50年前に滅びた世界で (たかき_438_16)
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第1話 すべての始まり

〈――戦線は日に日に拡大している。やはり自由帝国は強大だ、どこの戦線も劣勢に――〉

 

 

 

〈――これも勝利のために必要なことです。この魔法が前に使われたのは100年以上前ですが、それでも――〉

 

 

 

〈――ダメだったな……仕方ない、もともとこんな魔法は博打のようなものだ、今更――〉

 

 

 

〈――最終術式が使用されたことを受け、連盟は自由帝国に対する断固とした――〉

 

 

 

〈――魔素の濃度がいまだ上昇傾向にある。このままでは生命に有害な影響を与える可能性がある。早急に対策を――〉

 

 

 

〈――森林を破壊したせいで逆にカウントダウンは大幅に短縮されてしまった、私は反対したのに、いったいどこの誰が――〉

 

 

 

〈――おそらく、ここが人類最後の砦になるかもしれない。種の存続のために、我々も可能な限り――〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈――世界は、どうしてこんなことになってしまったんでしょうか――〉

 

 

 

 

 

 

「ほげほぉ!」

 

謎の奇声とともに勢いよく上体を起こす。その勢いでベッドが少し揺れた。

朝、圧倒的なまでに朝だ。陽の光がカーテン越しに部屋へと入ってきていた。自分の目覚めはいつも悪いのだが、今日に限っては眠気はほとんどない。

今の夢はいったい何だったのだろうか。どこかの異世界を垣間見ていたような気がするが……ラノベやアニメを見すぎただろうか。それにしては違和感が残る。異世界にしては妙に近代的だった。途中でラジオのシーンとかあった気がする。そりゃ異世界が中世ヨーロッパレベルの文明しかもっていないといけないとかそういう決まりはないが、俺が見ているラノベやアニメはこぞって中世レベルの文明ばっかりなのでやっぱり違和感がある。

起きている間の記憶の整理をしているのが夢だとネットで見た気がする。それが本当なら、整理しているときに記憶がいろいろとごっちゃになってしまったのだろうか。それならそれで現代レベルの文明を持ってなければおかしいと思うのだが。

 

「……そういや、今日学校か」

 

起こしていた上体を再び寝かせて布団の中で考えに耽っていると、今日が登校日だということを思い出した。日曜日が昨日で終わり、今日は忌々しい月曜日のはずだ。面倒なこと極まりないが、だからと言って学校をさぼるわけにもいかない。俺は覚悟を決め潔く布団から出ることにした。

……したのだが、今すぐ出るというわけではない。1月真っ只中なので布団の外は寒いことこのうえない。もう少しぐらいこのぬくもりを体感していても罰は当たらないだろう。

 

「……そういえば何時だ?」

 

布団のぬくもりを感じていると、ふと、今は何時かが気になった。カーテンの外はすでに明るくなっているのでアルマゲドンとかが起きていない限り深夜という訳ではないだろう。

俺は布団から頭だけを出しながら、目覚まし時計を探す。いつもはアラームが鳴って起きるのだが、今日はまだそれが鳴っていない。ひょっとしていつもより早く起きてしまっただろうか。もしそうならば二度寝しよう。いつもアラームをセットしている7時半ぐらいに起きれば十分だろう。そう思いながら探すと、存外すぐに見つかった。いつも置いているところから少し離れたところで倒れている。どうやら蹴飛ばすなりなんなりしてしまったらしい。

俺は時計を持ち上げ、長針と短針がどの方向に向いているのかを確認した。時計の針は8時過ぎを示していた。

……8時過ぎ?

 

「――ってヤベえ、遅刻する! 」

 

HRの開始は8時30分から。登校には15分以上はかかるので、あと10分ほどで家を出なければいけない。なんてこったい。完全に寝過ごした。どうやら前日にアラームを掛けておくのを忘れていたようだ。こうなった以上布団の中にいる場合ではない。颯爽と布団から飛び起きる。

時間がない、飯は食パンを食えばいい。それよりも制服はどこだ。ネクタイは、ブレザーはどこだ。やっぱその前にトイレ行こう。

 

「後20分! ヤバァイ! 」

 

トイレを済ませ、朝食に食パンを食べようと思っていたが袋に入ったロールパンが丁度机の上にあったので、それを頬張りながら大急ぎで着替える。寒いので着替えている間に水筒にお湯を入れ。雑にお茶のティーパックを入れる。着替え終わると同時にパックを捨てるとふたを閉め、学生鞄へと放り込む。鞄を持ち財布、携帯をブレザーのポケットへとしまう。筆記用具とかはすでに入っているので朝に用意する必要はない。

 

「よし、行ってきまーす!」

 

高校進学を機に地元を離れ、東京郊外で1人暮らしをしているため家には他に誰もいないが、自然と行ってきますという言葉が出た。鍵を閉め、階段を大急ぎで降りると駐輪場に向かい、自分の自転車の鍵を外す。両足スタンドを上げ、マンションの敷地外へ手で押して公道へ出る。周りに車がいないことを確認すると、早速チャリを全力でこいだ。たち漕ぎでペダルをまわし、一気に加速する。空気を切り裂いていく感覚が止まらない。十数秒ほどで、自転車はかなりの速度を出していた。

とはいえ、交差点や信号ではちゃんと止まらなければいけない。この前は交通ルールを無視して飛ばしたせいで警官に止められてしまった。

 

『法を破った俺が悪いんじゃない、法が俺にあっていないのが悪いんだ……!』

 

警察に捕まったときはそのような供述をした気がする。とにかく俺は悪くない。法と約束は破るもの。道交法よりも遅刻しないことの方が重要である。

とはいえ、ここで警官につかまってしまったら遅刻が確定してしまう。幸いにもちょっと飛ばしさえすればホームルームの開始には間に合いそうなので、それなりの速度で交通ルールをギリギリ守りながら通学路を走り抜けた。

車と警察官に気を付けながら自転車で行くこと15分、腕時計を見ると時刻は8時26分を示していた。ここの下り坂を下ると自分が通う高校を拝むことができる。どうやらギリギリ間に合いそうだ。坂道に入り、自転車を加速し続ける。

すると。

 

「……光? 」

 

本当に前触れは無かった。突然、自分の周りに光の粒子みたいなのが輝き始めた。明らかに超常現象である。

 

「なんだ!」

 

大慌てでブレーキを掛ける。自転車の速度が落ち始める。しかし、車は急には止まらない。自転車も車の一種。その上下り坂なので、止まるには若干のロスタイムを要した。その間にも光は強くなる。完全に停止したときには目を開けていられないほどに強くなっていた。

 

「え、ちょなに」

 

考える暇もなく、光は目を閉じていても明るく感じるほど強くなっていった。

 

「う……まぶしい……」

 

思わず腕で目元を覆う。何が起きているのか考えるも、思考がまとまらない。周りの温度が上がっていくのを感じた。




一応初投稿となります。いろいろと至らない所があるかもしれませんが、ご覧いただければ幸いです。
感想、評価等お待ちしております。


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第2話 異世界初の

俺の名前は加藤優斗。どこにでもいるのかはわからないが、自分語りをすると黒髪で身長は167㎝、血液型はA型で誕生日は6月13日、1人っ子で運動は可もなく不可もなく、勉強は微妙でテスト前にもソシャゲで爆死したり深夜アニメをリアタイで観賞したりエゴサ担当大臣にリプを送ったりしているアニメやラノベが好きな16歳の高校生1年生だ。ネット上では他にもハーバードに飛び級で入学しただとか年収3000万はあるだとか港区の高層マンション1フロア丸ごと借りているだとか言っているが、今のはすべて嘘である。

俺は先ほどまで高校に向けて自転車をこいでいたのだが、突如謎の光に囲まれた。いや、マジで意味不明である。

あの光はどうなったのだろうか。どれほどの時間がたったのかはわからないが、恐らく十数秒はたっただろう。周りから熱は伝わってこなくなった。

もしかしたらあの光は消えているかもしれない。腕で覆うのをやめ少しづつ目を開ける。自分の周りでは、幻想的な光の玉が空中を浮遊していた。その玉は少しずつ光を失っていた。周囲を見渡すと、どういうわけか自分は石造りの部屋の中にいた。それも自転車とともに。自転車はすぐ近くに横に倒れていた。窓や照明らしきものは見当たらない。どうやら、このままだと真っ暗になりそうだ。

 

「えっと……スマホは」

 

ポケットに入れていた藍色の保護カバーで覆われているスマートフォンを取り出す。スリープ状態から電源を入れ、指紋認証でロックを解除する。ホーム画面には某心がピョンピョンするアニメのキャラの集合絵を背景に、世界最大級の検索エンジンや基本設定用アプリ、ニュースアプリやソシャゲなどのアイコンが列をなしている。その中から懐中電灯のアプリを起動し辺りを照らす。

周囲を照らしたころには、周りの光は完全に消えていた。どうやらここは地下室のようで、学校の教室ほどの広さの部屋だが、窓はどこにもない。壁には貴族や国の紋章みたいなのが描かれている旗が掲げられていた。

そして特記すべきは地面に描かれている魔法陣だろう。幅は4m以上はある。かなり古いみたいだが、形はくっきりと残っている。幾何学的な模様がなかなかの美しさを醸し出していた。とりあえず1枚写真を撮る。

 

「いや、どういうこっちゃ……」

 

先ほどまで日本の、それも首都東京で高校に向けて自転車を飛ばしていたというのに、なぜこんな石畳の部屋にいるのだろうか。どこかの将軍様が統治する独裁国家に拉致されたのだろうか。それともラノベの主人公よろしく異世界に召喚されたのだろうか。きっと後者だろう。いや後者であってほしい。後者に違いない絶対そうだ。床に魔法陣があるので、恐らく召喚魔法的なもので異世界にやってきたのだと思う、間違いない。

しかし、ここが本当に異世界なのなら少し疑問が残る。召喚されたのなら神様が出てきてチート能力もらったりありがたいお言葉を告げたり、お姫様やら王様やらくっころ騎士やらが勇者様だのなんだのはやし立てるというイベントが起きると思ったのだが、どうやら周りには誰もいないみたいだ。

 

(とりあえず部屋から出てみるか……)

 

何はともあれ、誰かに会うところから始めなければ。コミュニケーションをとるのはあまり得意ではないが、流石にこの状況では誰かに会ってみたくなってしまう。なぜここに人がいないのかはよくわからないが、ひょっとしたら外にお姫様やらなんやらがいるのかもしれない。

1つしかない木製の扉を開け、前に現れたのは石畳の階段。階段の上の方にもう1つ木製の扉があったが、そこから光が差し込んでいた。どうやら地上に出ることができるみたいだ。いつまでもここにいてもしょうがないので、上へと昇ることとした。

 

「……自転車を持ち上げなきゃいけないのか」

 

光に包まれたときチャリンコと一緒だったからか、自転車と共に異世界へと来てしまったようだ。チャリをそこらに置いておくわけにもいかないので、一緒に持ち上げていくことにした。

ライトをつけたままのスマホを学生鞄が入っているかごに入れると、両手で自転車を持ち、階段を上る。足元に注意を向けながら慎重にだ。

 

「うぅ、ちょいときついな……」

 

エレベーターもなければバリアフリー対応のスロープもない。そのため自転車をもって上に上っているのだが、十数キロはある自転車を持ちながら階段を上るのは想像以上にきつい。しかし、だからと自転車をそのまま置いていくわけにもいかない。

十数段上がって、ようやくもう1つの扉の前へと上がることができた。自転車を置き、ゆっくりと扉を開ける。

 

「うぉ、まぶし……」

 

扉の外がかなり明るく感じた。目を凝らしてみると、ここは廊下みたいだ。明るい理由は窓から太陽光が入っているからみたいだ。窓にはシダが覆いかぶさっているので実際にはそんなに明るくないのかもしれないが、さっきまで地下にいたためかやはり明るく感じる。

スマートフォンのライトを切ると、改めて周りの様子を確認した。地下室と変わらず、こちらも西洋チックな感じの廊下だった。石造りの壁に木製の床と天井と、一面石造りだった地下室とは少し印象が違うが。

 

「……誰かいませんかぁー」

 

自分の声が、人気のない通路を突き抜ける。大きな声ではないが、ほかに物音はしないので自分の声が妙に大きく聞こえた。

返事はなかった。チャリに鍵をかけ、カゴに乗せていた学生鞄を持つと、意を決して少しずつ移動する。

廊下や部屋にはタンスや絵画、なんかよくわからない石像などがあったが、そのどれもが手入れされている形跡すらなかった。一部にはシダが生い茂っており、通路の廃れた雰囲気を形作っていた。普通に不気味である。その中で、興味を引くものがあった。

 

「これは……電線なのか?」

 

どうやらこの世界は電気は発明されているらしく、壁の上方には古びた電灯と電線らしきものが見受けられる。どうやら中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に召喚されたという見立ては外れたようだ。といってもこの屋敷自体はいかにも中世といった感じだし、さっきも魔法陣があったので魔術的なものはきっとあるのだろう。そうでないと俺がやっていけない。

 

「だいぶ古いみたいだな……床抜けたりとかしないよな」

 

歩くたびに床がギシギシと音を立てているが、大丈夫なのだろうか。見た感じ廃墟になってかなりの時間がたっているみたいだが。突然床が抜けたりとか屋根が崩れたりとかしないよな……

床や天井へ注意を払いながらゆっくり進む。

 

「うへぇ、完全に廃墟だな……」

 

まだ先に続いているのだが、この辺りは特に滅茶苦茶になっている。俺が歩いただけで床が抜けそうな感じだし、上の木製の柱が落ちてしまったりもしている。今までもボロボロだったが、ここから先は本当に倒壊寸前みたいだ。

これ以上先はやばそうだな。そう思い戻ろうとする。

すると。

 

「……息?」

 

戻ろうとした足が止まる。何か音が聞こえた、荒い息のような音だ。うめき声だと表現してもいいかもしれない。自分の呼吸を止めてみると、その音が聞こえているのが間違いないものだと確信した。この先に、何かがいる。

 

「え、モンスターとかだったらどうしよう」

 

今の状態でゴブリンとかに襲われたら余裕で死ねる自信がある。スライムとかでも多分あのにょろにょろした奴に取り込まれて溶かされて死ぬ。これはちょっとまずいかもしれない。まだこの世界にきて誰とも話していないというのに。ここは退くべきだろうか。

 

「落ち着け落ち着け……もっとポジティブに考えろ」

 

自分に言い聞かせ、ゆっくりと進んでいく。たとえゴブリンとかのモンスターだとしても、チート能力とかで1匹や2匹ひねりつぶせるかもしれないし、モンスターとかではなく野良猫とか野良犬かもしれない。人の可能性だってある。お姫様とか騎士様とかでもいいが、この際北の将軍様でもデスゲームの主催者とかでもいい。とりあえず話ができる人に会いたい。

どうやらこの音は廊下の角の先からしているみたいだ。

 

「なむさん!」

 

使い方があっているのかどうかわからない言葉を言いながら、思い切って角を覗く。

 

「はぁ、はぁ……ふん……」

 

そこには、小さな女の子が1人いた。この声の正体は、がれきに埋まっている女の子のものだった。




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第3話 異世界人とのコンタクト

女の子ががれきに挟まって倒れている。流石に第一異世界人がこんな子供、それもがれきに挟まって倒れている子だとは思いもしなかった。というかこの子大丈夫だろうか。うめき声をあげているみたいだし、見たところ100%ダメっぽいな。

 

「はぁ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「……っえ!」

 

こちらの問いに対し、その子はとても驚いたような表情を見せた。俺が何かしたとでもいうのだろうか。まだ召喚されて何もしていないというのに。

 

「ひ、人……?」

「人です。アイアムヒト……だよな」

 

相当驚いていたので、自分が本当に人間なのか一瞬心配になってしまった。一応体を触ったりなんか手を見てみたりしたのだが、特に変わったところはなかった。別に異世界に召喚された結果ゴブリンの姿になってしまったとか女になったとかそんなことはなかった。

 

「あ、えっと……た、助けてください」

「わかりました」

 

やっぱり大丈夫ではなかった。木材とかに挟まれているので大丈夫ではないと思ったのだが、その通りだった。このまま眺めてみるのはちょっと趣味が悪すぎるので、さっそく救助を始めようとする。

 

「えーっと、どうしよう」

 

その子を出すためにはどうすればいいのかを考える。

とりあえず単純にこの子の上に乗っかっている木製の柱を持ち上げてみることにした。案外何とかなるかもしれない。

 

「ふん……お、重い!」

 

その子にのしかかっている木材はかなりの重量だった。思った以上に重い。だが全く動かないというわけではなく、若干の隙間ができる。

体勢を変え、もう一度力を入れる。ミシミシと音をたてながら、さっきよりも大きな隙間ができる。

これで、挟まっている状況からは脱することができたはずだ。

 

「ぬ、抜けられます?」

「うん……」

 

挟まっていたその子は匍匐前進をし、がれきの山から抜け出そうとする。

 

「……よし、抜けられたか……!」

 

彼女ががれきの山から脱出できたことを確認すると、柱に入れていた力を弱め、そして手を離した。離した後も、柱はミシミシと音を立てていた。

一気に崩れたりしないよな。念のため、少し離れたほうがよさそうだ。

救助した子は、荒々しい息をしながら既にがれきの山から少し離れている壁に力なく寄りかかっていた。俺も近くへと移動する。

 

「はぁ、はぁ……助かった……」

「えっと、ケガはないかい?」

 

心配そうな口調でその子に聞く。もしかしたら挟まれた時とかにどこかケガをしたりしているかもしれない。

もし骨折とかしていたら……俺にできるようなことはあるだろうか。異世界に救急車はやってこなさそうだし、応急処置もほとんどできないだろうけど、それでも心配せずにはいられなかった。

 

「けがは……してないけど……」

「けど?」

「その……取り合えず水を……」

「水?」

「のどが……カラカラで。あり、ますか?」

「ちょ、ちょっと待ってね……」

 

どうやらこの子は水分が不足しているみたいだ。挟まってからどれくらいたつのかはわからないが、ずっと挟まっていたのならそりゃそうなるだろう。

早速学生鞄から、出かける前に入れておいた水筒を取り出す。

 

「……どうぞ、あったかい奴だけどいい?」

 

あたふたしながらも水筒のコップに麦茶を注ぎ、彼女の口の前まで持っていく。アツアツのお茶だ。

 

「ありがとうございます……ふぅ……あったかい……」

 

その子はお茶をぐびぐびと飲み干すと、もう1杯いいですかと言った。それを快諾してお茶を再び注ぐ。今度はゆっくり飲んでいる。

 

(この子は一体……)

 

その子がお茶を飲んでいる間に、どんな子なのかを観察してみる。

髪は金色よりの茶髪で、サイドテールの髪型をしている。身長は130㎝いかないくらいで、年齢は10歳ぐらいだろうか。普通にかわいい。服装は上は水色のカーディガンと白色のシャツのようなものを着ており、下は赤と藍色のチェックスカートと黒のハイソックスの組み合わせである。ただ、そのどれもがボロボロだったり、汚れていたりしていた。

 

「あ、えーっと、大丈夫かな。本当にケガとかはしてないかい?」

 

コミュ力は高い方ではないが、それでも人前でそれなりに話すことはできる。おどおどとしながらもその子に話しかける。

 

「少し痛いですけど……大丈夫、です」

 

彼女はけがはしていないと改めて否定した。無理をしているのではないかと思ったが、見た感じ傷を負っているところはないみたいだ。しかし、彼女はなぜあそこで挟まっていたのか、そもそもなんでこの屋敷にいたのだろうか。まさかこの子が俺を召喚したとか? いやでも、それなら挟まっていた理由は……

と、ここで、ぎゅるるるという小さな音が聞こえた。お腹の音だ。自分は朝もしっかり食べたし、特におなかはすいていないのだが。となると……

 

「えっと……気にしないで、ください」

 

顔を少し赤くしながら恥ずかしそうにしている。今の音はこの子から出た音みたいだ。

この子はのどが渇いているだけでなくお腹もすいているに違いない。ここはお茶だけでなく学生鞄の中に入れていたお菓子を分けるべきだろう。

 

「えーっと……ポテチでも食べる?」

「……ポテチ?」

 

どうやらこの子はポテチを知らないみたいだ。異世界にポテチがあるのかはわからないが、ポテチの味を知らないだなんて人生の0.4%ぐらいは損している。もったいない。

さっそく学生鞄に入っているポテトチップス(ピザ風味、チーズ2倍)を取り出し、封を開ける。

 

「ほら、食べていいよ」

「……うん」

 

彼女は恐る恐る、袋からチップ1枚を取り出し、口の中へ入れた。パリッという音が辺りに響く。ザクザクという咀嚼音が続いた。彼女の表情がみるみるうちに変化していく。

 

「おいしい……すごく、おいしい!」

 

かなり気に入ったみたいで、今度は3枚同時に口の中に入れた。ボリボリと夢中に食べている。

ごっくんとのどを通すと彼女はまた2枚ポテチを取り出し口の中に入れた。咀嚼音が辺りに響く。

これは製造メーカーに感謝せねば。おいしそうに食べていた彼女は不意に我に返ったのか、少し恥ずかしそうな顔を浮かべた。

 

「えっと、その……ごめんなさい」

「いいよいいよ、どんどん食べちゃって」

「あっ……ありがとう、ございます」

 

そういうと、彼女は再びポテチを2枚とった。動物への餌付けという訳ではないが、自分があげたものを美味しそうに食べてくれているというのは悪い気分ではなかった。自分もチップを2枚とり、口の中へ入れる。コンソメやうすしおも中々だが、やっぱりピザ風味のこれが一番だ。1時間立たないぐらい前にロールパンを食べていた気がするが、日本からこの異世界に飛ばされたことによって実質ゼロカロリーになるので問題はない。カロリーは異世界にやってこないのだ。

しばらく、この子と一緒にポテチを食べることにした。




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第4話 異世界情勢は単純怪奇なり

「すごい美味しかった。本当にありがとう」

 

袋の中のポテチがなくなり、食べ終えると彼女はそう切り出した。かなりおいしかったみたいだ。

 

「私の名前はアンジェラ。アンジェラ・スタイナー。あなたは?」

「えっと、加藤優斗です。加藤が姓で優斗が名ね」

「カトウユウト、か……呼び方はユウトでいい?」

「あー、まあいいよ」

 

地味に下の名前で呼ばれるとかあんまりないのだが、まあ別にいいだろう。

 

「あの……さっきは助けてくれてありがとう。本当に助かった」

「いえ、なんのなんの」

 

がれきに挟まって苦しそうのしていたのに、放ってはおけないだろう。当然のことをしたまでだ。

それにしても、彼女はなぜあんなところでがれきに挟まっていたのだろうか。そもそもこの廃墟は何なのだろうか。この世界はどんなところなのだろうか。

知りたいことは色々とある。がれきに挟まっていた彼女は俺が初めて接触した異世界人なので、いろいろと情報を仕入れていきたい。

とりあえず、あそこで挟まっていた理由を知りたいな。

 

「えっと、なんであそこでがれきに挟まっていたのかな?」

「屋敷の中を探索していたら、地震が起きて、天井が落ちてきて……4、5時間ぐらいは前だと思うけど、そこからずっと挟まってたの」

「探索……この屋敷にはなんでいたの?」

「食べ物を探してて。缶詰とか瓶詰がないかと思ったんだけど……」

 

そこまでいうと、彼女は何かを思い出したようなしぐさをした。

 

「私のリュックは……」

 

彼女は自分が挟まっていたがれきの山へと舞い戻り、そして半身を山へと突っ込んだ。彼女の荷物ががれきの中に残ったままなのだろうか。しかし、これは少し危なくないだろうか。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 

また崩れたりしないだろうか、心配しながらその様子を見守る。

幸いにもすぐ近くにあったみたいで、上半身をがれきの隙間に入れていた彼女は数秒で出てきた。彼女の手にはさっきはもっていなかった大きなリュックがあった。

 

「あー、それがリュック?」

「そうだけど、リュックのベルトが切れちゃってる……でも中身は無事みたい」

 

話している間にも、取り出した茶色のリュックの中身を彼女は確認し続けた。その様子をチラ見すると、中には缶詰や金属製の水筒のほかに、布団のようなものや鍋なんかも入っているみたいだ。彼女の持っているバッグはそれなりの大きさだと思うが、年端もいかない少女の物としてはかなり大きいと思う。

しかし、廃墟で食べ物を探すとはどういうことだろうか。そんなことをやるということはよほど貧乏ということか、ひょっとしたらこの子は浮浪児、ホームレスなのだろうか。

もしそうなら色々と闇が深いぞ。異世界に来てまで経済格差の現実を見せられるとは思いもしなかった。

こういう話題はあまり振らないほうがいいだろう。別の話題を振ることにした。

 

「えっと、さっきはかなり驚いていたみたいだけど、どうして?」

 

大方この理由は予想できる。この建物はどうやら廃墟みたいなので、人が来ると思っていなかったのだろう。俺の顔がブサイクだからとかいう理由はやめてほしい。

 

「私、2か月ぶりに人を見たから、ちょっと驚いちゃったの。ごめんなさい」

「ほう、まあそりゃあ驚くな……ん、2か月ぶり?」

 

さらりと聞いていたのだが、彼女の発言によっていったん思考が止まる。いまこの子は間違いなく2か月ぶりって言った気がする。いくら何でもそれは少しおかしくないだろうか。

 

「ちょっと待って、2か月ぶりに人間を見たってこと?」

 

俺の問いかけに、その子は黙って頷いた。

 

「正確には2か月かどうかわからいけど、多分それくらい。2か月前……私のお父さんが死んだの。人を見たのはそれっきり」

(めっちゃ重いやん)

 

軽い気持ちで聞いたのだが、普通に重い話題でこっちも気分が重くなる。お父さん死んだとか……

いやそれよりも、この子の話を聞く限りお父さん以外の人は見ていないということになってしまう。それはどういうことだろうか。この子が嘘をついているようには見えないが……

もしかして、これは引きこもりという奴だろうか。いや、もしかしたら人は見ていないけどエルフは見たみたいなことかもしれない。

 

「……それって人間以外は昨日見たみたいなミスリードを誘った感じ?」

「え? いや……2か月間、お父さん以外の誰とも会っていないよ。お父さん以外の人を見たのはもう何時になるかな……あれからずっと独りぼっちだったの」

(……これ文明崩壊とかしてたりするのか?)

 

1つの考えが浮かんだが、今までの話を聞くに、その可能性が大である。この建物が廃墟になっているのも単に整備されていないのではなく、人類が滅んだからなのかもしれない。浮浪児説も文明崩壊していればそうなるだろう。

もしかしたら、この子は文明崩壊後のわずかな生き残り的なものなのかもしれない。ここは思い切って聞いてみるか。

 

「ねえ、もしかして人類って滅びてたりする?」

「……え、何言っているの?」

 

こちらの質問に対し、この子は変なことを言っているような眼をした。それに少し安堵した。どうやら自分の予想は外れていたみたいだ。やはりこの子はただの浮浪児なのだろう。

 

「あー、やっぱり自分の予想は外れて「昔の文明はもう50年ぐらい前に滅んだってお父さんから聞いたけど……違うの?」……マジか」

 

どうやら自分の予想は当たっていたみたいだ。やはりこの子は文明崩壊の生き残りなのだろう。




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第5話 異世界って?

「……それほんと?」

「うん……50年ぐらい前にすごい大きな戦いがあって、そのせいで滅んだらしいよ。私もよく知らないんだけど……」

「オーマイゴシゴシ……」

 

余りの衝撃に、思わず錆び取り研磨剤の名を口走ってしまった。

この子が言うことが本当ならば、人類はとうの昔に滅んでしまったみたいだ。嘘を言っているようには見えない。どうやら俺はすでにほろんだ世界に召喚されてしまったみたいだ。なんてこったい。

しかし、もしそうなのならばいったい誰が俺をこの世界へとよんだというのだろうか。すでに滅びた世界だというのなら、俺がこの世界へと召喚された理由が分からない。そもそも俺を召喚することができる人が居ないのだから。

まさか神とかが娯楽のためにこんな世界へといざなったとでもいうのだろうか。もしそうなら許せん。

 

「……ねぇ、ちょっと聞いていい?」

 

色々と考えにふけっていると、ふいに彼女が質問を飛ばしてきた。

 

「ん、ああどうぞ」

「えっと、今までこの世界が滅びたってのを知らなかったってこと?」

「え、まあ、そうだけど……」

「何で知らなかったの?」

 

確かにそうだ。自分が世界が滅びているというのを知らなかったということは、彼女にとっては不思議なことに決まっている。その理由は異世界から来たからなのだが……

 

「えーっと、まあそれにはちょっとした理由があるんだけど……」

「どんな理由? 今までずっと外に出ていなかったから?」

「いやそういう訳じゃ……いやまあまだこの屋敷から出たことはないけどそういうことではない、けど……」

「じゃあなんで?」

「え、えっとそれは……」

 

彼女は俺にぐいぐいと聞いてくる。興味を持ったことの関心が絶えないのだろうか。

しかし、俺はこの質問になんて答えればいいのだろうか。異世界から来たということを正直に明かすべきなのだろうか。それとも隠すべきか……

 

(……まあ、別に打ち明けてもいいか)

 

隠したところで特に何も得することはないだろう。ここは正直に打ち明けることにした。

 

「まあ正直なこと言うと僕異世界人なんで、この世界のことよくわかんないんすよ」

 

腕を組み、妙に堂々としながら異世界人であることを打ち明ける。

この子はわかってくれるだろうか。それとも精神的に大変なことになってしまった人だと思われるだろうか。

 

「……えーと。その、イセカイってなに?」

「うわ、そうきたか」

 

帰ってきた反応は予想外のものだった。よくよく考えてみると、この子が異世界とは何か知っているとは思えない。ラノベや小説は読んでなさそうだし、そもそも異世界という概念自体この世界に存在するのだろうか。俺は多分魔法か何かでこの世界へと召喚されたと思うので異世界という概念はあると思うのだが、この子はそれを知らないのかもしれない。

 

「えっとー異世界ってのは自分たちがいるこの世界から別のところ、パラレルワールドとかとは区別されるんだけど、あー……説明しづらい!」

 

頭の中ではなんとなくわかっているのだが、口で説明するとなるとかなり難しい。どうやって説明するべきなのか、色々と考える。

 

「……よくわからないけど、別の星から来たってこと?」

 

俺がどうゆう風に説明するべきかを考えている間に、彼女はそう言ってきた。

 

「いや、僕は異星人とかじゃなくて……いやでも、ここが異世界ではなくて地球から離れた遠い星の可能性もあるのか……まあ間違いではないし、そーゆーことでいっか!」

 

半場諦めたような感じで彼女の考えを認めた。異星人だろうが異世界人だろうが、その違いはさしたるものではないだろう。どっちにしろここに召喚されてきたというのは事実だし、別の星から来たというのも間違いではない。詳しく説明するのも面倒なので、そういうことにしとこう。

 

「えっと、じゃあ宇宙人さん。なんでこんなところにいるの?」

「いやそれはこっちが知りたいよ、なんで異世界に召喚されて神様もお姫様もいないのか」

 

ここは神様からチート能力もらったりお姫様から勇者様だと呼ばれたりするところだだろうが。それなのに、お姫様どころか文明崩壊で色々終わっている世界という。マジで何でこんな世界に来てしまったのだろうか。

 

「あー、今頃剣と魔法のファンタジー世界に召喚されて色々やっていたはずなのに……」

 

召喚されたというのなら、その世界でチート能力とかを発揮して俺TUEEEEE的な感じで無双してハーレム作ってといろいろして……と、そんなことをやりたかったというのに。

テンプレといえばテンプレだが、そのテンプレにあこがれている男が1人、ここにいる。俺はこの世界を嘆き、そして落胆した。

 

「えーっと。私、剣は使えないけど魔法なら少し使えるよ」

「マヂでぇ!?」

 

彼女の一言に、思わずグイっと顔を近づける。魔法陣みたいなのは部屋にあったし魔法で俺がここに来た理由は魔法で呼ばれたと思っていたのだが、やっぱりあるのか。この世界も捨てたものではないかもしれない。

 

「魔法とか使えるの!?」

「あ、え、うん……」

 

俺の並々ならぬ様子を見て少し引いているような表情を浮かべているが、そんなことはどうでもいい。まずは魔法を見せろ、話はそれからだ。

 

「今見せてほしいなーなんて」

「ええ、えっと……じゃあ、少しなら」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

彼女に向けて何回もお辞儀をする。

アンジェラは俺の行為に結構戸惑っているみたいだが、それでも披露する意思はあるみたいだった。とてつもなく楽しみである。




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第6話 魔法の披露

「えっと……ここでできるかな、壁も石でできているし……」

「なるほど。つまり炎みたいなのを魔法で出すと」

「えーっと、うん。まあそれも出すけど」

 

早速披露してくれるというので、壁から少し離れる。本当に見せてくれるみたいだ。もうワクワクが止まらない。

 

「それじゃ、いくよ……」

 

彼女が手を、腕を壁の方へと向けた。そして。

 

「ファイア!」

 

直後、彼女の手の目の前に青い光が出てくる。そして瞬きする間もなくその光は炎の塊へと変化した。炎は目の前の石の壁にぶつかり、やがて消えていった。壁には炎によって焦げた跡が残っている。

 

「ど、どうかな?」

「……」

 

俺はその魔法をまじかで見て、呆然としていた。

これが、魔法。CGなんかじゃない、本物の魔法。

 

「ユウト? 大丈夫?」

「……す」

「……す?」

「すっげぇぇぇええぇぇぇえええ!!!」

 

目の前で起きた光景に俺は興奮した。とにかく興奮した。まさか本当に魔法を見ることができるとは。異世界万々歳である。

 

「えっと、そんなに?」

 

彼女は俺のテンションに少し戸惑っているみたいだがそんなことはどうでもいい。とにかく俺は興奮していた。何度でもいう、とにかく興奮した。

 

「めっちゃすごい! 最高だよもう最高!」

「いやぁ、それほどでも……あるけど」

「それほどでもあるよ! すごかったなぁ……他にも何かできるの?」

「えっと……そうだねぇ」

 

彼女は手を顎に当てて少し考えるそぶりを見せると、再び手を壁の方へと向けた。

 

「イーコス!」

 

と、唱えた。直後、再び青い光が出、その後衝撃破のようなものが壁にぶつかり大きな音が辺りに響いた。

空気の波動的なものだ、これは風魔法か。音魔法といってもいいかもしれない。

 

「ほげぇぇええぇぇぇええ!!」

 

俺は再び驚きをあらわにした。すごい、すごいぞ異世界。今までこんな光景を生で見ることはないと思っていたのだが、今目の前ではその光景が現在進行形で出ている。

 

「ヴェロス!」

 

今度は矢みたいのが指先からでてきた。青白く光っているそれは、壁へとぶつかり、そして砕け散った。砕けた矢がパウダーみたいに宙を舞い、そして消えていく。

 

「素晴らしい、素晴らしい!」

 

俺はひたすら称賛の言葉を彼女に浴びせた。

もうスタンディングオベーションである。彼女の方もうれしそうにしている。

 

「えっと後は……」

 

まだ出していない魔法があるみたいだ。一体どんな魔法をやるつもりなのだろうか。ワクワクしながら様子をうかがっていると、なぜか右手をこちらの方へ向けてきた。何をする気なのだろうか。

 

「シュタルク!」

「うぉげ何!?」

 

突然の裏切りである。何を思ったのか、何か呪文のようなものを俺に向けて唱えたのだ。思わず目をつむって身構えてしまったが時すでに遅し。どうやら俺の人生はここでおしまいみたいだ。異世界に 来たと思えば 殺される 加藤優斗辞世の句……川柳だけど。

 

「どう?」

「おりょ、死んでないや」

 

こっちに魔法をうってきたのでこりゃ人生終わったなと思ったけど、全然そんなことはなかった。むしろ逆に体が強くなった気がする。

 

「なんか体が強くなったというか……軽くなったというか」

 

全身から力が湧き出ている気がする。いまだったらシャトルランをもっと長く走れたり、オリンピック出場権を獲得して惨敗したりとか出来るかもしれない。これはひょっとしてバフ魔法なのか。

 

「身体の強化魔法、まあ私が使える魔法はこれぐらいかなぁ。すごいでしょ!」

 

やっぱりそうだった。一通りの魔法を出し終え、彼女は俺に対しエッヘンと自慢げにしていた。これはすごかった。

 

「はい。滅茶苦茶すごかったです」

「えへへぇ、もっと褒めて褒めて!」

「よ、異世界一! マジ卍! めちゃ最高!」

「へっへっへ……まんじってなに?」

「俺も知らんけど、とにかく卍!」

 

俺はひたすら彼女を褒めちぎった。

しかし、彼女は魔法が使えるというので、さっきがれきで挟まった時に魔法を使えば何とかなったのではないだろうか。特にあの身体の強化魔法を使えば抜けられたかもしれないと思うのだが。

 

「思ったんだけどさぁ、魔法であの瓦礫とかどかせばよかったんじゃない? その強化魔法とかを使って」

「え、ああ……挟まっていた時も身体強化の魔法を使ったんだけど、抜けることはできなかったの。元の体力もあんまりないし……」

「なるほどねぇ、つまり足し算ではなく掛け算方式のバフだと」

「えーと、多分そう」

 

非力な少女に強化魔法をかけてもそこまで強くならないということだろう。考えてみれば、彼女も抜けるのに必死だっただろうし、俺が指摘するまでもなく魔法を使って抜けようとはしていたのだろう。

 

「物や人を持ち上げられる魔法もあるらしいけど、私にはちょっと……」

「へー。ほかにも色々な魔法があるんだなぁ……」

 

彼女が披露していない魔法以外にも様々な魔法があるのだろう。まだ見たことがない魔法も、いつか見ることができるのだろうか。

それにしても、この世界の魔法ってどうすればできるのだろうか。見た感じ、彼女は魔法名を言って魔法を出しているみたいだが、俺にも魔法を出すことができるのだろうか。というかできてほしい。召喚されてきたのだからきっとすごい魔力とか持っているのだろうと思うのだが。

 

「魔法を使えるようになるにはどうすればいいの? 俺にもできる?」

 

そこが重要である。今まで見ているだけだったのだが、俺が知っているラノベやアニメ、ゲームなんかだと、魔法を使えるようになるためには魔法書とかを見て覚えるだとか、ステータスウィンドウをひらいてポイントを振るだとか色々あるが、この世界ではどうなのだろうか。

 

「うーん、使えるかどうかはわからないけど、多分使えるんじゃないかなぁ……魔法を使えるようになるためには、魔法書を読んで、練習とかいっぱいして……いろいろ大変だよ」

「なるほど、ステータスを振る的な感じじゃないのか」

「すてーたすをふる……なにそれ?」

「すいませんこっちの話です、はい」

 

どうやらステータスウィンドとかを出してスキルとか魔法とかにレベル上昇で得たポイントを振るみたいな感じではないみたいだ。このままだと痛い奴だと認識されそうなので何とかごまかす。これはラノベの見すぎかもなと思ってしまった。

 

「まあ、魔法について少しだけ理解できたよ。この世界では魔法を唱えるには魔法名を言えばいいのか……」

 

なんかクッソ長い呪文を唱えるだとかすること必要はないみたいだ。そんなことだったら色々と面倒だしな。

 

「あ、いや別に呪文を唱えなくても魔法を出すことはできるよ」

「あ、そうなんすか」

「うん、今やってみるね……」

 

そういって、彼女は壁のほうへと右手を向けた。その後、手のほうから炎が出現し、さっきと同じように石の壁へと当たった。

ファイアとか何も言っていないが、炎が手から出ている。彼女の言う通り、呪文なしでも魔法を出すことはできるみたいだ。

 

「でも呪文を唱えてやった方がやりやすいし、魔力も安定するから基本的に声を出してやってるの」

 

確かに、さっきファイアといいながら出してた時のほうが炎が大きかった気がする。声を出しながらやるというのがスタンダードなのだろう。

俺はこの世界の魔法がどんなものなのか、少しだけ理解をした。




感想、評価等していただけると嬉しいです。


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第7話 少女が仲間になった!

今回は少し短いです。申し訳ない……


何やかんやあって話すことがなくなり、辺りを静寂が支配した。微妙に気まずい雰囲気である。こういう時は何を話せばいいのだろうか。コミュ力がそんなにない俺が考えたところでいい案は思い浮かばない。もっとこの世界について聞くべきだろうか。

しばらくの沈黙ののち、ふと、アンジェラが口を開いた。

 

「ユウトは……これからどうするの?」

「どうする……って?」

「これから先のこと。どうしていくのかなって」

「うーん、いや特に案はないなぁ……」

 

言われて気づいたが、今のところどうするべきかというあては全くない。このままだと多分そこらで野垂れ死ぬこと間違いなしだ。

 

「特に何も考えてないけど……そっちは?」

「私も当てはないけど……ただひたすらに生きていくだけ」

「……そうなんだ」

 

10歳ぐらいの少女の発言としては思えないものだった。今まで、ただ生き残ることだけを考えて生きてきたみたいに感じだった。

 

「昔からずっとそうだった。お母さんは私が小さいときに亡くなったみたいで、顔も覚えていないの。それからお父さんと2人きりで、ずっと生きてきた」

 

今まで決して楽しいことばっかりではなかったのだろう。彼女の身に様々なことが起きていたということは、その語り方や表情でひしひしと伝わってくる。

 

「でも、ずっと一緒だったお父さんが死んで、それから……」

 

彼女はそこまで言うと、そう言葉を濁した。つらい体験をしたということは、自分にもしっかりと伝わった。

 

「……話したくないんだったら話さなくて大丈夫だよ」

 

彼女にかけるべき言葉はあまり思いつかないが、無理をさせるわけにはいかない。別に話さなくて問題ないということを伝えると。

 

「うん……ごめんね、ありがとう」

「いやいや、全然謝る必要なんかないからね」

 

そうしてまた再び沈黙が訪れた。

何を話題にすればいいのか。彼女を責めるわけはないが、今の話のせいでもっと気まずい感じになってしまった。天使がどんどん通り過ぎていく。

 

「ねえ、よかったらなんだけど……一緒にいてほしいん、だけど」

 

どれほどの天使が通り過ぎたのかはわからないが、再び彼女がその流れを遮った。

 

「ん……どういうこと?」

「えっと……これから2人でいたいなーって。2人で一緒。ダメ……?」

 

彼女は俺にそう提案してきた。表情は少し恥ずかしそうにしている。

 

「あー、全然おkです。だけど……なんで?」

 

俺はすぐに承諾の返事を出した。むしろこちらからお願いしたいくらいだった。こんな世界で1人でいるなんて普通に耐えられん。

ただ、自分と一緒にいたいという理由があまりわからなかった。告白されたこともないし、いつも教室の隅にいるタイプだからそんなに好かれるところはないと思うのだが……

確かに彼女を助けはしたが、それだけでこれから一緒にいたいなんて思うのだろうか。彼女の足手まといになるかもしれないし、メリットが存在するのか。

 

「えっと、私のことを助けてくれたし、一緒にいたほうがいろいろと助かると思うし、それに……」

 

そこで言葉は途切れた。うつむいたままだった。しばらくして、彼女自身がその濁りを取り除いた。

 

「今までずっと1人でさみしかった……から」

「……そっか、そうだよね」

 

思えば、彼女は2か月前に父が死んでからずっと独りぼっちだったのだ。誰とも会うこともなく、1人で、ひたすら生きてきた。今まで、自分には想像もつかないほどの寂しさを抱えてきたのだろう。

 

「……ごめん、ちょっと自分の都合ばっかりで」

「ああいや、そんなことはないよ全然」

 

彼女の少し儚げな表情を浮かべ、俺はその表情を浮かべていた彼女に気にしていないことを伝える。

 

「えっと、それで……いっしょにいてくれるってこと?」

「もちろん。むしろ大歓迎だよ!」

「……ホントに?」

「ああ、ホントのホントさ」

 

俺の出した返事に、彼女は少しうれしそうな顔をした。

 

「えへへ……じゃあ……これからよろしくね、ユウト」

「いや、こちらこそ、よろしくどうぞ」

 

アンジェラが右手をこちらの方へ差し出したので、俺も右手を差し出す。2人で握手を交わした。なんかどっかから軽快なBGMが流れてきそうな感じだ。

これから2人で滅びた世界を旅するストーリーが始まる……のか?




物語に不自然なところがないか、少し心配です……
感想、評価等していただけると嬉しいです。


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第8話 さらば、廃墟

「それって自転車?」

 

屋敷の外へ出ようと自転車の鍵を外していると、彼女がそう質問をしてきた。どうやら彼女も自転車のことは知っているみたいで、この異世界にも自転車は存在しているということが分かった。

 

「そうだけど、知ってるの?」

「うん。お父さんが昔は自転車とか車とかの乗り物が走っていたって教えてくれたの。今も街にあったりするんだけど、錆びてたりタイヤのゴムがだめになったりとかして使えないって……」

「そうなんだ……まあこれは最近買い替えたばっかりの奴だから問題ないよ」

 

確かに50年ぐらいたっているのなら車体が錆びたりタイヤのゴムが劣化したりして使い物にならなくなっているだろう。しかし、この自転車は去年の11月ごろに買ったばかりの新品だ。お値段4万9800円+税で、しかも非電動型アシスト付きのけっこういいやつである。そんな心配は必要ない。

その自転車の鍵を外すと、手で押しながら屋敷から出るため歩みだす。

彼女は屋敷のほとんどを探索し終えていたみたいで、他にめぼしいものはないから移動した方がいいと教えてくれた。出口の場所もしっかりと覚えていたので、その案内通りに進んでいく。

屋敷の廊下は、先ほど見た光景と同じように、やはりかなり廃れていた。少なくともこの屋敷全体がそうなのだろう。やがて屋敷の出入り口の前についた。シャンデリアや石像などがあるところを見るに、廃墟となる前はかなり立派な建物だったのだろう。

ギイイという音を周囲に響かせながら、ボロボロになった木製の扉を開ける。

 

「おお、太陽だ……」

 

外に出たときの第一声がそれだった。今度はシダ越しとかではない。本物の日の光だ。さっきよりもまぶしい気がする。

 

「たいよーってなに?」

「え? いや何ってあの星……あ、そうか」

 

この子の疑問は当然と言えば当然なのかもしれない。確かに、あの恒星を太陽と呼称するのは少し違う気がする。太陽はあくまで太陽系にある恒星の名前に過ぎないので、あの星にはもっと別の名前で呼ぶべきなのだろうか。

 

「あの明るいお星さまはケセスっていうお名前だってお父さんが……」

「うーん、それの別名? めんどいから俺はこれからも太陽って呼ぶんで」

「ふーん……じゃあ私もそう呼ぼうかな」

「いや、アンジェラちゃんはそのままケセスって呼べばいいと思う、というか呼ぼう」

「そう、分かったよ」

 

彼女に間違った知識をわざわざ植え付ける必要はないだろう。彼女も俺の言ったことを守ってくれるみたいだ。

 

「……じゃあ、この屋敷とはおさらばするか」

「そうだね」

 

この屋敷にそんな大した思い出とかはないが、それでも初期スポーン地点から離れるというのは何となく名残惜しく感じる。屋敷の方を一通り見渡すと、屋敷の敷地外へと歩み始める。

屋敷の敷地は鉄とレンガでできた塀で囲われているみたいだが、その大半はシダに覆われていたり、錆びていたりしている。正門に至っては片方の扉が完全に倒れていて、門としての役割をはたしていなかった。

そして、その門を通り抜ける。屋敷の周りは森になっているみたいだが、今は冬みたいなので木に葉っぱはほとんどついていない。

屋敷の前には舗装されている道があった。一部木の葉やシダに覆われていたりするが、道としての機能は失っていないみたいだ。

と、ここで1つの問題が発生した。

 

「これどっちに行けばいいんだろうか……」

 

道が2つに分かれている。いや、別に道は一本しかないのだが、左に行くか右に行くかで迷っているのだ。判断材料が全くないのでもう神頼みでもするべきか。いや、ここに1人頼りにできそうな人がいるではないか。

 

「私は左の方から来たから、右のほうに行きたいな。こっちはずっと建物も街も何もなかったし」

 

どうやら神という不確かな存在にすがらなくても問題ないみたいだ。俺の嘆きを聞き、どっちに進むべきかを導いてくれた。

 

「じゃあ左はやめよう。右の方に行ってみっか……っよ」

 

今まで手で押していた自転車だが、異世界に来て初めて走らせる時が来たみたいだ。早速サドルの上へとまたがる。

 

「ここには取り締まる警察官もいないのか。飛ばし放題やん」

 

異世界なので道交法も何もないだろう。この世界にも法律はあっただろうが、それを執行するものは誰もいない。超高速で行こうが2人乗りしようが問題ない。まさに無法地帯である。

 

「堂々と法律違反できるなんていいなぁ。いや、そもそもここ異世界だから日本の法律は適用されないのか……」

「ねぇ、ほーりつってなんなの?」

「守らなきゃいけない決まりのこと、だね。まあいい、後ろに乗れ少女よ。そのリュックはかごの中に……というか乗れる?」

「うーん、多分大丈夫……っと」

 

指をさして荷台に乗るようにせかす。彼女は少しぎこちない感じを出しながらも、リュックをかごの中に入れると進行方向から見て左側に体を向け、荷台へと乗った。

まさか異世界でチャリを、それも2人乗りで走る日が来るとは夢にも思わなかった。特に2人乗りなんかは生まれて初めてかもしれない。小さいころに自転車用のチャイルドシートに乗ったことはある気がするが、それきりだ。まあ法律は守らなきゃいけないと思っているからであって乗せる相手がいないからという訳では決してない。決して。

 

「よっと……落ちないかな」

「しっかりつかんでれば大丈夫だよ」

「わかった……よいしょ」

 

つかむようにという俺の指示を素直に聞き、俺を抱き着いてるみたいに密着した。

ちょっと恥ずかしいが、まあしょうがない。これも安全のためだ。

 

「よし、行くぞ!」

 

地面から足を離し、ペダルをまわす。ジャイロ効果によって自転車が自立して走り出す。

 

「うわ、早い早い」

「ああ、ちょっと早すぎた?」

「ううん、このままでいいよ」

「わかった……しっかりつかまっていてね」

 

俺は力強くペダルを踏み、自転車は一応舗装されている道路の上で加速し続けた。




更新が少し遅れてしまいました。申し訳ありません。
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第9話 道中にて

今回は結構短めです。


「うー、坂道きつい……」

 

自転車をこぎ始めて20分ぐらいは経っただろうか。先ほどまで平坦な道が続いていたのだが、今は坂道を上っている途中だった。

フリーパワーの自転車は普通の電動自転車とは違い、坂道ではあまり力を発揮できない。それなのにさっきから斜面が続いている上に、勾配がだんだんきつくなっている。

しかし、ここで止まってしまうのはなんだかかっこ悪い。足の疲れのせいでだんだん速度が落ちてきていたが、それでも足を止めるつもりはなかった。

 

「だ、大丈夫? 少し休んだ方が……」

 

ちょっと無理をしていることが彼女にも伝わっているみたいだ。少し心配してくれている。

 

「いや、ここで折れるつもりはない、頑張る!」

「そう……あ、そうだ。じゃあちょっと待って……」

 

彼女は俺の言葉を聞くと、何かを思い出したかのようなことをいった。何をするのかと思うと。

 

「シュタルク!」

 

そう魔法を唱えた。屋敷でもやっていた強化魔法だ。どうやら俺にかけてくれたみたいで、全身から力が湧き出てくる感じがした。さっきまで重く感じていたペダルが軽く感じる。

すごい、さっきと全然違う。

 

「うぉ、すごい軽くなった……!」

「もっと早くやっとけばよかったね」

「まあまあ、気にする必要ないよ。一気に速度上げるぞ!」

 

一気にたちこぎをして加速しようと思ったが、この子が俺の背中をつかんでいるので座ったまま力を入れ続ける。

上り坂だがぐんぐんと加速し続ける。ギアを1から2へ、2から3へと上げる。そのころには、傾斜は緩やかに変わりつつあった。

 

「よし、こっからは下り坂かぁ」

 

峠は越えた。あとはしばらく坂道を下ればいい。ペダルをこぐ必要はなさそうだ。

坂道は自転車はペダルをこがなくとも加速し続けた。なかなかいい。だがあまり加速しすぎるのは少し怖いので適時ブレーキをかけたりする。

 

「……ユウト、あれ見て」

 

速度が上がり続けている中、後ろに抱き着いている彼女がそういった。

あれといわれても、いったいどの方向を見ればいいのか。

 

「え、何々どうしたの? どの方向見ればいいの?」

「あの先、街がある」

「街?……ホントだ」

 

俺の視力は0.9と特別いいわけではないが、速度を少し落として左手を目の上にかざし、目を凝らすと確かに多くの建物があるのが見えた。

街だ。恐らく街だったものだろうが、それでも人工的な建物が数多く存在するというのはなんとなく安心感を感じた。

 

「とりあえずあそこの街によっていこうよ」

「りょーかい」

 

あそこに一体何があるのだろうか。俺は少しの不安と大きな期待を胸に進み続けた。




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第10話 街の探索

「本当に滅んでいるんだな……」

 

太陽がまだまだ沈まんと、雲の上で踏ん張っている中、街へ入った後の第一声がそれだった。

建物は中世ヨーロッパみたいな感じだが、電柱から延びる電線が建物へと延びていたり、電灯みたいなのがそこかしこにあったりと、近代化の波がこの街にも到来していたみたいだ。

だが今やこの街には人も動物もいない。代わりにシダといった植物が至る所に生えていたり、建物が崩れていたりと廃れた雰囲気を醸し出していた。

今までも廃墟と化した屋敷を見たり、全く手入れされていない道を見たりとしたが、かつて数千人ほどは住んでいたであろう街が廃墟になっているのを見て、やはり文明は滅びてしまったのだということを実感した。

今は自転車から降りて、手で押しながら周囲を見ているところだった。

アンジェラは隣で歩いている。俺とは違ってきょろきょろと見ていたりとかはしていない。こんな光景に慣れているのだろ。まあ、この子が生まれたときにはすでに世界は滅びていたのだから、当然か。

 

「ここの街は……意外と大きいみたいだな」

「うーん、そうだね。入る前に見たときももっと奥の方にいっぱい建物があったと思うし」

 

今は街の通りを通っているのだが、3階建てか4階建ての石製の建物が軒を連ねている。恐らく崩壊前は結構な数の人たちが住んでいたことだろう。

シダやコケに覆われた街。だが一応、街についたことには変わりない。

とりあえず街についたからにはさっそく……

 

「……何をすればいいんだろうか」

 

滅びる前とかであれば街についたらこの世界の情報を集めるなりする必要があると思うのだが、もう完全に滅びた街で俺はいったい何をすればいいのだろうか。

 

「じゃあ、さっそくやらないと」

「え、何を」

「えーっと、食料を集めたり、何か使えそうなものを探したりとか」

「なるほど……」

 

この子の年齢は自転車をこいでいるところで聞いたが、正確にはわからないけど10歳ぐらいだといっていた。ロリババアとかじゃなく、リアルロリだった。

だが年齢は関係ない。俺は異世界歴2、3時間だが、この子は10年ほどだ。この子は異世界先住民で、この世界に関する様々な知識や知恵を持っているだろう。俺とは圧倒的経験の差がある。もう月とすっぽんぐらい違うだろう。

これから、この子の教えを乞う必要がありそうだ。

 

「では、ご指導のほどよろしくお願いしますパイセン」

「パイセン?……よくわかんないけど、わかった」

 

かくして、この廃墟と化した町の探索が始まったのだった。

 

 

 

あの後、アンジェラと一緒に街の探索を行ったものの、たいしたものは見つからなかった。家具やら雑貨やらは至る所にあったが、それも錆びていたり腐っていたり、ボロボロになっていたりと散々なものだ。

アンジェラは何よりも食料を見つけるのが大事だと教えてくれた。食事は生命活動の維持に必要不可欠なので、それくらいは俺にもわかる。建物の中などを探した結果、瓶に入ったパスタみたいな乾麺と、缶詰を少し見つけた。せいぜい3、4人分ぐらいの量だが、これでも悪くはない収穫みたいだ。

それと川も見つけたいといっていたが、これはすぐに見つかった。街の中心部を流れるようにある川は、幅5mほどのものだったが、清流といっても差し支えないほどの透明度だった。まるで水道水がそのまま流れているみたいだ。文明が滅びたんだから環境汚染とかも発生していないのだろうか。

彼女はごくごくと美味しそうに飲んでいたので俺も飲んでみたが、普通においしかった。まるでスイスから取り寄せた天然水を飲んでいるみたいだった。今まで1度も飲んだことはないけど。

しかし、直にのんでしまって大丈夫なのかが気になる。一度過熱してから飲む必要があるだとか、サバイバル関係の本とかで見たような気がするが。あまり多く飲まなければ大丈夫だろうか……

それともう1つ。尿意を催し、トイレに行ってくると彼女に言ったらトイレットペーパーとスコップを渡されそうになった。当たり前の話だが、水道も止まっているのだからトイレが使えない以上、そこらで済ますしかない。

大きい方じゃないからいらないといったが、いずれ使うことになると思う。トイレットペーパーはちゃんとあるんだなと思ったが、保存状態のいいやつを見つけて拾っているそうだ。紙を切らしたときは木の葉っぱを使ったり、川の水で洗ったりとかしているらしい。

トイレットペーパーはできるだけ優先して見つけようと、俺は思った。




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第11話 1日の終わり

探索を終えたころには空はほとんど暗くなり、少し赤い光が残っているだけになった。もうすぐ夜なのだが、スマートフォンを見るとまだ午後3時過ぎであると表示された。

どうやら日本と異世界との時差があるみたいだ。現地時刻で何時なのかはわからないが、感覚的には午後6時か7時当たりかもしれない。そもそもこの世界が1日24時間なのかどうかはわからないが。

今日は廃墟と化した建物をお借りして一夜を過ごすこととなった。今は今まで見た中で一番マシな感じの建物の一階にいる。中は他の建物と変わらずボロくなっているが、それでも物が散乱していたりとかはしておらず、それなりの空間を保っている。

今はアンジェラが夕食を作っている。メニューは任せているのだが、どうやら今日探索して見つけた乾麺をさっそく食べるみたいだ。落ちていた葉っぱや木の枝などを集め、魔法で火をつけ、持っていた鍋に水を入れて麺をゆでたりしているところだ。一方の俺はというと、学生カバンの中に入れていた本を読み漁っていた。本といっても教科書とかではない。ラノベである。

カバンの中には教科書やノートよりも漫画や小説のほうが多いというのに突っ込む人はいない。面白いからね、しょうがないね。

 

「ごはんできたよー……何見てるの?」

「いやぁ、ラノベ」

「らのべ……って?」

「うーんと、小説の種類の1つだよ……あ、できたのね」

 

ついさっき麺をゆで始めたと思っていたのだが、いつの間にか平べったいお皿2つに麺が盛り付けられている。時がたつのは早いものだ。

彼女は俺に麺が乗っているお皿とフォークとスプーンが一体になったようなやつを渡してくれた。麺からは湯気が立ち上り、匂いが辺りへとたちこめる。

 

「じゃあ、いただきまーす……あちち。うん、おいしいよ」

「ほんとに? 嬉しいなぁ」

 

今は今日見つけた瓶に入ったパスタのような麺を食べているのだが、麺はまんまパスタだった。料理の味付けは塩のみのシンプルなものだが、結構おいしい。できればコショウか唐辛子辺りが欲しかったが、ないものねだりをしてもしょうがない。麺以外にはそのあたりで採取した緑色の野菜的な何かも入っているが、こっちの味も中々である。

彼女の方を見ると、俺と同じように麺をおいしそうにほおばっていた。その姿を見ているだけで更においしさアップである。

あっという間に、という訳ではないが、数分後には2人とも料理を完食した。

 

「ごちそうさまでした。結構おいしかったよ」

「よかったー、宇宙人さんがおいしいって思ってくれるか心配だったんだー」

「いやいや、うまかったうまかった。あと宇宙人呼ばわりはやめてほしい、俺はグレイとかじゃないぞ」

「えーっと、ぐれいってなんなの?」

「うーん、人々の妄想の産物? 俺にもよくわからん」

「……なんかよくわかんないけどまあいいや」

 

宇宙人とは呼ばないでくれよとくぎを刺したが、そういえば地球人も宇宙人から見れば宇宙人だということを聞いたことがある。日本人も外国人から見れば外国人だという感じだろうか。

まあ、そんなことはどうでもいいだろう。気にせず会話を続ける。

 

「えーっと、アンジェラちゃんはどうだったかな?」

「いつも食べている缶詰とかよりもおいしかった、けど……」

「けど?」

「うーん、やっぱりあのぽてちってやつが今までで一番美味しかったかなー。また食べたいなぁ」

「あー、あれ1つしかもっていないから無理かな……ごめんね」

「えー、残念」

 

僕の宣告を聞き、彼女は少し残念そうな表情をしたがないものないのだ。仕方がない。

本当はたけのこを模したクッキーと歌舞伎の家紋が刻まれているせんべいがあるのだが、それはしばらくはとっておいとこう。

しかし、やっぱきのこよりたけのこだよな。リアルのほうもきのこよりたけのこの方が好きだし。まあ一番好きなのはコアラを模したお菓子なのだが。

 

「夕飯も食べ終わったし、今日はもう寝よう」

 

腹ごしらえは済んだので今度は何をするのかと思ったが、どうやら彼女はもう寝るみたいだ。

こんな世界、娯楽らしい娯楽もないとおもうので陽が沈むと同時にやることもなくなるのだろう。

昔の人は太陽が沈むのと同時に睡眠についていたというし、こんな世界ではその生活もあっているのかもしれない。

かく言う自分も特にやることはなかった。スマホも電波が通じない以上大したことはできないだろう。一応、学生鞄の中にはソーラーパネルと手回し発電機能付きのモバイルバッテリーがあるので電池の心配はいらないのだが。

クロスワードとオセロ、パズルあたりはオフラインでもできるだろうか。まあ、今夜はやらないで眠ることにしよう。

 

「そうか……俺はどこで寝よっかな」

「どこって、ここしかないじゃん」

 

アンジェラはバッグから出していた布団みたいなのを指さした。

 

「ほらここ。一緒に寝よー」

「マジか」

 

彼女は布団にくるまると、手で入るよう誘うポーズをした。

確かに寝具は他にないので、ここで寝ないとなると何も使わないで眠ることになるだろう。今は結構寒いので、そんなことしたら多分一日中眠れないことになるかもしれない。

どうやら、彼女の言う通り一緒にくるまって寝なければいけないみたいだ。

 

「はやくはやくー」

「え、じゃあ……お邪魔いたします」

 

意を決して布団の中に入る。別に僕がかわいい女の子と一緒に寝たいとか思っているわけではなく、布団が1つしかないから一緒に寝るしかないという極めて合理的な理由があるから致し方なく入るだけである。

布団は麻袋みたいなやつで結構薄手だったが、保温性はそれなりにあるみたいだ。結構あったかい。

 

「じゃあ、さっそくグルグル巻きになろー」

「え、なんで」

 

一緒の布団に入るだけでも色々とあれなのに、その上布団をぐるぐる巻きにするだなんてもう密着すること間違いなしである。ちょっとそれはいいのだろうか。

 

「なんでって……そうしないと地べたが冷たいじゃん」

「んあ……まあ、確かに」

「じゃあほら、そっちも巻いて」

「あ、わかりました」

 

彼女の指示通り、俺も一緒になって布団を巻いていく。

さっきと同じようにぐるぐる巻きにならないと地べたが冷たくなってしまうからという極めて合理的な理由があるから致し方なくぐるぐる巻きになっているだけである。

 

「すごい」

「そりゃまあ、体を結構密着しているからね」

 

かなりあったかい。あったかいのだが、アンジェラとかなり密着することになった。この子の柔らかなお腹やら胸やらが俺の背中に完全に密着している。やっぱりこれはまずくないだろうか。

 

「うーん、ちょっとこれ大丈夫かなぁ……」

「大丈夫だよ、2人一緒だからもっと寒くなってもあったかいままだよ!」

「いやまあそうだけど……そういう問題じゃないんだよなぁ」

「……? じゃあどういう問題?」

「いや、気にしなくていいよ」

 

あくまでも2人の方があったかいという合理的な理由の元でやっているので問題はない。いやあるけど。

 

「こっち向かないの?」

「いや、それはちょっと僕の平常心的に……」

 

こんなかわいい女の子と一緒に寝ているだけでも色々とやばいのに、向かい合って寝た日にはもうどうなってしまうことやら。背中を向けるのは無垢な心を維持するのに必要なことなのだ。

 

「……? よくわかんないけどまあいいや」

 

そういうと彼女は腕を俺の胸の前に持っていき、抱きしめてきた。

 

「えへへぇー」

「うわ、なに……!」

 

さっきまでもかなり密着していたのだが今は密着度がさらに上がってしまった。なんてこったい。

 

「あったかーい……」

 

俺の気持ちとは相反し、無邪気な声でアンジェラはそういった。

こっちもあったかい。それはいいのだが、10歳の少女に抱き着かれるという経験は生まれてこのかたないので、何とも言えない気持ちになる。彼女の背中は大きいと思っていたが、こうしてみるとまだまだ子供である。

しかし、こんな時でもYESロリータ・NOタッチの精神を忘れてはいけない。理性的な人間として平常心を保たなければ。邪な心は捨て、無心で眠ろうではないか。

と、思ったけどやっぱこれは恥ずかしい。ちょっと申し訳ないが、抱き着かないようにとお願いしてみることにした。

 

「あのさ、やっぱり抱き着かないで仰向けになって寝たほうがいいんじゃ……」

「……すぅ」

「え、寝るのはや!」

 

その間わずか20秒ほどである。さすがにのび太には及ばないが、かなりのかなりの早さで眠ったのではないか。

 

「……はぁ、しょうがないか」

 

わざわざ起こすわけにもいかないだろう。今夜はこれで我慢することにした。




自分はきのこよりもコアラよりもたけのこよりも黒い稲妻の方が好きです。
感想、評価等していただけると嬉しいです。


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第12話 夜のひと時

どれほどの時間がたっただろうか。

スマホを見ると、時刻は4時半ごろを示していた。この世界が1日24時間なのかはわからないが、寝始めたのは4時前だから、寝てから30分ぐらいは経過している。

アンジェラはぐっすりと眠っているみたいで、すうすうと寝息を立てている。最初は結構強く抱きしめていたのだが、今は大して力は入っていないみたいだ。

一方の俺は素数を数えて平常心を保つとともに眠くなるのを待っていた。今現在、無垢なる少女が俺の背中に抱き着いているが俺の心はいたって正常だし、布団に入ってから一睡もできていないのは地球と異世界との時差ぼけのせいなので全く関係ない。俺の心はいたって正常だった。具体的には素数を19までしか知らないのに4桁台に突入しているくらいには正常である。俺は別にロリコンとかではないしね。

……別にロリコンとかではないしね。まあ女子とはほとんど話したことないけど。

 

「1019、1021、1023……これ素数じゃなくて奇数じゃん」

 

数を数えていても一向に眠くもならなければ落ち着きもしなかった。素数ではないということにも気が付いたので、数を数えるのをやめる。

 

「はぁ……スマホでなんかやるか」

 

いつまでたっても眠くならないので、やらないでおこうと思っていたスマホを取り出して暇をつぶすことにした。モバイルバッテリーのケースを枕代わりにしていた学生鞄から取り出し、ケースから出したバッテリーをスマホに接続して充電し始める。

ちょっと高めのモバイルバッテリーを買っておいてよかった。ソーラーパネルと手回し発電機がついているおかげで異世界でも電力問題は解決である。

しかし、オフライン環境の中ででできることは限られる。電波がないので、ツイッターでクソリプを送ることもできなければ電子掲示板でネット弁慶っぷりを発揮することもできないし、指揮官になったり提督になったりドクターになったりすることもできない。もし中世とかだったら電卓機能を使って成り上がりとかできそうだが、この世界じゃそんなことは出来なさそうだ。

とりあえず、暇をつぶすためにクロスワードをすることにした。数あるアプリの中からクロスワードのアプリを立ち上げると、さっそく問題を解き始める。

1列、また1列と単語を埋める。比較的軽やかに進んでいくが、残りわずかといったところで指が止まる。

 

「うーん……わからん」

 

あと2列埋めればいいのだが、そこに入る単語がわからない。ここはヒントを使うか、いや、もう少し考えてみることにしよう。俺は熟考に入った。

そこに入る単語を考えていると不意に、辺りがとても静かだということに気が付いた。自分が発する音とこの子の寝息、少しの風の音くらいしか聞こえない。静寂があたりを支配している。

 

(本当に静かだな……)

 

この世界には自分1人しかいないのではないか。そのように錯覚するほどの静けさだ。

そう思っていると、胸の底から急に不安な気持ちが湧き出てきた。自分が本当にこの世界で生きていけるのか、という不安だ。

なにせ日本から突然異世界に来たのだ。自分も異世界行ってみたいだとか思っていたりしたが、本当にとばされる覚悟はもっていなかった。加えて、文明がもう滅びてしまった世界だという。安定した生活基盤もない中、これから生き残ることができるのだろうか。

一度持った不安は新たな不安や疑問を連鎖的に増やしていった。クロスワードに思考を戻そうとしたが、できなかった。

俺はなぜこの世界にいる? そもそも俺は何をすればいい? この世界で一生を過ごすのか、あるいは元の世界へ戻ることができるのだろうか?

考えれば考えるほど不安は増していく。自分に問う、だが答えは返ってこない。そんなことを繰り返した。俺は何を、この世界で……

 

「―――ぐがー……」

「……ふふっ」

 

それらの考えはアンジェラのいびきで立ち消えた。

そうだ、今は1人ぼっちではなく2人ぼっちだ。そう思っただけで、不安は幾分か和らいだ。

このままいつまでも悲観しているわけにはいかない。明日のことは明日の自分がどうにかしてくれる。この子も10年、この滅びた世界で過ごしているんだし、この子の父親はそれ以上生きているはずだ。何事もなるようになるさ。

俺は俺自身に言い聞かせると、思考を再びクロスワードへと向かわせた。

クロスワードの方は数分考えてようやく2つの単語を埋めることができた。続けて新しい問題を解き始める。

 

「―――お……」

「……お?」

 

新しいクロスワードをさあ時始めようというタイミングで、誰かの声が聞こえた。誰の声だろうかと一瞬思ったが、ここには人は2人しかいない。俺と、アンジェラだ。答えは明白だった。

 

「……寝言かな?」

 

起きたのかと思ったが、今のはどうやらこの子の寝言らしい。俺が向いている方向的に表情やらなんやらを伺うことはできないが、いったいどんな顔をして寝ていることやら。

そう思いながらクロスワードを解き始めようとしたが、彼女は再び寝言を言った。

 

「……おとう、さん……」

「……」

 

俺は何も言わずに体を彼女の方へと向けた。

顔を見ると、目から涙を流し、少し悲しそうな表情を浮かべている。

俺は布団の中で何とか体の向きを変えて、向かい合う形になると、右手でこの子をそっと抱きしめた。抱いた手で、背中をポンポンと叩く。

しばらくすると彼女の悲しげな表情は消え、嬉しそうな顔へと変化した。涙は相変わらず出ているが。

 

「……ずっと1人ぼっちだったんだな」

 

今はいない父親。それが彼女にとってどんな存在だったのか。そして、それを失った彼女がどのような思いを抱えながら生きていたのだろうか。父親が死んでも、この世界で生き続ける意味を見出せているのだろうか。俺にもその気持ちが理解することができるのだろうか。

よく考えてみると、俺はこの子のことをほとんど知らない。今日出会ったばかりなのだからその通りといえばその通りなのだが、そんな子と一緒の布団で寝たりしているのだから、不思議なものである。

これから同じ時を刻んでいけば、いずれ彼女のことを知り、理解できる時が来るだろう。きっと。

色々と考えを巡らせ続けていると、ようやくというべきか、少しずつ瞼が重くなってくる。

俺も今度こそ眠ろう。モバイルバッテリーをケースへとしまい、スマホをポケットに入れると、もう一度彼女を抱きしめる。

改めて思うと少し、いや結構恥ずかしいのだが、まあ、この子のためだ。俺は何も悪いところはない。

俺は自分の行為を正当化しながら、目を完全に閉じた。




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第13話 朝のひと時

「おーい、朝だよー」

「んぐぁ……」

 

誰かの声によって意識が覚醒し始める。

おかしい。1人暮らししているので時計のアラーム以外で起こされるということはないはずなのだが。テレビをつけたままにしてしまったのだろうか。

 

「……そういえば今日学校……って、ここ異世界だったか」

 

意識がしっかりしていくとともに、昨日起きたことを思い出していく。昨日の出来事は夢なんかじゃない。ほっぺをつねってみると、少し痛みを感じた。異世界へときてしまったということは間違いないみたいだ。

 

「朝のご飯はどうしよう……昨日見つけた瓶詰でいい?」

「ああ、どうぞ」

 

重い瓶の方から消化しとかないとね、彼女はそういいながらバッグから瓶詰を取り出していった。

俺はというとまだかなり眠い。スマホをを見ると午前3時前を示していた。いつもならまだいびきをたててぐっすりと眠っている頃だ。異世界と日本との時差は4時間ぐらいだろうか。

 

「ふあぁぁぁ……ちょっと寒いな……」

 

あくびをしながら布団から半身を出すと、その出した部分の体温を冷気が奪っていく。試しに息をはいてみると、少し白くなった。布団の外は結構冷えているみたいなので、布団からあんまり出たくない。だが、彼女がいろいろとしてくれているのに俺は布団の中に引きこもっているというのはなんとなく罪悪感を覚えるので、俺はおとなしく布団から出た。

 

(そういえば、昨日は同じ布団で寝たんだよな……)

 

昨日は色々あってこの子を抱きしめながら寝てしまったが、特にえっちコンロが点火するような展開はなかった。なんかいろいろあって結局この子に抱き着いてしまった気がするが、別に他意はない、多分。

しかし、こんなおなごと密着して寝ていること自体点火するようなことではないだろうか。そう考えると色々とまずい気がする。しかしこの子は特に気にしていないみたいだし……

 

「あんまりいろいろ考えてもしょうがないか……」

「どうしたの? 難しい顔して」

「ああいや、ちょっと考えていただけ」

「ふーん……」

 

ありきたりな回答をしてお茶を濁す。馬鹿正直に考えていたことを伝える必要はないだろう。

彼女はこちらに興味をなくしたと思ったら、そうそう、といい、なにか思い出したような表情をした。

 

「今日の夜さぁ、私を抱いたでしょ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!」

 

彼女の発言に、思わず叫び声を出してしまった。人間が発声不可能な感じの声になってしまったかもしれない。とにかく叫んだ。

 

「だ、大丈夫?」

「すいませんでした。いや別に僕にそんな抱き着いてみたいなーという下心がなかったと証明することは不可能かもしれないけど、僕は清廉潔白ですいやそれも証明しろといわれたら無理だけどほんとこの通りですのでちょっと刑事訴訟だけは勘弁して下さいほんとお願いします」

 

よくわからない言葉を言いながら深々と頭を下げる。もう90度くらいはは下がっているだろうか。家族でもなんでもない幼い女の子と同じ布団で一夜を過ごす……

完全に事案である。彼女から求められたとかそんなことは関係ない。もしこれが公に出たら、待っているのは社会的死だ。この世界は社会が死んでいるけど。

 

「け、けーじ……?」

「あなたのお怒りはごもっともですが、私も前途ある若者でして、どうかここは……」

「いや私怒ったりなんかしてないよ?」

「どうか私へのお慈悲を……へ?」

「ありがとう言いたかっただけだよ……?」

「あ、そうなんすか」

 

どうやら俺はとんだ勘違いをしていたみたいだ。どうやら社会的抹消をされなくて済むみたいだ。もしこの件が公の出たら事案として全国に知れ渡ること間違いない。ツイ垢も特定されて炎上間違いなしである。そうでなくてもここでさよならとか言われたらもう俺は野垂死ぬしかない。いやぁよかったよかった。

 

「……そういえば、ありがとうってのは?」

「えっとね、昨日、夢を見ていたの。あんまり覚えていないんだけど、お父さんが死んだときの夢だと思う」

 

アンジェラはバッグから取り出した瓶詰のふたを取ろうとしながら、話をつづけた。

夢を見ていたのは、彼女が寝言を言っていた時だろう。あの時見ていたのはやはりお父さんの夢だった見たいだ。

 

「それで悲しくなっていた時、急に心があったかくなって、気持ちが楽になって……それで、起きたらユウトが私に抱き着いていたから、そのおかげかなって」

「あー、なるほど」

 

確かに、俺が抱いた後は悲しげな表情が消えていた。彼女の言う通り、俺のおかげなんだろうな。やっぱり俺の行為は正しかったのである。うん。

 

「だから、えっと……」

 

今まで缶詰を出すなどしていた彼女は、俺の方へと顔を向けた。

 

「ありがとね、ユウト!」

 

彼女は俺に向けて、にかっと笑みを浮かべた。

彼女の笑顔は、今まで見た笑顔の中でも特に可憐で、いとおしくて、そしてかわいかった。




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第14話 食後のひと時

「ごちそーさまでした……やっぱり昨日の麺の方がおいしかったなぁ」

「うーん、やっぱり? 私もあんまり好きな味じゃないや」

 

さっきまで食べていた朝食は昨日見つけた瓶詰だったが、中身は塩漬けされたお肉みたいなやつだった。正直言ってかなりしょっぱかった。不味いわけではないのだが、まさしく保存食と形容すべき味だった。口の中をすっかりとぬるくなってしまったお茶で口直しをする。そういえば昨日この子にお茶を飲ませていたから間接キスになってしまうかもしれないが、まぁ、気にしないで行こう。

 

「はぁー。牛丼食いてぇ」

 

異世界に来て24時間もたたないうちに、日本食が恋しくなってしまったが、異世界に、それもこんな滅びた世界に来てしまった以上愚痴っていてもしょうがない。異世界ライフはまだまだ続くのだ。

 

「その、ぎゅーどんってなに?」

「牛肉をのせたどんぶり……うーん、牛っていうのは動物の一種で、あー……とにかくうまい食べ物!」

 

説明するのも面倒なのでうまいということだけを伝える。この情報だけあれば十分だろう。

 

「へー……よくわからないけど、おいしいんだったら食べてみたいなー」

「いやーそれはちょっと……」

 

この世界で牛丼(に限らず大半の食べ物)を食べれるとは思えなかった。そもそも牛がこの世界に存在するのかすらわからない。たとえ存在したとしてももう絶滅しているのではないか……

ここで、新たな疑問が生まれた。牛に限らず、なんか他の生き物は今も存在するのだろうか。

そういえば、この世界に来てから一度も、アンジェラと植物以外の生き物に見かけていない気がする。そこらかしこに木やらシダやら花やら草やらが生えていたりするのだが、動物を見かけることはなかった。

 

「……ねぇ、人間はいなくてもなんか他の動物はいたりしないの?」

「うーん、いや……今まで見たことあるのは数人の人だけ。動物とかは見たことないかなぁ……」

「へー……」

 

どうやら人間のみならず、動物たちも軒並み絶滅してしまったみたいだ。いや、アンジェラの話を聞く限り人間とかはわずかに生き残っているっぽいので絶滅ではないのだろうが、それでも風前の灯火状態だろう。

代わりに、植物なんかはかなり生い茂っているみたいだ。至る所にシダなんかがあるし、木や草なんかもかなりある。この世界は植物天国とでもいうべきだろうか。

俺はそれに少し疑問を抱いた。アンジェラは戦争で滅んだといっていたが、それならもっとめちゃくちゃになったりとかしていないだろうか。ここだけなのかもしれないといえばそれまでだが、建物もボロボロになったりシダに覆われていたりはするが、爆弾が落ちただとか街での戦闘で建物が崩れただとか、そのような感じは一切しなかった。そんな状況なら動物とかは絶滅せずにいると思うのだが……

核戦争みたいなことが起きて、核の冬が来たとかなら動物が滅びたのも納得だが、それならそれで動物は軒並み絶滅して植物は無事というのはちょっとおかしくないだろうか。

もしかしたら、戦争以外に何か滅んだ理由があるのだろうか。毒ガス的な何かで動物が死んだとか? でも植物は見た感じ無事みたいだし……いや、50年たったのなら、そこらに生い茂ることもありうるのか? それに、魔法とかで動物だけ殺すみたいなやつがあるのかもしれないし。

色々と考えたところで答えはわからなかった。まあ、あまりにも情報が少ないので、しょうがないといえばしょうがない。後々色々と分かった時に考えればいいだろう。

 

「あ、でも……」

「……ん、どしたの」

「一度だけ動物を見たことある。すっごくおっきくて、空を飛んでいた生き物。お父さんはドラゴンっていう生き物だって……」

「そうなんだ。ドラゴンか……やっぱファンタジーやなぁ……」

 

そのドラゴンは戦争の魔の手から生き延びたのだろうか。それとも戦争後に生まれたのか。

ドラゴンといったらやっぱ滅茶苦茶強かったりするのだろうか。それなら、戦争から生き延びていても不思議ではないのかもしれない。

 

「お父さんも私も見つけたときはすごいびっくりして、あの時はドラゴンに見つからなかったんだけど……」

「見つかったら襲われるとか?」

 

俺の予想に対し、彼女はこくりとうなずいた。

 

「お父さんが、見つかっていたらどうなっていたかわからなかったって……」

「へぇー」

 

やっぱりドラゴンは恐ろしい生き物なのだろう。ちょっと見てみたい気もするが、死んでしまっては元も子もない。でもやっぱり見てみたいので死なない程度になんか頑張って見てみたいと俺は思った。




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第15話 街の散策

朝食も食べ終わったので、野営の片づけを始める。といってもそんなに大したことはしない。布団や鍋といった出したものをしまうくらいだ。

アンジェラによると、缶詰や瓶詰の容器はそのままにしているそうだ。この世界ならごみ箱にいれても外に置いていても変わんないだろうし。ゴミをゴミ箱に入れずにそのままにしておいとくのに罪悪感を感じなくもないが、ゴミ処理とかもまず機能していないだろうし、まあ、いいだろう。

一応の片づけを終えると、昨日に引き続き町の探索を再開した。街を探索、といっても建物に片っ端から入るわけではない。道路から建物を見て、この建物には何かありそうだと思ったら入るといった感じだ。

恐らく幅が6m以上はあるであろう通りを、自転車を押し、辺りを見渡しながら進んでいく。あたりには3階建てや4階建て、たまに5、6階建ての建物が軒を連ねていた。どうやらこの街は最初に思っていたよりも大きな街みたいだ。もしかしたら数万人程度は住んでいたのかもしれない。

この辺りは民家らしき建物はほとんどなく、代わりに何かを売っていそうな感じの建物が多かった。ところどころ看板みたいなものもある。シダに覆われていたりぼろぼろになっていたりで文字は読めなかったが、形はなんとなく伝わる。

いくつかの看板の中から、1つの看板が目に留まった。

 

「これは……なんか食パンみたいだな」

 

山型の食パンみたいな看板が建物から突き出るような形でそこにあった。建物は他と同じように朽ち果てていたが、それでもここはパン屋だ、といわれればそのような気がしなくもない。

 

「うーん、なんとなくパン屋っぽいんだよなぁ……パンって知っている?」

「パンなら食べたことがあるよ。カチカチであんまりおいしくなかったけど……」

 

どうやら異世界にもパンはあるみたいだ。それどころかパンを食べたこともあるみたいだ。数十年前に作られたパンがどんな味なのかはわからないが。

 

「いやぁ、出来立てのパンは結構おいしいよ。ふわふわだったり、香りが良かったり。カチカチのパンもあるけど、そっちもうまいよ」

 

硬いパンと言われたらおフランスなパンくらいしか思い浮かばないが、多分俺が思っているのとこの子が思っているパンは全然違うものなのだろう。確かに、数十年前に作られたパンがおいしいものだとは思えなかった。

 

「ふーん、本当にそうなら食べてみたいなぁ」

「ごめん、それも牛丼と同じで無理だと思う……」

「えー、残念」

 

パンがどのようにして作られるかとかは一応知っているが、細かい作り方は知らないし、小麦がなければイースト菌やオーブンもない。作り立てを食べれることは多分無理だろう。

考えてみると、この異世界での食事事情はかなりわびしいものだ。加工食品などは50年以上前のものを使わざるを得ないし、動物も絶滅しているっぽいので缶詰や瓶詰以外では食べることはできない……

食事にこだわりがある方ではないが、それでもこの異世界の食事情を考えると少しばかり憂鬱である。なんか食べ物の話題は考えれば考えるほど嫌な気持ちになりそうだ、あまり深くは掘り下げないようにしとこう。

 

「まあしょうがないよ……なんか、ここら辺は食品関係の店が多いのかな」

 

このあたりの看板を見るに、なんかおいしそうな感じのやつが多く感じる。看板だけでなく、建物の方もなんとなくレストランとか食べ物の販売店みたく感じる。どうやらこの通りには飲食関係の店が多く存在したみたいだ。

 

「それだったら食べ物とかいっぱいある?」

「どうだろうなぁ……缶や瓶に入れて保存している食品が見つかるかも」

「じゃあここら辺どんどん探していこうよ」

「そうだね、ジャンジャン探していくか」

 

食料を探すのは一番重要である。とりあえず、建物の探索を手当たり次第進めていくことにした。

 

 

 

 

「うーん、ほとんど食べ物とかはないみたいだなぁ……」

 

ここの通りの建物を一軒一軒中に入って探したりしたが、収穫はあまりなかった。ここら辺に保存食を取り扱う店はなさそうだったので最初から期待はしていなかったが、それでも思っていた以上に食べ物などを見つけることはできなかった。缶詰などはどこの店も使っていなかったのか、あるいは先駆者がいたのか。一応、昨日の夜食べた麺と同じ奴を見つけることはできたが、それだけである。

 

「結構探したんだけどなぁ、残念だな……」

「まあ、そんなこともあるよ。私もこんなことあったし」

「そうだよねぇ……あんまり気にせずにいくか」

 

そんな慰められるほど落ち込んでいるわけではないが、ありがたく慰めてもらう。彼女の言う通りそんなこともあるだろう。天気は常に晴れているわけではないのだ。

気を取り直して探索を続けようと思い、建物の外へと出る。

 

「……あれ、あ、ここで通りは終わりか」

「そうだけど、見てなかったの?」

「いや全然見てなかったわ」

 

全く見ていなかったが、ここで建物が軒を連ねるエリアは終わりを迎えたみたいだった。

代わりに、建物がない平坦なエリアが先にあった。どうやらここから先は広場みたいだ。

 

「ここいらは広場みたいだな……結構広いなぁ」

 

止めていたチャリを再び押しながら、辺りを見た感想を素直に述べた。

この広場の周辺は草木はあまりなく、石畳の広い空間が広がっていた。街頭もいくつかあるみたいで、切れてしまった電線がいくつもあった。他にもベンチみたいなのもあったが、恐らく俺が座った瞬間に壊れそうな程度にはボロくなっている。

その広場の中で一番目に付くのは、中央にある噴水だろうか。水はもう出ていないが、その噴水の中央にある女神みたいな石像は少しぼろくなってこそはいるが、シダなどに覆われないまま一応の美しさを保っていた。

そして、ここからもう一つ目に付くものがあった。

 

「ねえねぇ、あそこにおっきな建物があるよ」

「ああ、確かに他の建物よりも大きいよね……何の建物なんだろう」

 

自転車を押しながらその建物へと近づいていく。石造と思ったが、おそらくコンクリート製の建物だ。結構な大きさで、ぱっと見公共に使われている何らかの施設なのではないかと感じる。建物の中心上方には大きな時計のようなものもある。もしここが市役所みたいな役場だったのであれば、この広場は市民の憩いの場だったのかもしれない。

その建物へともう少し近づいてみる。3階建ての灰色の建物は、シダに覆われていなければもう少し立派に見えただろう。

 

「うーん、なんか役所っぽいな……」

「周りの建物と全然違うね」

 

アンジェラが目の前でその建物を見た感想を率直に述べた。確かに、周りにあるほかの建物とは一線を画している。シダに覆われている点は変わらないが、その建材や建物の構造から今まで見てきた建物よりかは新しく感じる。

 

「とりあえず、中に入りますかな」

 

自転車を止め律義に鍵をかけると、恐らくこのあたりで一番大きな建物へと入ることになった。




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第16話 中の探索

建物に入ってすぐは吹き抜けのエリアが続いていた。1階の入り口から3階までを見渡すことができる。その上はガラス張りの天井があり、お天道様をのぞくことができる。建物のデザインは結構雰囲気がよさげである。建物の中はシダなどはほとんど見受けられなかったが、他の建物と変わらずボロボロである。

 

「やっぱボロボロやなー……っと」

 

建物の中をゆっくりと進んでいく。全体がコンクリート製だからか強度の方は問題なさそうだが、コンクリの一部が欠けているところもあるし、手すりなんかは木製みたいなので大部分が腐食しているみたいだ。

 

「ここってどんな建物なのかな、食べ物とかいっぱいあるかなぁ」

「うーん、役場に食べ物とかは置いてないんじゃないかな……」

「そう……やくばってなんなの?」

「このあたりの偉い人がいるところ、って説明であってるのかな……」

 

この子に行政だとか公共事務だとかを一から教えるのは骨が折れそうだし、俺もそこまで詳しいわけではない。まあ、役所って市長とかがいるところだしこの説明は間違っていないだろう。

 

「へー……じゃあここには何があるのかなぁ」

「どうだろう、大したものはないかも……いや、もしかしたらここの市長が私腹を肥やしていてなんかすごいお宝とかがあるかもしれない!」

「お宝って……ぽてちみたいな?」

「いやいや、それはちょっとしょぼすぎる。やっぱり金銀ダイア、ルビーサファイアエメラルドとかかなぁ。宝石って知ってる?」

「ダイアとかは聞いたことがあるよ。昔はすごく価値があったキラキラしたものだって……」

「昔かー。まあ、そうだよなぁ」

 

この滅びてしまった世界で今も宝石類の価値があるのかはわからないが、少なくともロマンはある。ここいらの村長だか町長だか市長だか県知事だかが本当に私腹を肥やしていたのかなんてわかるわけないが、そういうことにしとこう。

全く根拠のない期待感を膨らませながら、建物の奥へと進んでいく。役場らしく受付のカウンターがいくつもあったり、奥には多くの机や棚がある。恐らく役場の職員以外は入れないエレアを堂々と進む。

入ってすぐの所は吹き抜けだったり窓があったりで結構明るいのだが、奥の方は暗い空間が広がっていた。このまま進むのは嫌なのでポケットに入れていたスマホを取り出してライトをつける。

 

「その手に持っているのって何なの?」

「スマートフォンっていう電子機器なんだけど、いろいろ便利でっせ」

「ふーん、火がなくても明るくできるんだね」

「いやまあ、それ以外にもいろいろできるけどね……」

 

懐中電灯機能を使って周囲を照らしながら進んでいく。広い空間から廊下みたいなところへと足を運ぶと、いくつかの部屋の入り口があった。とりあえず、一番近くの扉を開けてみる。

扉を開けてまず最初に目に入ったのは、本が入っている本棚だった。次に目に入ったのは本が入っている本棚、その次に目に入ったのは本が入っている本棚……と、とにかく多くの本棚が目に入った。

 

「ここは図書館……いや、図書室なのかな」

 

役場内に作られた図書室、資料室といったほうがいいだろう。大きめの学校の図書室と同じくらいの収容量だ。だが、一部の棚は倒れており、本も半数以上は棚から落ちてしまっている。

 

「割と収容量は多いみたいだな……なんか面白そうなのはないかな」

 

日本史や世界史はそこまで好きではないが、この世界がどのような世界なのかはかなり興味があった。そこいらがわかるような資料があればいいのだが……

とはいっても、そう簡単にはいかないだろう。世界が50年前に滅びたというのなら、当然ここにある本は50年以上前に作られたものということになる。50年以上もたてば紙は劣化し、ボロボロになって読めなかったり、湿気でダメになるということも考えられる。現に昨日の探索では本らしきものを見かけることはなかった。確かにここには大量の本が残っているが、保存状態がいいというわけではなさそうだし、ここにある本すべてが読むことができるという訳ではない。いや、読めなさそうなのがほとんどを占めている。

 

「うへぇ、どれもボロボロだな……カビとか生えてるかもなぁ。マスクと手袋が欲しい……」

 

残念なことにマスクも手袋も持っていないので、左腕で口のあたりを覆うしかない。一方のアンジェラはそんなことを気にする素振りを全く見せていない。なんて子なんだ。

 

「本がいっぱいあるね……大丈夫? お口隠しているけど」

「うーん、まあ大丈夫、って程ではないけど……まあ、俺のことはいいから本とかいろいろ探しましょ」

「そう……わかったけど」

 

とりあえず、読めそうな本を探してみるか。口を覆っている腕の手にスマホを持ちながら、もう片方の手でよさそうな本を手当たり次第探しはじめる。アンジェラも俺の近くで本を探してくれているようだ。書籍はどれもがかなり劣化しており、中には手に持っただけで崩れてしまいそうなものもある。それでも、数百、数千冊の本の中には一応読めそうな本とかもあるだろう。

 

「……そういえば、アンジェラちゃんは本とかって読めるの?」

「一応読めるけど……でもあんまり。お父さんに教わったりしたけど、読めない文字とかもあるよ」

「なるほど……俺は読めないと言いたいところだけどすっげえ読める。これってタイトルは世界樹の森の不思議、で合ってるよね?」

「えっと……うん、合ってるよ」

 

手に持っている本に書かれている言葉は日本語……なんてことはなく、アラビア文字だとかペルシャ文字だとかアルファベットとかがごっちゃになった感じの文字だった。国語の成績が3、英語の成績が2の俺からしたらちんぷんかんぷんかと思いきや、もはやネイティブといっていいほどすらすらと読める。日本語を見ているのと何ら変わらないほどだった。

考えてみるとアンジェラとも普通に会話できているし、恐らく召喚された時に魔法的な何かでこの世界の言葉を理解できるようになったのだろう。召喚した人が全く話が通じないようじゃ色々と不都合だろうし。

地味なチート能力を駆使しながら、2人でこの部屋の本を片っ端から見続けた。




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第17話 読書の時間

「えっと……『世界樹の森の不思議』『魔法大全』『ボスリャニア大陸史総集編』……有益そうなのはこれくらいかなぁ」

 

探し始めて十数分は経っただろうか。もう少し時間が必要だと思っていたのだが存外早く終わってしまった。調べた結果、この3冊の本を見つけることができた。

この3冊以外にも読めそうな本はいくつかあったのだが、住民の台帳とかの役所関係の奴だったり、なんかよくわからない小説だったり、小難しい社会に関する本だったりしたので、一番有益だったりおもしろそうなこの3冊だけ読むことにした。

全く知らない言語もすらすら読めるという地味なチート能力を利用しながら、俺はとりあえず『ボスリャニア大陸史総集編』を読み上げ始めた。といっても最初のページからではなく、適当に開いたページからである。どの本も辞書ほどの厚みがあるわけではないが、それでもいつも読んでいるラノベとかの1.5倍以上は厚さがある。そんな本を全部読むような気はしなかった。

 

「何々……ボスリャニア大陸の東半分を占めるグレンド・パリスティア自由帝国に対抗するために創設されたシェルトリムズ連盟は、自由帝国と永世中立を謳うステリジャフ共同体以外、ボスリャニア大陸すべての国家が加盟している機関です。この連盟は881年に交わされた永久の盟約に基づき、当時のベリヤ独立国家連合とソンブ公国、カーディア王国の3国が原加盟国となり構成された機関でした。この連盟設立によって当時勢力を拡大し続けていた自由帝国の肥大化を防ぎました。連盟の構成国は軍事的、経済的に強固な関係を築いており、その関係は現代にも続いています……なるほどなるほど、よくわかった」

「んー……えーっと……」

 

俺はすべてを理解したかのような表情を浮かべさせた。一方のアンジェラは、どういうことか、よくわかっていないみたいだった。

 

「……聞いても私にはよくわかんないや。どういうことなの?」

「フフ……少女よ、驚くがいい」

 

俺はアンジェラの方を向き、そして。

 

「俺も急に色々と国の名前とか出てたしよくわからん!」

 

堂々とそう宣告する。はっきり言ってちんぷんかんぷんである。そんないきなり知らない国の名前だとか出されても普通に困る。

 

「ええ!? でもさっきなるほどとか、わかったとか言ってたじゃん!」

「いやあれは大してわかんないということが分かったって意味だから」

「しょんなー」

 

無知の知が大切だって昔の偉い人が言っていたような気がするし、わかっていないというのをわかっているというのはそれだけで偉いのだ。多分。

ただ、そうは言っても今読んだ内容を完全に理解していないわけではない。今のを見た限りだと、このなんちゃら連盟は自由帝国とかいうなんだか矛盾してそうな名前の国に対抗するために3つの国が永久の盟約とかいうかっこよさそうな名前のやつをもとに作られた機関みたいだ。軍事や経済の同盟と書いてあるので、NATOとかEUみたいな感じの国際機関なのだろうか。

この文章を見ると、自由帝国と他の国との仲はあまりよくないように感じる。

もしかして、50年ほど前に起きたという戦争も自由帝国とか連盟とかが関係しているのかもしれない。

 

「よし、じゃあ次の本を読もう!」

「え、この本はもう読まないの?」

「俺かわいいイラストとかついてないと本を読む集中力が半減するからこれ以上無理」

 

アンジェラの提案を俺は一蹴した。今時かわいい女の子だとかのイラストがついていない書籍だろか時代遅れも甚だしいったらあらしない。現代でもイラストがついていない本は結構多い気がするが、俺は未来に生きているので問題はない。

 

「よし、次はこの本にしよう。魔法覚えたいし」

 

というわけで次に『魔法技術大全』というタイトルの本を見てみることにした。例のごとく途中のページからである。

 

「えーっと……魔法の歴史はとても古く、有史以前には既に存在していたものと推測されている。世界樹の森から出される魔素は、すべての魔法の源となっているが、この森は少なくとも800万年以上前には既に存在している。古来、魔法は大半の動物であれば利用できており、人間、エルフ、ドワーフなども例外ではない。だが、今日見られている魔法理論、魔術式計算をはじめとした体系的魔法学は、今から2000年以上前にその基礎が形作られた。科学技術の発展する今日においても、魔法は重要な役割を果たしている……おい、そういうのはいいから早く魔法の使い方とか見せろ!」

 

こっちは今すぐにでも魔法を使ってみたいというのに、この本は前置きが長い。いいから早く本題に入れよ。

というわけでパラパラとページをめくっていく。が、それらしいページは見つからなかった。

 

「うーん、この本に載っていると思うんだけどなぁ」

「ちょっと見せてみて……」

 

アンジェラが探してくれるみたいなので、彼女に本を渡す。俺とは違って最初のページから1枚、1枚とめくっていく。やがてパラパラと一気にページをめくるようになった。

 

「……この本、魔法の覚え方とかは乗っていないみたい」

「えー、この本使えねーなおい、タイトル詐欺ちゃいます? まあ別の本さがすか」

「でも……見た感じほかに読めそうな本はないよ。魔法書もないみたいだし……」

「は? これはもう俺の人生終わった、さようなら皆さん、さようなら……」

「ま、まだ終わってないよ!」

 

そんなこと言われても、まだ魔法が使えないだなんて生殺しされているようなものである。こっちははよ使ってみたいと思っているというのに。

 

「というか、魔法書なしでも魔法とか教えられないの?」

 

そういえば、彼女は俺の前で披露したように色々と魔法を使えるのだから、彼女から教わればいいのではないだろうか。そんなに魔法書がないといけないのだろうか。

 

「ええ、それはちょっと。魔法書がないことには何も……」

「うわぁ……まあしょうがないか……」

 

どうやら魔法書無しでは何も始められないみたいだ。俺はかなり落胆した。だがいつまでも無い物ねだりをしていてもしょうがない。楽しみは後にとって置いといたほうがいいというし、ひとまず諦めておこう。

気を取り直して、最後に『世界樹の森の不思議』を見ることにした。そういえばさっきの本に世界樹の森から魔素が出ているだとか書いてあった気がする。この本はその森について詳しく書いてあるに違いない。

 

「えーっと、ソンブ公国に存在する世界樹の森は魔法の源となる魔素を出す森である。この森は文字通り世界的な影響を与えており、世界樹から出される魔素はあらゆる魔法の源となっている。この森は少なくとも800万年以上前から存在しており、魔素も同様にそのころから存在していた。この森がどのような成り立ちで形成されたかについてはほとんど解明されていない。

この森の木々から出される魔素はすべての魔法の源になっているが、この魔素についても研究は進んでいない。だが、魔素の濃度が一定値を超えると生物へ有害な影響をもたらす可能性が高いと近年の研究で明らかになっている。放出される魔素の量は現在は安定しているものの、もしこの量が増加してしまえば、健康被害などが発生する懸念もある。現在各国の研究者たちが世界樹の森の成り立ちや魔素発生のメカニズムなどを研究しているが、いまだ解明されていない謎も多く残っている……さっきの本にも載っていたけど、魔法には魔素ってやつが必要なのか」

「うん。見えないけど、周りには魔素がいっぱいあるんだよ。それがないと魔法は使えないの」

「あっ、知ってたんすね」

 

どうやら魔法を使うときには周りにある魔素とやらが必要不可欠みたいだ。そしてその魔素とやらが世界樹の森というところから出ているということも。

同じページにはとても多くの木々がある森が写ったモノクロ写真が載っていた。これが世界樹の森なのだろうか。モノクロだからか日本とかにもあるような感じがするが……実物は違って感じるのだろうか。

まだまだ知らないことは数多くあるが、俺はこの本3冊で異世界についての知識を少しだけ得ることができた気がする。




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第18話 市長室

資料室を後にすると、この建物の探索を引き続きやることにした。室内で読んだ3冊の本はもっていくことにし、今は学生鞄の中に入っている。今は読む気力はないが、そのうち回復するだろう。

そうして探索をつづけたのだが、食べ物もなければ特に面白そうなものもなかった。まあ役所に面白そうなものが置いてあるだなんて期待していなかったが、それにしてももっと何かあってもいいのではないだろうか。

そんなこんなで3階までたどり着いてしまった。

 

「よっと……この扉は……市長室って書いてあるから市長室か」

 

3階に上がって一番最初に見つけた扉、その扉の上にある古びた金属製のプレートには市長室と書いてある。市長室だがら今まで見たドアの中で一番ゴージャス……なんてことはなく、見た感じ他のドアと変わらなさそうだった。

 

「ここがこのあたりで一番偉かった人がいたところってこと?」

「まあ市長室って書いてあるからそうだろうね」

「じゃあこの部屋にお宝があるんだよねぇ」

「え? それマジ?」

「えっ、て……ユウトがお宝とかがあるって言ってたじゃん。しふくがどーのこーのって」

「あ……えっと、まあ、そうだよ」

「何があるんだろうねぇ、ちょっと楽しみだなぁ」

「ソソ、ソウデスネェ」

 

完璧に忘れていたが、そういえば勢いでそんなことを言ってしまった気がする。彼女は結構期待しているみたいだが、実際早々お宝とかなんてあるわけない。が、お宝がなかったら俺が言ったことが間違っていたということになってしまう。それはあり得ないことなので、この部屋にはお宝があるのだ。QED証明完了である。

 

「まあ、何かあるっしょ。いざ御開帳!」

 

俺が作ってしまった期待をしり目に、俺は扉を開ける。ギイイィィという扉を開ける音をまき散らしながら部屋の中へと入った。

部屋に入って正面には市長が執務を行うのに使っていたであろう木製のデスクや椅子、本棚、大きな時計や絵画などがあった。デスクの後ろには旗が2つ、恐らくこの街の旗とこの街がある国の国旗だ。国旗で思い出したが、未だに今いる国の国名がわかっていないのだ。先ほどの資料室ではここの街は 市という名前ということはわかったが、肝心の国名が分かるものはなかった。そこにある旗にブラジルの国旗みたいに何かが書いてあるなんてことはなく、普通に緑、黄色、オレンジ、青の4色縦縞の旗だった。

だが、この部屋の中で旗以上にひときわ目を引くものがあった。

 

「……あれって骸骨っすか?」

「うーん、そうかも」

 

デスクの上に人間の頭蓋骨と思しきものがあった。恐る恐る近づいてみるが、椅子には服と共に体や腕の保手があったり、床に足とか手とかの骨が落ちてたりしている。ここにあるのは正真正銘、人間の骸骨だった。

 

「うわ、返事をしないただの屍やん。え、これ本物? あーでもそうだよな……」

 

今まで見つけこそしなかったが、考えれば50年前に世界が滅んだんだから白骨死体の1つや2つあってもおかしくはない。

見た感じこの椅子に座りながら死んだみたいだが、この屍は市長なのだろうか。遺体を包むようにある服もなんか市長っぽいし、この部屋で死んだということはそうなのかもしれない。

 

「とりあえず合掌でもしておくか……」

 

海外だと酒をかけたり花束を置いたりしてそうだが、そんなものないし俺は日本人なのでそんなことはせず、手を合わせ、目を閉じることにした。特に故人の思い出とかは全くないが、遺体が目の前にあるのでなんとなくやらなければと感じてしまった。

 

「何やってるの?」

「これは合掌って言って……なんというか、死んだ人を哀悼する? 弔う? まあとにかく死んだ人に対してやることだよ」

「ふーん……私もやってみよ」

 

俺と同じように手を合わせて目を閉じる。俺も同じようにもう一度やることにした。

この空間に数秒の沈黙が訪れた。

 

「……こんな感じでいいのかな。ねえ、これって骸骨1つに一回ずつやればいいの? 骸骨いっぱいの時はどうするの?」

「あー、あんまり知らないけど一杯あるときは一回だけやればおkなんじゃない? というか骸骨一杯の所とかあるの?」

「昔の病院っていうところにいっぱいあるよ。ベッドの上とかに」

「マジ? ちょっとそこには近づきたくないなぁ……」

 

骸骨の山があるそうだが、そんなところにわざわざ行く気はしなかった。病院のほかに軍事施設とかにも骸骨がいっぱいかもしれない。

 

「市長さんの前でちょっと申し訳ないけど、部屋の中色々探してみるか」

 

遺体に見られながら探すというのは何か罰が当たりそうな気がするが、だいぶ前に死んだっぽいから多分祟られたりとかはしないだろう。多分。

しかし、探すといっても大して広い部屋ではないし、本棚とデスクの棚くらいしか探すところはなさそうである。

とりあえずデスクの棚を開けてみる。1段目の棚にはオイルライターやたばこ、たばこの灰皿、懐中時計、ペンといったものがあったが、それだけである。2段目、3段目と開けてみるが、こちらには何も入っていなかった。

本棚にはいくつかの本が入っているみたいだが、全滅しているみたいで読めそうなのはなかった。

 

「うーん、この部屋にはやっぱ大したものはないっぽいな……」

 

もう一度周りをぐるっと見渡したが、どうやらこの部屋に貴重そうだったり価値がありそうなものはないみたいである。この部屋の中で一番価値がありそうなのは飾ってある肖像画くらいだろうか。結構ぼろくなっているが、何を書いているものなのかはわかる。男の人で、お高そうな服に身を包み王冠をかぶっている絵だ。この人は国王的な何かなのだろうか。芸術のことはよくわからないが、結構いい画なのではないだろうか。とにかく一番価値がありそうなのがそれくらいだった。

 

「そうなの? それじゃあお宝はどこにあるの?」

「え、えーっと……」

 

見た感じ、お宝と呼べるようなものはどこにもなかった。一方で彼女はお宝がある気満々のようだ。まずい、これはまずいぞ。ここはどうやって切り抜けるべきだろうか。やはり正直にお宝はないとでも話すか。

 

「あー……ないっぽいすね」

「そんなー、さっきはお宝があるって言ってたじゃん!」

「いや先ほどの発言はお宝があるかもしれないという推察を述べただけであり、お宝があると断定するものではなかったと私共は認識しております」

「えっと、つまり?」

「お宝があるかどうかはわからなかったってこと」

「えー、なんかやな感じ……」

「やぁすいませんねぇ。いやでも、きっとどこかに隠し扉的なものがあるかもしれないぞ!」

「隠し扉?」

 

俺が言ったことに、彼女は首を傾げた。

 

「そうそう。もしかしてそのボタンがどっかにあるかもしれないよ」

「ええー、それってどこにあるの?」

「まあそうですねぇ、隠し扉のボタンなんだからボタンの方も隠れてなきゃいけないからねぇ、その机の下とか本棚の裏とか……」

「机の下? 見てみよっと……あっ、ここにボタンみたいなのがあるよ」

「そうそう、机の下とかに……え、マジで!?」

 

彼女の言ったことに驚いてデスクの下を覗いてみると、腕一本入るような隙間の所にそれはあった。暗くてよく見えないのでスマホのライトで照らしてみると、間違いなく、緑色のボタンがそこにあった。

 

「これは……完全にボタンですな。これはもう押すしかないな!」

 

ボタンがあったらとにかく押すものだ。俺はファミレスなんかではボタンを押しまくるし、アメリカ大統領になったらまずは核発射ボタンを押すつもりでいる。市長の骸骨がすぐ近くにあるにもかかわらず、俺は机の下に腕を伸ばすと躊躇なくそのボタンを押した。

ボタンを押してすぐに、ガチャンだとか、ギシギシというが音が聞こえる。なんというべきか、歯車とかが回っているような音だ。

 

「何なの、この音?」

「いやぁー何が起きるんでしょうねぇ。なんかこっちの方から音がきこえてるなぁ」

 

本棚がある方から音がしているみたいなので、棚に耳を近づけ、そして引っ付ける。どうやらこの奥から音がしているみたいだ。

突然、寄っかかっていた本棚が回転し始めた。驚いて距離をとる。数秒もたたないうちに本棚が90度回転して、隠されていた空間が明らかになった。

 

「……うわぁぁ! うわぁぁ!」

 

大事なことなので2回言った。これは完ぺきに隠し扉である。まさか本当にこんなものが存在していただなんて……

 

「すごい、なにこれ!」

 

アンジェラはおそらく初めて見たのであろう隠し扉を見て、少し驚きながらもはしゃいでいる。

かくいう俺もテレビとかでは見ても実物を見たことはなかったので、同じく驚き、そして同じようにはしゃいだ。

 

「すごいすごい、これはもうお宝が隠れているに違いありませんなぁ」

 

どうやら俺の予想は当たっていたみたいだ。ここの長はやはり私腹を肥やしていたに違いない。きっとこの先にはすごいお宝があるのではないだろうか。

 

「こりゃもう入るしかありませんねぇ」

 

絶対に何かがある。そう確信した俺は、その出現した空間へと足を運んだ。




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第19話 地下室

隠し扉が開いて出現した空間は結構狭いものだと思っていたが、スマホで照らしてみるとここは部屋というよりも隠し階段の入り口のようなところだった。らせん階段は下へと続いていた。窓などはなく、暗い空間が続いている。

 

「この階段結構長いな……」

 

市長室は3階にあったのだが、感覚的はもう地上1階は通り過ぎているような気がする。

スマホのライトで照らしながら階段を下りていく。階段は鉄製で腐食などはしていないみたいだったが、それでも一段一段下りるたびに金属が出す甲高い音がこの狭い空間に響き渡る。足取りが自然と慎重なものになってしまう。結構一段一段の段差が急なので、アンジェラが少し降りにくそうにしている。

 

「よ、よいしょ、よっと……」

「大丈夫? もっとゆっくり降りたほうがいい?」

「大丈夫。ほら、あと少しみたいだし」

「んあ、ホントだ……っと」

 

ようやく階段を下りきったころには、おそらく地下1階か2階あたりのところまで下りたような気がする。

人1人が通るのでギリギリなほどの狭い階段を下りた先には、これまたかなり狭い廊下が待っていた。階段よりかは広いが、それでも人2人が何とか並べる程度の広さだ。天井も低く、多分1m80cm程度なのではないだろうか。材質は建物と変わらずコンクリートみたいなので、頭とかをぶつけたら普通に痛いだろう。

 

「ここら辺は思っているよりもきれいだな」

 

他の建物と変わらず経年劣化でぼろくはなってはいるが、それでも今まで見た中では一番きれいな方だった。

ここの廊下から見るにいくつかの扉があるみたいなので、とりあえず一番近くにあった扉を開けることにした。その扉は金属製で物々しい雰囲気を出しているが、鍵はかかっていないみたいなので、鉄製の扉を少し踏ん張りながら開けると、今度は鉄格子の扉があった。が、こちらも鍵はかかっていないみたいだ。

 

「いや、セキュリティーガバガバやんけ」

 

2つ目の扉を開けながら俺はそういった。いくら扉や壁が頑丈だからって鍵をかけていなかったら何の意味ももたないのではないか、中に誰もいるわけではないし……

と思っていたら、どうやらこの中に人がいたみたいである。深緑色の迷彩服と、迷彩服と同じような色のヘルメットを装備している人だ。最も、今は骸骨となってしまっているが。

 

「ええ、ここにも骸骨あるやんけ! とりあえず合掌……いや、服装がなんか軍人さんぽいから敬礼の方がいいのかな、でも俺民間人だし……」

「けーれーってがっしょーと何か違うの?」

「敬礼は特定の職業の人たちが使っている挨拶とかの動作だよ。じゃあ……よくわからんけど敬礼でいいや、敬礼!」

 

右手をおでこのあたりに当てて、遺体に対して敬礼をするその様子を見ていた彼女も俺と同じように敬礼をした。

 

「よし……じゃあさっそくなんか漁ってみよ。すいません祟るのとかはやめてくださいねぇ」

 

先ほどの市長室と同じように、故人の目の前で色々と色々と物色するという罰が当たりそうなことをしていく。

といってもこの部屋はかなり整理されているみたいで、ロッカーみたいなのがいくつか並んでいるくらいだった。こちらには鍵がかかっているみたいで開けることはできないようだが、小さくて丸い穴が多く空いているので、この中を見ることができそうだ。

というわけでスマホのライトをそのロッカーの中へと当てながら覗いてみると、中に鉄と木で作られた道具がいくつもしまわれているのが確認できた。

 

「これは……完璧に銃だな」

 

この中にはマシンガンやライフルが置いてある。銃の知識はそこまであるわけではないが、ここに置いてある銃は第1次世界大戦とか第2次世界大戦のころに使われているような古い火器のような気がする。

 

「銃がおいてあるってことは……ここは武器庫なのか」

「銃って昔戦争するのにつかわれた武器なんだよね? どんなものなんだろう……」

「うーん、魔法の方が強いんでない? いやでもどうなんだろう、銃火器の方が扱いやすいのか……」

 

実際の戦場を見たわけでもないし、そこのところは分からなかった。ここには結構多くあるので、戦争の時に一定の地位は占めているのではないか。

 

「ユウト、ここにある銃って使えるの?」

「いや無理かなぁ。俺ハワイで親父に教わったこともないし、あとここにカギがかかっているみたいだし……」

 

入り口はあんなガバガバだったのに、ここにはしっかりと南京錠で鍵がかかっているみたいだった。試しにロッカーを開けてみようとするが、ガチャガチャと音をたてるだけで開く気配はなかった。

たとえ鍵を外すことができたとしてもこんなの扱える自信ないし、50年もたっているのなら銃弾の方もダメになっているのではないか。そんなわけでこの銃を使うのは無理そうなので、おとなしく諦める。この部屋にはほかには特記するものはなかったので、他に何もしないで部屋を後にした。




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第20話 最後の部屋①

あの後、武器庫以外に3つの部屋を探索したが、二段ベッドがある部屋だとか、倉庫みたいなとことか、会議室みたいなところとかがあった。どの部屋にも骸骨がおありになったので、それぞれ合掌をしておいた。

それらの部屋にめぼしいものはあまりなかったが、倉庫には結構な数の保存食があったのでそれらはありがたくいただいた。そんなこんなで探索はまあまあ順調に進んでいった。

 

「ここが……最後の部屋みたいだな」

 

どうやらここが最後の部屋みたいだ。本当はもう一つ扉があったのだが、そちらは地上につながる別の階段につながっているみたいだった。

そんなわけでスマホのライトで照らしながら、木製の両開き式のドアを開け部屋の中へと入る。

 

「……むっちゃ骸骨あるやん」

 

真っ先に目に飛び込んできたのがそれだった。ここから見ただけでも6人分の屍がある。服装は軍服みたいなのもいれば、何かの作業着みたいなのや、スーツみたいなのを着ているのもいる。死角にあるものも含めたらもっとあるかもしれない。もう骸骨のバーゲンセール状態だ。まったくうれしくないが。

 

「じゃあまあ……合掌しますか」

「はーい」

 

1人1人にやらなくてもいいと思うので、部屋に入る前に合掌をする。

例のごとくを終えると、この部屋がどんなものなのかを見始めた。周りは他と同じようにコンクリート製みたいだが、壁には市長室で見た国旗や市の旗みたいなの奴や、地図なんかが張り付けられている。中央には大きい机があり、周辺にも無線機みたいのとかが置いてある。

 

「この部屋は……なんか、本部というか……地下に作った指令室というか……うーん」

 

なんだか何かの指令室、とでもいうべきような感じだ。壁には地図が張られていたり無線機みたいのがおいてあったり、様々な資料みたいなのがおかれたりと、軍隊とかが使っている作戦指揮のための部屋みたいな雰囲気だ。

 

「いざというときはここに引きこもって地上の指揮をしていたのかな……」

 

地下に作られているのだから、多分そうなんだろう。確かに役所の機能が止まったりしたら色々と混乱が起きそうだし。

と、部屋を見ていると、あるものに目が留まった。壁に貼り付けられている地図だ。

 

「この地図は……」

「この大陸の地図、だね」

「そうみたいだね……あれ、知ってたの?」

「うん。ずっと前だけど、お父さんと一緒に見たことあるから」

 

地図の一番上の方にはボスリャニア大陸地図と書かれ、その下の大陸にはいくつかの点線が書かれている。恐らく国境線だろう。その点線で区分けされているところには国名も書かれていた。

 

「諸侯同盟……自由帝国……合衆国……色々と国があるな」

 

オーストリアみたいな横に長い大陸には、見たところ全部で7の国があるみたいだ。

パンゲア大陸みたいにこの星に1つの大陸しかないみたいでなければ、この地図は世界のうちの大陸のみを写したものだろう。

 

「今いるところは諸侯同盟っていう国のはずだよ」

「ほう。大陸の真ん中上あたりの国か……」

 

真ん中だとか上だとかいう表現を使うのが好ましいのかはわからないが、少なくともこの地図を見る限りそういうのが正しいだろう。周りには公国、王国、合衆国、自由帝国と書かれている国に囲まれており、国土は王国、公国よりは大きさみたいだが、合衆国と自由帝国が圧倒的に大きいみたいで、それの前だとこの3か国とも小さく見える。

50年たったということで色々と劣化しているところもあるが、この地図は案外貴重なものなのかもしれない。そう思い、なんとなく写真を撮ってみる。カシャ、というシャッター音が辺りに響き渡った。

 

「何しているの?」

「写真を撮ったんだよ、ほら」

 

そういいながら今撮った大陸の地図の写真を見せる。スマホの液晶にはフルカラー、フルHD画質の写真が画面いっぱいに表示されている。

 

「ええ、すごい! こんなに綺麗に……ねえねえ、私の姿とかもとれる?」

「とれるよ。あーでもここ雰囲気悪めだから後でね」

「分かった、なんか楽しみだなー」

 

彼女は写真に写ると魂を取られるから撮らないで、なんてことは思っておらず写真を撮られるのを楽しみにしているみたいだ。この世界にもカメラはあると思うのだが、恐らくこの世界のどのカメラよりも今持っているスマホのカメラの方がずっと高性能だろう。

そんなカメラに自分の姿を取ってもらえるというのに嬉しがるというのは分からなくもない。

まあそんなことは置いといて、俺たちは部屋の中の探索をつづけた。




感想、評価等していただけると嬉しいです。
あと、短編小説書いてみました。興味のある方はそちらも見ていただけると嬉しいです。

ゲーム禁止法案が成立した独立国家カガワから主人公がトクシマに亡命するだけの物語
https://syosetu.org/novel/217045/


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第21話 最後の部屋②

「ふーん。これがこの街の地図か……」

 

部屋の中央にある机を見てみると、机一面に広げられている地図があった。どうやらこれがこの街の地図みたいだった。

地図には道路や、恐らく市街地だとか畑だとか森林だとかを表す色分け以外にも、地図記号みたいに何かの建物を表しているであろうマークがあった。そのマークのうちいくつかにはバツ印が書かれている。そして、その地図の上に置くようにいくつかの紙の束があった。

 

「空襲に備えた行政機関の基本行動指針、こっちは……非常事態宣言に伴う外出制限について。これは、医療機関の機能不全とそれに伴う緊急対応策……なんか物騒やな」

 

非常事態の時に使われたものだということがひしひしと伝わってくる。これらは50年前の戦争のときに使われたものだろう。劣化が激しいが、それでもずっと地下においてあったからか、十分読める。中をさっと読むが、タイトル通りの内容が書かれている。

 

「やっぱこの部屋は戦争の時に使われていた部屋なのか……」

 

どうやら隠し扉があったのは市長が私腹を肥やしていたからではなく、地下にある秘密の指揮室につながっているからみたいだ。というわけでお宝とかはなさそうである。

と、そう思いながら動いていると足で何かを蹴ってしまった。その後骨が何かにぶつかったみたいな音も聞こえた。骸骨を蹴ってしまったか、と思ったがどうやら違うみたいで、下に落ちていた小さな本みたいなのを蹴って、骸骨にぶつかってしまったみたいだ。その小さな本を拾い表紙を見てみると、『アレン』と手書きで書かれていた。

どうやらこれは本というよりメモ帳といった方が正しいのかもしれない。ページをめくってみると、そこには色々と書かれているみたいだ。他と変わらずページが劣化しているが、読むことはできそうだ。

 

「それって何なの?」

「ここにいた人が書いたメモ……というか、日記……まあ、50年ぐらい前に書かれたものでしょ」

 

これを書いた人はこの部屋の骸骨の中にいるのだろうか。それを確かめるすべはないが、多分そうだろう。ひとまず、このメモを読んでみることにした。

 

『今日からこの施設の運用開始をすることになった。自由帝国との開戦から既に3年は経っている。この街は国境から離れてはいるが、我々も油断することはできない。対爆性は十分だが、それが活躍する機会がないことを願っている』

『街の上を爆撃機が飛んでいった。自由帝国の爆撃機だ。幸いにもうちの街は被害はなかったが、あれが飛んでいった方向は首都がある方だ。いつかうちの街にも爆弾が落ちてくるのだろうか……』

『前線が崩壊したとの情報をラジオから入手した。とても大規模な爆発が発生し、部隊が壊滅状態に陥ったらしい。前線は今どうなっているのだろうか』

『戦争が始まって3年以上たっているのにもかかわらず、戦争は激しさを増しているみたいだ。今日も(文字がかすれていて読めない)ニュースが入ってきた。戦争が終わるのがいつになるのか……』

 

と、ここまで読み次のページをめくるが、そこには何も書いてなかった。

 

「これでおしまい?……っと、こっちが続きかな?」

 

次のページが白紙だったので終わったのかと思ったが、何ページか飛ばしたあたりに続きがあるみたいだ。

 

『市民の多くが病気になり始めた。いよいよというべきか、ここにも魔の手が迫ってきたみたいだ。今日から出入り口を閉鎖して何とかしようとしているみたいだが、果たしてそれが通用するのだろうか』

『医療機関の機能が停止し始めたとの報告が入ってきた。その理由は一般市民のみならず、医師や看護師たちも同様に被害を受けているからだ。彼らだけではない。私たちの一部にも症状が出ている者がいる。地下にいたとしても、それの脅威に対して安全というわけではないみたいだ。ここの整備に少なくない額の資金がかかっているというのに、一体(文字がかすれていて読めない)』

『ほぼ全ての行政機能が停止した。我々ももうダメかもしれない』

「……これで……終わりか」

 

ページを最後までパラパラとめくったが、これ以上は何も書いていないみたいだ。今度こそここでおしまいのようだ。

内容を見る限り、この手記は戦争の時に書かれたもので間違いないみたいだ。

症状が出てどうのこうのと書いてあるのだから、もしかして毒ガス攻撃みたいなのを受けたのだろうか。WW1の時は毒ガスが大量に使われていたみたいだし、そうなのかもしれない。

 

「……そういえば、ユウトが言っていたお宝は結局どこにあるの?」

「お宝……まあ、これがお宝といえばお宝なのかな。歴史的価値とかはありそうだし」

「えー、なんか思ってたのと違う……」

「まあまあ」

 

滅んでいく中の生存者の手記だなんて、なかなか歴史的価値があるのではないだろうか。最も、それを欲しがるであろう歴史学者とかは存在しないわけだが……

この地下室も、戦前はどのようなことに使われ、そこにいた人が何を思っていたのか。それをわずかでも垣間見ることができたのは、少し貴重なことなのではと思った。




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第22話 探索の後

地下の探索も終えたので、地上に戻るためにもう一つの階段を上って出ようとしたのだが、こちらは最初の方に立ち寄っていた資料室にまでつながっていた。こちらも同じように隠し扉があり本棚が動いて隠されていた通路が出たりしたのだが、まさかこの部屋につながっているなんて思ってもいなかった。

そんなこんなで役所の探索を終えてその後も街の探索をつづけたのだが、あの後見つけたものといえば保存状態がまあまあよさげなトイレットペーパーぐらいだった。昔使われていたであろう道具なんかは今までも割と見つかったりするのだが、特に使い道もないのでそのままである。

そんなこんなで昇っていた陽は下り、今は昨日と同じ建物をお借りして一夜を過ごそうとしていた。

 

「ああ。やっぱこっちにも書いてあったか……」

 

今日の探索を終え夕食も食べ終えた今、俺は今日お借りした(多分半永久的に)本を読んでいるところだった。その本は役所の資料室で見つけたボスリャニア大陸史総集編である。今日探索した地下室では大陸の地図を見つけたが、この本にも大陸の地図が載っていた。あそこの部屋で写真を取る意味はあんまりなかったかもしれないが、まあ別にいいだろう。

この本の最初の方に書かれている地図を見るに、この大陸には今いる諸侯同盟以外にも自由帝国や公国、王国、合衆国、共和国、共同体と、この大陸には全部で7の国があったみたいだ。役所の地下でみた地図通りである。

タイトル通りというべきか、この本には大陸の外のことは書いていないみたいなので、世界地図がどんなものなのかが気になる。それを知ったところで何になるのかという話は置いといて……

これらの国はいったいどのような国なのだろうか、恐らくこの本にいろいろ書いているのだろう。まだ読む気力はあったので、そのページを見ようとする。

 

「ねえねえ、あとどれくらいぐるぐるすればいいの?」

 

と、そうしようとした俺に対して彼女は質問を飛ばしてきた。彼女は俺が渡したモバイルバッテリーの手回し発電機を回し続けていた。

 

「ああ、うーん……もうちょっとだけヨロしこ」

「はーい」

 

アンジェラは俺の言ったとおりに、ぐるぐると発電機を回し続けた。

最初は俺がスマホの充電をするためモバイルバッテリーの手回し発電機を回していたのだが、これにアンジェラが興味を持ったみたいで、今は代わりに回してくれている。

ただグルグル回すだけなのだが、ちょっと楽しそうにしているみたいだ。

 

「ぐるぐるぐるぐる……あ、そうだ」

 

彼女は唐突に何かを思い出したみたいで、発電機を回していた手を止める。

 

「そのすまほってやつで私を撮ってもらう約束したよね、確か地下で」

「……ああ、そういえば。じゃあ今撮っちゃう?」

「うん!」

 

確かに、今日役所の地下を探索していた時に写真を撮ってあげると約束していた気がする。あの時は雰囲気が悪いだのなんだの言って撮らなかったんだっけ。

今撮ってあげるとするか、そう思いながらスマホを取り出して、スリープ状態を解除する。

 

「じゃあ、さっそく撮りますよー」

「あ、えーと、あーと……どんな格好すればいいんだろう……」

「別に自然体で……それかピースサインしておけばいいと思うよ」

「ピース?」

「そそ、ピース。こんな感じね」

 

そう言いながら左手の人差し指と中指をたてて、ピースサインを作る。

 

「ぴーす……それってどんな意味があるの?」

「えぇ、なんか元々は何かに勝ったときにやるものだったらしいけど……どんな意味があるんでしょうね?」

 

普段何気なくやっているが、特に深く考えたことはない。このままではボーっと生きてんじゃねえよって5歳児に叱られそうである。別に知らなくたっていいじゃないか。

 

「えー……まあいいや。こんな感じ?」

 

どうやら10歳児に叱られることはなさそうだ。彼女は俺がやっていた通りのポーズをとった。

 

「あーそうそうそう。んじゃ撮りますよー……ハイ、チーズ」

 

スマホの液晶に表示されたボタンを押して、写真を撮る。カシャっというシャッター音が辺りに響き渡った。フラッシュはオートにしていたのだが、周りが暗いと判断されたため撮影と同時にフラッシュがでる。

 

「うわ、まぶし……」

 

と、撮影をしたのだがどうやら彼女は撮影したまさにその時、目を瞑ってしまったみたいである。

 

「目、瞑っちゃった……」

「あらら……あー、完全に目つぶってる。ほら」

 

今撮った写真を確認したのだが、やはり目を瞑っていた。ポーズとかはしっかりできているだけに惜しい。

 

「ほんとだ……その光がないとだめなの?」

「うーん、ちょっとその焚火の光だけじゃね……」

 

補正とかマシマシにすればいけるかもしれないが、それだと綺麗に映すというのは難しそうだし、カメラを固定したり被写体が動かなかったりする必要がありそうだ。やはりフラッシュありで撮影しないと厳しいものがある。

 

「とりあえずもう一回撮ってみて、今度は開けているように頑張るから」

「わかった、じゃあ撮りまーす。はいチーズ……うーん、少し目を開けてるけど薄目になっちゃってるね」

 

2枚目は一応目を開いているのだが、かなり薄目でほとんど瞳が見えない。ちょっと写真としてはいかがなものかと言わざるを得ない。

 

「どうする、続ける? この光ないときれいに撮るのはむずいと思うけど」

「うーん、やっぱりその光苦手かも……」

「あー、んじゃ明日明るいときに撮ったほうがいいと思うよ」

 

今日の所はこの子の写真を撮るのをあきらめた方がよさそうだ。このままではしっかりした写真を撮るのに朝までかかりそうなので、それなら朝に撮ったほうがいいだろう。

 

「まあ、しょうがないね……あ、そういえば」

 

彼女も一応納得してくれたみたいで、それ以上は撮りたいとねだったりはしなかった。

が、今度は何かを思いだしたみたいだ。

 

「この街の中も色々見たから、明日にはこの街を出ようと思うんだけど」

「明日? 明日っすか?」

「あれ、ダメだった?」

「いや、そういうわけじゃ……別にいいと思うよ」

 

彼女の提案に俺は一応同意した。この街は結構広い街なので、探索していない所もまだまだ残っているのだが、彼女は明日にはこの街を出るつもりみたいだ。まあ確かにこの街の隅から隅まで見る必要はないし、別に出てもいいだろう。

 

「じゃあ、そろそろ寝よー」

「ああ、オッケー」

 

陽が落ちて久しいし、彼女の言う通りもう寝る時間かもしれない。スマホの時計はまだ4時前をさしており相変わらずまだ眠たくないが、その内時差にもなれるだろう。

当然というべきか、今夜も昨日と同じように一緒にくるまって寝ることになった。これになれる日は来るのだろうか。そう思いながら2人で寝る準備をした。




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第23話 街とのさよなら

朝、圧倒的なまでな朝……は終わり、今は昼である。彼女の言った通り、今日でこの街を出ることになった。午前中はもう少し色々と探そうということになったが、結局収穫はなかった。

早めの昼食を終えると、荷物をかごに入れ、自転車で軽快に市街をぬけて、いよいよ街をでた。

辺りは市街の建物が並ぶところは終わり、この辺りは低木だとか草が一面生い茂っている。そして時折、翅の折れた風車や古びた建物が点々としている。どうやらこの辺りは昔は畑とかが広がっていたらしい。肝心の農地の方は草や木が生えまくっておりほとんど跡形もないが、それでも建物のおかげで農地であったということがわかる。

今は何も育てられていない農業地帯を、自転車は走り抜けた。

 

「……やっぱり思ったんだけどさ」

 

自転車をこぎながら、アンジェラへと質問を飛ばす。彼女の方を見ると、ボーっとしているのか、あるいは辺りの風景を見ているのか、そんな感じである。

 

「……ん、どうしたの?」

「わざわざ数日おきに移動しなくても、あそこの家とか役所とかを拠点にして住んだ方がいいんじゃない?」

 

街を出るといった時から思ったのだが、そんなに頻繁に移動しなくても、どこかで定住していけばいいのではないだろうか。食料などの問題もあるかもしれないが、それでも数日おきに移動する必要はあんまりないはずだ。移動先に何があるのかわからないし、そちらの方が安全なのではないだろうか。

 

「うーん、確かに……」

 

自転車の後ろで、彼女は考える。

 

「でも、昔からこんな感じで色々と移動してたし。ずっとひとつの所に住んでいた時もあったけど……こうやっていろいろ動いてた方がいろいろと楽しかったから」

「そう。楽しい……ね」

 

どうやら彼女は小さいときからずっとこんな感じで移動していたみたいだ。確かに、こんな滅びた世界でずっと同じところにいるというのはかなり退屈だろう。退屈すぎて若年性認知症になるかもしれない。そう考えると、いろんなところを旅するというのは案外いいことなのかもしれない。

 

「じゃあ、これからいろんな所に行くことになるのか……なんか遊牧民みたいだな」

「ゆーぼくみん、て?」

「一つのところにずっと住むんじゃなくて、移動しながら住む人たちのことだよ」

 

遊牧民というよりも浮浪者という表現の方が正しいような気がするが、なんかそれはカッコ悪そうなので遊牧民とでも表現しておこう。あるいは旅人か。とにかく、これからいろいろなところに行くことになるみたいだが、そうなるとやはりこの街とは一生の別れということになるだろうか。

 

「……あー!」

「え、何々どうした!?」

 

突然アンジェラが大きな声を出した。何かあったのか、そう思ってブレーキをかけて自転車を止める。

 

「写真、撮ってもらってないや!」

「ああ……それか」

 

と、思ったらそんなことであった。いや彼女にとっては重要なことかもしれないが、そこまで大声を出すようなことなのだろうか。

 

「……じゃあ、今ここでとるか」

「うん、おねがーい」

 

昨日はフラッシュのせいでうまくとれなかったが。今は昼。逆光とかに気を付けさえすれば問題なくとれるはずだ。

彼女は自転車から降りると昨日と同じようにピースポーズをとる。俺はチャリをスタンドで止めるとちょっと距離を取り、彼女の写真を撮ろうとする。

 

「じゃあ撮りまーす……はい、チーズ」

「はーい……ちーず、てのは?」

「あぁ、食べ物のこと、だけど……なんで写真撮る時チーズって言ってるんでしょう……」

 

俺はこの答えを全く知らない。こんな時、ネットがあればグーグルとかでチーズの由来とかを調べられるのだが、異世界なのでそんなことはできない。やはりグーグル先生は偉大である。

 

「……まあ、知らないんで永遠の謎ですな。それよりも写真、こんなものでどうっすか?」

 

理由を知らない以上これ以上話を広げられないので、この話は置いといて彼女に写真を見てもらうことにした。

写真の彼女は特に目を閉じてしまったり、撮った瞬間に魂が抜けるなんてこともないみたいだ。笑顔を浮かべながらピースポーズをとっている。背景には恐らく元農地と思われる草原と、羽が折れてシダが生えている風車が映っている。これがいい味を出している気がしなくもないかもしれない。

 

「いいんじゃないかなぁ? えへへー、かわいいなぁ」

「いやまぁ否定はしないけど、自分のことをかわいいっていうのはどうなの」

「えー別にいいじゃん」

「まあ……いいか、じゃあ後ろのって……いや」

 

そんなこんなで彼女の写真は撮り終えたので、再び自転車に乗ろうとするが、その動作を止める。

 

「せっかくだし、街の写真も撮っておくか……」

 

街の写真といってもこの位置からだと微妙に景色が悪いが、それでもこの街に来ていた、という証を残せれば十分だ。3割ぐらい雲がある空の下、古くなり、シダが多く生い茂っている建物が地面にそびえたっている写真を収めた。

この写真が、この街に来ていたという証になるだろう。

 

「じゃあ、また走りますんで後ろに乗って下せえ」

「はーい」

 

再び彼女を後ろの荷台に乗せると、ペダルを踏む。自転車は再び速度をだし、街から離れていった。




更新が少し遅れてしまい申し訳ありません。ネタが欲しい……
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第24話 異世界の星空①

時がたつのはあっという間で、今はもう夜である。あれから半日、ほとんど休むことなくチャリンコをこいでいたが、そこまで疲れはたまっていなかった。アンジェラが強化魔法とかを何回もしてくれたのと、そこまで速度を出さなかったこと、自転車の非電動アシストの存在などのおかげである。

多分5時間近くは自転車をこいだと思うので、40キロメートル以上は進んだかもしれない。一本道だったので特に道に迷うということもなかった。残念なことに、これだけ進んだにもかかわらず完全に倒壊していた道の駅的なもの1つしか建物を見つけることはできなかった。それくらい進めば村の1つや2つ見つけられると思ったのだが……

周辺の地図があればいいのだが、残念なことに大陸の地図やあの街の地図を見つけることはできても、その中間あたりの大きさの地図は見つけられていなかった。もし見つけていたら何時に出発すればいいだとか、どの道を通ればいいだとか計画をたてれたのだが。

そんなわけで今日は野宿をすることとなった。夜になり、食事を終えて今は2人で寝る準備を終えたところだった。

相変わらず寒いが、贅沢を言うことはできない。下に敷くマットみたいなのはないので、地面の上に布団を敷き、2人でそれの中に入ってくるまっているのだが……

 

「今更気づいてしまったんだけどさぁ……」

 

俺は重大なことに気づいた。今まで気づく機会は十分にあった。確かに夜はずっと建物の中にいたので気づきにくかったかもしれないが、それでもなぜ今まで気づかなかったのか。もっと早く気付くべきだったのではないか、それが悔やまれる。

 

「ん、どうしたの」

「……星空滅茶苦茶きれいだなおい!」

 

今眼下には、とても数えることができないほどの星が空を舞っていた。明るい星、暗い星、月みたいに大きな星も2つある。その2つの星で色も違い、1つは月と同じような色だが、もう1つは火星みたいに赤くなっている。2つの星とも三日月になっていた。

その2つの星以外にも幾多の星が輝いている。東京の空とは比べ物にならない。本当に満天の星空だ。

人工の光が何もなければ環境汚染もないこの世界。澄み切った空と光がない大地だからこその光景なのだろうか。おそらく、今までテレビやネットで見てきた星空並みか、それ以上の綺麗さだ。

 

「すごいすごい、マジできれいだなおい。てか月が2つあるやん! やべぇちょっと興奮してきたんですけど」

「ああ。まあ、やっぱりきれいだよねぇー」

 

俺が星空に興奮している一方で、彼女は結構冷静である。やっぱりこの景色に慣れているのだろう。生まれてからずっとこんな景色だったら、確かになれるかもしれない。

彼女は右手で星空を指さした。

 

「あの赤い星はセイナス、赤くない方はスイナスっていうんだって」

「はえ~……」

 

彼女の教えてくれたことに相槌を打つ。ぶっちゃけ星の名前にはあんまり興味がないが、一応頭の片隅には入ったような気がする。

 

「なるほど……それはお父さんが教えてくれたの?」

「そう。ほかにもいろいろ教えてくれたなぁ……」

 

彼女はどこか懐かしそうな表情を浮かべながら、星空へ向けて手を伸ばした。

 

「今見えている星のどこかには違う生き物たちが住んでいるんだって、お父さんが。本当にそうなのかな……」

「うーん、どうだろうねぇ……今ここから見えてる星ってほとんど恒星だろうから見えている星に生き物はいないと思うけど」

「えー、よくわかんないけどそうなの?」

「いや俺も見に行ったわけじゃないからわかんないけど……まあ、見えないだけでこの宇宙のどこかにはいるのかもしれないけど」

 

生命とかが住んでいる可能性がある惑星は自らが光り輝いているわけではないので、月や木星などかなり近くの天体でないと、天体望遠鏡などを使っても観測するのはかなり難しいのではないか。ましてや肉眼でとなるとなおさらである。

 

「まあ、どうだろうなぁ。宇宙って本当に広いから、もしかしたら太陽や銀河系もこの星空のどれかにあるのかなぁ……」

「へー、どれぐらい広いの?」

「どれくらい、ねぇ……うーん、とにかくメチャクチャ広い!」

「えー、それじゃどれくらい広いのかわかんないよー」

「いやそんなこと言われても、マジで広すぎて俺にもわかんないから」

 

なんかネットの動画とか記事とか、あとは学校の授業とかで宇宙の広さとかについて知る機会とかがあったりしたが、確か1兆を優に超える星が宇宙には存在していると聞いたことがあるような気がする。これほどまでに大きいのだから、異世界に来たのではなく地球から遠い惑星に御呼ばれしたという可能性ももしかしたらありそうだ。それを確かめるすべはないが。

とにかく、宇宙は途轍もなく広いということを伝える。

 

「じゃあじゃあ、自転車で宇宙まで行ったら、端っこまでどれくらいかかるの?」

「自転車で宇宙には行けないと思うけど……まあ、目指している間に年をとって死んじゃうね、間違いなく」

「えー……じゃあ宇宙行くのは諦めよう……」

「いやいや、別に関係ないでしょ。別に端のほうまで行かなくてもただ宇宙に行くだけでもいいでしょ」

「あぁ、ほんとだ」

 

彼女は少し笑い、それにつられ俺も笑う。

 

「でもなぁ……いつか本当に、宇宙に行けたらなぁ……」

「……まあ、いつか行ける……可能性はないわけではないと否定することはできないかもしれない」

「……どっち?」

「どっちでしょーね」

 

俺も宇宙に行ったことはないが、もしかしたら生きているうちに宇宙に行くことができる……のかどうかはわからないが、これはきっと、宇宙に行ける時までわからないだろう。

そんなことを思いながら、2人でこの星空を眺め続けた。




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第25話 異世界の星空②

「……しかしなぁ、こんだけ星があるんだったら星座とかもいっぱいありそうだな……」

 

満天の星空眺めている中、ふと思ったことをぼそりとつぶやいた。東京の星空なんかだとせいぜいオリオン座とか、夏の大三角(星座ではないが)とか、数えるほどの星座しか見ることはできなかったが、この星の数を見るに凄くおおくの星座を見ることができそうだと感じた。

 

「……せーざって何なの?」

「星と星を線でつないでいって、それを色々なものに例えているもののことだよ」

「へー……面白そうだね」

 

どうも彼女は星座というものを知らないみたいだ。この世界に星座というものは存在しないのか、あるいは彼女が知らなかっただけなのか、それはわからないが、少なくとも俺にはこの世界の星座の知識は全くなかった。

 

「まあ……勝手に作っちゃうか! アンジェラちゃんもなんか作ってみれば?」

「じゃあ……あの星とあの星と……あの星とあの星、それとあの星でぽてち座」

「ごめん、どの星をさしているのか全く分からない。あとポテチ座って何」

 

星の数があまりに多すぎてどの星をさしているのか全然わからない。明るい星、暗い星を合わせるとそれこそ天文学的な数字になりかねない程の数が空の上を舞っている。なんとなく指さしている方向は分かるが、その方向にも多くの星があるので俺にはどの星がポテチ座を構成しているのか分からなかった。

 

「えー、だからあの星とあの星と……どの星だっけ」

「……あっはっは!」

 

どうも彼女はどの星がポテチ座の一部の星なのか、わからないみたいだ。それがおかしくて、俺は笑った。

笑われた彼女の方は、ちょっと顔を赤くして怒ったような表情を浮かべている。

 

「うー、別に笑わなくたっていいじゃん!」

「ひゃーひゃ、ごめんごめん、今のはちょっと面白かったし」

「もう……」

「まあまあ……いやーでもそうだなぁ、俺もなんか作ってみるか……じゃああの星とあの星、あとあの星でぬっこ座で。あとあの星とあの星、あの星でいっぬ座ね」

「……いっぬ、とぬっこって?」

「いっぬもぬっこも動物だよ、スマホに画像あったかな……」

 

何枚か保存していた画像があったはずだ。早速スマホを出して保存していた画像を見る。

 

「あったあった、これがいっぬね」

「うぁあ、かわいい」

「そうでしょ、そしてこっちがぬっこね」

「へぇー……どっちもかわいいね」

 

どうやらいっぬやぬっこの可愛さは異世界でも通用するらしい。この可愛さは万国共通……というより、世界共通とでもいうべきか。

 

「でも、それだったらもっとたくさんの星を使わないと、いっぬとかになんないんじゃないの?」

「いや、別にそんなしっかりとやんなくても、何本か線があるだけで大丈夫らしい」

 

オリオン座なんか最初は砂時計座の方がいいと思っていたし、他の星座も何の星座なのか言われてもほとんどそれに見えない。星座ってそんなものだろう。

 

「ふーん、変なの……あ!」

 

俺の話を聞き、彼女は何かを思いついたらしい。少しにやりとした顔をしている。一体何を思いついたのやら。

 

「お、どしたどした?」

「少し聞きたいんだけど……いっぬ座とぬっこ座、どれなの?」

「え? あーなるほど……」

 

アンジェラが顔をにやつかせながら聞いてきたからなんだと思ったが、どうやら先ほどの仕返しをしてきたみたいだ。今のは無しとは全く関係なかった。

まったく、なめられたものだ。そんなの即答できる。俺は再び星空に視点を戻し、いっぬ座とぬっこ座を指さそうとする。

 

「えーだからえーっと……」

 

が、空を見てみると満天の星空がそこにはあった。それはいいのだが、満天すぎてどの星がいっぬ座やぬっこ座を構成しているのかが全く分からない。これはまずい。

彼女は相変わらずにやいているし、このままでは俺は敗北者になってしまう。

しかし、それは嫌だ。俺は敗北者になるつもりは全くなかった。

 

「……あれとあれとあの星、あとあの星とあの星でいっぬ座、あれあれあれあれあれでぬっこ座ね」

「ふぇぇ……ちゃんとわかるんだ……」

「はっはっは小娘が!」

 

どうやら俺の勝ちみたいだ。勝ち誇るように笑い声をあげる。

 

「すごいね、どの星なのかしっかりわかるなんて……私は全然わからないけど」

 

彼女は素直に俺のことをすごいと認めているみたいだった。一応、ネタ晴らしでもしておくべきだろうか。

 

「いや全く分かんないし覚えてないから適当に言っただけだよ」

「え゛」

 

俺の予想外の返答に、アンジェラは困惑した様子を見せた。

さっきのは最初に作ったいっぬ座とぬっこ座を指していたわけではなく、第2いっぬ座と第2ぬっこ座を即席で作っただけである。はっきり言って第1いっぬ座と第1ぬっこ座がどの星なのかは全く覚えていない。

 

「うえぇ、ずるーい!」

「へっへっへ、何とでもいいたまえ」

 

イカサマも見抜けなければOKともいうし、ばれなきゃ犯罪じゃないとかいう言葉もあるんだから今のを見抜けなかった彼女が悪いんだろう。多分。

 

「ほらほら、それよりもっと星座を作ろうよ!」

「全く……もういいや、次はどんなのを作ろうかな……」

 

何とか話題をそらすことができた。よしよし計画通り。

という訳で再び星座づくりに勤しむことになった。

 

「俺はどうしようかな……よし、あれとあれ、あれ、あれ、それとあれで百合座で。あら^~」

「へー……ゆりってどんなのなの?」

「きれいなお花のことです、もしくは女の子と女の子が仲良くしていることですね」

「ふーん……じゃあ私とユウトが仲良くしているのは?」

「え、なんだろう……ボーイミーツガールとか? 合ってんのかなぁ……」

「ぼーい……ふーん」

「せっかくだしそれも作っちゃうか。うーむ、あれあれあれあれあれあれあれあれあれ……その他もろもろでボーイミーツガール座ね」

「……どれ?」

 

案の定どれなのかわからないみたいだ。制作者である俺も10秒すれば忘れそうである。ちなみにボーイミーツガール座はカタカナでボーイミーツガールと書かれている、そのまんまの星座である。

 

「そのぼーい……なんちゃらってのを作るより、私とユウトが仲良くしている星座を作ればいいんじゃない?」

「いやそれはちょっと恥ずかしい。自分の銅像とかを生きている間に作ろうとするやつにろくなのはいないって聞いたことあるし」

「えー……あ、じゃあ!」

 

どうやら彼女の電球が光ったみたいだ。何を思いついたのか。

 

「私がユウトの星座を作るから、ユウトは私の星座を作ってよ。それなら大丈夫でしょ?」

「ああ、それなら大丈夫……では、ないかなぁ、それもなんか恥ずかしいし」

 

それも結局自分の星座ができるわけだし、恥ずかしいのは変わっていない。やはり乗り気にはならない。

 

「まあまあ、勝手に作っちゃうから」

「マジか」

 

どうやら俺の意見は無視されているみたいだ。そんな勝手に作られても特に困ることはないが、やはり恥ずかしい。

 

「それじゃあ……えーっと……あそこにある星いっぱい使ってユウト座で!」

「いやくっそ雑やん」

 

思ったことをそのまま口に出してしまった。勝手に作られた上に星座を構成する星もかなり雑である。そんなんでいいのか。

 

「じゃあ俺も作ったるか……あそこら辺の星一杯でアンジェラ座だ!」

「ええー、なんか雑」

「別にええやろ」

 

彼女も俺のこと雑に星座にしていたが、考えると数十秒後にはどの星で構成されているのかわからなくなりそうだし、こんぐらい雑でもいいだろう。

 

「……そういえば仲良し要素は?」

「あ。忘れてた」

 

作った後に気づいたが、これではただ自分の星座を作っただけである。仲良し要素がどこにもないことに気が付いてしまった。これでいいのだろうか。

 

「でも、これはこれでいいんじゃない?」

「うーん、いいのか?」

「いいっていいって。それよりもっといっぱい作ろうよ!」

 

発案した人は満足しているみたいだし、これでいいのだろう。きっと。

 

「せやなぁー……もっといろいろ作ってみよっと」

 

彼女の言う通り、一緒に様々な星座をもっと作ろうではないか。

俺は星空を眺め、再びどんな星座を作ろうかを考えた。

結局、この日は2人で夜遅くまで星座作りに勤しむことになった。




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第26話 次なる街は

あれから一夜明け、今は自転車をこいで道を進んでいるところだった。食事を食べ、色々と片付けてあの野宿した所から出発して10分ほどは経った。だが、太陽はすでにかなり高い位置に陣取っていた。その理由は明白で、単純に起きるのが遅かったからである。

昨日は夜遅くまで星座作りに勤しんだのだが、結局起きたころにはどの星で構成されているのかを完全に忘れてしまった。多分、毎日新しい星座を作ることになるかもしれない。

今日も自転車を漕いでいるが、次の村や街にたどりつくことはできるのだろうか。とりあえず何か建物があればそこで休むなり一夜を過ごすなりしたいのだが。

 

「……お、なんかまた街があるみたいだな……」

「あー、ホントだ」

 

そんなことを思っていたが、割とすぐに次の街を見つけることができたみたいだ。

何か建物が見える。かなり遠くだが、かなりの数の建物があるように見えた。

どうやらもう次の街を見つけたみたいである。だがここからではわずかしか見えない。ちょうど小高い山から下りるような形になっているため、もう少し進んだら街の全体を見ることができるだろう。

 

「……え、めっちゃでかくね? ここの街」

 

街全体を見た第一印象がそれだった。小高い丘から街を覗くような感じになっているのだが、一言でいうとかなりでかい。見た限り2階か3階建ての建物がほとんどを占めているみたいだが、中にはかなり高い建物もあるように見える。

もっとしっかりと観察したいと思ったのでとりあえず自転車を止めてみようと思った。彼女に止まるということを伝え、ブレーキを掛ける。完全に制止するとサドルから降り、アンジェラも後ろの荷台から降りた。

改めてみると、やはり大きい。

 

「おお、ホントにでけぇな! おお、ホントにでけぇな!」

「ほんとだね……すごい大きな街だと思う」

「……そうっすね」

 

残念ながら2回言ったことには突っ込んでくれなかった。

しかし、この街はかなり大きいというのは事実だった。流石に首都圏だとか東京都市圏だとか東京都だとか、そこまでの広さはないと思うが、それでも最初に訪れた街とは全然違う。結構な広さな気がする。

街の真ん中あたりには周りよりも高い建物もあるみたいだが、時折かなり広い空き地みたいなのもあるみたいだ。セントラルパークみたいな公園なのだろうか。

とりあえず、この街に行く以外の選択肢はないだろう。そんなわけで再び2人で自転車に乗り、街に向けて進み始めた。

 

 

******

 

 

「完璧に廃墟……ですな」

 

最初にあの街に入った時もこんなことを言った気がするが、それでもこう言わざるを得ないほどの廃墟だった。

単純に廃墟とは言ったが、今まで見たものとは格が違っていた。建物の骨組みしか残っていなかったり、崩れていたりしている。何か焼けたような跡もある。それだけでなく、ところどころ不自然に建物と建物の間隔があいているところもある。その間の所には、建物の土台のようなのが、草などに覆われながらも存在している。

どうもこの間隔の所には昔は建物があったのだろうが、それがなくなってしまっているみたいだった。

さらに、道の方も何か爆発が起きたのか、アスファルトが円を描くように砕け土が露出し、そこから草とかが生えているようだ。道路の状態がこの辺りはかなり悪く、自転車に乗ることができない程だった。

 

「もしかして……爆撃されたからなのかな」

 

建物の様子や道路の劣化具合から言うに、単純に経年劣化で崩れたとは言えないようなのが多い。建物の土台しかないというのも、木造の建物が爆撃の炎で焼けてしまったからかもしれない。

その炎は爆撃によってもたらされたのではないか。証拠や確証はないが、かなり説得力があるのではないかと個人的には思っている。

 

「爆撃って……空から爆弾が降ってくるんでしょ?」

「そうそう。そういえばあの時見た手帳にも爆撃機がどうのこうのって、書いてあったよな……」

 

そうなると、もしかしてここは首都なのだろうか。確かに街の規模もかなり大きいし、ここが国の中心だったとしても不思議ではない。今の所首都らしい建物とかを見つけたりはしていないが、中心部の方に行けば何かあるかもしれない。

そんなわけで、地面のデコボコに注意し、自転車を手で押しながら中心部へと向かうことにした。




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第27話 行く途中で

今回はちょっと短いです。


街の中心部に向けて自転車を走らせているが、なかなか近づいている感じがしない。

単純に距離が離れているというのもあるのだが、道の状態が悪くて速度を出せなかったり、自転車を降りざる終えないということも間々あるというのも理由になっていた。

それでも、なんとか少しずつ近づくことができた。街にある高い建物はコンクリートかなにかで作られた高層ビルみたいだが、爆弾が当たったのか崩れたり折れたりしている建物もある。

どうもこの街は相当爆撃されたみたいだ。それも工場や軍事基地とかに的を絞るのではなく、建物があったらとりあえずぶっ壊すという無差別爆撃を。

そして、中心部へと向かっているうちにあるエリアに到達した。

 

「この辺りは特にひどいな……」

 

ひどいといっても、特に凄惨な光景が広がっているわけではない。辺りには草が生い茂り、時折低木も生えたりしているが、それと同時に建物の基礎みたいなのもかなりある。コンクリ製の建物もいくつかあるが、まるで原爆ドームみたいにボロボロで、そしてその悲惨さを物語っていた。どうもここらは特に被害が大きかったみたいだ。爆撃がこの辺りは重点的に行われたのか、木造建築が多くあったため被害が拡大したのか、それはわからない。

 

「昔は焼野原だったのかな……」

 

焼け焦げた建物があるわけではないが、この周りの様子からそれは容易に想像できた。山の上から見たときはバカでかい広場があると思っていたが、実際はこの辺りには数多くの建物があったのだろう。

 

「この辺りは何にもないね」

「まあ、今となってはね。昔はいっぱいあったんだろうけど……」

 

それは50年前の話だ。アンジェラの言う通り、この辺りには草木とボロボロの道路、少し残っている焼け焦げたコンクリの建物と土台くらいだ。

一応、そのコンクリの建物の中を外から見たりもしたが、何もなかった。中のものもすべて爆撃でなくなってしまったようだ。中に入ろうにも、かなりボロボロなので何かの拍子に崩れる可能性もあるため、入ることはできない。そんなわけで、再び道を走り抜けようとしたが、その時あるものを見つけた。

 

「これは……缶詰? 空みたいだけど……」

 

廃墟となっている建物のすぐ近く。そこにあったのは中身が入っていない缶だった。それだけならいいのだが、どうもこの缶は開けられて大した時間は経っていないみたいだった。中身は入っていないが、缶の記載から見るにビスケットの缶詰みたいだ。

誰かがここで食事をとったというのは、間違いないだろう。

 

「他に人……が、いるのかもわからんね」

 

人ではなくドワーフだとかエルフだとかかもしれないが、この様子を見るに、もしかしたら他の人がここで食事をとったのだろう。そうなると、この街には誰かがいるのかもしれない。

 

「ホントに? あっちの方に行ったら会えるかなぁ」

「いやーどうだろう。結構時間たってるみたいだし……」

 

缶が最近開けられたといっても、開けられてから恐らく数週間は経っている。それに自分らが向かっている方向にその人も向かっているかわからないので、出会う確率はほとんどないかもしれない。それでも、他にも人が居るかもしれないということが分かっただけでも良かったのではないだろうか。

一応他にも何か落ちていないかを見たが、缶詰のほかには何もなかったので、再び中心部へと向かうことにした。




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第28話 建物の上へ

何とか中心部へとたどり着いたが、そこにあったのは廃墟ばかりである。一部の建物は崩れていたり、中には完全に横にへし折れたりしている建物もある。

ただ、全部が全部崩れているわけではない。むしろ焼けてはいるが一応は無事な建物が大半を占めている。

そんなわけで、建物の中の探索をしようということになった。が。

 

「……中も焼けてるな」

 

この辺りも戦争で爆撃されたみたいだが、建物自体はしっかりと残っているのだ。しかし、中に置いてあったものはほとんど焼けてなくなってしまっているみたいだった。

 

「ほとんど何もないねぇ」

「うーん……この分だと他の建物もそうかもなあ。でも建物自体はしっかりと残っているけど」

 

今入った建物は十数階建てのビルだが、外から見た限りだと崩れたところはなかった。代わりにかなり焼け焦げているが、構造の方に問題はなさそうである。

 

「ちょっと……一番上まで行ってみるか」

「おー、いいねいいね」

 

この建物がこのあたりで3番目ぐらいに高いみたいだし、上から見たら何か見つかるかもしれない。そう思い、この建物の一番上まで上ることにした。

階段は入ってすぐの所にあったので、そこから最上階を目指して上っていく。のだが。

 

「ふう……ふう……結構キツ!」

「ほらほら、もう少しだよ」

 

東京タワーの階段を上るわけじゃないからいいか、なんて思って上ってみると結構きつい。外から見た感じ十数階建てみたいなので、大体50mか60mくらいだろうか。50mといっても、平坦なところを歩くのと階段を上っていくのとでは訳が違う。もう別に最上階まで上らなくてもいいのではないかと思えるほどだった。

それでも、息を切れ切れにしながらも一番上まで上ることができた。

 

「おお、これが屋上への出口……って、開かないな」

 

階段の一番上はちょっとした部屋みたいになっており、ここにはこげた箱だとかロッカーだとかがおいてあるので、恐らく物置みたいな感じで使っていたのかもしれない。そして、お目当ての屋上へとつながる扉もある。が、扉が開かない。

せっかくここまで来たというのに、屋上に出るための扉が閉まっている。鍵はかかっていないみたいだが、どうも立て付けが悪くなっているみたいだ。

 

「こんな時は体当たりで開けるに限る! ちょっと下がっててね」

「体当たりで開けて大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、そんな大したことはないよ。ただ扉を開けるだけだし」

 

映画とかでもしまっている扉を体当たりで開けるシーンとかあるし、鍵もかかっていないから体当たりで開くかもしれない。そんなわけで扉から距離を取り、そして扉に勢いよくぶつかった。

すると。

 

「うぉ開いた……!」

 

まさかの1発目で扉が開いたことに驚いた。こういうのは何回かやらないと開かないものじゃないのかと思っていたので、少し驚いた。が、驚いたのはそれだけではない。

なんと、扉を開けてすぐ目の前の床が崩れている。しかもかなり大きく崩れているみたいで、そこに落ちたら3、4階分は落ちてしまうだろう。もし落ちたら良くて重症、悪けりゃ死だ。

そして扉を体当たりで開けるために勢いがついていた俺は、今そこに落ちそうになっている。

 

「うおわぁえぁあ!」

 

落ちないように体を止めようとするも、急に止まったせいで体が前のめりになる。そして体が斜めになり、横になり、逆さまになっていく。

なんでここだけ崩れているんだ。外から見たときは特に崩れているところとかはなかったのに。まさか反対側は崩れていたのか。

これは本当に不味い。まさしく絶体絶命だった。

 

「危ない!」

 

もう終わりか、そう思いながら体がほとんど逆さまになったところで、誰かが俺の足を掴んだ。アンジェラだ。両足首を掴み、重力に逆らって俺が落ちないように必死になっている。

俺はひとまず助かった。が、それも長くはもたない。

 

「ふぅうぅぅん……落ちちゃう……」

「助かった……俺のこと上まで引っ張れる!?」

「うー、今やってる!」

 

アンジェラは今も俺を上に持ち上げようとしているみたいだが、現実には俺は少しずつ下に落ちていた。俺は何とか上体を起こして何かしようと思ったが、今は向かい合うような形で落ちているので起こしたところで何もできない。周りには掴めそうなものもない。

 

(このままじゃ……)

 

落ちる。落ちたら死ぬかもしれない。

恐怖の感情が頭を支配した。このままではいけない、何か打開策がなければ。だがどうすれば。周りに何かないのか。

と、辺りを見回すと、下の方に何かあるのがわかる。逆さに見えているが、あれは床だ。この床は一階下の床みたいだが、あそこに飛び移ることはできないだろうか。距離はそんなに離れていない、少し踏ん張れば行けるかもしれない。

そう考えていると左足首から彼女の手が離れた。もう時間がない。

 

「んー……だめ、落ちちゃう!」

「うー、なむさん!」

 

彼女の手が俺の右足首から離れた瞬間、俺は何とかその床を掴めないか腕を伸ばした。

やれるかやれないかではなく、もうやるしか道はない。

必死に腕を伸ばし、なんとか掴もうとする。

そして。

 

「うお、掴めた……!」

 

まさに間一髪というべきか、屋上の一階下の床に何とかへばりつくことができた。腕と上半身の一部を床につけ、何とか数階分落下するという事態は避けられた。先ほどと同じく宙ぶらりんになっているのは変わらないが、それでもさっきの逆さまになっていた時よりはだいぶマシだ。

しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。幸いにもこの体勢ならすぐによじ登れる。というわけでよじ登ろうとすると、床からみしり、という音が聞こえた。

 

「……ミシリ?」

 

嫌な予感がする。大急ぎでよじ登って離れなければ、そう思い体を引き上げようとしたが、それと同時にへばりついていた床が崩れはじめた。これは俺がへばりついて衝撃などを与えたせいだろうか。

よじ登る間もなく再び俺は落下した。ふわふわとした浮遊感が再び訪れた。

今度こそ不味い。どれくらい落ちるのかわからないが、無事では済まないかもしれない。とにかく頭だけでも守らなければ。そう思い腕で頭を覆う。

体全体を強い衝撃が襲った。




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第29話 落ちた後

「いて……いてててて……」

 

身体を少し動かすと、いたるところから痛みを感じる。あそこから落下してどれほどの時がたったのかはわからない。10秒か1分か10分か、そのくらい意識が飛んでいたみたいで、正確な時間は分からなかった。

 

「ちょっと意識が飛んでたかもな……いてぇ!」

 

起き上がろうとするも、身体全体に痛みを感じて再び倒れた。どこか骨が折れてるかもしれないと思い体中に意識を張り巡らせたりしたが、痛みはかなりあるもののどこも折れてはいないみたいだった。

 

「折れてはいないのかな……どれくらいの高さから落ちたんだ?」

 

身体の痛みを感じながらも、頭を動かしてここがどこらへんなのかを調べる。

どうもここはさっき掴んでいたところから2階下の階層みたいで、あそこから一気に1階まで、という訳ではないみたいだ。まあ、そこまで落ちていたら死んでいる自信があるので、助かったといえば助かったみたいだ。

辺りを見ると、数十cm後ろは床が崩れており、その下を見てみると恐らく3階分は崩れているみたいだ。もしあそこに落ちていたら、この程度の怪我では済まなかっただろう。

体中に痛みを感じながらも立ち上がり、何とか階段の所へと移動する。

 

「あー、いて!……左手首ねん挫したかなぁ」

 

左手首の関節部分が腫れている。少し捻るだけで激痛が走るし、これはねん挫したということで間違いなさそうだ。ねん挫したときはどうすればいいんだっけか、とりあえず安静にしているべきだろうか。そうはいってもずっとここにいるという訳にはいかないので、とりあえず階段を再び上ることにした。

そういえばアンジェラはどこにいったのだろうか。今も上の所にいるのか、それとも下に降りていったのか。とりあえず上にいる可能性に賭けていくことにした。

階段を上るたびに痛みを感じる。とはいえ先ほどよりかは痛みを感じなくなってきた。体が治ってきたのか、それとも感覚がマヒしてきたのか。恐らく後者だろう。

痛みを感じながらも階段を一段一段、しっかりと上っていく。やがて、もう少しで屋上にまでというところで、何かの声が聞こえ始めた。

 

「……泣き声?」

 

誰かの泣き声が聞こえる。といっても誰の泣き声なのかはわかっている。アンジェラだ

階段を登りきると、そこには膝をついて丸まりながら泣いている彼女がいた。どうも、俺が落ちてしまったことを泣いているみたいだ。

 

「うぇえぇん……私のせいで……」

「……あのー……」

「ひっぐ……え?」

「ちゃんと生きてます」

 

どうも彼女は俺は落ちて死んでしまったと思っていたみたいで、再び戻ってくるとは思っていなかったみたいだ。ぽかんとした顔を浮かべたのち、みるみると泣き喜びの顔に変わっていく。

 

「ひぐぇえぇぇ、よかったぁー!」

 

彼女はあふれんばかりの涙をだしながら、俺に抱き着いてきた。途轍もなく泣いているみたいで、制服に涙とか鼻水だとかがどんどんついていく。

これは彼女にかなり悪いことをしてしまった。

 

「いやはや面目ない……いてて!」

 

彼女に抱き着かれて少し体がよろけたが、それによって大きな痛みが襲ってきた。やっぱりまだまだ痛い。

 

「ひっぐ……けが、してるの?」

「うーんまあ。血とかは出てないみたいだけど……ちょっと離れてもらっていい?」

 

彼女に離れてもらい、俺はそこいらの壁に寄りかかった。動くたびに痛みが広がるが、力を抜いて止まっていてもやはり痛い。それでも姿勢を変えずにいるとそれなりに楽なので、

 

「あーいてぇ……とりあえず今は時がたつのを待つしかないか……」

 

こんな世界なのだから病院なんてないだろうし、応急処置ができそうな道具もない。今のところできるのは安静にしていることくらいだろうか。ここは人体の自然治癒力を信じるしかないみたいだ。

と、思っているとアンジェラがまだ涙を流しながらも、俺の方を気遣ってくれた。

 

「けがは……だいじょうぶなの……」

「うーん、大丈夫ってわけじゃないけど……一応は」

「痛いところとか……あるんでしょ……」

「まあ……はい」

 

先ほどよりかは楽にはなったが、それでも痛いものは痛い。正直にそれを伝える。

 

「それなら……私が回復魔法かけてあげるから……」

「ほう、ありがたい……え、そんな魔法あるんすか? 最初に見せてくれた時にやってくれなかったような……」

「だって、あの時は怪我してないから……使う必要ないじゃん」

「なるほど……」

 

確かに怪我はしていなかったし、あそこで出されても特に何もなしで終わっていただろうが、てっきりあそこで全部の魔法を出したものだと思っていた。どうもあれですべての魔法を出したという訳ではないみたいだ。

 

「じゃあ……キュア」

 

彼女がキュアと魔法を唱えると、彼女の手から緑色のオーラみたいなのが出てきた。そして、そのオーラは俺を包み込んでいく。

 

「おお……おお?」

 

俺を包んでいた緑のオーラは消えたが、特に何か回復したようには思えなかった。相変わらず左手首は痛いし、全身の痛みも引く気がしない。

 

「えーっと……これってどんな魔法なの?」

「体の傷とか痛いところを治す魔法だよ。時間はかかるけど、時間がたてば痛みもなくなるはずだよ」

「ああなるほど、リジェネみたいなものね」

「りじぇ……まあ、そうかも」

 

とにかく、怪我を治すにはしばらくは安静にしている必要がありそうだ。

 

「まあとにかく横になってよ……」

 

壁に寄りかかるのをやめ、横になる。布団とかは何もなく、直に寝てしまっているが別にいいだろう。さっきよりかは痛みが引いてきた気がするし、このまま魔法の効果が出るのを待つべきだろうか。

 

「……その」

「ん?」

 

と、横になると彼女が話しかけてきた。

 

「けがをさせてごめんなさい。私のせいで落としちゃったし……あそこで持ち上げられてたら……」

「えいやいや、むしろ謝るべきはこっちの方だよ、よく考えないで扉を体当たりしていたり……」

 

そうだ、俺が下に落ちてしまったのは俺のせいだ。彼女のせいなんかじゃない。もし俺がもう少し慎重にやっていたら落ちていなかったのだ。彼女を責める点はどこにもない。

 

「でも、あそこで私が持ち上げられたら落ちなかったし……」

「それを言うなら俺が体当たりで開けようとしなかったら落ちてなかった。とにかく今回のことは全面的に俺が悪かった、それで終わり。いいでしょ」

「……うん」

 

彼女は何も悪くない。考えればこの建物もボロボロだし、扉の先が安全だなんて確証はどこにもない。もう少し俺が考えてやっていれば……色々と反省点はあるが、とにかくこれからはもっと慎重に色々とやらなければ。

そう思いながら、俺は痛みが引くのを待ち続けた。




投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。リアルが忙しかったりさぼってたりしてました。これからは投稿ペースの方もう少し上げたいと思います。
感想、評価等していただけると嬉しいです。


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第30話 怪我の具合は

「……ふぉへ」

 

ずいぶんと間抜けな声をだしながら、少しずつ意識がはっきりしていく。俺はしばらく横になっていると彼女に言ったと思ったが……

 

「あー、寝ちゃってたみたいだな……」

 

右手で目元をこすりながら、俺は上半身を起こした。

身体の方に意識を向けると、痛みがだいぶ引いているのがわかる。手首を見ると、腫れていたはずの所の腫れが完全になくなっていた。まだ痛みは残っているが、十分動ける程度まで回復している。

ちょっと立ち上がってみようとしたが、何かに引き留められるかのような感じがして動くのをやめた。どうやらアンジェラに抱き着かれているみたいだった。なんか足の所を抱かれているみたいだった。

 

「おりょ、抱き着かれて……って、これいつも使ってるオフトォンじゃん」

 

実際まだそんなに使ってないが、今体にかかっているのはこの世界に来てから2人一緒に寝るときに使っている布団だ。何かかかっていると思えば、これがかかっていたとは。

 

「でも何で……」

 

これは1階の自転車に置いてきたはずだ。かごに荷物を入れたままにしておくだなんて不用心かもしれないが、どうせとる人もいないだろうし、上に上るのだから少しでも荷物を減らしておくべきだと思って荷物は全部置いてきたのだ。

しかし現に俺は布団をかぶっている。ということは。

 

「……持ってきてくれたのか」

 

彼女が横になっていた俺のために布団を持ってきてくれたのだ。ここは十何階だし、下まで降りて、布団を取って上ってきてくれたということか。なにはともあれ、とにかくありがたかった。周りは相変わらず寒いし、これのおかげでよく眠れた。

彼女は起こすべきかどうか悩んだが、しばらくは寝かせていても大丈夫だろう。横になってからどれぐらい寝ていたのかはわからないが、太陽の様子を見るにそこまでは寝ていないはずだ。ポケットに入れてあるスマホ(上から落ちたときは当たり所が良かったのか全く傷つかなかった)を取り出し時刻を見ると、大体1時間ぐらいは経っているみたいだった。

痛みもまだ残っているし、もう少し寝ててもいいか。そう思い再び横になる。

 

「……んん……あれ、起きたんだ」

 

と、どうも彼女が起きたみたいなので再び上半身を上げる。

 

「あらら、起こしちゃった?」

「そんなことないよ……それより、怪我は大丈夫なの?」

「うーん、まだちょっと痛いかな……でも、だいぶ良くなってるよ」

 

身体を動かして元気アピールをする。考えてみると恐らく治すのに数日はかかるであろうねん挫とかが1時間でこれだけよくなるのだから、現代医学も驚きである。やっぱ魔法は素晴らしい。

 

「そっか……よかった……」

 

彼女は俺の様子を見てほっとしているみたいだった。

 

「そういや、この布団わざわざ持ってきてくれたんでしょ。別にそこまでしてくれなくても……まあありがたかったけど」

「だって横になってた時に少し寒そうにしてたから。それで持ってきた方がいいかなって……」

「そうだったんだ……まあとにかくありがとう」

 

寝ていたので全く記憶にないが、俺は寝ていた時に寒そうにしていたみたいだ。その様子をみて彼女が持ってきてくれたようだ。普通にやさしい、とりあえず感謝の言葉を彼女に伝えた。

 

 

※※※

 

 

あれからもう少しだけ横になった後、屋上に出て外を見ることにした。

そもそもこの建物に上ったのは上から何か見えるかもしれないと思ったからだ。本来の目的を果たすために2人で屋上に出る。もちろん下に落ちないように崩れているところからは距離を取って。

 

「うーん、結構景色いいな」

 

眼下には数多くの建物と、それと同じぐらい多くの更地がある。建物は崩れ、ボロボロになっていたりと完全に廃れた光景なのだが、この位置から見るとなんというか、味がある。

 

「あっちの方から来たんだよなぁ……しかしこの街やっぱでかいな」

 

改めてそう実感する。見渡す限り何かしらの建物がある。緑が生い茂っているところも、恐らく昔は多くの建物があったのだろう。

この街は数十万、いや数百万人規模の人口を抱えていたのかもしれない。

 

「こっからなんかありそうな建物とか見えないかなぁ……」

 

そんな都市なのだから何か特異なものがあるだろうと思ったのだが、今のところ特に

いつまでもここにいるという訳にもいかないので、次に向かうべき方向を今のうちに定めておきたい。上から見たら何か見つかるかもと思って上ったのだから、何も見つからなかったら上った意味がなくなってしまう。

 

「……ねえ見て、あっちの方」

 

血眼になって探し続けていたが、俺とは違う方向を見ていたアンジェラが何かを見つけたみたいだった。

 

「え、何かあるの?」

「あっちの方におっきな建物があるよ。あそこ」

「あー……あー確かに、なんかお城とか宮殿っぽい……」

 

結構遠いのでしっかりと見えているわけではないが、かなり大きな建物があることがわかる。建物はお城とか宮殿っぽい。高さはそうでもないが、横の広さはだいぶあるみたいだ。

 

「じゃあ、あっちの方に行きますかね」

 

もしかしたらあれは政府関係の建物かもしれない。そうなると色々と掘り出し物が出る可能性もある。そんなわけであの建物に行くことにし、方角をしっかりと覚える。

一応本来の上った目的を果たすと、若干の痛みを覚えながらも建物を降り、その建物へと向かうことにした。




投稿のペースを上げたいと言いつつ全然上げられてない……申し訳ないです。
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第31話 目当ての建物

建物を目指すこと40分以上は経っただろうか。太陽はまだまだ頑張ってはいるが、夕暮れと昼の間ぐらいにはなっていた。

向かう途中、方角がわからなかったり道が通れなかったりといろいろあったが、目的の建物へ何とかたどり着くことができた。

その建物は50m……ほどはないが、数メートルか、十数メートルくらいの高さの壁によって囲まれていた。煉瓦製の壁は古びてはいるが、まだまだそれなりの強度は持っているみたいだった。入り口はどこかと探そうと思ったが、案の定崩れているところがあったので、そこから入ることにした。

山になっている瓦礫をゆっくり乗り越え始める。自転車は持ったまま乗り越えるのはきつそうなのですべての荷物を持ってご丁寧に鍵をかけてそこらに置いておくことにした。安定しているとは言い難い瓦礫を慎重に登り、ちょうど瓦礫のてっぺんあたりに行くと、お目当ての物を見ることができた。

 

「……だいぶボロイな」

 

それは近くというわけでも、遠くというわけでもない。そんな距離にあのビルから見ていた建物があった。遠くから見たときにはもう少し立派に見えたのだが、近くで見ると多くの所が崩れていたり、シダが生い茂っていたりといろいろとボロい。まあこの世界で綺麗な建物を見ることはできないと思ってるが。

残っている建物から見るに、ここはかなり大きな宮殿だったようだ。そして大規模な爆撃を受けたことも。

 

「なんか壊れてるところがいっぱいあるね」

 

彼女の言う通り、建物が崩れたりしてるところがいっぱいある。ここも酷い爆撃を受けたみたいだ。木ではなく石とか煉瓦とかで造られているからか建物自体は残っていたりするが、それがかえって戦争の時の被害を後世まで伝えてしまっている。

といっても一応崩れたりしていない所とかもあるので、瓦礫の山から何かを探すみたいなことはしなくてもよさそうだ。

壁の内側へ行こうとがれきを降りようとすると、すぐ近くにはぼうぼうに草木が生い茂っていた。それだけなら割とよく見る光景なのだが、地面には石でできた通路の跡や、花壇の跡らしきものもある。ここは昔は庭とか、庭園だったのではないだろうか。見た感じ花もところどころ咲いているみたいだし、多分間違った推測ではないと思う。

瓦礫の山から何とか下り、その庭の跡を進んでいく。一応気温と太陽の高さ的にここは冬なんだと思うが、ここには数多くというほどではないが、まあまあな数の花が生えていた。色は紫が多いみたいだが、他にも赤や白、青色の花なんかも結構ある。しかし、花や草の手入れは全くされていない。まあ当然だが。

 

「うーん……なんかあんまし綺麗じゃないなぁ」

 

1つ1つの花は美しいが、それらの花が無秩序に生え、草木も好き勝手に生い茂っているためか、全体を見てみるとあまり綺麗ではなかった。恐らく昔は立派な庭園とかだったのが、手入れする人がいなくなりそのまま廃れたのだろう。

昔はどんな様子だったのかを考えながら、かろうじて残っている石の道の上を通り、目的にしていた建物へと近づいていく。

建物の方はなんというか、フランスとか、ドイツとかにありそうな感じの石製の建物だった。かなり幅広の建物みたいで、結構豪華なつくりなのではないか。ただ残念なことにところどころシダに覆われている上に崩れているところがままあるので、今となってはそんな立派な建物には見えない。

崩れているところは経年劣化で崩れた感じではなく、他と同じように爆撃のせいで崩れたのだろう。しかし、崩れた建物の瓦礫はそんなに落ちていないみたいだ。爆撃後にどこかに片付けでもしたのだろうか。それはともかくとして、崩れているところがあるので入り口を見つけるまでもなくそこから中に入ることができそうだ。

 

「ふむ……中の方も豪華な感じやな」

 

建物の作りや材質、装飾なんかも古びてはいるが、それでもなおお高い感じがする。

中には鎧や絵画みたいなのも置いてある。絵画は古ぼけてほとんど何が書いてあったのかわからなくなってたりするが。

今の所そんな興味を引きそうなものはないが、きっとこの建物内になんかすごそうなのがあるだろう。そんな淡い期待を持ちながら、2人で建物の奥へと進んでいった。




最近投稿のペースが遅くて申し訳ないです。大学のオンライン授業が始まって、レポート書く合間に小説書いたりしています。失踪とかはしないように頑張ります。
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第32話 謁見の間

建物の中に入って1分は経っただろうか、いや、そこまでは経ってないかもしれない。それくらいの時間がたったのだが、今俺らはでかい扉の前にいた。

 

「むっちゃでかいやんけ……」

 

そこにあった扉は、4、5メートルほどの高さははありそうな鉄の扉である。なんか開けたら王様が居たり、魔王が勇者を待ち構えていたりしそうな感じだ。

 

「いやー、なんかいきなりすごい扉を見つけてしまった」

 

ついさきほど建物の中に入ったばかりなのだが、もうなんかすごそうな部屋の前ににたどり着いてしまった。割と入り口の近くにあるものなのかと思ったが、よく考えてみると入り口からというか崩れたところから入ったのだから、入ってすぐにこんなところにというのもそこまでおかしくはないかもしれない。

そんなわけでこの扉を開けてみようとしたのだが。

 

「うーん……重い!」

 

鍵がかかっている感はしないのだが、力強く押しても人一人が通れる隙間もできない。扉が重い上にさび付いていたりしているせいで、ほんのわずかしか動かない。なんでこんなバカでかい扉なんか作ったのか、設計者とか建築家とかに問い詰めたい気分である。

 

「あ、じゃあ私が魔法かけてあげるから……」

「いや、ここは俺1人の力で……くわばらぁぁ!」

 

意味不明な言葉をだしながらも全力を出して扉を全力で押す。まったく動かないわけではなさそうだし、自分の力だけで行けるはずである。ここで何でも魔法だよりではなくいざというときは色々できる男であることを証明しなければ。

今自分の中に持っているすべての力を振り絞り、扉を押し続ける。すると、さっきまでほとんど動かなかった扉がギシギシと音をたてながら開いていく。

俺は力を加えるのをやめた。

 

「ふう……ま、俺にかかればこんなもんよ……いてて」

 

腰に手を当ててドヤ顔をしようと思ったのだが、腰に手を当てて痛がることになってしまった。かっこつけて少し無理してしまったが、まだ完全に体の痛みがなくなったわけではないことを忘れていた。収まっていた痛みがまた少し表面に出てくる。

 

「えっと、痛みとかは大丈夫なの?」

「大丈夫よ大丈夫。それよりも中に入ろう!」

「う、うん」

 

開けたといっても人1人ギリギリ入れるほどの隙間を作っただけなので、そんなに大きなスペースはないのだが、完全に開けようとしたら文字通り骨が折れそうだし、人が通れる隙間ができれば十分だろう。

その隙間から中へと入っていく。中に入って真っ先に目に入ったのは、部屋の一番奥。少し所に置かれている椅子だった。

椅子は大理石か何かでできているのだろうか。いかにも偉い人が座りそうな椅子だ。というか、ここが宮殿とかお城とかなら、あんな椅子に座るのは王様とかだろう。他の所に目を向けると、地面にレッドカーペットが敷かれていたり、壁に豪華なランプがついていたりと装飾も豪華だ。ここは王様とかがいる接見室なのかもしれない。

 

「うーん……なんかいかにも王様とかが居そうな部屋だな」

「おーさま……すっごい偉い人のことだよね」

「そそ。ここはその偉い人がいる場所だったのかな」

 

中央奥のでかい椅子に王が座り、横には女王とか王子が、左右には親衛隊が……みたいな。部屋の構造や装飾なんかがそんな印象を与えてくる。やはりここは王のいる間なのだろう。

しかし、天井が吹き抜けになっているのは元からなのだろうか。瓦礫はあまり落ちていないが、天井の感じから恐らく爆撃か経年劣化で天井に穴が開いたのだと思うが。そうなると国王とかはどうなってしまったのだろうか……どっちにしろ今はもう死んでしまったと思うが。

何か他に面白そうなものはないかと思い、部屋の奥へと進んでいく。

 

「うーん……きたね」

 

遠くから見ると結構荘厳な感じが近くで見るとやっぱりボロイ。埃はあんまりついていないみたいだが、なんかいろんな汚れが付いたりしている。ただ、椅子に掛けているところとかは見られない。イスの素材は大理石みたいで、特別な装飾はない、背もたれが結構高いシンプルな感じのイスだ。ただ、ごちゃごちゃしているよりかはこんな感じでシンプルな感じの方がかえっていいのかもしれない。

王が座っていた椅子とかちょっと座ってみたいなと思ったが、この汚れ具合だと座ったら今着ている制服にも汚れがついてしまいそうだ。座るのを少し戸惑ってしまう。

が、やっぱり座ってみたい。まあ着ている制服も割と汚れが付いているし、さらに汚れたところであんまり気にする必要はないかもしれない。そんなわけで恐る恐る椅子へと座ってみる。

 

「ふむ……あーひんやり……」

 

石のひんやりとした感覚が体に伝わってくる。なんか座っているだけで偉くなった気分である。尻が痛くなりそうだからあんまり長く座りたくはないが。

 

「イヤーなんかいいなあこの椅子……よし、我はこの……いや、やめとこ……」

「……?」

 

我はこの国を治める王であるとか言おうと思ったが、ふと考えてみるとメチャクチャ恥ずかしいことなので言うのをやめる。

その様子を見ていたアンジェラが不思議そうな顔をしている。そんな顔で見てもまた言ったりとかはしないぞ。

 

「……とにかく、あーその……あっちの扉の方行ってみましょう!」

「うん、わかった」

 

このままだとなんか突っ込まれるなり質問されるなりしそうなので、その前にこっちから話して何か言われないようにする。ちょうど部屋の側面にも扉があったので、そっちに行こうと提案してそらすことにした。この部屋にもまだ何かあるかもしれないが、そっちの扉の方に行ってからもう一度見ればいいだろう。椅子から離れ、そちらの方へ行くことにした。




何とか更新できた……これからも失踪せずに何とか書いていきたいと思います。
感想、評価等していただけると嬉しいです。


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第33話 王の部屋

扉を開けてみると、そこには広々とした部屋があった。流石に先ほどの間ほどの大きさではないが、それでもかなり広く感じる。周りを見るとでかい鏡や棚がおいてある。もしやここはクローゼット的なところなのだろうか。試しに棚を開けてみると、そこにはゴージャスな衣装が数多く収納されていた。埃が付いていたり、なんか古びた感じはしているが、保存状態はまあまあなのではないか。

 

「はえー結構シャレオツ……」

 

いかにも偉い人が来そうな感じの服ばっかりである。こんなのを着て式典やらいつもの政務やらをこなしているのだろうか。まあ一国の王がダサい服着て公務こなしていたらそれはなんかだめだと思うので、色々とゴージャスな感じなのだろう。

と、ここでふと思ったことがあった。

 

「そういや、王冠とかはないんかなー。」

「おーかん……てなに?」

「頭に乗せる綺麗な帽子ですな。服とか置いてあるんならこの部屋にあってもおかしくないと思うんだけど……」

 

へやをぐるりと見渡してみたが、それらしきものは見当たらなかった。どっかにしまわれているんじゃないかと思い2人で辺りの棚を開けてみるも、靴や杖とかが入っていたが、王冠は見つからなかった。

 

「うーん見つからん。ここにはないのかな……」

 

服とかがおいてあるなら王冠もないかなと思ったのだが、その見立ては外れているみたいだった。ひょっとしたらこの国の王は王冠はかぶったりしない可能性だってある。せっかく王冠を拝めると思ったのだが。

 

「まあいいか……とりあえず次の部屋に行ってみるか」

 

この部屋には他に何もなさそうなので、次の部屋に行くことにした。

部屋には扉が3つあるみたいだ。1つは当然この部屋に入った時に使った扉。あと2つはどこにつながっているのかはわからないが、扉のデザインも変わらないし、ここは何の部屋とか書いてあるわけでもないので、とりあえず近かった方に行ってみることにした。

 

「ここは……廊下か」

 

扉を開けた先には、廊下が広がっていた。さっきのでかい間に入った時の廊下とはまた別の所みたいだ。左側から夕焼けとなった太陽の光が大きな窓から入ってくる。その窓の反対側には扉がいくつもあるが、どの扉もなかなか豪華な感じがする。

廊下を突き進むのも悪くはないが、それより前に部屋の中に入って探索しようと思ったので今いるところから一番近くの扉を開けてみる。ギイイという音をたてながら扉を開けると、そこは先ほどのクローゼットよりもさらに広い部屋だった。シャンデリアや豪華なベッド、でかい机やお高そうな椅子、大きな絵画、箪笥、本棚、それ以外にも色々と家具や物がおいてある。

 

「うーん、かなり広いなぁ。こんな部屋で暮らしたら……いや、逆に落ち着かないかなぁ」

 

部屋はだいぶ広々としているので、こんな部屋に住んだらちょっと落ち着かないかもしれない。実際に住んだことはないので何とも言えないが。この部屋には結構な生活感を感じるし、もしかしてここで王様が寝てたりしたのだろうか。王様じゃなくて王子様とかの可能性もあるが。

 

「この部屋にはなんかありそうなの? おーかんとか……」

「うーん。まあ探してみないことには何とも……」

 

もしかしたらあるかもしれないが、それより王様の部屋にはどんなものがあるのかの方が気になる。きっと秘密の何かがあるに違いない。例えばあそこにある豪華なベッドの下には、秘密通路へ通じる扉とか秘蔵の令和18年指定書籍とかがあるかもしれない。

という訳で、この部屋を隅々まで見てみることにした。




やっと更新できた……更新ペースもう少し上げたいんですがなかなか厳しい……
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第34話 見つけた物

「……なんもねぇ」

 

探してみること数分。この部屋に特にめぼしいものはなかった。

ベッドの下に令和18年な本もなければ棚の裏の隠し通路もない。王族の部屋なのだからなんかすごそうな仕掛けとかがないかと思ったのに、特にめぼしいものもなかった。棚や机の中も見たが、どうも中にあったものはほとんど持ち去られているらしく、特記すべきものは何もなかった。

 

「あと探してないのは……この棚か」

 

いよいよ探すところもなくなり、最後の棚を調べることになった。ここで隠し通路とかみつからないかなー、と思いながら、棚をガチャリと開ける。

 

「……うおっと!」

 

開けたとたん、棚の中の物がザザザ、と崩れてきた。俺は反射的にバックステップをし、雪崩を見事回避……したのだが、その後、勢い余ってそのまま倒れてしまった。

 

「うぉっち!」

「だ、大丈夫?」

「……だいじょぶだいじょぶ」

 

と言ってはいるが、実際は結構いたい。ビルから落ちた痛みはほとんど消えたと思ったのだが、その痛みが少しジワリと感じられる。

しかも雪崩が起きたといっても実際はそこまで物は落ちていないみたいで、これならそのまま動かなくてもなんともなかっただろう。それなのにバックステップして盛大に転んでしまった。普通に恥ずかしい。

まあ、過ぎたことをグダグダ言ってもしょうがない。痛みを少し覚えながらも立ち上がり、俺は何が落ちてきたのかを調べることにした。何かの箱やハサミ、爪切りみたいな小物などがあるが、そのいくつかのものの一番上にあったものに俺は注目した。そこにあったのは楽器だった。

 

「これは……なんかギターっぽいな」

 

俺にとってまあまあ見慣れていた物であるアコースティックギター(ぽいもの)が、そこにあった。

古めかしい木のボディに、金属製の弦が使われている。今使ったらすぐ弦が切れるかもなと思ったが、弦やボディに触ってみた感じ案外丈夫そうだった。これは当然50年以上前に製造されたものだと思うが、古めかしくは感じるが特に壊れていたりとかはしていなさそうだった。素材がいいのか、保存状態が良かったのか。恐らく両方だろうが。

 

「これは何に使うの?」

「楽器って言って、いろんな音が出る道具だよ。これは多分ギターっていうやつ」

 

大きさもそんな感じだし、触ってみた感じもアコギそのものである。弦も6本だし、フレットの数も多分同じか、ほとんど変わらない。これならいつもの感じで弾けそうだ。

 

「古そうだし音ちゃんと出るかな……」

 

とはいえ、楽器も音が出なければただの置物だ。ギターを弾く体勢をとると、とりあえず適当に一音ずつ音程を上げて弾いてみる。ギターから出たしっかりとした音が周囲に響きわたる。弾いている途中でぶつりと弦が切れるということもなく、音程も特に不自然なところはなさそうだ。

 

「特に音程はずれたりしてないし……うん、大丈夫だ」

 

どうも思っていた以上に状態がいいみたいで、演奏も難なくこなせそうな感じだった。

 

「へぇー、ちょっと貸してー」

「ああ、どうぞ」

 

彼女はこれまでの人生で一度も楽器に触ったことがないのだろうか。恐らく始めてみるであろう楽器に対して、興味深々な様子だった。

 

「うわぁ……なんか面白いね、これ」

「あーそういう持ち方じゃないよ」

 

彼女は弦をはじき音を出して楽しんでいるが、子供が初めて楽器に触れるかのような感じで、乱暴な感じで持っていたので、俺が持ち方を教える。まあ、実際そうなのだろうが。俺も最初にギターに触った時はこんな持ち方したし。

とはいえ、俺も今やそれなりの演奏ができる

 

「左手でここ持って、右手でこう持つの」

「へぇー。こうもって音を出していくんだね……」

 

彼女は俺が教えた通りの持ち方をし、再び音を出し始めた。といってもさっきと同じくただ弦をはじいて音を出しているだけである。それでも楽しそうである。その彼女の様子を見て、せっかくなので何か弾いて聞かせてみたい、という思いが込み上げてきた。

 

「ちょっと貸してみて、なんか演奏したりできるかも」

「いいけど……えんそうって?」

「演奏は、楽器で音を出して、メロディーを奏でる……あ、メロディーってのは……まあ、聞いた方が早いかな」

 

百聞は一見にしかず。これは見るのではなくて聞くのだけど、同じようなものだろう。メロディーとか音楽とか歌とかを口で説明するより、聞かせた方が早いはずだ。

 

「ふーん……ユウトはえんそうとかできるの?」

「できますできます。モテたくてギター一杯練習とかしたし……でも、ギターやったらモテると思ったけど、そんなことなかったという苦い思い出が……」

 

浅はかな理由でギターの練習したり軽音楽部に入ったりしたのだが、ギターをやるとモテるのではなくモテている奴がギターをしているというのに気が付いたのはだいぶ後である。まあギター弾くの楽しいからいいんだけどね……

 

「まあとにかく弾くか。じゃあ……せっかくだしさっきの間の所で弾くか」

 

ここで弾いてもいいのだが、せっかくだったらさっきの王様とかが居そうな間でやったほうが雰囲気出るかもしれない。というわけで、このギターを持ってさっそくさっきの部屋へと移動することにした。




何とか投稿できました。
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第35話 演奏会

再び王様が居そうな間の所まで戻ってきた。荘厳な感じは変わらずだが、さっきよりも太陽が結構沈んでおり、夕陽が崩れ落ちた天井から差し込んでいたため、先ほどよりも少し印象は違った。

俺はこの間にある、王様が座っていたであろう椅子……ではなく、その近くの地面で胡坐をかいて座っていた。あの椅子で弾こうとするとひじ掛けが邪魔になるし、演奏ミスとかしたら祟りを受けそうなのでやめておいた。観客の方は、俺のすぐ前に体育座りをして演奏を今か今かと待ちわびているみたいだ。

 

「何弾こうかなぁ……アニソンとか……いや、ちょっとこの世界の雰囲気に似合いそうな曲がいいな……」

 

この世界に来て初めて弾く曲で、さらに恐らくアンジェラが人生で最初に聞く曲だと思うので、心に残るような名曲とかを弾いてみたいという思いはある。

という訳でどんな曲を弾こうかと悩んでいるのだが、自分の弾ける曲というとアニソンやボカロばっかである。それも悪くないのだが、せっかく異世界に来たんだからこの異世界に合いそうな曲がいいのではないか。そうなると何を弾くべきだろうか……自分が弾ける曲で何が……

 

「……あー、あの曲ならピッタリかもな」

 

かなり有名な曲が、この廃れた異世界にピッタリなのではないかと思いついた。一応アニメやゲームでも使われているし、かなり有名な名曲だと思う。といってもこの子は知らないだろうが。

 

「じゃあ一曲、イングリッシュで歌って音楽を奏でます」

「いんぐ……よくわかんないけど、わかった」

 

この曲には日本語版と原曲の英語版があるが、ここは英語版の方がよさそうな気がする。観客は1人しかいないが、それでも十分だろう。

ギターのボディを叩いてリズムを作る。短い前奏を引き、そして歌を歌いだす。

 

「オールモストヘェブン、ウェストバージニァ―――」

 

俺はカントリーロードを、ギターの音色に乗せながら歌い始めた。廃れた建物と50年前から手付かずの自然が広がるこの世界、この雰囲気に妙にマッチしているのではないだろうか。歌詞も故郷に帰りたいって感じだし、76のBGMにも使われているしで、まさにぴったりだ。それに、曲自体もかなりいい曲だと思う。この曲が自分の一番好きな曲、というわけではないが、結構好きな曲だ。

サビに入る前あたりで、観客の反応はどんな感じなのだろうかと思いちらりと彼女を見る。彼女は、なんだか曲を聴いて呆然としているみたいだった。なんか不味いところでもあったのだろうか。そこまで大きなミスはしていないと思うが……弾くのを途中でやめるのもなんか嫌なので、弾き続けはするが。

歌もギターも特別上手いわけではないが、それでもそれなりの演奏は見せられていると思うのだが。

 

「―――テイクミ―ホーム、カントリーロード……こんなもんかな」

 

そつない演奏をこなし、そして終えた。自分としてはそれなりの演奏はできたと思うが、やっぱり楽譜なしでやるとうろ覚えの所とかでミスが増えてしまう。スマホに楽譜でも保存しておけばよかったか。

とにかく、俺は演奏を終えた。観客の方を見ると、何やら固まったまま動こうとしない。

 

「あのー……どうだったすか?」

「……す」

「す?」

「す……す、すごーーーい!!!」

 

ようやく口を開いたかと思えば、開口一番に俺の演奏を賞賛してきた。

 

「え、ああいや、どうも。まあそれほどでもありますけどね」

「あるある、あるよ! 」

 

彼女は少し興奮気味みたいだった。さっきよりも近くに来て、俺のことをほめ続ける。まあ、始めて歌というものを聞いたのなら、これくらい興奮するものなのだろうか。ちょっとそのあたりはわからないが、少なくとも俺の演奏がすごかったと思ってくれてるみたいだった。なんというか、彼女の様子を見るとギターをやっててよかったと少し思えてくる。

 

「いやどうもどうも、ありがとうございまし。ここまで喜ぶとは思わなかったけど。演奏、よかった?」

「すごい良かったよ! いまのが音楽……なんだね」

「そうだよ。音楽を聴くのは初めてみたいだけど……どうだった?」

「うーん、なんか……聞いてて楽しかった、かなぁ。もう一度聞いてみたいなって」

「お、いいねぇ。でもそれならほかにも色々な曲を弾けるから、せっかくだし……」

「今の以外にもあるの!?」

「ち、近い近い……」

 

アンジェラはさらに顔を近づけてきた。もう10cmもないくらいまで近づいている。俺の方から少し離れたが、顔の近さは特に気にしていないみたいで、早く教えてと言っているかのような気がしてくる。

 

「まあ、音楽はいまみたいに音の高低や強弱とかをつけて楽器を演奏したり、歌ったりするものなんだけど、その組み合わせですごいたくさんの音楽を作ることができるんだよ。今の歌もその中の1つだよ」

「へー!」

 

アンジェラはキラキラと目を輝かせ、音楽ってすごいな、みたいに思っているような雰囲気を醸し出していた。

 

「まあ、俺が知ってたり弾けたりする曲はほんの一部なんだけどね」

「そうなんだ……いま演奏してたのはどんな音楽なの?」

「どんな……えーと曲名はカントリーロードってやつね、多分世界的に有名な曲だと思うよ」

「へー、すごい音楽なの?」

「まあ、名曲ですよ。ビルボード全米2位取ったし、耳すまの挿入歌になったし、ウェストバージニア州の州歌にもなったし、76なんか予算の8割9割をこの曲につぎ込んでるし」

「ふーん……よくわかんないけど、すごい音楽なんだね」

 

たしかに、実際すごい音楽だとは思う。世界中の人が知っている……というのは言い過ぎだと思うが、かなり有名な曲だ。まあ、流石に異世界にまでは広まってないだろうが。

 

「歌の意味はよくわかんなかったけど……知らない言葉で歌ってたから」

「あー、今のはイングリッシュで歌ってたからね。この曲は英語版の方が好きかなぁ。日本語版も好きなんだけどね。えっと今の歌詞はねぇ……」

 

彼女は英語がわからないみたいなので、さっそく英語版歌詞の解説を進めていく。

そういえば今までずっと日本語で彼女に話していたのだが、どうやら英語は通じないみたいだ。魔法でこの世界にいる人にも伝わるようになっているのだろうと思っていたのだが、英語だと伝わらないらしい。これはいったい……

まあ、あまり深く考えてもしょうがないだろう。そんなわけで、俺は彼女に歌詞の意味を教えていった。




1月以上も間を開けてしまった……更新、しっかりとやっていきたいです。
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第36話 歌の意味

「ふーん。つまりその、うぇすとばーじにあって所に行きたいってこと?」

「いや、正確には故郷……自分が生まれ育ったところまで行きたいってことを歌った感じかな」

 

この歌の本質は恐らくそっちだろう。曲作った人はウェストバージニア生まれではなくそこを通り抜けただけだという。そもそも俺もウェストバージニア行ったことないし。ブルーリッジ山脈だったか、あれはウェストバージニア州にはかかっていないみたいだし、シェナンドー川も掠っているだけらしいので、割とガバガバである。

 

「故郷、ふるさとに帰りたいなぁっていう思いがこもってる……てことでいいと思う」

 

別に俺がこの曲を作曲したわけではないが、この解釈は間違ってないとおもう。

 

「ふるさと……つまりユウトだと、元の星に帰りたいっていう感じだよね」

「うーん、まあそうなるかな。やっぱ地球、というか日本に戻りたいなぁ。家族にも会いたいし、学校にも行きたいし、撮りためたアニメとかあるし……」

 

この世界が嫌という訳ではないが、やはり日本が恋しい。確かに異世界に憧れたりなんかはしたが、いざ実際に飛ばされるとやはり日本に戻りたくなってしまう。さっき歌った時はそんなことは考えていなかったのだが、言われてみると帰ってみたい気持ちになってくる。それを正直に彼女に伝えた。

 

「……やっぱり帰りたいの?」

「ん? えっと……まあ、はい」

「そう……なんだ」

 

俺は再び来たアンジェラからの質問に素直に答えた。この異世界も最初に思っていたよりかはいい感じだとは思うが、それでもやっぱり日本に帰りたい。そう思って答えたのだが、そしたら彼女はなんだか落ち込んでいる様子だった。

 

「……どしたん?」

「えっと……もしユウトが帰ったら、また1人ぼっちになるのかなって」

「え、あ、いやえっと……」

 

失言だった。別に一緒に居たくないからとか、1人ぼっちにさせたいからそう言ったわけではないのだが、どうも彼女を傷つけてしまったみたいだった。カントリーロードを歌ったのは別に帰りたいという思いをこめてというわけではないのだが……

 

「大丈夫だよ。私も1人でいるのは慣れてるし……少し」

 

そういいながら、彼女は笑っている表情を見せた。だが、これは作り笑いだと俺は感じた。

彼女の言葉は多分ウソだ。1人ぼっちは寂しかっただろうし、1人でいることになれているとは思えない。

そんな彼女に対してどんなことを言えばいいのか、というのを考える。まずは彼女を安心させるべきだ。そして安心させる言葉は……

 

「……1人ぼっちにさせるつもりはないよ」

「……え?」

 

彼女は意外そうな声を出した。俺は話を続ける。

 

「確かに帰りたいと思ったりもするけど、でもまだ帰りたくないんだ。この世界で何があったのかとか知らないこともいっぱいあるし、アンジェラちゃんともっと一緒に居たいと思ってる。だから、やっぱりまだ帰りたくないし、アンジェラちゃんが1人ぼっちになったりもしないよ。そんな悲しまなくてもいいんだよ」

 

これが俺の本心だった。帰りたくないわけではないが、その前にもっとこの世界について知りたいし、彼女と別れたくないと、そう思っているのだ。なぜ別れたくないと思っているのか、それは彼女に対して庇護欲を持っているとか、一緒に居て楽しいからとか……自分でも完全にはこの思いの理由はわからないが、とにかく一緒に居たいという気持ちは本当だった。

今の俺の話を聞いて、彼女は少しの間をおいて、俺に話しかけた。

 

「……一緒に居たいって、まだ帰りたくないって、本当なの?」

「うん、本当だよ」

「ほんとに? ぜったいに?」

「うーん……うん、絶対に」

「そう……よかったぁ」

 

彼女は少し笑っていた。今度は作り笑いではない。そう俺は確信した。まだまだ帰りたくない、これからも2人で一緒に居たいと聞いて、ひとまず彼女は安心したみたいだ。

だが、それも永遠に、という訳ではないだろう。いつかは別れる時が来るのだろうか。もしそんな時が訪れたとき、彼女はどんな反応をするのだろう。俺はその時どうすれば……

いや、今そんなことを考えてもしょうがないかもしれない。少なくともしばらくは2人でこの世界を過ごすことになるはずなのだから。

俺は多分、遠い未来に起こるだろう出来事を深く考えないことにした。




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第37話 音の正体

 

ギターで何曲か演奏をしたころには、太陽は完全に見えなくなり、赤色の空が見えるだけとなった。あともう1時間もすれば周りは完全に暗くなるだろう。

そろそろどこで今日の夜を過ごすかを決めなければならないのだが、一応はまたさっき演奏していた所で寝ればいいだろうということになった。まだまだ探索できるところは残っているので、明日も城を見て回るつもりだからだ。

ただ、先ほどは自転車を城の中には入れなかったが、中に入れることができそうな壊れた城門を見つけたので、そこから自転車を入れることにした。別に盗む人なんかいないと思うが、なんだかできるだけ近くにあったほうが安心するのだ。

 

「……あー、あったあった」

 

その門から出て、遠回りでこの中に入る前に自転車を置いた所まで行った。勿論、自転車はさっき置いたところから寸分も動いていなかった。当然といえば当然だ。

鍵を解除し、自転車を押してとっとと戻ろう……そう思ったのだが、アンジェラが立ち止まったまま動かない。

 

「……ん? どしたん?」

「えっと……なんか、音がしない?」

「音?」

「うん。なんというか、変な音」

 

どうやら、彼女の耳には何かが聞こえているらしい。どんな音なのか気になり、俺も耳を澄ませてみる。

聞こえるのは風と、風に揺れる木々の音……他には特に何も聞こえない。少しの間風がやむと、その間だけ、完全な静寂が周辺を支配した。

 

「……なんも聞こえないかなぁ」

「うーん? さっきは聞こえてたのに」

 

どうやら彼女も今は聞こえないみたいだ。そもそも、変な音と言われてもどんな音なのかがわからない。

 

「変な音って、どんな音が聞こえていたの?」

「うーんと……生き物が出す音みたいだったの。えーと……」

「……グルァァ……」

「あ、今聞こえたみたいな?」

「そうそう! ぐるぁぁ、て変な音が……あ」

「き、聞こえた……」

 

今度は俺にもはっきり聞こえた。あまり大きな音ではないが、結構低い音だと、ハッキリわかった。

今聞こえた音は何かの動物が出すような声のように思える。そういえば、この世界に来て今まで植物が風に揺れる時の音とかは聞いていても、大小を問わず動物の出す音というのは聞いたことがなかった。今の音は動物の呻き声、あるいはいびき。もしくは……狩りをするときの唸り声。恐らくそんなところなのではないだろうか。

どの方向からというのは今のである程度は推測できた。今通った所とはちょうど反対側からである。

 

「ど、どうしよう……」

「いや、うーん……ちょっと見に行ってみるか」

「ええ!?」

 

何かが、この道の先にいる。それは間違いない。今とれる行動は、そのまま触れずに自転車を運ぶか、野次馬精神を発動してその声がした方へといってみるかだ。俺は後者を選択した。もしかしたらなんかかっこいい生き物とかがいるかもしれないし、そうでなくてもこの世界で動物に初遭遇ということになるかもしれない。

が、一方のアンジェラは乗り気ではないみたいだ。

 

「大丈夫なの? その……危なくないかなぁ。なにかドラゴンとか、怖そうな生き物がいたら……」

「大丈夫大丈夫、先っちょだけだから! 先っちょだけだから!」

「先っちょだけってどういうこと?」

「それはえーっと。先っちょだけ見る? とにかくちょっとだけだから!」

「ええー。うーん……」

 

彼女は反対の姿勢を崩すつもりはないみたいだが、それでも何とか説得を試みる。そうまでしてみたいのだ。

 

「ほらほら、ちょーっとだけ、ちょっとだけですぐおしまいだから、ね?」

「じゃあ……ちょっとだけね」

「やったぜ」

 

俺の説得が功を奏し、一応見る気になったみたいだ。

ちょっと不安そうにはしているが、大丈夫だ。先っちょだけなので特に問題ない。先っちょだけ見るというのは自分でもあまりわからないが、やばかったらすぐに引き返せばいいのだ。

なんか会話だけだと卑猥な感じになってしまったような気がしなくもないし、さっきからフラグが建築されているような気もしなくはないが、気のせいだろう。多分。

という訳で、さっそく先ほど音が聞こえた方へと歩いていく。ゆっくり、と言えるほどではないが、普段歩く速度よりかは遅く歩いていると思う。

数十メートルほど歩いたところで、また同じような声がした。今度はさっきよりも結構大きく感じる。どうやら声の主は割と近くにいるみたいだ。またもう少し進んでみると、先ほど聞こえた声以外にも呼吸音みたいなのも聞こえ始めた。その音は建物の角を進んだ先から出されているようだった。

 

「この角にいるっぽいな……」

 

恐らく角を曲がってすぐに声の正体がいるはずだ。流石にここまでくると少し緊張というか、恐ろしく感じてくる。

 

「ねえ、大丈夫なの? やっぱりやめた方が……」

「……とりあえず頭だけ出して見てみよう」

 

それでも見てみたいという気持ちは変わらなかった。とりあえず頭だけひょいと出して角から先を見てみることにした。

そろりそろりと、角まで近づき、そしてちらりとその先を見てみる。

 

「……あ、あれって……」

 

それを見てすぐ、俺は思わずそう言ってしまった。

建物の角から十数メートルほど先。全長何メートル、あるいは十何メートルもある、薄緑色の体を持ち、立派な羽と、長い尻尾を持つドラゴン……いや、ワイバーンがそこにはいた。




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第38話 コミュニケーション

「あ、あれは……」

 

建物端っこからそれを見たアンジェラが、少し震えた声でそう言う。まぎれもない。本物のドラゴンだった。いや、正確にははワイバーンか。とにかくでかい羽根がついた生き物だ。はっきり言って滅茶苦茶強そうだ。

 

「ねえちょっとユウト、もう先っちょ見たんだからもう離れようよ……」

 

彼女は怯えたよう顔をし、震えた声でそう言った。あの竜を見て、恐怖心を抱いているみたいだ。俺の服を引っ張って離れるようにと促している。

 

「……う」

「う?」

「……うおぉぉおぉぉぉ! かっけぇぇぇぇぇぇ!」

 

が、俺は彼女とは違った。ワイバーンがいるなんてまさに異世界、これぞ異世界。まさかこの滅びた世界で生でワイバーンと出会うことができるだなんて思ってもみなかった。俺はアンジェラの魔法を初めて見たとき並みに興奮した。

 

「……ちょっと! なに大きな声出してるの!? そんな大きな声出すと、あー……とにかくなんかやばそうじゃん!」

「え、あ、確かに。どうもすいません……えーと。あれ、襲ってきたりしませんよね?」

 

その俺の様子に対し、彼女は慌てて静かにするように言った。彼女のその言葉を聞き、少し冷静になり、そして俺がやってしまった失態の大きさに気が付いた。確かに、俺の声でこちらに気が付いたら、何が起きるか分かったものではない。

思わず敬語でアンジェラに確認を取るが、彼女は無言のままだった。あのワイバーンの方を見て呆然としている様子だった。何かあるのかと思い俺もワイバーンの方を見ると、そのワイバーンがばっちりこっちの方を見ていた。というか今多分俺と目が合った。

 

「……これはやってしまいましたなぁ」

 

こっちを見ているのは俺がかっこいいと興奮して大声を出したせいだろう、100%そうだ。

そういえば、前にドラゴンを見かけたことがあるとアンジェラはいっていた。もし見つかっていたら襲われたかもしれないとも。あのワイバーンがおとなしくない性格だった場合、ブレスやらなんやらで攻撃される可能性もある。

 

「どどどどうしよう!?」

「ええいやそんなこと言われても」

 

ワイバーンがこっちを向いているのはきっと俺のせいなのだが、しかし俺は妙に冷静になっていた。反対にアンジェラはかなり慌てている。

とりあえず顔を出すのは2人ともやめているのだが、ここはチャリのとこに戻ってかっ飛ばして逃げるべきなのだろうか。いや、チャリごときでは空を飛ぶことができるワイバーンには簡単に追いつかれてしまうだろう。建物の中に入るべきかと思い周りを見るものの、このあたりの建物は多くが大なり小なり崩れており、中に入るというのは難しそうだ。

ここらに洞窟か何かはないか。穴があったら入りたいと、俺は強く思った。恥ずかしさからではなく命の危機を感じているからだが。

その時。

 

『そこにいるのは……人間か?』

「こいつ直接脳内に……!」

 

思わずそう言ってしまった。何も聞こえてはいないはずなのだが、今マジでテレパシー的な何かで脳内に直接語り掛けてきた。俺だけでなくアンジェラにも聞こえたみたいで、辺りをキョロキョロとみている。

 

「え? 今のって……」

『そんなに怖がらなくてもいいだろう……わしももう攻撃する力も、飛ぶ力も残っていない』

「え……もしかして、あのドラゴンが?」

 

彼女が周りをきょろきょろと見渡しながら、そう驚いたような声を出した。周りに他の生き物もいないみたいだし、どうやらあのワイバーンがこちらに語り掛けているということで間違いないみたいだ。角から様子をうかがったが、口元辺りは動いてる様子はなさそうなので、テレパシーやら魔法やらで語り掛けているのだろう。

 

『おぬしらは……人間か? それともエルフかのう』

「あ、いや。アイアム人間です」

『ふむ、そうか……その姿を見てみたい、こっちに来てくれんかのぅ』

「え? いやーどうでしょう」

『心配せんでも、食ったりしないわい』

「え、えーっと……じゃあ、お言葉に甘えて?」

 

特に甘えたつもりはないが、せっかくなので恐る恐る近づいてみる。改めてその姿を見ると、やはりかなり大きく感じる。さすが異世界とでもいうべきだろうか。こんな巨大生物が空を飛んでいるだなんて。

実は俺たちを食べる気でいて、近づいたところを一気に襲われるかもしれないと思ったが、そんなことはなく、そのワイバーンは何もすることはなかった。ゆっくりと近づいていき、距離にして2mぐらい離れているところまで近づいた。

 

『ほう、お主は人間か……もう1人はどうしたんじゃ?』

「いや、隣に……いない」

 

隣にいると勝手に思っていたのだが、どうやらそれは違ったみたいだった。振り返ってみると、建物の陰からこちらの方を見ているアンジェラがいた。どうやらこのワイバーンのことを怖がっているみたいだ。

 

「うー……」

「……怖がってるみたいですね」

『ほっほ。そんなに怖がらなくても大丈夫じゃぞ』

「ほら、このワイバーンさんも言ってる……言ってる? し、多分大丈夫だから、こっちにおいで」

 

一応、ワイバーンに害を与える気はないらしいし、もっと近づても大丈夫だというのを彼女に伝える。

やがて彼女は陰からひょっと出てくると、ストストと近づき、そして、俺のすぐ後ろにまで来ると、俺の背中に手を添えてワイバーンの方をちらりと見ていた。どうやらワイバーンから見えないよう、あるいはワイバーンを見ないように俺の後ろに隠れたいみたいだ。

どうも、まだこのワイバーンへの不信感は拭えていないみたいだ。

 

「まだちょっと怖がってるみたいですね……」

『まあ、構わん構わん……しかし、人間を見るのは2年ぶりじゃなぁ』

「2年ぶり?」

『そうじゃ。ごくわずかだが、人間などの生き残りが地上にいる。わしが最後に人間を見たのは、2年ほど前に小さな村みたいなところで集まっている群れじゃ。見たといっても遠くから見ただけじゃがな』

「はへー」

 

やっぱり、この子以外にもちゃんと生存者はいるんだな。それだけでなく小さな村みたいなものを作ったりもしているというのは、結構重要な情報ではないだろうか。距離とかにもよるだろうが、行き当たりばったりではなくそこを目指してみるというのもいいかもしれない。

 

「その村ってのは、何処にあるんですか?」

『ううむ……2年も前じゃからな。すまんが、場所は覚えとらん』

「ああ……まあしょうがないか」

 

残念ながら俺の計画は頓挫してしまった。その村の位置が分かるのであれば行ってみるというのも考えたのだが。まあ俺も2年前の夕飯とか覚えていないし、忘れてしまったというのは仕方がないことだ。できれば覚えてほしかったけど。

 

「そういえばちょっと聞きたいことがあるんですが、ワイバーンさんはいつ生まれたんですか? ひょっとして崩壊前の生まれなんですか? それとも後?」

 

確かアンジェラの話では50年ほど前に滅びたとか言っていたはずだ。もしそれより前に生まれたのなら、滅びる前のことを知っているかもしれないし、後なら後でどこで生まれたのかが気になってくる。

 

『わしか? わしが生まれたのは……まあ大体130年くらい前かのう』

「ああ、130年前……え!?」

 

一瞬耳を疑ってしまったが、そういえば耳で聞いているわけではないんだったというのを思い出した……と、そんなことはどうでもいい。このワイバーンは俺の予想よりもはるかに前に生まれていたらしい。

 

「ま、マジっすか!?」

『うむ、まあ正確な年月はわからんが、大体そんぐらいじゃ』

「ほへー」

 

確か人間でギネス登録されている世界最長寿が120歳ぐらいだったと思うので、このワイバーンはそれ以上生きているということになる。メチャクチャおじいさんである。

 

「ワイバーンってそんなに長生きするんですか?」

『いや、大体は5、60年ほどで息絶えることになるが、一部は100年、200年と生きることになる。わしがそんなに生きるとは思っていなかったんじゃがの』

 

つまりこのワイバーンが特別ということか。いずれにしても、すごいことである。

 

「えっと、じゃあもしかしてこの世界が滅んだ理由とか知っているんですか?」

『うむ。わしもすべてを知っているわけではないが……まあ、話せることもそれなりにはある。少し長くなるかもしれんが、いいかのう?』

「ノープログレムです」

 

お経とか校長先生の長い話とかを聞いてたらぐっすりと眠る自信はあるのだが、それでもこのワイバーンの話を聞いても寝ることはなさそうだ。どうやら、もっと詳しい話を聞いた方がよさそうだ。




やっと投稿できました。
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第39話 50年前

『そもそも……なぜ動物の大半が滅んでいるのか、それは知っているかの?』

「戦争が起きたから……というのは聞いたことがあります」

 

確か今後ろにいるアンジェラがそう言っていたはずだ。50年ほど前に戦争が起きて滅んだということは聞いた気がする。

 

「うむ……まあそれも間違いではないかもしれんが、正確な理由は別なところにある」

「え、そうなんですか?」

『大半の生物が滅んだ理由は、大気中の魔素が増えすぎたからじゃ』

「魔素……」

 

いかにもファンタジーぽい言葉が出てきた。そういえば、前に読んだ本にも魔素がどうとか書いてあった気がする。魔法を使うのに必要なエネルギー的なものだったはずだ。

 

「それって魔法を出すのに必要なエネルギー的な物ですよね?」

『おお、そうじゃ。魔素はいまもわしらの周りに舞っているぞ。見えはしないが、この星のあらゆるところにただよっておる。それも大量に』

 

どうも今もこの周りに魔素が舞っているみたいだ。魔素は無色透明みたいだが、膨大なエネルギーというか、可能性を持つ物質であるということか。大量というのがどれほどなのかは知らないが、まあ、大量なんだろう。

 

『その魔素は元をたどると世界樹の森から出されておる。魔素は、すべての魔法に必要なエネルギーになっておる。その魔素を消費して、魔法を使うことができるんじゃ』

「世界樹の森……」

 

それも本に載っていた気がする。モノクロの荒い写真でしか見たことはないが、実際にはもっと美しい森なのだろうか。多分行く機会はないだろうが、あるとしたらちょっと見てみたい気持ちになった。

 

「でも、その魔素が増えたせいで滅んだってのはどういうことですか?」

『ああ。まずこの星の大半の生物は魔力を持つ。その魔力を使用するためには魔素が必要なんじゃが、空気中の魔素が増えすぎると、体が拒否反応を起こして最終的には死んでしまうのじゃ』

「じゃあ、生き物が滅んでった理由ってのは……」

『うむ。魔素の増えすぎ、じゃな』

「へー……」

 

魔素にそんな力があったなんて思いもしなかった。どんなものも過剰摂取するのはよくないが、魔素の場合は死んでしまうのか。魔素は魔法の源になるけど、多いと死に至るという諸刃の剣みたいだ。

 

「でもなんでその……魔素が増えてしまったんですか? 世界樹の森から出てくるらしいですけど、その森で何かあったとか?」

『それはわからん。わしも50年前には何が起きたのかさっぱりじゃったし、戦争後にその森に行ったことはないから今森がどうなっているのかも知らん。だがその時にちょうど世界中を巻き込んだ戦争が起きていたことは間違いない。それが関係している……の、かもしれん』

「……そうなんだ」

 

後ろにいたアンジェラがそうぼそりとつぶやいた。魔素が増えた原因はこのワイバーンも正確なことは知らないみたいだが、50年前の戦争がかかわっているのかもしれないそうだ。

 

「その戦争については何か知っていることはあるんですか?」

『うむぅ、人間やエルフ、ドワーフなどが世界中で戦争をしていたということくらいしか……わしはその時はひたすら隠れてやり過ごそうとしていたのじゃが、気づけばどんどん魔素が増えていったんじゃ』

 

どうも、戦争に関することには詳しくないみたいで、これ以上のことは知らないみたいだ。裏で暗躍していて実は戦争の原因はこのワイバーンが作ったぐらいの勢いであってほしかったのだが、それは俺のわがままだ。

というか、今エルフだとかドワーフだとか言っていたが、やはりこの世界にそれらの種がいるということだろうか。さっきもエルフと間違われてたし、これは人間以外の文明的種族も存在する、もしくは存在したということで間違いないだろう。やはりここは異世界であると、そう感じれる。

 

「エルフやドワーフもいるのか……やっぱ異世界だなぁ」

『異世界とな? どういうことじゃ?』

「あ、えっとー……」

 

俺がポロリといたことをこのワイバーンは聞き逃さなかったみたいだ。これはいったいどうするべきだろうか。何とかごまかすか、それとも打ち明けるべきか……

異世界から来たということを言ったら変な人だと思われたりしないだろうか。でもまあ、ごまかしてもしょうがないことか。せっかくだから、正直に話すことにした。

 

「まあ、正直に言っちゃうか。僕は実を言うと別の世界からやってきたんです」

『別の世界じゃと? ふむ……』

 

そう懐疑的なことを言うと、ワイバーンは少し前のめりとなり、品定めをするかのような視線を俺に飛ばしてきた。そんなにじろじろ見られても、という感じだが。少々の時間ののち、ワイバーンは前のめりになるのをやめた。

 

『少々信じられんが……異界の生物を呼び出すことができるという魔法が存在すると聞いたことはあるし、おぬしは魔力を全く持っていないみたいじゃのう、完全にでたらめとも思えん』

「おお、認めてくれた……え、俺魔力ないの?」

 

さらりとこのワイバーンは言っていたが、それはちょっと聞き捨てならなかった。魔力がない? じゃあもしかして魔法とか使えない?

 

『そうじゃ、異世界から来たと言ったか。わしはある程度相手の魔力を図ることができるのじゃが、おぬしから魔力を全く感じん。魔力がないから魔法を使うことは不可能じゃ』

「全く? 絶対に?」

『うむ、そうなるのぉ』

「……orz」

 

俺は文字通り落胆した。いや、そこは魔力9999とか∞とか、カンストレベルで強くあってほしかった。確かにもう文明崩壊していると知った時点で無双展開とかはないなとか思ってたけど、せめて人並みには使えるとか、それくらいの力は欲しかった。俺は魔法を扱うことはできない、素質ゼロだったなんて……今までの魔法書とかを探す努力とかはいったい何だったのか。散々楽しみにしていたというのに……

いや、だがちょっとまってほしい。

 

「……それソースはどこ?」

『ソース?』

「情報源の信頼性ね、確たる証拠はあるの?」

 

確かな情報源から入手するというのは重要なことである。このワイバーンは信頼できると言えるほどの中ではないし、もしかしたらこのワイバーンが嘘をついている可能性だってある。そう簡単にフェイクニュースに惑わされてはいけないのだ。

 

『そういわれると困るが……魔力がないというのもわしの感覚的なものじゃからのう。それを証明するというのは……』

「ソースないんじゃほんとかどうかわからんね、俺はその話は信じない!」

『そ、そうか……』

 

危うく真偽不明の情報に惑わされるところだった。俺は再び自分には魔法を使う素質があると思うようになった。

自分の鑑定を否定されてしまったワイバーンの表情はうかがい知れないが、テレパシーのイントネーションで残念そうにしているということはなんとなくわかる。だがそんなことは関係ない。高いメディアリテラシーを持つことは、情報があふれる現代においては必要不可欠である。ここは異世界だけど。

 

「ちょっと、そんなこと言ってワイバーンさんが可哀そうだよー!」

 

そこにアンジェラが待ったをかけた。なんだ、俺の発言が不適切であると言いたいのか。

 

「いやでも俺その話は信じたくないし、ソースがないのは事実だもん。というかワイバーンが怖いんじゃないの?」

「そうだけど……でも食べたりはしなさそうだし、色々教えてくれるし、ちょっとやさしそうだし」

『ほう』

 

ワイバーンがちょっとうれしそうにしているのが伝わる。今まで怖がられてたりしたていた子が、自分のことをかばってくれているのがうれしいのだろうか。

しかしそんなことはどうでもいい。彼女は俺側の人間だったと思っていたのに、どうやらそうではないみたいだ。悲しい。

 

「そのそーす? はワイバーンさんを信じればいいじゃん! ほらほらー!」

「ええ、そういわれても……」

 

こっちはこのワイバーンの話を信じるつもりはないのだが、彼女は信じるようにと迫っている。正直言って信用するつもりは全然ないのだが、彼女は俺の体を揺さぶり、何とか信じるようにと訴え続ける。

 

「あー……わかったわかった、暫定的にそのような可能性があることは否定できないわけではないということはないと推定しておいとくから!」

「えーっと……どっち?」

「自分で考えて」

 

それがギリギリの妥協点だった。自分でもよくわからないが、多分そうかもしれないという感じだろう。このワイバーンの言ったことは頭の片隅にでも一応入れておこう。一応。

 

『少年よ、いいかのう?』

「あ、はい、どうぞどうぞ」

 

そのワイバーンの言葉で、意識はそちらの方へと移った。何か言いたいことがあるのか、それとも別の話題を振るのか。

 

『少しでも魔力がないかと思いおぬしを調べたのじゃが……やはりおぬしからは魔力をからっきし感じなかったわい』

「そんなこと言わなくてもええやん!」

 

やはりさっきの話はなかったことにすべきだろうか。俺はあのような発言をしてしまったことに少し後悔してしまった。




この前ついに成人してしまいました。これからも色々頑張っていきたいです。
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第40話『叫び』

『いやぁ、すまんのう。わしが間違っていたかもしれんと思ってもう一度やったんじゃが』

「いやいや、傷がさらに深くなってますよ」

 

もう一度調べたら実は魔力があったとか、そういうことを言うのが普通ではないのか。それなのにやっぱりないって言うだなんて、このワイバーンはお世辞というものを知らないのだろうか。お世辞を言われたとしても嬉しくはないが。

 

『ほほ……それと、隣の少女の方も調べたのじゃが、こっちはあまり強くないが、ちゃんと魔力を持っておるぞ』

「それはまあ、一応知ってます」

 

強くないというのは知らなかったが、魔力を持っていること自体は目の前で魔法使ったり回復魔法使ってもらったりと、魔法を使っていたので魔力があることはわかる。

と、ここで1つの疑問が出た。

 

「魔素って魔力持っている生き物には悪影響を及ぼすんですよね? でも、それならワイバーンさんとか、アンジェラちゃんが何ともないというのは、どういうことなんですか?」

 

俺が無事だというのは魔力を持っていないから(完全に信じたわけではないが)ということだと思うが、アンジェラとそこのワイバーンは魔力を持っているのにもかかわらずぴんぴんしている。それは一体どういうことなのだろうか。

 

『ああ……わしは魔素に対してかなりの耐性を持っておるからの。そういう奴はごくわずかしかおらんが、その中にワシも入っておるんじゃ』

「なるほど。じゃあアンジェラちゃんも……」

『うむ、そこの少女も耐性を持っておるのじゃないかの。それと魔力がやや弱いというのも、その分魔素の影響を受けづらくなるからの。じゃからこんな中でも平気でいられるんじゃろう』

「なるほど……」

「へー」

 

断定した表現は使っていないので、ワイバーンはどれほどの耐性を持っているのかを調べることはできないみたいだ。だが実際はワイバーンの推測通りなのだろう。アンジェラも特に反対意見とかは述べていないし。どうも魔力を持っていて、かつ耐性も持っている生き物はごく一部しかいないようだ。そんな耐性持ちが1人と1体、目の前にいる。これは相当レアな光景なのではないか。まあ、耐性がないと生きていけないような世界なので当たり前といえば当たり前なのだが。

 

「その、魔素ってのは今も周りに大量にあるんですか? 数十年たって量が減ったってことは……」

『いや、今も50年前とほとんど濃度は変わっておらんからのう。相変わらず耐性を持っておらんと、生き抜くことは無理じゃろうなぁ』

 

ふと思ったことを質問したが、魔素は今も昔も濃度がほとんど変わっていないみたいだ。ということは、もし俺が魔力9999とか∞とかを持った状態で召喚されていたら5秒で死にそうだから、全くない方がかえって良かったのかもしれない。まあそこも耐性を持っているとかでカバーすればいい話なのだが、魔力を持っていなくてよかったと思いたいのでそれは考えないことにした。

 

「……そういえば、ちょっとお願いというか、見たいものがあるんですけど」

『ん、何がじゃ?』

「えーっと、ワイバーンさんの飛んでいる姿、ちょっと見てみたいなーなんて」

 

目の前にいるワイバーンが空を飛んでいるのを想像すると、かなり壮大な光景が目に浮かんだ。いや、実際に飛んでみたらそこまで壮大ではないかもしれないが、それでも見てみたいものは見てみたい。出会ってからずっと地面に足をついていたため、飛んでいる姿を見たことはなかった。というわけで少しでワイバーンにお願いをして、ちょっと飛んでみてくれないかと言ってみた。

 

「それはー……ちょっと無理かのう」

 

が、俺のお願いはやんわりと断られてしまった。まあ出会って数十分もたっていないし、そんなことを見せる義理はないもないだろう。断られてもしょうがない。

 

「さいですか……すいません、さっき出会ったばっかりなのに、無茶なことを言ってしまいました……」

『いや、違う違う。今は飛べないというだけじゃ』

「え、今は?」

『そうじゃ。わしも数十分ほど前までは空を颯爽と飛んでおったのじゃがのう』

「数十分前? ……何かあったんですか?」

『いや、年を取ったというのもあるのかのう、飛んでいるときに突然翼に激痛が起きて、今も痛くて全然飛べないんじゃ。痛みも少しだけ収まったが、起きたときなんかはもう大変じゃった』

「あぁ、ぎっくり腰的な」

『うむ。同じかどうかはわからんが、多分そうじゃ。今は何とかなっとるが動かすと……』

 

ワイバーンはそう言いながら羽をばさりと少し動かした。すると。

 

「グォォァォォォォォォォォォォォォォ!!!」

「ほげふぅ!」

 

いきなり雄たけびを上げてきた。それもテレパシーではなく本物の音で。雄たけびというよりは悲鳴といったほうが近いだろうか。いきなりそれをやっていたので、全く身構えることができなかった。慌てて手で耳を塞ぐが、それでも鼓膜が破れてしまったのではないかと思うほどだった。

 

「うおわぁ……ワイバーンさん声でかいっすねぇというよりもでかスギィ!」

『いや、すまんすまん。思わず声を出してしまった』

 

声というには規格外の大音量である。大きな大砲から弾が発射されたかのように、バカでかい音だった。今でもさっきの雄たけびが頭の中でこだましているような気がする。

ふと、さっきまで隣にいたアンジェラがいないことに気づいたが、同時に自分のすぐ後ろにいるということも分かった。彼女は俺の後ろに回り込み、ワイバーンから隠れるような体勢をしているみたいだった。

 

「うう……びっくりした」

 

どうやら今の声で相当ビビっているみたいだった。涙は出ていないみたいだが、今にも泣いてしまいそうな感じが出ている。普通にかわいい。

 

『これは申し訳ない。痛くてつい……』

「うう……もうあんな声出さないでね……」

『いやーしかし、この痛みも何日続くかわからんからのぉ。痛みが引かなかったらまた言ってしまうかもしれんのう……』

「……痛くなくなったら、言わないんだよね?」

『うむ、それはそうだが……』

 

ということをワイバーンが話すと、顔だけをひょっこりとワイバーンの方へと出した。

 

「私、回復魔法使えるから……早く元気になって、もうあんな声言わないでね」

 

どうやら先ほどの雄たけびが相当こたえたみたいで、一刻も早くその原因を取り除いたいみたいだ。確かにさっきは痛くてあんな声を出したのだから、痛みがなくなったら声を出すことはなくなるだろう。

 

『ホントかのう? それはありがたい。わしは回復魔法を使うことはできんからのう』

 

ワイバーンが回復魔法を使えないというのはちょっと意外だった。魔法にも向き、不向きとかがあるのだろうか。そんなことを思っている間に、アンジェラがワイバーンに魔法をかけていた。

これでさっきみたいに雄たけびを上げることはなくなるのだろうか。明日には良くなっているということを願うばかりである。




2020年中に投稿しようと思っていたら、2021年の2月になっていただと……
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