不良隊長と人造少女達の成長戦記 (ネイムレス)
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第零話『この世界について』

あらすじに入れようと思っていた文章が入り切らなかったのでこちらに。
本編をより楽しむ為に、一読いただければ幸いです。


 科学技術の進歩によって戦争は変わった。

 

 大陸間弾道弾は過去の遺物となり、大量破壊兵器による睨み合いの抑止力などと言う物は儚く砕け散る。簡単に迎撃できるようになってしまった物では、脅しにすら使えなくなったと言う事である。

 そして、戦場の主役は再び歩兵となった。その理由は、省エネだ。光学兵器や発達した化学兵器はそりゃあもうお金が掛かる。戦闘機やら何やらを維持しながら戦争するなんて、枯渇し掛けた資源を更に浪費するだけの無駄という認識が広まったのだ。

 ならばこその歩兵。互いの顔を見ながらの血みどろの戦争により、人類は瞬く間に数を減らして行った。産めよ増やせよ地に満ちよ。生まれた先からおっ死んで、気づいた頃には手遅れだ。

 

 そんな折に、とある国で戦争を劇的に塗り替えた技術が開発される。枯渇した資源にも金銭的にも優しく、尚且つすり減った人口にも優しいと言う革新的技術。人工兵士量産化技術の確立であった。

 兵士を育てるには時間もお金もかかる。だったら、その過程を省いて兵士を最初から作り出してしまえば実にリーズナブル。遺伝子工学の粋を凝らして生み出されたそれらは、人類を優に超えるスペックと、人類がその存在を支配する為の都合のいい制約を併せ持っていた。

 

 あらゆる兵器を取り扱う為に申し分のない身体能力。被弾率を下げる為に幼体固定され、生物としての強度を得る為に雌種しか存在しない。生まれて直ぐに必要な知識を頭脳に焼き付けるインプリンティング技術で、兵士としての教育課程も数時間で終って手間いらず。何よりも、一体の製造コストが破格の安さであり、人間の兵隊を一から作り上げる為のコストと比較すればその差は歴然であった。そして、人道的問題を鑑みて、彼女達は遺伝子的に人類とは別の生き物となっている。彼女等と人類の遺伝子的類似は三十パーセントに過ぎないので、人権活動家の皆さんにも安心です。

 

 だが、そんな彼女達は基本的に短命だ。長くても二十年程で機能を終える。それも、肉体を維持する為の薬品を定期的に摂取する必要がある為に、人類に反旗を翻す事など不可能に近かった。何よりも、彼女達は人に使われる事に餓えていた。それこそが、彼女達が作り出された至上の命題である故に。

 そんな彼女達を、人々は量産型遺伝子強化兵コッペリアと呼んだ。あるいは侮蔑を込めて、ドール、ウィード、セール品とも。

 

 生産され、消費される為に。彼女達は今日も人類を守り続けていた。




何処かに使いたかった文章なのでせっかくなのでこちらに流用しました。
次からが本編となります。


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第一話『癖のある隊員達』

せっかく本格的に考えた設定を思いっきり使用する為に、以前に書いた小説の外伝的な話を書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。


 時刻は日暮れから夕闇に移り変わって行く逢魔が時。天候は晴れ、風弱し。絶好の戦闘日和である。

 

「あはははははっ!! 死んだ死んだ!! ヘリが撃たれて皆死んだ!!」

 

 狭苦しい輸送ヘリの内部にけたたましく笑い声が響く。そして、その笑い声に負けずに機外からはけたたましい爆破音と、機体すれすれに何かが飛来して来る風切り音が無数に鳴り続けていた。

 そして、笑い声と命を刈り取る様な砲火の音のせいで、痛み出した胃を深緑の軍服の上から押さえつける青年が一人。回避運動の為に機体が左右に揺れるのに合わせて、シートベルトで固定された体をそれでもがくんがくんと翻弄されている。

 

「あははははっ!! 至近弾至近弾! あははははっ!!」

「だーっ! 解ったから、いい加減黙っとれ! 舌噛んでも知らねぇぞ!」

 

 鳴りやまない笑い声に痺れを切らして、翻弄される青年がついには声を張り上げた。それに合わせるかのようにして、爆発音が下から連続で響いて来る。明らかに今までとは毛色の異なる、対空砲とは違う破壊が撒き散らされた音だった。

 恐らくは、先行して対空砲火網に飛び込んだ先遣隊のヘリが、内包していた決死隊を放出して敵の対空砲を見事に沈黙させたのだろう。決死隊はその大半が爆弾を括りつけられた自爆用のコッペリアで構成されている。最悪の場合はヘリごと突っ込んででも、課せられた任務を遂行したはずだ。

 

「たいちょー、対空砲火が減りました。このまま予定通り、墜落を装って強行着陸します」

「よし、やってやれ! お前ら全員シートベルトを着用しろよ! 間違っても、こんなくだらない事で死ぬんじゃねぇぞ!!」

 

 砲火の緩みを察知したパイロットから、やや緊張感に欠ける声が青年の耳に届く。それを聞かされた青年は機内に轟く様に声を張り上げ、自身の身体をシートに固定するベルトを再度確認した。これをするかしないかでは、生存に直接かかわるので怠る事は出来ないのだ。なにせ、ヘリでの墜落は一度経験済みなのだから。

 

「了解したわ。隊長もせいぜい舌を噛まないようにする事ね」

「あははっ!! ベルトベルト!! ばっちりOK!」

「……ん」

 

 ヘリの内部には隊長と呼ばれた青年とパイロットの他に、同じ深緑の軍服を着た三人の姿があった。それぞれが青年隊長の言葉に反応して、気丈に、笑いながら、言葉少なに、三者三様の返答をする。頼もしい事に、青年隊長にとっての部下はパイロットを含めてこの四人しか居ない。本隊を囮にした独立愚連隊である。

 

「揺れます。加減は出来ないので、爆発しない様に祈っててください」

「不穏な事を言うな副隊長! 墜落するのは二回目なんだ、おもいっきりやってやれ!」

 

 パイロットを務める副隊長の言葉に対して、青年隊長は半分ヤケクソになって投げやりに言う。そうして、五人の乗る輸送ヘリは急激な慣性を伴って急降下し始めた。

 これが今回の任務の始まり。一人と四体の部隊によって繰り広げられる、戦場での記録の一歩であった。

 

 

 

 

 そもそもの発端は、青年隊長の上官にして幼馴染である一人の女性の立案から始まった事である。

 

「ば~~~~~っかじゃねぇの!? こんな見切り発車みたいな作戦立案するとか、本当は馬鹿じゃないのお前?」

「酷いなぁ、救国の兵器を作り上げた天才科学者に向かって。上官侮辱罪で営倉入りにしちゃうぞ、たーいちょー?」

 

 とある国の中央基地内にある執務室の一つ。その殺風景な室内に、着崩した軍服の上に白衣を羽織る女性と、火を点けていないタバコを咥えている青年の姿があった。

 二人は今、執務机を挟んで対峙している。優雅に椅子に腰かける白衣の女性を、机に手をついて青年が食い下がっている構図だ。呆れながら怒る器用な青年に対して、白衣の女性は余裕たっぷりに眼鏡の奥の瞳を喜悦に歪めていた。

 

「お前が観察してきた生存率の高い個体を集めた部隊を作るのは良い。その部隊の指揮官に俺を当てるのもまあ、使いやすさを考えれば妥当な判断だろう。でも、最前線に俺も一緒に行けって言うのは頭沸いてんのかよお前」

「お前お前って、上官相手に遠慮の欠片も無いね。でも許しちゃうよ。だって、君は僕のお願いは断らないからねー」

 

 ねっとりとした笑みを浮かべる女性に対しての返答は、青年の深い深いため息であった。つまりは、肯定なのである。青年隊長は目の前の女性に逆らえない。恩義と負い目がある故に。

 

「俺は、意図的な足枷か? 俺が居れば、あいつらは俺を守ろうと動くだろう。命懸けで守ろうとして、それ以上に自分が死ねば俺が死ぬと言う状況に追い込まれる」

「ふふふっ、なかなか鋭いじゃないか。そう、君が居ればあの子達はもっともっと頑張れる。もっともっと、私に可能性を見せてくれる筈なんだよ。僕はそれがとても、見たいんだ……」

 

 正面から目線を合わせる白衣の女性の瞳の奥で、渦巻く様な狂気の色が蠢いているのを青年は見た。この女は狂っている。戦争に勝つために自分の細胞から兵器を作り出して、それを玩具にして遊んでいる最高のイカレポンチだ。

 だからこそ、青年には拒否をすると言う選択肢は見当たらない。もとより、軍属としては上官の命令は絶対でもある。答えなど、最初から一つしかないのだ。

 

「了解しました。謹んで任務を拝領いたします」

「ふふっ、相変わらず糞みたいな敬語だね。やっぱり君は、僕と二人っきりの時は敬語は禁止だよ」

 

 机から離れて背筋を伸ばして敬礼をする青年に対して、白衣の女性は机に肘を突いて自らの両頬を掌で包む。話を聞いているのかいないのか、ニチャリとした笑みを浮かべて状況を楽しんでいた。

 

「はー……。俺が死んだら、部屋の後片付けは頼むわ」

「んふふふっ、頑張ってねー。成果を期待しているよ」

 

 これ以上の会話は無意味だと判断して、青年は適当な事を言い放って踵を返す。そんな背中を見送りながら、白衣の女性はフリフリと上機嫌に手を振るのだった。

 

 これが発端。これこそが、足手まといが戦場に居る理由の全てである。

 

 

 

 輸送ヘリが偽装墜落して見せた場所は、鬱蒼とした森林地帯であった。気候は亜熱帯で、陽が落ち切ったといえどもムッとした暑さを感じさせている。

 そんな高い不快指数の中で、輸送ヘリの周囲で荷物を確認する人影が四つ、ヘリ自体に細工をするのが一つ。勿論の事、青年隊長を中心とした部隊の面々である。

 

「たいちょー、各員装備の確認と再装備完了しました。ハイキングにはいつでも出発できますよ」

「良し、上出来だ。それならお前はヘリの細工を手伝ってやれ、副隊長」

 

 周囲の仲間の準備の様子もしっかりと確認したうえで、代表して一人の兵隊が青年隊長に声を掛けた。それは、小柄な背丈で黒髪をショートボブにした少女。深緑の軍服の上に防弾プレートの入ったベストを付けた彼女は、左胸と腰にナイフを装備して背嚢を背負っていた。その上で、長大な銃身を持つ対戦車ライフルを、銃身上部の皮ベルトを掴んで無造作に保持している。十三キロはある筈の銃がまるで竹箒の様だ。

 副隊長と呼ばれた少女は気の抜けた様な喋り方も特徴的だが、何よりも彼女の顔には色と言う物がまるで無い無表情。まるで表情筋が死んでいるかの様であった。

 

「お姫さんと、笑い上戸も準備は出来てるな? 今回の作戦はお前達二人が要だから頼むぞ」

「ふん、当然じゃない。仕事はきっちりと果させてもらうわ。それから、お姫さんって呼ばないで」

 

 青年隊長の言葉に反応し、そしてきっちりと反発するのは気の強さを目元に顕わにさせた少女である。セミロングの銀髪の左右に房を作ったツーサイドアップの髪型で、青い瞳の眦を釣り上げさせてきつい態度を隠しもしない。彼女達には珍しく、敵意の様な物を向けて来る少女であった。

 

「無駄にプライド高いから姫で良いじゃねぇか。お嬢ちゃんよりはマシになっただろう?」

「嫌な物は嫌なのよ。第一、人権の無い私達に人間みたいな呼び名なんて付けない方が良いわよ。人権派扱いされたくはないんでしょう?」

「はいはい、仰せのままにお姫様」

「っ! もう、好きにすればいいわよ! このとうへんぼく!」

 

 背丈は青年隊長の顎ほどまでで、スラリとした高身長をタクティカルベストで彩っている。ストックを折り畳んだ短機関銃をスリングで体の前に垂れさせて、艶を消した黒塗りのマチェーテを腰の後ろに差していた。他の隊員よりも明らかな軽装で、機動性を何よりも重視しているのが見て取れる。背中の背嚢は小さめだが、そこには予備の靴がぶら下がっていた。

 

「ぷふっ、くふふふふ。周辺に敵勢音響無しです。うくくくく……」

「ああ、お前の耳も頼りにしてるからな。頼むから、爆笑して逆に敵に位置を掴まれてくれるなよ?」

 

 次に反応したのは、ヘリの中で笑い声を上げていた奇異な少女。彼女は上官の前だと言うのに、必死で笑いを堪えようとしていた。だが、彼女とて笑いたくて笑っている訳では無い。それ以外に感情を表現する事が出来ないだけである。

 背丈は青年隊長の肩ほどまでで、丁度副隊長と姫の中間ほどの背丈。癖のある赤毛の髪をボブカットにした何の変哲もない少女だが、彼女の緋色の瞳は何時も笑顔の裏に隠されていた。

 

「うふふふふ、ごめんなさい。が、頑張って笑わないようにするから、ぶふっ!」

「……事情は知っている。敵に位置を悟られないのなら、無理に抑え込まんでも良いからな」

 

 装備品は防弾プレートの入ったタクティカルベストと、更に肘と膝にサポーターを付けた防御重視。背中には大き目の背嚢を背負っており、自身の携行火器の自動小銃の半月状のマガジンはもちろん、他の隊員のマガジンもポーチに収納されている。彼女は部隊の弾薬係も兼任しているのだ。

 更には、耳の良さを頼りにしていると青年は言ったが、そんな彼女の耳にはヘッドホン型の防音イヤーマフが付けられている。これは爆音から耳を保護する為の物だと、青年は本人から笑い交じりに説明されていた。

 

「っと、二人とも戻ったか。ヘリの墜落偽装は終ったのか?」

「……ん」

 

 何やかやと青年隊長が他の隊員と話していれば、その背後にのっそりと近づく者が一人。青年隊長の言葉には反応するが、その返答は限り無く短い一音だ。その代りに、首がコクコクと忙しそうに上下に揺れて肯定を強調させていた。

 そのさらに後ろには、無表情の副隊長が光の無い瞳でじーっと見つめてきている。無口と無表情のコンビが、其処には居た。

 

「お前は相変わらず無口だな……。それとも、何か不備でもあったのか?」

「……んん」

 

 今度は二音と共に、首がブンブンと横に振られる。こちらは副隊長と違ってちゃんと表情もあるので、言いたい事はなんとなく伝わって来るので救いがある方だ。ただし、目元は長い前髪で隠れて居て見えないので、実質的に口元でしか判断できないのだが。

 姿形は相変わらずの軍服姿に、ショートに切りそろえられた黒髪の上にヘルメット。身長は副隊長よりもほんの少しだけ大きいが、実質的にはドングリの背比べレベルの小柄である。

 

「私も手伝いましたし、ヘリは飛べるか飛べないかギリギリと言う状態まで破壊出来ました。内部には死亡偽装の為の灰も撒きましたので、もし敵兵に発見されたとしても直ぐに破壊されると言う事も無いでしょう」

「……ん! ……ん!」

「お前等、足して二で割ったら丁度良くなるんじゃねぇの? まあ、帰りの足が在るのはありがたいからな。そこは信頼しておくさ」

 

 装備は防弾よりも収納を優先させたタクティカルベストに、太ももや腰にまで追加のポーチを付けた運搬重視。背中に背負った背嚢はかなりの大型で、しかも彼女はそれを軽々と背負ってにっこり口元を綻ばせている。偽装や破壊活動を担う工作兵としては、実に頼もしい運搬能力であろう。

 

「よし、全員準備は完了したな。出発前に作戦内容の最終確認をするぞ」

 

 最後に、青年隊長が自動拳銃の銃身をスライドさせて初弾を装填させてから、セーフティーを掛けて太腿のホルスターに戻して準備を終える。隊長の装備はこれだけであり、荷物は最低限の水と食料しか持っていなかった。彼の仕事は戦闘では無く指揮であり、武力はこの中で一番必要とされていない。身に纏う軽装のベストには発煙手榴弾や音響閃光手榴弾等の非殺傷兵器が備えられており、まるで一人だけおままごとの準備である。

 

「俺達が目指すのは、この密林地帯の中に秘匿された敵兵器の製造工場だ。本国からの情報では、八本足の多脚戦車が秘密裏に量産されているらしい。時代遅れの六本足と違って、お前等と同じ最新型だ。速やかに工場を探し当てて侵入し、破壊工作を仕掛けて新兵器の増産を阻止する。これが最大の目標となるのは覚えておけ」

 

 それが出発前のブリーフィングでも語られた、彼女達にも知る権利のある表向きの任務である。裏の任務――否、実験の内容は彼女達全員が足手まといを守りながら、その性能をどこまで発揮できるかを試すと言う狂った物。いっそここで全てをぶちまけてしまいたい衝動を、青年隊長は無理矢理押さえこんでまた胃を痛ませた。

 

「いちいち確認されるまでも無いわ。言ったでしょう、私は私の仕事をするだけよ」

「ふひ……、まだ敵はこっちに向かって来てない。ふくくくくく……」

「はあ、おーきーどーきー。だったらピクニックに出掛けるとしよう。俺だってさっさと帰って、自分の部屋で好きなだけタバコを吸いたいからな」

 

 まったく気乗りがしない任務に扱い難い部下達と来て、青年の士気は始まる前からダダ下がりである。もともとがやる気のない不良隊長なのだ、部下の士気の為の見栄など知った事ではない。そんなものは、豚にでも食わせてしまえば良いのだ。

 だが、何よりこのままむざむざと死ぬつもりもないので、指揮官としての仕事はきっちりとこなすつもりではある。

 

「姫、お前がポイントマンだ、先導を頼む。全方位警戒は笑い上戸に一任、無口は俺の隣で殿は副隊長に任せる。工場が存在しているであろう予測ポイントをしらみつぶしにして行くぞ」

 

 泣いても笑っても、現在は敵地なのだ。いつなんどき、敵の偵察隊がヘリの残骸を探しに来るかもわからない。ならば、最早任務を遂行する以外に道は無かった。

 

「各員、状況開始!」

「りょーかい、たいちょー」「了解したわ」「あははは、了解!」「……ん」

「少しは合わせる努力をしろよお前等……」 

 

 もう駄目かもしれない。最初位は息を合わせようかと思った青年隊長は、あまりの幸先の悪さにげんなりと肩を落とすのだった。




もう少しインパクトがあっても良かったかもしれませんが、キリが良かったのでここまでで。
次話は現在執筆中です。


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第二話『七本脚の蜘蛛』

やっと完成したので投下させていただきます。
書き始めと書き終りで時間が空いた為に違和感がありましたら申し訳ないです。


 鬱蒼と生い茂る亜熱帯植物の森は、まるで人の侵入を拒むかの様に無秩序に立ちはだかる天然の城壁だった。自身が前に進んでいるのか、横に逸れているのかさえ分からない。方向感覚を狂わす足場の悪さと、五感を狂わす匂いと騒めきを備えていた。

 

「GPSがもっと気軽に使えれば迷わなくて済むんだがな。方位磁石は本当に合ってんのかねコレ」

「ちょっと、今更そんな事言わないでよ! 指揮くらいまともに取れないの? このとうへんぼく!」

 

 地図とコンパスを両手に持ってぼやく青年隊長に対して、先頭を進んでいた人物が機敏に反応して振り向いて来る。銀髪をツーサイドアップにしたその少女は上官に対して臆面も無く暴言を叩きつけると、プリプリと肩を怒らせマチェーテで枝葉を切り払って再び行軍を開始した。湯気が出そうな位怒ってはいたが、進むのに邪魔になる植物だけを的確に排除している。ただ喧しいだけではないのは、流石兵士と言った所だろうか。

 

「とうへんぼくってフレーズ気に入ったのかよ、お姫様。心配しなくてもこのまま進んで川にぶち当たれば、あとはそれに沿って上流に向かうだけだ」

「根本的な指示が間違ってたら、信頼も何もないって言ってんのよ! 指揮位しっかりしなさいよね。あと姫って呼ぶな!」

 

 きっちりと仕事はこなしながら、青年の軽口にケンケンと吠え返す斥候の少女。小気味よい反応を弄るのは微笑ましい物だろう。ここが敵陣でなければ。

 

「たーいちょー、ツンデレを弄りたくなるのは解りますけど、敵の偵察機に見つかる可能性があるのでその辺にしときましょうよ」

「だっ、誰がツン――むぐぐ……」

 

 見かねた殿の副隊長があえて青年隊長にだけ諌める声を掛ける。それにすら律儀に反応しかけた斥候少女だが、流石に騒ぎ過ぎたと思って言葉を飲み込んだ。青年隊長はもちろん、その反応を見てニヤニヤと口元を歪めている。

 

「油断してる訳じゃないが、このぐらいの軽口は許せよ。こっちには優秀なソナー要員が居るだろう?」

「ふへっ、うふふふふ。周囲に敵性音無し。あはっ、ふふふっ……」

 

 緩い雰囲気を醸し出しているのは何も油断しているからではない。歩くパッシブソナーこと、笑顔の絶えないイヤーマフ少女が何も反応していないからだ。彼女が騒がないと言う事は、周囲に軽口を聞きとがめる敵は居ないと言えるだろう。少なくとも青年隊長はそう思っていた。

 

「言っておきますが、彼女がソナーとして役に立つのはあくまで音が聞こえた場合に限ります。静音性の高い暗殺者や超長距離からの狙撃には対応出来ませんからね」

「敵側の主力はAI制御の多脚戦車だから騒音の塊みたいなもんだろ。つーか、こんなジャングルで狙撃銃持ってきてる奴なんて、お前ぐらいだろうから気にすんな」

 

 今度は軽口の相手を副隊長へと移す。これを油断と言わずなんと言うのだろうか。副隊長の表情筋の死んだ様な表情が、心なしか憮然とした物になっている様な気がしなくもない。

 

「あはははっ、敵多脚戦車の駆動音確認! 前方に二体、くふっ! ふぐううううっ……」

 

 そんな時だった。索敵少女の笑い声が唐突に大きくなり、それを本人が無理やり両手で口を塞いで抑え込む。焦れば焦る程に、それは笑い声となって外に出てしまうから。せっかく敵を見付けても、自分でそれを台無しにする訳には行かないと言う心理だろう。

 そんな風に苦し気に笑う少女に、青年はあえて声を明るくして言葉を掛ける。

 

「よし、良くやった。総員警戒、姿勢を低くしろ。ここからは慎重に進むぞ」

「了解しました。各員警戒を厳に、低姿勢のまま進行します」

 

 先程までとは打って変わって表情を引き締めた青年が指示を飛ばし、部下を代表して副隊長だけがそれに応える。他の者は各々が銃器を手に取って、セーフティーを解除しつつコッキング操作で初弾を装填させていた。

 ただ一人無口な少女だけは、銃を握る代わりに肩に掛けられた背嚢のベルトをぎゅっと掴むだけだったが。彼女の現在の仕事は戦闘では無く運搬である故に。

 

「姫、頼む」

 

 青年隊長の短い言葉に、今度は特に反発することなく斥候少女はコクリと頷き進行を再開する。それに引き続いて、全員が上体を倒した中腰の姿勢のまま草木に潜んで進み行く。極力足音を立てない様に、しかし一定の速度は維持したまま。

 

「居たわ……。四本脚の偵察型二体。こちらにはまだ気が付いていない」

 

 そうしてしばらく突き進むと、茂みからぬっと突き出す異物が見えて来た。斥候の少女が発見したそれは、長方形の胴体に四本の足を付けただけの、えらくシンプルな多脚戦車である。大きさは青年の身長をやや上回る程度で、戦車と言ってもそれ程大きくは感じない。胴体よりも足の方が全体の体積を占めていた。偵察型とは銘打ってはいるが、胴体上部には長砲身の機関砲を二門備えているので通常の人間には充分驚異的である。

 

「どうするの? 今なら二体とも、仕留められるけれど」

「いや、気付かれていないならこのまま迂回してやり過ごす。わざわざ敵に侵入を知らせる事も無い」

 

 ひそひそと声を潜めての姫と隊長の会話。隊長の決断には隊の全員が即座に従い、敵との距離を保ったままで草木に身を潜めながらゆっくりゆっくりと迂回路を取る。

 本来ならば、このままやり過ごす事が出来る難易度の低い行軍だ。本来ならば。

 

「ぁ!? あはははははは!! 来るっ! 大きいのが、上から来るっ! ぷっ、あははははっ!!」

 

 唐突に赤髪の少女が立ち上がり、大声で笑いながら上空を指差した。敵を目前にしての唐突な愚行に、隊の全員どころか目前の敵も驚愕したかの様に呆然とする。ついでに互いに顔も見合わせた。機械の癖にシュールな動作である。

 

 すわ、このまま不期遭遇戦へ突入かと思われたその瞬間。だが、そんな刹那の間隙を弾き飛ばす様にして、上空から巨大な物が落下し地響きを立てた。ズゴォンと地響きを立てて土砂と草木の破片が乱れ散り、ビリビリと離れた所に居る青年隊長達の所にまで振動が伝わって来る。

 

 驚愕した青年達が視線を差し向ければ、先程の四本脚の一体が押し潰されて大破しているのが見えた。どうやら落下物の直撃を受けてしまったようだ。ひしゃげて潰れてしまった同型機を前にして、残りの四本脚もまた突然の襲撃者に向き直っている。

 

 ウオオオオオン! と、まるで唸り声の様な駆動音が大きく上がり、それに合わせてギギギギと金属同士が擦り合わされる不快な音が響く。それを発するのは先程墜落してきた長大な物体。巨大で禍々しい形状をした、鋼鉄で構成された一匹の蜘蛛だ。

 

 小山ほどある体格を無数の足で持ち上げて、ギョロギョロと瞳の様な複数の複合センサーを赤く灯らせる。それは紛れもなく、巨体を誇る多脚戦車だった。

 

 ただし、その戦車はまともな状態ではない。関節や装甲の繋ぎ目からはおびただしくオイルを零し、一番前の左足は根元を残して欠損して七本脚となっている。装甲は塗装がはげ落ちて赤錆が全身に浮かび上がり、その異彩にさらに拍車をかけていた。

 

「とんでもねぇな、これからぶっ壊しに行く筈の敵が空から降って来やがった……」

 

 未だに驚愕の尾を引きながら、青年隊長がゆっくりとベストのポーチを探りながら呟く。こんな事態は想定の範囲外だと、心の中で悪態を吐きながら部下達を手で制する。ともすれば、自分を守る為に人ならざる小娘共が勝手に発砲しかねないからだ。

 

 敵勢力の主力兵器であるAI制御の多脚戦車は、基本的に足の数が増えるほどにその性能が良くなって行く。八本足はその中でも最高の性能を持つ第四世代。大量のコッペリアを屠って来た実績のある、正に機械の怪物と言った存在だ。

 そんな物が空から降ってくるなど、誰が予想できるものかと青年は内心で吐き捨てる。

 

 そして、更に予想外な事態は止まらない。突如現れた赤錆の七本脚は健在な前足を大きく振り上げ、それを目前の四本脚の多脚戦車に叩きつけたのだ。

 本来は仲間の筈の七本脚の攻撃を受け、四本脚はセンサーの集まった胴体正面を叩き潰されて地に伏せる。そこに二度三度と追撃のストンプが続き、ガキンゴキンと機械がスクラップに代わるまで執拗な攻撃が続いた。

 

「なんだありゃあ……、敵味方お構いなしなのか?」

「いえ、どうやらあれは捕食しているのではないでしょうか」

 

 あまりの状況に思わず言葉を漏らす青年隊長に対して、無表情の副隊長が赤錆を指差しながら指摘する。その指の先では、予想を助走つけてぶん殴る様な光景が繰り広げられていた。

 

 足の下で動かなくなった四本脚に対して赤錆はその蜘蛛を思わせる頭を近づけ、その拉げた装甲にガツンと牙の様な物を突き立てる。そして、ズジュルズジュルと音を立てて、元仲間だった機体から何かを吸い上げ始めた。その様は正に、獲物の体液を吸い上げる蜘蛛その物だ。

 

 更には、体の下の押し潰したもう一体にも噛みつき、恐らくは燃料を夢中で貪り尽くして行く。これは、副隊長の捕食と言う表現が正しい様だ。ディナータイムを見せつけられていると言う事だろう。

 

「共食い……。無機物のくせにえげつないもん見せやがって……」

「たーいちょー、呑気に鑑賞してる場合じゃないですよ。お食事が終わったアレが、次に何か始める前に行動を決めないと。アレが別腹を満たそうとして来たら、鑑賞どころか目も当てられません」

 

 相変わらずの無表情のままで副隊長がズケズケと言うが、半分呆けていた青年隊長はこれに助けられた。司令官が指令を出さなければ、本当にただの荷物に成り下がってしまうのだから。

 

「ここで奴のデザートになるつもりは無い。交戦は全力で避けて、さっさと目的地に向かうぞ」

「了解したわ。迂回ルートはそのまま、先導するからついて来て!」

 

 青年が隊長として判断を下せば、それに迅速に反応するのが部下の務め。再び銀髪の斥候少女が先陣を切り、食事中の赤錆七本脚を右回りに迂回して駆け出した。他の隊員と隊長もそれに続き、殿の副隊長は長大なライフルを構えたままで後ろ向きに続いた。

 

 その副隊長の構えるライフルのアイアンサイトの中で、のっそりと赤錆の装甲が動き出して振り向く。どうやらこのまま、むざむざと逃がすつもりは無いようである。

 

「隊長さん、対象が動き出しました! こっちをめっちゃ見てます! むしろ、隊長さんをガン見してますね!」

「ちっ! スモークを使う! 全員俺についてこい!」

 

 まさぐっていたポーチから引き出された円筒状の物体を、青年隊長は側面の安全ピンを引き抜き投げ落とす。それは地面に落ちると隅々から白煙を噴出させ、あっと言う間に周辺を覆う程の煙の壁を生み出した。

 

 即席で作り出された視界を遮る煙の壁に向かって、グオオオオン! と唸り声を上げながら赤錆の七本脚が突っ込んで来る。わさわさとせわしなく動く足が地面を踏み砕き、立ち並ぶ木々を触れる先から粉々に粉砕して突き進む。そして、あっさりと煙を突き抜けると、一度見失った獲物の姿を探し求める。

 

 蜘蛛の単眼でキョロキョロと周囲を睥睨し、しかし求める得物の姿は既にこつ然と消え失せていた。そのまま暫しの間硬直した赤錆の七本脚は、オオオオオン! と鳴き声を上げて深く屈伸。それから全身で伸びあがる様にして全ての足で地面を蹴り、その巨体の何倍もの高さに飛び上がる。姿を模した蜘蛛と同じ様に、かの多脚戦車は跳躍を得意としている様だ。これが空から突如奇襲してきた、その真相なのであろう。

 

 赤錆の七本脚はそのまま、長大な跳躍を繰り返して梢の向こうに消えてゆく。現れた時と同じ様に、襲撃者は唐突に去って行った。

 

「行ったか……。あんまり賢く無くて助かったな」

 

 発生した白煙がすっかりと晴れて辺りに静寂が戻ったころ、ひょっこりと青年隊長が木の陰から顔を出す。それに続いて他の隊員達も、岩陰や木の上、盛り土の裏などからひょこひょこと現れた。

 

 何と言う事は無い。煙幕で視覚を遮って直ぐに進む方向を変えて、あえて近場で隠れてやり過ごしたのだ。多脚戦車の機動力に対して、少女達はともかく青年隊長では走って車から逃げるのに等しい愚行だからである。その多脚が生み出す走破性においては、今の様なジャングル地帯では平均的なコッペリアすらも凌駕するだろう。

 

「たいちょー、全員無事みたいですがこの後はどうします?」

「決まってんだろ、任務続行だよ。隊列を組み直して、ピクニックを再開するぞ」

 

 再び集合した部下達を代表して副隊長が声を掛け、それに対して青年隊長は今度は自分を中心とした十字の隊形で行軍を再開させる。先頭の斥候少女と副隊長の殿は変わりなく、左右を無口少女と索敵少女に挟ませ守りに入る陣形だった。奇襲して来る様な敵がいる現状では、一番の弱点である青年自身をカバー出来る様にしなければ士気に関わる。人を守ると言う呪いを抱える彼女達にとっては、人間の安全確保が何よりの安定に繋がるのだ。

 だったら戦場について来るなと言う話だが、特務大佐の命令なので宮勤めは愚痴しか言えない。

 

「ああ、それから笑い上戸。ちょっとこっちに来い」

 

 隊形を組み直し簡易的に装備をチェックして、さて出発するかと言う所で青年隊長は索敵少女に声を掛けた。唐突と言えば唐突なタイミングだったが、その言葉に反応して索敵少女こと笑い上戸と呼ばれる彼女はびくんと飛び跳ねた。

 

 文字通り垂直にぴょいっと飛び上がった少女は、着地すると抵抗する訳でも無く言われたとおりに青年に近づく。しかし、表情は堪えきれない笑みを零しつつも、その掌は血の気が引く程に強く握り締められていた。良く見ればその握り拳も、全身もがカタカタと小刻みに震えている。まるでこれから起こる事に、全力で恐怖しているかの様に。

 

 更に青年が手を軽い調子で上げると、それに反応して少女の体がビクッと硬直した。それを見るだけで、この少女がどんな扱いを受けて来たのかが良く分かる。虐待された事のある生き物が、頭に手を伸ばされただけで反射的に噛み付くのと同じ事だ。

 

 だからこそ、青年隊長はそのまま少女に手を伸ばした。

 

「本当によくやった! あの七本脚の奇襲に気が付いたのは、隊の中ではお前だけだった。やっぱりお前の耳は優秀だな。これからもその調子で頼むぞ」

 

 伸ばした手を頭にポンポンと軽く乗せて、口元をニイっと歪めて見せる。それを見て、笑顔を絶やさなかった少女はポカンとして表情を空にした。震えも収まって、自分が何をされたのか解らずにいる様だ。

 

「お前が今までどんな扱いを受けて来たかなんて俺は知らん。だが、俺はお前の力は有能だと思っている。だから遺憾無く、お前はお前の出来る仕事をこなして行け」

 

 それだけ一方的に言うと、青年隊長は少女の頭から手を放して歩み始めた。それに倣い、他の隊員達も歩みを進める。その動きに呆けていた少女は反応できずに遅れてしまう。慌てて青年隊長の左隣に並び立つも、追い付いた彼女に表情は戻らなかった。その胸中では、発現されないままの思考が渦を巻いている。

 

 絶対に罵倒されると少女は思っていた。今までもそうされてきたし、これからもきっとそうなると思っていたのに。仲間が死んでも、守るべき者が死んでも、胸中とは裏腹に現れる笑いと言う感情の発露の為に彼女は迫害されてきた。守りたかった人々に、気持ち悪いと疎まれ殴られてきたのだ。今度もきっとそうなると、彼女は諦観に近い心情で思っていた。

 

 だと言うのに、右隣に居る人間の青年は彼女を肯定する。

 

「あはっ、あははははっ……。ふふっ、あははははっ!」

「うおっ、どうした急に!? また奇襲か――って、何で泣きながら笑ってるんだお前は!?」

 

 索敵少女は天を仰いで笑いだした。繰り返し思考するのは、すぐ隣の新しい自分の指揮官の事だ。

 守りたい人達に疎まれる耳なんて大嫌いだったのに、この人は優秀だなんて言って褒めて来る。守りたい人達を守れなかった耳なんて千切って捨てたかったのに、この人はその調子で頼むなんていうのだ。

 欠陥品の筈の自分に期待を掛けてくれるだなんて、彼女が受けた信じられない奇跡に胸の思いが涙になって溢れ出た。

 

「たーいちょー、なーに泣かせてるんですかー。あーあ、いっけないんだー」

「ちょっ、おまっ! 俺なんにもしてないぞ、本当に! 人聞きの悪い事言ってんじゃねーよ!!」

 

 笑いと言う形でしか感情を発露出来ない彼女でも、生理反応である落涙は当たり前の様に起きる。悲しければ泣きながら笑うし、嬉しくても涙が出るのは当然なのだ。

 

「ちょっとアンタたち煩いわよ! あの赤いのがまた帰ってきたらどうするのよ!?」

「……ん。……ん」

 

 そう、今彼女は嬉しさで泣いている。自身の尊厳を取り戻せるかもしれない、その喜びに打ち震えて涙しているのだ。笑いたくて笑うと言う経験は、彼女にとって初めての経験だった。

 

「あははっ! 任せて隊長さん! 頑張る、頑張るから! あはははははっ!」

「お、おう。って、そうじゃなくて、何で泣いてんだよお前は!? 何処か痛いのか? 怪我とかしてんのか!?」

「だから黙れって言ってんのよ! このとうへんぼく共!」

「潜入任務だって言うのに、段々とにぎやかになって来ました。たいちょーと一緒だと、やっぱり退屈だけはしませんね」

「……ん」

 

 もう一度、今度こそは守り抜きたい。そう思って心からの笑顔を浮かべた彼女は、手の甲で力強く涙を拭うのだった。

 




思った様に書けない。
視点がブレブレなのは私の悪い癖かも知れません。
ご容赦ください。


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第三話『拾い物と無くし物』

時間がかかった上に長い。
読むのに根気がいるかもしれませんがどうぞお楽しみください。

なお今回の話では欠損表現や残酷な表現が含まれておりますのでご注意ください。


 小隊の潜む青々と咽る亜熱帯の森林の地にて、夜の闇は過ぎ去り陽は既に高く上がっていた。

 木漏れ日の中を進む隊員達の足取りは軽快だ。夕暮れから夜半まで歩き続けて距離を稼ぎ、睡眠時間をあまり必要としない人造少女達に哨戒を任せて日の出までの間に僅かな仮眠を取っていた。青年隊長は四時間ほど、各隊員は交替で一時間ほど睡眠をとったので体力には余裕がある。 

 

「あはっ、水の音がする! 隊長、川の流れが聞こえるっ! あはははっ!」

「おー、やっと川に付いたのか。よしよし、でかしたぞ笑い上戸」

 

 そんな快調な足取りのおかげか、一行は第一の目標だった川にまで進行していた。早速と耳の良い短い赤毛にイヤーマフを装着した索敵少女が水音を聞きつけて、ニコニコしながら青年隊長にそのことを告げている。その表情には何かを我慢する様な様子も無く、本当に喜んで笑みを浮かべている様に見えた。たった一日でずいぶんと懐いた物である。

 

「何がやっとよ。誰かさんのペースに合わせてたから、こんなに時間を食う事になったんじゃない」

「スタミナお化けのお前らと一緒にすんなよ。繊細な俺はたまに休まないと寝込んじまうんだ」

 

 そんな緩い空気に浸っていれば、諌める様にきつい口調が投げかけられた。その声の主は、銀髪をツーサイドアップにした斥候を得意とする少女。本日もぴりぴりとした空気を放ち、隊の先頭から青年隊長にわざわざ振り向いてまで文句を言う。これはもうツンデレでは無くツンギレだ。

 そんな調子だが決して足並みは遅れさせず、己の役割はきちんとこなしているのだから器用な物である。

 

 怒りながらずんずんと進んで行く斥候少女の背中について行けば、半時間ほどで濃密な熱帯雨林を抜けて視界がさっと開けた。じっとりとした肌に張り付く様な湿気が風に流されて、目の前には砂利交じりの土と幅の広い流れの緩やかな河川が見えて来る。

 漸くと、青年達の小隊は目的地への初めの一歩に辿り着いたのだ。

 

「はー……、後は川沿いに上流に向かって行けば工業施設からの排水処理の痕跡が見つかるはずだ。それを足掛かりにして、目的の兵器製造プラントを見つける。ってのはいいんだが、こうも見通しが良いと監視は楽だろうな」

「そうですね、ある程度は密林を隠れ蓑にして進んだ方が良いでしょう。勿論、今まで以上にトラップには警戒しなければならないでしょうけれど」

 

 工場施設は排水の関係で川に隣接して作られる事が多い。そこを下流からたどって行こうと言う方針だったが、敵側も当然その程度は想定の内だろう。だからこそ、青年隊長と無表情な副隊長の視線が同時に、怒りんぼうな斥候少女に向くと言う物だ。

 

「何よ。そんな目で見なくても、私は私の仕事をこなすだけなんだから。無駄に心配するぐらいなら、せいぜい背後を取られない様に警戒でもしてなさいよね」

「お前は相変わらずプライド高いな。でも、俺らの生命線は実質的にお前と笑い上戸だ。頼りにしてるから頼むぞ、お姫様」

「お姫様って言わないで。言ったでしょ、仕事はこなして見せるわ。アンタはせいぜい、私の後ろで震えていなさい」

 

 高飛車な態度は自信の表れか、斥候少女は腰の鞘にマチェーテを納めつつ胸を張って言い放つ。それを見せ付けられる青年隊長は、頼もしいやら呆れるやらで苦笑いが浮かぶばかりだ。

 

 何はともあれ、やる気があるのは良い事である。部下の士気が高いうちに進めるだけ進むべきだろう。そう判断した青年隊長の指示で一行は再び森の中に戻り、川を左手に見ながら上流を目指して進んで行く。

 足元の地雷を警戒し、開けた場所からの監視を警戒し、敵との遭遇にも警戒する。そんな警戒し通しの行軍でも、青年達の小隊は着実に先に進み続けていた。

 

「あはっ、隊長、たいちょー! 川の方から息遣いが聞こえる。誰かいる、何かいるよ。あははははっ!」

「はぁ、こんな所で? ……放置する訳にも行かんか。全員警戒はそのまま、音の発生源を確認しに行くぞ」

 

 この敵の勢力下は基本的にAI制御の無人機が主力で、人の歩兵などは皆無と言っても差し支えない戦力分布である筈だ。そして、索敵少女は『誰か居る』と言っていた。ならばそれは、少なくとも小動物の類ではないのだろう。

 こんな所に人が――人間がいるかもしれない。そう考えたのは青年隊長だけでは無く、他の隊員達の纏う空気もぴりっと張り詰めた物となった。もしいるのが人間ならば、彼女達にとってそれは守らなければならない大切な存在だからだ。

 

「居た! 体が半分水に浸かってる。意識は無いみたい、助けなきゃ!」

「ブービートラップを警戒しろ。姫以外の各員は周囲の警戒を密に。副隊長は狙撃手が居ないかに気を配れ」

 

 先頭を行っていた斥候の少女が川辺に仰向けになって水没する存在を見つけて声を上げる。両手で保持していた銃を放り出さんばかりに駆け寄る彼女の背中に声を掛け、青年隊長は残りの隊員達にも指示を出しつつ自分も後を追う。

 はたして、そこに居たのは人間では無かった。

 

「あー……? おー……、あー……」

「こいつは……、コッペリアか。この装備は見た事がある。決死隊の自爆装備だな」

 

 一見すればただの女の子。ザンバラに刈り込まれた短い頭髪に薄汚れた簡素な貫頭衣を身に纏っており、ギョロついた大きな瞳でぼんやりと空を見上げている。時折声を上げてはいるが、そこには意味らしきものは見いだせない。

 そして、何よりも目立つ特徴としては、彼女の左手は二の腕の中程から先が無くなっていた。戦闘での負傷では無く、彼女は先天的に片腕が無いのだ。だからこそ彼女は、決死隊として消耗品の中の消耗品としての運用を命じられていた。その証として、背中には爆薬の詰まった金属製の背嚢が取り付けられている。

 

 そこに居たのは少女の形をした爆弾だった。工場生産された時点で一定の性能基準を満たせなかった為に、自爆用に調整されたコッペリアの決死隊。まぎれもなく、彼女はその一員である。

 決死隊の性質的に戦場ではまず起こり得ない出会いに、さしもの青年隊長も後ろ頭を掻いて思わず副隊長に視線を流す。その視線を受けて副隊長は、無表情なままで軽く小首をかしげて見せた。

 

「驚いたな、まさか生き残りが居たとは。昨夜の作戦で消耗し尽くしたと思ってたんだがな」

「決死隊の生き残り……。いえ、脱走兵でしょうか?」

「脱走する程の知識は与えられていない筈だ。恐らくはヘリが落とされた時に投げ出されて、その後も敵と遭遇せずに居たんだろう。俺達に見つかるまで、不運にも、な」

 

 そう、不運にも、だ。不運にも彼女は己の責務を全う出来なかった。そして、青年隊長達は不運にもそんな彼女を拾ってしまったのだ。

 生き残ってしまった特攻兵器の扱いなど士官学校では教えてもらえなかったな、と青年隊長は誰にともなしにぼやくのであった。

 

 

 

 奇妙な拾い物をしてしまった一行はその場を後にして、ひとまず森の中で遮蔽の多い岩場に隠れて小休止をする事にしていた。

 

「それで? この子は結局の所どうするつもりなのよ? まさかとは思うけど、碌でも無い事を企んでいたりはしないわよね?」

「どうするもこうするも無かろう。このまま連れて行く訳にも行かんし、現状ではここに置いていくしか選択肢はない」

 

 そして、そんな寛ぎの時間でも荒々しく語気を強めて銀髪の斥候少女は青年隊長に詰め寄っている。それに対して、青年隊長はさもあらんとばかりに自身の考えを口にしていた。

 生きている爆弾を身近に置いて、隠密行動する訳に行かないのは確かである。敵を見つけて大爆発などされれば、たちまち周囲の敵を呼び寄せる事間違いなしだ。

 因みに、当の本人は青年隊長に渡されたエナジーバーを無心にサクサクと咀嚼している。まるでげっ歯類の様に。周囲の空気とは違って無邪気な物である。

 

「こんな状態の子を放置して行くって言うの!? 何時敵と遭遇するかもわからないのに、一人で置いて行ったりしたら……」

「高い確率で職務を全うする事でしょうね。ですが、それが何か問題があるのでしょうか? 私達にとっては、職務の遂行は何よりも優先される事項ではないですか」

 

 正論をぶつけられ、それが正論であるが故に斥候少女の怒りは収まらない。何とか考え直す様に言葉を連ねようとするが、それを傍で見ていた副隊長に遮られてさらなる正論をぶつけられてしまう。副隊長の言葉は彼女達にとっての共通認識。この場合、屁理屈をこねているのは斥候少女に他ならないのだ。

 

「問題って……、それは……」

 

 斥候少女は何かを言いたげにして口をつぐむ。言い放ちたいけれども言い放てない、そんな葛藤が彼女の中に渦巻いていると青年隊長は感じ取っていた。ここは一つ、懐柔策を取るべきかと思案する。ここは経験に基づいた物が良いだろうと、青年隊長はちらりと傍らの副隊長を見てから口を開いた。

 

「ふむ、言いたい事があるのは分かったけどよ、ここは大人しく言う事に従ってくれ。後でお前等の大好物のチョコレートやるから」

「何よそれ、餌付けのつもり? 馬鹿にして……、いらないわよそんな物!!」

 

 なんと貢物と言う懐柔策はあえなく失敗してしまった様だ。

 ――おかしい、チョコレートはコッペリアにとって至福の存在の筈。

 青年隊長は思わず副隊長を見やるが、彼女はほぼ同じタイミングで顔を反らしてしまう。以前の経験で手に入れた知識は、どうやら副隊長がチョコレートジャンキーだっただけで間違いだった様だ。

 

「っと、いかんいかん話が脱線した。とにかく、連れ歩くのは論外だ。その上で俺達は何よりも作戦行動を優先させなければならない。つまるところ、置いていく以外に選択肢はないと言う事になる。解ってくれるな?」

「…………。解っ……たわよ……」

 

 本来、こんな会話をする必要性は無い。青年隊長が命令すれば、それに従うのが部下であり兵器である彼女達の本分だからだ。それでもあえて言葉を重ねた事で、斥候少女は渋々と青年の言葉に従うつもりになってくれた様である。

 

 だが、やはり全てを飲み込みきれないのか、彼女は伏し目がちになって俯いてしまう。こんなにも葛藤する斥候少女は恐らく、決死隊に選ばれてしまった隻腕の少女を助けたいのだろうと青年は勘づいていた。それが叶わぬ願いであることも同時に確信している。

 

 その理由は単純至極。基地に連れ帰ったとしても、隻腕の少女はまた新たな戦地に送られるだけだから。斥候少女のあずかり知らぬところで、隻腕の少女は自分から進んで吹き飛ぶだけだろう。

 

「あー……。なんつーかそのなあ、俺が言えた様な事でもないんだろうが――」

「あはははははっ!! アイツが来る!! 敵機直上、急降下!! ぷふっ! きゃはははははははっ!!」

 

 青年隊長が更に言葉を発しようとした時、それまでずっと黙りつづけていた緋色の髪の索敵少女が笑い声と共に敵襲を告げる。そして、アイツと呼ばれた物が上空から飛来した。

 ふっと周囲が暗くなったかと思えばそれも直ぐに消え去って、それは太陽の中から現れ落ちて来る。全身の装甲を赤錆びさせた、八から一本欠けた七本脚の鋼鉄の蜘蛛。ズドンと落ちてきたそれは、ウオオオン!! と、獣の鳴き声の様な駆動音を上げる。

 

「総員退避ーーーーー!!!」

 

 辛うじてそれだけ叫ぶことが出来た青年の襟首を、無表情の副隊長が掴んで一息に飛び退る。すぐ傍にいた隻腕少女の事も、斥候少女がすぐさま抱きかかえて同じ方向へ跳躍していた。

 他の二名――無口な少女は全力で走り出して大荷物だと言うのに一番距離を離しており、それに続いて警告者の索敵少女もまた身軽な分更に距離を稼いでいる。

 さながら五月の空を遊泳する鯉のようになった青年隊長が、そのままの状態で部下達の状況を確認し声を張り上げた。

 

「笑い上戸、牽制射撃! 足の関節部を狙え! 倒す必要は無い、まともに相手はするな!!」

 

 距離を離していた索敵少女が青年の発した声に反応し、くるりと向きを変えて流れる様な動作で突撃銃を構える。間髪入れずにフルオートでの射撃を開始。湾曲箱型弾倉に詰め込まれた三十近い装薬を減らした小型の実包を、パパパパっと乾いた音を立ててものの数秒で全てを撃ち尽してしまう。ライフリングによって安定し加速され、破壊を撒き散らす嵐となった弾丸が目前の敵へと殺到した。

 装薬を減らした分反動が低減されたこの銃は、彼女達にとっては無反動に等しくその命中率を劇的に向上させている。関節部を狙った弾丸の群れ達は、狙い違わずワサワサと動く蜘蛛足の一つに群がって喰らい付いた。

 

 戦車の装甲を抜ける程の威力は無くとも、可動部に異物を噛まされれば堪ったものではない。脚部の異常に驚いたかのように七本脚の蜘蛛は動きを止め、撃たれた足をブンブンと振るっている。まるで生き物のような仕草だが、そのおかげで逃げるには十分な牽制になってくれた。

 

「よくやったああああっ! ……副隊長、流石にこの格好のままは苦しい。運び方変えて、抱えて……」

 

 射撃を終えた索敵少女が再び撤退の為に走り始めると、その背中に青年隊長の歓喜の声が届く。人間の役に立つと言う本能が満たされて、彼女の顔にはごく自然に笑みが浮かんでいた。常の様な、無理やり湧き上がって来る様な笑いでは無い。

 それを、隻腕の少女のギョロリとした瞳がじっと見つめていた。斥候少女の小脇に抱えられたままの姿で、じっと。

 

 

 

 人間以上の身体能力を持つ少女達の脚力での全力機動によって、一行はジャングル地帯のかなりの距離を走破していた。敵との遭遇を可能な限り下げる為の隊長に合わせた行軍だったが、見つかってしまった以上はそうも言ってはいられない。

 そして、そんな距離を走破しつつも、赤錆の七本脚は未だに諦めてはいなかった。野獣の様な唸り声に聞こえる駆動音を響かせて、七つの足を猛烈な勢いで動かし木々や石ころを弾き飛ばしながら迫ってきている。獲物を逃がすまいとでも思っているのか、青年隊長達に向けて猛牛の如く一直線だ。

 

「しつけぇ!! このまま工場まで着いてくる気かこいつは!?」

「うるさいわね、このとうへんぼく。そんなの私が知る訳ないでしょ、っと!」

 

 米俵の如く副隊長の肩に担がれて運ばれる青年隊長がヤケクソになって叫び、斥候少女が傍らに隻腕少女を抱えたままでそれに冷静に応答する。その終り際に跳躍しつつ中空で反転、片手で構えた短機関銃をババババっと一斉射して背後の七本脚に銃弾を浴びせ掛けて見せた。まるで軽業師の如しだ。

 そして着地するとそのまま背後に連続跳躍しつつ、パパパッパパパッと指きりバーストで牽制弾を立て続けに放つ。赤錆の装甲には通用しようもないが、センサー類を庇う為に動きが阻害されるので妨害にはなっていた。

 

「ジャングルの中でアホみたいに器用な事してんじゃねぇよ。前見て走れ、前見て! すっ転ぶか、木の枝にぶつかるぞ」

「そんな無様な事するわけないでしょ。部下に運んでもらってるような、ひ弱なアンタと一緒にしないでよね!」

 

 曲芸めいた牽制射撃への青年隊長の素直な感想に、打てば響く様な反応を返す斥候少女。三十発以上の装弾数を誇る短機関銃を打ち切ると、再び空中で反転して正面を向いての逃走に移行する。そのまま並走する副隊長らを置き去りにするような速度で走りつつ、銃の下部から伸びる垂直の弾倉を小脇に隻腕少女を抱えたままで器用に交換して見せた。

 青年隊長への当たりはきついが、高いスペックを十全に発揮できる本当に優秀な兵士である。

 

「隊長さん、前方に急斜面の山岳があります。それから直ぐ近くにトンネルも発見できました。自然の洞窟では無く舗装された人工物です。どちらのルートを選択しますか?」

「なに!? ええい、くそ……トンネルだ! トンネルに突っ込んで山の反対側まで抜けるルートを探す! 山道じゃ多脚戦車の走破性には絶対に勝てない!」

 

 狙撃手だけあって隊の中で一番目の良い副隊長が前方の状況を報告し、それを聞いた青年隊長が情けない格好のままで瞬時に判断を下す。誰も彼もが荷物を抱えて居る現状、とにかく山道だけは避けたかったのだ。

 とは言え、敵地にある人工物に逃げ込むと言うのもぞっとしない話だが、この場合は背に腹は代えられないと言う物である。

 

「見えました、進行方向に光。向こう側に抜けられます」

 

 全員で揃って飛び込んだトンネルの中は大型のトラックでも悠々と通過出来そうなほど広々としていたが、廃棄された自動車やら瓦礫やらが放置されたままになっており雑然とした有り様だった。しかし、副隊長が言う通り進む先には外からの光が見えている。これならば、彼女達の足なら山岳部を駆け抜けるよりもずっと早く山を越えられるだろう。

 

 青年隊長は相変わらずお荷物として副隊長の肩に担がれ、進行方向に尻を向けている。その分後ろをじっくりと見られるので、追跡して来る七本脚の姿がしっかりと観察できた。奴はその馬鹿でかい図体を無理くりにトンネル内に入れさせて、瓦礫や放置自動車を踏み越えながら突き進んで来て居る。

 流石に速度は目に見えて低下しているが、まだまだ諦めるつもりは無いようだ。瓦礫に進行を阻まれつつも、野獣の様な唸り声を上げて動力を吹かし強引に突破してきていた。

 

「凄い執着心ですね、熱烈なアプローチですよ。モテモテですね、たーいちょー?」

「やかましい! くそっ、考えろ……。足止めする方法……、何か……」

 

 パッと思いつくのは爆発物などでの迎撃だ。見たところこのトンネルは天井までコンクリートで舗装はされてはいるが、長い間の放置のせいかあちこちがひび割れて簡単に崩落させてしまえそうである。

 だが、その案は実行する事は出来ない。手投げ弾程度の爆発ではせいぜい天井の一部を剥がす位しか出来そうもないし、無口な少女に運搬させている爆薬は全て工場で使うまで温存したいからだ。

 

 他に威力のある爆薬には心当たりはあるが、それを自分の意思で使ったら青年は人で居られる自信が無い。自分を命懸けで守ろうとする彼女達の前では、せめて人でなしでは無く人間らしくありたいのだ。それがただのエゴだとしても。

 

「隊長さん、もうすぐトンネルを抜けます」

「ちくしょう、なにも思いつかん! とにかく、トンネルを抜けたら奴を撒く為に一度――」

 

 起死回生のアイデアがそうぽんぽんと浮べば苦労はしない。結局トンネルを抜けるまでに考えがまとまらなかった青年隊長が、副隊長の言葉に感情的に反応して指示を飛ばそうとしたがそれは叶わなかった。

 ばたばたと慌ただしくトンネルを抜けて陽の光を浴びた一行の中から、ピーっと無機質な電子音が響いたからだ。

 

「…………え?」

 

 それは、斥候少女が抱える隻腕少女の背中から響いていた。彼女の背負った金属製の四角い背嚢から、今度はピッピッっと断続して電子音が立てられる。それは正に、時を刻む為の証であった。

 背中に背負われた自爆用の爆薬の起爆装置が作動し、爆発までの短い刻限を刻み始めたのだ。

 

 呆気に取られてしまった斥候少女の手を振りほどき、隻腕少女は一人だけトンネルの方に向かって走って行く。トンネルの中からは障害物に阻まれながらも、今も七本脚が迫ってきていると言うのに彼女の足取りは軽快だった。

 トンネルの入り口に容易く辿り着くと、隻腕の少女は一度足を止め背後へと振り向く。ギョロリとした瞳が何かを期待するかのように青年隊長へと向けられていた。

 

「誰でも良い、姫を押さえてろ」

 

 充分に距離を離していた一行の中で、青年隊長は副隊長の肩から降り立って早々指示を飛ばす。その一言で隻腕少女の元に飛び出そうとしていた斥候少女を、無口な少女が後ろから腕を捩じり上げて拘束した。虚を突いた適切な動作で関節を完全に決められ、更には膝裏を後ろから蹴飛ばされ斥候少女は苦悶の表情で地に膝を着けさせられて動けなくなる。

 

「づぁ!? ちょっとアンタ! あの子に何をするつもり!?」

「くそっ、こんなの予想出来る訳ないだろ畜生が……」

 

 拘束されて尚も言葉で噛み付こうとする斥候所持を無視して、青年隊長はぼやく様に独りごちて隻腕少女と向き合った。遠く離れた二人の間で視線が交差して、互いに互いの目をじっと見つめる。ピッピッと続いていた電子音が、徐々にピッチを上げて行く。

 

「………………、お前に任せた!」

 

 僅かな逡巡の後に青年隊長は短くそれだけを言い放ち、親指を立てて隻腕少女に向けて突き出して見せた。その顔には引き攣る口元を無理やり曲げて、歯を剥き出しにする野性的な笑みを浮かべさせながら。

 

 それを受けた隻腕の少女は、にっこりと微笑みを返す。本当に、本当に花が咲く様な幸せそうな笑みを。

 

 それから少女はトンネルの暗がりへと消える。程なくして、強烈な閃光と若干遅れての爆音が辺りに撒き散らされた。続いて地震かと思えるほどの地面の揺れを感じ、今しがた通って来たばかりのトンネルが崩壊し始める。天井が崩れて土砂が大量に流れ込み、出入口を完全に塞いで中の七本脚と青年隊長達を完全に分断してしまう。

 計らずとも、当初の目的を達成出来たという訳だ。たった一人――否、たった一体の犠牲で。

 

「ああああああああああああああっ!!!! なんでっ!? 何でだぁ!? 何でぇっ!?」

 

 拘束されたままの斥候少女が突然叫び声を上げて青年へと問う。様々な意味が込められた、『何で』と言う問い掛けであった。怨嗟も理不尽も怒りも何もかもが混じりあった上での、『何で』だ。激しく返答を求めるあまりに体を強く揺さぶり、ゴキンと音を立てて捻り上げられた腕が肩から外れてしまう。それ程に強い感情の発露だ。

 

「…………あの自爆装置は自分の意思でしか起動は出来ない。そして、一度起動しちまったら最後、もう止める事は出来ないんだよ。ついでに言えば、爆発するまでの短い時間じゃ解体する事すら難しい。行かせる以外に選択肢が無いなら、せいぜい有効活用してやるしかないだろう?」

 

 それに対して青年隊長の返答は清々しい物だった。事実を淡々と述べるだけの、実に落ち着いた受け答えをつらつらと重ねていく。相手を煽るような言葉も敢えて使って、飄々とした態度で言葉を投げつける。それが当たり前だろうと、まるで自分自身にも言い聞かせるかの様に。

 

「狂ってる……。アンタも……、アンタたちも……、私達も……。皆、みんな! 狂ってるっ!!」

「お前もそう思うか? 俺もだよ、俺もそう思う」

 

 怒りに任せて拘束を振り払おうとしていた斥候少女は、無口な少女を跳ね除けられないと分かるとついには嗚咽を漏らし始めた。それは暴れた際に外れた肩の痛みに寄る物でも、無力感に苛まれての物でも無い。一足先に自由になってしまった仲間達と、自身の境遇への恐怖が顕わになった慟哭だ。笑顔で死んでいく仲間達が怖かった。守る事を強要する人間達も恐ろしい。なによりも、それを本能的に受け入れようとしている自分自身が一番おぞましい。

 彼女の根底にあるのは、何もかもに対する激しい恐怖心。それを彼女は、怒りと言う形で青年にぶつけてきている。

 

 吐き捨てる様にして浴びせられる叫びに対して、青年隊長はあっさりとそれを肯定した。むしろ、ずっとそう思ってきたのは青年自身なのだから。人間に近い感性を持ってしまって狂えなかった目の前の少女が、ともすれば羨ましいとさえ思う程だ。

 

「俺も、人間も、コッペリアも、皆狂ってるからこんな事がやめられないんだよな。知ってるか? 狂ってないと戦争なんかできないんだってよ。お前等の生みの親が言ってたんだぜ。こいつが一番イカレてると思わないか?」

 

 地に組み伏せられた斥候少女の前に屈み込んで、その落涙する顔を覗き込みながら青年は言葉を掛ける。その声色はまるで世間話でもするかのように軽かったが、青年の浮かべている表情は酷く真剣な物だった。それこそ、泣き腫らしている斥候少女が、嘆くのを忘れて思わず息を飲んでしまう程に。 

 

「恨みたいなら幾らでも俺を恨め。俺はそうしなけりゃ自分自身が許せそうにないからな。お前も人を許せないと言うのなら、俺の事を恨んでも憎んでも嫌っても良い。だから、俺に恨みごとを言いたいなら、今は黙って着いてこい。いいな?」

 

 言い聞かせる様な圧力を持って、青年隊長は斥候少女に頭ごなしに声を浴びせ掛けた。納得も理解も必要としないから、とにかく今だけは言う事を聞けと言い聞かせている。理不尽なだけの、一方的な命令だ。

 それでも、青年の表情に何かを感じたのか、斥候少女はコクリと一つだけ頷く。それを見届けて、ふうっと青年隊長は長い息を吐いてから立ち上がる。その表情はもう、常の気だるげなものへと戻っていた。

 

「少し時間を掛け過ぎた、急いでここを離れるぞ」

「了解しました。無口さん、姫さんの肩を戻してあげてください」

「……ん」

 

 青年隊長の言葉に副隊長が無表情のまま応え、更には無口な少女がゴキリと無造作に斥候少女の外れた肩をハメ戻す。一度強引に関節を逆に曲げさせてから一気に戻すので相当な痛みがある筈だが、地に伏せたままの斥候少女はギッと短く呻いただけで直ぐに立ち上がった。涙も既に止まっており、つい先程までの心の乱れが表に現れる事はもう無い様だ。

 

 それを見届けた青年隊長が行軍を再開して、他の面々も陣形を維持する為に歩みを進める。無言のまま大荷物を運搬する少女も、諍いの間ずっと笑顔でオロオロしていた探索少女も、無表情のまま隊長の背後に付き従う副隊長も。

 ただ一人、本来先頭を歩くはずの斥候少女だけを残して。

 

「私も死ぬときはあんな顔をするのかしら……。ぞっとしないわね……」

 

 チラリとだけ埋まってしまったトンネルの跡を眺めて、斥候少女はそんな事を呟いてから走り出した。青年隊長達を追い越して、誰よりも先を行く為に。それは、この中の誰よりも一番死に近いと言う事でもある故に、彼女は恐怖心と言う弱さを怒りと言う鎧で包み隠して突き進むのだ。

 

 常の様な不機嫌そうな顔に戻った彼女は、もう自分よりも先に行ってしまった少女の事を見る事は無かった。別れの挨拶は、心の中だけでそっと囁くだけで良い。一足先に自由になった仲間達には、どうせ直ぐに会えるのだから。

 斥候少女は長い銀髪を揺らしながら、颯爽と隊の先頭に躍り出るのであった。

 




特に意味の無い補足として、笑い上戸の銃は『StG44』お姫様の銃は『MP40/I』を想定しております。
あくまでも、似たような世界としてお楽しみ下さいませ。


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第四話『つかの間の戯れ』

本当はまた長々と書こうとしていたのですが、切りが良さそうだったので短めに。
少女達に振り回される青年の生き様をご覧ください。


 トンネルを抜けた先は雪国――などでは無く、まだまだ熱帯性の植物生い茂る密林地帯であった。それでも今までの相違としては、密林の木々を切り開いた道が方々に伸びている事だろうか。トンネルの出入り口を含めて十字路に、東西南北と大雑把な剥き出しの地面の道を幅広く刻み付けていた。

 今は埋まってしまった舗装されたトンネルと言い、この辺りには敵陣の開発の手が伸びていたようである。

 

「さて、大分川から離れて迷走しちまったからな。何とかしてもう一度河川近くまで行って、今度こそ上流を目指したい所だ」

「そうなると、こう方々に伸びている道は邪魔ですね。あの道をノコノコ歩いていたら、十キロ先からでも丸見えです」

 

 小隊は現在小休止の為に、密林の中の比較的開けた場所で固まって座り込んでいた。周囲の警戒は銀髪の斥候少女が買って出ており、緋色の髪の索敵少女も休んでは居てもその耳があれば即座に接敵に対応できるだろう。

 なので、残りのメンバーは地図を囲む様にして向かい合いつつ、もぐもぐと味気ないジャーキーでの食事を楽しんでいる。

 

「正確な位置は分からんが、山裾に沿って移動すればまた川の近くに戻れるだろう」

「この車道と川の近くに目的の兵器工場がある可能性が高いのは分かりますが、一気に予想地点まで直進してしまった方が確実なのではないですか?」

「密林を突っ切って行く方が確かに早いだろうが、さっきも言った様に正確な位置が分からんのだ。自分達はまっすぐ進んでいるつもりでも、逸れて変な所に行く可能性だってあるんだぜ」

 

 もっちゃもっちゃと口を動かしながら、隊長と副隊長による作戦会議の様な物が執り行われている。あーでもないこーでもないとやり取りを交わして、今後の行動指針を少しずつ形にしているのだ。

 そんな二人を眺めつつ、索敵少女と黒髪短髪の無口な運搬少女が二人そろってモグモグと乾燥肉を咀嚼していた。まるで小動物の姉妹の様である。

 

 そして少し離れた所では、短機関銃を両手で保持しつつ周囲を警戒している斥候少女が佇んでいた。その顔色は普段よろしく不機嫌そのものと言った様相だが、どことなく気落ちして覇気が無いように見える。頭の左右で括られたツーサイドアップの銀髪も、心なしかしなっとヘタレている様だ。

 

「…………。まだ引き摺ってるな、あれ……」

「メンタルに欠陥がある個体のようですね。通常であれば再調整されるはずですが、今まで発覚しなかったのであれば今回初めて露見したのかも知れません。まあ、今回の作戦が終わるまで生き残れたら、再調整されて正常に戻せるはずですよ」

 

 精神的外傷を再調整して直す等と言う事を、表情が変わらない副隊長が発言するとなかなかに怖気を誘う。なによりも、青年隊長は気遣って小声で話していたと言うのに、副隊長の方は遠慮の欠片も無く普通の声色で話したのだ。当然、離れた位置にいる斥候少女にもその言葉は届いた事だろう。

 実際、副隊長の言葉が聞こえたらしく斥候少女はチラリと一団の方に視線を向けた。しかし、気まずそうにしている青年隊長と目が合うと、すぐにその視線をふいっと反らしてしまう。別に聞こえて居ませんよと、逆に向こうに気を使わせてしまった様だ。彼女はまた、通る者も居ない剥き出しの道路の方を睨みつけた。

 

「あーあ……。少しは配慮ってもんを考えなさいよ、副隊長なんだからさぁ」

「私達にその様な物は必要ありません。そもそも、こんな食事ですら必要とはしていないのですから」

 

 本来ならば彼女達は、一度補給をすれば一週間は飲まず食わずでも戦える。そして消耗品として生まれた以上は、その精神性も使う側が気を使う必要性は無いのだ。士気を維持する為と青年隊長は良く言うが、命令には絶対に逆らわないのが本来あるべき姿なのだから士気の維持も何もない。

 

「そんなん、一人で食う飯は味気ないからに決まってんじゃねぇか。ただでさえクソまじいのに、お前等の物欲しげな顔を見ながら食えとか拷問だよ、ごーもん」

「あははは、美味しい。ね、美味しいね? ふふっ、うふふふっ!」

「……ん」

 

 青年隊長は要するに一人で食事をするのが嫌なのである。そして、無口な少女とイヤーマフの少女も、もきゅもきゅと満更でもなさそうに干し肉に食い付いている。こんなピクニックみたいな雰囲気になるのも、拷問を避ける為なら致し方ないだろう。

 

「やれやれですね。以前に遭難した時もそうでしたが、たいちょーは私達にもっと厳しく接するべきだと――」

「そうか、それなら食後のデザートにチョコレートでもと思っていたんだが、副隊長は要らないって事で良いな?」

 

 ピシリっと、副隊長の動きが止まる。そしてすぐにわなわなと震えだして、頭の先からだらだらと冷や汗が噴き出す。もちろん無表情なのだが、そこには限りの無い驚愕と恐怖にも似た困惑が含まれているのが見て取れた。

 

「ニャ――なんて事を……。たいちょー、まさかそんな残酷な事を、本気で実行するなんて事は……」

「厳しく接してほしいんだったよなぁ? ならばチョコレートなんて嗜好品はいらんよなぁ? んー?」

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 目の前に銀紙に包まれた板チョコをこれ見よがしに差し出され、しかし先程の自分の言葉のせいで欲しいとも言い出せない副隊長。悔し気に呻いて見せるが、顔色は全く変わっていない。それでも、顔色以外の所で彼女はめいっぱい悔しがっていた。

 無表情ながらも悔し気な視線がチョコレートに釘付けだ。

 

「アンタ達、緊張感って物を持って生まれて来なかった訳? 敵陣のど真ん中でピクニック気分とか、このとうへんぼくは自殺志願者なのかしらね」

「おう、至言痛み入るよ、お姫様。お前さんもそろそろ、見張りを副隊長と交替してなんか食っとけ」

 

 いい加減騒ぎ過ぎだと忠告する為か、距離を取っていた斥候少女が辛辣な言葉と共に歩み寄って来る。それに対して青年隊長は丁重にスルーしつつ、斥候少女をダシにして副隊長にとどめを刺した。

 命令であるならば彼女達は従うしかない。あからさまに肩を落としてとぼとぼと、副隊長は先程まで斥候少女が居た辺りまで去って行った。

 

「それなりに付き合いがあると思ってたけど、ずいぶん彼女に対しては扱いが雑なのね。もしかして、釣った魚には餌を与えない性質なのかしら?」

「何言ってんのお前? アイツとは三日ほど寝食を共にしただけだよ。それよりほれ、約束してたチョコだ、食っとけ」

 

 まるで探るような口ぶりで話しかけて来る斥候少女に対して、青年隊長は手の中の板チョコを四分の一だけ折って投げ渡す。それを片手だけで綺麗に受け取って、彼女は忌々しそうに顔を歪める。一度は受け取りを拒否したので、恐らくはバツが悪いのだろう。

 それを見やりながら青年隊長は残りのチョコも折り続け、きっかり四等分になる様に分けてしまった。この男、人数分に分けるつもりはさらさらない様だ。

 

「良いから食っておけよ、甘い物は嫌いじゃないんだろう? 食える時に食っておくのも兵士の務めだぞ」

「……ふぅ、わかったわよ。でも、あそこで死んだ眼になってる子にも、ちゃんと後でフォローしておきなさいよ?」

 

 努めとまで言われてしまえば僅かな抵抗感は融解するしか無く、渋々と言った様子で甘ったるいチョコを口にする。一瞬だけ表情がパッと明るい物になるが、わざわざ咳払いしてまで表情を引き締めた。

 素直に喜んでおけば可愛げもあるものを、と青年隊長は思う。無論、可愛げを出されてもそれはそれで困るのだが。

 

「問題ねぇよ、アイツの眼は元から死んだ魚みたいに光が無いから。ああ、どうせ同じ様に苦いモンなら、すーっとする煙を胸いっぱい吸い込みてぇなぁ」

「論外よ、このとうへんぼく。そんな態度ばかりだと、そのうち愛想尽かされるわね。そうなった時に自分の行いをせいぜい悔いるが良いわ、この愚か者。っていうか悔め、この屑」

 

 確かに恨み言が言いたいのならついてこいとは言ったが、これでは恨み言と言うよりはただの罵倒である。何処かの世界線ではご褒美なのだろうが、生憎と青年隊長にはそんな性癖は無い。

 無性に煙草が吸いたくてたまらないが、そんな事をすれば敵にも味方にもフルボッコにされる未来しか見えなかった。

 

「ご忠告痛み入るよ、お姫様。ほら、お前らも今のうちに食っとけ。胃液で溶けるかも怪しい、手で溶けない高カロリーチョコだぞ」

「お姫様って言うな。そして、そんな怪しい物体をその子達に食べさせようとするんじゃないわよ、このとうへんぼく!」

 

 手の中に残る板チョコを無口な少女と笑う少女にも分け与え、最後の一欠けらは銀紙に包んだままでぽいーっと副隊長に向かって投げ渡す。手でもお口でも溶けないと評判の謎の油分で出来た軍用チョコレートに、それでも彼女達はまるで小リスの様にマムマムと喰らい付いて行った。銀髪の斥候少女ががなり立てようとも、無口と笑顔の二人は今更甘味を吐き出しはしないだろう。

 副隊長は飛来した銀紙包みの板チョコをはっしと受け取ると、一瞬にして口内へと納めて再び何事も無かった様に哨戒へと戻る。ただしその両頬は、無理矢理詰め込まれたチョコで見事に頬袋になっていた。

 

「なによ、結局自分は食べないんじゃない。やっぱり意地悪であんなこと言ってたのね。屑なんて言ってすまなかったわ、あんたやっぱりとうへんぼくよ」

「ああ、お前らが濃ゆいから、俺ぁもうお腹一杯だよ。お前さんも、いつもの元気が出た様で何よりだ。その方がからかい甲斐が有って良いぞ」

「どうもありがとう、長く苦しんでから死ねばいいのに」

「お前等からそう言う台詞が聞けるとは、新鮮味があって胃がいてえよ」

 

 あんなに泣いていた子がこんなにも元気に。やはり食事と言う物は、生き物にとっては欠かせない娯楽なのだろう。いささか元気になり過ぎて、暴言が胃に地味な鈍痛を走らせて来るのを感じる青年隊長であった。

 

「さて、全員食い終わったらそろそろ出発しよう。幸い敵は俺達を本気で狩りだそうとはしてないようだしな。今の内に想定のルートまで戻らせてもらおうじゃないか」

 

 際限なく緩みきった気分を切り替える為に、青年隊長は声色を改めて号令を掛ける。ここは敵地で今は作戦行動中なのだ、何時までも休んでばかりも居られない。

 さあ、張り切って任務に挑もうではないかと、青年隊長は頼り甲斐のある部下達を改めて見回した。

 

「りょふはいひまひた。もごもご……」

「うふふふっ、了解しました。ぶふっ、あはははっ!」

「……ん」

「そんな事、言われなくても解ってるわよ。いちいち偉そうにしないで、虫唾が走るから」

 

 ――やっぱり駄目かもしれない。

 部下達のラインナップに痛烈な悪意を感じて、青年隊長はキリキリと痛む胃を思わず服の上から押さえるのであった。只管に願うのは、手持ちの胃薬が切れる前に作戦よ終ってくれと言う願望だ。

 そして、改めて誓う。ここから生きて帰ったら、絶対にあの女に一発くれてやると。それだけが、今の青年の生き残る目的となっていた。

 




ガチガチのシリアスな戦記物を書きたいと始めた本作ですが、ついつい筆が乗ってほのぼのとしたシーンが出来上がってしまいました。
私は師匠と弟子君の話みたいなのが一番書きやすいんだなぁと痛感しました。
でも、きっちりと最後まで書き上げたいと思います。


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第五話『絶対命令権』

インフルで寝込んでおりました。
皆さんも感染にはお気をつけて。


 頭の上を弾丸が雨のように通り過ぎていく感覚は、何とも形容しがたい焦燥感と緊張感をない交ぜにした物を尻の方から背筋に這い上がらせて来る。身を隠している岩や土手も少しずつ削り取られ、パラパラと身体に降りかかるのが不快でたまらなかった。

 

「うへぇ……、超タバコ吸いてえ……。どーしてこーなった……」

「うるさいわね、今更悔やんでもどうにもならないわよ! 死にたくなかったら黙って頭下げてなさい、この馬鹿!」

 

 何故こんな事になってしまったのか。そんな後悔の念ばかりが押し寄せてくるが、思い返した所でどうなるという訳でも無い。それでも、それでもと青年隊長は思い返さずにはいられなかった。

 

 

 

 青年隊長とその仲間達は、順調に川辺近くに戻るルートを進行で来ていた。このまま何事も無く行軍できれば、もう少しで河川が見えてくるであろう。ムシムシした密林の不快な環境も、その周辺ならば少しはマシになるだろうと足取りにも力が入る。

 緋色の髪の索敵少女が敵の哨戒機を、その特異な耳で発見したのはそんな時だった。

 

「あはっ……、敵機補足。偵察機二機、ふふふっ……」

 

 敵の数は二機。箱型の胴体に四本の足を持つ例の偵察機だ。常ならば相手にせず、やり過ごすのが上策であっただろう。しかし、この発見した哨戒機達は、同じルートをひたすらうろうろするばかりでまったく立ち去ろうとはしなかったのだ。仕方なしに一行は排除する事を選択した。

 

「任せるぞ。逃がすなよ」

「当たり前じゃない。見てなさいよ、とうへんぼく」

「久々に出番が来ましたねぇ。まあやってみますよ、たいちょー」

 

 副隊長が狙撃で一体を仕留め、もう一方を斥候少女が近接戦で仕留める。青年隊長の指示に対して両者は沈黙のままに頷き、注文通りの結果を果たすべく動いた。

 

 一体目は副隊長の長大な対戦車ライフルからの弾丸で、正面から複合センサーを撃ち抜かれて動きを止める。二体目は同僚が動かなくなった事と遅れて届いた銃声にセンサーを向けた所で、木々を掻き分けて接近してきた斥候少女のマチェーテによって左側面の足を二つとも切断されていた。斬り裂かれた二体目は本体の装甲を開いて二門の機関砲を露出させるも、足が無くては狙いを定める事も出来ずに横倒しになってしまう。腹を見せて横転した二体目は、すかさず翻ったマチェーテが深々と腹腔に突き刺さり完全に沈黙する。

 ここが戦場でなければ、思わず拍手したくなるほどの鮮やかな手並みであった。

 

「よーし、良くやった。最初の方にも念の為、もう一発叩き込んでおけ」

「おーきーどーきー」

 

 副隊長も一機目の方にトドメを刺すべく、ロックを外した銃身を前方に押し出し戻すと言う独特な機構で次弾を装填させる。そして、狙いを定めたままのアイアンサイトを覗き込み、再びの発砲の為にトリガーに指を掛けた所で――

 沈黙していた一機目が突如起き上がり、方向転換もせずにそのまま後ろに向かって爆走して行った。

 

「あ……」

「…………。チョコレート一個没収」

 

 呆然とする副隊長に、自失から復帰した青年隊長が無慈悲に罰則を告げる。それを聞いた副隊長は無言のまま走り出して、逃走した敵機を猛然と追走するのであった。無表情だと言うのに、鬼気迫るとはこの事かと言うほどの迫力を醸し出しながら。

 

 放っておく訳にも行かないので、一行は逃げる敵と追走する副隊長を更に追いかける羽目になった。中でも足に自信のある斥候少女は、先を行く副隊長へ直ぐに追い付き並走する。むしろ追い越さんばかりの勢いだ。

 それを横目で確認した副隊長は、走りながらライフルを構えて不安定な姿勢ながらも強引に第二射を打ち放つ。放たれた弾丸は遥か先を行く四本脚の一本を吹き飛ばし転倒させる。

 その代償として副隊長も無理な射撃のせいでバランスを崩して転倒。それを飛び越える形で青年隊長が前に飛び出した。

 

「お前ら、そこの馬鹿を頼む!」

 

 背後から追走していた無口な少女と索敵少女に副隊長を任せて、青年隊長は先を行く斥候少女の背中を追って行く。彼女は転倒しつつも三本足で今だ賢明に逃げる敵偵察機を追い続けている。自分の足ならば追い付いて仕留められると確信しての行動だろう。

 だが、周囲の風景が次第に変わり始め、森林の密度が下がって行く。河川が近づき肌で感じる空気までが変わる。明らかに深追いをし過ぎていると、青年隊長は今の状況をそう判断した。

 

「姫ぇ! 深追いし過ぎだ! 戻れ!!」

「もう少しで追い付ける! 仕留めて見せるわ、見てなさい!」

 

 先を行く斥候少女の背中に声を掛けるが、彼女は目的達成を目前にした高揚感かそれに従う事は無い。むしろ、青年隊長が背後に居る事を意識した途端に、更に敵への執着心が強くなった様子すらある。

 恐らくは、いい所を見せたい故の功名心と言う物だろう。何だかんだと言っても、彼女も生まれた意味と言う物を本能で求めているのかも知れない。弾薬の節約の為か銃を使わず、近接戦で仕留めようとしてるのもその影響だろう。

 

 そして、逃走する元四足の箱が密林を飛びぬけて、斥候少女が同じ様に飛び出し追い縋る。小石だらけの川原に飛び出した二体は、着かず離れずの位置を維持したままで川縁まで差し迫った。

 それを離れた位置から見守っていた青年隊長は、そこで周囲の風景に違和感を覚える。周囲にある幾つかの大岩が、明らかになめらかな断面を見せていたからだ。自然環境で切り立った断面の岩が発生しないとは言わないが、等間隔に三つも配置されていると言うのは不自然極まりない。これは間違いなく、罠だ。

 

 青年隊長が状況を判断すると同時に、その予想を肯定するかのように不自然な岩が動き出す。無論のことそれは岩などでは無く、岩色の迷彩を施された偵察機よりも一回り大型の胴体を持つ重装四足の強化型歩行戦車だ。その全てが機体上部の装甲を開いて、機体の内側から無骨な四連装ガトリング砲を露出させる。人間どころかコッペリアでさえも数秒で血煙に変えてしまえる凶悪な兵装が、うかつにも罠に飛び込んだ斥候少女を取り囲む。

 

「姫に『命令』する。全力で俺の所まで戻れ!!」

 

 その状況を見届けていた青年隊長が取った行動は、ベストの左胸に取り付けていた通信機を使う事だった。それは小隊唯一の人間である指揮官のみが扱える取って置き。その通信機越しに発せられた『命令』は、彼女達の本能に訴えかけ絶対服従を強いる。それがたとえどんなに理不尽だろうとも、下された命令の為ならば彼女達は全力を尽くすのだ。

 文字通り、全身全霊を賭して。

 

 通信機越しの命令は直ぐ様に斥候少女の頭の中に仕込まれた受信機に届き、自分を取り囲む砲身に驚愕して硬直していた体を強引に突き動かす。急停止からの慣性を無視した後方への鋭い跳躍と、射線を惑わせるジグザグな軌道での疾走。彼女はまさしく目にも留まらぬ速度で青年隊長の身を隠した岩場までの撤退を成功させた。

 ただでさえ他の少女達を圧倒する脚力が、身体のリミッターを外された事で更なる飛躍を見せている。射撃準備の為にガトリング砲の銃身が空転を開始し、射撃が始まるまでの刹那の時間にそれを可能にさせて居た。

 

「っう、くぅぅぅぅ!! アンタ、それ使ったわね!?」

「しょうがねぇだろう。俺だってこんなもん使いたくなかったよ」

 

 無理な動きの代償は当然ある。肉体の限界を超えた駆動と無視してきた慣性は、彼女の肉体にその牙を容赦なく突き立てる。苛烈に襲い来る痛みに、彼女は顔を顰めてその場へと蹲ってしまう。強引な命令の代償は、彼女達の肉体を苛むのだ。肉体の損耗を考えれば三回も使えば命にも関わるだろう。

 痛みよりも何よりも絶対命令権を使われた事に怒りの視線を向けて来る銀髪の少女だが、青年隊長がそれを受け流している間に敵側の一斉掃射が始まった。

 

 

 

 そして、場面は冒頭へと繋がる。

 身を隠した岩をガリガリと削り取る弾丸の嵐と響き渡る一繋ぎになった銃砲音。一分間で三千発以上は弾丸を吐き出す殺戮兵器に狙われていると言うストレスで、青年隊長の胃痛も煙草への欲求もうなぎ上りに跳ねあがって行くばかりである。

 

「うへぇ……、超タバコ吸いてえ……。どーしてこーなった……」

「うるさいわね、今更悔やんでもどうにもならないわよ! 死にたくなかったら黙って頭下げてなさい、この馬鹿!」

 

 なぜこうなったのかと言えば、まあ大体は隣の少女のせいであるような気がする。だが、それを言えばきっとまた怒鳴られるのだろうと、青年隊長は言葉を飲み込みつつ状況打破の為に頭を回す。

 

 追い詰められてしまう前に小隊を分断できたのは、こちらにとって幸いだったかもしれない。もう暫く耐えていれば、追い付いてきた副隊長達が横合いから援護してくれる筈だ。

 そこで問題になるのは、二人を守ってくれている岩の耐久度であろう。今はまだ健気に耐えてくれているが、既に衝撃に耐えかねて無数の亀裂が青年隊長達の方にまで走ってきている。弾幕が激し過ぎてこれでは持って数分か。しかも、敵は掃射しながら徐々に位置を変えて、岩を包囲する様に射角を変え始めていた。このままでは直に、岩陰ではカバーしきれなくなってしまうだろう。

 

「おい、もっとこっちに寄れ。岩の陰から出たらその瞬間に持って行かれるぞ」

「ちょっ、馬鹿!? 近い、近いから!? っ~~~~~!!」

 

 いよいよ岩の側面が狭まり始め、それに背を預ける様にして座った青年隊長が斥候少女を引き寄せる。というか、殆ど抱き寄せている状態だ。少しでも被弾の可能性を減らす為の行為だったので、顔を赤くした斥候少女も暴れる訳にも行かずに腕の中に納まった。

 弾避けになるなら順番が違うとか、何で抱き寄せる形になるんだとか色々言いたい事はあるが言葉にならない様子である。大人しく青年の胸に寄り添っている辺り、むしろ満更でも無いのかも知れない。

 

 命懸けの状況で何やってんだと、突っ込みの様な銃声が響いたのはそんな時だった。

 それは先程も聞いたばかりの対戦車ライフルの発砲音。不意の狙撃にガトリングの掃射が止んで、立て続けにライフルの発砲音が代わりとばかりに響き渡る。ガコンガコンと岩色の多脚戦車の一体に連続して弾丸が命中し、その度にその大きな体躯が衝撃に揺れて踊らされた。

 青年隊長が密林側に目をやれば、残して来た三人の少女達が木々に身を隠しつつこちらに視線を向けているのが見える。待望の援軍の到着に、青年は思わず口元を笑みの形に歪めてしまう。流石は小隊の中で一番付き合いが長いだけはある、と。

 

「閃光投擲!!」

 

 叫ぶや否や、青年は岩陰に座り込んだままの姿勢でベストのグレネードホルダーから円筒状の物体を抜き出し、歯を使ってピンを引き抜いてから頭越しに背面へ放り投げた。それは放物線を描いて多脚戦車達の中央へと落ちて安全レバーが剥離。律儀に複合センサーを向けた戦車達の目前で炸裂して、周囲に強烈な閃光と爆音を撒き散らす。

 

 岩陰に隠れて直接光を目にしていない青年隊長ですら一瞬目が眩むほどの輝きを感じ、遠く離れた所では緋色の髪の索敵少女が両耳を押さえて頭を振っている。特別製の耳栓越しでも彼女の聴覚には、今の爆音はなかなか堪えたらしい。

 その閃光を目の前で喰らった多脚戦車達は、光学系のセンサーに異常をきたして周囲をキョロキョロと見まわし始めた。機械仕掛けの癖に、妙に生き物めいた動きをするモノだ。

 

「今だ、逃げるぞ! 副隊長達と合流してこのまま上流方向に向かう!」

「はぁっ!? 目が見えてないなら攻撃し放題じゃない。今直ぐ行ってぶっ壊して来てやるわよ!」

 

 目の眩んでいる間に行動しようとした矢先に、隊長とその部下で行動方針が分かれた。立て続けに失態が続いたので、斥候少女的にはそれを挽回しようと言うつもりなのだろう。だからと言って、予想し得る被害をそのまま享受する訳にも行かないので、青年隊長は暴走しがちな部下を言い含める事にした。可及的速やかに。

 

「ばっかオメー、カメラの焼き付きなんざ直ぐに対応されるに決まってんだろ! 蜂の巣になりたく無きゃさっさと離れるんだよ!」

「チッ、仕方ないわね。だったらもっと急ぎなさい! ぐずぐずしてんじゃないわよ、このとうへんぼく!」

 

 なんと言うか、どんどんつっけんどんな態度が強くなって行く斥候少女。あまりと言えばあまりな理不尽さに、青年隊長はほんのちょっぴりだがこの口調を強制する為に『命令』を使いたくなってしまう。青年隊長はドMでは無いので罵倒では喜べないのだ。

 だが、今はそれ処では無い。報復するかどうかは後に置いて、今は生き延びる事を優先するべきであろう。

 

 一度駆け出せば、やはり斥候少女は速い。あっと言う間に副隊長達の元に辿り着いて、油断なく銃器を構えて青年隊長を睨みつけている。置き去りにされた青年隊長の方はいい加減、走らされすぎて息が上がってきていると言うのに元気な物だ。

 とは言え、合流する為には走らねばならない。喉の奥に血の味を感じながら、怠くなってきた両足を更に突き動かした。

 

「隊長さん! 後ろ!!」

「馬鹿! 避けなさい!」

 

 すると唐突に、副隊長と斥候少女が鋭い叫びと共に銃を青年隊長へと向ける。否、正確にはその背後へと構えているのだが、誤射を恐れて引き金を引けないでいる様だ。

 釣られて青年が首だけで背後を仰ぎ見れば、そこには三本足になった偵察機の姿があった。元々センサーを壊されていた為に閃光手榴弾による混乱を避けられた様で、今は音を頼りに装甲の内側から競り出した二門の機関砲で青年隊長を背後から狙っている。偵察型の武装とはいえ、人間には回避するのすら困難な驚異だろう。

 

 ――くそっ、俺にも『命令』みたいな機能があればよかったのにな。

 青年の中で時間が加速され周囲の風景がゆっくりと流れている間に、頭の中だけでぼやいてみても状況は何一つ変わりはしない。隊員達の全てが密林側から身を乗り出して来ても、この距離では絶望的に間に合いはしないだろう。結局刹那の時間で出来る事など、自身の死を覚悟する程度の事しか無かった。

 

「あはっ……。あはははははははは!!!!」

 

 それまで黙していた索敵少女もまた、感情が笑い声となって発露する。変換されたのは驚愕だろうか、それとも人間を守り切れない事への恐怖だろうか。

 否、彼女の視線は青年隊長では無く、その頭上に向けられていた。青年隊長に頭上から迫り来る物があり、それが今背後から狙って来ている機関砲よりも驚異的であると言う事だろう。そして上から落ちて来る脅威と言えば、もう三度目なので想像に難くない。

 

 青年の背後で機関砲から盛大に銃弾がばらまかれ、上空から落ちてきた物が更に地面に墜落して激しく砂利を巻き上げる。続いて聞こえて来るのは、耳をつんざく様な鉄が滅茶苦茶に殴打される耳障りな悲鳴。後に残るのはせめて姿勢を低くしようと地面に飛び込んで這いつくばる青年隊長と、その彼に覆いかぶさる様にしてぬらりと姿を顕わにする赤錆の七本脚だった。崩落に巻き込まれ銃弾の嵐を受けても、その異形なる姿は健在で有る様だ。

 

 それは奇妙な邂逅であった。蜘蛛を思わせる複数のセンサーがじっと青年隊長を見つめ、青年隊長もまたそれを見つめ返して思わずゴクリと生唾を飲む。しかして、お互いに動く事は無く、触れ合ってしまえそうな距離で視線だけが互いを認識している。なによりも、敵対している筈の相手に命を助けられた形になった事に、青年隊長自身が一番動揺して魂を飛ばしているのだった。

 

「ぼーっとするな、このとうへんぼく!」

「隊長さん、撤退します。今は力を抜いて、身を任せてください」

 

 いつの間にか近づいて来ていた副隊長と斥候少女に両腕を左右から取られ、青年隊長は身体を引き摺る様にして密林側に引き寄せられて行く。それに合わせて射撃を止めていた重装の四脚達も再びガトリングの猛火を再開させ、必然的に間に居る七本脚へと弾丸が収束する。それまで大人しくしていた七本脚が、野獣の咆哮の様な駆動音を響かせて驚異の排除へと動き始めた。

 

 それは圧倒的と言うべき光景だっただろう。青年隊長を殺しかけた偵察機を前足での踏みつけで叩き潰し、がむしゃらに撃ち続ける重層型三機を次々とその巨体と器用な足で滅多打ちにしていく。文字通り動かなくなるまで殴り続けた後に始まるのは、以前にも見せ付けられた捕食行動だ。蜘蛛を思わせる頭部を無造作に近づけて、ジュルジュルと中身を吸い上げる。そして、今回はそれだけにとどまらず、吸いつくした残骸から部品を剥ぎ取って身体の下に持って行き、ボリボリゴリゴリと音を立てて咀嚼まで始めた。機体の下部に、燃料を吸い上げるのとはまた別の捕食口が有る様だ。

 

「はっ、ははっ……。はははははは……、何なんだよコレは……。まともじゃねぇだろ、ヒャハハハハハ!!」

 

 ずるずると引きずられながら、青年隊長は思わず笑ってしまっていた。色々な事があり過ぎて頭が破裂しそうだ。ただでさえ厄介な部下達に悩まされ、上司に無茶ぶりされて命懸けで足手纏いをしていると言うのに。自分が死にかけた直後に犠牲を出してまで足止めしたはずの怪物があっさり現れて、その存在に命を助けられた上に悪夢の様な共食いを見せ付けられたのだ。

 それがもう、無性に面白く思えて仕方が無かった。込み上げてくる笑いの衝動が思わず喉から溢れ出してしまう。これでは索敵少女にとやかく言えないと、青年隊長は冷静に考えつつ爆笑し続けるのであった。

 

「やっばいですね、たいちょーがぶっ壊れちゃいました。自分が笑い上戸になっちゃってますよ」

「ああもう、なさけないったら! 安全を確保したら水ぶっかけてでも元に戻すわよ!」

 

青年隊長を両側から抱え持つ少女二人は、遠慮容赦なく荒れた密林の中へと突入し彼の軍靴をごりごりと削らせる。事ここに至っては生存最優先で、多少の怪我にも目をつぶろうと言う方針だ。

 残りの二人と合流した所で青年隊長を一度下ろして、副隊長一人で隊長の体を首の後ろに通して両肩の上に担ぎ上げる。俗に消防夫搬送と呼ばれる担ぎ方だ。特に重さを苦ともせずに立ち上がり、自身の長大な銃もまたしっかりと保持していた。

 そうやって担ぎ上げてから先頭に立ち、副隊長の少女は仲間達に向かって臨時の指揮官として声を掛ける。

 

「アレが食事に夢中になっている間に、当初の予定通り川上に向かって前進します。各メンバーは事前に定められた職務に沿って、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変にフォローをお願いしますね」

「何だかよく分からないけど、とにかく私は何時も通り前に出ればいいのよね。だったら斥候は任せて、着いて来なさい!」

「あはははっ! あはっ、隊長も笑ってる! お、お揃い、あははははっ!」

「……ん」

 

 副隊長を中心に先頭を斥候少女が突き進み、左右をそれぞれ索敵少女と無口な少女が固めて一塊になって行動を開始。背後から今だに聞こえて来る咀嚼音から、一刻も早く遠ざかる為に安全な場所を求めて突き進む。

 副隊長が指揮が取れると言っても、それは所詮人間である青年の下した判断の焼き直しに過ぎない。人間に従うと言う枷がある限りは、大筋からは外れる事が出来ないからだ。

 やはり自分達には指揮官が必要だと、副隊長は痛感しつつも仲間達を伴って行軍を再開するのであった。

 

「まったく、あんまり情けない所を見せないで欲しいですね……。私達には貴方が必要なんですよ、たーいちょー?」

 

 肩にずっしりと感じる青年隊長の重みに向けて、副隊長は聞こえるとは思わずにそれでも囁いてしまう。その呟きが示すのは、紛れもなく彼女達の総意に違いなかった。

 




そろそろ話を畳みに入らねば。


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第六話『待ち望んだ目的地』

体調不良やら何やかやで遅くなってしまいました。
お待たせしたようなら申し訳ありません。


 戦場を俯瞰で見下ろすと言う行動は重要な要素である。同じ方向ばかりからの情報では偏りが出来てしまうし、視界を広く保つ事で盤面を多角的に観察する事が出来る。情報の多様性とはつまりそれだけ引き出しが増え、生き延びるための手段が増えると言う事に相違ない。

 だから彼女達は今、木に登っていた。それは日差しが中天を過ぎて暫し経ってからの事である。

 

「たーいちょー、見つけましたー。間違いなく人工の施設、恐らくは目標の兵器工場ですね。聞いてますか、お荷物たーいちょー?」

「聞こえてるよ、チョコジャンキー。やっとこさ見つかってくれたか。このピクニックも漸くと終わりが見えて来たな」

 

 熱帯雨林には珍しい太い幹を天高くまで伸ばした立派な樹木によじ登り、その枝の一つに腰かけて裸眼で周囲を観察する無表情な副隊長が声を上げる。それに応えるのは副隊長よりも低い部分の枝に腰かけて、双眼鏡を覗き込んでいるお荷物――仏頂面の青年隊長その人であった。

 副隊長がライフルのアイアンサイト越しに見つけた施設に双眼鏡を向けて、不機嫌そうだった口元をニヤリと笑みの形に歪めて見せている。

 

「あはっ、隊長機嫌治った、ね? うふふふっ!」

「……ん」

 

 その青年隊長の更に下には、ニコニコ笑顔の索敵少女と大荷物を背負う無口な少女がセットで木の枝に腰かけていた。二人の手には綺麗に四等分にされた板チョコが握られ、二人はそれをモクモクと静かに口に運んでいる。

 そしてそれを、無表情で横目に見る副隊長。その全身からは、表情には表れない濃密な不満の色が見て取れた。

 

「どうしたぁ、副隊長? 珍しく不機嫌そうじゃねぇか」

「気のせいじゃないですか、お荷物さん。私は何時でも、ニコニコ笑顔でご機嫌ですから」

 

 ピクリとも表情筋を動かさずに言ってのける副隊長だが、その視線はチラチラと咀嚼されるチョコレートに誘導されている。そう、その様子を一言で言い表すならば、すまし顔で『待て』をしているが尻尾だけはブンブンと振っている犬であろうか。

 この二人にしては非常に珍しい事ではあるが、ぴりぴりとした剣呑な雰囲気を纏いつつ言葉を交わしている。原因は言わずもがな、琥珀色の魅惑的な菓子のせいである。

 

「アンタ達、まだ夫婦喧嘩してた訳? いちゃつくのも結構だけど、目標が近づいて来たんだから気を引き締めなさいな、このとうへんぼくとチョコマニア」

 

 そんな状況で一触即発で居る隊長副隊長に対して、木の下から声を掛ける者が居た。それは銀の髪を持つ斥候少女で、その手にはやはり四分の一の板チョコが握られている。

 勿論それを見て、副隊長の不機嫌オーラはどす黒さを増す。顔色が変わらない代わりに、手に持つ銃がカタカタと震えだす程に力強く握り締められている。

 

「ははっ、顔色変わらねぇのにすげえ殺気だな。チョコレート一つ没収するって言っただろう? 姫の方は『命令』使っちまったから、お前さんにもなんか罰が無いと不公平なんだよ。解れ」

「理解はしましたが、納得はしてないだけです。あと別に、殺気出す程執着とかしてないですから。勘違いしないでよね、って奴ですよ。えーっと、このとーへんぽく?」

 

 何と言う事だ、ツンデレが増えてしまった。しかも、凄いやる気のない棒読みのツンデレ台詞。これはいけない、益体も無い。ついでに話も進まない。

 

「ツンデレは二人も要らねぇよ。なんか段々面倒臭くなってきたから、残念な方のツンデレに俺の分だけ返すわ。四分の三の没収にまけてやんよ」

「言うに事欠いて残念な方とは失礼な。大体、そんなちょっぴり返された位で私が満足するとでも――はむぅ!!」

 

 なんかもう、とても面倒臭くなった青年隊長は胸ポケットから銀紙に包まれた板チョコを取り出し、それを剥いてから無造作に上に向かって放り投げた。勢いあまって上に居る副隊長を通り過ぎ、落ちてきた所をパクッとお口でキャッチする副隊長。ぶつくさと文句は言っても、好物の魅力には抗えないと言う事だろう。

 もぐもぐと固くて溶けにくいチョコを咀嚼する為に、敵地である筈だった密林は実に静かになった。

 

「立派な方のツンデレさんは、周囲の探索を無事に済ませてくれたんだろうな?」

「当たり前じゃない。じゃなきゃ戻ってきたりしないわよ。それから、私にデレの成分を期待するとか、愚かしいにも程があるわよ」

 

 気を取り直した青年隊長が訊ねれば、打てば響く様な返答を斥候少女が繰り出して来る。一息で木の根元から青年隊長の座る枝まで跳躍し、すたりと降り立てば両手を腰に当てながらフンスと胸を張って見せた。そう、彼女はツンデレでは無くツンギレなのだ。デレが有ると思う事こそ愚の骨頂。

 そんな彼女が一人先立って偵察してきた結果解った事は、このままでは間違いなく敵の警戒網に引っかかると言う事だった。

 

「流石に敵の施設の近くね。機能してるんだかしてないんだか解らないぐらいの、馬鹿みたいな数の罠がごろごろしてるわ。引っかからない様に通ること自体は可能だけれど、お勧めはしないわね」

「一々解除して回ってたら周回偵察に見つかる、か。こりゃ正面から挑むのは無理そうだな。やっぱ元々の考え通りに、下水処理施設からの侵入を狙うとするか」

 

 斥候少女からの報告を聞いた青年隊長は、真っ直ぐに施設に向かう事を早々に断念。川辺から工場まで続いている筈の下水処理用施設からの侵入を決定する。他には正面突破での潜入や強行突入などの案があったが、どう考えても全滅する未来しか見えないのでこうしてわざわざ偵察まで出して周囲を探索していたのだ。

 ならば、最早する事は明白だろう。

 

「よし、総員傾注。補給と装備の点検が終わったら、勝手口から敵施設にお邪魔する。お隣さんの歓迎に遭っても恥ずかしくない様に、身だしなみはしっかり整えておけよ」

「はーい、たいちょー。お出迎えに対しての返礼は鉛玉でよろしいですか?」

「良きに計らえ。って言いたいところだが、基本的にはお行儀よくだ。総力戦になったら不利ってレベルじゃねぇからな」

 

 基本的な方針は潜入だが、ここまで来れば不軌遭遇戦は当たり前に起こりうる。もし敵勢力と遭遇すれば交戦は避けられないだろう。そのまま増援を呼ばれたら、工場施設と総力戦すらあり得るかもしれない。そうなれば、最悪の場合は全滅の可能性もあるだろう。

 青年隊長の任務はあくまでも工場施設の破壊ではあるが、人員の損耗は可能な限り避けたいと言うのが正直な所。彼の上司もそれを望んで居るので、むしろこの考え方は軍人的に外れていても彼らにとっては正しい事である。

 

「んじゃま、さっさと行ってお土産をばらまいて帰るとしますかね」

 

 青年隊長の声に全員の視線が無口な少女に集まり、彼女は背負っていた自身の身体に迫る程に大きな背嚢をこれ見よがしに背負い直して見せた。その中には、青年の言うお土産がぎっしりと詰まっているのだから。

 それから程なくして、一行は目的の下水処理施設を探す為に出発した。山ほどの土産を届ける為に。

 

 

 

 辿り着いた下水処理施設への入り口は、正確には下水の排出口だった。

 森の中にぽっかりと口を開けるコンクリート製のトンネルにおざなりな鉄格子がはまっており、その大きさは成人男性が悠々と出入りできる程に巨大さを誇っている。鉄格子の脇には出入りの為の格子戸が有るが、それは錆ついた太い鎖と南京錠で雁字搦めになって封鎖されていた。扉の奥は壁と同じ材質の足場が光の無い深淵へと伸びており、それは工場施設の方向に延々と伸びているのだろう。

 

「レトロに厳重なセキュリティだ事。誰かピッキングとか出来る奴いるか?」

「はい、はーい。これを使えば一瞬で開けられますよー」

 

 青年隊長が南京錠と鎖を眺めながら仲間達に問えば、それに副隊長が無表情のまま答えて手にしていた長大な銃器を仰々しく差し出して見せた。距離如何で鉄板を貫通する対戦車ライフルならば、確かに錆ついた鎖など簡単に切断する事だろう。

 それはもう盛大な轟音と共に。

 

「足の沢山生えたお巡りさんが来ちゃうから却下。仕方ない、ここは本職に任せよう。つー訳で、頼むわ無口さんや」

「……ん!」

 

 呼ばれて前に出たのは荷物運びに従事していた無口な少女。勢い込んでズズイと鎖だらけの格子戸に近づくと、彼女は太腿や腰のポーチから幾つかの部品を取り出し、慣れた手つきでガチャガチャと組み立て始める。

 そうして完成したのは、地雷の撤去や有刺鉄線の除去等に使われる大型の鋏であった。両手でそれぞれの柄を持って、バチンバチンと鉄製の鎖を針金の如く切断して行く。組み立ての速さもさることながら、その手際の良さはその場の全員が思わずオオと感心する程であった。

 作業が終われば大鋏は再び解体されてポーチに収まる。後に残るのは、フフンと得意げにする無口な少女ばかりだ。

 

「よっ、りゅうせきだね、ながれいしだね、さすがだね。んじゃ、こっそりとお邪魔させていただきますか」

「施設内だから罠よりも、むしろ監視カメラとセンサーが心配ね。出来る限り気を付けるから、皆私の通った所だけを通る様にして」

 

 斥候少女が何時ものように先頭に立ち、短機関銃を片手で構えながら慎重に格子戸を開け放つ。後に続く順番は今回は青年隊長と大荷物の運搬少女。そして背後を長物を持つ副隊長と、突撃銃を油断無く背後に構える索敵少女が並んで続く。

 幸いな事に傍らを汚水の川が流れる下水の足場は、人二人は楽に通り抜けられる広さがあった。更には鼻をつんざく様な異臭もあまり感じない為に、精神的に追い詰められる事も無く一行は暗闇の中を突き進む事が出来ている。

 先導役の斥候少女の目と経験を頼りにして、本格的な敵の施設への侵入が始まっていた。

 

「おかしい……、何も無さ過ぎるわ。ねえ、これって罠なんじゃないの? このまま進んでも大丈夫かしら?」

「んなもん、行ってみねぇと分かんねぇよ。この勝手口が例え罠だとしても、俺達のする事は変わらねぇんだからな。それとも何か? お姫様は不安だからお家に帰りたくなっちまったか?」

 

 先頭を行く斥候少女が前を向いたまま、愚痴とも不安とも取れない言葉を唇から滑らせる。それを拾った青年隊長としては、慰める意味も込めて敢えて突き放した言い方をするしかない。そう言う言い方をすれば、彼の知る限りでは前を行く少女は絶対に発奮するはずだからだ。

 

「なによ、そんな言い方しなくたって仕事はするわ。余計な気を回してんじゃないわよ、このとうへんぼく!」

「ははっ。そうそう、そうやって気を張っといてくれよお姫様。なんたってここじゃあ、笑い上戸は当てにできないんだからよ」

 

 音響効果の強い空間では音が反響して、正確に敵の位置を探ろうとしてもどうしても誤差が生まれてしまう。故に、この施設に入ってからの索敵少女は、その耳を期待されずに一番後ろで後方警戒に付いていた。青年隊長の言葉が聞こえたのか、心なしか身体を縮こまらせてクスクスと笑っている。笑いの感情しか表に出せない、彼女独特の落ち込み様であった。

 

「器用な落ち込み方してんじゃねぇよ。お前の出番は工場に着いてからなんだから、今はお姫様に任せて適度に休んでろや」

「あは、あははは……。りょ、了解……。えへへへ……」

 

 乱暴な慰めの言葉でも嬉しかったのか、無理のない笑顔ではにかんで見せる索敵少女。彼女達は基本的に役に立てる事が自己の保存に必要なので、あまり役立たずだと言い続けると無理にでも役に立とうとする危険があるのでフォローが欠かせない。

 それはそれとして、精神的に追い詰められていた過去を持つ索敵少女には、あまり負の感情を与えない方が青年隊長の胃にも優しいのである。

 

「……広い空間に出るわ。足元に気を付けなさい」

「総員警戒……。何が出ても良い様に、腹ぁ括っとけよ」

 

 傍目に汚水の川を眺めながら進む一行は、ついには通路を抜けて広々とした空間に出る事となった。それに合わせて足場も広がり、陣形が青年隊長を中心とした十字の隊形へと切り替わる。そのまま三秒間ほど一同が固まり、周囲に何も無い事を確認すると一先ず構えていた銃を下ろす。

 張り詰めていた胸の中の空気を吐き出したのは、中央に居た青年隊長だけだった。

 

「本当に何も居ねぇな。ここは下水の沈殿槽、位置的に最終沈殿槽か? それ程重要な施設って訳でも無いが、それでも無警戒ってのは気に入らねぇな」

「見張りの姿はともかくとして、この規模の施設に監視カメラの一つも無いってのは確かに違和感がありますね。どうしますたいちょー、このまま一気に奥まで行ってみますか?」

 

 他に工場へとたどり着く道が無い以上、元より引くと言う選択肢はない。副隊長の質問に対して、青年隊長は否とは言えなかった。どうせ今居るのは敵地なのだから、例え罠だろうと相手の喉元に迫れるなら行くしかないのが兵隊と言う物だ。

 

「……進むさ。んで、工場の責任者にセキュリティーを甘く見た事を後悔させてやろうぜ。職場を徹底的にぶっ壊してな」

「強制的に休日を謳歌させるなんて、たいちょーもなかなか粋な事を考えますね。そこに痺れもしないし、憧れもしませんが。だってお荷物になってましたしねー」

「やかましいわ。そう言う生意気なセリフは、ちったぁ表情筋を動かせるようになってから言いやがれ」

 

 実はまだまだチョコレートの事を根に持っていた副隊長、真顔のままで隊長に対して言葉の棘をぶつけて行く。付き合いが長い分この二人のやり取りは軽快で、流暢に飛び出す言葉の数々には何処か楽しむ様な響きもある。傍から聞いている分には、そのやり取りには微笑ましささえ感じるかもしれない。

 あくまでも、ここが敵地の真っただ中でなければ。

 

「それ以上いちゃつくと言うのなら、ここで隊を分けて二人っきりにしてあげるけど? どうせなら全部終わるまで、アンタ達二人で退路を守ってなさいな。ねえ、良い考えだと思わない?」

「「ハイ! いいえ! すいませんでした!」」

 

 物凄く鮮やかな笑顔で告げて来た斥候少女に対して、隊長と副隊長は共に直立不動に背筋を伸ばして謝罪していた。何故ならば彼女はとても綺麗な笑顔だったのに、その額にはくっきりと青筋が浮かんでいたから。ともすれば、トリガーもカタカタ鳴ると言う物だ。笑顔とは本来攻撃的な物とはいえ、多少大げさでも部下のメンタルは安定させておいた方が良いだろう。

 

 まるで軍人にあるまじき騒ぎ様の後に、青年隊長は大きく息を吐いて周囲を改めて見回す。その表情は先程までとは違い、緩さを排除したきりりと引き締まった物になっていた。

 

「これだけあからさまに油断して見せても何もなしか。どういう訳か知らんがだったら好都合だ、このまま施設の奥を目指して前進するぞ」

「了解。陣形はこのまま、こちらは油断せずに進みましょう」

 

 気持ちを切り替えた指揮官に合わせて、部下達も一人を除いて表情を引き締め周囲に銃口を向ける。言い出しっぺの副隊長は無表情だし、荷物を運搬する無口な少女に至っては銃すらない。なんとも締まらないが、気は引き締まっているので問題は無いだろう。

 

 そうして一行は、敵の気配も罠も無い処理施設を進んで行った。幾つかの沈殿槽と化学薬品処理の為の浄化槽を横目に見送って、役割ごとに分かれた施設内を闊歩していく。

 その途中で発見した事柄だが、罠や監視カメラを設置した痕跡は確かにあった。だが、それらは壁や床に痕だけを残して、綺麗さっぱりと取り外されていたのだ。理由はわからないが、施設が動いている以上は放棄された訳でも無いらしい。悩むだけ無駄だと判断して、次第に強くなって行く臭いから逃れる為に一同は行軍を再開する。

 

 そして最終的に辿り着いたのは巨大な排水パイプが埋まる壁と、恐らくは地上に向けて垂直に伸びる金属製の梯子が一つ。どうやらここが、この施設で歩いて行ける最深部の様だ。

 梯子を上る順番は斥候少女が先頭なのは当然として、地上に出るのを見越して索敵少女がそれに続く。青年隊長は真ん中で、大荷物の無口な少女を先に行かせて副隊長は相変わらず殿を務める。

 ちなみに全員色気の無いズボン姿なので、登る為に見上げる形になる青年隊長的にも一安心だ。

 

「皆止まって、ハッチまでたどり着いたわ。罠に警戒するけどいざとなったら、私達二人を盾にしてでも生き残るのよ?」

「例え罠があっても何とかしてくれるって信じてるよ、お姫様。良いから俺に、お前らのケツ以外の光景を早く見せてくれ。色気もねぇのにフリフリされてっと、気の毒で心が痛くなるんだよ」

「セクハラの制裁は後にしといて上げるわ、このとうへんぼく」

 

 長い長い梯子を登り切ると、突き当りにはコンクリート製のハッチの様な物があった。それを前にしてひと悶着あったが、幸いな事に笑い上戸が片手で尻を隠しながらモジモジする程度で済んだらしい。後回しになった制裁が気になる所だが、青年隊長はそれ以上は言葉にせず手振りで先に進む様に指示を出す。

 

 本来ならば数人がかりでないと動きそうも無い重たげなハッチを、斥候少女は片手で持ち上げゆっくりゆっくりと隙間を広げて行く。作られた隙間からは赤く染まった光が零れ、地上がすでに黄昏時だと言う事を伝えて来る。その光に負けない様に目を細めて、斥候少女は周囲の情報を真剣に探って行った。

 

「見える範囲に罠は無い……。持ち上げた感触でも、蓋の上に振動センサーも無いわね。このまま外に出て警戒に移るわ」

「おう、全員出るまで頑張ってくれ。発砲は自身の判断で構わん」

 

 青年が言うが早いか、斥候少女はハッチの蓋を跳ね開けて表に飛び出して行く。そのすぐ後を索敵少女が追って、その尻を見上げていた青年隊長もまた残りの梯子を登る。恐る恐る顔を出してみれば、油断無く銃を構える少女二人が見えた。下を詰まらせる訳にも行かないので、地面に開けられた四角い穴から這い出して周囲を睥睨する。人影も無く夕闇に飲み込まれてはいたが、そこは確かに幾つかの人工の建築物が立ち並ぶ工場施設であった。一行が這い出て来たのは、その高い塀で囲まれた施設の中にあるひらけた駐車場のような場所である。

 彼らはついに、待ち望んでいた場所に辿り着いたのだ。

 

「御勝手口から、お邪魔します。さて、いきなりお土産を配りに行くか、工場長ご挨拶に伺うか迷う所だが……」

 

 青年隊長の言葉に合わせる様にして、ゆっくりと密林の果てに夕日が沈んで行く。暗くなった工場施設は投光器が灯り、光が強く眩くなる程に陰影を深めてくれる。奇しくも敵側の設備によって作り上げられた、潜入にはもってこいの夜だった。

 そして、投光器以外に工場施設に明かりが点かない事にも気が付き、隊員達が見守る中で青年隊長の中で行動方針が固まる。

 

「……ちょっと聞きたい事があるから、まずは工場長を探し出して丁寧に挨拶させてもらおうかね」

 

 漸く手の届く範囲にやって来た獲物に対して、舌なめずりする様にして青年隊長は方針を告げる。それに呼応した部下達は、それに対して声無く頷き各々の装備を改めて構えた。彼女達は青年隊長の指針には逆らわず、生まれて来た本分を全うする為にただ従うのみである。

 そうして、機械の虫を操る工場長様にご挨拶するべく、一行は工場の制御室を制圧する為に行動を開始した。

 




集中力が全然出なくて困ります。
次回は色々な情報が開示できそうですので、不定期でもよければお楽しみに。


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第七話『出会い』

五か月ぶりの更新で申し訳ありません。
待っていて下さった方が居ましたら大変お待たせしました。


 その工場施設の規模は、はっきり言ってそれなりに大きな物だった。

 事務用の職場と宿泊施設を兼ねた建造物が一棟と、物資搬入場が隣接した貯蔵庫が一棟。そして、敷地の半分以上を占める資材加工と組み立て用の巨大な箱が一棟在る。密林を切り開いて建てたにしては中々の充実ぶりだろう。

 

 工場施設は野ざらしでは無く、防壁のつもりなのかコンクリート塀で四角く覆われている。そしてその上には有刺鉄線が巻かれており、塀の外側を六本足の多脚戦車が何台も巡回しているのだ。六本足は一世代前とは言え主戦力だった高性能機で、警備に使うにしても過剰が過ぎると言う物である。 

 

 だと言うのに、暗闇の中その工場はまったく音を立てずに沈黙している。煌々と光っているのは建物の屋上から投射される投光器の光だけで、三棟の建物には一筋の明かりも灯ってはいない。その上、表をガチャガチャと警備している多脚戦車は居ると言うのに、工場施設の中には人っ子一人居ないと来ている。

 この施設を爆破しろと言われてきた身としては、この無防備な現状は不気味この上ないと言う物だった。

 

「うーん、不可解ですね。資材や設備はあって機械類もある程度自動で動いていると言うのに、そのほかには警備用の多脚戦車や作業用ドローンの姿も見当たらないなんて。たーいちょー、やっぱりこれって敵側の欺瞞施設だったんじゃないですかー?」

「もし欺瞞だとしても、証拠を掴まないと次に行く訳にも行かんだろう。この施設は設備が整い過ぎているし、何より塀の向こう側の警備が大げさ過ぎる。だってのに、無警戒の侵入口がまともに塞がれていなかったのもおかしい」

 

 無表情な副隊長のぼやきに対して、青年隊長は気だるげな表情でそれでもしっかりと返答する。そんな間にも彼は目を通していたファイルケースを床に落とし、壁際に設置された本棚からまた新しい物を取り出していた。

 現在、一行は事務棟の中で見つけた所長室と思わしき部屋に集まり、大胆にも部屋をひっくり返す様にして荒らしている。いわゆる家探しと言う奴だが、その行動もあまり成果が出ていない。この部屋も他の部屋も、調度品はあっても重要度の高い書類などはまったく見つからないのだ。

 もしかしたらこの作業自体が徒労かも知れない。そう思うと余計にやるせない気持ちになると言う物である。

 

「箱の中にはきっちりと中身が詰まっているのに、こんなに簡単に侵入を許しちまっている。少なくともその矛盾を解明するまでは、ここをダミーだと判断する訳には行かんのよ」

「何だか面倒臭いですねぇ、ボカンと一発で終わらせてくれればいいのに。まあ、たいちょーの方針なら従うだけなんですけどね」

 

 だったら黙って働いてくださいよ。そうは思っても口にはしない青年隊長。面倒臭いと思っているのは彼も一緒なのである。無論、そんな怠惰を許さない存在が近くにいるのではあるが。

 

「はいはい、雑談はそれぐらいにして手を動かしなさいな。幾ら敵の姿が無いからって油断し過ぎよ、このとうへんぼくと鉄面皮」

「はいはい、委員長は真面目だねぇ。――ああ、ちゃんと手と目は動かしてるからそう睨むなって。おいお前ら、馬鹿正直に重要そうな書類なんぞ探すなよ。日記とかメモ書きとか、プライベートなもんが狙い目だぞ」

 

 口調を真似て返すと冷ややかに睨みつけて来たのは銀髪ツーサイドの斥候少女。プリプリと言うよりはツンツンと怒って、彼女もまた無数にあるファイルに黙々と目を通していた。その隣では大荷物を背負う無口な少女もまた、同じ様にファイルケースを開いて読みふけっている。こちらはずいぶんと真面目さんが揃った物だ。

 そして、もう一人の隊員はと言うと――

 

「笑い上戸、なんか聞こえたら言えよ? 話し声でも落下物の音でも何でもいいからな。っていうか、お前なんか落ち込んでねぇ?」

「あはっ……、き、聞こえない……。あ、あれ五月蠅くて何にも聞こえない……。くふっ、うふふふっ!」

 

 感情の発露が笑いでしか表現できない索敵少女は、窓際で外を覗きながら黄昏ていた。地下では音響効果のせいで役に立たず、地上に上がってからはまともに敵がおらずに出番も無い。その上、騒音のせいで今はその音すら聞き分けられないと来たら、思わず笑いながら落ち込んでしまうのも仕方のない事だろう。

 

「五月蠅いってなにが……? ああ、あれ? あの地面から生えてる排気ダクト? 三つ並んでるでけーの?」

「う、うん……。アレのせいで周りの音何にも聞こえなくなってて役に立てない。あはっ、あははははっ!」

 

 自虐的な言葉と共に漏れ出す笑い声。それは彼女の感情が強く高ぶっている事に他ならない。強い悲しみを覚えているからこそ、彼女の笑い声は大きくなってしまうのだ。

 そんな彼女に対して、ほっとく訳にも行かずに青年隊長は手を止めて歩み寄る。ヘッドホンを付けた彼女の赤髪を無造作に撫でてやりながら、青年隊長は同じ様に窓越しの景色を眺めて騒音の原因を一緒に眺めた。

 確かに大きな音を立てて排気をしそうな金属製の排気口である。その大きさは施設の規模に見合うどころか、少し大きめの様に見えなくもない。フェンスの取り付けられたその排気口は多脚戦車が悠々入り込めそうなほどでかいのだから、耳の良い彼女にとってはこれはもうさぞかし喧しいに違いないだろう。

 

「……なあお前等。今までの施設の中で、動力炉って見かけた奴は居るか?」

 

 青年の唐突な質問に帰って来るのは否定の沈黙。当然だろう、青年隊長も含めて全員一緒に行動していたのだから。全員から例外なく『何言ってんだこいつ』と言った目を向けられた彼は、読み飽きてしまったファイルを床に落として勿体ぶった風に口を開いた。

 

「お行儀よく読書してるのにも飽きただろう? あのクソうるせぇ排気ダクトの先に在るもん探すのと、この部屋のファイル全部に目を通すのとどっちが――」

「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!」

 

 そんな青年の最後まで言わせずに、斥候少女が肩を怒らせながらズイズイと近寄って来る。すわ真面目な委員長を怒らせてしまったかと思われたが、彼女は手にしていたファイルを投げ捨てて青年隊長の手を取った。

 

「こんな所で燻ってる場合じゃないわよ。そう言う提案はさっさとしないさいよね、このとうへんぼく!」

 

 どうやら真面目ぶっていただけで彼女も読書には飽き飽きしていたらしい。握った手をぐいぐいと引っ張って、青年隊長を部屋の外へと連れ出そうとし始める。そしてその背中を大荷物を背負った少女が文字通り無言で押して退室を急かした。ここにもまた、密かにうんざりしていた者が居た様だ。

 無論のこと、索敵少女も副隊長もその提案に異論を挟む事は無い。彼女等だって部屋に閉じこもっているのには、正直飽き飽きだったのだから。

 

 かくして、一同は地下にあるであろう動力室を探すべく行動を開始するのであった。勿論、ぐちゃぐちゃに荒らされた部屋は放置して。諸行無常、極まれり。

 

 

 結論から言えば、地下施設はあっさりと見つかった。ファイルを漁っていた執務室のある事務棟から地下へ行く方法が無いかと探してみれば、あっさりと地下へ続く階段を発見できたからだ。

 その階段は乱雑に物が積まれて塞がってはいたが、身体を動かしたくてしょうがなかった少女達によりあっと言う間に通れるように整えられてしまった。そして階下へと下れば、そこにはご立派な観音開きの鉄扉が見えて来る。

 

「……意外と、ノックしたら返事とかするんじゃねぇか?」

「では試してみましょう」

 

 冗談めかして青年体調が言ってみれば、無表情の副隊長が即座に鉄扉を二回ノックする。しんと静まり返った夜の建物内に、ゴンゴンと派手な音が響き渡って行った。

 この唐突な行動に扉の前で棒立ちしていた一同がぎょっとして、大慌てで副隊長以外の面子が唯一の人間である青年隊長の前へと庇い出る。一秒二秒とそのまま時が過ぎて、何のリアクションも無いのが分かると副隊長以外の面々はほっと溜めていた息を吐いた。

 

「……どうやら留守の様で――あ痛っ!」

「敵地に居るのに本当にやるんじゃねぇよ」

 

 副隊長のヘルメット越しに、青年隊長の愛の籠ったチョップが叩き込まれた。表情は全く変わらなかったが、ヘルメット越しに叩かれた場所を擦る辺り案外ビックリしたのかも知れない。ビックリしたのはこっちだよとは、その場の他の全員が思った事である。

 

 気を取り直して、一同は改めて鉄扉へと対峙した。内部への侵入を試みる事にした青年隊長の指示で、斥候少女が分厚い鉄扉を慎重に押し開けて行く。彼女はなるべくゆっくりと開けようとしていると言うのに、それに反して鉄扉は自らの重さを示すよにゴゴゴゴと耳障りな音で鳴いていた。

 

「開いたわ……。中はアンタが何とか視認できる程度の暗さね。罠を警戒しながら進むから、なるべく離れてついて来て」

「了解だ、お姫様。俺の首が吹き飛ばない仕事ぶりを頼むわ」

「二つの意味で?」

「二つの意味で」

 

 隊長と部下の息の合ったジョークからの乾いた笑いが炸裂。ブラックすぎるジョークは戦場のたしなみと言う物だろう。

 当然と言う態で鼻を鳴らし、斥候少女は鉄扉の隙間に身を滑り込ませる。残りの面々もその後に続いて――運搬少女だけは背中の大荷物に苦労しつつ――やや距離を離してついて行く。

 

 入り込んだ地下施設の最初の光景は、薄暗い廊下が奥まで続く様子であった。地上部分も確かに暗かったが、星灯りすらない状況ではさらに暗い。辛うじて目が見えているのは、床の隅に淡くほのめいて列を作っている非常灯のおかげだ。

 

 そんな常人には見通しも怪しい薄暗闇の中を、短機関銃を片手に構えた斥候少女がゆっくりと進んで行く。周囲の罠や奇襲を警戒しつつも、その進行には迷いも淀みもない。己が職務を堅実に果たそうとする、彼女の心の内が現れている挙動であった。

 

 実に頼もしい背中なのでその下の臀部が動きに合わせて左右に揺れている事については、からかう様な発言を控えようと青年隊長は密かに決意。眺めるのもからかうのも魅力的だが、それが原因で窮地に陥れば目も当てられないので我慢である。

 

 真面目な状況で緊張している時ほど馬鹿な事が頭に浮かぶ。そんな病に青年隊長が悩まされていると、先頭を行く斥候少女が長い廊下の途中に開きかけの扉を見つけた。

 

 先導する少女はすかさず罠が無いかを確認に掛かり、慎重に近づいてから壁に背中を付けて身を隠しつつそっと中を覗き込む。そして背後に居る一堂に顔を向けて、声を潜めたままコクリと一つ頷いて見せる。罠は無いとなれば、あとは目視で内部を確認するのみであろう。

 本来なら内部の音を索敵少女に探らせたい所ではあるが、施設内の地下ともあればやはり彼女の耳は当てにし過ぎるには危険だ。そう判断を下した上官の意を酌んだ隊員達は、なだれ込む様にして跳ね開けられた扉の中へと突入した。

 

 一糸乱れぬ身のこなしで室内に扇状に展開し、室内に向けて各々の手に持つ銃を差し向ける。そのうちの一人は丸腰ではあるが、青年隊長の前に大荷物を背負ったまま立ちふさがり自身の体を盾にする意気込みを見せていた。守られている隊長自信は銃すら抜いていない。肩の通信機を手にして、不測の事態に備えているのだ。

 

 飛び込んだ室内は元々オフィスとして使われていたのだろう、幾つもの事務机が並ぶ雑然とした様相であった。ドアを開けられた事により舞い上がった埃がゆっくりと落ちて行くばかりで、一見すると他に何も無いように見える。

 

「あは……、場所は分からないけど居る……。不規則な機械音……、くふっ、してる……」

「だ、そうだ。どうやら隠れていても無駄みたいだし、ここは一つさっさと出てきた方がいいんじゃねーの?」

 

 返答が返ってくるとは思わずに発した言葉ではあったが、案の定声が返って来る事は無くシンと静寂が漂った。どうやら、自主的に顔を見せてくれる積もりは無いらしい。

 そうであれば仕方がないだろうと言う事で、青年隊長は唇の端を吊り上げながら大げさにため息を吐く。

 

「じゃあ、しかたねーから部屋ごと爆破するか。お前等、この部屋に爆弾一個仕掛けてから、外から扉を封鎖するぞ」

 

 そして言い放った青年の言葉には、ガタガタガタっと盛大に反応が有った。室内から明らかに動揺した気配が伝わって来て、事務机から置きっぱなしだった本やファイルケースが落ちて更に埃を盛大に舞い上げさせた。

 

 そんな事はお構いなしとばかりに、今まで荷物を背負うばかりだった無口な少女がいそいそと荷物を下ろして中身を探り始める。只管荷物持ちに徹していた為か、完全にウキウキとしながら背嚢に手を突っ込んでいらっしゃる。そうして取り出したのは金属製の円筒状の物体で、その円筒が幾つか纏めて束ねられさらに制御装置からコードが伸びて絡み付いていた。

 そう、みんな大好きダイナマイトである。

 

「こいつは骨董品の手持ち火器とは違って、湿地帯でも使える様に金を掛けた電気信管式だ。爆発力もお値段の分お墨付きで、こんな部屋ぐらいならこいつ一つですっきりクリアリングってなもんよ。んじゃまぁ、早速設置して――」

「『ま、待て! 解った、出て行く! 姿を見せるから待ってくれ!!』」

 

 する必要のない説明を仰々しく一席ぶった甲斐もあり、青年隊長の言葉を遮る様にして室内に異質な声が響いた。状況的に切羽詰まった様子の成人男性の声なのだが、その声の質は不自然なほどに濁りくぐもっている。まるで機械に通したかのように。

 この時点で全員の銃口が声のした方に向けられ、トリガーにしっかりと指が掛けられる。全員機械にはいい思い出が無いゆえに、青年隊長もまた見慣れた姿が視界に入れば迷いなく攻撃を命じるだろう。

 その気配を察したのか、再び室内にくぐもった機械音声が響き渡った。

 

「『あらかじめ言っておくが、私は人間だ。例えどんな姿をしていようとも人間なんだ。それだけは忘れないでくれ……』」

 

 そう宣言して、声の主は姿を現す。事務机の陰からゆっくりと立ち上がり、両手を上げたモノは確かに人の形をしていた。それは間違いなく人の形をした、人間の輪郭を模っただけの――金属の塊だったのだ。

 

「…………全員武器はそのまま、指示があるまで絶対に撃つな」

「『ふっ……、問答無用で撃たれなかっただけでも行幸だな……。ありがとう、感謝しておくよ』」

 

 青年隊長は殺気立つ部下達を押さえ、それを見た人型は両手を上げたままでシニカルに肩を竦めて見せた。到底人間には見えないと言うのに、その所作にはやけに人間臭さがある。下手をすると、青年隊長の引き連れる部下達よりも余程に。

 出会ってしまった以上は、互いを知りうる努力はしなくてはならないだろう。どんな姿をしていても、言葉が通じるなら情報収集は義務なのだから。

 

 密林の奥の工場の、そのまた地下深くでの奇妙な邂逅。これが吉と出るか凶と出るかは、この場に居る者達にはまだわからない。

 




続きはこれから順次書いていく予定です。


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第八話『鉄の体に残る物』

おかしい。この話は女の子に囲まれてキャッキャウフフする話だった筈では……。


「それで、自称人間さんはどうしてこんな所に居るのか教えていただいてもよろしいかな? 出来ればうちの部下共が暴発する前に答えていただけると嬉しいんだが」

「『……物騒な事だな、いつもそうなのか? 少なくとも、アンタ本人は冷静そうで助かっているよ』」

 

 ピリピリとした空気を放つ部下達と、得体のしれない金属製の人型に挟まれ感じる圧迫感。偶発的な出会いと言えども、敵地であればお互いに警戒を解く訳には行かないのが常である。まずはお互いに自己紹介、などと呑気な雰囲気には程遠い。 

 

「俺の部下は敏感で繊細なんだ、あんまり挑発しないでくれよ。アンタの体積が鉛弾で増えたり減ったりしても、俺は責任は取らないぜ」

「『ふふっ、それは怖いな。なあ、タバコを吸わせてくれとは言わない。せめて、椅子に座っても良いかな。話をするにしても、立ちっぱなしだと疲れてしまうだろう?』」

 

 だと言うのに、目の前の自称人間の飄々とした態度は何だろうか。複数の銃口に狙われていると言うのに、余裕すら見せて言葉を紡いでいる。これが演技であるとすれば、たいした度胸の持ち主と言わざるを得ない。

 

「椅子に座るなら机から離して、両手は下ろしても良いが見える位置に頼む。それから、銃口を下げるつもりはさらさらないから、もし次に要求しようと思っていたら諦めてくれ」

「『頭さえ撃たないでいてくれれば、お好きにどうぞ。それにしても、お嬢ちゃん方は殺気立っているのに、指揮官殿だけ随分と冷静だな。ま、おかげで助かっているとも言えるのだがね』」

 

 太々しいと言うよりも、飄々とした態度で事務机の下から椅子を引いてきてどっかりと座る鉄の人型。改めてその体を見て見れば、ただの金属の塊と言う訳では無く無骨ながらも機能美を見せる金属フレームが組み合わされ、剥き出しの駆動系や機関部がまるで筋線維や内臓の様にはめ込まれているのが分かった。言うなれば、金属でできた人体標本。何処をどう見ても、人間を自称するには無理があると言う物だろう。

 なお響いて聞こえる機械音声は、なかなかの渋さをもった男性の声である。その為、性別は青年隊長と同じ男性であるのは間違いないだろう。

 

「『そんなにじろじろと眺めて、俺の体に興味津々の様だな。なんだい、せっかく女に取り囲まれているのに、アンタそういう趣味なのか?』」

「生憎、女の顔は見飽きてるが男に欲情する程じゃねぇよ。よーし、ウィットなジョークで場も暖まった所だし、いくつか質問をさせてもらいたいんだがよろしいかな。因みに拒否権はあるようで無いでーす」

 

 正直こう言う馬鹿話は嫌いではない青年隊長ではあるが、悲しいかなここは無駄話が許されざる敵地である。自身の仕事を思い出して何とか誘惑を跳ね除け、話を先に進めるべく頭の中身を切り替えた。

 まず問いただすべき事は、目の前の存在が一体何なのかであろう。

 

「改めて聞かせてもらう。ぶっちゃけ、まったく人間に見えないお前さんは一体全体何者で、何の目的があってこんな所に閉じ込められていたのか教えてくれないかな。そうでなけりゃ、いつまでたっても部下達に銃を下ろさせてやれないんだが」

「『自分自身が何者なのか、か。中々哲学的な事を聞くじゃないか。ふふっ、そう怖い顔で睨まないでくれお嬢さん方。そういう意味で聞いた訳じゃないのは解っているが、まともに会話をするのは久しぶりなんだ。ジョークの一つや二つは許してほしいな』」

 

 例え姿は違っても同性故なのか、打てば響く様な言葉の応酬が小気味いい。本当に、今が作戦中であることが悔やまれる。それはそれとして、続きを促す為に青年隊長は無言のままに顎をしゃくって続きを促した。

 最も、目的はともかくとしてその正体についてはある程度推論が出てはいるのだが。

 

「『つれないねぇ……、まあ良いだろう。お察しの通り、俺は生身の人間ではない。体を機械と入れ替えたハイブリッドさ。脳まで電脳化した完全義体の機械人間って奴だ。職業は、この工場での兵器開発の責任者をやっていたよ』」

「やっぱりな。って事は、地上が何であんな惨状になったのかは詳しく知っているんだろう。洗いざらい吐いてもらおうじゃねぇの」

 

 相手の立場が責任者とあれば是非もない。全て余さず情報を引き抜く為に、この会話は弾ませなければならないだろう。言うなれば、今から始まるのは言葉での戦闘だ。こればかりは、意思決定権の無い少女等には任せられない大事な戦いである。

 

「『吐こうにも胃袋は残念ながら搭載されていない――って、冗談だよジョーダン。おい、この女の子達ピリピリし過ぎじゃないのか。糖分取らせてないんじゃないか?』」

「それだけは無い。絶対に、無いんだ……」

「『お、おう……?』」

 

 軽口での主導権を取りに来た動きを、心の底からの切ない否定でいなしてとりあえずは先制を取る事に成功。そして、ここからは本格的に情報を抜き取って行く淡々とした作業が開始される。

 

 ……などと威勢よく挑んでは見たが、何の事も無く情報収集は順調に進んだ。さもありなん、機械人間本人が話たがったからである。本人的には小粋なジョークのつもりだろう軽口を交えながら、青年隊長が驚愕する程の事実をさえずってくれた。

 

「自己修復する新型の多脚戦車だと?」

「『そう、他の多脚戦車や機械類を取り込んで、自身の武装を増設したり破損個所を修復したり出来る優れ物として作ったんだ。こいつが前線に投入されれば、半永久的に戦い続けられる究極の兵器になる筈だった』」

 

 そう、筈だったのだ。彼の口から語られたのは自らの偉業――その果てに生まれた怪物の話であった。研究主任としてこの前線基地を兼ねた兵器工場に着任し、兵器の整備と量産を監督しつつ自らの理論を組み込んだ兵器を開発していたのだと言う。そして、その新兵器の為に、この基地は壊滅的な打撃を受けたのだと言う事も同じ口で語る。

 

「『参ったよ。他の多脚戦車では起きなかった事なのに、どういう訳か俺達の作り上げた新型は敵味方の区別がつかなかったんだ。一番最初の起動試験の時に、よりによって奴は俺の同僚を捕食しやがった。人間を守る為に作ったはずなのに、生まれて最初に殺したのが人間だったんだ』」

「はっ……。自分の生み出した物に、人間扱いされなかったって事か」

 

 最初の犠牲者もまた完全義体の機械人間だった。人を守れと命じられた新兵器は、彼らを人間とはみなさず部品として喰らったのだ。新兵器に搭載されたAIは、人と言う物を電子頭脳には見出さなかったと言う事なのだろう。

 おどけたように話を続ける目の前の機械人間の声色に、どこか自嘲めいた色がある事に青年隊長は気が付いていた。たとえその身を全て機械に置き換えても、魂は変わらずに在ると思っていた者達には厳しい現実であったようだ。

 

「『突然暴れ始めたあいつを破棄する為に戦闘したが、奴は戦闘中でも部品を捕食して回復し続けやがった。ソフトはともかく、ハードはやはり優秀だったんだ。皮肉な事に……、な』」

「恐らくだが、その悪食には心当たりがある。俺達がここに来るまでに遭遇した赤錆だらけの七本脚が件の怪物だろう。特徴的と行動に一致する部分がある。変な行動をしているとは思ったが、やはりアイツの目当ては俺だったんだな」

 

 青年隊長達が密林地帯で追いかけ回された赤錆の七本脚。あのしつこい鋼鉄の怪物は、青年隊長を助けるべき人間と見定めて付け狙っていた様だ。幾つかの違和感もあるが、それは話し合いを進めるうちに一つずつ解消していくことになる。

 

「『七本脚と言う事は、一本欠落した後に再生しなかったのか。やはり長期的な運用では何らかのエラーが発生するようだな。本来ならじっくりと試験運用をする筈だったのだが、この手で整備できないのが本当に残念だよ』」

「はあ、甲殻類の脱皮の失敗みてぇなもんか。武装や燃料は補給出来ていたようだから、再生能力だけに異常が起きたんだろうな。アンタにとっては複雑だろうが、俺達には不幸中の幸いって奴だ」

 

 永遠に完璧であり続けるものなど無い。人の作り出した物であればなおさらであろう。件の怪物が機能不全を起こしていると言うのならば、それは勝機が増えると言う事に他ならない。それが分かっただけでも、この情報交換は有意義と言えるだろう。

 

「『お嬢ちゃん達が保護対象には見られず、むしろ積極的に殺されそうになったのは人間じゃない事を知っていたからさ。ウィード――ああ失礼、コッペリアだったか。人形遣いとその配下には、うちの製品たちは色々世話になってるからな。見分けが付くくらいのデータは入っているのさ』」

「ウィード、雑草ねぇ。ひとの部下に素敵なあだ名をつけてくれるじゃないの。こいつらと俺はいろいろと違うところが多いらしいから、その辺りを計測した数値で判断してんだろうな」

 

 生身の人間で在るのは実質的に青年隊長だけ。であれば、機械人間を人間と定義しない七本脚が、彼だけに執着すると言うのもさもありなん。付け狙われる側としては、たまったものではない話だが。

 

「めんどくせぇもん作ってくれたな」

「『アンタらには言われたくないな』」

 

 機械類があれば半永久的に暴れ続ける化け物と、低コストで雑草の様に増え続ける化け物。どちらの方が性質が悪いかなど、どっちもどっちと言って切り捨てるしかない話題であろう。

 そうして、突発的な会談はいよいよ核心へと迫って行く。

 

「で、お前さんはどうしてこんなにぺらぺらと事情を説明する気になったんだ? 媚びを売るにしても、見返りを求めるのが当然だろう。命乞いにしちゃアンタ冷静すぎるしな」

「『そちらから切り出してくれるとは話が早い。なに、ちょっと亡命先になって欲しいだけなんだ。こんな所で埃を被っているのも、流石に飽いてしまったのでね』」

 

 筆記用具を貸してくれと言う様な気軽さで、自身の生まれた国を捨てたいと宣う目の前の鉄人。その割りきりの良さは科学者としての在り様なのか、はたまた持って生まれた性質なのかは定かではない。

 青年隊長個人としては、こんな面白い人物が隣人になるのは願っても無い事だ。だが、それに異を唱えるものが存在した。お前等居たのかと言う位の久し振り具合で、無表情な副隊長と斥候少女が口を挟んで来たのである。

 

「隊長、私は反対です。何処をどう見ても、これは機械であって人間ではありません。罠かどうかを考慮するまでも無く、確実に隊長へ危害が加えられます」

「鉄面皮の言う事ももっともだけれど、そもそも人類はもう私達の陣営にしか居ない筈でしょ。こいつが人間だなんて与太話も良い所じゃないの。血迷っているんじゃないわよ、このとうへんぼく!」

「あー、まあ、お前等ならそう言うだろうな」

 

 そういう風に作られたのだから、当然その様にしか思考は出来ない。それが作られた命である彼女達の役割なのだから、それを訂正するだけの権限を青年隊長は有していなかった。

 二人の後ろでは無口な少女と笑い上戸も、うんうんと頷いて仲間の言葉に同意している。青年隊長以外に鉄の人型に味方する物はいない様だ。

 それにしても、二種類の兵器から人間扱いされないと言うのは、聞かされる側からすれば中々に酷な事ではないだろうか。

 

「『本人を前にして中々言ってくれるな。ま、もはやこの体に残っている人間らしい部分なんて、それこそ魂ぐらいしか無いだろうから無理もない。いち科学者としては、存在しているかも疑わしい物に縋るなんぞぞっとしないがね』」

「宗教家の科学者だって居るんじゃねぇの。と、それはそれとして。俺としては亡命の話、悪い事でもないと思うぞ。敵の情報が拾えるのは上の連中も喜ぶし、俺個人としてもここで外の情報を拾えるのは美味いと考えている」

 

 性格も面白いし――とはあえて口に出さずにおく。こんな状況で斥候少女に説教されるのは、さしもの青年隊長でもごめんである。だが、部下の懸念はもっともで、せめて動機を確認してから判断するのでも遅くはないだろう。

 その様に促してみれば、鉄の人型は両手を組んでうむむと思案し、やがてとつとつと胸の内を吐露しはじめた。

 

「『最初、この地下に逃げ延びたのは八人だったんだ。本国に救援を求めた後は施設内の防衛機構に任せて、暴走した実験機に食われない様に出入口を塞いで立て籠もった。だが、いつまでたっても救助は来なかったんだ』」

 

 鉄の人型が語ったのは、暴走事故が起こってから今日までの日々だ。施設内の目ぼしい攻撃機は全て破壊され他後に捕食され、無事に残ったのは攻撃命令を出されなかった施設外部の巡回ぐらいだった。監視カメラの映像で周囲の様子は確認できたが、どれだけの間身を潜めていても待ち望んだ救援が来ることは無かった。

 

 そして、地下に籠った研究者達は議論する事になる。はたしていつまで救出を待ち続けるのか。それとも、意を決して状況を打破する為に行動をするのかと。

 意見の対立はその後の明暗をはっきりと分けた。いつまでも閉じこもるのを良しとせず、外部への脱出を図った四人がまず表に出て音信不通となる。それから事態が長期化するとみて、外に物資を取りに向かった二人もまた帰らなかった。最後に事態を悲観して錯乱して外に飛び出し、出入り口を外から厳重に封鎖して逃げ去った者が出て最終的に一人になる。

 

「『閉じ込められたのにはさすがに笑ってしまったよ。この事態を招いたのは俺じゃないと言うのに、錯乱した人間と言うのは何をするか分からんものだな。こんな姿でも、彼はしっかりと人間だった訳だ』」

「……で、助けに来てくれない祖国より、戦争してる敵国の方がマシだと思った訳か。歓迎した手前アレだが、ちと極端じゃねぇか?」

 

 青年隊長の指摘に鉄人は大仰な仕草で肩を竦めて見せた。剥き出しの金属骨格からは表情は読み取れないが、生身の人間であればきっと小憎らしいあきれ顔を浮かべているに違いない。相変わらず大胆というか、肝の座った御仁である。

 ちなみに部下の面々は全員、今の話に眉一つ動かしてはいなかった。銃口をぴくりとも動かさずに、最初の時と変わらず鉄の人の頭にぴったりと狙いを付けている。この程度の苦労話では、彼女達は絆されはしないと言う事だろう。

 

「話を纏めよう。アンタはここから抜け出して亡命したい、俺達は情報提供をしてもらいたい。そちらは二つ、こっちは一つ。実に公平平等なギブ&テイクだな」

「『纏めたついでに露骨に催促して来るとは阿漕な奴。と言っても、俺に出せるのは本当に知識と情報ぐらいしか無いぞ。お前等がここに来た理由も知らんから、それを手伝えるかどうかもわからんし……』」

 

 そう言えばこの施設を吹っ飛ばすために動力炉を探していたんだ、と青年隊長は今更ながらに思い出した。思いがけない敵の無防備さと、思いがけない出会いですっかりと頭から抜けてしまっていたのを悔いる。

 二秒ほどの後悔の後に、青年は目の前の人型に対して口元を歪めながらこう提案した。

 

「だったら手伝ってもらえねぇかな? ここの動力炉を爆破して、上の工場を跡形もなく吹っ飛ばすのをさ」

「『……良いね。そいつは素敵だ、楽しくなってきた』」

 

 話を聞いた鉄の人型にもし生身の顔があれば、さぞ獰猛に笑っていたに違いない。女の子連中は揃って仏頂面だと言うのに、野郎ばかりが楽しそうでなんと言うか申し訳ない空間である。

 ともあれ、地味な話し合いはここまでとして、いよいよ派手な花火を上げる為の地味な下準備が始まると言う訳だ。幸いな事に、ここには施設について知り尽くした協力者がいる。これならばすぐにでも行動を起こしても問題は無いだろうと、そう判断した青年隊長は早速とばかりに座っていた椅子から腰を浮かせかけ――

 

「『よし、それじゃあもう少し話を詰めようか。動力炉の位置と燃料貯蔵庫なんかの位置も知らせておいた方が良いだろう。いやぁ、まだまだおしゃべりが出来そうで嬉しいよ。なにせこうして言葉を交わせるのは本当に久し振りだからな』」

「あ、うん。そーですね……」

 

 いざ行動しようとした矢先、鉄人の弾みながら紡がれた言葉に浮かし掛けた尻をまた椅子に沈める羽目になった。相変わらず銃口をものともしないマイペースな態度で、ぺらぺらと矢継ぎ早に工場の情報がもたらせられて行く。

 訂正しよう、まだまだ地味な話し合いは長く続きそうである。

 

 




絵面はすっごく地味ですが、野郎同士の話し合いは書いてて楽しかったです。
そろそろ派手な銃撃戦が描きたい。


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