オペレーターと煙草を吸う話 (eka)
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スカベンジャーと煙草を吸う話

小説書きながら煙草吸ってたら2箱無くなりました。


執務室とはドクターの仕事場であり、数少ないプライベートが保証されている場所でもある。

機密情報の多さからドクター以外が入る事は滅多にない。…はずなのだが。

 

「どうしているんだ…いや、どうやってここに入った?」

 

「私がどこにいようと勝手だろ。」

 

私たちロドスの主力、傭兵時代の経験を活かして生き残る事に長けた先鋒オペレーター、ザラックのスカベンジャーは涼しい顔でそう言った。

 

ただでさえ今の私には疲労が溜まっている。

その上で現状を把握してセキュリティ強化、報告書の作成と、頭によぎる単語の数々に業務中毒の気を感じますねと他人事のように思った。

頭痛が酷くなった頭を抑えるように手をやって彼女に聞かなければいけないことを聞いておく。説教はその後だ。

 

「まがりなりにも最高機密が詰まった部屋に侵入しておいて言うことがそれか?」

 

「…宿舎じゃ"こいつ"を吸えなくなったんだよ。」

 

そう言いながらスカベンジャーは煙草を挟んだ手を振った。

よく見れば彼女が腰掛けている机の上に置かれた灰皿には既に吸殻が5本ほど立っている。

随分長居しているようだな、と思うと同時につきそうになったため息を押し殺して口を開く。

 

「そんな理由で気軽に入っていい場所じゃない。

はぐらかすな、どうやって入った?ここはロドスでも最高セキュリティがかかっているんだぞ。」

 

「なんにだって穴はあるってことだろ。このご時世じゃそれほど珍しくもない。」

 

答えになっていない答えが返ってきて辟易とする。今の精神状態では皮肉すら思いつかないほどに。

…要するに、教える気はないしこれからも執務室に侵入し続け、喫煙所として利用するということか。

新たに喫煙室の増設、それに伴う素材と龍門弊を計算してより強まった頭痛にもはや生命の危機を感じ、私は考えることを諦めることにした。

 

勿論それでいいはずもない。

いいはずもないが、古参かつケルシー医師の直属であったスカベンジャーが何かすると本気で思っているわけでも無かったし、演習で理性を使い切った頭ではそれ以上の追求をする気にはなれなかったというのが本音だ。

 

「…はぁ、もういい。1本くれ。」

 

「ん。…ほら。」

 

スカベンジャーはいわゆる旧三級品、粗雑で安い煙草を好んで吸っている。

元々ありあわせで作られた煙草は傭兵達のお供と言われるくらいであり、それを模した製品にもその頃の愛称である「Waste」(廃棄品)と名前が付けられた。

いつだったかもっといいやつを買えるだろうと言うともうこいつでないと吸った気がしないんだと不機嫌そうに言っていた。

 

雑味か強く、両切り煙草の為口の中に煙草が入り正直好みではないのだが…せめて1本くらい貰わないとな。

どう考えても割に合わないんだが。

そんな益体も無い損得勘定が、差し出された『吸いかけ』の煙草を見て停止した。

 

「丁度最後の1本だったんだ。やるよ。」

 

「……………いや、まぁ、それなら、いい。」

 

「そうか?…解った。」

 

ハッとして顔を上げると素知らぬ顔でスカベンジャーは煙草を咥え直していた。

憎たらしいことに、頭の上の耳がこちらをからかうようにピクリピクリと跳ねている。

 

胸の内に留めておいてやったため息を聞こえるようにたっぷりとついて、デスクの引き出しを開ける。

そこにはパッケージの右上にひっそりと「chemical line」と書かれた煙草と彫刻の入ったライターが入っている。

慣れた手つきで煙草を咥えると無骨なライターが差し出されていた。

遠慮なく煙草を近づけて火をもらう。

 

ゆっくりと吸ってゆっくりと吐く。

脳みそが少し痺れるような感覚に、あぁ、こうしている時がなにより理性が回復している気がする、と「ドクター」らしからぬ思考をする。

 

スカベンジャーと自分の吐いた紫煙が混ざりつつ換気扇に吸い込まれていくのをぼんやりと眺めていると、張っていた糸が切れたかのように疲れが体にのしかかってくる。

疲れの原因は明白だ。

通常の業務に加え研究資料の精読、レユニオンへの調査と対処法の模索…

それに加え最近オペレーターが増えたので育成にかなり時間を取られている。

元より実力があるのだが、自分の指示への理解や他のオペレーターとの連携は時間をかけるしかない。

少なくともあと1週間はこの調子だろう。

必要なこととはいえ、焦燥感が募る。

レユニオンの動きは不明瞭のままで、対応は全てが後手に回っている。

我々は所詮製薬会社なのだからレユニオンに対処する責任はない、と諦められるなら少しは気が楽になるのかもしれない。

だが我々の理念と目的は感染者の救済だ。

彼らの動きによる他の感染者への差別の深化はもとより、彼らを救うためにも我々はこの騒動を収めなければならない。

このままでは治療法が確立しようともどの感染者にとっても明るい未来はないのだろう。

今ですら感染者に対する目は厳しいというのに、このテロ活動が続けば…最悪、元感染者というだけで移動都市から追い出される。

そうなれば後はゆるやかに死を待つか、盗賊になっていずれ殺されるだけだろう。

 

殺されるために治療をするのは盲目的な慈善団体か倒錯した性癖を持つ異常者だ。

我々はそのどちらでもない。

 

ない、はずなのだが。

…だが、しかし、救いたいと言いながら…事実として我々は彼らを殺している。その為の訓練もしている。

果たして先程蔑んだそれらと我々はどれほど違うというのだろう?

 

なんともいえない鬱屈とした思いを煙と一緒に吐き出す。

 

「…ぐずぐず悩んだってやることは変わらないだろ。

あぁ、もしかしてもう諦めようとしてるのか?…そうならとんだ期待外れだな。」

 

…随分と1人で意味の無い考え事をしてしまっていたらしい。不器用な、実に彼女らしい励ましの言葉に肩の力が抜ける。

 

「…なら、悩み事を増やすような真似をしないことだな。せめて次は私がいる時に入れ。」

 

まぁ、スカベンジャーの言う通りだ。

悩みながらやるか、前だけ見てやるか。

諦めるという選択肢は初めから用意されていないのだから。

 

…それにしてもスカベンジャーが私を励ますとは珍しいものを見た。いつも辛辣な彼女らしくない、というか。

いや、辛辣な言葉に喜ぶというわけではない。あしからず。

 

まぁ実際のところ励ましているつもりは無くただ自分の仕事に余計な時間がかかることを嫌がっただけなのかもしれない。

だとしても結果的に私は励まされたのだから有難く思っておこう。

 

そんな気持ちを込めて喫煙室を自由に使えなくなったことが理由で不機嫌そうに口を歪めている彼女に「嫌なら禁煙しろ」と追い討ちをかけて更に眉間にシワがよっていくのを苦笑しつつ眺めておく。

 

 

だがまぁ、そうだな。

 

「早速だが明日の演習に参加してくれ。今回の演習の課題点を纏めておくから、0930に執務室に来い。今度は私の分の煙草も持ってな。」

 

朝食後の一服を誘うくらいには、本当に有難く思っているんだ。

 

 

 

了解、と呟きながら煙草をもみ消すとスカベンジャーは腰掛けていた机から離れた。

部屋を出ていくスカベンジャーの背中に「気を遣わせたな」と投げかけると彼女はひらひらと軽く手を振って、そのすぐ後に厳重さの割には軽い音でドアが閉まった。

 

 

一応探られた形跡が無いか一通り隠しカメラを確認する。

正直彼女が本気で何かしたとして私程度では気づけないだろうからこの作業にほとんど意味はない。

だというのにそうしたのは…もしかすると彼女との距離感が、少しだけ名残惜しかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

…あ、こいつ今私の煙草盗みやがった。

 

 

 

 

 

 

 




ヒント:スカベンジャーが執務室で吸ってたのはWasteだけです


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パフューマーと煙草を吸う話

Q.手巻き煙草とはA.ロマン


「…どれくらい眠っていた?」

 

「あら。…10分も経ってないわ。」

 

そう言って吸い出したばかりであろう煙草をもみ消そうとしたパフューマーを制し、自分も引き出しから煙草を取り出して火をつけた。

 

「…悪かった。わざわざ来てもらったというのに…」

 

パフューマーから「疲れているならオススメの香料があるの。いくつかお分けしましょうか?」と言われたのが今日の演習が終わってすぐの事だった。

疲れが顔に出ていただろうか?と問えば見えない顔色を伺うことなんてできないわよ、とひとしきり笑われたな、と他人事のように思い出す。

 

 

「気にしないで。こちらこそごめんなさい、香りが混ざると判ってはいたし、普段は人前では吸わないようにしているのだけど…。ドクターくん、まるで電源が切れたみたいに眠るんだもの。まだしばらく起きないと思っていたわ。」

 

「今日は月納めだから余計に忙しくてな。

…たしかに少し意外だ。むしろ嫌煙しているものだと思っていたが。」

 

「…実は結構好きなの。何か片付けた後や悩んでる時なんかについ、ね。内緒よ?」

 

何故かと問えば「だって煙草を吸うパフューマーの作った香料なんて、なんとなく信頼できないんじゃない?」と彼女は自嘲気味に言った。

 

恐らく彼女自身、煙草を吸うということに負い目があるのだろう。

正直に言えば、初めて手に取る香料のどこぞの調香師が喫煙者だと知ればなるほどそうであったかもしれない。

 

 

少しだけ間をおいて私は言う。

「そんなことで覆るような功績だったのであれば確かにと思う。

君が吸うのならきっと必要だったのだろうとも思う。

私は詳しくはないから知らないが、パフューマーとは芸術家と同じようなものなのだと、君を見てきてそう思った。

なら評価されるのは作者の人となりではなく物であるべきだ。

結果、君は功績を残している。

君が喫煙者かどうかは少なくとも私にとってはどうでもいいことだし、恐らくロドスにそうでない人はいないだろう。」

 

これも私の偽らざる本音だ。

 

「まぁ、隠したいと言うならば口外はしない」と付け足しておく。

わざわざ言いふらすようなものでもない。

彼女の意志を尊重すべきだ。

 

「…ありがとう、ドクターくん。」

 

事実としてその特技でもって戦場では数少ない範囲回復ができるという特殊な技量を持ち、ロドスに戻れば各オペレーターのメンタルケアという欠かせない業務を担当している。

ケルシー医師ですら一目を置くほどだ。

そんな彼女自身の負担が減ればと思い希望していた温室を(ケルシー医師の許可を得て)作ってみれば、彼女曰く『ストレス発散のついでに作った』香料は一部に高く売れている。

…温室を作るくらいの早さで喫煙室も作れればいいのだが。喫煙者は肩身が狭くなる一方だな。

とにかく、彼女の腕を疑う人がロドスにいるはずもない。

だから礼を言われるようなことではないのだが、蒸し返すのもなんだろう。

 

「そういえばそれは手巻きか?珍しいな。」

 

話の流れを変えるため気になったことを聞いてみる。

自分が1度手巻き煙草を試した際は久々に着た上着のポケットに何故か1本だけ入っていた煙草のようにくしゃくしゃになってしまったが、パフューマーが吸うそれは大分綺麗な形をしているものの少しだけ葉の詰まり方が不均一だった。

 

「色んなものを吸ってみたけれどピンとこなくて…今でも色々と改良している最中よ。」

 

「知ってはいたが君はなかなか拘るタイプだな。…待て、最近君が聞いたことも無い苗を仕入れているとクロージャから聞いたが…。」

 

「…実家よりも色んなものが手に入りやすくて助かるわ…。優秀な配達人さんもいるし…。」

 

「…経費だと聞いたが?」

 

「…。」

 

急に目が合わなくなった彼女にため息をついて今後は無しだ、と釘を刺しておく。

彼女が生み出す利益を考えれば必要経費と言ってもいいのかもしれない。だがその分の手当は出している。それはそれ、これはこれだ。

処分こそしないものの…

 

「信頼とは積み木のようなものだ。積み重ねるのに時間がかかるが崩れる時は

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。今注文しないと次は何時になるか解らないって言われて、それで…」

…次からは私に直接言ってくれ。給料の前借りは可能なのだから。」

 

彼女が作った香料よりも彼女自身への信頼が危ぶまれる一瞬であった。

というか、よくよく聞いてみればセールストークに騙されていないだろうか?しかもよく聞く部類の。…将来壺とか買わされないだろうか。

ちなみに誰から聞いたか問えばエクシアだった。よし、後で説教だ。

 

落ち込む彼女に

「最近はここを喫煙室代わりに使った上私の煙草を盗み、それを省みる気の無い奴もいるんだ。反省している分それよりはマシだ。」

と笑い話を振ってみたが余計に落ち込んだ。

何を…何を間違えた…。

 

気まずい沈黙に耐えきれず改めて今回の礼を言う。

 

スカベンジャーに発破をかけられて以来余計なことを考えず仕事に取り組んだ結果、効率自体は上がった。

先の見えない不安を一旦忘れ、精神的に少し楽になったものの、肉体的な疲労は着実に溜まっていた。

眠気を誤魔化すように煙草を吸ってなんとかやってこれたが。

毎日スカベンジャーが来る度取り替えている灰皿が気づけば山となっているのを見て、現実逃避気味にニコチン依存性の療法理論を記憶から引っ張り出しながらこのままではいけないと考えていた。

そんな状況だったので彼女の提案は渡りに船だった。

…外回りの業務で存分に吸えるであろう日も欠かさずに執務室に来るスカベンジャーの為にもそう遠くない未来、禁煙療法を纏めておくべきかもしれない。

ほら、ドクターの言うことは聞いておきなさい。え?あんたの方が吸ってる?

大丈夫だ、私は禁煙のプロだ。(記憶喪失以来5回目)

安心だな!!!!!(理性0)

 

それはともかく。

彼女の香料を利用しながら眠ると疲れが取れるのは何度も経験している。

今、この10分の気絶のような睡眠でも怠さが取れたような気がする。

他の医療スタッフに同じ真似は些か難しいだろう。

 

「…ドクターくんの助けになれたのなら良かったわ。」

 

もしかすると口下手な私に気を使ったのかもしれないが。

いつもの柔らかい微笑みでそう言った彼女にようやく私はほっとしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




絶対この人煙草吸わないでしょって人が煙草吸ってるのをふとした時に見かけて2人だけの秘密にしたい。


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フロストリーフと煙草を吸う話

育てたいキャラが沢山いるのにガチャを引く手が止まりません。助けてください。


基地の入口を出てすぐの場所に、彼女は壁にもたれかかったまま斧を抱えるようにして座っていた。

目を閉じて音楽を楽しんでいるであろうその姿を唐突に目にした私は、息をすることすら忘れた。

 

 

率直に言うと悲鳴が出ないほど驚いた。

気を抜いたまま歩いていたのもあるが、まさか曲がり角でいきなり斧の刃先が目の前に現れるとは思うまい。

チェルノボークの時と同じくらい死の気配を感じた。

 

息の仕方を思い出すまでに十秒もかからなかったであろうが、気づけば彼女の真っ赤な目がこちらを見つめていた。

 

 

「…ドクター。」

 

「…こんなところで何をしている?フロストリーフ。」

 

自らの失態を隠すため、私は彼女にそう問うた。

 

____________________________________________________________

 

私が今日までに終わらせなければならない仕事は終わっていた。

夕飯時前に終わるとは珍しいこともあるものだと思って煙草を口に咥え、そして…そのままゆっくりと箱に戻す。

頭によぎるのは今朝の出来事。

もはや慣習のようにスカベンジャーと共に雑談しながら煙草を吸っていた時、パフューマ―が執務室に入ってきた。

以前貰った香料を仕事中に焚けばいつもより捗った気がしたのでまた今日にでも買いに行くと朝食の際伝えていたが、気を使って持ってきてくれたらしい。

 

「あんまり吸いすぎちゃダメよ?これじゃ調香のし甲斐が無いわ。」

 

もうもうと煙を吐く私たちに向かって呆れたようにそう言って香料を置いて出ていく彼女を申し訳なさから私は何も言えずただ黙って見送った。(咄嗟に隠してはいたがパフューマーも煙草を取り出していたのが見えたので少しだけ罪悪感が減った。)

パフューマーが退室するや否やスカベンジャーは平然と新しく煙草を咥えたのでしばいておいた。三倍にして返されたが。

 

以前からアーミヤには直接は言われることはないが執務室で煙草を吸うことに良い顔はされていない。普段人を呼ぶ前には消臭に気を使っているつもりではあるのだが…毎度灰皿上の吸い殻の山に冷たい視線を浴びせているのを見るのは何というか、こう、悪いことをしている気分になることであるし。

ケルシー医師にもせめて量を減らせと苦言を頂いている。

そういうわけで突発的に執務室は禁煙とすることにした。

 

スカベンジャーは渋っていたが、そもそもここは執務室であるのだからお前に拒否権はないと無理やり諦めさせた。

なら早く喫煙室作れよ、と言う抗議に耳をふさぎ、まぁいいどうせ長続きしないだろ、と呟かれた言葉に心の中だけで同意した。

 

 

その後、非番だったスカベンジャーが文句と愚痴を吐くついでに簡単な仕事を手伝ってくれていたこともあるのだろう。

 

そういうわけで仕事は終わった。…のだが。

先ほどまでは集中していたからなのかあまり煙草を吸いたいという気持ちは無かった。しかし一旦落ち着いてしまうとどうにもいけない。

それでも決めたことであるし…せめて一日だけでも通さなければ威厳が…。

そう考えた末、外回りの業務で吸っていると以前耳にしたことがあるのでこうして基地の外に出てきた次第である。

その結果命の危機を覚えることになろうとは思いもしなかった。

 

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「…というわけだ。」

 

静かで一人になれる場所探していたらここにいた、という答えに猫みたいだなと思っていると「ドクターこそどうして外に?」と聞かれたのでかいつまんで説明した。

それにしても気配を消すのがうますぎる。斧が見えてもしばらく彼女がいることを認識できなかったくらいだ。

 

「…すまない、少し離れてくれ。」

 

そう言われたので一歩距離をとると彼女は斧を地面に横たえた。もう一度距離を詰めるのも何だったためにそのまま斧を挟んだまま私は壁にもたれかかる。

 

気を使わせてしまった。

最近はこう、軽く冗談を言ったつもりが真面目に受け取られてばかりな気がする。

記憶を失う以前の私が冗談のひとつも言わない堅物であったのか、もしくは今の私に問題があるのか…。

そもそも彼女は一人になれる場所を探しに来たのであるし私が移動するべきなのだろうか。

しかしわざわざ斧を動かしてもらった後に移動するというのも…。

 

「…煙草。」

 

「、あぁ…。煙草?」

 

沈み込みそうになった意識が呟かれた言葉に遮られ、間抜けに鸚鵡返しをしてしまう。

 

「吸いに来たんじゃないのか?」

 

「まぁ、そうだな。…ここで吸ってもいいのか?」

 

「構わない。私も吸うし。」

 

そう言って彼女は上着の右ポケットから「a field of glass」を取り出した。

 

随分と渋い物を吸っているな、と言いながら厚意に感謝しつつ私も煙草を出して火をつける。

お互いが吐いた真っ白な息が夕焼けで焦げていく風景に溶けていった。

 

「…そうなのか?よく、わからない。」

 

「百年前からあるクルビアの名産品じゃなかったか。最近廃盤になったと聞いたが…『口にすれば原風景を思い出す』って謳い文句が受けたおかげか、それでも年を食った人間は皆揃ってそいつを吸っている気がする。…あぁいや、それが何だって言う話なんだが…。」

 

暗に彼女を老人扱いしたようになってしまったことに気づき焦った。そんなつもりは無く、ただ、その煙草が似合っていて恰好が…いや、似合っているというのも駄目だろうか?

失言に失言を重ねそうな自分に辟易としているとフロストリーフは気にしているのかいないのか、そうか、とだけ言って何か考え込むようにして黙った。

 

「…この煙草はもともと私の物じゃないんだ。」ぽつりと彼女が呟いたのは、私がそれから何も言えず一本吸い切ったところであった。

横目で彼女の方を見てみれば、フロストリーフの視線はその指に挟んだ煙草から動かさないまま話し続けた。

 

「その人も、少なくとも傭兵にしては珍しいくらいには年寄りだった。

強いというよりは生き汚いとでも言うのだろうか、そんなだから優しいと言われるような人では無かった。

むしろ恨みを買うことの方が多いような生き方をしていた。

ずっと一緒だったわけじゃなく、たまにしか会わなかったんだが。

…でも私は、今になって思うと、随分と世話になった。」

 

当時はそんな事を考えることすらできなかったと、よく見ないと解らないほど薄く彼女は笑った。

私は二本目に火をつけて、黙って彼女に続きを促す。

 

「昔彼になんでそんなものを吸っているのか聞いたことがある。

大怪我をしてるくせにおいしそうに吸って直後煙を咳と一緒に吐き出していたから、そこまでして吸う理由は何なんだって。

そうしたら生きるためだと言っていた。原風景に立ち返ってなんで生きてるか確かめるんだと喚いていた。

意識が朦朧としているせいだと思っていた…いや、実際それもあるんだろうが…きっと彼もその謳い文句を知っていたんだな。」

 

「…その広告が使われていたのは結構昔の話なんだが、当時は世界中で関連商品が産まれたくらいらしい。

今吸っているのがその彼が持っていた物なのか?随分と大事にしていたんだな。」

 

「いや、久々に私物を片づけていたら私の鞄の中にわざわざ鉄のケースに入った状態で紛れ込んでいたんだ。

おおかた私が盗んだとか言いがかりをつけて何かしらを奢らせようとして、そのまま忘れていたのだと思う。」

 

あいつはそういうことをする、と遠い目をする彼女に同情した。世話になった以上に苦労も掛けられていたようだった。

 

「…待て、昔の話だと?なら何故それを知っている?」

 

あぁ、確かに記憶喪失の私が昔流行ったものを知っているのはおかしい話だ。

正確には年齢的には物心がつく前に流行った物だからどちらにせよ知らないのが当たり前なのだが。

答えはあまりにも単純である。

 

「クロージャにそう言ってこの前その関連商品を売りつけられたんだ。パーカーだった。…いるか?」

 

「、いや悪い、そういうつもりじゃ…」

 

バッと擬音がつきそうな速さでこちらに顔を向けてきた後気まり悪そうに煙草に火をつける彼女に苦笑しながら、買ったはいいがサイズが少し小さいのでよければ貰ってやってほしい、と言った。普段から私は制服以外を着ることもないことだし。

つい煙草の関連商品だと聞くと財布のひもが緩むな。最近は露骨にそれを狙われているような気もする。あまりパフューマーのことをとやかく言えないかもしれない。

他にもタンスの肥やしとなっているものはいくつかあるのだが…まぁとにかく今回は有効活用ができて良かった。

 

「…ありがとう、ドクター。代わりと言っては何だが一杯どうだ?私が奢ろう。」

 

「なんだ、いける口だったのか。ありがたく頂戴しよう。宿舎のバーカウンターか?」

 

「あぁ、たまには騒がしいのもいいだろう。」

 

立ち上がって斧を拾い入口へと歩く彼女と話しながら何を飲もうか考える。

たまには普段飲まないやつがいいかもしれない。

 

 

そんな平和な事を考えていたのだが、少しずつ人が増えていきちょっとした宴会の様になった結果私は無事二日酔いになった。

ちなみにフロストリーフはすごく強かった。表情が全く変わらないまま飲み続けるその姿に戦闘の時よりも震えた。

 

 

翌日はまともに仕事にならなかったので更に次の日に溜まった仕事を片づけていると執務室の灰皿が元通り吸い殻の山となったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 




「field of glass」は草原という意味らしいです。
書き溜め一切していないので次どうしようか何も考えていません。


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エクシアと煙草を吸う話

エクシアと退廃的な生活を送りたいけどもう一人の自分が解釈違いですって言うんだ。


「リーダー!!」

 

「ドアが開ききるまで待てなかったのか?」

 

「それどころじゃないんだよ!!」

 

自動ドアが開き始めた瞬間にねじ込むようにして入ってきたエクシアに若干引きながらコンソールを動かす手を止めた。

戦闘中以外は…いや戦闘中でも結構能天気なエクシアだ。

ここまで取り乱すほどの何かが起きたのかと思い、その尋常ならざる剣幕に気を引き締め直した。

 

「どうした、何があった。もしやレユニオンが新たに何か動きでも…」

 

「酒が無い!!」

 

「…は?」

 

「だから酒が無いんだって!!」

 

沈黙が執務室を支配した。

エクシアはこの世の終わりのような悲痛な顔をしている。

向こうからは見えないだろうが私も同じような顔をしていた。

世界に誇れる我らが主力スナイパーがこんな…こんな情けないことで血相を変えて執務室に殴り込んでくるとは…。

 

「…クロージャに言え。」

 

「次の入荷予定は来月だって言われたよ!!そんなに待てるわけないじゃん!!」

 

「なら禁酒しろ。休肝日を作れ。肝臓は一度駄目になったら一生ものだぞ。」

 

「できてたら世話無いって…。そもそもリーダーの所為だからね。」

 

私が?…いや、なんの話だ?

断っておくが私は酒はたしなむ程度であり、(一週間に一度飲むか飲まないか、それくらいだ。)エクシアが飲む何分の一かわからないが、十を下回ることは恐らくない。

なのでエクシアが原因だというならまだしも私が原因だと訴えられても心当たりがない。

 

「この前宿舎で飲み会やったじゃんか、あれの所為だよ…。

普段飲まないような人まで参加してたし、あれで在庫が底をついたんだって。」

 

「あれは…いやそうだとしても自業自得だろう。

あの場で最後まで飲んでいたのはお前とフロストリーフだけだと聞いたぞ。」

 

言われてつい先日のことを思い出す。

あの時はひどかった。

杯を空けた瞬間注がれる酒、何度繰り返したか解らぬうちに気づけば眠っていたらしい。

「起きたか、ドクター。」という言葉と共にフロストリーフに渡された水を一息で飲んで周りを見渡すと大量に並ぶ底のついた酒瓶、ゴミ袋に乱雑に投げ捨てられた空き缶、ここが戦場であったかのように転がる戦士たち。

例えばスカベンジャーはバーカウンターと壁の狭い隙間で更に縮こまるようににして眠っていたし、パフューマ―は椅子に突っ伏しながら片手で一升瓶を抱えていた。ほかも似たりよったりだが、マトイマルが角を空いた棚に突っ込みながら寝ていたのは少し笑った。

それにしても死屍累々と言う言葉をとてもよく似合う状況であった。

 

そんな中生き残っていたのがフロストリーフとエクシアである。

私が目を覚まし、自室に帰った後も飲み続けていたのだというのだから恐ろしい。

周囲のゴミの山のでき方から二人だけであの場の半分のアルコールを消費していたのではないだろうかと思い返すほどである。

 

「いーや違うね、リーダーが今日は飲んでいいっていうからだし。」

 

「限度があるだろう。私はロドス中の酒を飲みつくせとは言ってない。」

 

「そういう意味だと思うじゃん?」

 

「…指揮官権限としてエクシアだけ禁酒令を出そうか。」

 

「フロストリーフは!?」

 

「文句を言ってるのはお前だけだ。」

 

「ごめんって。」

 

微塵も悪く思ってなさそうな顔であった。

あの飲み会の翌日も元気にドローンを撃ち落していたので指揮官権限なんぞ使えない気もするが。

溜息をつく私にへらりと笑いながらエクシアが近づいてくるのが視界の端に映る。

何を、と思った次の瞬間エクシアは私を通り過ぎ、奥の戸棚の一番下を開いた。

 

「今度奢るからさ。とりあえず今日はこいつで一杯やらない?」

 

ほら、アップルパイも焼いてきたんだよ、と片手にランチケースを、も片方の手には私の秘蔵の蒸留酒を持って満面の笑みを見せる彼女を見た私は…

 

「…アップルパイはつまみとしてどうなんだ?」

 

形ばかりの抗議をした。

 

 

__________________________________________________

 

「ラテラーノ人はどちらかと言えば禁欲的な方だと思っていた。」

 

「あー…まぁ、他はそうなんじゃない?昔はもっときっちりしてたらしいし、今でも酒なんてーって言う人は少なくないしね。」

 

おお神よお許しください、私は自分でも何をやっているのかわからないのです、と謳うように言った後グラスを傾ける彼女に呆れながら自分のグラスにも酒を注ぐ。

 

あれから仕事を終わらせるまで待ってもらい、そのまま執務室で酒盛りを始めてこの様である。

せめて他で、と言ったものの移動の時間すらもう待てないと言うエクシアに執務室で酒を隠していたことを脅されては私に選択肢は無かった。

 

移動したくなかった理由は他にもあったようだが。

 

くーっ、とまるで清涼飲料水が如く高濃度の蒸留酒を飲み干した後咥えた煙草がジリジリと音を立てて短くなっていく。

 

「…はー…。やっぱ酒を飲んだらこれだよねぇ…。後はヒップホップが流れてたらテンションが限界突破なんだけど。」

 

「ここを喫煙室だと思ってる奴はいるがクラブ扱いをされたのは初めてだ。」

 

執務室に自我があればそろそろアイデンティティが崩壊しかける頃だろう。

空いたグラスに二杯目を注いでやり、私も自分のグラスを空ける。

む、やはりイェラグの蒸留酒は質が良い。鼻の奥に広がる芳醇な匂いを楽しみ喉が焼けるような感覚に追い打ちをかけるように煙草を吸う。

彼女の言う通り酒と煙草は密接な関係にあるのだ。

 

「宿舎で吸えてた頃は良かったなぁ…。」

 

「馬鹿言え、またグムに飯を抜かれたいのか。」

 

そうじゃないけどさぁ、と愚痴りながら彼女は頬杖をつく。

普段怒らない人が怒るのは本当にヤバい、と言ったのは誰だったか。

今では誰かが煙草を取り出した瞬間に水をかけられるほどである。

 

「…それにしてもこんな上物を隠し持ってたとはね。リーダーも人が悪いよ。」

 

「お前ほど飲まないが嫌いというわけでもない。…これはクリフハートが手土産として持ってきてくれたものだ。」

 

「なるほどー、隠れた銘酒って奴なのかな?あんまり聞いたことないし。」

 

「詳しくは知らん。調べて今度入荷してくれ。」

 

「よーし任せて、絶対仕入れルート確立してみせるよ。」

 

彼女も気にいったらしい酒は気づけば半分ほどになっていた。

向こうのペースに引っ張られ結構酔いが回っているのを自覚した私はアップルパイにかじりつく。

リンゴの酸味が今の口には丁度よく、意外とつまみとして機能していることに驚いた。

そんな私をニヤニヤしながら眺めるエクシアに気づいて眼を逸らすと机の上の煙草のパッケージが目に入る。

 

「『Loop Line』?聞いたことが無いな。」

 

苦し紛れに目についたものを口にしただけであったが効果はあったらしい。

エクシアは、あぁこれ、と人差し指と中指を器用に使って煙草を箱から一本取り出して見せた

フィルターまで真っ白だが、よく見ればフィルターのすぐ上をグレーで薄く線が一周するように描かれている。

 

「聞いたことが無いのも無理ないと思うよ?ヴィクトリアの相当古い煙草屋にしか置いてるの見たこと無いし。」

 

吸ってみる?と差し出されたそれをありがたく頂戴して火をつけてみると、高級感のある甘みが一瞬口の中に広がりその後燻製のような香りが鼻を抜けた。

 

「…なんでこれほどのものが有名じゃないんだ?」

 

「あはは、なんでも生産量が限られてるんだってさ。これもまた知る人ぞ知るってやつだよ。」

 

そうなのか、と半ば夢心地で吸いながら私も自分の煙草を渡した。等価交換にはまるでなってないがその分は酒で満足してもらおう。

 

 

 

そうしてからしばらく気詰まりではない沈黙が続く。

 

 

氷が解けてグラスの中を転がる音か、煙草が燃える音しかしない空間で、私は頭の中にアルコールが回っているにしては冷静にある事を考えていた。

 

「あのさ、ペンギンの事だけど、」

 

「契約は更新するつもりだ。」

 

エクシアの言葉を遮り、自分のグラスから視線を上げれないまま私は言葉を続けた。

 

「私達にはお前達の力が必要なんだ。

これから更に激化する状況の中、個々の能力は勿論のこと後方支援として『ペンギン急便』がロドスに常駐しているというのは、これ以上ないアドバンテージだ。

これは私一個人の意見だけでは無く、ロドスの総意でもある。

 

…お前たちには、苦労を掛けてしまうが…。」

 

最後に思わず余計な一言を付け加えてしまった自分に腹が立ち、きつく口の端を噛んだ。

悪いと思っているから、労ったから何だと言うのか。

申し訳ないと思いつつ、とどのつまり私は彼女達を死地に連れて行く。

なら私は恨まれてしかるべきだ。許しを乞うような真似をするべきではなかった。

 

エクシアがロドスの正式なオペレーターで無いことが更に罪悪感を加速させる。

私達ロドスは物凄く乱暴に言えば「これしか道を選べなかった人」の集まりだ。

行き場が無くそれでもレユニオンや他要注意団体に迎合しなかった人か、目的を果たすためにはここが必要だった人か。

そうでない人はここでは長く続かなかったことがその証明だ。

私達は私達の理念を持って…その為に命を懸けることができる。

 

契約で縛られる彼女は違う。

 

恐らくはペンギン急便のボスも契約は更新するつもりなのだと思う。

レユニオンという反社会勢力がはびこり流通の妨げになる以上我々の利害は一致しているし、そもそもロドスが誇る製薬やその他の生産品の売り上げを鑑みても撤退はしないというのが上層部の共通認識だ。

 

そうして彼女の頭の上で飛び交った契約の末、最悪彼女は死ぬ。いや、私が殺すようなものだ。

 

あぁ、お前の言うとおりだスカベンジャー。私は結局のところ先に進むためにそうするしかやり方を知らない。止まる気もない。

 

ただ、エクシアが死んだら、と想像する。

きっと私が見る最後の彼女はきっと…私を恨んだ目をしているんだろう。

もっと色んな酒を飲みたかったに違いない。喧しい音楽を聴いて、馬鹿みたいにアップルパイを食べる日々がもっと続いてほしかったと願うに違いない。

契約を更新するということが、それを目にすることに繋がると思うと怖いんだ。

 

その時今抱いている決意が折れないか、怖くてたまらない。

 

「…付き合いも短くないからさ、なんとなく考えてることは解るよ。」

 

そう言って彼女は対面で座っていた椅子から立ち上がり、私の隣に来て机に腰掛けた。

私はそれでもとっくに氷が溶けきったグラスを睨み続ける。

 

「多分想像の中であたしは死んで、リーダーはそれを後悔して、しかもそうすることは自分勝手だと責めている。」

 

「…。」

 

「…さっき言おうとしたのはさ、ペンギンは契約をどうするつもりかって聞こうとしたんだ。」

 

解っている。今日その事について会議があったから来たんだろう。

 

「それでもし契約を満了して更新しないって言われたら、リーダーを酔い潰して契約書を更新に書き換えようと思って。」

 

「おい。」

 

なんですぐ解るような捏造をするんだ?いや、違う。後で説教はするが今聞きたいのは…。

 

「気を使ってもらってなんだけどさ、あたし達は結構今の仕事気に入ってるんだよ。

ご飯も酒もおいしいし、煙草はまぁ…吸える場所が減ったけど…あっ、給料がいい!…これはクロワッサンの意見ね。」

 

私が呆れているのが伝わったのか、エクシアはまくしたてるように話し始め、かと思えば徐々に尻つぼみになっていき、一度ぐびりと音を立てて酒を飲んで言葉を区切った。

 

「とにかくさ、このご時世で仕事なんてどこから受けても変わらないくらい酷い中でここは皆いい人達だし…。

できればここでもっと働きたかったから、気にすることないよ。」

 

「…そうしてここで死ぬことになってもか?」

 

「なんだ、本当はあたし達を追い出したかったんだ?」

 

「っ違う私はただ…!」

 

「解ってるよ。」

 

雰囲気の変わったエクシアに、思わず真正面から彼女の顔を見てしまう。

彼女は今まで見たことのないくらい優しい顔で笑っていた。

 

「解ってる。その上であたし達はここにいる。…ねぇ、あたし達の仕事は何か知ってる?」

 

_________________________________________________

 

 

それはいつの頃の記憶か、自信満々に語りだした彼女の姿ががフラッシュバックする。

『任せて!だってベンギン急便の仕事は―』

 

_________________________________________________

 

 

「…『生と死を運ぶこと』。」

 

「そうそう。でもま、どうせなら前者を増やしていきたいんだよね!」

 

その結果死んでも、まぁそれはあたし達の番が回ってきたってことで。

さっきの雰囲気は何だったのか、砕けた調子で彼女は笑いながら煙草に火をつけた。

 

少し間を置いて私は目の前のグラスを一息に空にする。

『生を運ぶ』か。なんとも曖昧な表現だ。

私が考えているようなことではないのかもしれない。

ただ、単純に依頼人が増える、人類の母数が増えるという意味なら。

もしかすると彼女達は、ロドスが鉱石病を治せると本気で信じてくれているのかもしれなかった。

 

「後悔するなよ。」

 

「こっちのセリフ。果たしてリーダーはあたしが死んでも乗り越えられるかな~?」

 

「その時は死ぬほど参加したくなるような盛大なパーティーを開いて弔ってやる。」

 

「ちょっ、生きてるうちにやってよそれは!!化けて出てもいいの!?」

 

「大歓迎だ。」

 

 

果たして私が考えていたことは悉く杞憂だったということなのだろう。

 

まぁ、今度は早くても来月になるが。

彼女が驚くようなパーティーを開いてもいいか、と思いながら私は空いたグラスたちに酒を注ぐ。

 

 

 

特にどういう意図があったわけでもないが、示し合わせたように私達は乾杯した。

 

 

 




気付いたら五千字超えてて俺ってエクシア好きなんだなって思った。(小並感)



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アーミヤに煙草を燃やされる話

※この話はオペレーターと煙草を吸う話で間違ってないです。

※4話も数時間前に投稿してます。


「禁煙してください。」

 

「しかしアーミヤこれは私の数少ない娯楽であり」

 

「禁煙してください。」

 

「実は業務効率を支えてているのも」

 

「禁煙してください。」

 

「…禁煙の前に減煙するのは」

 

「禁煙してください。」

 

「…。」

 

「…。」

 

「…Lancet-2でももう少しボキャブラリーぐぁっ!!!」

 

「今のはリーダーが悪いわ。」

 

アーツ攻撃であえなく倒された私にかけられるのは無慈悲な言葉と冷たい視線だけだった。

頭の中でスカベンジャーが「ワン、ツー…んなぁああ!なんで私がこんなことを!!」と叫んでリングに剣をぶっ刺していた。ごめんなって思った。

しかし何故そちら側にいるんだエクシア、お前にも解るだろう。

ヘビースモーカーにとって煙草を吸えないということは常に呼吸を妨げるマスクをしているに等しい。

時間が経てば経つほどそのマスクは強力になっていく。

以前パフューマ―に進言された際に禁煙まがいのことをしたが結局は一日と持たなかったのだ。

そんな私に禁煙と言う言葉はもはや凶器である。

防御力無視で確実に食らうそれは今くらったアーツ攻撃の何倍もダメージが大きい。

 

「…エクシアさん?」

 

「いやまぁ、リーダーの気持ちも解らなくは…あたしはそこまでヤニカスじゃないし解んなかったわ。わはは。ごめんリーダー、大人しく成仏して。」

 

「お前の煙草が全て湿気る呪いをかけてやる。」

 

「陰湿ゥ…。」

 

「ドクター、私は意地悪で言っているつもりもドクターが死んで欲しいわけでもありません。むしろその逆です。」

 

そこでアーミヤは目を伏せるとしばらく押し黙った。

エクシアは頭の上で腕を組んで眼を逸らして壁を見ていた。

そんな状況で私はどうしているのかと言うと…

 

「何で風邪をひいてる時くらい煙草を我慢できないんですかっ!!!!」

 

自室のベットで寝込んでいた。

 

 

_______________________________________________________

 

 

エクシアと酒を飲んだ翌日である。

最初は小さな違和感だった。

なんとなく喉が詰まるような気がしていた。

珍しい酒と煙草を充分満喫した次の日だったので、二日酔いよりはマシだなと放置した。

 

更に次の日の事だ。

けほ、と咳が出るようになった。

まぁこれも煙草を吸っていればよくあることだ。

その日は溜まった仕事を頑張って片づけたこともあり、いつもより煙草を吸っていたせいかもしれないと思って無視した。

 

そして今日、熱を測ったら39度であった。

 

「医者の不養生って本当にあるものなんだね。都市伝説かと思ってた。」

 

「このようにアーミヤ、エクシアの知的好奇心を満たすために私は泣く泣く風邪をひいただけであり」

 

「言い訳雑過ぎない?」

 

「なんでそれで通ると思ったんですか?というかなんで今煙草を取り出したんですか?ドク…ちょっ、やめ」

 

「つまりだなこれは風邪を治すための新たな試みと言うべきか恐らく誰も試みなかったであろうアプローチの方法ぅがはっ」

 

頭の中でパフューマ―が「落ち着いて。気を確かに。」と心配してきた。気のせいか若干引いている気がする。そんな目をした君を見たこと無いんだが。え?いや怖くないかは聞いてな…。そうか…(諦め)。

はぁはぁと肩で息をするアーミヤを羽交い絞めにしながらエクシアが呆れつつ私に言葉を投げかける。

 

「いい加減にしとかないと風邪が原因じゃなくてアーミヤに殺されるよ?」

 

「大丈夫だ、まだギリギリ致命傷だ。」

 

「…この人を縛りつける道具って何かありましたっけ。」

 

「クリフハートから登山用ロープ借りてこよっか?」

 

「アーミヤ。悪かった。大人しく寝る。大人しく寝るから。」

 

「お願いします。」

 

「アーミヤ!?」

 

オッケーと言いながらエクシアが部屋を出ていくのを絶望した顔で見送る。

絶対あいつ面白がってるだろう。快復したらあいつの頭の上の蛍光灯を磨いて更に輝かせてやることを決意した。

嫌だ…。寝返りが打てないのはともかくトイレに自由に行けないのは嫌だ…。 

せめてナースコール代わりに携帯電話を動かせるだけの腕の可動域は欲しい。

それを今からどうにか交渉で得なければならないが、そこはケルシー医師から伊達に学んできてはいない。

やっててよかった!!ケルシー交渉術!!

 

 

「ドクター。」

 

先程までと比べて随分元気のない、ともすれば泣く一歩前にも聞こえる呼びかけに今までの行動全てを後悔する。

平素の私よりもかなりアグレッシブになっていたことを自覚できるほど今の私は頭が冷え切っていた。

 

「私、心配なんです。もしかしたらドクターが本当に今度は死…め、目が覚めないかもしれないかって。」

 

「アーミヤ。」

 

「ドクターからすれば私の言うことなんてどうでもいいのかもしれません。でも、」

 

「聞いてくれ、アーミヤ。」

 

けして強くはないがそれでもしっかりとした私の声が彼女の言葉を遮る。

 

「すまなかった。言い訳にしか過ぎないが、そんなに心配するほどじゃないと言いたかっただけなんだ。」

 

顔が伏せて見えないアーミヤの頭に手をのせる。

年下の女の子にこれほど心配される程大した人間じゃないと思っていたのだが。

純粋な善意に気づかないとはなんとも自分が情けない。

いつだって今の私は後悔してばかりである。

 

 

それにしても、以前の私は相当大した人間だったようだ。

どれだけのことをすれば人からこれ程信頼を得ることができるのだろうか?

 

ずび、という音が彼女から聞こえて慌ててサイドテーブルからティッシュを取った。

ありがとうございます、とティッシュを受け取って可愛らしく鼻をかむその姿に思わず頬が緩む。

こういう所は年相応というか、普段がしっかりとしているからギャップを感じる。

 

そんな私に何を勘違いしたのかむっとした表情で、「…それで、禁煙するんですよね?」と彼女は言った。

そのまま私はしばらく無言で微笑み続けた。

 

 

 

どれほど時間が経っただろうか。数秒かもしれないし、数十分だったかもしれない。

先ほどとは違った緊迫感が自室に広がっていた。

私の頭の中のフロストリーフが「第三ラウンドだ、軌道に乗ってきたな。」と呟く。できれば第二ラウンドで終わらせたかったと強く思う。儚き願いは叶うことなくアーミヤが口火を切る。

 

「…ドクター、持っている煙草を全て出してください。」

 

「…どうするつもりだ?」

 

「燃やします。」

 

「燃やす!?」

 

燃やされたしベットには縛りつけられた。

エクシアが魂の抜けた私を見て爆笑していたのがうっすらと記憶に残っているのであいつにはパーティー禁止令を出すことも決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________________________________

 

「すまなかった…。本当にすまなかった、アーミヤ…。」

 

「うわ、本当に成仏しそう。うなされる程って…。何したの、アーミヤ。」

 

「禁煙しないと煙草を全部燃やすって脅したら気絶しちゃいまして…。」

 

「え、本当?ふーん…そうなんだ…。わか、んふっ、解ったちょっと待ってて。」

 

「?エクシアさん、何を…。」

 

「外の喫煙所の灰皿の吸い殻持ってきてここの灰皿に移しとこって思って。

いやぁ、リーダー起きたらどんな顔するかな~、い、いや見えないんははは!」

 

「…できれば早めに嘘だと教えてあげて下さいね…。」

 

「ふふ、解ってるって~。…ってあれ?結局吸わせてあげたの?さっきまで灰皿に吸い殻なかったよね?」

 

「…えぇ、まぁ。」

 

「…ふーん?」

 

「…なんですか?」

 

「…リーダーの煙草ってタール重いからさ、初めて吸うのにはお勧めできないんだよね。」

 

「違います。」

 

「いや解るよ?なんか憧れのひ」

 

「エクシアさん!」

 

「わはは、じゃあちょっと外行ってくるね!」

 

「…はぁ。まったく。

…なんでこんなの吸うんですか?ドクター。」

 

 

 

 

 

 

 

 




この後エクシアは無事処されました。

感想、評価ありがとうございます。
モチベーションが高まった結果気づけば五話まで来れました。
今までここまで文章を書いたことが無いので本当に皆さんのおかげです。


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閑話:オペレーターがドクターを見舞う話

難産でした。


【アーミヤの場合】

私がドクターの部屋に入った時彼はまだ眠っていた。

当然だ、いつも彼が起きる時間よりもかなり早い。眠っていると知っていながら来たのだから。

 

うなされながら眠る恩人を見て心が痛まない訳はなかったけれど、その一方で安心している一面がある事を否定できない。

こうしてゆっくりと横になる姿を見たのは随分の前のことだったから。

 

ドクターは無理をしている。

そんなことはロドスの誰よりも知っていたのに、それを止める手段を私は持っていなかった…いや、嘘だ。やり方なんていくらでも本当はいくらでもあったはず。

 

私では彼を止められなかったのだ。

記憶を失っているというのにそれを全く感じさせないように日々の業務は回っている。

それがどれだけの努力の結果なのか想像すらできない。

鬼気として仕事にあたる彼を止めることはその努力に泥を塗ることのように感じられたという気持ちもあった。

それでも何度休んでくださいと言おうと思ったのか解らない。

 

しかしその度、ロドスのリーダーとしての私がそれを止めるべきではないとその言葉を抑え込んでいた。

 

「ドクター、私は…。」

 

私は酷い人間だ。

きっとドクターは君は間違ってないのだと笑うのだろう。

そして私はまたドクターに甘えてしまうのだろう。

ドクターがそんな人だと解っていたから、せめて私だけは私を最低だと思っておきたかった。そう思われることこそが本当は当然なのだから。

なのにどうして涙が止まらないんだろう。

 

私の立場が私の一番救いたい人の邪魔をする。

だけど後悔は許されない。

それは私達自身が決めたことで、私達の夢の為には彼を捨て置くことも許容しないといけないんだ。

だって私達は感染者を救わなくちゃいけない。ですよね、ドクター。

 

 

滲んだ視界を見ずにすむようきつく目を閉じて、私は自分の気持ちに蓋をした。

だけど、せめて今だけは…

 

「…ゆっくり、休んでください。ドクター。」

 

ロドスのリーダーとしてでは無く、彼に救われたアーミヤとしてそう言った。

 

 

 

 

 

【エクシアの場合】

 

「ちょりーす、リーダー元気してるー?」

 

「まだ本調子じゃないが快調したらする事は決めている。

お前が更に輝く手伝いをしてやる。」

 

「よし、元気だね!」

 

リーダーから漏れ出る黒いオーラを見えないフリして私はベットの横に椅子をガタガタ言わせながら移動して腰掛けた。

調子を崩したきっかけが私と飲んだせいかもしれないと思ってこれでも悪いなーって反省してるんだよ?

あんまり表に出さないだけで。いや、うん、本当に。

 

「にしても何回見てもその姿面白いね。写真撮っとく?」

 

「やめろ。お前のせいでもあるだろ。やめろ。おい。

…はぁ…もう好きにしてくれ…。」

 

ぱしゃーっと気の抜けた機械音が響き渡ってあたしの端末に間抜けなリーダーの写真が保存されていく。

前に自分の煙草を燃やされたと勘違いしてた時の写真の時は傑作だったなー。

にこにこ笑顔のあたしと裏腹にリーダーは写真を撮る度に元気が無くなっていっていた。ドンマイ。

 

まぁ理由はそれだけじゃないんだろうけど。

 

「…。」

 

「そうやってまた自分一人で抱え込むー。リーダーも悩み事が好きだよねぇ。」

 

あたしは端末を置いてリーダーを覗き込んだ。

 

「意外と話してみたら何でもなかったってことはさ、結構ありふれたことなんだよ?」

 

「…知っている。」

 

顔を背けたリーダーをしばらく見たまま十秒ほど時間が過ぎた。

 

「…ん、話す気はないって事ね。もしその気になったら言ってよ、聞くからさ。」

 

軽い調子てそう言ってどかっと椅子に座り直すとリーダーは顔を背けたままどこか安心したようにすまない、と呟いた。

 

「いーって、気にしてないよ。あ、別に誰かに話したからってあたしに話さなきゃいけないなんてことはないからね。」

 

ガッチガチに固いからなーリーダーはなー。

 

 

多分リーダーは責任感が人よりずっと強い。それこそちょっと怖いくらいに。

誰かの為に自分を蔑ろにすることを厭わないんだ。

それは普通美徳だけど、何事も程々が一番だってこと。

何かがそうさせてるんだろうけどリーダー自身はそれを悪い事だと思ってないのがたちが悪い。解決する気もさせる気もないんだろう。

 

リーダーを心配している人はたくさんいる。本人の想像以上にたくさんね。

アーミヤは一等気を揉んでるんじゃないかな。

だからあたしはあたしなりのやり方で彼を救いだせればって思ってるんだけど…教誨師の真似事はあたしには早かったかな〜?

ま、かといって無理だとも思わないんだけど。

 

「それよりさ、さっきの写真うちのボスに送ってもいい?」

 

「勘弁してくれ…」

 

 

【フロストリーフの場合】

 

ベットに縛られたドクターを見て私はどうしてドクターが尋問を受けているのかと混乱した。

 

「フロストリーフか。まさか面会に来てくれるとは嬉しい誤算だったな。」

 

面会、という言葉が出て私はドクターが何かしらまずいことをやってしまったことを確信する。

ドクター自身を怪しむことは無い。そういったことに対してはむしろ厳格に処分するような人だ。

だから考えられるのはそうだと知らず片棒を担いでしまったということである。

 

「…フロストリーフ?どうした、そんな所で固まって。」

 

逆になんでそんなに冷静なんだ。

いや、自分が全くの無罪であると信じている故か。

誰だか知らないが相当上手くやったらしい。

手回しは全て終わっている可能性が高いだろう。

ここまでの用意周到さだと一生監禁か、手っ取り早く殺されるまでの道筋は既にできているのかもしれない。

 

「…あー…来てもらってなんだが、ちょっと頼みたいことがあってな。」

 

「なんだ、ドクター。なんでもするぞ。」

 

任せてくれ。もし犯人に目星がついているならそいつに私の斧の味を覚えさせてやらねばなるまい。

 

「いや、大したことじゃない。ちょっとトイレに行きたいからこの紐解いてく」

「それは駄目だ!」

 

監視中に脱走などとやましい事があると言っているようなものだ!

せめてそれとなく伝えてくれればもっとうまくやれたものの…いや、せめて監視しているであろうカメラの死角を把握できていれば…!

監視にしてはカメラが無いことに今更ながら違和感を抱く。

 

 

…おそらくだが、私にすら解らないほどうまく隠しているカメラがあるようだ。敵はどれだけ上手なんだ。

そうした現状ではこっそりとほどくことすら難しい…。

 

「…アーミヤ、じゃないな。エクシアに何か言われたか?」

 

「エクシア?別に彼女は…いや、そうか。エクシアが原因か。」

 

「?まぁ原因だな。」

 

なるほど。

 

「安心しろ、ドクター。すぐに解放してやる。」

 

「それは助か…待て、何故出ていく?フロストリーフ?

待ってくれフロストリーフ!!!」

 

大丈夫だ、それほど待たせはしない。

 

 

【パフューマーの場合】

 

「…危なかった。君が来てくれなかったらと思うと感謝してもしきれない。」

 

「大げさよ。それよりここに来る途中、物騒な匂いのフロストリーフとすれ違ったのだけれど…」

 

「私にも解らない。解ることはエクシアが恐らく襲われるだろうということだけだ。」

 

「…いいの、それ?」

 

たまにはそうやって痛い目を見ればいいんだ、と言って随分疲れた様子でベットに腰掛ける彼に私は苦笑する。

 

「彼女に対して辛辣ね?」

 

「かもしれない。それで反省する様子の一つでも見せればまだいいんだがな…」

 

私はカモミールティーを淹れる手は止めないまま、彼が今までに受けてきたイタズラの数々を聞いていく。

そうして思うのは彼女が本当に愉快な人だということ。

いるだけで場が華やぐような人は、このご時世貴重なのよ?

 

「…少し嫉妬してしまうかもね。」

 

何がだ?と不思議そうにカップを受け取ったドクターが言う。

 

「彼女には気を許してるって事でしょう?」

 

カモミールの香りを嗅ぎながらそんな風に言ってのけて、すぐに後悔した。

こんなことを言って何と答えてもらうつもりかしら?

余裕ぶっていつもみたいにいい女に見えるよう振舞っても、そんなの彼には通用しないってわかっているでしょうに。

困らせるだけだわ、こんなこと。

 

「それよりこのお茶、」

 

「いや、君がエクシアのようになるのは困る。」

 

…ええ、まぁ、そうでしょうね。苦労しているのはさっき充分聞いたから。

でもね。私がもし、そんな事を言い合えるような関係が羨ましいって言ったらドクターくんは笑うかしら?

人と距離を詰めることは我ながら上手い方だと思う。

だけどある一定の線を越えないようにしていたし、越えられなかった。

メンタルケアにおいて私が一番気にしていることは距離感だ。

離れすぎず、近すぎない距離で話をするというのが一番相手から話を引き出しやすいと知っているから。

そんなことをもう何年もやっていると普段でも無意識にそういった距離感を保とうとしている自分に気がついてしまう。

 

あなたは困ると言ったけれど、それでもそんな関係性を欲しがってしまうのは贅沢だと思う?

 

 

「もしそうなったら私は誰にこんなことを愚痴ればいいんだ。」

 

途方に暮れたような彼の言葉に呆気をとられた。

それは、えっと…?

 

「…こういう話、他の人にはしてないの…?」

 

それは、もしかして私はもう…。

 

「管理者としてはあまり大っぴらに言うわけにもいくまい。

…私が解りやすいのか悩みを察知してくるような奴もいるが。

疲れただの、益体も無い愚痴をもらす相手は君くらいだ。」

 

そう言ってカップを傾けた後ハッとして、いや別に君になら何でも言っているというわけでもなくて、と慌てて訂正する彼を見て自分の頬が緩んでいくことを自覚してしまう。

まったく、ドクターくんは。

もう手に入れたものを羨んでたなんて、私が馬鹿みたいじゃない。

 

そうして言い訳を繰り返すドクターくんに微笑みながら私はおかわりを淹れ始めた。

 

 

 

「まぁまずいことを口走っても喫煙者だと喧伝すると脅せばいいかと思って口が軽くなっている節もある。」

 

「ちょっと。言わないって言ってたじゃない。」

 

「冗談だ。秘密の共有というやつだな。その方がお互いに安心するだろう?」

 

「…仕方ないわね。」

 

 

 

【スカベンジャーの場合】

 

 

「…で、今に至ると。」

 

私はベットの隣の椅子の上に片膝をついて、壁にもたれかかって話を聞いていた。

これ見よがしに煙草をふかしながら。

 

「まぁそんな感じだ。それでいつ煙草はもらえるんだ?」

 

「ん?そんな話したか?」

 

「お前…。」

 

「いい機会だから禁煙すりゃいいだろ。」

 

「この前の仕返しのつもりか?私はもう二日間も吸えていないんだぞ…!」

 

そんな男を前にして吸うか普通…と地を這うような恨みがましい声を聞いて久々に酒が飲みたくなった。

普段飲むことはあまりないんだが、今は最高の肴が目の前にあるからな。

 

吸い切った煙草を空き缶に押し込みながら、もしこいつに煙草をやめさせたいのなら、とふと考える。

良心に訴えかけるような手は一時的には効くが結局耐えきれず、かといって縛りつけたってずっとそのままってわけにはいかないだろう。

 

「そもそもなんであんたは煙草を吸ってるんだ。ニコチン中毒なのか?お口が寂しいのか?それとも」

 

「さぁな、もしかするとただカッコつけたいってだけかもしれん。」

 

口からついてでた疑問に、ドクターはそう言った。

 

正直に言うと私は驚いた。

こいつが何かに触れられたくなくて答えなかったということに気づいたからだ。

 

こいつはたまにこうして何かに恐れている時がある。

厳密に言えは、いつも怯えている。ただお利口に立ち回って隠しきれていると思っているんだろう。

ケルシーに交渉術を習ったと自信満々に言ってたが、まだ初級編も抜け出せてないんじゃないだろうか。

 

とにかくそんな地雷を抱え込んでるのは知っていたのだがまさかこんな話題で反応するとまでは思いもよらなかったのだ。

 

逆に言うと問い詰めるチャンスなのかもしれない。

こいつは大概何かに悩んでいるが、今のこれがその大元であると私の勘は告げていた。

 

そして、私は新しい煙草を取り出すと、

 

「だとしたら違うやり方を探すんだな。その年中着ている制服以外を着るとか。」

 

それに触れることは無く、手にした煙草を咥えさせて火をつけてやった。

 

ドクターは少し驚いたようだったが、話題が終わったことにあからさまに安心していた。ゆっくりと煙を吸ってゆっくりと吐く。

私もそれを見ながら自分の煙草に火をつけた。

 

私がわざわざ気にかけなくても、もっと上手くやる奴がいるだろうなんて考えていたんだ。

 

それは今のこいつとの関係を崩したくなかったなんて浅ましい考えが無かったなんて言えない。

 

それでも私は問い詰めるべきだった。

私だけがこいつの悩みに共感してやれたことを知ったのはずっと後のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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クロワッサンと煙草を吸う話

ペンギン急便集めたい欲


「うし、こんなもんやろ。」

 

「助かった。相場に関してはまだまだ勉強不足だな…」

 

「いやぁ旦那さんはようやってる方やと思うで?」

 

「…だといいがな。」

 

クロワッサンから帳簿と今後の製造スケジュールを返してもらい、一心地着く。

今日はいわゆる集金日というやつである。

集金日には諸経費差し引いた利益をまとめ、また年度初めに決定した予想売上の達成見込や調整などの報告も一緒にやってしまう。

これを私一人でやっていた時は酷かった。

合わない経費の領収書。かけ離れた予想売上の数字。終わらない事務作業。

一時期は数字を見ると吐き気を催したものだった。

 

それを見かねて手伝いを申し出てくれたのがクロワッサンである。

あまりの酷さに放っておけなくなったと言われた時はそこまでなのかと泣けばいいのか窮地に登場した援軍に喜べばいいのか分からなかった。実際泣き笑いの様相を呈しながら手伝ってもらった。

 

彼女も慣れたもので、今回もいくつかの訂正箇所はあったが概ねスムーズに終えることが出来たと言っていいだろう。

 

なんとか今日までに体調を戻すことが出来たのは幸運だった。

こういったものは外部との兼ね合いがある以上日程をずらす事は難しいのである。

 

「きついんやったらぜーんぶ、ウチに任してくれてもええんやで?」

 

クロワッサンがおどけたように言った言葉に是非、と答えそうになる私の心を叱咤する。

 

「魅力的な提案だが…本当に、そうしたいのはやまやまなんだが…。」

 

駄目だな、負けそうだ。

気合いを入れ直すために咳払いして…そして過去の幹部の様子を思い出してため息をつく。

 

「…上が許さんだろうな。ペンギン急便に籍を置く君に手伝わせることもよく思っていないのが現状である以上夢の様な話だ。」

 

それで強行したところで増えるのは更なる面倒だ。

上と言ってもロドスの公表リーダーたるアーミヤのことではない。

正直あまり思い出したくもないので思考を戻す。

余裕があれば戦ってみるのもいいが今の目まぐるしさでは正直厳しい。

効率をとる為に非効率な手続きを踏まなければならないのはどこの世でも常であった。

 

「…まぁ、そらそうやろなぁ。」

 

クロワッサンはその点は理解していたのだろう。

あっさりと引き下がって苦笑する。

そんな彼女に申し訳なさと有り難さを感じながら、私はデスクの引き出しを開けて彼女の為に用意していたものを投げ渡した。

 

「改めて言うが、いつも助かっている。個人的な礼しかできないのが心苦しいところだが…よければ今後も頼む。」

 

「有難くもろとくわ。まぁ言うて最近は出来た書類ちょろっと見直す位しかやってへんしそんな気にせんでええで?」

 

彼女はそう言いつつにこやかな顔で包装を解き中の葉巻を取り出すと、自前のシザーカッターで先を切り落とした。

 

 

____________________________

 

 

 

集金日の業務が終わるとクロワッサンと取るに足らない世間話を始めるのはいつもの事だった。

その際彼女は私から受け取った葉巻を、私は自前の煙草を吸う。

今回用意したのは『Vorota Churchill』。イェラグの葉巻で木の実のような香りが特徴だ。

いつも彼女に渡すのは珍しくて少し手が出せないくらいの価格帯の葉巻が多い。私なりの感謝の気持ちである。

 

過去に彼女が葉巻を吸うと聞いてどこか納得した事を私は覚えていた。恐らく記憶喪失の前に知っていたのだろう。

職人気質な彼女らしいと思う。一仕事終えてピカピカに磨いた装備を見ながら吸ってそうだった。

そういうわけで彼女に手伝ってもらった後はいつしか葉巻を手間賃代わりに贈るようになっていた。

 

「そんでな、あの子なんて言うたっけ。あの斧背負っていっつもヘッドホンしてる子。」

 

「フロストリーフの事か?」

 

「そうそう!あの子なぁ、腕は立つけどもっと装備に気ぃ使わんとアカンで。毎日砥石で研げとまでは言わへんけど…あのままやとヒビが広がっていつかポッキリ折れそうで見てられへんわ。」

 

「今度君に見てもらうよう言っておこう。…非番の日に探しあてるのは骨が折れるので次の演習の時になりそうだが。」

 

「ウチはいつでも構わんよ。いくらか手入れ料は貰うけど。」

 

「…もし足りないようなら私に言ってくれ。」

 

「まいど〜。」

 

商魂逞しいというか、なんというか。

こうして彼女の儲け話の片棒を担ぐのもいつもの事である。

こちらとしても悪い話ではない。というより、今回のように放っておけば大事になりかねないことを未然に防げるような話ばかりなので助かっている。

 

「それにしても君は本当に人の事をよく見ているな。」

 

「当たり前や!需要っちゅーもんは自分の頭ん中こねくり回したって自分の想像以上のものなんか考えつかへん。

周りを観察するゆうんはマーケティングの基本中の基本やで。」

 

「羨ましいと心底思うよ。データを覚えるのは得意なんだが、如才なく気を配らせることはどうにもうまくならない。」

 

実際は苦手意識が拭えないままであるといえばそれまでではあるが。

稀に何か気づいても私程度より戦闘経験のあるオペレーターがそうしているのだからそれでいいのだろうと放っておいてしまうこともある。

それが続けば気を配るということすら意識せねばやらなくなる。

記録を見る限り記憶喪失以前の私は上手くやっていたようではあるのでいつまでもこのままではいけないと思ってはいる。

 

「…意外やね。」

 

「私の観察眼が優れていないのは周知の事実だろう?実際リクルート担当は私じゃない。」

 

「何を誇らしげに言うてんねん。いやちゃうくてさ。」

 

そこで何かを言い淀むと二、三度葉巻をふかして彼女は顔を伏せた。

そのまま葉巻だけぴょこぴょこと上下させながら、彼女にしては珍しくきまり悪そうに話し始める。

 

「ほら、なんかあるやん?がめついなお前ー、とか金の事しか考えられへんのかー、とか。

ウチもさ、ウチが他人やったらそう思っとるし。

なんでもかんでも商売に繋げるような奴と話すんってほんまはしんどいとか思ってへん?」

 

ところどころつまりながら言い切った彼女は審判を待つように私を見る。

なるほど、と思う。

普通はそういう風に考えるものなのだろうか?

だが私は今まで、

 

「考えたこともなかった。」

 

正直にそう言うとクロワッサンはぽけっとした、有り体にいえば放心している顔を見せた。

今日はよくよく珍しいものを見る日だ。

彼女が再起動を果たすまでいくばくかの時間私達は見つめあっていた。

 

「そっ…んなん、あるわけないやん。ウチに気ぃ使わんでええって。」

 

いつになく弱気な彼女に少しばかりの悪戯心が芽生えた。

いつも上手をいかれる彼女への仕返しというわけでもないが、私はそれに抵抗することなく口を開く。

 

「まぁそんな事を思っていても言えない空気だったのは間違いないが。」

 

「どないやねん!」

 

ずこーっと音が出そうな勢いで机に突っ伏したクロワッサンに冗談だ、と笑いながら伝えるとウチを弄んで楽しいか、と恨みがましく言われる。楽しかった。

 

「医療の師がケルシーなら商売の師は君だ。

尊敬する君の言葉は私にはいつだって勉強になることばかりだったよ。」

 

そう言ってクロワッサンの頭の上に葉巻の箱に似てはいるがそれよりは厚みがある長方形の箱を置いてやる。

 

突っ伏したままのクロワッサンが頭を揺すってそれを目の前に落とし、なんやこれ、とうろんげに見つめる。

 

「君に見てもらうようになってから貿易額が倍増した記念だ。

エクシアに苦労して取り寄せてもらったから彼女にも礼を言っておくといい。」

 

中身はヴィクトリア製のガスライターである。

まさか倍増するまでになるとは、私の不出来さを嘆くべきかクロワッサンの優秀さを褒めるべきか。

なんにせよ世話になったのは間違いないのでこうして今までより奮発した贈り物も用意していたのだ。

 

中を開いたクロワッサンが目を見開くのを見てエクシアの見立てが間違っていなかったことに感謝する。あいつにも今度何か返してやらねば。

 

「言葉だけで疑念を払拭する器量は持ち合わせていなくてな。

物で釣るようでなんだがこれで今は納得してもらえるとありがたい。」

 

全く意図したことではなかったが、これではまるで私が気を配れるようになったみたいではないだろうか。

…うむ、次は意図してできるようにならねば。

 

「…少なくともウチには効果てきめんやわ。

おおきに、旦那さん。」

 

そう言ってもらえると贈った甲斐がある。

 

クロワッサンは早速消えていた葉巻に新品のガスライターで火をつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クロワッサンはうちのメイン盾です。鈍器はロマン。


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グムに味覚を破壊される話

「ドクターにオリジムシを食わせてやりたいんですが、構いませんね!」



「現地調達はサバイバルの基本、つまりオリジムシを食べるのは理に叶ってるんだよ!」

 

「何を言っているのか解らない。解りたくない。」

 

グムの突然の来訪に私は慄いていた。

というかうちの執務室はどうなっているんだ。セキュリティは何をしている。敵は今にも私を害そうとしているぞ。今こそ最高セキュリティの見せ所ではないか。

幾度となく破られるセキュリティに技術の限界を見る。

そうやって私が現実逃避することを誰が責められるというのか。

 

 

グムはロドスの調理番である。料理が好きな彼女にとっては願ったり叶ったりのようで楽しそうに厨房にこもっている姿を常、見受けられる。

そんな彼女に私は感謝しているのだ。食とは何気ないながら一番の娯楽でありロドスの心臓を担っていると言っても過言ではあるまい。

また、食に対して人一倍関心が強い彼女の申し出はロドス全体のモチベーションの向上に役立つことが多い。

 

だが今回は別だ。

オリジムシとは端的に言えば、鉱石病に感染したナメクジのようなものである。

私は群れをなす奴らを想像しながら決意を新たにした。

人にはけして譲れない一線というものがある。

人であることを辞めてしまった人間に人を救うことなどできないのだ。

 

「もう、ちゃんと聞いてよドクター!」

 

「…解った。だが一つ約束してくれないか。」

 

ぷんすかと怒る彼女を宥めるように優しく、そして震えないように気を張りながら提案を持ちかける。

 

「私には味見をさせないと誓ってくれ。」

 

私を卑怯者と罵る声が聞こえたような気もした。事実そのとおりであった。

だが非力な私には自分の身を守ることが精一杯である。

すまない、我がオペレーター諸君。人には出来ることが限られているのだ。私は今日ほど自分の力の無さを悔やんだことはない。

だが安心しろ。

犠牲は増やさぬようこの矮小な指揮官は全力を尽くすと約束する。

後、給料も上げる。

だから頼む。

尊い犠牲になってくれ。

 

「え?でもドクター煙草の吸いすぎでもう味覚ないようなものでしょ?」

 

「帰ってもらえるか?」

 

私が何をしたと言うんだ。

 

 

________________________

 

 

「そもそもなんでそんな気を違…奇天烈…ある意味天才の所業を思いついたんだ?」

 

「えっへへ、そうでしょ〜?っていっても私が思いついたんじゃないけどね。ネットにパンが無ければオリジムシを食べたらいいじゃないって話があったからこれだと思って!」

 

そうか。どこの誰かは知らないがきっと理性が残り少なかったのであろう。与太話を真に受ける人間がいるとは言った本人も思いもよらなかっただろうが。

 

「でね、味とか調理法も載ってたから試さずにはいられなくなっちゃったんだ〜。」

 

理性というか正気度が怪しい人物だったらしい。

なにがあなたをそこまで突き動かしたのだ。

聞こえているか、ネットに書き込んだ見知らぬ人よ。

もうすぐそちらに仲間が増える。できれば優しくしてあげてほしい。

 

「というわけではい!オリジムシのサンドウィッチ〜ペパロニソースを添えて〜!」

 

まだ心の準備が終わっていないんだ、しまってくれ。

 

何だその…パンの隙間からはみ出ているのはオリジムシの角か?それって食えるのか?

匂いがまだ美味そうなだけに見た目の凶悪さが引き立つようである。

 

…い、いやポジティブさを捨てるな私。まだペパロニソースという味の濃い添え物があるだけマシだ。無心で食べれば傷は浅い。

 

「それとはい!オリジムシの出汁をふんだんに使ったオリジムシ入りのオリジムシスープ!勿論濃縮還元だよ!」

 

狂気を畳みかけるな。生きるのが辛くなる。

 

見ればオリジムシが乱雑に切り分けられ、ごった煮されているようにしか見えない。スープはオレンジ色で煮こごりのようにどろりとしていて味の想像をすることすらはばかられる。

もうオリジムシが何なのか解らなくなりそうだ。いっそ解らなくなりたい。こんな時だけ残っている理性が憎い。

濃縮還元の何が勿論なのかも解らないし何をどうやって濃縮したのかに至っては聞きたくもない。

 

「で、最後に意欲作!オリジムシの踊り食い!」

 

「警備兵!!!今すぐ執務室に来い!!!!これ以上は私は自分を保っていられるか解らん!!!!」

 

何故かこれだけ鉱石病に配慮したように外殻が無くなったりしていたが、それだけに痙攣している様は私の原始的な恐怖を煽り、気づけば金切り声で助けを呼んでいた。

 

 

 

________________________

 

 

無事グムの手料理?という冒涜的な見た目をした生物兵器達は(目にした何人かをSAN値チェック失敗に追いやりつつ)なんとか撤去された。

 

「いい案だと思ったのに…」

 

しょんぼりと落ち込む彼女にかける言葉が見つからない。

先述したように彼女自身のロドスにおける功績は言うまでもないのだ。

もう少しうまく立ち回って彼女を傷つけずに済む道もあったのかもしれないと思うと悔やまれる。

いや、それでも味見はごめんだが…。

 

「まぁ、なんだ…。発想自体はよかったと思う。現地で満足な栄養補給がいつも上手くいくとは限らないというのは私にも良く解るんだ。

だがオリジムシは最後の手段に取っておきたい。

保存食の長期化や効率化を更に…」

 

「それは限界があるよ。」

 

真に迫ったその言葉に口を噤む。

彼女の言うことが最もであることは充分理解しているのだ。

遠征に必要なものは食料だけじゃない。

戦闘を行う以上できるだけ身軽にしたいので、できるだけ切り詰めていかなければならない。

しかしながらそれが理由で食料が不足することはままあるし、かといって現地調達するには鹿が都合よく跳ねていたりすることはまず無い。

そうした上でオリジムシとは見飽きるほどに見るので、もし食料に転化できればこれから遠征時の食料について頭を悩ませる必要は無くなる。

 

「いつだってお腹いっぱい食べれるとは限らないってグムはよく知ってるんだ。

 

『どんなものでも食べなくちゃいけない』っていう時に必要なのは料理の腕と…慣れだよ。」

 

その言葉にどんな思いがあったのか想像に難くない。

 

彼女は私よりもよっぽど壮絶な過去を生き抜いたのだ。

そんな彼女がここまで料理に夢中でいられるのは『どんなものでも食べなくちゃいけない』時があったからこそなのかもしれない。

 

そう考えて私は自らの軽率な行いを後悔した。

 

「…そうだな。私の考えが足りていなかった。

すまない、次の機会があれば必ず私が」

 

「ほんと!?じゃあはい、これ!オリジムシレーションカレー風味!」

 

そう言ってカァン!!と缶詰がデスクの上に叩きつけられるように置かれる。

だから早いんだよ、グム。

さっき最後と言ってオリジムシ単体出していただろう。

まさかまだ残弾が残っているなんて思わないじゃないか。

やめてくれ、嬉しそうな顔で缶を開けるな。

うわ、なんだこの…形容しがたい匂いは…ゴムと吐瀉物を煮込んで数週間放置したような…いやもっと酷い…。

 

わかった、食べるから。必ず食べる。だから一度席を外してもら…駄目か。

落ち込むなグム。…少しだけ時間をくれ。

…震えるな、私の腕よ。お前だってグムの腕は知っているだろう?

大丈夫だ、きっと見た目と匂いがアレなだけできっと味は大丈夫なんだ。だからきっと…うん、ほら…大丈夫だ。

 

 

よし覚悟は決まった。いくぞ…いくぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ!!!!?????」

 

 

「ドクター!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

ドクターはしばらく正気を失い「尻尾ソムリエ…???それはどういう、え、味や感触…?」「やめてくれ聞きたくない!!」「…抉り込むようないいストレートだった。君も苦労しているんだな。」などと支離滅裂な事をしばらく言っていたかと思うと突然気絶した。

 

これもグムには「ん?間違ったかな?」と不思議そうにオリジムシレーションを見ていたが、その後執務室に入ってきたアーミヤに(最初は何が起きたのかわからずしばらくフリーズした後)叱られオリジムシが調理されることは…少なくともしばらくは禁止されたのであった。

 

 

 

余談だがドクターは目が覚めてからも煙草の味すら一週間ほど解らなくなるという後遺症を負った。

それだけで済んだのは幸運だった、と疲れたように笑う尊い犠牲者にしばらく皆優しく接したのだった。

 

 

 

 




ということで黒井鹿 一さんの「うちのろどす・あいらんど」のネタを使わせて貰いました。快く許可を頂けて大変感謝しています。
本当に初めてオリジムシを食うという発想を爆笑しながらどこかこの世界観なら納得だなと思ったのを覚えています。

オリジムシの食レポを見れるのは「うちのろどす・あいらんど」だけ!!皆、読もうね!!


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ドーベルマンと煙草を吸う話

毎日投稿の難しさを感じる今日この頃。


限界だった。

絶え絶えの呼吸は血の味がし、身体はもはやピクリとも動かない。

拷問を受けたことは今までに、少なくとも記憶の上では無い。

これほどまでに辛いものなのか。私の罰はこれほどまでに重いものなのか。

それでも私は何とか力を振り絞り後ろを振り返る。私をここまで追い詰めた下手人を睨むためだ。

彼女は鋭く目を光らせながらゆっくりと私の傍に歩み寄ると足元に鞭を叩きつける。

 

「サボるんじゃない!後たった三十周だ!」

 

「…無茶、を…ハァ、言うな…!」

 

私がドーベルマンに叩きつけたのは抗議というよりは嘆願の方が近かった。

 

 

_____________________________________________

 

 

「よし、三十分休憩とする!その後は不安定な足場という状況下での戦術訓練だ!」

 

はーい、と気の抜けた答えを返しながら我がオペレーターたちは散っていき思い思いの方法で体力を回復させる。

日々鍛え続けている彼女達を比較対象にするのはどうにも間違っているような気もするが、私のささやかな自尊心は序盤で訓練から外れたことによりぼろぼろである。

身体を休めに行く彼女たちの何人かに心配そうな視線を向けられるも私はそれに手を挙げて答えた。

正直言葉を発するのも辛いからだ。心身ともに。

 

「腑抜けすぎだぞ、ドクター」

 

そんな事は鬼教官には関係が無いようであるが。

 

私は演習場の端で壁にもたれかかっていた。

腕と足を投げ出し肩で息をしたまま何とか顔を上げるとドーベルマンは既に目の前には居らず隣に腰掛けているのが視界の端に映る。

顔を見れば厳しい表情をしていたが続く言葉はどこか楽しげだ。

 

「ここまで体力が無いとはな。『新入り』の方が幾らかマシだ。」

 

「…こちらは頭脳労働が専門だからな。」

 

「であれば鍛錬を怠っていいとでも?指揮官として現場に行くのならせめて自力で逃げ出せるぐらいの体力はつけて頂きたいものだ。」

 

まったくその通り。

口からついて出た言い訳は正論によって悉く叩き潰された。我が方は圧倒的に不利、可及的速やかな話題変換が急務である。

 

「解っている。だが私の事は後回しでも構わんだろう。

それより『新入り』だ。プラマニクスは任務に参加させてもよさそうか?」

 

演習場まで足を運んだのはそもそもそれを自分の目で確かめるためである。

ドーベルマンの「せっかくだ、ドクターもたまには体を動かしてはどうだ?」との言葉に確かに最近デスクワークばかりだった事を思い返して乗ったのが間違いだった。

軽い運動かと思えば本気の訓練用メニューである。恐らく二度と参加することはあるまい。

 

「動きや技術に関しては並、だがそれをカバーするというには余りあるアーツ適正と特性を持っている。根性もあるにはあるが…やる気がどうも…。

以上諸々ひっくるめて所感では『可』だ。

…後で報告書とドクター用のトレーニング案を持っていこう。逃げるなよ?」

 

私の思いを知ってか知らずか、流石ロドスの癖の強い面々をまとめ上げる敏腕教官だと改めて思う完璧な報告だった。最後の一文を含め。

私は諦めて、助かる、とだけ答えるとグム特製のスポーツドリンクに口をつける。

 

グムは反省したようで、ロドスからオリジムシは消えた。

…この前食堂の奥から「その手があった!!!」とろくでもない叫び声が聞こえたのでたまたま一緒に食事していたクロワッサンと顔を見合わせその後頼んで止めてもらったという事もあったが。

「ウチもアレ食うんはちょっとなぁ。…新規市場開拓…いや無理やな。」とはクロワッサンの言である。

 

私がそうして体を休める事に注力しているにも関わらずドーベルマンは息ひとつ乱すことなく隣で携帯端末を操作していた。

何気なく画面を盗み見れば各オペレーターの簡易なリストに評価欄に記入されていっていた。

それぞれ手厳しい評価であったが丁寧な改善案も一緒に記入されており、彼女のような教官がいて良かったと心から思う。

…待て、何故私の欄がある?しかも私の評価が軒並み最低なのは…一つくらいはマシなところも…。

 

「淑女の手元をじろじろと見るのは不躾とは思わないか?」

 

「…私の知っている淑女は鞭を振り回したりはしないが。」

 

「いい度胸だ、ドクター。」

 

「冗だ」

 

「休憩は終わりだ!時間が早まった文句はドクターに言え!」

 

ドーベルマンに引きずられる私に降りかかる視線は先ほどと違い心配だけでは無かったが私は同じように手を振った。悪かったと諦めてくれという気持ちを込めて。

 

____________________________________________________

 

 

場所と時間が変わって執務室。

ドーベルマンは約束通り報告書と私のトレーニング案を持ってきていた。

後者はさっさとデスクの引き出しに放り込んで(後でちゃんと目を通すからと言って鞭は下ろさせた)報告書を精読する。実によく纏められていた。演習の後わざわざ解りやすいよう添削してくれたらしい。

 

「それで結局、上はプラマニクスはどうするつもりだ?」

 

「…カランドの巫女を擁していることはかなりデリケートな問題だ。」

 

「解っている。宗教が絡んで面倒にならないことなんてあったためしがない。」

 

苦々しく言う姿に同情を禁じ得ない。私はこれが初めての事例だが今回の様に複雑であったならこの態度も頷ける。

 

プラマニクスがロドスに来訪した理由として表向きは鉱石病患者への宗教的な慰安と公表してある。

あるものの我々はそれを強要するつもりは無い。それが彼女との約束でもある。

かといって事務作業や雑務を任せるには…本人の力不足だった。これでもかなり婉曲な表現である。

今回訓練に参加させたわけであるがもし任務で大怪我でもさせようものならイェラグとどうこじれるか想像がつかない。

だが何もさせないというのは表向きの理由が邪魔をする。

つまるところ以前と回答は変わらない。

 

「『私にもわからない。』上も今頃頭を抱えてるだろう。」

 

「なるほどな、慎重な判断でまったくありがたいことだ。」

 

ドーベルマンはそう言うと頭痛をこらえるように目をきつく瞑りながら灰色の息を吐いた。

彼女の吸う「A.S.」と名付けられた煙草はきつめのメンソールが特徴である。市場に現れたのは最近であるが既に熱狂的なリピーターが産まれているという。

ちなみに、今彼女がしたように煙草の根元に埋め込まれたカプセルを噛み砕いて味を変えるのは苛立ちを抑えきれていない時の癖である。

 

「ドーベルマン、貴方から見て本人の意思はどんな感じだ?」

 

「さぁな。…世間知らずのお嬢様らしく今は束の間の自由が嬉しくて仕方が無いようにしか見えん。」

 

「そうか…であるなら…」

 

煙草の煙は私の頭を透き通らせていくようだ。

もしそれが気のせいであれ私は自分の放つ言葉に責任を持つ。

散々背負ってきたんだ、もう一つ重荷が増える事に恐れを抱く方が今背負っているものに対して失礼であるだろう。

それでもその言葉を口にするのは、少しだけ勇気がいった。

 

「私としてはオペレーターとして戦場に立ってもらうつもりだ。」

 

こうしていつも私は悩み事を増やすのである。

 

「なに?」

 

先程解らないと言っていたのは何だったのかと言いたげな表情に、上の正式な通告じゃなく個人的な推測だと言い含めて続ける。

その間私の手に挟まれた煙草が灰皿の上で灰になっていく姿を見つめながら。

 

「上が訓練に参加させたのはいっそ使い物にならないと解れば、という意図があるように思うんだよ。

面倒だから送り返したいというのが本音だがカランドの巫女を抱えこんでいるというメリットも無視できない。我々と各移動都市とのコネクションが弱いことは知っているだろう?せめてイェラグを、ということだ。本人の気も知らずにな。

幹部会でも恐らく意見が割れてることだろう。

 

きっと判断材料が欲しいんだ。

それが一幹部の勝手な行動か総意なのかまでは知らないが、面倒にならない方に気持ちが傾いている奴が彼女を送り返す為の理由を探している。

わざわざ苦手そうな仕事ばかり振ってくるのがその証拠だ。」

 

私の長々とした推測を話し終える頃には煙草は根元まで灰になっていた。

新しく煙草を咥えながらドーベルマンを見ればいよいよ頭痛が深刻化したように額を抑えている。

 

「…ただの妄想、と言いたいが…糞、いつも割を食うのは現場の人間だな…。

?待て、それがどうして奴をオペレーターにすることに繋がる?」

 

「だからだ。

私が思うに、上はもっと苦労して頂くべきだ(・・・・・・・・・・・・・・)

戦闘能力が君から見て『可』であるのは幸運だった、私は全力でプラマニクスをオペレーターにする。」

 

ライターの火打石を擦った音は思ったよりも大きく執務室に響いた。

 

「…はぁ…上も上だがドクターもなんというか…」

 

呆れたように言う言葉を否定しないし軽口も叩けない。

私は自分の趣味で彼女を戦場へと立たせ、今ドーベルマンが言ったように現場の者に割を食わせる。

 

「頼むよ、教官。」

 

「…生き残る術は叩き込んでやる。問題のやる気の部分はドクター次第だ、精々気張るんだな。」

 

「後悔しないように全力を尽くす。いつものことだ。」

 

そう言いつつ後悔してばかりだがな、と呟くと違いない、と笑われた。

後ろばかり見る癖をやめる事ができればと思うがこれは私の性分である。

まだしばらく私は自分のした選択に悩み続けることになるようだった。

 

 

____________________________________________________

 

 

この男は自分を露悪的に見せることが下手だ。…いや、違うか。拷問官も兼ねる私には通用しないというだけで。

性根が悪くなりきれない、ということは良い面も悪い面も兼ね備えている。どんなものでも同じだが。

 

とにかくこの男は思い出したように自らは悪だと認めて欲しがる。

注意深く見れば、決まってそれは誰かの命を背負おうとする時だ。

 

それが味方であれ、庇護対象であれ、敵であれ。

自分が守りきれぬ、または奪おうとしている命に対し私は悪なのだから当然だと自分を慰めておきながら、それでもその命を捨て置かず背負うのだ。

 

放っておくようなことはできず、かといって責められることにも耐えられない、そんな弱い男だった。

 

今回にしても、プラマニクスをオペレーターにすると決めた本当の理由は上への反発心なんかではないのだろうと私は思う。

 

私がプラマニクスの意思を話してからオペレーターにすると彼は決めた。

プラマニクスは故郷に戻ることも望んでおらずカランドの巫女として利用されることもない日々を楽しんでいたという事を聞いてからだ。

それを続ける為には戦闘に参加させ、また彼女がいなければ切り抜けられなかったくらいの戦果を挙げれば上も判断を変えて残留の方向に舵を切るのかもしれない。

 

いや、そうさせるのだろう。そういう意思は強く折れない男だ。

 

 

なんにせよ物好きなことだ。その為に上からも本人からも憎まれる羽目になるのかもしれないがやると決めたのだから。

 

 

まぁ、個人的には気に入っている。肉体面は落第もいいところだが…時にこうして見せる強い心は好ましい。

 

できるだけの事は協力してやる。

それこそ全力でな。

 

 

 

 

「ところでドクター、そろそろ先程渡したトレーニング案をデスクから出して見てもいい頃だと思わないか?」

 

「…明日にしないか?」

 

「…よかろう、私がその甘えた考えを叩き直してやる。

さぁ立て、訓練の時間だ!」

 

 

 

 

かくして冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 



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プラマニクスと煙草を吸う話

今まで以上に自分設定があるので覚悟の準備をしておいて下さい


カランドの巫女。

それは宗教国家たるイェラグの公的な象徴であり権威でもある。

厳しい気候のイェラグらしく厳格な戒律を持つ国教は節制や欲望を抑える事を美徳としていた。

 

「ドクター、煙草休憩というものはロドスにはあるのですか…?」

 

その頂点たる巫女がこんなことを言ったと吹聴したら一体どれ程の人が信じるだろうか。

 

 

 

ちなみに残念ながら原則的にそんなものは無いと伝えると彼女はガックリと肩を落とした。

 

 

「というか貴方は煙草を吸うのか?」

 

「いいえ。でも、もし休憩して良いというなら吸ってみようとは思っていました。」

 

「…きっかけは人それぞれだとは思うけれど、多分やめたほうがいいわ。」

 

貴方はあまり気管が強そうには見えないし、と言いながらレモンティーを机に置くパフューマーに私は礼を言ってから同意する。

 

「訓練が厳しいが為にそう言っているなら尚やめた方がいい。より苦しくなるだけだ。」

 

それに彼女がもし里帰りしてロドスで煙草を吸い始めましたなど言った時を想像すればイェラグの老人達の狼狽ぶりが目に浮かぶようである。プラマニクスの兄、ロドスと交流のあるカランド貿易の社長シルバーアッシュの愚痴を思い出して辟易とした。

それはそれで胸が空く気分を味わえる気もするが予測できる面倒は避けておくべきだろう。

 

「そうですか…。あ、このお茶おいしい…。」

 

「あら、本当?昨日仕入れたばかりの茶葉を使ったの。そう言ってもらえると嬉しいわ。」

 

「どこか懐かしい味がします。本当に、おいしいですね…。」

 

ほう、と息をついて言ったその言葉を耳にして私もカップに口をつけると、なるほど素直に素晴らしいと思えた。

正直に言えば私はこの方面に知識が明るくはないのだが丁度良い渋みと甘さを感じ…仄かな柑橘系の香りが飲んだ後も口の中に残り…爽やかな気分にさせる。まぁ、なんだ、そんな感じだった。

アフタヌーンティーというのだろうか、昼食後のゆったりとしたこの時間に合う味だ、うむ。

 

今我々がいるのは宿舎ではなくパフューマーの温室である。

温室の端にカフェテラスの様に置かれたテーブルがあり時間がある時はたまにここでこうして休憩させてもらっている。

和やかな空気が満ちここだけ殊更ゆっくりとした時間が流れている様な気分にすらなる。

 

そんな空気を壊すのは本意では無い。

だがロドスの指揮官としては見て見ぬ振りはできない事が一つある。

 

私はできるだけ優しい声が出る様苦慮しながら問いかける。

 

 

「で、どうしてここにいるんだプラマニクス?今はその訓練の時間のはずだが。」

 

想定通り空気が固まる。

 

 

 

 

 

プラマニクスは笑った。

カランドの巫女らしい、人に安心感を与える笑顔だった。

そうしてにこやかな顔でカップを抱えたまそっぽを向いた彼女に私はため息を吐きパフューマーは苦笑しながら灰皿を私の前に置いた。

遠慮無く煙草の封を切り口に咥える。カランドの巫女といえサボりに気を使うつもりは無いのだ。嫌なら訓練に戻りたまえ。

 

勿論というか効果はなくプラマニクスは居座ったままパフューマーにおかわりを頼んでいた。

 

 

 

 

 

「…だから今だけだ。何事も慣れだろう。後一ヶ月もすれば何があんなに苦しかったのかと言えるようになる。」

 

「嫌です。」

 

「拒絶の時だけレスポンスが早いのは何故だ…。」

 

取りつく島もない。私はっきり言って頭を抱えていた。

ドーベルマンから話は聞いていたがここまでやる気が無いとは正直思っていなかったのである。

訓練のメリットを滔々と説明したり、宥めたり、餌をちらつかせてみたり、思いつくことはなんでもやった。

しかし諦めることは出来ないのだ。私のためにも彼女の為にも…いや、よそう。これは私の押しつけでしかない。

 

私は煙を天井に吐きかけながら次なる一手を考えているとそれまで場を静観していたパフューマーが唐突にプラマニクスに問いかけた。

 

 

「ええと、ちょっといいかしら。あまり事情を知らない私が言うのもなんなのだけれど…貴方は訓練が嫌?それとも他に理由が?」

 

「…私は…。」

 

「体を動かす事が嫌いというのは私も解る。前にドーベルマンにデッキを80周しろなどと言われた時は」

 

「ドクターくん、しばらく黙ってもらっていいかしら。」

 

「…了解した。」

 

ケルシー医師に近い静かな威圧感を放つパフューマーをチラリとみて私は大人しく椅子に座り直して黙る。

 

「難しく考える必要も綺麗に言葉を並べようなんて事も思わなくていいの。貴方が思った事をそのまま口にして。私が聞いてみたいだけだから。」

 

気のせいだったかと思うほど綺麗に威圧感を消して、しかし優しいというにはどこか距離を置いたような雰囲気でパフューマーはそう言うと自分と私のカップにおかわりを注ぐ。

礼を言おうと口を開きかけたがパフューマーがじろりと私を見たので笑顔だけ返しておいた。見えないだろうが。

 

しばらく温室の空調の音だけが聞こえていたがプラマニクスはカップをぼんやりと見つめながら掠れるような小さな声で話し始めた。

 

「…私は…カランドの巫女として生きてきました。私はその他の生き方を知りません。」

 

「…戸惑っているの?」

 

「戸惑い…そうかもしれません。私はこんなに自由に生きられる日はありませんでした。早朝に誰も私を起こしに来たりはせず、深夜まで祈りを捧げる様を誇らしげに見にくる人もここにはいませんので。

…いえ、違いますね。私は本当は不安なんだと、思います。きっと。

いつか私はイェラグに戻りまたあの日々を繰り返さなければ。そうである事を皆が求めています。

それはいいのです。そうすべきだという事はわかっていた事ですから。ただ…。」

 

最後だけ早口に言い切るとまた彼女は口を噤んだ。

私達は何も言わず、次の言葉を待った。いや、何も言えなかったのだ。彼女の苦しみを無責任にわかった気になって何か言えるほど図太くはなかった。

 

 

「…私、こんな風にお茶を飲んだり、何気ない会話をできるなんて思っていませんでした。

編み針を持つのだって久々だった。」

 

そう言うとプラマニクスは顔をあげた。

その顔は今まで見た彼女のどれよりも幸せそうで、寂しそうだった。

 

「今私はエンシアの為にマフラーを編んでいます。ほら、あの子私と同じイェラグ出身なのに寒そうな格好しているでしょう?

あの子は昔から活発だったから基礎代謝、というものがいいのですね。

 

…あの子のためにしてあげたことなんて私、あったでしょうか。喜んでくれるでしょうか。」

 

「…素敵な事だと思うわ。」

 

パフューマーがそう言うとプラマニクスは少し照れた様に笑った。

 

「ありがとうございます。

…すみません、ドクター。」

 

「?」

 

「私のわがままに付き合わせてしまって。

あの子のマフラーを編み終わったら私、もうこんなことはしませんから。

だから…もう少しだけ…。」

 

そう言うとプラマニクスは顔を伏せた。

 

 

私はパフューマーに視線をやった。彼女は眉を下げて、ここからは貴方が、と言う風に肩を竦めた。

私は新しい煙草に火をつけてゆっくりと息を吸い、吐いてから口を開いた。

あぁ、酷い事を言おうとしているなと他人事のように思いながら。

 

「それで、いつになるんだ?ここでこうしていれば制作時間が少なくなるとでも?本当に完成させる気があるのか?」

 

「…すみません。」

 

咎めるようにこちらを見ながらもパフューマーは黙っていた。

いや、すまないそんな事を言うつもりでは、と言いかけたが

 

「…さっさと作ってやってくれ。私からしても、あいつは見ているだけで寒くなる。」

 

取り繕うようにそう言った。

言った後そんなことを言いたかったのか?と自嘲した。

自分が決めたことから逃げるために悪戯に傷つけてどうする?

 

別に、善人になりたいわけじゃないのだからいいだろうか。

だからと言って自分を慰めるつもりはないのだが…ただ、もっと冴えたやり方がきっとあるはずだと思うと自然と口が重くなる。

今の今まで考えついたのはこんな策とも言えない何かだった。

それでも私が言おうとするのは安い同情心に他ならない。

 

私に染み付いた糞の匂いは煙草では消せないだろう。構わない。何もしないよりは私は私を許してやれる。

さぁ言え。口を開け。

 

「…プラマニクス、貴方には人を殺してもらう。

カランドの巫女である貴方に人を救うために殺せと命じる。」

 

そうすれば、もうあとは最後まで言い切るだけだ。

 

「そうして戦果を挙げてもらおう。

貴方がいなければこれから先ロドスの目的は達成できないと言わせる様な戦果を。

私は貴方が鉱石病を無くす為に必要だと証明させる。

当代のカランドの巫女が世界を救ったと後世に残させる。

必ずだ。」

 

よくもまぁこんな事を真剣に喋れるものだと嘲る声が聞こえるような気がした。

黙れ、必ず私達は鉱石病を無くすのだ。そのついでにちょっと彼女を同じ船に乗せるだけで、夢物語などでは決して無い。

そうやって奮起しながらもプラマニクスと目を合わせたままでいられるのはほとんど奇跡と言ってもよかった。ほぼ意地だったが。

 

「そうなればいつ里帰りできるかわからない。

イェラグの貴族共が何を言おうが返さない。使える伝手は全て使って拒否する。

 

それで、人を殺してまで自由が欲しいか?」

 

最後の最後に余計な事が口からついて出た。選択肢など与えるつもりはなかったのに。

…いや、もしかすると私は拒否する事を望んでいるのだろうか。

自分でもよくわからない。

視界の端に映るパフューマーは目を閉じてまだ黙ってくれていた。ありがたい、何を言われてもきっと心が折れていただろう。

 

 

そうして外には出さないが内心では動揺している私から、プラマニクスは目を逸らすことはなかった。

いつも優しげな目が今は鋭く輝いていて、それはよく晴れた日の雪の反射の様だと思った。

 

「…カランドの然諾に『汝らに勝利あらん』という言葉があります。

山々は罪を厳しく罰しますが、しかし一方で闘争を許容します。生き残るための闘争を。

いずれ鉱石病は世界中に広がりましょう。そうなる前に私が止めます。

それはカランドの巫女として当然なすべき事です。」

 

耐えきれなくなって私は視線を落とす。

今更であったのだ。彼女はそれを覚悟してロドスに来ていたと思いもしていなかった。気づかないのも当たり前だ、私は彼女を哀れなカランドの巫女としてしか見ようとはしていなかった。

後悔に海に浸ろうとした私に、ですが、と少し弾んだ声が耳に入った。

 

「ですが、どこかで諦めてもいたのです。戦っても、勝利して、それは私がなすべき事でしかなく…私は結局救われないと。

 

貴方が言ったことを私は信じます。

そして私は自分の運命とも戦ってみることにします。

自分を殺して生きる未来を拒否する為に。

『汝らに勝利あらん』、私は戦って必ず自由を勝ち取ります。」

 

「…そうか。」

 

その決意に何と返すべきか色々と悩んだ末に、私は結局それだけしか言えなかった。

 

 

ふと手元を見ると煙草は根元まで灰になっている。色だけは似ているが彼女の目と比べるにはあまりにも儚く脆いな、と思いながら私は灰皿に力強くそれを押しつけてやった。とっくにしたはずの覚悟を改めるつもりで、そうした。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「途中プロポーズでもしてるのかと思ったわ。『貴方をイェラグに返さない』なんて。」

 

「私をからかって楽しいか?」

 

「…情熱的ね?」

 

「やめてくれ…。」

 

「なるほど、こちらで結婚すればより帰らないでよい理由になる気がします。」

 

「考え直せ。…今度会った時シルバーアッシュに殺されそうだ…。」

 

「失礼する、パフューマー。ドーベルマンだ。ここにサボり魔が来てないか?」

 

「「「あ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気づけば評価バー赤くなっててめっちゃ嬉しいなってなった。
これでまたオレンジになってもそんな一瞬があった事を忘れません…。

あと亀更新で申し訳。
3回書き直しました。


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プラチナと煙草を吸う話

プラチナと、と題しておきながらスカベンジャーが結構出てきます。
推しだから許して。

今更ながらオリジナル展開、オリジナル設定タグつけました。


ドクターが戦闘状況下での指揮官も兼任しているのには理由がある。

彼の指揮官としての経験が長いから?否、彼よりも戦闘年数が多い人物もいれば、その中には優秀な指揮官であった者もいる。そもそも彼は記憶喪失で一度経験をリセットされている。

ロドスでの階級が高いからか?否、それだけで貴重な人材を浪費しえるような人事を幸いながらロドスはしなかったし、何よりそれだけならアーミヤもいる。

それとも奇策、妙策といった作戦発案能力が高いのだろうか?これもまた否である。むしろ彼はそういった事に関しては平凡であると言えた。

 

では何故か。

理由は大きく分けて二つある。

一つは各オペレーターの能力を彼ほど把握している人間がおらず、またその情報に重きを置いた彼の命令は必ず自分ができる事であり、生き残る道に繋がっているという信頼がオペレーターに共通してあること。

 

もう一つはーーーーーー

 

 

『制圧完了。新しくクズ共が湧いて出てくる気配も無い。』

『すまない、ドローンを一機打ち漏らした。そっちに向かってる。』

『なんとか、防げよるけど、っとぉ!もう一人来たらキツイかもしれんわ!』

『リーダー、いつでもいけるよ!』

『ドクターくん、医療オペレーターが余っていたら回してもらえる?急がないわ。』

『レユニオンの重装兵が二人こちらへ。足止め致します…。』

『私の担当区域は現在優勢だ。手薄すぎる気もするが…。』

『ドクター、ソウルブースト発動限界時間まで後10秒です。』

 

ヘッドホンから聞こえるオペレーター達からの報告を聞いてドクターは目の前に置いた端末に情報を更新し続けていた。

同時にそれとは別のもう一つの端末も操作する。オペレーターをタップしそこからいくつもの詳細な項目が表示された直後に指示を選択していく。

余剰戦力の投入、スキル発動許可、スキル発動後のオペレーターのカバー指示、敵の侵攻進路の予測を必要なオペレーターに共有、帰還ルートの送信、現状維持命令、維持しつつ徐々に後退…etc.

それらは各オペレーターに支給されたイヤフォンに音声として出力される。また、時にそれで用足りない場合は更に詳細な指示をヘッドホンに接続されたマイクから直接伝えたりもする。

 

情報をまとめながら優先順位を決め刻一刻と変化する戦場に可能な限り早く対応する。し続ける。

 

もう一つの理由とは彼の持つ類まれなる並列情報処理能力であった。

 

 

 

 

「皆おつかれさまー!レーション選び放題の時間だよ!」

 

グムの声に歓声が起き、彼女の周りに人だかりができていくのを私は遠くからぼんやりと眺めつつ煙草をふかしていた。

今回はレユニオンのキャンプが発見されたという情報がペンギン急便伝いで入って急行したのだが、途中の賞金稼ぎや山賊もどき達のせいで連戦になってしまった。

腹は減っているし脳が糖分を求めている信号を発しているのを感じるがグムの所まで歩く気力も無くこうして廃墟の壁にもたれて座っていた。

余ったヤツをロドスに戻る途中に貰うことにするか…もし余ったらの話になるが…。

 

「何呆けてる。掃除は終わったんだ、さっさと帰るぞ。」

 

そんな事を考えているとふとそんな声が隣から聞こえた。

見上げれば、作戦後だからか汗が乾いて固まったであろう髪が顔に張り付けたスカベンジャーが立っている。

一服ぐらいさせてくれ、と少しぶっきらぼうな言えばフンと鼻を鳴らした後レーションを投げ渡された。遠慮なく顔面を狙ってきたが予想通りのため片手で受け止める。

 

私の記憶から思い返しても最初と比べて随分こいつも変わったように思える。

そっけないというか…私に期待も興味も無い印象だったのだが。

まぁ一人で居続けるにはうちの連中は少々世話焼きが多すぎる。周りに染められたとかだろう、多分。

何人か具体名を思い出しながら渡されたレーションの蓋を開けるとどこか嗅いだことのある匂いがした。

 

側面を見れば『オリジムシレーション〜地中海より愛をこめて〜』と書かれている。

 

私はそっと蓋を閉じて煙草を吸った。

 

「おい。」

 

「いや…理性0の今でも無理だ。それにどうして新作ができている…。」

 

「向こうでブログがどうとか言ってたのは聞いた。」

 

「よし、彼女は当分ネット閲覧に制限をつける。絶対につける。」

 

もしかするとそのブログはレユニオンの工作とかだったりしないだろうか。内部から弱らせるというような。驚く程効果的で開き直って賞賛したい。褒美に拷問にオリジムシを無理矢理食わせるという選択肢を増やしてやろう。早速帰り道でドーベルマンに相談だ。

 

「…食わないのか?」

 

…食わないとダメか?

いや、彼女の気持ちを無下にする気持ちはこれっぽっちもない。

正直嬉しかった。スカベンジャーがこんな気遣いができる子に育って、あぁ指揮官しててよかったな、なんて柄にもなく思ったのだ。コレじゃなければ当分この味を忘れなかったと断言できる。

コレを食べても忘れられない気がするがな?いやそうではなく。

とはいえ代わりのヤツ持ってきてくれなんてそんな事言えはしない。できればそんな恥をかかせるようなことはしたくない。

…食うか?食ってしまうか?

待てそれでまた気絶でもしてみろここは外地だ前とは違…

 

「食わないならよこせ。」

 

「…え、あぁ…え?わ、わかった。」

 

「ん。…チッ。」

 

どうにかうまい具合に乗り切れる妙案を思いつくのを待っている最中に思わず伸びてきた蜘蛛の糸に咄嗟にしがみついてしまった。

結局恥をかかせてしまったのでは?と一瞬頭に後悔がよぎるが時すでに遅し。レーション(地中海のオリジムシ100%と原材料表示に書かれているのが見えた。絶対嘘だ。)を手渡すとスカベンジャーは一口食べて顔をしかめた。

言われるがまま渡した後で言うのもなんだがまぁそうなるよなと思う。

そんな考えと裏腹に仲間(犠牲者)が増えた事による暗い喜びを感じたりもした。

 

直後スカベンジャーはレーションを自分の口に流し込むまでは。

 

「死ぬ気か!?」

 

「…っぷ…うるさい。レーションなんざ不味いもんだろ。」

 

「私はそれで味覚を喪ったんだが…。いや、意識があるだけマシか…更に腕が上がったな、グム…。」

 

あの兵器を不味いくらいに抑え込めるとは…。

涙が出てしまいそうだった。より犠牲者が増えそうな気がしたが故に。

グムに課すネット閲覧規制を1年間にすると決めたきっかけである。

 

「元からたいし…あー…口直しさせろ、ドクター。」

 

「?まぁ無理はするな。立ってないで座って休んでおけ。ほら、『chemical line』しかないが。」

 

「知ってるよ。」

 

 

 

 

「へぇ、そんな薬品臭いのよく吸えるね。」

 

頭上からそんな言葉が降ってくるまで私は彼女の存在に気がつかなかった。

 

 

「…。ドクターらしくていいだろう?」

 

気配なく忍び寄るのが流行っているのか?

技量が高いのは結構だが非戦闘時に上司の背中を取るんじゃない。いや非戦闘時でなくてもだ。

首を90度近く反らすとプラチナが壁の上に座って涼しい顔で煙を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

彼女について私が知っていることはそれほど多くはない。

カジミエーシュ無冑盟に属する凄腕のアサシン。

前線近くで大量の弾幕を張るエクシアと用兵は違うので比較するのは難しい。だが時に敵の背後をとり、また時には遠くから静かに確実に敵戦力を削り取っていく彼女もまた間違いなくロドス屈指のスナイパーである。

後は甘い物とか可愛い物が好きらしい。

今も弓にデフォルメされたペガサスのチャームをつけている。

 

「余計なこと考えてない?」

 

「こいつが作戦中以外まともなこと考えてんなら驚きだ。」

 

「…いや、似合っていると思うぞ。」

 

「?ありがとう。」

 

よくわかってないまま照れた顔を見せるプラチナにスカベンジャーはやってられないという目をして煙草に火をつける。

特に示し合わせた訳でもないが喫煙所じみてきたな。

携帯灰皿が吸殻で溢れそうだ。

 

「んな事はどうでもいい、さっきの話聞いてたのかお前。」

 

「お前が敵から追い剥ぎした武器のレビューなら聞いた。これ以上武器庫に大型の武器は入らない。諦めろ。」

 

「断る。じゃなくてその後の…んあぁ、もう1度話してやれよ。」

 

プラチナはグムを中心にした騒ぎをぼんやりと眺めていたようだったがスカベンジャーに水を向けられると彼女の大きな瞳が私を写す。

 

 

 

「今回の作戦、うまくいきすぎじゃない?」

 

 

 

あぁ、とかうむ、だとか意味の無い言葉を発しながら私はプラチナの視線の移動を逆回しするかのように遠くから聞こえる騒ぎの方に目をやった。その中にいるにこやかにレーションと水筒を交互に口にするプラマニクスとパフューマーが目に入る。

 

「…新たに参加したプラマニクスが刺さっていたな。戦力の逐次投入を強いらせることが出来た。」

 

「そうだね。損害も軽微だったのは彼女がいた要因は大きいと思う。」

 

だけど、と言葉が続く前にスカベンジャーが笑うように息を吐いた。

 

「は、巫女サマの為に根回しか?私らにやっても意味ないだろうに。」

 

「…他でそれを言うなよ、スカベンジャー。」

 

せっかくの大金星だ。多少不審な点があれど利用できるものはさせてもらおう。釘を刺せばわかっているというように彼女は肩をすくめた。

ふと彼女の趣味と実益を兼ねた調査を任せたことを思い出す。丁度いいのでついでに聞いておくことにした。

 

「キャンプの方はどうだった?」

 

「前線基地としては上々だ。運ばれたばかりみたいに食料も武器も倉庫一杯あった。」

 

「武器の詳細は?」

 

「ライオットシールド、警棒、ライフル…。まぁウルサスの正規装備が主だ。」

 

「…そうか。」

 

恐らくスカベンジャーもその話をしに来たんだろう。

それ自体はおかしい話ではない。チェルノボーク事変の後それらを手に入れるのはレユニオンにとって難しくなかったはずだ。

逆に言えば今回のように横槍が入って奪われてもそれほど奴らにとって痛くはない。

 

「武器なんて使う人がいないなら意味ないのにね。

解ってるんでしょ、ドクター。」

 

「警備が手薄すぎる。そう言いたいわけか。」

 

楽だった、で終わる単純な話ならよかったんだが。

 

「源生生物と流れ者、暴徒がメインで他は数えるくらい。本気で守るにしてはちょっと杜撰かな。」

 

そもそもさ、と続けながらプラチナは新しく煙草に火をつけた。

たまたま風向きがこちらになり甘い匂いが鼻をくすぐる。

『jack cat』。フィルターまで甘い甘党御用達の煙草。

 

「今までレユニオンに後手に回り続けてたのに今日になって先手をとれた。ペンギン急便を襲ったとかがきっかけだっけ?ゲリラがお得意の彼らにしてはちょっとお粗末なバレ方だね。ああいうのって尻尾を掴むのが面倒なのに。」

 

プラチナの経験から感じるものがあったのだろう。

私は経験がどうしても浅い。それはどうしようもないし時間が追いつくのを待っていられる状況でもない。

だから彼女の様なオペレーターが部下にいるのは大変心強かった。

 

「つまり、陽動だったと。」

 

「だと思うけど。」

 

彼女の勘はあてにするに限る。故に薄々予期していたものとはいえ事態が動く気配とこれからの面倒を考えて、倦怠感が体を覆っていくのを感じた。

泣き言を言っている暇は無いので鬱屈とした思いを煙に乗せて気持ちを切り替えた。

 

「スカベンジャー、お前を中心に単独行動ができるオペレーターにこの辺りの偵察を任せるぞ。」

 

「解った。小隊行動じゃなくていいんだな。」

 

「話が早くて助かる。」

 

どうせこれ以上は何も出ないだろうが後顧の憂いは断っておきたい。

 

「プラチナ、これが陽動だとして奴らはどう動く?」

 

「…うーん、できるだけ離れた場所っていうのが基本だろうけど…。

まぁ…彼らがわざわざ陽動をしかけてこの場所に注目してほしいのなら地方じゃなくて主要な移動都市。

それでいてまだレユニオンへの警戒がきっとそれほど強くない、チェルノボークから離れた場所。

 

 

龍門かな。」

 

「よし。ロドスに戻ったら会議だ。龍門との交渉はケルシー医師に投げる。

私達は実働メンバーとレユニオンの動きを予測する。

アーミヤには話を通しておくからプラチナも参加してくれ。」

 

「了解、今度はちゃんと面白い戦いになるといいね。」

 

そう言うとプラチナは吸殻を私の手に持った携帯灰皿の穴にちょうど入るよう投げ入れてぴょんと壁から飛び降りた。

 

「あぁ、疲れたのならこれあげるよ。脳に甘いものはいいって言うでしょ?」

 

思い出したように『jack cat』のパックを私の膝に置いてそのままスタスタと真っ白な髪をたなびかせながら歩いていく。

 

「…戦いにならないのが一番だ。」

 

遠くなっていくその背中に私は聞こえないだろうと思いつつそんな事を呟いて、ありがたく貰った煙草に火をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、今回の奴らな、多分自分たちが捨て駒なんて思ってなかった。嵌められたって目をしてた奴がいた。」

 

「覚えのあるやり方だな。自分の部下をなんとも思ってない。」

 

「…あんたも誰かを嫌う事があるんだな?」

 

「当たり前だ、あいつには借りもあるしな。

 

いつかまとめて返すぞ、メフィストフェレス。」

 

 

 




元々弓使うキャラ好きなんですよね。


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閑話:ドクターとオペレーターが食事をする話 前編

長くなったので分けます。


【プラチナの感想】

 

「何も執務室でやる必要はなかったんじゃない?」

 

食事を取るには向いているとはとても思えない配膳のされ方をした(コピー機の上に置かれている)籠からパンを取りながら私はそう言う。

 

「それだとドクターが逃げるかもしれないじゃん。」

 

「ドクター?」

 

「…否定はしない。」

 

開き直ってそう言ったドクターに聞こえるよう私はわざとため息をつく。

 

 

事の経緯の初めは、執務室では龍門の件で会議が行われていた所からはじまる。

アーミヤ、また作戦に参加するオペレーターに誰にするべきか相談する為にドーベルマンも呼ばれて、ひとまずの指針は決定したんだ。

その後はケルシーの交渉の途中経過を待つことになって今日は解散…となるはずだったんだけど…。

実際しばらく談笑した後他の仕事を抱えたアーミヤが離席した。

 

 

だけど、全員が煙草を吸い始めて執務室がかなり煙たくなってきた頃突如グムが乱入。

ドクターが取り押さえろと命令しかけて慌てて口を塞いでたね。

場が落ち着いて理由を聞けばドクターがオリジムシ料理(生物兵器)を他のオペレーターに散々に言ってたせいで新作の味見に来てくれる人が減ったって文句だったみたい。

自業自得と思わないでもないけど…。

結局ドクターは平謝りしてた。被害者だっていうのにそうできるのはちょっと凄い。

じゃあ今度はいい噂を流して、と返事も聞かず食材を執務室へ搬入していくグムを私達は呆然と眺めるしかなかったよ。

給湯室は併設されてるみたいだけど調理できるのかな…って思ってたらサバイバル用のヒーターも運び込まれてた。用意周到だね。

 

丁度いいから二人も一緒に食べていけ、と誘われた時は珍しかったから、まぁ親睦を深めるのもいいかもね、って照れ隠しするくらい嬉しかったんだ。

 

置かれた段ボールの一つが一人でに動いたのを見るまではね。

 

 

プラマニクスも初陣祝いにかこつけて呼ばれたのはご愁傷さま。仲間(犠牲者)は多い方がいいからいいけどさ。

 

クロワッサン?彼女は自分からやってきたよ。どこで聞いたか知らないけど、上物のワインをケース毎持ってきて混ぜてやーって。勿論皆暖かく受け入れたよ。

 

…直接彼から聞いたわけじゃないけど彼が倒れた理由は最早ロドスで周知の事実だったから知ってる。

あの時はロドスの実質的なリーダーの一人が倒れたんだから当たり前だけど酷い騒ぎだった。

グムがドクターを暗殺したとか、いや食材を入荷した時点で毒が盛られていたとかいろんな噂が飛び交ってたっけ。

ドクターの意識が回復してから噂の否定とオリジムシのロドスへの持ち込み禁止の掲示が置かれた時は笑えたけど自分が同じ立場に置かれたら苦笑いしか出てこないね。

今から出てくるのは普通のメニューだといいけど…。かたくなに何を出すか言わなかったし。

 

「まぁまぁ、タダ飯やしラッキーやと思とこ。あ、酒大丈夫?」

 

「…ありがと、貰うね。」

 

どんどん飲み、とクロワッサンが言って赤い液体が紙コップに注がれていく。透き通っていて綺麗だと思った。

口をつけてみると見た目に反しない水晶のように鋭い酸味がワイン独特な苦味の中に刺すのを感じてつい口が緩む。

 

「いやぁ、カジミエーシュ出身から感想もろたらええ謳い文句になるわ。」

 

ぎょっと彼女の方を見れば目を輝かせながら一心不乱に何事かメモしてた。

ちょっと怖い。

 

「…馴染み深いけど、味にうるさいってわけでもないよ。」

 

相変わらず商売に繋がることは抜け目ないなぁ。

平常運転の彼女には皆も苦笑いを隠せないみたい。

 

 

カジミエーシュじゃアルコールといえばワインなのは有名な話。

それなりに権力を持った人や名の知れた騎士達は、それが一つのパロメーターだと言わんばかりにこぞってワインの貯蔵庫の大きさとか歴史あるワインを持ってるとか、馬鹿みたいに喧伝してたから。

そのおかげか一般市民の間でも質の良いワインを飲めたのは確かだったんだよね。

 

「イェラグは蒸留酒が主なのでワインを飲むのは初めてです。」

 

「…プラマニクス、その、いいのか?」

 

「はい、ドーベルマン教官。カランドの祭事でもたまにお酒が出てきますから。…本当ですよ?」

 

…別に誰も疑ったりはしてなかったんだけどね。念押しされると逆に怪しい気がしてくるから不思議。

正直私は人間関係の機微に敏感な方じゃない。でもそんな私にもわかるくらいプラマニクスはドーベルマンに少し怯えてるみたいだった。今もチラチラ見てるしね。

ドーベルマンが厳しい人なのは知ってるけど…。そんなに怒られるような事をしたのかな?

執務室を取り巻く雰囲気が微妙に変わったことを察してか慌ててさらに弁明しようとプラマニクスが口を開くと時を同じくして給湯室の扉が開いたのでみんなの視線がそちらを向く。

 

「お待たせ!みんな大好きじゃがいものソテーだよ!」

 

グムが湯気がたったフライパンを持ったまま登場する。バーンって効果音が背後に見えそうだった。

とりあえず一品目はオリジムシじゃなかったみたいだ。

今皆の心が一つになった気がする。

中心のお皿に盛り付けられたそれを紙皿に移す。

ひとくち食べて味が新鮮な内にワインを飲んだ。

 

あぁまったく、お互いを引き立てるいい味だ。

 

 

 

 

…本当のことを言うと私はワインの味にうるさいどころか、あまり好きな方じゃない。

味がどうとか言うより、権力の腐敗の象徴みたいだったから。

赤ワインは特に嫌いだ。見た目通り血税を脂肪に変えてるように見えた。

 

 

 

要するに、私が嫌いなのは権力欲に塗れた低脳の嘘つき共だってこと。

考えるだけで吐き気がするくらいにね。

 

 

だけど今日は…そんな余計な事を今の今まで頭をよぎりさえしなかった。自分でも少し不思議な気がするけど、素直においしいって思える。

 

 

ロドスに来て良かった事の一つだね、と誰に言うわけでもなくそんな感想を心の中で転がした。

 

 

【プラマニクスの祈り】

 

「グムさんは本当に料理がお上手ですね…。」

 

どの料理もひとくち口にいれれば奥行きのある味わいを感じ、気づけばほうと息がついて出ておりました。

その度私にドクター達が暖かみのある優しい目を向けてくるので少し恥ずかしいのですが…この際気にしないことにしましょう。

 

意識しても止められなかったので諦めたとも言います。

 

「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな!次の料理もすぐ出来るからどんどん食べてね!」

 

「ええ、楽しみにしております。」

 

「…カランドの巫女が認める料理…イケるわ!」

 

「いい加減にしろ。」

 

流石に皆様も彼女には逆らえないのでしょう、ドーベルマン教官が少し語気を強めて仰るので、クロワッサンさんはペンを動かす手を止めざるを得ませんでした。

ええ、お気持ちはよく分かります。本当に。

彼女ほど怒らせて怖い人を私は知りません。

 

残念そうにクロワッサンさんは肩を落としながら「…しゃーない。ウチだけ訓練倍にでもされたらかなわんし…。」と鞄にメモをしまいました。

「メモとりおわったしええんやけど。」とぼそりと呟かれるので、したたかな人、と言う印象が頭に浮かびます。

 

「強いね、クロワッサン。」

 

感心したように仰るプラチナさんも私と同じ感想を抱いたのでしょう。

ですが、彼女の人柄でしょうか、失礼だとは思わずどこか楽しい気分になりますね。

 

「ふふ…。でも、もしかするとキャッチコピーには向かないかもしれません。私がイェラグで普段口にしていたのは味の薄い料理ばかりでしたので。」

 

そもそもイェラグではどうしても地域柄育つ食物の数が限られている上、最近まで他の移動都市との交流もありませんでした。

ですから料理というものも発展しづらく、数える程の伝統料理も素朴な味わいです。

それはそれで…やはり故郷の味という事で私は好きなのですが…イェラグ出身でない方々だと物足りないかもしれませんね。

いい思い出の方が少ないですが…久々に少しばかり郷愁の念に体を浸からせておりますとぽつりとドクターが呟く声が耳に入りました。

 

 

 

「太りそうだな。」という一言が。

 

 

 

 

私の表情は凍りました。きっとカランドの氷柱より固く冷たい顔をしていたことでしょう。

場の雰囲気も凍りました。きっとイェラグの長老会議でもこれほど底冷えした空気になったことは無いでしょう。

 

 

少しずつ熱が戻る、どころか熱くなってきた顔を伏せると固まった空気に鋭く穴を開けるが如くプラチナさんが口火を切ります。

 

「…はぁ、これだからドクターは…乙女心が解ってないよね…。」

 

プラチナさんの言葉はまだ冷えきったままでしたが。

 

「旦那はん…言うてええことと悪いことがあるで…。」

 

それは…フォローして頂けているんですよね…?

 

「…安心しろプラマニクス。食生活が変わった程度で体型が変わるほど訓練してないわけじゃ…………………うん、もう少しサボらないよう頑張ろうな。」

 

……はい、ドーベルマン教官…私、頑張ります…。

 

「そういえばプラマニクスちゃん、毎日おかわりしてくれるよね!いやぁ作りがいがあるよー。」

 

ごめんなさい…今でなければこちらこそとお礼を言えたのですが…今は…これ以上ない最悪のタイミングです。

 

恥ずかしさで顔を挙げられません。しかし同情の視線が私に集中しているのを肌に感じます。

仕方ないじゃないですか…。こんなに美味しい料理を…満足するまで食べられるなんて…我慢できませんよ…。

 

「…節制の戒律とは…。」

 

「死体蹴りやめや、旦那はん。」

 

「サイテーだね。」

 

「私が言えた義理じゃないが、もう少し優しくしてやれ…。」

 

「?よくわかんないけどこの前渡し忘れたクーポン渡しとくね?おかわり50回記念の無料券!」

 

 

 

殺してください。

 

 

 

 

 

 

顔の赤みがせめてワインよりマシになるまでに、私は故郷の事を考えていました。

あの突き刺すような冷気を思い出して頭を冷やそうとしたとも言えますし、先程の郷愁がまだ続いていただけとも言えます。

 

故郷を出発する前の長老達の顔が思い浮かび、私は改めて感謝しました。

 

イェラグの長老達の考えていることは世俗に疎い私でも解るようなものです。

少なくとも、私がロドスアイランド製薬に赴くことができた理由については。

お兄様が社長を務めるカランド貿易に対し我々の歴史を蔑ろにしていると馬鹿にしながらその実羨ましく思っているのでしょう。

私を窓口とすればお兄様の協力も得られるかもしれず、またいざとなれば節制の戒律を楯に成果のみ奪い取ってしまおう。

そんな浅はかな考えでしょう?

 

ロドスに目をつけたのでさえも、お兄様と懇意であるからでしょう。

私と同じくらい世間知らずの彼らに他に選択肢もなかったようですが。

 

でも、それでもいいと思っていました。

何にせよ私にそれを拒むことはできないと諦めていましたから。

 

今となれば彼らの欲深さと、現状を受け入れるしかなく従順だった頃の自分に感謝します。

そうでなければ私はこうして誰かと食卓を囲むことの喜びを思い出すことは、ともすれば死ぬまで無かったのかもしれません。

 

…いえ、まぁ、太ると言われて喜んでいるというわけでも、ないのですが…。

 

とにかく私はロドスに来れたこと、そしてロドスの皆様と絆を深める事が出来たことを、何度でもカランドの山々へ感謝するのです。

 

願わくばいつまでもこんな生活が続きますように。

どうかこの祈りが遠く遥けき山々へ届きますように。

 

 

信仰を忘れたことはありませんが、久々に私はそう祈りを捧げたのでした。

 

 

 

【ドーベルマンの追憶】

 

「だからドーベルマンは甘やかしすぎなんだよ。」

 

「プラチナさん…酔っているんですか?酔っているんですよね?」

 

「これ以上厳しくなったら店番に立つんも無理やで…?」

 

実際私から見てもプラチナは酔っているように見える。

白かった顔が先のプラマニクスより赤く染まってまぶたは半分落ちている。

 

だが、だからこそ彼女の言葉は本心なのだろうと解釈した。

 

「そうか…やはりそうじゃないかと思っ」

 

「ハイこの話終わり!もっと楽しい話がええよな!儲け話とか!」

 

「そうですね!食事の話とか!」

 

給湯室から「オリジムシの調理法とかー!」と叫ぶ声も聞こえる。

ドクターが震えた。

 

私はそれら全てを無視して話し始める。

 

「訓練とは実戦を超えることが難しいものだが、それで良しとしてしまえばいざ苦労するのは兵士達だ。経験のないこと…想定外の事態はそれだけで生存率を大きく減らす要因になる。

想定外を減らすにはどう動けばいいか。

想定外が起きた時どう動けばいいか。

どんな状況であれ現状把握ができるか、体の使い方、それら含めた戦術構築…。

いずれも今のままでは不十分な気はしていた。

前々からもっと高負荷の状況を想定した練兵をすべきかと考えてはいたんだが…。」

 

「今のままだとキラーランクでいえばブロンズがいいとこだね。…まぁ、たまに、いいとこまでいってる人もいるけど。私程じゃないけど。」

 

やはりそう思うか。

頷く視界の端で絶望した表情の二人が見えた気がした。

いや、気のせいだろう。訓練の質が上がるのだ、喜ぶことはあれど悲しむはずがない。

しかしそうなれば明確な目標があった方がよりモチベーションがあがるだろう。

そうだな…。

 

「…では目指すは全員がプラチナランクだな。」

 

「……………無理だよ。」

 

「いや、訓練は裏切らない。」

 

「その話まだ続くん?飯の味せんくなってきたんやけど。」

 

「え!?」

 

「大丈夫です、グムさん…美味しいですから………まだ。」

 

「今すぐやめないとご飯抜きだよ、二人とも。」

 

「私が悪かった。」

 

「ごめん。」

 

…公私混同が過ぎた。私もクロワッサンの事を言えないな。

 

反省していると、くくく、と人の悪い笑い声が一瞬産まれた静寂にいやに響く。

 

「…何がおかしい、ドクター。」

 

「いや、すまないな。ドーベルマンが怒られている光景はどうも新鮮だった。」

 

「…私だって失敗する時もある。」

 

確かに普段は逆の立場だが。

しかし、口が滑ったな。どうにも調子が悪いようだ。

…教官としてそんな弱気な事を言っては指導を受ける側は不安になるだろう。せめて新人のプラマニクスの前では気を張っていたつもりだったのだが…酒のせいか?クロワッサンの言う通り中々上物だ。

おかげでもう何杯目か覚えていない。

 

「まぁ珍しいわな。」

 

「ふふっ…ちょっと安心しました。」

 

「…何がだ?」

 

「ドーベルマン教官って何でもできて、だからこそ人に厳しいというか…」

 

「あー、自分ができるからなんでできへんのかわからんみたいな。」

 

「ええ、まぁ。ですのでそういうわけではないのだと思いまして。」

 

「彼女は努力家だ。どうしてできないのかを聞くのは決して嫌味ではなくそれをもとに一人一人にあった訓練計画を考えたいからだ。

数字の羅列から熱意を感じさせるのはなかなか出来ることではあるまいよ。」

 

…また、何とも面映ゆいことを。

急に椅子の座りが悪くなったかのような気分を覚える。

練兵は私の性に合っている。人に教えることがこんなにも楽しいとは、拷問官時代の私は思ってもみなかったろう。

ある程度の自負はあるがこうして面と向かって言われると…なんとも、な。

 

「…ふーん、でもカジミエーシュ無冑盟の方が努力家だから。

目隠ししたまま四方から襲撃するとかあるし…。」

 

「なんだそれは。採用しよう。」

 

「死にますよ…?」

 

「一生飯抜かれてしまえ。」

 

「二人とも!」

 

「「わかったもうしない。」」

 

 

 

 

 

私たちのやり取りを見て朗らかに笑っているドクターを見て考えることがある。

私が知る限り、以前のドクターはここまでオペレーターとの距離が近くなかったと記憶している。

かといって辛辣だったということではない。チェルノボーク事変より前は練兵がそれほど必要性が無かったという理由もあるのだろう。

限られた資金、兵士、時間…それらを考えればむしろ熱心だったとも言える。

だが少なくとも…こうして執務室で食卓を囲むなど聞いたことがない。

…執務室はそんなことをする場ではない事は置いておいて。

 

纏う空気が変わったというか…。

駄目だな。私では以前のドクターと違うと感じる理由を明確に説明はできない。

チェルノボーク事変以降に加入したオペレーターが大半のため、共感できるとしてもアーミヤと何人かくらいだろう。

それは記憶喪失が関係しているのか、環境の変化のせいなのか。

 

「…どうかしたか、ドーベルマン?」

 

長い間考え事に耽っていたせいかドクターが私を気遣う。

そうだ、この人はこんな風に気を使える人だったか?

率直で、逆に言えば不器用なやり方だ。

むしろ以前の方が気は回っていた。完璧すぎるほどに。

ただ、だからこそ機械的というか…

 

まるで、替えのきかない駒を見るような…

 

「…いや、気にするな。」

 

結局私は手を振ってそう返した。

いくらこねくり回したところで答えが見つかるわけでもない。

私としても今の方が好ましいことであるし。

それにもしかすると難しく考えすぎただけで、誰かと煙草を吸いながら話した何気ない会話、そんな下らない事がきっかけなのかもしれない。

 

そうして私は仕様のない思考を乱暴に放棄した。

 

 




続きは未定。

中々更新できないなか、評価やお気に入り本当にありがとうございます。
おかげで頑張れます。


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閑話:オペレーターとドクターが食事をする話 後編

誤字報告兄貴姉貴いつもありがとう。
お待たせしました。


【グムの懸念】

 

そろそろいいかな。

ヒーターを切って鍋の蓋を開けると予想通りの匂いが給湯室に広がる。

レードルを手に取ってかき混ぜた後、最終確認。

…うん、やっぱりこの最初の一口がお料理するときの特権だよね。

その後鍋ごと執務室に運んでいく。

 

「スープできたよー。」

 

「ありがとう、グム。そろそろ料理も出そろった頃だろう?ならこっちに来て座るといい。」

 

…うーん、デザートも残ってはいるんだけど…まぁ、後盛り付けだけって段階まで作ってきてたしいいや!

っていいつつ私もお腹空いてきちゃったからなんだけどね。

わ、ちゃんと私の分の取り分けてくれてる。 

 

「せや、グムって普段も厨房入ってるんやろ。」

 

「?そうだよ。」

 

ソーセージを口に入れながら返事をするとクロワッサンちゃんがどういう訳かため息を吐いた。

なんだろ、つまみ食いできるのが羨ましいとかかな?

 

「はー、羨ましいわ。ウチは料理そんな上手やないしなぁ。」

 

あ、そっちかぁ。

うん、わかってたけどね。

本当。

 

「でも私は昔から料理好きだったってだけで別に…そんな風に思ってもらえるようなことじゃないよ。」

 

「いや誇れるって。誇っていこうや。」

 

「何を必死になってるんだ。」

 

クロワッサンちゃんにドーベルマンさんが横槍を入れるけど、何故か更に興奮して椅子を倒す勢いで彼女は立ち上がったから半分寝かけていたプラチナちゃんがビクッてなった。

 

「いやいや!だって凄いやん!凄い事は褒めて行かんと!せやろ、教官!」

 

「落ち着け。それはそうだが…それを言えばお前だって」

 

「ケチってことやん!」

 

「そうはいってないだろう。…本当にどうした?」

 

「だって!ウチはそんなモテそうな特技持ってへんし!」

 

「え?」

 

モテそう…?そうかな…?ううん、たしかにそうかも。

意識したこと無かったけど、お嫁さんの必須スキルって聞いたことがある気がする。

今でも充分幸せだけど、もし好きになった人が私の料理を好きって言ってくれたら…もっと嬉しいんだろうなぁ。

ぽわぽわした気分になった私とは逆にクロワッサンちゃんはさっきとはうってかわって沈痛そうな雰囲気だった。

別に悪いことしてないんだけど悪い気がしてくるなぁ…。

 

「せめてグムの腕がプロ並みやったらウチもここまで敗北感感じんかった…。」

 

「クロワッサン、それは失礼じゃない?」

 

「いやちゃうんよ。正直めちゃくちゃ美味しい。やけど、上品すぎひんっていうか手が届かん感じやなくて…こう、毎日朝ごはん作ってくれって言いたくなるみたいな。」

 

「実際毎朝食ってるだろう…。言いたいことは解るが。」

 

「そうですね。グムさんの作る料理は優しくて家庭的な味ですから。」

 

「…まぁ、このご時世飽きのこない料理を作り続けるって実際凄いよね。」

 

「生半可な人間にロドスの料理番は務まらないからな。オペレーターの出身も様々だというのに本当によくやってくれている。」

 

褒めすぎじゃないかな!?顔が熱くなってきたよ!

こ、こんなに褒められることってないからどうしていいか解らないんだけど!?

多分顔真っ赤だよ、今。

 

「ちなみになんやけど、この中でグム以外に料理作れる奴おるん?」

 

「「「…。」」」

 

…すごい静かになったね。

さっきまでのわちゃわちゃした雰囲気が嘘みたい。

プラマニクスちゃんは作ったことが無い感じかなぁ…。ドーベルマンさんは何となく予想できてた。何だったらレーション普段から食べてそうだし。

プラチナちゃんなんて料理上手そうなんだけどなぁ。あ、目が死んでる。

っていうか皆目が死んでる。

 

「…今度料理教室開いてみようかな?」

 

あ、生気が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ最後にデザートがあるから持ってくるね。」

 

「なに?」

 

まだちょっと落ち込んでる空気を変えようと思った一言に、さっきとはまた違う張りつめたみたいな雰囲気になっちゃった。なんで?

 

「…勿論、オリジムシじゃない。そうだろ…?」

 

「えー?勿論だよ!」

 

おどおどしてるドーベルマン教官につい笑っちゃった。

的外れな答えに皆も気が緩んだのか、空気が柔らかなものに変わった、と思う、きっと。

なんであんなにピリピリしてたのかな?ドクターなんてトラウマに耐えるみたいな感じだったし。

まぁそれは置いておいて。皆気になってるみたいだからさくっと発表しちゃおう。

本当は新作だからびっくりさせたかったんだけど…。

 

いやぁ、たまたま昨日何となく覗いてみたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今回はバクダンムシの」

 

「「「「やめろ!!」」」」」

 

「なんで!?」

 

「なんでもなにもあるか馬鹿!!!」

 

結局私の新作は食べられずに廃棄された。

でも諦めずにまた持ってこようって思うよ。

意外とそれが効果的だってわかっちゃったから。

 

 

 

 

ドクターは食堂に滅多に来ない。

 

色々とメニューを変えてみたり、今回みたいに突然食事を作りに来てみたり、食材を現地調達できる料理を考案した時にゲテモノが好きなのかと思いついて普段絶対食べないようなオリジムシを調理してみたり…うん、正直最後のは悪かったかなって思ってるんだけど…結果的に食堂によく来るようになったし結果オーライ、だよね?

 

アーミヤさんが言うには普段ドクターは栄養剤で済ますことが多いみたい。

一度それって大丈夫なのって聞いたらあいまいな笑顔ではぐらかされたことを良く覚えてる。

 

人の役にたつことも好きだったし、料理のことも昔から好きだった。

だから私はドクターを見てるとどうしても不安になっちゃうんだ。

私はドクターに必要とされてるのかなって。

 

ドクターがもし私を必要としていなくたって、私が望めばきっと何か理由をつけてロドスには置いてくれるだろうとは思う。

そんな優しい人だってわかってはいるんだ。

 

だけどチェルノボークで私は、本当にたくさん…人が変わるところを見てきた。

 

不安が拭いきれないのは、私が弱いからなのかな。

ごめんね。

きっと私はドクターにお節介を焼くことをやめられない。

必要とされたいなんて私のわがままにつき合わせることになってしまうけれど。

 

貴方が一人で無理をする姿を見てる限りはやめられないよ、ドクター。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クロワッサンの決意】

 

「そろそろお開きやろか。」

 

「そうだね…。デザートが無くなったからね…。」

 

「それは後ほどドクターに一人で食わせてやれ。」

 

「裏切るか、ドーベルマン!」

 

「そもそもお前一人が食う予定だったろう!」

 

「あの、お二人ともその辺で…。グムさんが…、その…。」

 

顔に暗い影を落として椅子の上に体育座りして目に見えて落ち込んどるなぁ、って感じのグムをプラマニクスが気遣う。

食べてから言われるならまだ…食べてもないのに…ってブツブツ言っとる声が二人にも聞こえたんやろか、流石に二人とも黙った。

睨みあったままではあったけども。

 

…。

 

…いや。

 

…なんも喋らんのかい。いつまで黙っとるんや。

食いたないんはわかるけどそれならそれで話変えるなり…あかんわ、そういうん二人とも苦手やったわ。

あぁもう脂汗かいてきてるし…いっつも思うんやけど二人ともそこそこ優秀やのになんでこういうフォロー下手なん?

…あー…優秀すぎるからか。逆に言えば、こういう自分に非がある時そんな経験してないから…。

 

…自分で言うてなんやけどドーベルマンはともかく旦那はんは無いな。結構責められてるん見るしシンプルにコミニュケーションが下手なだけや。

っていうか素直すぎるんよなぁ。

まぁそれが悪い事ばっかでもないんやけど、と思いながら愛弟子(とついでに鬼教官)に助け舟を出してやる。

 

「とりあえず片づけしよーや。紙コップとか普通にゴミ箱でええん?旦那はん。」

 

「あ、ああ。…いや待て、ゴミ袋を持ってくるからそっちにまとめてもらえるか?」

 

「あいあい。教官は台拭き持ってきてや。」

 

「…わかった。」

 

二人が給湯室に向かう途中通りすがりに謝るもんやから反射的にどんなお礼してもらおかな、って考えてたけど。

落ち込んだままのグムをどうにかするんが先やな。

プラマニクスも頑張って励ましよるしなぁ。カランドの巫女いうもんやからどんなもんかと思ってたし最初はこの子大丈夫かって不安やったけど馴染めたみたいでよかったわ。

どっちか言えば朱に交われば赤くなるいう感じやけど。

 

「私はその、いいと思いますよ?イェラグでも土地柄困窮することが多かったので食べられなそうなものもとりあえず食べてみて、それがいつの間にか伝統料理になることも」

 

「…じゃあ、デザート食べてくれる…?」

 

「…ちょっと宗教的に…。」

 

フォロー下手(そんなとこ)まで似んくてもよかったんやけどなぁ。

 

「ええ加減にしときや。あんたの腕も情熱も認めるけどなんで皆ここまで拒否するか解らんわけでもないやろ。」

 

「…うん…だけど…。」

 

「…そこまで執拗になる理由は知らんけど、度を越さんよう注意しとき。嫌われるんは本意とちゃうやろ。」

 

ウチがそこまで面倒見る理由もないしこれ位しかやらん。

うん、と消え入りそうな声でグムが返事をした後、プラマニクスが何を勘違いしとんのか生暖かい目で見てくるのがくすぐったかった。

 

そういえば一人静かな奴おるな、とプラマニクスの視線から逃げるよう目を向ければこの空気の中すやすやしとる。

…大物やな。一人だけ楽しとるん腹立つから起こすけど。

 

「ほら起きやープラチナ。」

 

「ん。」

 

「…起きてます?」

 

「あかんわ、微動だにせん。」

 

プラチナがここまで酒に弱いとは思ってへんかった。

今もグムにつつかれながら机に突っ伏したまま動かん。

飲むペース早いなとは思っとったけどカジミエーシュ出身やから油断しとったわ。

 

「…後でウチが運んどく。給湯室の方まだ片づけ残ってるやろ。」

 

「そうですね…。グムさん、プラチナさんの様子を見ておいてもらえますか?」

 

「え、でも」

 

「いいんですよ、せっかくご馳走になりましたから。せめて片づけは任せてゆっくりなさってください。」

 

「でも、バクダンムシの取り扱い間違えると爆発するよ?」

 

「やっぱ来てもらおかな、うん。」

 

テロやん。執務室で爆発騒ぎとかもうどう考えてもテロリズムやん。

ようそんなもん人に食わそうとか思ったな。

 

 

 

 

単純作業してる時ってなんか知らんけどめっちゃどうでもええこと考えてまうよな。

やから今回も例に漏れずグムのフライパンを洗いながら考え事してた。

 

 

レユニオンってオリジムシどっから持ってきてんねやろ。とかそういうことを。

 

いや考えたところでわかるわけないんやけど…。どうでもええこと考えるってそういうことやん。

あれって鉱石病で変化した生き物なんやろ。知らんけど。

レユニオンがおらんとこでもよく見ることはあったわ。にしてもあいつらホンマどっかで栽培してんのかってくらい持ってくるしなぁ。

そもそもあいつら操るとかできるんやな。ズルやん。ウチでも真似できんやろか。

 

そこまで考えていたところで無意識にロドスのことをウチと呼んでしまった事に気づく。

 

…所詮外部協力者でしかない事は前回の集金日でも改めて突きつけられてしまったのに。

 

あかんなぁと一人苦笑する。旦那はんがあんなんなせいかちょっとその辺りが緩いまんまや。

出過ぎた真似しすぎると旦那はんにまで迷惑かかるし大人しくしとかんと。

 

寂しい気がしないでもないけどこれは仕方ない。ペンギン辞めてロドスに入るっていうんはどっちの義理も通してないと思うし。

 

ロドスで働くんは楽しい。給料もええ。飯もうまい。人間関係で悩むこともない。

それは確かやけどウチはとどのつまり自分のためにしか働けん。

他のみんなみたいに使命感に燃えて動くのは性根の部分で向いてへん。

 

やけどまぁそれでもええんちゃうかなって最近思う。思えるようになった。

全員の足並み揃えたら躓く時も共倒れや。一歩引いたところで付き合うっていうんはもしもの時に役に立つ。

エクシアとソラはちょっと入れ込みすぎな気がせんでもないけど…テキサスはウチもようわからん。あれ、そう思っとんもしかしてウチだけか…?

 

ま、まぁ勿論もしもの時なんかこんのが一番やけど…なんか起きそうな気がするんよなぁ。

 

蛇口を閉めてフライパンを布で軽く拭く。

 

難しい事は知らん。ウチが理解できるとも思わん。やけど、矛盾するようやけどできるだけのことはしようと思った。

 

初めてできた愛弟子のためやと思えば、そんなに面倒くさいとも思わんかったから。

 

 

 

 

 

 

 

【ドクターの幸福】

 

「なんでこう喫煙者ってご飯の後絶対煙草吸うのかな。」

 

グムが鼻をつまみながら不満そうにそう言った。

この場で煙草を吸わないのはグムとプラマニクスだけだが、プラマニクスは煙草を忌避していなかったしグムは目的を果たしたためすぐ帰ると思ったのだが…。

 

「飯食ってる時は煙草吸えへんかったからやろ。」

 

「えぇ…病気だよもう…。」

 

「一緒にするな、私は…。

…ドクター、得意の頭脳労働の時間だ。言ってやれ。」

 

「思いつかなかったんですね、ドーベルマン教官…。」

 

ふむ。クロワッサンの言うこともあながち間違いではないが。

いつか禁煙について調べていた時の記憶を引っ張り出しながら口を開いたが、その前に今まで静かだった人物に遮られる。

 

「習慣でしょ。」

 

「プラチナ…あんたが寝よる間に片付け全部終わったで。」

 

「ごめん。」

 

彼女はそれほど悪く思ってなさそうな顔で煙草を咥えた。

 

「…まぁ、そういうことだな。もっと詳しく言えば脳がそういうものだ考えているからだ。喫煙に限らず人間は習慣に従うようにできている。」

 

「じゃあなんで習慣づいたの。」

 

「それは人それぞれだが。クロワッサンの言う理由が大半だと個人的に思う。」

 

「せやって。」

 

「明日クロワッサンは訓練の予定だったな。

最近新しい訓練法を耳にしたんだ、お前で試すことにしよう。」

 

「理不尽。」

 

わいわいと言い合う二人を笑いながら周りが見る。

こういう時間が私はどうしようもなく好きだった。

久しぶりという程ではないのにいつもこういう時は記念日のように得がたい気分になる。

腹の底から突然笑いたくなるような、それでいて泣きたくなるような。

それがどうしてかは解らない。だが本当に大切だと思っているのは間違いない。

 

もしかするとしばらくこんな風に過ごせないかもしれないのだ、たまにはこういうのもいいだろう。

おもむろに立ち上がって給湯室に向かう。

 

「パフューマーに茶葉をいくつか分けてもらったんだ。いる奴は?」

 

振り返って見てみれば全員が手を挙げていた。

喜ばしいことにもう少しこの突然の食事会は続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




やっと今回の話書き終わった…長かった…。お待たせして申し訳ない…。

次から龍門編にします。
龍門編書き終わるのが先か5章終わるのが先か…(まだ4-10も未クリア)


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