くたびれおじさんと娘たちとの生活 (usgismr)
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その1 見知らぬ地で

オリジナルです。よろしくお願いします。※2/9文章を修正。


 ふと気が付くと皆森は森の中にいた。

 以前屋久島を訪れた時にみた原生林のような、深い森の奥にひとりでたたずんでいた。

 ここはどこやろ。人の気配がせんどころか、奇妙な鳥の鳴き声が聞こえてきて、えらく不気味なんやけど。

 ふらふらと森の奥に吸い込まれるようにあてどもなく歩きながら皆森はそう思った。

 そのうち喉が渇き腹が減って動けなくなった。

 少ない所持品のひとつであるペットボトルの封を切って喉を潤す。

 そして保存食であるカロリーメットで空腹を誤魔化した。

 

 皆森が疲れて地面に伏しているとそばの小藪から物音がした。

 がさりがさりと。

 一瞬だけ緊張が走り皆森は身構える。けど杞憂だった。

 小藪から出てきたのは小さな小犬だった。

 腹を空かせているのか元気がない。よろよろと皆森に近づいてゆく。

 そして空になったカロリーメットの包装に鼻を近づけ、しきりににおいを嗅いでいる。

「……お前さん、ひょっとして腹がへっとるんか?」

「くぅん」

 力なく小犬が答える。まるで返事をしているようだと皆森は思った。

「すまんな、わしも腹がへっておって満足に食べておらんのじゃ」

 そして胸ポケットに閉まった残りの食料に無意識に手を当てた。

「くぅん」

 また小犬が鳴いた。さっきよりも悲しみを含んだような、そんな鳴き声だった。

「…………わしはもう食べたけん、残りもので悪いがほれ、あとはお前さんがお食べ」

 皆森はポケットに閉まっておいた残りの食料の封を切り、小犬の前にそっと置いた。

「好き嫌いがあったら申し訳ないが、それが最後じゃけん。よぉーく味わって食うんじゃぞ」

「きゃん!」

 また小犬が吠えた。そして尻尾を振りながら与えられた食料を口にした。

 我ながらお人よしだなと皆森は思った。そしてそんなだから妻にも逃げられるのだと苦笑した。

 

 その後小犬は満足したのか皆森のそばに寄ってくる。

「きゃん、はっはっ」

 そしてしきりに残された包装を鼻で指し示すような動きを続けた。

 皆森が包装を手に取ると何故か重さを感じた。

 中をみてみると食料がちょうどきれいに半分だけ残されていた。

「お前さん……、わざわざわしの分を残してくれたんか?」

「きゃん」

 小犬が答える。皆森は小犬を撫でながら残された食料を腹に収めた。

 食料はこれが最後だった。

 残りのペットボトルの水が心もとない。皆森はそう思った。

 皆森が手で器をつくって小犬に水を飲ませた。

 小犬は尻尾を振りながらぺろぺろと器用に水を飲んだ。

 それから皆森は着ていた背広を脱いで自分に被せると小犬を抱き寄せ、そして二人で丸くなるように眠った。

 既に日が落ち辺りは暗くなっていた。

 その日皆森は歩き疲れていたせいか、まぶたを閉じてすぐに眠ることができた。

 

 翌朝、皆森は早い時間に目を覚ました。

 周囲の景色は昨日とまったく変わっておらず、深い森のままだった。

 そしてしょぼくれた目で辺りを見渡し、現在も遭難は継続中だと実感した。

 不思議に思うことがあった。

 隣で眠る小犬がやけにあたたかく、そして柔らかいのだ。

 おまけにかぶせた背広の隙間から小さな手足がみえる。

 布団代わりにかけた背広をそっとめくると、何故かそこには裸の女の子がひとり、小さな寝息を立てて静かに眠っていた。

 

 皆森はその裸の女の子に再度背広を被せ、しばらく時間をおいてから再び背広をめくった。

 やはり女の子は女の子のままで、裸のままだった。

 女の子の呼吸に合わせて小さなからだがわずかに上下する。

 いったい小犬はどこにいってしまったのだろうか?

 皆森はあまりに突拍子すぎるこの出来事に一瞬だけ途方にくれてしまった。

 

 そうこうしてるうちに女の子が目を覚ました。

 ぱちりぱちりと瞬きをして起き上がると身震いして、次に手で顔をこすってその顔に触れた手をぺろぺろと舐め始めた。

 まるで犬か猫のような仕草をする女の子の姿に皆森は少しだけ安堵感を得た。

 そして父親が娘を見守るような優しい視線を向けていると女の子が皆森に気付いた。

 女の子はきょとんとした表情で皆森をしばらくみつめると、目に笑みを浮かべその生まれたままの姿で皆森に抱き着いた。

 そして抱き着いた勢いのまま皆森を押し倒した。

 皆森があっと声を上げる。

 そして女の子はしきりに皆森の顔やからだを舐めまわし始めた。

「わっ、ちょ、やめて、駄目そんな」

 皆森の必死の説得も空しく女の子はそのざらざらした舌で、皆森を構わず舐め続ける。

 やがて舐めるのに飽きたのか女の子は、皆森の下腹部に跨ったままちょこんと座った。

 そんな女の子の姿に皆森は、やはり動物の犬の姿を連想する。

 そして目を見張った。

 何故か女の子のお尻辺りに、さっきまではなかったはずの尻尾が生えているのだ。

 その尻尾は左右に元気よく振られている。

 皆森はあることに気付き、尋ねてみた。

 

「お前さん……まさかとは思うが、昨日わしと一緒に眠った……あの小犬かい?」

「…………っ」

 女の子からの返答はなかった。

 だが皆森の問いかけに答えるかのように女の子は口を開いて相槌を打った。

 女の子の尻尾は嬉しそうにゆらゆらと左右に揺れていた。

 



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その2

 あれから皆森は夢でもみてるんじゃなかろうかと、さんざん自身の頬を引っ張ってみたが夢ではなかった。

 皆森の視線の先には小さな女の子が座っていて、こちらをじっと見ている。

 皆森は小犬が女の子になったことより、裸の姿の方が問題だったため、ここが何処なのか? 何故こうなったかは深く考えなかった。

 

 皆森が目のやり場に困って女の子に着せたワイシャツは当然のごとくぶかぶかだった。

 シャツのボタンをはめる時、故意にではなく女の子のわずかにふくらんだ胸の感触を味わってしまった。

 控え目ではあったが、柔らかかった。

 女の子は着せられたシャツが珍しいのか、袖に隠れた腕を真っすぐ伸ばし、垂れ下がった部分を不規則にばたつかせながら、何度も鼻をあててにおいを嗅いでいる。

 そして袖に覆われた手で顔をこすっては舐める、そんな仕草を何度も続けていた。

 残念ながら皆森に下着の持ち合わせはなかった。

 だから地面に体育座りで腰かける女の子は、みる角度によっては足の付け根まで丸見えなのである。

 幼い女の子の裸ワイシャツ姿。

 ここが日本なら間違いなく事案通報案件だと皆森は震えた。

 

 くぅ。

 腹の虫の声が聞こえた。

 虫の声の主は皆森ではなかった。

 女の子のお腹の音だった。

 女の子は自身の腹の音が聞こえたおへそ辺りをシャツの上から不思議そうに眺めている。

 なんにせよ、早急に食べ物が必要だ。女の子の頭を撫でながら皆森はそう思った。

 女の子は撫でられて嬉しいのか終始笑顔のままだった。

 

 寝かした背広の脇に置いてある革製のショルダーバックに手を伸ばし中からペットボトルを取り出す。

 ペットボトルを左右に振ると残った水がちゃぷちゃぷと音を立てた。

 まずは水、次に食料だ。

 このままでは二人とも飢えて動けなくなって死んでしまう。

 こんな小さな子をそんなつらい目に合わせるのは、皆森は絶対に嫌だった。

 

 皆森の手にしたペットボトルを女の子は不思議そうにみつめている。

 そしてそれを欲しがるように両手を伸ばした。

 皆森が尋ねた。

「お前さん、これに入ってる、水があるところ、わかるかい?」

 そういって女の子の前でペットボトルを左右に振った。

 また水がちゃぽちゃぽと音を立てる。

 女の子はペットボトルに手を伸ばしたまま、口をぱくぱくと開き、何か喋ろうとしているようだがやはり声は出なかった。

 その後もペットボトルを欲しがるので皆森は女の子に顔を近づけて発音してみた。

「み、ず」

「……、……っ」

「そう水」

「……っ」

 やはり女の子は水と発音していた。ただ声には出せないようだ。

 ふと昨日、小犬と出会ったばかりのことを皆森は思い出す。

 小犬はまるで返事をするように吠えていた。

 ひょっとしたら意思の疎通はできているのかもしれない。

 皆森は今日この日ほど、読唇術ができないことを不便に思うことはなかった。

 

 しばしの葛藤のあと皆森は腰に手をあてペットボトルの水を飲む物真似と、水がなくなり喉を押さえ苦しみ、地面に倒れる様を女の子の前で演じた。

 自分なりの迫真の演技のつもりだが、第三者からみれば大層な間抜けな絵面だろうなと皆森は内心複雑だった。

 そんな皆森の姿を女の子はじっとみていた。

 そしておもむろに立ち上がると、歩き出そうとしてよろめき、転びそうになった。

 皆森が慌てて女の子を抱きかかえる。

 皆森に抱き着いた女の子が自分の足をじっとみつめる。

 一番驚いているのは女の子自身のようだ。目を大きく見開き、何度もまばたきしている。

 それからしばらくの間、二人で歩く練習をした。

 皆森が女の子の手をとって先導する形で、女の子は戸惑いながらも嬉しそうだ。

 女の子はすぐに歩けるようになった。そして皆森の手をとって引っ張り森の奥へと進んでゆく。

 この子はわしをどこかへ案内しようとしてくれてる。

 皆森には何故かそれが直感的にわかった。

 

 女の子が案内するその途中でわずかに歩みをとめた場所があった。

 女の子の視線の先には実のなった木が生えている。

 2メートルほどの中木だろうか、自分よりも少し大きい。

 規則的に伸びた枝葉の先に赤い実がついている。

 女の子はその実に向かって必死に手を伸ばした。

 足もつま先立ちだ。器用な子だと皆森は感心した。

 その木をよくみると太い幹回りに細かい傷がついている。

 この子が小さい小犬だったころ、実をとろうとしてついた傷かもしれない。

 皆森は木の枝を折らないようにそっと実をひとつもいで女の子に渡した。

 女の子は渡された実を両手に持つと勢いよくかぶりついた。

 そして目をぎゅっと閉じてからだを震わせた。

 酸っぱいのだろうか、皆森も同じように実をひとつ手にして食べてみた。

 思わず身震いするほど酸っぱかった。でも心地の良い酸味だった。

 疲れたからだを癒してくれる、そんな優しさを感じさせる味だった。

 ふと女の子と目があった。二人でお互いの目をみながら一緒に実をかじる。

 するとまた酸味に襲われ二人でからだを震わせた。

 それがなんだか妙におかしくて二人は一緒に笑った。

 



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その3

あの酸っぱい果実を食べ終わったあと、女の子の手を取り先に進もうとすると、女の子はじっと木をみつめたまま動かなかった。

 物欲しそうに指をくわえたまま、ただ一点をみつめている。

 どうやら木に残された赤い実が気になるらしい。

 いま皆森のショルダーバッグには食べ終わってからもいだ果実がふたつ入っている。

 皆森はどうしたものかと思案に暮れ、女の子の目線まで腰を落とすと、幼い子供をあやすようにゆっくりと語りかけた。

「えーとな、いま必要以上にあの実をとってしまうと、別の日に食べれなくなるかもしれん、他のもんが食べれなくなるかもしれん、お腹がへってる時になにも食べれんというのは、誰だって悲しいじゃろ?」

 女の子がちょっと間を空けてこくんとうなづいた。

「お前さんはええ子やな。だから今日はさっきもろた二つだけにして、また今度一緒に、お腹がへった時に取りにこよう、そうしてくれるか?」

 女の子は大きくうなづいた。

 皆森はそんな素直な女の子に頬を緩め、優しく頭を撫でた。

 

 実のなった木を離れしばらく歩いているとざわついた森の中に今まで聞こえてこなかった音が聞こえてきた。

 ちょろちょろちょろちゃぷん、ちょろちょろちょろ。

 まるでさらさらとなにかが流れているような、そんな音が繰り返し聞こえてくる。

 自然と足が速くなる皆森を女の子は不思議そうにみている。

 森を抜け足元が草から大きな岩や石ころが散りばめられた地面に変わってゆくと切り立った岩場の上の方から水が湧き出て流れ落ちていた。

 さっきの音はやはり聞き間違いではなく、水が流れ落ちる音だった。

 皆森のからだを覆った緊張と気だるい空気が一気に飛散し消えていく。

 そしてそのあとには心地よい安堵感だけが残った。

 この森に迷い込んでからというもの、こんな気持ちになったは初めてだった。

 まるでさわやかな風が頬をかすめ、優しく通りすぎていったような、そんな清々しい気持ちを皆森は味わっていた。

 

 岩場の隙間から流れ出る湧き水は、絶えることなく続いている。

 皆森は一瞬呆けたあと無意識に駆け寄り、手で器を作って水が流れ落ちるその先に差し出した。

 そしてその冷たい水を飲み干そうと顔に近づけ、その水に触れるか触れないかのところで急に動きを止め、手の器をそっと元の位置へと戻した。

 生水だけど大丈夫だろうか、けどこの子にまた、毒見のような真似をされるわけにはいかん。

 そんな皆森の葛藤をよそに女の子は、皆森の手の中に溜まった水をぺろぺろと器用に飲み始めた。

 皆森は目を見開いておどろき、飲むのを止めさせようとするが、女の子の小さな手がそれを阻んだ。

 女の子は必死に皆森の手を押さえ飲んでいるのだ。よほど喉が渇いていたのだろう。

 皆森にはそれを止めさせるようなむごい真似をすることは出来なかった。

「…………お前さん、いつもここでこうして、この水を飲んどるんか?」

 女の子が飲むのを止めうなづく。

「そっか…………そんならええんじゃ、ゆっくりお飲み」

 女の子はにっこり笑うとまた水を飲み始めた。

 女の子はまだまだ飲み続けている。皆森は女の子が飲み終えるまでじっと待った。

 そして思った。

 昨日からこの子には、助けてもらってばっかりだと。

 周りがだんだんと暗くなっていく光景に寂しさと不安を覚えた。

 でもそれは、思いがけぬ客人によって払拭された。

 見知らぬ地の夜空は、大きな月ときらきら輝く星々が照らす月明りのおかげで、東京の夜と変わらないぐらい明るいものではあった。

 けど、それでもきっと、ひとりでは寂しかったろう。心細かったことだろう。

 孤独という恐怖からこの子は救ってくれたのだ。

 食べ物を独り占めしようとしていた姑息な人間を。

 えもいわれぬ感情が皆森の中に芽生えてきていた。

 

 皆森は女の子が水を飲み終えると、わけもなくただ、女の子を抱きしめた。

 突然のことに女の子はわけも分からずきょとんとしている。されるがままだ。

 何故か肩の辺りが少しだけつめたい気がする。

 女の子はそのことが不思議でしょうがなかった。

 



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その4

 まず皆森は湧き水で顔を洗った。

 いまの顔がいつにも増してひどい顔だと実感していたからだ。

 顔を水で洗い清め、そのあと湧き水を飲んだ。

 湧き水は驚くほど冷たく清涼でおいしかった。

 皆森は酒を飲まなくなって久しい。

 だから仕事上がりのビールほど旨いものはない、と豪語していた同僚の気持ちはいまひとつ分からなかった。

 だがこの水はどうだろう。

 学のない自分では上手く言葉で表すことが出来ないが、この水そのものに命があふれている、そのように感じるのだ。

 昨晩からずっと、さっき食べた果実以外にものを口にしていなかったため、美化強調されてる部分はあるだろう。

 でもそれらを取り除いたとしても、いまのこの身震いするほどの感動を表現することはできないはずだ。

 皆森はあらためて少女に感謝し笑みを向けた。

 少女もうれしそうに笑い、そしてまた尻尾が左右に揺れていた。

 

 皆森は女の子の尻尾を指さし尋ねてみた。

「お前さんのそのきれいな尻尾、触れてみても、ええかな?」

 女の子は口を三角にしながら皆森の指さす方をみて、しばらくしてはっとした。

 そして恥ずかしそうにシャツを引っ張り、覆い隠すように尻尾を隠した。

 けど尻尾が隠しきれていない。女の子はそれが気になるようだ。

 尻尾を盛んに気にする女の子の頭に手を置き皆森は謝った。

 ごめんな、冗談やで。

 どうやら尻尾に触れてはいけないようだ。それが皆森には少しだけ残念だった。

 皆森はケモナーではない。

 ただあまりに見事な毛並みだったため、つい触れてみたくなったのだ。

 

 空にしたペットボトルをすすぎ、中に十分の水を補給することが出来た。

 いつでも水を得ることが出来るようになったのは、この状況において何よりもありがたいことだった。

 そんな時、ふと気づくと女の子がいない。そしていまになって気付いた。

 名前を呼ぼうにも皆森には、女の子をなんと呼べばいいか分からなかったのだ。

「おーい、お前さんー、おーい」

 慌てた皆森が声を張り上げる。

 すると女の子がひょっこり顔を出した。

 よかった、近くにいてくれた。

 皆森の肩がわずかに下がり自然と胸をなでおろす。

 女の子がぱたぱたと小走りでこちらに駆け寄ってきた。

 そして皆森の手をとってしきりに自分がいた方角を鼻で指し示した。

 ふんすふんすと。

「あっち? あっちになにか、あるのかい?」

 空いた手で女の子が指し示すその方角に、皆森は人差し指を向けた。

 すると女の子も同じように、ゆっくりと手を開き、人差し指を向けてきた。

 頭のええ子じゃ、皆森はまた感心した。

 

 女の子の手を取りそちらへ向かうと、まばらに生えた樹木と背丈半分ほどの藪を越えたその先に、岩場にぽっかりと口を開けた薄暗い空間があった。

 洞窟だ。入り口がひどく大きい。

 その左右に大きく開いた空間は、ありとあらゆるものを吸い込み、飲み込んでしまうような、そんな不吉さを感じさせた。

 皆森が洞窟におどろいていると、女の子がまた器用にその洞窟のすぐそばを指さした。

 その小さな指先には、洞窟の入り口を背にもたれかかり息絶えたと思われる、白骨化した人らしき亡き骸があった。

 




次回更新は2/13 0:00です


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その5

 洞窟の入り口近くに寄ってみるとその亡き骸は、男性のようだった。

 確証はない。ただ服装から判断しただけだ。

 骨格や骨盤の形状で男女を見分ける術があるようだが、皆森にはそんな専門的知識の持ち合わせはなかった。

 

 大きな黒い外套に比較的きれいな前掛け、腰の少し上に巻いてあるこげ茶色のベルトには鞘に半分だけ納められた長剣のようなものがぶら下げてある。

 革のブーツに色あせたズボン、そして上着の上に革製の胸当てを着けている。

 しばらく無言で見ていると、女の子がてくてく近づき、その亡き骸を指でつつんと触れた。

「あ、こら、いかん」

 がらがらがら。

 亡き骸は音を立てて崩れ落ちた。

 女の子は飛び上がるような勢いでおどろき、慌てて皆森の背に隠れた。

 そしてまた、皆森の背に隠れながらひょっこりと顔を出し、じっと崩れた亡き骸を見ている。

 そんな女の子の姿に皆森はため息をもらした。

「ええかい? そんな無下に扱っちゃあいかんよ、この人がかわいそうやろ?」

 女の子は皆森を見上げ無言だ。きっとなにをいってるか分からないのだろう。

 皆森は女の子の頭を優しく撫でたあと、その崩れた亡き骸の前で両ひざをつき頭を垂れ、手を合わせた。

 そしていった。

「えろうすんません、何処のどなたかは存じ上げませんが、ここでおうたのもなにかの縁、あなたのご遺骨はわたしの方で弔わせていただきます。ですのでどうか安らかに、迷わず成仏してください」

 

 皆森はその名も知らぬ亡き骸にしばしの間、黙祷を捧げた。

 ふと目を開けると隣で女の子が同じように手を合わせ黙祷を捧げていた。

 黙祷を終えた女の子と目が合う。

 この子はやっぱり、頭のいい優しい子じゃ。

 片膝をつき女の子を抱き寄せた皆森は、何故かそのことが誇らしかった。

 

 それから二人で立ち上がる前にひと言つけくわえた。

「……ぶしつけなお願いではありますが、この子と私に役立つものがあれば、遺品をお借り、いえ、譲り受けたいのです。どうかこのご無礼をお許しくださいますよう、南無阿弥陀仏」

 皆森はあることがきっかけで無神論者になった。

 でも今日だけは仏さまに祈りを捧げた。

 この世界には神はいるのだろうか? そんなことを一瞬考えたがすぐに考えるのを止めた。

 無意味だからだ。神に祈る前にやることが多々ある。

 そんなあまっちょるい考えはとうに捨てたはずや。

 女の子の手を取り、立ち上がった皆森はこれからどうすべきか、そのことだけに集中した。

 見知らぬ地で出会った小さな女の子との邂逅が、死んだ魚のような目をした男をわずかに奮い立たせていた。

 

 その亡き骸は不可思議なことばかりだった。

 遺品のひとつである外套を地面に引き、崩れた遺骨をその上に丁重にまとめた。

 そして上着を手にして傷み具合を確認している時のことだった。

 上着の背中側と正面には、ほぼ一直線に穴が空いている。

 なにか鋭いものが真正面、あるいは真後ろから斜め向きに入ってそのまま突き抜けたような穴だ。

 それは、革の胸当てには覆われていない上着の腹部と腰のあたりを貫通している。

 おそらく、それが致命傷になったのだ。

 この場でなにがあったかは考えたくなかった。少なくとも人がひとり死んでいる。

 だがそんな考えはすぐに消え去った。

 気になる点は他にもあるからだ。

 




次回更新2/14 0:00です


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その6

 遺骨を一か所にまとめた時に気づいたことだが、この人物が身にまとっていたはずの外套には前後ともに穴が開いてないのだ。

 からだをすっぽり覆い隠すことが出来るサイズなのにである。

 そして外套はきれいすぎた。いや、汚れがきれいに落ちてしまった。

 

 積もり積もった埃を払おうと皆森が扇ぐように外套にばたつかせると、埃と塵はそのまま風に乗ってどこかへ飛んでいったがそのあとに残った外套はまるで卸したての外套のように、いや使い古した味わいある外套に変貌してしまった。

 本来であればこの色褪せたズボンと同じようにひどくすすけているはずなのに。

 この違いはなんだろう、皆森は首をかしげる。

 

 もうひとつ不思議なことがあった。

 腰のベルトに下げてあった長剣と上着の下から出てきた布に包まれた短剣の存在だ。

 長剣は野ざらしになっていたためひどく発錆してたが、短剣の方は錆びひとつない、きれいな剣身のままなのだ。

 皆森が鞘からその剣身を太陽の下にさらすと、思わず息を忘れるほどの神秘的な輝きを短剣は放った。

 その輝きに皆森はしばしの間、女の子のこともなにもかも忘れ、魅入ってしまった。

 皆森はじっと短剣をみつめたまま動かない。そんな皆森を女の子は不思議そうに見ている。

 そんな時、その美しい剣身に皆森自身の顔が映り、そのことが皆森を現実へと戻した。

 ひどくみすぼらしい顔だったのである。

 

 目の周りがくぼみひどいクマが出来ている。

 ここしばらく忙しくて処方を受けに行くことが出来なかったからだ。

 皆森は剣身に映った自身のひどい顔をまだ眺めたままだ。

 だからそうだ、代わりに市販の導入剤を服用していたがまったく利かなかったのだ。

 眠れず夜が明けて仕事に出掛け、そのまま一日中仕事をして過ごす。いつもの悪循環だった。

 だが不思議なことに昨日は薬を飲んでなくても眠ることができた。

 仕事でへとへとになるまで働いても寝れない日があったというのに。

 それに夜中に一度も目が覚めることがなかった。

 不思議なこともあるものだ、現実へと戻った皆森がぽつりとつぶやいた。

 

 剣身の美しさ以外にも目を引くものがあった。

 手にした鞘にも独特的な模様が入っているのだ。

 その模様がなにを意味するものかは分からない。ただ妙に目を引く模様だった。

 そんな時、皆森はあることを思い出した。

 ひょっとしたらこの短剣とあの外套は、特別な品なのかもしれないと。

 根拠はなかった。

 ただ、以前読んでいたファンタジー小説で確かそんな話があったと皆森は唐突に思い出す。

 剣身を鞘にしまい皆森は、このいくつかの疑問に思いを巡らせていた。

 そのためか、この場でなにが起きたかなんてことは、すっかり忘れてしまっていた。

 

 

 皆森は遺骨を埋葬する前に自身と女の子の身支度を整えることを優先した。

 昨日と今日はたまたま無事だっただけで、近くに外敵がいないとは限らない、そう考えたのだ。

 錆びついた長剣も身を守るためには使えそうなので、胸当て、短剣ともどもありがたく譲り受けることにした。

 外套は埋葬を終えてからだ。

 

 女の子にはまず埃の払った前掛けを身に着けさせた。

 ぶかぶかのシャツに前掛けを巻いて、疑似スカートのようにした。

 出来れば女の子に胸当てもつけさせたかったがサイズが合わないため、胸当てと遺品の上着、それにベルトは皆森が自分で使うことにした。

 女の子が素足のため、ブーツを履くか身振り手振りで尋ねたところ、首を左右に振って断られてしまった。

 どうやら素足の方がいいらしい。

 そもそも女の子の足のサイズでは靴が大きすぎて逆にあぶないかもしれない。

 なので遺品である革のブーツは、昨日さんざん森の中を歩いて泥やぬかるみで中の中まで汚れてしまった自身の革靴と交換させてもらった。

 幸いなことにブーツのサイズは皆森が普段履いていた靴と同じぐらいだった。

 




次回更新2/15、0:00


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その7

 女の子にズボンを履かせようとしたらえらく嫌がられた。

 何度も何度も首を横に振ってうなずこうとせず、ずっと眉をひそめていた。

 また皆森が身振り手振り口振りで、夜寝る時は脱ぎ捨ててええからと、迫真の演技で頼み込むと女の子はしぶしぶ承諾してくれた。

 

 皆森にも引くに引けない理由があった。

 こんな小さい女の子が、いつまでもちらちらさせたり、丸出しというのは絶対にあかん。

 それが故の皆森渾身の演技と、真に迫る説得だった。

 肌着は上下ともにぼろぼろで、手にした瞬間風化するように土に返った。

 そのことが一番皆森を悲しませた。

 

 女の子にズボンを履かせる時、皆森は出来る限り直視しないよう心掛けていたが、女の子がしゃがんだ自分の肩に手を置いてズボンに足を通す時とそのズボンを腰まで上げる時、わずかではあったが確認の意味も含め、間近で見た。見てしまった。

 

 女の子はまぎれもなく女の子だった。

 そして当然のようになにも生えてなかった。つるつるだった。

 事前にわずかな胸のふくらみとその感触を確認していたが、つい見てしまった。

 万が一、生えていたらどうしようと思ったがただの杞憂で終わった。

 何故か皆森は男の娘の知識は持ち合わせているが、いまのこの状況にそれを求めてなどいない。

 皆森は誰と会話をするわけでもないのにひとり空しく自問自答を繰り返し、いい年のくせに童貞のような反応をする自分に自己嫌悪のため息をつくのだった。

 

 ズボンには腰ひもがついていたのでこれには助けられた。

 女の子に前掛けを持ってもらい、皆森がそのおへそ辺りで紐を結んで留めることが出来た。

 その時、女の子にも留め方も教えた

 裾は引きずらないように何重にもまくった。

 ズボンのサイズが合わないのでえらくだぶついている。

 けど、しばらくの間はこれで我慢してほしい。

 体裁だけを整えた服装ではあるが、いまの女の子の恰好は皆森を安心させるには十分なものだった。

 

 一息つき、ペットボトルの水で喉を潤す。

 食事にはまだ早い、それにあの実がいつまであるのか、もつのかも分からない。

 だから皆森は女の子がお腹を空かせたら優先的に食べさせるつもりでいた。

 皆森が腹に手を当てながらうつむき、女の子に悲しい表情を向ける。

 そして声に出してゆっくり叫んだ。

「お腹、お、な、か、は空いとらんか?」

「――、――、――、――っ?」

 女の子が口をぱくぱくと開き、発音を繰り返した。

 そして自身のお腹を手を当てる。皆森と同じポーズだ。

 女の子は顔を左右に振って否定した。まだ大丈夫のようだ。

 そういえば皆森自身もまだそんなに腹が減ってないことに気付いた。

 あの実は随分と腹持ちがいいようだ。

 まるでお米やお餅のようだ、味はえらく酸っぱいけど。

 朝食べたあの赤い果実のことを思い出し皆森の口の中が唾液であふれる。

 女の子はなにがうれしいのか口元を上げてにこにこと笑っていた。

 

 ふと皆森は表情を引き締めた。

 遺骨を埋葬しなければならない。

 それだけの物を、見返りを既に十分すぎるほど受けてしまっている。

 皆森が無意識に腰に下げた剣に手を当てる。

 譲り受けたこの長剣が、早速役立ちそうだ。

 そうつぶやきながら皆森は、女の子後方の森の方へと歩みを進めた。

 途中立ち止まって女の子に手を差し伸べる。

 女の子は嬉しそうにその手を取る。そしてふたりは再び森へと足を踏み入れた。

 

 

 ぎぃぎぃぎぃ。

 奇妙な鳥の鳴き声が深い森の奥から聞こえてくる。これは昨日聞いた鳴き声と同じものだ。

 いま皆森は洞窟周辺の森を探索しているだけで森の奥まで入るつもりはなかった。

 そしてお目当てのものはすぐにみつかった。

 




次回更新2/16 0:00


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その8

 山肌がえぐりとられた茶色い地面に横倒しになっている木があった。

 複雑にからんだ根っこもわずかに露出していてすでに乾いている。

 枯れた木の倒木だ。そしてそのすぐそばに真っすぐ伸びた太い枝も落ちていた。

 その枝は昔、母の実家の裏山で見たアブラチャンの木によく似ていた。

 表面はすべすべした手ざわりで木の密度が高いのか中に芯があるように堅い。

 そんな材質の木だった。長さも十分だ。

 その枝を手に取り邪魔な立枝などを逆に折って取り除く。

 そして腰に下げた剣を手にして片手で構えてみた。

 少し振り回す分には問題ない重さだった。

 そして立てた枝の根本部分に沿うように剣を斜め上から叩きつけた。

 がんがんがん。がんがんがん。

 鈍い金属音と乾いた音が辺りに響く。

 女の子はすぐそばでしゃがみ込み、左右の耳をふさぎながらその光景を見ている。

 皆森はいま、スコップを作っていた。

 

 太い落ち枝の根本部分はすぐに削れた。

 その斜めに削った木の先で試しに地面を掘ってみた。

 土はやや硬い手ごたえだが大丈夫そうだ。

 その木のスコップを右手に、左手は女の子と手を繋ぎ、皆森は洞窟の前へと戻った。

 埋葬する場所はすでに決めていた。

 あの湧き水のそばだ。

 遠くには深く削れた谷がみえ、見晴らしもよかった。

 そして何より、湧き水のそばならこの周辺を拠点にした場合、毎日手を合わせることが出来る。

 それがせめてもの供養だ。

 皆森は洞窟に戻る途中、そんなことを考えながら歩いていたので石につまづき、女の子に笑われた。

 

 埋葬場所の穴を掘り始めていったいどのくらいの時間が経ったのだろう。

 それなりの時間が経過しているはずだが、掘れた穴はほんとうにちっぽけなものだった。

 それなのに手と膝がぶるぶる震え、腰がひどく痛んで重い。

 手のあちこちにもマメが出来ていた。

 あまりに貧弱すぎる。普段はデスクワークでも肉体労働でもない、そんな中間的な仕事をしていたがあまりに体力がなさすぎる。

 こんな情けないざまでは、この子を守ることなんて出来ない。

 寝言は寝ていえ、正にそのとおりだ。情けない体力に思わずため息がもれる。

 皆森が腰に手をあて息を切らしながら額の汗をぬぐっていると、その背中を女の子が後ろから指でつつんとついてきた。

「ん? どうした? お腹でも空いたか? お水か?」

 女の子は首を左右に振る。どうやらどちらでもないようだ。

 すると次に皆森が手にした木のスコップを指さしてきた。

 わたしもやりたい。そういうことなのだろうか。

「お前さん、これで掘ってみたい、そうゆうことか?」

 女の子が大きくうなづいた。皆森は自身の休憩を含め女の子に木のスコップを手渡した。

 その直後だった。

 

 ぞっぞっぞっざりっざりっざりっざっがりがりっ。

 まるで寒天をすくうように地面がえぐれてゆく。

 皆森が必死に掘りすすめて、その脇に積み上げたわずかな土の上にえらい量の土が降りそそがれた。

 続けて砂利の混ざった土もそそがれてゆく。

 がりがりっがりがりっ。がりがりっがりがりっ。

 あぜんとしていた皆森が女の子を止めた。

「お前さんっお前さんっ、もうええんじゃ、もういい、もう十分や!」

 その声に女の子が動きを止め振り向く。

 どうして? そんなきょとんとした表情だ。

 皆森は慌てて女の子の手を見た。

 女の子の手は小さく柔らかいままだ。マメなど出来ていなかった。

 良かった。そのことが皆森をひどく安心させ深いため息をつかせた。

「手、痛くないか? おてて、いたくない?」

 女の子はまた左右に首を振っている。特に痛みはないようだ。

 皆森はその女の子の小さな手のひらを自身の頬にあて、深く感謝した。

「ありがとな。……けどおじさん、ちょっとだけびっくりした」

 そういって皆森は苦笑した。

 女の子は少し誇らしげに微笑んでいる。役立てたのが嬉しいのだろうか。

 皆森はこの子と出会ってからまだ一日も経っていないが、ひとつだけ理解したことがあった。

 

 この子を怒らせたらあかん。絶対に。

 そのことを皆森は深く肝に銘じた。

 




次回更新2/17 0:00


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その9

 その後二人で名も知らぬ恩人を埋葬した。

 皆森は埋葬を終えたその上に大きめの石を置いてそれを墓標とした。

 せめて花だけでも供えよう。この辺に仏花のような花は咲いているだろうか。

 あるなら菊の花がいい、皆森はそう思った。

 

 母は祖父と祖母の墓参りでよく菊の花を供えていた。

 だから母にも同じ菊の花を供えて、おくった。

 遠い昔の記憶だった。

 思えばあの時、洞窟のそばであの遺骨を初めてみた時にも思い出していたはずだ。

 けれども、気づかない振りをしていた。いや、ただ思い出したくなかっただけだ。

 皆森は事実から目をそむけようとしている薄汚い自分がいることにふと気づいた。

 そしてその事実を忘れたままにしようとしている親不孝な自分にも。

 もう何年も、母の墓を訪れていない。

 ここが何処かも分からない、そんな見知らぬ地の名前も知らない恩人の前で、皆森はそのことを思い出した。

 そしてときおり吹く風が、自分の中に空いた黒くて大きな穴の中を静かにとおり抜けてゆくような、そんな虚しさを感じた。

 

 墓標に膝をつき黙祷を捧げているとまた女の子が同じように黙祷を捧げてくれていた。

 ありがとうな。そういって女の子の頭を撫でる。

 いま皆森の懐には腕輪がひとつ入っている。

 これもこの人が残した遺品のひとつで、左の手首についていたものだ。

 いまは短剣を包んでいた布にくるみ大事にしまってある。

 これらを出来ることなら遺族に返したい。皆森はそう考えていた。

 

 日が傾きかけてきた。前に本で読んだことがある。山の中では夜の訪れが早いと。

 二人で湧き水を飲み、ペットボトルに水を補充して洞窟へと向かった。

 今夜はそこで夜を越すつもりだ。

 そんな時、大事なことを思い出した。

 

 名前だ。まだ女の子の名前を知らないし、決めてもいない。

 いつまでもお前さん呼びや名無しのままではなにかと不便だ。

 皆森は慌てて女の子に尋ねた。

「お前さん、名前はあるのかい? なまえ?」

「――、――、――?」

「そう名前、お前さんの名前は、なんていうんだい?」

「――――――??」

 女の子は首をかしげてきょとんとしている。どうやら名前で呼ばれたことがないようだ。

 皆森は頭をフル回転させ、この子に相応しい名前を思い浮かべた。

 小犬の時は小さくてころころしてたから、コロ。……あまりに安直すぎる名前だ。

 逆を取ってロコ。……まるでリズムゲームに登場するアイドルみたいな名前だ。

 あの子は髪が長くてアートスティックみたいな感じだったけど、この子の髪は長めのボブだし、髪の色も黒みががっているから共通点がほぼない。

 ううむ。

 皆森が眉間にしわを寄せながら考えていると、ひどい老け顔がよりいっそう老けた顔つきになった。

 そんな顔が面白いのか女の子はにこにこ笑いながら皆森をみている。

 

「――ロロ、そうだ、お前さんの名前、ロロでどうかな? ロ、ロ」

 皆森が女の子を指さし、ロロと伝える。そして自身を指さし自分の名前を伝えた。

「――、――? ――――?」

「そう、今日からお前さんの名前はロロや、わしは裕次郎、ゆーじ、や」

「――――、――、――っ、――――、――――っ!」

「ははっ、お前さんはほんとに頭のいい子じゃな。そう、わしはゆーじ、お前さんはロロ、……ロロ、これからよろしくな」

 皆森がロロを抱きかかえ天高く持ち上げた。

 そして二人はまるでダンスを踊るかのようにくるりくるりと、何度も何度も同じ場所で回りつづけた。

 ロロは嬉しそうに両手を広げ、笑顔で自身の名前と皆森の名を繰り返し繰り返し、届かない声で何度も呼んでいる。

 日が傾き、まぶしかった日差しがだんだんとオレンジ色に変わり、辺り一面を同じ色に染め上げてゆく。

 夕焼けに染まってゆく地面とその落ち葉を避けるように皆森はステップを踏み続けた。

 腰の調子はいい、まだまだ回れそうだ。

 二人は岩場の影となったその場所で、しばしの間踊り続けるのだった。

 そんな二人を見守るかのように傾きかけた太陽も、もうわずかな時間だけ辺りを明るく照らした。

 

 こうして皆森は、この見知らぬ地で思いがけぬ邂逅を果たし、ロロと出会った。

 そしてその日の夜、ロロは意識を朦朧とし倒れた。

 




見知らぬ地で おわり
次回更新2/18 0:00


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その10

2/18 筆記用具→筆記用具入れに修正。


 どうしてこんなことに、なってしまったのだろう。

 ぶるぶると、寒がるようにからだを震わせるロロの小さなからだを抱きかかえながら皆森は焦燥していた。

 ロロとのダンスを終えたあと、慌てて薪になる落ち枝を集め始めた。

 幸いなことに薪になりそうな木は、スコップ造りの時にある程度目星をつけていたので、薪集め自体は枯れ木の倒木があったその周辺で事足りた。

 ただ、二つ誤算があった。

 まずひとつは、火点。火を灯すための道具、種火がないのだ。

 皆森は煙草を吸わない。だから勤務時間中に一服するため席を立つ同僚たちをうらやましく思ったことがある。

 だから皆森の手元には火点となるライターが無いのだ。

 皆森はそのことをすっかり忘れていたのである。

 いま皆森の手元にあるのは、布につつんで普段から持ち歩いている商売道具と外したネクタイ、身分証に財布、湧き水で洗った革靴にペットボトル、タオルとハンカチに筆記用具入れ、それに手帳ぐらいである。

 携帯は昨日のうちに電池が切れたため、いまはショルダーバッグにしまってある。

 そもそもこの辺り一帯は圏外だ。アンテナが立つならとうの昔に何処ぞへと連絡している。

 

 せっかく集めた薪が無駄になると思ったが、別の意味でも無駄になった。

 洞窟内が何故か明るいのだ。

 皆森がロロと手をつなぎ、二人で洞窟へと入った時に気づいたことだ。

 外の光が届かない位置まで入っても洞窟内とその通路は明るいままなのだ。

 その光源の仕組みや理屈、原理は分からない。

 けれども実際に明かりがない状態でも洞窟内は肉眼で周囲を確認できる程度の光源が常時照らされつづけている。

 昨日と今朝からにつづいて、洞窟内においても奇妙で不可思議な出来事の連続である。

 皆森はその何度目かになる疑問にまた首をかしげた。

 

 洞窟の入り口付近はぐねぐねと入り組んだ構造になっていたが、先にすすむにつれ通路の構造が一本道へと変わっていった。

 そしてそのまま二百歩ほど先に進むと広い場所に出た。

 天井がすり鉢状になっている円状の小部屋だ。

 天井までの高さは、およそ自分の二倍から三倍ぐらいだろうか。

 皆森が室内の入り口付近で慎重に中をのぞきながらつぶやく。

 室内は皆森とロロがそれぞれ五人ずつ、青ダヌキのひみつ道具で増えて腰かけても十分なスペースがある。

 そんな大きさの部屋だ。

 ある程度周囲に気をめぐらせながらその小部屋に入ってみると、人の気配はなく、物音もなにひとつすることなく静まり返っており、また誰かが滞在していたような痕跡も、動物などの残留物も一切残されてはいなかった。

 ただ部屋のあちこちになんの特徴もない大きい岩がころがっている、それぐらいだった。

 皆森の肩が下がり深く息がもれる。

 今夜はここで休もう。皆森はそう決めた。

 

 そしてロロと二人、床に腰を下ろしバッグから取り出した、あの赤い実を食べた。

 相変わらず甘酸っぱい味だ。

 でもいまの疲れたからだには、その酸味がなによりもありがたかった。

 赤い実の大きさは普通のりんごよりひとまわりほど大きいサイズだ。

 そしてずっしりと重く、少しだけいびつで面白い形をしている。

 いま思えばこの時、この時点で気づくべきだった。

 ロロが食事の最中も食事を終えたあとも、ずっとそわそわと落ち着かない様子で表情をくもらせていたことを。

 そしてこのあとすぐだった。

 肩と肩が触れ合うように隣に腰掛けていたロロが急にもたれかかり、倒れてきたのは。

 

 思えばロロは最初から、洞窟内に入るのを嫌がっていた。

 最初はただ単純に、きっとロロは暗いところが嫌いなんだなと思い込んでいた。

 いざ洞窟内を歩いてみると中は何故か明るい。だからこれならきっとロロも安心すると思った。

 けどそれは、大きな間違いだった。

 




次回更新2/19 0:00


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その11

 洞窟に足を踏み入れ中からロロに手を差し出すと、ロロはからだをずっとぶるぶる震わせて手を取ろうとはしなかった。

 中に入ってからもずっと腰にしがみつき離れようとはせず、すがりつくように歩いていた。

 

 怖がらせてしまったのかもしれない。

 無理をさせてしまったのかもしれない。

 

 はぁはぁと、息をみだし小刻みに震えるロロのからだに上着をかけ、その小さな背中を優しくさすりつづける。

 皆森は愚かで浅慮だった自身の行動にはげしく後悔し、ひどくしわくちゃに顔を歪めた。

 

 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 ふとロロが意識を取り戻し目を開けた。顔が少しだけ赤い。

 皆森がロロの額に手をあてるとじわりと熱がこもっている。発熱しているようだ。

 また顔をしわくちゃにしながら皆森はロロに尋ねた。

「…………ロロ、お前さん、大丈夫か? 悪かったなぁ怖い思いさせて。……ほんとうにすまなかった、わしが大馬鹿だったよ」

 ロロが少しだけ口元を持ち上げた。大丈夫といいたいのだろうか。

 なんて健気なのだろう。皆森の心がちくりと痛んだ。

「けどな、もう怖いことないからな。さっき洞窟に入る時、おじさんゆったろう? おじさんがそばにいるって、約束だって」

 ロロが小さくうなづく。そんなロロの頭を皆森はそっと撫でた。

「……だから、今からお前さんを抱いたまま、外に出ようと思うんだ。ちょっとの間だけ、お外まで我慢できるか?」

 ロロは首を横に振った。そして皆森に抱かれたまま小さな手のひらを下に向け、少しだけ上下させた。

 このままこの場所に留まる。そういいたいのだろうか。

 皆森がすがるように尋ねる。

「ここで大丈夫、そういうことか?」

 そう皆森が尋ねるとロロはこくりとうなづいた。

 

 外套は二人で横になれるようにあらかじめ床に引いてある。

 その上に座って皆森は、室内に放置された岩を背にロロを抱きかかえ、そのままずっと背中をさすりつづけた。

 ロロが元気になりますように。

 ロロが元気になりますように。

 ただ、そう祈りながら。

 皆森は祈ることしか出来ない自分がなによりも情けなかった。

 すると自然に視界がぼやけてくる。

 無力だ。なにひとつ守れない。愚かな人間だ。

 閉じた目に涙があふれ、それはいまにもこぼれ落ちそうだ。

 だから皆森は、藁にもすがる思いで祈る対象を定めぬまま頭を垂れ、ひとり言をつぶやくように、祈った。

 

「……神さま、いえ、その神にも迫る力を持つ、尊き、そして偉大で、みえない理の存在の御方。わしはどうなってもいいんです。ただ、この子だけは、ロロだけはどうか救ってやってください。この子は頭のいいやさしい子なんです。こんな愚かなわしを、助けてくれました。だから、だからどうか……どうか、なにとぞ……う、うう……っ」

 そして皆森の目尻に溜まりに溜まった涙が大きな雫となってこぼれ落ちた。

 その刹那の出来事だった。

 

〈気にいった〉

 




次回更新2/20 0:00予定


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その12

 妙な気配がした。それと、声も。

 皆森は思わずロロを抱いたまま、その声のしたほうへと振り向く。

 振り向いたその視線の先には、まだ足を踏み入れていない奥側の、洞窟の奥へとつづく通路がある。

 通路の先は薄暗く、ここからでは何があるのか分からない。

 ……けど。

 何故か皆森は、その奇妙な気配を感じた洞窟の奥から目を逸らすことが出来なかった。

 

〈神ではなく、力ある存在に捧げた、その嘘偽りない真への祈り、信仰を、確かに聞き届けた〉

 

 また、聞こえた。

 遠い何処かで、なにかが……、けどそのなにかが、なんであるかが皆森には分からない。

 けれども、ほんの少しだけ、自分の浅はかな行動がロロを苦しめてしまったことが、そのなにかに許されたような、そんな気がしたのだ。

 そして、確かに聞こえたのだ。そのみえない、偉大な存在の声が。

 部屋はもう静まり返っている。先ほど感じた気配も消えてしまった。

 いま聞こえるのはロロの息遣いと、無意識にごくりと鳴らした喉の音だけだ。

 気のせいだったのかもしれない。

 自分にとって都合のいい、ただの妄想、あるいは幻聴だったのかもしれない。

 けれどもそれで、この子が、ロロが助かるなら。

 その思いだけを胸に秘め、皆森は神に、いや、その偉大なる存在へと祈った。

 そう都合よく助けてくれる神など存在しない。

 それは過去、自分自身の身を持って体験している。

 皆森の中では既に到達している真理であり、答えなのだ。

 ぼやけた視界を腕でぬぐい、皆森は顔を引き締める。

 そしていまも苦しむロロの背中をまた、やさしくさすり始めた。

 皆森は、その曖昧でみえない偉大なにかに、一心に祈りを捧げつづけるのだった。

 

 あの奇妙な気配が消え去ってからしばしの時間がすぎていた。

 あれからロロは少しずつ息を落ち着かせ、からだの震えも徐々に収まり、やがて止まった。

 いまは静かな寝息を立てて眠っている。

「……良かった、ほんとうに、ロロ……」

 からだをわずかに上下させるにロロの姿に皆森は深く胸をなでおろす。

 そしてロロをみつめる皆森の目頭が熱くなってゆく。

 皆森は、その名も無きみえない力の存在に、心のからの感謝を口にした。

「ありがとう、……ほんとうにありがとう、ありがとうございます」

 そして洞窟の奥へと頭を垂れる。

 垂れた皆森の目元から、また涙であふれ、こぼれ落ちそうになる。

 その雫が静かに眠る少女の頬にぽたりと落ちると、ロロがゆっくりと目を開けた。

「ロロ! よかった。気がついたんやな。ほんとうに……ほんとうに、よかった……う、ううっ」

 皆森が感極まり、その感涙に満ちた声が室内に響く。

 そして皆森の腕の中で目を覚ましたロロは、そのうつろな瞳を皆森に向けたまま、ゆっくりと、自分の唇を皆森に重ねた。

 




次回更新2/21 0:00
※次回、前書きに注意事項があります。必ずお読みください。


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その13

※本話より数話の間、一部性的な表現があります。苦手な方はご注意ください。


 えっ?

 それはとても柔らかく、自分よりも少しだけ、あたたかかった。

 あまりに唐突なロロとの口付けに、皆森は目を見開き一瞬、彫刻のように固まった。

 そしてロロの体温を唇ごしに感じた。

 ロロは動じない様子で目をゆっくりと閉じ、片手は自分を抱いている人物の胸元に添えられ、もう片方の手も同じように、その人物の横顔に添えらている。

 皆森にいたっては手とからだを、わなわなと震わせ、指をわずかに開いては閉じてを何度も繰り返し、動揺している。

 

 その永遠と一瞬が混ざり合ったような唇の触れ合いは、まもなく終わりを告げた。

 ロロが閉じていた目をゆっくりと開けながら皆森の首元に手を置き、唇を離した。

「――――♪」

「…………ロ、ロロ、お、お前さんいったいなにを」

 そしてとろけた目で皆森をみつめたまま、ロロは小さな小指を口元にあて、唇を指でなぞり始めた。すると、わずかに湿った唇が、室内の光に反射して艶やかな光沢を放ち、まるで果実のような瑞々しい唇へと変貌した。

 

 はぁん。

 

 ロロの幼い、小さなからだから、ひどく淫猥な吐息がもれる。

 「ロ、ロロ、いったいどうし」

 問いかけの途中、ロロは間髪を入れず困惑する皆森の頬に手をあて、引き寄せるようにまた唇を重ねた。

 

 ちゅぷりじゅぷりぢゅぷり。

 

 ひどくいやらしい音がした。

 先ほどよりも力強く、なかば強引に、ロロは唇を吸い上げる。

 そして顔をなめらかにゆっくりと動かしながら自身の唇を押し込むように、奥へ、奥へと割り込ませる。時折、皆森の上唇に触れながら舌を這わせた。

 おどろきに戸惑う皆森は、いったいどうすればいいのか。

 なにをしゃべればいいのか、分からない。

 震える手でようやくロロのからだを掴み、距離を取ろうと力を込めた。

 

 ぎゅうっ。

 

 ロロは両手で皆森の頬を押さえ、固定しながら唇を吸い求めている。

 びくともしない。子供のはずなのに。

 そして皆森は思い出した。

 この子は確か、えらい力持ちだった。

 この、いまの状況になって、そのことを思い出した皆森に戸惑いとわずかな隙が生まれた。

 その皆森のわずかな隙を狙ってロロは、自身の舌を皆森の中へとすべり込ませた。

 

「――――♪」

 

 ロロのかわいらしい舌が、まるで別の生き物のように、ぬるりと皆森の中を動きまわる。

 まるで口の中に、なにか探し物があるかのように、皆森の上顎の部分に舌を這わせた。

「――――ッ?!」

 皆森の全身を、強い電流のようなものが走る。

 それは急激に、波のように押し寄せてきて、皆森の背中をゾクリと震わせた。

 ロロの小刻みの鼻息が頬をかすめる。

 口の中が、えらく熱い。

 その熱いなにかは、今もなお咥内を這いまわり、攻め立てている。

 そしてまた、皆森の手とからだがわなわなと震え始めた。

 その全身を覆いつくそうとする、強い快楽の波が皆森を呆けさせ、脱力させた。

 ロロはそのまま、唇を押し付け、その勢いのままに自分の体重を皆森に預ける。

 そして、そのまま押し倒した。

 

 とさり。

 

 皆森が電池の切れたブリキ人形のように仰向けに倒れ、天井を見上げる。

 この時、わずかではあるが頭を打ち、それが皆森をさらに呆けさせた。

 なぜだか、力が入らない。

 目の焦点もぼんやりと曇ってゆく。

 くっきりとみえていたはずの天井が、次第におぼろげに移り変わってゆく。

 そんな脱力した皆森の上に跨ったロロは、とろけた表情でかわいらしい八重歯をちろちろと見せながら、舌なめずりしている。

 

 はぁん♪

 

 そしていやらしい吐息をもらすと共に、皆森に覆いかぶさり、再び唇を激しく吸い始めた。

 




次回更新2/22 0:00
※本話以降、注意事項の記載はしません。ご注意ください。


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その14

 ちゅぷり。

 

 まるで幼子が、母親の母乳を探し求めるように、ロロは自分の舌を何度も皆森に絡ませる。

 吸ってまた絡ませ、そしてすすって絡ませ、それを幾度もなく、何度もつづける。

 

 ぴちゃりぴちゃりちゅぷり。ちゅるちゅるる。じゅるるるる。

 はぁ……♪

 

 また、ひどくいやらしい音が聞こえる。

 糸を引く、水と水とが、とろけあって混ざり合い、絡みついて吸われる音だ。

 そして幼い見た目には不釣り合いな、淫靡にもれる吐息も聞こえた。

 二人のからだが重なり、互いの体温、心音を共有してゆく。

 ロロのわずかな胸の膨らみが自重によって形を変え、ロロはその敏感な先端を無意識に皆森に押し付け、こすらせながら全身を淫らにくねらせる。

 そして雄々しい心臓の鼓動も、小さいながらに激しく脈打つ心臓の鼓動も、やがてひとつになって重なってゆく。

 

 皆森は、ロロの体温を感じながら、ぼんやりと曇ってしまった天井を、ただ呆然と眺めるだけだった。

 ロロが唇を離すと、触れ合った互いの間に糸が引き、それはやがて、つうと垂れて皆森の顎先へと落ちた。

 ぽたりぽたりと。

 ふと、ロロと目が合う。

 ロロは今もなお、とろけた表情で皆森をみている。

 潤んだ瞳を半分ほど閉じ、恍惚な表情を浮かべながら、またかわいらしい八重歯をのぞかせている。

 さっきまでのあの弱々しい姿が、まるで嘘のようだ。

 そうか。もう大丈夫なんだね、ロロ。

 ロロは皆森を見下ろす形で跨っている。

 皆森は、急激に自身の顔が真っ赤に染まってゆくような感覚を覚えた。

 それは、なにか恥ずかしい思いをした時のような、あるいは自分の人生において数少ない、褒められた時に感じた、高揚にも似た感覚だった。

 まるで血液が逆流し、一か所に集まっていくような感覚である。

 そしてそれは、顔だけではなく同時に、もうひとつの場所でも起きていることに気づいた。

 

 しゅるしゅるしゅる。

 ぱさり。

 

 なにかとなにかが、からだとこすれ合いながら床に落ちる。そんな音が聞こえた。

 ふと皆森が、混濁した意識の中で倒れたまま顔をやや起こし、前方をみると、跨っていたはずのロロがいない。

 まだ力が入らず、そのまま頭を床へと下ろす。そしてまた天井を見上げた。

 だが、ロロはいた。意外にもすぐ後ろ、自分の頭の後方に。 

 ロロは、皆森がやったシャツ以外、なにもつけていない。履いてもいない。

 どうして?

 今朝、目のやりどころに困った、ロロのいまの格好に皆森は困惑する。

 ズボンは? 前掛けは、あっ。

 

『夜寝る時は、脱ぎ捨ててええから』

 

 そう、そうだったね、ロロ。

 約束、だったね。

 ロロは、そのままみせつけるように大股で進み皆森を跨ぐと、そのまま皆森の下半身をみつめながら腰を下ろした。ロロのお尻が自重と皆森のからだではさまれ、ぐにゃりと形を変える。

 いま、皆森の眼前にはロロのかわいらしいお尻が、すぐそばの、手に届く位置にある。

 皆森にはおぼろげであるが、ロロの形のよいそれは、反射した室内の光が、健康的な素肌と、ところどころに薄く走った青白い血管を淫らに写し出している。

 

 きっと、触れてみたら、柔らかいのだろうな。

 手ざわりも、すべすべして、いいのだろうな。

 それに、いまも、さっきも、ずっと、甘いにおいがする。

 そういえば、もう何年も、していなかった、気がする。

 

 がちゃがちゃ、ジジジジジ。

 

 なんの、音だろう、それに窮屈だったもんが、急に楽になった、気がする。

 ロロは皆森を跨った時、自身を下から押し上げる存在に気づいた。

 そして器用にも指でズボンの留め具を外し、下ろすと、中に手を入れ衣類をまさぐり、ようやく探し当てた。

 そしてその、硬く膨張した皆森のそれを外気にさらした。

「――――っ♪」

 




次回更新2/23 0:00


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その15

 始めそれは、とてもひどいにおいがする、とロロは思った。

 とびきり濃い、汗となにかが混ざり合ったような、いままでに嗅いだことのない、分からないにおいがいっぱいする。だからこれは、いま取り出した、びょんと飛び出したこれは、樹の影で、まえに同じものを、みたことがあるけど、あまり好きじゃない。

 初めて見る、見慣れないその赤黒い物体にロロは、そんな感情を抱きながら眉をひそめる。

 だけど、慣れてくると、よくよく嗅いでみると、それは、いま取り出したこれは、いまわたしを覆っているこれと、同じにおいがする、そんな気がする。

 僅かな間と沈黙。ロロは胸の内に抱いたその疑問を解消するため、再び鼻を近づける。

 くんくん。くんくん。

 やっぱりそうだ。このさらさらと同じだ。いま飛び出してたものは、このさらさらと同じにおいがする。やさしいあたたかいと同じにおいがする。間違いない。そうだよね、もともと一緒だし。……あ、でも。やさしいあたたかいが教えてくれた名前、忘れちゃった……けどまた、教えてくれるよね? きっと。

 ロロは外気にさらした皆森のにおいが、自分が着ている服と同じにおいだと分かると、いつの間にか忌避感は無くなっていた。そしていままで抱いていた忌避感に変わって、いつくしみ、あるいは親愛にも似た感情をごく自然に向けるようになった。それはむしろ必然だったのかもしれない。

 ロロが、ごく自然に躊躇なく鼻を近づけ、またにおいを確認する。

 

 すんすん、すんすん。はぁ~♪

 

 また、かわいらしい八重歯が露出し、開いたその口のあいだから淫らな吐息がもれる。

 そしてその表面を軽く舌でなぞった。ぺろりと。

「――――ッ」

 ざらざらしているのに柔らかくてあたたかい、その矛盾するような二つの感触と火照るような熱が、強い刺激となって皆森を襲い、閉じていた口からくぐもった声をもらさせる。

 そしてその声にロロが驚く。

 

 いたかったのかな、いたかったのかな。

 今度はもっとふわふわに、この、さらさらと同じようにしよう。

 

 ロロは思いついた内容を早速行動に移してゆく。

 ちゅぷりちゅぷり、ぺろりぺろり、と音を立てながら少しずつ少しずつ、かわいらしい舌で刺激してゆく。その動きはたどたどしく、より丁寧だ。

 十分に潤った咥内の、糸を引く水が皆森のそれをだんだんと浸してゆく。

 時折、皆森が苦しそうな声をもらす。

 

 まだたりないみたい。もっと、もっと。

 

 小さな舌がちろちろと、何度も何度も同じ場所をやさしく這いまわる。

 歪な形の段差をとおって、そのくびれ周りを舌で刺激する。

 するとまた、幾分強いうめき声が、皆森から上がった。

 唇が、軽く触れる程度の接触。それを繰り返し、目に映るすべての領域を、唇で触れていない箇所がなくなるまで、ロロは繰り返した。

 そして、飛び切り反応がよかったところを重点的に攻めるように、やり方を少しずつ変えていった。

 そのうちロロは、試すこと、やることがなくなってしまった。

 

 舐めたり舐めたり、こすったりこすったり、かおでこすったりこすったり、もうないかな?

 あ、まだあった。

 

 それに気づいたロロは、小さな口を開けた。そしてそれを含んだ。

 ううっ。

 一段と皆森のうめき声が高くなる。その声は室内に大きく響いた。

 

 ! そう、きっとこれがいいんだ。いちばんいいんだ。そうだよね? そうだよね?

 

 くぽくぽ、と水と空気が混ざり合ったような、ひどく淫靡で卑猥な音が洞窟内の小部屋に先刻と同じように響き渡る。

 ロロの口が小さいせいか、何度も何度もかわいらしい八重歯が当たって、逆に激しく、より一層皆森を刺激し、たかぶらせる。

 その反応がロロの普段の、噛み切る、ではなく、やさしく、という甘噛みの概念を学ばせた。

 そして、皆森の中を自分の舌を使って吸い上げたようにすると、より強い反応が返ってくることに気づいた。

 

 これがいいの、ちゅるちゅるがいいの? いいんだよね? そうだよね? うふふっ。

 

 皆森のからだは正直に反応しつづける。

 そしてロロはまたひとつ、またひとつと学んでいくのだった。

 




次回更新2/24 0:00予定


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その16

 皆森がぼんやりと天井を見上げるようになってから現在に至るまで、いまの状況は正に、夢うつつだった。

 時折、自分の下半身がなにかに刺激され、その刺激はさざ波のように何度も押し寄せてきて、その波もいまでは、大変大きなものになっている。

 その背筋に走る強くて大きい波に、皆森のからだがわななき、つい声がもれてしまう。

 男も、こんな風に、声が、出るものなんだな。

 室内に響きわたるロロの発するいかがわしい音と皆森のうめき声が重なり、その両方を耳にしながら、皆森が暢気に感想をこぼす。

 そんな皆森がふと、自分に跨るロロに視線を向けると、ロロの足の付け根部分が光っているようにみえた。

 それはまるで内側から染み出してきたように、てらてらとその部分を照らし、湿っている。

 そしてそれは、ロロの鼠径部の手前、太ももの内側表面をすべり落ちて外套にまで到達している。

 やがて、付け根からあふれた分が、皆森のへそ辺りに落ちた。

 ぽたりぽたり。

 幾度もなく垂れつづける。

 その光景が呆けた皆森の気を引き、つい魔が差してしまった。

 

 ぴちゃり。

「――――っ!」

 

 皆森が顔をやや起こし、首を伸ばし、その舌先がそのてらてらと湿った、ロロの足の付け根部分にそっと触れた。そしてすくった。

 その直後、ロロのからだと小さなお尻が突然、びくりっと飛び上がるように跳ねる。

 やがてロロが振り向く。

 ロロが皆森に向けたその表情は、びっくりしたよ? でもね、嬉しい。けど、少し困っちゃう、けど、つづけてほしい。

 そのような、さまざまな感情が込められたもののように、皆森は感じた。

 ひょっとしたら勘違いだったのかもしれない。

 都合のいい解釈、あるいは……けど。

 この子とは初めから、意思の疎通が、何故か……どうして。

 皆森はこの時、呆けていたため、大いなる矛盾と違和感に、気付けなかった。

 ロロと目が合う。

 その瞳は先ほどまでとは違って、はっきりとした意思があるように、皆森には感じ取れた。

 そういえば、わしはいま、なにをしていたっけ。

 やがてロロは何事もなかったかのように、皆森への行為を再開する。

 ちゅるちゅる。ちゅぽちゅぽ。

 またロロから、空気と水が混ざり合い、強く吸われる音が断続的に発せられる。

 それと同時にまたロロからも、また糸を引く水が垂れ始める。

 慌てた皆森が思い出し、また、それをつい舌ですくってしまう。

 また幾分、ロロが強い反応を示すが、今度は振り向かなかった。

 それは、すくってもすくっても途切れることなく、まるであの湧き水のように、次々にあふれてくる。

 勢いがそんなにあるわけではない。けど湯水のようにわいてくるのだ。

 だから皆森は無意識にそれを舌ですくうのではなく、それ全体をすするやり方に変えていった。

 皆森が口を開け、それを大きく含んだ。

 

「――――っ~!」

 




次回更新2/25 0:00予定


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その17

※2/25 一部文言を修正。


 すると、ロロの反応がいよいよ大きくなってゆく。ロロはもう振り向かない。

 けど、ふるふるとお尻を震わせ、まるで耐え忍んでいるような反応、仕草だ。 

 ロロの低い、くぐもった声が室内に響く。

 皆森を口に含んでいるせいか、あるいはしゃべれないせいか、低いうなり声のような声をあげ、けれどもからだは歓喜に、打ち震えている。

 ロロ、また、震えて、いるのか?

 そういえば、いまは、尻尾は、出てないから、触れても、平気か。

 皆森が夢うつつに。震えるロロのからだをやさしく両手で押さえた。もう抵抗はなかった。

 そしてロロの、その感触を確かめるように、手のひらで包むように全体を撫でる。

 または掴み、その弾力と感触を味わう。

 その都度ロロは激しくからだを震わせる。

 するとロロから、甘酸っぱい果実のようなにおいがした。皆森は確かに感じていた。

 これは、あの、果実の、においだろうか?

 皆森がすすりながら感想をこぼす。

 

 皆森はその行為が逆効果に、いや、その行為そのものを助長していることに気付けない。

 ロロのからだは小さい、だから少しだけ楽になったからだを皆森は起こし、顔を近づけ、またそっと口付ける。手はロロを掴んだままだ。

 皆森は痛くないように、その柔らかい感触を楽しむように、ロロのからだに手を這わせる。

 ロロと同じような音を立てながら吸って、それでも、糸を引く水が止まらないから、小さなそれを壊さないようにそっと舌でほぐし、中をかき混ぜる。

 するとロロのからだが激しく震えた。飛び跳ねるように。

 それはいままでで一番大きな反応だった。

 やがてまた留めなくあふれてきた。二人はもう、ずっとその繰り返しなのである。

 けれどもロロは、きっとこれは、本気で嫌がってるわけじゃあない。

 皆森が自己的な判断で、また間違いを重ね、罪を重ねてゆく。

 ひとつは、ロロを洞窟内に連れ込んだ罪。そしていまの、この。

 

 互いが互いを激しく攻め合い、室内をひどく淫猥なにおいと、淫靡な音が覆った。

 やがて二人に限界が近づきはじめる。

 互いに激しくからだを震わせ、皆森は歯を食いしばりながら声をもらす。

 ロロは出せない声の代わりに、獣のようなうなり声を張り上げた。

 お互いのからだが、よじれるぐらいの快楽と愉悦が交じり合った痙攣と共に。

 そして二人の営みは幕を閉じた。

 

 

 ぁっ~

 

 

 翌朝、目が覚めた皆森は、隣で一緒に外套にくるまり、静かな寝息を立てるロロの姿にほっと胸をなでおろした。

 そしてそれから両手で顔を覆った。からだは徐々に窮屈に縮まってゆく。

 やがて、からだは小刻みに震え出した。

 皆森には、いまもここが何処だか分からない。

 けど、何処か慣れてきてしまってる自分と、見知らぬ地で犯してしまった罪の重さに耐えきれず、この地に来て初めて皆森は、自己嫌悪で死にたくなった。

 




次回更新2/26 0:00予定


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その18

(……とにかく、水を被って頭を冷やしたい。)

 激しい自己嫌悪のあと、体育座りのように縮こまっていたからだをようやく元に戻した皆森が視線を上げ、周囲に目を見張る。室内の様子は昨日となんら変わっていない。室内に放置された大きな岩石も、辺り一帯を照らす不思議な光源もそのままだ。そのことが皆森をひどく安心させた。

 皆森がふと目を閉じると、昨晩の出来事がまぶたに焼き付いてしまっているせいか、ことこまかにその出来事を思い出してしまう。ロロの乱れた姿にやわらかい感触、急くような息遣いと重なる互いの心音、自身を包み込むあたたかな熱に、そして果実のような甘酸っぱいにおいと、その……、ロロの……。

 皆森が煩悩を祓うように頭を左右に振った。

(このままじゃあ、いかん。こんな気持ちを持ったままじゃあ、わしは、またロロを……。)

 寝起きのためか腰周りににぶい痛みがある。これはきっと、昨日の穴掘りのせいもあるだろう。皆森が両手で尻を持ち上げゆっくりと立ち上がると、凝り固まったからだを徐々に伸ばしてほぐす準備体操のような運動を始めた。昨日は朝からおどろくことばかりの連続でさぼってしまったが、皆森にとっては日課のようなものである。その準備体操の工程で未だ自分が、ズボンの中に出しっぱなしになっていることにようやく気付き、慌てて定位置に戻すとともに皆森は、自身の乱れた衣服を正した。

 尻を払ってズボンについた埃を落とす。

 ふと、外套にくるまり静かな寝息を立てるロロを見た。

 ロロはよく寝ている。昨晩の弱り切った姿がまるで嘘のように血色もよく、おだやかな表情を浮かべながら眠っている。小さな寝息がからだをわずかに上下させている。

 そんなロロの姿に皆森の口元が自然と持ち上がり、起こさないようにそっとロロの頭を撫でた。するとロロが寝返りを打つ。同時に布団代わりの外套を蹴って大の字になり、それでもロロは起きなかった。

(ロロはまだ起きないようだ。なら、いまのうちに準備しよう。)

 しわくちゃになったズボンの埃を払い、腰にベルトを巻き、錆びた長剣を鞘とともにつるす。

遺品の上着と胸当てはつけたまま寝ていたので、そのままだ。外套と皆森の上着はいまロロが布団代わりに使っているので、これもそのままだ。

 

 皆森はふと思った。いま服装を整えた時、何故か手際がいい。

 昨日、譲り受けたばかりなのに。まるで使い方をしっていたような身の着け方、手際の良さだった。

(何故だろう? ……ひょっとしたら、あの小説のおかげなのだろうか。)

 皆森が夜寝れない時、決まって読んでいた小説があった。

 よくあるファンタジー小説だ。

 異世界に迷い込んだ主人公が、その迷い込んだ先の世界で新たな力と不思議な力を持つ恩寵品と呼ばれる装備品を得て、富と栄光を手にする、王道ファンタジーだ。

 

 理由は分からないけど、いまそのことを皆森はふと思い出していた。

(その小説で得た知識が、いまの自分を手助けしてくれている?)

(ありそうでありえない、どちらかというと少し無理やりな理屈だ。)

(だが、昨日の外套にしてもそうだ。あるはずの場所に、穴が開いていない外套。)

 

 皆森は試しにその外套の端を切ってみようと思ったが、それが原因で使えなくなったり、ぼろぼろに崩れたら身もふたもないので、怖くてできなかった。

 あの小説を読んでいなければ、この不可思議な外套は気味が悪くて一緒に埋葬するか、捨てていたかもしれない。

 確証はなかった。けれども、それ以外にいまの手際を説明できるものがなかった。

 だから皆森は、いま抱いた違和感に対して、深く考えるのを止めた。

 




次回更新2/27 0:00予定


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その19

 皆森がこの部屋を出る前に、ひとつ確認すべきことがあった。

 奥の通路である。

 昨日も前もって確認したが、これは念のため、安全のためである。

 洞窟へと入り、最初に発見したこの部屋を仮に1の部屋とする。洞窟入り口付近の曲がりくねった道が、きれいな一本道になるまでの距離がおよそ300歩。そして整地された一本道を歩き、この1の部屋に到達するまでの距離がおよそ200歩だった。合わせて500、これがもし直線だったのなら、部屋の出入り口から洞窟の入り口も視認できるはずだ。だが、次の部屋はやけに遠い。この1の部屋から、奥につながる次の部屋の出入り口をはっきりとみることができない。

 入り口らしきものはみえるが、その大きさは米粒以下だ。

 そして通路の途中には障害物や生き物を含めた残留物は見当たらない、そのことだけは分った。

 皆森が深いため息をつく。そのため息で少しだけ緊張が解けた。

(すぐに行って帰れってくれば、大丈夫じゃろ。)

 ロロの寝返りでずれた、外套を再度掛けなおした皆森は、肩にショルダーバッグを下げ、ひとり洞窟の入り口へと歩き出した。

 

 皆森が向かった先は湧き水の水飲み場だった。

 湧き水で沐浴するには水が冷たすぎたため、まず頭だけを洗った。

 こうして頭を冷やせば、昨晩のようなことはもう起こさずに済むのでは、と皆森は考えたのである。

 シャンプーや石鹸の持ち合わせはなかったので、頭の汚れは強くこすって洗い流した。

 次にタオルで水をひたし、からだを何度も拭いた。

 そうやって身を清めた後、恩人の墓標に黙祷を捧げた。

 まだ花は飾っていない。あとでロロと一緒に探してみよう。黙祷を終えた皆森が立ち上がりながら、そうつぶやいた。

 

 洞窟に戻る前に、湧き水が流れて溜まった小さな池に、平べったいきれいな丸石が落ちていたので、錆びた長剣の切っ先を両側とも研いだ。

 その後、切れ味を試してみたがさほど変化は感じない。けれどもこれは、ただの自己満足にすぎなかったので皆森はそれほど気にはしなかった。

 

 池のそばで剣を研いでいた皆森がふと思いつき、小池に溜まった水が低い方へと流れ落ちる途中に、池の中に同じく落ちていた石を使って、周りをぐるりと囲むように簡易の関を造った。

 これはあとでロロをびっくりさせるために設けたものだ。

 ロロが起きたら一緒にまた、森に出掛けよう。皆森はそう考えながら洞窟へと戻った。

 

 林と小藪を抜け、洞窟の近くまで戻ると何故かロロが居た。

 洞窟の入り口付近の岩肌で、きょろきょろと周囲を見回し、落ち着かない様子でになにかをしきりに探している。その姿はまるで怯えているようだ。

 近づいた皆森が手を上げ、声をかける。

「ロロ、おはようさん。お前さんも起きた」

「――――っ!」

 皆森の声に気付いたロロが一目散に駆けてくる。小さな子供とは思えない、素晴らしい速度だ。

 ロロはぐんぐん速度を上げ、あっという間に皆森の下へと到達し、そしてその勢いのまま胸の中に飛び込んだ。

 わっ。

 皆森が声を上げ尻もちをつき、地面に押し倒される。今日は顎を引いていたおかげで頭は打たなかった。

 そしてその上にロロが乗っかり、掴みやすい上着部分をきつく握った。

 その刹那、押し倒された皆森がどきりとした。

 もしやまたロロが、あんな風になったら、と皆森は昨晩の出来事を思い出す。

 ロロは皆森の胸の上でぶるぶると震えていた。額は胸に押し付けたまま、服はまだきつく握られている。

 皆森が声をかけるとロロはようやく顔を上げた。

「ロロ……お前さん、どうした? 大丈夫か?

「……ひっく、ひっく、ひっく」

 ロロは大粒の涙をこぼして泣いていた。幾度も幾度も、留まることなくロロの瞳から涙があふれつづける。

 その光景に皆森が思い出す。

 

『約束、おじさんがそばにいるから、な?』

 

 昨日、皆森が洞窟の入り口でロロに伝えた言葉だった。

 胸元で泣きじゃくるロロの姿をみて、皆森の心がずきりと痛んだ。

「……ごめんなロロ、おじさんまた約束、守らなかったな。ほんとうにごめん。ごめんよ、ロロ」

 ロロはまだまだ泣き止まない。皆森はロロが泣き止むまで、その頭を優しく撫で続けた。

 




次回更新 2/28 0:00予定


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