プッシーキャッツを襲ったなら持っていないわけがない。むしろ『テレパス』と『土流』はラグドールを襲ったついでだったはずだ。

 次はAFO本体。エラー。全く同じ“個性”は奪えないらしい。重ねて使っている『膂力増強』なんかは「効果はほぼ同じだが別人の“個性”」。

 三つ目は『赤外線』。彼から視覚代わりの“個性”を奪う。

 

 タイムリミットはそこまでだった。

 

 オール・フォー・ワンから生命の反応が無くなったからだ。

 死体にはAFOが使えない。

 彼が持っていた他の“個性”は、彼の死と共に消滅する。

 

 私の身体も限界だった。

 どさりと倒れる。腕の力だけで風穴空いた胴体を支えていたのだがそもそも無理。どばどば血が出る中、身体の再生を待つしかない。

 まあ、再生できなくなるほどのダメージじゃないのでいいんだけど。

 

「ミルコさん。“個性”奪われてましたか? ごめんなさい、取り返しきれませんでした」

 

 見れば、彼女からは兎耳と尻尾が消えている。

 だけど、声をかけると「あ? アァ、いーってことよ」とあっさりした返事。

 

「それより、きっちりぶっ殺せたじゃねーか。よくやった。やりゃできんじゃねーか、ガキ」

 

 むしろ頭をガシガシされてしまい「痛い痛い」と悲鳴を上げることになった。

 エンデヴァーは既に土人形の方に向かっている。オート制御だったらしく、AFOの死後も動き続けている。「つーか死んでるよなコレ?」ミルコが靴でげしげしと踏みつぶしても無反応。『超再生』も止まっているので命の火は確かに消えているはずだ。

 

 人を、殺した。

 

 取り返しのつかないことをしたはずなのに、心がすっきりしている。

 こんな奴は死んで当然だ、という想いがどうしても抑えられない。『人を殺せる人間だ』という死柄木の声がリフレインするのを感じながら、それでも達成感を覚えてしまう。

 

「トワさん。何を『奪え』ましたか?」

 

 羽根を回収がてら近づいてきたホークスに『サーチ』と『赤外線』だと答えた。

 ホークスは頷いて、

 

「いい線っスね。……でも、殺すなら『赤外線』はいらなかったんじゃ?」

「その。本当にこれで終わりか、信じられなかったので」

「……そうっスね」

 

 タルタロスから脱獄してきたのだ。

 閻魔大王を殺して地獄から復活しても驚かない。

 グラサンイケメンのプロヒーローは私の傍に膝をつくと、優しい声で言った。

 

「ありがとうございました、トワさん」

「………」

「あなたのお陰で、一般人は怪我人さえほぼいません。エンデヴァーさんも大怪我を負っていたでしょう。……ミルコさんはご愁傷様ですが」

「いいっつってんだろーがハゲ」

「―――」

 

 絶句するホークス。ふさふさだから大丈夫なのに。ハゲる家系なんだろうか。

 

「と、ともかく、本当に感謝します。……今後、あなたには辛いことになるでしょうが、精一杯フォローしますよ」

「ありがとうございます」

 

 私の『秘密』は全て公開されてしまった。

 表彰式を撮影していたカメラが戦いも撮っていたはずだから、会場にいた人だけじゃなくて日本中、下手したら世界中に知られてしまった。

 もう後戻りできない。

 それでも。

 

「みんなが無事で、良かった――」

それはいい。僕からも祝福させてくれないか

 

 私は絶句した。

 ホークスもミルコも、驚愕の表情を浮かべて、三人で一斉に振り返る。オール・フォー・ワンの死体は確かにあるのに、そこには、一人の男が立っていて。

 

「おめでとう。さて、祝ったところで二回戦といこうか?」

 

 死闘は、まだ終わらない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『全にして一』

「オール・フォー・ワン……?」

 

 姿かたちがそのまま、あの工業製品マスクをなぞっていたわけじゃない。

 いや。

 私はマスクの下の素顔を見たことがない。オールマイトに聞いたら案外、これが素顔だと返ってくるのかもしれないけど、見た目はごくごく普通の会社員か何か。スーツが高そうなのを考えると会社役員か何か、といったところなんだけど。

 彼の首。

 そこには、どこか見覚えのあるデザインの装甲が装着されている。

 

 口調と併せて、連想するのはただ一人。

 

 なに、これ。

 

「こんなのは知らない! なんなの、これ!?」

 

 咳き込みそうになるのを堪えながら叫ぶと、彼はどうということもなさそうに腕を広げて答えた。

 

「簡単な話だよ永遠君。僕だって死にたくはない。そのための仕込みはしていたということさ」

「仕込み……?」

「本体が死んでもスペアがあれば、実質的に死なないのと同じだろう?」

「『二倍』を使ったってこと?」

「いいや」

 

 もう確定でいいだろう。

 彼──オール・フォー・ワンは、悠然とかぶりを振ると、答えた。

 

「“個性”『寄生』。肉体の一部を他者の体内に潜伏させ、時間経過と共に精神や肉体を乗っ取ることができる。もっとも、()()()()()()()()記憶や感覚を本体に転送するのが精一杯なんだが」

 

 私は、はっとした。

 

「それが、内通者の正体……?」

「いかにも」

 

 自覚のない内通者の可能性。

 私もそれは考えていた。何らかの“個性”によってハッキングを行っているのかもしれない、と。電波的なアレから上鳴君が疑われたりもしていたけど、

 

「人の身体を、心を、弄んだっていうの……?」

「珍しいことではないだろう?」

 

 淡々とした声が返ってくる。

 

「少し前にも、()()()()()()()があったらしいじゃないか」

 

 私は、何故だかその言葉が妙に癪に障った。

 どこまでも自分らしくあろうとしていた「あの女の子」と目の前の男が同じだと、どうしても思えなかったからだ。

 

「あの事件と一緒にしないで」

「これはこれは。逆鱗に触れてしまったかな?」

 

 つくづく苛々する話し方をする奴だ。

 身体の再生が終わっていないのがもどかしい。身体が動くならすぐにでも身体をぶち抜いて──。

 

「む──」

 

 直後、無数の羽根がオール・フォー・ワンの身体を突き刺した。

 

「ホークス」

「殺してはいません。神経のツボをできる限り狙いました。これなら身体の自由だけを奪えるはずです」

「あ……。『寄生』された人に罪はないから──?」

「はい。元に戻せるのなら、その努力をするべきっス」

 

 彼が冷静で助かった。

 倒れ伏すオール・フォー・ワン。もとい、あの男に『寄生』された哀れな被害者。ホークスは羽根を戻さず、じっと彼の対応を観察して、

 

やれやれ。問答無用とはね

 

 横合いから、今日、嫌と言うほど聞いた()調()が女性の声で紡がれた。

 何の変哲もない主婦の姿。

 でも、首にはやっぱり、倒れている彼と同じ装甲がある。

 

 ──ああ、そうか。

 

 身体の一部を『寄生』させるというのなら、影響を受けたのが一人で済むわけがない。私がオール・フォー・ワンなら、『寄生』させるだけの暇があった相手全員に使う。

 

「不特定多数の人間が、オール・フォー・ワンとして動き出す……?」

「言わば、百一匹オール・フォー・ワンちゃん、さ」

可愛く言ってんじゃねえよぶっ殺すぞ!

 

 ミルコ、ナイス。

 喧嘩っ早い性格からは想像しづらいけど、“個性”が『兎』だったりと、実は可愛いもの好きなのかもしれない。名作映画をもじっておどける(ヴィラン)の姿は効果抜群だった。

 ホークスは舌打ちしつつ、オール・フォー・ワン(3rd)に肉薄。(2nd)に突き刺した羽根をそのままに肉弾戦で気絶を狙うも、意外なほど卓越した体術に阻まれる。

 

()()()()()の“個性”は『瞬間予知』でね」

「肉体によって、所持している“個性”が違うわけっスか──!」

 

 複数体のスペアを用意していた彼。

 もしも、スペア全員が本体同様のスペックを持っていたのなら、堂々と出てこないで複数方向から空気塊をぶち当てに来れば済む。

 少なくとも動けない私の身体はぐちゃぐちゃ。うまくいけば他のヒーローも巻き込んで大きな被害を出せたはず。

 しなかったということは『寄生』する際に“個性”のコピーまではできないということ。“個性”は肉体に宿るわけだから、活性化する前に対象が使用してしまう危険を恐れたのかもしれない。

 

「ホークス! AFO(オール・フォー・ワン)だけは()()()()()()()()()()()()()()()から!」

「承知してます!」

 

 素早く応えたホークスは、大声で他のヒーロー達にも伝達する。

 既にあらかたのゴーレムは排除されていたものの、ほぼ時を同じくして、逃げ遅れていた一般の人達の中からも『寄生被害者』が何人も現れ、暴れはじめる。

 

 ──こんなの、おかしいとしか言いようがない。

 

 原作を思い返した私は叫び出したい衝動にかられた。

 ふざけるな。

 

 USJを襲撃した死柄木を完全に撃退すれば、オール・フォー・ワンが出てきていた。

 更に、神野の一件でオールマイト、あるいは他のプロヒーローがオール・フォー・ワンを殺していたら──あの時点で『この騒動』が起きていた。

 死柄木が後継者として覚醒するかどうかなんて最終的には関係ない。

 オール・フォー・ワンは「自分が死ぬことによって」ヒーロー社会を破壊するための最後のトリガーを発動するつもりだった!

 

 オール・フォー・ワン。

 全にして一の絶対悪が、無数の群体となって牙を剥いてきた。

 

 平和のために殺したことが、逆に平和を壊すことに繋がってしまった。

 ヒーローという存在に対する圧倒的な皮肉。

 

「ミルコさん、私の手に触ってください」

「あ?」

 

 根が素直らしい彼女は私のお願いを素直に聞いてくれた。

 触れる手と手。

 私は『巻き戻し』で彼女の怪我を治してからAFO(オール・フォー・ワン)を起動、ミルコに二つの“個性”を譲渡する。

 

「お? なんだこれ、身体が軽くなったぞ?」

「『膂力増強』と『瞬発力』を一つずつ渡しました。戦闘面だけなら前と遜色なく──もしかしたらスペック的に上回るかもしれません」

「……へえ」

 

 褐色美人の口元に笑みが浮かんだ。

 

「良いぜ。助かった。ちょうどこのいけ好かねえ野郎の鼻っ柱をへし折ってやりたかったんだ!」

 

 バネのように跳ねて飛び出した彼女は、ホークスと肉弾戦を繰り広げていた主婦の腹に容赦のない一撃を浴びせ、意識を刈り取った。

 『瞬間予知』ができても身体能力が変わるわけじゃない。

 運用次第で無個性状態のプロヒーロー一人くらいは相手にできても、ステゴロが本業のミルコには対応しきれなかった。

 ホークスが息を吐き、私を振り返る。

 

「トワさん。この人達を元に戻すことは可能っスか?」

「やってみないとわかりません」

 

 私は即座に答えた。

 多分『巻き戻し』は効かない。あれは“個性”因子にはたぶん効果がない。引き合いに出されたあの子の“個性”と同じで効果だけが残るタイプなら逆に効くかもだけど、どこまで戻せば影響がなくなるか判断できない。

 もしも『寄生』の“個性”そのものを植え付けている──二次増殖が可能なタイプなら、AFO(オール・フォー・ワン)で除去できるかもしれない。

 

「試した方が早えーな」

 

 引きずられてきた二人に手を当てて“個性”を起動。

 

 彼らが持っていたのは『寄生』、それから個人の本来の“個性”の二つだった。意外なことにAFO(オール・フォー・ワン)が無い。『寄生』自体の“個性”因子以外は持ち越せない制約なんだろうか。

 とにかく、私は『寄生』を奪ってそれを即放棄、もう一人にも同じことをした。

 

 そのことを伝えると、ホークスは。

 

「起こさないと確証はないっスけど、対処方法があったのは不幸中の幸いっスね」

 

 これにミルコはしかめっ面。

 

「良くねえ。蹴っ飛ばして解決できねぇ」

「気絶させる程度に留めてくださいね」

「うっせ、わかってる。この、爽やかな面して何考えてるかわかんねーから嫌いなんだよお前」

「俺もミルコさんは苦手ですけどね」

 

 ミルコはぷいっとそっぽを向くと「じゃあ私は行く」と言った。

 

「そこのガキのお陰でそこそこ動けそうだしな。勝手が違ぇけど、ま、そのうち慣れんだろ」

「トワさんの護衛は俺に任せて暴れて来てください」

「ああ、んじゃな」

 

 言うが早いか、疾風のように次なる戦いに駆けていく。

 

 会場内の騒ぎは徐々に収まりつつある。

 プロヒーローが十人、かつ、警備の人員もかなりいたのだ。スペックにばらつきのある量産型オール・フォー・ワンでは長くはもたない。

 ただ、一般の人に被害が出てしまったのが、辛い。

 

「トワさん。奴はどの程度の人に『寄生』していると思いますか?」

「少なくとも全国──ううん、()()に広がる程度には」

 

 彼がいつ『寄生』を手に入れたのかがわからない。

 例えば五十年前とかだとしたら、世界に万単位で広がっていてもおかしくない。ここ数年の話なら全部で数百人くらいかもしれない。

 

「『サーチ』で視た限り、接触しないと『寄生』できないみたいでした。だから、一次感染者は少なくとも一度は彼に接触しているはずで──っ!?」

「どうしました?」

「だったら、トガちゃんも『寄生』を受けてる! 私達は一回、神野のバーであいつと会ってるんです!」

「な。トガヒミコの戦闘能力は十分脅威っスよ!?」

 

 もちろん、私も『寄生』されてることになるけど、私にそんなものが効くはずない。今もぴんぴんしてるのがその証拠だ。影響下に置かれた傍から『不老不死』にぷちっと潰されて終わりだろう。

 でも、トガちゃんは?

 とりあえず外傷だけは塞がった身体を起こそうとする。

 と、()()()()()()()()()()()()()()が私達に突如襲い掛かってきて──。

 

 ドガッ!

 

 フルスイングされた()()()()()に殴打されて昏倒した。

 

「呼びましたか、永遠ちゃん?」

 

 スーツ姿でロングヘアだけど、その声と喋り方は、

 

「トガちゃん、無事!?」

「無事に決まってるじゃないですか。私だって『不老不死』なんですよ?」

「……あ。ああ、そっか」

 

 良かった。

 身体から力が抜ける。もし、トガちゃんまで『寄生』されてたらって考えたら怖くて仕方なかった。オール・フォー・ワンは乗っ取った身体を好きに使える。自害さえいつでも可能なのだ。

 ホークスも息を吐いて、

 

「いや本当、暗殺スキルと『変身』と『不老不死』持ちのオール・フォー・ワンとかぞっとしませんよ……」

「心配しすぎですよぅ。それより永遠ちゃん、ご飯です」

 

 どさどさとエコバッグの中から出てきたのは全部食べ物らしい。

 混乱に乗じて売店から拝借してきたらしい。火事場泥棒……いやまあ、この状況だと正直物凄く有難い。会場には後でお詫びとお礼でお金を送ろう。

 

「ありがとう、トガちゃん。愛してる」

「えへへぇ。私も愛してますよぅ永遠ちゃん」

「あのー。いちゃつくのは後にしてもらっていいですか?」

 

 もちろんわかってる。トガちゃんに食べさせてもらって栄養補給。胃が残っているかさえ定かではないけど、何度も死にかけてる身体だし、他の器官でも消化吸収が可能なくらいには進化してるだろう。多分。あれ、それ私もう人間じゃなくない? 今更か。

 咀嚼しながら思考する。

 事態はとんでもなく悪い。迅速かつ的確にオール・フォー・ワンを排除しないと大変なことになる。何しろ、時間をかけたら二次感染が広がっていくのだ。必要なのは人海戦術。

 刑務所から脱走した敵もなんとかしないといけないし、混乱に乗じて暴れる敵もいるはず。

 

 なお、根本的な『寄生』治療ができるのは現状私一人な模様。

 

 ホークスの電話が終わったのを見計って私は彼に告げる。

 

「ホークス。私、回復したら『二倍』で増えられるだけ増えて散らばります」

「はい。『上』もその見解です。できればトワさん本人には待機していて欲しいそうですが」

「あ、それは無理」

「何故っスか?」

「蛇腔総合病院! ドクターと脳無に『寄生』されたら大変なことになる!」

 

 あそこにはAFO(オール・フォー・ワン)のストックがされている可能性もある。

 脳無の肉体に入ったオール・フォー・ワンがAFOを持って襲ってくるとか悪夢以上の何かだ。

 

「あと雄英も危ない! もしかしたらオールマイト自身も『寄生』されてるかも」

「はぁ!? そういうことは電話する前に言ってくださいよ!」

「私も考えながら喋ってるの!」

 

 慌てて再度電話をかけるホークス。

 詰め込めるだけの食事を詰め込んで、とりあえず動ける程度に回復した私は二倍で十人くらいまで増える。

 

「私。やることはわかってるよね?」

「「大丈夫」」

 

 こくりと頷いた『私達』は会場から街へと散っていく。ダメージは多少残ってるけど、移動してる間に全快するはず。

 なお、分身は二人だけ残っていて、一人は私の『転送』で八百万ヒーロー事務所に送る。あそこには白雲君がいる。彼の“個性”で全国に送ってもらうのが一番速い。

 で、もう一人は、

 

「トガちゃん、ついてきてくれる?」

「もちろんです。永遠ちゃん一人じゃ危ないですから」

「ありがとう」

 

 私は一つの“個性”をトガちゃんに譲渡してから『分身』に送ってもらう形で蛇腔総合病院へと跳んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『全にして一』2

 地下の研究室へ直接降り立つと、そこには多くの人がいた。

 

 病院の職員が中心なのだろう、看護師の格好をした人や白衣を纏った人が多い。その他は警備員や近隣住民だろうか。

 彼らは()()オール・フォー・ワンに『寄生』されている。

 うち数人に押さえつけられてじたばたともがいているのは小柄な老人。

 

「ドクター!」

「た、助けてくれ! 頭と身体に他人の思考が流れ込んできて──」

 

 声をかけられた彼は即座に助けを求めてきた。

 いや、うん。

 白雲君を黒霧(あんなふう)にしたお前が言うなって思わないわけじゃないけど、そこはぐっと我慢して、この空間で問題なく動ける人数──三人に分身。

 と、手の空いている量産型が振り返って、

 

「やあ永遠君」

「思いのほか早かったね。あと一時間くらいは稼げると思ったんだが」

「全部が全部、思い通りに行くと思わないで!」

 

 手近な一人に接近して即座に拘束、『寄生』を奪う。

 倒れた人は新しい分身を作って運ばせ、次の量産型へ。

 

「どうかな? 成功しても失敗しても計画のうちだとしたら?」

「全部失敗させれば、そのうち完全に失敗するでしょ!?」

「やれやれ……。君はもう少し思慮深い人間だと思っていたのだが」

 

 周囲に乱立するカプセルが割れ、次々と脳無が下り立っていく。

 ここにいるのは殆どがハイエンド。

 『超再生』を基本として複数の“個性”を併せ持つ個体だ。

 

「脳無には前々から『寄生』済みだったんだよ」

「起こさなければ無害、と短絡的に考えたのが失敗だったね」

「この、貴様! オール・フォー・ワン! 恩を仇で返すつもりか!?」

「それはこっちの台詞なんだけどね、ドクター。……まあ、僕達はもともとギブ・アンド・テイクの関係。利害が異なってしまった以上、何をしようと裏切りにはあたらないさ」

「おおおお! よくも、よくもジョンちゃんとモカちゃんを!」

 

 誰それ? と思ったら、ドクターの傍で小さな脳無が二体、潰れている。

 ペットか何かだったんだろうか。

 何らかの“個性”を持っていただろうに、潰してしまったということは『寄生』されなかったのか。その上でドクターを守ろうとした?

 ちょっと可哀想だ、と思ってしまう。

 

「さあ永遠君」「この数を相手に」「戦えるかな?」

 

 確かに、多勢に無勢だ。

 こっちとしては病院を壊すような戦い方ができない。量産型を殺すわけにもいかない以上、ある程度パワーは抑えないといけない。

 加えてハイエンドの群れ。

 形勢は良くないけど、

 

「よくわかりませんが、隙だらけですよ?」

「「なに……っ!?」」

 

 トガちゃんに()()()()()ハイエンドの一体が瞬時に『崩壊』。バランスを崩して倒れ込んだそいつの四肢を更に破壊して行動不能にする。

 

「トガヒミコ──弔の能力を移譲されたか。あれを他人に譲るとは、永遠君。それが君のやり方か」

「これでも猿真似に見えますか? オール・フォー・ワン」

 

 ハイエンド(量産型オール・フォー・ワン)と人々(量産型オール・フォー・ワン)が一斉に襲い掛かってくる。

 

「トガちゃん! 普通の人は!」

「わかってるのです!」

 

 普通の量産型──っていう表現もどうかと思うけど──には握った拳で対処するトガちゃん。

 私は二人の分身に人々を(個性を)ちぎっては投げしてもらいながら、近接戦用コンボでハイエンドの身体をぶち抜き、完全に死ぬ前に取れるだけの“個性”を奪う。命が失われるギリギリのところで『巻き戻し』を起動して、利用される前の子供の姿へ。

 

「一歩間違えれば殺人だよ?」

「迷ってる暇なんかないんだよ!」

 

 救う努力はする。でも、オール・フォー・ワンの好きにさせるのはもっとまずい。

 

 めまぐるしく状況が動く。

 ハイエンドじゃない量産型も酸を吐き出したり、異形型が噛みつこうとしてきたり、何かを狙って触ろうとしてきたりするので、そういうのは気絶させる程度に殴って止めるしかない。

 と。

 照明に照らされているはずの室内が突然暗闇に包まれる。電気が消えた? 違う。視覚を奪われた! 厄介な“個性”が紛れていたけど、

 

「『赤外線』『サーチ』。あなたが集めた“個性”に追い詰められる気分はどう?」

「気配さえあれば戦えるのです」

 

 透ちゃん並みに忍者みたいなこと言ってるトガちゃんは何かおかしいとして、私と私の分身は見えなくても戦える。

 使っていた一般女性に接近して『寄生』を奪うと能力が解除されて視界が晴れた。

 

「くっ……!?」

「諦めてよ、オール・フォー・ワン! こんなことして何になるの!?」

 

 叫ぶと、次の瞬間、空間内に不自然な沈黙が下りた。

 

 ──え?

 

 敵全員がぴたりと静止したのだ。

 何が起こったのか。思わず様子を窺ってしまう私とトガちゃん。すると、量産型の一人が口を開いて、

 

「君に何がわかる、不老不死の少女」

「っ!?」

「どうして僕が死ななくちゃいけない? 僕は神に等しい“個性”を持っている。なのに何故、僕が死ぬ? 百年以上生きてきた僕の『死の恐怖』が君にわかるかい?」

「………」

 

 わからない。

 わかるはずがない。

 

 私は死なない。『不老不死』のお陰で歳さえ取らない。それどころか、私は前世の記憶さえ持っている。この世界に生まれ落ちる前の私でさえ『本当の意味での死』を経験していない。

 でも。

 

「だからどうしたの?」

「何?」

「あなたがどう思っているのかはわからない。これから一生かけて考えなくちゃいけないかもしれない。でも! あなたは他の人を傷つけた! 支配して利用して、運命を狂わせた! だから私はあなたを許せない、ただそれだけ!」

「繰り返し繰り返し()()()()()()()()()、いつまでそんな正義ごっこを続けるつもりだ? いつか摩耗し、後悔する時が来ると何故わからない? 所詮、超越者と人はわかりあえない。人はいつか君さえも排斥する」

「だったら、その時は私は、何もしないことを選ぶ! 私みたいなのがいらない世界が来たなら、それが一番いいんだから!」

「愚か者だ。君はどうしようもない愚者だ。永遠君」

 

 そうかもしれない。

 だけど、私にはみんながいる。トガちゃんだっていてくれる。だから一人じゃない。一人じゃないなら、きっと大丈夫。

 群がってくる量産型に一つずつ対処していく。

 体勢を整える『間』が生まれたことで、相手の“個性”を把握することもできた。何が来るかわかってしまえば脅威は半減する。

 

 一つずつ、脅威が減っていって。

 

 最後のハイエンドを無力化した時には、ドクターはドクターではなくなっていた。

 

「時間稼ぎは間に合ったようだね」

 

 小さな老人が芝居がかった口調で言う。

 私は見た。

 彼の身体に『超再生』と『寄生』『AFO(オール・フォー・ワン)』が存在しているのを。

 

「ただの『寄生』じゃなかったの……?」

「『寄生』しながらアンプル状の『AFO』を注射していたのさ。君も味わっただろう? 僕自身の“個性”(オリジン)には僕の残留思念が存在している」

 

 ドクターを乗っ取ったのはそっちか。

 

「これで素地は取り戻した。後は研究を進めて、僕に最適のボディを作り出せばいい。必要な知識はこの身体に詰まっているからね」

「できると思う?」

「ドクターの知識はこれからの君や社会にも必要だろう? それに、『AFO』で『AFO』は奪えない。違うかい?」

 

 その通りだ。

 私が残留思念から逃れられたのは『不老不死』のお陰。強烈な意志があれば素でも抗えるかもだけど、一度乗っ取られた状態からでは難しい。

 だったら、

 

「罪は、私が背負うよ」

「な、に?」

 

 呼び寄せたオール・フォー・ワンの首を掴んで拘束するとすぐさま『AFO』を起動。奪うのは『寄生』でも『AFO』でもなく『超再生』。

 ぽいっと床に放ると、ドクターの身体は受け身を取ることもできずにべちゃっと倒れた。

 

「永遠、君」

「身体が死んでいくのを味わえばいいよ。ずっと、それが怖かったんでしょ?」

「……ふ、ふふふ、ははは」

 

 しゃがれ声で笑いだすオール・フォー・ワン。

 『超再生』を失ったドクターの身体は急速に本来の年齢を取り戻し、それと同時に崩壊を始めている。死を前にして気が触れてしまったのだろうか。

 

「同じ恐怖を君も味わうんだ」

「私は、死ねるなら死にたいよ」

「今はね。強制的に誰かに殺されることになった時、同じことが言えるか、楽しみにしているよ」

 

 そして、最後に彼が発した言葉は、

 

「時間稼ぎは、済んだ」

「悪いけど、対処はしてきてるんだよ」

 

 ヒーローは、彼が思っているほど弱くない。

 私が駆け付けなくても各地のヒーローが量産型を気絶させて拘束してくれているはず。私の分身だって各地に移動している。全人類がオール・フォー・ワンになる、なんていう未来は絶対に来ない。

 

「さよなら、オール・フォー・ワン」

 

 相当に無理して生命を維持していたのか、ドクターの亡骸は骨も残らなかった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 それから、日本がオール・フォー・ワンの脅威から解放され、平穏を取り戻すまでには一か月以上の時間が必要だった。

 その間、私も含めたプロヒーローは働きっぱなし。

 次々に現れる量産型に対処し『寄生』の“個性”を除去する。そのために私の分身は各地を飛び回り続けたし、本体である私も野戦病院と化した都内の大公園でAFOを使い続けることになった。

 

 事務所内にある家に帰ることさえできない有様、十分単位で仮眠を取っては起こされ、“個性”を使い続けるような状態。

 私と白雲君の“個性”でトガちゃんが行ったり来たりして色々手配してくれなかったら事務所の方が回らなくなっていたかもしれない。

 何しろ私が十人以上に増えて『寄生』治療に量産型撃退、暴れる敵の逮捕まで次々にやるのだ。事後処理の書類が溜まる溜まる。お陰で期待される報酬額は物凄いことになったけど。規定通りに支払うと国家予算を脅かしかねないので分割か何かの方法に同意していただけませんか……って、お金関係の偉い人が独自に頭を下げに来てくれたくらいだ。

 

 ぶっちゃけ、各地が大混乱で、お金なんていくらあっても足りない状態なのだ。

 

 警察内にも『寄生』されてる人が複数人いて、塚内警部もその一人だった。“個性”を抜いた後はしばらく療養が必要な上、ほとぼりが冷めるまでは仕事にも就かせにくいということで、人員不足が深刻化。ブラックな労働は彼らにも及んだ。

 医療従事者に被『寄生』者が多かったことも問題で、通常業務が立ち行かなくなりかける病院も出たくらいだ。

 

 あと、やっぱり雄英も襲われた。

 筆頭は──オールマイトの身体を乗っ取った量産型オール・フォー・ワン。OFA(ワン・フォー・オール)を持ってないとは言っても、先代から継承した“個性”を最強まで押し上げた筋肉は彼のもの。無個性なので相沢先生とも相性が悪く、まさに最悪の敵になった。

 生徒達まで動員して戦った末、最後はデクくんとの疑似師弟対決によって制されたらしい。終わった後にようやく駆け付けた私の分身が『寄生』を抜き、『巻き戻し』で治療も行ったので、今はもう事なきを得ている。

 

 そして。

 

「あー……いつぶりの事務所だろ」

「お疲れ様なのである、所長。ロイヤルミルクティーなどいかがかな?」

「いただきます……って、なんか増えてる!?」

「新たに所員となったジェントル・クリミナルである。以後お見知りおきを」

「ああうん、はい」

 

 なんか野戦病院でハンコ押した記憶はある。さすがに眠気で朦朧としていたので、読んだ端から内容は抜けてたけど。

 まあ、ジェントルはもともとそういう話あったしね。

 なんでも、オール・フォー・ワンの刑務所襲撃で殆どの敵が脱走したにも関わらず、律義に壊れた施設に留まっていたことで恩赦を受けたらしい。

 とりあえず経過観察付で市井に戻ることが許され、私を拘束する代わりの人員として派遣されてきた。

 

 で。

 

「お手伝いをさせていただいている轟冷です。よろしくお願いします」

「あ、こちらこそよろしくお願いします。息子さんには大変お世話に……って、轟君のお母さん!?」

「はい、焦凍の母です」

 

 なんでも退院し、リハビリがてらどこかで働きたいと考え、どうせならヒーロー事務所にとエンデヴァーに相談したところ「自分のところは駄目だ」「男が所長のところはもっと駄目だ」「事務所が遠方にあるのは危険だ」などと幾つも条件を付けられ、悩んだ末にうちに落ち着いたらしい。

 

「なんでまたうちなんかに……」

「アットホームな楽しい職場だと窺ったので」

「アットホームっていうかノリが軽いだけよね」

 

 うん、まあ、私もそう思うけども。

 見た目幼女のラブラバがスーツ着てパソコン愛でたり、私やセンスライさんにタメ口きくせいでもあるよね?

 

「あはは。でも、人員不足が解消されて良かった」

「良くありません。仕事が十倍に増えたのに人手が全然増えてません」

「ほんとごめんなさい」

 

 私は宮下さんに土下座した後、顔を上げた。

 「部屋に取り付けられた複数台のカメラ」を見て、苦笑する。

 

「本当にごめんなさい。窮屈だよね、みんな」

「まー、もう慣れたわ。職場でだらけちゃいけない、なんて当たり前だし」

 

 肩を竦めるラブラバの言葉に救われる。

 

 ──そう。全てが順風満帆とはいかなかった。

 

 あの事件以降、私の一挙手一投足は全て監視されることになり、事務所はおろかプライベートな住居にまでカメラが取り付けられている。

 扱い上はプロヒーローのままであるものの、裏での私の評価は「敵予備軍」に落ち込んでしまっているのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨悪の爪痕

『ヒーロー公安委員会 プロヒーロー・トワを最重要監視対象に指定』

『最年少プロヒーローに(ヴィラン)との癒着か?』

『イモータルヒーロー活躍の理由は「敵が邪魔だったから」?』

 

 新聞、週刊誌、ワイドショー、ネット、ありとあらゆるメディアが面白おかしく、私に対する『処分』を取り上げている。

 原因は当然、先のオール・フォー・ワンの一件。

 彼が『テレパス』で告げた言葉と私の戦いぶりに、一般市民から疑問の声が上がり始めたのだ。

 

 いわく、強すぎる。

 いわく、できすぎている。

 いわく、まるで彼女が活躍するように仕組まれたみたいだ。

 

 私が脳無の最終形だというあの男の台詞をみんながみんな鵜呑みにしたわけじゃないけど、私があの場で「オール・フォー・ワンと同じ力」を使ったのは事実。

 “個性”の組み合わせで圧倒的な空気塊を放ち。

 他者を転送して手元に引き寄せ。

 腕を醜悪な槍に変えて相手の身体を貫いた。

 特に、オール・フォー・ワンを『殺す』場面はモザイク付きながら何度も何度も放送され、「怖い」「気持ち悪い」「失望した」などと取り沙汰された。

 

 ドクター──蛇腔総合病院の院長を殺害した、と私が報告したことも拍車をかけた。

 

 ヒーロー公安委員会および国、警察は「一介のプロヒーローに力が集中しすぎている」ことを危惧し、専門家を交えた協議の末に『処分』を決定した。

 

『無期限の監視処分』

 

 事務所や自宅には監視カメラが取り付けられ、更に周囲には常に複数人の監視役がつく。敵と戦っている時だろうと食事中だろうとトイレの中だろうと眠っている時だろうと関係なく監視され、その映像は「プライバシーに配慮した加工を施した上で」ネットに無料公開される。

 敵認定されたくなければ大人しくしていろ、と、宣告されたのに等しい。

 

 以来、私には本当の意味での「プライベート」なんて存在しなくなった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 世論がこういう風に傾いた──ううん、()()()()()本当の理由は、他の国を私が()()()()()()()からだ。

 オール・フォー・ワンの脱獄から約一週間後、事態を重く見た国は一時的な鎖国状態へと移行することを宣言した。

 誰が『寄生』されているか特定しきれない。

 人が移動することで被『寄生』者が広がってしまうのを防ぐためという名目で、実際には「自国だけがいち早く」この脅威から脱するための方策だった。

 

 唯一『寄生』に対処できる私には「国外に分身を送らないよう」国から通達があった。

 鎖国している状態での例外はごく一部、食品等の物資輸送に限られるため、たとえプロヒーローであっても出国は許さないというのだ。

 

 でも、私はその時点でもう、分身を外国に送っていた。

 白雲君が中学時代、家族で中国旅行に行っていたお陰だ。“個性”発祥の地を見たいという子供の我が儘が役に立った。中国に送られた分身は更に現地で分身を増やし、各国に散らばった。

 分身すると服はコピーされるけどスマホまではコピーされないし、『二倍』には分身と遠隔コミュニケーションを取る能力がないので「戻って来い」と言うこともできない。

 

「鎖国する前に出国しちゃったのはどうしようもないっスね」

「ね? どうしようもないですよね?」

 

 仕方ない。ああ仕方ない。困った困った、と、メッセンジャー役のホークスとあくどい笑みを浮かべてみたんだけど──当然、許してはもらえなかった。

 非常時における国の方針に意を唱えて逆らった、と見做されてしまったのだ。

 私がもし『寄生』されていたら混乱を倍増させるだけだし、他国における日本のヒーローの活躍には国家間のパワーバランスが関わっているため勝手にやられては困る、という主張もあった。

 『不老不死』だから『寄生』は広がらないと訴えても「絶対などない」の一点張り。

 それ自体は頷けるところもあるんだけど、オール・フォー・ワンを利用して国力に差をつけようとしているように思えてならなかった。

 

「上層部にオール・フォー・ワン信者がいる疑いもあるっス」

 

 敢えて自分の信奉者に『寄生』をせず、被『寄生』者に目を向けさせることで隠れ蓑とした。そして自分達にとって都合の良い政策・方針を通しやすくした可能性。

 

「そう考えると、あの男の処刑が伸び伸びになっていた理由も説明がつきます。トワさんへの当たりがキツイのも」

 

 オール・フォー・ワン信者から恨まれているのは何もおかしくない。むしろ当然だ。

 でも、この状況では内部から膿を出している余裕がない。ただでさえ混乱して人が足りない状況で魔女裁判なんて始めたら、全員共倒れになりかねないからだ。

 

 国は一応、自国のプロヒーローが他国を「善意で」救済した、という論調でマウントを取りに行ったけど、それはそれとして私には処分を下すしかなかった。

 

 罰金だの報酬の減額だの、という話にならなかったのは、ルール上、私の行動には法的・倫理的な違反がほぼなかったから。

(ヒーローは敵を相手にする場合に限り、対象の殺傷を許されている)

 最前線で身体を張ったプロヒーローが悪意を持って違反したわけがないだろう、という抗議が同じプロヒーローを中心に多数入ったことも影響している。

 本当、みんなには頭が上がらない。

 

 それでも世論が「こう」なったのは何らかの工作があったからだろう。

 キュリオスか荼毘か、モギ田モギ夫か。

 多くの敵に恨みを買っているので、そういう奴らがネットに書き込みしたり悪い噂を流したりして印象操作をした疑いもある。

 というか、街頭インタビューで好意的な答えをしたのに全然取り上げられなかった、なんていう声を本人から直接聞いたりもした。

 

 雄英高校も敷地内への私の立ち入りを禁止する、と発表した。

 公の立場として厳しい態度を取ることで逆に私を守ろうとしてくれているんだと思う。実際、オールマイトやミッドナイト先生、その他大勢が「個人として」私を擁護する声明を発表してくれている。

 A組のみんなからも連絡が来る。

 全部検閲が入るので当たり障りない連絡しかできないけど、親しい人達とのやりとりは心が和んだ。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「ねー、永遠ちゃん。ハグしましょうよハグ」

「もうしてるし。……っていうかトガちゃん、これ撮られてるんだからね?」

「いいじゃないですか。見たい人には見せておけばいいんです」

 

 カメラが設置されてもトガちゃんは相変わらずだ。

 だらだらごろごろ。一応「男の人を性的に喜ばせる趣味はない」とのことで多少露出は減っているものの、肝心のボディタッチと甘々フレーズが全然変わってない。

 

「知ってます? 私達のプライベート映像『百合百合で捗る』って一部で大人気らしいですよ?」

「知ってるから言ってるんでしょ!?」

 

 ちなみに私の食事シーンは「下手な大食い番組より見ごたえある」と評判になっている。

 いやうん、なんていうか、フェチの人達って逞しくてドン引き、もとい、逆に安心する。

 

 

 

「所長、パトロール付き合ってくださいっす!」

「私でいいの? センスライさんと行ってくればいいのに」

「姐さんの捕り物は鮮やかすぎて参考にならないんですよ」

 

 白雲君は時々、私にパトロールやトレーニングをねだってくる。

 監視付きでやっても面白くないだろうに、気にした様子もなく、だ。

 

「俺は所長を信じてます。っていうか、所長を送った張本人ですし、所長に救われた張本人でもあるんで。疑ってる連中に『何馬鹿言ってんだ』って言ってやりたいくらいです」

「……もう。馬鹿正直だと早死にするよ?」

「自分の命も大事にしないといけないってのは身に染みてます。先生方からも口が酸っぱくなるくらい言われてるんで、俺は所長を見習って『殺しても死なない』方向性で行きますよ」

 

 本当、彼は好青年すぎて涙が出てくる。

 

 

 

「む。済まないラブラバ。パソコンが変な音を立てているのだが」

「飛田さん。また変な操作したんでしょう。駄目ですってば。パソコンは精密機器なんですから」

「うるさいわね所長黙ってなさい! どうしたの、ジェントル? ……ああ、大丈夫よ。このくらい私ならちょちょっと直せるから。あそこのチビと違ってね」

「おお、さすがラブラバ。腕は落ちていないな」

「いや、今の、強制終了して再起動しただけじゃん……」

 

 ラブラバはジェントルが来てから倍くらいうるさくなった。

 まあでも、楽しそうにしてくれてるってことは、うちの事務所に不満があるわけじゃないってことだと思う。

 

 

 

「所長。今日の求人応募をふるいにかけたので、後でチェックお願いします」

「ありがとうございます」

 

 宮下さんは人材確保に熱心だ。

 ラブラバに頼んで応募内容の精査プログラムを作成し、一つ一つじっくり読まなくても最低条件に合致しているかどうか一瞬で判定できるようにした。

 毎日その日に来た応募分をプログラムで一括判定して、合格した分だけを私に流してくる。実に合理的な待遇改善のやり方である。

 

 ちなみに、結構応募は来たりする。

 ネットの動画を見れば仕事風景が丸わかりなうえ、収入で二位を大きく引き離して独走しちゃったせいだ。みんな、なんだかんだ言ってお金が欲しいのである。

 

「うちの所員はみんな優秀ですよね……もう少しお給料」

「これ以上いらないので人を増やしましょう」

「……はい」

 

 実は既に、みんなのお給料は相場の倍近かったりする。

 

 

 

「所長。次の面接会は今週末でしたよね?」

「はい。すみませんけど試験官をお願いします」

「わかってます。私がやるのが一番適切でしょうし」

 

 センスライさんは頼れるみんなのお姉さんだ。

 事務作業全般のエキスパートの宮下さんと、何でもこなす才媛・センスライさんが二大エース。特に彼女の『嘘発見』の“個性”は面接にぴったりだ。嘘や誇張を一発で見抜けるので、可愛い顔して厳しい宮下さんに質問させ、隣にセンスライさんを座っていてもらうだけで色々完璧である。

 

「それにしても、今年の税金が馬鹿みたいな数字になってて面白いわよ」

「うわ本当だ。なんですかこの数字」

 

 なんだかんだ言いつつ、うちの事務所は誰一人辞めていない。

 

 

 

「冷さんも、居心地悪くないですか?」

「いいえ。私はただのお手伝いですし、皆さんいい方ばかりですから」

 

 冷さんも事務所の掃除やお茶くみ、簡単な事務作業などを卒なくこなしてくれている。

 若い時に嫁いだ後は育児に追われ、その後は長期入院だったみたいだけど、地頭が良いんだと思う。長女の冬美さんも小学校の先生だし。

 

「ただ、あの人が所長に失礼をしないか心配ですが……」

「あはは。大丈夫ですよ」

 

 笑って流した私だったけど、エンデヴァーからは定期的に「様子はどうか」と連絡が来る。褒めて返してるけど、私が冷さんを冷遇したなんて知れたら消し炭にされるかもしれない。

 ちなみに、なんでうちでOKしたのか聞いたら、しばらく沈黙した末、

 

「能天気な馬鹿が所長だからだ」

 

 と、失礼なことを言われた。全く反論できなかったけど。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 事務所を立ち上げた頃は遠い未来の話だと思っていたけど、デクくんや百ちゃんももう三年生。

 百ちゃんが合格しないとかありえないと思うので、卒業後どうするのかあらためて尋ねてみると、

 

「え? もちろん、八百万ヒーロー事務所を今以上に盛り立てていきますわよ?」

 

 どれだけ稼ぐつもりなのか……って、そうじゃなくて。

 

「いいの? 別に立ち上げてもいいと思うけど」

「何を言っていますの、永遠さん」

 

 溜め息をつかれて、

 

「いいですか? 何のために事務所名をそう決めたと思っているのです。姉妹で同じ事務所に所属するというネームバリューを得て、チームアップ制ともサイドキック制とも違う協力体制を敷くためです。永遠さんがこれだけ盛り上げてくれたのですから、利用しなくてどうします?」

「え、でも、盛り上げるっていうか炎上して──」

「はあ」

 

 もう一回溜め息をつかれて、

 

「いいですか、永遠さん。そんなこと、わたくしは気にしておりません。むしろ、妹は誇らしいことをしたと思っております。ですから、何も恥じることなどありません。むしろ妹に手柄を立てられ過ぎて、所長を譲られるのを辞退しようかと」

「いや、しなくていいから。所長の座なんて持って行っていいから!」

「そうですか? でしたら遠慮なく」

 

 ちょっと泣きそうになりながらまくし立てると、全てお見通しとばかりに笑う声がして、

 

「愛していますわ、永遠さん。これからもよろしくお願いしますね」

「う、うん。私もあい……愛してるよ」

 

 電話を切った後、トガちゃんから「お姉さん相手だと随分恥ずかしがるんですね?」といじめられた。

 

 

 

 透ちゃんにも進路を聞いてみたところ、

 

「うん! 試験受かったら応募するね! っていうか試験落ちても予備校通いながら働くからバイトで雇ってよ!」

「え、いいの? 別のところ行きたくなったとかそういうのは──」

は? 何言ってるの永遠ちゃん?

「ひぃっ?」

 

 言外に「私達は主従なの忘れたのかな? 忘れたんだよね? 私がいない間に危ないことばっかりしてたもんね?」と責められた私は、透ちゃんにも「愛してる」と囁く羽目になった。

 トガちゃんはともかく、百ちゃんと透ちゃんは絶対面白がってやってると思う。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 そして、時は流れて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラスボス トワ編
6years later


「理由をお聞かせ願えませんでしょうか」

 

 万物ヒーロー『クリエティ』こと、八百万百『国会議員』は党内の会議の場において、凛とした声を響かせた。

 

「かねてより提案している『ヒーロー改革』構想案について、都合()()()、棄却されております。指摘された問題点については都度改善を行っているにも関わらずです。ここ数回においては明確かつ納得のいく理由さえいただけておりません」

「八百万君」

 

 若い女性議員の真剣な声に対し、返ってきたのは苦笑や失笑だった。

 

「ここはお勉強の場ではないんだよ?」

「机に向かって一生懸命に考えたアイデアが没にされたからと言って癇癪を起こされても困る」

「理由は都度通達しているのだから自分で考えればいいじゃないか」

 

 歳を重ねた男性中心の党員達は、今度こそ明確な嘲笑を漏らした。

 若者やヒーローからの圧倒的票によって当選した百は、当然と言うべきか、古参の党員達から快く思われていなかった。

 国会をアイドルのステージと勘違いしているのではないか、などという揶揄が普通に飛び交う、ということからも「議席だけ与えておけばいい」と考えられているのは明白だった。

 

 百が勤勉であればあるだけ、彼らとの溝は深まっていく。

 

「……かしこまりました。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」

 

 抗弁を諦めた百は一礼してマイクを置く。

 心の中がどれだけ煮えたぎっていようと、生まれ持った礼儀正しさと思慮深さは捨てられない。これ以上は無意味、どころか逆効果だと判断した時点で引き下がることしかできない。

 

「では次の議題ですが──」

 

 淡々と、予定調和のごとく会議は進行。結局、さしたる時間超過もなく終了した。

 

「八百万君」

 

 荷物を纏めて席を立ったところで、一人の議員から声をかけられる。

 でっぷりと太った「不摂生な大人」を絵に描いたような男。若い女として不快感がこみ上げるが、顔には出さず、逆に笑顔を浮かべて応える。

 

「はい。なんでしょう?」

「いや、なんだ、その。一々スーツを着てくるのも面倒じゃないか?」

 

 何を言われるのかと思えば。

 議員の視線は百の身体──それも、主に豊かな胸や尻、足に向けられていた。纏っているのはレディーススーツ。国会議員としての仕事の際はしっかりとした服装で、と、当然のように考えていたのだが。

 

「ええと、どういう意味でしょう?」

「ヒーローコスチュームの方が大衆受けがいいんじゃないか、ということだよ」

 

 と、近くにいた他の議員が「それはいい」と声を上げる。

 

「場も華やかになりますな」

「国会中継の視聴率も上がるかもしれません」

 

 ははは、と、(一見)和やかな笑い声が上がると、さすがの百も「馬鹿じゃありませんの」と声を荒げそうになった。

 しかし、結局はギリギリのところで堪えて「考えておきます」と当たり障りなく返す。

 

「それでは」

 

 一礼してその場を離れると、背後や周囲からぼそぼそと、

 

「小娘が生意気な」

「ヒーローと議員の兼業など続くわけがない」

「親の七光り」

 

 聞こえてくる声は全て無視した。

 

「今度、八百万家が出資した人工島建設が完了するそうじゃないか」

「義理の娘が生んだ金を実の娘と、金持ちの道楽にするか」

「いやはや、八百万もなかなかに『わかって』おりますな!」

 

 鬱陶しい声が聞こえなくなるまでの時間が永劫のように長く感じられた。

 

 騒音の響かない静かな廊下に辿り着くと、同行していた秘書が告げる。

 

「次のご予定は今朝、お伝えした通りです」

「ありがとう。準備をして駐車場に向かいます。車を回しておいてくださいませ」

「かしこまりました」

 

 秘書が恭しく離れていく。

 百は続けて「あなたも、もう大丈夫ですわ」と呟くように言った。

 誰もいない空間。応える者は当然いない。だが、ぽん、と「見えない誰か」が百の肩を叩いた。

 『彼女』が足音も気配もなく何処かへと去っていく。確認する術は存在しないが、百にはそれを確信することができた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「平和になりましたよね」

 

 丘縞(おかしま)千花(せんか)がしみじみ呟くと、目の隈以外は年下にしか見えない大先輩が声を上げた。

 

「千花。手が空いたならコーヒー淹れてくれない。濃いめで」

「あ、はい! ただいま!」

 

 十八歳、大学に通いながらの雑用のアルバイト。

 とはいえ、最大手と言っていいヒーロー事務所の中枢に関われるなんて、自分でも物凄い幸福だと思っている。ダメ元で応募し、所長と副所長に頭を下げて良かったと心から思う。

 思いながらも手が止まらずに動くようになったのは、主にさっきコーヒーを求めてきた先輩による調教の賜物だと思う。

 

「お待たせしました」

「ありがと」

 

 と、その先輩は手も止めずに礼を言うと「で、平和だっけ」と言った。

 

「はい。何年か前に比べると犯罪件数、すごく減りましたよね?」

「そうね。表向きは」

 

 実際、ここ数年の犯罪発生件数は低下の一途をたどっている。

 まあ、これには「八年前辺りからの二、三年間」の犯罪件数が異常だったのも関係しているのだが、それでも減っているのは事実だ。

 街を歩いていてヒーローの捕り物を目にする機会が減っているのだから、一般市民であっても実感するのは容易い。

 

「表向きって、何かあるんですか?」

「データをちゃんと見なさい。減っているのは主に小さな犯罪よ」

 

 そう。

 痴漢や万引き等の大きな被害のない犯罪はぐっと減っているものの、殺人や大規模破壊行為などの犯罪は言うほど減少していない。

 魔がさして罪を犯してしまう者が出にくくなった反面、気合いの入った犯罪者は大して抑止できていない、ということだ。

 

「いや、それでも凄いじゃないですか!」

 

 と、千花はあらためて力説する。

 

「犯罪が減ってるのには違いありません。やっぱり永遠さんは凄いです!」

「……ああ。あんたの信者っぷりも相当よね」

「はい。永遠さんは私の憧れですから!」

 

 重ねた手を胸に抱いてトリップした千花へ、コーヒーを手にした先輩がジト目を送った。

 

「まあ頑張ってるとは思うけど、格好良さだったら私のジェントルの方が何万倍も上じゃない。……まあ、頑張ってるとは思うけど」

「ツンデレですか?」

「んなわけないでしょうが!?」

「ひぃっ!? もっと大きな声で叱ってください!」

 

 瞳をうるうるさせながら懇願すると、先輩──ラブラバが頭を抱えた。

 

「本当、うちの事務所には変なのしか入ってこないのかしら」

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 八百万ヒーロー事務所もいつの間にか設立からかなりの年月が経った。

 

 初代所長である八百万永遠は義姉である八百万百の雄英卒業を機に自ら副所長へと降格、百に所長の座を譲った。

 百は所長として、ストレート合格した優秀な新人プロヒーローとして活動を始める傍ら、大学にも進学し、知識の吸収に精を出した。

 永遠をはじめとした周囲は「理系に進学するんじゃないのか」と、彼女の進学した学部を見て驚きの声を上げたが、百はもっと上、あるいは先を見ていた。ヒーローとしての知名度と親の威光、自身の才覚をフルに活用して影響範囲を広げ、史上最年少での国会議員当選を果たしたのだ。

 

 今では史上初の国会議員兼プロヒーロー。

 所長が一向に暇にならない上に副所長が鉄砲玉なせいで、所長代行のセンスライこと扇頼子、所内監査役に就任した宮下、情報処理班という名の少数精鋭部隊を率いるラブラバ、気が付いたら有数の戦力と化していた轟冷がフル回転の大忙しだが、立ち上げの頃を知る古参は「いつものこと」「もう慣れた」と口を揃える。

 百の加入を機に人員も一気に増え、当初は「大きすぎでは?」と思われていた事務所でさえ手狭になり、キャンピングカーを改造した特製ヒーローカーまでがフル稼働しているというのに、それでも仕事が楽になっていない辺り、この事務所の人員がどれだけワーカーホリックかわかる。

 

 筆頭が立ち上げ人である副所長──八百万永遠なのだからどうしようもないが。

 

 彼女は現在もイモータルヒーロー・トワとして活動を続けている。

 ()()()()()()の元、百一人に増えた彼女は全国に行動範囲を広げ、自重という言葉を置き忘れてきたかのように(ヴィラン)を退治し続けた。どこの県に行っても二人くらい『不老不死』のプロヒーローがいる、という環境が「あれ、もしかして悪いことしても捕まるんじゃね?」「もしかして犯罪って悪いことなんじゃね?」という意識を広げ、犯罪発生率の低下に貢献したのは間違いないだろう。

 一方で、永遠の監視動画を担当していた部署はパンクし悲鳴を上げ、大幅な人員増加と予算増強を余儀なくされ、その割に動画の再生回数は年々減少していったが、それでもヒーロー公安委員会も国も、永遠の監視状態を解除しようとはしなかった。

 

 また、この六年の間に『危険個性規制法』なる法律が制定された。

 これにより、特定年齢に達した国民全員が検査を受けることを義務付けられ、暴走の危険ありと判断された“個性”はあらかじめ取り除かれるようになった。

 結果、壊理の『巻き戻し』や死柄木弔の『崩壊』のようなケースはほぼ根絶され、副次効果として国民の“個性”詳細を把握できるようになったことで間接的な犯罪抑止に繋がった。

 なお、当然ながら、“個性”検査に関わることになったのは『サーチ』を返還されたプッシーキャッツ・ラグドールと、分身から返却したため本体は『サーチ』を所持したままの永遠だった。

 

 そんなプロヒーロー・トワはヒーロービルボードチャート五位に入賞した「あの悪夢の日」以降、「当人の希望により」一度もチャートに登場しなかった。

 出馬と同時にチャート十位に入賞を果たした八百万百を始め、白雲朧に葉隠透、(ヴィラン)から一転、まさかのプロヒーロー試験合格を果たした奇跡の男・ジェントル・クリミナルといったそうそうたるメンバーを擁する事務所の『事実上のトップ』であればチャート一位も夢ではなかっただろうが、この六年間、彼女は頑なに沈黙を守ってきた。

 いや、どこの県に行っても現役バリバリ、お子様と笑顔で握手する彼女の姿が見られるので、沈黙というのも何か違うのだが。

 

 そのため、ビルボードチャートが大きく動くことはなく。

 

 一位・エンデヴァー。

 高齢に差し掛かりつつあるものの「後進に道を譲るほど衰えたつもりはない」と未だ現役宣言。トップの座を守り続けている。

 

 二位・ホークス。

 エンデヴァーを決して抜けない「二番目の男」などと揶揄され、「もうちょっと下の順位でいいんスけど」などと嘯きつつ、恐るべき速さで事件を解決し続けている。

 

 三位・ミルコ。

 オール・フォー・ワン再来の日に本来の“個性”を失いながらも更なる躍進を見せ、蹴りだけでなく拳もいけるステゴロヒーローとして大活躍中。

 

 あれ以来、オール・フォー・ワンに匹敵する悪は現れていない。

 大きなことをする敵が現れたとしてもビルボードチャートトップ10組をはじめとするプロヒーロー達が食い止め、悪事をくじく。

 しかし、そこまでしてもなお、敵の発生は止まらない。

 

 そんなある日。

 

「わたくし、八百万百はプロヒーローとしてでも国会議員としてでもなく、国の行く末を憂う一個人として、ここに宣言します。我が八百万家が建設中の人工島『エタニティ』は今日この時をもって()()()()()()()、政府およびヒーロー公安委員会の体質改善を目的として敵対いたします」

 

 とあるテレビ局の取材に応じた八百万百が唐突に、大胆に、前代未聞の宣言を行った。

 

「なお、我らが暫定独立国家の盟主は()()()()()()が務めます。我々は争いを好みません。我々の行動に異議のある者は志を同じくするヒーローを立ててくださいませ」

 

 この日のことは後の歴史においても大きく取り上げられることになる。

 

「これはヒーローによる、ヒーローとの戦争です。願わくば、兵器などを用いた無粋な手段を取られませんよう」

 

 この宣言の直後、日本全国から百一人の八百万永遠と、複数名のプロヒーローが消失した。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 政府、およびヒーロー公安委員会にとって、これは寝耳に水の出来事だった。

 

 プロヒーロー・トワはもちろん、八百万百の動向も彼らは逐一チェックしていた。その上で不審な動きなど一切なかった。少なくとも、これほど大掛かりな企てが動いているのなら何らかの予兆はあったはずなのだ。

 だが。

 正直な話、“個性”社会において絶対などありえない。透明人間が居る。百の行動はトイレやホテルの中まで監視していたわけではない。それで不審な動きが無かったなど、一流のプロヒーローが聞けば笑ってしまうほどに甘い。

 

 ともあれ。

 

 この宣言を受けた国は事実確認に奔走すると共に軍隊の派遣さえ検討したが、宣言のたった一時間後、現No.1ヒーローが()()()()()()ことによって事態は更に紛糾。

 

「承知した。貴様らとの戦争、このエンデヴァーが旗頭となろう」

 

 こうして、ヒーロー同士による『戦争』が勃発した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーロー戦争勃発

 独立宣言後、所在の掴めなくなったプロヒーローは以下の通りだった。

 

 八百万永遠。

 八百万百。

 葉隠透。

 白雲朧。

 飛田弾柔郎(ジェントル・クリミナル)。

 兎山ルミ(ミルコ)。

 鷹見啓悟(ホークス)。

 岳山優(Mt.レディ)。

 轟焦凍。

 麗日お茶子。

 

 また、トガヒミコ等、一部の一般人も同時に消息を絶っている。

 突如消息がわからなくなったことから、八百万永遠の『転送』によって人工島『エタニティ』に移動したものと思われる。

 ヒーロー公安委員会は前述した十名のヒーロー資格剥奪を決定。彼らは事実上のヴィジランテ──否、より公正に表すなら(ヴィラン)と化した。

 無論、これは日本国内での話であり、百の宣言した通り『エタニティ』の独立を認めるのであれば国内法の適用外。警察やプロヒーローが対処する権限も無いわけではあるが。

 国は『エタニティ』の独立を公的には認めず、No.1ヒーロー・エンデヴァーの動向を受けて「プロヒーローの連合軍による人工島攻略」を決定した。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 所長代理のセンスライ以外の全プロヒーローを失った八百万ヒーロー事務所は国から活動休止命令を下された。

 『嘘発見』を持つセンスライ当人が「疑われる側」であるために取り調べは難航したが、事務所に残されたスタッフは全員「何も知らない」と口を揃えた。

 轟冷が所員に含まれていたことからヒーロー間での共謀の疑いも発生したが、エンデヴァーは「妻の行動については本人に一任している」とこれを否定。『エタニティ』側と戦う姿勢を守った。

 

 なお、『エタニティ』側に直接参加しなかったものの八百万百の思想に共鳴するプロヒーロー、各界著名人、一般人も多く存在した。

 こうしたプロヒーローは戦争への不参加を表明、あくまでも街の治安維持のみを行う立場を示した。

 著名人や一般人であればネット上や街頭での活動を行ったり、テレビ番組にて持論を表明したり、あるいは『エタニティ』側に公然と資金援助を行う者もいた。

 

 国はこうした流れに歯止めをかけるための奔走。

 

 一方で、プロヒーローが数多く消失した機に動きだす(ヴィラン)も存在したが、彼らは地元のプロヒーローによって速やかに撃退、鎮圧され、期待したような成果を挙げなかった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 『エタニティ』は八百万家が出資し、麗日建設ほか複数の企業が参加して建設された人工島である。

 基本設計は雄英高校卒業生である発目明と八百万百、ほか数名。

 ()()()()()()()()()というのが売り文句であり、食料の生産施設や加工施設、住居や商業施設等を含む街の他、森や湖といった自然のスポットまでをも備えている。

 島の下部、水中に沈んでいる部分に備えた巨大なエンジンによる移動も可能であり、かつ、移動中でも島内には振動が伝わらないシステムになっている。

 

 メインのエネルギー源は太陽光。

 足りない分については島内の発電施設にて生産し、バッテリーに蓄えて使用する形式である。発電には水力や風力が使用される他、島内で生産した資源を用いた火力発電等も可能。また『ヒーローが運用する』という観点から考えた場合、火力や風力、あるいは直接電気を作り出すことも可能なため、実質的に「人力による半永久的な稼働」を可能としている。

 建設時に提出された計画案では島自体の建設が終わった後、テーマパークや居住地として整備し解放する計画であったため、砲やレーザー、ミサイル等の戦闘用の備えは行われていないものの──これについても『ヒーローの駐留』を前提とした場合には弱点となりえない。

 対空火器が必要であれば八百万百が生産して後付けすることが可能であるし、艦隊を発進させたところで八百万永遠の分身の群れが『エアウォーク』しながら接近してくれば空しい消耗戦を繰り広げるしかなくなる。

 

 と、『エタニティ』側は「単純な武力で解決できる問題ではない」ことを表しながら──自分達の側から攻撃を仕掛けることは決してしなかった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 独立宣言から数時間後の、『エタニティ』中央部タワー内で。

 

「あぁ……。カメラの無い場所ってこんなに落ち着くんだっけ……」

 

 私は円卓の一つに座ったままぐったりと伸びていた。

 

 もう、なんていうか解放感が凄い。

 ここにいる人以外には見られてないんだと思うと、心も身体もふにゃっと緩んでしまう。気にしてないつもりでもストレスになっていたんだとしみじみ思う。

 

「お疲れ様です、永遠さん」

 

 百ちゃんが(若干苦笑気味に)微笑んで労ってくれる。

 

「しばらくは羽根を伸ばしてくださいな。先方も、散発的に戦力を送り込むほど考え無しではないでしょうから。そうすると必然的に『間』が生じます」

「悪いこと考えるよね、お姉ちゃん」

「視野が広くなったと言って欲しいですわね」

 

 ふふん、と胸を張る百ちゃんの姿は、私の知ってる雄英時代のものとは少し違ってる。

 あの頃の彼女だったら「こんな計画」思いつきもしなかったはず。思いきりが良くなったというか、デクくんや爆豪の無鉄砲さが伝染ったんじゃないだろうか。

 と。

 

「永遠ちゃーん」

「わ。……もう、透ちゃん、暑いってば」

「いいじゃん。久しぶりなんだし!」

 

 グローブとブーツだけを浮かせたまま柔らかな感触を押し付けられる。

 確かに、六年間も窮屈な思いをさせたのは申し訳ないけど、

 

「透ちゃんは割と抱きついてたじゃない」

「そういう話もあるね!」

 

 全裸なら見えないからってときどき私を抱き枕にしてた。

 なので、言うほど久しぶりって感じはしなかったりする。

 

「でも『あの女』は四六時中一緒にいたし」

「トガちゃんは私が一緒にいないとコントロール不能になるから」

「呼びましたか、永遠ちゃん?」

 

 何やらいい匂いと共に現れたトガちゃんはコックコート姿で、レストランやホテルが使うようなカートを押していた。

 ことん、と、私の前に置かれたのは大盛りのオムライス。

 湯気を立てる黄金色の物体にはたっぷりとデミグラスソースがかかっている。

 

「本当はケチャップでハートを描こうと思ったんですけど、味を優先しました」

「出たな女狐」

「ん? ……ああ、いたんですか透ちゃん。目立たないから気づきませんでした」

「相変わらず仲悪いなあ、二人とも」

 

 苦笑しつつ「いただきます」をする私。

 長年かけて磨かれたトガちゃんの料理の腕は確かで、一口食べた途端に「んー!」と声を上げてしまう。

 

「トガちゃん? 永遠ちゃんのついでとはいえ、守ってあげてるんだから感謝して欲しいな?」

「透ちゃんこそ、永遠ちゃんの隣は私のものなんだから遠慮して欲しいな?」

 

 透ちゃんからしたら、自分がプロヒーローになる間に私とトガちゃんが仲良くなったのが気に入らない。

 トガちゃんからしたら「主従」というある意味固い絆で結ばれている透ちゃんがやっぱり気に入らない。

 

 といっても、敵を撃退する時なんかは見事に協力してくれるので、本気でいがみあってるわけじゃない──はず。なので放っておいている。

 

「おいトガ。私にもなんか食い物寄越せよ」

「そう言われると思って用意してありますよぉ」

 

 他のメンバーも次々と集まってきた。

 ミルコの前には特大のハンバーガーとフライドチキン、コーラが置かれる。

 

「トガちゃん、私は?」

「ウルトラまんです」

「あら。なかなか美味しそうじゃない」

 

 超特大の肉まんを出されたレディさんが歓声を上げて席につく。

 

「わ、焼き魚定食もあるん?」

「お好きだと聞いたので」

 

 お茶子ちゃんの前には和食が置かれる。

 

「本当、ごめんねお茶子ちゃん。こんなのに付き合わせちゃって」

「いいんよ。私が好きでやってることやもん」

 

 ぱたぱたと手を振るお茶子ちゃん。

 こういう時の柔らかい喋り方は前と変わってないものの、身体は前にも増して引き締まっている。あと、柔らかい部分は更に柔らかそうになってるというか、ちょっと怨嗟が漏れそうになるくらいには「良い女」に成長した。

 

「永遠ちゃんと百ちゃんにはお世話になったしね」

「我が家としては口の堅い建設会社を探していただけですわ」

 

 お茶子ちゃんの実家──麗日建設は入学当時経営の危機にあった。

 お茶子ちゃんがヒーローになって知名度が上がったことで持ち直し始め、そんな折に八百万家から人工島『エタニティ』建設への協力依頼が入った。

 文字通り桁の違う報酬と大規模事業への参入によって、一家の生活レベルも大きく上がったらしい。

 

「この件で業界から干されなければいいんだけど……」

「大丈夫やって。私たち悪いことしてるわけやないもん」

 

 私の呟きに笑って答えるお茶子ちゃん。

 いや、割と悪いことだと思うけど。近いうちに(ヴィラン)認定されるだろうし。

 まあ、それでも、私利私欲のためにやってるわけじゃない、という自覚はある。

 

「デクくんと別れ別れになったのはちょっと辛いけどね」

 

 と、目を細めるお茶子ちゃんは、一瞬だけ『女の顔』になった。

 

「そういえば結婚はまだなの?」

「け、けけけ、結婚やなんて! そ、そういうのはお互い落ち着いてからっていうか、まだヒーローとしても成長していかなならん時期やし……」

 

 慌てて首を振った挙句、指をつんつんして言い訳をされた。

 はいはい、ご馳走様です。

 

「蕎麦はないのか」

「乾麺茹でるだけだったらできるんですけど」

「……仕方ないな。後で俺が打とう」

 

 冗談めかして(この辺りに成長が窺える)席に着いた轟君は自分の前に置かれた麻婆豆腐をひと掬いして、ご飯と一緒にぱくり。

 

「……この味は」

「わかります? 冬美さんに教わって、できる限りレシピを再現したんですけど」

「ああ。いい味だ」

 

 にやりと笑う轟君。

 エンデヴァーも割と格好いいけど、冷さんの遺伝が強い彼は細面の美形に成長した。でもレディさん、「やだイケメン」とか呟かないでください。あなたシンリンカムイと結婚してるじゃないですか。

 で、轟君の恋人はというと、滅多に見せない蕩けた顔で、

 

「焦凍さんもありがとうございます。あなたがいてくださったら百人力ですわ」

「ああ。参加したのは俺自身の正義のためだが、百の期待にもできるだけ応える」

「~~っ!」

 

 百ちゃん百ちゃん、人前でしちゃいけない顔になってるから。轟君も台詞がイケメンすぎるし。あっちもこっちもイチャイチャして、もう。

 

「ははは。ここは賑やかでいいっスね。腹の探り合いもしなくていいですし」

「ホークス」

「お疲れ様です、トワさん。やっとここまで来ましたね」

「うん」

 

 爽やかに笑うホークスはより精悍な顔つきになった。

 でも、軽薄と言ってもいい性格はそのままで、飄々と自分用のサンドイッチを食べ始める。

 

「所長、どうもです」

「やっほー、白雲君」

「ほら、飛田さんも挨拶」

「飛田ではない! 吾輩の名前はジェントル・クリミナル!」

「はいはいそういうのいいから」

 

 すっかりデコボココンビと化しているのは、白雲君とジェントル。

 いつでも騒がしいジェントルに対し、締める時は締められる白雲君がストッパーになっている。ただし、騒ぐ時は二人揃って騒ぐので二乗でやかましい。

 

 以上、十名。

 

 機関室やらあちこち飛び回ってチェックしている発目さんとか、他数名協力者はいるものの、中枢メンバーとしてはこれで全員。

 

「みんな、集まってくれてありがとう」

 

 全員二十歳超えてるのをいいことに酒まで酌み交わされている中、私は一応、代表して感謝を述べる。

 中世の逸話を元に用意してみた円卓は「上下関係がない」同士の証だけど、暫定の盟主扱いされた私が代表ということになる。

 

「キリよく十人で、しかも精鋭が集まったんじゃないかなって思う」

「当然であるな」

「飛田さん……。まあ、この俺も今日まで腕を磨いてきたけどな!」

「敵が何人いようが関係ねえだろ。全部蹴っ飛ばせばいいだけだ」

 

 血の気が多い人から調子がいい人、冷静な人まで色んなタイプが集まった。

 

「思いっきり悪役のポジションだけど、ここまで来た以上、みんな覚悟はできてるよね?」

 

 否、という人は誰もいなかった。

 私は敢えて「にやり」と笑って、宣言する。

 

「せっかくの()()()()だもん、思いっきり楽しもう! 反体制派プロヒーローによる悪の組織『エタニティ』始動だよ!」

 

 おう! と全員の声が唱和して、ここに一世一代の大きな戦いが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(1)

 一隻の客船が洋上をゆっくりと進んでいた。

 

 目標は、東京から約五百キロの距離にて停止中の人工島『エタニティ』。

 最新鋭のエンジンを搭載した高速船ではあるのだが、乗っている()()()()に少しでも負担をかけないよう、揺れないことを優先しているため、到着までには相応の時間がかかる。

 対『エタニティ』攻略部隊の最高指揮官を任されたプロヒーロー・エンデヴァーは「心の準備をするのにちょうどいい時間だ」と考えていた。

 

 何しろ、今回の戦いは(ヴィラン)が相手ではない。

 チームメンバーの中には不安そうな顔をしている者も散見された。

 

「エンデヴァーさん」

 

 甲板に立って海を見据えていたエンデヴァーに一人、若者が近づいてくる。

 

「どうした、デク」

 

 名を呼んで問う。

 彼のことを敵視していた時期もあったが、今となっては同じプロヒーロー。肩を並べて戦うべき仲間であり、軽んじることはできないと考えている。

 以前とは見違えた、というのもある。

 雄英時代から使用してきたヒーロースーツは何度も修復を重ねた結果、母の手製だという元の部分は残っていないが、基本の意匠はそのままに、より身体の動きを阻害しないすっきりとしたものに。足には高速機動を助けるフットギア、手には腕の負担を減少させつつ「空気による遠距離攻撃」を可能にするアームギア、顔には望遠・拡大視等の機能のついたバイザーを装着。

 身長は結局、さほど伸びなかったものの、鍛え上げられた全身は引き締まってある種の美しさを作り出している。師であるオールマイトから免許皆伝のお墨付きをもらった、という話も記憶に新しい。

 

 そんな少年──青年、否、()はエンデヴァーと同じ方向を見据えて、

 

「殺し合いになると思いますか?」

 

 聡明だ、と、エンデヴァーは内心で感心した。

 同時に「その質問ができる時点で答えは出ているだろう」とも。

 

「殺す気で行かねば負けるのはこちらだろう」

「倍以上の人数がいても、ですか?」

「数の差など、練度と“個性”によって如何様にでも覆せる。だからこそ我々が赴くのだ。違うか?」

「いいえ」

 

 デクは首を振った。

 

「ネット配信を見ました。テレビ番組も」

「俺は直接見てはいないが」

 

 『エタニティ』側は報道陣の手配した船やヘリコプターを妨害するどころか快く受け入れて取材に応じ、独自のネット配信まで行っている。自分達の行動を一切隠す気が無いどころか、最初から全てを公開するつもりだったとしか思えない。

 まるでショー、あるいは大規模なイベントだ。

 取材に応える形で、あるいはネットに流す形で語られ、公開された情報の数々も一般大衆の興味・関心を引くのに十分な内容である。

 

「この戦い、僕達は本当に正義なんでしょうか?」

「“個性”を用いて平和を乱す者が敵であり、敵を討つのが我々ヒーローだ」

「だとしたら──」

 

 デクは何かを言いかけて「いえ」と口を噤んだ。

 何を言いたかったのか、うすうす想像はつく。

 

 独立、敵対宣言をしながらも攻めてくる気配の一切ない敵。

 あらかじめ対策がされていたかのように混乱が少なく、ネットやマスコミの報道に興じていられる社会。

 平和を極力乱さずに立ち塞がる()()()()()

 それを本当に『悪』と呼んでいいのだろうか、と。

 

(若者を中心に選抜したのは失敗だったか?)

 

 チームのメンバーは決して少ない人数ではない。

 ただ、ベテランと呼べるヒーローの割合が多くないのも事実だった。

 

 理由としては、ベテランほど静観を選んだというのが一つ。街の治安維持を疎かにできないため、フットワークの軽い者をピックアップしたというのが一つ。選抜ではなく志願によって参加した者の多くが若者だった、というのが一つ。

 

 特に八百万姉妹と二歳差以内(永遠の年齢は百と同じとする)の者の割合が多く、若さゆえの勢いを感じる反面、若さ故の迷いも生まれやすい。

 そもそもこの事件自体、若者の暴走と呼んでも差し支えないものなのだ。

 

(いや)

 

 指揮官が迷ってはいけない。

 チームに参加したメンバーは皆、自分の意思をもって決意した。それに不信を抱くことは一番やってはいけないことだ。

 

「我々は勝つ。どのような犠牲を払っても、敗北してはならない」

 

 だから、エンデヴァーは言葉を選ぶ。

 

「迷うな、デク。その上で考え続けろ。()()()()()()()()()()()()

「本当の、勝利」

 

 己の心に問うように顎を引くデク。

 ぎゅっと拳を握りしめる姿には力強さと思慮深さが同居している。

 

(おそらく、この男が鍵だろうな)

 

 島で待っているはずの『数名の女』の顔を思い浮かべて、エンデヴァーは内心で呟いた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 洋上で一夜を明かしたエンデヴァー以下ヒーローチームは、明け方──目的地である人工島の港湾部へと到着した。

 

 『エタニティ』は幾つかのエリアに分かれている。

 

 ・港湾エリア。

 ・自然エリア。

 ・市街地エリア。

 ・工業区エリア。

 ・中心部エリア(中央タワー)。

 

 地表だけでなく地下数階に及ぶ積層構造になっており、全体の大きさは小さな県の総面積とほぼ同じくらいになる。

 その一端、港湾エリアに降り立ったわけである。

 

「む──」

 

 そして。

 降り立ってすぐ、彼らは「戦うべき相手」と遭遇した。

 

「やっほー、ヒーローさん達」

「ヒーロー改め、悪の幹部のお出ましだぜ?」

 

 

 

 

 出迎えにやってきたのは二人の美女。

 Mt.レディとミルコは「敵です」と自分からアピールするかのように、ヒーローコスチュームとは異なる、漆黒を基調とした衣装に身を包んでいた。

 

 Mt.レディはダークな色調のタイトなボディスーツ。

 ミルコは「黒バニー」とでも形容すべき戦闘スーツ。

 

 どちらも彼女達の肢体を惜しげもなく晒すものであり、最近「うわキツ」と言われてへこんでいるミッドナイトが居れば怨嗟の声を上げたに違いない──もとい、どこかのブドウ頭が居れば「うわエロ」と直球で呟いたに違いない程度には人目を惹いた。

 だが、色合いが違うだけでデザイン自体は大差ない、と言うこともできる。

 若者が多いとはいえ、ヒーローチームは見た目に惑わされることなく構えを取る。

 

 と、Mt.レディ、ミルコは笑みを浮かべて、

 

「あら。もうやる気なの? せっかちね」

「望むところだ、って言いたいけどよぉ──手前ぇらにも作戦(プラン)があるんじゃねぇのかよ? あぁ?」

「あ? 舐めてんのか? 手前ら倒してから進みゃいい話だろうが?」

「止せ、バクゴー」

 

 エンデヴァーは独断専行しようとするツンツン頭を制し、前に進み出た。

 

「作戦を遂行する余裕をみすみす与える、ということか」

 

 はっ、と、ミルコは笑って、視線を上げた。

 

「当たり前だろうが。これは戦争(ゲーム)だからな。ルールがなけりゃつまらねぇ」

 

 空からテレビ局のヘリコプターやドローンが複数台、近づいてきている。

 彼らのやり取りを撮影する準備は万全、ということだ。

 

「私達がつけてるマイクから会話内容は都度転送されてるから、心配しなくていいわよ」

 

 Mt.レディが軽い口調で言うと、ヒーローチーム内に動揺が広がる。

 無理もない。

 決死の覚悟で戦いに臨んだというのに「撮影OK。残りたい奴だけ残れ。先に行きたい奴は勝手に行け」では、雄英の体育祭にでも参加しているかのようだ。

 だが。

 

「好意に感謝する。……各自散開、プランBだ。少数チーム、あるいは単独にて中枢部を目指せ。現れる敵は都度打倒せ」

「おいエンデヴァー、ンな悠長なこと言ってねえで全員でこいつらぶっ倒せば──」

「誘爆が怖ぇ状況で私のスピードについてこれんならいいぜ、バクゴー」

「……ちっ」

「相手は『巨大化』による攻撃力と殲滅力が高いMt.レディさんに、『膂力増強』『瞬発力』の“個性”で以前より戦闘特化になったミルコさん。固まって動きが取りにくい状態だとこっちが不利。向こうの言う通りするのは癪だけど、戦略的には──」

「うるせぇクソデク! ぶつぶつ言ってんじゃねえ!」

 

 ミルコとデクに水を差された爆豪は不満げだったが、不貞腐れつつ黙ることで消極的な賛成を表明。

 エンデヴァーは頷き、

 

「では、この場は──」

「我々に任せてもらおう」

 

 進み出たのは、参加メンバーの中では年かさの三人。

 植物めいた身体を持つ男。忍者めいた姿の男。姉御肌といった風情の女性。

 

「シンリンカムイ、エッジショット、リューキュウ。いいのか?」

「うむ」

「チームメイトの不始末、我らが片付けるのが道理であろう」

「Mt.レディの相手は下手な子にさせられないでしょ? 怪獣大決戦、一度やってみたかったのよ」

 

 彼らの気力は十分。

 対する二人の美女もにやりと笑って、

 

「リューキュウ先輩が相手なら不足ないですね」

「私が蚊帳の外っぽいのが気に入らねぇが、デカイのが二人でやり合うなら、野郎二人はもらっていいよなぁ?」

「……済まない」

「らしくもないこと言ってないで行きなさい、No.1ヒーロー!」

「其方には戦うべき相手がいるであろう!」

 

 ぐっ、と、仲間達の言葉を噛みしめたエンデヴァーは大きく声を張り上げた。

 

「行くぞ!」

 

 一斉に飛び出し、先を目指すヒーローチームの背後でMt.レディとリューキュウの雄たけびと咆哮が響いた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「爆豪、焦りすぎだ! もう少しスピードを落とせ!」

「うっせぇ! 散開しろって言われてんだ、手前ぇが付いてきてりゃ十分だろうが!」

 

 『バクゴー』こと爆豪と、『インゲニウム二号』こと飯田は中央タワーへの最短ルートを敢えて取らず、ぐるっと迂回するようにして高速移動を続けていた。

 といっても、先行する爆豪を飯田が追いかける、という構図であって、示し合わせてこうなったわけではないのだが。

 

「だが、何故わざわざこんな遠回りを!?」

「全員ぶっ倒さなきゃ終わらねーんだ、真ん中が正解とは限らねーだろうがハゲ!」

「は、ハゲ……!? しかし、では、このルートを選んだ理由は!?」

「勘だよ勘!」

「ええい、相変わらず協調性が無い上に非論理的だな君は!」

 

 ちなみに、彼らはただ高速移動しているわけではない。

 道中、散発的に表れる黒い蝙蝠型の謎生物を爆破、あるいは蹴り飛ばして『消滅』させている。

 

 これは八百万永遠が放った「使い魔」だ。

 

 個性『吸血鬼』。

 とある子供が宿していたこの“個性”は「血を使い魔に変える」という特製を持っている。怪我をすると勝手に発動してしまうにも関わらず、痛みなどで感情が昂ると制御が効かなくなる、ということから封印指定を受け、永遠が回収していた。

 多少の攻撃能力を持つ上、感覚を主人と共有することができるため、おそらく使用されるだろうとブリーフィングの段階でも言われていた。

 

(こんなに少ねぇとは思ってなかったが)

 

 普通の人間であれば出血はリスクだが、永遠の場合は勝手に治るのだからさほど気にする必要がない。なんなら島全域を覆いつくす量が出てきてもおかしくない、と思っていたのだが、これでは単に島全域を監視するためだけに生み出したかのようだ。

 

(まぁいい。ぶっ潰しておくにこしたことはねぇ)

 

 爆豪は六年前の事件を忘れていない。

 当時、彼はまだ雄英の学生で、学校を襲撃してきた量産型オール・フォー・ワンを撃退しただけだった。それも、最強の量産型として立ち塞がったオールマイトには遅れを取り、そのオールマイトはデクと永遠の手によって救われた。

 だからこそ、彼はあの教訓を忘れていない。

 もっともっと強くなるために訓練を重ねてきたし、増える敵への警戒を怠るつもりもない。

 

(蝙蝠一匹でも逃したらそっから生えてくるってことだろーが)

 

 使い魔は「永遠の血液」からできているのだから。

 と。

 進んでいくうち、彼らは森に入った。途端、蝙蝠の数が増える。当たりか、と内心思ううち、気配。

 

「チッ」

 

 ()()()()()()()()()()()に衝突しかけ、咄嗟に爆破。

 飯田もまた別の丸太を寸前で蹴りつけ、急ブレーキ。

 

「これは……」

「ケッ。別の奴と出くわしたか」

 

 浮かせる“個性”には心当たりがある。

 三年間も同じクラスだったのだから、忘れる方が無理というものだ。

 

「麗日君……!」

「手前ぇは呼んでねえ、引っ込んでろ!」

「そうはいかないよ、二人とも!」

 

 待ち構えていたのは麗日お茶子。

 Mt.レディやミルコと同じく黒主体のコスチュームを纏っている以外、特に変わった様子はない。まあ、洗脳だのなんだのをされたとは微塵も考えていなかったが。

 

(面倒臭え)

 

 一瞬思ってから、爆豪は考えを改める。

 

「どーせ全員ぶっ飛ばすんだ。手前ぇもここでぶっ倒す!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 対するお茶子が浮かべたのも好戦的な笑みだった。

 

「一年生の体育祭から続いた借り、返しきれてないから、ここで返す!」

「上等だコラ!」

「ううむ、説得だのをしている雰囲気でもなさそうだな……仕方ない、爆豪、加勢するぞ!」

「要らねぇ、どっか行け!」

「いや、そこは一緒に戦うところだろう!?」

「私はどっちでもいいよ!」

 

 仕方なく、爆豪は飯田の加勢を了承した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(2)

「「オラァッ!!」」

 

 声と衝突音が振動と空気を震わせる。

 巨大化したMt.レディと竜化したリューキュウは小細工無用とばかりにぶつかり合った。普通サイズの者が受ければひとたまりもないだろう体当たりに、双方「面白い」とばかりの笑みを浮かべる。

 鉤爪を備えた腕と直径数メートルはあろうかという剛腕が衝突。

 鞭のようにしなる尾が迫れば、Mt.レディは蹴り飛ばすことでそれを防いだ。

 

「おーおー、やってるねえ!」

 

 ミルコは歓声を上げつつも、怪獣大決戦の場から距離を取っていた。

 

「観戦したいのは山々だが、こっちの戦いを邪魔されるのも癪だからな。……なぁ、お前らもそう思うだろ?」

「無論」

 

 エッジショットが音もなく並走しながら答える。

 

「強者と仕合うまたとない機会、不謹慎とはいえ滾るのも事実」

「とばっちりで死んだとあっては、お互い寝覚めも悪い」

 

 シンリンカムイが続けて答えれば、ミルコは笑った。

 

「そうこなくっちゃ! ──さあて、そろそろ行くぜぇっ!」

 

 十分に距離は取った。

 おもむろに足を止め、即座に地面を蹴れば、相手もすぐさま対応してきた。

 エッジショットは飛びのくようにいったん離れ、シンリンカムイが得意技を惜しげもなく放つ。

 

「ウルシ鎖牢!!」

 

 ツタのごとく伸びたシンリンカムイの右手が即席の牢として展開、全方向から退路を奪いに来る。後方からなら脱出する余裕はあるが、ミルコはそれを避け、上に跳んだ。

 サマーソルトキックのごとく身体を回転させ、勢いを殺さないままに牢をぶち破る!

 

「悪ぃな。その技は何回も見てんだ、工夫もなく使ったって──」

「それはこちらも承知の上」

「何ぃ!?」

 

 ぶち抜いた先に、一回り大きな牢が展開されていた。

 

(そうか、左手か!)

 

 ウルシ鎖牢は左右それぞれで別々の対象に用いることができる。片手だけでもそこそこの大きさがあるので、並の(ヴィラン)なら二、三人ずつ拘束できるのだが、左右の手を時間差で用い、一人に対する二重の牢として用いた。

 もちろん、もう一度ぶち破ってしまえばいいだけの話だが、

 

(パワーが足りねえ!)

 

 ツタの表面を蹴りつけるようにして下方向へのエネルギーを獲得。地面に戻るやいなや再度跳躍、今度こそ二つ目の牢を破り──。

 三度、ツタの牢に阻まれる。

 

「今度は右手かよオイ!」

 

 一呼吸の間に右手を変形、再展開して突破された部分を補填したのだ。

 

「これぞウルシ鎖牢・マトリョーシカ!」

「鬱陶しいんだよ畜生!」

 

 まとわりついてくるツタの感触にミルコは悪態をついた。

 シンリンカムイの“個性”は『樹木』。その身体は木の特性を備えており、堅さと柔軟性を併せ持つ。ちょっとやそっとでは抜け出せないが、

 

「この程度で終わりではなかろう?」

「ったり前だろうが!」

「ムゥッ!?」

 

 みしみし、と、両手が上げる悲鳴にシンリンカムイが唸った。

 

「今の私は蹴り技だけじゃないんだぜぇっ!」

 

 以前からの癖でキックスタイルを貫いてはいるが、全身の筋肉がまんべんなく強化されている。故に、腕の力で拘束を引きちぎることも可能だ。

 先程、黙って拘束されたのは、

 

「どうだ、こっちの方が手っ取り早いだろ!」

「くっ……!」

 

 たまらず拘束を解くシンリンカムイ。

 彼の身体には多少の再生能力があるものの、『超再生』や『不老不死』と比べられるレベルではない。手痛い被害が出る前に引くのはいい判断だ。

 となれば、

 

「忍法『千枚通し』」

 

 音も気配も、姿さえも気づかせずに近づいてきていた忍者──エッジショットの声が、ミルコの()()()()響いた。

 声が聞こえる直前から反射行動を開始していたお陰で僅かに、ほんの僅かに身体を引くことには成功したものの、できたのはそれだけ。

 音速で繰り出された無数の刺突が針のごとく、鍛え上げられたミルコの身体を一方的に責め立てた。

 

 計り知れない衝撃。

 胴体全域に無数の注射を打たれたような痛みと傷。一発一発は小さくとも、積もれば無視できないダメージになる。

 一瞬、意識が遠のき、身体がぐらりと揺れる。

 

「Mt.レディの相手はリューキュウ一人では荷が重かろう。相性の差ゆえ、自慢のできる勝ち方ではないが、早急に勝負を決めさせてもら──」

「──へっ」

「──!」

 

 それでも。

 ミルコは地面を踏みしめ、体勢を整える。

 

「なら、手加減してねぇで内臓狙いに来いよ、エッジショット!」

 

 ギン、と強く睨みつけると、エッジショットは怯んだように一歩、後ずさった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 『エタニティ』地上部、自然エリア・森林部。

 木々の乱立する場所にてお茶子と遭遇。爆豪と共に交戦状態に入った飯田は瞬時に思考する。

 

(麗日君がここで待ち構えていたのは、彼女にとって有利なフィールド故)

 

 多数の障害物によって相手の機動力を封じつつ、木々を破壊されたらされたで浮遊物として利用し、フィールドを意のままに作り替えていく作戦だろう。

 お茶子は可愛らしい見た目に似合わないステゴロ系のヒーローとして成長した。

 接近戦を挑まれれば不利になるのはこちらの方、

 

「爆豪。俺が撹乱する! それまで爆発は控え──」

「開幕でぶっ放す! 離れろメガネ!」

「な、何ぃ!?」

 

 既に「でかいの」を放とうとしている爆豪を見て、飯田は慌てて『エンジン』を噴かせた。

 猛スピードでバックを始めた直後──BOMB!! 弾倉のような形状をしたアームギアから巨大な爆発が起こり、近くの木々をなぎ倒した。

 派手な爆風に煽られ、崩れそうになるバランスを必死に整えながら顔を上げる。

 

(自縄自縛になるくらいなら前提をまるごと吹き飛ばす。荒っぽいがいい手だ! だが、麗日君とてこの程度では──)

 

 そして、飯田は見た。

 爆発の影響、視界を覆う土煙を突っ切るようにして爆豪に迫るお茶子の姿を。

 

(爆豪!)

 

 が、爆豪もまたそれを予測していたかのように、()()()()()()()()()()()()()お茶子に向けた。再度の爆発。

 見てから避けるのは困難なタイミング!

 

「甘い!」

 

 FLOAT。

 お茶子は地面を蹴りつけると同時に自分に『無重力』の“個性”を使用。軽くなった身体が一気に高く浮かび上がる。一瞬後に解除し、空中で体勢を整えながら落下。

 拳を固く握りしめ、

 

「甘ぇのはどっちだ!」

 

 足元を爆破させた爆豪が避けるのではなく()()()()

 拳と拳が衝突。

 直後に爆発。お茶子も同じタイミングで左手の肉球を自身に当てている。再びの無重力化。爆風を受けて大きく飛んだ彼女は個性を解除、大爆発の影響を受けなかった木立ちを蹴りつけ、勢いを殺して地面へと着地した。

 

(麗日君の浮遊拳法(フローティング・アーツ)! 更に洗練されたようだな!)

 

 格闘戦を主体とするスタイルを突き詰めたお茶子は「自分を浮かせると酔う」という弱点を克服、無重力化と解除を瞬間的に繰り返すことによる疑似的な立体機動を可能にした。

 戦いが激しくなり、場に物が散らばれば散らばるほど高度かつ複雑になっていく動きは、戦闘主体のプロヒーローであっても簡単には捉えられない。

 『無重力』下にあるアイテムをどう扱うかの選択権はお茶子の側が握っているのだから、相手にする者はどんどん取れる戦法が少なくなり、やがて追い詰められることになる。

 

 爆心地を中心に多少さっぱりとした一帯を見やり、吹き飛ばされた木々が何本も倒れているのを確認して、飯田は、

 

「加勢するぞ、爆豪!」

 

 クラスメート達の戦いに参加すべく、再び『エンジン』を噴かせて移動を開始した。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 爆豪と飯田が迂回したルートを進む中、最速での直進を選んだ者もいた。

 

「静かだ……」

 

 使い魔『黒影(ダークシャドウ)』を纏ったプロヒーロー、ツクヨミこと常闇踏陰である。

 明るい屋外故に黒影の調子は今一つだが、長年の訓練によって以前よりは「光を我慢」できるようになっている。単独かつローコストでの飛行が可能というメリットは今回のヒーローチーム中でも稀有なものであり、よって、彼は自分が斥候であると意識していた。

 だからこその単独先行。

 もしも相手側の戦力を発見すれば仲間へ迅速に伝達し、交戦あるいは撤退を行う。そう考えていたのだが、移動開始から十数分、市街地エリアに入ってもなお敵が現れる気配はなかった。

 

 相手は十人程度なのだからそうそう出くわすとも限らないのだが──なんとなく、静かすぎて不気味なものを感じなくもない。

 正式にオープンしていればさぞ多くの人で賑わったであろう街並み(現状では多くが『建設予定地』だったり骨組みだけだったりする)を下に眺めながら飛翔を続けていると、

 

「!」

 

 前方にきらり、と、光の反射を確認。

 何か。

 考えるよりも先に身体が動いた。軌道を変更。飛来した()()()()()()をすんでのところで回避。程なく、こちらに向かって飛んでくる男の姿を視認した。

 トレードマークのサングラスに軽薄そうな笑み。

 日本のプロヒーローの中で屈指の速さを誇る男。ビルボードチャート第二位。その名は、

 

「ホークス……」

「二年前に独立してからはご無沙汰でスね。ツクヨミ君」

 

 常闇は卒業後、ホークスの事務所にサイドキックとして所属した。

 数年間、彼の元で経験を積んだ上で独立することとなったが──その決断は今でも間違っていなかったと思っている。飛行可能な万能型という共通点から学ぶべきことが多かったからだ。

 だが。

 サイドキックとして何年も行動を共にしながら、ホークスの「心の奥底」を知ることはできていない。そのことに対する恐怖が心のどこかに存在しているのも事実だった。

 

「貴様。何故反乱に手を貸した」

 

 油断なく周囲を警戒しつつ滞空し、尋ねる。

 チームメンバーの中には「問答など不要」とする者も多かったが、彼は対話することを選んだ。知りたかったからだ。

 何故、これほど大胆な企みが行えたのか。

 と、師であり超えるべき相手でもある男はにやりと笑って、

 

「簡単です。現体制に嫌気がさしていたからですよ」

「それだけの理由で、世を騒がせたというのか」

「ええ。ヒーローなんて目立ってなんぼ、騒がれてなんぼじゃないっスか。それと同じことです」

「投降しろと言ったら」

「お断りです。ヒーローの皆さんには死力を尽くして障害を突破していただかなくては困るので」

 

 ぐ、と、常闇は奥歯を噛みしめる。

 できれば戦いたくはなかった。

 その想いは果たして尊敬から来るものか、それとも恐怖か。

 

「こちら『ツクヨミ』。市街地エリアにてホークスと接触。これより交戦に入る」

 

 装着したインカムを通して通信を行いつつ、黒影の翼を羽ばたかせてホークスから距離を取る。

 

「おっと。逃がしませんよ」

 

 どこまで本気なのか。

 有翼のNo.2ヒーローはすぐさま追いかけてきた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 指揮官・エンデヴァーもまた中央タワーを目指して進んでいた。

 

 身体の熱という弱点を抱えるが故にフルパワーは出さず、エネルギーを節約しながらの移動ではあったが、それでも十分に高速。

 そして、各メンバーに指示を出すという都合上、ちょうどいい条件でもあった。

 

(……ホークス)

 

 ビルボードチャート上の序列で言えば最も上にある相手方のエース。

 単独で交戦に入った常闇の応援には『ルミリオン』──ミリオを行かせた。『透過』による特殊な移動があれば短時間で到着できるだろうし、羽根を利用したホークスの戦法とも相性はいいはずだ。

 麗日お茶子と交戦中の爆豪・飯田は二対一の状況。

 リューキュウ達も勝てる、と楽観まではできないものの、良い勝負が可能だろう。

 

 となると、残るメンバーは。

 

 時折出くわす蝙蝠型の使い魔を焼き払いつつ思考する。

 どうやら相手はこちらの動きを完全に察知している。この使い魔が原因だろう。その上で、こちらにぶつける相手を選んでいる感じだ。

 必ずしも「自分達に有利な組み合わせ」とは限らないあたりが彼ららしいと言わざるを得ないが。

 

 と、思考するうちに中央タワーが見えてくる。

 

 そろそろ妨害が入る可能性が高い。

 低空を飛行しながらそう考えたエンデヴァーは警戒を強め、

 

「──! オオオオォォッ!!」

 

 前方に感じた気配に必殺技──プロミネンスバーンを放った。

 放射された高熱が、向こうから迫りくる極冷気、そして形成される巨大な氷塊を迎え撃ち、溶かし、蒸発させて水蒸気へと変えていく。

 エンデヴァーは、左右に形成された氷の道の間に降り立つと、前方を見据えた。

 立っているのは妻・冷の面影を持つ若い男。

 

「焦──」

 

 反射的に名前を口にしかけてから唇を結び、言い直す。

 

「ショートか」

「よお、エンデヴァー。あんたが来るのを待ってたぜ」

 

 盆休みに帰ってきた、くらいの気軽さで言った息子はにやりと笑みを浮かべると、炎と氷、異なる属性を扱う左右の手を持ち上げて言ってきた。

 

「やろうぜ。俺がどこまであんたに迫ったか、試したい」

「……よかろう」

 

 向こうが相手を選んでいるというのなら、こうなるのは運命だったのだろう。

 親子で戦うことになるとはと今更ながらに思い、その一瞬後には、女々しい感傷は戦士としての思考に塗りつぶされていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(3)

「エッジショット。手前ぇの弱点も知ってるぜ」

 

 ビルボードチャートNo.3のプロヒーロー・ミルコ。

 彼女の強さとしぶとさに、シンリンカムイはあらためて舌を巻いた。

 

 三度。

 

 エッジショットの千枚通しを三度受けても倒れず、地面を蹴って襲い掛かってくる彼女。

 ウルシ鎖牢を放てば邪魔だとばかりに蹴り破る。腕をしならせて鞭のように振るえば蹴り払うか、掴み取って本体を引き寄せてくる。硬い種を連射する攻撃は一定の効果があったが、「痛ぇ!」とか言いながら元気に攻撃してくるので有効打にならない。

 そして、彼女の強さは威勢の良さと根性だけではない。

 

「お前は身体を細くできるし、超高速で移動もできる。だけど、身体を切り離せるわけじゃねえ。細くなった身体は全部繋がってるし、細くなった分だけ強度も落ちる。細くなってる状態で千切られでもしたら大ダメージなんだよ」

 

 類稀な戦闘センスと鋭い戦術眼。

 

「つまりお前の能力は闇討ち向き。向かい合って戦うタイプじゃねえし、ましてや乱戦に強いわけでもねぇんだよ!」

 

 エッジショットの『弱点』バレ自体は大したことではない。

 ラーカーズのメンバーには共有されている事項であり、メンバーであるMt.レディから聞かされたとも考えられる。

 そうでなくとも“個性”の特性を考えれば行き着く結論であるし、「超高速で移動して無数の刺突が可能」な彼を「戦闘向きじゃない」などと言えるのは一握りのスペシャリストだけだ。

 だが。

 逆に言えば、一握りのスペシャリストであれば弱点を突けないわけではない。

 

「敵と味方が目まぐるしく動き回ってる状況そのものがお前にとってのリスクだ! 細くなったタイミングでうっかりぶつかられでもしたら命の危機だからなぁ!」

 

 実際、ミルコは一回目の攻撃の時点で反応できていたのだ。

 エッジショットが『消えた』のを見てからでは遅いにせよ、何度も喰らって呼吸を覚えていけば、だいたいのタイミングで反応することは可能。

 周囲の空間を巻き込むように回し蹴りでも放たれれば、エッジショットは咄嗟にかわすか攻撃を中断するかの判断を迫られる。

 体内に侵入して一撃必殺を狙うなら猶更だ。

 

 つまり、ミルコは「弱点を知っていて対処を考えている」という事実でもってエッジショットの行動を縛っている。

 加えて──彼女の傷が少しずつ()()()()()

 

 シンリンカムイは唸る。

 

「『超再生』か……!」

「ご名答。ウチのリーダーから借りたエッジショット対策だ」

 

 何度も踏みとどまれる理由がここにもあった。

 一瞬で殺されさえしなければ傷が治る。スタミナまで補充できるわけではないにせよ、戦闘狂であるミルコの性格とは好相性。

 戦いの興奮で疲れを忘れられる彼女を諦めさせるのは並大抵のことではない。

 

「それだけじゃないぜ。リーダーの『吸血鬼』も効いてる」

 

 真っすぐに、否、若干曲線的な軌跡を辿ってシンリンカムイに肉薄しながらミルコが告げる。

 

「自分の力だけでやりてえってのも本音だが、()()()()()()()()()ってのも見せてやらねえと……な!!」

「ぐ、おっ!?」

 

 両腕を盾のように展開して防御。

 衝撃を堪えながら反撃の鞭を放つと、ミルコは兎を思わせるステップで軽々とかわした。着地を狙ってエッジショットが肉薄、四度目の千枚通し。苦痛に表情が歪むが、

 

「おお、痛え痛え!」

 

 やはり、この程度では止まらない。

 

 八百万永遠が持つ数多くの“個性”の一つ『吸血鬼』には使い魔を作る機能の他に、「血を吸った相手を強化する」機能がある。効力と持続時間は吸う量と回数によって変わるが、一回かつ少量の場合は約一日、ほんのりと全体的にパワーアップする。

 

「殺す気でなければ──」

「駄目だって、最初から言ってんだろうが!」

 

 対峙する三人の背景では巨女と巨大な雌竜との死闘が今なお続いていた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 森林部での戦いは高速での位置取りの争いとなった。

 

「だああああっ! ちょこまかと鬱陶しいんだよクソが!」

「それはこっちの台詞なんやけどっ!」

「爆豪も麗日君も驚くべき腕だが、これでは決定打が無いな!」

 

 高速移動が持ち味の飯田はもちろん、爆豪も足元を『爆破』することでスピードを出せるし、お茶子もまた『浮遊拳法』を駆使して立体機動を行ってくる。

 結果どうなるかと言えば──。

 

「取った!」

「わけないやないっ!」

 

 高速で懐に飛びこんだ飯田をお茶子がかわし、「隙だらけだ雑魚!」爆風を背に急接近した爆豪に「なんの!」FLOAT! 無重力跳躍でかわすお茶子。

 空中では機動が制限されるが、お茶子には『無重力』がある。軽くなった体重を利用し大きく浮かび上がった後、個性を解除し重力に引かれて落ちてくる。

 

「両側からだメガネ!」

「お、おう!」

「いいよ、やってみて!」

 

 呼吸を合わせて左右から攻めればお茶子はステップし、跳ね、ふわりと浮かび、曲芸でも披露しているかのような軽やかさでかわす。その上、隙をついて手を──『無重力』のスイッチである肉球を伸ばしてくるから性質が悪い。浮かされれば実質無力化されるわけで、攻め手を緩めてでも避けなければならない。

 また、環境はお茶子の味方だ。

 根元を吹き飛ばされて倒れた木々や吹き飛ばしきれなかった木片等に肉球が触れれば、それらは三次元的な障害物と化す。

 よって飯田と爆豪は攻めると同時に障害物を爆破、蹴り潰して相手のアドバンテージを奪わなければならない。

 

(これだ。麗日君の真骨頂は!)

 

 柔と剛の使い分け。

 浮遊拳法自体がふわりとした無重力状態を高速機動に利用する、という真逆の行為の融合なのだが、「近づいてぶっ飛ばす」と「触って浮かせて無効化」を高いレベルで共存させ、どっちにも拘らず両方を狙っていく、なんなら地の利まで使って有利を取る、その柔軟性。

 彼女が女性であればこその独特のセンス。

 

 こればっかりは天才・爆豪にも努力の人・飯田にも真似できない。

 彼らはどこまで行っても男であり、無骨に真っすぐに攻めることを尊んでしまうからだ。

 

「っ!」

 

 浮かされた丸太が「蹴っ飛ばされて飛んでくる」のをギリギリでかわし、飯田は爆豪を見る。

 ちょうど向こうもこちらを見ており、一瞬、視線が交錯する。

 

 言葉はない。

 だが、状況の転換が必要だという一点だけは確かに共有された。

 

()()()!」

 

 名前で呼ばれるのを他人ごとのように聞きながら、飯田はお茶子に向かって高速で走りだしていた。

 苦心の末に編み出した鋭角なターンを利用し、フェイントを混じえて横合いから迫れば、お茶子は読んでいたのかすぐさま跳んでかわす。

 だが、飯田もまた驚くことなく急制動をかけ、追うように跳躍して、

 

「飛んでけ!」

 

 背中ギリギリで炸裂した爆発が強い推進力となって、お茶子に追いつくチャンスを与えた。

 

「嘘!?」

 

 ウマの合わない二人が土壇場で打ち合わせもなくやってのけたコンビネーション。

 飯田と爆豪双方の成長、三年間培ってきた絆が今、身を結ぶ。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 中央タワーは地上と地下の両方に伸びる巨大な建造物だ。

 

 入り口は数か所あり、上階には展望室やレストランも備えており一般客が利用することもできる──ようになる予定だった。

 一階から二階までは吹き抜けになっており、中央のエレベーターから上下に移動が可能。

 

 幸運にも交戦を免れたヒーロー達は、タワーの一階にようやく到着すると戦力がある程度揃うまでその場で待機した。

 エンデヴァーやエッジショットへの加勢を望む声もあったが、結局は「任務遂行が優先」と判断。さほど時間をかけず、中央タワーに複数名が集まった。

 

「なんか、見知った顔が集まっちゃったね」

「くっ……B組よりA組の方が多い。ははは、まあ仕方ないか! A組は血気盛んな野蛮人が多いからね!」

「無理やり勝ち誇ってるんじゃないわよ、物間。……って、このやりとりも久しぶりな気がするわ」

 

 相変わらずな物間寧人を拳藤一佳が小突くと、デク──緑谷出久は「ははは……」と苦笑した。

 それから表情を引き締めて、高いタワーを見上げる。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか?」

「そんなに戦いたいのかい? これだから──ぐふっ!?」

「はいはい。行きましょうか。……わかってると思うけど、たぶん、一階で待ち伏せされてるから気をつけましょう」

「うん」

 

 他のメンバーも頷いたのを確認し、出久が号令。

 

「行くぞ!」

 

 入り口を開き、一斉に飛び込むヒーロー達。

 すると案の定、エレベーター前に二つの人影があり、吹き抜けのエントランスに大きな声が響いた。

 

「待っていたぞ、ヒーローの諸君!」

「飛田さん、元(ヴィラン)だけあってめっちゃ似合いますね」

「飛田ではない! ジェントル・クリミナルだ!」

「敵指定されてる今だと洒落になってないですって」

 

 ヒーロー達そっちのけで漫才を始めた彼らは、精悍な体躯と陽気さを隠し切れない独特の表情を持った男──白雲朧と、大きな口髭を蓄えた長身の男(老紳士に見えるがまだそんな歳ではない)──飛田弾柔郎。

 

「二人か。この人数を相手にするには少ないんじゃない?」

「いや、一佳。それは俺の“個性”知ってて言ってる?」

「知った上で突破する自信があるって言ってるのよ、朧」

 

 二年生の途中からヒーロー科へと編入してきた白雲朧は、出久達と同期。特に所属していたB組メンバーとは旧知の仲である。

 丁々発止のやり取りをする白雲と拳藤を見て、出久の背後で切島と上鳴がひそひそ話す。

 

「なあ、あいつら付き合ってんの?」

「白雲は誰にでもあんな感じでしょ。拳藤は一時期意識してたみたいだけど、相手がのほほんとしてっからいったん諦めたらしい」

 

 みんな色々あるんだなあ、と妙な関心をしつつ、お茶子はどこに行ったんだろうかと考えていると、拳藤が振り返って、

 

「みんな。ここはB組メンバーに任せてくれない?」

「え? う、うん。いいけど……あのコンビは多分、強敵だよ」

 

 何度か行われたクラス対抗戦で白雲の実力は知っている。

 足場を作ったり味方をワープさせたりする“個性”とジェントルの“個性”の組み合わせ。それにこの場所。明らかに狙っている。

 と、出久の懸念に拳藤は笑って、

 

()()()()()。相手にとって不足なし、ってね」

 

 拳を打ち合わせた彼女を見て、出久もまた微笑んで頷いた。

 

「わかった。ここは任せるよ」

「ええ。そっちもそれでいいよね、朧!?」

「ああ。残る奴だけ残って、後はエレベーターに乗ってくれ。安心しろ、攻撃なんかしねぇよ」

「なんか、敵とは思えねーほど爽やかな奴だよな」

「そりゃヒーローだからね」

 

 ひそひそ言いつつ、白雲とジェントルの脇をすり抜けてエレベーターに到着。上か下か。ブリーフィングでも結論が出ていないが。

 

「おーし、二手に分かれるか」

「いやまた急だね!?」

「だって固まって行って空振りだったら悲しいだろ」

「それは確かに」

 

 結局、チームを二つに分けることにした。

 複数台あるエレベーターに分かれて乗り込む。扉がゆっくりと閉じていき、閉じきった直後、ドン! と大きな音が向こう側から聞こえてきた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 凝縮された豪炎と極冷気が正面から衝突、互いに消滅する。

 

「互角か」

 

 地面を凍らせながら滑るように移動しながら、轟。

 対するエンデヴァーは炎を噴射して大きく飛び上がっていた。

 

(節約したいだろうに、何のつもりだ?)

 

 エンデヴァーの弱点は、“個性”を使えば使うほど体内に熱が籠もっていくこと。

 高い体温は動きを鈍らせ、疲労を誘発する。

 だからこそ「熱する」と「冷ます」を両方行える者を後継者として求めた。そして、成功例とされたのが轟だ。張本人がそれをわかっていないはずがない。

 ならば、

 

(短期決戦が狙いか)

 

 飛んだのは周囲に被害を与えないため。

 

(試してみるか)

 

 左手に炎を凝縮し、一気に解き放つ。

 赫灼熱拳。父であるエンデヴァー自身の技。教えられてから使いこなせるようになるまでには色々と難儀したが、今では息をするように放つことができる。

 炎が衝突したのは、ある程度の指向性を持った高熱。

 プロミネンスバーン。

 大技に対し、赫灼熱拳は力及ばずに吹き散らされる。だが、轟は既に次の技を解き放っている。右手から、凝縮された極冷気。

 勢いを減じたプロミネンスバーンにぶち当て、威力を相殺。それも押し切られれば、更に赫灼熱拳。熱気が拡散し、温められた空気だけが残る。

 

「見事だ」

 

 淡々と言いながら、エンデヴァーはジェット噴射のごとく轟へと向かってくる。

 

「なら、もうちょっと焦れよ」

 

 穿天氷壁。

 右手から放たれた冷気が温められたばかりの空間ごと一気に凍り付かせ、氷の砦を作り上げる。それは勢いを殺すことなくエンデヴァーまでをも包んだ。

 

「───」

 

 何か言おうとしたようにも見えたが、声が伝わってくることはなく。

 No.1ヒーローを覆った氷のオブジェが街の一角にそびえ立った。

 

「これで終わりか? あんたはそんなもんじゃねえだろ、エンデヴァー」

 

 轟の呟きに応えるように、オブジェが急激に溶け、砕け散った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(4)

今更ですが、オリジナル技のネーミングセンスについてはご容赦くださいませ。


 チン、と、音を立ててエレベーターが停まった。

 

 開いた先にあったのは広大な地下空間。

 浄水設備や食品の生産プラント等を備えたそこは、一般客に見せても構わないが基本的には公開しないプライベートの顔、といったところ。

 上鳴電気は耳郎響香、芦戸三奈と共に地下空間に立つと周囲を見渡した。

 

「広っ……! こんな中を探すのかよ!?」

「仕方ないじゃん。……まあ、半分以上居場所割れてるから、気持ちわかるけど」

 

 ターゲット発見の報は逐一通信を受けている。

 まだ見つかっていないのは八百万永遠、八百万百、葉隠透の三名。十分の七が発見済みな上にこの広さとなるとうんざりするのも仕方ない。

 無駄に疲れさせる作戦なのではないか、とさえ思ってしまう。

 

「なんでこんなコトしたんだよあいつら……」

「ホントだよ!」

 

 と、上鳴の呟きに反応したのは芦戸。

 ぷんぷんと頬を膨らませながら(とっくに成人しているのに何故か似合う)彼女が言ったのは、

 

「私も誘ってくれれば良かったのに! そしたら喜んで参加したのにさ!」

「「そっち!?」」

 

 まさかの裏切り者発生かと上鳴、耳郎が色めき立った直後、

 

『あら。今からでも歓迎しますわよ、芦戸さん』

「ヤオモモか!」

『ようこそ皆さん『エタニティ』へ。元A組の方は殆どいらしてくださって、まるで同窓会ですわね』

 

 百の声は近くのスピーカーから響いているようだった。

 各所に監視カメラも設置されているため、この様子もマスコミに伝わっているのだろう。

 

「百。まるで悪の親玉みたいだよ。めっちゃ似合う」

『ありがとうございます。まあ、親玉は永遠さんなので、わたくしは切れ者のNo.2といったところなのですが』

「「「自分で言った!?」」」

 

 イマイチ締まらない。

 なにせ、旧知のメンバーばかりなので即、ノリが昔に戻ってしまう。

 

「っつーか、どこに居んのよヤオモモ。こん中探すのだりーんだけど」

『ご心配なく。そう仰ると思って余興を用意しましたわ』

「余興?」

「ろくなものじゃないっぽいね。……さっきから音が響いてる」

『ご名答』

 

 耳郎の言葉に百が笑う。

 やがて、上鳴や芦戸にも『それら』の存在が明らかになった。かすかな駆動音を響かせながら各方向から現れたのは、数十体にもなろうかという機械の群れだった。

 大まかな種類としては三種類。

 四足歩行にキャタピラに飛行型。それぞれ銃口や白兵武器を備えている。

 

「わお! なんか雄英の入学試験を思い出すね!」

『ええ。こちらは発目さんが主導で製作された「ネオ雄英ロボmk.2カスタム(量産型)」です。従来の雄英ロボに比べて性能は三割増し、駆動時間や耐久性は五割増し、それでいて製作費は半分に抑えられている優れものなんですの』

 

 芦戸の言葉に嬉しそうに答える百。

 が、上鳴としては嫌な予感しかしない。

 

「いや、それはすげーけど……もしかしてヤオモモ、俺達に」

『ええ。皆さんにはこのロボ達(正式名称は長いので省略)と戦っていただきます』

「ウェェ……やっぱりかよ」

 

 なんというか、戦う前からげんなりする。

 が、耳郎はにやりと笑って、ぽん、と上鳴の肩を叩いた。

 

「いいじゃん。私達があの頃からどれだけ強くなったか見せてあげれば」

「お? 響香珍しくノリノリじゃん。やっぱ俺に会えて嬉し──」

「奥義・ハートビートクライシス!!」

 

 コスチュームの一部として両手両足に装備された音響増幅装置により、全方位に『音の衝撃波』が放たれる。足場を傷つけると面倒な事態も想像されるし、敵の数が多いので、それを考慮した技なのだろうが、

 

「響香! 耳栓する前に本気出さないでよー!」

「う、ウゲゲ……み、耳が痛い……痛……」

「ご、ごめんつい」

 

 味方にも多大な被害を与えていた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 上階へ向かった組のエレベーターもまた音を立てて止まった。

 

「ん? まだ最上階じゃねえぞ?」

 

 声を上げたのは切島。

 彼の言う通り、出久達が目指していたのは最上階の展望室──にもかかわらず、停まったのは一階下のレストランだった。

 押し間違いでないことはランプから確認できたが、

 

「まさか飯でも食わせてくれる気だったりしてな」

「そんなわけないと思うけど……」

 

 馬鹿を言いつつも警戒は解かず、エレベーターを下りる一行。

 そんな彼らを出迎えたのは、せいぜい中学生くらいにしか見えない少女だった。

 纏っている魔法少女風のコスチュームを見ても、あの頃とイメージが全く変わらない。『不老不死』なのだから当然といえば当然だが、

 

「やっほー、みんな。久しぶり」

「ヤオトワ!?」

「一番上か一番下で待ってると思ったら、いきなり出てきたな」

「あはは。その方がびっくりするかと思って」

「びっくりするに決まってんだろ!?」

 

 全くもって緊張感のない会話。

 通信を聞く限り、他の『エタニティ』メンバーも同様のようだが──彼女達には「悪事を行っている」という()()()()が存在しない。真の目的がなんであるかを考えればそれで正しいのだが。

 出久は永遠と仲間達の会話を聞きながら考えていた。

 そんな彼の様子を不思議に思ったのか、尾白が問いかけて来る。

 

「どうした、緑谷。みんなに報告しないのか?」

「ん……そうだね」

 

 頷いて、出久は「でもその前に」と永遠を見つめた。

 

「永遠さん。コスチュームはどうしたの?」

「ん?」

 

 少女は瞬きをすると、不思議そうに首を傾げる。

 

「どこかおかしい? いつも通り着てるつもりなんだけど。っていうか緑谷くん、結局私のこと名前呼びだし。お茶子ちゃんから怒られるって何回も言って──」

「もうお芝居はいいよ、()()()()()()()

「───」

 

 永遠の表情が凍りつき、代わりに凄絶なまでに強烈な笑顔が浮かぶ。

 

「どこでバレましたか?」

「決め手はやっぱりコスチュームだ。何でヒーローコスチュームをそのまま着てるのか。ミルコさん達が黒っぽい衣装を新調してるのに、リーダーだけ例外なのはおかしい。永遠さんはこういう時、意外とノリがいいからね」

 

 後は、いくらなんでもノリが軽すぎるんじゃないかとか、そういうところ。

 あの少女が同じ反応をしないとは言い切れないのだが、ノリが良いからこそ、ボスならボスらしくしている……という読みも同時に存在した。

 

「さすが、要注意人物No.1なのです」

 

 呟いた彼女はどろどろと身体を溶かして元の姿──曼珠沙華のような特殊なおだんご頭をした、二十歳行かないくらいの少女に戻った。

 服装は何故か黒いチャイナ服。

 発育の良い身体に露出度の高い衣装の組み合わせが、さっきまでの永遠の姿とのギャップで大変扇情的だが、そんなことを言っている場合ではない。

 

 トガの両腕と両足にはそれぞれホルスターのようなケースが装着されており、ナイフのものと思しき柄が伸びている。

 見るからに戦闘フォーム。

 

「一階下で止めたってことは、最上階に永遠さんがいるのかな?」

「ええ」

 

 答えはないかとも思ったが、意外にもトガはあっさりと答えた。

 

「永遠ちゃんは一番上で待ってます。そう簡単に行かせませんけど」

 

 言うと同時、レストラン内にばさばさと無数の羽音が広がった。

 死角──エレベーターの裏側に集結していたらしい蝙蝠の群れ(本物と違ってぬいぐるみ感があり若干可愛い)にメンバーの一人、砂藤が「うえ」と声を上げる。

 無理もない。何十匹か、百匹以上か。一匹一匹は脅威ではないが、視界を塞がれたりして注意を逸らされるだけでも十分に嫌だ。

 

 トガはくすくすと笑いながら両手にナイフを構える。

 足を開いて立った彼女の下半身を切島が凝視しかけて、止める。

 

「ンな場合じゃねえか」

「先に気づいて欲しかったなあ……」

 

 そして、高らかな宣言が響いた。

 

「永遠ちゃんのところまで行きたかったら、この私を倒してからにしてください!」

 

 そこへ、出久達に通信が入って。

 

『こちらネジレチャン! 天喰君と一緒に永遠ちゃんと戦います!』

 

 直後、どかーん、と()()()()()()

 

「「は??」」

 

 出久達とトガの声がハモった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「なんでエレベーターとか階段使わないといけないのかな? 変なのっ」

「様式美とか無視か……」

 

 展望室のガラスをぱりんと割って、天喰はねじれと共に最上階へと突入した。

 方法は簡単だ。

 空を飛んで直接辿り着いた。バトル漫画で主人公側がやった場合、効率的すぎて読者にドン引きされるやつである。女子ってやつはロマンを意に介さない、などと思いつつ、天喰も止めずについてきたわけだが。

 

 展望室だけは、エレベーターの停まる中央支柱部分がシースルーになっている。

 お陰で全体を見渡すことができ、一人の少女がこちらにゆっくり歩いてくるのも確認できた。

 

「あ、永遠ちゃん発見!」

「……マジかよ」

 

 思わず呟けば、彼女──永遠も苦笑いを浮かべる。

 

「私もびっくりですよ。ヒーローが窓を壊して入ってくるなんて」

「まあ、まるごと敵の作った拠点扱いだしな……」

 

 答えつつ、天喰は相手の姿を確認する。

 

 永遠が纏っているのは魔法少女風の衣装だが、色は漆黒。デザインも細部が異なっている。具体的には露出度が上昇。ミニスカートにスパッツ型のインナー、上も丈の短い半袖のアウターになっており、手足も臍もばっちり晒している。

 悪堕ち魔法少女風、といったところか。

 二十四歳のする格好ではないが容姿が容姿なのでいやらしさはなく「健康的でいいけど風邪ひくなよ」という感想しか出てこない。

 

「わ、可愛い。ねえねえ永遠ちゃん、どうしてコスチューム変えたの、不思議」

「今回は私達が悪役ですから、それっぽくしてみたんです。ちょっと恥ずかしいですけど、私、戦うとだいたいいつもボロボロですし」

 

 多少の露出は誤差の範囲ということか。

 なるほどと思い頷く天喰。

 

「強引だったが……上手くいったか」

 

 永遠は一人だ。

 彼らの目的を果たすには絶好のシチュエーション。後輩達が揃って一階に入るのを見ながら、それでも直接ここに来たのには理由がある。

 元雄英ビッグ3。

 No.1だったミリオは常闇の応援に向かったため生憎二人だけだが、

 

「波動」

「はいはーい。……ごめんね永遠ちゃん。お喋りは戦いながらにしようよ?」

「いいですよ。私も、みんなが戦ってるの見てうずうずしてたんです」

 

 永遠はビルボードチャート六年連続ランク外。

 ただし、このランクを馬鹿正直に信じている者は殆どいない。天喰達元ビッグ3は永遠の不参加を「殿堂入り」と捉えていた。

 雄英在学中にはA()()()()()()()()を相手に一人で三十分以上も粘ったらしい。それもAFO(オール・フォー・ワン)等、“個性”の大半を封印したままでだ。

 簡単に勝てるとは思っていない。

 死力を尽くすのが前提。その上で天運か何かに味方されなければ勝利はないだろう。

 

 それでも。

 

(最低限、露払いくらいはさせてもらう)

 

 それが、ミリオを含め三人で交わした約束。

 

ねじれる波動(グリングウェイブ)!!」

「混成大夥!!」

混沌の魔槍(ケイオススピア)

 

 ねじれの放った衝撃波が、骨でできた大槍と衝突、下階にまで大きな音を響かせた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 気づけば、太陽が頂点へと到達しようとしていた。

 

「ハァッ……ハァッ……。どーした? 終わりかよ?」

 

 コスチュームは見る影もなくぼろぼろ、生地の一部が肌に張り付くのみという有様。そのまま放送するのは倫理上問題があるだろうが、それを憂うのはミルコではなくマスコミだ。

 戦いの最中に恥ずかしいだのなんだの気にしていられるか。

 胸や尻を露出したことなど何度もある。今なお戦いの高揚に包まれたミルコは「見たきゃ見せてやる」といった気持ちで立っていた。

 度重なる攻撃によるダメージは深い。

 『超再生』をもってしても癒しきれておらず、一発内臓に喰らった時の分を優先して癒しているため、腕からは一筋血が流れ続けている。

 

 だが。

 

「ッ、オラァッ!」

「……忍法『伽藍堂』」

 

 肉薄しての蹴りに対し、エッジショットは腹部分の身体を解き空洞にしてかわす。

 

「更に忍法『百蜂』」

「遅っせえんだよっ!」

 

 続けて繰り出されたのは細くなった身体で対象を包囲し無数の攻撃を全方向から繰り出す、という絶死の技。

 これに対し、ミルコは軸足を更に回転、ノータイムで回し蹴りを繰り出すことで、風圧によってエッジショットの身体を吹き飛ばした。

 

「……ぐっ!」

 

 細くなったままではまずいと察した忍者ヒーローは慌てて身体を再構築。

 しかし、元に戻った途端、彼はぐらりと身体を揺らした。

 

(やっぱりな)

 

 疲労のせいでスピードが落ちている。

 蹴りを普通に避けず奇策に頼ったのも、別の技で目くらましを狙ったのも、()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 そもそも、あれは一撃必殺の闇討ち技。

 同じ相手に何発も放つこと自体がレアケースなのだ。まあ、巨体だったり再生する奴には連発したこともあるらしいが、その時もMt.レディが正面から食い止めて壁になっていたという。つまり、エッジショット自身がメインで交戦しながら連発したのはほぼ初めて。

 

 そういう設計の技でない以上はスタミナも尽きる。

 頼みのシンリンカムイは両腕をぶち抜かれ、片足も失った状態で転がっている。彼も必死に戦ったのだが、ああなっては再生にも時間がかかる。

 

「さあ、そろそろ終わりにしよーぜ?」

「まだだ、まだ──」

「だそうだが、どーよ『インビジブルガール』」

「───」

「──な、に?」

 

 姿も音もないままに放たれた手刀が、エッジショットの首筋をとん、と軽く、しかし強かに叩いた。

 忍者スタイルを貫くプロヒーローだからこそわかっただろう。その技が()()()()()()()()()()()()だということが。

 葉隠家の技がエッジショットの“個性”忍法より上と言うつもりはないが、死闘の末に意識の外から放たれた一撃をかわす術は存在せず。

 

 ベテランヒーローの一角が意識を完全に刈り取られ、海辺のアスファルトの上へと沈んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(5)

 風を切る感覚を覚えながら、飯田は見た。

 

「ごめんね、飯田君」

 

 お茶子が自身の『無重力』状態を解除するのを。

 相手の速度が変わったことで軌跡が交わらなくなるのを。

 

(だからといって、はいそうですかと諦めるのか──っ!?)

 

 空中で『エンジン』がフル稼働する。

 走ることに特化した“個性”であるが、一瞬、僅かな推進力を得る程度なら問題ない。この六年、ジェット戦闘機のごとく使えないか試行錯誤を続けてきた(そしてまだ成功していない)努力は無駄ではなかった。

 再び軌跡が交わる。

 避けたと思ったお茶子は後手に回った。すぐに対応に入ったが、飯田の方が一瞬早い。噴射によって崩れた姿勢に構わず足を振り上げ、思いきり蹴りつける!

 

 蹴った側にまで衝撃が伝わる。

 

「こ……っ、のぉ……っ!!」

 

 お茶子は顔を顰め、肺から息を吐きだしながら反撃してきた。

 左手の肉球がぺたんと飯田に触れる。途端、重力を失って浮き上がる身体。上下の関係が逆転する。一瞬の間を使って姿勢を整えた少女は突き上げるように拳を振るって、

 

「歯ぁ食いしばれ、飯田君っ!!」

「ごぉっ……!?」

 

 咄嗟にクロスした腕の上から、腹に深い一撃が食い込んだ。

 視界が真っ白に染まる。

 宙に取り残されたまま、飯田は再び見た。お茶子が「してやったり」と微笑むのと、地上で新たな爆発が起こるのを。

 爆豪が浮かべたのは狂暴な笑み。

 自身を吹き飛ばして急上昇した彼は、万全の体勢で拳を振るう。対するお茶子は姿勢を整えきれていない。取れる手段は、

 

「──っ!?」

 

 自分に肉球で触れて『無重力』になること。

 状態変化を利用した「ずらし」さっきと同じだ。簡単には転ばないあっぱれな姿勢だが、予想していた飯田はお茶子に手を伸ばしていた。

 コスチュームの一端を掴んで引っ張る。

 

「あ……っ!?」

「やれ、爆豪!!」

「当たり前だろうがぁっ!!」

 

 お茶子を盾に、爆豪の一撃を受ける。

 鍛え上げられた拳は飯田にまで衝撃を伝えた。かと思えば、拳が離れた瞬間に手のひらが開かれ、爆発。二人まとめて吹き飛び、爆豪との距離が離れる。誰が敵だったのかわからなくなりそうだが、これで、

 

「解除!」

「なっ!?」

「度々ごめんね飯田君っ!」

 

 再び重力に引かれ始めた飯田の身体を、レディースの強化靴が()()()()()

 宙に向かって更に跳びながら、またも『無重力』と化すお茶子。彼女はコスチュームの胸元に手を突っ込むと、そこから何かを取り出し、ピンを抜いて落とす。

 小さな手榴弾のようなもの。

 

「一番安全なとこに入れておいて良かったよ」

 

 なるほどあの胸ならさぞかしクッション性も──ではなく。

 飯田は一瞬、手を伸ばして掴むか迷った。もちろん温もりを求めてではない。あれが爆弾だった場合、威力によっては爆豪もろともリタイアだからだ。腕一本吹き飛ぶのを覚悟で威力を抑えられるならと考え、結局、丸くなるようにして身体を保護する方を選ぶ。

 お茶子は。

 上へと急速に距離を取りながら目を瞑り、耳を塞いでいる。正解だったか、と思いつつ、飯田もそれに倣った。

 

 一秒、二秒、三秒。

 

 爆豪が『爆破』で下ベクトルの推進力を得るのを音で感じた直後、爆発音と閃光が走った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 ジグザグに飛ぶことで襲い来る羽根をかわしていく。

 飛行のノウハウは『彼』に教わったようなものだ。無論、独立して以降も研鑽を止めたつもりはないが──。

 

「ッ!?」

 

 鋭く飛来した一枚をギリギリでかわす。

 

「いつまでも同じパターンじゃ危ないっスよ?」

「光を減じるその眼鏡の下にあってなお、俺の描く未来の軌跡を読み取るかっ!」

「あー、久しぶりっスねそのノリ」

 

 常闇は飛行パターンを変更する。

 緩やかなカーブや小刻みな角度変更、逆にざっくりしたターンなど複数のパターンを織り交ぜ、ランダム性も加える。今、相手にしているのは格上、No.2のプロヒーロー、手抜きなど許されるはずがなかった。

 

「そうそう。──そうでないと倒し甲斐がないですしね」

「──ッ!?」

 

 一瞬、後ろを振り返りそうになった。

 背後で何かとんでもないことが起こっているのではないか。そう思ってしまうほどの寒気が走ったのだ。今のが、まさかホークスの『本気』なのか。

 並の人間なら殺意だけで殺せるのではないか。

 

(だが、我とて闇の住人! 敵となった以上、手心を加える気はない!)

 

 本気で追い縋る気がないのか、ホークスは一定の距離を保ったまま追跡してきている。近づいてくれれば『黒影』の爪で奇襲することもできるのだが、散発的に羽根を仕掛けられている現状では、こちらとしても逃走を続けるしかない。

 

(好都合!)

 

 既に交戦の報告はインカムで済ませた。

 応援には「あの男」が来てくれるらしい。百人力と言っていい。なら、常闇がすべきことは「目的地」へと相手を誘導すること。

 こうしている間にも着々と近づいている。

 あそこに行けば、

 

「お、ドームが見えてきたっスね」

「!?」

 

 動揺が表に出なかった自信は全くない。

 彼らの向かう先には大きなドームがある。スポーツの試合等を行う目的で作られたものだ。内装はまだまだ途中だが、ガワは一応完成しているらしい。実際、こうして見てもドームの上部はきっちりと覆われていて内部が見える様子はない。

 そう。常闇が目指していたのはあそこだ。

 ホークスはそれを()()()()()()()()()()()()()

 いや、羽根を感覚器官に変えて盗聴さえこなす男だ。さっき小声で通信した際に読唇なり普通に聞き取るなりしていても全くおかしくない。問題は「知っていて逃がしていたのか」ということ。向かう先がわかっているのなら常闇の狙いだってわかるだろうに。

 このまま突っ込んでいいのか。

 逡巡は一瞬。こちらの向かう先を知っていたなら罠があるかもしれない。だが。

 

(罠だろうと諸共潰すまで!)

 

 勢いを落とさないまま急降下、入り口に突っ込む。ちらりと後方を見るとホークスもぴったりついて来ている。

 中は、奥へと進むほどに『暗かった』。

 

(良し!)

 

 闇を得た黒影のパワーが増し、一気に加速する。

 

「おお、これはさすがに速いっスね」

 

 後方の呟きさえも引き離し、ドーム内へ。

 バイザー状の暗視装置を下ろし、暗黒の内部を見渡すと──。

 

「ッ!?」

 

 びっしりと、数百匹の蝙蝠が蠢いていた。

 闇の中で目だけが光る。いくらぬいぐるみ的な可愛い奴らだと言っても、本能的な恐怖が走る。精神制御が乱れるのはまずい。

 強いて気を落ちつけつつ、常闇は使い魔に命じた。

 

「全てを食い荒らせ、黒影!!」

Ooooooooooo!!

 

 文字に表すことさえ困難な咆哮。直後。合体が解かれ、常闇の身体が落ちる。同時に「真下を除いた全方向へ」破壊的な闇のエネルギーが解き放たれた。真なる終焉(トゥルー・ラグナロク)。群がってきた蝙蝠の全てを吹き散らし、余った力はブレスのごとく上方に噴射。

 結果、ドームには見事な大穴が開き、そこから陽光が降り注いだ。

 

「良くやった」

「グルル」

 

 大人しくなった黒影を再び纏うと、ぱちぱちぱち、と拍手の音がした。

 上空にホークスが浮かんでいる。

 腹立たしいことに傷一つ負っていない。

 

「中まで追ってこなかったのか」

「追うわけないじゃないっスか。暗闇での君は無敵。でしょう?」

「………」

 

 手の内はバレている、ということだ。

 

「だが、そちらの罠も食い破った?」

「罠? なんのことっスか?」

「あの蝙蝠達だ。あれに襲わせるつもりだったんだろう?」

「ははは、面白いこと言うんですね」

 

 羽根が複数同時に閃く。

 急加速して回避するも、肩や足を浅く裂かれる。数メートルは距離が離れていたというのに、だ。

 

「あれはただの余興ですよ?」

 

 笑顔が恐ろしい、と、心の底から思った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「良い攻撃だ」

 

 ゆらりと着地したエンデヴァーから、轟は反射的に距離を取った。

 

「お陰で身体が冷えたぞ、ショート」

「俺の氷を冷却に使ったってのか」

「使えるものは使う。当然だろう。……ちなみに、お前のいる方向に飛ぶと湖がある。場所を変えるのであれば気をつけろ」

 

 轟は小さく舌打ちした。

 

(No.1ヒーロー、オールマイトから『平和の象徴』を引き継いだのは伊達じゃねえ)

 

 エンデヴァーは本物だ。間違いなくトップクラスのヒーローだ。経験値も“個性”も覚悟も、並大抵の相手とは全く違う。

 昔は彼の大きな身体が恐ろしかった。

 確執が生まれてからは角ばった顔が憎かった。

 わだかまりが解け、母が退院し、家族が前よりもずっと穏やかになった今では尊敬もしているが、超えたい、という想いは消えるどころか大きくなり続けている。

 

 だが、轟だってここまで遊んできたわけではない。

 

「冷やさないと続かないと踏んだんだろ、エンデヴァー」

「………」

「偉そうな講釈垂れる暇があったら来い。身体、温めたいだろ。超えるなら全力のあんたでないと意味がない」

「若造が」

 

 赫灼熱拳。

 ノータイムで放たれた熱気を冷気で相殺。

 出力を高めに設定したつもりだったが、互角。すぐさまもう一方の腕から放たれる次弾。今度はこちらも同じ技。同じ威力を出したのに圧された。

 最初の応酬では加減していた? それともようやく気分が乗ってきた、とでもいうのか。

 

(出し惜しみしてらんねぇのはこっちの方か)

 

 轟は広範に冷気を振りまきながら後ろに跳んだ。

 威力は出さなかったため、エンデヴァーは立ったまま、纏う熱気だけでこれを無力化。だが、それでいい。一瞬、稼げれば十分だった。

 強力な冷気を放った直後、それ以上の熱気を放つ。膨張した空気が爆風を産み、エンデヴァーを襲う。膨冷熱波。炎と氷を両方操る轟だからこその技を、エンデヴァーは。

 

「ぬうううううんっ!!」

 

 前方に勢いよく炎を放つことで迎え撃った。

 

「無駄だ。その程度でこの技の勢いは──」

 

 爆風が炎を吹き散らす。

 熱を伴う突風がNo.1ヒーローを包み、足を地面から浮かせた。吹き飛んでいくエンデヴァーを、轟は歓喜と共に見送り、

 

何を浮かれている

 

 建設途中の建物の鉄骨を蹴り、足から炎を噴射して、エンデヴァーが眼前に迫る。

 

「──ッ!?」

「倒したことを確認するまで油断するな。お前が倒れれば市民が被害に遭う。成長しろ。お前にはまだ先がある」

「んなことわかって──」

 

 迎撃。

 熱を纏い、直接振るわれた拳に氷拳を合わせる。圧された。体格の差。後ろに飛ばされながら、咄嗟に赫灼熱拳。過不足なく相殺された。エネルギーの調節が格段に上手い。節約を必要とするが故、否応なく覚えたのだろうが、必要は発明の母か。

 

(氷は奴に利を与えてしまう。だけど、そんなこと言ってる場合じゃねえ!)

 

 轟は本能のまま、これまで磨いてきた戦闘勘に従って冷気を解き放つ。

 空中で姿勢を整え、着地と同時に燃える右手を腰だめに跳躍。そんな彼を見て、エンデヴァーが笑みを浮かべた。

 

「それでいい。もっとお前の力を見せてみろ、ショート」

 

 ヒーロー親子の対決は延々と続いた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 電撃が直撃、帯電したロボの一体が機能を停止し、直後に爆発を起こした。

 

「これで……あーっと、十一体だったか?」

「ちょっと上鳴。アホになってない?」

「これは生まれつきのオツムの問題だよ!」

 

 耳郎からの声は上鳴、砂藤の耳栓内に埋め込まれたスピーカーに転送されている。話さない時はオフになっているので、音響攻撃に巻き込んでしまう心配はない。

 一発、開幕に思いきり食らわせたのはまあ、ご愛嬌だ。

 

「でも、三人合わせてこれで三十以上は壊した」

「俺達も強くなったよな。あの時のメカの改良型がまるで雑魚だぜ」

「そうだね」

 

 砂藤の声に応える耳郎。

 殺到するロボ達だが、今のところさしたる脅威とは感じていない。休む間もなく襲ってくるのは鬱陶しいが、搭載されている銃器は全てゴム弾を発射するものだったし、直接殴りかかってくるものも注意して見ていれば容易にかわせるレベルでしかない。

 上鳴の電撃が当たれば一発でショートするし、収束した音波攻撃でも十分倒せる。砂藤は飴玉を片手で口に放り込みながら千切っては投げの無双中だ。

 だが、

 

「いくら倒してもキリがないかな」

 

 ロボが後から後から補充される。

 一体何体作ったのか。否、ロボの生産工場を設計した後は機械任せか。そっちの方がありそうだ。

 

「おいヤオモモ! 卑怯だぞ! 正々堂々勝負しろ!」

『あら人聞きの悪い。使えるものは使う。それだけの話ですわ』

「ヤオモモも本当図太くなったよね……」

 

 百の“個性”は直接戦闘向きではない。だからこそこうして事前準備で補っているのだろう。まあ、銃器だの毒物だのを出し放題の彼女に「自分は格下だ」みたいなムーブをされるのは正直イラっとするのだが。

 

(ヒーローってのは理不尽を打ち破るものだからね)

 

「砂藤。一回本格的に糖分補給しなよ。今いる分は上鳴となんとかするから」

「おぅ、わかった。悪いが頼む」

「聞いてたでしょ上鳴。行くよ」

「了解。でも冷たいぜ響香。二人きりの時みたいに電気って──」

「か、み、な、り! 合わせて!」

「おおお、おう!」

 

 ポインターと増幅装置は戦闘の中でバラまいている。

 

「「せーの!」」

 

 雷撃と爆音が数十体のロボをまとめて吹き飛ばした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(6)

 白雲、ジェントル組と交戦に入ったのは物間、拳藤、そして吹出漫我の三人だった。

 

「さあて、行こうか」

「ええ。気を抜かないでよ、物間」

「誰に物を言ってるんだい?」

 

 息の合った(?)掛け合いをしながら飛び出す物間と拳藤。

 

 白雲はにやりと笑って、こちらも地面を蹴った。

 サイズ自由、移動可能の『雲』の足場を作る“個性”で次々高いところへ移動していく

 

「行きますよ、飛田さん!」

「飛田ではなく──と、言っている場合ではないであるな!」

 

 ジェントルの“個性”は『弾性』。

 触れたもの(空気さえも含む)にその名の通りの弾性を付与し、トランポリンのような特性を与えられる。一度付与すると時間経過以外で効果が消えない(少しずつ弾性が減っていく形)うえ、付与した本人でさえどこに付与したかはわからない(記憶しておくしかない)という欠点はあるものの、上手く使えば強力だ。

 例えば、

 

「これぞ、私と後輩の合体技!!」

「ヒーローとしては俺が先輩ですけど」

 

 老紳士風の男が跳んだ先に瞬時に形成される小さな『雲』。ジェントルはそれに『弾性』を付与し、文字通り跳ねるように大きく跳ぶ。

 行った先に新しい雲が作られ、更に跳べば三つ目の雲が形成。

 ジェントルの跳躍は勢いを減じるどころかどんどん加速し、吹き抜けのホールをまるまる使ったピンボールと化す。

 使わない雲を白雲が消すことで足場の整理も行えるし、ジェントルが跳ぶ方向をミスしても雲を移動させて調整が可能。

 

 目にも留まらぬ三次元戦闘。

 

「こりゃ、思った以上に厄介だね」

「いいじゃないか! B組のメンバーが目立つのは!」

「いい加減A組B組のくくりから離れなよ……」

 

 拳藤は『大拳』の“個性”を発動し、自らの拳を大きく変えながらホール内を周回するように走る。

 物間は“個性”を見せないまま、拳藤とは逆回りで走り──。

 

「よーし、ワッとしてガーっとしてギャーとやっちゃうぜ!」

 

 三人目、吹出漫我が“個性”を発動させる。

 『コミック』。

 発声した擬音を具現化させるという特異な効果であり、基本的には敵にぶつける形で用いられる。今で言えば「ワッ」と「ガー」と「ギャー」が放たれ、それぞれ別方向に飛んでいく。

 当然、絶賛ピンボール中のジェントルには邪魔以外の何物でもないが、

 

「無駄だ!」

 

 この擬音にも『弾性』を付与して蹴りつけてしまえばいいだけのこと。

 サポート役の白雲も『雲』に乗って移動しているため、余程油断しない限りは当たらない。

 

「飛田さん、そろそろ!」

「うむ、温まってきた頃合いだ!」

「来る!」

 

 奇しくも、ジェントルが攻撃に転じたのは拳藤と物間、二人の軌跡が重なる瞬間だった。無論、狙ったのだろうが。

 

「二人まとめていただく!」

「ふふふ、そうは行かないよ!」

「何!?」

 

 物間と拳藤もこれを予想していた。

 物間は『コピー』によって用意していた“個性”を発動。彼の尻からふさふさした立派な『尻尾』が生える。これは尾白の“個性”だ。

 下手な力自慢よりも強いパワーを持つこの尻尾に拳藤が跳び乗り、振り振りされた勢いで跳躍。

 

「おらぁっ!」

「く、白雲!」

「おうよ!」

 

 ジェントルと拳藤の間に生まれる『雲』。

 『弾性』を付与して逃れるジェントル。拳藤は激突を避けるためにこれを蹴り、逆方向に逃れる。

 

「グルグルグルグルグルグルー!!」

 

 吹出が再び擬音を具現化。

 渦を巻くように飛び出した『声』が空気をかき乱し、空中にいるジェントルと白雲を翻弄する。白雲は咄嗟に雲へしがみつき、ジェントルもまた新しい雲にそのまま抱きついた。

 

「良くやった吹出君! このまま──」

「いや物間。これ私らも攻撃できない」

「喉も疲れる」

「駄目じゃないか!」

 

 こうして戦いは振り出しに。

 再びピンボールを始めるジェントルを見た拳藤は、

 

「吹出! 足場!」

「凹ー!」

 

 カタカナと漢字を使い分けるのに一か月の修行を要したという渾身の足場に飛び乗り、突っ込む。

 目指すはジェントル──ではなく、白雲。

 

「俺に来るか、一佳!」

「そっちのおじさんは狙いにくいからね!」

「む、私の渋さがわかるのか少女よ!」

「いや、そういう話じゃないから飛田さん」

 

 当然、ジェントルも援護しようとするが、拳藤の巨大な拳が「来るなら来い」と待ち構えている。

 

「白雲君! 物間少年の持続時間は!?」

「今は一時間に伸びてるはず! だけど吹出の喉もある!」

「時間稼ぎは有効ということか!」

「もちろん、積極的に攻めていくけどな!」

 

 白雲は携帯していた伸縮性のロッドを伸ばすと、雲を飛び移って拳藤を迎え撃つ。

 

「ならば私は!」

 

 空中戦が始まるのを見たジェントルはピンボールを低空の二次元的なものに変更。床の上にいる物間と吹出を狙う。これに吹出は「ガガガガ」と擬音をマシンガンのように発射して応戦。当然のように避けられるが、上空に飛んだ分は拳藤の足場になる。

 白雲の『雲』に拳藤達が乗るとあっさり消されて落ちることになるので、これはなかなかに重要だ。

 接近しての応戦は物間。

 『尻尾』が生えるだけ、という地味な“個性”を上手く使ってジェントルを殴りにかかる。考えようによっては「二本の腕より柔軟性もパワーもある三本目の腕を使える」ということなので、弱いわけがない。

 

「むう、なかなか手強い!」

「ははは、そっちもね!」

 

 物間達はジェントルの弱点を察していた。

 彼の持ち味は高速での三次元機動。スピードが出る分だけ一撃のダメージも大きいが、カウンターを受けた際のダメージも大きくなる。故に考え無しの攻撃は危険。待ち構えて溜めた威力を叩きこめば一撃で打倒することも不可能ではない。

 だからこそ、向こうは攻め時を探るし、こちらも小技の連発は控える。

 

 上空では西遊記のごとき戦いが継続中。

 まあ、白雲が孫悟空だとすると拳藤は猪八戒か? という話になってしまうので口には出さない。三蔵法師かもしれないし。でかい拳でぶん殴りに行く三蔵法師は銃と煙草を嗜む三蔵法師と同じくらい嫌だが。

 

 ちらりと時計を見る。

 刻一刻と過ぎる時間。ダミーも含めて数多くの時計を装着しているが、うち一つ、かなり最初の段階で別れた者から『コピー』した“個性”が期限切れ間近だ。

 せっかくだから使ってしまおう。

 

「拳藤、やるよ!」

「OK!」

 

 白雲の振るうロッドに拳をぶつけ、飛びのく拳藤。

 落下する彼女をジェントルが狙うも「バリアー!」。守るように展開された擬音がぱりーんと割れ、その間に拳藤が着地。

 すぐさま三人は壁際へと移動し、

 

「マックラ」

 

 ホール内に一瞬の『闇』が生まれた瞬間。

 

黒影(ダークシャドウ)

『応!』

 

 闇のエネルギーがエレベーター、そして空中の白雲達に迫った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「ちょっと待て。こいつめっちゃ強えぞ!?」

「当たり前じゃないですか。永遠ちゃんのパートナーですよ?」

「そう言われると妙に納得しちまうけどよ!?」

 

 最上階一歩手前、レストランにてトガヒミコと交戦を始めた出久、切島、尾白の三人は苦戦を強いられていた。

 理由は切島が口にした通り。

 トガが意外なほどに強かったからだ。

 

「ほらほら。油断してると切り刻みますよぅ?」

「嘘つけ殆どナイフ使ってねえだろ!?」

 

 最初に二本、ナイフを抜いたのがブラフだったのでは、というレベルである。

 接近戦を想定して三人が身構えれば、トガはすぐさま()()()()()()()()()。出久が手の甲で弾けば、ツートンカラーが印象的な男へと姿を変えていた。

 穿天氷壁。

 瞬時に形作られる氷塊を出久が拳圧で、尾白の前に飛び出した切島が硬化した身体で防いだかと思えば、すぐさま褐色美女へと姿を変え、切島を包む氷塊を自分で蹴り割ってくる。

 切島と尾白が体勢を立て直す間に出久が圧縮した空気塊を連射すれば『無重力』と体術を併用してひらひらとかわす。

 復帰した二人を加えた三人での攻撃には『透明』人間に変身、攻撃をかいくぐると再び褐色美女となって尾白を蹴り飛ばした。

 

 ──上からも下からも衝撃や轟音が聞こえてくるのに、構っている暇がない。

 

 “個性”『変身』。

 血を吸った相手に変身する力。かつては姿かたちを写し取るだけだったが、今では変身対象の“個性”を自在に操るまでになっている。当然、この『エタニティ』に参加している者の“個性”は全て持っているだろう。

 加えて、

 

「切島鋭児郎。個性は『硬化』。つまり、浮かせちゃえば何もできなくなりますね?」

「うげ!?」

 

 永遠達から得た出久達のデータ。

 ミルコの姿のまま走る彼女に、出久は、

 

「させない!」

 

 OFA(ワン・フォー・オール)のパワーを脚部に発現させた形態──シュートスタイルを発揮、鋭角なターンを交えて接近すると、そのまま蹴りを、

 

「あは」

「!?」

 

 蹴りを、トガが合わせてきた。

 衝突するパワーとパワー。競り負けたのはトガの方。元『平和の象徴』の“個性”を100%ものにし、更に強化してきた出久の筋力は並ではないどころか──『並外れている』。殺してしまわないようにセーブしてなお、肉弾戦型ヒーローの足を一本、見事にひしゃげさせ、そのまま潰した。

 飛び散る肉片。

 噴き出した鮮血が()()()()()()()()()

 

「あはははっ!」

 

 片足で器用に飛びのいたトガが、足を再生させながら元の姿に戻っていく。

 出久は追撃を諦め、切島、尾白と共に蝙蝠達を潰していく。

 

「おいおい、これはヤオトワの能力じゃなかったのかよ!」

「譲渡していたんだ! 永遠さんが使ってると見せかけて、本当は彼女が『吸血鬼』を使っていた! 彼女も『不老不死』を持っているから──!」

 

 多少傷ついても再生できる。

 加えて、蝙蝠をけしかけることによる副次的なメリットが、

 

「僕達の血を吸わせちゃ駄目だ! 本体に持ち帰られたら──!」

「俺達の“個性”まで使われるってか!?」

 

 恐ろしいとしか言いようのないコンボだ。出久達としては相手を一人も殺したくない。ヒーローでないどころか元(ヴィラン)であるトガも含め、『エタニティ』メンバーは全員、(てき)ではあっても(ヴィラン)ではないからだ。

 だが、トガは半端に傷つけると使い魔を量産する。

 半端ではない傷つけ方をしても『不老不死』でそのうち復活するのだから、本気で止めたければ「ただ殺す」以上のダメージが必要になる。

 そして、トガを止めなければ永遠の元には向かえない。

 

 『エタニティ』メンバーは全員が強敵である、と認識してはいたが、出久も含め、ヒーローチームの者達はどこかでこう考えていた。

 永遠以外を全員倒してからが本番だ、その時動ける全員で永遠を叩いて降伏させられなければこっちの負けだ、と。

 

 だが。

 

「緑谷出久さん? 本気で来ないと死んじゃいますよ?」

「くっ!?」

 

 嘲るどころか諭すような声を聞きながら、出久は再びトガに接近する。

 さっきのような鋭角フェイントは入れない。ノータイムで可能な限りのスピードを出し、拳で胴体の中央を、

 

 ──くすくす。

 

 殴りつけようとした瞬間、トガの姿()()()()()

 

(あ、これ……)

 

 雄英一年生の頃を思い出して「まずい」と思うも間に合わない。

 永遠が用いていたよりもずっと洗練された「気配を殺す」絶技が、『平和の象徴の後継』に決定的な隙を作り、ずっと右手に握られていたナイフが閃く。

 

「危ない、緑谷!」

「え」

 

 声。

 とん、と、横合いに突き飛ばされた出久は、自分の代わりに尾白がナイフを受けるのを見た。

 

「尾白君!」

「大丈夫だ!」

 

 答えながら、尾白は『尻尾』を大きく振る。

 身体全体をもねじって振るわれた尻尾は()()()()()()()

 

巨尾一撃(ギガントテイル)!」

「っ!?」

 

 とっておきの必殺技に、さすがのトガも驚愕した。

 ナイフを手放し、両手両足を全て使って体操技の要領で飛びのく彼女。ギリギリ、本当にギリギリで空を切った尾は床とエレベーターを強かに打ち、破片を飛び散らせる。

 

「尾白猿夫。多少のサイズ変更が可能なのは知っていましたが、この技は──」

「知らないだろうな! 戦いで使うのは初めてなんだから!」

 

 奥義とは、秘めてこそ価値がある。

 そんな言葉を出久が思い出しているうちに、

 

「俺はA組の中でも下の方だ。何度も言われたさ。『八百万姉妹を輩出した黄金の世代のみそっかす』ってな」

 

 一年生の体育祭で見事な気高さを見せ、出久の本選出場を間接的に助けてくれた男が、

 

「だが、この六年、腐っていたつもりはない!」

 

 ()()()()()()()()()()()()、自分自身すらも膨大な質量に振り回されながら、レストランの設備をなぎ倒していく。

 

「かわしきれるならかわしてみろ、奥義・禍九尾(まがつきゅうび)!!」

「───!」

 

 飛び散る瓦礫。

 覆い隠された視界の向こうで、トガヒミコが悲鳴を上げたような気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(7)

「エッジショット!!」

 

 シンリンカムイの悲鳴が空と海と大地に木霊し、消えた。

 倒れた忍者ヒーローはぴくりとも動かない。死んだのではなく気絶しただけだが、戦いの場においてそれらは大した違いを持たない。

 

「助かりました、ミルコさん」

 

 淡々とした『声』にミルコがぶっきらぼうに答える。

 

「いーってことよ。ま、これで二対二だしな。すっきりはしねーけど文句ねーだろ」

 

 彼女の言う通り──卑怯、と罵ることはできない、とシンリンカムイは思った。

 敵の人員はあらかじめ把握できていた。

 『透明』の葉隠透が含まれていることも当然知っていたし、不意打ちがあるだろうことも予測できていた。にもかかわらず「不意打ちされたら防げない状態」まで追い込まれた彼らの側に落ち度がある。敵はルールにもレギュレーションにも違反していないのだから。

 

 だが。

 シンリンカムイが動けない状態で、満身創痍とはいえ意識のあるミルコと、怪我さえ負っていない葉隠。二人に敵うはずがない。

 

「我を、どうするつもりだ」

「は? どうもしねーよ」

 

 覚悟を決めて問えば、返ってきたのはあっさりとした言葉。

 

「なに?」

「エッジショットは倒れた。お前が自分で『自分は戦闘不能だ』ってんならこれで決着だろーが。トドメ刺す必要がどこにあんだよ。私らは悪役だけど(ヴィラン)じゃねーつーの」

「それに、向こうももう終わります」

 

 言われて、視線を向ければ──確かに、巨大同士の戦いに決着がつこうとしていた。

 

 巨体に無数の爪痕を残し、遂に力尽きたかのように倒れたのは、Mt.レディ。大型に変身する者同士の死闘を制したのは、爪や牙などの生体武器を有するリューキュウの方だった。

 勝利を告げる咆哮が空気を震わせる。

 

(だが、ならば何故、彼女らは平然としている?)

 

 勝ったのがリューキュウである以上、シンリンカムイ達の加勢に来る。そうすれば形勢は逆転しうるというのに──。

 

(まさか、まだ何かあるのか!?)

 

 その予測が正しいことは、直後に証明された。

 

 ずん、と。

 

 唐突に地面を震わせた『巨体』に、シンリンカムイも、リューキュウも目を瞠る。

 

「強者、よ」

 

 『彼』の名は知っていた。

 どころか、シンリンカムイは交戦した経験さえある。かつて、かの(ヴィラン)──オール・フォー・ワンに仕え、ラーカーズと八百万永遠、葉隠透の協力によって捕縛した存在。巨体に『超再生』と『超耐久力』を持ち、素の状態で“個性”の複数所持に耐えうる傑物。

 その名を、ギガントマキア。

 行った犯行がはっきりとせず、また、AFO(オール・フォー・ワン)の継承者に仕えるというシンプルな精神性から八百万永遠預かりとなっていた彼。

 考えてみれば、彼がここにいるのは当然の成り行きだ。

 

「勝負だ。竜の娘よ」

「冗談じゃない、と言いたいところだけど──」

 

 ぼやいたリューキュウはちらり、と、シンリンカムイ、エッジショットに視線を送り、

 

「いいわ。相手をしてあげる!」

「有難い!」

 

 ぶつかり合う巨体と巨体。

 だが、Mt.レディとの戦いで疲弊しきったリューキュウは簡単に持ち上げられ、どん、と、地面へ叩きつけられる。それでも起き上がってくらいつかんとするが、勝負の行方は明らかだった。

 

(これが結末か)

 

 かつて経験したことのない大敗。

 このままリューキュウが負ければ、ミルコ達は他の戦いへ応援に行くだろう。数で勝っている以上、他の者も悪い戦いはしていないだろうが──そう思っていたシンリンカムイ達がこのザマだ。二重三重の罠が貼られている可能性がある。

 ならば。

 

(このまま寝ていて、本当にいいのか?)

 

 自問する。

 答えは、考えるまでもなかった。

 

「ミルコ」

 

 震える声で「戦うべき相手」の名を呼ぶ。

 

「待て。我々はまだ、負けていない」

「……へえ?」

 

 踵を返しかけていた女が立ち止まり、シンリンカムイを振り返る。

 心底面白そうな顔をした彼女は、傍らにいるであろう葉隠に「手ぇ出すな」と告げる。

 

「構いませんけど。いいんですか?」

「あぁ。男の意地だ。買ってやらなきゃ女が廃るだろーよ」

「全くもう……」

 

 嘆息しつつも、葉隠の声もまた弾んでいるように聞こえる。

 

(楽しいというのか)

 

 圧勝している状況が? 否、逆だ。ここからひっくり返されるかもしれない、と期待している。

 生憎、そこまで期待には沿えないのだが、

 

「行くぜ、シンリンカムイ。防げるもんなら防いでみやがれ!」

 

 両手両足を失って倒れた彼へ、ミルコの蹴りが来る。

 自由になる首を動かし、シンリンカムイはタイミングを計った。

 

(今!)

 

 己の『樹木』の身体が持つ再生力を一点集中、更に精魂を注いで急加速させ、腕一本分だけを高速再生。更に過剰再生することで枝を伸ばし、ミルコの首を絡め取る、

 

「うお!? これは──」

「我にできるのは、これが精一杯」

 

 遂に捕まえたミルコの身体を引き寄せると、己の生命力を注いで全身を()()()

 シンリンカムイの奥の奥の手。

 捕縛して引き渡すのではなく、命を賭して「ただ捕縛する」技。

 

生命の樹(ユグドラシル)

 

 シンリンカムイの身体は『心臓を核とした一本の樹』と化す。

 捕まえたミルコの身体を拘束したまま、幹を伸ばし、根を広げ、栄養のある土の地面を求めて這う。エネルギーの供給が続く限り成長するが故に容易に破壊することはできず、また、シンリンカムイ自身にも止められない。

 

「あー、こりゃどうしようもねえな」

 

 いい加減、ミルコも体力の限界だったのだろう。

 しばらくもがいていた彼女は諦めたように身体の力を抜いた。

 

「……でなければ、やった甲斐がない」

「おいシンリンカムイ。これ元に戻れんのかよ」

「さあ、な。命が尽きなければ不可能ではないだろうが」

「ふーん。なら、ギガントマキア!」

 

 リューキュウをノックアウトした巨人が「応」と応え、アスファルトの上にあるシンリンカムイの身体を土の地面まで運ぶ。

 根が土に入り込み、養分を吸収する感覚にシンリンカムイは息を吐き、言った。

 

「感謝する」

 

 こうして、港付近にて行われた第一の戦いはMt.レディ、ミルコ、リューキュウ、エッジショット、シンリンカムイの『全員戦闘不能』という形にて幕を下ろした。

 

 ただし、『エタニティ』側の増援二人をほぼ無傷で残して──だが。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「あー、今のは危なかったです」

 

 女の大きな声が、割れた窓ガラスの向こうからレストラン()()()()()に響いた。

 尾白の秘奥義によって破壊された空間。

 どうにか被害を免れた出久と切島だったが、当の尾白はボロ布のように転がったまま気絶しており──対峙していたトガヒミコは、

 

「レディさんの血が無かったら死んでたかもしれません」

 

 Mt.レディに変身した状態で、タワーの横へ立っていた。

 一瞬。

 尾白の九尾に襲われながら咄嗟に『変身』し巨大化したのだろう。人間サイズでアレを受けるのと巨大化して受けるのではダメージ量には天地の差が出る。大きくなりながら直撃を喰らい、狭いタワーから脱出しつつ立ち上がった。

 

「尾白の技、あれなら大抵の(ヴィラン)が一撃だぜ……?」

「じゃあ、私は『大抵』にあてはまらなかったってことです」

 

 床の淵を掴んだトガは変身を解除、優れた身体能力でひょい、っと床の上に乗った。

 彼女はじっと、倒れた尾白を見下ろし、

 

「仕切り直しましょうか、永遠ちゃん」

 

 告げた直後、どこからともなく声が聞こえた。

 

「ん、そうだね、トガちゃん」

「!?」

「永遠さん──!」

 

 音もなく現れたのは、黒い魔法少女コスを纏った少女。今度こそ本物の八百万永遠だ。

 彼女は()()()()()()()()波動ねじれ、天喰環を尾白と並ぶように寝かせた。二人の先輩プロヒーローもまた、深い外傷は見られないものの気絶している。

 

「やったのか、ヤオトワ。お前が」

「うん」

 

 永遠は当然のように答えた。

 

「ねじれ先輩も天喰先輩も手強かったよ。“個性”に制限をかけてたら絶対負けてた」

「………」

 

 かけなかった結果が『完勝』なのだとすれば、ねじれと天喰は「馬鹿にするな」と憤慨するかもしれないが。

 

「やっぱり、永遠さんは凄い」

「凄いのは“個性”で私じゃないよ。でも、そうだね」

 

 少女は笑みを浮かべた。

 人懐っこい彼女本来のものではない、悪役めいた笑み。

 

「この程度の人数で私達に勝とうなんて、甘かったんじゃないかな? ヒーローさん達」

「───!!」

 

 倒れている尾白、ねじれ、天喰の姿。

 更に永遠が指を鳴らすと頭上の空間がスクリーンになったかのように複数の光景が映し出される。

 

 倒れているエッジショット。

 樹に変じミルコを取り込んだまま動けなくなったシンリンカムイ。

 力尽きたMt.レディとリューキュウ。

 

「港付近の戦いは相打ちだけど、加勢に行ってくれたギガントマキアと透ちゃんのお陰で、こっちの実質勝ち」

 

 爆発の影響で荒れた森林地帯。

 『無重力』で浮かされた爆豪と飯田。

 爆豪の方は『爆破』で無理矢理移動して一矢報いようとしているが、自由に動けるお茶子にあしらわれている。

 

「ハメ技だけど、浮かされちゃったら何もできないよね」

 

 天井に穴の開いたドーム内。

 ホークスの猛攻に対してミリオが奮戦中。

 決して一方的な戦いではないが、常闇は全身ボロボロで地面に転がっており、ミリオもまたホークスの手数の多さに『透過』しきれないのか、小さな傷を積み重ねている。

 

「二対一でこの戦果なら、実質こっちの勝ち」

 

 タワーの一階ホール内。

 ジェントル、物間、拳藤、吹出がボロボロになって倒れる中、白雲が荒い息をしながら立っている。

 

「いい勝負だったけど、白雲君が温存してたワープが決め手だったね。ギリギリで戦ってたところに新戦法はキツイよ」

 

 無数のロボの残骸をバックに、地下組の三人が探索を続けている。

 

「雑魚に消耗させられた上、百ちゃんだけ姿が見えない。どこにいるんだろうね?」

 

 地上の各エリアで倒れ伏す残りのヒーローチームメンバー達。

 応援に来ないと思えば、

 

「私の分身で奇襲してみたんだけど、ちょっとズルかったかな?」

 

 唯一、勝利を収めているのはエンデヴァー。

 やりきった晴れやかな笑顔で仰向けに倒れた轟を残し、ギガントマキアの巨体へと飛んでいる。彼のコスチュームもボロボロの状態だが、それでも確かな意志を感じる。

 

「残ってるのはミリオと、エンデヴァー、それから緑谷くんと切島君だけ、だよ」

「───」

どうする? 降参する?

 

 大魔王の「世界の半分をお前にやろう」と似たようなものだと理解しながら、出久は一瞬迷った。

 倒れた仲間を回収して船まで戻る分にはきっと、彼女達は邪魔をしないだろう。次はもっとたくさん連れてきてね、とでも言って終わりではなかろうか。

 

(ここで挑んで、勝てるのか?)

 

 勝たなければいけない。

 エンデヴァーの言っていた「本当の勝利」という言葉が脳裏を駆け巡る。ここで最も避けるべきは「全滅」という結果を残すことではないのか。そうなればヒーローの権威は失墜、(ヴィラン)の台頭を許すことになりかねない。

 それならまだ敗走という形を取る方が、

 

「俺にやらせろ、緑谷」

「切島、君?」

「何ボケっとしてんだ。俺達はヒーローで、目の前には敵がいんだぞ。考えるのはいいが、迷ってる場合か?」

「っ!?」

 

 はっとする。

 エンデヴァーは「迷うな」とも言っていた。迷わず、それでいて考え続けろと。

 あれは、どういう意味だった?

 

 くすりと永遠が笑い、一歩踏み出す。

 

「格好いいね、切島君」

「おぅ。惚れたか? 駄目だぜ、俺には心に決めたヤツがいるからな」

「三奈ちゃんだよね? はいはいご馳走様です」

「てめえ秒でバラすなよ!?」

 

 ツッコミを入れながら、突撃を開始する切島。

 

「待っ──」

 

 言いかけた出久は、一瞬だけ振り返った友人の視線に口を閉ざした。

 覚悟を決めた「漢」の目。

 

烈怒頼雄斗(レッドライオット)安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)印不意仁定(インフィニティ)!!」

 

 弾丸のように飛び出した身体が一瞬にして最高硬度に到達。相応の勢いさえついていれば壁だろうと戦艦の装甲版だろうと余裕で貫通する肉体があっという間に少女へ迫り──。

 

「『全知の魔(ラプラス)』」

 

 永遠が呟く。

 指定範囲、指定時間内の全存在の運動エネルギーを解析、動きを予測する。強力だが「迂闊に使うと脳が限界を迎えて死ぬ」という理由から禁則指定となった“個性”。

 

「『剛翼』『混沌の魔槍(ケイオススピア)』『衝撃反転』」

 

 背中から白い羽毛の翼を生やした永遠が急加速、右腕に生み出した異形の槍で切島の拳とぶつかり合う。

 硬い金属にドリルを当てたような異様な音が響き渡り、一瞬の拮抗の後、

 

「オ、オオオオオオォォォッッ──!?」

 

 押し負けた切島の身体がタワ―の外壁、窓ガラスを突き破って飛ぶ。

 

 轟音。

 

 近くの建物の壁に衝突し、ようやく止まった切島は完全に意識を失っていた。バイザーの望遠機能で確認したところ、胸はきちんと上下している。

 生きてる。

 ほっと胸を撫でおろす出久だったが、

 

「これで、一人減ったね」

 

 淡々と告げる永遠の姿に、何か根源的な『恐怖』を覚えずにはいられなかった。




オール・フォー・ワンが復活したあたりで「百話ちょうどで終われるんじゃ?」とか思った記憶があるのですが、はい、終わりませんでした(ぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローvsヒーロー(8)

「全滅って怖いよね。ゲームでも、最後にセーブしたところからやり直しだもん」

 

 空気のスクリーンを見上げながら永遠が言う。

 

「考えてみれば当然なんだけど。全員倒れたら、誰も仲間を運んで帰れないんだし」

「………」

「どう、緑谷くん。答えは出た?」

 

 答えなければ。

 出久は自分が震えているのを感じながら、ゆっくりと唇を開く。

 そして、一つしかない答えを紡ごうとして、

 

「あれ」

 

 永遠の呟きに顔を上げた。

 

 ──スクリーンの映像が途切れていた。

 

 “個性”で制御されているものであればそうそう異常は起きないはずだが。

 疑問の答えはすぐに少女が示してくれた。

 

「映像の元はマスコミの発信してる電波なんだけど」

「じゃあ、電波自体の問題ってこと、か? って、それ!?」

「うん。電波妨害だね」

 

 永遠は手を振り、スクリーンの映像を切り替える。

 再び映し出されたのは今度こそ“個性”による中継なのだろう。より鮮明で、まるで見たままを映しているかのようだ。

 だから。

 『エタニティ』の外周部。静かに揺れていた海の中から黒い金属の塊が浮き上がってくるのが、はっきりとわかった。

 

「なん、だ、あれ」

 

 思わず呟いてしまったのは『それ』を表す言葉を持たなかったからではない。

 あまりにも場にそぐわないと思ったからだ。

 だが、永遠は冷静に答えた。

 

()()()

 

 揚陸した潜水艦からは、黒づくめの武装した男達が陸へと上がり──近くにいるミルコとシンリンカムイの元へと向かっていった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「あ? なんだお前ら?」

 

 全部で二十人ほどの武装した男達。

 動けないシンリンカムイには知る由もないが、この人数は上陸した人員の約半数である。残りは島の各地へと展開していった。

 また、男達を吐きだした後の潜水艦は再び海へと潜っている。

 

「………」

 

 彼らは答えることなく、手にした銃をミルコ、そしてシンリンカムイへと向けた。

 ミルコが「はっ」と声を上げて、

 

『だんまりかよ。おい。答えろ。お前らは何者だ?』

 

 当然、答えがあるわけが──。

 

「我々は政府直轄の特殊部隊『零』の一員である」

「!?」

「へっ」

 

 シンリンカムイは息を呑む。

 

(何故答えた? メリットは皆無のはず)

 

 だが、驚いたのは彼だけではなかった。

 ()()()()()()()()特殊部隊の隊員達までもが驚愕していた。

 これにミルコが「へっ」と笑って、

 

「引っかかったな。今のは私が言ったんじゃねえよ。うちの盟主様の『審問』だ」

 

 質問に対する嘘を許さず、正直に回答させる“個性”らしい。

 ちなみに声質の変化と、その場にいないのに声を届けたのは別の“個性”なのだとか。

 

『じゃあ、続けて質問するよ』

 

 種が割れたのでもう偽装の必要はないと、永遠の『声』が続ける。

 

『あなた達の目的は何?』

「……『エタニティ』の破壊、及び、八百万永遠に与したプロヒーローの抹殺だ」

 

 答える『零』の一員。

 彼の声には苦々しいものが多分に混ざっていた。正体に目的まで開示させられた。当然ながら予定になかった事態だろう。

 永遠が更に問う。

 

『方法は?』

「我々が乗ってきた潜水艦とは別にもう一隻、潜水艦を持ってきている。それを潜らせ『エタニティ』の機関部付近で自爆させ、島を崩壊させる」

「……なんということを」

 

 全てが海に沈んでしまえば何も残らない、というわけか。

 

(まさか、そこまでするとは)

 

 政府がそこまで永遠を疎んじていたとは思わなかった。

 国に敵対したとは言っても「敵になります」と宣言しただけで、何か攻撃を行ったわけではない。法の定める自衛の範疇を遥かに超えているし、倫理に則っても異常としか言いようがない。

 

『それじゃあ、エンデヴァー達も巻き添えになるんじゃ?』

「乗ってきた船があるだろう。上手く行けば帰還できる。上手く行かなかったら運が悪かったということだ」

『なるほどね。……でも、それ、全部言っちゃったら終わりだよね』

 

 その通りだ。

 本来であれば所属を明かしてはならない作戦である。何しろこの場はマスコミによって中継されているのだ。これでは政府が墓穴を掘っただけだ。

 だが、

 

「心配ない。電波妨害を同時に行っている」

『なるほど。その上、装備から所属がわからないように自衛隊の正式装備なんかとは別のものを使ってるんだ。米軍あたりの仕業に見せかけるつもりだったのかな?』

 

 装備でガチガチに固めているために肌の色もぱっと見わからない。

 マスクによって声も変わっている。

 ヘリやドローンではこの会話を直接拾うことはできないため、マスコミが真実を知ることはない。

 

「有事の際には全員自爆することになっている。残念だったな。お前達がいくら『政府の仕業』を主張しようが、証拠が残らなければ(ヴィラン)の戯言に過ぎない。自国の政府が特殊部隊を派遣してヒーローを皆殺した、などという話よりは他国の陰謀とする方が理解しやすいだろう?」

 

 実際の米国は『エタニティ』の独立に好意的な見解を表明、支援する意向を示していたりするのだが──だからこそ「表向きと裏向きの意図が異なる」という見方もできる。

 米国で駄目ならアジアのどこかの国でもいいわけなので、そこは問題にならない。

 

(駄目か)

 

 シンリンカムイは絶望する。

 ここまで喋ってしまった以上、口封じのために皆殺しだろう。ヒーロー同士が戦いあった挙句、守るべき国に殺される。市民は嘆き、政府は世論を良いように操作する。

 ここまで救いようのない、悪夢のような結末があるだろうか。

 

『……本当、馬鹿だよね』

 

 永遠の嘆息。

 

『最低でも私とトガちゃんは生き残るよ。あなた達が所属を明かした時点で政府は詰み。事実の隠蔽は失敗』

「……先のことを考えるのは我々の仕事ではない。だが、おそらくお前は世界的な(ヴィラン)に認定されるだろう。世界中のヒーローを相手に戦い続けるつもりか?」

 

 日本のヒーロー事務所件数はコンビニの件数よりも多い。

 世界で見ればまさに無数のヒーローが存在している。それらと戦い続けるなど、いくら不老不死だからと言っても耐えられるものなのか。

 と、永遠はくすくすと笑いだした。

 

馬鹿じゃないの

 

 心から言っているのだろう、と思えるような強烈で短い罵倒だった。

 

『世界中のヒーローが敵になった程度で『不老不死』が『AFO(オール・フォー・ワン)』が止まるわけないでしょ? だいたい、脅しにも何にもなってないよ。だって、私がその気になったら──机の上でプランを考えてるおじさん達が()()()()()()()()()()

「だが、もう止められない」

 

 彼らに作戦を中止する権限はない。

 当初の想定から見れば失敗と言っていい結果だろうと、暗黒の未来が待っていようと実行するしかない。そうでなければ権力の犬など務まらない。

 

「自爆はもう秒読みに入っている。悠長に話している間に対処すれば良かったな」

 

 終わりだ。

 人工島『エタニティ』が無くなれば、大多数の人間はここで死ぬ。永遠や百が思い描いた「誰も殺さず」「面白おかしく」「世の中を変える」という目的は果たせずに終わる。

 

 褒められたやり方ではない。

 

 世間を騒がせたという意味では糾弾されてしかるべきだが、永遠達と政府、どちらが痛快かといえば当然前者だというのに。

 こんな形で、全て無になるというのか。

 

『大丈夫。()()()()()()()()

「「……は?」」

『だから、電波妨害はとっくに解除したし、潜水艦も()()()()制圧してるんだってば。お姉ちゃんと発目さんのお手柄だね』

「──いやいやいやいや」

 

 さっきまでの絶望ムードはなんだったのか。

 長々と敵に解説させておいて全部お見通し、というか対処済みとかどういうことだ。

 

『良かったね。あなた達の悪行は全部マスコミに伝わって、電波に乗って今頃テレビで放送されてるよ? もちろん偉い人達の企みも』

「───」

 

 特殊部隊の隊員達が一斉に動きだす。

 自爆装置を起動しようとしているのだろうが、

 

『透ちゃん』

「うん」

 

 不可視の少女の手刀が、隊員の一人を叩いて気絶させる。

 倒れた隊員は瞬時にふっとかき消えた。永遠が『転送』で手元に呼び寄せたのだろう。

 

『はい、証人確保。これで自爆する意味ないよね?』

「な。……な」

「まあ、それはそれとして制圧するんだけど」

 

 どかばきぐしゃ。

 

「ええ……?」

 

 冗談みたいな擬音と共に、ありえない速度で次々に気絶していく特殊部隊員。

 透明人間が相手、しかも任務が既に失敗しているとあってやる気が萎えていたのもあるのだろうが、それにしても手際が良すぎる。

 

『透ちゃんには『箱の中の猫(シュレディンガー)』を使ってもらってるの』

 

 不確定な状態を作り出すことによって望む「結果」を導く“個性”だ。

 例えば、「部屋に閉じこもる」などして所在を誰にも観測されていない状態を作ることで「実はコンビニにいた」という結果を導き、実質的な瞬間移動を行うことができる。

 もちろん、コンビニに移動するには相応の時間閉じこもったまま物音も立てずにいる必要があるのだが、『透明』な葉隠のような「どこにいて何をしているのかわからない」人間が用いた場合、都合のいいタイミングで都合のいい攻撃を繰り出すことができる。

 

「いやあ、無双だなー。私ならまだ対処できるけど」

「いや、なんというか……」

『ちなみに散開した他の隊員は私の分身で捕まえてるから』

 

 潜水艦が浮上し、中から出てきた八百万百が歩いてくる。

 

「残っていた人員は全員縛った上でシステムを停止させてきましたわ。再起動するにしてもかなりの時間がかかるでしょう」

「……見事だ」

 

 マスクを剥がされた日本人の特殊部隊員は嘆息した。

 

「だが、我々の失敗が公になった以上、別の手段が取られるだろう。我々ごとミサイルか何かで攻撃を──」

『知ってる』

「「は?」」

 

 彼らの頭上に特大の映像が現れる。

 洋上。

 所属がわからないようにシンボルマークや特徴的な造形を排除された艦からミサイルが放たれる。それを空中で待ち構えていた永遠(分身だろう)は片手を振って巨大な空気塊を放ち、ミサイルを誘爆させてしまう。

 視点が切り替わって。

 艦内と思われる場所では、()()()()()()が飛び回って乗組員を気絶させ、あるいは縛り上げていた。小さな少女一人(?)に特殊部隊が制圧される光景はもはや完全にギャグのそれである。

 

『こうして平和は守られました』

「もうそれでいいです」

 

 なんだこれ、と、シンリンカムイは内心呟いた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 茶番のような活躍ぶりを延々と見せられた出久は、ふう、と息を吐いて振り返った永遠と、再び視線を合わせた。

 

「ごめんね。話の腰を折っちゃって」

「……いや」

 

 苦笑して首を振る。

 

()()()()()見せられて文句なんか言えないよ」

「そう? それなら良かった」

 

 微笑んだ永遠の表情は一転して柔らかなものに変わっていた。

 いや、彼女だけじゃない。出久の心もいつの間にか落ち着いている。苦笑ではあったが自然と笑うことができたのがその証拠だ。

 

「永遠さん。やっぱり君はヒーローだ。(ヴィラン)なんかじゃない」

「どうかな? 私、今、割とやりたい放題やってると思うけど」

「オールマイトだって大概やりたい放題だったじゃないか」

「確かに」

 

 頷いた永遠はくすりと笑った。

 

 ──状況は何も変わっていない。

 

 余計な邪魔は色々と入ったが、ヒーローチームが苦境にあるのは事実だ。むしろ、敵であるはずの永遠達に助けられてしまったあたり、彼らの格は落ちたと言ってもいい。

 それでも。

 拳をぐっと握って、出久は真っすぐに永遠を見た。

 

 少女の瞳がそれを見つめ返して、

 

「答えは、出た?」

「ああ。僕は、君を倒す」

 

 拳を突き出す。

 

「逃げない。僕は今日ここで、君が無敵じゃないって証明する。それが今、ここにいる僕の使命だ」

「そっか」

 

 永遠はこくりと頷いた。

 嬉しそうに微笑みながら。

 

「言っとくけど、簡単には負けないよ?」

「わかってる」

 

 普通に考えれば、むしろ永遠が負けるはずがない。さっきの光景を見てあらためて理解した。今、出久の前に立っている少女は「オール・フォー・ワンを遥かに上回る実力者」だ。

 究極的に自分のこと以外考えていなかったあの男と異なり、彼女は味方と交流し、最適な“個性”を選び出して与える。

 多くの『仲間』に守られ、無数の“個性”を持つ彼女は本当に、無敵に近い。

 

 だが。

 

「でも、僕が勝つ」

「じゃあ、一対一でやろうか」

 

 言って、永遠は出しっぱなしだった『剛翼』で浮かび上がる。

 

「永遠ちゃん」

「トガちゃん。悪いけど、やらせてくれる?」

「はい」

 

 永遠を守るためにあれだけの攻撃を繰り出してきた少女はあっさりと頷き、微笑んだ。

 

「永遠ちゃんが死ぬわけありませんから、応援してます」

「ありがとう」

 

 『転送』が発動したのか、トガの姿がかき消えた。

 スクリーンを見れば、どうやら港付近に全員が集められたらしい。浮きっ放しの爆豪・飯田や、まだ迷っていた地下組、激闘の末にギガントマキアを下したエンデヴァーも一緒だ。

 

『発目さんとわたくしが開発した船があります。みなさんが乗ってきた客船と併せれば全員乗り切れますわ!』

 

 呉越同舟もいいところだ。

 特殊部隊『零』の面々も完全に諦めたようで素直に従っている。

 これなら何も問題ないだろう。

 

「ついて来て」

「ああ」

 

 タワーから飛び立つ永遠を追うように出久は床を蹴り、下へ飛び降りた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

AFO vs OFA (1)

※浮遊と黒鞭以外のOFA継承個性は捏造です


 私達はタワーから少し離れた街中に着地した。

 

 空には何機ものヘリコプターやドローン。

 他の戦いが終わったので集まって来てるんだと思う。

 

「おあつらえ向き、だね」

 

 誰が見ても「最終決戦が始まるんだ」ってわかる。

 誰にも止められない戦い。

 泣いても笑っても、この戦いの後にはどっちかが倒れている。

 

 私から数秒遅れてデクくんが着地。

 

 やりたい放題のトガちゃんを上手くかわしていたのでほぼ無傷の状態。

 格好良くなったと思う。

 身長や体格はオールマイトほどにはならなかったけど、全体的に引き締まっていて無駄なく筋肉が付いている。今や100%のOFA(ワン・フォー・オール)を受け止められるようになっているらしいのだから、内包されたパワーは推して知るべし。

 在学中に比べて数段洗練された装備もかなりの性能のはず。作ったのは発目さんだ。一時期はお茶子ちゃんと恋のライバルになったものの、今はすっぱり気持ちを諦めたとか。

 

「準備はいい、デクくん?」

「───」

 

 尋ねると、彼は驚いたように目をぱちぱちさせた。

 

「デクくん?」

「あ、ごめん。……永遠さんにそう呼ばれるの、不思議な感じがして」

「あ。ごめん、つい」

「いいよ。むしろ嬉しかった」

 

 内心と呼び方を使い分けてたんだけど、ついにやってしまったらしい。

 でもデクくんは笑って首を振って、

 

「そうさ。……これから君と戦うのは、ただの緑谷出久じゃない。プロヒーローのデクだ」

「そうだね」

 

 頷く。

 

「なら、私は『ただの永遠として』戦うよ」

 

 イモータルもヒーローも、八百万の肩書きも抜きで。

 

「全開」

 

 注目しているはずの人々の視線を置き去りに、私はデクへと突っ込んだ。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 接近と同時に振るった右の拳に、デクくんは正面から拳をぶつけてきた。

 衝突。

 空気がぴりぴりと震え──私の拳が勝って、見た目以上に硬い男の子の拳を押しのける。

 

 刹那。

 瞬き程度の間を置いて、無数の応酬が行われる。

 拳を、つま先を、肘を、膝を、つま先を。身体に染みこませてきた無数の戦闘経験に従って、考えるより先に振るっていく。

 互角。

 最初は私が多少勝っていたのに、だんだんとデクくんのパワーが上がって、完全に釣り合う。

 

「69%」

 

 呟かれた数字の意味は考えなくてもわかった。

 

「約七割か。私の身体能力も捨てたものじゃないね」

「ああ。むしろ──」

 

 強かに打ち付けられた拳が私の腕を押し、身体さえも押し流す。

 

「たった三割のアドバンテージしか無いんだ」

 

 69%とは、()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 『膂力増強』や『瞬発力』、その他の“個性”を組み合わせたフルの身体能力でも、デクくんの七割に届かないってこと。

 私がいくつの“個性”を重ねてると思ってるんだこの化け物、って話だけど、全盛期どころか残り火を振り絞った状態のオールマイトがオール・フォー・ワン相手にあれだけ戦えてたわけで、100%引き出した上に自分の成長分を重ねたデクくんなら不思議でもなんでもない。

 逆に言えば「身体能力だけで」ある程度釣り合ってしまっている、ということでもある。

 

「十分だと思うけど……っ!」

 

 言いながら飛び込んだ私はもう一度右腕を繰り出しながら『衝撃反転』を合わせる。

 ぶつかり合う拳と拳。

 デクくんの拳速がさっきより速く、パワーが乗り切らない。でも、腕に伝わってきたダメージはさっきよりずっと小さい。受けた衝撃が相手に返ったからだ。

 

「くっ!?」

 

 衝撃を逃がすように後ろへ跳ぶ彼。

 逃がさない。

 こっちから接近して連打。当然のように反応されるけど、衝突が起これば起こるだけデクくんへと一方的にダメージが蓄積していく。

 でも。

 

 ──おかしい。

 

 一度目の『衝撃反転』の時点から予測されるダメージが出てない。

 一撃受け止められるごとに、私に来るダメージの量がちょっとずつ増えてる。何度も積み重なれば気のせいでないことはもう明白。

 対応されてる。

 “個性”による、どうしようもないはずの効果が!

 

「どう、やってるの!?」

「殴った衝撃が返ってくるなら、一撃目の衝撃を返された後、二撃目で相殺すればいいんだ!

 

 うん、何言ってんのこの人。

 

 理屈はわかる。

 『衝撃反転』は常動型じゃないので、接触の瞬間に起動しないといけない。なので、例えばコンマ秒の間に同じ箇所が二発以上殴られた場合、一発目の分しか反転できない。反転した一発目の衝撃が身体に伝わりきるまえに二発目を繰り出せれば自分へのダメージを回避し、私へのダメージを増やすことができる。

 つまり「ガン、じゃなくてガガン」。

 わかる人にはわかる言い方をするなら二重の極みである。

 

 思いつくのはともかく実行して成功させられる意味がわからない。

 

「でも、腕痛いでしょ!?」

「まあね! でも、君を攻略するには必要だ!」

「なら、どっちが早いか!」

 

 私の本気の攻撃をデクくんは全ていなしていく。

 私達の身体がぶつかり合う度に回りの建物のガラスが割れ、建物には罅が入り、足場がめり込む。決して生半可な攻撃をしてるわけじゃない。でも、一発もまともに通らない。すごい動体視力と反射神経だ。

 

 ──練習に使われてる。

 

 このまま「ガガン拳(仮)」を習得するつもりだとわかっていても、私は攻撃を続ける。向こうのダメージが多い以上、こっちにとっても悪い勝負じゃない。

 そして。

 

 ドン!!

 

 ひときわ大きな衝突音。

 連撃なのに「ドドン」と響かないあたり、どれだけ高速なのかを物語っている。腕に伝わってくる衝撃はまるで『衝撃反転』を使っていないかのようで、私は引っ張られる身体に従って後ろに跳んだ。

 たぶん、一撃目を69%、二撃目に100%を叩きこんできた。

 数字で計算すると69%ふたつぶんに100%一発で勝ってることになるけど、実際そうなってるんだから仕方ない。反転した威力が瞬時に相殺されるせいでまるまる機能していないんだろう。

 

「修得されちゃったかぁ」

「ああ! これで君の『衝撃反転』は効かない!」

 

 デクくんはここぞとばかりに攻撃に転じた。

 速い。

 おそらく100%かそれに近い速度で迫ってきた彼は、そのまま何の捻りもなく右ストレートでぶっ飛ばしに来る。『全知の魔(ラプラス)』を使ってルートを予測し、フルパワーの拳を合わせる。

 ここで『衝撃反転』を使わないとどうなるかというと、

 

 ──ぐしゃ。

 

 あっさりと、まるで紙くずか何かのように右腕が潰れた。

 

「あ、やっぱり!?」

「わかっててやったのか!?」

「一応実験したいじゃない!」

 

 向こうは私が反転しようとしまいと連撃を放ってくる。そうしないと反転された時に困るからだ。で、私が反転しなかった場合、合わせて169%分のダメージを受けることになるわけで、そりゃ何の対策もしなかったら「ぐしゃ」っと行くに決まってる。

 瞬時に腕を再生して拳を握りながら、私は次の手段に転じた。

 

 『二倍』。

 

 次々に私の分身を増やし、デクくんへと挑みかかってもらう。

 前から後ろから右から左から上から下(足元)から。

 わらわらと小動物か何かのように群がろうとする『私』にデクくんは超反応を見せ、近い者から順に殴って蹴って重傷を負わせて消滅させていく。

 ダース単位で自分が殺されていく様は見ていて気分がいいものじゃないけど、さすがのワン・フォー・オールでも追いつかないのか、デクくんの対応がコンマずつ遅れていく。このままいけばそのうちに『私』の攻撃をもらうことになるけど──。

 

 ぶわっ、と。

 

 彼の身体から広がった()()()()()()()()が私の分身達を払いのけなぐりつけ、次々と排除していく。

 

「黒鞭──!」

 

 伸びる腕が何本も生えた、と思えばいい。

 殲滅効率はさっきの比ではなくなり、デクくんの周りから一気に『私』がいなくなる。

 

「私!」

 

 作戦を変更。

 まだ生き残っている分身を私の傍に留まらせて『空気を押し出す』からの定番コンボを起動。かつてオールマイトを吹っ飛ばした技の波状攻撃。

 当たればひとたまりもないけど、

 

「はっ!」

 

 デクくんはふわり、と浮き上がって射線上から逃れることでこれをかわした。

 『浮遊』。

 

「やっぱり、そうなるよね」

 

 私は笑って、これから始まる第二ラウンドに備えた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「そういや、あれって結局なんなんだ?」

 

 港では『エタニティ』メンバー、ヒーローチーム、特殊部隊『零』が入り乱れた避難準備が始まっていた。

 百の用意した脱出艇、ヒーローチームの乗ってきた客船、『零』の潜水艦に分かれて乗り込む中、切島がスマホで中継を眺めながら疑問を発した。

 

(なお潜水艦は『持ち帰るため』というのが大きいため、乗るのは最小限の人員だけとなる。今となっては捨ておいてもいいのだが、これだって国の貴重な資源だ)

 

 準備の指揮を執っていた八百万百は元クラスメートに答えようとして、

 

『ワン・フォー・オールの歴代継承者の“個性”だね』

 

 中継から聞こえてくる永遠の声が代わりに答えた。

 もちろん、今の彼女は戦いに集中しているため、話題が被ったのは偶然なのだが。

 

『うん』

 

 出久もまたしっかりとした声で答える。

 黒い鞭のようなものと浮遊能力を見た者達の中からは「ワン・フォー・オールってなんだ?」という声も上がるが、

 

『オールマイトがデクくんに継承した“個性”は人から人に引き継がれる特殊なもの』

『ワン・フォー・オールには歴代継承者の残留思念と“個性”が宿っていて、超パワーを使いこなすことで他の“個性”が使えるようになるんだ』

 

 集まる視線に百は「事実ですわ」と答えた。

 彼女をはじめとする『エタニティ』メンバーは前もって知らされていた。どうせ明らかになることだから、と。

 

「“個性”まで使えるようになったのは緑谷さんが初めてのようですが」

『全部で幾つあるんだっけ?』

『超パワー自体と合わせて七つ』

 

 出久自身も含めて継承者は九人だが、無個性が二人含まれているために“個性”は七つとなる。

 

『じゃあ、あと四つか』

『三つだよ。使った三つ目は『筋繊維操作』だ』

 

 名前の通り筋線維を操作する“個性”。

 

『もともとは強化にも修復にも微妙な“個性”だったみたいだけど、継承によって強化された今は、自分の肉体なら元通りに修復できる。千切れた腕をくっつけたりとか』

『腕のダメージはそれで無視できるってことだね』

 

 永遠の『不老不死』や『超再生』に比べれば微妙だが回復系の“個性”があるというアドバンテージは大きい。

 

『残り三つはどんな“個性”なのかな』

『さあね。それは自分の目で確かめればいいんじゃないかな』

『確かに』

 

 静かな言葉の応酬が続く。

 見ている者の理解が追いつくのを待っているかのようだった。

 

「……いや、待ってくれ。では、これは、オールマイトの継承者とオール・フォー・ワンの継承者の戦いということか!?」

 

 飯田がはっとしたように言い、周囲にざわめきが広がる。

 百は笑みを浮かべて頷いた。

 

「その通りですわ。ある意味ではこれは運命」

『OFAは、オール・フォー・ワンから生み出された“個性”だった』

『うん。戯れに与えられた『力を蓄える』個性と、もともと持っていた『個性を引き継ぐ』個性が偶然合わさって生まれた、平和のための力』

 

 歴代のOFA継承者達はオール・フォー・ワンに対抗するために自らを鍛え、また、平和のために多くの敵と戦ってきた。

 彼らは戦いの運命によってことごとく短命で終わったが、それでも希望の火が絶やされることはなく、遂にオールマイトの代で転換点が来た。

 死闘の末にオール・フォー・ワンは重傷を負い、オールマイトもまたヒーロー生命の殆どを奪われ、

 

『君と、僕が現れた』

『私は、死柄木の役目を横から攫っただけだけどね』

 

 OFAとAFOはそれぞれに受け継がれ、

 

『それぞれの継承者である僕と君がこうして今、戦っている』

『皮肉だよね』

『そうだね。でも、この戦いはオール・フォー・ワンに導かれたものじゃない。僕と君が、自分の意思で選んだものだ』

『うん。そうだよ。それはもちろん』

 

 ここで再び二人は会話の間を置く。

 

「あのチビはなんでAFOを使わねーんだ」

 

 と、爆豪。

 

「あのいけ好かねーお手て野郎の“個性”でもいい。使や勝ててるだろ」

「暇がなかったのでしょう。どちらも最低五指で触れる必要があります。殴る蹴る程度の接触では発動できません」

 

 『巻き戻し』も同様だ。

 というか、デクも承知の上で殴り合い以上の接触を避けているはず。

 

「それに、これは殺し合いではありませんから」

 

 画面の中の永遠は楽しそうに笑っている。

 

「お互いが全力を出し切る前に終わってしまってはつまらないでしょう?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

AFO vs OFA (2)

「ラバちゃんそっちの裂きイカ取って」

「はいはい。こっちのチーズも美味しいわよ」

「じゃあそれももらおうかしら」

 

 活動休止中のヒーロー事務所。

 業務ができないためにスタッフの殆どが出勤しておらず、がらんとした空間では、古参スタッフによる酒盛りが行われていた。

 ビールに焼酎、ワインにウイスキー──各々が思い思いに用意したと多種多様な酒と、それに合うおつまみが用意され、『エタニティ』からの中継映像を見ながらえんえんだらだらとした時間が流れる。

 

 普段は格好いいセンスライも、普段はツンツンしてるラブラバも、可愛い顔して仕事に厳しい宮下も、仕事中でも優しい轟冷も、全員緩みきった表情。

 大学生アルバイトながら何故か参加している千花は何とも言えない表情を浮かべて、

 

「さすがにだらけすぎじゃないですか?」

「だって仕事できないし」

「何日もまとまった休暇なんて久しぶりなんだから飲み会くらいしないと」

「いや、もっと永遠さんを応援するとか!」

「してますよちゃんと」

 

 普段の宮下からは信じられない適当な返事!

 

「千花ちゃんも楽しみましょう? お酒は未成年だから駄目ですけど、おつまみはジュースと一緒でも美味しいですよ?」

「ありがとうございます。……最近は大学でもお酒に関してうるさいんですよね。ノリの軽いサークルに勧誘されてお酒飲まされてそのまま、っていうの期待してたのに、全然そういうの無くて」

「誰よこいつに酒飲ませたの」

「素面だから大丈夫よ」

 

 全然大丈夫ではないが、そういうことになった。

 ああもう、と息を吐いた千花は、

 

「永遠さんはここまでの流れを予想してたんでしょうか」

「さすがに全部は予想してなかったんじゃないかしら」

 

 独立宣言から数日が経った国内がどうなっているかというと「荒れているような荒れていないような?」といった感じだった。

 

 具体的に言えば、国会やヒーロー公安委員会は荒れに荒れている。

 十人ものヒーローが一斉に反旗を翻し、更に、お偉方の弱みや悪事をあれこれまとめてマスコミにぶちまけたからだ。

 汚れ仕事や面倒な仕事を引き受けていたホークス、永遠の存在が大きい。深い繋がりがあった分、内情も良く知っていた。汚職、慣れ合い、過剰接待、パワハラ、セクハラetc。百が先輩議員から受けた暴言なども含め、書類や音声での証拠もばっちり。

 結果、各種問題への対応、説明にお偉方は終始することになり、マスコミからも追われている。首相の辞任、党や公安の大幅な体質改善は間違いない見通しだ。

 

 治安の方はさほど悪化したわけではない。

 『エタニティ』側とエンデヴァー率いるチーム、合計すると(百一人の永遠を含め)かなりの人数減だが、その程度でスカスカになるほどヒーローは少なくない。むしろ有名ヒーローの居ぬ間に功績を上げようと躍起になっている者も多く、上手く穴埋めが行われている。

 

 そして一般市民が最も注目しているのが『エタニティ』vsヒーローチームの戦いだ。

 幾つものテレビ局が生中継している他、撮影した映像をまとめたネット配信も計画されている。ヒーロー同士の真っ向からのぶつかり合いに対しては「雄英体育祭のすごいやつ」といったイメージを持っている者が多いようで、どっちが勝つのか誰が活躍するのかと多くの人が注目している。

 永遠vsデク、という最終局面に移った今、人々の熱は最高潮に達していることだろう。

 

「ネット掲示板への書き込みもSNSのつぶやきも止まらないどころかどんどん加速してる。そりゃ、あんな爆弾投下すればそうなるでしょうけど」

 

 片手間にPCを操作しながらラブラバ。

 仕事というわけではないが、一応情報収集くらいはしているらしい。

 冷が減ってきた氷を追加で作成しながら呟く。

 

「世紀の大犯罪者と世紀のヒーローの後継者対決なのに、すごく正々堂々とした感じですよね」

「そこは所長と副所長の狙い通りだと思うわ」

 

 ロックのウイスキーを傾けながら、センスライ。

 

AFO(オール・フォー・ワン)を使ってるのがあの永遠ちゃんだもの。真っ向勝負をしている限り、凄惨なイメージになりようがない。最強の悪と最強の善の戦いは、どっちが勝っても恨みっこなしの清々しい真剣勝負になった、ってわけ」

「永遠さんが勝っても問題ない、ってことですか?」

「まあ、大きな問題はないんじゃないかしら」

 

 その場合、永遠と『エタニティ』組はヒールとして君臨することになるだろう。

 このままだと人工島が壊れそうなので米国にでも亡命して、『エタニティ』の修復をしながらデク達との再戦に備える。ひとまずは向こうの(ヴィラン)を倒しつつ本場のステーキでも堪能するに違いない。

 日本の民衆から永遠討伐論が上がることはおそらくない。

 AFOを持つ『不老不死』は(てき)さえも守り、正々堂々、OFA継承者と戦ったのだから。

 

 ──国と敵対しても人と敵対する気はない、と、彼女『達』は身を持って示したのだ。

 

 千花は「でも」と小さく言って、

 

「わたしは永遠さんに帰ってきて欲しいです」

「なら、期待しましょう。この戦いが最高の結末を迎えることに」

 

 最高の結末。

 果たして、それは何処にあるのだろうか。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 私が次に選んだ手は背中に生やした翼だった。

 

「『剛翼』」

 

 攻撃に使える羽根を惜しげもなく全てつぎ込んだ波状攻撃を敢行。演算には『全知の魔(ラプラス)』を使う。無数の羽根がコンマのタイミングをずらし、あらゆる方向からデクくんを襲う。

 

「『黒鞭』!」

 

 持ち主の身体を包み込むような形を取った黒い触手が羽根を防ぎ、跳ねのけ、掴み取ってへし折る。

 あっさりと攻撃を防ぎきったデクくんは『黒鞭』を左右に展開して攻撃モードに移行するも──そこに、さっきと同じだけの羽根が再び襲う。

 当然、()()()()()()()()羽根だ。

 

「『不老不死』に『超再生』か!」

「そういうこと!」

 

 ホークスの翼は生え揃うのに数日かかる。

 でも、私の場合はそんなに待たなくていい。使った傍から新しいのが生えてくる。

 尽きることなく展開され飽きることなく襲い来る羽根をデクくんは『黒鞭』で迎撃しながら()()と踏み出した。

 そうこなくっちゃ!

 

「デトロイト──スマッシュ!!」

混沌の魔槍(ケイオススピア)

 

 かつてのオール・フォー・ワンの決め技と、オールマイト仕込みのスマッシュが激突。

 槍を半分まで目減りさせながらデクくんを押し返した私は腕の変形を解き、ダメージを再生させた上で、今度は左右両方の腕を槍に変形させようとして、

 

 ──私の視界を、ううん、辺り一帯を闇が包んだ。

 

 四つ目の“個性”!

 見渡せば、一キロ四方くらいの空間内が『夜』に変わっている。星空まで浮かんでいるところを見ると、結界的な性質があるんだろう。急に暗くなったせいで目が慣れない。一方、デクくんの方はバイザーを下ろして対策万全。暗視ゴーグルの機能もついているらしい。

 なら!

 私は予定通りに左右の腕を変形させるとデクくんに突撃。向かってくると思わなかったのかぎょっとされる。

 

「無謀だよ、永遠さん!」

「それはどうかな!?」

 

 私は『赤外線』その他の“個性”がある。

 左右の目が十分に機能しなくてもデクくんの位置は十分にわかる。一気に接近して右を振るう。と、衝撃と共に槍が弾かれた。『黒鞭』。熱量の無い“個性”の腕は察知できない。羽根をデクくん本体に向かわせれば牽制できると思ったけど、

 

「言ったよ、無謀だって!」

「……くっ!」

 

 100%スマッシュを左の槍で迎撃。

 受けきれずに潰される。そこへ黒鞭の打撃。たまらず吹き飛ばされる。すかさず追撃態勢に入るデクくん。

 私は吹き飛ばされながら、彼が踏み切るタイミングを狙って『雲』を起動。空中に生まれたそれに『弾性』を与え、逆方向への強い推進力を得て、

 

「な!?」

「これでも無謀だった!?」

 

 ()()()()()

 腕をクロスして防御するデクくん。彼の身体ごとぶっ飛ばし、建物に衝突させる。勢いはなおも止まらずに瓦礫をまき散らしながら次々、別の建物を巻き込んでいく。

 ここでようやく街灯に光が灯った。

 肉眼も慣れてきたので視認には支障がなさそうだけど、私は元に戻った腕に豪炎を宿し、デクくんの消えた方向へと投げ放つ。見様見真似の赫灼熱拳。爆炎が上がり、建物に火が付く。オレンジ色の輝きが闇を照らす灯りになる。

 

 と、瓦礫を吹き飛ばすようにして一つの影が跳び上がる。

 装備はあちこち剥げているものの、身体には大きな傷はない。

 

「おおおおおおぉぉっ!!」

 

 咆哮を上げたデクくんが高速で迫る。

 指弾の要領で放たれる空気弾を『空気を押し出す』個性で迎撃し──『蒼炎』を起動。

 全身から放たれた高熱は、エンデヴァーの必殺技をも上回っているかもしれない。名前を付けるならプロミネンスバーン・オルタナティブ、とかだろうか。

 

「さあ、これはどう──」

 

 SMASH!!

 

「はい!?」

 

 大技を拳圧だけでかき消された私はさすがに悲鳴を上げるしかなかった。

 

 でたらめか!? いや、でたらめなんだけど!!

 『剛翼』の羽根を殺到させて『黒鞭』を手一杯にさせ、足元の地面を蹴りつけて大きなコンクリ塊を作り出す。蹴っ飛ばして向かわせれば、慌てず騒がず、これも殴り砕かれる。

 

 ──ここで、穿天氷壁!

 

 視界を塞がれていたデクくんは為す術もなく凍り付く。

 ほっと息を吐いた私は後ろに向かって跳躍し、直後、氷が砕けてデクくんが飛び出してきた。凍らせても小さなダメージを入れて時間稼ぎが精一杯っていう悲しさ。

 

「そろそろネタ切れかな、永遠さん!?」

「あはは、まさかっ!」

 

 『転送』。

 

「!?」

「油断大敵!」

 

 呼び寄せたデクくんを瞬時にぶん殴ってぶっ飛ばす。

 巻き込まれた建物が次々倒壊していく。

 かと思えば殆ど間を置かず、爆音と共に()()突っ込む形で復帰してくるデクくん。しつこい! 私は『二倍』で分身を作り出すと全員で羽根を展開し、更に空気塊を連打。

 

「無駄だ!」

 

 立て続けに放たれる空気塊を『黒鞭』が叩き、相打ちになって消滅していく。

 無数の羽根は──なんと、避けようともしなかった。理由は簡単。デクくんの身体へ瞬時にプロテクターが形成されたからだ。

 第五の“個性”!?

 ナックルガードにフットガード、その他、身体の重要部位をガードするシンプルかつ機能的なフォルム。見た感じ素材的にも軽いっぽい。っていうか、一本で人を持ち上げられるホークスの羽根が弾かれてるし。何その防具チートすぎない?

 

「そっちが、そこまでするならっ!!」

 

 温存していた『巨大化』を起動。

 

「う、わ!?」

「ジャイアント永遠ちゃん参上!」

「小さいのに大きいとかよくわからないよ!?」

 

 ちなみに黒の魔法少女コスチュームは私の髪の毛なんかを素材に使っているので、レディさんのコスチュームと同じく『巨大化』に対応している。

 一瞬で13倍に変身した私は無造作に手のひらを振って『空気を押し出す』。

 尋常じゃない風がデクくんの小さな身体(当社比)を襲うのがちょっと優越感──とか言ってる場合じゃなくて。

 襲われた彼は全身を使って風を跳ねのけ、地面を蹴ってくる。

 

「なんて力だ、永遠さん!」

「もう一回力比べしてみる、デクくん!?」

 

 殺到してくる『黒鞭』を跳ねのけ、私はデクくんのスマッシュに左拳を合わせた。

 『衝撃反転』は要らない。

 瞬間連撃の威力をもあっさりと打ち破った。玩具のように吹き飛ぶデクくん。咄嗟に『浮遊』を起動した彼は拳風を放って牽制を行いながら私から距離を取る。私は風を振り払って後を追った。

 歩くだけで地面に衝撃。『エタニティ』の土台がダメージを受けていくのがわかる。さんざんどっかんどっかんやってるんだから廃棄する前提ではあるけど、ちょっと申し訳ない。

 

「まだ、まだぁっ!!」

 

 数百メートルを移動したところでデクくんは反転。

 巨大化怪人と化した私へと挑みかかってくる。パワーの差を補うためか、両手を組んでハンマーのように振りかぶり、全ての黒鞭と共に同時攻撃。

 腕十本分以上に及ぶ打撃は、巨大化した私の拳と拮抗した。

 

「凄い!」

 

 感激しながら、私は()()()()()()()()()()()

 私にとってはただの攻撃。でも、さっきのが渾身だったデクくんはもう一撃を放てない。彼は目を見開き──にっ、と笑った。

 

「え?」

 

 直後に取ったのは意外すぎる行動。

 迎撃ではない。

 『浮遊』したまま私の拳をギリギリでかわすと、私の腕に()()()()()()()。もちろん、今の私の腕なら、全力で締めあげられても耐えられる。もし千切り落とすことができても再生するんだから大した意味がないのは明らか。

 さすがにそれは、油断しすぎじゃ?

 もう一方の手でデクくんを掴む。ここまでは使ってなかったけど、こうも露骨に接触できてしまった以上は使うしかない。

 

 私は接触型の“個性”を起動して──。

 

「──え?」

 

 起動、しない。

 どころか、彼に触れている部分から『巨大化』が解けていく。元の姿に戻った私は戦慄を覚えながら、OFA(ワン・フォー・オール)最後の“個性”を理解した。

 

「触れた“個性”を無効化する“個性”」

「そう」

 

 ほのかに輝く右手を握って、デクくんは告げる。

 

「これが僕の切り札だ」




幻想殺し? 知らない子ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

AFO vs OFA (3)

「『神の右手』」

 

 『夜』に染まった世界の向こうに夕焼けが見える。

 色んなことがあったけど、まだ一日も経っていないんだ。ううん、むしろ日が暮れようとしていることに驚くべきなのかもしれないけど。

 幾つものカメラと私、そして見守っている人々に向けてデクくんは告げる。

 

「僕は仮にそう呼んでる。この右手は異形型以外の全ての“個性”を無効化する」

「“個性”で作られたものに触ったら?」

「消滅する」

 

 相澤先生の“個性”と違って『二倍』で作った分身にも対処できる、ということだ。

 

 ──元々はそれも大した“個性”ではなかったらしい。

 

 右腕に対する直接的な影響だけを無効にする程度。

 握手した相手を精神支配する“個性”なら防げるけど、目を見た相手を支配する“個性”は防げない。“個性”で作った炎も消せない。そんな力だったけど、継承によって強化された今は、それが“個性”の産物であれば全て消し去る。

 視線による支配さえも、視線に触れることで無効化する。

 手を離せばまた使えるようになるけど、

 

AFO(オール・フォー・ワン)も、僕の右手には効かない」

「……まるで、AFOに対抗するために集められた“個性”みたい」

「案外、その通りなのかもしれない」

 

 相手が飛んでも追い縋れる『浮遊』。

 手で触れずに捕まえられる『黒鞭』。

 戦いのダメージを自分で癒すための『筋線維操作』。

 視界を塞いで自由を奪うための『夜』。

 戦闘力を底上げする『武具作成』。

 触れている間だけとはいえ悪魔の個性を無効化する『神の右手』。

 

 無個性の八代目・オールマイトが、初代から引き継がれてきたOFA(ワン・フォー・オール)本体でオール・フォー・ワンに大きな傷を残した。

 そして、やっぱり無個性のデクくんが、OFAの真の力を開花させた。

 

「歴代の継承者達は今の自分に──いや、()()()()足りないものを求めてきたんだ。オール・フォー・ワンを倒すために」

 

 積み重ねてきた力は膨れ上がり、あの男が危険視するようになった頃にはもう、手に負えないものと化していた。

 

 ──どうしてOFAを奪わなかったのか。

 

 奪えなかったんだ。

 単純計算でも七つ分の“個性”を秘めたその力は、オール・フォー・ワンの“個性”容量でも賄いきれないまでに強くなっていた。

 だから、戦って倒すしかなかった。

 でも、返り討ちに遭った。

 

 私に“個性”容量はない。

 OFAがどれだけ大きくても受け止めきれる。でも、完全開花したOFAはそれさえ許してくれない。

 

 輝く右手をデクくんが突き出す。

 

「AFOがどれだけの“個性”を集めても、OFAは負けない。僕が、僕達が、AFOを打ち砕く」

「オールマイトにも成し遂げられなかったことを?」

「やるさ。僕はオールマイトの後継者だ。今こそみんなに言ってみせる。『僕が来た』って。何の心配もいらない。もし永遠さんが暴れたら僕が止める。だから怖がる必要はないんだ、って」

「……ああ」

 

 私は深い息を吐きだした。

 

「あなたを選んで良かったよ、デクくん」

「僕も君が相手で良かったよ、永遠さん」

 

 私の言って欲しかったことを彼は言ってくれた。

 やっぱり彼は主人公だ。

 全てが今日ここで終わる。決着がつく。

 

 私達は同時に動きだした。

 最後の戦いに向かって。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「……まったく。あいつらときたら好き放題やりやがって」

 

 雄英高校ではその日は終日授業を中止し、中継映像を全校生徒で鑑賞することになった。

 大騒ぎする生徒、言葉を失って見入る生徒。

 彼らを見渡しながら、相澤は「かつての生徒達」をスクリーン越しに見つめて深い溜め息を吐いた。

 

「まあまあ、いいじゃないか。二人とも楽しそうだし」

 

 陽気に言ったのはオールマイトだ。

 生年月日から考えると既にかなりの高齢なのだが、若い頃から鍛えた筋肉+永遠によって五年分若返らせてもらったお陰で今なお若々しい。

 

「OFAとAFOがこんな風に真っ向勝負するなんて考えもしなかったよ」

「それはそうですが……」

「HAHAHA! 相変わらず心配性だね、相澤()()!」

 

 彼らに並んで笑ったのは二足歩行するネズミ。

 生物的な寿命で考えると、むしろ危険なのはオールマイトよりも彼の方かもしれない。

 

「せっかくだから見守ろうじゃないか。ヒーロー同士の頂上決戦なんてなかなか見られるものじゃないよ」

「……そうですね」

 

 頷いた相澤は、再び視線をスクリーンに向けた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 雄英高校だけでなく、世界中の人々が出久と永遠の戦いを見守っていた。

 

 かつて(ヴィラン)に親を殺された少年も。

 かつて“個性”に悩まされていた少女も。

 

 ヒーローに憧れる者も、嫌悪する者も、老若男女が、この戦いがどこへ行きつくのか、固唾を飲んで見守った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「全開・OFA(ワン・フォー・オール)!!」

「全開・AFO(オール・フォー・ワン)!!」

 

 『浮遊』と『剛翼』で浮かび上がった私とデクくん。

 OFAの産物じゃなかったら邪悪にしか思えないような黒く太い触手が宿主の周りへと無数に湧き出して地面や建物をえぐり取る。

 私の半身から噴き出した冷気と炎が空気を、地面を凍らせ、焼いて破壊していく。

 翼から射出された羽根が()()()()()切り裂くと、噴き出した鮮血から無数の蝙蝠が生み出されて滞空する。

 

 更に『二倍』。

 空中に生み出された分身が落下しながら『空気を押し出す』と、もうそんなものは役に立たないとばかりに黒鞭が薙ぎ払って片っ端から消滅させる。

 代わりに私は背中の羽根と蝙蝠の群れを飛ばす。一時的に飛行力が失われるも、足場に『雲』を生み出して即座にリカバリー。むしろ『弾性』を付与して一気に跳ぶ。

 羽根と蝙蝠を薙ぎ払ったデクくんもまた私に向かってきて、無数の攻撃がぶつかり合った。

 

 戦闘本能と『全知の魔(ラプラス)』をフル稼働してもなお届かない。『衝撃反転』が連撃によって挫かれ、隙をついて手のひらからの崩壊を狙っても右手に阻まれるか、そもそも手を払われてしまう。

 炎で焼こうと試みれば瞬時に防御膜のような鎧が形成されて全身をガード。

 要所で『夜』の闇が私達の間に生まれて視線を隠す。

 闇から離れ、飛び出してきたデクくんに『目からビーム(仮称)』、熱と冷気を同量スパークさせてつくりだした究極の極大エネルギーを向かわせるも、右手に打ち払われて消滅させられる。『念動』による絞殺を試みても、謎の超反応によって見えない力線を消滅させられる。

 

「キリがない!」

 

 『転送』でデクくんを呼び寄せる。

 

「待ってた!」

 

 すかさずフルパワーの()スマッシュが叩きこまれるも、私も『衝撃反転』を準備していた。きっちり入った連撃が反転したダメージを打ち消し、私の腹をぶち抜く。驚くデクくん。そろそろ『ショック吸収』を併用すると思った? 残念。

 私はお腹にデクくんの腕を受け入れたまま『自爆』する。

 この自爆や目からビームはハイエンドから手に入れた“個性”だ。

 

「───っ!?」

 

 これは、さすがに入った。

 大部分の爆風は右手に打ち消されてしまったものの、デクくんは確実に喰らって身体を焦げさせている。

 本体が離れざまにけしかけられてくる『黒鞭』を薙ぎ払いながら、私は欠損した肉体を修復。すぐに治る身体じゃなかったらできない荒業で若干のアドバンテージ。

 

「分身!!」

 

 わらわらと現れた私の分身が『剛翼』をはためかせて次々にデクくんへと向かっていく。

 右腕を槍に変形させた彼女達は当然『黒鞭』に狙われるも、多少のダメージは無視してそれをかいくぐる。ある程度本体に近づくことができたら迷わず『蒼炎』や『自爆』を起動。次々に黒い触手を吹き飛ばしながら本体への道筋を作っていく。

 分身を使い捨てる戦法はさすがに予想外だったのか、デクくんが動揺するのがわかった。

 なんとか『私』を叩き落とそうと腕や足、『黒鞭』を振るうも、戦いを俯瞰している本体の私も何もしていないわけじゃない。空気を押し出して黒い触手を散らし、あるいは逃げ道を断って追い込む。一か八か『夜』を展開されても、何度か見た私のピント調節は何の支障もきたさない。

 

 そして遂に。

 

 一人の『私』がデクくんに抱きつく。

 でも、稼げた時間は一瞬。すぐに()()()肩を掴まれた分身は自爆することすら封じられ、

 

「……ごめんっ!」

 

 ぐしゃ、と、肩を潰されて消滅した。

 

「残念。もう一瞬稼げればなあっ!」

「残念だけど、そうはいかない。同じ手も食わない」

 

 言って、デクくんは『浮遊』を解除した。

 荒れ放題の地面に降りる彼。

 比較的マシな状態の地点に立つと、ぐっと拳を固める。一見隙だらけ。でも、固めているのは左手。右手は油断なく開けられていて、更にプロテクターと『黒鞭』の二段構えに守られている。

 

「最後の一撃、ってこと」

「ああ。これ以上は時間をかけるほど不利になるからね」

 

 私は足場をいくらでも作り出せる上、翼もある。でもデクくんの空中移動は『浮遊』に頼っている。この“個性”も強化されてるからふよふよ浮くだけじゃなくて『飛行』と言っていいレベルになってるんだけど、それでも、パターンが限られてしまう。

 右手以外には“個性”も効くわけで、私に学習の機会を与えれば与えるほど不利になる。

 

「付き合う義理はないんだけど」

「無視できるならすればいいさ」

「言ってくれるね」

 

 私にとっても悪い話じゃない。

 向こうが「この一撃に全てを賭ける!」と言っているのだ。実際には二撃か三撃くらいはあるとしても、余力を振り絞るのはほぼ確定。

 突破すれば戦局はこっちに傾く。

 

「わかった。いいよ。やろう」

 

 デクくんの狙いはだいたいわかる。

 右手の力で『超再生』を無効化して私の身体をぶち抜く。さすがに『不老不死』だけだと再生速度がかなり落ちるし、再生のためにエネルギーが必要になる。何より正面から完膚なきまでにぶっ飛ばされたら心の方が満足してしまって動けなくなりかねない。

 なら、私は。

 

「ありがとう」

 

 笑って、力を溜め続ける彼を空から見下ろして──『二倍』を起動。

 馬鹿の一つ覚えって言われそうだけど、結局、私という個体が強い以上、この“個性”が一番シンプルに強力だ。

 わらわらと作り出す分身の数は、いっぱい。

 

 『哀れな行進(サッドマンズパレード)』ならぬ『不死者の行進(イモータルパレード)』。

 

 こらそこ。「もうゾンビものの敵じゃん」とか言わない。

 現れた私の分身が更に自分の分身を作り出し、ある時、一斉に羽ばたく。私達──八百万永遠はもはや群体に等しい。本体さえ残っていればそれで勝利。圧倒的な物量をもって敵を圧殺するのは、最後にして最強の攻撃手段。

 

 対するデクくんは、ただ強く地面を蹴ると、信じられないスピードで一直線に突っ込んできた!

 

 拳も蹴りも必要ない。

 プロテクターを装着し、超エネルギーを纏った彼の身体が触れるだけで『私』の身体は千切れて消滅する。消滅前に飛び散った血は蝙蝠に変わって空を埋め尽くしていくも、その子達にデクくんを止める力はない。

 数十、数百の『私』がぶつかって、進路をふさいで、それでも止めきれずに散っていって。

 遂にデクくんが突き抜ける。

 

 彼は空を瞬時に見渡して──()()()()()()()()()ことに目を見開いた。

 

 分身は全て消滅している。

 紛れてしまったわけじゃない。別の可能性に彼が思い立ったかどうかはわからないけど、正しい答えは「いるけど見えていない」だ。

 『透明』。

 透ちゃんの“個性”で消えただけ。滞空していた位置から三十センチも移動していない。だけど、タネに気づいた時、その僅かな移動が致命傷になりうる。あてずっぽうで殴るには範囲が広すぎるからだ。まさか、余波で私を倒せるとは思わないだろう。

 

 振るえなければ、溜めた力は無駄になる。

 考えている時間はない。

 物凄い速さで上昇しているのだ。実際にデクくんが思考できた時間は刹那。彼は一瞬で迷いを振り払うと、足の裏に生み出した()()()()()()()()()()()を即座に分離、踏みつけることによって、ついた勢いを止めないままに進路を微妙に転換する。

 

 ──真っすぐ、私に向かって。

 

 見えているはずがない。

 静止している私の気配を感じられるはずもない。

 

 だから、それはただの勘だったのだろう。

 あるいは運命の力。

 

「本当、デクくんは凄いよ!」

 

 私は『万物創造』を使ってウォルフラム──タングステン製のハンマーを作り出して投擲。更に轟君の“個性”で『膨冷熱波』を放ち、『弾性』を付与した『雲』を盾にし、両手を変異させた槍を盾に向かって振りかぶった。

 

「ワン・フォー・オール 1000%!!」

 

 その、全てを突き破って、

 

GLOBAL(グローバル) SMASH(スマッシュ)!!

 

 AFO(オール・フォー・ワン)を持つ『不老不死』は、OFA(ワン・フォー・オール)を持った一人のヒーローに、敗北した。

 全身をぼろぼろにされて吹き飛ばされた身体はどうすることもできず、ゆっくりと地面へ落ちていった。

 

 落ちて、動けなくなった。

 動けない私の身体から輝く何かが浮かび上がって、天へと上り、どこかへと飛び去った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 六年以上前。

 

 八百万永遠はドクターから、他の多数の“個性”と共にとある“個性”を与えられていた。

 

 元々はドクターが「とあるオールマイトフリークの少年」を騙して手に入れた“個性”。

 本人すら存在に気づいていなかった『それ』は圧倒的なまでの可能性を秘めていたが、ドクターはもちろん、あのオール・フォー・ワンでさえ使()()()()()()()()(使いこなすことが、ではない)、永遠もまた使えないまま眠らせていた。

 使えないのは当然。

 かの“個性”を用いられるのは相応しい所有者だけだったのだ。

 

 永遠が分身を抱きつかせた時。

 OFAを奪うよりも『崩壊』を用いるよりも『自爆』するよりも先に()()()()()()()()()されていたその“個性”は、敢えて名付けるなら、こうなる。

 

 ──『奇跡を起こす』“個性”。

 

 代償は、不可能を可能にするほどの心的エネルギー。

 原作にて彼、緑谷出久がサー・ナイトアイの『予知』を覆したのは、それだけの()()()()()()()()()()()が備わっていたから。

 注がれるべき“個性”を失った状態では「ほんの少し未来を変える」のが精一杯だが、認識しないまま、()()()()()()()()()を返された出久は、心のままに一つの奇跡を起こした。

 

 ──不老不死の少女の救済。

 

 雄英体育祭の試合のような一対一での決戦の末、敗北した少女は、一人の『最高のヒーロー』によって、その運命から解き放たれた。

 

 そして、この戦いの顛末は「ヒーロー新時代の幕開け」として、永く後世に語り継がれることになる。

 

 『平和の象徴の後継』。

 

 緑谷出久の名前と共に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Re:オリジン

※二話同時更新なのでご注意ください。


 街の小さな洋食店『RYORI』の跡継ぎ──綾里浩平は「世界が変わった」その時、テレビもスマホも全く見ていなかった。

 

 「世界で一番大切な人」が出産を迎えていたからだ。

 分娩室の前で座り込んで「その時」を待っていた彼は、ただ恋人──正確には、籍だけを先に入れ、式のタイミングを計っている『妻』が新たな命を産み落とす瞬間を待ち望んでいた。

 今なお「あの少女」が戦っていること、快く病院に送り出してくれた両親、スタッフが店を続けていることを知っていても、不器用な彼にできるのはそれだけだった。

 

 そして「その時」は日没と同時に訪れた。

 

「可愛い女の子ですよ」

 

 齢二十四歳にして父親になったことをあらためて実感しながら、生身の左手と、本物同然に動く義手の右手で『娘』を抱いた途端、涙が止まらなくなった。

 

「どうしたの?」

 

 妻に尋ねられた浩平は「いや」と涙声で答えて、目元を拭った。

 

「命ってこうやって生まれてくるんだなって思ってさ」

「当たり前でしょ? 人間は生まれて、死んでいくの」

「そうだな。……そうだよな」

 

 頷き、あらためて娘を見下ろした浩平は、奇妙な既視感を覚えた。

 赤ん坊を抱いた経験なんてほぼ無い。妻が妊娠して以来、他人の子を何度か抱かせてもらった程度なのだが。

 

「名前、さ」

 

 気づけば自然と口が開いていた。

 

「俺が付けちゃ駄目か?」

「いいけど」

 

 妻は瞬きを何度か繰り返した後、微笑んで、

 

「じゃあ、あなたは音。私は漢字でどう?」

「ああ」

 

 二人の子は「十和(とわ)」と名付けられた。

 妻曰く、

 

「永遠に生きる必要なんてない。この子は普通に生きて、普通の幸せを掴んで、普通に死んでくれればいいの。そのために必要なのは、たくさんの仲間や家族、お友達。でしょ?」

 

 とのこと。

 

 全てバレていると知った上で、浩平は「そうだな」と頷くしかなかった。

 妻は正しい。

 更に優しくて聡明で、彼にはもったいない女性だ。

 

 幸せを噛みしめながら、彼は愛する妻と、生まれてきた娘を精一杯愛そうと誓った。

 

 そして。

 彼にとっては幸いというべきか、この年、「トワ」という名前を女の子につけるのが大流行し、結果、二人の娘「綾里十和」は余計な詮索を受けることもなく、平凡な女の子としての生を送ることになる。

 

 ただ。

 十和は実の父を「こーへい」と呼びたがり、両親どころか祖父母までをも困惑させることになるのだが、まあ、それは別のお話。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 八百万永遠の敗北と『エタニティ』の半壊をもって、ヒーローの反乱は完全に鎮圧された。

 

 最強のヒーローにして最強の敵・トワを倒した『平和の象徴の後継』デクこと緑谷出久は人々から賞賛をもって迎えられた。

 総裁選を経て新たに選ばれた総理からの表彰を受け、次のビルボードチャートではエンデヴァーに代わってNo.1に輝いた彼は名実共に「最強のヒーロー」となり、仲間達と共に長きにわたって世界の平和を守っていくことになる。

 後に妻となった麗日お茶子との間には男の子一人、女の子一人を儲けたものの、伝承可能な“個性”OFAについては自分の子供には継がせなかった。

 

 四十を過ぎ、全盛期を終えた後になって一人の子供を後継と見定め、しっかりとした訓練を施した上で継承した。

 しかし“個性”を継承した後も彼はヒーロー活動を続け、五十五歳で引退を表明するまで実に多くの人を救い、多くの敵を逮捕することになる。

 

 これはこれまでのOFA継承者の中で最も幸福な生涯となるのだが──そのことについて、彼が多くを語ることはなかった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 リーダーである八百万永遠を失った『エタニティ』メンバーについても、人々は温かく迎え入れた。

 

 反乱の理由が政治体制・ヒーロー制度への不満にあったこと。

 正々堂々と戦った上でヒーロー側が勝つという、最も好ましい結末が導かれたこと。

 文句をつける立場にある権力者が相次いで立場を追われた結果、強制的な浄化が行われたことなどが、こうした結果になった理由である。

 

 八百万百は選挙戦からやり直した上で再選、国会議員とプロヒーローの二足の草鞋を続け、三十代中盤で総理大臣に選出された。

 ミルコはこれまで通り孤高のプロヒーローとして敵を蹴り倒す生活に。

 轟焦凍は元同級生に先を越されながらも腐らずに己を磨き続け、数年後には父であるエンデヴァー越えを成し遂げた。

 麗日お茶子はプロヒーローを続けながら緑谷出久と交際、一方で両親の建設会社を手伝い、多忙ながら幸せな人生を送った。

 Mt.レディはリューキュウと共に「対・でかい(ヴィラン)用の決戦存在」と認識され、華やかながらお金はあんまり貯まらないという生活を送った。

 白雲朧とジェントルは再開された八百万ヒーロー事務所にて引き続き所員を務め、一部に「漫才コンビ」のように認識されながらも活躍を続けた。

 ホークスは警察や公安との繋がりを一度断つと、八百万ヒーロー事務所に入所。権力からは一定の距離を置いた上で、彼なりのペースでヒーロー活動を続けた。

 

 そして──。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「永遠ちゃん、快復おめでとうございます!」

「おめでとー!!」

「おめでとうございます、永遠さん!」

 

 トガちゃん、透ちゃん、千花ちゃんからの明るい声に、私は照れくさいものを感じながら「ありがとう」と微笑んだ。

 場所は八百万ヒーロー事務所内にある私の私室。

 最近物が増えてしょうがないものの、お母様からの命令でもともと広く作っていたので手狭な感じはしない。やっぱり家が大きいっていうのは便利だと思う。

 

「あはは。まあ、大袈裟なんだけどね。『不老不死』の私がなんで一年も休養を取ってるのか、っていう」

「その『不老不死』が機能停止しかけたんですから当然じゃないですか」

 

 『エタニティ』での戦いが決着した時。

 私の身体は信じられないくらいボロボロで、すぐに処置しなければ死んでしまいかねない有様だった。しかも、いつかの個性破壊弾の時のように『超再生』も『不老不死』も碌に機能していない状態。他の“個性”なんか完全に機能停止していた。

 私を打ち破ったデクくんも全力を振り絞った後なので大した余力は残っていない。

 そもそも他の人間を全員帰してしまったのでどうしようもなかった。中継を見ていたトガちゃんが白雲朧を脅し──もとい、せっついて救援に来てくれなかったら本気で危なかった。

 

「いやまあ、今回はどっちも二パーセントくらいは機能してたし」

「普通の人よりは回復速いけど、出血多量だと普通に死ぬからね、永遠ちゃん?」

「大丈夫だよ。死体を海に放ってくれればプランクトン食べてそのうち再生──」

「「永遠ちゃん?」」

「ごめんなさい」

 

 土下座するくらいの気持ちで謝る。

 トガちゃんと透ちゃんって変なところで息ぴったりなんだよね。二人に意気投合されると私なんか何も言えなくなってしまう。

 と、千花ちゃんが息を吐いて、

 

「本当に心配したんですよ? 永遠さんが無事に治ってよかったです」

「ありがとう。千花ちゃんも色々手伝ってくれたよね」

 

 トガちゃんや透ちゃんは事務所の貴重な戦力なので、この一年、謹慎状態だった私は結構、彼女のお世話になっていた。

 本人は有能なんだけどアルバイトだから深いところには関わってもらえないし、真面目で良い子だから「副所長のお守り」にはぴったり、ということだったらしい。

 千花ちゃんは「とんでもないです」と首を振って、

 

「お礼は、嫌がる私を蹂躙してくださればそれでいいですから……!」

「いや、やらないから」

「そんな。まだお預けなんですか!?」

 

 この子の趣味も変わらないなあ、と、ついつい溜め息をついてしまう。

 トガちゃんといい、変な子には慣れてるからいいけど。

 

「ともかく、明日からはまた頑張るよ!」

「もう少し休んでてもいいんですよぉ?」

「いや、もう十分休んだってば」

 

 半年もする頃には“個性”もほぼ治ってたし。

 後の期間は念のために完全治癒を待ちつつ経過する、という意味合いが大きかった。“個性”は個人差が大きいのでなかなか研究が進まず専門医でもできることが少ない、というのもある。

 

「これ以上サボってたら身体が鈍っちゃうよ」

「鈍るような身体じゃないじゃん!」

「それは言いっこなしだってば」

 

 謹慎中と言いつつ、あちこち出かけてはご飯屋さんをハシゴしたり、屋台で買い食いしたり、コンビニスイーツを制覇したりしてたし、(ヴィラン)に出くわしたら“個性”なしでぶん殴って警察に引き渡してた。

 

「前みたいに無茶な仕事の仕方はしないから大丈夫だよ」

「本当ですよ?」

「本当だよ?」

「本当ですからね?」

「だ、大丈夫だってば」

 

 どこまで信用ないのかと苦笑しつつ、私は三人を纏めて抱きしめようとして、三人から逆に抱きしめられた。

 腕の長さと身長の差だ。

 

「ありがとう、みんな」

 

 ここまでこれたのは、みんなのお陰だ。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 デクくんの「GLOBAL SMASH」は、私を運命から解き放った。

 

 死による解放じゃない。

 彼は「どうしようもない無敵の化け物」という私へのレッテルを()()()()()()打ち破った。

 悪の象徴であるAFOを、正義の象徴であるOFAで打倒。負けた私を()()()()()()ことで、私を平和な世界に引き戻してくれた。

 勢い余って死にかけたけど、まあそれはご愛嬌。

 

 私が破壊や死を望んでいないことは『エタニティ』上での戦いで示した。

 権力にしがみついているお偉いさん達の真実も暴いた。

 

 これだけやれば世論操作なんてできない。

 

 八百万永遠は世界の敵になんてならないし、何かの間違いで暴走してもデクくんが止められる。

 人々の認識はそんな風に変わった。

 変わってくれた。

 

 ──正直、ここまで上手くいくとは思ってなかった。

 

 でも、お陰で私はこうしていられる。

 

 政府も公安も警察も大規模な人事があった。

 

 ヒーロー制度についても大きな改革が検討されている。

 具体的にはヒーロー免許を「二、三年ごとの更新制」にすることや、仮免試験および本試験の合格枠を大幅に増やすこと。小中学校の授業内容に「個性の制御」を盛り込むことや、いわゆるヒーロー科の学校とは異なる形のヒーロー教育機関、ヒーロー塾やヒーロー専門学校の認可などなどだ。

 理想は国民の全員──まで行かなくても半分くらいはヒーローの役割を果たせる社会。力の使い方と平和を守ることの意味を誰もが知っていて、望めば誰でも『英雄』になれる社会。

 

 そうなったら、私達みたいなプロヒーローは必要なくなるかもしれない。

 

 私はそんな世界を実現するためにこれからの時間を使うつもりだ。

 頑張りすぎて人のお仕事まで奪うのは止める。

 もちろん、凶悪な敵が出た時や、私じゃないとできない仕事の時は出張るけど、普段は地域の平和を守りつつ、色んなことにチャレンジしたいと思う。

 

 やりたいことはいっぱいある。

 

 『巻き戻し』など“個性”を使った治療を認めてもらえるように医療関係の資格を取るとか。

 先生になれるように資格を取るとか。

 外国でも活動できるように言葉を勉強するとか。

 

 それで、将来的には専門学校か塾を開いて生徒を集められたらいいな、なんて思っている。

 

 一人にできることは限られているし、一人に頼りきりの社会も間違っている。

 負傷したオールマイトが休めなかったように。

 私みたいなのを延々働かせないといけなかったように。

 だから、私はヒーローを育てたい。

 

 AFOや『不老不死』を継がせる気はない。

 生き残ってしまった原初の個性(オリジン)は私が抱えたまま、誰にも奪わせない。渡さない。

 むしろデクくんの後継者を育てたい。

 誰だか見当もつかない、下手すれば生まれてきてもいない十代目。彼(彼女?)にも「いざという時のストッパー」でいてもらわないといけない。私を倒せる人材の育成だ。私以上の適任がいるだろうか。

 

 トガちゃんはきっとどこまでもついてきてくれる。

 

 透ちゃんも生涯私の傍にいると言ってくれている

 私の世話とヒーロー活動で恋愛する暇があるか心配だけど、将来は子供に私のお守りを継がせたいらしい。だからきっと大丈夫。

 尾白君なんてどう? って聞いてみたら「なんで?」って素のトーンで聞かれたけど。いや、割と仲良かったじゃん。尾白君には強く生きて欲しい。もしかしたら照れ隠しかもしれないし。

 

 千花ちゃんは大学を卒業したらうちの事務所に入るつもりらしい。可愛い顔で「私はまだまだ夢を諦めません!」なんて言ってた。

 彼女ならみんなも大歓迎だろう。

 これからも事務所は賑やかになりそうだ。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 そして、最後の心残り。

 

 記憶と共に死んでしまった「綾里永遠」も、デクくんが救ってくれた。

 私を救ったのは「GLOBAL SMASH」。

 『奇跡を起こす』“個性”が起こした奇跡は「失われたものを取り戻す」こと。

 

 どこにも残っていなかった私の記憶は奇跡によってサルベージされて、一つの魂として「最も幸せになれる場所」へ送られた。

 それがどこかはわからない。

 デクくんも知らなかったし、私も探すつもりはない。あそこだったらいいなと思うところはあるけど、彼らをこれ以上縛るのは心苦しい、とも思ったりする。

 

 だから。

 

 世界のどこかで「その子」が生きていてくれればいい。

 私のできなかったことはその子がやってくれる。

 

 私は、もう一人の私が平和に生きられるよう、この世界を守ればいい。

 

 ──オール・フォー・ワン。これは予想できた?

 

 お前の思い通りになんか絶対にならない。

 人は、ヒーローは、きっとそんなに弱くない。

 そのことを思い知らせてやる。

 もしまた復活するつもりなら、その時に驚けばいい。

 

 そのためにも、まずは。

 

「ヒーロー免許取り直さないとね」

 

 『エタニティ』組には揃って再試験が言い渡された。

 新体制に移行した公安が「最低限のペナルティ」として設定したものだ。何もなしだと「道理に合わない」って言う人もいるから、これはむしろ必要な措置だ。

 

(お陰で前回の試験はホークスにミルコ、レディさん達がこぞって参戦し、新規受験者のハートが大変なことになったらしい。

 幸い合格枠は別枠だったので強く生きて欲しい。

 というか一年遅れで再取得する私のハートも辛い)

 

 というわけで。

 

 八百万永遠、もう一度ヒーローを目指します。

 

 

end







本作はこれで完結です。
お読みいただきましてありがとうございました。


(以下余談)
書いてみて「ヒロアカの二次創作は難しい」というのがよくわかりました。

・特殊な社会構造
・数が多い上に癖の強いキャラ
・原作が終わってないから未来の話は書きづらい
・過去の雄英生の話を書こうとしても行事の大半が未公開
・原作と関わらない話を書こうとすると原作登場人物が殆ど利用できない
・個性のせいでオリキャラを作るのが大変

永遠の“個性”と境遇くらいしか決めずに書き始めたので話も二転三転しましたし……。
葉隠関連とか内通者とかもうちょっと掘り下げたかったのですがネタが思いつかない&入れる隙間がないということで断念。
とはいえ、書く前に「これはやりたい」と思っていたことはほぼ書ききれたので私的には満足しました。

重ねてになりますが、最後までお読みいただいた皆様、感想・評価をくださった方、誠にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまけ
【ちっちゃく】イモータルヒーロー・トワ専用スレpart9887【ないよ】


※作者が趣味で書いただけのオマケです
 本編とは関係あるかもしれませんしないかもしれません。

ぶっちゃけ掲示板ネタを一回やってみたかっただけです
書いててよくわからなくなってきたのでそのまま上げました


1:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:21:13

 ここは永遠不滅のイモータルヒーロー・トワちゃんについて語るスレッドです

 来歴、主な必殺技等はテンプレ内のwiki参照

 

 義姉の八百万百や同事務所所属の他ヒーローについては専用スレへ

 過度に性的なレスには「おまわりさんこいつです」で対処しましょう

 

3:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:28:14

 あげ

 トワちゃんスレがオールマイトスレのスレ数を抜くのはいつの日か

 

8:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:34:24

 >>3

 オールマイトスレはいまだに伸びてるからなぁ

 引退したの二十年近く前だってのに

 

11:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:39:57

 >>8

 マジかマジだ

 そりゃデクも歳取るよな…

 

18:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:44:59

 デクさんはまだまだ現役だぞ

 オールマイトが引退した年齢まではまだ十年以上ある

 我らがトワちゃんは…

 

20:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:51:44

 トワちゃんさんじゅうななさい

 

22:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 0:57:00

 37だと…?

 俺より年上かよババアじゃねえか

 

27:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:03:37

 37歳とか幻滅しましたMt.レディさんのファンやめます

 

32:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:09:43

 37歳とか興奮します結婚してください

 

35:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:15:17

 ロリババアどころか精神年齢も若いからなあ

 今年で37って言われてもハハッワロスってなる

 

38:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:21:47

 トワちゃんと結婚して一日中全身をペロペロしたい

 

42:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:28:09

 >>38

 おまわりさんこいつです

 

45:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:33:34

 >>38

 このロリコン野郎が!

 って言えなくなってもう一年経つんだよな…

 

46:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:39:10

 育っちゃったからな

 今じゃ立派な女子高生スタイルよ

 まあ胸はそれでも若干残念…おっと誰か来たようだ

 

47:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:44:22

 >>46

 なむ

 

53:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:51:10

 大惨事ヒーロー大戦で全身ぐちゃぐちゃになったから育ったんだっけ

 

59:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 1:55:52

 >>53

 わざとっぽいが第四次な

 第一次の人工島戦から四年に一回

 デクにぐっちゃぐっちゃにされた挙句成長して復活した

 

61:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:02:55

 戦績どうだっけって調べなおしたら

 

 第一次 ヒーロー側デク、敵側トワちゃんでデク勝利

 第二次、ヒーロー側トワちゃん、敵側デクでトワちゃん勝利

 第三次、ヒーロー側デク、敵側トワちゃんでデク勝利

 第四次、ヒーロー側トワちゃん、敵側デクでトワちゃん勝利

 

 ヒーロー役になった方が見事に勝ってるのな

 これはあれですね、八百(ry

 おっと誰か来たようだ

 

64:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:09:17

 来客ありすぎだろこのスレ

 

69:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:16:14

 トワちゃんは増えるからな

 

71:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:21:27

 っつーか毎度あれだけのバトルしながら八百長成立させてるなら逆に尊敬する

 毎回進化してくるトワちゃんと渡り合ってるデクも尊敬する

 OFAとかいう化け物個性と渡り合ってるトワちゃんかわいい

 

77:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:26:17

 >>71

 尊敬しろよ!

 

83:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:32:18

 あの可愛さで威厳あるヒーローは無理だろ

 

87:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:39:01

 高校進学する青少年から見ると絶妙に歳の差のあるお姉さんだからな

 公安が性懲りもなくイメージキャラに据えるのも納得

 

91:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:45:00

 っつーかなんで育ったの?

 ロリキャラ飽きたの?

 

96:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:50:17

 前の肉体年齢だと妊娠できないからに決まって(ry

 マジレスすると基礎身体能力を底上げするためと言われている

 

97:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 2:56:01

 遂にボディに手を加えないと追いつかなくなったか

 むしろデクが強すぎでは?

 

100:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:02:21

 ウラビティも込みで超仲良しだけどなあいつら

 大戦の時は平気で殺しあってるけど

 デクの子とも赤ん坊の頃から遊んでるらしいし

 

106:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:07:44

 >>100

 デクの子供何歳だよ

 

112:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:13:54

 >>106

 逆ゥー!

 

119:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:19:04

 お前ら注目するのはそこじゃないだろ

 >>100

 デクの子供とトワちゃんは赤ん坊からの付き合い

 つまり女子高生のまま劣化しないお姉さんにいつまでも子ども扱いされることが可能なのだ!

 

122:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:24:26

 絶対性癖歪むやつじゃん

 将来告白するまである

 はっ、まさかトワちゃんが成長したのはその時のため…?

 

124:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:30:37

 俺達のトワちゃんが嫁に行くとか無いわ

 無いよな?

 

129:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:36:15

 デクとウラビティの子供なら良い子に育つとは思うが

 

131:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:43:26

 >>124

 自分が先に逝くの確定してる上で

 相手を未来まで幸せにする自信と

 死ぬまで好きでいられる自信があるなら

 どんな奴でも応援するわ

 

136:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:49:07

 >>131

 無理だわ

 俺が幸せになる自信ならあるが

 

138:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 3:55:37

 俺はトワちゃんが幸せそうに飯食ってる画像だけで幸せだよ…

 

139:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:02:56

 本当美味そうに食うからなあ…

 

141:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:08:35

 テレビの人気店めぐりに出演する傍ら

 プライベートで街の定食屋をはしごする女

 

142:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:14:46

 油断してると普通に飯食ってるときに現れてカツ丼とか注文し始めるから困る

 

143:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:21:58

 >>142

 裏山

 

149:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:27:57

 ファーストフードも普通に大好きだしな

 どれだけ食っても『不老不死』が体調維持してくれるとか羨ましすぎる

 

154:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:34:36

 37なら普通は健康診断が怖くなる年頃だからな…

 

157:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:41:26

 健康診断の話とか考えたくないから話ぶった切るけど

 割とガチでヒーロー新時代を築いた女だと思う

 トワちゃんとデクの決戦から強さの基準が変わりすぎ

 

159:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:46:27

 義姉の相談にもちょくちょく乗ってるらしいし相談もしてるらしい

 元敵を更生させてヒーローにしたケース多数

 個性を持て余してる奴から個性をもらい受け、志のある若者に個性を授けるのがライフワーク

 現在は小学生向けの個性塾を開いて次代の育成に余念がない

 

 箇条書きにしたら天使にしか見えない

 

162:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:51:16

 顔見りゃ天使だってわかるだろ

 

164:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 4:56:51

 ここで第三次の時のトワちゃんが物凄く悪い顔をしてる画像をご覧ください。

 xxx.png

 

165:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:03:01

 >>164

 かわいい

 ごはんあげたら一瞬で笑顔になりそう

 

168:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:08:41

 訓練されたロリコンしかいない…

 

172:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:15:11

 ロリコンじゃねえし

 俺がファンになったのは育ってからだし

 

179:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:21:30

 >>172

 ニワカか

 俺はトワちゃんが雄英に通ってる時からのファンだぜ

 

186:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:27:31

 >>186

 ロリコン乙

 

192:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:34:30

 トワちゃんファミリーで一番有名なのって誰?

 センスライ姐さんとかクリエティ、インビジブルガール辺りはトワちゃんが育てたわけじゃないからなしで

 

195:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:39:57

 エリーちゃんじゃね?

 

202:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:44:58

 >>195

 エリーちゃんか

 テレビの特集番組で公開された子供時代の写真超可愛かったよな

 努力家なのも好き

 

205:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:49:51

 >>195

 小さいころにやばい個性持ってたけどトワちゃんがAFOで奪って助けた

 そのトワちゃんとデクの決戦を見てヒーローを目指す決心をした

 トワちゃんから厳しい試練を出されてクリアし、個性を託された

 本名はエリで、ヒーロー名は「自分はエリートではないという意思表示」「人との間に『戸(ト)』を作りたくないから」

 泣ける

 

208:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 5:55:43

 『巻き戻し』がエリーちゃんの元の個性なんだっけ

 今使ってる『引き戻し』の方が汎用性あるしヒーロー向きかもな

 ブーメラン回収したりワイヤー巻き付けた仲間を拘束で引っ張ったり

 

213:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:01:35

 トワちゃんスレ民的にはエリーちゃん人気だろうな

 地味だけど他にも色んなヒーローがいるんだが

 地味だけど

 

218:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:08:43

 >>213が一番酷い件について

 

223:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:15:41

 なあにそのうち十代目OFAが筆頭になる

 

229:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:21:48

 >>223

 なんで自分の天敵をトワちゃんが育てるんですかねぇ…

 

235:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:27:34

 今更すぎる

 最低月に一回はデクとトレーニングしてるんだぞ

 

236:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:32:30

 むしろトワちゃん本人がストッパーを望んでるまである

 というかこの辺の事情を知らないってことは初心者だな

 wikiは一通り目を通しておけよ

 

241:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:37:34

 このスレ住人キモイな

 あんな化け物はヒーロー扱いしないでさっさと殺すべきだろ

 いつ人類の敵になるかわからないんだぞ

 

243:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:43:31

 >>241

 は?

 

245:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:50:20

 >>241

 やれるもんならやってどうぞ

 俺はトワちゃんに死んでほしくないしトワちゃんが死ぬとも思ってないが

 殺せると思ってるのがアホすぎるとしか

 

248:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 6:55:33

 人に友好的な神様がいました

 神様は人々と仲良く暮らしていたのですが、ある日

 神様を快く思わない一人の人間が現れました

 彼は神様を罵り、人の世界から出て行けと遠ざけました

 

 …うん、真っ先に>>241が殺された後に人類の敵が誕生するだけだな

 

255:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:01:09

 可能性とかどうでもいい

 トワちゃんは可愛い

 以上

 

259:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:08:17

 >>255

 今のトワちゃんは美人と言っても差し支えないのではないか

 

263:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:13:53

 美人か

 慣れないせいかまだ違和感あるけど異論はない

 

264:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:19:34

 トワちゃんぺろぺろ

 

269:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:24:53

 >>264

 おまわりさんこいつです

 

270:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:31:29

 っていうかここ定期的に話題ループしてね?

 

273:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:36:14

 >>270

 流れ早い上にみんな好き勝手なこと話してるからな

 定番の話題はデイリーで上がってるまである

 

280:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:42:32

 最近は裏方が増えたから新しい話題も出にくいしな

 

283:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:49:03

 とか言ってたら本人がつぶやいたーを更新した件について

 

286:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:54:46

 >>283

 また飯画像か!

 うまそう

 かわいい

 

289:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 7:59:45

 かわいい

 たべたい

 

295:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 8:05:02

 かわいい

 

298:ジェントルは私の婿 2051/6/12 8:11:13

 駄目だわこのスレ

 

300:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 8:16:09

 >>298

 ラブラバさんちぃーす

 

303:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 8:22:25

 ラブラバさんはネットしてないでジェントルと朝飯食ってて、どうぞ

 

307:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 8:28:16

 平和すぎる

 

313:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 8:34:58

 いいことじゃないか

 

317:ヒーロー好きな名無しさん 2051/6/12 8:40:59

 まったくだ

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反逆者達の雑談

※時系列的には「ラスボス トワ編」の途中です
※本誌ネタバレを含みます
※作者は単行本派なので、最新情報については断片的なものを拾っています
※永遠たちが駄弁るだけの話です


「透ちゃん……。まさか裏切り者だったなんてひどいよ」

「え!? 永遠ちゃん、いったいなんの話!? 私、永遠ちゃんのおやつ勝手に食べた!?」

 

 日本からの独立を宣言し、人工島に移ってきてから数日後のある日。

 朝起きて、顔を合わせるなり抗議すると、透ちゃんはわかりやすく動揺してくれた。

 

「うん。まあ、二年くらい前にとっておきのプリンを食べられたのは恨んでるけど」

「恨んでるんだ!?」

「恨んでるけど、そういうことじゃなくて。昨夜の夢でね、そういうのを見たんだよ」

 

 刑務所から脱走してブイブイ言わせているAFO(オール・フォー・ワン)が、なんかやたら偉そうに自分の凄さを語る場面。彼は目指す目的のために幾つものルートを用意しており、そのための準備も数十年かけて進めてきていたらしい。

 で、そんなところでクローズアップされたのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「普通に考えたら透ちゃんでしょ?」

「いや、確かに私っぽいけど!」

 

 むにー、っと引っ張られる私の頬。

 

「夢じゃん!」

「夢なんだけどね」

 

 割と信憑性があるから困るというか。

 朝食の席につきつつ、せっかくなのでその話題を続ける私。

 

「外国式にトオル・ハガクレ──透葉隠にするとスパイって読めるじゃない?」

「スパイにするつもりの子にスパイって付ける親はいないと思うよ!」

「確かに。でも、A組の面子だけ見ても変な名前いっぱいだし」

「永遠ちゃんも人のこと言えないじゃん。っていうか、変な名前が普通なんだったら余計怪しむところじゃないし!」

 

 むう、なかなか手強い。

 強情にも容疑を否認し続ける親友を見つめつつ(もちろん着衣しか見えない)、どう言ったものかと思案していると、

 

「そもそも、どうして私がAFOをするのさ。敵じゃん」

「敵だね」

 

 この世界の透ちゃんは忍者の家系。一族の者は仕える相手を決めなくてはならず、一度決めた主人は生涯変えられない。透ちゃんは私に忠誠を誓ってくれているので、AFOを主人にはしていない。契約を結んだタイミング的に寮が建ったあたりまではフリーだったはずだ。

 でも、それはこの世界での話。

 

「例えばさ、透ちゃんが忍者じゃなくて、私がいない世界だったらどうだと思う?」

「それもう全然別の世界じゃん」

 

 と、透ちゃんはとても全うなことを口にしつつも「うーん」と腕組みをして、

 

「永遠ちゃんの言う設定だとしたら、私はAFO信者の家系だったりするかもね」

「やっぱり?」

「だって、透明になる個性なんて絶対怪しいじゃん。誰かさんにも怪しまれたし」

「その節はご迷惑をおかけしました」

 

 怪しいということは、それだけ諜報向きということだ。長く生きているAFOのことだ、一家総出で諜報員として運用できるように『教育』を施していてもおかしくない。

 

「それか、この『個性』を奪ってもらうために仕方なく協力してるとか」

「嫌なの?」

「だって不便じゃん! 私の場合はそういう一族だからって教えられてたし、今は私の素顔を見てくれる人ができたから、そこまで気にしてないけど」

「その人って、もしかして私のこと?」

「他に誰がいるのかなー、永遠ちゃん?」

 

 う、ちょっと照れくさくなってきた。

 数多くの個性を所持している私は、その気になれば透ちゃんの素顔を視認することができる。ちなみに彼女はなかなかの美人さんだ。太陽光の影響を受けないせいか肌とかめちゃくちゃ綺麗だし。

 

「美容って意味では透ちゃん得してるよね」

「不老不死の永遠ちゃんが言うことじゃないよね?」

「いや、不老不死は不老不死で大変なんだよ?」

「本当ですよ。私と永遠ちゃんは人類が絶滅しても死ねないかもしれないんですから」

 

 と、トガちゃんが朝食を食堂へと運んできた。

 他の仲間達もぞくぞくと集まってきて、私と透ちゃんのしていた話がなんだか注目されてしまう。

 

if(もしも)の世界の話ですか。……なかなかに興味深いですわね」

「でしょう?」

 

 私は内心で「本当はこの世界の方がifなんだけど」と思いつつ、八百万百(おねえちゃん)に調子を合わせた。

 

「私もAFOを手に入れた後、あいつの残留思念みたいなのに攻撃されかけたし。他の人が継承者になってたら、乗っ取られててもおかしくないと思うんだ」

 

 よっぽど意思が強ければ別かもしれないけど、じわじわと進む侵食を跳ねのけ続けるのはかなり大変だ。気づいたら人格変わってました、が普通にありえる。

 そんな風に、ちょっとしたボタンの掛け違いで状況は大きく変わる。

 なら、私のいない原作の世界はきっと全然違ったはずだ。

 

「お前がAFOを手に入れたから良かったが、死柄木に渡って暴れられてたらヤバかっただろうな」

 

 と、配膳された味噌汁をすすりながら轟君。

 

「AFOに『崩壊』。『超再生』に他の個性までありやがる。そんな相手、並のヒーローどころかトップ層だってやられかねないだろ」

「そうだね。……まあ、OFA(ワン・フォー・オール)ならそれでもなんとかなるかもだけど」

「オールマイトの個性か。確かにありゃあ規格外だからな」

 

 兎っぽいことならなんでもできる、という、普通に考えたら十分強い個性を持っていた元プロヒーロー・ミルコが懐かしむようにしみじみと言う。

 

「しばらくの間だけめっちゃ速くなる個性持ちにも会ったことあるけど、オールマイトは早いのがデフォだからな。全盛期のヤツにはあたしでも勝てるかわかんねぇ」

「さすがにオールマイトには勝てないと思いますけど」

「あ? なんか言ったかクソガキ?」

「ごめんなさい調子に乗りました」

 

 へこへこと平謝りする私。

 しかし、実際問題全盛期のオールマイトには誰も敵わないと思う。プロヒーローになってからあらためて調べて実感したことだけど、昔のオールマイト──つまり、AFOとの決戦以前、身体を壊す前のNo.1ヒーローは本当に、馬鹿みたいな強さだった。

 本拠地から文字通り射出されて飛んできて、到着するや否やほんの数秒の間に複数の(ヴィラン)を成敗、更に横断歩道を渡るおばあさんをエスコートし、木に登って下りられなくなった猫を救出する……なんていうのがザラなのだ。

 単に身体能力を蓄積して継承するだけの個性で何故そこまでできるのかと言いたい。百歩譲って視覚や聴覚も身体能力なんだとしても、高速での行動について行けるだけの思考速度が必要になる。ミルコが言っていた速くなる個性持ち、かつてのプロヒーロー『オクロック』にしても加速できる時間には制限があったとみられているのだ。

 

「個性ってのはホント、なんでもありッスよね」

「白雲君、どうして私を見ながら言うのかな?」

「そんなもの、君の個性が特に反則だからに決まっているだろう」

 

 うるさいジェントル。

 一見すると老紳士に見える青年……いや、中年男性? を睨みつけつつ、私は「まあそうだよね」とも思う。私の『不老不死』も大概チートだ。AFOと組み合わせることで無数の個性所持が可能になっているあたりとか、支配系の能力が効かないところとか。攻略する側だったら「大概にしろ」と文句を言っていると思う。

 

「でも、反則っぽい個性持ちならいくらでもいるじゃない。ほら、アメリカのプロヒーローとか」

「アメリカのヒーローはダイナミックな個性が多いよね!」

「ほんとにね。飛行するだけの個性かと思ったら攻撃が効かないわ、自分から攻撃する時の威力が上がるわ、なんてヒーローもいるし」

 

 正確には飛行の個性じゃなくて、自分に都合のいい力場を形成する個性らしい。その力場を使って無敵状態になったり高速飛行したり、便利にあれこれできるというわけだ。

 同じく力場系と言えば日本の自警団(ヴィジランテ)に地面あるいは構造物を高速で滑走したり、威力・速度を調節可能な遠距離攻撃をしたり、空中で二段ジャンプをしたりできる個性持ちもいたらしい。ヒロアカにスピンオフ作品があったら主人公張っていそうなスペックである。

 

「でも、チートと言えばアメリカNo.1ヒーローですよねえ」

「ああ、『新秩序(ニューオーダー)』ね。あれは本当にわけがわからないと思う」

 

 いわば「ルールの書き換え」を可能にする個性。物理法則を捻じ曲げることさえ可能で、使用者の想像の及ぶ限り、思いつく限りで思いっきりやりたい放題できる。

 一度に設定できる「新しいルール」が二つまでという制限が痛いものの、やりようによってはあらゆる相手を封殺することができる。

 

「永遠ちゃんだったらあの人どうやって倒す?」

「いきなり後ろに現れてAFOで個性を奪う」

「うわぁ……」

「うわぁ……」

「うわぁ……」

「だってそれが一番手っ取り早いじゃない!」

 

 まあ、「私に向かってくる生体のベクトルは反転し、その上で一千倍に強化される」とかあらかじめ設定されてたら自分で自分を思いっきりぶっ飛ばす羽目になるんだけど。

 逆に真っ向からやり合う場合、向こうが私を対象としたルールを定めてきても『不老不死』で効かない可能性がある。あと、名前設定の際に『八百万永遠』と指定した場合、もしかしたら効かないかもしれない。私の本当の姓が綾里なのか、それとも最初の母親の姓なのかは自分でもわからないけど。

 

「強い個性と言えばコンパスキッドさんもそうだよね。……生きてるうちに会いたかったなあ」

「永遠ちゃんが雄英入学する前に死んでますから、難しかったですけどね」

 

 うん。

 これも後々になって調べて存在を知ったプロヒーローなんだけど、すごい個性を持っている人がいたのだ。故人なので正確には「持っていた」なんだけど。

 彼の個性は探し物の方向を自分の身体で指し示すことができる、というもの。

 方向しかわからないのでお互いの距離が遠いほど精度が落ちる、という欠点があるものの「この事件の犯人」といった曖昧な指定であっても正確に機能する。

 ぶっちゃけこの人が生きていてくれたら「AFOの潜伏場所」とか「死柄木弔の居場所」とかで原作ブレイクできていたかもしない。なんで死んじゃったんだろう。生きてると原作が壊れるからだろうか。

 すると、そこまで話に加わっていなかったお茶子ちゃんとホークスが顔を見合わせて、

 

「強い個性強い個性って永遠ちゃんたちが言うことやないよね」

「鏡を見てから言って欲しいでスよね」

「二人とも人のこと言える!?」

 

 不老不死+AFO。

 変身+不老不死。

 透明化。

 万物創造。

 氷炎。

 無重力。

 剛翼。

 etcetc……。

 ぶっちゃけ、この場にはチートな個性持ちしかいないようなものだ。この面子でチートだチートだ言いあってもどんぐりの背比べである。

 

「不毛だから止めよっか」

「そうですね。せっかく作ったんですから冷めないうちに食べて欲しいです」

「そうだね。いつもありがとう、トガちゃん」

「いえいえ。永遠ちゃんからはちゃんとお礼をもらってますから」

 

 トガちゃんと微笑み合う。

 そんなところで、寝坊したのか、レディさんが食堂に入ってきて、トガちゃんに告げる。

 

「おはよー。トガちゃん、ホットワインかなんかない?」

「レディさん、朝から飲む気ですか」

「いいじゃない。こういう時でもないとなかなかお酒飲めないんだから!」

 

 確かに、プロヒーローには九時五時なんて概念はないから大変だ。

 お酒が飲めないから、なんていう理由でヒーローから敵に堕ちる人間がいたりしないか、少し不安になった私だった。

 ちなみに、まともにご飯が食べられなくなったら私は敵に堕ちるかもしれない。

 オールマイトは食事をする暇もなかなかなかったらしいが、そんな風にはなりたくないものである。




某キャラが内通者濃厚になった記念です(ぇ
後から知った情報を元に振り返ると、AFOを移植された永遠はわりと綱渡りしてましたね……。
不老不死のお陰で残留思念がぷちっと倒れましたが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。