女ハーフエルフにts転生して異世界の森で暮らしてたら前世のクラスメイト達が転移してきた件について (マクギリス・バエル)
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1.邂逅

群稜高校、二年五組の面々は唖然としていた。

少年少女らの目の前に鎮座するのは、突如見知らぬ森へ飛ばされた自分達を襲ったドラゴン。

全長は優に五メートルを越えるだろうか。刀剣のごとき牙と爪が金属さながら煌めいている。これの前では恐竜でも小型犬と大差無いだろう

……だが、喫驚する彼らの視線の先にいるのはその怪物ではない。

彼らの目線の先には、怪物の脳天に巨杭のような槍を突き立てる騎士の姿があった。

 

「……無事か、貴公ら」

「ぅぇっ!? はっ、はいっ!?」

 

玲瓏(れいろう)な声で話し掛けてきた騎士に、少年はまごつく。

その様子を見た騎士は肩に手を置き、優しい声で『落ち着け』と呟いた。

 

「私は、君たちの味方だ」

「は、はい……」

 

紳士的な態度の騎士を見て、生徒たちは少しずつ平常心を取り戻していく。

……しかし、彼らは大事な事を知らなかった。

いや、知る(よし)も無かったと言うべきか。

 

(うっわ! マジかよ……!? なんで今になって来るんだよ!? いつもの癖で思いっきり騎士ロールかましちゃったよ! うわ恥ずかし……!)

 

ーーこの騎士の中身が元クラスメイトかつ、内心で滅茶苦茶テンパってる事など知る由も無かったのだ。

 

 

俺、初見 樟葉(はつみ くずは)は転生者である。

前世は普通の高校生で、気付いたら魔法が普通に飛び交ってるファンタジー世界で赤ん坊になってました。

今生の名前はアルシュタリア。あっ、ちなみにハーフエルフです。まだ二十年ぐらいしか生きてないけどね!

 

そんな世界に来ちゃったモンだから、俺は調子に乗った。ヒャッハーしちゃった。魔法の才能もあったし。

故郷であるエルフの里から出て人間の王国に向かい、冒険者ギルドとかに入ったりして鍛え続けた。

 

こう見えて、最高クラスから二番目の階級までいったのだ。そこに到達したのは歴代で十人ぐらいしか居ないらしい……多分もう抹消されてるけど。そして今は森暮らしだ。

なぜそんな事になったのか。理由は勿論、調子に乗りまくった俺がヤバい事をやらかしたからである。

 

伝 説 の 聖 剣 へ し 折 っ ち ゃ っ たZE☆

 

……はい。式典と言うか、パーティーで酔った勢いで、ポキンとやってしまいました。

いやー……ヤバかったですね。だってもう、日本でいう国宝なんて屁でも無いレベルの至宝だからね。なんか過去にヤバい悪魔倒したやつらしいし、俺を信用して見せてくれた王様なんて目んたまひん剥いてたもん。

その結果、英雄から犯罪者へ一気に転落ですよ。スカイツリーのエレベーターも真っ青だよ。ははっ……

 

そんなこんなで国から逃げた俺は、片田舎にある森で静かに暮らしていた。

木の実や獣を食べ、暇な時は読書を嗜む。

定年を迎えた老人みたいな生活だが、これまで生き急ぎ過ぎて若干燃え尽き症候群になっていた俺には意外と合った。

このまま、ハーフエルフの膨大な寿命を静かに消費し続けると思っていたーーのに。

 

「あ、あのっ、ここってどこですかね……? アフリカとかですか?」

「……ふむ」

 

的外れな問いを投げ掛けてくる前世の級友を前にして、俺は頭を抱えそうになっていた。

……こいつは、間宮シンジ。高校での生活は七割以上こいつと一緒に居たんじゃないだろうか。

 

ちなみに中々にヤバい奴で、転校してきた初日でクラスの全員(教師と男子含む)にプロポーズをし、その全員に断られるという伝説を打ち立てた男だ。もちろん孤立した。本人いわく『ウケると思った』らしい。

だが根は良い奴で、向こうがどうかは知らないが俺は親友だと思っていた。

というか他に友達と呼べる人がいなかった気がする。あれ涙が……

 

ちなみに他のクラスメイト達は担任の後ろで俺の様子を伺いながら着いてきている。泣いてる娘もいるな。

あれが普通の反応だ。なんでコイツだけこんな怪しい騎士に話し掛けて来てるんだよ。頭おかしいのか? あぁ頭おかしいのか。(諦め)

 

「貴公の言うアフリカとやらが何かは知らないが……知っての通りこの森は危険だ。私の住処に案内しよう。帰還の目処が立つまでゆっくりしていくと良い」

「そうですか……ありがとうございます」

 

前を向いたまま言った俺に礼を言った後、シンジは顎に手を当てながら『アフリカを知らない……? はっ、まさか。これは流行りのアレでは……っ!?』とか呟いている。

そうだよ。流行りのアレだよ。異世界転移だよ。良かったなお前、前の世界でも『異世界行って無双してぇなぁぁぁ"あ"!』とか言ってたもんな。チートがあるかは分からんけどな。

 

「ところで騎士さん。名前はなんて言うんだ?」

 

少し緊張が抜けた様子のシンジがそう聞いてきた。敬語を使いなさい敬語を。今生含めればお前より二十年ぐらい長く生きてるんだぞ。うやまえ

 

「……アルシュタリアだ」

「おぉぅ、名前カッケェ……」

 

その後シンジは少し迷った素振りをした後、ゴホンゴホンと咳払いしてから口を開く。

……ああ、これは。コイツの『鉄板ギャグ』が来る。

初対面の仲良くなりたい相手にぶちかまし、例外無くドン引きさせる『アレ』が来る。

 

「俺は間宮(マミヤ)シンジ! 気軽にマミーって呼んでくれ! あっ、俺男だった! やっちまったぜ、テヘペロ!」

「毎回思うけどそれつまんないからやめた方が良いぞ」

「えっ」

「な、なんでもない!」

 

思わずツッコミを入れてしまった。

訝しげな目で見てくるシンジを無視し、俺は少し早歩きになった。

……俺の正体がバレるのは、なんとしても避けなければならない。それには二つの理由がある。

 

一つは、単純に恥ずかしいって事。こんだけ暗い過去を背負ってる騎士っぽいキャラを通しといて、実はクラスメイトでしたーなんて、なんか嫌だ。それに変な混乱を招きそう。

そして、もう一つはーー

 

「アルシュタリアさんって呼んで良いですかね? 良いですよね!」

「……ぅうむ」

ーー()()()()()()()()()()()

今は鎧を着込んでいるからまだこいつらに性別はバレていないが、今後保護していくにあたって一度も鎧を脱がないなんて無理だろう。エコノミークラス症候群になっちゃうよ。

 

そして万が一、バレた後にボロを出してしまって俺が『ハツミ クズハ』だと察されてしまうのが最悪なパターンだ。

クラスメイトに『女になって異世界で騎士やってた』とか知られたら死んでしまう。主に俺の羞恥心が。

特にシンジは危険だ。こいつは妙に勘が良い。

……それにもしも、気持ち悪いとか言われたら泣いてしまうかもしれない。

ん? メンタル弱すぎだろって? うるさいやい! こちとら社会経験無しに大人になった年増ハーフエルフだぞ! エルフは寿命が長い種族柄、精神の成熟が遅いんだよ! 里の幼馴染なんか二十歳越えてるのに未だにばぶばぶ言ってるんだぞ!

 

「……着いた。すまないが少し外で待っていてくれ」

「あっ、了解っす!」

 

そうこう言ってる内に俺の家に着いた。巨大な土壁に扉が着いている。

クラスの人数は全員で三十人程。一部屋に三人ぐらい入ってもらえばギリギリ大丈夫だ。深夜テンションで作った無駄に多い部屋が活きる日が来るとは思わなかった。

俺は扉に入って大急ぎで掃除をし、全ての部屋に寝具などを設置していく。

……よし、このぐらいで良いか。

扉を開き、外で待つクラスメイト達に『入ってくれ』と言った。

 



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2.不信感

まさかこんなにたくさんの評価とお気に入りを頂けるとは思わなかった……(別作品の箸休めに書いた人)
感想下さった方ありがとうございます!返信出来てなくてすいません。これからは頻繁に返させて頂こうと思うので、ぜひまたご感想ください!


「おぉ、秘密基地感がすげぇ……」

 

我が家(ちょっと立派で部屋の多い防空壕みたいなの)の中を歩く俺の後ろに、距離を置いてクラスメイト達が着いてきている。そして何故かシンジだけはボケッとした顔して横に居る。 やっぱコイツ頭おかしいだろ。

 

「後ろの者たちは戸惑っているようだが、君は大丈夫なのか?」

「あ、大丈夫っす。こーゆー状況は普段からもうそ……シミュレーションしてたんで」

「そ、そうか……」

 

とても良い笑顔で親指を立てるシンジに哀れみの目を向けながら、俺は一つの扉の前で立ち止まった。

……ちょっと、嫌がらせしてやるか。

 

「ん? アルさん。なんで止まっーー」

「すまないが貴公ら、部屋を割り当てるから()()()()()()()()()()()()()()()()。貴公らの状況はそれから聞こう」

「っ……!?」

 

シンジの顔が絶望に染まる。

俺は自分の口角がつり上がるのを感じた。普段飄々としてるだけに、シンジのテンパる姿は珍しい。

いやぁ……こいつも俺も互いに他の友達居なかったもんなぁ……あれ、目からミネラルが。

 

「ま、待てアルさん。考え直そうぜ。こんな状況で俺たちを分断したって不安にさせるだけだ! なぁ、皆……」

 

振り向いたシンジの視線の先にあったのは、ペアを完成させてこちらの様子を伺うクラスメイト達の姿だった。

いつも俺たちと組んでくれていた先生もこんな非常時では生徒に大人気で、多くの女子にすがり付かれていた。心なしか頬がほころんでいる。

 

「……あっれー……?」

「早くしないと貴公もあぶれてしまうぞ」

「……ぁあぁ! ちくしょぉぉぉ!」

 

ヤケになったように叫んでから、シンジは生徒の群れに突撃していった。

だが数分後、意気消沈して帰ってくる。

 

「ん? どうした? ん? ん?」

「……えっと、その」

 

目を泳がせ、顔に冷や汗を浮かべながらシンジが言い淀む。

しかしこちらが見つめ続けていると、唐突に頭を地面に擦り付ける体勢になった。

流れるようなジャンピング土下座。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「足伸ばして寝れるぐらいの大きさで良いので一人部屋くださぁぁぁい!」

「良いぞ」

「やったぁぁぁ! 嬉しいなぁぁぁ!」

 

ヤケクソになった様子で喜ぶシンジを良い感じの物置に押し込み、俺は他のクラスメイト達を部屋に案内した。

皆の反応は様々で、未だにこの現状をテレビのドッキリだと思っている者、泣いている者など様々だ。

先生なんかは俺を誘拐犯だと勘違いして『あなたを誘拐と監禁罪で訴えます! 理由はもちろんお分かりですねッ!』と、まるで弁護士のように捲し立ててきた。

生徒の前でカッコつけたいのは分かるけど、良い年こいたおっさんが何してるんですかね。

 

「それでは、貴公らのタイミングでこの先の大広間に来てくれ。どういう状況でここに来たのか説明してほしい」

 

そう頼んだが、皆は顔を見合わせて渋い顔をした。

まぁそうか……普通罠だと思うよな。一ヶ所に集めて一網打尽にしようとしてるとか思われてるのかもしれない。

どうにかして安心させる事は出来ないか……

 

「あ、あのっ……い、いい、ですか……?」

 

俺が頭を抱えていると、学級委員の花子さんが手をあげた。

おお、何か妙案があるのか。花子さんは賢いからな。俺なんかよりよっぽどーー

 

「シ、シンジ君だけに行かせて、そこで聞いた事を私たちに話して貰えば良いと思いますっ! もしこれが罠だったとしても、最悪シンジ君ですし……まぁ……」

 

え、えぇ……?

どうすんだシンジお前、あの真面目な花子さんにさえ見捨てられて捨て駒にされようとしてるぞ。俺が居た時はまだここまで嫌われてなかったろ。

い、いや、まだ分からない! 一人ぐらいはシンジの身を案じる奴が……!

 

「さ、賛成だ! 死ぬならアイツだけで良いだろ! 少し経ってシンジが帰ってこなけりゃ逃げればいい!」

「あんな奴生きてても役に立たねぇし!」

「なんかアイツ頭貫かれてもへらへら笑ってそうだし!」

「そういえばさっき、どさくさに紛れてあいつにお尻触られたわ!」

「私も触られた!」

「私も触られたわ!」

「私もあいつに!」

「私は胸よ!」

「せ、拙者も!」

「誰だてめぇ!」

 

ギャーギャー騒ぐクラスメイト達を前に、俺は唖然としていた。

シンジェ……あのセクハラ野郎が。友人として冤罪だと信じたいが、あいつならやりかねない。

前世でいつも父さんが言っていた『人間社会において信用は防具だ』という台詞が脳裏を掠めた。あれってこういう事だったんだな。やっと実感したわ。

 

「わ、わかった! 話はシンジにするから、もう止めてくれ!」

 

そう言うと、やっと言い争いは止んだ。

……さて。アイツに説明するのにどれだけ時間が掛かるか。

シンジは話を反らす天才だからな。前なんてエロ本の話をしていた筈なのに、気が付けば宇宙の真理について語り明かしていたなんて事もある。

時間が無いし、さっさと説明しに行こう。

 

 

「という事で。級友たちではなく君だけに説明する事になった」

「いやいやいや!? 違うんすよアルさん! こ、これは別に俺が嫌われてるとか、そんなんじゃないんですよ!? 信用されてるゆえの人選というか……きっと、たぶん……」

 

先程の出来事を説明すると、シンジは物凄い勢いで首を横に振りだした。

いや、思いっきり嫌われてただろ。これ以上無いってぐらい。

 

「……婦女子たちの尻や胸を触ったのは本当か?」

「えっ……なんで知って、ぁあいや!? 違いますよ!?

あれはマジで偶然って言うか! 確かにラッキーだとは思ったけれどもっ!」

 

必死の形相で言い訳を並べるシンジに冷やかな目線を送っていると、向こうもそれを感じ取ったのか更に早口になる。

 

「あ、アルさんだって男なら分かるだろ……なっ? 」

 

いや、『なっ?』じゃないんですけど。それに今は女ですしー。

きゃーシンジくんサイテーとか言ってやりたいが、キャラが崩れるのでやらない。

 

「……あぁ」

「おぉ、流石アルさん話が分かるぜ! あ、そうだ……友情の証にこれやるよ!」

 

にぱっと笑顔になってから、シンジは手持ちの鞄をゴソゴソあさりだした。

友情の証……? こいつの事だから道端のタンポポとかか?

セミの脱け殻とか出してきたら騎士の演技ほっぽりだしてブチ切れるぞ。

 

「はい! 俺の秘蔵の一冊! この世界って多分カメラとか無いよな? 相当な貴重品だぜそれ!」

「あっ……えっ……」

 

ーー差し出されたもの。端的に言えばそれはエロ本だった。

グラビアアイドルたちが胸を突き出すポーズで微笑んでいる。

どのモデルもかなり質が良く、前世なら喜んで貰っていたかもしれない。

だが、何故か強烈な違和感に襲われた。

 

「そんなに見入っちゃって、やっぱりアルさんも男だなぁ! ちなみにどの娘が好みーー」

「俺の方が良い体してる……」

「えっ」

 

エルフの血が入ってるからか俺の方が腰も細いし、多分顔だって良い。……たぶん。それだからか全く興奮できない。

チョコを食べた後にイチゴを食べると酸っぱく感じるのと似ている気がする。

 

「あ、アルさん? これはですね、そういう筋肉的な観点から読む書物ではなくてですね。あんな大槍持てるんだからアルさんも筋肉凄いんだろうけど……」

 

食い入るように表紙を見つめる俺に、シンジは微妙な表情で説明してくる。

……こいつに今の俺の体見せたらどんな反応するんだろうな。いや、やらないけど。

こんなエロ本で興奮してるなら、鼻血出して失血死するんじゃなかろうか。

 

 

それから、シンジにこの世界についての大雑把な説明をしてから俺は自室に戻った。

ベッドに倒れこみ、深いため息を吐く。

……久々に人と話したから緊張した。ボロとか出さないよう必死だったし。

 

「はぁ……あっつい」

 

騎士の兜を脱ぎ鏡を覗き込んだ。

長らく切っていなかった長い銀色の前髪の向こう側に、THE女騎士という感じのキリッとした蒼い目がチラチラ見える。

そして、ハーフエルフの特徴とも言える常人より少しだけ長い耳。

 

「……不細工では、ないよな……?」

 

生まれ育ったエルフの里に美男美女しか居なかったせいか、今の俺の美的センスは多分ちょっと狂ってる。

もしかしたら向こうの世界の住人からすれば俺の素顔はとんでもなくブサイクかも知れないし、あるいは美人と写るかもしれない。

これも素顔を見せたくない理由の一つだ。

あんなカッコつけといて不細工だったら『えぇ……』ってなるだろ。

 

「……よっし」

 

かぽっと兜を被り直し気合いを入れる。

……演じ切って見せるぞ。少なくともしばらくは。

そう決意して、俺は部屋から出た。



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3.嫌悪する君

「と! 言うわけでっ! ここは異世界、剣と魔法ひしめくファンタジーワールドなワケ! アンダースタァン?」

 

間宮シンジは、クラスメイト達の冷ややかな視線を浴びながら声高々に演説をしていた。

シンジは今、テンションが上がっている。彼にとって他人から必要とされるのは滅多に無い事であり、普段自分の話に耳を傾けてくれる人間がほとんどいないのもそれを後押ししていた。

 

「そ、そのっ、アルシュタリアって奴は信用できそうなのか!?」

「ぁあ! もちもちのろん! 信用金庫もビックリの安心感よ!」

「お、おぅ……」

 

歯を見せてサムズアップするシンジに引きながら、クラスメイトの一人が返事をした。

それからも幾度かの質問と応答が繰り返され、引き出せる情報を全て聞き出したと分かればシンジは、クラスメイトたちに部屋から追い出された。

 

「……はは、ひっでぇ。ありがとうぐらい言ってくれても良いんじゃねぇかな」

 

カラカラと独り笑いしながら、シンジはアルシュタリアに与えられた自室へと戻る。

その足取りは重く、表情も先程までとは程遠い能面のごとき無表情へと変わっていた。

 

「……クズハが、居ればなぁ」

 

ソファに横たわり、今は亡き親友に思いを馳せる。

彼の生涯における唯一の友人。そして、母と同じ『もう会えない人』。

 

「なぁんで死んじまったんだか……」

 

ーー初見 樟葉は、三ヶ月前に事故死している。

帰り道シンジと別れた後、トラックに轢かれて。

即死だったらしい。

 

「……はーあ、今までの人生で慣れてたのに、お前のせいでまた一人が辛くなっちまったよ」

 

クズハが死に、またもや孤独に苛まれるようになった彼はそれを紛らわすため『ピエロ』になった。

常にヘラヘラ笑って、周りにもゲラゲラ(わら)われて、侮蔑の視線に焼かれながら寒い冗談を飛ばし続ける『ピエロ』

そんなのでも、一人で居るよりは遥かにマシだった。

 

話は変わるが"世界五分前理論"という哲学的テーマが存在する。

これをかなり要約すれば、『認識されない者は存在しないに等しい』という理論で、シンジの生き方の根底にあるものでもあった

 

【誰かに見て貰えてる内は、たとえピエロであっても自分を保てる】

 

気が狂いそうな家庭と学校の環境。彼を支え続けた精神的支柱がこれであった。

……ゆえに、クズハという本当の自分をさらけ出せる人が居た内はピエロになる必要は無かったのだ。

だがクズハはもう居ない。孤独な彼が息をするには、再びピエロに戻るしか無かった。

「シンジ、居るか?」

「……お、アルシュタリアさんか」

 

その時、扉がノックされて例の騎士の声が聞こえた。

 

「開いてますよー」

「入るぞ」

 

扉が開くと同時に甘い花の香りがした。

その発生源はアルシュタリアであり、シンジの『良い匂いするとか絶対に陽キャイケメンだろ』という根拠不明の偏見を加速させる。

 

「アルさん女の子みたいな匂いっすね。まさか女でも抱いてきーー」

「っ!?」

 

『女の子みたいな匂い』に異常な反応をしたアルシュタリアを見て、シンジはこの家の中に彼の恋人が居る事を察した。

 

「べっべっべつに!そんな匂いしないと思うけどなっ!?」

「いや、別に良いんすよ。ここアルさんの家だし、邪魔してるのは俺たちの方なんで」

「え……?」

 

困惑するアルシュタリアに心の中で『とぼけんな』とツっこんでからシンジはベッドにボスッと横たわった。

そしてその体勢のままアルシュタリアに目線を写す。

 

「何か、用があって来たんですか?」

「あぁいや……ただ、君と話したかったんだ」

「は?」

 

恥ずかしそうに言ったアルシュタリアに、シンジは自らの顔がしかめられるのが分かった。

ーー俺が1人だから、憐れんでんだろ。

たぶん善意百パーセントでの行動なのだろうが、それは酷くシンジの精神を逆撫でた。

 

「……別に、そういうの良いんで」

「え……?」

「別に、一人でも平気なんで」

 

そう口走ってから、キツイ事を言ってしまったとシンジはハッとした。ーー今のは、ピエロらしくない。

 

「いやぁほら! 見ての通りっ! この不肖間宮シンジ、ぼっちを極めてるので、アルさんがわざわざ時間を割いてくださらなくてもこの通り元気いっぱーー」

 

ベッドから飛び起きて顔に笑顔を張り付ける。大袈裟な身ぶり手振りも忘れずに。

これで大抵の人間は、面白がるか気持ち悪がるか蔑むかしてくれる。たまに拳が飛んでくるが。

この人の反応に合わせた人間を演じれば良い。

そう思って、くしゃくしゃの笑顔にした薄目を開きーー

 

「……すまない」

 

ーーアルシュタリアは、心から悲しそうな声でそう言った。

 

「ぇ……え?」

「迷惑だったな、悪かった」

 

がちゃり、ばたん。と足早に部屋から出ていった。

シンジは唖然とする。

 

「……はっは、心までイケメンってか」

 

ーー急だったから、道化の演技を見破られた。そう結論付ける。

その上で蔑みではなく憐れみを向けてくるのは、あの人が所謂『人格者』だからなのだろう。

シンジが、最も嫌いで苦手な人種。

 

「クソッタレが」

 

心からの悪態を付き、シンジは目を瞑った。

 

 

 

「は、ぁ……!」

 

ーーやばい、吐きそう。

シンジの部屋から出た俺は、荒くなった自らの鼓動を戻すのに苦心していた。

 

『別に、そういうの良いんで』

 

……ずっと一緒に居たから分かる。

あれは、『拒絶』だ。それも明確な。

ーー間違いなく、嫌われてる。

そう自覚した瞬間、今生で一番と言って良いほどに胸が痛んだ。

 

「なんで……」

 

なんで、なんでーー頭の中で疑問符が浮かんでは消えて、数千回。

……わからない。前世より、『初見 樟葉』より間違いなく立場は上なのに、なぜ受け入れてくれない。

そう、思考してーー

 

「ぁ」

 

ーー思考して、気が付いた。

俺は今、確かにアイツの事を下に見ていた。

友人ではなく、庇護すべき弱者として見ていた。

恐らく向こうも俺を、逆らうべきではない絶対者として見ている。

そんな関係に友情など芽生えようもない。

なぜそれに気が付かなかった?

 

「……最低だ」

 

自分への怒りに任せて壁を殴る。

岩の層が大きく抉れた。

……願わくば、もう一度『あの関係』を。

馬鹿話をして笑い会えるあの日々を。

取り戻したいと、思った



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4.『嘘笑い』

「……よし」

 

クラスメイト達と再会してから半日後、鎧を脱いでエプロンを着けた俺はキッチンで肉を捏ねていた。

小分けにされたそれはクラスメイトの人数分、30個。

大きさが均一な事を確認した後、その内の4つ程を油を引いたフライパンに乗せて魔術で火を着ける。

 

「あいつ確かハンバーグ好きだったよな……」

 

一緒にファミレス行った時だっていつもハンバーグしか頼んでなかったし、きっと大好物なのだろう。

焼き上がったミンチ肉に菜箸で穴を明け、火が通っている事を確認してから次の列へ移る。

 

そんな作業を一時間程繰り返し、30個数のハンバーグが完成した。

野菜と一緒に皿に盛り付け、お盆に乗せて魔法で作った即興の台車に乗せる。ガ〇トとかで店員さんが使ってるあれだ

 

「……喜んで、くれるかな」

 

……今の俺は、シンジに嫌われてる。

食い物で好感度が上がる程単純ではないと思うが、それでもまずいのと美味いのとでは大違いだろう。

 

「食堂設備しなきゃ……」

 

テキパキと鎧を着直してキッチンから出た。

……俺が昔ノリと勢いで作った部屋は三つある。

図書館、トレーニングルーム、そして食堂だ。

三つとも今は使ってない。一人暮らしで食堂なんて使うワケ無いし、トレーニングなんて三日坊主で終わった。重力魔法とか仕組んでドラ◯ンボールばりの過酷環境にしたのだが。無駄な苦労だった。

唯一使ってるのは図書館だけど、それも最近は行ってない。

 

食堂へ入り、長机に置いたランタンに魔力を流す。

すると全ての机の上の灯りが連鎖するように点灯した。薄暗かった食堂が一気に明るくなる。

そこに皿と、よく洗ったスプーンやフォークを置いていく。

 

「……よし、皆呼ぶか」

 

クラスメイト達の部屋を巡り、『夕飯の準備が出来たから、速めにこの先の食堂に来てくれ』と言って回った。

……まぁ、来ないだろうけど。シンジに大丈夫だって伝えて貰えば良いか。

 

全ての部屋に行った後、俺は一つの部屋の前で立ち止まる。

……あんな事あった後だから、緊張するな。

なんて声を掛けようかーー

 

「あれ、アルさんなにやってんすか?」

「ひゃいっ!?」

 

後ろから肩を叩かれた。

その声に振り向くと、そこには笑顔のシンジが立っている。

ティッシュで手を拭いてるからトイレに行っていたのだろう。

こ、こいつ、油断してたとは言え俺の背後を取るとはやるじゃねぇか。というか変な声出た。

普段は意識して低い声出してるからか、咄嗟だと素が出るな……

 

「あ、ぁあいや。夕飯の準備が出来てな。君に、伝えようと思って……この廊下の先の食堂に来てくれ」

「おお、どうりで良い匂いしたんですね。じゃあ俺はクラスの連中に安全だったって伝えてきまーす」

「……察しが良くて助かる」

「いえいえ」

 

首筋を掻きながらニコニコ笑い、俺に手を振ってシンジは小走りで去っていく。

まるで嫌われてるとは思えない。だが挙動の端々に、嫌いな人間に対してシンジが無意識に行う動作が含まれていた。

……あいつ、馬鹿な癖に自分の外面繕うのは上手いからな。

 

間宮 シンジは反吐が出る程嫌いな相手とも笑顔で会話できるタイプの人間だ。

あの演技を見抜くのは初見じゃまず不可能。長年付き合ってる俺からしたらバレバレなんだけれども。

あいつが『嘘笑い』する時は、まず右の口角が上がる。それから首を僅かに左へ傾けて顔をくしゃっと『笑み』にする。

さっきの笑顔はそれだった。……前世の俺には、一度も向けてこなかった表情。

 

「……はぁ」

 

食堂に入り、俺は溜め息を吐いた。

……今生じゃ周りにほぼ悪人と狂人しか居なかったせいで忘れていたが、近しい人間に拒絶されるというのはとても苦しい事なのだ。今になって思い出した。

なんと言うか、胸が詰まったみたいに息がしにくい感覚。

 

「アルさーん。みんな連れてきましたよー……って、すげぇ。ここにこんな場所あったのかよ」

 

そんな事を考えてる内に、皆を引き連れてシンジが入ってくる。

クラスの面々は、食堂を見て『おぉ』とか感心したような溜め息を漏らしていた。

 

「好きな席に座ってくれ」

 

そういうと、おずおずと皆は席に着いていく。

シンジは一人で端っこに居たので俺はその横に座った。一瞬だけ『うわなんだコイツ』みたいな顔をされたが、気付かないフリをして前を向く。ちょっと泣きそうになった。

 

「そ、それじゃあ、食べて貰って構わない。飲み物が欲しかったら、後ろの方にある魔術ウォーターサーバーから取ってくれ」

 

だが、皆は一向にハンバーグに手を着けようとはしなかった。

全員がシンジの方を向いて黙っている。

 

「あー、はいはい、毒味しろって事ね……」

 

呆れた顔で言いながら、シンジはフォークでハンバーグを口に運んだ。

何度か咀嚼した後、驚いたように目を見開く。

 

「……美味い」

「そうか。それは良かった」

 

俺に返事をしないまま食べ進めるシンジ。

数分後、ハンバーグを全て食べ終えたシンジが満足したように背もたれへ倒れ込んだ。

そして、こちらを向いて口を開く。

 

「……アルさん、料理も出来るんすね」

「森暮らしに自炊は必須だからな」

「いや、そういう次元のクオリティじゃないでしょこれ……なんでファミレスより美味いんだよ……」

 

食べ終えてもシンジが倒れたりしないのを見て、クラスメイト達もハンバーグを食べ始める。

それを確認してからなんとなくシンジの皿を見ると、付け合わせの野菜が残されていた。

 

こ、こいつ、そう言えば前世の時も俺の皿に自分のニンジンとか移してきてたな。

何回『野菜食わないと健康に悪いぞ』って言っても効果は無かったが。

 

「……おい」

「な、なんすか」

「野菜を残すな」

「……あー、アルさん付け合わせのミックスベジタブル食べるタイプ? あれって俺的には視覚的な彩りを楽しむためのモンだから、食うのは野暮ってか、ニンジン嫌いって言うか……」

「食え」

「……はい」

 

ちびちび野菜を口に運んでいくシンジを見ながら俺は溜め息を吐いた。

 

「"野菜を食べないと健康に悪いぞ"」

「っ……!?」

 

ギョっとしてシンジが振り向いてきた。

な、なんだ? なんか変な事言ったか?

 

「どうした」

「……いや、何でも、ないっす」

 

皿に向き直り、再び野菜を食べ出す。

……何故かその時、俺にはシンジの顔が、少しだけ泣いてしまいそうに見えた。

そんなに野菜を食べたくなかったのか……?

 

 

 

「……なんで」

 

食堂から自室に戻ったシンジは、ベッドに倒れ込みながら小さくそう溢した。

……アルシュタリア。自分が最も嫌う『人格者』という人種。

料理も運動もできる、しかも性格も良い完璧な人間ーーなのに。

 

『野菜を食べないと健康に悪いぞ』

 

「……ぁあクソ」

 

ーーあの瞬間だけ、アルシュタリアが"ハツミ クズハ"に重なって見えた。

優しい声で、呆れながらも自分を心から心配してくれていた親友と、異界の騎士が被ってしまったのだ。

 

「……嫌いに、なれねぇ」

 

シンジがアルシュタリアに対して抱いている感情は、かなり複雑な物だった。

先程までは確かに大嫌いだったーーが、今は一概にそうとは言えない。

 

これはさっき気が付いた事だが、シンジがアルシュタリアに対して好ましくない反応をした時に、アルシュタリアは必ず一瞬動きを止める。

そして次に話し掛けてくる時は、少しだけ弱々しい声になっているのだ。

……まるで、シンジに拒絶されるのが苦しい事であるかのように。

それを見て、アルシュタリアは自分と真剣に向き合おうとしていると分かってしまった。

 

「……ああいうのが、一番やりにくい」

 

ーーやっぱり、嫌いかもしれない。

完璧な人間ほど、不自然かつ気持ち悪い物は存在しないのだから。



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5.魔法

「おぅい、どうしたんだよエブリワン。俺になんか聞きたい事でもあんのか? ぁあ、告白ならバストA以上の女子限定! 今なら漏れなくこのイケメン高校生間宮シンジのハートをプレゼーー」

「うっぜぇ、黙れキモ野郎」

 

この森に転移した翌日、シンジはクラスメイトたちに囲まれていた。

勿論、彼が急に人気者になったわけではない。クラスメイト達の汚物を見るような視線がそれを物語っている。

特にシンジの前に立つ整った顔立ちの男はそれが顕著だった。

 

「……で? 早く本題に移ってくれよタスク。俺は部屋でエロ本読むのに忙しいからな!」

 

くしゃっと笑顔になったシンジを嫌悪する目で見ながら、タスクと呼ばれた青年は口を開く。

着崩された制服と黒混じりの金髪から、素行の悪い生徒だとわかる。

 

「あの……アルシュタリアって男、本当に信用して大丈夫そうなのか? お前、随分仲良さそうだったろ」

「い、いや! 信用してはいけない! ヤツは私たちを誘拐した犯罪者だぞ……」

 

担任教師の男がタスクに叫んだ。

 

「はぁ……現実見えてねぇ馬鹿は黙ってろや!」

「ひぃっ!?」

「うぜぇ……うぜぇけど、現状俺達の庇護者はあのアルシュタリアって奴しか居ねぇんだ。危害を加えてくる心配がねェなら、最高の味方になる」

 

そう言い終えた後、タスクはシンジへ向き直る。

 

「……それによ、あの食堂のランタンおかしくなかったか?」

「は……?」

「空っぽだったんだよ……ただのガラスの箱、そこから火が出てたんだ。しかも、アルシュタリアが手を上げ下げした途端に着いたり消えたりした……科学じゃありえねぇ」

 

シンジはタスクの洞察力に驚いた。

特に調べたりしている様子は無かったのにここまで分析するとは。

 

「お前アルシュタリアに、この世界は『魔法』が存在するって聞いたんだよな」

「あ、あぁ」

「それ……俺たちも、使えるんじゃねぇか? ドラクエみてぇによ。テッテレー!つってな……」

 

整った顔が、ニタリと歪む。

そしてシンジの肩に手を置いた。

 

「……習いに行くぞ。このまま飼い慣らされてるだけじゃ、何も変わらねぇ」

「……は?」

「他にも着いてきてぇ奴は着いてこい! あぁシンジ、お前は強制だ。明らかに気に入られてるからなぁ……お前が居た方がやりやすそうだ」

「はぁっ!?」

「良いか? 外に居たあのドラゴンみてぇな怪物がこの世界には実在すんだ。日本に帰る手段を探すにも、力は必要だろうが」

 

そう言ってタスクは立ち上がり、シンジを無理やり引っ張ってアルシュタリアの部屋に向かう。それに数人の生徒が続いた。

担任の教師は『何かあっても私の責任じゃないからな!』と言って狸寝入りしてしまった。

 

「……アルシュタリアは、ここに居んのか?」

「あ、いや、そうだけど……」

 

シンジにそう確認したタスクはドアの前に立ち、何度か深呼吸をする。

タスクは少し震える手で扉をノックした。

 

「おい、アルシュタリア!」

 

その問い掛けの後、部屋の中からドタバタと慌ただしい物音が聞こえてきた。シンジを除くクラスの面々の緊張感が増す。

一分程そのまま続いていたが、ガチャリとドアが開いた。

灰銀の全身鎧を纏った男、アルシュタリアだった。

 

「……何の用だ?」

 

扉が開き出てきたアルシュタリアは、タスクの顔を見て冷たい声で聞いてきた。

刹那、タスクは心臓を冷えた両手で握り締められたかのような恐怖に襲われる。

不良という性質上一般的な日本人より戦いに身を置く機会の多い彼ではあるがーー近くで見ると、アルシュタリアは別格だと分かった。

銃を持ったヤクザでもここまでの迫力は無い。

 

「……俺たちに、戦う方法を、教えろ」

 

本能が逃げろと警笛を鳴らす中、なんとか絞り出した声。

それを聞いた途端、アルシュタリアから放たれる、場を支配するプレッシャーが更に増した。

 

「戦う方法……?」

「ひっ……」

 

最後尾に立っていた少女が悲鳴を挙げる。

タスクも足が震えないよう必死だった。まるで鉄格子無しに猛獣と向かい合うような威圧感。

 

「そうだ、俺たちに、戦う力を……」

「君のような人間にそれを教えるつもりは無い。帰ってくれないか」

 

冷たい、嫌悪すら感じさせる声色。何故だかアルシュタリアはタスクが気に食わないようだった。

言い残して部屋に戻りかけるアルシュタリアに焦り、タスクはイチかバチかの手段に出る。

 

「シ、シンジが、お前に習いたいって言ってたぞ!」

 

アルシュタリアの動きがピタリと止まる。

シンジは『いやいや何言ってんの!?』という表情でタスクを見た。

だが、場を支配していた呼吸に支障をきたす程のプレッシャーは幾らか緩和する。

アルシュタリアは後ろの方に居るシンジを凝視しており、初めて彼の存在に気がついたのだと分かった。

 

「……シンジ、居たのか」

「あ、アルさん、いやですね……これは別にそういう事じゃなくて……」

「良いぞ」

「へっ?」

「戦う方法を教えよう。部屋に入ってくれ」

 

心無しか嬉しそうな声でアルシュタリアが言った。

一同はポカンと立ちすくんだ後、おずおず部屋に入っていく。

 

「……おいシンジ。お前なんでアイツにこんな好かれてんだ。異常だぞこれ」

「いやマジで知らねえって……」

 

アルシュタリアの部屋に入ったシンジが真っ先に抱いた感想は、『良い香りがする』だった。小学生の頃に遊びに行った女子の部屋に近い香り。こちらの方が数段は上品な感じがするが。

内装は以外と普通で、整えられたベッドと未知の文字で書かれた何冊かの本が積まれた机、クローゼットらしき物の隙間から何かピンク色の物体が見えた気がしたがきっと気のせいだろう。

 

「その紙に向けて血を垂らしてくれ。一滴で良い」

 

引き出しの中をゴソゴソしていたアルシュタリアが、クラスメイト計五人に一枚ずつ羊皮紙のようなザラついた乳白色の紙を渡す。

 

「……アルさん、なんすかこれ?」

「魔法属性の適性を調べるための物だ」

「ぉおう……テンプレっすね……」

 

指示された通りに、五人は制服に入っていたシャープペンシルなどを指先に突き立てて血を垂らした。

付着した血は、紙の表面を焦がしたり湿らせたりして様々な反応を見せる。

 

「……あれ、アルさん。なんか俺だけ何も起こらないんですけど」

「あぁ。才能が無いんだろう。そもそも魔法に適正がある人間自体珍しいから落ち込まなくて良い。大丈夫だ」

「マジかよ……?」

「おいアルシュタリア。俺のは火が出て……なんか茶色くなった。なんだこれ」

 

ガックリと肩を落とすシンジに優しい声で言ったアルシュタリアに、タスクが質問を投げ掛けた。

 

「……火と土、二属性だ」

「なんでムカついた声なんだよ」

「チッ……はぁ」

「おい! 今舌打ちしたかっ!? おい!?」

 

クラスの面々は、一通り適性を調べ終えた。

完全な適正無しはシンジのみであり、タスクを除いて一属性。

 

「ちなみにアルシュタリアは何属性使えるんだ?」

「私は基本属性なら全て使えるが? お前より私の方が上だ。あと呼び捨てにするな。ぶつぞ」

「おぉ……全属性ってアルさん凄いですね」

「そうだろう! ふふっ……シンジだって、魔法が使えなくても戦う方法は幾らでもあるから大丈夫だぞ」

「おかしいだろ! 俺と明らかに対応が違う!」

 

ギャーギャー騒ぐタスクを無視し、アルシュタリアは右手を掲げた。

 

「初級魔法は、基本的に師となる術師の魔法を模倣する事で研鑽される」

 

掲げた手の平の上に、五色の球体が発生する。

赤く燃え上がるもの、青く流れるもの、蒼く生い茂るもの、黄色く弾け飛ぶもの、見えざる渦巻くもの。

その光景に彼らは圧倒された。

 

「しっかり見ておけ……私の得意属性が水である以上、多少の差異はあるが気にするな」

 

ーー活性化した五色の珠が、部屋中を駆け巡る。

火花を散らす、水がひらめく、木々がうねる、雷鳴が爆ぜる、時空が歪む。

小規模な天変地異とも呼ぶべき光景が五人の網膜に焼き付いた。

 

「このぐらいで良いか」

 

パチン

 

その音と同時に魔法たちは綺麗さっぱり消え去る。

唖然としていた彼らが我に帰ると、アルシュタリアが指を鳴らして術を解除したらしかった。

 

「すっ、げぇ」

「……何よ、あれ」

「拙者死ぬかと思ったでござる……」

 

口々にクラスの面々が漏らした。

中でもタスクは、この力に魅入られたが如く無言で目を見開いている。

 

「あれをイメージに反復練習すると良い。あとシンジは後でもう一度来い。魔法は教えられないが、他にもっと良いものを教えてやる」

 

放心したまま頷き五人は部屋から出た。

しばらくそのままだったが、ボソリとタスクが口を開く。

 

「……越えてやる」

 

震える拳を握りしめ、そう言った。

ズカズカと自分達の部屋へと戻っていくその背中を見ながら、シンジは溜め息を吐いた。

 

「……元の世界もこの世界も変わんないし、別にどうでも良いんだけどなぁ……」

 

ーーどうせ、一人だ。

でもまあ……美味いハンバーグが食える分、ほんの少しだけ、こっちの方がマシかもしれない。



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